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ほむら「この話に最初からハッピーエンドなんて、ない」 - SS速報VIP 過去ログ倉庫

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1 :以下、VIPPERに代わりましてGUNMARがお送りします [saga]:2012/02/11(土) 17:45:02.98 ID:SSZUNYll0
●魔法少女まどか☆マギカの二次創作です。

●このSSは
「ほむらの盾に内蔵された砂時計の砂を堰き止めて時間停止を行う」
「時間遡行してから一箇月が経過すると砂が落ち切り、時間停止が使えなくなる」
「時間停止が使えなくなると、代わりに砂時計を引っ繰り返して時間遡行が行える」
という設定を元に書かれます。

●ハッピーエンドはありません。ご注意下さい。

●ほむらが己の至らなさを改めて思い知るおはなしです。

●ほむほむの半分はメガほむで出来ています。

●数レス投下ごとに時間を置きます。終了時にはここまでと言う予定。

●致命的なまでに、遅筆。なのにストックなし。

●読んでいると気分が重くなってくると思われます。
体調が優れない時は直ちに読書を中止し、SSを水でよく洗い流した後、医師の診察を受けて下さい。


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にゃんにゃん @ 2024/03/26(火) 22:26:02.91 ID:AZ8P+2+I0
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にゃんにゃん @ 2024/03/26(火) 22:25:33.60 ID:AZ8P+2+I0
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/gomi/1711459533/

2 :以下、VIPPERに代わりましてGUNMARがお送りします [saga]:2012/02/11(土) 17:46:00.72 ID:SSZUNYll0
――また、救えなかった。

いつもの病院、白天井。
無機質で生活臭に乏しいこの空間が、暁美ほむらは昔からずっと嫌いだった。
そして中学二年のある日を境に、この病室がより一層嫌いになった。
ほむらは凡そ温かみの感じられない無彩色の一室で目を覚ます度に、逃れ様のない無力感に襲われる。
この部屋での目覚めそのものが、ほむら自身の不甲斐なさの象徴なのだ。

壁に掛けられたカレンダーには、前日までの全ての日に×印が付けられ、退院日と転入予定日が○で囲まれていた。
そして、今日は退院日。
長らくの入院生活を続けてきたほむらという少女にとっては、本来は喜ぶべき記念日の筈なのだが、
主治医や看護士の祝詞も、彼女の心には何の感慨も齎すことはなかった。

時間遡行者、暁美ほむら。
鹿目まどかという少女の死を切欠に魔法の使者キュゥべえと契約し、未来から来た魔法少女。
まどかとの出会いをやり直すことを自身の願いとし、祈りの為に戦い続ける者。

一度目は立ち上がらなかった自分に憤り、戦う力を手にした。
二度目は奇跡の再会に歓喜し、隠された真実に慄き再び立ち上がった。
三度目は協力を仰ぐも訝られ、悉く自壊し、最後には護る筈の命さえ自ら奪った。

全てを救うことなど私には出来はしない、と。
ならば、せめてまどかだけは救ってみせる、と。
今度こそ。今度こそは。

何度、そう誓ったことか。
友人との約束の履行をこそ最上の使命とするほむらの想いは、不履行という現実に踏み躙られる。
まどかの未来は、例えるなら糸の様に細く頼りない、ただ一本の道だ。
僅かでも道を間違えれば、まどかという少女に一月先の未来は来ない。

鹿目まどか。決してこれから一箇月以上、生きられない女の子。

まどかを救う道筋を求め、繊細な心を磨り減らし、感情を殺して戦い続けるほむらの一途な祈りは、
今日この日までただ一度の例外もなく、裏切られ続けてきた。
幾度となく涙を流し、心に消えない傷をつけ、胸の内に膿を溜めながら、ほむらは足を引き摺って前に進む。

幼少の頃より、ほむらを苦しめてきた宿痾に打ち勝った筈の小さな胸には、
最早手の施し様がない悪性の病巣が拡がっていた。
癒す術は、一つしかない。

――鹿目まどかの救済。
それが叶わぬ限り、まどかのみならずほむら自身も未来永劫、救われることなどない。
このまま蹂躙され続ければ、ほむらは絶望という病魔にその身を蝕まれ、祈りも呪いと成りて無惨に朽ち果てる。

ほむらには、もう、まどかを救う以外に生きる目的も理由も存在しなかった。
それは前途ある十代半ばの少女には、余りにも過酷で不毛な人生と言えた。

だが、仮に。
ほむらが目的を完遂し、一箇月の間まどかを護り切れたとして、それは果たして救済と言えるのか――?
3 :以下、VIPPERに代わりましてGUNMARがお送りします [saga]:2012/02/11(土) 17:47:09.00 ID:SSZUNYll0
ほむらの武装は「盾」だ。
願いに「護る」という想いが内包されたほむららしいといえば、その通りかも知れない。
しかし、肝腎の魔女を倒す為の武器が無かった。
魔法少女の多くは、己のイメージした武器を魔力を使い、具現化して操ることが出来る。
勿論、ほむらも試してみたのだが、一向に武器は発現しなかった。
これはほむらの魔法の特性が極めて特殊だったが故に起きた、稀有な事例であったのだが――

ほむらは「時間停止」の魔法を駆使し、実用性のある武器を調達した。
爆弾を作り、銃などの火器類を非合法に入手することで、魔女に対抗する火力を得たのだ。
それは魔力で武器を自製出来ないほむらにとっては、必要不可欠な行為だった。

ほむらが一箇月後、超大型魔女ワルプルギスの夜を乗り切り、且つまどかの契約を阻止したとしよう。
ほむらは時間停止能力を失い、時間遡行能力を得る。
時間停止が行えないので、銃器類の調達は出来なくなり、武器は自家製爆弾のみとなる。
武器が練成出来ず、魔力による身体強化も他の魔法少女に劣り、
時間停止という切り札を失ったほむらに独力で生き残る術はあるのだろうか。

可能性だけを論じるなら、ゼロではないだろう。
だが、ほむらは恐らく、生き抜き戦い抜く道を選ばない。
繰り返す一箇月の間にほむらは、魔法少女という存在に対しての認識を改めざるを得なくなっていた。
願いをただ一つの希望と胸に秘め、その他全てを虚飾に彩られた、おぞましき戦闘人形。
魔法少女は夢を叶え、希望を振り撒く存在? 冗談じゃない。それはやがて必ず絶望に変わる。

ほむらは、魔法少女というものに対して、徹底して否定的だった。
だからこそ、ほむらは目的を果たしたその時に、自分自身を終わらせる気でいた。
方法は差し詰め、ありったけの爆弾を抱えての、魔女への特攻か――

まどかを救えなければ、ほむらは無限の迷宮を何度でも巡り続ける。
まどかを救えれば、ほむらには生きる術も目的も理由もなくなり、彼女の生は終わりを迎える。
ほむらが生き延びたければ、再び時を遡るしか手は無い。

暁美ほむらもまた、鹿目まどかと同様に、一箇月以上先の未来を決して見られない。

――本当はほむらも気付いている。
身を挺して一箇月間、まどかを護り抜いたところで、それではまどかが契約しなくなる理由たり得ない。
まどかは人の役に立つ魔法少女に成りたがるし、契約を取り結ぶキュゥべえも居なくならない。
まどかを魔法少女にしたくないなら、ほむらはずっと傍に寄り添わねばならないことになる。
しかし、それは叶わない。

では、ほむらは何の為に生きているのか?
約束を、守る為だ。
三度目のあの日、掛け替えのない友と交わした約束を果たす、ただそれだけの為に。

『ほむらちゃん、過去に戻れるんだよね?
こんな終わり方にならないように、歴史を変えられるって、言ってたよね……。
キュゥべえに騙される前の、バカなわたしを……助けてあげて、くれないかな』

『約束するわ。絶対にあなたを救ってみせる。
何度繰り返すことになっても、必ずあなたを守ってみせる』

ほむらは、初めての友達との、たった一つの約束を、守り抜きたいだけなのだ。
約束を果たせた時、ほむらは初めて本心から、私はまどかの友達だと胸を張れるのだ。
ほむらにとって、友達という単語が持つ意味は、途轍もなく大きい。
彼女の価値観という秤に掛ければ、まどかの安否は、世界の命運よりも、……重い。

初めからそうではなかった。
契約した当初のほむらは、魔法少女としてまどかを救い、他の魔法少女も助けるつもりでいた。
しかしその願いは、見るも無惨に打ち砕かれた。
ほむらは必死の思いで、粉々になったソレの中から、辛うじてまどかの救済の欠片を掻き集めたのだ。
ほむらには、他にもう縋る物が無かった。

願いは歪に形を変え、ほむらに残されたのは、ただ約定を違えぬこと。
それが叶わねば、ほむらの胸の悪腫は熱を持ち痛みを訴え、身体は膿んでその腐肉は魔女を産み落とす。

故に、ほむらは進むしかない。
その先にあるのが、破滅だとしても。

――それが、暁美ほむらの余りにも凄惨な生き様だった。
4 :以下、VIPPERに代わりましてGUNMARがお送りします [saga]:2012/02/11(土) 17:48:02.23 ID:SSZUNYll0
退院し自宅に戻ったほむらは、休息も程々に身支度を整え、ソウルジェムを装着し外へ出た。
時間を巻き戻した以上、行動は速やかに開始せねばならない。
ほむらが見滝原中学に転入するまで、今日から一週間程度ある。
まどかはこの時点では未契約なのだが、ほむらが妨害工作を仕掛けないと、
毎回転入日までにはキュゥべえと契約し、魔法少女になってしまう。

この件に関して、ほむらは非常に頭を悩ませていた。
ほむらから見ても、まどかの「人の役に立ちたい」の度合いは、常軌を逸していると思えた。
まどかがキュゥべえと契約する理由、願いの内容は毎回異なる。
それはまどかにとっては魔法少女になり、街の人々を護ることこそが目的で、叶える願いの内容自体は二の次だからだ。

加えて生来の人の好さと人一倍の優しさ、未熟さに付け込まれ、キュゥべえにあっさりと篭絡されてしまう。
キュゥべえに隙を衝かれ、まどかが契約してしまう度に、ほむらは悔しさに歯噛みした。
そういえば、まどかは小動物やぬいぐるみが好きだったわね、とほむらは思い出した。
実際、まどかの部屋には大小様々のぬいぐるみが所狭しと並んでいる。

改めて列挙するにつけ、まどかが契約し易い要素が揃い過ぎている。
一瞬たりとも気は抜けない。目を離したら契約されると思え。
ほむらとしては、常に監視の目を光らせておく必要があるのだが、
過去に実践した結果、痛手を負った苦い記憶があり、以来、夜間の見張りはかなり自重している。

『あ……暁美さん……え、えと、……ほむらちゃん、で、いいの?
あの、あのね? 気を悪くしないで聞いてね? もしかしたら、その、わたしの見間違いかも知れないけど、
……わたしの部屋の外、あ、わたしの部屋って2階にあるんだけどね、夜中に窓のところに、
ほむらちゃんによく似た人が立ってて、奇跡がどうのって……え? ほむらちゃんで合ってる?
そ、そう……なんだ。…………。えぇと、あの、それは、……良くないと、思うの……。
ちょっと怖かったし、あ、いや、違うよ! い、今は、平気だよ……?』

望んだのは、まどかの幸せ。
失ったのは、まどかの信用。

いつかの時間軸の転入初日、しどろもどろになりながら、必死に言い繕うまどかの脅えきった表情を前に、
ほむらが死ぬほど後悔したと同時に、一般常識の大切さを学んだ瞬間でもあった。
親を呼んだり警察に通報しなかったまどかに、ほむらは感謝すべきである。

ともあれ、ほむらのまどかに対する執着も、常識の範疇を逸脱している。
まどかの「誰かの役に立ちたい願望」も軽く霞むくらいには。


閑話休題。
陽の当たる並木通りを暫く歩くと、丁字路に出る。
ここから左に行けばまどかの家があり、右に行けば市街地の中心部へ向かう大通りと交差する。
ほむらは数瞬だけ立ち止まり、左前方の彼方へと視線を向けたが、すぐに反対方向へと進路を取った。

斜太興業(しゃふとこうぎょう)。
市街地中心にほど近い一等地に、その事務所は構えている。
パンチパーマやサングラスに金バッジ、派手なダブルスーツを着込んだ、所謂ソッチ系の方々の仕事場だ。
当然、ほむらの様な女子中学生がお邪魔する場所ではない。

事務所脇の人目に着かない路地裏で、ほむらは一度立ち止まり、魔法少女へと変身する。
そして素早く盾の砂の流れを遮断し、時を止めた。
景色は反転し、空間を支配するのはほむら一人になる。
止まった世界の中、誰にも見咎められぬほむらは、人相の悪い見張りの横をすり抜けて事務所へ乗り込む。

厳つい男達でごった返した事務所内のロッカーを、慣れた手付きで物色する。
一部分が錆でやや赤茶けた鉄扉の奥には、無造作に突っ込まれた日本刀が数本あるが、
ほむらは長物には目もくれず、独特の光沢を放つ銀のフォルムを手に取った。

デザートイーグル.50AE。
専ら狩猟目的などに使用される、大型、大口径、大威力の自動拳銃である。
装弾数7発、重量2053グラム、有効射程距離80メートル。

重量があり扱いも難しいが、非力なほむらは魔法で身体能力を強化した上で、安定した体勢から撃つことを心掛けていた。
使い所を選べば、やや強力な使い魔程度ならこれでも倒せる。
差し当たっては、キュゥべえの排除にこれを使う。
5 :以下、VIPPERに代わりましてGUNMARがお送りします [saga]:2012/02/11(土) 17:54:34.29 ID:SSZUNYll0
時を遡ったほむらの行動パターンは幾つかあるのだが、転入してまどかとの接点が出来るまでは
キュゥべえがまどかに接触するのを、只管陰で妨害し続けるのが基本となっていた。
まどかの与り知らぬところで、非日常の世界へと彼女を巻き込まぬ為に、ほむらは奔走する。
コンタクトを取られなければ、それでいい。まどかと接点を得てからも、可能な限りはこの方法を続行する。

本当は、転入前に一芝居打つなりして、早期にまどかとの出逢いを無理なく済ませておけば、
まどかに張り付く口実が出来る上に、契約も未然に防ぎ易くなるのだが――。

首尾良く拳銃や弾薬などを調達し、盾に収納したほむらは、何事も無かった様に事務所を後にした。
そろそろ夕方か。陽が少しずつ傾き始めたのを背に感じながら、ほむらは人の群れを足早に抜ける。
大通りを横に逸れると、近未来的なデザインのショッピングモールが目に入る。
食材や日用品もこの際だから揃えておこうと、ほむらはアーチを潜った。


粗方生活に必要な物を買い揃え、自宅への道程をほむらは歩いていた。
太陽は既に傾き、街を紅色に染め上げ、何処も彼処も街は人の密度を増していた。
臨時のバーゲンセールに参加していた所為で、予定よりも帰りが遅くなっていたのだ。
主婦の潜在能力は、時として魔法少女を凌駕するのではないか。ほむらは大人の女の底力に戦々恐々としていた。

途中、はたと歩みが止まる。
気がつけば、先ほどの丁字路まで戻ってきていた。
この後の予定としては、左折してもう寄り道もせず帰宅し、片付けもそこそこに再び外出する手筈になっている。

目の前には、並木道がまっすぐに伸びている。
その道の先は、まどかの家に通じている。
ほむらはこの時、まどかに早く逢いたい、と思っていた。

ほむらは時間を遡り、一箇月前に戻ってきた直後だ。
つまるところ、ワルプルギスの夜を越えられず、前の時間軸のまどかを喪った直後だったということだ。
悲しくて、辛くて、心細くて。胸は張り裂け、破れた血袋からは体液がぼたぼたと零れ落ちていた。
だから一刻も早くまどかの姿を見て、安心したかった。

案じるのは、まどかの安否。
それこそが、ほむらの力の源。
まどかが生きているなら、私もまだ動ける。

――ほむらは、まどかの生を通して自分自身の生を実感していたのだ。

軽く嘆息して、ほむらは思い直す。
これ以上、予定に変更はない。帰宅が遅れれば、その分今後の行動にも支障が出るのだ。
名残惜しさを抑え込み、ほむらは帰途を今まで以上の早足で歩いた。


夜の街は、相変わらずで何も代わり映えがしなかった。
近年、急激に開発が進み高層ビルディングが連なる街並の夜景は、
ロマンティックなデートやイベントにはお誂え向きだが、ほむらの濁った眼には無機質な病室と大差なく映った。
心がささくれ立っているな、とほむらは自嘲する。

だがその荒んだ気持ちも、まどかの顔を一目見れば治まるに違いない。
目指すは鹿目家。そこで一頻りキュゥべえを警戒し、平穏に過ごしているかだけ確認すればいい。
まどかに覚られず、ただ陰から。
それでいい。

一人首肯して、夜の闇を駆け出す影。足取りは決して軽くはない。
またしてもまどかを護れなかったという悔悟の念は、今尚ほむらを責め苛んでいた。
その気持ちを振り払いたいが為の、疾走。
傷心を慰められたいが故の、まどかへの渇望。

祈りはいつしか、呪いへと変わる。
全てはまどかの為にと、思い詰めるほむらの心は、呪縛に囚われていた。

……ほむらには、もう時間が残されていないのかも知れない。
6 :以下、VIPPERに代わりましてGUNMARがお送りします [saga]:2012/02/11(土) 17:55:51.91 ID:SSZUNYll0
まどかの住む家。
閑静な住宅街にある、親子4人で暮らすには十分な面積を誇る、その佇まい。
宵の空に負けじと、煌々と灯る光が見えてきた。

様子がおかしいとほむらが気付いたのは、家まで大分近付いてからだった。
その違和感を一言で表すなら、……人の気配が多過ぎた。
いや、実際に居るのだ。まどかの家の前には、ほむらにも見覚えのない者が数人居た。

そして、彼らは皆一様に黒い礼服を着込み、門前の男性に会釈し、
何事か話すと、やがて粛々と家の中へと入っていく――

その光景を理解した時、ほむらは顔からゆっくりと血の気が引いていくのを感じた。

「まさか――」

いや、違う。
そんなことがあってはならない。
それはほむらにとって、絶対に許されないことなのだ。

頭(かぶり)を振って、脳裏に浮かんだ最悪のビジョンを打ち消す。
目前のアレが何なのかは分かってしまった。
だが、まどかだと決まった訳ではない。
確率にして4分の1だ、まどかじゃない可能性の方が高いんだ、そんな身勝手な願望を抱く。

眩暈がした。
動揺して平衡感覚を失ったほむらは、ふらふらと覚束無い足取りで門前まで辿り着く。
そのまま受付の男性を無視して、靴を脱ぎ、家へと上がり込んだ。
壁面に何やら貼り紙がしてあったが、ほむらがそれに注意を払う余裕はなかった。

リビングの隣の部屋、奥まった場所に、人が集まっている。
事ここに至って、ほむらは足が竦んで動けなくなるのを、否応無しに感じていた。
まどかではない、という希望を求めながら、確かめねばならずにここまで来た。
そして、その答え次第では、ほむらは奈落の底へ沈むことになる。
そう考えると、恐ろしくて二の足を踏むのだ。

確認する前に、一度呼吸を整えようと思ったが、一向に動悸は治まらない。
身体の芯から指先まで、震えが止まらない。

留まっていても事態は好転しない。
何らかの答えを得ぬ限り、今の心境からは解放されないからだ。
ごくり、とほむらは唾を飲み込んで。

人の輪の中心で、一人静かに横たわる、物言わぬ鹿目まどかの姿を確認した。

「あ、ああぁぁぁっ……」

今度こそ、ほむらは完全に理解した。
理解してしまったからこそ、力なくその場に崩折れる。
弱々しく声を上げ、行き場を失った感情が爆発して弾ける。

私は、また、亡くしたのだ。
ぐわんぐわんぐわんぐわん……
誰かの声が頭の中で何度も反響するかの様に、思考を幻聴に侵される感覚。
視界は目まぐるしく上下が入れ替わり、座っていることさえ出来ない。


――今回も、ハッピーエンドなんて、ない。


混濁した意識の中、
ほむらは辛うじて倒れることを拒みながら、
そんなことを、思った。
7 :以下、VIPPERに代わりましてGUNMARがお送りします [saga]:2012/02/11(土) 17:56:28.57 ID:SSZUNYll0
今回はここまで

投下は遅いよ。本当に遅いよ。
8 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) [sage]:2012/02/11(土) 18:02:10.51 ID:VVIIecyS0

最初からまどか死亡は新しいね
続き楽しみに待ってます
9 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/11(土) 18:03:54.97 ID:3hjVOinpo
これは期待
10 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(静岡県) :2012/02/11(土) 19:13:58.64 ID:9vnDYpnv0

まどかがいきなり死亡とは・・・
11 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/11(土) 19:26:56.20 ID:ifu2kZXc0

>>1の注意書きの2項目は、逆に言うと一ヶ月経過しないうちは遡行できないってことか
12 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(栃木県) [sage]:2012/02/11(土) 20:26:04.11 ID:3w+LVjkd0
すっげぇ気になる 乙!
13 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/12(日) 01:28:52.88 ID:wv67B0RC0
ブクマしました
14 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県) [sage]:2012/02/12(日) 08:49:46.51 ID:EMpPXEKCo

>>1の注意書きの時間停止関係の設定は原作に忠実だな
どうなるのか期待で胸が膨らむぜ
15 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) [sage]:2012/02/12(日) 12:59:41.48 ID:P8NfmZyoo
>>14
設定云々が原作のままだったから「?」ってなったがそういう事か
16 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) [sage]:2012/02/12(日) 13:02:34.22 ID:P8NfmZyoo
安価ミス>>11だったわ
しかしまどか死んだ理由が今脳裏をよぎった通りだったら悲惨過ぎるぞ
あえて言わんけど
17 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [sage]:2012/02/12(日) 15:52:19.06 ID:Z4zkw2aq0
有効射程距離80メートル

ほう、期待
18 :以下、VIPPERに代わりましてGUNMARがお送りします [saga]:2012/02/16(木) 00:34:40.89 ID:hAmAlqxK0
この後時間が取れなくなりそうなので、今回は早めに投下。
徐々に遅くなります。

通夜は翌日・告別式は翌々日予定。
19 :以下、VIPPERに代わりましてGUNMARがお送りします [saga]:2012/02/16(木) 00:35:19.83 ID:hAmAlqxK0
翌日、未明。
夜も更けて街は闇に包まれ、静寂が訪れる。
時折、表通りを走る車のエンジン音も届かない寂れたアパートの一室で、
カーテンを閉め切り、一条の光すら射さない闇の中にぼんやりと浮かぶ双眸。

ほむらは、自宅へと帰ってきた。
何処をどう通って、は覚えていない。
気がついたら自室に居た、という表現が正しいのかも知れない。
それくらい、地に足が着いていなかった。

夢だと思いたかった。信じたくなかった。
それでも、瞳を閉じると、二度と動かないまどかの横たわる姿が、瞼の裏に焼き付いてくるのだ。
だから今もこうして、必死に目を開いている。

悲しいことに、ほむらは人の死に慣れてきていた。
何度も同じ人間の死を目の当たりにすることで、ほむらの感性は環境に適応する為に、感情を殺し始めたのだ。
それを非難することなど、出来はしない。

だが、まどかにだけは冷徹になりきれなかった。
想いは溢れ、感情の奔流は涙腺を刺激して止め処なく零れ落ちる。
拭っても、拭っても。

喪った悲しみから、次の時間軸でのまどかを求めた。
しかし、ほむらの望みは敢え無く断たれた。
この世で最も愛する者を主観24時間以内に、異なる理由で二度喪うという、悲劇。
傷口に塩を塗り込まれる痛みに、ほむらの心は悲鳴を上げていた。

眠れない。
胸の内は波打ち、揺れ動き、穏やかな気持ちで休むことなど出来そうにない。
眠らない。
まどかの姿がフラッシュバックして、幾度も脳裏を掠めるから。

そうして微動だにせず、ささくれた畳の上で膝を抱えたまま、どれほどの時間が経ったのだろう。
涙も涸れ、頬には流れた跡が白い筋となって残る。
きっと酷い顔をしているのだろうな、とほむらは思う。

この世界は、とても理不尽だ。それを改めて思い知っただけだ。
だけど、とどうしても考えてしまう。考えずにはいられない。
何故、まどかが、と。

鹿目まどか。本人曰く、何も取り得が無い、誰の役にも立てない女の子。
ほむらにとっては、優しく、誰よりも優しく、押しは決して強くないが、誰かの為に勇気が出せる子。
命の恩人で、私に生きる意味を与えてくれた子。我が身を投げ打っても構わない、とさえ思わせてくれる子。
……これから一箇月以上、決して生きられない女の子。

ワルプルギスの夜を越えられない、ということは今までに何度もあった。
だから良い、というものでは決してないが、そこが最後にして最大の障害だというのは、承知の上だった。
ならば、今回は一体何だ?

まどかを救う道筋は、糸の様に細く頼りない一本道なのだ。
少しでも辿り間違えれば、まどかに明日はない。
でも、だからと言って。

「こんなことって……」

胸に痞えた悪感情もろとも吐き出す様に、ほむらはやっとそれだけの言葉を呟いた。
誰に言うでもなく、ただただ、遣り切れなさから口をついて出た一言。

虚を衝かれる形で、まどかを喪った。
余りにも唐突に。こんなにも呆気無く、まどかは死ぬ。
幸せとは、薄氷の上をそっと踏み歩く様なものなのだ。
20 :以下、VIPPERに代わりましてGUNMARがお送りします [saga]:2012/02/16(木) 00:35:59.95 ID:hAmAlqxK0
しんと静まり返った室内。無音が却って耳に痛い。
その痛みは、ほむらが身に纏う空気の重さだ。

夜のしじまに堪えかねて、徐に立ち上がったほむらは、部屋の中央に垂れ下がる紐を引っ張った。
スイッチが入り、蛍光灯の白さが室内を満たしたが、暗がりに慣れきっていたほむらは、眩しさに目を塞ぐ。
徐々に明るさに目が慣れてくると、やがて部屋全体が見渡せる様になり、そして机の上にある物を見て、ほむらはぎょっとした。

古い勉強机の上には、半分以上が黒ずんで濁ったソウルジェムが置いてあった。

しまった、とほむらは臍を噛んだ。
不意打ちだった分、ダメージが尾を引いてしまった様だ。
自分がどれだけ危うい状態にあったのか、見える形で提示されて、寧ろ僥倖だったと言うべきか。

泣いて落ち込んでいる場合じゃない。
ソウルジェムの管理は、きちんと行わなければ。
ほむらの様な魔法少女にとって、それは文字通りの死活問題なのだ。
……その重要性に気付いている魔法少女が、さほど多くないというのは残酷だったが。

ほむらは台所へ行き、流しの蛇口を捻って、水でバシャバシャと顔を洗った。
大雑把に、手拭きタオルで顔をごしごしと拭う。
宛ら心に沁み付いた涙まで、洗い流す様にして。

部屋の反対にある壁掛けの時計を見遣ると、時刻は午前3時を指し示していた。
明け方までは、もう暫く間がある。
眠るには中途半端だが、今から魔女退治というのも効率が悪い。
これから、どうするべきか。考えを巡らせる。

目下の急務は、ソウルジェムを浄化する為に必要なグリーフシードの確保だろう。
これは最優先。
問題は、その後だ。

まどかが、居ない。
今回のほむらには、最大にして唯一の目的が無いのだ。
一体、どういう行動を取ればいい?

まどかの為にしてきた行為。今回に於いてはその一切が必要無い。
例えば――キュゥべえを攻撃して、まどかとの接触を阻止する行動。
ほぼ無限に沸いてくるアレを殺しても不毛なのは分かっていたが、やらざるを得なかった。

そうだ。ワルプルギスの夜。
あいつと戦う必要も、ない。
最終決戦に備えて、多量の兵器を調達する理由も無い。
ほむらも、手段を選ばないとは言っても、自衛隊や米軍基地に侵入しての窃盗行為には気が咎めていた。
凡そ有り得ないレベルの不祥事に、飛んだクビの数は一つや二つでは済まない筈だ。

ワルプルギスの夜と戦わないなら、他の魔法少女、巴マミや佐倉杏子と手を結ぶ道理も無い。
尤も、彼女等はそれぞれに手強いので、下手に反感を買い、敵対しない様に注意を払うべきではあるが。
行う必要性が無い、となるとこんなところか。

ほむらが今回取るべきは。
それ以外、つまり魔女を狩る者としての、多くの魔法少女と同じ行動。

ソウルジェムを使って魔女や使い魔を探索し、
魔女を退治してグリーフシードを手に入れ、
ソウルジェムに溜まった穢れを取り除く。

……それだけ?
何だか拍子抜けだ、とほむらは思った。
と言っても、これがごく一般的な魔法少女の日常なのだ。
ほむらの様に特殊な環境下で、過密なスケジュールをこなす者はそうは居ない。
21 :以下、VIPPERに代わりましてGUNMARがお送りします [saga]:2012/02/16(木) 00:36:30.35 ID:hAmAlqxK0
断っておくが、今挙げた事柄を容易いとするのは誤りだ。
これはほむらが、何度も過去と未来を行き来することで得た、
見滝原に現れる数々の魔女に対する、圧倒的なアドバンテージがあるからこそ成せる業なのだ。
その域へほむらが到達するまでに、死の恐怖や命の危険に幾度も晒されたことは言うまでもない。

ともあれ、大まかな行動方針は決まった。
この回は、次への準備期間だと割り切るしかないだろう。
目的が既に失われた今、ミスを犯さずに繋ぐのが最大の課題ではないか。

通常の魔女を倒すのに、ほむらにとって必要な物。
時間停止の魔法と、設置・投擲用の時限爆弾。その他小道具。培った技術と経験。そして、統計。
これらを駆使して、魔女の討伐を行う。

速やかに補うべき事項がこの中にあるとすれば、爆弾の製作くらいだろう。
その為に必要な部品・火薬類は、買い物や窃盗で入手している。
準備万端とは言い難いし、気持ちはとても不安定だったけれど。
今日から、再出発するしかない。

朝になるまで、ほんの数時間。
上手く眠りにつけそうにないが、長時間じっと丸まり強張った身体を少しでも休めよう、と
ほむらは横になり布団を被った。
そのまま、己の無意識の底へ、どこまでも深く深く沈み込む様に固く目を閉じた……。


太陽も頂上を過ぎた頃、ほむらは統計に従い魔女退治を行う為、緑地公園へ赴いていた。
この日時、中央部の人気の少ない森林地帯に踏み入れば、高確率で数時間の間に魔女に遭遇出来るスポットだ。
一般人にはどうあっても遠慮して頂きたいコースである。
……因みに、お手製爆弾や拳銃などは盾に格納済みだ。

昼下がりの公園は、小さな子供連れの母親や、休日を満喫していると思しき数人組が居る程度だ。
他に見えるのは、ベンチに座った後姿や、軽食屋台くらいのもの。

辺り一面を包む穏やかな陽気に反して、ほむらの心には、冷たい隙間風が吹き込んでいた。
まどかが居ないというのに、世界はこんなにも変わりなく流れ続けている。
その事実が、ほむらにはとても辛かった。

以前に魔女が出現したポイントは、この緑地公園でも外周入口からは最も遠い部分、中央部になる。
魔女というものは、普段は結界に隠れ潜み、人の目を逃れて転々としている。
結界を張って過ごすのも、大抵は人目につかない場所だ。

芝生の横を通り抜け、木々が生い茂る所まで来ると、ほむらはソウルジェムを宝石形にして、反応を確かめる。
微かに反応があった。ソウルジェムは鈍く明滅し、ここに何らかの怪異が在ることを示していた。
だが、これは――。

「反応が弱い……魔女ではなく、使い魔?」

公園に向かう道すがら、時折反応を確認してはいたのだが、一般には結界との距離が離れるほど、敵の力量を測るのは難しくなる。
これだけ近付いても大した反応が出ないのなら、ここに居るのは魔女本体から独立した使い魔の可能性が高い。
ハズレだったか、とほむらが内心で舌打ちした、その時。
ソウルジェムが再び明滅し、次なる敵の出現を告げた。


