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【オリジナル】魔導機人戦姫 第17話〜【と言い切れない】 - SS速報VIP 過去ログ倉庫

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1 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/16(木) 20:58:58.77 ID:M/2vX40C0
魔法少女風ロボットバトルものっぽい何かの2スレ目です。
奇跡も、魔法も、ロボも、中二病もあるのに、今スレからはロリ分が大幅減少なんだよ?


*注意

1.最初はどこにも晒す予定のなかった一次創作未満の練習作品なので、
  思いっきり某リリカルと某てぃんくるの影響と、それに近似した設定がチラつきます。
  読み始めから気付かれる可能性が高いと思うので、
  そう言うのが許せない、あの作品(特に某リリカルの方)を汚すな、と言う方は回れ右推奨です。

2.通常の小説形式を地の文+脚本形式に手直ししています。
  前のスレで同じ形式にした所「読みやすい」との言葉を何度か賜りましたので、
  読みやすさを優先し、同様の形式にしております。

3.あくまで練習で書いていた物なので、現時点では未完結ですが、
  プロット自体は完成しているので、1話ずつ投下しながら書き進めて行きます。
  筆のノリと気分次第で投下頻度がガラリと変わると思われます。気長にお付き合い下さい。

4.鬱展開もちょっとショッキングな展開もあるので、12禁の方向でお願いします。
  あと、格好良さ優先の間違った外国語(主に文法的な部分)があるので、間違った外国語が覚えられます。
  良い子も悪い子も、恥をかきたくなければマネしないように。

前スレ(1〜16話)
【魔法少女風】魔導機人戦姫【バトル物】
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1316092046/

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1329393538(SS-Wikiでのこのスレの編集者を募集中!)
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佐久間まゆ「犬系彼女を目指しますよぉ」 @ 2024/04/24(水) 22:44:08.58 ID:gulbWFtS0
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1713966248/

全レスする(´;ω;`)part56 ばばあ化気味 @ 2024/04/24(水) 20:10:08.44 ID:eOA82Cc3o
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/part4vip/1713957007/

君が望む永遠〜Latest Edition〜 @ 2024/04/24(水) 00:17:25.03 ID:IOyaeVgN0
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笑えるな 君のせいだ @ 2024/04/23(火) 19:59:42.67 ID:pUs63Qd+0
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【GANTZ】俺「安価で星人達と戦う」part10 @ 2024/04/23(火) 17:32:44.44 ID:ScfdjHEC0
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トーチャーさん「超A級スナイパーが魔王様を狙ってる?」〈ゴルゴ13inひめごう〉 @ 2024/04/23(火) 00:13:09.65 ID:NAWvVgn00
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【安価】貴方は女子小学生に転生するようです @ 2024/04/22(月) 21:13:39.04 ID:ghfRO9bho
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ハルヒ「綱島アンカー」梓「2号線」【コンマ判定新鉄・関東】 @ 2024/04/22(月) 06:56:06.00 ID:hV886QI5O
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2 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/16(木) 21:00:34.14 ID:M/2vX40C0
第17話「結、夢と現実の距離」



時に西暦2003年、夏の夕暮れ――

東欧、アルバニアの領海。
本土を遠く臨む小さな孤島に、その施設はあった。

外見的には、何の変哲もない丸太小屋。
林の中に埋没しそうな、小さな小さな小屋だった。

そして、その前に佇む、黒い外套を纏った少女が二人。

少女1「ここ、ですね……?」

少女2「そう……ただの丸太小屋にカモフラージュしたつもりみたいだけど、
    永続系呪具を使ったと思われる遮蔽結界の反応有り……。

    目的地は地下、だね」

まだ幼い雰囲気を漂わせる少女の問いかけに、傍らの少女が淡々と応える。
3 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/16(木) 21:01:32.34 ID:M/2vX40C0
少女2「私達の魔力量だと、魔力遮蔽外装の有効稼動制限時間は五分……。
    一気に駆け抜けて、一気に決めるよ。

    準備はいい?」

少女1「うん……じゃなくて、了解です」

冷静な少女の問いかけに、年少の少女はフランクに頷きかるが、
慌てた様子でしっかりと返事をし直す。

少女2「ふふふ……」

相方の様子がおかしかったのか、少女は思わず噴き出してしまう。

少女1「わ、笑わないでよ……く、下さい……」

少女2「いつも通りでいいよ……。
    緊張し過ぎるよりは、ほんの少しリラックスして行こう」

非難の声を上げる少女を後目に、おそらくは上司であろう年長の少女は声音を和らげて言った。

しかし、その目は決して笑わず、鋭く、強い意志を宿していた。

そこにあるのは使命感と、僅かばかりの怒りの色。
4 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/16(木) 21:02:22.45 ID:M/2vX40C0
少女2「この任務も、どちらかと言えば簡単な方だから……」

そう言ったものの、しかし、彼女が真剣な様子が伝わって、
年少の少女は緊張した面持ちのまま頷いた。

緊張はしていたものの、上司の頼もしさを心底から知っているので、恐怖感は無い。

むしろ、緊張はしながらも、それなりにリラックスもしているつもりだった。

少女2「よし……突入……っ!」

少女1「はい……!」

二人は頷き合って、丸太小屋の中に踏み込む。

やや乱暴にドアを開け、事前に手に入れていた情報通り、
小屋の中央にある板を跳ね上げると、地下へと続く階段があった。

少女1「うわ……お約束……?」

少女2「う〜ん、本当にテンプレートだね……」

呆れた様子の年少の少女に、年長の少女は半ば同意するように呟いた。

二人は足音を殺して長く、入り組んだ階段を駆け下りる。

螺旋階段のよりも複雑に入り組んだ階段に、思わず方向感覚を失いかける。
5 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/16(木) 21:02:50.95 ID:M/2vX40C0
少年?<反応、近いよ……あと五メートル>

脳裏に響いた少年らしき声に、年長の少女は頷く。

声のお陰で、距離感も方向感覚も失わずに目的地へとたどり着く。

鉄製の扉の前だ。

後ろに続く少女をその場に待たせ、自らは反対側へと回って、
二人で鉄扉を挟み込むような陣形を組む。

内部から声が聞こえるが、くぐもってよく聞き取れない。

少女2<向こうのギアにリンク、通信回線を使って音声を拾って>

少年?<了解>

脳裏に響いた少年らしき声に対して、口を介さずに指示を送る。

すると、やはり脳裏に別な声が響き始めた。

??『や、やだ……やだぁ、やめて、やめてよぉ!?』

聞こえて来たのは悲鳴だ。

少女1「っ!?」

もう一人の少女の息を飲む声が聞こえる。

しかし、年長の少女は手で彼女の動きを制し、冷静に内部の状況を窺う。

あまりの冷静さ、いや冷たさに思わず抗議の声を上げようとした年少の少女は、
だが、彼女の目に灯った明らかに激しい怒りの炎に、抗議の声を引かざるを得なかった。
6 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/16(木) 21:04:20.10 ID:M/2vX40C0
一方、鉄扉の向こうでは、残酷……と言うか、狂気じみた光景が広がっていた。

そこは、いわゆる研究室であった。

無数の計測機器が並べられ、白衣を着た人間が数人、
拘束具付きのベッドを取り囲んでいる。

ベッドの上で拘束されているのは、まだ年端もいかない、幼い幼い少年だった。

年の頃は、まだ五歳と言った所か?

男性「ハハハハッ……何をそんなに怖がっているんだい?
   これは非常に名誉な事なのだよ?」

幼い少年「や、やだぁ、やだぁぁ!? パパァッ、ママァッ!?」

哄笑を上げる白衣の男に、必死に拒絶の意を示し、
両親に助けを求めて泣きじゃくる幼い少年。

しかし、腕を、足を、身体を、頭すら強固なベルトに締め付けられ、
押さえつけられた身体では抵抗は無意味だった。
7 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/16(木) 21:04:55.68 ID:M/2vX40C0
男性「何度も話したが、君の身体には素晴らしい魔力が眠っている!
   それをこの薬で、少々、無理矢理にこじ開けて取り出すだけだ……。

   何、安心したまえ、君の命は尽きるが、君が提供してくれた魔力によって私の研究は完成する!
   どうだい? 魔法の発展にその命を捧げる気分は?

   何とも誇らしいだろう!? ハハハハッ!」

白衣の男性――おそらくはこの研究施設の責任者であろう人物は、狂ったような哄笑を上げた。

死を宣告されて、安心できる人間などいない。

幼ければ尚のこと恐怖と絶望に駆り立てられる。

幼い少年「や、やだ……死にたくない……やだ、やだよぉぉ!?」

悲鳴を上げて、最後の抵抗を試みる少年。

だが、口だけの抵抗はやはり無意味でしかない。

男性「さあ、薬を投与しよう……痛みは一瞬だ。
   予防接種の注射と変わらんよ」

そして、先ほどの哄笑とは打って変わって冷静になった男性が、
少年の首筋に向けて注射針を近づける。

幼い少年「ひぃぃ……あぁ、あ、あぁぁぁ……!?」

少年は目を見開き、恐怖に顔を引きつらせる。

その時だった――
8 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/16(木) 21:05:44.55 ID:M/2vX40C0
少女2「待ちなさい!」

凜とした声が響くと同時に、乱暴に鉄扉が開かれ……いや、叩き壊された。

そこに飛び込んで来る、黒い外套を身に纏った少女が二人。

研究者1「魔法倫理研究院か!?」

少年を取り囲んでいた白衣の人間の誰かが、そんな言葉を漏らした。

その場にいた全員の意識と視線が、突然のちん入者に引きつけられた瞬間だった。

研究者?「ご名答!」

白衣を着ていた人間の一人、その中でも一番若い女性――少女が声を上げた。

彼女が白衣を脱ぎ捨てると、
咄嗟の事態に辛うじて反応できた数人の研究者が慌てて彼女に向けて杖を構えた。

少女3「はい、それ、公務執行妨害! 現行犯はお仕置きだぁっ!」

しかし、少女は冷静に、鋭く叫ぶと共に手近にいた数人に素早い蹴りや掌底を打込んだ。

小柄だが、鍛え上げられた肉体から放たれる打撃は一撃で相手の意識を刈り取る。

続けて、他の研究者達が少女に向けて杖を構える。
9 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/16(木) 21:06:36.17 ID:M/2vX40C0
少女2「リーネ、援護射撃!」

少女1「はい、結姉さん!」

外套を纏った少女の呼びかけに応え、もう一人の少女が外套を脱ぎ捨てる。

そこから現れたのは、藍色のローブに身を包んだ、長い黒髪に輝く銀目の少女。

名をフィリーネ・バッハシュタイン――リーネと言う。

リーネ「フリューゲル!」

フリューゲル<了解、リーネ! マルチロック完了、連射OKだよっ!>

リーネが手に持った杖――魔導ギア・フリューゲルに声をかけると、
待ってましたと言わんばかりの返事が返って来た。

リーネは突き出すように構えた杖から、
ローブと同じく藍色に輝く光球――魔力の弾丸を連続して放つ。

研究者2「うわ!?」

研究者3「きゃあっ!?」

一斉に放たれた魔力弾の直撃を受け、遂には首謀者らしき男以外の研究者達が昏倒する。

自身の魔力を、外部からの強い魔力で急激に相殺され、意識を保てなくなったのだ。
10 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/16(木) 21:07:09.56 ID:M/2vX40C0
少女3「リーネ、ナイス!」

リーネ「ありがとう、メイ姉さん」

先んじて動いた少女が、リーネにサムズアップを向ける。

先ほどは一瞬の動きのあまりの素早さに捕らえきれなかった、
緑色のチャイナ服のような戦闘服に身を包み、
黒髪をツーサイドアップに纏めた人懐こそうな表情を浮かべた少女。

名を李明風【リー・メイファン】――メイと言う。

男性「お、おのれ……せめて、実験だけでも!」

一人だけ残った首謀者の男性は、自棄になったかのように慌てて注射を構え直す。

だが、最後に残った少女が一足飛びに男性の懐に入り込むと、手刀で注射を叩き落とし、
いつの間にか構えていた杖をその顎に突き付けて身動きを封じた。

そして、ゆっくりと外套を取り払う。
11 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/16(木) 21:08:41.89 ID:M/2vX40C0
そこから現れたのは、紺のショートローブと白のオーバージャケットに身を包み、
長い黒髪をポニーテイルにまとめ上げた、凜とした雰囲気を漂わせた少女。

少女2「魔法倫理研究院エージェント隊所属、
    本案件担当保護エージェント、譲羽結です。

    ジェイ・ハンクス、未成年者略取及び魔法倫理研究法違反により、
    あなたを逮捕します!」

男性「ゆ、ユズリハ!? まさか……閃虹のユズリハ……!?」

研究者――ジェイ・ハンクスから閃虹【せんこう】の二つ名で呼ばれた少女――譲羽結は、
顔色を変える事なく杖の形をした愛器――魔導機人ギア・エールを突き付け続ける。

対して、ジェイ・ハンクスは力なく項垂れ、その場に膝を付くと、
弱々しく乾いた笑い声を漏らし、“お、終わりだ……何もかも……”と譫言のように呟いた。

メイ「はいはい、同本案件担当諜報エージェントの李明風です。

   ジェイ・ハンクス、アンタには黙秘権やら院選弁護士やら、
   とにかくその他諸々、アンタの部下達にも最低限の権利が生じるけど、
   とりあえず今は大人しくふん縛られて頂戴ね、っと」

リーネ「メイ姉さん……じゃなくて、エージェント・李、いい加減だなぁ……です……」

面倒くさそうに言いながらジェイ・ハンクス以下、犯罪者達を縛り上げるメイに、
リーネは半ば呆れたように呟いた。
12 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/16(木) 21:09:21.85 ID:M/2vX40C0
結「いつもの事だよ……じゃあ、メイ、そっちは任せていい?」

メイ「はいはい、楽しい楽しい高速護送の旅に行って参りますよ、っと。
   んじゃま、男の子は結とリーネに任せるわ」

結の問いかけに、メイは手をヒラヒラと振りながら答える。

既に拘束は完了しており、
メイは五人以上いた研究者達を全て、片手で軽々と担ぎ上げる。

魔力による肉体強化が成せる業だ。

メイ「じゃあ、本部に着くまでの一時間、たっぷり言い訳考えておいてね!」

失意のジェイ・ハンクスに、メイは茶目っ気たっぷりに言い放ってから走り出した。

そうしてメイを見送った後、まだ恐怖が抜けきらずに震えている幼い少年の元に、結は歩み寄る。
13 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/16(木) 21:09:57.55 ID:M/2vX40C0
結「ごめんね……怖い思い、させちゃったね……」

結は震える少年に優しく語りかけながら、結は彼を拘束するベルトを解除して行く。

幼い少年「あ……」

ようやく恐怖から解放されると悟り、少年は微かな安堵の声を漏らす。

そんな少年に向けて、結はにっこりと微笑む。

結「もう大丈夫だから……」

幼い少年「ぁ……ぅ、うぅ……うわぁぁぁぁ……っ!」

そこでようやく、少年は自分が助かった事を、
恐怖から救い出された事を受け止めて、大声で泣いた。

結「よしよし……怖かったよね。よく頑張ったね……」

泣きじゃくる少年を抱き上げて、結は優しくあやすようにその背や頭を撫でた。
14 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/16(木) 21:11:50.69 ID:M/2vX40C0
結はリーネと共に少年を連れて、ジェイ・ハンクスの研究施設を後にすると、
少年を地元の警察に預け、魔法倫理研究院本部へ帰路に着いていた。

結「あとはあの子のボディガードの申請と、本部医療エージェントの診断を申請、
  必要ならば保護施設への移送なんかもあるけど……。

  まあ、大体、コレで保護エージェントの制圧任務は以上って所かな?」

傍らを飛ぶリーネに向けて、結は思案げに説明する。

結「何か質問は?」

リーネ「えっと、すぐに保護施設に移送したりはしないの? ……ですか?」

結「あの子の場合、誘拐から一日未満で、帰れる場所もちゃんとあるからね。
  涙も流せないほど心理的に参ってる……って状態や、
  ご家族の許可があれば施設に移送って判断かな?」

自分相手への慣れない敬語に苦戦する妹分に、
結は笑いを堪えながらも丁寧に説明を続ける。
15 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/16(木) 21:13:17.77 ID:M/2vX40C0
リーネ「もぅ……あんまり笑わないでよ……く、下さい。
    結ね……エージェント・譲羽」

結「ふふふ……ロロとザック君から聞いたよ。
  救命エージェントと防衛エージェントの体験研修でもそんな感じだった、って」

リーネ「あぅ……」

顔を赤くして抗議したリーネだが、逆ににこやかにやり込められて、
顔を赤くしたまま俯いてしまう。

リーネ「こ、これでもあと半年で13歳! 
    来年の春からはプロになるんだから!」

結「うんうん、そうだね、バッハシュタイン候補生」

しかし、顔を上げて少し怒ったような声を上げるが、
戯けた調子の結にのらりくらりと避わされてしまう。

リーネ「あぁうぅ……結姉さん、いぢわるだ……」

結「ごめんごめん、リーネ。

  でも、あんまり肩肘張ってると疲れるよ?
  さっきも言ったけど、少しリラックスするくらいが丁度いいよ」

やっといつもの調子を取り戻した妹分に、結は笑みを見せた。
16 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/16(木) 21:14:10.51 ID:M/2vX40C0
結「それで、今日で捜査エージェント隊の体験研修は終わりだけれど……。
  どうだった?」

リーネ「う〜……んっと、他と比べて、って言うのは、
    他の隊の先輩達や兄さん姉さん達に悪いけれど……。
    ……ちょっと怖かったかな……今日は……特に」

結の質問に、リーネは先ほど聞いたばかりの少年の悲鳴を思い出しながら答える。

痛みや恐怖を訴える悲鳴は他の現場でも耳にしたが、
あんなに悲惨な悲鳴を聞いたのは、リーネは今日が初めてだった。

災害やテロに対する理不尽な怒りでも、戦闘の恐怖に対する悲鳴でもなく、
蹂躙されるしかない無力感と絶望の果てにある悲鳴。

怖かったと言うよりは、もっと根源的な拒否反応……そう、嫌悪感に近かった。

だが――

リーネ「でも、結姉さんとメイ姉さん……すごく格好良かった……。

    あの子達が、結姉さん達みたいなエージェントになりたいって気持ちが、
    今日改めて、よく分かった気がする」

リーネは、今も在籍するAカテゴリクラスの弟妹分達の事を思い出して、誇らしげに呟いた。
17 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/16(木) 21:15:05.73 ID:M/2vX40C0
今、Aカテゴリクラスに在籍する者の中には、
結が保護エージェントの任務を通して助けた子供も少なくはない。

現在、十二人と言う創設以来最多の生徒数の大半は、
結が助けた、悪意に溢れた魔法研究の元拉致被害者だ。

先ほどのように、高い潜在能力を持つ幼子の膨大な魔力を利用しようと言う研究者もいるのだから、
当然と言えば当然の流れでもある。

結「あははは……何だか照れちゃうな」

結は頬を朱に染めて、照れ隠しに人差し指で頬を掻く。

幼き日に、魔法で泣いている子達を救いたい、魔法は本当は素晴らしいものだと伝えたい、
そんな夢を抱いて飛び込んだエージェントの世界。

プロになって三年目の結は、今もその夢のために走り続けていた。

その夢は、時代の新たな芽を育む大きな希望へと結実しつつあるようだった。

結「私なんて、まだ新人もいい所なんだけどなぁ……」

謙遜気味に漏らす結は、これまでの自分の戦歴を思い浮かべる。

確かに、救った命の数は百を超えようとしている結だが、
未だに、これと言って大きな案件を解決したのは、
魔法と出逢ったばかりの頃――魔導巨神事件以外は一つとしてない。

反面、小さな事件を多く解決して来た影響からか、
犯罪者達のネットワークで自分が“閃虹”の二つ名で呼ばれ、
恐れられている事も知っている。

しかし、結局はそれも犯罪者達にとっての“忌むべき名”に過ぎず、
かつての師であるリノが敵味方を問わず呼ばれる“英雄”の称号にはほど遠い。

まあ“閃虹”の名が、犯罪者達への抑止力として機能してくれるなら、
それはそれで有り難い話ではあるのだが……。
18 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/16(木) 21:15:55.99 ID:M/2vX40C0
リーネ「でも、ロンドン訓練校スクールジャック事件は、
    一般候補生達や新人エージェントの間でも語り草だって……」

結「あ、あれは単に、新人研修で行った先でたまたまスクールジャックが起きただけで、
  全然、私の手柄なんかじゃないよ……。

  それに隊長研修中のフランや、付き添いの奏ちゃんだっていたし」

リーネの言うロンドン訓練校スクールジャック事件とは、
二年前の春、新人研修中の結とメイが遭遇した事件だった。

当時既にほぼ壊滅状態だった魔導テロ組織・魔導猟団がロンドン訓練校を襲撃、
あわや生徒全員が人質になろうと言う事態に陥った際、
結の言葉通り、隊長研修で居合わせたフラン、さらに自分たちの付き添いで来ていた奏と、
魔法倫理研究院エージェント隊が誇る若手のトップクラス四名が魔導猟団を完全壊滅させた事件である。

フランの狙撃、奏とメイの空と陸からの高速攻撃に追い詰められて講堂に逃げ込んだ所を、
結のアルク・アン・シエル−イノンブラーブルで頭上から一網打尽と言う有様だ。

どう見ても“魔導猟団の皆さん、どうもご愁傷様”としか言えない事件であった。

ちなみに手柄は陣頭指揮を執ったフランと、
緊急で彼女の副官を務める事になった奏のモノとなっている。

閑話休題。
19 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/16(木) 21:17:23.29 ID:M/2vX40C0
結「そ、それに、今はリーネの話でしょう?」

リーネ「えへへ……」

照れ隠しに話題を修正しようとする結に、
ようやく会話のアドバンテージを得たリーネが嬉しそうに笑う。

結は咳払いをして、改めてリーネの話題に戻る。

結「コホンッ……それで、結局、来年は何処に入るか決めたの?」

リーネ「うん……。
    エレナ姉さんが去年からウチにも顔を出すようになったでしょ?」

結「エレナさん?」

確認するかのようなリーネの言葉に、結は怪訝そうに返す。

去年、エレナは念願の教官隊――と言っても、研究エージェント隊戦技研究課からの出向扱いだが――入りを果たし、
Aカテゴリクラスのみならず、一般訓練校でも近接航空戦技の教官助手を務めていた。

余談ではあるが、結も何度か教導を賜っている。
20 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/16(木) 21:19:39.63 ID:M/2vX40C0
リーネ「そう、それで、戦闘エージェント隊に入って教官隊を目指のもいいけど、
    最初から研究エージェント隊で戦技研究課に所属して、
    総合戦技教導隊を目指さないかって勧められてるの」

結「総合戦技教導隊!? すごい……エリートじゃない!」

リーネからの話を聞き、結は驚きと喜びの入り交じった声を上げた。

総合戦技教導隊とは、
陸戦、空戦、近接戦、射砲撃戦を問わず、
様々な複合戦術開発や最新ギアの開発協力、
さらにはそれらの教導――つまりコーチングを主任務とした新設部署だ。

現在の責任者は各エージェント隊の指揮官やSランクエージェントが連名で努めており、
その中には結の師であるリノの名も上がっている。

そこへのお呼びがかかると言う事は、つまり、
リーネの実力がそれだけ広く認められていると言う事だろう。

リーネ「で、でも……まだ出来たばかりの部署だし、
    所属はSランクに限るって言うから……、私がいつ入れるかなんて……」

結「それでも、リーネの夢への一番の近道だと思うよ」

戸惑い気味のリーネに、結は笑顔を浮かべて応える。

候補生時代の訓練の積み重ねでようやく格闘戦技も陸戦も人並みになったとは言え、
空戦射砲撃スタイルを主体とする結にとっては、総合戦技教導官など雲の上の存在である。

そんな部署から可愛い妹分にお呼びがかかったとあれば、
彼女の夢である教官と言う道とも相まって、実に喜ばしい限りだ。

結「自信を持とう、リーネ」

リーネ「……うん……」

優しく微笑む結に、リーネは少し照れたような、だが嬉しそうな声音で頷いた。
21 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/16(木) 21:20:51.46 ID:M/2vX40C0
人気の少ない陸地の上空を選んで飛び続ける二人が、
そろそろスイス辺りを通ろうとした時だった。

前方から巨大な何かが飛んで来る。

二メートル近い大きな翼をはためかせ、
こちらに一直線に飛んで来る姿は一羽の猛禽――ワシミミズクだ。

リーネ「アーサー!」

その姿を認めたリーネが、嬉しそうに漏らす。

そう、かつて、幼き日のリーネが助けたワシミミズクの雛・アーサーは、
今や立派な成鳥へと育っていた。

リーネは防護服で覆った腕を止まり木代わりに差し出すと、
アーサーも喜び勇んでその腕に止まり、リーネは優しくアーサーを抱きしめる。

リーネ「いい子にしてた、アーサー?
    先生やみんなに迷惑かけてない?」

頬をすり寄せるリーネに、アーサーはホゥホゥと低く通る鳴き声を返す。

どうやら機嫌も良いようだ。
22 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/16(木) 21:21:49.78 ID:M/2vX40C0
結「久しぶりだね、アーサー。元気にしてた?」

結が話しかけると、アーサーは首をぐるりと回してホゥホゥと鳴く。

本来は獰猛なワシミミズクも、
やはり恩人と世話をした人間には心を開いてくれているようだ。

結「………じゃあ、私はそろそろ南下しないといけないから、
  リーネはこのままアーサーと一緒に帰る?」

リーネ「え、あ、でも、報告書は?」

結「報告書って言っても、要は感想文でしょ?
  大丈夫、レナ先生経由で本部の私宛に送ってくれれば、
  どうせ期日は来月の半ばまでだし、ゆっくりでいいよ」

心配そうに尋ねるリーネに、結はあっけらかんと言った風に返した。

結局、結はリーネとアーサーと別れ、
一人、地中海上に建設されたメガフロート――魔法倫理研究院新本部へと向かった。

結が本部に着いた頃には、そろそろ夜も明けようとしていた。
23 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/16(木) 21:24:19.06 ID:M/2vX40C0


魔法倫理研究院。

それは、一般社会からは原則的に秘匿される超常の力・魔法を管理し、
人の倫理観――魔法倫理研究法に基づいた魔法研究で世界の発展に寄与せんとする、
世界最大の魔法研究組織である。

そして、その魔法倫理研究法の執行者にして体現者たるのが、
魔法倫理研究院に所属する数多の魔導師――エージェントである。


譲羽結もまた、若干十五歳にして捜査エージェント隊に所属する保護エージェントの一人である。

ちなみに、保護エージェントとは、
要人警護、拉致被害者保護、研究施設制圧などを主任務とした、
捜査エージェント隊の中でも実行攻撃部員的側面の強いエージェントだ。

今回のように、悪意ある研究で人々を苦しめる魔法研究者の研究施設を制圧し、
囚われた被害者を救い出す、と言った所が分かり易い任務内容だろうか?


そして、ここ地中海上に建設されたメガフロート……
つまり、海上都市に、魔法倫理研究院新本部が置かれていた。

以前はロンドンの地下に存在していたのだが、
欧州各地に点在している施設の維持費――言ってみれば、各国政府機関に間借りするための膨大な家賃である――と、
遠く離れた施設間の往来の煩雑さを鑑みて、事務的な支部以外の機能を一極集中させる事となり、
コチラに移転開始したのが六年前の1998年、段階的に主要機能の移転を完了したのが今年の春である。

広大な海上都市の存在は公には秘匿され、多種多様な魔法研究が行われ、
研究院に所属する関係者の殆どが、この海上都市で生活を送っていた。
24 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/16(木) 21:25:42.99 ID:M/2vX40C0
魔法倫理研究院新本部、居住地区――

ヨーロッパ風の町並みが再現された居住地区は、
本部勤務のエージェント達の生活と憩いの場である。

所属部隊の上司に報告書を提出した結は、軽く仮眠を取った後、
八日ぶりの休日を過ごしていた。

本来ならば、休日や待機任務中の食事は全て自炊で済ませる結なのだが、
生憎、食材を切らしていた事もあって、久々の外食へと出かける事にした。

まあ、外食と言っても隊員寮の一階にある隊員用食堂ではあるが……。

??「あ、結!」

食堂に降りるなり、そこで顔見知りに声をかけられた。

美しい碧眼に、肩より少し長く伸ばされたプラチナブロンドの髪の女性。

結「ロロ!」

結は顔を綻ばせて、小さく手を振る。

ロロット・ファルギエール――ロロ、候補生時代からの友人の一人で、
一歳年上の先輩エージェントだ。
25 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/16(木) 21:27:13.05 ID:M/2vX40C0
ロロ「珍しいね、結が食堂使うなんて」

結「うん、ちょっとうっかりして食材切らしちゃって……。
  寝起きでお腹も空いてるから、
  買い出し前に少しお腹に入れておこうかな、って」

ロロ「あ〜、うっかり、ね……。
   それはそれで、何だか結らしいかも」

ロロは結の言葉を聞き、微笑ましそうに目を細めた。

結「うぅ……どうせ私はオトボケ一級ですよぅ……」

年上の友人の言葉に、故郷で離れて暮らす幼馴染みの言葉を思い出して、
結はガックリと項垂れる。

ロロ「ふふふ……」

そして、そんな友人の様子にロロはさらに目を細めた。

カウンターで朝食の載せられたトレイを受け取り、
窓際の日当たりの良い外向きのカウンター席に並んで腰掛ける。

ロロ「それはそうと、ジャケット着てないって事は今日はお休み?」

結「うん。……そう言うロロは、今日は寮待機?」

結はロロのオレンジ色のジャケットを見て呟く。

オレンジは救命エージェント隊の所属を現すジャケットだ。
26 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/16(木) 21:28:48.64 ID:M/2vX40C0
ロロ「うん。まあ、待機任務と言っても、
   エチオピア出張前のちょっとした自由時間ってところ」

結「出張? エチオピアに?」

小さな溜息を漏らすロロに、結は怪訝そうに聞き返した。

ロロ「あれ、聞いてない?
   先週、エチオピアの山奥で遺跡が発見されたって騒ぎ」

結「遺跡?

  ………ああ、そう言えば、なんかそんな話を聞いたような……聞かなかったような?」

ロロ「………」

目を泳がせる結を、ロロはジト目で見遣ってから、
窓の外に視線を向け、呆れたように口を開く。

ロロ「もう……本当に自分の任務に関係ない事には無頓着なんだから」

結「め、面目ありません……。
  っと、遺跡出張って事は、調査チームの救護任務?」

ロロ「うん、私の預かってる小隊だけね。
   人手不足だからあまり人員も割けないしね」

結の質問に、ロロは少しだけ寂しそうに返した。
27 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/16(木) 21:30:27.28 ID:M/2vX40C0
エージェントとして四年目に突入したロロは、
人命救助にかける熱い思いとその能力を評価されて、
先月から一つの小隊指揮を任せられていた。

しかし、寂しそうな表情を見せたのは、また別の理由だ。

それは一昨年――2001年に遡る。

そう、2001年9月11日……9.11と言えば、誰もが分かるであろう、
アメリカ合衆国で起きた航空機ハイジャックを起点とした大規模な都市型自爆テロ――
通称・アメリカ同時多発テロ事件である。

あの日以来、世界の情勢は、大きな変化を迎えた。

大勢の上辺で取り繕われていた平和は、
僅かばかりの人々の意識していた真実や多くの人々の恐怖と共に消し飛んだ。

そう、多くの先進国が大国アメリカが受けたテロ被害の不安に揺れる中、
紛争問題の表出化、テロの加速度的増加によって、
世界は彼女達が幼かった頃よりも確実に混迷と混乱の度合いを強くしていた。
28 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/16(木) 21:31:58.40 ID:M/2vX40C0
中東情勢の混乱は、一般社会だけでなく、
魔法に携わる者達にも大きな波を生んでいた。

魔導テロ、魔導犯罪者の増加である。

1996年末の魔導巨神事件解決以来、
五年に渡ってなりを潜めていた魔導研究機関の残党や、
小さな犯罪組織が徒党を組むようになったのだ。

中には魔導猟団のように波に乗りきれずに完全壊滅したお粗末な組織も存在するが、
大きな物は第二、第三の魔導研究機関に成りかねないと、上層部は戦々恐々としている状況だ。

ともあれ、そんな背景も相まって、
今の救命エージェント隊・戦闘エージェント隊・捜査エージェント隊の、
いわゆる前線三隊は慢性的な人手不足に陥っていた。

本来ならば、遺跡調査の警護には厳重な警備体制が敷かれるのが通例だが、
今は僅かに二小隊六名だけが守りに就いている状況だ。

そこに研究エージェント隊の調査チームと、ロロ率いる救護小隊が加わって、
果たして人数は二十名程度、その内の半数以上は非戦闘員である。
29 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/16(木) 21:32:38.91 ID:M/2vX40C0
結「アレックス君のチームが総合戦技教導隊と共同開発中の第七世代ギアが完成すれば、
  状況もグッと変わるんだけどね……」

結は今の世界情勢を思い出しながら、小さく溜息をついた。

ロロ「第六世代ギアは、どうしても人を選ぶ構造になちゃったからね……。
   エールの調子はどう?」

エール『問題無いよ、ロロット』

ロロの質問に、共有回線を開いたエールがにこやかな声で返事をする。

プレリー『エールさん、お元気そうで何よりですわ』

同じく共同回線を通じて、ロロの愛器・プレリーが嬉しそうに続いた。
30 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/16(木) 21:33:53.86 ID:M/2vX40C0
そう、現在、結の使っているギアは、
第五世代試作型魔導機人ギア・WX−82/エールではなく、
第六世代試作型魔導機人ギア・WX−98/エールUであった。

AIをそのままに、自らの力で魔力を制御できるようになった結のため、
魔力循環に割いていたAIリソースを各種補助へと転用、
大幅な性能アップを果たしていた。

二年前から研究が進み、去年末から稼動を始めた第六世代ギアは、
大容量魔力をロス無く運用できる画期的なエネルギー循環機構を持ち、
また大威力儀式魔法の瞬時展開にも対応した最新型魔導ギアであった。

しかし、第六世代には決定的な欠点があった。

その高性能さ故に、起動に最低Aランク以上の魔力寮が必要とされる代物になってしまったのだ。

しかも、一器一器の製作コストがべらぼうに高い。

つまり、言ってみればごく一部のトップエース、ハイランカーエージェント向けの、
量産に向かない完全なるワンオフ専用物である。

今は第七世代や他の新型ギア用のテストデータを取るため、
一部のトップエージェント達に試作型が回されているだけに過ぎない。

ちなみに、ロロのプレリーはエージェント隊入隊を機に、
第五世代フレームへとアップデートされている。
31 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/16(木) 21:34:53.01 ID:M/2vX40C0
結「私も、最初はスムーズ過ぎるって感じだったけど、
  だいぶ慣れて来たかな……?

  まあ、今はコッチの子の方の扱いが難しいけれどね」

結はそう言って、右手に巻かれた銀のボールチェーンタイプのブレスレットを撫でた。

そう、今の結にはエールU以外にも、もう一器の試作型ギアが預けられていた。

ロロ「あれ? 結って二器持ちだったっけ?」

結「うん。先月からアレックス君に頼まれて使ってるの。
  ……と言っても、あんまり出番に恵まれてないけれど」

ロロ「へぇ、最新型だ。どんな機能なの?」

苦笑いを浮かべる結に、ロロは興味深げにギアを覗き込む。

結「えっとね……補助魔導ギアって言って……」

結も楽しげにギアの機能解説を始める。

しかし――
32 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/16(木) 21:35:42.97 ID:M/2vX40C0
?????「結君、一応、まだ秘匿事項が多いんですから、
      概要全てを話さないでくださいね」

不意に後ろから声をかけられて、結とロロは慌てて振り返る。

そこにいたのは――

結「アレックス君!?」

ロロ「アレックス!」
 
二人は同時に声を上げた。

短く切りそろえられた金髪と、眼鏡の奥で深い緑色の目を輝かせた少年、
そう、アレクセイ・フィッツジェラルド――アレックスだ。

彼の所属する研究エージェント隊の緑のジャケットではなく、
研究用に使っている白衣を羽織っている。

ロロ「白衣のまま寮、って、どうしたの?」

アレックス「必要な荷物があったので取りに来ました。
      ついでに遅めの朝食を済ませようかと」

ロロの質問に、アレックスは僅かに疲れた雰囲気で応える。

その手には軽食を載せたトレイが抱えられていた。
33 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/16(木) 21:37:08.58 ID:M/2vX40C0
結「もしかして、研究、煮詰まってる?」

アレックス「ええ……出来たらソレの実戦時のフル稼動データが早く欲しいですよ……。
      想定値を当て嵌めただけの机上実験では、どうしても上手く行きませんから……」

心配そうに尋ねる唯に、アレックスは肩を竦めて応えると、
ロロとは反対側の結の隣に腰を下ろした。

結「アハハハ……申し訳ない………」

結は苦笑いを浮かべると、さらに続ける。

結「えっと、魔力コンデンサ……だったよね?
  教導隊の方ではテストしないの?」

アレックス「最終試作品の限界値は結君の最大魔力値に合わせて作りたいんですよ……。
      使用可能魔力量の上限が高ければ、万が一の事故も防げますし」

ロロ「ん〜……最新ギアのお試しを餌に、体の良い実験材料?」

結「あぅ、ロロ、それは酷いよぉ」

戯けた調子のロロに、結は半泣きで返す。

ロロは笑顔で“ゴメンゴメン”と言うと、
自分のトレイからベーコンステーキを一切れ、結のトレイに進呈する。

結「もぅ……」

不満そうに漏らしながらも、結は早速、そのベーコンステーキを口に運ぶのであった。
34 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/16(木) 21:39:36.23 ID:M/2vX40C0
アレックス「完成間近の試作U型は奏君に渡す予定ですが、
      出力系統とコンデンサ許容量をアップさせた試作V型は、
      結君に使って貰う予定でいますので、そのつもりでお願いします」

結「うん、りょーかい」

ロロ「ねぇ、アレックス、私の分はあるの?」

アレックス「最終試作品の実験材料になっても良ければ準備しますよ?」

結の正面越しに覗き込むようなロロの質問に、
アレックスは“実験材料”の部分を特に強調して返した。

ロロ「あぁん、もう、ゴメンってば。
   お姉さんが悪かったって、この通り」

ロロは半分申し訳なさそうに言って、
やはり最後のベーコンステーキを一切れ、アレックスのトレイに進呈した。

申し訳なさ以外のもう半分は……まあ、彼女の名誉のために、
神経質な弟分への気遣いとしておこう。

アレックス「まあ、ギアの外装と機能は、新装備のテスト用ですが、
      魔力コンデンサ自体は研究中の第七世代全てに組み込む予定ではあります……。

      現段階では、ですけどね」

アレックスはベーコンステーキを口に運びながら応える。

ロロ「あ、そうだ第七世代と言えば……」

ロロは思い出したように口を開き、アレックスに向き直った。

そのまま話題は“現場の生の意見を参考にしたい”と言うアレックスの意向で、
第七世代ギアに対する要望意見交換会へとシフトして行った。
35 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/16(木) 21:40:54.53 ID:M/2vX40C0
旧友らと話しながらの少し遅めの朝食は結局、かなりの時間をかけて終わり、
結が買い出しを終えて自宅に戻ったのは、正午少し前だった。

結「ん……そうだ……」

ベッドの上に身体を投げ出していた結は、
帰るなり枕元に放り出してした携帯電話を手に取った。

結(今の時間なら、日本は夜の七時くらいかな……)

アドレス帳から目当ての番号を呼び出し、コールする。
二、三回のコールで直ぐに返事はあった。

??『はい、譲羽です』

結「あ、お義母さん?」

電話越しに聞こえて来た声に、結は声を弾ませた。

由貴『あら、結? 珍しいわね、あなたの方から電話を寄越すなんて』

最初は驚いたようだったが、すぐに嬉しそうな声で返す声は、
五年前に父・功と再婚した、日本での小学校時代の恩師・由貴だった。

?『ねーちゃ?』

?『ゆいねーちゃ?』

少し離れた位置から、舌足らずな声が聞こえた。
36 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/16(木) 21:42:30.96 ID:M/2vX40C0
すぐに小さな電子音が鳴り、電話がスピーカーホンに切り替えられた事が分かると、
結は目を細めて戯けた調子の声を上げる。

結「お〜、その声は悠と舞だなぁ〜」

悠『ゆうだよ、ねーちゃ!』

舞『まいもいるよ、ねーちゃ!』

結の声に、元気よく応えるのは、
三年前に功と由貴の間に生まれた、双子の弟と妹だ。

弟が悠、妹が舞だ。

結「元気にしてる?
  お父さんとお母さんの言うこと、ちゃんと聞いてる?」

悠『げんきだよ!』

舞『きいてぅ!』

結「よ〜し、いい子いい子っ」

結は、まるでその場に弟妹がいるかのように、
手を伸ばして撫でるような仕草をする。

すると、その声音に心中から愛されている事を感じて、
悠と舞は“えへへへ〜”と笑い声を聞かせてくれた。

そう、結はこの腹違いの弟妹の事を心から愛していたし、
弟妹達も滅多に逢えない歳の離れた姉の事が大好きだった。
37 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/16(木) 21:43:22.40 ID:M/2vX40C0
由貴『あ〜、三人だけで楽しんじゃって……お母さんも仲間に入れなさい!』

悠『わ〜!』

舞『きゃ〜!』

楽しげな声が聞こえる。
譲羽家は今日も平和に、楽しく平常運転のようだ。

結「良かった……」

その様子に、結は感慨深く呟いた。

由貴『………何か、あったの?』

娘の声音に何かを感じたのか、由貴は心配そうな声を漏らす。

スピーカーホンから通常の通話に切り替わっているようだ。

しばらく躊躇った結だったが、意を決して話す事にした。
38 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/16(木) 21:44:28.58 ID:M/2vX40C0
結「う〜ん……お仕事の……って言うか、
  いわゆる“サッコンノセカイジョーセー”って話題で、ちょっと、ね」

由貴『そう……大変なの、お仕事?』

結「大変なのは、どこも一緒だよ。
  ただ、今起きてる色んな問題とダイレクトに影響し合う仕事だから……。
  そのせいで、仲間や友達が疲れてるって感じかな」

義母の質問に答えながら、結は大きな窓から見える青空を見て、
ぽつりぽつりと呟いた。

由貴『あら……結自身も相当、疲れてるように聞こえるわよ』

結「あ……やっぱり、そう思う……?」

義母の直感に、結は驚きながらも苦笑いを交えて返す。

僅かな沈黙が、二人の間に過ぎる。

だが――

由貴『結さん!』

結「は、はい!」

突然、かつての教師と生徒の間柄だった頃のように名前を呼ばれ、
結は慌てて身体を起こし、姿勢を正してしまう。
39 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/16(木) 21:46:48.29 ID:M/2vX40C0
由貴『あなたはまだ十五歳なんだから……。
   お仕事の事で悩んだら、ちゃんと友達や学生時代の先生でも、
   誰にでもいいから、身近にいる人に愚痴りなさいな。
   勿論、私でもいいわよ』

やや説教めいた言い回しをする由貴の言葉を、結は頷きながら聞く。

由貴『自分で叶えた夢なんだから、“投げ出して帰って来い”、
   なんて無責任な事をしろとは言わないわ。

   でも、あなたの回りには、あなたの事を大切に思う人達がいるって事、
   忘れちゃダメよ?』

結「はい……由貴先生」

由貴のかけてくれた言葉が嬉しくて、結は思わず、
かつての呼び方で義母の事を呼んでいた。

由貴『よろしい……。

   あ、そうだ、投げ出すのはダメだけれど、年末年始はちゃんと帰って来てね。
   悠や舞もだけれど、お父さんが寂しくて泣いちゃうわよ?』

結「ふふふ……はぁい」

突然、母親モードに戻った由貴の戯けたような言葉に、結は笑顔で返事をした。

そして、二、三の雑談と世間話の後、終話ボタンを押した。
40 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/16(木) 21:48:02.29 ID:M/2vX40C0
結「………あれ、メール?」

どうやら通話中に入っていたらしいメールに気付き、結は差出人を確認する。

結(あ、フランからだ……またいつものお誘いかな?)

結はそんな事を考えながら、メールを開く。

すると画面にはイタリア語で
“都合が良い時に、折り返し電話して。出来たら今日の内に。”
とだけ書かれていた。

結は小さく微笑ましげな溜息を漏らすと、フランの番号をコールする。

フラン『おっ、思ったより早かったわね』

結「久しぶり、フラン。そっちはどう?」

元気そうな姉貴分の声を聞き、
結は少しだけ気分が楽になった事を感じながら問いかける。

フラン『ん〜、相変わらずのチマチマしたゲリラ戦相手に辟易、ってトコかな?

    とりあえず、今はサンティアゴで長期休暇中。
    来週になったらまた退屈な山登り……じゃなかった、山狩りよ』

フランは元気なまま溜息をつく、と言う器用なマネをして言った。

声音からして、口ぶりとは裏腹に辟易も退屈もしていないと言った感じだ。
41 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/16(木) 21:49:42.84 ID:M/2vX40C0
現在、フランは南米はチリに赴き、
集結を始めた魔導研究機関残党を相手に長期掃討戦任務の真っ最中だった。

出発したのが今年の春先なので、もうそろそろ四ヶ月になるだろうか。

結「長期任務お疲れ様です、エージェント・カンナヴァーロ」

フラン『アハハハ、うむうむ苦しゅうないぞ』

戯けた調子の結に、フランも彼女なりに日本風に戯けて見せると、さらに続ける。

フラン『まぁ、大分数は減ってるみたいだし、
    もしかしたら休暇中に任務が終わっちゃうかも。

    チリ土産、何がいい?』

結「ん〜、とりあえず、面白そうな調味料があったらソレがいいかな?」

フラン『了解。
    それと、こっちで食べた豆と魚の料理も美味しかったから、
    現地の人に作り方教わって来るよ』

結「ありがと、新しいレシピノート準備して待ってるよ」

結は、恐らくは一番殺伐とした場所で任務をこなしているにも拘わらず、
普段の明るさを失っていない姉貴分の声に、少しだけ元気づけられた気がして、
心からの尊敬と感謝の意を込めて感慨深く返した。
42 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/16(木) 21:51:58.71 ID:M/2vX40C0
一方、フランも妹分の声音からそれを察したのか、別の話題を切り出す。

フラン『なら、感謝ついでにこの前の話なんだけど〜?』

途端、猫なで声になった姉貴分に、結は小さく溜息を漏らす。

結「またその話? もう、それとこれとは話が別だよ」

フラン『え〜、いいと思わない? 少数精鋭の機動部隊。

    スタンドアローンで優秀なエージェントの中で、
    声の掛けやすいのって、どうしてもあなた達になっちゃうのよ』

やや呆れたように漏らした結に、
フランは残念そうに、かつ縋るような声で言い寄って来る。

フランの言っている少数精鋭の機動部隊とは、つまり、
各エージェント隊の優秀な人員を事前にピックアップ、連携訓練を施し、
緊急時や大規模魔導テロに対して速やかに精鋭戦力を集結・最前線に投入、
一気呵成にこれを鎮圧してしまおうと言うコンセプトの、
謂わば発生後のテロを専門とした、電撃強襲部隊であった。

実現すれば、確かに期待値の高い部隊構想ではあったが、
人手の少ない現状では発足どころかテスト運用すら難しいのが実状であった。
43 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/16(木) 21:53:33.41 ID:M/2vX40C0
結「フランの言ってる部隊構想は、確かに素敵だし、
  実のある物だとは思うけど……」

結にもそれが分かっているのか、結論を言い淀んでしまう。

大規模魔導テロを一気呵成に鎮圧するのは、
難しいかもしれないが、かなりの抑止力になるのも事実だ。

それだけの戦力を相手にしなければならない、
そう言ったリスクを冒す事への躊躇はテロの抑止に繋がる。

さらに、その部隊に対抗できるだけの人員・装備を揃えようとすれば、
人と金の流れは嫌でも目に付く事になり、早期発見にも役立つだろう。

フラン『名案だと思うんだけどなぁ……』

結「まあ、今は研究エージェント隊と総合戦技教導隊に、第七世代ギアの開発を急いで貰おうよ。
  一極集中型部隊もいいけど、平均的な戦力が上がる方が、抑止力としては重要でしょ?

  そこまで来れば、フランの案だってきっと通るよ」

残念がるフランに、結はそんな慰めと共に、二、三言葉を交わしてから通話を切った。
44 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/16(木) 21:54:47.12 ID:M/2vX40C0
結「ふぅ………」

再び携帯電話を枕元に投げ出すと、
結は髪を結わえていたリボンを解き、ベッドに横たわる。

世界の事、悩みの事、希望の事、様々な話題を経て、
結は少しだけこんがらがった頭を休める。

世界の慌ただしさはどうも、
十五歳の、本来ならば思春期真っ盛りの少女には少々、
荷が勝ちすぎるのかもしれない。

結(子供の頃は……もうちょっと真っ直ぐに考えていられたんだけどなぁ……)

幼い日、親友を助けた果てに得た、自分の中心となる正義。

その正義を信じて、ひたすらに走り続けて来た日々の延長に、今がある。

そして今も、自分はその正義を信じて走り続けている。
45 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/16(木) 21:55:29.85 ID:M/2vX40C0
それと同時に、思う。

ああ、自分はいつまで走るんだろう。

走り続ける事に疲れたワケではない。
走り続ける事に疑問があるワケでもない。

ただ純粋に、自分が力尽きるまで走り続けた時、
世界はどうなっているんだろう?

少しは、今よりも平和になっているんだろうか?

そんな疑問が、どうしても首をもたげてしまうのだ。

結(こんなだから……お義母さんに心配されちゃうんだなぁ……)

結はそんな事を思いながら、ゆっくりと目を閉じた。

次第に、意識が沈み始める。

結(あ……やっぱり、まだ、疲れてるんだ……ちょっと……眠い、や……)

遠のいて行く意識を感じながら、結はゆっくりと眠りに落ちて行った。
46 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/16(木) 21:57:06.67 ID:M/2vX40C0


目が、醒める。

結「ぅ……ん? …………………!? 今、何時!?」

驚いたように飛び起き、携帯電話で時間を確認する。

夜の十一時半を過ぎていた。

あれから十二時間近くも眠っていた計算になる。

結「あちゃぁ……眠り過ぎちゃったよ……。
  うわぁ、ブラウスのシワひどい……」

結は着ていたブラウスのシワを引っ張りながら、ガックリと肩を落とした。

とりあえず、熱いシャワーを浴びよう。

明日は待機任務でデスクワークだ。

気分を整えてから三時間だけでもいいから仮眠して、
朝食とお弁当を作って、オフィスに出勤だ。

三年目のAランクエージェントとは言え、まだまだ新人の域の自分だ。

さすがにデスクワーク中の居眠りだけは避けたい。
47 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/16(木) 21:58:24.01 ID:M/2vX40C0
結(結局、買い物しただけでお休み終わちゃったなぁ……)

シャワーを浴びながら、結は心中で独りごちた。

二十分ほどでシャワーを終えた結は、パジャマに着替えて寝室に戻る。

そして、改めて携帯を見る。

結「あ……!?」

そして、先ほどは気付かなかったが、三時間ほど前に一件の着信があったようだ。

相手は――

結「……奏ちゃんから!?」

――幼き頃よりの一番の親友にして幼馴染みであった。

結は半ばパニックになり、今は日付変更直前の深夜にも拘わらず、
奏の番号にコールする。

そして、コールを始めた所で気付く。

結(ああ!? も、もう眠ちゃってるよね……?
  ど、どうしよう、起こしちゃうかも……)

そんな心配を始めた結を余所に、二度のコールで回線が繋がる。
48 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/16(木) 21:59:12.24 ID:M/2vX40C0
奏『結、大丈夫?』

いの一番、聞こえてきた声は自分を心配する親友の声だ。

結「奏ちゃん、ごめん……こんな夜遅くになちゃって……」

奏『どうしたの? 具合、悪いの?』

申し訳なさそうに漏らすと、やはり心配そうな声が返って来る。

結「……えっと………ね、ネムッテテキヅキマセンデシタ……」

結は漫画かアニメなら、涙でクラッカーが出来るのではなかろうかと言う落ち込みぶりで、
心底申し訳なく返した。

直後、電話口から噴き出すような声が聞こえ、奏は笑いを堪えながら――

奏『それは……結らしいや』

――と、昼間聞かされたような感想を付け加えて来た。

結「うぅ、オトボケさんでごめんなさい」

奏『ふふふ……麗が聞いたら、また検定の級が上がっちゃうね』

それだけは勘弁してもらいたい。

とは、結には言えなかった。

心当たりや反省すべき点も多いからだが、
しかし、実際に勘弁してもらいたい。

既に八歳の時に一級認定を受けているのだ、
このままでは“何級”ではなく“何段”の世界に足を踏み入れてしまう。

とにかく、今は話題を逸らそう。
49 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/16(木) 22:00:28.78 ID:M/2vX40C0
結「こんな夜遅くにごめんね……」

奏『ううん、大丈夫だよ。さっき、夜間の見回りを終えて、
  今は交代勤務の先輩を待っているところだから』

申し訳なさそうに謝る結に、奏は穏やかな声で返した。

今、奏は、古巣とも言える若年者保護観察施設で、
更正教育官の研修……謂わば、教育実習を受けている最中だった。

しかし、今は前述の諸事情から人手が少ないため、
本来は二ヶ月かけるべき研修を、一ヶ月の短期集中研修である。

結「そっか……」

ともあれ、結は奏の睡眠時間を削る事がなかった事が幸いと、
安堵で胸を撫で下ろした。

そして、時計を見る。

丁度、日付が変わった所だ。

結「そうだ。奏ちゃん、誕生日おめでとう」

日付が変わり、今日が何の日かを思い出して、
結は一語一句を大切にするように呟いた。

そう、今日は親友の十八歳の誕生日だった。
50 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/16(木) 22:01:18.25 ID:M/2vX40C0
奏『ありがとう、結……』

結「えへへ……クレーストが本部で調整中だから、
  今年こそは一番乗り、かな?」

嬉しそうに返した奏に、結は笑顔を浮かべて尋ねる。

対して、奏はまた少しだけ噴き出す。

奏『残念……事前予約が入ってました』

結「事前予約?」

少しだけ嬉しそうに呟く奏に、結は怪訝そうに首を傾げる。

奏『クリスがね、
  “奏先生に一番最初にお誕生日おめでとう、って言いたいから、今の内に言っちゃうね”って』

奏は、数時間前のやり取りを思い出して、幸せそうに呟く。

結「クリスが? そっか……事前予約……そんな手があったんだ……」

結は感心したやら呆れたやらで、嘆息混じりに漏らす。
51 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/16(木) 22:02:50.42 ID:M/2vX40C0
そして、話題に出たクリス――クリスティーナの事を思い出す。

クリスティーナ、本名出身地不肖、外見的には九歳程度の大人しい少女だ。
出逢いは三年前の春。

候補生時代の結が、奏の元で保護エージェントの体験研修を受けていた際に、
調査依頼のあった無人研究施設で見付けた少女だった。

培養槽らしきカプセルに入れられた、裸の少女。

カプセルに刻まれていた“クリスティーナ”の名。

記憶もなく、本当の名前もなく、捜索願さえ出されていない、謎の少女。

結果的に、クリスは若年者保護観察施設に預けられる運びとなり、今に至る。

結にとって魔導師として初めて助けたのが奏、
エージェントを志して初めて助けたのがリーネなら、
クリスは初めての任務で助けた思い出深い少女であった。

奏がAカテゴリクラスを卒業してから、
あまり顔を出さなくなっていた若年者保護観察施設に、
再び足繁く通うようになるキッカケをくれた少女でもある。

そんな経緯もあってか、クリスは自分や奏によく懐いていた。
52 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/16(木) 22:03:48.90 ID:M/2vX40C0
奏『あ、そうだ……結。
  お誕生日おめでとうのお返しに、元気の出るプレゼント……』

結「え? 何?」

声音を先ほどよりも柔らかにした奏の言葉に、結は驚いたように目を丸くした。

奏『今日……もう、昨日か。
  昨日ね、ボクの誕生日を知った子達、みんなから、
  “結お姉ちゃんの誕生日はいつ?”って聞かれたよ』

結「え……」

奏から聞かされた内容に、結は呆然とする。

奏『みんな“結お姉ちゃんにありがとう、って言いたい”……だって』

続く言葉を聞きながら、結は思わず溢れかけた涙を慌てて拭った。

結「……あははは………っ」

そして、涙を拭うと、自然と笑い声が漏れた。
53 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/16(木) 22:04:26.06 ID:M/2vX40C0
奏『ど、どうしたの、結?』

突如として笑い出した結に、奏が心配そうに声をかける。

結「ううん……大丈夫、大丈夫だよ」

結は努めて穏やかな声で返すと、さらに続ける。

結「ただね……ちっぽけな事で悩んでる自分が、
  ちょっと馬鹿だったな、って思ったの」

奏『悩み? 相談だったらいつでも乗るよ』

結「ありがとう……。
  でもね、奏ちゃんから子供達の話を聞いたら、
  ちっぽけな悩みなんて、全部吹っ飛んじゃった」

結は言いながら、窓の外の光景に目をやる。

既に回りの家々からは明かりが消えていたが、
夜空には満天の星が輝いている。

子供達の感謝の言葉、その言葉を口にした時に浮かべてくれたかもしれない笑顔が、
星空の輝きに重なる。
54 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/16(木) 22:05:46.66 ID:M/2vX40C0
そうだ、いつまで走るとか、何を自分本位で考えていたんだろう。

自分は、誰かの笑顔を守るために、
泣いている子供達を一人でも減らしたいから、保護エージェントになったんだ。

昨日だって、一人の子を救った。

あの子だって、いつかは心から笑ってくれる日が来る。

なら、全力で走ろう。

走った先に、走り続けた先には笑顔がある。

自分を慕ってくれる子供達は、その証人なのかもしれない。

いや、きっとそうなのだろう。

だから――

結「……頑張るよ、私!」

結は、自分を慕ってくれる子供達の笑顔と気持ちを糧に、満面の笑顔で言った。
55 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/16(木) 22:07:30.11 ID:M/2vX40C0


同じ頃、アフリカ大陸東部、エチオピア南西、南部諸民族州の森林地帯――

石造りの入口を持った、洞窟遺跡の奥に彼女はいた。

???「〜〜〜♪」

鼻歌交じりに写真を眺める赤髪の女性。

その目は幸せそうに細められ、表情全体から柔らかな雰囲気が漂っている。

と言うよりは、むしろ幸せな記憶と妄想にトリップしている、
と言っても過言ではないだろう。

?????『エレナ。……エレナ〜!
      ………隊長〜? …………教官殿〜?』

ギアを介しての通信にも気付かない程の没入ぶりである。

声からして女性らしき通信相手が、
やや苛立ったように呼びかけているにも拘わらず、だ。

???「〜〜〜♪」

鼻歌が二曲目になる。

そこで通信相手は我慢の限界だった。
56 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/16(木) 22:08:49.90 ID:M/2vX40C0
?????『すぅ……っ、エェェジェント・バレンシアァッ!!!』

???「うわっきゃぁぁ!?」

はち切れんばかりの大音声に、女性――エレナ・バレンシアは飛び上がって驚く。

エレナ「な、何もそんなに大きな声を出さなくても聞こえてますよ、
    エージェント・ブルーノ」

?????『ウソつけ! さっきから何度も呼んでるのに無視しやがって……』

エレナ「あ、アハハハ……そ、そうだった?
    ご、ごめんなさいね、キャスリン」

エレナは通信相手の女性エージェント――キャスリン・ブルーノに、
誤魔化し笑いを交えながらも、申し訳なさそうに返す。

キャスリン『ったく、緊急招集の寄せ集め部隊な上、人手不足の挙げ句、
      研究エージェント隊からの出向とは言え、あんたアタシらの隊長だろうが?
      もうちょっとしゃっきりしろっての』

一方、キャスリンは呆れたように返した。
57 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/16(木) 22:10:32.83 ID:M/2vX40C0
そう、かつては魔導研究機関に所属していた、
奏の旧知の友人であり姉貴分でもある、あのキャスリンである。

彼女は現在、投獄期間と更正教育課程を終え、
三年前から防衛エージェントとしてエージェント隊に所属していた。

魔導師としての実力はAランクだが、かつての経歴から隊長職に就けるBランク以上になれず、
形ばかりのCランクエージェントではあったが、実力は折り紙付きと言う事もあって、
今回の遺跡警護のための緊急招集任務に抜擢されていた。

キャスリン『また子供の写真でも見てたのか? 飽きないねぇ……』

エレナ「ええ、飽きないわよ……可愛いもの」

呆れたような六年来の友人の言葉に、エレナは当然と言いたげに返した。

エレナの持つ写真には、自分と、リノと、
そして彼女自身が抱く赤ん坊の姿が写っていた。

幸せそうなポートレート。
家族写真。

もうお気づきだろう、エレナは二年前にリノと入籍、彼との間に一児を設けていた。

名はラウル・バレンシア、生後まだ九ヶ月。

生まれてまだ間もない我が子と最愛の夫と共に写ったポートレートを、
エレナは大切そう、幸せそうに眺める。
58 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/16(木) 22:11:58.71 ID:M/2vX40C0
エレナ「えへへ〜……」

キャスリン『あ〜、ダメだコイツ、役立たね。
      ………アイザック! 緊急時はお前が指揮執れ、いいな!』

その幸せそうな笑い声が聞こえたのか、
キャスリンは苛立ち混じりの声を他の仲間に向けた。

ザック『げっ、俺!? ちょっと待ってくれよ、キャスリンさん。
    俺、隊長研修は受けたけど、指揮経験なんてねぇよ!?
    キャスリンさんなら隊長経験豊富だろ、アンタがやってくれよ!』

その仲間――もうお分かりだろう、アイザック・バーナード、通称・ザックは、困惑気味に返す。

元犯罪者であるキャスリンだが、奏の旧知であり、
人生の先輩で実戦経験も豊富と言う事もあって、
エージェントとしてのキャリアは上ではあったもの、
ザックはそれなりに彼女へ敬意を払っていた。

キャスリン『アタシが指揮したいのは山々だけど、後が面倒臭い。
      一年後輩のCランクに始末書書かせんなよ、Aランク!』

ザック『一番奥に、正規のSランクがいるんだけどなぁ……』

キャスリン『男がグズグズ言うな!』

ザック『……へいへ〜い、りょ〜か〜い……』

キャスリンに一喝されて、ザックは不承不承と言った風に返した。
59 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/16(木) 22:13:07.37 ID:M/2vX40C0
キャスリン『………で、エレナ隊長、定時連絡。
      こちらキャスリン・ブルーノ、入口周辺、異常なし』

しかし、そんなやり取りをしたにも拘わらず、
キャスリンは真面目に、エレナに向けて定時連絡を始める。

エレナ「………はい、了解」

エレナも気を取り直し、冷静に返す。

ザック『D通路、異常なし』

エージェント1『B通路も異常ありません』

エージェント2『A通路、オールグリーン』

エージェント3『C通路、問題ありません』

ザックを含め、他の隊員達も口々に定時連絡を始める。

エレナ「はい……中央エリア含めて全て異常無し、と」

エレナは言いながら、手持ちの書類に現在の時刻と報告内容を取り纏める。
60 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/16(木) 22:14:13.53 ID:M/2vX40C0
エレナ「じゃあ、あと二時間で救護チームと調査チームが到着するから、
    到着次第、三交代で睡眠。
    それから後はぶっ通しの不眠不休よ。いいわね?」

キャスリン『へいへい、っと……立ちんぼは楽じゃないねぇ』

エレナ「……入口近くの岩にあぐらかいて、退屈そうにペンデュラム振り回してる姿しか想像できないわ」

キャスリン『何でそんなピンポイントで当ててくんだよ……超能力者か、アンタは!』

空き時間となり、軽妙なやり取りを始めるエレナとキャスリン。

どうやらエレナの言葉通りであったようだ。

既に説明するべくもないだろうが、もう昨日の事になるが、結とロロの話に出た遺跡、
その警護任務に就いているのが、キャスリンの自称する所の寄せ集め部隊である彼女達だった。

遺跡が発見されたのは一週間前の事だ。

現地フリーランスエージェントが、奇妙な魔力の揺らぎを感知して独自調査を開始。

その後、洞窟最奥部の石版から発せられる特異な魔力波長の存在を本部に報告。

調査エージェント隊の準備が整うまでの間と、その後の調査中の警備を兼ねて、
人手不足のエージェント隊からたまたま暇そうにしていた面子を寄せ集め……もとい、
優秀で偶然にも手空きだった面子を選りすぐっての派遣任務であった。

ちなみに“俺、久しぶりの休暇だったんだけどなぁ”とはザックの言である。

閑話休題。
61 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/16(木) 22:16:02.00 ID:M/2vX40C0
エレナ「……セシルちゃんの調子はどう?」

キャスリン『おかげさまで、誰に似たんだかこまっしゃくれた生意気娘にスクスク成長中だよ』

エレナの質問に、キャスリンは口ぶりとは裏腹に楽しそうに返した。

セシル――セシリア・ブルーノ……キャスリンの娘で、今年で六歳になる少女だ。

生まれは獄中。

父親はクライブ・ニューマンだが、彼の置かれている立場上、認知はしていない。

キャスリンは投獄以前から妊娠しており、
後見人を努めてくれたシエラ・ハートフィールドや、
投獄中に娘の世話をしてくれた元部下であるレギーナには、
今も頭が上がらない思いだ。

エレナ「訓練校には通わせないの?
    あの人とあなたの子なら、相当の才能の持ち主でしょ?」

キャスリン『馬鹿言うなって、元犯罪者の子だよ?
      あの子が肩身狭い思いするさね……。

      まあ、あんたのトコのジーサマにでも預けるのが一番かな?
      あの子の将来のためにも、さ……』

そう漏らすキャスリンの声は、少し遠くを見るような雰囲気を纏っていた。

もう六歳になろうとする娘を抱えた若い母、その子の父――愛した男性は獄中。

終身刑となった彼と、娘が会う事は、おそらく無いだろう。

それが我が子にとって幸か不幸かは、まだ分からない。

エレナも、そんなキャスリンの心中を察していた。

エレナ「そっか……じゃあ、お爺さまには私の方から頼んでおくわね」

キャスリン『おぅ……ありがとよ』

理解ある友人の言に、キャスリンは静かに返した。
62 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/16(木) 22:17:04.41 ID:M/2vX40C0
その直後である。

キャスリン『……誰か来やがった……!』

エレナ「っ!?」

通信機越しにキャスリンの緊張した声が響き、エレナは息を飲む。

しかし、すぐに気持ちを落ち着け、指示を出し始める。

エレナ「総員、迎撃シフト!
    各自、事前通達通りのツーマンセル態勢に移行!
    A、B、D通路はそれぞれトラップ設置後に移動開始!
    入口、C通路、中央部で迎撃します!」

指示を出しながら、エレナは懐に写真をしまい込むと、
ブレスレットをギアに転じて魔導防護服を纏う。

エレナ「ジガンテ、一年半ぶりの実戦よ。行ける?」

ジガンテ<問題ありません、マスター>

主の声に、彼女の愛器――ジガンテが凜とした声で応えた。
63 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/16(木) 22:17:53.42 ID:M/2vX40C0
キャスリン『こちらは魔法倫理研究院エージェント隊所属、
      本建造物担当防衛エージェントのキャスリン・ブル……

      な、何だ、おま……っ!?
      うっ、………キャアァァァァァッ!?』

繋がったままの通信回線から、キャスリンの悲鳴が聞こえる。

エレナ「……え、エージェント・ブルーノ……?
    キャスリン? キャスッ!?」

『…………』

最初は呆然と、次第に思い出すように緊迫感を込めて友の名を叫ぶエレナだが、
向こうからはザァザァとノイズのような音しか聞こえない。

まさか――

エレナ(キャスリンが……やられた……!?)

直感的にエレナはその結論に行き着く。
64 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/16(木) 22:18:55.12 ID:M/2vX40C0
そこからの判断は早かった。

エレナ「エージェント・ボベク、入口の守備は破棄!
    即座に引き返して、C通路のエージェント・フリーデン、オースティンの両名と合流!

    エージェント・バーナードはD通路で一時待機、
    私がそちらに到着次第、C通路の増援に向かいます!」

エレナは叫びながら、ザックの守備配置であったD通路へと急いだ。

ジガンテ<マスター、魔力遮蔽……いえ、
     ジャミングのようなノイズが発生しています>

エレナ「ジャミング……探査知覚妨害!?
    マズいわね、それだと相手の人数も分からないじゃない……」

愛器から伝えられた現状に、エレナは舌打ちする。
65 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/16(木) 22:21:29.98 ID:M/2vX40C0
キャスリンが遭遇と同時に敗北、おそらく時間的には十秒足らず。

複数か? 単独か?

仮に単独だとすれば、Aランク相当で高速戦を得意とするキャスリンを僅かな時間で倒すとは、
一体、どれだけの手練れかなのか?

エレナは胸に手を当てる、黙考する。

そして出た結論は――

エレナ(リノ……ラウル……)

――ただ、愛する夫と我が子の名を心中で呼ぶ事だった。

胸騒ぎ以上の戦慄の中、エレナはザックとの合流地点へと走る。


旧世紀、最後の大規模魔導事件と言われた魔導巨神事件の解決からおよそ六年八ヶ月。
魔法倫理研究院と世界を揺るがす大事件が、再び起きようとしていた。


第17話「結、夢と現実の距離」・了
66 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2012/02/16(木) 22:22:17.83 ID:M/2vX40C0
第17話は以上です、続けて第18話、行きます。
67 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/16(木) 22:23:17.48 ID:M/2vX40C0
第18話「結、怒りのままに」



その日、一昨日の捕り物の件で現場検証に向かう直前、
オフィスに出向いた結に告げられた指示は、
現場検証ではなくブリーフィングルームへの出頭だった。

Aランク以上で、本部勤務、或いは本部近々の現場にいたエージェント、
さらに一部のフリーランスにまでかけられた招集命令。

見知った顔、見知らぬ顔を含め、総勢八十名以上が集められた、
正面大型スクリーンから扇状に広がる階段状の部屋。

その正面スクリーンの前には、憔悴した様子のリノが立っていた。

いつもなら笑顔で声をかける結だったが、
明らかに様子のおかしいリノに声をかけられず、
代わりに見付けたメイの近くに歩み寄る。

結「ねぇ、何か聞いてる?」

メイ「……全然、何も聞いてない」

結の質問に、メイは“お手上げ”と言った風な動作を踏まえて漏らした。

だが――
68 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/16(木) 22:23:17.94 ID:bsxFfl2o0
乙でs・・・・・・連投ですと!?
期待!!
69 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/16(木) 22:25:05.54 ID:M/2vX40C0
メイ「………ただ、昨日の夕方、一昨日エチオピアに行ったばかりのロロ姉を見かけたよ……。
   何でか上司に確認取ろうとしたら“黙っとけ”だってさ。
   多分、今回のブリーフィングもその件がらみ……」

メイはふざけて結の肩にしなだれかかるような仕草をしながらも、小声で早口に呟いた。

その言葉を聞いて、結は表情を硬くして肩を震わせる。

そして、素早く、エールと突風の間で思念通話の回線を開く。

結<それって、箝口令が敷かれてる、って事でしょ?>

メイ<みたいだけど、バレバレだよ……。
   調査エージェントチームも、昨日の内に向こうから戻ってるの見た子がいるみたい>

思念通話で会話する結とメイ。

どうやら、周囲には悟られていない様子である。

結<ちょっと待って、エチオピアに行ってた守備隊って……>

メイ<エレナ姉にザック兄、あとカナ姉の友達のキャスリンさんと……。
   あとはちょっと分かんない>

呆然とする結に、メイは知る限りの情報を思い出すように言った。

再び、結は肩を震わせる。

知り合い……どころで済ませない人間の名前が三人も挙がっている。

内一人は魔導の師、一人は仲の良い旧友、一人は大切な親友の姉貴分。

決して、職場の同僚と言うだけで片付けられない人達の顔を思い浮かべ、結は激しい不安にかられる。
70 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/16(木) 22:26:28.50 ID:M/2vX40C0
無言のまま正面スクリーンの前に立つリノ――もう一人の師に、視線を向ける。

先ほどは憔悴した様子に見えたが、むしろ、それを取り越して無感情にすら見える。

いつもの飄々とした好青年の風貌ではなかった。

男性「エージェント・バレンシア……説明は私が代わろう」

リノ「……すいません、エージェント・アルノルト……」

年配のエージェントに促されるようにして、リノはスクリーン近くの席に腰を下ろした。

その光景に、結の中の不安は、さらに増大する。

メイ<あの人、アルノルト総隊長だ……久しぶりに見た。……ね、結……?>

メイも不安にかられている様子で、
何とかして気分を変えようと別な話題を振るが、
結にそれに応える気力は沸いてこない。

ラルフ・アルノルト――現役Aランクの捜査エージェントで、
ローマ訓練校の校長と捜査エージェント隊の総隊長を兼任する、
やや事務方寄りの大物エージェントだ。

同じ捜査エージェント隊に所属する以上、結が知らないハズもない。

しばらくして全員が着席した事を確認すると、
ブリーフィングルームのメイン照明が落とされ、
スクリーンに光が当てられる。
71 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/16(木) 22:27:22.98 ID:M/2vX40C0
ラルフ「Aランク以上、及び、各重要ポストのエージェント、
    フリーランスにまで集まってもらったのは他でもない……」

ラルフの声を聞きながら、結は祈るような気持ちでリノの背中を見た。

その先の答えを知るであろう背中に、力はない。

ラルフ「………最悪の、事態が発生した」

絞り出すようなラルフの声に、その言葉を予想していた者、
予想できなかった者を問わず、僅かなざわめきとどよめきが走る。

何処まで最悪の事態かは分からない、
結は自分の脳裏を過ぎった“最悪の事態”だけは避けて欲しいと、
祈るように手を握り締める。

しかし、結果は無情であった。

ラルフ「先日、エチオピア新遺跡警護中の選抜防衛エージェント隊が襲撃され、
    六名中五名が死亡、一名が意識不明の重体、
    遺跡は荒らされ、最奥部にあった魔法遺物と思しき石版が強奪された」

結「っ!?」

予想にほど近い、むしろ最悪過ぎる結果に、結も、傍らのメイも息を飲む。

ざわめきはさらに度合いを増し、中には困惑で声を荒げる者もいる。
72 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/16(木) 22:30:03.53 ID:M/2vX40C0
ラルフ「死亡エージェントは以下の通り。

    研究エージェント隊所属航空近接戦技教導官、エレナ・バレンシア、Sランクエージェント。
    戦闘エージェント隊所属防衛エージェント、ゾルターン・ボベク、Cランクエージェント。
    同、ドロテア・フリーデン、Cランクエージェント。
    同、キャスリン・ブルーノ、Cランクエージェント。
    同、レオナルド・オースティン、Cランクエージェント」

敢えて感情を込めず、淡々とその名を読み上げて行くラルフ。

ラルフ「なお、唯一の生存者である戦闘エージェント隊所属防衛エージェント、
    アイザック・バーナードは左上腕断裂の重傷。

    現在も集中治療中だ」

メイ「ザック兄は……無事……なんだ……」

無事ではない。

無事ではないが、まだ命があると言う点が、
少なくとも希望を繋いでいた。

メイがそう漏らしたくなるのも、無理からぬ状態だった。

最前線のエージェントの死亡は、決して珍しい事ではない。

年間で十名近い死者が出る事はザラで、
一昨年の混乱期のピークには、二百人もの死者が出ている。

だからと言って、仲間の死を簡単に割り切れるかと聞かれれば、
その答えはノーである。
73 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/16(木) 22:31:06.77 ID:M/2vX40C0
エージェントA「犯人は……犯人は分かっているんですか!?」

少し離れた位置にいた他のエージェントが、いきり立って質問を投げかける。

ラルフ「……………現時点で判明しているのは一名。
    他の仲間の有無、単独犯であったか複数犯であったかは不明だ」

エージェントB「部隊発見時の状況は!?」

エージェントC「犯人が持ち去った魔法遺物の詳細は!?」

エージェントD「他の目的は!?」

ラルフが答えると、矢継ぎ早に他の質問が飛ぶ。

ラルフ「後発部隊の研究エージェント隊調査チームと
    救命エージェント隊救護チームが到着した際に発見した、
    襲撃は後発部隊到着の一時間前と推測される。

    遺物、及び他の目的については不明である」

ラルフは簡潔に答えられる範囲の説明を終えると、
他の質問がないか確認のためにブリーフィングルームを見回す。
74 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/16(木) 22:31:56.75 ID:M/2vX40C0
結「………あの……」

結は挙手と同時に、ゆらりと立ち上がる。

ショックが大きすぎて足に力が入らないのだろう。

結「………アルノルト総隊長は先ほど、
  現時点で判明しているのは一名……と仰っていましたが、
  それは人数のみでしょうか? それとも顔や名前まで?」

やや顔を俯けた状態で、淡々と質問する結。

どこかいつもと違う様子の結を、メイは心配そうに見上げる。

ラルフ「今からそれを説明しようとしていた所だ……。
    座りたまえ、エージェント・譲羽」

結「……はい、失礼しました」

ラルフに促され、結は再び着席する。
75 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/16(木) 22:34:38.87 ID:M/2vX40C0
僅かに間を置き、アルノルトの操作でプロジェクターに顔写真が映された。

ラルフ「判明している犯人は、六年前、アメリカ政府警察局からの要請で我々が逮捕協力。
    その後、研究院監獄施設に終身刑で収容されていた魔導犯罪者だ。

    名前はヨハン・パーク。29歳。
    自称、ドイツ系アメリカ人」

エージェントE「自称……ですか?」

他のエージェントが、ラルフの説明の不自然な部分を聞きつけ、怪訝そうに返す。

ラルフ「経歴の全てが偽証だった事が、その後の院米合同捜査で判明している。
    顔つきこそ確かに西欧系ではあるが、数回の整形手術によるもので、本来は東亜系人種だ」

東亜系人種と聞き、結と、そしてメイも思わず身を固くする。

ラルフ「コチラが本来の顔だが、顔写真は本来の経歴と併記されただけの……あくまで参考資料であるので忘れてくれて構わん。
    本名不詳の在米朝鮮系。

    当時の犯行内容は帰化・在米の日系人や黒人の少年少女を標的にした凶器を用いての大量殺人。
    犯行発覚時には、米警察当局を相手に魔力弾を使い、逃走したため、本院への協力が要請された経緯がある。

    なお、逮捕時の制圧協力に本院からは戦闘エージェント一小隊を派遣、
    その中には、今回の件で死亡したエージェント・バレンシアが含まれている」
76 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/16(木) 22:36:25.66 ID:M/2vX40C0
やや怒りを滲ませるようなラルフの声音に、
若いエージェント達の一部は気圧されたように息を飲む。

しかし、ラルフは構わずに続ける。

ラルフ「その後、ヨハン・パークは前述の通り研究院監獄施設に収容。

    しかし、二年前、監獄施設のメガフロートへの移転の直前、
    刑務作業中に放火騒ぎを起こし、救出活動中の救命エージェント達の隙をついて脱走、
    以来、行方不明となっていた……」

監獄施設の火災は結も聞いていた。

同じ施設に、顔見知りの人物――クライブがいたからだ。

幸いクライブにケガはなく、死者もいなかったが、救命エージェント隊の救助が遅ければ、
受刑者達の多くが焼け死んでいたかもしれない大事故だったハズだ。

結「……自分と同じ境遇の人達なのに………」

結はぽつりと、消え入りそうな声で呟いた。
77 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/16(木) 22:38:09.89 ID:M/2vX40C0
ラルフ「………問題視すべきは、それ以外にもある。

    ヨハン・パークが1997年当時に逮捕・収用された際の二度に渡る検査、
    及び、逮捕時における戦闘で計測された魔力量・魔力運用能力はどちらもDランク」

ラルフがその事を説明した瞬間、再びブリーフィングルーム全体に激しいどよめきが走る。

魔力量・魔力運用能力の両者がDランク、つまり、紛う事なき最底辺の魔導師。

それが、Sランク一名、Aランク級二名を含む、
全員が自分より上の実力を持った六名のエージェントを、ほぼ皆殺しにしているのだ。

これは異常である。

単独犯であるならば百パーセント不可能。
複数犯であるならば、ハイランカーエージェントを含む場所に囮以外の理由でDランクのお荷物を随伴するハズがない。

しかし、そんなエージェント達の思い込みを、続くラルフの言葉が否定した。

ラルフ「戦闘時の映像記録から、殺害はヨハン・パーク、ただ一人によるものと思われる」

戦慄と共に、ざわめきが駆け抜ける。

ラルフ「静粛に!

    ……これから見せる映像は、ただ一つ残されたギアの記録映像によるものだ。
    かなりショッキングな光景も含まれる……心して見るように」

ラルフは一喝すると、事前注意と共に手元の端末を操作した。
78 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/16(木) 22:39:07.12 ID:M/2vX40C0
すると、スクリーンにやや暗い映像が映し出される。

どうやら、遺跡内部のようだ。

正面から一人の男が歩み寄って来る。
黒に黄土色のラインが走るボディスーツのような形状で、
各部には動きを阻害しない程度の軽装プロテクターの付けられた魔導防護服……なのだろうか?

何にせよ、見たことのないタイプの魔導防護服である。

エレナ『コチラは魔法倫理研究院です、止まりなさい!』

鋭い警告の声は、間違いなくエレナだ。

ヨハン『ハハハハッ……本当にいやがったな、
    会いたかったぜぇ、エレナ・フェルラーナァ!』

一方、正面の男――間違いなく、彼がヨハン・パークだろう――が、
怒りとも恍惚とも取れぬ声を上げた。

エレナ『よ、ヨハン・パーク……!?』

ザック『ヨハン・パーク……知ってるのか、エレナ姉?』

愕然とするエレナの声に続いて、
かなり近い位置で聞き慣れた声――ザックの声が聞こえる。

どうやら、この映像記録はザックの愛器・カーネルの物で間違いないようだ。
79 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/16(木) 22:40:11.90 ID:M/2vX40C0
エレナ『救いようのない小悪党よ……』

ヨハン『誰が小悪党だとぉ!?』

辟易とした様子のエレナの言葉に、ヨハンは怒りで顔を歪ませて叫ぶ。

しかし、エレナはそんなヨハンの怒りを無視して別な警告を続ける。

エレナ『ヨハン・パーク、あなたの仲間は何処?

    あなた如きに退けられるほど、キャスリンは弱い人じゃないわ……。
    正直に言いなさい、そうすれば、前のように痛い目には合わせないであげる』

ヨハン『あぁぁん? 退けるだぁ?
    ハッハハハッ、エージェントってのは平和ボケの集まりかよ!
    ぶっ殺したに決まってんだろう?』

エレナの警告に対して、ヨハンは哄笑でもって応えると、
何かを取り出し見せびらかすように振り回す。

べったりと血糊のついた、チェーンブレスレット。

間違いなく、キャスリンの愛器・ペンデュラムだ。

コアであるクリスタルにはヒビが走り、既に機能を停止していた。

ヨハン『こんな風に、ブチッとさぁ!』

そして、まるで自らを誇示するかのように握りつぶし、
粉々の残骸が握った拳の隙間からこぼれ落ちる。

エレナ『………総員、目の前の被疑者を確保……っ!』

静かな、だが怒りに満ちた声が辺りに響き渡った。
80 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/16(木) 22:41:32.40 ID:M/2vX40C0
直後、眩い光が辺りを包み込んだ。

すると、途端に画面が砂嵐のように乱れ、音も映像も消える。

ラルフ「この時点で映像が一時中断、現場に残された痕跡から強力なジャミングと魔力爆発と推測される」

既に何度もこの映像を見ているのだろう、
ラルフは冷静に言って、再度、端末を操作する。

映像が早送りされる。

そして、下のカウンターで十分ほどが経過したと思われた時、映像が回復する。

しかし、音声はまだ回復しない。

笑いながら鋭い爪のような物を振りかざして来るヨハン。

そう、ザックが戦闘しているのだ。

ザックの作り出す障壁がヨハンの爪を受け止めた。

と、思いきや、ヨハンの爪はザックの魔力障壁をあっさりと貫き、
ザックの左腕が切り飛ばされた。

息を飲む音と短い悲鳴が、ブリーフィングルームのあちこちから聞こえる。

ザックの右腕に装着されているカーネルからの映像であるため、画像のブレが酷い。

そして、腕を切り飛ばされた直後の動揺を狙っての隙だらけの回し蹴りが、
ザックの腹付近を捕らえたようだった。

ザックは弾き飛ばされたようで、直後、上から降って来た瓦礫の中に埋もれてしまう。

画面全体が瓦礫に覆われると思いきや、辛うじて隙間が出来たらしく、
かなり視界が限定されるものの、限定範囲内の戦況を見る分には問題がないようだった。
81 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/16(木) 22:42:31.19 ID:M/2vX40C0
しかし、この時点でエレナも含め四人のエージェントがいるハズだと言うのに、
どうなっているのだろう?

答えはすぐに見えた。

エージェントF「何、アレ!?」

誰かが驚きの声を上げる。

画面の隅に、巨大な獣が映り込んだのだ。

全高2メートル、全長5メートルは有りそうな巨大なヒョウ。

しかも、ただの巨大なヒョウではない。

機械のヒョウだ。

エージェントG「魔導機人……なのか?」

愕然とした声。

魔導機人はその名の通り、人型をした魔力の機械人形だ。

であるなら、このヒョウ型は、魔導機“人”ではなく魔導機“獣”と呼ぶべきだろう。

そして、この魔導機獣はエレナと戦いを繰り広げていた。

状況から見て、この魔導機獣はヨハンの指揮下にある物と考えて間違いないだろう。

エレナは頻りにザックの名を呼んでいるようだが、映像がブレる事がないため、
おそらくはザックには答える気力すらないか、既に気絶しているかのどちらかだろう。

事実、腕を切り飛ばされた失血によるショックでザックはこの時既に気絶しており、
カーネルの生命維持機能――緊急用治癒促進で辛うじて命を取り留めている状況であった。
82 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/16(木) 22:44:10.66 ID:M/2vX40C0
しかし、エレナの苦戦も著しい。

既にかなりの魔力を消耗しているようで、
ジガンテの召喚も出来ておらず、フラフラになって戦っている状況だ。

おそらくは、初手の魔力爆発と思われる閃光のダメージだろう。

となれば、他のエージェント達もその余波で動く事がままならないハズだ。

しかし、画面外から魔力弾が散発的に放たれている。

どうやら、他のエージェント達も必死に援護射撃を行っているようだ。

すると、ザックの相手から解放されて手空きになったヨハンは、
魔力弾の飛んで来る方角に向けて走り出した。

数発の魔力弾が直撃するが、ヨハンは気にした様子もなく突き進む。

やはり、これも明らかにおかしい。

魔力量がDランクの素人魔導師犯罪者が、多大な魔力ダメージを負っているとは言え、
Cランクのプロエージェントの魔力弾の直撃を受けて無事でいられる物だろうか?

元々、魔導防護服はそう言った魔力ダメージを軽減するためのものだが、
だからと言って怯みもしないとは考えにくい。

だが、そんなエージェント達の疑問を無視し、画面の外で鮮血が散った。

怒りと恐怖、哀しみの入り交じった表情で何事かを叫んだ様子のエレナ。

画面外であるため判然としないが、
この時点でゾルターン、ドロテア、レオナルドの三名は殺害されたと見て間違いないだろう。
83 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/16(木) 22:45:35.59 ID:M/2vX40C0
そして、狂喜に表情を歪ませたヨハンが、画面内に戻って来る。

途端に魔導機獣の攻めが激しさを増した。

腹を抱え、指を差して嘲笑するヨハン。

悔しげに魔導機獣の猛攻を凌ぎ続けるエレナ。

しかし、さすがに戦技教導課に配属されるSランクエージェントだ。

エレナはフラフラになりながらも、素早いステップと局所防御を併用し、
上手く打点をズラしてこれを凌いでいた。

嘲笑を浮かべていたヨハンも、次第にその表情に怒りの色を交えてゆく。

そして、苛ついて叫んだように見えた。

直後、ヨハンは魔導機獣の腹の下を抜けるようにしてエレナに襲い掛かる。

しかし、エレナはそれを見越していたかのうよに鮮やかに避け、
後方に向かったヨハンに向けて視線も向けずに収束魔力弾を発射、
結果、ヨハンは背中に収束魔力弾の直撃を受けた。

だが、その直後が問題であった。

ヨハンの身体がエレナの視界を一瞬遮り、魔導機獣の攻撃を隠したのだ。

死角からの爪の一撃がエレナに迫る。

だが、エレナはそれすらも見越していたかのように、思い切って前に出てその一撃を回避した。

たとえ死角からの攻撃でも、攻撃が来る可能性を想定している人間ならば、対応できるものである。

魔導機獣の顎の下に入り込み、渾身のスカルラットマルッテロの態勢。

これで決着は着くハズだった。
84 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/16(木) 22:46:45.70 ID:M/2vX40C0
だが――

エージェントH「っ!?」

誰かの息を飲む声と共に、背後からの一撃がエレナの腹まで突き抜けた。

愕然とするエレナの背中で、してやったりと言いたげに下卑た笑みを浮かべるヨハン。

背中から腹までを貫通したかぎ爪に、夥しい血糊。

ヨハンが哄笑を上げながら離れると、主の動きに合わせて魔導機獣が動いた。

巨大な顎で、エレナの胴体に噛み付く。

相変わらず音声は聞こえて来ないが、苦悶の悲鳴が聞こえかねないほどに顔を歪めるエレナ。

それを、やはり指を差して、小躍りと共に笑うヨハン。

正に常軌を逸した狂喜乱舞。

魔導機獣はエレナを地面に叩き付ける。

吐血し、ガクガクと身体を震わせるエレナに歩み寄る、狂喜と狂気の男。

鋭くも太い牙に貫かれ、深く大きな風穴が空いたエレナの胴、
その傷口を思い切り蹴り上げるヨハン。
85 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/16(木) 22:47:50.20 ID:M/2vX40C0
メイ「……や、やめて……よ……」

傍らのメイが、堪えきれずに漏らした。

既に起きてしまった事だ。
もう、何を言っても状況は、エレナの死は変わらない。

だが、懇願せずにはいられなかったのだろう。

そして、当然のように聞こえてもいない懇願は無視され、
狂喜のヨハンは何度も何度もエレナの傷口を蹴り上げる。

その度に鮮血が、肉片が飛び散る。

最早、戦闘記録ですらない。

狂人による一方的な殺戮ショーだ。

既に魔導防護服は解除されており、
地面に転がったブレスレット――ジガンテを、ヨハンは無慈悲に踏み潰す。

緑色のジャケットが、彼女の鮮やかな髪の色よりも濃く、暗い血の色に染まって行く。

仰向けに転がるエレナ。

遠くてよく見えない。

だが、その口元が“動いた”ように見えたのは、
果たして目の錯覚だろうか?

ヨハンは何度目かの哄笑を上げ、振り上げた踵をエレナの頭部に向けて――
86 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/16(木) 22:49:38.38 ID:M/2vX40C0
そこで瓦礫が崩れ、画面が真っ暗になった。

僅かな時間を置いて映像は止まり、ブリーフィングルームのメイン照明が点灯する。

ラルフ「以上が、本事件唯一の記録映像だ……」

重苦しく呟くラルフ。

手前の席にいるリノを見ると、彼は頭を抱えていた。

小刻みに震える身体からは、怒りと哀しみが伝わって来る。

メイ「何だよ……あれ……。
   人間が人間に、何であんな事、出来るの……?」

メイも最早、エレナがどうこうを通り越して、
ヨハンの狂気に満ちた行動に怒りと恐怖を覚えているようだった。

恐らく、エレナとヨハンの間にある繋がりは、逮捕した人間とされた人間と言うだけ。

たったそれだけの恨みで、あそこまで人は残酷になれるのだろうか?

いや、残酷になる事が許されるのだろうか?

結「………ない………」

結は、消え入りそうな声で漏らした。

その声は、おそらく彼女の愛器であるエール以外の誰にも届かなかったであろう。

エール<………>

エールも主の心中を察してか、無言を貫き通す。

嗚咽や怒りの息づかいが、辺りからも聞こえる。
87 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/16(木) 22:50:51.59 ID:M/2vX40C0
数分の間、そんな状態が続いた後、再びラルフが口を開く。

ラルフ「諸君らにこの映像を見てもらったのは他でもない………。
    本事件……エージェント大量惨殺事件の捜査担当官を諸君らから募りたい。

    部署、役職、経歴、ランクは問わない……。
    この事件の解決に力を貸せる者だけ、この場に残ってくれ……」

重苦しいラルフの言葉が紡がれる。

数人が立ち上がり、ブリーフィングルームから退席する。

無理もないだろう。

これだけ凄惨な事件は、魔法倫理研究院でも始まって以来、希有なレベルだ。

人体実験の類でここまで残酷な物はあったが、
単なる殺人事件としては前代未聞とは言わずとも経験した事がない者の方が多い。

それに続き、若手や事務方など、七割以上が退席する。

中には、憔悴し切った様子のリノの姿もあった。

それを見て、メイも立ち上がる。
88 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/16(木) 22:52:48.61 ID:M/2vX40C0
メイ「止めよう……結。
   アタシらは、関わるべきじゃないよ……」

メイは静かに呟く。

実力がどうこう、勝ち負けがどうこうではない。

メイ「アタシ……アイツを見たら、冷静でいられる自信がない……」

メイの声は静かな、だが激しい怒りで満ちていた。

エレナはメイが幼い頃に、Aカテゴリクラスで席を同じくした姉貴分だ。

自分達が在籍していた頃の、フラン達とリーネほどの年の離れた姉貴分。

その姉貴分に、どれだけ可愛がってもらったか、
どれだけたくさんの思い出を貰ったか、
思い出しきれないほどに覚えている。

その姉貴分を、あんな姿にした男を相手にして、
勝ち負け以前の問題で冷静でいられる自信が、メイにはなかった。

メイ「ねぇ、結……結……!」

メイは何度も呼びかけるが、結は立ち上がらなかった。

手を握って無理矢理に立たせようともしたが、
手を伸ばした瞬間、握り締められた結の拳から滲む血を見て、
メイは思わず手を引いてしまっていた。
89 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/16(木) 22:53:27.97 ID:M/2vX40C0
結「………だいじょうぶ、だよ………メイ………。
  わたし、わすれてない、から……」

震える声を、結は絶え絶えに漏らす。

結「エレナさんに……おしえて……もらってる、から……」

メイ「結………ゴメン……」

結の声を聞いて、メイは悔しそうに踵を返し、
ブリーフィングルームを後にした。

十分と立たずに、集まったエージェントで残ったのは結を含めて五名だけとなった。

恐らく、結以外で残ったエージェントは、
エレナや犠牲になったエージェント達と関わりの深くないもの。

純粋に、この事件を解決しようと考えている者達だろう。

ラルフ「君達の勇気に、感謝する。
    ……では、映像記録から判明したデータだが………」

結(こんな事件……早く、終わりにしなきゃ……でないと……)

結は、ラルフによって再開された説明を聞きながら、心中で呟いた。
90 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/16(木) 22:54:51.41 ID:M/2vX40C0


二日後から本格的な捜査が始まると聞いた結が最初に取った行動は、
捜査本部長を務めるラルフにある許可を取る事だった。

本来ならば箝口令が敷かれるハズだったこの事件の死者に関して、
彼女らの関係者――特に自分の知り合い達に話をしていいか、と言う点である。

最初は難色を示した様子のラルフだったが、遅かれ早かれ分かる事だと言い、
親交が深い者に限ってと言うカタチで許可された。


先ず、最初に訪れたのは本部事務局だった。

ここの託児施設で働いている、ある人物に逢うためだ。

女性「あ、結ちゃん、久しぶりじゃない!」

託児施設に足を踏み入れると、そこには見知った顔。

かつて、エールを拾った自分と初めて対峙した相手――レギーナ・アルベルトだ。

彼女は結局、かつての仲間達が生涯勤労奉仕を続ける事となる魔法倫理研究院に事務方で就職し、
今はエージェント達の子供を預かる託児施設で働いていた。
91 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/16(木) 22:56:40.51 ID:M/2vX40C0
結「レギーナさん………」

レギーナ「どうしたの、怖い顔しちゃって?」

静かに呟く結に、レギーナは怪訝そうに首を傾げた。

幼い少女「あーっ、結だ、結だ!」

そこに、一人の幼い少女が駆け寄って来る。

かつての上司の出張中と言う事もあってレギーナが預かっている、
キャスリンの娘のセシルことセシリア・ブルーノだ。

その様子からして、まだキャスリンの死は伝わっていないのだろう。

結「こんにちわ、セシル」

結は優しくセシルの頭を撫でる。

セシルは少し恥ずかしそうにして――

セシル「子供扱いすんなよ! アタシはレディだぞー!」

などと胸を張って返して来る。

少し生意気な、だが両親によく似た雰囲気を持った子だった。

結「レギーナさん、場所を移しませんか?
  ……セシルのいる場所では、ちょっと……」

レギーナ「? 分かった。
     ちょっと待ってて、離れる許可取って来る」

結の言葉に怪訝そうに応えてから、レギーナは上司の下へと向かった。
92 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/16(木) 22:57:33.98 ID:M/2vX40C0
セシル「なぁなぁ、結! 遊んでいけよー!
    母さん仕事で帰って来ないから、レギーナとじゃ退屈なんだよ!」

結「セシルは、元気だね……」

手を引いてねだって来るセシルに、結は寂しそうな笑みで答えた。

セシル「当ったり前だろ!
    アタシが元気だと、母さん、すっげー嬉しそうなんだ!」

結「そっか……セシルは、お母さんが……。
  キャスリンさんが大好きなんだね」

セシル「うん!
    あ、でも、これ、母さんには内緒な!
    恥ずかしいから、絶対に言っちゃダメだからな!
    レギーナにも内緒だぞ!」

結「………うん」

満面の笑みから恥ずかしいそうな顔へ、コロコロと表情を変えるセシルに、
結は何と答えて良いか分からずに頷く他なかった。
93 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/16(木) 22:58:42.07 ID:M/2vX40C0
それから少ししてレギーナが戻って来る。

どうやら外出の許可が取れたようだった。

結はレギーナを連れて託児施設の裏手に回った。

レギーナ「こんな場所でいいの?」

結「はい……」

やや釈然としない様子のレギーナに、結は頷いて答える。

その後は、もう、自分が何を言ったか覚えていない。

結「###########」

どう伝えたか、どんな言葉を選んだのか、
とにかく、結は事実を伝えた。

レギーナ「え………?」

だが、その事実――キャスリンの死が信じられないのか、
レギーナは呆然と聞き返す。

結「###########」

多分、同じ言葉を伝えた。
94 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/16(木) 23:00:06.51 ID:M/2vX40C0
レギーナ「…………ウソ、だよね……?
     隊長が……キャスリン隊長が……ねぇ、ウソでしょ?
     ウソって言ってよ……、ねぇ、ウソだって言ってよ!」

レギーナは結の肩を掴み、何度も揺さぶり、望む言葉を要求する。

だが、結は力なく首を振る。

レギーナ「うぅ……ぁぁぁああ……」

レギーナは崩れ落ちるように、膝をつき、声を押し殺して涙を流す。

と、そこへセシルが現れる。

心配して探しに来たのだろう。

セシル「コラっ、結! レギーナ泣かすなー!」

立ち尽くす結に、セシルは飛びかかるように体当たりをして来た。

しかし、六歳の幼子の体当たりでフラつく結ではなく、
セシルは逆に弾かれて、その場に転がる。

セシル「いってぇぇ……、くぅぅ、母さんに言いつけるぞ、結!」

怒ったように叫ぶセシル。

レギーナ「セシル……違うんだよ。
     結ちゃんの、結ちゃんのせいじゃ……ない、んだ、よ」

そんなセシルを、レギーナは抱きすくめ、しゃくり上げながら諫める。

彼女の涙は止まらない。

セシル「なぁ、なら何で泣いてるんだよ、レギーナ?
    結、誰がレギーナを泣かしたんだよ!?」

いきり立つセシルに答える言葉を、結は持たなかった。
95 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/16(木) 23:01:25.22 ID:M/2vX40C0
託児施設を離れた結が次に向かったのは、監獄施設の面会室だった。

元々捜査エージェント隊指揮下の施設でもあり、面会は素早く行われた。

クライブ「よぉ、嬢ちゃん。久しぶりだな」

面会の相手は、クライブだった。

結「お久しぶりです、クライブさん」

結は力ない笑顔で答える。

クライブは拘束服で上半身の動きをかなり制限されていた。

制限されていると言っても、あくまで面会中の決まり事であって、
獄中では今ほど動きは制限されていない。

クライブは結の表情に、初めて面会した時の事を思い出す。

クライブ「またそんな顔しやがって……。
     同情しに来んのは禁止だって、前も言ったろ?」

結「…………すいません」

呆れたような物言いのクライブに、結は表情を変えずに答えた。

クライブ「……………何か、別件か? そのシケたツラの理由は、よ」

さすがに面識の少ないクライブも、
結の様子がその少ない面識からも分かるほど違うと気付いたのか、怪訝そうに尋ねる。
96 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/16(木) 23:02:25.06 ID:M/2vX40C0
結は口を開きかけ、先ほどのレギーナの泣き顔と、セシルの言葉が浮かんで言い淀む。

クライブ「……………そうか」

だが、クライブにはそれで十分だった。

全てを察し、小さく息を吐く。

クライブ「誰が、やった………?」

静かに、声音を変えずに尋ねて来る。

結「………すいません、その部分に関しては箝口令の秘匿事項に抵触します」

クライブ「………そうか、ただの戦死ってワケじゃ、ねぇのか……。
     因果なモンだな……」

重苦しく答える結に、クライブは遠い目をして呟いた。

さすがにそれに関して答える事は出来なかったが、
クライブはその沈黙を肯定と取ったようだった。
97 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/16(木) 23:04:01.55 ID:M/2vX40C0
クライブ「セシルには……この事は……?」

結「………レギーナさんに、伝えてあります……。
  タイミングは、彼女に任せた方が良いと思って……」

クライブ「そうかい………。レギーナ以外の連中には?」

結「……私、元私設部隊の人との面識が少ないので……。
  ジルベルトさんも、今は南米に行ってますし」

結がそう言って俯くと、二人の間に沈黙が訪れる。

クライブ「………わりぃな、嬢ちゃん。
     現役のAランクエージェントに、こんな伝言役みたいな事させちまって」

しかし、その沈黙は、努めて普段通りの口調で話すクライブによって破られた。

結「あ、あの、クライブさん……!」

結は顔を上げて、クライブに声をかけようとする。

しかし、二の句が続かない。

自分は、何を聞こうと、いや、クライブから何かを聞きたかったのではないか?
そんな漠然とした不安に駆られる。

クライブ「………俺が何か言うのは筋違いだからよ……。
     嬢ちゃんを信じて、嬢ちゃんに全部任せるわ……」

だが、クライブのその言葉を聞いて、結は気付いた。

結(ああ、そっか……そう、なんだ……)

呆然とする結の前で、クライブが立ち上がる。

クライブは左右を刑務官に挟まれ、面会室を辞した。
98 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/16(木) 23:04:54.44 ID:M/2vX40C0
監獄施設を離れ、結は監獄施設とオフィスとを繋ぐ道の途中、
ベンチに腰をかけて、空を見上げていた。

朝は晴れていたが、昼を過ぎ、今は曇天。

クライブとの面会で気付かされた事実に、結は打ちのめされていた。

結「魔法は……人の未来と夢を守るための……力……」

師の……エレナの教えを反芻する結。

その教えを受けて、自分は決意したのだ。

泣いている誰かを助けたい。
助けた誰かに、伝えたいと。

なのに、自分が先ほどまで行っていた事は、哀しみを伝える事だった。

そして、その先で、自分は答えを得たかったのだ。

あの人を、ヨハン・パークを前にした時、自分はどうすればいい?

許せない相手を前にした時、自分は、どうすればいい?
99 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/16(木) 23:05:55.57 ID:M/2vX40C0
結(私は……卑怯者だ……)

その答えを、誰かに肩代わりして欲しくて、自分はあの二人の元に行ったのだ。

ぽつぽつ、ぽつぽつ、と、空が泣き出す。

泣き出した空は、堰を切ったかのように涙を、大粒の雨粒を降らした。

突然の雨に、周囲の人達は走り出す。

結「……………………っ!!」

声ならぬ叫びを上げる結。

そして、思う。

結(何で私は……泣けないんだろう……)

空の涙を全身に浴びながら、結は涙一つ流さずにその場に座り続けた。
100 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/16(木) 23:07:26.26 ID:M/2vX40C0


翌日。
スイス、マイエンフェルト郊外の山奥――

山の斜面の、少し拓けた場所に作られた学舎……そう、Aカテゴリクラスだ。

ここにも、既にエレナ達の死亡の報せが入っていた。

とは言っても、レナと最年長者であるリーネの元にだけだ。

リーネ「レナ先生……大丈夫?」

朝食を終え、弟妹分達が授業の準備のために自室に戻った後を見計らって、
リーネは少しやつれた様子のレナに声をかける。

レナ「……ごめんなさいね、リーネ。心配かけて」

力なく笑うレナに、リーネは肩を落とす。

レナ「自分と同期の子が亡くなった事だってあるのに……。
   何で、あの子の時ばっかり……、っぅ」

レナはもう無意識に呟いて、涙を堪えるように片手で顔を覆う。

無理もない。

レナにとって、エレナは自分が受け持った最初の卒業生だ。

大事に思っている生徒に優先順位を付けるようなレナではなかったが、
無意識のレベルで、エレナの事を特別視している部分はあっただろう。

それを責める事は出来ない。

自分もきっと、誰か特別に思っている人を亡くしたら、
他の誰よりも哀しいし、悔しいだろうから。
101 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/16(木) 23:10:04.02 ID:M/2vX40C0
リーネがそんな事を考えていた時だった。

リーネ「っ!?」

強烈な違和感に襲われ、リーネは息を飲んだ。

レナ「? どうしたの、リーネ?」

教え子の様子がおかしい事に気付き、レナは訝しげに尋ねて来る。

リーネはしばらく押し黙り、視線を、いや、意識を走らせる。

リーネ「森からの魔力の流れが……途切れた」

リーネはぽつり、と小声で呟いた。

ここでリーネの能力について、少々、補足するべきであろう。

彼女の最大の能力は、Sランク魔導師二人分に匹敵する膨大な魔力量でも、
エージェント内でも指折りの飛行速度でもなく、凄まじい感度を誇る魔力探査能力だ。

幼き日にその力で、遠く離れた位置にいた、
まだ雛鳥だったアーサーの魔力の異常を感じ取り、
助けに向かった程の感度を誇る。

そんなリーネだからこそ、普段から森の中にいる、
僅かばかりの魔力を持った生き物達の息づかいを微かに感じていたのだ。

しかし、その魔力の流れが、不意に途切れたのだ。

意識を集中しても、その魔力を感じ取る事が出来ない。

何らかの事故で魔力ノックダウンされたにしても、
魔力は完全にゼロになるワケではないし、魔力は次第に回復する。

だと言うのに、今、リーネが感じる事が出来るのは、
校舎屋上に作られた大鳥小屋で休むアーサー、
それに校舎にいる自分以外、レナを含む十二人だけ。
102 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/16(木) 23:11:15.26 ID:M/2vX40C0
明らかにおかしい。

だが、そんな状態でも、こちらへと猛スピードで近付いて来るあからさまな魔力の流れを微かに感じる。

思わず嫌悪感を感じるような、禍々しい波を持った魔力だ。

リーネ「先生、みんなを一ヶ所……。
    外の温室か、上のかくれんぼ部屋に集めて!」

リーネは緊迫した様子で漏らすと、外に向けて駆け出す。

レナ「ど、どうしたの、リーネ!?」

突然の教え子の行動に、レナは驚きで以て答える。

リーネ「分かんない! けれど、何だか危ない気がするの!」

リーネは玄関に向かい、途中で弟妹達とすれ違う。

少年「リーネ姉ちゃん!?」

少女「お姉ちゃん、どうしたの!?」

ただならぬ姉貴分の様子に、リーネより二つほど年下と思われる二人が話しかける。

リーネ「アンディ、ユーリ!
    あなたもレナ先生と一緒に、みんなを守って!」

リーネは振り返らずに答えた。
103 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/16(木) 23:12:28.09 ID:M/2vX40C0
最早、直感が告げている。
これは敵だ。

フリューゲル<リーネ、やっぱりジャミングがかけられているよ。
       もしかして、例の……>

リーネ「そう、思うよね……フリューゲルも」

愛器の推測を聞きながら、リーネは重苦しく呟く。

だとすれば、あんな状態のレナを外に出すワケにはいかない。

それに、相手が万が一にも空戦型だとすれば、陸戦型のレナには荷が重い相手だ。

ここは高速空戦型の自分が迎撃に出るのが正しいだろう。

リーネ「起動認証、フィリーネ・バッハシュタイン……飛ぼう、フリューゲル!」

外に飛び出したリーネは、フリューゲルを起動して魔導防護服を纏うと、
一気に最高速で、向かって来る魔力へと向けて飛んだ。

遭遇は早かった。

校舎からかなり離れた位置にある拓けた演習場を疾駆する、
巨大な黄色いヒョウ――魔導機獣の姿があった。

その背には、ボディスーツのような魔導防護服を身につけた男の姿。

リーネは魔導機獣の鼻先を掠めるように飛び、男と魔導機獣の動きを牽制する。

リーネ「止まりなさい!
    こちらは魔法倫理研究院所属、エージェント候補生のフィリーネ・バッハシュタインです!

    この区画は魔法倫理研究院の管轄です。
    未登録のフリーランスエージェントの侵入は、原則、禁じられています!
    即刻、この区画から退去して下さい!」

そして、急停止した一行に向けて警告する。
104 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/16(木) 23:13:47.85 ID:M/2vX40C0
ヨハン「チッ、引っかかったと思ったが、結局、メスガキ一匹か……。
    まあいい、報酬額がデカい方が出て来てくれたからな」

男――ヨハンは退屈そうに言った後、舌なめずりをして見せ、さらに続ける。

ヨハン「よう、お嬢ちゃん、俺と遊ぼうぜ?」

リーネ「………兄や姉達にしっかりと躾けられていますから、犯罪者とは遊びません!」

リーネはそう言って、構えたショートロッドに魔力を流し込む。

リーネ「フリューゲル……レベル3!」

フリューゲル<了解!>

リーネの声に応え、フリューゲルが変化する。

ショートロッドは一瞬で長杖へと姿を変え、さらに分離してツインロッドとなる。

近接戦にも高速射撃戦にも対応した、フリューゲルの真の姿だ。

ヨハン「チッ……すかしやがって……白人様はそんなに偉いのかよぉっ!?
    ………やれっ、トパーツィオッ!」

トパーツィオ『Grrrr……GAAAAAッ!!』

いきり立つヨハンの声に応え、魔導機獣――トパーツィオが吠えた。

直後、凄まじい閃光が、リーネの視界を満たした。
105 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/16(木) 23:15:00.52 ID:M/2vX40C0
一方その頃、魔導研究院本部では――

結は結局、何の答えも見いだせないまま、
本格捜査前に与えられた少ない自由時間を使って、医療部局へと顔を出していた。

集中治療室の前に来ると、そこには憔悴した様子のロロの姿があった。

ロロ「結……ゆぅいぃぃ……」

ロロは結の姿を認めると、泣き崩れるように縋って来た。

結「ロロ……」

結はどんな言葉をかけていいか分からず、ただ泣き崩れる彼女を抱き留める。

ロロ「わたし……私、フランお姉ちゃんも、キャスリンさんも……
   誰も、助けられなかったよぉ……」

結の腕に抱かれながら、ロロは泣きじゃくる。

ロロ「ザックも……意識が戻らないの……。
   腕は治せたのに……ザックの目ぇ、醒めないよぉ……」

泣きじゃくるロロの言葉に、結は呆然と集中治療室の扉を見遣る。

ザックは未だ、医療エージェント達による治癒活性が続けられている。

左腕を切り飛ばされ、血液を限界ギリギリまで失ったのだから当然だろう。

それでも命を繋げたのは、応急治療で腕を繋げたロロと彼女の部下達の努力と技術の賜だ。
106 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/16(木) 23:16:52.17 ID:M/2vX40C0
だが――

ロロ「私のせいで……みんな、みんな死んじゃう……。
   私が助けられなかったから、みんな……みんなぁ……!」

それでもロロは、自分の無力を責めていた。

結は人知れず、歯噛みする。

結(何で……何でロロまで……こんな思いをしなきゃ、いけないの……)

無論、ロロのせいではない。

エレナ達は明らかに手遅れだったのだ。

死人を生き返らせる方法は、ない。

だから、本当に悪いのは――

そこまで結が考えた時、緊急放送を告げるブザーが辺りに鳴り響いた。

アナウンス『スイス、グラウビュンデン州に異常反応を検知。
      現地、エージェント・フォスターより救援要請!

      この異常反応は特秘案件D16に該当する。
      当該案件担当エージェントで空戦型のエージェントは、直ちに現地へ急行されたし!

      繰り返す。
      スイス、グラウビュンデン州で異常反応と現地エージェントより救援要請。
      特秘案件D16担当エージェントで空戦型のエージェントは、直ちに現地へ急行されたし!』
107 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/16(木) 23:17:50.23 ID:M/2vX40C0
結「D……16……!」

放送を聞いた結は、その言葉を反芻する。

暗号で伝えられた特秘案件D16とは、つまり、エージェント大量惨殺事件の事だ。

結「ロロ……!」

結は泣きじゃくるロロを引き離すと、近くのベンチに彼女を座らせる。

結「ロロが悪いんじゃ、ないよ……。
  本当に悪いのは、別の人……」

結は静かに、朗々と呟きながら踵を返す。

ロロ「結ぃ……」

結を見上げながら、ロロは涙も拭わずに呟く。

結「………仇……取って来る、から……」

結は拳を握り締め、走り出した。

グラウビュンデン州、いやマイエンフェルト郊外にある母校までは、
エールのレベル3の全力で飛行しておそらく一時間強。

結「すぐに……仇を……!」

結は譫言のように呟きながら、エールを召喚した。
108 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/16(木) 23:19:30.77 ID:M/2vX40C0


結が飛び立って一時間後、
リーネとヨハンが戦闘を開始してから九十分が経過しようとしていた。

ヨハン「チッ、しぶてぇなぁ、メスガキィィ!?」

ヨハンは低空を逃げ回るリーネに向けて、魔力で強化した腕力を利用し、
五十センチはあろうかと言う大きな石を投げつけて来る。

リーネ「クッ!?」

リーネはそれをすんでの所で回避し、次の攻撃に備える。

彼女の息はかなり上がっており、魔力も大幅に低下していた。

リーネ<フリューゲル、システムの調子は!?>

フリューゲル<な、何とか八割まで回復……けど、僕よりも、君の魔力の消耗の方が激しいよ>

リーネ<分かってるけど……>

フリューゲルと思念会話を続けながら、リーネは悔しそうに唇を噛む。

初手でトパーツィオから放たれた閃光。
それは激しい魔力ジャミングと魔力ダメージを伴う砲撃のような爆発だった。

おそらくはSランクの砲撃に匹敵する、全方位拡散魔力砲。

直近にいたリーネは、咄嗟の事で回避も間に合わず直撃、
魔力の半分を削られる事となり、フリューゲルも著しいシステム障害を負った。

しかし、リーネの魔力はSランク魔導師二人分に匹敵する膨大な物だ。

全力の魔力弾を当てれば、目の前の男など一瞬で倒せるほどの実力差も感じていた。

だが、既にリーネが当てた魔力弾の数は、約十五発、
その全てがヨハンに直撃した瞬間に消え去ってしまっていた。

加えて言えば、最初の全方位拡散魔力砲すら、ヨハンは自身に当ててしまっている。

魔力相殺とは違う、何か特殊な結界のような物に阻まれているとしか思えない。
109 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/16(木) 23:20:30.48 ID:M/2vX40C0
トパーツィオ『GAAAAッ!!』

リーネ「はっ!」

リーネは飛びかかって来たトパーツィオの攻撃を回避し、
ヨハンに向けて右手のロッドを突き出す。

リーネ「リヒトビルガーッ!」

突き出されたロッドから、鳥の姿をした藍色の閃光魔力弾が放たれる。

リーネが自身の特性と好みから生み出した、超高速の直進魔力弾だ。

リヒトビルガー――光の百舌鳥の名の通り、その鋭い嘴の一刺しがヨハンに直撃する。

だが――

ヨハン「効かねぇよ!」

直撃を受けたヨハンは、何事もなかったかのように次の攻撃を仕掛けて来る。

リーネ(一体、どうなってるの!?)

リーネは既に十六度目となる光景に愕然とする。

防衛エージェント隊の体験研修を受けた際、
襲って来たBランク魔導師を相手を一撃でノックダウンさせて見せたハズの魔法が、
目の前のこの男にはまるで通用していない。

何か秘密があるのは間違いないだろうが、その秘密が分からない。

フリューゲル<見る限りは、多分、特殊な結界で間違いはないんだろうけれど………>

フリューゲルも悔しそうに漏らす。

システムが完全復旧しないため、状況が分からないと言う事だろう。
110 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/16(木) 23:22:07.56 ID:M/2vX40C0
リーネ<……なら、残り全部の魔力で結界ごと吹き飛ばすしかないね……。
    フリューゲル、ファルケンで行くよ!>

フリューゲル<……了解! こうなったら、もう破れかぶれだよ!>

フリューゲルが応えると、リーネはやや距離を取るべき上空へと飛び上がる。

リーネ「見よう見まね……奏姉さん流の無理矢理術式展開!」

フリューゲル<了解……増殖・拡散・投射・誘導・収束の五重術式、セット!>

飛び上がったリーネの目前に、一つの五重術式が生まれる。

言葉通り、魔力で無理矢理に組み上げた急造術式だ。

その多重術式が爆発的に増殖し、拡散・投射・誘導・収束の四重術式が広がる。

そう、奏の儀式魔法であるヴェーチノスチモルニーヤから着想を得た、リーネの儀式魔法だ。

リーネ「………ッ、行くよ!」

大量の魔力を消費しながらも、
リーネは眼前の術式に向けて残りの全魔力を込めたフリューゲルを突き立てる。

リーネ「リヒトッ……ファルケンッ!!」

直後、無数の鳥形閃光魔力弾がヨハンとトパーツィオに襲い掛かった。

ある物は弧を描き、ある物は真っ直ぐに。

一つの獲物に向けて殺到する無数のハヤブサの如き光弾。

リヒトファルケン――光の隼の名に相応しい、魔法だ。
111 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/16(木) 23:23:12.02 ID:M/2vX40C0
一撃一撃はリヒトビルガーに劣るが、
これだけの飽和射撃を受けてはさすがに無事ではあるまい。

リーネ「やった……!」

全弾命中を確認し、大地に膝を突きながらもリーネは勝利を確信する。

だが、光の隼達が消え去ると、
そこには無傷のヨハンとトパーツィオの姿があった。

リーネ「う、うそ………」

その光景に、リーネは愕然と呟く。

ヨハン「このメスガキがぁぁ! 何て事してくれるんてんだよぉ!?
    セットして来た身代わりが、全部オジャンじゃねぇかぁっ!?」

顔を真っ赤にして激昂するヨハンは、魔導防護服のプロテクターから、何かを取り外す。

ヨハン「コイツはなぁ、一個ごとに成功報酬額から代金が天引きされるんだよ!

    あのクソ忌々しいエレナ・フェルラーナを殺した時に二個、
    今日も二個の計算だったってのに、一度に十個も潰しやがって!」

ヨハンは唸るように言い放ちながら、何かを取り外した場所に、また別の何かを取り付ける。

それは呪具のような物だった。

リーネ<み、身代わり型の呪具!?
    そ、そうか……アレで最初の自爆みたいな全方位砲撃も耐えたんだ……>

フリューゲルが愕然と言い放つ。
112 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/16(木) 23:25:10.72 ID:M/2vX40C0
リーネ「じゃ、じゃあ……アレは……あの人が魔力弾で倒れなかったのは……」

フリューゲル<そうだよ……。
       全部、あの呪具がダメージを肩代わりしていたんだ。

       しかも、ギアに機能障害を起こすジャミング攻撃……。
       君みたいに魔力の大きな魔導師ならともかく、
       アレを食らったら、Sランクの魔力量でも、まともに戦闘できるハズがない……。

       ズルだよ、ズル! 全部、ぜぇぇんっぶ、ズルじゃないか!>

呆然とするリーネに、フリューゲルが悔しそうに呟く。

そう、種が分かれば手品など単純な物である。

ヨハン・パークがエレナ達を惨殺した際も同じだったのだ。

自身を巻き込む全方位魔力ジャミング砲撃でギアに機能不全を起こさせ、
多大な魔力ダメージを与えるのが第一段階。

それさえ成功してしまえば、後は相手の魔力攻撃を身代わり呪具で安全確実に無効化し、
自身はあのかぎ爪型魔導ギアとトパーツィオで、相手のギアが回復する前にトドメを差すだけ。

彼個人には技術も技能も必要としない、マニュアルに沿った適当な戦術だ。

フリューゲル<多分……あのギアも完全に呪具の類だよ……。
       相手の魔力量と、使ってる魔法の質や技能が一致しない……>

リーネ<全部、呪具頼り……!?
    そんな、本当に、ただの素人じゃない……>

フリューゲルの見立てに、リーネは愕然とする。

リノのように矮小な魔力をサポートするためや、
様々な状況に応じて適宜最適な呪具を選択するような洗練された戦法ですらない。

だが恐ろしいのは、そんな素人同然のチンピラ犯罪者を、
一流のエージェント殺しに仕立て上げる呪術ギアの存在だ。

あんな物が裏社会に出回ったら、それだけで魔導犯罪が爆発的に増加するだろう。
113 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/16(木) 23:26:37.17 ID:M/2vX40C0
しかし、リーネのそんな考えとは裏腹に、ヨハンはワナワナと震えて口を開く。

ヨハン「テメェ、俺の報酬予定額……八十万ドル………どう落とし前付けてくれるんだ!?」

リーネ「は、八十万ドル……?」

いきり立つヨハンに、リーネは呆然と聞き返す。

当時のレートで日本円に換算するなら、およそ八千万円。
それが報酬の全額なのか、それとも天引きされる報酬額分なのかは分からない。

リーネ「あなた……お金のために、人を殺すの……? 何て人なの!?」

ヨハン「高々五十万ドル風情のメスガキが……白人様だからって生意気言ってんじゃねぇよ!」

唖然とするリーネに、激昂したヨハンが歩み寄る。

限界まで魔力を消耗したリーネには、最早逃げる方法すらない。

かぎ爪には、目の前の犯罪者には似付かわしくない、大量の魔力が込められる。

恐らくは呪具で増幅された物だ。

ギアに機能不全を起こしたザックの障壁を貫き、彼の腕を切り飛ばした一撃。
その事実を知らずとも、リーネにも結果は予想できた。

リーネ(死……ぬ……!?)

不吉な想像が、脳裏を過ぎった。

ヨハン「死ねよ、五十万ドルぅぅぅ!!」

人と人と思わぬ狂気の犯罪者の爪が、リーネに迫る。

リーネは目を瞑り、身を固くする。

リーネ(みんな……!)

瞬間に過ぎる、恩師、頼もしき兄や姉達、そして、可愛い弟妹達の顔。

走馬燈のように過ぎる一瞬の後の衝撃と痛みは………訪れなかった。
114 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/16(木) 23:27:37.60 ID:M/2vX40C0
???「大丈夫かい、リーネ?」

声をかけられる。

頼もしい少年の声。

目を開けると、そこには自分を抱える純白の騎士の姿。

リーネ「え、エール!?」

幼き日、結と共に自分を助けてくれた事もあった魔導機人の姿。

そして、咄嗟に正面に目を向けると、
そこには長杖に収束した魔力でヨハンのかぎ爪を受け止める、頼もしき姉の姿があった。

ヨハン「な、何だテメェは!?」

ヨハンはたじろぐように結から跳び退き、トパーツィオの横に陣取る。

リーネ「ゆ、結姉ちゃん!?」

思わず、幼い頃と同じように呼んでしまうリーネ。

結「リーネ……どんな時も目を瞑っちゃダメだよ……。
  フランさんに、教わったよね……」

結は振り返らずに、静かに呟く。

その声に、リーネはゾクリと震える。

何かが、違う。
115 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/16(木) 23:29:11.99 ID:M/2vX40C0
その背は、確かにあの頼もしい姉貴分の姿そのものだ。

幼き日、憧れて慕って、追い掛け続けた七つの背中、
その中でも一番、必死に追い掛けたそれ。

だが、その背中越しに聞こえて来る声音は、
ほんの数日前にも任務を共にした彼女の物ではないように聞こえた。

リーネ「結……姉……ちゃん?」

呆然と呼びかけるリーネだが、結は応えない。

結「エール、リーネを連れて離れて……」

エール「結、いいのかい?」

結「うん……。
  センサーだけれど、リーネがリヒトファルケンを使う所から見えてたから……。
  カラクリは分かったつもりだよ」

愛器の問いかけに、結は静かに応え、進み出る。

リーネ「ゆ、結姉さ……エージェント・譲羽!
    敵は魔力ジャミングと呪具を多用する特殊な戦術を使って来ます!」

結「………そう……」

リーネの言葉に、結は振り返らずに頷く。

結「じゃあ、尚更……私一人でも十分だよ。
  エール、早く、リーネを校舎に連れていってあげて」

エール「……了解」

結の指示で、エールはリーネを抱きかかえ、
Aカテゴリクラス校舎に向けて飛び去った。
116 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/16(木) 23:30:36.17 ID:M/2vX40C0
ヨハン「魔導機人無しで俺とやり合おうってのか……ナメやがって!」

いきり立つヨハンを無視し、結は努めて感情の篭もらぬように口を開いた。

結「魔法倫理研究院エージェント隊所属、本案件担当保護エージェント、譲羽結です……。
  ヨハン・パーク……あなたを捕縛します」

ヨハン「譲羽結……テメェ、日本人か!?」

しかし、結の警告に対して、怒りの形相で問いかけるヨハン。

だが、結はそれも無視する。

ヨハン「日帝の犬がぁぁ、バカにすんじゃねぇぇぇっ!?
    やれぇ、トパーツィオォォッ!!」

トパーツィオ『GAAAAAAッ!!』

それが彼の気に触ったのだろう、ヨハンは激昂してトパーツィオをけしかける。

咆吼と共に、トパーツィオは全方位魔力ジャミング砲撃をしかける。

結は動く事なく、その砲撃の直撃を受ける。

ヨハン「切り刻んでやる……日本人んっ!!」

砲撃直後に、ヨハンは結に向かって飛びかかった。

だが、砲撃光の向こうから現れたのは、
薄桃色の光の翼に包まれた無傷の結だった。

エルアルミュールだ。
117 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/16(木) 23:32:04.97 ID:M/2vX40C0
結「無駄ですよ……。
  飽和魔力砲撃が役に立つのは、攻撃側の魔力量が、
  防御側の魔力量を上回る場合か、それに匹敵する量の場合だけです」

ヨハンの攻撃を微動だにせず受けきった結は、朗々と呟く。

ヨハン「そ、そんな!? お、俺の呪導ギアは、魔導師の天敵のハズ!?
    と、トパーツィオ、もう一発だ!」

愕然とするヨハンは、後方のトパーツィオに再度、
全方位魔力ジャミング砲撃を準備させる。

結「プティエトワール……テイクオフ……」

結は右手のボールチェーンブレスレットを掲げる、
すると、ボールチェーンブレスレットは十二個の星形ギアへと姿を変える。

独立して飛行する、十二個の小さな星――プティエトワール。

そう、これこそが結がアレックスからテストを任せられていた新型魔導ギア、
補助魔導ギア・XI−01/プティエトワールである。

それがトパーツィオの周囲を取り囲む。

結「プティエトワール、エルアルミュール……っ」

結の指示に合わせ、魔力供給を受けたプティエトワールが強力な魔力防壁を発生させ、
トパーツィオの魔力砲撃を内部に押し留める。

ヨハン「な、何だと!? な、何であんな事が出来るんだ!?」

ヨハンは愕然と叫ぶ。

あんな事とは勿論、プティエトワールの事ではなく、結が見せる膨大な魔力量の事だ。
118 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/16(木) 23:34:01.65 ID:M/2vX40C0
結「…………あなた、さっき、自分が魔導師の天敵だって言いましたよね?
  ありとあらゆる状況、ありとあらゆる戦術、その全てに対応できなければ、
  “魔導師の天敵”なんて言葉は使えませんよ」


――ありとあらゆる状況、ありとあらゆる戦術、それぞれに得手不得手が存在するわ。
  結ちゃんは、そうねぇ……反射系を得意とする近接タイプや広域タイプには要注意ね。
  逆に、近接型で一芸特化の低魔力タイプなんかは、結ちゃんなら圧勝かな?――


結「けれど………あなたの二手で確信しました……。
  私は……私が、あなたの天敵です……」

ヨハン「っ!?」

朗々と呟く結に、ヨハンは言いしれぬ恐怖感を感じて身を竦ませる。

だがしかし、すぐに気を取り直す。

ヨハン「何が天敵だ! 俺は無敵の盾を持ってるんだ!
    この身代わりの呪具で覆われている限り、俺は絶対に負けねぇ!!」

ヨハンは口角から泡を飛ばしながら、結に向かって襲い掛かる。
119 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/16(木) 23:35:03.13 ID:M/2vX40C0
結「無敵の盾……ですか。
  そんなものの対処方法、いくらでもありますよ……」


――結ちゃん、相手が無敵の盾を持っていたら、どう戦う?
  これは他の魔導師が、結ちゃんを相手にする時にも言える事だけどね……――


結「盾を持った腕ごと……」

結は長杖を突き出し、虹色の魔力を収束させる。


――盾を持った腕ごと、相手を吹っ飛ばすの。
  まあ、物の喩えで、やり方は色々だけどね――


結「吹き飛ばす……!」

七色の輝きが溢れ出し、ヨハンごとトパーツィオを包み込んで吹き飛ばす。

ヨハン「な、なぁ……!?」

トパーツィオごと大地に仰向けに倒れたヨハンは、愕然とする。

先ほど、再装着したばかりの身代わりの呪具は、
その全てが完全に砕け散っていた。

幸い、魔力ダメージは受けずに済んだが、
身代わりの呪具を失った以上、もう一発の魔力弾さえ受けられない。
120 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/16(木) 23:36:19.68 ID:M/2vX40C0
そう、確かに、一般的に言われるレベルで高い魔力量の魔導師相手ならば、
ヨハン・パークと言う男は、ほぼ無敵だっただろう。

特に、手の内が分からない初遭遇であったエレナ達は、運が悪いとしか言いようがない。

対処戦術を組む事が出来ても、それを活かせるだけの魔力が既に彼女達にはなく、
残った魔力を機能的に使うためのギアは沈黙してしまっていたのだから。

だが言ってみれば、ただの一、二回の奇襲戦で全ての種を見破られてしまう、
三流手品にすら及ばないの戦法。

ヨハン「な、何で……俺は、俺は力を手に入れたハズなのに……。
    こんな連中の力を上回る、絶対の力を手に入れたハズなのに!?
    何で、何で、こんな日本人のメスガキ相手に、こんな一瞬で……!?」

結「…………ちから……?」

呆然と呟くヨハンに、結はピクリと肩を震わせる。

結「違いますよ……。
  コレは、力なんかじゃないですよ……」

結はそう言って一足飛びに近寄り、ヨハンを掴み上げると、
やや離れた位置に放り投げる。

ヨハン「ぎゃう!?」

岩場に放り投げられ悲鳴を上げるヨハン。

いくらDランクの魔力でも、
あれだけ頑丈な魔導防護服を纏っているのだから痛みを感じるハズもなく、
事実、彼は驚きで悲鳴を上げただけだった。
121 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/16(木) 23:37:11.68 ID:M/2vX40C0
結「こんな魔法の使い方は……力なんて、言わない……!」

結は語気を荒げ、殆ど機能を停止しているトパーツィオに向けて、長杖を突き付ける。

それに連動し、プティエトワールがトパーツィオを再び囲い込む。


――相手を踏みにじるのは力じゃないわ……ただの暴力よ――


結「ただの………暴力だ!」

結の怒りの声と共に、長杖とプティエトワール、
その全てから計十三発のアルク・アン・シエルが放たれ、
トパーツィオが一瞬で消え去る。

ヨハン「あ、あ……ああ……」

その光景に、恐怖で震えるヨハン。

どうやら魔力的なリンクもされておらず、
あのトパーツィオも呪具召喚された完全独立型魔導機人の一種のようだ。

本来ならば、魔導機人のダメージは召喚者にフィードバックされ、
多大なダメージを負うのだから、間違いないだろう。
122 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/16(木) 23:38:21.63 ID:M/2vX40C0
結「…………」

結は無言のまま、再びヨハンに歩み寄る。

長杖を持たぬ右腕に魔力を込める。

全力の魔力で強化した肉体と、全力砲撃に匹敵する魔力を込めた打撃。

元々、近接格闘系のスキルに乏しい結だが、
これだけの魔力を込めれば、メイほどではないが凄まじい打撃力を生み出すだろう。

それどころか、目の前の凡人並の魔力しか持たぬ犯罪者は、
下手をすれば木っ端微塵になるのではないだろうか?

それは、ヨハン自身にも直感的に理解できた。

アレで殴られたら、自分は死ぬ。

ヨハン「た、たしゅけへ……」

命乞いをしようとするが、恐怖で舌が回らない。
123 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/16(木) 23:40:30.32 ID:M/2vX40C0
結「………日系人四十五人、黒人八十七人、エージェント五人。
  合計殺害人数、百三十七人。
  内、未成年者百三十四人、さらに十歳未満の子供百十九人、
  さらに百三十四人中、何らかの身体的障害を抱えた子が十八人。

  あなた……その子達の命乞い……聞きました?」

結はヨハンに焦点を合わせる事なく、あの日、
捜査資料として渡された彼の犯罪歴を思い出しながら、尋ねた。

日系人と黒人の子供――自分よりも弱い人間、しかも身体の弱い者を狙っての残虐な犯罪。

魔法を用いていなければ、とっくに当該国の法律で処刑されていたであろう、
ただ逃亡のために魔法を使った事で、運良く魔法倫理法に助けられた弱者が、
このヨハン・パークと言う男の正体だった。

ヨハン「さ、されなかった! されなかったからぁぁ!」

結「……捜査資料の防犯カメラに映ってましたよ……?

  泣き叫んでた………。
  助けて、助けて、って、どの子もみんな、泣き叫んでたっ!!」

ヨハン「あ、あ、あ、あ……あああ……ご、ごめんなじゃ……」

怒りに震える結の言葉に、ヨハンはガクガクと痙攣したかのように震えながら、
ついには錯乱して謝り出す。

しかし、結はもう何も聞き入れなかった。

拳が、振り下ろされる。

ヨハン「ひぎゃぁぁぁぁ!?」

醜さや滑稽さを通り越して、哀れさえ感じる引きつった悲鳴が上がる。
124 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/16(木) 23:41:48.62 ID:M/2vX40C0
――だからね………私達エージェントは、暴力に走っちゃダメ――


結(エレナさん……私……)


――どんなに怒っても……相手を恨んで許せなくても……。
  その力を、相手を踏みにじるために使っちゃダメなの――


結「うわあぁぁぁぁっ!」

結は絶叫と共に、すんでの所で拳を止める。

あと数ミリ、纏って溢れ出した魔力がヨハンにぶつかる寸前で止まる。

ヨハン「…………」

ヨハンは……恐怖で失禁し、白眼を剥いて気絶していた。

結はフラつきながらヨハンから離れ、空を見上げる。

結「……分かんない、よ……」

空を見上げた結は、ぽつり、と漏らした。

その呟きが、彼女の感情の堰を切った。
125 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/16(木) 23:43:23.19 ID:M/2vX40C0
結「エレナさん……私……分かんないよ……。
  こんなの……もう、分かんないよおおぉぉっ!!」

砲声と共に、涙が溢れた。

今まで、怒りによって蓋をされていた涙が、結の瞳から溢れ出す。

魔法は、母の命を奪った。

魔法は、自分の命を奪おうとした。

だけど、本当の魔法を、エレナは教えてくれた。

人の未来と夢を守る、素晴らしい力。

その力で奏を、リーネを、多くの人の命を自分は救えた。

だが、その力で、エレナとキャスリンは命を奪われた。

結「………あぁ……ああ、うぁぁぁぁぁぁ………っ!」

涙を流し、必死に声を殺そうとし、堪えきれずに天に向けて吠える結。

空は晴れて、雲一つない快晴。
だが、結の心には、澱のような暗い物が溜まり続けるのだった。
126 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/16(木) 23:45:29.82 ID:M/2vX40C0


戦場となった演習場から離れた、岩場――

演習場と、遠くにAカテゴリクラスの校舎を見下ろすような場所に、その男性はいた。

黒の上下に白衣を纏った、ボサボサの長い黒髪を無造作にまとめた、
黒縁の眼鏡をかけた痩躯の中年男性だ。

男性「ふむ……ヨハン程度のチンピラでは、あの装備でもこんなモノか。
   しかし、あのレベルの装備をさせても、閃虹の譲羽が相手では役に立たないか……」

彼は電子制御式の双眼鏡を覗き込みながら、ぽつりと呟く。

男性「さて、あの子ならこっちにいると思ったが、ハズレか……。
   まあ、囮の役を果たしてくれただけ、良しとしよう」

Aカテゴリクラスを見下ろしながら呟く男性。

男性「となれば、本部か保護施設に彼女はいる事になるな……。
   ただ、問題は彼に渡したトパーツィオの回収か……。
   不要になった試作型とは言え、まだ解析されるワケにはいかないし、
   さて、次はどんな手を使おうかね」

男性は困ったような、それでいて他人事のように呟く。
127 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/16(木) 23:47:20.32 ID:M/2vX40C0
やれやれと言いたげに肩を竦めた後、スッと手を掲げた。

その手……いや、腕には緑色のバングル。

バングルが輝き、その場に巨大な怪鳥が現れる。

緑色の身体の、鳥形魔導機獣。

男性「まあいい、船の鍵はコチラの手にある……。
   一番良いタイミングで、二つとも取り返すとしよう……」

鳥形魔導機獣の背に乗る男性、誰に話しかけるでなく、
ただ独り言を続ける。

男性「次はお会い出来るといいね……。
   征服の王の遺伝子を継ぐ少女……」

遠く離れた結を一瞥し、彼は魔導機獣と共に飛び去った。

まだ何もかも始まったばかりだ、と言いたげな表情を浮かべて。

第18話「結、怒りのままに」・了
128 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2012/02/16(木) 23:51:06.45 ID:M/2vX40C0
今回の投下は以上となります。

結達の希望と感動溢れるエージェント活動記録を期待していた方、
いらっしゃいましたら、申し訳ありません。

鬱展開から始まった第三部ですが、
前スレから御贔屓下さっている方も、御新規様も、最後までお付き合いいただけたら幸いです。
129 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/17(金) 00:33:25.81 ID:Ggh9UyrP0
今度こそ、乙ですたー!
って・・・・・・うぁぁぁぁあ・・・・・・
エレナさんも、キャス姐も・・・・・・不幸に直面する事も多々ある職場という事は、今までにも端的に示されていたにせよ、
コレはきつかった・・・・・・今までの主要キャラにとって関わりの深い人物なだけに。
そして、結。
迷ったと言うより、初めて本格的な壁にぶつかってしまった、という感じでしょうか。
この子の場合は特に、幼い頃から理想を抱いて走り続けてきただけに、余計にぶつかった衝撃に打ちのめされている感がありますね。
頼みの綱は、リーネ。君が最後の希望だ。
ヨハンは・・・・・・昨今の日本とかの国の関りだけでなく、アメリカでの彼らのロビー活動と、それに伴う騒動と呼ぶにはアレな事件を耳にするたびに
HONDAの親父さんの言葉は我が国の政治家、企業家は全員正座して傾聴すべきだったのだと思わざるを得ないとしか。
ただ、彼らの起こす事件の性質を聞く度に、以前も言われていた国のような組織の教育を介した「洗脳」の恐ろしさとそれが引き起こす苦悩や悲劇を考えずに入られません。
次回も楽しみにさせていただきます。
130 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/17(金) 21:13:18.91 ID:PGQX9rTB0
お読み下さり、ありがとうございます。

>エレナとキャス
この二人に関しては、もう最初から決まっていた事でして。
予防線と言うカタチで、幾度か劇中で示唆させていただく形としていました。

>本格的な壁
この子の思想の一番の美点でもある最大の欠点は、理想だけが信念の根幹って所ですからね。
理想の果てに理想以外のものがついて来る事を知る機会が、強制的に来てしまったと言うべきでしょうか。

>ヨハン
最初は「ヨハン・バーネット」と言う、ファシズムに凝り固まったドイツ人だったのですが、
“今時、そんなガッチガチの選民思想のドイツ人がいるのか?”と言う疑問と、
日本人としては彼方関係の方が馴染み深い上に調べ易かったので、現在のようなカタチに……。
そして、彼の国の人が、ドイツ系アメリカ人な偽名を使ったらこうなるな、と名前から変更を……。
ヨハン・パーク……パーク・ヨハン………パク・ヨハン……パク・ヨn……おや、こんな時間に誰か(ry

>彼らの起こす事件の性質
ロス暴動のキッカケとなったと言われている黒人少女銃殺事件の概要を見聞きする度に、我が目と耳を疑います。
最近でも、ガソリンスタンドで黒人系の人相手に、彼の国出身の店長がかなり一方的な悶着を起こしたそうですし。
ロビー活動は………何ぞ、カナダの一部都市では既に従軍慰安婦問題が日本の悪事として認められてしまっているとか……。
“事実を知らない人に嘘を教えれば、真実になる”、と言うのは空恐ろしい物がありますな。

>洗脳
こればかりはパラダイムシフトでも起きない限り、絶対に解けませんからね。
桃○のめんつゆorヤ○サの昆布つゆ使った卵かけ御飯が毎朝食べられない海外旅行なんてしたくない……とか考えている自分も、
きっと桃○とヤ○サに洗脳されていると思います………企業ぐるみの洗脳とは何と卑劣な!wwww


さて、次回ですが……一応、大筋は書き上がっているので、
向こうに投下予定の番外編を書きつつ最終調整と言う感じですね。
131 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2012/02/18(土) 21:17:12.35 ID:C3XBivQi0
そろそろ第19話を投下します。
132 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/18(土) 21:17:54.37 ID:C3XBivQi0
第19話「結、混迷の中の光」



譲羽結は、夢を見る――

?「うぅぅ……ヒック……ヒック……ぅぁ、ヒック……」

結(何だろう………私……泣いてる? 私?
  私、じゃ、ない………? 私……誰?)

泣いているのは確かに自分、だが、違う。

今の自分よりは少し幼い……少年。

そう、夢の中の自分は、少年だった。

結(哀しい……哀しくて、悔しいんだ、ね……)

泣いている少年に重なって、結はその哀しさと悔しさを感じていた。
133 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/18(土) 21:18:27.10 ID:C3XBivQi0
しかし、哀しんでいる理由はよく分からない。

霞が掛かったかのような、漠然としたもの。

焼かれた……何が?
殺された……誰が?

とても、とても、哀しい気持ち。

哀しいのに、無力で何も守れない。

結(そう……だよね……)

力があっても、間に合わなければ誰も守れない。

どんな理想を掲げても、守りたい全てに届く力でなければ、何の意味もない。

溢れる涙と共に、心の中が空っぽにされて行くような感覚。

そして、空っぽになった少年と結の心に溜まる、澱のような黒いもの。

嗚呼、壊したい。

この哀しみと悔しさの原因、全てを壊してしまいたい。

そうすれば、何も焼かれない、誰も殺されない。

僕【私】に力があれば。
私【僕】に、もっと強い力があれば。
134 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/18(土) 21:19:00.59 ID:C3XBivQi0
溜まった澱が、ドス黒い感情になって溢れそうになった時、頭に誰かの手が触れた。

見上げる。

そこにいたのは、今の自分【僕】よりも幼い、一人の少女だ。

輝く美しい“ハズの”髪に、透き通るように美しい色を湛えている“はずの”瞳に、屈託のない笑顔。

結(あなた……誰……?)

黒い澱を抱えた疑問を投げかける結【私】とは裏腹に、
彼【僕】はその黒い澱を振り払われたように、徐々に優しい心を取り戻す。

少女「なかないで」

舌っ足らずで短く簡潔で、だけど思いやりが声音から伝わる、そんな言葉。

本当なら、彼女も泣いているハズなのに。

本当なら、泣いている彼女にその言葉をかけてあげるのは、自分【僕】のハズなのに。

そんな思いの中、抱きしめられる。

暖かな温もり。
この温もりを、守りたい。
もっと、もっと、強くなりたい。

結(私も……もっと……)

結【僕】は柔らかな温もりに包まれるのを感じながら、結【私】は次第に意識を遠くして行く。


譲羽結は、目を覚ます――

結「……………」

見上げる天井は、二年半前から使っている寮の、見慣れた天井。

結「………ゆ、め……か………」

まだ定まらない意識のまま、結はぽつり、と呟いた。
135 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/18(土) 21:19:38.12 ID:C3XBivQi0


エージェント大量惨殺事件の実行犯、ヨハン・パークの逮捕から一夜明け、
捜査は次の段階に移ろうとしていた。

ヨハンへの尋問だ。

しかし、本格捜査の開始が予定されていた今日、結に言い渡されたのは寮での待機であった。

厳密には昨日の内に言い渡された指示ではあったが、内容は“別命あるまで寮で待機”だ。

実動系任務が主たる保護エージェントであるため、本来は尋問には携わらないから、と言うのもあるが、
十五歳と言う、尋問に適さぬ若さを考慮されたからでもあった。

一応、ヨハンの逮捕を以てエージェント五名死亡と言う部分の箝口令は解除され、
多くの人々がエレナやキャスリン達の死を知る事になった。

しかし、犯人であるヨハンの名は伏せられ、
今の彼は監獄内の独房併設型の尋問室で取り調べを受けているハズだ。

そう、Bランク以下及び隊長職未満のエージェントには、未だにヨハンの名は伏せられている。

万が一の報復を回避する意味も強い。

研究院に所属するプロのエージェントにDランクのエージェントは少なく、
その殆どがCランク以上だ。

あの反則的な装備の数々を持たない今のヨハンでは、
そんな彼らの報復を受けようものなら、下手をすれば死に至る危険もあるからだ。

おそらく、魔法戦に限れば、キャスリンの子のセシルにすら、
あのヨハンでは手も足も出ないだろう。

当然と言えば当然の措置であった。
136 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/18(土) 21:20:42.46 ID:C3XBivQi0
結は寮の自室で、ベッドの上に仰向けになり、じっと天井を眺めていた。

着替えは、していない。

と言うより、昨日、逮捕後の聴取が終わった後、エールを枕元に置き、
リボンを解いてジャケットとスカートを脱ぎ捨てた時点で気力が尽き、
ブラウスと下着のままベッドに倒れ込むように俯せで寝て、
妙な夢を見て目を覚まして以来、結は同じ格好と態勢のまま過ごしていた。

よく考えれば、食事は一昨日の昼から、シャワーは昨日から入っていない。

何をするでなく、何の考えも思いも浮かべず、
無感情・無思考のまま焦点もまともに合わせずに見続ける。

不意に、マナーモードで放置されていた携帯電話が、振動で着信を告げた。

結は気怠そうに携帯電話に手を伸ばす。

手が携帯電話に届いた瞬間に振動が止む。
どうやら通話着信ではなく、メール着信のようだ。

相手は、フラン。

結「………」

結は殆ど惰性でメールを開く。

そこには“エレ姉の仇、討ってくれてありがとう”とイタリア語で書かれた短い文章があった。

先日のように、折り返しの電話を要求する文面はない。
137 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/18(土) 21:21:57.65 ID:C3XBivQi0
結「………仇……か」

結はその単語を反芻する。

仇、ヨハン・パーク。
前述の通り、今も昔も、法に守られた男。

仇など、討っていない。
ヨハンはまだ生きている。

エレナだけでなく、キャスリンや他の三人――五人のエージェントの命を奪い、
異国の地では百三十二人の子供達の命を奪った最悪の犯罪者……いや、殺人鬼。

結(そう言えば、私も一人、殺した事あったよね……)

幼い頃の戦い。
グンナー・フォーゲルクロウを殺めた記憶が甦る。

殺した、と言っても、グンナーは魔力の奔流に飲まれて消滅した上、
あの時は別の目的を優先していたため、その実感は薄い。

だが、微かな罪悪感を感じたのは、今でも覚えている。

その微かな罪悪感が自責に変わる前、その気持ちを和らげてくれたのは、
誰あろう、他ならぬエレナだった。


――忘れる……なんて、難しいかもしれないけど、
  それでも、結ちゃんは世界にとって正しい事をしたの。
  人殺しを誇れなんて絶対に言わないわ……。
  でも、世界中の、顔も知らない誰かの無念を晴らした事だけは、胸にとどめておいて――
138 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/18(土) 21:22:44.84 ID:C3XBivQi0
結(エレナさん……私、あの人を殺していたら……
  こんな気持ちにならずに済んだのかな……?)

エレナの言葉を思い出しながら、結は不意にそんな事を思った。

百三十七人と、その人々全てに関わった人の無念は、
彼の生死に関わらず、きっと晴れる事はないだろう。

今の結には、それが分かる。

何故なら、あの時、ヨハン・パークを殺したとしても、
死んだエレナ達が生き返るハズがないのだ。

結(エレナさんは……ウソをついたの……?)

あの時、まだ幼かった自分の心を守るための、優しい嘘。

それはきっと、あの時には絶対に必要だった、小さな小さな嘘。

その小さな嘘に、自分は守られて来た。

小さな嘘……エレナの、優しい言葉。

だとするなら――


――魔法は怖いだけの力なんかじゃない。
  本当は誰かを守って、みんなを幸せにできる……そんな力なんだよ――


アレもきっと、魔法の恐怖に潰されそうだった自分を助けるための、優しいウソ。
139 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/18(土) 21:23:43.01 ID:C3XBivQi0
結(嘘……だよ……全部、全部……全部!)

だって、魔法は何もかも奪うんだ。

お母さんも、エレナさんも、キャスリンさんも。
優しい人達を、大好きな人達を全部、魔法が奪って行く。


――本当の魔法はね、人の夢と未来を守る、大切な力なんだ………――
――だから、あなたの中の魔法を……怖がらないであげてね――


結「私……ずっと、みんなを、あの子達を……騙していたのかな……?」

自らの伝えて来た言葉を思い出しながら、結はそんな疑問の言葉を漏らした。

いつの間にか、目からは涙が溢れ出していた。

何も知らない九歳の子供の心を守るための方便を信じて、それを信念と正義として来た。

だから、誰かを笑顔に出来ると信じて来た。
笑顔になった誰かが、自分を支えてくれた。

嘘を信じた自分の嘘に、みんな騙されて……いや、騙して来たのは自分だ。


覆る………。 覆って、しまう……。


世界は、こんなにも欺瞞と嘘に塗れて……、
欺瞞と嘘に塗れなければ、誰も守れない場所だったなんて。

本当の綺麗事なんて、世界には一つもないんだ。

結「ぅぅ……ぁぁぁぁ……」

結は腕で目元を覆い、声を殺して泣き続ける。

もう、走れない。

嘘の先で、騙した先にある笑顔を増やし続けるなんて、
自分には、出来ない。
140 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/18(土) 21:24:50.53 ID:C3XBivQi0
その時、また携帯が振動する。

着信だ。

しかし、結は手を伸ばす気になれない。
もう、そんな気力さえない。

だが、結は無意識に携帯を掴んでいた。

慣れとは恐ろしい物だ。

もうきっと消え去ってしまった、誰かを助けるために走り続けた自分。

この二年半でそんな自分の身体に染みついた反射的な何かが、結に手を伸ばさせていた。

通話着信だった。
相手は、寮の事務所。

と言う事は、仕事の呼び出しではない。

面会か、誰かの呼び出しだろうか?

見てしまった以上、それを無視できないのは、結の性分だった。

しゃくり上げながら涙を拭い、無理矢理に気持ちを落ち着けて、通話ボタンを押した。

事務員『エージェント・譲羽。お客様が食堂でお待ちです』

事務のアナウンスは、とても淡泊だった。

やや緊張した声ではあったが、簡潔にそれだけ告げると、
結の返事も聞かずに向こうが受話器を置いたようだった。

結「お客、様……?」

結は怪訝そうに反芻した。
141 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/18(土) 21:25:22.39 ID:C3XBivQi0
数分後、結は食堂に向かった。

部屋から出かけて、ブラウスとショーツだけと言う格好だった事に気付き、
取り急ぎ脱ぎっぱなしだったスカートを履いてジャケットを羽織り、
涙でぐしゃぐしゃになった顔を洗って、やや慌て気味に降りて来る。

今は食事時や休憩時間から外れた時間帯――部屋を出る直前に見た時計では、午後四時――だったため、
食堂には人は殆どおらず、故に中央のボックス席に座る二人の男性は、余計に目立っていた。

そこにいたのは、少し疲れた様子のリノと、
近付いて来た自分に気付いて苦笑いを浮かべる捜査エージェント隊総隊長のラルフ・アルノルトだった。

結「り、リノさ……え、エージェント・バレンシア、それに、アルノルト総隊長も……」

驚く結に、ラルフは苦笑いを浮かべたまま――

ラルフ「急で申し訳なかったね」

――と、言って来た。

目上も目上、自分の直属の上司のさらにその上の上の上の人物からそんな言葉をかけられ、結は目を白黒させる。

リノ「エージェント・譲羽……頭、すごいよ」

少し疲れた様子だったリノも、苦笑いを浮かべ、頭を触るような動作で、
自分の頭を確かめてみろと結に促して来た。

結が慌てて頭を触ると、リボンで束ねられていない髪は、寝癖でグシャグシャになっていた。
142 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/18(土) 21:26:14.06 ID:C3XBivQi0
結は羞恥心でワナワナと震えながら、慌てて手櫛で寝癖を整え出す。

結「す、すいません! す、少しだけ待って下さい!」

ラルフ「ハハハ、君が候補生時代はフォスター君から、
    “譲羽候補生はよく出来たしっかり者”と聞いていたものだが……意外だね」

そんな結の様子に、ラルフは耐えきれなくなって噴き出してしまった。
リノも必死に笑いを堪えている様子だ。

基本的に結がしっかりしているのは、家事全般に関わる事だけだ。

身だしなみ等の普段の自分自身に関わる部分は、
家事をこなすに当たってのルーチンワークに組み込まれてしまっているので、
家事から離れると途端に彼女本来の“おとぼけ”の部分が適用されてしまう。

良くも悪くも、結と言う少女はマニュアル人間であった。

結はラルフから座るように促され、並んで座るリノとラルフの対面側に腰掛けた。

結「お、お見苦しい所を見せしてしまい、申し訳ありません……総隊長」

結は恥ずかしさと申し訳なさと、やはりまだ晴れない気持ちで小さくなりながら深々と頭を垂れる。
143 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/18(土) 21:27:00.89 ID:C3XBivQi0
ラルフ「いや……あんな事があった上で、捜査に名乗りを上げてくれたんだ……。
    整理しきれない気持ちもあるだろう」

しかしラルフは、少しだけ遠い目をしながら結を気遣うように呟いた。

父よりも年上の、この経験豊富な総隊長には、
自分のような小娘の心情は見透かされているようである。

結「はい……あ、いえ、自分で名乗り出た任務ですから」

一瞬、納得しかけた結だが、すぐに頭を振って姿勢を正した。

ラルフ「真面目だね……本当に。
    フォスター君が自慢の生徒の一人だと言うのが、よく分かるよ」

ラルフは目を細めて言った。

彼の物言いに怪訝そうに首を傾げた結だったが、すぐに思い出す。

そう、ラルフはロンドン訓練校の校長を兼任している。
校長なのだから、以前は教師も務めていたワケである。

だとすれば、イギリス出身の恩師・レナはロンドン訓練校の生徒だった時代があり、
総隊長と恩師が教師と生徒の間柄だったと推測するのは容易だった。

まあ、一昨年よりずっと以前から事務方は人手不足――
Aカテゴリクラス編入予定の結に、一般訓練校のパンフを送る程度には――であり、
それ故の人間関係の奇縁と言った所だろう。
144 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/18(土) 21:28:37.35 ID:C3XBivQi0
ラルフ「実は……君に、申し訳ない事をしてしまったと思って、ね」

結「はい?」

続くラルフの言葉に、結は怪訝そうに首を傾げた。

申し訳ない事とは、何だろうか?

ラルフ「本来ならば、死亡したエージェントの関係者や家族は、
    出来うる限り排さなければならない人選において、
    私は君を外す事を躊躇い、結果、君を任務に就かせてしまった……」

ラルフは申し訳なさそうに漏らすと、さらに続ける。

ラルフ「たった一人の犯罪者にSランクを含む五名ものエージェントが命を落とし、
    唯一生き残ったAランクエージェントが重傷と言う非常事態……。

    得体の知れぬ敵相手に、君のように優秀なエージェントを欠かす事が出来なかった」

ラルフは、傍らのリノの事も気遣いながら呟く。

確かに、事件捜査と言う性質上、感情的になり易いであろう家族や友人は、
上層部の判断で捜査から外されるか、そうでなければ自主的に捜査から外れるのが常道だ。

にも関わらず、結があの場に残って捜査に名乗りを上げたのは、一重に個人的な怒り故だ。
145 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/18(土) 21:29:38.80 ID:C3XBivQi0
ラルフ「君は、あの魔導巨神事件解決の立役者の一人、だからね」

結「………アレは……素人の子供が首を突っ込んで、場を引っかき回しただけです。

  今思えば、最終的に捜査主任のエージェント・バレンシアや……、
  亡くなったバレンシア教官の足を引っ張ってばかりだったと思います……」

ラルフの言葉を聞きながら、結は重苦しく、自嘲的に呟いた。

奏を助けたいと言う我が儘で、事件の最後まで首を突っ込んでしまったが、
結局は逮捕すべきグンナー――魔導巨神と融合していた彼を逮捕できたかどうかは別として――の死亡、
リノやエレナの数々の命令違反の一部の原因となり、
一時的とは言えAランク降格と言う、リノの経歴に泥を塗る行為だった。

結(あ……ダメだ……今、私……すごく、ネガティブだ……)

言った後の自身の思考を追いながら、結はそんな事を思っていた。
146 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/18(土) 21:30:23.27 ID:C3XBivQi0
リノ「あの事件は……君がいなければあそこまで鮮やかには解決できなかったよ……」

対してリノは、六年以上前の事を思い出しながら、懐かしそうに呟いた。

事実、結が思い込んでいる責任に反して、結の功績は大きい。

結がエールを拾っていなければ、
あの場でレギーナがエールを回収し、リノとエレナは日本への到着が間に合わず、
グンナーの手には早期に三つの第五世代ギアが集まり、魔導巨神が復活、
事件は最悪の展開へまっしぐらだっただろう。

何より、結がいたからこそ、最終決戦は海岸での水際迎撃ではなく、
海岸を最終防衛ラインとした上で、沖合を戦場とする事が出来たのだ。

奇跡や偶然の産物とも取れるが、
最後だけは“結がいてくれたから”と言う部分が戦略上は圧倒的に大きなウェイトを占める。

そして、あの場に結のような魔力の持ち主がいなければ、沖合で魔導巨神を倒す事は叶わず、
結の故郷には甚大な被害――それこそ夥しい数の死傷者を出していただろう。
147 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/18(土) 21:31:31.24 ID:C3XBivQi0
結「……そう……なんでしょうか?」

結が半信半疑と言った風に漏らすと、リノとラルフは顔を見合わせる。

ラルフ「あの頃の君はまだ一般人で、緊急の現地協力員と言う扱いだったが、
    君がエージェントとなってからの功績を鑑みて、
    上層部では魔導巨神事件での君の功績を再評価すべきと言う意見がしばらく前から出ていてね」

ラルフは結に視線を戻すと、そんな言葉を口にする。

再評価、とはどう言う事だろうか?

結(査問対象になるような事を二、三度しちゃった記憶はあるけど……)

と、思考がネガティブ寄りになった結は、考え込んでしまう。

しかし、ラルフはそんな結の考えには当然、思い至りもしないのだろう、さらに続ける。

ラルフ「先日の犯人逮捕の件と合わせて、本案件が終了次第、
    君にSランクエージェントの資格を発行しようと言う運びになった」

結「S……ランク……」

結は呆然とその言葉を反芻する。

エージェントを目指し、魔導の道を歩んで来た者ならば誰もが憧れる、
世界最高峰魔導師の栄光を担う称号。

結も多分に漏れず、その中の一人だった。

結「お受け……出来ません……」

そう……“だった”のだ。

結は唇を噛み締め、膝の上で拳を握り締めて震える声で呟いた。

この覆ってしまった自分の価値観の中で、
世界最高峰魔導師の称号が何だと言うのだろう。

現在の功績を鑑みて、過去の功績を評価?

嘘をつき続けた事を評価されて、過去の我が儘を評価されて、
何の喜びがあるのだろう?
148 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/18(土) 21:32:19.53 ID:C3XBivQi0
ラルフ「君は……滅私の思いで魔法倫理研究法に沿って、犯人を逮捕したではないか?」

結「っ……私は!」

ラルフの質問に、結は思わず立ち上がってしまう。

結「私は……あの人を……ヨハン・パークを………殺して、しまいたかった!」

目尻に大粒の涙を浮かべ、結は訴えかけるように叫ぶと、さらに続ける。

結「憎くて……許せなくて……!

  エレナさんがされたように!
  キャスリンさんがされたように!
  他のみんながされたように!

  あの人を殺してしまいたかった!」

嗚呼、そうだ。
許せないなんてものじゃない。

殺したかったんだ。

心の中に溜まった澱が怒りと共に膨れあがるような、ドス黒い感情が結を満たす。
149 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/18(土) 21:33:20.66 ID:C3XBivQi0
そうだ、今までだってそうだ。

私は、怒っていた。
私は、憎んでいたんだ。

人の命を玩んで、人の命を踏みにじるあんな人間達を、私は殺したかったんだ。

そんな本性を押し殺して、嘘をつき続けたんだ。

魔法は怖くない、魔法は素晴らしい物だ、と綺麗事を口走り続けて来た。

嘘を嘘で塗り固めていただけじゃないか。

嘘の皮が剥ければ、私の本性もあの人達と変わらないじゃないか。

そして、自分が何よりも憎んでいる物が自分の中にある嫌悪感に、
結は眩暈にも似た感覚に襲われ、力が抜けたように腰を落とす。

結の様子に一瞬は面食らった様子のラルフだったが、気を取り直すと、ゆっくりと口を開く。

ラルフ「………だが、君は、しっかりと踏みとどまれたではないのかい?」

結「っ!?」

ラルフの伝えた事実に、結は息を飲む。

ラルフ「それこそが滅私……。
    私を滅する……と言うのは些か物騒な言葉だが、
    我欲や憎悪を排し、押さえつけ、最後の最後まで本当に正しい事のために君は力を振るった……。

    私はその事を評価したかったんだが……」

ラルフは困ったように呟く。

やや残念そうな口ぶりは、何を意味するのだろうか?
150 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/18(土) 21:34:03.59 ID:C3XBivQi0
ラルフは傍らのリノを一瞥すると、再び結に視線を戻す。

ラルフ「一応、私も彼の上司だからね……魔導巨神事件の子細な報告は受けている。

    君の母君の死、エージェント・ユーリエフとの出逢い、
    さらに、あのグンナー・フォーゲルクロウ……。

    様々な事を鑑みれば、君が魔導を恨むのは致し方ない事だと思う。
    いや、むしろ恨むべき側の人間だっただろう」

そこまで言いかけて、ラルフは言い淀む。

しかし、ラルフが言わんとしている事を理解しているのか、
リノが“かまいません”と促す。

ラルフは頷き、続ける。

ラルフ「しかし、君の師であるエレナ・バレンシア……彼の妻の教えが、君を導いて来た。
    君が最後の最後で踏みとどまれたのは、師の教えのお陰ではないかい?」

結「そ、それは……」

紛う事なき、事実だ。

エレナの教えが、エレナが自分の中に遺してくれたモノが、自分を踏みとどまらせた。
それは“嘘”ではない。
151 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/18(土) 21:34:47.97 ID:C3XBivQi0
だから――

結「……分からない……分からないんです……」

――結はギリギリで踏みとどまっていた涙を、また零した。

右手で膝を握り締め、左手だけで何度も何度も両の目から溢れる涙を拭う。

嘘と欺瞞の中で、綺麗事のような嘘でもいいハズなのに。

もう自分の中に、綺麗事にたどり着ける道がない。

エレナが教えてくれた、奏を助ける事で繋がった、
自分の中にある確かな光に向かうハズの道。

憎しみと怒りが、その道を塞ぐ。
憎しみと怒りが、母の死で味わった闇に道を繋ぎ直そうとする。

単に思考がネガティブ寄りなだけだと分かっている。
だけど、それを止められない。

リノ「しばらく……時間が必要かな?」

結「分からない……です」

優しく問いかけるリノの言葉に、結は顔も上げられずに答える。

シワの伸ばされていないスカートの上に、
一つ、また一つと涙がシミを広げてゆく。

ラルフ「………」

ラルフはこれ以上かける言葉が見付からず、口を噤む。

声を殺した結の嗚咽は、それからしばらく続いた。


結は、エージェント大量惨殺事件の担当から、一時的に外される事となった。
152 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/18(土) 21:35:30.44 ID:C3XBivQi0


二日後――

その日は、五日前に亡くなった五名のエージェントと、
南米での戦闘で亡くなったエージェント達、総勢八名の合同葬が執り行われていた。

亡くなったエージェント達の遺体は全て届いていたが、
エチオピア新遺跡で亡くなったエレナ達の中で、
遺体がまともな状態の物は、一つとしてない。

最も欠損部の多いエレナの遺体は、伴侶であるリノや、
両親であるフェルラーナ夫妻にさえ公開されていないレベルだ。

当然と言えば、やはり当然の事なのだろう。

南米での作戦は既に一通りが終わり、今は現地も撤収準備の最中だと聞かされているが、
フラン達現地で活動しているエージェント達はまだ戻らない。

研修中の奏もまだ研修先から戻らず、
本部にいる、或いは本部に顔を出せる“手空きの者だけ参加”と言うお粗末な状況で開かれる合同葬の参加数は、
だが驚くほど多くの人で溢れていた。

今は監視付きながらも一般社会で生活を送る元グンナー私設部隊隊員――かつてのキャスリンの部下達、
短い間だが教官補佐を務めたエレナの生徒達など、彼女達を慕う者達がいてくれたからだ。

結もそんな者達の一人として、エージェント隊のジャケットの上に喪章を付けて葬列に参加していた。
153 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/18(土) 21:36:32.52 ID:C3XBivQi0
亡くなったエージェント達の遺族が、遺影を抱えて墓地へと向かう。

先頭の遺族達の中には、レギーナに支えられるようにして歩く、
キャスリン唯一の親族であるセシルの姿もある。

母の死を報されて三日――結の逮捕の報せを聞いて、レギーナが打ち明けたのだ――、
彼女もどれだけ泣いたのだろう?

涙の痕の残る顔で、それでも溢れる涙を浮かべて母の遺影を抱える幼い少女は、結には強く見えた。

献花の時でさえ開けられる事のなかった棺が次々に埋葬されて行く様を、
結は出来の悪いサイレント映画を見ているような陰鬱な気分で眺めていた。

あの中に遺体――その一部でも――が入っているとは思えない。

特にキャスリンは、その遺体も、死の瞬間すら見ていないのだ。

あの中に入っているのは土塊か何かで、
後ろを振り返れば、悪戯っ子のような笑みを浮かべたキャスリンがいるのではないか?

そんな冗談のような希望的観測を浮かべる結だが、後ろを振り返ってもキャスリンはいない。

その度に、希望的観測は結局は希望的観測でしかない事を思い知らされる。

そして、遺体の埋葬は終わり、合同葬はそこで終わった。
154 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/18(土) 21:37:23.48 ID:C3XBivQi0
墓地の外れにあるベンチで、力尽きたように俯き加減で座り込む結。

空はやや雲がかかっていたものの、概ね快晴と言う状態だ。

結(少しは空気を読んで……、曇りか雨なら良かったのに……)

結は場違いな感想を抱きながら、目を閉じる。

その時だった――

????「結ちゃん」

声をかけられた。

目を開けて見上げると、そこにはセシルを連れたレギーナの姿があった。

結「レギーナさん……セシル……」

殆ど茫然自失と言った様子の結に、レギーナは力ない笑顔を浮かべる。

レギーナ「隣、いいかしら?」

結「………どうぞ……」

レギーナの問いかけに、結は断れる理由も見付けられず、
少しだけ左に寄って二人に座るように促す。
155 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/18(土) 21:38:59.63 ID:C3XBivQi0
セシルが結の傍らにちょこんと座り、そのさらに隣にレギーナが腰を下ろす。

しばらく沈黙が続く。

レギーナ「ほら……結お姉ちゃんに、言いたい事、あるんでしょ?」

だが、その沈黙を破って、レギーナがセシルに声をかける。

セシル「うん……」

セシルは力なく頷くが、すぐに頭を振ってまだ目尻に残る涙を拭って、結に向き直る。

怪訝そうに首を傾げる結に、セシルは頭を垂れる。

セシル「結、お母さんの仇……討ってくれて、ありがとう」

セシルは哀しそうな顔で、精一杯の笑顔を浮かべて言った。

セシルの言葉を聞いて、結は息を飲む。

結(違う……仇なんて……討てて、ない……)

そう、自分は捕まえただけだ。

あの男の……ヨハン・パークの息の根を止める事は出来なかった。

だが、純粋に自分への感謝の言葉を向けてくれたセシルの言葉を否定できず、
結は自らの言葉を飲み込む。
156 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/18(土) 21:39:56.10 ID:C3XBivQi0
レギーナ「よく言えたね……偉いよ、セシル……」

レギーナは涙を滲ませて、セシルの頭を撫でる。

レギーナ「じゃあ、ちゃんと言えたからご褒美……。
     向こうに売店があったから、好きなお菓子、一つだけ買って来ていいよ」

セシル「……うん」

涙を滲ませた笑顔のレギーナに促され、セシルは小さく頷き、
彼女から渡されたお小遣いのコインを握り締め、売店へと向かった。

多分、ここからが本題なのだろう。

レギーナ「……アイザック君が、目を覚ましたって」

結「!? ………そう、ですか」

レギーナから聞かされた友人の状況の報せに、
結は驚いたものの、俯いたまま答える。

レギーナ「ロロットちゃんから聞かされたんだけど……。

     隊長が“セシルはカンナヴァーロ先生の所に入れたい”、
     って言っていたって、アイザック君が話してくれたそうよ……。

     これだけは、どうしても伝えなきゃいけない、って」

結「そうですか……」

短く応えながら、結は小さく頷く。

確かに、セシルの能力ならば一般の訓練校よりも、
カンナヴァーロ・フリーランス養成塾の方が向いているだろう。

魔力が上がってくれば、Aカテゴリクラスでもやっていけるだけの資質を、
彼女は両親から受け継いでいる。
157 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/18(土) 21:42:00.77 ID:C3XBivQi0
レギーナ「それでね……私、あの子の後見人に……。
     もしもあの子が許してくれるなら、家族になろうかな、って思ってるんだ」

結「………」

結は無言のまま、驚いたようにレギーナに向き直る。

レギーナ「本当ならクライブ先輩の事を教えるべきなんだろうけれど……。
     それだけは、って隊長から口止めもされてたしね。

     クライブ先輩にも昨日、聞いて来たけど、私がそれでいいならそれでいいって……」

セシルの駆けて行った売店の方を見ながら、レギーナは少しだけ笑みを浮かべた。

そして、目を細める。

レギーナ「……私は、さ……結ちゃんやお嬢みたいに親と死に別れたワケじゃないし……、
     こんな事言うのも悪いけれど、両親の事が大嫌いだった。

     出来の悪い私も悪かったんだろうけど、いつも怒ってばかりで、何の話もしてくれない……。

     しばらく前、お酒に酔った隊長に聞いたら、隊長の実家もそんな感じだったらしいわ……。
     魔法研究にかまけて、隊長を……実の娘を研究を継ぐための道具としてか見てなかったって……。

     だから、グンナーに拾われて、そこでクライブ先輩に会った時、
     認めてくれたあの人の事が、たまらなく愛しかった、って……」

レギーナはそう言って、少しだけ恥ずかしそうに笑う。

レギーナ「私もそう、隊長や先輩達に褒めてもらうのが嬉しかった……。
     今は職場の上司や先輩から褒めてもらうのが嬉しいかな……。

     それに、万年後輩だった私にも、ようやく後輩が……褒めてあげられる相手が出来たしね」

七つ年上の女性が、結に向けて屈託のない笑みを浮かべた。
158 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/18(土) 21:42:58.39 ID:C3XBivQi0
レギーナ「だからね……私は、あの子の両親が私にそうしてくれたように……、
     あの子の側で、あの子を褒めてあげられる人間になりたい……。

     結ちゃんや奏お嬢、結ちゃんのお友達と違って、ちっぽけな目標だけどね」

レギーナは少しだけ自嘲気味に、だがそれ以上に胸を張って言った。

結「……全然、ちっぽけなんかじゃないです……。
  とっても、羨ましいくらい素敵な目標だと、思います」

結は首を振って、感慨深く返す。

素直な感想だった。

こんなにねじ曲がってしまった今の自分には、
本当に眩しいくらいに羨ましい、真っ直ぐな目標だ。

レギーナ「あ、アハハハッ、結ちゃんにそう言ってもらえると、何だか照れちゃうな」

レギーナは恥ずかしそうに頬を染めて、照れ隠しの笑みを浮かべた。

レギーナ「ごめん……。
     お葬式が終わったばかりで笑うなんて、ちょっと不謹慎だったね……。

     でも、何だか自信が持てたわ。
     ありがとう、結ちゃん」

レギーナは笑みを浮かべて礼を述べると、駆けて来たセシルの姿を認めて立ち上がる。

ベンチから離れ、駆けて来るセシルの身体を受け止めるように抱きしめる。
159 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/18(土) 21:43:55.83 ID:C3XBivQi0
セシル「結!」

セシルが、ベンチに座ったままの結に呼びかける。

結はやや気怠そうな面持ちのまま、セシルに向き直った。

セシル「アタシ、エージェントになる!
    母さんみたいなエージェント!」

続くセシルの言葉に、結も、そしてレギーナも息を飲んで驚きの表情を浮かべる。

だが、幼い少女は大人達の驚きなど気に止めず、真っ直ぐな目で続ける。

セシル「どんな悪いヤツらが来ても、絶対に誰も傷つけさせない。
    結がいつも言ってるような、誰かを守れるエージェントになりたい!」

本当に真っ直ぐな、まるでかつての自分を思い起こさせるようなセシルの言葉を、
結は遮れなかった、否定できなかった。

結(何で……だろう……)

結は胸の中に生まれた疑問に、自ら答えられる術を持たなかった。
160 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/18(土) 21:44:57.21 ID:C3XBivQi0
葬儀を終え、結はデスクワークのため本部へ戻る。

捜査エージェント隊のオフィスに向かう途中の廊下に、見知った顔があった。

結「アレックス君……」

アレックス「どうも」

驚いた様子の結に、アレックスは努めて普段通りと言った風に会釈程度に頭を垂れる。

まだオフィスに戻る制限時間までは十分な時間があったため、
結はアレックスと共にレストスペースへと移動した。

並んで壁に寄りかかると、アレックスは顔も向けずに口を開く。

アレックス「少し、やつれましたね……結君」

結「……………あははは……心配かけて、ごめんね」

心配した様子のアレックスに、結は少し戸惑ってから、
彼がそうであったように努めて普段通りに照れ隠しの笑みを浮かべて応えた。

結局あれから、食事もあまり喉を通らず、適当な栄養補助食品と水だけで過ごしていた。

母を喪ったばかりの頃はともかく、そこから立ち直ってからは十年間で初めての事だ。
161 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/18(土) 21:46:17.21 ID:C3XBivQi0
アレックスは、この話題は鬼門と悟ったのか、別の話題を切り出す事にした。

アレックス「………フル可動のデータが取れたので、大分進展がありましたよ」

取り出したヴェステージを起動し、共有回線から結のプティエトワールにアクセスする。

アレックス「以前の機動には少しだけ突っ掛かりのような物があったと思いますが、
      コレでグッとスムーズな機動になると思います」

結「……ありがとう……」

結はボールチェーンブレスレット状のプティエトワールを見ながら言うと、
自嘲気味な笑みを僅かばかり浮かべる。

調整してもらった所で、自分に使うだけの気力が起きるだろうか?

今の自分には、ノー以外の答えしか思い浮かばない。

結「……用は、これだけ……?」

結は、普段の自分なら言わないであろう事を、意図的に口にした。

これ以上一緒にいては、取り返しのつかない言葉を口にしかねないと感じたからでもあった。

アレックス「…………いえ、あと一件だけ」

少しだけ言い淀んだ様子のアレックスだったが、すぐに意を決して口を開く。

そして、白衣のポケットから何かを取り出した。

メモリースティックの類……と言うより、メモリースティックそのもののようだ。
162 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/18(土) 21:48:18.84 ID:C3XBivQi0
アレックス「奏君用の補助魔導ギアのデータが揃ったので、
      彼女の意見を聞くために、研修先に届けて貰いたいんですよ」

結「手渡しで……? メールに添付すればいいじゃない……」

結は僅かな呆れと倦怠感の入り交じった声で返した。

アレックス「機密情報ですからね、手渡しの方が機密性が保たれます。

      本当なら便利で早くて愉快な高速宅急便に頼みたいんですが、
      生憎と昨日から出張中だそうで」

この場にメイがいたら、疾風飛翔脚が飛んで来そうな物言いをするアレックスは、
半ば強引に結にメモリースティックを握らせた。

アレックス「こちらの部署と、総合戦技教導隊からの合同依頼です。
      既に結君の上司には確認と許可を取ってありますので、今日中にお願いします」

結(拒否権は……ないみたいだね……)

アレックスの言葉を聞きながら、結は気怠そうに溜息をついた。

結「了解……エージェント・譲羽、機密情報移送任務を拝命しました」

しかし、すぐに姿勢を正して復唱した。

友人の頼みではなく、上司の絡んだ部署からの命令では断りようがない。

受け取った――と言うよりは半ば押しつけられたメモリースティックを、
ジャケットの内ポケットに突っ込み、結はその場を後にした。

アレックスはその背中を見送って、溜息を漏らした。
163 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/18(土) 21:49:40.24 ID:C3XBivQi0
??「………で、誰が愉快な高速宅急便だって? むっつり眼鏡」

アレックス「いえいえ、僕は九年来の幼馴染みだとは一言も」

少し離れた位置……と言うよりは頭上から聞こえた声に、
アレックスは顔色一つ変えずに応えた。

アレックスの頭上から、忽然と姿を現したのは、
そうもうお気づきだろう、メイだ。

さすが諜報エージェント――忍者と言うべきだろう。

因みに、昨日から出張中と言うのも方便である。

アレックス「便利ですね、完全魔力遮断。
      僕の特質熱系変換特化と交換しませんか?」

メイ「お陰様で、九年来の幼馴染みの陰口を聞き零さずに済んだわよ!
   あと、交換できても絶対に交換してやるもんかコノヤロウっ!」

話題を逸らそうとするアレックスに、メイはジト目かつ早口で返す。

しばし、気まずい沈黙が二人の間を支配する。

メイ「はぁ…」

だが、メイの短い溜息が、その沈黙を破った。

今は彼との言い争っても不毛過ぎる、と言う事だろう。
164 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/18(土) 21:50:20.90 ID:C3XBivQi0
アレックス「………これで良かったでしょうか、メイ君?」

メイ「うん、嫌な役引き受けてもらって悪かったね、アレックス」

結の消えた廊下の角を見続けるアレックスの質問に、メイは気まずそうに答えた。

アレックス「……一番嫌な役を引き受けたのは、
      僕じゃなくて、結君ですよ……」

アレックスは表情を変えずに、だが声音だけは悔しそうに漏らす。

白衣のポケットに突っ込まれた手は、
おそらく血の気が引くほどに握り締められているだろう。

ヨハン・パークの逮捕は、Sランクエージェントか、
そうでなければAカテゴリクラスでエレナと席を同じくした人間の誰かがすべきだった。

奏はギアを調整中、フランは任務で出張中、ザックは治療中、ロロが戦える精神状況でないならば、
自分たち三人の誰かが、可能ならば三人全員で関わるべきだった。

しかし、アレックスは部署の関係でお呼びが掛からず、メイは自らその任務に関わる権限を捨てた。

結局、結に一番の重荷を背負わせてしまったのだ。

メイ「少しは良い方向に向かってくれるといいけど……」

メイも、結の消えた曲がり角を見ながら、祈るような気持ちで呟いた。
165 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/18(土) 21:51:18.10 ID:C3XBivQi0


二時間後、結がスイスにある若年者保護観察施設に向かっている途中、当の施設では――

奏「うん……分かったよ、こっちで何とかしてみる」

メイ『ゴメンね、カナ姉……。
   カナ姉だって辛いのは分かってるんだけど……、
   今、頼れるのがカナ姉しかいなくて……』

優しい声音で呟いた奏に、メイが電話口で申し訳なさそうな声を上げている。

奏「気にしないで……メイ。
  結が辛そうにしてるなんて聞いたら……哀しんでばかりもいられないよ。

  ……それに」

メイ『それに?』

奏「……ううん、何でもないよ。
  ちょっとだけ……すごく個人的な事だから」

怪訝そうに聞き返したメイに、奏は小さく頭を振った。

その目には、小さな決意の灯火が見える。
166 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/18(土) 21:52:08.73 ID:C3XBivQi0
十分前、休憩に入ったばかりの自分の元に入ったメイからの連絡。

その内容を聞いた奏が思ったのは、“何とかしたい”と言う、
酷く漠然とした、だが何よりも強い思いだった。

かつて、自分もそうだった。

自分の根幹を支える中心――自分の場合は母と過ごした記憶だが――を揺るがされ、
世界の全てを否定しかけた。

そんな自分をつなぎ止めてくれて、愛してくれて、
母の記憶を、その温もりを取り戻してくれたのは、他でもない結だ。

その結が今、今度は結自身の中心――魔法への信念と正義――を疑って苦しんでいる。

だったら――

奏(今度はボクの番だ……)

そう、それが奏なりの決意だった。

結が遮二無二に、自分を世界につなぎ止めてくれた。

何処まで出来るかは分からないが、自分なりに結の疑念を振り払ってみせる。

奏「とにかく、任されたよ」

メイ『うん、お願い、カナ姉』

奏は静かにそう言うと、メイの返事を聞いてから通話を切った。

その時だった――
167 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/18(土) 21:52:55.06 ID:C3XBivQi0
アナウンス『エージェント・ユーリエフ。
      本部からエージェント・譲羽がいらっしゃっています。
      正面ロビーまでお越し下さい』

丁度、結の到着を告げるアナウンスが流れた。

奏はハンガーにかけてあった白衣を羽織ると、正面ロビーに向かう。

奏が正面ロビーに顔を出すと、待合い用のベンチに座る結の姿があった。

奏(これは……大分、重症かな……)

疲れ切った様子の結を見て、奏は直感的にそう感じた。

日本にいた頃、麗や香澄からこっそり聞かされた、母を喪った頃の結の様子、
その想像した姿と今の結がダブって見える。

と言うよりも、四日前にキャスリンとエレナの死を報されて、
半日泣き明かした後の自分の顔にそっくりだった。

泣いて割り切れたつもりもないが、それでも前に歩こうと決めた。

もう、母の死に泣くだけだった無力な自分ではないし、
見習いでも自分を必要としてくれている子供達がここには沢山いるから。
168 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/18(土) 21:53:45.99 ID:C3XBivQi0
奏(キャス……エレナさん……母さん……ボクに、力を貸して……)

奏は意を決し、まだ自分に気付いていない様子の結に向けて歩き出す。

途中でようやく気付いた結が、力ない笑顔を向けて来た。

そして、結は少しだけ表情を引き締める。

結「エージェント・ユーリエフ。
  本部、ギア開発チームより、機密文書をお持ちしました」

奏「ご苦労様です、エージェント・譲羽」

姿勢を正して立ち上がる結に、奏は笑顔で応える。

メモリースティックを手渡しすると、それで結の任務は終わりだった。

結「………それじゃあ……これで……」

結は、力なく踵を返そうとする。

だが――

奏「久しぶりに、二人きりでお茶でも飲まない?
  御馳走するよ」

奏はそれを遮るように、笑顔でそんな提案をして来た。
169 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/18(土) 21:55:32.28 ID:C3XBivQi0
結は結局、奏の誘いを断る理由もなく、
研修中の寝泊まりのため奏に宛がわれた部屋に招かれる事となった。

部屋の中は、研修中に必要な最低限の荷物を詰めた段ボールと備え付けの寝具に机、
その机の上も、奏がレナから譲り受けた児童心理学の入門書が数冊と言う殺風景な有様だった。

奏「何もない部屋でしょ?」

結「うん……何だか意外……」

苦笑いを浮かべる奏の言葉に、結は思わず頷いていた。

奏「住み込みとは言え研修生だからね。

  シエラ先生みたいに、ここにほぼ常駐って形になると、
  専用の部屋が貰えるらしいけれど」

奏は言いながら、ポットに入れたお湯で紅茶を煎れ始める。

結はベッドの縁に腰掛け、そんな奏の後ろ姿を見ながら、
彼女がこの施設に入院していた頃の事を思い出す。

結「………ごめんね、奏ちゃん」

不意に出た、無意識の言葉だった。

奏「どうしたの? 謝られるような事、されてないよ」

奏は少しだけ笑みを浮かべて、紅茶の準備を進める。

しばし、無言の帳が落ちる。

奏は結に言葉を急かすでなく、ジャムをティーソーサーの横に添え、カップに紅茶を注ぐ。

そして、紅茶が手渡され、奏が結の横に腰を下ろした事で無言のお茶会が始まった。
170 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/18(土) 21:56:48.32 ID:C3XBivQi0
お互いに半分ほどの紅茶を飲み終えた時――

奏「………………結が何にも話してくれないから、ボクの方から聞こうかな」

奏は不意に、そんな言葉を漏らした。

奏「メイとアレックスから聞いたよ……、随分、荒れてるって」

結「荒れてなんか……」

心配そうな奏の言葉に、結は俯いて否定する。

だが、荒れている、と言う言葉の意味をかなり広義に取るなら、
確かに自分は荒れているのだろう。

結「……………話、どこまで聞いてるの?」

奏「リノ先生とアルノルト総隊長相手に、泣き喚いたって所まで」

戸惑い気味に尋ねて来る結に、奏は即答する。

結「泣き喚いてなんか………あ、泣き喚いた、のかな?
  ……うん、泣き喚いた……」

否定しかけた結だが、二日前のやり取りを思い出して俯く。

今の自分の状況――その客観的な部分は、もう奏に全て伝わっているようだ。

結「………」

それを考えると、気が重い。
171 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/18(土) 21:57:45.42 ID:C3XBivQi0
実際にはそれ以上、奏は結が誰にも打ち明けていない部分まで、
ある程度察しがついていた。

奏「結の気持ち……ボクだって分かるよ。

  ボクだってキャスを殺した人が目の前にいたら、きっと頭の中が真っ白になってた。
  頭の中が真っ白になって、それで……多分、躊躇わずに、殺してた」

奏は淡々と語る。

三日前にAカテゴリクラスの近くにヨハンが現れた報せは、この施設にも届いていた。

あの時、手元にクレーストがあったら、
自分が駆け付けて相手を八つ裂きにしていたかもしれない。

奏「でも、結は相手を殺さなかった………。
  ちゃんと、エレナさんが伝えてくれた……結の中の魔法を守ったんだ」

結「私の中の……魔法?」

奏「誰かを守るための力、誰かの未来や夢を守る力……。
  結は、結の中にある大切な魔法を守ったんだよ」

やや自嘲も入り交じった怪訝な声で聞き返した結に、
奏は優しい笑みを浮かべて応えた。
172 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/18(土) 21:59:07.96 ID:C3XBivQi0
結「でも!
  ………でも、私……もう、一人、人を殺しちゃってるよ………。
  私の魔法は、もうずっと前から、人の命を奪う魔法だったんだよ!?」

一度は押さえつけかけた激情を、堪えきれずに結は吐露する。

そう、自分の魔法の本質は結局、
自分が怒りを覚えた犯罪者達と根っこの部分は変わらない。

結「怖がってる私を助けるために、エレナさんがついてくれた嘘を真に受けて、
  自分の人殺しを正当化して、本当は怖いハズの魔法を、怖がらないで、なんて無責任な嘘をつき続けて!
  私……最低だよ……!」

もう、限界だった。

そうだ、幼子の頃から、自分は何ら変わっていない。

怖いもの、嫌な事から目を背けて、綺麗事だけに目を向けている。

母が死んでからも、我が儘を言わない良い子を演じて来た。

アレと一緒だ。

人殺しの罪に蓋をして、誰かを助けると言う綺麗事で自分を飾り付けて来ただけじゃないか。

ネガティブな思考が回り続けて、もう止まらない。

感情と意志の歯車が噛み合うと一途になれるのは結の美点でもあるが、
弱点であり、欠点でもあった。

一途になると言う事は、それだけ回りが見えなくなり、
自身を御しきれないのと同義なのだから。

だが――
173 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/18(土) 21:59:59.49 ID:C3XBivQi0
奏「ボクは……ここにいるよ」

奏は静かに、だが優しい声音で呟いた。

奏「あの時……結が助けてくれたから、ボクはここにいられるんだ」

奏は優しい微笑みを浮かべて、結に向き直る。

奏「結が……ボクに未来をくれた、ボクに夢をくれた……。
  夢を叶えられる未来を、キミがくれたんだ。

  だから……他の誰が何と言おうと、たとえ結自身が否定しようとも、
  ボクにとって結の魔法は、人の未来と夢を守る魔法だよ」

何時の間にか涙ぐんでいた結に、奏は笑みを崩さずに言い切った。

奏「覚えてる? 結がボクに言ってくれたんだ……。

 “奏ちゃんが世界を嫌っても、世界が奏ちゃんを嫌っても、
  私が奏ちゃんを大好きでいるよ!”って……」

奏は大切な言葉を、一言一言、宝箱の中からそっと取り出すように呟いた。
174 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/18(土) 22:01:29.94 ID:C3XBivQi0
結「あ……」

確かに、覚えている。

奏の心をつなぎ止めたくて、必死で戦ったあの時、口を突いたあの言葉。

みんなから受け取った優しさを、本気で分かち合いたいと感じて……。


光が、灯る。


怒りと憎しみで、真っ暗になった心の中に、優しい灯火が甦る。

結「そっか………」

結は視線を外し、膝の上にソーサーとカップを置いて、自らの手を見る。

魔法が、自分の全てじゃない。

そうだ、走り続けて、魔法の素晴らしさを伝えたいと思い続けて、
何時の間にか、本当の自分を見失っていた。

魔法よりも先に、私はもっと素晴らしい物を、
回りの人々から受け取っていたじゃないか。

それは、優しい気持ち。

結「そう、だった……」

母から、父から、友人達から、恩師達から、たくさんの優しい気持ちを受け取って来た。

だから、エレナの優しい言葉だって信じられた。
175 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/18(土) 22:04:24.70 ID:C3XBivQi0
結「魔法は……怖い……」

エレナは、この言葉だって肯定してくれていた。

結「だけど、本当は誰かを守って、みんなを幸せにできる……そんな力……」

その上で、魔法の可能性を教えてくれていた。

そう、嘘なんかじゃない。

エレナは最初、嘘なんてついていなかった。

そして、グンナーを殺してしまった自分に、一度だけ、優しい嘘をくれた。

グンナーの事で誰かの無念が晴れたのか、
晴れなかったのかは、その事実は結には分からない。

それでも、魔法の素晴らしさに気づけた自分が、
その後でどんな道を選んでも歩んで行けるように、
罪悪感に囚われ続けずに歩いて行けるように、
優しい魔法をかけてくれたんだ。

それは、自分が歩いて行く道を照らす、優しい灯火。

そして、エレナの言う“本当の魔法”とは“正しき魔法”、
結が知ってしまった、かつて恐怖した“間違った魔法”と対極にある物。

力として、人を傷つけ、命を奪う魔法。

そんな魔法に負けないように、エレナが説いてくれた“本当の魔法”。

それは、自分が進むべき道を照らす、勇気の灯火。

この心に灯り続け、何度だって吹き消されても、何度だって灯る、灯火の魔法だ。
176 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/18(土) 22:06:21.29 ID:C3XBivQi0
過ちは……過去の出来事は決して消えない。

だからこそ、この灯火だって、絶対に消えない。

怒りと憎しみが道を塞いでも、行く先を遮ろうとも、
この灯火が導いてくれる。

光のある、向かうべき道を教えてくれる。

そして、自分の選んだ道は――

結「優しさを……伝える……。
  泣かなくていいよ、って……。
  魔法を怖がらないであげて、って……」

結は涙で震える声で呟いた。

結「ぜんぶ………ぜんぶ、エレナさんが教えてくれた………。
  わたしの……魔法……!」

涙を、止められない。

奏「……いいんだよ、結……」

奏はカップとソーサーを傍らに置くと、そっと結を抱きしめた。

結「ぅぅぁぁぁ……うわぁぁぁぁぁ……!」

結は、声を上げて泣いた。

怒りに蓋をされた哀しみでも、後悔でも、嘆きでもない。
それは、亡き師への、感謝と敬意の涙だった。
177 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/18(土) 22:07:09.36 ID:C3XBivQi0
エレナは死んだ。
もう、それは覆らない事実だ。

だが、こんなにも素晴らしい魔法をずっと前から、自分に遺してくれていた。


――結がいつも言ってるような、誰かを守れるエージェントになりたい!――


そして、この灯火は、もう他の子供達にも受け継がれている。

何て素晴らしい魔法を、自分にかけてくれたんだろう。
何て素晴らしい灯火を、自分に遺してくれたんだろう。

結「エレナさん……エレナさん………エレナさぁぁん……!」

結は何度も、この灯火の主に呼びかけ続ける。

もう応えてはくれない。
だが、この灯火がある限り、自分の中にエレナは生き続ける。

結(もう……二度と消さない……。
  エレナさんが灯してくれた……この魔法だけは……絶対に……!)