……結局、数時間捜索した挙句、収穫はゼロ。
新たに現れた反応は数km以上先を示していたが、ソウルジェムの輝きからいって、魔女だろうと推測出来た。
渡りに船とばかりに、ほむらは現場へ急行したのだが、到着する頃には魔女は逃げた様で、反応は消えてしまっていた。
その後、魔女の姿を求めてそれらしいポイントを巡るも、悉く不発。
骨折り損の草臥れ儲け、とはこのことだ。

万事が常に上手く運ぶ筈はないので、こんな日もあると思わねばならない。
が、現実的な問題として、ほむらのソウルジェムはかなり濁っていた。
ソウルジェムの真実を知る者としては、この状態は気が気でないのだ。

ほむらは、先程の緑地公園まで戻ってきた。
特に戦果も挙げられず、また今夜は魔女の出現率が統計上低い為、公園を通過して帰宅するつもりだった。
そろそろ夕刻。空は、相変わらずほむらの癇に障る、憎らしいまでの晴れ模様が紅に染まろうとする――その瞬間だった。
22 :以下、VIPPERに代わりましてGUNMARがお送りします [saga]:2012/02/16(木) 00:42:45.75 ID:hAmAlqxK0
芝生の上でボール遊びに興じている小学生達の向こうに、ベンチに腰掛けた人影がある。
後姿でほむらから顔は見えない。だが、あの背中は見覚えがあった。
……何のことはない、昼間に座っていたのと同一人物だからだ。
ずっと座っていたのか、随分と暇人なのだな、などとほむらは益体もないことを考える。

つくづく、儘ならない。
今日に限ったことではない。昨日から、おかしかったのだ。
出鼻を挫かれる形で突きつけられた、まどかの死。
見えざる手が、まどかをほむらの手が届かない所へ攫っていく、そんな心持ちだった。

運命という奴は、こうまでしてまどかから未来を奪うのか。
それは、まるでまどかが、この世界から締め出されている様で――
そんな世界を、ほむらは時として憎んでさえいた。

気がつけば、緑地は日暮れのオレンジに染まっていた。
ほむらにとっては、進展のない一日が終わろうとしている。

西のベンチの人影は、夕陽を背景に溶け込んで今にも消えそうだ。
橙色をした半円の中に浮く、黒く頼りない虚ろな輪郭。
黒点は陽炎の様にたゆたい、今まさに、太陽に完全に呑み込まれようとしていた。

影が蠢いた。初めそれは蠢動だったが、ゆっくりと立ち昇った黒点は、やがて夕焼け色のプロミネンスへと変化していた。
夕陽からはみ出した、その立ち姿は。

ドクン――

その姿を認めた瞬間に、ほむらは胸が激しく脈打つのを感じていた。
言葉に出来ない、上手く言い表せないが、猛烈に嫌な予感がしたのだ。
あぁ、これは、昨夜まどかの家の前で感じたのと同じものだ、とほむらは思った。
予め用意された望まない結末を、自らの目で確かめねばならない、あの堪え難い苦痛だ。

――私は、あいつを知っている。

宝石の濁りが、ほむらの心に暗い影を落とす。
魂に積もった澱は、持ち主の精神に、ダイレクトに悪影響を与える。

薄紅色の後姿は立ち尽くしている。
顔は下へ俯けたまま、動こうとしない。
一方、ほむらの足は、ほむら自身の意思を離れて、勝手に影の主の元へと向かっていた。
見たくない物から目を背けようと、ほむらは抗ったのだが、糸で繰られた傀儡の様に、身体は前に進むことを止めてはくれない。
一歩、また一歩と。

影は未だ動かない。ほむらが着実に近付いているというのに。
それはおかしい。不安と焦燥はますます煽られる。
ほむらに気付いていない? ……それはない。
アレがもし、ほむらの知る人物であるなら、気付いてないなんて有る筈がないのだ。
少なくとも、ほむらはそう信じている。

真赤に燃える遊歩道に立ち尽くす、彫塑の様に冷たい後姿。
染まる色とは裏腹に、そこには熱が感じられない。
ほむらの目前に、生命の宿らない人形じみた影が、しかし立ち塞がっている。
ほむらが背後に近付いても、こちらに向き直る様子は見られない。

意を決して、ほむらは影の前方に回り込み、夕陽を背にして向き直る。
そして、俯いたままの人影を、視線で射殺さんとばかりに冷然と睨みつけた。

ぴくり、と像が微かに身動ぎし、緩やかなウェーブのかかった髪が揺れる。
太陽を背にしたほむらの長く伸びた影が、彼女の視界を遮ったのだ。
すぐ傍に誰か居ることに、たった今初めて気付いたのか、ハッと息を飲む音が聞こえた。
少女が、ずっと俯かせ、伏せていた面をのろのろと上げる。
その、顔は。
23 :以下、VIPPERに代わりましてGUNMARがお送りします [saga]:2012/02/16(木) 00:43:37.96 ID:hAmAlqxK0
「美国、織莉子……ッ!」

斯くして、疑念には悪魔の答えが提示される。
不安は確信に。焦燥は心痛に。

美国織莉子。暁美ほむらが地球上で、最も出遭いたくない人間。
数々の時間軸上、最悪のイレギュラーにして、忌むべき仇敵。
自らの命に代えてでも、無関係な人間を大量殺戮に巻き込んでまでも、鹿目まどかの殺害に妄執を見せる、白色の魔法少女。
それが、ほむらの目前に、居た。

一度きりであって欲しいと、そう願っていた。
魔女の欠片に貫かれ、絶命したまどかを思い出す度に、あんな奴とは金輪際関わることのない様に、とほむらは思うばかりだった。
もしも、今後、出遭ってしまった時は……

必ず、殺してやる。

瞬時に身体中の血液が沸騰し、憤怒と憎悪の火は、ほむらの身も心も激しく焦がす。
……怒りは、激情は、暴力的でどす黒い穢れの色をしていた。
ほむらの、嘗ては紫色の輝きを見せていたソウルジェムが、絶望の黒にジワジワと侵食されていく――!

黒い情念も露わに、我を忘れ復讐心と殺意の塊となったほむらは、
こちらを向き、放心している織莉子の細い首に手をかけ、力任せに締め上げた。

「か……っ」

忽ち、首を絞められた織莉子の瞳が驚きに見開かれ、次いで面貌が苦悶に歪む。
織莉子はほむらの為すがままで、声すら上げることも儘ならない。
みしみしと、首がへし折れるのではないかという勢いで締め上げるほむらの目には、既に狂気が宿っていた。

皆、まどかの邪魔をする。
皆、まどかを殺そうとする。
ならば敵だ。織莉子は敵だ。紛う方なき敵なのだ。まどかを殺そうとする、最たる敵だ。
敵は殺せ。今すぐ殺せ。反撃の暇を与えるな。この女が姦計を企てる前に、握り潰してしまえばいい!

「……はな、……して」

か細い声と共に、ほむらの握りしめて蒼白になった両手に、震える織莉子の手が添えられる。
ほむらはそれを意に介さず、更に両の手に力を込めようとして、……そこで、初めて気がついた。

色白の、肌理が細かい、凡そ荒事には向いていそうにない、織莉子のほっそりした手。
その指に、ソウルジェムを形状変化させた指輪は、無い。
改めて織莉子の全身を備に観察すると、やはりソウルジェムは何処にもなく、また魔力も感知出来なかった。

――この美国織莉子は、魔法少女ではない。
事実を認識した途端、ほむらの熱は急速に冷めていく。
ほむらが首を締め上げていた手を放すと、織莉子は息を吸い込みながら、激しく咳き込んだ。
そんな織莉子を前にして、ほむらは己が仕出かした過ちに、気不味い思いをするしかなかった。

織莉子は、まどかを狙う憎むべき敵だ。
だが、認めたくはないが、今この世界にまどかはもう居ないのだ。
この場でこいつと戦う、殺す必要性は、特に見当たらない。
それなのに、完全に頭に血が上ってしまっていた。
普段のほむらなら、考えられないことだった。

(私、一体何を――?)

原因を究明しようとして、ほむらはすぐに思い当たる。
ほむらの心を映す魂の輝き、ソウルジェム。
それをほむらは取り出して、自身の精神状態を確認し、顔を顰めた。
卵形の宝石は、思わず目を逸らしたくなるほど、黒く醜悪に塗り潰されていた。

穢れの占有率は、凡そ80パーセント。直ちに浄化しなければ、危険なゾーンだ。
つい先刻まで、胸中を覆っていたのとは別種の焦りが、ほむらを支配し始める。

片や織莉子はと言えば、公園で憩いの一時と呼ぶには相応しくない、酷くやつれた顔をしていた。
ほむらに襲われて付いた、首の手形だけではない、それ以前からの痛ましい負荷の蓄積が見て取れた。
目許は散々泣き腫らしたのだろう、血色の悪い赤になっており、唇は乾き、頬も若干こけている有様だった。
そんな織莉子の、死んだ魚の様な眼が、焦れるほむらをじっと見据えていることに彼女は気付く。

織莉子の側から見れば、何の前触れもなく、初対面の相手に暴力を振われたのだ。
注がれる視線が、ほむらを責め立てる類の物であっても、それは寧ろ当然のことだ。

「ごめん……なさい……人違いでした」

ほむらはそれだけをやっと言葉にし、踵を返す。織莉子からの返答は聞かず足早に、その場を辞した。
眼前の織莉子と、自身の心。二つの重荷に圧し掛かられ、ほむらは窒息しそうで、只管もがいていた。

暁美ほむらと、美国織莉子。
決して交わる筈のなかった二人の運命が、交差するのはもう少し先の話――。
24 :以下、VIPPERに代わりましてGUNMARがお送りします [saga]:2012/02/16(木) 00:44:26.25 ID:hAmAlqxK0
今回はここまで
25 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/16(木) 00:48:58.59 ID:lav2M+43o
26 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/16(木) 02:58:29.55 ID:9VToahqxo

まどかの死因が気になるな
27 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府) [sage]:2012/02/16(木) 08:25:37.57 ID:T/Jf4YSp0
これ、キリカがいたらほむら終了のお知らせじゃなかろうか
28 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/17(金) 23:51:48.86 ID:swed7aT90
契約してないとは予想外
29 :以下、VIPPERに代わりましてGUNMARがお送りします [sage]:2012/02/19(日) 04:17:01.01 ID:p+9Jzgv90
1レス60行程度で投下していますが、読み難くはありませんか?
改行には気を遣っているつもりですが、他の方のブラウザでどう見えるかまでは
想定しきれておりませんので……。
30 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) [sage]:2012/02/19(日) 04:36:12.94 ID:oC1UPHiho
特に読み辛いとかは無い
早く続きを……
31 :以下、VIPPERに代わりましてGUNMARがお送りします [sage]:2012/02/19(日) 10:21:52.86 ID:p+9Jzgv90
進捗状況は30パーセントといったところです。
もう暫くお待ち下さい。
32 :以下、VIPPERに代わりましてGUNMARがお送りします [saga]:2012/02/29(水) 20:51:01.96 ID:fRW4icTG0
投下開始。序に補足。
>>1はレンタルでまどマギを観たので、特典CDの話の詳しい内容までは知りません。
エイミーや勉強会やマミあんも興味を惹かれるのですが……。
33 :以下、VIPPERに代わりましてGUNMARがお送りします [saga]:2012/02/29(水) 20:51:47.49 ID:fRW4icTG0
夕闇に染まる街の雑踏を、頼りない歩調で進む影が一つ。
自身の気持ちを理解も出来ないまま、何かから逃げる様に、人の群れに身を隠しながら彷徨い歩く。
ほむらは、運命の迷路を廻り続けている。

暁美ほむらという少女の本質は、とても脆い。
本来、容易く絶望に呑まれてしまう筈のほむらが、そうならずに済んでいたのは何故か。
それは偏に、時間遡行による危機回避があったからに他ならない。

まどかの救済という目的が失敗したほむらは、次の時間軸でのまどかという名の希望を求めて旅立つ。
まどかが生きている、話している、笑い掛ける。それだけでほむらは戦えた。
ほむらが立つには、まどかの存在が必要不可欠なのだ。

それ故に、まどかが斃れた後のほむらは、心の平穏の為にも、速やかに時を巻き戻さねばならなかった。
しかし、今それは叶わない。
あと一月近く、時間遡行が行える様になるまで、この虚しい時をやり過ごすしかない。
まどかが居ない世界で生きていくことは、ほむらにとっては拷問に等しい。

まどかという支えを失い、間断なく責め苦を受けるほむらの心は、横薙ぎの風に吹き崩される寸前だった。
だから、不意に遭遇した美国織莉子に狼狽し、行き場を失くした感情が暴力という形で表出してしまった。
付け加えるなら、既にソウルジェムが過半濁っていたことも、暴走の一因と言えるだろう。
何にしても、今のほむらが非常に不安定なのは間違いなかった。

まどかが居なければ、立つことすら儘ならぬ自分という存在。
ほむらは、否応無しに自身の弱さを突き付けられ、心身ともに疲弊しきっていた。
だからこそ、今も逃げている。
……ほむらを追ってくる、儚い蜃気楼の様な人影から。

奥歯を強く噛み締め、苛立ちを隠しきれずにいるほむらが、背後から不穏な気配を感じたのは
夕暮れの緑地公園を立ち去ってから、そう間を置かずにだった。
最初は、勘違いかと疑った。念の為、何度か無意味に角を曲がり、同じ場所に戻ったりしてみた。
すると気配は、まるでほむらに寄り添う様に、ぴったりとある一定以内の距離を保ちながら、尾行してくるのだ。

感覚が鋭敏になっていたのではない。寧ろ、警戒する余裕などない状態だ。
それでもほむらが気付けたのは、相手にも気配を隠す余裕が無いか、技術が無いか、或いはその両方――だ。
必要が無い、という可能性もあるが、ここで考慮に入れる意味は余り無い。
何故なら――。

「一度謝ったでしょう。まだ言葉が足りなかった?」

人気の無い路地に誘い込み、相手に隠れる場所がなくなった所で、先に根負けしたほむらが声を掛ける。
突然ほむらに振り向かれ、びくりと緊張に固まる、やや高めの背丈より一回り以上も小さく見える立ち姿。
柳眉を八の字に曲げ、怯えた瞳をした織莉子だった。

目の前に居る織莉子が責任を追及する狙いなら、ほむらはそれに応じて今一度、誠心誠意頭を下げねばならない。
それで済むならいい。言葉と態度を尽くし、相手が納得すれば織莉子とはそれきりだ。
だが、もしそれ以外の用件である時は。……適当にあしらって切り上げたい。

「あなたは――」

僅かばかりの決意を表情に籠めて、織莉子が口を開く。一旦言葉を切り、選ぶ様に慎重に繋ぐ。

「あなたは、……私をご存知なのですか?」

ほむらは、この織莉子の言葉にも態度にも、戸惑いを覚えた。
今までずっと後をつけ回して、何らかの躊躇があるのだと言うことは察していた。
それはきっと、暴力的なほむらに対する怯えに相違ないだろう。

(本当にこれが、あの美国織莉子なの?)

ほむらの知る限り、織莉子という人物はもっと恐ろしい人の姿をした何か、なのだ。
人を人とも思わぬ、冷酷で非道で執念深い、目的の為に徹底して少数を切り捨てる卑劣な敵。
のみならず必要とあらば、自分の命さえも切り捨てる側に数える、死を覚悟した者の強みを備えていた。
あの圧倒的な胆力を前にして、嘗てのほむらは襲い来る恐怖心とも必死に闘っていたものだ。
ほむらには、あの時対峙した怪物と、目前の整った容貌を悲しみに曇らせた同年代の少女が、どうしても繋がらなかった。
34 :以下、VIPPERに代わりましてGUNMARがお送りします [saga]:2012/02/29(水) 20:52:29.96 ID:fRW4icTG0
「人違いと言った筈よ」

「いいえ、それは嘘です。……若しくは、誤りです」

織莉子は、どうやら先程の失態を責めているのではなさそうだったが、ほむらの言質を逃してはくれなかった。

「私の顔を見た時に、ご自分で仰られましたよね? ……美国織莉子、と。私を、確かにそう呼んだ」

「……ッ」

ほむらは返答に窮する。
あの時は気が動転しており、何を口走ったかあやふやだったので、否定も出来なかった。
何より、ほむらは事実、織莉子の名前を知っている。
しかし、そうなるとこの織莉子は何を言いたいのか。

「何処かでお会いしました? 白女(はくじょ)に通っていた……? 私は生徒会長でしたが、あなたには見覚えがありません」

記憶違いでしょうか、と首を傾げる織莉子。
ほむらには、魔法少女でもないただの中学生であろうこの織莉子が、自分に対して何を求めているのか読めなかった。

「不躾で申し訳ありませんが、宜しければお名前を教えて頂けませんか? それで思い出せるかも知れません」

「……話はそれだけ?」

「え……」

ほむらは、話が長引きそうだ、と思った。
ここに居る織莉子が敵対していないのなら、今はそれで十分。
それよりも、魔女狩りが先決だ。一般人を連れていては邪魔になる。
統計上、今夜は魔女の出現率が低いが、贅沢は言っていられない。
ほむらは一刻も早く、ソウルジェムにこびり付いた不快な濁りを取り除きたかった。

「悪いけど、今は急いでいるの。話なら後にして頂戴」

言うが早いか、用は済んだとばかりに立ち去ろうとするほむら。

「ま、待って! ……待って下さい!」

「……」

逼迫した空気が、切実な響きを持って放たれた。
ほむらに恐れ慄きながら言葉を選んでいた織莉子が、声を張り上げたのだ。
これには、織莉子に対し半ば背を向けていたほむらも、僅かにだが驚いた。

「行かないで」

――懇願。警戒するほむらの予想に反して、次いで紡ぎ出された言葉は弱く頼りない。

「あなたは誰なの? 私があなたに何かしたの? 教えて!」

ヒートアップしている織莉子の心情に反比例して、ほむらの心は冷めていく。
目の前の女が、何をそんなに拘っているのか全く理解出来なかったからだ。

それよりも、グリーフシードがすぐにでも必要なのだ。
今のほむらに、他人を気に掛ける余裕など、とても無い。
況してや、その相手が不倶戴天の敵ともなれば尚更だ。
織莉子を前にして、いつソウルジェムが濁り出すかと思うと、一刻も早く去りたい。
35 :以下、VIPPERに代わりましてGUNMARがお送りします [saga]:2012/02/29(水) 20:53:10.05 ID:fRW4icTG0
「……」

ほむらは、無言で織莉子を睨み返す。お前と話すことなど何も無い、と言わんばかりに。
そうして、半身を完全に翻し、今度こそ立ち去ろうとした。
即座に制止の声が入るかと内心身構えるほむらだったが、意外にも背後から反応は無かった。
それはそれで気味が悪いな、と思いつつも、振り返ることなく歩き出す。

細い路地に吹き込むビル風が、一瞬だけ高い音を立てた。

「やはり――」

風切り音を合図にして、再び織莉子の声が響く。
まるで答えを理解したかの様に。他では得難い宝を手にしたかの様に。
その声音は、これまでの怯えとも懇願とも違う、独特の感情を籠めて朗々としていた。

「あなたは、私を憎んでいるのですね」

言葉とは裏腹の、何処か清々しく満ち足りた声色に、しかしほむらは気付かない。
織莉子の核心を突いた問いに、ほむらの胸は再度ざわつく。
気がつくと、自然と答えていた。

「ええ、そうよ。私は、お前を許さない」

ほむらはそれだけ吐き捨てると、路地の角を曲がり、雑踏に紛れて織莉子からは完全に見えなくなった。
後には、やや寂れた路地に織莉子がただ一人残される。
その瞳からは、涙が溢れていた。


時刻は18時を回っている。
街路には照明が灯り、街は昼とはまた違った顔を行き交う人々に見せていた。
活気に満ちた盛り場の外れにある、現実から切り離された空間。
この世ならざる異界の住人、魔女が棲む禁忌のテリトリー。
人の営みの死角に潜むは、人の心身を死角から食らう獣。

ほむらはそんな「街の死角」を片っ端から廻るが、元々統計上、今夜は期待薄だ。
予想通りというか、戦果は全く以て芳しくない。
悪いことは続くものだ、とほむらは、何度目になるかも分からない溜息を吐いた。
これは早々に切り上げた方がいいか。そんな風に考える。

今頃鹿目家では、まどかの通夜が執り行われている筈だ。
ほむらは、心苦しいが今夜は行けそうにない……そう、結論付けた。
それは、単純にグリーフシードの確保という問題には留まらない。

このみっともない今の自分が、事切れたまどかに会えば、きっと二度と立ち上がれなくなってしまう。
魂は絶望に染まりきり、人の形を保つことはなくなり、心さえ失ってしまうことだろう。
そう考えるほむらは、まどかの死を直視することを恐れ、避けていた。

何か別のことを考えよう。そうしなければ、気がおかしくなりそうだ。
血が滲んだ胸の内は、ほむらに現実逃避を選ばせようとする。
しかし、考えない様にと思えば思うほど、考えてしまうのが人というもの。

脳裏に浮かぶのは、昨夜目にした、床に横たわるまどかの姿。
直後、様々な時間軸での、唯一無二の友の無惨な死が、瞼に映っては消えていく。

……こんな状況が、前にも一度だけあった。
目的を失い、時を巻き戻すまでの日々の多くを、無為に過ごした嘗ての時間軸。
極力忘れようと努めた、悪夢の再現が、今まさにほむらの胸を締め付ける。

(美国織莉子……)

見滝原中全てを巻き込んだ惨劇の後、ほむらは織莉子の素性を血眼になって調べたが、
その結果分かったのは、新聞の紙面を躍る見出しに申し訳程度の記事、……それらと、大差ない情報だった。
織莉子の父に掛かる不正疑惑、その後の自殺。これが原因で織莉子は魔法少女になり、まどかの殺害計画を企てたのだと察しはついた。
だが、ほむらはあくまで一介の中学生に過ぎず、強力無比な時間操作能力を持ってはいても、政界の実情になど微塵も詳しくない。
美国議員が何者かに陥れられた可能性も考えたが、舞台の背景となる人間関係が分からない以上
ほむらに打つ手は無く、せめて今後は同じ事態が起こらぬ様にと、祈る他なかったのだ。

――いつしか、ほむらは織莉子についての考察に没頭していた。
尤も、今し方の苦しみを、ほむらに忘れさせるのが織莉子というのは、皮肉と呼ぶしかなかったが。
36 :以下、VIPPERに代わりましてGUNMARがお送りします [saga]:2012/02/29(水) 20:53:54.53 ID:fRW4icTG0
過去十数回に亘る繰り返しの中、一度だけ現れたイレギュラー。それが織莉子だ。
なればこそ、低確率で発生する単なる偶然だったのだと、ほむらも諦めがついた。

而して織莉子は、再びほむらの前に姿を現した。
ほむらにとっては、織莉子の存在そのものが不吉の象徴だ。
今回の織莉子に魔法の力は無いが、放置するべきではなかったか、とほむらは己の浅慮を悔いる。

ほむらに対し、あの織莉子は何かを必死に訴えていた。
私を知っているのか、私を憎んでいるのか、と。
ほむらの側にしてみれば、今更確認するまでもなく憎いに決まっている。
が、あれはそういう類の問いではない筈だ。
憔悴しきった織莉子の顔を思い出すにつれ、ほむらが危惧していた事態が起こったのだと、考えざるを得なくなった。
ならば、織莉子の問いは「汚職議員の娘である私が嫌いか」という意味合いだろう。
数々の平行世界に於ける可能性を知る、ほむら個人の事情など、今の織莉子に知る由もない。
キュゥべえが織莉子に教えた……という線も一瞬疑ったが、この時間内では、まだほむらと接触すらしていない。

(……考えすぎね。それにしても)

意外だった、とほむらは独りごちた。
そしてすぐに、いえ、そうでもないわね、と訂正する。

一目見れば、十人中十人がそうと答えるほど、あの織莉子は憐れを誘う沈痛な面持ちをしていた。
今になって思い返せば思い返すほど、魔法少女の織莉子とは何もかもが違う、そんな雰囲気を身に纏っていた。
しかし、それは冷静に考えれば何もおかしなことではないのだ。

巴マミ。
ほむらに戦い方を教えてくれた、面倒見がよく、優しい魔法少女の先輩。
……ほむらに銃口を向けてきた時の、悲痛に歪んだ表情。

美樹さやか。
人懐こく友達想いの、明るい笑顔が特徴のクラスメート。
……戦いに身を投じると脆い心の均衡が崩れ、世界に呪いを撒き散らしてしまう少女。

佐倉杏子。
隣町を縄張りにする、身勝手で他者の迷惑を省みない利己主義者。
……本心では人の為に生きたいと願い、根本的な悪人にはなれずにいる魔法少女。

人には幾つもの顔があり、普段見せている部分だけが、その人物の本質とは限らない。
一箇月のループで、ほむらが学んだ教訓の一つである。
ほむらにはこれまで知る機会がなかっただけで、あの織莉子もまた、彼女が持つ側面の一つなのだろう。
そう、結論付ける。そしてほむらの推測は、正しくその通りだった。

思考に一区切りがついたところで、ほむらは大きく息を吐き、それから濃紺の空を仰ぐ。
今日はもう引き揚げよう。上手くいかない時は、何をやっても上手くいかないものだ。
事態が好転するまで、堪えて待つしかない。私は本当に手際が悪いな、とほむらは沈み込む。

……ほむらは、まだ気付いていない。
何故、織莉子が追ってきたあの時に、完全に向き直り話に耳を傾けなかったのか。
会話を打ち切ったところで魔女の発見が困難なのは、予め分かっていたことなのだ。

単純に換算出来る様な時間などではなく、ほむらの心の深奥にこそ最大の課題があるのだと、
彼女自身が気付かない限り、永遠の迷路の出口は決して姿を現さない。
37 :以下、VIPPERに代わりましてGUNMARがお送りします [saga]:2012/02/29(水) 20:54:33.34 ID:fRW4icTG0




『――嘘吐き』


美国織莉子にとって、父とは世界の大部分を占める存在だった。
織莉子といえば美国久臣議員の愛娘であり、美国家の息女というのが世間一般の認識だ。
そのことについて織莉子自身、当然と受け止め、周囲の期待を一身に受け、
文武にも社交にも妥協せず、努力を怠ることなく結果を残し、そうして賛辞を浴びてきた。
私が失態を犯すことは、そのまま美国の名を穢し、お父様に恥を掻かせることになる。
それは、あってはならないことだ。
織莉子にとっては、父の笑顔と喜ぶ姿が、至上の幸福だった。

織莉子の父は、理想に燃える政治家である。
国をより良く。その第一歩として、まずこの街からより良い暮らしへというのが、彼の口癖だった。
織莉子の物心が付いた頃には、既に街宣車で演説を行う父の姿が記憶にあった。
幼い織莉子に、政治や国の仕組みといった難しい事情は分からなかったが、
父が人々の為に日夜頑張っている、というのはその精力的な活動振りから、言葉にせずとも伝わった。
お父上は才覚に恵まれた、近年稀に見るほどの傑物である――。
自宅を訪れた、父の客人である恰幅のいい紳士が、織莉子に笑いかけながら、そう教えてくれた。
それを聞いた織莉子は、父はずっと年上の偉い人にも褒められるくらい、立派な人なんだ、と子供心に思った。
そんな周りの誰からも認められる父のことを、織莉子はいつからか尊敬していた。
素晴らしい父の下に生を受け、社会的にも経済的にも何不自由なく、自身もまた周囲の人間の賞賛と羨望に包まれた日常。
織莉子の人生は、順風満帆であるかに見えた。

風向きが怪しくなったのは、少し前だったか。
数日振りに帰宅した父親の顔色は、蒼褪めたという表現を通り越して、病的に白かった。
何処かお身体を悪くされたのですか? ……心配そうに顔を覗き込む織莉子に対し父は、大丈夫だ、と短く告げるのみだった。
事務所の一つが、家宅捜索を受けたという報が織莉子の耳に届いたのは、それから遅れること半日だ。
その時から、父は酷く草臥れた暗い顔ばかりをする様になり、また警察に事情聴取を受け、家を空けることも度々あった。
やがて織莉子の父は部屋に籠もる様になり、塞ぎ込み、誰とも顔を合わせなくなっていった。

織莉子もそんな父の苦悩に心を痛めていた、ある日のこと。
夕方、帰宅してリビングに顔を出すと、珍しく晴れやかな表情をした父が居たのだ。
これまでの、苦渋に満ちた面持ちとは比べ物にならない、穏やかで優しい、織莉子がよく知る父の顔だった。
久し振りに父と顔を合わせて、一緒に食事を摂る。
合間に、二言三言と言葉を交わす、団欒の一時。
あぁ、お父様を悩ませていた心労の種は取り除かれたのだ、もう塞ぎ込んだ様子を見なくてもいいのだ。
笑顔を浮かべて会話に応じてくれる父の姿に、織莉子は安堵の胸を撫で下ろした。


――翌朝、織莉子の父は、自室で天井から垂れ下がっていた。


力無く、ぶらりと。
荒縄を首に括り付け脱力しきったその姿が、まるで首紐を引かれる牛馬の様に哀れで。
無言で娘を見下ろすレンズに射し込む光は無く、出来の悪いビー玉を眼窩に嵌め込んだ様で。
高潔な人格者である父の口許から、涎がだらしなく伝っているのが非現実的で。
娘にとって人生の規範たる父が、粗相をした子供の様に、床に異臭の漂う糞尿を撒き散らしているのがとても滑稽で。
その光景を、織莉子は一生涯忘れることはないだろう。

不意を衝かれる形で織莉子を襲った、父の惨たらしい死。
希望を抱いた矢先に、絶望に突き落とされる悲劇。
織莉子は目の前が真暗になるというのを、我が身を以て思い知った。
最愛の肉親を失った織莉子の悲しみは、如何ばかりであったろう。

織莉子と父に対するバッシングが既に始まっているのは、織莉子自身分かっていた。
だが、当初の織莉子は、清廉潔白な父が不正などする筈がないのだから堂々としていればいいと、そう信じていた。
陰口を叩かれ辛い思いをするのも、ほんの一時のことだと自分に言い聞かせていた。

居なくなる筈がないと、ずっとそう思っていた。
私を見捨てて、父が一人で勝手に逃げるなんて有り得ない。
父は、そんな織莉子の期待を裏切り、二度と手の届かない場所へと自分だけ逃げてしまったのだ。
……矢面に立たされる、愛娘を置き去りにして。
38 :以下、VIPPERに代わりましてGUNMARがお送りします [saga]:2012/02/29(水) 21:00:37.50 ID:fRW4icTG0
『――嘘吐き』

裏切られた。
お父様に裏切られた。
信じていたものに、足許の土壌を掘り返され、掬われて、根こそぎ奪われる。
余りの衝撃に耐えきれず、織莉子は尻餅をついて倒れ込む。

数日後、傷心の織莉子は学園へ来ていた。
それは、規則正しい健全な生活を送ろう、或いは父の教えを守り、模範生として他の生徒を導こうという義務感の表れではない。

お父様はもう居ない。辛かった。とても悲しかった。ここ数日で、何回泣いたか分からない。
でも。私が落ち込んでいたら、誰か慰めて、励ましてくれるかも知れない。
私達のことを快く思わない人も中には居るけれど、皆大切な学友ですもの。

少女の切なる願いを、甘い、と一笑に付すことなど出来はしない。
情や温もりを求める相手も選べないほどに、織莉子は追い詰められていた。
織莉子は、深い絶望の中に在って、そこから抜け出そうと、救いを求めていたのだ。

『よく学校に来れますわね。図太い人ね、我が校の質が落ちてしまうわ』

『盗人猛々しいってこのことを言うのね』

……そんな淡い期待は、全て原形も留めないほどに打ち砕かれてしまう。
失意の底に居る織莉子を待ち受けていたのは、周囲の人間の心無い仕打ちだった。

たった数日で、ここまで一変するものなのか。
嘗て織莉子に親しげに接し、語り掛け、褒めそやしていた学友達が。
憧憬に羨望、多少の嫉妬が混じった眼差しを向け、黄色い声を上げていた生徒達が。
まるで申し合わせでもした様に、皆一様に掌を返したのだ。

織莉子に、面と向かって話し掛けてくる者も、もう居ない。
彼女等は遠巻きに織莉子を眺め、ひそひそ声で小馬鹿にしてくるだけだ。
屈辱と哀切とが入り交じった不純物だらけの涙が、織莉子の机をぱたぱたと濡らした。