涙を流しながら、結の胸にそんな思いが去来する。

その時だった――
178 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/18(土) 22:08:19.23 ID:C3XBivQi0
少年1「わっ!?」

少女2「きゃっ!?」

不意に奏の部屋の扉が開き、子供達がなだれ込むように入って来た。
折り重なるように倒れる大勢の子供達。

奏「ちょ、ちょっとみんな、大丈夫!?」

奏が慌てて立ち上がり、倒れた子供達に駆け寄る。

こう言う所は、研修中の見習いの身とは言え、さすがは更正教育官と言えよう。

???「だ、大丈夫だよ……」

先頭にいた少女――プラチナブロンドの美しい髪を肩口で切り揃え、
深く澄んだエメラルドグリーンの瞳の少女が目を回しながら応える。

結「クリス……それに、みんなも……」

結は驚きのあまり、涙も拭わずに漏らす。

そう、この目を回している少女がクリス……クリスティーナだ。

そして、クリスの後ろにいるのは皆、結や奏が助けた元被害者の少年少女達だ。

どうやら放送を聞きつけ、“結お姉ちゃんが来てる”と分かって駆け付けたものの、
結も奏も既に正面ロビーにはおらず、探し回ってここまで来てしまったようだった。
179 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/18(土) 22:09:14.95 ID:C3XBivQi0
奏に助けられ、全員が立ち上がると、
今度はベッドに座っている結の元まで駆け寄って来る。

少女2「結おねーちゃん、どうして泣いてるの?」

少年2「どこか痛いの?」

涙を拭うのを忘れた結を、子供達のつぶらな瞳が覗き込んで来る。

結「……心配、させ、ちゃった、ね」

結はしゃくり上げながら言って、子供達の頭を順番に撫でる。

それに応えて笑顔を見せてくれる子供、ワケも分からず首を傾げる子供、
結が泣いているのが哀しくて涙ぐむ子供、正に悲喜交々だ。

自分を慕って、笑って、泣いてくれる子供達がこんなにもいる。

それ――自分が走り続ける意味――を忘れていたのが恥ずかしくて、
子供達の思いが申し訳なくも嬉しくて、結はまた涙を溢れさせる。

クリス「お姉ちゃん……」

涙を流し続ける結の頭を、クリスがそっと抱きしめた。

クリス「なかないで」

結(あ……)

いつかの夢が、結の脳裏に過ぎる。

暖かな温もりの中、胸に蘇った灯火が強くなるのを感じる。
180 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/18(土) 22:10:38.75 ID:C3XBivQi0
結(そうか……分かるよ……今なら……)

結は夢の中の“僕”の気持ちを思い出して、心中で頷く。

この優しく暖かな温もりを、守りたい。

この温もりを消そうとする何かを、許さない。

だから、強くなりたいと願う。

温もりを守るために、温もりを消そうとする何かに負けないように。

もっと、もっと、もっと強く。

結「みんな……お姉ちゃんね、もっと強くなるよ。
  みんなが二度と泣かなくていいように……もっとたくさんの人を助けられるように」

結は涙を拭って、笑顔で言った。

奏はそんな結と、子供達を見つめながら、柔らかな笑みを浮かべるのだった。

奏(何だか……最後の最後で、良いところは全部、持って行かれちゃったな……)

そんな、僅かな羨望の思いを抱きながら。


第19話「結、混迷の中の光」・了
181 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga]:2012/02/18(土) 22:12:30.41 ID:C3XBivQi0
今回の投下は、ここまでとなります。
182 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/02/18(土) 22:25:15.38 ID:gIEjwPzM0
乙ですたー!
良かった・・・このまま結の落ち込みが引っ張られてたら、気を紛らわせるための酒が進みすぎて明日の予定に支障が出るところでしたww
特に「お!」と思ったのが、グンナーの末路の件。やはり気になっていた箇所なので、ここに来てこういった形で回収されるとは、目鱗でした。
そして奏のお姉ちゃんっぷりや、アレックス君とメイの友人としての心配りも良かったです。
レギーナさん・・・駆けてくるセシルを受け止めたシーンで、映画「グロリア」(旧版)のラストを思い出して、ウルっときてしまいましたよ。
次回も楽しみにさせていただきます。
183 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/02/19(日) 15:09:30.07 ID:T3JUk9K/0
お読み下さり、ありがとうございます。

>結の落ち込み
深酒にならず、何よりですw
一途な子は、ネガポジ落差がどえらい事になりますからね……
ただ、今回の話を書いていて、実にこの子はウチの子だなぁと実感した次第です、はい。

>グンナーの末路の件
コレは理想に邁進する結を書いて行く上で避けられない事象ですからね、
ここでの落ち込みと、エレナの言葉、奏を助ける時の心境と、
珍しく相当作り込んでおいたので、お褒めいただき光栄です。

>奏やアレックス、メイ
こう出来る部分こそが、Aカテゴリクラスの良さで、真価だと思っています。
幼馴染みは生涯無二の宝……本当に大切にしないといけませんな。
しかし、長女が着々とお姉ちゃん度を高めて行く一方で、
アフリカ出張中の次女とダウン中の三女のお姉ちゃん度が一向に上がりませんw

>レギーナとセシル
グロリアっすか……名作ですし、いい機会だから後で見てみますかね。
しかし、母親は“綺麗なドロンジョ様”を目指し、
父親は“頼りになるボヤッキー”を目指したのに、
何がどうして、部下と娘がこうなったのか……w


次回は……事件新展開……になる、かも?
184 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(群馬県) [saga sage]:2012/04/03(火) 03:44:57.20 ID:Bofgs1ep0
とりあえず生存報告
近日中に復活予定です
185 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/04/04(水) 21:19:06.84 ID:1yJZ8zxVo
生きてたか。安心したよ
186 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/04/07(土) 19:45:10.88 ID:+fJ5s/EE0
二ヶ月近い期間が空いてしまいましたが、第20話を投下させていただきます。
187 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/07(土) 19:46:06.60 ID:+fJ5s/EE0
第20話「結、進まぬ捜査と動く事件と」



譲羽結は、夢を見る――

結は自分【私】が自分【僕】に重なっている事を知る。

結(また……この子の夢……この……子?)

思いかけて、結は自らの感覚が僅かにズレている事を悟る。

そう、自分【僕】はもう幼い少年ではなかった。
もう少し年齢を重ねた……そう青年。

本来の自分【私】よりも僅かに年上の……奏やフラン達ほどの年齢にまで成長を遂げていた。

風にたなびく×色の髪が僅かに視界にかかる。

結(この色……どこかで……)

眠りの中で判然としない意識の中、結は記憶をたぐる。
188 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/07(土) 19:47:09.35 ID:+fJ5s/EE0
そして、そんな自分【私】の意識とは別に、
青年である自分【僕】は、眼下に広がる平原と森を悠然と見下ろしていた。

どこか高い、見晴らしの良い崖か岩場のようで、
見下ろす平原と森の境には木と石で造られた家々が点在する。

優しい気持ちで家々を見つめる青年。

結(……ああ、そっか……嬉しいんだ……そうだね……)

青年の思いに同調し、結も胸が温かくなるのを感じた。

もう、焼かせない。
もう、殺させない。

自分が×になったのだから。

結(……何に、なったの……私……この人は……)

漠然とした思いだけを感じる自分【私】には、
自分【僕】の思考全てを明確に意識する事は出来ない。

だが、自分【僕】の決意は分かる。

自分【僕】は、自分【僕】の望む“何か”になり、
自分【僕】の欲す所を成せる力を手に入れたのだ。

その充足感と、充足感を上回る気高い決意。

結(うん……分かる……私も……そう、だから……)

見失いかけた理想。
灯火に導かれて、再び思い出せた、何よりも尊い理想。

彼の決意は、それに似ていた………と、思う。

親近感、シンパシー、まあ、言葉にしてしまえばそのレベルの近似。

青年「守ってみせる……何をしても……」

青年は力強く呟く。

その時だった。
189 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/07(土) 19:47:54.25 ID:+fJ5s/EE0
?「###〜!」

遠くから、声をかけられた。

よくは聞き取れなかった。

だが――

結(あ……)

その声に、結は胸が高鳴るのを感じた。

高揚感、幸福感、様々な気持ちに包まれて自分【僕】が振り返る。

少女「###っ!」

すると、その胸に飛び込んで来る一人の少女。

幼き日、泣いていた自分【僕】を抱きしめて慰めてくれた、あの少女だ。

×色の長い髪と、透き通った×××××のような色をした瞳。

結(……何でだろう……この子だけ……すごく……ぼやける……)

全ての光景がハッキリと見えているのに、目の前の少女だけが、ひどくぼやけて見える。

だが、結は自分【僕】を通して、今、自分の腕の中にいる少女の事がよく分かっていた。

彼女が“誰”なのか、彼女が自分【僕】にとってどんな存在なのか。

(………いとしい……? そっか……大好き、なんだね……)

青年の気持ちを感じ取って、結は胸に満ちていく優しい気持ちの根源に触れる。
190 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/07(土) 19:48:45.98 ID:+fJ5s/EE0
少女「###……」

抱きしめた自分【僕】の腕の中で、僅かに身を捩る少女。

抵抗になっていない、ある種、恥じらいのようなもの。

結(飛び込んで来たのは……あなたじゃない……)

自分【僕】の気持ちを、結は胸の中で反芻する。

少し呆れたような、それでいて微笑ましいような、複雑で……愛おしい。

青年「愛してるよ……」

少女「……###……その……私も……###の、事が……」

互いに抱擁しあう自分【僕】と少女。

温もりと気持ちが重なり合い、そして――

青年「ん……」

少女「ぅん……」

――唇が、重なる。

愛おしい、守りたい……そんな気持ちが自分【私】と自分【僕】の中で大きくなって行き……。


譲羽結は、目を覚ます――

結「っ!?」

飛び起きた結は、思わず自分の唇に触れる。

結「……ゆ、め……だよね?」

あまりにリアルな感触が、まだ唇に残っている気がして、結は半ば呆然と呟いた。
191 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/07(土) 19:49:39.60 ID:+fJ5s/EE0


結の起床から一時間後、結の自室――

メイ「んで、その夢って、どう変なワケ?」

結「う〜ん……よく分からない、って言うのかな?」

リビングスペースから聞こえて来るメイの質問に、
キッチンに立った唯はベーコンエッグを盛り付けながら首を傾げた。

メイ「よく分からない……そりゃ変だわ」

一瞬、首を傾げたメイだったが、“お手上げ”と言いたげに手を上げて戯けた調子で言った。

結「もぅ、私、これでも真剣に悩んでるんだよ?」

対して結は僅かに頬を膨らませながら、盛り付けの終わったプレートを運び込む。

メイ「アハハハッ、ごめんごめん」

メイは両手を合わせ、可愛らしく小首を傾げて誤魔化し笑いを浮かべた。

結の持って来たプレートには、バゲット二つ、メインのベーコンエッグエッグが二つ、
付け合わせにキャロットグラッセを少々、山盛り気味のツナと海藻のサラダ、牛乳、
デザートに実家から送られた林檎を八つ切りにして四つと、一人分の朝食はそんな所だ。

エレナの死を聞かされて以来、久しぶりの……実に六日ぶりの自炊である。
192 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/07(土) 19:50:18.60 ID:+fJ5s/EE0
メイ「食費、出した方がいい?」

結「いいよ、今日は簡単なモノばかりだし、昨日のお礼って事で」

自分の目の前に差し出されたプレートを指差しながら尋ねるメイに、
結は笑みを浮かべて返す。

そう、結が奏の元で、自らの理想を再び取り戻し、まだ一日しか経っていない。

昨日の今日で、またギアの入り具合が急なモノである。

ちなみに、“バックからハイトップに一気に入るのは凄いわ……”とは、
奏から弟妹分達の近況報告を受けたフランの言である。

メイ「んじゃ、お言葉に甘えて……、
   持つべきものは幼馴染み、ってね。
   いただきまーすっ」

結「いただきます……」

二人は朝食を始める。
193 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/07(土) 19:50:58.04 ID:+fJ5s/EE0
そして、やや食事が進んだ所で会話が再開する。

メイ「それで、夢の話だけど……、
   よく分からないって、どの辺が分かんないワケ?」

結「あ……うん、何て言うのかなぁ……多分、すごい昔なの」

メイ「すごい昔〜?」

質問に答えた結の言葉を、メイは素っ頓狂な声で反芻する。

メイ「また、えらく抽象的な言い方だね」

結「うん……私もそう思う」

メイの言葉に、結は小さく溜息を一つ漏らす。

結自身は、あの過去は千年単位で昔だと感じていた。

メイ「エジプト文明とか、メソポタミア文明とか、その辺り?」

結「うん………多分、その辺り」

メイの質問に、結は思案げに呟く。
194 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/07(土) 19:52:25.96 ID:+fJ5s/EE0
メイ「紀元前3500年から紀元前3000年辺りに興った文明と同じ年代かぁ……」

感慨深く呟いたメイだが、この場にアレックスがいれば――

『いいですか、メイ君。
 確かにメソポタミア文明……ティグリス・ユーフラテス川流域文明が
 文明と呼べるレベルにまで到達したのは紀元前3500年頃と言われています。

 ですが、メソポタミア文明の起源を移民である
 シュメール人の興した農耕文明と定義するならば正しくは紀元前9000年頃です。

 人類史と魔法研究史は切り離せない深い関係があるんですから、
 もっとしっかりと覚えましょう』

――などと、講釈してくれただろうが、当の本人は研究棟で寝泊まりしているのでこの場にはいない。

今頃は目覚まし代わりに、泥のように濃い朝一のブラックコーヒーを飲んでいる頃だろう。

因みに、古代エジプト文明も紀元前3000年辺りとされるが、
原始王朝時代を含めるならば紀元前4000年辺りにまで遡る。

閑話休題。
195 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/07(土) 19:53:09.87 ID:+fJ5s/EE0
結「だけどね、変なの。
  そんな時代なのに、木と石の合わせ造りで、
  蝶番の戸がついた家があるんだよ?」

メイ「はぁぁっ!?」

メイは素っ頓狂な声を上げて目を見開いた。

五千年もの大昔に、木造りと石造りを複合させた、
しかも蝶番の戸のある民家とは随分と時代考証を無視した夢である。

どんなに贔屓目に見ても、そんなモノはもっとずっと後の文明が造る家である。

メイ「正に、夢だね……。
   まあ、結の考える“家”のイメージが優先されただけで、
   そのカタチとは限らないんだろうけど」

結「アハハハ、だろうね」

やや呆れたような口調になるメイに、結も乾いた笑いを交えて同意した。

しかし――

メイ「ただ……」

結「ただ?」

真剣な様子でメイが呟いた言葉に、結は思わず息を飲む。

僅かに間を置き、メイは意を決したように口を開く。

メイ「古代魔法文明だったら、無きにしも非ず、じゃないかな?」

結「古代、魔法文明……」

メイの口から出た、その言葉を結は息を飲んでから反芻する。
196 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/07(土) 19:54:24.92 ID:+fJ5s/EE0
古代魔法文明。

学生の頃、魔法研究史でさわりの部分だけを習った事のある、
かつて、自分が打ち倒した魔導巨神を作り上げたとされる文明だ。

成る程、その生体兵器すら生み出すオーバーテクノロジーを鑑みれば、
千年単位の技術的錯誤も頷けよう。

ちなみに、現代の魔導機人技術と魔導ホムンクルス技術を組み合わせれば、
大幅に……と言うかかなり質と大きさは落ちるものの、“魔導巨神”もどきを作れないワケでもない。

そう考えれば……夢の中で見た二人が古代魔法文明の人間であるならば、
自分が同調していた青年が見下ろしていた家々が古代魔法文明の人々の使う家と言う事になる。

そうなれば、鉄筋コンクリートで造られていても頷けてしまう。

まあ、さすがに鉄筋コンクリートは行き過ぎな上、
古代のロマンも風情のかけらもだろうが……。

結「じゃあ、あれって、あの後、滅ぶ運命なのかな……?」

結は思わず消沈した様子で呟いた。

メイ(あ、地雷踏んだ……)

対して、メイは心中で大粒の汗を垂らす。

折角、ギアがトップに入ってくれたのだ、
ここで妙な事をして落ち込ませたら、奏やフランに合わせる顔がない。

メイ「ま、まぁまぁ、夢なんだから本当に古代魔法文明とは限らないじゃん」

結「うん……ゴメンね、気を使わせてばっかりで」

慌ててフォローを入れるメイに、結はやや苦笑いを浮かべて応える。

そして、すぐに笑顔を浮かべた。
197 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/07(土) 19:55:26.46 ID:+fJ5s/EE0
メイ「案外、アレかもしれないよ。
   ほら、夢って見てる本人の記憶が元になってるって言うじゃん。
   魔法研究史の知識と、漫画とかその辺りのイメージが混ざってるのかも」

結「漫画、かぁ……う〜ん……そう、かも?」

メイの言葉を聞いて、結は思案げに首を傾げたあと、照れ笑いを浮かべる。

夢の中で同調した青年と、彼の恋人らしき少女。

確かに、幼馴染みの麗から貸りた漫画の中には、ああ言ったカップルもいただろうし、
家事や勉強の合間に見る漫画は好きだった。

魔法研究史だって嫌いな科目ではなかったし、
むしろ、三年の遅れを埋めるべく尽力した思い出深い科目でもある。

心理学は門外漢の結だったが、そう考えると不思議と腑に落ちた。

落ち込み気味だった自分が、
無意識にそう言った“思い出深い物”をごちゃ混ぜにして映像としていたのだろう。

ワケの分からない映像だったが、もしも古代魔法文明ならば、
自分がそんな物を夢に見る理由が分からない。

そう、いくら自分が古代魔法文明の遺産たる魔導巨神の遺伝子を受け継ぐと言っても、
所詮は生体兵器なのだ。

魔導機人よりも、むしろ魔導ホムンクルスに近い存在。

そう言う意味では奏も魔導ホムンクルスなのだが、ともあれ、
あの全高二十メートルを超える魔導巨神とあの青年では、大きさがかなり違う。

夢に出た二人がどちらも全高二十メートルの大巨人ならば別だが、
それはそれで無理のあるこじつけと言うものだ。
198 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/07(土) 19:56:02.58 ID:+fJ5s/EE0
そんな事を考えている内に、食事も終わる。

結「じゃあ、そろそろ行こっか?」

結はそう言うと、同じく食事を終えたメイの食器を手に取る。

メイ「うん。あ、食器どうする? 洗い物くらいするよ?」

結「ん〜……眠る前にまとめて洗っちゃうから、
  シンクの桶に水張って浸けておくよ」

メイ「そう? じゃあ、ごちそうさまでした」

結「ふふふ、お粗末様」

結が食べ終えた食器を持ってキッチンに入ると、
メイは傍らに置いていたジャケットに袖を通す。

メイ「それで、どうするの?」

結「うん。とにかく、一度、オフィスに行くよ」

食器を水に浸し終えた結も、壁のハンガーにかけてあった、
昨日の内にしっかりとアイロンを当てたジャケットを羽織り、
愛用のリボンで少しきつめに髪を結わえる。

そして、枕元に放り出してあったエールを左手の人差し指に嵌め、
プティエトワールを手首に巻いた。

結「それで、朝一で総隊長の執務室に顔を出して、捜査に復帰させてもらう」

昨日も同じ格好をしていたが、何と言うべきか、
その決意を口にすると、着た時の気合いの入り方が違うと言うものである。
199 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/07(土) 19:57:37.43 ID:+fJ5s/EE0
エール<完全復活……だね。結>

結<うん……>

愛器の声に、結はそっと目を閉じて、心中で頷く。

自分が落ち込んでいた時、出逢ってから六年以上連れ添った相棒は、
今の今まで、一声の言葉も発しなかった。

それは一重に、主の……結の復活を信じ、
敢えて言葉を紡ずにいてくれたからに他ならない。

いつだって彼はそうだった。

その時々、結の気持ちに合わせて、自らが出来る最良の方法で支え続けてくれている。

魔法に出逢ったばかりの頃、まだ幼い怯える自分に、優しい声をかけてくれた。
奏と初めて対峙した時は、彼の身を案じた自分を生き延びさせるため、声を荒げてくれた。
奏と向き合おうと誓った時、全力で自分を支えてくれた。
奏を救おうとした時も、あの危険な魔導巨神に取り付けたのは彼のお陰だ。

そして今回は、ずっと放り出されていたにも拘わらず、
施設に向かう自分のため、無言で飛行魔法を補助してくれた。

だからこそ――

結<ありがとう……エール>

――謝罪よりも、感謝の言葉を結は紡いだ。

感慨深く目を閉じると、愛器からはいつか聞いた言葉が返って来た。

エール<僕は君の翼だから……>

結<………うん!>

その言葉を聞いて、結は目を開く。

メイ「よし、準備万端っ。行こっ、結」

結「うん!」

結は友人の言葉に従い、共に部屋を後にした。
200 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/07(土) 19:58:33.37 ID:+fJ5s/EE0
結とメイはそのままオフィスへと直行し、
それぞれの上司のデスクに出勤届けを出し、ラルフのいる総隊長執務室へと向かった。

他のオフィスは常時開放されているが、総隊長執務室は普段から簡素な木の扉で閉じられている。

結「………ふぅ……」

結は扉の前で小さく息を吐いた。

新人の頃、着任時の書類提出で他の同期達と入室して以来、
この扉の前に立つのすら実に二年四ヶ月ぶりである。

メイ「いやぁ……部屋の前は毎朝通ってるけど、
   立ち止まると緊張するね、ココ」

傍らのメイも、緊張で苦笑いを浮かべている。

結「そうだね……」

結も緊張を和らげようと、誤魔化し笑いのような乾いた笑みを浮かべる。

だが、二人は顔を見合わせると、気を付けをするように姿勢と表情を引き締める。

結(大丈夫………総隊長が出勤するのはいつも朝一番。

  スケジュールを確認しながら朝食を食べて……、
  多分、今、食べ終えたくらいの時間。

  外に出た様子もない)

結は事前情報と状況を思い浮かべながら、何度も頷く。

メイ「よしっ!」

メイも同じだったのだろう、思い立ったように扉をノックしようと手を伸ばした。

すると――
201 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/07(土) 19:59:29.42 ID:+fJ5s/EE0
???「私に何か用かね?」

結&メイ「「っ!?」」

突如として背後から声をかけられ、結とメイは飛び上がりそうなほど驚く。

とりあえず、悲鳴は何とか堪えられた。
普段の訓練の賜である。

そして、普段の訓練の賜で思わず跳び退いて僅かでも距離を取り、
壁……と言うよりも扉を背にして振り返る。

そして、そこにいたのは――

結「そ、総隊長!?」

――ラルフであった。

ラルフ「うむ……驚かせたのは悪かったが、
    そこまで警戒しなくても良いと思うがね」

素っ頓狂な声を上げた部下に、ラルフは苦笑いを浮かべていた。

結「し、失礼しました……」

メイ「申し訳ありません……」

結とメイは、姿勢を正し、申し訳なさそうに頭を垂れる。

出鼻を挫かれた上に、完全に失敗である。

ラルフ「ハハハ……まぁ、平素の訓練の成果と言う事で良しとしよう。
    ……それで、私に何か用なら、中で聞くが?」

結「あ……はい! お願いします!」

朗らかに笑ったラルフに、一瞬呆気に取られた結だったが、
気を取り直して再び頭を垂れた。

そして、メイと共に室内に通される。
202 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/07(土) 20:00:45.15 ID:+fJ5s/EE0
メイ「今日は朝一じゃなかったんですね、総隊長」

ラルフ「他の隊との連携の事で打ち合わせがあって、
    今朝は先に会議室に顔を出していた。

    ……座るかね?」

メイの質問に答えたラルフは、執務用の椅子に腰を下ろすと、
結達に手近なソファーを指し示した。

結「いえ……このままで」

結は首を振ってその申し出を断ると、意を決して続ける。

結「アルノルト総隊長!
  本日はお願いがあって出頭しました!」

足を肩幅よりやや狭く広げ、
両手を腰の後ろに回して“休め”の態勢で一言一句をハッキリと発声する。

ラルフ「お願い? ……君もかね、エージェント・李?」

メイ「はい!」

メイも同じく休めの態勢で声を上げる。

まだ年若い部下達の畏まった様子に、
ラルフは頼もしさ半分、微笑ましさ半分と言った笑みを口元に浮かべた。

ラルフ「言ってみなさい」

恐らくは結達の言わんとしている事を既に察しているのだろうが、
ラルフは敢えて彼女達自身の口から聞きたくて、そう促して来た。
203 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/07(土) 20:01:26.67 ID:+fJ5s/EE0
結「捜査エージェント隊所属、保護エージェント、譲羽結。
  エージェント大量惨殺事件捜査チームへの復帰を希望します!」

メイ「同じく、諜報エージェント、李・明風。
   遅ればせながら本件への参加を承認していただきたく、参上しました!」

そして、二人の口から出た想像通りの内容に、ラルフは満足げに頷くと、口を開く。

ラルフ「エージェント・譲羽」

結「っ、はい!」

名前を呼ばれ、やや緊張気味に答える結。
だが、その声音に先日のような迷いはもう無い。

ラルフ「吹っ切れたようだね……よろしい。
    エージェント・譲羽の捜査チームへの復帰を許可する」

ラルフは満足そうに呟く。

結「は……はい! ありがとうございますっ!」

結は一瞬、顔を綻ばせかけたものの、すぐに表情を引き締めて頭を垂れた。

メイ「あ、あの〜、総隊長、アタシは?」

ラルフ「おっと、勿論、優秀な諜報エージェントの参加は願ったり叶ったりだ。
    よろしくお願いするよ、エージェント・李」

メイ「ふぅ……ありがとうございます、総隊長!」

最初は不安になりかけたメイだったが、ラルフの言葉を聞いて安堵と共に返事を返した。

結とメイは視線を合わせ、深く頷き合った。


こうして、エージェント大量惨殺事件は結とメイを加えて、再スタートを切った。
204 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/07(土) 20:02:17.57 ID:+fJ5s/EE0


結達がラルフの執務室に顔を出したのと同じ頃、スイスの若年者保護観察施設――

病棟一階の狭い事務室では、奏の短期研修の修了式が行われていた。

修了式と言っても、この場にいるのは奏と若年者保護観察責任者のシエラ・ハートフィールド、
それに事務方のエージェントが二人だけと言う状態である。

さらに言えば、事務仕事をしている二名は修了式には関わっておらず、
実質、奏とシエラの二人だけの修了式だった。

専用のデスクに座って書類を纏めるシエラの横で、
奏はやや緊張した面持ちで立ち、彼女の準備が終わるのを待つ。

シエラ「はい、これで研修は終了ね」

シエラは一通りの書類を纏め終えると、
クリアファイルの中に入れられていた名刺大のカードを取り出す。

どうやら、このカードが修了証のようだ。

奏「お世話になりました、シエラ先生」

シエラからカードを受け取ると、奏は深々と頭を垂れた。

貸し出されていた白衣から、普段着代わりの黒のレディーススーツ着替えた奏は、
これからヘリで研究院本部のメガフロートに戻る事になっていた。
205 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/07(土) 20:03:25.41 ID:+fJ5s/EE0
シエラ「…………」

そんな奏を見て、シエラは少しだけ寂しそうな表情を浮かべる。

奏「どうされました、シエラ先生?」

シエラ「六年半前はあんなに小さかった子が、
    こんなに立派なエージェントになったかと思うと……ね」

怪訝そうに尋ねた奏に、シエラは感慨深く呟いた後――

シエラ「……ごめんなさい、あんな事があったばかりで言う言葉じゃなかったわね……」

――寂しさと申し訳なさの入り交じった声で付け加えた。

しかし、奏は首を振ってそれを否定する。

奏「気になさらないで下さい……。

  まだ、全部に整理がついたわけじゃありませんけれど……。
  でも、先生に褒めていただけるのは、素直に嬉しいです」

奏は一瞬だけ寂しげな表情を見せたものの、すぐに笑顔で言った。
206 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/07(土) 20:05:08.62 ID:+fJ5s/EE0
奏にとってシエラは、担当保護官であり恩師……
と言う言葉で片付けられないほどに重要な存在だ。

魔法の基礎を伝えてくれた母、魔法戦の基礎を手ほどきしてくれたキャスリン、
魔力運用を伸ばしてくれたリノ、基礎の学力を固めてくれたシエラ、
そして、全ての応用を教えてくれたレナ。

魔法倫理研究院で身元を引き受けられてからの三人の恩師の中では、他の二人には少々申し訳ないが、
奏はこのシエラ・ハートフィールドと言う女性エージェントを最も尊敬していた。

何故ならば、奏が数あるエージェントの中で、
保護エージェントの更正教育官を目指したのは、
結との約束や自分自身の決意も大きいが、彼女の影響が強いだろう。

魔導巨神事件後、初めて目を覚ました時に真っ先に結と会わせる判断を下してくれたのは彼女で、
その後も日本滞在中、キャスリン達に会えるように便宜を図ってもくれた。

コチラの施設に移ってからの九ヶ月間、
八歳の頃から止まっていた勉強を見てくれたのも彼女で、
でなければAカテゴリクラスに編入しても自分は落ち零れていただろう。

強いて言うならば、そう、二人目の母。

奏は口にこそ出さないが、シエラの事をそんな風に感じていた。

いや、奏だけでなく、この保護施設で過ごした身寄りのない少年少女達の殆ど全員が、
シエラを母のように思っているだろう。
207 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/07(土) 20:06:03.28 ID:+fJ5s/EE0
奏「私も……シエラ先生みたいに、子供達から母さんって、
  そんな風に思ってもらえるような……そんな更正教育官を目指します」

シエラ「まぁ……」

奏が優しい笑みを浮かべたまま呟くと、
シエラは驚きと喜びの入り交じった声を上げた。

シエラ「あまり、大人を泣かせるような事を言わないで……奏さん」

そう続けたシエラの声は、口ぶりとは裏腹な喜びに満ちていた。

彼女も奏を特別視しているワケではないだろうが、
やはり、自分の担当した少女が立派なエージェントとなり、
自分と同じ道を志してくれたのが嬉しかったのだろう。

シエラ「……でも、今は別の任務ね」

奏「はい……!」

滲みかけた涙を指先で拭ったシエラの言葉に、
奏は気を引き締めるかのように真面目な表情になる。

奏「奏・ユーリエフは只今より、
  本部検査のため移動する検査対象者の護衛任務につきます」

奏は気を付けの姿勢で、事前に通達されていた任務を復唱した。

シエラ「よろしくお願いしますね、エージェント・ユーリエフ。
    ………いえ、ユーリエフ更正教育官」

対して、シエラも敢えて教え子の名を役職で呼び直す。

奏「………はいっ」

シエラからそう呼ばれた事がどことなく嬉しくて、奏は思わず声を弾ませて応えていた。
208 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/07(土) 20:07:27.53 ID:+fJ5s/EE0
世話になった職員や、施設で働くかつての友人達への挨拶を済ませると、
奏は昨夜の間に纏めた荷物を持って屋上のヘリポートへと上がる。

ヘリポートには既に、ネイビーブルーに塗装された研究院所有のヘリが駐機していた。

荷物自体は多少の着替えと本や筆記具、
連絡用の携帯電話と私物のティーセット、
クレーストを整備中の間に貸し出されている汎用ギアだけなので、
大きなトラベルバックの他は小さな段ボールが二つだけだ。

奏(我ながら、この荷物でよく一ヶ月保ったなぁ……)

少ない荷物をヘリの貨物室に詰め込みながら、奏は苦笑いを浮かべる。

まあ、着替えは結達、本部付きの友人達に頼んで
物資搬入や搬出に合わせて交換していたので、実際はもっと多いのだが。

ともあれ一ヶ月間の、かなり急ぎ足の研修もコレで終わる。

奏(しばらくは保護エージェント隊でいつも通りの任務、かな……)

荷物の積み込みを終えた奏は長椅子状のシートに座ると、
これからの事に思いを馳せる。

まだ研修を終えたばかりの自分の配置が、今日に明日に換わる事はないだろう。

恐らく、エージェント大量虐殺事件が解決し、
前線の人手不足がある程度解消されるまでは自分の前線配置は換わらないだろう、とも思う。

結は自身の気持ちに決着を着けるためにも、エージェント大量惨殺事件に関わる事になるだろう。

奏(その間は……結が保護エージェントの仕事に復帰できるまでの間は、
  ボクが結の代わりを努めなきゃ)

奏は決意を新たに、拳を握る。
209 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/07(土) 20:08:26.50 ID:+fJ5s/EE0
と、その時だった。

職員「エージェント・ユーリエフ、
   検査対象の子供達を連れて来ました」

職員の男性が、数人の子供達を引き連れて現れた。

奏「ご苦労様です」

奏は立ち上がって姿勢を正し、職員の後ろにいる子供達を見渡す。

すると、六人いる四、五歳の子供達に混じって一人、
外見年齢では九歳ほどになるクリスがいた。

少し退屈そうにしていた子供達だったが、奏の姿を見付けると嬉しそうに微笑む。

男の子1「奏せんせーだ!」

男の子2「わぁい!」

何人かの子供達は奏に駆け寄って抱きついて来る。

さらに、他の子供達もそれにつられて駆け寄って来た。

奏「それじゃあ、みんな。
  これから先生とお出かけだから、順番にヘリコプターに乗ろうね?」

奏はそんな子供達を正面から受け止め、鮮やかな手並みでヘリに乗せる。

さすがに、まだ幼い子供達にはヘリのステップは段差がキツいためだろう。

女の子1「ありがとう、せんせー!」

奏「はい……どういたしまして」

一人、また一人と乗せる度、口々にお礼を言って来る子供達に笑顔で応える奏。
210 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/07(土) 20:09:13.02 ID:+fJ5s/EE0
そして、最後、自分よりも小さな子供達に混じって
一人だけ“お姉さん”である事を恥ずかしがっているクリスが残る。

奏「さぁ、クリス。こっちへいらっしゃい」

クリス「う、うん……ううん、ひ、一人で乗れるよ!」

奏に促されて頷いたクリスだったが、すぐに頭を振って奏の脇を通り抜ける。

いつもは素直に甘える子なのだが、
今日は自分よりもずっと幼い子に混じっていると言う気恥ずかしさと、
年長者としてのプライドなのか、少し大人ぶりたいようだ。

そんなクリスの様子が微笑ましくて、奏は口元に僅かな笑みを浮かべる。

奏「じゃあ、ココとココを手で持って、ココに足をかけて……」

クリス「うん、うん」

奏の説明に、クリスは何度も頷く。

奏の説明通り、ステップを使って登ろうと、手足を所定の位置に置くクリス。

少し苦戦しているようだが、これならば登れるだろう、
と、奏は短く安堵の溜息を漏らした。

そして、そんなクリスの様子を見ながら、奏は昨夜の事を思い出していた。
211 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/07(土) 20:10:38.06 ID:+fJ5s/EE0
昨晩、子供達と共に、本部へ帰る結を見送った奏は、
研修の総仕上げを終え、報告のためにシエラの元を訪れていた。

奏「護衛任務、ですか?」

報告を終えた後、シエラから聞かされた任務の内容を、
奏は怪訝そうに聞き返した。

シエラ「ええ、そう。五歳前後の子達の魔力計測。

    あなたもここに来たばかりの頃に、
    何度か本部で計測を受けた事があると思うけど、覚えている?」

奏「それは……はい」

首肯と共に投げかけられたシエラの質問に、奏は小さく頷く。

もう六年以上前の事になるが、日本から施設に移る際、
経由先のロンドンに当時あった旧研究院本部で計測を受け、
Aカテゴリクラスに編入する数日前にも計測を受けている。

一応、この若年者保護観察施設も医療系施設であるため、魔力の計測は出来る。

だが、計測用の機器自体が少々古いため、
最新の計測基準で精緻な値を計測しようとなると、
メガフロートにある本部に存在する最新設備で計測を受けるのが好ましい。
212 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/07(土) 20:11:17.97 ID:+fJ5s/EE0
ちなみに、魔力測定とは謂わば身体測定の一種だ。

まだ魔力運用能力の低い子供が高い魔力を引き出してしまった場合、
幼い身体に似合わぬ膨大な魔力に覚醒してしまった場合など、
幼い頃の結やリーネが苦しんだ魔力循環不良を引き起こしてしまいかねない。

そうなる前に、魔力波長と魔力量、魔力運用能力を正確に計測し、
身体と魔力に合ったギアを用意する必要がある。

まあ、大概は簡易ギアや、どんなに大きな魔力の子供でも汎用ギアで済む場合が殆どだ。

逆に、魔力量に大きな問題さえなければ、
子供達を家族の元に返してあげられる最初のチャンスでもある。

しかし、普段から計測に際しての本部への移動はヘリで行われて来たが、
護衛は本部から出向の戦闘エージェントや防衛エージェントで行われて来たハズだ。

断る理由もないが、要人警備を担う事もある
保護エージェントの自分に回って来る類の護衛任務ではない。

それが奏の訝しがる理由であった。
213 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/07(土) 20:13:01.60 ID:+fJ5s/EE0
シエラ「ああ、そうそう、護衛の件ね」

シエラも話題がややズレていた事に気付いたのか、
思い出したように口を開き、さらに続ける。

シエラ「この前、エージェント大量惨殺事件に関連して、
    Aカテゴリクラスが巻き込まれる襲撃事件があったでしょう?

    今、本部でも各地の訓練校警備のため、
    残ったエージェントの半分を回しているんだけど、それは聞いてる?」

奏「はい……。
  ここにも知り合いのエージェントが派遣されていますから」

奏は先日、同期の戦闘エージェントを目にしていた事を思い出して頷く。

シエラ「今回は移動中のヘリの護衛でしょう?
    空戦型でAランク以上のエージェントを護衛に付けようって話になったの。
    それで、あなたが明日、本部に戻るついでに護衛を引き受けて貰えって。

    はい、これが命令書の写し」

説明と共にシエラから受け取った命令書には、確かに上司の署名がされている。

そして、命令書の内容も、シエラの説明と一致する。

奏(人手不足、ここに極まる……って所なの、かな?)

奏は心中で苦笑いを漏らす。

訓練校の警備は、今までは訓練校の職員や教員が兼務していた。

エージェントの育成をする側である教員は、
前線で活躍する一線級のエージェントに匹敵するからである。

だが、敵の装備の危険性と真相が判明した今、
本部に残されたAランクやBランクのエージェントが続々と訓練校警備にかり出されていた。

未来の魔法研究院を背負って立つ人材育成の場なのだから、当然と言えば当然だ。

そんな状況で、本部の防衛、人手不足、人員削減、
そう言った様々な要因を鑑みて条件を満たせるのが、
丁度、明日の朝には本部に帰還する自分、と言う事なのだろう。

繰り言だが、正に“人材不足、ここに極まる”……である。
214 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/07(土) 20:13:44.66 ID:+fJ5s/EE0
シエラ「あ、それともう一つ……クリスの事なのだけれど」

奏「クリス……クリスティーナの事ですか?」

突然、話題に上がったクリスの名に、奏はまた怪訝そうに首を僅かに傾げた。

シエラ「あの子も一緒に、魔力計測してもらって来てくれないかしら?」

シエラの言葉は、今度こそ謎であった。

奏「クリスに、何か問題があるんですか?」

シエラ「問題……ええ、確かに問題ね」

奏の質問に、僅かな逡巡を持ってシエラは応えた。
そして、さらに続ける。

シエラ「あの子は、保護した時の計測で魔力も運用能力もCランク
    って事で落ち着いているんだけれど……。

    最近の定期計測だと、あの子の魔力が不安定なのよ」

奏「魔力が不安定、ですか?」

シエラ「ええ……」

確認するかのような奏の問いに、
シエラは小さな溜息を漏らし、さらに続ける。
215 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/07(土) 20:18:27.71 ID:+fJ5s/EE0
シエラ「瞬間的にAランク以上の魔力量を計測したと思うと、
    突然、Dランクにまで落ちて、それでCランクに落ち着くのよ。

    まるで、秤の上に物を落としたみたいな感じでね」

奏「それは……確かに、不安定ですね」

シエラから事情を聞き、奏は思案げに漏らした。

魔力量が安定せずにやや振れ幅があると言うのは稀に耳にする話だが、
AランクとDランクの間で振れると言うのはいくら何でも異常だ。

1ランク上の魔力量を計測するには、実質、十倍の魔力が必要だと言われている。

つまり、Dランクの魔力を一とするなら、
Cは十、Bは百、Aは千、Sは万と言った具合だ。

Sランク十人分と言われる結や、Sランク二人分のリーネの最大魔力量が、
いかに膨大であるかよく分かる話ではあるが、この際、それは関係ない。

問題はクリスだ。

Aランク以上と言うのだから、計測した値は千以上一万未満と言う事だろう。
だが、それが十以下にまで急速低下し、十以上百以下の値に落ち着く。

前述通り、異常である。

シエラ「あの子の魔力運用能力がCランクのままだと、
    万が一にSランクの魔力に覚醒したら、
    第五世代クラスのギアじゃないと押さえ込めない可能性があるわ。

    リーネの時のように、この施設からAカテゴリクラスに移ってもらう可能性の検討も含めて、
    一度、しっかりと再計測しようと思っているの」

奏「そう言う事でしたら……。
  はい、了解しました」

心配そうに漏らすシエラに、奏は静かに、だが力強く応えた。

シエラ「ふふふ……よろしくね、奏先生」

教え子の頼もしげな様子に、シエラはようやく安堵の笑みを見せて呟いた。
216 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/07(土) 20:19:34.24 ID:+fJ5s/EE0
………………

女の子2「……せー? せんせー?
     奏せんせー、どうしたの?」

奏「え? あ、ああ、ごめんなさいね。どうしたのかな?」

子供達に呼ばれて、奏は慌てて向き直る。

既にヘリはスイスとイタリアの国境沿いの、その上空を飛んでいた。

奏達は貨客室の壁面に据え付けられたシートベルト付きの長椅子に、
奏を中心に一列に並んで座っていた。

女の子2「えっとね、せんせー、ぼ〜っとしてたから、どうしちゃったのかな、って」

クリス「大丈夫、奏先生? お熱でもあるの?」

右隣に座った少し心配性の女の子――クリスが、奏の顔を覗き込んで来る。

奏「大丈夫だよ。
  ちょっと、先生の先生の事を思い出していただけだから」

奏はクリスの頭をそっと撫でながら、他の子供達の不安も取り払う。
217 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/07(土) 20:20:42.82 ID:+fJ5s/EE0
男の子3「せんせーの、せんせー?」

クリスの傍らに座る男の子が、よく分からないと言った風に首を傾げる。

奏「奏先生が子供だった頃、
  奏先生にお勉強や魔法を教えてくれた先生の事だよ。

  だから、“先生の先生”」

女の子2「あ、分かった、シエラせんせーだ!」

クリスとは反対側に座っていた女の子が、元気よく応えた。

奏「そうだよ。
  でもね、奏先生には、他にもたくさんの先生がいるんだ」

女の子3「せんせーが……」

男の子1「……たくさん?」

笑顔で言った奏の言葉に、子供達は首を傾げる。

奏(気持ちを整理する、いい機会かもしれないな……)

奏はそんな事を考える。

本部に行くまでは、まだ時間もある。
懐かしい思い出話を、この子達の暇つぶしに話してあげるのも良いだろう。

奏はそう思い立つと、感慨深く口を開いた。

奏「そう、たくさん……」

奏は、母やキャスリン達、自分のこれまでの事を支えてくれた優しい人達の事を話す事にした。

奏「先ず一人目の先生は、奏先生に魔法の基本を教えてくれた先生」

エレナの言葉や行動が、結の行く道を照らす灯火になったように、
自分の恩師達の話がいつか、この子達の灯火になってくれる事を祈りながら。
218 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/07(土) 20:21:30.46 ID:+fJ5s/EE0


三時間後、魔法倫理研究院本部、医療部局――

エージェント大量虐殺事件捜査チームへの復帰と参加を果たした結とメイは、
関係者事情聴取と言う事で集中治療室から個室へと移ったばかりのザックの元を訪れていた。

メイ「おーッス、ザック兄! 元気でやってる?」

結「め、メイ、ノック!? ノック忘れてるよ!?」

ノックもせずに個室を開けたメイを、
結が慌てて止めようとするが、時既に遅し、である。

無遠慮に開かれた個室のドアの向こう、
リクライニング機能で身を起こした包帯だらけのザックと、
寄り添うように身体を傾けたロロ、二人の唇が重ねられていた。

直後、唇を重ねたままのザックとロロは、
突然の来客の気配に身を固くする。

結「〜〜〜〜っ!?」

思わず、今朝方の夢を思い出して頬を紅潮させる結と……

メイ「あ、アハハハハッ、こりゃ失礼しました〜!」

慌ててドアを閉じようとするメイ。
219 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/07(土) 20:22:57.71 ID:+fJ5s/EE0
タイミングが悪いと言うのは、いつでもある物だ。

ダイエット中のケーキ専門店のセールチラシ。
徹夜で深夜ラジオを聞いた日の抜き打ちテスト。
大型家電購入直後のメーカー大幅値下げ告知。

そして、恋人と二人きりの空間への妹分達の乱入。

まあ、ご愁傷様である。

被害者各位は、間が悪かったと諦めてもらう他ないだろう。

無論――

ザック「ちょっと待て……!」

ザックのやや怒りを込めた低い声が、二人の動きを止めた。

――被害者の感情が、その全てを許すならば、である。

メイ「アハハハ……ザック兄もロロ姉も、
   いるならいるって言ってくれれば、ノックくらいしたのに〜」

冷や汗をダラダラと垂らしながら、必死に誤魔化し笑いを浮かべるメイ。

結「ご、ごめんね、ザック君、ロロ……」

対して、結はメイの背後に身を隠しつつも素直に謝る。

メイ「あ、コラッ、結、アタシ一人に罪をなすりつける気!?」

結「ち、違うよ!?」

メイは慌てて結との態勢を入れ替えようとするが、結もそれを許さない。

ザック「いいから、二人共部屋に入れ!」

怒声を上げる兄貴分に一喝され、二人はそのままそそくさと入室する事になった。
220 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/07(土) 20:24:25.55 ID:+fJ5s/EE0
そこから数分に渡る事情説明の後――

ザック「相手が誰だろうと、ちゃんとノックくらいしろ、いいな?」

メイ「あぅ、痛っ、イタタタッ!?
   ザック兄、痛い痛い、痛いってば!」

怒りで微かに声を震わせるザックに、拳で頭をグリグリと押さえつけられながら、
メイは半泣きになって訴える。

兄貴分の愛が少々痛い、可愛い妹分への教育的指導である。

結「ぅわぁ……」

教育的指導を逃れた結も、思わず頭を抑えて身を竦ませる。

防衛エージェントとして身体をいじめ抜く程に鍛えているザックの腕力でアレをやられたら、
ちょっと身体を鍛えている程度では我慢できる物ではない。

前衛型で自分よりも身体を鍛えているメイが痛がっているのだから、
後衛型の結では本気で耐えられない。

ロロ「もぅ……二人とも、本当にノックしなきゃダメなんだからっ」

一方、ロロも、羞恥で頬を真っ赤に染めながら、
お見舞いのフルーツをナイフで切り分けていた。

二人が恋人同士であるのは、Aカテゴリクラス在籍時から周知の事実ではあるが、
幸い、そうした現場を見る事はなかった。

今日が初遭遇……と言うと、やや語弊があるが、ともあれ初遭遇である。
221 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/07(土) 20:25:33.46 ID:+fJ5s/EE0
結「え、えっと……ザック君、怪我の調子はどう?」

気を取り直した結が、ザックを気遣うように声をかける。

ザック「どう、って……まあ、見ての通り、ミイラ男だな」

ザックは言いながら、自分の身体を見渡し、結もつられるように見た。

魔力障壁も使えぬまま瓦礫の下敷きになったザックは、
全身に無数の裂傷を負っており、包帯まみれにされている。

頭も少し切っていたので、今は特徴的な跳ね気味の金髪も、
包帯の隙間から僅かに覗く程度だ。

特に、繋がったとは言え、一度は切り落とされた左腕は肩からギプスで完全に固定されている。

結「何だか……子供の頃の自分を思い出すよ」

結はザックの様子を見て、幼い頃を思い出して苦笑いを浮かべた。

九歳の誕生日を迎えた日の夜――魔導巨神事件の最終決戦において、
結は全身に深い裂傷を負った。

背中や左足など、大きなものは今も傷痕が残るほどだ。

それだけの傷を負い、結も意識不明の重体となり、
意識を取り戻してからも半月以上、包帯とギプスまみれで過ごした物である。

閑話休題。
222 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/07(土) 20:27:16.54 ID:+fJ5s/EE0
ザック「それにしても……なぁ、ロロ。
    そろそろ左腕のギプス、小さくしてくんねぇか?

    肘はともかく、手首まで固定されてると不便で……」

ザックは満足に動かせない左腕を、僅かに揺らしながら嘆息混じりに訴える。

ロロ「ダメ!
   まだ骨がちゃんと繋がってないんだから、
   無理して動かすと、二度と左腕が使えなくなっちゃうよ!?」

ロロは慌てて、ザックの左腕にそっと手を添える。

そんなロロの様子に、ザックだけでなく、結とメイも驚きで目を見開く。

多少、過敏な気もしたが、無理もないだろう。

ザックが恋人である上に、ロロはエレナやキャスリン達を救えなかった事に、
未だに多少なりとも自責の念を感じているのだ。

それに、前衛近接型のザックにとっては、
腕だけでなく、四肢が健在である事は何よりも重要だ。

結「そうだよザック君。
  後衛型の私達と違って、前衛型のザック君やメイの手足は、
  前線で戦うエージェントにとっては、貴重な財産なんだから」

結もその事の重要性を知っているため、ロロの援護もあってそう言った。

ザック「ああ……うん、そう、だな……わりぃ」

ザックは頷き、悔しそうと申し訳なさで歯切れ悪く漏らす。

それは、エージェントとしての自覚の低さを恥じて、だろうか?

ザック「悪かったな、ロロ……ちゃんと、じっくりと治すよ」

ロロ「ザック………うんっ」

ともあれ、ロロはザックが納得した事で落ち着きを取り戻す。
223 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/07(土) 20:28:14.36 ID:+fJ5s/EE0
そして、話題は自然と本題であるエージェント大量惨殺事件へとシフトして行く。

幸いにも、ロロも当事者の一人であるため、聞き込みのための人払いは必要ないだろう。

ザック「一応、ザック君にも確認を取りたいんだけど……、
    犯人が使っていたギアはこれで間違いない?」

結はジャケットの内ポケットから写真を取り出すと、それをザックに見せる。

写真には、あのヨハンが使っていた魔導ギア――トパーツィオが写されていた。

魔力のかぎ爪のない、ただの大きな金属製グローブのような形状だ。

ザック「ああ、間違いない。
    アイツが……、ヨハンの野郎が使ってたギアだ」

悔しそうに漏らすザックの言葉に、結とメイは顔を見合わせて頷き合う。

名前に関してはまだ箝口令が敷かれているが、
この面子の間のやり取りならば問題ないだろう。
224 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/07(土) 20:29:03.81 ID:+fJ5s/EE0
結「それで……あの日、犯人の背後関係を思わせるような事、
  犯人自身の口から何か聞いてない?」

ザック「………わりぃけど、そっち方面は何も聞いてねぇよ。
    やれ白人がどうだ、我が民族は何だ、って
    自己主張の激しい事ばかり喚き散らしてばかりでさ」

結「そっか……」

自分の質問に答えてくれたザックの言葉に、結は小さく肩を竦めた。

既に昨日の内にリーネにも事情聴取が行われたらしいが、
“報酬”と言う言葉以外、彼の背後関係を匂わせる証言はない。

聞く所によると、ヨハンは逮捕されてからずっと恐慌状態らしく、
まともな取り調べが出来る状況ではないらしい。

まあ、演技の可能性が大きいので、
南米での作戦に出払っている“尋問”を専門としたエージェント達が戻ったら、
多少の恐慌状態は強制的に和らぐ事だろう。

ザック「まあ、エレナ姉の話ぶりからしても、
    あんなチンピラ野郎が作れる装備じゃねぇな」

メイ「だね、それは間違いないよ」

ザックの推察に、メイも頷く。
225 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/07(土) 20:30:33.70 ID:+fJ5s/EE0
ロロ「凶悪な連続殺人犯ではあったけど、
   最底辺の魔導師にあれだけの力を与える呪具系のギア………か」

そう呟いたロロの表情が翳る。

ロロ「……そんな物が世界中に出回ったら……」

そして、そんな言葉を付け加えた。

その最悪の推測は、まだ訓練生でしかないリーネすら思い浮かべた可能性だった。

もしも、ヨハンが使ったのと同じ装備がテロリスト――既に壊滅して久しいが、
魔導猟団のような過激派グループに渡れば、世界中で悲惨な魔法戦争が起こりかねない。

幼い頃にテロに遭遇し、指を吹き飛ばされかけ、
両親を殺されかけた事もあるロロにしてみれば、それは許し難い事態だった。

無論、既に捜査チームだけでなく、研究院上層部の間でも取り沙汰され、
大きな問題となっている。

第七世代開発にかかり切りだったギア開発チームも、
今はその人員の大半を件のギアの解析に回している程だ。

それに加えて――

結「大丈夫だよ……ロロ。私達がそんな事、絶対にさせない」

結は自らの決意を口にし、さらにそれを受けたメイが続ける。

メイ「そうそう、ロロ姉!
   アタシ達捜査チームが絶対に黒幕引っ張り出して、
   速攻で監獄送りにしてやるから、安心してよ!」

メイは最後にはニッコリと笑いサムズアップを向け、
結も決意の色を漂わせる笑みを浮かべた。

ロロ「結……メイ……」

頼もしい妹分達の言葉に、ロロは目を潤ませる。
226 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/07(土) 20:31:59.80 ID:+fJ5s/EE0
結「それと……昔、研究院に在籍してた、
  フリーランスの研究者って人も呼ばれたみたいだしね」

ザック「在籍してたって事は、元研究エージェントって事か」

結の言葉を聞いて、ザックは納得したように頷いた。

確かに、今は一人でも応援の手が欲しい所だろう。

元とは言え、研究エージェントが応援に駆け付けてくれるのは頼もしい。

だが、結は首を振ってザックの推測を否定する。

結「ううん……何でも、昔は医療エージェントだったらしいよ。
  十七年くらい前まで研究院に在籍していた人だって」

ロロ「医療エージェント?」

結の話を聞いて、ロロは自らも所属する救命エージェント隊の先輩の話題に首を傾げる。

結「トリスタン・ゲントナーさん。
  ドイツ出身の人らしいけれど、在籍していた訓練校はロンドン。

  今、三十九歳って話だから、
  エージェントとしての在籍期間は八年くらい、かな?」

結は、つい数時間前に目を通した資料を思い出しながら呟く。

ザック「その元医療エージェントが、何でまた研究者なんてやってんだ?」

メイ「当時、ロンドン訓練校の講師だったラルフ総隊長にも聞いたけど、
   何でも半分は学生の頃からの趣味らしいよ。

   呪具と古代魔法文明の関連に関する研究とかで」

怪訝そうな声を漏らすザックに、今度はメイが答える。

ロロ「呪具の専門家……それなら納得だね」

ロロはようやく納得したように呟いた。
227 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/07(土) 20:33:12.35 ID:+fJ5s/EE0


結達がザックの病室を訪れたのと同じ頃、本部研究棟――

ギア開発チームの元を訪れたラルフは、
結が入手した呪術系ギア解析の進捗を聞き、
リノの見送りで再び捜査本部へと戻る最中であった。

ラルフ「悪いね……エージェント・バレンシア。
    本来ならば、第七世代ギア開発に割くべき所を、
    コチラに協力してもらうような事態になってしまって……」

リノ「いえ……第七世代開発も急務ですが、今はあのギアの解析の方が急務ですから」

申し訳なさそうに語るラルフに、リノは小さな溜息混じりに呟いた。

ラルフ「辛いなら……休んでいた方がいいのではないかな?」

リノの溜息を、ラルフは疲れと取ったようだ。

エレナの死からまだ七日しか経っていないだから、当然だろう。

本来ならば、気持ちの整理を付ける時間も、
まだ九ヶ月でしかない息子のラウルの世話をする時間も必要だろう。

事実、ラルフの声音はリノを責めるようなものではなく、
彼の心情を慮った響きがあった。

しかし、リノは頭を振る。

リノ「いえ……この事件が解決するまでは……。
   エレナにしっかりと報告してやれる結果が出るまでは、
   休むワケにはいきませんよ」

リノはともすれば悲壮感すら感じさせる決意を口にした。

被害者の遺族――伴侶であったが故に捜査チーム本隊への参加を諦めた以上、
今のリノに出来るのは自身の関わっているギア開発チームを通しての捜査協力だけだった。

ラルフ「………そうか」

ラルフも彼の決意を察して、それ以上は言及しなかった。
228 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/07(土) 20:34:37.81 ID:+fJ5s/EE0
二人はそのまま、無言で歩く。

そして、やや話しづらい空気に包まれた二人が、
研究棟出口のロビーに差し掛かった時だった。

正面から歩いて来る二人組に気付いたラルフが立ち止まり、
それに合わせてリノが立ち止まる。

眼鏡をかけ、ボサボサの黒髪を首の後ろでまとめた、
年の頃四十前後と言った白衣の男性と、
それに付き従うような様子の、
長い焦げ茶色の髪と切れ長の目が特徴的な十代半ばの少女だった。

二人とも大きめの鞄を持ち、辺りを見渡している。

男性「おや、アルノルト教官ですか?」

白衣の男性が気付いたようで、にこやかな笑みを浮かべてラルフに声をかけて来た。

ラルフ「ん? ……エージェント・ゲントナー!
    あ、いや、ゲントナー協力員、もう着いたのかね?」

ラルフは驚いたような声を上げると、やや早足で男性に駆け寄る。

そう、彼こそが結達が話題にしていた、
呪具と古代魔法文明の関連を研究しているフリーランスエージェント、
トリスタン・ゲントナーだった。

トリスタン「ええ。丁度、暇を持てあましておりましたので。

      それに、協力員はやめて下さい。
      学生時代のようにゲントナーで結構です」

ラルフ「む? そ、そうかね?」

苦笑いを浮かべるトリスタンに、ラルフは少々面食らったように漏らす。
229 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/07(土) 20:35:28.64 ID:+fJ5s/EE0
リノ「エージェント・アルノルト……こちらの方は?」

追い付いたリノが、怪訝そうに尋ねる。

ラルフ「うん? ああ、そうか、君は初対面だったね。
    彼が今回のギア解析に協力してくれるフリーランスエージェントの、
    トリスタン・ゲントナー君だ」

一瞬、怪訝そうにしたラルフだったが、
すぐにその事に思い至り、リノにトリスタンを紹介する。

リノ「ああ、コチラの方がそうでしたか。
   申し遅れました、僕はリノ……」

トリスタン「英雄バレンシアの事でしたら、よく存じていますよ」

自己紹介を始めるリノの言葉を遮って、トリスタンは手を差し出して来る。

リノ「先輩にまで名前を覚えていただけるとは、光栄です」

リノもそれに応えて、差し出された手を握り返す。

トリスタン「ハハハッ、いやいや、君のような有名人に先輩と呼ばれるとこそばゆいね」

口では謙遜した様子のトリスタンだが、目には揺るがぬ自信のような色が垣間見える。

長年、在野の研究者として過ごして来た経験が成せる物だろうか?

と、その時だった。
230 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/07(土) 20:36:46.44 ID:+fJ5s/EE0
少女「お父様……」

トリスタンの背後に控えていた少女が、やや控え目に声をかけて来た。

ラルフ「お父様? 君の子かね?」

トリスタン「ええ。
      ほら、シルヴィア、挨拶なさい」

ラルフの質問に応えると、トリスタンはそう言って少女――シルヴィアを前に出す。

シルヴィア「お初にお目に掛かります、
      シルヴィア・ゲントナーと申します」

シルヴィアは恭しく頭を垂れながら挨拶をする。

ラルフ「結婚、していたのかね?」

トリスタン「ええ、まあ。
      と言っても、式も挙げていませんし、この子も死んだ妻の連れ子ですが」

驚いた様子のラルフに、トリスタンは誤魔化し笑いのような乾いた笑みを浮かべた。

一方、リノは“死んだ妻”と言う言葉にピクリと肩を震わせる。

しかし、トリスタンはそれに気付いた様子もなく続ける。

トリスタン「娘に本部を見学させたいのですが、よろしいですか?」

ラルフ「それは構わないが……」

いつ亡妻と知り合ったのか、彼女が亡くなったのはいつの頃か、
そんな口には出せない様々な憶測に困惑していたラルフは、
トリスタンの申し出に戸惑い気味に頷く。

ラルフ「しかし、新本部は君も初めてだろう?」

トリスタン「ええ、ですから尚のこと、先に娘に見せてあげたいと思いまして」

トリスタンは怪訝そうな表情を浮かべたラルフにそう言って、優しげな笑みを見せた。
231 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/07(土) 20:38:11.93 ID:+fJ5s/EE0
研究院にエージェントとして所属していた魔法研究者が、
研究院を辞めてフリーランスになるのは、
何も違法な研究をするために離反するとは限らない。

潤沢な資金を必要としない研究や、遺跡研究、呪具の触媒探しなど、
自身の目で見なければ本質を捉え難い研究などは、外に出る場合も多い。

トリスタンもその類の研究者の一人で、
ごく稀に研究院の蔵書の一部を参照する以外は基本的にフィールドワークが殆どだ。

今回のような機会を逃せば、娘に研究院本部を見学させてあげられない。

そんな親心のようなモノだろうと、ラルフは判断した。

ラルフ「ふむ……では、この研究棟は無理だが、他の施設ならば見学を許そう」

トリスタン「ええ、それで構いません。
      ありがとうございます、アルノルト教官。

      さぁ、シルヴィア、お前もお礼を言いなさい」

シルヴィア「ありがとうございます」

トリスタンに促され、シルヴィアは深々と頭を垂れる。

リノ(随分と引っ込み思案な子だな……)

来客の様子を観察していたリノは、不意にそんな事を思った。

先ほどから、このシルヴィアと言う少女は、
父の事を呼んだ時以外、彼に促された行動しかしていない。

まあ、これだけ設備の整った海上都市など生まれて初めてだろうし、
緊張しているのだろう。
232 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/07(土) 20:39:03.18 ID:+fJ5s/EE0
シルヴィアは無言で小さく会釈をすると、鞄を抱えたまま研究棟の外に向かった。

トリスタン「おや、荷物を持ったまま行ってしまったか」

トリスタンは苦笑いを浮かべ、
ボサボサの髪を撫でつけるようにして頭を掻いた。

ラルフ「研究用の機材が入っているのかね?」

トリスタン「ああ、そう言ったモノは全てコチラ……私の鞄に」

ラルフの質問に、トリスタンは心配するなと言いたげに
自分の持つ鞄を軽く叩いて見せてから、さらに続ける。

トリスタン「あちらはあの子の私物ですよ。
      そそっかしい所は誰に似たのか……いやはや、お恥ずかしい」

トリスタンは苦笑いを浮かべながら呟いた。
233 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/07(土) 20:40:13.98 ID:+fJ5s/EE0
リノ「………?」

その時、リノは奇妙な違和感を覚えた。

リノ(何だ……?)

十年以上、捜査エージェントとして第一線を張り続けた直感が、
その奇妙な違和感に警鐘を鳴らす。

しかし、総合戦技教導隊の発足準備のため研究エージェント隊の戦技研究課に出向し、
第一線を退いて早二年。

さらに最愛の妻の死。

デスクワークの退屈さと哀しみのショックで、
多少、神経質になり過ぎているだけなのかもしれない。

リノ(いくら何でも、過敏になり過ぎているのかも、しれないな……)

心中で嘆息を漏らすと、リノごく僅かに頭を振った。

リノ「エージェント・アルノルト、研究室までの案内は僕が」

ラルフ「うむ、では任せたよ、エージェント・バレンシア」

リノの言葉を受けて、ラルフは客人を彼に任せ、その場を辞した。

リノとトリスタンは、研究棟から出て行くラルフの背を見送ってから向き合う。

リノ「ではゲントナー協力員、こちらです」

トリスタン「はい、よろしくお願いします。エージェント・バレンシア」

リノに案内されるまま、トリスタンは歩き出した。
234 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/07(土) 20:41:22.17 ID:+fJ5s/EE0
一方、ラルフよりも先に研究棟の外に出たシルヴィアは、
研究棟の裏手、やや遠くに医療部局の病棟を臨む場所を歩いていた。

荷物の中から、ピンポン球のような黒い球体を幾つか取り出し、
近くの植え込みに放り込むと、足早に別の場所へと向かう。

そして、辿り着いた通路脇のベンチの下に、
やはり黒い球体を放り込む。

すると、視界の端にネイビーブルーの物体が過ぎった。

シルヴィア「ヘリ……?」

謎の行動を続ける少女は、ネイビーブルーの物体がヘリだと分かると、怪訝そうに呟く。

視線で追い続けるヘリが、病棟の屋上に降りる。

もうお分かりだろう。
そう、つい数時間前にスイスの若年者保護観察施設を飛び立った、
奏やクリス達を乗せたヘリだ。

シルヴィアは、そのヘリから感じる魔力に、僅かな違和感を覚えていた。

彼女も、トリスタンの研究のために魔法の心得があるのだろう。

シルヴィア「ザフィーア、ヘリの魔力をサーチ……」

少女は右手首のブレスレット――ギア・ザフィーアに指示を送る。
235 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/07(土) 20:42:03.52 ID:+fJ5s/EE0
ザフィーア<魔力サーチ開始――
      ライブラリ参照――
      タイプ2遺伝子と同形の魔力波長を感知――
      適合率99.97%>

するとギアは淡々と機械的に解析結果を伝えて来る。

研究院のギアにも機械的に話すギアはいるが、
その比ではない、正に機械の如き発声。

しかし、シルヴィアはそんな事には気を止めた様子もなく、
口元を微かに歪めた。

シルヴィア「見付けた……」

その呟きと同時に、トリスタンのギアに向けて回線を開く。

シルヴィア<朗報です、博士。タイプ2を発見しました>

博士。
思念通話の中で少女は、先ほど父と呼んだ男性の事を、確かにそう呼んでいた。
236 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/07(土) 20:43:26.34 ID:+fJ5s/EE0
対してトリスタンも、リノによる案内の道中、その念話を受け取っていた。

トリスタン「ふむ………」

念話を受け取ったトリスタンは、白衣の上に付けていたギア――
緑色のバングルを一瞥しながら、小さく息を漏らした。

リノ「どうされました?」

トリスタン「ああ、いえ……予定外の……少々、嬉しい事態が発生しまして」

首だけ僅かに振り返って尋ねて来るリノに、トリスタンは笑顔を浮かべる。

リノ「嬉しい、事態?」

トリスタン「ええ、あの子から思念通話で、ね」

リノの質問に答え、トリスタンは腕につけた緑色のバングルを見せた。

リノ「珍しいタイプのギアですね。自作ですか?」

トリスタン「ええ……。
      古代史研究がてら、呪具をベースに製作したモノです」

会話を続けながら、二人は件のギアを解析している研究室の前に辿り着く。

リノ「呪具を……ベースに?」

研究室の扉を開こうとしたリノが、その言葉を聞きつけて手を止める。

トリスタン「ええ……呪具研究に関連して呼ばれたワケですし、
      何かおかしい事でも?」

トリスタンは苦笑うかのような声音で、質問を返す。

だが、その質問がリノの中で先ほど鳴らされた警鐘を激しく打った。

気付かれぬように掌に魔力を集め、多重術式の展開準備を始める。
237 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/07(土) 20:45:07.21 ID:+fJ5s/EE0
リノ「つかぬ事を窺いますが………つい先ほどと今し方、
   疑問に対して……いえ、疑問が湧くであろう可能性に対して、
   解答で先回りされるような物言いをされていますね?」

リノは振り返らず、全神経を背後に集中しながら尋ねる。

リノ(呪具は、手持ちがない……。
   ライオテンペスタは、こんな狭い場所では使えない……。

   どうする……?)

心の片隅で警鐘が止む事を祈りながらも、
リノは凄まじい速度で思考を巡らせる。

トリスタン「ああ……やはり、君は誤魔化せないか。
      まあ、ここまでの侵入が成功しただけでも良しとしよう。うん」

トリスタンはどこか他人事のように呟いた。

予想していた中でも最悪の展開に近い言葉を耳にして、リノは身を強張らせた。

だが、直後の言葉は彼の予想を上回った。

トリスタン「ヨハンが使っていたトパーツィオを、返してもらいに来たよ」

背後の男が発した言葉は、犯人――ヨハンとの繋がりがなければ出ない言葉だった。

ヨハンの名と、彼が使っていたギアと魔導機獣の名を知るのは、
解析チームの一部と、捜査担当者だけなのだから。
238 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/07(土) 20:46:54.36 ID:+fJ5s/EE0
そして、それが意味するのは――

リノ(犯人の関係者!?)

リノは直ぐにその事に思い至り、逆に思考が冷静に研ぎ澄まされて行くのを感じた。

だが――

トリスタン「奥方の遺体は、どんな状態だったかな?」

直後、まるで朗らかな世間話をするかのような気軽さで紡がれた言葉に、
果たして、リノは冷静ではいられなかった。

恐らくは真犯人。
事件の黒幕。
呪具系ギア――トパーツィオの制作者。
シルヴィアの現在の位置。
彼らの目的。
用意すべき術式。
最善の対処法。

そんな思考の全てを吹き飛ばされ、
怒りの形相で振り返ったリノは、そこで驚くべき光景を目にした。

リノ「っ、これは!?」

息を飲むリノと、悠然と笑みを浮かべるトリスタンとの間に、
黒い身体の人間大の機械人形。

突如として現れたソレは、サイズこそ小さいものの、
間違いなく魔導機人であった。

トリスタン「さぁ、計画を次の段階に移行するための準備を、始めようじゃないか」

芝居がかった口調で言ったトリスタンの手から、
シルヴィアが持っていたのと同じ黒い球体が落とされた。

第20話「結、進まぬ捜査と動く事件と」・了
239 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/04/07(土) 20:47:51.54 ID:+fJ5s/EE0
今回は以上となります。
次回は……出来るならば来週までにはw
240 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/04/07(土) 21:31:42.32 ID:m4KHt8Mm0
乙ですたー!&お待ちしてました♪
事件がようやく動き出した・・・・・・ら、リノさん大ピンチ!!
しかしコレは、亡きエレナさんの導きと見るべきか・・・予断は許さないと言うより、目の前のトリスタンがどう出るか解らない以上、やっぱりピンチですよねぇ・・・。
ザック君とロロ、着実に進展しているようで嬉しい限りです。若いって良いなぁw
あと細かいところですが、奏達が乗ったヘリ。色がネイビーブルーという所がとても英国らしくて良いですね!
きっとランディングギアの収納スペース内は、ダックエッググリーンで塗装されているに違いない!
それにしてもヨハン・・・・・・よっぽど結に恐怖を植えつけられたんだろうなぁ・・・・・・いやまあ、自業自得なんですが。
次回も楽しみにさせていただきます。


追伸ですが、結の途中経過を下記のurlにうpしてみました。
『up3066.jpg』がソレです。
まだラフの段階で、お目汚しですが、ご覧いただければ幸いです。

ttp://freedeai.silk.to/up/index.html
241 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/08(日) 14:38:49.03 ID:QjgkZldb0
お読み下さりありがとうございまーす。

>リノ大ピンチ
気付いた時には完全に王手をかけられている状態ですからね。
しかも、狭い研究棟内で相手は準備万端……防戦側にはかなり不利な状況です。

>ザックとロロ
今の所、安心して見ていられるカップルがこの二人しかいませんからね。
小さな子を出す以外でほのぼのさせるための最終手段でもありますw

>ヘリが英国らしくて
お気づきいただきありがとうございますw
正にその通り、英国軍からの買い上げ……と言う体で書いております。

>ヨハン
ヨハンの場合、真の出身地が某半島の南なので、
演技なのかマジなのか疑わしい気もします、が、自業自得なのは仰るとおりですw
吐ける真実も無いのに画面外で拷m……尋問される運命にあるかと思うと、中々に胸熱です。

>結のラフ
ありがとうございますっ!
いやぁ、“可愛い”と言うよりも“優しそう”な雰囲気の表情で、実にイメージ通りです。
完成を楽しみにしております。
と、それと同時に失礼ながらココ(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1316092046/953)にもある通り、
結(エージェント版)の髪型はポニーテールとさせていただいております。
御厚意で描いて貰っておきながら失礼とは思いましたが、今の内に訂正させていただきます(汗
242 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/04/08(日) 15:42:43.81 ID:dY0VgudX0
>>結のラフ
>ありがとうございますっ!
お褒めいただき、ありがとうございますっっ!
表情や顔つきは、作中のイメージを思い出しながら描いたにも関らず、私が女の子を描くときのテンプレじみた作りになってしまい
実はひやひやしていたので、嬉しい限りです♪
髪型の件ですが、実は・・・・・・この絵は第一部、つまり9歳時点での結を描いたつもりでして・・・・・・ええ、ロリに見えないのは
私の責任であります(汗)。
スタイルが第三部に近いのは、魔導巨神戦でのローブがどうしても思い浮かばなくて、思い切って15歳版の魔導装束を着せてしまったためでして(大汗)。
ここである程度形を掴み、決まったところで新たにバランスやプロポーションを整えて、ポニーテールの15歳版結を描く予定で考えております。
・・・・・・白い悪魔さんにならないよう気をつけなくては(滝汗)。


しかし、今回初めて、いわゆる”魔法少女”を描いてみて思ったのですが・・・・・・難 し い ! !
趣味ですが、メカやリーマンスーツのおっさんや兄ちゃんを描いてきた身で、夢や希望、魔法をイメージさせる服がコレほど難しいとは思いもよりませんでした。
魔導装束の肩と袖が膨らんでいるのは、せめてもの意地の見せ所です。
膨らんだ袖は女の子の夢!赤毛のアン・シャーリーが言ってるんだから間違いない!!と言う事でww
それでは、次は完成の折に。

243 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/04/08(日) 22:31:05.69 ID:j9yIk0Oso
ほとばしるように乙!
244 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/09(月) 18:57:05.01 ID:vgUhhG120
>>243
お読み下さり、ありがとうござます。

>>242
>第一部
なるほど、そう言う事でしたか(汗
確かに、第一・二部版は基本的に“白のローブ”としか書いてませんからねぇ……(目逸らし
完成版は第三部版になると言う事なので、楽しみさせていただきま〜す。

>白い悪魔さん
テレ東の再放送で久々に見ましたが、やはり「頭冷やそうか」が怖いッスw

>魔法少女は難しい
自分も二次創作以外では初魔法少女なので苦戦しております。
バトル物で魔法少女らしさを保つのって難しいですよね。
……………既に魔法少女らしくないのはご容赦をw

>膨らんだ袖は女の子の夢
あのふんわりとした感じが良いですよね。
長袖と半袖で呼び方が違うと知った時は衝撃的でした。
245 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/04/14(土) 21:04:51.69 ID:dQic0RBz0
そろそろ最新話の投下を始めます
246 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/14(土) 21:05:27.06 ID:dQic0RBz0
第21話「奏、新たな力と共に」



トリスタンがその本性を明らかにする少し前。
魔法倫理研究院本部、研究棟、第七世代ギア開発室――

ここでは、アレックスら研究エージェント達が第七世代ギアの開発と並行し、
結が回収したヨハンのギア――トパーツィオの解析を行っていた。

トパーツィオは解析術式の上に置かれ、術式から流れ込んだ波長を解析したギアが、
専用のモニターに様々な情報を映し出して行く。

研究者1「しかし、凄いな……ここまで細かな呪具の集合体は……」

研究者2「ええ……ある種、芸術的でもありますよ」

研究者達は解析データを見ながら、感嘆混じりに呟いた。

アレックス「ですけど……使い手を選びますね、コレは」

データを参照していたアレックスは、やや呆れたように漏らす。

研究者3「そうね。
     ハッキリ言って、人をギア化するような構造だわ。

     コレ本体の設計は中々のモノだけれど、
     使用者の事を一切考えていないのが目に見えているわ」

やや離れた所でデータを纏めている女性研究者が、アレックスに同意して溜息を漏らした。
247 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/14(土) 21:06:01.24 ID:dQic0RBz0
アレックス(ヨハン・パークに同情するつもりはないけれど、
      こんなギアを長時間使ったら並の魔導師じゃ魔力減衰を引き起こしかねないな)

アレックスはそんな事を考えながら、纏められたデータを見て溜息を漏らした。

言ってみれば、この呪具ギアは魔導ギアとはまるで違う系統の設計思想を持ったギアだった。

強いて言うならば、発電所を組み込まれた電気製品と言うべきだろうか?

第五世代魔導ギアも大幅な魔力増幅が可能だが、このギアの魔力増幅係数はその比ではない。
このギアは、Dランク以下の矮小な魔力でも、流し込めばSランクに匹敵する出力を生み出してしまえる。

さらに、魔力増幅用呪具を幾つも組み合わせ、それぞれの呪具が相互に作用し合う事で、
本来は使い捨てであるハズの呪具の使用時間を驚異的な長さにまで伸ばし、
さらには永続的に使用できるような構造となっていた。

使用者はこの発電所のオペレーターであり、
発電所に直結された電気製品のユーザーであり、
加えて言うならば使用者自身もそのシステムの一部となる設計思想だ。

電気製品を使うユーザーの要望に合わせて、ユーザー自身の管理する発電所が電力を供給する。

しかし、その発電の起点となる燃料は、ユーザー自身が提供しなければならない。
248 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/14(土) 21:06:30.59 ID:dQic0RBz0
だが、ユーザー自身が持っている燃料の総量は限定的なモノだ。

ユーザーが電気製品を使えば使うほど、
発電所はユーザー自身の燃料を消費して電力を生み出す。

電気製品を魔法、発電所をギア本体、
燃料を使用者の魔力に置き換えれば答えは明白だ。

過度な魔法の使用に、ギア本体は最初は緩やかに、
だが次第に過度の魔力を使用者に要求し、半ば強制的に吸い上げる。

如何に絶大な増幅係数を誇るギアであっても、使用者とギアの関係性は変わらない。

Bランク以上の魔導師ならば気にも止めず、体力の限界まで戦闘する事の出来るギアだろう。

だが、Cランク以下の魔導師……Dランク以下ならば、長時間の戦闘はそれだけで命取りだ。

そして、過度の魔力消費は魔力減衰を引き起こし、最悪、死に至る。

それを防ぐための安全装置が、このギアには存在していない。

アレックス(最初から無いのか、付け忘れたのか……
      それとも、安全装置が別に存在するのか……)

アレックスがそんな事を考え出した時だった。

研究室の外が、にわかに騒がしくなる。

どうやら、研究室前の廊下で誰かが暴れているようだった。
249 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/14(土) 21:07:17.28 ID:dQic0RBz0
研究者4「何だ? 誰が騒いでいるんだ?」

研究者の一人が顔をしかめて扉へと向かう。

その瞬間――

ヴェステージ『アレックス、室外に異常な魔力反応である!』

傍らに置かれていたヴェステージが、共有回線を開いて叫ぶ。

アレックス「っ!?」

アレックスは息を飲んで扉へと向かった研究者を見た。

彼は既に扉のノブに手をかけている。

アレックス「待って下さい!」

??「開けるなっ!」

アレックスの叫びと、廊下から聞こえた鋭い声、
そして、研究者が扉を開いたのは同時であった。

数体の黒い人影が、扉を開けた研究者を押しやってなだれ込んで来る。

研究者1「な、何だ、コイツらは!?」

研究者3「魔導機人!? こんな小型の魔導機人が何で!?」

途端、研究室はパニックに陥った。
250 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/14(土) 21:07:49.91 ID:dQic0RBz0
アレックス「ヴェステージッ!」

アレックスはヴェステージを手に取ると、白衣を基調とした魔導防護服を纏って躍り出る。

同様に、戦闘の心得のある研究者数人が汎用ギアを手にアレックスの後方に陣取る。

リノ「敵襲だ、エージェント・フィッツジェラルド!」

アレックス「エージェント・バレンシア!?」

転がり込むように現れたリノに、アレックスは驚きの声を上げる。
どうやら、廊下から聞こえた声も彼のもののようだ。

小型魔導機人に押しやられた研究者も、リノの手で救助されたようで、
他の研究者達に支えられて研究室の奥へと退避する。

そして、再び、敵がなだれ込んで来た出入り口を見ると、
小型魔導機人達に守られるようにして、ボサボサの黒髪に白衣の男性が踏み入って来る。

トリスタン「おやおや、こんな所にも高ランクのエージェントとは……。
      これは少々、手間取りそうだね」

白衣の男性――トリスタンは他人事のように言うと、口元に薄ら笑いを浮かべた。

そして、鞄の中から黒い球体を幾つか取り出し、研究室内に放り投げる。
すると黒い球体は弾け、球体一個につき三体の小型魔導機人が現れた。
251 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/14(土) 21:08:17.35 ID:dQic0RBz0
アレックス「魔導機人召喚呪具!?」

トリスタン「ああ、何でも“機人魔導兵”だったかな?
      それの召喚用呪具だよ。

      まだ試作段階らしく、一回限りの使い捨てだがね」

驚くアレックスに、トリスタンは辺りを見渡しながら呟く。

トリスタンが機人魔導兵と言ったソレは、
研究者達の見立て通り、小型の魔導機人であった。

人間の骨格標本のような本体は幾本もの細いパイプで補強され、
所々にチューブが巻き付いたようにも見える、黒一色の外観。

一見して死霊の類と言われても納得してしまうソレは、
だが確かに人の手で造られた金属質な光沢を放っている。

リノ「フリーランスエージェント、トリスタン・ゲントナーは、
   特秘案件D16主犯の可能性有り!
   捜査本部に緊急要請!」

リノは奥にいる非戦闘要員系の研究者達に向かって指示を出す。

特秘案件D16とは、未だに箝口令の完全解除の行われていない、
エージェント大量惨殺事件を示す暗号だ。

研究者2「は、はい!」

一人の研究者が応えて、通信用ギアを手に取った。
252 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/14(土) 21:09:11.62 ID:dQic0RBz0
同じ頃、医療部局内の廊下――

まだ容疑者――トリスタンの襲撃を知らぬ結とメイは、
ザックとロロの聴取……と言う名の雑談を終え、
報告と打ち合わせのため、オフィスに戻る途中であった。

メイ「あ、カナ姉!」

すると、正面から歩いてくる一団の先頭にいる人物に気付き、メイが声を弾ませる。

結「奏ちゃん、それにクリス達も?」

結も喜色を含ませた声を上げ、彼女が連れている子供達に驚きの声を重ねた。

奏もコチラに気付いたようで、小さく手を振って来る。

メイ「おかえりっ、カナ姉!」

奏「ただいま、メイ。それに結も」

奏は駆け寄って来るメイににこやかに答えると、後から来た結にも笑顔を向ける。

男の子1「結おねえちゃーん!」

女の子1「またお姉ちゃんに会えたー!」

メイに追い付いた結に向かって、何人かの子供が飛びついて来た。

結「わっ!? み、みんな、病院で暴れちゃダメだよ?」

結は子供達をたじろぎながらも受け止め、ゆっくりと床に立たせる。

男の子1「えへへ〜」

女の子1「ごめんなさ〜い」

悪びれた様子もなく、屈託のない笑みを浮かべる子供達に、結は穏やかな溜息を漏らした。
253 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/14(土) 21:09:48.82 ID:dQic0RBz0
メイ「おぅおぅ、懐かれてるねぇ」

奏「もう、茶化さないの」

ニンマリとした笑みを浮かべたメイに、
奏は僅かに困ったような笑みを浮かべて窘める。

メイ「あぁん、もぅ、カナ姉は優しいなぁ〜。
   すぐ手を上げる暴力兄と暴力姉にも見習って欲しいよ」

メイは奏に縋り付きながら言った。

奏「暴力兄と暴力姉って、もしかしてザックとフランの事?
  そんな事聞いたら、二人が怒るよ?」

一瞬、首を傾げた奏だったが、合点が行くとメッと人差し指を立てて窘めた。

メイ「嗚呼、この感じこの感じ……癒されるなぁ」

対して、メイは聞き入れた様子もなく、縋り付いた奏の胸に頬ずりをする。

男がやったら痴漢だが、同性の年下、
それも妹分がやる分にはただのスキンシップである。

奏「ほらほら、子供達の前で甘えない」

奏はそう言ってメイを引き剥がす。

既に何人かの子供は、奏とメイの間に割って入ろうとしている。

そして、その様子を見て自分も割って入ろうか、
甘えるべきかと悩んでウズウズしている様子のクリスが結の目に入る。

結(何だか、ちっちゃい頃のリーネみたい……)

結はその様子を見ながら、数年前のリーネを思い出して思わず噴き出しそうになるのを堪えた。
254 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/14(土) 21:10:20.72 ID:dQic0RBz0
リーネも昔は甘えん坊で、結、奏、フランなどの
“お気に入りのお姉ちゃん”が誰かと仲良くしていると割って入っていた。

年長組の卒業と同じくして、彼女にとって初めて後輩――
弟妹分のアンディとユーリが入学してからは、姉たらんとして甘えるのを我慢していた。

どうやら、クリスにもそんな時期が訪れているようである。

結「ちゃんとお姉ちゃんしてるんだね。偉いよ、クリス」

結は微笑ましそうに言って、クリスの頭を撫でた。

クリス「あぅ……」

結の突然の不意打ちに、クリスは頬を紅潮させて俯く。

女の子2「クリスお姉ちゃん、お顔まっかー」

クリス「ま、真っ赤なんかじゃないよ!」

それに気付いた子供に囃し立てられ、クリスはさらに顔を赤くした。

結(ああ……いいなぁ……)

最近、事件絡みで殺伐とした気分を味わってばかりだった結は、
その光景に久方の平和を享受している実感を覚え、目を細めた。

そうだ、自分はこの平和を守るために戦うんだ。

結がまた、そんな決意を新たにした瞬間だった。

平和は――
255 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/14(土) 21:10:46.87 ID:dQic0RBz0
放送『敵性魔導師警報!

   本部敷地内、研究棟内部に敵性魔導師侵入!
   敵性魔導師は特秘案件D16関係者であると判明!
 
   特秘案件D16担当エージェントは即座に研究棟へ向かわれたし!
   繰り返す、特秘案件D16担当エージェントは即座に研究棟へ向かわれたし!』

――音を立てて崩れた。

結「て、敵襲!?」

メイ「本部敷地内って、マジで!?」

特秘案件D16――エージェント大量惨殺事件の担当である結とメイは、
アナウンスの内容に愕然とする。

だが、平和を崩すアナウンスはさらに続く。

放送『本部各地で異常魔力反応検知!
   敵性魔導師の仕業と思われる!

   待機要員及び戦闘可能要員は緊急マニュアルに従い、直ちに非戦闘員を保護せよ!
   繰り返す、待機要員及び戦闘可能要員は直ちに非戦闘員を保護せよ!』

放送『各部シェルター解放!
   非戦闘員はシェルターに退避せよ!
   繰り返す、非戦闘員はシェルターに退避せよ!

   これは訓練ではない!
   繰り返す、これは訓練ではない!』

立て続けのアナウンスが、切迫した状況を伝えてくる。
256 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/14(土) 21:11:23.38 ID:dQic0RBz0
男の子2「せ、せんえぇ……」

女の子3「おねぇちゃん……」

子供達は不安げに結や奏に縋り付いて来る。

奏「大丈夫だよ……。
  さあ、先生と一緒に避難しようね」

そんな子供達に対して、奏は内心の不安を押し殺し、
笑顔すら浮かべて言い切った。

今は、この子達の不安を取り除くのが最優先である。

奏「結、メイ。
  ボクはこの子達を避難させたら、ここのシェルターの護衛に入るよ」

奏の言葉に二人は頷くと、結は自分に縋り付いている子供達をそっと奏に預け、
メイもそれを見届けると、同時に踵を返して走り出した。
257 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/14(土) 21:11:53.23 ID:dQic0RBz0
結「本部を直接、襲って来るなんて……!」

メイ「くぅ〜っ、アタシら、完全に手の平で踊らされてるじゃん!」

奏達に声が届かない距離まで離れてから、結とメイは悔しそうに漏らす。

四日前のAカテゴリクラス襲撃の件で、
本部に残っていたエージェントの大半は欧州各地の防衛に回されている。

油断が無かったとは言わないが、遺跡の襲撃と盗掘、
エージェント大量惨殺、Aカテゴリクラス襲撃と、
犯人の意図を掴みかねる行動が重なった結果、踊らされたのは事実である。

結「とにかく、研究棟へ行こう!
  きっと、犯人の狙いはヨハンの使ってたギアだろうし、
  現場のアレックス君達が心配だよ!」

メイ「だねっ!」

結とメイは頷き合い、逃げ込んで来る人々の波を縫うように駆け抜ける。

休暇を過ごしていた事務員や、家族や友人の見舞いに来た人々、鞄を抱えた少女――
医療部局病棟付近には思った以上に多くの人々がいたようだ。

しかし、ここは奏に加え、ロロもいる。

早々な事で正面突破される可能性はないだろう。
258 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/14(土) 21:12:39.89 ID:dQic0RBz0
そして、二人が外に駆け出ると、そこには信じられない光景が広がっていた。

結「何……これ!?」

メイ「っ……く、黒い骸骨!?」

二人は息を飲んで愕然とする。

医療部局病棟だけでなく、遠くに見える研究棟までを埋め尽くす、
メイ曰く黒い骸骨――機人魔導兵の群。

結「飛んで、エールッ!」

メイ「竜巻け、突風っ!」

二人はギアを起動すると、即座に魔導防護服を装着する。

結「コチラ、エージェント・譲羽!

  現在、医療部局病棟前!
  周辺全域に敵性魔導師の放ったと思われる機械群と接敵中!
  至急、増援をお願いします!」

結は通信回線に向かって叫び、さらに続ける。
259 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/14(土) 21:13:17.82 ID:dQic0RBz0
結「メイ、入口の守備お願い!」

メイ「任されたよ!」

メイの返事よりも先に結は上空高くへと飛び上がる。

地上を見下ろすと、既に混戦状態になっている地点もある。

結<エール、イノンブラーブルは使える?>

エール<混戦状態になっていない地点との兼ね合いがあるから、
    イノンブラーブルは無理だけど、通常拡散砲なら>

結の問いかけに、エールは素早く応える。

結「よし……! 行くよ、エール!」

結は即座に魔導機人を召喚し、
胸部ダイレクトリンク魔導砲を展開させると、エール本体の長杖を接続する。

結「地上の味方に砲撃範囲転送! 砲撃警告!」

エール「了解!」

魔力チャージを始めながら、結はエールに指示を飛ばす。

エールは結の指示が来るよりも早く準備を終えており、警告通達は早かった。

結「広域拡散………アルク・アン・シエルッ!」

そして、砲口に拡散術式が展開した瞬間、結は虹の輝きを解き放つ。

眩い虹の輝きが、味方のいない範囲に展開している機人魔導兵を消し去る。
260 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/14(土) 21:14:07.82 ID:dQic0RBz0
結「消えた!?」

エール「どうやら、魔導機人のようだね。

    魔力リンクが感じられないから、
    恐らくはトパーツィオと同タイプ……呪具で召喚されたモノで間違いないよ」

驚く結に、エールは冷静に解析結果を伝えて来る。

かなりの数――三十体ほどを消し去ったが、
見下ろす視界だけでも、まだ最初の八割方は残っている。

結「プティエトワール、テイクオフ! みんなの所へ!」

結はプティエトワールを起動し、味方の援護に向かわせる。

既にヨハン戦において絶大な戦果を発揮したプティエトワールだが、
その真価はこう言った広域戦闘が展開できる所にある。

実用試作段階の魔力コンデンサを用い、最大でSランク一人分に匹敵する魔力を一時的に貯蔵し、
使用者の指示や予めセットした術式に応じて様々な魔力効果や魔法の遠隔使用を可能にする。

潤沢な魔力を持つ結だからこそ使える、試作と迷走の果てに生まれた脅威の新型ギア。

それこそが、このプティエトワールだ。

しかし、そのプティエトワールとの連携戦法を持ってしても、
敷地内に溢れた機人魔導兵の数は減らない。
261 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/14(土) 21:14:36.12 ID:dQic0RBz0
結「数がまるで減らない……一体、どれだけの数が……」

結は呆然と呟いた。

消し飛ばしても、消し飛ばしても、まるで砂糖の山にたかる蟻の群の如く、
後から後から隙間を埋め尽くして行く。

メイ「旋風……円ッ陣ッ脚ぅッ!」

病棟の正面入口付近ではメイが魔力による高速回転を加えた蹴り――旋風円陣脚で、
押し寄せる機人魔導兵を何とか押し返しているようだったが、
押し寄せる量が多く、ジリジリと間合いを詰められ始めている。

メイ「……ジリ貧じゃない、まったく……!」

メイは吐き捨てるように言いながらも構え直し、再び足に魔力を込める。

こんな状況では、研究棟に増援に向かう事も出来ない。

せめてもの救いは、敵が飛行能力を有していないため、
陸戦でも足止めが可能である事だけだった。

結(けれど……研究棟も同じ状況じゃあ……)

結は状況を見ながら、焦りを禁じ得ない。

アナウンスは研究棟内部への敵性魔導師の侵入を報じていた。

屋内戦に向かない魔力特性のアレックスは今頃、
屋内での対集団戦に苦戦を強いられているに違いない。

事実、結の推測は当たっており、さらに言ってしまえば、
既に研究室への侵入を許してしまったため、増え続ける敵を相手に防戦を強いられていた。

南米出張中の戦闘エージェント達はまだ戻らず、
多くのエージェント達が欧州各地の訓練校の防衛で出払っている数の少なさ。

決して強くないとは言え、気の遠くなるような数の敵。

状況は、正に最悪だった。
262 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/14(土) 21:15:10.73 ID:dQic0RBz0
その時だ――

??「フォート・デザルブル!」

突如として、病棟周辺の植え込みから無数の木や蔓が伸びて、病棟を覆い隠す。

フォート・デザルブル――仏語で“樹の砦”を意味する言葉通り、正に堅固な要塞だ。

こんな魔法を使うのは、結の知る中では一人しかいない。

結「ロロ!」

結は声を弾ませて、再度、病棟の入口を見る。

するとそこには、クリーム色のローブの上に
オレンジの分厚いローブを重ね着したような荘厳な魔導防護服を纏った少女――ロロがいた。

どうやら、外の苦境を察して援護に出て来てくれた様子だった。

ロロ「皆さん、病棟周辺は結界で固めました!
   植え込みのない正面と裏口の防御に集中して下さい!
   怪我をされた方は一旦下がって、治療を!」

ロロは周辺の仲間に指示を飛ばす。

そう、この魔法はロロが植物を活性化させて使う防御の魔法だ。

火災現場では延焼をコントロールし、
土砂災害では土砂の流れを堰き止め、
戦場では敵の攻撃から味方を守る魔法。

見たところ、敵の攻撃手段は物理攻撃と魔力弾のみ、
炎熱変換を使わぬ敵を相手に拠点防衛をするならば、最善手の一つだろう。

散会して戦っていたエージェント達も集まりだし、
ロロの指示通り、正面と裏口に戦力を集中する。
263 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/14(土) 21:16:52.20 ID:dQic0RBz0
メイ「さっすが、ロロ姉っ!」

漸くインターバルに入ったメイが、感嘆を交えて言った。

ロロ「褒めても何にも出ないよ?」

ロロは苦笑いを浮かべると、気を取り直して口を開く。

ロロ「エージェント・李、裏口側の防衛に回って下さい。
   正面は私が!」

メイ「了解!」

遂に復活した頼れる姉貴分の指示を受け、メイは裏口側に向かって走り出した。

ロロ「エージェント・譲羽! ここは私達で食い止めます!
   あなたは研究棟方面の支援に向かって下さい!」

さらにロロは、上空の結に向かって指示を出す。

同じAランクとは言え、流石に小隊指揮経験のあるエージェントは貫禄が違う。

外はメイとロロ、施設内にも、愛器が手元に無いとは言え奏がいる。

Aランク以上のエージェントが三人いれば、この場の守りは問題ないだろう。
264 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/14(土) 21:17:27.77 ID:dQic0RBz0
結「お願いします、エージェント・ファルギエール!」

結は即座にエールの肩に手をかけると研究棟へ向けて飛び、
プティエトワールもそれに追随する。

研究棟近くまで来ると、状況の凄惨さが分かった。

内から外から敵が湧いて来ており、
駆け付けたエージェント達も個別に応戦こそしているものの、
根本的な解決のためにどうすれば良いか分かりかねているようだ。

さらに、混戦具合も医療部局周辺の比ではなく、
正に敵味方入り乱れるとはこう言う状況を差すのだろうと頷く他なかった。

結(迂闊に内部には入れないし……でも、外の相手だけするワケにもいなないよね……)

結は素早く視線を走らせる。

どうやら、研究棟内部でも応戦しているエージェントがいるようで、
時折、魔力弾の光が漏れてきている。

結「……こうなったら、考えるのは後!
  エール、第七世代ギア開発チームの研究室近くまで寄せて!」

エール「了解だよ、結!」

頭を振って気を取り直した結の指示に応え、
エールは研究棟の一角に向かうべく方向転換する。

その瞬間、結とエールの向かおうとしていた一角が、内側から大きく爆ぜた。

結「爆発!? けど、この魔力……アレックス君のじゃない!?」

突然の爆発に戸惑った結は、
その爆発に含まれる魔力が友人のソレでない事に気付いてさらに愕然とした。
265 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/14(土) 21:18:00.11 ID:dQic0RBz0
愕然とする結の目の前で、爆煙の中から緑色の巨大怪鳥が姿を現す。

結「機械のワシ!? コレも魔導機人!?」

それは確かに、結の言葉通りに緑色の金属系材質で構成されたワシ型魔導機人……つまり魔導機獣であった。

その背に乗るのは、結がまだ相対した事もないトリスタン・ゲントナー。

トリスタン「おや、こんな所で閃虹のユズリハ……
      タイプ1、2号の血縁にお目にかかれるとは」

結とエールの姿を見たトリスタンが、感嘆にも似た声を上げる。

結「!? ま、魔法倫理研究院エージェント隊所属、保護エージェント、譲羽結です!

  あなたの行動は魔法倫理研究法に抵触しています!
  即座に武装を解除し、投降して下さい!」

結は戸惑いながらも口上を述べる。

だがしかし、結の頭の中には幾つもの疑問が過ぎっていた。

結(2号……この人、お母さんの事を……
  プロジェクト・モリートヴァの詳細を知っている!?
  それに、タイプ1……!?)

プロジェクト・モリートヴァ――結の母・幸と奏の母・祈を生んだ計画。

旧魔法研究機関を二つの組織に引き裂いたキッカケとして、
魔法研究史の教科書にすら載るその計画概要を知る者は多いが、
自分と奏がその計画に関わる人間であると知る者は少ない。

その部分はSランク以上の超極秘事項であり、それ以外で真実を知る者と言えば、
魔導巨神事件当事者や揺籠の惨劇当事者、さらには魔法倫理研究院上層部のみ。

魔導巨神事件の当事者であり、計画に関わる者の縁者と言う事で、
研究院が知る限りの情報を全て開示されている結だが、
目の前の男は自分以上に計画の事を知っているらしい口ぶりだ。
266 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/14(土) 21:18:31.83 ID:dQic0RBz0
結果、その戸惑いが結の判断を鈍らせた。

トリスタン「すまないが、未だ捕まるワケにはいかなくてね。……スメラルド!」

スメラルド『KYYYYYYY!』

主の呼びかけに応えた魔導機獣――スメラルドは、
嘶きと共に結とエールの脇をかいくぐるようにして飛び去る。

結「あ、ま、待って!? 待ちなさい!」

戸惑いの余り反応が遅れた結は、慌ててエールを方向転換させその後を追うが、
明らかに相手の方が早い。

すると、トリスタンの向かう先――つい先ほどまで結のいた医療部局病棟の屋上で、
巨大な水柱が上がったのが見えた。

外からの攻撃ではなく、内側からの攻撃である事は明白だった。

結「向こうの内部にも敵!?」

結は愕然と漏らす。

敷地内は大量の敵で溢れ、二つの主要施設に敵の侵入を許し、
あまつさえ、その一部が破壊される事態。

最早、魔法倫理研究院本部は混乱の坩堝だ。

結「こんな……事って……」

結は彼方と眼下の光景に、呆然と漏らす他なかった。
267 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/14(土) 21:19:07.51 ID:dQic0RBz0


時間はやや前後するが、数分前――

奏は医療部局病棟の地下にあるシェルターの警護を任せられていた。

黒い杖型の汎用ギアを持ち、
シェルターの出入り口をジッと見つめながら、万が一の敵襲に備える。

彼女自身が護衛任務を任せられている――と言っても、
コチラに連れて来た時点で任務は終わっているのだが――子供達がいる事と、
手持ちのギアが汎用で全力を出せないからと言う事に加え、
彼女一人で護衛が十分と言う判断が下されたからでもあった。

シェルター内には入院中の患者や医療部局関係者、
近場にいた非戦闘員など様々な人で溢れかえっている。

奏は病棟の職員に子供達を任せ、シェルター入口周辺の警戒を行っていた。

ザック「奏!」

奏が声をかけられて振り向くと、そこには歩み寄って来るザックの姿があった。

奏「ザック! ……動いていいの?」

ザック「まあ、腕以外は殆ど軽傷だ。
    ロロが心配するからあまり派手には動けねぇけどな……」

驚いたような奏の問いかけに、ザックは申し訳なさそうな声音で呟く。
268 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/14(土) 21:19:38.66 ID:dQic0RBz0
一瞬、ザックの態度に怪訝そうな表情を浮かべた奏だったが、
すぐに合点がいったのか、小さく首を振った。

他のメンバー達から比べればまだ短い付き合いとは言え、
これでも六年来の幼馴染みだ。

彼が何を考えているのか、大方の想像はつく。

恐らくは、キャスリンの事だろう。

奏「ザックは悪くないよ……気にしないで」

ザック「……ああ……けど、すまねぇ」

気遣うような奏の言葉に頷きながらも、
ザックは今一つ煮え切らない様子で漏らす。

ザックは普段はぶっきらぼうに振る舞うためそうは思わせないが、
彼はかなり責任感の強い性格だ。

許しを請うと言うよりも、責任を果たせなかった――
友人の大切な人を守れなかった自分の不甲斐なさを責めての事だろう。

ともすればネガティブにも感じられるザックの性分だが、
奏は友人のその責任感の強さが決して嫌いではなかった。
269 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/14(土) 21:20:49.39 ID:dQic0RBz0
奏「セシルのために、キャスの最後の言葉を伝えてくれたんだよね。
  ………ありがとう、ザック」

だからこそ、奏はその言葉が自然と紡ぐことが出来た。

五歳で天涯孤独になった奏にとっては、
Aカテゴリクラスの幼馴染み達も、若年者保護観察施設の友人達も、
そして、かつてのグンナー私設部隊の隊員達も等しく家族だ。

セシルとは赤ん坊の頃から何度か遊んであげた事もあり、
年の離れた妹のようにも感じていた。

それだけに、自分では伝えられなかったその言葉を、
彼女にまで届けてくれた事が有り難かった。

ザック「………すまねぇ……いや、ありがとよ」

ザック自身も、奏の気遣いが分かったのか、
一度申し訳なさそうに言ってから思い直したように礼を言った。

二人は向き合って、まだ寂しげな色の残る目を合わせてから、
少しだけ噴き出す。

お互いに吹っ切れない部分は多いが、友人同士としてはコレで十分だ。
270 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/14(土) 21:21:22.27 ID:dQic0RBz0
奏「入口はボクが守るから、ザックは後ろで支援して貰える?」

ザック「本当は前衛型なんだけどな……まあ、カーネルも預けたまんまだし、仕方ねぇか」

奏の提案に、ザックは肩を竦めながらも頷く。
どうやら、調子が戻って来たようである。

さすがに愛器も汎用ギアも無い状態で、
左腕も動かせないとあっては魔力弾での支援が関の山と言う物だ。

一応、それでもかなり強力な魔力障壁を張る事も出来るが、
狭いシェルターの入口を二人で塞ぐよりは、満足に動ける奏が一人で守る方が効率が良いだろう。

だが、二人がそんな言葉を交わした直後だった。

???「キャァッ!?」

シェルターの奥から子供の悲鳴が聞こえたかと思うと、
同時に深く暗い青色の魔力光が迸る。

ギア<PowerRank.S-Over>

手に持った汎用ギアから、咄嗟にそんな計測結果が伝わる。

奏(魔力量、Sランク以上!?)

一瞬、クリスの魔力が唐突に完全覚醒を迎えたのかと思った奏だったが、
すぐに思い直して警戒感で身を強張らせる。

クリスの魔力光は淡いエメラルドグリーン。
今し方の暗い青色は自分も見た事がない。
271 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/14(土) 21:21:50.32 ID:dQic0RBz0
敵襲?
内部に侵入されていた?
内側からの攻撃が目的?

様々な思考が過ぎったが、奏の口をついて出た言葉は――

奏「ザック、障壁!」

――友人への咄嗟の指示だった。

一方、ザックも敵襲を悟って魔力を集中しており、
既に魔力障壁は完成直前だった。

直後、シェルターの奥から魔力弾が放たれる。

流水変換された、ウォーターカッターのような魔力弾だ。

奏「みんな、左右に避けて下さい!」

奏は叫ぶと同時にザックの横に立つと、
同様に魔力障壁を展開し、さらに障壁を炎熱変換する。

流水魔力弾は二人の障壁によって相殺され、辺りには被害もない。

奏(あの角度……ボクとザックを同時に狙った? 目眩まし?)

奏はそんな事を考えながら周囲を見渡す。

シェルター内の人々は入口と最奥部以外の壁面に分かれ、
さながらモーゼの十戒のワンシーンを思い起こさせた。
272 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/14(土) 21:23:08.48 ID:dQic0RBz0
そして、中央に立つ自分達の彼岸に立つ、一人の少女と――

クリス「せ、せんせぇ……」

――その少女の小脇に抱えられた少女。

奏「く、クリス!?」

先ほどの魔力弾を放ったと思われる少女に囚われたクリスに、奏は驚きの声を上げる。

シルヴィア「さすがに反応が早い……けれど、コチラも目的を達しました」

クリスを小脇に抱えた少女――シルヴィアが無機質に呟く。

真っ青なローブタイプの魔導防護服に、
ヨハンと同じく身代わりの呪具を幾つか身に纏っているようだ。

小脇に抱えられたクリスも、全身を拘束系の呪具で雁字搦めにされ、
身動きが取れないようにされていた。

奏「魔法倫理研究院エージェント隊所属、
  保護エージェント、奏・ユーリエフです!

  すぐに武装を解除し、人質を解放しなさい!」

ザック「同じく、防衛エージェント、アイザック・バーナードだ!
    大人しく警告に従え!」

二人は身構え、ジリジリと間合いを詰める。
273 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/14(土) 21:23:55.82 ID:dQic0RBz0
シルヴィア「二人とも、本来のギアを持っていない……。
      時間をかけるつもりはないので、コチラの相手をしてもらう」

シルヴィアは淡々と言って袖口から黒い球体――機人魔導兵召喚呪具を取り出すが、
ソレが何であるか知らない奏とザックは警戒して一定の距離を保つ。

しかし、それこそがシルヴィアにとっては僥倖であった。

シルヴィアは魔力を込めた呪具を足下に放ると、即座に機人魔導兵が召喚される。
その数、十二。

突如として現れた黒い骸骨の如き魔導機人に、シェルター内の人々から悲鳴が上がる。

奏「魔導機人!?」

ザック「これも呪具かよ!?」

奏とザックも驚きの声を上げる。

シルヴィア「部屋の端にいる者達を襲いなさい」

だが、シルヴィアはそんな事には気にも止めず、機人魔導兵にそんな指示を飛ばした。

同時に、機人魔導兵達は左右に分かれ、シェルター内の人々に襲い掛かり始めた。
274 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/14(土) 21:24:26.11 ID:dQic0RBz0
奏「ッ!?

  ブラックフォックス、セーフティリリース!
  ザック、使って!」

一瞬、驚きで息を飲んだ奏だったが、そこからの思考と反応は早かった。

手に持った汎用ギアの使用制限を解除すると同時にザックに投げ渡すと、
両腕に収束魔力刃を展開し、超高速で機人魔導兵へと斬り掛かる。

ザック「広域障壁! 急げ!」

ギア<All light>

ザックの指示に汎用ギアが応え、シェルター内の人々を広域魔力障壁が包み込む。

一方、奏は両腕の魔力刃と高速ステップを使い、
十秒足らずの僅かな時間で十二体の機人魔導兵を全て切り刻む。

そう、十秒足らず。

それだけの時間が稼げれば、シルヴィアには十分だった。

シルヴィアは流水魔力弾でシェルターのドアを破り、クリスを連れ去る。

奏「っ、しまった……!」

他にやりようはなかったが、まんまと出し抜かれ、奏は悔しそうに漏らした。
275 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/14(土) 21:25:07.53 ID:dQic0RBz0
ザック「奏、ココは俺に任せて追え!」

ザックはそう言うと共に、借り受けていた汎用ギアを奏に投げ返す。

奏「……ごめん、ザック。お願い!」

汎用ギアを受け取るなり、奏は走り出す。

シェルターの外に出るなり、無数の流水魔力弾が奏に襲い掛かり、足を止められる。

奏(相殺していたら間に合わない……か)

僅かに怯んだ奏だったが、即座に汎用ギアを構え直し、
氷結変換した魔力障壁で流水魔力弾を無効化して突き進む。

クリス「奏先生!」

魔力弾のせいで視界が悪いが、正面から間違いないく、
自分の名を呼ぶクリスの声が聞こえる。

奏「クリス……絶対に助けるから!」

奏がそう応えた瞬間、魔力弾の連射が止む。

奏(止まった!?)

どうやら、敵は曲がり角の向こう側に消えたようだ。

待ち伏せの危険性も高いが、
ここで下手に距離を引き離されるような事があれば追い付けなくなる可能性すらあり得る。
276 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/14(土) 21:27:06.83 ID:dQic0RBz0
奏(行くしかない!)

一瞬の躊躇いが解けるよりも早く、奏は床を蹴っていた。

僅か三十メートル向こうの曲がり角に向けて、初速から全力疾走。

クリス「先生、来ちゃだめぇ!?」

奏(クリス!?)

クリスの悲鳴じみた警告に、奏は目を見開く。

奏(魔力チャージは十分、術式もセット出来てる……行ける!)

だが、決してスピードを落とさずに曲がり角へと躍り出る。

踵でブレーキをかけながらも体勢を九十度入れ替え、一気に正面へと向き直る。

そして、上段を見上げた奏の目に飛び込んで来たのは、
先ほどよりも強力な青い輝きだった。

シルヴィア「マギアフルートヴェレ……!」

その青い光を発する少女――シルヴィアが手を突き出すと、
大量の魔力水が階下の奏に向けて襲い掛かる。

マギアフルートヴェレ――魔力の津波と言う名の通り、
押し寄せる大量の魔力水で視界全体が埋め尽くされた。

だが――

奏「ザミュルザーチチュリマーッ!」

奏は咄嗟に自分自身に拘束魔法であるザミュルザーチチュリマーを発動し、
氷壁状の檻で自らの身を庇いつつ、魔力水の津波を堰き止める。
277 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/14(土) 21:27:38.25 ID:dQic0RBz0
クリス「奏先生っ!?」

檻の中で大量の水に飲まれた奏に、クリスが悲鳴を上げた。

シルヴィア「…………時間稼ぎはこれで十分」

シルヴィアにも、奏に受け止められていた事は分かっていたが、
そう淡々と呟くと踵を返して階段を駆け上る。

この状況こそがシルヴィアの狙いだった。

奏のような高速タイプを相手に、易々と逃げ切れるとは思っていない。

ならば、足を止めざるを得ない状況を作り出すまでだ。

シェルターの入口をぶち破って密閉機能を無力化し、魔力津波で全域を埋め尽くせば、
奏はシェルターを守るために足を止めて津波を堰き止める他なくなる。

相殺にかかる時間は長く見積もっても精々、一分が限度。

だが、一分もあれば脱出には十分過ぎる時間だ。

最初から計算し尽くされた行動だったのである。

奏(嵌められた……!)

遠ざかって行くシルヴィアの背中を見ながら、奏は歯噛みする他なかった。

最低限の魔力津波を相殺し、僅かに残った水を全身に浴びながら障壁を解除すると、
奏は再び彼女を追って走り出した。

奏「クリス……!」

自責と、憂いの入り交じった声を漏らしながら……。
278 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/14(土) 21:28:15.67 ID:dQic0RBz0
そして、再び現在――

ロロ「内側から!?」

屋上から降り注ぐ大量の水を障壁で受け止めながら、ロロは愕然とする。

メイ「まさか、避難した人達の中に敵が混じってたって事!?」

メイも愕然と漏らしながら、屋上を見上げる。

屋上では拘束したクリスを小脇に抱えたシルヴィアが、
召喚した真っ青なサメ型魔導機獣――ザフィーアの背に立っていた。

その傍らに、スメラルドに乗ったトリスタンが到着する。

シルヴィア「博士……タイプ2、捕獲成功です」

トリスタン「上出来だ、シルヴィア」

シルヴィアの報告に、トリスタンは満足そうに頷く。

シルヴィア「暴れられると面倒なので、スタン魔力弾で眠らせてあります」

シルヴィアは魔力で掴んだクリスを、トリスタンに向けて放る。

トリスタンも同様に魔力でクリスを受け取ると、その足下にそっと下ろす。

彼女の言葉通り、魔力弾を撃ち込まれて昏倒しているのか、
クリスはぐったりとしたまま動かない。
279 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/14(土) 21:29:23.73 ID:dQic0RBz0
結「待ちなさい! ……く、クリス!?」

そこへ漸く駆け付けた結が、
トリスタンの足下に寝かされているクリスの姿に驚きの声を上げる。

トリスタン「面倒なのがまた来てしまったな……。
      さて、面倒事はご免被りたいので、ここで失礼させてもらうよ。

      ……スメラルド!」

スメラルド『KYYYYY!』

肩を竦め他人事のように呟いたトリスタンが、まるで別人のように鋭い声を上げると、
スメラルドは大きく嘶き、嘴から強烈な魔力の閃光を放つ。

エール「結! ヨハンと同じ攻撃だ!」

結「分かってる! プティエトワール!」

エールの言葉よりも素早く動いていた結は、
魔力を込めたプティエトワールで広域結界を作り出して、その閃光を防ぐ。

下方に被害が及ばぬよう、六器ずつで二重に張った結界は確かに閃光の被害を防いだが、
薄れ行く閃光の向こうでは、飛び去るトリスタンとシルヴィアの影が見えた。

攻撃直後の逃走。
相手に与える被害よりも、目眩ましを優先したのは明白だった。

結「っ……完全に玩ばれてる……!」

結は、メイの言葉を思い出しながら悔しそうに漏らした。
280 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/14(土) 21:30:05.17 ID:dQic0RBz0
奏「ゆ、結……!」

そこに、全身ずぶ濡れの奏が漸く辿り着く。

結「奏ちゃん、大丈夫!?」

その姿に、結は驚きの声を漏らす。

レディーススーツの上着は脱ぎ捨てられ、
水を吸って腿に張り付いたタイトスカートの横はスリット代わりに切り裂かれ、
肩で息をする姿は傍目には満身創痍だ。

奏「ボクは大丈夫……それよりも、クリスが……!」

奏は悔しそうに漏らし、汎用ギアを折れそうなほど握り締める。

自分がついていながらクリスを攫われてしまった事。

幼き日の決意を……結の助けた子供を二度と泣かせないと誓った決意を思いながら、
奏は歯噛みする。

結「………絶対に……助け出す!」

結は悔しさを振り払い、トリスタン達の飛び去った方角を睨め付ける。

奏「結……」

力強い親友の言葉に、奏は呆然と漏らす。

結「大丈夫だよ、奏ちゃん……。
  私が、絶対にまた奏ちゃんの元に、クリスを連れ戻すから!

  行くよ、エール!」

エール「了解!」

結はそれだけ言い残すと、エールと共に飛び立つ。
281 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/14(土) 21:30:54.02 ID:dQic0RBz0
奏「結……」

その背を見送りながら、奏は小さく漏らす。

今の結なら……エレナの言葉を――
自らの信念を取り戻した結ならば、安心して任せられる。

そう、思っていいハズなのに――

奏(何だろう……すごく、ざわざわする……)

――言いしれぬ不安感に、奏は濡れたブラウスの胸元を握り締めた。

ロロ『奏、こっちの援護お願い!』

奏「……分かったよ、ロロ」

ギアの通信機越しのロロの言葉に、奏は不安を振り払いながら返す。

奏(………コッチが片付いたら、ボクもすぐに向かうから……。
  それまで無事でいて……結……)

奏は心中で呟きながら、屋上から飛び降りる。

ともあれ今は、本部の惨状を片付けなければいけない。

奏「っ、はあぁぁっ!」

ギアと右手に構えた魔力刃を振りかざし、裂帛の気合いと共に奏は敵陣へと切り込む。

少しでも早く、この惨状を収束するために……。
282 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/14(土) 21:31:38.86 ID:dQic0RBz0


四十分後、海上――

アフリカ方面に向かって飛び去ったトリスタン達を、
結とエールは全力で追っていた。

海面スレスレの位置を滑るように飛び、衝撃波が海面に飛沫を上げる。

どうやら、飛行速度を遅い方――シルヴィアとザフィーアに合わせているらしく、
結とエールも何とか追い付く事が出来た。

エール「射程内に捉えたよ、結!」

結「精密射撃可能射程までの距離と時間は?」

エールの言葉を聞きながら、結はやや焦ったように尋ねる。

エール「射程範囲までは約二百、時間は十三秒」

対して、エールは素早く簡潔に応える。

結「………十三秒」

結は焦りながらも思案げに呟く。

残りはもう十秒ほどだろうか?
283 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/14(土) 21:32:16.46 ID:dQic0RBz0
結(向こうの狙いは例のギアと……クリス?)

結は時間をカウントしながら、心中で首を傾げた。

犯人ならばギアの回収は当然としても、何故、クリスを狙ったのか。

結(まさか、クリスがいた無人研究所の関係者?
  ……だとしたら納得が行くけど……)

その後の捜査で、あの研究所の関係者は粗方逮捕されており、
残りも顔と名前が公開されている。

結も既に、自分が追跡しているのが、
トリスタン・ゲントナーとその娘であると本部からの通知を受けていた。

記憶にあるリストと照合しても、トリスタンの顔と名前は該当しない。

結(………とにかく、今はクリスを助けて、あの二人を捕まえなきゃ……!)

結は小さく首を振って気を取り直すと、エールの肩の上で長杖を構えた。

奏(ギアもクリスもトリスタンが確保してる……。
  今はあっちの子に合わせてスピードを落としているけど、
  さっきみたいに全速力を出されたら私じゃ追い付けない……)

結は思考を巡らせながらも魔力をチャージする。
284 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/14(土) 21:33:54.77 ID:dQic0RBz0
方法としては二つ。

一つ目は何も持たないシルヴィアを墜として戦力をダウンさせる方法。
二つ目はトリスタンを狙ってさらにスピードを落とさせる方法。

結(……一つ目は……ダメ)

結はそう考えて、シルヴィアに向けた長杖を僅かに逸らす。

魔導テロリストは目的達成のためなら、
平然と仲間を切り捨てる確率が圧倒的に高い。

しかも、相手は飄々とした態度で本部に潜入して来るような輩だ。
親子関係も話の上だけで、どこまで信じていいかも分からない。

だとすれば、彼女をコマとして切り捨てる可能性もあり得る。

そうなれば確実に振り切られてしまう。

結(なら………向こうのスピードを落とさせる!)

結は思考を終えると共に、
トリスタンの魔導機獣――スメラルドの片翼に狙いを定める。

飛行魔法に於いて魔導機人の翼などイメージ補強の飾りや、
エールのような余剰魔力放出用オプション以外の意味はないが、
バランスを崩した隙を突けさえすれば前に回り込む事も出来るハズだ。

回り込む事が出来なくとも、クリスを取りこぼしてくれれば救出できる可能性も高い。

どうやら、トリスタン達も結の狙いに気付いたようで、
サメ型魔導機獣の上で振り返ったシルヴィアが、迎撃の準備を始めている。
285 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/14(土) 21:34:27.64 ID:dQic0RBz0
だが既に、結の眼前には拡散と収束の二重術式が展開していた。

結「させない……ライオテンペスタッ!」

結の構えた長杖から、光の竜巻が放たれる。

結は敢えてエクレールウラガンではなく、リノ直伝のライオテンペスタを選んだ。

エクレールウラガンは威力が大きいが拡散範囲が広く、精密射撃には向かない。

ならば、多少は威力が落ちても拡散範囲の少なく、
だがそれでも通常魔力弾以上の破壊力を期待できるライオテンペスタを選んだのだ。

光の竜巻がスメラルドの翼を確実に捉える。

だが――

シルヴィア「マギアネーベル!」

一瞬にして、大量の青い霧が辺りを包み込み、光の竜巻を乱反射して拡散させた。

エール「乱反射結界!? 結!」

結「大丈夫!」

注意を呼びかけるような声音のエールに応えて、結は魔力障壁を張り巡らせる。

乱反射した光の幾らかが結とエールに降り注いだが、
その全てが障壁によって無力化される。
286 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/14(土) 21:35:39.69 ID:dQic0RBz0
結(乱反射系結界………私の苦手なタイプだ)

霧の向こうに見える無傷のトリスタン達を見て、結は歯噛みする。

結は基本的に純粋魔力魔法か閃光変換魔法しか使えない。

熱系変換は一切の属性変換が効かず、
物質操作系魔法も飛行魔法こそ人並み以上に使えるが、
自分以外の物質に魔力を循環させる対物制御魔法の適正は無いに等しい。

そんな結だからこそ、彼女の天敵は反射系結界の中でも、
閃光魔法を撹乱できる乱反射系結界なのだ。

物理結界ならば大魔力砲撃が通用するが、
乱反射系の結界を相手にすると頼みの綱のアルク・アン・シエルも使えない。

防がれ得ぬハズであった砲撃は、
“光を多方向に曲げる”と言う特性に対して非常に無力な物だったのだ。

ただの反射結界ならば、対奏戦の時のように波長変化による魔力対消滅の威力で削り壊す事が出来たが、
反射された魔力と後続の魔力がぶつかりにくい乱反射に対しては十分な威力を発揮できない。

それを一番理解しているのは、他ならぬ結自身だ。

何故ならば、彼女の最強儀式魔法であるユニヴェール・リュミエール自体が、
その乱反射……とは言い切れないものの、
それにかなり近い特性を利用して目標に収束させる魔法なのだから……。
287 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/14(土) 21:37:00.01 ID:dQic0RBz0
トリスタン「シルヴィア、ザフィーアの予備は?」

シルヴィア「最終試験仕様を一器を持ってきています」

一方、歯噛みする結を後目に、トリスタンの質問にシルヴィアは淡々と答えていた。

トリスタン「ふむ……ならば、オリジナルをコチラへ。
      彼女をあと五分足止めしなさい」

シルヴィア「…………はい」

トリスタンの指示に、シルヴィアは僅かな間を置いてから応え、
懐から取り出した腕輪を左手に嵌めると、右手の腕輪をトリスタンに向けて放る。

すると、足下の青いサメ型魔導機獣が消え、
シルヴィアは予備のギアで再召喚した黒いサメ型魔導機獣に乗る。

トリスタン「五分経った後は好きにして構わない。
      ……必要な物はコレで全て揃ったからね」

シルヴィア「はい……」

楽しそうに僅かに声を弾ませたトリスタンに、シルヴィアは小さく頷く。

トリスタンは追い付けとも、結を倒せとも言っていない。

好きにして構わない、とは、そのまま時間稼ぎを続けるなり、
振り切るのが不可能であるならば、捕まっても構わないと言う事だった。

結との速度差は既にご覧の通り、シルヴィアとザフィーアでは振り切る事は不可能。

先に逃がした相手の元に戻ると言う事は、
結を自分達の向かっている目的地に招き入れる事に他ならない。

そして、シルヴィア自身、トリスタンの言う“必要な物”の中に、
最早自分が存在していない事……自分が必要とされていない事を悟っていた。

事実上の切り捨て宣言だ。

だが、それでも少女は頷いていた。
288 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/14(土) 21:37:42.88 ID:dQic0RBz0
トリスタン「では、任せたよ」

シルヴィア「はい………博士……」

飛び去って行くトリスタンとスメラルドを見送りながら、シルヴィアは淡々と呟いた。

結「逃がさない!」

魔力の霧から抜け出した結は、トリスタンに追いすがろうとする。

だが、シルヴィアは素早く結へと向き直り、
魔力の霧――マギアネーベルの濃度を高め、展開領域をさらに広げる。

結「まだ広がる……広域系!?」

一瞬では抜け出せないほどまで広がった霧に、結は愕然とする。

乱反射系結界を使う、広域系魔法の魔導師。

結が、最も苦手とする相手であった。

シルヴィア「…………これから、あと二九〇秒ほど相手をしてもらいます」

シルヴィアは淡々と漏らす。

結「エール、結界外に出て!」

結はエールに指示を出し、エールも無言で応えて結界の外に飛び出そうとする。

シルヴィア「………出させない」

シルヴィアはぽつり、と漏らし、霧の展開領域を操作して結の行く手を包み込む。

結とエールも速かったが、それ以上にシルヴィアが霧を操作する速度の方が上だった。
289 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/14(土) 21:38:58.31 ID:dQic0RBz0
結「………エール!
  こうなったら、アルク・アン・シエルで霧を削り飛ばすよ!」

エール「……了解!」

結の指示に応えて、エールはダイレクトリンク魔導砲を展開した。

乱反射で威力を弱められても、多少の効果は望める。

事実、結は幾度か、この手の乱反射系結界を相手に勝利を収めて来た。

いくら苦手な相手とは言え、広域乱反射系魔導師に簡単に敗れるようでは、
閃虹の二つ名で恐れられるハズがないのだ。

全週全方位を包み込む霧の中で、
結はエールの背面に長杖を連結し、魔力のチャージを始める。

結「プティエトワール、テイクオフ!
  全方位積層反射障壁展開! 障壁と砲撃の配分は三対二!
  拡散連射で一気に消し飛ばすよ!」

エール「……魔力循環調整、いつでも行けるよ!」

結とエールの全身を、プティエトワールが作り出した何十層もの反射系結界が覆い尽くす。

まともに真っ向からアルク・アン・シエルとぶつかり合えば、
二秒と保たずに消し飛ばされるレベルの結界だが、乱反射の流れ弾を受け切るにはこれで十分だ。

エール「二重拡散術式……展開!」

結「アルク・アン・シエル…………イノンブラーブル!」

エールの術式展開に合わせ、結は虹の輝きを解き放つ。
290 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/14(土) 21:42:34.77 ID:dQic0RBz0
超広範囲への拡散と、乱反射する虹の輝き達が徐々に霧を消し飛ばして行く。

如何に多方向へ光を屈折させる乱反射結界とは言え、
広域拡散砲撃のイノンブラーブルならば、その乱反射に対して魔力をぶつける事が出来る。

僅かでも魔力同士の衝突が起きれば、アルク・アン・シエルもその本領を発揮する。

シルヴィア「………させない……!」

それまで淡々と言葉を紡ぐだけだったシルヴィアも、
険しい表情を浮かべてさらに霧の濃度を上げて行く。

僅かに零れ始めた虹の輝きを見付けると、すぐにその綻びに向けて霧を移動させる。

シルヴィア「さすが、閃虹………。
      でも、あと二六〇秒……耐え抜いてみせる」

シルヴィアは額にうっすらと汗を浮かべながらも、淡々と漏らす。

僅かに虹の輝きが弱まる。

結「エール! すぐに二発目行くよ!」

結自身も、放射時間の限界を感じながらも次弾のために魔力を溜めようとする。

だが――
291 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/14(土) 21:43:26.23 ID:dQic0RBz0
結「あ………れ………?」

不意に、視界が歪む。
疲労のように足下が震え、眩暈のように視界と意識を揺さぶられる。

エール「結……? 結!?」

主の異変に気付いたエールが慌てて声を掛ける。

結(何……これ? 何が……起きて……?)

結は声を上げる事すらままならず、愕然としていた。

そう、結にはこの感覚に覚えがある。

結(魔力……ノック、ダウン……?)

そう、魔力ノックダウンだ。

まだ本当に数えるほどしか経験のない、魔力を限界値まで消耗した状態。

全身の魔力が尽き果てる寸前の、凄まじい脱力感は間違えようがない。

結(うそ……今日はまだ、三発分しか……魔力、使ってない、のに……)

結は茫然自失のまま肩で息をする。

結「っ…はぁ、ぅ………はぁはぁ………」

自分でも驚くほどに呼吸が早い。
292 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/14(土) 21:44:14.13 ID:dQic0RBz0
明らかにおかしい。

確かに自分が使った魔力量はアルク・アン・シエルに換算して三発分だ。

Sランク魔導師三十人分の魔力と言えば凄まじい量にも聞こえるが、
結はつい四日前にはその倍以上の量の魔力を平然と使っている。

事実、今までの結がアルク・アン・シエル三発分の魔力で息切れした事など一度もない。

強いて言うなら幼い頃、膨大な魔力の使いすぎから、
鈍痛を伴う麻痺を引き起こしたり、全身に酷い裂傷を負った事があるが、
それはあくまで肉体と魔力運用能力が膨大な魔力に追い付かなかっただけで、
魔力を枯渇させたワケではない。

それに、結自身の魔力特性は“無限の魔力”。

この程度の魔力消費で息切れする事自体があり得ないのだ。

だが現に、今の結は酷い魔力消耗状態にあった。
293 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/14(土) 21:44:44.66 ID:dQic0RBz0
エール「結……魔力不足だ……魔導機人を維持、できない」

エールが悔しそうに呟き、結の安全のため障壁維持の魔力を優先して魔導機人を霧散させる。

エール<結、循環魔力量が急速に低下してる!
    とにかく、ここから離れるんだ!>

結<りょ、う……かい……>

結は絞り出すような声で思念通話に応え、
最小限の障壁だけで濃霧の中から抜け出そうとする。

だが――

シルヴィア「させない……」

シルヴィアは結の行く手を塞ぐように、魔力の水が壁を作り出す。

結「きゃぁ!?」

意志を持つかのように蠢く水に押し返され、結は短い悲鳴を上げた。

大きく弾かれ、バランスを崩す。

その瞬間を、シルヴィアは見逃さなかった。

シルヴィア「ヴァッサーフォーゲフォイア……!」

突き出して握り合わされたシルヴィアの両手に従うように、
辺りに立ちこめた濃霧が凝縮し、直径二十メートルほどの巨大な水球となって結を包み込む。
294 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/14(土) 21:45:16.54 ID:dQic0RBz0
結「これは………?」

魔力を使い果たす寸前の結は、自らの障壁の中で息も絶え絶えに呟く。

シルヴィア「………あなた相手に通じる魔法ではないと思っていたけれど、
      理由はどうあれ、その消耗した魔力ではそこからは抜け出せない。

      ……私の、勝ち」

シルヴィアは初めて、微かに愉悦の……感情の入り交じった声音で呟いた。

結「………っ!?」

直後、プティエトワールの作り出す障壁が掻き消され、
結は悲鳴を上げる間もなく、押し寄せる魔力の水に飲まれた。

まともな戦闘開始から僅かに七十秒。
三分四十秒もの猶予を残し、結とシルヴィアの対決は終わった。

譲羽結、生涯二度目の完全敗北を以て。
295 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/14(土) 21:46:09.68 ID:dQic0RBz0
シルヴィア「これで……………これなら、博士も私を認めてくれる………。
      私は、ヨハンとは違う………使い捨てのコマなんかじゃない………。

      博士の……お父様の娘だって、認めてもらえる!」

水に飲まれてもがく結を見ながら、シルヴィアは声を弾ませる。
歓喜よりも、むしろ狂喜すら感じられる声音。

結(ああ……そっか……この子……)

その声を聞きながら、結は遠のきかける意識の中で悟っていた。

彼女の生い立ちにあるであろう、可能性。

おそらくは幼い頃に人買いの手で売られた、高い魔法資質を持った少女。

戦災孤児か、赤子の頃に誘拐されたか……何にせよ、
頼るべき大人が最悪の人間しかいなかった環境で育った少女。

年の頃は自分と同じだろうに、きっと、ずっと魔法の闇の中で生きるしか許されなかった少女。

結(助け……なきゃ……クリスも……この子も……)

結は自身の命を奪わんとする少女に向けて、必死に手を伸ばそうとする。

だが、身体は言うことを聞かず、手は僅かにすら上がらない。
296 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/14(土) 21:46:37.04 ID:dQic0RBz0
シルヴィア「ねぇ、死んで……? ユズリハ、ユイ!」

凍り付いていた感情に狂気の炎を纏わせたシルヴィアが、
水球に向けてサメ型魔導機獣を解き放った。

魔導機獣『SYAAAAAAAAA!』

水球の中に解き放たれたサメは、結に向かって突進する。

結「が、はっ!?」

真正面からその突進を食らった結は、
肺の中に残った僅かな酸素を吐き出してしまう。

しかし、サメ型魔導機獣は突進の手を緩めず、何度も何度も結に襲い掛かる。

その都度、結は大きく弾かれるが、水球の外に放り出される事はない。

正に嬲り殺しだ。

シルヴィア「見て……見てお父様!
      私はユズリハ・ユイよりも勝っています!
      タイプ2以上に、お父様の研究の役に立って見せます!
      だから、私を見て、お父様!」

まるで舞台に立った主演女優が大勢の観客にアピールするかの如く、
両手を広げて高らかに叫ぶ。

しかし、その言葉はサーカスの幕間に戯ける道化師の独白のように、
無意味に辺りに散って行く。

遠のきかける意識でその声を聞きながら、結はそれでも動かぬ手を伸ばそうとする。
297 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/14(土) 21:47:36.55 ID:dQic0RBz0
エール<結……もう、駄目だ………。
    魔導防護服を……起動形態を………維持、できない……>

エールの悔しそうな声が、途切れ途切れに響いて来る。

そこから僅かな時間も置かず、魔導防護服は消え去り、
水球の中を漂っていたエールとプティエトワールは待機状態へと強制終了されて結の元へと戻った。

途端、凄まじい水圧と痛みが結に襲い掛かる。

結「ぐ……ぁ………」

今まで、魔導防護服が軽減してくれていた物が全て、結へと襲い掛かっているのだ。

シルヴィアの魔力と同じく暗く青い色をした水球の中に、
真っ赤な物が混じり始める。

よく見れば結の身体には僅かな裂傷があった。

サメ型魔導機獣の体当たりに、幾つかの古傷が開いていたのだろう。

治癒促進でギリギリまで塞がれていたものが、その機能を失って裂けたのである。

結(まりょく……が………わいて……こ、な……い……)

指一本すら動かせずに漂う結を値踏みするように、サメ型魔導機獣は悠然とその周囲を旋回する。

魔導機獣『SYAAAA………』

低い唸りは、まるで舌なめずりのそれだ。
298 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/14(土) 21:48:10.66 ID:dQic0RBz0
結(こんな……とこ、ろ……で……とま、れ、な……い……)

結は僅かに残った魔力で、次に来るであろう突撃に備えて全身に肉体強化を発動する。

しかし、そんな物は最早無意味だ。

今の結に残された魔力は、雀の涙と言うにも烏滸がましいほどに僅か。

そんな程度の魔力で肉体強化をかけても、強化前後の差など毛先ほどにもない。

シルヴィア「………噛み千切れ!」

魔導機獣『SYAAAAAッッ!!』

熱に浮かされるような声音で叫ぶシルヴィアに応え、
サメ型魔導機獣が大きく口を開いた。

結の上半身が、大きく開かれたサメ型魔導機獣の口の中に消える。

その瞬間――


?「リョート……リェーズヴィエ……!」


――静かな声が、辺りに響き渡った。
299 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/14(土) 21:48:38.86 ID:dQic0RBz0


僅かに時間は遡り、十五分前。
魔法倫理研究院本部――

粗方の機人魔導兵を倒し終えた奏は、メイやロロと別れ、研究棟へと急いでいた。

奏「……はい、これからエージェント・譲羽と協力して追撃します」

汎用ギアの通信機ごしに奏が話す相手は、
捜査エージェント隊の総隊長であるラルフだ。

ラルフ『すまない……。
    この混乱した現状では、高速での追撃を任せられるエージェントの候補は限られている』

奏「いえ……誘拐犯の逮捕と被害者保護は、保護エージェントの仕事ですから」

申し訳なさそうなラルフに、奏は淡々と応える。

不安と怒りを押し殺し、奏は早足で研究棟内を駆け抜ける。

ラルフ『では……頼むよ、エージェント・ユーリエフ』

奏「了解です、アルノルト総隊長……!」

奏は頷いて応え、通信を切った。
300 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/14(土) 21:49:39.94 ID:dQic0RBz0
そして、混乱した人混みを縫うようにギア開発チームの研究室、
その跡地と化した爆心地に踏み入る。

爆心地では、研究者達が現場検証と後片付けに追われていた。

その中にはアレックスとリノの姿もある。

奏「アレックス、リノ先生、無事?」

アレックス「奏君……、ええ、何とか……。
      ただ、幾つかの資料は燃えてしまいましたけど……」

心配そうに尋ねる奏に、アレックスが肩を竦めて応える。

リノ「殆どは古い資料だけどね」

リノが苦笑いを浮かべて付け加えた。

トリスタンが引き起こしたあの魔力爆発の瞬間、
リノとアレックスは咄嗟に魔力障壁で研究者達と可能な限りの資料を守り抜いたのだ。

だが、結果として解析中のトパーツィオは奪還されてしまったのだから、
今回は完全な敗北である。

奏「でも、二人やみんなが無事で良かった……」

奏は安堵の言葉と共に、胸を撫で下ろした。

見たところ、誰も負傷していないようである。
301 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/14(土) 21:50:28.40 ID:dQic0RBz0
アレックス「……勿論、彼女も無事ですよ」

アレックスはそう言うと、白衣のポケットから黒い小さなケースを取り出した。

ケースが開かれ、中から現れたのは銀の十字架――クレーストだ。

以前は紐状の物でネックレスのように仕立てられていたが、
その紐は銀色の極細の鎖に変えられている。

アレックス「第六世代魔導機人ギア、WX99−クレースト・ドヴァー。
      補助魔導ギア、IX02−スニェーク。

      どちらも調整は完了しています」

自信に満ちた声音で言ったアレックスから、奏はクレーストを受け取る。

奏「ありがとう。
  ……このチェーンが、スニェークなんだね?」

アレックス「はい。結君のプティエトワールと違って、子機の数は一つですが……」

奏の質問に、アレックスは意味ありげな表情を浮かべる。

奏「うん……“奏君の要望通りに仕上げました”……だよ、ね?」

奏はその表情に、昨日、結から手渡された極秘文書入りメモリースティックに、
ただ一つだけ入れられたテキストファイルに書かれた、ごく短い一文を思い出して笑みを浮かべる。

アレックス「……………結君には内緒の方向で、一つ」

奏「…………………極秘文書、だからね」

視線を逸らしたアレックスに、奏はやや呆れの入り交じった言葉で応える。
302 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/14(土) 21:51:06.50 ID:dQic0RBz0
クレースト<………お久しぶりです、奏様……>

受け取ったクレーストを首に下げると、途端に愛器が思念通話で声をかける。

奏<うん………半月ぶり。
  ………早速仕事だけど、いいね?>

クレースト<御意のままに……>

主の問いかけに、クレーストは恭しく応える。

そして、奏も目を瞑り、
愛器が寄せてくれる全幅の信頼と忠誠に応えるべく、小さく頷く。

リノ「エージェント・ユーリエフ、コレを」

そんな奏に、傍らのリノが声をかける。

奏がリノに向き直ると、その手に一着の黒いジャケットが手渡される。
303 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/14(土) 21:51:43.77 ID:dQic0RBz0
リノ「コレも彼女と一緒にコチラに届けられていたみたいだ」

リノが手渡してくれたのは、奏のエージェント用ジャケットだった。

奏「ああ……それで。
  代わりを申請する前で助かりました」

奏は、アップデート調整のために送ったクレーストと共に、
クリーニング目的で送ったジャケットが行方不明になったと聞かされていたが、
どうやら、配送の手違いで一緒に研究棟に送られていたらしい。

愛器と同じく半月ぶりとなるジャケットに袖を通す。

その左腕に輝く、銀色の十字と雷を意匠化したパーソナルマーク――Sランクの証。

奏「やっぱり、まだ白衣よりこのジャケットの方が落ち着く、かな……」

奏は感慨深く呟く。

久しぶりの友人と恩師との再会だが、もう、ゆっくりとしている暇はない。

奏「起動認証……奏・ユーリエフ……。行くよ、クレースト……!」

青銀の輝きが、奏の全身を包んだ。
304 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/14(土) 21:52:51.00 ID:dQic0RBz0
そして、現在。
海上――

シルヴィア「な、何が……?」

シルヴィアは愕然と漏らす。

確かに、自分は結に勝ったハズだった。

あとは止めを刺すだけだったハズだ。

だが、水の煉獄を意味する魔力の水球は凍り付いて真っ二つに切り裂かれ、
同じく真っ二つになったサメ型魔導機獣が霧散するように消えて行く。

代わって、シルヴィアの視線の先にいるのは、
満身創痍の結を、右腕で優しく抱きかかえる一人の女性の姿だった。

?「魔法倫理研究院エージェント隊所属、保護エージェント――」

左手に十字槍を携え、黒を基調とし、銀の縁取を施されたシックな軍礼服と、
四肢を守る銀のプロテクター、表裏が黒と青銀のマントの魔導防護服を身に纏い、
腰まで伸びた美しい銀髪を海風にたなびかせる女性。

奏「――奏・ユーリエフ……」

女性――奏は、青銀の瞳で愕然とするシルヴィアを睨め付ける。

奏「ここから先は………ボクが相手だ」

微かな怒りを湛えた静かな声が、辺りに響いた。


第21話「奏、新たな力と共に」・了
305 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/04/14(土) 21:55:01.89 ID:dQic0RBz0
今回はここまでとなります。

次回も出来るだけ早く投下できるように頑張るつもり………ではいます、はい。
306 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/04/15(日) 15:57:09.79 ID:rSrlfOUm0
乙ですたー!
来た!カッナデーン来た!!これで勝つる!!
と言うか、流石は王子様なだけあって、出番を心得ていらっしゃる。
次回はお姉ちゃんの大活躍というところでしょうか♪

それにしてもトリスタン、某無限の欲望博士より冷酷と言うか、シルヴィアを心底からコマとしか見なしていないようですね。
あっちのドクターは、興味の対象と言う側面が強いにせよ、曲がりなりにも娘達に何か大切なものは感じていた風ですが、
トリスタンにはそれすら無いと言うか。
そんなシルヴィアの立場は、結以上に奏の方がかつては近かったはずなのですが、油井が意識を取り戻してシルヴィアに感じたものを
話したとき、奏が何を感じるのか・・・・・・展開が楽しみになってしまいます。

あと今回はロロも大活躍でしたね!
・・・・・・ザック・・・・・・彼氏としては早く回復しないと・・・・・・
次回も楽しみにさせていただきます。
307 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/15(日) 22:29:57.57 ID:ELDfY2V70
お読み下さり、ありがとうございます。

>カッナデーン来た
ロボット物ならば1号ロボと2号ロボの交代劇のような展開です………交代しませんけどねw
ともあれ、王子様を含む、16話で書いておいた部分がようやく消化できました。

>トリスタン
彼の経歴や思想なんかも徐々に明かして行こうかと思っています。

スカリエッティはSSXで、追悼のために年代物のベルカワインを所望するシーンがありましたが、
アレが端的にあの人の懐の深さと言うか、残った四人が離れない理由のような物が垣間見えてましたね。
ナンバーズ達の事も「最高傑作」と研究成果扱いしたように言いつつも、
面会と調査聴取のために訪れたチンクに対して怒った様子もありませんでしたし、
研究や実験の手段は選ばず、犯罪を厭わずとも、何だかんだで“父親”だったんだなぁ、と……。

>奏が何を感じるのか
コレに関しては次回をお楽しみに、と言う事で。

>ロロとザック
後衛補助型……いわゆるフルバックなので、今回のような防衛戦で真価を発揮するのがロロですからね。
ザックに名誉挽回のチャンスは……有るのかなぁ?w


第3部も予定通りならばあと3回……頑張って参ります……の前に、
奏の新魔導防護服も出せたので、前スレの埋めネタを書かないとw
308 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/04/21(土) 20:08:42.26 ID:d0H4+yFF0
では、第22話を投下させていただきます。
309 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/21(土) 20:09:12.18 ID:d0H4+yFF0
第22話「結、無力の果て」



譲羽結は、夢を見る――

視界の両端に聳える山。
足下から腰ほどまでを埋め尽くす緑。

どうやら、ここは山間の草原のようだ。

青年「進めぇっ!」

結(この声……いつもの……)

そう、声は自分【僕】の物だった。

だが、その声を聞いて結の胸に去来するのは、言いしれぬ不安だ。

憤怒。
憎悪。
嫌悪。

声から感じる感情は、正に憎しみの感情そのものだった。

結(何で……こんなに、なるまで……)

その感情を共有しながら、結は呆然と漏らす。
310 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/21(土) 20:09:49.15 ID:d0H4+yFF0
哀しい事が……そう、哀しい事があったのだ。


焼き払われた。

誰に? 何を?――
――アイツらに、大切な物を。


殺された。

誰に? 誰を?――
――アイツらに、大切な人達を。


復讐だ。

どうして?――
――残された者達を守るための、復讐だ!
311 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/21(土) 20:10:17.03 ID:d0H4+yFF0
そう、自分【僕】は多くの仲間を引き連れて、
報復のための戦争を仕掛けようとしているのだ。

その果てにあるのはきっと、敵味方を問わぬ累々たる屍の山。

その光景を想像し、結は血の気が引くほどの恐怖を感じた。

結(待って! 止まって!)

結は自分【僕】を呼び止めようと、声をかける。

だが、自分【私】の声は自分【僕】に届く事は、決してない。

まるで記憶の再生。

一方的に登場人物の感情と記憶、視界を共有し、
目も耳も背ける事を許されない映画を再生しているかのようだと、結は漸く気付いた。

そこで結は、さらなる驚くべき事実に気付かされる。

結(視線が……高すぎる?)

自分【僕】は地を蹴って歩いている。

その感覚は確かなのだ。
だと言うのに、この高さはどうだろう?

眼下に望むのは草原ではなく、鬱蒼と茂る密林だ。
膝から腰ほどの高さの樹木は、大きいものは十メートルはあるだろう。

自分【僕】――彼は、巨人となっていた。
312 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/21(土) 20:11:50.07 ID:d0H4+yFF0
魔導師1「×に続けぇぇ!」

魔導師2「巨人となられた×がいる限り、我らに敗北は無ぁい!」

そして、足下や周辺を飛ぶ、多くの人々。
魔導師だ。

鎧やローブを身に纏う姿は、正に魔導師のソレで間違いない。

しかし、その数は百に満たない。

彼らも顔に憤怒や憎悪の色を浮かべ、憎しみに駆られている。

青年「魔力を持たぬ者共に、あの蛮族共に見せてやれ!
   我ら、千年の怒りと憎しみを!」

彼は砲声を上げる。

それに応えるかの如く、鬨の声が上がる。

青年「堪え忍ぶ歴史は、今、ここに終わる!
   我らこそが支配者! 我らこそが、この星の王者なのだ!」

結(おかしい……こんなの、おかしいよ……!)

聞くに堪えない憎しみのアジテートを聞かされながら、結はワナワナと頭を振った。

怒りと憎しみに満ちてゆくどす黒い心。

微かに残った理性が告げる、僅かな勝算と絶望。

そう、これより始まるのは戦争ですらない、泥沼の殺し合いなのだ。

青年「最後の一兵まで戦い抜け! 最後の一人を殺し尽くすまで!」

再びわき起こる鬨の声。
313 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/21(土) 20:12:05.28 ID:d0H4+yFF0
密林を抜けると、そこは大平原。

その大平原を埋め尽くす、大軍勢。

自分【僕】を見上げ、怯える無数の瞳が突き刺さる。

彼我の戦力差、実に一対二千。
一人が二千人を倒さなければ、勝ちはない。

青年「殺し尽くせぇぇぇっ!!」

その絶望を押して、彼は叫んだ。

握り潰し、踏み潰される敵兵。

青年「どうだ……一方的に殺される恐怖は!?
   蹂躙される者の気持ちは!?

   貴様らが………貴様らが我々にして来た仕打ちへの、これは天与の罰だぁっ!」

怒り任せて叫ぶ自分【僕】の心に去来するのは、
果てしない憎悪とそれを解消する快感ではなく、
激しく募る悲しみと罪の意識だった。

あんなにも憎んだ存在に、自らが堕ちて行く後悔。

こんな事をしても戻らない、喪われた大切なモノ達。

そして、きっと彼らにもあるであろう、大切なモノ達から彼らを奪う、罪悪感。

青年「うおぉぉあぁぁぁぁぁっ!!」

慟哭にすら聞こえる砲声を上げて、彼は突き進む。
314 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/21(土) 20:14:33.55 ID:d0H4+yFF0
仲間が、敵が、悲鳴と絶望の中で次々に死んで行く。

結(駄目……だよ………。
  こんなの、戦争でもない……ただの、殺し合いだよ……)

その光景を見せつけられながら、結は激しい嫌悪感に苛まれる。

コレだったのだ。
あの時、エレナの言葉に、彼女の灯してくれた信念に止められていなければ、結が堕ちたであろう闇。

それを見せつけられて、結の心は悲鳴を上げる。

結(止めて……! もう……もう止めてぇぇっ!)

それでも、結の悲鳴は誰の耳にも聞き入れられない。

しかし――

?「もう……もう止めてぇぇっ!」

天高くから、異口同音に悲痛な叫びが戦場に轟いた。
315 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/21(土) 20:15:03.70 ID:d0H4+yFF0
見上げる人々と自分【僕】。

結(魔導………機人……?)

結は呆然と漏らす。

そこにいたのは、山のように巨大な姿をした銀色の巨人だった。

結が魔導機人と思ったのも無理からぬ、機械の巨人だ。

巨人と化した自分【僕】を遥かに凌ぐ、正に超弩級の大巨人。

少女「もう……もう止めましょう!」

聞こえたのは悲痛な少女の声。

自分【僕】が愛おしいと思う、あの少女の声だ。

青年「動かし、たのか………?」

愕然と漏らす彼の声に、結も息を飲む。

敵味方共に、その威容に圧倒されて戦いの手を止めて見入っている。

少女「私達が出て行くから! あなた達の目の届かない場所に出て行くから!
   この土地は、全てあなた達に明け渡すから! だから、もう私達から何も奪わないで!」

降参を告げる悲痛な少女の訴えが、辺りに響き渡る。

ある者は振り上げた武器を取り落とし、ある者はどうして良いか分からずに戸惑い、
またある者はこの機に倒れた仲間を助けに駆け寄っている。

だが――
316 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/21(土) 20:15:40.88 ID:d0H4+yFF0
敵将「凶悪な巨人を二体も出されて、そんな戯れ言を信じられるか!」

敵将の一人が、そんな言葉を投げかけた。

それが、破滅の引き金だった。

敵兵1「そ、そうだ……! 騙し討ちを狙っているのかもしれない!」

敵兵の一人が、将に従って声を上げた。

敵兵2「皆殺しにされるぞ!」

敵兵3「報復を恐れるな!」

それに触発されて、一人、また一人と声を上げる。

少女「ち、違う……騙し討ちなんかしない!」

少女は必死に弁明するが、戦場と言う異様な空気と、
そこに加えられた威容への恐怖が混乱をさらに加速させた。

テコを利用した投石機で、直径一メートルほどの岩が銀色の魔導機人に向けて放られる。

しかし、超弩級の魔導機人はその程度ではビクともしない。

少女「止めて! 止めて下さい!」

微動だにしない魔導機人から、少女の懇願の声が響く。

だが、次々に魔導機人に向けて敵軍の攻撃が押し寄せる。

そして、破滅の音が――

魔導機人『敵性行動と判断します』

――魔導機人から鳴り響いた。

直後、結の視界を砂嵐のような物が駆け抜け、夢の映像が激しく乱れた。
317 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/21(土) 20:16:28.90 ID:d0H4+yFF0
結(な、何……? どうしたの!?)

何が起きているのか分からずに狼狽していると、不意に視界が正常化した。

少女「止まって! お願い、止まって! 止まってぇぇ!?」

累々たる屍の山。
それを築き上げてゆく銀の魔導機人。

その鋼の腕が自分【僕】へと伸ばされる。

結(う、うそ……ま、待って!?)

押し寄せる死の恐怖に、結は身を強張らせる。

逃げる事も出来ずに捕まり、巨人と化した肉体が押し潰されて行く。

骨を砕かれ、身体がひしゃげて行く激痛を感じながら、結が最期に耳にしたのは――

少女「いや……イヤ………嫌あぁぁっ!?」

――割れんばかりの、少女の悲鳴だった。

結(何で……こんな、事に………?)

死して尚残る自分【私】の意識の中で、結はワケも分からずに、
そんな疑問を口にするしかなかった。
318 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/21(土) 20:17:07.20 ID:d0H4+yFF0


譲羽結は、目を覚ます――

どうやら、僅かな間だけ気を失っていたようだ。

目を開けると、そこには青銀の瞳に心配そうな色を湛えた、親友の顔。

結「………かな、で……ちゃ、ん……? ぁぐ……っ」

絶え絶えに声を漏らす結は、夢の中ほどではないにせよ全身に鈍く走る痛みに喘ぐ。

そして、痛みが、遠のきかけた意識を覚醒させる。

結「奏ちゃん……ごめん、なさい……。
  クリス……助け、られなか、った……」

奏「今はいいから……喋らないで」

後悔の言葉を絶え絶えに漏らす結を、奏は優しく制した。

意識が覚醒すると同時に、結は痛みが和らぐのを感じていた。

エール<魔力回復……一体、何が起こったんだ……?>

エールの愕然とした声が聞こえる。

どうやら、原因不明の消耗を引き起こしていた魔力が、
やはり原因不明の回復を見せているようだ。

ギアの魔力循環機能が再稼働し、治癒促進が始まった事で痛みが和らぎ始めているのだろう。

しかし、一度、魔力を限界まで失ったショックと、出血を伴う程の突進のダメージは癒えていないらしく、
意識を覚醒させる程の痛みが和らぐ事で、結の意識は再び途切れそうになっていた。
319 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/21(土) 20:17:43.20 ID:d0H4+yFF0
だが、これだけは伝えなくてはならないと、結は力を振り絞る。

結「……あの子……も、被害、者……だか、ら……」

結は首を傾いで、奏の登場で呆然とするシルヴィアに視線を向ける。

奏「被害者……?」

奏は怪訝そうに、その言葉を反芻する。

結「………助け、て……あげ、て」

それだけ言うと、結は気を失った。

奏「結!? ………気を失っただけ、か。良かった……」

一瞬慌てた奏だったが、穏やかな吐息が漏れている事に安堵の溜息を漏らす。

そして、クレーストの魔導機人を召喚すると、
その黒き騎士の手に、気を失った親友を預ける。

奏「クレースト、結を連れて戦域から離れて」

クレースト「承知いたしました」

奏の指示に恭しく頭を垂れ、結を抱きかかえたクレーストはその場を辞す。

視線でその様子を追っていた奏だったが、十分に距離が離れた事を確認すると、
すぐにシルヴィアへと視線を戻した。
320 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/21(土) 20:18:33.16 ID:d0H4+yFF0
奏(さて……と)

心中で溜息を一つ。

この時点で、奏が心の中で抱いていた、駆け付けた瞬間には確かにあったハズのシルヴィアへの敵愾心は、
驚くほど減っていた。

キャスリンやエレナ達を殺した者の仲間。
セシル達が泣く原因を作った者達。
クリスを誘拐した相手。
親友を傷つけた憎い相手。

そんな思いが欠片ほども残っていないワケではないし、
むしろ、それを思えば怒りもぶり返す。

だが、怒りの感情よりも強く奏の中に沸き立っているのは、
強い使命感と、ある種の共感だった。

奏(結が助けてあげて、って言ってた……。
  あの子を助ける理由は、それで十分だ……)

奏はそれだけを再確認すると、警戒するように構えていたギアの穂先をやや下げる。

奏「……改めて警告します。
  こちらは研究院所属の保護エージェント、奏・ユーリエフです。
  シルヴィア・ゲントナー……武装を解除して投降して下さい」

落ち着いた様子で投降を呼びかける奏だが、シルヴィアは悪びれた様子もなく、
真っ二つに叩き斬られたばかりのサメ型魔導機獣を再召喚する。

シルヴィア「投降なんてしない……」

結に止めを刺さんとした瞬間に見せた狂喜の感情を抑え、再び淡々と漏らすシルヴィア。

シルヴィア(残り……八十秒……)

トリスタンから言い渡された必要時間を、頭の中で反芻する。

あれから、既に三分四十秒が経過していた。

あと一分少々の時間を稼げば、足止めは十分だ。
321 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/21(土) 20:19:08.71 ID:d0H4+yFF0
奏「あまり強行な手は使いたくないんだ……。
  素直に投降してくれると、嬉しい」

対して、奏はその辺りの事情を知らない事もあったが、
根気強く彼女を説得する手段に出ていた。

犯罪の走狗に仕立て上げられた子供と対峙する時の、
保護エージェントとして当然の対応だ。

だがそれ以上に、奏は目の前の少女にかつての自分を見出してしまっていた。

奏(ボクも……昔はあんなだったんだろうな………)

シルヴィアのような境遇の少女と――
自分が辿っていたかもしれない道を辿ってしまった相手と相まみえる度に考える。

あの頃の自分にキャスリン達がいなければ、結と出会っていなければ、
シエラの元に行けなかったら、きっと“そう”なっていたであろう自分。

頑なに誰かに助けられる事を拒んで、
自分の信じた道を最悪の道と知らず、疑わずに走らされ続ける。

その先にあるのは、きっと、破滅的な最期。

奏「投降を受け入れないなら、力ずくで止めるしかないんだ……。
  お願いだから、大人しくして欲しい」

奏は訴えかけるように言葉をかけるが、代わりにシルヴィアから与えられたのは――

シルヴィア「マギア・フルートヴェレッ……!」

――魔力の津波だった。
322 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/21(土) 20:19:34.70 ID:d0H4+yFF0
奏「っ……!」

奏は驚きと悲しみで、小さく息を飲む。

だが、それだけだ。

奏「リョートリェーズヴィエ……!」

瞬時にして右手に氷結魔力刃を作り出し、押し寄せる魔力の津波を真っ二つに切り裂く。

氷の刃――リョートリェーズヴィエの名の通り、凄まじい切れ味と氷結能力であった。

結を救い、最初に魔導機獣を切り裂いたのも、この一撃だ。

以前は炎熱と雷電の二種類の魔力刃を威力や用途で使い分けていた奏だったが、
あれから六年の歳月を経て、ありとあらゆる状況に対応できるようにと、
流水と氷結の魔力刃の扱いも修得していた。

奏「この際、ハッキリと言っておくね……。
  君の戦術はボクと相性が悪い。

  ボクが使っているのがさっきのような三世代も前の汎用ギアならまだしも、
  クレーストを使ってるボクを相手に熱系変換で戦うのは無謀だ」

奏は淡々と事実だけを述べてから、スッと右手を差し出す。

奏「……さあ、武装を解除して」

掌を差し出すようにして、四度目となる投降を呼びかけた。

シルヴィア「投降なんて、しない………!」

だが、シルヴィアは目を見開き、再び感情を剥き出しにしてそれを払うような仕草ではね除ける。

互いに手が届くワケではない。
奏の声を誘惑と断じてはね除ける、謂わば、自らに言い聞かせるための儀式だ。
323 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/21(土) 20:20:14.05 ID:d0H4+yFF0
シルヴィア「私は、貴女も倒して、お父様の元に帰るんだ!
      お父様に認めてもらうんだ!」

喚き散らすように叫ぶシルヴィアは、
先ほど、結を捕らえた時と同じく大量の水で水球を作り出す。

奏の全周囲から大量の魔力水が押し寄せ、彼女の身体を覆い隠してゆく。

シルヴィア「ヴァッサーフォーゲフォイアの中からは逃れられない……!」

勝利を確信し、口元に笑みを浮かべるシルヴィア。

先ほどは外側から切り裂かれてしまったが、
内側に閉じこめさえすれば高密度の魔力水による魔力相殺でノックダウンを起こす事が出来る。

さらに、この中に魔導機獣を解き放てば、
身動きの取れない敵を相手に一方的な攻撃を仕掛ける事も可能だ。

陸上でしか生存できない人間を相手にするからこそ、絶大な威力を発揮する魔法。

魔力を、呼吸する権利を奪われた者は、先ほどの結のように一方的に嬲られるだけだ。

ヴァッサーフォーゲフォイア――文字通り“水の煉獄”の名に相応しい恐ろしい魔法である。

だが、それでも“相性が悪すぎる”と言う事実の前には無力だ。

その事実を我が目で確認したシルヴィアは、声も上げずに驚愕の表情を浮かべていた。

そう、水の煉獄は瞬く間に氷結し、内側から切り裂かれて落ちた。
324 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/21(土) 20:20:53.09 ID:d0H4+yFF0
奏「ボクを相手に、炎熱と流水の属性魔法は無駄だよ……」

切り裂かれた氷球の中から無事に現れる奏。

そして、彼女の言う通りだった。

奏の魔力特性は熱系変換特化。

魔力を込める量や波長を僅かに調整してやるだけで、
属性変換術式を用いなければ変換できない、
高位属性である雷電と氷結の二種類の属性変換を使いこなす事が出来る特性だ。

自分と相手の魔力量が僅かでも上回るか、最低でも拮抗さえすれば、
それだけで下位属性の魔法に打ち勝つ事が出来る。

仮に拮抗できぬレベルであろうとも、防御するだけなら数世代前のギアですら十二分な程だ。

シルヴィアのように流水変換を主体とする魔導師には、天敵と言わざるを得ない。

さらに言ってしまえば、奏は既に彼女の攻撃魔法を
三世代前の汎用ギアの補助だけで完全に受けきっている。

魔力増幅能力の高い第五世代以降、
しかも最新の第六世代であるクレーストを持った奏に敵うハズもない。

広域乱反射系の結界であるマギアネーベルも、
閃光変換をあまり使わない奏が相手では無用の長物だ。
325 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/21(土) 20:21:51.30 ID:d0H4+yFF0
奏「キミは……例のトパーツィオって言う呪具系ギアのような、
  高い魔力増幅能力のあるギアを使っていないみたいだね」

奏はクレーストに転送されたばかりのライブラリデータと、
それまでの戦況を照らし合わせながら呟き、さらに続ける。

奏「多分、キミ自身の魔力はBランク相当……。

  流水に特化した魔法をギアの補助を受けて増幅させ、
  Sランク相当の魔法を使っているみたいだけど、
  それだけじゃ相性の悪さを克服するなんて出来ない」

シルヴィア「うぅ……」

奏に淡々と言葉を並べ立てられ、シルヴィアはたじろぐ。

確かに、奏の見立てた通りであった。

事実、シルヴィアの魔力量はBランク相当からややAランクに届くかと言うレベル。
AランクからSランクに届く魔力量を持つ奏に比べれば、その量は一割程度。

しかも、結との戦闘で大半の魔力を使ってしまっている。

奏も機人魔導兵との戦闘で相応に魔力を消耗してはいるが、それでも十分な魔力が残されていた。

彼我の魔力差は十倍以上と言っても過言ではないだろう。

それに加えて、圧倒的な相性の悪さ。

シルヴィアの敗北は、ほぼ確定であった。
326 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/21(土) 20:22:29.25 ID:d0H4+yFF0
だが、それでも――

シルヴィア「私は、お父様に認めてもらうんだ!」

渇望にも似たその思いが、彼女を突き動かしていた。

残り数秒の時間稼ぎ。
そんな与えられた役目以上の物を、今のシルヴィアは求めていた。

事実を言ってしまえば、本当の両親の事は何も知らない。

赤ん坊の頃に誘拐され、幼い内から教育と訓練を施され、
商品としてトリスタンの元へと買われて行った。

トリスタンがどんな人間であろうとも、それ以来、
彼は自分の父親代わり――いや、彼女の中では既に父親なのだ。

その父が、自らの目的のために幾つものファクターを欲している。

その目的のために初めて、“博士”ではなく“お父様”と呼ばせてくれた。

だが、それもただの演技。

そして、それが自分に対する餌だとも分かっている。

馬を走らせるためにつり下げられたニンジンだと、理性では分かっている。

それでも、心が躍った。

仮初めでも、嘘でも、演技でも一時、自分はトリスタン・ゲントナーの娘、
シルヴィア・ゲントナーに……望んでいた自分になれたのだ。

それが彼女に、与えられた役割以上の勝利を渇望させていた。
327 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/21(土) 20:24:01.35 ID:d0H4+yFF0
シルヴィア「ヴァッサーフォーゲフォイアッ!!」

無駄とは知りつつも、既に冷静な判断力を欠いたシルヴィアは、
自身の最強魔法を使う他なかった。

奏は残念そうに肩を竦めると、だがすぐに気を取り直す。

奏「聞き入れ……られないよね」

そして、納得したように呟いてから、十字槍を構える。

分かっていた事だった。

最悪の結果が待っていようと、それでも縋り付きたい物がある。

かつて自分が、母の蘇生を条件にグンナーの走狗となっていた頃と同じだ。

奏「………スニェーク、テイクオフ……」

奏は小さく呟いて、つい先ほど手渡されたばかりの新たなギア――
補助魔導ギア・スニェークを解き放つ。

直径二十センチ足らずの円に収まるほどの、
雪の結晶を摸した平らな形状をしたギアだった。

奏「スニェーク……リョートリェーズヴィエ!」

奏の指示と魔力を受けて、スニェークから鋭い氷の刃が生まれ、
シルヴィアのヴァッサーフォーゲフォイアを切り裂いた。

そこまでは、シルヴィアにも見えていた。

そう、“そこまで”は……。
328 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/21(土) 20:24:54.74 ID:d0H4+yFF0
シルヴィア「消えた!?」

シルヴィアは愕然と漏らした。

そう、奏が消えたのだ。

確かに水球の向こう――今は凍り付いて真っ二つにされた二つの氷塊の向こうに、
確かに奏はいたのだ。

水球が凍り付いて切り裂かれるまで、瞬きほどの時間もない。

その僅かな……おそらくはスニェークの作り出した氷結魔力刃に反射した光が閃いた、
文字通り一瞬にも満たない時間だったであろう。

目を眩ませるまでもない光量の光に、注意を削がれた一瞬で、奏の姿を見失ったのだ。

だが――

奏「加減は、するから」

背後から聞こえた静かな声に、シルヴィアの背筋はゾクリと震えた。

背後を取られた。

そんな事実に気付くよりも早くシルヴィアは背後を振り返り、
そのまま愕然として目を見開いた。

シルヴィア「あ……!?」

背後には、青銀に輝く電撃を両手に纏った奏の姿。

左手に構えたギアには極大の収束雷電魔力刃、
ギアを持たぬ右手にも多量の魔力が込められた収束雷電魔力刃。

回避や防御を選ぶ暇も、それを考える暇もない程の超速攻――奏の得意とする必倒の戦術。
329 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/21(土) 20:25:34.74 ID:d0H4+yFF0
奏「ドラコーンググラザー………リェーズヴィエッ!」

竜の雷が込められた極大の刃が、鼓膜を破りかねない極大の雷鳴を伴って、
シルヴィアに真っ向から叩き付けられる。

シルヴィア「がっ……はぁっ!?」

直後、凄まじい衝撃と魔力ダメージがシルヴィアを襲い、全身の身代わり呪具を悉く砕いた。

シルヴィア(そんな………い、一撃……)

あまりの衝撃と衝撃的事実に、シルヴィアはその言葉を発する事すら出来なかった。

これこそがSランクエージェント、奏・ユーリエフの実力である。

ギアの機能で、辛うじて空中に漂うように踏みとどまったシルヴィアだったが、
最早、奇跡でも起きぬ限り逆転不可能であるのは、誰の目にも明らかだ。

そして、今の彼女に、結の時のような増援は無い。

奏「……少しだけ、眠ろう?」

奏は寂しそうに呟いて、残る右手の雷電魔力刃を掲げる。

その時になってようやく――

ギア<300秒、経過――>

ギアがその事実を伝えて来た。

シルヴィア「あぁ……」

ギアから聞こえて来た言葉に、シルヴィアは安堵する。

そう、自分は使命を果たしたのだ。
330 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/21(土) 20:26:13.14 ID:d0H4+yFF0
シルヴィア(………シルヴィアは……役目を果たしました……だから……)

安堵から急速に遠のき始めた朦朧とした意識の中、シルヴィアは必死に手を伸ばす。

奏から見れば、それはまるで自分の魔力刃を受け入れるかのようにも見えた。

だが、その見立ては間違いであり、彼女の真意が別にある事は奏にも分かっていた。

シルヴィア「ほめ、て………おとう、さま……」

だからこそ、振り下ろした刃の放つ雷鳴に掻き消されたその声が聞こえずとも、
奏は俯き、悔しそうに唇を噛む他なかった。

電撃の刃が過ぎ去るとそこには、魔力ノックダウンと、
防護服で軽減されたとは言え電撃のショックで気絶したシルヴィアがゆっくりと崩れ落ちんとしていた。

奏「スニェーク……確保を」

奏は俯いたまま、新たな愛器に指示を出す。

スニェークは主の指示を受け、落下寸前のシルヴィアを魔力で保護する。

奏は無言のまま、気絶した少女を抱きかかえると、
自分がやって来たのとは正反対の方角――恐らくはトリスタンが逃亡した方角を睨むように見遣った。

怒りと無力感が、奏の心を満たす。

だが、奏は小さく首を振って気を取り直した。

今は感傷に浸っている場合ではない。

奏「本部………こちら奏・ユーリエフ。
  犯行グループの一人を逮捕……いえ、保護、しました。

  これよりエージェント・譲羽と合流し、本部に帰還します」

奏は淡々と研究院本部に通信を送ると、シルヴィアを抱えたまま踵を返した。

奏「メイ……頼んだよ」

そして、祈るように呟いて、結を保護しているクレーストと合流すべく空を駆けた。
331 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/21(土) 20:26:52.54 ID:d0H4+yFF0


正午――
魔法倫理研究院本部・医療部局病棟の一室で、結は目を覚ました。

結「っ!?」

息を飲み、毛布をはね除けるようにして、上体を起こした。

結「ぁ………っ!?」

途端、全身に鈍い痛みが走って、結は声ならぬ悲鳴を上げて前のめりに蹲る。

エール<丸一日以上気絶していたんだ。無理をしないでくれ>

痛みで徐々にハッキリとし出した意識に、愛器が思念通話で現状を伝えて来る。

その言葉に、結は愕然とした。

結「まる、いち、にち……?」

呆然と漏らす言葉で、気を失う前の事を思い出す。

自分は何故か急速に魔力を失い、シルヴィアに敗れた。

そして、絶体絶命の中、奏によって助けられ、そこで気を失った。

その時点から既に、丸一日以上の時間が経過していた。
332 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/21(土) 20:28:01.85 ID:d0H4+yFF0
結「く、クリスは!? 事件は、どうなって……」

結は鈍く訴えてくる痛みをねじ伏せて、ベッドから立ち上がる。

シルヴィアとの戦闘で痛めつけられた全身は、既に治療が終わっているようで、
痛みさえ我慢すれば立ち上がって歩けない事もないようだった。

だが――

ロロ「……結!? まだ起きちゃ駄目だよ!?」

病室に入って来たロロが、結の様子に気付き、慌てて押さえ込んで来た。

結「ろ、ロロ……事件は、クリスは、どうなったの!?」

結は縋るような体勢でロロに問いかける。

ロロ「えっと……私、担当外だから全然聞かされてなくて……」

申し訳なさそうなロロの言葉通り、
彼女は特秘案件D16と称されるエージェント大量惨殺事件に関しては、
部外者ではないものの担当外と言う事で、捜査に関して詳しい事までは聞かされていない。

しかし、状況はエージェント惨殺に始まり、Aカテゴリクラス襲撃に加え、
本部襲撃と保護下にある少女――クリスの誘拐と、
最早、大概のエージェントが無関係ではない大事件へと発展していた。

さらに言えば、つい今し方まで、六日前のようなブリーフィングが行われていた。
333 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/21(土) 20:29:19.25 ID:d0H4+yFF0
だが、ロロは敢えてその情報を伏せた。

サメ型魔導機獣の連続体当たりを受けた結の身体は、
まだ多量のダメージが蓄積している。

治療を終えて傷こそ塞がっているものの、
現に痛みは“我慢しなければ”身体を動かせないほどだ。

ロロ「と、とにかく!
   一度は殺されかけたんだから、今は身体を休めなくちゃ駄目だよ!
   でないと、いざって言う時に動けないよ?」

珍しく大きな声を上げたロロに、結は思わず目を見開く。

確かに、彼女の言う通りだ。

実戦での魔力ノックダウンは、生まれて初めての経験だ。

加えてあの高水圧と魔導機獣による体当たり。

命があっただけでも奇跡と言える状況。

間違いなく、奏が駆け付けるのがあと僅かにでも遅ければ、死んでいたかもしれない。

そう思うと、急に足の力が抜ける。

結「あ……」

ロロ「ほら……無茶しちゃ駄目だよ、結」

よろけかけた結を、ロロは片手で支えてベッドまで誘導する。

ザックほどではないが、ロロもかなり身体を鍛えている。

結くらいの体重ならば片手で十分と言う事だろう。
334 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/21(土) 20:29:55.84 ID:d0H4+yFF0
結「そっか……私、死にかけたん、だ……」

ベッドに横たえられながら、結は呆然と呟いた。

クリスを助けようと、シルヴィアを助けようと必死になり過ぎて、
自分自身の命にまで気が回っていなかった。

そう、自分は死にかけたのだ。

臨死の恐怖が、一日前の――主観的にはつい先ほどの――
朦朧とした意識の中で見せられた悪夢を思い起こさせる。

結「うっ……」

悪夢の中で見せつけられた凄惨な光景と、エレナ達の死に様を重ねるように思い出して、
胃が裏返るのではないかと言うほど激しい嘔吐感に襲われる。

ロロ「結、大丈夫!?」

ロロは慌ててベッドサイドのテーブルに置かれていた金属製のトレイを差し出すと、
結の背中をさする。

丸一日食事を摂っていなかったためか、
トレイに吐き出されたのは唾液混じりの胃液だけだった。
335 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/21(土) 20:30:43.41 ID:d0H4+yFF0
ありったけの胃液を吐き出して、ようやく落ち着いた結は、改めて病室を見渡す。

小さな個室の窓際のベッドが今、自分の寝かされている場所だ。

窓の外には植え込みの木の頂点が見える。
おそらくは三階辺りだろう。

開かれた窓から吹き込んで来る海風が心地よい。

身体の方を見ると、右腕には申し訳程度の包帯が巻かれている。

そして、先ほどは痛みにばかり気を取られて気付かなかったが点滴がされており、
利き腕の左腕に点滴用の針が刺さっている。

ロロ「あ……右腕の包帯はただの固定用だよ?
   折れてはいないけど、念のため、ね」

結の視線に気付いたロロは、彼女を落ち着かせるように呟くと、
立ち上がって部屋に据え付けられているシンクへと向かった。

胃液のついたトレイを水で洗い流し、
ベッドサイドのテーブルに置き直すと、椅子に腰掛ける。

結「ねぇ、ロロ……知ってる範囲でいいから教えて……。
  今、どんな状況なの?」

ロロ「うん……」

懇願するような声音の結に、ロロはやや戸惑い気味に頷いてから語り出した。
336 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/21(土) 20:31:22.47 ID:d0H4+yFF0
ロロ「まず、襲撃された本部だけど……被害は一応軽微、かな?
   病棟の一部が水浸しになったり、シェルターのハッチが破壊されはしたけど、
   避難者の人的被害はザックと奏のお陰でゼロ。

   研究棟も少し破壊されたけど研究エージェントに被害はなかったみたい」

結「そっか……アレックス君達は無事、なんだね」

半ば絶望的な状況ながら、友人の無事を確認できた結は少しだけ安堵する。

ロロ「それで、例の小型魔導機人との戦闘だけど、こっちも昨日の正午前に掃討完了。
   数人のけが人は出たけど、死者は何とかゼロだよ」

どうやら、最悪の事態は避けられたようだ。

犯人――トリスタンによるクリスの誘拐と言う、唯一つの懸念を除いて……。

結は沈み掛けた気持ちを軽く頭を振って奮い立たせると、ロロに向き直る。

結「他のみんな……奏ちゃんや、メイやザック君は?」

ロロ「ああ、それなら……」

ロロが結の質問に応えようとした時、突然、病室のドアが開かれた。
337 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/21(土) 20:32:14.89 ID:d0H4+yFF0
奏「結っ!」

ザック「お、おい、奏、ノックくらいしようぜ?」

慌てた様子駆け込んで来たのは奏と、
その後ろでそんな彼女を窘めているのはザックだ。

結「奏ちゃん、ザック君!」

心配した様子の友人達の姿に、結は心配をかけた事を申し訳ないと思いつつも、
その無事に声を弾まさずにはいられなかった。

ロロ「さっき、思念通話で呼んでおいたの」

ロロはそう言って、口元に優しい笑みを浮かべた。

奏「大丈夫、結? 気分は悪くない?」

結「う、うん……大丈夫だよ。
  一度、吐いちゃったけど……それで逆にスッキリしたから」

心配そうに詰め寄って来る奏に、結はたじろぎながらも応える。

ザック「ふぅ……冷や冷やさせるなよ。って、俺が言えた義理じゃないな」

ザックも、思ったよりは元気そうな結の様子に胸を撫で下ろした。

結「アハハハ………」

ザックの言に、結は申し訳なさそうに乾いた笑いを漏らす。
338 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/21(土) 20:32:57.12 ID:d0H4+yFF0
だが、次第にその笑い声は萎んで行き、次第に顔を俯けてしまう。

空元気など続かないモノである。

結「奏ちゃん、助けてくれてありがとう……あと、ごめんなさい……」

結は消沈した様子で、感謝と謝罪を口にした。

感謝は命を救ってくれた事、謝罪はクリスを助ける約束を果たせなかった事。

話題を逸らそうとも、その事実だけは――
特にクリスの件は、結には無視できない事柄だった。

奏「結……キミだけの責任じゃないよ」

奏はベッドの縁に腰を下ろすと、消え入りそうなほど落ち込んだ様子の結の肩をそっと抱く。

ザック「あの子が攫われた場所には、俺だっていたんだ。
    ………クソッ、こんな怪我さえなけりゃ……」

ザックも悔しそうに漏らし、右手の拳を握り締め、
昨日よりは随分と小さくなった左腕のギプスを見下ろす。
339 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/21(土) 20:33:24.47 ID:d0H4+yFF0
クリスの誘拐は、状況が悪すぎたとしか言えない。

本部襲撃の混乱、手薄となった施設内部への敵の侵入、致命的な人手不足。

様々な要因がクリスの誘拐を幇助し、加えて、結の敗北。

結の敗北に関しても彼女だけの責任だけでなく、
結の任務達成率の信頼度の高さ故にたった一人で追撃を行わせた本部の慢心が招いた結果だ。

本部側の責任を追及するならば、トリスタンの件も引き合いに出るだろう。

本部に登録されているフリーランスエージェントが事件の黒幕と言う、
想定外ではあっても、“想定外”で許されぬ状況を招いた責任は重い。

トリスタンの本部襲撃に限って、敢えて辛辣な言葉を選んで言えば、
エージェント隊の各総隊長の危機意識の欠如、
さらには魔法倫理研究院上層部の管理不行き届きによる失態とも言える。

一介のエージェントに過ぎない結達の責任と言うには、些か問題が大きすぎる。

責任感が強いのも、責任を感じる気持ちも分からない事もないが、
背負わなくて良い重責まで背負い込んでしまうのは筋違いと言う物だ。
340 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/21(土) 20:34:37.01 ID:d0H4+yFF0
奏「安心して……。トリスタンの追跡にはメイも出てる」

奏は結の肩を抱きながら、落ち着かせるように優しい声音で呟き、さらに続ける。

奏「あの子の足の速さと魔力特性なら、見付からずに追跡できるハズだから……」

そう言った奏は、まるで自分にも言い聞かせているようだった。

上層部の責任もあるとは言え、
今回の襲撃の結果に責任を感じていないエージェントの数は少ないだろう。

もしも、自分が襲撃に気付いていたら。
もしも、自分が仲間達を守れていれば。
もしも、あの瞬間に対応できていたのなら。

既に起こってしまった結果に“もしも”や“たら・れば”は禁句だが、
そう考えずにはいられない。

エージェント大量惨殺事件から始まったこの案件だが、
エージェント達に与えた数々の精神的なショックは
最早、看過できない……計り知れない物となりつつあった。

だが、エージェント隊最速にして隠密行動に長けたメイが追跡に出たのだ。

トリスタンの尻尾は掴んだも同然である。
341 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/21(土) 20:35:39.17 ID:d0H4+yFF0
ロロ「それに、南米に行っていたフラン達も帰って来たしね」

ロロも付け加えるように言って微笑む。

結「フラン達が……帰って来た」

結も感嘆混じりにその言葉を反芻する。

各隊から選りすぐられたエージェント達による混成大部隊である南米掃討任務担当エージェント達の数は、
エージェント隊総数の約四割に匹敵する。

今までは後手後手に回らざるを得なかったが、
コレで今まで最大のネックとなっていた人手不足は解消される。

四人は顔を見合わせながら頷き合う。

そう、反撃はここからだ。

誰もがそう思ったその時だった。

???「反撃はここからよ!」

不意に窓の外から、四人の意志を代弁するかの如き、力強い女性の声が響いた。

全員の視線が窓の外に向かう。

結「あ………」

その姿を認めて、結は思わず頬が緩み、安堵と感激に涙腺を緩ませた。
342 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/21(土) 20:37:02.84 ID:d0H4+yFF0
少しだけ滲んだその視界に映る、見慣れた勇姿。

日の光を背にした逆光の中、海風に煽られる三つ編みの赤髪。

髪と同じく海風に翻る戦闘エージェント隊所属を表す白のジャケットと、
その肩に映えるスナイパーライフルを描いたパーソナルマーク――Sランクの証明。

そして、その足下には紅の魔導機人。

フラン「フランチェスカ・カンナヴァーロ……、只今、帰還!」

のけぞり気味にVサインを突き出す女性――フランは、
口元に笑みを浮かべて高らかに叫んだ。

おそらく、“彼女の中”では最高に格好いい帰還だったのだろう。

だが――

ザック「………………アホ」

腐れ縁の幼馴染みの見せたそんな姿に、
ザックの下した評価は辛辣ではあったものの、まあ妥当だった。
343 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/21(土) 20:38:17.63 ID:d0H4+yFF0
だが、それだからこそ始まってしまう恒例の口喧嘩。

フラン「誰がアホよ、バカザックっ!?」

ザック「お前だ、お前っ! 病院の窓に魔導機人で乗り付けるアホがどこにいる!」

フラン「ここにいて悪いかっ!?」

マシンガンのような勢いで売り言葉に買い言葉の応酬を始める二人。

奏「ほらほら、二人とも。そんなに騒いだら他の人に迷惑だよ」

そんな様子を見かねて、奏が二人を宥める。

そこでようやく我に返ったフランとザックは、
お互いに顔を見合わせてからコホンッと咳払いをする。

照れ隠しのつもりなのだろう。

フランはそのまま窓から結の病室へと転がり込み、召喚していた魔導機人を消すと、
もう一つ咳払いをしてから病室にいる仲間達を見渡す。

ザック、ロロ、奏と順繰りに見渡し、最後に結と視線を重ね、
優しさを漂わせつつも頼もしげな笑みを浮かべる。
344 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/21(土) 20:39:16.05 ID:d0H4+yFF0
結「フラン……」

亡き師にも似た、だがやはりそれとはまた違った優しげな笑みを浮かべる姉貴分に、
結は涙ぐんだ声を漏らしてしまう。

フラン「………よく頑張ったわね、結」

フランはそう言って、妹分の頭を優しく撫でる。

結「ふらぁん……!」

空元気で押し込めていた涙が、そこで遂に堰を切って溢れ出した。

この一週間ほど、あまりにも色々な事があり過ぎた。

友人達に受け止めてもらって、乗り越えたつもりでも、
十五歳の少女の心と身体には、あまりにも大きく辛すぎる出来事の数々。

乗り越えても、乗り越えても、終わりのない試練の数々。

やっと乗り越えた悩みの果てに、無力感に叩きのめされる。

悔しくて、苦しくて、それでも前を向いて歩く覚悟を決めたハズなのに……
だが、それだからこそ締め付けて来る。

フラン「エレ姉の……エレ姉達の仇を取ってくれて、本当にありがとう、結」

フランはしゃくり上げる妹分の頭を何度も撫でながら、そんな労いの言葉を改めてかける。

奏「…………」

奏も無言のまま、泣きじゃくる結の肩を優しく抱き続ける。

結「うぅ……えっ……うぅぁぁ……」

四人の兄と姉達に囲まれながら、結は泣きじゃくり続けた。

結が落ち着いたのは、それから一時間後の事だった。
345 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/21(土) 20:40:00.56 ID:d0H4+yFF0
結が落ち着きを取り戻すと、フランがゆっくりと語り出す。

フラン「元フリーランスエージェント、
    現魔導テロリストのトリスタン・ゲントナーの討伐命令が出たわ。

    ……生死問わずで、ね」

ザック「生死問わず、か……。
    そりゃあ、まぁ妥当って言えば、妥当か」

ザックは少し驚いたような表情を見せてから、次第に納得したように頷きながら呟いた。

トリスタンはエージェント大量惨殺事件とAカテゴリクラス襲撃事件の黒幕にして、
魔法倫理研究院本部襲撃の主犯。

グンナー・フォーゲルクロウも生死問わずの討伐命令の出ていた魔導テロリストだが、
それはあくまで魔導研究機関の首魁であり、数々の違法研究をしていたからと言う部分が大きい。

事件の詳細調査以上に、これ以上被害が広がる前に、
一刻も早くその凶行を止めるべき、と言う上層部の判断だろう。

ロロ「ねぇ、捜査チームに関わってない私達がいる場所で、そんな話していいの?
   一応、特秘事項じゃ……」

フラン「ああ、その件ね。
    まあ、特秘事項なんて言ってる場合じゃなくなったのもあるけど………」

ロロの質問に、フランは思案気味に応えて、僅かな沈黙の後に口を開く。

フラン「現状を鑑みて、捜査チーム再編成が決定されたわ」

結「捜査チームの再編!?」

フランから伝えられた上層部の決定に、結は驚きの声を上げる。
346 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/21(土) 20:42:29.45 ID:d0H4+yFF0
フラン「先ずは本部や欧州各地の施設の防備を固め、
    南アフリカ、中東の戦線に人員を補充して小規模テロ鎮圧に向かわせるそうよ。
    火種の小さな内に、叩き潰しておこうって狙いね。

    数が必要になるから、これは南米帰還組の殆どが当たる事になるわね」

フランは帰還するなり招集をかけられたブリーフィングの内容を思い出すように伝える。

フラン「で、肝心のトリスタン捜査チームだけど、
    こっちは少数精鋭で一気に叩き潰す手に出る事になったわ」

奏「少数精鋭?」

怪訝そうに尋ね返す奏の言葉に頷いて、フランはさらに続ける。

フラン「前々から私が出してた部隊構想があったでしょ?
    アレの試験運用にこじつけて、何が何でもトリスタンを止めて来い、だって」

フランは溜息がちに言ったものの、
その目には自らの部隊構想が実現しようとする事に対する僅かばかりの歓喜が見て取れる。

フラン「で、編成はアタシに一任って事になったんだけど………。
    奏、ロロ。あなた達二人に来てもらう事にするわ」

フランの言葉に、奏とロロは顔を見合わせる。

驚く二人を後目に、フランはさらに続ける。

フラン「あと一人まで好きな面子で編成して良いって話だから、
    あと一人見繕ったら、現地のメイと合流。

    五人がかりで徹底的に叩き潰して来い、って事みたいね」

フランは昂奮しかけた声音を取り繕ろうと溜息がちに呟こうとするが、
その昂奮を隠しきれないかのような声音が混じっている。
347 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/21(土) 20:43:08.47 ID:d0H4+yFF0
つまり現状の部隊構成はフラン、奏、ロロ、メイにさらに一人。

Sランクエージェント二名に、Aランクエージェント二名を加えて、
フランの事だからそれなり以上のエージェントを最後の一人に指名するだろう事は明白だ。

最低でもAランク相当のエージェント。
可能ならば、Sランクに匹敵する戦力のエージェント。

尚かつ、起こりうるありとあらゆる状況に対処できるだけのメンバーを揃えたい気持ちもあるだろう。

高速近接タイプが二人、精密狙撃タイプが一人、後方支援型が一人の現状からすれば、
あとは必要とされるのは防衛型か砲撃型のエージェントだ。

そうなれば、候補は必然的に限られて来る。

この場に限るならば、高い防衛能力を持つ近接型のザックか、
高い砲撃力と平均値以上の防衛力を誇る結の二択だ。

ザックの腕は今少し療養が必要とされるが、結のダメージはまだ微かに残る痛みだけ。

魔力が回復している現状ならば、この程度の痛みは
半日も治癒促進をかければ引くと言うのは、結自身にも分かっていた。

結「………あと少しだけ待って、フラン。
  そうすれば……」

――私も参加できるから。

そう言いかけた結の言葉を、フランの気まずそうな表情が遮った。

先ほどまで昂奮気味だったフランが、何と言って良いか分からずにやや顔を俯けている。
348 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/21(土) 20:43:56.41 ID:d0H4+yFF0
結「………フラン?」

フラン「私だって……一番にあなたを指名したかったわよ」

戸惑い気味に問いかける結に、フランは悔しそうに呟くと、意を決したように続ける。

フラン「……あとで正式に辞令が来るだろうけれど……。

    あなたの原因不明の魔力減少の原因が究明されるか、
    その対策が講じられるまで前線への出動の一切を禁じられる事になるわ」

結「…………………え……?」

その言葉を聞かされて、結は自分の思考が急ブレーキを踏むような感覚を感じた。

何だろう?

ギアを通して、どんな言語であろうとも聞き慣れた母国の言葉で聞こえるハズなのだ。

フランの話すイタリア語も、学生時代に日常会話は殆どマスターしているハズなのだ。

だと言うのに、フランの言葉が遠い異国の、まるで聞いた事のない言葉のように聞こえる。

結「だ、だって……私の魔力、もう回復してるよ?」

結は唖然呆然としたまま、そんな疑問を口にする。

そうだ、魔力はもう完全回復している。

あの時に起きた魔力の急速消耗の理由は分からないが、
それでも魔力は回復しているのだ。
349 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/21(土) 20:45:21.54 ID:d0H4+yFF0
結「ほら……今すぐ撃てって言うなら、何発でもアルク・アン・シエルを撃って見せるし、
  何なら、ユニヴェール・リュミエールだって今すぐに……」

結は待機状態のエールを突き出すようにしながら、四人に訴えかけるように漏らす。

そうだ、自分は戦える。

トリスタンを捕まえなければいけない、クリスを助けなければいけない。

こんな所で、悠長に休んではいられない。

フラン「出動禁止……。
    これは正式な………命令よ」

そんな結の気持ちが分かるのか、
悔しそうに、絞り出すように再度、言葉を紡ぐフラン。

結「イヤ………嫌だよ……」

結はワナワナと頭を振りながら漏らす。

フラン「上層部からの命令なのよ……!
    あなたもプロなら、聞き分けて……」

だが、それを押し留めるように漏らされたフランの言葉が、結に突き刺さる。

フラン「………今後、どんな凶悪なテロや事件が起きるか分からないわ。

    万が一にも結を……Sランク昇格が決まっているあなたを、
    今、ここで失うワケにはいかないのよ」

フランは窘めるように、宥めるように言葉をかける。

だが、それで結の気持ちが収まるワケでもない。
350 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/21(土) 20:46:12.44 ID:d0H4+yFF0
結「……決めたんだ……。
  もう、絶対に立ち止まらないって……」

結は顔を俯け、悔しそうに声を震わせながら漏らす。

胸に蘇った灯火。

一度は消えかけた、だが甦った理想と、力強い決意。

それをシルヴィアとの戦いで、早くも挫かれてしまった。

だがそれでも、何度だって手を伸ばしてみせる。

命ある限り何度でも、理想を掴むためならば、手を伸ばしてみせる。

どんなに苦しい思いをしても、どんなに悔しい思いをしても……何度でも。

だが、その手を伸ばす事を止められてしまう。

結「………Sランクになんか、なれなくてもいい……」

それだけ自分は……保護エージェントの譲羽結は、研究院にとって重要なのだ。

最早、自分の意志は自分一人だけのものではない。

それでも――

結「クリスを……助けにいかせて……!」

自分の中に甦った理想に、エレナが遺してくれた灯火に、
嘘をつきたくない、顔を背けたくない。

たったそれだけなのだ。

だが――
351 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/21(土) 20:50:23.58 ID:d0H4+yFF0
フラン「私だって、エレ姉が死んだばかりで、あなたにまで死んで欲しくないのよっ!」

結「っ!?」

沈痛な響きを伴ったフランの声が、結の胸に刺さる。

息を飲み、焦点の定まらぬ視線をフランに向ける。

涙こそ流していないが、怒りと困惑と悔しさと、
そんな種々の感情がない交ぜになったような複雑な表情を浮かべたフランは、泣いているようにも見えた。

結を気遣って優しい姉貴分の顔を見せてくれてはいたが、
それでも、憧れて追い続けた姉貴分を失ってからまだ一週間足らず。

そんな中で無理をしてくれていたのだ。

その事に気付かされた上で、そんな顔をされて、
そんな言葉をぶつけられては、結も言い返せなかった。

そして、おそらくは、後からこの事を知らされた結が受けるショックの大きさを考えて、
出動禁止命令や事件に対する今後の方策についても、敢えて、直接説明してくれていたのだろう。

行き場のなくなった感情をどうしていいか分からず、結は俯く他なかった。

フラン「奏、ロロ。
    四時間後にあと一人がコッチに到着するから、そうしたらブリーフィングよ」

フランはそう言って踵を返すと、今度はドアから病室を辞す。

ロロとザックも無言でその後に続き、病室には結と奏だけが残された。
352 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/21(土) 20:51:20.39 ID:d0H4+yFF0
奏「……結…」

気まずそうにしていた奏だが、ベッドの縁に腰掛けたまま声をかける。

結「………奏ちゃん」

結も悔しそうに応える。

つい先ほど、押し込めたばかりの涙がまた溢れそうになるのを、結は必死で堪える。

そんな結の様子を見て、奏は意を決したような表情で立ち上がる。

奏「クリスは……ボクが必ず助ける」

そして、そんな言葉を漏らすと、さらに続ける。

奏「約束だからね……。
  結が助けた子達は、ボクが二度と泣かせないって……」

奏は努めて落ち着いた様子で言ってのけたが、内心の悔しさは結にも見て取れた。

クリスを攫われたのは自分の責任。
口には出していないものの、奏の中でその意識は強い。

自分が最後までクリスを守り抜けなかったから、
即座にクリスを奪い返す事が出来なかったから、
結が被らなくても良い責任まで押しつけてしまった。

状況の悪さは自覚しているつもりだが、それも言い訳に過ぎない。

奏とザックはあの時点で出来る、最善の方法を取った。

事実、医療部局病棟に避難した者達の中で、
被害を被った者はクリスを除いて誰一人としていない。

しかし、誰がどう弁護してくれようとも、
クリス奪還の初手をし損じたのは、自分に他ならない。
353 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/21(土) 20:53:47.63 ID:d0H4+yFF0
結「奏ちゃん………お願い……」

自責する奏の思いと、自分の無念を比べて、
結が紡いだ言葉はシンプルな懇願であった。

奏「……うん」

奏も、その言葉を受け止めるように頷くと、結の病室を辞した。

自分以外誰もいなくなった病室に、結は一人、取り残される。

エール<………>

最初に言葉を発して以来、愛器は押し黙ったままだ。

結は悔しそうに窓の外を見遣る。

晴れ渡った青空が、窓の向こうに広がっている。

そんな晴れ渡った青空とは逆に、結の気持ちは暗く沈む。

結「私は……何で……こんなに……弱いんだろう………」

絞り出すように漏らす、そんな言葉。

助けたい誰かに、まだ自分の手は届かない。

何人もの命を救って来たハズなのに、それでも、まだ届かない場所がある。

高い理想が、結の胸を締め付ける。

だが、それでも結はもう自分の理想を悔やみはしなかった。

結「私は……まだ……弱い……!」

ただ、未だ理想に届かぬ自らの無力を悔いた。

エール<………>

主の苦悩を知りながら、エールは押し黙り続けた。


その一時間後、本部からの正式な辞令の元、結は前線への出動を禁じられる事となった。


第22話「結、無力の果て」・了
354 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/04/21(土) 20:54:55.65 ID:d0H4+yFF0
今回はここまでとなります。
355 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/04/23(月) 01:05:54.73 ID:y9BzdR5f0
乙ですたー!
な、なんと、昨日は友人と呑んで、今日は二日酔いでウンウン言ってる間に投下が・・・・・・・不覚。
それにしても、奏・・・・・・強い、強すぎる!
相性の悪さという要素があるものの、圧倒的と言ってよい戦いでしたね。
そして、シルヴィアはどうなるのか。
フラン、登場の時こそ「ちょww」でしたが、哀しみの中にあるのは彼女もまた同じ。
その事がさらに結を、組織と言う壁と共に阻む結果となってしまいましたが・・・結は、自分自身が求める「強さ」を見つける事が出来るのでしょうか。
次回も楽しみにさせていただきます。
356 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/23(月) 19:19:54.78 ID:C+jPwzQe0
お読み下さり、ありがとうございまーす。

>奏強すぎ
最上位熱系前衛型Sランクと熱系広域型Bランク……と言う事で、
魔力の相性も含めてある意味最悪の組み合わせですね。
Sランク、と言う事をひた隠しにして書いて来たので、
その鬱憤晴らしも含まれていますがw

>シルヴィア
年齢的には保護観察対象ではあるのですが、
トリスタンへの依存度を含めてちょっと難しい問題ですね。

>フラン
姉キャラが奏と被るので、徹底的な差別化の末にこんな感じに………
フランは犠牲になったのだ、と言う事でw
ただ、さすがにそれだけと言うワケにもいかず、
姉としてのフランと妹としてのフランの両方を出してみました。

>結自身が求める「強さ」
第三部はこの辺りが主題でもあるので残り二話(予定)ですが、
頑張って書いて参ります。
357 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/05/02(水) 20:24:05.99 ID:o7myjwMe0
最新話の投下を始めます
358 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/05/02(水) 20:24:37.71 ID:o7myjwMe0
第23話「クリス、叫ぶ」



魔法倫理研究院本部、医療部局病棟にある結の病室――

フラン達が病室を後にしてから、早くも二時間が経過していた。

丸一日以上の昏睡から目覚めたばかりの結は、やはり点滴での栄養補給を行っており、
何もする事もなく呆然と窓の外を見遣っている。

いや、正しくは“何も出来ない”と言うべきだろう。

前線への出動禁止、プロとしては初となる敗北と任務失敗。

ようやく立ち直ったばかりで心身ともに打ちのめされた結は、
ほぼ萎縮していると言って良い状態だった。

臨死の恐怖に心を蝕まれ、理想に手を伸ばす事を許されず、
身の置き場や感情の行き場を失っていると言い換えても良いだろう。

そんな状況でも首をもたげるのは、自分が助ける事の叶わなかった少女――クリスの安否である。

結(頭の中が、こんがらがって……おかしくなっちゃいそう……)

結は頭を掻きむしりたくなるような感覚に苛まれて、深く溜息を漏らす。
359 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/05/02(水) 20:25:24.11 ID:o7myjwMe0
死の悪夢に苛まれた事に叫べばいいのか?
シルヴィアとの戦いで死にかけた事に恐怖すればいいのか?
前線への出動を禁じられた事に抗議すればいいのか?
あと数時間もせずに出立する奏やフラン達の無事を祈ればいいのか?
クリスの安否を気遣って狼狽すればいいのか?

気が狂いそうな程の焦燥の中で、結は無意識に右腕を握り締めていた。

軋みそうなほど握り締めた腕が、素直に痛みを訴えて来る。

そして、無駄な事をしている自分に気付いて自嘲気味に溜息を漏らし、
また漫然と窓の外を見る。

だがそうなると、思考が振り出しに戻って堂々巡りを始める。

現状から立ち直りたいにも、八方塞がりなので致し方ないと言えば致し方ないのだが、
それでも精神衛生上よろしくないのは先日までの自分で先刻承知だ。

結(……このままじゃあ、本当にダメになりそう…………)

あれからたった二時間だと言うのに、もうこの有様では、
事件解決前に本気で気が狂いかねない。

エール<結………もう少し待ってくれ>

主の焦燥を感じ取って、エールが宥めるように声をかける。

結「………うん……」

ようやく聞いた自分以外の者の言葉に、結は無理矢理に気持ちを落ち着けて応える。

さすがに先日までとは状況が違うと言う事を察してくれているのか、
エールも結のフォローに回っていた。
360 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/05/02(水) 20:25:51.69 ID:o7myjwMe0
だが、それならば何故、今まで黙っていたのだろうか?

その答はすぐに訪れた。

コンコンと扉がノックされる音が響き、結は窓とは正反対にある扉に目を向ける。

結「……はい、どうぞ?」

結は怪訝そうに応えて、入室を促す。

あれからまだ二時間だと言うのに、先ほどの面子の誰かが見舞いに来たのだろうか?

それとも、レギーナやセシルのような友人知人か、捜査エージェント隊の同僚の誰かだろうか?

しかし、その予想は――

アレックス「失礼します」

リノ「もう、起きても大丈夫そうだね?」

――見事に外れた。

結「アレックス君!? それに、リノさんも……!」

結は素直に驚いていた。

別に二人が見舞いに来ないと思っていたワケではない。

そうではなく、あれだけの爆発の後で、無事とは言え後片付けもまだ終わっていないだろうと思っての事だった。

事実、トパーツィオを解析していた第七世代ギア開発チームの研究室は未だに復旧の目処が立っておらず、
無事だった資料やパーツを代替として与えられた新しい研究室に移したばかりで、
引っ越し作業と研究室跡の処理は今も続いていた。
361 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/05/02(水) 20:26:42.23 ID:o7myjwMe0
そんな多忙な状況にも関わらず、二人がこの場に来た事には理由があった。

エール<僕が呼んでおいたんだ>

ヴェステージ『エールに頼まれた計測の準備に二時間もかかったのである』

驚く結にエールが説明すると、ヴェステージもそれに続く。

それでもまだ驚いている結を後目に、
アレックスはやや早足で彼女のベッドに歩み寄ると深々と頭を下げる。

アレックス「結君………すいませんでした」

心底申し訳なさそうに、また悔しそうに謝罪を口にするアレックス。

結「あ、アレックス君、どうしたの?
  そんな、アレックス君に謝られるような事なんて……」

頭を下げるアレックスに、結は困惑する。

むしろ、こんな忙しい時に顔を出して貰っている自分の方が謝りたいくらいだ。

アレックス「……いいえ、結君のギアを……エールの調整をしていたのは僕です。
      だから……結君が墜とされたのは、紛れもなく僕の責任です」

しかし、アレックスは頭を下げたまま、白くなるほど拳をきつく握り締めていた。
362 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/05/02(水) 20:27:08.45 ID:o7myjwMe0
確かに、アレックスの言い分にも僅かに理はある。

結の膨大な魔力量に甘えて、単独任務や単独戦闘に赴く事もある彼女に、
高すぎる基底魔力値を必要とされる第六世代ギアを預けたままにしていたのは、
開発チームの責任と言えない事もない。

だが、言い換えればソレはそのまま、そんな状況に陥る可能性もあるにも拘わらず、
ギアの変更申請を出さずに使い続けた結自身の責任でもある。

言い方は少々辛辣ではあるが、結の自業自得と言い換えても良い。

だがそれでも、アレックスは自分のミスであると譲らなかった。

それは偏に、彼の研究者、技術者としての矜持の問題である。

アレックスは昨日、トリスタンのトパーツィオの解析結果に関して、
口には出さなかったものの“使う者の事を軽視したギア”と評した。

だが、結果的に自分の調整が至らなかったため、幼馴染みの命を危険に晒した。

それでは、自分はあのトリスタンと何ら変わらないのではないのか?

そんな激しい自責と後悔が、今の彼の胸中を占めていた。

だからこそ――

アレックス「もう二度と、君を墜とさせません……!」

アレックスは悔しさの滲む声で、そう呟いた。
363 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/05/02(水) 20:27:45.80 ID:o7myjwMe0
結「アレックス君……………ありがとう」

最初は居たたまれない気持ちだった結だが、
その胸中を察してあまりあるアレックスの声音に応えるべく、感謝の言葉を述べた。

そして、ようやく顔を上げたアレックスの表情は、
まだ平静さを取り繕っているかのようなぎこちなさが残っている。

その表情を見ていると、
結は自らのミスが招いた友人の心痛に胸が締め付けられる思いだった。

リノ「………さぁ、募る話もあるだろうけれど、そろそろ本題に入ろうか?」

二人の様子を見かねたリノが、その肩を軽く叩きながら言った。

結「……はい」

アレックス「分かりました……」

二人は僅かに戸惑いながらも頷く。

結は何時の間にか終わっていた点滴の針を外すと、
二人に連れられるようにして屋上へと向かった。
364 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/05/02(水) 20:28:16.17 ID:o7myjwMe0
昨日の戦闘の影響で、まだ僅かに水の残る屋上で、結はリノと対峙していた。

結の周辺には計測用の機器が置かれており、
そのデータは逐次、起動状態のヴェステージへと送られている。

アレックス「エール、結君の現在の魔力量はどうですか?」

エール『Sランク八人から九人分……平常値の値だよ』

アレックスの質問に、エールは共有回線を通じて答える。

平常値と言うには、些か大きすぎる値ではあるのだが、
膨大な魔力量を誇る結にはコレが当然なのだ。

それなりに高ランクの魔力運用能力がなければ、
日常生活すら危ういレベルの魔力を、結は常に体内に溜め込んでいる。

アレックス「では、エージェント・バレンシア、お願いします」

リノ「打ち合わせ通りでいいね?」

アレックスに促され、リノは半歩進み出る。

アレックス「結君、まずは再現実験です。

      エールから事前に貰っていたデータ通り、
      全周囲に他の人間の魔力が満たされた状態を作り出します」

結「うん。
  リノさん、お願いします」

結は頷いてから、リノに頭を垂れる。
365 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/05/02(水) 20:28:55.40 ID:o7myjwMe0
リノ「さて、と………。
   今の結さん相手となると、五重くらいじゃないとダメかな……」

リノは言いながら、両手の十本の指先に無数の術式を作り出す。

Dランクの矮小な魔力量ながら、
リノを“英雄”の二つ名を持つSランクエージェントにまで押し上げた、
超高ランク魔力運用技術が織りなす、ギア未使用による多重術式展開だ。

リノは戦闘中においても瞬間的に十重術式を展開可能であり、
今は二本の指で二十重術式を作り出している。

リノ「サビオラベリント……!」

静かな声と共にその術式に魔力を流し込むと、
結の周囲に無数の術式が展開し、彼女をぐるりと取り囲む。

ほぼ真球状に結を取り囲む術式は、既に判別不能な状態になっている。

結(リノさんのサビオラベリント………、
  使われるのは九歳の誕生日以来かな……)

結は六年以上前の事を思い出しながら、術式を記憶する。

だが、目視できたのは拘束、硬化、増幅、反射、蓄積、増殖の六種十三個までが限界だった。
あと七つは存在を感知するのはともかく、読み解く事は出来なかった。

しかし、九歳の頃は三つ確認するのでやっとで、
増幅術式が八つも編み込まれていると分かったのは今日が初めてである。

少なくとも、それだけ自分の観察眼が鍛えられている事に、
結は少しだけ誇らしい気持ちになった。

閑話休題。
366 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/05/02(水) 20:29:54.79 ID:o7myjwMe0
アレックス「結君、今のように全周囲を他人の魔力で包囲された経験は?」

結「えっと……今回で七……ううん、八回」

アレックスの質問に、結は思い出すように答える。

幼い頃の経験や、二年と四ヶ月の任務中、さらに今回だ。
エールも今までの戦闘記録を参照してくれており、その数に間違いはないだろう。

アレックス「対処方法は?」

結「二回は魔力影響範囲外への脱出、
  六回はアルク・アン・シエルでの結界破壊……かな」

結は思案気味に答えながらも、やや悔しそうに目を伏せる。

成功回数ならば脱出が二回、破壊が五回だ。
勿論、成功回数に含まれない一回とは、先日のシルヴィアとの戦いの事なのだが……。

アレックス「では、今からアルク・アン・シエルで
      エージェント・バレンシアのサビオラベリントを破壊して下さい。

      結果の可否は問いません」

結「………うんっ!」

結は頷くと、エールを起動して魔導防護服を纏うと、上空に向けて長杖を突き出す。
367 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/05/02(水) 20:30:41.32 ID:o7myjwMe0
結(五重のサビオラベリント………さすがに一回じゃ難しいかな?)

結は自らの最強魔法を生むキッカケとなった拘束型結界魔法を見ながら、心中で独りごちた。

七色に輝く魔力を、突き出したギアの先端に収束させて行く。

そして――

結「アルク・アン・シエルッ!」

――一気に解き放つ。

ランダムに波長を変える閃光変換術式が、
サビオラベリントによる反射とぶつかり合いながら、その表面を削り飛ばして行く。

リノ「さすがに、子供の頃とは違うね……」

リノは見る見る内に削り飛ばされて行く、
自身の中でも最高ランクの拘束魔法の末路を見て、額に汗を浮かべる。

サビオラベリントは、基本的に物理的破壊力を持った魔法で破壊するか、
地道に術式を解除するしか脱出方法が存在せず、
結のように熱系変換や物質操作の魔法を不得手とする類の、
特に閃光変換を主体とする魔導師の動きを封じる事に特化した魔法だ。

だが、周知の通り結のアルク・アン・シエルは、対閃光変換結界や反射障壁を破壊可能な魔法である。

五秒に及ぶ照射時間が過ぎると、五重に展開されたサビオラベリントは既に四枚が消し飛び、
残る最後の一枚も内側の殆どが削り飛ばされてまともに機能していないが、
辛うじて結界の内外の接触を断っているようだった。
368 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/05/02(水) 20:31:28.44 ID:o7myjwMe0
アレックス「そのまま続けて二射目をお願いします」

結「分かったよ!」

アレックスの指示に応えて、結は素早く二発目のアルク・アン・シエルの発射態勢に入り、
突き出したギアの先端に魔力を収束させて行く。

「……っ!?」

すると、先日と同じく急激に全身から魔力が抜けて行く感触に襲われる。

魔力ノックダウンにも似た急速な魔力の減少に、
結は思わず膝をつきかけるも、何とか踏みとどまった。

しかし、アルク・アン・シエルのために収束させ始めた魔力を保つ事は出来ず、
集められた魔力は不発のまま霧散する。

エール『魔力レベル、Dランクにまでダウン。
    基底魔力を切っている……このままだと起動状態を保てない』

エールが現状を告げると、アレックスも手元の端末とヴェステージから送られ来るデータを確認する。

確かに、結の魔力はDランクも並程度にまで低下していた。

リノのサビオラベリントはシルヴィアのマギアネーベルと違い、
結の身体や結界と直に接触しているワケではないので魔力相殺こそ起こしてはいないが、
シルヴィア戦の時と同様に魔力が回復する兆しはない。

アレックス「………エージェント・バレンシア、すぐに結界の解除をお願いします」

リノ「分かった」

何事かを思案しながらのアレックスの指示に頷くと、リノはサビオラベリントを解除する。
369 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/05/02(水) 20:32:05.87 ID:o7myjwMe0
直後、また結の身に異変が起きる。

エール『魔力、急速回復………Bランク……Aランク……Sランク
    ………………実験開始時と同レベルまで回復したよ』

ヴェステージ『コチラと計測器でも観測したのである。
       回復までの所要時間は、誤差±〇.〇五で二.〇〇秒である』

エールとヴェステージが計測結果を伝える間にも、結は戻って来た魔力で身体を落ち着ける。

幼い頃は、この膨大な魔力に身体を蝕まれていたと言うのに、
今は逆にこの膨大な量の魔力がなければ身体が落ち着かないのだから、
慣れとは恐ろしいものだ。

アレックス「……どうなっているんだ……?
      結君の魔力は体内で自然発生していない?
      ……外部から供給しているのか?
      いや……どうやって?」

アレックスは計測結果を精査しながら呟く。

通常、魔力は体内で自然発生している生命エネルギーのようなモノとして考えられている。

生命エネルギーであるからこそ、
急激な魔力の消耗や、限界までの魔力消費は命取りになるのだ。

そして、個々人で生命エネルギーの質が違うからこそ、
魔力同士がぶつかり合った際や、体外に放出された魔力が反射によって波長を崩された際など、
魔力同士の衝突が起きて対消滅的な魔力相殺が起きる。

これが、現在の魔法研究において基本とされている事実だ。

結の魔力特性と言われている“無限の魔力”も、
彼女が常人に比べて凄まじいレベルの生命エネルギーを持つからこそと考えられて来た。

だが、結にとって生涯で二度目となる魔力ノックダウンに際して、
その推測が間違いである可能性が示唆されたからこそ、
彼女の魔力減衰が原因不明として前線への出動が禁じられたのだ。
370 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/05/02(水) 20:32:47.56 ID:o7myjwMe0
アレックス「結君、もう一度、今度は別の方法で観測します。
      すぐで大丈夫ですか?」

結「うん。お願い、アレックス君」

真剣に思案してくれているアレックスの提案に、結は自らも頼むように頷く。

アレックス「では、エージェント・バレンシア、もう一度お願いします」

リノ「了解だ」

アレックスはリノの返事を聞くや否や、
彼が術式を準備している間に別の計測機器を取り出して結の周囲に円状に配置して行く。

そして、全ての準備が完了すると、先ほどと同じ方法で五重のサビオラベリントに向けてアルク・アン・シエルが放たれ、
結は限界まで魔力を消耗し、サビオラベリントが解除されると同時に急速に魔力を回復されると言う、一連の流れを繰り返す。

エール『魔力、通常値まで回復』

ヴェステージ『計測結果を送るのである』

エールとヴェステージの報告を聞きながら、アレックスは計測されたデータを確認する。

二度目に計測したのは、結と彼女の周辺における魔力の流れだった。

ヴェステージと直結したディスプレイには、
レーダーのように反応を可視状態にされた魔力の流れが見えている。

計測されたデータを、幾度も見直す。

サーモグラフィーよろしく色分けされた魔力の流れを、アレックスは細大漏らさずに見遣る。
371 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/05/02(水) 20:33:35.46 ID:o7myjwMe0
アレックス「………エール、二度目の計測データをヴェステージに移してくれませんか?」

アレックスはディスプレイから目を離さずに言った。

即座にエールから、結の魔力量の状況のデータが転送され、
アレックスは自分の見ているとディスプレイにそのデータを経過時間を合わせて同期させる。

アレックスは目を見開きながら、ディスプレイを注視する。

結は真剣な様子のアレックスを固唾を呑んで見守り、
リノもアレックスの傍らに歩み寄り、ディスプレイを覗き込む。

リノ「コレは……!?」

アレックス「どう見ます、エージェント・バレンシア?」

ディスプレイを見て驚くリノに、アレックスは思案気味に尋ねる。

リノ「見たまま……と言うべきだろうね。
   にわかには信じられないけど……」

リノは感嘆とも取れる声音で、呆然と漏らした。

結「えっと……一体、どう言う事なの?」

結は怪訝そうに首を傾げると、二人の元に駆け寄ってディスプレイを覗き込む。

すると、結もディスプレイに表示されたデータに驚いて目を見開いた。

結「コレって……魔力の流れが、外から来てる?」

結は先ほどのリノの言葉通り、見たまま……ありのままを口にする。

そう、ディスプレイに表示された魔力の流れは
ディスプレイ中央に表示された自分自身へと向かっており、
魔力が集約するにつれて自身の魔力も回復していた。

しかも、その魔力は自分に近付くにつれて、
自身の魔力波長が放つ光と同色の薄桃色へと徐々に変化している。
372 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/05/02(水) 20:34:37.04 ID:o7myjwMe0
アレックス「魔力を取り込んでいる、と言うべきですか……。

      しかも、エージェント・バレンシアの魔力は取り込まれずにそのまま……と言う事は、
      空間中の魔力に近似したエネルギーのみを取り込んでいる、と仮定……
      いえ断定した方が良さそうですね……」

二人からの同意を得られたアレックスは、驚愕と感嘆の入り交じった声音で呟く。

結「コレって……凄い発見、だよね?」

結も自らの身に起きていた無限の魔力の正体を知って呆然とする。

リノ「防護服の部分からも魔力の吸収が行われている所を見ると、
   結さん自身の魔力か肌が外気と接触さえしていれば魔力の吸収は可能みたいだね」

アレックス「けれど、他者の魔力、或いは他所の魔力で外気との接触を断たれると吸収不可能、と……
      何となく、今回の流れが掴めて来ました」

リノの推測を聞きながら、アレックスはぽつりと漏らした。

結「つまり、結君は空間中の自分以外の人間の魔力を除外した、
  魔力近似のエネルギーを自らの魔力として取り込む事で、
  ほぼ無制限の魔力供給を行っていたんです。

  だから、全周囲を他の人間の魔力で満たされた状態で全魔力を消費する……
  例えば、今回のように魔力の霧に包まれた場合にストックしてあった全魔力を消耗した場合や、
  拘束魔法で包まれた状態で魔導機人を吹き飛ばされた場合などは魔力の回復が阻害されて来たハズです」

結「えっと……そうなると六年前の冬、
  奏ちゃんと模擬戦をした時の魔力ノックダウンは……」

アレックス「あの時も、最終的にはお互いの魔力に包まれる形で引き分けになりましたし、
      あの状態では即座に魔力を回復できなかったんですよ」

自分の推測を聞きながら怪訝そうに尋ねる唯に、
アレックスは記録してあった模擬戦の状況をヴェステージから引き出しつつ応える。
373 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/05/02(水) 20:35:22.04 ID:o7myjwMe0
リノ「成る程……僕らが結さんと初めて出逢った時も、
   僕の拘束魔法で結さんの身体を保護していたな。

   アレも接触面が少ないから瞬間的な回復が遅れたワケか……」

リノも思い当たる節があり、思案気味に呟いた。

まだ奏がグンナーの元にいた頃……結が九歳の誕生日を一週間後に控えていた頃の話だが、
あの時は拘束魔法で結を保護している状態で魔導機人が消し飛ばされ、彼女は大きな魔力ダメージを被ったが、
回復がやや遅れていたような記憶がある。

九歳の誕生日の日、一層式のサビオラベリントで閉じこめた際は、
アルク・アン・シエル一発で全てを吹き飛ばしてしまえたので、
すぐに魔力も回復したのだろう。

つまり、結の無限の魔力は、そんなカラクリだったと言うワケである。

空間中の魔力近似エネルギーは、結の周辺に来た時点で彼女自身の魔力となるため、
体内の魔力循環を管理しているエールでも気付かないハズだ。

しかも、結も決して意識しているワケではなく、
ほぼ無意識にその魔力吸収と変換を行っているのだろう。

魔力の運用は原則、意識が覚醒している状態で行われている。

幼い頃、魔力循環障害に冒されていた頃も、睡眠時や気絶時には魔力の吸収を行わず、
それによって膨大な魔力から解放されていたと考えるのが妥当だろう。
374 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/05/02(水) 20:36:08.33 ID:o7myjwMe0
そして、先ほど結が呆然と漏らしたように、コレは凄まじい発見である。

空間中に魔力が、しかも絶大な量が存在している事が分かったのだ。

結が魔力を吸収している際のプロセスがさらに細かく検証できれば、
魔法研究における大きな進歩が望めるだろう。

しかし――

アレックス「ともあれ、仕組みさえ分かれば対策は立てられそうですね……」

――今のアレックスには、そんな事はどうでも良い事だった。

重要なのは、結の魔力減少の原因が分かった事、
そして、再び彼女が前線に立てるような対策を打ち立てる事だ。

アレックス「エージェント・バレンシア、ご協力ありがとうございます。
      結君、エールとプティエトワールを預かりますが、いいですね?」

アレックスはリノに一礼すると、即座に結に向き直る。

結「う、うん」

珍しく強気な様子のアレックスに結は戸惑いながらも頷くと、
左手に付けていた二つの愛器を預ける。

ギアを受け取ったアレックスは、意を決したようにその二つを握り締める。

アレックス「……必ず、君が前線に出られる状態にしてみせます……!」

結「………うん」

決意に満ちた声音で言うアレックスに、結も頷いて応える。

アレックスも、結が頷いてくれた事を確認すると踵を返し、白衣を翻らせて走り出した。

結「………アレックス君……お願い」

その背中を見送りながら、結は祈るような気持ちで呟いた。
375 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/05/02(水) 20:37:34.98 ID:o7myjwMe0
リノ「……さぁ、それじゃあここの片付けの前に、
   たまには教導隊らしい事をしようか」

黙ってアレックスを見送っていたリノが、ふとそんな言葉を口にした。

結「教導隊らしい事、ですか?」

結はキョトンとした様子で聞き返す。

リノ「エージェント・フィッツジェラルドを信じていないワケじゃないけれど、
   それでも、結さん自身が対策を立てないとね」

結「私自身の、対策……」

リノの言葉を反芻しながら、結は小さく息を飲んだ。

確かに、如何にアレックスが素晴らしい対策を立ててくれても、
それを扱う自分自身が無策と言うのは、いくら何でもプロとして情けな過ぎる。

リノ「まあ、対策と言っても、僕の場合は魔力運用しか教えられる事がないけどね。

   如何に少ない魔力で魔法を発動させるか、
   魔力の消費を限界まで切り詰める方向で、一度、再訓練をしようか?」

結「……はい、お願いします!」

にこやかな口調で言いながらも、真剣な眼差しを向けて来るリノに、
結は意を決して頷く。

九歳の誕生日を迎える直前の数日だけの初期指導以来、
実に六年九ヶ月ぶりとなるリノのコーチングを前に、結は緊張の表情を浮かべる。


結の前線復帰に向けて、事態は急ピッチで動き出していた。
376 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/05/02(水) 20:38:14.93 ID:o7myjwMe0


時間は前後するが、フラン達の帰還からやや時は遡り、
トリスタンの本部襲撃当日の深夜――

メイ「………止まんないな……」

上空を飛ぶトリスタンと彼のワシ型魔導機獣――スメラルドを追跡しながら、
メイはぽつりと漏らした。

突風<チェニジア、リビア、アルジェリア、ニジェール、
   チャド、スーダン、エリトリア、ジブチ、エチオピア………随分と回りくどいわね>

疑問とも取れるメイの言葉に応えるように、
彼女の愛器である突風が呆れたように漏らした。

魔法倫理研究院本部から一連の逃走ルートは、
歪ながらもアラビア数字の“5”を描くような道のりだ。

まあ、その道のり自体には追っ手の撹乱以外の大した意味はないだろう。

但し、追跡者が研究院最速にして完全魔力遮断の魔力特性を持つメイ相手には、
その撹乱も意味を成さない。

追跡を開始したのは、奏の出発直後。

海上の追跡を陸戦専門のメイが何故?と思われるだろうが、答は簡単だ。

メイは水面を走る事が出来る。

無論、足が沈む前に次の足を出す、などと言う無茶苦茶な物ではなく、
自ら撃ち出した適当な術式を足場にする走法だ。

魔力打撃の応用で、発射した術式を魔力を込めた足の裏で“打撃”する事で、
その反作用を利用して走っているのである。

陸上を走るよりもグッと速度は落ちるが、
それでも彼女の追跡能力の高さに比べれば微々たる問題だ。
377 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/05/02(水) 20:39:20.01 ID:o7myjwMe0
メイ「突風、現在位置は?」

愛器に質問を投げかけながらも
メイは僅かに視線を走らせ、周囲の状況を確認する。

相変わらず森と荒れ地ばかりで、そろそろ現在位置の把握も危うい。

突風<エチオピア南西部……南部諸民族州南部よ。
   そろそろケニアとの国境付近、
   あと十キロもしたらトゥルカナ湖が見えて来るハズよ>

メイ「……そっか……」

南部諸民族州と言う言葉を聞かされて、メイは僅かに声を沈ませる。

エレナ達が殺された洞窟遺跡のある場所だ。

突風<メイ……>

主の気持ちを察してか、突風も心配そうな声を漏らす。

メイも愛器の気遣いを感じて、微妙に困ったような表情を浮かべてしまう。

メイ「気を遣わせちゃって悪いね……。
   けど、今は追跡に集中しようっ」

メイはそう言って、自らの迷いや不安を振り払うように言った。
378 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/05/02(水) 20:40:20.28 ID:o7myjwMe0
そんな言葉を交わしてから数分後、
先ほど話題に上ったばかりのトゥルカナ湖が視界に入って来た。

ケニアとエチオピアの二カ国に南北に渡って広がる、巨大な湖だ。

表向きには世界自然遺産のトゥルカナ湖国立公園群に属する、
人類発祥の地……と言うよりは化石人類生息環境の中心地と目される湖だ。

そう、“表向き”には。

裏向き……つまる所、魔法研究におけるトゥルカナ湖は別の意味を持つ。

今からおよそ八百年前、十三世紀。

魔法研究院黎明期における研究により、
文献におけるトゥルカナ湖と古代魔法文明の関連確認のため行われた調査から、
湖底で巨大な遺跡が発見された。

正しくは湖底のさらに下、地下に存在する“巨大と目される遺跡”だ。

現代でも如何なる科学的観測も不可能であり、
魔力的探査も結界らしきものに阻まれて不可能な、謂わば“見えない巨大遺跡”。

観測・探査が妨害される範囲の広さからだけ巨大と推測される遺跡で、
探索できたのはごく一部分。

数千年前は湖畔であっただろう岩陰に、
隠れるように存在する洞窟から入った先にある、広い空間。

そこにあったのが、そう、魔導巨神の骸である。

魔導巨神の骸は洞窟を切り拓いて外に運び出されて欧州へと移され、
洞窟は隠蔽されるように塞がれ、現在に至る。
379 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/05/02(水) 20:41:11.40 ID:o7myjwMe0
そして、旧魔法研究院や魔法倫理研究院に所属する者、所属した者しか知らぬ
その入口に降り立つ緑色のオオワシ。

メイ「ここでビンゴ……かな?」

突風<魔導巨神遺跡ね……予想通り、ってトコかしら?>

立ち止まって岩陰からトリスタンの様子を窺っていたメイは、愛器の言葉に小さく頷く。

予感や推測は既にあった。

最初の事件が魔法に関連した遺跡で、トリスタンは古代魔法文明を研究していた。

となれば、行き着く先は彼が独自に発見した遺跡か、
魔法研究有史以来、調査の進まない遺跡の幾つかと言う事になる。

後者の中でも最も関心の高い物となれば、
ここトゥルカナの地に眠る遺跡――通称、魔導巨神遺跡だろう。

メイ「ただ……ちょっと予想通り過ぎる気もするけど」

メイはそう呟くと、ゆっくりと間合いを詰める。

星明かりと月明かり以外の照明が存在しない湖畔は、それらを反射した輝きが入り交じって、
深夜の住宅街よりはよほど明るく照らされているように感じた。

この明るさの中で不用心に近付くのは危険だが、
向こうは気付いた様子もなく、魔導機獣を消して戦闘態勢を解除している。

メイ(気付かれては、ない、みたいだね)

メイは意を決し、魔力と気配を絶ったままさらに近くの岩陰へと移動する。

トリスタンはクリスを抱えたまま、岩陰の奥――遺跡内へと入って行く。
380 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/05/02(水) 20:42:27.52 ID:o7myjwMe0
メイ<突風、カウントは一分で。
   その間に内部の見取り図を見せて>

突風<了解>

メイは即座にその後は追わず、愛器に指示を送る。

万が一にも追跡を気取られていた場合、
建造物や遺跡の出入り口付近は絶好の待ち伏せポイントだ。

不用心に追い掛けたが最後、
物理的破壊力を持つ類の魔法や呪具で頭を吹き飛ばされた同僚を何人も見ている。

追跡のポイントは気付かれず、追い付かず、見失わず、だ。

一分と言うインターバルは落ち着いて相手の魔力を探り、
待ち伏せやトラップに備えるための時間だ。

メイ(殆ど一本道か……罠を仕掛けられそうな場所は少ないな)

突風の探り当てた遺跡の見取り図データを参照しながら、
メイは追跡プランを立てる。

やや緩やかなカーブはあるものの、
最深部である魔導巨神が朽ちていた空間まではほぼ真っ直ぐな一本道だ。
 
迷いようはなく、その距離も五キロ程度。

だが、そうなると逆に注意すべきは一本道故の遮蔽物の少なさだろう。

突風<十分に距離を取らないとキツいわね>

メイ<あんまり取り過ぎたくもないんだけどね……>

愛器の言葉に、メイは肩を竦めた。

しかし、そんなやり取りをしてる間にも時間は過ぎて行く。
381 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/05/02(水) 20:42:57.04 ID:o7myjwMe0
突風<そろそろ一分よ>

メイ「………じゃあ、行きますか……」

魔力と気配を探るように意識を集中し、メイはゆっくりとした動作で、
だが緊張した面持ちで立ち上がると、素早く遺跡入口の岩陰に駆け込む。

トリスタンは既に遺跡の奥に向かっているらしく、
照明と思しき小さな光点が遠ざかって行く様子が微かに見える。

突風<光点の遠ざかって行くスピードから逆算しても、
   罠を仕掛けているようには見えないわね>

主の目を通して得られた情報を元に、突風がそんな解析結果を伝えて来る。

メイ(気付かれていないか……よし、よくやったアタシ……)

メイは心中で独りごちて安堵の溜息を漏らすと、
可能な限り身を隠せるような場所を見付けながら追跡を再開した。

光点――トリスタンとの距離を一定に保ちながら、
自らは照明を使えぬ状況ながらも、足音を立てる事なく追跡を続ける。

そして、小一時間ほどしてトリスタンは遺跡最奥部へと辿り着き、
メイもそれを確認して、遺跡最奥部と通路の境にあった物陰に身体を滑り込ませた。

メイ(これが……魔導巨神遺跡……)

生まれて初めて目にする遺跡の全容に、メイは息を飲む。

遺跡最奥部には誰が持ち込んだのか照明器具が置かれ、
煌々とその内部を照らしていた。

縦横高さ五十メートルほどの広大な空間は、資料によれば、
出入り口付近以外はほぼ発見当時のままだと言う。

魔導巨神を運び出すために切り拓いたのは、
今も自分がいる通路との境から遺跡洞窟の出入り口の岩場までの五キロの区間で、
魔導巨神を運び出した後には再度、洞窟の形に戻されたらしいと聞いている。

歩いて来た通路をよく見れば、通路は人為的な構造になっており、
それがメイが不要な物音を立てずにトリスタンを追跡できた理由であった。
382 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/05/02(水) 20:43:31.02 ID:o7myjwMe0
突風<どうするの? 踏み込む?>

メイ<……まだ分かんない。
   例のフラッシュ攻撃を使われたら、今のアタシじゃ対策がないもの……>

突風の質問に答えながら、メイは極力音を立てずに舌打ちする。

彼女の言葉通り、メイにはスメラルドに搭載された閃光魔力砲への対策が無かった。

無論、メイのスピードならばトリスタンがスメラルドを召喚する前に蹴り倒す事も出来たが、
それもあくまで人質がいなければの話だ。

トリスタンがスメラルドを召喚するのにかかる時間は僅かだろう。

その僅かな隙を突いて、
人質であるクリスに被害を及ぼさぬようにトリスタンだけを攻撃するのは難しい。

隙を突くために全速力で蹴りを放てば、全速力に相応しいだけの魔力を纏わざるを得ないので、
多かれ少なかれクリスにも必ず被害が及ぶ事になる。

ハッキリ、無理と言っていいレベルだ。

メイ(アイツがあの子から離れるか……せめて、下に降ろしてくれたら)

メイは祈るような気持ちで、その僅かな望みが成就される瞬間を待つ。

他力本願に聞こえるかもしれないが、せざるを得ないと言うのはもどかしい物だ。

だが、現実は無慈悲で無情だ。

トリスタンはクリスを抱えたまま、胸元から小さな石版を取り出した。

メイ<!? 突風、トリスタンの手元にある石版と捜査資料を照合して!>

突風<もうやってるわ……………。

   予想通りね、外観の一致率99.92%、
   確実とは言い切れないけれど、外観情報だけなら、
   例の遺跡から盗み出された石版で間違いないみたい>

驚いて指示を出したメイに答え、突風は淡々と照合結果を伝える。

フリーランスエージェントから事前報告のあった、
遺跡内部に安置されていた石版の外観情報と照らし合わせての結果でしかないが、
黒幕であるトリスタンが持っている以上、ほぼ現物と見て間違いはないだろう。
383 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/05/02(水) 20:44:56.90 ID:o7myjwMe0
直後――

??『××××××、××××××××××××』

メイ「っぁ……」

ノイズのような音が辺りに響き渡り、メイは顔をしかめる。

トリスタンも同様のようだが、身じろぎする事なく、
どこか興奮した面持ちを浮かべているようだ。

メイ<ね、ねぇ、突風、さっきの雑音は何?>

突風<未登録言語よ。
   近似言語の検索に手間取ったせいで、自動翻訳にエラーが出たみたい。

   ……待って、今、近似言語に予測変換して再翻訳するから>

メイの質問に答えて、突風は作業を始める。

そして、その作業は思いの外早く終わった。

突風<出来たわ……えっと、
   “適格者を検出、認証キーを提示して下さい”……かな?>

メイ<適格者? キー?
   って、ちょっと待ってよ、ソレ、誰が言ったの?
   雑音の奥に、デジタル音声っぽい感じがしたけど、まさか、アイツのギア?>

突風から翻訳された音声を聞かされながら、メイは怪訝そうに尋ねる。

突風<音声の出所は遺跡の正面奥の壁面部ね……信じられないけれど>

メイ<ちょっとちょっと……それじゃあ、遺跡が喋ったって事?>

突風の推測を聞かされて、メイは半ば呆れたように驚いた。

こんな古代遺跡が喋ってたまるか、と言うのは常識の範疇で間違いのない意見だろう。
384 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/05/02(水) 20:45:22.96 ID:o7myjwMe0
だが、驚く二人とは逆に、興奮した面持ちのトリスタンはそのまま前に進み出る。

トリスタン「よしよし……これで推測が当たっていた事は証明されたようだね」

今まで口を閉ざしていたトリスタンは興奮気味に漏らすと共に、石版を膝で叩き割る。

魔法遺物に対する暴挙に思わず声を上げそうになったメイだったが、
口元を抑えてその声を何とか押し殺す。

すると、叩き割られた石版の中からごく小さな鉄片のようなモノが現れる。

メイ<何、アレ? …………カード?>

突風<カード状の何か、ね>

怪訝そうに漏らしたメイの言葉を突風が補足するが、
しかし、トリスタンが石版の中から取りだしたソレはカードと呼んで差し支えない物体だった。

状況から推測して、あのカードが認証キーで間違いないだろう。

だとしたら、適格者とは何だろうか?

メイ(トリスタン……じゃないよね。
   もしそうなら、八日前の時点でココに来ればいいワケだし……。
   となると、あの子が適格者って事?)
385 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/05/02(水) 20:45:58.27 ID:o7myjwMe0
メイは追跡前に渡された捜査資料で、誘拐されたクリスに関する情報も仕入れている。

無人施設で育成されていた、魔導ホムンクルスの可能性のある少女。

魔導ホムンクルス――謂わば魔法と科学の融合で生まれた人造生命なのだが、
特定の人物のクローンである可能性もある。

事実、古代魔法文明の遺伝子を継承した魔導ホムンクルスのセルフクローンである奏、
さらに魔導ホムンクルスの血を引く結がいる。

現実に付き合いのある人間の中にそう言った人物がいる上、
魔法研究においては魔法倫理研究院発足以前ならば珍しい事案でもない。

外見上の年齢や、この古代遺跡との関連性を考えれば、
クリスがそう言った違法な技術で生み出された“命の被害者”であるのは間違いなくなったと考えていいだろう。

しかし、それらの情報を照らし合わせて導き出されるのは――

メイ(……あの子がこの遺跡の適格者で、魔導ホムンクルスって事は………
   まさか、プロジェクト・モリートヴァ!?)

メイは自身の導き出した結論に戦慄する。

世界最大の違法魔導研究者にして魔導テロリスト、
グンナー・フォーゲルクロウを中心として行われた、
旧魔法研究院時代の忌まわしき計画。

その完成体である奏の母・祈、結の母・幸の二名以外は、
研究者達によって全て破棄されていたと記録されている。

結や奏と親しい間柄と言う事で、真相に近い事実を聞かされていたメイだが、
魔法研究界を揺るがす“三人目”の登場に驚きを隠せない。

そして、驚くメイを無視して、さらに事態は進む。
386 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/05/02(水) 20:47:08.32 ID:o7myjwMe0
突風<メイ、正面の壁面が動いてる!>

メイ<マジで!?>

突風の声に、メイは目を見開く。

確かに突風の言葉通り、正面の壁がゆっくりとスライドを始めている。

およそ人間二人が横並びで通れる程度の狭い範囲だが、確かにスライドしている。

どうやら奥にさらなる通路があるようで、
トリスタンは興奮した面持ちのまま、クリスを担いでその中へと入って行く。

そして、トリスタンが奥に消えると同時に、
スライドした壁面が素早く元の状態に戻り始めた。

メイ「なっ!? ちょっと早すぎ!?」

メイは思わず声を上げ、閉じかけた壁面に向かって走り出す。

だが、あまりの咄嗟の事態に魔力強化も間に合わず、
五十メートル先の壁は通路を閉ざしてしまう。

スライドした壁が閉じるのにかかった時間はおよそ一秒、
研究院最速のメイとは言え、スタートダッシュに使える余裕がなくては埋めようもない時間であった。

閉じきった所でようやく壁面へと辿り着いたメイは、
壁面をスライドさせるカラクリがないか調べ始める。

だが無駄だ。

八百年も前から調査されていた遺跡に、
そんなカラクリがあればとっくの昔にこの遺跡はさらに奥まで調査が進んでいたハズだ。

メイ「………っくぅ〜〜〜〜っ!」

メイは悔しそうに唸ると、口を閉じた壁面に向かって蹴りを放つ。

メイ「こっのぉぉっ、出で来なさいよ、インチキエージェントもどきぃっ!」

蹴りと共に、溜め込んでいた怒りを砲声と共に放つ。

しかし、その砲声は遺跡内で虚しく反響して、ゆっくりとかき消えて行った。
387 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/05/02(水) 20:47:55.21 ID:o7myjwMe0


一方、追っ手に気付く事なく遺跡のさらに奥へと進んだトリスタンは、
大きめの鞄の中からライトを取り出し、辺りを照らし出す。

トリスタン「ふむふむ……ほぅ、これは凄いな……」

興奮しながら床や壁に手を触れるトリスタン。

その床も壁も、石や土ではなく金属的な物質で作られていた。

古代の魔法文明の遺跡と言うには、
かなり近代的……いや、むしろ未来的と言っても良い材質だ。

トリスタン「エジプト文明やメソポタミア文明よりも古い時代に作り出された物とは思えないな……
      これは興味深い」

トリスタンは傍らにクリスを降ろして寝かせると、
ハンマー状の器具を取り出して材質強度の確認を始める。

しかし、壁も床も傷つくことはなく、ハンマーも破損した様子もない。

見た目は光沢のある金属のようだが、手触りはそれほど硬質と言うワケではなく、
むしろクッション性のある物質のようだった。

言うなれば、魔導機人か魔導防護服のプロテクターに近い質感だ。

トリスタン「ほぉ……」

トリスタンは感嘆を漏らす。

その瞳に宿る光は、まるで宝物を見付けた少年のようでもある。
388 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/05/02(水) 20:48:36.14 ID:o7myjwMe0
クリス「ぅ……ん……」

すると、先ほどまで眠っていたクリスが、
小さなうめき声を漏らして、うっすらと目を開く。

トリスタン「おや、やっと起きたのかね?」

うめき声に気付いたトリスタンも、クリスに向き直って声を掛ける。

クリス「………え……ここ、どこ……?」

ようやく、自分が見知らぬ場所にいる事に気付いたクリスは、
上半身を起こして辺りを見渡す。

記憶は、目覚めたばかりだがハッキリとはしている。

朝、奏に連れられて他の子供達と共に別の病院へとやって来た。

そこで結と会った所で警報が鳴って、地下のシェルターへと避難し、
見知らぬ人物――シルヴィアによって誘拐された。

クリス「あのお姉さんは……どこ?
    先生……奏先生は!?」

自分が誘拐された事を思い出し、クリスは怯えたように奏の姿を探すが、
目の前には見知らぬ人物しかいない。

トリスタン「ふむ……」

怯えるクリスを見遣りながら、トリスタンは僅かな時間、思案する。

時間にして五秒ほどだっただろうか、
トリスタンは視線の高さをクリスに合わせて口を開く。

トリスタン「君を誘拐した少女は、ここにはいないよ」

トリスタンは努めて優しい声音で言った。

小児科医ではないだろうが、元医療エージェント――医者と言うだけあって、
他人の心理状態を読み取って対応する術は持ち合わせているようだ。
389 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/05/02(水) 20:49:16.08 ID:o7myjwMe0
クリス「お、おじさんは誰なの……?」

トリスタン「私かい? 私はトリスタン・ゲントナー……
      魔法倫理研究院の元エージェントだ」

まだ警戒を解かないクリスに、トリスタンは得意げに答える。

クリス「エージェントさん……? 奏先生や、お姉ちゃんと同じ……?」

トリスタン「昔の話だがね。
      今は遺跡や呪具の研究をしている」

ようやく僅かに警戒を緩めたクリスに、今度は肩を竦めて答えると、
トリスタンはさらに続ける。

トリスタン「ここは研究院の管理している施設だ」

クリス「ここが……?」

トリスタンの簡単な状況説明が終わる頃には、クリスは落ち着きを取り戻していた。

成る程、確かにトリスタンの言葉に嘘はない。

クリスを誘拐した少女――シルヴィアが、この場にいないのは事実だ。

元エージェントと言うのも真実だし、遺跡や呪具の研究をしているのも本当の事だ。

そして、今いるのが研究院の管理している施設――魔導巨神遺跡の奥であるのも、
紛れもない事実である。

シルヴィアと自分の関係、現在の自分が置かれた立場――犯罪者である事など、
隠し立てしている物は多いが、嘘は一言も口にしていない。

しかも、名前を名乗った事もクリスの警戒を解かせる要素となっている。

クリスが無人研究所で保護されてから、二年半の間で接触があった大人と言えば、
研究院に所属するエージェントの肩書きを持った立派な人物ばかりだ。

その中でも、クリスが最も親しく触れ合うのは保護観察施設の更正教育官――
優しい先生達と、新しい友人達を救ってくれる保護エージェント達。

そんな事実が、クリスの警戒心を和らげる一因……いや、ほぼ全ての要因であった。
390 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/05/02(水) 20:49:52.71 ID:o7myjwMe0
トリスタン「クリスティーナ君」

クリス「は、はい!」

だからこそ、突然自分の名前を呼ばれた時も、
クリスは驚きながらも返事を返してしまった。

どうして名前を知っているのかは聞かない。

先生達やお姉ちゃん達は……自分の知っているエージェント達は、
自分だけでなく、友達全員の名前をちゃんと覚えてくれていた。

だから、目の前のエージェントが自分の名前を知っていてもおかしくない。

たった二年半の、だがそれでも彼女の全てと言っても差し支えない経験が、
そんな無意識の図式を彼女の中に生み出していたのだ。

結と奏に救われて目を覚ます以前の全てがない彼女にとって、
これまでの二年半の経験が本当に“彼女の全て”なのだ。

トリスタン「君は、保護エージェントに助けられる以前の記憶がない……そうだね?」

クリス「は、はい、そうです……」

トリスタンの質問に、クリスは俯きがちに答える。

この質問に関しても、クリスの回りの“先生”達が全員の症状を把握していた事から、
記憶喪失の事実に対する自分自身の寂しさを除けばすんなりと受け入れていた。

しかし、何故、トリスタンがその事を知っているのか?

その答えは簡単だ。

研究院に保護された孤児に関しては、里子のような制度が存在している。

子宝に恵まれず後継者に悩んでいたり、
研究の助手を必要としている研究院傘下の魔導師が身元を引き受けるための制度で、
研究院が正規の契約を結んでいるフリーランスエージェントならば、
保護された子供達のデータを閲覧する事が許されている。

そして、トリスタンは元は研究院所属の医療エージェントであり、
現在――と言うより半日前までは、正規登録されたフリーランスの研究エージェントだ。

研究院で保護されている孤児達のデータを閲覧するのに何ら問題はない。
391 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/05/02(水) 20:50:43.00 ID:o7myjwMe0
加えて言うならば、Aカテゴリクラス襲撃事件に関しても、
元はと言えばクリスを誘拐するため、
ヨハンを囮として厄介なリーネを校舎から引き離すための作戦でしかなかった。

あの時点でAカテゴリクラスにクリスがいない事を確認したトリスタンは、
即座に若年者保護観察施設で保護されている孤児のデータ閲覧を申請していた。

そこで、探していたクリスを見つけ出したのだ。

しかし、最初からAカテゴリクラスに当たりを付けていたトリスタンにとって、それが誤算であった。

Aカテゴリクラスと若年者保護観察施設は、
山二つを挟んだ比較的近い場所に存在している。

Aカテゴリクラスとその近傍にある若年者保護観察施設には、
あの日以来、厳重な警備が敷かれ、フリーランスエージェントも面会が制限されてしまったのだ。

そこで、トリスタンはもう一つの誤算――
ヨハン共々研究院に回収されてしまったトパーツィオの奪還を利用する事にしたのである。

協力者を装って本部に侵入、
トパーツィオ回収に乗じて本部を混乱させる事で全体の警備を撹乱する事を考えたのだ。

だが、そこでトリスタンはさらなる、だが今度は喜ぶべき誤算に遭遇する。

そう、魔力測定のためにクリスが本部に来ていた事だ。

そして、本部襲撃はトパーツィオの奪還とクリス誘拐、
さらには本部混乱の一石三鳥の結果となったのは、トリスタンにとって僥倖だった。

だがしかし、何故、トリスタンがクリスを狙うのか?

確かに、彼女には高い潜在魔力の存在が示唆されているが、それは最近になって判明した事であり、
驚異的な魔力増幅能力を持つギアを作り出せるトリスタンにとって、
多少程度に大きな魔力などは大して重要な事とは言えない。
392 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/05/02(水) 20:51:27.83 ID:o7myjwMe0
トリスタン「私はね……君の事をよく知っているんだ」

クリス「!? ほ、本当に!?」

その言葉に、クリスは身を乗り出す。

本当の父も母も知らず、名前以外の全てを“持っていない”少女には、
その言葉は謂わば“蜜”であった。

空っぽの自分を満たしてくれるであろう、
抗いようのない香りを放つ“蜜”だ。

トリスタン「本当だとも。
      私の研究を手伝ってくれたら、私が知る限りの君の全てを話してあげよう」

トリスタンは笑みすら浮かべて言い切った。

クリス「わ、私……手伝う……おじさんのお仕事、手伝います」

その笑みに後押しされ、クリスは頷きながら言った。

トリスタンは抑揚に頷くと立ち上がり、通路の奥に照明を向ける。

照明が届く範囲よりもずっと先まで通路は通じているようで、かなりの広さを窺わせた。

トリスタン「さて、それでは私と私の父達の仮説が正しいか、
      証明してみるとしようかね」

トリスタンは他人事のように言うと、クリスを連れて歩き出した。
393 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/05/02(水) 20:52:45.15 ID:o7myjwMe0
探索は単調かつ退屈であった。

通路をひたすら歩き、見付けた部屋に入り、反応がなければ別の部屋に向かう。

その繰り返しだ。

クリス「………」

クリスは文句こそ言わなかったが、数時間に及ぶ探索にそろそろ疲労を隠せなかった。

トリスタン「休むかね?」

傍らの少女の疲労を見て取り、トリスタンは気遣うような素振りで問いかける。

クリス「だ、大丈夫! 大丈夫だから……」

一方、クリスは頭を振って自らの疲労を否定する。

自分の記憶が賭かっているせいもあったが、
クリスは心の奥底で迷惑をかけられないとも思っていた。

真相を知らないクリスにとって、トリスタンは
“自分の事を教えてくれる優しい人”なのだ。

しかし、トリスタンにとってクリスは遺跡探索に必要な要素であり、
疲労で動けなくなるのは面倒に他ならない。

時間は夜明けまで三時間ほど。

トリスタン「少し早いが、食事としよう」

トリスタンは強情を張られる前に、バッグの中から携帯食を取り出して、
その場に座り込んだ。

クリス「あ……」

呆然としたクリスだったが、
“君も食べるかね?”と目の前に差し出された携帯食を見て、
頷きながらトリスタンの隣に座り込んだ。

トリスタンが用意していたのはクッキータイプの携帯食で、
中にはドライフルーツが練り込まれていた事もあって決して不味くはなく、
生地自体はパサパサと粉っぽい食感をしていたが、
一緒に渡された紅茶で流し込んでしまえば気になるレベルではなかった。
394 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/05/02(水) 20:53:34.70 ID:o7myjwMe0
短い食事が終わり、沈黙が訪れる。

一心不乱に歩いているワケでもなく、
急に手持ち無沙汰になってしまったクリスは意を決して口を開く。

クリス「おじさんは……何を調べている人なの?」

クリスの質問に答えるべきかどうか考えていた様子のトリスタンだったが、
別に隠し立てするような事でもないと思い立ち、答える事にした。

トリスタン「……古代魔法文明……要は、魔法を使って栄えていたとされる、
      大昔の文明について調べている」

クリス「何で、それを調べようとしているの……?」

次の質問には、トリスタンは僅かに驚いたような顔をしたが、すぐに気を取り直して口を開いた。

トリスタン「………元は両親が調べていた分野なんだよ。

      魔導ギアの原型とも言える呪具は、魔法研究史以前から存在している。
      そのルーツや当時の呪具、古代魔法文明の全貌がどんな物だったのか、とね」

クリス「両親………お父さんとお母さん?」

トリスタン「………ああ。

      尤も、私が生まれて間もない頃、遺跡調査の最中、
      遭遇した盗掘団に殺されたとか……」

クリス「……おじさん………」

両親の死を他人事のように語るトリスタンに、クリスは悲しげな表情を見せる。

だが、トリスタンはそんなクリスを手で制すると、僅かに笑う。

トリスタン「君が哀しむような事ではない。
      現に私も、顔すら覚えていない両親の死を哀しいと思った事はない。

      ただ“この研究テーマを遺した人物”、と言う程度の認識だ」

トリスタンは客観的に、と言うか、最早繰り言だが、
本当に他人事としか思っていないように言い切った。
395 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/05/02(水) 20:55:00.15 ID:o7myjwMe0
トリスタン・ゲントナーと言う人間は、魔法を生業としている者としては珍しいが、
決して希有とは言えない部類の生い立ちの人間だった。

正規・非正規を問わずエージェントをしている者、或いはしていた者の中には、
片親がいないと言うのは決して珍しい事ではないし、両親がいないと言う者も少なからずいる。

強いて彼が他の者達と違う点を上げるならば、彼は命に対して非常に醒めていた。

彼にとって重要なのは両親の生死よりも、
両親が遺した研究テーマであり、またその探求であった。

しかし、彼にあった魔導師としての素養は治癒系魔法の才能であり、
教官達に勧められるまま医療エージェントの道を進んだ。

医療エージェントとなった事で、研究は仕事の片手間の趣味となった。

重要と言っても、日々の生活に流されてしまっても構わない、その程度の重要性だったのだ。

だからこそ、片手間の趣味だとも言えるのだが……。

そして、日々に流されるように、
だがそれでも傍目には精力的に続けた医療エージェントとしての仕事。

しかし、十七年前、彼は八年間続けて来た医療エージェントを、唐突に辞めた。

理由は“医療エージェントを続ける意味よりも、研究を続ける方に意味を見出した”と言う、
有って無いような物だった。

以降、トリスタンはフリーランスエージェントとなり、独自に研究を進める事となる。

呪具の研究を続ける内に、呪具を組み合わせたオリジナルのギア――呪導ギアを作り上げる事となり、
たまたま接触を持つ事になったヨハンや、元より助手役として手元に置いていたシルヴィア達にソレを与えてテストさせた。

そして、自分の探し求めていた物を研究院が見付けたと知った時、
ソレが研究院に保管され、自分ではおいそれと手が出せなくなる事を煩わしく思ったトリスタンは、
ヨハンに遺跡を襲撃させる計画を立案し、実行に移した。
396 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/05/02(水) 20:55:34.96 ID:o7myjwMe0
これまでの生涯や、自分の起こした今回の事件を振り返ってみれば、
トリスタン・ゲントナーと言う人物は壊れていたと言い換えてもいいと、彼本人は感じていた。

印象としては主体性や一貫性に欠けるのに、
執着した物以外は壊れても構わないと言う価値観。

執着しているのは研究テーマだけで、
それ以外は、自分の置かれている立場にすら未練も執着もない。

だからこそ、八年続けた医療エージェントの職も、興味の比重が変わっただけで平然と辞し、
かつての古巣に所属するエージェント達の死にも心が動く事はなかったし、
十年以上共に過ごしたシルヴィアも、ただ必要がなくなったので切り捨てた。

研究を続けて行くに当たって、その最短ルートに誰かの死や自分が犯罪者となる事柄があっただけで、
ソレ事態には何の興味もなかった。

その部分ではグンナーの価値観に近い物があったが、別に彼は研究テーマの解明だけが目的であり、
その研究結果を行使・利用しようと言うつもりも微塵になかった。

敢えて言うならば、執着の成就した後に対する事柄にすら、執着がない。

両親の研究テーマを引き継いだ理由も、ただ興味が湧いただけであって、使命感も探求心も無い。

トリスタン・ゲントナーは正真正銘、空っぽの人間だった。

そして、そんな自己プロファイリングでさえ、
トリスタンにとっては休憩の合間の暇つぶしに過ぎず、
自分が空っぽと分かった所で何ら後悔も感慨も浮かぶ物ではなかった。

おそらく、そんな思いを感じるべき心すら“空っぽ”なのだから。

トリスタン「さて……そろそろ調査を再開しようか」

トリスタンはそう言うと、ゆっくりと立ち上がる。

食事も含めて小一時間程度ではあったが、休憩は十分だったようで、
クリスも彼に続いてすんなりと立ち上がった。
397 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/05/02(水) 20:56:29.76 ID:o7myjwMe0
探索が再開され、また数時間が経過した頃になって、その場所は見付かった。

音声『××××××、××××××××××××』

二人がその部屋に入った途端、ノイズのような音が響く。

スメラルド<再翻訳――
      “適格者を検出、認証キーを提示して下さい”――>

スメラルドの再翻訳を聞く限り、内容は先ほどと同じようだ。

トリスタン「ふむ……どうやら、当たりのようだな」

トリスタンはそう言うと、バッグの中から三つの呪導ギアを取り出した。

白いグローブ、ブレスレット、バングルがチェーンで繋がれた物であり、
色の違いを除けばそれぞれトパーツィオ、ザフィーア、スメラルドと同様の物だった。

トリスタン「コレを付けてくれないか?」

クリス「? ……はい」

クリスは差し出された三つのギアを受け取ると、小首を傾げながらもギアを装着する。

ディアマンテ<起動認証――
       ディアマンテ、スタートアップ――>

クリス「わっ!?」

装着と同時に脳裏に聞こえたギア――ディアマンテの声に、クリスは驚きの声を上げる。

そして、驚くクリスを後目に、
トリスタンは研究院から回収したトパーツィオとシルヴィアから受け取ったザフィーアを装着する。
398 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/05/02(水) 20:57:10.78 ID:o7myjwMe0
トリスタン「スメラルド、ディアマンテとリンク。
      ディアマンテ側の翻訳内容を提示しつつ言語学習とデータベースを製作開始」

スメラルド<了解――
      ディアマンテとリアルタイムリンク構築開始――
      リンク構築完了――>

主の指示に応え、スメラルドはクリスの装着したディアマンテとシステムの共有を開始する。

音声『適格者の記憶領域に破損を確認しました。
   再構築用最終保存データを使用する場合には、システムの使用許可を行って下さい』

すると、先ほどまではノイズとしか感じられなかった音声が、
クリアな声となってトリスタンの耳に届く。

トリスタン「ふむ………記憶再構築機能か……許可しよう」

トリスタンは数秒の思案の後、そう口にした。

だが――

音声『適格者以外の入力は、安全のため、
   認証キー所持者であっても認められません。

   必要な場合は適格者側からの権利譲渡か権利共有をお願いします』

音声は淡々と言い放つ。

トリスタン「成る程……賢いシステムだ。
      さすがは地球外文明の船と言うべきか……」

トリスタンは言いながら肩を竦めると、
何が起こっているのか分からず、狼狽して辺りを見回しているクリスに視線を戻す。

トリスタン「クリスティーナ君、
      “全権利をトリスタン・ゲントナーと共有”と言ってくれ」

クリス「は、はい。
    えっと“ゼンケンリをトリスタン・ゲントナーとキョウユウ”。

    ……コレでいいですか?」

トリスタン「上出来だ」

戸惑いながらのクリスの言に、トリスタンは抑揚に頷いた。
399 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/05/02(水) 20:57:40.73 ID:o7myjwMe0
音声『適格者と“トリスタン・ゲントナー”との間で権利の共有が確認されました。

   先ほど入力されたコマンドが実行されます。
   コマンドを取り消す場合のみ、中止コマンドを発生して下さい』

トリスタン「構わない、続けてくれ」

トリスタンは最早どうでも良いと言いたげに応える。

音声『適格者の記憶再生を開始します。
   この作業には多大な時間を要します』

すると、クリスの周辺に淡く輝く光の輪が生まれる。

スメラルド<魔力反応検出――>

トリスタン「ほう、コレも魔法の類だと言うのか……
      成る程、魔法文明と呼ぶに相応しいな」

スメラルドの報告を聞いて、トリスタンは僅かな感嘆を持って呟いた。

クリス「え? こ、コレ、何? おじさん!?」

トリスタン「怖がる事はない。
      その光の輪が、失った君の記憶を元に戻してくれるそうだ」

トリスタンは、突如の事に怯えるクリスに見向きもせずに言うと、
そのまま部屋の奥に向かって歩き出す。

埃一つ被っていない綺麗なシートが幾つも並んでおり、
トリスタンはその中から最も手近なシートに腰を下ろした。

クリス「……記憶……」

一方、クリスは“記憶”と言う言葉を反芻して、息を飲む。
400 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/05/02(水) 20:58:27.23 ID:o7myjwMe0
音声『記憶領域再生のため、一時的に適格者の活動が制限されます』

音声が告げる注意事項は、既にトリスタンの興味の範疇から外れていた。

トリスタン「船のシステムを起動してくれ。
      記録を閲覧したい」

音声『了解しました。
   トリスタン・ゲントナーの最寄りの端末に記録閲覧システムを起動します』

トリスタンの指示に音声が応えると、彼の座っているシートの前に光の壁らしき物が現れ、
同時に暗かった部屋が明るく照らし出される。

照明が点いたのはこの部屋だけでなく、外の通路も同様のようだった。

部屋を見渡すと、先ほどまで通って来た通路と同様の物質で構成されていたようだった。

トリスタン「やはり、ここがブリッジか心臓部で間違いないようだな……」

トリスタンは満足そうに頷くと、自分の目の前に現れた光の壁を見遣る。

そこには無数の“見たこともない文字”が浮かんでいた。

トリスタン「ふむ……コレが古代魔法文明本来の言語か」

見た事もない文字ではあったが、トリスタンにはそれが読む事が出来た。

全ては、クリスのギア・ディアマンテと自身のギアがリンクしているお陰だった。

トリスタンは読み慣れた物語を読むかのように、浮かんでいる文字を読み上げて行く。
401 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/05/02(水) 20:59:08.67 ID:o7myjwMe0
トリスタン「ほう………並行世界、成る程、この船は宇宙船ではなく、
      次元と次元の境界線を越えるための船だったのか……。

      漂着年代は今から一万一千年前……この位置は太平洋か?」

次々に現れる文章を確認しては、トリスタンは感嘆を漏らしていた。

そこに書かれていたのは、それまでの予測や学説を打ち崩す真実の数々だった。

そう、今トリスタンがいるのは、かつて結がエレナから聞かされた御伽噺の船、
魔法を地球に伝えたとされる船だった。

宇宙から来訪したとされる、異文明の船。

だが、真実はトリスタンの漏らした通り、並行世界からの来訪者達の船であると言う事だった。

口伝や伝説などは、所詮は伝言ゲームだ。

一万一千年の間にどこかで都合の良い解釈が入り込んで、
宇宙船と言う事になってしまったのだろう。

トリスタン「生体エネルギーとその利用技術によって発展した、並行世界の文明………。
      それが古代魔法文明の真実と言う事か……。

      口伝を元にした研究の仮説など、役に立たない物だな」

トリスタンは自嘲気味に呟いて、さらに記録を読み進める。

原因不明の世界の崩壊。
並行世界への移民船団計画。
時空乱流で散り散りとなって漂着。
未知の疫病の蔓延。

トリスタンは様々なキーワードを読み解いて行く。

トリスタン「成る程……、崩壊した世界を捨てて並行世界に旅立ったものの、
      転移の最中に散り散りとなって我々の世界へと漂着、
      しかし、未知のウィルスにより住人の九十九%が死滅、と。

      ………ほう、最初の居住エリアは太平洋上……コレがムー大陸の真実か。
      思わぬオマケがついて来たものだ……」
402 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/05/02(水) 21:00:03.73 ID:o7myjwMe0
事実を読み上げながら、トリスタンはようやく自身の高揚に気がついた。

自身の中に占める興味の比重が傾いたから専念する事にした両親の研究テーマだったが、
それでも結果に高揚する程度の熱意は自分にもあったらしい。

となれば、わざわざ危険な手段を取ってまで最短最速の方法で研究を成就させようとしたのも、
自分がそれだけこのテーマに入れ込んでいる証拠だったのだろう。

自分自身の感情や思考を推測し、“らしい”や“だろう”で評してしまう辺りが、
それでもまだ自分が空っぽのままなのだと再認識させられて、トリスタンは自嘲の笑みを浮かべた。

クリス「……わぁ……」

と、不意に背後から聞こえた感嘆に気付いて、トリスタンは視線を向ける。

視線を向けた先では、クリスが優しげな笑みを浮かべていた。

稀に笑顔が曇る事もあるようだが、
概ね、彼女の再生されている記憶は優しい物のようだ。

しかし、クリス自身はこのような場所に、
何故、自分の記憶が保存されているのかと言う事に関しては考えが至っていないようだ。

自分自身がクローンである事など知りもしないのだから、当然と言えば当然だろう。

そんな彼女に対してトリスタンは哀れみを抱くでもなく、記録の閲覧を再開した。

トリスタン「居住エリアを捨てた彼らは、広大なアフリカ大陸へと移住……。
      少数の異民族として迫害を受け続けた、か……。

      時代は紀元前五千年頃……となると、七千年前……。

      ほう、この文化様式は古代エジプト文明に近いな……。
      しかし、文化レベルと年代が合わないのはどう言う事だ………」

トリスタンは自分の中の古代エジプト文明の知識と、
記録年代が一致しない事実に怪訝そうな表情を浮かべる。
403 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/05/02(水) 21:00:40.16 ID:o7myjwMe0
だが、解答はすぐにあった。

トリスタン「コレは、戦争か……紀元前四千年頃……六千年前ならば、
      古代エジプト文明の原型が生まれたとされる頃……。

      成る程、互いに相滅ぼし有って果てた、と言う事か。

      つまり、古代エジプト文明は古代魔法文明との戦争で壊滅的被害を被り、
      大幅な文明水準の後退と停滞を余儀なくされ、
      戦争で多くの民を失った古代魔法文明も衰退したと言うワケか……」

簡略化された記録の閲覧を終えたトリスタンは、小さく溜息を漏らした。

つまり、要点を纏めれば、
我々の住む世界とは別の並行世界にて発展した生命エネルギー技術文明――魔法文明は、
世界崩壊に際して並行世界へと移民船団での脱出を試みたものの事故で散り散りとなり、
辛くもこの地球へと漂着した彼らは最初は太平洋上に居住施設を構えていたものの原因不明の疫病で壊滅、
僅かに生き残った民と共に死の都と化した居住施設を捨ててアフリカ大陸へと移住したが、
そこで原住民からの迫害――おそらくは彼らの持つ魔法を恐れたのだろう――を受け、
長く堪え忍び続けたものの結局は戦争へと発展、最終的にお互いを滅ぼし有って果てたと言う事らしい。

トリスタン「そして、僅かな生き残りは北へ……ユーラシア大陸へと逃れた、と言う事か……」

トリスタンは自らの推測を付け加える。

確かに、そのルートならば
欧州、中東、東南アジア系の民族に魔法の素養を持つ者が多い理由も頷ける。

魔法の素養は人類が広がって行く過程とされるグレートジャーニーとは切り離された、
独自の広がりによって遺伝子に刻まれたのだ。

魔導を研究・研鑽する者の常識として“魔法は秘匿されるべきもの”と言われているが、
成る程、歴史を紐解けば魔女裁判などよりも遥か昔から、異能として虐げられた歴史があったのだ。

そして、旧来の文化を否定したアメリカでは、
魔法の継承がごく一部でしか行われずに衰退し、
ユーラシア北部経路に乗る事のなかった魔法の素養は、
ユーラシア大陸東亜地域では稀少、或いは皆無となったのだろう。
404 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/05/02(水) 21:01:21.00 ID:o7myjwMe0
ふと時計を見れば、記録の閲覧開始から十二時間が過ぎていた。

外は夕暮れまで間もなくと言う所だろう。

だが、古代文明の全記録を閲覧していた時間としては、
驚くべきほど短い時間であったと言える。

トリスタン(やはり、古代人のクローンとのリンクする方法は使えるな……。

      解読の手間が省けた上に、
      古代魔法文明の文字に関するデータベースまで手に入った。

      今後の事を考えれば僥倖、或いは重畳と言うべきか……)

長時間同じ体勢を保っていたトリスタンは、
凝り固まった身体を解しながらそんな事を考えていた。

その時である。

クリス「あ、ああ……あ、ぃや……あ、ああぁぁぁぁ!?」

背後のクリスが、言葉にならぬ悲鳴を上げた事で、トリスタンは振り返った。

クリスは痙攣を起こしたかのように全身で震えながら、目を見開いて涙を溢れさせていた。

トリスタン「うん? ああ、そうか……記憶の再構築中だったか……。

      その様子だと、そろそろクライマックス……
      古代魔法文明最後の瞬間のようだね」

トリスタンは閲覧した記録内容を思い出しながら呟いた。
405 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/05/02(水) 21:01:58.51 ID:o7myjwMe0
トリスタン「金髪翠眼の皇女、か……。

      推測通りにタイプ2が適格者遺伝子だったのは幸運だったが、
      まさか適格者自身の手で文明が滅んでいたとはな」

トリスタンは感慨深げに言って立ち上がると、
記憶の再構築が終わり、その場に崩れ落ちるように蹲って震えるクリスの元に歩み寄る。

トリスタン「クリスティーナ君……
      いや、古代魔法文明最後の皇、レオノーラ・ヴェルナーと言うべきかな?」

トリスタンは記録閲覧の際に知った、クリスのオリジナルの名前を口する。

クリス「レオ、ノーラ……ヴェル、ナー……」

クリスは放心状態になりながら、記憶再構築の中で知ったばかりの自分の名を反芻する。

大好きな人達が呼んでくれていた名前――
クリスティーナとは似ても似つかないその響きを、
クリスは違和感を覚えながらも、自らの名として受け止めていた。

トリスタン「皇族は漂着当時の移民船団責任者の末裔だそうだが……。
      まあ、ともあれ……協力してくれた君との約束を果たそう」

クリス「やく……そく……?」

問い返したクリスの言葉に頷いて、トリスタンは続ける。

トリスタン「私が知る限りの、君の真実だ」

クリス「しん、じ……つ……?」
406 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/05/02(水) 21:02:46.50 ID:o7myjwMe0
トリスタン「真実と言っても、私も全容を知ったのはつい先ほどだがね……。
      ともあれ、レオノーラ・ヴェルナーはもう死んでいる」

クリス「ッ……!?」

甦ったばかりの記憶を否定されるかのような言葉に、クリスは息を飲む。

トリスタン「もう君も知っての通り、
      数千年に渡って放置されたこの艦の機能を強制起動させたレオノーラは、
      その機能を暴走させ、同胞ごと敵兵十万の命を殺し尽くした。

      魔導巨神……レオノーラの兄であり先皇のレオンハルトごとね」

クリス「ぅぐ……っ!?」

トリスタンから告げられた言葉に甦った記憶を再確認させられて、
クリスは激しい嘔吐感に襲われた。

暴走の末、その暴走を止められずに自らの手で止めを刺したも同然の人物――
最愛の兄の最期の瞬間が、つい今し方の事のようにフラッシュバックする。

トリスタン「ここからは八百年前の記録や現代の記録も入り交じるのだが……。

      この艦の外……魔導巨神遺跡には魔導巨神の傍らに一つの白骨遺体があったそうでね、
      つい数十年前までは大事に保管されていた。

      だが、旧魔法研究院はその封印を解き、
      古代人の細胞から優秀な魔導師を生み出す計画、プロジェクト・モリートヴァを発動させた。

      一方は魔導巨神の細胞から培養された細胞と現代の人の細胞を掛け合わせたタイプ1。
      もう一方は魔導巨神の傍らにあった白骨遺体の毛髪の細胞を解析して作り出されたタイプ2……それが君だ。

      もっとも……私もソレは人伝に聞いた話だったが、今と言う状況からしても、
      その白骨遺体がレオノーラ・ヴェルナーの物であった事は間違いないだろうね」

クリス「じゃ、じゃあ……私は……?」

トリスタンから聞かされた自身【レオノーラ】の最後の姿に、
クリスは震えながら問いかける。
407 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/05/02(水) 21:03:13.15 ID:o7myjwMe0
トリスタン「記録上、タイプ1の培養成功により、
      不安定なタイプ2は培養段階で全て廃棄されたハズだったのだが、
      野に下った当時の研究者の一人が保管していたようでね。

      つい九年ほど前に培養が再開され、生まれたのが君だ」

クリス「ばい、よう……?」

トリスタン「クローン、コピー人間………言い方は幾通りもあるが、
      魔導ホムンクルスと言う、人の手で“作られた”生命体と言う事だ」

問い返したクリスに、トリスタンは嘆息混じりに返し、さらに続ける。

トリスタン「あまり効率の良い方法とは思っていなかったが、
      今回のような場合もある事を考えれば、
      私も今までの見識を改めるべきようだね」

だが、続くその言葉はクリスの耳には入ってはいなかった。

クリス「作られた………?
    レオノーラは……死んだ……?」

知らされた事実を反芻する。

ならば、今ここにいる自分は――
レオノーラの記憶を甦らせ、クリスティーナの名前を持つ自分は誰なのか?

記憶はレオノーラ、名前はクリスティーナ。

どちらでもあり、どちらでもない、宙ぶらりんの自分は何者なのか?

クリス「ねぇ……じゃあ、私は……誰なの? どっち、なの?」

震える声で尋ねるクリス。
408 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/05/02(水) 21:03:50.11 ID:o7myjwMe0
しかし、トリスタンはその問いかけに退屈そうに肩を竦めた。

トリスタン「申し訳ないが、その解答は私の興味の範疇外だ。

      自分が誰か、などと言う哲学的な問いかけは、
      暇を持て余した哲学者にでもしてくれたまえ」

トリスタンはそう呟くと、蹲ったままのクリスの傍らを通り抜ける。

そして、思い出したように振り返り、口を開く。

トリスタン「とりあえず、私としては用件があったのはタイプ2……
      レオノーラ・ヴェルナーの遺伝子保持者としての君だ」

クリス「それじゃあ……私は、レオノーラ……?」

情緒不安定なクリスは、その名を反芻してしまう。

トリスタン「だが、その用件も済んだ……。
      後は君の好きにするといい。

      クリスティーナとしてここで研究院の保護を待つもよし、
      古代魔法文明最後の女皇帝レオノーラとして現代の文明に復讐するもよし……。

      どうしようと最早、私には関係無い事だ」

トリスタンはそう言い残すと、自らの興味の対象を求めて艦内の探索を再開した。
409 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/05/02(水) 21:04:30.88 ID:o7myjwMe0
そして、一人残されたクリスはその場で、
ショックのあまり混乱したまま思考を巡らせる。

結局、自分はどう望まれて生まれたのだろうか?

先ほど、トリスタンは用件があった――
つまり必要なのはレオノーラとしての自分だと言った。

おそらく、自分を作った人達もレオノーラとしての自分を必要としたのではないだろうか?

クリス「私は……クリスティーナじゃ、ない……?」

混迷の思考は、ごく短い間でもそうであったハズの“自分”を否定する。

大好きな人達が呼んでくれていた名前は、ただの仮初めでしかない。

だとするならば、大好きな人達と過ごした時間も、仮初めだったのではないか?

そして、本来の記憶が甦った自分はクリスティーナであった頃には戻れず、
レオノーラの記憶を甦らせ、レオノーラの身体を持つ自分は最早、
レオノーラ・ヴェルナーそのものと言っていい。

ならば、レオノーラとなった自分は、何をすればいい?

現代に生を受けた自分は、何のために生まれて来た?

レオノーラとして再構築された記憶にあったのは、哀しい中でも強く生きた優しい日々だった。

愛する民に囲まれ、彼らを守り、兄と妹の情を超えて愛した人のいた日々。

その日々を壊された。

異能の民族として恐れ、蹂躙され続ける歴史。

そんな中で愛した兄は心を壊され、戦争が起きた。

その戦争を止めるために動かした艦の機能は、
停戦を呼びかけたにも関わらず、彼らの無思慮な攻撃によって暴走を引き起こし、
暴走を止める事も叶わずに最愛の兄を握り潰すに至った。
410 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/05/02(水) 21:05:29.41 ID:o7myjwMe0
敢えてトリスタンの事を弁護するならば、
彼にはクリスの意志を誘導するつもりは毛頭無く、
あくまで可能性の一つとして提示したに過ぎない。

だが――

クリス「………復讐……?」

クリス――レオノーラはその言葉を反芻してしまう。

何か、足りなかったパズルのピースがはめ込まれたような気分だった。

レオノーラ「そっか………そう、なんだ……」

レオノーラはゆらり、と幽鬼の如く立ち上がる。

レオノーラ「私は……あの戦争をやり直すために……生まれたんだ……」

最悪の結果を迎えてしまった悲劇の戦争。

その戦争をやり直す。
今日、この地から。

数多くの同胞の涙と、血と、無念を吸ったこの地から、全てをやり直すんだ。

レオノーラは溢れていた涙を拭い、部屋の中央に立つ。

レオノーラ「戦闘システム、起動………」

音声『音声認証を確認しました』

レオノーラに音声――艦のガイドシステムが応え、彼女の周辺に幾層もの光の輪が生まれる。
411 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/05/02(水) 21:06:08.22 ID:o7myjwMe0
先ほどのように驚いたりはしない。

知識も経験も、かつての自分を取り戻したのだから。

レオノーラは光の輪に手を添え、魔力を流し込む。

音声『魔力認証を確認しました。
   起動準備完了……前回の最終起動より六〇五八周期が経過しています。
   安全稼動のためコンディションチェックのためにオートメンテナンスを開始します』

音声『各部エネルギーチャージ開始……この作業終了までの残り時間を表示します』

ガイドシステムの言葉通り、
レオノーラの目の前に光の壁――立体映像のモニターが現れ、
その片隅に書かれた文字が凄まじい勢いで変化して行く。

どうやら、この文字が残り時間の表示で間違いないようだ。

レオノーラ(あと……十時間………)

カウンターを見ながら、レオノーラは気怠そうに眼を細める。

今は外も夕暮れ時、最終的な起動は日付が変わり、夜が明ける頃になるだろう。

早く動き出したいと思う一方で、夜明けこそが真の再生に相応しいとも感じていた。

明日の朝日は、古代文明を滅ぼした破滅の皇の再誕を祝福するために昇るのだ。

レオノーラ「そうじゃないと………いけない……」

レオノーラは悲壮感すら漂う決意の声で、ぽつりと漏らした。
412 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/05/02(水) 21:06:50.33 ID:o7myjwMe0


翌日、エチオピア現地時間で午前四時――
夜明けの南部諸民族州上空をネイビーブルーに塗装された輸送ヘリが飛んでいた。

そう、魔法倫理研究院の所有するヘリだ。

フラン「以上が突入プランよ。何か質問は?」

立ったまま内壁のパイプを掴んで身体を固定したフランが、
自分を除いたメンバー四人の顔を見渡しながら確認する。

???「私が……前衛……」

シートにちょこんと腰掛けて俯き、
緊張した面持ちで漏らす黒髪に銀眼の少女……そうリーネだ。

フランが要求した“もう一人”とは驚くべき事に、
まだエージェント候補生でしかないリーネだった。

奏「大丈夫だよ、リーネ。
  ボクも前衛だし、メイが援護に回ってくれるから」

傍らのシートに腰掛けた奏が、不安がる妹分の気分を和らげようと優しい声で呟く。
413 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/05/02(水) 21:08:15.77 ID:o7myjwMe0
メイ「そうそう。
   大船に乗ったつもりでどーんっと構えてなよ」

対面のシートに座ったメイも笑顔を浮かべて言う。

あの後、遺跡奥への突入を断念したメイは、
遺跡の出口にセンサーとトラップを敷設し、
エチオピアの首都・アジスアベバまで後退、
補給と休憩を兼ねて立ち寄ったフラン達と合流したのだった。

フランが説明した突入プランも、メイからの報告を元に最終的に練り直した物だ。

リーネ「うん……。
    ありがとう、奏姉さん、メイ姉さん」

リーネは少しだけ安堵の表情を浮かべて頷いた。

フラン「そうよ、安心しなさいリーネ。
    私は、ヨハン相手に対策無しで一時間以上耐えきったあなたの対応力と、
    あなた自身の実力でメンバーに選出したんだから」

フランも笑顔で言って、大人しい妹分の頭をわしゃわしゃと撫でた。

リーネ「あぅ……それは嬉しいけれど、これは子供扱いだよ、フラン姉さん」

最近は弟妹分達に“お姉ちゃん”として頼られる側になってばかりだったリーネは、
フランの言動に半ば嬉しそうに、だが恥ずかしそうに返す。
414 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/05/02(水) 21:08:45.50 ID:o7myjwMe0
ロロ「…………」

一方、メイの傍らに腰掛けたロロは、
本部出発前に捜査チームから手渡されたトリスタンに関する報告書を見ていた。

フラン「どうしたの、ロロ?
    昨日のブリーフィングからずっとソレ見てるけど……。
    もしかして、何か気付いた事でもあるの?」

ロロの様子に、フランが怪訝そうに問いかける。

ロロ「うん、えっと……
   犯罪者を相手にこう言う事を言うのも変だけど、
   立派な人だったんだな……って」

ロロは戸惑い気味に答えると、肩を竦め、天井を仰ぎ見た。

そんな仕草と共に、思わず嘆息が漏れる。

ロロが見ていたのは、トリスタンの研究院での経歴に関する部分だった。

医療エージェントとして研究院エージェント隊に属していたトリスタンの在歴は、
一九七八年から一九八六年の八年間。

医療エージェントにしては珍しく、
本部付きではなく世界各地の紛争戦争地域への医療派遣が主立った任務だった。

八年間で渡り歩いた戦場は十四ヶ所。

その殆どが死者数数十万と言う、文字通りの激戦地ばかりだ。

そして、その全てに志願して赴いている。
415 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/05/02(水) 21:09:48.70 ID:o7myjwMe0
リーネ「民族紛争、侵略戦争……
    規模は小さいけれど政治クーデターにも医療派遣に行ってるね」

資料に列挙された派遣先を見ながら、
リーネは現代史の授業で習ったばかりの知識を当て嵌めて行く。

メイ「ソレは他の派遣の合間に行ったって感じっぽいけど………。
   しかし、まあ、派遣先に統一感がないなぁ」

メイは半ば呆れたように言いながら、頭を掻いた。

志願して行ったと言う割に、
派遣先を見ても言葉通り“統一感”に欠けていた。

大規模な大国の代理戦争から、アフリカの小国の軍事クーデターまで、
そこに彼自身の思想が介入しているような節は見えない。

無思想で戦地医療派遣に志願した――言い換えれば志願する動機に思想を持ち込まない、
謂わば、トリスタンの恩師であるラルフが結にも語った“滅私の精神”そのものだ。

しかし、そうであるにも関わらず、ある時を境にエージェントを辞職している。

直前に比較的大きな戦争が起きたにも拘わらずだ。

そこがトリスタンの思考に謎を感じさせる点でもあった。

この事をトリスタン自身に問う事が出来たら、
彼は自身の空虚さを自嘲気味に語っただろうが、
この場に彼がいるハズもなく、その“たら”は無意味である。

フラン「けれど、コイツがエレ姉やキャスさん達を殺した犯人の黒幕……」

思考の中で鈍りかけた闘志と怒りを思い出すように、
フランはその事実を口にする。

だが、それだからこそ分からないのだ。

死傷者の多い戦地へと進んで赴いた人物が何故、
部下であるヨハンにあのような凄惨な殺害を許したのか。

そして、シルヴィアとも対峙した経験のある奏は、
トリスタンは仲間を手駒として割り切っていた風に感じていたし、それは紛れもない事実だった。

フラン「とにかく……実際の所は取り押さえてから尋問担当の人がやってくれるでしょ」

フランは割り切れない感情を無理矢理に割り切るように、溜息混じりに言った。
416 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/05/02(水) 21:10:30.94 ID:o7myjwMe0
その時である。

リーネ「ッ!?」

不意にリーネが息を飲み、ヘリの進行方向に視線を向ける。

奏「どうしたの、リーネ?」

妹分の突然の行動に、奏が心配そうにその表情を覗き込む。

目を見開いて愕然とするその表情は、何かに怯えているかのようにも見える。

フリューゲル『ま、魔力反応検出!? 大きいよ!』

愕然とする主に代わり、共有回線を開いたフリューゲルが叫ぶ。

フラン「………今、こっちでも感じたわ……」

それからやや遅れて、フランが絞り出すように呟き、
“何よ、これ……”と驚愕を込めて付け加える。

最も魔力探査能力の高いリーネが、
次いで広い索敵範囲を誇るフランが魔力を感じ取ったようだ。

そして、それから一分とせずに奏達三人も二人が感じた魔力を感じた。

メイ「ちょ、ちょっと……冗談でしょ、コレ?」

二人の愕然と驚愕の意味を察し、メイは頭を振って漏らす。

ロロ「………」

ロロは顔面蒼白で黙り込んでしまう。

クレースト『センサーが振り切れました……。
      予測検出総量は、Sランクで千人分と言う所でしょう』

誰もが口にしたくなかった計測結果を、クレーストが淡々と漏らした。

Sランク千人分……単純計算で魔導巨神二十体分。

幼い結がその身を引き裂くほどまで魔力を酷使して、
ようやく倒した魔導巨神が団体でいるような状態だ。
417 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/05/02(水) 21:11:16.88 ID:o7myjwMe0
パイロット『エージェント・カンナヴァーロ!
      前方、トゥルカナ湖々面に異常な波が立っています!』

既に目的地近くまで来ていたのか、ヘリパイロットが機内放送でフランに呼びかける。

フランは慌てて窓に駆け寄り、窓に顔を押しつけるようにして前方を見遣った。

パイロットの言葉通り、前方に見えるトゥルカナ湖の湖面が激しく波立っている。

そして、それと同時に魔力反応もより強くなって行く。

奏達四人も、それぞれに窓からその様子を見遣る。

パイロットはこれ以上の接近を危険と感じたのか、
機体は九十度旋回して止まり、窓からトゥルカナ湖が正面に見えた。

それとタイミングを同じくして、湖面の波立ちは最高潮を迎え、爆ぜた。

文字通りに爆発するかのように跳ね上がった湖水が
雨のように辺りに降り注ぐ中、銀色に輝く塊が姿を現した。

スフィンクスか何かのように突き出された二本の立方体を前方に持つ、
差し渡し四百メートルはあろうかと言う巨大な構造物だ。

ロロ「金属の……城?」

メイ「ってか、船?」

見た事もない超弩級の構造物を、ロロやメイは愕然と評した。

そう、白銀の船とも言うべきその構造物は、何を隠そう、
トゥルカナ湖々底のさらに地下に眠っていたとされる魔導巨神遺跡の本体だった。

魔法文明の人々を乗せて並行世界より来た艦船は、
世界最大の軍艦であるミニッツ級空母以上の全長を……
全体では四倍はありそうな超々弩級を誇る巨体を、空に浮かせていた。

そう、非常識な事にこの巨大船は湖面を離れ、空に浮いていたのだ。
418 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/05/02(水) 21:12:14.01 ID:o7myjwMe0
フラン「まさか……アレの中にいるなんて事、ないわよね……?」

フランは恐怖と驚愕で顔を引き攣らせながら呟いた。

誰かの否定を求めたかった。

だが、メイの報告から推測できる事は、トリスタンは人質のクリスと共に、
魔導巨神遺跡の奥へと消えたと言う事実。

そして、現在まで魔導巨神遺跡の全容は推し量る事が出来なかった、
故に遺跡本体の正体が何であろうと、否定できる材料はないと言う事。

つまり、魔導巨神遺跡本体は目の前に現れた超々弩級戦艦で、
ほぼ間違いないであろうと言う事だけだ。

ここに古代魔法文明の船による地球外渡来説を唱える研究者がいれば、
自らの説が証明された事に狂喜乱舞したであろうが、
これからその船を相手にしなければいけないフラン達にしてみれば、
冗談もほどほどにしろと叫びたい気分だった。

いくら何でも、相手が非常識過ぎる。

トリスタン一人、ないしその協力者が数人いようが、
この五人なら軽々と圧倒し、短時間で制圧できたであろう。

だが、今、目の前に現れた船を相手にしろと言うならば、
この五人だけではあまりにも分が悪い。

目算の甘さ、計画の不備、判断ミス。

言い方は色々あるだろうが、一つだけ確実に言えるのは、
この場に来ても絶望しかなかったと言う事だ。
419 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/05/02(水) 21:12:51.97 ID:o7myjwMe0
リーネ「何か……変だよ……」

リーネが呆然としたまま呟く。

これ以上、何が異常だと言うのか?

そう思った面々の前で、さらなる変化が起きた。

船体が二つに折れ曲がったのだ。

まさか、遺跡となっていた船を無理矢理飛ばせたツケで、船体が崩壊したのか?

そんな希望的観測は一瞬で砕け散った。

船体は崩壊などしていなかった。

船体各部の構造が目的を持って移動、変形を繰り返し、
巨大な船は徐々にその形を変えて行く。

巨大な中心構造から伸びる、長い四本の構造体。

嗚呼、間違いない、アレは腕だ、脚だ、胴体だ。

そして、胴体から迫り出す小山のような巨大な頭。

全高四百メートルに迫る山のように巨大な白銀の魔導機人が、
トゥルカナ湖上空に姿を現した。

?????『ぅ……ぅわあぁぁぁぁぁぁっ!!』

悲鳴にも似た雄叫びが、白銀の魔導機人から放たれる。

雄叫びは大気を震わせ、ヘリすら揺らしたような気がした。

仲間達が戦慄する中、魔力を感知してからずっと押し黙っていた奏が口を開く。

奏「この、声………………クリス?」

魔力を感知した時から漠然と感じていた予感を、奏は呆然としつつ呟いた。


第23話「クリス、叫ぶ」・了
420 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/05/02(水) 21:18:05.56 ID:o7myjwMe0
今回の投下はここまでとなります。
久しぶりに各話安価も置いておきます。

第17話 2-65
第18話 67-127
第19話 132-180
第20話 187-238
第21話 246-304
第22話 309-353
第23話 358-419
421 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/05/02(水) 21:25:01.01 ID:o7myjwMe0
初歩的なミスで安価失敗とか……orz

第17話 >>2-65
第18話 >>67-127
第19話 >>132-180
第20話 >>187-238
第21話 >>246-304
第22話 >>309-353
第23話 >>358-419
422 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/05(土) 19:11:11.47 ID:iOviTxno0
大変遅くなりましたが、乙ですたー!!
さて今回。
キタ!アレックスのターン!!
これですよ。自分達のポジションが何をしていたら、事を未然に防げたかを認める事が出来るか否か。
これがで当たり前に出来るのが、プロフェッショナルってもんです。
元々押していたキャラの一人ですが、今回の件でアレックス、一押しにさせて頂きたく存じます。

さて、同じ技術者のはずのトリスタン・・・・・・何と言う空虚。
スカっちでさえ、刷り込まれたものとは言え「知識への欲求」という自らの軸があったのに、彼のこの空虚さは何でしょう??
もしかしたら、古代魔導文明とその技術の解析こそ、彼にとっては亡くした二親を実感できる行為そのものだったのでは・・・・・・
だからこそ、余暇的時間とは言え、仕事より立場を守る行為より真剣に取り組んでいたのではないでしょうか。
でも、クリスの件に関しては・・・・・・これ、犯罪教唆と言うにはちょっと微妙??でしょうか??
本人にそのつもりが無くても、今epラストのような状況を予想可能だったかどうかが彼の今後を決めるような、そうでないような。
次回も楽しみにさせていただきます。

お待たせしました。
結、15歳バージョン・・・・・・の、またまた途中経過です。
完成に至る前に、やはり一度は目を通して頂きたいと思いまして。
下記URLの、up3109.jpgがそれになっています。
ご覧いただければ幸いに思います。

ttp://freedeai.silk.to/up/index.html
423 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/05(土) 20:48:27.45 ID:GecfiXGo0
お読み下さり、ありがとうございまーす。

>アレックスのターン!!
もう、技術屋の彼をここで活躍させずに、死者・負傷者続出の第三部の何処で活躍させるのか、と。
結の無制限魔翌力の種明かしを思いついた時に、コレはもう解析も解決も技術屋の出番と思って生まれたキャラでもありましたので、
ある意味、メイやフランとは別の意味で、狂言回しのような役割を持ったキャラだと思っております。
リーネ、フラン、アレックスと難産系のキャラは愛着も深いので、ここぞと言う時に見せ場が来ます。

>アレックス、一押し
ありがとうございます。
裏方仕事が多くて、何かと見せ場の少ない子ではありますが、
ある意味、結達の屋台骨とも言える子なので今後の活躍にもご期待ください。

>トリスタンの空虚
基本的に自分の事も他人事ですからね。
客観性が高いように思えて、実際には客観性に欠けると言う、ある種のサイコパスのような物です。
彼の真相……と言うか、深層心理にある物や犯罪教唆の意図の有無に関してはまた次回と言う事で。

>15歳版結
思わず感嘆と共に“かっこいい”の一言が漏れました。
いや、冗談やお世辞抜きに、本当に優しく凛々しい顔立ちで惚れ惚れしますな。
この結に色が付くのが、今から楽しみです!


さて、鬱展開を延々と引っ張り放しの第三部も、次回でついに最終回となります。
最終(予定)の第四部への余力とか考える余地も入れずに書いておりますww
424 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga]:2012/05/17(木) 20:08:59.67 ID:5YAl2E/k0
最新話が書き上がりましたので、投下させていただきます。
425 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/05/17(木) 20:09:56.28 ID:5YAl2E/k0
第24話「結、その手を繋ぐために」



早朝、まだ朝日が昇りきらぬ頃。
エチオピア南部のトゥルカナ湖へと向かったフラン達突入部隊は戦闘へと突入していた。

対するは身の丈四〇〇メートルに迫る超弩級の大巨人――白銀の魔導機人。

自分たちの二五〇倍はあろうかと言う異様を前にして、
彼女たちは先ず、それまでの計画を破棄し、
新たなフォーメーションを組む事から始めるしかなかった。

奏はメイを、フランとリーネがロロの手を引き、魔導機人に向けて飛翔する。

乗って来たヘリには、既に安全圏に向けて引き返して貰っていた。

フラン「奏とメイは前衛、ヒットアンドアウェイで対応して!
    奏、前衛の指揮は任せるわよ!」

奏「……うん、分かった」

メイ「うひゃぁ……やっぱり前かぁ」

フランの指示を受けながら静かに頷く奏と、肩を竦めて項垂れるメイ。
死刑宣告にも近い指示だが、誰かがやらなければならないポジションだ。

フラン「ロロは中衛、二人の援護と出来たらアレをこの場に足止めして!」

ロロ「足止め……あまり保証できないよ?」

フラン「気休めでもいいからお願い!」

蒼白のまま聞き返すロロに、フランは祈るような思いで言った。

あの巨体に移動でもされたら、一方的に被害範囲を広げられる事に繋がる。
魔法の秘匿のために限らず、それだけは絶対に防がなければならない。

フラン「リーネ! あなたはみんなの中継役と支援砲撃! 無理でも両方やって貰うわよ!」

リーネ「う、うん……じゃなくて、了解!」

緊張と恐怖の入り交じった表情と声音ながらも、リーネは気持ちだけでも毅然として応える。

中継役――つまりは高い魔力探査能力を活かし、全員の位置関係を把握する役目だ。

本来は密林や市街地など遮蔽物が多い場所での集団広域戦に必須なポジションだが、
今回は見渡しの良い湖畔と湖上である。

だがしかし、相手が巨大であるが故に、どうしても戦場は広域に広がってしまう。
固まった状態での戦闘は不利だ。

故に一人の負担を大きくしてでも“一撃で全滅”などと言う惨事を防ぐためには致し方ない。
426 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/05/17(木) 20:10:51.81 ID:5YAl2E/k0
フラン「前衛二人、後衛からの支援はあんまりアテにしないでね……!」

そう言ったフランの声からは悔しさが滲む。
支援射砲撃を行うのはリーネに加えて自分だ。

しかし、あの膨大な魔力量を相手に
どこまでのダメージを期待できるかと問われたならば、答は“無駄”の一言だ。

敢えて言うならば、灼熱のマグマをごく小さなスポイトの水で冷やそうとする無謀さ。

それでも“やらないよりはマシ”だ。

出来るかどうか分からないが、注意を引きつけられればいい。

フラン(………多分、コレが今できる最善のフォーメーション……。
    追加戦力も要請した……)

途中でロロを降ろしたフランは、最適な射撃ポイントを探しながら、
これまでに打った手を思い返す。

ヘリのパイロットが本部に連絡を入れて、
アフリカ各地の比較的近い位置に展開している部隊が集結を始めるのがおよそ一時間後、
到着はさらに遅れると見て良いだろう。

楽観的に考えて、増援到着までは二時間。
足の速いエージェントならばもう少し早いだろうか?

だが、これだけ巨大な相手に挑むならば準備は怠れない。

必要な結界を展開するための呪具、人数分の強力な汎用ギア、後方支援の準備。

考えるだけで気が滅入る。
427 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/05/17(木) 20:11:32.60 ID:5YAl2E/k0
フランは絶望が深い溜息となって漏れそうになるのを必死に堪えた。

フラン(エレ姉もお義兄さんも、魔導巨神を相手にした時はこんな気持ちだったんだろうな……多分)

偉大な従姉とその夫、敬愛する先達の成し遂げた偉業を思い返して、
フランは気を引き締める。

敵は確かに強大だ。

だが、今の面子はSランク二名、ニアSランクと言って差し支えないAランクが二名、
さらに候補生ながらオーバーAランク級が一名。

Sランク一名、ニアSランク二名、Aランク一名、Bランク一名、Cランク二名の対魔導巨神戦に比べて、
人数では劣っているが人員の質では決して劣っていない。

フラン「みんな、どんなに大きくても相手は一人、こっちは五人!
    戦力差五倍で負けたらかっこ悪いわよっ!」

フランは仲間達を奮い立たせるため、そして自らに言い聞かせるように叫んだ。

確かに、相手は一体だ。

但し、相手を身長一七〇センチの成人男性と見立てたら、
コチラは七ミリ未満……羽虫以前のサイズだ。

羽虫五匹と人間一人。
戦力差は比べるべくもない。

だが、それでも数だけを見れば、五対一だ。

絶望を覆すには遠い、それでも僅かな光明を幻視させてくれる気分にはなる。
428 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/05/17(木) 20:12:14.57 ID:5YAl2E/k0
フランは魔導機人の右手にある岩山の頂きを射撃ポイントに定め、
降り立つと同時に赤い魔導機人を召喚する。

フラン「チェーロ、ダイレクトリンク魔導ライフル展開!」

チェーロ「了解、マスター!」

召喚された赤い魔導機人――チェーロは、背中に折り畳まれていた円柱状のパーツを正面に向けると、
幅の広いステップを腰に展開し、その場に膝立ちとなる。

フランはステップの上に飛び乗ると、円柱状のパーツにライフル型のギアを後部から接続した。

フラン「的は大きいから狙う必要がないわね……。
    癪に触るけれど連射モードでバラ撒けるだけバラ撒くわよ!」

チェーロ「了解……リーネのフリューゲルとリンク、全員の位置把握終了。

     奏とメイの軌道予測、移動は私が担当しますから、
     マスターはトリガーのタイミングだけに集中して下さい!」

フラン「ありがとっ!」

フランは愛器と言葉を交わしながらも、
早くも前衛で攻撃を開始した奏とメイを避けるように無数の魔力弾を発射する。

ダイレクトリンク魔導ライフルで増幅された無数の魔力弾は、
巨大砲弾となって白銀の魔導機人へと殺到する。

だが、如何に砲弾と化した魔力弾とは言え、白銀の魔導機人にしてみれば、
そのサイズはモデルガンに使われるプラスチック弾程度の大きさだ。

相手が魔力を持たないなら十分な威力が期待できるが、
相手の魔力量は魔導巨神二十体に匹敵する。

しかも、相手は強靱なプレートアーマーを身に纏った中世の騎士の如き重武装だ。

直径五ミリ足らずのプラスチック弾が、強靱な鎧を着た相手にどれだけの威力を持つか。

繰り言のような問いの果てには、同じように絶望的な解答しかない。

そして、その絶望的な解答はフランの目にも見えていた。
429 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/05/17(木) 20:13:00.47 ID:5YAl2E/k0
ほぼ全ての砲弾が着弾を待たずに、
加熱された鉄板に落ちた水滴のように霧散して行く。

同様に、無数の光の隼が白銀の魔導機人へと群がるが、
それらも全て着弾前に消え去ってしまう。

リーネがリヒトファルケンを使ったのだろう。
だが、効果が上がっていないのは一目瞭然だ。

リーネ『フラン姉さ………エージェント・カンナヴァーロ、
    こっちの攻撃がまるで効いてないよ!?』

ギアの通信機能を通して、悲鳴じみたリーネの声が聞こえて来る。

フラン「効かなくてもいいから撃ち続けて!

    私達が支援射撃を止めたら、
    それだけ前にいる三人が危険になるって思いなさい!」

フランはエージェントとなってからの四年半、
そして、つい先日までの半年間の南米遠征で強く思い知らされた支援射撃の重要性を、
半ば怒声にも似た声に乗せてリーネに言い聞かせる。

リーネ『ッ……りょ、了解っ!』

フランの怒声にリーネは一瞬、息を飲んで竦んだようだったが、
すぐに気を取り直して凜とした声で応えた。
430 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/05/17(木) 20:13:27.14 ID:5YAl2E/k0
そのリーネは、白銀の魔導機人の直上――戦場全体を見渡せる位置に陣取り、
あらゆる方角から追尾魔力弾を放っていた。

リーネ(私が撃つのを止めたら、
    奏姉さんやメイ姉さん、ロロ姉さんが危険になる……!)

フランに言われた言葉を、心中で反芻する。

危険――即ち、死。

思い返されるのは、エレナを失った恩師の涙。

そして、その仇を目の前にして、ただ無様に耐え続ける事しか出来なかった、無力な自分。

リーネ(あんな悔しい思いは、もうイヤだ……!)

大切な人の涙を見るのも、その無念も晴らせない無力感も、もう二度と味わいたくない。
そして、その思いを、もう誰にも味あわせたくない。

リーネ<フリューゲル!
    姉さん達の邪魔にさえならなければいいから、どんどん撃って!>

フリューゲル<分かったよ、フィリーネ!
       君はみんなの位置把握と魔力供給に集中していて!>

思念通話でフリューゲルに指示を飛ばすと、彼も力強く応えてくれた。

リーネの四方八方に無数の追尾・投射の二重術式が展開し、
リーネが周辺に撒き散らした魔力の供給で鳥の姿をした魔力弾を放ち続ける。

おそらく、リーネの能力と今の戦術を用いたならば、
どれだけの数の敵いようとも、どれだけの乱戦であっても確実に敵を殲滅してみせただろう。

だが、この巨大過ぎる相手を前にしてはその戦術すら無意味だった。
431 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/05/17(木) 20:14:11.94 ID:5YAl2E/k0
しかし、“攻撃に意味がない”程度はまだ序の口であった。

問題は前衛に出ているメンバーだ。

メイ「うっひゃぁ!?」

正面から猛然と迫る巨大な足に、メイは素っ頓狂な声を上げながらも、
術式の足場を作って跳び退く。

非常識――このサイズの相手に常識も何もないだろうが――な話だが、
白銀の魔導機人は空中を歩いていた。

おそらくはメイが使う水上歩法と同じく、自ら作り出した魔力の足場の上を歩いているのだろう。

遠目には漫然と見える魔導機人の動きも、近接格闘戦を挑むとなると話は変わって来る。

白銀の魔導機人の歩行速度は五秒で一歩ほど……確かに動作事態は緩慢なのだ。

だが、やはりここでもサイズの差が物を言う。

歩幅にして約一五〇メートル超、単純計算で平均時速一一〇キロほどで迫る足だ。

時速一一〇キロならば一般的な格闘家の蹴りよりもずっと遅いと錯覚するが、
それは数字の上の話だ。

長さ一八〇メートル、四十階建ての高層ビルのような足が
時速一一〇キロで迫って来て、恐ろしくない人間などいようハズもない。

生物にとって彼我の大きさの違いは、純粋で絶対的な恐怖を呼び起こす。

メイ「ろ、ロロ姉! 足止め早くして!」

ロロ『ごめんなさい、メイ! あとちょっとだけ待って!』

早口で懇願するメイに、ロロも早口で答える。

メイ「は、早くしてぇ!?」

悲鳴じみた声を上げながらも、メイは足先に溜めた魔力を蹴りで撃ち出す。

しかし、彼女の魔力弾も魔導機人に着弾する前に霧散してしまう。
432 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/05/17(木) 20:14:56.17 ID:5YAl2E/k0
奏(昔、結がお祖父様と戦った時も、こんな気分だったんだろうな……)

その光景を見ながら、奏は幼い頃の事を思い出して身震いしていた。

魔導巨神――グンナーに囚われた自分を助けるため、エレナ達と共に魔導巨神と対峙してくれた結。

今ほどの戦力差ではないにせよ、最初は絶望的とも言える戦力差を感じていただろう。

だが、その絶望すら押し退けて進む理由が、奏にはあった。

奏(クリス……!)

助けなければならない少女の事。

親友に約束した、彼女の無事。

焦燥の中で、奏は彼女の事を思う。

クレースト<現在、魔力波長を比較中です>

そして、焦る奏に、クレーストが淡々と解析状況を告げて来る。

クリスの瞳の色に似た、淡いエメラルドグリーンに輝く魔力。

白銀の魔導機人が纏う魔力からは、その輝きは見られない。

強いて言うならば無色透明の魔力。

だが、接近時から感じていた魔力の波長は間違いなくクリスのものだ。

しかし、奏はそうでない事――この巨大な魔導機人を動かしているのがクリスでない事を祈った。

もしそうであるならば、洗脳か、脅迫か、何らかの手段でこの行為を強制されている事になる。
433 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/05/17(木) 20:15:40.46 ID:5YAl2E/k0
奏(とにかく、今はコレを止めないと……!)

奏は構えた十字槍に魔力を収束し、長大な収束魔力刃を作り出す。

ドラコーングラザー・リェーズヴィエや
ドラコーングラザー・マークシムムクルィークは、まだ使えない。

あと最低でも二時間と言う長い戦闘時間を戦い抜くには、
最初から全力の魔法を連発するワケにはいかない。

奏(……全力のマークシムムクルィークは魔力全開の状態でも、
  使えて四回が限度……無駄撃ちは出来ない……!)

勿論、出し渋るワケではない。
使える回数が限られるからこそ、絶体絶命の危機など、
ここぞと言う時の切り札として温存しなければならない。

奏「はあぁっ!」

奏は裂帛の気合いと共に、収束魔力刃を白銀の魔導機人の横腹を目掛けて振り抜く。

しかし、仲間達の魔力弾と同様、
彼女の収束魔力刃も本体に触れる事なく相殺され、消え去ってしまう。

魔力相殺が起きる直前に僅かな抵抗を感じたため、
完全な空振りと言う訳でもなかったが、それでも刃が届かない事は事実だった。

奏(多分……結のアルク・アン・シエルと同レベルの魔力が常に発生してる……。
  けど、これなら高密度収束魔力刃で貫ける……!)

長年、結と模擬戦を繰り広げて来た奏の直感が、その事実を見抜いていた。

それと同時に、この無敵に見える魔力の鎧も、決して無敵ではないと言う事実だ。

奏「フラン! 高密度高威力収束魔法なら表層の魔力は貫ける!」

フラン『それは有り難い情報だけど、結構、無茶な注文ね……』

通信回線を通して報告すると、フランは悔しさと僅かな呆れの入り交じった声で答えた。

高密度で高威力の収束魔法は、それだけ魔力の消耗も大きい“切り札”だ。

先ほどの繰り返しになるが、切り札はここぞと言う時のために温存しなければならないし、
全員が使えるだけの切り札を使い尽くしても、この巨体を倒せる保証は何処にもない。

フラン『やっぱり、地道な持久戦しかないわね………』

奏「……分かった……」

悔しそうなフランの言葉に、奏も頷く他なかった。
434 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/05/17(木) 20:16:28.20 ID:5YAl2E/k0
その時――

クレースト<………奏様、比較が終了いたしました>

解析に集中していた愛器が、その終了を告げた。

クレースト<登録されている保護対象者の魔力波長と、
      99.72%が一致します>

そして、堅実な性格の愛器からもたらされた結果は、感じていた通りの物だった。

保護対象者――クリスで間違いないと言う事だ。

ほぼ100%に近い一致率で他人と言う事は先ず有り得ない。

だが、予感が当たった以上、自分がすべき事は一つだ。

奏は意を決して正面、それも眼前に躍り出る。

奏「クリィィスッ!」

届くかは分からないが、その名を叫ぶ。

名前を呼ぶと、いつも振り返ってくれた幼い少女。

自分の姿を見付けると、弾けるような笑顔で駆け寄ってくれた少女。

だが、奏の声など聞こえていないと言わんばかりに、白銀の魔導機人は漫然と歩み続ける。

止まる気配は無い。

奏「っ………」

聞こえているかもどうかも分からなかった事だが、
もしも聞こえているならば自分の声が、彼女の耳に、心に届いていないと言う事。

ショックだった。

だが――
435 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/05/17(木) 20:17:12.55 ID:5YAl2E/k0
奏(結は……諦めなかった……。
  何度も何度も、ボクの名前を呼んでくれた……!)

その事実が――決して忘れ得ぬ友との絆が、奏を奮い立たせる。

母に愛されていなかったと言う虚言に砕かれ、世界を否定した自分の心を、
この世界へと必死でつなぎ止めてくれた。

だからこそ、たったの一度で諦めてなどいられない。

奏「クリスティーナっ!!
  お願い、止まって!! ボクの話を、聞いてぇっ!!」

奏は喉が裂けんばかりの大音声で呼びかける。

しかし、やはり白銀の魔導機人は止まらず、巨大な頭が奏の横を通り過ぎて行く。

奏「クリスティィナァァッ!!」

それでも尚、叫ぶ。

フラン『奏! 今はとにかく足止めが最優先!
    説得はそれからよ!』

そんな友人の様子に、フランが咎めるような声で諫める。

奏「……了解! でも、ごめん……呼びかけも続ける!」

奏はそう応えると、魔力刃を展開しながらも呼びかけを続けようと、
再び正面に回り込む。

ロロ『準備完了したよ!』

時を同じくして、通信回線を通して全員の元にロロの声が届いた。
436 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/05/17(木) 20:17:49.63 ID:5YAl2E/k0
足止めの準備として、ロロは魔導機人の進行ルート上に陣取っていた。

足下には大量の草木の種が蒔かれている。

ロロ「プレリー、待機術式を一斉起動して!」

プレリー<かしこまりましたわ、お嬢様>

主の合図に応え、円形盾型のギアとなったプレリーは、
予め準備されていた多重術式を一斉起動した。

ロロは膝立ちとなって両腕を掲げると、
その両の掌の間に無数の多重活性・増幅術式が現れる。

ロロ「はぁっ!」

その術式に流水変換された魔力を流し込み、魔力が行き渡った瞬間に、
ロロはその術式を荒れ果てた大地に叩き付けた。

ロロが術式を叩き付けた直後、
彼女の周辺の荒れた大地を大量の水が満たし、蒔かれた種へと伝わる。

プレリー<全種子への到達を確認しました。行けますわ!>

周辺の状況をモニターしていたプレリーが合図を出す。

ロロ「芽吹いて………ジャルダン・デュ・パラディッ!!」

その合図に応えたロロが、種達へと指示を出す。

活性と増幅の術式で強化された流水変換魔力が、
蒔かれた種を大地の中に押し込み、一斉に発芽へと誘導する。

発芽した芽は、超高速の早送りを見ているかのように成長し、
見る見る内に巨大な森へと成長を遂げる。

だが、森の成長はそれだけでは止まらず、一気に広大で巨大な樹海へと変貌を遂げる。

その全てが大樹の名を冠するに相応しい、
まるで太古からその場に森があったかのように思えるほどの大樹海だ。

小さなモノでも十メートル以上、大きなものは百メートルの大台に届く。

これがロロット・ファルギエール最大の儀式魔法、ジャルダン・デュ・パラディ――楽園の庭だ。
437 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/05/17(木) 20:18:26.11 ID:5YAl2E/k0
ロロは眼前の蔦の長い大樹に平手を押しつけ、魔力を流し込む。

ロロ「レストリクシオンッ!」

楽園の主からの“束縛”の呼びかけと魔力の供給を受け、
その大樹は無数の蔦を伸ばし、迫り来る白銀の魔導機人へと向かう。

蔦と言っても、その大きさも太さも規格外だ。

太さ十メートルはあろうかと言うトンネル外観とも言えるほどの蔦が、
高層ビルのような白銀の魔導巨人の足へとまとわりつく。

最初は魔導機人の纏う魔力に押しやられていた蔦達だが、
次第にその勢いは勝り、巨大な足を巻き取り、
支柱代わりに魔導機人の下半身全てをその場に縛り付ける。

ジャルダン・デュ・パラディは、ロロが激甚災害対策に生み出した、
彼女の全植物操作魔法の効果を驚異的に増幅するための場を作り出す魔法だ。

そして、彼女の植物操作魔法は基本的に成長する力を増幅し、
成長の指向性を操作する方向に特化している。

純粋に魔力の勝負ならばロロに一切の勝ち目はなかっただろうが、
植物操作魔法はあくまで植物の力に頼る魔法だ。

僅かな魔力を相殺される前に成長が終われば、あとは根本から成長を促進するだけで、
魔力を持たぬ自然の力が魔導機人を縛り上げるのだ。

基本的に硬直時間と準備時間が長く、一対一で使える魔法ではないが、
激甚災害対策用の魔法と言う事もあり、その威力と効果範囲は折り紙付きの超広域儀式魔法である。

メイ『ロロ姉、すごい! えらいっ! カッコイイっ!』

通信機を通して、メイの声が聞こえた。

ロロ「もう……あんまり褒めても、何にも出ないんだから……」

ロロは肩で息をしながら応える。

さすがにここまで巨大な樹海を作ったのは初めてだ。
魔力の消耗が半端ではない。

だが、そのお陰で白銀の魔導機人は下半身を絡め取られ、
それ以上の前進を防がれていた。

苛立ったようにもがく白銀の魔導機人だが、
小山のように絡みついた蔦達は早々に断ち切れる物ではなかった。
438 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/05/17(木) 20:19:53.76 ID:5YAl2E/k0
?????『邪魔をしないでぇぇっ!!』

最初の絶叫以来、久しく聞こえて来なかった声が、魔導機人から放たれる。

年頃の少女らしい鈴の鳴るような高い声が……本来ならば愛らしい響きを持った声音が、
今は怒りと苛立ちに震えている。

フラン「コチラは魔法倫理研究院エージェント隊所属、
    特殊制圧部隊隊長、フランチェスカ・カンナヴァーロです!

    あなたの行動は魔法倫理研究法に於ける魔法秘匿条項に抵触します!
    即座にその魔導機人を停止して投降しなさい!」

その声を聞いて漸く話が出来ると踏んだフランが、投降を呼びかける。

?????『止まらない……止まれない……!
      壊すんだ……全部!

      全部、全部っ、ぜんぶっ、ゼンブっ!
      壊すんだぁぁっ!』

しかし、返って来たのは憎しみの絶叫。

大気をビリビリと震わせるほどの大音声に、五人は肩を竦ませる。

そこからいち早く立ち直った奏は、再び魔導機人の正面に回る。

会話にはなっていないが、あの憎しみの声はフランの投降勧告に対する返事だろう。

それならば、コチラの声は届いている。

対話は可能だ。

そして、この声はもう間違いなくクリスだと、奏は確信した。

奏「落ち着いてクリス! こんな事はしちゃいけないんだよ!」

奏は幼子に言い聞かせるように叫び、さらに続ける。

奏「先生と帰ろう? シエラ先生やみんなが、クリスの帰りを待ってるんだ!」

だが――
439 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/05/17(木) 20:20:30.79 ID:5YAl2E/k0
?????『……ウソつきっ!』

少女から――クリスから返って来た声は、辛辣な響きを伴った拒絶のような罵声だった。

その罵声が、一瞬、奏を竦ませて硬直させる。

そして、竦んだ奏の真横から、やはり巨大建造物のような超弩級の拳が迫る。

クレースト<奏様、回避を!>

主の危機を察したクレーストが叫ぶ。
珍しい愛器の叫びが、奏を正気に戻す。

奏「っ! くっ!?」

奏はすんでの所で拳を避けたが、超弩級の拳が作り出した拳圧は暴風となって彼女に襲い掛かる。

暴風の中、奏は必死で体勢を整える。

?????『………私は……クリスじゃない……クリスティーナなんかじゃ、なかった……!』

苦しみを吐き出すような声。

?????『私の帰る場所は……帰っていい場所は……もう無いんだ……。
      もう何処にも、私の居場所なんて……ないんだぁぁぁっ!!』

吐き出された苦しみは、酷く痛々しい哀しみと恨みを伴ってこだまする。

その哀しい声を聞きながら、奏は歯噛みする。

去来するのは、補給と合流のために立ち寄ったアジスアベバでメイから聞かされた、
クリスの身の上に関する予測事項。

プロジェクト・モリートヴァの被害者。

自分や母達と同じ業を背負って生まれ落ちる他なかった、少女の胸の痛み。

そして重ねてしまうのは、過去の自分。
世界も母の愛も否定した、かつての自分。

だからこそ分かる――

奏(このまま、放ってなんておけない!)

――今、自分がしなければならない事が。
440 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/05/17(木) 20:21:02.32 ID:5YAl2E/k0
?????『ぅわあぁぁぁぁっ!!』

少女の絶叫と共に、白銀の魔導機人が腕を振り回す。

リーネ「きゃっ!?」

メイ「ひゃっ!?」

周辺に展開していたリーネとメイが、
振り回す腕が生み出す剛風に煽られて悲鳴を上げる。

ロロ「わっ、きゃ!?」

さらに振動は蔦を震わせ、その根本にいるロロも、
魔導機人の動きに合わせて震える大地に悲鳴を上げていた。

フラン『奏とメイは安全圏まで退避! リーネ、前に出過ぎよ!
    ロロ、もっと蔦の量を増やして!』

通信機越しにフランの指示が飛ぶ。

彼女も支援射撃を続けているが、やはり効果は上がっていない。

纏っているだけに過ぎない魔力の層が分厚すぎて、接近すらままならない。

奏(結みたいに魔力の制限がなければ、取り付いて説得できるのに………)

奏は悔しそうに距離を取る。

振り回される拳や腕が作り出す剛風と、纏われている莫大な魔力の層。

この二つを相手に最接近は自殺行為に等しい。

おそらく、奏の魔力量では限界まで障壁を展開したとしても、保って数分が限度だろう。

ならば、呼びかけるしかない。
441 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/05/17(木) 20:22:02.99 ID:5YAl2E/k0
奏「クリ………っ!?」

しかし、呼びかけようとした瞬間、奏は硬直する。

何と呼べばいい?

クリス?
クリスティーナ?

いや、その名は彼女自身が否定した。

――……ウソつきっ!――

突き付けられた哀しげな罵り声が、耳に甦る。

クリスが記憶を……オリジナルたるレオノーラ・ヴェルナーの名を取り戻してしまった事を知らぬ奏には、
彼女をどう呼べばいいか分からなかった。

奏「………っ!」

口を開きかけて、また止まる。

声を、かけられない。

名前を、呼べない。

どう呼べばいい?
何と呼べば、彼女の心に届く?

クレースト<奏様!? 奏様っ!>

困惑は思考を乱し、必死に呼びかける愛器の声にも気づけない。

リーネ「奏姉ちゃん!」

直上から響いた別の声――リーネの声に、ようやく奏は正気に返る。

そして気付く、真横から迫る超弩級の拳の存在。
442 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/05/17(木) 20:22:41.03 ID:5YAl2E/k0
奏(避けられない……!?)

距離とスピードを瞬時に把握し、奏は拳を受け止める体勢に入る。

ドラコーングラザー・リェーズヴィエ級の純粋魔力だけを込めた収束魔力刃を精製し、
盾代わりにするように構え、その刃の裏側に入る。

もう一度やれと言われても出来ないであろう、
命の危機に瀕したからこその絶妙な精製速度と精度だった。

直後、身の丈の十倍はあろうかと言う拳と収束魔力刃がぶつかり合う。

奏「っぅぁ……あぁぁっ!?」

受け止めた瞬間、刃を支える腕が軋むのを感じた。

間接が激痛を訴え、骨が悲鳴を上げる。

腕が粉微塵にならなかったのは、直前に身体強化が間に合ったからだが、
いっそ砕けた方がマシと言いたいくらいの衝撃だ。

奏はそのまま眼下の荒野に向けて弾き墜とされてしまう。

奏(体勢が……立て直せ、ない……!?)

衝撃が凄まじく、身体の自由が利かない。

クレーストも大出力の収束魔力刃を展開したばかりで、
緊急モードの起動に手間取っており、即座に魔導機人を召喚する事が出来ないでいた。

あわや大激突かと思われた瞬間――

メイ「カナ姉、無事!?」

リーネ「大丈夫、奏姉さん!?」

先ほど声をかけてくれたリーネと、駆け付けたメイがその身を受け止め、
間一髪で命拾いする。

奏「ご、ごめん……二人とも……ボクは、大丈夫……」

ようやく衝撃から立ち直れた奏は、苦しそうに礼を述べる。

二人のスピードでなければ間に合わなかっただろうし、
二人がかりでなければ衝撃を相殺し切れなかっただろう。
443 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/05/17(木) 20:23:34.81 ID:5YAl2E/k0
フラン『奏、動ける!?』

奏「う、うん………何とか」

心配そうなフランの声に、奏は衝撃でフラつく頭を振って意識をハッキリさせる。

ロロ『今、腕まで拘束範囲を広げるから、もう少し待って!』

続くロロの言葉と同時に、魔導機人に絡みつく蔦がさらに増え、数本が腕へと伸びる。

しかし、腕の動きは想像以上に複雑かつ強力で、
数本が絡んだだけでは簡単に引きちぎってしまう。

ロロ「も、もっと早く……もっと強く!」

ロロは両手を大樹の幹に押し当て、蔦の成長速度と操作速度を限界まで引き上げる。

魔力が高まり、彼女の周囲をオレンジ色の輝きが包む。

しかし、それが命取りだった。

レオノーラ『離してよ……っ。
      邪魔を、しないでよぉぉっ!』

自分を拘束する者の正体を知り、光を灯さぬ機人の瞳がロロの輝きを捕らえた。

怒りの叫びと共に、まだ腕に絡みつく蔦を引きちぎり、
上体を倒すようにして前方の樹海の中にいるロロ目掛けて拳を振り下ろす。

ロロ「あ……!?」

迫り来る拳に気付き、ロロは愕然とする。

フォート・デザルブル……は間に合わない。
今から操作内容を切り替え、強靱な幹の壁を作り出す余裕はない。

回避……も間に合うハズがない。
機動力には自信があるが、間に合う距離ではない。

メイやリーネの救助……も距離が離れすぎている。
しかも、この大樹海の中心まで直進ルートはない。

何より、この拳を止めるには物理干渉が可能な属性に変換された魔法か、
対物操作系魔法、或いは物理干渉レベルの強力な硬化特性の魔力で受け止める他ないだろう。

だが、肝心の物理干渉レベルの熱系変換が使える奏は、先ほどの衝撃でまだ身動きが取れない。

正に、万事休す。

幾本もの大樹を叩き割り、へし折り、超弩級の拳が迫る。

目を見開き、迫り来る死に恐怖するロロ。

だが――
444 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/05/17(木) 20:24:35.87 ID:5YAl2E/k0
???「ロロォッ!!」

上空から力強い、別の声が響く。

迫り来る超弩級の拳の前に……自分と拳との間に現れる、大小二十五の多重術式。
一つの巨大多重術式の周囲を覆う、二十四の多重術式。

そう、Aカテゴリクラスに在籍した、自分達の世代なら誰でも知っている。

術式から、物理干渉レベルの衝撃を伴った硬化魔力の超巨大鉄槌を生み出す、
強力無比の打撃系儀式魔法。

名をジガンディオマルッテロ。

だが、その術者たるエレナ・バレンシアはこの世に亡く、
ただ一人、この魔法を受け継いだ彼女の弟分だけが使う。

その弟分の名は――

ロロ「ざ、ザック……!」

目の前に降り立った青年の……愛する者の名を感極まって呼ぶロロ。

――アイザック・バーナード。

そして、彼が放つエレナ直伝の儀式魔法の名は――

ザック「ジャイアントォ………ハンッマアァァッ!!」

オリジナルと同じく、巨人の鉄槌――ジャイアントハンマー。

突き出された右腕から撃ち出された硬化魔力の大出力魔力砲撃が術式を撃ち抜き、
二十五の多重術式で増幅された最大範囲かつ最大威力の巨人の大鉄槌が、
正面から迫る超弩級の拳と真っ向からぶつかり合う。

ザック「押しっ、返せえぇっ!!」

裂帛の気合と共に魔力が増大し、巨大な硬化魔力の鉄槌が白銀の魔導機人の拳を押し返して行く。

レオノーラ『ぐぅ……っ!』

想像以上の力で抵抗され、白銀の魔導機人は仰け反ってしまう。

とりあえずの危機は凌げた。
445 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/05/17(木) 20:25:11.61 ID:5YAl2E/k0
ザック「っ……はぁぁ……ギリギリ、セーフだぜ……」

その様子を確認して、ザックは深く息をついた。

第六世代ギアの機能で術式展開速度が向上しているとは言え、
さすがに一瞬で二十五もの多重術式をセットするのは骨が折れたのだろう。

ザック「大丈夫か……ロロ?」

ザックは振り返り、恋人の無事を確認しようとする。

ロロ「ザックぅ……っ!」

だが、無事を確認するよりも早く、ロロがその胸に飛び込む。

ザック「っと……とりあえず、大丈夫そうだな?」

臨死の恐怖にまだ震える身体を受け止めながら、ザックは僅かに安堵したような声で言った。

震えるロロを落ち着かせようと、自由に動く右腕で彼女を抱きしめる。

ザックは未だ、ギプスで左腕を固定されていた。

南米の長期任務に出払っていた医療エージェント数名による集中治療で、
何とか骨が繋がり安静状態からは脱したが、まだ前線に出て良いレベルではなかった。

フラン『バカザック! アンタ、何でココに来てんのよ!?』

それを知ってか、フランが通信で怒鳴りつけて来る。

仲間の危機に間一髪で駆け付けたと言うのに、酷い言われようである。

リーネ『ザック兄さん、来てくれたんだ……』

メイ『ナイスタイミング、ザック兄っ!』

奏『ザック、動いて大丈夫なの?』

リーネ、メイ、奏と、銘々に声をかけて来る。

素直な妹分達の言葉は良い物だ。
446 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/05/17(木) 20:25:56.64 ID:5YAl2E/k0
だが、それでも腐れ縁の喧嘩仲間の言葉は辛辣だ。

フラン『ケガ人は全員、本部警戒任務でしょ!?』

ザック「うっせぇよ! はいはい、どーせケガ人の俺はオマケ扱いだよっ!」

ザックは苛ついたように切り返す。

いつもの売り言葉に買い言葉だ。

カーネル『やーい、オマケ、オマケ〜。オマケザック〜』

ザック「お前まで酷いな!?」

悪戯っ子な性格の愛器――カーネルの言葉に、さすがにザックも意気を挫かれる。

オマケ扱い――そう、ザックは殆どその言葉通りの扱いでこの場に来ていた。

それでも付いて来たのは、エレナやキャス達を守れず、
ただ一人生き残った汚名を雪ぐチャンスだと思ったからだ。

結果的に最大の危機に間に合い、雪辱は果たされた。

ロロ「オマケ……?」

ザックとカーネルの言葉を聞いたロロは顔を上げ、怪訝そうに聞き返す。

ザック「……傷つくから、あんまりオマケって言わないでくれ……」

カーネル『そうだぜ、ロロ!
     オマケはオマケでも、レアなオマケなんだからさ!』

ザック「お前は少し黙れ!」

ガックリと肩を落とした所への愛器による追撃に、ザックもさすがに怒声を上げる。
447 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/05/17(木) 20:26:38.25 ID:5YAl2E/k0
しかし、オマケと言うからには本命がいるハズだ。

ロロはザックの降って来た上空を見上げる。

時を同じくして、奏達他の四人も上空に視線を向けた。

日の昇った青い空に、薄桃色の輝きが広がる。

?「プティエトワール、グランリュヌ……
  フォーメーション・デュオッ、モデル・パンタグラムッ!」

響き渡る凜とした声。

そして、声と共に上空に描かれる、五角形に輝く光のライン。

ラインは一気に降下して、まだ仰け反った状態の白銀の魔導機人を囲む。

さらに、五角形それぞれの頂点から多重術式が放たれ、
魔導機人に衝突する寸前で弾けて無数に増殖する。

蔦から剥き出しになった白銀の魔導機人の上半身を、
薄桃色に輝く大量の術式を埋め尽くし、その身動きを封じる。

そう、この儀式魔法、もうお分かりだろう。

?「アルク・アン・シエル…………パンタグラム・ユニヴェール・リュミエェェルッ!!」

頂点五方向から一斉に虹の輝きが溢れ出し、術式で埋め尽くされた空間に流れ込む。

虹の輝きは術式に衝突すると、術式を砕いて拡散し、
拡散した方角でまた別の術式に衝突し、またその術式を砕いて拡散する。

術式の砕け散る音が、まるで無数の鈴が鳴り響くようにこだまして行く。

白銀の巨体が、眩い輝きに満たされる。

漏れ出た輝きが、周囲すら眩く照らし出す。

正に、地上に生まれたもう一つの太陽。

ユニヴェール・リュミエール――万物の輝きの名を冠する超絶無比の大威力砲撃。

しばらくして輝きが止むと、輝きの向こうから無傷のままの白銀の巨躯が現れる。

魔導巨神を消し飛ばした程の大威力砲撃を受けても、まだこの大巨人を倒すには至らない。

だが、その身体を覆っていた膨大な魔力の鎧は吹き飛ばされ、
剥き出しの鋼の身体が姿を見せていた。

白銀の魔導機人を囲っていた輝きのラインが消え、
その頂点の内の四つが、魔導機人正面の一点に向けて集まって行く。

そこにいたのは――
448 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/05/17(木) 20:27:17.49 ID:5YAl2E/k0


白銀の超弩級魔導巨神が現れる数時間前。
深夜、魔法倫理研究院本部、トレーニングルーム――

現在ここでは、リノによる結の魔力運用に関する再訓練が行われていた。

二人は真っ向から向き合い、結は汎用ギアを右手で後ろ手に構えて魔力障壁を作り出し、
リノはギアを使わずに素手の状態で魔力打撃を打ち込んでいる。

リノ「うん……随分と少ない魔力で障壁を張れるようになって来たね」

コーチングを申し出たリノが、結の作り出した障壁を軽く打撃しながら呟く。

結「は、はい……」

結は深く息を吐き、汗を拭いながら応えた。

今、結が取り組んでいる再訓練は、如何に少ない魔力で基本的な魔法を使うか、
と言う、ある意味初心者向けの内容であった。

これまでの結の魔力運用は、如何に大容量の魔力を制御、
運用するかと言う点に絞られて来た。

つい昨日――そろそろ一昨日になるが――までは無限だと思っていた自分の魔力も、
全周囲を他者の魔力に覆われると有限となると言う弱点を知ったからだ。

これは前線の、しかも拠点制圧を主任務とする保護エージェントの結にとっては致命的だった。

最大でSランク十人分の魔力を溜め込む事の出来る結ならば、早々問題になるような事態には見えない。

だが、結は“閃光変換以外の属性変換を使えない”と言う、これも致命的過ぎるデメリットを抱えている。

苦手とする乱反射系の結界を多用された時には、切り札のアルク・アン・シエルを使う他なく、
広域高密度の結界に囲まれていた場合にはそれだけで魔力欠乏でノックダウン確実だ。

そうならないために、Sランク十人分の魔力を最大限に活かすための持久戦技能を磨いている最中なのだ。
449 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/05/17(木) 20:28:03.83 ID:5YAl2E/k0
リノ「よし………じゃあ、次はちょっと本気で行くよ」

結「は、はいっ、お願いしますっ!」

涼やかな表情のリノの言葉に、結は気持ちを引き締める。

直後、リノは左手の指先に作り出した三つの十重術式を組み合わせ、
三十重の多重術式を生み出す。

術式展開にのみ集中した状態のリノが一瞬に、かつ一つの魔法に対して使える限界の多重術式だ。

結(来るっ!?)

半日前にサビオラベリントの展開を注視していた時のように、
どの術式が幾つ使われているか、などと安穏とはしていられない。

リノの本気の魔力打撃は、メイやザック、死んだエレナほどではないにせよ、
その破壊力は第一線の戦闘エージェントに匹敵する。

ギア<Warning!!>

汎用ギアが警告を発して来るが、そんな事は言われずともこの数時間で実感している。

結(紡錘形障壁! 打点をズラして威力を相殺!)

結は掌だけに発生させた魔力障壁の形状を調整し、
真っ向からやって来るリノの打撃に備える。

目論見通り、結の魔力障壁はリノの打撃をいなして事なきを得る。

上出来な結果に思わず安堵する結だったが、そんな彼女に対するリノの評価は違った。

リノ「まだ展開速度が遅いね。

   コレは訓練だからいいけれど、僕よりも早い魔導師は五万と居るんだ。
   もっと早く障壁を展開できるようにしなければ、実戦では通用しないよ」

結「は、はい!」

辛辣なリノの言葉に、結は悔しさと反省の入り交じった声で応える。
450 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/05/17(木) 20:28:39.46 ID:5YAl2E/k0
幼い頃のたった二日、適正確認と基礎の基礎だけを見てくれた“優しいお兄さん”ではない、
“厳しい教官”のリノと初めて向き合って、結は改めて“英雄・バレンシア”の名の重さを思い知らされていた。

リノは如何に少ない魔力で最大限の破壊力を生み出すかに関しては、
正にトップクラスの才覚を持つ魔導師だ。

一般人と大差のない矮小な魔力で、AランクやSランクに匹敵する魔法を扱う。

普通の魔導師が千の魔力で使う魔法を、
一の魔力で成し遂げるのがリノの魔力運用の真骨頂だ。

今の魔力打撃も術式無しの状態ならば、
魔力が込められていたのかも分からないほどの省エネならぬ省魔力打撃だ。

そして、常人ならば作るだけれでも丸一日がかり、
或いは全魔力を一瞬で消費し尽くしてしまうであろう多量の多重術式を、
ごく僅かな魔力で一瞬で作り出すことが出来る。

第六世代ギアの目玉とも言える瞬間的な多重術式の展開を補助する機能は、
リノの能力を再現した物と言っても過言ではないだろう。

リノは世間の悪評に対する反骨精神と言う、ある種のセンチメンタリズムからその域に達した。

今後、ギアの技術発展次第でそこまで行く事は出来るだろうが、
それでも生身の人間が到達できるおそらくは限界の領域だ。

そんなリノの最大の弱点と言えば――

リノ「ふぅ……少し休憩しようか?」

――持って生まれた魔力の総量の少なさ故の、絶対的な持久時間の短さだった。

結「は、はい……」

結は大きくを息を吐いて頷いた。

今は無制限の魔力が使える状態とは言え、繊細な魔力運用を要求される今回の訓練に於いて、
リノのような手練れと手合わせするのは、やはり多少なりとも神経をすり減らす物である。
451 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/05/17(木) 20:29:15.36 ID:5YAl2E/k0
結とリノは近くのトレーニングルーム端のベンチに腰を下ろす。

リノ「大分、Aランクなりの魔力運用になっては来たかな……」

結「今までのツケですね……あははは……」

思案気味に言ったリノに、結は乾いた力ない笑みを交えて返した。

そう、コレは今までのツケに他ならない。

今までは魔力を無制限と思い込み、きめ細かな魔力運用を半ば軽視するように戦って来たのだ。

それは反省すべき点であると、結は自覚していた。

だが――

リノ「ああ……誤解しないで欲しいんだけれど、結さんの実力は文句なく、
   いつSランクになっても問題ないレベルだ。

   推薦人としてそれだけは自信を持って言える」

リノはそんな結の自責を遮るように言って、さらに続ける。

リノ「咄嗟の際の決断力……判断力も重要だけれど、
   判断するだけで選び取る決断力が欠けるのはダメだからね。

   そして、大胆な戦術運用……見聞きした戦術の中から、
   最大効率の物を選び取る能力は流石だ」

結「決断力と大胆な戦術運用……」

リノが感慨深く呟くと、結はでそれを反芻する。
452 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/05/17(木) 20:29:46.45 ID:5YAl2E/k0
しかし、ふと気付く。

結「………それって、大雑把に言えば直感頼りの猪突猛進って事ですか?」

リノ「ああ、確かに……そうとも言うね」

気まずそうに尋ねた唯に、リノは苦笑いを浮かべて応える他なかった。

結はガックリと肩を落とし、深く溜息を漏らした。

リノ「でも、僕は猪突猛進を悪いとは思わないよ。
   子供の頃から、君のその一途さが多くの人を救って来たんだから……」

リノは知る限りの結の道程を思い、また感慨深く呟いた。

結「ありがとう、ございます……」

結は唐突に照れ臭くなって、俯き加減で応えた。

仕事絡みで賞賛を浴びる事は多かったが、
性格の事で異性から褒められる経験はあまりないので気恥ずかしい。

リノ「………さぁ、そろそろ訓練再開と行こうか」

リノは結の様子を微笑ましそうに見遣りながら、そう言って立ち上がった。

結「あ、はい! お願いします!」

結も気を取り直し、リノに続いて立ち上がる。

その時だった。

人の気配を感じ、結はトレーニングルームの入口に視線を向けた。

こんな深夜、しかも研究院全体が一大事だと言う時に、
自分達以外でトレーニングルームを使う者などいるのだろうか?
453 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/05/17(木) 20:30:32.35 ID:5YAl2E/k0
そんな疑問の答えも、気配の正体もすぐに分かった。

結「アレックス君!?」

アレックス「お待たせしました……結君」

そこにいたのは、ややフラフラとした足取りのアレックスだった。

結はすぐにアレックスの元に駆け寄る。

リノ「エージェント・フィッツジェラルド、フラフラじゃないか?」

リノもその様子に気付いて心配そうに歩み寄った。

アレックス「い、いえ、大丈夫……」

ヴェステージ『大丈夫ではないのである。
       さすがにアレから不眠不休はさすがに我が輩もどうかと思うのである』

小さく頭を振りながら強がるアレックスの言葉を遮るように、
ヴェステージが共有回線を開いて口を挟んで来る。

アレックス「う゛ぇ、ヴェステージ……!」

アレックスは余計な事は言うなと言わんばかりに、小脇に抱えていたヴェステージを後ろ手にするが、
共有回線はあくまでギアを経由した思念通話ネットワークのようなものなので、その程度で遮れる物ではない。

ヴェステージ『ただでさえ、後処理や引っ越し作業で休みが少ない中、
       不眠不休は身体に毒なのである』

アレックス「ああっ、もう、お前は!?」

主の静止も聞かず、ヴェステージはクドクドと説教を始める。

ヴェステージ『結からも我が主に言って欲しいのである』

結「あ、えっと……」

急に話題を振られ、結は困惑気味に漏らす。
454 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/05/17(木) 20:31:14.44 ID:5YAl2E/k0
ヴェステージ『さすがの我が主も、結から言って聞かせ――』

アレックス「……いいからっ、お前は少し黙っていてくれっ」

アレックスは強制的に共有回線を遮断すると、白衣の内側に設けたポケット内に押し込める。

おそらくは今頃、アレックスの思考内にはヴェステージの文句と説教が駄々流し状態だろう。

しかし、アレックスは小さく咳払いした後、白衣のポケットから黒塗りのケースを取り出す。

アレックス「お待たせしました。エールとプティエトワール……。
      それとV型……グランリュヌの調整が終わりました」

アレックスが言いながらケースの蓋を開けると、
その中には待機状態のエールとプティエトワール、そして見慣れないギアがあった。

結「グランリュヌ?」

怪訝そうに聞き返した結だったが、
アレックスの言葉からこの見慣れないギアこそがグランリュヌである事は察していた。

三日月を摸したチャームのような形で、
チェーンブレスレット状のプティエトワールに繋がれている。

アレックス「奏君のスニェークと同時進行で、ほぼ完成済みだったんですが……。
      例の対策用に新しいシステムを組み込むのに時間がかかってしまいました」

おそらく、まだヴェステージからの説教が続いているのだろう、
アレックスは頻りにヴェステージをしまい込んだ内ポケットに視線を向けながら言い、
眠気を振り払うように頭を振ってさらに続ける。

どうやら不眠不休と言うのは本当のようで、
一昨日の襲撃から仮眠ばかりでまともな睡眠も取っていないのだろう。

いや、考えてみれば十日前からまともな休みなどなかったのではなかろうか?

あの日、ロロと遅めの朝食を食べていた所に現れたアレックスは、
寮に戻った理由も“必要な物を取りに来ただけ”と言っていたし、
先日のエレナ達の合同葬に顔を出せなかった事から考えても、
エージェント大量惨殺事件の発覚と翌日の逮捕劇以降にまとまった休日があったとは思えない。

エージェント隊が抱える万年人手不足の事もあったかもしれないが、
アレックスの尽力を思うと、逆に自分がどれだけ“自分の事”で精一杯になっていたのかを思い知らされ、
またそんな中でも気をかけてくれていた事が有り難かった。
455 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/05/17(木) 20:31:51.66 ID:5YAl2E/k0
アレックス「詳しい機能や、仕様については……、エールから、聞いて…下さい……」

ついにフラフラとし始めたアレックスは、そこまで言い切ると、
やり遂げたような顔を浮かべ、まるで糸の切れた人形のようにやや前のめりに崩れ落ちた。

結「あ、アレックス君!? ちょ、ちょっと大丈夫!?」

結は慌ててアレックスを支えると、軽く揺り動かして意識の有無を確認する。

だが――

アレックス「すぅ………すぅ………」

聞こえて来たのは安らかな寝息だった。

そして、アレックスと接触した事でヴェステージとも回線が繋がる。

ヴェステージ<こんな所で寝てどうするのである。起きるのである、我が主よ>

ヴェステージはアレックスを起こそう声を掛けているが、
最早、彼は精根尽き果て、多少の事では起きそうになかった。

結「………アレックス君……」

こんなになるまで……限界まで全力を尽くしてくれた友人の名を、結は感慨深く呟く。

リノ「お疲れ様、エージェント・フィッツジェラルド……」

リノはアレックスの手からこぼれ落ちそうになっているケースを手に取ると、
結の手にソレを預けてアレックスを引き受ける。

そして、顔色や呼吸を窺う。

リノ「うん……かなり疲れてはいるようだけど、呼吸も落ち着いているし、
   しっかりと休めば身体に不調を来すような状態ではないみたいだね」

リノの言葉に、結は胸を撫で下ろす。

そして、安堵した事でつい数秒前まで、
目の前の少年と身体を密着させていた事を思い出し、思わず頬を紅潮させてしまう。

結は両手で軽く頬を叩いて、その紅潮を誤魔化そうとする。
456 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/05/17(木) 20:32:41.61 ID:5YAl2E/k0
だが、リノは気付いていて敢えてそれを気にした様子もなく口を開く。

リノ「さて、と……。
   じゃあ、彼を寮まで送り届けたら早速、新しいギアのテストをしようか?」

結「……はい!」

結はケースの中から愛器達を取り出すと、リノの提案に大きく頷いて応える。

倒れるまで頑張ってくれたアレックスの仕事を疑うワケではないが、
今はとにかくテストと最終調整を済ませて、すぐに現場に復帰しなければならない。

このまま、何もせずに事件が解決してしまったとなっては、
自分はきっと、いつまでもその事を引きずり続けてしまうだろう。

そしてきっと、これから助ける子供達を心の何処かで“クリスの代わり”と考えてしまう。

そうなれば遠からず、自己嫌悪で潰れてしまうだろう。

そんな結の悩みを知ってか知らずか、
リノはアレックスを背負うと、彼の白衣の内ポケットからヴェステージを取り出す。

リノ「ヴェステージ……案件D16の公開情報はあるかい?」

ヴェステージ『作業と並行して、しっかりと調べてあるのである。
       ………お陰で我が輩はサポートも出来ず……』

リノの問いかけにヴェステージは共有回線を開き、愚痴混じりに答える。

しかし、気を取り直して報告を始める。

ヴェステージ『候補生のフィリーネを加え、フランチェスカ達突入部隊は四時間前に本部を出立しているのである。
       途中、アジスアベバを経由して三時間の休憩と補給、それに明風と合流し、
       トゥルカナ湖々畔の魔導巨神遺跡へと向かうスケジュールが提出されているのである』

リノ「ふむ……エチオピア南部となると、突入部隊が現地に到着するのは今日の夜明け頃か……」

歩きながら報告を聞いたリノは、思案顔で漏らす。
457 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/05/17(木) 20:33:46.04 ID:5YAl2E/k0
結「………」

事件の解決に向かう進捗を聞きながら、結は焦りにも似た感覚を覚える。

フラン、奏、ロロ、メイ、さらにリーネの五名。

研究院でも指折り……と言うのは些か過大評価かもしれないが、
それでもこの五名が揃えば大概の状況は覆してしまえるだろう。

だとすれば、到着と同時に事件は解決する。

不謹慎な言い方だが、そうなればもうこの事件に関わる事はもう不可能だ。

この時点では魔導巨神遺跡本体――超弩級の魔導機人の事はまだ知られておらず、
結の懸念も無理からぬ事だった。

結(エチオピアまで……とにかく全力で飛べば五時間……)

結は黙考しながらケースから取り出した愛器達を身につける。

エール<結。仕様マニュアルをすぐ読むかい?>

結<うん、思考処理とマルチタスクでお願い……>

早速のエールの提案に答えながらも、結は考え続ける。

エールの思念通話機能を通して流れ込む新補助魔導ギア――
グランリュヌのマニュアルを確認しつつも、結はこれからの予定を組み立てる。

テストにかかる時間はどのくらいだろう?

一時間か、二時間か……何にしてもテストに掛ける時間が長ければ長いほど、
自分が現場に到着した頃には事件は解決している可能性は高い。

事件解決の功績などいらない。

ただ現場で、この事件の解決に……クリスの救出に携わりたい。

これからも、プロのエージェントとして現場に立ち続けるために。

それが結の一番の望みだった。

結はおそらくはもう関わる事の出来ないであろう事件を、
もしかしたら恐ろしい思いをしているかもしれないクリスの事を思い、悔しそうに目を瞑る。

その時である――
458 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/05/17(木) 20:34:18.36 ID:5YAl2E/k0
リノ「じゃあ………ケニヤまでギアの動作テストに行こうか? 今すぐに」

結「へ……?」

リノの何の気無しを装った提案に、結は思わず素っ頓狂な声で聞き返してしまった。

リノ「いや、本部や欧州は色々と立て込んでいるし、
   まさか現場のエチオピアでテストするワケにもいかないからね……。

   隣の国でテストするなら、誰も文句はないだろう?」

結「………………り、リノさん?」

飄々とした様子で言ったリノの言葉に、結は唖然としてしまった。

ケニヤはエチオピアの真南の隣国、つまり、トゥルカナ湖を含むアフリカ中部の国の一つだ。

ケニヤに行く、と言う事はつまり、
そのほぼ全てが領内に含まれるトゥルカナ湖に行くと、暗に公言してしまっているような物である。

しかし、そんなバレバレのスケジュールを提出しても、すぐに却下されてしまうだろう。

結はそこまで考えて、小さく溜息を漏らした。

だが、結がそこまで考えるのは、リノにも計算の内である。

リノ「総合戦技教導隊の責任者の中で、出向扱いとは言え僕だけ専任だからね。
   ……多少の無理は通せるよ」

結「ああ……」

リノの言葉に、結は納得とも呆れとも取れる声を上げてしまった。

確かに、総合戦技教導隊は第七世代ギア開発に関わっている事もあって、
研究院内でも重要度の高い部署だ。

しかも、結が今からテストするグランリュヌは第七世代ギア開発チーム所属のアレックスの謹製であり、
第七世代で使われる予定の大容量魔力コンデンサも搭載されている。
459 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/05/17(木) 20:34:58.58 ID:5YAl2E/k0
リノ「僕らは第七世代ギア開発に向けたテストのために、ケニヤに行くんだ」

リノは“テストのため”と“ケニヤ”の部分を敢えて強調して言った。

結「そ、そうですね……」

結は思わず納得して返してしまい、そこでようやく思い知った。

嗚呼、そうだ、この人はこう言う人だった。

忘れもしない、あの九歳の誕生日の夜、
魔導巨神に対抗するためと言う口実で、自分やキャスリン達を戦力に組み込んだのだ。

無理矢理に研究院の協力者として名乗り出た自分も大概だったが、
エレナが頭を抱えてヤケになった気持ちも今なら分かる。

結(リノさん……強引と言うか、無茶苦茶だ……)

成る程、この無茶苦茶な理論から来る行動力と決断力が数々の事件を解決し、
二度の世界的な危機を救い、英雄と呼ばれる至る原動力となったのだろう。

リノ「さて……そうと決まれば、結さんのテストの相手も探さないとね」

まだ“そう”と決まったワケではないが、リノはこの案で押し通すつもりなのうだろう。

テストの相手――つまり、あと一人、現場に引っ張り出すつもりなのだ。

探すとは言っているが、その何かを思いついたような目を見るに、
リノの言う所の“テストの相手(仮)”は既に決まっているのだろう。

エール<彼も災難だね……>

二人のやり取り……と言うか、リノの言い分を聞いていたエールも、
おそらく自分と同じ相手を“テストの相手(仮)”に思い浮かべたのだろう、
彼にしては珍しく呆れたような口調だ。

責任問題、上司からの追求、謹慎、etc、etc……。

子供の頃は考えなくても良かったプロとしての、
いわゆる“大人の責任”と言う物がのし掛かって来る感覚に、結は眩暈を覚えた。

結(………エレナさん………何だか……ごめんなさい)

そんな眩暈の中、今の自分ときっと同じ立場であった亡き師に、
結は遅くなった謝罪をせずにいられなかった。
460 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/05/17(木) 20:35:44.13 ID:5YAl2E/k0
それから五時間後――

結はその後のやり取りを思い出す。

結論を言うとリノは既に、捜査エージェント隊総隊長であるラルフへの根回しを済ませていた。

既に対策が完了したと言う言葉を聞かされ、さすがに驚いた様子のラルフだったが、
“テスト”のためのケニヤ行きは、第七世代ギア開発にも関わると言う事であっさりと承認された。

そのまま“テスト相手(仮)”として選ばれていた――さすがにコチラは極秘だった――ザックと合流、
エールのレベル3形態の全速力で“テスト”に向かう途中、本部経由の緊急要請を受けた。

もう“テスト”などと言う韜晦も必要なくなり、正式な応援勢力として結達はトゥルカナ湖へと向かったのだ。


そして、今、眼下には白銀の巨大魔導機人が鎮座している。

悪夢――過去の記憶――の中で、自分【僕】を握りつぶした白銀の魔導機人。

あの中にクリスがいる。

その事を、結は直感的に感じ取っていた。

そう、過去の記憶の中で自分【僕】が愛した……最愛の妹があの白銀の魔導機人を駆ったように。

きっとクリスも、何か理由があって、あの魔導機人を動かしているに違いない、と。

結は魔導機人エールの背から長杖を引き抜き、
展開していたダイレクトリンク魔導砲を解除すると、その前に進み出た。

リノ「やれやれ……短時間とは言え、ずっと背中に張り付いているのは堪えるね……」

するとエールの背後からリノが顔を出し、その肩の上に立つ。

結「今度こそ、助けに来たよ……」

そんなリノを後目に、結は努めて平静な声で呟く。

主の声に応えるかのように、
星形のギア――プティエトワールとそれよりも大型な三日月型のギア――グランリュヌが、光背の如く結の背に収まる。

結「……クリスッ!」

決意の篭もった声で、結はその名を叫んだ。
461 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/05/17(木) 20:36:29.36 ID:5YAl2E/k0


奏『結!?』

リーネ『結姉ちゃん!?』

メイ『うそっ、結にエージェント・バレンシアまで!?』

フラン『な、何でお義兄さんまで来てるの!?』

奏、リーネ、メイ、フランが口々に驚きの声を上げる。

ロロなど、来れるハズもなかったザックに加えて、
予想外の援軍の登場に口を開けて呆けている。

結「みんな………お待たせっ!」

結は笑みを浮かべて叫ぶ。

リノ「エージェント・カンナヴァーロ。
   こちら総合戦技教導隊所属、リノ・バレンシア。

   偶然にも近傍での新型ギア起動テスト中だったが、
   本部経由の救援要請を受けて駆け付けた」
 リノは半ば棒読み加減に現状を報告する。

一応、形式上は韜晦は続けなければならない、と言う事だろう。

フラン『ああ……そう言う事ですか』

通信越しに、ガックリと項垂れている様子が見て取れるほど疲れ果てた声音が、
フランから返って来た。
462 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/05/17(木) 20:37:05.55 ID:5YAl2E/k0
だが、気を取り直したのかような気合を入れる
“こうなったら、破れかぶれ、願ったり叶ったり!”と言う言葉が聞こえ、彼女はさらに続ける。

フラン『ご協力に感謝します、エージェント・バレンシア』

状況が状況だ、使える戦力は即座に取り入れなければならない。

リノ「いい返事だね、フラン」

リノ『アハハハ……ありがとうございます、お義兄さん』

亡き従姉の夫――自分からしてみれば兄貴分とも言える大先輩の言葉に、フランは苦笑いで応えた。

これでもう、書類上は何ら問題はない。

ギア――グランリュヌの起動テストも“今し方”終了した所だ。

結の前線出撃禁止は、今をもって完全に解除された。

リノ「一応、ランク上は先任だから指揮権所有者は僕になるけれど、
   基本的に指揮は君に任せたい。いいね?」

フラン『………はい、それでお願いします』

リノの提案に、フランは僅かな間を置いてから応える。

結の件に関しては問題ないが、ザックがこの場にいるのはマズいと言う事には変わりない。

指揮権の所有者は、そのまま部隊の責任者と言う事だ。

そうなればザックがこの場にいる事に関しての責任も、指揮権の所有者が負う事になる。

故にリノは、それまでの経歴からも“多少のやんちゃ”が多かった自分が責任を負う形を取りつつも、
フランの指揮官としての仕事を奪う事はしなかったのだ。

言うなれば、後輩への心遣い。

フランの返答が遅れたのは、その心遣いを思っての事だった。

責任者はリノ、指揮官はフランと言う、何とも座りの悪い編成となってしまったが、
戦力がアップした事には変わりない。
463 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/05/17(木) 20:37:52.00 ID:5YAl2E/k0
フラン『じゃあ、ザックはそのままロロの直衛をお願い!
    ケガ人なんだから、あんまり動き過ぎるんじゃないわよ!』

ザック『おぅ、分かってらぁ!』

フランの指示に、ザックは力強く応える。

喧嘩仲間でも仲間は仲間、腐れ縁でも縁は縁。

一応は見せてくれた気遣いよりも、彼女の尊敬するエレナを守れなかった自分を責めもせず、
新たに仲間を守る指示を与えてくれた幼馴染みの、共に抱く悲しみよりも、
その背に負った責任とプライドを尊重してくれた心意気に、ザックは素直に感謝の念を抱いていた。

フラン『結は……!』

結「フラン!」

指示を出そうとしたフランの声を、結は遮る。

結「……いえ、カンナヴァーロ隊長」

そして、フランが押し黙った事で敢えて言い直し、さらに続ける。

結「これより敵性魔導機人内部への突入し、保護対象者を直接確保、
  並びに捕縛対象者の確保を進言します!」

フラン『ちょ、直接あの魔導機人の中に入ろうって言うの?』

結の進言に、フランは驚いたような声を上げる。

確かに、あの巨大な魔導機人だ。

増援が到着した所で、どこまでの戦果が期待できるか分かった物ではない。

いくら無制限の魔力が使える結とは言え、
質量任せの物理攻撃が相手ではその重装甲を活かせるかも不確かだ。

だとすれば、内部に突入して短期決戦も一つの手だろう。
464 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/05/17(木) 20:38:28.12 ID:5YAl2E/k0
フラン(………どうする? このまま持久戦を続ける?
    それとも短期決戦で決着を着ける?)

フランは逡巡する。

内部がどうなっているか分からない以上、突入は危険だ。

だが、これ以上の長期戦は難しいだろう。

奏も回復を進めているが、一撃であのダメージだ。

ならば一か八か、長時間に渡ってペース配分を考えて戦い抜くのではなく、
短時間を全力で戦い抜いた方が勝率も生存確率も高いだろう。

だとすれば、後は突入メンバーだ。

内部の状況が分からない以上、通信が途絶する可能性を考慮に入れたら、
指揮官である自分は突入できないだろう。

戦略上、魔導機人を足止め出来るロロと、彼女の護衛を務めるザックも動かせない。

潜入スキルを考えればメイ、臨機応変な対応力を考えればリーネとリノだ。

しかし、あまり外での戦闘メンバーは減らせない。

どんなに多くても二人までが限度だ。

フラン(内部での指揮能力を考えたら、
    突入メンバーにお義兄さんは欠かせない……。

    となると、あと一人……)

メンバーの選定に悩むフラン。

奏『突入するなら、ボクが、行くよ……』

そんなフランの悩みを知ってか知らずか、奏がメンバーに立候補する。

しかし、その声はまだダメージが深い事を感じさせる。
465 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/05/17(木) 20:39:16.69 ID:5YAl2E/k0
フラン『奏はダメよ! さっき殴られたダメージが残ってるでしょ?

    内部でどんな戦闘が起きるか分からない以上、
    ダメージの残ってるあなたを突入させられないわ!』

フランは奏の状態を見抜き、その立候補を却下する。

だが、それを分かっていたかのように、結は意を決して頷くと、口を開いた。

結「フラン……私が行く!」

フラン『結が!?
    ………例の魔力減少……対策は出来てるんでしょうね?』

最初は驚いたフランだったが、思い直して尋ねる。

まだフラン達は、結が原因を突き止め、二つの対策を施して来た事を知らない。

結「うん。

  アレックス君が用意してくれたグランリュヌ……。
  魔力影響下への突入作戦なら、これ以上ないくらいの対策方法だよ」

結は熟読したマニュアルを思い返しながら、自信ありげに返した。

アレックスが不眠不休で用意してくれたグランリュヌ。

それは結の魔力特性を活かした、
双方向魔力蓄積システムを搭載した大容量魔力コンデンサだった。

結の最大魔力量であるSランク十人分の魔力を、グランリュヌの一つ一つが蓄積可能であり、
結の判断に応じてその蓄積魔力を自身に取り込む事が出来る。

言わば増設型燃料タンク……魔力のプロペラントタンクだ。

それが四つ。

自分自身が全開状態まで魔力を取り込めば、Sランク五十人分。

単純計算だが、アルク・アン・シエルやそれに派生する魔法、
或いは同レベルの破壊力を持つ魔法が五発分まで使える。

通常戦闘ならば消耗を抑える事も出来るし、
何より、その持久力を高める再訓練も、ごく短時間だが行った。

あの再訓練の感覚も、まだ身体に残っている。

それに十二器のプティエトワールにも限界まで魔力をチャージすれば、
単純にSランク六十二人分の魔力を内部に持ち込める。

今までのように無制限の連発は出来ないが、
仮に魔力を蓄積できない状況に置かれても、突入するには十分過ぎる魔力だろう。
466 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/05/17(木) 20:40:08.14 ID:5YAl2E/k0
しかし――

奏『ダメだよ……結。約束、したでしょ?
  クリスは、ボクが助けるから、って』

奏が悔しささえ滲む声で、結を諫める。

結は頷いて、口を開く。

結「うん……約束した」

奏『だったら……!?』

結の同意の言葉に、奏は苛立ちにも似た声で問い詰める。

約束をしたのだから、守らなければいけない。

そして、それを結が承諾しているならば尚更だ。

だが、結は小さく頭を振って続ける。

結「子供の頃の約束……覚えてるよね?」

奏『子供の頃の、約束……?』

問いかける結に、奏は怪訝そうに聞き返す。

結「泣いてる子達は、私が助けて、奏ちゃんが受け止める………」

結は静かに応える。

やや内容は端折られているが、それは結が十歳の誕生日を迎えた日――
あの転入の日の戦技疲労会の後に交わした、夢の約束だ。

保護エージェントと更正教育官。

泣いている子供を結が助け、奏が笑顔を取り戻させる。

結「最初に約束を破ちゃったのは私だから………。
  だから今度こそ、絶対に奏ちゃんの所まで、クリスを連れ戻す!」

そう言い切った結の声は、強い決意に満ちていた。

そして、笑顔で続ける。

結「だから、戻って来たクリスを、笑顔で受け止めてあげて」

奏『結………』

優しい声音に決意を込めた親友の名を、奏は感慨深く呟く。

先に約束を、“絶対に泣かせない”と言う誓いを破ったのは自分だった。

だが、それでも結は“助けられなかった自分”の罪を譲らないだろう。

こうなった結は猪突猛進、頑固な暴走娘だ。

だがしかし、そんな結に助けられた自分だからこそ、今の結は誰よりも信じられる。

どんな無茶も押し通し、どんな強大な相手も打ち倒して進む。

しかもその背中を、今はこの場にいないアレックスが押してくれている。
467 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/05/17(木) 20:40:55.34 ID:5YAl2E/k0
フラン『決まりね……突入メンバーはエージェント・譲羽とエージェント・バレンシア!
    お義兄さん、突入班の指揮、お願いします!』

リノ「了解だ。
   僕だと、この巨体相手には戦いようが無いからね」

フランの指示を聞き、リノは溜息を混じえて応えた。

リノだけでなく、おそらくこの超弩級魔導機人を相手に戦える者など先ずいないだろう。

ザック『おいっ、動き出したぞ!』

やや緊張の緩み始めた一同の間に、ザックの声で緊張の糸が張り詰める。

ザックの攻撃で仰け反り、続く結の追撃で一時的にその動きを止めていた白銀の魔導機人が、
もう衝撃から回復していた。

ザックのジャイアントハンマーは、硬化特性こそエレナのオリジナルに劣るが、
それでも物理打撃力で言えば研究院でも間違いなくトップクラスの魔法だろう。

結の放ったパンタグラム・ユニヴェール・リュミエールも、
五発のユニヴェール・リュミエールの相乗効果で甚大な――恐らくはSランク百人分に匹敵する――破壊力を生んでいた。

その大威力儀式魔法の二連発を受けても、この超弩級の魔導機人を相手には僅か数分の機能停止で精一杯のようだ。

だが、幸いにも装甲表面を覆う魔力が回復した様子はない。

おそらくは一度に強力な衝撃と魔力を受けた事で機能不全を起こしているのだろう。

一時的な物か恒常的な物かは分からないが、今ならば攻撃が通る可能性が高い。

フラン『これなら魔力弾も効果がありそうね……。
    リーネ! 支援砲撃行くよ!』

リーネ『はいっ、フラン姉さん!』

フランの指示で、リーネは再び上空高くへと舞い上がり、正面と頭上からの砲撃が再開される。

フラン『メイは引き続き接近戦と近距離射撃で牽制!
    奏は十分に動けるようになるまで中距離で支援砲撃を!』

メイ『了解、フラン姉っ!』

奏『ボクはもう大丈夫……。
  さすがにメイ一人だけに前衛を任せきりにできないよ』

続く前衛組――メイと奏も、それぞれに応えて戦線に復帰した。
468 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/05/17(木) 20:42:03.40 ID:5YAl2E/k0
フラン『突入部隊、突入方法は任せます!』

結「了解!」

結も指示に応え、リノを乗せたエールと共に魔導機人の後方に回り込む。

結(やっぱり……後部に突入できそうな装甲の薄い場所がある)

結の視線は、背面装甲の継ぎ目――背中と腰と境目へと注がれていた。

さすがは四〇〇メートル級の巨体だ。

可動部の余裕も、隙間と言うには大きな物になっている。

戦国時代の甲冑や中世のプレートメイルも、
部位同士が接触し、干渉してしまう関節部には相応の余裕が作られていた。

これだけの巨体なのだから、可動の際の干渉範囲も大きいのだろう。

魔導機人を召喚したままでも、十分にあの隙間には入れそうだ。

この魔導機人を実際に目の当たりにしてからと言うもの、妙に頭の中がクリアに感じる。

別に記憶が混乱していたとか言う事はないのだが、
今まで存在すら知らなかった知識へのアクセスが可能になったような、
言い表しがたい奇妙な感覚だ。

恐らくは、母を通じて自分に受け継がれた魔導巨神の記憶。

あの夢も間違いなく、自らに流れる魔導巨神の血が見せた物だろう。

哀しい記憶も、優しい記憶も、凄惨な記憶もおそらくは、
執念、妄執、後悔……そんな種々の思いが見せたのだ。

だが、おそらく自分は、自らの血が見せた記憶の“意味”に応える事は出来ない。

結(……今は突入する事に集中しなくちゃ)

結は小さく頭を振って気を取り直すと、
樹海の上空スレスレの位置を滑るように飛翔し、背中と腰の隙間に入り込んだ。

本来ならば近寄る事すら出来ない場所だったろうが、
ロロがジャルダン・デュ・パラディの拘束で足止めをしてくれていたお陰もあり、
難なく侵入する事が出来た。
469 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/05/17(木) 20:42:51.63 ID:5YAl2E/k0
リノ「なるほど……ここからなら侵入出来そうだね」

リノは周囲を見渡しながら、感嘆混じりに呟いた。

予想通りと言うべきか、装甲の隙間の奥にあったのは他に比べて脆そうな構造だった。

おそらくは変形時の可動機構も兼ねているのだろう。

シャフトのような構造が幾つも見えており、
その隙間の奥には見るからに脆そうな構造材も見える。

魔導機人のエールは通れないが、大人でも十分な余裕を持って立ち入れるほどの隙間だ。

結は魔導機人を消すと、リノと共に奥へと進む。

リノ「魔力の干渉度はどうだい?」

エール『ここまで来ると、さすがに魔力干渉が激しいね。
    外部からの魔力供給はもう無理だ』

リノの質問に、エールが共有回線で答える。

まだ完全に内部に突入できたワケではないが、位置が位置だ。

魔導巨神の時のように、魔力障壁を全開にした所で
干渉範囲外に自身の魔力を伸ばす事は出来ないだろう。

結「でも、プティエトワールもグランリュヌも魔力は満タンです。
  勿論、私自身も」

結は落ち着き払った声音で静かに呟く。
470 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/05/17(木) 20:43:41.35 ID:5YAl2E/k0
相手の魔力に干渉される……つまり、
魔力吸収を阻害される状態になるギリギリまで魔力は吸収されていた。

飛行と現在も作り出している障壁にやや魔力を使ってはいたが、
それでも満タンと言っても偽りのない量の魔力が結の身体と、
そしてアレックスの準備してくれたギアに満ちている。

Sランクの魔導師に換算して、おおよそ六十人分。

アルク・アン・シエルならば六発分の魔力。

九歳の頃、魔導巨神となったグンナーと戦い、
奏を助けた時に使った魔力量に比べればやや少ない。

万が一、シルヴィアのように乱反射系結界を使う魔導師が、
それも彼女以上の実力者が現れたら、恐らく勝てるギリギリの魔力量だろう。

まあ、本来は“勝てるハズのない”相性の魔法だ。

たとえギリギリでも、勝てるならば御の字だ。

結は冷静に、予測できる限りの戦術をシミュレートする。

緊急脱出のためには、最低でもグランリュヌにチャージされている魔力を一つ分――
アルク・アン・シエル一発分の魔力は温存しておきたいだろう。

結(クリスかトリスタンを見付けるまでは、
  プティエトワールだけで戦おう……。

  うん、大丈夫……行ける)

リノとの再訓練を思い出しながら、結は心中で頷いた。
471 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/05/17(木) 20:44:22.39 ID:5YAl2E/k0
すると――

リノ「うん……ここだけ特別に装甲が薄いね」

壁面を叩きながら調査していたリノが頷きながら呟いた。

リノが他の場所も叩いてみせるが、その部分だけあからさまに音の種類が違う。

結「下がってください。私が破ります」

結の言葉に従い、リノは彼女よりも半歩後ろに下がる。

結は光背状になったプティエトワールの一器を分離させ、
リノが調べ上げた壁面に向けてその砲口を向け、魔力弾を放つ。

するとその壁面周辺が長方形状に吹き飛び、内部に通じる入口が顔を見せた。

リノ「どうやら整備用か何かの通用口だったみたいだね……」

リノは内部に広がる通路を見ながら、そんな感想を漏らした。

救援要請である程度の情報は聞かされていたが、
人型機動兵器と言うよりは、確かに船の類のようだと見て取れた。

リノ「右か……左か……」

そして、左右に伸びる通路を交互に見遣る。

どちらもかなり長い。

それもそうだろう。

この魔導機人の腰幅自体が六〇メートルはあった。

学校の校舎の廊下くらいの長さはゆうにある長さだ。

しかもかなり急な勾配で、ちょっとした滑り台のような状態である。
472 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/05/17(木) 20:45:12.06 ID:5YAl2E/k0
リノ「さて……結さんはどっちだと思う?」

リノに質問されるまでもなく、
結は右側――上に向かう通路に視線を向けていた。

理由は恐らく、記憶から来る直感。

この先にクリスがいる。

クリスにしか動かせないであろう魔導機人を動かすための設備が、
この視線の先にきっとある。

ややオカルトめいた理由に基づく直感だったが、
それは概ね間違っていないであろう確信も、結の中にあった。

リノ「じゃあ、ここからは別行動としよう。
   僕は先ず、下から調べる事にする」

結「え、でも、それじゃあ!?」

リノの提案に驚いて、結は振り返る。

敵陣……と言うよりも、最早敵の体内なワケだが、
そんな状況下での単独行動は持久力の低いリノにとっては、命に関わるほどに危険だ。

だが、リノは小さく頭を振って、そんな可能性を振り払わせ、さらに続ける。

リノ「短期決戦だからね。中での行動時間は少しでも短い方がいい。

   それに、エージェント・李の報告だと遺跡内部に入ったのはトリスタンと、
   彼に誘拐されたクリスティーナさんの二人だけ。
   伏兵はいないと見ていいだろう」

リノ「けれど、例の小型魔導機人の件もありますし……」

リノ「ハハハッ、戦闘準備のないこの間ならともかく、今は準備もしてあるからね」

心配する結の言葉を、リノは笑顔で制した。

久々に袖を通した白いローブ型魔導防護服と、腰の両側のバッグには戦闘用の呪具が満載されている。

Sランクエージェント、英雄バレンシアの本領を発揮するための装備だ。
473 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/05/17(木) 20:45:59.43 ID:5YAl2E/k0
リノ「大丈夫だよ……。
   ラウルを、親のない子供にするつもりはないから」

暖かな笑みに、強い決意を感じさせる声でリノは言う。

両親のいない苦しさ、哀しさは、幼くして両親を失ったリノ自身が何より理解していた。

同じ思いを、愛息にさせるワケにはいかない。

リノ「こんな事を言うと寂しい大人に聞こえるけれど……、
   あの子は僕にとって、生まれて初めての血の繋がった家族だからね」

リノは感慨深く呟き、さらに続ける。

リノ「勿論、エレナだって……僕にとっては初めての家族だ。

   だから………ハハハッ、こう言う事は、上手く言い表せないね。
   経験不足かな?」

結「リノさん……」

照れ笑いのような声音で言ったリノに、結は悲しげにその名を呟いた。

親を、家族を失う苦しみと痛み。

リノはおそらく、自分よりもその痛みに晒されて来た。

いや、最愛の妻であるエレナを失った痛みは、現在進行形だろう。

人の心の痛みを比べるのは愚ではあるが、比べずにはいられない。

リノ「さぁ、僕の話に付き合ってる場合じゃないね。
   急ごう。僕はこっち、結さんはそっちを」

リノはそう言うと、結の返事を聞くまでもなく左側――下りの通路を駆けて行った。

曲がり角にその姿が消えるまで、結はその姿を見送った。

結「リノさん………どうか、無事で」

結は自らの感傷に対して踵を返すかの如く、上に向けて移動を開始した。
474 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/05/17(木) 20:46:34.33 ID:5YAl2E/k0


螺旋回廊のような通路を下り続けるリノは、
時折立ち止まって、自身の方向感覚が狂っていない事を確認する。

リノ「やれやれ……コンパスくらいは持って来るべきだったな」

指先で頭を掻きながら、曲がった方角と回数をカウントする。

おそらく、今は右腿の辺りだろうか?