裏切られた。
友達に、……友達だと思っていた人達に裏切られた。

『先生はお会いにならないと言っています。あなた、ご自分の立場を解っておられないんですか?』

『選挙も近いというのに、不正議員の娘なんかに纏わりつかれたら堪らないでしょう?』

生徒が駄目なら、理解のありそうな大人達へ。
その希望さえも、打ち捨てられる。
立場や風評、沽券といった物を気に掛ける教職員は、織莉子に対しては生徒以上に冷たく、顔すら見せようとはしなかった。

裏切られた。
信頼していた先生達に裏切られた。

教室、校庭、屋上、職員室、体育館。
その他学園内のあらゆる箇所を、織莉子は藁をも掴む気持ちで彷徨う。
そして、理解する。
この学園の敷地内の何処を探したって、私の居場所はもう無い。
誰よりも目的意識を持ち、熱心に通い続けた学び舎に、己の得た物など何一つ無かったのだという事実が、織莉子の心を深く抉った。

全方位から浴びせられる、情け容赦のない嘲笑や侮蔑を多分に含む、粘着質で何処までも冷たい視線。
織莉子の耳に届く様、故意に聴かせているとしか思えない罵詈讒謗に、言い返すことも出来ず、ただじっと耐えるだけ。
希望を求めて来た筈の織莉子の心は、今再び絶望に塗り込められる。

この学園に来ることは、二度とないだろう。
嘗て織莉子自身の前途を祝福するかの如き輝きに満ちた、今では何の貴さも見出せぬ色褪せた校舎を背に、織莉子は確信していた。
39 :以下、VIPPERに代わりましてGUNMARがお送りします [saga]:2012/02/29(水) 21:01:13.89 ID:fRW4icTG0
下校し、帰宅する道すがらでさえ、好奇の目という物は織莉子を嘗め回す様に辱め、同時に与り知らぬ罪科を責め立てた。
道行く全ての人が敵であるという思い込みが、織莉子の胸を支配する。
それは瞬く間に全身に拡がり、強大な孤独感となり織莉子に襲い掛かった。

早く、家に帰りたい。誰にも見張られない所へ行きたい。誰の声も聞こえない所へ入り込みたい。
帰ったら、自宅の扉と窓全てに鍵を掛けて、部屋へ戻って布団を頭まですっぽり被り、目を瞑って耳に栓をしてしまおう。

――もしかしたら、誰かが隠れている私を助けに来てくれるかも知れない。

嗚呼、ここまで来て尚、人は希望を捨てられない。
捨てられる筈などない。それを完全に失ってしまえば、後は光の射し込まない底無し沼に引き摺り込まれる他ないのだ。
そうなれば最期。毒を孕んだ汚泥に呑まれ、身悶えしても叫びは誰にも届かず、窒息死を待つだけになる。
……絶望に勝る、絶望など無いのだから。


空に浮かぶ月も傾く頃、ベッドの上でシーツに包まった織莉子は、我が身を掻き抱く様にして、恐怖心と戦っていた。
恐怖心の正体は、……真なる孤独、美国織莉子自身の存在価値。

自宅へ逃げる様に帰ってきた織莉子を出迎える者は、誰一人として居なかった。
ここ数日で、美国邸に奉公していた勤め人も、残らず織莉子の下を去って行った。

いや、正確には違う。織莉子の父が居なくなったから去ったのだ。
幼少期に母を亡くしていた織莉子にとっては、父が唯一の肉親だったが、久臣は多忙で家を空けることが多く、
織莉子にとって身近に居たのは、美国家に仕える使用人達だった。
だが、雇用主が居なくなった今、彼らが留まる理由もなく、この家に住むのは織莉子一人になっていた。

世の中には、知らない方がいいこともあるという。
理解出来ないなら、それが幸福であることの証左であると主張する者も居る。
しかし、織莉子は理解してしまった。

美国織莉子は、美国久臣の娘である。
織莉子の住む家は、美国久臣の家である。
使用人は、織莉子ではなく美国久臣に仕えていた。
織莉子が通う白女(はくじょ)は、美国久臣が多額の寄付をしていた学園である。
織莉子の夢は、美国久臣と共に人々が幸せに暮らせる街を、国を作ることである。

じゃあ、
お父様が居なくなったら、
私は、……何になるの?
絶え間なく続く闇の底で、ふとした拍子、織莉子の頭に浮かんだ疑問。

「……いや。そんな、そんなの嫌っ……!」

導き出された答えの、余りの残酷さに、織莉子は激しく拒絶を示す。
それ以上考えてはならない、理解してはいけないのだと、織莉子の防衛本能は警鐘を鳴らし、頭から考えを追い出そうとした。
無論、意識すればするほどに、その解答は痛いくらいに織莉子の正鵠を射る。

答えとは、即ち。

美国織莉子−美国=0。

織莉子=0。

0。
無。
ゼロ。

そこには、何も無い。
感情の入り込む余地さえ存在しない、圧倒的な虚無。
織莉子のレゾンデートルを真っ向から否定する、形の無い悪意。

(私って、存在価値、無いの……?)
40 :以下、VIPPERに代わりましてGUNMARがお送りします [saga]:2012/02/29(水) 21:01:50.52 ID:fRW4icTG0
自分自身という存在が、この世界から跡形も残さず消え行く想像に、嘗て無い規模の恐怖が織莉子を襲う。
いやだいやだいやだいやだいやだいやいやいやいやいやいやいやいやいや――――!
頭を抱え髪を振り乱し、爛々と血走った目を限界まで見開き、
ガタガタと止まらぬ震えを、溢れ出す恐れごと抑え込む様に、死に物狂いで我が身を掻き抱く。

寒い、と思った。
誰か、誰でもいい、私を抱き締めて。
織莉子は肉体的なものではなく、精神的な抱擁を欲していた。
己が己の価値を見出せないが故に、他者に美国の娘でない、織莉子という個人を認めて欲しかったのだ。

ガシャン!

「ひ……ッ!」

織莉子の混乱に追い討ちを掛ける様な、耳障りな硝子の破砕音が一帯に鳴り響いた。
閉め切っていた窓に、表から誰かが石を投げ込んだのだ。
攻撃されている。防ぐ術もないままに。
無抵抗な織莉子を一方的に傷付ける、夜に紛れ顔を見せない卑怯者。

――殺される。
私は世界に殺される。
私に興味の無いこの世界全てに、初めから何も無かった様に消される。
もし、そうなってしまえば。

脳裏に甦るのは、見るに堪えない父の首吊り死体。
いつか近い将来、私もああなるというの……?
あんな姿を、衆目に晒して――!

いっそここから、逃げてしまおうか。もうここには誰も居ないし、この家を誰も訪れることはないだろう。
ありとあらゆる外部からの圧力に潰れ掛けた織莉子に、一つの考えが浮かんだ。

(そんなこと、私に出来るの……?)

父親の、美国の威光が無ければ、何も出来ない自分。
家族や使用人を失った。学園という居場所を、友人や教師を失った。
この「美国の家」は、織莉子というちっぽけな存在を守る為の、卑近にして矮小な世界の、最後の砦だ。
その砦を放棄して、何処へ逃げるというのだろう。
そんなことをすれば、織莉子は今度こそ一片も残さず消え去ってしまう。

切羽詰った状況に置かれた織莉子にとって、この二択は酷だ。
いよいよ進退窮まった織莉子の目に留まったのは、先ほど投げ込まれた石。

ここに居ても、狙われるだけだ。
何故、狙われるの? 決まってる。ここが、美国久臣の家だから。
目印。標的。汚職議員の家はここです、と表札まで提げているのだから一目瞭然だ。

――美国だから、狙われる。織莉子個人の意思などお構いなしに。

例え家に居たって、誰かが私を見てくれる訳じゃない。

逡巡した後に、やおら立ち上がった織莉子は、ふわふわとした足取りでドアの鍵を開け、
靴を履き、夜の街へと、おっかなびっくり歩き出した。
石を投げた悪漢が、未だ塀の向こう側に居るのではないかという不安と緊張に、
織莉子は身を固くしたが、既に通りに人の姿は無く、ほっと一息漏らす。

ほんの少しの間だけ、この家に別れを告げよう。
次に戻ってくる時、その胸にあるのは希望か、それとも絶望か。
織莉子が背を向けた白い塀には、カラフルなスプレーで全体に亘って罵倒の言葉が殴り書きされている。
それら文字の羅列が形を成し、追い立ててくるかの様で、織莉子には再び帰って来られる自信が全くといって良いほどに、無かった。
41 :以下、VIPPERに代わりましてGUNMARがお送りします [saga]:2012/02/29(水) 21:02:26.23 ID:fRW4icTG0
街を彷徨い歩く、儚い影法師が一つ。
人目を気にして夜の街を歩む織莉子の姿は、安物の香水や厚化粧、汗に酒精を混ぜ込んだ、
咽返る臭いを放つ酔客達には、誰がどう見ても狼の群れに迷い込んだ、か弱い子羊にしか見えなかった。
尤も、容姿は多少大人びているとはいえ、未成年のそれであるからして、
物珍しさから遠巻きに眺める者はあっても、好奇心故に声を掛けよう、などと無体な行いに出る者は居なかった様だ。
客にはなり得ないのだし、彼らには彼らの仕事や私用がある。

織莉子は深夜の街を歩いた経験など、これまで一度として無かった。
美国家に門限という物は無かったが、織莉子は誰に言われるまでもなく
自らを戒め、友人と外出する時以外は、夜遅くに帰宅したりはしなかった。
そして、これからもそうなのだと思っていた。

捨てきれない救いを求めて徘徊する織莉子だが、行く先に心当たりなど無い。
元より無形の希望を探しているのだ。それは宛ら、広大な砂漠に落とした砂金の粒を拾う様な、気の遠くなる作業だ。
何処から手を着ければいいのやら、皆目見当も付かず、一先ず人の多い所から、と織莉子は考えたのだが……。

漆黒の空を彩る、派手なネオンに毒々しい色彩の看板群。
沿道で、のべつ幕無し声を掛ける客引きと、誘蛾灯に寄っていく羽虫の様な客達。
人の欲望というモノが、浮き彫りになる時間と空間が、織莉子の眼前に存在していた。

冴えない風体の中年男が、少々薄着(どぎつい色の下着にしか見えない)の蟲惑的な女に何やら言い寄る光景などは、
事情を窺い知らぬ織莉子にも察するところがあり、……免疫の無い箱入り娘にとっては殊更目の毒だった。
織莉子には、はっきり言って非常に居心地の悪い場所だ。

行き交う人は、皆自分のことに夢中で、織莉子に何かしら働きかけようとはしない。
ここに居る人間達は、自宅近辺の住民の様に織莉子のことを知らない為か、
特に悪意を向けることもないが、それで織莉子の心が満たされるということは、決してなかった。

彼らは、織莉子に興味が無いのだ。
金を落とす客ではないから。欲を満たす情婦でないから。己にとって不要であるから。

――ここにも、私の居場所は無い。
誰も私のことを見ていない。私の周りに居た人達と同じだ。
私のことを美国の娘だと知っているか、知らないか、違いはそれだけだ。

理解するや否や、暗澹たる感情が織莉子の心内を瞬く間に占めていく。
希望を抱き、求めながら、悉く裏切られ奪われて絶望に堕ちるのはこれで何度目だろう。
そうなれば、人はやがて希望を抱くことを恐れる様になる。
織莉子もまた、例外ではなかった。
42 :以下、VIPPERに代わりましてGUNMARがお送りします [saga]:2012/02/29(水) 21:03:05.61 ID:fRW4icTG0
織莉子にとって、長い長い夜が明け、そして陽は高く昇る。
人の群れに紛れ、或いは孤立する様に立ち、当て所も無く彷徨い続け、そして。

何も得られなかった。何も知ることなどなかった。
人の多い場所も、少ない場所も、人など到底居そうにない場所も、
住宅地も、商店街も、歓楽街も、駅前も、オフィス街も、工業地帯も、河川も、田畑も、廃屋も。
思いつく限りの場所は隈なく歩き尽くし、その上で成果は皆無だった。
そうして精も根も尽きかけ、肉体の疲労よりも気力に限界が訪れようとしている織莉子は、木製のベンチに凭れ掛かっていた。

街の中心部から外れに位置する、整地が行き届いた緑地公園の、芝生の傍ら。
ぐったりと弛緩した身体を背凭れに預け、中空を見る織莉子の眼は焦点が定まっていない。
その思考も、今や焦点と同様に不定形をしていた。

(私のしていることは、無意味なの……?)

漠然とした意識の中に、それでも浮かぶ疑問。
絶望の中にあって希望を求める心と、希望を求めるが故に
より深く昏い絶望へと堕ちるのだとする心とが、激しい葛藤となり織莉子を苛んでいた。
親和など望むべくもない、鬩ぎ合う二つの感情が、渦となり織莉子を巻き込む。
揺れに揺れて拡がる心の波紋は、時の経過を瑣末な事態とした。

希望を抱くということが、こんなにも恐ろしいなんて。

父に裏切られた。
友人に裏切られた。
教師に裏切られた。
使用人は私に興味が無い。
知人は私に興味が無い。
他人は私に興味が無い。
世界は私に興味が無い。
織莉子は、救いを求めることに疲れきっていた。

もう、諦めてしまおうか。
そう考えた時――不意に、ふっと肩の力が抜けた。
今までの艱難と重圧とが嘘の様にすっかり取り払われ、身も心も羽の様に軽くなるのを感じていた。
そうして、織莉子は諦観という名の、甘美な毒の味を知った。
あぁ、抗うことを止め、絶望に身を任せるということは、こんなにも心地良い。

そして、その心境に至って、織莉子は初めて父の苦悩を諒解していた。

織莉子の父は、何もかも、この世の全てを諦めていたから、笑うことが出来たのだ。
何日も悩み抜いた末に、もう生きる喜びも、救われる望みも何処にも無いと結論を出して。
現実に絶望し、自ら命を手放すことを決め込んでしまっていたからこそ、……笑顔で居られた。
あれは、生の苦しみから解放されたが故の表情、だったのだ。

織莉子は前触れもなく、木目の浮いたベンチを、ゆらりと立つ。
その様は、宛ら風前の灯火。吹き曝しに躍る、蝋燭の炎。
燃える夕陽に、総身を焼き尽くされ、美国織莉子という人間は、もうすぐこの世から消える。
長らく座ったままだったベンチが、微かに軋んだ。

――私も、お父様と同じ所へ行くのですね。
そうね、行きましょう。お父様、待っていて下さい。
織莉子はお父様を、一人にはさせませんから。
43 :以下、VIPPERに代わりましてGUNMARがお送りします [saga]:2012/02/29(水) 21:03:58.77 ID:fRW4icTG0


「美国、織莉子……ッ!」

声が、……まさに今生の別れを告げようとしていた織莉子の命を、驚愕に満ち満ちた声が。
織莉子を取り巻き緩慢に殺そうとしていた、果て無き闇を切り裂く、それでいて低く抑えた声が。
腰まで届く黒髪を、風に靡かせた美しい少女が、怨嗟と共に吐き出した、尽きることのない呪詛が。
織莉子をこの世界に、留め、拾い、掬い、縛り、手繰り寄せ、繋ぎ止めた。


…………誰、なの?
いつしか沈む夕陽を背にして、織莉子の前に立っていたのは、まるで見覚えのない少女だった。
にも関わらず、彼女は間違いなく織莉子を名前で呼んだのだ。
一言一句、違わずに。
何故。

「か……っ」

その声が、自分の咽喉から漏れたのだと自覚した時には、少女に首を締められていた。
荒事と凡そ無縁の織莉子は、突然の直接的で理不尽な暴力に晒され、ただ怯え、困惑する。
そんな織莉子の様子に反して、両の手に籠められた握力。
何より、紛れも無い憎悪を孕み、織莉子を忌々しく睨み付けるその眼。
断じて冗談の類などではない、疑う余地すら無い、絶対の殺意。
凄まじい力と明確な悪意で以て、この娘は織莉子を傷付けている。

「……はな、……して」

織莉子は知らず知らず、咽喉仏や頚動脈を圧迫される痛苦に、弱々しい抵抗の意思を示していた。
実際には、振り払おうとしたが、呼吸も儘ならず意識が朦朧としていたのだ。
視界がホワイトアウトしそうになり、意識を手放す一歩手前。
織莉子の懇願が果たして届いたのか、細い首を捕えていた手は、唐突に放された。

「ひゅっ、……けほっ、ごほっ!」

酸素を求める肺が強制的に空気を吸い上げ、呼気と吸気とが混じり合い、織莉子は激しく咳き込む。
ひゅうひゅうぜえぜえと、無様に、貪欲に。死に行こうとしていた意思に反し、生存本能に従って機能する身体。
織莉子はそんな自分が情けなくて、涙を零した。

思考能力が奪われていた脳にも徐々に血液が行き渡り、織莉子の意識は平生とは言わないまでも、幾分回復していた。
指先の感覚に乏しく痺れているのは、まだ血流の隅々までは酸素を乗せたヘモグロビンが浸透していないからか。
視界は明瞭で、織莉子の首を締め上げた少女の姿も、太陽を背に翳っているが確りと全身が見て取れる。

「ごめん……なさい……人違いでした」

少女の口から短く紡がれるのは、謝罪の言葉。
躊躇いがちに伏せた黒目が、織莉子を直視せず、僅かに逸らされた。
が、おかしい。それでは余りにちぐはぐだ。
織莉子の名を識り、有りっ丈の憎しみをその手に籠めてきた、血も凍る目付きの女と
たった今人違いだと気不味そうに言い、落ち着き無く暇乞いをする少女とが、まるで別人の様だ。

「――」

踵を返し、速やかに立ち去ろうとする少女に対し、織莉子は咄嗟に声を掛けようとしたが、結局何も言えずじまい。
艶やかな長髪を再び風に靡かせ、織莉子への興味を失ったとでも言いたげな背中が、小さくなっていくのを見送るのみ。
44 :以下、VIPPERに代わりましてGUNMARがお送りします [saga]:2012/02/29(水) 21:04:30.53 ID:fRW4icTG0
今すぐ後を追わなくていいの?
やっと、見つけたのに。私を知っている人に、やっと逢えたというのに。

……織莉子を躊躇させるのは、あの少女の明確な憎悪と、殺意。

暴力を振るわれた。お父様にも、友達にも、先生にも、何処の誰にも殴られたことすらない、自分が。
怖かった。相手の言い分も聞かず、一方的に暴力に訴えるというのが、私には俄に信じ難いことだった。
あの子の後を追い掛けたら、今度こそ逆上した彼女に殺されるかも知れない。

私は、私を見つけてくれたのが、余りにも嬉しくて。
希望を持ったから、また死ぬのが怖くなってしまった。
だから、さっき首を絞められた時も、反射的に口にしてしまったのだ。
はなして、……と。
お父様の死を、あれだけ間近で見て、その死に憧れさえ抱きかけていた筈なのに。
あんなに痛くて、苦しくて、辛い。
そう思ったら、もう死ねなくなっていた。

だけど、彼女は行ってしまう。私を一人置いて、何処か遠くへ行ってしまう。
ここで置いていかれたら、また私は一人ぼっちになってしまうのよ?
二度と会うこともないと分かってしまえば、私は息が詰まって死んでいく。
次また、何処かで確実に会える保障なんて、ない。

あの子は怖い。物凄く恐ろしい眼をしていた。
私の周りの誰に素気無くされた時も、哀しさはあっても恐怖で足が竦むなんてことは無かった。

追い掛けたら、あの子に殺されるかも知れない。
でも、諦めたら私は立っていられない。

――這い上がろう。
もう一度、あともう一度だけ頑張ってみよう。
ここで諦めたら、どのみち私は消えるしかない。
あの子に問い掛けよう。次に逢える保障があるのか確かめよう。
それすらも出来ずに、ただ朽ちていくのを待つなんて堪えられない。

気がつけば、織莉子は駆け出していた。
夕焼け空の向こう側へ消えていく、黒髪の少女の大きさは既に豆粒大で、目視が困難になっていた。
一瞬でも気を抜いたら、煙の様に容易く消え失せてしまう後姿を、見失うまいと距離を詰めた。


公園を抜け、表通りを歩き、橋を渡り、人波を掻き分け、追い掛けた背中も最新の携帯電話より
若干小振りなサイズになった辺りで織莉子は歩幅を縮め、少女との間隔を一定に保った。
織莉子に距離を取った理由を訊けば、どう話題を切り出したらいいか迷っている、と答えるだろう。
その答えは間違いではなかったが、同時に核心を突いてもいなかった。

実のところ織莉子自身、少女に対して抱いた感情が、どの様な類のものかを図りかねていた。
織莉子は、あの少女のことを間違いなく恐れている。これは揺るがない事実だ。
だが果たして、本当にそれだけなのか、ならば織莉子の胸を去来する思いは、一体何なのだろう。
それの正体が分からず、もやもやした気分を抱え、あと一歩が踏み出せずに居るのが、今の織莉子だった。

「一度謝ったでしょう。まだ言葉が足りなかった?」

道を折れ死角に消える少女を追い、人気の無い、閑散とした路地裏へ入って暫くした時だ。
凛と響き渡る、低いけれど耳に残る声音が、織莉子の方へ後姿のまま、首だけを向けて問うてきた。
……気付かれていた。
前置きも無しに突然話を振られ、織莉子はなんだか責められている様な心地がして、思わず身を竦めた。
しかしながら見通しが良く、通行人も二人の他に居らず、寂れた雰囲気の漂う一本道に、身を隠す場所など存在しない。
織莉子は、いよいよ腹を決めねばならないらしい、と唾を飲み込む。
が、実際問題として、目の前の少女にどう接すればいいのか、未だに決めあぐねていた。
45 :以下、VIPPERに代わりましてGUNMARがお送りします [saga]:2012/02/29(水) 21:05:16.37 ID:fRW4icTG0
織莉子は周囲と接する際に、自らが何者であり、相手とはどういった関係であるかを都度自問し、
その上で美国織莉子らしく振る舞い、また相手との交流を損なわぬ様にと努めてきた。
まず、常に己の立ち位置を確保し、次に自他の安全に注意を払う。それが織莉子の処世術だったのだ。

だが、目の前の相手に、その遣り方は通用しないだろう。
まず、織莉子に危害を加える可能性を否定出来ない。
織莉子自身も、最早自分を自分らしいと思えずに居る。
故に、どうにもこうにも上手い遣り口が分からず、……正直に知りたい事柄を訊ねてみた。

「あなたは、……私をご存知なのですか?」

緊張で上手く口が回らずに一度言葉を切り、改めて問い掛けてみる。
変な言葉遣いになってやしないだろうか、などと場違いな心配をする辺りが、織莉子らしいといえばその通りだ。

「人違いと言った筈よ」

「いいえ、それは嘘です。……若しくは、誤りです」

名前を呼ばれたのは、織莉子にしてみれば自明の理だ。
だから織莉子は、最初の質問は切欠に過ぎず、何か話が繋がればそれでいい、と思っていた。
そして少女は、またもや人違いという単語を口にした。
……彼女は、明らかに嘘を吐いている。
咄嗟にそのことを指摘して、責めるのが本題ではない、と思い直しフォローをした。

「私の顔を見た時に、ご自分で仰られましたよね? ……美国織莉子、と。私を、確かにそう呼んだ」

返答に詰まる少女の動揺が、二又に枝分かれした後ろ髪の揺れからも伝わる。
少女は、白女の生徒ではない。織莉子は記憶力には自信があった。が、それを人前で堂々と自慢したりはしなかった。
柔らかい空気を醸し出し、互いが話し易い環境を演出する。織莉子がこれまで無意識に行ってきたことだ。

「不躾で申し訳ありませんが、宜しければお名前を教えて頂けませんか? それで思い出せるかも知れません」

「……話はそれだけ?」

「え……」

しかし、その話は強引に打ち切られる。
そこにあるのは、明確な拒絶の意思。緑地公園に続き、拒まれるのはこれで二度目。
苦し紛れの嘘を吐いてまで、織莉子を避ける理由とは一体何なのか。

「悪いけど、今は急いでいるの。話なら後にして頂戴」

それは困る。後にしてと言い、その実他に何も喋ろうとしない少女と、いつまた会えるか分からない。

「ま、待って! ……待って下さい!」

「……」

「行かないで」

それでは駄目なのだ。今このまま去られては、織莉子は織莉子を保てなくなる。
今の織莉子には、決定的に何かが足りないのだ。それが彼女にも分かっているから、焦りを生む。
再会の目途が立たない限りは、心休まることなどない。
だから何でもいい、冷めた目の奥底に、ぐらぐらと煮え滾る憤怒の熱を宿すこの少女と、次また会するという誓いを交わさねば。

「あなたは誰なの? 私があなたに何かしたの? 教えて!」

そんな少女の目が、織莉子の問い掛けに対し、一瞬にして鋭さを増す。
まるで大型の猛禽類や肉食獣が獲物を狩る一瞬に放つ様な、化物じみて桁違いの殺気が細身の体躯から迸る様にして放たれる。
恐らく織莉子の首を絞めた時と同等の物であろうソレは、筆舌に尽くし難いほどの凄まじい形相で、織莉子もこれには言葉を失った。
46 :以下、VIPPERに代わりましてGUNMARがお送りします [saga]:2012/02/29(水) 21:05:48.63 ID:fRW4icTG0
あぁ、分かった。
この人は、
まっすぐ私と向き合っていられないほど、
私のことが、憎いんだ――

それは半ば、雷鳴の如き閃きだった。
美国織莉子、答えを得たり。

心臓の音が五月蝿い。手が、足が、全身がカタカタと小刻みに震えている。
緑の黒髪をした少女は、話は終わりとばかりに、既に踵を返していた。

何故だろう? 私は、こんなにも憎まれているというのに。
殺したいほどの憎悪を、彼女から一方的に浴びせられている筈なのに。
ならば私の中に込み上げてくる、この胸の高鳴りは何だろう?

「――あなたは、私を憎んでいるのですね」

だから、これはただの確認だった。

「ええ、そうよ。私は、お前を許さない」

私は、お前を許さない。
お前を許さない。
お前。

これは掛け値なしに、世界でただ一つ、私の為に紡がれた言葉だ。
彼女は言った。お前、と。
あの言葉も感情も全て、美国ではない、私個人に向けられたもの。

救いはあった。希望もあった。
あの子は相変わらず、今でも怖いけれど、それでも。
恐怖よりも、喜びの方がきっと大きい。

憎悪こそが、救い。
それは余りにも歪んでいたが、織莉子にとっては紛れもなく「希望」であったのだ。





暁美ほむらと、美国織莉子。
その在り方故に、決して相容れない宿命の怨敵。
狂った運命は、磁石の同極を結びつけ、彼女等に何を齎そうというのか。

……二人の思いは、未だに交錯していない。
47 :以下、VIPPERに代わりましてGUNMARがお送りします [saga]:2012/02/29(水) 21:06:18.54 ID:fRW4icTG0
今回はここまで

織莉子個人を特別視出来るのは二人だけ。
一人は呉キリカ、もう一人は暁美ほむら。これはそーゆーif
48 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/29(水) 21:06:23.01 ID:7EXyNSGk0
一種の文学レベル
49 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) [sage]:2012/02/29(水) 21:38:28.26 ID:XgMWPoOlo
織莉子が可哀想になってきた……
これがまださやかとかならほむらも心の隙間を埋める一ヶ月間の友人として迎え入れられるんだろうがなぁ
50 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/29(水) 22:14:27.91 ID:nBE/HvR00
ほむらちゃんはもっと人の話を聞くべきだと思うんです
51 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/03/01(木) 00:08:40.06 ID:xLf3rLt3o
なんかワクワクしてきた
52 :以下、VIPPERに代わりましてGUNMARがお送りします [sage]:2012/03/02(金) 05:12:36.64 ID:EeD/f47V0
スレッド一覧で確認すると、総レス数51、速度2.6。
うん。……うん。これはアレだ、パッと見、放置していると思われるパターンだ。
書物に例えると、進行の速い安価スレは新刊で、頻繁に更新されるのが流行のコーナーとするなら
この本は古本屋の奥の棚で埃を被っているアレとかソレとかそういう類の文庫本だろう。
まず手に取って、開いて貰えないパターン。でもそういうのって、大抵安くてお得なんだよ、掘り出し物もあるし。
……このスレが掘り出し物に該当してないというツッコミは受け付ける。

冗談は置いといて、織莉子というキャラについて。
おりマギを読んで「実に可能性のあるキャラクターだ」と思ったのですが
本編の描写では色々と振り切れちゃった後の姿がメインなので、
じゃあその前はどうだったんだろう?というのが主旨となっています。
こういうのは余り織莉子っぽくない、と思われる方も居られるでしょうが、
作中のほむら考察で述べた様に、これもまた織莉子の側面と考え、個人的な補完も兼ねて書いています。
さりげなくウソ設定盛り込んじゃってるけど。

レスありがとうございます。
これから更新はもっと遅くなることが予測されますが、今後ともよしなに。
53 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) [sage]:2012/03/02(金) 05:26:35.57 ID:r1m/VJVUo
一瞬コピペの類いかと思ったら作者だったでござるの巻
エタりさえしなければゆっくりでも構わないのでじっくりと書いて下さいな
応援してるので
54 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2012/03/02(金) 06:32:10.31 ID:nv5ZYnSAO
こういうifものは大好きです
応援してます
55 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2012/03/02(金) 09:22:18.52 ID:oFl39R+vo
まだ50レスそこそこだというのに驚いた
1レスあたりの文字量が多いから進行遅いように見えるんだよ
56 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府) :2012/03/02(金) 20:46:30.39 ID:jeFeykm50
織莉子は契約前は天然のいい人っぽい
57 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) [sage]:2012/03/02(金) 21:59:56.42 ID:fTNdTWj00
この組み合わせが好きすぎて困る。期待してます
58 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/03/03(土) 01:54:35.20 ID:qAvqPqE+0
ストーリーはまだ序盤みたいだが
この筆力は今まで読んできたSS作者の中でもトップレベルっぽいから今後に超期待

もし今までに書いたSSがあるなら教えてください
59 :以下、VIPPERに代わりましてGUNMARがお送りします [sage saga]:2012/03/09(金) 22:50:31.77 ID:WsBZWo9s0
保守。

>>58
今までに書いたSSは、特にありません。
本格的にSSを投稿するのもスレッドを立てるのも、
はじめてづくしです。

文章を改めて読み返すと文脈は怪しいわ表現は稚拙だわ語彙も足りていないわで。
このSSも書きながら前回より今回、という気持ちで書いています。

でも褒められるのは素直に嬉しいです。
ありがとうございます。頑張ります。
60 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/03/10(土) 12:45:34.77 ID:giWsUjwK0
初SSでこういうものを書く人達が出てくるあたりがまどマギの魔翌力なんだべか


どうでもよいことですが、隠れグンマー人としては>>1が本当にグンマー人なのか気になるのでした
61 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/03/10(土) 13:15:50.56 ID:jQncSLoIO
ベクれグンマー
62 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/03/18(日) 08:24:35.20 ID:0XkH9OVbo
談義スレから
いやあ、ソウルジェムが濁るSSですね(褒め言葉)
続きが楽しみです
63 :以下、VIPPERに代わりましてGUNMARがお送りします [sage]:2012/03/23(金) 13:28:28.44 ID:lmrS1UBv0
PCが逝ってしまいそうです。
次の分は概ね書き終えているのですが、接続が困難です。
新しい顔を焼かないと力が出ない……
64 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/03/24(土) 16:38:05.48 ID:Lwhk5oNh0
GUNMARマン! 新しい顔よ! (ノ・∀・)ノ===●
65 :以下、VIPPERに代わりましてGUNMARマンがお送りします [saga]:2012/03/25(日) 15:05:01.30 ID:rdb8npsf0
投下開始。
魔法少女まどか☆マギカポータブルが発売しましたが、このスレッドはゲームとは何ら関係なく平常運転であります。
66 :以下、VIPPERに代わりましてGUNMARマンがお送りします [saga]:2012/03/25(日) 15:06:10.15 ID:rdb8npsf0
魔女に魅入られた都市――魔都。
見滝原には珍しく、人知れず街に巣食う怪異が鳴りを潜め人々が穏やかな夢の世界に居る、そんな一夜も過ぎ去っていく。
夜の闇に取って代わるのは、東の空から顔を現す暁光。

いと眩しき暁を姓に冠しながら、その眼に昏い光を宿した少女は、
眠りの中にあった意識が覚醒を果たしても、未だ夢現の狭間を漂う心地がしていた。
それは、彼女の逃避願望の投影だったのかも知れない。