リノ(倉庫エリア……って所かな?)

リノは近くの部屋を覗き込みながら、そんな事を思う。

確かにコンテナのような箱が山積みにされている所を見れば、
倉庫エリアと考えても良いようだ。

事実、この右腿区画は倉庫区画として割り当てられた区画だった。

リノ(比較的最近、物色された痕跡があるな……誰かが来たのか……?)

誰か、と考えてリノは頭を振る。

こんな場所を物色するのは一人しかいない。

トリスタン・ゲントナー。

エレナの死の遠因とも言える、ヨハンの黒幕。

そして、本部襲撃の直前まで自分の話していた相手。

あと少しでも気付くのが――行動に起こすのが早ければ防げたであろう今と言う状況に、
リノは一抹では済まない責任を感じていた。

あの時に感じたトリスタンの魔力。
その痕跡がこの場にある事を感じて、リノは足早に倉庫の外に出る。

リノ「……僕の目的は、こちらでビンゴだったようだよ……エレナ」

リノは我知らず、亡きエレナに向けてそんな言葉を呟いていた。
475 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/05/17(木) 20:47:16.56 ID:5YAl2E/k0
そのまま奥に――右膝に向かって走り続ける。

そして、それから数分ほどして、その姿を見付けた。

くたびれた白衣の、長身痩躯の男。

後ろ姿だが、見間違えるハズもない。

まだトリスタンがコチラに気付いた様子はない。

奇襲、強襲、不意打ち、確実性の高い戦術は幾つもある。

だが――

リノ「トリスタン…………トリスタン・ゲントナーッ!」

敢えてリノは、正面からの戦いを挑む。

トリスタン「おや……もう来客か。
      やれやれ計算が甘かったようだね。
      しかも、相手が君とは……」

背後からの声に振り返ったトリスタンは、リノの姿を認めると肩を竦めた。

しかし、言い草は未だに他人事同然だ。

トリスタン「教導隊責任者を任されて、第一線を退いていると聞いていたが……。
      まさか現場復帰するとは。

      ふむ、奥方の敵討ち、と言う推測だが……どうだい?」

リノ「……………間違っては、いないな。
   けれど、他にも理由はある」

トリスタン「ふむ、そうか………出来ればそちらの理由も教えていただきたいな。
      どうやら人間考察と言うヤツに目覚めてしまったようでね」

リノ「……?」

自らを他人事のように語るトリスタンに、リノはまた違和感を覚える。

リノ「それを知ってどうする?」

トリスタン「さぁ? ………まあ、余生の暇つぶしにはなると思っているよ」

リノの質問に、トリスタンは思案げに答えた。
476 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/05/17(木) 20:47:49.22 ID:5YAl2E/k0
トリスタン「古代史研究は壮大だが、一部分に限って探求している身には、
      この完全な標本と記録は過ぎた玩具だったようだ。

      お陰でこれからする事がなくなってしまった」

トリスタンはそのまま退屈そうに、また残念そうに語り、さらに続ける。

トリスタン「夢や目標と言うのは、まるで目の前につり下げられたニンジンだね。

      欲しくて手を伸ばしている間と得た瞬間だけが充実し、
      食べ終われば文字通りに何もなくなってしまう。

      今回の場合は、素晴らしいデータベースが残ってはくれたが………。
      まあ、私にはもう無用の長物だな」

言いながら、右手に装着した三つのギアを撫でる。

トリスタン「なので、一眠りしてから少し考えてみたのだよ……。
      これからどうすればいいか。

      哲学者にでも転向して、人間考察を始めてみてはどうかとね。

      だが、生憎、私と言う人間はどうにも面白みにかけてしまう。
      私と言う人間性を分解して考察すれば幾つかの可能性はあるようにも感じるのだが、
      どうにも核心……と言うのかな? その部分が分からないのだよ」

トリスタンは遠い目をして語りきると、その視線の焦点を眼前のリノに合わせた。

リノはその視線を――焦点は合っても意志のような物に欠けるソレを受け止める。

トリスタン「そこで、だ。
      私は他人専門に人間考察をしようと思い立ったワケだ」

得意げに、と言うには少々気の抜けたようなトリスタンの物言いに、リノは目を伏せた。

痛々しくて、見ていられなかった。
477 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/05/17(木) 20:48:42.45 ID:5YAl2E/k0
リノ「………憐れ、だな」

トリスタン「ほう?」

絞り出すような憐れみの篭もったリノの言葉に、
トリスタンは少しだけ驚いたように目を丸くした。

トリスタン「君は私に対しては憎しみか義務感しか感じていないと思っていたが、
      そうか、憐れみを感じるものなのか。

      ふむ、戦場で様々な人間に接して来たつもりだったが観察対象が特殊過ぎたか」

トリスタンは思い出すように言いながら、納得したように幾度も頷いた。

戦場で医療任務に就いていた際に相対した人々は、
不安や怒りにかられている人々が体勢だった。

不安がっている人間には、
一様に大丈夫だと声をかければ不安を幾分も和らげる事が出来た。

怒りに駆られた人間には、落ち着いて対処すれば良かった。

あとは喋る気力もない、半ば死人と化した無気力な者達。

クリス相手の時も、彼女の不安の原因が分かり切っていたので対処もし易かった。

まあ、彼女が純粋な子供だったと言う点も大きかったが……。

リノ「貴方は……空っぽだな」

トリスタン「ふむ、そうだね……。
      私と言う人間は実に空虚だ」

憐れむようなリノの言葉を、トリスタンは冷静に受け止める。

トリスタン「普通の人間ならば、空っぽ、などと指摘されると怒りを感じるハズなのだが、
      そう言った情動に必要な部分すら、私には無いようだよ」

そう語るも、やはり他人事にしか聞こえない。
478 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/05/17(木) 20:49:22.25 ID:5YAl2E/k0
トリスタン「私の事を語ると、君にも別の感情が宿るようだね。
      君と言う人間を観察するついでだ、何か質問はあるかい?」

リノ「……………医療エージェントになった理由は?」

トリスタンの質問に、リノは僅かな逡巡の後に質問で返した。

トリスタン「ふむ……私に関する調査には目を通しているようだね。

      ………そうだな、それしか適正が無かったから、だね。
      無論、撃てと言われたら魔力弾も撃てるし、障壁も人並みには張れるが……」

トリスタンは思案げに答える。

リノ「……何故、戦地への医療派遣ばかりを選んだ?」

トリスタン「………ふむ、これはつい先ほど、理由を考察できたのだが……。
      どうやら私は、人の死と言う物を知りたかったらしい。
      人が死ぬ瞬間を見たかったのかもしれないが」

トリスタンは思い出すように言ってから、さらに続ける。

トリスタン「考えてもみたまえ?

      まともな自我もない赤ん坊の頃に両親と言う存在に死なれてしまったせいか、
      私は回りの大人達が気をかけてくれるレベルに相応しいほどまでには、両親の死と言う物を悼めなかったのだよ。

      血は繋がっているが他人同然だ。
      だから他人の死の向こうに両親の死の痛みを感じたかったのだろう。

      君も似た境遇のうようだが、知る限りの君はそうではないようだね?」

リノ「ああ………。
   今思えば、回りの大人が蔑んでくれたお陰なんだろう………。

   お陰で僕は、僕であれた」

トリスタンから返された質問に、リノは幼い頃からの自分を思い返しながら答えた。

幼くしてカンナヴァーロ老の元に預けられ、根気強く目をかけてくれた彼の真摯な思いが、
逆に両親のいない自分の寂しさを思わせてくれた。

良い大人に囲まれながらも、人の悪意を知る事の出来た自分は、今思えば幸せだったのかもしれない。

少なくとも、目の前の空虚な男のようにはならずに済んだのだから。
479 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/05/17(木) 20:50:03.28 ID:5YAl2E/k0
リノ「何故、両親の研究を引き継いだ?」

トリスタン「ふむ………分からない。

      ……と言いたかったが、それは多分……理由だな」

リノ「理由?」

トリスタンの答えに、リノは怪訝そうな表情を浮かべる。

トリスタン「生きている理由だよ。
      無意識と言う物は実に不可解な物のようだね。

      どうやら私は、生きていても良い理由と言う物が欲しくて、
      両親の研究を引き継いだようだ」

トリスタンは相変わらず他人事のような言い草ながらに、どこか自嘲気味に呟いた。

トリスタン「どうにも私は……空っぽな自分に対して早くから危機感を覚えていたようだ。

      そうだな、両親の遺品の中から研究成果を記したノートを手に取った日が十二歳……。
      人並みに思春期は迎えていたようだよ」

自嘲気味に付け加えて、さらに続ける。

トリスタン「両親の研究していた内容は、古代魔法文明と呪具の関連性………。

      太古より、ギアと言うカタチを得るまで進化したとは思えない呪具、
      まあギアの誕生を遡れば、それ以前の純然たる呪具の時代だが、
      それが進化したとは思えないのだが、その理由を探る研究だな。

      それを調べるための研究だ」

トリスタンは自身と両親の研究内容の概要を語る。
480 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/05/17(木) 20:50:35.76 ID:5YAl2E/k0
そう、呪具は予め決められた効果を持った魔法を封じ込めた道具を用い、
魔力をきっかけに起動する魔法道具だ。

しかし、その様相は有史以来変化していない。

物が、と言うより技術体系が進化していないと言った方が良いだろう。

言わば、呪具の技術の水準は進化しても、
基礎の技術は人が機械技術を得る以前から変化していない。

その秘密を探る研究ならば、確かに壮大だろう。

古代魔法文明は滅び、当時は現存する文献も記録も少なかったのだから、
困難を窮める研究であった。

おそらくは一代で完成できる研究ではなかった。

現に、似たような研究をしていた者達は大勢いた。

だが、トリスタンはこの船の中で、その真相に触れてしまっていた。

トリスタン「何の事はない………。
      既に古代魔法文明がこの地に至る以前から、呪具技術は完成していたのだ」

難解な研究の、その答えに触れてしまったのだ。

仮説を立てても、既にその解が存在していると言う状態。

正に、正答例を横に置いて試験に挑むような物だ。

滑稽な上に、無駄この上ない。

その事はまた憐れを誘うが、彼の境遇と罪の重さとは別問題だ。
481 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/05/17(木) 20:51:14.57 ID:5YAl2E/k0
リノ「……なら、何故、研究院を襲撃した? 遺跡を襲撃した?

   フリーランスとは言え、元は正エージェントだったハズだ。
   正攻法……研究院に戻れば波風を立てる事なく研究をする事も出来ただろう!」

冷静に質問しようとしたリノだったが、疑問と怒りを抑えきれず、思わず声を荒げてしまう。

トリスタン「その方法では時間が掛かり過ぎる。
      短絡的ながら、私の取った手こそがこの場に至る最短ルートだったからね。

      そして、私と言う人間は、
      別に研究成果を独り占めしようなどと言う考えには至る事はないだろう」

飄々と、やはり他人事のように語るトリスタンに、リノの感情は憐れみを通り越した。

リノ「………そんな事のために、貴方はヨハンを使い、彼に人を殺めさせたのか?」

堪える。
怒りを、憎しみを。

今、自分は任務のためにこの場にいる。

個人的な怨嗟を晴らすためではない。

だが――

トリスタン「ああ、確かに些末だな。

      この程度で終わってしまう研究ならば、
      もう少し時間をかけた方が有意義な生き方だっただろう。

      これでは彼らも浮かばれないな」

トリスタンの、当事者である事を認めながらもさも他人事のような物言いが、
リノの怒りの琴線を揺らした。

リノ「トリスタン・ゲントナァッ!」

最初の時のように、怒りの篭もった声でその名を叫ぶ。
482 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/05/17(木) 20:51:58.70 ID:5YAl2E/k0
それと同時に、防護服に括り付けたバッグの中から無数の呪具を取り出し、撒き散らした。

指先に魔力を込め、一つの呪具に狙いを定める。

瞬間的に増幅三、閃光変換一、投射一の五重術式を展開し、
小さな魔力弾で術式ごと呪具を撃ち抜く。

すると、閃光変換された魔力は呪具によって増幅拡散され、
別の呪具へと命中して増幅拡散する。

結のユニヴェール・リュミエールにも似た、呪具を用いたリノの攻撃魔法の一つ――

リノ「イルミナルエスタンパドッ!」

照らす紋様の名の通り、無数の光のラインが通路を埋め尽くす。

狭い通路ならば回避不能の、魔力弾増幅呪具を組み合わせたリノのオリジナル魔法の一つだ。

対処方法は近くの部屋に逃げ込むか、
でなければこの無限とも言える数の魔力光線を全て受けきるしかない。

トリスタンの取った行動は、前者だった。

トリスタン「それが君の戦い方か……聞くと見るでは違う物だ。
      呪具の扱い方としては珍しいが正しいだろう」

広い倉庫に逃げ込みながら、トリスタンは感心したように言った。

リノもその後を追って倉庫に駆け込む。

トリスタンは既に中央に陣取っており、迎撃態勢を整えている。
483 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/05/17(木) 20:52:48.05 ID:5YAl2E/k0
トリスタン「………君との実力差は明白だな。
      戦闘技能では精々Cランク止まりだった私には、相手にならないだろう」

彼の言う通り、リノとトリスタンの実力には天と地ほどの差があった。

無数の機人魔導兵と言う伏兵の事もあったが、
戦闘行動を制限される研究施設での非戦闘員を守りながらの防衛戦と言う状況が、
二対一でトリスタンを取り逃す事になった最大の理由だ。

リノ「ならば大人しく投降しろ!
   貴方には生死問わず対処すべしと言う指示が出ている!」

トリスタン「ふむ、そうか………」

生死問わず、と言う言葉を聞いて何事かを思案するトリスタン。

トリスタン「どうせ捕まるならば、最後の最後に足掻いてみるのも一興だろう。
      コレの実験もまだ終わっていなかった事だ」

そして、やはりと言うべきか、頓狂な結論に至った彼は、
自身の命のかかった今と言う状況を、実験の好機としか捉えていなかった。

右手に付けられた、三つのギアを掲げる。

トリスタン「スメラルド、ザフィーア、トパーツィオ!」

主の呼びかけに、三つのギアからそれぞれ緑のオオワシ、青いサメ、黄色いヒョウが召喚される。

スメラルド『KYYYYYYY!』

ザフィーア『SYAAAAAA!』

トパーツィオ『GRRRRRRR!』

嘶き、唸り、吠える三匹の獣。
484 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/05/17(木) 20:53:25.69 ID:5YAl2E/k0
トリスタン「機能統括のスメラルド、
      術式ブーストのザフィーア、
      魔力ブーストのトパーツィオ………。

      この呪導ギアは呪具の系統研究の成果を活かして製作した、
      三種それぞれに別系統の機能に特化させたギアでね。

      それぞれが魔力運用、魔法技術、魔力の強化の機能を持ち、
      三つを合わせる事で完成体であるディアマンテに至る」

トリスタンの言葉に応えるかのように、三匹の獣達がその周囲を取り囲む。

トリスタン「召喚される呪導機獣も、それぞれが陸海空の三種の戦場で高い性能を発揮できるように設計した。
      が、汎用性に欠ける……」

リノ「何が言いたい?」

ギアの機能説明を続けるトリスタンに、リノは苛ついたように問う。

トリスタン「………言っただろう、三つを合わせる事で完成体に至る、と。
      ギアが三つで一つならば、この呪導機獣も三つで一つなのだよ」

トリスタンがそう言い終えるや否や、三匹の獣達は飛び上がり、フォーメーションを組む。

スメラルドを頂点に、トパーツィオとザフィーアが続き、それぞれが変形を始める。

オオワシが肩と頭と背中、ヒョウが胸と腹と腕、サメが腰と足となり、
一つに重なって現れたのは、五メートルを超える大型の魔導機人だった。

オオワシの翼を持ち、ヒョウの爪を鈍く輝かせ、腰から伸びたサメの尾をうねらせる、
合成獣……キメラとも言うべき怪物だ。

トリスタン「これが合体呪導機人・ディアマンテだ。
      ……これならば私の戦力もようやくSランク相当と言う所だろう。

      さあ、見せてくれたまえ。
      僅かばかりの魔力でSランクに上り詰めた、その脅威の実力を……ね」

トリスタンは言いながら倉庫の隅にある小さなコンテナに腰掛け、結界を張り巡らせた。

そして、悠然と座る主を守るように進み出る呪導機人・ディアマンテ。
485 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/05/17(木) 20:54:10.22 ID:5YAl2E/k0
リノ(トリスタンの結界を破壊するのは簡単だが……。
   アレがソレを許さないだろうな……)

自身の三倍近い巨躯を見上げながら、リノは歯噛みする。

リノ「機人魔導兵は使わないのか?」

トリスタン「ああ、アレは私のパトロンだった人からの、報酬代わりの貰い物だよ。

      元々私の研究には不要な物だったのでね、
      使い所をあの場と見定めて使い尽くしたので、今は一つも無い。

      ウソだと思うなら、私を捕まえた後に身体検査でもするといい」

警戒した様子のリノの問いかけに、トリスタンは思案気味に答えた。

この戦いも、彼にとっては他人――リノを考察するための、
そして自分の研究成果の一部を確認するための、言わばデモンストレーションに過ぎないのだろう。

だが――

リノ「安心した………一対一なら、負ける要素はないな」

リノは緊張を解く事なく、安堵の言葉を呟いた。

リノの戦法は、先ほどのように非常に特殊だ。

一般的な魔導師ならば、ギアの補助を用いて使う魔法を、無数の術式と呪具を駆使して自力で放つ。

ギアを起動させられるだけの魔力が無いのだから当然だが、それ故に彼の戦いは緊張の連続だ。

必要な術式、必要な呪具を戦況に合わせて見極め、使い分ける必要がある。

故に相手の手数が多ければ多いほど、彼の負担は増大する。

だが逆に、相手が一人ならばその見極めの負担は軽減する。

英雄バレンシアを倒すならば、一人のSランクよりも十人のAランクと言われる程だ。

事実、リノは魔導巨神事件の際、自分よりも実力で劣るキャスリン達を相手に手間取ってしまっていた。

しかし、今回は一対一。

動きも、見る限り緩慢だ。
486 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/05/17(木) 20:54:50.59 ID:5YAl2E/k0
リノ(後は……手順を間違えないだけだ)

リノは左手でバッグの中の呪具を選びながら、右手の五本中三本の指に様々な術式を起動する。

ディアマンテは鋭い爪を剥き出しにして、やや前傾姿勢になってリノを威嚇するように構えた。

双方が構え、戦闘が始まった。

先に動いたのはディアマンテだ。
右腕を振りかぶり、足下のリノに向けて爪を振り下ろす。

リノ(対物一、増幅五、硬化三、障壁一!)

事前にセットした術式と、必要に応じて作り出した術式を人差し指に集めてる。

その様は、パレットの上で色を混ぜ合わせる作業のようにすら見え、
完成したのは芸術的なまでに美しい多重術式だ。

瞬間的に十重術式を組み上げ、対物操作系硬化魔力の障壁を作り出す。

圧倒的に質量で上回るディアマンテだが、
物質操作と硬化を組み合わせた物理魔力障壁に攻撃を阻まれる。

だが、ディアマンテは即座に攻撃を尾に切り替え、障壁の無い側面からの一撃を狙う。

リノ(炎熱、流水呪具……、増幅、投射!)

左手で取りだした二種類の呪具を、右手に準備した二重術式で撃ち抜く。

すると、炎熱と流水の魔力が同時発生して水蒸気爆発を起こし、
投射術式で指向性を与えられた魔力の水蒸気爆発は迫り来る尾を弾き飛ばす。

巨大な尾を大きく弾かれてバランスを崩したディアマンテは、
尾の勢いを殺してバランスを立て直そうと、大きく前のめりになって足を踏ん張る。

だが、それにより前のめりになった顔面がリノの真正面にまで下がる。
487 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/05/17(木) 20:55:38.69 ID:5YAl2E/k0
リノ(増幅七、閃光変換一、拡散一、収束一!)

即座にその顔面の手前に置くように十重術式をセットし、魔力弾で撃ち抜く。

リノ「ライオテンペスタッ!」

結にエクレールウラガンとなって受け継がれた光の竜巻――
ライオテンペスタがディアマンテの顔面を飲み込む。

のけぞり、弾き飛ばされるディアマンテ。

しかし、さすがは一撃とは言えアルク・アン・シエルを耐えたトパーツィオが含まれるだけあって、
ライオテンペスタでは弾き飛ばすのが精々と言った所だ。

トリスタン「ほう……魔導機人も無しに、ディアマンテを弾き飛ばすか……。
      予想はしていたが、実際に見ると驚かされるものだ」

その様子を見ていたトリスタンは、然して驚いたように聞こえぬ声音で言った。

だが、感嘆は見せた。

驚いている、と言うのは嘘ではないようだ。

リノ(まあ、それでもライオテンペスタが効かないって言うのは、ちょっとショックだけどね………)

心中で独りごちながらも、リノは次なる攻撃の準備を始める。

通常は確実に敵に魔法を当てるため、カウンター狙いの後の先主義のリノだが、
相手が倒れたならば追撃を狙うのが得策だ。

リノ(閃光呪具……増幅八、拡散一、収束一!)

本来は術式で行う閃光変換を呪具に任せ、増幅術式をさらに一つ重ねた。

増幅と拡散、さらに収束の術式は難度が高く、一度に複数を組み合わせるには時間がかかる。

それを一瞬でやってのけるのが、リノの英雄たる実力の所以だ。
488 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/05/17(木) 20:56:42.65 ID:5YAl2E/k0
リノ「グランデ・ライオテンペスタッ!!」

先ほどよりも強烈な光の大竜巻が迫る。

今回のような余裕がなければ使えぬ、
呪具と十重の術式を組み合わせた隙の大きな大魔法。

その破壊力は結のエクレールウラガンを上回る。

ディアマンテ『セパレーション――』

ディアマンテは、眼前に迫るその一撃を分離する事で回避を試みた。

分離された事でスメラルドとザフィーアを取り逃してしまうが、
間一髪、トパーツィオは光の大竜巻の中で粉微塵に粉砕されて霧散する。

トリスタン「ふむ、威力ではユズリハの方が上と思っていたが……。
      中々、オリジナルの方が強力のようだね」

トリスタンの感嘆に応える義理も余裕もない。

結はリノ直伝のライオテンペスタに関して、
“遠距離の精密砲撃や威力調整が楽で便利”と評しているが、それもそのハズ。

結の使うエクレールウラガンは、投射と旋回と言う比較的難易度の低い術式を使って作る、
高速運用と引き換えに精密砲撃性能を犠牲にした、ブレの大きな魔力乱流を作り出す魔法だ。

そして、威力の調整が楽……と言う事は、威力を絞る事も高める事も容易な魔法なのだ。

実を言えば、ライオテンペスタのオリジナルは、
先ほど、リノが使ったイルミナルエスタンパドである。

あの広域拡散魔法を収束術式で引き絞って威力を集中させたものが、ライオテンペスタの正体だ。

つまり、無数の光線状魔力弾を無理矢理に束ねて、渦状に見せかけている、と言う事だ。

増幅術式を重ねれば重ねるほど、光線状魔力弾一発の破壊力は増す。

つまり、魔力を込めれば込めるほど、収束と拡散の相反する術式の相互作用による
“束ねられながらも広がろうとする渦”が爆発的な破壊力を生み出のである。
489 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/05/17(木) 20:57:40.10 ID:5YAl2E/k0
しかし、そんな事は意にも介さず、残されたスメラルドとザフィーアはリノへと襲い掛かる。

スメラルド『KYYYYYYッ!』

スメラルドは天井スレスレの位置まで飛び上がり、嘶きと共に閃光魔力の全方位砲撃をセットする。

ザフィーア『SYAAAAAッ!』

一方、ザフィーアはリノに向かって巨大な顎を大きく開けて突進する。

二方向から時間差の、どちらも必殺の一撃だ。

だが、既にリノは対策を準備済みであった。

リノ(炸裂呪具……流水変換一、拡散一、反射一、増幅三!)

魔力を受けて、魔力を炸裂させる呪具に拡散と反射を織り込んだ流水属性に変換された魔力弾を撃ち込む。

炸裂した呪具は、一瞬にして反射拡散の特性を持った霧となってリノを包み込む。

眩い光が放たれたのはその直後だった。

閃光魔力は拡散反射の霧に阻まれて乱反射して無力化する。

相棒の攻撃が失敗した事を悟り、ザフィーアが突っ込んで来る。

ザフィーアの巨大な顎が、リノの頭を捉える。

しかし――

リノ(炸裂呪具二……収束三、増幅六、硬化一!)

ザフィーアの大顎に飲み込まれる直前、リノはその中に二つの炸裂呪具を投げ込み、
三段収束と硬化の術式を織り込んだ魔力弾を撃ち込む。

打ち込まれた魔力弾は呪具に接触すると、薄く鋭い刃のような魔力となり、
ザフィーアの体内で炸裂して大顎を開けたままのザフィーアを細切れにした。

細切れにされたザフィーアは、リノの作り出した霧の障壁と共に消え去る。
490 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/05/17(木) 20:58:36.60 ID:5YAl2E/k0
スメラルド『KYYYY………ッ!』

仲間を全て失い、たじろぐように距離を取るスメラルド。

リノ「ハッ!」

リノは両手で持てるだけの炸裂呪具を掴むと、スメラルドに向けて放り投げた。

しかし、まだ術式魔力弾は撃っていない。

ただの炸裂呪具ならば、魔導機人と同程度の能力を持ったスメラルドには脅威となる物ではない。

だが、呪具を放った直後にはリノは両手で術式を組んでいた。

リノ(増幅十!
   増幅七、拡散一、追尾一、反射一、閃光変換一!)

両手で瞬間的に編み上げた二つの十重術式を組み合わせて、二十重の多重術式を作り上げる。

組成開始から一秒と経たずに組み上げたにも関わらず、一切の綻びのない芸術的な術式だった。

そして、バッグからあと一つ、炸裂呪具を取り出すと、
その術式を乗せてまだ滞空している無数の炸裂呪具の中に放り投げた。

閃光変換の魔力が、一気に炸裂する。

スメラルド『障壁起動――』

咄嗟に障壁を展開するスメラルド。

トパーツィオの時のように障壁を準備する暇がないワケでも、
ザフィーアのように内部から攻撃されたワケでもない。

十分に対応可能な状況だったハズだ。

だが、スメラルドは選択を誤った。
491 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/05/17(木) 20:59:15.78 ID:5YAl2E/k0
反射術式を織り込まれた魔力弾の炸裂は、
魔力の光線となって別の炸裂呪具へと吸い込まれて拡散する。

拡散した炸裂呪具の魔力は別の呪具を、さらに別の呪具へと伝播して行く。

他の魔力光線を反射させる、無数の魔力光線が辺りを満たす。

十七もの増幅術式を編み込まれた術式の援護を受けた魔力は減衰する事なく、
障壁を張り巡らせたスメラルドを包み込む。

取り囲むのではなく、包み込む。

追尾の術式が、反射角度をスメラルドに向けるためだ。

全周囲、多方向からの魔力光線が一斉にスメラルドに収束して行く。

ただの魔力光線ならば無効、或いはライオテンペスタでも、
この通常魔力障壁で威力を軽減する事も出来ただろう。

しかし、この量の魔力光線を無効化・防御するには、反射術式の障壁でなければいけなかった。

だが、たとえ反射されたとしても、包み込むように張り巡らされた光線そのものが反射された光線を弾き返し、
放たれた魔力が減衰し切るまでは永久機関のように反射を繰り返していただろう。

そして、反射術式すら含まれない障壁で防御してていたスメラルドは、
反射を繰り返す魔力光線に徐々に障壁を削られ、次第に魔力光線に晒される。

スメラルド『KY……KYYYYYYYッ!?』

断末魔の叫びが、倉庫内にこだまする。

そして、十数秒で光の反射は終わり、檻と化した魔力光線が消え去った場に、スメラルドの姿は無かった。

純白の光に包まれたスメラルドは、誰の目に止まる事なく消滅したのだ。

リノ「さすがに本家ほどの破壊力は無いか……」

その様子を確認しながら、リノはポツリと漏らした。

結のユニヴェール・リュミエールを再現したリノ流の魔法だったが、
魔導機人クラスを一体消し去るのに時間が掛かり過ぎと言う事だろう。
492 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/05/17(木) 21:00:08.41 ID:5YAl2E/k0
トリスタン「ふむ、戦闘開始から一分足らずか………。
      さすがは英雄バレンシアと言うべきかね?」

障壁を解きながら、トリスタンは感慨深く呟いた。

リノ「……警戒すべき攻撃は、魔力ジャミングを含んだ全方位砲撃だけ……。
   それにさえ気を配れば、後は相手の戦術に対して最良の手を選ぶだけだ」

リノはトリスタンに向き直りながら、淡々と呟く。

相手の戦術に対して最良の手を選ぶ。
成る程、真理である。

ただ、それもありとあらゆる手を打てる事が前提となるが……。

トリスタン「元より術式の織り込まれている呪具を使用するに際して、多重術式を重ねる、か……。
      ふむ、中々興味深い戦いだったよ」

トリスタンは言いながら、リノに向けて両腕を突き出す。

拳は握らず、平手を上に向けて何も持っていない事をアピールしている。

トリスタン「今の戦闘を見て確信した………。
      君を相手に、機人魔導兵を持たない私では相手にはならないと、ね」

飄々と、何の感慨もなく冷静に戦力差を考察した感想を述べた。

リノは、そんなトリスタンへと歩み寄る。

リノ「貴方と言う人は……何処までも………!」

その声と顔には、強い怒りと幾ばくかの憐れみが見ていてた。

リノは捕縛用の道具を取り出す事なく、トリスタンの顔面に拳を叩き込む。

トリスタン「ぐがぁ!?」

さすがのトリスタンも、素直に悲鳴を上げて弾き飛ばされ、倉庫の床に倒れ伏す。
493 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/05/17(木) 21:01:23.57 ID:5YAl2E/k0
リノ「自分だけが、特別な生き方をしていると思うなっ!
   短絡的と自己分析するような冷静さがあるなら、最初からそんな方法を使うな!」

倒れ伏したトリスタンに、リノは怒りをぶちまける。

リノ「生きる理由なんて大仰な言葉で取り繕えば、誰かの納得が得られると思っているのか!?
   貴方の身勝手な行動で、何人の人間の命を奪い、何人の人間の生き方を歪めたか、分かっているのか!?」

普段は飄々としているリノからは想像も出来ない、烈火の如き怒りの声。

ヨハンに多くのエージェントを殺させ、
手駒として扱われたシルヴィアも彼に強く依存している状態だ。

そして、ヨハンに家族や仲間を殺された者達の心の傷、その全てが癒える事は無いだろう。

彼はそれら全てに対して、罪悪感すら感じていない。

悪行を悪行と思わぬ非道卑劣な人間は何人も目にし、何人も逮捕して来たリノだったが、
トリスタンと言う人間には善悪がなかった。

比喩でも何でもなく、善悪の本質的な違いが分かっていない。

善悪の判断と区別する事は出来ても、感じ取る事が出来ていないのだ。

だから、自分の立場を弁えずにアレだけの事をやってのけたとしか、リノには思えなかった。

有り体に言えば、彼は最初から人間として壊れていたのだ。

人の死の悲しみを知りたいから戦場に赴き、生きている実感ではなく、
その理由欲しさに両親の研究を継ぎ、早く研究を進めたいと言う理由で研究院と対立した。

思想や感情、そんな人間性とも言える整合性も論理性の欠片もない、壊れた人間。

滅私以前に、滅する自我すら彼には無かったのだろう。
494 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/05/17(木) 21:02:09.08 ID:5YAl2E/k0
確かにそうなってしまった彼を思えば同情の余地もあろう。

だが、前述した通り、彼への憐れみと彼への怒りは別問題だ。

遺族が彼の境遇を知れば、彼の事を許せるのか?
悪意がなければ犯罪ではないのか?
では、この男は咎人ではないのか?

答えはおそらく、No一択だろう。

リノ「元フリーランスエージェント、トリスタン・ゲントナー!

   危険魔法行使、研究の違法嫌疑及び、
   違法人身売買容疑、並びに魔法倫理研究院本部襲撃、
   本案件における各種襲撃の教唆容疑により、貴方を逮捕する!」

返事も反応も無い所を見るに、気絶していたのかもしれない。

それとも単に返す言葉が無かったのか。

ともあれ、リノは捕縛用の呪具でトリスタンの腕を縛り上げると、
その腕に取り付けられていた三種のギアをむしり取るように取り上げる。

それは、一つの大事件の首謀犯の逮捕とは思えない、何とも呆気ない幕切れであった。

しかし、まだ事件は終わっていない。

静まりかえった倉庫内で、上から微かに響いてくる低い駆動音。

恐らく、この超弩級魔導機人がまだ動いている証拠だ。

リノ(クリスティーナさんはここにいない……。
   となると、今の彼女はトリスタンとは別の意志で動いている……のか?)

まだ確信の持てない推測を、リノは心中で独りごちた。

しかし、そうなると主犯の呆気ない幕切れに比して、根の深い事件となりそうだ。

リノ(………とにかく今はこの男をどうにかしないとな)

リノは恐らくは気絶したままのトリスタンを見下ろすと、彼を背負うためにしゃがみ込んだ。
495 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/05/17(木) 21:03:00.49 ID:5YAl2E/k0


リノがトリスタンとの戦闘を開始したのと同じ頃、結は上層に向けての移動を続けていた。

多少燃費は悪くなるが、スピードを優先して床面スレスレの位置を低空飛行で高速移動する。

ともすればホバー移動のよに見える、やや前傾の姿勢での飛行だ。

エール<結、次の隔壁が来るよ>

センサーで魔力の流れを計測していたエールが、警告を発する。

結<プティエトワールの残り魔力は?>

エール<フルチャージが四器、空が七器、あと一器は残量三割だね>

エールの言葉を聞きながら思案する。

隔壁が降りたのは、おそらく内部の侵入者を感知したクリスの仕業だろう。

しかし、隔壁は一定方向へと進む先ばかりが閉ざされ、帰り道はまるで閉ざされていない。

その事から隔壁の閉ざされている進路上にクリスがいるのは明白だった。

結(まあ、何となく場所の予想はついているんだけど、ね……)

結は進行方向に何があるのか悟りきっているのか、心中で独りごちる。

それでも迷う事なく進めるのは有り難い。

結<隔壁を破るよ、エール!>

リノ<了解!>

ようやく視線の先に見えた次の隔壁に、
結は魔力残量の少なくなっているプティエトワールの砲身を向けた。

結「シュートッ」

結の合図でプティエトワールが巨大な収束魔力弾を放ち、隔壁を吹き飛ばす。

砕けた隔壁の一部が粉塵となって視界を塞ぐが、
結はその粉塵の中を突っ切って先に向かう。
496 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/05/17(木) 21:03:52.98 ID:5YAl2E/k0
そのまましばらく先に向かうと、すぐに新たな隔壁へと辿り着く。

今までの物とはややデザインが異なり、また外観上のサイズも大きい。

エール<今までで一番大きな隔壁だね……通常の収束魔力弾だと破壊は難しいかも>

エールから眼前の隔壁の解析結果を受け、結は急制動をかけて止まる。

結<じゃあ、残り四つのプティエトワールの魔力を集中。
  砲撃で撃ち抜こう、エール>

エール<了解っ!>

結の指示を受け、エールは四器のプティエトワールを同期させ、
前方に向けて砲身を集中させる。

結「シュートッ!」

結の指示で、四器のプティエトワールは高速回転しながら一斉に魔力弾を放った。

魔力弾は混ざり合うようにして収束し、強力な魔力砲弾となって隔壁を吹き飛ばした。

結は瞬間的に加速して隔壁の向こう側へと飛び込む。

それ以上は加速せず、最初の加速による慣性が失われ、
結はゆっくりとその場に立ち止まった。

広い、広い部屋だ。

そして、その中央。

無数の光の輪に囲まれるようにして立つ、一人の少女。

少し疲れた様子のほつれた金髪と、虚ろな中に強い怒りを湛えたエメラルドグリーンの瞳。

クリス……いや、レオノーラだ。
497 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/05/17(木) 21:04:32.47 ID:5YAl2E/k0
結「……迎えに来たよ、クリス」

レオノーラ「クリスじゃないっ!」

優しく語りかけた結に、レオノーラは否定の言葉を投げかけ、さらに続ける。

レオノーラ「私はレオノーラ………。

      魔法文明、最後の皇……。
      レオノーラ・ヴェルナーだ!」

自らの名を確かめるように高らかに名乗ると、レオノーラは魔導防護服を身に纏う。

白金に輝く、全身タイプのプロテクターだ。

幼い少女が纏うには、かなりオーバーサイズのお仕着せの鎧と言った風体に見える。

その姿にショックを受けながらも結は、未だハッキリとしていなかった夢の映像が、
脳裏に残った夢の記憶が急に鮮明になったのを感じた。

ずっとボヤけて分からなかった、最愛の少女の顔。

金髪に翠眼でクリスによく似た、だが大人びた印象の少女。

結(お母さんや……奏ちゃんのお母さんと一緒、か………)

ソレは直感だった。

結はメイから、レオノーラ――クリスが
プロジェクト・モリートヴァにより生み出された少女である事は聞かされていない。

だが、この魔導機人を見てからより鮮明になる記憶に、最早、疑いを差し挟む余地は無かった。

目の前にいるのは、何らかの方法で過去の記憶を呼び覚まされ、過去の人物となり果てたクリス。

自分や自分の大切な人達がこの世に生まれ出る要因となった計画を、真っ向から否定するのは気が引けるが、
それでも魔法の暗部によって生まれ、翻弄されている少女が目の前にいる。

だが、たとえ彼女の今がどうであろうと、自分のすべき事は変わらない。
498 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/05/17(木) 21:05:30.89 ID:5YAl2E/k0
結「もういいんだよ……クリス。
  さぁ、お姉ちゃんと一緒に先生達の所へ帰ろう?」

結はエールを右手に持ち替えると、レオノーラに向けて手を差し伸べる。

レオノーラ「……帰らない!
      私の帰る場所は、あそこじゃない!」

差し伸べられた手を振り払うように、レオノーラは強く頭を振った。

レオノーラ「………私は……私は壊すんだ……。

      私達の大切な人達の血と涙を吸ってのうのうと生きている、
      今の全部を壊すんだ!」

レオノーラは拳を握り締め、ワナワナと身体を震わせる。

エール<結……彼女は聞く耳を持っていないよ>

二人のやり取りを黙って見守っていたエールが、主の気持ちを慮って悔しそうに漏らした。

このままでは、どこまで行っても平行線だ。

主の行動を無駄と断じるのは気が引けたが、
外で戦い続けている仲間達の事を考えれば時間はあまり残されていない。

結<ごめん、エール……ここは私に任せて>

結は申し訳なさそうに呟いて、チラリと視線を壁面に向けた。

広い部屋の壁面には外の光景が映し出されており、
時折、巨大な魔力弾が当たっては強い閃光を撒き散らしている。

既に奏も回復して戦線に復帰しているらしく、彼女の振るう魔力刃も青銀の煌めきを見せていた。

そんな光景を後目に、結は僅かに目を細め何かを思案する。

だが、すぐに何か意を決して目を開き、クリスに優しげな視線を向ける。
499 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/05/17(木) 21:06:24.41 ID:5YAl2E/k0
結「ねぇ、クリス………。
  お姉ちゃんのお母さんと奏先生のお母さんも、クリスと一緒だったんだよ」

躊躇う事なく、その真相を打ち明ける。

結「きっとね、クリスのオリジナルだった人にとって、とても大切だった人」

夢で同調した人物の気持ちを思いだしながら、結は柔らかな笑みを浮かべる。

レオノーラ「……お兄様……」

結の言葉を聞き、レオノーラはピクリと身体を震わせた。

彼女に脳裏に甦るのは、再生された記憶の中で思い出した、
最愛の兄――レオンハルトの笑顔。

そう、あの時、暴走した魔導機人で握りつぶしてしまった、
この手で命を奪った愛しい人。

魔導機人に――自分が制御し切れなかったために、
自分のせいで握りつぶされた、最愛の人。

フラッシュバックした凄惨な光景に、レオノーラは大きく頭を振る。

レオノーラ「関係ない! 私は壊すんだ……。
      全部! 全部、壊すんだ!」

レオノーラの怒りの声に応えるように、
壁面に映る外の光景に幾度も魔導機人の巨大な腕が映り込む。

そして、彼女自身も腕を前に突き出し、巨大な魔力弾を放って来る。
500 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/05/17(木) 21:07:22.76 ID:5YAl2E/k0
最初はエメラルドグリーンの輝きを放っていた魔力弾だったが、
前に進むに従って、凄まじい速度で黒ずんで行く。

結「何これ!?」

最初こそ魔力弾に対して障壁を張って対処しようとしていた結だったが、
黒ずんで行く正体不明の魔力弾に愕然とする。

エール<結! 質量反応だ! 避けて!>

結「っ!?」

質量反応と聞き、結は驚いて息を飲むのと同時に横っ飛びで魔力弾から離れた。

色の変化以外は通常の物と変わらない魔力弾が、結の真横を猛スピードで過ぎ去る。

そして、結の後方の壁面にぶつかった瞬間、その変化は訪れた。

ゴリッと言う低い音と共に、着弾点の壁が半球状に抉れた。

結「な、何、アレ……」

初めて目にする現象に、結は目を見開いた。

エール<分からない……。
    魔力弾が壁を削り取ったように見えたけれど……>

エールも混乱気味に呟き、さらに続ける。

エール<とにかく、魔力弾の正体が分かるまでは決して魔力弾と接触しちゃダメだ>

結<うん……分かった>

愛器の警告に、結は素直に頷いた。

抉れた壁面近くの床には、ゴトリと重そうな丸い物体が転がっている。

えぐり取られた壁の欠片だろうか?

もしも、単なる魔力障壁で防御していれば、今頃、
あの壁と同じ目に合っていたのかと思うと、結は背筋が震えるのを感じた。

それと同時に感じる。

今の彼女を連れ帰るのは、一筋縄ではいかない、と。
501 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/05/17(木) 21:08:24.51 ID:5YAl2E/k0
結「クリス、止めて!」

レオノーラ「クリスじゃないっ!
      私は、レオノーラなんだぁっ!」

結の言葉を振り払うように、レオノーラはさらに数発の魔力弾を放って来る。

結「エール、全速回避するよ!」

結は叫びながら、体内に溜め込んだ魔力で自身を包み込むと、
魔力弾を制御する要領でランダムに軌道を変えながら、
放たれた全ての魔力弾を回避して行く。

結が魔力弾を回避する度、ゴリッ、ゴリッとその背後で低い音が響き渡り、
半球状に壁が抉られ、幾つもの欠片が床に転がった。

結<エール、解析できてる!?>

連続魔力弾を回避し切った結は、愛器に思念通話で話しかける。

エール<対物操作系の魔力特性だと推測されるよ。
    しかも、かなり強力なEXクラスの特化特性だと思う>

結「対物操作……」

エールの解析結果を聞きながら、結は思わずその言葉を反芻していた。

対物操作は、物体に魔力を浸透させて操ったり、
飛行魔法に使われるかなりポピュラーな類の魔力運用の一つだ。

物理干渉を行うための魔法と置き換えても良いだろう。

Sランクの対物操作特化魔導師ならば、
小さな岩を加速して砲弾のように使う事も出来る。

結にとって身近な例ならば、亡くなったエレナの使うクリスタッロ・グラヌローザが挙げられる。

あの魔法は硬化特性を含んだ対物操作魔法で、より硬質化した物体を加速射出する魔法だ。
502 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/05/17(木) 21:09:09.52 ID:5YAl2E/k0
エール<黒ずんで行く理由は、おそらく、かなり指向性の強い魔力弾だから、
    周辺の塵や微粒子を影響範囲内に取り込んだため……。

    質量反応の正体もその微粒子だね>

成る程、言われて見れば納得である。

ごく小さなモノとは言え、魔力弾の中に微粒子が含まれて行けば魔力以外の物も視認可能となり、
それが黒ずみの原因と言う事だ。

そこに思考が至れば、壁が半球状に抉られる原理も自ずと見えて来る。

強烈な対物操作魔力の魔力弾は、障害物に衝突した瞬間に影響範囲内の全てを、
内側に向けて一気に押し潰したのだ。

魔力弾が衝突する度に転がる丸い欠片は、
そうやって押し潰された壁のなれの果て、と言う所だろう。

結<ブラックホールみたいな魔力弾だね……>

エール<概ね、そんな所だよ。それと――>

結の感想を肯定しつつ、エールはさらに続ける。

エール<それと……多分、魔力弾自体は障壁で防御可能だろうけれど、
    魔力弾に含まれる微粒子までは防げないよ>

エールからもたらされた言葉に、結は心中で頷く。

それも感覚的に分かっていた。

あの魔力弾に含まれる微粒子は、魔力弾の進行方向に対して同じ速度で移動している。

有り体に言えば慣性が働いているのだ。

たとえ魔力弾を障壁で相殺できても、物理防御可能な熱系や硬化系の魔法を使えない結には、
襲い掛かる微粒子を防御する術はない。

たかが微粒子と侮る事は出来ない、圧縮された微粒子の質量は見た目以上に重く、
魔力弾と同等のスピードならば弾丸のような威力を発揮するだろう。

一応、防護服に物理保護はかかっているが、あまり数を受ければ魔力を無駄に消耗してしまう。
503 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/05/17(木) 21:09:47.36 ID:5YAl2E/k0
結<防御に必要な魔力量は……?>

エール<多分、エルアルミュールを最大出力……かな>

結の質問に、エールは気まずそうに答えた。

エルアルミュールの最大出力となると、
幼い頃に奏のヴェーチノスチモルニーヤを受けきった時と同程度、
数枚の翼を折り重ねろと言う事だ。

消耗する魔力はSランク十人分。

グランリュヌに溜め込まれた魔力にはまだ手を付けていないが、
それでも全力で受け止められるのは五発が限度と言う事になる。

対して、先ほどのレオノーラが乱れ撃った魔力弾は十発を軽く超えていた。

それを全て受けきれるかなど、計算するまでもない。

どちらにせよ“受けるな”と言う事だ。

だが、それならばどちらにせよ回避飛行に専念すれば良い。

早くも再訓練したばかりの省魔力運用の出番と言う事だ。

レオノーラ「はぁ………はぁ……っ」

結(クリスが魔力切れを起こすまで避け切るしかない……?)

肩で息をしている様子の少女を見ながら、結はそんな事を考えていた。
504 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/05/17(木) 21:10:27.52 ID:5YAl2E/k0
しかし、不意に視線がレオノーラの右手へと移る。

その右手には、白塗りの三連ギアが身につけられていた。

だが、問題はそこではない。

何故、ここに視線を奪われたのか?

他と色が違うからか?

いや、そうではない。

もっと別の、不意に視線を引きつけられた理由があるハズだ。

その解答はすぐにあった。

ギアの表面を、一瞬だけ、緑色のスパークが走った。

結<ギアがショートしてる!? エール、解析できる!?>

エール<魔力弾と同時にギアも観測はしていたけれど、恐らく、
    あのギアはトリスタン達が使っていたギアとは色が違うだけで同型の物だと思う>

驚いたような結の質問に、エールは自分が得られた情報から憶測を交えた解析結果を伝える。

事実を言えば、エールの憶測は正解だった。

元々、トリスタン達が三つに分けて使っていたギア――
スメラルド、ザフィーア、トパーツィオは一つのギアの機能を三つのモジュールに分割したものだ。

そして、三つの合わせて完成体であるディアマンテとなるのは先述の通りだ。

つまり、彼女が今使っているディアマンテは、元より完成体。

無論、そこにはヨハンの使っていた呪導ギア・トパーツィオの魔力増幅機能が含まれている。
505 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/05/17(木) 21:11:12.90 ID:5YAl2E/k0
結<クリスの魔力量って……どのくらい?>

エール<一昨々日の時点ではCランクで登録されていたけれど、
    数日前から、魔力の異常増大が確認されていたそうだよ。

    それがあの日、彼女が奏達と本部を訪ねた理由らしい>

エールは自身のライブラリを参照しながら、結の質問に応える。

結<い、異常増大?>

エール<簡易計測でSランク相当、ってなっているよ>

結<魔力量Sランク!?
  ………えっと、トパーツィオの魔力増幅係数が確か推論値で一万倍だから……>

頭の中で単純な計算を行い、結は青ざめる。

つまり、目の前にいるのはSランク一万人分に相当する魔導師と言う事だ。

彼我戦力比、実に一対二〇〇。
一対一でどうのこうのレベルではない。

こうなると、最後まで避けきれるかどうかも怪しい。

だが、現実はさらに悲惨な観測結果を伝えて来る。

エール<多分、今の彼女の魔力を増幅し続けたら、あのギアも保たない……!>

エールの言葉に反応したかのように、レオノーラのギアを緑色のスパークが包んだ。

結<保たないって、どう言う事?>

そのスパークと愛器の言葉に、結は焦りを募らせる。

エール<システムエラー、破損………。
    色々な結果が考えられるけれど、最悪、ギアの機能が暴走する可能性がある>

結<暴走!?>

エールから告げられた言葉に、結は愕然とする。
506 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/05/17(木) 21:11:54.99 ID:5YAl2E/k0
そう、ギアにとって過度の魔力はその機能に多大な負荷を与える。

かつての結も、エールを初めて起動させた時には、
体内に溜め込んでいた魔力の解放でそのシステムの殆どを焼き切ってしまっていた。

幸いにも幾つかの機能と、肝心の魔力循環調整機能が生きていたので事なきを得たが、
それは単に運が良かっただけに過ぎない。

クリスは元々一般教科しか学習しておらず、
魔力弾の扱い方はおろか、魔力運用の基礎すら習っていないのだ。

今は魔力運用補助機能のお陰で辛うじて魔力弾を放っている状態なのだろう。

壁を抉り潰すような魔力弾を扱う彼女のギアが、
万が一にも増幅機能だけを残して暴走したらどうなるか。

考えるだけでも恐ろしい結果を招きかねない。

となれば、コレはもう説得を急ぐ他ないと言う事だ。

取り急ぎ、ギアだけでも外させないといけない。

結「クリス、聞いてっ!」

レオノーラ「違うっ! 私はレオノーラだっ!
      クリスなんかじゃ……もうクリスなんかじゃないっ!」

焦ったように呼びかける結に、レオノーラは怒声と共に叫ぶ。

怒声の中に、悲痛な哀しみが入り交じっているようにすら感じる。

結「違わないよ! クリスはクリスだよ!
  まだ、たった二年半だけれど……それでも貴女は、クリスだったでしょう!?」

結はその哀しみを受け止め、叫ぶ。

レオノーラ「記憶の無かった私なんて、私なんかじゃない!
      私はレオノーラ! この身体も! 記憶も!
      全部、全部……全部、レオノーラ・ヴェルナーなんだぁ!」

だが、レオノーラも結の言葉を振り払うように叫ぶ。
507 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/05/17(木) 21:12:52.28 ID:5YAl2E/k0
レオノーラは両腕を大きく掲げ、膨大な魔力をチャージする。

先ほど乱れ撃ちされた魔力弾とは比べものにならない程に強大な魔力が集まっている。

エール<結! アレは危険すぎる! 安全距離まで退避を!>

結<安全距離なんて有るワケないでしょう!>

退避を呼びかける愛器に、結は怒鳴り声にも似た言葉を返してしまう。

最初の小さな魔力弾で空いた大穴が半径五メートル程度だろうか?

あの魔力弾ならば、おそらくは半径五〇メートルは下らない大穴を穿つだろう。

退避云々の問題ではない規模だ。

だが、それ以上にこの空間は半径五〇メートルもの大穴を穿たれる余裕はない。
精々、三〇メートルが関の山。

しかも、クリスは部屋の中央だ。

この広い部屋の何処に魔力弾が当たっても、
魔力弾を放ったレオノーラもこの部屋ごと押し潰されてしまうだろう。

そんな危険な魔力弾を放つと言うのに、彼女のギアは魔力チャージを中断しない。

最早、安全装置が機能していない証拠だ。

結「だ、ダメ!? クリス、それを撃っちゃダメ!?」

レオノーラ「クリスじゃない……!
      クリスじゃないっ!
      クリスじゃなぁいっ!」

結は慌てて制止しようとするが、彼女の耳には届いていないようだった。

そして、レオノーラは巨大な魔力弾を解き放つ。
508 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/05/17(木) 21:13:32.52 ID:5YAl2E/k0
結「グランリュヌ、蓄積魔力全解放! エール、制御して!」

結は咄嗟に愛器達に指示を出し、両肩の羽衣状のリボンを媒介として、
グランリュヌに溜め込まれた魔力を解放する。

途端、全身に軋むような痛みが走る。

Sランクの魔力十人分を受け止めるので精々の身体に、
自身とグランリュヌに蓄積されている全魔力――Sランク五十人分はさすがに無理が過ぎたのだ。

エール<駄目だ! 全ては制御し切れない!?>

結「ぐぅ……げ、限界量までいいから、何とか制御して!」

痛みを押し殺して、結は叫ぶ。

膨大な魔力は巨大な翼となって、結を包む。

レオノーラの放った巨大魔力弾は、
既に周辺の微粒子や圧縮された壁のなれの果てを吸収して黒く染まり始めていた。

結「エル……アルミュゥゥルッ!!」

恐らくは、生涯最大とも言える威力のエルアルミュールで、その魔力弾を受け止める。

無数に折り重ねた光の巨大翼が、徐々にではあるがレオノーラの魔力弾を相殺して行く。

だが、光の壁の向こうから、閃光変換魔力では防げ得ない微粒子が弾丸となって結に襲い掛かって来る。

エール<物理保護全開!>

結「物理保護は最低限でいい!
  リソースをエルアルミュールに集中させて!」

主を……自分を守ろうとしてくれた愛器を制して、結は叫んだ。

この魔力弾を相殺し切れなければ、結局、自分も押し潰されて死ぬのだ。

多少の傷など構っていられない。
509 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/05/17(木) 21:14:24.41 ID:5YAl2E/k0
だが、全身に浴びせられる微粒子と呼ぶには大きすぎる塊が、
機関銃のように結の全身に打ち付けられる。

かなりの威力を削いではいたものの、
それでも大きな物は結の皮膚を掠め、ぶつかり、引き裂いて行く。

結「っ、あぁぁぁっ!!」

裂帛の気合で、その痛みをねじ伏せる。

だが、意識が痛みをねじ伏せようとも、全身が痛みを訴えて来る現実は変わらない。

腕が、足が、腹が、顔が、痛い。

全身から血が滲み、純白のローブとスカートに、赤いシミが広がる。

鋭い痛みと共に、視界が狭くなった。

結(左目が……熱い……)

瞼を切ったのだろうか?

目を開けていられない。

左目の視界が失われる。

エール<結! 最低限まで相殺できた! 回避を!>

エールが告げて来た通り、もう穴だらけになった薄桃色の光の翼の向こうで、
放たれた時よりは小さくなった魔力弾が燻っている。

結「ぅ、ぅあぁぁっ!」

結は半歩分、右側に倒れるようにして、魔力弾を回避する。

魔力弾が視界の外に消える。

回避成功だ。

だが――
510 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/05/17(木) 21:15:17.57 ID:5YAl2E/k0
エール<結、もっとだ!>

エールが悲鳴じみた声を上げた。

慌てて左側を向く。

そう、結は失念していた。

今、左目の視界は失われているのだ。

左側の死角が大き過ぎて、回避距離は十分ではなかった。

左腕への直撃コースだ。

今から回避するには時間が足りない。

しかも、左腕にあるのはエール本体。
このままでは、七年近く連れ添った愛器を、左腕ごと失う事になる。

結「っ! うわあぁっ!」

判断は速かった。

避けられないなら、受け止めるしかない。

結はこの瞬間に、込められる限りの魔力を右拳に集め、
レオノーラの魔力弾に叩き込んだ。

相殺できたのは、僅かな量だった。

半径数十センチほどの空間が、結の右腕ごと押し潰された。

結「ッ……アアアアァァァッッ!?」

走る激痛に、悲鳴は、堪えられなかった。
511 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/05/17(木) 21:16:29.10 ID:5YAl2E/k0
?『結ぃっ!?』

悲鳴じみた声で、名前を呼ばれる。

愛器のモノ……ではない。

親友の――奏の声。

結(ああ……外の声、こっちに聞こえるんだ………。
  じゃあ、こっちの声も、聞こえてた……?)

痛みで薄れる意識の中、結は場違いにそんな事を考えていた。

そして、ようやく、押し潰される感覚が消えて行く。

魔力弾の余波が消えると、結の右腕はグシャグシャにひしゃげていた。

全身血塗れだったが、右腕の惨状に比べれば可愛いものだ。

レオノーラ「あ……あ……あぁぁ……」

愕然と震える声は、結の正面から聞こえていた。

レオノーラ「う、腕が……お姉ちゃんの……腕……が……」

自らの引き起こしてしまった惨状に、レオノーラは怯えたように呟いていた。

何て言う事をしてしまったのだろうか?

そんな罪悪感が見て取れるほど、彼女の顔は青ざめていた。
512 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/05/17(木) 21:17:22.77 ID:5YAl2E/k0
結「あ……あはは……クリスは優しいな……。
  心配、して、くれているん……だね……」

意識が飛びそうな程の激痛の中、結は必死で笑顔を見せる。

その裏で、エールに思念通話で呼びかける。

結<エール……右腕の神経切断……急いで>

エール<この状態で神経切断したら、かなり魔力を持っていかれるよ?>

結<………痛いより、ずっとマシだよ……早く、切って……>

エール<了解……右腕神経、全カット……>

エールがそう呟いた直後、全身の力が一瞬抜ける。

それと共に、グランリュヌに残されていた魔力が結の体内に流れ込み、
急速に痛みが和らぐ。

結「大丈夫だよ、クリス……。
  こんなの、何でもないから」

結は息も絶え絶えに、それでも精一杯の笑顔で、レオノーラに語りかける。

レオノーラ「で、でも……お姉ちゃんの、腕……」

結「大丈夫だよ……お姉ちゃんのこっちの腕は………」

怯えるレオノーラを宥めるように言いながら、
結はエールを待機状態に戻すと、自由になった左腕で右上腕を掴んだ。

そして、捻るように二の腕を引っ張る。

結「作り物……だから」

すると、ゴトリ、と低い音と共に、ひしゃげた右腕が転がった。

結の足下に転がったのは、義手だった。
513 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/05/17(木) 21:18:11.84 ID:5YAl2E/k0
結「ちっちゃい頃に……、
  今のクリスくらいの歳の頃にね、大きな怪我しちゃったんだ」

結は苦笑いを浮かべて、思い出すように呟く。

忘れもしない、九歳の誕生日の夜の事だ。

あの日、小さな身体には受け止めきれない膨大な魔力を扱った結は、
その代償として全身に裂傷を負った。

特に、右腕には深すぎる傷を負ってしまった。

結「それでね、お医者様に二度と治らないって言われて……義手にする事にしたんだ」

それが六年前の冬に、愛器を利き手から左手に移した理由だった。

魔力で制御する、本物と見まごう精巧な義手。

発達した魔法研究と当時の最新医療技術が生んだ産物だ。

右腕の切断と、義手の接続手術を受けたのは、まだ春も遠い二月だった。

結は精力的にリハビリに臨み、春には最低限の生活を営めるまでに回復した。

それでも、全力の魔法戦を行えるほどに使いこなすまでには、十ヶ月もの月日を費やした。

それまでは、愛器を右手に付けたままにして、サポートをしてもらう必要があった。

コレが、奏との再戦を約束した“左手に付けられるようになったら”の真相である。

あの十歳の誕生日が来るまで、結は左手にエールを移せなかったのだ。

後悔は無いと言えば嘘だが、それでも後悔は無かったと、今でも胸を張って言える。

親友を救うための対価だと思えば、腕一本くらいは安い物だ。

ただ、何度も泣いて謝る奏を宥め、哀しむ父を慰め、幼馴染み達や恩師を説得するのが、骨が折れた。

結「新しい義手を付けて貰えば平気だよ? だから……心配しないで」

結はニッコリと微笑む。
514 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/05/17(木) 21:19:16.23 ID:5YAl2E/k0
しかし、レオノーラはそれどころではなかった。

レオノーラ「ごめんなさい……ヒック……ご、めんなさい……えっぐ……」

怯えたように見開いた目から涙を溢れさせ、しゃくり上げながら必死で謝り続ける。

そこにはもう、古代魔法文明最後の皇などいなかった。

自分の為した事に怯え、罪悪感に苛まれる、一人の幼い少女。

結の良く知る、クリスティーナだった。

結「クリスは……優しいね」

結は優しく語りかける。

クリスはしゃくり上げ、罪悪感と哀しさで全身をガタガタと震わせる。

結「レオノーラさんが可哀相だった……そうだよね?」

結は優しく問いかける。

答えは聞かなかった。
コレは確信だ。

結「酷かった、ものね……」

夢を、細胞の記憶を通して見た過去の記憶を思い返し、結は呟く。

最愛の人の操る魔導機人に潰された自分【僕】。

ならば、あの時に自分【僕】を握りつぶした彼女は、どうだっただろうか?

受け入れがたい過ちと、哀しみに、心を押し潰されてしまったのではないだろうか?

そして、その記憶を甦らせたクリスが、どんな思いを抱いたのか。

結「どうすればいいか……分かんないよね?」

クリスの心痛を思って、結の右頬を一筋の涙が伝う。

クリス「でも……この、身体は……レオノーラの、物、だもの……」

クリスはしゃくり上げながら、絶え絶えに返す。
515 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/05/17(木) 21:20:39.28 ID:5YAl2E/k0
そう、真実は呆れるほど単純な事だった。

レオノーラの記憶を甦らせたクリスは結局、クリスのままだったのだ。

ただ、重すぎるレオノーラの記憶に、自分自身を揺るがされた。

自分をレオノーラ・ヴェルナーだと自己暗示をかけてしまったのだ。

自己暗示によって生まれたレオノーラと言うペルソナによって追い遣られた、
彼女の本質であるクリスティーナは、ペルソナに全てを委ねたのだ。

そして、トリスタンからの問いかけの答えに、復讐を選んだ。

しかし、本当のレオノーラならば、復讐など選ばなかっただろう。

彼女は戦争のただ中に飛び込み、
圧倒的な兵力を持ちながらも、全面降伏を宣言するほどの平和主義者だったのだから。

言ってみれば、経験も知識も少ない子供が考えた、
“誰かのための仕返し”に通じる行為。

それが、復讐を選んだクリスの真実だ。

本当に呆れるほど単純で、純粋すぎるクリス自身の暴走だったのだ。

結「違うよ……その身体は……、
  ううん、クリスの全てはね、クリス自身のものだよ」

結はそう言って、優しく微笑んだ。

結「クリスの知らない誰かのためじゃなくて、
  クリス自身のため、クリスが本当に好きな誰かのために……クリスの全てはあるんだから」

早世した自分の母と、親友の母も、そうだった。

死の間際まで娘を、自分と奏を必死で愛してくれた。

オリジナルの遺伝子に違いはあろうとも、生まれの境遇は似たようなモノだ。

母達に許されて、目の前で怯えて震える幼い少女に許されないなんて事はない。

だが――
516 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/05/17(木) 21:21:23.50 ID:5YAl2E/k0
クリス「でも……でも、私、ひどい事しちゃった……!
    みんなを傷つけようとして、お姉ちゃんまでそんなにボロボロになって!」

クリスは頭を抱え、イヤイヤをするように首を振った。

結「それはちが……」

奏『違うよ!』

言いかけた結の言葉を、外から聞こえた声が遮った。

奏の声だった。

クリス「か、奏……せんせぇ……」

涙に震える声で、クリスは奏の名を呼ぶ。

穴だらけになった壁面の中央、魔導機人の正面に奏はいた。

どうやら、クリスが戦意を喪失した事で魔導機人もその活動を止めたようだ。

奏『先生は……先生もお姉ちゃんも、クリスを助けるためにここに来たの!
  だから、クリスのせいなんかじゃないの、コレは先生達が選んだ道なんだから!』

奏は必死に語りかける。

それが、先ほど口を噤んでしまった事に対する贖罪であるかのように。

あの時、受け止め切れなかった。

何度でも名前を呼ぶべきだった時に、呼びかける事が出来なかった。

だから、今度こそ、受け止めてみせる。

そんな決意と共に、奏は語り続ける。
517 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/05/17(木) 21:22:46.92 ID:5YAl2E/k0
奏『戻る場所がないなんて、戻っていい場所がないなんて、悲しい事を言わないで!
  クリスが苦しいなら、先生が受け止めてあげる!
  先生が、クリスの帰る場所になってあげるから!
  だから、戻って来て、クリィスッ!』

奏は構えを解いて、両手を広げて叫んだ。

かつて、親友がかけてくれた暖かな言葉。

真っ暗な闇から、暖かな光の中へと連れ出してくれた、優しい言葉。

その言葉と同じように、彼女なりに心から振り絞った言葉だった。

クリス「せん、せぇ……せんせぇ……かなでせんせぇ……
    うぅ、うぁ、あぁ……わあぁぁぁぁっ」

優しい言葉に、クリスは慟哭する。

堰を切ったように、ボロボロと大量の涙が溢れ出した。

結「クリス………」

結も、そんなクリスに優しく声をかける。

クリス「おね、ちゃん……おねぇちゃ、ん…………帰り、たい……
    せんせぇたちの、とこに……みんなの、とこに……帰りたい、よぉ……」

クリスはしゃくり上げながら懇願する。

だが、懇願などされなくとも、結の心は最初から決まっていた。

結「うん……お姉ちゃんと帰ろう」

結は言いながら、左手を差し伸べたまま歩み寄って行く。

そう、これこそが保護エージェントとしての……いや、
あの幼き日に志した、自分の理想とする、優しい魔法使いの、亡き師が見せてくれた姿なのだから。
518 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/05/17(木) 21:23:37.05 ID:5YAl2E/k0
だが――

ディアマンテ『システムエラー――』

――現実は、その理想を嘲笑う。

響き渡る声と共に、クリスの付けたギアの一部が小さく爆ぜた。

ギアの機能を統括する、スメラルドに相当する部位が、
最も砕けて欲しくない部分が、バラバラに砕けた。

クリス「え……」

自らの手元で起きた突然の事態に、クリスは呆然と声を漏らした。

直後、鮮やかなエメラルドグリーンの魔力光がクリスを中心に溢れ出した。

魔力の暴走だ。

統括機能を失い、システムの一部が焼き切れたトパーツィオ部の魔力増幅機能が暴走しているのだ。

暴走した魔力は、即座に主に牙を剥いた。

爆発的に溢れ出した魔力は、そのまま絶大な重圧となってクリスを押し潰そうとする。

クリス「キャアァァァァッ!?」

突如の超重圧に、クリスは悲鳴を上げる。

結「クリスゥッ!?」

悲鳴じみた声で叫び、慌ててクリスに駆け寄ろうとする結。

だが、溢れ出した魔力重圧の壁は、結の華奢な身体を弾き飛ばす。

結「ぅぐぅぁ!?」

まだ癒えぬ傷に走る衝撃に喘ぎながらも、結は必死で足を踏ん張って耐える。

エール<最悪のパターンだ……>

エールも、予想こそしていたが、最も起こって欲しくなかった類の暴走に呆然と漏らす。
519 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/05/17(木) 21:25:08.40 ID:5YAl2E/k0
クリス「お……おねぇ……ちゃん……」

クリスは苦しそうに漏らす。

どうやら、あの魔導防護服が辛うじてクリスが押し潰されるのを防いでくれているようだ。

恐らく、ヨハン達の使っていた身代わりの呪具の効果もあるのだろう。

だが、それでもいつまで耐えられるか保証はない。

今すぐにこの魔力の障壁をぶち破り、中のクリスを助けなければならない。

それが出来るのは、今、この場にいる自分だけだ。

エール「結!」

それを察し、考え得る最速にして最も確率の高い方法を実行するために、
エールは自ら魔導機人となって現れる。

結「エール!」

結にもエールの選んだ方法が何であるか分かっていた。

結はエールの正面に躍り出て、魔力の翼を広げる。

結(グランリュヌに残された魔力は一器分……使えるのは一回だけ!)

広げた魔力の翼で、自らを包み込む。

ギアを再起動し、片腕でその先端を突き出すように構える。

この魔法、使うのはいつ以来だろうか?

思い返されるのは一年前。
百メートル離れた位置にいる、誘拐した人質に銃口を向けたテロリストから、
人質を救うための一手。

それは結の魔法の中で、最速にして必中の一撃。

エージェント候補生時代に編み出し、奏との戦技披露会で初めて見せた、この一撃。
520 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/05/17(木) 21:25:49.61 ID:5YAl2E/k0
翼で身を包んだ結の身体を、エールの魔導砲が撃つ。

仲間割れではない。

翼を纏った結を、魔力砲弾が撃ち出したのだ。

魔力砲弾による加速で、結は通常飛行速度の倍以上の速度で飛翔する。

そして、魔力砲弾によって剥がされた翼の中から結は飛び出し、
突き出した長杖の先端にアルク・アン・シエルを放出する。

直後、結はアルク・アン・シエルの魔力を纏った砲弾と化した。

そう、砲撃故にアルク・アン・シエルは回避の余地がある。

しかも大量の魔力を用いる反動故に、一度回避されれば照射時間の五秒の間、
その砲撃角度は変更できない。

その隙だらけの砲撃。

避けられてしまうのなら、自ら当てに行く。

自らをアルク・アン・シエルの魔力で包み込み、
砲撃よりも早い速度で対象へと体当たりする超高速飛翔型砲撃魔法。

一角獣の如く長杖を突き出し、自らが砲弾となるその魔法の名は――

結「リュミエール……リコルヌシャルジュゥッ!!」

リュミエール・リコルヌシャルジュ――輝きを纏う、一角獣の突進。

自らの愛器……その一角獣の騎士の姿を名に関した、結の切り札の一つだ。

アルク・アン・シエルの砲弾と化した結は、
そのままクリスの生み出してしまった超重圧の魔力障壁に真っ向からぶつかる。
521 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/05/17(木) 21:27:02.82 ID:5YAl2E/k0
結「っ、あああぁぁぁっ!!!」

最大速度でかけていた治癒促進が間に合わず、先ほど受けた傷が開いて血が噴き出す。

その痛みを裂帛の気合でねじ伏せて、結はさらに力を込める。

ジワジワと超重圧の障壁を侵食する。

結「つら……ぬい、てぇぇぇっ!!」

懇願するかのような叫びと共に、結は最大出力で残りの魔力を解き放つ。

そして、ついに障壁の表層を突破する。

表層を突破すれば、あとは勢いだ。

残された魔力で、中央のクリスに向けて一直線に飛ぶ。

結「クリィィスゥッ!!」

絶叫にも似た、結の声と――

クリス「おねぇ、ちゃん……!」

――振り絞り応える、クリスの声。

虹の輝きを纏った結が、クリスの元に辿り着く。

そして、暴走するギアを力任せに握り潰す。

魔力の奔流が止むのに、一秒もかからなかった。

結「っ……はぁぁぁ………」

一瞬とは言え全身に襲い掛かった超重圧から解放され、結は深く溜息を吐く。

クリス「あ、あ………ぅ……」

クリスも自らの超重圧から助け出され、身体を震わせている。
522 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/05/17(木) 21:27:58.40 ID:5YAl2E/k0
しかし、すぐに顔を上げる。

クリス「お姉ちゃん……ごめん、なさい……大丈夫……?」

まだ怯えたような様子で、
満身創痍の結に悲しげな声の謝罪の言葉と共にその身を案じる。

正直に言えば、まるで大丈夫ではない。

ほぼ最後の一滴まで魔力を使い果たし、エールは沈黙。

魔導機人内部であるため魔力供給は戻らず、開いた傷からは血が溢れ出している。

前述の通り、満身創痍だ。

だが――

結「大丈夫だよ……お姉ちゃん、強いんだから」

結はまだ僅かに残る体力を総動員して胸を張って、引き攣りながらも笑顔を浮かべる。

嗚呼、こんなものはやせ我慢だ。
だが、それでも、やせ我慢を突き通す。

結「クリスは……魔法……嫌いに、なっちゃった……?」

絶え絶えに、だが一言一句をハッキリと口にして尋ねる。

クリスは目を見開いて、小さく息を飲む。

答えは決まっている。

みんなを傷つけ、今、ボロボロの結が目の前にいるのだ。

クリス「こわい……よ」

クリスは顔を俯け、涙で震える声を漏らす。
523 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/05/17(木) 21:29:25.82 ID:5YAl2E/k0
しかし、結はそんなクリスを優しく抱きしめる。

結「そうだね……怖いよね……。
  でもね、クリスの魔法……お姉ちゃんは羨ましいな……」

クリス「え……」

囁くような、暖かい声に誘われるように、クリスは顔を上げる。

結「お姉ちゃんの魔法はね……撃ったり飛んだりしか出来ないけれど、
  クリスの魔法は……誰かを守れる魔法なんだ……」

比喩表現でもなく、結は言い切った。

対物操作魔法は物体に作用し、また魔力である以上、他の魔力と相殺する事が出来る。

ギアの助けなどなくても、クリスは強力な物理保護障壁を張れるようになるだろう。

それだけの資質が、クリスにある事は結の目にも明白だった。

結「津波や土砂崩れ、ピストルの弾………。
  もっと鍛えれば、どんな怖い物が襲い掛かって来ても、誰かを守れる……。

  クリスの魔法は、ちゃんと使えば、そんな優しい魔法なんだよ………」

クリス「やさしい……まほう……」

結の言葉を、クリスは反芻する。

結「だから……怖がらないで、あげて……ね?」

結は引き攣った笑みなどではなく、満面の笑みを浮かべて言い切った。

そうだ。

自分はこの言葉を伝える人になると幼き日に決め、
迷いから立ち直った日に誓ったのだ。

どんなに迷っても、何度挫けても、
エレナが灯してくれた優しい灯火を誰かに伝えると、誓ったのだ。

そして灯火は――

クリス「……うんっ」

――涙ながらに笑顔を浮かべる幼い少女にも、灯る。

結はクリスを抱きしめる左腕に、そっと力を込める。
524 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/05/17(木) 21:30:21.42 ID:5YAl2E/k0
奏「じゃあ……帰ろう? 奏先生達が、待ってるよ」

結はそう言うが、最早、立ち上がる余裕もない。

おそらく、寝返りすら打てないではないだろうか?

その時だった――

ガラガラと、無数の破片が二人の周囲に落ちて来た。

結「え……?」

唖然として、結は破片の落ちて来た天井を見上げる。

無事な右目が大きく見開かれる。

ひび割れた天井が、崩壊を始めていた。

そう、クリスから解放された絶大な威力の魔力が生んだ超重圧は、
彼女たちの周辺――天井にまで及んでいたのだ。

結(だめ……身体が、思うように動かない……)

結は愕然とする。

ひび割れた天井は、もう一秒と保たないだろう。

クリスもフラフラで走る事は出来ない。

そんなクリスを安全な場所まで放る力も、今の自分には残されていないかった。

そう、誰も逃げられない。

その結論に達するのを待っていたかのように、天井がガラガラと崩落を始めた。
525 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/05/17(木) 21:31:06.28 ID:5YAl2E/k0
結「クリス!」

つい先ほどまでは、寝返りも打てないと思っていた。

だが、結は咄嗟にクリスを下に庇うように体勢を入れ替える。

動いてくれた。

助かるかは分からない。

それでも、何もしないよりは、何もせずに諦めるよりはずっとマシだ。

崩落が結達を押し潰す。

十五歳の華奢な身体は、魔力を使い尽くしたこの身は、どこまで命を守れるだろう?

願わくば、今、この身の下で呆然と震える少女にだけでも未来を。

そんな祈りを、胸中で独りごちる。

未来は――

?「マークシムムクルィークッ!!」

――大いなる牙が切り開いた。

崩落が結とクリスを包み込もうとした瞬間、
青銀に輝く雷の刃がその全てを切り裂いていた。

奏「結っ、クリスっ!」

粉みじんになった瓦礫を吹き飛ばしながら振り返ったのは、そう奏だ。
526 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/05/17(木) 21:31:57.33 ID:5YAl2E/k0
正に、間一髪だった。

奏はクリスの悲鳴を聞いた瞬間、
残された魔力で白銀の魔導機人の顔面を切り裂いて、内部に侵入していた。

そして、僅かばかりの結の魔力の残滓を辿り、
首の下辺りに位置していたこの部屋へと辿り着いたのだ。

折しも、結とクリスが崩落に巻き込まれる寸前の事だった。

結「奏ちゃん……ナイス、タイミン……グ……」

安堵の溜息と共に、結は急激に意識が遠のくを感じた。

ああ、助かったんだ。

これで、クリスはもう大丈夫だ。

やっと、休める。

何もやり残した事はない、ハズだ……。

結(あれ……何か……忘れてる………)

遠くで自分の名前を呼ぶ声を聞きながら、
結の意識は闇の中に落ちて行った。

結(何……忘れてるん……だっけ……?)

そんな疑問を、残しながら。
527 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/05/17(木) 21:32:42.37 ID:5YAl2E/k0


結「………あ、そうだ……食器……洗ってなかった……」

遠のいた意識は、そんな呟きと共に急激に醒めた。

視界が狭いのは、気のせいだろうか?

よく見ると、仲間達が心配そうに顔を覗き込んでいた。

フラン「あなた、いきなり何言ってるの!?」

少し怒ったような声ながらも、笑顔と目に涙を浮かべているのはフランだ。

メイ「食器て……ああ、そっか……。
   そんな暇なかったもんね、アハハハッ」

泣き笑いで納得したようなメイ。

食器とは、三日前の襲撃当日、
朝食に使ってシンクで水浸しになったままの食器類の事だ。

リーネ「結姉ちゃん……ゆいねぇちゃぁん!」

胸元には、すがりついて泣くリーネ。

ロロ「ハァ……ハァ……よ、良かった……助けられた……」

ロロは肩で息をしながら、安堵の息を漏らしている。

ザック「ったく、心配かけやがって……」

フラフラになったロロを支えながら、
ザックは怒ったような安心したような複雑な表情を浮かべている。

見渡せば荒野の草むらの上。

どうやら、外に運び出され、治療を受けていたらしい。

魔力も回復し、治癒促進とロロの治癒魔法で身体の痛みは幾分か楽になっていた。

回りが騒がしい。

どうやら、応援部隊が到着したらしい。
528 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/05/17(木) 21:33:50.24 ID:5YAl2E/k0
しかし、そこで気付く。

自分が助けた少女は、そして、最後の最後で自分達を助けてくれた親友の姿がない。

結「クリス……は? それに、奏ちゃん……も」

結はまだ痛みで軋む身体を起こそうとするが、それはフランの手で制される。

フラン「あの子なら、ついさっきまで大泣きしていたけど、
    本部の医療班が連れて行ったわ。

    奏はその付き添い」

結「そっか……良かった……」

結は安堵の溜息を漏らす。

奏の事だ、自分の不安を押し殺して、優しく言い聞かせたんだろう。

その光景を思い起こして、結はくすりと笑った。

それと同時に、お礼を言いそびれた事に気付いて、動かぬ肩を心中で竦める。

ロロ「こちらファルギエール。
   エージェント・譲羽が意識を取り戻しました。

   ………はい、バイタルも今は安定しています。
   ………はい、すぐに搬送をお願いします」

通信でもしているらしいロロの話しぶりかして、どうやら今度は自分が搬送されるようだ。

数分とせずに、救急エージェント達が駆け付け、担架に移される。

目の辺りを頻りに確認しているようだが、どう言う事だろうか?

結は怪訝そうに小首を傾げ、そのままヘリへと搬送されて行く。

搬送される途中、リノを見かけた。

結(リノさんも無事だったんだ……良かった……)

結は視線だけでリノと挨拶を交わし、また安堵の溜息を漏らす。

エージェント大量惨殺事件から九日、事件はようやくその区切りを付けたようだった。

結(あ……何か……眠い……)

そう思った途端に、激しい睡魔に襲われた。

十日前の時のように、結は緩やかな眠りへと落ちて行った。


それから、瞬く間に二ヶ月が過ぎた。
529 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/05/17(木) 21:35:33.02 ID:5YAl2E/k0


魔法倫理研究院本部、医療部局病棟、診察室――

??「まったく……。
   子供時代から君の無茶は、いい加減、どうにかならないのかい?」

切れ長の目に、艶やかな黒髪をした妙齢の女性が溜息がちに呟いた。

結「アハハハ……申し訳ないです……」

結は苦笑いを浮かべ、肩を竦めた。

女性の名は笹森貴祢【ささもり たかね】。

結が幼い頃から世話になっている、本部勤務のSランク医療エージェントだ。

御年、三十歳(自称)の、当時からベテランの医師だ。

専門は義手、義足などの分野であり、結の義手を製作したのも彼女だ。

貴祢「右腕の義手に続き、左目まで義眼とは………。
   もうすぐ十六の少女の身体と言うには酷過ぎるな」

苛つきの中に一抹の寂しさを滲ませ、貴祢は溜息を漏らすと、さらに続ける。

貴祢「まぁ、私も仕事だから作らないワケにもいかないのだが………、
   君はもう少し、自分の身体を大切にしたまえ。

   故郷の親御さんやご家族が心配するぞ?」

結「はい……肝に銘じます」

心底から心配した様子の貴祢の言葉に、結は神妙な面持ちで返した。

貴祢「まあ、君も明日からは正式にSランク昇格だ。
   今後も経過を診る必要はあるが、今日で解放しよう。

   事務仕事も増えるだろうから、しばらくはオフィスで大人しくしておきなさい」

結「あ、それなんですけど……。
  早速、前線任務への出撃許可に、担当医のハンコを戴きたいんですが?」

結が躊躇いがちに言うと、貴祢はがっくりと肩を落とした。

貴祢「…………アレか、君はサメの類なのか?
   前線任務に出てないと呼吸できない、新種の生き物か何かなのか?」

そう呟く貴祢の声は、純粋に呆れていた。

声だけでなく、その視線と表情は雄弁に“バカにつける薬なし”と言っているようで、
結は苦笑いと共に、居たたまれなそうに肩を竦めるしかなかった。
530 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/05/17(木) 21:36:17.20 ID:5YAl2E/k0
結局、結は呆れ果てた先輩エージェントからハンコを貰い、
安心した表情を浮かべて診察室を去った。

二ヶ月前のあの日、クリスを助ける代償として、結は左目を失っていた。

あの魔力弾を防御した際の、微粒子の弾丸の直撃を受けたためだ。

本部に戻って破片は取り出したものの、眼球は完全に破裂しており、
治療は不可能と診断され、結果的に義眼を入れる運びとなった。

エール<視界はどうだい、結?>

結<うん、前より良いくらいだよ>

問いかける愛器に、結は満足げに答えた。

義眼は簡易ギアのような物で、エールの補助で視界を生んでくれる。

非常にリアルな3D映像を見せられているような違和感があるが、
それでも潰れる前よりもずっと視界が広いくらいだ。

しかし、その光景を見ながら、重い溜息が漏れる。

右腕と左目。

親から授かった身体を、今は異物が肩代わりしている事実。

義手の時もそうだったが、貴祢の言葉を思い出して、
家族に対して申し訳ない気持ちが首をもたげる。

だが、それでも自分で選んだ道の結果だ。

自分だけでも、今を受け入れなければいけない。

結は顔を上げ、胸を張って、次の目的地である墓地へと向かった。
531 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/05/17(木) 21:38:22.60 ID:5YAl2E/k0
墓地にはチラホラと墓参りに来ている者がいる他は、静かなものだった。
売店で小さな白い花束を二つ買い、目当ての区画を目指す。

その区画とは二ヶ月前、合同葬で埋葬されたエレナとキャスリンの墓だ。

結「あ……」

エレナの墓前には、先客がいた。

リノ「やぁ……」

リノと、そろそろ一歳の誕生日を迎える彼の愛息のラウルだ。

リノはラウルを抱きかかえ、亡き妻の墓前で祈りを捧げている最中のようだった。

エレナとキャスリンの墓前には、今日も大量の花が添えられていた。

結「リノさん、ラウル君、こんにちわ」

結は笑顔で会釈する。

ラウル「ゆぅぃ」

ラウルが舌っ足らずな声で名を呼んでくれた。

結「はいはい、結だよ」

結はあやすような声で、ラウルの呼びかけに応える。

そして、気を取り直して二人の墓前に花束を供えると、
改めてリノに向き直る。

結「……事件の報告、ですか……?」

リノ「うん……ようやく、全部の聴取が終わったらしくてね。
   ラルフ総隊長から、聞いて来たよ」

結の質問に、リノは小さく溜息を吐いて応えた。
532 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/05/17(木) 21:39:30.73 ID:5YAl2E/k0
あれから、エージェント大量惨殺事件は主犯者の名を取って、
トリスタン・ゲントナー事件とその名を変えていた。

遺跡襲撃、エージェント惨殺、Aカテゴリくらす及び本部襲撃、
誘拐、遺跡破壊などの複合事件であるためだ。

しかし、名前が変わろうとも、事件の本質は変わらない。

元エージェントが起こした、自分探しと言うには大それた事件と言うのが、大方の見解だ。

共犯者二名の内、ヨハン・パークは更正の見込み無しと判断が下り、
米政府司法局への引き渡しが決まった。

もう、彼も死刑を免れる事は出来ないだろう。

もう一人、シルヴィア・ゲントナーも本部隔離施設に移され、
長期更正教育プログラムが施される事が、つい先日決まったばかりである。

あれだけ強度にトリスタンに依存している以上、
社会復帰がいつになるかは、分からない。

主犯であるトリスタンに関しては、さらに複雑だ。

結果だけを言えば、監獄施設への永久投獄。

本人が他者に危害を加える意志がない事は判明していたが、
魔力も厳重封印されている。

捕り物の際、人間考察に目覚めたと言っていた。

おそらくは、投獄後もソレを続けるだろう。

その結果、まだ半生を残す三十九歳の男に、どんな意志と感情が芽生えるかはまだ分からない。

それと、余談ではあるが、ザックを連れ出したリノの処分は、
巨大魔導機人の停止、トリスタンの確保、
さらに古代魔法文明に関する資料の入手などの功績とで、一応は帳消し扱いとされていた。

まあ、根回しの成果である。

閑話休題。
533 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/05/17(木) 21:40:30.49 ID:5YAl2E/k0
リノ「トリスタンのパトロン……出資者は、
   結局、魔導研究機関だったそうだね」

結「はい……。
  ただ、誰かまでは当人も知らないそうです。
  名前も知らない代理人が間に立っていたとかで」

確認するようなリノの言葉に、結は頷きながら答える。

南米やアフリカでの殲滅作戦により、今やほぼ壊滅状態の魔導研究機関残党。

だが、まだその残党の中には、違法な魔導研究を続けている者がいる。

結「例の呪導ギアもパトロンからの依頼で作った、
  ギア機能の呪具化による分散モジュールで得られた技術をフィードバックした、
  ハンドメイドのオリジナルだそうです」

結は聴取資料を思い返しながら呟く。

つまりトリスタンの後ろには、まだ大きな犯罪者――
あの機人魔導兵を生み出した者が蠢いている。

それも、トリスタンの意志とは関係の無い所で。

ラウル「ぱぁぱっ、ぱぁぱっ」

リノ「やれやれ……気が重たくなるね、どうにも」

リノはじゃれつく愛息の頬を撫でながら、言葉とは裏腹な笑顔を浮かべて言った。

そんな様子を見て、結は気になっていた事を聞く事にした。
534 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/05/17(木) 21:41:33.77 ID:5YAl2E/k0
結「………エージェント、続けられるんですか?」

リノ「………まぁ、ね」

結の質問に、リノは遠くを見るように答え、さらに続ける。

リノ「とは言っても、この子の事があるから……、
   今までみたいに、捜査エージェント隊からの出向扱いじゃなく、
   正式に研究エージェント隊に転属する事にしたよ。

   総合戦技教導隊の隊長に就任、かな」

結「そうですか……」

リノ「ハハハッ、上層部が口を揃えていたそうだよ。
   じゃじゃ馬が一人、ようやく落ち着いてくれる、ってね」

結「じゃじゃ馬、ですか」

笑い飛ばすリノに、結は苦笑いを浮かべた。

一人、と言う事は他にもいるのだろう。

まあ、間違いなく自分の事だろうな、と、結は心中で肩を竦めた。

リノ「今日はオフだろう? これからどうするんだい?」

リノは立ち上がりながら、結の予定を尋ねた。

結「えっと……アレックス君から例のギアを預かったら、
  付き添いでスイスに行く事になっています」

リノ「ああ、そう言えば、今日から転入だったね……」

結の言葉に、リノは思い出したように呟いた。

結「出発はお昼過ぎなんで、先に快気祝してもらう事になってますけど」

結も笑顔で言って、立ち上がる。

リノ「じゃあ、また」

結「はい、また……職場で」

会釈を交わし合い、結はラウルに手を振りながらその場を辞した。
535 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/05/17(木) 21:42:55.67 ID:5YAl2E/k0
続いて結が向かったのは、寮の食堂だった。

フラン「おっ、やっと来たわね!」

食堂の入口を見遣っていたフランが、結の姿を見付けて笑顔を見せる。

メイ「結おそーい! 料理冷めちゃうよ!」

メイも怒ったような、それでいて嬉しそうな声を上げている。

結は食堂奥に準備されたスペースに駆け寄る。

幸いにも、盛り付けられた料理はまだ湯気を上げている物が多く、
冷めている物は無さそうだ。

結「お待たせ……。
  っと、ロロとザック君は?」

しかし、見渡しても関係者はフランとメイしかいない。

どうやら、快気祝に出席してくれたのは、この二人だけのようだ。

メイ「二人とも急な任務だってさ。
   テロ予告があったとかで、念のためイギリス行き」

フラン「どーせ、いつも通り予告だけで終わって、
    適当に切り上げるついでに、イチャついて帰って来るんでしょうけどね……。

    嗚呼、嗚呼、羨ましい事で」

結の質問にメイが応え、フランが溜息混じりに続けた。

まあ、この三人は、いわゆる“彼氏いない組”に含まれる三人である。

折角の快気祝が、いきなりお通夜ムードだ。
536 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/05/17(木) 21:44:26.57 ID:5YAl2E/k0
だが、自ら招いたお通夜ムードを、フランが吹き飛ばすべく口を開いた。

フラン「それはそうと、良いニュースもあるわよ!」

結「良いニュース?」

気を取り直したフランの言葉に、結は小首を傾げる。

メイ「良いニュースって、もしかしてアタシも初聞きだったりする?」

メイも身を乗り出すようにして、興味深そうに聞き入って来る。

フラン「二ヶ月前に試験運用した例の部隊だけど、正式発足が決まったわ」

例の部隊とは、以前からフランが口にしていた対カウンターテロ用の少数精鋭部隊の事だ。

結「本当に!? おめでとう、フラン!」

嬉しそうに言ったフランに、結は驚きをもって応え、祝う。

メイ「やったね、フラン姉!」

メイも姉貴分の望みが叶った事を、素直に祝福する。

結の快気祝は、フランの案である部隊発足を祝う会へとシフトして行く。

だが妹分二人の祝辞に、フランは怪訝そうな顔を浮かべている。

フラン「ん? 何他人事みたいな事言ってんの?
    あなた達も部隊の頭数に入ってるわよ?」

結「………へ?」

メイ「………はいぃ?」

訝しげに漏らしたフランに、結とメイは笑顔のまま首を傾げた。

フラン「当たり前でしょ。何のための試験運用だと思ってるのよ。
    あのメンバーで例の移民船の確保に成功したから、
    上層部だってゴーサインを出したのよ?」

フランはさも当然と言った風に言ってのけると、さらに続ける。

フラン「メイもロロもザックも、
    あの件でSランク昇進の話が出たし……箔が付くわよぉ。

    正に、オールトップハイランカーエージェントチーム!」

お通夜ムードは完璧に脱したが、逆にサプライズパーティー状態である。
悪い意味で。
537 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/05/17(木) 21:45:55.70 ID:5YAl2E/k0
フラン「隊長は私、副隊長はザック、隊長補佐に奏。
    コレなら誰がどの任務に出ていても指揮系統は動くでしょ。

    勿論、有事の際以外は通常任務にも就けるから安心しなさい」

結「あ、何だ……そうか、良かった」

フランの説明を聞き、結は胸を撫で下ろす。

メイ「いやいや、それで安心するのはおかしい」

メイは慌てて、結とフランの間に入る。

確かに、有事の際にはカウンターテロ特殊部隊、それ以外は通常のエージェント業務。

情勢不安の続く今は、正に激務となるだろう。

しかし、結にとっては別任務で
保護エージェントとしての仕事が出来なくなる事の方が大問題だったようだ。

ともあれ、結と言う援護を得て、フランはさらに説明を続ける。

フラン「任務内容によっては、それぞれの得意分野で指揮を執ってもらう事になるから、
    メイにだって指揮するチャンスがあるわよ?」

メイ「あ、アタシが指揮官!?」

その説明に、今度はメイは喜色めいた驚きの声を上げる。

これでも長年妹分を続けている身だ。

大方は当人の調子の良さが原因だが、
まあ、当人してみれば長らく兄姉に頭の上がらない人生を過ごして来たのである。

そこに降って湧いた、兄姉達に対する指揮権と言う名の甘い蜜。

丸め込むための方便とは言え、その蜜に抗う術をメイは持ち合わせていなかった。

メイ「フラン姉! アタシ、頑張る!」

フラン「うんうん、可愛い妹分よのぅ」

目を輝かせてその右手を握り締めて来たメイの頭を、フランは左手で優しげに撫でた。

これもまあ、一応は美しき義姉妹愛、その絆のカタチである。

結「アハハハ………」

結は苦笑い半分と言った風に笑った。

こうして、結の快気祝兼対カウンターテロ部隊発足記念は、賑やかに始まった。
538 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/05/17(木) 21:46:51.11 ID:5YAl2E/k0
正味一時間ほどのパーティーを終え、結はようやく完全復興を遂げた研究棟の、
第七世代ギア開発チームの研究室に顔を出していた。

結「アレックス君!」

入口で声を掛けると、すぐにアレックスは振り返った。

アレックス「ああ、結君、良いタイミングです」

歩み寄って来る結の姿を見付け、アレックスは笑みを浮かべる。

対して、結は何故か、少し不満げだ。

結「快気祝、来てくれても良かったのに……」

どうやら、そう言う事らしい。

アレックス「すいません、コレの調整に手間取ってしまって」

不満を漏らす結に、アレックスは苦笑い混じりにギア用のケースを取り出した。

結「……ふふふ、冗談だよ。
  ありがとう、アレックス君」

だが、結はすぐに笑顔に戻って、アレックスからケースを受け取る。

アレックス「いえいえ、どう致しまして。
      っと、そうだ近い内にフィッティングして欲しいシステムがあるんですが……」

結「うん、あとで時間作るね」

切り出したばかりのアレックスに、結は笑顔で頷いた。

まるでデートの約束でもしているかのようなやり取りである。

周囲の視線が痛いような気がするが、まあ気のせいだろう。
539 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/05/17(木) 21:47:59.05 ID:5YAl2E/k0
結「じゃあ、そろそろ行くね」

アレックス「はい、気を付けて」

視線だけはアレックスに向けたまま、結は研究室を立ち去る。

アレックスは名残惜しそうに見送り、結も最後に一瞬だけ立ち止まり、
だがすぐにどちらともなく視線を外し、結は歩き出した。

そして、結の姿が見えなくなった途端、
一部の研究者達がアレックスを取り囲んだ。

ヴェステージ<やれやれ……我が主がピンチなのである>

共有回線を通した思念通話で、ヴェステージが語りかけて来る。

エール<お互い、ハッキリさせた方がいいんじゃないかな?>

エールも溜息がちに呟く。

結<アハハハ………>

対して結は、苦笑いを浮かべ、心中でも力なく笑う他なかった。

遠くで、何か悲鳴じみた声と怒声が飛び交っているのは、
まあ気のせい、空耳、幻聴の類だろう。

彼は……アレックスは幼馴染みで、友人で、頼れる仲間。

結(うん……今はまだ、それでいい………)

そう言い聞かせた結は、少しだけそれまでとは違う暖かさを胸の内に感じながら、
研究棟の外へと出た。

あの時、アレックスへの感謝の念と共に微かに抱いた気持ちに答を出すのは、
あとほんの少しだけ、先になりそうだ。
540 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/05/17(木) 21:48:54.08 ID:5YAl2E/k0


本部を飛び立って三時間後、結はスイス山中の若年者保護観察施設へとたどり着いていた。

降り立とうとする視線の先――屋上ではコチラを見上げる二人の姿があった。

奏と、クリスだ。

結「お待たせっ!」

二人の前にゆっくりと降り立った結は、
起動状態だったエールを待機状態に戻し、魔導防護服を解除する。

クリス「お姉ちゃん……」

事件以来、久しく顔を合わせていなかった結を、
クリスは上目遣いで不安げに見上げる。

何度も泣きながら許しを請うた彼女の怯えた表情が、結の脳裏に甦る。

まだ、この子は罪の意識を感じているのだろうか?

結「久しぶりだね、クリス。元気にしてた?」

その不安を感じて、結は努めていつも通りの笑顔を浮かべ、両手でクリスを抱きしめた。

少し過剰な愛情表現かもしれないが、今の彼女にはこれくらいがいい。

クリス「……うん……元気に、してたよ」

戸惑いながら、だが次第に笑みを零すクリス。

笑みと共に、ごく僅かな涙も頬を伝う。

目の前にいるのは五体満足の結だが、クリスは結が義手である事、
そして、左目を失った事を知っていた。

正しくは、自ら望んで奏から聞いたのだ。

自分が犯した罪を、正面から受け止めるために。

その事は結も聞かされていた。

早くその罪の意識を和らげてあげたかったが、
目の治療が長引いた事で、今の今まで施設に顔を出す事が出来なかったのだ。

ただ、結に抱きしめられた事で、クリスの中の罪の意識も少しは和らいだようだ。
541 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/05/17(木) 21:49:44.30 ID:5YAl2E/k0
結は奏は互いに目配せし、頷き合う。

奏「さぁ、クリス……折角の出発の日に、泣いてちゃ勿体ないよ」

奏はそう言って、優しく結からクリスを引き離し、
背中を支えるように手を添えた。

クリス「…………は、はい!」

クリスは涙を拭って、笑顔で応える。

結も二人のその様子を見て、優しい微笑みを浮かべる。

結「じゃあ、私達からクリスにプレゼント……はい、これっ」

結は大仰な仕草で、ジャケットの内ポケットから黒塗りのケースを取り出した。

アレックスから預かった、ギア用のケースだ。

クリス「これ……」

奏「私達みんなからの、入学祝いだよ。さぁ……」

驚いた様子のクリスに、奏が背中で優しく促した。

クリスは緊張気味に、結からケースを受け取り、開いた。

そこには、まだ何の装飾も施されていない、鈍色の球体が入っていた。

使用者登録のされていない、真っ新なギアだ。

結「この子の名前はクライノート。

  今日からクリスの相棒になる……
  ううん、クリスの相棒になって行くギアだよ」

結は言いかけてから、小さく頭を振って言い直す。
542 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/05/17(木) 21:50:34.93 ID:5YAl2E/k0
クリス「クライノート……」

ドイツ語で宝玉の名を持つギアを、クリスは両手ですくい上げる。

クライノート<check>

主となる少女の魔力を感知し、ギアが起動する。

彼女の耳にだけ届く、機械的な起動音。

結「さあ、起動認証……してみようか?」

クリス「うんっ!」

笑顔の結に促され、クリスは大きく頷いた。

二人の元から少し離れ、両手でクライノートを掲げる。

クリス「起動認証、クリスティーナ・ユーリエフ!
    クライノート、スタートアップ!」

掲げられた両手とクライノートから、
淡いエメラルドグリーンの輝きが……クリスの魔力が溢れ出す。

クリスティーナ・ユーリエフ……そう、クリスは奏の家族となっていた。

トリスタン・ゲントナー事件の調査を経て、クリスが天涯孤独の身である事が確定した事で、
奏は彼女の身元引受人として名乗り出たのだ。

もっとも、Sランクエージェントとは言え、奏自身が成人していない事もあって、
ラルフ、シエラと言った大人達が後見人と言う形を取ってくれているが……。

ともあれ、奏はクリスに約束した通り、彼女が帰って来られる場所になったのである。

二人が見守る中、ゆっくりとエメラルドグリーンの輝きは収まって行く。

輝きが消える頃には、クリスの手首に銀色のブレスレットが嵌められていた。

ブレスレットには、エメラルドグリーンの輝きを放つ、
十字架を摸したクリスタルがチャームのように取り付けられ、小さく揺れている。
543 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/05/17(木) 21:51:25.27 ID:5YAl2E/k0
クライノート『おはようございます。クリスティーナ』

共有回線を開き、語りかけて来るギア――クライノート。

クリス「うん……おはよう、クライノート」

おはようと言うには些か遅い時間に、クリスは苦笑い気味に応える。

クライノート『どうされました、クリスティーナ?』

それが分かっていないのか、クライノートは訝しげに声をかけて来た。

そのやり取りに、結と奏は顔を見合わせて噴き出しそうになる。

結「さ、さぁ……そろそろ行こうか?」

ひとしきり笑いを堪えて、結はクリスを促す。

転入、入学祝い……そう今日はクリスが訓練校――
Aカテゴリクラスに転入する日だった。

クリス「あ、はい……!」

出逢ったばかりの相棒に困ったような顔を浮かべていたクリスも、
結に促されると、気を取り直して返事をして、奏に向き直る。
544 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/05/17(木) 21:53:00.57 ID:5YAl2E/k0
奏「はい、じゃあこれ、明日の分までの着替えが入ってるよ。
  他は全部、他の荷物と一緒に学校の方に送ってあるからね。

  えっと……そうそう、困ったら一番年上のフィリーネお姉さん……事件の時に会ったよね?
  あのお姉さんか、寮母のレナ先生に言うんだよ?

  それから、えっと……」

奏は小さなバッグを手渡すと、思い出すような仕草で幾つかの注意事項を言って聞かせる。

クリスはその都度、“はい、はい”としっかりと頷いて返事をする。

そんな二人の様子に、結は微笑ましそうな表情で小さな溜息を漏らした。

結「ほらほら、奏ちゃん。
  注意事項なら行く途中で私が伝えるから」

結がほんの少しだけ、呆れたような仕草で言うと、
奏は顔を真っ赤にして俯く。

どうやら、母となった彼女は、血の繋がらない娘に対して過保護らしかった。

クリス「だ、大丈夫だよ!」

照れて俯く母に、クリスはいつぞや強がって見せたように、胸を張る。

娘のそんな様子に、奏は頼もしさと心配の入り交じった複雑な、
だが優しい笑みを浮かべた。
545 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/05/17(木) 21:54:15.77 ID:5YAl2E/k0
奏「そう………じゃあ、風邪は引かないようにね?
  みんなと、仲良くするんだよ?」

結「もう、奏ちゃんったら……」

まだ心配を続ける過保護な親友の一面に、結は小さく溜息を漏らした。

きっと奏の母、祈も彼女に対してこんな過保護な態度だったのだろう。

クローンだとか、そんな事を抜きにして、やはり子は親に似るのだ。

結は“いい加減に行かないと、時間に遅れるよ”と奏に言って、
クリスに出発を促す。

親子は少しだけ名残惜しそうに手を握り、
どちらからとなく、ゆっくりと手を離した。

その間にも結は魔導機人を召喚し、
クリスをAカテゴリクラスまで送り届ける準備を整える。

クリス「じゃあ……行ってきます。お母さん」

奏「うん、いってらっしゃい、クリス」

小さく手を振る我が子に、母も手を振り返す。

翼を広げた騎士に抱かれ、クリスは思い出の詰まった施設の屋上から飛び立つ。

クリス「………お母さん! 私、頑張るから!」

どんどん遠く離れて行く母の姿に、クリスは声をかける。

クリス「絶対に……絶対に、みんなを守れるような、
    立派な魔法使いに………エージェントになる!」

奏は、その声に応えず、ただ優しい笑顔で見送った。



世界は未だ、様々な混迷の闇に包まれている。

そんな闇に、小さな灯火が一条の光を灯す。

いつか世界を明るく照らす、希望の灯火。

その灯火は、今日もこうして、受け継がれて行く。


第24話「結、その手を繋ぐために」・了

魔導機人戦姫 第三部・戦姫継承編 完
546 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga]:2012/05/17(木) 21:59:09.35 ID:5YAl2E/k0
今回はここまでとなります。

色々とこれまでの構成ミスが重なって、なんと三話分のボリュームに!w …………笑い事じゃありませんねorz

これまでの話を加味して、現在、第四部を再構成中です。
さて、次回更新がいつになる事やら……

「最新50」とかで表示すると、最新話が全部表示されない事もあるので、
前回に続いて安価置いておきますね。

第17話 >>2-65
第18話 >>67-127
第19話 >>132-180
第20話 >>187-238
第21話 >>246-304
第22話 >>309-353
第23話 >>357-419
第24話 >>425-545
547 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/18(金) 00:01:21.23 ID:5BUhBBV30
乙ですたー!
疾風怒濤のクライマックス、結や奏は勿論ですが、リノさんの大活躍に、ただただ圧倒されました。
目まぐるしく変わる状況の中で、戦術を組み立て、大量のアイテムを選択し・・・・・・これをギアの支援も無しにって、もうなんと言ってよいのやら。
トリスタン・・・・・・彼はもしかしたら、周囲に順応しようとするあまりに自ら自身を壊してしまったのかもしれませんね。
そんな中で「あれ?」と気づいたら、自分の中は空っぽで何も無かったと言う。
世が世なら、某妖精空軍の情報軍で某大佐の片腕になって、一緒に人類を裏切ってJAMに付いていたのかも・・・・・・それよりはマシな結末を彼は迎えたのだと思いたいところです。
そしてザック!間に合ったよザック!!
やっぱり彼氏としては、ロロばかりに苦労をかけてちゃ立つ瀬が無いですからね!!
結・・・・・・あれほど打ちのめされていたのは、既に失っていたものがあったからでもあったのですね。
でも、乗り越えた。代償は決して小さくはない、むしろ大きかったけど。
奏とクリス、そして結とアレックスくん、まだまだこれからな皆の今後を、楽しみにさせて頂きます!
548 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga]:2012/05/18(金) 21:18:58.81 ID:WlsgLKOe0
お読み下さり、ありがとうございまーす。

>リノさんの大活躍
今までの扱いが“実績のある強い人”と言うだけで劇中での活躍が皆無でしたからね、
活躍の場も今後は取れないので、今回、その圧倒的な“英雄バレンシア”をご覧いただいた次第です。

>トリスタン
彼は多分、少年時代から隠れ優等生的な目立たない人物だったのだと考えています。
それ故に誰にも相談できず、誰ともうち解けずに、行き着く所まで行き着いてしまった、と。
被害者であるか自業自得であるかは、個人の主観に依る所が多いですが、
まあリノの言う通り、彼が犯罪者である事には変わらない、と言う事で顔面パンチ食らってもらいました。

>マシな結末
彼がこのまま変わらないのならば、犯罪者として、
また彼の主観からすれば、恐らく、かなり幸せな結末なのかと思います。
余生の趣味とした人間考察を、監獄の中で死ぬまで続けられるワケですから……。

>ザック
死んだエレナとキャスリンを除けば、多分、一番酷い目を見たのが彼ですからね。
その鬱憤晴らしもあって、大規模儀式魔法連発に参加してもらいました。

>結の代償
五歳の頃からの十年で、色々と失って来ましたからね……
ただ、自分自身が失った部分に関しては、どうも他人の観点で哀しんでいる節が強いので、
理想と言う中心を得たとは言え、まだまだ、空っぽの良い子のままなのかもしれません。

>奏とクリス
過去(オリジナル)は兄妹以上恋人未満、現在は義理の親子と不思議な関係の二人です。
端的にこの話の基幹設定を体現している親子とも言えますが……。

>結とアレックス
設定時には、今頃、リーネの彼氏になっているハズだったアレックスなんですが、
何処をどう間違ったのか、いつの間にか結攻略ルートのフラグが立っていたようですw
多分、十五話ですね、あそこで何か選択肢を間違ってしまったのですよ(超マテ
………冷静に考えれば、突撃前線娘と裏方青年で、傍目にもバランスの取れたお似合いカップルなワケですがw
ともあれ、今後、この二人がどうなるかは、現在鋭意再構成中の第四部次第と言う事で……。
549 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/27(日) 14:19:33.40 ID:2ZE1G17t0
結15歳バージョン、色がつきました。
色付けを行ってくれたのは、友人です。なにせデジタル環境の無い、アナログ人間なもので・・・・・・
パスワードは「yui15」です。

あと、お詫びを一つ・・・・・・下絵を描きながら、研究院の本部がロンドンと言う事で
ロンドン→イギリス→ロイヤルエアフォース→パイロットは飛行服でもネクタイ!
と連想して変なスイッチが入ってしまい、詰襟のはずの魔法服の襟元が、ネクタイになってしまいました・・・・・・orz
勝手に記述と異なるデザインにしてしまい、申し訳ありません。

ttp://www5.puny.jp/uploader/download/1338095563.JPG
550 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [sage saga]:2012/05/27(日) 21:20:49.02 ID:Ygijo4Mx0
早速、拝見させていただきました〜。

やっぱり……こう、“格好いい”と言う言葉が似合う結で、大満足です。

>変なスイッチ
いえいえ、自分もしょっちゅう変なスイッチが入っておりますのでw
基本的に贅肉的な部分をそぎ落とした簡素な説明で済ませていて、たまに細かい所を書くだけなので、
ざっくり“白と紺の防護服”程度の考えで、髪型以外と色以外に関しては、
あまり拘っておりませんのでご安心下さいw

むしろ、文章説明から見るだけだと寂しい胸元にアクセントがついたのが嬉しいくらいです。

エールも格闘戦が出来そうなデザインで格好いいですな。
劇中で奏と切り結ぶシーンを書かなかったのが悔やまれますw

しかし、コレでリコルヌ使われたら恐ろしいでしょうな。
そりゃ犯罪者に二つ名付けて恐れられるワケだ、と……w

デザイン逆輸入……と言う事になりますが、エールの形もざっくりした“長杖”と言うだけでなく、
今後は描いていただいたエッジ部分も劇中で活かしてみようかと思います。

結を描いていただき、本当にありがとうございます。
ご友人の方にも、書き手が喜んでいたとお伝え下さい。
551 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga]:2012/06/08(金) 21:08:09.68 ID:swSaEf6F0
再構成が終了したのでスレ(第三部)読み返してみたら、年数計算メッチャクチャで泣きたくなるのを通り越して笑っておりますw
そして、まともに誤脱チェックしていないのか、エレナの代わりにフランが死んでる箇所多数……こっちはガチで凹みますねorz

クリスが結と奏の手で保護されたのは結がエージェントになる01年の前年、00年の春頃。
なので、クリスに関して“二年半”となっている箇所は全て“三年半”です。
二年半は結の正エージェント歴です。

あと、アルノルト総隊長、17話で“ローマ訓練校”云々出てますが、完全な書き直し忘れです。
今も昔も兼任先は“ロンドン訓練校”です。

結が度々“フランさん”とか言っちゃってますが、“エレナさん”の間違いです。
やったねフラン、憧れのエレ姉になれたよorz

さらにセシルの年齢ですが、18話でいきなり“六歳”になっていますが、
97年9月生まれなので、あの時点では五歳十一ヶ月です。

他にも誤字脱字、舞台となる年を2004年から2003年に急遽修正した煽りが至る所に出ていると思いますが、
“計算間違ったな、コノヤロー”と思いつつもスルーしていただけると、大変、有り難いです、はい。


と、では、そろそろ本題の最新話の投下を開始します。
552 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/06/08(金) 21:08:48.34 ID:swSaEf6F0
第25話「ミケロ、追憶は遠く」



西暦2006年、春。
イタリア北部、カンナヴァーロ・フリーランス養成塾――

生ける伝説の魔導師、ミケランジェロ・カンナヴァーロが運営する魔導師達の修業所だ。

多くの有名エージェント、有力なフリーランスエージェントを輩出して来た養成塾で、
数年前までは多くの弟子を抱えていた。

だが今は弟子の数も減り、つい先日、弟子の一人が正エージェントとして研究院に送り出された事で、
今、残っているのは二年半ほど前に預かる事になった幼い少女が一人だけとなっている。

閑散とした山小屋に、老いた老人と幼い少女が二人だけ。

童話でも始まってしまいそうなほど牧歌的な、だが、
一頃の栄華を知る者にしてみれば寂しすぎる、そんな場所。

山小屋一階の奥にある私室で、塾長にして唯一の講師である老人――
ミケロは、ロッキングチェアに揺られながらアルバムを眺めていた。

アルバムに貼り付けられた、モノクロの、少しボロボロになった写真。

真っ二つに切り裂かれたものを、セロハンテープでつなぎ合わせた曰くありげなソレには、
三人の少年が写っている。
553 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/06/08(金) 21:09:27.15 ID:swSaEf6F0
真ん中で笑顔を浮かべている人懐こそうな笑顔を浮かべている少年は、若かりし日のミケロ本人。

両端に、かつて親交のあった、今はもう鬼籍に入った友人が二人。

真面目な顔で写り込む東洋人の少年と、柔和な笑みを浮かべた研究者風の少年。

東洋人の名は、本條奏一郎【ほんじょう そういちろう】。

当時、魔法研究院に籍を置いていた、日本の魔法研究の大家、本條家の跡取り。

生真面目で融通の利かない、だが友情に篤い、
しかし晩年は親交と呼べるだけの交流のなかった友人が亡くなったのは、今から十年前。

折しも、魔導巨神事件が……本條家が長い軋轢を経て、
魔法倫理研究院の本流に復帰するキッカケとなる事件が起きる、半年前の事であった。

そして、もう一人。
ミケロの幼き頃からの友人にして、孤児として魔法研究院で育った研究者。

名を――

ミケロ「グンナー………」

――グンナー・フォーゲルクロウ。

もう四十年近くも前に、言葉すら交わす事のなくなってしまった、
おそらくは友と言えた……結果的に仇敵となった男。

写真の日付は第二次世界大戦中、西暦1943年の夏。

それは、もう六十年以上も前に撮影した、友人達との思い出の一枚だった。

十四歳……戦火と混乱の中でも、希望を捨てず、平和を夢見ていた夏の日の記憶が、甦る。


――人間は、そんなに愚かじゃないさ……――


友人の言葉が幻聴のように耳に甦り、ミケロはスッと目を閉じると、
甦る記憶に、素直に意識を委ねた。
554 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/06/08(金) 21:10:12.96 ID:swSaEf6F0


1943年、夏。
イギリス、ロンドン某所の巨大図書館の一角――

地下施設として存在する魔法研究院は、以前より国際組織として多くの国に認知され、
その存在を知る者達にとっては戦中戦後の交渉の一手段として、
所属する多くの魔導師、研究者達は戦火や兵役を免れていた。

だからだろう。

孤児ではあったが、教会で平和主義者のシスター達に育てられ、
多くの友人に囲まれて育った親友が、この大乱戦とも言える世界大戦の最中に、
そんな平和ボケをした言葉を言えたのは。

ミケロ「なぁ、グンナー……いくら何でも、そりゃ平和ボケが過ぎるってモンだぜ?」

友人の言を聞いて面食らっていたミケロは、しばらく間を置いてから呆れたように漏らすと、
同じく面食らって押し黙る友人に向き直る。

ミケロ「ソーイチからも言ってやれよ、無理だって」

奏一郎「いや……理想は素晴らしい……とは思う、が」

ミケロに声をかけられて、ソーイチこと奏一郎は困ったような顔で言い淀む。

そんな友人達の様子を気にした風もなく、年の割に幼げな面影を残した少年――グンナーは、
いつものように柔和な笑みではなく、少しだけ怒ったような表情を浮かべている。

グンナー「ミケロもソーイチも酷いなぁ……僕はこれでも大まじめだよ?」

不機嫌そうな、と言うよりは子供が怒って言い返しているような純朴な口ぶりが、実に彼の性格を表していた。

良く言えば優しい平和主義、悪く言えば脳天気なお人好し。

親友ではあったが、ミケロは彼をそう冷静に評価していた。

実戦向きな魔導師である自分と、高い戦闘センスを持ちながらも研究者志望のグンナー、
そして、この世界大戦のご時世になる以前から魔法留学で欧州へとやって来ていた奏一郎は、
言ってみれば変わり者集団だった。

母国が枢軸国……いわゆるイタリア、ドイツ、日本の三国同盟を結んでいる事は、
偶然と言えば偶然の巡り合わせだ。

研究院内では、その事をジョーク混じりに冷やかす悪友もいなくはないが、
とやかく文句を言う了見の狭い人間はいない。

それだけ魔法研究院が超国枠的と言うか、まあ当時の世界から隔絶したような組織だったのだ。
555 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/06/08(金) 21:11:04.48 ID:swSaEf6F0
グンナー「何度だって言うよ……。

     思想や宗教、利権……そんな軋轢を越えて、
     世界中の人間が手を取り合える日は、きっと来るよ」

まるで悟りきった聖人のようだ。

そんな感想を抱きながら、ミケロは澄んだ目の友人を見て肩を竦めた。

ミケロ「今の世界を見てみろよ……。
    戦後賠償のゴタゴタに、植民地と利権の取り合いで世界中でドンパチだぜ?

    っと、別にソーイチの国を悪く言うワケじゃないぜ?
    あの国の馬鹿正直な植民地政策、俺は嫌いじゃないからな」

呆れたように言ったミケロだったが、生真面目な友人に向き直って慌てて訂正する。

子供の頃から一言、と言うか二言は余計な弁の多いミケロだったが、
それでも本質的には友人想いの性格で、それ故に友人は少なくない。

故にこの二人も、この口は悪いが仲間想いの友人の事を慕っていた。

奏一郎「ありがとう。
    そう言ってもらえると素直に嬉しいよ、ミケロ」

グンナー「ソーイチは真面目だね」

愛国心と友情と感謝の念の入り交じった真摯な言葉を述べる奏一郎に、
グンナーも笑みを浮かべて言う。

グンナー「僕も日本の植民地政策は嫌いじゃないよ?
     ああ言うのを共存共栄って言うんだろうね。

     ………ただ」

ミケロ「はいはい、話し合いだろ? 無理だよ。

    やり方が違うんだから、ぶん殴って奪い取るくらいじゃなけりゃ、
    土地も国、人も進んで手放すヤツはいないって」

言いかけたグンナーの言葉を遮り、ミケロは耳タコだと言いたげに続け、
さらに自分の感想を付け加えた。
556 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/06/08(金) 21:11:44.75 ID:swSaEf6F0
彼らは、植民地争奪戦的な観点で、第二次世界大戦――太平洋戦争を語っていた。

事実、当時の日本の戦争目的の一部を肯定的に取り上げるならば、
欧米列強の支配下に置かれた植民地国家を解放し、自国領土と言うよりは友好国としてその自立を助け、
大東亜共栄圏と言う名の国家連合体を作り上げ、列強に対抗できる国家的体力を生み出す方向だった。

後の世でも、一部の他国――主にフランス等だが――の歴史教科書では、取り方次第ではあろうが、
太平洋戦争における日本の戦争目的と結果を肯定するかのような一文を掲載している。

グンナー「だからさ……。

     最近は一部の軍人や報道機関の暴走も目立つようになって来たけれど、
     本質的にはあの国のやり方は正しいじゃないか。

     ソーイチの国がやっている事を、他の国も実行出来ないなんて言い切れるかい?」

ミケロ「文化形態や民族的思想が、そもそもからして違うだろ?」

目を輝かせるグンナーに、ミケロは半ば呆れたように言った。

ミケロは、外の人間が気にしている肌の色の違いによる区別と言う物を、少し嫌悪していた。

白も黒も黄色もない。
優秀なヤツは優秀だし、無能なヤツは無能だ。
そこに肌の色の違いは関係ない。

それが、当時のミケロが抱いていた価値観だった。

未だに東洋人の事を黄色い山猿だの何だの言ってる輩がいたら、
目の前にいる生真面目な親友の魔法戦技能を見せてやりたい。

遠距離戦なら負ける事はないが、懐に入られて近距離戦を挑まれたら自分でも五秒保つかどうか……。

多分、近距離の魔法戦で奏一郎に勝てる人間など、
研究院の魔導師の中では片手の人数ほどもいないだろう。

数日前、模擬戦でノックダウンされた事を思い出しながら、ミケロは思わず肩を竦めた。
557 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/06/08(金) 21:12:28.39 ID:swSaEf6F0
ミケロ「とにかく、お前が考えるより世界の価値観は多様なんだよ。
    話し合い一つで何でも済むなら、宗教戦争すら起こらないって」

別に自分を特別賢いとも、図抜けて愚かとも想っていないミケロは、ただ客観的に事実を述べた。

エルサレムの十字軍遠征など、その最たるものだろう。

複雑な時代背景もあろうが、宗教目的とそれを口実とした侵略戦争と言ってもいい。

無神論者ではないし、一応、曲がりなりにもクリスチャンとして、
こう言う事を声を大にして叫ぶのは憚られるので、ミケロはその部分だけは口にしなかった。

奏一郎「宗教戦争か……俺の国も、あまり無関係だとは言えないな」

ミケロ「お前の国じゃ、宗教弾圧なんて昔の話だろ?」

バツが悪そうに言った奏一郎に、ミケロは苦笑い混じりに言った。

グンナー「ソーイチの国はむしろ肯定的多宗教国家だからね」

ミケロ「お前ってヤツは、ホントに日本贔屓だな。おい」

笑顔のグンナーに、ミケロは溜息混じりに呟いた。

目の前で笑顔を浮かべる友人には、愛国心と言う概念が無かった。

別に、ユダヤ系の血を引く彼が、自身の故国ドイツの……
アドルフ・ヒトラーを頂点に戴くナチス政権が嫌い、と言うワケではない。

グンナーは赤ん坊の頃、ドイツの片田舎で捨てられていた所を、
同国出身の研究院所属の魔導師が拾い、研究院と関係深い教会で育てられたのだ。

このご時世、そんな捨て子は多かったし、彼自身が別に気にもしていないので、
ミケロと奏一郎も気にしない事にしている。

ともあれ、そんな生い立ちの彼だからこそ、一応の国籍はドイツながらも、
あまり生まれた国に縛られた考えを持っていなかった。

良く言えば研究院の国際組織的な思想を体現し、悪く言えば故国と言う縛りや拘りに執着のない性格だった。

だからこそ、彼の価値観では“人は拘りを捨てられる”と考えていたのだろう。
558 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/06/08(金) 21:13:13.95 ID:swSaEf6F0
だが――

ミケロ「………お前がどんな考えだろうと、無理なモンは無理だろ……。
    人間はそんな便利に出来ちゃいないよ」

ミケロはそれを分かっているからこそ、目を逸らしながらもそう言った。

人間を愚かだとは断じなかった。

思春期特有の万能感でそうは感じていても、
それを断言できるほど、自分は傲慢ではなく、賢い人間でもないからだ。

廉恥……と言うよりは気まずさを纏った親友の横顔を見て、グンナーは微笑む。

そして、言う。

グンナー「人間は、そんなに愚かじゃないさ……」

親愛の情を込めてグンナーは言うと、さらに続けた。

グンナー「兵器も、宗教も、元は人のために生まれた技術や思想なんだ……。
     その核心が人間にある限り……その核心を人間が忘れない限り、
     世界中の人間が手を取り合える日は来るよ」

その目には平和ボケと言うには真摯すぎる、優しい色があった。

彼も兵器……ここに限って言うならば、化学兵器の父とも言えるフリッツ・ハーバーが、
自国の人間である事を知っていた。

フリッツ・ハーバーはいわゆる空中窒素固定法を用いた化学者として、
また毒ガス兵器使用の指導者的立場にあった事で知られている。

愛国心の強い、言ってみれば国と国に生きた人を愛した人物だ。

そんな彼の人間像を人伝とは言え知る故に、グンナーは人の可能性を信じたのだろう。

そう、人伝だったのだ。

グンナーは、悲劇の目撃者ではなかった。

仮にグンナーが悲劇の目撃者であったのならば……
第一次世界大戦における毒ガス兵器を用いた戦場を見た事があるならば、
ハーバーの妻がハーバーを愛せなくなったのと同じように、
彼もその凄惨さに心を痛め、その若さ故に人の可能性を諦めていただろう。

そして、二年後、彼らは悲劇の目撃者となった。
559 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/06/08(金) 21:14:12.17 ID:swSaEf6F0
西暦1945年、夏。
極東、日本――

終戦を間近に控えた八月の初旬、日本に二発の新型爆弾が落とされた。

研究院にも、その新型爆弾の事前情報はあった。

しかし、秘匿された情報はあまりにも端的で、
ただその空前絶後の威力と、酷く毒性の強い爆弾だと言う事だけが知らされていた。

研究院所属の魔導師達は、その爆弾が落とされた場合の現地救護任務が言い渡され、
十六歳のミケロ達もその任務で密かに日本へと入国していた。

親友の母国に足を踏み入れ、爆弾の落ちた地に立った彼らが見たのは、この世に具現化した地獄だった。

ミケロ「こりゃ……ひでぇ……」

普段から口数の多いミケロですらやっと口に出来た一言は、それだけだった。

消し飛んだと表現するに相応しいほどに吹き飛ばされた爆心地、高熱に焼き払われた街。

そして、累々たる死体の山と、苦しみ続ける人々。

爆弾投下から二日以上が経過したその地には、空襲の哀しみや苦しみを噛み締めながらも、
それでも逞しく復興を目指そうとする人の姿など無かった。

奏一郎「……………」

その地は彼の生地ではなかったが、愛する故国が受けた痛みの惨状に、
奏一郎も言葉もなく立ち尽くしていた。

どこから助けて良いのか、どこから手を付けて良いのか分からない。

救援に駆け付けた研究院の魔導師達は、そのあまりの惨状に誰一人動けなかった。

そして、救援部隊として駆け付ければ、いつもいち早く動いていたグンナーも、
その中の一人として立ち尽くしていた。

グンナー「あ……ああ………」

譫言のように、声を漏らすグンナー。

ミケロ「お、おい、グンナー……」

そんな友人に気付き、ミケロは声をかける。

だが、彼は身体を震わせ、いやいやをするように首を振った。

グンナー「あ、あ……ああ………ぅああぁぁぁぁぁっ!?」

グンナーは頭を抱え、目を見開き、天を仰いで叫んだ。


その時の事を思い出す度に、ミケロは思う。

彼と、そして自分達はこの時、決定的な破綻に向かう最初の分岐点を迎えたのだと。
560 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/06/08(金) 21:14:49.57 ID:swSaEf6F0


西暦1947年初頭、冬。

まだ小さな、と言うには大きすぎる戦闘は世界各地で起きていたが、
それでも概ね、世界は戦後を迎えようとしていた。


一年半前のあの日、研究院の魔導師達に出された指示は、早急な撤退の命令だった。

情報の伝達が遅れ、救援部隊の出発直後に新型爆弾――原子爆弾の情報が入ったからだ。

街を焼き、毒を撒き散らすその性能を聞かされた彼らは、
自分達がその毒に冒された可能性を恐れたが、幸いにも被爆者はいなかった。

それが幸運の賜なのか、物理保護の魔法がかけられた魔導防護服のお陰だったのか、
彼らが張り巡らせた魔力障壁のお陰なのかは、その時点では分かっていない。

ただ幸いにも、彼らの身は助かったと言う事だった。

そう、その身は。

やはりと言うべきか、多くの仲間はあの惨状にトラウマを抱える事になった。

中でも、その最たる例はグンナー・フォーゲルクロウだろう。

平和主義者が、理想を語らなくなった。

その事が、ミケロと奏一郎に強いショックを与えていた。

それまでは研究室にいる事の多かったグンナーは、精力的に前線の任務へと参加するようになった。

当時の魔法研究院が行っていた魔法研究以外の活動は、
戦後の混乱に乗じ魔法に絡んで人身売買をする悪意ある魔導師の排除や、
幼くして魔導の才の高い子供の身分保護と保証、
さらに魔法研究院に反抗する勢力との戦闘などが主であった。

グンナーがその中でも深く携わった任務は、悪意ある魔導師の排除であった。
561 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/06/08(金) 21:15:47.66 ID:swSaEf6F0
魔法研究院本部――

ミケロ「……あまり無茶をするなよ、グンナー」

任務から戻って来たばかりの疲れた様子の親友に、ミケロは心配そうに声をかけた。

グンナー「うん……心配してくれて、ありがとう」

対してグンナーは、取り繕ったような笑みを浮かべて頷く。

それがより一層、彼の心に綻びが生まれている事を思い知らされて、ミケロには心苦しかった。

二人はそのままサロンのようになっている待機室兼休憩室へと移動する。

その一角にはもう一人の親友、奏一郎もいた。

ミケロ「おっ、先客がいたか」

奏一郎「ああ。グンナーもお疲れ様」

グンナー「うん……」

グンナーはソファに身体を委ねるようにして座ると、天を仰ぐ。

奏一郎が持って来たコーヒーを受け取り、三人で銘々に口をつける。

しばらくして、グンナーが口を開く。

グンナー「………まるで、減らないんだ……」

ミケロ「減らない?」

溜息混じりの言葉を、ミケロは怪訝そうに聞き返した。

グンナー「………犯罪者だよ……。次から次に出て来るんだ………」

奏一郎「それは……そうだな」

当たり前の事を、何処か後悔の色を交えて語るグンナーの言葉に、
奏一郎は気まずそうに肯定した。

それは、理想家……
いや、むしろ夢想家だったグンナーが目を背けていた世界の真実であった。

いや、夢想家であったからこそ、いつか根絶されると信じていた咎人達。

ソレと真っ向から相対する事を望んだグンナーは、やはりまだ夢想家の部分を残していたのだろう。
562 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/06/08(金) 21:16:46.41 ID:swSaEf6F0
あの日、新型爆弾が落とされた日本で見た地獄絵図。

あの体験以降、グンナーは自らが夢想家であった事を恥じていた。

グンナー自身から本音を聞いた事のあるミケロは、彼の今の行動が、
夢想家であった頃に対する世界への贖罪なのだと知った。

彼にどんなパラダイムシフトが起こり、どんな心境の変化を経てその結論に至ったのかは、
彼自身にしか分からないだろう。

だが彼が、彼自身が思う贖罪のために、今のように前線に赴く事になったのは確かだった。

出過ぎた真似、大きなお世話と思う者もいただろう。

だが、彼の真摯な気持ちと態度に、それを表立って口にする者はいなかった。

しかし、それを口に出せる者がいてくれたら、
彼の行動と考えを諫める事が出来る者がいてさえくれたら、
彼をあそこまで歪ませる事も無かっただろうとも、今は思う。

グンナー「戦争が終わっても……世界は平和になんかなりやしない……」

グンナーは愚痴めいた言葉を漏らす。

それは紛れもない真理だ。

ミケロは素直にそう思った。

政治的思惑や宗教的思想が複雑に絡んだ末に起きる、
政治目的や宗教目的を軍事力で達成するための行為が、戦争の最たる姿だ。

結局、エゴをぶつけ合った先に生まれるのは、
新たなエゴと闘争のキッカケに過ぎない事を、もう夢見がちな年頃でもない彼らも思い知った。

そして、戦争は犯罪者を根絶やしにするイベントではない。

戦争が起きて死ぬ犯罪者もいれば、死なぬ犯罪者もいる。

さらに言えば、無辜の民の生死もある。

理不尽とは思っても、それを口には出さない。

理不尽でも、それが事実である以上、起きてしまった以上、受け入れるしかない。

ともあれ、戦争は世界の抱える膿を出す行為でもないし、
よしんば多少の膿を摘出した所で、別の場所に膿を溜める行為でしかないのだ。

人によってはそれを、憎悪の鎌鎖や闘争の鎌鎖と呼ぶのだろう。
563 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/06/08(金) 21:17:38.20 ID:swSaEf6F0
ミケロ「デカい抑止力でもなけりゃ、人は戦争も犯罪も止めねぇよ……。

    まあ、世界中の人間が争い事を止めるような抑止力じゃ、
    ただの恐怖支配みたいなモンだけどよ」

ミケロは呆れと諦めと、それに皮肉を交えた感想を口にした。

元々、口数が多く、余計な一言を言ってしまう性格を意識していたミケロだったが、
その時の迂闊さと口にした言葉を、彼は一生涯悔やむ事になる。

グンナー「抑止力………」

親友の言葉を、譫言のように反芻するグンナー。

それにはさすがに、ミケロと奏一郎もギョッとして顔を見合わせた。

ミケロ「おいおい、物の喩えだぜ?」

奏一郎「学者畑のお前が物騒な単語を口にするのは、心臓に悪いからやめてくれ」

二人は慌てて彼を咎める。

友人二人に詰め寄られ、グンナーは目を丸くしてやや仰け反った。

しかし、すぐに苦笑いを浮かべ――

グンナー「言ってみただけだよ」

――と溜息を交えて応えた。

そこで会話は途切れ、ミケロと奏一郎は次の任務に向かう事となり、
一人残る事になったグンナーに見送られて待機室を後にした。


その後も、グンナーの前線勤務は、六年に渡って続いた。

その六年の間、彼が助けた人間の数は、当時の不安定な時世も手伝い、万を超えるとされている。

時が時ならば、彼は英雄と称されただろう。

それだけ、彼が助けた命の数は多く、また打ち倒した咎人の数は多いのだから。

だが、彼が後の世に賞賛される事は無く、その記録も現在は残されていない。


そう、彼はその後、決定的な破綻を迎えるのだから。
564 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/06/08(金) 21:18:24.53 ID:swSaEf6F0


西暦1953年。
ミケロ達は、二十四歳となっていた。


世界大戦の傷も徐々に癒え始め、そして、
新たな紛争に世界がその身を焦がす頃、魔法研究院である計画が立ち上がる。


魔法研究院本部、待機室――

ミケロ「プロジェクト、モリートヴァ……?」

グンナー「ああ……その計画の責任者を任せられる事になった」

怪訝そうに聞き返したミケロに、グンナーは淡々と応える。

待機室には、いつも通りミケロ、グンナー、そして奏一郎の三人がおり、
三人はいつも通りにコーヒーを飲みながら会話を愉しんでいた。

ミケロ「歴戦の英雄に、今更、研究室に引きこもれ……てか。
    上層部も妙な判断下すなぁ」

奏一郎「それだけ研究院回りの……欧州の情勢が安定して来た、と言う事だろう」

呆れた様子のミケロに、奏一郎は思案顔で言い、さらに続ける。

奏一郎「しかし、研究計画の主任か……君も出世したな。おめでとう」

グンナー「個人的には、まだ前線に出ていたいんだけどな……」

友人の賛辞を聞きながら、グンナーは溜息がちに呟いた。

ミケロ「おいおい、研究計画主任なんて言ったら、かなりの大出世だろ?
    栄転だぜ、栄転。もっと喜べよ」

ミケロは苦笑いを浮かべ、傍らの友人の肩をバンバンと叩いた。

グンナーは特にその事は気にした様子もなく受け入れ、だが少しだけ小さく息を吐いてから口を開いた。

グンナー「勿論、これでも少しは嬉しいさ。元々は学者志望だったからね」

取り繕ったようにも見える笑顔だったが、それでも彼が納得して辞令を受け入れたと感じたのか、
二人はそれ以上の事を口にしなかった。
565 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/06/08(金) 21:19:11.06 ID:swSaEf6F0
そして、彼らの会話は次第に別の話題へとシフトして行く。

奏一郎「俺も近々、日本に戻る事になる」

ミケロ「おいおい、本当かよ、ソーイチ?」

奏一郎の言葉に、ミケロは目を丸くして驚く。

だが、グンナーは納得したようにうんうんと頷いて、
話し辛そうな雰囲気の奏一郎の気持ちを代弁すべく口を開いた。

グンナー「仕方ないだろう? ソーイチは本條家の跡取りなんだ。
     アメリカの戦後占領政策で魔法研究が隅に追い遣られて行っているんだから、
     日本の魔法研究を守るためにもソーイチは戻らなきゃね」

奏一郎「……遡れる限りでも皇紀元年から続いてる研究の灯を、こんな所で消すわけにはいかないからな」

友人の弁護を得て、奏一郎は感慨深く呟いた。

奏一郎「父に呼ばれた事もあるが、婚約者を待たせるわけにもいかないからな……」

ミケロ「こ、婚約者!?」

照れ笑いを浮かべた奏一郎に、ミケロは詰め寄る。
初耳だった。

奏一郎「ああ、そう言えば言っていなかったな……。

    婚約者と言っても、親同士が決めた許嫁……要は政略結婚だよ。
    まあ幼馴染みではあるんだが……」

やはり柄にもなく照れたままの生真面目な友人の顔を、ミケロは呆けた様子で眺める。

奏一郎が魔法研究の留学と、研究院所属の魔導師として欧州で暮らし始めてから早くも十数年。

戦中戦後の情勢不安で、奏一郎が最後に日本に帰省したのは、はていつの事だったか……。

おそらく、その婚約者だと言う幼馴染みの女性も、首を長くして待っている事だろう。
566 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/06/08(金) 21:20:01.36 ID:swSaEf6F0
ミケロ「しかし、グンナーが研究室行き、ソーイチが日本に戻るとなると、
    前線に残るのは、俺一人か……」

奏一郎「寂しくなる、か?」

ミケロ「そんなんじゃねぇよ」

感慨深く呟いた所を珍しく奏一郎に茶化され、ミケロは溜息混じりに返した。

そして、天井を振り仰ぎ、すぐに正面に向き直る。

ミケロ「逆だよ逆、むしろ闘志が湧くってもんだ。
    お前ら二人が抜けた穴くらい、この俺が完璧に埋めてやるさ」

ミケロは得意げな表情で言い切ると、任せておけと言わんばかりに胸を張った。


その年の内にプロジェクトは開始され、
それに伴ってグンナーは北欧に建設された研究施設――クレイドルへと移り、
奏一郎は母国・日本へと帰国した。

帰国した総一郎は、幼馴染みである婚約者を娶り、
後に美百合・紗百合姉妹の父となる一児を授かる事となる。

また、ミケロは宣言の通り、友人二人が抜けた穴を埋めるべく奮起し、
後の世に伝説の魔導師と謳われるに相応しい偉業を為し、その間に生涯の伴侶と出会う。

そして、後にエレナの母となる娘と、フランの父となる息子を授かる事となった。

次代の命がこの世界に生まれ、彼らは順調に成長を続ける。


平和と呼ぶにはささやかな、だが穏やかな日々が続いていた。

そう、その日が、訪れるまでは……。
567 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/06/08(金) 21:20:39.63 ID:swSaEf6F0


西暦1964年。
ミケロ、三十五歳の春――

その頃には、戦闘魔導師として確固たる地位を築いていたミケロは、
研究院内である噂を耳にしていた。

ミケロ「プロジェクト・モリートヴァでおかしな動きがある?
    どう言う事だね、それは?」

プロジェクト発足から早くも十一年、主任を務める友人と疎遠になっていたミケロは、
久方に聞いた彼に関する噂に我が耳を疑った。

目の前にいる新人魔導師のラルフ・アルノルトは、
上司に詰め寄られて居たたまれなさそうに肩を竦めている。

ラルフ「いえ、自分も友人達がしていた噂話を小耳に挟んだ程度で………」

ラルフは、上司に書類を届けたついでに我が口を滑らせた事を後悔した。

そう、彼が知っているのはミケロが聞き返して来た事、そのままと言う程度の物だった。

ミケロ「……君も事務方とは言え、捜査担当班の所属だろう。
    上司の耳に入れるべき情報と思ったのなら、最低限の下調べはしておきなさい」

ミケロは溜息混じりにラルフを窘めると、僅かに天井を振り仰いだ。

部下の事もだが、それ以上に彼の心を占め、悩ませたのは親友の事である。

最後に直接会って話をしたのはいつの事だろう。

少なくとも、片手で数えられる年数では済まないほど長い間、
簡素な手紙のやり取りくらいで面と向かって話した記憶は無かった。

自分も彼も忙しかった事もある。

だが、それは言い訳なのかもしれない。
いや、紛れもなく言い訳なのだろう。
568 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/06/08(金) 21:21:17.46 ID:swSaEf6F0
ミケロ(何が“お前ら二人の抜けた穴くらい、この俺が完璧に埋めてやる”だ……。
    体の良い逃げ口実じゃないか)

そうして、十一年前の自分の言葉が逃避である事を知った。

奏一郎が帰郷し、自分一人で受け止め切れないと知って、自分は約束に逃げたのだ。

噂の言う“おかしな動き”と言うのが何なのかは分からない。

良い意味なのか、悪い意味なのか。

おそらくは後者だろう。

悪い意味でなければ“おかしな”などと言う修飾語はつかない。

ミケロ(急ぐ必要があるな……)

ミケロは意を決し、申し訳なさそうにしているラルフに向き直る。

ミケロ「アルノルト、君が知る範囲でいい。
    その噂話をしていた者を教えてくれ」

ラルフ「あ、は、はい!」

努めて冷静な様子で言ったミケロにラルフは慌てて応え、
思い出すような仕草で噂話をしていた友人達の名を告げて行く。

先ずは事情聴取だ。

ミケロ(……手遅れでなければいい………いや、手遅れであってくれるなよ)

ラルフから聞かされる名前と記憶の中の顔を一致させながら、
ミケロは祈るような気持ちで心中で独りごちた。
569 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/06/08(金) 21:21:58.28 ID:swSaEf6F0
それから数日が経過した。

極秘扱いのプロジェクト・モリートヴァ関係者とは直接連絡が取れず、
プライベートな内容の手紙も検閲されており、
プロジェクト本体に関して踏み入った話が出来ない事を思い知らされた。

ラルフが聞いた噂話と言うのも、結局は統制し切れなかったプロジェクト関係者の愚痴の一部が、
伝言ゲームの間に尾ヒレの付いた与太話に過ぎなかった。

しかし、その与太話がミケロには信じられない物であった。

幾つもの噂があり、付いた尾ヒレの形は違えど、要約してしまえばそれは
“グンナー・フォーゲルクロウは狂っている”と言った物だった。

ミケロ「っ……はぁぁ………」

ラルフから噂話の事を聞かされた時点で予感めいた物を感じていたミケロは、
その予感の的中に、深い溜息を漏らさずにはいられなかった。

あのグンナーが、と愕然とする一方で、
あのグンナーだからこそ、とも納得してしまっている自分に気付く。

そして、自らの纏めた調査資料に目を通す。

噂話の根源であったプロジェクト関係者に、戦闘魔導師部隊長の権限で聴取した所、
グンナーが狂っている……と言うよは狂気じみた物に駆られていると言うのは事実らしい。

また、戦闘魔導師としても高い技量を持ち、
プロジェクト主任である彼に心酔するプロジェクト関係者も多いと言う事も分かっていた。

プロジェクト自体の詳しい内容や成果の全ては、
魔法研究院上層部――後の分派によって消滅する事となる欧州魔法研究学連盟――に握られており、
下部組織である魔法研究院の実働部隊、その一部署の隊長に過ぎない自分に全てを知る権利はない。

かつての親友――そう、もう身も心も遠く行ってしまったであろう彼は“かつて”の親友なのだ――を問い詰めようにも、
彼が全てを語ってくれるとは限らない。

そして、今の自分には、言葉だけで彼を止められるとも思えない。

今のプロジェクト・モリートヴァは、そんな彼の手によって半ば私物化され、
暴走している可能性が限りなく高い。
570 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/06/08(金) 21:23:04.38 ID:swSaEf6F0
ミケロ(どうする……?
    この資料を提出すれば、プロジェクトを止められるか……?)

そんな自問をしながら資料を机の上に放り、ミケロは小さく首を振って自答する。

無理だ。

コレはあくまで噂話をまとめた程度の物。
確証に欠ける。

こんな噂話の調査資料では、極秘扱いまでされる重要なプロジェクトを止める事は出来ないだろう。

だが、それと同時にこの資料は、グンナーのプロジェクト私物化の可能性を示唆する物でもある。

プロジェクト自体を止める事は出来ないだろうが、グンナーを止める事は可能かもしれない。

ミケロ(上に掛け合ってみるしかないか……)

ミケロは机の上に放り出した資料を拾うと、無言でその場を後にした。
 

結果を言えば、上層部は動いた。

プロジェクト・モリートヴァは上層部肝いりの一大プロジェクトであったため、
その停止やグンナーの退陣までは行かなかったものの、
戦闘魔導師部隊捜査班と別の研究チームによる監査が入る事となる。

但し、ミケロ自身がその監査に加わる事は無かった。

正しくは、加わる事を禁じられた。

調書を提出した本人である事、多忙な戦闘魔導師部隊の隊長であった事、理由は色々とあったが、
ミケロがグンナーにとって数少ない親交のあった人物である事が最大の理由だろう。

監査が終わり、その資料が届くまでの間、ミケロは悶々とした日々を過ごす事となる。
571 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/06/08(金) 21:23:59.64 ID:swSaEf6F0
そして、監査開始から半月後、監査結果の資料を見たミケロは驚愕の末、
自身の上司である戦闘魔導師部隊総隊長の元へと乗り込んだ。

ミケロ「何かの間違いです! もう一度……今度は自分を監査に加えて下さい!」

執務机越しに、ミケロは総隊長に訴える。

総隊長「全て事実だ……受け入れたまえ」

だが、総隊長は溜息混じりに答え、取り合おうとしない。

ミケロは悔しそうに、その手で握り締めていた監査結果資料に目を落とす。

結果は黒。

プロジェクト・モリートヴァは主任研究員であるグンナーにより半ば私物化されており、
プロジェクト参加メンバーの殆どが彼のシンパと化していると言う監査結果だった。

総隊長「この件は、上層部でも意見が割れている………。
    大筋の見解は“研究成果を全てに優先する”と言う事らしいが」

総隊長は溜息がちに呟いて、眉間を指先で強く押さえた。

どうやら、総隊長にとってもこの件は悩みの種であったようだ。

しかし、ミケロにはそれ以上にどうしても聞き捨てならない言葉があった。

ミケロ「け、“研究成果を全てに優先する”!?
    それでは、放置と変わらないではないですか!?」

総隊長「改めて君に言われなくても理解している!

    ………あと一押し……あと一押しだけ、
    上層部を動かせるだけの何かがあればいいんだが……」

ミケロに詰め寄られ一瞬は声を荒げた総隊長だったが、
深いため息を交え、眉間を抑えて項垂れる他なかった。

元々、プロジェクト・モリートヴァは倫理的に問題があるとされていた研究プロジェクトだった。

その概要も、その時点ではミケロ達は知らなかったが、
魔導巨神及びその周辺から採取した細胞片を用い、
魔導ホムンクルス技術により、優れた古代魔導師の遺伝子を現代に甦らせる事だ。

人の手によって、人を生み出す。

数十年先の未来でさえ、未だに倫理・宗教に抵触するとして明確な解決を見ない問題を、
魔法研究院は実行に移していたのだ。

上層部……欧州魔法学研究連盟は、この禁忌とも言えるプロジェクトに対して、
ただその結果を追い求める事を至上として暴走していると言っても良かった。

熱に浮かされて暴走している愚か者の目を覚まさせるには、
その熱を冷ませるだけの冷や水を浴びせれば良い。

結果、多少の手遅れになろうともプロジェクトとそれに関わる者達を止めたい、
と言うのが、ミケロの直接の上司である魔導師部隊の見解だった。

だが、それでは遅いのだ。

かつての友が道を誤ろうとしているかもしれないと言うのに、その時のミケロには何もする事が出来なかった。


そして、プロジェクトと、グンナー・フォーゲルクロウは決定的な破滅の道を歩む事となった。
572 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/06/08(金) 21:24:42.12 ID:swSaEf6F0


西暦1967年、初頭――

魔導師部隊による監査と、そして内偵を続けた結果、
プロジェクトのおぞましい暴走が明らかになったのは、その半年前だった。

不要個体の大量廃棄。

つまり、精製した魔導ホムンクルスの中で精製に失敗した個体の全てを、捨てたのだ。

人がその手で作った命――同じ人間とは言い切れないものの、
その人格を授かった命を、ゴミのように捨てたのだ。

魔力覚醒の起こらなかった失敗個体が森へと廃棄され行方不明となった事で、
ついに欧州魔法学研究連盟はプロジェクトの暴走が危険域にまで達していた事を認め、
魔法研究院の監査部を通じて魔導師部隊によるプロジェクトメンバーの逮捕が指示された。

数十人の腕利き戦闘魔導師が集められ、北欧の山中に存在する特秘研究施設――
通称・クレイドルの周辺に展開、現在は物陰に隠れて突入開始の合図を待っている状況だ。

グンナーのシンパでない研究者達には、事前に数名の内偵役を通して退避が勧告されており、
今頃は近隣の街や村で保護されている手筈である。

そして、逮捕のために送り込まれた魔導師部隊の中にはミケロと、
彼の呼びかけで参じた本條家当主・奏一郎の姿もあった。

ミケロ「………すまない」

久方に再会した異郷の友を見たミケロの、第一声がそれだった。

かつての親友を止められなかった事。
自分の口にした約束を体よく言い訳にして来た事。

そんな様々な後悔と罪悪感が、口を突いた言葉だった。
573 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/06/08(金) 21:25:39.40 ID:swSaEf6F0
奏一郎も、恐らくはミケロと同じ気持ちだったのだろう。

奏一郎「いや……離れていた俺にも、責任がある」

再会した友人の第一声は、そんなミケロを赦し、共に罪を分かち合う言葉だった。

そして、二人は思いを馳せる。

友を、グンナーを変えたのが何であったのか。

答は探すまでもなく、彼を変えたキッカケは二十二年前の夏の日だろう。
あの日から彼の心は、徐々に徐々に壊れ続けていたのだ。

頑なに人の可能性と世界の調和を信じて来た夢想家が、
大虐殺の現場を目の当たりにして起きたパラダイムシフト。

自らを咎人として贖罪のために奔走し続け、今に至る。

その間、彼にどんな変化が起き続けていたのかは分からない。

変わって行く友を恐れ、上っ面の友人を演じて真実から目を背けていたのだから。

だからこそ、二人がこの戦列に加わったのは、謂わば贖罪……
いや、事この期に及んで取り繕わずに言うならば、免罪符を得たいからだった。

グンナーを止める事で、せめて自分たち以外からの赦しを得たかったのだろう。

真相を知り得る彼ら以外の誰が、彼らを責めるのかは分からない。

敢えて言うならば、そう、彼らは彼らの規範とすべき正しき事からの赦しを欲していたのだろう。

果たしてその祈りは、真っ向から否定される事となる。
574 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/06/08(金) 21:26:22.85 ID:swSaEf6F0
魔導師A「隊長……!」

近くに控えていた部下が、ミケロに声をかける。

感傷に浸りきっていたミケロは、その部下の声に気を引き締めた。

どうやら、作戦決行の時刻が迫ったようだ。

ミケロがスッと手を挙げると、それが合図に部下達が集まる。

ミケロ「我々の部隊は正面からの直接制圧を行う。

    熱系変換、対物操作を用いた魔法は極力使用を控えろ。
    あくまで研究施設の制圧とプロジェクトメンバーの確保を最優先とする!」

集まった部下達の顔を見渡しながら、ミケロは作戦の概要を改めて説明し、さらに続ける。

ミケロ「既にプロジェクトチーフ、グンナー・フォーゲルクロウと
    彼のシンパを除いた研究者達は退避、保護が完了している。

    目の前にいるのは仲間だが……仲間と思うな」

自らに言い聞かせるように、そして、まだ踏み切れていない様子の部下に覚悟を促すかの如く、
ミケロは一オクターブ低い声で言い放つ。

そう、言ってみれば、今も施設内に残っているのは研究院に対する明確な離反者達と言う事だ。

ミケロ「但し、可能な限り魔力弾でのノックダウンに限定、
    抵抗が激しい場合など、状況によってはスタンによる鎮圧行動も許可する。

    事前のブリーフィングでの取り決め通り、
    合図の魔力弾が打ち上がり次第、作戦を決行する。以上」

ミケロによる作戦説明が終わり、部下達は再びそれぞれの所定の位置へと戻って行った。

奏一郎「………サマになっているじゃないか。カンナヴァーロ隊長殿」

ミケロ「………お前が茶化すなんて、珍しいな」

奏一郎の言葉に、ミケロは苦笑いで応える。

自分たちが置かれている状況が分かっているからこその、気を紛らわすための軽口だった。
575 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/06/08(金) 21:27:29.00 ID:swSaEf6F0
直後、遠方で魔力弾が打ち上がる。

作戦決行の合図だ。

ミケロ「総員、突撃!」

号令と同時にミケロは研究施設に向かって駆け、その後を奏一郎が追う。

ミケロは長杖を、奏一郎は特殊な加工を施された二振りの日本刀をそれぞれに構え、
木造のドアを叩き破って内部へと突入した。

その瞬間だった。
四方八方から、ミケロ達を魔力弾が襲った。

魔導師B「なぁっ!?」

魔導師C「待ち伏せか!?」

魔導師D「うわぁっ!?」

予想だにしなかった攻撃に、部下達は悲鳴や怒号を上げ、大混乱に陥った。

ミケロ「障壁展開! 急げ!」

ミケロは自らも障壁を張りながら指示を飛ばし、素早く状況を確認する。

広い正面ロビーの奥の階段踊り場や物陰など、そこかしこに魔導師がおり、
こちらに向かって遮二無二魔力弾を乱射している。

どうやら魔力を遮蔽する装備を使って隠れていたようだった。

ミケロ(警備がこんなにいるとは……聞いていないぞ!?)

ミケロは愕然としながらも、その言葉を口には出さなかった。

言えば、大混乱に陥った部下達はさらなる混乱に陥るだろう。

そうなれば全滅も免れない。

ミケロ「総員、固まれ! 障壁を集中して一点突破する!」

ミケロは咄嗟に指示を出し、正面ロビーを駆け抜ける。

複数の魔力障壁による広域防御で魔力弾を防ぎ、
ミケロ達は何とか正面ロビー奥の通路に到達したものの、既に数名の部下が脱落していた。
576 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/06/08(金) 21:28:17.76 ID:swSaEf6F0
ミケロ「ちぃっ!」

悔しそうに舌打ちしながらも、ミケロは冷静に思考を巡らせる。

内偵がグンナーのシンパ以外の研究者を逃がしたのは、今から一時間前。

ミケロも施設から出て来る研究者達を確認していたので、それは間違いない。

たとえその事で攻撃が始まるのが分かっていたとしても、
最小限の警備しかいないハズのこの特秘研究施設で、
たったの一時間であれだけの数の魔導師を揃えられるハズがない。

となれば、答は一つ。

それよりずっと以前、それこそ分からぬように少しずつ人の出入りが行われていたと言う事だ。

そして、内偵を行っている監査部がこの事を知らないハズがない。

ミケロ(……まだ、上層部にもこのプロジェクトを擁護する連中がいる……。
    しかも、かなり多くだ)

一人二人の幹部で、これだけの事が出来るハズもない。

プロジェクトと秘密裏に繋がっている幹部が、
監査部や欧州魔法学研究連盟に多く在籍しているのだろう。

考えられる可能性としては、
プロジェクトメンバーの保護と研究成果の独占あたりが狙いと見て間違いない。

ミケロ(何処まで腐っているんだ………この組織は!)

自らの在籍する組織の、手遅れとも言える腐敗ぶりを目の当たりにして、ミケロは歯噛みする。

その怒りを込めて、ミケロは遅延型の拡散魔力砲弾をロビーに向けて放った。

ロビーの中央で拡散した魔力砲弾は、正面ロビーに陣取っていた魔導師達へと一斉に襲い掛かる。

遅れて聞こえた悲鳴と怒号、さらに察知できる魔力の量でロビーが壊滅状態に陥った事は分かった。

ミケロ「行動できる者の半分は正面ロビーの退路を確保!
    負傷者の治療を行いつつ、各隊と連携、防御を固めろ!

    残り半分はこのまま奥へと前進、離反者、及び研究資料を確保。
    資料に関しては確保が無理ならば処分しろ!」

ミケロの出した指示、特に最後は完全な独断だ。

作戦計画の初動を完全に挫かれた事もあったが、
研究成果をプロジェクトに荷担している幹部に渡すワケにはいかないと判断したからでもある。
577 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/06/08(金) 21:29:09.05 ID:swSaEf6F0
ミケロと奏一郎は部下を引き連れ、さらに奥へと進む。

施設は地上に顔を出している外観……いわゆる上物も大きかったが、
それらの殆どは宿泊・生活のための設備であり、研究施設としての本体は地下に隠されていた。

現れた魔導師達をノックダウンし、研究者達を取り押さえながら、ミケロ達はさらに先へと進む。

そして、施設の最下層で、警備の魔導師に守られていた幼い少女を保護する。

病衣のような白い服を着せられた少女は、傍目にもこの施設の研究成果――
プロジェクト・モリートヴァによって生まれた人造生命である事は疑いようもなかった。

奏一郎「君、大丈夫か?」

奏一郎は刀を収めて心配そうに駆け寄り、少女の無事を確認する。

年の頃はまだ十歳にも満たないだろう。

着ていた病衣は薄汚れ、長い髪は手入れもされておらずにほつれ、
手足には拘束された痕がそこかしこに残されていた。

少女「おじさん……だれ?」

焦点の合わない瞳で、少女は語りかけて来る。

疲れ切った様子の少女が、人間として最低限の扱いを受けていないのは明白だった。

初対面の人間に対して怯えすらない。

恐らくは、そう言った域は既に過ぎ去ったか、心が壊れてしまったか……。

ミケロ「グンナー………お前は………」

その少女を通して垣間見えたかつての友の変貌に、ミケロはショックを隠しきれなかった。

ミケロ「ソーイチ、この子を頼む……!」

奏一郎「ミケロ………分かった」

絞り出すようなミケロの言葉に頷いて、奏一郎は少女を抱きかかえる。

ミケロはそれを見届けると、さらに奥に向かって走り出した。

少女「ねぇ……妹は……どこ?
   あの子……わたしがいないと……ダメなの………。
   妹は……二号は、どこ……?」

聞くに堪えない、幼い子供の悲痛な声を背に……。
578 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/06/08(金) 21:29:54.44 ID:swSaEf6F0
奥に進みながらも、ミケロは感じていた。

これまでに確保した研究者の数が、あまりにも少ない。

資料を保管する部屋も、かなりの数がもぬけの殻と言って良い状態だった。

既にプロジェクトメンバーの大半は、
コチラの及び知らぬ場所へと逃がされていると考えて良いようだ。

ミケロ(………この作戦も、完璧に手遅れになってからの指示、だったと言う事か……)

そんな事を考えながら、歯噛みする。

恐らく、確保した研究者の殆どは取り残されていた者か、そうでなければ下っ端だろう。

だとすれば、配備されていた大量の魔導師は残された僅かな要人を逃がすための時間稼ぎか、
あとは離反者に対する研究医側に与する魔導師を罠に嵌め、その戦力を削るための伏兵と言った所か?

何にせよ、この作戦そのものが、
離反者側によって周到に仕組まれた盛大な茶番劇だったと言う事で間違いない。

多くの部下を行く先々に残し、ミケロはついに施設の最奥部へと到達した。

これまでになく広く、天井も高い巨大な部屋だ。

そして、照明の落とされたその巨大な部屋の奥で、
壁にかけられたモニターと向き合う、白衣の男が一人。

グンナー「………遅かったな、ミケロ」

少しくたびれた様子の、聞き慣れた声。

ミケロ「グンナァァ……ッ!」

その声の主の名を、ミケロは怒りとも哀しみとも取れない複雑な声音で叫ぶ。

どうやら、時間稼ぎで合っていたようだ。

最後の最後で、一番の要人が残されていたのだから。
579 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/06/08(金) 21:30:39.74 ID:swSaEf6F0
ミケロ「………投降しろ、グンナー。
    今なら、まだ……間に合う」

グンナー「……何に、間に合うのかな?」

絞り出すようなミケロの言葉に、グンナーは溜息混じりに聞き返す。

さも、自分がしている事が悪ではないと言いたげな、そんな声音だった。

確かに、研究院が正式な手順を踏んで行っていたプロジェクトだったが、
ここで行っている事はあまりにも非人道的過ぎる。

ミケロ「ここに来るまでに、女の子に会った………。
    お前はあんな事をするような……あんな事を許すようなヤツじゃなかったハズだ!」

グンナー「女の子? ………ああ、一号の事か。

     アレはもう不要だ。
     アプローチの仕方を変えなくてはいけないのでね」

ミケロの言葉に、グンナーは思い出したかのように呟く。

グンナー「無能な二号もそうだが、一号もアレは兵器としては耐用年数がコストに見合わない。
     ここまで来てくれた手数料代わりに持っていくといい」

ミケロ「アレ……? 兵器……? あの子は……あの子は人間だろう!?」

グンナーの口から紡がれる言葉に、ミケロは怒りを交えて叫ぶ。

グンナー「人間?
     魔導巨神から作った卵細胞と人間の精細胞で、
     試験官の中で培養して作った生体兵器だよ、アレは。

     尤も、抑止力とするには些か力が足りないがね……」

肩を竦めるグンナーの言葉を聞きながら、ミケロは愕然とする。

ミケロが、プロジェクト・モリートヴァに魔導巨神が関わっている事を知ったのは、
この時が初めてだった。

魔法研究最大の研究史料とされる、中央アフリカの古代魔法文明の遺跡から発見された巨人の遺骸だ。
580 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/06/08(金) 21:31:39.61 ID:swSaEf6F0
だが、それ以上に彼を愕然とさせたのは、もっと別の言葉だった。

ミケロ「抑止力………だと?」

グンナー「ああ」

愕然と問い返したミケロに、グンナーは抑揚に頷き、さらに続ける。

グンナー「愚かな人間を大人しくさせるには、
     絶対の力……抑止力こそが一番の手立て……。

     そう教えてくれたのは、君だろう?」

ミケロ「俺……?」

ミケロは愕然としたまま、肩を落とす。

カランッ、と乾いた音を立てて長杖が床に落ちる。

思い起こされるのは十九年前の冬、待機室で交わした会話。


――デカい抑止力でもなけりゃ、人は戦争も犯罪も止めねぇよ……――


あの会話の中で自分が発した、皮肉と諦観の入り交じった何気ない言葉だ。

なんの事はない。
そう、こんなプロジェクト以前に、彼を歪めたのは自分だったのだ。

ミケロ「俺の言葉が……お前を……変えた……?」

グンナー「ああ、感謝しているよ。
     少なくとも、私は君の言葉がなければ天命を悟る事はなかった」

愕然としたミケロの問いに、グンナーは感慨深く応え、ゆっくりと歩み寄る。

グンナー「しかし、そんな研究を続けるには、今の魔法研究院は何かと窮屈でね。

     私は研究院からも、欧州魔法研究学連盟からも独立した、
     魔法研究のための機関を新設しようと思うんだ。無論、協力者もいる」

静かな研究室に、グンナーの声と彼の足音だけがこだまする。
581 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/06/08(金) 21:32:19.40 ID:swSaEf6F0
そして、呆然とするミケロの傍らにグンナーは立ち止まり、彼に視線を向けた。

グンナー「君にも来て欲しい」

ミケロ「っ!?」

かつての……自分が歪めてしまった友からの誘いに、ミケロは息を飲む。

それはグンナーが、今もミケロを友人と思うからこその誘いだったのだろう。

コレは、言ってみればチャンスだった。

今、グンナーの手を取れば彼を止める事が出来る機会が巡って来る。

だが、その道を選べば、自分が赦しを請わんとしていた正しき規範に背く事になる。

グンナー「ミケロ……君にも見て欲しいんだ。
     私の作り上げた抑止力が、世界に絶対の平和を築く瞬間をね」

手が、差し伸べられる。

呆然としていたミケロは、思わずその手を取ろうと手を差し出してしまう。

だが、すんでの所でその手が止まる。

そう、今のグンナーの思想は、間違いなく歪んでいる。

歪めてしまったのは、自分だ。

だからこそ――

ミケロ「抑止力による平和なんて、ただの恐怖支配だろう!?
    そんな平和が長続きするハズがない!」

――歪めてしまった友を、今、この場で正す道を、ミケロは選んでしまった。

差し出していた手を、気の迷いを力任せに振り払うようにして引いた。

手は、触れていなかった。

だが、その動きはグンナーにとっては、友に差し出した手を強引に振り払われたようにも見えただろう。

それが、破綻を決定的にした。
582 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/06/08(金) 21:33:09.00 ID:swSaEf6F0
グンナー「………それが君の答か」

高く暗い天井を振り仰いだグンナーの声は、僅かに震えていた。

かつての、そして今の今まで信じてくれていた友のその姿に、
ミケロはまた選択を間違えた事を思い知る。

ミケロ「ぐ、グンナー……俺は!」

グンナー「ミケロ………私はね、愚かな人間を信じたかつての私を嫌悪するよ」

言いかけたミケロの言葉を遮るように、グンナーは吐き捨てるように言って、
ミケロの横を通り過ぎる。

その先には、隠し扉と思しきドアが有った。

ミケロ「ま、待ってくれ、グンナー!? グンナァッ!」

ミケロは振り返り、必死にグンナーを呼び止めようとする。

だが、その後を追う事は……叶わなかった。

グンナーは振り返らず、やや重苦しい足取りで隠し扉の前へと立つ。

グンナー「さようならだ、ミケランジェロ……カンナヴァーロ」

グンナーは隠し扉の奥へと消え、ミケロはその場に立ち尽くす。

また、自分は選択を誤った。

友を止める事も、友を支える事も選ばず、
ただただ、友を正そうとして、より友を歪めただけ。

ミケロ「うぅ……あぁぁぁっ!」

ミケロは膝を付き、石造りの床を叩き、悔しそうに叫ぶ。

ミケロ「何でだ………何でっ!」

ここまで愚かな言葉を、行動を、選択を、自分は繰り返してしまったのか。

愚かしさ故か?
浅はかさ故か?

そうでなければ信じたくもないが、それが運命だとでも言うのか?

あの隠し扉の先には、まだグンナーがいるだろう。

扉を蹴破り、追い掛ける事も出来たハズだったが、ミケロはそうはしなかった。

いや、出来なかった。

この愚かな選択を繰り返してしまった自分に、最早、彼を追う資格はない。

誰かが自分を赦そうとも、自分自身がそれを赦す事が出来ない。
583 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/06/08(金) 21:34:25.60 ID:swSaEf6F0
奏一郎「ミケロッ!」

そこに、ようやく奏一郎が駆け付けた。

ミケロ「ソーイチ………俺は、俺はぁ……!」

駆け付けた友に気付き、だがミケロはどうしていいかも分からず、
同じ体勢のまま何度も床に拳を叩き付ける。

皮が裂け、血が滲む。

だが、それが唯一の贖罪の、いや、
罪を誤魔化す方法であるかのようにミケロは拳を叩き付け続けた。

奏一郎「グンナーは………?」

奏一郎はそこまで尋ねて、尋常ではないミケロの様子に、
かつての友と彼がどんな顛末を迎えたのかを悟る。

戦闘をした様子は見受けられない。

それもそうだろう、ミケロとグンナーほどの実力者同士が真っ向からぶつかり合って、
何の痕跡もないのはおかしい。

それどころか、魔導に通じた者ならば離れた位置からでもその様子を窺えただろう。

その痕跡がないと言う事は、戦闘は行われず、
ミケロの様子は、彼がグンナーを説得しようとして失敗した事を物語っていた。

奏一郎「もう止めるんだ……ミケロ」

奏一郎はミケロの元に駆け寄り、力ずくで振り上げられた拳を止める。

叩き付けようとしてた拳を止められ、ミケロは力なく項垂れた。

ミケロ「ソーイチ……………、奏一郎! 頼むっ!」

膝を付き、項垂れたままの体勢でミケロは言葉を紡ぐ。

恐らく、今から紡ぐ言葉――選択も間違いだろう。

だが――

ミケロ「グンナーの……アイツの傍にとは言わない……。
    ただ……アイツを、見捨てないでやってくれぇ……!」

――間違いと知りながらも、その言葉を紡がずにはいられなかった。

絞り出すようなミケロの声は、涙で震えていた。
584 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/06/08(金) 21:35:18.04 ID:swSaEf6F0
おそらく、魔法研究院……いや、欧州魔法研究学連盟を含めた世界の魔法研究機関は今後、
大きく二つの勢力に二分される事になるだろう。

どちらが多数派となるかは分からないが、
ミケロも二分された勢力の一方に属する事となるであろう事は明白だ。

そして、もう一方にはグンナーがいるに違いない。

ミケロ「アイツが歪んだのは……アイツを歪めたのは俺だ……!
    俺には……俺にはアイツの傍にいなけりゃいけない責任があったんだ!」

そう、傍にいるべきは……いなければいけないのは、グンナーをあそこまで堕とした自分なのだ。

だが、もう自分にその資格はない。

ミケロ「けれど……俺はアイツをはね除けてしまった……!」

事実は違うだろうが、だが個々の受け入れた真実によって、時として事実は違う事実へと変貌する。

ミケロにとってはそうではなくとも、グンナーにとってはそう映ったから故の、
グンナーのあの行動と言葉だったのだろう。

そして、責任の有無と資格の有無の間には時として、他者の想像を絶する断崖が存在する。

ミケロにとってその断崖の距離はあまりに遠く、目も眩むほど深く穿たれていた。

ミケロ「頼む………アイツの事を託せるのは、もう、お前しかいないんだ!」

奏一郎「ミケロ………」

涙は見せなかったが、だがそれでも涙ながらに懇願する友人の名を、奏一郎は呟く。

奏一郎にもミケロと同じ予感があった。

そして、あの少女を見た奏一郎は、グンナーが行くであろう行く末を朧気ながらに確信していた。

それは修羅の道。

魔導の、そして人道の闇へと堕ち行くであろう道だ。

だが、友をただ一人だけその道に行かせて見ないフリを決め込めるほどに奏一郎は器用な人間ではなく、
また友の頼みをはね除けられるほどに薄情な人間でもなかった。

奏一郎「………分かった……」

奏一郎は抑揚に、だが努めて感情を排した声音でその頼みを引き受けた。

ミケロ「すまない……すまない………っ!」

友二人を堕とさざらるを得ない選択を繰り返して来たミケロには、礼の言葉を言う資格すらなかった。

自業自得と言えばそれまでの……過ちの末路だった。
585 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/06/08(金) 21:36:04.49 ID:swSaEf6F0
グンナー・フォーゲルクロウのプロジェクト私物化と暴走の発覚に端を発した、
首謀者を逮捕する事も叶わずに終わった一連の逮捕劇。

研究院側、離反者側共に多数の死傷者を出し、
魔法研究界が抱える多大な歪みだけを浮き彫りにする結果となった本件は、
後に研究施設の通称から“揺籠の惨劇”と呼ばれ、魔法研究史に刻まれる事となった。

そして、この惨劇を発端として魔法研究界には粛正の嵐が吹き荒れ、
世の魔法研究家や魔導師達の多くは二極化を迫られる事となった。

およそ一年に及ぶ混乱の果てに、魔法研究院と欧州魔法研究学連盟はその派閥を大きく二つに分け、
一方は人が持つべき規範――倫理を標榜した法と理念の元に魔法倫理研究院として新生し、
もう一方は歪みの全てを引き受ける形で魔導研究機関として新生した。

魔法倫理研究院と魔導研究機関の、長い長い派閥争いと言う名の争いが始まったのである。

その一因に、かつて友であった三人の人間が関わった事を知る者は少ない。

関係者の多くが口を噤み、
魔導研究機関を率いる事になった人物の活動記録の殆どが抹消される事になったからだ。


グンナー・フォーゲルクロウ、その狂気の男のもう一つの姿――
英雄と讃えられた理想家の姿を知る者、語り継ぐ者は少ない。

グンナーが死した今でも、彼の事を語るのはタブーであるからだ。

そして、口を噤んだまま多くの当事者達が鬼籍に入り、
グンナー・フォーゲルクロウの真実を知る者は、一人、また一人とその生涯を閉じて行った。


かつての彼の理想と夢を知る者は、もう僅かばかり……。
586 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/06/08(金) 21:36:50.71 ID:swSaEf6F0


長い追憶を終えて、ミケロはふと目を開く。

窓から見える日は既に傾き、茜の色が部屋に差し込んでいた。

眩しい夕日に目を細めながら、ミケロはアルバムを閉じる。

ミケロ「………………もう、三十九年、か……」

自嘲の入り交じった声音で、感慨深く呟くミケロは、あの惨劇の後に思いを馳せた。

結局、奏一郎――本條家は二極化を始めた世界の中、
ミケロの頼みを受け入れ、魔導研究機関のパイプ役としてグンナーの傍に付く事となった。

結果的に本條家は日本のフリーランスエージェントの元締めを務めながらも、
魔法研究の衰退して行く日本に引き籠もらずを得なくなり、
真相を知らぬ多くの人々から裏切り者の謗りを受ける事となる。

そして、ミケロも魔法倫理研究院に籍を置く事に罪悪感を感じ、
翌々年の1969年、Aカテゴリクラスの設立を機に研究院を去った。

尤も、彼を慕った多くのシンパによって引き留められる事となり、
フリーランスと言う形で籍を残さざるを得なくなった。

だが、罪を忘れ去る事を良しとしないミケロにとっては、結果的にそれで良かったのだ。

愛する二人の子は何の問題も無く研究院に在籍し、
その二人の子――孫も、一人は運悪く早世したが、もう一人は多くの仲間に囲まれている。

Aカテゴリクラスを設立したのも、言ってみれば罪滅ぼしと、
自分達のような過ちを繰り返す者を……自分達と同じ苦しみを味わう者を少しでも減らしたかったからだ。

その目論見は、今の孫達を見れば叶ったと言うべきだろう。

よく学び、よく笑い、よく支えよ。

自分達が最後まで叶える事の出来なかった、謂わば祈りのようなもの。

それを叶えてくれた孫達の姿が嬉しくもあり、また自分が情けなくもあった。
587 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/06/08(金) 21:37:54.77 ID:swSaEf6F0
そんな感慨に浸っている時だった。

???「お師匠!」

そんな声と共に乱暴に扉が開かれ、ミケロは細めた視線をそちらに向けた。

そこには腰に手を当てた、少しばかり怒った様子のエプロン姿の幼い少女がいた。

今、唯一人残った弟子――セシリア・アルベルトだ。

ミケロ「どうした、セシル?」

セシル「もうっ、夕飯出来たって、さっきから何度も呼んでるだろ!?」

好々爺然とした笑みを浮かべて尋ねるミケロに、セシリア……セシルは呆れたように返した。

ミケロ「おやおや、そうだったか………。
    いかんのぅ、年を取ると時間が過ぎるのが早いわい」

ミケロはとぼけた様子で言って立ち上がる。

この数年で、ミケロの身体は急速に老いていた。

もう、杖か身体強化魔法無しでは立ち上がるのも難しい。

鍛えてはいたつもりだったが、若い頃に無理をして来たツケなのだろう。

セシル「しっかりしろよな、お師匠」

口では乱暴に言いながらも、
セシルはいつでも師の身体を支えられるように傍らに立った。

そんな愛弟子の様子が微笑ましくも嬉しく、ミケロはまた目を細めた。

セシルに支えられるような並びで食堂に入ると、
テーブルの上ではトマトのスープとクリームのパスタが湯気を上げている。

二人はそれぞれ向かい合うようにして席に着くと、食事を始めた。
588 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/06/08(金) 21:39:02.44 ID:swSaEf6F0
そして、その食事が中頃まで進んだ所で、ミケロは口を開く。

ミケロ「セシルは……今、幾つだったかの?」

セシル「ん? あと半年……九月で九歳だよ」

ミケロ「今は八つか………そうか、ここに来て、もう二年半になるか……」

弟子の答を聞きながら、ミケロは感慨深く呟いた。

セシルの魔法適正は、亡き母・キャスリンよりも父・クライブに近かった。

つまり、射砲撃系魔導師と言う事だ。

無論、母の才能も受け継いでいるため、飛行魔法の適正もかなり高く、早い。

その戦闘スタイルは、孫であるフランのそれに近かった事もあり、
ミケロ自身も自分に近い適正を持ったセシルの伸びの良さには目を見張った。

ミケロ「正エージェントを目指すのか?」

セシル「……………うん」

その質問に、セシルは僅かな間を持って頷いた。

その夢を迷っているワケではない。

だが、正エージェントを目指すと言う事は、この養成塾を離れて訓練校に入ると言う事だ。

勿論、養成塾に在籍したまま正エージェントになれない事もないし、前例も多いが、難しいだろう。

最初の一年は訓練校組よりも研修が多くなるし、
そうなればどれだけ実力が高くとも、ランク昇格は遅れる。

ストレートに言えば、訓練校に移った方がセシル自身のためなのだ。

だが、セシル自身は複雑な身の上を抱えた少女だった。

母・キャスリンは魔法後進国であるアメリカでも、
数少ない有力魔法研究の家柄・ブルーノ家の一人娘であったが、
父や祖母との軋轢から幼くして家を出奔、後に魔導研究機関の長であるグンナーに拾われる。

セシル自身は会った事も、名前すらも知らない父・クライブは、
幼い頃から腕利きの暗殺者として雇われていた、こちらもグンナーに拾われた口である。

罪を償うため、死の瞬間までエージェントとして尽力して来た母だが、
両親が犯罪者である事はセシルにとっては重荷だった。

それを鑑みて、母は親交のあった、時を同じくして亡くなったミケロのもう一人の孫、エレナを通じて――正しくは彼女達ではなく、
彼女たちの遺言を持ち帰ったザックとそれを聞き入れたフランのお陰で――この養成塾に預けられる運びとなった。

姓を変えたのは、ブルーノの名と、その束縛から逃げるためではなく、後見人となってくれた義母――レギーナへの恩義からだ。

ともあれ、回りの人間達の温情に応えるためにも、セシルにはこの養成塾に残る義務があった。

そして、そんな義務感を除いても、老いた師を独り、この寂しい山小屋に残す事は気が引けた。

そんな愛弟子の思いやりに気付き、ミケロは嬉しさと寂しさの入り交じった笑みを浮かべた。
589 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/06/08(金) 21:39:52.57 ID:swSaEf6F0
ミケロ「ならセシル、四月からはAカテゴリクラスに移ると良い」

セシル「え………」

師の言葉に、セシルは呆然とした声を上げる。

ミケロ「お前は良い才能を持っている……ご両親から受け継いだ、得難い才能だ。

    今後、ワシは弟子を取る予定も、新たな弟子が来る予定も無い。
    一人でこんな老いぼれの指導を受けるより、多くの仲間に囲まれて切磋琢磨した方が……」

セシル「そんなっ……そんな寂しい事、言うなよ……お師匠!」

淡々と語るミケロの言葉を、セシルは寂しさと怒りを交えて遮った。

いつも強気で少々乱暴な、だが心優しい弟子が涙を滲ませている様子を見て、ミケロは俯く。

どうやら、また選択を誤ってしまったようだ。

しかし、その誤りを受け入れながら、ミケロは顔を上げて続けた。

ミケロ「友達が傍にいないと言うのは、寂しいものだぞ……」

セシル「あ、アタシは……友達なんか……」

寂しげな師の言葉に、セシルは俯きながら呟く。

寂しくないと言えば嘘になるが、それでもセシルの回りには暖かな人が多かった。

義母だけでなく、亡き母のかつての部下達、尊敬する師や、
赤ん坊の頃から可愛がってくれた結や奏達のような姉貴分、
養成所からエージェントとして巣立っていった兄弟子、姉弟子もいる。

だが、真に友と言えるような存在は、考えてみれば一人もいない。
590 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/06/08(金) 21:40:43.03 ID:swSaEf6F0
ミケロ「ワシはな……お前に寂しい思いをさせるワケにはいかないのだ。
    ワシを信じてお前を預けてくれたレギーナや、お前の両親のためにも、な」

セシル「………」

師の言葉は重く、だがその言葉に込められた想いの暖かさも感じ、
セシルは何も言い返せずに押し黙る。

ミケロ「セシル………お前はワシの……
    ミケランジェロ・カンナヴァーロ最後の、自慢の弟子だ。

    胸を張って行ってくれると、ワシも嬉しい」

押し黙ったセシルに向けて、ミケロは笑みを浮かべて言い切った。

セシル「お師匠……」

セシルはその言葉を受け止めながら、涙を滲ませる。

師の元から離れなければいけない寂しさと、
自慢の弟子と言ってくれた嬉しさと誇らしさが入り交じった、複雑な気分だった。

ミケロ「………食事時にあまり辛気くさい話をするものでもないのぅ、カッカッカッ」

落ちかけた沈黙の帳を払うように、ミケロはにこやかに言って笑い飛ばした。

セシル「何だよ……自分から話を振ったくせに」

そんな師の様子に、セシルは浮かべた苦笑いを次第に微笑みに変えながら呟いた。

ミケロ「カッカッカッ、そうじゃったかの?

    それにの、ここを閉めたら息子一家か娘一家の家に世話になるだけじゃからの、
    ワシ一人が残るワケではないから安心せい」

セシル「あ………」

ミケロの言う通りだと言う事にようやく気付かされ、
セシルは顔を真っ赤にして恥ずかしそうに俯いてしまう。

また、気まずい沈黙が訪れる。

しかし、すぐにどちらからとなく笑い声が漏れ、食堂に二人の笑い声が満ちて行く。

その後の夕食は、いつも通りの楽しい食事となり、笑顔の内に終わった。
591 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/06/08(金) 21:41:40.30 ID:swSaEf6F0


夕食を終え、私室に戻ったミケロは机に向かっていた。

取り急ぎ、セシルがAカテゴリクラスに転入するための推薦状の準備だ。

学力、魔力運用能力、魔力量に高さは問題なく、
Aカテゴリクラスに転入できるだけの基準を満たしている。

と言っても、既にこんな事もあろうかと数日前から根回しはしてあったので、
一筆、推薦の旨をしたためるだけで済む。

ミケロ「…………ふぅ」

推薦状――と言うよりは、推薦文――を書き終えたミケロは、
背もたれに身体を預け、小さく溜息を漏らす。

来月になれば、この推薦状と共にセシルを送り出し、名実共に完全な引退だ。

思えば、生ける伝説と言った名ばかりの賞賛を受けた、
自身にとっては後悔ばかりの半生だった。

しかし――

ミケロ(最後の最後で……間違わずに済んだ……)

そんな感慨を抱き、安堵の表情を浮かべる。

最後の愛弟子を、誇りを持って送り出してやる事が出来る。

彼女に、得難い生涯の友を得る機会を与えてやる事が出来る。

自分がかつて為し得なかった理想と夢を託した、
あの学舎に送り出してやる事が出来るのだ。
592 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/06/08(金) 21:42:39.74 ID:swSaEf6F0
ミケロ(グンナー……ソーイチ………)

鬼籍に入った、二人の友の名を心中で独りごちる。

奏一郎の血を引く子供達――美百合と紗百合の二人には、
師弟として出来る限りの事をしてやれた。

グンナーの研究が生み出した子供達――結、奏、クリスの三人も、
あの学舎を経て強く生きてくれている。

三十九年前のあの日、グンナーと奏一郎との決別から続いた贖罪が、
これで終わったのかどうかは定かではない。

だが、次代の子らが迷わずに進んでいけるだけの力を、
育ててやる事は出来たと言えるだろう。

それだけが、後悔ばかりの半生を歩んで来たミケロにとって、
何にも代え難い、輝かしい、生きた証だった。

魔法研究史に自分の名を刻むなど、些細な事だ。

次代の子らに、夢と理想を託す事に比べて見れば……。

そんな誇らしい気持ちを胸に、ミケロはスッと目を閉じた。


ミケランジェロ・カンナヴァーロは翌日早朝、
彼の最後の愛弟子によって遺体として発見される事となる。

享年七十六歳。

生ける伝説として語られた偉大な魔導師は、その死に際を誰に看取られる事なく、
ただただ、彼を知る者達が口を合わせて語るほど安らかな表情で、逝った。

その葬儀は、彼の家族と、彼を慕う多くの弟子と、
彼の理想を託した学舎に携わった者全てが集まる中、しめやかに執り行われた。


また一人、グンナー・フォーゲルクロウの真相を知る者が、この世界を去った。


第25話「ミケロ、追憶は遠く」・了
593 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/06/08(金) 21:54:06.43 ID:swSaEf6F0
今回は以上となります。

と、注意事項と言うほどでもありませんが、注釈をば。

今回の内容、特に登場人物各自の思想面、史実と実在の人物に対しての評価に於いてですが、
あくまでそう言う考え方もあると言う事と、グンナーと言う人物が如何に狂気に駆られて行くか、
と言う二点を合わせてあのように書かせて戴きました。

書き手である自分自身の思想面にも通じる部分ではありますが、
まあ、それはそれ、これはこれとして楽しんで戴けると幸いです。

あと、今回の話はあくまで第三部と第四部を繋ぎ、一部キャラの掘り下げるための話と言う事で、
厳密には第四部ではありませんので悪しからず。
594 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/06/10(日) 21:41:28.90 ID:YqZITFWR0
乙ですたー!
グンナー・・・・・・理想を抱くが故の希望から、現実に直面したが故の絶望への相転移。
口癖が「わけが分からないよ」なあの白い生き物が、彼が二次性長期の少女でないことを残念がりそうな程の深い絶望だったのですね。
ミケロ翁は自分の言葉がグンナーを狂わせたと苦しんでいたけれど、もしかしたらグンナーにとっては、魔法犯罪の現場以上に
非人道的な研究に手を染めていると言う事実の中で、翁の言葉は唯一の拠り所だったのかもしれませんね。
そして、その拠り所をくれた本人から、その言葉を否定されたがゆえに更なる深みへ堕ちて行ったと言う・・・・・・なんとも因果な・・・・・・
ミケロ翁が己の為すべきと定めたことを全うして生涯を閉じたことが、せめてもの救いと思いたいものです。
次回も楽しみにさせていただきます。
595 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/06/11(月) 21:36:30.33 ID:hbzz+QEA0
お読み下さり、ありがとうございまーす。

>グンナーの絶望
純粋な悪人は、どうにも想像の埒外なのでこのような生い立ちにさせていただきました。
あとは、結のBADエンド版キャラと言う対比ですね。
プロジェクト・モリートヴァ以前のグンナーならば、間違いなく結の尊敬の対象になりそうな人にしています。

>ミケロの言葉が拠り所
それは絶対に否定できない部分ですね。
どうすれば良いかが分からなくなった所で、親友の言葉が灯した光明なワケですし。
ここもやはり、結にとって奏の言葉が袋小路から抜け出すキッカケだったように、
グンナーにとってはミケロのくれた平和への最短ルートが唯一の希望だった、と言う事で対比しています。
ただ、かけた言葉に対して、言葉をかけた当人が肯定的だったか否定的だったか、と言う部分が、
最終的にBADエンドに向かう流れを作ってしまったのだと考えています。

>全うして生涯を閉じた
後悔はあっても心残りはない、そんな最後を迎えて欲しくてあのような形にさせていただきました。
再登場したセシルには少し悲しい役回りを演じてもらう事になってしまいましたが、
それでも良き師に恵まれた弟子として巣立ってもらう事は出来たと思っています。



次回からは、今度こそ本当に第四部スタートとなります。
第二部では紹介程度にしか出番の無かった本條家組も本格登場し、
第三部では中途半端に終わった結とアレックスの恋の行方や、
トリスタンに機人魔導兵を渡したパトロン登場等、
やや盛り込み過ぎた感じで行こうと思います。
596 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga]:2012/07/16(月) 21:17:07.37 ID:IDbD4dzH0
前回から一ヶ月以上間が空きましたが、最新話を投下させていただきます。
597 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/07/16(月) 21:17:48.11 ID:IDbD4dzH0
第26話「本條家、合同捜査任務」



西暦2007年、十一月末の夜更け。
秋も過ぎ、本格的な冬の到来を間近に控えた日本、某所――


そこは地方の都市部からも離れた、いわゆる郊外の閑散とした地域。

地方都市の外れなど、どこも似たような物だ。

なだらかな山の麓にのどかな田園風景と、寂れた工場が点々と建ち並ぶ、
有り体に言って田舎の……それもどちらかと言えば過疎の光景が広がっている。

そして、その中でも寂れた一角。

目の前を走る県道からも一段高い位置に設けられた、実に出入りの面倒な廃工場。

辺りには雑草が高く生い茂り、県道からの視界を遮るほどで、
僅かに見える工場のトタン屋根はボロボロで、所々が欠けているのが見て取れた。

バブル崩壊後の不景気で倒産した会社の工場を買い取ったは良いが、
買い取った会社そのものが倒産、土地は手放されて誰とも知らぬ資産家の手に渡り、
不況の煽りで手つかずのまま放置。

何処にでもある、そんな末路を辿った機械の城のなれの果て。

近付くのは野犬か虫か、はたまた近所の悪ガキ共か。

しかし、そんな廃工場と県道とを結ぶ坂道を駆け上がって行く黒塗りのリムジンが一台。

三つ星レストランや高級ホテルこそが似付かわしい高級車が、
未舗装の砂利道をガリガリと不協和音を立てながら駆け上がって行く様は、
不釣り合いと言う言葉しか浮かばない。

そして、リムジンが廃工場前まで登り切ると、辺りは不思議と綺麗に除草が行われた形跡があった。

刈り取られた背の高い雑草は、国道から見て死角になる場所に集められ、日干しになって枯れ果ている。

砂利も国道の死角になった位置からは存在せず、廃工場の入口まで真っ直ぐに舗装されており、
砂利の坂道を登り切ったリムジンも本来の優雅さを見せつけるように、ボロボロの廃工場前へと滑り込んで行く。
598 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/07/16(月) 21:18:30.95 ID:IDbD4dzH0
リムジンが停車した事を確認すると、
そこに近付いて来る、サングラスに黒服の屈強そうな男が五名。

四人に前後左右を固められ、残る一人が後部座席の窓へと迫る。

窓が開き、毛皮のコートを羽織ったうら若い女性が顔を出す。

その隣にはもう一人、女性と同じ顔、同じ格好をした、
おそらくは彼女の双子と思しき女性が乗っている。

黒服A「身分を確認させていただきます」

近付いた男がそう言うと、女性はハンドバックの中から一枚のカードを取り出す。

黒服A「会員ナンバーE−135…………。
    広沢通商副社長の利川力様、でよろしいでしょうか?」

利川「はい」

黒服の質問に答える女性。

だが、この女性が、どう聞いても男性名の利川力【としかわ つとむ】を名乗るには、少々無理もあろう。

黒服もその事には気付いたようで、不審そうに尋ねる。

黒服A「失礼ですが……」

利川「ハァ………利川の妻です」

言いかけた黒服の言葉を溜息で遮り、女性――利川の妻は溜息混じりに言うと、さらに続ける。

利川「利川行子で確認を取って下さい。
   夫の会員証で代行可能なハズですが?

   それと、連れは姉の牧子です」

黒服A「………少々、お待ち下さい」

少し苛ついた様子の利川の妻――行子【ゆきこ】に、黒服は半歩下がって礼をすると、
手元の携帯端末を使って何事かを調べ始めた。
599 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/07/16(月) 21:19:14.89 ID:IDbD4dzH0
十秒程して、端末のディスプレイと行子の顔を数度見比べ始める。

そして、すぐに納得したように携帯端末を下げた。

黒服A「………失礼致しました、利川行子様。
    どうぞお通り下さい」

行子「ええ、ご苦労様。……出して頂戴」

行子は慇懃に頭を垂れた黒服に手を振ると、運転手に指示を出す。

直ぐさま四方を塞いでいた男達が退き、黒塗りのリムジンは廃工場内へと進む。

まだ開けたままだった窓から、黒服の男達の小さな話し声が聞こえた。

黒服B「利川の愛人らしい」

黒服C「国籍詐称の好色爺が若い女囲ってるのかよ」

その話し声を耳ざとく聞きつけてしまったものの、
行子は憤るでもなく溜息混じりに防音性の高い強化ガラスの窓を閉めた。

牧子「お疲れ様」

すると、奥の座席に座っていたもう一人……
牧子【まきこ】と紹介された女性が、苦笑い混じりに言った。

行子「練度と礼儀意識の低いガードマンだこと………。
   こんなザルな連中で、よく今までバレなかったわね」

一方、行子は疲れた様子で肩を竦めると、溜息混じりに呟いた。

青年「財界や政界に影響力の強い人間が、数多く絡んでいますからね。
   お目こぼしさせているんでしょう」

運転手を務めている青年も肩を竦めて呟くと、さらに続ける。

青年「日本はまだ、コチラ方面に本格復帰して七年と日が浅いですからね。

   法整備や国際的連携が進んでいないので、
   逆に非加盟の近隣国よりも隠れ蓑としてはうってつけなんですよ」

行子「海外の犯罪者が偽名と国籍詐称で国内うろついてる、なんて、
   ゾッとしないわ………ホント」

青年の言葉に、行子はわざとらしく身体を震わせて言った。

牧子「コチラ方面に関しては、これから私達が頑張っていかないといけない課題ですね」

牧子は胸の前で両の拳をグッと握り、決意の篭もった声音で言った。

青年「はい、その通りです」

女性の言葉に、運転手の青年はバックミラー越しにその様子を確認して、満足そうに頷いた。
600 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/07/16(月) 21:20:13.56 ID:IDbD4dzH0
リムジンが廃工場の奥に入ると、そこはもう廃工場とは呼べなかった。

鉄骨とトタンで出来ていたハズの内装は、鉄筋コンクリートで内側から補強され、
高さ八メートルはあったハズの外観からは想像も出来ないほど天井は低く――それでも三メートルはあったが――、
廃工場と言うよりはデパート地下の駐車場、それもその入口のような赴きを見せていた。

そして、地下駐車場の入口と言う表現の通り、床はやや急勾配の下り坂になっており、
地下深くに向かって通路は延びていた。

行子「うわぁ……まさに悪の秘密基地、って感じね。
   道楽もここまで行くと、呆れるのを通り越して感心しちゃうわ」

行子が驚きと呆れと、言葉通りに僅かばかりの感心を込めて呟く。

牧子「何だか怖い所ですね」

対して牧子は、剥き出しのコンクリートの寒々しさ以外の悪寒を感じて、
微かに震える声で呟いた。

二人の様子を後目に、運転手の青年はゆっくりとリムジンを走らせながら、
壁や天井、床の様子を見る。

青年(ここに監視カメラの類は無さそうだな……。
   本当にザルな事だ……)

青年はそれだけ確認して小さく頷くと、
手首の革製ベルトに括り付けられた銀色の巴紋のような彫刻を口元に寄せる。

青年「こちら第二正面潜入班のリリィ1。
   CTS1、応答願います」

CTS1『はいはーい、こちら指揮担当のCTS1。
     聞っこっえってまっすよ〜♪』

青年がリリィ1【ワン】を名乗ると、
彫刻を通じてCTS1を名乗る女性の声が応えた。

CTS1は特に“指揮担当”の部分を強調して、どこか嬉しそうな雰囲気だ。

青年「巫山戯ないで下さい、CTS1………。
   リリィ1、2、3、無事に施設内に侵入成功しました」

溜息がちに言いかけた青年――リリィ1は、すぐに気を取り直して状況を報告する。

CTS1『………了解。こちらも裏手から侵入成功。

     リリィ1、2、3は駐車場で第一正面突入班のCTS4、5、6と合流して下さい。
     以後、リリィ1はCTS4と行動を共に、リリィ2と3はCTS5と6と連携して、会場内について下さい。

     後は手筈通りに』

同じく、真面目な声音になったCTS1が指示を出す。
特殊なコードネームとコールサインで呼び合う様子からして、
どうやら彼らは同じ組織に属する者であるようだった。
601 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/07/16(月) 21:21:11.31 ID:IDbD4dzH0
CTS2『あ、こちらCTS2です。
     全員の位置把握が完了したので、コチラのギアとリンクして下さい』

すると、別の声が彫刻から響く。

先ほどの女性より若い、と言うか幼い印象を受けるその声は、
今度はCTS2のコードネームを名乗った。

リリィ1「さすが、特務と教導隊が誇る梟の目だ。
     頼りにしていますよ、CTS2」

CTS2『あ、アハハ……恐縮です』

リリィ1からの素直な賞賛に、CTS2は照れと緊張の入り交じった声音で応え、
そこで通信は終わる。

行子「今の声懐かしいなぁ……。
   もう、あの子も十七だったかしら?」

牧子「誕生日がまだだから、十六歳じゃなかったかしら?」

行子「い、言われなくても分かってました〜」

懐かしく思案げに呟いた行子は、牧子に訂正されると、
気まずそうに、だが誤魔化すように言う。

彼女のそんな様子を、牧子は少し悲しそうな笑みを浮かべて気まずそうに顔を俯ける。

行子「ハァ……………けど、そうなると八年近く会ってなかったのね」

行子は隣の牧子の様子に、少し苛立たしそうに肩を竦めて溜息を漏らしたが、
気を取り直したように懐かしい日々を思い出しながら呟いた。

……そろそろ面倒な韜晦は止めよう。

そう、彼女達の名は偽名である。

本当の名は、牧子を名乗るのが本條美百合、行子を名乗るのが本條紗百合。

日本のフリーランスエージェント統括や、魔法研究・行使を監視する本條家の跡取りとその双子の妹だ。

そして、運転手を務める青年は、本條家に仕える鷹見家の一子、鷹見一征である。

以前は魔導研究機関――特にその首魁であるグンナー・フォーゲルクロウとの交渉におけるパイプ役として、
魔法倫理研究院よりも魔導研究機関寄りとして半ば疎んじられ、外様扱いとされて来た。

だが、十一年前、魔導巨神事件解決に際してグンナーが死亡、前当主と“ある人物”との盟約が事実上の無効となり、
パイプ役としての役割を果たす理由もなくなり、魔法倫理研究院に正式に復帰したのである。

その際、友好関係の修復のために、彼女たち三人の師として名乗り出た故ミケランジェロ・カンナヴァーロ――
通称・カンナヴァーロ老が各方面に働きかけたのは、知る人ぞ知る事実だ。

現在、本條姉妹はフリーランスエージェントとして、
一征も捜査エージェント隊の諜報エージェントとして魔法倫理研究院に籍を置いている。

今回は諜報エージェントとして他の部隊と協力し、
地下組織の主催する会合に、偽名でもって参加する任務を帯びていた。

フリーランスである双子も、自分達の管轄地域で規模の大きな組織が蠢いてると言う事と、
幼馴染みであり兄貴分でもあった一征の任務と言う事で協力を申し出たのだ。

勿論、彼女達が使ったIDカードも名乗った偽名もその本来の持ち主が存在し、
つい二時間ほど前、三人全員にお縄を頂戴してもらったばかりである。

その後は組織のデータベースに侵入し、利川の愛人の顔写真を彼女たちの物とすり替え、今に至るワケだ。
602 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/07/16(月) 21:22:27.30 ID:IDbD4dzH0
紗百合「って言うか実際の所、こんな会話してて大丈夫なの?

    会話も何も向こうに筒抜けで、
    駐車場についた途端に黒服のお兄さん達が十重二十重なんてゴメンよ?」

一征「ええ、それについてはご安心を、紗百合様。

   盗聴器、隠しカメラ、その他諸々、技術部の立ち会いの下、
   チェック済み、取り外し済みですので」

溜息がちな質問に笑顔で返されて、
紗百合は“それはまた頼もしい事で”と感嘆と呆れの入り交じったような声音で呟いた。

そんな会話を続ける内に、三人を乗せたリムジンは地下の広い駐車場へと入り込んだ。

二百台はゆうに駐められそうな広い駐車場には、所狭しと高級車が駐められていた。

美百合「まるで高級車の博覧会ですね」

紗百合「うわぁ………成金趣味炸裂って感じ?」

窓越しに見える光景に、双子はそれぞれに呟く。

国内産から海外の物まで取り揃えられており、中にはグリルが金色に塗装された物や、
そのものズバリの金一色に塗り込められたリムジンまである。

成る程、成金趣味の高級車博覧会である。

一征は駐車場の隅の目立たない一角に車を進め、柱が死角となるような位置取りで停車させた。

上着のスーツを脱ぎ、助手席下に隠してあった燕尾服を取り出し、
ネクタイを素早く蝶ネクタイに取り替える。

美百合「ここまで来て変装なんて、意味あるんですか?」

一征「事前調査で、身分確認があるのは先ほどの入口だけと分かってますから」

訝しがる美百合の問いかけに、一征は襟元を正しながら答える。

紗百合「本当にザルね……。信じられないわ」

二人のやり取りを聞きながら、美百合は呆れた様子で肩を竦めた

一征「ここの元締めがザルなのでしょう……。

   まあ連中がザルでいられるだけの後ろ盾がこの場所をひた隠しにしていたせいで、
   今日の今日まで踏み込めませんでしたが」

溜息と呆れ混じりに呟いた一征だが、その言葉には忌々しげな物を語るような厭味も含まれていた。

一征「お待たせしました、お二人とも」

準備を済ませた一征はそう言うと即座に外に出て後部座席のドアを開き、
二人の手をそれぞれに取って降車をエスコートする。
603 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/07/16(月) 21:23:04.77 ID:IDbD4dzH0
その直後――

CTS4<コチラ、CTS4。
     リリィ1、エージェント・鷹見、聞こえていますか?>

一征の脳裏に、ギア同士の共有回線を中継した思念通話が届く。

どうやら相手は落ち着いた雰囲気の女性のようだ。

一征<ええ、聞こえています、CTS4>

美百合<お久しぶりです>

一征が応答した後に続いて、美百合も相手――CTS4に声をかける。

CTS4<久しぶりだね、美百合>

CTS4もにこやかな声で返事を返した。

美百合<あら? 声だけで分かります?>

CTS4<話し方でね>

キョトンとした様子で聞き返した美百合に、CTS4はやや苦笑いを交えた声音で返した。

紗百合<何だか釈然としないわ……>

美百合の傍らで、紗百合が仏頂面を浮かべる。

CTS4<紗百合も元気があって悪くないと思うよ?>

CTS4はに柔らかな声音ですかさずフォローを入れる。

紗百合<むぅ………>

紗百合はさも釈然としない、と言いたげな雰囲気で唸ったが、
お世辞でも褒められて悪い気はしないのだろう、満更でもない様子だ。

CTS4<コチラの位置情報は?>

一征<ええ、CTS2との情報リンクで把握できています>

一征は応えながら意識を集中すると、
ギアを通して潜入しているメンバーの方角と距離が脳内に流れ込む。

CTS4<私は既にCTS5、6とは別行動、所定位置に向かっています>

一征<お互い、知らない間柄でもありませんし、
   私はいつも通りの話し方で構いませんよ、CTS4?>

CTS4<そうだね、リリィ1……。
     そっちも………って、二人がいると難しいかな?>

一征<こればかりは染みついた癖ですから……>

CTS4<了解……ふふふ。

     ……っと、ボクは今、通路西側から接近中。
     通路東側を任せてもいいかな?>

一征<了解です>

二人はお互いの配置における作戦内容を確認しながら呟く。
604 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/07/16(月) 21:23:47.63 ID:IDbD4dzH0
美百合<えっと、CTS5と6はどなたですか?>

CTS4<結とインターンの子だよ>

美百合の質問にCTS4が応える。

紗百合<い、インターン!?
    こんな大きな潜入作戦に候補生の子使ってるの!?>

CTS5<候補生は候補生でも、教官お墨付きの子だから安心して、紗百合。
     ……っと、こちら、CTS5です>

驚いた様子の美百合に、CTS5が声をかける。

CTS5<それに、下手な所に回すとお母さんが心配するから>

CTS4<ゆ、結!?>

CTS5の言に、CTS4が慌てたような声を上げた。

この様子では、思念通話からでも分かるほどに表情を変えているだろう。

もうお分かりだろう、CTS4は奏、CTS5は奏の言葉通り結である。

紗百合<お母さん?

    ………えっと、アイザックさんとロロットさんって、もう子供いたっけ?
    って言うか、あの二人ってもう結婚してた?
    って、あの二人に子供がいても、インターンに来れる年齢なワケ……あれ?

    何だか計算おかしくない?>

さすがに頭がこんがらがり始めたのか、
紗百合は思念通話を送りながら、思案げな表情を浮かべる。

奏<ああ……それなら、ボクの娘だよ>

紗百合<奏さんの!? え? 相手は誰!?>

奏からの答えに、紗百合は驚きが表情に出るのを必死に抑えながら、
驚きの声を思念通話に乗せる。

そんなやり取りをしながらも三人は歩を進め、分かれ道に差し掛かった。
605 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/07/16(月) 21:24:27.60 ID:IDbD4dzH0
一征<では、美百合様、紗百合様、私はここで別行動となります>

紗百合<オッケー、一征。
    会場内は私達に任せておいて>

美百合<頑張って下さい、一征兄様>

奏のいる方角に向かって離れて行く一征を、双子はそれぞれに見送り、会場内へと入る。

会場内は盛装した老若男女で溢れかえっていた。

すり鉢状に段を組まれた会場は、その中央に円形の舞台を持った広大な空間だった。

舞台とそれを取り囲む段の間には、
結界と思しき魔力障壁を纏った分厚い強化ガラスが入れられている。

暖房と人の熱気で、コートを羽織ったままでは熱過ぎるほどだ。

紗百合「これ、預かっていて貰えるかしら?」

紗百合は羽織っていたコートを脱ぐと、会場入口近くにいた黒服にコートを預ける。

美百合「こちらもお願いしますね」

美百合も続いて、コートを黒服に預けた。

コートを脱ぎ、背中を大胆に開けた紫のイブニングドレス姿となった二人は、
ギアを通じて感じる結の魔力へ向けて歩き出す。

美百合<あ、結さん見えましたね>

結<うん、こっちからも見えたよ>

美百合達が進む先に、和装の女性が見えた。

どうやら変装した結のようだ。

長い黒髪を後頭部でまとめ上げている。

と、その傍らに、フランス人形をそのまま人間大にしたような可憐な、金髪翠眼の少女が一人。

紗百合<え!? 目の色とか髪の色とか………まさか、相手はアレックス!?>

紗百合は、技術協力で頻繁に日本に出張して来る旧友の顔を思い浮かべ、目を見開いた。

結<ち、違うよ!?>

美百合<何でそこで、結さんが全力で否定されるんですか?>

言葉通りに全力で否定する結の様子に、美百合が小首を傾げる。
606 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/07/16(月) 21:25:01.47 ID:IDbD4dzH0
クリス<あ、あの、初めまして。
    CTS6を務めます、候補生のクリスティーナ・ユーリエフです。

    えっと、母とは血が繋がっているような、そうでないような……えっと>

自らCTS6を名乗った少女――クリスは、緊張と戸惑いの入り交じった声で説明するが、
自分と養母……奏との間柄をどう言っていいかも分からず困惑している。

紗百合<ああ、四年前の例の事件の子ね。
    一応、ウチの実家絡みの例の件にも関係してるから、資料報告だけ閲覧させてもらったけど………。

    うん、何となく理解できたわ>

しかし、紗百合は聞き覚え――と言うよりも、見覚えのあった名前と言う事で、
即座に二人の関係を察した。

プロジェクト・モリートヴァ。

十一年前まで現役で動き続けていた、魔導巨神の細胞から古代の魔導師を甦らせる計画であり、
魔導巨神そのものを復活させる計画へと様変わりしていった狂気の魔法研究だ。

結はその第二世代、奏は第一世代セルフクローン、クリスは別の遺伝子から生まれた第一世代である。

そして、もう四年前となるエージェント惨殺事件に端を発した複合事件、
通称、トリスタン・ゲントナー事件の際に入手された情報から、
結と奏の母達のオリジナルである魔導巨神――レオンハルト・ヴェルナーと、
クリスのオリジナルであるレオノーラ・ヴェルナーが血縁関係であった事が分かっていた。

さすがに関係者以外の末端エージェントやフリーランスエージェントにそこまで詳しい情報は開示されていないが、
本條家にも、確認のためにある程度の情報は開示されていた。

一言では血縁だとも血縁でないとも言い表せない、だが戸籍上は養子縁組と言う複雑な母娘、
それが奏とクリスの間を言い表せる限界である。

紗百合<まぁ、結が、私の邪推を……
    親友の奏さんと幼馴染みのアレックスの間柄を全力で否定したのは、
    また後で尋問させてもらいましょ>

結<あぅ……>

まだ少し遠くに見える結が、笑顔のまま器用に肩を竦めた。
607 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/07/16(月) 21:25:39.06 ID:IDbD4dzH0
そう、今回の潜入作戦には結や奏の他、四年前に結成された対テロ特務部隊――通称・特務が全面的に携わっていた。

お分かりの事とは思うが、今回、特務の指揮を務めるCTS1は、諜報エージェントであるメイ、
全員の位置情報を把握しているCTS2は、研究エージェント隊では総合戦技教導隊に所属するリーネだ。

因みに、まだ思念通話に参加していないフランのコールサインはCTS3、
ザックはCTS7、ロロはCTS8だ。

前述の通り、研究院エージェント隊の誇るハイランカーエージェント集団が、日本に揃い踏みである。

美百合<ここにアンディ君とユーリさんがいれば、
    私達の修業時代のお友達が全員集合でしたのに……>

クリス<アンディお兄ちゃんとユーリお姉ちゃんは先月から、
    調査任務中の研究エージェント隊の護衛でエジプトに行っていますから>

少し残念そうに漏らした美百合に、クリスは丁寧に二歳年上の兄貴分と姉貴分の現況を説明した。

メイ<こらーっ、私語多いぞーっ、アタシも混ぜろーっ!>

裏口から潜入していたCTS1……メイが、遂に退屈を持て余したのか、思念通話で叫ぶ。

リーネ<め、メイ姉さん、ちょっと落ち着いてっ!?>

そのメイを必死に宥めるリーネ。

思念通話ではその様子は見て取れないが、それでも暴れるメイを必死に押さえつけるリーネ、
と言った構図が脳裏に思い浮かばないでもない。

まあ、メイの事を弁護するならば、そのような事実は無いのだが……。

フラン<アタシも混ぜろ、じゃないでしょ、現場指揮官!>

と、さすがに和気藹々とし過ぎたのか、特務の隊長であるCTS3――フランの雷が落ちた。

メイ<あぅ、カナ姉ぇ〜、フラン姉が怒るよぅ〜>

奏<う〜ん……さすがに今回ばかりは弁護できないかな?>

思念通話越しで縋り付いて来る妹分に、奏は苦笑いを交えて返した。

ザック<ったく、初めての指揮担当なんだから真面目にやれよ、真面目に>

と、今度は副隊長であるザックが呆れたように呟いた。

ロロ<まあまあ、メイだって分かっていると思うよ?
   クリスの緊張を和らげてあげてるんだよね?>

そこにすかさずフォローを入れたのはロロだ。

しかし――

メイ<あぅ、ロロ姉の優しさが心に刺さってイタイ……>

――肝心の現場指揮官にそこまでの心遣いはなかったようである。

この心の痛みは、自業自得だ。
608 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/07/16(月) 21:26:18.20 ID:IDbD4dzH0
一征<こちらリリィ1、所定位置に到着>

また抜けかけた雰囲気を引き締めるかのように、一征が状況を報告して来る。

奏<CTS4、リリィ1を視認>

ザック<外のCTS7だ、まだ車が入って来てる>

ロロ<同CTS8、いつでも閉鎖できる準備は整っているよ>

フラン<同じくCTS3、結構な数がまだこっちに近付いて来てるわ。
    カウントしているけれど、まだ事前情報にあった台数には達してないわね>

続けて、奏、ザック、フランがそれぞれに報告して来る。

どうやら配置は、裏口潜入がメイとリーネ、
正面潜入が結、奏、クリスと本條家組の六人、
外にはザックとロロ、それにフランと言った布陣のようだ。

そして、その報告を聞きながら、メイが気を引き締めて行くのが思念通話越しにも感じられた。

メイ<了解。
   じゃあ、手筈通り、全台が入口に入り次第、作戦を決行。

   あ〜、それと、CTS6、リリィ2、リリィ3>

クリス<は、はいっ>

三人を代表したワケではないだろうが、メイの呼びかけに最年少のクリスが緊張気味に応える。

対象はエージェント候補生とフリーランス二名――言い方は少々悪いが、正規エージェントでない三人だ。

結<大丈夫だよ、メイ>

メイが言わんとしている事を察して、結が声をかけ、さらに続ける。

結<会場には私もいるし、三人にはケガさせたりしないよ>

メイ<違うって。

   クリス〜、お姉ちゃんが暴走しないように、しっかりと見張っててね。
   美百合と紗百合も、結が飛び出しかけたら抑えてあげて>

凜として言い切った結だったが、続くメイの言葉に思わずつんのめりそうになる。

だが、怪しまれるワケにはいかず、必死に平静を装う。
609 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/07/16(月) 21:26:51.06 ID:IDbD4dzH0
結<ぼ、暴走って、酷いよ、メイ〜>

表面的には平静を装いつつも、結はメイのあんまりな言葉に抗議する。

メイ<本当ならカナ姉と結の配置は逆だったのに、あんまり頼むから会場内配置にしたんでしょ?
   アタシも信じちゃいるけど、いざって時に抑えが利くような性分じゃないって自覚はあるでしょ?>

ザック<ああ、それは言えてるな>

溜息混じりのメイの言葉に、ザックが納得したように呟いた。

結<ざ、ザック君まで……はぅ……>

これはさすがに耐えきれず、結は肩を竦めて僅かに首を傾いだ。

奏<まあ、一途なのは結のいい所だよ>

ロロ<そうそう、そうでなきゃ結じゃないって>

奏とロロが二人でフォローを入れる。

フラン<二人とも、下手なフォロー入れると逆に猪突猛進だって言ってるようなものになるわよ>

二人の言葉を聞きながら、フランは呆れたように漏らした。

結<うぅ〜……>

顔を上げた結だが、その表情は固い。

さすがに今の心境で笑顔を浮かべるのは難しかった。

美百合<とにかく、イベント開始まではあと三十分と言う情報ですし、
    会場内を見回って位置取りを決めておきましょう?>

そこへ美百合が助け船を出す。

ようやく話題の矛先が変わって、結は心中で安堵の溜息を漏らした。
610 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/07/16(月) 21:27:32.83 ID:IDbD4dzH0
メイ<ん〜、そうだね。
   ツーマンセルさえ崩さなければ、位置取りは現場判断に任せるよ>

紗百合<メイとリーネは非常口方向でOKだったわよね?>

思案げに呟いたメイに、紗百合が質問を投げかける。

リーネ<はい。
    現在、警備司令センターを占領しています>

それに答えたのはリーネだ。

メイとリーネの二人は、美百合達が潜入する一時間前に裏口――
つまり非常口から潜入し、既に警備司令センターを制圧していた。

制圧された警備司令センターからは、異常なしのシグナルと、
事前に記録した警備司令センター職員の声紋解析を行った疑似音声を使い、
彼女達の愛器・突風とフリューゲルが各セクションからの通信に応対していた。

紗百合<正面はアイザックさんとロロットさんがいるから、
    あんまり通路近くに陣取ってなくてもいいのよね……>

結<どうせなら、得意なレンジでスタンバイするのが一番じゃないかな?>

美百合<そうですね>

悩む紗百合に結が提案し、美百合もそれに賛同する。

結達と姉妹は特に合流せず、中央の円形舞台を挟むように会場の左右に陣取った。

そして、徐々に作戦開始時間が近付いて来る。

奏<クリス、結お姉ちゃんの動きを見て、よく勉強するんだよ>

クリス<はい、お母さん>

言い聞かせるような奏の言葉に、クリスは小さく頷きながら応える。

紗百合<あら? クリスちゃんは保護エージェント志望なの?>

クリス<えっと、はい……一応>

クリスはまだ慣れないのか、紗百合の質問に緊張気味に答えた。

しかし、その返答は緊張気味と言う部分を除いても、どこかハッキリとしていない。

質問した紗百合を含め、数人がその事に気付いたようだったが――
611 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/07/16(月) 21:28:20.38 ID:IDbD4dzH0
アナウンス『お集まりの紳士淑女の皆様!』

会場の各所に設置されたスピーカーから、アナウンスが流れ、その思考は中断された。

どうやら“イベント”が始まるらしい。

アナウンス『お集まりいただき、大変ありがとうございます。
      本日も血と肉と、幻想的な魔法のショーをお見せ致します』

アナウンスを聞き、どこからともなく下卑た歓声が上がり、会場中に伝播して行く。

紗百合<嫌な熱気ね……へばりついて来そう>

紗百合は会場内に入ってからずっと感じていた熱気が強くなるのを感じて、吐き捨てるように呟いた。

メイ<CTS3、状況は?>

フラン<今、最後の一台が会場方面に向かったわ。
    ナンバーも事前情報通り……間違いない>

少し焦ったような様子のメイに、フランが努めて静かに返す。

焦るな、と言いたいのだろう。

メイ<ふぅ……CTS7、8。
   最後の一台が入場次第、正面入口の制圧と閉鎖を。

   各員、閉鎖終了後、作戦開始!>

ザック<了解だ>

小さく深呼吸をしてからのメイの指示に、ザックが短く応える。

アナウンス『さあっ、それでは最初のショーは、若干七歳の少年達の対戦です。
      吹き上がる血と悲鳴と、最高の食事をお愉しみ下さい』

とても常識ある法治国家で執り行われるイベントとは思えない、
残忍な響きと狂気を併せ持ったアナウンスに、再び会場内が湧き上がる。

そして、アナウンスの通り、会場中央の円形舞台の両端の床がはね上がり、
下から幼い子供が一人ずつ姿を見せる。

一方は黒人、もう一方は東南アジア系の顔立ち……二人とも異国の少年だ。

しかし、その格好はどちらも同じ。

上半身には何も身につけず、腰回りのみを小さなズボンで隠し、
小さな身体には大きすぎる剣と盾を構えている。

まるで古代ローマのグラディエーター――闘奴を現代風にアレンジしたような格好だ。

それを見て、アナウンスに紳士淑女と呼ばれた者達が熱気の篭もった歓声を上げる。
612 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/07/16(月) 21:28:54.70 ID:IDbD4dzH0
クリス「ぅ…………」

あまりに酷すぎる部類の熱気に当てられ、クリスが小さく呻く。

生まれて、と言うよりも保護されて以来、
殆ど研究院関連の施設でしか過ごした事のないクリスには、刺激が強いようだ。

オリジナルであるレオノーラの記憶と経験もあるが、
それ故にこう言った状況に対する嫌悪感は強い。

思わず口元を覆いたくなる嫌悪感と嘔吐感だが、クリスは必死に耐える。

紗百合<聞いてはいたけれど、趣味悪過ぎ……>

紗百合も嫌悪感を素直に思念通話に乗せていた。

このイベント会場は、こう言った悪趣味な趣向のために作られた施設だった。

欺瞞と金と暴力でのし上がり、政財界に巣くう事になった外道と、それらに寄生する外道の社交場。

人買いによって売買された、魔法の素養を持つ子供達を集め、
魔力に感応する武器を持たせて殺し合わせる、狂気の舞台。

魔法の素養を持たない人間でも愉しめるようにと、流血と言う最悪の演出のオマケ付きだ。

円形舞台をよく見れば、決して綺麗な物ではなく、
所々に消えない血痕がこびりついている。

ここで何人の血が流されたのか、何人の命が散ったのか。

それは考えたくもないが、紛れもない事実である。

そして、ここで鍛えられた子供達はテロリスト達や悪意ある研究者達の走狗として高値で売買され、
作られた武器のデータはテロリスト達の使うギアの強化に繋がる。

成る程、潜入捜査とは言え、カウンターテロを主任務とする結達特務が出張るのも納得だ。

有事の前に出資者や会員諸共、根本から絶つのが、今回の任務の概要だった。
613 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/07/16(月) 21:29:53.86 ID:IDbD4dzH0
ロロ<………最後の一台が入ったよ!>

ロロの思念通話が届く。

メイ<制圧と閉鎖を!>

メイの指示が飛ぶのと同時に、舞台上では戦いが始まる。

少年A『ワアアァァァァッ!?』

少年B『ヒィィィッ!?』

分厚い強化ガラス内にはマイクでも仕込まれているのだろう。

舞台上で戦う少年達の悲鳴じみた叫びが会場内に響く。

クリス「お、お姉ちゃん……」

クリスは不安げに結を見上げる。

結「………大丈夫……すぐ、だから」

結は舞台から視線を外すことなく、淡々と呟く。

その表情と声に、クリスはビクリと肩を震わせた。

四年前のあの日、暴走する自分を助けてくれた結とは別種の、
抑えきれぬ怒りを必死にねじ伏せているかのような空気を感じ取ったためだ。

結「クリス……よく覚えておいて……。
  世界中、こんな人ばかりじゃない、って……」

その言葉も、クリスに言い聞かせていると言うよりは、
むしろ自分に言い聞かせながら、必死に押さえつけているかのようだった。

そう、言ってみればここは吹きだまりだ。
外道がゲスな欲望のはけ口を求める、狂気の吹きだまり。

それも世界の一面としては真理ではあるが、世界全ての理ではない。

そんな当然を言い聞かせねば気が狂ってしまいそうな狂気が、この会場には満ちていた。

クリス「………うん」

クリスも小さく頷く。

今、自分達の回りには狂気が満ちているが、目の前の強化ガラスの向こうでは、
その狂気の食い物にされている、助けなければいけない子供達がいるのだ。
614 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/07/16(月) 21:30:42.29 ID:IDbD4dzH0
結<CTS1………状況次第では入口閉鎖前に突入します>

メイ<………了解、現場判断優先で>

結の言葉に、メイは数秒の思案の後に重苦しそうに呟いた。

司令センターでも会場内の様子は見られるのだろう。

賢明……と言うよりは当然の判断だった。

先ほどはクリスの緊張を解すためもあって冗談めかして諫めたつもりのメイだったが、
さすがにこの様子を見せつけられて冷静さを保てるほど達観は出来なかった。

そんなやり取りが行われてる間も、円形舞台では少年達の殺し合いが続いている。

幼い身体には大きすぎる武器に振り回されるように、
自らの生を賭けて目の前の相手に斬り掛かり、手に持った大きすぎる盾で自らの命を守る。

持っている物が演劇の小道具であったならば、ただの滑稽な茶番で済んだであろうソレは、
恐怖を伴う命がけの真剣勝負だ。

スピーカーからは、今も悲鳴や絶叫が響いて来る。

数人の観客は、眉を顰めて野次を飛ばしていた。

血が、悲鳴が、足りないと。

しかし、幼い子供の体力だ。

二つもの大きな鉄の塊を持って動き回れるほどの余裕は、元来、この子供達には無かった。

どちからとなく盾を取り落とし、剣だけを大上段に掲げ、眼前の相手に向けて飛びかかる。

少年A『ウワアァァァッ!?』

少年B『ヤアァァァッ!?』

絶叫と共に走り出す二人の子供達。

観客達は引き起こされるであろう凄惨な光景を想像し、下卑た歓声を上げる。

直後――
615 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/07/16(月) 21:31:47.36 ID:IDbD4dzH0
ロロ<閉鎖完了したよ!>

ロロの言葉が思念通話で響くのと、結が飛び出すのは同時だった。

結「ユーリエフ候補生、穴!」

クリス「は、はい!」

駆け出した結の鋭い声音に気圧されながらも、
クリスはその短い指示が意味する物を察して魔力弾を構える。

クリス「クライノート!
    グラビテーションボーゲン、最大出力で!」

クライノート『了解です、クリス』

クリスは結の頭上を狙うように右手を突き出し、愛器に指示を飛ばした。

即座に愛器は手っ甲型の起動状態となり、エメラルドグリーンに輝く魔力弾が放たれる。

クリスの狙い通り、魔力弾は結の頭上をすり抜けて強化ガラスの結界障壁に激突した。

本来ならば、それで終わるか障壁を相殺して魔力弾が貫通するかだが、
クリスの放ったのはただの魔力弾ではない。

グラビテーションボーゲン――重力の弓。

そう、彼女の魔力特性……対物操作特化の魔力を放つ魔法だ。

この魔力弾に接触した部位は魔力弾の中心方向に向けて強い指向性を与えられ、
ブラックホールに押し潰されるかの如く圧縮され、破壊される。

以前、呪導ギアの強化によって行っていた特殊魔力弾を、
自らの研鑽によって再現した局所物理破壊魔法だ。

そして、直撃を受けた強化ガラスの結界障壁には、半径二メートル程の巨大な穴が開く。

結の言った“穴”とは、この事だった。

結は羽織っていた着物を破るように脱ぎ捨てた。

着物下から、白と濃紺を基調としたサーフスーツのようなインナースーツが現れる。
616 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/07/16(月) 21:32:21.84 ID:IDbD4dzH0
結「起動認証、譲羽結! 飛んで……エールッ!」

愛器を起動しながら、クリスの開けた大穴へと飛び込む結。

眩い薄桃色の輝きに、湧き上がっていた下卑た歓声が一瞬の悲鳴と驚きに変わった。

輝きの中から、鮮やかな白と濃紺のコントラストと、
眩い金色のラインが映える機械の鎧を纏った女性が現れる。

そう、結の新たな魔導防護服……いや、魔導装甲だ。

結は少年達の間に割って入り、左手に構えた愛器の先端に据えられた鋭いエッジと右腕を覆う機械の鎧で、
二人の少年が振り下ろした刃を受け止めた。

金属同士がぶつかり合う甲高い音が、悲鳴の後で静まりかえった会場に響き渡る。

観客達の視線を釘付けに、静まりかえった会場の中央、舞台の上で跪く、黒髪の女性。

まるで、その瞬間だけ時間が停止したかのような、一瞬の出来事だった。

結「もう………いいんだよ、こんな事しなくて」

その優しげな声で、少年達の止まっていた時間が動き出す。

結は呆然とする二人の少年に、柔らかな笑顔で語りかけた。

それだけで、彼らが安堵を抱くには十分だった。

ガランッと乾いた音を立て、少年達の持っていた剣が転がった。

少年A「うぅ………」

少年B「うわぁぁぁんっ」

本能的に救済を悟った少年達は、泣き崩れて結に縋り付く。

結「………遅くなって、ゴメンね……」

結は機械の鎧を纏ったまま、優しくあやすように少年達を抱きしめる。

舞台の時は動き出していたが、舞台の外――観客席の時間はまだ止まっていた。

結はゆっくりと立ち上がり、観客席へ睨め付けるような視線を向ける。

機械の鎧で延長された手足を大きく広げ、少年達を庇うように愛器を構えた。

結「魔法倫理研究院エージェント隊対テロ特務部隊所属、保護エージェントの譲羽結です!

  本施設関係者、及び利用者全員に告ぎます!
  本施設は魔法倫理研究法、及び国際法に抵触する違法施設です!」

凜とした声が会場内に響き渡る

メイ『同、本案件指揮官、諜報エージェントの李明風だ!

   本施設は我々によって閉鎖、主要警備設備の制圧が完了している!
   抵抗せず、全員お縄につきなさい!』

先ほどまで狂宴を煽る悲鳴と絶叫を撒き散らしていたスピーカーから、メイの声が響き渡った。
617 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/07/16(月) 21:33:24.55 ID:IDbD4dzH0
そこでようやく、観客席の時間も動き出す。

観客A「な、何だ!?」

観客B「て、手入れだ!」

観客C「魔法倫理研究院だと……!?」

悲鳴や怒号を上げて逃げ惑い、諦めてその場に崩れ落ち、
一縷の望みをかけてテーブルの下に隠れる観客達。

そんな観客達の間を縫って、黒服が武器を取り出して走り出していた。

だが――

???「すいませんが、眠っていて下さい……」

静かな声と共に、黒服達の背後を何者かが通り過ぎた。

黒服D「ぐは……っ!?」

何者かが通り過ぎた後、黒服達は次々に倒れ伏して行く。

通り過ぎる何者かは二人、観客達の間をすり抜ける黒服達にタイミングを合わせるかのように移動し、
背後から首に一撃、確実に意識を刈り取っている。

???「安心しなさい……全員、峰打ちよ」

殆どの黒服が倒れると、その一方がやれやれと言いたげな様子で呟いた。

紗百合だ。

青と金色の機械の鎧を纏い、その手には特異な外観を持った日本刀を一振り構えている。

もう一方、先に動いていたのは紗百合と同型、だが赤と金色の機械の鎧を纏った美百合だ。

こちらも、紗百合の物と同じ日本刀を構えていた。

おそらく、峰打ちと言うよりも峰部分に魔力を込めた打撃だったのだろう。

魔力ノックダウンと物理衝撃の二面から意識を刈り取られ、倒れた黒服達は微動だにしない。

クリス「て、抵抗しないで下さい!
    向かって来るなら……て、手加減しませんよ!」

残された黒服達も、白銀にエメラルドグリーンのラインが走る鎧を身に纏ったクリスによって、
完全に身動きを封じられていた。

空気中の微粒子を魔力によって固められ、うっすらと目に見えるかどうかの拘束服を着せられている状態だ。

緊張した様子の少女によって拘束された黒服達は、その危うさ故に恐怖を感じていた。

この少女が力加減を間違えれば、直ぐにでも自分達はあの強化ガラスの障壁と同じ姿になる。

そんな恐怖を前に、抵抗を諦めて警棒や拳銃と言った武器を取り落として行った。

クリス「え、えっと……、それじゃあ……失礼しますね」

クリスは黒服達を拘束したまま武器を拾い上げると、グラビテーションボーゲンでそれらを一気に押し潰した。

目の前で再びの異能を見せつけられ、武器を失った黒服達は完全に戦意を喪失する。

逃げ惑う観客達によってまだ混乱は続いているが、戦闘能力のある敵対者は会場内に残されてはいなかった。
618 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/07/16(月) 21:34:05.01 ID:IDbD4dzH0


同じ頃、施設の裏口付近――

結『CTS1、こちらCTS5。会場制圧はほぼ完了したよ』

メイ「はいはーい、こっちでも見えてたよ〜」

結からの通信を受け取りながら、メイは満足そうに返した。

警備司令センターが制圧された事を知り、屈強そうな黒服達が乗り込んで来ていたが、
鮮やかなグリーンとライトイエローで塗られた機械の鎧を纏ったメイと、
インディゴとスカイブルーで塗られた機械の鎧を纏ったリーネを前に、既に全員が部屋の片隅に積み上げられていた。

リーネ「メイ姉さん、向こうの戦闘要員は八割沈黙。
    残っているのはVIPルーム付近で抵抗している警備部隊と、駐車場付近にいる数人だけみたい」

施設内の魔力反応を感知しながら、リーネが現状を報告して来る。

メイ「うんうん、我が指揮ながら鮮やかな作戦進行だね〜」

突風『みんなの腕がいいだけでしょ?』

満足そうに頷いたメイだったが、愛器・突風の言葉にガックリと項垂れた。

メイ「いいじゃんっ、初指揮官なんだから偶には悦に浸っても!」

リーネ「あははは……」

抗議の声を上げるメイを見ながら、リーネは困ったような苦笑いを浮かべた。

フリューゲル『ん? リーネ、駐車場付近にちょっと大きめの反応だよ』

と、そんな半ば和気藹々とした雰囲気の中、リーネの愛器・フリューゲルが怪訝そうな声を上げる。

言われた通り、リーネもその反応に意識を集中する。

確かに、駐車場付近に先ほどまではなかった大きな反応が感じられた。

リーネ「……本当だ。
    CTS7、CTS8。何か変化ありますか?」

メイは通信機越しにロロとザックに問いかけた。
619 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/07/16(月) 21:34:53.41 ID:IDbD4dzH0
駐車場付近――

コンクリートだらけだった壁面や上の廃工場へと向かう出入り口、駐車中の高級車達を、
敷き詰められた無数の草木が行く手を塞ぎ、車体を縛り上げていた。

ロロの植物操作魔法だ。

成る程、これならば会場内から正面方向にかけては、一切の逃げ道が塞がれているだろう。

そんなジャングルと化した駐車場の中、
イエローとダークブラウンの分厚く巨大な機械の鎧を身に纏ったザックと、
オレンジとミルキーホワイトの機械の鎧を纏ったロロが佇んでいる。

どちらも以前の魔導防護服をそのまま機械化したかのような印象だ。

ザック「こちらCTS7。今の所、特に変化は無いな」

リーネからの通信を受け取ったザックは、ジャングルと化した駐車場を見渡しながら呟く。

抵抗していた黒服達も、今は蔦に絡め取られて身動き出来ずにいるか、
ザック本人によって直接制圧されて昏倒していた。

まともに動ける者はいない。

念のため、辺りを警戒しながら壁面や柱などを調べるが、特に変わった様子はない。

ザック「軽く調べてみたが、やっぱり変化は……」

ザックは取り越し苦労と肩を竦めて言いかけた。

ロロ「ザック、上!」

しかし、ザック同様、周辺を警戒していたロロが、ザックの頭上を見て叫んだ。

ザック「ッ!?」

恋人の声に一瞬息を飲んだザックだったが、上を見上げる前に一足飛びにその場を退き、
体勢を整えて先ほどまで自分がいた場所の上――天井を見上げる。

植物に覆われていない天井が開き、そこから全高五メートルほどの大型魔導機人が三機ほど現れた。
620 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/07/16(月) 21:35:53.28 ID:IDbD4dzH0
ザック「ロロ、一体任せた!」

ロロ「了解っ!」

駐車場に降り立ったばかりの魔導機人に向かって突進するザックの言葉に応え、
ロロは腕の鎧からワイヤーを伸ばし、そのワイヤーで足下の木に触れる。

ロロ「フォート・デザルブル……レストリクシオンッ!」

すると、最も右側にいた一体の魔導機人の足下に伸びていた蔦と根が、
その鋼の躯体を雁字搦めに縛り上げて押し潰す。

押し潰された魔導機人は、一瞬にして魔力へと分解されて霧散した。

寮機が一瞬で破壊され、残された二体の魔導機人も一瞬、動揺する。

その一瞬の動揺で十分だった。

ザック「旧式の魔導機人で、俺達の第七世代ギアに敵うと思うなよ!」

ザックは両腕に膨大な魔力を集中し、巨大な魔力の鉄拳を作り上げて、
二体をほぼ同時に殴り飛ばした。

けたたましい音と共に魔導機人は吹き飛ばされ、
壁や柱に叩き付けられてひしゃげて潰れ、霧散する。

それと同時に、蔦に絡め取られてもがいていた黒服の内、三人が気を失って抵抗を止めた。

彼らがこの魔導機人の主だったのだろう。

どうやら、魔導機人破壊による魔力ダメージのフィードバックで気を失ったようだ。

ザック「まだやる気のあるヤツは相手になるぜ?
    三体と言わず、残り全員でかかって来いよ」

ザックは拳同士を打ち付け合い、挑発するように言った。

ロロ「もう、ザックったら」

そんなザックを見ながら、ロロは少しだけ困ったように、だが優しく微笑んだ。

ザックの圧倒的なパワーもそうだが、絡め取られていた黒服達はロロに恐れを感じていた。

彼女がその気になれば、あの魔導機人のように締め上げられて握り潰されてしまうのだ。

生殺与奪の権利を完全に握られている事を自覚し、黒服達は顔面蒼白になって項垂れた。

ロロ「CTS1、こちらCTS8。
   駐車場と正面入口は完全に制圧完了したよ」

その光景を見渡して、ロロはメイに向けて報告した。
621 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/07/16(月) 21:36:43.41 ID:IDbD4dzH0
メイがロロの報告を受け取っていた頃、最大の激戦区となっていたのはVIPルーム付近だった。

政財界の大物達が一段高い位置で饗宴を見下ろす別室へと続く道。

そこを左右から挟撃していたのは、奏と一征の二人だ。

メタルブラックにメタルブルーの鮮やかなアクセントが目を引く、細身の機械の鎧を身に纏った奏は、
両手に愛器を構えた二刀流で押し寄せる黒服達を退け、VIPルームへと突き進む。

一方は十字槍――クレースト、もう一方は基部に雪の結晶を摸した装飾を施された魔力刃――スニェーク。

黒服E「な、何だコイツは!?」

黒服F「と、止まれ、止まれぇ!?」

VIPルーム付近の警備を任せられた黒服には魔導の覚えがある者も多いようで、
魔力弾を撃って来る者も多かったが、奏はそれら全てを片っ端から魔力刃で切り裂き、叩き落として行った。

黒服G「こ、コッチも止まらねぇ!?」

彼らと背中合わせになっていた黒服の一人が悲鳴じみた声を上げた。

逆方向から迫って来るのは、そう一征だ。

白と黒を基調とし、明るい紫色のラインが目を引く機械の鎧に身を包んだ一征が、
コチラは拳で魔力弾を叩き落としながら迫って来る。

黒服H「ば、バケモノだぁ!?」

黒服I「うわぁぁ!?」

悲鳴を上げながら遮二無二、魔力弾を撃ち続ける黒服達。

恐らく、正規の訓練を積んだ魔導師やエージェントと戦った事など皆無なのだろう。

勿論、彼らが普段から想定していた敵相手ならば、
訓練不足の魔力弾と十分な訓練を積んでいた銃器で十分に相手取る事も出来た。

だが、彼らが相手にしているギア――第七世代魔導ギアが作り出す機械の鎧・魔導装甲は、
従来の魔導防護服よりも数段強力な物理保護がかけられているため、並の銃器では相手にならなかったのだ。

ロケットランチャーならば多少の成果は期待できただろうが、
VIPルーム付近でロケットランチャーなど言語道断である。

奏「ザミュルザーチチュリマー……!」

そうしてまともな迎撃態勢も整わぬまま距離を詰められた黒服達は逃げる事も進む事も叶わずに、
奏の作り出した氷の檻に捕らえられてしまう。
622 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/07/16(月) 21:37:18.36 ID:IDbD4dzH0
奏「こちらCTS4、VIPルーム前、制圧完了。
  これよりVIPルームの制圧行動に移ります」

メイ『はい、こちらCTS1!
   そのまま行っちゃってー!』

リーネ『め、メイ姉さん、もっと真面目に!?
    あ、CTS2です。内部の魔力反応は微弱です』

ノリノリと言った風のメイに続いて、リーネが慌てて戦況分析を送って来た。

脳裏に投影されたVIPルーム内の魔力反応は、リーネの言う通りに微弱なようで、
一番大きな物でもギリギリBランク程度だ。

多少の武装はされていても、二人だけで十分に制圧できる範囲内だろう。

奏「……了解!」

二人の妹分の様子に、困ったような表情を浮かべていた奏だったが、
すぐに気を取り直して深く頷き、一征に目配せする。

一征も目配せに応えて、深く頷いた。

奏は左手に構えていたスニェークに炎熱変換した魔力を込めると、
格調高い木製の扉に向けて投げつける。

無論、ただの木製の扉ではなく、間に分厚い金属の板を挟んだ防弾扉だったのが、
投擲されたスニェークの纏った超高熱を前には無力だった。

意図も簡単に防弾扉は破壊され、
扉を突き抜けたスニェークはそのまま廊下との間に障壁を形成する。

突入を予測していたVIPルーム内の黒服達が一斉に魔力弾を放って来るが、
スニェークの形成した障壁に全て防がれてしまう。

奏と一征は同時にVIPルーム内に飛び込み、それぞれに構えた。

VIP1「だ、誰だ!?」

VIP2「例の侵入者の仲間か!?」

二人の姿に、VIPルーム内は一気にざわめく。
623 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/07/16(月) 21:38:11.99 ID:IDbD4dzH0
一征「こちらは魔法倫理研究院エージェント隊所属、
   本案兼担当捜査エージェントの鷹見一征だ!

   魔法倫理研究法違反、および研究幇助容疑により全員逮捕する!」

奏「同じく対テロ特務隊所属、保護エージェントの奏・ユーリエフです。

  抵抗の意志が無ければこちらから見えるように伏せて下さい。
  繰り返します、抵抗の意志が無ければこちらから見えるように伏せて下さい」

一征と奏はそれぞれにVIPルーム内の人々に逮捕勧告と投降を呼びかけた。

突然のちん入者にざわめいていたVIPルーム内の者達も、
彼我の戦力差を思い知って一人、また一人と奏の呼びかけ通りにその場に伏せて行く。

しかし、それでも無駄な抵抗を続けたい者はいたようで、
一人の恰幅の良い男がVIPルームの奥に向かって走り出した。

奏「止まりなさい!」

奏はその男に向けて鋭い声で呼びかけるが、止まれと言われただけで止まるワケもなく、
男はそのまま壁面に偽装されていた小さなどんでん返しを抜ける。

どうやら隠し通路のようだ。

VIP3「あ、なんな場所に隠し通路だと!?」

VIP4「聞かされていないぞ!?」

その場に残された者達は隠し通路の存在を知らされていなかったのか、怒りの声を上げ始める者もいた。

一征「……当初の予想通り、か」

一方、既に内部の詳細な見取り図を手に入れていた一征は、
先んじて予測していた通りに進んだ事態に、僅かに呆れたような声音で呟いた。

奏「そうだね……一征、追跡をお願いしていいかな?」

奏も同様に頷くと、一征に追跡を促す。

一征「了解、こちらは任せた」

奏「うん……やっぱり、そのしゃべり方の方が聞く方も楽だ」

一征「……茶化さないでくれ」

一征は肩を竦めながらそう言うと、男の消えた隠し扉に向けて走り出した。
624 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/07/16(月) 21:39:19.78 ID:IDbD4dzH0
どんでん返しになっていた隠し扉は、どうやら一度通り抜けるとロックされる仕組みのようで、
押そうが叩こうが微動だにしない。

しかも、こちらは出入り口よりも強固な構造になっているようだった。

VIPルームにまで入り込まれた際の保険のようだが、
他のVIPメンバーにまで周知されていない所を見ると、
あの男が自分専用の退避通路として準備していたのは明白である。

となれば、あの男がこの狂気の饗宴の会場を提供している主催者と言う事だ。

一征「やれやれ………」

一征は僅かに肩を竦めてから半歩、身体を引くと、右拳に魔力を込め始めた。

一征<デザイア、炎熱変換だ>

デザイア<イエス、ボス>

主の簡潔な指示に、短く応える愛器。

収束して行く魔力が炎へと代わり、右拳に炎が宿る。

そして、その炎はさらに一征の拳の内側に収束して行く。

直後、一征の右腕が赤熱化した。

一征「ふんっ!」

一征は赤熱化した手刀をどんでん返しの隠し扉へと突き立てる。

すると、熱したナイフをマーガリンに突き刺すかのようにずぶずぶと手刀がめり込んで行く。

一征の魔力特性、属性体内収束だ。

体内に属性変換した魔力を取り込む事で、身体にその魔力の特性を付加する特化型魔力特性である。

便利そうな魔力特性に見えるが、術式無しで変換できる事が体内収束の条件であるため、
見た目ほどの汎用性はない。

しかし、今回のような物理障壁相手ならば、
先ほども奏がスニェークでやって見せたようにかなりの効果を望める特性でもある。

捜査エージェントではあるが、諜報エージェントのように
敵地潜入を主任務としている彼には、持ってこいの特性なのである。

分厚い鉄板の挟まれたどんでん返しの隠し扉を、一征はまるでカーテンを引きちぎるかの如く溶断して見せると、
残った左右の残骸を蹴り飛ばして入口を押し広げると、真っ直ぐに伸びた通路を警戒しながらも駆け足で進んで行く。

逃げ出した男に怒りを覚えていたVIPメンバー達も、
その光景に恐怖を感じてガタガタと震えながら伏せ始めた。

先ほどまではあくまで投降したふりをしていた者もいたのだろうが、
壁一枚を軽々と溶かす光景を見せられては抵抗が無駄と心底から悟ったようだ。

奏「こちらCTS4、VIPルームは制圧完了。
  現在、リリィ1が逃亡した施設責任者らしき男を追っているよ」

奏は全員が投降の意志を示した事を確認して、メイへの報告を始めた。

視線をVIPルームの奥へと向けると、そこには分厚い強化ガラスの窓があり、
その眼下には会場の様子が見て取れた。

共有回線での会話で会場制圧の報せは受けていたが、
どうやら親友も娘も仲間も無事のようで奏は安堵で肩を竦めた。
625 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/07/16(月) 21:39:57.09 ID:IDbD4dzH0


一方、VIPルームから逃げおおせた男は、
普段はまともに動かしてもいない肥え太った身体を必死に動かして、避難用通路を駆けていた。

高速エスカレーターをつんのめるように駆け上がり、エレベーターを乗り継ぎ、
今は最後の長い直線通路に差し掛かった所だ。

男「はぁ……はひ……ふひ……」

肩で、と言うよりは最早全身で息をしている男は、汗だくになり、着ていたスーツの上着を脱ぎ去っていた。

男「い、今まで、あんな連中は……いなかったと、言うのに……」

絶え絶えになりながらも、困惑を口にする。

確かに、今までは魔法倫理研究院の介入を許して来なかった。

むしろ、彼自身は魔法倫理研究院の存在を知らなかったと言っていいだろう。

もし、噂程度にでも知っていたのならば、
研究院が誇る“閃虹のユズリハ”の名を聞いていただろうし、
彼女が最も憎む類の興業を組織だって大々的に行えば、
彼女が所属する特務の介入を受ける事は想像に難くない。

彼は、魔法と言う物の本質を理解はしていなかったし、政財界に巣くう一部の者達によって守られた、
言ってみれば秘密の遊び場を提供するためだけの体の良い生け贄。

警察や公安に踏み込まれそうになれば代わりに差し出す、トカゲの尻尾切りのための尻尾。

その事は彼自身も感づいており、そのために自分専用の極秘脱出経路を準備していたのだ。

まさか、会員の九割以上が集まっている今日と言う日に踏み込まれるとは思っていなかったが、
それでもこう言った日に備えていた事が今の自分を助けていた。

魔法研究が半ば衰退した日本と言う国、それ故に研究院とのパイプを持っているのは戦前、
それも日清戦争以前から政治・経済、魔法研究で大きな役割を果たしていた家系の者だけ。

二次大戦以後の成り上がりで富や権力を手に入れた者には、
戦後占領政策で秘匿された魔法研究の世界に通じた者など皆無だった。

それ故に、彼らは魔法倫理研究院が動いている事を知る事が出来なかったのである。

男「ふひ、ふひひ……わ、私を、は、ハメようとしていたのが、悪いんだ……!
  み、見たことか! て、天罰だ!」

息を荒げ、絶え絶えの声で半ば躁状態で男は呟く。

この通路の先を抜ければ、山の中腹に作った隠しヘリポートへと抜けられる。

そこから空港へと逃げ延び、海外に高飛びすれば、まだ助かる道はあるハズだ。

男はそんな楽観的に考えていた。

辿り着いたヘリポートに倒れ伏す、大量の黒服達の姿を見るまでは。
626 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/07/16(月) 21:40:53.02 ID:IDbD4dzH0
男「な、何が起こっているんだ……?」

男はワナワナと震えながら、辺りを見渡す。

伏兵でも潜んでいるのかと、その表情は戦々恐々としている。

しかし、伏兵らしき姿はない。

それどころか、黒服の男達には外傷すら無かった。

彼がもう少し魔導に明るければ、倒れ伏す黒服達が魔力ノックダウンされている事が分かっただろう。

??「そこまでだ!」
ヘリのハッチは開かれておらず、鍵もかけられた状態で乗り込める状態ではなかった。

必死の形相で振り返ると、そこには先ほど乗り込んで来た二人組の一人――一征がいた。

一征<デザイア、手配書類と照合してくれ>

デザイア<イエス、ボス。

     ………手配ナンバーBC−402、ファン・イル、日本での偽名は横山功一。
     一致率は99.98%、誤差プラスマイナス0.02%でほぼ本人と断定>

淡々と結果を述べて来る愛器からの情報に、一征は深く頷く。

一征(ファン・イル……黄・一だから、横山功一か………。
   あまり捻っていない方だな)

そして、そんな事を何気なく思う。

偽名を名乗る際に元の名に関連のある字や同じ字を使うのは、あまり褒められた手法ではない。

身元は割れやすくなり、何よりも偽名に多い姓や、それに含まれる文字も存在する。

そう言った細かい部分で偽名と見抜かれる事も多い。

そして、それ故に生け贄として準備されたのがこのファン・イルと言う名の男だった。
背後からの声に、男は飛び上がる程にすくみ上がり、腰を抜かしながらヘリまで駆け寄る。
627 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/07/16(月) 21:41:39.23 ID:IDbD4dzH0
一征「………ふぅ」

一征は短い溜息と共に、軽蔑と憐れみの篭もった視線を報われぬ“首謀者”へと向ける。

ファン「な、何だ、そ、その目は!?
    わ、私は21世紀海運、会長の、よ、横山だぞ!」

自身の半分も生きていないだろう若造から向けられた視線に気付き、
ファンは激昂した様子で声を震わせた。

ファン「貴様のような小僧ッ子一人、私の金と権力を使えばたちまちに……!」

先ほど、その権力のコネを見捨てて逃げて来た事も忘れ、
ファンは腰を抜かしたまま凄んで見せるが、滑稽さと憐れさが増すばかりで迫力も何もあったものではないし、
元よりそんな戯言を聞き入れるつもりもなかったので、視線だけは外さずに聞き流す。

フラン<おーい、いっせ〜、ヘリが邪魔だからちょい退けて>

そんな一征の元に、フランから直通の思念通話が届く。

共有回線を通さない直接回線だが、あまりにもフレンドリーな言葉遣いだ。

先ほど、妹分を叱責した人物が言っているとは思えない内容だったが、
一征は敢えてその事は口にしなかった。

一征<……捕捉は出来ているのか?>

フラン<そりゃ、まあね。
    リーネのサポートもあるけれど、ミリ単位で出来てるわよ>

聞き返した一征に、フランは得意げに返す。

だが、直ぐに溜息を漏らして続ける。

フラン<ただ、そのヘリ、それなりの対魔力処理されてるみたいで、
    下手にそれごと撃つとヘリ吹き飛ばしかねないのよね。

    一応、首謀者に捕まえる前に死なれると困るし、何とか退けてくれない?>

一征<分かった……この手の輩には言ってやりたい事もあるからな>

一征は心中で頷いて淡々と応えた。

フラン<アハハハ……是非ともお手柔らかにどうぞ>

対して、幼馴染みの何処か言いしれぬ凄みの秘められた言葉に、
フランはたじろぎながらも、乾いた笑い声を交えてけしかける。
628 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/07/16(月) 21:42:35.03 ID:IDbD4dzH0
一征は小さく頷くと、ファンの元へとゆっくりと歩み寄り、
先ほどと同様に右手に炎熱属性に変換された魔力を込めて行く。

ファン「き、貴様……な、何を……!?」

一征の挙動と赤熱化した彼の腕に、ファンは脂汗まみれの顔を恐怖で引き攣らせた。
怒りを押し殺したような一征の
しかし、一征は下目遣いにファンを見下ろしたまま、
握り締めた白熱化した拳をヘリへと叩き込む。

対魔力処理を施されているとは言え、完全な物理干渉の前には無力だったのか、
頑丈に、だが飛ぶために薄く作られていた外壁は、意図も簡単に穴を穿たれる。

腕が十分にめり込んだ事を確認し、一征は顔を俯けてファンを睨め付ける。

一征「お前らのような輩が日本にいたままでは………、
   美百合様と紗百合様の将来に差し障る」

ファン「ひ、ひぃぃ!?」

声音に促されるかのように、
ファンはその光景に一拍遅れて悲鳴を上げた。

溶けた外壁の一部がファンからやや離れた位置に落ちて、
ヘリポートの塗装を焦がし、周囲に異臭を放ち始める。

離れた位置でも感じる熱に、ファンはさらに縮み上がる。

一征「魔導研究機関壊滅から十一年……。
   やっと軌道に乗り始めた本條家と研究院の関係にヒビを入れるような輩は、この俺が許さん!」

一征は力強く言い切ると共に、身体強化を全力にしてヘリを弾き飛ばした。

叩き込んだ腕から放った魔力弾をヘリの内部で跳弾させ、内と外からの衝撃で完全に破壊する。

今回の場合、ヘリはメーカーと型式さえ判明すれば証拠品としては十分だ。

問題は入手ルートだが、そちらは現品とは別に整備資料や購入経路の分かりそうな証拠書類を確認するので構わない。

コレはあくまでパフォーマンスである。

ヘリの惨状を聞き、この程度の対魔力処理が無駄である事、
そして可能性は限りなく低いが、今の宣言が犯罪者達の間に広まればいい。

そのためならヘリの一機や二機、叩き潰す事になんの躊躇いもない。
629 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/07/16(月) 21:43:26.83 ID:IDbD4dzH0
ファン「ひ、ひ、ひ……ひぃやぁぁぁぁぁ!?」

そして、効果は覿面だったようだ。

ファンは恐怖で引き攣った表情のまま素っ頓狂な悲鳴を上げ、
腰を抜かしたまま一目散に逃げ出そうと這いずり回る。

転げ回るように、這いずり回るように、少しでも一征から遠ざかろうと必死だ。

フラン<やれやれ……愛しのみーちゃんとさーちゃんが絡むと、
    相変わらずのこわ〜いお兄様だ事で……>

だが、僅かな呆れの入り交じった声が聞こえると同時に、その脳天を真っ赤な魔力弾が撃ち抜いた。

ファン「あ、ひゃ……?」

魔力弾による魔力ノックダウンと、頭部への直接衝撃で意識を刈り取られ、
ファンは奇妙な声を漏らしてその場に倒れ伏した。

一征は魔力弾の飛んで来た方角に視線を向ける。

深夜の森の中、暗くて視界は悪いが、かなり遠くに微かな赤い光が見えた。

一征は自らの手に明るい紫色の魔力を灯し、モールス信号で命中の旨を伝える。

彼我の距離、実に三.五キロ。

フラン自身の探知範囲ギリギリからの、超々距離狙撃だ。

さすがに目視でどうこうの距離ではないため、自身の魔力を見えない腕のようにして延長し、
対象を魔力的に捕捉しての半ば感覚任せの狙撃ではあるが、その命中精度はご覧の通りである。

種明かしをすれば、ヘリポートに倒れていた黒服達も全て、
作戦開始と同時にフランに狙撃されて魔力ノックダウンされていたのだ。

もっとも、探知範囲ギリギリと言う事で、探知にかなりの魔力を削がれてしまうため、
ノックダウンギリギリの魔力弾しか撃てなくなってしまう欠点もあったが……。

一征<また腕を上げたんじゃないか?>

フラン<これでも、南米出張で相当、夜間狙撃の腕は鍛えたから。
    ……それに、お祖父様の名に泥を塗るワケにもいかないしね>

感嘆混じりの思念通話を向けると、フランは今度こそ得意げに言い切った。

一征<成る程……それはこちらも気が抜けないな>

一征はそう呟くと、亡き師の好々爺然とした笑みを思い出して感慨深く頷き、気を引き締め直す。

一征「CTS1へ、こちらリリィ1。
   CTS3の協力で首謀者、及びそのSPの確保完了しました」

そして、潜入時と同様に柔らかな声音でメイへと報告を始める。

メイ『さっすが一征さんとフラン姉っ!』

通信越しにメイの喜びの声が届いた。
630 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/07/16(月) 21:44:17.38 ID:IDbD4dzH0


再び、会場――

結「子供達の保護も完了。
  制圧目標はこれで全部かな?」

美百合「そう……みたいですね」

結の言葉を聞きながら、美百合は思い出すような仕草で一考し、最後は笑顔で応えた。

舞台下の控え室……と言うよりは牢獄然とした施設から数十人もの幼い少年少女達を助け出した結は、
美百合と共に彼らを連れて共に舞台の上へと戻っていた。

会場内も、拘束の必要のある者達はクリスや紗百合、
応援に駆け付けたリーネの三人で次々に拘束用の器具付けられている。

メイ『そろそろ応援のフリーランスのみんなが到着する手筈だから、
   それまで監視と警戒は怠らずにね〜』

一人、警備司令センターに残ったメイが、あっけらかんとした様子で言った。

警戒を続けろとは言うが、既に彼らに抵抗の意志……と言うより気力は残されていないだろう。

それでも油断はせずにいるに越した事はない。

特に候補生としてインターン中の身であるクリスは、緊張した面持ちで辺りを見渡している。

見逃してしまった戦闘要員の黒服はいないか、
研究院で手配所の出回っている観客がいないか、必死に辺りを見渡す。

殆どが年配や年上の大人達ばかりで、まだ十三歳の――
半年もしない内に十四歳となるクリスは、この中では若すぎる部類だ。

研究院で見慣れた西洋系の顔つきの人間は少なく、回りも東洋人ばかりと言う事もあって、
美しいブロンドの髪をたなびかせる年若い少女はそれだけでも浮いていた。

だからだろう、その姿は彼女の目に奇異と言うよりは、切り取られた絵画の一角のように視界に入り込んだ。

クリス「あ………」

淡すぎるプラチナブロンドと、透き通るような銀色の目をした、自分よりも僅かに幼い少年だった。

三年前のクリスマス休暇の際、母の生まれ故郷を母と共に訪れた時に見た、
深い深い雪に閉ざされた真っ白な世界を思い出して、クリスは目を見開く。

そして、つい今し方までその少年の事に気付かずにいた事に思い至り、
思わず目を閉じて頭を振ってしまう。

再び目を見開き、クリスが目を向けると、そこにその少年の姿はなかった。
631 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/07/16(月) 21:45:06.21 ID:IDbD4dzH0
クリス「ほ、本條さん!」

クリスは最も近場にいた紗百合に声をかける。

紗百合「本條さんじゃ、あっちと区別がつかないから、紗百合でいいわよ。
    ……それで、どうしたの?」

紗百合は溜息がちに言ってから、首を傾げて問いかける。

クリス「は、はい、紗百合さん……えっと、さっきまでそこに白い子が……」

紗百合「白い子?」

クリスが見た通りの印象を伝えられ、対して見てもいなかった紗百合は怪訝そうに聞き返してしまう。

クリス「は、はい……髪の毛が真っ白な男の子がいたんですけど、
    最初から会場にそんな子いましたっけ?」

紗百合「う〜ん……一応、私も会場内は一通り見渡したけれど、
    そんな目立つ子なんて見逃すハズないわよねぇ……」

クリスから聞かされた特徴に、紗百合は一応は欧州暮らしをしていた経験もあってから、
すぐに北欧系の子だろうと思い至ったが、会場内を見渡していた時の事を思い出しても、
そんな目立つほど白い容貌の子供はいなかったハズだ。

と言うより、子供の殺し合いを見せつける醜悪なイベント会場に、
似たような年頃の子供が潜入任務以外で入り込んでいるとは考え難い。

紗百合「緊張し過ぎて幻でも見たか、
    照明が強すぎるから壁を見た時に残像でも映り込んだのかもしれないわね。

    任務も私達の領分は粗方終了してるし、もっとリラックスした方がいいわよ」

紗百合は困ったような笑みを浮かべて言って肩を竦めると、対象者の拘束作業へと戻って行った。

と、その時だ。

アレックス『こちら技術部の後方支援車両、
      責任者のアレクセイ・フィッツジェラルドです。

      現在、増援と共に現場に向かっています。以後の指示をお願いします』

通信越しに聞こえて来た声に、紗百合は思い出したように、舞台中央の結に向き直る。

紗百合「ああ、そうだった……結に詳しい事を根掘り葉掘り聞かないとね〜」

リーネ「あははは……結姉さんも災難だ」

紗百合の呟きを聞きつけ、少し離れた位置にいたリーネが苦笑いを浮かべた。

一方、結もその声を聞きつけてしまったらしく、
背中越しにも美百合の視線を感じて困ったような笑顔を浮かべる他ない様子だった。

しかし、クリスはどこか釈然としない表情を浮かべていた。

クリス(幻覚でも、残像でもない……。
    あの男の子、誰だったんだろう……?)

紗百合に断じられても、自分が見たあの少年は間違いなく実像だった。

クライノート<視覚情報に誤認は認められません>

主の疑問を解決すべく、クライノートが応えてくれる。

クリス<うん……ありがとう、クライノート>

愛器の心遣いに、クリスは素直に感謝の言葉を述べた。

だが、そうなるとこの状況であの真っ白な印象を受ける少年は、
一体、何処に消えたと言うのだろうか?

クリスは警戒を続けながらも、釈然としない表情を浮かべ続けた。
632 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/07/16(月) 21:46:06.02 ID:IDbD4dzH0


同じ頃、施設裏手の森――

数時間前にメイとリーネが侵入口として使った、
木々に埋もれるようにして配置された非常口を振り返る、一人の少年がいた。

年の頃は十歳より少し上、十一歳か十二歳と言った風の、どこか透明感のある少年だった。

ほぼ白に近いプラチナブロンドの髪と、銀目と言うよりは白に近い色をした目の……
そう、クリスが会場内で見かけた少年である。

少年は如何なるトリックを用いたのか、結達五人のいた会場を抜け出し、
裏口を使う際にはどうしても通らなければいけない警備司令センター前を素通りし、平然と裏口から出て来ていた。

少年は僅かに表情を浮かべる事なく、淡々とした足取りで歩きにくい森の中を進んでいた。

???「ナナシっ」

不意に頭上から鈴の鳴るような少女の声が聞こえた。

そこには、自分よりも年上の少女がいた。

自分とは対照的な、黒いワンピースを身に纏い、腰まで伸びた長い黒髪と切れ長の黒い瞳の少女。

年の頃は十四、五歳ほどだろう。

その少女は、木々の隙間から見える空に浮かんでいた。

飛行魔法か浮遊魔法の類だろうが、今の今まで気付かなかったのは呪具で魔力を遮蔽しているためだった。

そう、彼にも魔力を感じる力が……言い換えれば魔導の技術が備わっていた。

???「どうだった、例の特務部隊は?」

少女の問いかけに頷いて、彼女からナナシと呼ばれた少年はゆっくりと口を開く。

ナナシ「はい……。
    全力は出してはいなかったようですが、テクニカルデータは十分に収集できました。

    拠点に帰り次第、弟達や妹達にフィードバックし、
    マスターにお手を加えていただければ、相応の機能向上が望めると思います」

???「そう……上出来よ、ナナシ」

少女は満足そうに言ってナナシの前に降り立つと、まるで踊るようにくるりと半回転する。

夜の森よりも暗い色をした黒いワンピースが、ふわりと舞った。

心を躍らせている事を見せつけるような、そんな仕草が年齢よりも幼い印象を与える。

???「じゃあ戻って最後の準備をするわよ、ナナシ」

ナナシ「はい、畏まりました………」

背を向けた少女に、ナナシは恭しく礼をして――

ナナシ「カナデさま……」

――感情はこもらずとも、どこか親愛を感じさせる柔らかな声音で、少女の名を呟いた。


第26話「本條家、合同捜査任務」・了
633 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/07/16(月) 21:47:22.95 ID:IDbD4dzH0
今回は以上となります。
634 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/16(月) 22:45:57.98 ID:kCP/OjPr0
乙ですたー!
久々の結たち、そして見た目にもパワーアップした装備の数々、本條家の三人と、見所いっぱいの出だしでしたね!
新装備の魔導装甲と共に、先にうpさせて頂いたイラストのエールのエッジも使っていただけて、嬉しい限りです♪
以前のイラストが今から見直すと、頭身やバランスに色々と難があるので新たに一から描きなおしているんですが、魔導装甲も付け加えて描ければ、と今回拝読して思った次第です。
戦わされていた子供たち・・・・・・とりあえず、あの会場の観客は全員叩きのめされようが、魔女の結界に放り込まれようが、文句は言えませんね。
駄目な大人な自分が言うのも何ですが、大人が腐っていると子供は不幸になる。
保護された子供たちはコレで不幸な状況から抜け出せましたが、会場で逮捕された大人たちの家族は、子供は、その業を知らずともいっしょに受けなければならなくなってしまうのですから(法的にはともかく)。
フラン隊長殿にはぜひとも、滋賀県大津市にも出動願いたいものです!(←無茶振り)
それにしても、クリスにだけ見えた”ナナシ”、そして”カナデ”様・・・・・・またまた大きな一波乱の予感を感じさせられますね。
次回も楽しみにさせていただきます。
635 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/07/17(火) 20:38:36.85 ID:cqsX/pFh0
お読み下さり、ありがとうございまーす。

>パワーアップした装備の数々
アレックス達開発チーム謹製の第七世代ギアお披露目と言う事で、こんな感じにしてみました。
実はちょいちょい名前が変わっていたりするのですが、そこは今後、機能共々、徐々に明かして行こうかと思います。

>本条家の三人
今までの出番がフランお当番回のちょい役だけでしたので、
最終第四部ではそれなりに活躍してもらおうと画策しております。

>エールのエッジ
折角、付けていただいたので使わなければ損……と言うか、もったいないお化けに取り憑かれてしまいますw
結も真っ向からチャンバラが出来るようになったので、戦術に幅が出来そうです。
魔導装甲版も描いていただけるようで、冥利に尽きます。

>あの会場
現実問題として、あの手の施設って未だに実在していそうでそら恐ろしい物がありますね。
正直な話、現実でもあの手の非道な事してる人達がいるなら、天誅でも下って欲しいモンですが……

>会場で逮捕された大人達の家族と子供
酷い言い方かもしれませんが、結局、家族に因果が報いるのは(逮捕された)当人の責任なんですよね。
所謂、社会的制裁と言う類の物ですが、罪の大小に拘わらず、家族に迷惑をかけるような事をしたらダメ、って事ですな。

>滋賀県大津市
この事件、後から明るみに出て来る事の胸糞の悪い事……
早く、全ての事実が明るみに出て欲しい所ですね。
ただ、加害者生徒の親が被害者面するのだけは間違いなく“ふざけんな”ですが………

>ナナシとカナデ
次回からは日本帰郷編と言う事で、気になる二人組に関しては、しばらくは後回しになりそうです。


次回は、今回出番の少なかった人や、今まで出番の無かった人達の救済回となります。
………特に三名ほど、一体、何話ぶりの出番なのかとw
636 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga]:2012/07/31(火) 20:15:50.03 ID:R7DRfXja0
そろそろ最新話を投下させていただきます。
637 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/07/31(火) 20:16:29.54 ID:R7DRfXja0
第27話「結、三年ぶりの帰郷」



日本、北海道夕張市――

市の中心から北西の外れ、東に旭町第二ダムを臨む山林の中、ひっそりと一軒の屋敷が立っていた。


平屋の日本家屋、と言うとやや貧相な佇まいを連想してしまいそうになるが、
広大な敷地に建てられた、まだ築半世紀ほどの真新しい部類の豪華な武家屋敷だ。

そう、こここそが第二次世界大戦後、GHQ統治下で日本の魔法研究が衰退して行く中、
その居を移さざるを得なくなってしまった本條家の邸宅である。

この場に存在はしているが、公的にはこの場に存在しない、
だが身分も立場も政府によって手厚く確約された、日本国内の魔法研究の総本山。

日夜、多くの研究者や魔導師達がその知識と技術を研鑽する、
日本国内の魔法倫理研究院極東支部と言った役割を、現在の本條家は担っていた。

敷地内に広く取られた鍛錬場では、今日も多くの分家や門弟達が、朝から鍛錬を続けている。


詳しい説明をするならば、本條家の“本條”とは“本”と“條”、
“モト”と“ジョウ”、“元”と“城”、即ち“元城”、
入れ替えて“城元”、転じて“城下”を意味する。

古くは陰陽道によって皇家や幕府に仕え、国家天下を支える家柄であった。

しかし、前述の通り、元来は皇家に仕える家柄であったハズの一系は、
時の権力者の持つ大きな権力に目が眩み皇家を離れ、江戸幕府……つまり徳川家へと仕えた。

そして、江戸幕府解体の折、一部は公官庁や皇家へ鞍替えしたものの、残る一部の者は、
皇家を自ら裏切った卑怯者が皇家に庇護されるのも、新たな政府中枢に関わるも潔く無しとし、
姓を本條と変えて本家との関わりを立ち、裏方として魔法研究と魔導面での日本の防衛を引き受けたのである。

斯くして、政治の流れから外れた日本魔法研究の一系は、
その思惑とは裏腹に日欧の関係性を強固にするパイプ役として重用されるに至り、
大戦戦後から半世紀、GHQ統治下によって魔法研究自体は隅へ闇へと追い遣られながらも
一部古参の政財界の大物に取り立てられ、今日までその命脈を繋いで来たのだ。

閑話休題。
638 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/07/31(火) 20:17:11.64 ID:R7DRfXja0
凜とした空気漂う、薄曇りの冬の寒空の下――

??「休みだあぁぁぁっ!」

似付かわしくない大絶叫が、邸内に轟いた。

???「朝っぱらから、他人様の家で騒ぐなぁっ!」

直後、怒鳴り声と共に、スッパーンと小気味良い音が鳴り響く。

説明するまでもないだろうが、このやり取りをしたのは、メイとフランである。

声のした場所――東南隅の離れへと視点を移そう。


離れの寝室――

二十畳はあろうかと言う広い和室で、パジャマ姿で後頭部を抱えて蹲るメイと、
その眼前には、こちらもパジャマ姿のフランが怒りの形相で腕組みをしたまま仁王立ちしている。

メイ「ふ、フラン姉ぇ、全力でどついたらイタイよぅ」

フラン「教育的指導よ!
    二十歳にもなって、まともな判断も出来ないの、アンタは!?」

涙でクラッカーを鳴らせそうな程の涙声のメイに、フランは怒った様子で応えた。

さもありなん。

朝から居候先で大声を上げるのは、さすがに常識がなっていない。

まあ、それは大声で妹分を叱責する姉貴分にも言える事だが。

ロロ「まあまあ、フランもその辺にしておこうよ」

その様子を見守っていたロロが、二人の間に割って入る。

リーネ「フラン姉さんも、朝からあまり大きな声上げちゃダメだよ」

続いて、リーネが宥めるように注意を促した。

そこでようやく、自分も大声を上げていた事に気付いたのか、フランは頬を真っ赤にして咳払いをする。

誤魔化したつもりだろうが、そうはいかない。

と、隣の部屋とを仕切っていた襖が開かれる。

ザック「朝っぱらか大声出してんじゃねぇよ」

呆れた様子で顔を出したのは、こちらで貸し出された浴衣を着たザックだった。

やや着付けが崩れているのは、まあご愛敬の範囲だ。

フラン「あ、アハハハ……」

フランは明後日の方角を向いて、今度こそ誤魔化し笑いを浮かべた。
639 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/07/31(火) 20:17:55.75 ID:R7DRfXja0
ザック「? ん、奏とクリスはどうした?」

部屋の中を見渡して、二人の姿がない事に気付き、ザックは怪訝そうに呟く。

二日前、例のイベント会場での大捕物を終えた特務の面々は、
本部から到着した護送船を見送り、そのまま昨夜から長期の休暇へと入っていた。

今日は本條家の厚意に甘えて、結を除いた全員が来客用の離れに宿泊していたのだ。

対テロ特務部隊の結成から四年と二ヶ月、
時にはクリスマス休暇まで返上しての激務を続けて来た彼女達への、
上層部からの心ばかりの気づかいである。

因みに、技術スタッフとして同行していたアレックスや、研修として同行していたクリスにも、
おこぼれと言うワケではないが同様の休暇が与えられていた。

尤も、この少し早い七泊予定の長期休暇と引き換えに、
特務は今年もクリスマスと年末年始の休暇は返上なのだが……。

再び、閑話休題。


リーネ「奏姉さんとクリスなら、朝早くに、結姉さんの地元に行ったよ」

リーネは早朝の事を思い出しながら呟いた。

奏とクリスはまだ日も昇らぬ内に必要な荷物だけを持って、
結が宿泊している……と言うより、帰郷中の故郷の町へと向かったのだった。

あのトリスタン・ゲントナー事件の解決から四年と三ヶ月。

漸くの親子揃っての訪日なのだ。

色々と、思う所もあるのだろう。

ザック「そっか……そう言や、昨夜、そんな事言ってたな」

ザックは昨夜の事を思い出しながら、感慨深く呟いた。

捜査のために来日してから一週間、殆ど休み無しで日本中を飛び回り、
昨夜は半ばグロッキーになっていたので、もううろ覚えだ。

しかし、そうなると日本に不案内な人間しか残っていない事になる。

折角の休日初日、初めて過ごす異国の地を巡るのには不便だ。

同僚の一征に頼んでも良いが、彼は彼で実に十年ぶりの帰郷・帰宅と言う事もあり、
彼の厄介になるのは気が引ける。

さらに言ってしまえば、本條姉妹も例の大捕物の後始末が忙しいようで、
昨夜から当主名代として東京に出張中だ。

一征も昨夜から見ていないので、恐らくは姉妹の付き添いだろう。
640 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/07/31(火) 20:18:29.00 ID:R7DRfXja0
ザック「誰か、任務で日本に来た事あるヤツいるか?」

メイ「ん〜、アタシ一回だけ来たよ。あの時は沖縄だったけど」

ザックの問いかけに、ようやく痛みから立ち直ったメイが挙手と共に答える。

それ以外に挙手する者もおらず、
結果的にメイ以外の誰もそれまでの訪日経験が無い事が分かっただけだった。

ザック「何だよ……メイ以外は誰も無いのかよ」

ザックは肩を竦めて溜息を漏らした。

リーネ「基本的に、極東方面は本條家や李家……メイ姉さんの実家が中心に対処してるからね」

ロロ「そうだねぇ……。
   あ、でもアレックスなら開発部の出張で何度か来てるんじゃないかな?
   美百合と紗百合も第七世代のテスターに参加してるし」

リーネの言葉を肯定したロロだったが、ふと思い出したように言った。


第七世代ギア、通称・魔導装甲ギア。

第五・六世代ギアの利点、反省点、
さらにエージェント大量虐殺事件での教訓を活かして製造され、
二年前からテストと先行量産型が一部稼働を開始した最新型ギアである。

ギア使用者の生命維持と、物理攻撃に対する高い耐性を誇る、
“着込む魔導機人”の異名を持ったパワードスーツの如きギアだ。

ワンオフ仕様の物は現在、WX100から115までの計十六器が稼働中であり、
内二器が総合戦技教導隊、内七器が特務部隊、
残り六器が選抜メンバー、新人、候補生、外部組織――本條家によってテスト運用中だ。

まあ、総合戦技教導隊と特務部隊を兼ねているリーネのような例もあるので、
この区別は一概に正しい物とは言い切れないが……。

ともあれ、この着用可能な魔導機人は現在正式量産化に向けて最終調整の段階に入っており、
クリスに預けられているWX115に集積されたデータが、その正式量産型に流用される事となっている。

まだ候補生のクリスには格別、コレと言った癖がない事が抜擢された理由である。

反面、他の十五器を扱う面々は、それぞれが特化した戦術、
魔力運用を行うため癖が強すぎるので、それぞれの対応限界テストの最中と言った状態だ。

一応、それぞれ専用に調整しながらも全て汎用型として運用できるだけのスペックは持たされているが、
実質的に完全な汎用型として運用されているのは、最終試作型の一器であるリーネのWX110くらいな物である。

三度、閑話休題。
641 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/07/31(火) 20:19:07.36 ID:R7DRfXja0
フラン「そうそう、アレックスなら何度も日本来てるし、あの子に案内させましょ」

フランも名案とばかりに言って、にこやかな笑みを浮かべた。

だが――

リーネ「アレックス兄さんも、今朝早く出掛けたみたいだけど?」

キョトンとした表情で語るリーネに、その笑みが凍り付く。

メイ「ちょ、ちょっとそれホント!?」

メイが驚いたようにリーネに詰め寄る。

リーネ「うん。
    奏姉さん達が出た少し後に、
    アレックス兄さんの魔力が町の方に向かって移動して行ったから」

リーネもようやく状況を察して苦笑い混じりに応える。

ロロ「リーネが言うなら、確実だね……」

ロロも肩を竦めて困ったような笑みを浮かべた。

数キロ先の微細な魔力の挙動すら正確に感じ取るリーネだ。

この面子の中では最小ではあるが、
それでもBランクもの比較的大きな魔力を持つアレックスが動けば、彼女に感知できないハズもない。

メイ「くぅぅっ、あのマイペース眼鏡めっ!」

本人がこの場にいたら抗議の声が飛んで来そうな叫びを上げるメイ。

気持ちは分からないでもないが、それはそれであんまりである。

フラン「まったく……あの子のマイペースっぷりは……」

フランもその場に尻餅をつくようにへたり込むと、眉間に指を押し当てて呟いた。

ザック「ハァ……」

一方、ザックは“お前らが言うな”と言いかけて、その言葉を飲み込んで溜息を漏らした。

同室でありながら外出に気付かなかったのは、自分の落ち度でもあったからでもあるが、
この二人を相手に口喧嘩する気力はない。

ザック「とりあえず、今日の所はまだゆっくり休んでおくとするか。
    観光はまた明日からって事でさ」

一部の不満げな妹分達を見渡して、ザックはやれやれと言いたげに言った。

まだ休暇も二日目だ。
余裕は十分にある。

フランとメイはまだ納得いかなさそうな表情を浮かべていたが、
不承不承と言った感じにその提案を受け入れた。
642 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/07/31(火) 20:19:52.46 ID:R7DRfXja0


同じ頃、某県某所の地方都市――

その住宅街の一角にある、やや背の高いマンションの上層階にある一室、
その食卓では、和やかな雰囲気が満ちていた。

先に答を言ってしまえば、ここは結の生家……譲羽家だ。

十年前に再婚した両親と、その間に生まれた双子の兄妹、
そして、三年ぶりの帰郷を果たした長女・結を合わせた家族五人が揃っていた。

しかし、今日はそれだけでなく、二人の来客も迎えていた。

そう、奏とクリスだ。

奏は、渡欧前に幾度か訪れた譲羽家のリビングで、結の両親と向き合っていた。

奏「すいません、一家水入らずの所に……、
  しかもこんな朝早くからお邪魔してしまって」

功「君は、結とは姉妹みたいなものだからね。
  気にせずにくつろいでくれると嬉しいよ」

申し訳なさそうな笑みを浮かべる奏に、結の父・功は楽しげな笑みを浮かべて応えた。

由貴「子供の頃から度々、遊びに来てくれたんですもの。
   久しぶりだからって遠慮なんてしなくていいのよ?」

結のかつての恩師であり、継母である由貴も、にこやかな表情でそう言った。

今日は平日――木曜日だったが、功は娘の帰郷に合わせて有給休暇を申請しており、
由貴も出産と同時に教職を辞し、今はマンションの一階で運営している小学生向けの学習塾で夕方週二回、教鞭を執っている。

平たく言えば、今はオフと言う事だ。

実際、数日前……と言うよりも二日前の時点での有給申請など早々通るハズもないのだが、
そこは普段から勤勉に職務を全うしている何処かワーカホリック気味の功への、会社からのサービスであった。

奏「はい……ありがとうございます」

ともあれ、数年ぶりだと言うのに変わらず親身にしてくれる譲羽夫妻に、奏は嬉しそうに深々と頷いた。

自分の命と引き換えに失われた結の右腕の事で、子供の頃は酷く負い目を感じていた奏だったが、
家族同然に接してくれる二人のお陰で今はその負い目も幾らか和らいでいた。

むしろ、腕の事に関してはそれによって心労を掛けている事を結自身が負い目に感じるほどなので、
どちらかと言えば対応に困る事もあるのだが……。
643 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/07/31(火) 20:20:27.76 ID:R7DRfXja0
しかし、肝心の結の姿はそこにはない。

それもそのハズ――

結「そろそろ、朝ご飯の準備できるよ〜」

――当の結は、キッチンで朝餉の支度の最中だった。

朝餉の支度だけでなく、犯人と保護した子供達の護送引継が終わって休暇が始まるなり、
北海道で大急ぎで食材を買い込んで帰郷した結は、昨晩から食事の支度は全て行っていた。

この一週間、捜査と潜入準備のため昼も夜もなく日本中をかけずり回っていたため、
隊の食事は全てコンビニ弁当かファストフードと言う有様、炊事をする機会などついぞ一度も取れなかったので、
この数年は“趣味・家事全般”を公言して憚らない結としてはフラストレーションも溜まっていたのだ。

そして、犯人護送はともかく、保護した子供達の護送に最後まで立ち会えなかったのが心残りであったため、
そのストレス解消……と言うよりも、誤魔化しの気分転換も含まれているのだろう。

ストレス解消で食事を作られるのもいい迷惑な気もするが、そこはやはり趣味・家事全般の結だ。
ストレス解消の有無に拘わらず、料理の手は一切抜かない。

今朝も誰よりも早く起きて、殻を割って身を解した蟹を使い、味噌汁の調理から始めていた。

由貴「何だか、昨夜から結一人に任せて申し訳ないわね」

さすがに娘に任せきりでは気が引けたのか配膳の手伝いだけでもしようと、由貴はキッチンに入る。

結「三年続けて年末年始に帰れそうにないから、たまには親孝行しないと」

結はそんな継母に焼き鮭を盛り付けた皿を渡しながら
“子供の頃から、好きにやらせてもらってばっかりだし”と付け加えた。

去年と一昨年のクリスマス休暇は、特務の仕事が被ってしまい、
遠方に故郷のある結、メイの二人はこの長期休暇が実家に顔を出せる数少ないチャンスだった。


因みに、メイの実家は古くから香港を活動の拠点としていたが、
96年に魔法倫理研究院非加盟国であった中国に返還された後、
その自治権が有名無実化して行った事で六年前の2001年に離れ、
現在は盟友を頼って研究院加盟国である台湾を拠点としている。

メイも、休暇の最終二日を使って実家に顔を出す予定でいた。

ともあれ、そんな激務の間、結が年末年始に実家に顔を出す事が出来たのは、
ほぼ三年前となる2004年のクリスマス休暇の時だけである。
644 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/07/31(火) 20:21:01.80 ID:R7DRfXja0
由貴「詳しく聞きそびれていたけれど、休暇っていつまでなの?」

結「えっと、昨日も含めて七日間だから……来月の四日まで、かな?」

由貴の質問に、結は指折り数えながら思案げに呟いた。

由貴「あら、誕生日にはまた向こうなのね」

結「まあ、それは毎年の事だから」

残念がる由貴に、結は苦笑い混じりに応える。

エージェントを志してから……と言うより、魔法と関わった九歳の誕生日から十一年、
家族と誕生日を共に過ごした事は一度もない。

その代わり、都合のついた友人達や同僚に、
一日遅れや一日早くなる事があっても盛大に祝ってもらっているが……。

功「休暇中はどうするんだい? ずっと家にいるのかい?」

結「うん、今日は地元で過ごすつもりだけど、明日は仲間の観光案内かな?

  土日は……何だか本條さんの方でいい旅館を手配してくれたみたいで、
  そこに慰安旅行に行こうって話になってるの。

  で、月曜からはまた空くからこっちに戻って来るつもり」

リビングから聞こえて来た父の質問に、
結は昨日の内にフランから聞かされていた大まかな予定を思い出しながら、思案げに呟いた。

功「そうか……休暇は月曜と火曜に合わせた方が良かったか」

結「もし、また長期休暇が貰えそう時は、前もって連絡しておくから」

これまた残念がる功に、結は出来上がった朝食を配膳しながら、苦笑いを浮かべて応えた。

今度のクリスマス休暇、とはさすがに言えなかった。

特務部隊や他のエージェント達の活躍で、不安定だった魔法研究の情勢も一応は安定を見せ始めているが、
それでも研究院非加盟国や加盟・再加盟から日の浅い国などはまだ魔導テロリストの温床となっている。

その上、結が最も注力している違法研究者の摘発と被害者の救済も、終わりの見えない仕事の一つだ。

研究院の抱える慢性的な人手不足も手伝って、申請した長期休暇が通る事など稀である。

もっとも、結の性格上、与えられた休暇以外で長期の休暇を取る事は考え難くもあるが……。
645 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/07/31(火) 20:21:43.52 ID:R7DRfXja0
功「時に、奏さん。
  結の仕事ぶりって言うのは……その、どうなんだい?」

功はここ数年、気になっていた事を口にした。

以前、奏が最後に譲羽家を訪れたのは十六才の頃、実に六年ぶりと言うワケだ。

その時は結もエージェント一年目の新人であり、
仕事ぶりも“頑張っている”の一言を聞ければそれで誇らしい気持ちもあったが、
さすがに七年目のベテランともなると先輩から見ての客観的意見と言うのも、父親としては気になる所なのだろう。

奏「ええ、頑張ってくれていますよ。

  結からも聞いていると思いますけど、
  四年前にボク達で部署の枠組みを超えた新しいチームを発足したんですけど、
  結はそこでエースを張ってますから。

  勿論、チーム以外の……結自身が所属している部署でも、押しも押されもしないエースですよ」

奏は頷くと、優しげな笑顔を浮かべて感慨深く答えた。

結「あ、アハハハ………」

普段はあまり聞かない奏からの客観的な評価と言うか、素直な賞賛に、
結は恥ずかしそうな照れ笑いを浮かべる。

勿論、“頑張ったね”とか“お疲れ様”とかは、仲間内でもよく言われているのだが、
こう言った評価と言うのはあまり耳にしない。

特に、同じ部署の先輩であり所属する特務の隊長補佐でもあり、
親友以前に歴とした上司である奏から“エース”と称されるのは、どこかこそばゆい物があった。

由貴「でも、あまりピンと来ないわね………。
   あの“結さん”が、世界中でテロリストを相手に国際警察みたいな事をしているなんて」

由貴は十一年前の、まだ自分の教え子であった頃の結の事を思い出しながら呟く。

結は基本的に喧嘩腰になるような子ではなかったし、
他人に対決的姿勢を取る事を嫌って、一歩引くような場面も多かった。

特に初めて生徒として受け持った一年生の頃は、母・幸の死から一年と経過していない事もあって、
どこか引っ込み思案な所が目立つ生徒だったのだ。

その辺りの変化は、向こうでの恩師であるレナの教育方針の賜でもあるが、
とても“誰かのため”とは言え、進んで対決的な力を行使するようなタイプでなかったのは事実である。

それに加えて、由貴には魔法の素養が皆無であり、
魔力を知覚する事が出来ない……つまる所、魔法を見る事が出来ないと言う部分も大きい。

幼い頃からの家事で体力は人並み以上にあり、それなりに高い運動能力もあったが、
体育の成績はどちからと言えば“ふつう”の“がんばりましょう”寄り――要は筋力があっても技術のない――の、
いわゆる所の運動音痴だった結が、犯罪者やテロリストを相手に大捕物を演じている姿など、由貴には想像の埒外だった。

強いて言うならば、時折、電話で仕事の愚痴――
と言っても、愚痴と言えるかどうかは分からない――を聞く程度で、結の仕事の実状は詳しく分かっていない。

それは由貴だけでなく、功や双子の弟妹達も同様だ。

奏「結は強いですよ。
  模擬戦をすれば、ボクも二回に一回は取られますから」

由貴「そうなの?」

奏からの説明を受けてもやはりピンと来ないのか、由貴はどこか釈然としない様子で返した。

幼い頃に比べて多少、意志の強くなった部分はあるものの、
実家に帰省した結は基本的にあの頃と同じ朗らかな部分を持った女性だ。

さすがに一般人が魔導テロリストの捕り物の現場を目にする機会に恵まれるハズもなく、
犯罪者には時として恐ろしさすら感じさせる凜とした一面など、結は家族に見せた事がなかった。

まあ、自宅でそんな顔をする必要も機会もないので、当然と言えば当然の事だが。
646 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/07/31(火) 20:22:21.91 ID:R7DRfXja0
そんなやり取りをしている間にも、結と由貴の手で食卓に朝食が並んで行く。

今朝は蟹の味噌汁に焼き鮭、ほうれん草のおひたし、昨晩から準備していた牛の時雨煮だ。

結「うん、こんな所かな」

食卓に並んだ七人分の朝食を見渡して、結は少しだけ満足げに頷いた。

そこで漸く、先ほどの結の声を部屋で聞きつけた弟妹達が顔を見せた。

悠&舞「おはよー」

男女の二卵性とは言え、さすが双子と言うべきか、
意図してタイミングを合わせたワケでもないのに、悠と舞は異口同音かつ完全同時に挨拶を口にする。

既に着替えは済ませており、殆ど同じデザインの白のブレザーを羽織り、
それぞれ紺のズボンとスカートを履いていた。

今年で七歳になった双子は、かつて結が通っていたのと同じ私立小学校に通っており、
制服のデザインは今も十一年前から変わっていない。

奏「前に見た時は、こんなにちっちゃかったのに……。
  悠も舞も、大きくなったね」

今朝方、パジャマ姿の二人を見かけてはいたが、
制服姿の双子を見て、奏は改めて感慨深く呟いた。

悠「え、えっと……」

舞「う〜ん……」

悠と舞はやや照れ臭そうにしながらも、何事かを思い出そうと必死に首を傾げている。

二人も、一歳の頃の事などうろ覚えなのだろう。

特徴的な銀色の髪は鮮明に記憶に残ってはいたが、
それが誰か、と言う所までは思い出せないのだった。

奏「アハハハ……まだ思い出せないかな?

  二人のお姉ちゃんのお母さんのお姉さんの子供、
  だから………一応は従姉みたいなものなんだけれど」

奏は双子にも分かるように説明する。

双子は、自分達の母と姉の母が違う事は、三年前に姉が帰省した時に聞かされていたし、
奏もその事は結から聞き及んでいた。

たとえ母は違えど、双子にとっては中々逢えなくても大好きな“お姉ちゃん”であり、
別にそれで何が変わると言う事もなかった。

まあ、奏の説明もタブーとも言える部分――自身が母のセルフクローンである――をぼかしているので、
厳密には従姉と言うよりも伯母と言った方が的確なのだが。
647 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/07/31(火) 20:23:08.51 ID:R7DRfXja0
そして、まだ首を傾げている双子に続くようにして、
別室で二人の相手をしていたクリスがリビングに顔を出す。

クリス「えっと……は、初めまして……」

尋ねて来たばかりの時は、まだ寝ていた功との初対面に、クリスは緊張した面持ちで頭を垂れた。

功も、クリスの緊張が意味する所を察しているのか、僅かな間を持って応える。

功「………初めまして、えっと……クリスさん?」

クリス「あ、は、はいっ。
    クリスティーナ・ユーリエフです」

名前を尋ねられて、自己紹介がまだだった事を思い出して、クリスは慌てて自己紹介を始める。

だが、そこで会話は途切れてしまう。

由貴「………日本語、お上手なのね」

気まずそうな空気を察して、由貴がにこやかに言った。

クリス「え、あ、はい……お母さんやおねえ……
    エージェント・譲羽が普段は日本語を使っているので、自然に覚えました」

クリスは普段通りに言いかけて、休暇に便乗中とは言え、
自分が研修中の身である事を思い出して慌てて言い直す。

だが、やはりそこで会話は途切れてしまう。

功「まあ、募る話は一旦ここまでにして、朝ご飯にしようか?」

功がそう言うと、四人で囲むには広すぎる、七人で囲むには少し狭い食卓での食事が始まった。
648 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/07/31(火) 20:23:46.24 ID:R7DRfXja0
朝食を終え、名残惜しそうに登校する悠と舞を見送り、
結と由貴が買い物に出ると、リビングには奏達三人が残された。

母娘は幅広のソファに並んで座り、
L字に配置されたもう一辺のやや狭いソファに家長である功が座っている。

三人の間に漂っているのは、どこか気まずそうな空気。

その発生源は誰あろう、クリスだった。

奏「さあ、クリス……譲羽さんに言う事があるんだよね」

クリス「う、うん……」

母に促され、クリスは気まずそうなまま躊躇いがちに頷く。

クリス「………」

僅か数秒の沈黙。

その間に、クリスにどれだけの葛藤があったかは、
彼女の思い詰めたような表情を見れば一目瞭然だった。

そして、そんな沈黙の後、彼女の口をついて出た言葉は――

クリス「ご、ごめんなさいっ!」

――ただ、簡潔な謝罪だった。

その一言を言ってしまえば、後は早かった。

クリス「お姉ちゃんの……結さんの左目を潰したのは……その、私……なん、です」

少し躊躇いがちに、クリスは自らの罪を告白する。

勿論、謝罪の手紙も送っているが、こうして面と向かって謝るのは初めての事だった。

研修で日本に来る機会に恵まれた事も大きなキッカケではあったが、
この場を訪れようと決心するには、欧州と日本と言う物理的な距離の問題も含めて、四年以上の歳月を費やした。

叱責は、覚悟の上だ。

功にとって先妻との間に生まれたただ一人の娘――
結の左目を、クリスは潰してしまったのだ。

しかも、結が奏を助けた時とは違い、多少の暴走はあったとは言え、自らの意志で。

自らの心の弱さが招いた、結の左目の喪失。

それは償っても償い切れない、大きな罪だ。

クリスは目を固く瞑り、俯いてブルブルと肩を震わせる。

罪を罪と認めていても、改めて他人からそれを断罪される恐怖に対する覚悟は、また別の事だ。
649 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/07/31(火) 20:24:25.22 ID:R7DRfXja0
功「うん……。
  奏さんからの手紙で、大体の事情は聞いているよ……」

だが、功の口から漏れたのは叱責でも罵声でもなく――

功「大変だったね……」

――そんな、労りの言葉だった。

クリスは驚いたように顔を上げて、目を見開いた。

奏も何となくこの流れを予想していたのか、納得したように小さく頷いている。

クリス「あ、あの……怒らない……ん、ですか?」

功「ん? ……ああ」

呆然と聞き返すクリスに、功はややあってから深々と頷いた。

そして、少し遠い目をして語り出す。

功「……十一年前にね、似たような事で研究院のバレンシアさん………
  リノさんを、私は殴り飛ばしてしまった事があってね。

  その事を知ったあの子に怒られたよ。
  あの頃は、少しも怒りもしなかったあの子にね。

  “私がこうなったのは、私のせいなんだから、
   リノさんは絶対に悪くない”ってね」

功はその時の事を思い出しながら、自らの短絡的な行いを恥じた。

そして、さらに続ける。

功「聞けば、結の左目も君を助けようとしてついた傷らしいじゃないか。

  三年前にあの子の左目を見た時は、流石にショックだったけれど、
  それでもあの子が望んで選んだ道でついた傷だ。

  むしろ、あの子はこの傷の事が原因で傷つけてしまった子がいて、
  それが申し訳ないと悔やんでいたくらいだ」

功はそこで一旦言葉を区切り、深く息を吐く。
650 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/07/31(火) 20:25:05.76 ID:R7DRfXja0
功「あの子のああ言う所は、私の育て方にも問題がある……。
  どこか自分を差し置いて、誰かを優先しようとしてしまうような所はね……」

男手一つで育てた三年間。

短いが、母の死と言う大きな喪失を経験したばかりの幼い結にとっては、
長すぎるほどの三年間だったハズだ。

頑固で向こう見ずな程に我を通すようになった結だが、
その根底には未だ根強く“誰かのため”と言う大前提が抜け切らない。

結自身は自分のためとは思っていても、その核心には必ず自分以外の誰かが関わっている。

しかも、その“誰か”には名前も知らない、まだ出逢った事すらない人間まで含まれる。

良く言えば献身的、悪く言えば破滅的なまでの自己犠牲精神の塊だ。

それは離れて暮らすようになって、より強く感じるようになっていた。

功「……だから、私はむしろ、君が思い詰めたりしていないかと心配だったんだ。
  けれど、こうして会って、その事を話す事が出来てよかったよ」

功はどこか安堵にも似た表情を浮かべ、感慨深く呟く。

そこに怒りの色はなく、その優しげな目は結との血の繋がりを感じさせるには十分だった。

その事に気付いて、クリスも思わず息を飲んで黙り込んでしまう。

そんな娘の様子に気付いて、奏は深々と頭を垂れた。

奏「娘の……クリスの事を気遣って下さって、ありがとうございます」

クリス「あ!? え、えっと……あ、ありがとうございますっ!」

クリスも気がついて、慌てて母に倣って礼を述べる。

功「はははは……お礼を言われるなんて、何だかこそばゆいね」

功は少し困ったような照れ笑いを浮かべて、
やや堅苦しくなってしまった場の雰囲気を和まそうとする。

奏「ふふふ……」

奏もそんな功の気遣いを知ってか、顔を上げて笑みを浮かべた。

しかし、それでもまだクリスは顔を上げようとしない。

クリス「……ありがとう、ございます……ありがとうござい、ます」

頭を下げたまま、繰り返し礼を言い続ける。

その声は、少し震えていた。

奏「クリス……」

奏は傍らの娘の背を、あやすように優しく撫でる。

クリス「ありがとう……ございます……」

クリスは顔を上げられずに、ただただ感謝の念を込めた言葉を紡ぎ続けた。

四年と三ヶ月と言う長い月日をかけて、クリスの背負い続けて来た罪はようやく赦されたのだった。
651 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/07/31(火) 20:25:43.95 ID:R7DRfXja0


一方、自宅でそんな事が起きているとはつゆ知らず、
結は由貴と共に昼食の材料の買い出しを終えて帰る途中であった。

それぞれ、手には大きな買い物袋を提げている。

結「ん〜〜っ、何だか、久しぶりだなぁ」

結は大きく伸びをしながら、街の風景を見渡す。

候補生時代は、帰って来る度に開発が進んで目まぐるしく姿を変えていた故郷も、
五年ほど前から開発事業も落ち着き、ようやく“変わらない故郷”らしい姿になっていた。

これで、振り仰ぐように見上げた空が青空快晴ならば文句の付けようも無かったのに、
と思いつつも、そんな自分の贅沢な望みに、僅かばかりの苦笑を浮かべる。

由貴「ふふふ……」

そんな娘の様子に、由貴は思わず笑みを零してしまう。

結「どうしたの、お義母さん?」

唐突に微笑んだ母に、結は怪訝そうに振り返る。

由貴「うん?
   こうして見ると、やっぱり普通の若い女の子ね、って思っただけ」

結「そう……なのかな?」

由貴の言葉に、結は小首を傾てから“自分じゃあよく分かんないや”と付け加えて笑った。

九歳の誕生日を迎える前の……十一年前の自分にはきっと、
今のような事は想像も出来なかっただろう。

むしろ、あの頃は魔力循環不良で死に瀕していたのだから、
あの日、エールとの出逢いがなければ、十一年前の今頃はもしかしたら死んでいた可能性も否定できない。

エールを拾えば必然的にレギーナと相対し、奏と出逢い、リノとエレナに助けられ、
そして生き延びるために戦い、最終的に奏を救うためにグンナーと戦っただろう。

そうやって生き延びた末に、自分が今の道を志さなかった可能性を、結は想像できなかった。
652 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/07/31(火) 20:26:25.44 ID:R7DRfXja0
改めて振り返ってみれば、魔法倫理研究院エージェント隊に所属し、
保護エージェントとなるのは自分の天命だったのだと悟るワケだ。

とは言え、職業選択の自由は残されていたので、普通の生活を送ろうと思えば送る事も出来ただろう。

しかし前述の通り、自分がそんな普通の生活をしている姿はどうにも想像がつかない。

義母・由貴にしてみれば、今の自分こそがその“普通”らしいのだが、
結自身は休暇で帰って来ていると言う意識が強いため、
今と仕事を切り離して考えても、どうにも普通の生活を営んでいる自覚はない。

きっと今の自分にとっての普通は、幼い頃には非常識だとばかり思っていた魔法と命のやり取りで溢れる、
どこか殺伐として、だが仲間達との強い繋がりに支えられた、エージェントとしての生活なのだろう。

それを悪い事とは思わないし、むしろ人の命を救う機会に恵まれた、
胸を張って誇れる仕事であると自負・自覚している。

由貴「お仕事、今でも大変?」

結「う〜〜ん……」

由貴の質問に、結は小さく唸る。

今でも、と言うのは恐らく、四年前の夏の日の電話越しでの話だろうと、
結はすぐに思い至った。

結「……大変って言えば大変かもしれないけれど……凄く充実してるよ。

  友達も多いし、慕ってくれる後輩だって増えたし、
  先輩達も素敵な人達ばかりだから」

結は敢えて苦しい部分を隠して、だが笑顔で答える。

エージェントとなって六年八ヶ月……。
その間に経験した多くの仲間達の死、そして、辛く、哀しく、苦しかったエレナとの別れ。

だが、自らの中心……魂の核心とも言える正義と理想を得て、
それを支えてくれる仲間達と共に、結の今は確かに充実していた。

失う物も少なくはなく、小さくもないが、それと同じくらい得る物も多く、大きい。

結「だから、あんまり大変とかは感じてないのかも」

結は優しい笑みを浮かべて、素直な気持ちでそう言い切った。

由貴「そう……」

由貴は引っ込み事案で遠慮がちだったかつての教え子が、
そうやって自らの意志を力強く口にする姿に、どこか誇らしい物を感じて感慨深く頷いた。

結もかつての恩師の誇らしげな笑顔が照れ臭くて、
くすぐったそうな笑みを浮かべて視線を泳がせる。
653 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/07/31(火) 20:26:59.69 ID:R7DRfXja0
その時だった。

?「ゆぅい〜〜っ!」

遠くから名前を呼ばれ、結は慌てて振り返った。

聞き覚えのある声のした方向を見ると、
そこには快活そうな雰囲気でスポーティなショートカットの髪型をした女性と、
柔らかで知的な雰囲気を湛え長い髪をたなびかせる女性の姿があった。

結「麗ちゃん、香澄ちゃん!」

三年ぶりとなる幼馴染みの姿に、結は嬉しそうな声を上げた。

そう、三木谷麗と山路香澄。

小学校に上がる前からの幼馴染みであり、
母を喪ったばかりの頃の自分を支えてくれた、二人の親友だ。

香澄「結ちゃん、久しぶりだねぇ」

幼い頃から変わらないおっとりとした雰囲気で、香澄が微笑んだ。

麗「由貴先生も、お久しぶりですっ」

麗もハキハキとした様子で言って、かつての恩師に深々と頭を垂れる。

香澄も続いて“お久しぶりです、先生”と頭を垂れた。

由貴「あらあら、懐かしいわねぇ……二人とも、大学は?」

懐かしそうに呟いた由貴だったが、すぐに二人がまだ学生である事を思い出して尋ねる。

麗「この間、大会が終わったばかりで調整期間なんですよ。
  今日は必要な講義もないんで、結からのメールも貰ったし、アタシも便乗して一日だけ里帰りです」

香澄「私も、今日の講義は午後からなので、お昼までは空き時間なんです」

由貴の質問に、麗と香澄は笑み混じりに答えた。

因みに、二人とも由貴の言葉通り、今は大学に通っている学生の身だ。

麗は陸上選手として都内の体育大に在籍し、
香澄は地元から少し離れた県外の工業大学でロボット工学を専攻している。

幼い頃の約束通り、二人には月一回の手紙のやり取りや、
時折、電話でも話をしているので今も親しい付き合いを続けていた。

しかし、こうして直接会うのは家族と同じくほぼ三年ぶりだ。
654 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/07/31(火) 20:27:49.68 ID:R7DRfXja0
麗「これから三人で話でも……っと、買い物の途中だった?」

手に提げられた買い物袋を見た麗が、少しだけ残念そうに肩を竦めた。

結「家に置いたらすぐにまた出て来るから、少しだけ待っててもらえる?」

結は申し訳なさそうに呟いたが――

由貴「もう家も近いし、行って来なさい、結」

結「お義母さん?」

由貴の提案に、驚いたような顔で返す。

由貴「ほら、久しぶりに会ったんだから募る話もあるでしょう。
   お昼の準備も私一人で出来るから、楽しんでらっしゃい」

結「え? あ、で、でも!?」

驚く結から、少し強引に買い物袋を受け取った由貴は、
まだ食らいつこうとする結の肩を、後ろからポンッと押した。

由貴「二人とも、この子にちゃんと羽を伸ばすって事を教えてあげてね〜」

麗「はい、由貴せんせっ」

香澄「は〜い」

まるで十一年前の頃のような戯けた様子のやり取りをして、
二人は唖然とする結を両側からガッチリと固める。

麗「ほ〜ら、保護者のお墨付きが出たぞ〜。
  未成年なんだから従いなさいっ」

結「え? ちょ、ちょっと麗ちゃん!?」

香澄「この間、駅前に新しいカフェがオープンしたんだよ。
   コーヒーが美味しいよ〜」

結「か、香澄ちゃんも……!?」

振り払おうとすれば振り払えない事もない、と言うか、
実際、簡単に振り払ってしまえるのだが、さすがに友人を振り払うつもりにはなれない。

結はそのままズルズルと連行される形で、香澄お勧めのカフェへと向かった。

由貴「ふふふ……楽しそうねぇ」

かつての教え子達を微笑ましそうに見送って、由貴はそのまま帰路へと着いた。
655 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/07/31(火) 20:28:21.49 ID:R7DRfXja0
そうして、香澄お勧めの駅前のカフェにたどり着いた結達は、
窓際のテーブル席に座って、これまた香澄お勧めのオリジナルブレンドコーヒーを飲んでいた。

結「う〜ん………美味しい」

窓際の席に座った結は、一口飲んだコーヒーの味を愉しみながら、感嘆混じりに呟いた。

すぐに大体のレシピは思い浮かんだが、それをここで言うのは野暮だろう。

平日の午前と言う事で客の数が少ない事もあったが、店内も落ち着いた雰囲気を漂わせる内装で、
控え目なBGMがゆったりと流れているのも良い。

大人しい香澄のお勧めと言うのもよく分かる。

香澄「でしょう?」

隣に座った香澄も料理上手で味にはうるさい結の賛同を得られた事で、
嬉しそうな笑みを浮かべた。

麗「アハハハ……アタシは砂糖とミルクたっぷりじゃないと飲めないや」

二人の対面では、普段はあまりコーヒーなど飲まない麗が苦笑いを浮かべていた。

麗「ってか、結とコーヒーってあんまりイメージ繋がらなくない?」

香澄「うん。子供の頃は緑茶党だったものね」

麗の言葉に、香澄も思い出したように付け加えた。

結「う〜ん……そうかも。
  最近、友達に付き合って飲んでたら、気付かない内にブラックでも飲めるようになってたから」

不意に視線が集まった事で、結は照れ笑いのような表情を浮かべて、二口目を口に含んだ。

麗「友達に付き合って……って、奏さんはバリバリの紅茶党でしょ?」

香澄「あ〜……奏さんの紅茶、また飲みたいねぇ」

怪訝そうに聞き返す麗に、奏の煎れてくれた紅茶の味を思い出して懐かしそうに目を細める香澄。

どうやら、十一年経った今も、会話は麗がリードし、結が巻き込まれ、
香澄はおっとりのんびりと言う基本的な構図は変わっていないようだ。
656 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/07/31(火) 20:28:58.15 ID:R7DRfXja0
因みに、お茶の好みと言う事に話題を戻せば、
十年前のAカテゴリクラス在籍メンバーに限った話をすれば、女性陣はほぼ全員が紅茶党である。

その事は、二人も結からの手紙で何となく察していた。

そして、コーヒーを頻繁に飲む懇意にしている友人と言うと、
結が思い当たる限りは一人しかいない。

麗「………あ、まさか、ここ何年かよく手紙に書いてる男友達?」

そして、昔から察しの良い友人は、ここは遠慮すべきではないと踏んだのか、
ニンマリと楽しげな笑みを浮かべて身を乗り出して来た。

結「え!?」

香澄「あ〜、そう言えば、前は助けた子達の話が多かったけれど、
   何年か前からよく名前出てるよね、アレクセイ君」

驚きの声と共に思わず飛び上がりかけるほどにビクリと震えた結の横で、
香澄もマイペースにその名前を口にする。

麗「そうかそうかぁ……、
  あの結が男の影響を受けるような付き合いをするまでになったかぁ……。

  うんうん」

結の態度に全てを察したのか、
麗は空になったスティックシュガーの紙筒を人差し指と中指の間で挟み、
まるでタバコを玩ぶかのようにありもしない煙をくゆらせた。

麗「そうかぁ……結に男がねぇ」

結「ち、違うよ!? そ、そんな関係じゃないからっ!」

ニヤニヤと楽しげに笑みを浮かべた麗に、結は顔を真っ赤にして半ば全力で否定し、さらに続ける。

結「ほ、ほら、アレックス君は技術部だし、私も基本的に本部付きだから……。
  それで、色々とテストを頼まれる事が多くて、その後でお茶に誘われる事も多くて……」

香澄「……断らないんだね、結ちゃん」

言い訳をする結を追い詰めるように、香澄が笑顔で言った。

結「あ、あぅ……」

そのあまりに的確な物言いに、結は押し黙ってしまう。
657 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/07/31(火) 20:29:46.93 ID:R7DRfXja0
そう“断れない”ではなく、“断らない”である。

決して男女の間柄として付き合っているワケではないのだが、
お互いに分かり合っているかのように言葉少なに技術試験の約束を取り付け、
テストに付き合ったお礼でアレックスが結にお茶――専らコーヒーだが――を御馳走する姿は、
ここ数年、研究院本部ではよく見られる光景だった。

同じ特務に所属する友人達のみならず捜査エージェント隊の同僚や研究エージェント隊の技術部員、
果ては一部の後輩達にまで、色気のないデートだと揶揄される始末だ。

勿論、結自身はアレックスの事を憎からず……と言うか、
ハッキリ言ってしまえば、好意的に見ている。

アレックスのお陰もあって、四年前の事件では最後の局面に間に合った恩義もあるし、
何より腕の良い技術屋としての信頼もあるからだ。

年数と言う意味ではこの親友二人との付き合いが最も長いが、
密度と言う意味では同窓であり同期でもあるメイやアレックスの方が付き合いは多い。

実際、Aカテゴリクラスのメンバーとは兄弟姉妹的な幼馴染み関係を構築している。

そんな関係性もあって、まあ数少ない気軽に話せる男友達と言えば
結は先ず、アレックスを思い浮かべる。

ザックは“頼れる兄貴分”だし、アンディ達年下は“可愛い弟分”と言う感覚が強い。

エール<いい加減、素直になった方がいいと思うけれどね>

今まで静かにしていたエールも、思念通話で溜息混じりの声を聞かせてくれた。

結<エールまで……もぅ……>

四面楚歌となった結は、視線を窓の外に見える駅の出入り口に向けた。

丁度、新幹線でも止まったのか、旅行カバンらしき物を持った人が数人見える。

増え始めた人混みの無軌道に散らばって行く様を見て、
結は必死に気持ちを落ち着けようと試みた。 

だが――

結「あ………」

人混みの中に見えたその姿に、結は思わず呆然と声を上げた。

普段――欧州では珍しくもない色の髪だが、
いざ郷里に帰ってみればその色は酷く目立った。

染めたり脱色したりした不自然でない綺麗な金色の髪が目につくと直ぐに、
眼鏡の奥にあるその瞳の深い緑色に気付く。

エール<噂をすれば、だね……>

そんな事を言いながら、エールはわざわざ左目の視界をアップにしてくれた。

もう見紛う事なく、話題の友人であるアレックスだ。

どうやらアレックスもコチラに気付いたようで、軽く手を振って来る。

結も、気付かない程度の苦笑いを浮かべて手を振り替えした。
658 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/07/31(火) 20:30:30.05 ID:R7DRfXja0
その様子に親友達も気付いたようで、結の視線の先を見遣る。

香澄「あ……写真の子だ」

仲間達の写真は、候補生時代には毎年一枚は送っていたので、
香澄はすぐに気付いたようだ。

麗「あ〜、ホントだ。
  へぇ、生で見ると結構、綺麗な色の髪してるね」

窓越しに見えるアレックスに、麗は感心したように言って会釈する。

アレックスもそれに気付いて会釈し、店内に入って来た。

店員と何事かやり取りし、真っ直ぐに結達の座っている席へと向かって来た。

アレックス「まさか、ここに来てすぐに結君と出会すとは思っていませんでしたよ」

穏やかな笑みを浮かべて、アレックスはいつも通りの丁寧な口調で言う。

結「き、奇遇だね」

先ほどまでの話題の事もあって、結は思わず緊張気味に返してしまう。

そして、アレックスは自分に向けられている他の視線に気付いて、
その視線の主である二人に向き直る。

アレックス「初めまして。結君と同期のアレクセイ・フィッツジェラルドです」

流暢な日本語で、丁寧に自己紹介するアレックス。

麗「おお、日本語だ!?
  ……っと、私は麗、三木谷麗よ、よろしく」

香澄「ご丁寧にどうも、山路香澄です。
   結ちゃんの幼馴染みです」

アレックスの使う訛りのない日本語に驚きながらも、二人は自己紹介で返す。
659 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/07/31(火) 20:31:14.66 ID:R7DRfXja0
アレックス「あ、勝手ですが、相席、宜しいですか?」

アレックスの言葉に、麗と香澄は素早く目配せする。

香澄「ええ、どうぞ〜」

そして、香澄は立ち上がってカップごと対面の席に移動し、結の隣を開ける。

結「ちょ、ちょっと香澄ちゃん!?」

友人の突然の“心憎い気遣い”と言う名の暴挙に、結は顔を赤くする。

普段ならば二人きりになっても特別意識する事のない間柄ではあったが、
こうも話題に出されてお膳立てされると意識せざるを得ない。

アレックス「? 失礼します」

一方、アレックスはと言うと、唐突に香澄が席を移った事に首を傾げながらも結の隣に腰掛けた。

そして、並んだ二人を麗は交互に見遣り――

麗「うん、案外お似合いじゃない」

――などと、あっけらかんと言った。

結「う、麗ちゃん!?」

誤魔化し紛れに飲もうとした三口目を噴き出しかけて、結は素っ頓狂な声を上げる。

アレックス「ハハハ……恐縮ですね」

一方、アレックスも今と言う状況をようやく察したのか、
どうしたものかと困ったような照れ笑いを浮かべた。

アレックス<もしかして、タイミング、悪かったですか?>

結<うん……ちょっとだけ……>

二人は思念通話を送り合い、心中で小さな溜息を漏らした。

しかし、そんな二人の思念通話が聞こえるハズもなく、麗と香澄の攻勢は続く。

麗「で、二人は付き合ってるの?」

香澄「結ちゃんからの手紙だけだと、あまり要領を得ないんだよねぇ」

いきなり核心をついてくれる物である。

結「あ、あの、つ、付き合ってるとかどうかじゃなくて、ど、同僚だよ、同僚?」

結はややどもりながらも、必死に事実を訴えた。

しかし、そんな言い方では真実は歪む物だ。

アレックス「残念ながら、お二人が期待されているような関係ではありませんよ」

一方、アレックスは冷静に、またにこやかに応える。

結「……うん」

結も冷や水を浴びせられたように冷静になり、
ややあってから、その言葉に賛同するかのように頷く。

そんな二人……特に結の方を見て、麗は何事か思案しているようだった。
660 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/07/31(火) 20:31:52.30 ID:R7DRfXja0
麗「何だ、そっか……からかってゴメン、結、アレクセイ」

しかし、僅かに肩を竦めた後、納得したように頷いた。

やや含みを感じさせる態度ではあったが、これ以上の追求はないと思っていいだろう。

麗「いや、結にも遂に彼氏が出来たか、なんて思ったら嬉しくてさ」

結「麗ちゃん……」

嬉しさと申し訳なさの入り交じった麗の言葉に、
結も似たような思いで親友の名を呟く。

結の場合、申し訳なさよりも嬉しさの方が勝っていたワケだが。

香澄「…………それはそうと、アレクセイ君はどうしてコチラに?」

親友達の間に流れた雰囲気を察して、香澄が話題をすり替える。

普段はマイペースな香澄だが、細かい所への気配りは幼い頃から変わらない。

しかし、この質問をすればどんな答が返って来るかなど、
少し考えれば分かったハズだ、と言わざるを得ない。

アレックス「………海外で長期休暇が取れるのは久しぶりだったので、
      一度、結君の生まれ故郷を見ておこうかと」

アレックスはその律儀さ故に、折角、ズレた矛先を元の話題に引き戻さざるを得なかった。

香澄「あ……」

香澄はしまったとばかりに、笑顔のまま固まってしまう。

昨夜の内に、結から北海道から戻って来たとのメールを受け取った以上、
結の仲間達の滞在地も北海道だと推測できたハズだった。

休暇中に観光地目白押しの北海道から、観光地らしい観光地の少ない自分達の地元にまで足を伸ばす理由など、
少し考えれば、結に関わる理由だと分かったハズである。

類は友を呼ぶ。

香澄もオトボケ検定の級持ちのようだ。

香澄「ご、ごめんなさぁい……」

香澄は自らの失言を嘆くかのように肩を竦めた。

一方、その隣では自ら追求の手を緩めた麗が、
どうした物かと困ったような呆れたような表情を浮かべている。

アレックス「いえ、隠し立てするような事でもありませんし」

アレックスは笑顔でそう言うと、“そんなに落ち込まないで下さい”と付け加えた。
661 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/07/31(火) 20:32:24.09 ID:R7DRfXja0
一方、結は結でアレックス来訪の理由に思わず頬を染めている。

興味本位なのか、それとも別の思惑があっての理由なのかそれだけでは分からないが、
一度意識してしまうと、話の矛先が変わる変わらざるに関わりなくそちらに思考が傾いてしまう。

結(だけど……やっぱり、そう言う意味だよ……ね)

結は心中で独りごちる。

そう言う意味とは、つまり“意中の人の生まれ故郷を見てみたい”と言う意味だ。

ある意味、これも興味本位の範疇なのだが、
そこに含まれる興味を構成する要素の問題が大きく違う。

別に結が自意識過剰と言うワケではない。

四年前から進展していないが、していないなりに、互いの気持ちには気付いている。

いや、むしろ、四年もあって気付かない方がどうにかしていると言った方が良い。

結自身、そこまで恋愛に疎くはないし、それはアレックスも同様である。

ただ、それで恋人に発展しないと言うのは、あの四年前に感じた距離感の心地よさが問題なのだ。

同僚で幼馴染みの友達以上、恋人未満。

初恋の中学生同士の恋愛のような甘酸っぱさを思わせる距離感であるが、まあ不器用なのだ。

友人や他人の恋愛に興味を持ったり、応援したりする気持ちや感性は人並みに持ち合わせていても、
いざ自分の事となればどうして良いのか分からない。

無論、どちらかが結論を出せば良いのだが、
有り体に言えば、今の心地よい距離感を崩す事に戸惑いを感じているのだ。

自分達を密に繋いでいるのが、ギアのテスターと技術者と言う部分も大きいのだろう。

今の関係ならば、お互いにある程度は好き勝手に意見が言い合えるが、
恋人同士となればそうもいかなくなってしまうかもしれない。

よく引き合いに出される例だが、フィギュアスケートのペアが恋人になって失敗した例もある。

その大半は、プロとしては許されないお互いへの甘えや、
プライベートの問題をリンクにまで持ち込んだ末の失敗だ。

勿論、恋人同士のペア全てが失敗しているワケではないし、
世界選手権やオリンピックのメダリストがいるのも事実であり、それを否定する気もない。

要は言い訳である。

ともあれ、お互いに好意を意識し合っているからこそ今の関係が心地よく、
逆にそれより先に進む事が躊躇われるのだ。
662 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/07/31(火) 20:32:58.33 ID:R7DRfXja0
エール<結の誕生日も近い事だし、いい機会なんじゃないかな?>

ヴェステージ<そうであるな。
       これを逃すと、しばらくタイミングが無さそうである>

二人の愛器も、さすがに主達のプラトニックな関係にヤキモキしているのだろう。

共有回線を通じた思念通話で、まるで焚き付けるかのような物言いだ。

プティエトワールとグランリュヌに思考会話型のAIが搭載されていなかった事に、
これほど安堵する時も早々ない。

アレックス<二人とも、少し黙っていてくれないか?>

アレックスは呆れと疲れの入り交じった声音で、心中の溜息と共に返した。

二人でお茶をする。
知り合いに見付かる。
お互いの愛器に焚き付けられる。
そして、アレックスが愛器達を諫める。

ここまでは、この数年のお決まりだ。
そう、“ここまで”は。

結(た、誕生日……!)

八日後に控えた二十歳の誕生日を引き合いに出され、結は思わず妄想に耽る。

友人としてではなく、恋人と過ごす誕生日だ。

未体験だけに想像の埒外ではあるが、
幼い頃に読んだ少女漫画やテレビで見た恋愛ドラマなど、
埒外の想像を補填してくれる情報には事欠かなかった。

アレックス<……結君?>

アレックスも、結の様子が普段と違う事に気付いたのか、心配そうに声をかけて来る。

結「!?」

そこで、自分のしていた恥ずかしい妄想のお相手に妄想のピリオドを打たれ、
結は思わず背筋をビクリと震わせた。

結「ち、違うよ!? 違うから!?」

そして、思念通話で済ませればいい事を思わず口走ってしまう。

麗「な、何が違うの?」

香澄「ゆ、結ちゃん、大丈夫?」

状況を察して困ったように肩を竦めるアレックスとは対照的に、
思念通話での四人のやり取りを知らない麗と香澄は驚いて目を丸くする。

子供の頃にも似たような状況になったが、細かいシチュエーションが違ってはスルーするのは難しい。

結は誤魔化し笑いを浮かべる事も言い訳も出来ずに、
頬どころか顔中を真っ赤に染めてアワアワと口元を震わせるだけだ。

戦闘状況ならば大胆な決断力に優れるSランクエージェント・閃虹の譲羽も、
このいかんともし難い状況ではその決断力もなりを潜めてしまうようである。
663 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/07/31(火) 20:33:39.92 ID:R7DRfXja0
結(も、もう、いっそ逃げ出したい……)

結は普段ならば考えもしないだろう弱音を、胸中で漏らしていた。

むしろ、誰か助けて欲しい。

祈れば――

?「もう、みんな、あんまり結をからかっちゃダメだよ?」

――届くものである。

唐突に聞こえた声に結が其方を振り返ると、そこには奏と、
そしてその背に隠れるように立つクリスがいた。

麗「あ、奏さん!」

香澄「奏さんだぁ」

麗と香澄は、久しぶりに再会した年上の友人に声を弾ませる。

結「奏ちゃん!? それに、クリスも……」

一方、助け船とは言え唐突に現れた奏とクリスに、結も驚きを隠せない。

奏「由貴さんから、結が麗と香澄と一緒に出掛けたって聞いてね」

結の疑問を察して、奏は柔らかな笑顔を浮かべて答えた。

あの後、家に戻った由貴からこの事を聞かされ、入れ替わる形で外に出たと言うだろう。

あとは魔力でも探って来たのだと考えれば、合流の早さにも納得できる。

奏<まあボクとしては、アレックスがここにいる事の方が驚きだけどね>

アレックス<いえ、まあ……その事は後で釈明させていただきます>

微笑ましそうな奏の思念通話に、アレックスは少しだけ困ったように返した。

このサプライズな取り合わせには、さすがに会話の矛先がそちらにズレ込むのは致し方ないと言う事だろう。

尤も、奏は今の状況を大方察していたのか、それ以上、深く追求するような事はなかった。
664 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/07/31(火) 20:34:21.15 ID:R7DRfXja0
麗「あっ、この子、写真の子だよね、奏さん?」

香澄「クリスティーナちゃん、だったよねぇ?」

一方、麗と香澄は、奏の後ろに隠れるようにして恥ずかしがっているクリスを見付ける。

奏「ほら、クリス。前に写真見せたよね?
  ボクと結の友達の麗と香澄だよ」

奏は恥ずかしがるクリスの背中をそっと押して、自分の前に立たせる。

クリス「あ、こ、こんにちわ……はじめまして。
    クリスティーナ・ユーリエフです」

クリスは初対面の二人を前に、やや緊張しながらも丁寧に挨拶する。

数時間前とは違う種類の緊張と、譲羽家を訪ねた時のような気持ちの準備も出来ていなかった事もあり、
回りが年上だらけの中、自分一人だけがまだ子供と言う状況に、些か気恥ずかしさもあるようだ。

麗「お〜、この子も日本語上手だ。
  凄いな、魔法倫理研究院」

香澄「何だか変な感心の仕方だね」

驚きと感心の入り交じった声を上げる麗に、
香澄は言いながら少しだけ噴き出しかけて、さらに続けた。

香澄「綺麗な髪だね、クリスちゃん。……サラサラだぁ」

見た目にも分かるほど癖のないクリスの髪に、羨望の溜息を漏らす。

クリス「え、えっと……」

対して、髪の事を褒められたクリスはさらに顔を赤くして俯いてしまう。

結「クリスって、こんなに人見知り激しかったっけ?」

奏「う〜ん……研究院関係だけなら、そうでもないんだけどね」

怪訝そうに訪ねる結に、奏は少しだけ肩を竦めて呟いた。

身体は十三歳でも、クリス自身はまだこの世界と触れ合えるようになってから七年ほどだ。

如何にオリジナルであるレオノーラの記憶を植え付けられたと言っても、
その記憶を持つ当人が七才の箱入り娘のようなものと考えれば成る程、人見知りにも納得だ。

奏「……っと、相席、いいかな?」

麗「ええ、是非……っと、さすがにちょっと手狭か……」

奏の言葉を受け、麗はテーブルを見渡して肩を落とした。

四人の時点で既に満席のこのテーブルに、六人が場所を詰めて座るのは難儀しそうだ。

結「広い席に移して貰おうか?」

香澄「そうだねぇ」

結の提案に、香澄がうんうんと頷いて応える。

奏「何だかバタバタさせちゃって申し訳ないね」

麗「あまり気にしないで、奏さん。
  久しぶりに会ったんだから、気楽にしようよ」

申し訳なさそうにする奏に、麗はあっけらかんと言ってのけた。


その後、店員に頼んで広い席に移った結達は、改めてクリスと麗達の自己紹介を済ませると、
そのまま正午近くまで手紙や電話だけでは話せない事やお互いの近況、懐かしい思い出を語り合いながら過ごした。
665 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/07/31(火) 20:35:00.79 ID:R7DRfXja0


再び、譲羽家宅――

結「ただいま〜」

奏「お邪魔します」

クリス「お、お邪魔しますっ」

麗、香澄、そしてアレックスと別れた結達三人は、そのまま帰宅する事になった。

何故、アレックスもなのかと言うと、彼曰く――

アレックス『何の土産も無しにお邪魔するのも心苦しいので』

――との事らしい。

ともあれ、久々に帰郷した娘がまだ正式に付き合ってもいない男を連れ込むワケにもいかないだろうと、
彼なりの気遣いもあったのだろう。

結局、アレックスはしばらくこの辺りを散策したら、
夕張にある本條邸に戻ると言って、街の外れ……海岸方面へと消えて行った。

エールなどは“何だかんだでタイミングを逃したね”と苦笑していたが、
既成事実でも狙っているのだろうか?

恋愛に奥手な自分達の事を心配してくれているのは嬉しいが、
普段のように黙って見守っていて欲しい物である。

ともあれ、三人は一直線にリビングへと向かう。

リビングは丁度誰もおらず、隣のキッチンでは由貴が昼食の準備の真っ最中だった。

由貴「あらあら、奏さんもクリスさんも、ただいまでいいのに……。
   おかえりなさい、三人とも」

リビングに入って来た三人を見た由貴は、微笑み混じりに呟く。

その手には大量のパスタが盛り付けられた大皿が抱えられていた。

どうやら今から食卓に運ぶ所らしい。

しかし――

由貴「………」

――由貴はどこか唖然とした様子でその手を止めていた。

何度も目をしばたかせ、結達三人の姿を確認するかのようにつま先から頭の天辺まで何度も見返している。

その目は、何か今までに見た事もない物を見るようなソレだ。
666 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/07/31(火) 20:35:36.12 ID:R7DRfXja0
結「? ……お義母さん、どうしたの?」

最初は怪訝そうにしていた結だが、
義母の様子がおかしい事に気付いて心配そうに声をかける。

由貴「……え? あ、ああ……ご、ごめんなさいね。
   何だか、結達の回りにうっすらと靄みたいな物が見えて……」

由貴は大皿を一旦、キッチンテーブルの上に置き直すと、
瞼の上から眼球を軽くマッサージを始めた。

エール<結、もしかして……>

由貴の様子を見て、エールは何事かを感じたらしく神妙な声音を漏らす。

結も愛器の声に、彼が何を言わんとしているのか気付いたようで、驚きの表情を浮かべた。

結<とりあえず、確認が先だよ>

しかし、結は落ち着いて小さく頷くと、左手の人差し指を視線の高さに掲げる。

結「……お義母さん、私の指先、見てて貰える?」

由貴「? え、ええ……」

まだ三人の周囲に靄が見えているのか、由貴は怪訝そうな表情で目をしばたかせながらも結の指示に応え、
ジッとその指先を見つめる。

結は即座に、僅かな魔力を指先に集中した。

素養のない由貴には見えぬハズの、薄桃色の輝きが結の指先に灯る。

由貴「!? 指が……ピンク色に光ってる……!?」

恐らく、生まれて初めて目にするであろう魔力の輝きに、由貴は驚きの声を上げた。

その場にいた全員――特に、由貴に魔力の素養が無い事を知っていた結と奏は――驚きの表情を浮かべる。

奏「ゆ、由貴さん、ちょっといいですか?」

奏は慌てた様子で駆け足で由貴の元に歩み寄り、
由貴の手首を掴むと、その掌にそっと魔力だけを押し当てる。

奏「掌に、何か感じますか?」

由貴「え、えっと……何て言っていいか分からないけれど、
   少しだけ、手が温かいかしら?」

掌同士は接触させてはいない。

あくまで、魔力を用いた間接的な接触だ。

クレースト<奏様、一方的ではありますが、魔力相殺の発生を確認しました>

クレーストも自身が計測した事実を淡々と思念通話で述べる。
667 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/07/31(火) 20:36:11.64 ID:R7DRfXja0
その思念通話は共有回線を通じて、結達にも届いていた。

エール<間違いない……。
    由貴さんに、魔力覚醒が起きたんだ>

クライノート<センサーによる簡易計測ではDランク程度だと推測されますね>

驚きを隠しきれない様子のエールに続いて、クライノートがその事実を述べる。

クリス「え、えっと……お姉ちゃんのお母さんくらいの年齢でも、魔力覚醒って起こる物なの?」

ようやく今起きている状況の全てを察したクリスが、怪訝そうに小声で訪ねた。

魔法関連の授業はこの四年間でみっちりと叩き込まれて来たが、
一般的に魔力覚醒が起きやすい年齢は四歳から六歳程度だと、クリスは教えられた。

無論、魔力覚醒が遅れる場合もあるが、それでも高い素養を持つ者ならば、
十代の始めくらいには完全な魔力覚醒を迎えるとされている。

しかし、結の実母・幸がそうであったように、
二十代や三十代でも遅れて魔力覚醒が起きる事例は、数が少ないだけで存在はしているのだ。

つい二週間ほど前に誕生日を迎えた由貴の年齢は、今、三十九歳。

魔力覚醒年齢としてはかなり高齢の部類だが、前例がないワケでもない。

クライノート<特殊な事例のため、教本の類には載っていませんが、
       そう言う事例があるにはありますよ>

クライノートも自身のデータベースを参照しながら、主の疑問に答えた。

その答と共に提示された情報には、魔力覚醒の最高齢が八十五歳と記載されていた。

クリス<あ、本当だ……>

提示された情報を確認しながら、クリスは納得したように頷いた。

ともあれ、由貴が魔力覚醒を迎えたと言う事実は確かなようだ。
668 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/07/31(火) 20:36:49.08 ID:R7DRfXja0
功「どうしたんだ?
  帰って来るなり、随分と慌ただしいみたいだけれど」

そこへ、席を外していた功が顔を出す。

どこか唖然とした様子の娘と妻、驚いた様子の娘の友人達と、
見渡しただけでは何が起きているのかも分からず、功は怪訝そうに首を傾げた。

結「え、えっと……何だか、お義母さんに魔力覚醒……が起きちゃったみたいで」

結自身、まだ起きた事態に対する困惑が強いのか、やや煮え切らぬ風に答える。

別段、その事で直接どうこうと言う事態でもないので、
素直に驚きの方が強いと言った所だろう。

功「魔力覚醒? ……ま、まさか、昔のお前のように……!?」

聞き慣れぬ単語に一旦は怪訝そうにその言葉を反芻するだけの功だったが、
すぐに状況を察し、かつて先妻・幸の命を奪い、結の命を奪いかけた魔力循環不良に思い至って顔を青ざめさせた。

功「だ、大丈夫なのか!? どこか、気分は悪くはないのか!?」

功は心配そうに由貴へと駆け寄り、
妻の身体に異常がないかその肩に触れたり、目を覗き込んで調べる。

由貴「え、ええ……大丈夫よ」

心底から心配した様子の功に、最初は驚いていた由貴も、
優しい夫に大事に思われている事を再認識すると、
嬉しさと照れの入り交じった笑みを浮かべて答えた。

奏「安心してください。

  まだ簡易計測の段階ですけれど、魔力はDランク……
  一般の方とそれほど変わらないレベルですよ」

奏も、由貴に続いて落ち着いた声音で言って、功の不安を取り除く。

功「そ、そうなのかい?」

結「うん。

  私みたいなタイプの魔力循環不良は、
  そんな頻繁に見られる症例じゃないんだよ」

まだ不安そうな父の様子を見て、結は少しだけ苦笑い気味に言った。

無論、魔力が大きすぎて体調不良を引き起こす症例は決して珍しくないのだが、
結の場合、あまりにも特殊過ぎる魔力特性故に起きた魔力循環不良だ。

自分の意志とは関係なく、ほぼ際限なく魔力近似のエネルギーを魔力として取り入れていたのだから、
瀕死レベルの魔力循環不良を引き起こすのも頷ける。

仮に、自分の引き起こした魔力循環不良がリーネと同様の外部に影響を及ぼすタイプの症例だった場合、
それこそ周囲の魔力を持った人間全員が許容限界を超えた魔力で死を迎えていたのかもしれないと思うと、
結は改めて“不幸中の幸い”と言う言葉を噛み締めた。
669 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/07/31(火) 20:37:26.46 ID:R7DRfXja0
奏「魔力覚醒が起きたばかりで、
  大きな魔力を持った人間の周辺に靄みたいな魔力が見えているようですけど、
  これくらいの魔力なら、普段通りの生活をしていてもすぐに落ち着くハズですよ」

奏も、敢えてその部分は隠さずに正直に話す。

後で自分達がいない時に分かって心配させるより、
説明する事は出来る時に全て説明してしまうに限る。

功「そうか……良かった……」

功は由貴に命に関わるような異常が無い事を理解し、安堵の溜息を漏らした。

由貴「……ふふふっ」

ようやく落ち着いた功を見ながら、由貴は幸せそうな笑顔を浮かべて噴き出す。

結「お、お義母さん? どうしたの、突然?」

その様子に、結も困惑気味に声をかける。

由貴「心配かけてごめんなさいね……。
   でも、何だか色々と嬉しくて」

由貴は申し訳なさそうにしながらも幸せそうな笑みを崩さずに言う。

そこで結はようやく気付いた。

考えて見れば、家族五人の中で魔力の素養――
魔力を感じる事が出来ないのは、由貴一人だけだったのだ。

由貴に何か思う事があったのかは分からないが、
それでも家族と同じ視点に立てると言うのは嬉しい事には違いないだろう。

それに加えてあの父の慌てようとくれば、やはり嬉しさも一入と言った所か?

由貴「さあ、じゃあ、そろそろお昼にしましょうか」

由貴は嬉しさを顔に浮かべ、結達に座るように促すかのように言った。

魔力覚醒……と言う物にあまり良い思い出の無い結ではあったが、嬉しそうな義母の様子を見ていると、
自分もどこか幸せな気分になっている事に気付いて、自然と口元に笑みを浮かべていた。


久しぶりの休暇と三年ぶりの帰郷、そこで偶然にも重なった幾つかのサプライズ。

嬉しくもあり、照れ臭くもある、そんな日常を、結は久方ぶりに享受していた。



世界破滅のカウントダウンが始まった事にも、気付かずに………。


第27話「結、三年ぶりの帰郷」・了
670 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/07/31(火) 20:40:18.97 ID:R7DRfXja0
今回は以上となります。

帰郷編はあと一回だけ続きます。
671 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/08/02(木) 01:44:38.86 ID:6X+JtoeO0
乙ですたー!
一仕事終えてのつかの間の休息ですが、夕張・・・・・・色々と問題を抱えた町ではありますがこうも酷暑が続くと
涼しさだけは羨ましいですね。
ゴルゴムに占領されたりするのは羨ましくないですけどw
悠&舞の双子、ある程度以上に分別が付いてきた子供の、自分より大人な人への反応って見ていて面白いですよねw
人見知りも物怖じもしない子もいれば、成長につれて恥ずかしさを覚えるようになり、嬉しいのと恥ずかしいのが
入り混じった態度の子がいたりと、色々ですが。
アレックス君、ついに本格行動に出ましたねwww
しかし、その裏(?)で一見ほのぼのに見えて実は・・・・・・的な義母さんの覚醒が・・・・・・どうにも気になってしまいますよ、これは!
次回も楽しみにさせていただきます。
672 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/08/02(木) 20:37:39.81 ID:5yVcm/aw0
お読み下さり、ありがとうございます。

>夕張
最近、夕張がどうなったか……とか、TV、ラジオの類ではまるで聞きませんからねぇ……。
個人的に記憶を風化させたくなくて選定した次第です。
一応、某衛星写真ソフトなんかで見ると、劇中で指定した本條邸周辺はただの森林地帯となっております。

>ある程度以上に分別の付いてきた子供
そのくらいの年頃になると、大体、その子の人格や人の好みが見えて来ますからねぇ。
話が長くなりそうだったので、双子もあんまり喋らせる事が出来ませんでしたが、
両親の性格から逆算すれば、多分、結をほどよく薄めた感じのよい子具合になっているかとw

>アレックス
本当ならば結に見付からずにサッと見て回る予定だったのですが、
次回に向けた色んな布石のために発見されて貰いました。
しかし、本格的行動開始が好意を抱いた女性の故郷への潜入ってのは、どうなんでしょうかね?w

>一見ほのぼのに見えて実は……
最後の一文通り……なワケですが、思わせぶりな引きをして来週は劇中予告通り、特務+αの十二人で温泉回ですw
ともあれ、今までの話で、第四部で起きる事件で、主犯の大体の狙いが予想できるかも……程度には書いたつもりです。
第二部辺りの特に関係のなさそうに見える話が思わぬ布石になっているかもしれません。
673 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga]:2012/08/14(火) 20:42:38.46 ID:W+jIPfIJ0
最新話を投下させていただきます。
674 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/08/14(火) 20:43:16.44 ID:W+jIPfIJ0
第28話「結、慰安旅行と進展の関連性」



結の三年ぶりの帰郷と郷里の親友達との再会、アレックスの来訪、
由貴の魔力覚醒と様々なサプライズの重なった日から、早くも二日が経過していた。

あの日の翌朝、朝一の新幹線でやって来た仲間達と合流した結は、
結の地元周辺を観光し、夜遅くなって東京の出張から帰った本條姉妹や一征と合流、
夜行バスを利用して慰安旅行の宿泊先となる温泉宿へとやって来ていた。

一行の目の前には、平屋建ての和風建築の旅館が佇んでいた。

平屋建てではあるが敷地面積は広く、少し離れた位置に立っても、
首を左右に動かさなければ旅館の端を見る事が出来ない。

メイ「お〜、想像していたよりもでっかい」

リーネ「本当……本條さんの家よりも大きいね」

驚いたような声を上げるメイに続いて、リーネが感嘆を漏らす。

紗百合「お忍び宿って言っても、すぐ近くは普通の観光地だし、
    ウチみたいな訳ありさんが総出でも泊まれるようになってるから、
    中身も期待していいわよ」

驚く二人に、紗百合が胸を張って言った。

紗百合の言葉通り、すぐ近く――旅館の立つ山の麓には温泉街が見えていた。

ロロ「いい眺めだねぇ……普通の山登りなんて久しぶり」

その温泉街と、山肌に広がる一面の松林を見渡しながら、感慨深く呟くロロの横で――

ザック「普通のは、な……」

ザックがげんなりとした風に肩を竦めて呟く。

山登り自体は四日前にも体験済みだ。

ただし、背の高い雑草が鬱蒼と生い茂る道なき道を行く、強行軍だったが……。

その他にも、山岳地帯にあるテロリストのアジトを強襲する作戦や、
山林の中に逃げ込んだ犯罪者の追跡任務など、登山体験そのものには事欠かなかった。

幸か不幸か……敢えて言うならば“災難”であろう。
675 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/08/14(火) 20:44:02.82 ID:W+jIPfIJ0
フラン「今の私達、ハッキリ言って便利屋扱いだからねぇ……」

腐れ縁の幼馴染みの呟きを耳にしたフランも、項垂れ気味に漏らした。

アレックス「そのお陰で、データ収集には事欠きませんけどね」

半ば出向扱いで第七世代ギアの実動データを収集している身として、
アレックスは現在の特務部隊のあり方――と言うより使われ方に呆れを感じながらも、
特務部隊の面々には深い感謝の念を込めて呟く。

クリス「エージェントって、授業やみんなの話で聞くより大変なんだね……」

兄貴分や姉貴分……と言うよりは、偉大な先輩の部類であるSランクエージェント達の様子を見ながら、
クリスはどう言って良いか分からないと言った表情を浮かべながらも、尊敬と驚きと不安感の入り交じった声音で呟いた。

結「う〜ん……そうでもないけどなぁ?」

そんなクリスの言葉に、結は僅かな思案の後に怪訝そうに漏らす。

奏「結は仕事が好きだからね」

奏は少し困ったように言いながらも、微笑ましそうな笑みを浮かべた。

メイ「カナ姉……結のは仕事好きじゃなくて、どっちかって言うと仕事中毒だよ」

メイは肩を竦めてそう言うと、盛大な溜息を漏らす。

確かに、結の仕事量は常軌を逸しているとは言わないが、
それでも激務と言われている特務部隊の面々の中でも多い方だ。

特務部隊の任務、保護エージェントとしての任務とデスクワークと言った基本業務に加え、
第七世代のテスター以外でも、アレックスに付き合ってギアの新規システム構築の手伝いもしている。

その中でも保護エージェントの任務に関しては、結自身の戦術適正もあって基本的に制圧・救出任務だ。

月に二、三度の割合の出動とは言え、欧州以外への遠征や出張が含まれる事も考えれば激務には違いない。

美百合「まあまあ、皆さん。
    久しぶりの休暇なんですから、今だけは仕事の事を忘れて、
    存分に羽を伸ばしていってくださいな」

悲喜交々――と言うよりは悲々喜交々――と言った様子の特務部隊の面々に、
美百合が柔らかな笑顔を浮かべて言った。

フラン「そうね……折角の長期休暇だもの。
    昨日の観光疲れもあるし、今日は気合入れて休んで行くわよ!」

美百合の言葉を受けて、フランは拳を握り締めて高らかと宣言する。
676 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/08/14(火) 20:44:44.11 ID:W+jIPfIJ0
ザック「あそこまで気合入れておきながら、“休む”ってのはどうなんだ?」

一征「彼女らしくていいんじゃないか……?」

フランと同期の男二人が、疲れたような呆れと静かな呆れを込めて呟いた。

フラン「そこの男二人、細かいツッコミ入れるなっ!」

しかし、やはりと言うべきか、耳ざとくそれを聞きつけたフランが、
“ズビシッ”と言う音がしそうなほどに人差し指を突き出して叫んだ。

奏「じゃあみんな、部屋割りは来る途中で話し合った通りでいいかな?」

一方で、同期の残り一人――奏は、三人を後目に微笑ましそうにしつつ、部屋割りの確認を始める。

紗百合「………不本意ながら」

奏の問いかけに、紗百合は横目で双子の姉を一瞥しながら消え入りそうな声でポツリと呟いた。

あまりに小さなその声を聞き取った者もなく、一行は旅館へと入って行く。

総勢十二人の一行は、四つの部屋を三人ずつで使う事になっていた。

勿論、男三人は議論の余地もなく同室である。

ザック「……ったく、何が哀しゅうて二週間も連続でヤロウだけで布団並べて寝なきゃいけねぇんだか、暑苦しい」

アレックス「一番暑苦しい君にだけは言われたくありませんよ」

一征「…………」

言うまでもなく、ザック、アレックス、一征の組み合わせだ。

一方、女性陣はくじ引きである。

フラン「美百合と紗百合の相部屋だと、一番付き合いの長い私が順当かな?」

美百合「フランお姉さんと一緒のお部屋で寝るなんて、修業時代以来ですね」

紗百合「……まあ、フランお姉さんが一緒ならいいか……」

フラン、美百合、紗百合。

メイ「………何だろう、この面子にとてつもない余り物感を感じるのってアタシだけ?」

ロロ「どうしたの、メイ? 誰と話してるの?」

リーネ「メイ姉さん、そっちは壁だよ?」

メイ、ロロ、リーネ。

結「何だか、親子水入らずに邪魔しちゃうみたいでゴメンね、二人とも」

奏「気にしないで、結」

クリス「うん、私も結お姉ちゃんと一緒で嬉しいから」

そして、必然的にと言うべきか、残る結、奏、クリスと言う組み合わせだ。
677 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/08/14(火) 20:45:15.45 ID:W+jIPfIJ0
美百合「じゃあ、皆さん。食事は部屋の合い向かいにある広間を使いますから、
    食事時はそちらに集まって下さいね〜」

ロロ「こっちに出張するの初めてだから、本格的な和食は初めてなんだよねぇ」

美百合の案内を聞きながら、ロロが楽しそうに目を細めた。

メイ「あ〜、アタシも沖縄でゴーヤチャンプルー食べたくらいかも?」

リーネ「ちゃんぷるー?」

思い出すようなメイの言葉に、リーネが首を傾げる。

メイ「うん、沖縄の郷土料理だってさ。
   具の野菜がちょい苦かったけど、美味しかったよ」

リーネ「へぇ……」

メイの言葉を聞きながら、リーネは期待に目を輝かせる。

紗百合「この宿じゃチャンプルーは出ないわね……」

二人のやり取りを聞きながら、紗百合が苦笑いを浮かべる。

さすがにこの温泉宿で南国沖縄県の郷土料理が出て来るのは無理があろう。

リーネ「そっか……」

姉貴分から聞かされたまだ知らぬ日本料理に期待していたリーネは、
少しだけ寂しそうに顔を俯けた。

結「もう、リーネったらそんなに落ち込まないの。
  豆腐チャンプルーかタマナーチャンプルーで良かったら、
  後で作ってあげるから」

リーネ「本当に? ありがとう、結姉さん!」

微笑ましげに言った結の言葉に、リーネは今度こそ期待感の篭もった笑顔を浮かべた。

フラン「ほらほら、食べ物の話もいいけど、
    折角の温泉宿なんだから、こんな廊下に突っ立ってても勿体ないでしょ?

    てなワケで、荷物置いたら早速、お風呂行くわよ、お風呂!」

紗百合「あ、そんな、いきなり引っ張らないでよ!?」

フランはそう言うなり、手近にいた紗百合の手を引いて部屋へと入って行く。

美百合「あ、待ってよ、二人とも〜」

一拍遅れて、美百合もその後を追う。

年甲斐もなくはしゃいだ様子のフランに、
全員顔を見合わせて呆れと微笑ましさの入り交じった複雑な笑みを浮かべると、
彼女の提案に従うように部屋へと入って行った。
678 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/08/14(火) 20:45:56.47 ID:W+jIPfIJ0


???「っ……くぅふぅぁぁぁ………」

女性用露天風呂に、悩ましげな溜息がこだまする。
フランだ。

フラン「嗚呼……、朝からお風呂なんてサイッコぉ……」

フランは頭の上に手ぬぐいを載せ、少し大きめの岩に俯せになり、
半身浴をするようにして風呂に浸かっていた。

普段は動きやすいようにと三つ編みにしている髪を解き、
別の手ぬぐいを使って無造作に一塊にまとめている。

ロロ「コレで空が晴れてればもっと良かったのにねぇ」

その傍らで、岩に背を預けるような体勢だったロロが、
ウェーブの掛かった髪をかき上げながら、空を見上げながら呟いた。

薄暗い曇天……とまでは言わないが、やや翳りのある曇り空だ。

美百合「この所、晴れませんねぇ」

紗百合「この時期なんて、二、三日、曇り続きでもそう珍しい事でもないでしょ?
    雪が降らないだけマシよ」

残念そうに漏らした美百合に、紗百合が呆れたように漏らした。

確かに、ここ数日は曇り空ばかりだが、紗百合の言う通り、
冬場は曇りがちの事が多く、別段珍しい事ではない。

もう十二月だが、彼女の言うように、雪が降っていないだけ感謝と言うべきか?

奏「でも、雪が降ってる時の温泉は、アレはアレでいいものだよ?」

身体を洗い終えた奏が、フランとロロの近くに腰を下ろした。

腰まで届きそうなほど長い銀髪は、今は手ぬぐいをリボン代わりにしてアップでまとめている。

フラン「あれ? 奏って日本の温泉入った事あるの?」

奏「うん。
  子供の頃、結の里帰りに着いて行って、家族の旅行に同行させてもらった時にね」

少し驚いたようなフランの問いかけに、奏は笑顔で答える。

結「あ〜、九年前だね。あの時は麗ちゃんと香澄ちゃんも一緒だったっけ」

結は幼い頃の事を思い出しながら、感慨深く呟いた。

長い黒髪を軟質樹脂製のバレッタで纏めながら、ゆっくりと温泉に浸かる。
679 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/08/14(火) 20:46:27.42 ID:W+jIPfIJ0
結「ふぅ………一応、温泉饅頭をお土産に買って来たんだけど、覚えてない?」

短くも深いため息を漏らしながら、結は首を傾げるようにして訪ねた。

ロロ「……あ〜、あの和菓子って温泉のお土産なんだ」

しばらく考え込んでいたロロが、思い出したように呟いた。

確かに、ほぼ九年前となる1999年の年明けに、
里帰りから戻った結から、あんこの入った茶色い薄皮饅頭を貰った記憶がある。

紗百合「今は何処の温泉地でも扱ってるけど、
    あの色の温泉饅頭は伊香保が最初だったっけ?」

紗百合が曖昧な記憶を確かめるように思案げに呟いた。

美百合「えっと、確か、昭和天皇陛下がたくさん買われたのが
    有名になったキッカケって聞いた事があるから……。

    多分、そうなんじゃないかしら?」

妹の漏らした呟きを聞きつけた美百合が、思い出すように呟いた。

薄皮に黒糖を練り込んだ温泉饅頭は、
一般的な定説として百年ほど前に作られた伊香保温泉のソレが発祥とされているが、
当時から類似した物が日本各地で扱われていない確かな記録が存在しないため、
一概にコレと言い切れない部分がある。

しかし、1934年に昭和天皇が陸軍特別大演習で群馬に行幸した際に、
土産物として大量に購入した事で評判が広がり、その知名度は一躍全国区になったのだとされている。

閑話休題。

ロロ「美味しかったなぁ、アレ……」

ロロは、その時に生まれて初めて口にしたあんこの味を思い出しながら、少し遠い目をして呟いた。

クリス「私も、みんなに買って帰ろうかな」

ロロの様子を見ながら、クリスは思案げに漏らす。

奏「そうだね。
  お母さんもシエラ先生達に買って帰る予定だから、明日、一緒に買いに行こうか?」

クリス「うんっ」

母の提案に、クリスは嬉しそうに頷いた。

そうこうしながら、露天風呂には和気藹々とした雰囲気が満ちて行く。
680 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/08/14(火) 20:47:07.73 ID:W+jIPfIJ0
だが――

リーネ「メイ姉さん、そんな隅っこでどうしたの?」

洗い場では、肩辺りで短く切りそろえた黒髪を洗いながら、
リーネが怪訝そうに首を傾げていた。

メイ「………アハハハ……何でもないよ、
   そうだよ……ないよ……そうだよ、
   あるワケないじゃん……アハハハ……」

普段はツーサイドアップにしている長い髪をこねくり回すように洗いながら、
メイは譫言のように漏らした。

因みに、洗い始めてから既にかなりの時間が経過しており、
普段からゆっくりと身体を洗っているリーネはともかく、
いつもならテキパキと入浴をすませているメイがこの場でもたついているのはおかしい。

リーネ「め、メイ姉さん?」

いつものメイらしからぬ雰囲気にただならぬものを感じたリーネが、
僅かに仰け反りながらその名を呟く。

フラン「あ〜……リーネ、放っておいてやんなさい」

リーネ「え? で、でも……」

肩を竦めて言ったフランに、リーネは戸惑い気味に漏らす。

フラン「色々あるのよ……色々と……」

しかし、そんなリーネに言い聞かせるような声音で呟き、フランは傍らのロロの胸元を見遣った。

リーネ「ああ、胸の…………って、あ!?」

頷いて呟きかけた言葉を、リーネは慌てて飲み込んだ。

しかし、時既に遅かった。

メイ「アーッハッハッハッハッ!」

リーネの傍らで、やや壊れ気味の哄笑が上がった。

メイは髪に泡をまとわりつけたまま幽鬼の如くゆらりと立ち上がり、
ロロの胸元を……明らかに他とサイズの違うソレを指差す。

メイ「何だぁ、そんな脂肪の塊!
   潜入任務には邪魔だもん!

   そんなメロンみたいなもの付けてたら、柱の陰に隠れられないもん!

   身体隠して胸隠さずってか!?
   アタシだって一回くらい、隠さなきゃいけないくらい欲しいわ!」

メイはどこまで本気でどこまで冗談だか分からない自虐と罵声の言葉を並べ立て、
駆け込むように岩風呂へと飛び込んだ。

泡を洗い流さず、露天風呂に飛び込むのはあまりにもマナー違反であるが、
彼女の心中を察して、全員、気まずそうに押し黙っている。
681 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/08/14(火) 20:48:03.09 ID:W+jIPfIJ0
メイ「どっちが前でどっちか後ろか分からない?
   怪奇・両面背中女ってか!? アーッハッハッハッハッ!」

笑い転げるように水面をバシャバシャと叩くその姿と叫びは、あまりにも痛々しい。

詳しい数字は、彼女の名誉のためにも伏せさせていただくが、まあ、そう言う事である。

メイ「ちっちゃい頃はみんなと同じ物食べて育ったのにな〜、
   何でこんなに差が付くかな〜、人間の身体って不思議だな〜」

全員、敢えて触れずにいたのだが、普段からその辺りにはまるで頓着しない、
平均よりもやや上のプロポーションのリーネの失言がキッカケとなって、
和気藹々としていた女性用露天風呂は、嫉妬と怨嗟の渦巻く魔窟と化す。

結「め、メイ……まあ落ち着いて……」

さすがにその雰囲気が続く事を恐れたのか、
それともリーネのフォローのためもあったのか、結が意を決して近寄る。

メイ「86のFカップに同情されたかないわっ!」

結「め、メイ!?」

怒りの形相のメイに具体的な数値を叫ばれ、結は顔を真っ赤にして胸元を覆い隠す。

フラン「は、86のFって、私より大きいじゃない!?
    あなた、いつの間に……ま、まさか!?」

結「あ、アレックス君は関係ないよ!?」

別に誰もアレックスの名前は出していないのだが、
フランの言いかけた言葉を遮って、結は耳まで真っ赤にして反論する。

無論、結とアレックスはそんな関係ではないのは周知の通りだ。

紗百合「そう言えば……まだ詳しい話聞いてなかったわね」

しかし、半ば部外者として詳しい状況を知らぬ紗百合には、
結の早とちりの対応はその事を思い出すいい機会でしかなかった。

美百合「私も気になりますね〜、どうなんですか、結さん?」

美百合も同調し、顔を真っ赤にした結に詰め寄る。

いつぞやは犯人逮捕のゴタゴタの忙しさで有耶無耶になったのだが、
今回ばかりは逃げ切れそうにない状況だ。
682 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/08/14(火) 20:48:37.62 ID:W+jIPfIJ0
結「あ、あぅあぅ……」

殆ど先日と同じような、だがそれよりも厄介な状況に、結は鼻辺りまで湯に沈み込んでしまう。

ぶくぶくと鼻や口から泡が立つ。

美百合「逃げないで下さいよ〜」

紗百合「参考までに、是非聞かせてもらおうかしら?」

しかし、それで逃げおおせるハズもなく、双子の追求は止まない。

ロロ「あ〜、そう言えば、揉まれると胸が大きくなるのって都市伝説だよ?」

奏「ロロが言うと、まるで説得力無いよ」

笑顔のまま言ったロロに、奏は困ったような顔を浮かべて呟いた。

それがロロに対してなのか、急に騒がしくなった状況に対してなのかは不明である。

女三人寄れば姦しいと言う言葉もあるが、女九人寄れば姦しさも三倍どころか三乗である。

メイ「胸の大きさが何だぁ〜いっ! うわあぁぁぁぁぁぁんっ!!」

静かな山中に、メイの悲痛な叫びが轟く。

クリス「………えっと、エージェントって……大変なんだね」

つい数時間前に口にした言葉を、クリスはまるで違った意味で口にした。

リーネ「あははは……ウチの場合は特別かもね」

その横で、図らずともこの事態の引き金を引いてしまったリーネが、力ない笑いと共に呟くのだった。


一方、その頃――

ザック「………アイツら、隣に俺達がいる事、絶対に忘れてるだろう……」

男湯では呆れた様子のザックが、深いため息混じりの言葉と共に肩を竦めていた。

アレックス「ぼ、僕は何も聞いていませんから……」

その横で、アレックスは我関せずと言いたげに呟く。

最初は同様に呆れた様子だったアレックスも、いつしか顔を赤くして俯いていた。

どの辺りから顔を赤くし始めたかは、まあ予想の範疇ではあるが……。

一征「……………」

洗い場では、無言の一征が平静を保ったまま身体を洗っていた。


まあ何と言うか、ある意味、平和であった。
683 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/08/14(火) 20:49:08.33 ID:W+jIPfIJ0


露天風呂での一騒ぎから、瞬く間に半日が経過していた。

その間に、定番の温泉卓球ダブルスリーグ戦などもあったのだが、
くじ引きで決まった結・ロロペアを露天風呂での一方的な意趣返しもあったのか、
ペアであったフランの手を借りずに半ば一人で下したメイが
“乳なんかに負けるか”等と叫んだぐらいしか見所がなかったので割愛させていただこう。


ともあれ、日も暮れて今は夕食時。

結達は浴衣姿のまま広間に集まり、三つずつ正方形に並べられたお膳の前に腰を下ろしていた。

クリス「ん……」

正座に慣れないのか、クリスは頻りに足をもぞもぞと動かす。

美百合「大変でしたら、足を崩しても大丈夫ですよ、クリスちゃん」

クリス「あ、す、すいません……お言葉に甘えます」

角同士で隣り合う美百合に促されて、
クリスは恥ずかしそうに顔を俯けながら、正座を崩す。

メイ「リーネ、よく正座なんて出来るね……。
   アタシは絶対、無理だわ」

ややはしたなくはあったが、メイは胡座をかきながら、
隣に座るリーネの綺麗な姿勢を見て、感心したように漏らした。

リーネ「教導隊で格闘技の訓練する時は、大概、正座してるから」

姉貴分に褒められた事が嬉しいのか、リーネはやや照れ笑いを浮かべて返す。

リーネの所属する総合戦技教導隊は、基本的な魔法戦のみならず、
肉体強化魔法を使った状態での格闘戦技訓練や研究も行っているらしく、
日本の武道なども一部は取り入れていた。

もっとも、正座を行うのはそれだけが理由ではないのだが。

紗百合「ああ、そうか、リーネのいる教導隊の隊長ってバレンシアさんだっけ?
    ウチの師匠も、たまに正座しての精神統一させてたからなぁ……」

紗百合が修業時代と、今は亡き師を思い出して感慨深く呟いた。

本條姉妹や一征にとって同門の大先輩に当たるリノは、
今では第一線を退き、リーネの所属する総合戦技教導隊の隊長をしている。

そして、講師であるミケロの死と共に閉鎖したカンナヴァーロ・フリーランス養成所では、
古くは親交のあった本條家の影響もあって、集中力を高めるための精神統一の修業に正座の姿勢を取り入れていた。

結果的にその流れを組む事になった総合戦技教導隊も、やや形式的ではあったが、
日本を発祥とする一部の格闘技の訓練の際には正座を取り入れているのである。

余談ではあるが、キチンと正座が出来ているのは結、奏、リーネ、アレックス、本條姉妹、一征の七人で、
それ以外のメンバーはそれぞれ適当に崩した座り方をしている。
684 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/08/14(火) 20:49:45.01 ID:W+jIPfIJ0
紗百合「そう言えば、総合戦技教導隊ってどうなの?
    やっぱり、訓練厳しかったりする?」

紗百合は角同士で隣り合っているリーネに、興味津々と言った風に問いかけて来た。

リーネ「えっと……Sランクに昇格する前は教導隊預かりって感じだったし、
    Sランク昇格後も、殆ど特務部隊で世界中飛び回っているから……。

    隊長に付いて行って教導の助手や、先輩達と戦技研究をした事はあるけれど、
    向こうでの訓練経験は少なくて……」

その質問に、リーネは苦笑いを浮かべて肩を竦め、さらに続ける。

リーネ「でも、隊長は“特務の経験とコチラの経験を活かして、良い教官を目指してくれ”って言ってくれてます」

そう言ってリノの言葉を反芻するリーネは、どことなく嬉しそうだ。

結「リーネは、何処の部隊からも引っ張りだこだったからねぇ」

ザック「だな、俺らのトコの総隊長なんて、俺にまで予約の申し入れに来てたぜ?」

思い出すように言った結に同調し、ザックが呆れ半分と言った感じで当時の事を口にした。

紗百合「へぇ、そりゃ凄いわ」

紗百合も感心したように漏らす。

そして、当のリーネは照れたように目を伏せている。

リーネが引っ張りだこだったと言うのは、紛れもない事実だ。

候補生時代は、Sランクを含むエージェント五名を殺害したヨハン・パークを相手に無対策のまま一時間以上耐え切り、
特務部隊の前身とも言えるトリスタン捕獲部隊に参加しての対超弩級魔導機人戦に参加した実績の持ち主だ。

しかも、魔力量はSランク二人分で、魔力運用に関しては当時でもAからSランクと言う、
紛う事なき天才少女だったのだから当然と言える。

その上、愛器・フリューゲルは如何なる戦術にでも対応できるように調整を施された高汎用型ギアであり、
リーネ自身も教官を目指していた手前、大概の戦術、魔法の運用は修得していた。

結果的に、それまではBランクでスタートするのが通例だったAカテゴリクラス卒業生の中で、
史上初のAランクからのスタートを切ったリーネは、
その高い適応性からありとあらゆる部隊からの勧誘を受ける事となったのだ。

特に人手不足に喘ぐ捜査、戦闘、救命の前線三隊は、スタンドアローンで何処にでも投入可能で、
前衛から後方支援まで幅広く活躍できるリーネは喉から手が出るほど欲しかっただろう。

どの隊でも教官隊移籍に向けたキャリアを積む事は出来たが、どの隊に所属しても角が立つと言う有様だ。

最終的に、研究エージェント隊所属ながらも発足当初は全部隊で運用していた総合戦技教導隊預かりで、
全部隊からハイランカーエージェントが出向する特務部隊専属と言うのが、
どの隊に対しても面目の立つ最低限の落としどころだったと言うワケである。

そうして、最前線の危険な重要任務に投入される事の多かった特務部隊所属と言う事もあって、
リーネはリノの持つ最年少Sランク昇格記録を、14歳の誕生日を前に塗り替える事となった。

中には“兄姉に甘やかされた小娘”などとやっかむ者も少なくはないが、それでもリーネ自身の実力は本物だ。
685 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/08/14(火) 20:50:22.08 ID:W+jIPfIJ0
フラン「まあ、このまま順調に経験を積んで行けば、
    二十歳前に正隊員として教官隊移籍も夢じゃないでしょ」

フランも自慢の妹分に視線を向けて、満面の笑顔で言い切る。

リーネ「そ、それは褒め過ぎだよ、フラン姉さん」

しかし、さすがに褒められ過ぎで居たたまれないのか、リーネは頬を紅潮させて困ったように返した。

例のやっかみの事もあってか、素直に褒められ過ぎるのは逆効果のようだ。

ロロ「リーネはもっと自分に自信を持った方がいいよ?
   才能あるんだから………、ねぇ?」

メイを挟んでリーネの反対隣に座るロロが、
角隣に当たるザックに同意を求めるように言い、彼も深く頷く。

美百合「クリスちゃんから見て、リーネちゃんはどうなんですか?」

クリス「えっと……私、リーネお姉ちゃんとは半年しか一緒に勉強できなかったけれど、
    困ってる時にはいつも相談にのってくれたり、授業でもいつも格好良かったです」

美百合の質問を受け、懐かしそうに当時の事を語ったクリスの言葉に、
フランは”へぇ〜”と感嘆を漏らし、さらに続ける。

フラン「私達って、アンディやユーリの二人とは入れ替わりで卒業しちゃったから、
    リーネが年上らしくしてる所ってあんまり見た事ないんだけれど……。

    へぇ、そう……リーネってばちゃんと“お姉ちゃん”やってたのね」

フランは感慨深く呟き、うんうんと頻りに頷く。

クリス「面倒見はすごく良かったし、
    今でもみんなリーネお姉ちゃんの事は大好きだよ」

丁度合い向かいの位置になるリーネを見ながら、クリスは満面の笑みを浮かべて言った。

リーネ「く、クリス!? も、もうその辺りで勘弁してよぉ」

リーネは赤面して、もがくようにあたふたと手を泳がせる。

その様は、どこか新手のダンスに見えない事もない。

兄姉達だけでなく、妹分からも褒めちぎられて、これはこれで逆に針のむしろである。

結「それだけ、リーネがずっと頑張ってる証拠だよ」

リーネ「ゆ、結姉さんまでぇ……」

優しい笑みを浮かべた結の言葉に、リーネはもう肩を竦める他なかった。

褒められて嬉しくないワケがないのだが、こうも全方位から持ち上げられたのでは新手の罰ゲームだ。
686 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/08/14(火) 20:50:59.08 ID:W+jIPfIJ0
紗百合「ああ、そうだ、前から気になってて、結に聞きたい事があったんだったわ」

結「聞きたい事?」

対角に座る紗百合の問いかけに、結は小首を傾げる。

結は“はて、何の質問だろう?”と心中で自問したものの、
紗百合に聞かれるような話題と言うと――

アレックス「?」

不意に視線を向けた先にいたアレックスが、怪訝そうな表情を浮かべている。

紗百合「あ〜、ナチュラルに隣り合って座ってる事じゃないから安心して」

結「こ、これは偶々だよ!?」

半ば呆れ気味の紗百合の言葉に、結は赤面して真実を訴える。

ちなみに、全員の並びは前述の通り、三つずつ正方形に配置されたお膳の前に座っているワケだが、
一征を十二時の位置としてそこから順にザック、ロロ、メイ、リーネ、紗百合と来て、
一征と向かい合う六時の位置にフラン、そのまま順に美百合、クリス、奏、結、そして最後にアレックスと言った並びだ。

広間には全員、同時に入って来て、先に入った者が奥に詰める形で順繰りに座って行ったので、
結とアレックスが隣り合う角同士になったのは神の仕業か悪魔の悪戯を除けば、実に偶然の賜なのである。

紗百合「苗字よ苗字。
    結の苗字って、あの辺りじゃ珍しい部類でしょ?
    お父様の実家は地元らしいけど、どうしてなのかな、って気になって」

結「あ、ああ……そっちの事ね」

紗百合から詳しい質問内容を説明されて、結はほっと胸を撫で下ろす。

だが――

紗百合「……何度聞いてもテンプレートな答しか返って来ない事に時間割かないわよ」

結「あ、アハハハ……」

半ばジト目の紗百合の言葉に、結は乾いた笑い声を上げるしかなかった。

成る程、質問したい事の優先順位が変わったと言う事らしい。

安心したやら申し訳ないやら、複雑な気分である。
687 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/08/14(火) 20:51:46.00 ID:W+jIPfIJ0
しかし、結は気を取り直して、思い出すように語り出した。

結「えっと、何でもうちのお父さんの実家……
  私の曾々々々お祖父さんなんだけど、元は山口の方の出身らしいの。

  明治維新の頃に一旗上げようって江戸に出て来て、曾お祖父さんの代までは東京に住んでいたんだけれど、
  空襲で焼け出されて、その頃にお世話になっていた人を頼って、
  その人の実家のあった今の地元に疎開して、終戦後もそのままそこで、って感じらしいよ。

  だから、苗字も曾々々々お祖父さんの代からの物みたい」

四年前の事件以来、自分自身のルーツが気になって見聞きして調べた情報を、
頭の中で整理しながら口にする。

美百合「山口で譲羽だと、ご先祖は譲羽村……今の周南市東部のご出身なんですねぇ。
    てっきり、山形の鶴岡の方だとばかり………」

結「え、えっと……」

苗字の由来を聞いただけでローカルな地名をポンポンと飛び出させる美百合に、
結は半ば圧倒され、笑顔のまま困ったように首を傾げてしまう。

そこで、今まで黙っていた一征がようやく口を開く。

一征「山形県の鶴岡市に楪と言う地区があります。
   美百合様が仰っているのは多分、そこの事でしょう」

美百合「はい。

    ……もっとも、ユズリハはユズリハでも、
    植物の楪なので、字が違いますけどね」

一征のフォローを受けて頷いた美百合は、少しだけ苦笑いを交えて付け加えた。

紗百合「まるっきり同じ字の地名があるんだから、
    何でわざわざ読みが同じだけの方を予想の候補にしてんのよ……」

姉の言葉を聞きながら、紗百合が深いため息混じりに漏らした。

美百合「えぇ……で、でも、あっちの方が結さんの地元に近いでしょう?」

紗百合「だからって安直過ぎ」

紗百合は、自分の異論に戸惑い気味の美百合の反論に、また溜息混じりに返した。

フラン「ほらほら、二人とも、こんな所で喧嘩しないの。
    特に紗百合、いくら何でも喧嘩腰過ぎよ?」

双子の間に座ったフランが、呆れと困惑の入り交じった表情と声音で二人を諫める。

紗百合「………ごめんなさい。
    ただ、気になっただけで他意はないわ……」

フランに釘を刺され、紗百合は美百合の方を見る事なく肩を竦めて謝罪の言葉を述べた。

先日からの様子を見るに、二人の間に何かあったのだろうかと、フランは心配そうな表情を浮かべる。

そして、対面の一征に目を向けるが、彼は彼で思う所があるのか、
傍目には落ち着いた様子で視線だけを姉妹に向けているようだった。
688 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/08/14(火) 20:52:32.32 ID:W+jIPfIJ0
クリス「あ、あの!」

やや気まずくなった雰囲気を打ち破るかのように、クリスが手を挙げる。

フラン「はい、ユーリエフ候補生。
    質問があるのなら許可するわよ」

一応、候補生研修中の身のクリスを直接預かる立場のフランは、
まるで生徒の発言を促すように手振りする。

クリス「は、はい、ありがとうございます、カンナヴァーロ隊長」

一方、クリスはと言うと、突然“母の友人”から
“インターン先の上司”に戻ったフランの様子に緊張しながらも、軽く会釈してから質問に入る。

クリス「えっと……この間から、何度か、
    特務の部隊運営の事が話題に出ていたと思うんですけど、
    今ってそんなに大変なんですか?」

クリスは少し戸惑い気味に、だが先週の研修開始から気になっていた事に関して問いかける。

半ば合同と言う形だが、本来の特務部隊七名に加えて、
部隊とは無関係の一征やフリーランスの本條姉妹、
さらには研修中の自分にまで任務に同行しているのだ。

人手不足と言うのは知っていたが、それでもカウンターテロを主眼とした特務部隊が、
今回のような任務に駆り出される状況と言うのが今一つ分かりかねると言う事だろう。

メンバーの何人かの愚痴も聞こえて来ているので、部隊運用の状況の異常さをクリスは感じていた。

フラン「ああ、その事ね。
    ……ん〜、まあ、色々と大人の事情かな?」

クリスの質問の意図を察し、納得して頷いたフランは、
僅かな思案の後に苦笑い混じりに答え、さらに続ける。

フラン「クリスも、去年の春、私のお祖父様……
    ミケランジェロ・カンナヴァーロ老のお葬式に出てくれたから分かると思うけど、
    魔法倫理研究院も一枚岩……って言うか、単一派閥組織じゃないのよね」

フランは去年亡くなった祖父の葬儀の事を思い出しながら、やれやれと言いたげに肩を竦めた。

別に悶着が起こったと言うワケではないのだが、
本来ならば出席して然るべきレベルの事務方の人間が数人、こぞって出席を辞退していたのだ。

ザック「今の魔法倫理研究院は、親カンナヴァーロ派と脱カンナヴァーロ派って二つの派があるんだよ。
    勿論、ここで言うカンナヴァーロってのは、フランの事じゃなくて、フランの爺さんの事な」

肩を竦めたフランから、彼女が説明し難いであろうと察して、ザックが説明を引き継ぎ、さらに続ける。
689 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/08/14(火) 20:53:15.29 ID:W+jIPfIJ0
ザック「魔法倫理研究院は魔法研究院とその上部組織だった欧州魔法学研究連盟の、
    反魔導研究機関派になる倫理優先派が集まって作られた組織なんだが、
    その辺りは魔法研究史の授業で習ったろ?」

クリス「は、はい」

いつになく真面目、と言うか難しい事を饒舌に語るザックの様子に、
クリスはやや気圧されながらも頷く。

ザック「で、ここからは教科書に載ってない部分なんだが、
    当時急ごしらえだった組織ってのはどうにも不安定でさ、
    カンナヴァーロのジーサマの事を当時から快く思ってなかった連中が、
    旧欧州魔法学研究連盟の人間にチラホラといたんだな。

    そう言う連中が、非Aカテゴリクラス出身の一部エージェントを取り込んで生まれたのが、
    事務方の一部や運営側に多い脱カンナヴァーロ派って事だ。

    で、だ、部隊発足の都合上、Aカテゴリクラス出身者ばっかり集まった俺らは連中から見ると、
    思想派閥云々をすっ飛ばして、親カンナヴァーロ派の急先鋒みたいに映っちまうんだよ」

ザックは半ば呆れの入り交じった声音で言って、肩を竦めたが、すぐに気を取り直して続ける。

ザック「で、運営側としては俺達みたいなハイランカーエージェントにばかりデカい任務の成果を取られると、
    自分らの派閥に属するエージェントの戦績が振るわなくなって面白くない、と」

メイ「それで、一部の嫌がらせで、本来ならアタシらが出向かないような任務まで、
   お鉢を回されてるってのが最近の部隊運営事情って事」

ザックの言葉を引き継いで、メイが溜息混じりに返した。

メイ「まあ、お陰でアタシも初の作戦指揮が出来たワケなんだけど。
   一征さんが今回の任務に同行してるのは、美百合や紗百合との連携の事もあるけれど、
   捜査任務主体でカンナヴァーロ養成所出身、
   しかもの第七世代ギアのテスターもやってくれてる一征さんを応援につけてくれた形ね」

フラン「で、四日前、保護した子供達や逮捕した連中を引き取って行った本部の護送班ってのが実は、
    脱お祖父様派の連中の息がかかったエージェント達だったりするワケ」

ザックとメイばかりに説明を任せきりに出来ないと思ったのか、
フランは肩を竦めながらも情けないと言いたげに呟く。

フラン「結果的に、逮捕の手柄はともかく聴取、判決、保護の権利や手柄は全部連中に取られる形ね」

クリス「………うわぁ……」

偉大な先輩達から語られる部隊運営の真相に、クリスは唖然としてしまう。

まさか、そんな生々しい縄張り争いのような事が行われているとは思いもしなかった。
690 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/08/14(火) 20:53:55.62 ID:W+jIPfIJ0
結「まあ、二つの派閥って言っても、そんな偏った意見の人達よりも、
  どっちにも属してない人の方が多いかな?