閉じたカーテンの隙間、中心部から光が射し込み、暗闇に馴染んだほむらの網膜を刺激する。

「――ッ」

ほむらは思わず目を固く閉じる。
掻痒感から点眼した時の様に、朝日が目に沁みる感覚はどうにも好きになれない。
脂がびっしりとこびり付いた目許には、目薬に負けて涙が滲んでいる。

迫り上がってくる欠伸を噛み殺し、とてとてと洗面所へ向かい、念入りに洗顔を行う。
昨日の様な大雑把な真似はせず、洗顔クリームを使い垢を擦り、丁寧に流水で寝汗を洗い落とし、
腰まで届く豊かな髪を丹念にブラッシングし、解れを直すことで眠気覚ましとする。

続いて、茶の間兼勉強部屋である自室へ戻ると洋服箪笥を開け、ハンガーに掛けておいた白いブラウスと、
裾が膝まで伸びた紺色のフレアスカートに、金のワンポイントが入った黒いハイソックスを取り出し、手早く着替えて身支度を整えた。


ほむらは壁に立て掛けてある、脚を畳んだ卓袱台を部屋の中心に構えて、久々に朝食の準備を行う。
転入まではまだ日があることだし、今から慌しくする必要は無い。
調理に多少の手間を掛ける、時間の余裕くらいはある。

ほむらが寧ろ気掛かりなのは、絶望までのタイムリミットの方だ。
魂の輝石、ソウルジェムの濁りは未だ取り払われておらず、こればかりは如何ともし難かった。
……勿論、ただ無策ではなく、対策や心当たりは幾つか頭にある。

ほむらは一先ず、問題は頭の隅に追い遣り、今は家事に専念することにした。
お世辞にも経済状態が良好と言えないのは、ほむらが借りている部屋の築年数や各種設備、内装が如実に物語っている。
最近は時間に追われ、携帯食などで食事を済ますことも多かったが、自炊は可能な限りした方が良い。

ほむらは台所に行き、無地の白エプロンと頭には三角巾を装着し、水場で薬用石鹸を用い手を洗い、入念に殺菌消毒をした。
調理に必要な食料は、初日に買い置きした物を使う。
冷蔵庫を開けると、適当に食材を吟味し、何を作るかも割合適当に決める。
時間もあるし、今日はポテトサラダにしよう、とメニューも早々に決定する。

鍋に冷水を多目に――野菜がひたひたになるくらい入れ、真ん中で切り、芽を取り皮むきした馬鈴薯2個と人参半分を放り込み、強火にかける。
根菜を茹でている間に、玉葱半分と胡瓜一本をスライスしてボウルの中でよく塩揉みし、時間を置いて水気を搾る。
野菜への火の通り具合を菜箸で確認し、十分なら火を止め湯だけを捨て、もう一度鍋で野菜の水分を飛ばす。
……茹ですぎで煮崩れない様に留意せよ。
芋と人参を一口大に手早く切り、水気を除いた薄切り野菜と一つにし、マヨネーズと黒胡椒をかけたらよく混ぜ込む。
この時、ジャガイモとマヨネーズは特によく絡めること。マヨネーズが足りないと味気無いので要注意。

そろそろ、トーストの準備もしておこう。
六枚切りの食パンを年代物のオーブントースターに一枚入れ、一旦目盛りを6の地点まで回し、
トースター内部が赤色に熱されたのを確認してから2と3の中間地点まで引き戻す。
パンが焼けるまでの時間に、油は使わずフライパンを火にかけ、熱くした鉄板へ生卵を落とすと、
程よく白身が固まり始めた頃合を見計らって、少量の水を外周に注ぎ足す。
フライパンに蓋を被せ、すぐさま火を止め余熱で蒸し焼きにすることで黄身は半熟、白身はプリプリ、サニーサイドアップの出来上がりだ。
食器棚から洋皿や箸、バターナイフを取り出すと、トースターが鳴らすはタイムアップの合図。
素早くパン皿に乗せたこんがりキツネ色の食パンが冷めない内に、さっと表面にマーガリンを塗る。

……完成。
67 :以下、VIPPERに代わりましてGUNMARマンがお送りします [saga]:2012/03/25(日) 15:14:56.30 ID:rdb8npsf0
「いただきます」

ちょこんと手を合わせ、一応食事前の挨拶をする。
食卓に並んだ献立は、焼き色に溶けた植物脂が塗られ黄金色に輝くトースト、
黄身の表皮がほんのりピンク色の半熟目玉焼き、ジャガイモ畑に橙と緑の彩りポテトサラダ。
派手さはないが、堅実なメニューではないだろうか。

「あ」

しまった、と呟くほむら。コーヒーを淹れ忘れていたのだ。
ほむらはすぐに準備しようとして、飲み物は食後でいいかと考え直し、早速出来立てのポテトサラダを口に運ぶ。
……いい塩梅だ。
近所のコンビニやスーパーで売っている惣菜物のポテトサラダは、どれも何故か決まって味付けが甘く、ほむらはそれが苦手だった。
これだけは、私が作った方がいいとささやかな胸を張る。

続いて、軽く塩を振った片面焼きの白身を箸で摘む。
これだけで美味いというものではないが、焦げ目も無く無難な仕上がりと言える。
後は黄身だ。薄桃色をした弾力のある表皮に箸を軽く刺すと、トロリとした黄色(おうしょく)の液体が零れ出す。
山肌から溢れ出したマグマが下流に辿り着かぬ内に、ピンク色の半球体は纏めて口へ放り込んでしまう。
そしてほむほむと咀嚼。……皿なぞに一滴たりとも卵を食わせてやる義理は無い。
それに半熟状の黄身がこびり付くと、洗い物も面倒になる。

まだ温かい食パンを齧ると、サクッといい音がして生地が千切れた。
焼き加減は良し、それでいて中のパン生地はふんわり。
右手に持った箸でポテトサラダをちびちびと摘みながら、左手でパンをもそもそと食べる。
……胸が詰まる。
やはりコーヒーが欲しい。

ほむらは食べかけのパンを嚥下すると、キッチンへ入り、冷凍庫に保管した茶褐色の包みを取り出した。
○△屋オリジナルブレンド。格安だが質のいい豆で、深煎りの為に苦味が強く出るのが特徴であり、その分酸味は弱い。
包装紙の紐を解き開くと、ローストした珈琲豆の香ばしい匂いが鼻腔を擽り、ついと拡がっていく。
ほむらは暫し、濃密な琥珀が秘めたる芳醇と豊潤とを嗅覚で以て愛でると、風味を舌に乗せ味覚で愉しむべく、顆粒を匙で掬った。
水出しに適した6号ミールを薫り高いブラックコーヒーへと変える仕掛け箱は、先述のトースターが裸足で逃げ出すほど年季の入った、
最早古すぎて何処の国・会社の製品かも分からない代物――黒色で彼方此方(あちこち)ガタの来ているドリップ式コーヒーメーカーだ。
この御老体、螺子が外れたり耐熱プラスチックのボディが部分的に欠けてはいるが、見た目に反して本来の機能は未だ損なわれておらず、
後部の給水タンクに入れた水はスイッチ一つ押せば1分程度で沸騰し、5分もあれば一人前の水出しドリップを完了するという、隠れた働き者である。
ほむらはペーパーフィルターの端を折り畳み、上部のドリッパーにセットし、そこへ先程掬い取った粉末状に近い顆粒を入れた。

食器棚のコーヒーカップに手を伸ばし、中空に彷徨わせ思案した末、黄色いマグカップを手に取る。
ストレスが胃に来ると良くないな、と考えたほむらは、珈琲を牛乳で割ってカフェオレにすることにした。
珈琲本来の風味を十分に愉しめないのは残念だが、それはまたの機会でいい。
マグカップに半量の水を注ぎ、次いでタンクへ。
数十年の時を経ても尚、現役のコーヒーメーカーのスイッチをONにすると、カチリと起動音を立てて水道水の煮沸を始める。
空になったカップには、水の七割程度のミルクを注いで量り、中身を小型の鍋に移して弱火に掛け、ホットミルクを作る。
飽くまでも温めるのが目的なので、煮立たせない様に注意を払う。過度に熱を蓄えると、ミルクが元来備える甘味が損なわれてしまう。
ほむらがコンロの火を止め、表面に浮いた膜を茶漉しで掬い取ると、程無くして白い湯気を立ち上らせるホットミルクが出来上がった。

フィルターを介し、下部に取り付けたサーバーへぽたりぽたりと溶け落ちる雫は、間も無く目盛りの1に達する。
サーバーを満たしていく琥珀色の液体は、豆の一粒一粒が内包していた真価を十全に引き出し、上質のドロップへと変質したもの。
抽出前の数倍に増幅された、力強さと柔らかさとを兼ね備えるブレンドの香りを胸一杯に吸い込んだほむらは、多少の未練を感じつつも
コーヒーをマグカップに流し入れ、次いで手鍋の中で熱と蒸気を放出している液体を、カップの真上で円を描く様に回し入れた。

焼けた珈琲豆の焦茶色に、絹の様に滑らかな乳白色を重ね合わせたアレンジレシピ。
深煎りブレンドコーヒーと濃厚なミルクが織り成す、優しい味わいのカフェ・オ・レが完成した。

カフェオレの熱で温まっているマグカップを両手で包み込む様にして、食卓へと戻るほむら。
すっかり冷めてしまったパンを一口齧り、温かいドリンクも口に含むと、まず牛乳のコクが自己主張をし、次いで中和された控え目な苦味が後を引いた。
そのまま、飲み物で残った食パンを胃に流し込んでしまう。

卓袱台の上に残った朝食は、食べかけのポテトサラダとカフェオレ。
ほむらは無意味に逸る気持ちを落ち着けるつもりで、殊更ゆっくりとサラダに手を着け、時折思い出した様にカフェオレを啜った。
68 :以下、VIPPERに代わりましてGUNMARマンがお送りします [saga]:2012/03/25(日) 15:16:12.37 ID:rdb8npsf0
室内は、いつも通り静まり返っている。
この木造建てのみすぼらしい部屋に、テレビやラジオといった文明の利器は殆ど置かれていない。
況してやCDやDVD、音楽再生専用プレイヤーなど娯楽性の高い物ともなれば尚更だ。
あるとすれば、今まさに窓の外から聞こえてくる、登校中と思しき近所の子供達の声が、ほむらの朝餉に花を添えるBGMだ。
或いは、窓から身を乗り出せば斜向かいにある、落葉樹の枝に留まった小鳥の囀りか。
何れにせよほむらの暮らしに於いて、それらは微々たるスパイスであり、不確定要素が多く、扱い難い代物には違いなかった。

確かなのは手の中に納まった陶器を満たす、ライトブラウンのカフェオレの存在だ。
これは無味乾燥なほむらの生活と心身に、潤いを与える数少ない嗜好品だ。
ある意味、既に人の身ならぬ魔法少女ほむらのプライベートを、人間足らしめる一要素と言えた。

窓の外から部屋の内へと意識を向けると、勉強机の端には、旧式のパソコンと、入院中幾度も読み擦り切れてぼろぼろになった古雑誌が数冊ある。
パソコンは、主にインターネットを通じて必要最低限の情報を取り入れるのに使うが、雑誌の方は既に本来の用途を果たしておらず、精々鍋敷きにするくらいだ。
ほむらは簡素な机を一瞥し、残り僅かとなったポテトを平らげマグカップの半分ほどを占めるカフェオレを勉強机に置くと、
食べ終えて空になった食器を流し台まで運び、洗面所へ行き口を水で軽く濯ぎ、それから再び部屋へと戻り卓袱台を畳んで元通り壁に立て掛け、
オンボロ机とワンセットの座るとぎしぎしと軋む、背凭れに薄手のカーディガンが掛けられた椅子に腰掛けた。

今の内に、情報の更新をしておこう。
ほむらは本棚から、四つ折りにした紙と鉛筆を取り出し、古びた机上に広げた。
紙面には手書きで、見滝原全域とその周辺一帯に棲息する魔女や使い魔の出没日時・場所・特性などが子細に表してある。
びっしりと事細かに書き込まれた、統計さえ取れるほど積み重ねたループの証に、新たに得た二日分の情報を記す。

――○月◎日昼、魔女と使い魔の出現傾向に大きな変動無し。同日夜、変動無し。
備考:緑地公園にて美国織莉子と遭遇(未契約状態)。今回は目的の障害になり得ない為、特に干渉しない方針……

作業はすぐに終わった。
念の為、用紙を紛失しても困らない様に、パソコンを起動しCD-Rにバックアップも取っておく。
達成感に浸る気すら起こらないルーチンワークを終えると、温くなったカフェオレを飲み乾し、Outlookのメールを何と無しにチェックした。
新着は、0件。……時系列的には漸く退院したというのに、別居している両親から娘宛てに電話やメールで祝辞が届いたことは、今の所一度も無い。

(分かりきったことを。私は今更何を期待してるの)

ほむらがモニターから顔を離し後ろへ大きく伸びをすると、盛大に吐き出した溜息よりも大きなぎしっという唸り声が、背中から聞こえた。
背を反らした姿勢から勢いを付けて立ち上がり、マグカップを運び食器を洗い、歯を磨いて、部屋に戻ると見事にすることがなくなった。

「……コーヒーが飲みたい」

趣味らしい趣味の一つも持たないほむらが取る行動は、僅かな選択肢に絞られる。
ほむらはこうして手持ち無沙汰になると、水を汲み豆を淹れ、空白を珈琲で埋めていた。
その行動原理は、「こうしたい」という人間らしい欲求の表出ではなく、「他にすることが思いつかない」という消去法の結果でもあった。
ここまで来ると嗜好ではなく、枯れて痩せ衰えた心に、機械的にカフェインを流し込んでいるだけだ。

「いいえ、大丈夫」

ほむらは首を横に振り、惰性で飲むのは良くない、と思い留まった。
調子に乗って何杯も飲むと興奮物質の多量摂取による動悸に陥り、ほむら個人としても宜しくないのは、過去に我が身で証明している。
嗜好品独特の抗い難い魅力に敢えて真っ向から挑んだほむらは、甘い誘惑を断ち切り、そして己の勝利を確信した。

「一年以上毎日二杯飲んでるけど、私は中毒じゃない」

ふぁさっ――、とボリューム豊かな黒髪をかきあげながら得意気に言い放つほむらの様態は、誠に以て残念な美少女、と形容するに相応しかった。
69 :以下、VIPPERに代わりましてGUNMARマンがお送りします [saga]:2012/03/25(日) 15:17:04.89 ID:rdb8npsf0
午前10時。昼にはまだ早いが、本当に呼吸と瞬き以外の何もしないというのは、流石に無理がある。
雑誌も読み飽きたほむらは予定を前倒しにして、昼食の下拵えでもしておこうか、と考え――米を買いに行こうと決めた。
先日の買い出しでは、食料品も数日分の量と種類を買い込んだが、精米は何しろ重量がある。
自宅とショッピングモールとの距離を考えると、筋トレとでも思わなければ米袋を担ぐ気になれない上に、
ほむら自身にもビルドアップの趣味は一片たりとも無かったので、常から米とペットボトルは近所で買い入れていた。

買い物袋を携え、経年劣化した木造建築を出て石畳を踏み締め、表通りには出ず近場にある個人経営の米屋へ。
建て付けの悪い横引きのガラス戸をガラガラと開けて店に入り、所狭しと積み上げられた袋の中から、どの商品がいいかとじっくり吟味する。
余り大きな物は要らない。ほむらは基本的に少食なので、2kg程度の袋を買っておけば暫くは保つ。
さて、品種はどれにしようかと選別するほむらだったが、よくよく考えれば米の味に別段拘りがある訳でもなく、
無難にコシヒカリでも買っておこうかと、真正面の黄色いプリントが施された米袋を手に取る。
注意して読むと、袋の表面にはゴロピカリと印刷されていたが、細かいことは気にしない。
名称の微妙さに目を瞑れば、不味くはないしコシヒカリよりも財布に優しい価格設定なので、エンゲル係数の低下に腐心するほむらにも大助かりだ。

右腕に2000グラム強の重みを感じつつ米屋を後にしたほむらは、寄り道をすることもなく帰宅した。
嗽手洗いを済ませ、引き出しから鋏を取り出し、黄色いパッケージの中身を米櫃にざざと流し込むと、あっという間に準備は整ってしまう。
今から調理に取り掛かるには些か早過ぎるが、白米を炊くだけなら別段困ることもない。
計量カップを使って炊飯釜に二合の米を入れ、水道の蛇口を捻って米を三度、水と共にざくざくと攪拌し、研ぎ汁を捨て、精米に新たな水を注ぐ。
水の量をきっちりと調節したら、後はタイマーをセットして待つだけだ。……炊き上がりの時刻は、正午。
炊飯を始めてから完了までに凡そ一時間。逆算して割り出した、浸水に必要な時間も考慮に入れると、こんなものだろう。

今の内に作り置きしておける物は纏めて用意してしまおう、と開き直ったほむらは、食材を粗方選んで調理台にずらりと並べた。
野菜が多数に、鶏の腿肉、菌類、それに数種類の調味料、又はそれに準ずる物が決して広くない調理用スペースを埋め尽くす。
まずは手軽に作れる物から。蕪を銀杏切りに分け、浅漬けの素に漬けて保存用パックに密封し、冷蔵庫へ保管する。

味噌汁の具材として、細切りにした大根と賽の目切りの木綿豆腐を化学出汁と一緒に煮込む。
その過程で、増える若布も適量パラパラと入れる。
乾燥剤が同梱されたお八つ用煮干しは、出汁の素になるだけでなく、調味もされているので風味を増し、結果味噌の量も減らせるので使い勝手がいい。
煮干しから出る灰汁を掬う手間さえ省ければ言うこと無しだが、それは贅沢というものだ。
大根に火が通って透明色になってきたらコンロを切り、後は余熱で温める。味噌を溶かし入れるのは、もう少し先だ。

次にボウルを複数用意し、各個に水を注いでおく。
牛蒡を束子で擦り、流水で泥を落としてから斜め切りにし、灰汁抜きに水に晒す。
蓮根は皮を剥いたら乱切りに。変色を防ぐ為、酢水に潜らせておくのもいいが、栄養価が落ち歯応えも変わるので場合によりけりだ。
干し椎茸は水に浸し、その際に戻し汁も捨てずに取っておく。椎茸が膨らんだら、柄を裂いて傘の部分は十字に切れ目を入れておく。
そして旬の具材、筍。一年の中でこの時季にしか味わえない、柔らかくて瑞々しい逸品が手に入った。
……そう、ほむらが今作っているのは春の滋味、筑前煮だった。
皮を剥いた筍も同様に乱切りにした後、水に晒して灰汁抜きを行う。
具材を水に漬けている間に、他の材料も切り揃えておく。人参や蒟蒻も、他の具材と同等の大きさに。
野菜を切り終え、鶏腿肉を一口大に分け、胡麻油を引いた鍋で炒め火が通ったら、椎茸の戻し汁と出汁の素を加え、根菜を始めとした他の具材も一緒に煮ておく。
この時、十分に柔らかい筍を使えない場合は、予め茹でておくのが望ましい。
暫く経ったら、醤油や味醂などを混ぜた合わせ調味料を加味し、ある程度水気が減るまでぐつぐつと煮詰める。落し蓋をしておくとベター。
その隙に、他の鍋を用いて湯を沸かし、蔕と筋を取り除いた莢豌豆を、柔らかくなるまで熱湯で約二分茹でた物を、仕上げの彩りに添えれば出来上がりだ。

昼まではまだ暫しの猶予がある。
ほむらは一通りの準備が済んでしまってから、そういえば髪を編んでいなかったわ、と思い出した。
元々三つ編みだった髪を今は解いているほむらだが、調理をするならこの長い髪は妨げになる。
繰り返しの日々の中、家事は自然と身に着いたが、多忙さを理由に蔑ろにすることも珍しくなくなっていた。

(……次からは、ちゃんと編み上げておこう)

二又に分かれた、腰まで届く見事な黒のロングヘアーは、嘗てまどかを救う為に、甘ったれた過去の自分への訣別をしたほむらの悲壮な決意の表れだ。
髪を編むことであの頃の決心を鈍らせたくはなかったが、今回に限ってはその必要も無い。
ほむらは、これは休息期間だ、と思うことにする。今はただ、コンディションを良好に保ち希望を繋ぐのだ。

正味な話をすれば、ほむらは強引にでも気が楽になる様に努めていた。
ソウルジェムの濁りが深刻な域に達している以上、過度の沈思黙考は身の破滅を招く。
答えの出ない悩みに悶々とするよりは、身体を動かしている方が遥かにマシだ。
……お昼ご飯を食べたら、部屋の大掃除でもしようかしら。
ほむらは、罅割れた壁に付着した染みはさて置き、引っ越したばかりで然程汚れも無い室内を見渡しながら、そう考えるのだった。
70 :以下、VIPPERに代わりましてGUNMARマンがお送りします [saga]:2012/03/25(日) 15:22:43.49 ID:rdb8npsf0
昼食をよく味わって摂り、居間の隅々まで手入れが行き届いた頃には、壁掛け時計の時針は4を指していた。
広いとは言えないこの部屋も、見落とし無く綺麗に片付けようとすると存外時間を要するものだったが、
天井の埃を叩きで落とし、床と宙を舞う塵を掃除機で吸い込み、蛍光灯、時計、机、PC、本棚、卓袱台、
窓枠に至るまで雑巾で水拭きし、壁一面をピカピカに磨き上げる作業は思いの外、苦にはならなかった。

もうじき、日が暮れる頃合いだ。
街に影が差し、闇がひたひたと足音を立てて迫り、跳梁が跋扈する夜はごく近く。
そこにあるのは人を喰らう魔女が口を開け、涎を垂らして待ち構える空間であると同時に、
魔法少女が魔女を探し、狩り、そして喰らう時間だ。――魔女が人を捕食するのと、同様に。

ほむらが身に纏う空気は一変し、のんびりした平穏な日常は、爆炎と硝煙に塗り潰されることになる。
得物である拳銃のメンテナンスは入念に行う。……螺子一本異常は無い。
パーツに不備があるとすれば、それはほむら自身。どんな道具より、それらを扱う彼女を構築する歯車に狂いが生じているのは、火を見るより明らかだ。
だが、それも今夜で終わりにする。この戦いで初日のマイナスを返上し、問題点を修正するのだ。

今度こそ、穢れの浄化が済むまで、易々と帰宅は許されない。
現状では、放置すればほむらの魂はどう見積もっても、あと数日しか保たないのだ。
ほむらの意にそぐわない手段に頼ってでも、目睫に迫る問題をクリアする必要がある。

居室を出て石畳を靴底でこつこつと鳴らすと、朝方耳にした物によく似た子供の声が二つ、ほむらと擦れ違う。
授業は終了し、学生達も銘々が放課後の一時(ひととき)を過ごしている。
学校生活を送る魔法少女も、今頃は帰り支度を済ませ、魔女退治に勤しむべく気を引き締めていることだろう。

卵型の宝石から漏れる発光パターンを頼みに、魔女の大まかな出現位置を予測し、頭の中に記憶された地図の×印と重ね合わせる。
その魔力反応をもとに、心当たりのある魔女を頭の中で順番に照合してみる。……結果、1件の該当。
恐らくは、たった今ほむらが予想した通りの魔女でほぼ間違いない。
魔女としての強さはごく平凡。突出した所が無いので、警戒さえ怠らなければ負ける要素は少ない。
魔法の無駄撃ちを避ける為にも、短期決戦で勝負を決めてしまいたいところだ。

心なしか急ぎ足になったほむらが、市街地をぐるりと取り囲む環状道路に隣接した大橋の下、
河川敷へと辿り着くといよいよ魔力反応は強まり、この場所に魔女が隠れ潜んでいるという確信を与えた。
禍々しい魔力の源流は、丁度日陰になる橋桁から、肌を刺す様な緊迫感を伴い獲物を誘い込む。

魔法少女であるほむらが瞬時に変身し虚空に手を翳すと、そこからまるでナイフを入れた画用紙の様に大気が切り裂け、
前衛芸術と玩具箱を混ぜこぜにした様な、派手な色彩を通り越して狂人染みた精神世界が忽ち顕在した。
……見れば見るほど、視力がますます低下しそうな世界ね。
歴戦の猛者であるほむらも、戦闘と直接関係の無い部分で個人的に不都合な物は色々とあった。

発狂した芸術家と、注文の多いペンキ屋と、深夜にコンビニの前で屯している金髪ヤンキーとが
各々好き勝手にアートを表現したかの如き、露悪趣味そのものの異空間を、ほむらは足早に魔女の元まで駆け抜ける。
使い魔は概ね無視する。幸い、ここでの使い魔は皆キャンバスに向かい、ああでもないこうでもないと自らの芸術に没頭しているので突破は容易だった。
見た目は豪奢、その実ハリボテという、何とも見栄っ張りな扉を勢い良く開け放つと、一際広いフロアに巨体の異形が現れた。

「ティーロ!」

一閃。
黄金の輝きを帯びた魔弾が、眼前の巨獣の胴体らしき箇所を抉り、穿つ。
大部屋には、目当ての魔女のみならず魔女退治の先客も居たのだ。
ほむらはその姿に驚きもせず、横手からの攻撃に気を取られた怪物に時間停止を行使し、敵の周囲に淡々と時限爆弾を設置する。
そして、時間操作を解除。

「えっ? ……きゃああぁぁぁぁっ!」

突如、爆炎に包まれ断末魔を上げながら消滅する魔女に、この場へ逸早く駆けつけていた魔法少女――巴マミは、
優雅さと華麗さを旨とする普段の姿は何処へやら、恥も外聞も無く叫んでいた。
……ご愁傷様です。

「加勢するわ」

「……倒す前に言うことでしょう、それ」

マミが思わず突っ込むのと時を同じくして、言葉通り魔女の結界が崩壊を始めた。
一応、フェイクの可能性も考えて警戒を続けるのが安全・確実なのだが、マミの心情を慮れば無理からぬところである。
そんな心配も杞憂に終わり、結界は完全に消滅し、後に残ったのはほむらとマミ、そして魔女の居た場所にポトリと落ちたグリーフシードのみであった。
71 :以下、VIPPERに代わりましてGUNMARマンがお送りします [saga]:2012/03/25(日) 15:23:33.88 ID:rdb8npsf0
グリーフシード。魔女の卵。魔法少女が生き延びる為に、元同胞に呪いを押し付ける種。
真っ黒な珠に、太い針を通したかの様な形状をした、人々の血と涙を吸って育つ苗床。
ほむらはそんな、嘗ての魔法少女の悲喜交々が詰まった球体を、親指と人差し指で摘み上げる。

「このグリーフシード、私が使ってもいいかしら」

「まぁ……、魔女を倒したのはあなただし……」

マミは余り納得はしていない様だったが、ほむらが左手の甲に装着したソウルジェムの濁りを見ると得心がいったという表情になった。

「長い間、浄化出来ずに居たの。それより、あなたは平気なの?」

「そういうことならいいのよ。ふふ、私は平気。困った時はお互い様でしょ」

にこやかに微笑み、変身を解除するマミ。ほむらはそんな先輩の様子に、内心で相変わらずのお人好しという評価を下す。
ソウルジェムの穢れをグリーフシードに一定量吸い取らせ、人心地がついたほむらは、一方では別の安堵をも感じていた。
元々、ここに来れば高確率でマミに遭遇するのは知っていた。
だから仮にマミに先を越されれば、ほむらは己の矜持を枉げてでもグリーフシードを譲って貰う心算でいたが、
本音を言えば、やはりここで彼女に借りは作りたくなかったのだ。

どす黒い霧を拭い取り、紫色の光を大分取り戻した輝石を認めると、マミに続いてほむらも変身を解除する。
辺りに充満していた不穏な魔力波は最早検知されず、上方を通り過ぎる車のタイヤの摩擦音は魔女の脅威が既に去り、現実に戻ってきたことを二人に実感させた。

「あなた、新人さん? 私は巴マミ、見滝原中学の三年生よ。えぇと……」

「――暁美ほむら」

「あけみさん、かぁ。……うん、宜しくね。ウチの学校の生徒?」

「東京の方から引っ越してきたの。一週間後に転入するわ」

「学校に来るまではどうしているの?」

「特には……。諸々の準備は済んでいるし、あとは時々魔女退治をするだけよ」

ふぅん? とほむらの言を受けて小首を傾げるマミ。
今回の巴マミとのファーストコンタクトは、多少のハプニングはあったものの、一先ず敵対心は持たれずに済んだ様だ。

「じゃあ、それまでは暇ってことかしら」

「……そう取って貰って結構よ」

「良かったら、これから私の家に来ない? 私もあなたと同じ魔法少女、お互い話せることもあると思うの。
 それに、この街にはまだ慣れないでしょ? その辺も含めて、親睦を深めたいと思ってるのだけど、どうかな……?」

毎回恒例、マミからのお茶会の誘いである。
乗るか否かはその時次第なのだが、ワルプルギスの夜との戦いを万全の状態で迎えるのなら、マミの協力は必要だ。
それに――

「構わないわ。行きましょう」

「――……っ、ええ。こっちよ、付いてきて」

ほむらが承諾すると、花が咲いたかの様にぱあっと笑うのだ、この寂しがり屋な先輩は。
この周回に限ってはワルプルギスの夜と戦う理由が無い為、
マミの提案を拒んだところで痛手にはならないのだが、ほむらとて何も相手を不用意に傷付けたい訳ではない。
……因みに、撥ね付けると目に見えて落胆するのが分かっているので、断るにしても慎重にならざるを得ない。

嬉しそうに歩き出すマミの後ろに立つほむらは、晩御飯はおにぎりでも作っておけば良かったか、などと要らぬ心配事をしていた。
72 :以下、VIPPERに代わりましてGUNMARマンがお送りします [saga]:2012/03/25(日) 15:24:14.90 ID:rdb8npsf0
近年、急激に開発が進んだ市の一角、通称見滝原ニュータウン。
周囲の高層ビル群に背丈では一歩及ばないものの、それでも天まで届けと聳え立ち威容を誇る佇まいの内、全体の僅か百二十分の一が少女の箱庭だ。
マミは持っていたルームキーで扉のロックを解錠し、招待した客人へと向き直る。

「遠慮しないで、楽にして頂戴ね。ろくにおもてなしの準備もないんだけど……」

お邪魔します、と言い見慣れた玄関を上がり、マミの後をリビングへと続いていくほむら。
暖色系のインテリアが施された室内は、華美ではないがやや背伸びした感が窺える、年相応の女の子らしい部屋、と言えるかも知れない。
部屋の中央には大人数が使うに適さない、全面硝子張りで二等辺三角形のテーブルが鎮座ましましているが、これもマミのチョイスなのだろうか。

「今お茶を淹れてくるから、ちょっと待っててね」

言い残しキッチンへ消えるマミを横目に、ほむらは平たいカーペットへと腰を下ろし軽く一息つく。
斜陽に照らされ赤々と燃え、明々と映えるリビングルームで、厳選した紅茶と専門店にも引けを取らない洋菓子が、卓に並ぶのを座して待つ。
ほむらはそんな今の自分を、我ながらいい身分だ、と自嘲した。

「お待たせ。口に合うか分からないけど、ケーキも召し上がれ」

「ええ、頂くわ」

やがてトレイを携えたマミが、紅茶の良い香りを漂わせながら戻ってきた。
予想通りマミお手製のケーキも、温かな湯気を立てるティーカップのすぐ隣、丸いデザート皿の上でちょこんと自己主張している。
しかし何ともまあ、今日ほむらが来るのを見越していた訳ではあるまいに、いつ誰が来ても困らない様にと焼き菓子を用意しているのだから健気なものだ。

『こんなに一杯作ったら、余っちゃうんじゃ……』

『時々、作り過ぎるのよね。そういう時は、ご近所にお裾分けしてるわ』

ほむらは昔、自作ケーキの行方が気になり訊ねた際の話を思い出した。
てっきり1ホールが丸々マミの胃袋に納まるのかと見当違いをしていた当時のほむらだが、思えば随分と失礼に当たるというもので、とても本人には言えない。
だがそれだけの価値があるのだ、この砂糖菓子には。――格別の甘党でないほむらにとっても。

紅茶について講釈を垂れたりはしないマミだが、使う茶葉には、そしてそれ以上に淹れ方には気を配っている様で、
専門知識の無いほむらも、斯様に一口飲んだだけですんなりと頂けて、温かみと香りが胸の奥にじんわりと拡がり、渋味も無く、
一般的な女子中学生が出す物としては百点満点だと思っており、またそれが招待客への心遣いから来るものだということも分かっていた。

紅茶の風味も堪能したほむらは、備え付けのフォークを手にいよいよケーキに取り掛かる。
表面はほんの少し硬めの仕上がり、内側はしっとり、如何にも腹持ちが良さそうなベイクドチーズケーキは、
この時間帯に食べると夕食に影響が出そうだが、ほむらの腹具合を最も理解しているのは彼女自身なので、まぁ問題は無いのだろう。
フォークの側面で生地を一口サイズに切り、それから刺し、口へと運び、含み、舌で転がし、噛み潰すと、
甘味と酸味のバランスが程好く絶妙で、口当たりは柔らかいが決して気の抜けた風ではない、チーズのもちもちした弾力が微かに抵抗を試みる。
そうしてスポンジの一片まで余さず味わい尽くし、その余韻を愉しみながらもう一度紅茶を嗜むのだ。

「ごちそうさま。美味しかったわ」

「はい、お粗末様でした」

顔色一つ変えず簡素に礼を述べるほむらとは対照的に、マミはくすりと笑みを零す。
実に素っ気無い態度のほむらだが、彼女がマミに対し抱く複雑な感情を重く見れば、これが妥当と言える。
空になった二人分のティーカップとデザート皿を眺めたマミは鷹揚に頷くと、話を切り出した。

「この街に居る魔法少女はね、私一人だけなの。
 もし私が魔女に負けてしまったら、誰がみんなを守るんだろうって、ずっと思っていたわ。
 だから、これは提案なのだけど――二人一緒に、力を合わせて魔女と戦わない?
 お互いに危険な目に遭ってもフォローが効くし、さっきみたいにグリーフシードを分け合うことだって出来る。
 あなたにとっても、これは悪くない話だと思うんだけど……」
73 :以下、VIPPERに代わりましてGUNMARマンがお送りします [saga]:2012/03/25(日) 15:25:04.12 ID:rdb8npsf0
お茶会のお土産に必ず持ち掛けられる「巴マミとの共闘案」。
話の詳細は違えど、魔法少女として敵対していない場合は勧誘される、一連の流れは変わらない。
今回に関して言えば、濁ったソウルジェムを見せてしまった所為か、マミはほむらに優越感を持っている節もあった。
先輩魔法少女として未熟な後輩を指導する、という名目で一緒に居たい。
同じ時間を何度も繰り返すと、言葉の向こう側にそんな思惑が透けて見える。
……ほむらは、そんな風に考えてしまう自分が厭だった。

「私も、言っておきたいことがある」

「何かしら?」

「私は他人には最低限の干渉しかしないし、されたくもない。だから巴マミ、あなたの提案には乗れない。
 ……誤解の無いよう言っておくけれど、あなたと争う気は無いわ。無駄な衝突は嫌いだから。
 そうならないよう、それぞれが担当する区域を決めておきましょう」

ほむらは、期待と不安に揺らぐマミの誘いを断る代わりに管轄エリアの話を持ち出すが、
結果的に彼女の要求をピシャリと拒んだ形になってしまっている、と口にしてから気付いた。

どうして私は、肝腎な時に口が上手く回らないんだろう。
これじゃ、お茶の誘いを蹴ったのと大差無いじゃない。
……などと、己の立ち回りの下手さに、自己嫌悪を覚えるほむら。

対するマミは、少しだけ眉尻を下げて残念そうな表情を作りながら、控え目にだが食い下がる。

「無理してない? またピンチになるかも知れないよ?」

「あなたが気にする必要は無いわ」(訳:心配してくれてありがとう。私なら大丈夫です)

マミは取り付く島も無い様子のほむらに、内心落ち込んでいたが、どうにか体裁を整え取り繕った笑顔を浮かべる。

「……そう。それがあなたの意思なのね。……分かったわ。
 でも、もしも気が変わったら、その時はまた声を掛けて欲しいな」

「――善処するわ」

自分で撒いた種だけに詮無いことだが、そう答えるほむらの声色には苦々しいものが混じっていた。

「今日はもう遅い。担当する区域は後日、話しましょう」

「あ、待って。使用済みのグリーフシード、持ってるでしょ」

居た堪れなくなったほむらが、もう帰ろうと腰を上げると、マミに呼び止められてしまった。

「暁美さん、タイミングが良かったわね。今ならこれ以上穢れを吸う前に、回収して貰えるわよ」

"やあ、マミ。それと君は――君は誰だい?"