  勿論、フランのお祖父さんにはお世話になったから、
  親カンナヴァーロの意識があるかどうかって聞かれたら、間違いなく頷いちゃうけれど」

そんな唖然とした様子のクリスに、結は苦笑い混じりに説明する。

奏「それに、経験の少ないエージェントにも万遍なく経験を積ませるのは良い事だし、
  上層部にいる親カンナヴァーロ派の人が気を回してくれたから、
  今回みたいな長期休暇が取れたワケだしね」

奏もそう言って、柔らかな笑顔を浮かべ、クリスもつられるように笑顔を浮かべた。

フラン「まあ、そんなドロドロした裏事情を除いても、私達が便利屋扱いされてるのは事実かな?」

そんな様子のクリスに、フランは付け加えるように言うと、さらに続ける。

フラン「これでも、空戦、陸戦、近接、射砲撃、支援型、防衛型、追跡型と一通りのスペシャリストが揃ってるから、
    とにかく大急ぎでどんな状況にでも対応できる面子を揃えたいって時には、
    一から各隊の垣根を飛び越えて集めるよりも、もう部隊登録の終わってる私達に招集かけた方が早いのよ」

クリス「そうなんだ……」

フランの説明が終わると、クリスは納得したように感嘆混じりに呟いた。

事実、特務部隊が任せられる事の多い任務は、少人数で部隊総合力の高さが求められる類の物だ。

構成メンバー七名の内、過半数の四名が高速追跡が可能で、さらにその内の三名が飛行魔法の使い手。

そして、陸戦においても攻守支援それぞれに優れるメンバーが揃っており、
ロロがいる事もあって広域被害や都市災害にも対応が可能だ。

何より、カウンターテロに於いて最重要と言える、
殲滅戦のスペシャリストと言える広域攻撃型が二名――結とリーネがいるのも大きい。

ロロ「まあ、一部隊で一通り何でも出来ちゃうからこその便利屋扱いかもね」

ロロがさもありなんと言いたげに、深く頷きながら言った。

慢性的な人手不足と、それとはお構いなしに増える犯罪者とテロリスト。

求められているのは円滑な部隊運営と、緊急時における機動力、現場での臨機応変な対応力である。

成る程、カウンターテロ専門の機動部隊とも言える特務部隊が満たしている点は多い。

フラン「ホント、盲点だったわ……」

フランは嬉しいやら困ったやらで、複雑な声音と共に肩を竦めた。

しかし、その口ぶりとは裏腹に後悔はしていないようだ。
691 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/08/14(火) 20:54:42.46 ID:W+jIPfIJ0
アレックス「特務の活躍もあって、部隊運営の抜本的な見直しも始まったようですしね」

アレックスはそう言うと、湯飲みのお茶を飲み干す。

結「抜本的見直し? そんな動きがあるの?」

あまりに多忙なため初耳となる事実に驚きながらも、
結は空になったアレックスの湯飲みにお茶を注ぐ。

一征「それに関してはコチラでも聞いているな……。

   何でも、各隊から六〜八名単位でエージェントをピックアップした
   機動力の高い小隊を編成しようと言う噂だとか」

ザック「何だ、噂かよ」

一征の捕捉した情報に付け加えられた最後の一言に、ザックは呆れたように肩を竦めた。

確かに、噂の域では確定情報とは言い切れないだろう。

一征は一応、“あくまで、俺が耳にした話の範囲だよ”と付け加えて来た。

だが――

アレックス「二ヶ月ほど前の話ですが、アルノルト総隊長、
      アンダースン総隊長、ペスタロッツァ総隊長のお三方が、
      エージェント・バレンシアと一緒に、ウチの開発室に顔を出されました」

メイ「うぇ!? ま、マジで!?」

アレックスの話に全員の目が丸くなる。

特にメイなどは身を乗り出して驚いてる有様だ。

捜査エージェント隊総隊長、ラルフ・アルノルト。
戦闘エージェント隊総隊長、シャーロット・アンダースン。
救命エージェント隊総隊長、エミリオ・ペスタロッツァ。

そして、総合戦技教導隊隊長、リノ・バレンシア。

さらにその上には、研究院上層部なども存在するが、
部隊運用と言う点にかけては紛れもなくエージェント隊のトップ4だ。

奏「何だかもの凄い面子だね」

奏も内心の驚きを隠しきれず、さすがに笑顔もなりを潜める。
692 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/08/14(火) 20:55:15.77 ID:W+jIPfIJ0
ザック「それで、その穏やかでない面子で何をしに来たんだ?」

アレックス「一応、第七世代ギアの汎用量産化に向けた進捗確認でしたが、
      それとは別に細部まで機能特化にしたタイプの量産が出来ないか、との事でした」

ザックの質問に答えたアレックスは、“要点をまとめると、ですけど”と別に付け加えた。

ロロ「細部まで機能特化タイプって言うと……
   つまり、ワンオフ仕様のギアを量産できるかって事かな?」

ロロが思案げに訪ねると、アレックスは無言で頷く。

基本的に、今現在広く普及しているタイプのギアも、
一部機能に特化したタイプの物が存在しないワケではない。

むしろ、近接戦型ギア、遠距離戦型ギア、
隠密機能の高い別名・忍者ギアなど、機能特化型のギアが主流だ。

しかし、それもあくまで“どちらかと言えば近接寄り、どちらかと言えば遠距離寄り”と言った、
得意分野が異なるギアと言った方が分かり易い。

言ってみれば斧と槍だ。

どちらもポールウェポンの類だが、
斧は振り回す扱いに長け、槍は突き刺す扱いに長けるが、
どちらもお互いに似た扱いだって出来る。

以前にも説明したが、第六世代以前のエールやフリューゲルのような完全汎用タイプのギアは、
苦手分野がない分、得意分野もないため、器用貧乏として嫌われる傾向にあるのだ。

つまり、それまでの優秀な汎用ギアと言うものは
“ある程度までなら何でもそつなくこなせるが、専門的に得意とする分野がある”のが条件だったのだ。

実例を挙げれば、結が候補生時代に頻繁に授業で使っていたブライトスワンは汎用遠距離型、
奏が訓練やクレーストの代わりに使っていたブラックフォックスは汎用近接型に分類される。

その辺りの事情は魔導研究機関のようなテロリストも同じで、クライブの使っていたファルコンは汎用狙撃型、
ジルベルトの使っていたガットは汎用近接型、レギーナのビーネは汎用射撃型と言った具合だ。

メイ「それって、要はアタシらが使ってるギアを量産できるか、って事だよね?」

フラン「そう……なるわね」

メイの言葉に、フランは思案げに頷く。

奏「なるほど。

  つまり、今まで以上にエージェント一人一人の適正に合わせたギアを量産しよう、
  って動きがあるんだね」

奏がそう呟くと、数人が納得したかのように頷いた。

つまり、汎用射撃型ならば空戦射撃型や陸戦射撃型、
さらに細分化すれば空戦精密射撃型や空戦広域射撃型と言った具合だ。

一つのギアで出来る事は少なくなるが、逆に一つのギアが出来る事の精度は上がる。
693 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/08/14(火) 20:56:03.40 ID:W+jIPfIJ0
リーネ「あ、それで、しばらく前から教導隊でも特務部隊の部隊運用の研究してるんだ………」

フラン「そんな事やってるの?」

リーネの漏らした呟きを聞きつけたフランが、驚いたように問いかける。

リーネ「うん。

    今年度に入ってからだけど、
    少人数部隊の構成を色々と変えてフォーメーション研究とか、
    訓練校向けの試験的なコーチングマニュアルの作製もやってるよ」

リーネは頷いて応える。

紗百合「一応、本部から見たら部外者の私達もいるけど、そんな事話しちゃって大丈夫?」

紗百合が恐る恐ると言った風に訪ねると、リーネは軽く頷いた。

リーネ「機密事項にはなっていなかったから……」

さらにそう付け加えると、紗百合は胸を撫で下ろす。

結「けれど、ギア開発計画に総隊長達やリノさんが動いてて、
  訓練校のコーチングマニュアルから見直しってなると、
  噂じゃ収まりきらないレベルだね」

奏「少なくとも年単位の計画で、
  部隊運用の見直しが始まっているのは間違いないね」

思案げに呟いた結に同意して、奏も神妙な様子で呟いた。

ロロ「けれど、プレリーやチェーロ、エールやフリューゲルならともかく、
   カーネルやクレースト、突風を量産して、まともに扱える人っているのかなぁ?」

そう言いながら、ロロが苦笑いを浮かべる。

ザック「ああ……特にクレーストはキツいだろ……」

奏「そうかな? とても素直で、ボクは使い易いけれど?」

顔をひきつらせたザックの言に、奏は怪訝そうに首を傾げた。

メイ「そりゃ、カナ姉には使い易いだろうけど、
   普通、あんな大きな剣構えて高速ヒットアンドアウェイなんて出来る人なんていないよ……。

   しかも、頻繁に二刀流とかになるし」

メイはがっくりと肩を竦めて呟いた。

フラン「空や海の上を走っちゃうメイの方が大概でしょ」

フランは噴き出しそうになりながら言った。
694 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/08/14(火) 20:56:36.24 ID:W+jIPfIJ0
結「二人の戦い方は特殊だからねぇ」

結もそれには同意したかのように笑顔を浮かべて言った。

リーネ「あ……いや……結姉さんの戦術だけは、誰も真似できないと思うよ……うん」

一瞬、言いかけて戸惑ったリーネだったが、敬意と畏敬と呆れの入り交じった複雑な声音で呟いた。

結にしか撃てないアルク・アン・シエルは抜きにしても、
リュミエール・リコルヌシャルジュのように、
自身が加速するために大出力砲撃で加速するなど結以外の誰が出来ようか?

広間に集まった一同が、それぞれに納得したようにうんうんと頷いている。

結「え、えっと……」

さすがに反論できないのか、結は張り付いたような笑顔のまま苦笑う他なかった。

美百合「…………何だか、結局お仕事の話が軸ですねぇ」

結への助け船、と言うワケではなかったが、美百合は苦笑いを交えて呟く。

フラン「あ゛……」

真横にいたフランが、奇妙な声を上げる。

メイ「あ〜………なんだかんだで、誰も結の事言えないね……」

メイは明後日の方向を見ながら、誤魔化し笑いを浮かべて頬を掻いた。

無論、結の事を仕事中毒などと称したのは――全員が同意した事を除けば――メイだけである。

ザック「お前が言うな、お前が」

ザックは肩を竦めると、盛大な溜息を漏らす。

そこでドッと笑い声が上がった。

フラン「……さぁ、夕食を楽しみましょう」

一頻り笑い終えたフランは、笑いすぎて目尻に浮かんだ涙を拭うと、
先ほどから止まっていた箸を動かし始める。

奏「そうだね」

奏も同意して頷き、それを合図にして食事が再開した。


そのまま滞りなく夕食は進み、広間での歓談を楽しみながら夜は更けて行った。
695 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/08/14(火) 20:57:14.01 ID:W+jIPfIJ0


同日、深夜――

結「………ぅぅん……」

結は寝苦しそうに寝返りを打つ。

しばらくそのまま動かずにいたが、不意に天井を見上げる。

結(………眠れない)

胸中で溜息と共に独りごちる。

床に入ってから、そろそろ三時間。

とうに日付は代わり、起床予定の時間までは残り六時間。

普段から四、五時間眠れば十分な結には長すぎる時間だ。

原因は分かっている。
体力が有り余っているのだ。

この数日、訓練も何も無しに過ごしていたので、
普段ならば使っていたハズの体力が相当量有り余っていた。

こんな状態で眠れるハズもない。

それは他の面子も同じだろうが、傍らの奏は安らかな寝息を立てている。

アルコールの力は偉大である。

自分とリーネ、それにクリスを除いた九人は、あのまま酒盛りの宴会を始めてしまい、
一部は飲めや歌えの大騒ぎになったのだが、未成年の自分達がご相伴に預かるワケにもいかず、
烏龍茶を飲みながら同席し、酔いつぶれたメンバーの介抱に当たっていたのも悪かったらしい。

最終的に悪酔いした連中がさも当然のようにアームレスリング大会を始めてしまい、
優勝したロロの横に四名ほど積み上がったのを“酔い潰れた”と言えたらの話ではあるが……。

結(これからは、酔ったロロの隣にはいかないようにしよう………)

その時の光景を思い出しながら、結は半身を起こして深いため息を漏らした。

因みに、十六歳のリーネは母国に戻れば公共の場での飲酒は認められている。

だが、さすがに教師を目指す法の代理人が滞在国の飲酒基準を破るワケにもいかず、しっかりと自制してくれていた。

ともあれ、このままでは眠れた物ではない。

結(自動販売機でカモミールティー、売ってたかなぁ……)

結は財布を持つと、眠れない夜のお供を求めて静かに部屋を後にした。
696 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/08/14(火) 20:57:51.26 ID:W+jIPfIJ0
客室の並ぶ区画を抜け、純和風旅館にしては珍しい
自販機が大量に密集した広い休憩コーナーへと入って行く。

本條家一門が総出で来ても収容できると言う旅館だけあって、
休憩コーナーもかなり広い。

さすがにインベーダーゲームは置いて無さそうだが、
昔懐かしいテーブルタイプのアーケードゲーム機の筐体まで置かれている。

深夜だけあって照明とゲーム機の電源は落ちていたが、
それでも煌々と灯る自販機の灯りで十分な視界は確保できていた。

まあ、そこは左目の義眼の機能もあっての事だが……。

結(………あ、そっか、こっちには無いよね……)

普段の癖で、馴染みのメーカーの自販機を探し始めた結だったが、
今いるのが日本である事を思い出す。

別に寝ぼけているワケではない。

むしろ、目が冴えて困っているのだ。

普段通りの“おとぼけ”の一環である。

結(おとぼけいっきゅ〜………)

がっくりと肩を落としながら、
誰も――左手の相棒すら――ツッコミを入れてくれない寂しさに耐える。

結は何とか立ち直るとカモミールティー探しに戻った。

しかし、お目当てのカモミールティーはない。

結「ねぇ………カモミールティーとホットミルク以外で
  不眠に効く飲み物って何かない?

  ラベンダーとかもないし……」

結は諦めて、愛器に解答を求めた。

他にも不眠治療に効果のあるハーブティーは種類があるが、
マイナー過ぎてソレを主成分にした清涼飲料水の類は自販機では売られていない。

?????「少し苦いですけど、ケールを使った無調整の野菜ジュースでしたら、
      メラトニンが入っていて効果的ですよ」

少し離れた位置から聞こえて来た解答に、結はなるほどと納得する。

結「メラトニン……って、夜に分泌される睡眠促進ホルモンだっけ?
  ありがとう、エー……」

エール<僕じゃないよ……。
    いい加減、気付きなよ、結>

愛器に礼を言いかけて、彼から返って来た呆れたような言葉に、
結はハッとして声のした方向に向き直る。

そこには自販機の灯りを頼りに、ゲーム機の上にノートPCを置いて作業するアレックスの姿があった。

離れた位置とは言え、今の今まで気付かなかった。
697 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/08/14(火) 20:58:43.59 ID:W+jIPfIJ0
アレックス「こんばんは……結君」

どうやら、彼も気付かれていなかった事に気付いたのか、少し寂しそうな苦笑いを浮かべた。

結「ご、ごめんなさい、アレックス君……」

アレックス「あ、いえ……僕も作業に熱中していて、
      気付いたのは先ほど、声が聞こえた時でしたから……」

申し訳なさそうに肩を竦めて縮こまる結に、アレックスは誤魔化し笑いを浮かべて応える。

ヴェステージ『お互いに気付かないのは、さすがにどうかしているのである』

いつも通りに共有回線を勝手に開いたヴェステージが呆れたように漏らした。

アレックス「お前は余計な事を言うんじゃない……」

アレックスは肩を竦めて溜息がちに呟いたが、
主の苦情を素直に聞き入れて大人しく黙るほど殊勝なギアでもなく、
ヴェステージはさらに続ける。

ヴェステージ『でなければ……まあ、いい傾向である』

アレックス「どう言う意味だよ……」

愛器の意味ありげな言葉に、アレックスは訝しさと呆れを半々にした声で頭を抱えた。

エール『それだけ、お互い傍にいるのが自然になりつつある、って事かな?』

と、ヴェステージに続けてエールも共有回線を開いて来る。

だが、そんな事を言われたら自然でなどいられない。

結「傍にいるのが……自然」

結はその言葉を反芻しながら、顔を中心に全身の体温が上がって行くのを感じた。

ヴェステージ『しかし、正式に付き合っていない男女がこう言う段階にいるのは、
       正直、どうなのである?』

エール『実質的な交際開始から四年三ヶ月と思えば、
    大体、こんな感じじゃないかな?』

ヴェステージとエールは無責任に……と言うか、
さらに焚き付けるようにそんな言葉を投げかけ合う。

結&アレックス「二人ともっ!」

結とアレックスは異口同音に抗議の声を上げるが、
そんな事になれば愛器達が焚き付けずとも余計に互いを意識する結果となるだけだった。

結は暗がりでも分かるほど顔を真っ赤に染めて、必死に気持ちを落ち着かせようと踵を返す。

とにかく今はアレックスに教えて貰ったケール入りの野菜ジュースを買おう。

別の何かに集中しなければ、昂ぶりだした気持ちを抑える術がない。

結は財布の中から小銭を取り出し、見付けた野菜ジュースを購入する。
698 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/08/14(火) 20:59:20.76 ID:W+jIPfIJ0
そのまま立ち去れば良かったのかもしれない。

だが、結は取り出し口から野菜ジュースを取り出した体勢のまま、その場に立ち尽くしてしまう。

このままでは、何かいけない気がした。

それがアレックスを一人この場に残して行く事なのか、それとも、今の自分達の関係の事なのか。

強いて言えば両方、敢えて強調するならば後者だった。

結「………何だか、回りから騒がれてばかりだね、この所」

そして、自嘲気味な笑いを交えて呟いた。

まあ原因は分かっている。

自分達がハッキリしないせいだ。

ハッキリしないと言っても、単に告白していないだけで、
エールの言葉通り実質的に交際しているも同じだ。

だが、それでも踏み込んだ関係になる事への躊躇いが、最後の一歩を踏み出すのを阻んでいた。

アレックス「こんな状態……ですからね」

アレックスもどうした物かと言いたげに肩を竦める。

回りが騒ぎ立てるからいけないと言うのは、これもやはり言い訳だろう。

この間から言い訳に継ぐ言い訳で、本当に言い訳ばかりだ。

アレックス「そう言えば……一昨日、あの後、街で三木谷さんに会いましたよ」

結「麗ちゃんに?」

思い出すように呟いたアレックスの言葉に、結は僅かな驚きと共に反芻する。

確かに、あの日はアレックスや麗達と別れた後はずっと家にいたので、
外で何が起きていたのかなど分からない。

まさか幼馴染みと彼が再び会っていたとは……。

アレックス「………座りませんか?」

結「あ……うん」

困惑する結は、アレックスに促されて彼と同じ長椅子に腰を下ろした。

距離は一席分。

一昨日の喫茶店の時よりも少し離れていた。
699 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/08/14(火) 20:59:56.34 ID:W+jIPfIJ0
アレックス「三木谷さんに言われましたよ……。
      “本気になれないなら、結に近付くな”、って」

結「麗ちゃんが、そんな事を?」

アレックスからもたらされた会話の内容もだが、
十七年来の親友が口にしたであろうその言葉に、結は戸惑いを隠せない。

アレックス「それで思わず、言い返してしまいました……」

結「っ!?」

続く言葉に、結は息を飲む。

普段は温和で、気心の知れた喧嘩仲間と言うか、
幼馴染み達にしか言い返さないアレックスが、一体、何を言い返したと言うのか?

無論、ある程度の想像は出来る。

しかし、その先を聞けば、もう後戻りは出来ない。

それはアレックスにも分かっているのだろう、何時の間にか彼は作業する手を止めて、
どこか神妙な面持ちで覚悟を決めんとしているようだった。

スクリーンセーバーが立ち上がって暗くなったPCの画面にも、その真剣な表情が映り込む。

結(ああ……そっか……そう、なんだ……)

アレックスの真剣な横顔に、結は何か悟ってしまった気分だった。

躊躇いがあったのは、今の距離感が心地よいとか、テスターと技術者だからとか、
そんな表面的でテンプレートな理由ではなかった。

そう、結は心のどこかで、アレックスの気持ちを信じられていなかったのだ。

いつもと変わらない表情で、声で、アレックスは野次に受け答えしていた。

友人達には呆れたように、ギア達……特にヴェステージには少し怒ったように、
麗や香澄のように知り合ってから日の浅い者達や目上の人間には落ち着き払ったように。

仲間達に囃し立てられ、焚き付けられて困惑する自分と違って、
アレックスは本当にいつも通りだったのだ。

結はそんなアレックスの態度に彼との温度差を感じて、
本気で最後の一歩を踏み出す事を躊躇っていたと言う事に、気付かされていた。

でも、こうしてアレックスが見せた表情は、いつかの……あの四年前の夏の日、
自分を再び前線に戻してくれると約束してくれた、その時の真摯な表情を思わせる横顔だった。

それは、自分が惹かれた……アレックスの事を強く意識するキッカケとなった、その表情だ。
700 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/08/14(火) 21:00:25.68 ID:W+jIPfIJ0
結「あ、あの……」

結は少し緊張気味に、口を開く。

答えは、やはり予想した通りだろう。

聞くまでもない。

だからきっと、聞く必要はない。

しかし、そうであると同時に、聞かなければならない。

これはそう、言ってみれば、一つの儀式だ。

結「何て……言ったの?」

だからこそ、結は儀式を先に進めるための言葉を、紡いだ。

そして、儀式は、アレックスへとその手順を移す。

アレックス「………僕は、十年前から本気です」

そう言った、とは言わずに、アレックスは改めて結に向けてその言葉を紡いだ。

結「じゅ、十年前……!?」

しかし、思わぬ言葉に結は驚きの声を上げた。

これは予想外だ。

てっきり、アレックスも自分と似たような物だと思っていたので、予想の倍以上となる年数に驚きを隠せない。

十年前と言えば、自分達が出逢った頃だ。

几帳面なアレックスの事だから、十年前と言っても一ヶ月以上の誤差がある時期の事ではないだろう。

そんな時期のアレックスとの印象深い思い出と言うと、
リーネがアーサーを助けた数日後、自分がフランと仲直りし、
アーサーの名付け問題でAカテゴリクラスがヒートアップしていた頃、
かくれんぼ部屋で話した時の事だろうか?

結(それくらい、だよね……?)

結は困惑しながらも、ほぼ十年前となるアレックスとの思い出の中で尤も印象深かった出来事を思い浮かべる。

アレックス「……奏君が編入して来たあの戦技披露会の日、
      虹色の光を纏って飛ぶ結君を見た時、思ったんです……。

      なんて、綺麗な魔法を使うんだろう、って」

だが、アレックスの答えはやはり予想とは違った。

結「あ、ああ……そっちの……」

そして予想外の返答に、結はまた困惑する。
701 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/08/14(火) 21:01:03.23 ID:W+jIPfIJ0
アレックス「実はあの時なんですよ……。
      フリーランスの道も、一般の学校に行く道も捨てたのは」

アレックスは照れ笑いのような、
だが必死に平静を装うような口ぶりで言うと、さらに続ける。

アレックス「こんな綺麗な魔法を使う人のギアを、自分の手で作りたい……。

      結君がもっと早く、もっと綺麗な軌跡を描いて飛べるような、
      君のためのギアを、僕が作るんだって。

      ………今思えば、単なる子供の我が儘ですね」

アレックスはそう言って、照れ隠しの苦笑いを浮かべた。

あの時、夢を決めたと言っていたアレックスは、
普段より少しだけ強気に見えたが、成る程、そう言う事だったのか。

結は腑に落ちたように頷いていた。

だが、直前のアレックスの言葉尻もあって、小さく首を振る。

結「え、えっと……その、あり、がとう」

首を振ってから、赤面して俯いたまま礼を言った。

そう言われて、結はまた納得した。

アレックスが開発した最初の魔導ギア――補助魔導ギアのプティエトワールは、
今になって思えばアレックスから結へと贈られた最初の“夢のギア”だったのだ。

続くグランリュヌ、そして、今も使う愛器・エールのWX103型フレーム。

全て、アレックスが一人で組み上げた、彼からの贈り物だ。

アレックス「も、勿論、魔法だけじゃありません!」

アレックスはギアと魔法の事だけしか話していない事に思い至って、
珍しくひどく慌てた様子で訂正し、さらに続けた。

アレックス「結君は素晴らしい女性だと思っています。

      ただ、その、ギャップと言うんですか?

      仕事中は凛々しくて、普段は大人しくて朗らかで……その落差と言っていいんでしょうか?
      任務中がそうだから、普段通りの結君がより魅力的に映ると言うか……」

一度慌ててしまうと、抑えが利かなくなってしまったのか、アレックスは早口にまくし立てる。

そこに普段の冷静さはなく、純朴で実直な、等身大の二十歳の青年そのものだった。

そう思うと、普段からどれだけ必死に冷静を装っていたのだろうと思い至って、
結は思わず噴き出しそうになってしまう。
702 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/08/14(火) 21:01:57.74 ID:W+jIPfIJ0
アレックス「ゆ、結君?」

口元を抑えて肩を震わせる結に、アレックスは怪訝そうに声をかけた。

結「ご、ゴメンね、アレックス君……。
  でも、こんなに慌ててるアレックス君って珍しいから、何だか、おかしくて」

結は笑いを堪えながら、嬉しそうに呟いた。

きっと、慌てた様子のアレックスの事など、他に見た人間もいるだろう。

だが結には、こうして自分自身のためだけに慌ててくれる様子を二人きりの場で見せてくれたのは、
どこかアレックスにとって自分が特別のような気がして、たまらなく嬉しかった。

そして、自分の気持ちを反芻する。


最初は、罪悪感だった。

自分の油断からシルヴィアに堕とされたあの時、アレックスを傷つけたと思った。

技術者としての彼の矜持や誇り、それを汚したのだと。

今思えば、それは単なる矜持や誇りだけではなく、
自分に対する真摯な思いの現れだったのだが。

だが、それにも拘わらず、彼は自分のために全力を尽くしてくれた。

言ってみれば、あの時の自分にとっては、アレックスから赦されたのだ。

何と言っていいか分からないが、その時の結は、アレックスと他の人々の違いを感じた。

幸運にも、結は優しい人々に囲まれて生きて来た。
それは、今も昔もだ。

その人達がくれた優しさを少しでも返して行きたい。

幼い頃から、それだけを考えて生きて来た。

だが、アレックスとの間にあったのは優しさだけでない、ある種の敬意だった。

奏のような受け止めてくれる優しさでも、
親友達の背中を押してくれる優しさでも、両親や家族の愛情とも違う、
そこにないのに確かに感じる、支えてくれる暖かな腕の力強さ。

不眠不休のボロボロの中で倒れたアレックスを支えながら、
自分が彼に支えられているような、そんな不思議な気持ちを確かに感じたのだ。

芽生えた敬意は以前からあった友情と共に、いつしか好意へと変わっていた。


だからだろう……。

結「私も、四年前から……あの夏、アレックス君が見せてくれたあの真剣な顔を見た日から、
  私のために、倒れるまで頑張ってくれたあの日からずっと……」

その言葉は――

結「アレックス君の事が……好き」

――素直に紡ぐ事が出来た。
703 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/08/14(火) 21:02:32.86 ID:W+jIPfIJ0
告白してくれたのは、思いが本気だと言ってくれたのはアレックスが先だった。

だからこそ、思いを表すその言葉は、自分から先に言いたかった。

アレックス「結……くん……」

面と向かっての初めての言葉に、アレックスは頬を紅潮させる。

結「え、えっと……呼び方、とか……その、変えた方が、いいのかな?」

アレックス「よ、呼び方……ですか?」

視線を俯かせた結の提案に、アレックスは困惑気味に問い返す。

結「えっと、その……恋人らしく……あ……あ、アレックス……って」

形式張った考えだが、心機一転のいい機会なのだから、恋人らしくすべきなのだろうか?

結はそんな気持ちで言った言葉だった。

アレックス「と、なると……僕も、その……ゆ……結……と、呼んだ方がいいですかね?」

アレックスにそう呼ばれた瞬間、
結はさらに頬が紅潮し、体温が急激に上昇して行くのを感じた。

きっと、彼も同じ気分、同じ状態なのだろう。

二人は顔を真っ赤にして顔を俯けてしまう。

アレックス「や、やはり、いつも通りで……いいと思います」

結「そ、そうだよね? ……いつも通りで、いい、よね?」

視線を合わせず、何度も頷く。

エール『…………何とか、収まるべき所に収まってくれた、かな?』

ヴェステージ『で、あるな』

最初に焚き付けて以来、口を噤んでくれいた愛器達が満足げに漏らす。

二人きりの世界に埋没してしまって、彼らの存在をすっかり忘れていた。

まあ、既に身体の一部のような存在なので、黙っていられると失念してしまうのも致し方ない。

しかし、こうなると彼らの思い通りになってしまったようで、どこか悔しい気もする。

だが、そんなちっぽけな悔しさよりも、今は想いを伝えられた事への喜びの方が、
思いを伝えてくれた事への喜びの方が、何倍も、何十倍も大きかった。
704 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/08/14(火) 21:03:05.07 ID:W+jIPfIJ0
結「アレックス君……好きだよ」

もう一度、思いを言葉にして伝える。

アレックス「僕も……結君の事が、好きです」

アレックスもコチラに向き直り、思いを言葉にする。

そして、どちからとなく顔を俯け、直ぐに顔を上げて向き合う。

顔を合わせて、名前を呼ぶ。

今までにも何度かして来た行為。

そこにたった一つの言葉と感情のアクセントが加わるだけで、
何故こうも気恥ずかしく、幸せな気持ちなのだろう。

結(お父さんやお義母さんも、こんな気持ちだったんだろうなぁ……)

結は頬を染め、満面の笑みを浮かべながら、
両親の気持ちを想像してさらに暖かな気持ちになった。

今までも、“好き”と言う言葉は、何度か口にした事のある言葉だった。

亡き母に、一人で育ててくれた父に、家族に、親友達に、幼馴染み達に、恩師達に。

その全員に対して、等しく好意も抱いていた。

だが、アレックスに抱く好意と、
彼に向けて口にした“好き”は、今までのどれとも違った。

アレックス「………っと、もう少しで作業が一段落しますから、待っていて下さい」

アレックスはそう言って、急々と作業に戻る。

それまでなら素っ気ないとしか感じないその態度も、
真相を知れば単なる照れ隠しにしか見えず、結は思わず頬を緩めた。

結「………」

結は、それまで一席分だけ離していた間を、半分だけアレックスに寄せる。
705 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/08/14(火) 21:03:33.99 ID:W+jIPfIJ0
アレックス「結君?」

急に身を寄せた――それでも密着はしない――結に、
アレックスは怪訝そうな表情を浮かべた。

期待していたワケではないのだろうが、ここまで来て、と言う思いはあるようだ。

結「お仕事の邪魔、しちゃいけないから……」

結は少し寂しそうな、だがそれでも目一杯幸せそうな笑みを浮かべて呟く。

やっと想いを打ち明け合ったのに離れたくない、
だが、アレックスを好きになった理由の一つでもある仕事をする彼を邪魔したくもない。

そんな微妙な葛藤が、一席の半分……約25センチと言う距離に現れていた。

アレックス「………残りはデータをまとめるだけですからっ、
      あ、あと少しだけ待っていて下さいっ」

アレックスは声を上擦らせながら言って、一心不乱に作業を進める。

結「え、えっと……」

別に急かす意図は無かったのだが、申し訳なさと嬉しさとで結は複雑な表情を浮かべた。

ヴェステージ『ふむ、実に素晴らしい飴と鞭……。
       結は魔性の女であるな』

エール『いや……これは単に天然なだけだよ』

うんうんと頷くような仕草が見えそうな声音で言ったヴェステージに、
エールが半ば呆れたような声で漏らした。

けなされているのかフォローされているのか分からないが、
結は肩を竦めて小さく息を吐く。

ともあれ、これ以上、アレックスの仕事の邪魔をするワケにもいかない。

エール(あ……買ったの忘れてた……)

結は膝の上に両手で固定されていた、先ほど買った野菜ジュースの存在を思い出す。

あれからどれだけの時間が経ったか分からないが、もう冷たくはないだろう。

結(……こんな時まで、おとぼけいっきゅ〜……)

折角、アレックスと想いを伝え合ったと言うのに、
最後の最後で嫌なオチがついてしまったものである。

まあ、不眠対策に買いに来たのだから、あまり冷た過ぎても逆に目が冴えてしまうだろう。

結はそう思い直して、紙パックの横にいついているストローを取り出し、パックの上面に突き刺す。

結(とにかく、飲みながら待とう……)

結はそう心中で独りごちると、一口だけ口に含んだ。
706 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/08/14(火) 21:04:10.13 ID:W+jIPfIJ0
結「…………っ」

苦い。

ケール入りは、想像よりも苦かった。

小さく白抜きの文字で書かれた“成分無調整”の謳い文句の通り、
味も無調整だけあって、なかなか刺激的な苦味だ。

メラトニンで睡眠誘発をどうこう以前に、苦味で目が覚める。

苦味はアレックスお手製のブレンドコーヒーで慣れていたつもりだが、
慣れ親しんだコーヒーの苦味と、飲み慣れない青汁系の苦味は種類が違いすぎた。

アレックス「………どうしました、結君?」

結「な、何でもないよっ」

怪訝そうな声と共に顔を向けて来たアレックスに、結は慌てた様子で返す。

さすがにアレックスが薦めてくれた物を“苦い”の一言で切り捨てられる程、
結は薄情になれそうにはなかった。

しかし、そこで恐るべき事に思い至る。

結(こ、このままだと……青汁の味になっちゃう!?)

ファーストキスの味だ。

何年か前に一つ年上の姉貴分から聞かされた“初めてはその時食べた物の味だよ”と言う余計なトリビアが、
脳裏で何度も何度もエコー再生される。

さすがにレモン味やイチゴ味を求めるほど夢見がちな年頃ではないし、
カレー味やガーリック味でなければいいやと言うほど冷めてもいないが、青汁だけは勘弁願いたい。

ちなみに、初めての味がその時食べた物の味になるのは基本的に相手方基準なのだが、
それだけに勘弁願いたいのだ。

このままでは、ようやく想いを告げ合って恋人同士になったばかりのアレックスに、
“自分の唇=青汁味”と言う不名誉な感想を与えてしまいかねない。

とにかく、今はこの青汁もどきの野菜ジュースを飲み干して、
別な何かを買って口の中の味を変えよう。

それしかない。

結は一念発起して、先ずは一気に青汁……もとい、野菜ジュースを飲み干す。

エール<……大変だね>

主の思考を感じ、エールが同情的な言葉を思念通話で漏らした。

共有回線でないローカル回線だったのが、彼のせめてもの気遣いだった。

結「や、やっぱりコーヒーか紅茶を飲もうかな……」

口いっぱいに広がる苦味を押し殺して、結は立ち上がった。

アレックス「? じゃあ、僕の分もお願いします」

アレックスは怪訝そうにしながら、結に自分の財布を手渡した。

結「うん……ブラックのコーヒーでいいかな?」

アレックス「はい、お願いします」

気を持ち直した結の問いかけに、アレックスはにこやかに応えた。

財布を受け取った結は、まずアレックス用にブラックの缶コーヒーを購入し、
次いで自分用にピーチフレーバーの紅茶を購入する。

三五〇ミリ用ペットボトル入りのため量は多いが、
これだけ飲めば先ほどの青汁を洗い流してくれるだろう。

涙ぐましい、十九歳の乙女の努力であった。
707 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/08/14(火) 21:04:46.71 ID:W+jIPfIJ0


結とアレックスが休憩コーナーで想いを打ち明け合っていた頃、旅館の中庭――

客室や浴室と言った幾つもの棟に囲まれた広い広い日本庭園の中央、
立ち並ぶ松に囲まれて客室からは死角となるその位置に、一軒の東屋が建っていた。

雨や雪をしのぎながら、中から庭園を見渡せるように作られたそこに向けて歩いて行くのは、
浴衣姿の銀髪の女性……奏だ。

東屋の入口には、同じく浴衣姿の一人の男性がいた。

こちらは一征だ。

一征「こんな時間にすまなかった」

奏「別に大丈夫だよ……。
  丁度、目が覚めた所だったから」

申し訳なさそうな一征に、奏は笑み混じりに返す。

結が起きて出掛けた時に目を覚ましてしまった奏は、
直後、一征から思念通話のコールを受けてこの東屋へと赴いたのだ。

捜査エージェント隊に所属する同期で、グンナー・フォーゲルクロウに浅からぬ関連を持つ二人は、
男女の仲ではないにせよ、学生時代と修業時代を共にした事もあって親交があった。

二人は東屋に入ると、中にあった木製の長椅子に腰を下ろす。

奏「それで、ボクに話って……?」

一征「ああ……この件は、アルノルト総隊長から
   “現時点では御当主以外、他言無用”と言われていたんだが、
   どうしても君の意見を聞きたくてな」

奏に促され、一征はそう言って傍らに置かれていた一冊のバインダーを奏に手渡した。

御当主と言うのは、おそらく本條家の現当主の事だろう。

一征「この間の会場で逮捕した政治家の一人が持っていた資料を押収して纏めたものだ。
   使途不明の金が流れている」

奏「うん……そう、みたいだね」

一征の説明を聞きながら、奏は資料の内容を確認する。

億単位の金の移動が数十回、中には十億以上が一気に動いている事もあるようだ。

奏(小さな党の代表でも、お金って持ってる物なんだな……)

奏はそんな事を考えながら、支援団体らしき所から捻出されているらしい金額に目を丸くする。

これをしかるべき所に提出して、妹分の家族の明るい未来のため、この国の政治浄化に一役買いたい所だが、
さすがに直属の上司が他言無用と言った物を明るみにするワケにもいくまい。

奏「政教分離なんて嘘だね……外国からの内政干渉も……」

一征「それも看過できない問題だが、我々にとっての問題点は別の所だ」

肩を竦めて溜息を漏らした奏に、一征は溜息がちに漏らし、資料の一点を指差した。
708 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/08/14(火) 21:05:30.46 ID:W+jIPfIJ0
一征「受取人サインだ……コレだけ、直筆になっている」

一征はそう言うと“多分、何かの手違いでこれだけ処分を逃れたんだろう”と付け加えた。

奏は目を見開く。

一征「………筆跡に、見覚えは?」

一征の問いかけに、奏は目を見開いたまま無言で頷く。

日付を確認する。

2003年10月5日。
約四年前。

一征「御当主は、この政治家とは面識がないらしい……。
   ただ、利川や横山達から取れた情報から見る限り、例の施設の黒幕はコイツで間違いない」

奏「この人は……まだ、船の上、だよね」

淡々と語る一征に、奏は震える声で確認する。

逮捕した連中は全員、研究院の息の掛かった海運会社の船で、本部に向けて移送中だ。

しかし、そこは問題ではない。

奏「おかしいよ……こんな七年も後の日付なんて……、
  いくら何でも、おかし過ぎる……!」

一征「同じ所に流れた金で、一番新しい物は今年の九月だ。
   我々の知る情報とは、十一年近い誤差がある……十年以上は、さすがにあり得ない」

困惑した奏に、一征は冷静に呟く。

一征「そして、これだ」

一征は奏からバインダーを受け取ると、一つのページを開いて手渡した。

そこに踊る日付は、1996年12月8日。

十一年前、自分が結によって助けられたその翌日だ。

表記内容に間違いがなければ、金銭の受け渡しが行われた日付だ。

奏「絶対におかしい……この日に、受け取れるハズがない……!」

一征「………だが、こう考えれば納得が行く」

動揺する奏を落ち着かせるように、一征は冷静な声音で言うと、意を決して続ける。

一征「ヤツは……生きている」

奏「ッ!?」

その言葉に、奏は息を飲む。

そして、一征からバインダーをひったくるように受け取ると、
最初にサインを見たページを開き、その文字を注視する。

そこに踊る、“G.V”とイニシャルだけのサイン。

その文字に向けて、奏が何事かを呟いたようだったが、
消え入りそうな声は奏自身にも聞き取れる物ではなかった。

クレースト<奏様……>

ただ、愛器の声だけが脳裏に反響のように響くのだった。
709 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/08/14(火) 21:06:04.89 ID:W+jIPfIJ0
そして、東屋からやや離れた松の陰に、ジッとその様子を見守る一人の女性の姿があった。

美百合「一征……お兄様……」

不安げに呟いたその声の主――美百合は、その声の通り不安げな表情を浮かべている。

夜中に目を覚まし、部屋の外に出てみれば、中庭に向かう一征の姿を見付けた。

気になって後を付けるべきか迷っている内に、
やや間を置いて自室から現れた奏も、同じく中庭へと向かう。

そして、困惑しながらも奏の後を付けると、
二人の密会――少なくとも美百合の目にはそう映っただろう――の現場に居合わせてしまったのだ。

どうやら、知り合いとは言え、一征が別の女性と一緒にいる事に不安を覚えているのだろう。

勿論、これだけ離れた位置では二人の会話の内容などうかがい知れるハズもない。

だが、それ故に不安が募るのだ。

美百合「………」

一征は、奏と何を話しているのだろう?

何故、奏とこんな真夜中に会っているのだろう?

彼女の知らぬ解答を言ってしまえば、単なる相談事と確認のためであり、
他言無用の禁を破る故の密会だったのだが、事情も真相も知らぬ美百合には不安ばかりが募る。

その場から出て行く事も出来ず、美百合は松の木に背中を押しつけるようにして、
星一つ、月明かりすら見えぬ曇天の空を見上げた。

美百合「一征お兄様………」

心細さそうに、一征の名を呟く。


さらに、その様子を窺う、もう一人の姿があった。

紗百合「………いい加減……ハッキリしなさいよ……バカアネキ……」

腹立たしさを堪えるように組んだ腕を握り締める、
美百合によく似た女性……紗百合。

その目には、怒りと、寂しさと、苛立ちと、
姉と同じ不安の色が湛えられていた。


第28話「結、慰安旅行と進展の関連性」・了
710 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/08/14(火) 21:15:31.36 ID:W+jIPfIJ0
今回はここまでとなります。

バレバレかとは思いますが、G.Vの正体の謎に関しては次回までお付き合い下さいw


あと、俗な話になりますが、サイズの補足をば……。
出身地別に仏>露>日>伊>日(双子)=独>瑞>中の順です。
仏・露の二人は90オーバー、Gオーバーと思っていただけると幸せになれるかもしれません。
ちなみに、身長は伊=露>仏>日(双子)>日>独=中>瑞くらいをイメージしています。
711 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/08/14(火) 23:04:18.75 ID:JUqPO3q50
乙ですたー!
いやいやアレックス君、10年越しでしたなぁ・・・・・・なんと言うか、我々は10年待ったのだ!的な感慨と言いますか。
しかし結は彼と彼への自身の気持ちをどこか信じられなかったかもしれないけれど、その理由の一つだったろう周囲の
煽りへの冷静な対応は、多分に結への気遣いがあったのでしょうね。
麗は初対面ですし、そのあたりのことは読み取れなくても致し方ないところでしょう。
彼自身の照れももちろんあったでしょうが、自分が感情的になると結の立場が、みたいな。
さて、胸談義・・・・・・しまった。結の胸、もう少し大きめに描いておくべきでした!
メイ・・・・・・大きければ良いと言うわけじゃないのよ?
そして奏と一征。
前回から「もしかして?」という雰囲気でしたが、どうもそうした感情が二人の間にあるのか無いのか??
双子のお姉ちゃんは”オフィーリア”への歩みを進めてしまうのか?
そしてG・Vはインコムを使うのか??(違)
次回も楽しみにさせていただきます。
712 :NIPPERにかわりましてロリコンがお送りします [saga sage]:2012/08/15(水) 09:21:59.63 ID:qIN3Po3W0
お読み下さり、ありがとうございまーす。

>10年越し
書いた本人がビックリの一途ぶりですが、アレックスが最初に興味を惹かれると言ったらやはり魔法かなぁ、と考えた次第です。
ただ、十五話の時点でお互いにフラグ立てまくってたような気もしますし、単に結が朴念仁なだけなのかもしれませんw

>結への気遣い
それもあったでしょうけれど、本人的には恋愛に耐性がないので五割以上は照れ隠しですね。
思考と感情を切り離して、血流をコントロールして、順序よくシステマチックに照れ隠ししていたのですよw
ともあれ、周囲が何で煽っていたのかは、次回に持ち越しと言う事で……。

>結の胸
きっと着やせするタイプなんですよw
ともあれ、フランも驚いていますが、きょぬーになったのはここ数年の話で、
以前はフランとメイの間で、ややメイ寄りと言う、やや悲しいレベルだったりw

>メイの胸
二十歳で70のAAAとか、個人的にはある種のご褒美なんですけどねぇw
ただ、胸は大小に拘わらず愛されるべきものだって、どこぞの乳の神様が言ってました(何

前々回から今回までの話、冗長過ぎないように色々と削った部分が多いのですが、メイがアレックスに
「あのピッチピチのインナー着て、カナ姉やロロ姉の横に立つアタシの苦悩を考えた事あんのか!?」
と言う台詞と前後のシーンが丸々カットされていますw

>奏と一征
この二人は、あんまり男女の仲とは言えませんねぇ……。
友人同士ではありますけど、どちらかと言うと“候補生時代・修業時代を共にした同僚”程度の認識です。
美百合がオフィーリア道を登り始める事は無いと思いますが……さてはて?
むしろ奏がアレックスに結の正妻の座を奪われて、カッナデーンしないか心配で心配でw
八、十六話はあんなに百合百合してたのになぁ(遠い目

>インコム
使うかもしれません(何
713 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/08/28(火) 19:21:14.62 ID:dKfidrrg0
そろそろ最新話を投下させていただきます。
714 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/08/28(火) 19:21:55.15 ID:dKfidrrg0
第29話「特務、アメリカへ」



結とアレックスが想いを伝え合い、
奏が一征から資料を見せられた夜が明けた翌日――

朝を迎え、一同が朝食のために大広間に揃う。

並びは昨晩と同じだが、全員が自主的にその位置に座った。

何やかやで配置的に気楽と言う事もあったが、
一部の“人の恋路を邪魔するヤツは云々”な並びに茶々を入れるほど
無粋な人間がいなかったと言う事だろう。

そして、全員が集合し、いざ朝食と言うタイミングを迎えた時だった。

結「えっと……あ、アレックス君と正式にお付き合いする事になりましたっ」

一瞬躊躇った様子の結だったが、何故か力強い挙手と共に昨夜の出来事を宣言する。

今まで、事実上の交際状態にあったアレックスとの関係だが、
いざ進展して正式な交際がスタートしたとなると気恥ずかしい事もあって、妙に力んでしまったのだ。

隣ではアレックスが平静を装っているものの、頬は紅潮しており、
こちらも照れているのがよく分かった。

メイ「まさか、本当にまだ付き合ってなかったの!?」

メイが素っ頓狂な声を上げる。

結「へ……?」

結は思いもしない言葉に、照れ笑いの表情のまま首を傾げてしまった。

さすがに第一声に“おめでとう”を期待していたと言うワケではないが、
まさかの第一声に思考が追い付いていかない。

フラン「いや、てっきり周りにバレバレだと知らずに隠しているものだと思ってたから……ねぇ?」

ロロ「うん……。正直な話、私達も、盛り上げるために冷やかしている部分はあったよね」

同意を求めるようなフランの言葉に、ロロは苦笑い混じりに答える。

さもありなん。

エールとヴェステージが“事実上の交際”と言い切っていただけあって、
周囲の人間達は“煮え切らない二人”と言うよりは、
むしろ“いちゃつかない二人”として見ていたようだった。

まあ、公共の場で恋人同士の営みを見せる趣味を持たれても、
周囲が反応と目のやり場に困ってしまうワケだが……。
715 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/08/28(火) 19:22:43.88 ID:dKfidrrg0
リーネ「あ〜……えっと……お、おめでとうっ! 結姉さん、アレックス兄さん!」

微妙な空気を察してか、リーネがフォローするかのように二人を祝福する。

ある意味、これが止めだった。

結「あ、ありがとう……」

結は素直に喜んでいいのか分からず、肩を竦めて首を傾いだ状態のまま、
何となく笑顔で感謝の言葉を呟いた。

言われて思い返してみれば、普段から二人きりで午後のティータイムを過ごし、
互いの仕事を全力でサポートし合っていたのだ。

ただ、それだけならば交際しているように見えなかっただろうが、
お互い、激務の合間を縫ってそれなりに時間を作っていたのも事実である。

いくら自分たちで男女のソレとして交際していないと言っても、
ただの照れ隠しにしか映らなかっただろう。

案外、麗の目にもそう映っていたために、
冷静過ぎるアレックスの事が許せずに焚き付けたのかもしれない。

アレックス「確かに……冷静に考えてみれば、
      付き合っているようにしか見えませんでしたね……」

アレックスもそこに思考が至ったのか、力ない笑顔を浮かべて呟いた。

結も顔を見合わせて、似たような表情を浮かべる。

ザック「まあ、何だ……お前ら二人が婚約した、くらいじゃないと驚きはねぇな」

そんな二人に向けて、ザックはニンマリと挑発的な笑みを浮かべて言った。

結「こ、婚約……!」

結は思わずその言葉を反芻し、顔を真っ赤に紅潮させる。

さすがに一足飛び過ぎてその発想は無かった。

妄想を相手にこの喩えは些か難があるが、走馬燈のように一連の光景が浮かんでは消える。

プロポーズ、互いの両親への挨拶、結婚式、誓いの言葉、誓いの口づけ……。

そして、思い出されるコーヒー味。

思い切り、脳が爆ぜる。
無論、比喩表現だ。

フラン「何だか、結の頭から湯気が出そうね」

その様子を見ながら、フランが微笑ましそうに漏らす。

実際、出ている気分だ。

頭の中でボンッと爆ぜるような音がしたような気がした程である。

結(ああ……漫画の中で恥ずかしくて湯気が出てる時のアレって、
  こう言う気分の時のなんだね……)

結は恥ずかしさのあまり上気して朦朧とする意識の中、
子供の頃に読んだ少女漫画の登場人物達が
頭から湯気を出していたシーンを思い出して、妙に納得していた。

ちなみに、熱系変換を上手く組み合わせれば、頭から立ち上る湯気も演出できない事もないが、
熱系変換の素養が壊滅的な結ではソレは叶わぬ願い(?)である。
716 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/08/28(火) 19:23:21.15 ID:dKfidrrg0
しかし、そんな上気した思考も不意に止まる。

クリス「……お母さん、どうしたの?」

向こう隣に座るクリスが、心配そうな声で傍らの――
自分達の間にいる――奏に声をかけたからだ。

そう、おそらく普段通りならばいの一番に祝福の言葉をかけてくれたであろう、
そして、冷やかす面々を優しく窘めたであろう奏は、何処か思い詰めたような表情を浮かべていた。

心ここにあらずと言った雰囲気で、黙々と食事を続けている。

結「奏ちゃん……?」

結も親友の様子が気に掛かり、心配そうに声をかける。

奏「え? あ……うん、何かな? 二人とも」

一瞬、驚いたような奏だったが、結とクリスを交互に見遣るように問い返して来た。

どうやら言葉は届いていたようだが、その内容までは届いていないようだ。

メイ「何かあったの、カナ姉? もしかして、調子でも悪い?」

対面に座っていたメイも、心配そうに問いかける。

対して、奏はどう返していいか分からず、困ったような笑みを浮かべる。

原因は昨夜、一征から見せられた資料に関しての事だ。

書類に記された見慣れた筆跡で書かれた“G.V”のサインと、
自分の記憶と大きく異なる日付、そして、一征が口にした言葉。

今朝はその事が気がかりで中々眠りにつけず、
明け方になって眠気が勝った所でようやく一時間ほど眠った程度だった。

奏「う〜ん……ちょっとだけ、睡眠時間が短かったくらいだから」

奏はその事を思い出して、そう言うなり、
少しわざとらしくはあったがアクビをかみ殺すような仕草を見せた。

流石に、一征が見せてくれた書類の情報をこの場で言うワケにもいくまい。

彼が自分に見せてくれたのも、言ってみれば捜査の一環――関係者への聴取のようなものだ。

しかも、本来は“他言無用”の特秘事項。

そこを曲げて資料を見せてくれた一征の真意を汲んで、ここは隠すべきと判断したのだろう。

視線だけを一征に向けると、一征も気付いた様子で素早く浅く頷く。
717 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/08/28(火) 19:23:53.11 ID:dKfidrrg0
一瞬のやり取りで、気付かれるハズもないと思っていた。

美百合&紗百合「………」

だが、他の者達が和気藹々としている中、
黙して二人の様子を窺っていた双子にだけは、その様子も目に入ったようだ。

美百合は少しだけ哀しそうに目を伏せ、紗百合は不機嫌そうに肩を竦める。

この二人の態度こそ誰にも――唯一、一征を除けば――気取られそうになかったが、
二人に挟まれる位置に座っていたフランは、二人の様子に気付いたようで、溜息混じりに肩を竦めた。

フラン「あなた達二人はホントに仲が良いのか悪いのか……。

    二人が“お兄様ラブ”なのは分かったから、
    言いたい事があるならハッキリしなさい」

紗百合「お、お姉さん!?」

半ば呆れた様子のフランの突然の言葉に、紗百合は素っ頓狂な声を上げ、
美百合は目を見開いてビクリと肩を震わせる。

その様子から、奏も昨夜、二人にあの密会を見られていた事に気付いた。

だが、何と言って説明すべきか躊躇われる。

奏<あ〜……一征、どうしようか……?>

一征<俺に振られても困るが……言い分は君に任せる>

奏と一征は視線を交え、思念通話で言葉を交わす。

半ば投げ槍気味な一征ではあったが、
奏が書類内容を口外しない事は分かり切っているのか、そこは敢えて指摘して来なかった。

しかし、それだけでは信頼されているのか責任を丸投げされたのか分かりかねるのか、
奏は小さく息を吐いてから口を開く。

奏「……昨夜の事なら、美百合と紗百合が心配しているような事はなかったよ」

メイ「昨夜の事って?」

苦笑い混じりの奏の言葉に、メイが怪訝そうに問いかけて来た。

さすがに、結とアレックスの交際宣言の事もあるので、
否定したとは言え内容が気に掛かっているのだろう。

奏「一征が担当している仕事の件で、少し確認事があっただけだよ」

奏もその好奇心を満たすため、話せる範囲で事情を話す。

ロロ「ああ、睡眠時間少なかったって、そう言う事なんだ……」

ロロも納得したように呟いた。
718 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/08/28(火) 19:24:29.03 ID:dKfidrrg0
一征「一応、上からの指示は他言無用との事なので、
   彼女に確認したと言う事も内密にして欲しい」

ザック「それは分かったが……、
    それにしても他言無用ってのは、妙にきな臭ェな……」

冷静に呟いた一征の言葉を聞きながら、傍らのザックが肩を竦める。

上層部が他言無用――つまり特秘事項とするからには、
何かの大きな事件が動いている可能性があると言う事だ。

それはきな臭いと言い出したザックだけでなく、この場にいた者達も感じ取っていた。

結「………あまり、大きな事件にならなければいいけれど」

話の矛先がズレた事で自爆的な妄想から完全に立ち直った結は、
不安の入り交じった声で小さく漏らす。

仕事中毒などと揶揄される結だが、さすがに荒事や大事件を望んでいるワケではない。

無論、事件になったら事件になったで飛び出して行きかねない程の猪突猛進ではあるが、
彼女の根底にある物が幼い頃から変わっていないのは、先日の捕り物を見れば一目瞭然だ。

事件が大きくなればなる程、被害に遭う人は多くなるし、
根が深ければ深い程、巻き込まれた人の心に穿たれる傷も深くなる。

そんな人々を救う事を信条としている結だけに、
むしろそんな人々が増えるような事態は避けたいと言う思いは誰よりも強いのだろう。

フラン「まあ、本当に荒事になったら嫌でもお呼びもかかるだろうし、
    荒事が起きたら起きたで、その時になってから考えましょ」

結や他の面々の不安を察してか、フランはあっけらかんと言った。

ロロ「いくら何でも、楽観的じゃない?」

苦笑い気味のロロに、
フランは“まあ、ねぇ”と同じく苦笑い気味に返し、さらに続ける。

フラン「特務の隊長としてはその情報の詳細を知りたい所だけど、
    その情報ばかりにかまけて他を疎かにするワケにもいかないでしょ?

    便利屋の辛い所よ」

フランはそう言うと、大げさに肩を竦めて見せた。
719 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/08/28(火) 19:25:07.16 ID:dKfidrrg0
フラン「カウンターテロ専門って言っても、
    どっかの国のドラマにでも出て来る大統領直轄の対テロ特殊捜査部隊じゃあるまいし、
    基本的に情報戦は他任せにして、ウチは潰す、叩く、シメるの突撃専門の実動部隊だもの」

メイ「フラン姉……シメる、って、
   屠殺場でブタやニワトリの処理するんじゃないんだから」

指折りながら溜息がちなフランの愚痴に、メイが素早くツッコミを入れる。

フラン「いや、それがねぇ、私もこの休暇……って言うか、
    昨夜も寝る前に色々考えたワケよ……」

しかし、フランは言いながら軽く首を振ってそのツッコミをいなすと、さらに続けた。

フラン「どうせ便利屋扱いされるくらいなら、
    単なる少数精鋭の電撃奇襲部隊じゃなくて、
    あと十人くらい捜査エージェントを増員して、
    世界中のフリーランスエージェントとも独自に連携できて、
    独立稼動できる中規模の精鋭部隊にした方がいいんじゃないかなぁって」

フランはそう言うと
“まあ、これだとエージェント隊そのものからも独立しちゃうんだけど”
と付け加えて、やれやれと肩を竦める。

特務は基本的に“各隊から隊員をピックアップした選抜部隊”と言うだけで、
リーネの所属する総合戦技教導隊のような一部署、一部隊としての確固たる権限のある部隊ではない。

所属する全員がSランクなのは、発足後、偶々、部隊や個人で挙げた戦果・戦績の結果で昇格したに過ぎない。

所属隊員全員がSランクで、各エージェント隊からも完全に独立した権限など持てば、
指揮・管理能力の都合からAランクエージェントが総隊長を務める隊の方が多い以上、
余計な波風を立てる輩が出て来る可能性も少なくはない。

部隊機能的には独立、責任の所在は隊長格のフラン、ザック、奏の三人、
最高権限は各エージェント隊総隊長に帰属と言う今の形が一番波風が立てずに済むのは事実だ。

或いは、総合戦技教導隊のように各エージェント隊の総隊長に責任の一端を担ってもらい、
研究エージェント隊の中に創設する形を取るかである。

まあ、そうするしか道が残されていないのが、便利屋から脱却できない主な原因でもあるのだが……。

特務は全員、フランの提案に思う所があるのか、無言で頷く者や思案気味に肩を竦める者など様々だ。

リーネ「何だか、またそっち方面に話が逸れちゃってない?」

だが、そんな中でリーネが現状――
無論、隊の運用に関してではない――に対して苦笑い気味に感想を差し挟む。

フラン「ハッ……!? と、とにかく! 美百合、紗百合!」

フランも自らが話題を脱線させていた事に気付き、慌てて軌道修正を行う。
720 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/08/28(火) 19:25:39.59 ID:dKfidrrg0
それに合わせて、名前を呼ばれた美百合と紗百合は、慌ててフランへと向き直る。

フラン「とにかく……奏と一征の間で浮いた話題になるような事はないから。
    ……って言うか、一征があなた達二人以外の異性に興味を……」

正面の一征を見ながら苦笑い気味に言ったフランだが、不意にその言葉が止まった。

何故か苦笑いのまま冷や汗を浮かべるフラン。

その視線の先には、黙々と食事を続ける一征。

そして、一征の傍らに座ったザックが“ああ、こりゃ睨まれたな”と言いたげに肩を竦めた。

寡黙な同期は怒らせると怖い。

暴力に訴えて来るワケではないし、汚い言葉を使うワケでもない。

だが、あの切れ長の目で眼光鋭く睨むのだ。

傍目に見るだけでも怖いのだから、直接睨まれるのは勘弁願いたいものである。

ザック(そう言や、主犯のオッサンが漏らしてたな……)

五日前の捕り物で、一征の手で最後に確保された主犯格の男――ファン・イルを運ぶ際に、
彼が盛大に失禁していたのを思い出してザックは小さく溜息を漏らした。

フラン「な、何よぉ、バカにしてんの!?
    一度、一征に本気で睨まれてみなさいよっ、冗談抜きで怖いのよ!?」

ザック「知るか、アホ。お前の自業自得だろ」

溜息の理由を勘違いした幼馴染みの抗議を、ザックは肩を竦めて受け流した。

隊長と副隊長……上司と部下の関係ではあるが、
さすがに幼馴染みとしての忠告もそれと同時に入れておく。

美百合「お兄様が……?」

紗百合「……睨む?」

しかし、その一方で、双子は顔こそ見合わせなかったものの、
本当に不思議そうに首を傾げていた。

一応、ギアの翻訳機能は正常なのでどの国や地域の言葉で何を喋ろうとも、
正確に言葉は伝わっているハズだ。

それにも拘わらず、本気で首を傾げているのだから、
彼女たちは一征が誰かを睨む所など見た事もないのだろう。

それは一重に、そのような場所に二人を同席させぬよう、
一征がずっと幼い頃から二人に気遣っていた証拠でもある。

奏「優しいお兄さんだね、一征は」

フラン「一征のはただの過保護よぉ……」

三人を見回すようにして優しそうに微笑む奏に、フランは半ば涙目で抗議する。

途端、ドッと周囲から笑いが零れた。
721 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/08/28(火) 19:26:21.60 ID:dKfidrrg0
エール<何だか、すっかり話題が一征と美百合達の事になってしまったね>

ヴェステージ<話題に新鮮味が無いのである>

アレックス<目立ちたいワケじゃないんだから……>

エールとヴェステージの交わした言葉に、アレックスは肩を竦めて呟く。

そんな三人に、結も思わず苦笑いを浮かべてしまったが、
すぐに幸せそうな笑みを浮かべた。

友人達の反応が予想とはかなり違ったのはさすがに驚いたが、
裏を返せばそれだけ自分達の事を普段から認めてくれていたと言う事だろう。

そして、この友人達とならばどんな事件が起きても解決できる。

そんな強い思いが、結の顔に笑みを浮かべさせていた。

無論、傍らにいる愛しい人の事も多分にあるが……。

結(やっぱり、いいなぁ……こう言うの……)

結は心中で感慨深く独りごちる。

先日は家族や郷里の幼馴染み達と過ごし、
今はこうして幼馴染み達と共に普段では過ごせないようなゆったりとした時を過ごす。

自分たちの“普通の日常”は、やはり過酷な任務の中にあるのだろうが、
こう言った緩やかで幸せな時間こそがかけがえないのだと再認識できた。

そして、それは今も世界のどこかで苦しんでいる人々にこそ、与えられるべき安らぎなのだとも。

結「よし……っ」

再認識した思いを、決意を胸に、結は小さな声で意気込む。

その声は小さなものだったが、隣り合う位置のアレックスには気付かれていたようだ。

アレックス「どうしました、結君?」

小声で尋ねられ、結はしばし思案した後で口を開く。

結「……うん、このお休みが終わったら、いつも以上に頑張らなきゃって思って」

アレックス「なるほど……」

アレックスは納得したように頷いた後、“結君らしいですね”と付け加えた。
722 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/08/28(火) 19:26:52.36 ID:dKfidrrg0
結「……仕事中毒って事?」

アレックス「………まぁ、それも否定は出来ませんが」

怪訝そうに問い返す結に、アレックスは苦笑い気味に答え、すぐに続ける。

アレックス「きっと奏君あたりもこう言うと思いますが、
      何かに一途で、誠実な事は結君の良い所ですから」

結「あ、あははは……わ、私の場合、単に子供の頃から猪突猛進なだけだから」

笑みを浮かべたアレックスの言葉に、結は照れ笑いを交えて俯き気味に応える。

アレックス「そう言う真っ直ぐな所が魅力的なんですよ、結君は……」

結「あ、あははは………」

アレックスのさらなる追撃に、
結はどうして良いか分からずに照れ笑いを浮かべるだけだ。

そんな二人の様子を見て、結の傍らの奏が優しげに微笑む。

メイ「おやおや、そちらの一角だけ他と空気が違いますなぁ」

二人の様子に気付いたメイも、ニマニマと妙な笑みを浮かべて冷やかすように言った。

結「そ、そう言うのじゃないよっ!」

結は頬を朱に染めて、慌ててそれを否定する。

だが、誰がどう見ても“そう言う”状況としか取れないだろう。

ロロ「せっかく正式に付き合い出したって言うのに、昨日までとあまり変わらないね」

ロロはそう言いながら、からかい半分、微笑ましさ半分と言ったような笑みを浮かべた。

一応、面と向かって発表すべき事ではない程度までの進展はあったが、
さすがに進展度合いがどの程度か口に出す趣味はない。

結とアレックスが既に付き合っていたと勘違いしていた事はあったとは言え、
その後の進展に関して追求する者はいなかった。

結(ロロとザック君には、あとで感謝しないとなぁ……)

十年前には奏を除いたAカテゴリクラス総出で告白の場面を覗き見した上、
四年前など不可抗力とは言えメイと共にキスの瞬間に居合わせてしまった引け目もあって、
結はそんな事を考えながら、申し訳なさと有り難さの入り交じった複雑な表情で頷く。

結がそんな事を考えていると、俄に廊下から慌ただしい足音が聞こえて来る。

しかも、その足音は次第にこの広間へと近付いて来るようだった。
723 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/08/28(火) 19:27:45.13 ID:dKfidrrg0
紗百合「騒がしいみたいだけれど、何かしら?」

外の様子に気付いた紗百合が、怪訝そうに漏らす。

紗百合だけでなく、他の面々も足音が近付いて来る事に気付いたのか、
ある者は訝しげな表情を浮かべ、ある者は緊張で身を固くする。

程なくして足音は広間の前で止まり、静かに襖が開かれ、仲居の女性が顔を見せた。

仲居「失礼致します、カンナヴァーロ様はどちらの方でしょうか?」

フラン「ハイ、私です。何でしょうか?」

仲居の女性に呼ばれ、フランは流暢な日本語で応えて立ち上がると、
駆け足気味に仲居の元に駆け寄る。

仲居「魔法倫理研究院のアンダースンと言う女性の方からお電話が入っています」

仲居の女性から聞かされた言葉に、フランは肩を竦めて小さく溜息を漏らす。

今は朝の八時、研究院のある辺りは深夜零時。

真夜中に電話をかけて来るとは、ただならぬ事態に違いなかろう。

おそらくは緊急性の高い任務か、最悪、テロが発生したか……。

ともあれ、その辺りの事情を察したフランは、
言いかけた“便利屋扱いすんな、あのオバサンめ”と言う愚痴を飲み込んだ。

フラン「あ〜……みんな、一応、食事は手早く済ませておいて。
    それと、アレックス、悪いけれど、
    特務全員のギア、簡易でいいから事前点検お願いね」

フランは肩を竦めながら申し訳なさそうに言うと、
手首に付けていた待機状態の愛器をアレックスに投げ渡した。

アレックス「了解です。
      本部施設ではありませんので、リミッター解除までは出来ませんよ?」

フラン「それでも構わないわ。
    どうせこの前もリミッター付きだったし」

アレックスはフランの返事を聞きながら魔力の力場でギアを受け取ると、即座に立ち上がる。

アレックス「皆さんのギアも預かります」

アレックスはそう言うと、近場にいた結から順に、
一征、美百合、紗百合の三人以外のギアを預かると、
まだ半分ほど残った料理もそのままに、自分の部屋へと戻って行く。

まだ確定ではないが、このタイミングからして仕事で間違いないだろう。

半休だった初日を含めて七日間の予定だった休暇も、
五日目の早朝でお開きと言う事らしい。
724 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/08/28(火) 19:28:12.63 ID:dKfidrrg0
メイ「うぅ、三年ぶりの里帰りがぁ……
   今日も入れてあと三日は休めたハズなのにぃ」

帰郷を明日以降に予定していたメイは、
目に見えて分かるほど消沈し、がっくりと肩を落とした。

いつもならば“こればかりは仕方ないよ”と慰める結だったが、
さすがに先に帰郷を済ませていた手前、下手に慰めるのも逆効果だろうと思って口を噤いだ。

ロロ「こればかりは仕方ないね……」

代わりに、彼女の傍らにいたロロが優しく声をかけた。

ザック「そうそう、とにかくチャッチャと終わらせて休暇に戻ろうな」

メイ「うん……」

続けてザックが励ますように声をかけると、メイも不承不承と言った風に頷く。

奏「とにかく、今は任務に向けて御飯食べようか?」

奏はそう言って、全員に食事を促した。

折角の日本海産の海の幸も、これでは美味しさ半減である。

全員が食事を続けている間に、ギアの簡易点検を済ませたアレックスが戻り、
ギアを持ち主へと返却して行く。

美百合「何だか、本当に慌ただしくなって来ましたね」

現時点では自分たちも無関係かどうかも分からない事もあって、
結達と同じペースで食事をしていた美百合が緊張した面持ちで呟いた。

と、それが合図だったかのように、フランが広間へと駆け込んで来る。

ただならぬ様子に全員の視線がフランに集まると、彼女は険しい表情を浮かべていた。

フラン「特務は全員着替えて、クリスも!
    これから高田経由で横田に行くわよ!」

フランはそれだけ言うと、お茶と味噌汁と言った汁物だけを飲み干し、
半ばひったくるようにしてアレックスから愛器を受け取る。

クリス「わ、私も、ですか!?」

一応、気構えはしていたつもりだったが、
フランの様子もあってクリスは驚いたように問い返した。

フランは味噌汁の具を咀嚼しながら頷き、即座に立ち上がる。
725 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/08/28(火) 19:28:44.96 ID:dKfidrrg0
一征「我々は?」

フラン「………これから行く場所が場所だから、
    美百合や紗百合にまで来て貰うワケにはいかないの。

    一征は連絡役って事で日本に残って貰える?

    アレックスは出来るだけ早く本部に戻るように」

一征の質問に、フランは事前に与えられた情報から判断して指示を下す。

アレックス「了解しました。
      皆さんの荷物は僕が一緒に持ち帰らせて貰います」

フラン「助かるわ」

アレックスの提案に、フランは僅かな安堵を交えて返した。

結(高田経由で横田、って事は……米軍基地かな?)

一方、最後の一口をお茶で流し込んだ結は、
立ち上がりながらも指示内容を反芻する。

高田とは新潟にある在日米軍が一時利用可能な使用協定を結んでいる、
陸上自衛隊高田駐屯地の事だろう。

そして、横田と言えば在日米軍の飛行場がある基地として有名な、
都内にある在日米軍施設の横田飛行場で間違いないだろう。

横田で何らかの魔導テロが起きたか、或いは横田からさらに経由して別の在日米軍基地行きか、
或いは米軍、場合によってはアメリカ本国に関係した施設や国に移動と言う事か?

だとすれば、フランが言った“これから行く場所が場所だから”と言うのは、
研究院に正規で登録されているフリーランスエージェントとは言え、
日本政府お抱え魔導師の本條姉妹を連れていけない場所と言う事になる。

となれば、ほぼ100%の確率でアメリカ本国行きで間違いない。

しかも、捜査エージェントや戦闘エージェントではなく、
対テロが専門の特務にお呼びが掛かったとなれば……。

結(………大きな事件になりそう……)

結は予感めいたものを感じながら、奏とクリスと共に部屋に駆け込んで行った。
726 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/08/28(火) 19:29:11.66 ID:dKfidrrg0


数時間後、結の予想通りに陸上自衛隊高田駐屯地を経由し、横田飛行場へと赴いた特務の面々は、
そのまま飛行場に駐機されていた輸送機へと乗り換え、太平洋上を移動していた。

殆ど貨物室然とした輸送機内には、特務だけでなく
在日米軍海兵隊と思しき屈強な兵士達が押し込まれている。

一応、結達は客としての扱いを受けているお陰で、少し広めの席に通されていた。

小さな窓から外を見ると、機の遥か上には分厚い雲が立ちこめる曇天が広がっている。

女性「狭い機内、ご苦労をおかけします」

隣の区画から現れた軍服姿の女性が、手すりに掴まりながら申し訳なさそうな声を漏らした。

どうやら、今回の任務の案内役のようだ。

年の頃は三十歳前後と行った所だろうか?

フラン「いえ、このタイプの輸送機は色々あって慣れてますから、ご心配なく」

対して、フランはにこやかに返す。

今、彼女達が乗っている輸送機は、大規模な作戦や長距離移動の際、
研究院でも使われている輸送機と同じタイプだ。

フランは戦闘エージェントと言う事もあって、幾度か同型輸送機に乗った事があったし、
結や他のメンバーも二年ほど前の任務で同型機に乗った経験もあって、特筆して狭いと感じる事はなかった。

ただ一人、英軍から払い下げられた移動用ヘリを除けば、
本物の軍用機に乗るのは初めての経験となるクリスだけが、普段よりも緊張した様子だった。

メアリー「……申し遅れました。
     私はCIA対テロ特務室所属、捜査官のメアリー・キャンベル少佐です」

フラン「魔法倫理研究院、対テロ特務部隊隊長、
    フランチェスカ・カンナヴァーロです。
    よろしくお願いします、キャンベル捜査官」

名乗った女性捜査官――メアリーに握手を求められ、
フランは自身も自己紹介しながら握手に応える。

CIAの対テロ特務室の捜査官と言う事は、捜査専門の役職だろうか?

フラン「今回は米軍ではなく、合衆国政府からのご依頼、と言う事で宜しいでしょうか?」

メアリー「…………その通りです」

フランからの直球の質問に、メアリーは僅かに言い淀んだものの、意を決したように応えた。

依頼する以上、隠し通せる物ではないと判断しての事だろう。
727 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/08/28(火) 19:29:54.65 ID:dKfidrrg0
メアリー「現在、当局も行政も混乱状態でして……被害確認もままならない状況です」

続くメアリーの言葉に、その場にいた面々の表情が強張る。

奏「隊長補佐の奏・ユーリエフです。
  詳しい状況をお聞かせ願いたいですが、よろしいですか?」

フランの隣に座っていた奏が、やや前のめり気味に顔を出してメアリーに問いかける。

メアリーもどう話すべきか逡巡したようだったが、すぐに口を開く。

メアリー「先ず、第一報があったのが日本時間で〇四一二。
     現地時間で一日の一三四〇、バージニア州のラングレー空軍基地が襲撃、応戦開始。
     約三十分後、日本時間で〇四四〇、ラングレー空軍基地壊滅の報せが入りました」

ザック「つまり、何か……タイムラグを考えても、
    たった一時間で空軍基地が壊滅させられたって事かよ!?」

重苦しく状況を説明するメアリーの言葉に、ザックが驚きの声を上げた。

ちなみにラングレー空軍基地は最新鋭戦闘機F−22A、通称ラプターが真っ先に配備され、
アメリカの対テロ戦争において数々の作戦に参加している第一戦闘航空団がある事でも有名だ。

ラングレー基地のあるバージニア州における日本との時差はマイナス十四時間。

襲撃開始が報告通りならば午後二時前で、
日本で報せを受けた時間から計算して基地壊滅が午後二時台。

ザックの言葉通り、およそ一時間以内で壊滅したと言う事実は拭えない。

メアリー「現在、衛星による通信回線は完全に麻痺しており、詳細な状況は不明。

     しかし、衛星回線途絶前に伝えられた当時最新の情報によると、
     ラングレーに現れた集団と同様と思われる集団が
     オクラホマ州の軍事施設でも確認されていると言う事です。

     ……それが、およそ三時間前」

ロロ「三時間前……となると、私達が横田に着いた頃だから……。
   ラングレー襲撃からオクラホマ州まで到達まで八時間ちょっとって事ですか!?」

メイ「えっと、バージニアってアメリカ北東部の州でしょ?
   オクラホマは中南部だから……ちょっと、計算合わなくない!?」

思案気味に計算していたロロの驚きに応えるように、メイも唖然とする。

バージニア州からオクラホマまでの数千キロの道のりを八時間での行軍、
しかもラングレー壊滅の時点から考え七時間とすれば、かなりの速度で行軍している事になる。

同様のスピードを出せるメイや奏、リーネにしてみれば、
一人でなら出せる速度かもしれないが、集団で出すとなるとかなり無理がある。

結「ちょっと、いくら何でも矛盾してませんか?

  テロリストの行軍速度もですけど、海軍も航空戦力以外はともかく、
  空軍、陸軍、それに海兵隊……かなりの戦力が基地の増援に向かえるハズですよね?」

そこに気付いた結が怪訝そうに指摘する。

確かに、オクラホマ州にあるどの基地が狙われたのかは知らないが、
ラングレー以外の基地からいくらでも増援は出せたハズだ。

名実共に世界最強の軍隊と言って間違いない米軍が、
対魔法研究で他国に一歩も二歩も遅れを取っているとは言え、
たかだか魔導テロリスト集団を相手にここまでてんてこ舞いにされる状況が想像し難い。
728 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/08/28(火) 19:30:30.47 ID:dKfidrrg0
フラン「みんな、ちゃんと話を聞きなさい……。
    キャンベル捜査官は“同一の集団”なんて一言も言ってないわよ」

フランは三人の様子に呆れと、
これから目の前の女性捜査官から語られるであろう真相に、
大きな不安と幾ばくかの焦りを込めて呟いた。

そう、メアリーは“同様の集団”とは言ったが
“同一の集団”とは口にしていなかった。

メアリー「至らぬ説明への補足、感謝します、
     カンナヴァーロ隊長」

メアリーはフランに一礼すると、さらに続ける。

メアリー「ラングレー基地の壊滅を前に、本国各地の軍事施設への攻撃が開始されました。

     襲撃された地点は日本時間〇九四五時点で五十二ヶ所。
     そのまま襲撃地点は加速度的に増加し、回線途絶前の一一三〇時点で百二十ヶ所を突破。

     その内で壊滅、制圧された施設は九十%超となっています」

彼女の口から語られる惨憺たる戦況に、全員が身を強張らせた。

百を超える軍事施設を一斉に襲撃し、
その殆どを短時間で壊滅、或いは制圧する一団とは、一体何なのだろうか?

しかし、どんな状況であろうが、言える事が一つだけある。

これは既にテロリストによるテロ活動ではない。

アメリカに対する、明確な宣戦布告だ。

捜査官の説明はさらに続く。

メアリー「我々の知り得る限り、
     襲撃して来た集団は黒い人型のような機動兵器。
     大きさは成人男性ほどで、数は目測も込みで一万超。

     これが襲撃して来た機動兵器です」

メアリーは説明しながら手元の液晶タブレット型端末を操作し、
そのモニターに一つの画像を提示する。

奏「ッ!?」

その画像を見せられた奏が息を飲む。

メイ「これ……例のトリスタン事件の機人魔導兵ってヤツじゃない!?」

隣から覗き込んだメイが驚きの声を上げた。

同様に、機人魔導兵と直接相対した経験のある結、ロロ、ザックの三人も画像を確認する。

細部にやや違いはあるものの、機人魔導兵で間違いないようだ。
729 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/08/28(火) 19:31:05.28 ID:dKfidrrg0
ロロ「確かに、四年前の本部襲撃に使われた機人魔導兵に似ているね」

ザック「コイツが一万超えか……そりゃ、対魔法装備が無い軍隊にはキツいな……」

ロロとザックはそう言って顔を見合わせる。

四年前当時、トリスタンの研究院襲撃に使われた機人魔導兵の戦闘能力は、
Cランクそこそこと言った性能だった。

Cランク魔導師が一万超と言う大軍勢で一つの施設を襲ったとなれば、
壊滅も頷ける結果と言える。

そして、コレらの大集団の一斉襲撃を受け、各基地の戦力は自衛に戦力を割かざるを得ず、
他の施設や基地への増援を回す余裕もないままに次々と壊滅、制圧されて行ったのだろう。

しかも、機人魔導兵は使用者が魔力を込めるまではピンポン球サイズの呪具に過ぎない。

成る程、研究院加盟国とは言え対魔法研究の遅れている米軍に対して、
最も効率的な奇襲用装備だろう。

さらに、外見に四年前とは差違が認められる以上、性能も向上していると見て良いハズだ。

リーネ「その上……襲撃した施設の数は、分かっているだけで百二十以上……。
    下手をすれば百万以上の機人魔導兵がいるって事だよね?」

クリス「………」

呆然と漏らしたリーネの隣で、クリスが顔面蒼白になっている。

フラン(こりゃ、クリスを連れて来たのは失敗だったわね……。
    頭数は欲しいけれど、素直にアレックスと一緒に本部に帰らせるべきだったわ……)

そんなクリスの様子に気付き、フランは心中で独りごちた。

ここまで危険度の高い任務に候補生を巻き込むべきではない。

詳しい状況が分からなかったとは言え、明らかな判断ミスである。

だが、連れて来てしまった以上、ここは少しでも役に立ってもらうべきだろう。

フラン<奏……悪いけれど、クリスも頭数に入れて作戦立てるわよ……>

奏<……うん、この場合、致し方ないよ……>

フランと奏は思念通話で言葉を交わし、小さく頷き合う。
730 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/08/28(火) 19:31:40.36 ID:dKfidrrg0
メアリー「現在、本機は西海岸に向けて飛んでいますが……。
     正直、どれだけの数の施設が生きているか分かりません」

メアリーは悔しさを滲ませる声で言うと、さらに続ける。

メアリー「各地の艦隊は、この非常事態のスキを突かれるワケにもいかず、
     駐留地点や寄港地からは動けずにます」

彼女の言葉通りならば、アメリカ本土の戦力はほぼ壊滅状態。

世界各地に展開中の国外の戦力は、
この機に妙な動きを見せる国に対する牽制のため動けないと言う事だろう。

おそらく、研究院に援護を要請した時点ではまだこれ程の被害ではなかったハズだ。

ここまでの状況になって、候補生を含めてたった八人だけの戦力で何が出来るかなど、
たかが知れている。

それでも救援依頼が取り消されないと言う事は、
それだけ命令系統がズタズタになっている証拠だ。

メアリーも救援依頼先への案内役をこなせと言う最後の命令を、
僅かでも友軍が生存している事を信じ、
ただひたすらに遵守していると言う状況だと言うのは、
彼女の悔しさと苦しさの同居した表情からも読み取れる。

彼女もアメリカと言う国家、その組織に属する一員として、
現在の自国が世界でどれだけの抑止力を担い、また反発の受け皿となっている事は自覚しており、
世界中に駐留した艦隊を自国の危機のためだけに動かす事がどれだけの愚かは理解していた。

メアリー「お願いします……一人でも多く、助けて下さい」

メアリーは苦しげな表情で、深く頭を下げる。

その言葉は最早、説明でも何でもなく懇願であった。

一人の人間として、仲間の事を思う真摯な姿。

結「……任せて下さい、キャンベル捜査官」

その姿に、結は考えるよりも先に言葉を紡いでいた。

直後、仲間達の視線が結に集まる。

頼もしげに目を細める者、呆れて小さな溜息を漏らす者、
困ったように肩を竦める者、その言葉を聞いて気合を入れる者、
反応は様々だが全員の感想はほぼ同一。

結らしい……その一言に尽きた。

メアリーも顔を上げて、驚きと嬉しさの入り交じった表情を浮かべる。

フラン「はいはい、気合入れるのもいいけれど、隊長を無視しない」

そして、呆れて小さな溜息を漏らしていたフランが、
使命感にかられて先走る妹分を窘めるように言った。

結「あ、ご、ごめんなさい……」

さすがに先走り過ぎていた事に気付いたのか、
結は恥ずかしそうに顔を赤くして肩を竦める。

こう言う所が“猪突猛進”なのだ。
731 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/08/28(火) 19:32:12.63 ID:dKfidrrg0
フラン「ともあれ、キャンベル捜査官……。
    部下に先は越されましたが、任せて下さい。

    この状況で、我々がどこまでご期待に添えるか分かりませんが、
    貴国政府の御依頼、お受け致しました」

フランは気を取り直すように言って、右手を差し出し、握手を求める。

メアリーも最初は驚いたような表情を浮かべていたが、
すぐに口元に笑みを浮かべ、その手を握り返した。

メアリー「お願いします……カンナヴァーロ隊長」

メアリーは小脇に端末を挟むと、懇願するかのように両手でフランの手を握る。

フランもそれに応えるかのように、彼女の手を両手で握り返す。

しばらく握手を続けていた二人だが、どちらからとなくその手を離した。

フラン「とりあえず、フォーメーションはいつものヤツの変形で行くわよ」

フランはそう言いながら仲間達に振り返り、さらに続ける。

フラン「先ず後衛。
    CTS1は私、CTS2は結。
    指揮は私だけど、総指揮も私だから結は基本自己判断だけど、状況に応じて遊撃に回って貰うわよ」

結「うん、了解」

フランの指示に、結は深々と頷いた。

フラン「前衛。
    CTS3に奏、CTS4にメイ。指揮は奏」

奏「了解。
  いつも通り、よろしくねメイ」

メイ「任せてよ、カナ姉」

奏とメイは顔を見合わせて、小さく頷き合う。

フラン「施設内及び施設周辺の生存者、負傷者の救助、加えて無事な施設の防衛。
    ここはCTS5にザック、6にロロ、7にリーネ。
    指揮は基本的にザックに任せるけれど、状況次第で指揮優先権はロロに移動ってカタチで」

ザック「だとよ。よろしく頼むぜ二人共」

ロロ「うん、こちらこそよろしくね」

リーネ「頑張ろう、ザック兄さん、ロロ姉さん」

ザック、ロロ、リーネの三人はそれぞれに目を合わせる。

そして、隊員達に指示を出し終えたフランは、一呼吸ついてからクリスに向き直る。

フラン「クリス。あなたにも作戦に加わって貰うわね。
    コールサインは前回のCTS6じゃなくてCTS8」

クリス「は、はいっ」

クリスは緊張した様子で頷く。

フラン「任務内容は基本的にザック達と同じだけれど、
    危険だと思ったらすぐに主戦場から離れた位置に退避しなさい。
    状況次第にはなると思うけれど、フォローしきれる自信はないからね」

クリス「……はい……」

続く言葉に、クリスは身を強張らせた。

候補生として経験させてもらった捜査と潜入を主体とした先日までの任務とは明らかに毛色の違う、
対テロ特務部隊本来の姿とも言える対テロ殲滅任務。

実戦経験は積ませて貰ったものの、まだ自分の知らぬ恐ろしい戦いの予感に、
クリスは我知らずに身を震わせる。

当然の反応だ。
732 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/08/28(火) 19:32:44.30 ID:dKfidrrg0
奏<……クリス、こんな事に巻き込んでゴメンね……>

愛娘の様子に、奏は申し訳なさそうに思念通話を向ける。

隊員達の士気の上がっている現状、隊長補佐として、
その士気を挫くような言葉を直接口にするワケにはいなかいと言う、奏なりの判断だった。

クリス<お母さん……>

そんな母の考えと、それでも思念通話で声をかけてくれた気持ちを知って、
クリスも思念通話で感極まった声を返す。

フラン「次に、想定できる状況に合わせた幾つかの基本戦略だけど……」

作戦のため、状況に合わせた細かなな打ち合わせをしながら、母娘は思念通話を続ける。

奏<クリス……最近、何だか悩んでるみたいだね>

クリス<えっと……それは……>

唐突に別な話題を切り出され、クリスは困惑気味に押し黙った。

奏<エージェントの事……かな?>

クリス<………>

核心を突かれ、クリスは無言で母の言葉を肯定する。

五日前、あの潜入任務中の何気ない会話の中、
紗百合の質問に対してクリスの返した煮え切らぬ返事を聞いた時から、
奏はその事が気に掛かっていた。

無論、あの言いようなのだから、奏以外にも気付いた者はいる。

しかし、降って湧いた長期休暇と、クリス自身も功への謝罪の事もあり、
ついつい先延ばしになってしまっていたのだ。

だが、娘が無言になってしまった事で、
奏は気付かれないほど小さく肩を竦め、息を吐いた。

奏<今回の任務……いつ終わるかはまだ分からないけれど、
  この任務が終わってから、ゆっくりと話そうか?>

クリス<………うん……>

促すような奏の言葉に、クリスは消え入りそうな声で呟いた。

どうやら、思ったよりも根は深そうだ。

奏(これは………レナ先生やシエラ先生にも相談しておいた方がいいかな……)

思念通話を切り上げて、奏は心中で独りごちた。

更正教育官となって早くも四年。

多くの子供達と接してそれなりに自信を付けたつもりだったが、
娘の事となるとどうやら勝手が違うようだ。

奏(ちゃんと、お母さんをして来たつもりなんだけどなぁ……)

一応、母と娘として接するようにはしており、実の兄妹だったオリジナルはともかく、
自分たち自身の血が繋がっていない事もあり、寂しい思いをさせたくない事もあって、
実母を見習って少し過保護気味に接していたのだが、それが悪かったのだろうか?

こんな慌ただしい状況に加えて、母としての悩みを抱える事となってしまい、
奏は今度こそ肩を竦めた。
733 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/08/28(火) 19:33:17.01 ID:dKfidrrg0
そうこうしている間に、また数時間が経過する。

輸送機は既にアメリカ本国西海岸に到達し、衛星を介さない直接の電波通信の圏内へと入っていた。

メアリー「……」

しかし、苦しげなメアリーの表情を見る限り、交信可能な状況の軍事施設は近隣にはないようだ。

現在、日本時間で午後六時、西海岸は夜中の午前一時。

軍用輸送機の飛行速度のお陰でかなり早く着いたものの、最初の襲撃報告から十三時間超。

既にアメリカ全土の軍事施設への攻撃が終わっていると見ていいだろう。

電撃作戦と言うには、あまりにも電撃的過ぎる速度だ。

パイロット『おかしいな……』

そんな呟きが、スピーカーを通してコックピットから漏れて来た。

メアリー「どうした?」

怪訝そうな表情を浮かべたメアリーが、インカムを通してパイロットに問いかける。

パイロット『住宅地には被害が出ていないようだ』

メアリー「何ですって……?」

パイロットの返答に、メアリーは困惑気味に返して窓から眼下の光景を覗く。

結達も同様に、最寄りの小窓から眼下の光景を窺う。

下に見えるのはそこそこ規模の大きな街のようだが、
パイロットの言葉通り、被害は受けていないようだ。

深夜と言う時間もあったが、人の姿が見えないのは、
この非常事態に合わせ戒厳令でも出ているためだと想像できる。

しかし、テロリストの目的はその内容こそ大差があれど、
自分達の主義主張を世間に知らしめるためのセンセーショナルな破壊活動にある。

アメリカ全土の軍事施設を攻撃するのがセンセーショナルでないと言えば嘘になるが、
それでも市街地を狙ったほうがよほど効果的であるには違いない。

事実、六年前の9.11の際に経済的にも重要で民間人のひしめき合う、
ニューヨークの世界貿易センタービルがその標的とされたのだ。

無論、テロの全てが民間施設だけを狙うとは言い切れないし、
逆に軍事施設のみを狙わないとも言い切れない。

襲撃の規模を鑑みれば、テロと言うよりも戦争と言った方がしっくりと来る。

それでも、戦争行為としては攻撃対象を軍事施設に絞るのは常套だが、
テロリスト然として宣戦布告しないままと言うのもあまりにもちぐはぐだ。

メアリー「民間無線でも構わない、テロリストからの要求が出ていると言う情報はないのか?」

パイロット『先ほどから確認していますが、軍用の衛星回線は使用不能、
      民間の回線も現状を伝える報道ばかりでそれらしき情報は何も』

メアリーの指示に、パイロットは戸惑い気味に返す。
734 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/08/28(火) 19:33:45.93 ID:dKfidrrg0
メイ<便利な物って、有るのが当然のように思ってる事があるけど、
   なくなった途端、不便になるよね>

その様子を見ていたメイが、共有回線を使った思念通話で感慨深く呟いた。

結にも、メイが衛星通信の事を言っているのだろう、と言う事はすぐに分かった。

輸送機は民間の航空会社からの管制誘導を受けているが、
アメリカの領海上空に入った途端に衛星回線の一切が使えなくなったため、
管制誘導も通常の電波回線を使ってやり取りしているような状況だ。

結<けれど、衛星回線が使えないって言うのはどう言う仕組みなんだろう……?>

結はふと、その疑問を口にしていた。

確かに、妙である。

ジャミング……電波妨害が行われているならば、民間の電波も使用不能になるハズだ。

考えられるのは回線を中継している衛星の物理破壊だが、
それ程の出来事ならばもっと早くニュースになっているだろう。

だとすれば、何か強力な力場で衛星と地上の間を遮断する方法が考えられる。

フラン<まさか……雲、なワケないわよねぇ>

ザック<当たり前だろ……>

怪訝そうに呟いたフランに、ザックは溜息がちに返した。

確かに空は曇天の暗闇が広がっているが、曇り空如きで衛星回線に支障を来すようでは、
晴れの日以外は衛星回線は使用不可能、などと言う事態にもなりかねない。

常識的に雲はあり得ないだろう。

リーネ<…………ぅ…ん……>

不意にリーネが小さなうめき声を上げる。

ロロ<どうしたの、リーネ? 大丈夫?>

隣に座っていたロロが、心配そうにリーネの顔を覗き込む。

リーネ<うん……何だか、頭の上の方を引っ張られるような感じがしただけ……。
    だから、体調不良ってワケじゃないと思う。

    心配してくれてありがとう、ロロ姉さん>

リーネはそう言って、嬉しそうな笑みで返す。

ロロ<もう、本当にリーネは幾つになっても可愛いなぁ……>

妹分の見せる年相応の笑顔に、ロロも嬉しそうな笑みを浮かべた。

リーネ<あぅ……く、クリスもいるんだから、あんまり子供扱いしないでよぉ>

言葉だけとは言え、久方ぶりに“可愛い妹分”として扱われ、リーネは顔を赤くする。

子供の時のように抱きしめられて頬ずりされないだけマシかもしれないが、
十七歳まであと一ヶ月と言う時期にこの扱いはさすがに恥ずかしいのだろう。

昨日は褒め殺しにされ、今日は子供扱いと、中々目まぐるしいものである。
735 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/08/28(火) 19:34:17.28 ID:dKfidrrg0
緊張していた特務の面々に、不意に笑顔が戻りかけた瞬間だった。

パイロット『救難信号受信! ビール空軍基地です!』

メアリー「状況は!?」

パイロットの声と、それに問い返したメアリーの声で、再び全員に緊張が走る。

パイロット『基地周辺を包囲され孤立中との事です』

メアリー「主力部隊が偵察団でも、軍地施設が相手ならばお構いなしかっ……!」

パイロットからの報告を受けて、メアリーは憎々しげに呟いた。

フラン「基地までの距離は?」

パイロット『南東方向、五キロの地点です』

メアリーに問いかけたフランだったが、それに答えたのはパイロットだった。

フラン「五キロ…………。

    キャンベル捜査官、機のハッチを開放して下さい。
    ここから直接基地に向かいます」

パイロットからの返答を受け僅かに逡巡したフランだったが、意を決して口を開く。

メアリー「しかし、まだ距離が……」

フラン「飛べばすぐですから」

戸惑うメアリーに、フランは素早く返す。

そこでメアリーは、目の前のエージェント達が飛行できると言う事実を思い出した。

それまで魔法に触れられる環境でなかった事もあって、その事に気付くのが遅れのだ。

メアリー「……では、我々はこのまま基地から北東方向にあるハモントンの市営空港に向かい、
     そこで負傷兵達の避難区域を確保します」

だが、メアリーはすぐに気を取り直し、途中での打ち合わせ通り、
基地から最寄りの民間空港へと移動する事にする。

海兵隊の援護を受けられるのならそれに越した事はないが、
さすがに対魔法戦装備のない兵士と作戦行動を共にするワケにはいかない。

彼らを守る余裕が有るかどうかも、今は分からないのだ。

故に、海兵隊には後方支援を任せるべきと言うのが、フランとメアリーの共通の判断であった。
736 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/08/28(火) 19:34:51.49 ID:dKfidrrg0
結達はフランを先頭に輸送機の後方へと移動し、
海兵隊の隊員達に前方へと移動してもらい、後部ハッチが開くのを待つ。

フラン「いつも通り、飛べないメンバーは飛べるメンバーが牽引して移動するわよ」

開き始めたハッチを見ながら、フランは振り返らずに指示を出す。

フラン「組み合わせはポジションに合わせて。
    クリス……悪いけれど、お母さんじゃなくて私で我慢してね」

クリス「はい……じゃ、なくて、
    お願いします、カンナヴァーロ隊長」

フランの言葉に頷きかけたクリスだったが、頭を振ってから深々と頭を垂れる。

さすがに“我慢しろ”と言われて頷くのは失礼だと思ったのだろう。

フラン「あんまり緊張し過ぎないでね」

そんなクリスの様子に、フランは苦笑いを浮かべた。

そうこうしている間にハッチは完全に開放され、
特務の面々はギアを起動して魔導装甲を装着すると、
可能な限りそれぞれのポジションに合わせてコンビを組んで飛び立って行く。

先頭に前衛を務める奏とメイ、フランとクリス、
結とザック、リーネとロロと言った組み合わせが続く。

フラン「奏、メイ、結、ザックは先行して戦域構築!
    その際、基地周辺と退路の確保を最優先!」

奏「了解。
  じゃあ、結、ボクが先行するよ」

結「うんっ、ザック君、少し揺れるよ!」

フランの指示に応え、奏と結は言葉を交わすと、ザックの返事を待たずに加速を始める。

奏は元より高速飛行が可能だが、結は起動したグランリュヌを背面に接続し、
後方に向けて大威力魔力砲撃を行う事で無理矢理に加速した。

一応、砲撃の角度は調整しているので仲間達や他に被害が及ぶ事はない。

ザック「相変わらず、羨ましくなるスタミナだな……」

メイ「いや、ホントに……」

その光景にザックとメイは唖然としつつ漏らす。

結の場合、周囲の空間から魔力を抽出できるので、
自身の周囲を他者の魔力で覆われない限りは魔力切れを起こす心配がないのが強みだ。

だが、急ぎとは言え、移動のために大威力魔力砲撃を放つのは些か無駄遣いに見えない事もない。

ともあれ、ザックとメイを抱えた結と奏は、全速力でビール空軍基地へと向かった。
737 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/08/28(火) 19:35:25.28 ID:dKfidrrg0


数分とせずに基地の上空へと差し掛かった四人は、その凄惨な光景に息を飲む。

ザック「コイツは……想像以上にヒデェな……」

数秒おいてから、ザックが絞り出すような声で漏らした。

滑走路や基地周辺には無数の機人魔導兵がひしめき合い、
基地施設のあちらこちらから火の手と黒煙が上がっている。

滑走路近くに不自然に密集した黒い塊が見えるのは、
おそらくは他基地への増援に向かおうとした所を取り押さえられた戦闘機だろう。

よく見れば主翼らしき物が周囲に転がっている。

まるでコオロギの屍骸に群がる蟻を見ているかのような光景だった。

四年前のトリスタン・ゲントナー事件でも、
研究院本部の一角を機人魔導兵で埋め尽くされた事があったが、さすがに数と規模が違い過ぎる。

しかも、あの独特な死霊のような外観がその光景の恐ろしさを増長していた。

エール<反応が多すぎてセンサー系がまともに機能しないな……。
    数は目測で八千超って所かな>

状況を確認しつつエールが呟く。

彼の言う通り、あまりに数が多過ぎて探査知覚が妨害されているような感覚さえ覚えるほどだ。

感度の高いリーネが不調を訴えるのがようやく分かった。

奏「とにかく戦える場所を作らないとね……」

奏は言いながら降下を開始し、結もそれに続いて降下して行く。

ザック「結、ここでいいから降ろしてくれ!」

残り高度が二十メートルを切った所でザックが叫ぶ。

どうやら、そろそろ下の機人魔導兵群も結達の接近に気付いたようで、
上空に向けて魔力弾を放って来ている物がいる。

結「うん、気を付けてね、ザック君」

ザック「おうよっ」

結が手を離すと、ザックは障壁を展開して滑走路上に降り立ち、
それと同時に周辺の機人魔導兵を拳で弾き飛ばして行く。

魔力で構成されている機人魔導兵は弾き飛ばされるなり、魔力相殺で霧散して消えた。

ザック「よしっ、前のタイプと同じだ。魔力相殺で倒せる!」

ザックは言いながら障壁を全周囲に展開して機人魔導兵を押し留め、
その間に両手に術式をセットする。

エレナ直伝・ジガンディオマルッテロ――ジャイアントハンマーに使うメインの多重術式だ。

本来は別の四つ以上の多重術式で打撃面積を増やして攻撃範囲を広く取るのが定石の儀式魔法だが、
展開する術式を意図的に減らせば簡易な術式魔法としても流用可能だ。
738 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/08/28(火) 19:35:55.11 ID:dKfidrrg0
ザック「吹っ飛べぇっ!」

ザックは正面方向の障壁を解除すると、多重術式に向けて多量の魔力を流し込む。

直後、起動された多重術式から黄色い閃光のように硬化特性魔力の砲弾が放たれ、
滑走路上に密集した機人魔導兵を数十体ほど弾き飛ばし、霧散させた。

ザックの得意とする射砲撃型打撃魔法、シュートインパクトだ。

端的に言ってしまえば硬化特性魔力による物理干渉型の魔力弾だが、破壊力は通常魔力弾の比ではない。

魔力打撃の射程を伸ばす魔法と言い換えても良いだろう。

魔力運用でエレナに劣る事で、彼女以上の硬化特性を存分に発揮できない欠点を持つザックだが、
単一多重術式に運用を絞れば通常時と遜色ないレベルの硬化特性を発揮できる。

研究院でもトップクラスの硬化特性魔力による遠距離打撃には、機人魔導兵の能力では対処のしようがない。

そして、多くの仲間を倒された機人魔導兵はその優先順位を基地の襲撃から、新たに現れたザックへと変える。

メイ「ザック兄にだけ気を取られてるんじゃないよっ!」

ザックへと向かい始めた機人魔導兵の隊列に向けて、メイが一足飛びに蹴りかかる。

魔力の込められた跳び蹴りで、一気に三体の機人魔導兵が折り重なって吹き飛んで行く

実際には隊列と呼ぶには烏滸がましいレベルの集団を切り崩された機人魔導兵達は、
突然のちん入者に対してその周囲を取り囲む。

メイ「団体さん、ごあんなーいっ!」

何処へご案内なのか分からないが、メイは円陣脚で近場の機人魔導兵を蹴り飛ばした。

魔力を伴って高速旋回するメイは、
まるで竜巻が木々を薙ぎ払うように機人魔導兵達を吹き飛ばして行く。
739 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/08/28(火) 19:36:31.66 ID:dKfidrrg0
一方、メイと別れた奏は、
十メートルほど上空で対空弾を回避しながら両手のギアに魔力を注ぎ込む。

奏「クレースト、スニェークの機動制御、任せたよ」

クレースト<畏まりました、奏様>

指示を受けた愛器の答えを合図に、
奏は右手に構えていた補助魔導ギア・スニェークを敵集団に向けて投げ放つ。

奏「スニェーク! プラーミャリェーズヴィエッ!」

雪の結晶のような形状をしたギアが、
主の声と共に青銀色の炎の刃を生み出し、高速回転を始める。

高速回転する炎の巨大手裏剣だ。

炎の巨大手裏剣と化したスニェークは、
クレーストの制御を受けて敵陣を縦横無尽に駈け巡り、切り刻んで行く。

無数の機人魔導兵が炎に包まれて霧散して行く中、
運良くスニェークの軌道から逃れた機人魔導兵に向け、今度は奏が斬り掛かる。

奏「グラザーリェーズヴィエッ!」

青銀の電撃が作り出す刃が、彼女の構えた十字槍と共に周囲を一閃すると、
生き残った機人魔導兵達は上下真っ二つになって霧散した。

そして、一閃終える同時に手元に戻って来たスニェークを再度、投擲する。

圧倒的な個々の戦力差により、かなりの数の機人魔導兵が霧散したものの、
彼我の戦力差は小揺るぎもしない。

おおよそではあるが、今の三人の同時攻撃で百体倒せたかどうかと言う所だろう。

それでもかなりの数を倒した事になるが、
エールの目測が確かならば一割にすら遠く及ばない。

しかし、機人魔導兵が、
この圧倒的な戦力を有する敵性魔導師達を脅威として認定するにはそれで十分だった。

先ほど、ザックに向かって隊列が動き出したのと同様に、
奏とメイの元へも機人魔導兵達が動き出す。

ザック「奏、メイ、二人ともそのまま基地から南西方向に距離を取れ!」

奏「了解! メイ、少しずつ離して行くよ!」

メイ「はいな、っと!」

ザックの指示で、奏とメイは基地から南西方向に向かって徐々に後退を始める。

機人魔導兵達は三人のやり取りが理解できないのか、
はたまた自分達の主以外の言葉を理解できないのか、
面白いほど簡単に二人へと引きつけられて行く。
740 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/08/28(火) 19:37:12.39 ID:dKfidrrg0
結「うん、事前の打ち合わせ通り」

エール<思考能力や判断能力は四年前からあまり変わっていないようだね>

対空攻撃を回避しつつその光景を見下ろしながら、結とエールは口々に呟いた。

万に迫る機人魔導兵の大軍勢は、基地の西側にある滑走路に戦力を集結させつつある。

しかし、それでもまだ基地周辺の全方位を埋め尽くすように群がっており、
事態は思ったよりも好転しているようには見えなかった。

だが、ある程度の流れが生まれればそれで十分だ。

結「プティエトワール! 障壁展開!」

結は回避運動を止め、背面に光背の如く配置されていた
星形の補助魔導ギア――プティエトワールを正面に滞空させ、
分厚い魔力の障壁を展開すると、構えた長杖に魔力を集中させる。

そして、基地の北東側の一角へと長杖の先端を向け、一気に魔力を解き放つ。

結「アルク・アン・シエルッ!」

長杖の先端から虹色の輝きが放たれると同時に、前面の障壁を解除する。

虹色の輝きは機人魔導兵の対空魔力弾を消し飛ばし、
さらに地上の機人魔導兵の一部を跡形もなく消し去った。

砲撃直後の反動による一瞬の硬直が終わり、
結は一団の中にぽっかりと空いた空間に向けて素早く降下する。

結「エール、左目の光学望遠、最大で!」

エール<了解ッ!>

結は愛器の返事を聞くと同時に右目を閉じ、
左目だけで前方――北東方向を見遣った。

直後、左目の視界がズームアップする。

機人魔導兵ばかりで基地職員らしき姿は見えない。

上空からも見ていたが、基地周辺に基地職員はいないようだ。

おそらくは施設内に避難したか、ギリギリで逃げおおせたのだろう。

結「エール、射程調整八〇〇!」

結は全周囲に障壁を張り巡らせながら、再び、長杖の先端へと魔力を集中する。

それと同時に二重の拡散術式を長杖の先端に設置し、前方へと向け、再び解き放った。

結「アルク・アン・シエルッ……イノンブラーブルッ!!」

長杖から放たれた虹色の輝きは広範囲へと拡散し、
結の正面方向にいた機人魔導兵達を消し去って行く。

結<ザック君、退路確保完了したよ!>

ザック<よ…っ、そ…まま、配置…交代…っ!>

結は共有回線による思念通話を送るが、
ザックからの返答は酷いノイズで完璧には聞き取れない。

どうやら、周囲に満ちている機人魔導兵達の魔力が、
こちらも魔力を用いた思念通話を妨害しているようだ。

だが、“現在の配置を交代せよ”、と言う要点だけは何とか聞き取る事が出来た。

結<了解っ!>

結は返答しつつ、肩の付け根辺りから伸びる羽衣状の布に魔力を込め、
翼と化した閃光魔力の刃――エルアッシュで近寄って来る機人魔導兵の一部を切り裂く。

そして、ザックが基地の屋根を跳び越えてやって来た事を確認すると、
自身もわざと派手に飛び上がり、機人魔導兵達の注意を引くようにして南西方向へと移動する。

その頃には結も機人魔導兵達に脅威として認定されており、
機人魔導兵達の流れは完璧に結達三人のいる南西側へと向き始めた。
741 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/08/28(火) 19:37:41.84 ID:dKfidrrg0
退路確保と陽動と言った戦場の構築がようやく終了した所で、後発のフラン達が到着する。

フラン「ザックはそのまま退路確保に専念!
    リーネは基地上空で敵を牽制しつつロロの人命検索と避難誘導を補助!
    クリスは基地周辺に生存者がいないか確認!
    奏とメイはそのまま地上で機人魔導兵を引きつけて!
    結は私と一緒に上空から支援砲撃行くわよ!」

一同「了解っ!」

フランの指示に答え、特務はそれぞれの配置へと移行して行く。

地上でエルアッシュを用いた近接戦を行っていた結は、機人魔導兵達の隙をついて飛び上がると、
大小合計十六の補助魔導ギア達を滞空させての砲撃戦へと切り替える。

フラン「さてと……コッチも行くわよっ!」

フランはその叫びと同時に、ライフル型ギアの銃口に拡散術式を展開し、
大量の魔力弾を一斉に発射する。

拡散魔力弾は精確に機人魔導兵の頭部や胸部を撃ち抜き、霧散させて行った。


一方、北東側で退路を確保しているザックの元に、ロロとリーネが到着する。

ロロ「お待たせ、ザック!」

ザック「おうっ、ここの退路確保は任せとけ!
    お前はリーネと一緒に基地内に残ってる連中の避難を急いでくれよ!」

ロロの声に応えつつ、ザックは近寄って来た機人魔導兵を数体まとめて吹き飛ばす。

ロロ「了解。
   じゃあ大変だけど基地の上空から消火活動と、
   基地内の魔力反応の検知をお願いね、リーネ!」

リーネ「はいっ、ロロ姉さん!」

ロロはリーネに指示を出すと、基地内へと駆け込んで行った。

残されたリーネは指示通りに基地上空へと飛び上がり、
流水変換した魔力で火の手の上がっている箇所の消火を始める。

幸い、火の手の上がっている箇所はまだ少なく、消火は思ったよりも早く終わりそうだった。
742 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/08/28(火) 19:38:14.31 ID:dKfidrrg0
リーネ(何だろう………滑走路で壊れてる戦闘機に比べて、
    基地そのもの被害が思ったよりも酷くない?)

消火活動を続けながら、リーネは怪訝そうに心中で独りごちた。

外の惨状と密集具合に比べて、
基地内には殆ど機人魔導兵が入り込んでいる様子は無く、反応も微弱だ。

ロロが基地内に入って行く際、リーネも格納庫の入口から内部を見たが、
そちらも戦闘機が壊されていた以外は、目立った被害も無かったように思える。

基地機能は完全に麻痺していると言って間違いない。

だが、敵が撤退すれば基地そのものは活動を再開できるようにさえ見える。

リーネ<フリューゲル、基地内の生体反応の数と、
    捜査官さんから貰った基地職員データを参照してみて>

フリューゲル<もうプレリーにも位置情報の転送を始めてるよ。
       ……ただ……>

リーネ<ただ?>

言い淀んだ愛器にリーネが怪訝そうに返すと、フリューゲルは僅かな沈黙の後で口を開いた。

フリューゲル<………おかしいんだよね。
       基地職員全員から魔力反応が検出されているんだ>

リーネ「全員!?」

それまで思念通話で会話していたリーネだったが、愛器からの情報に思わず声を上げてしまう。

リーネは慌てて、おおよその位置確認だけで終えていた魔力反応を探り直す。

確かに、数が多いとは感じていたが、改めて数を確認すると魔力反応の数が多すぎる。

正確な数を数えている余裕こそないが、
フリューゲルの確認している生体反応数に近い数だとは一発で分かった。

となると、フリューゲルの言う“基地職員全員が魔力反応を持つ”と言うのも事実と言う事になる。

リーネ(おかしい……研究院だって、全職員が魔力を持っているワケじゃないのに……)

リーネは愕然としながら思考を巡らせた。

研究院に勤める職員達も、その全員がエージェントと言うワケではない。

前線の魔導師や研究者は魔力の素養を持ったエージェントでなければいけないが、
事務職や医療従事者、訓練校で一般座学を教える教師など、魔導師でなくても務まる仕事も多い。

と言うよりは、魔力的素養を持った魔導師だけを集めただけで機能できる程、
魔法倫理研究院と言う組織は小さくはない。

だと言うのに、この決して小さいとは言い切れない空軍基地の職員全員が魔力の素養を持っている。

偶然か、それとも意図して集めたのか。

しかし、アメリカと言う国は魔法研究後進国であり、
将来的に魔法研究に力を入れると言う話は噂レベルですら聞いた事が無かった。

州・自治体単位でならばそれもあり得る話だろうが、
だとしても、そうだと納得できる情報はリーネには無かった。

リーネ(もしかして、この襲撃にも関係して……)

フリューゲル<リーネッ!>

リーネの思考がある推測に至ろうとした瞬間、
フリューゲルの鋭い声が彼女を現実に引き戻した。

リーネ「ッ!?」

息を飲み、直後に感じた大きな魔力に引かれるように上空を見上げた。

見上げる先には、頭上を埋め尽くさんばかりの、暗い紫色に輝く無数の魔力弾。

リーネ「みんなっ、上から来る! 早く防御して!」

リーネは反射的に通信機の回線を開き、大声で叫んでいた。
743 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/08/28(火) 19:38:50.18 ID:dKfidrrg0
時間はやや前後するが、リーネが通信機に向けて叫ぶ数分前。

クリス「誰かー! 誰かいませんかー!」

フランによって基地からやや離れた平原に降ろされたクリスは、
基地の敷地外に避難したかもしれない人を探して、声を上げて走り続けていた。

一応、魔導装甲を装着して戦闘に備えてはいたが、基地から一キロほど離れた場所に敵の影はない。

岩陰や窪地など、注意深く覗いて見ても、隠れている者もいないようだった。

驚くほど誰もいない。

クリス「もしかして、もっと遠くに避難しているのかな?」

クライノート<可能性は捨てきれませんが、
       今し方、エージェント・バッハシュタインのフリューゲルから連絡がありました。
       基地職員は確認できる限り全員が基地内に残っている模様です>

思案げに呟いたクリスに、クライノートが淡々とした口調で伝えた。

クリス「そ、そうなんだ……」

その言葉を聞いて、クリスはやや拍子抜けしたように呟いた。

だが、確認できる限り、と言う事はまだ他の場所に避難している者がいないとも限らない。

人命検索は続けるべきだろう。

クリス「………確認の見落としがあるかもしれないし、
    念のためもっとよく探そう、クライノート」

クライノート<了解しました、クリス>

クリスの提案を受けて、クライノートは深く頷くような口調で応える。

そして、クリスが再び走り出した瞬間、異変は起きた。

クリス「え……?」

不意に、何かの壁を突き破ったような感触を覚える。

それが何らかの結界魔法の範囲内に入ったと言う事は、クリスにもすぐ理解できた。

複数の術式を使い特定の効果へと導く術式魔法、或いは儀式魔法の類だ。

奏のミラージルィツァーリやシルヴィアのマギアネーベル、
広義にはロロの広域植物操作も結界魔法に分類される。

クライノート<クリス、視覚及び魔力隠匿系の結界です。
       即時、結界外への脱出を提言します>

クライノートの解析を聞く限り、閃光系や熱系を複合させる事で光を湾曲させ、
特定範囲の空間の視界を認識させなくするタイプの結界に魔力遮蔽能力を合わせた、
いわゆる“隠れ身”のような結界魔法らしかった。

クリスは退避前に術者を確認しようと周囲を見渡す。

その姿は呆気ないほど簡単に見付かった。

右前方の離れた位置、一メートルほどの大きさの岩の上に腰掛け、
まだ戦闘の続く基地方面を見遣っていた。

見た目の年齢は、おそらく自分の同い年かそれよりも僅かに幼いくらい。

服装は動きやすそうなトレーナーとジーンズ、それに不釣り合いに大きなジャケットと言う格好だ。
744 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/08/28(火) 19:39:20.49 ID:dKfidrrg0
クリス「き、君……は……!?」

しかし、それ以上に驚いたのは彼の髪の色だった。

雪の色を思わせるほどに白く、淡いプラチナブロンドの髪。

そう、間違いなく、五日前の潜入任務の日にあの地下会場で一瞬見かけた、
あの白い少年だった。

そして、クリスは知らないが、
彼自身が“カナデ”と呼んだ黒い少女から“ナナシ”と呼ばれた少年だ。

クリスが思わず上げた声に、少年――ナナシは視線だけを彼女に向けた。

エメラルドグリーンの瞳と、白い瞳が交錯する。

ナナシ「…………観察対象外か」

ややあってから、ナナシは気怠そうに呟いて視線を基地方面へと戻した。

ナナシ「……カナデ様、弟妹達が戦闘準備を終えたようです。
    ……はい……畏まりました。
    では、先に合流地点へと移動します」

ナナシは通信機らしい端末に向かって呟くと、腰掛けていた岩の上から飛び降りる。

クリス「奏様……? お母さん?」

唐突に聞き慣れた名を耳にして、クリスは怪訝そうな声を漏らす。

何故、五日前にあの場所にいた少年が、遠く離れたアメリカの地にいるのだろう?
何故、この少年は母の名を呟いたのか?
通信の相手は母なのか?
こんな場所で何を?

様々な疑問が首をもたげるが、その答は出ない。

クライノート<クリス! 敵性魔導師の可能性があります、警告を!>

クリス「あ……!?

    こ、こちらは魔法倫理研究院所属、エージェント候補生のクリスティーナ・ユーリエフです!
    大人しく、こちらの誘導に従って下さい! て、抵抗するのならば……!」

クライノートに促され、クリスは慌てて警戒態勢に移行した。

しかし、ナナシはそれに従う事なく、スタスタとクリスの横を通り過ぎようとする。
745 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/08/28(火) 19:40:13.03 ID:dKfidrrg0
クリス「と、止まって!? 止まりなさい!」

クリスは魔力弾を発射できるように構えながら、ナナシに警告を続けた。

だが、やはりナナシは止まるつもりがないのか、そのままクリスの真横に差し掛かる。

ナナシ「ふぅ…………そこ、危ないよ。
    真上以外ならどの方角でもいいから、二メートル以上跳んで」

ナナシは溜息と共に小さく肩を竦め、淡々とした調子でクリスにそう言うと、
自らも前方――クリスの後方へと跳躍する。

クリス「え……?」

クライノート<クリス、上空から魔力反応です! 防御を!>

呆然とするクリスに、クライノートが鋭い声で叫んだ。

言うが早いか、クライノートは緊急制御で魔力障壁を頭上に張り巡らせる。

リーネ『みんなっ、上から来る! 早く防御して!』

通信機から思念通話でないリーネの声が響いたのは、その直後だった。

一秒と経たずに、クリスの頭上に数発の暗い紫色をした魔力弾が降り注いだ。

クリス「きゃあぁっ!?」

突然の攻撃にクリスは思わず悲鳴を上げていた。

しかし、その衝撃も一瞬の事で、降り注ぐ魔力弾の雨はすぐに止んだ。

クライノート<彼のお陰で間一髪、防御が間に合いました……ですが……>

クライノートの声を聞きながら、クリスが背後を振り返ると、
既にナナシはそこにはいなかった。

クライノート<……ですが、あの一瞬で見失いました。
       どうやら、あの少年にはエージェント・李と同レベルの魔力遮蔽能力があるようです>

敵性魔導師と判断した少年を見失ってしまった事に、クライノートは悔しそうに漏らした。

メイ並の魔力遮蔽能力となれば、リーネでも発見が難しいレベルだ。

自分の魔力探査能力では、おいそれと彼の魔力を感じる事は出来ないだろう。

しかも、あれだけの隠匿結界の使い手だ。

一度見失ってしまえば、再発見は難しい。

しかし、そんな考えよりも、クリスにはある確信めいた考えが浮かんでいた。

クリス「あの子……助けて、くれた……?」

クリスは呆然と、その言葉を紡ぐ。

攻撃を受ける直前、彼の助言がなければクライノートの緊急制御も間に合わなかったかもしれない。

結果論ではあったが、クリスは彼に助けられたのだ。

クリス「……どう言う……事……?」

ワケも分からず、クリスは立ち尽くす他なかった。
746 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/08/28(火) 19:40:47.13 ID:dKfidrrg0


クリスが呆然と立ち尽くしている頃、基地での戦闘は新たな局面を迎えようとしていた。

ザック「クソッ、何だってんだ、さっきの攻撃は!?」

間一髪防御の間に合ったザックは、苛立ったような仕草で上空を見上げる。

しかし、頭上に自分達を攻撃して来たらしい敵性魔導師の姿はない。

かなりの数の魔力弾が飛んで来たが、一発一発の威力もかなりの物だ。

とても機人魔導兵が撃った物とは思えなかった。

??「よそ見をするとは、随分と余裕だな」

ザック「ッ!?」

不意に正面方向から聞こえた声に、ザックは向き直りながら息を飲んだ。

その瞬間に飛び込んで来たのは、眼前へと迫る赤黒い魔力を纏った鉄拳。

ザック(顔面狙いのストレート!? 早い!?)

その思考が浮かんだ瞬間、ザックは咄嗟に顔の前で両腕を較差させ、
魔力を込めて局所防御の態勢を整えていた。

しかし如何せん気付くのが遅く、足を踏ん張って堪えられるような状態ではなく、
その鉄拳を受け止めたザックは後方へと大きく弾き飛ばされてしまう。

ザック「ぐぅ!?」

腕に走る衝撃と弾き飛ばされた反動で、ザックは苦悶の表情を浮かべた。

基地や機人魔導兵への激突は何とか免れたものの、体勢を崩して膝をつく。

カーネル<おいおい、大丈夫かよ、ザック!?>

ザック<心配すんなっ、ちょっとバランス崩しただけだって!>

珍しく心配した様子の愛器にぶっきらぼうに返すと、ザックはすぐに体勢を整えて正面へと向き直る。

そこにいたのは黒い鎧のような魔導防護服……いや、魔導装甲を纏った、赤黒い髪と瞳の青年だ。

年の頃は十代後半……十七、八歳と言った所だろうか?

青年は両拳を握り締め、脇を締めてボクシングのような構えを取る。

ザック「お前が今回の首謀者……ってぇ、年齢じゃねぇな」

ザックも構え直しながら、探るような視線を青年に向けた。

これだけの大規模な戦争を仕掛けるような者が、こんな若者のハズがない。

ただ、機人魔導兵が彼を援護できるような位置に陣取り始めた所を見る限り、関係者と見て間違いないだろう。

ザック「悪いが……さっさとお縄について貰うぜ!」

青年「出来るものなら、やってもらいたいな」

両腕に魔力を込めて叫ぶザックに、青年は挑発気味に返した。
747 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/08/28(火) 19:41:19.32 ID:dKfidrrg0
そして、上空で支援射撃を行っていたフランの元に、即座にザックの思念通話が飛んで来た。

ザック<コチラ、CT…5! 事件関…者と…しき敵性…導師と遭遇! 支援、頼…!>

相変わらず思念通話はノイズの混ざりが酷いが、それでも内容は即座に確認できた。

フラン<コチラ、CTS1、了解!
    後で貸しにされたくなかったら、ちゃんとソイツをふん縛りなさいよっ!>

フランは思念通話で応えると、
足下に魔力障壁と反射・硬化の二重術式防壁を展開して足下からの射砲撃に備えると、
ザックのいる方角に向けてライフルを構えた。

成る程、毛色の違う――実際に、少々あり得ない髪の色をした――青年が見える。

ザックもSランクの防衛エージェントとしてかなりの実力者だが、
その青年も中々の近接格闘能力の持ち主のようで、ザックは防戦一方になっていた。

出足とラッシュ力に優れるボクシングスタイルと言う事もあったが、
それでもザックと互角以上に渡り合える時点でかなりの物だ。

フラン(リミッター付きじゃやっぱしちょっとキツかったかしら……)

やや押され気味のザックを見ながら、フランは心中で独りごちる。

急ぎと言う事もあったが、
やはり試験段階を終えられていないギアのままと言うのは些か不利のようだ。

日本での任務の時は基本的に魔導師としては雑魚相手、
今回も機人魔導兵と、数の多さはともかく基本的に雑魚と言う事で油断し過ぎていた。

先ほどの広域爆撃のような魔力弾と言い、まさか、こんな隠し球が出て来ようとは……。

フラン(弱音吐いてる場合じゃないわね……)

フランは気を取り直し、狙いを定める。

タイミングは、青年がザックから距離を取る一瞬だ。

そして、そのタイミングは思ったよりも早くに来た。

十発以上のフックによる連続ラッシュを終え、インターバルのためにバックステップで距離を取る。

フラン「そこっ!」

フランは引き金を引く動作を起点にして、四発の魔力弾を解き放つ。

頭部、腹部、足下、ザックとの中間点の四点を狙っての牽制射撃だ。

回避でも防御でも、一瞬のスキさえ作ればザックの一撃必殺の鉄拳が彼を捉えるだろう。

だが、一直線に狙い通りの位置に進む四発の赤い魔力弾を、
真上から同じ数の暗い青色をした魔力弾が撃ち落とした。

フラン「なっ!?」

チェーロ<マスター! また上空からです!>

愛器の言葉が早いか、フランは魔力弾の飛んで来た方角を見た。

そこには、黒い魔導装甲を身に纏った、魔力弾と同じ暗い青をした瞳に、
同じ色のストレートの長い髪をたなびかせる妙齢の女性がいた。

やはり、こちらの年頃も十七、八歳と言った所だろう。

その手には、フランと同じく長大なライフル型のギアが握られていた。

女性「失礼致しました……。
   申し訳ありませんが、ここからは私が相手を務めさせていただきます。
   フランチェスカ……カンナヴァーロさん?」

女性は慇懃な口調で恭しく頭を垂れる。

フラン「口に比べて……手癖が悪い事で……。
    エージェントの魔力弾落としたら公務執行妨害、って教わらなかった?」

フランは言葉の割に緊張した様子でライフルを構え直す。

犯罪者に名前を知られているのは別段珍しくもないが、
正面からでなく真上から魔力弾を撃ち落とすと言う芸当をやってのけた目の前の女性に、少なからず緊迫していた。
748 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/08/28(火) 19:41:49.95 ID:dKfidrrg0
戦場の様相が変わりつつあるのは、メイも感じていた。

例の魔力弾をすんでの所で回避に成功したメイは、
周辺を警戒しながらも次々と機人魔導兵を蹴り飛ばし続ける。

メイ<ヤバいなぁ……さっきの魔力弾の絨毯爆撃から、
   ちょっと流れが向こう向きになってない?>

突風<そうね……ザックとフランの所にも新手が来たみたいよ?>

心中で冷や汗混じえながら思念通話で呟いたメイに応えるかのように、突風が現状を報告して来る。

メイ「ザック兄とフラン姉……って事は、
   生まれ順の出席番号順って感じじゃないね」

メイは不安を紛らわせるように漏らした。

一応、彼女の言葉を補足するならザックは八月初旬生まれ、フランは十月末生まれで、
およそ三ヶ月離れた二人の誕生日の間には八月半ば生まれの奏の誕生日がある。

メイ「一つ飛ばしだったら、次はアタシだったりして……」

冗談めかして呟いたメイだが、不意に頭上に殺気を感じて上空を振り仰いだ。

頭上から迫り来るのは、鋭角的な黒い魔導装甲を身に纏った少女だ。

メイ「早ッ!?」

猛然と迫り来るその姿がどんどんと近付いて来る様に、メイは思わず声を上げていた。

メイの身体能力とスピードならまだ余裕で反応できる距離だが、そのスピードはメイ同様、亜音速だ。

メイ「こんにゃろっ! そんなスピードで飛ぶなっての!」

カウンターの疾風・飛翔脚を狙って身構えながら、メイは吐き捨てるように叫ぶ。

メイは研究院最速を自負する陸戦型魔導師だ。

空戦最速の座は流石にリーネや奏に譲る他ないが、それでも総合最速はメイの独壇場である。

そんな自分のお株を奪うかのような空戦型魔導師の登場に、メイは戦慄にも似た危機感を覚えていた。

メイ(アタシがコイツを引きつけなきゃ!)

それは仲間達を守らんとする使命感へと昇華する。
749 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/08/28(火) 19:42:19.57 ID:dKfidrrg0
だが――

少女「止まってんじゃねぇよ、ドン臭ェ……」

目の前の少女が気怠そうに呟いた瞬間、その姿がかき消えた。

メイ「消えた!?」

突風<メイ、後ろよ!?>

メイが愕然と呟くのと、突風の警告は殆ど同時だった。

メイ「うし……あぐっ!?」

メイが呆然と聞き返そうした瞬間、背中に重い衝撃が走る。

おそらくは体当たりと思われる衝撃に、
上空に跳ね上げられると同時に肺の中の息が一気に吐き出された。

だが、メイは咄嗟に術式を展開して足場とすると、その足場を蹴って地上に舞い戻る。

反射的に肉体強化をかけていたのが功を奏したようだ。

受けた衝撃に比べてダメージは軽微に抑えられていた。

メイ「やってくれるじゃん……アンタ!」

連続バック宙で距離を取って構え直しながら、メイは前方を見据えた。

先ほどは遠目でよく見えなかったが、
黒い魔導装甲を身に纏った少女は逆毛気味の暗い緑色の髪と瞳を持っていた。

年の頃はリーネと同じく十五、六歳と言った所だった。

少女はつまらなそうに舌打ちすると、挑発的な視線をメイに向けて来る。

少女「あ〜、あ〜、おっせぇ、おっせぇ……。
   テメェ、ホントに研究院で一番早いんだろうなぁ?
   様子見とは言え、退屈させんじゃねぇぞ?」

メイ「うっへぇ、口、わるぅ……」

自分も他人の事を言えた義理ではないと常々思っていたメイだが、
自分に輪をかけて口の悪い少女に辟易したように呟く。

だがそんな言葉とは裏腹に、先ほど以上の戦慄を感じてもいた。

目の前の少女は、明らかに自分よりも早い。

メイ(あの一瞬……目で追い切れなかった……ヤバいかなぁ)

メイは流れ落ちる冷や汗を拭わずに、心中で独りごちた。
750 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/08/28(火) 19:46:40.28 ID:dKfidrrg0
戦況の変化は基地外だけでなく、基地内でも起きていた。

リーネの協力で消火活動を終えたロロは、
助けた基地職員を伴って格納庫へと戻っていた。

ロロ「皆さん、早くトラックに乗って下さい!」

輸送用の幌付きの大型トラック数台に乗り込む職員達を見守りながら、
ロロは基地内へと侵入を始めた機人魔導兵との戦闘を続けている。

戦闘と言っても、機人魔導兵達の行く手を阻むようにワイヤーで牽制していると言った状態だ。

基地職員のここまでの移動はかなりスムーズだった。

火器や武器の類は殆ど奪われ、壊されてしまったとの事だが、
基地下層のシェルター前で迎撃態勢を取っていた彼らと合流するまで、
ロロは戦闘無しに易々と辿り着く事が出来ていた。

勿論、格納庫までの移動もスムーズに済んだ。

しかし、基地外への避難のためにトラックへの移動を開始して貰った所でこの有様である。

ロロ<これ以上、格納庫内に雪崩れ込まれると対処が難しいかな……>

プレリー<せめて土があれば草花の力を借りられるのですが……>

思念通話で苦しそうに漏らすロロに、プレリーが悔しそうに続けた。

先日のように、施設の外から蔦を伸ばすような準備をする余裕が無かった事もあったが、
素の腕力ならともかく肉体強化魔法や魔力格闘に自身のないロロでは、室内での戦闘方法は限られてしまう。

魔力弾で撃ち倒すか、第七世代移行後の新装備であるワイヤーで牽制するかの二択だ。

ロロも基地職員全員に魔力の素養がある事は既に気付いており、
誤射の危険を減らすためにワイヤーでの牽制を選んでいた。

幸いにもワイヤーの強度はロロの魔力頼りだけあって、
かなり頑丈に作られて――と言うより具現化されている。

機人魔導兵如きの攻撃で切り裂かれる心配は無いハズだ。
751 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/08/28(火) 19:47:13.31 ID:dKfidrrg0
兵士「よし、全員乗ったぞ! 君も早く!」

ようやく避難準備が完了したのか、トラックの運転席から一人の兵士が叫んだ。

ロロ「はい!」

ロロは応えて、最後尾のトラックへと向かおうとする。

だが、その瞬間、ワイヤーが一気に引きちぎられた。

ロロ「っ!?」

ワイヤーから伝う魔力の流れの変化を敏感に感じ取り、ロロは一気に身構える。

ワイヤーを引きちぎったのは、間違いなく格納庫内に侵入した数体の機人魔導兵だった。

しかし、数十体で綱引きのようにして引きちぎったのならまだしも、
ほんの数体……それも片手で数えられる程の数だ。

ロロ「一体……何が?」

再度、ワイヤーを射出して防壁を張り巡らせたロロは、事態の急変に愕然とする。

ロロが格納庫内を見渡すと、
格納庫の隅に積み上げられた鋼鉄製のコンテナの上に一人の少年の姿が見えた。

リーネと同じくらいの年頃の、
暗い金色……と言うよりは黄色い髪と瞳の、涼やかな雰囲気を纏った少年だ。

黒い魔導装甲を身に纏った少年の手から、
髪や瞳と同じ暗い黄色の魔力が機人魔導兵へと流れ込んでいる。

少年「フィジカルエンチャント………物理攻撃強化。
   最早、彼らに対し、君のワイヤーは無力だ」

静かな口調で呟いた少年は、切れ長の瞳で見下すような視線を向けて来た。

ロロ「外に私の仲間達がいます! 先に行って下さい!」

ロロは先ほど声をかけてくれた兵士を促しながら、少年をにらみ返す。

どうやら一筋縄ではいかない状況らしい。

ロロ<プレリー……トラック脱出後に隙をついて私達も外に脱出しましょう>

プレリー<畏まりましたわ、お嬢様>

少年や機人魔導兵達との距離を取りながら、ロロは周囲に魔力障壁を張り巡らせる。

早く脱出しなければ。

そんな焦りを、ロロは抱いていた。
752 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/08/28(火) 19:47:57.70 ID:dKfidrrg0
戦況が混迷する中、リーネは支援射撃を余儀なくされていた。

ザック、フラン、メイ、ロロの元に新手の敵性魔導師が現れた事で、
彼らの引き受けていた分の機人魔導兵への攻撃をリーネが担当せざるを得なくなっていたのだ。

だが、それだけではない。

フリューゲル<リーネ、また来るよ!?>

リーネ「くっ!?」

フリューゲルの叫びに応え、リーネは大量の魔力弾を自身の周囲に展開する。

それと同時に、上空から暗い紫色をした大量の魔力弾が降り注ぐ。

リーネ「間に合って!」

その魔力弾の大群に向けて、リーネは自身の藍色の魔力弾を放った。

リーネの放った魔力弾は上空で炸裂して魔力の撹乱幕を作り出し、
敵の魔力弾の威力を減衰させる。

さらに危険な軌道の魔力弾に向けて、
追撃のために追尾能力の高い鳥形の高速魔力弾――リヒトビルガーを放つ。

??「へぇ……手一杯の割に、随分と頑張ってるね」

上空から聞こえて来る可愛らしい声に、リーネは睨め付けるような視線をそちらに向けた。

黒い魔導装甲を纏った、まだあどけなさの残る少女が滞空している。

暗い紫色をしたウェーブがかかった髪を踊らせながら、
同じ色の瞳で見下し、ケラケラと楽しそうに笑う様は不気味の一言だ。

そう、最初の魔力弾の絨毯爆撃も彼女の仕業だ。

兄姉達への援護射撃を続けるリーネを挑発するかのように、
先ほどのような魔力弾の無差別攻撃を続けているのだ。

しかし、新たに現れた彼女の仲間と思しき者達へは一切の被害が出ないようにコントロールもしている。

フリューゲル<くぅぅっ!
       雑魚がいなければ、あんな生意気な子、リーネなら簡単に倒しちゃえるのにぃ!>

リーネ<簡単なんかじゃないよ、フリューゲル……>

悔しそうに声を上げる愛器を窘めるように、リーネは静かに呟いた。

今も上空でケラケラと隙だらけで笑っている幼い少女だが、
その周辺には無数の魔力弾が弾幕のように浮かんでいる。

あれではこちらから魔力弾を撃っても、滞空する魔力弾で防御されてしまうだろう。

接近戦に持ち込めれば何とかなるだろうが、
今と言う状況では彼女の相手にだけ専念すると言うワケにもいかない。

手詰まり、とまでは言わないが、それでも苦しい状況だ。

リーネ(何とか……あの子の隙を突ければ……)

リーネは少女を睨め付けながらも、無数の魔力弾で仲間達への支援攻撃を続けた。
753 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/08/28(火) 19:48:27.51 ID:dKfidrrg0
一方、もう一人の支援砲撃担当である結は、
上空から地上に向けて長杖を構えたまま制止していた。

対空砲撃の魔力弾は、全て周囲の魔力障壁で相殺できていたが、
結が動けないのは別の理由からだった。

エール<結、敵は屈折系、乱反射系も含めてかなりの種類の魔力防壁を使えるみたいだよ>

結<うん……あまり相手したくないタイプ、かな……>

先ほどまでのやり取りを思い出しながら、結は悔しそうに漏らす。

少年「…………」

結の視線の先……地上の滑走路に、黒い魔導装甲を身に纏った大柄の少年がいた。

暗いオレンジ色の髪と瞳をした少年は、地上からコチラを睨め付けている。

あの少年が張り巡らせた魔力障壁に、結の魔法は悉く反射させられていた。

誤射の危険を鑑みてアルク・アン・シエルが使えないのも痛かったが、
結の魔法は基本的に威力と速度に優れる閃光変換された大威力魔力砲撃だ。

魔力を屈折させたり、乱反射させる類の魔法とは相性が悪いのは、
四年前のシルヴィア戦の頃から変わっていない。

それでも完全な一対一か、あと少し戦闘区域が広く、仲間達との距離が取れていたのならば、
誤射を恐れずにアルク・アン・シエルを使えたのだが。

結(……砲撃に拘っていられる状況でもないね……接近戦で一気に決める!)

結は長杖の先端に据えられた斬撃用の鋭いエッジではなく、石突き側に魔力を集中する。

結の魔力量を持ってすればエッジを使うまでもなく、
石突き側の打撃でもかなりの破壊力を生み出せるからだ。

それにエッジ側は物理攻撃力が高すぎる。

攻撃を受け止める盾の役ならともかく、相手を止めるだけなら攻撃には向かない。

結「悪いけれど……少しだけ眠っててもらうよ!」

結は余剰魔力を布から放出しながら、地上の敵に向かって一気に飛翔する。

大柄な少年は、見た目に違わず動きが遅い。

これならば確実に当てる事が出来るだろう。

結<エール!
  相手が怯んだら、そのまま一旦距離を取り直して、
  リコルヌシャルジュで一気に決めるよ!>

エール<了解、結!>

結の指示にエールが応える。

既に敵は射程圏内。

必中の距離だ。

だが――
754 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/08/28(火) 19:48:58.75 ID:dKfidrrg0
???「させないっ!」

結「え……!?」

真横から聞こえた聞き慣れた声が、聞き慣れないほどの怒りに満ちた声音を伴って聞こえた。

結の視線がそちらに向けられる。

猛スピードで迫り来る、漆黒の魔導装甲を纏った、黒髪の少女。

よく知った顔。

しかし、その手には見知らぬ一対の大剣。

そして、大剣に宿る赤銀の炎。

???「ブレンネンクリンゲッ!」

左手に構えられた大剣の一方が、結へと襲い掛かる。

結「っ!?」

結は咄嗟に魔力を込めていた長杖の石突きで、その一撃を受け止める。

薄桃色の魔力と赤銀の魔力の炎がぶつかり合い、
激しい魔力の波を生み出し、結を飲み込む。

結「きゃあっ!?」

魔力の波だけでなく、凄まじい膂力に押されて結は空中で体勢を崩してしまう。

???「先ずは貴女からよ……ユズリハ、ユイ!」

体勢を崩した結に向けて、もう一方、右手に構えた大剣で襲い掛かる少女。

結「奏ちゃん……?」

体勢を整える隙も与えられず、結は少女の名を呟く。

見た目も僅かに幼く、髪も黒いが、自分とよく似た親友の顔を間違うはずもない。

少女の顔は、奏そのものだった。

奏?「そうだよ………カナデだよ!
   貴女を殺す、あなたの大好きな友達の名前だよ!」

奏と良くにた黒髪の少女が、狂気にも似た色を浮かべた瞳で睨め付け、叫ぶ。

しかし――

?「グラザーリェーズヴィエッ!」

結に向けて振り下ろされた赤銀の炎の刃は、
真横から伸びた青銀の雷の刃によって受け止められた。

?「ぐぅっ!?」

刃を通して伝わる大剣の重みに苦悶の声を上げながら、
青銀の刃の持ち主は赤銀の刃の持ち主を退ける。

直後、何とか体勢を整えた結は青銀の刃の持ち主を見遣った。

今度こそ見紛う他もない。

結「奏ちゃん!」
755 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/08/28(火) 19:49:27.78 ID:dKfidrrg0
奏「大丈夫、結?」

驚く結に、奏は衝撃で痺れる左腕を軽く振りながら、心配そうに尋ねて来る。

結「な、何とか……奏ちゃんのお陰だよ」

そう言いながら、結は奏が間に合わなかった時の事を考えて、背筋を振るわせた。

あの大剣の一撃、込められた魔力の量もさる事ながら、
ザックやメイの攻撃並の重さを纏っていた。

いくら防御力と耐久力に優れる結でも、
あの一撃を無防備な状態で食らっていれば無事では済まなかっただろう。

奏「ブレンネンクリンゲ………ドイツ語で“燃える刃”……か」

奏は思案げに呟いて、押し退けた先にいる少女を見た。

少女は刃に残った炎を振り払いながら、怒りの込められた視線を奏に向けている。

奏?「そうだよ……。
   別に“炎の刃”……フランメクリンゲでも良かったけれど、
   魔法の名前までまるっきり姉さんの真似じゃあ、オリジナリティがないでしょ?」

気さくそうな口調とは裏腹に、少女は怒りの視線を緩めようとはしない。

結「姉さん……?」

自分と同じ顔と言うだけでも内心の驚きを隠せないと言うのに、
初対面の少女から“姉さん”と呼ばれて、奏は困惑の声を上げる。

自分と同じ顔、そして、自分を姉さんと呼ぶ少女。

結「まさか……あなたもプロジェクト・モリートヴァの?」

奏の傍らで、結は驚きの声を上げる。

ここまで条件が整っていれば、それしか考えようがない。

プロジェクトの生き残りは、今は亡き母達だけと聞かされていたが、
研究所から持ち去られ、後から精製が再開されたクリスのような例外があったのだ。

新たな完成体が現れたとしても、不思議ではない。

しかも、母達と同じく魔導巨神――レオンハルト・ヴェルナーの細胞を使ったタイプ1だ。

奏「まさか、四人目がいたなんて……」

奏も驚いたように漏らす。

だが、二人の言葉を聞いた少女は拍子抜けしたように肩を竦めた。

奏?「四人目?
   そっか……知らなくて当然か。
   何だか拍子抜けしちゃったな……」

呆れたように呟く少女の瞳には、まだ僅かな怒りがあったが、
それよりも強い憐れみのような色も浮かんでいる。
756 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/08/28(火) 19:50:01.22 ID:dKfidrrg0
奏?「みんな……もういいよ、集まって」

少女は気怠そうに言って大剣を背中に収めると、地上にいる大柄な少年の元へと降りて行く。

それに応えるかのように、基地周辺の各地で戦闘中の黒い魔導装甲を纏った者達が集まる。

奏によく似た黒髪の少女を筆頭に、全部で七人。

七人が戦闘行動を停止すると、それに従って生き残りの機人魔導兵達もその場で消え去った。

結達七人も警戒するように彼女達と対峙する。

奏?「みんな、順番に自己紹介してあげて」

黒髪の少女はそう言って、仲間達を促した。

シェーネス「シェーネス……GH02B・シェーネス」

それに従い、赤黒い髪の青年が進み出て名乗る。

レーゲン「同じく、GH03C……レーゲンと申します」

続けて暗い青色の髪の女性が名乗る。

ゲヴィッター「GH04C・ゲヴィッターだ」

暗緑色の逆毛の少女が、ギラついた目で睨みながら呟く。

ヴォルケ「GH05B・ヴォルケ……。
     こちらは弟のGH06B・ブリッツだ」

ブリッツ「………」

暗い黄色の髪の少年が名乗り、さらに背後の大柄な少年を紹介する。

ネーベル「私はネーベル! GH07C・ネーベルだよ!」

最後に、一番幼い暗い紫色の髪をした少女が、ブリッツの肩の上で元気よく名乗った。

フラン「晴れ、雨、嵐、雲に稲妻、霧って……
    ドイツの気象予報士一行、って感じじゃないわね」

彼らの名乗りを聞きながら、フランは警戒気味に呟く。

奏?「この子達は最新型の機人魔導兵。私の忠実な手下」

黒髪の少女は仰々しい態度で呟きながら、一歩、前に進み出る。

ザック「機人魔導兵……人間じゃないってのか!?」

先ほどまで自分達と戦っていた者達の正体を聞かされ、ザックは愕然とする。

確かに、GHなどと形式番号のような物を付けて名乗った時点で妙な違和感を感じていたが、
まさか機人魔導兵とは思わなかった。

性別から考えて、男性型はB型、女性型はC型と言った所だろうか?
757 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/08/28(火) 19:50:44.84 ID:dKfidrrg0
奏「まさか……あなたも?」

奏は困惑気味に、自分と良く似た少女に問いかける。

だが、黒髪の少女は小さく頭を振ってそれを否定すると、さらにまた一歩、進み出た。

奏?「一応、人間よ……。
   あなたと同じ、セルフクローンの“ニンゲンモドキ”だけれどね」

少女は奏を睨め付けながら呟くと、さらに続ける。

カナデ「私はカナデ……。
    姉さんと全く同じ細胞片から培養精製された、祈・ユーリエフのもう一つの予備」

奏「ッ!?」

少女の……カナデのその言葉を聞いた瞬間、奏は肩を震わせる。

予備、精製。

かつて、母の愛を疑うキッカケとなったその言葉に、
あの時の絶望的な感覚が首をもたげる。

カナデ「今……精製完了から十四年。
    これ、言ってる意味、分かるかしら? 姉さん?」

奏「じゅう……よ年……」

カナデの問いかけに、奏は愕然とする。

十四年前……八歳の頃、奏の人生には大きな転機が訪れた。

母と死に別れ、保護された施設から連れ攫われたのだ。

もっとも、自発的に着いて行った面は決して否定は出来ない。

奏「まさか………」

カナデ「そう……その、まさか」

ワナワナと震える奏に、カナデは意味ありげな笑みを口元に浮かべた。

カナデ「私の名前は……カナデ・フォーゲルクロウ。
    お祖父様に育てられた、もう一人のあなた。

    そして、この子達は、お祖父様の最高傑作達」

カナデ・フォーゲルクロウを名乗る少女の言葉に従うように、機人魔導兵達も前に進み出る。


――ヤツは……生きている――


奏の脳裏に、昨夜の一征の言葉が過ぎる。

カナデ「お祖父様………グンナー・フォーゲルクロウの命により、
    人類粛正計画の開始を、ここに宣言するわ」

全ての事件の糸が、今、一本に繋がった。


第29話「特務、アメリカへ」・了
758 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/08/28(火) 19:53:59.93 ID:dKfidrrg0
今回はここまでとなります。

いきなり大げさな展開になりましたが、呆れずについて来て下さると嬉しいですw


それと、久しく忘れていた安価置いて行きます。

第17話 >>2-65
第18話 >>67-127
第19話 >>132-180
第20話 >>187-238
第21話 >>246-304
第22話 >>309-353
第23話 >>357-419
第24話 >>425-545
第25話 >>552-592
第26話 >>597-632
第27話 >>637-669
第28話 >>674-709
第29話 >>714-757
759 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/08/29(水) 01:07:31.69 ID:hJsN7Rxe0
乙ですたー!
チームの敵はチーム、大王道な敵の登場と、大地を埋め尽くす勢いの数の雑兵たち・・・・・・どちらかだけならまだしも
双方が合わさると厄介なことこの上ないですね。
それにしても謎なのは、グンナーがどのような手段で生き残っていたのかですね。
恐らくはそれも、この事件のキモかもしれないのですが・・・・・・
そしてもう一つ、機人魔導兵達が結達の性質に一人一人対応しているのは、果たして特務隊の活躍を観察していたから
なのか、それとも・・・・・・
あまり深読みしすぎてもかえって失礼になるので、これ以降は自重します。
次回も楽しみにさせていただきます。
760 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/08/29(水) 21:52:48.90 ID:RJP+JTyR0
お読み下さり、ありがとうございます。

>チームの敵はチーム
お約束と言うとアレな感じですが、お約束ですね。
個人的な趣味ですが、ラスボスに仲間で総掛かりだったりするより、
一対一でそれぞれに戦う方が好きです。

>双方が合わさると
少数精鋭に対抗するには一番の手ですね。
ただ、今回の敵チーム集結に関してはカナデの遊興的な部分も大きいです。
一応、戦局的には完全に決した上の局地戦ですので。

>グンナーが生き残った手段
これに関しては、あまり隠すのも何なので、次回、早々に明かす予定です。
推理物ではないので、凄く単純な方法かもしれませんが……。

>結達の性質に一人一人対応
コレに関しては完全に意図的ですね。
ただ、結だけは余り物のブリッツがたまたま苦手な反射防御型になってしまっています。
……と言うより、苦手じゃないとアルク・アン・シエルの各個撃破で終わってしまう気もしますがw


次回は、引きに引きまくったグンナー再登場と、
あるキャラの再登場を予定しております。
761 :レイ [sage]:2012/09/05(水) 10:47:46.03 ID:hjobrHSAO
はじめまして、レイと申します。
こちらのストーリーを最初の方だけ読ませて頂いたのですが、メイという子は敵の研究員達に変装して紛れ込んでいたのでしょうか?
また、何故彼女達は着ていた白衣や外套を脱ぎ捨ててしまったのでしょうか?着たままでも良かったのではないかと思ってしまって…
762 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/09/05(水) 20:32:30.03 ID:E3moBa340
お読み下さり、ありがとうございます。

>メイの変装
ご指摘の通りです。
色々と雰囲気を優先して書いてしまったため、言葉足らずと申しますか、
絶対に書くべき情報を書き込んでおりませんでした。
いやはや、お恥ずかしい………orz

>白衣や外套
上にも書いてありますが、雰囲気優先ですね。
基本、いわゆる所の“外連味”を優先して、本来ならばしなくても良いアクションが入る部分があります。
ですが、まあ“お話の中”と言う事で生温かい感じにツッコミを入れていただけると有り難いですw
763 :レイ [sage]:2012/09/05(水) 21:29:31.56 ID:hjobrHSAO
こんばんは。

ご丁寧にご回答頂きましてありがとうございます。

うーん…すると絶対に書くべきだった情報とはどのような感じになりますか?

また、メイさんはどのような白衣を着ていたのでしょうか?それと外套と言いますとコートという感じでしょうか?
話を読むとメイさん達は脱ぎ捨てた白衣など拾っても畳んでもいないみたいですが…そのまま放置な感じなのでしょうか?;
764 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/09/06(木) 21:26:36.63 ID:ZIimJcY10
>書くべきだった情報
メイが諜報エージェントとしてジェイ・ハンクスの施設に潜入していた、と言う事です。
事前に手に入れていた情報、と言うのも、内偵中だったメイからの情報です。
たったこれだけの情報なのですが、書き込まなかったために混乱させてしまい、申し訳ありませんでした。

>服装について
基本的に服装は“詳細な造形についてはご想像にお任せします”と言う主義なのですが、
外套に関してはフード付きのマントのような物を想像していただけると分かり易いかと思います。
脱ぎ捨てた白衣と外套に関しては、基本的に放置ですね………。
備品なのにいいのかなぁとも思いますが、その後の現場検証で回収された、と脳内補完していただけると有り難いです。


あと、もし、続きを読んでいただけるようでしたら、
誤字、脱字、名前間違いなど、初歩的かつ致命的なミスが幾つもありますので、
その辺りも脳内補完していただけると非常に有り難いです。
765 :レイ [sage]:2012/09/06(木) 21:43:56.86 ID:MRkp66WAO
こんばんは!

再びご丁寧にご回答頂きありがとうございます。
すごく助かります(>_<)

あっ、それでしたら…お忙しいとは思いますが、そのメイさんが潜入するシーンをお願いしたりは難しいでしょうか?すごく気になってしまいます!
やはり屋敷に入るまであの衣装では目立ちすぎるので、男性物の地味な灰色のトレンチコートに帽子とかで変装したりしているのでしょうか?

また、誤字脱字了解しました!
と言いますか白衣や外套は脱ぎ捨てて畳んだりしないまま放置なのですか?(;_;)特にメイさんは罪悪感とかもったいないというのはないのでしょうか?
それと、白衣を脱ぎ捨て…の部分で彼女はどんな感じに脱ぎ捨てたイメージでしたか?1つ1つボタンを外して…のイメージではなさそうでしたので。
766 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/09/07(金) 19:23:43.67 ID:ssJuXHyy0
>メイの潜入シーン
申し訳ありませんが、只今、四部終盤戦と言う事でコチラに集中しておりまして、
さらに付け加えて自分が著しく遅筆、さらに現在、
それに輪を掛けてペースダウン中と言う事もありますので、何卒ご勘弁の程を……。

ただ、潜入方法だけでしたら………例の入口から気配を消して忍び込み、
施設内の研究者に出会した瞬間に殴打・昏倒させ、白衣を奪って変装……くらいですかねぇ……。
後述、及び十五話で少しだけ出した情報ではありますが、魔力遮断能力に優れた隠密姓もメイの特性ですので。

>罪悪感
上記の通りですと、犯罪集団から奪った間に合わせの品ですからねぇ……。
用が無くなったので捨てた、と言うくらいですね。
………ただ、そうなると時間制限有りの言葉通り、使い捨てとは言え、
院の備品を捨てている結とリーネの立場が中々どうしてアレな感じですが……w

>脱ぎ捨て方
ボタンごと引きちぎって脱ぎ去りつつ、さらにソレを目隠しにしてギアの起動が外連味溢れる感じですかねぇ……。
テンポのために、ある程度の情報取捨選択はせざるを得ない部分ですので、
その辺りは本当に、初見で“こんな感じかな?”と思い浮かんだイメージを優先していただけると有り難いです。
767 :レイ [sage]:2012/09/07(金) 23:30:43.23 ID:pmnpwfpAO
こんばんは。

再び長々とご回答頂きありがとうございます(>_<)

そうでしたか…すごく残念です。申し訳ありません、おかしなことをお願いして。ただ、管理人様ならきっと素晴らしい表現にしてくれるだろうという期待があったので…

ええっ!?あの白衣って奪った物なのですか?(°□°;)
じゃあ男性物だったりするのでしょうか?また、本人に返す気とかこれっぽっちもないのですか?

それに白衣は犯罪集団から奪った間に合わせの品とのことですが彼女の性格的にポケットに両手を突っ込んだり愛着があったりしなかった感じですか?
リーネさん達はそんなに外套が嫌いなのでしょうか?(笑)
脱ぎ捨てて拾う気すらないみたいですが…
そして、ええっ!?白衣のボタンごと引きちぎってとはどんな感じでしたか?(;_;)何やら穏やかではない響きですが…

ちなみに…先日もお聞きした潜入する際にメイさんが目立たないように灰色あたりの大きくて地味な男性物トレンチコートに帽子で変装しているとして、最初に白衣を奪う研究者に見つかって「貴様は何者だ!?」とか聞かれたら彼女はどのような反応をすると思いますか?どうもメイさんはバーンと名乗らずにはいられそうなイメージが…(笑)
768 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/09/13(木) 20:24:12.23 ID:xvo2zCOI0
>期待
ご期待いただけるのは嬉しいのですが、そこまでの期待に添えられる程の技量も余裕もありませんので。
万に一つでも自分が安価スレを立てるような事があったら、そちらでご要望お願いします。
あと、細かい事かもしれませんが、自分はスレ主であっても管理人ではありません。

>本人に返す
繰り言ですが、相手は“犯罪者”ですから……。
釈放されたなら押収品の中から返却される可能性は無きにしも非ずと言った所かと。

>外套
備品とは言え、ギアを除いた消耗品系の呪具の類は使い捨てが基本ですからね。
一回の戦闘で数十個の呪具をバラ撒く人もいますので……。

>メイの潜入時の格好
何か譲れないラインのような物をお持ちのようですが、小島にトレンチコートでは逆に目立ちます。
コート型の防護服が無いとも限りませんが、メイは突風が作ってくれる自前がありますので。






それでは、そろそろ最新話を投下させていただきます。
769 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/09/13(木) 20:24:41.59 ID:xvo2zCOI0
第30話「グンナー、再び」



アメリカ、カリフォルニア州、ビール空軍基地――

空は分厚い雲に覆われ、暗い暗い夜の滑走路を、
僅かに生き残った基地の照明がうっすらと照らしている。

テロリストの襲撃で路面状態最悪の滑走路の上で、睨み合う二つの集団。

一方は魔法倫理研究院が誇る対テロ特務部隊の七人。

もう一方は、アメリカ全土の軍事施設を一斉に襲撃したテロリスト集団の幹部各と思しき七人。

カナデ「お祖父様………グンナー・フォーゲルクロウの命により、
    人類粛正計画の開始を、ここに宣言するわ」

その七名の首魁である黒髪の少女――カナデが高らかに宣言する。

結「グンナー……フォーゲルクロウ!?」

その名を反芻しながら、結は目を見開く。

聞き覚えがないハズがない。

二十年近い人生の中で、不可抗力とは言え、唯一殺めた人間の名だ。

そして、自分が奏と魔法に出逢うキッカケとなった事件――魔導巨神事件の首謀者。

結にとって、そして、奏にとっても忘れようにも忘れられない名だ。

奏「お祖父様の……命?」

奏は愕然としながらも、その言葉を反芻する。

困惑する結と奏の様子に、カナデは悦に入ったような笑みを浮かべた。

無論、困惑しているのは結と奏だけではない。

メイ「ちょ、ちょっと待ってよ!?
   グンナー・フォーゲルクロウは十一年も前に死んだハズでしょ!?」

メイが驚きを隠せずに、当事者であった結と奏の顔を覗き込む。

幼馴染み二人に……特に結にとってはトラウマとも言える出来事だが、
この状況でそれに構っていられる心情的余裕はなかった。

結「確かに……あの人は……私が……」

結は途切れ途切れに、頷くように呟く。

そう、奏を助けようとした最終決戦において、ユニヴェール・リュミエールの直撃の中で、
魔導巨神と融合していたグンナーは消えてしまったハズだ。
770 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/09/13(木) 20:25:09.32 ID:xvo2zCOI0
カナデ「まさか、魔導巨神と融合してたのが“本物だ”……とでも思ってた?」

カナデが嘲るような口調で呟き、さらに続ける。

カナデ「エネルギー増幅率の高い第五世代ギアのコアストーンを使ったくらいで、
    人間が魔力に変換されて魔導巨神と融合できるなんて、本当に信じてた?

    そんなワケないでしょう?

    お祖父様が魔力に変換されるなら、
    コアの代わりを務めた姉さんだって融合していたハズでしょう?

    もっとも、痕跡が残らないように皮膚を腐食させる薬剤は注射させたけど」

カナデは朗々と語りながら、大仰に両手を広げる。

まるで、舞台に上がって演説をする政治家か先導者のようだ。

一見無防備に見えるが、そのカナデを守るSPのように、
人と同じ外観を持った六人の機人魔導兵達が周囲を固める。

ロロ「確かに……」

カナデの言葉を聞きながら、ロロが納得したように頷く。

それは医療活動に携わる事もある救命エージェント隊の一員として、
特務の仲間達全員のメディカルチェックも担当し、
全員分の過去のカルテを参照した事のあるロロだからこそでもあった。

確かに、奏は十一年前の魔導巨神事件において、
エネルギー増幅のコアを制御する代わりとして魔導巨神に取り込まれた事がある。

当時最新鋭の魔導機人に換算して五十体分に匹敵する
膨大な魔力の塊であった魔導巨神に取り込まれた奏だが、
魔力を吸い上げられて重度の魔力減衰障害を患ったが、
細胞に異常を来しているような診断はされていない。

つまり、いくら膨大な魔力があろうと、人間が魔力となる事はあり得ない。

事実、それに匹敵するだけの威力を生み出す事が出来る結が、
その身を魔力に変換した事など一度もない。

そして、グンナーの研究資料を手に入れた魔法倫理研究院も、
あまりに人の道に反した技術と言う事で、
理論だけを学んだ上で永らく封印している技術でもある。

フラン「それなら、十一年前に死んだグンナーは……本当に偽物だって言うの!?」

カナデ「何度も言わせないでよ」

その事実に愕然とした様子のフランを横目に、カナデは鼻で笑うように答えた。
771 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/09/13(木) 20:25:39.55 ID:xvo2zCOI0
そして、正面に向き直り、さらに続ける。

カナデ「アレは第一世代型機人魔導兵に、人間の皮を着せたお祖父様の影武者……。
    研究で多忙なお祖父様の代わりに、優先度の低い研究を実行するためのダミー……。

    まあ、もっとも、使っていた皮はお祖父様本人の物だけど」

次々に明かされる事実に、理解が追い付かない。

奏「あのお祖父様が……偽物……?」

奏は愕然と漏らす。

確かに威圧的で高圧的な割に人間味のない人だったとは思うが、
まさか本物の人間ですらなかったと言われて納得しろと言う方が無理だ。

カナデ「あっちのダミーと過ごしていた姉さんには、
    ちょっとショックが大きかったかしら?」

それまで奏を見る視線に怒りを込めていたカナデだったが、
そこでようやく僅かばかりに溜飲を下げたのか、
どこか愉悦のような物が入り交じった視線を向けて来た。

カナデ「それとも、思考コピーも満足に出来なかった頃の三級品を、
    本物の人間と思いこめる、おめでたい思考回路だったって事かしら?」

カナデはそう言うと哄笑を上げる。

ザック「テメェ……」

先ほどからのカナデの態度と言葉に、ザックは堪えきれぬ怒りの篭もった声を漏らす。

何が彼女をここまでにさせるのかは分からないが、
そんな理屈を抜きに仲間にここまでの暴言を繰り返されては黙ってはいられない。

リーネ「それ以上は、絶対に許さない………」

リーネも静かな声と共に、無数の魔力弾をセットする。

幼い頃から慕っていた姉貴分を貶められ怒りを禁じ得ないのだろう。

だが――

カナデ「もう一度戦ってあげてもいいけれど、
    手遅れだし、無駄じゃないかしら?」

カナデは嘲るように言って、背を向ける。

フラン「手遅れ?」

その言葉に、フランは怪訝そうな表情を浮かべる。

カナデ「ええ、だって……チェックメイトは終わったもの」

カナデは振り返らずに、スッと左手を掲げ、空を指差した。

警戒し、構えながらも結達は視線を上に向ける。

星一つ見えない曇天の闇夜が広がるだけで、それ以外は何も見えない。

カナデ「調べてみたらいいわ………“上”に行けたら、だけど」

意味ありげな言葉を残し、カナデはゆっくりと飛び上がる。

そして、機人魔導兵達もカナデの周囲を固めたままその後に続く。

全員が全員、飛行魔法で飛んでいると言うワケではないのは、
彼女たちの周囲を紫色の魔力が覆っている事から、
最も小柄な少女型機人魔導兵のネーベルが物質操作系の魔法で全員を牽引しているのが分かった。
772 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/09/13(木) 20:26:21.88 ID:xvo2zCOI0
フラン「ま、待ちなさい!」

フランは叫びながらライフル型のギアを構え、魔力弾を放つ。

それに合わせて、他のメンバーも次々に魔力弾を放った。

だが――

ブリッツ「………ッ」

大柄な少年型機人魔導兵のブリッツが両手を突き出す。

すると、暗いオレンジ色をした魔力の障壁がカナデ達の周辺に展開され、
特務の面々の魔力弾を受け止め、無数の魔力弾として反射した。

反射された魔力弾は、ソレを放った結達へと一斉に襲い掛かる。

フラン「増幅拡散型反射障壁!?」

ザック「ジーザスッ!?」

愕然とするフランの声に、ザックは咄嗟に分厚い魔力障壁を張り巡らせた。

間一髪、大量の魔力弾はザックの魔力障壁によって相殺されたが、
相殺される瞬間の激しい閃光が目眩ましとなってしまう。

相手の手の内は、全てではないがある程度は分かっていたハズだった。

ブリッツが反射系を含む魔力障壁や防御魔法を得意としている事も含め、
殆どの情報はリーネのフリューゲルを介して全員で共有できていたのだ。

強いて言うならば終始挑発的な物言いだったカナデへの怒り、
加えて、彼女が残した言葉に対する不安や焦りが冷静な判断を欠かせたのは事実だった。

そして、テロリストを止めなければいけないと言う使命感も、
特務の判断を誤らせた一因でもあったろう。

誰もが自らの判断ミスを内心で責めたが、その自責は何ら事態を好転させる事は無かった。

数秒してようやく目を覆うほどの激しい閃光が止むと、
視線の先にカナデ達の姿は無く、彼女達の魔力反応もかなり遠い位置へと移動していた。

しかも、現在進行形で、今も凄まじい速度で遠ざかっている。

おそらく、あの中で最速と思しきゲヴィッターが牽引者であるネーベルを抱えて移動を始めたのだろう。
773 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/09/13(木) 20:26:56.87 ID:xvo2zCOI0
メイ「このくらいのスピードなら、まだ!」

メイは後を追うべく、両足に魔力を集中し始める。

牽引者を抱えると言う状況で、
ゲヴィッターも先ほどの戦闘で見せたほどのスピードは出せていないようだ。

かなり距離は離されているが、メイ一人なら十分に追い付ける距離とスピードだろう。

だが――

フラン「やめなさい……!」

走りだそうとしたメイの肩を、フランが掴んで止める。

メイ「フラン姉……。

   でも、ここでアイツら逃がしたら、
   アイツらの拠点だって分からないじゃない!?」

フラン「連中の戦闘力は見たでしょ!?」

食ってかかるメイに、フランは怒鳴るような声音で叫ぶと、辺りに沈黙の帳が落ちる。

しかし、フランは自らその沈黙を破ってさらに続けた。

フラン「あなた一人で、あんな連中の後を追わせられないわ……。
    初手を誤った私のミスよ……」

フランは肩を竦めて項垂れる。

確かに、七対七における彼我の総合戦力差は互角かやや向こうが上だろう。

七対七でもその状況だと言うのに、メイ一人だけでの追跡など無理にも程がある。

四年前のトリスタン・ゲントナー事件の時のように、
メイが追跡している事を悟られないような状況ならともかく、
メイしか追い付けない今と言う状況では、
彼女の完全魔力遮断の特性も役には立たないだろう。

わざわざ返り討ちになるために追跡させるようなものだ。

しかし、部隊指揮官としては、この判断が誤りである事も分かっている。

追跡が成功する事に一縷の望みを賭けるのが愚の骨頂であっても、
この不明瞭な状況下では僅かでもテロリスト達の情報が必要なのだ。

だが、可愛い妹分であり、大事な部下でもある彼女を、
そんな分かり切った死地にたった一人で送り出せるほどフランは冷酷にはなれなかったし、
四年前に喪った尊敬する従姉の死が、この追跡を是とする事を拒んでいた。

その気持ちは、この場にいた誰もが同じだ。

今までにも多くの同僚、仲間を任務で喪って来た経験がある。

命の軽重を語るのは愚かで非人道的と罵られても、
共に学び、育ち、幾つもの死線を共にくぐり抜けて来た家族同然の仲間を喪う痛みは、
それ以上に耐え難い。

全員、その気持ちは同じだ。

カウンターテロを主任務とする部隊としては甘すぎると評されて当然だろうが、
それでも譲れない一線が有り、その互いを思い合う気持ちが、
誰一人として欠ける事なく今までの激務を切り抜けられた原動力でもあった。
774 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/09/13(木) 20:27:27.68 ID:xvo2zCOI0
メイ「……ごめん」

メイは、自らの肩を掴むフランの手に自らの手を重ねながら、
悔しさと申し訳なさの入り交じった声を漏らす。

魔導装甲――機械の鎧の腕を通してではあったが、
重なり合う手の温もりは、互いの魔力を通じて感じ合う事が出来た。

フラン「………さあ、今はとにかく、キャンベル捜査官との約束を果たさないとね」

しばらくの沈黙の後、気を取り直したフランはそう言って仲間達に呼びかける。

キャンベル捜査官――メアリーとの約束とは、元々、合衆国政府からの依頼である対テロの援助だったが、
指揮系統や情報網が混乱しており、結局、彼女の“一人でも多く助けて欲しい”との言葉を受け、
救難信号を出していたこのビール空軍基地に赴く事にしたのだ。

この基地に残されていた職員や兵士達はロロの手で救出され、
既に輸送用トレーラーで最寄りのハモントン市営空港に向けて移動を開始している。

フラン「とにかく、今は人命優先よ。
    クリスを呼んで合流したら、避難中の基地職員の護衛に回りましょう」

フランの指示で特務の面々は、北東方向に移動中の輸送用トレーラーを追って移動を開始した。

だが、ただ一人、奏だけは呆然とした様子でカナデ達の消えた方角を見遣っている。

自分と同じ顔をした、自分と同じく、母・祈の細胞から生まれた少女。

生きていた、祖父と思わされて来た人物……グンナー・フォーゲルクロウ。

そして、自分が三年間も共に過ごしたグンナーが、紛い物の機人魔導兵だったと言う事実。

あまりにも受け入れ難く、衝撃的だっただろう。

それは、結にとっても同じだった。

結「奏ちゃん……」

立ち尽くす親友に気付き、結も振り返って立ち止まってしまう。

十一年間、自らの手で殺めたと思っていたグンナーが実は偽物で、
本物がまだ存命だと言うのだから、結の戸惑いも当然と言えば当然だ。

仲間達も二人の様子に気付き、振り返って二人を待つ。

二人の心境を思えば、早く来いと促せるような状況ではなかった。

しばらくすると、顔を俯けたまま、コチラに向けてとぼとぼと歩いて来るクリスの姿が見えた。

クリスは顔を上げると、少しだけ歩調を上げて結達に合流する。

クリス「お母さん……お姉ちゃん……」

クリスにも、ギア同士の情報共有もあって、ある程度、結達の状況も伝わっていた。

しかし、クリスも困惑すべき事態に見舞われたのだ。

どう見ても彼らの仲間としか思えない少年の助言で、クリスはその身を守る事が出来た。

クライノート<クリス、報告はどうします?>

クリス<……お願いクライノート、これだけは待って……>

愛器の思念通話での問いかけに、クリスは懇願するような声で返す。

候補生として報告は怠れないハズだったが、
今はこれ以上、母達を困惑させるワケにはいかない。

それは彼女なりの配慮であり、また、別に思う所あっての事だった。

ともあれ、クリスを加えた面々は、
それを機にようやく再び、輸送用トレーラーを追って移動を始める。

一行がハモントン市営空港に到着したのは現地時間で深夜を回った頃だった。
775 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/09/13(木) 20:27:54.42 ID:xvo2zCOI0


翌日の午後。
欧州イタリア沖、魔法倫理研究院本部メガフロート――


あの後、ハモントン市営空港でメアリー達と合流した結達特務の面々は、
フリーランスエージェントのネットワークを通じて研究院本部からの通達を受け、
研究院本部のあるメガフロートへと戻っていた。

相変わらず衛星回線が使えない事もあって民間の国際線の類が飛べぬ状況で、
結、奏、フランと言った魔導機人が使える三人が、
魔導機人で他のメンバーを乗せての長距離強行軍だ。

かなりの魔力を消耗したものの、航空券の手配や空港を経由せずに済んだお陰で、
普通に航空機を使うよりも早く帰還出来ていた。

現地の状況があの惨状であった事、依頼を受けたのが研究院本部であった事、
特務に指示を出したのがシャーロット・アンダースンを含む各隊総隊長三名の総意であった事、
加えてアメリカ全土を巻き込んだ大規模戦争とも言えるテロ事件だった事もあって、
カナデ達テロ関係者を取り逃すと言う失態に対しては、
フランを始めとした対テロ特務部隊の責任問題への発展は免れた。

だが、問題はその後である。

各隊総隊長と上層部の面々が集まる会議室に、
フラン、ザック、奏の特務隊長格三名と遅れて帰国した一征の計四人も集められていた。

議題は無論、今回の大規模テロ事件に関してだ。

半円卓を囲む上層部の面々の正面に、同期の四人組は休めの体勢で直立不動を強いられていた。

上層部役員1「グンナー・フォーゲルクロウが生きていた……と言うのか」

フランや一征の報告を受け、旧欧州魔法学研究連盟派の老人が頭を抱えるように呟く。

それをキッカケとして、上層部の面々は顔を見合わせ口々に何かを言い合い始めた。

最初はエージェント隊の捜査ミス、次いで野放しにしていた上層部の責任、
それならばと、旧魔法研究院時代の管理不行き届きにまで発展して議会は紛糾する。

フラン<あ〜……何か想像してたより予想通り……>

帰りの道すがら、この状況を予想して頭を抱えていたフランは、
思念通話で溜息混じりの愚痴を漏らした。

ザック<聞こえなくても、そう言う私語は慎め、アホ>

フラン<誰がアホよ、バカ>

注意して来たザックに、フランは疲れ切った口調で返す。

最早、お決まりの口喧嘩をする気力すら湧かない。

四人はそれぞれ疲労や不安、僅かばかりの緊張と言った表情を浮かべたまま、
会議の様子を見守る。
776 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/09/13(木) 20:28:25.67 ID:xvo2zCOI0
上層部にグンナー生存の報せを納得させたのは、
一征が持ち帰った件の書類に書かれた“G.V”の署名と、
フォーゲルクロウを名乗った奏に瓜二つの少女の存在だ。

署名の筆跡が過去のグンナーの筆跡と完全に一致し、
カナデの顔は研究院本部に残されていた十代後半頃の祈の写真と一致した。

プロジェクト・モリートヴァに関連した細胞の培養に関してのノウハウを持ち、
その上、グンナー・フォーゲルクロウの筆跡と一致する人物など、
プロジェクトの主任であったグンナー本人を置いて他にいないと言うのが上層部の総意だ。

しばらく紛糾し、責任の所在確認に終始しようとしていた会議は、
ようやくその行為の無駄に気付いて軌道修正を始めた。

上層部役員2「しかし、このグンナーと関連のあった日本の政治家と言うのは?」

ラルフ「現在、スエズ運河を航行中の護送船に尋問部隊を派遣して、尋問を開始しています」

上層部の老人の質問に、捜査エージェント隊総隊長であるラルフ・アルノルトが答える。

シャーロット「書類上は日本国内の政治支援団体を通して偽装した、
       特定国家からの支援と言うワケね……」

高齢の女性――シャーロットが、その事実を確認するように呟いた。

研究院非加盟国出身の人間が多数存在する利権団体を経由し、
研究院非加盟でアメリカに敵対的な国家からの資金援助があった事は、
この書類からも明白だ。

エミリオ「やれやれ……四十年前の再現程度で済ませてくれればいいものを。

     下手をすれば、魔法研究界だけでなく、
     世界全体を巻き込んだ大戦争に為りかねんぞ」

総隊長三名の中では最も高齢な白髪だらけの男性――
救命エージェント隊総隊長のエミリオ・ペスタロッツァが盛大な溜息を交えて呟く。

エミリオは四十年前の揺籠の惨劇と、
その後の二分して行く旧魔法研究院に所属していた、
当時でもベテランの医療魔導師だった。

ともあれ、彼の言う通り、アメリカは本土戦力と命令系統をズタズタにされ、
世界各地に展開中の米軍と各国の軍隊で、既に一部では小競り合いが起きている状況だと言う。

軍拡競争でアメリカに敗れたソ連の流れを汲むロシアは、
冷戦構造が崩壊した今も両国の関係は良好とは言えない。

過激派の宗教テロリストに大勢を握られている国々も、一部はアメリカを標的としている。

今はまだ小競り合いでも、いつ大規模な戦闘に発展し、周辺諸国へ波及するかも分からないのだ。

衛星回線は使えないまでも、国連は各国に調停役を派遣して絶賛大混乱中である。

六年前の9.11以上の緊張状態が世界を包んでいると言っても過言ではないだろう。

エミリオの言葉も、彼の口ぶりほど軽く流せるような物ではないと言う事だ。
777 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/09/13(木) 20:29:00.88 ID:xvo2zCOI0
ラルフ「しかし、アメリカから上がって来た被害報告を見ると……どうにも不可解だな」

ラルフが手元の資料を見ながら、怪訝そうに呟いた。

フラン(確かに……アルノルト総隊長の言う通りね)

フランも心中でラルフに同意する。

それは会議に参加している他の者達も同じようだった。

テロリスト――カナデ達は自分達と戦闘を開始して数分で戦闘行為を止め、
あれだけ残っていた機人魔導兵を全て消したのだ。

しかも、空軍基地から逃げて行く基地職員や兵士達を追撃しようともしなかった。

それが余裕なのか、作戦の内なかは分からない。

だが、現に一度制圧された米軍の軍事施設の殆どは既に開放されており、
合衆国政府も友好国から派遣された魔導師や魔法倫理研究院と連携し、
残る基地の開放に向けた準備を進めている。

フラン<何だか、ポーズって言うのかな?

    資金を回してくれた連中に対して、
    “やっておいたぞ”って言ってるように見えない?>

一征<………案外、その予想は当たっているかもしれないな>

思案気味なフランの思念通話に、一征が淡々と応える。

アメリカに戦争を仕掛けるにしては、電撃的で物量に物を言わせたやり口に対し、
その後があまりにもお粗末過ぎる。

本当に戦争を仕掛けるつもりがあるならば、
制圧した本国全土の基地はそのまま確保し続けなければならない。

機人魔導兵はごく僅かな魔力があれば長時間活動可能で、
その後も定期的に魔力を供給するか減った分をその場で追加すれば、
食糧や補給を必要としない。

やや語弊はあるが“理想的な兵士”である。

それにも拘わらず、カナデ達はその殆どの施設を解放してしまっているのだ。

これでは資金提供を行った国家やパトロンに対して、
“アメリカを攻撃してやった”と義理を果たしただけにしか見えない。

上層部の面々も殆どはその認識があるようで、
逆にカナデ達の真の目的である“人類粛正計画”とやらの全貌が見えて来ない事に不安を感じているようだ。
778 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/09/13(木) 20:29:30.01 ID:xvo2zCOI0
ラルフ「彼らは、君達に対して“チェックメイトは終わった”、と言ったそうだね?」

フラン「はい、ギアにも会話記録が残されています」

ラルフの質問に答え、フランは右腕のブレスレット――チェーロに共有回線を開かせた。

カナデ『ええ、だって……チェックメイトは終わったもの。
    調べてみたらいいわ………“上”に行けたら、だけど』

チェーロが再生した会話ログから、カナデが去り際に残した言葉が再生される。

シャーロット「上、ね……」

その言葉を聞きながら、シャーロットは窓の外を見た。

分厚い雲に覆われた曇天の空が、尽きる事なく彼方まで広がっている。

この数日――およそ六日間――に渡って曇り続けていた空が、
その様相を露骨な物に変えていた。

まだ日が傾くには数時間の余裕があるにも拘わらず、
分厚い雲に覆われ、薄暗いと言うのも憚られるほどに暗く翳っている。

これならば月夜の方がまだ明るいだろう。

エミリオ「アレの正体に関しては、何か見当が付いているのか?」

ラルフ「現在、研究エージェント隊が特別チームを結成して調査に当たっている。
    ただ、上空数千メートルの位置まで昇る必要があって難航しているが……」

エミリオの質問にラルフが肩を竦めて答える。

衛星回線を阻害する強力な力場の正体も、恐らくはこの雲だろうと言う推測は既に出ていた。

尤も、ここまで来るとその正体が雲であるかも怪しいだろう。

上層部役員3「だが、問題はそれだけではあるまい。
       今まで我々が公になる事を禁じて来た魔法の存在……。

       最早隠し通せるような状況ではないぞ?」

かなり古株と思しき――それでもエミリオよりは若い――上層部の老人が、
嗄れた声でやれやれと言いたげに呟いた。

上層部役員4「トリスタン事件の秘匿すらギリギリだったからのぅ」

それに続く、もう一人の老人。
779 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/09/13(木) 20:30:01.70 ID:xvo2zCOI0
確かに、あの超弩級魔導機人の出現、加えてそれを足止めするための大樹海など、
嫌でも人目に触れる巨大物体のオンパレードだった。

結達の到着が早かった事もあって短時間で制圧できたから良かったものの、
あれが長時間に渡って立ったまま動き続ければ世界中の報道機関が挙って報道していただろう。

今はアフリカ大陸某所の研究院管轄地にて保管、調査が進められているが、
その移動にしても隠匿結界が使える魔導師総動員で半年を要した。

世界遺産であるトゥルカナ湖の地形が変わってしまった事に関する
ユネスコへの事情説明も含めて、研究院がどれだけの労力を割いたのかは語るまでもない。

そして、今回はその比ではなかった。

先進国の、軍事超大国の、あのアメリカ合衆国本土の軍事施設が、
丸一日と経たずに完全制圧されたのだ。

まあ、制圧するだけなら相応の戦力を用意すれば誰でも……
と言う意見もあるだろうが、それはまた別の話である。

問題なのは、それを為したのが魔法の力であり、魔導テロリストであると言う事だ。

魔導テロリストが軍事超大国アメリカ合衆国本土の軍事施設を、丸一日と経たずに完全制圧した。

この事実は、最早どう足掻いても秘匿できるレベルをゆうに超えている。

それは取りも直さず、魔法の実在が全世界に知らしめられると言う事に他ならない。

古代魔法文明から派生し、魔法文化が伝わったのは
欧州を始めとしてアフリカ北部、ロシア西部、中東から東南アジアを経由して日本までだ。

移民の多いアメリカにも魔法の素養を持つ者は多いが、
その内の十割にほど近い者達は魔法の存在を知らずに一生を終える。

戦後、GHQ統治下で魔法文化や研究が制限された日本も同様だ。

そして、研究院非加盟国の多くは国のトップに至るまでが魔法の存在そのものを知らない。

魔法文化の根強い欧州ですら、個人単位では知識の有無がある程だ。

世界の人口全体に対して、魔法の存在を知る者は一割……
いや、一%に遠く満たないと言って良い。

加えて、トリスタン事件よりも情報拡散速度は格段に早くなる。

原因は先に述べた通りだ。

たとえ衛星回線による通信が阻害されていようとも、
情報伝播手段は通常電波回線を使えば十分だ。

電波が海を渡ってしまえば、
国内の電話回線を介したインターネットによる、
個人間の情報のやり取りは遮断のしようがない。

近代文明における情報遮断は、そのまま社会の混乱に繋がるからだ。

そして、戒厳令や箝口令と言った対処手段を講じるよりも先に、
前述した“テロによる米軍制圧”との情報が世界を駆け回る。

つまり――

エミリオ「世界中を巻き込んでの大混乱が起きるな」

エミリオが溜息混じりにそう結論を述べた。

人口が極めて少ない国家や地域で起きたテロ事件ならば、
目撃者や当事者を監視する事で口を噤んで貰い、
オカルティックな超常現象として情報をすり替える事も出来たが、
今回は目撃者と当事者があまりにも多すぎる。

事実を知らぬ者達がソレを絵空事と断じてしまうには、
あまりにも現実の事態がセンセーショナル過ぎるのだ。

実際、既にインターネット上では様々な議論が繰り広げられると共に、
“アメリカ陥落!?”などと言うある種の過大表現が飛び交っている有様である。

だからこそ、各地で米軍との小競り合いも始まっているのだが……。
780 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/09/13(木) 20:30:30.84 ID:xvo2zCOI0
上層部役員5「ロシアや中国が動かないのは幸いと言うべきか……」

老人の一人が溜息を漏らす。

ここでロシアと中国が動かないのは、魔導テロリストの本質を知る国家であるからだろう。

魔導テロリストの根幹は宗教思想ではなく目的思想だ。

こうあるべき、どうすべきで動く。

もしも、魔導テロリストの目的が“世界征服”などと言う荒唐無稽な物ならば、
次に狙われるのはロシアか中国、または強力な海上戦力を持つ国家だ。

いくら疲弊しているからと言って、
自国が狙われる危険性を放り出してアメリカと事を構えていられる余裕はない。

しかも、この状態でアメリカと事を構えれば
“やはりお前らか”と冤罪で国際世論全てを敵に回す事になるのだ。

二国とも、そんな愚を犯す国ではないと言う事である。

そして、仮にこの二国がテロリストのパトロンであり、
アメリカへの攻撃が彼らの意図だったとしたら、
一度制圧させた軍事施設を放棄などさせないだろう。

つまり、どの国が今回の件に関係あろうがなかろうが、
既にテロリストはパトロン達の手綱を引きちぎって独自の動きを見せている事に他ならない。

上層部役員6「しかし……本当に連中の首魁はグンナー・フォーゲルクロウなのか?」

初老の男が、ふとそんな事を口にした。

彼はさらに続ける。

上層部役員6「彼は基本方針において魔法研究機関を踏襲した魔導研究機関の創始者であり、
       魔導を世に知らしめんとする魔導猟団派とも袂を別ったと言うのに、
       何故、今になってこのような目立つテロ行為を始める?
       これでは矛盾している」

男の言葉を聞き、エミリオは深く溜息を漏らした。

エミリオ「はぁ……その地位にいて、あなたはそんな事も知らんのか。
     こんな無知な若造が上にいるとは……世も末か」

この場で一番の年長者であるエミリオは、嘆かわしさよりも呆れが勝る口ぶりで呟く。

シャーロット「エージェント・ペスタロッツァ、大人げないですよ」

隣の席に座っていたシャーロットが溜息混じりに呟いた。

さらに反対側の隣ではラルフが眉間に指を当てて俯いている。
781 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/09/13(木) 20:30:57.34 ID:xvo2zCOI0
エミリオ「親だか脱だか知らんが、
     ミケランジェロを厄介払いした上で情報の継承すらさせていない為体を、
     無知や無能と言って何が悪い?」

しかし、エミリオはそんな事はお構いなしにと、
呆れと怒りの入り交じった表情を浮かべて言った。

六十代のラルフやシャーロットに見劣りしないほど壮健に見えるエミリオだが、
実の所、齢八十に届く大ベテランにしてエージェント隊の長老だ。

今は亡きミケロや本條家先代当主の奏一郎、そして、グンナーとも歳が近い。

当事者ではないが、四十年前の揺籠の惨劇についても、
当時は資料を閲覧できた事もあって十分に知っている。

それは一回り以上年齢の離れたシャーロットや、
当時はミケロの部下だったラルフも同様だ。

エミリオ「連盟の老人共が……自分達の失態を隠したいあまり、
     若造共にまでこんな重大な事実を隠匿しながら逝ったとはな……」

最早、全員が鬼籍に入っている当時の欧州魔法学研究連盟上層部の老人達の顔を思い出しながら、
エミリオは深いため息を漏らす。

いくら年長者とは言え、若造呼ばわりされた上層部の面々は心中穏やかではない様子だ。

だが――

エミリオ「何の派閥抗争を続けたいのかは知らんが、
     それならばそれで、もっと歴史を勉強したまえ。

     いくら先人に隠匿されていたと言えど、
     あなた方の権限でいくらでも情報は閲覧できただろう?」

続くエミリオの正論に、彼らも二の句が告げない様子だった。

そして、やや間を置いてから、エミリオは奏に目を向ける。

別部隊の総隊長からのアイコンタクトに、奏は思わず驚いたように目を見開いた。

だが、すぐにその理由を察する。

おそらく、エミリオはこれからグンナーに関する事実を口にするつもりなのだろう。

それはつまり、グンナーが旧魔法研究院と袂を別つキッカケとなった“揺籠の惨劇”、
引いてはプロジェクト・モリートヴァに関して語る必要があると言う事だ。

彼なりに奏の事を気遣ってくれているのだろう。

怒りと呆れから傍若無人に上層部の面々をやり込めたエミリオだったが、
その辺りの気遣いをする分別を持ち合わせた老紳士でもあったようだ。

奏は深く頷き、それに応えるようにエミリオも目を伏せた。

続けて、その視線はミケロの孫であるフラン、
エージェントでありながら本條に仕える身でもある一征に向けられる。

ザック<俺だけ無関係かよ>

当然の事なのだが、ザックはその事に苦笑い混じりの思念通話を漏らした。
782 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/09/13(木) 20:31:25.94 ID:xvo2zCOI0
ともあれ、この場で最も関連の深い部下達への了解を得たエミリオは、ゆっくりと語り出す。

エミリオ「グンナーは本来、魔法文化の秘匿についてそれほど熱心ではない……。
     いや、むしろ否定的であると言っても良い側の人間だ……。

     ………全ては、六十二年前の夏に遡る」

ゆっくりとした語り口で、エミリオは時系列に沿って事実を並べ立てる。

かつて、旧魔法研究院にいた三人の若者の事。

その内の一人が、狂気に駆られて行く様。

抑止力と言う一つの結論に辿り着いてしまった事。

そして、迎えてしまった決定的な破綻。

旧魔法研究院と欧州魔法学研究連盟、
世界の魔法研究者や魔導師を二分するに至った三人の男の物語は、
その推し量りきれぬ彼らの感情だけを除いて、
当時の報告書や証言から読み取れる事実だけが語られた。

エミリオが語り終えると、会議室に沈黙の帳が落ちた。

フラン(お祖父様……)

初めて聞かされた事実に、フランは小さく項垂れた。

十年前、祖父の養成塾を訪ねた際に祖父の見せた表情と言葉、
その真意を今ようやく悟り、また祖父が何故Aカテゴリクラスの創立に至ったかを思い知った気分だ。

親友――自分に置き換えてみれば今この場にいる幼馴染み達――とのすれ違い。

自分の味わったのと同じ後悔を繰り返させたくないが故に作った学舎。

そして、一年以上前に見た、祖父の安らかな死に顔。

全て終わったと思って逝ったであろう祖父が、今は無念でならない。

一征<この件は……俺達の仕事だな>

普段ならばそんな事は言い出さないであろう一征が、そう呟いた。

フラン<一征、それ私の台詞>

フランは少しだけ嬉しそうに言うと、小さく肩を竦める。

そう、今回の事件、本当にグンナー・フォーゲルクロウが関わっていると言うならば、
ミケランジェロ・カンナヴァーロと本條総一郎の遺志と、その教えを継ぐ者が解決せねばならない。

ザック<熱くなり過ぎんなよ……二人とも>

そんな二人を窘めるように言いながらも、ザックも内心では昂ぶりが抑えきれないと言った様子だ。

奏も無言だが、その横顔を見るに思いは同じと言った様子である。
783 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/09/13(木) 20:31:58.01 ID:xvo2zCOI0
上層部役員1「……しかし、そうなると……」

老人の一人がハッとなって声を上げた。

彼の言わんとした事が分かったのか、エミリオは小さく頷く。

エミリオ「報告にあった例の少女の口ぶりからしても、
     もう隠す必要がなくなった……。

     つまり、抑止力となる手段、
     或いはそれ以上の物が完成したと見て間違いないだろう」

エミリオの呟いた言葉に、その場にいた全員に戦慄が走る。

機人魔導兵の大軍団だけでも、抑止力としては十分だろう。

旧型ですら、ピンポン球ほどのサイズの呪具から三体もの機人魔導兵を召喚できたのだ。

軍事施設一つに万にほど近い数の機人魔導兵を差し向けたのだから、おおよそ三千三百個。

それだけの数の黒いピンポン球もどきが転がっていれば怪しまれる物だろうが、
そう言った報告がなかった以上、四年間で召喚効率も小型化も進んでいると見て良い。

あとはあの八人が、アメリカ中の軍事施設付近で次々に機人魔導兵を召喚すれば、
あの大惨事の出来上がりと言うワケだ。

そして、ビール空軍基地に現れた特務……研究院最大戦力の部隊を相手に、
アメリカ各地から彼らを集結させてぶつけ、その戦力を見せつけて来た。

アメリカ全土の軍事施設を占拠できるだけの兵力に、
特務と互角以上に渡り合う高性能機人魔導兵と、
それを束ねる古代魔法文明の皇帝の遺伝子を持つ少女。

なるほど、世界中の軍隊を相手に奇襲戦の戦争をしかけられるだけの兵力があるワケだ。

これは十分に抑止力と言って過言ではないハズだ。

だが――

シャーロット「本当に抑止力だけなのかしら……?」

シャーロットが訝しげに呟くと、全員の視線が彼女に集まり、
彼女はさらに続ける。

シャーロット「人類粛正計画……粛正を謳うのなら兵士や軍隊ではなく、
       爆弾やミサイルのような大量殺戮兵器を保持していると考えられないかしら?」

上層部役員2「いや、しかし……先ほどのエージェント・ペスタロッツァの話を聞く限りでは、
       もし本当に首魁がグンナー・フォーゲルクロウだと言うならば、
       彼はその類の兵器を強く忌避しているのではないか?」

上層部の一人が、シャーロットの推察に待ったをかけた。

確かに、シャーロットの推察も頷けるが、上層部の言い分もその通りである。

人類の融和を夢見たグンナーの理想を打ち砕いたのが、あの核兵器だ。

だと言うならばグンナーが核兵器のような大量殺戮兵器を保持するとは考え難い。

エミリオ「憎さ余って可愛さ百倍かもしれんぞ」

困惑する面々に、エミリオが溜息がちに漏らす。

フラン<日本の言葉なら、憎さと可愛さ、逆よね?>

一征<そうだが、まあ、この場合は
   ペスタロッツァ総隊長の言い回しの方が意見の筋が通る>

思念通話でのフランの質問に、一征は淡々と返す。
784 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/09/13(木) 20:32:28.84 ID:xvo2zCOI0
ラルフ「むぅ……となると、そう言った手段、結果に行き着いた、と?」

ともあれ、エミリオの言葉にラルフは深く唸ってから口を開いた。

エミリオ「私の言い分もあくまで推察に過ぎんよ。
     ただ、幾つかの可能性の一つとしてあり得ると言う事だ」

淡々と呟くエミリオは、腕を組んで何事かを思案している様子だ。

この中では唯一、現役で前線に立っていたグンナーとも面識があるのがこのエミリオだった。

博愛的理想主義者で夢想家だった少年が、
民間人に対して大量殺戮兵器の使われた現場に赴き、
悪を憎む青年となってその心血を犯罪者逮捕と被害者保護の任務に注ぎ、
果てにそれまで愛していた人類を“愚か”と断じるに至る。

一連の変遷を鑑みれば、万が一にもその結果に結びつかないとは言い切れない。

会議の出席者達は隣り合った者達同士で幾つかの意見を出し合っている。

だが、どれもコレだと結論づけられる物はなかった。

フラン<ここまで来ると……もうさすがに纏まらないわね>

ザック<だな……実際に敵とやりあった俺達だって、情報が少なすぎる>

フランの漏らした思念通話に、ザックが溜息がちに返した。

しばらく前から注意する事すら止めていたが、
さすがに会議がここまで拗れては、今更私語を慎めとも言い難い。

この会議も事態の重さ故に招集された側面が強く、
このまま行けば、“新しい情報が入るまで待機”となるだろう。

それまではこの紛糾しつつある会議を不動のまま見守る他ないようだ。

フラン達は意を決して、膠着した会議を見守り続ける。

だが――

女性「失礼しますっ!」

不意に背後のドアがノックされたかと思うと、返事を待たずにドアが開かれた。

駆け込んで来たのは事務方と思しきスーツ姿の女性だ。

上層部役員6「今は会議中だぞ!?」

上層部の誰かが女性を怒鳴りつけたが、
彼女はそれどころではないと言う様子で四人の中央に立つフランと奏の間を抜けて、
半円状のテーブルに駆け寄る。

女性「も、モニターを! テレビを見て下さい!」

ラルフ「こんな時にテレビだと? 一体、何があったと言うんだ?」

女性の様子にただならぬものを感じたラルフが、怪訝そうに尋ねた。
785 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/09/13(木) 20:32:55.26 ID:xvo2zCOI0
奏「………失礼します!」

だが、奏は直感的に何かを感じ取ったのか、
会議室の横に備え付けてある大画面モニターに駆け寄り、手動で電源を入れる。

すると、僅かなノイズが入った直後、モニターに奇妙な光景が映し出された。

少し暗い画面に映る、九人の男女。

八人はまだ年若く、幼く見える者すらいる。

そして、奏達にはその内の七人に見覚えがあった。

ザック「コイツら……」

ザックが驚きの声を上げる。

そう、カナデ達アメリカの軍事施設を襲撃したテロリスト達だ。

見知らぬ二人の内一人はクリスだけが遭遇したナナシ、
そしてもう一人は、八人に左右を挟まれるカタチでその威容を晒していた。

全身が金属の鎧に覆われた肉体に、やや大きな外套を纏ったその姿は、
人間離れと言うか、既に人のそれではない。

頭部があるべき部位には水槽のようなヘルメットがあり、
そこに立体映像のような人の顔が浮かんでいる。

フラン「……グンナー……フォーゲルクロウ!?」

写真でしか見た事のないその顔に、フランが驚きの声を上げた。

確かにカナデ達はグンナーの生存を語っていたが、
実際にこの目でその顔を見ると驚きを隠せない。

だが、フラン達以上に驚いているのは、モニターの電源を入れた当の奏自身だった。

奏(……ボクの知っているお祖父様よりも、もっと若い……?)

そう、立体映像のグンナーは、その面影こそあれど見かけは四十代半ばほどに見える。

十一年前の魔導巨神事件の頃でさえ六十八歳……七十代にほど近い齢だったハズだ。

だが、モニターに映し出されたグンナーは、魔法研究史の教科書にも載っている、
まだ研究院にいた三十代頃の写真から即座に連想できるほどの若さだった。

しかし、それ以上に謎なのは彼の風体だ。

魔導装甲と言うよりは、むしろ機械人形やロボットのソレと言って過言ではない身体に、
前述した通り、水槽状のヘルメットに映る立体映像の顔。

どう見ても人間ではない。

モニターに映っている方が偽物で、
十一年前に消え去った方が本物だと言われた方がまだ信じられる。
786 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/09/13(木) 20:33:23.83 ID:xvo2zCOI0
グンナー『……繰り返す。

     我々は今後の行動目標に対して、
     如何なる要求も求めない、降伏も認めない。
     我々が行う裁きを、ただ粛々と受け入れよ』

尊大に語る声に合わせ、立体映像の口元も柔軟で滑らかに動く。

上層部役員2「裁きだと!?」

グンナーの尊大な物言いに対して、上層部の一人が声を荒げた。

しかし、傍らの一人がその行動を諫める。

重要な情報を当人達の口から聞けるかもしれない状況で、
聞き逃す事が出来ないからでもあったからだ。

駆け込んで来た女性を含め、会議室の全員の目と耳がモニターに注意深く向けられる。

そして、そんな外野の意志など関係なく、モニターの向こうで話は進む。

グンナー『既に気付いている者達もいようが、
     今、諸君らの頭上にある雲のほぼ全ては、
     天然自然によって発生した物体ではない』

その場にいた数人が“やはりか”と言いたげに肩を竦め、項垂れた。

演説のような放送はさらに続く。

グンナー『諸君らの頭上にある雲は、
     諸君らに超常の力……魔力の覚醒を促すナノマシン散布するために、
     我々の魔力によって人工的に作り出された魔力の結晶によって構成された雲である』

グンナーの言葉に従うようにして、傍らに立っていたカナデが進み出ると、
彼女はビー玉ほどのサイズの青い水晶玉を取り出した。

そこに赤銀色の魔力が込められると、
水晶玉から霧のようなものが噴き出して雲を作り出す。

どうやらこの水晶玉は、魔力の雲を生み出す呪具のようだ。

カナデは水晶玉を破壊すると、炎熱変換した魔力で小さな小さな雲を消し去る。

グンナー『密度が薄く、作り出したばかりならば僅かな魔力で相殺、消滅させる事も出来るが、
     諸君らの上空にある魔力の雲は高密度かつ高圧縮された“雲状の壁”と化している。

     周囲には魔力による対物理障壁が展開され、
     近代兵器の類は一切無効化されると思ってもらって構わない。
     無論、航空機などで雲上に出る事も不可能だ』

グンナーの説明が続くにつれて、黙り込んでいた面々のざわめきも大きくなって行く。

ただの雲ではないと予想はしていたが、驚愕の正体に驚きを隠せない。

衛星通信すら阻害する魔力の力場。

先日、リーネが移動中の輸送機内で不調を漏らしていたが、
物理干渉すらはね除けるレベルの高密度魔力が頭上にあれば、
鋭敏すぎる彼女の魔力探査能力では頭上に違和感も覚えるだろう。

しかし、真に驚くべきは“魔力の覚醒を促すナノマシン”の存在だ。

ビール空軍基地の職員ら全員が魔力の素養を持っていたが、
それは偶然ではなく人為的な物だったと言う事になる。

同様に、結の義母・由貴の唐突な魔力覚醒も、
ナノマシンによって促された物だと言う推測も立つ。

さらに言ってしまえば、この雲が世界中を覆ってしまえば――
グンナーの口ぶりからして既に覆っている可能性も高いが――、
世界中の人間が魔力の影響下に置かれる事になる。

今までは魔力を持たぬ人間には物理干渉可能な属性に変換しなければ無害であった魔力が、
純粋魔力や閃光変換魔力ですら大きな被害を及ぼす事になるのだ。

そうなれば、過去は魔導テロリスト達の標的にされなかった国や地域も、
その標的となる可能性が生まれた事になる。

会議室にいた面々はある者は頭を抱え、ある者は呆然とした表情を浮かべた。
787 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/09/13(木) 20:33:55.46 ID:xvo2zCOI0
所変わって、エージェント隊隊員寮一階の隊員食堂――

会議室のモニターに映されていた映像は、研究院本部の他の区画でも見られていた。

それはここ隊員食堂でも同様だ。

この緊急事態によって、非番から待機任務を命じられたエージェント達の殆どは、
すぐに動けるような準備を整えて食堂に集まっていたため、会議室以上のざわめきに満ちている。

本部に戻るなり待機任務を言い渡されていた結達も、
食堂の大型テレビに映し出された映像に食い入るように見入っていた。

エージェントA「ダメだ! どのチャンネルもこの放送しか流れていない!」

確認のために自室に戻っていたエージェントの一人が、
焦りと不安の混じった声を上げながら食堂に入って来た。

ロロ「電波ジャック……って事?」

同僚の言葉を聞きつけたロロが、目を見開いて呟く。

プレリー『思念通話回線はともかく、通常通信回線にまで音声が流れていますわ』

そんなロロに追い打ちをかけるように、
愛器・プレリーが共有回線を通して溜息がちに漏らした。

リーネ「ラジオも、どの周波数にもこの放送が流れているみたい……」

ロロの隣でラジオを確認していたリーネが、肩を落として言った。

結「テレビ、ラジオ、無線通信……
  電波系メディア全部を乗っ取るなんて、どんな方法使ってるんだろう……」

二人の合い向かいの席に座っていた結は、不安混じりの声でそんな疑問を漏らす。

魔力の力場で衛星回線を妨害しているのは何となく分かるが、
全周波数帯の電波ジャックなどどうやっているのだろう?

メイ「全周波数帯に強力に流せば出来るっちゃ出来るだろうけど、
   どんだけ金のかかる設備を作ればいいんだか……」

結の隣に座っていたメイが肩を竦めて呟く。

?????「おそらく、コレも魔力でしょうね」

少し離れた位置から声がして、四人が振り返ると、
研究室に行っていたハズのアレックスが顔を出していた。

結「アレックス君? 作業はいいの?」

アレックス「粗方仕上げては来たんですが、
      この状況で作業どころではなくなってしまいましたからね」

少しだけ驚いたような結の問いかけに、アレックスは溜息混じりに返した。

結達よりも先に本部に戻ったアレックスは第七世代ギア開発チームの仲間達と共に、
魔導装甲ギア量産化に向けた最終評価試験の準備を進めていたのだ。

だが、グンナーによる電波ジャックが始まるなり作業が中断してしまい、
騒動が落ち着くか別命あるまで待機と言うカタチで寮に戻って来たのである。
788 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/09/13(木) 20:34:21.74 ID:xvo2zCOI0
メイ「でさ、さっき魔力とか言ってたけど、どう言う事?」

結を挟んで向こう隣に座ったアレックスに、メイが問いかける。

アレックス「ここ数十年ほどに作られた通信機器の類には、
      魔力供給無しでも魔力を電波に変換した通信を
      受け取れるような装置が取り付けられていますからね。

      おそらく、グンナーは上空の魔力雲を発信源にして
      大出力魔力による電波通信を行っているのでしょう」

ロロ「あ、そっか……ギアの無線通信も魔力を電波に変換してるんだったよね」

アレックスの推測を聞かされたロロが、納得したように呟いた。

他の三人も“なるほど”と納得したように頷く。

ここで少しだけ、ギアの通信機能に関した補足が必要だろう。

思念通話はギアの“補正機能”を用いて、
魔力そのものを飛ばして短〜中距離の簡易通信を行う機能だ。

対して、無線通信は魔力をギア内で電波的に変換し、
短〜長距離の通信を行う機能である。

どちらも魔力由来の機能ではあるが、
思念通話は思考そのものを飛ばすために意志疎通が素早いが、
複雑な魔力影響下では先のビール空軍基地での戦闘のようにノイズが混じってしまいがちだ。

一方、無線通信は発声が必要になるため思念通話に比べてややタイムラグが生じるものの、
強い魔力影響下でもノイズ無しに通信する事が可能になっている。

そして、魔法研究が進むにつれて機械系技術との親和性が増したギア開発以降、
相互の通信が容易になるようにと、研究院加盟国主導で世界的な規格変更が行われ、
アレックスの言ったように魔力を利用した電波通信機器との送受信機能を有した装置が組み込まれていた。

グンナーは無線通信を介してメディアの電波を撹乱し、
強引にそれらの回線に割り込みをかけている、
と言うのがアレックスの立てた推測の全貌だ。

勿論、装置が組み込まれていない旧型の通信機器であっても、
発信側の機器に直接割り込んでしまえば魔力による電波ジャックは十分に可能となる。

リーネ「電波障害で事故が起きていなければいいけれど……」

メイ「そればかりは、この放送が終わらないと確認のしようがないなぁ」

心配そうに漏らしたリーネに、メイはそう言ってから天井を振り仰いだ。
789 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/09/13(木) 20:34:59.95 ID:xvo2zCOI0
グンナー『……今一度、繰り返す。

     我々は今後の行動目標に対して、
     如何なる要求も求めない、降伏も認めない。
     我々が行う裁きを、ただ粛々と受け入れよ』

電波ジャックが始まって、既に五回は繰り返されたであろう言葉に、
五人はそろそろ苛立ちも混じり始めた視線を、再びモニターに向けた。

現在、グンナー達が発表したのは自分の名前と魔法の存在と実証、
米軍を襲った事とその証拠映像の提示、
上空の雲が魔力の塊であると言う事だけだ。

繰り返された言葉の中にある“今後の行動目標”については、
まだ何も触れられていない。

だが、グンナーの公開した情報……特に上空の雲状魔力の存在が、
カナデの語った“人類粛正計画”に集約されるならば、
恐ろしい行動目標が待っているのは何となく理解できた。

メイ「いい加減、さっさとその目標ってヤツを公表しろっての……」

メイは苛立ちを隠しきれずに呟く。

周囲の仲間達も殆どは同様で、ざわめきには多分に苛立ちの色が含まれている。

しかし――

グンナー『我々の行動目標、それは……』

グンナーがその言葉を発した瞬間、ざわめきが一瞬大きくなり、
まるで波が引くかのように静まりかえった。

グンナー『魔力による全人類の選別と同時に、選ばれる資格なき者達の抹殺である』

続くグンナーのその言葉。

通常よりも音量を大きく設定されたモニターのスピーカーから響く声が、
静まりかえった隊員食堂に不気味に響き渡る。

そして、一秒ほどの沈黙の後、隊員食堂は再びざわめきに包まれた。

エージェントB「全人類の選別だって!?」

エージェントC「おいおい……何の冗談だ!?」

エージェントD「選別と同時に抹殺なんて……」

エージェント達は口々に困惑の声を上げる。

傲慢なその言葉に怒りを露わにする者、
理解の度を遥かに超えるスケールの大きさに愕然とする者、
おぞましい内容に震える者、その反応は様々だ。
790 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/09/13(木) 20:35:44.42 ID:xvo2zCOI0
グンナー『見よ……これが世界に裁きを下す、古代よりの遺産である!』

だが、そんなざわめきをグンナーの声が遮った。

その声と共にカメラが大きく引き、
グンナー達の姿が小さくなると共に薄暗かった全体像が照らされる。

そして、モニターに映る空間が明るく照らし出され、
グンナー達の背後にあった白銀の構造物が姿を現した。

エージェントE「何だアレは……デカいぞ!?」

そのエージェントの漏らした言葉通り、そこに現れたのは巨大な構造物だ。

左右に大きく広がるソレは、下に映るグンナー達の姿と比較しても二百メートルは下らない。

高さも三十メートルはあるだろうか?

すぐに画面は二分割され、一方――左側にグンナーの顔のアップが映され、
右側に巨大構造物が映し出される。

飛行端末か何かで撮影されているのであろうその光景は、
構造物の全体像を順に映し出して行く。

それはまるで、SF映画か何かに出て来るであろう宇宙船のような構造だ。

メイ「ねぇ、アレ、ってか、
   アレに似た物に見覚えあっちゃうのって……マズい、かな?」

メイが顔を引き攣らせながら、恐怖にも似た声音で呟く。

ロロ「ソレ、あまり考えたくなかったんだけどなぁ……」

そう答えるロロも顔面蒼白だ。

リーネ「……古代魔法文明の船」

リーネが茫然自失と言った風に漏らした。

そう、サイズも形状も大きく異なるが、
映し出された構造物は四年前のトリスタン事件の際に出現した、
古代魔法文明の移民船によく似たデザインラインを持っている。

結「確かに……言われてみればそうかも」

結も、その目で移民船の変形前の実物は見た事がなかったが、
画像資料として残されている記録を見た事があったため、
三人の意見を素直に受け止められていた。

移民船は艦首部に揚陸艇のような突出部を持っていたが、
丁度あの隙間に収まるのではないかと思わせる構造だ。
791 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/09/13(木) 20:36:41.43 ID:xvo2zCOI0
アレックス「しかし、随分と奇抜なデザインですね……。
      両側に推進系構造があるように見えますが」

映し出された“船”の全容を見ながら、アレックスが思案げに呟いた。

移民船も後部に推進系の構造を持っていたが、
この船には前後両方に推進系と思われる構造を持っている。

エージェントF「日本のアニメーション作品に、
        あれみたいな構造の宇宙戦艦が無かったか?」

他の仲間達にもアレが船だと言う確信が芽生えたのか、
何処からか、そんな声が聞こえて来た。

結「まさか……」

結も何処か心当たりがあったのか、幼い頃に見たアニメ特集番組を思い出す。

艦首に推進用構造にも見える……そう砲身を持った艦だ。

結「この船って……あの魔導機人用の大砲って事……なのかな?」

結は微かに震える声でそう漏らす。

確かに、あの超弩級魔導機人は巨大な体躯に比して武器の類を一つも見せず、
レオノーラの記憶で暴走していたクリスも手足を振り回すだけで魔力弾すら使っていなかった。

尤も、手足を振り回されるだけでも甚大な被害を被るサイズだったと言う事もある。

しかし、それは武器を使わなかったのではなく、最初から手元に存在していなかったのだ。

だとすれば、今、モニターに映し出されているあの船こそが、
あの超弩級魔導機人の武装と言う事だろう。

グンナー『今よりこの艦を雲上へと打ち上げる。

     そして、四日後、グリニッジ標準時にて午前零時……。
     雲に含まれる全ての魔力を吸収し、
     その魔力によって地上に住まう者達を選別、抹殺する!』

グンナーの宣言に合わせて、彼らのいる空間……その天井が大きく開かれた。

天井から空間を照らしていた照明が徐々に消え、暗くなって行く。

そして、開いてゆく天井の隙間から見えたのは曇天の空と吹きすさぶ雪だ。

天井はドーム型ではなく、平らな形状をしており、
それがスライドしながら開いたと分かったのは、
船の全貌を撮影していた撮影端末が外に飛び出した後だった。

白銀の船に赤銀の魔力が注ぎ込まれて行き、ゆっくりとその巨体を浮かべて行く。

コレでハッキリとした。

赤銀の魔力の持ち主はカナデだ。

カナデは奏と同じく、
彼女の母・祈のセルフクローンである事が彼女自身の口から語られている。

そして、祈・ユーリエフは古代魔法文明の王、
レオンハルト・ヴェルナー――魔導巨神の細胞から作られたクローンだ。

移民船の管理者達の遺伝子を受け継ぐ者にしか、
あの超弩級魔導機人は反応を示さなかった事から、
この船も同様の機能を持っていると推察できる。

つまり、グンナーの言葉や結達の推察通り、
この船が古代魔法文明――魔法文明世界から転移して来た物である事は間違いない。

モニターを通して響く轟音と共に船は吹雪の中、上昇を続け、
不自然なほどぽっかりと大穴を開けた分厚い魔力の雲の隙間を通って雲上へと消えて行った。

艦が雲上へと消えると、再び魔力の雲はその大穴を素早く閉じて行く。

まるで出来の悪いCG映画を見せられている気分だったが、
モニターの向こうで起きている事が現実だと言う実感があったのは、
この場にいる者達が全て、魔力の素養を持ち合わせたエージェントばかりだったからだろう。
792 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/09/13(木) 20:37:16.59 ID:xvo2zCOI0
グンナー『そして、コレが選ばれなかった人類の辿る末路だ』

グンナーが朗々と呟くと共に、彼らの前に球状の巨大水槽のような物体が滑り込んで来る。

魔力で動かしたのか、機械的な物なのかはモニターからだけでは分からなかったが、
巨大な水槽もどきの中に人間が入っているのはすぐに確認できた。

水槽もどきに入れられた人間はどうやら男性のようで、
髪も髭も伸びきったボサボサの外見で、服も薄汚れて貧相さを醸し出している。

体格や髭の隙間から見える顔つきからして、四十代程度。

だが、おそらくはもっと若く、三十代半ばほどだろうと推測できた。

男は必死に内側から水槽を叩いて脱出を試みようとするが、
かなり頑丈な造りらしく、水槽は微動だにしない。

逆に男の拳が裂けて血が滲み、水槽の内側にべっとりと血がこびりつくばかりだ。

しかし、男は必死の形相で水槽を破ろうと足掻き続ける。

何事かを叫んでいるようだが、男の音声は拾っていないのか、
それとも分厚い水槽のせいで声が通じていないのかもしれない。

グンナー『この男はかつて、百人以上もの若い命を摘み取った、
     慈悲にも値せぬ……塵のような男だ。

     加えて魔力も乏しい』

グンナーがそう言った直後、結は思わず身を固くした。

何かがひっかかる。

百人以上もの若い命……おそらくは子供を殺した男。

年齢は三十代半ば程度。

魔力が乏しい。

結の記憶の中で、合致する人間は一人だけ。

結「ヨハン……パーク……」

かつて、抑えきれぬほどの殺意を抱くまで憎み、
その命を奪いかけた男を思い出して、
結は激しい嫌悪感と嘔吐感に襲われる。

メイ「そうだよ……コイツ、どっかで見た事あると思ったら、
   例の殺人犯じゃない!?」

メイも捜査資料で見た顔を思い出して、驚きの声を上げた。

リーネ「うん……かなり雰囲気は変わっているけど、間違いないと思う」

実際に相対した経験があったリーネも、思い出すように呟く。
793 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/09/13(木) 20:38:04.54 ID:xvo2zCOI0
しかし、何故、あの場にヨハンがいるのだろう?

トリスタン事件が幕を閉じた際、更正の余地無しと判断され、
合衆国政府に死刑囚として引き渡されたハズだ。

その後、どうなったかは知らないが、
魔力は引き渡し直前の外科手術で埋め込まれたギアで厳重封印されていた以上、
あの非力な男が脱獄できるハズもない。

だとすれば、研究院が彼をアメリカ本国まで護送して引き渡し、死刑が執行される前に、
何らかの方法でグンナーはあの男の身柄を手に入れたのだろうが、
今、その方法を議論している場合ではなかった。

事実、ヨハンはあの場にいるのだから。

かつて結を相手にそうしたように命乞いをしているのだろうが、
その叫びは誰に届く事もなく、事態は進んで行く。

グンナー『四日後、選ばれる資格なき者はこうなる』

グンナーの言葉に促され、機人魔導兵の一人……ネーベルが進み出て、
水槽に向けて手を押し当てた。

リーネを相手に互角以上の戦闘を繰り広げた彼女の魔力は、
おそらくはリーネと同等レベルと見て間違いないだろう。

Sランク二人分。
Dランクそこそこの魔力しか持たないヨハンの、実に二千倍に相当する魔力。

その膨大な量を誇る暗い紫色の魔力が、水槽内に満ちた。

直後――

エージェントG「キャアァァッ!?」

モニターを見ていたエージェントの誰かが、絹を裂くような悲鳴を上げた。

結達も目を見開き、愕然とする。

爆ぜた。

泣き叫ぶヨハンの身体が、水槽に満ちた魔力の中で、木っ端微塵になったのだ。

まるで膨らみ過ぎた水風船が破裂するかのように限界まで膨張し、
真っ赤な飛沫と様々な臓物の破片を飛び散らせて……。

その光景に、先ほどまでとは別のざわめきが隊員食堂に溢れた。

あまりにショッキングな光景に嘔吐する者、愕然する者、
失神する者と反応はやはり様々だ。

近くにいた医療エージェント達で、何とかショックから立ち直った者達が、
嘔吐したり失神した仲間の様子を確認し始めた頃、再びモニターから声が響いた。

グンナー『これが、選ばれなかった者達が辿る姿だ。

     四日後、天から降り注ぐ魔力は先ほどの数百倍から千倍……。
     生き残れる者は、真に強き魔力を持つ者……選ばれし者だけである!』

高らかに宣言するグンナーは、曇天の空に向けて拳を掲げた。

グンナー『最後にもう一度だけ通告しよう。

     我々は今後の行動目標に対して、
     如何なる要求も求めない、降伏も認めない。
     我々が行う裁きを、ただ粛々と受け入れよ』

グンナーが放送開始から通算六度目となるその言葉を言い終えると、
画面はブラックアウトし、直前まで放送していた報道番組に戻る。

電波ジャックが起きる前から緊急特番を行っていた報道番組は、
テロリストからの“人類抹殺”と言う行動目標を聞かされて浮き足立っていた。
794 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/09/13(木) 20:38:35.71 ID:xvo2zCOI0
結「………」

モニターの向こうとは言え、目の前で人体破裂現象を見せられ、
結は血の気の引いた顔で俯く。

光景の残酷さ、おぞましさもさることながら、
魔力が人を破裂させると言う事実が結の脳裏にこびり付いていた。

まかり間違えば、自分のアルク・アン・シエルは
犯罪者を同様の目に合わせていたかもしれないのだと思い知り、
これまでの様々な戦いが脳裏を過ぎる。

十一年前、奏を助けようとした際に魔導巨神へと放ったユニヴェール・リュミエール。
四年前、先ほど目の前で死んだヨハンに放った十三連アルク・アン・シエル。

どちらも、魔導巨神に囚われていたり、身代わりの呪具を身につけていなければ、
先ほど見せつけられた光景のように爆ぜていたのだ。

以前、リーネの生い立ちに関してレナから聞かされた事があったが、
あのような状態になるとは思いもしなかった。

無論、レナの言葉を信じていなかったワケではない。

それでも、かつて自分が体験した全身裂傷程度の物と勝手に思い込んでいたのだ。

そして、あの死に様が決して人の死に様として許される物でもないとも思う。

アレックス「結君……」

隣に座っていたアレックスが、自身も顔を青くしながらも、
気遣うように声を掛けてくれた。

結「だ、大丈夫………だよ」

まるで大丈夫ではなかったが、結は気丈にその言葉を紡ぐ。

今は、過去に起こしえたかもしれない過ちに考えを巡らせている場合ではない。

ただ、自身の不調を押してまで声をかけてくれたアレックスの気遣いに、
彼が差し伸べてくれた手を、左手でそっと握り返す。

礼のつもりだったが、手を通して伝わる温もりが結を微かに安堵させた。

ようやく心に余裕が戻り、結は仲間達を見渡す。

ロロは仕事柄、凄惨な光景に慣れていた事もあって、
顔面蒼白ながらにまだ正気を保っていた。

メイも、眉を顰めて何か黙考している様子だが、
特別気分が悪くなったと言う事もないようだ。

そして、最後にリーネへと目を向ける。

彼女は頭を抱え、小刻みに震えていた。

結「リーネ……平気?」

結が声をかけるが、リーネは応えない。

ロロ「リーネ、大丈夫? 医務室に行こうか?」

彼女の隣に座っていたロロが、心配そうに声をかける。

リーネ「………」

だが、やはり返事はない。

リーネ「……ぉさん……ぁさ……」

しかし、何事かを小声でぶつぶつと呟いているようで、
その様子が尋常でない事は誰の目にも明らかだった。

メイ「リーネ? ………ちょっと、どうしたの!?」

メイは飛び跳ねるようにしてリーネに駆け寄り、その肩に触れる。
795 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/09/13(木) 20:39:05.57 ID:xvo2zCOI0
直後――

リーネ「イヤアァァァァァァァッ!?」

張り裂けんばかりの絶叫を伴って、リーネの全身が激しく痙攣した。

ロロ「フラッシュバック!?
   メイ、すぐにリーネから離れて!
   アレックスは魔力だけで身体を押さえつけて!」

ロロは慌てた様子でリーネの身体を、対物操作変換した魔力で縛ると、
ポケットから取り出したハンカチを出来るだけ大きく丸めてリーネの口に押し込む。

メイは一瞬、ロロの行動とその指示に怪訝そうな表情を見せたが、
すぐに理由を思い出して慌てて身体を離した。

アレックス「代わります!」

代わってアレックスがメイとリーネの間に滑り込み、
対物操作変換した魔力でリーネの身体を押さえ込む。

ロロ<フリューゲル、あなたも魔力循環を操作して、内側から押さえ込んで!>

フリューゲル<もうやってるよ!>

ロロの思念通話での指示に、フリューゲルは緊迫した声音で返す。

ロロ「結とメイは医務室に行って医療局病棟に搬送の要請と、
   出来たらスイスのエージェント・ハートフィールドに連絡を!」

結「わ、分かったよ!
  ……メイ、搬送の要請をお願い!
  シエラさんには私が!」

メイ「了解っ」

ロロの指示に従い、結とメイはそれぞれの役割を果たすために駆け出した。

食堂の出入り口でメイと別れた結は、大規模な通信施設のある事務局を目指して走る。

エール<結……リーネは、まさか……>

結<……うん。
  多分、思い出しちゃったんだと思う……>

エールの言葉に、結は項垂れるような声で答えた。

リーネの両親は彼女から大量の魔力が流れ込んだ影響により、
彼女の目の前で、彼女と手を繋いだまま、微塵に爆ぜたのである。

当時、まだ三歳だったリーネは両親の凄惨な死に様を受け入れる事が出来ず、
無意識にその記憶を改竄して乗り切っていた。

だが、ヨハンが爆ぜる光景を見せつけられた事で、
その抑圧されていた記憶がフラッシュバックしたのだ。

ロロが魔力で押さえつけるように指示したのは、
そのトラウマを払拭できずにいた幼い頃のリーネが他人との接触を極端に避けていた事にあった。

飛行以外の対物操作の魔力変換技能に乏しい自分では、リーネの傍にいてやる事も出来ない。

結「リーネ……」

無力感に駆られるまま、結はただただ彼女の名を呟く他なかった。

結は悔しそうに唇を噛み締め、拳を握って、事務局を目指す。

曇天の空は、結の不安と悔しさと、
そして、閉ざされた世界の行く末を暗示するかのように、暗く暗く立ちこめていた。
796 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/09/13(木) 20:39:32.27 ID:xvo2zCOI0


同じ頃、スイス――

マイエンフェルト郊外の山中にあるAカテゴリクラスでも、
あの凄惨な放送を見た生徒達が不安に震えていた。

研修から戻って来たリーネに聞かされた情報を確認しようと、
全員で食堂のテレビの電源を入れた途端に例の放送だ。

リーネのようにパニックを起こして気絶した生徒もおり、レナもその対応に追われている。

そして、数時間前に戻ったばかりのクリスも、弟妹分達のフォローに回っていた。

四年前、凄惨な記憶を再生された事で耐性があった事もあったが、
家族同然の弟妹分を放っておけない、と言う気持ちが大きかったからでもある。

現在、十五人いる生徒の大半は教室横の医務室に運ばれ、レナが面倒を見ており、
比較的容態の良い生徒は食堂に残ったまま、互いに様子を見ているような状況だ。

今は、テーブルに突っ伏している仲間達にクリスと、
そしてセシルの二人が固く絞ったタオルを配っている。

セシル「クリス姉、顔青いけど大丈夫?」

クリス「うん、私は大丈夫。
    セシルこそ、本当に大丈夫?」

お互いに義母が友人同士と言う事もあって、
仲間達の間でも取り分けて仲の良い二人は、お互いを気遣うように声を掛け合う。

クリス「アタシはほら、何かやばそうだったんで目を閉じちゃったからさ」

セシルはそう言いながら、バツの悪そうな表情を浮かべた。

あの映像の中で殺されたヨハンが実母を殺した相手である事を、彼女は知らない。

それがセシルにとって幸か不幸かは分からないが、少なくとも、
大罪人であろうとも、死に行く人間を侮辱するような言葉を紡ぐ事なくいられたのは幸いであった。

尤も、彼女の性格を考えればヨハンに対して怒りこそすれ、
その死まで侮辱する事は無かっただろうが……。

クリス「そう、なら良かった……」

クリスはセシルが平気である事に安堵の溜息を漏らすと、
気分が悪そうに唸っている弟妹達の背中をさするなどして、その苦しみを和らげようとする。
797 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/09/13(木) 20:39:59.58 ID:xvo2zCOI0
弟妹達の面倒を見ながら、クリスは頭の片隅では別の事を考えていた。

それは、先ほどの映像に映った一人の少年の事だ。

あのビール空軍基地での戦闘で、自分を助けようとしてくれた少年。

そして、六日前の潜入任務の際に見かけた、あの白い少年。

クライノート<映像だけではやや不明瞭ではありますが、
       先日の人物と潜入捜査の際に見かけた人物、
       そして、映像の人物は、74.25%の確率で同一人物でしょう>

クライノートもクリスの思考を察してか、淡々とその結果を伝えて来る。

およそ七割強で同一人物。

初見であれだけ“白い”と感じる人間が、
同じような外見、同じような年頃でゴロゴロといられても困る。

確率以上の数値で同一人物と考えても問題はないだろう。

そして、やはりクリス自身は知らない事ではあるが、彼らは同一人物――ナナシであった。

クリス(何で……あの子は私を助けるような事をしてくれたんだろう……?)

クリスが心中で独りごちた疑問は、当然と言えば当然の疑問である。

彼の言葉が無ければ、クライノートの緊急制御があったとしても、
魔力障壁の展開は間に合わなかっただろう。

直接的に助けてくれたワケではないし、
あの程度の魔力弾ならば直撃を受けた所で命に関わるような物ではない。

その上、あの場で自分の身を助ける事は、彼らにとって何ら利益を生む物では無いハズだ。

語弊のある言い方だが、あらゆる意味で彼が自分を助ける意味も理由も無かった。

それはきっと、彼自身も分かっているだろう。

だからこそ、気になるのだ。

クリス(君は……何で、私を助けてくれたの?)

クリスは、あの時から何度目になるかも分からない疑問を、胸中で独りごちる。

その疑問に答える者も、答えられる者もなく、
クリスは堂々巡りを始めた思考の中で、ただ無心に弟妹達の看護を続けた。


様々な思いを飲み込んで、無情にも時は進む。

グンナーによって宣言された世界の破滅まで、残り四日。


第30話「グンナー、再び」・了
798 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/09/13(木) 20:40:35.66 ID:xvo2zCOI0
今回はここまでとなります。
799 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/09/13(木) 22:48:07.90 ID:qJfLeHon0
乙ですたー!
グンナーの計画、なんと言う逆”史上最大の侵略”・・・・・・しかも選別と無差別攻撃を同時にとは。
某ゴルゴムのそれは、人為的大災害による殲滅を行う前に、選ばれた者を改造と同時に階級化していくと言う
地道で時間のかかることをやっていましたが、グンナーのそれは下準備こそ時間がかかったでしょうが、
準備が出来てしまえば、後は下手をするとスイッチ一つで済みそうな。
歴代の各種組織が地団太踏んで悔しがっていそうです。
そのグンナー本人ですが・・・・・・うん、確かにインコムも使いそうな身体になっていますねww
あとはビームライフルとブースター付きシールド、鉄球バラ撒きミサイルポッドがあれば完璧だ!(違!)
そしてヨハン・・・・・・いかな悪人とはいえ、最期の尊厳は守られるべきですよねぇ・・・・・・
個人的にかの国は嫌いとはいえ、そこで起きる凄惨な事件にはやはり心が痛みますし。
リーネ・・・・・・この子については、もうなんと言えばよいのやら。
思わず、懐かしの原作版スケバン刑事、茨の檻編を思い出してしまいましたよ。
事態は急も混迷も極める状況ですが、果たして結たちはいかなる動きを見せるのか。
次回も楽しみにさせていただきます。
800 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/09/14(金) 19:16:08.58 ID:UzBMdGk00
お読み下さり、ありがとうございます。

>逆“史上最大の侵略”
純粋魔力が物体をすり抜ける特性を活かした方法です。
地下に逃げようが海底に沈もうが、シェルターに入ろうが無関係に撃ち抜かれると言う……
実はこの方法、最初に思いついたのはリーネの生い立ちを考えている最中だったりします。

>下準備
例のマクロスky…………砲撃戦艦があったから企てられた計画ではありますね。
準備はとにかく周到感を演出……と言うワケではありませんが、一応、27話から延々と曇ってます。

>グンナー本人
本人を元に改良を加えればドーベンナナシが完成します(ぉぃ
しかし、結が高出力砲撃及び大推力加速型である事を考えると冗談抜きでセンチネルな感じですw
いや、結は漏らさないと思いますが………

>かの国とヨハンの死
自分もかの国は遠慮したいと言うか、さっさとベトナム、台湾を始めとした国々に謝れとも思いますが、
ただ、まあ、ヨハンの場合は三部での流れも含め、今回のために仕立てた犯罪者でもありましたので、
説得力のために被害を被った人種と年齢、彼の本来の出身国も調整しはしましたが、
それでもやはり、現実では人の尊厳のラインは守られて然るべきですな……。

>リーネ
この子の場合、まだこの件を乗り越えていませんでしたからねぇ……。
しかし、スケバン刑事は実写版(しかも三つかそこらの頃のうろ覚えの記憶)しか知らなかったので色々と調べたのですが、
麻宮サキにそんな過去があろうとは……いやはや、勉強になりました。


次回から最終決戦開幕です。
ここから残り5話ほど戦闘ぶっ続けで参ります。
801 :レイ [sage]:2012/09/15(土) 11:21:41.59 ID:1NwAejSAO
こんにちは。
再び長々とご回答頂きありがとうございます(>_<)

そうでしたか…それでも何かの気まぐれでということはありますので勝手に期待だけさせてもらいますね←ぇ

また、メイさんですが、本人は完璧な目立たない変装だと思っている+これから起こる犯罪者確保まで力を温存するように言われているイメージで考えて頂けると助かります。
それで、そこら辺のサラリーマンあたりから無理やり借りたトレンチコートに帽子で変装する感じです。
この場合、メイさんはやはりこの変装は嫌がるし、逆にかなり目立つでしょうか?
また、変装がかなり目立ちすぎるとして「貴様!何者だ?」と言われてしまったらプライド高そうな彼女は高らかに正体を明かして名乗り白衣剥ぎ取りそうですか?
802 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/09/15(土) 12:41:49.02 ID:3wqKPKDIo
毎回楽しみにしてるぜ、乙
803 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/09/15(土) 21:51:22.50 ID:m5GZzph50
>>802
うぃ、毎度お読み下さり、ありがとうございます。


>>801
>格好
やはり、どうしても譲れない一線をお持ちのようなので、
後々の面倒とならないよう、下手に遠回しな言い方は止め、
この際、この場でハッキリと理由を説明させていただきます。

ハイランカーで隠密性が高く、陸戦限定とは言え研究院最速かつ、魔導機人を格闘戦で制圧できるメイの場合、
任せられるのは危険度が高い任務(危険思想の疑いのある魔導師、研究者の元への単独潜入)、
元より発見される可能性の高い任務(追撃している可能性を悟られた上での高速追撃)、
緊急性の高い任務(上記二種にも該当する他、人の命がかかっている場合)が殆どです。
その上でメイはイタリア沖のメガフロートにある本部付きと明言しておりますので、
Bランク以下にお鉢が回る事が殆どで、都市部での諜報活動が彼女に言い渡される事は少ないです。
さらに慢性的な人手不足である以上、ハイランカーの彼女には基本的にハイランカー向けの任務しか回って来ません。
(話の都合上、絶対にこの限りとは言い難い面もある事はご理解下さい)

その上、トレンチコートで目立たなくなるのは基本的に先進国でそれなりに寒い地域の都市、市街地に限定されます。
そんな地域での彼女の任務となると、対テロリスト戦やテロ対策調査が殆どとなり、
現地のフリーランスや公安・警察・軍事組織と連携しての捜査となります。

その場合の服装は上から支給されている捜査エージェント隊仕様の黒ジャケ、自前のスーツ、私服などになるでしょう。
私服に関しても、16〜20歳の中国系の顔立ちの女性が当該地域でしていてもおかしくない目立たない格好と言えば、
比較的地味寄りな色合いの洋服、身長を偽る必要がある場合はシークレットブーツで底上げ、
状況次第では肌の色も化粧で変え、髪の色もウィッグなどでカモフラージュする必要もあるかと思います。
また、既にテロが起こっている場合は戦闘と戦闘後の当該国政府、公安・警察・軍事組織との折衝である以上、
正装扱いの黒ジャケと戦闘時の魔導防護服(及び魔導装甲)以外を着る機会と言うのは極端に少なくなります。

正直な話、小柄な彼女が下手に男物のトレンチコートを着ると目立つばかりです。

>名乗るか否か
緊急時以外、完全無警告での攻撃は法的にアウトですから余裕がある限り、基本的に名乗らなければいけません。
多分、メイの性格と能力上、“魔法倫理研究院だ”を半分言い終える前に殴り終えているでしょうけど。
また、白衣は状況によりけりですが、サラリーマンから借りられる程度の服なら事前に用意が可能です。
白衣が現地調達だったのは、単に“その施設で使われている種類の特定と同時に変装”と言う利を備えていたからと解釈していただければ有り難いです。
下手をすれば白衣自体が当該施設の研究者手製の魔導防護服の可能性もあり得る以上、
その場合、研究院側で同じ白衣を用意するにも、最低でも一度は奪取しなければいけませんので。
804 :レイ [sage]:2012/09/16(日) 16:44:05.87 ID:lpueasaAO
こんにちは。
再びご回答頂きありがとうございます(>_<)
本当に詳しく申し訳ありません…素直に助かります。
こちらが変なことにこだわってしまい申し訳ないです…

ちなみに、はい。やはり私の中で変装=男性物トレンチコートに帽子というのが強かったので、お聞きさせて頂きました。
それでしたら仮にばかりで嫌でしたら申し訳ありません…
逆にその魔導防護服の上からそのトレンチコートに帽子という変装をすることになったとしたら彼女はやはり嫌がるでしょうか?
聞けば聞くほどメイさんの任務はとにかく動き回ってるものが多そうで動きの妨げになるような上記のような変装はかなり邪魔に思えました。
その上で例えば市街地でいきなり任務に向かうことになり、たまたま近くにいたサラリーマンあたりから剥ぎ取った防護服でも何でもないコートに帽子をすでに着ている魔導防護服を隠すためだけを考えて目立つのも厭わずに上から着るイメージで考えて頂けると助かります。
また、この変装姿でいる時に敵に発見されたり戦闘になる場合に彼女は着ているこの奪ったトレンチコートに帽子をどうすると思いますか?
少なくとも着たまま…ということはなさそうですが、脱ぐのならどんな感じに脱ぐかもあると助かります。
805 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/09/17(月) 00:40:51.24 ID:l7wjBmy00
>>804
横レスだけどあんまり作者を問い詰めるなよ・・・
モチベーション削ぐことにもなるし、レスの無駄使いだぞ
806 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/04(木) 20:26:26.00 ID:qYpVv8lA0
>>805
何だか、こちらの本音を代弁していただいた形になってしまい、申し訳ないです。
そして、大変ありがとうございます。



久しぶりに3週間以上の間が空いてしまいましたが、最新話を投下させていただきます。
807 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/10/04(木) 20:27:07.45 ID:qYpVv8lA0
第31話「研究院、総力戦」



某国、某所。
グンナーの研究施設――

分厚い雪と氷に覆われた大地の下に、その施設は存在した。

丸い蛇腹状の配管ダクトのような通路を数百メートル下った先に広がる、
広大な空間の限界ギリギリまで作られた巨大ドームがそれだ。


その内部、奥まった一室――

そこにいるのは八人の若者達――カナデと七人の機人魔導兵達だ。

落ち着けるように広く作られたその部屋には、幾つかのソファやテーブルが置かれていた。

住人達は魔導装甲を纏う事なく、
カナデは先日にも来ていた黒いワンピースタイプのドレスを身に纏い、
機人魔導兵達はボディスーツのような魔導防護服を着ている。

そんな部屋で、パンッと弾けるような音と共に、幼い少女がその場に倒れ伏した。

同時に、室内には不穏な空気と共にザワめきが起こる。

ネーベル「………か、カナデさま?」

幼い少女――ネーベルは泣きそうな顔をして、
自分の頬を張った相手――カナデを見上げた。

だが、カナデは厳しい表情を浮かべて、ネーベルの目を見るように見下ろす。

カナデ「ネーベル……あなた、昨日の戦闘でナナシにまで魔力弾を撃ったわね?」

ネーベル「そ、それは……流れ弾だよ」

静かな、だが怒りを感じさせるカナデの問いかけに、ネーベルは躊躇いがちな声音で答えた。

しかし、それがいけなかった。

カナデは苛立たしそうに右の踵を一回だけ踏み鳴らすと、
両手を腰に当て、ネーベルの顔を覗き込むように上半身だけで詰め寄る。

カナデ「流れ弾なハズがないわよね?
    全員、ナナシのサポートで敵との位置関係は完全に把握できていたハズでしょう?

    そこまでお膳立てされて、お祖父様に広域攻撃用に調整されたあなたが、
    どうして流れ弾なんて出すのかしら?」

問い詰めるようなカナデの言葉に、ネーベルは黙り込んで俯いてしまう。

カナデ「あの場にいた十六人で紫色系統の魔力波長はあなただけ……。
    ナナシの戦闘記録でも、ちゃんと確認できるわよ?」

続くカナデの言葉に、ネーベルは反論の言葉を封じられた。

その様子を離れた位置で見守っていた他の機人魔導兵達の殆どは、
心配そうに末の妹を見守りながらも、何も出来ずに立ち尽くす。

ただ、その中でただ一人、ナナシだけが無表情でその様子を眺めている。

事実を先に言ってしまえば、確かにあの時、ネーベルはナナシを狙って魔力弾を撃っていた。

ネーベル「だって……だってアイツ、一番最後のクセに……。
     名無しのクセに、シェーネスお兄よりもお兄だなんておかしいもの!」

ネーベルは倒れたまま俯き、吐き出すように叫ぶ。

ナナシはその言葉を聞いても、
呆れたように小さく肩を竦めた以外は何の感慨も抱いた様子も見せなかった。

その態度に、彼の正面……最も離れた位置にいたゲヴィッターが
怒鳴り掛かろうと身を乗り出したが、すぐ傍らにいたブリッツが無言で彼女を制した。
808 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/10/04(木) 20:27:44.59 ID:qYpVv8lA0
カナデ「まったく……」

カナデは体勢を直すと、やれやれと言いたげに肩を竦める。

ナナシと他の六人の折り合いの悪さについては重々承知していたが、
ここまで来ると最早、彼らの関係は修復不可能だ。

カナデ「……もういいわ」

カナデは呆れたように言って、扉に向かって歩き出す。

彼女が扉に近付くと、魔力を検知した扉が自動的に開く。

おそらくギアに似た技術を使っているのだろうが、
詳細は使っている彼女達にもよく分かっていない。

ともあれ、扉が開いた事で、ナナシは足早にカナデの傍らに歩み寄る。

カナデ「お祖父様のためにも、今後の行動予定や、
    敵の迎撃に支障を来すような真似だけはしないでね」

カナデはそう言い残すと、無言のままのナナシを伴って部屋を後にした。

後に残された六人はしばらく押し黙っていたが、
倒れたままのネーベルの元にブリッツが歩み寄り、無言で彼女に手を差し伸べた。

ネーベル「ありがとう……ブリッツお兄」

ブリッツ「……礼なんて、必要ない」

泣きそうな声の末妹を気遣ってか、寡黙な兄が珍しく口を開いた。

それが嬉しくて、目尻に涙を浮かべたネーベルは、目元を拭って立ち上がる。

ゲヴィッター「久しぶりに口を開いたんだから、
       もう少し愛想良くできないもんかねぇ、コイツは」

その様子を見ながら、少しだけ安堵した様子で言ったのはゲヴィッターだ。

ゲヴィッターは“やれやれ”と言いながら末妹に歩み寄ると、
彼女を抱き上げ、大柄な弟の肩に、その小柄な身体を乗せてやる。

ブリッツの肩に乗ったネーベルは、
安堵と嬉しさの入り交じった表情を浮かべて、その頭に縋り付くように抱きつく。

ブリッツも、末妹を落とさぬようにと片手でそれを支えた。

ネーベルが小柄な事もあるが、一メートル以上の身長差に加え、
ブリッツの恵まれた体格があるからこそ出来る芸当だ。

ヴォルケ「しかし、ブリッツが止めたとは言え、君もよく抑えたね」

ヴォルケが双子とも言えるゲヴィッターに向けて、感心したように漏らす。

ゲヴィッター「あんなんでも、カナデ様のお気に入りだからな……。
       アタシにだってそのくらいの分別はあるさ」

ゲヴィッターは苛立ち混じりに返して、
部屋の片隅に置かれたソファに寝そべるように身体を預けた。

レーゲン「もう、それはいいですけれど……。
     その格好はあまりにもだらしないですよ、ゲヴィッター」

肩を竦めて溜息がちに呟いたレーゲンの言葉に、ゲヴィッターは不承不承ながらに身体を起こす。

ゲヴィッター「アニキぃ……、アネキの小言がウザいんだけど?」

レーゲン「姉に怒られた程度で、すぐにお兄様に逃げるんじゃありません」

気怠そうな声でシェーネスに訴えたゲヴィッターを、
レーゲンは呆れの中に僅かだけ怒ったような声音を含ませて窘めた。

しかし、当のシェーネスはカナデとナナシの消えたドアを凝視し、
妹達のやり取りには気付いてはいないようだ。
809 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/10/04(木) 20:28:20.57 ID:qYpVv8lA0
ヴォルケ「兄さん?」

シェーネス「ん……? ああ、何だ?」

ヴォルケに肩を叩かれ、ようやく気付いたシェーネスは弟妹達に振り返る。

レーゲン「また、01お兄様の事を考えてられていますの?

     この場にいない方を悪し様に言うのは気が引けますが、
     あの方は私どもの長兄には相応しくないと思います」

レーゲンは目を伏せて、口ぶりとは裏腹に躊躇う事なく呟いた。

シェーネス「まあ、アレでも俺達のまとめ役なんだ……。
      あまり悪く言ってやるな」

そんな妹を窘めるように、シェーネスは苦笑いを交えて言うと、再び、扉に目を向ける。

その視線には僅かな苛立ちが混じっていた。

ここで少しだけ、彼らの関係と型番について補足が必要だろう。

先ず、ナナシに関して。

彼のナンバリングは01……正式名称はGH01B。
但し、他の兄弟のようなコードネームは存在しない。

ナナシと言うのは、ネーベルが皮肉で言い始めた侮辱を込めた名前であって、
正式なコードネームではなかった。

だが、その皮肉も侮辱も彼には通じず、
01は名無しである事を理由にナナシの名を受け入れたのだ。

最初はその事に怒りを感じていたカナデだったが、
01が反論する事もなかったために、次第に彼のコードネーム代わりとして呼ぶ事にした。

さらに言ってしまえば、機人魔導兵達にとってナンバリングは製造開始時期を表す、
言ってみれば兄弟関係の上下を表す重要な指針である。

これは製造開始順と精製完了順が、
ナナシ一人を除いてナンバリングと異ならない事にあった。

四年前に02・シェーネスが完成し、一ヶ月後に03・レーゲン、
そのほぼ半月後に04・ゲヴィッターと05・ヴォルケ、
その二ヶ月後に06・ブリッツ、そこからさらに半月後に07・ネーベルと言う順番だ。

そして、最後に01・ナナシがネーベルから二年九ヶ月後となる、
約一年前にようやく完成したのである。

彼らの創造主も、そして彼らの指揮官役を言い渡されたカナデも、
最後発の01を長兄と位置づけて扱っていた。

ナナシは末弟であり、相応に末弟として扱われるならばともかく、
何の説明もなく長兄として扱われる事になったのだ。

そして、ナナシは自身が長兄として扱われている事に関して、
また、六人の弟妹達に関して何ら関心を示そうとしなかった。

それは、三年間で築き上げて来た確固たる兄弟の絆の中に、
唐突に他人同然の人間を放り込まれたようにも感じられただろう。

加えて、カナデはナナシが完成して以来、常に彼を伴って行動するようになる。

元々、ナナシが機人魔導兵達のまとめ役であり、司令塔の役割を果たす存在として、
引いてはカナデの参謀役として作られた故の当然の結果だった。

六人はカナデに対して高い忠誠心を持つからこそ、それが余計に気にくわないのだ。

シェーネスやレーゲンは年長者として落ち着いて事態の改善を図ろうとしていたが、
当のナナシ本人は事態の改善に興味を示さなかった。

結果、感情の悪循環を生み、今回、ネーベルが取ったような行動に繋がるワケである。
810 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/10/04(木) 20:28:47.58 ID:qYpVv8lA0
シェーネス「カナデ様がああ言った以上、俺から改めて口うるさく言うつもりはないが、
      次からは兄弟を攻撃するような真似はするなよ」

ネーベル「私のお兄は……シェーネスお兄達三人だけだもん……」

ネーベルは、溜息がちなシェーネスの小言に不満そうに返すと、
ブリッツの頭をぬいぐるみを抱え込むように抱きしめた。

ゲヴィッター「一応、ナハトのヤロウもいるんだから忘れてやんなよ」

ゲヴィッターはそう言うと、歯を見せて笑う。

ネーベル「ナハトもお兄だけど、お兄って感じじゃないもん」

ネーベルは、今度は口を尖らせてそっぽを向いた。

ヴォルケ「よく分からない基準だね」

ヴォルケはコロコロと表情を変える末妹を相手に、
微笑ましさを交えた涼しげな笑みを浮かべて呟く。

そして、ネーベルはようやく気が済んだのか、ブリッツの肩から飛び降りると、
自分のお気に入りのソファに飛び乗るようにして身体を預けた。

レーゲン「まったく、あなた達二人は……姉妹揃ってお行儀が悪いんですから」

レーゲンは片手を眉間に当てて、盛大な溜息を漏らす。

しかし、その声音には呆れよりも多分な親愛の情に溢れていた。

数秒して沸いた笑いが、室内に満ちて行く。

その微笑ましそうな光景は、とても米軍を壊滅状態に追い遣り、
泣き叫ぶヨハンを平然と屠った者達が織りなす物には見えなかった。
811 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/10/04(木) 20:29:22.33 ID:qYpVv8lA0
一方、部屋を後にしたカナデとナナシは、丸い蛇腹状のダクト型通路を器用に歩ている最中だった。

だが、言葉を発さずに、ただ黙々と無言で歩く。

カナデ「……あまり気にしない事ね」

しかし、その無言に飽きたのか、カナデが口を開いた。

おそらく……と言うか、間違いなく彼の弟妹達の事だろう。

ナナシ「弟妹達に、戦力として以上の興味はありませんから」

ナナシは淡々と返す。

一応、“弟妹達”とは言っているが、
それはあくまで六人を一括りにして言うための便利な単語と言う以外、
ナナシは彼らに対して特別な感慨を言葉通りに持ち合わせていなかった。

彼の役目は司令塔。

広範囲をカバーできる魔力探査能力で全員の位置関係を把握し、
データ収集を行いながら、必要であれば指示を出す。

ただ彼自身、弟妹達との間に溝がある事は理解しており、
ビール空軍基地での戦闘も、偶然にも彼がその付近にいたため、
カナデを通じて集合の命令を出して貰っていたのだ。

カナデ「そう……」

カナデは特にナナシを諫めるワケでもなく、呆れるでもなく、
ただ理解したと言いたげに頷くと、さらに続ける。

カナデ「名前があれば、少しは違うのかしら……」

誰に問いかけるでなく、カナデはそんな言葉を投げかけた。

名前とは、おそらくナナシの名前の事だろう。

前述の通り、彼の名――“ナナシ”はネーベルが言い始めた蔑称に過ぎない。

カナデ「あなたが完成したら、その時には私が素敵な名前を考えてあげるわ……。
    ナナシなんて酷い名前、その頃には呼ぶ人もいないでしょうし」

ナナシ「…………ありがとう、ございます」

楽しそうなカナデの言葉を聞いたナナシは、やや間を置いてから立ち止まると、恭しく礼をした。

カナデも立ち止まって振り返る。

その表情に、僅かばかりの驚きの色が浮かぶ。

珍しく感情の機微のような物を見せたナナシに、カナデは期待感にも似た感覚を覚えていた。

カナデ「もしかして、嬉しいの?」

ナナシ「………分かりません。

    弟妹達のように感情の揺らぎが大きくなってしまうような調整は、
    僕には施されていませんので」

怪訝そうなカナデの質問に、ナナシは小さく頭を振って応える。

カナデ「………そう」

カナデは先ほどとは違い、少し残念そうに頷いて肩を竦めた。

そして、踵を返して歩き出す前に首を捻って、横目でナナシの顔を見つめる。

カナデ「さあ、行きましょう。
    お祖父様が待っているわ」

そう言ってカナデに促され、ナナシは“はい”とだけ応え、彼女に後に付いて歩き出した。
812 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/10/04(木) 20:30:14.89 ID:qYpVv8lA0
二人がしばらく進むと、蛇腹状だった通路の先に一枚の扉が見えて来た。

扉は先ほどと同じく、カナデの魔力を検知して自然とスライドする。

カナデは少しだけ歩調を早めて扉の奥……先ほどよりも広く、
雑多に機械類が置かれた部屋に駆け込んだ。

カナデの駆け寄る先には、彼女よりもずっと大きな――
ブリッツより僅かに大きな影が見える。

人のカタチを模したその機械は、
頭頂部には頭の代わりに水槽のようなヘルメットがあった。

何らかの液体で満たされた水槽の中に、立体映像で投影された人間の後頭部が浮かんでいる。

そう、グンナーだ。

カナデ「お祖父様!」

カナデはその背に飛びついた。

彼女のその姿は、祖父にじゃれつく孫娘のソレだが、
その対象があまりにも異質でシュールだ。

グンナー「カナデ……それに01か。
     遅かったな」

グンナーがそう呟くと、頭頂部のヘルメットだけが反転し、
それに合わせて内部の立体映像も首だけが後ろを振り返った。

カナデ「ごめんなさい、お祖父様」

ナナシ「申し訳ありません」

しかし、カナデもナナシも、その異様な行動に驚いた様子もなく応える。

グンナー「別に怒っているワケではない」

立体映像のグンナーはどこか無表情に応え、
同時に水槽内部で気泡のような物が浮かび上がった。

グンナーの声はやはりと言うか、どこか機械で加工されたかのような雰囲気を醸し出している。

グンナー「お前の最終調整の準備は出来ている。
     早く準備をしなさい」

グンナーはそう言って、再び水槽を正面に向けた。

カナデ「はぁい」

素っ気ない祖父にカナデは少しだけ不満そうに応えると、
首から下げていた金色のロザリオを取り外し、ナナシに向けて放る。

ナナシはそれを受け取ると、
近くのテーブルの上に置かれた手近なケースを手に取り、
その中にロザリオを仕舞い込む。

ナナシ「ゲベート、収納しました」

ゲベート――独語で“祈り”を表すソレは、グンナーが作ったカナデの愛器だった。

カナデ「うん、ありがとう」

ナナシの言葉を聞きながら、
カナデはドレスの背中にあるボタンを手早く、器用に外して行く。

カナデはそのままドレスを脱ぎ去り、特に恥じ入る様子もなく下着も順に取り払う。

身体を覆う全ての衣類を脱ぎ去ったカナデは、一糸まとわぬ姿にも拘わらず、
何を隠すでもなくゆっくりと部屋の片隅にあるカプセル型ポッドへと向かう。
813 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/10/04(木) 20:30:53.05 ID:qYpVv8lA0
カナデ「ねぇ、お祖父様……調整は今日で終わりなんだよね?」

グンナー「そうだ……。
     まさか、調整が辛いのか?」

カナデ「もう慣れたわ」

自分の問いに対して問い返したグンナーに、
カナデは淡々と返し、さらに続ける。

カナデ「この髪の色、もう耐えられないわ! この目の色も!
    あんな女と同じ顔ってだけでも嫌なのに、
    このままだとあの女の生き写しじゃない!」

カナデは少しだけヒステリックな声を作って仰々しく言うと、
髪の毛を一本だけ引きちぎり、魔力の炎でソレを焼き尽くす。

カナデ「姉さんみたいに銀色とまでは言わないけれど、
    何か別の色に変わるくらい、キツく調整して欲しいの」

グンナー「胎児の頃ならともかく、今から調整したのでは、
     普段以上の苦痛を伴うぞ?」

カナデ「………別にいいわ。
    こんな消し炭みたいに真っ黒な髪と目が捨てられるなら」

忠告じみたグンナーの言葉に、
カナデは溜息がちに応えてポッド内に身体を滑り込ませた。

ナナシが壁面のパネルを操作すると、
ポッドの入口が閉ざされ、内部に液体が満たされて行く。

カナデは口元まで液体が満たされる前に、
ポッドの内壁とチューブで繋がれた酸素マスクを装着した。

そして、頭の天辺まで液体が満たされると同時に、カナデは全身から魔力を解き放つ。

途端、カナデの魔力に反応した液体が、彼女の魔力と同じ赤銀に染まる。

グンナー「どれ……それならば最初からレベル8で調整を始めるとするか」

ナナシ「……!?」

グンナーの言葉に、ナナシは少しだけ驚いたような顔を見せた。

カナデとグンナーの会話の通り、彼女の調整行為にはそれなりの苦痛が伴う。

普段はレベル1から調整を始め、徐々に徐々に段階を上げて、
最終的にレベル10辺りで調整を終える。

無論、レベルが一段階上がる毎にカナデの苦痛は増すのだが、
最初からレベル8など正気の沙汰ではない事くらい、ナナシにも分かっていた。

だが、自身を作り出した者に逆らう事など考えられないナナシは、その驚きを飲み込んでしまう。
814 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/10/04(木) 20:31:30.35 ID:qYpVv8lA0
グンナー「では、始めよう」

グンナーはポッドに直結されたコンソールパネルの前に立つと、
計器類の操作を始めた。

すると、低い振動音と共に、
カナデの魔力と同じ色に染まった液体が眩く輝き始める。

カナデ「……ァァァァッ!?」

直後、声ならぬ叫びがポッド内から響いた。

カナデの悲鳴だ。

慣れたとは言った所で、普段から苦痛に感じるほどの調整の、
それも上から三番目の状態から始まった調整に苦悶の声を抑えきれないのだろう。

グンナー「………今日はレベル25まで上げる事になるぞ」

グンナーはそう言いながら、計器類をさらに操作する。

小さなデジタル表示の数字が、8から12に変わる。

一気に普段の限界値よりも二段階上に引き上げられたのだ。

カナデ「――――――ッ!!」

最早、そこから聞こえて来たのは声ではなく、悲鳴に似た音である。

ナナシはその音を聞きながら、無意識の内に俯いていた。

まだ折り返しですらない段階で、この状態だ。

このままでは、カナデが発狂してしまうのではないかとすら思える。

だが、その一方で苦悶の悲鳴を上げ続けるカナデは、
発狂などとは別の感覚に身を委ねていた。

それは、悦び。

別に、彼女にマゾヒストの気があると言うワケではなく、
先ほども彼女自身が言ったように、オリジナルである祈と同じ色の髪と瞳を捨て去れる悦びだ。

カナデ(やっと……やっと私は私になれるんだ………。
    あんな、私を捨てた女じゃない……本当の私自身に……)

そんな事を考えながら、カナデは不意に目を見開いた。

苦痛が見せる幻覚だろうか?

鏡……いや、鏡のような物が見える。

そこに映る、やつれた自分。

自分が動いてもいないのに、そこに映った自分は顔を覆って泣き崩れた。

カナデ(何で……私……泣くの……?)

苦痛の中で揺らいで行く思考の中で、カナデはそんな疑問を投げかける。

だが――

カナデ「――――――――ッッ!!!???」

直後の激痛が、彼女の思考も意識も吹き飛ばした。

レベルが、予定最大値の25にまで引き上げられたのだ。

激痛に痙攣しながら、カナデの思考は次第に暗く、深い意識の底へと沈んで行った。
815 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/10/04(木) 20:32:37.09 ID:qYpVv8lA0


それから、二日後――

あの放送が終了した直後、世界は大きな混乱に見舞われた。

それまで魔法など知らなかった一般人が突如として魔法を知った事もあるが、
あの最後に見せつけられたヨハンの無惨な死に様だ。

魔法後進国に住む殆どの市民は、魔法の存在を受け入れられずにいたが、
魔法倫理研究院加盟国やお抱えの魔導師のいる国々は、
政府公報などを通じて隠蔽していた事実の説明や謝罪に追われている。

しかし、そのどちらでもない国などは、
“CGを使ったパフォーマンスに取り合う気はない”などと公言している首相までいる有様だ。

だが、あの恐ろしさとおぞましさを併せ持った犯行声明に加え、
アメリカ本土の軍隊が壊滅状態に追い遣られたと言う事実は、間違いなく世界を震撼させた。

各国の軍隊の殆どは奇襲を恐れて動けず、
この混乱に乗じた一部のテロリストの鎮圧に追われ、
とてもグンナーにまで手を回せないと言うのが実状である。

さらに、加盟国各国からは魔力覚醒を起こした人々の報告が無数に上がって来ており、
この事実はグンナーの言葉にあった“魔力覚醒を促すナノマシン”の存在に真実味を帯びさせるには十分であり、
報告の数が加速度的に増えて行く現状は、研究院や加盟国ではさらなる混乱の一助にもなっていた。


無論、上空に浮かぶ“雲”に対しても対策は講じられた。

調査の結果、グンナーからもたらされた情報通り、
上空に浮かぶ雲は魔力の塊である事が証明され、
また周囲に張り巡らせた魔力の障壁は、並の魔導師では突破できなかった。

それに対して、研究院はエージェント隊でも最大火力を誇る結を投入、
アルク・アン・シエルでの魔力相殺を試みたものの、
その一部を消し去る事で精一杯であり、
周囲の雲が押し寄せる事で穴が塞がって行く光景は、
研究院のエージェント達に驚愕と絶望を突き付けるには十分だった。


以上の点から、研究院は犯行声明における数々の情報を真実の物として扱い、
実力行使でのグンナーの討伐、及び雲の発生源破壊と魔力照射の阻止を決定したのだった。

そして、混乱する世界情勢の中で研究院が執った行動は、
放送から得られた僅かな情報から、当該地域の割り出しを行う事だった。
816 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/10/04(木) 20:33:07.15 ID:qYpVv8lA0
イタリア沖、魔法倫理研究院本部のメガフロート。

数少ない目撃情報を探し、
考え得る条件と照らし合わせてようやく探し当てたのが――

ラルフ「アイスランドとは……また随分と近いな」

感慨深く呟いたラルフの言葉通り、アイスランド共和国であった。

会議場のテーブルに置かれた地図を覗き込んでいるのは、
エージェント隊の三人の総隊長を含めた六名ほどの人間だ。

その中には、四年前に前線を退いたリノの姿もあった。

アイスランド共和国は、つい千数百年前まで無人島であった火山と氷河の島を、
当時のイギリス、アイルランドなどの人々が入植して生まれた民主議会国家だ。

国土のほぼ一割を氷河が覆い、
中でも国土の八%を占める南東部のヴァトナヨークトル氷河は、
欧州最大の“体積”を誇る氷河として知られる。

氷河の下には無数の火山が存在し、
現在もその火山活動や気候変化の影響から氷河の縮小が見られていた。

研究院が当たりを付けたのが、このヴァトナヨークトル氷河である。

リノ「アイスランド出身のエージェントや職員にも確認を取りましたが、
   例の戦艦が上昇する時に、見覚えのある山陰が映っていたそうです」

この危急の事態に前線への復帰を余儀なくされたリノが、それまでの調査結果を報告した。

シャーロット「……衛星回線が使えたら、
       この程度調べるのに二日もかけないのだけれどねぇ」

シャーロットは溜息がちに呟いて、僅かに項垂れる。

エミリオ「何、昔ながらの足を使った捜査手法と思えばそう悲観した物でもないぞ。
     今が便利過ぎるのだよ」

そんなシャーロットに向かって、エミリオが皮肉めいた口調で言う。

シャーロットは何か言いたげにエミリオに視線を向けたが、
この面の皮の厚い長老に何を言っても無駄と思い直して肩を竦めると、
話の矛先を逸らすべく別件を切り出した。

シャーロット「それで、現在の編成状況は?」

エージェントA「各地の招集可能なBランク以上のフリーランスは既に本部へと集結済み。
        訓練校からもBランク以上の評価の候補生達から志願を募っています」

それに応えて、事務方に属するエージェントの一人が書類に目を落としながら報告する。

彼の言葉通り、現在、研究院は大規模な討伐部隊を組織すべく動いていた。

世界各地の研究院加盟のフリーランスエージェントや研究院加盟国に属する魔導師の中から、
Bランク以上の選りすぐりを集めて、戦力に加えている。

さらに、訓練校からも優秀な候補生を前線に駆り出していた。

そして、集めた戦力をそのまま研究院メガフロート自走ブロックごと、
アイスランドへと向かうと言う、何とも大規模と言うか大雑把な計画だ。
817 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/10/04(木) 20:33:40.57 ID:qYpVv8lA0
ラルフ「本部の残されるブロックの防備は?」

エージェントB「部隊に編成されないエージェントや候補生が直接防衛に回る他、
        イタリア、ドイツ連合艦隊の護衛で、イタリア沿岸部に曳航、
        そのまま一時的にイタリア海軍の保護下に置かれます」

ラルフの質問に、別のエージェントが答える。

エミリオ「この巨体で間に合うのか?」

リノ「先のイタリア、ドイツ連合艦隊に加えて、
   フランス、イギリスの艦隊の巡洋艦に曳航の協力を取り付けています。

   また、初日は一部エージェントに全力で加速させます。
   猶予時間は二時間ほどの計算です」

胡乱げなエミリオに、リノが現在までに確定している作戦内容を確認するように言った。

研究院本部のメガフロートは、通常はイタリア沿岸を回遊しているが、
状況に応じて移動できるようにと魔力をエネルギー源として航行ユニットを搭載している。

通常は増幅した魔力を用いてゆっくりと走るのだが、
込める魔力の量次第で理論上は一三五ノット――およそ時速二五〇キロまで加速可能だ。

さすがに最大速度を出すと上物の被害が看過できないので、
その三分の一――時速八〇キロ程度に制限される構造だが……。

ともあれ、その速度を維持出来れば十分に作戦時間には間に合う計算、と言う事だ。

既に自走ブロックの切り離しは完了しており、
人員が集まればすぐにでも出航可能と言う状況となっていた。

シャーロット「けれど、候補生から志願となると、
       五人も集まればいい方ではないかしら?」

エージェントA「Aカテゴリクラスからも二名ほど出ています」

シャーロットの漏らした疑問に、事務方のエージェントが応える。

エミリオ「五人だの二名だの、雀の涙だな……」

しかし、その数字を聞かされたエミリオは、溜息混じりにそう返すしかなかった。

さもありなん。

これから向かう部隊の人数は、研究院至上初の三万を超える大軍団だ。

アメリカに現れた百万を越えていたであろう機人魔導兵の大軍勢を相手に、
一割にも満たない戦力で抗しきれるかも分からない状況下でもあり、
その中で一人二人増えた所でどれだけの戦果が期待できるかも怪しいだろう。

まあ、それでも無いよりはマシと言わざるを得ない。
818 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/10/04(木) 20:34:16.07 ID:qYpVv8lA0
エミリオ「いっその事、収監中の人間の中から、模範囚を駆り出したらどうだ?」

続くエミリオの言葉に、“とんでもない事を言い出すな”と言いたげに五人全員が目を見開いた。

ラルフ「不穏分子を戦力に組み込むのは危険ではありませんか?」

エミリオ「この期に及んで悠長な事を言ってられる状況ではないだろう?
     下手をすれば、人類に十二月七日の朝はやって来ないぞ?」

窘めるようなラルフに、エミリオは肩を竦めて反論する。

確かに、彼の言葉通りではあるが、それでも犯罪者の手を借りるのは気が引けた。

この期に、自分を捕まえたエージェントに借りを返そう、
などと考え出す輩がいないとも限らないのだ。

相手が脱獄囚だったとは言え、ヨハンの時の悲劇を繰り返すワケにはいかない。

エミリオ「人類が助かったら特別恩赦でも付けてやると言えば良いだろう。
     無論、エージェントが法の理念を体現する以上、
     約束を反故にするつもりはない」

シャーロット「それで大人しく従いますかね?」

エミリオの提案に、シャーロットは不満げだ。

しかし、エミリオは頷いて続ける。

エミリオ「連中も例の放送は見ているだろう。
     ここの監獄施設とて、魔力量Bランク以上の人間が
     木っ端微塵にされるような大威力魔力砲撃に対して鉄壁とは言い難い」

彼の言う通り、研究エージェントの出した試算では、
魔力量Bランクの人間が耐えきれないレベルの魔力が放出されると思われている。

単純計算で、Sランク魔導師千人分の砲撃だ。

さすがにその規模と威力となれば、
いかなる反射結界を組もうとも、どれだけ地下に潜ろうとも、
助かる可能性はゼロに等しい。

助かるのは、Aランクでも高位クラスの魔力量を誇る者達だけだ。

囚人の中にはSランクに匹敵する魔導師もいるが、
そう言った連中は特定危険人物として最下層の独房に繋がれている。

その類を除いた“模範囚”で戦闘可能な魔導師と言えば、百人程度はいるだろう。

エミリオ「座して木っ端微塵にされるのを待つか、
     戦って生き残らんとするべきか選べるだけ良心的だと思わんか?」

エミリオは敢えて、明確に“生き残る”とは口にしなかった。

皮肉でもなく、この作戦の成功確率は低い。

喩え首謀者を捕まえられても、
艦砲射撃が時限式なら、作戦そのものが無意味だからだ。

時限式でなくとも、首謀者の意図で発射できる可能性、
首謀者の意識が途絶えた途端に発射される可能性、
そもそも指定時間そのものがブラフと言う可能性もある。

ネガティブな可能性は考えればキリがない。

それらを除いても、たった二時間の猶予で何が出来る、と言う話になる。

百万の機人魔導兵の大群を越え、
Sランクエージェントに匹敵する幹部クラスの機人魔導兵と魔導師を倒し、
首謀者を確保ないし殲滅するなど、最早、奇跡の類だ。

ただ、それでも座して死を待って、死の瞬間……最期の最期で悔やむよりは、
一縷の望みに賭けて戦った方が幾らかマシである。
819 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/10/04(木) 20:35:10.41 ID:qYpVv8lA0
リノ「模範囚……ですか。
   永久投獄刑に処されている囚人の中にも数名いますが……」

先ほどから黙っていたリノが、躊躇いがちに漏らした。

シャーロット「そう言う人間ほど、
       模範囚であっても恩赦や特赦が適応されるとは思っていないでしょう。
       下手に刑期の短い囚人よりは、よほど信用できるわね」

その言葉を聞きつけ、シャーロットは思案げに呟く。

研究院の歴史上……旧研究院時代にまで遡っても、
永久投獄刑に処された者が脱獄以外で出所した例は皆無である。

しかも、今の監獄施設は海上メガフロートの下層……つまり海中であり、
脱獄しようにも脱獄できない構造だ。

模範囚を演じて脱獄の機会を得ようなど諦めている者ばかりで、
移転直前に脱獄したヨハンが起こした火災の事もあって、かなり荒れた時期もあった。

そんな中で模範囚となっている永久投獄刑囚ならば、
確かにそれなりに信用がおける人間と見ていいハズだ。

ラルフ「では、移動中に彼らの選定や布陣の調整も行うとしよう」

ラルフはそう言って、リノに目配せした。

リノ(選定を手伝え、と言う事か……)

リノも即座にそれを理解し、軽く頷いて応える。

シャーロット「研究職、技術職のエージェントの中でも戦闘に耐えうる人間はいるでしょう?
       彼らを戦力に組み込めないかしら?」

エミリオ「確かに……支援射撃くらいはやって貰わないといかんな」

シャーロットの言葉に、エミリオは納得したように頷いた。

エージェントA「研究エージェント隊には、
        万が一に備えて砲撃や例の雲の対抗策を講じて貰っている最中ですから、
        戦力として組み込める人数には限界がありますよ?」

事務方のエージェントが、少しだけ咎めるような声音で持って言う。

エミリオ「無論、その辺りの事も考えている。
     それでも、割けるだけの人員は持って来ざるを得まい」

エミリオは溜息がちに返し、手に持った会議用の資料をもう一方の手で叩いた。

リノ(随分とごった煮な戦力になりそうだな……)

会議の様子を見渡しながら、リノは心中で溜息を漏らした。

現在、戦力として決定しているのは前述通り、
研究院のエージェント、フリーランスエージェント、
各国に協力を要請して派遣された魔導師達だ。

そこに候補生、模範囚とは言え犯罪者、
普段は戦闘などしない研究者達までが加わる。

選り好みしていられる状況ではない以上、表立って文句は言わないが、
それでも危険な戦場に連れて行くのが憚られる者達も多い。

エージェントB「次に、予定している布陣ですが……」

そんなリノの思考を遮って、作戦会議は進む。

この会議も、まだしばらくは長引きそうだ。


結局、模範囚と研究者まで戦力に組み込む案は、
最終的に誰が反対するでもなく可決扱いとなり、
最終的な戦闘要員は三万二千人程にまで増加する事となった。

しかし、百万を超えると予想されている機人魔導兵を相手にするには、
まだまだその数は足りない……。
820 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/10/04(木) 20:35:46.34 ID:qYpVv8lA0


二日後の日没直後、
アイスランド沖三百キロの洋上に研究院のメガフロートの自走ブロックが、
欧州艦隊に護衛、曳航されるカタチで航行していた。

三万を超える研究院側の戦力はメガフロートの他、
艦隊に分乗して、四時間後の到着と、そして出撃の時を待っている状況だ。


エージェントA「予備のギアの積み込み、最終確認だ!」

エージェントB「第三世代以降ならどれでもいい!
        倉庫の中から全部持って来い!」

各隊のエージェント達が、倉庫周辺を慌ただしく駆け回っている。

強行軍と言う事もあって、まだ準備が完全に終わっていない部隊もあるのだろう。

各隊はBランク以下のエージェントに関しては役割別に大体、十人規模の部隊に分けられ、
Aランク以上のエージェントに関しては個別の行動権利が与えられる事になっていた。

無論、結達特務のメンバーは全員がSランクであるため、
全員に部隊行動に縛られない権利が与えられている。

彼女たちは現在、倉庫エリアからやや離れた特設研究棟で、
ギアの最終調整を受けている最中だった。


特設研究棟、第七世代ギア開発室――

結「えっと……コレって?」

結は頭部に装着したユニットを上目で見ながら、苦笑いにも似た表情を浮かべる。

自身の視界からは、その先端の一部しか見る事が出来ないが、その形状は――

フラン「……ウサギね」

ザック「……バニーガール、だな」

フランとザックが、それ以外のコメントが思いつかないと言った風に呟いた。

――そう、ウサギの耳だ。

出撃に備えて、魔導装甲用のインナーを着込んでいる状態では、
ザックの言葉通りバニーガールのように見えない事もない。

無論、あざといデザインを狙っていると言うワケではないのは、
二人のコメントに対して心底不満げな制作者……アレックスの表情を見れば明らかだ。

ちなみに魔導装甲用のインナー防護服も手足は五分丈なので、
水着と言うよりはサーフスーツやダイビングウェアの類に近い。

かなり機械的な外観を持ったウサギの耳は、結の思考に反応し、
声のした方角に向けてピコピコと動く。

それに結の頭に乗ったソレも、ウサギの耳と言うよりは、
楕円形の断面を持ったフレキシブル可動する二本のポールシャフトと言った方が正しいだろう。

アレックス「試作品の思考反応型高速フレームに、
      高性能三次元レーダー機能と高精度魔力探知システムを併設した、
      魔導装甲専用の頭部装着型補助魔導ギアです」

溜息混じりに呟いたアレックスは、
結の頭に乗ったウサギ耳もどきの正式な機能を簡潔に説明した。

つまる所、装着者の思考に応じて可動する立体的な観測が可能なレーダーと魔力探査が可能な、
ウサギ耳に見えない事もないギアと言う事らしい。
821 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/10/04(木) 20:36:18.75 ID:qYpVv8lA0
ロロ「けれど、さすがにこの機能はどうなのかなぁ?」

恥ずかしそうに俯く結に合わせて半分にぺたりと折れたウサギ耳を見ながら、
ロロは苦笑いを浮かべる。

フラン「う〜ん……いくら何でも、コレは恥ずかしいわよね」

フランはそう言いながら、
結のつま先から頭の天辺――耳の先端までを舐めるように見渡す。

結「あぁぅぅ……」

結もその言葉に、今度こそ顔を俯けてしまう。

確かに、いくら高性能でも、魔導装甲を装着していない状態では、
奇妙な格好をしたバニーガールだ。

アレックス「高機動時や格闘戦中の破損を防止するための収納機能です。
      性能面でも、リーネ並とまで言いませんが、
      リーネにほど近いレベルの高精度探査が可能になっています」

メイ「マジで!?」

指先で頭を抱え、呆れ気味に説明を続けるアレックスの言葉を聞き、
メイは驚きで目を見開いた。

中々ファンシーな外見のギアだが、
アレックス謹製と言う事もあって性能面は掛け値無しに高いようだ。

フラン「ね、ねぇ、アレックス! これあと一つある!?」

アレックス「ウサギは恥ずかしいんですよね……フラン君?」

現金なフランの問いかけに、
アレックスは“ウサギ”と“恥ずかしい”の部分を強調して言った。

フラン「あぅ……」

性能を聞かされる前とは言え、自分で言ってしまった以上、
フランは反論できずに黙り込む。

ともあれ、リーネに匹敵するレベルの魔力探査が可能になると言うのなら、
この外見と差し引きでかなりのお釣りが来る。

特に遠距離狙撃型のフランなど、喉から手が出るほど欲しい逸品だろう。

アレックス「はぁ……」

アレックスも言いすぎたと感じたのか、やや罪悪感の混じる溜息を漏らし、さらに続ける。

アレックス「エールの最終アップデートに合わせて大急ぎで完成させた物ですから、
      現存するのは結君専用のこの試作品一つだけですよ。

      それに、新装備は全員分、
      昨夜までにきっちり注文通りに仕上げてあるじゃないですか?」

最後は少しだけ咎めるような語調になってしまったが、
アレックスは確認するように全員を見渡した。

アレックスのチームは昨夜までの三日間、
不眠不休で101から115までの十五器の魔導装甲ギアの最終仕上げをしていたのだ。

アメリカでの任務中に使えなかった機能や、
それまでに収集されたデータに合わせた新型装備も搭載されている。

結が今付けているウサギ耳に見える高性能センサーも、それらの装備の一環に過ぎない。

今はこの場にいないが、アンディやユーリ、一征、
別の船に乗っている本條姉妹や、他のテスター達の手にも完成版が届いているハズだ。
822 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/10/04(木) 20:36:49.29 ID:qYpVv8lA0
ザック「つーか、いつまで付けてるんだ、結?
    恥ずかしいなら待機モードに戻せばいいじゃねぇか」

結「あ、そ、そっか……」

呆れたようなザックの言に、結は慌ててセンサーを待機状態に戻す。

髪を後ろで束ねている母の形見である薄桃色のリボンに、
虹色のクリスタルを付けた小さなクリップバンドが出現した。

アレックス「結君も……あまり恥ずかしいようでしたら、
      大急ぎで外装データを直すか、装着位置の変更調整を行いますが?」

結「え? ………う、ううん、だ、大丈夫だよ!
  ちょっと驚いただけだから……」

不安げなアレックスの問いかけに、結は慌てた様子で返す。

魔導装甲にはヘッドギアもある。

折り畳んでしまえばそうそう目立つ物でもないし、可動部も広いのだから、
上手く角度を調整すればヘッドギアのデザインに融け込んでしまうだろう。

それに、ウサギ耳型に見えたのは、
形状に驚いた瞬間に反応したセンサーが直立してしまった事が原因だ。

結「ちょっと早いけれど、今年の誕生日プレゼントって事で……」

そうはにかんで言うと、結はリボンに付いたワンポイントに手探りで触れる。

現在、現地時間で十二月六日の午後六時前。

結の誕生日である七日までは、
グリニッジ標準時で日付変更まであと六時間以上ある。

そして、グンナーの宣言通りであるならば、
地表に向けて大威力の魔力砲撃が行われる時間でもあった。

ちなみに、アイスランドはイギリスと同じくグリニッジ標準時(GMT±0)を適用している。

だが本来は、グリニッジ標準時と比べてもマイナス一時間前後のズレがあるため、
太陽の位置を基準とした時間で言うならば、現在は午後五時頃と言う事になるだろう。

閑話休題。

アレックス「料理……他は無理ですけど、サラダくらいでしたら僕でも作れますから」

結「うん」

少し照れの混じったアレックスの言葉に、
結は目を細めて嬉しそうに頷き“料理は任せて”と付け加えた。

メイ「あ〜、コラコラ、あと六時間したら世界滅んじゃうかもしれないんだから、
   デートの約束は世界を救ってからにしなよ」

その二人の間に割って入るようにして言ったメイは、交互に二人の顔を覗き込む。

さすがに二人も指摘通りと思ったのか、頬を染めて俯いてしまう。
823 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/10/04(木) 20:37:25.94 ID:qYpVv8lA0
しかし、結はすぐに気を取り直し、表情を引き締めた。

そう、今、世界が滅ぼされるか救えるかの瀬戸際だ。

さすがに危機感が足りないと感じたのだろう。

結「そうだね……全力で頑張らないと」

結は決意に満ちた瞳と声音でもって、その思いを言葉にした。

だが――

ロロ「あんまり力み過ぎると、二人が余計に緊張しちゃうよ」

そんな結に向かって、ロロがやや躊躇いがちに小声で囁いた。

思念通話を使わなかったのは、さすがに隠すべきでもないと判断しての事だろう。

結「あ……」

しかし、結はすぐに思い至ったように、ロロの言った二人――奏とリーネに向き直る。

先ほどから二人は一言も声を発さずに、強張った表情を浮かべるばかりだった。

決して、二人に特別、気を使う必要があるような言動ではなかったが、
それでも二人の事を失念していたのは確かだ。

だが、結が二人に向かって謝罪しようと口を開きかけると、
それは奏の手で制される。

奏「結が謝るような事じゃないよ。
  それにみんなも……心配かけてごめんね」

リーネ「私も……、変に気を遣わせてごめんなさい」

気まずそうな奏に続いて、リーネも弱々しい笑みを浮かべて呟いた。

奏は自分と瓜二つの少女――もう一人の自分とも言えるカナデの事があり、
リーネも先日の電波ジャックの際に起きたフラッシュバックから立ち直り切れていない。

特にリーネの場合はこの三日間ほど、
ミーティングやブリーフィングの時以外は殆ど自室に引きこもっていた程だ。

二人ともそれぞれにショックが大きく、また、思う所もあるのだろう。

フラン「まあ、酷いようだけれど、今は悩んでも何も進展しないだろうし……。
    とりあえず、後の話は世界を救ってから、って事で」

フランはそう言って、傍らの奏の肩を軽く叩いた。

リーネにも同じようにしてやりたいが、
まだ彼女がどこまで回復できているかも分からない以上、下手な接触は避けなければならない。

今の彼女は十年前の、
人と触れ合う事を極度に裂けていた頃の精神状態に陥っているかもしれないのだから……。

だが、そんな兄姉の思いを知ってか、リーネは敢えてフランの手を強く握った。

リーネ「私も……頑張るよ、フラン姉さん」

最初は手も声も震えていたリーネだったが、次第にその声は安らかな、
だが、確かな決意を感じさせる物へと変わる。

そして、それに応じるように、彼女の手の震えも収まって行く。

フラン「リーネ……」

最初こそ驚いていたフランだったが、
徐々に収まって行くリーネの手と声の震えに、その肩をそっと抱きしめる。

フランの温もりに包まれながら、リーネは安らかな笑顔を浮かべた。

その笑顔が意味する所は分からないが、もう大丈夫だと言う意思表示だろう。
824 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/10/04(木) 20:38:00.91 ID:qYpVv8lA0
ザック「………っと、あと十五分で最終ブリーフィングだな。
    そろそろ移動しようぜ?」

壁掛けの時計に視線を向けたザックが、全員を見渡すように言った。

特務の面々は、その言葉に従って移動を開始する。

リーネもフランの抱擁から離れ、兄姉の後に付いて歩き出す。

だが、隊長であるフランだけがその場に残る。

結「フラン? どうしたの?」

その事に気付いた結は、振り返り様に怪訝そうに声をかけた。

フラン「ん? ああ……すぐに行くから、みんなは先に行ってて」

フランはそう言うと、
“これから、アレックス口説くから”と茶目っ気たっぷりに付け加える。

結「えぇ!?」

アレックス「はい!?」

結とアレックスは異口異音ながらも、殆ど同時に驚きの声を上げた。

フラン「ジョークよジョーク……。
    ちょっと幾つか確認したい事があって、ね?
    と、言うワケだから、二人とも、みんなの引率お願い」

フランは肩を竦めてから、奏とザックに向かって言う。

二人は顔を見合わせながらも、
ブリーフィングまでまだ十分な時間がある事もあって、それを承諾する。

そして、仲間達が開発室を後にすると、
フランはにこやかな表情を強張らせ、アレックスに向き直った。

アレックス「珍しく茶目っ気が引っ込みましたが……、
      何の相談ですか?」

フラン「ん〜……半分くらいは、自分でも解答が出てるんだけどね……。
    ちょっと間違いがないか答合わせしたいかなぁ、って」

アレックスに促され、フランは神妙な表情ながらも普段通りの調子で思案げに呟く。

そして、やや間を置いてから続ける。

フラン「……魔導ホムンクルス……特にクローン関連の知識なんだけど。
    あなた、どのくらいまで分かる?」

アレックス「どのくらい……と言われても困りますが、
      まあ、門外漢ですので基本程度までなら」

フランの質問に答えながら、アレックスは思考を巡らせた。

魔導ホムンクルス技術を応用したクローニングは、今は禁忌とされる技術だ。

知識の継承こそ行われているが、
それを執り行おうとする者は魔法倫理研究法で裁かれる事となる。

無論、そう言った技術が存在すると言う事に関してはギアのデータベースにも存在するが、
その技術内容は容易には閲覧できないようになっていた。

アレックスは技術系、開発系が主となる研究エージェントである事と、
ギアや魔導機人開発に役立つ知識を学ぶために魔導ホムンクルス関連の知識も、
その言葉通りにある程度、基本の知識だけは学んでいる。

フラン「そう……じゃあ、精製云々について聞いても大丈夫って事かしら?」

アレックス「かなり専門的な事以外なら……」

フラン「そう、安心した………。
    で、肝心の聞きたい事なんだけれど、
    先にチェーロとヴェステージでリンクして貰えるかしら?」

アレックス「了解です」

フランの頼みに頷いて答えつつ、
アレックスは共有回線で持ってヴェステージとチェーロを接続した。
825 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/10/04(木) 20:38:53.05 ID:qYpVv8lA0


開発室でのやり取りからおよそ四時間後、
グリニッジ標準時で午後九時五十二分。

アイスランド、ヴァトナヨークトル氷河――


研究院はその全戦力三万二千人を、氷河の沿岸部に展開していた。

全員が魔導防護服を、或いは魔導装甲を纏い、
ある者は魔導機人を召喚して戦闘開始のその時を待つ。

可能な限りの密集陣形を取り、
前線向きの医療エージェントを除いた支援要員は氷河の外、
揚陸用ボートをつなぎ合わせて造った急造の治療所で待機している。

全幅で一キロに迫る大軍団だ。

無数の投光器が立ち並び、氷河に向けられた光が反射して眩く輝く。

ロロ「コレも自然破壊になるのかなぁ……」

メイ「あ〜、溶けてるねぇ、投光器の熱で」

投光器の熱でジワジワと溶けている氷河の表面を見ながら、
ロロとメイは苦笑い混じりに漏らした。

溶けているとは言え、表面の融解は微々たる物だ。

奏「………」

次第に周囲に緊張が満ちて行く中、奏は頻りにその視線を辺りに走らせていた。

結「奏ちゃん、どうしたの?」

その様子に気付いた結が、心配そうに彼女の横顔を覗き込んだ。

奏「あ……うん、ちょっと、クリスをね……」

奏は少しだけ戸惑った様子で答えると、寂しさと悔しさを滲ませる表情で目を伏せた。

クリスは候補生の中から志願して、この作戦に参加している。

部隊配置の都合上、フリーランスエージェント達と共に欧州連合艦隊に乗っていた事、
さらに候補生と言う立場上、最終ブリーフィングの場にもいなかったため、
三日前に別れて以来、ついぞ話をする機会など無かったのだ。

奏「ボクは……母親としては、まだまだ半人前なんだなぁ、って思って」

結「………」

気弱な言葉を漏らす親友に、結は押し黙る。

そして、奏の独白は続く。

奏「お祖父様とあの子……カナデの事で頭が一杯になって、
  結局、あの子との約束を守れなかった……」

クリスが……養子とは言え、
自分の娘と決めた少女が悩みを抱えている事は分かっていたのだ。

にも関わらず、自分の悩みで手一杯になってしまい、
クリスの事を無意識に後回しにしてしまっていた。
826 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/10/04(木) 20:39:28.30 ID:qYpVv8lA0
結「今は……?」

奏「え?」

結の問いかけに、奏は驚いたように顔を上げる。

結「……今、奏ちゃんの悩みは、どうなの?」

結は一言一言、確認するかのように問いかけ直す。

しばらく悩んでいた様子の奏だったが、戸惑い気味に口を開く。

奏「………まだ、分からない……。
  けれど、もしもお祖父様やあの子に会えたら、
  その時は答を出そうと思う……ううん、きっと出して見せる」

最初は戸惑い気味だった奏だったが、徐々に決意の篭もった視線と声で言い切った。

結「だったら、この戦いが終わったら、その時はちゃんとクリスとの約束を守ればいいよ」

結は親友の決意の表情を見ながら、穏やかな声音で呟く。

二人とは、他人と言うには抵抗を感じるほど深い縁があるが、
それでも“親子”としての二人の間に入るつもりは、結にはなかった。

その資格の有無ではなく、結自身がそうしようと決めていたからだ。

もしも、間違ってすれ違ってしまった際に、その間を取り持つならばともかく、
どちらかの、或いは二人の背中を押せば済む事にまでは深く追求しない。

それは、父と由貴の再婚に当たって、
自分と由貴との関係に対して、奏がそうしてくれたからでもある。

別段、大仰に語るほど大きな問題など自分と義母の間には無かったが、
それでも、ちょっとした悩みを身近な親友にだけ打ち明けた事は幾らかあった。

他にも、入院中の彼女を見舞った際には、幾度も相談に乗って貰っていたのは語るまでもない。

その時は自分の中にある答えを導いて、いつもそっと背中を押してくれた。

姉のようでもある親しき友への、これはささやかな恩返しなのだ。

結「クリスは奏ちゃんの事が……お母さんの事が大好きだから、
  それできっと大丈夫だよ」

結は口ぶりよりもずっと自信に満ちた声音で言った。

それは、二人がこの四年で築いてきた母娘の絆の深さを知るが故だ。

奏「結………ありがとう……」

奏は少しだけ感極まった様子で、感謝の言葉を静かに述べた。

数分前よりも少しだけ軽くなった気持ちを意識して、深く息を吐く。

寒さで白くなった息を見ながら、奏はスッと前を見据えた。

だが、ふと思い出したように結に向き直った。
827 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/10/04(木) 20:40:34.31 ID:qYpVv8lA0
奏「そう言えば……結はどうなの?」

結「どうなの、って……ああ、グンナーさんの事?」

怪訝そうな奏の問いかけに、結は首を傾げたが、すぐに思い至ったように口を開いた。

思えば、フルネームでない彼の名を口にするのは初めてではないだろうか?

口にしてから結は、グンナーを“さん”付けで呼んでいる事に気付いて、
思わず噴き出しそうになる。

相手は犯罪者で、今も世界滅亡を為さんとする狂気の人物なのだ。

先日、全Sランクエージェントが集められ、グンナーの過去に関して聞かされた。

そこで、彼の過去の任務内容に対して敬意にも似た思いを抱いたからだろうか?

結は、我が事ながらミーハーだとも思ったが、
特にその事実を否定して“グンナー”と言い直す事はしなかった。

結「私は……私の答は、もう出てるから」

結はそう言って、柔らかに微笑んだ。

死んだハズの……自分の手で殺めたハズのグンナーが生きていた事に、
最初は驚いたし、それは今も続いている。

だが、それでも自分なりにどうすべき、と言う答は既に結の中にあった。

そして、自分が身に纏う魔導装甲を見下ろす。

以前よりもやや鋭角的にフォルムを変えたソレは、
アレックスが不眠不休で完成させてくれた最高のギア――相棒だ。

この力でもって、必ずその答を……自らの決めた道を突き進む。

そう決めたのだ。

結がそうやって決意を新たにした時、不意に後方で動きがあった。

上空で目視観測をしていたエージェントの一人が、
閃光変換した赤い魔力を幾度か明滅させる。

エージェント「敵影確認! 陣形中央から一時、十一時、十二時の三方だ!
       ……も、もの凄い数だ……どんどん増えて行くぞ!?」

観測用のギアを装着したエージェントが、恐れにも似た声で叫んだ。

どうやら、敵が……機人魔導兵の大群がその姿を現したらしい。

リーネ「うん……前の方、どんどん増えてる」

リーネは前方を睨め付けるようにしながら呟く。

シャーロット『総員、作戦パターンはA!
       機人魔導兵の出現地点付近に、グンナーの基地施設への侵入口があると思われる!
       機人魔導兵を撃破しつつ、前方に向けて進軍せよ!』

本作戦の総指揮官であるシャーロットの声が、通信機越しに響き渡った。

ザック「パターンAって言っても、パターンBまでしかないけどな……」

ザックがそんな言葉を漏らす。

ちなみにパターンAは侵入口が遠い場合の進軍プラン、Bは近い場合の包囲プランだ。

出来れば包囲陣形の取れるパターンBが好ましかったが、この状況では致し方あるまい。
828 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/10/04(木) 20:41:03.38 ID:qYpVv8lA0
フラン「ボヤいてないでさっさと行くわよ!」

フランはライフル型とハンドガン型のギアを構え、
地表スレスレの位置まで上昇して超低空を飛ぶ。

それに続くように、飛行可能な面々は同様に超低空を飛行して行く。

メイもその後に続いて走り出した。

特務のメンバーの中で、取り残されたのは高速移動が出来ないザックとロロの二人だ。

アメリカでの時のように、戦闘状況で飛べない面々を引っ張って行く余裕がないと言う事だろう。

ザック「っと、それじゃあ早速新装備に活躍してもらおうか……」

先行する面々の後ろ姿を見遣りながら、
ザックは自身の魔導装甲の腰部に増設された装甲を取り外した。

鏃のような形状をした長さ七〇センチほどの二枚の装甲をつなぎ合わせ、
完成したのは巨大なサーフボードだ。

ザックはそれを放り投げ、落下寸前にボード上に飛び乗る。

すると、ザックからの魔力供給を受けたボードは
浮遊魔法によって地表数センチの位置で浮かび上がった。

これこそ、アレックスがザック用に開発した、
魔力による浮遊・推進を可能にした移動能力強化用補助魔導ギアである。

基本的に結や奏の補助魔導ギアを大型化した物だが、
推力はソレらを大幅に上回り、人間を乗せて運ぶ事が出来る画期的な装備だ。

ザック「ロロ、乗れ!」

ロロ「うん!」

ザックから差し伸べられた手を取り、ロロはボードの後方に乗る。

ロロがしっかりとバランスが取れる体勢を取った事を確認したザックは、一気にボードを走らせた。

メイの全速力には遠く及ばないが、それでも普通に走るよりはずっと早い。

メイ「お〜、楽ちんそう……。
   ザック兄、アタシも乗せて!」

隣に並んだザックとロロを見ながら、メイが羨ましそうに漏らした。

消費している魔力的にはほぼ同率だが、
足を動かしていない分、確かにザックの方が楽そうではある。

ザック「アホ……こんな狭いボードに三人も乗れるかっての」

ロロ「ごめんね、メイ」

呆れるザックに続いて、ロロが申し訳なさそうに漏らす。

大型ボードとは言ったが、魔導装甲を装着したまま乗るには二人でもやや狭いほどだ。

このままメイも、と言うのは無理がある。

加えて、メイの魔導装甲は肩に大きな円錐を縦半分に割ったようなパーツが追加されていた。

他にも追加された装備はあるが、この巨大なパーツが付いた状態では、二人でも相乗りは難しいだろう。

メイ「ちぇ〜っ、けち〜」

メイはジト目で言って舌打ちする。
829 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/10/04(木) 20:41:31.96 ID:qYpVv8lA0
フラン「はいはい、バカな事言ってないの!
    そろそろ敵の前衛と接触するわよ! 奏、メイ、前に出て!」

フランは言いながら、ハンドガン型ギアを構えて牽制射撃を行う。

奏とメイはそれぞれに構えて前衛へと躍り出る。

結「リーネ、私達も!」

リーネ「うん、結姉さん!」

結も光背状のパーツからプティエトワールを分離させ、
リーネと共に広範囲への支援砲撃を始めた。

可能ならばアルク・アン・シエル系の魔法で掃討したい所だが、
この群の中にいつ例の乱反射結界を扱えるブリッツが現れるとも限らない。

アルク・アン・シエルの射角内への反射ならば、後続の魔力で相殺する事も出来るが、
射角の外へと反射された分に関しては他の仲間達に甚大な被害をもたらしてしまう。

結やリーネのように、閃光系の属性魔法を得意とする魔導師達には、
その旨の注意事項が伝達されていたのだ。

しかし、如何に通常の魔力弾や魔力砲撃でも、
Sランク三名の一斉攻撃を前には、機人魔導兵達も次々に魔力相殺され、霧散して行く。

だが、やはり数が多い。

他の仲間達も魔力弾や魔力砲撃を行っているが、焼け石に水と言うべきか、
研究院側が減らす量よりも機人魔導兵の増える量の方が圧倒的に勝っていた。

突き進む研究院の前衛と機人魔導兵の前衛が接触し、
一瞬にして辺りは乱戦状態へと陥った。

高く飛行して援護射撃を行う魔導師達に向けて、
後衛の機人魔導兵達も対空射撃を行い、全域に魔力が満ち始める。

エール<結! 周辺空間の吸収不可魔力率が九三%に到達、供給速度が落ちるよ!>

結<供給源をグランリュヌに変更! プティエトワールを半分下げて!>

愛器からの報告を聞きながら、結は即座に指示を出す。

周辺空間から魔力近似のエネルギーを供給できる特異な特性を持つ結だが、
周辺が他者の魔力で満たされた――魔力影響下に置いてはその能力を発揮する事が出来ない。

結の魔法や装備の殆どは潤沢な魔力使用量を活かした物が多いため、
予備の魔力タンクの役割を果たす四器のグランリュヌだけでは、
その全戦力に魔力を供給するのは難しいのだ。
830 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/10/04(木) 20:42:34.70 ID:qYpVv8lA0
フラン(一気に進行速度が落ちたわね……)

周囲の状況に視線を走らせながら、フランは心中で独りごちる。

最初の数分、敵の前衛と接触するまでの研究院側の進行速度に比べ、
乱戦状態になってからの進行速度はその十分の一以下、
いや、むしろ止まってしまっていると言っても過言ではない。

敵の戦力は予測だけでも百万、コチラの三十倍以上。

単純戦力比で一対三十と考えれば、押し返されないだけマシと言えよう。

だが、それではダメなのだ。

タイムリミットまでは残り二時間少々、
雲の除去や魔力照射停止に作業を必要とするならばその七割ほどの三十分は余裕が欲しい。

機人魔導兵が湧き出して来る地点までは、
戦闘開始時に同期されたギアのデータから算出して、あと十キロ。

順調に前進できたとしても、戦闘しながらの進軍では二時間以上の距離だ。

どう考えても、このままではタイムリミットが来てしまう。

敵陣に侵入できればやりようはあるが、それでもこの数が相手では難しい。

フラン「……こうなったら、強行突破を仕掛けるわよ!
    ザック、結! あなた達は私の全力砲撃の後、障壁を展開!
    奏、メイ! あなた達二人を先頭に、敵の大群を一気に突っ切るわよ!
    ロロとリーネはサポートに徹して!」

フランは仲間達に指示を出すと同時に、
バックパックから二本のケーブルを引き出してライフルに接続し、
ケーブルから大量の魔力を供給する。

チェーロ<マスター、ダイレクトリンク魔導ライフル、起動完了です!>

チェーロの声が聞こえた時には、既に仲間達は彼女の指示通りの配置についていた。

完全に足を止めたフランを狙った攻撃はロロとリーネが迎撃し、
結とザックはいつでも魔力障壁を展開できるように機会を窺っており、
前方から押し寄せてくる敵を奏とメイが迎え撃つ。

フラン「行くわよっ!」

フランはライフルの先端に収束・二重拡散・二重増幅の五重術式を展開し、
その術式に向けて魔力を解放する。

フラン「スカルラットモティーヴォッ!」

無数の赤く輝く魔力の線が前方に向けて広がり、やや狭い範囲ながらも機人魔導兵達を一掃して行く。

スカルラットモティーヴォ――緋色の紋様の名の通り、広がってゆく魔力の線は紋様のように見える。

リノのイルミナルエスタンパドを模倣した、フランの広域射撃魔法だ。

フラン「よしっ! 突撃ぃっ!」

前方の敵が消滅した事を確認したフランは、再びハンドガンを構えて仲間達に指示を飛ばす。

奏とメイが切り込み、結とザックが左右にそれぞれ障壁を張り巡らせ、
七人が一斉に敵陣深くへと切り込んで行く。

陣形――とは言い難いお粗末な群衆だが――を崩された機人魔導兵達は、
即座にその空間を埋める事が出来ずに、特務の進軍を許してしまう。

だが――
831 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/10/04(木) 20:43:24.54 ID:qYpVv8lA0
????「ヴァイオレットカタストローフェッ!!」

上空からの声が響き渡り、敵陣深くへと切り込んで行く特務を中心とした一帯に
無数の暗い紫色の魔力弾が降り注いだ。

結「きゃっ!?」

ザック「うおっ!?」

障壁を任せられていた結とザックは、
突如として降り注いだ無数の魔力弾が巻き起こす魔力の衝撃に、思わず悲鳴を上げた。

フラン「真上!?」

閃光と衝撃から立ち直ったフランが上空を見上げると、
そこには黒い魔導装甲を身に纏った少女がいた。

ロロ「あの子……!」

メイ「確か、ネーベル!」

驚くロロに続いて、メイがその名を叫ぶ。

そう、上空にいたのは幹部級機人魔導兵の一人……ネーベルだ。

ネーベル「ここから先には、私が行かせないよ!
     アンタ達全員、私が倒して、カナデ様やナナシに見せてつけてやるんだ!」

ネーベルはそう言って、再び無数の魔力弾を降らせる。

どうやら、先日のビール空軍基地での強襲の際も、
このヴァイオレットカタストローフェを使ったのだろう。

しかも、あの時はまだ本気ではなかったのだろう。

一発一発の魔力弾の大きさが先日の倍以上、数も数十倍と言う規模だ。

奏「ッ……結、ザック、一緒に防御して!」

奏は二人に向けて言いながら、仲間達の頭上に氷の障壁を作り出した。

結とザックも遅れて魔力障壁を上空に向けて集中する。

ザック「クソッ……防御は出来るが、この威力の魔力弾の中を進むのはキツいぜ……」

結「確かに……ちょっと移動は難しい、かな」

ザックと結は、上空からの絶え間ない魔力弾を受けながら、絶え絶えに漏らす。

全力の魔力障壁を張り巡らせれば、防御しながら進む事も出来たが、
戦闘が始まったばかりの状態で全力の魔力障壁を張り巡らせるワケにはいかない。

たとえ、それでネーベルの攻撃を突破できても、
あの映像を見る限り、グンナーを含めて八人の幹部級が後に控えているのだ。

結も施設内で魔力供給が可能か分からない以上、無駄な魔力を使うワケにはいかなかった。

そして、数分に及ぶ集中的な魔力弾連射がようやく止む。

それと同時に結達が周囲を見渡すと、既に彼女たちは全方位を機人魔導兵達に囲まれていた。

どうやら、防御中に取り囲まれてしまったようだ。
832 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/10/04(木) 20:43:53.61 ID:qYpVv8lA0
フラン「突っ込む時点で覚悟はしてたつもりだけど、
    いきなり足止め食らって本隊と分断とか洒落になんないわよ……っ」

状況を確認しながら、フランは悔しそうに漏らす。

彼女が敵陣形に開けた大穴は前後共に塞がれており、
退くも進むも機人魔導兵をなぎ倒さなければ行けない。

味方からの援護を受けようにも、後方にいる本隊前衛は乱戦状態で、
とても援護を要請できる状況ではなかった。

しかも、既に前衛との距離は一キロ近く離れている。

一キロにも及ぶ分厚い敵陣を抜けての援護手段など砲撃くらいしかないが、
身動きの取れない状況や魔力探査もままならぬこの乱戦状態では支援砲撃など自殺行為に等しい。

その上、頭上にはネーベル。

フラン(どうする……自滅覚悟で強行突破? それともアイツに一斉攻撃……?)

フランは思考を巡らせる。

どちらも妙手とは言い難く、上空の敵と戦うならば陸戦型の三人をこの場に残さなければいけない。

第一案の強行突破は、前述の通り魔力の損耗が激しく自滅覚悟だ。

コチラが深く切り込んだ所で奇襲をかけて来た以上、
地上に残されたメンバーが敵陣に押し潰されるまでの間の時間稼ぎをするくらいの考えはあるだろう。

そして、ネーベルが地上に出て来た以上、他の幹部級も出張って来る可能性は捨てきれない。

この状況で二人以上の幹部級が出て来れば、その時点で地上はアウト同然。

他にも幾つかの案が思い浮かぶが、それらも全て却下だ。

フラン(考えなさい……フランチェスカ・カンナヴァーロ!
    まだ、まだ手はあるハズ!)

全員を生き残らせ、最小限の被害で敵施設へと切り込む策を、
フランは必死に絞り出そうとする。

だが、考えられる手はどれも悪手だ。

ネーベル「さぁ、もう一回、食らいなよっ!」

フランの思考を遮るようなネーベルの声が響き渡る。

既に紫色の魔力弾はネーベルの周囲に展開され、
主によって解放される瞬間を待っていた。

結達三人は再び障壁を展開しようとする。

その時だった――

???「リヒトファルケンッ!!」

フランの背後から無数の藍色に輝く光の隼が舞い上がり、
ネーベルの魔力弾を撃ち抜いて行く。

全ての魔力弾を撃ち抜かれたネーベルは、怒りの形相で地上を睨め付けた。

その視線の先に、結達の視線も集まる。

リーネ「フラン姉さん……先に行って」

そう……リーネだ。

リーネは短い言葉と共に魔力障壁を張り巡らせ、上空に向けて飛び上がる。

機人魔導兵から一斉に狙い撃ちされるが、
リーネの圧倒的な魔力量と魔導装甲の防御力の前には機人魔導兵程度の魔力弾では無意味だった。
833 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/10/04(木) 20:44:20.58 ID:qYpVv8lA0
フラン「ちょ、ちょっとリーネ!? 戻りなさい!」

フランは驚きの声を上げ、リーネの行動を諫める。

だが、リーネは聞き入れない。

考えていた手ではあった。

リーネか、或いは結と言った絶対的に魔力量の高い二人のどちらかを
ネーベルの迎撃に当てて、残り六人で敵陣へと切り込む。

最も成功確率が高い代わりに、
残された一人は地上の機人魔導兵と上空のネーベル両方からの一斉攻撃に晒される。

この場合、生存確率が高いのはリーネよりも結。

だが結とてこの状況下で援護無し、孤立無援で生き残れる確率が有るかと言えば、
その可能性は著しく低いだろう。

リーネも部隊最年少とは言え、総合戦技教導隊に所属する最高クラスのエージェントだ。

そのくらいの判断は出来るハズだった。

だが――

フラン「結姉さんの魔力は施設制圧に欠かせないでしょ?
    だったら、ここは私が残った方がいいに決まってる」

リーネはそう言って、自らの判断を告げた。

いくら魔力供給が出来ない状況になっても、
結には最大でSランク六十二人分と言う絶大な魔力量を持ち込める装備がある。

対してリーネの最大魔力はSランク二人分。

施設制圧にどちらか一方しか選べないとしたら、誰でも結を取るだろう。

結「リーネ……」

リーネの言葉で彼女のその考えを察した結は、
悔しそうに拳を握り締め、顔を俯ける。

一刻を争うこの状況で、二人以上がこの場に残るワケにはいかない。

だが、これではリーネを見殺しにするようなものだ。

フラン「大丈夫!
    いつもバレンシア隊長や姉さん達に鍛えてもらってるから……絶対に負けないよ!」

リーネは“絶対”と言う部分を強調して、笑顔で言った。

七人の間に、僅かな沈黙が訪れる。
834 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/10/04(木) 20:44:46.47 ID:qYpVv8lA0
だが、それは即座に破られた――

フラン「エージェント・バッハシュタイン………絶対に、絶対に生き残りなさい!」

――フランの、絞り出すかのような叫びで……。

命令口調ではあったが、それは懇願だ。

リーネに、生きて欲しい。

そして、その願いはフランだけでなく、
特務の……かつて寝食を共にした兄弟姉妹としての総意でもあったのだ。

リーネ「………はい、カンナヴァーロ隊長!」

その願いを受けて、リーネは笑顔のまま頷いた。

メイ「さっさと追い付いて来なさいよ!」

ロロ「ケガしちゃダメだよ!」

ザック「負けんじゃねぇぞ!」

奏「リーネ、必ずまた会おう……!」

メイが、ロロが、ザックが、奏が、末妹の笑顔に向けて言葉を投げかける。

結「リーネ………この間、沖縄料理食べさせてあげるって約束したのに、まだだから……。
  この作戦が終わったら、絶対に作ってあげるから!」

結も顔を上げて叫ぶ。

リーネ「うん……お願い、結姉さん!」

リーネも応え、ここに約束が交わされた。

フラン「…………もう一度、さっきの方法で行くわよ!」

フランは言いながら、再びダイレクトリンク魔導ライフルを構え、
スカルラットモティーヴォを放って敵陣に大穴を穿つ。

そして、密集陣形を組んだ特務の六人は再び進軍を開始した。

意気込みの違いか、その移動速度は先ほどよりも僅かに速い。

ネーベル「……お遊戯会はお終い?」

進軍する兄姉を見送るリーネに、ネーベルが呆れたように声をかける。

リーネは双杖を構えながら、自分よりも高い位置にいるネーベルを睨め付けた。

その表情に、先ほどまでの笑顔はない。

まだ下方から続く機人魔導兵達の対空射撃から逃れるように、
リーネはさらに上空へと舞い上がる。
835 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/10/04(木) 20:45:20.13 ID:qYpVv8lA0
リーネ「隙だらけだったのに攻撃しなかったのは、どうして?」

ネーベル「うん?

     だって、あの程度のをたった六人通した程度じゃ、
     お兄やお姉、カナデ様やマスターには勝てるハズがないもの」

静かに問いかけるリーネに応えて、ネーベルはさらに続けた。

ネーベル「それに、どうせなら一対一の方が勝てる確率も高いしね。
     ナナシを見返すだけなら、一人を潰すだけで十分だもの」

リーネ「そう………」

それだけ聞くと、リーネは小さく頷く。

ネーベルの言い分の幾らかは分からなかったが、
それでも彼女がこの場にいるのは独断専行のような物だと言う事は分かった。

そして、その根底にあるのは仲間の誰かを見返したいと言う不純な動機だ。

それを咎める気はない。

だが――

リーネ「私はともかく、兄さん、姉さん達までバカにしたのは、許せない……」

彼女には、その事実だけで十分だった。

結達がかけてくれた言葉を“お遊戯会”と嘲り、
エージェントとして尊敬する彼女たちを“あの程度”と嘲った事は、
そのどちらかでもリーネの怒りを買うには十分だ。

ネーベル「へぇ……血も繋がってない人間バカにされるのがそんなに癪に触るんだ?
     さすが、親殺し、だね……血は水よりも濃いって、日本の言葉だっけ?」

リーネ「ッ!?」

ケラケラと声を上げて笑うネーベルの言葉に、リーネは息を飲む。

三日前に甦った壮絶な記憶が脳裏に再び甦り、
意識はその記憶に縛り付けられ、身体は竦んでしまう。

ネーベル「ほらっ、じゃあ……アンタの両親よりも大事な、
     アンタのお兄とお姉にまたちょっかい出そうかな?」

その隙を突くかのように、ネーベルは再びヴァイオレットカタストローフェの体勢に入った。

しかし、リーネの心身は硬直して、咄嗟に動く事が出来ない。

フリューゲル<リーネ! 戦闘中だよ! しっかりして!>

だが、十年以上の時を共にした愛器の声が意識を引き戻し、身体の呪縛を和らげる。

ネーベル「もう遅いよ!」

ネーベルの言葉通り、既に大量の魔力弾は放たれており、
結達に向けて魔力弾が殺到しようとしていた。

リーネ「させないっ!」

リーネは魔導装甲の背部に折り畳まれた加速用の翼を広げ、
結達に向かう魔力弾の前へと躍り出る。

両手に握り締めた双杖を頭上で交差させ、大量の魔力を流し込んで一気に振り下ろすと、
結達への直撃コースの魔力弾は全て相殺された。

残った魔力弾は機人魔導兵へと降り注ぎ、着弾点周辺の大群を吹き飛ばす。

しかし、すぐにそれ以上の数が押し寄せて穴を塞ぐ。
836 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/10/04(木) 20:45:46.36 ID:qYpVv8lA0
ネーベル「キャハハハッ!

     あんな事言われた直後でも、
     必死に守っちゃうくらい大事なんだぁ? へぇ……」

ネーベルは高笑い混じりに言うと、
何事かを思い浮かべたかのようにいやらしい笑みを浮かべた。

そして、先ほどよりも多量の魔力弾を生み出すと、
一方を前方――結達へ、もう一方を後方――研究院本隊へと向ける。

ネーベル「じゃあ、どっちを取るか大実けーんっ!」

はしゃぐような声と共に、大量の魔力弾を前後に向けて一斉に解き放った。

リーネ「フリューゲル! 本隊側の魔力弾をロックして!」

フリューゲル<!? 本隊側って……結達の方はどうするのさ!?>

主の指示を聞き、フリューゲルは愕然とする。

だが、ギアの性か、主の指示通り、
既に研究院本隊へと向かう無数の魔力弾は既に全てロックオンされていた。

リーネ(あの広域攻撃魔法を相手に、普通の拡散魔力弾じゃ間に合わない……。
    高威力の高速誘導弾で全部撃ち落とさないと!)

リーネは双杖に多重術式を展開し、前方へと向ける。

リヒトファルケンの構えだ。

リーネ「リヒトファルケンッ!!」

放たれた無数の光の隼は、結達へと向かう魔力弾をすり抜けて、
ネーベルの後方……研究院本隊へと向かう無数の魔力弾へと襲い掛かった。

研究院本隊を襲うハズだった魔力弾は全て相殺されたが、結達へと向かう魔力弾は全て無傷だ。

しかし――

リーネ「ここっ!」

正確に弾道を予測したリーネは、
結達へと向かう魔力弾の前に躍り出て障壁でその全てを受け止める。

無数の魔力弾が一斉に襲い掛かる衝撃で、障壁を支える腕を激しい痛みが襲う。

リーネ「うっ、ぐぅ……」

リーネは痛みで低く唸りながらも、その魔力弾を耐えきる。

フリューゲル<大丈夫、リーネ!?>

リーネ<うん……ちょっと予想よりも威力が高かっただけだよ……>

心配するフリューゲルに、リーネは落ち着いた様子で返す。

受け止めた腕にはやや痺れがあるものの、治癒促進で即座に回復できるレベルだ。

ネーベル「へぇ、これが高精度魔力探査能力ってヤツなんだ……気にくわないなぁ」

ネーベルは一度感心した風に言ってから、不機嫌そうに呟く。

大実験……などとはしゃいでいた事もあって、
どちらかを切り捨てると考えていたようだ。

フリューゲル『お前みたいな卑怯者に、全力を出して戦えるリーネが負けるもんか!』

そんなネーベルの考えを察してか、
フリューゲルは共有回線を開くと、啖呵を切るように言い切った。
837 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/10/04(木) 20:46:16.00 ID:qYpVv8lA0
ネーベル「へぇ……そうなんだ……じゃあ、卑怯な大実験パート2っ!」

ネーベルはニンマリといやらしい笑みを浮かべると、
“卑怯”の部分を敢えて強調して叫んだ。

すると、先ほどよりも多量の魔力弾が現れ、やはり彼女の前後に向けて放たれる。

ネーベル「ヴァイオレットグロースカタストローフェッ!!」

最早、砲弾と言って差し支えないほどに巨大な魔力弾が撒き散らされる。

正にグロースカタストローフェ――大いなる災い。

だが、それだけではない。

ネーベル「オマケの一発っ!」

ネーベルが両手を突き出すと、巨大な魔力砲弾が一発だけ放たれた。

それは大きな弧を描くようにしてリーネの背後へと向かう。

誘導追尾式の魔力弾だ。

ネーベル「さぁ、さっきよりも大量の魔力弾と、あなたの背中を狙う誘導追尾魔力弾!
     さっきみたいな方法じゃ、一つは確実に防げないよ?

     自分と仲間と仲間、どれを取るの!? どれを諦めるの!?

     さぁ、見せてよ!」

ネーベルはまるで嘲笑うかのように問いかける。

既にリーネはリヒトファルケンの体勢に入っており、
先ほどと同様に研究院本隊に向かう魔力砲弾の迎撃しようとしていた。

ネーベル「そうだよね……そうなるよね」

ネーベルはほくそ笑み、
少女の外見には似付かわしくないほどの下卑た笑みを浮かべる。

あちら――研究院本隊側に向かった魔力弾は誰に当たるか分からない。

Aランク以上のエージェントならば防ぎようもあるだろうが、
Bランク以下のエージェントが受ければノックダウンは免れないだろう。

しかも、あの乱戦状態ではたとえAランク以上であろうとも防御できる保証はないのだ。

対して特務側に向かった砲弾を防御できるメンバーは多い。

進軍の足は確実に止まるだろうが、結、奏、ザックの三人で十分に防御可能だ。

そして、リーネは自分の背後を狙う魔力弾を局所防御障壁で防ぐ。

リーネにとって、最良の一手だ。

しかし、これこそがネーベルにとっても望んでいた展開でもある。

そう、リーネは自ら助かるべく、誰かを切り捨てる事になるのだ。

致し方ないと誰もが思うだろう。

だが、ネーベルは言ってやるのだ。

“親殺しは結局、自分大事の偽善者だ。”、
“自分が助かるためなら、誰でも切り捨てる。”と、辛辣に。

先ほどのように生まれたスキをついて、一発ノックダウン。

自分自身は無傷で施設に戻り、ナナシを見返して終わりだ。

だが――
838 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/10/04(木) 20:46:46.03 ID:qYpVv8lA0
フリューゲル『ダメだよ、リーネ!?』

開いたままの共有回線から、悲鳴じみたフリューゲルの声が響いた。

ネーベル「?」

リーネ「リヒト……ファルケンッ!!」

怪訝そうな表情を浮かべるネーベルの目の前で、無数の光の隼が乱れ飛ぶ。

研究院本隊側に向かった魔力砲弾はその隼達によって全て相殺される。

そして、リーネは再び、結達へと向かう砲弾の前に躍り出た。

リーネ「パンツァーフリューゲルッ!!」

リーネは双杖を腰のラックに収めると、
両腕を前に突き出して先ほどよりも強力な閃光魔力の障壁を作り出し、
結達に向かう魔力砲弾を全て受け止める。

ネーベル「そ、そんな!?」

愕然とするネーベルの目の前で、
無防備なリーネの背後に向けて誘導追尾式の魔力弾が直撃した。

リーネ「ぅあぁっ!?」

背後の衝撃と激痛、さらにごっそりと魔力を削られる感覚に襲われ、
リーネは苦悶を漏らす。

魔力で精製されていた魔導装甲の一部が砕け散り、背中の翼が滑落して霧散する。

見た目以上に強力な魔力弾は、どうやらかなり高密度に収束された物だったようで、
外見以上の魔力ダメージを伴った。

だが、リーネはすんでの所で耐えきり、局所防壁魔法――パンツァーフリューゲルを解除する。

ネーベル「そ、そんな……あ、あなた、何で!?」

ネーベルは愕然としたまま叫ぶ。

おかしい。
狂っている。

ギアの悲鳴を聞いた以上、直撃を受ける事は分かっていたハズ。

それなのに、自分を犠牲にしてまで“仲間だけ”を取ったのだ。

リーネ「………向こうには……私の先生や弟や妹……大切な仲間がいる……」

リーネは予想外のダメージに息も絶え絶えになりながら、
ネーベルを睨め付けつつ呟く。

そして、腰のラックに収めたままの双杖を取り出し、構え直す。

リーネ「そして……私の後ろには……私を愛してくれた人達がいる!」

リーネは叫びながら、双杖の一方をネーベルへと突き付けた。
839 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/10/04(木) 20:47:35.90 ID:qYpVv8lA0
リーネ「………そうだよ、私はあなたの言う通り、親殺しだよ………。
    知らなかった、覚えてなかったなんて言い訳だよ………。

    それでも、こんな私でも、みんなは私を愛してくれた!」

リーネは幼き日からの思い出を反芻しながら、叫ぶ。

両親を自らの魔力循環不良で殺してしまった日から、自分は多くの人々に守られて来た。

シエラ達保護観察施設の職員達に、十年以上の時を共にする事になった愛器に。

そして、Aカテゴリクラスでフラン達と出逢った。

ザックに頭を撫でられ、フランに抱きしめられ、奏に抱き留められ、
ロロに頬を寄せて貰い、アレックスに勉強を教えて貰い、メイと共に野山を駆け、
もう一人の相棒と言えるアーサーと出会い、そして………結に手を握って貰った。

あの兄や姉達の背中に憧れて走り、いつしか自分も姉となって、
弟妹達からも多くの温もりを貰ったのだ。

リーネ「みんなを守れるなら……みんなの温もりを失わずに済むなら、何だって耐えてみせる!」

リーネの叫びと共に、その背の翼が魔力で再構成される。

失った両親の温もり以上に大きな家族同然の仲間達の温もり。

それを、エレナの時のように失いたくない。

自分の力が及ばずに、その仇すら討てない悔しさを繰り返したくない。

その一心で、自分は強くなったのだ。

リーネ「ふ、ふんっ! 何が耐えてみせるよ!
    なら、あと何回耐えられるか見せてもらおうじゃない!」

リーネの気迫に押されて動揺しかけたネーベルだったが、
直ぐさま気を取り直してヴァイオレットグロースカタストローフェの体勢に入る。

だが――

リーネ「もう、撃たせない!」

リーネが鋭く叫んで双杖を振るうと、
ネーベルの死角から飛来した光の隼が精製開始直後のまだ小さな魔力弾を消し去った。

光の隼……そう、リヒトファルケンだ。

ネーベル「なっ!? いつの間に!?」

リーネが放った様子のない光の隼に、ネーベルは驚愕の表情を浮かべた。

慌てながらも周囲を見渡せば、
自分達の戦っている空域周辺に藍色に輝く光の隼が何羽も旋回している。

フリューゲル『もう君の負けだ!

       リーネに三発のリヒトファルケンを撃たせて勝てた人は、
       研究院にだって一人もいない!』

フリューゲルはその事実を高らかに宣言した。

一対一の戦闘開始直前に一発、
戦闘開始直後のヴァイオレットカタストローフェの相殺に一発、
そして、先ほどにも最大級の物を一発。

確かに、戦闘開始から合計三発のリヒトファルケンが放たれていた。
840 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/10/04(木) 20:48:06.05 ID:qYpVv8lA0
リーネ「私のリヒトファルケンは思考反応誘導追尾式の特殊収束型魔力弾……。
    数を撃てば撃つほど、残った分が戦域に滞空して、私の指示一つで目標を撃ち抜く」

リーネは朗々と呟き、さらに続ける。

リーネ「この子達には、あなたの連射魔力弾の起動をキーに襲い掛かるように指示してある……。
    もう、あなたはあの魔力弾を撃てない!」

リーネはそう言い切ると、双杖をつなぎ合わせて長杖を作り出した。

そして、主の動作に合わせて、その魔導装甲も変形を始める。

展開した翼の表面や肩部装甲が剥離展開し、無数の砲口が姿を現した。

さらに、展開した装甲の全てが背面へと周り、集合して巨大なブースターとなる。

リーネ「フリューゲル……モード・ヒュッケバインッ!」

そう、これこそが完成したリーネの魔導装甲、
WX110−フリューゲル2・ヒュッケバインの真の姿にして、最大戦力モードだ。

ネーベル「ヒュッケバイン……凶鳥!?」

全身砲口と言った風の姿に、ネーベルはその名と共にたじろぐ。

だが――

ネーベル「た、たかがブースターと武器が追加されたくらいで何だって言うのよ!?

     ヴァイオレットカタストローフェが使えなくても、
     まだ他の武器や魔法だってあるんだ!」

ネーベルは即座に体勢を立て直し、
背面のスラスターを展開して高機動モードになる。

そう、あれだけの強力な魔力弾を放てるだけの魔力量を持つのだ。

高機動からの接近戦や、
先ほどのような誘導追尾式の収束魔力弾を使えば十分に勝ち目はある。

ネーベル「もう……もうあんなヤツに大きな顔させない!
     カナデ様に認めてもらうんだ……。
     あんなヤツより、私達の方が上だって! アンタを倒して!」

ヒステリックに叫ぶネーベルの脳裏に、兄や姉、そしてナナシとカナデの顔が過ぎった。

彼女は自分の本来の持ち場すら放棄して、外に迎撃に出たのだ。

そうまでした以上、ここで負けるワケにはいかない。

ネーベルは両腕に魔力を込め、長大な収束魔力刃を作り出すと、
リーネに向かって襲い掛かる。

リーネ「フリューゲル、機動制御とチャージをお願い!」

フリューゲル『了解、リーネッ!』

リーネの声に応え、フリューゲルは魔力のブースターを点火した。

魔力砲撃の反発作用の理論を応用し、
通常の飛行魔法よりも高い加速性を得るための新装備だ。

先日、結が行っていた加速方法の完成版と言っていいだろう。

まだリーネや結のように膨大な魔力量を誇る魔導師にしか扱えないが、
それでもリーネのスピードを奏と同レベルまで押し上げる事は出来る。

正面から向かってくるネーベルに対して、リーネは上空へと向けて舞う。
841 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/10/04(木) 20:48:33.22 ID:qYpVv8lA0
ネーベル「逃げるなぁっ!」

ネーベルは怒声を張り上げ、リーネの魔力の軌跡を追うように彼女も舞い上がる。

リーネ「逃げるワケじゃないっ!」

リーネは上空で足を跳ね上げるようにして百八十度反転すると、
今度は真っ逆さまに地上……いや、ネーベルに向かって飛ぶ。

ネーベル「なっ!?」

その虚を突かれ、ネーベルは目を見開く。

リーネは構わず、振りかぶった右腕の長杖に込めた魔力で藍色に輝く収束魔力刃を作り出し、
すれ違い様にネーベルに向けて突き立てた。

リーネ「リヒトシュナーベルッ!」

収束魔力刃の槍が、ネーベルの魔力刃の一方を叩き割り、相殺する。

さらに――

リーネ「リヒトクラオエッ!」

左腕に込めた魔力の塊で、もう一方の魔力刃を握りつぶして相殺した。

それぞれ、光の嘴と光の鉤爪の名を冠するリーネの近接戦魔法だ。

ネーベル「き、近接系の収束魔力魔法!?
     そんな!? アンタ……私と同じ広域殲滅戦型じゃぁ……」

両腕の収束魔力刃を破壊され、ネーベルは愕然とする。

リーネ「特務でのポジションは殆どそうだけど……
    私は特務唯一の完全オールラウンダー!

    まだまだひよっこでも、総合戦技教導官だ!」

ネーベル「な、何がオールラウンダーよぉっ!」

リーネの言葉に反発し、ネーベルは全身に魔力を纏ってリーネに突進した。

リーネ「パンツァーフリューゲルッ!!」

リーネは左腕を突き出し、先ほどと同じ局所防御障壁を展開する。

装甲の翼の名の通り、前面からの攻撃を無効化するための防御魔法だ。

結とザックの障壁魔法をヒントに、彼女なりにアレンジした魔法だが、
その防御力は折り紙付きである。

ネーベルの突進を押し留め、リーネはさらに攻撃態勢へと入ろうと構えた。
842 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/10/04(木) 20:49:12.34 ID:qYpVv8lA0
だが――

ネーベル「甘いよっ!
     この距離なら、あの鳥型魔力弾は間に合わない!」

ネーベルはそう叫ぶと、周囲に八つの収束魔力弾を展開し、
リヒトファルケンが迎撃に入る前に放つ。

ネーベルの放った魔力弾は、やや大回り気味にリーネの背後へと殺到する。

リーネ「!?」

完全に正面の防御に徹していたリーネは、その対処が遅れる。

フリューゲル『ッ!? 魔力背面集中!』

正面からの攻撃の手が緩んだ事に気付いたフリューゲルが、
咄嗟に一部の魔力を背面へと集中多重展開した。

直後、八つの魔力弾が連続でリーネの背中に衝突する。

リーネ「くぅっ!?」

衝撃に苦悶を漏らすリーネだが、
フリューゲルの防御が間に合ってくれたお陰で、
魔力は大きく損耗したものの、肉体的なダメージは最小限に抑えられていた。

しかし、それでは終わらない。

眼前……正に目と鼻の先にいるネーベルと自分との間に、
大量の魔力砲弾が展開されている。

ネーベル「やっぱりこの距離ならアレは使えないみたいね………。
     食らえっ、ヴァイオレットカタストローフェッ!!」

ほぼゼロ距離、防御も回避も許さぬ至近距離からの大量の魔力弾がリーネに襲い掛かった。

他の仲間達に被害が及ぶ状況ではないかもしれないが、
それはその全てをリーネが受けると言う事に他ならない。

リーネ「キャアァッ!?」

ゼロ距離全弾発射に、リーネは悲鳴を上げて弾き飛ばされてしまう。

魔導装甲の一部が消し飛び、リーネはきりきり舞いしながら地上に向けて落下する。

だが、地表激突の瞬間に何とか体勢を立て直し、直ぐさま魔導装甲を再構成した。

ネーベル「キャハハッ! ほらほら、もう一発行くよ!」

新戦法に味を占めたネーベルは、高笑いと共にリーネへと襲い掛かる。

だが、体勢を整えたリーネは敢えてソレを正面から迎え撃つ。

ネーベル「観念したの?
     なら、そのまま大人しく死ねぇぇっ!!」

リーネ「絶対に死なない……フラン姉ちゃんと………みんなと約束したんだぁっ!」

ネーベルの叫びを、リーネは自身の気迫と叫びではね除ける。

フリューゲル『お待たせ、リーネ! ダイレクトリンク魔導拡散砲、チャージ完了ッ!』

それと同時に、愛器が待ちに待ったその瞬間を告げた。

すると、展開した魔導装甲各部の砲口が、眩い藍色に輝く。

リーネは無言で長杖を双杖へと分離させ、
魔導装甲の砲口と共にネーベルに向け、上空へと舞い上がる。

一方、ネーベルも膨大な数の魔力砲弾を纏ってリーネの眼前へと躍り出た。

両者は上空数十メートルほどの位置で交錯する。
843 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/10/04(木) 20:49:45.31 ID:qYpVv8lA0
ネーベル「ヴァイオレットグロースカタストローフェッ!!」

その瞬間、ネーベルはその無数の魔力砲弾をリーネに向けて解き放った。

活動限界ギリギリの魔力を残しての、最後の一撃だ。

リーネは既に一発のヴァイオレットカタストローフェの直撃を受けている。

気丈にも立ち向かって来ているが、魔力ダメージは相当な物だろう。

おそらく、この一撃を耐えきれるほどの魔力は残らない。

勝利を確信しての一撃だった。

だが――

リーネ「この程度でぇっ!」

大量の魔力砲弾に晒されながらも、リーネは叫ぶ。

パンツァーフリューゲルだ。

ネーベル「なっ!?」

ネーベルは愕然とする。

そう、リーネはあの一瞬、攻撃ではなく防御を選択していた。

全身の拡散魔導砲から放射する魔力で、自身の防御魔法を強化していたのだ。

一度だけ受けた技と戦法を、リーネは自分なりに分析して対処方法を編み出していた。

ゼロ距離砲弾を耐える唯一の手と言えるだろう。

そして、愕然としたネーベルに応えるかのように、砲弾の連射が僅かに緩む。

リーネはその隙を逃さなかった。

リーネ「うわぁぁっ!!」

リーネは両腕に注ぎ込めるだけの魔力を注ぎ込んでパンツァーフリューゲルを強化すると、
それを後押ししていた拡散魔導砲からの魔力供給を絶つ。

そのまま全ての砲口に、二重拡散・二重増幅の四重術式を展開させる。

そして、パンツァーフリューゲルを解除すると同時に、全ての砲口から魔力を解き放った。

リーネ「グリッツェンヴァルツァー・ヒュッケバインッ!!」

溢れ出す藍色の輝きがネーベルを包み込む。

ネーベル「ギャアァ……!?」

声の大きさの割に、短い悲鳴だった。

魔力に包まれたネーベルは他の機人魔導兵達同様、魔力相殺されて消し飛ばされる。

一方、ネーベルを消し飛ばしたリーネの魔力は、
“輝き踊る凶鳥”の名の通り、大きく翼を広げるようにして大空へ羽ばたいて行く。

藍色の輝きが辺りを包み、分厚い雲の手前で障壁とぶつかり合って消える。

リーネの、勝利だった。
844 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/10/04(木) 20:50:21.54 ID:qYpVv8lA0
リーネ「ハァ……ハァ……ッ」

ネーベルが消え去った事を確認したリーネは、肩で大きく息をする。

かなりの魔力を消耗し、既に飛行魔法を維持するのも億劫な程だ。

フリューゲル<リーネッ、リー…ッ!
       すぐ…後方へも…ろうっ! …ーネッ!>

現に、愛器の声も絶え絶えにしか聞こえない。

どうやら、残された魔力もギアの起動規定値を下回りつつあるようだ。

フリューゲルはリーネに後方への退却を進言していたが、
リーネにはそれを聞き取る余裕すらない。

背面への大小九発の魔力弾を受け、
正面からノーガードでヴァイオレットカタストローフェの直撃を食らい、
さらにヴァイオレットグロースカタストローフェを受けきった末に最大魔法。

それまでに大技のリヒトファルケンを三発、
リヒトシュナーベルにリヒトクラオエ、数回のパンツァーフリューゲル。

結のように無制限の魔力供給があるならともかく、
如何にSランク二人分と言う大量の魔力を持つリーネでも、
これだけの魔力を短時間で消耗するのは生まれて初めてだ。

リーネ「あ……れ……?」

無意識の内に後方へと戻ろうと反転したリーネは、その瞬間に全身の力が抜けるのを感じた。

魔力の消耗が激しく、肉体へのフィードバックが起きたのだ。

リーネは空中でぐらりと体勢を崩し、そのまま真下へと落下してしまう。

意識は失っていなかったが、完全に起動規定値を下回った魔力では魔導装甲を維持出来ず、
リーネはインナー防護服の姿に戻った。

落下しながら、リーネは魔力を探る。

既に地表に結達の魔力反応はない。

どうやら、もう地下の施設へと突入したようだ。

もっと意識を集中すれば、既に地下施設でも戦闘が始まっている所まで分かった。

仲間の物と思われる戦闘反応は八つ。

どうやら、結達以外にも施設への突入を果たした仲間がいるようだ。

リーネ(良かった……兄ちゃん姉ちゃん達だけじゃなかった……)

リーネは落下しながらも、安堵の表情を浮かべる。

さて、あとはどうやって受け身を取るかだ。

魔力はどうやっても飛行可能なレベルまでは回復しそうにはない。

ならば、ギリギリの所で残りの全魔力を使って落下の衝撃を和らげる他ないだろう。

ノックダウン寸前ではあるが、その程度の余裕はある。

だが、その見通しは甘かった。

落下して来るリーネに気付いた機人魔導兵の一部が、
無防備な彼女に向けて対空射撃を始めたのだ。

狙いが定まってはいないが、あれを一発でも食らえば受け身を取れるだけの魔力は残らない。

落着まであと数秒、地表に近付くほどに命中精度は増すだろう。

そして、たとえ受け身を取れたとしても、
あの機人魔導兵の群の中に落ちれば命はない。

これで終わりなのか?

リーネは茫然自失になりながらも、目を見開く。

もう、対処方法など思い浮かびもしない。
845 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/10/04(木) 20:50:56.72 ID:qYpVv8lA0
リーネ(ダメ……なの……?)

このままでは仲間達との約束すら守れない。

そんな絶望が彼女を包む。

だが、次の瞬間、彼女の絶望を吹き飛ばすかのように、
黒い機人魔導兵の群を空色と茜色の魔力が消し飛ばした。

ぽっかりと空いた機人魔導兵の大穴に飛び込んで来る、
純白の魔導防護服に身を包んだ男性。

男性は呪具を取り出して魔力を流し込むと、辺りに障壁結界を展開し、
落下して来るリーネを優しく受け止める。

恐らく、衝撃軽減の対物操作系浮遊魔法だ。

??「お疲れ様……エージェント・バッハシュタイン」

男性は柔らかな口調と笑顔で言った。

リーネ「バレンシア……隊長……?」

リーネは呆然とその名を呟く。

そう、リーネを受け止めたのは、彼女の直属の上司であるリノだった。

アンディ「リーネ姉、お待たせ!」

ユーリ「お姉ちゃん、大丈夫!?」

心配そうにリーネの顔を覗き込んで来たのは、
二歳年下の弟分と妹分、アンディとユーリだ。

それぞれ空色と茜色の……自身の魔力と同じ色の魔導装甲に身を包んでいる。

リーネ「アンディ……ユーリ……」

リーネは安堵の余り朦朧として来た意識の中、弟妹達に手を伸ばす。

二人はその手を握るように手を重ねた。

魔導装甲ごしではあったが、その手の温もりは確かにリーネに伝わる。

その温もりが嬉しくて、リーネは安堵の笑みを浮かべ、そして気を失った。

アンディ「リーネ姉っ!?」

ユーリ「お、お姉ちゃん!?」

アンディとユーリは慌てた様子で詰め寄るが、リノが片手でその動きを制した。

リノ「大丈夫……魔力の大量消耗で気を失っただけだ。
   二人とも、リーネを後方の本部まで運んでくれ」

アンディ「は、はいっ!」

リノの指示に応えて、アンディはリーネを受け取る。

そして、ユーリの援護を受けながら、二人は後方の本部へと引き返して行く。

リノはそれを見送ると、障壁の綻びをついて侵入して来た機人魔導兵を次々に霧散させた。

リノ「さてと……部下や若い子達にだけいい格好をさせるワケには……いかないなっ!」

リノは大量の呪具を撒き散らしながら、
その全てに的確に魔力弾を撃ち込んで大威力の魔法を連発する。

戦場の各地では、リーネの奮戦や結達の施設突入で士気が上がり、
徐々に機人魔導兵達を押し返し始めていた。


戦闘開始から早くも四十五分、フランの予測したタイムリミットまでは残り五十分弱。
世界最後の瞬間までは、あと八十分。

世界の命運をかけた戦いは、まだ始まったばかり……。


第31話「研究院、総力戦」・了
846 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/10/04(木) 20:51:51.71 ID:qYpVv8lA0
今回はここまでとなります。
847 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/10/05(金) 02:09:10.01 ID:UH1xRLL50
乙ですたー!
フィリーネ・バッハシュタイン復活っ!フィリーネ・バッハシュタイン復活っっ!!
トラウマをも乗り越える強い意志と、新装備お披露目の二段構えは、まさに圧巻の話運びでした!!
あの小さなリーネが、本当に立派になって・・・・・・と、近所のオサーンのような感慨に耽ってしまいましたよ。
それにしてもこの戦い、研究院側は総力戦ですが、グンナー側にとっては、少なくとも数の上では余裕綽々なんですよね・・・・・・。
これが関が原の島津軍みたいに、敵軍の中央を突破して戦場離脱と言うなら三万という数は十分かもしれませんが、
数に勝る相手を攻め落とすとなると・・・・・・何かもう、後は勇気だけだ!としか言いようが・・・・・・。
しかも、タイムリミット付きで事態は敵の掌の上と言う最悪の縛り付きですし。
この状況をいかに覆すのか、次回も楽しみにさせていただきます。

追伸
スケバン刑事の和田慎二先生の作品は、丁寧な話の組み立て方や人物の配置の仕方など、色々と参考になる点が多いので
もし機会があれば手にとってお読みになる事をお勧めさせていただきます。
848 :レイ [sage]:2012/10/05(金) 05:39:38.35 ID:T6rmqFaAO
>>806
申し訳ありません…ただ、最後にご回答は頂けないでしょうか?ずっと待っていたのに流石にスルーはあんまりなので…
849 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/10/05(金) 21:24:58.83 ID:QuX253ik0
>>847
いつもお読み下さり、ありがとうございまーす。

>フィリーネ・バッハシュタイン復活っ!
つまり、デザートに14キロのチャンプルーと言う事ですな(砂糖水じゃないのかよ

>圧巻の話運び
お褒めいただき光栄です。
お約束の展開ですが、やはり一番熱いのは突き抜けた“お約束”、と言う事で。

>あの小さなリーネが
初登場時が六歳ですからねぇ。
二部で訓練校一年生、三部で研修生、四部で教導官兼プロエージェントと、
二部からの八人の中で、一番、“ゆっくり、丁寧”に成長して来た子でもありますから……。

さらに、作中でもそれとなくフリューゲルに言わせましたが、
特務で唯一、リノに土を付けた子でもあります。

>グンナー側にとっては
この分厚い敵陣を突破しても、Sランクに匹敵する能力の機人魔導兵がまだまだ六体もいますからねぇ。
その上、グンナーは時間まで耐えきってしまえば後はどうとでもなるワケですし。

>後は勇気だけだ!
登場人物の心情は、冗談抜きでコレでしょうね。
或いは破れかぶれと言う人間もいるでしょうが……。
ともあれ、この突入作戦自体が本当に有効な手段なのかどうか、まだ分かっていないワケですし。
仰る通りに、未だ“敵の掌の上”と言う状況です。

>いかに覆すのか
そこは今後のお楽しみ、と言う事で……。

>追伸
うぃッス、機会があったら読んでみます。


次回はフラン、ザック、ロロ、メイの四人がメインでお送りします。








>>848
まあ、さすがにスルーは大人げなさ過ぎたかと今更ながらに反省してはおりますが、
同時に、スルーさせるほど呆れさせ、怒らせてまで譲れないラインがある物なのかと、
さらなる呆れと共に、強い怒りを禁じ得ない心境でもあります。

さらに、質問内容に過去ログで参照可能な序盤(1、2、4話のいずれか)を読めば分かる基礎知識部分が含まれていると言う事で、
基礎知識まで読者に覚えて貰えないほど自分に文才が無いものか、
或いは、読む前の作品に対する質問をするのは有りでも、前スレは読む価値すら感じて貰えないのかと、
今も深く、激しく消沈している次第です。
850 :レイ [sage]:2012/10/05(金) 23:22:24.54 ID:T6rmqFaAO
>>849
そういうつもりではないのですが…別に私は馬鹿にしている訳ではないですし本人にお聞きしたいので質問させて頂きました。


こちらを非難するのは分かりますが流石に無視とか常識に欠けるかと。むしろ一番やってはいけない最低行為だと思います。そちらが消沈する以上にこちらは殺意すら感じています。自虐的になるのは結構ですが、無視させるこちらの気持ちも考えてください。
851 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/10/06(土) 21:04:30.52 ID:7OJJ76kko
>>1
次回以降も楽しみにしてるから
外野は気にせず、これからも書いてくれ
852 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/10/08(月) 17:36:49.00 ID:604zbCpqo
お読み下さり、ありがとうございます。
残り4話ともう短いですが、最後までお付き合いいただけたら有り難いです。
853 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/11/02(金) 22:16:08.38 ID:wV06AyCyo
久しぶりに一ヶ月近い間が空きましたが、最新話を投下させていただきます。
854 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/11/02(金) 22:16:36.84 ID:wV06AyCyo
第32話「特務、大激闘」



アイスランド、ヴァトナヨークトル氷河。
沿岸より十二キロほど内陸地点――

髑髏のような兵団に真っ黒に埋め尽くされた氷河を、結達は駆ける。

突入予定地点として設定されている機人魔導兵の発進口まではあと僅かだ。

だが、まるで津波のように押し寄せて来る機人魔導兵の群を相手に、
さすがの特務も前進を阻まれてしまっていた。

フラン「さすがにここまで来ると押し切れないわね……っ!」

フランは苛ついたように漏らし、機人魔導兵が湧き出して来る方角に視線を向ける。

そこにあるのは直径五メートルほどの大穴だ。

距離はおそらくあと百五十メートル弱。
全力で走れば三十秒もかからない距離だが、その僅かな距離が実に遠い。

結「……みんな!
  イノンブラーブルで吹き飛ばすから、私の後ろに回って!」

結はそう言うと、グランリュヌの中に残された魔力を使い、
エルアルミュールで分厚い防壁を作り出した。

光の翼が結の全身を覆い、押し寄せて来る機人魔導兵を押し留める。

結達特務と本隊最前衛との距離はもう九キロは離れていた。

遮蔽物となる機人魔導兵も多い事だし、
仲間達に自分の真後ろに回って貰えば正面方向からの乱反射を警戒する必要はないと言う判断だ。

ザック「よし、ぶっ放せ、結っ!」

結の後方で左右と後方を覆うように障壁を作り出したザックが叫ぶ。

既に結は残された全魔力を長杖の先端に集中しており、
三器のプティエトワールによる二重拡散術式の展開も完了していた。

結「行くよ!
  アルク・アン・シエル………イノンブラーブルッ!!」

そして、結は前面を覆っていた光の翼を広くと同時に、虹色に輝く魔力を長杖から解き放つ。

視界いっぱいに虹色の輝きが溢れ、前方の機人魔導兵達は次々に消え去って行く。

まるで溢れたばかり墨汁を高圧スチームで吹き飛ばしているかのような光景だ。

結「奏ちゃん、フラン!
  みんなを抱えて私と同じタイミングで飛んで!」

結は後方の二人にそんな言葉をかけるなり、即座に飛び上がる。

メイ「ちょ、早いって!?」

メイは奏にしがみつきながら悲鳴じみた声を上げた。

しかし、結は構わずに下方に向けてアルク・アン・シエル−イノンブラーブルの照射を続ける。

味方のいない真下ならば、どれだけ撃っても被害はない。

結はそのまま辺り一帯に溢れかえっている機人魔導兵を一掃して行く。
855 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/11/02(金) 22:17:06.64 ID:wV06AyCyo
奏「さすが………」

一度は自分も実戦で受けた事のある虹色の輝きを見ながら、奏は感嘆を漏らす。

アルク・アン・シエルは物理防壁と乱反射以外の反射結界や障壁を完全無効化する“防がれ得ぬ光”だ。

その破壊力は魔導機人五十機分の戦闘力を誇る魔導巨神にダメージを与える程であり、
機人魔導兵如きで叶うハズもないのは、四年前の研究院本部襲撃や先日のビール空軍基地戦でも実証されている。

結<エール、機動制御! 突入口上空まで移動して!>

エール<了解!
    機人魔導兵の魔力影響が少なくなったから、
    同時にグランリュヌにも魔力チャージを再開するよ!>

結の指示を受けたエールは主の飛行魔法を制御しながら、
同時にグランリュヌをプロペラントタンクモードから通常モードに切り替えた。

その間にも結の移動は完了し、
虹色の輝きが止むと同時に突入口からは再び機人魔導兵が溢れ出す。

だが、魔力供給が再開した結の魔力はほぼ無尽蔵だ。

仲間達も既に結の頭上へと退避している。

結「みんな、アルク・アン・シエルの影響範囲に入らないように気を付けて!」

結は仲間達に声をかけると同時に魔導機人を召喚すると、
その背面に長杖を連結し、魔導機人胸部のダイレクトリンク魔導砲を起動した。

結「エール! アルク・アン・シエルを発射しながら突っ込むよ!」

エール「了解! 射軸を下方に固定!」

エールの返事を聞くなりダイレクトリンク魔導砲の砲口を身体ごと真下に向ける。

結はエールの背中に立つと、再び虹色の魔力を解放した。

結「アルク・アン・シエルッ!!」

結の放つ虹の輝きは再び溢れ出す機人魔導兵達を消し去って行く。

そして、エールは突入口に向けてほぼ自然落下するかの如く降下を開始した。

メイを抱えた奏、ザックとロロを抱えたフランも同時に降下する。

結達が突入口から奥に入ると、そこは既に無機質な印象を受けるダクト状の通路となっており、
一行はさらにその奥へと降下して行く。

結「敵……出て来るの、止まったみたい」

次第に前方の敵が消滅して行く手応えを感じなくなった事で、
結もアルク・アン・シエルの照射を止め、魔導機人を返還し、さらに降下を続ける。
856 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/11/02(金) 22:17:35.65 ID:wV06AyCyo
その途中、壁面に張り巡らされた結晶のような物が見えた。

奏「これ、まさか機人魔導兵の召喚呪具?」

奏は怪訝そうにその壁面を見る。

幅四センチ、厚さ二ミリ程の正六角形の呪具が数十枚、壁面に貼り付けられていた。

フラン「これ、もしかして永続系の呪具かしら?」

フランは呪具に触れながら驚いたように漏らす。

呪具と言えば一般的には一回だけの使い切りと言うのが常識だったが、四年前のトリスタン事件以来、
呪具を組み合わせて大型化する事で呪具を半永続的に使用できる事が実証されている。

無論、半永続的に使用可能に出来る分、
コストはともかく製作時間が異常なほど長くなってしまう難点も抱えており、
研究院ではその汎用化は見送られていた。

魔力さえ注げば無尽蔵に機人魔導兵を生み出せる呪具。

確かに、これさえあればアメリカ本土の軍事施設襲撃も目立たずに行えたハズだ。

今はその活動を停止しているようだが、
おそらくは結のアルク・アン・シエルの直撃を受けて一時的な機能不全を起こしているのだろう。

ロロ「とりあえず、目に付く限りは全部壊そう。
   結が減らした分と合わせて、少しは上も楽になるだろうし」

ロロは言いながら、ワイヤーを伸ばしながら一つずつ呪具を破壊して行く。

このワイヤーも直接攻撃用の装備ではないが、
呪具を破壊する程度ならば十分な攻撃力は持ち合わせている。

フラン「そうね、私達が後ろから大群に奇襲されるリスクも少しは減るでしょうし……」

フランも頷きながら、ハンドガンから放つ魔力弾で次々に呪具を破壊して行く。

他のメンバーも次々に壁面の呪具を破壊して行き、
見える範囲の呪具を全て叩き潰すと、再び降下を開始した。
857 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/11/02(金) 22:18:12.36 ID:wV06AyCyo
そのまま二分ほど降下を続けると、結達はようやく開けた空間へと飛び出す。

既に氷河の層は突破していたようで、頭上や眼下の大地は岩肌が露出しており、
この場所が地下空間である事を如実に語っている。

内部は驚くほど明るく、よく見れば周囲に光を放つ球体が浮かんでいた。

おそらくは内部を明るく保つための補助魔導ギアの類であろう。

ダクトの出入り口のある天井から地面までの高さはおよそ五十メートル、
十数階建てのビルに相当する高さだろうか?

奥行きもかなりありそうで、一番遠くの壁面など霞んでしまっている。

だが、驚くべきはその地下空間のほぼ八割を覆い尽くす巨大なタワー型のドーム施設だ。

そして、巨大タワーから延びる無数の柱が地下空間の壁面と直結しており、
この空間を支える一助となっているようだった。

メイ「うわぁ……地下に巨大タワーって、まんま悪の秘密結社みたい」

ザック「よくまぁ、これだけの金があったモンだな」

呆然と呟くメイに続いて、ザックが半ば呆れたように漏らした。

日本で押収できた書類を見る限り、かなりの金額が動いていたのは確かだが、
これほどの物が建造できる金額だったとは思えない。

建造人員は機人魔導兵の人海戦術でどうとでもなりそうだが、
建築資材費が天文学的な物になるだろう。

結「みんな、よく見て。
  表面から魔力みたいな物を感じない?」

結はそう言いながら、視線をタワー全体に走らせる。

他の面々も同様にタワーを見遣った。

確かに結の言う通り、タワー全体から僅かに魔力が漂って来ている。

どうやら、魔導機人のように魔力で施設の構造を補っているようだ。

おそらくは、例の超弩級魔導機人――移民船と同様の構造なのだろう。

となれば、件の砲撃船艦を手に入れたグンナーがそこから技術を再現したか、
或いはこのタワー型ドーム自体が古代魔法文明以前、
地球漂着直後の異世界人達に由来する物である可能性があった。

フラン「あんまり面倒な物件にはタッチしたくないんだけれどねぇ……」

フランもその辺りの推測に辿り着いたのか、やや敬遠気味に漏らすとさらに続ける。

フラン「ロロ、現時刻確認」

ロロ「現時刻、グリニッジ標準時で二二四二」

フランの指示で、ロロが現時刻を読み上げる。

奏「十一時まで、もう二十分ないんだね……」

時刻を聞きながら、奏は神妙な様子で呟いた。

作戦開始から四十分、交戦開始からまだ三十分足らず。

リーネもまだネーベルとの激闘の真っ最中だ。

そして、フランの予測したタイムリミットまでは既に一時間を切っている。
858 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/11/02(金) 22:19:04.05 ID:wV06AyCyo
フラン「みんな聞いて。

    これからの作戦目的は先ず、施設機能の制圧と可能であるなら例の戦艦の制御を奪う事。

    次いで首謀者のグンナー・フォーゲルクロウと関係者のカナデ・フォーゲルクロウの確保、
    それが不可能な場合は撃破。

    加えて電波ジャックに映った幹部級機人魔導兵残り六体の撃破、ないし行動停止よ」

フランは説明しながら仲間達の顔を見渡す。

敵幹部クラスは最低でも残り八人。

こちらはリーネを欠いてしまっているため六人だ。
数は足りない。

しかし、フランはさらに続ける。

フラン「とりあえず、行動は可能な限りツーマンセル厳守。
    私とメイのA班、奏と結のB班、それにザックとロロのC班の三班で行動ね。

    A、B班は施設内に突入。
    C班はここに拠点を設営して、後続の仲間の補給線を確保と作戦の通達役をしてもらうわ」

ザック「拠点設営なんて言っても、嵩張る資材は何も持って来てないぜ?」

フラン「ロロのフォート・デザルブルがあるでしょ?
    後続部隊が最低限休める場所があればそれでいいわ」

ザックの疑問に、フランは辺りを見渡しながら言った。

幸い、この地下空間の地面は岩盤質ではないようで、ロロの植物操作魔法も十分に機能するだろう。

内部の気温も地下のマグマの熱の影響か、かなり暖かい。

ロロ「うん……これだけ条件が整っていれば、何とかなりそうだよ」

ロロも周囲を見渡しながら言った。

フラン「突入する私達もそうだけど、
    外のあなた達も敵の襲撃を受ける可能性はあるんだから、十分に警戒してね」

フランはそう言って、自分達が出て来たのとは別のダクトの出入り口らしき天井の穴を見遣る。

あの内のどれかが、別の機人魔導兵の出現口と繋がっている可能性は捨てきれない。

だとすれば、突如としてあれらの穴から大量の機人魔導兵が現れる可能性は十分にあり得るし、
先ほど、自分たちを奇襲したネーベルのように、他の幹部級機人魔導兵が現れないとも限らないのだ。

防備を整える事は重要と言えよう。

ロロは腰の後ろに括り付けてある小さな鞄の中から大量の草木の種を取り出すと、
植物操作魔法の準備のため、ソレらを辺りに撒き始めた。

フラン「それと、作戦タイムリミットについてね」

フランはロロの様子を見遣りながら口を開き、さらに続ける。

フラン「万が一、グンナーの捕獲・討伐に失敗した場合や不可能な場合、
    或いはグンナー自身が例の戦艦を制御できない状況だった場合、
    他に、グンナーを倒しても例の戦艦の制御を奪えなかった場合、
    作戦のタイムリミットはグリニッジ標準時で二三三〇。

    それを過ぎた時は、この地点か地上に必ず戻る事。

    残り時間三〇分で何が出来るか分からないけれど、最後まで徹底的に足掻くわよ」

ザック「あんまり前向きじゃねぇなあ……」

フランの言葉を聞きながら、ザックは溜息がちに漏らす。

それはフラン自身にも分かっていた。

敵の作戦規模があまりにも大きすぎるのだ。

まともな対処方法があるなど最初から期待もしていなければ対策のしようがない。

フラン「それでも、やれる所までやるしかないでしょ」

自らに言い聞かせるように言ってから、フランはタワーを睨め付けた。
859 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/11/02(金) 22:20:01.36 ID:wV06AyCyo
フラン「よし。それじゃあ突入部隊、そろそろ行くわよ!」

フランはそう言うと、タワーに向けて低空を飛ぶ。

結達三人も、即座にその後に続く。

向かう先には丁度、ワゴン車が出入り出来そうな穴がポッカリと空いていた。

おそらくタワーの出入り口だろう。

穴はかなり奥まで続いているらしく、
やや薄暗い通路の向こうに幾つかの照明が見える。

四人がドーム内に突入すると、
内部には先ほど地上から下って来たダクトと同様の通路が広がっていた。

そして、突入して二百メートルも走らない内に、上下二叉の分岐路にぶつかる。

フラン「私たちA班は上、B班は下に向かって」

奏「了解。行こう、結」

フランの指示に応えて、奏は結と共に下向きのダクトへと入って行く。

フラン<奏……>

直後、フランからの思念通話が届いた。

思わず速度を落として怪訝そうな表情を見せた奏だったが、それに構わずフランは続ける。

フラン<例の話だけど、それをどう解釈してどう扱うかはあなた次第。
    ……ただ、酷なようだけど、もう迷っていられる時間は無いわよ>

奏<うん……分かっているよ>

フランの言葉に奏は頷くように応え、さらに続ける。

奏<万が一、ボクが彼女と……カナデと遭遇するような事があったら、その時は……戦うよ>

奏はまだ僅かな迷いを感じさせる声音で呟く。

迷わず、全力で、とは言えなかった。

地上では、結を相手に“その時は答を出して見せる”と言ってみたはいいが、
本当に出せるかどうかは、まだ分からない。

迷っていたら世界は救えない、と言う事は分かっているつもりだ。

だが、それだけで全てを割り切れるほど、奏はドライにはなれなかったし、
彼女に言い聞かせるように言ったフランもまた同様だった。

フラン<そう……>

フランは不安と心配の入り交じった声ながらも、そう返す。

フラン<じゃあ、作…んが終……たら、ま…>

不意にフランからの思念通話が乱れた。

どうやら思念通話が不可能なほど距離が離れたか、
そうでなければ思念通話に対するジャミングが行われているようだ。

建造物自体から魔力を感じる事もあり、後者の可能性が高い。

奏「……近い距離じゃないと、思念通話も出来ないみたいだね」

奏はもう雑音しか聞こえて来なくなった思念通話の回線を確認しながら、溜息混じりに呟いた。

結「そっか……じゃあ、お互いの状況確認も難しいね」

結は思案げに漏らし、自分達がやって来た方角――後方を見遣る。

分岐点からは既にかなりの距離が離れていた。
860 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/11/02(金) 22:20:36.34 ID:wV06AyCyo


ザックとロロのいる後方に視点を戻そう。

ザック「ロロ、とりあえずは狭い範囲で構わないからな」

植物操作魔法の発動の最終段階に入ったロロに、ザックは辺りを見渡しながら言った。

ロロ「うん……とりあえず、半径五十メートルくらいを緑化するつもり」

ロロはそう応えながら、地面にばら撒いた種に魔力を注ぐ。

現在、時刻は午後十一時五十分。

フラン達のタワー突入からもう五分以上が経過しようとしている。

辺りは不気味なほど静まりかえっており、
天井のダクトから機人魔導兵がやって来る様子はない。

ただ、静かになった故か、タワー側から稼動音らしき低い音が時折響いて来ていた。

ロロ「よし。……ザック、少しだけ離れて」

ザック「おう」

どうやら準備が終わったらしく、ザックはロロの指示に従ってゆっくりと退く。

ロロはザックが十分に離れた事を確認すると、
待機していた術式を起動し、そこに魔力を流し込んだ。

ロロ「ジャルダン・デュ・パラディッ!!」

そして、ロロの声と彼女の放つ暖かなオレンジ色の魔力に応えるように、
大地にばら撒かれた草木の種子が発芽し、見る間に彼女の周囲を森林へと変えて行く。

さらに木々は密集し、巨大な――
それでも隣のタワーに比べれば遥かに小さな――ドームを作り上げる。

ドームはさらに上へと伸びて行き、
先程、自分達が入って来たダクトの真下で櫓のように組み合わさり、
頑丈な枝を幾本も伸ばして幅広の螺旋階段をも作り上げた。

そこからさらに、そのドーム周辺を大量の大樹が取り囲む。

ロロ「ふぅ……」

一通りの準備を終えたロロが、額の汗を拭うようにして大樹の間を縫って現れた。

ザック「改めて……凄いな」

目の前に出来上がった大樹林を見上げながら、ザックは感嘆の声を漏らす。

四年前、超弩級魔導機人を押さえ込むために作った大樹海に比べれば、
まだずっと規模の小さな物だが、それでも“人工物”と思うとかなり巨大だ。

ロロ「これだけ大きな物を作るのは久しぶりかな?」

ロロは“何とかイメージ通りに出来た”と言いたげに、大樹林を見上げる。

今回は地熱と内部気温の高さのお陰で成長が促進され、
四年前の三分の一にも満たない量の魔力で完成させる事が出来た。

ザック「これだけ便利なドームがあれば、中継地点としちゃ十二分だろ」

ロロ「うん」

ザックの言葉に、ロロは嬉しそうに目を細めて頷く。

一応、例のダクトは浮遊魔法で壁伝いに下って来られない事もないが、
何も掴まる場所のない空間では浮遊魔法は扱い辛い。

ダクトぎりぎりの位置までドームの天井を上げ、
さらに徒歩で下れるように階段も取り付けたのは正解と言える。

ドーム自体もロロの魔力が通った大樹で囲まれているため、
魔力弾に対して十分な遮蔽物となるハズだ。

ザックの言葉通り、突入して来た仲間達の中継地点として機能してくれるだろう。

問題は素材が木である以上、炎熱変換された魔力に弱い事だが、そこは防備を任せられた二人の頑張り次第だ。
861 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/11/02(金) 22:21:02.15 ID:wV06AyCyo
ザック「さて……気を抜いてる場合じゃねぇな。
    周辺の警戒を始めようぜ」

ザックは言いながら、辺りを見渡す。

ロロ「………そうだね」

ロロはやや間を置いてから、気を引き締めてザックとは反対方向を見遣った。

ザック「……俺、何かマズかったか?」

彼女の“間”に気付いたザックは、やや気まずそうに尋ねる。

ロロ「ん〜………。
   アレックスみたいに周りが見えないほど一途になって欲しいとは言わないけれど、
   二人きりの時くらい、もう少しムードを優先してくれてもいいかなぁ、
   って思ってたんだけれど……」

ロロはそう言うと溜息を漏らし、さらに続ける。

ロロ「リーネがああやって道を切り開いてくれた後に、
   戦場でこんな事を考えちゃうのは場違い過ぎるかなぁ、って、軽く自己嫌悪」

ザック「おいおい……どうしたんだ、いきなり?」

盛大な溜息を漏らして肩を竦めたロロに、
ザックは呆れと心配の入り交じった声音で言って振り返った。

カーネル『あ〜あ、これだからザックはデリカシーが無いんってんだよなぁ』

プレリー『なのですわ……』

そんなザックに向かって二人の愛器が口を揃える。

しかも、プレリーなど彼女の主と同じく溜息混じりだ。

ザック「お前ら、エールとヴェステージじゃないんだから、いきなり共有回線開くなよ……」

カーネル『だって、なあ?』

プレリー『はい。
     主とその恋人の事を気に掛けるのは、ギアの常ですわ』

呆れた様子のザックに、カーネルとプレリーはまるで顔を見合わせるかのように言った。

その事で、ザックはさらに溜息を漏らす。

ロロ「………呆れた?」

さすがにロロも心配そうに振り返る。

だが、ザックは小さく首を振って、やや視線を外した。

ザック「まあ、任務中にこう言う話をするのはどうか、ってのは俺も賛成だけど……。

    自己嫌悪とか……あんまり気にすんなよ?
    俺も、最近は二人の時間が作れてないって、分かってるつもりだからさ」

ザックはどこか気まずそうに呟く。

結ほどでないにせよ、ロロも色々と背負い込み易い性格だ。

幼い頃、テロから助けられた直後に、
両親の治療に当たってくれたフリーランスエージェントが倒れた事に対して。

四年前、エレナやキャスリン達がヨハンの手に掛けられた後、
間に合わなかった事に対して。

彼女の責任が一切無いと言い切れないのだが、
罪の大元が自分にない事にまで責任感を背負い込んでしまうのは、
彼女の悪い癖と言えば悪い癖なのだろう。

勿論、今回とてリーネの事を忘れているワケではないのだが、
そこは彼女に対する仲間達全員の信頼に依る所が大きい。
862 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/11/02(金) 22:21:49.78 ID:wV06AyCyo
ザック「この任務が終わったら、ちゃんと時間作るからよ」

ロロ「ザック……」

言葉こそぶっきらぼうなソレだったが、
珍しく優しそうな笑みを浮かべるザックに、ロロは安堵にも似た声で呟いた。

と、その時だ。

タイミングを見計らったように、不意に足下で小さな震動が起きる。

ロロ「地震!?」

ザック「噴火……じゃねぇな」

二人は足下や周囲を見渡しながら漏らす。

岩盤が崩れてくる様子や、すぐ脇の大樹林の木々があまり揺れていない以上、
この震動は局地的な物だろう。

二人のどちらもがそう思った瞬間、不意に二人の周囲の土が僅かに盛り上がり始めた。

ザック「なっ!?」

ザックは驚きの声を上げながらも、冷静に土の盛り上がり方を分析する。

直径三十メートル程度の狭い範囲ではあったが、円周状に土の一部が盛り上がり始めていた。

ザック(罠か!?)