新たな来訪者の登場に心持ち嬉しそうなマミの言葉に続き、ほむらにとって最も聞きたくない耳障りな声が、頭の中に直接響いてくる。

……したっ。とつとつ。

室内用の小型犬や猫の様な足音がした窓際に厭々ながら視線を向けると、
白い兎に見えなくもない珍妙な小動物が、無機質なビー玉を通してじっとほむらを見つめていた――。
74 :以下、VIPPERに代わりましてGUNMARマンがお送りします [saga]:2012/03/25(日) 15:26:06.62 ID:rdb8npsf0
今回はここまで
75 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [sage]:2012/03/25(日) 16:09:22.82 ID:8QvVayPb0
乙乙
76 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2012/03/25(日) 18:19:09.82 ID:wKfWEtqy0
なんだろう、この、
どこぞの記憶喪失マジシャンほむほむのジャンク食礼賛な生活を見てから
ここのほむほむの家庭的な有様を見て胸に込み上がってくる物はww

家に炊事に来てくれほむううううん
77 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西・北陸) [sage]:2012/03/25(日) 18:59:48.48 ID:kVoO8k3AO
毎日ケーキ焼いてるマミさんが可哀想過ぎる
78 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) [sage]:2012/03/25(日) 21:45:44.86 ID:0XYPBBIZ0
投下乙

今回はやたら料理の描写が多いなあ

マミさんと遭遇するも、つい冷たく接しちゃうほむらちゃんマジ不器用
ほむら語の翻訳がちょっと微笑ましい

そして最後にキュゥべえが登場

危ういバランスの心を持つほむらちゃんの明日はどっちだ
79 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/03/25(日) 23:29:09.51 ID:RLLLU0QGo
乙乙

ハッピーエンドなんてないんだから
マミさんと仲良くしたところで上がって落ちるだけなのだが
それはそれとしてやはり切ないのう
80 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/03/27(火) 09:11:16.39 ID:SdxXkxLxo

まどかの死因は不明のままか。そこら辺はあまり重要じゃないのかな
81 :以下、VIPPERに代わりましてGUNMARがお送りします [sage saga]:2012/03/27(火) 12:25:14.95 ID:M5jDjp/a0
料理や食事の様子を詳しく書こう、とは意識したが
「カフェオレを作った」の一文で済む描写に23行を費やしていた。

どう見ても中毒です。本当にありがとうございました。
82 :以下、VIPPERに代わりましてGUNMARがお送りします [sage saga]:2012/03/28(水) 22:35:29.03 ID:b3wsCcsy0
>>77
文章は殆どほむら視点の推察なので、マミさんが本当に毎日ケーキを焼いてると決まったわけではありません。
或いは焼いてるのかも知れませんが、もしそうだったら泣けます。

こんなに乙貰ってるよ。ありがとうございます。
また遅くなりますが(確定)次もお願いします。
83 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/03/28(水) 23:11:44.88 ID:ZbWXWU9bo
毎日ケーキを焼くのは哀しくない。
冷蔵庫はおろか冷凍庫まで満杯でこれ以上保管できなくなったときに
いつものことよと自分を慰めながら古い順に捨てていくのが哀しいんだ。


冷静に考えると、そんな哀しいことばかりしてたらほむほむと出会う
はるか以前にSG濁りきって魔女として討伐されてるはずだから、
きっとケーキにまつわる哀しいことなんてないんだよ。
84 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/03/28(水) 23:14:08.59 ID:RB2dpLSpo
きっとご近所に余ったケーキをお裾分けして評判になってるんだよ。
それでも処理しきれない分は残飯処理機QBの口へと。
85 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/03/28(水) 23:18:28.26 ID:ZbWXWU9bo
むしろ
ケーキなんてなかった
ケーキなんてなかったんだよ
とか、ホラーな感じで
86 :以下、VIPPERに代わりましてGUNMARがお送りします [sage saga]:2012/04/07(土) 18:17:43.98 ID:US7KuQML0
ヤバい。
筍は糠で茹でないと灰汁出ないわ。
これは後で書き直さんと、みんなすんまそん
87 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西・北陸) [sage]:2012/04/10(火) 00:25:58.90 ID:SbYKE3KAO
ん?筍って塩ゆでじゃねえの?
88 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/04/10(火) 01:37:49.78 ID:/gDqXfU3o
>>86
お料理スレだったんだなこれ
89 :以下、VIPPERに代わりましてGUNMARがお送りします [saga]:2012/04/16(月) 21:54:52.09 ID:96R0uFqc0
(◕‿‿◕)

君達にお知らせだ。煮詰まってるから気分転換に番外編を投下するよ。

これから語るのは上のSSとは別の時間軸、平行世界の出来事だから、そのつもりで読んで欲しい。

このスレッドではまどかの件で暗い雰囲気になっているから、今回はまどかを大活躍させるからね。

さぁ、話を始めよう。
90 :以下、VIPPERに代わりましてGUNMARがお送りします [saga]:2012/04/16(月) 21:55:36.02 ID:96R0uFqc0
見滝原の空に、舞台装置の魔女の高笑いが木霊する。
莫迦みたいに狂った叫びを、壊れたスピーカーがエンドレスで流し続けている。
呪いの呻きは鳴り止まない。それを止める術を持つ者がこの場に存在しないから。

周囲一帯には、魔女発生の余波である豪雨による水害と、荒れ狂う風や魔力波の影響を受けて瓦礫の山と化した建造物。
生々しい破壊の爪痕は、街全域に亘り今この瞬間にも傷口を拡げようとしていた。

暁美ほむらは満身創痍の体(てい)で、圧倒的な存在感を放ち一都市を蹂躙する暴君の姿を、
霞む視界の端に辛うじて捉え乍ら、無力感に押し潰されそうになっていた。

(何度やっても、あいつに勝てない……! どうしてなの!?)

思い通りに動かず倒れ込んだ身体に鞭打って、懸命に立ち上がろうとするほむら。

「もう、いいんだよ」

小さな手が、勝ち目の無い戦いに挑もうとするほむらを制した。

「まどか――」

駆け付けたのは鹿目まどか。傍には憎きインキュベーターも控えている。
避難所から大分離れた此処、戦場の一端まで走ってきたのだろう、まどかの息は切れ、額には玉の汗が浮いている。
軽く深呼吸をして乱れた息を整えたまどかは、穏やかな面持ちでほむらに微笑を投げ掛けた。

「……まさか!」

まどかの真意を察したほむらに戦慄が走る。
魔法少女の契約を交わし、願いの成就によってワルプルギスの夜を打破する。
その後の魔女化も含めて、ほむらが今迄に幾度も目にしてきた光景だ。
ほむらにとって耐え難い、胸が張り裂ける思いを、今また味わうことになるのか。

「ほむらちゃん、ごめんね」

「そんな……やめて。それじゃ、私は、何の為に」

ほむらは声を震わせながら、済まなそうに謝るまどかに思い留まる様に頼み込む。

「本当に、ごめんね。――キュゥべえ」

重ねて謝るまどかだが、最早契約を取り止める気など無く、大人の背丈ほどあるコンクリート片の上、
まるでまどか達地球人類の上位存在であることを主張するかの如き位置に陣取った、宇宙人に向き直る。

"さぁ、君はその祈りでどんな望みを叶えるんだい"

「わたしは……」

一拍置いて、決心を固めたまどかがキュゥべえに伝える。

「あなた達に、感情をあげる」

"その祈りは――"

「心っていうものが何なのか、あなた達に知って欲しい。
 いいことばかりじゃないと思う。辛いことや、苦しいことも沢山あって、イヤになっちゃう時だってくるかも知れない。
 でも、それと同じくらいに良かったと思えること、きっとあると思うの。
 わたし達が考えたこと、感じたこと……キュゥべえ達にも、分かち合って欲しいから。だから……」

言い終わらない内に、まどかの胸元でソウルジェムが誕生し、煌々とした輝きを放ち始める。

"君の願いはエントロピーを凌駕した。さぁ、その力を解き放ってご覧"
91 :以下、VIPPERに代わりましてGUNMARがお送りします [saga]:2012/04/16(月) 21:56:36.69 ID:96R0uFqc0



「ねーちゃ、あさ〜」

「何だ、珍しく朝寝坊か。遅刻しない範囲で、食えるだけ食っていきなよ」

「……えへへ。うん、そうするね」

少し寝癖の直りきらない髪と寝惚け眼のまどかを、微笑ましく見つめる家族の視線。

「おっはよー、まどか! って、まだ朝ご飯食べてた?」

「……」

「さやかちゃん、……ほむらちゃんも。うん、おはよう!」

ふにゃっとした蕩ける様な笑顔で、友達二人を迎えるまどか。

ここは仮設住宅。先日の災害で自宅を破壊されてしまった市民の大半は、
自治体が臨時に設けたプレハブ小屋での生活を余儀無くされていた。
学校の方も仮校舎を使い、平常通りとまではいかないものの授業を再開していた。
こんな1シーンも有り触れた日常的な風景となり、まどかもこの生活に慣れ始めていた頃だ。

「おはよう、二人ともよく来たね。ウチのが世話かけるよ」

「いらっしゃい。さぁ、狭い部屋だけど上がって上がって。今、お茶を淹れよう」

「いえいえ、これくらいへっちゃらですよ。それより……」

クラスメイト二人を歓迎する詢子と知久だが、さやかは両手のパーを振りながら断る。

「――仁美、待たせてるよ」

「うぇえっ!?」

さやかはカラカラと笑って、口に含んだ牛乳を危うく噴き出しそうになるまどかを嗜める。

「なーんて、ウソウソ。まだ集合場所には居なかったから、もう暫くしたら来るんじゃない?」

「もう……びっくりさせないでよぉ〜。そんなに寝坊したかと焦っちゃったよ」

ジト目のまどかに対し、たははっ、と笑い乍らサムズアップの親指でさやかが示す先に居たのは。

「あ……」

ちょこんと床に座る、白い鏡餅の様なシルエット。

「ちょっと、歩きながら話そうと思って、さ」

……言外に、キュゥべえと一緒に、という意味合いを込めて。
それは確かに、この場に居ないもう一人の友達には言い出せないだろう。
念話も使えるがそこはそれ、仁美の前で魔法の話題は、出来れば無しにしたい。
要は彼女等の気分の問題だ。

まどかはトーストを栗鼠みたいに口一杯頬張ると、コップの中身をぐいっと飲み干して学生鞄を手に立ち上がった。

「い、行ってきます!」

「慌てて転ぶなよ」

「そんじゃ、まどかは借りていきますんで!」
92 :以下、VIPPERに代わりましてGUNMARがお送りします [saga]:2012/04/16(月) 21:57:22.80 ID:96R0uFqc0



「通学路、まだ壊れたままだね……」

「まぁ、あんなことがあった後だし」

街は彼方此方で復旧に追われているが、倒壊した建物の撤去は並大抵の作業ではなく、未だに辺りは瓦礫の山だ。
あの日、魔法少女になったまどかによって魔女ワルプルギスは撃退され、何処(いずこ)かへと去っていった。
完全に倒しきることは出来なかったが、避難していた住民が無事だっただけでも僥倖だろう。

"本当にすまない。最初に魔女を造り出したのは僕達だ。
この街の惨状も、元を辿れば僕達が元凶みたいなもの――いや、元凶そのものなんだ"

「キュゥべえ……」

さやかの肩に乗った獣がしょんぼりと項垂れる。
このキュゥべえは、まどかと直接の契約を交わした個体で、彼女等に対し負い目があるからなのか、こうして様子を見に来るのだ。
まどかはそんな頭(こうべ)を垂れたままの四つ足を真直ぐ見据えて、言葉を掛ける。

「悪かったって謝るなら、これからは希望を信じたみんなを絶望で終わらせたりしないで。
 キュゥべえは魔法少女が魔女になる仕組みを変えてくれるって、約束してくれたよね……?」

"それなんだが――少し、時間が掛かりそうなんだ。
僕達も感情を獲得したことにより、一連のシステムの大幅な見直しは図られることになったよ。
だけど、感情の発露によって個性が生まれたことで、僕達は今までの様に一枚岩ではなくなった。
意見の統一は困難を極めているんだ。勿論ここに居る僕としては、一秒でも早く新システムが確立されて欲しいと思っている"

「そうなんだ。……分かったよ。わたし、待ってるから。
 いつの日か、まだ反対してるあなたの仲間にも、これまでの魔法少女達の想いが伝わるって信じてるから」

"まどか……"

「――だって、あなたにはちゃんと伝わったもの」

まどかのふわりとした柔らかい笑顔が、小さな体躯を更に縮こまらせているキュゥべえを優しく包み込んだ。

"まどか、ありがとう。僕は君との出逢いに、感謝――そう、感謝しているよ"

眩しい笑い顔のまどかにつられるように、キュゥべえもはにかんだ笑顔を浮かべる。
魔法少女の真実を知り契約に踏み切らなかったさやかは、苦笑してややオーバーアクション気味に肩を竦め、
その斜め後ろを歩くほむらは、ぶすっとした表情で四足歩行の獣を睨みつけていた。

"一先ず、今は魔法少女の勧誘はしていないよ。あくまで一時的な措置だけど"

「……うん」

一時的な措置、という言葉には恐らく二重の意味がある。
一つには人道的見地からの契約禁止。もう一つは魔女という脅威に対抗し得る魔法少女の必要性故の、一時的でしかない禁止。
インキュベーターが変わっても、魔女が居なくなる訳ではない。問題は山積している。
まどかとほむらは、今も魔女退治を続けている。……魔女との戦いで命を落とした、マミの分まで。

「……あぁ、ほら! あんまり暗い顔しない!」

なんだか湿っぽくなってしまった空気を払拭しようと、さやかが透かさず檄を飛ばす。

「そりゃ厄介な問題も、うじゃうじゃあるんだろうけどさ、今は皆が無事で居られることを素直に喜ぼうよ。
 あたしはね、まどかやほむら、それに仁美も居てくれる、それだけで十分だよ」

「さやかちゃん……」

「それよかまどか。一昨日の数学の宿題終わった? あんたあの時ボーッとしてたでしょ」

「……え、そんなのあった?」

「あー、やっぱ聞いちゃいなかったか。しょうがないなぁ……」

ガサゴソと自らの鞄に手を遣り、一冊のノートを取り出すさやか。

「じゃじゃーん!」

「えぇっ? さやかちゃん、それもしかして――」
93 :以下、VIPPERに代わりましてGUNMARがお送りします [saga]:2012/04/16(月) 21:57:57.62 ID:96R0uFqc0
信じられない、という風に目を見張るまどかに、さやかは不敵な笑みで応える。

「ふっふっふ。その通り、愛しのまどかの為にバッチリ取っておいたのさ!」

「さやかちゃん、……本当に、本物のさやかちゃんなの?」

「し、失礼な! なに言い出すのさ!?」

「ご、ごめん」

「傷付くなぁ、もう……」

握り拳を上げてプリプリ怒り出すさやかに、慌てて手を合わせるまどか。
お互いの視線が交錯したまま、暫くしてどちらからともなく自然に笑い出す。

まどかは今、とても穏やかな気持ちに包まれていた。
……そうだ。こうしてさやかが居て、ほむらや仁美、大好きな家族が居てくれる。
大切な人達が傍に居るから、この先に待ち受ける険しい道も、きっと乗り越えて行ける。

「行こっか。仁美ちゃん、本当に待たせちゃう」


「――ッ」

その時、後ろに控えていたほむらの痩身が、斜めに傾いだ。
のめりそうになったほむらは咄嗟に歩幅を広げ、バランスを取り直す。

「ほむらちゃん!」

「……大丈夫よ」

まどかの呼び掛けに答えるほむらの顔面は蒼白で、お世辞にも健康とは言い難い。
元々口数の少ないほむらではあったが、いつにも況して寡黙だったのは不調の所為か。
さやかは後頭部をガシガシ掻いて、心配そうにほむらの顔を覗き込む。

「うーん、顔色悪いとは思ったけど、ここまでとはねぇ。……肩貸そうか?」

「……」

「歩ける? 無理だったら、少し休んで」

「……まどか、先に行ってて貰える? 大丈夫よ、すぐに合流するから」

「えっ?」

"それなら、ほむらは僕が看ておくよ。このままだと、三人とも仁美との待ち合わせに遅れるだろう?"

「でも……」

まどかはキュゥべえの申し出は有り難いと思ったが、ほむらをこの場に置いていくのは躊躇われた。

……だが然し、まどかはほむらの不調の原因に心当たりがあった。
ほむらは魔法少女であり、多少の風邪や怪我は魔法を使えば治してしまえる。
故に、ほむらに異常があるとすれば、それは心の悩みに他ならない。

永遠の迷路を抜け出したほむらは、まどかとの日常を手に入れた代償として、時間操作の能力を失った。
魔女との戦いは今迄以上に命懸けだ。ほむらはまどかに助けて貰わなければ、使い魔すら碌に倒せない。
ほむらが自身の力不足を気に病んでいる様子は、まどかにも伝わっていた。

ここでまどかがほむらを慰めても、厭味にしかならないのかも知れない。
かといって、もう魔女退治に同行していないさやかには、詳しい内情は分からない。
その雰囲気は勘の良いさやかも感じ取っている様で、困ったなぁ、という顔をしていた。

"決まりだね。ほむらが平気そうでも、このまま帰るにしても、僕が連絡するから任せてよ"

「うん……。キュゥべえ、ほむらちゃんのこと、お願いね」

「無理は禁物だぞ。あんたか弱そうだし、繊細な乙女ーって感じするし」

まどかはほむらの姿が見えなくなるまで、頻りに振り返っていた。
94 :以下、VIPPERに代わりましてGUNMARがお送りします [saga]:2012/04/16(月) 21:58:32.84 ID:96R0uFqc0



"君がまどかと離れるなんて、相当気分が悪いんだね"

「……」

"こんなことになるなんて、さぞや辛いだろう。今なら僕にも、君の気持ちがよく分かる"

「……ふざけないで!!」

"どうして? こんな面白い物、見逃す手は無いじゃないか"

沈黙を守っていたほむらの、余りにも突然の激昂。
唐突に発火したかの様な凄まじい怒りにも、目の前の白兎は臆することなく飄々としていた。
否、……こういう反応を予測していたのだ。

「……なんで。何でよ。どうしてこんな真似をするの。
 私達がどれだけ辛かったか、もう分かっているんでしょう!?」

"理解はしたが、家畜に恩情を掛けてやると言った憶えはないね。
そもそも、僕達がどういう存在だったか、君は他の魔法少女よりもよく知っていた筈だ"

人間を家畜と呼ぶことに躊躇の無い異星人が、冷酷な本質を隠そうともせず、ほむらに容赦なく現実を突き付ける。

「あんた達は……そういう、奴らよ……!」

"そうさ。君の認識が甘かっただけだ。何しろ、僕達に責任は発生しない。この事態を引き起こしたのはまどかだ。
少し考えれば分かることだったんじゃないかな。――まどかの祈りに裏切られたのは、どんな気分だい……?"

嗜虐的な笑みを浮かべるインキュベーター。
ほむらは心の痛みに耐え切れず、地にがくりと膝を付く。
頭がズキズキと痛み、目頭が熱くなってくる。
そんなほむらの悔しがる様を満足そうに眺めた白い悪魔は、無情な発言を続ける。

"話は変わるけど、アンドロイドの出来はどうだい? 本物の人間と比べても、遜色ないと思うんだが"

「……やめて」

"さやかの思考ルーチンは修正が必要かな。本物なら宿題を渡すなんてまずしないだろうね"

「――――ッ!」

声も上げずに、歯を食い縛って悲哀の涙を流すほむら。
こんな……こんな惨い仕打ちがあって堪るものか。

"泣いてる場合なのかい? まどかを支えるのは君一人なんだよ"

嗚咽を漏らそうとしていたほむらは、ビクリと身体を竦ませる。
勝手に泣くことなど許可していない。……宇宙生物の言葉には、そういう強制力が含まれていた。
最早誰の意思による物なのかも分からないまま、立ち上がりヨロヨロと歩き出すほむら。

"君が勝手に逃げたりしたら、まどかに真実を伝える。分かってるよね"

まどかの願いによって、インキュベーターには感情が生まれた。
だが一口に感情と言っても、好ましいモノも、そうでない類のモノも無数に存在する。
願いを叶える前に、まどかは気付くべきだったのだ。……情動を得た彼らが、自分達に好意を持って接するとは限らないことに。

本来、交渉とは対等な立場でこそ成立する物だ。
高次の存在である彼らにとって、地球は資源が豊富で、その癖未開の「猿の惑星」だった。
謎の知的生命体が、斯様に魅力的な青き惑星に対して抱いた感情は――支配欲。
そも同じ地球人同士、国家間でさえ相争い、紛争・戦争が絶えないのだ。この結果は、当然の帰結だった。

侵略者に遠く及ばない地球の技術や知識では、どうあっても侵攻を食い止める手立てなど在り得なかった。
殆どの人間が気付かない内に、彼らは世界に溶け込み、内部から食い潰し、社会の一員に成り代わっていった。
まどかの家族も友人も忽然と姿を消し、いつの間にかよく似た誰かと摩り替わっていたのだ。

――もう、まどかとほむらの身辺に、人間は彼女達二人しか居ない。

ほむらには、インキュベーターによってこれらの情報が余すところなく開示されていた。
まどかに対しては、何も知らされていない。
仮にこれらの事実を知れば、まどかは己の祈りに裏切られたことを悟り、間違いなく絶望に負けるだろう。
……ほむらは真実を打ち明けることも、過去へと逃げることも出来ない。
95 :以下、VIPPERに代わりましてGUNMARがお送りします [saga]:2012/04/16(月) 21:59:10.21 ID:96R0uFqc0
インキュベーターには、ほむらが時間遡行者であることは既に露見している。
だからこそ、彼らはほむらに釘を刺した。……時間を巻き戻したらまどかの命は無いぞ、と。
ほむらが時間を巻き戻すことによって、この世界が一体どうなるのか。
高度な文明人にも予測がつかない以上、現在の時間に彼女を留める必要があった。

それに、非常に面白い見世物も見られそうだ。

心を得るに至ったインキュベーターが、重視したものとは。
それは過程である。
膨大なエネルギーを得られるか否か。嘗て彼らの目的はその一点にのみあった。
だからこそ絶望を、膨大な資源エネルギーという「結果・事象」と見做し、それによって己の行動を善しとしてきたのだ。
そうするしか、……無かったのだ。

翻って今はどうだ?
ほむらの苦痛に歪む表情、涙を流す少女の美しさ、追い求める未来を掴み損ねた手。
それら全てが、ほむらの一挙手一投足がありありとした輝きを放ち、嗚呼、眼前を眩しく染め上げるではないか。

全てを有りの儘に伝えた時、まどかは一体どんな顔をするのだろう。
その表情を想像するだけでも、永き時を生きてきた甲斐があるというものだ。

だが――まだだ。
まだ、希望が育ち切っていない。
夢を持たせろ。幸福に浸らせろ。未来図を描かせろ。「生まれてきて良かった」と思わせろ。
徹底的に明るい世界を演出してやれ。幻想という名の餌を与えて、丸々と肥え太らせろ。
全てが裏返った時……今迄信じてきたものは最大の絶望に添えられる、極上のスパイスと化す。

まどか、ありがとう。
こんなに素敵なモノを教えてくれて、感謝しているよ。
誰に言うともなしにそう呟いたキュゥべえの表情は、この世のどんな笑顔より――


                 ハ 、
                   ': :ヽ'                , イ
                  /: : : :| ’               / /|
               j: : : : :| ヽ __      ./ /: :|
                厶-‐        ̄  、/ /: : : : :|
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       /     ,                   ' ⌒ヽ   |   ヽ
        /     i                     |     ヘ
.       /       、                       j       ハ
.     /       ヽ      `ー' ー '          ,イ
    /        / `  _                 / .|         ’
.   /         j     ンー‐        r‐ '    |        i
    ,            l      /            l        |        |
.   i         ,     / 、        |        |        |
== |            i    ,   ヘ      /. |       |        |
- __l            |     i    i    /   |      |        |ニ====-   、
`.ー-ミュ、        .|ミ、  |   |   /    ヽ、  r‐''ニ|        | _ - ‐ ' _ノ

 
96 :以下、VIPPERに代わりましてGUNMARがお送りします [saga]:2012/04/16(月) 21:59:43.56 ID:96R0uFqc0
番外編、ここまで!
97 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/04/16(月) 22:08:31.10 ID:uy0FsFkLo

QBは悪の愉悦を知ったんだな。
98 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) [sage]:2012/04/16(月) 22:09:33.80 ID:mmIyg5Pd0
乙!
ほのぼのだと思って読んでたらこのザマだよ!
99 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/04/16(月) 22:09:54.30 ID:WUjncT7IO
この話にも最初からハッピーエンドなんてなかった
100 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/04/16(月) 22:11:18.46 ID:uy0FsFkLo
このQBなら宇宙の延命よりも悪徳の追求を優先しそうな気が…宇宙\(^o^)/オワタ
101 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/04/16(月) 22:51:16.34 ID:dynWBkxmo

たしかにこうなりそうだなww
102 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/04/16(月) 23:03:11.05 ID:y5wn/moX0
お疲れ様です
やっぱり感情なんて不要な精神疾患だったんや!orz
103 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/04/16(月) 23:06:51.41 ID:lu7R3tvXo
乙。最初に満面の笑みのQBAAが目に入ったから、てっきりスレタイ詐欺のSSかと
良かったよ
104 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/04/16(月) 23:28:19.24 ID:3hHPmjaQ0
>>100
アリシア人「どうやら」

キムボール・キニスン「われわれの」

ヴェランシアのウォーゼル「出番のようだな」

そしてQBは、銀河パトロールとレンズマン達によってデルゴンオーバーロード同様の要殲滅種族に認定されました。
チャンチャン
いや、有感情種の苦しむ様を楽しみ、その感情エネルギーを搾取するって、そのまんまデルゴン貴族だし。
105 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/04/16(月) 23:37:46.02 ID:pmBeShOV0
なんてキボウに満ちたお話なんでしょうか。
いや、本当にこのキュゥべえさんはド外道ですね。
思わず滾ってきました。お疲れ様です。
106 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/04/17(火) 00:08:15.57 ID:xbY1/FYRo
>>104
ラストで次世代レンズマン探してた理由ってそれか!!
107 :以下、VIPPERに代わりましてGUNMARがお送りします [saga sage]:2012/04/18(水) 20:36:54.84 ID:UycY1ntd0
レスを貰えると励みになります。ありがとうございます。

キュゥべえに感情を与えたらガチで地球侵略されると思います。
アニメ7話、杏子のエピソードの中で「魔法で他人の内面に干渉して結果、失敗した」
という事例が既にあり、そういう意味でもべえさんに感情を与えるのはおすすめしません。
罪を憎んで淫獣を憎まず。滅ぼすべきは絶望そのもの。
そう考えると最終話のまどかは上手くやったのかも知れませんね。

しかし、SSを書く度に胃が痛くなるのは如何ともし難いです。
この苦行も慣れれば気持ち良くなるんでしょうか。
108 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/04/19(木) 01:46:16.71 ID:FvIAuu9I0
>>107
>キュゥべえに感情を与えたらガチで地球侵略されると思います
そう考えると、某SSでとある少女が契約の時に「高い感受性」をQBに与えたのは
「外部の刺激を受けて感情が次第に育つ=心地よい感情だけに逃げられない」
ようにするためだったのかもなんて考えると面白いと思ったり。

109 :以下、VIPPERに代わりましてGUNMARがお送りします [saga sage]:2012/04/19(木) 05:59:11.96 ID:CFe8xADI0
>>108
某SS……どんなもんでしょう、良かったら教えて下さい。
願いでキュゥべえに感情を与えるSSを読んだ憶えは無いので、
他の方との見解や認識の相違が多分にあるかと思います。
件のSSを読む時間と機会があれば良いのですが、申し訳ない。

それは兎も角、感情を獲得すればキュゥべえも苦悩することになるのでしょう。
その感情を向ける対象は家畜じゃなく、同レベルの存在だと思いますが(笑)。
110 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/04/19(木) 10:32:46.07 ID:YjygTyDV0
>>109
キュゥべえ「ボクを信じてくれ、暁美ほむら」
のことではないかと
111 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2012/04/19(木) 12:04:00.23 ID:guEkvSiAO
もう>>1が虚淵ジュニアに見えてきた
いい意味で
112 :108 [sage]:2012/04/19(木) 21:33:04.74 ID:FvIAuu9I0
>>109
>110ので合ってます。
多分と言うか確実に、その作者さんと>>1ではQBに対する捕らえ方は違うはず。
QBに感情を与えたら、だと他には渋の絵描きさんで、元々感情の無いQBにはストレスを発散する方法も解らないし
感情の変動に対する身体の対応機能も無いはずだから、次第に身体が変調をきたして弱っていき、遂には・・・・・・
と言う説をお持ちの人もいました。
色んな捕らえ方、考え方があって、QBは本当に面白い存在ですね。



ムカつくけどw
113 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/04/19(木) 22:05:44.51 ID:YE4TKkGIo
キュゥべえに必要なのは感情でなく良心やったんや!
114 :以下、VIPPERに代わりましてGUNMARがお送りします [saga sage]:2012/04/22(日) 12:29:15.60 ID:aD+P3JSw0
>>110 >>112
少し目を通してみたんですが、キュゥべえが綺麗すぎてモニタが直視出来ません。
瞳にキラキラお星様のキュゥべえが瞼の裏にこびりついて夢で魘される。
このままだと浄化されてしまいそうです。
115 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/04/22(日) 15:42:54.03 ID:ujj9U+Ky0
汚いなさすがグンマーきたない
そういうおれさまも隠れグンマー人ですがががっ

個人的にはインキュベーターに感情は不要派でしょうか
というかインキュベーターに感情を持たせるSSって大抵
感情持ってる俺達人類の方が高等だぞー素晴らしいぞー的な考え方が透けて見える気がして
違うものなら違うものとして認めた上で敵対するなり共存するなりしろよと

と、他人様のスレまで来て汚していくおれさま
でも自分のスレはやっぱり晒さないんだぜー
116 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(石川県) [sage]:2012/04/23(月) 21:33:40.79 ID:uFBFB8Duo
ここの>>1がなんか虚淵本人に思えてきた
なんかハッピーな話書けない系っぽいし
117 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) [sage]:2012/04/23(月) 21:35:37.73 ID:hvdgggHXo
あいつはプリキュア発言からしてハッピーエンドかけないわけじゃないんだろうなーって
118 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/04/24(火) 16:55:29.75 ID:ijud7/4Xo
次元違いの科学力をもつ種族が感情を持ったらこうなるんだろうなぁ

FATEZEROをターニングポイントに
自分がある程度納得する形のハッピーが書けるようになったと的なこと言ってたな
119 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/04/24(火) 23:31:24.02 ID:unNFWIS30
安価スレからきました
ぶれないですねwwwwwwww
120 :以下、VIPPERに代わりましてGUNMARがお送りします [saga sage]:2012/04/28(土) 21:36:57.05 ID:mjFiK9yf0
まず初めに謝っておきます。ごめんなさい。
何度も件のSSを読もうとしたのですが、未だに序盤しか読めていません。
どうして俺はこんなにストライクゾーンが狭いんだろう。

>>116
ご都合展開が腑に落ちないだけです。
ハッピーエンド自体は大好きですよ。ご都合主義がなくなるとハッピーが書けないのは自分の力量不足でしょうね。
121 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/04/28(土) 22:01:41.44 ID:QS9BP7VIO
このスレに関係のない他所のSSの話(しかも批判染みた)をするのはなんですが、そういった好みをお持ちなら件のSSは最後まで読まないほうが無難かと思います
自分はリアルタイムで見ていたのですが、盛り上げ方は好きでしたが解決方法があまりにもご都合で肩透かしを喰らいまして
読み終わった後に感想を書かずに閉じてしまいました
件のSSを書いた方及びファンの方には申し訳ないのですが、途中までは丁寧だった分最後の落差が凄まじく感じてしまって

>>1
長々と他所の話をしてしまってすいません
122 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/28(土) 22:24:50.10 ID:mjFiK9yf0
それは結局好みの問題なのだと思います。
序盤しか読んでいないので話の内容や良し悪しについては把握できていませんので、
>>121さんにも愚痴のようにきこえていたら申し訳ないです。
123 :以下、VIPPERに代わりましてGUNMARがお送りします [saga sage]:2012/04/29(日) 12:09:25.81 ID:8d3tMEhZ0
ちょっと落ち着こう。むしろ「読めなくて済まぬ」って感じですね。
色々な物を読んだ方が間違いなく自分の血肉になるのですが、上手くいかないものです。

>>121
えぇと、気持ちは有難いのですが結局どう返したらいいのかコメントに非常に困ってます。
やはり自分で読み、その上で感想は心の中に留めておこうと思いました。
現行スレッドなら直接書けばいいんですが、ここで言っても下手したら陰口になりかねないのでこれ以上はやめておきます。
124 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/04/29(日) 12:50:32.43 ID:+BJkXurIO
一部盛り上がってるとこなんだけどよそのコトは置いといて続きの執筆は進んでますかい?
毎日ケーキ焼いてるマミさんカワイイよ
125 :以下、VIPPERに代わりましてGUNMARがお送りします [saga sage]:2012/04/29(日) 15:42:55.02 ID:8d3tMEhZ0
途中まで書いた時点で番外編に入ったので微妙なところですね。
気長にお待ち下さい。
126 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/07(月) 16:32:15.95 ID:BDCCvv6wo
感情を〜で件のSSを思い浮かべて幸せ展開ktkrと思ったら安定のGUNMARだった
ときに、QBのド外道やり取りを見ていてゾクゾクきた自分はSなのかMなのか…
SM判定フォーラムでも聞きながら待ってます
127 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/09(水) 23:30:35.24 ID:8ZPu3dPB0
番外編のド外道QBのようなキャラを見ると

「さて、コイツをどんな風に墜としてやろうかのぉ」

と、極道兵器の岩鬼将造のような表情を浮かべてしまう
128 :へ毛へオム末ネム抜く :2012/05/10(木) 18:08:06.73 ID:9MWaPGJ70
面白いな〜!つーかその才能裏山強いです。
129 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/05/10(木) 19:05:48.17 ID:wp+uIaa60
このQBはこの後どうなるんだ?
感情を得たという事は逆に滅びる可能性も出て来ると思うんだ
自分達を優良種だ神だと思い上がる連中って大抵の作品ではそれが原因で滅びたり滅ぼされたりする事が多いが…
130 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/10(木) 19:17:24.37 ID:RVg+oYQIO
QBの本性を知ったまどかはQBが可哀想で仕方ないクリームヒルトになり全宇宙のQBを『救済』して云々ってのは考えた。
131 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/10(木) 20:45:41.50 ID:Qo0aYu0Io
>>129
他勢力からは感情の無い宇宙救済マシーンだから見逃されてたりして…野心剥き出しに行動すりゃ叩かれそうだね。
QB族が宇宙で唯一の高度知的生命体なら話は別だけど。
132 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(石川県) [sage]:2012/05/10(木) 23:01:37.38 ID:BOktVVFno
仮に感情だけだなく良心まで得たとしても、「魔法少女システム」が解決しないことにはみんな幸せにはなれないわけで……
そういえばインキュベータとしての役割と良心の板挟みで苦悩するQBの1個体のSSとかあったな、確かさやかメインのやつ。
133 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/10(木) 23:13:22.06 ID:Qo0aYu0Io
「駆り立てるのは野心と欲望、横たわるのは犬と豚」

人間的な野心と欲望に塗れたQBってのはどんな姿になるかな?
よくある悪の異星人って感じで、元の無機質な魅力が消えそうな気もするが。
134 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/11(金) 06:24:56.16 ID:P8P82jLZo
「家畜に神などいないっ!!」とか言っちゃって
ひたすら人類(魔法少女)から搾取するキュゥべえさんとか?
と思ったが、番外編で既に言ってたというオチ

見返して思ったけど、番外編って「盗まれた町」が連想されるな
つまり……劇場版はホラー映画になるんだよ!
135 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) [sage]:2012/05/12(土) 21:58:45.17 ID:bKUoA2mCo
ナ、ナンダッテー
136 :以下、VIPPERに代わりましてGUNMARがお送りします [saga sage]:2012/05/13(日) 07:25:49.34 ID:pu1cJ9/M0
保守。

>>126
虐げられて興奮するM!

>>127
Sでさえ屈服させたいS!
137 :名無しマギカ :2012/05/15(火) 21:11:41.66 ID:QcWsUArY0
爆弾仕掛けられた
138 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/18(金) 23:30:32.97 ID:TyAj/gyIO
番外編を見て以降、「QBに感情を」と願ったSSはそっとじしてしまう…
139 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/05/19(土) 19:56:40.56 ID:Nh32Hu6e0
>>95
なにこの白い悪魔…
140 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) [sage]:2012/05/19(土) 20:14:52.41 ID:p2S0/ffyo
白蘭さんは関係無いだろ
141 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/19(土) 20:25:30.49 ID:e7Vs9snco
なんでや、なのはさん関係ないやろ!
142 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) [sage]:2012/05/20(日) 01:04:25.25 ID:J7koPi5yo
蛇「雷電は関係ないだろう!」
143 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/06/11(月) 07:05:03.86 ID:hjDsn52IO
そろそろケーキは焼けましたかマミさん
144 :以下、VIPPERに代わりましてGUNMARがお送りします [saga sage]:2012/06/13(水) 00:32:31.98 ID:OWXFrJmw0
>>143
生焼けです。今投下してもいいんですが、ある程度区切りのいい箇所まで纏めたいのでもう暫く書きます。
マミさんが思ったより可愛くなって筆が進まないで御座る。
このスレッドは牛歩で進行したいと思います。

ついでに顔文字てす ξ(✿>◡❛)ξ▄︻▇▇〓〓
UNICODEいけるかな〜?
145 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/06/13(水) 00:43:19.35 ID:UKFc+alIO
よし待とう
146 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/06/14(木) 17:43:08.16 ID:sl1KP8pro
待つよ
いつまでも待つよ

でもスレ住人がマミさん並に寂しがり屋なので
1週間に一度くらいは生存報告という名の燃料補給欲しいかな。
147 :以下、VIPPERに代わりましてGUNMARがお送りします [saga sage]:2012/06/18(月) 06:46:34.64 ID:tLXMe73w0
週一で投下できるほどネタはありませんので勘弁して下さい。

http://logsoku.com/thread/ikura.2ch.net/wcomic/1336955700/ の 294

……近況ではありませんが、週刊少年漫画板にて。
残念ながら週マガ読者からはシンパシーを得られませんでした。
素で話してたつもりなんですがエロ板へ池などと言われましたよ。
誰が特殊性癖だ。私はノーマルですよ?
148 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) [sage]:2012/06/18(月) 08:51:09.00 ID:kb5TbOEro
一行で済むでワロタ
149 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/06/18(月) 14:49:42.75 ID:AlI4TS2IO
一行で済むじゃねーか
150 :以下、VIPPERに代わりましてGUNMARがお送りします [saga sage]:2012/06/18(月) 18:37:27.02 ID:tLXMe73w0
敗因:理解される前に理解しようとしなかったこと

王道スポーツ漫画+ラブコメ成分にとっては異物でしかなかった
151 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/06/18(月) 19:15:22.34 ID:7I4ahtpwo
あっ、この人マゾだ。
152 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) [sage]:2012/06/19(火) 03:52:37.55 ID:0f2OLaXgo
わざわざ自分で晒すか
言いたいことには同意、しかしマイノリティだ
153 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/06/19(火) 19:41:07.02 ID:bvybkGV7o
そんなマイノリティな>>1の書くナニかがが俺たちは大好きだぜ!!
154 :以下、VIPPERに代わりましてGUNMARがお送りします [saga]:2012/07/19(木) 06:10:12.46 ID:l8/0rSCR0

ネタを提供せよと言われたのでURLを貼ったのだが何か違う箇所に反応されている気がした。

マイペースでやっていきます。

投下開始。
155 :以下、VIPPERに代わりましてGUNMARがお送りします [saga]:2012/07/19(木) 06:11:10.71 ID:l8/0rSCR0
「久し振りね。忙しかった?」

"奇跡を必要としている子は大勢居るからね"

巻き髪に学生服の少女と、白い犬や猫を模した様な形を取る、人語を解する獣の遣り取り。
無垢な少年を思わせる声音に顔を綻ばすマミとは対照的に、ほむらは不快感を隠し切れずにいた。
折角の砂糖菓子と茶葉の残り香が、獣臭さで台無しだ。
自然、カーペットの上をとことこと歩く長い耳の獣――キュゥべえへと向ける視線も険しい物となる。

"君も魔法少女なんだね"

「……」

「キュゥべえが契約したんじゃないの?」

"それは間違いないんだけど"

ほむらの穏やかでない胸中に気付く様子も無く、気安く話し掛けてくる地球外生命体が憎らしい。
この白い獣はマミが魔女を討伐したことを知り、グリーフシードの回収目的で部屋を訪れたのだろう。

「もう。忘れちゃったのかしら」

"少なくとも、僕が知る限りでは覚えがないね"

「そういうこと言わないの。相変わらずデリカシーが無いんだから」

"仕様が無いじゃないか"

ほむらの眼前で行われる会話は、表向きには女心を解さない男友達を嗜めるマミ、の構図であったが
実態は、心の無いロボットに向かって延々と空虚なコミュニケーションを試みる不毛な行為だ。

このペアは、ほむらの精神衛生に宜しくない。
常からの応酬の度に、人間をエネルギーを搾取する道具としか見做さない狡猾な宇宙人に憎しみや怒りを憶え、またその一方では
四つ足の化生が自らの友であると信じて疑わないマミの、純粋な少女故の痛々しさに対する苛立ちが、胸の内に沸々と起こってくるのだ。
ほむらには、一人と一匹の間にある埋め様のない深い溝と隔壁の向こう側にある互いの住処の温度差が、見ていてとても辛かった。

実に居心地が悪い。
部屋に居るのがマミだけならまだしも、これ以上長居など出来るものか。

「お前の目当てはこれでしょう?」

ほむらは半身のまま小動物をちらと一瞥し、ポケットに納めていた黒ずむグリーフシードをぞんざいに、
種に積もった負の念諸共に獣へとぶつけるくらいの気で投げつけてやる。
キュゥべえは飛来した黒い球体が顔面に当たる直前、身の丈よりも大きな尻尾で巧みに受け止めると、背に刻まれた印の中へと取り込んでしまう。

果たして満足したのかゲップを漏らす四足獣に、ほむらは内心で軽く舌打ちし早々に帰宅することにした。
マミがキュゥべえに関心を向けている間に、玄関まで来て靴を履き室外へと出ようとするほむらだったが、

「こぉら。黙って帰らないの」

ドアノブに手を掛けた処で先輩風を吹かせたいお姉さんに気付かれ、呼び止められてしまう。
……気に入らないことに、頭でっかちのダックスフントもちゃっかり彼女の肩に乗って付いてきていた。
パタパタとスリッパを鳴らし、軽く駆け寄ってくるマミへの気まずさとキュゥべえへの苛立ちが重なり、
益々外へと駆け出したくなるほむらだったが、置いてきぼりにされた上級生のちょっぴり恨めしそうな目線がそうはさせなかった。
そんなに慌てて帰らなくてもいいじゃない? とでも言いたげだ。

「急いでるのよ」

「せめて見送りくらいはいいでしょ? 折角のお客様なんだもの」

マミが来客を放っておく方がおかしいのだが、精神的余裕の無いほむらにはどうにもこの手の気遣いすら重く感じる。
悪意は無いだけに断り難い。兎にも角にも肉体及び精神への束縛は止めて欲しいと切に願うほむらであった。
156 :以下、VIPPERに代わりましてGUNMARがお送りします [saga]:2012/07/19(木) 06:11:59.92 ID:l8/0rSCR0
尤も、今この場に於いてこれ以上引き止める気は無いというなら、拒否する必要もまた同様に無いだろう。
大人しく要求を呑み立ち止まるほむらに、マミの口から軽く安堵の吐息が漏れる。

「管轄の取り決めはいつするの? なるべく早めに行いたいのだけど」

「そうね――」

次に会うのはいつになるのか。今回の様に不意の遭遇ではなく約束を取り付けておけば、十分に話し合いも行えるというマミの算段だ。
ほむらは思索を巡らせる。マミ自身の都合も考慮するなら学校のある平日よりも休日。時間帯は魔女退治に割かれる夜ではなく昼が望ましい。
だが、それだけではまだ足りない。
……仕方がない、と溜息を吐いたほむらは黒い携帯電話を取り出した。

「携帯電話は持ってる?」

「えっと……ポケットに入ってるわ。ちょっと待ってね」

何も急くことはない。電話番号とメールアドレスを交換すれば、直接会わなくとも相談は出来る。メールならば返信も容易い。
ほむらが見滝原中学に転入すれば自ずと接触する機会は訪れるが、その時までは暫しの閑暇がある。
マミの方も皆まで言わずともほむらの意図を察した様で、明るい配色の携帯を操作し、先端を差し向けてきた。
二人はコードレスの赤外線センサーを近付け、其々の端末に彼我の情報を認識させる。
そうやって互いの携帯をお見合いさせるマミの顔は、ほむらの目には夕焼けに照らされ薄らと朱が差し、喜色に染まっている様にも見えた。

"次に会う時は同席したいね。僕も君の動向には興味がある"

情報の交換も滞りなく済み、二人揃って折り畳み式の端末をパチンと閉じる音が鳴ると、待っていたかの様に白い獣が口を開いた。
……いや、実際の所特徴のあるウサギ口は毫も開かず、ごくごく当然として音声が頭の中へと反響してきたのだが。
聴きたくない、と言ったところでコイツは宇宙人お得意のトンデモテクノロジーを駆使して、こちらに何の斟酌もせず話を押し進めてしまうのだろう。
ならば、自ら話題を切り出しイニシアチブを握り、そこそこに折り合いを付けて退散するのが上策。そうほむらは判断した。

「必要があれば、私から連絡する。話の続きはその時に」

ほむらは二人に背を向けたまま、マミにのみ言葉を掛ける。返答は要らない。
そのまま話し終えるや否や扉を潜り通路の奥、夕闇の向こう側へと滲み溶けていき、
薄暗がりの先に暫く残った気配もコンクリートの床を冷たく叩く足音と共に、やがて完全にマミの前から途絶えた。

玄関に取り残される形となったマミは、年下の魔法少女が去った方角を見つめ立ち尽くしていたが、
友人が乗った肩を軽く竦めると、履きかけていた靴を脱ぎ照明が点きっ放しの自室へと戻った。

「あの子……なんだか壁を感じるわ」

"彼女には謎が多すぎる。目的も素性もはっきりしない"

弾力のあるソファに凭れ掛かり、縦巻きのお下げ髪を親指と人差し指で弄びながら零すマミにキュゥべえも頷く。

「さっきも言ってたけど、キュゥべえも知らないの?」

"知っているとも知らないとも言える。覚えていない筈はないんだけど"

「そんなことってあるものなのね」

頬に手を当て思案顔をして、お目付け役の説明を聴くマミ。
彼女の知る限り、ことデータベースに関してのみ述べるなら目睫の博識な聖獣に思い当たらぬ事象を探す方が困難である。
であれば、キュゥべえの発言の意味する処は。
――あの魔法少女は彼をして警戒に値する、ということだ。

だがそれにしては些か不可解でもある。
ほむらはグリーフシードの確保に躍起になってはいたが、それは已むに已まれぬ事情があってのことなのだから、この際不問としたい。
また非協力的な態度に関しては、単純に性格の問題……自身の領域に他人が踏み入るのを拒む気質、で片付いてしまう。
何より、相手側から譲歩して連絡先を明かしてきたのだ。即ちこれからも交渉の余地はあるということ。
魔法少女同士が敵対関係にあるケースはさして珍しくもない事態だが、あの暁美ほむらは多くの魔法少女と若干毛色が異なるのではないか。
157 :以下、VIPPERに代わりましてGUNMARがお送りします [saga]:2012/07/19(木) 06:12:55.78 ID:l8/0rSCR0
「一応、注意はしておくわね」

あの魔法少女の目的が何なのか、マミには皆目分からない。
用心するに越したことはないが、危険だと断じるには余りにも早計。
経緯、行動、目的、素性。これからの彼女との接触で見えてくる物もあるだろう。
その上で暁美ほむらが、他者の被害も迷惑も顧みずただ己の欲望を満たす危険な魔法少女であると結論付いたならば、
その時は自分もこの街の平和を護る身として、彼女を断罪の名の下に打倒せねばならない。

……今から悲観したものでもない。
そう自分に言い聞かせるマミの手には、小さなストラップ付きの携帯電話。
マミが端末を操作してアドレス帳に目を走らせると、先程交換を終えたばかりの最新データが視界に入り込んでくる。
淡い光を宿す液晶の画面には、ほむらの携帯の電話番号もメールアドレスもきっちりと記されていた。

マミは夕刻からこれまでの暁美ほむらという少女の言動を想起し、その行動と傾向を分析してみる。
お茶会の誘いに応じた。共闘の誘いには乗らなかった。帰ろうとしていたが、連絡先は辛うじて教えてくれた。
これらの情報を総合すると彼女に敵対の意思は無さそうだが、押せば押した分だけ引いてしまうタイプなのかも知れない。
先刻の彼女の言の通り、今はほむらが自発的に連絡してくるのを待つのが最善か。
下手に力押しを試みると、築き上げた物を自ら崩してしまうことにも成りかねない。
……今後の交流の為にもそれは避けたいところだ。

斯うして現時点での行動指針には一応の決着を見たが、背凭れからずりずりと滑り落ちそのまま長椅子の上で横になったマミは
これ以上は益体も無い筈のほむらとの未来図をあれやこれやと夢想し、漠然とした不安と期待に胸を高鳴らせるのであった。

「――メール、送りたいなぁ」


暗色のコードレスフォンが小刻みに震えたのは、木造アパートへと戻ったほむらが部屋着に着替え、さて夕餉の準備に取り掛かろうかという処であった。
一瞬石像の如く硬直したほむらは生食用ほうれん草の袋を開けようとしていた手を止め、少々うんざりした顔で着信の内容を確認する。

1 通の新着メール

件名:
届いてる?

本文:
せっかくメルアドを頂い
たので確認の為に送って
みました。ちゃんと届い
てる? ほら、場所や電
波状態によっては届きに
くいかも知れないでしょ
? これにお返事くれた
ら嬉しいな。

P.S.好きなお茶やお菓子
があったら遠慮しないで
教えてねξ(✿>◡❛)ξ


……残念なことにアンテナの感度は至って良好であり、ほむらの下へと届いたマミからのメールには自作と思しき妙ちきりんな顔文字が描かれていた。
ほむらが高層集合住宅の一室を退去してより凡そ半刻。それは取りも直さず、マミが通信を試みて躊躇った時の長さとほぼ同義である。
尤もこの場合、マミが抱えた感情は懊悩や煩悶と言うよりはうずうずと呼ぶのがより適切であろうことは想像に難くなく、
握り締めたケータイを前に送信ボタンを何度も押そうとしては止めてを繰り返す姿が目に浮かぶ様であった。

きっと溜息を吐いた分だけ、私のこの心持ちも重くなる。
そう思ってはいても、ほむらは双肩に圧し掛かって来る疲労感と共に吐き出されるC02を肺に押し留める気にはなれなかった。
これがマミのメールを受け取ったのがまどかやさやかであったならばまた違うリアクションも期待されたのだが、ほむらはほむらである。
ほむらは僅か数行の文面から彼女だけが窺い知れる、喜楽に先んじて込められた人には言い知れぬ不可視の重圧を感じ取ってしまっていたのだ。

件名:
Re:届いてる?

本文:
みてのとおりよ


ほむらはもういっそ無視を決め込んでしまおうと一度はボロ机に携帯電話を放り出したものの、
如何にも気まずさの方が勝ってしまい、結局斯うして送信ボタンを押す羽目に陥っていた。
158 :以下、VIPPERに代わりましてGUNMARがお送りします [saga]:2012/07/19(木) 06:14:51.07 ID:l8/0rSCR0
ほむらは気を取り直して中断していた夕食の準備を再開する。電話はスカートのポケットへ。
昼の時点で保温スイッチを切ってあった炊飯器には白飯が、手鍋には味噌汁が其々幾らか残っており、二菜ほど作れば食餌には事足りるだろう。

一品目に用意するのは生野菜サラダだ。
先程から放置したままになっていた生食用のほうれん草、三つ葉、レタス、赤く熟したトマトを一口大にカットした物を大きめのボウルに放り込む。
味付けに使うのは、オリーブオイルに酢を適量と、摩り下ろした玉葱と林檎を2:1の比率で混ぜ込んだ自家製即席ドレッシング。
そうして出来たやや少量の酢油をグリーンサラダに施し、市販のミックスソルトを軽く二振り。
更にはブラックペッパーを振り掛け、仕上げにトングで入念に混ぜ合わせて満遍なく行き渡らせる。
油分が全体に染み渡り、ほんの少ししんなりすれば食べ頃だろう。

二品目に主菜とすべきおかずは何が良いだろうと思案し、日が経たない内に鮮魚を調理することにした。
とは言っても、予め塩が振られた鱒の切り身をガスコンロの下部に付属のグリルで両面焼くだけの、ごく普通の焼き魚だ。
前段階として魚の臭みが其処彼処に付着しない様に換気扇のスイッチを入れ、
次いで切り身を乗せるプレートの周りにアルミホイルを丁寧に敷き、油汚れが拡がらない配慮をしておく。
真黒な鉄板の上に色鮮やかな赤身を乗せ、蓋を閉じて点火。そのまま片面に火が通るまで待つこと凡そ五分。
鱒の切り身を引っ繰り返そうと分厚いミトンを嵌めた手で熱されたプレートを引き出すと、
グリルヒーターの中では炙られた魚の表面から徐々に脂肪が染み出し、熱を孕んだ魚油は沸騰してぽこぽこと泡立ち敷板に流れ落ちていたが、
未だミディアムレアの透き通った薄桃色を残した肉片が顔を覗かせているのを見るに、焼き上がりまでは暫く掛かりそうだ。

ぶわぶわと唸りを上げ勢いも盛んに風を吸い込む換気口の作動音を頭上に聞きながら、ほむらは再び携帯電話の通知を腰元の振動で感じ取った。

1 通の新着メール

件名:
明日の予定は?

本文:
お返事ありがとう☆ お
菓子出しちゃったけどゴ
ハン食べられる?

明日の授業は半日だから
午後は丸々空いてるわ
暁美さんの予定は?


……失敗だったか。
他者の感情の機微に疎いほむらだが、過去の事例からこれは自分にとって良くない傾向だと判断した。
やはり返信するべきではなかったとする自分が居り、ほむらは中途半端に接点を作った己の軽率さを早くも後悔し始めていた。
半端と言うなら、対応の仕方もそうだろう。
初めにこちらが提示した通り次の会合の予定通達までは放擲を決め込むか、さもなくば文面に多少は親しみを込めるべきなのだ。

悪いのはマミではない。彼女はいつだって至極当然に巴マミであった。
知り乍ら煮え切らないのはほむらの側というのが常なのだ。――是非も無いことである。
ほむら以外の誰も与り知らぬ孤独は同一の時間を繰り返す毎に大きく膨れ上がり、
それは疎外感と呼ぶのも生温い、荒々しい波打ち際に切り立った断崖となって彼女を追い詰めていった。

誰も彼女の孤独を知りはしないし、報せはしない。
伝えたくとも何も伝わらないのは厭と言うほど身に沁みている。

メールが液晶画面に映ったままの携帯電話を握る指先に力が籠もる。
こんなものはただの茶番だ、という遣る瀬無い思いが胸の内を掻き乱す。

件名:
Re:明日の予定は?

本文:
また今度にし


突き放してやろうと途中まで打ち込んだ処で、パチパチという魚の油が爆ぜる音で現実に引き戻されたほむらは
ケータイを引っ込め、おっといけない、そろそろ良いかと焼き加減を見るのだった。

……焼き上がった赤魚の切り身は、端が数センチに亘って黒く焦げていた。
159 :以下、VIPPERに代わりましてGUNMARがお送りします [saga]:2012/07/19(木) 06:24:14.65 ID:l8/0rSCR0
向かって前列左に御飯。右前列、煮干し出汁の味噌汁。御飯茶碗とお椀の間に自家製ドレッシング掛け、赤と緑のサラダ。
後列左が昼に作った彩り豊かな筑前煮。その隣には見るからに熱を感じさせる赤褐色の焼き魚。鮭とよく似ているが、鱒の切り身だ。
白米と味噌汁も火は入れ直してあるので其々がホカホカと湯気を立てており、その態は宛らほむらの食事を今か今かと待ち構えているかの様だ。

「いただきます」

手を合わせ、一応形だけは挨拶をする。
ほむらは自身を殊勝な人間だとは思っておらず、また食材に深く感謝している訳でもないのだが、習慣として礼は行っていた。

ほむらが真先に手を付けたのは生野菜サラダだ。
予めボウルの中で味付けは済ませており、ドレッシングが生野菜の下、皿の底に沈殿して溜まる様な状態にはなっていない。
箸を使って瑞々しい葉を摘むと、鼻先にツンと微かに黒胡椒の刺激が届いた。
そのままほうれん草とレタスを口に運ぶと、しゃくっという歯切れの良い音がして水分と油分が口内に拡がった。

味の配分はオリーブオイルが主役。準主役に酸味と甘味の両者を据えて、塩と胡椒は薄ら控え目のバイプレーヤー。
強烈な自己主張は要らない。飽くまでサラダは副菜であるべきだというのがほむらのささやかな持論である。
その意味でこれは正しくサラド、主菜の前座であると言えた。

続いて白い湯気が立ち昇る味噌汁を一口啜る。
……汁物にしては多少パンチが効いた味なのは、煮干しが多かった所為か。
深みの出る煮干しの出汁は悪くないが、量を減らして鰹節を主体のあっさり風味に調えた方がほむらの好みに合うことだろう。

日持ちのする筑前煮は少し摘む程度に留めて、愈々火の通り過ぎた感が否めない赤熱帯びし魚肉に箸を刺し、身を割いていく。
過剰に熱された切り身はパサパサに乾き潤いを失っているのではという危惧があったが、どうやら乾燥して硬化しているのは表面のみで、
箸を入れるとほろほろと程好く崩れた身は内側からもほっこりと水気を孕んだ暖気を放ち、ほむらの懸念が杞憂であったことを報せた。


ほむらは食後の後片付けを済ませ、シャワーで汗を流し、再びPCの電源を付ける。
昼に討伐した魔女の情報を地図に書き加え、更新を完了。ここまでいつもの作業。
――追記、巴マミとの一件については省略。魔女退治にて遭遇した事実のみを記録として書き記す。

一息吐いて振り子がカチカチと鳴る壁掛け時計を見遣ると、未だ短針が指し示すのは8の数字。
普段ならばまどかの身辺護衛や、調達してきた武器の手入れなどやらねばならないことは常に山積していたのだが、今のほむらにはそれが無い。
私は、何をすればいい……?
悩みが解消されると、次の悩みが生まれ出る。
尤もこれまでの苦痛に塗れた日々と比べれば、大抵の苦悩など塵芥に過ぎないだろう。

……焦るな、焦るな。
ほむらは肩に入った力を抜き、息を吐き出し乍ら努めて脱力する。
寧ろこういった、行動にある程度の取捨選択を与えられた生活が、健全な人としてはあるべきものなのだ。
嘗ては病魔、その後はまどかの為に捧げたこの身。それしかない、という人生を歩んできたほむらが、初めて手にした束の間の休息。
今は唯、安寧に身を委ね心地良さにまどろんでいれば良い――。

然し乍ら恐れるべきは、一時の平穏に慣れ親しんで銃を取り立ち上がれなくなることだ。
暖かい日溜まりに浸かりきってしまったら、冷えた撃鉄を二度と引けなくなるのではないか。
まどかの居ない世界を許容してしまったら、一体誰が彼女を救うというのだ。

ほむらの心を支配するのは、いつだってそんな内容で。
そんな風にして在る、彼女の生き様は己が身と心とを内攻し蝕んでいた。

一際大きな吐息。
それこそ焦るな、だ。
これまでの自分がそう簡単に変わるものでもない。
私は私。落ち着いて、成せる事柄から一つずつ取り組むことだ。

ほむらは気を取り直し、オンボロ机に置かれた年代物PCに向かう。
彼女が為すことと言えば、結局の処は魔法少女に関する案件にほぼ限定されるのだ。
160 :以下、VIPPERに代わりましてGUNMARがお送りします [saga]:2012/07/19(木) 06:25:13.30 ID:l8/0rSCR0
見慣れた市内及び周辺地図を眇め、これからの予定を確認する。
魔女の出現予測地点の把握とそれに伴うマミとの担当区域の振り分け。
転入までにこれらが済ませておけるのならば決裁しておくに越したことはない。

マミには自分こそがこの街を護ってきたのだという自負がある為、ほむらが出した案を何でも二つ返事で了承はしない。
たとえ小さな使い魔と云えど、人外に抗う術を持たない者からすれば危険極まりない害獣と言えよう。
魔女を育てたいが故に使い魔を放置し、それが結果として人々に死や負の連鎖を齎すというのなら
彼女はその暴挙を看過せず、また決して許しはしない。

なればこそ、ここが分水嶺なのである。

酷な話だ、とほむらは思う。
たった一人で魔女のみならず使い魔も常時見逃さず仕留めた上で、魔力の補充に足る
グリーフシードも確保しようなどとは、並大抵の魔法少女にこなせる芸当ではないのだ。
潤沢な魔力量、卓越した戦闘センス、豊富な実戦経験から成る汎用性の高い戦闘スタイルと優れた判断能力。
マミの持つこれら列挙した要素が揃って、初めて単独で上述の行動が取れるのである。

であるからして、出会いの当初からマミの真意は共闘にこそあるのだ。
ほむらの濁ったソウルジェムを目にし、実力を正しく推し量れておらず、魔女退治を満足に行えないと判断しても不可思議はない。
共同戦線を張れば未だ謎多き魔法少女を監視下にも置けるのだから一挙両得、上手く事が運べばマミとしては理想の展開だ。

ほむらはマミと互いに手を取り合い、二人で戦いに挑むことを然して望んでいない。
理由は多々ある。嘗て錯乱したマミに銃口を向けられたことに起因する苦手意識、
時間操作の能力を見せるとマミを経由してキュゥべえに伝播する、延いてはほむらの目的の破綻に繋がる恐れ、
加えて彼女の拘束魔法と対峙した際の相性の悪さ、マミとの同調によりグリーフシードの備蓄が行い難くなる、など。

……相手の思惑に乗る理由は必ずしも見当たらない。
幸いほむらには、数々の魔女を退けてきた実力と実績がある。
マミに手出しをさせず、独力で魔女を苦も無く撃滅せしめれば彼女もほむらの力を認めざるを得まい。

とは言っても究極、マミに信用されなければ全てが皮算用に終わる。
彼女の眼前で無理が祟らない範囲で使い魔も駆除して見せ、安心させるのが妥当な落とし所と言えよう。

肝腎の日取りは、さて如何したものか。
談合に臨むに当たり、前以て不安要素は解消しておきたいのが素直な心情だ。
となると、ソウルジェムの残り半分の穢れを祓うのが最優先事項となる。
日程の取り決めはその点を見越した上で行うのが望ましい。


この先数日間の大まかな行動計画に細かな修正を加え、恙無く本日の予定を終了させたほむらは
本日二杯目のコーヒーを淹れている間に、部屋の隅に置かれたダンボール箱の中身を乱雑に漁る。
箱の中に所狭しと詰め込まれているのは筆記用具や三角定規などの文房具、新しい教科書などの教材、
それに手付かずの大学ノートと、下敷き。これから転入する見滝原中学にて使用される予定の学習用具だ。

専用の教材は、ほむらの退院及び転入が決まり次第早々に用意された。
これら各種グッズは此処に至るまで置きっ放しにされていた物だ。
だがこんな物は不要だ。分からないのは授業の内容ではなく、繰り返し受講したその数なのだから。

昼に出動した分、夜の見回りも今日の処は一時休業だ。
有るべき物が無い、空白のとき。
成すべき物が無い、漠然とした不安。
だから、並べる意味のまるで見つからない教科書を隙間だらけの机の本棚にこうやって並べ立てているのも、偏に心を落ち着けたいが為だ。

間も無く本棚に整然と並立する教科書群。
国・数・地・歴・公・理・英・リーディング、主要科目の教科書に問題集や資料集、家庭科や美術に音楽、保健体育。
こうして見ると、一箇月間の授業で使われる教材は存外多いものだ。

――使うのは、正(まさ)しく一箇月の間だけであるというのに。

ほむらは幾たび手垢を付けても一月の後には必ず新品になって返ってくる教材を、遣る瀬無い思いで見つめるのであった。
161 :以下、VIPPERに代わりましてGUNMARがお送りします [saga]:2012/07/19(木) 06:26:27.40 ID:l8/0rSCR0
淹れたての珈琲が入ったマグカップをゆったりと傾けていると、椅子から腰を浮かせた拍子、もぞりと何某かの感触があった。
ふと思いついてポケットを弄(まさぐ)ると、出てきたのはほむらの携帯電話。
液晶の画面はマミ宛に送信しようと打ったメールが中途のままになっている。

……送るや、送らざるや。
とどのつまり先送りにした問題の決断を迫られているのだ。
まだ時間は大丈夫かしら。ちらと壁掛けのクロックを見遣ると、遅いには遅いが就寝にはまだ早い時刻。

一分間に何文字打てる、などと早打ちの特技を持つ者も世には居るのだが、ほむらは生憎とその類の人種ではない。
ややともすれば訥弁になりがちなほむらは口語体に於いても
同様に一喜一憂する羽目に陥り、更に不慣れな打鍵にも結構な時間と労力を割く。
メールならば返信は容易いと高をくくっていたほむらは、妥協や安請け合いはするものではないと自省すること頻りだった。

ほむらが一人堂々巡りをする中、時計の針は無情にも歩みを止めず。

件名:
Re:明日の予定は?

本文:
また今度にして下さい。
必要があれば、私から連
絡します。

話はキュゥべえ抜きで行
いたいです。


やっとのことで此処まで打ち終え、漸く送信しようとしていたほむらは、一つの懸念を抱く。

(あの場にインキュベーターのヤツが居たら、これを一緒に読むでしょうね)

――キュゥべえ抜きで。
あの宇宙人に、マミに厄介な入れ知恵をされては面倒だ。如何にかして談合の場より遠ざけたい。
しかし、送り先のマミの部屋にキュゥべえが同室している可能性は相当に高く、今送信すればまず文面は彼の目に留まることだろう。
言い方一つで、こちらが警戒されてしまう恐れを秘めているのだ。

頭の痛い問題がまた一つ。言葉を選ぶというのは大変に難しいものだ。
マグカップに残ったブラックコーヒーをぐいと乾し、顎に片手を添えて思索に耽るほむら。
眠気は迫っていたが、カフェインの覚醒作用により目は幾分冴えている。
ほむらは伸びをすると、あと一息と気持ちも新たにタイピングへと取り掛かった。

本文:
返事が遅れてごめんなさ
い。でも言いたいことが
あったら私から連絡する
ので心配は無用です。数
日待ってください。

大切な話なので、その節
は是非二人でちゃんと話
し合いたいと思ってます

おやすみなさい


何回も反芻して見直し、今度こそ送信ボタンを押す。
メールの授受メッセージを見届け、ようやっと作業が完了したほむらは人心地ついてふぅ、と吐息を漏らした。
マミの部屋での不手際によるマイナス分は、一先ず取り戻せただろうか。

ほむらは軽度の緊張から解き放たれ、身体が安堵と共に心地良い脱力感に包まれていくのを感じた。
若干早いが歯を磨いて床に就くとしようかと、ほむらは畳を蹴って起立しその足で洗面所へと向かった。


押入れから引っ張り出した布団を目深に被ったほむらは、ぼんやりした天井を何となしに眺め乍ら遥か未来の過去へと思いを馳せる。
……分かっている。先ずは今日この日を確実に、次に明日のことだ。油断して明日命を落とせば、明後日も永遠に訪れない。

それでも、ほむらは過去(みらい)があるからこそ戦えた。
魔法少女・暁美ほむらの原点は、鹿目まどかという世界にたった一人の少女なのだから。
まどかの笑顔を見る為に。まどかの平和な日常を護る為に。
そんな、まどかの生きる世界を見届ける為に。

故に。
今だけは、せめて幸せな夢を見たかった――。
162 :以下、VIPPERに代わりましてGUNMARがお送りします [saga]:2012/07/19(木) 06:27:06.50 ID:l8/0rSCR0
今回はここまで

・ほむらは色々と中途半端
・マミさんは重かわいい……たぶん、きっと
163 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/19(木) 06:33:53.51 ID:BnanY/yxo

ほむらが自炊して健康的な食事をとるとは…インスタントラーメンとカロリーメイトがソウルフードな印象があるから新鮮。
164 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(岩手県) [sage]:2012/07/19(木) 07:09:43.89 ID:lhBWiU1Uo
ほんとにご都合主義が嫌いなら
しょっぱなに理由なくまどかを殺さないだろうなーとは思いました丸

165 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/19(木) 07:18:34.59 ID:olhES9aSo
乙!
まどかのいない一ヶ月が今後どうなるやら……
マミさんもだけど織莉子も気になる
次回も首を長くして待ってる!
166 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) [sage]:2012/07/19(木) 10:20:44.71 ID:ypbpJmeqo
待ってた乙

>>164
それこのSSを根本から否定している気がするんだが
こういうのご都合主義とは呼ばないと思う
167 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/19(木) 20:09:25.62 ID:bIwFoWM1o
マミさん早速携帯メールの罠にはまってるな。
メールが出したくて仕方がなくて
メールの返事が欲しくて仕方がなくて
やきもきしてSGが曇るんだ。
挙句、きっと授業中にもメールチェックするようになっちゃって
先生に携帯没収されちゃって
どうせ来ないほむメールすらチェックできなくなっちゃって
ぼっちの呪いをひしひしと感じてSGが曇るんだ。

ああ、ああマミさん、業務連絡以外したくない相手とアドレス交換しちゃうだなんてカワイソウに!
168 :以下、VIPPERに代わりましてGUNMARがお送りします [saga]:2012/07/19(木) 21:47:43.17 ID:l8/0rSCR0
>>164
その話には終盤、完結まで行けば言及できると思います。
169 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2012/07/19(木) 21:55:30.83 ID:Is8deAi10

>>166
負のご都合主義という言葉があってだな…
170 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/19(木) 22:54:04.54 ID:yEbFkU9ro
最後まで食わずにあーだこーだ言っても不毛な気がするけどね
気長にメインデッシュを待ってもいいんじゃないの?
171 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/20(金) 00:50:42.91 ID:7N3InYjDO
>>169
そんなこと言ったらなんの意味もオチも無いような日常話以外
全てが全てご都合主義になっちまうよ
172 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [sage]:2012/07/20(金) 03:05:29.16 ID:wsv884DI0
一ヶ月もたっちまったぜ
173 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) [sage]:2012/07/20(金) 08:49:37.82 ID:oWErQOzco
来てたー
相変わらず料理と食事の描写が細かくて腹が鳴るな
174 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) [sage]:2012/07/23(月) 16:30:17.92 ID:D9bv6tLZo
乙おつ
料理的な意味でひとり暮らしに優しいな
175 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/08/20(月) 02:22:09.09 ID:KY/naHGw0
ほす

elonaスレに書き込んだら圧倒的クソ緑と言われた
私は正直者ですよ
176 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) [sage]:2012/08/20(月) 04:33:53.99 ID:PQth7oGfo
何故にどっからelonaの話が出た
177 :以下、VIPPERに代わりましてGUNMARがお送りします [sage]:2012/08/31(金) 07:45:49.41 ID:aLdq5CMB0
では保守のみで。
178 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2012/09/11(火) 12:30:42.66 ID:ENo9bDIM0
(◕‿‿◕)

今後の予定としては、本編の合間に番外編を二編挟んでいくつもりだよ。

短い物と、やや長めの物とね。

没になった物も二編ほどあるんだけど、それを投下するかは今のところ未定。
179 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2012/09/11(火) 23:41:43.22 ID:UsKU5ejQo
楽しみにしてます。
180 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [sage]:2012/09/30(日) 10:19:30.63 ID:ikr9ZtMyo
うむ
181 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2012/10/03(水) 23:16:50.18 ID:Kf1wzZzso
保守
182 :以下、VIPPERに代わりましてGUNMARがお送りします [sage saga]:2012/10/14(日) 23:41:48.66 ID:pDRyNGLX0
保守という名の。

劇場版の新シリーズは脚本家の世界観が薄まり
お子様や家族連れでも安心して観賞できそうですね!

仮タイトル・インキュベーターの逆襲
183 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2012/11/06(火) 16:26:08.88 ID:wh1By4nUo
保守 生存報告があるといいな。
184 :以下、VIPPERに代わりましてGUNMARがお送りします [sage]:2012/11/08(木) 14:00:07.40 ID:WRdlKF8X0
文章の容量では既に前回分を超えてるんですが、やっぱり区切りのいいところまで(ry
185 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/11/08(木) 14:40:59.71 ID:rcBr+UBIO
マミさんケーキは(ry
186 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) :2012/12/01(土) 19:11:54.75 ID:VDfaAC7Go
保守
187 :以下、VIPPERに代わりましてGUNMARがお送りします [saga]:2012/12/02(日) 23:59:11.33 ID:pwCZ2TYw0
投下開始。

言い訳すると多忙になる一方なんですがエタる気はありません。
188 :以下、VIPPERに代わりましてGUNMARがお送りします [saga]:2012/12/03(月) 00:00:39.50 ID:9XAgl6KG0

「はい、今日は皆さんに転校生を紹介しまーす」

ほむらが退院して凡そ一週間が経過し、予てより決定していた見滝原中学への転入初日。
見慣れた面々の前に立つほむらのすぐ横では、担任教師である早乙女和子が教壇の上から生徒達に語り掛けている。
片や静聴していた生徒達の視線は、既に語り部たる和子ではなく隣に凛と立つ涼やかな黒髪の美少女に釘付けになっていた。
和子はそんな教え子達のリアクションに満足したのか、反転すると黒板に白墨を用いて女生徒の名前を書き記す。

『暁美ほむら』

「……暁美ほむらです。宜しくお願いします」

何時もの様に丁寧にお辞儀をし、簡素に自己紹介を済ませるほむら。

「暁美さんは心臓の病気でずっと入院していたの。久し振りの学校だから色々と戸惑うことも多いでしょう。みんな、助けてあげてね」

挨拶に続けて紡ぐ和子の言葉を聞いているのかいないのか、
ほむらはもう一度深々と黙礼をすると教室前方の定位置、自分の為に用意された空席へと歩み出す。

「ん? ん〜ん……?」

一人壇上に残された担任教師は、もう終わり? という疑問符が幾つも浮かぶぽかんとした表情でほむらの背を見送り、
また女生徒に注目するクラスメート達も、周囲の期待を意に介さない態度の転入生に若干の戸惑いを覚えていた。
だが話題の中心である当のほむら本人はと言えば、呆気に取られた一同を気にも留めずに
未だ教えられてもいない筈の席まで歩き、淀みない所作で椅子を引き、背筋をぴんと伸ばした姿勢のまま着席する。

水を打った様な静けさの中、何時にも況して淡々としたほむらの胸中を占めるのは、たった一人の少女の存在。
ほむらは壇上から教室全体を一望した時、誰にも悟られることなく密かに嘆息していた。
そこにある筈の無い彼女の姿を咄嗟に捜し、塵にも満たない微かな可能性に期待を寄せながら、
二度とは覚めぬ眠りに就く彼の人は、無限の螺旋が見せた悪い夢であってくれ、と。

今この時も衆目の関心を集めている艶やかな二房の黒髪が、ほむらの心境を反映してふるりと揺れる。
もしも彼女の心を映す水鏡があるならば、水面には漣の様に幾つもの波紋が沸き立ち、のべつに胸をざわつかせていることだろう。
傍目から見ればクールな態度を崩さぬ見目麗しき転校生も、その実態は心此処に在らず、足許がお留守な心身共に頼りない儚げな少女なのだ。

――尤も、

「あー、……キミが教科書の問題で解けない物はなさそうだね」

仮令余所事に気を取られ、転入したての生徒の学力を測ろうと目論む数学教師に指名されてしまっても。

「これ、県内記録じゃない――?」

皆がそれとなく注目する中、走り高跳びに挑戦することになっても。

ほむらは難解な数式や方程式をスラスラと一切の迷いなく読み解き、またスポーツ競技に於いても他を圧倒してみせた。
ループという名の復習による絶対の優位と、魔法を使用しての身体強化(ブースト)の恩恵は途轍もなく大きく、
その結果が転校生の謎めいた雰囲気に一層の拍車を掛け、噂が噂を呼び、ほむらの存在は瞬く間に学級内のみならず全校の耳聡い生徒達の知る処となった。

――故に、転校初日の暁美ほむらの周囲に並以上の人だかりが出来るのは自明の理である。

休み時間になると、新しい物好きで好奇心旺盛な女子達は我先にと転校生を質問攻めにし、ほむらはそれを軽く往なす。
以前は何処の学校に居ただの、どんなシャンプーを使っているだの、質問は有り触れた内容に終始し、そのバリエーションも日常会話の範囲内だ。
余計な注目を浴びることを好まないほむらだが、かといって適度に手心を加えられるほど要領良く振舞える娘でもない。

「ごめんなさい、なんだか緊張しすぎたみたいで、ちょっと気分が……保健室に――ッ」

クラスメート各人の詮索をかわすのにも飽き飽きしたほむらが、その言葉を発するのは単なる惰性であると同時に、
嘗て彼女自身が「欠かせないこと」と規定していた事柄でもあった。
畢竟、大凡無意識の内に取った言動で、後を接ぐ言の葉はほむらの行動目的とは遠く懸け離れ、根底から破綻した類の言であったのだ。
189 :以下、VIPPERに代わりましてGUNMARがお送りします [saga]:2012/12/03(月) 00:19:02.98 ID:9XAgl6KG0
『係の人にお願いしますから』

なんと残酷で、人を無自覚に傷付ける言霊であろうか。
暁美ほむらにとっても、今この場に居るクラスメート全員にとっても。
たった一言で空気が一変してしまう、触れただけで人を傷付ける剣呑な抜き身の刃そのものだった。

保健委員、鹿目まどかは――このクラスには、いや、この世界の何処にも居ないのだ。

同時に、ほむらは心の何処かで否定しようとしていた最悪の現実を、自ら肯定してしまったことに気付いた。
事実を事実であると認めた瞬間に、この時間軸に於ける鹿目まどかと暁美ほむらの出逢いは、どうあっても叶わぬものと確定したのだ。
故に、……ほむらは言葉に詰まった。

「大丈夫? あ、アタシが案内してあげる!」

「じゃあ私も行く!」

突如俯き黙りこくってしまったほむらを見た彼女らが、
心臓の病で長期入院していた為に体調が悪化したと考えるのは自然で、心配した数名が付き添いを名乗り出てきた。

「い、いえ……」

平時ならお構いなく、と繋ぐところだが、保健室に行く理由はほむらの中では既に失われており、返す言葉も弱々しい。
その様子が益々周囲の不安を煽ったのか俄に騒然となる生徒達に、ほむらが気まずさを感じていた、その時だった。

「なんだ、気分悪いの? よし、このあたしが案内してあげよう。保健係だからね」

聞き慣れた快活な声が、人波に分け入ってほむらの耳に届く。
横目で見遣れば、後ろ髪を短く斜めに切り揃えた声の主が、矢鱈と人懐っこそうな笑みでほむらを見ていた。

「そういうワケだからさ。暁美さんをちょっくら保健室までエスコートしてくるよ」

彼女がそう告げると、ほむらを取り囲んでいた女子達も、それじゃヨロシクね、と大人しく引き下がる。

「――」

ほむらはそれまで抱いていた無念とは全く別種の衝動に心を奪われ、又候絶句せざるを得なかった。
このクラスメートにして自称まどかの友人一号が、このタイミングで声を掛けてくることなど、経験上唯の一度も無く
何時も通りならば、質問の山に埋もれているほむらを、まどか達と共に遠巻きに眺めている筈である。
現に、スリーマンセル最後の一角であるところの志筑仁美は、今も自分の席からこちらの様子を窺っていた。

「暁美さん、立てる? 肩、貸すよ」

そう言うと活発そうな感情を瞳に湛えた女生徒――美樹さやかは、ほむらの返事も待たずにずいっと身を乗り出し、
ショルダータックルでもぶちかましてくるのではという勢いで、自身の右肩を突き出し迫ってきた。
上半身を前方に乗り出している体勢なので、さやかの顔面がほむらの鼻先にまで接近してくる。

「さぁさぁ」

「……顔が近いわ」

ほむらが露骨に眉を顰めて僅かに背を反らし乍ら、形だけ軽く肩を掌で押し返してやると、
さやかはおぉう、と大袈裟な反応を見せて心持ち身体を引いた。
失敬失敬、などとのたまい後ろ頭を掻くさやかへの対応を、ほむらが決めあぐねている内に一連の遣り取りを眺めていた他の生徒達は、
じゃあ美樹さんお願い、暁美さんまた後でね、などと口々に言い連ね、あれよあれよという間に保健室行きが決定してしまった。

ほむらの周りに集っていた人だかりは、来た時同様に各々の席まで戻っていく。
その光景を暫し茫然とした面持ちで眺めていると、女生徒の一人がほむらに軽くウインクして手を振った。
190 :以下、VIPPERに代わりましてGUNMARがお送りします [saga]:2012/12/03(月) 00:33:23.41 ID:9XAgl6KG0
さやかと二人で教室を出て通路を一度折れ、保健室への中途、新校舎と旧校舎とを結ぶ見晴らしの良い
渡り廊下まで来る道すがら、ほむらは現在自らが置かれている状況を頭の中で整理していた。

ほむらは今日見滝原中学に転入して、さやかの案内で保健室へ向かっている。
本来はこの橋上に於いてまどかとの問答があり、保健室へ行くことなどは二の次であるのだが
今次はまどかに代わって、賑やかしの少女がほむらを先導していた。

「ここを渡って階段下りて、すぐ保健室だからね。気分は落ち着いた?」

付添い人の問いに、別に、と上の空で答え乍ら思案顔を止めないほむらの反応を受けたさやかは
特段気分を害した様子も無く、ほむらより前方を歩き正面を向いたまま話し掛けてくる。

「チョーシ悪いかぁ。まぁ、気分が優れなかったらいつでも言ってよ。あたしが居るからッ……ごほっ」

どん、と握り拳で胸を叩いて勢いの余り咳き込むさやかに一抹の不安を覚えるほむらだが、さて置き現状把握である。
美樹さやかが保健委員――それは詰まる所、鹿目まどかが担っていた役割の一端をさやかが引き継いでいる、ということだ。
さやかのことだ。例の如く妙な義務感を募らせて、その結果まどかの役目を継いでも可笑しくはなかろう。

さやかは根本から積極的な性質ではない。それは歴史と統計が証明する厳然たる事実であったし、
教室でほむらに問わなかったのも、魔法少女に関わらなければほむらとは殆ど接点が無いのも何時ものことだ。
その意味で今現在の彼女らを取り巻く状況は、ほむらの観点に則れば相当のレアケースであると言えた。

「ここが階段だよ。上に行くと3年生の教室、あたしらは特に行かないけど来年になったら使うから一応覚えといて。
 って、言われなくてもすぐに覚えるか。下は保健室以外にも職員室や理科室、美術室なんかがあってね……」

ありがた迷惑なことに、校内の説明までしてくれるさやか。
だが、ほむらが知っているなどと言い出せる道理も無く、教室群を離れ、人気が無くなってからというもの引っ切り無しに喋り続ける
さやかの声を馬耳東風と素通りさせつつ、こんなにも廊下は、保健室への道程は長かったかしらと又もや密かに嘆息していた。

「でさ」

さやかがこちらを振り向き、立ち止まった。
それで、ほむらは気付いた。

――あぁ、そうか。

ほむらは前を往くさやかに任せる儘、半ば放心し、もう半分は余所事に気を取られていたので今し方漸く理解したのだが、
何のことはない、さやかは歩幅を縮め、普段より緩慢な動作で歩んでいたのだ。……ほむらを急かすまいと気遣っての行動だろうか。
これでは時間が掛かるのも至極当然である。退屈だから長く感じる、という錯覚に陥っていた訳ではない様だ。

いや実際、ほむらは自分でも驚くほど早々に、保健委員さやかに案内されるという異常事態を受け入れていた。
まどかの居らぬ学び舎に、求める物など何も無いと信じて疑わず、そして予見は真実その通りだったのだが、
脇腹の辺りがきりきりと痛む、或いは歯を強く噛み締め、動もすると口の端から血すら零しかねない、
己自身にさえ御し切れぬ苛立ちや悲しみが、瞬間、此の場には顕在し得ない。

何故なら――

「――で、さっき渡り廊下から見えたのが中庭。最近はあったかいから、お弁当をあそこで食べる子も多いんだ。
 そうだ、暁美さんもあたし達とお昼一緒しない? もう一人来るんだけど、スゴくいいコだからすぐに仲良くなれるよ」

思考は捲くし立てるさやかの言葉で途切れた。
ほぼ休みなく続くさやかの話は、大半がほむらの関心の埒外であり、然して傾聴に値する内容でもなかった。
だから、ほむらはこれだけ告げた。

「そろそろ、保健室に行きたいのだけど」

まだかしら、と呟く様な小声で述べるほむらに、さやかはウッという呻きが漏れそうな表情で若干気まずい様子を見せるが、
すぐに取り繕って笑みを浮かべる。

「あ、はは、そうだね。駄弁ってる場合じゃないよね」

さやかは案内役ではあってもオリエンテーションの司会進行を仰せ付かった訳ではない。
転入生に見聞を広めて貰うのも結構だが、あくまで本題は病人の付き添いである。

ようやっとだんまりしたさやかの後姿に冷ややかな視線を送るほむらが、もう少し落ち着きが出るといいのに、
と頭の中でこっそりと呟くと、宛ら申し合わせたかの様にさやかの肩が3センチほどずり落ちて、背中が小さく頼り無げに映った。
191 :以下、VIPPERに代わりましてGUNMARがお送りします [saga]:2012/12/03(月) 00:34:06.59 ID:9XAgl6KG0
授業中の保健室というものは、休憩時に輪を掛けて静寂に包まれる。
ほむらは部屋を立ち去る間際、まだ何か言いたげにしていたさやかを適当に送り出し、
自身の他には保険医しか居ない室内の白い間仕切りの向こう側、仄暗い中をひとりベッドに腰掛けて寛いでいた。
転校初日から授業をサボタージュして保健室に屯するというのは些か以上に褒められぬ行為だが、
この際不可抗力だと割り切ることにして、折角だから悪甘い午睡でも愉しもうかと邪な考えを巡らせる。

窓際には昼前の陽光が射し込み、光は暖かな色を伴って微熱を帯び、
少しだけ開いた窓の外からは涼風がそよ吹き、直射日光を遮る白い厚手のカーテンは風にひらひらと棚引いていた。
その様子は某所にあるテラスで見た光景によく似ている――ほむらはそう思った。
丁度あの時も、こんな風に良い日柄に良好な空模様、動もすれば舟を漕いでしまいそうな温暖さの中にあった。



転入の数日前、ある休日の昼下がり、新都にある一軒のカフェーの表通りに面する、こじんまりした二人用テーブルには
普段通り飾り気の無い服装のほむらと、新しい花柄の髪留めや春色のワンピースに身を包み、多少のおめかしをしたマミが向かい合っていた。

「晴れて良かった。こんなに風が気持ちいい日は外でお茶するのが一番だもの」

テラス全体を覆う蔦は遮光の役割を果たし、葉と茎の隙間からは木漏れ日がちかちかと夜空に浮かぶ数多の星屑の如く瞬いている。
生い茂る緑は、光も熱も風も道往く人々の賑わいや喧騒も遍く受け止め、心地良い肌触りの抱擁をほむらに、マミに与えた。

ほむらはインドア派だが、上機嫌な様子でティーカップの持ち手を摘むマミの日和を賞するには頷けた。
そのマミの隣や肩の上にキュゥべえの姿は無い。例のメールが効いたのか、はたまた営業に精を出しているのか。
今この時も、新たな魔法少女が生まれているのだとすると手放しに喜べるものではなかったが、
談合の場にあの兎擬きが居ないだけでも良しとして、早くも本題に取り掛かることにする。

「まずは、来てくれて感謝するわ」

挨拶もそこそこに、用意しておいた見滝原全図のコピーを卓上に広げようとするほむら。
が、白く湯気を上げるティーとコーヒーが邪魔になり、地図を置くスペースが確保出来ない。
加えてこの後、二人が昼食代わりに頼んだクロックムッシュや野菜サンドも運ばれてくるのだ。
目線を左下の方角へ遣り乍ら、朱が差した頬を隠す様に能面を貼り付けて用紙を畳み直し鞄に突っ込むほむらを見て、マミは苦笑する。

「絶好の陽気なんだから、のんびりしていきましょうよ」

急かそうとするほむらを諌める様にして紅茶で一口、唇を湿らせるマミが一時代を感じさせる古めかしいチェアにより深く腰掛けた。
じっくりと腰を据えるマミの姿勢に、ほむらは仕方ないか、と一息。
軽食が運ばれてくるまでの所要時間は、凡そ十分強。
帯に短し襷に長しとは言ったもので、討論するには時が足りず、かといって黙して待つのは退屈極まる。

「そのブラウス似合ってるわ。何処で買ったの?」

「さぁ……何処だったかしら」

「いつも休みの日は何してる?」

「魔女退治よ」

「それ以外で、よ」

「――特には」

ただ座して徒に時を浪費するのも不毛である。
何とか沈黙に支配された場を繋ごうと奮闘するマミの試みも、しかしほむらの乾いた舌の根を潤わせるには至らない様だ。

(暁美さんの興味がありそうな物……)

マミには未だほむらが関心を寄せる事物の見当が付かない。
ほむらの方からも歩み寄りがあれば、この二人だけのひととき、テラスでのティータイムに添える華があって可笑しくはないのだろう。
192 :以下、VIPPERに代わりましてGUNMARがお送りします [saga]:2012/12/03(月) 00:34:43.96 ID:9XAgl6KG0
「コーヒーが好きなの?」

「……多少は」

「紅茶よりも?」

「――――――、 少し」

「じゃあ、次は用意しておくわね」

「……」

それは益体も無く、断片的で拙く、会話とも呼べぬ代物。
例えるなら概要が無の連続で構築された、序文から跋文に至るまで誤字脱字や白紙だらけの落丁本を、
浅学な人間が尤もらしく何度も頷き乍ら読む振りをし、加えてまた次回もと後生大事に栞を挟み込むかの様な。

瞬間、風が強く吹いた。
本の頁も俄に吹いた強風に煽られ、挟んだ栞の形跡もお構い無しにパラパラと捲れていく。
二人は乱れた髪を手で整え、塵や埃が舞ってはいないかと衣服の汚れをチェックする。
……どうやら、大事無いようだ。互いにほっと息を吐く。

「中へ入る? お昼ゴハンにゴミが飛んじゃうかも知れないし」

「そうね――」

ほむらがそうしましょう、と続けようとする声は、
時を同じくしてオーダーの到着を告げる「お待たせ致しました」というギャルソンのものに上書きされた。


給仕にサンドウィッチの乗った皿を運ばせて、店内にある窓際の席に移動した二人は
思い思いに料理を手に取り口に運んだ。
ほむらは薄切りハムと熱で柔らかくなったチーズのクロックムッシュ、
マミは真赤な完熟トマトとサニーレタス、スライスしたオニオンに、輪切りにした茹で卵が入ったベジタブルサンド。

「それで、話って?」

平皿に並ぶサンドを嚥下したマミがほう、と息を吐き出し、徐に話を切り出す。
先刻の図面からも相談の内容は十分に推察可能だったが、確認の為に、そして何より開会の切欠として問いを投げ掛ける。
ほむらも既に粗方は食べ終えており、何時話題を持ち出そうかとタイミングを計っていたところだ。

「これを見て頂戴」

ほむらもここが機と見て、一度は仕舞い込んだ見滝原全図を再び開帳する。
テーブル上の皿やカップを端に追い遣り、マミの眼前に叩き付けんばかりの勢いで広げたそれには、
見滝原市内の地区別の傾向と対策など、精査の集約が微細に記されていた。
ほむらがマミとの談議に望むにあたり、魔女の詳細に関する資料とは別に用意しておいた物である。

たった数日でのほむらの子細に亘る調査の足跡にはマミをして驚きを禁じ得ず
 ――実際、ほむらが見滝原を訪れてからの僅かな期間では調べきれない情報量だ――
彼女が息を呑む様子が向かいの席に座るほむらにも知れた。

「……驚いた。凄いわ、これ。私でも知らないことが、ここには幾つも書いてある」

「遊びじゃないもの」

ほむらは長く伸びた襟足に右手の指を挿しいれ、軽く掻き上げる仕草を見せ乍らマミの感嘆にもさらりと無感動に答える。

「引っ越しが決まったのはいつ?」

「一箇月以上前……だったかしら」

思い出を時の彼方に置き去りにしていたほむらは、朧に思い出せる記憶を辛うじて埃を被った戸棚の奥から引っ張り出してくる。

「――じゃあ、その頃から調査を始めていたのね」
193 :以下、VIPPERに代わりましてGUNMARがお送りします [saga]:2012/12/03(月) 00:35:25.39 ID:9XAgl6KG0
「……」

「そんな鳩が豆鉄砲食らったみたいな顔しないでよ。
 この資料は――完璧に近い。ほんの何日かで調べたにしては、幾らなんでも詳しすぎるわ」

瞠目するほむらに得心がいったという顔をするマミ。
……そもそもの前提として、ほむらはマミに対して核心に触れる情報の提供を行う心積もりは一切無かった。
核心というのはほむら自身の素性や目的であり、魔法少女と魔女の関連でもあり。
事実を明かした分だけ、真相を語るほどにマミを始めとした魔法少女達の破滅を早めるものだから。

仮にほむらがお粗末な資料を持ち出していたなら、これほどまでにいとも容易く看破されることもなかっただろう。
綿密に繰り返した分だけ、研究の成果の提示が裏目に出たと言える。
渋面を作るほむらの明らかな狼狽は対面にも伝わった様子で、マミはクスリと笑みを漏らした。
何を企んでいるのか臆測し難い鉄面皮の奥にある、ほむらの素顔――彼女にはそれが垣間見えた、気がしたのだ。

「……。なに?」

「なんでもないわよ。話を聞かせてちょうだい」

ほむらが訝しげに眉間に皺を寄せて問うと、
マミはそんなほむらへの笑いを噛み殺し、澄ました調子で本題に入る様にと促す。

詮索が無かったことに胸を撫で下ろし、軽く咳払いを一つ。
ほむらは今度こそ巻き髪の少女を真直ぐと見据え、自意見の開陳を行うのであった。



「――見滝原を東西に二分するならこんなものね」

暫くの後、瀟洒なウッドテーブル上の平面図には赤マジックで丁寧に境界線が引かれ、
二人の魔法少女各々が担当すべき管轄が明確に記されていた。

ほむらの意見は率直で、魔女が出現し易いポイントを二者に平等に振り分け基本的にお互いは干渉しない、という物だった。
摩擦が無いなら大いに結構。使命の為、ほむらには余所事に感けている暇など無いのだ。

「あなたの言いたいことは分かったわ。でも私は、やっぱり二人一緒に戦った方が安全だと思うわよ」

……当然、マミという少女が異論の一言も差し挟まず引き下がるというのは、凡そほむらの考慮には無い。
巴マミは共闘を望む。マミの砲撃には隙が生じるし、ほむらも彼女なりのリスクを抱えている。
魔法は万能ではない。物事には必ず長所と短所が両立するのだ。
故に、安全に、より確実に魔女を仕留める算段ならば協力するに越したことはない。

マミの言うことは至極尤も、正論も正論であった。……例え建前だとしても。
然しこうなること自体、ほむらにとっては統計で出た結論であり、確定事項も同然である。
となれば、問題提起に対する正答は用意されていて然るべきだ。

「この図の、中央病院のことだけど」

ほむらがすいと人差し指で示した先には十字の印。
それは、今まさにマミも指摘しようとしていた点だ。

ほぼ縦一直線に近い分割ラインの中で、病院の一帯のみが不自然に、まるで瘤の如く迫り出している。
そしてほむらはこの病院側を己のテリトリーとして要求していた。
つまりはそういうことで彼女の狙いは、この見滝原市最大規模の医療機関にある。

「……随分とその病院に拘るのね。理由を訊かせてくれる?」

マミから見たほむらの印象は、一言で言えば浮世離れした美少女、だった。
万事を些事とし興味を示さず、恐らくだが誰とも一定の距離を置き、干渉することもされることも好まず、そして誰とも相容れない。

そんな何事にも無関心に見えるほむらの執心は、一体何処(いずこ)から沸き出でる物なのか――マミもこれには興味を惹かれた。
病院。その特性上その身に傷や病を抱える人々が集う場所。
病というものは、やがて心にも幾つもの影を落とし、時として爆発的に負の感情を増大させていく。
故に、人の心の闇に付け込むことを常とする魔女にとっては、絶好の餌場なのだ。

魔女の出現率の高さ、魔女の結界が展開した場合、犠牲になると推測される被害者数――
成る程、被害を最小限に食い止めようとするならば是が非でも抑えておきたいポイントだ。

だが、裏を返せばその現実は、平均的価値基準を持ち合わせた魔法少女の視点に照準を合わせるならば
魅力ある狩場であると同時に、力も罪も無い患者を食い物にし使い魔を魔女へと成長せしめる養殖場ともなりかねないことを証明付けている。
魔法少女の魔女に対する方針と処遇次第では、院全てが阿鼻叫喚の地獄絵図へと変じる恐れもあるのだ。
194 :以下、VIPPERに代わりましてGUNMARがお送りします [saga]:2012/12/03(月) 00:36:20.08 ID:9XAgl6KG0
マミは慎重にならざるを得なかった。
知り合って間もないほむらに預けるには余りにも命が重い、そう思った。
共闘が望めないという確信はマミの落胆を深める結果に繋がったが、
ほむらが信頼に値する人物であれば、其処に一抹の寂寥はあれど、憂うことなく託せるのだ。

だからこそ時間が欲しいと、鉄のカーテンの向こう側を今一度垣間見たいと願った。
せめてほむらの人柄を、ヒトとしての温かみを感じさせてくれるだけの猶予があればと。
その暇(いとま)さえ見つけ出せないなら――却下する他ない。

「中央病院自体に思い入れは無いわ。私が拘ってるのはもっと別の、個人的な理由」

「詳しく教えて」

ほむらの話にマミは耳を欹てる。聞き漏らしなど無い様に。
彼女の執着の源泉を。干乾びて罅割れた荒れ野に滾々と流るる一条の小川のせせらぎの音を。

「私はずっと、心臓の病気で入院していた。元々身体も丈夫ではなかったし、自宅と病院を行ったり来たりの暮らし」

マミはポツポツと語るほむらの声に聴き入っている。暫く口を挟む気は無い様で、沈黙を以て話の続きを促している。

「病院が好きか嫌いかと問われれば、嫌いと答える。病室の白い壁も天井もいやと言うほど見飽きてる。
 でも――私の命を繋いでいたのは、紛れも無く『ソレ』なの」

ほむらの口調は平坦でイントネーションにやや乏しいが、詞の内には切実さが含まれていた。
嘘を吐いている様には見えない。

「昔は学校に通うことさえ満足に出来なかった。――けど、今は違う。
 魔法少女になってからというもの、貧血で突然倒れる様なこともなくなった」

余り感情の読み取れないほむらの声が、真実味を帯びているのは単なる思い込みではない筈だ。

「私は医療に救われたとは思ってないけど、守られていたとは思ってる。
 中央病院は見滝原で一番大きい総合病院。そこを魔女が狙うのは明白」

そこまで話したほむらの肩と胸が僅かに上下する。
大きく、息をした。話はこれで終わり。そういうことか。

ほむらの話を聴き終えたマミは、深く安堵していた。彼女ならば犠牲者を無闇に増やす真似はしないだろう。
特に大きいのが大義の為などではない、彼女個人の感情に因るという点だ。
他ならぬマミ自身が嘗て消え往く筈だった命を救われたことで、他者を守る為に自らの命を使うという行動原理を持つに至った様に。
なればこそこの少女の心胆からの人間感情というものも理解出来たし、共感も出来た。

「だったら尚更力を合わせた方がいいわ。目的が一致するなら敵対することもないでしょう」

「必要無いわ。これは私の意地みたいなもの。私の戦いにあなたを巻き込むつもりなんて、……無い」

ほむらはマミの誘いも言下に断定する。即答されたマミは返す言葉が見つからなかった。
彼女は只管に頑なだ。互いに手を取り合えるならそうしたい、というマミとは決定的に異なる。
それは独りでも戦い抜くという彼女の強さかも知れないし、誰にも頼れない弱みなのかも知れない。
何れにせよ分厚く重々しい鋼のカーテンは閉じてしまったし、もう風はそよとも吹いてはおらず、
況してや南京錠に拠り厳重に施錠された堅牢なる鉄扉を抉じ開けることなど、適いはしなかった。

兎にも角にも、寡黙なほむらの口から貴重な体験談が聴けたのだ。
彼女なりの恩返し。魔法少女としての在り方、存在意義。そういった己を支える矜持というものがマミにはある。
そしてほむらにも譲れない物がある。それを理解した。だから彼女の覚悟を前にして、退く以外に道はなかった。

「もう、決めてるのね」

「……ええ。私はずっと独りで戦ってきた。そしてこれからも。
 誰の為でもない、私自身の祈りの為に。そうやって、いつかこの命が尽き果てるまで戦い続けるだけ」

虚空を見上げ哀しく呟く様に、其れとも詩歌を口ずさむかの如く。
謡い上げるほむらの横顔は何処までもストイックで、マミにとってはある種の神秘ですらあった。
195 :以下、VIPPERに代わりましてGUNMARがお送りします [saga]:2012/12/03(月) 00:48:43.39 ID:9XAgl6KG0


「……」

宙をたゆとうほむらの意識は学内の保健室へと舞い戻っていた。
はっとして過去の回想に遠退いていた意識を現状の認識に回そうと努めるが、脳と理性は十全に働いていない。

(眠ってしまった……)

靄がかかった様にぼやけ中途半端に覚醒した視界の隅、ほむらが寝返りを打ったらしき皺の寄ったシーツが目に飛び込んできた。
ビーズ入りの枕カバーにはべったりと涎の染み。……睡魔の誘惑には勝てなかった様だ。

ほむらは寝惚け眼を擦り乍ら、先程迄の白昼夢を想起する。

あの日あの場でのマミへの説得は一応の成功を為した、と言っても過言ではない。
ほむらが持っている情報を不用意に譲渡したくなかったのは以前に触れた通りだ。
……実際は本題に入らず、さも本心を曝け出したかの様に振る舞い、彼女を遣り過ごす。
人一倍口数の少ないほむらがこの答えを導き出すのには、其れ相応の時を要したものだ。
ほむらは決して事実関係を偽ってはいなかったが、かといって真実を語るつもりも毛頭なかった。

然し殊の外上首尾だった。
談合を執り行うにあたって参考にしたのが、あの大福餅の話術、というのは癪に障ったが。
その点を差し引いても、今は結果が欲しい。

ほむらは今次に於いて舞台装置の魔女と命を賭してまで交戦する理由は無く、故に他の魔法少女と手を組むこともない。
が、バックラーの砂が落ち切るまでの一箇月もの間、何もせずただ徒に時が過ぎるのを待つというのは非生産的極まる。
試してみたいことはあった。其れが此度の一連の遣り取りであり、巴マミの説得だった。

説得の目的は推して知るべし――マミの惨死の回避にある。
ワルプルギスの夜を除く、巴マミが命を落とす最大の外的要因……お菓子の魔女。
病院に一定の確率で出現し、其の殆どの世界でマミを食い殺してきた厄介な魔女。
いざ助けようにも様々な要因が複雑に絡み合い予測困難な事態が発生し、救出が果たされた例(ためし)はそうそう無い。
数々のループを経たほむらが出した結論は「先ず戦わせてはならない」だった。
接触の機会そのものを奪えば、マミがお互いの取り決めを破って闖入しない限り当面の危機は乗り越えられる。

斯くて予行練習は見事に成功を収めた。あとはまどかが居る世界で実行に移すのみ。
永久に出口の見えない暗闇に閉ざされた迷宮に、蝋燭を一本一本立てる様に、ほんの微かな希望の灯を点していく。
その灯りは何時か、儚く消えて散る物かも知れないけれど、今は人事を尽くす。

……惜しむらくは其処に天命は無く、また運命はほむらに対し、冷厳にして苛烈であったということだ。


授業の開始と終了を告げるチャイムも幾度か鳴り響き、午後も三時を回った頃。
ポプラの並ぶ放課後の路を歩む影が二つ。

「いやー、付き合って貰っちゃって悪いね」

「そう思うなら、手短に済ませて欲しいものね」

何処かおちゃらけた態度のさやかとは対照的に、彼女の背後でそっぽを向くほむらの受け答えは芳しくない。

保健室のベッドで惰眠を貪り教室に戻ったほむらを真先に出迎えたのは、又してもさやかだった。
さやかは如何なる理屈かほむらに矢鱈と絡み、昼休みも強引に中庭へと連れ出し仁美と対面させたりした。
仁美もさぞや戸惑ったろうに、おくびにも出さず笑顔で応じてくれたのは有り難かった。

引っ越して来たばかりの街を案内する、とのさやかからの申し出を素気無く断ったほむらだが、
何故か高揚しているさやかに、CDを探していて見立てをお願いしたいだの、今日の出逢いを大切にしようだの、
仁美は習い事で忙しいから滅多に遊んだり出来ないだのと理由を並べ立てられ、余りの執拗さに折れ、半ば連行される形で居た。

ほむらは頭の後ろで手を組み、やや大股で歩くさやかの挙動に不審を憶えずにはいられなかった。
或いは胸の内に蟠る負の想念は不審ではなく、不快と表現した方がより適切なのかも知れない。
そう。ほむらはこのさやかには明らかに不快感を抱いていた。
196 :以下、VIPPERに代わりましてGUNMARがお送りします [saga]:2012/12/03(月) 00:49:22.84 ID:9XAgl6KG0
「暁美さんはさ、どんな音楽聴くの?」

行きつけのCDショップに入り、慣れた足取りでクラシックのコーナーへ向かい乍らほむらに質問を投げるさやか。
……ほむらは答えなかった。だが其れは決して底意地の悪い企みからではない。
胸焼けの様にムカムカと膨らんだ不快感は咽喉元を迫り上がって嘔気にも似た感覚を催し、
気を抜けば直ぐにでもさやかに不平を吐き出してしまいそうだったからだ。

――何故、あなたはまどかが死んだのに笑っていられるの?

ほむらはこのさやかに対し出会いの当初から苦手意識を持っていた。
美樹さやかという人物の立ち位置はほむらにとっては羨望の塊である。
鹿目まどかとは数年来の友好関係にあり、彼女からは慕われ信頼されている。
転校生――鹿目まどかとは初対面という立場に固定されたほむらには絶対に成し得ない絆、繋がり、共有した時間の積み重ね、その重み。
そういったほむらが求めて已まない、けれど決して手に入れられぬものを、さやかは初めから持っていた。
さやかのポジションにほむらが納まれれば、どれだけまどかの説得が円滑に進むことか。

だからこそ、さやかのにやけた顔がほむらには許容し難かった。
まどかの居ない、喪われた世界など到底認められる物ではない。
「ほむらがさやかであったなら」……暢気に笑っていられる筈がないのだ。

勿論其処には多分にさやかへのやっかみ、嫉妬という感情も含まれていたし、ほむらには其の自覚もあった。
加えて怒りの矛先を向けたさやかにところで、其れはまどかの死を知るほむらに疑心を抱く結果に終わるだけだろう。

……と、考えたほむらは沈黙を守ることで自制とした。
さやかの側もほむらの返答を期待しての発言ではなく、ほんの軽い気持ちで投げ掛けた一言だったのか、
それとも掘り出し物の物色に夢中だった為にか、将又両方であったのか――ほむらの態度に気分を害した様子もなかった。

「お待たせ」

何枚ものCDを試聴していたさやかだが、やがてケースを元通り棚へ戻すと手ぶらで帰ってきた。

「CD、買わなくて良かったの?」

「……うーん、なんとなくね。今日は気分が乗らなくて。また今度でいいや」

言葉とは裏腹に上っ調子で喋るさやかを見るに、目当てのCDがなく落ち込んでいる、という様子はない。
平均的中学生の小遣いには限りがある。こんな事態は珍しくもないだろう。

「それじゃ、だいぶ待たせちゃったから今度は暁美さんの行きたい場所を案内しよう!」

「……まだ行くの?」

「遠慮しなくていいからさ。この街にも早く慣れて欲しいし、それだったら直接見て回るのが手っ取り早いよ」

「別に、遠慮してるわけじゃ……」

「そうだ、先月オープンのアクセサリショップがあるんだ。行ってみようよ」

「あなたが行きたいだけじゃないの?」

「いやあ、ははは」

実はあたしもまだ行ったことないんだ、と悪びれずに言ってくれるさやかの誘いを突っ撥ねようとするほむらだったが、
再びしつこく食い下がられ、結果無駄な足掻きに終わり早々に折れておけば良かったと後悔するのは五分後の話である。
197 :以下、VIPPERに代わりましてGUNMARがお送りします [saga]:2012/12/03(月) 00:50:17.46 ID:9XAgl6KG0


「眼福眼福。ああいうお店は久し振りだったけど、女子たるもの相応のカルチャーに慣れ親しむっていうのは欠かしちゃいけませんなあ」

数時間前には天高く昇っていた太陽も傾き始め、時は世界を紅く染める夕刻。
ほむらはさやかの軽口に最早言い返す気力も無く、なんで私はこんな茶番と与太話に長々と付き合っているのか、と真剣に悩んでいた。

夜が刻一刻と間近に迫る逢う魔が時。その名が示す通り魔女の活動が盛んになり始める時間帯でもある。
目に映る景色は一面薄紅色に染まり、二人が通り掛かったビルディングの下は墨汁を垂らした硯の様に真黒な闇の中である。
今暫くの時が経てば、現代人の智慧の結晶である夜間照明が灯り此の暗闇さえもなくなる、そんな黄昏時限定の漆黒。

ほむらとさやか。二人は歩く。
橙と黒のシルクスクリーンに浮かぶ染みの如き点が二つ、少しずつ揺らめき乍ら其の身を移して。

「すっかり遅くなっちゃったねえ」

放課後を目一杯使ってほむらを引っ張り回したさやかは、果たして満足したのか伸びをしていた。
此の数時間付き合わされただけで、これ程までに疲労困憊になるものなのか。
そう呆れるやら感心するやら複雑な心境のほむらだったが、思い返すにつけ午前中に声を掛けられ保健室へと連行され、
昼休みは昼食への同行強制、極め付けが放課後をフルタイムで消費してのウィンドウショッピングの梯子なのだから、
ほぼ一日中ほむらはさやかへの貸し切り状態だったのだ。此れで疲れない訳がない。

堪らないのは市中引き回しのフルコースに招待されたほむらの方で、そろそろ堪忍袋の緒も引き千切れて
溜まりに溜まった鬱憤が内側から漏れ出てきても可笑しくないところまで来ていた。

「飽きるほど楽しんだでしょう。私も用事があるしお暇するわ」

「そっか。もうそんな時間なんだよね」

うんうん、と頷きを二三度繰り返すさやかは、自分を納得させているかの様だ。

「暁美さんは、さ……ちょっとでも楽しめた?」

「残念ながら散々よ」

「えー、何でだよー、そこはお世辞でも楽しかったって言うとこだろ!」

歯に衣着せぬ物言いをするほむらに、さやかも不満たらたらで応戦する。

「自分が行きたいポイントを巡ってただけでしょ。観光ガイドとしては三流よ」

「それを言われるとキツイけどさぁ……。大体、暁美さんには物事を楽しもうって気概が足りてないよ!
 もしかして、まだ新しい環境に緊張してる? ハッ、まさか――!」

「……なに?」

「暁美さんって、今日女の子の」

「断じて違うわ」

急に神妙な顔つきになって小声で話し掛けてきたかと思えばこれだ。馬鹿馬鹿しくて涙が零れそうである。
そういえば先程から眩暈がしている気がしなくもない。こういう時は、早く帰って寝てしまうに限る。

「でもさぁ、楽しむ姿勢って大事だと思うんだよね。こうして居られるのも命あっての物種だし」

――さやかを置いてこっそり立ち去ろうとしていたほむらの動きが止まる。

「どんなにあの時ああしとけば良かった、って思っても……死んじゃったら、どうにもならないんだよ。
 友達と話して、ゴハン一緒に食べて、買い物に行ったりさ。どんなに望んでも或る日突然、なんにも出来なくなる」

「あなた――」

其の時、薄暗がりに負けた街灯が夜の闇を煌々と照らし出す。
198 :以下、VIPPERに代わりましてGUNMARがお送りします [saga]:2012/12/03(月) 00:50:58.48 ID:9XAgl6KG0
街灯の傘下、少女の頬を濡らし伝うものが白光を反射し一際輝いていた。

……さやかは泣いていたのだ。恐らくは日影に表情が隠れ、ほむらには確認出来なくなってからの間、ずっと。
辛さを見せずに、声も上げずに。たった独りで泣いていたのだ。

あぁ、そうだったのか。
ほむらは漸く今日これまでのさやかの態度に合点が行っており、同時に己の察しの悪さを痛感してもいた。

「ごめん……勝手に連れ回して迷惑だったよね」

幼馴染が大事故に遭った矢先、親友と呼んで語弊の無い少女を襲った、不幸の二文字に収めるには余りに重い死という現実。
さやかは度重なる苦難に打ち拉がれ、彼女の心は悲鳴を上げていた。
だから縋る物が欲しかったのだ。ほむらの様なさやかにとって都合の良い来訪者が。

「ちょっと、悲しいことがあったんだ」

普段は余所余所しい転校生呼ばわりのほむらを初対面の時から苗字で呼んでいるのも。
不自然なまでの躁状態も、人付き合いに疎いほむらに付き纏ってくるのも。

全部、努めて明るく振舞おうとして、無理をして、無理をして。
部外者たるほむらには親友を連想させる物が無いと踏んで。
そして最後まで其の態度を貫き通せるほどに、気丈でも高潔でもなくて。

言うまでもなく、語るまでもなく、ほむらにとって美樹さやかとはそういう少女だった。

其のことを再確認したほむらの中では、さやかへの敵愾心に近い意識は霧散していた。

ほむらは不思議な気持ちだった。
そっと手を当てた胸には、まるで穴が開いた様な空虚さを感じるのに、その隙間がほんの僅かに埋められた気がしたからだ。

同じだ。
私と同じ哀しみを、この娘は背負っている。
彼女には決して理解出来ないことだけど。

でも、
私達が今感じているこの胸の痛みは、
紛れも無く、一人の優しい、優しすぎる少女を悼む想いの具現。





「もし、よかったら――」

「私に話して。あなたの悲しみを」
199 :以下、VIPPERに代わりましてGUNMARがお送りします [saga]:2012/12/03(月) 00:51:30.30 ID:9XAgl6KG0

今回はここまで

方々で書かれてるシャルロッテ戦は全面的にカットします
200 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/12/03(月) 00:51:41.52 ID:XoDt2h5vo
201 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/12/03(月) 00:59:28.29 ID:oyMdbeRno


読み応えあるなー
202 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/12/03(月) 02:25:49.50 ID:bLYT2APIO

クロックムッシュ食べたい
203 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/12/03(月) 02:39:43.33 ID:t555Q5tqo
乙です。

いささか文章が硬すぎないかと一瞬だけ思ったけど、
よく考えたら、この設定で会話調の軟らかい文章だと雰囲気が出ないと感じるようになりますた。

今後も期待して待ってます。
204 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/12/03(月) 05:07:21.41 ID:uEDOREmAo
205 :以下、VIPPERに代わりましてGUNMARがお送りします [sage saga]:2012/12/03(月) 09:16:02.22 ID:9XAgl6KG0
訂正>>196

× 加えて怒りの矛先を向けたさやかにところで
○ 加えて怒りの矛先をさやかに向けたところで

まあ投稿した文章がミスも含めて自分の現時点の実力だと思います。
206 :以下、VIPPERに代わりましてGUNMARがお送りします [sage saga]:2012/12/06(木) 22:16:35.12 ID:EiudIO6W0
>>203
SSを書くにあたり勝手に目標としていることがあります。
小説など読み物の面白さの要素の一つとして「目に入った瞬間や、
その後視覚を通しての文字の羅列だけで面白いと感じる文章、
音読した時に朗々と読める響きの良い文章」というものがあると思っています。
これは半分そういう個人目標と試行錯誤のためにあるSSです。

自分で書いてみて意見を貰いながら考えて修正を加えてみるのもいいかも知れません。
次辺り、ストーリーを面白く見せることに比重を置いて書いてみようかと
……と思ったのですが話の構成上、次回は難しいかも。まぁぼちぼちやってみます。
207 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/12/07(金) 21:41:51.15 ID:57r9qssAO
今全部読んだ、乙
これからの1ヶ月が気になるな
208 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/12/09(日) 06:06:11.90 ID:5vz14Oqio
さやかああああああ
209 :以下、VIPPERに代わりましてGUNMARがお送りします [sage]:2012/12/16(日) 22:44:27.85 ID:T/5HmKRC0
起動するのも困難になってきました。
新しい顔(PC)を手に入れないとそろそろ限界が近そうです。
作者じゃなく環境的な意味で
210 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/12/16(日) 22:45:27.27 ID:5QHhIwqlo
俺も欲しいよ
MacBook Airでも欲しいよ
211 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/12/16(日) 23:02:55.53 ID:B46JfzKbo
Windowsのデスクトップなら、emachinesとかgatewayあたりの低価格PCにメモリ増設だけするのがいいかと。
安いけど使い物になるという意味で。

ノート機とかMacはわからんです。

いっそ、iPadみたいなタブレット機にしてしまうって手もあるので、
用途に合わせて探ってみては。
212 :>>211 参考にします。以下予告編・1レスのみ [saga]:2012/12/17(月) 20:41:52.66 ID:LgLEBknr0

「それ」はたった一つだけ、私に残されたものだった。

人は「それ」を酷く忌み嫌った。可能な限り遠ざけ、時として視界の隅にも入らぬ様にと隔離を試み、
然し遂には捨て去ることなど決して出来はしなかった。

人は「それ」を激しく恐れた。同時に「それ」を抱く者をも酷く恐れた。
その行為自体が「それ」を生み出すという矛盾に苛まれ乍ら。

人は「それ」を拒んだ。拒み乍ら其の強大さに呑まれ、取り込まれた。

人は「それ」を望んだ。驕り昂り、己の糧となると見誤り、操ろうとして踊らされた。

「それ」は世界で最も悲しき熱情にして、

最も識ることからは掛け離れた感情であり、

識ることと識られることとを欲する現在の私にとっては、砂漠に水を求める行為にも等しかった。

否、私が求めている物は水ではない。

何故なら、私が求める「それ」こそが木乃伊の様な私を形作っているからだ。

「それ」そのものが乾きの原因であると識り乍ら、「それ」を欲している私という、大いなる矛盾。

なれば「それ」を得た処で、この渇きが満たされることなど到底あり得ない。

だが、識ったところで、矛盾に気付いたところで何だと云うのだ。

心は溢るる渇望を決して止めはしない。

「それ」が人にとって必要不可欠であることを、人は生まれ乍らにして本能で識っているからだ。

故に私は、求めれば乾き、求めざれば猶乾く。

嗚呼、

無限に等しき、終局の視えぬ螺旋地獄の審判長よ。

総てを失い、残った我が身一つをも棄て去ろうとしたこの私に、何の気紛れで「それ」を与え賜うた。

人を怒らせ、復讐に奔らせ。
人を狂わせ、埋められぬ溝を造り。
人を翻弄し、目を覆う惨劇を創り。
人を苦しめ、数多の涙雨を降らせ。
人を謗らせ、不平等極まる格差を生み。

何処へ行く。嘆きと屍ばかりを山と積み上げ。

原初の罪。
嘗て禁断の果実を口にしたヒトが、以来心の底に宿すもの。
どす黒く渦巻く感情の奔流は、唆した蛇よりも激しくうねり、とぐろを巻いて。

誰よりも何よりも人に畏怖され続け乍ら、有史以降常に人と共に在ったもの。


人は「それ」を「憎悪」と呼び、

私は「それ」を「救済」と呼んだ。
213 :以下、VIPPERに代わりましてGUNMARがお送りします [sage]:2013/01/01(火) 23:55:27.50 ID:DAnoPSIf0
新年保守。
一ヶ月全く筆が進んでないが今年も続く。
214 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/01/05(土) 23:39:02.45 ID:Q3UO5HZLo
あけおめ
頑張れ!!
215 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/01/21(月) 13:56:51.55 ID:orhZ6SLFo
まだー?
216 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/01/25(金) 23:09:33.73 ID:SSdl2e8i0
個人的事情により半分死んでました。リアルに。
命ある限り続けるつもりなんですが、暫く書き込めなくなりそうなので渋に完全に移転した方がいいかも。

マイページ
ttp://www.pixiv.net/member.php?id=1146807

頃合を見て依頼出しておきましょうか
217 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/01/25(金) 23:10:51.93 ID:tkKZZ+Vno
渋に移転か
218 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/01/25(金) 23:32:20.32 ID:+znDIlxko
アレの作者だったのかあーー!!
渋のSS機能は単発ならともかく一話ごとに分割された長編になると(携帯端末だと特に)閲覧しづらいんだよなー……本編の末尾に次へ、のリンクが無かったりと色々痒いところに手が届かない
欲を言えば出来れば理想郷とかのSS専門の所にも掲載して欲しいところ
219 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/01/25(金) 23:57:04.73 ID:yK3RuLKuo
おおおお、そのSS、檄欝救い無しで大好きだぁ
渋にいたのか……
220 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/01/26(土) 20:44:24.96 ID:AubDTg5k0
自宅から繋げないものでネットカフェに行ったんですが、そこはss速報書き込み禁止になってるんですよ。
今は旅先です。あと数日経てばまたここには書き込めなくなるでしょう。
なかなか思うように進みませんが、生きてたらまたその内に。

>>218
pixivに投下してみて、読むのに適していない、あくまでイラスト中心のサイトだなぁと実感しました。
移転するにしても検討の余地がありそうですね。

関係ありませんが渋の小説ルーキーランキングを覗いてみたら、
9割方黒子のバスケのBL物だったのでランクインの野心は消え失せました。
読者層は「ホモくれ」ってことですか。ごめんなさい持ってません。
221 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/01/26(土) 20:48:22.88 ID:l9AknPGUo
イラストは男と女に別れてるけど小説は別れてないか
222 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/01/26(土) 22:48:29.79 ID:pA2/XXeTo
百合でせめればいいんじゃないかしら
223 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/01/27(日) 00:16:38.32 ID:+bzcODGf0
こう言っちゃなんですが、まどマギでカップリングなんて幻想でしかないと思うんですよ。
鹿目夫妻を除けば恭介と仁美くらいですかね。基本的に一方通行です。
百合はいいものかも知れませんが、当店では取り扱っていません。
224 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/01/27(日) 00:19:02.75 ID:mfcE3twqo
何も感情の最高位が恋愛感情とは限らないですし、この作風でカプ物やってもなんかあんまり長続きしなさそうなカップルとかになって行きそう。
225 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/01/27(日) 01:59:57.39 ID:+bzcODGf0
まどか☆マギカを代表する曲は「コネクト」じゃない!「magia」なんだ!
と力説する系の人なのでその辺りで色々とお察しください。
226 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/01/27(日) 03:47:47.46 ID:F03TYp5t0
ハーメルンで
227 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/01/31(木) 20:05:09.93 ID:+1aOAdq80
この人がpixivに投稿してある作品ってひとつだよね?
228 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/03/07(木) 02:20:15.84 ID:xdgUI8wDO
終わりなの
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