ザックは心中でそう漏らす。

何が起こるかはまだハッキリとは分かっていないが、敵の罠の類であろう事は予測できた。

しかし、幸いにも自分たちがいるのは円周の際だ。

ザックの位置からならば正面に向けて走ればすぐに円周の外に出られる。

だが、ロロは自分の方向――つまり内側を向いており、すぐに走り出せる状況ではない。

無論、ザックがロロを抱えて走る余裕も無かった。

万が一、この震動が本当に罠で、しかも危険性や即死生の高い物だった場合、
二人が同時に罠にかかるワケにはいかない。

ザック「……ロロ、逃げろっ!」

そこまで考えたザックの行動は早かった。

ザックはロロを抱え上げると、そのまま彼女を円周の外に向けて放り投げる。

ロロ「ざ、ザック!?」

ロロは愕然としながらも空中で体勢を整え、無事に着地した。

それと同時に、盛り上がった土の底から分厚い金属の壁がせり上がり、ザックの視界を阻んだ。

ザック(閉じ込められる!?)

ザックは自身も大急ぎで駆け出そうとしたが間に合わず、
せり上がった金属の壁によって完全に閉じ込められてしまう。

壁は半球型のドームのようになっており、天井も完全に塞がれていた。

どうやら、二分割されていたドームが地下に隠されていたようだ。
863 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/11/02(金) 22:22:23.29 ID:wV06AyCyo
ザック「今日はつくづく、色んな形のドームに縁があるな……」

ザックは肩を竦めて漏らす。

カーネル<案外、今日のラッキースポットなのかもしれないぜ?>

ザック「一つめと三つめはアンラッキースポットだろ、どう考えても……」

愛器の思念通話に応えて、さらにがっくりと肩を落とした。

だが、その直後、不意に中央の一角がせり上がり、ザックは警戒して身構える。

そこに現れたのは、高さ二メートルほどの土管を思わせる金属製の大きな筒だ。

そして、筒の一角が開き、中から暗い赤髪の青年が姿を現す。

シェーネスだ。

シェーネス「安心しろ……ここはアンラッキースポットではなく、お前の墓場だ」

ザック「お前か……例の空軍基地の時と言い、今回と言い、嫌な縁もあったモンだぜ。
    ……つか、自分の墓場もアンラッキースポットと大差ねぇだろ」

淡々とした様子で身構えるシェーネスに、ザックは嫌気が差したような声音で返した。

だが、すぐに気を取り直したように続ける。

ザック「まあ、お陰であの時の借りが返せそうだ」

もう四日前となるビール空軍基地での戦闘で、
ザックは目の前のシェーネスの高速ラッシュ戦法を前に防戦を強いられた。

尤も、防いで防ぎ切れない攻撃ではなかったのだが、それであのまま勝てたかと言えば答はノーだ。

ザック最大の弱点は、その動きの鈍重さにあった。

一般的なBランク以下のエージェントに比べれば比較的早い方に分類されるが、
それでもハイランカーの中では最も遅いと言える。

あれだけ軽妙なフットワークで動かれ、四方八方からの連続攻撃に晒されては、
ザックには反撃のチャンスなど巡ってこない。

カーネル<一応、対策はしてあるけど、行けるか?>

ザック<……奴に妙な隠し球がない事だけを祈るしかねぇさ>

カーネルの質問に、ザックは深く息を吐きながら応えた。

シェーネス「こちらも先日の戦闘で全てデータが揃い、ようやく全ての装備が完成した所だ。
      テスト相手として、お前に協力してもらおう」

シェーネスがそう言うと、彼の魔導装甲の拳部分が展開し、
彼の魔力波長と同じく暗く赤い色をした結晶のような物が迫り出す。

一見してギアのコアストーンのように見えない事もないが、
人型ギアとも言える機人魔導兵が武器に心臓とも言えるコアを露出するとは思えない。

となれば補助魔導ギアのような完全独立型の装備と見て間違いないだろう。

ザック(早速いらねぇ隠し球出しやがって……)

ザックは心中で舌打ち混じりに漏らすと、
魔導装甲の両腕に魔力を収束して障壁を作り出し、
さらに自身にも肉体強化を施して攻撃に備える。

そして、シェーネスは余裕なのか、それとも単に真っ正直なのか、
ザックが全ての準備を整えてから地面を蹴って跳ぶ。

シェーネス「ロートデュナメイト……イグニション!」

素早い右ストレートと共にシェーネスがそう叫ぶと、
主の呼び声に応えるかのようにその拳……結晶に向けて同色の魔力が収束して行く。

そして、ザックの作り出した魔力の障壁と、
シェーネスの魔力を込めた打撃が真っ向からぶつかり合う。

ザック(軽い!?)

ぶつかり合った瞬間の衝撃のあまりの軽さに、ザックは驚く。
864 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/11/02(金) 22:22:50.98 ID:wV06AyCyo
だが――

シェーネス「イクスプロズィオンッ!!」

シェーネスがその言葉を叫ぶと、二人の魔力の接触面に大爆発が巻き起こった。

ザック「うおっ!?」

間近で、しかも自分に向けての爆発に、
ザックはくぐもった悲鳴と共に大きく弾き飛ばされる。

先日の戦闘のように吹き飛ばされずに済むよう、
足に力を入れていたハズだったが、さすがに爆発は想定していなかったのだろう。

ザックはドームの内壁に叩き付けられる寸前、
浮遊魔法で体勢を立て直して何とか着地しようとする。

だが、そこに追い打ちをかけるかの如くシェーネスが飛び込んで来た。

ザック「くっ!?」

ザックは浮遊魔法を解き、自然落下しつつも魔力を腕に集中して次の衝撃に備える。

シェーネス「イクスプロズィオンッ!!」

再びの声と共に、今度は左フックが放たれた。

先程と同様、軽い衝撃の直後に拳から正面方向に向けて爆発が巻き起こり、
ザックはまたも弾かれてしまう。

ザック「このぉっ!」

弾き飛ばされながらも、ザックは地面を転がって爆発の衝撃を受け流す。

横殴りだった事が幸いして壁面に叩き付けられるのは避けられたものの、
防御の間に合わなかった肩の魔導装甲の一部がひしゃげて吹き飛んでいた。

ザック「爆発する拳か……。
    炎熱系の応用だろうが、随分と物騒な武器持ってんじゃねぇか」

ザックは肩の魔導装甲を再構成しながら、歯噛みするように漏らす。

ロートデュナメイト……“赤い爆弾”の名の通りの凶悪な武器だ。

そう武器。

魔法と言うよりは、魔力を応用した武装――
言うなればダイレクトリンク魔導兵装に近い設計思想だ。

魔力打撃と違い、魔力そのものを相殺できても、
魔力が発した爆発は物理干渉となるため魔力障壁だけでは受け止めきる事は出来ない。

魔導装甲の物理保護性能が高かったお陰でザック自身の外傷はかなり軽微で済んだものの、
爆発の衝撃は震動として体内にも伝わっている。

ザックの漏らした感想以上に、物騒で凶悪な武装と見ていいだろう。
865 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/11/02(金) 22:23:28.33 ID:wV06AyCyo
カーネル<どうすんだよ、ザック?
     アレックスの爆発制御ほど凶悪じゃないけど、
     魔力と物理衝撃の両方なんて、完全には相殺できないぞ?>

ザック<ああ、結構、骨に響くな……こりゃ>

心配そうな愛器の声に応えながら、ザックはやや痺れの残る右腕を軽く動かす。

四年前に切り落とされた左腕もそうだが、利き腕の右腕にダメージが蓄積するのは避けたい。

反撃のチャンスを掴んでも、肝心な時に腕が動かなければ話にならない。

ザック<カーネル、肉体強化と物理保護全開だ。
    魔力ダメージは一切無視するぞ>

カーネル<戦術支援AIとしちゃあんまり賛成しかねるけど、仕方ないか……。
     了解だぜ、ザック!>

カーネルは主の指示に応え、魔力の配分を変更する。

シェーネス「二発は耐えたか……だが、まだ終わらないぞ。
      ……イグニション!」

シェーネスは再び両拳の武装――
ロートデュナメイトに魔力を収束し、ザックに向かって跳ぶ。

対するザックも素早く反応し、両腕をカーテンのように閉じて顔と胴体を防御する態勢を取った。

そして――

シェーネス「エクスプロズィオンッ!!」

一発目の左アッパーがザックの防御を崩す。

ザック「ぅぐっ!?」

肘を下から突き上げるような爆発に、ザックは顔を歪ませた。

だが、それだけでシェーネスの攻撃は終わらない。

肘への攻撃でがら空きになったザックの腹めがけて、
今度は渾身の右ストレートが叩き込まれる。

胸部からの延長で覆われている腹部の装甲と、
シェーネスの拳がぶつかり合って鈍い金属音を立てた。

シェーネス「エクスプロズィオンッ!!」

直後、シェーネスの号令と共に、指向性の爆発が起こす衝撃がザックの腹を突き抜けた。

ザック「がっ、は……ァッ!?」

内蔵に直接響くような衝撃に、ザックは目を見開いて苦悶の叫びを上げて弾き飛ばされる。

今度は堪える事も出来ずに分厚い金属の壁へと激突し、魔導装甲の一部が砕け散った。

正面からの直撃を受けた胸部装甲も砕け、何とか残った部分も焼け焦げており、
爆発とそれに伴う熱の凄まじさを物語っている。

だが、シェーネスの猛攻はそれだけでは終わらない。

シェーネス「イグニション! ……エクスプロズィオンッ!!」

再び魔力が拳へと収束し、シェーネスの合図で解き放たれる。

肩に、腕に、足に、腹に、胸に、顔面に、幾度となく繰り返される爆発の衝撃を伴う拳。

シェーネス「どうした、打たれるままか!?」

挑発すような声を交えながら、シェーネスの連打は続く。
866 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/11/02(金) 22:24:13.45 ID:wV06AyCyo
一方、ドームの外では――

ロロ「ザック! ザック、返事をして!」

ロロは自分を助けるためドーム内に取り残されたザックの名を何度も叫び、
同時にその外壁を何度も叩く。

だが、あまりに壁が分厚いためか、その声が届いている様子は無く、
時折鈍い爆音と震動だけが響いて来だけだった。

プレリー<ダメです、お嬢様。
     このドームを構成している金属の組成にかなりの量の魔力が含まれているらしく、
     ドーム内部とは通信不可能です……>

先程から内部とのアクセスを試みていたプレリーが、申し訳なさそうにその結果を伝えて来る。

ロロ「そんな……」

ロロは愕然として肩を落とす。

自分の反応が遅れたために、
ザックを敵の罠の中に置き去りにしてしまった罪悪感と後悔が、ロロの中で首をもたげる。

ロロ「ザック……」

ロロは恋人の名を呟くと、対処方法を探すために辺りを見渡す。

だが、対処方法よりも先に別な物がその視界に入り、ロロは戦慄する。

ヴォルケ「何だ……折角、魔力を遮断してギリギリまで近付くつもりだったのに、
     もう気付いてしまったのか」

四日前、ビール空軍基地で対峙した相手――ヴォルケが涼やかな笑みを浮かべ、
巨大ドームの方角からゆっくりと歩いて来る所だった。

どうやら、結達の入って行った入口とは別の出入り口があったようだ。

ロロ「ッ!? プレリー、ワイヤー展開!」

ロロは咄嗟に戦闘準備しつつ、冷静に状況を分析する。

彼我の距離はおよそ四十メートル。

ビール空軍基地での戦闘を見る限り、ヴォルケも支援偏重型だろう。

となれば、この距離を一瞬で詰める方法は無いハズだ。

あちらも戦力を増強している可能性はあるが、
自分は既にジャルダン・デュ・パラディを発動し、植物操作魔法を使う準備も整っている。

ロロ「……悪いけれど、あなたに関わっている暇はないわ!」

ロロは後方の大樹林に向けてワイヤーを発射すると、
ワイヤー伝いに魔力を流し込んで植物操作魔法を発動させた。

ロロ「レストリクシオンッ!!」

主の命を受けた植物の蔦がヴォルケを拘束しようと素早く伸びる。

しかし、ヴォルケは臆することなく両手を突き出すように構え、魔力を集中させ始めた。

すると、ヴォルケの手の先に彼の魔力波長と同じく暗い黄色をした結晶――
地上からのダクトの途中にあった物と同じ六角形の形をした――が現れ、
左右から各三体、計六体の機人魔導兵が出現する。

その色は通常の黒一色の機人魔導兵と違い、細部のデザインも異なる事ながら、
最大の違いは各部に黄色い装甲が追加されている事だった。
867 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/11/02(金) 22:24:44.20 ID:wV06AyCyo
ロロ「機人魔導兵の召喚!?」

想定していなかったワケではないが、
突如として出現した通常の物とは毛色の違う機人魔導兵の出現に、ロロは驚きの声を上げる。

ヴォルケ「ゲルプリッター、エレメントエンチャント……フランメ!」

ヴォルケの支援魔法が彼の召喚した機人魔導兵――
ゲルプリッターに付加され、その手足に炎熱変換された魔力が宿る。

そして、ゲルプリッター達は炎を纏った手足で、迫り来る蔦を次々と焼き切って行く。

ロロ「炎熱属性付加の支援魔法……」

プレリー<お嬢様の苦手なタイプですわ……>

愕然とするロロに、プレリーが悔しそうに漏らす。

実際の所、ロロは基本的に一対一の戦闘に向くタイプではない。

ケニアでの対超弩級魔導機人戦に於いて目覚ましい戦果を挙げたために誤解されがちだが、
あれは目標が巨大かつ鈍重で、さらに他の仲間達が相手の気を引いてくれていた所が大きいのである。

事実、クリス――レオノーラの注意が自分に向けられたあの場でザックの救援が入らなければ、
今頃、彼女は生きてはいなかっただろう。

ロロは直近で護衛してくれる仲間がいて、
初めて中距離後方支援型としての能力が生きるタイプなのだ。

無論、雑魚の機人魔導兵のような戦闘力評価でBランク以下の魔導師が相手ならば、
魔力量と格闘戦に物を言わせて圧倒する事も出来るが……。

ロロ「苦手だから、あまり肉弾戦はやりたくないんだけど……」

ロロは焦りと不安の表情を浮かべながら、背面のパーツを取り外して構えた。

それはトンファー状の武器だ。

一メートル近くありそうな巨大トンファーは先端が鋭く尖った針のようになっており、
通常の打突装備ではなく刺突装備である事が窺える。

ロロは針型トンファーを両腕に添えるようにして防御の構えを取ると、
自らの作り出した大樹林へと逃げ込む。

ロロ<プレリー、魔力遮断!>

プレリー<畏まりましたわ、お嬢様>

こうなればひとまず気配を消し、仲間達との合流を狙うか、
後方の仲間達が追い付いて来るまで時間稼ぎするしかない。

幸いにも遮蔽物の多い大樹林の中ならば一対一に持ち込める可能性は高いだろう。

そう思っての判断であった。
868 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/11/02(金) 22:25:13.22 ID:wV06AyCyo
だが――

ヴォルケ「ゲルプリッター、フィジカル、アジリティエンチャント」

ヴォルケは慌てて追い掛けるでなく、
冷静な様子で機人魔導兵達に支援魔法を付加した。

物理攻撃力と敏捷性を強化された機人魔導兵達が、ロロに向かって一斉に飛びかかる。

大樹林の中を縫うようにして最短ルートを奥へ奥へと逃げていたロロだったが、
そんな彼女を嘲笑うかのような速度で六体の機人魔導兵は一気に彼女を取り囲んだ。

最短ルートを通るような真似などせず、
大回りながらも、ただただ素早くロロの行く手へと回り込み、追い詰め、逃げ道を塞ぐ。

ロロ「は、早い!?」

視界の悪い大樹林の中にあって圧倒的な速度を維持する機人魔導兵に、
ロロは悲鳴じみた驚きの声を上げた。

ヴォルケ「僕とゲルプリッター達六体はそれぞれが視覚的にリンクしている。
     それぞれの視界から得た情報を統合すれば、
     トップスピードを保ったまま最適ルートを通る事も容易いのさ」

ヴォルケは静かに歩を進めながら呟く。

その間にもゲルプリッター達の攻撃が始まっていた。

ロロは魔力のワイヤーを伸ばして牽制するが、
ゲルプリッター達は容易くそのワイヤーを断ち切ってしまう。

プレリー<駄目ですわ、お嬢様!
     この六体、他の機人魔導兵よりも高性能な上、支援魔法で強化されています!>

ロロ<一瞬でも時間稼ぎが出来ればいいわ! ワイヤーの制御を続けて!>

ロロは愛器にワイヤーの制御を任せ、
そのワイヤーの牽制を抜けて来たゲルプリッター達の攻撃をトンファーでいなす。

だがしかし、次第にゲルプリッター達の攻撃はその激しさを増し、
ワイヤーによる牽制も間に合わなくなってしまう。

炎熱魔力を付加された手刀や蹴りが四方八方から襲い掛かり、そして――

ロロ「キャアッ!?」

遂に真横からの強烈な跳び蹴りを受け、
ロロは大きく弾かれ、すぐ傍の大樹へと叩き付けられた。

満足な受け身を取る余裕もなくロロはその場に転がり、
再び四方をゲルプリッター達に囲まれてしまう。

ロロ「っ……くぅ、フォート・デザルブル……ッ!」

しかし、ロロは倒れ伏したまま大地に手を押し当て、
魔力を流し込む事で周辺の草木で分厚い防壁を作り出す。

ヴォルケ「無駄だと思うけれどね」

ようやくその場に到着したヴォルケは冷ややかに言うと、ゲルプリッター達に攻撃を促した。

炎熱魔力を付加された手足での攻撃が、分厚い草木の防壁を次々と焼き削って行く。

ロロ「プレリー、防壁をワイヤーで補強して!」 

プレリー<畏まりましたわ!>

何とか大樹に叩き付けられた衝撃から立ち直ったロロは、
自身は防壁を強化しつつプレリーにその補強を行わせる。

だが、既に防壁の一部はひび割れ、いつまで保つかも分からない状況だ。

ロロ(早く……何か対策を!)

ロロは心中で焦りを口にしながらも、草木に魔力を送り続けた。
869 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/11/02(金) 22:26:09.60 ID:wV06AyCyo
同じ頃、内部に突入したフランとメイのA班は、
例の分岐路で結と奏のB班と別れてダクト状の通路を登り始めたものの、
すぐに通路は山なりに下り始め、今は緩やかな螺旋状の通路を下に向けての移動を開始していた。

メイ「何だか、変な構造の建物だね」

足下が不安定な蛇腹状のダクトを器用に走りながら、
メイは呆れの入り交じった様子で漏らす。

フラン「確かに、ね」

フランも飛行しながら相づちを打つ。

メイの言う通り、このタワーの構造はどこかおかしい。

上物は下に降りて来た時点で見たサイズからしてもかなりの規模だが、
どう考えても自分たちは既に地階部分にまで降りて来ているハズだ。

自分達の侵入して来た出入り口が唯一の出入り口でないのは予想し、理解もしているつもりだが、
純粋に施設の上階に向かうための通路が存在していないのは疑問である。

フラン(他に隠し通路でもあるのかしら?)

フランは不意にそんな事を思い至って壁面――
と言っても、円形ダクトの側面だが――を見遣る。

一応、それまでも分岐路がないか壁面を見て来たつもりだが、
隠し通路がありそうな気配はない。

フラン「少なくとも、例の砲撃戦艦が入るだけのスペースがあるハズなのよね。
    ……まあ、例の映像から見ても上にありそうではあるんだけど……」

フランはそう言うと肩を竦める。

例の電波ジャックに使われた映像では、
砲撃戦艦の置かれていた広大な空間の天井が一枚開いてすぐに地上だった。

そう考えれば、例の広大な空間は今よりも上層にあると考えて間違いないだろう。

メイ「こう言う塔とか城とかって、ボスは大概、上にいるイメージだよね」

フラン「コミックやゲームじゃないんだから……」

やや戯けたように漏らしたメイの言葉に、フランは呆れて肩を竦める。

だが、普段のように叱るような事はしない。

責任感から解放される……とまでは言わないが、
普段通りの冗談を聞いていた方が幾分が気持ちが楽だったからだ。

リーネを上に残す判断をした事に対する責任もあり、
また、祖父達の話を聞かされた上で、この決戦である。

普段から半分冗談交じりと言った風で通しているフランだが、
さすがにここまで条件が揃って気負わずにいられるワケでも無い。

最終ブリーフィング直前までは普段通りを装っていられる余裕もあったが、
決戦が近付くにつれて緊張の度合いは増して行った。
870 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/11/02(金) 22:26:44.36 ID:wV06AyCyo
メイ「………」

そんな姉貴分の様子を察して、メイは心配そうな表情を浮かべる。

フラン「……どうしたの?」

周囲を注意深く見渡していたフランも、妹分の視線に気付いて、普段通りの表情で尋ねた。

メイ「………いやぁ、フラン姉の教育的指導が入らないと、
   何か調子狂っちゃうなぁって」

どこか苦笑いのような表情を浮かべて言ったメイに、フランはハッとして息を飲んだ。

しかし、すぐに気を取り直して肩を竦める。

フラン「作戦中に仲間殴ってどうすんのよ……もう、あなたって子は」

妹分の気遣い……と言っていいかどうかは分からないが、
そんないつも通りが何処か嬉しくて、呆れたような口調ながらもフランは満面の笑みを浮かべていた。

メイ「これまたどうしたの?」

フラン「ん? ……まあ、可愛い妹分がいてくれて嬉しいって事よ」

普段とは違う姉貴分の反応に苦笑いを浮かべるメイに、フランは素直な気持ちでそう応える。

メイ「いやぁ、そうでしょそうでしょ」

フランの言い分に気を良くしたのか、
メイはやや照れ笑いの入り交じった満足そうな声で言って、ニンマリと得意げな笑みを浮かべた。

フラン「まあ、リーネや結やロロの次くらいには可愛いわね」

メイ「照れるな〜、って、それじゃ最下位じゃん!?」

続くフランの言葉に、メイは思わずツッコミを入れる。

酷い言われようだが、それが冗談であると分かっての応酬だ。

戦場……しかも敵の本拠地とは言え、
緊張を解す会話で、二人の顔に不意の笑みが浮かぶ。

だが、そんな時間も長続きはしなかった。

チェーロ<マスター! 前方から魔力反応です!>

フラン「来たわね……!」

チェーロからの報告に、フランは改めて気を引き締め、
急停止してライフルとハンドガンを構える。

突風<メイ、こっちでも感知したわよ!>

メイ「……分かってる、この反応!」

メイも突風からの報告に表情を強張らせながら立ち止まる。
871 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/11/02(金) 22:27:11.34 ID:wV06AyCyo
一度検知した事のある魔力波長だ。

だが、それ以上にメイにはその魔力に思い至る物があった。

そして、数秒とせずに視界に飛び込んで来る黒い点。

途切れ途切れの照明に照らされた通路を、
迷う事なく一直線に猛烈なスピードで飛んで来るソレは、間違いない、ゲヴィッターだ。

メイ「フラン姉、ここはアタシが!」

メイはそう叫ぶと、フランの前に一気に躍り出た。

ゲヴィッター「やっとアタシのテリトリーに入りやがったか!
       待ちくたびれてんだよぉっ!」

対するゲヴィッターも、さらにスピードを上げてメイへと突進する。

メイ「そっちの事情なんて知るかぁっ!」

メイもタイミングを合わせて回し蹴りを放つ。

だが、ゲヴィッターはすんでの所でその蹴りを回避すると、
ラリアットのような体勢でメイの首を掴み、
そのままフラン達が来た方角――後方に向けて飛ぶ。

メイ「っ、こ……のぉっ!?」

息が詰まりそうな間隔に苦悶の表情を浮かべながらも、メイは必死に抵抗しようとするが、
高速で飛翔するゲヴィッターに引きずられ、すぐに引き剥がす事が出来ない。

強度の物理保護のかけられた魔導装甲の脚部とダクトが擦れ合い、激しい火花を飛ばす。

フラン「メイッ!」

フランは慌てて振り返って射撃体勢に入るが、
あまりにも二人が密着しているため、ゲヴィッターだけを狙うのは難しい状況だ。

フラン「くっ……、待ちなさい!」

直ぐさま思考を切り替え、フランは二人の後を追って飛ぶ。

無理な体勢でメイを引きずっている状況にも拘わらず、
ゲヴィッターは凄まじい速度で遠ざかって行く。

そして、不意にゲヴィッターは上昇して天井の中に消える。

フラン「き、消えた!?」

フランは愕然と漏らしながら、二人が消えた地点へと急ぐ。

そして、ライフルの先端を突き入れると、銃口が天井をすり抜けた。

どうやら隠匿結界の類で隠されていたようだ。

フラン「やられた……こんな隠し通路なんて有りなの!?」

フランは怒りと呆れの入り交じった声で言って、二人を追って天井に突っ込もうとする。
872 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/11/02(金) 22:27:42.39 ID:wV06AyCyo
だが――

チェーロ<マスター! 左から来ます!>

フラン「ッ!?」

不意のチェーロからの警告に、
フランは咄嗟にハンドガンの先端に局所障壁を展開して防御体勢を取った。

すると、左側側面の壁を突き抜けて暗い青色の魔力弾が数発、
フランの展開した障壁にぶつかって相殺される。

どうやら、ここにも隠し通路があったらしい。

フラン<チェーロ、機動制御で後方移動!
    ついでに障壁を正面集中展開!>

チェーロ<了解です!>

フランはチェーロに思念通話で指示を出しつつ、
ライフルの銃身を縮めて連発モードに変更するとハンドガンと共に構えた。

そして、彼女が五メートルほど後ろ――先程まで前進していた方向――に下がると、
暗い青色をした魔力の障壁が姿を現す。

しかし、フランは防御されているのも構わずにライフルとハンドガンから多量の魔力弾を連発した。

レーゲン「あら? いきなりとはご挨拶ですね」

対して、暗い青色の魔力障壁を張り巡らせた相手――レーゲンも、
自身の構えたライフルと両肩に設置された砲口から魔力弾を連発する。

お互いの魔力弾がぶつかり合って相殺され、激しい閃光が辺りを包む。

だが、その閃光と弾幕を跳び越え、フランに向かって数発の魔力弾が襲い掛かる。

フラン(私の方が火力で負けてる……!?)

障壁でギリギリ相殺できているが、このままではいつか押し切られてしまう。

チェーロ<マスター、遮蔽物の多い場所への移動を!
     最低でも、この場からの移動を進言します!>

チェーロも障壁をさらに厚くしながら叫ぶ。

彼女の言う通り、直線で遮蔽物のない通路で足を止めての撃ち合いは不利だ。

フラン<一発大きめの拡散魔力弾撃つから、直後に反転!
    背中に障壁集中して別な部屋まで行くわよ!>

フランは思念通話でそう指示を出すと、ハンドガンに込められるだけの魔力を込め、
拡散術式を展開してそこに魔力弾を撃ち込む。

赤い魔力弾がダクト内を満たし、フランは即座に振り返って全速力で飛翔する。

レーゲン「ふふふ、逃がしませんわよ……」

レーゲンは意味ありげな笑みを浮かべ、フランの後を追って飛んだ。
873 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/11/02(金) 22:28:11.54 ID:wV06AyCyo
一方、ゲヴィッターによって連れ去られたメイは、
彼女と共にタワーの最上層へと辿り着いていた。

メイ「は、は…な、せぇっ!」

広大なドームへと到達した瞬間、メイは一か八か、
これ以上首を絞められないようにと必死で掴んでいたゲヴィッターの腕から両手を離すと、
至近距離からの魔力弾を撃ち込む。

ゲヴィッター「食らうかよ!」

しかし、ゲヴィッターは間一髪でメイから手を離し、その魔力弾を回避した。

最上層の中ほど……六十メートル程の高さで解放されたメイは、
着地の寸前に適当な術式を展開して一段のクッションを置いてから、床に降り立った。

メイ「げほっ、ごほっ! ……あぁ……やっと息できる……」

首を絞められて呼吸もままならなかったのか、メイは大きく深呼吸する。

大量の酸素を求めていた肺を満足させると、メイは視線だけで素早く辺りを見渡した。

自分達が飛び出して来た、ダクトに繋がる出入り口は見当たらない。

どうやら、先程の隠し通路のように隠匿魔法で隠されているようだ。

突風<ごめん、メイ……。
   ジャミングが酷くて私のセンサーじゃ出入り口の特定は難しいわ>

メイ<そうみたいね……。
   それに、出入り口が分かったとしても、アイツが好きにはさせてくれないだろうし……>

悔しそうな突風の声に応えながら、
メイは上空から悠々とコチラを見下ろして来るゲヴィッターを見上げる。

どうやら、例の砲撃戦艦が収められていた空間のようだ。

つまり、この真上は地表と言う事になる。

メイ「ボスの部屋って感じじゃないね……中ボスルーム?」

メイは先程のフランとの会話での自分の言葉を思い出しつつ、そんな言葉を呟いた。

確かに、おあつらえ向きに幹部格の機人魔導兵もいる。

だが、その言葉はゲヴィッターの怒りを買うには十分だった。

ゲヴィッター「あぁん? テメェ、そいつはアタシに対する挑発と受け取ったぜ?」

ゲヴィッターは怒りで頬とこめかみをヒクヒクと振るわせながら呟く。

その言葉と表情に、メイは“かかった”と言いたげな表情を浮かべた。

メイ「ああ、ゴメンゴメン!
   中ボスじゃなくて、スピードだけが取り柄の雑魚だったよね?
   四日前は逃げ足早くて追い付けなかったよ、さすが雑魚は一芸特化だね」

しかし、メイはその表情を誤魔化すために、敢えてさらなる挑発の言葉を並べ立てる。

ゲヴィッター「テメェ……ぶち殺すぞ!」

ゲヴィッターは逆立った髪がさらに総毛立つほどの怒りの表情を浮かべ、
全身の魔導装甲から鋭い刃を展開した。
874 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/11/02(金) 22:28:49.28 ID:wV06AyCyo
メイ(そうだ、これでいい……。
   これでコイツはアタシ以外の誰かと戦おうなんて考えないハズ……)

メイは心中で頷き、迎撃の構えを取る。

そう、それこそがメイの狙いであった。

既に一度の手合わせでゲヴィッターの速さは身に染みている。

そして、そのスピードに追い付ける仲間が誰一人……自分を含めてもいない事も理解していた。

だとすれば、唯一、彼女のスピードに匹敵できる自分が戦わなければいけない。

雑魚と言って挑発したが、目の前の機人魔導兵が雑魚ではないのは分かっているのだ。

メイ「殺せるモンなら……やってみろってのよっ!」

メイは足下に魔力を集中し、解放する。

同時に各部の姿勢制御用の小型翼が開き、魔導装甲が高速格闘戦形態へと変形した。

メイ(とにかく、アイツに下へ来て貰わないと話にならない!)

メイの術式を利用した歩法を活かせば、短時間の空戦も可能だ。

だが、相手が空戦型なのは見ての通りである。

相手の方が僅かでも早いのならば、
三次元的な咄嗟の制御が効かない空戦を挑むのは愚の骨頂だ。

四日前の戦闘で敵が近接型だと分かっているのだから、
ここは少しでも反撃の可能性を高めるために、
こちらの土俵でもある地上に引きずり下ろすしか方法はない。

メイは深く息を吸うと同時に走り出す。

全魔力を足に集中しての超高速移動だ。

緑色の閃光が足下で炸裂し、魔導装甲のつま先とぶつかり合った床の一部が弾け飛ぶ。

ゲヴィッター「おせぇんだよぉっ!」

その後を追うようにゲヴィッターが迫る。

ゲヴィッター「つまんねぇ事してんじゃねぇよっ!」

メイの考えを察してか、ゲヴィッターは怒りの叫びを上げる。

メイ<突風、距離は!?>

突風<残り十五メートルよ!>

魔力の波長を感じ取った突風の返事を聞き、メイは急制動をかけて振り返る。

この時点で残り距離五メートル。
旋風・円陣脚を放てば完璧な直撃コースだ。

メイ「旋ぷ……っ!?」

魔力を込めた回し蹴りを放とうとした瞬間、ゲヴィッターの姿が消えた。

直後――

ゲヴィッター「ノロマがぁ、死ねぇっ!」

背後から響いたゲヴィッターの声に、メイは慌てて振り返ろうとする。

一体、いつ背後を取られた?
完全な直撃コースの蹴りを、一瞬で回避するほどの機動性?
前回もそうだったが、何故?

そんな疑問の何れか一つを差し挟む余地だけがギリギリ残された一瞬だった。

魔力を込めたすれ違い様の斬撃が、メイの魔導装甲を切り刻む。

メイ「キャアッ!?」

魔導装甲の圧倒的な防御力を貫いて来る鋭い斬撃の衝撃に、
メイは思わず悲鳴を上げていた。
875 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/11/02(金) 22:29:16.67 ID:wV06AyCyo
メイ(コイツ……何で、こんなに早いの……!?)

メイは愕然としながらも思考を巡らせる。

あれだけの高速移動をしながら、何故、ここまでの機動性を発揮できるのか?

蹴りを放とうとする直前まで、ゲヴィッターは確かに目の前にいたハズだ。

蹴りの間合いにいたハズのゲヴィッターが、一瞬でかき消えて背後に現れた。

メイも術式を足場や壁代わりに三角蹴りでの軌道変更を行った経験は何度かあったが、
ここまで急激かつ急速な軌道変更をした経験は皆無だ。

だが、敵はそれをやってのけた。

メイは破壊された魔導装甲の一部を再構成し、構え直す。

再び直線軌道からの斬撃のようだ。

突風<距離、十一メートル! 真正面!>

メイ「今度こそっ!」

突風の解析を聞きながら、メイは再び蹴りの体勢に入った。

だが、やはり直前で掻き消すように消えてしまう。

メイ「またっ!?」

四日前と合わせて三度目となる現象に、メイは三度愕然とする。

ゲヴィッター「コレで死ねぇっ! グリューンヴィントフォーゼッ!!」

今度は真横から聞こえたゲヴィッターの声に、
メイは振り返るのではなく、咄嗟に全魔力を障壁に注ぎ込んでの防御態勢に入った。

直後、暗い緑色の旋風が自身の周囲に巻き起こる。

ゲヴィッターの魔力を込めた鋭い斬撃が、幾度もメイの作り出した魔力障壁を斬り付けた。

素早く切り返しながらすれ違い様に、数十、数百回と連続して斬り付けて来ているのだ。

正にグリューンヴィントフォーゼ――緑の竜巻だ。

メイ「うぅ、ぁぁぁっ!?」

次第に障壁を抜けて自分自身を切り刻み始めた斬撃に、メイは苦悶の声を漏らす。

十数秒ほどその応酬が続き、ようやく斬撃が止むと、メイはその場にガックリと膝を付いた。

ゲヴィッター「で、誰が雑魚だって?」

膝を付いたメイに向かって、ゲヴィッターは見下したように声を掛けて来るが、
未だ怒りの収まらない様子だ。

メイ「っ……くぅ……だから、アンタの事でしょ、雑魚……」

魔導装甲を再構成しながら立ち上がったメイは、
息も絶え絶えながらも挑発的な視線と共に言ってのけた。

しかし、それがゲヴィッターの逆鱗に触れる。

ゲヴィッター「テんメェェェッ!!」

ゲヴィッターは烈火の如き憤怒の表情を浮かべ、メイに向かって斬り掛かった。
876 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/11/02(金) 22:29:44.61 ID:wV06AyCyo
同じ頃、レーゲンの追撃を受けていたフランは、
先程まで自分達がいた位置よりも僅かに下層のエリアへと踏み込んでいた。

メイ達のいる最上層エリアほど広くはないが、
広大な空間に無数の巨大鉄柱が立ち並んだ奇っ怪な光景が広がっている。

高さ、太さ、傾きなど様々で、さながら鉄柱の森と言った所か?

フラン「な、何これ!?」

さすがに異質すぎる光景に、フランは驚きの声を上げた。

だが好都合な事に、これらの鉄柱からも魔力が感じられる。

これらの鉄柱ならば、魔力弾に対する遮蔽物となってくれるハズだ。

フランは反転と同時にライフルとハンドガンを構え直し、
レーゲンを迎え撃つ体勢を整える。

レーゲン「ふふふ……良い場所に逃げ込んで下さいましたね。
     ここは私の狙撃訓練場……ホームグラウンドでしてよ」

追い付いて来たレーゲンはほくそ笑みながら大きく傾いた鉄柱の一つを選び、
その縁に立つと、改めてライフルを構え直した。

先程は気付かなかったが、
ビール空軍基地での戦闘で使っていたライフルとはやや形状が異なる。

どうやら肩に取り付けられた砲身と合わせて、
彼女自身にも強化改修が施されているようだ。

フラン(敵のホームグラウンドね……正直、あんまり聞きたくない単語だわ)

フランは心中で独りごちながら視線を辺りに走らせた。

鉄柱を足場や防壁に使いつつ、レーゲンの隙を見ての狙撃が一番の手だろう。

フラン<チェーロ、足場の選定と目標補足をお願い。
    選定した足場の候補の位置情報はリアルタイムで私に報告して。
    それと、この部屋全体の地形把握も>

チェーロ<了解です、マスター>

チェーロの返事を聞いたフランは飛び上がり、連射モードのライフルで牽制弾を放つ。

レーゲン「あらあら、狙撃専門が泣きますわね?」

レーゲンは慌てた様子もなく、
肩の砲口から放つ魔力弾で直撃コースの魔力弾だけを器用に撃ち落とし、
さらにライフルでの追撃弾を放って来る。

フラン「どうとでも言えば?」

フランは言いながらチェーロの選んだ足場に飛びつつ、
ハンドガンから巨大な魔力弾を一発放つ。

人間一人分に匹敵するほどのサイズの魔力弾だが、
しかし、先程の牽制魔力弾に比べて弾速が遥かに遅い。

レーゲン「狼狽え弾など、迎撃の必要もありませんわね」

レーゲンは別の足場に移りながら、その魔力弾を回避する。

フラン「当たればラッキー程度にしか思ってないけど………。
    やっぱりコレ当てるのは無理っぽいか」

その様子を見ながら、さもありなんと言った風に呟いた。

元より狙いを定めるつもりもない攻撃だったが、ああもあっさりと回避されるのはやはり癪だ。

フラン(大技二連発して来たから、あんま余裕ないのよね……手早く片付けないと)

フランは心中でそう独りごちながらも、再び巨大魔力弾を放つ。

だが、やはりそれも呆気なく回避されてしまう。
877 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/11/02(金) 22:30:12.05 ID:wV06AyCyo
レーゲン「あまり無駄なお遊びに付き合っている余裕はないのですよね……。
     あなたのお仲間と戦闘中の兄弟姉妹の援護にも向かわないと行けませんし」

フラン「奇遇だわ……私もあんまり長い事遊んでる余裕は無いのよねっ!」

呆れた様子のレーゲンが放って来る魔力弾をライフルの魔力弾で撃ち落としつつ、
フランは三度、巨大魔力弾を放った。

フラン「さっさと先に進まないと行けないからねっ!」

さらにそう続けて、立て続けに四発目の巨大魔力弾を放つ。

しかし、そのどちらもが軽々と回避されてしまう。

レーゲン「あら? その物言いはあまり関心しませんわね」

レーゲンは後方の足場に飛びながら、上体を捻りつつ片手でライフルを発射して来る。

頭部への直撃コースだ。

フラン「あぶなっ!?」

しかし、フランは足場を蹴って床に向けて跳び、すんでの所でそれを回避すると、
鉄柱の隙間を縫うようにしてレーゲンの背後に回り込み、
ハンドガンから五発目の巨大魔力弾を放った。

だが、レーゲンも既にフランの位置を視界で捉えており、
上体を反らして紙一重で巨大魔力弾を回避する。

レーゲン「関心しない、ってのは悪人にだけは言われたくない台詞ね……」

レーゲン「あら? だってそうでしょう?
     仲間を見捨てて先に進もうだなんて……。
     兄弟姉妹思いの私には耐えられませんわ」

やや怒りを滲ませたフランを挑発するように言って、
レーゲンはライフルを構え直した。

フラン「兄弟姉妹、兄弟姉妹って……何よ、兄弟愛アピール?
    そう言うのだったら、こっちだって負けてないわよっ!」

フランは再び鉄柱の上に立つと、牽制の魔力弾を連射する。

レーゲン「所詮は他人でしょう?
     腫れ物のエリート候補を集めた、気持ちの悪い家族ごっこ……。
     もどきに過ぎませんわね」

しかし、その全てが命中の寸前に撃ち落とされてしまう。

一方、レーゲンの辛辣な言葉を聞きながら、フランは小さく溜息を漏らしていた。

フラン「まあ、外野からどう見えてるか、
    なんてのはとっくに分かってたつもりだけど、
    改めてそう言われるとやっぱりショック大きいわ……」

フランは溜息混じりに呟きながら、周囲に視線を走らせる。

今までの戦闘中に大体の地形データの収集は終わったようで、
都合の良さそうな退避エリアの選定も終わっていた。
878 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/11/02(金) 22:30:50.04 ID:wV06AyCyo
フラン「他人から家族ごっこに見られようとも、
    あの子達はみんな私の可愛い妹分や弟分だし、
    まあザックも一応、オマケで兄貴分って所かしら?」

チェーロ<奏さんも誕生日が先ですよ、マスター>

フラン<細かい事にツッコミ入れないの>

少しだけ照れ臭そうに言った後の愛器からのツッコミに、フランは思念通話で返す。

そして、気を取り直すように深呼吸すると、レーゲンを真正面に見据える。

フラン「あなたや他の誰がどう言おうが、私がおばさんになろうがお婆さんになろうが、
    あの子達がそう思ってくれる限り、死ぬまで私はあの子達の姉貴分よ!」

レーゲン「ふん……そこまで言い切っておきながら、仲間を見捨てて先に進もうだなんて。
     ……家族ごっこでないのならば、あなたは口先だけの偽善者ですね!」

レーゲンは鼻で笑うと同時に、両肩の砲口とライフルから魔力弾を連射した。

フラン「っ! さすがに真っ向勝負は勘弁願うわよ!」

先程の遭遇時のやり取りを思い出して、フランは拡散魔力弾の弾幕を張ると、
チェーロの選定した退避ポイントへと逃げ込む。

レーゲン「あら? もうそこを見付けましたの?」

レーゲンは驚いたように漏らした。

チェーロが見出した退避ポイントは数本の傾いた鉄柱が屋根のように折り重なる地点だ。

横からの対処は鉄柱を遮蔽物に、真上に回られたら最大出力の魔力弾を放てば牽制も可能である。

事実、通常の魔力弾で狙撃するのは難しい。

反射系術式でワンクッション置いた跳弾を利用する方法も考えられるが、
それでは相手に防御や反撃の隙を与えてしまう。

絶好の位置取りと言える。
879 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/11/02(金) 22:31:25.51 ID:wV06AyCyo
そう、普通ならば。

レーゲン「……けれど、ここは私の戦力評価と応用戦術開発のための試験場……」

レーゲンは意味ありげに漏らすと同時に、ライフルをやや上に向けて構えた。

ライフルの銃口に今までにないレベルの膨大な魔力が収束して行き、
収束した魔力が水へと姿を変える。

熱系変換された、流水属性の魔力弾だ。

レーゲン「ここに逃げ込んだ時点で、あなたは何処に隠れようと、
     私に狩られるのを待つ獲物でしかありませんわ」

レーゲンはその言葉と共に、
流水変換した魔力弾をフランの頭上……退避ポイントの上空に向けて放った。

レーゲン「ブラウレーゲングスッ!!」

フランの頭上に到達した流水魔力弾は、主の声を合図に一気に炸裂した。

大量の流水変換魔力が、真下に向かって雨のように降り注ぐ。

正にブラウレーゲングス――青き豪雨だ。

レーゲンの視界に、その青き豪雨を押し返そうとする赤い魔力弾が見えた。

おそらく、予想だにしなかった弾丸の豪雨を相殺しようと、フランが抵抗しているのだろう。

レーゲン「無駄ですわね……。
     私のブラウレーゲングスは収束した魔力水の弾丸。

     通常の魔力弾よりも貫通性に優れる収束魔力弾に、
     水による落下特性を強化した対地攻撃特化の最強魔法……。

     並の魔力弾や障壁では防御できませんわよ」

フランの抵抗を無駄な足掻きと嘲笑うかのように、レーゲンは口元に笑みを浮かべて呟いた。

自身の魔法の特性を……特に“対地攻撃特化”などと言う弱点にも成り得る部分を口にした以上、
もうフランが逃げられないと言う絶対の自信があるのだろう。

次第にフランの抵抗も弱くなって行く様が、レーゲンの視界からもありありと見て取れた。

熱系変換された魔力弾は、防御は出来ても反射は出来ない。

逆を言えば、反射されない代わりに防御される可能性もあると言う事だが、
収束魔力弾を防御するのは簡単な事ではないのだ。

それこそが、多くの高位魔導師が自身の最強魔法を収束魔法、
さらに可能であるならば物理干渉系魔法とする所以である。

結やリーネのように多量の魔力に裏打ちされた大出力砲撃は、実際は希有な部類なのだ。

そして、ついにフランの抵抗は間に合わなくなり、赤い魔力を暗く青い魔力が押し潰した。

魔力の巻き起こす爆発が、フランの潜んでいるポイントで炸裂する。

あれだけの威力の魔力弾連射と、直後の爆発だ。

ほぼ確実に魔力ノックダウンで気絶しているか、動けなくなっているだろう。

レーゲン「……さてと、止めを刺さないといけませんわね」

レーゲンは静かに呟いて、フランが倒れている地点に向かって飛んだ。

最期の止めを刺すために……。
880 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/11/02(金) 22:31:56.04 ID:wV06AyCyo


特務がタワーに到達してから、およそ三十分後。
タワー近傍の半球型ドーム内――

シェーネス「エクスプロズィオンッ!!」

シェーネスの振り下ろした両腕がザックの後頭部を捉えた瞬間、大爆発が巻き起こる。

直後、びちゃりと言う湿った音と共にザックは真っ赤な水たまりの上に前のめりに倒れた。

真っ赤な水たまり……そう、ザックの流した夥しい量の出血による物だ。

ザックの全身は焼け焦げ、魔導装甲もその殆どが粉々に砕け散って霧散している。

シェーネス「やっと倒れたか……」

血の池に沈んだザックを見下ろしながら、シェーネスは溜息混じりに呟いた。

終始防戦一方のザックに、ロートデュナメイトによる爆発を叩き込む事、実に二百超。

並の魔導師ならば消し炭になりかねない大爆発を二百発以上受けても、
ザックは倒れる事なく立ち続けたのだ。

それはそれで驚異的ではあったが、結果的にザックは倒れた。

シェーネスは勝利を確信し、ザックの脇腹を蹴り上げるようにして仰向けにひっくり返す。

覚えているだけで腹に五十発、顔面に三十発は爆発を叩き込んだハズだが、
それでもザックの全身は焼け焦げながらも原形を残していた。

インナータイプの魔導防護服は爆発で焼け焦げて引き裂かれており、
ザックの血を吸って赤黒く染まっていた。

シェーネス「……呆れるほど頑丈だな……。

      だが、あれだけ物理保護強化の障壁を打ち破られれば、
      最早、立ち上がれるだけの魔力も残されてはいまい」

シェーネスはそう言うと、ザックの首を掴んで立ち上がらせ、
左手だけでネックハングツリーの体勢を取る。

シェーネス「止めにロートデュナメイトは必要ないな………」

シェーネスは右手の指を伸ばして貫手の構えだ。

魔導防護服もなく、防御も出来ないザックの腹を貫くつもりなのだろう。

シェーネス「コレで終わりだ、アイザック・バーナードッ!」

シェーネスの貫手が、ザックの腹を捉える。
881 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/11/02(金) 22:32:24.18 ID:wV06AyCyo
だが、突き立てられるハズだったシェーネスの手首は、
ザックの手によってすんでの所で止められていた。

シェーネス「なっ!?」

ザック「………ったく、おせぇよ。
    さっさと掴めっての」

驚くシェーネスの左手首を掴みながら、ザックは呆れたように漏らす。

その声音は、血塗れで倒れていた男のそれではなかった。

シェーネス「な……後頭部の直撃で、何故!?
      普通ならあれだけの爆発を後頭部に受ければ、
      喩え頭の粉砕は免れても脳震盪で動けるハズが……」

ザック「ピーピーギャーギャー……うるっせぇなぁ……。

    テメェが遠慮なく顔面やら頭やら殴ってくれたお陰で、
    こっちは未だに脳天はクラクラ、足下もフラフラしてんだよ……」

愕然とするシェーネスに、ザックは苛立ち混じりに返して、
口の中の血を唾液と共に吐き出す。

すると、足下に大量の血が滴り落ちた。

ザック「うぇ……何だこりゃ」

カーネル<いくら何でも殴られ過ぎたからだろ?
     ここまで来ると吐血だな。

     やーい、血塗れザック>

予想外に多かった吐血に驚いたザックに、カーネルが戯けた調子で言う。

それと同時に、粉々に砕けていた魔導装甲がゆっくりと再構成されて行く。

ザック自身はボロボロの血塗れだが、魔導装甲は新品そのものだ。

シェーネス「ど、どこにそれだけの魔力が!?
      ……お、おのれっ、イグニションッ!!」

シェーネスは戸惑いながらも、ロートデュナメイトに魔力を収束する。

だが、両手首をザックにがっしりと掴まれ、微動だにする事が出来ない。

シェーネス「は、離せ!? 離せぇっ!」

シェーネスはザックを振り払おうと、必死に蹴りを放つ。

だが、ザックはその蹴りを意に介した風もなく、ピクリとも動かない。

ザック「やっぱ、打撃と同時、しかもその手のクリスタル部分でなけりゃ、
    爆発させる事は出来ないみたいだな……」

そして、ザックは冷静に言い放つと、さらに続ける。

ザック「その爆発はさすがに応えたな……。
    お陰で血塗れだぜ」

カーネル<何、カッコつけてるんだか>

主の様子に、カーネルは盛大な溜息を漏らした。

ザック<どうとでも言えよ……。
    とりあえず、治癒促進だけ頼むわ>

カーネルの言葉を軽く流して、ザックはそんな指示を出す。
882 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/11/02(金) 22:32:55.40 ID:wV06AyCyo
シェーネス「貴様……あれだけの攻撃を食らって、何故、そこまで平然としていられる!?」

ザック「言ったろ、脳天クラクラ、足下フラフラしてるってよ……。

    ただ、伊達に研究院トップクラスの硬化特性と防御特化で売ってないぜ?
    硬化特性全開で肉体強化して爆風だけ物理保護でガードしときゃ、
    あのくらい耐えて耐えられない事もない、ってな」

愕然とするシェーネスに説明しながら、ザックは口元に笑みを浮かべた。
そして、さらに続ける。

ザック「まあ、さすがにあれ以上食らったら、
    止めに使う魔力が残るかどうか、って所だったから助かったぜ」

ザックがそう言って手を離す。

シェーネスはしめたとばかりに後ろに跳ぼうとするが、
手足の位置が完全に固定されたように動かせなくなっていた。

シェーネス「な、何だ!? 手足が動かない!?」

シェーネスは狼狽しながら自身の手足を見下ろすと、
そこには黄色く輝く輪が回っている。

ザック「エクストリームバインド……俺の硬化特性全開の部分拘束魔法だ。

    俺って奴は、ガキの頃から魔力運用が下手でなぁ……。
    お陰で術式に頼った魔法は全部、ワンランク以上威力も精度も下がっちまうわ、
    遠距離への魔法も不得意だわ、その上、俺自身の足が遅いと来た。

    だから拘束魔法も相手を掴んで無いと発動できねぇし、
    相手が少しでも自分より早いと殴るのも覚束ねぇと来たモンだ……」

狼狽するシェーネスの前で踵を返しながら、
ザックは朗々と呟きつつ、二歩ほど距離を取って振り返った。

振り返ったザックの右腕には、大量の魔力が込められている。

ザック「カーネル……モード・デストラクター」

ザックの静かな声に反応し、
腰のサイドアーマーが外れ、右腕を挟み込むように装着された。

ザック「知ってるか?
    盾は防御するだけが能じゃねぇんだ……。
    堅い盾でぶっ叩けばどうなるか、分かるよな?」

カーネル<仮想砲身展開……。
     ダイレクトリンク魔導パイル、起動完了だぜ!>

ザックが言い切った直後、カーネルの言葉と共にザックの右腕で黄色く輝く魔力が、
巨大なパイル――杭のような形状を形作る。

右腕を挟み込むサイドアーマーをガイドレールに見立てた、
巨大な魔力のパイルバンカーである。

パイルバンカーと言っても並のサイズではない。

太さは一メートル、長さは十メートルはあろうかと言う、
工事現場のボーリングマシン級の特大パイルバンカー。

そう、これこそが破壊者の名を冠した、
WX102−カーネル・デストラクターの最強の武器だ。

シェーネス「な……っ!?」

その巨大パイルバンカーの威容に、シェーネスは目を見開く。
883 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/11/02(金) 22:33:32.92 ID:wV06AyCyo
パイルバンカー……早い話が杭打ち器。

だが、その打ち出される杭は、シェーネスのゼロ距離爆発を二百発以上受け、
それでも平然と立ち上がるほどの防御力を誇る、ザックの硬化特性魔力そのものだ。

成る程、堅い盾で叩く、とは良く言った物である。

シェーネス「ぐっ……こ、のぉぉっ!」

シェーネスはザックのエクストリームバインドから逃れようと、
必死に身体を捻るようにしてもがく。

だが、動くのは胴体ばかりで手足は空間に固定されてビクともしない。

シェーネス「このような所で……負けるワケにはっ! この程度でぇっ!」

シェーネスは普段の冷静な態度をかなぐり捨てて、遮二無二もがく。

最早、自らの四肢をねじ切ってでも脱出しようと言う勢いだ。

確かに、機人魔導兵である以上、
ねじ切れた四肢ならば魔導装甲のように自身の魔力で再構成は可能なのだろう。

シェーネス「長兄として、俺は負けるワケにはいかんのだぁっ!」

そこにあるのは正に、長兄としてのプライド。

その言葉通り、曲がりなりにも長兄であるナナシを押し退けんとする野心や、
言葉通りの誇りはあったようだ。

ザック「長兄としてね……まあ分からないワケでもないが……。
    俺としちゃ、もうこれ以上、誰も泣かせるワケにゃ行かねぇんだよ……!」

ザックは右腕を引き絞りながら、静かな声音で呟く。

もうこれ以上……それは、四年前の惨劇を指しての事だろう。

ヨハンの襲撃を受けた際、為す術もなく左腕を切り落とされ、エレナとキャスリンを失った。
自分にとっても、弟妹分達にとっても大切な人を守れなかったあの日。

あと少しでも自分が強ければ、ヨハンを倒し、エレナを守れたかもしれない。

ヨハンを倒す事が出来たら、キャスリンの応急処置が間に合ったかもしれない。

しかし、彼はそのどちらも果たす事が出来なかった。

仲間達の叱責を覚悟したザックを責める者は、誰一人いなかった。

代わりに、目を覚ました自分の傍らで、間に合わなくてごめんと泣きじゃくり続ける恋人。

本来、謝罪するべきは自分だったハズだ。

彼女の涙と、その涙を流させた自責の念が、ザックをここまで押し上げた。
884 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/11/02(金) 22:33:59.43 ID:wV06AyCyo
シェーネス「くぅっ! な、何が誰も泣かせるワケには、だ!
      そんな物はあと一時間足らずで全て無駄となる!」

シェーネスは足掻きながらもそう叫ぶ。

ついに肩口が裂け始め、徐々にザックの戒めから抜け出そうとしている。

ザック「無駄になんか、させねぇよ……!」

ザックはそう叫ぶと共に、拳を前に突き出した。

それと同時に右腕の魔力パイルバンカーが起動し、
巨大な魔力の杭がシェーネスに向かって解き放たれる。

ザック「フルメタル……ッ! バンカアァァッ!!」

ザックの力強い叫びを燃焼剤に、魔力の杭はさらに加速した。

シェーネス「ぬあァァッ!?」

直後、シェーネスも自らの腕を引きちぎり、即座に切れた腕を再構成する。

だが、足はまだ動かない。

そして、眼前に迫る黄色く輝く魔力の杭。

この一撃を避けるために、
足を片方ずつ引きちぎって再構成している時間的余裕は残されていなかった。

最早、方法は唯一つ、真っ向勝負で勝つ他ない。

シェーネス「イグニションッ!」

そして、両拳のロートデュナメイトに魔力を収束し、
ザックの放った魔力の杭――フルメタルバンカーに向けて叩き付ける。

一時的にとは言え、ザックを地に伏せさせた両手での爆発打撃だ。

シェーネス「イクスプロズィオンッ!!」

叩き付けられた拳から、打撃した方向に向けて爆発が起きる。

だが、既に結果は分かり切っていた事。

二百発以上を打ち込んでも倒す事の出来なかったザックの、
渾身の魔力を込めた硬化特性魔力の塊を相手に、
たかだか二発分の爆発を収束した程度で勝てる道理は無かった。

ザックの放った巨大杭は爆発を一瞬で押し切り、
拘束魔法で固定されたシェーネスの足を引きちぎり、
彼の身体を分厚い鋼鉄の隔壁ごとぶち破ってドームに巨大な大穴を穿つ。

一方、直撃を受けたシェーネスは悲鳴を漏らす暇もなく押し潰され、
ドームに穴が穿たれる頃には完璧に魔力相殺されて霧散していた。

標的を叩き潰した魔力の杭はその役目を終え、黄色い燐光となって消えて行く。

ザック「……アメリカでの借りは返したぜ」

ザックはそう言いながらサイドアーマーを元の位置に戻すと、
悠然とした足取りで穿たれた大穴からドームの外へと歩き出した。
885 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/11/02(金) 22:34:31.75 ID:wV06AyCyo
ドーム外部の大樹林――
やや時間は前後するが、時はザックがシェーネスを打ち倒す五分ほど前に遡る。

ヴォルケ「やっと大人しくなったみたいだね」

ヴォルケは目の前でゲルプリッター達に押さえつけられたロロを見下ろしながら、
心底から気怠そうに呟いた。

ロロはボロボロになった魔導装甲の手首と足首に炎熱魔力刃を突き立てられ、
四つん這いの体勢を強いられており、
その首には残り二体のゲルプリッターの刃が押しつけられている。

それはさながら、圧政者が無辜の民を戯れに処刑する悪趣味な遊戯のように見えた。

ロロの事を弁護するならば、
支援型でありながら約三十分もの間、よく保った方だと言える。

七体の敵を前に唯一人、多勢に無勢。

その上、彼女の得意とする植物操作魔法の天敵とも言える、
炎熱属性の熱系変換を使いこなす敵。

三十分も保ったのは、最早奇跡と言うべきだろう。

魔導装甲の手足は実際の手足よりも延長されており、
足首に突き刺さった炎熱魔力刃は肉体そのものを貫いていないとは言え、
ロロは身動き一つ取る事が出来なかった。

万が一にも動こうものならば、突き付けられた残り二本の刃が彼女の喉を切り裂くのだ。

また、両手の魔力の流れは炎熱魔力の刃によって阻害され、
得意の植物操作魔法を発動する事も出来ない。

新装備の針型トンファーも早々に奪われ、やや離れた位置に転がされている。

ロロ「………」

だが、ロロはそんな状況にありながらも、
まだその目には闘志が……いや、怒りの火が灯っていた。

ヴォルケ「まだ諦めていない……と言うよりは、僕が憎くてしょうがない様子だね」

ロロの怒りの視線を鬱陶しそうに感じながらも、ヴォルケは挑発するような口調で呟く。

どんな視線を向けられようが、
最早、ロロに戦闘能力も勝機もないのは誰の目にも明らかだ。

勝者としての絶対の余裕と愉悦が、ヴォルケの表情や声からは感じられた。
886 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/11/02(金) 22:35:02.75 ID:wV06AyCyo
ロロ「………テロリストなんかに……、屈しない……絶対に!」

ヴォルケ「その格好でよくそんな言葉が吐けるね……。
     ある意味、賞賛に値するよ」

絶え絶えながらも言葉を紡いだロロを、ヴォルケは嘲笑する。

だが、それと同時にロロの心が屈していない事を、彼も見抜いていた。

ロロはヴォルケの目を睨み付け、さらに言葉を紡ぐ。

ロロ「普通に生活している人にとって……テロがどれだけ怖いか分かる……?」

その言葉を呟いて、ロロは自らの記憶を思い返して目を伏せる。

十六年前、両親と共に航海中に過激派魔導テロリスト集団・魔導猟団に襲われ、
自らの手と両親を失いかけた恐怖の光景と記憶は、
テロと対峙する今でも彼女の脳裏に焼き付いていた。

平和で何不自由のない生活を送って来た幼い少女を、
恐怖のどん底に叩き落としたパラダイムシフトの日。

指先に突き付けられた銃口の不気味な冷たさ、両親の流した血で染まった床。

何を如何に克服しようとも、
その理不尽な恐怖が与えた怒りは、彼女の中から消えるハズもない。

ロロ「あなた達の勝手な言い分や身勝手な行動で、
   平和な生活も、大切な人も、思い出も、全部奪われる………。

   そんな理不尽、許せるワケがない!」

その恐怖を義憤とも言える怒りに変えて、ロロは再びヴォルケを睨め付ける。

ヴォルケ「言い分は立派だけれど……。
     その格好じゃ、何の説得力も無いな」

しかし、ヴォルケは肩を竦めて呆れたように呟くと、
わざとらしい盛大な溜息と共に踵を返した。

最早興味なしと言った所だろう。

だが、その行動こそが彼の明暗を分けた。

ヴォルケの背後で小さな爆音が巻き起こり、
情報共有していたハズのゲルプリッター達の視界が消え去る。

ヴォルケ「な、何が起きたんだ!?」

慌ててヴォルケが振り返ると、
そこには頭部を失って崩れ落ちるゲルプリッター達の姿があった。

ゲルプリッター達の頭は跡形もなく砕け散っていたが、爆薬などの匂いは一切しない。

それどころかゲルプリッター達の首元は焦げ付いてすらいなかった。

内側から絶大な圧力をかけられて弾け飛んだ、そんな吹き飛び方をしているのだ。

ヴォルケ「な、何がどうなって……敵の増援なのか!?」

ヴォルケは慌てた様子で周囲を見渡す。

?????「……間一髪、セーフと言う所でしょうか?」

そこへ、どことなく安堵の入り交じったような声が大樹林にこだました。

ロロ「うん……グッドタイミングだったよ……。
   ありがとう」

ロロはその声に応えながら、未だに狼狽しているヴォルケから距離を取り、
声のした方角――踵を返す直前までヴォルケの視線が向けられていた自身の後方へと跳ぶ。

そして、ロロが降り立った大樹の陰から一人の青年が姿を現した。

薄い青紫と純白のカラーリングが施されたシンプルな魔導装甲に身を包んだ、眼鏡の青年。

そう、アレックスだ。
887 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/11/02(金) 22:35:37.25 ID:wV06AyCyo
ロロ「対策終了次第、前線に出るとは聞かされていたけれど、
   まさか最前線にまで来ているとは思わなかったよ」

アレックス「戦闘開始直後からエージェント鷹見達の突入部隊と一緒に行動していたんですよ。
      皆さんとは別経路での侵入に成功したんですが、
      こちらで戦闘反応を検知したので、援護に向かって来たまでです」

驚いた様子のロロに、アレックスは淡々と状況を説明した。

ヴォルケ「くっ! たかが一人増えた程度で!」

アレックスの説明中にようやく気を取り直したヴォルケは、
破壊されたゲルプリッター達を再構成する。

アレックス「無駄です……。
      先程の爆発で、この一帯の座標は全て把握しました」

ゲルプリッター達が召喚された瞬間、
アレックスは空中で手を滑らせるように広げた。

すると、背面や腰部に取り付けられた装甲の一部が展開、移動して、
コントロールパネルようになってアレックスの周囲に浮遊する。

そして、アレックスがそれらのパネルに指を這わせると、たちまちゲルプリッター達が爆ぜて消えた。

ヴォルケ「内側から爆発だと!?」

アレックス「さ、さすが特質熱系変換特化……凄い」

その光景にヴォルケは驚愕の念を、ロロは畏敬の念を持って口を開いた。

アレックス「何処に召喚しようと無駄ですよ。
      ここから僕の探知限界距離である半径五百メートル以内の、
      魔力で完全遮断された空間以外は全て僕の爆発制御下です」

アレックスがそう言って視線を大地に向けてパネルを操作すると、地面が僅かに破裂した。

そう、これこそがアレックスの魔力特性、特質熱系変換特化――
流水と炎熱の熱系変換を完全同一座標に対して完全同時に発生させる魔力水蒸気爆発だ。

もうお分かりだろう。

先程、ゲルプリッター達の頭だけをピンポイントで吹き飛ばしたのも、アレックスの仕業である。

爆発の位置も規模もタイミングすら自由自在。

全周囲に高密度魔力障壁を張り巡らせるか、
魔力を含んだ遮蔽物で隙間無く全身を覆う以外は、絶対防御不能の物理干渉魔法だ。

ちなみに爆発の寸前、コンソールに指を這わせるように操作するのは、
彼のイメージを高めるための儀式のようなものである。

ヴェステージ『やれやれ、我が輩のサポートあったればこそと言う事を忘れて欲しくないのである』

アレックス「それは分かっているから、わざわざ共有回線を開くんじゃない……」

不満気味なヴェステージの声に、アレックスは溜息混じりで返した。

ヴォルケ「バカな……こんな手練れの魔導師がいるなんて言う情報は無かった!?」

アレックス「研究者なので、前線に立つのは、そうですね……、
      研修で戦闘エージェント隊に無理矢理引っ張られた時以来ですから、
      かれこれ七年ぶりになりますかね?」

狼狽するヴォルケにアレックスは思案気味と返し、さらに続ける。

アレックス「もっとも、ヴェステージをWX100に改造する際に、
      教導隊の元で三年間、一からみっちりと鍛え直して貰いましたから。

      事、対集団戦にかけては並のAランク以上だと自負しています」

そう言い切ったアレックスに、ヴォルケはたじろいだように後ずさりする。

WX100……記念すべき第七世代ギアの第一号機は、
アレックスの愛器であるヴェステージをテストベッドとして開発されていた。

四年前、開発者としての自身のミスから結の命を危険に晒した彼は、
安全で確実性の高い試作機製作のために自らを実験台としたのだ。

結果的に第七世代ギアの試作機達はより良い物として完成したのである。
888 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/11/02(金) 22:36:04.87 ID:wV06AyCyo
アレックス「さてと……援護は任せて下さい、ロロ君。
      あとはご存分に……」

アレックスはそう言って恭しい態度で一歩引いた。

ロロ「ありがとう、アレックス……」

ロロは大きく頷いて四肢の魔導装甲を再構成すると、
離れた位置に転がっている針型トンファーをワイヤーで引き寄せる。

あまり多くはないが、それでも戦闘できるだけの魔力は十分に残されていた。

ロロ「一対一なら……負ける気がしないよ」

ロロはそう呟きながら、戦闘の状況を思い返す。

ビール空軍基地での戦闘でもそうだったが、
ヴォルケ自身は今回も一切の戦闘行動を取っていない。

むしろ、危険を避けるために敵と十分な距離を取り、
接近するのは安全性が確保された時だけだった。

移動力に関しても驚くほどの物ではなく、むしろ総合能力は平均以下と言っていい。

それだけ、便利過ぎる支援魔法にリソースを割かれているのだろう。

通常よりもやや上の性能を持ったゲルプリッターも、
その支援魔法の性能を遺憾なく発揮するための装備に過ぎない。

そして、その装備をアレックスの援護によって封じられた今、
ヴォルケに反撃の手立ては残されていなかった。

ヴォルケ「くっ、一旦撤退して体勢を整えるしかないようだね……っ!」

自身の劣勢を冷静に悟ったヴォルケは、
バックステップで距離を取りながらその場を脱しようとする。

だが、それを見逃すロロではなかった。

ロロ「作ってくれた本人の目の前で、
   本来の用途とは違う使い方をするのは気が引けるけど……。

   プレリー、魔力全開!」

プレリー<畏まりましたわ、お嬢様!>

ロロの指示に応えたプレリーの声と共に、
針型トンファーの後部に無数のワイヤーが接続される。

すると、ロロのオレンジ色の魔力が針型トンファーに充填され、
さらに流水変換されてトンファーの全周囲を覆った。

ロロ「ダイレクトリンク魔導針………発射ぁっ!」

ロロは気合の一声と共に、トンファーを構えた両腕を前に突き出す。

すると、ワイヤーで接続されたトンファーの針部分が射出され、
まるでヘビか何かのような軌道でヴォルケへと迫る。

ヴォルケ「なっ!?」

驚く暇もあったればこそ。

ヴォルケがその驚愕の声を上げた時には、彼の腹と胸をロロの放った針が貫いていた。

ヴォルケはそのまま大樹の一本に串刺しにされ、
もう一本の針とワイヤーによって大樹へと縛り付けられる。

ロロ「……フォート………デザルブルッ!!」

本来は草木に対して放たれるロロの植物操作魔法の魔力が、
ワイヤーと針を通じてヴォルケ本人に直接叩き付けられた。
889 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/11/02(金) 22:36:42.91 ID:wV06AyCyo
ヴォルケ「がは……っ!?」

直後、ヴォルケは全身から大量のオレンジ色の水飛沫を噴き出させる。

瞬間的に巨大な建造物すら覆い尽くすほどに草木を急速に成長させる、
ロロの植物操作魔法。

それを直接受けた者の末路がコレだ。

植物を活性、操作する大量の流水属性の魔力を、
幹部格とはいえ機人魔導兵が受け止めきれるハズもない。

噴き出しているオレンジ色の水飛沫は、
ヴォルケが受け止めきれなかったロロの魔力そのものだ。

ヴォルケは一瞬にして全身の魔力を相殺され、木に磔にされたまま霧散した。

ロロ「………さ、さすがに気の毒過ぎたかなぁ……」

ヴォルケの末路に、それを為したロロ自身が思わずそんな言葉を漏らす。

直接攻撃手段に乏しいロロには、魔力格闘くらいしか決め手になる技がなかったのだが、
それでは捉えきれないと考えての手段だが、さすがにやり方が悲惨過ぎと言った感がある。

アレックス「まあ、最期の最期で自分達のしようとしていた事が、
      どれだけ恐ろしいか思い知って貰った、と言う事で良しとしましょう」

アレックスはコメントに困ったと言いたげな表情を浮かべながら、
自分自身に言い聞かせるように呟いた。

ロロ「そ、そうだね……アハハハ……」

ロロはそう言って苦笑いを浮かべながら、その場に腰を下ろす。

直接ダメージこそ少ないが、さすがに魔力を使いすぎた。

後続の中継役としても、今は少しでも休まないといけないだろう。

アレックスもヴォルケの完全消滅を確認し、
展開していたパネルを全て元に戻して愛器の戦闘モードを解除した。

二人がかりだったとは言え、完全勝利である。

勝利を確信した二人が顔を見合わせて頷き合った。

その直後である。

ガサガサと音がして、ロロの頭上から黄色い影が舞い降り、
彼女の上に覆い被さった。

ロロ「ッ!?」

突然の事にロロは息を飲む。

現れたのは、一体のゲルプリッターだ。

おそらくは倒される直前にヴォルケが召喚していたのであろう。

二人が警戒を解いた直後を狙って、その最後の一体が奇襲の仕掛けて来たのだ。

ヴェステージ<アレックス!>

アレックス<……駄目だ、ロロ君との距離が近すぎる!>

ヴェステージに名前を呼ばれたアレックスは即座に爆発座標を確認するが、
一瞬でその結論に至ってしまう。

アレックスの魔力水蒸気爆発は、内側から相手を破壊する攻撃だ。

ロロと敵が殆ど密着している今のような状態では、爆発にロロまで巻き込んでしまう。

ロロ自身も、頼みの綱である針とワイヤーは伸ばしきったまま、
腰を下ろした体勢では格闘戦に映る事は出来ない。

対して、ロロに覆い被さって彼女を組み敷いたゲルプリッターの腕には、
収束された魔力の刃。

正に、万事休す。

だが――
890 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/11/02(金) 22:37:08.81 ID:wV06AyCyo
???「………バンカアァァッ!!」

遠くから響いた聞き慣れた声と共に、
ロロとゲルプリッターの真横から無数の大樹をなぎ倒しながら巨大な鋼鉄の塊が飛来し、
彼女に覆い被さっていたゲルプリッターに直撃した。

飛来した鋼鉄の塊はゲルプリッターを巻き込んで、
さらに数本の大樹をなぎ倒し、地面に巨大な溝を穿ってようやく止まる。

突然の事態に、ロロとアレックスは思考を停止させて数秒間に渡って唖然としてしまう。

二人の思考が動き始めたのは、その鋼鉄の塊を吹き飛ばした当人が顔を出すのと同時だった。

ザック「わ、わりぃ……ケガねぇか、ロロ?」

魔導装甲の下を血塗れにしながら現れたのは……そう、ザックだ。

ザックは出血と軽い脳震盪でフラフラする足を引きずるようにして現れる。

アレックス「………ザック君……君は、何と言うか……、
      こう言うタイミングが分かってやっていませんか?」

アレックスは四年前の戦闘記録を閲覧した時の事を思い出しながら、
僅かに呆れたような声を漏らした。

自分も他人の事を言えた義理でないタイミングで現れたが、
さすがにザックほど狙いすましたタイミングではないと思いたい。

ザック「お、珍しい所に珍しい奴がいるじゃねぇか」

その言葉でアレックスの存在に気付いたザックは、驚きと感心の入り交じった声で言った。

ロロ「ざ、ザックぅ……」

一方、絶体絶命の危機を脱したロロは、
恋人の名を呼びながら安堵感から目に涙を浮かべてしまう。

ザック「ろ、ロロ!? 大丈夫か!?
    まさか、どこかケガでもしたのか!?」

ザックはフラフラの足取りながらも、慌てた様子でロロに駆け寄る。

どう見てもザックの方が百倍は大丈夫ではないのだが、
先程まで戦闘が行われていた事も知らないザックは、
自分がロロを傷つけたのかも知れないと気が気ではないのだろう。

ヴェステージ<ふむ、やはり我が主とアイザックとでは、
       似たような条件でも天と地ほど待遇が違うのである>

アレックス<当たり前だろう……わざわざ言われなくても分かっているよ>

ヴェステージの言葉に、アレックスは盛大な溜息と共に肩を竦めた。

ザック「何だ?」

弟分の盛大な溜息に、ザックは怪訝そうに首を傾げる。

その傍らでは、ロロが慌てふためきながらもザックの治療を始めていた。

アレックス「いえ……
      恋人の危機に颯爽と駆け付けられる君が羨ましい限りだ、と思いましてね」

そんな二人の様子を見ながら、アレックスは肩を竦めたまま呟く。

確かに、ザックとロロならば“颯爽と駆け付ける”と言う光景も似合いそうだが、
アレックスと結の戦闘能力の差ではそうも行かない。

むしろ、何か事が起きれば颯爽と駆け付けられてしまう立場である。

英雄願望があるワケではないのだが――

ヴェステージ<前途多難であるな>

アレックス<わざわざ言わないでくれ……>

――愛器に言われて反論できない程度には気にするアレックスであった。
891 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/11/02(金) 22:37:34.95 ID:wV06AyCyo
同じ頃、タワー上層でゲヴィッターとの戦闘を続けているメイは、
やはり劣勢を強いられていた。

ゲヴィッター「死ねっ、死ねぇっ、死ねえっ!!」

全周囲に最大出力の魔力障壁を張り巡らせたメイに対し、
ゲヴィッターは幾度もすれ違い様の斬撃を繰り返している。

突風<ちょっと、これ以上ダメージ受けるのは危険よ!?>

メイ<分かってるけど……、こればかりはどうにもなんないって……>

思念通話で悲鳴じみた声を上げる突風に、メイは息も絶え絶えと言った風に呟く。

ザックのようにわざを敵の攻撃を受けてチャンスを窺っているワケでもなく、
メイの場合は本当に回避も防御もままならない状況での戦闘だった。

元来、メイの戦闘スタイルは研究院最速のスピードと、
魔導機人相手にも通用する打撃力に物を言わせた一撃必殺だ。

長時間の、それも一方的にダメージを受けるような戦闘など初めての経験である。

相手もスピード優先で攻撃力は思ったよりも高くない事もあって、
何とか障壁、魔導装甲、インナーの魔導防護服による
三層の防御がギリギリの所で致命傷を防いでくれていた。

だが、それでも消耗する魔力の量はかなりのものだ。

次第に魔導装甲の再構成も間に合わない程のダメージが蓄積しつつある。

ゲヴィッター「チッ、まだくたばらねぇか……」

ようやくゲヴィッターの攻撃が止んだ時には、
メイはまともに立っていられないほどに魔力を消耗し尽くしていた。

メイ「ぅ、あ……くぅぅ……」

倒れそうになる身体を気力で支えながら、メイは再び構え直す。

だが、耐え切れずにがっくりと膝をつき、前のめりに倒れそうになる。

すんでの所で両手を突っぱって倒れ伏すのは回避したが、それ以上動けなくなってしまう。

メイ(やば……力が……入んない……)

メイはすぐに立ち上がろうとしたが、
慣れない防戦一方の戦いで神経と魔力をすり減らしたためか、
全身に激しい脱力感が蓄積して身体の自由が効かない。

両手で必死に上体を起こそうとしても、身体に力が入らないのだ。

これは軽度の魔力減衰の一種であり、
メイほどの魔力量ならば数秒で完治するレベルの症状だった。

だが、ゲヴィッターを相手にその数秒は命取りである。

ゲヴィッター「ようやくガタが来やがったかぁ?
       なら、コレで終わりにしてやるぜっ!」

頭を上げて状況を確認する事もままならないメイの耳に、
死刑執行を告げるゲヴィッターの声が響いた。

おそらく、グリューンヴィントフォーゼの体勢に入ったのだろう。

左から凄まじい殺気が迫って来る。
892 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/11/02(金) 22:38:07.23 ID:wV06AyCyo
メイ(やばい……探査知覚まで止まってる……)

魔力減衰による影響で、メイの魔力探査能力は格段にその精度を落としてた。

魔導装甲は魔力コンデンサに蓄積された余剰魔力で形を保ってくれていたが、
初撃から直撃を受けては耐えきれる保証は欠片ほどもない。

メイ(こうなったら、腕一本犠牲にしてでも防御しないと……!)

メイは動かない左腕を必死に持ち上げてガードの姿勢を取ろうとする。

コレは一種の賭けだ。

魔力減衰の回復が間に合えば防御は成功する。
だが、間に合わなければ、左腕は確実に切り裂かれるだろう。

しかし、防御態勢に入った直後、ようやく魔力減衰の症状が緩和を始めた。

メイはしめたとばかりに立ち上がって、左腕に全力の魔力障壁を構成する。

間一髪で間に合いそうだ。

突風<メイ! 正面!>

メイ「え……?」

直後の突風の声に、メイは愕然とする。

確かに、正面からゲヴィッターが迫って来ていた。

だが、殺気は左から感じる。

魔力探査知覚はまだ回復していない。

そして、いつものように眼前のゲヴィッターの姿が掻き消えた。

直後、左腕に激しい衝撃が走る。

メイ「ぐっ!?」

左腕に魔力障壁を集中していたお陰で、その衝撃は何とか耐えきれる物だった。

ゲヴィッター「ちぃっ!?」

すれ違い様のゲヴィッターが激しく舌打ちする。

初撃を完全に防御され、体勢を崩されてグリューンヴィントフォーゼの勢いを削がれたのだ。

ゲヴィッターは幾度も身体を捻るように旋回しながら体勢を整え、
メイからやや離れた位置で静止した。

メイ「え……? な、何?」

唐突な事態に、メイは愕然とする。

左側から感じた殺気。
正面から迫って来たゲヴィッター。
そして、いつものように眼前で消えたゲヴィッターの姿。

様々な情報がパズルのピースのようにメイの脳裏を駆けめぐり、そして――

メイ「あ、そう言う事……アタシ、何だか分かっちゃった」

――組み上がったパズルに、メイは口元に笑みを浮かべた。
893 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/11/02(金) 22:38:33.27 ID:wV06AyCyo
ゲヴィッター「何が分かったってんだ? あぁん?」

ゲヴィッターは振り返りながら、苛立った様子でメイを睨み付ける。

メイ「アンタのスピードがとんだインチキだって事よ!」

メイはゲヴィッターを睨み返しながら叫び、構えた。

メイ<突風、魔力探査系は全部カット!
   カットした分の魔力も全部、肉体強化に集中!>

突風<え? ちょっと、本気で言ってるの!?>

メイ<本気も本気! これでアイツの化けの皮を引っ剥がしてやるわよ!>

自分から指示に驚きの声を上げた愛器に、メイは自信ありげに言い放つ。

突風<………分かったわ。
   貴女がそこまで言うなら信じる!>

やや間を置いてから、十一年来の相棒の言葉に突風は頷くように応えた。

魔力探査系の全てが閉じられ、それと同時にメイは静かに目を瞑る。

ゲヴィッター「偉そうな大口叩いておきながら、観念したのかよ……。
       だったら大人しく死んどけえぇっ!!」

メイのその様子に、
ゲヴィッターは怒りの砲声と共に三度、グリューンヴィントフォーゼを放った。

しかし、メイは落ち着き払った様子で周囲の気配にだけ神経を集中する。

素早く方向転換を繰り返すゲヴィッターが、頭上からメイに迫る。

そして、まるでそよ風に木の葉が揺れるような緩やかな動きで、
僅かに身体を後ろに反らせた。

直後、頭上から迫るゲヴィッターの姿が掻き消えた。

また、直撃の瞬間に残像を残すほどの超高速で移動したのだろうか?

その光景を見た者ならば、誰もがそう思っただろう。

だが――

メイ「そこぉっ!」

ゲヴィッターが消えた直後、メイは目を瞑ったまま真正面に向けて回し蹴りを放つ。

直後に金属が弾ける音が響き渡り、何かが床に叩き付けられる音が響いた。

ゲヴィッター「ぐあっ!?」

直後、後方から聞こえるゲヴィッターの呻き声を聞き、
メイはゆっくりと目を開いて振り返る。

すると、そこには翼を叩き折られて倒れ伏したゲヴィッターの姿があった。
894 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/11/02(金) 22:38:59.26 ID:wV06AyCyo
メイ「アンタのスピードの正体……。
   それは魔力遮断と高出力魔力の立体映像を利用した幻覚ね」

倒れ伏したゲヴィッターを見ながら、メイは確信を込めて呟き、さらに続ける。

メイ「アンタの攻撃は全部、見えた方向や魔力を感じた方向とは別の方向から来ていた。

   確かにアタシと同じくらいのスピードは出せるんでしょうけど、
   だからって直前までそこにいたのが一切合切消えて無くなるようなスピードなんて、
   とてもじゃないけれど負担が大き過ぎて出せるハズがない」

メイは経験則から淡々と言葉を紡ぎ、さらに続けた。

メイ「アンタは攻撃を開始すると即座に魔力を遮断、
   隠匿魔法で自分の姿を消すと同時に高出力の魔力の立体映像を作り出した。

   こうすれば視覚的にも探査知覚的にも“見える方が本体”と思いこませる事が出来る。

   攻撃がヒットする直前に立体映像を消して本体が攻撃、
   また姿と魔力を消して立体映像を見せる。

   これを繰り返せば“目で追えないスピード”を演出する事が出来る」

ゲヴィッター「くっ…そぉ……っ! 何で……何で分かった!?」

メイの解説が図星だったのだろう、ゲヴィッターは悔しそうに叫ぶ。

対して、メイは小さく息を吐いてから口を開く。

メイ「殺気よ……。

   魔力減衰で魔力を知覚できなくなって、アンタの姿を見なくなったら、
   途端に殺気がビンビンと来るんだもの。

   さすがにあそこまでバリバリに殺気出されたら、
   いくら落ち着きの無いアタシでも気付くわ」

メイはそう言って小さく溜息を漏らし、さらに続ける。

メイ「って言うか、カラクリに気付くと情けないわ……。

   こんなの、どっちかって言ったらアタシよりもむしろ、
   魔力探査能力の高いリーネや、新型センサー持ってる結向きじゃん。

   あぁ、もうっ!
   ……バカみたいに対抗心剥き出しにしてたの恥ずかしくなって来たわ」

言っている内に恥ずかしくなったのか、メイはやや赤面しながら漏らした。

ゲヴィッターの相手は自分しか相手できない、等と驕って安い挑発まで仕掛けた上、
冷静な判断力を失っていた自分を恥じているのだろう。

蓋を開けて見れば、何と単純なカラクリであろうか。

偶然にも気づけたから良かったものの、最後まで冷静に状況を考察できていなければ、
今頃、床に倒れ伏していたのは自分だったハズだ。

メイ「とりあえず……いい勉強になったわ、ホント。
   だから、授業料代わりに、アタシの新装備見せてやるわよ」

メイはそう言うと、両肩の追加装甲に意識を集中した。

すると、両肩の装甲が剥離し、彼女の正面で合体すると巨大化し、
直径一メートル、長さ一メートル半ほどの巨大な円錐となる。

メイ「突風……モード・竜巻っ!」

そう、この円錐型の追加装備こそが、
WX109−突風弐式・竜巻【ツェンフォンにしき・ロンジェンフォン】をソレたらしめる真髄だ。
895 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/11/02(金) 22:39:32.45 ID:wV06AyCyo
メイ「くらえっ!」

メイはボレーシュートの要領で巨大な円錐を蹴り飛ばし、上空高くに跳び上がる。

メイ「コレがアタシの新装備!
   ダイレクトリンク魔導ドリルだぁっ!」

メイの叫びに合わせ、彼女の背に一つの術式が浮かび上がった。

メイはその術式を蹴って、真っ直ぐ巨大円錐――
ダイレクトリンク魔導ドリルに向かって跳び蹴りの体勢で跳ぶ。

すると、メイとドリルの間に無数の三重術式が出現する。

増幅と旋回、さらに投射の三重術式だ。

メイがその術式を通過する度に、
彼女の身体が眩い緑色の輝きに包まれ、高速回転を始める。

一つ、二つと通過する度に輝きは増し、
回転スピードも上がり、跳び蹴りの速度も上がって行く。

そして、ついにメイの蹴りの先端がドリルの後部を叩き、
メイはドリルと共にゲヴィッターに突撃する。

凄まじい旋回スピードとメイの纏う魔力は、正に魔力のツイストドリルそのものだ。

ゲヴィッター「誰が悠長に食らうモンか!」

ゲヴィッターは翼を再構成すると、ドリルの先端から逃げ出す。

だが、逃げるゲヴィッターに向けてドリルの方向が変わる。

そう、メイはドリルを蹴り出すのと同時に追尾術式をドリルに叩き込んでいたのだ。

メイのスピードは既に彼女の限界値を突破し、超音速のドリル型ミサイルと化す。

最早、ゲヴィッターが今から魔力を遮断して姿を消しても間に合う物ではなかった。

メイ「究極穿こおぉっ! 疾風……飛翔脚うぅっ!!」

地表スレスレを逃げ回っていたゲヴィッターを、メイの新必殺技――
究極穿孔・疾風飛翔脚【きゅうきょくせんこう・しっぷうひしょうきゃく】が貫く。

ゲヴィッター「あが……っ!?」

ゲヴィッターは悲鳴を上げた直後に魔力を相殺されて霧散していた。

メイ「アタシの……勝ちだっ!」

ゲヴィッターが消滅した事を確認し、メイは勝ち名乗りを上げる。

しかし――

メイ「あれ……?」

勝ち名乗りを上げたハズのメイは、自身の蹴りが床を貫いても止まらない事に気付いた。

おそらく、この床自体が魔力で構成されていたのだろう。

本来、何の支えもない状態でドリルを壁や床に突き刺せば、
僅かに突き刺さった時点でドリルだけがその場で高速回転を始めるのだが、
相手が魔力の塊では相殺可能な限り、ドリルと化したメイは止まらない。

メイ「と、止まらないぃ!?」

メイは素っ頓狂な悲鳴を上げた。

何と言うべきか……自業自得である。

突風<……折角、格好良く決めてたのに……>

最後まで締まらない主の様子に、突風は盛大な溜息を漏らしていた。
896 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/11/02(金) 22:39:58.65 ID:wV06AyCyo
同じ頃、タワー下層部のレーゲン専用試験場――

退避ポイントへと逃げ込んだフランにブラウレーゲングスを放ったレーゲンは、
倒れているであろうフランの様子を確認すべく、ゆっくりと上空から近付いている最中だった。

レーゲン「さてと……止めの一撃と行きましょう」

レーゲンは冷静に、酷薄にそう呟く。

ライフルの銃口に、膨大な量の魔力が収束する。

障壁では防御不能に近いブラウレーゲングスの直撃を受け、おそらくフランの魔力は殆ど空。

既に魔力ノックダウン状態か、或いは魔力ノックダウン寸前だ。

そこに収束魔力弾を放てば完全な魔力ノックダウンか、
上手く行けば魔力減衰による追い打ちで命を奪う事も出来るだろう。

レーゲン「あとは近場の敵から順に片付けて行くとしましょう……」

勝利を確信したレーゲンは、口元に笑みを浮かべていた。

だが――

レーゲン「魔力反応!?」

倒れているフランの直上に到達した瞬間、
レーゲンはフランの魔力を感じ取って咄嗟にその場から飛び退く。

直後、レーゲンのいた位置を赤い巨大魔力弾が通り過ぎた。

レーゲン「まさか、まだ戦えると言うのですか!?」

レーゲンは愕然と漏らし、下方――フランのいる方角を見遣る。

そこには平然と立つ、無傷のフランがいた。

フラン「むぅ……隙を突いた程度じゃ当たらないか」

一方、フランはどこか不服そうな表情で、
巨大魔力弾を放ったハンドガンのバレルで肩をノックするように叩き付けている。

レーゲン「む、無傷ですって……!?」

レーゲンはそんなフランの様子に、構えていたライフルの銃口すら下げてしまう。

おかしい。
こんな事があるハズがない。

レーゲンの表情は雄弁にそう語っていた。

ブラウレーゲングスは貫通性と落下特性に優れた流水変換魔力の対地攻撃型の飽和射撃魔法。

並の障壁では防御すら難しいソレを、どうやって無傷で防御したと言うのか?

しかも、フラン自身に消耗したような様子はなく、最小限の魔力で防御したと言った風だ。

魔導の常識から外れている。
897 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/11/02(金) 22:40:24.95 ID:wV06AyCyo
レーゲン「そんな……一体、どうやって……!?」

自身の最強魔法を完全防御されたレーゲンは、ワナワナと全身を震わせて呟く。

その様子に、フランは飛び上がりながらも肩を竦めた。

フラン「うん……悪くはない魔法だとは思うわよ。
    相手が完全な陸戦型なら対処方法が少ない……むしろ良い魔法って言えるわね」

フランは余裕綽々と言った感じて呟く。

既にそこに焦りや緊張の表情はなく、何処か勝利を確信した様子に見える。

レーゲン「た、たかが一回、私の魔法を防御したからと言って……、
     その言いようは癪に触りますっ!」

レーゲンは怒りに震える声でそう叫ぶと、
フランに向けて流水変換した魔力弾を発射した。

純粋魔力の魔力弾と違い、貫通性と威力は比ではない。

一方、フランはやや強めの魔力を込めて反射術式を展開し、
正面に集中した障壁を展開する。

反射術式は純粋魔力や閃光変換魔力に対しては効果的だが、
物理干渉が可能な属性の魔力に対しては無力に等しい。

レーゲンは直撃を確信する。

だが、その直後――

レーゲン「な、何ですって!?」

――目の前で起こった変化に、レーゲンは目を見開いた。

フランの魔力影響下に入った流水変換された魔力が、
通常の純粋魔力へと変換され、反射障壁によって弾かれたのだ。

レーゲン「い、一体、何が……」

狼狽するレーゲンの様子に、フランは小さく深呼吸してから口を開く。

フラン「これが私の魔力特性……属性無効化よ」

レーゲン「ぞ、属性無効化ですって!?」

フランの言葉に、レーゲンは驚きの声を上げた。

フラン「そう………私の魔力影響下に入った熱系、閃光変換された魔力は、
    全て純粋魔力に還元される……。

    稀少度EX−Sの超稀少特性よ」

稀少度EX−S【エクストラS】――
それは世界にたった一人しか確認されていない場合に冠される、ある種の称号だ。

一番下をDとして、B、C、A、AA、AAA、S、EX−Sの八段階。

研究院で他にEX−Sに分類される魔力特性は、他には結の“無限の魔力”のみ。

メイの魔導機人を圧倒できるだけの肉体強化や、
リノの魔力特性にすら分類されるレベルのSランク超級の魔力運用も、
レアリティこそ高い物の、それでも二人よりもグレードの落ちる稀少度Sでしかない。
898 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/11/02(金) 22:40:55.83 ID:wV06AyCyo
レーゲン「そ、そんな都合の良い魔力特性が……、
     そんな情報、こちらにはありませんわ!?」

フラン「言ったでしょ、稀少度EX−Sだって……。
    本来なら最上級特秘事項よ」

狼狽するレーゲンに冷静に言い放って、フランはさらに続ける。

フラン「結みたいに子供の頃から実戦で大盤振る舞いしたならまだしも、
    長距離狙撃が専門の私の魔力特性を一発で見抜ける奴なんていると思う?」

レーゲン「そ、それは……」

フランの挑発的な質問に、レーゲンは自身に与えられているフランの情報を思い返す。

研究院最高精度スナイパーの呼び声も高い、
Sランク戦闘エージェントにして、対テロ特務部隊の提唱者にして隊長。

そう、彼女の魔力特性に関する情報は一切、記載されていなかった。

彼女の能力を勘案すれば、単に高精度の魔力探査能力と思うのが普通だろう。

レーゲンもその例に漏れず、そう考えていたのだ。

フラン「まあ、お陰で属性魔法がまともに使えないし、
    何するにも術式使わないといけないから面倒なの何のって……んっ、コホンッ!」

フランはいつの間にか愚痴になっていた事に気付き、照れ隠しにわざとらしく咳払いする。

フラン「ただ、属性魔法が主力の魔導師相手なら……私、強いわよ?」

そして、挑発するような笑みを浮かべ、自信ありげに言い切った。

フランの魔力特性の最大の利点は、
彼女の言う通りに属性魔法を主力とした魔導師を相手に真価を発揮する。

奏や結のように、ほぼ全ての魔法が属性魔法の場合は、
かなりの魔法を反射障壁で無力化できるのだ。

しかし、レーゲンは頭を振って自身の焦りを振り払う。

レーゲン「粋がって見せても、あなたの魔力弾はまだ、
     私に一発たりとも当たっていませんわよ!」

レーゲンはそう叫ぶと同時に、大量の魔力弾をライフルと肩の砲口から発射する。

しかし、フランは先程と同様に反射術式を用い、反射障壁で魔力弾を弾き返した。

レーゲン「多重術式並に複雑な反射術式を、
     そう何度も何度も繰り返し使うには術式のストックが必要!
     あと何度、同じ攻勢を凌ぎ切れますか!?」

半ば躁状態になってレーゲンは叫ぶ。

そう、彼女の言う通りだ。

反射術式は純粋魔力や閃光変換魔力を相手に絶対的な優位を誇る反面、
かなり複雑な工程を要求される上級術式でもある。

相手がチャージタイムを要する砲撃を使うならまだしも、
ただの魔力弾連射が相手では反射術式を構築している余裕はない。

事実、フランがストックしている瞬時展開できる術式の予備は残り二つ。

さらに、フランの魔力特性も利点だらけと言うワケでもなかった。

自身の魔法に属性付加できない点以外にも、
魔力影響範囲を広げなければ反射障壁を有効活用できないため、
結果的に使う魔力の量も増えてしまう事だ。

属性変換を無効化するのにも魔力を使うため、
普通に反射するよりも倍以上の魔力を浪費する。

実際、レーゲンのブラウレーゲングスを無効化するために、
フランはかなりの魔力を消耗していた。

そして、レーゲンの火力は明らかに自分を上回っている。

あと二回、フランが反射障壁を使い尽くせば、相手の魔力切れまで必死に回避するか、
一か八かの真っ向勝負しか勝つ手立ては残されていなかった。
899 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/11/02(金) 22:41:24.70 ID:wV06AyCyo
フラン「確かに、そうね……」

フランは冷静に頷く。

言ってみれば、今までの事は全てブラフだ。

そう――

チェーロ<マスター、全術式の設置とリンク完了しました>

愛器の声が脳裏に響く。

――全ての準備が完了するまでの……。

フラン「待ってました……っ! じゃあ、早速行くわよ!」

フランは口元に笑みを浮かべてそう叫ぶと、ライフルを構えた。

鉄柱を足場にするでなく、遮蔽物に隠れるでなく、
単に空中に制止しての隙だらけの射撃姿勢だ。

レーゲン「そんな隙だらけの体勢で……!」

レーゲンは腹立たしそうに呟きながら、自身のライフルから魔力弾を放とうとする。

だが――

フラン「ウーノッ!」

フランが叫ぶと同時に、レーゲンの背中に赤い魔力弾が命中した。

レーゲン「なっ!?」

突然の後方からの魔力弾に、レーゲンは体勢を崩しながらも目を見開く。

赤い魔力弾。

このタワー内部に入り込んだ敵の中で、赤系統の魔力波長を持つのはフランだけのハズ。

自分の背中に回り込めるような敵がいたとは考えにくい。

愕然としながらもそれだけの事を思考していたレーゲンは、慌てて体勢を立て直す。

フラン「ドゥーエッ! トレッ! クアットロッ! チンクエッ!」

そこに立て続けに四発の魔力弾が殺到した。

しかも、その全てが飛んで来る方角が違っている。

レーゲン「そ、そんな!? ど、どんな方法で撃っていると言うんですか!?」

あらゆる方角から飛んで来る魔力弾を必死に防御しながら、
レーゲンは慌てたように漏らす。

フラン「私の魔力弾、あなたが全部避けたでしょ?
    アレよ、アレ……。

    セーイッ! セッテッ!」

説明しながらも、フランはさらに二発の魔力弾に襲い掛からせた。

レーゲン「私が……避けた……!?」

魔力弾を防御しながら、レーゲンは愕然と呟く。

フランがこの場に来て放った魔力弾と言えば、
ライフルから連射した物とハンドガンから放った巨大な物。

その内で避けた物と言えば、ハンドガンから放たれた巨大で低速な魔力弾だけだ。
900 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/11/02(金) 22:41:52.83 ID:wV06AyCyo
フラン「攻撃に見せかけて放った六発、隠れていた時に気付かれないように四発、……計十発。
    遅延型隠匿魔法術式と増幅・投射の複合多重術式弾型の浮遊砲台魔法……。

    コレが私の奥の手、インヴィジービレチェッキーノよ!」

レーゲン「こ、こんな魔法……情報にありませ……!?」

フラン「オットッ! ノーヴェッ! ディエーチッ!」

言い放った言葉に驚くレーゲンの声を遮るかのように、
フランはさらに三発の魔力弾を放った。

そして、ライフルの銃口をやや逸らせ、呆れたように溜息を漏らし、口を開く。

フラン「情報、情報って……そりゃ情報も重要だけれど、
    奥の手がほいほい敵に知られてたら、
    おちおちスナイパーなんてやってらんないわよ」

フランはそう言い終えると、再びレーゲンに向けてライフルを構えた。

フランのインヴィジービレチェッキーノは、ライフルで狙いを定めた相手に、
隠匿魔法で周囲にとけ込ませた術式から蓄積した魔力を魔力弾として放つ魔法だった。

初見での回避や対処は難しいだろう。

だが、だからこそレーゲンはほくそ笑む。

レーゲン「奥の手なら、さっきの十発目までで私を倒してしまうべきでしたね!
     十発の軌道は全て見切らせて貰いましたわ!」

レーゲンは勝ち誇ったように叫ぶ。

彼女の言葉通り、既に全ての魔力弾を防御した彼女は、
どの魔力弾がどの方角から来るのかを悟っていた。

しかも、ご丁寧にイタリア語で一から十まで順番にカウントまでしてくれている。

どの数字にどの軌道が対応しているかも分かった以上、回避は難しくない。

むしろ、彼女の狙撃精度ならば回避しながらでも必殺の魔力弾を放つ事が出来る。

フラン「あっそう………。
    プリーモッ! セコーンドッ!」

勝利を確信したレーゲンに、フランはやや呆れたように溜息を漏らしてから叫んだ。

レーゲン(第一、第二?
     言い方を変えて撹乱するつもりでしょうが、そうは行きませんわ!
     一と二は、それぞれ真後ろと左上方二〇度!)

レーゲンは心中でほくそ笑みながら、左下方へと逃げる。

これならば確実に一度の回避軌道で二発の魔力弾を回避可能だ。

だが、そんな思いとは裏腹に、
彼女の頭上から肩と、右から脇腹に魔力弾が命中した。

レーゲン「な……っ!?」

防御も出来ずに直撃した魔力弾に、レーゲンは目を白黒させる。

先程とはまるで軌道が違う。

自分の確認した軌道が確かならば、
頭上の物は十番、脇腹に当たった右の物は三番の軌道だ。
901 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/11/02(金) 22:42:28.53 ID:wV06AyCyo
フラン「奥の手だって言ったわよね?

    軌道を読めてもどの砲台から撃つのか分からない、
    ってのがこの魔法のコンセプトなんだから、
    簡単に丸裸にされるワケないでしょ?

    オットッ! クアットロッ!」

フランはそう言って、さらに八番と四番をコールする。

レーゲン(八と四! これなら先程と同じ軌道!)

レーゲンは素早く回避できる位置へと移動するが、まるで狙いすましたように、
逃げた位置へと先程の八番と四番とは別の軌道から魔力弾が飛んで来た。

やはりこれも避けられずに当たってしまう。

レーゲン「そ、そんな……完全ランダムだとでも……」

フラン「どんどん行くわよ!
    ルデニィッ! ドメニカッ! ヴェネルディッ!」

呆然とするレーゲンに、フランはさらに三発の魔力弾を直撃させる。

最早、番号ですらなく、今度は曜日――月曜、日曜、金曜だ。

そう、別に番号や順番など一切の規則性はない。

フランが狙いを定めた位置に対して、角度と位置を目まぐるしく変えながら、
彼女の発音に合わせて適当な順番で撃っているに過ぎない。

極端な話、彼女が大声で世間話をするだけでも、
蓄積した魔力が切れるまで延々と魔力弾を発射し続けるのだ。

フランの声に反応して、完全ランダムに魔力弾を発射する浮遊砲台。

それこそがインヴィジービレチェッキーノの正体だ。

最初の十発に数字を付けたのは混乱を誘うためのブラフであり、
規則性がある物と思いこませるための罠である。

フラン「チェーロッ! モードッ! アルコバレーノッ!」

フランは浮遊砲台の発射を誘発するように叫びながら、
ライフルの側面にハンドガンを連結させ、背面から延びたケーブルを全てライフルに直結させた。

WX101−チェーロ・アルコバレーノ。

祖父の愛器、アルコバレーノ――虹の名を冠したギアの
最強のダイレクトリンク魔導ライフルを使うための形態である。

側面に連結させたハンドガンのグリップをフォアグリップのように握り、
フランはヘッドギアからスライドしたターゲットスコープを覗き込む。

フラン「ロッソッ! 赤っ! レッドッ! ロートッ! ルベルッ! ホンッ!」

その間にも絶え間なく浮遊砲台から魔力弾を放ち続ける。

最早、イタリア語の括りすら捨てて、あらゆる国の原語で“赤”と叫び続けるだけだ。

レーゲン「うぅっ!? こ、このぉっ!」

それがレーゲンの冷静さすら削り落とし続ける。
902 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/11/02(金) 22:42:59.47 ID:wV06AyCyo
襲い掛かり続ける魔力弾に翻弄され続けるレーゲンに、改めて狙いを定めた。

三重収束と三重増幅の六重術式が銃口へと展開する。

フラン「これがっ! 私のっ! 最強っ! 魔法っ!」

やや滑稽ながらも、フランは浮遊砲台を起動して叫んだ。

真っ赤な魔力がライフルの銃口へと収束し、一気に解き放たれる。

フラン「スカルラットッ! フィナァレエェッ!!」

フランの叫びに応え、ライフルと浮遊砲台から一斉に魔力弾が放たれた。

高密度収束された本命の魔力弾と共に、
十発の魔力弾がレーゲンに向けて一斉に襲い掛かる。

浮遊砲台からの魔力弾が途切れた僅かな時間、
レーゲンは何とか持ち直してダメージを受けた魔導装甲を再構成したが、
それが逆に彼女に止めを差した。

フラン「そんな事やってる間に避ければいいのに……」

チェーロ<自分で撃っておきながら、その言い草はどうなんでしょう?>

呆れた様子のフランに、チェーロが苦笑い気味に呟いた。

レーゲン「……ッ!?」

魔導装甲を再構成した直後、レーゲンは悲鳴を上げる間もなく
十一発の魔力弾にその身を貫かれ、魔力を相殺されて霧散して行く。

スカルラット・フィナーレ――
緋色の終焉の名に相応しい派手さと威力を兼ね備えた魔法であった。

フラン「……そう言えば、姉としてどうのこうの、
    私が偽善者だとか何だか言ってたけど。
    敢えて、言わせて貰うわ………」

霧散して行くレーゲンを後目に、
フランはライフルを担ぎながら朗々と呟き、さらに続ける。

フラン「妹や弟が、音を上げずに自分の力で頑張ってる間は、
    信じてしっかり見守るのが姉貴分の務めってモンでしょ……!」

その言葉と共に脳裏に過ぎるのは、幼き頃に憧れた、今は亡き“姉”の姿。

そして――

フラン「お姉ちゃん、なめんなっ!!」

フランの怒りの声と共に、レーゲンは完全に消え去った。
903 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/11/02(金) 22:43:50.86 ID:wV06AyCyo
自身の魔力探査範囲からレーゲンが消えた事を確認したフランは、
小さく息を吐いてから歩き出す。

フラン「結構、魔力使ちゃったなぁ……。
    引き返すのは癪だけど、一旦、中継地点に戻ってロロに回復して貰わないと……」

チェーロ<救援に戻られるんですか?>

フラン「あなたまで何言ってんの?
    私の弟分や妹分達が、あんな程度の連中に負けるハズないでしょ」

心配そうなチェーロの質問に、フランは自信ありげに返した。

と、その時――

??「止めてぇぇっ!?」

頭上から轟音と共に悲鳴が響き渡り、
フランは殆ど無意識のまま、咄嗟に前方へ向かって飛んだ。

直後、フランの背後で爆音と共に大量の瓦礫が舞い上がった。

フラン「うひゃっ!?」

フランは物理防護を全開にして遮蔽物の影に隠れ、瓦礫をやり過ごす。

どうやら、真上から落ちて来た何者かが床を抉り抜き、
その破片を飛び散らせているのだろう。

数秒して瓦礫が止んだのを確認したフランは、
恐る恐る“何者か”が落下した地点に目を向けた。

濛々と立ちこめる土煙の向こうで、
フラフラと回転し続ける小柄な女性の姿がある。

まあ、何者かなど、既に予想の範囲内だった。

フラン「メイ……あなたねぇ」

フランは呆れたように小柄な女性――メイの名を呟く。

自分自身で作った巨大クレーターの中心で、前述の通りフラフラと回転を続けている。

目が回っているのか焦点は定まっていない。

魔導装甲は霧散して消えており、インナータイプの着衣型魔導防護服だけと言った状態だ。

どうやら、魔力切れを起こし、魔力コンデンサ内の全魔力も使い果たして
魔導装甲を維持できなくなってしまったのだろう。

そう……メイはゲヴィッターとの決着を着けた直後、
そのままフランのいるこの下層まで掘り進んで来てしまったのである。

フラン「もう、この子は幾つになっても手がかかるんだから……」

フランは呆れと微笑ましさの入り交じった複雑な表情と声音で呟くと、
フラフラと回り続けるメイへと駆け寄った。

これはどうやら、彼女もザックとロロのいる中継地点に連れ帰り、
早急に治療をする必要がありそうだ。



作戦開始から早くも七十三分経過。
現時刻、二十三時十五分。

世界滅亡の瞬間まで、残り四十五分。

作戦タイムリミットまで、あと……僅か十五分。

時計の針は、止まらない。


第32話「特務、大激闘」・了
904 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/11/02(金) 22:48:36.46 ID:wV06AyCyo
今回はここまでとなります。
最終決戦編……書けば書くほど話が長くなっているような気がしますが、このまま行くと最終回がどうなる事やらw


久しぶりなので、安価置いて行きます。

第17話 >>2-65
第18話 >>67-127
第19話 >>132-180
第20話 >>187-238
第21話 >>246-304
第22話 >>309-353
第23話 >>357-419
第24話 >>425-545
第25話 >>552-592
第26話 >>597-632
第27話 >>637-669
第28話 >>674-709
第29話 >>714-757
第30話 >>769-797
第31話 >>807-845
第32話 >>854-903
905 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/11/06(火) 01:57:07.09 ID:1lv0+E5r0
遅ればせながらの乙ですたー!
いや、これはひと月かかるでしょ。もし私がこのエピソードに挑むなら、半年かかってもおかしくないですよ。
さて今回。
パイルバンカー!ドリル!爆発!ファンネル!そしてエネルギー過剰供給!!
どれをとっても、漢のロマンでしたな!!
こうなると、結と奏の戦闘も楽しみで、ワクワクしてしまいます。
次回も楽しみにさせていただきます!
906 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/11/06(火) 20:25:04.18 ID:0MRsHEvjo
お読み下さり、ありがとうございまーす。

>ひと月かかるでしょ
タイムテーブルと睨めっこしつつ、頭捻りながら書いておりました……それでも計算違いが出ていそうな気もしますがw
ともあれ、ピンチ→逆転の四連チャンなので、書いている方も話もダラけないようにするのが一番大変でしたが。
あとは……衝動的に「第五部とかどうだんべ?」とかアホな事を考え出してしまった結果の遅延が最たる物かとw

>さて今回。
全員、それぞれの特徴に合わせて最終武器、最強魔法を調整した結果、あんな感じに……。
今回、あまり良いところの無かったロロですが、予定通りならばまだ重大な見せ場が残っておりますのでご期待下さい。
余談ですが、アーサー王フリークのアレックスの爆発制御には円卓の騎士絡みで厨二全開ネームがついているハズですw

>結と奏
ご期待に添えるものになるかまだ分かりませんが、
次回は取り敢えず、29話からずっとノータッチの本條姉妹に再登場してもらう予定でおります。
907 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/01(土) 16:31:26.74 ID:VBCxx/Dao
珍しい時間帯ですが、色々書き上がったので最新話を投下します
908 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/12/01(土) 16:31:54.07 ID:VBCxx/Dao
第33話「本條姉妹、一征を巡る決着」



今より十五年前……西暦1992年初夏。
日本、北海道夕張市山中――


静かな山林の中に佇む武家屋敷――本條家本邸。

その母屋となっている一際大きな建物、
さらにその奥まった大広間の中央に二人の幼い少女が座っていた。

よく似た顔立ちをした双子の少女。

本條家現当主、隆一郎【りゅういちろう】の娘、姉の美百合と妹の紗百合だ。

二人は普段なら着ない振袖を朝から羽織り、どこか緊張した面持ちで正座している。

紗百合「うぅ……足、いたい……着物、きついぃ……」

慣れない着物を着せられ、正座を始めて一時間。
遂に紗百合が音を上げた。

美百合「さーちゃん、平気? 大丈夫?」

紗百合「平気じゃないし、大丈夫じゃないよぉ……」

おろおろと心配そうに尋ねた美百合に、紗百合は涙の滲む目で応える。

別に正座に慣れていないワケではない。

食事中は普段から正座だし、半年前から始まった魔導の修業においても、
座学の際は正座で講義を受けるように躾けられていた。

ただ、着慣れぬ着物を着せられ、誰もいない大広間に放り出されて、
正座で待たされる事、実に一時間。

さすがに一時間座りっぱなしと言うのは初めてだったし、
普段は一族や関係者で賑わう事の多い大広間にたった二人だけと言うのも、
緊張と痺れを後押ししていた。

美百合「お父様もお祖父様も、ここで大人しく待っていなさい、って言っていたけど……」

辛そうな妹の様子に、美百合はどうしたものかとせわしなく辺りを見渡す。

しかし、さすがに見渡した程度でどうにか出来る打開策が見付かるハズもなく、
美百合はすぐに手詰まりを迎えてしまう。

と、その時、大広間の上座側にある襖――当主の間が開かれた。

美百合「あ……」

紗百合「え……?」

少しだけ驚いた様子の姉の声に釣られ、紗百合も俯けていた顔を上げる。

二人の視線の先には父、祖父と共に一人の少年がいた。

年の頃は自分達よりも僅かに上……
今年で五歳になる自分たちに対して、六、七歳くらいだろうか?

邸内ではあまり自分達と同じ年頃の子供を見かけないため、
美百合と紗百合は面食らったような表情を浮かべてしまう。

奏一郎「どうした、二人とも?
    鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして。

    フォッフォフォ……ごふ、ごふっ」

祖父・奏一郎は孫達の様子に楽しげな笑みを零したが、不意に咳き込む。
909 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/12/01(土) 16:32:23.98 ID:VBCxx/Dao
隆一郎「親父殿、まだ体調がよろしくないのだから、今日はもう寝ていて下さい」

傍らの隆一郎は、咳き込んだ父親の身体を支えながら窘めるように言う。

奏一郎「何……まだまだ若い者には負けんよ」

そんな息子の心配を余所に、
奏一郎は“大丈夫だ”と言わんばかりに胸を張って見せる。

御年六十四歳……まだ老衰には早い歳だったが、
奏一郎は昨年に大病を患い、当主の座からの引退を余儀なくされていた。

元々、数十年に渡る心労から弱っていた事もあって、実際の歳よりもやつれて見えていたのだ。

事実、この四年後……1996年の春、奏一郎は六十八歳で息を引き取る事になる。

美百合「お祖父様!?」

紗百合「だ、大丈夫!?」

祖父の様子に、双子も慌てた様子で立ち上がった。

だが、一時間も正座させられていた事もあって、足が痺れて思うように動けない。

美百合「あ、わわ……!?」

紗百合「きゃっ!?」

着慣れない着物を着ていた事もあって、双子はつんのめって倒れる。

あわや顔面から畳に激突。

そう思われた瞬間、倒れかけた二人を支えたのは、
父や祖父と共に現れた例の少年だった。

少年「大丈夫ですか、お二人とも?」

少年は二人をゆっくりと座らせながら、その前に傅くように跪く。

双子は足を崩して座りながら、呆然と少年の顔を見つめる。

隆一郎「紹介が遅れたな……。
    彼は一征、分家筋の鷹見家から寄越して貰った。

    今日から、お前達の世話役として働いてもらう事になる」

隆一郎は一段高くなった上座に座ると、少年――幼き日の一征を娘達に紹介した。

奏一郎も一段低い位置に座りながら、
早速、双子の世話役としての務めを果たした一征の様子に、
嬉しそうな笑みを浮かべて何度も頷く。
910 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/12/01(土) 16:32:58.25 ID:VBCxx/Dao
一征「御当主様からご紹介に預かりました、一征と申します。
   これからよろしくお願いします、美百合様、紗百合様」

少年はどこか事務的に、だが恭しく頭を垂れた。

美百合「いっせいさん……」

紗百合「おせわやく……」

一征自身の自己紹介と、父の説明を聞かされた双子は、彼の名とその役職をそれぞれ反芻する。

隆一郎「まだ六歳だが、分家の中でも確かな才覚を持つ子でな。
    お前達の世話役の他に、稽古の相手役も務めてもらうつもりだ」

奏一郎「まあ、あまり難しく考えずに、兄が出来たと思えばいい」

隆一郎の言葉を補足するように、奏一郎が続けた。

美百合&紗百合「お兄様……?」

双子は異口同音にその言葉を漏らし、呆けた様子で呟く。

恭しく頭を垂れていた一征も、ようやくその顔を上げる。

紗百合「えっと……お兄様って、呼んでいいの?」

紗百合が何処か戸惑ったようにそう尋ねると、
一征は軽く頷いて“ご自由にお呼び下さい”と、何処か事務的に応えた。

その様子に、紗百合は“兄が出来た”と言う事が嬉しくて、
満面の笑みで顔を輝かせる。

美百合「い、一征お兄様?」

妹に少し遅れて、美百合も恥ずかしそうにその名を呟く。

一征「はい」

一征が応えると、美百合も妹同様に嬉しそうに笑みを浮かべた。


これが、本條姉妹と鷹見一征の出逢いである。
911 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/12/01(土) 16:33:25.96 ID:VBCxx/Dao


時と所は変わり、現在、アイスランド共和国。
ヴァトナヨークトル氷河地下――


美百合「何とか、ここまで入って来れましたね」

美百合は胸を撫で下ろしながら呟いた。

地下の広大な空間に建てられた巨大タワー型施設に侵入した美百合、紗百合、一征の三人は、
直前まで行動を共にしていたアレックスと別れ、現在はタワー深部を目指して進行中である。

突入に使ったのは結達とは別の突入口で、
アレックスの水蒸気爆発で突入口のダクト内を吹き飛ばしての侵入だ。

また、結達の使ったダクトがほぼ垂直に降下できるルートだったのに対して、
美百合達の使ったダクトはかなり曲がりくねった複雑なルートだった。

結果的に、結達とはタワーを挟んで正反対の位置に出てしまい、
戦闘反応を検知したアレックスがその救援に向かう事になったのが、丁度五分前である。

現時刻、二十二時五十分。

世界滅亡のタイムリミットまでは残り七十分、
フランの予想した限界時間までは残り四十分。

作戦開始からの経過時間を考えれば、まだ折り返しと言った所だろう。

紗百合「入って来たくらいで、そんな悠長に胸撫で下ろしてる余裕なんてないでしょ」

故に、紗百合の溜息がちな文句も尤もと言えば尤もな意見だ。

タワー内……と言うよりは、広大な地下空間への潜入口であったダクトに突入し、
機人魔導兵召喚用の大型呪具を破壊してからは機人魔導兵とも遭遇しないため、
多少の安堵感が無いワケでもない。

問題はカナデを含む幹部格の機人魔導兵達や、首謀者であるグンナーとの遭遇である。

既にタワー内に突入している特務メンバーと違い、
三人は幹部格との戦闘は経験していない。

一応、交戦時のデータは参戦している全員に公開されているが、
実際に戦わなければ、どの程度の相手かと言うのは推し量りにくい物だ。

美百合「……ごめんなさい」

美百合も自分の言動が気楽過ぎであったと思い返し、申し訳なさそうに項垂れた。

姉のその様子に、紗百合は苛立たしそうに奥歯を噛む。

責めたのは確かに自分だが、
そこまで落ち込まれると逆に自分が悪いように思えてしまう。

さらに先日、フランにも窘められた事もあって、
紗百合もさすがに僅かな罪悪感を感じてしまっていた。

紗百合「……ああ、もう! 私も言い過ぎたわよ!」

苛立たしさを吐き出すように言って、紗百合は美百合から顔を背ける。

対して、美百合も妹の様子に寂しそうに顔を俯けてしまう。
912 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/12/01(土) 16:33:57.06 ID:VBCxx/Dao
一征「……」

二人のそんな様子を見ながら、
一征はどうしたものかと困ったような表情を浮かべていた。

こんな時に、立場のしがらみのないフランがいてくれたなら、
二人の事を軽く一喝してくれていただろう。

上の人間として見るとあまり尊敬できる類ではないが、
そう言った物怖じしない気さくな年上然とした対応には一目以上の信頼の念がある。

ともあれ、ここは別の話題にシフトさせるしかないだろう。

一征「お二人とも、後方の警戒をお願いします」

一征は意を決して口を開いた。

務めて穏やかな口調で、促すように声をかける。

美百合「……分かりました」

紗百合「……分かったわ」

それを緩やかな叱責と取ったのか、双子はやや消沈した様子で応えた。

一征(上手くいかないものだな……)

心中で肩を竦めながら、一征は双子の様子を見遣る。

美百合と紗百合は腰の裏側にあるラックから、
既に手に持っていた大太刀と大太刀型ダイレクトリンク魔導剣に加え、
それぞれ小太刀型ダイレクトリンク魔導剣と小太刀を取り出していた。

美百合の物と紗百合の物でそれぞれ長さが違うのは、二人が持つ日本刀の長さに依る。

美百合と紗百合が幼い頃より使っていた日本刀は、
江戸初期から代々本條家――つまり徳川幕府に仕えた陰陽師の家に伝わる一対の業物だ。

通常の日本刀と異なり、魔力を伝達し易い巨大な宝珠を細長く削り出し、
それを芯として周囲に刃や峰を打ち付け刀の形に整えている。

一般に日本刀と呼ぶには遠い――どちからと言えば祭具や宝物の類と言うべき代物だ。

美百合が持つ右太刀の鬼百合・夜叉と、紗百合が持つ左太刀の鬼百合・般若の夫婦太刀。

魔力を含む事で強固な構造となる魔法戦専門の日本刀であり、
現代技術では再現が不可能なある種のオーパーツだ。

元来は当主候補である美百合が両方を持つべきなのだが、
ある理由から左太刀は紗百合が使用している。

しかし、元より二刀一対が本條家の代々の戦術と言う事もあり、
二人の完成版ギア――WX111−リリスHとWX112−リリスSには日本刀の対として使えるように、
大太刀と小太刀となるダイレクトリンク魔導剣が装備されているのだ。

ともあれ、二人はタワー突入までは大太刀一本の戦闘で魔力の使用を制限して来たが、
今になって二刀を構えたと言う事は、少人数時の強敵との接触を警戒しての事だろう。

一征も自身の魔力探査範囲をギリギリまで広げて警戒を強めた。

だが、多分に魔力を含んだタワーの構造が、その探査を妨害する。

一征(かなり近くに行くか、通路の正面に出てくれない限り、
   俺程度の探査能力では殆ど役に立たないな……)

一征は心中で独りごちる。

双子の探査能力も自分と同程度だ。

話を逸らせるつもりの警戒指示だったが、あながち間違いではなかった。

三人は無言のまま、タワーの奥へ奥へと駆け足で進む。

突入した入口が良かったのか、殆ど一本道のようだ。

だが、曲がりくねるばかりで脇道の一つもない一本道は、
無言の重苦しさを一歩毎に増させるばかりだった。
913 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/12/01(土) 16:34:28.06 ID:VBCxx/Dao
そんな重苦しい行軍が二分ほど経過した頃になって、
一行の目の前にようやく分岐路が姿を現す。

紗百合「右か、左か……ね」

紗百合は先頭にまで進み出ると、溜息混じりに呟いた。

言葉通り、左右に分かれた単純なY字路である。

分岐の先はどちらもかなり奥まで続いているようで、
途切れ途切れの照明に照らされた通路の先は、途中から見えなくなっていた。

紗百合「どっちも距離があるわね……」

美百合「えっと……こう言う時って、右手の法則でしたっけ? 左手の法則でしたっけ?」

面倒臭そうに呟いた紗百合に続いて、美百合が怪訝そうに首を傾げて呟く。

紗百合「迷路じゃないんだから……。
    それにそんな悠長な事してる場合じゃないでしょ」

姉の言葉を聞きながら、紗百合は振り返って盛大な溜息を交えて言った。

確かに、迷路ならば左右どちらかの壁伝いに延々と歩き続ければゴールにたどり着くが、
さすがにこのタワーにその理屈は通用しないだろう。

見た目の上で一本道は多いが、隠匿魔法を使った隠し通路が幾つも存在している。

その隠し通路を探るためならば、ダクトの壁面に手を沿わせるのも手かもしれないが、
実際は側面だけでなく床や天井にも隠し通路が存在しているのだ。

立体交差や坂道程度の三次元ならともかく、
縦横上下に分岐する完全な三次元迷路を相手では右に回ろうが左に回ろうが意味はない。

三人もまだ気付いていない事実だったが、
その点について紗百合の指摘は遠からず当たっていた。

加えて、仮にこのタワーの構造が二次元的であったとしても、
タイムリミットまで残り一時間と言う今の状況では、
少人数でルート総当たりなどやっていられる状況ではない。

美百合「……となると、やはりどちらかを選ばないといけませんね」

妹からの言われ様に僅かに気落ちしかけた美百合だったが、
すぐに気を取り直して右側の通路を覗き込んだ。

対して、紗百合は左側の通路を覗き込む。

紗百合「さて、どっちにするかね……。
    あまり迷ってる時間は無いし、二手に分けられるほど人数に余裕も無いし……」

紗百合は思案気味に呟くと、
“アレックスと別れて行動するんじゃなかったかなぁ”と愚痴を漏らした。

一征「とりあえず、内周方向……左側に行きましょう」

一征はそう言って、左側の通路に向けて歩を進めようとする。

その時――

一征「ッ!?」

不意に後方からガンガンと連続した音が近付いて来る事に気付き、
一征は息を飲んで振り返る。

双子も僅かに遅れて振り返ると、
先程歩いて来た通路が無数のシャッターで閉じられて行く最中だった。

音の正体は、このシャッターが連続して落ちる音だったのだ。

一征(退路を塞ぐつもりなのか?)

一征はそんな事を考えながら、ふと逡巡するかのように視線を落とした。
914 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/12/01(土) 16:34:55.53 ID:VBCxx/Dao
すると、さらに驚くべき物が目に入る。

自分達の足下――ダクトの一部が開いて別のシャッターがせり上がろうとしていた。

入口側から閉じらて行く進路を遮るシャッターと違い、
こちらは通路を左右に分断するシャッターだ。

一征(マズい、分断される!?)

一征がその事に気付いたせいなのか、シャッターのせり上がる速度が一気に上昇した。

もう半分以上がせり上がっている。

その頃には、双子もその事態に気付いていた。

美百合「さーちゃん!? 一征お兄様!?」

美百合は慌てて手を伸ばそうとするが、それだけで越えられるような状況ではない。

右側には美百合が一人、左側には一征と紗百合。

どちらが今後不利になるかなど、火を見るよりも明らかだ。

一征「美百合様っ!」

一征は即断し、シャッターを跳び越えた。

紗百合「一征!?」

その一征の行動に、紗百合は愕然とする。

だが、同時に思う。

そう、これは一征の立場として当然の行為だ。

双子とは言え、美百合は長女である以上、正当な後継者候補の第一位。

対して自分は次女、正当とは言え後継者としての序列は第二位。

どちらを優先して守るべきかなど、明白である。

だが――

一征「美百合様、失礼致します!」

美百合「え……きゃっ!?」

一征は閉じかけのシャッターを片手で押さえつけると、伸ばしていた美百合の腕を掴み、
閉じかけのシャッターの向こう側――紗百合の元へと彼女を放り投げた。

突然の事に驚いた美百合だったが、即座に体勢を立て直して安全に着地する。

直後、金属が弾ける音と共に、シャッターを押さえ込んでいた一征の魔導装甲の腕が砕けた。

一征「ぐぁっ!?」

せり上がるシャッターに腕を持って行かれかけ、一征は思わず苦悶の声を上げる。

だが、その衝撃も一瞬の事で砕けた腕の魔導装甲も即座に霧散し、
一征は冷静に砕けた部位を再構成した。

直後、最後のシャッターが閉じられ、一征と双子は完全に分断されてしまう。
915 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/12/01(土) 16:35:22.64 ID:VBCxx/Dao
シャッターは見た目こそ薄いものの、かなりの強度を持っているようだ。

せり上がる勢いで魔導装甲が砕かれた事を考えても、かなり高密度の魔力で構成されているか、
並の強度でない合金を使用しているかのどちらかだ。

退路を遮ったシャッターも同様の材質で作られていると見て間違いない。

デザイア<隔壁破壊に必要な魔力量と今後の作戦行動を比較。
     破壊は無益と判断>

デザイアは淡々とその事実だけを述べた。

確かに、魔導装甲を破壊できるだけの強度を持った壁を破壊するのに、
どれだけの魔力が必要かなど、言われなくとも分かる。

一征は僅かに肩を竦めると、壁際に顔を近づけた。

一征「美百合様、紗百合様、ご無事ですか!?」

大きな声で、向こう側に語りかける。

反応はすぐだった。

美百合「は、はい! こちらは大丈夫です!」

ややくぐもった美百合の声が、壁の向こうから響いて来る。

隔壁があまり厚くなかったお陰で、何とか会話が出来る程度には声が通じるようだ。

一応、思念通話や通常通信回線も試してみるが、
こちらは隔壁に魔力が込められている事もあってノイズが酷く、繋がらない。

紗百合「一征! あなた、無事なんでしょうね!?」

続けて紗百合の声がした。

声が届くようにと大声で叫んではいる所を見るに、二人共、言葉通り無事なようだ。

一征「こちらも無事です! 私はこのまま右側のルートを進みます!
   隔壁の破壊に使う魔力と時間が惜しいので、お二人もそのまま進んで下さい!」

美百合「……分かりました! お兄様も気を付けて下さいね!」

ややあってからの美百合の返事に、
一征は“畏まりました!”とだけ返事をして駆け出した。
916 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/12/01(土) 16:36:02.85 ID:VBCxx/Dao
一方、一征の気配が遠のいて行った事で、
左側の通路に残された二人はどこか気まずそうに目を合わせる。

紗百合「………時間がないわ。
    選択肢も絞れた事だし、急ぎましょう」

美百合「……うん」

致し方無しと行った風に言って駆け出した紗百合に頷いて、美百合も彼女の横について駆け出す。

不仲の原因は、もうお互いに分かっている。

一征の事だ。

ただ、むしろその事に関してより気まずい思いをしているのはどちらかと言えば美百合であった。

妹が不機嫌になる理由に、幾つか心当たりがあるからだ。

強いて言えば、前述した双子のそれぞれの立場の違いが挙げられる。

美百合は後継者候補の第一位、紗百合は後継者候補の第二位。

双子が互いに同じ男性……一征に思いを寄せ、しかも、彼は本條家に仕える分家の身。

今時、男女の色恋に家の格や仕来り等、と思われるかもしれないが、
本條家の場合はそれが通ってしまうのだ。

美百合が正式に次期当主となり、伴侶に一征を指名すれば、
仮に一征が拒もうとも当主の決定が彼の意志よりも優先されてしまう事になる。

血肉を分けた双子の妹から、権力で愛する人を奪う事がどれだけ卑劣かなど、
美百合にも分かっている事だ。

そして、そんな事はずっと以前から分かっていた事であった。

問題なのは、その事をずっと先送りにして来たため、紗百合の怒りを買ってしまった事にある。

さらに紗百合も、自分が先んじれば姉の思いを踏みにじる事が分かっているのだ。

姉に先んじて思いを口にすれば、姉が権力を持って一征を奪う前に……と。

無論、双子にそんな思惑など欠片もないのは、お互いに分かっている。

幼い頃より、一征に対して真っ直ぐな思いを寄せて来た。

その事が分かっているからこそ、互いに先の一歩を踏み出す事が躊躇われるのだ。

美百合は、自分が一征に対して思いを口にしてしまえば、
紗百合の気持ちを無にしてしまう事を知っているから。

紗百合は、自分が一征に対して思いを口にしてしまえば、
美百合の気持ちを不純な物と罵るのと同義と分かっているから。

それは同時に、自らの思いすら踏みにじる行為だ。

彼女たちのその思考は疑心暗鬼にも似た被害妄想の類だが、
その身動きの取れ無さが今と言う状況に繋がっていた。

美百合(お兄様は……)

紗百合(一征は……)

無言のまま歩きながら、二人はつい先程の事を思い返していた。

自分達のために、敢えて自らを危険に晒す事を厭わない。

それは幼い頃からそうだった。

美百合&紗百合(あの頃から……あの日から、変わらない)

以心伝心か、双子故の同調か、二人はその胸中に同じ言葉を思い抱いていた。
917 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/12/01(土) 16:36:30.76 ID:VBCxx/Dao


1992年、初秋――

一征が双子の世話役として本家を訪れてから、
早くも数ヶ月が経過したある日の昼過ぎ。

双子も順調に魔力覚醒を迎え、稽古用の模擬刀の帯刀を許され、
その日も一征と共に稽古に励んでいた。

稽古用の道着と袴を纏い、広い畳み張りの道場の真ん中で、
双子はそれぞれに大太刀と小太刀を構え、分厚い手甲を纏った一征と対峙する。

普段の立ち会いは前党首の奏一郎が務めるのだが、先日より体調を崩していたため、
今回は現当主である隆一郎や家中の大人達――有り体に言えば家臣だ――が見守っていた。

双子の模擬刀と一征の手甲、どちらも魔力に反応して硬度を上げる触媒のような物だ。

ちなみに美百合の持っている物を大太刀と言ったが、
実際には幼い彼女にとっては大太刀と言うだけで、
本来は小太刀がやや長くなった程度の物であり、
紗百合の小太刀も同様に実際の小太刀よりはずっと短い。

隆一郎「では教えた通り、天、舞、それぞれの型の壱を使ってみなさい。

    ……始め!」

隆一郎の言葉を合図に、美百合は切っ先を僅かに上げ、
逆に紗百合は切っ先を僅かに下げる。

美百合「行きます、一征お兄様!」

先に動いたのは美百合だ。

まだ彼女には大きすぎる模擬刀を大上段に構え、一足飛びに一征へと斬り掛かる。

美百合「本條流魔導剣術……天ノ型が壱! 崩天ッ!」

美百合の大上段からの一撃が、頭部を庇うように構えた一征の右手甲へと叩き付けられた。

さらに――

紗百合「舞ノ型が壱! 昇舞ッ!」

美百合の後方に控えていた紗百合が躍り出て、
下段から一気に切り上げるようにして、既に構えられていた一征の左手甲へと叩き付ける。

双子は数秒の間、模擬刀を一征の手甲に押しつけるようにして動きを止めていたが、
どちらからとなくゆっくりと離れた。

隆一郎「ふむ……やや踏み込みが浅いが、
    この歳でここまでの動きが出来るなら十二分に合格と言った所だな」

隆一郎は感心したように呟くと、愛娘達にささやかな拍手を送る。

その拍手は、次第に他の大人達にも伝わり、姉妹の周囲を拍手の音が包む。

双子は父や他の大人達の賞賛に満面の笑みを浮かべる。
918 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/12/01(土) 16:37:01.13 ID:VBCxx/Dao
家臣1「しかし……ご姉妹で得意とする型が別れるとは、何と因果な……」

家臣2「何でも、美百合様は舞ノ型の修得が遅く、
    紗百合様は天ノ型の修得が遅いらしい……」

家臣3「あまり滅多な事を言わん方がいい」

しかし、大人達の何人かは小声でそんなやり取りをしていた。

本條流魔導剣術とは、江戸初期から中期にかけて作られた、
魔導と剣術を掛け合わせた剣を用いた近接戦闘術の名である。

但し、本條流魔導剣術と言う名がついたのは幕末以後であり、
それ以前は陰陽剣術の名で代々伝わっていた。

大太刀を用いた天ノ型【てんのかた】と小太刀を用いた舞ノ型【まいのかた】からなり、
天と舞を合わせて完成系とする二刀流剣術だ。

さらに言えば、美百合の放った崩天【ほうてん】と紗百合の放った昇舞【しょうぶ】も、
それぞれが一対の技として作られた型である。

小太刀で相手の防御や攻撃に隙を作り、大太刀で本命の一刀を叩き込む。

言ってみればテンプレートな二刀流剣術だ。

だが、魔力を帯びた刀と魔力によって強化された筋力を持ってしての一撃は、
そのテンプレートな剣術の威力を、使う者によっては達人の域にまで引き上げる。

故に、本條家の当主となる者には、本條家の、ひいては日本の魔導を伝承する者として、
相応と言える域までこの剣術を極める事が要求されるのだ。

果たして、姉妹にその才が無いのかと聞かれれば、答は断じて否である。

隆一郎が賞賛したように、若干四歳にしてそれぞれの型の壱を扱えた者は一族でも稀だ。

血の成せる業か、若かりし頃、ミケランジェロ・カンナヴァーロに
“近距離魔法戦で勝てるのは研究院でも片手に満たない”と言わしめた本條総一郎の遺伝子は、
二代を経た双子にも確かに遺伝していた。

しかし、双子であるが故か、その才も分かたれて受け継がれてしまう。

姉の美百合は天ノ型の修得において右に出る者はなく、
妹の紗百合は舞ノ型の修得において比肩する者はないと言い切れる程だ。

だが、その反面、お互いが得意とする型の修得には人並み以上に手こずっていた。

2007年現在では、幼少期に預けられた祖父の親友であったミケランジェロの元で修業した結果、
苦手であった型も並以上に使いこなせるようになったが、それはまた別の話である。

ともあれ、そんな大人達の小声の会話を聞きつけた一征は、またその話か、と心中で肩を竦めていた。

しかし、反論しなければ、仕える主君への暴言を吐いた大人を睨みもしない。

現在の彼からは想像もできない事だが、
幼い一征は双子に対して今ほど強い忠誠心は抱いていなかった。

むしろ、親元から引き離されて、自分よりも年下の子供の世話役にされた事に関して、
本條家に仕える分家の一族の者として当然と思う傍ら、子供らしい反発も感じていた程だ。

但し、持ち前の生真面目さ故か、彼はその事を口にした事はないし、
反発があった故に、主君への暴言を諫めるほどの情熱も持ち合わせていなかった。

有り体に言えば、一征は双子の面倒を見る事が文字通り“面倒”だったのである。

ただ、それでも彼が双子の世話役を投げ出さなかったのは別に理由があった。

隆一郎「それでは、美百合と紗百合の稽古はここまで。
    一征も兄弟子達の元で稽古をつけて貰ってきなさい」

一征「はい、御当主様」

家臣達の無礼な言葉を敢えて聞き流した隆一郎に恭しく頷いて、
一征はこことは別の道場へと向かう。

そう、本家に仕えていれば、実家にいた頃以上の高い技術を習得できると言うのが理由だ。
919 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/12/01(土) 16:37:28.96 ID:VBCxx/Dao
美百合&紗百合「ありがとうございました」

双子も異口同音に言って頭を下げると、駆け足で一征の元に駆け寄る。

紗百合「一征お兄様っ」

背後から紗百合に声をかけられ、一征は心中で大きく溜息をつく。

一征「何でしょうか、紗百合様?」

しかし、振り返りながら、一征はにこやかな表情で返事をする。

六歳にして対応と行動が大人びていると言うか、彼は何処か達観していた。

美百合「一征お兄様すごい……。
    声を聞いただけで、もう私とさーちゃんが分かるんですね」

すると、美百合が目を丸くして驚いていた。

声をかけた紗百合も同様で、目を輝かせている。

どちらがどちらかなど、嫌と言うほど長く過ごしていれば簡単に分かる事だ。

大人しいのが美百合で、活発なのが紗百合。

それは既に幼い双子の口調にも明確に表れていた。

双子がその事に気付いていないのは、ある種滑稽でもあったが、
それ故にお互いを真似しようと思う事もなく、
心の中とは言え溜息を吐く程の時間があれば口調で聞き分ける程度は造作もない事だった。

紗百合「えっと……今日は何時頃にお稽古終わるの?」

紗百合は少しだけ控え目に、だが甘えるような上目遣いで一征に問いかける。

この数ヶ月で、双子はすっかり“お兄様”に懐いていた。

それまで二人の周りに近しい年頃の子供がいない事もあったが、
何より一征が二人の“兄”として現れた事が大きかった事は言うまでもない。

喩えが少々乱暴だが、言ってみれば未知の存在だ。

物珍しさと、我が儘を聞き入れてくれる優しさと懐の深さ、
そして、一征がいつも笑っていてくれるのが二人には何より嬉しかった。

その頃の一征が無理をしていた事は後の双子にも分かる事だったが、
まだ四歳と言う幼い二人には、何のキッカケも無いまま一征の心中を慮るのは難しかった。

一征「今日は型稽古中心と聞いていますから、多分、夕方までには終わると思います」

一征はそう言うと深々と一礼し、
“失礼します”と手短に応えてやや足早にその場から立ち去る。

稽古の終わる時間を聞かれたと言う事は、大方、遊んで欲しい時だ。

一征(今日も稽古の後に遊ぶのか……)

一征は背中越しに双子の視線を感じながら、やれやれと言いたげな表情を浮かべていた。

真面目な一征少年としては、規定の稽古を追えた後もおさらいの自主練習をしたいのが本音だ。

次期当主候補筆頭の世話役に選ばれただけあって、
一征にはそれなりの才能と人並み以上の向上心もあった。

まだ完全な魔力覚醒――魔力特性の発露――を迎えたワケではないが、
それでも基礎として重要な型稽古なのだ。

しっかりと覚えて、次の稽古への予習としたいのが本音である。

だが、それと同時に、やはり真面目な少年は
自身に与えられた役割を放棄できるほど無責任にはなれなかったのだ。
920 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/12/01(土) 16:38:13.87 ID:VBCxx/Dao
そして、一征自身は大人達に感づかれていないつもりだったが、
周りの大人達の中には既に一征少年の心の機微を感じ取っている者もいた。

気付かないと言っても、四歳児が気付かない程度の話だ。

大人から見れば一目瞭然であったと言う事に過ぎない。

故に――

紗百合「今日もお兄様とお外で遊べないなんて……」

美百合「最近、お兄様とご一緒できる時間が少ないし、
    ちょっと寂しいね……」

双子は肩を落として、道場に併設された更衣室へと向かう。

夕方まで稽古となると、ほぼ夕飯時まで手が空かないと言う事になる。

敷地内で遊ぶならばともかく、
そんな遅い時間に子供だけで屋敷の外に出る事は禁じられていた。

本條邸の敷地はかなり広い部類なのだが、
二人は物心のつくずっと以前から敷地内を駆け回っていた事もあって、
既に敷地内で遊ぶ事には飽きていたのだ。

世話役の一征を伴えば、門限までの間は敷地外に広がる山林で遊ぶ事も出来るのだが、
前述の通り、一征は門限である夕方近くまで稽古である。

これはもう、今日は敷地外で遊ぶ事は無理だろう。

そして、それ以上に一征と遊ぶ事が不可能だと言う事実が、双子をより哀しませた。

美百合&紗百合「はぁ……」

双子は異口同音に溜息を漏らす。

と、そこを通りかかった家臣の一人が、苦笑いにも似た表情を浮かべて口を開く。

家臣4「美百合様も紗百合様も、あまり一征君を困らせていけませんよ」

――老婆心から、そんな言葉をかけられるのは必然であった。

美百合「え……?」

更衣室への襖に手をかけた美百合の動きが、不意に止まる。

紗百合もその傍らで驚いたように振り返った。

言葉をかけた家臣も、既に他の家臣達と共に自分の稽古や研究のための準備に取りかかっており、
背後からかけられた声の主を特定する事は双子には難しい。

不安げな表情を浮かべて辺りを見渡す紗百合だったが、不意に手を引かれる。

美百合「さーちゃん、早く着替えましょう?」

美百合だ。

紗百合「みーちゃん………でも」

姉に手を引かれながら、紗百合はまた道場を振り返るが、
やはり誰が言ったかなど見ただけで分かるワケでもなく、
二人はそのまま更衣室へと入って行く事になった。
921 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/12/01(土) 16:38:43.04 ID:VBCxx/Dao
二人は稽古用の道着と袴から普段着に着替えながら、
俯けた顔に不安の表情を浮かべている。

紗百合「お兄様……困ってたのかな?」

着替え終えた紗百合がそう漏らすと、美百合は息を飲んで身体を強張らせた。

誰が言ったかは知らないが、大人からそう窘められては、事実なのかもしれない、
と言う思いが双子の胸に過ぎるのも致し方ない。

そして、“大好きな一征お兄様を困らせる”と言う事は、
双子の中では“一征お兄様に嫌われる”のとイコールであり、
それは双子にとっては看過できない――それこそ世界が覆ってしまう程の事態だった。

紗百合「お兄様を……困らせてたのかな……?」

普段の元気の良さから打って変わって、紗百合は消え入りそうな涙混じりの声で呟く。

しゃくり上げるように肩が震えている双子の妹の様子を見せつけられ、
美百合も不安と哀しみが胸に広がって行くのが止められなかった。

我が儘を言って困らせていたのかもしれない。

いつも一緒に遊んでもらっていたが、一征は一征で遊びたかったのかもしれない。

それはやや的外れではあったものの、
そんな当たり前の事を考えていなかった自分達自身が、双子には許せなかった。

だが、遂にポロポロと涙を流し始めた紗百合を見て、美百合は発起する。

一征お兄様の事を大切に思っているのは本当の事なんだ。

でも、迷惑をかけていたのなら謝らなければならない。

美百合「さーちゃん、泣いちゃ駄目だよ!」

美百合は普段ならば出さないであろう大声で、妹を叱咤する。

紗百合「ひっく……みーちゃん……?」

しゃくり上げながらも、驚く紗百合。

驚いたお陰で溢れていた涙も、一時的にだがその勢いを止めていた。

美百合「一征お兄様に謝りましょう!
    今まで迷惑かけてごめんなさい、って言いましょう!」

美百合は紗百合の肩を掴み、自らにも言い聞かせるように叫ぶ。

そうだ、謝るんだ。
今までの事を。

それから、一征お兄様の気持ちを聞こう。

そして、そこから始めるんだ。

紗百合「……うん」

その気持ちは紗百合にも伝わったのだろう。

紗百合は目に一杯の涙を浮かべながら、大きく頷いた。
922 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/12/01(土) 16:39:16.31 ID:VBCxx/Dao
一征に謝る事を決めてからの双子の行動は早かった。

駆け足で部屋に舞い戻り、一征と仲直りするための作戦会議を始める。

先ず、どう謝るか。

我が儘を詫びるだけでは芸がない、と言うよりも誠意が足りない。

美百合「お花?」

紗百合「うん。
    この前、一征お兄様とダムの近くまで行った時に、
    川辺にたくさんお花が咲いてたでしょ?
    それで花束を作ってプレゼントするの!」

首を傾げてキョトンとする美百合に、紗百合は胸を張って言った。

本條邸の東には、旭町第二ダムとその下流に旭町第一ダムが存在する。

この前――五日ほど前だが、
そのダム同士を繋ぐ川辺まで遊びに行った際、綺麗な薄紫色の花を見付けたのだ。

一征の魔力波長と同じ薄紫色の花。

お詫びの品にはピッタリだろう、と言うのが紗百合の考えだ。

だが――

美百合「でも、お屋敷の外に出るなら一征お兄様か他の大人がいないと……」

美百合はすぐにその事に気付き、
紗百合も“そっか……”と残念そうに肩を落とした。

いきなり計画頓挫だ。

二人は顔を見合わせ、うんうんと唸り出す。

しかし、唸った所で良い案が出るワケでもない。

そして、精神的に追い詰められた時に出る案など――

美百合「こうなったら、みんなに内緒で外に行きましょう!」

――大概、最悪の案である。

紗百合「ええ!?」

普段ならばそんな事を言い出さない姉に、紗百合は身を乗り出して驚く。

むしろ、紗百合自身もそんな事は言い出さない。

外に行きたいと駄々をこねる事はあったが、
大人や世話役を伴わず勝手に外に出るのはルール違反だ。
923 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/12/01(土) 16:39:42.79 ID:VBCxx/Dao
だが、それでも――

紗百合「で、でも……一征お兄様のためなら」

――思い込んだ幼子の行動力は、
意図も簡単にルール違反への禁忌の感情すらねじ伏せてしまう。

紗百合がそんな事を言い出したのは、
いつにない姉の無謀な計画に対する驚きと興奮と、
改めて言う程の事でもないが、一征への真摯な思い故だった。

一征の事を“お兄様”として慕うが故に、
我が儘で迷惑をかけていた自分達の事が許せないのだ。

その一征に謝るためのプレゼントの調達に、何を迷う事があろうか?

紗百合「そうと決まれば!」

そして、勢いさえ付いてしまえば、
普段から御転婆の紗百合が行動を起こすのは早い。

紗百合は力強く立ち上がると、
“行こう、みーちゃん!”と姉の手を引いて立ち上がらせる。

美百合も頷いて立ち上がり、手を取り合って駆け出した。

正面の入口は駄目だ。

あそこは監視カメラで出入りが厳重に監視されている。

自分達二人だけで外に出ようなどとしたら、
守衛をしている者達が来て瞬く間に屋敷に戻されてしまう。

裏手に回り、裏口でない壁をよじ登って外に出るべきだ。

そのくらいの悪知恵は既に身についているのか、
二人は目配せすると屋敷の裏手へと回った。
924 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/12/01(土) 16:40:08.39 ID:VBCxx/Dao
だが、そこには既に先客がいた。

紗百合「あ………」

少女1「あれ? お嬢達、稽古はもう終わったんですか?」

呆然と声を漏らしてしまった紗百合の声に気付き、道着姿の少女が声をかけて来る。

自分達よりも一回り近く年上の少年少女達が五人ほど、屋敷裏で屯っていた。

彼らは木箱や石の上に腰掛け身体を休めており、
その傍らにはペットボトルに入ったスポーツドリンクが人数分置かれている。

どうやら稽古の合間に休憩を取っているらしい。

少年1「今日は一征君と一緒じゃないんですね」

少年が珍しい物を見たとでも言いたげに言った。

五人の持っている大きなペットボトルのスポーツドリンクは殆ど空になっており、
彼らがもう十分以上休憩しているのは明白だ。

そして、口ぶりからして一征が稽古中と言う事はまだ知らないようである。

つまり、道場に向かった一征と入れ替わりでこちらに来たか、
或いは道場の外で稽古している面子なのだろう。

紗百合「え……えっと」

紗百合は必死に言い訳を考える。

二人が塀を乗り越えて外に出るにはここが最も塀が低く、
足場代わりの木箱もあって何かと都合が良いのだ。

だが、一征も伴わずに塀を乗り越えて外に出たとあっては、
すぐに屋敷中に知れ渡ってしまうだろう。

それだけは何としても避けなければならない。

美百合「か、かくれんぼ……かくれんぼしてるんです!」

追い詰められた美百合は、咄嗟にそんな事を口走ってしまう。

少女2「かくれんぼ?」

キョトンとした表情で、一人の少女が聞き返して来た。

紗百合「そ、そうなの!
    一征お兄様が鬼で、私たちが隠れるの!」

紗百合も咄嗟に口裏を合わせる。

こう言う時の息の合い方は、実に双子のソレである。
925 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/12/01(土) 16:40:40.02 ID:VBCxx/Dao
少年2「あ〜、かくれんぼかぁ……。
    そう言や、子供の頃はよくやったよな」

少年1「敷地内だけだって言うのに、
    塀を乗り越えた挙げ句、塀の裏に隠れるような奴もいたしなぁ」

懐かしそうに語った少年に、もう一人の少年がジト目で呟く。

少女3「それはアンタも一緒でしょ」

少女の一人が肩を竦めた上で
“アタシも人の事言えた義理じゃないけど”と小声で付け加えた。

本條家の屋敷で修業している少年少女は大概が家臣達の子女であり、
幼い頃から本條邸で過ごしていた者が多い。

彼らもそう言った幼馴染みの集まりと言う事だろう。

美百合「えっと……それで……」

話題が彼らの懐かしい思い出にシフトしかけた所で、美百合は怖ず怖ずと声を漏らす。

嘘を吐いてしまった事への後悔や罪悪感もあったが、
何とかこの場を切り抜けなければならない事態には変わらないのだ。

だが、助け船は思わぬ所から出た。

少女1「こんなズル、何度もしちゃ駄目ですからね、お嬢」

最初に声をかけて来た少女が、悪戯っ子のような笑みを浮かべて双子を手招きした。

双子は顔を見合わせて大きく頷き合う。

どうやら、第一段階はクリアのようだ。

少年2「壁際に張り付いて、声も音も立てないのがポイントですよ、お嬢」

少年の一人が自分の座っていた木箱を足場として提供しながら、
少女と同じような表情で二人に耳打ちする。

少女3「アンタ達二人は、お嬢に悪い遊び教えて……。
    後で問題になっても知らないわよ……まったく」

呆れたような声を漏らしながらも、彼女も二人を無理に止めようとはしなかった。

要は、彼女もかくれんぼで慌てる一征少年の様を見てみたかったのだ。

一回り近く歳の離れた、笑顔と真顔以外は殆ど無表情の少年。

そんな彼でも、世話役を仰せつかった当主候補二人を見失ったとなれば、
さすがに困った表情を見せるだろう。

敢えて悪し様に言い換えれば、あの鉄面皮少年の泣き顔を拝んでやりたい、と言った所だ。

さらに付け加えれば、人里離れた山林での窮屈な生活は刺激が少なすぎた。

言い換えれば、衝動的な退屈しのぎである。

そして、それと同時に彼らには一つの確信めいた保険と言うか、
“二人が遠くに行くハズがない”と言う思いがあった。

まだ五歳の誕生日も迎えていない幼子が、
親や周りの大人達から言い聞かされた決まり事を破るハズがない。

ある種の思い込みかもしれないが、それは普段にしてみれば正しい判断だったであろう。

しかし、この時に限って言えばその判断は間違いであった。

そう、双子は既にその“禁”を破る決意をしてここに赴いていたのだから……。
926 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/12/01(土) 16:41:06.23 ID:VBCxx/Dao
美百合「みんな、ありがとうございます」

紗百合「ありがとうっ」

五人の補助で安全に塀を乗り越えた二人は、深々と礼を頭を垂れた。

少女2「戻る時は、近くの木に登って枝から飛び移れるんですけど……。

    まあ、さすがに危ないですし、しばらく経ったら一征君に教えますから、
    あの子と一緒に正門から戻って下さいね」

少女の一人が、双子に向かってアレコレと指さしで説明する。

そこで双子は次なる壁にぶち当たった。

ここで直ぐさま一征に報告されては、さらに一征を困らせる事になってしまう。

紗百合「あ……え、えっと、木登りして戻るから平気だよ!
    一征お兄様には内緒にして! ね?」

紗百合は咄嗟にそう懇願した。

少年1「どうする?」

少女1「お嬢達なら、もう魔力の肉体強化は覚えたって聞いてるし、
    木登りくらいは大丈夫でしょ?」

五人は顔を見合わせて小声で相談する。

確かに、美百合も紗百合も、剣術の稽古が始まった頃にある程度の肉体強化は修得していた。

事実、木登りくらいなら並の同い年の少年達よりずっと軽々とこなせる自信もある。

美百合「木登りなら大丈夫です」

美百合も両拳を握って力説するかのように言った。

五人は顔を見合わせ頷き合ってから一人、また一人と顔を引っ込ませる。

最後の一人が“どうしてもの時は、ちゃんと呼んで下さいよ”と付け加えて消えた。

それから数秒、彼らが顔を出さない事を祈りながら双子は固唾を呑んで待つ。

彼らが顔を出さない事を確認し、
双子はゆっくりとした足取りで、一歩、また一歩と後ずさりする。

五メートル……十メートル……二十メートル……。

そして、五十メートルほど離れた所で二人は頷き合って振り返るなり、一目散に駆け出した。

息が切れるほど走り、肩で息をしながら振り返ると、もう屋敷は山林の向こうに消えていた。

元々、隠れ里のような屋敷だ。

二百メートルも離れたら目視は難しい。

美百合「き、来ちゃったね」

紗百合「う、うん……」

何処か興奮した様子で呟く美百合に、紗百合は怖ず怖ずと返す。

普段から大人しくしている美百合は自分の行動がルールから逸脱している事に対する非現実感故に、
普段から御転婆で叱られる事のあった紗百合は説教を恐れる故の態度の差だろう。

ともあれ、ここまで来たらもう引き返す事は出来ない。

双子は頷き合い、ここからさらに一キロ以上離れた場所にある川に向けて歩き出した。

子供の足ならば、往復で一時間程度の距離だ。

姿を消して怪しまれないギリギリの時間と言えるだろう。

どこか遠くから聞こえるサイレンの音を聞きながら、双子は目的を目指して歩を進めた。
927 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/12/01(土) 16:41:34.44 ID:VBCxx/Dao
それから二十分が経過した頃――

いつまで経っても現れない一征を待つ事も出来ず、双子を塀の外に送り出した五人は、
その時には既に姿を消していた二人に“道場に戻ります”と声だけかけて、道場へと戻った。

そして、そこで驚くべき光景を目にする。

双子と一緒にかくれんぼをしていると思っていた一征が、
他の兄弟弟子達に混じって型稽古をしているではないか。

少女1「あれ? い、一征君!?」

一征「……はい?」

驚いたように声をかけて来た姉弟子の声に、一征は汗を拭いながら怪訝そうに振り返った。

少年2「一征、お前……お嬢達と遊んでたんじゃ……?」

傍らの兄弟子が愕然としながら尋ねる。

一征「? 今日はお二人の稽古の相手が終わってからずっと、
   自分の稽古で道場にいました」

一征はやはり言っている意味が分からないと言いたげに、小首を傾げて返す。

少年2「じゃ、じゃあ……まさか、アレって……」

少女1「脱走……!?」

二人が顔を見合わせ、その事実に気付いて顔を青ざめさせる。

そこでようやく、一征にも合点が行ったようだった。

恐らく、兄弟子達を上手く言いくるめて外に出たのだろう。

その予想が的中していたのは、まだ数ヶ月とは言え二人の世話役を務めているが故だ。

そこまで考えた時、一征の胸に去来したのは、二人の我が儘に対する強い呆れの念と、
もっと幼い頃から“本家を守るべし”と言い聞かされて育った故の使命感だった。

少女2「脱走って、何処に行ったって言うの?」

少年1「まさか、街の方までは行かないよな……?」

少女3「となると、あとはダムとか……」

少女1「あんな何も無い場所行って何があるのよ?」

少年2「それに、今日は放流するとか言ってたろ?
    さっきもサイレン鳴ってたし……」

少女1「お嬢達も、その辺りの事は分かってる……よね?」

兄弟子達は慌てた様子で話し合っているが、それで何が解決するワケではない。

一征「………外を見て来ます!」

そう言い残し、一征は走り出した。

稽古用の足袋のまま道場を飛び出し、正門を抜け、
申し訳程度に舗装された道をダムとダムを繋ぐ川に向けて走る。

何も考えずに走り出したのは、前述の使命感と、まだ六歳と言う幼さ故の考えの無さだろう。

言い換えれば、幼いが故の直感である。

兄弟子達の会話に不安を感じたのも確かだが、
数日前、ダムとダムを繋ぐ川辺を訪れた時に二人が目を輝かせていた事を思い出したのだ。

一征(何でもなければいいけれど……ううん、何でもないハズだ……)

一征は不安を振り払おうと、胸中でそんな言葉を呟いていた。
928 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/12/01(土) 16:42:00.15 ID:VBCxx/Dao
一征が川辺に向けて走り出してからしばらくした頃、
双子もようやく川辺に辿り着いていた。

延々とサイレンが鳴り響く中、双子は川辺の光景を呆然と眺める。

美百合「何だか、この前よりも川の水が多いね」

紗百合「雨なんて降ってないのに……」

水かさの増した川を見ながら、二人は呆然と呟いた。

ダムとダムを短い距離で結ぶだけあって、
いつもは比較的流れが穏やかな川だった筈だ。

本来なら、河原まで降りられる獣道のような坂があるのだが、
水かさが増して河原までは降りられそうにない。

何日か前に季節外れの大雨が降った記憶はあるが、
その翌日にこの辺りまで来た時は増水などしていなかった。

数日前に見た花が咲いていた場所は河原よりも少し高い位置だったが、
そこへ行くにも一旦河原まで降りなければいけない。

しかし、河原は完全に水没してしまっているため、降りられる状況ではなかった。

紗百合「これじゃあ、お花のある所まで行けない……」

紗百合はガックリと肩を落とす。

だが、美百合は頻りに辺りを見渡している。

紗百合「みーちゃん、どうしたの?」

美百合「さーちゃん、降りられるかもしれないよ」

怪訝そうな紗百合の問いかけに、美百合はその一点を指差して答えた。

彼女が指差す先は、落差二メートル程の崖だ。

幼子には高すぎる。

だが、降りようとして降りられない事もない高さ。

しかも好都合な事に、花の咲いている場所まで直通だ。

紗百合「これなら降りられるよね……」

紗百合は崖のすぐ傍まで駆け寄り、そっと下を見下ろす。

魔力による身体強化は習っている。

この程度の高さなら、崖伝いに上り下り出来るハズだ。

だが、さすがに水かさが増えて勢いも増した川を眼下に臨むと足が竦み、
紗百合は思わず半歩後ずさってしまう。

しかも、先程から延々と鳴り響いているサイレンがより一層の不安を誘う。

美百合「……さーちゃん、上で待ってて」

即座に妹の様子に気付いた美百合は、そう言って崖を降り始めた。

紗百合「み、みーちゃん!?」

姉の行動に驚きながらも、紗百合は竦んだ足を必死に動かして崖に歩み寄る。

美百合は既に崖の中ほどまで降りており、そのまま飛び降りて花の傍らへと降り立った。
929 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/12/01(土) 16:42:52.30 ID:VBCxx/Dao
紗百合「だ、大丈夫、みーちゃん?」

美百合「うん、平気だよ」

恐る恐る問いかける紗百合に、美百合は笑顔で返す。

美百合は腰を屈めて、花を見る。

薄紫色をした小さなパンジーだった。
花束には出来ないかもしれないが、幾つか持ち帰れば鉢植えくらいには出来そうだ。

美百合「さーちゃん、幾つか掘るから受け取ってちょうだい」

紗百合「わ、分かった」

美百合の指示に、紗百合はまだ怖がっているような様子で頷いて応えた。

妹が頷いたのを確認して、美百合は作業に移る。

大きめの花を見繕い、手で根を囲む土ごと掘り起こす単純作業だ。

さすがに堅いが、これも身体強化を上手く使えばそれほど苦になる作業ではない。

五つほど掘り起こすと、ポケットに入っていたハンカチを川の水で濡らし、
パンジーの根を土ごとくるむ。

美百合「よし……出来た!」

美百合は一通りの作業を終えると、額の汗を拭いながら笑顔を浮かべた。

手や服は土まみれになってしまったが、
ハンカチに包まれたパンジーを見ていると何かをやり遂げた達成感に、
胸が温かい誇らしさに満ちて行く。

美百合「さーちゃん、お願い」

美百合は精一杯背伸びをし、限界まで腕を伸ばして包みを紗百合へと差し出した。

紗百合はすぐにソレを受け取り、自分の傍らに置くと今度は姉に向けて手を伸ばす。

紗百合「みーちゃん、掴まって」

美百合「うん」

紗百合に促され、美百合は一旦下ろしていた腕を再び伸ばそうとした。

その時だ。

不意に足下が激しく揺れ、一際大きなサイレンが鳴り響いた。

驚いて思わず手を引いてしまった二人は、直後、サイレンに混じる別な音に気が付く。

ゴゴゴと言う地鳴りのような音は、足下の揺れと一致している。

音は次第に近付いて来ており、二人は音の近付いて来る方角を見遣ると、
川上から大量の水が押し寄せて来ていた。

ダムの放流が行われたのだ。

そう、増水していた川の水量は二人が屋敷を出た直後の放流が原因であり、
鳴り響いていたサイレンは継続的な放流を行う事に対する警告音であった。
930 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/12/01(土) 16:43:29.50 ID:VBCxx/Dao
紗百合「!? みーちゃん、早く!」

紗百合は息を飲み、再び手を伸ばす。

美百合「さーちゃん!」

美百合も咄嗟にその手を掴んだ。

だが、川幅一杯を覆い尽くすほどの激流が一気に押し寄せ、美百合の身体を飲み込んだ。

美百合&紗百合「きゃあぁっ!?」

全身を激流に飲み込まれ、引きちぎられかねない程の勢いで腕を引かれ、
双子は悲鳴を上げる。

美百合「げ、げほっ……さ、さーちゃん!?」

悲鳴を上げた瞬間に水を飲み込んでしまった美百合は、
咳き込みながら妹の名を叫ぶ。

紗百合「み、みーちゃん……ちゃんと、掴まって……!」

急激に身体を引かれた事で俯せに倒れ込みながらも、
美百合は必死に姉の手を掴み続ける。

言ってみれば、この放流はミスだった。

本来であるならば、
下流の第一ダムの水を放流してから第二ダムの放流をすべきだったのだ。

だが、手違いか、連絡ミスか、ともあれ第一ダムに溜め込まれた水が放流される前に、
第二ダムが二度目の放流が行われてしまった。

幸いにも放流を警告するサイレンはずっと鳴っていたため、
サイレンの意味を知る者達は誰も近付こうとはしなかった。

サイレンの意味を知らない幼子が巻き込まれてしまったのは、コレも言ってみれば不幸な事故だ。

しかし、幼い双子には“ミス”とか“不幸な事故”とか、そんな事は分からない。

そう、これは双子にしてみれば天罰だった。

一征を困らせ、大人達に黙って屋敷の外に出た事に対する、天罰。

嗚呼、一征お兄様を我が儘で困らせ、嘘をついた罰が当たったんだ。

激流に揉まれながら、地面の上を引き摺られながら、双子はそんな事を考えていた。

だが、それでも……死にたくない。

そう考えるのは自然な欲求であったし、誰が断って良い希望でもなかった。

しかし、幼い紗百合の身体で激流に揉まれる美百合を支え続けるのも限度がある。

紗百合の身体は既に川岸を五メートル近く引き摺られており、
今にも激流の中に引きずり込まれてもおかしくはなかった。

手を掴んで離さずにいるだけでも奇跡なのだ。

幼い少女にこれ以上を望む事は出来ない。

美百合「誰か……」

紗百合「……助けて」

双子はか細い声で、異口異音に一つの言葉を紡ぐ。

そして――

美百合&紗百合「一征お兄様ぁっ!」

――その名を叫ぶ。

直後、川面が激しく波打って紗百合の腕が激しく引かれた。
931 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/12/01(土) 16:44:05.59 ID:VBCxx/Dao
紗百合「きゃうっ!?」

突然の引きに紗百合は悲鳴を上げ、一気に激流の中へと引き込まれそうになる。

だが、不意にその身体に誰かが覆い被さり、
引きちぎられそうな程強く引かれていた腕が僅かに軽くなった。

??「お二人とも、ダムのサイレンが鳴っている時に……
   何でこんな所にいるんですか!?」

聞き慣れた声で、聞き慣れない怒鳴り声が響く。

美百合&紗百合「い、一征……お兄様……」

二人は殆ど同時に、絶え絶えにその声の主の名を呼んだ。

そう、声の主は一征だった。

一征は激流に揉まれる美百合の腕を掴み、
紗百合が川に引きずり込まれないように覆い被さって抑えつけたのだ。

そして、普段は絶対に怒らなかった一征が、怒りを露わにしていた。

当然と言えば当然だ。

普段から稽古そっちのけで遊びの相手をさせられ、
かと思えば今回は黙って外出した上にこの騒ぎ。

怒らない方がどうにかしていると言う話である。

だが、幼い頃から躾けられた本家優先と言う刷り込みにも近い教育が、
この状況であっても考える前に二人を助けると言う行動を取らせたのは僥倖であった。

普通の子供ならば、足が竦んで動けなくなっていただろう。

よしんばすぐに動けても、激流に引きずり込まれそうになる紗百合に覆い被さると言う判断も出来ず、
双子は激流に飲まれ、手を伸ばした時点で双子もろとも激流に飲まれてしまっていたハズだ。

紗百合「ご……ごめんなさい……ごめんなさぁいぃ!」

一征の身体の下で、紗百合は泣きじゃくる。

美百合「さーちゃんは悪くないの! 私が……私が外に行こうって言ったから!」

美百合も泣きじゃくりながら、謝る妹を庇う。

紗百合「一征お兄様を困らせてたから、謝りたかったから……。
    プレゼントにお花を取りに行こうて言い出したのは私なの!
    みーちゃんは悪くないの!」

紗百合も姉を庇うように泣きじゃくる。

一征にしてみればどっちもどっちだ。

確かに“遊んでくれ”と言う我が儘に困らされてはいたが、
一征にしてみれば二人からの要求は当然の事であり、それに応える事は当然の事である。

さすがに“死ね”とか“誰かを殺せ”と言われれば抵抗もするが、
双子がそんな事を望まないのは百も承知であるし、
本家の指示に従うのは彼にとっては息をするように当然の義務なのだ。
932 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/12/01(土) 16:44:32.74 ID:VBCxx/Dao
一征「もういいですから!」

しかし、さすがに余裕が無いのか、一征は怒鳴るように叫ぶと、
川岸に生えている草を掴み、美百合を激流の中から引き上げようとする。

だがしかし、激流は子供の腕力でどうこう出来るほど生易しい物ではなかった。

魔力による身体強化で腕力も上昇しているが、簡単に引き上げられる物ではない。

一征「紗百合様も、手を引いて下さい!」

紗百合「は、はいっ!」

一征の指示に、紗百合はしゃくり上げながら姉の手を引く。

大人達はこの状況に気付いているのだろうか?

一征は美百合の身体を引き上げようとしながら、そんな事を思う。

自分が屋敷を飛び出したのが十五分前。
既に大人達も気付いて双子の捜索に出ている頃だろう。

だが、一征がこの場に間に合ったのは、
先ずは心当たりのある一番危険な場所から探そうと真っ先に走って来た故の偶然の賜だ。

それでも万が一、
あと十メートルでも飛び出して来る位置がずれていたら確実に間に合わなかった。

そのレベルの偶然なのだ。

すぐに大人達が駆け付けてくれる、などと考えない方がいいだろう。

そして、大人達が駆け付けてくれるまで、
自分の体力と魔力が持たない可能性も考えなければいけない。

一征(今すぐに引き上げないと!)

一征は歯を食いしばり、全身に力を込める。

紗百合も一征の身体の下から這い出て、必死に姉の手を引く。

短時間で魔力と体力を使い切るつもりで力を込めたのが良かったのだろう、
美百合の身体が徐々に川岸に向けて近付き始めた。

一征「美百合様、あと少しです! 頑張って下さい!」

美百合「は……はい!」

一征に励まされ、美百合も必死にもう一方の手を伸ばす。

伸ばした手は何とか川岸の草を掴み、一征と紗百合は一気に美百合を引き摺り上げる。
933 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/12/01(土) 16:44:59.77 ID:VBCxx/Dao
だが、押し寄せる激流と三人分の体重の負荷が重なり、
三人の足下が崩れたのは、美百合を引き摺り上げた直後だった。

一征(しまった!?)

そんな声を漏らす暇すらなかった。

美百合&紗百合「きゃ……っ!?」

双子の口からも短い悲鳴が漏れる。

その瞬間、一征が動いたのは咄嗟の事だった。

やはり、それも幼い頃からの刷り込みの結果だったのだろう。

一征は大きく身体を捻って双子を川岸に放り、自らは体勢を崩して川へと没して行く。

当然だった。

それは、行為の結果としても、行為に至る思考としても。

そう、自分は分家の人間だ。

有事となれば、我が身を呈して本家の人間を助けるのが務め。

そう教えられて育ったのだ。

会った事もない曾祖父もかつて、本家の人間を守るために亡くなったと聞かされた。

自らの命を引き換えにでも、本家の危急存亡を救う。

それこそが何にも代え難き名誉なのだ。

そう聞かされて育った幼児期の記憶を、一征は走馬燈のように思い出していた。

だが、激流に投げ出された一征の腕が、不意に掴まれる。

美百合「一征お兄様ぁ!」

紗百合「だめぇっ!」

掴んだのは、そう美百合と紗百合だった。

一征「……え………?」

一瞬、思考が理解を拒んだ。

何故、お二人が僕の腕を掴んでいるのだろう?
こんな事をすれば、またお二人が危険に晒されてしまいますよ?
それなのにどうして、こんな事をするのですか?

数多くの疑問符が、一征の脳裏を駈け巡る。

一征に自殺願望があるワケではなかった。

死んで花実が咲くと思うほど老成した人格でもないし、本当は死にたくないと思っている。

ただ、当然の如く、有事の際は本家のために命を投げ出せるようにと教育されたからであって、
決まり事に逆らうのは単に自分の我が儘だとも考えていた。

大人になって思い返せば、
今までのそれが単なる洗脳教育であったと言うのは理解出来た。

真に主に対する忠義を感じる事が出来ないのならば、
感情を排して疑う事なく主に尽くす人形になる。

是非もなく悪しき習慣ではあるが、
ある種の必要悪に近いソレを真っ向から悪と断じるのは実は難しい事だ。

一征「何で……」

美百合「死んじゃ嫌です、お兄様!」

紗百合「ごめんなさいっ……ごめんなさいっ!」

呆然とする一征の左右の腕をそれぞれ掴み、双子は泣きじゃくりながらその腕を引く。
934 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/12/01(土) 16:45:46.87 ID:VBCxx/Dao
美百合「もう、我が儘なんて言いません!
    一征お兄様を困らせません! だから、死んじゃ嫌です!」

紗百合「一征お兄様ぁ……死んじゃ駄目ぇ!
    一征お兄様……死んじゃったら……嫌だよぉっ!」

泥にまみれ、びしょ濡れになって、
涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら、双子は必死に腕を引く。

その瞬間、一征の中で何かが壊れた。

傍目には、自分達の責任で命の危険に晒された少年を、
二人の少女が必死で助けようとしている光景にしか見えない。

当然の尻ぬぐいをしているだけと言う辛辣な意見もあろう。

だが、一征にとってはあり得ない光景だったのだ。

本家の人間が分家風情の自分のため、命の危険も顧みずに助けようとしてくれている。

双子にしてみれば、誰かを助けるのは当然の行為でもあった。

自らの命に代えても助けてくれた人を見捨てるなど、決して有ってはならない。

それが喩え、“大好きな一征お兄様”でなくてもだ。

人として当然の、だが明確な主従として分け隔てられた者達の間には
あり得ないハズの光景が、今、目の前で展開されていた。

そして、それと共に、一征の中で彼本来の思いが、死にたくないと言う気持ちが一気に膨れあがる。

一征「うわあぁぁっ!」

絶叫と共に一征は死に物狂いでもがき、必死に川岸に手を伸ばす。

二人がかり、しかも無意識の身体強化も相まって、
激流の中に身を投げ出された一征の身体は、次第に川岸へと近付いていった。

一征は川岸の雑草を掴み、双子に引き上げられるようにして川岸へと這い上がり、
四つん這いで川岸から遠ざかる。

振り返って上体を起こした一征は、尻餅をついて仰向けに倒れ込むようにしてその場に倒れた。

もう、激流に煽られた足下の地面が崩れるような心配もない。

やっと、本当に、助かったのだ。

ようやくの安堵と共に一征の目から涙が溢れた。

一征「……っ、ぅ……っ」

声を押し殺して、一征はしゃくり上げる。

そこには、臨死の恐怖から解放された以上の、代え難い歓喜に似た思いがあった。

美百合「一征お兄様……うぅ……うわあぁぁぁ……っ!」

紗百合「ごめんなさい……お兄様……ごめんなさぁい……っ!」

倒れた自分に縋り付いて、涙を流す双子。

本来ならば身を呈して守るべき本家の人間に、自分は命を救われた。

冷静に考えれば、そこには彼女達の責任も含まれている。

だが、自分達の危険を顧みずに助けてくれたと言う事実は決して揺るがない。

一征「あり、がとう……ございます……美百合様、紗百合様……」

そして、一征は双子と出会ってから初めて、
すり込まれて来た義務感など無関係に彼女達の名を敬称で呼んだ。

そう、彼は得たのだ。
忠義を果たすべき、真の主を。

物心つく以前からすり込まれて来た義務感でも、外面を取り繕うような恭順の姿勢でもなく、
自らの思いで“守るべき、従うべき”と感じた、愛おしくも尊きまだ幼き真の主を、一征は見出したのだ。

泣きじゃくる主達の頭を優しく撫でながら、一征は涙を流し続けた。
935 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/12/01(土) 16:46:14.26 ID:VBCxx/Dao
ようやく三人が泣き止み、泥だらけのびしょ濡れの姿で屋敷に戻ったのは、
それから二時間後の事だった。

そして、待っていたのは長い長いお説教だ。

黙って外出した事、子供達だけで危険な場所へ出向いた事。

怒られた内容はテンプレートだったが、
自分達を塀の外に送り出してくれた五人組が叱責されそうになった瞬間、
双子は必死で彼らを庇った。

子供の嘘に騙されたとは言え、外に出る事を禁じられていた双子を塀の向こうへ送り出したのは、
間違いなくこの五人の行動であり、彼らの責任でもあったのだ。

だが、双子は嘘をついていた自分達が全面的に悪いと、その場で言い切った。

自らの責任の絡む事で、他の者に累を及ぼすような事があってはならない。

自分達を庇って死にかけた一征を見た双子に、ある種のトラウマが芽生えたのは事実だろう。

だがそれは、真に人の上に立つ者として得難き理念へと至る経験であったと言える。

無論、その事で双子と五人を含めた計七名の受けた罰の何れかが軽くなったと言う事はなかったが、
それでも二人が精神的に大きく成長を遂げたのは言うまでもない。


そして、その後、双子と一征の三人の関係には小さな変化が訪れた。

先ず一つ、双子が一征を困らせるような我が儘を控えるようになった事。

無論、どうしても甘えたい時には少し困らせるような我が儘も言ったが、
二人が一征の時間を尊重するようになった事は大きい。

そしてもう一つ、一征が双子に対して敬意を持ち、
ある程度はその我が儘を寛大に受け入れるようになった事だ。

これはむしろ、一征自身が主に頼られる喜びあっての事だろう。

一征は二人から求められた“兄”として、忠義を尽くす事を決めたのである。

それは単に兄を演じるのではなく、忠臣たらん兄を目指したのだ。

手のかかる妹達を時に優しく窘め、
自らが研鑽して得た技術を妹達の稽古のために活かし、
妹達のささやかなお願いに全力で応える。

優しい兄が妹達にするような、たったそれだけの事。

そして、双子にとって、
その日から一征がエージェントとなり自分達が日本に帰国するまでのおよそ七年の日々は、
たったそれだけと言うには代え難い、大切な記憶となったのである。
936 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/12/01(土) 16:46:44.85 ID:VBCxx/Dao


時は再び現在――

双子と分断されてしまった一征は、狭いダクト状の通路を駆けていた。

一征(やはり、分断される前と違って、かなり曲がりくねっているな……)

一征は走って来た通路の形状を思い出しながら、ダクト状の通路を見遣る。

二手に分断される以前はある程度の角度は付いていたものの、
基本的には直進に近いなだらかなカーブと言うイメージだった。

だが、分断されて以後は明らかに曲がり角と言える程の角度がついた通路が増えている。

今もほぼ直角な通路を通過したばかりだ。

デザイア<現在、美百合様、紗百合様と分断された位置より、
     北西方向に三百メートル、地下八十メートル地点>

デザイアが淡々とした様子で現状を伝えて来る。

全力疾走ではないとは言え五分ほど走っていたのだから、
二人とはもう少し離されていると思っていたが、
どうやら想像以上に曲がりくねった道を走らされて来たようだ。

しかし、それでも八十メートルと言う落差はかなりの物である。

ビルならば二十階ほど下に降りた事になるだろうか?

一征(最終的に向かった方角が同じなのか、
   それとも単に下の階層に潜らされたのか……)

一征がそんな事を考えていると、不意に正面の視界が一際明るく開けた。

どうやら何らかの広間に出るようだ。

一征(そこが美百合様を引き入れようとした目的地と言う事か……)

一征は意を決し、広間へと足を踏み入れる。

そして、踏み入れた先に広がっていた空間は、想像以上の広さだった。

一征「これは……」

デザイア<円筒状の空間。
     計測結果は高さ三十メートル、直径百メートル>

思わず驚きの声を漏らした一征に、デザイアが計測結果を伝えて来た。

デザイアの言葉通り、広間は巨大で平たい円筒形をしており、
一征が今いる場所はその外壁の中ほどの高さにある出入り口から張り出した突端である。
937 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/12/01(土) 16:47:11.90 ID:VBCxx/Dao
一征<高さ三十メートル……と言う事は、
   あの目の前にいる魔導機人のサイズは、俺の見間違いではないらしいな……>

デザイア<イエス、ボス>

やや呆れにも似た色を滲ませた驚きの声を漏らした一征に、
デザイアは淡々と頷くように応えた。

丁度一征の真正面となる、広大な空間の中央に一体の魔導機人が佇んでいる。

暗いインディゴと黒を基調とした分厚い甲冑の如き装甲に包まれた、
その体躯に不釣り合いなほど巨大な腕と脚を持った魔導機人。

そのやや人間離れした体型に、修業時代や新人の頃に世話になった、
今は亡き師のもう一人の孫・エレナが生前に使っていた巨腕の魔導機人――
ジガンテを思い出さないでもない。

だが、一征の漏らした驚きの言葉通り、通常の魔導機人とはサイズが圧倒的に違う。

目測で十メートルはあるだろうか?

通常の魔導機人が三メートル前後、
四年前のトリスタン事件以降に目撃されるようになった大型魔導機人も五、六メートル程度。

自身の五倍以上の大きさ……
体積では肥大化した手足も相まって二百倍をゆうに超えるサイズだろうか?

あの巨大な拳など、それだけで人間一人よりも大きい。

一征(フラン達の戦った例の移民船や、
   エージェント・譲羽やエージェント・バレンシア達が戦った魔導巨神に比べれば小さいとは思うが……)

一征は目の前の巨大魔導機人を見遣りながら、心中で肩を竦める。

これはまともに相手をするより、早々にあの魔導機人を操っているマスターを捜して、
そちらを倒した方が効率が良いだろう。

そんな事を考えた瞬間だった。

???「客人。そのような所で突っ立っていないで、こちらに降りて来られよ」

妙に芝居がかった言葉が、魔導機人から聞こえた。

一征<………俺の聞き違いではないよな?>

デザイア<イエス、ボス>

デザイアの返答を聞きながら、一征は今度こそ本当に肩を竦める。

自分の推測が確かならば、どうやらこの魔導機人との直接対決は避けられないらしい。

一征は突端から飛び降りると、
魔導機人から二十メートルほど離れた位置で立ち止まって身構えた。

魔導機人「成る程、こちらの初撃を警戒して距離を取るか……。
     それなりに賢明な判断と見受けた」

敵に褒められても嬉しくないが、やはり魔導機人が直接喋っていると見て間違いないようだ。

無論、魔導機人が喋るなどと言うのは高性能ギアならば当たり前の事だが、
それは魔導機人の近くに召喚したギア本体がある場合に限った話である。

空間全体の構造材から魔力反応がある以上、
床下や壁、天井に潜んでの操作では声を発する事は出来ない。

そう言った技術をグンナーが確立していると仮定するよりも、
魔導機人自体が本体の自律稼働型と仮定した方がより賢明だ。
938 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/12/01(土) 16:47:47.35 ID:VBCxx/Dao
ナハト「申し遅れた……私の名はGG00X・ナハト。
    我がマスター、グンナー・フォーゲルクロウより
    本施設の管理を任せられている」

一征「施設の管理……?
   ……なるほど、先程のシャッターもお前の仕業と言うワケか」

自らをナハトと名乗った巨大魔導機人の言葉に、一征は納得したように頷く。

ナハト「ご明察。
    本来ならば一人一人分断して潰そうと考えていたのだが、
    貴殿の迷いなき見事な反応に敬意を表し、取り急ぎ我が居室へと招いた次第だ」

ナハトは頷き返して朗々と呟いた。

ここまでに通った不自然に曲がりくねった通路も、この魔導機人によって操作されていたようだ。

そして、ナハトはさらに続ける。

ナハト「しかし、失礼ながら貴殿は我らの持つ要注意観察対象リストに載っておらぬのだ。
    あの動きを見る限りは一角の手練れとお見受けするが……名乗られよ」

敵に言われて名乗るも烏滸がましいが、一征は僅かな逡巡の後に口を開いた。

一征「魔法倫理研究院エージェント隊所属、
   Aランク諜報エージェント、鷹見一征。
   そして、俺の相棒のデザイアだ」

敵の流儀に合わせるワケではないが、敢えて丁寧に自らの所属と名を口にする。

ナハト「成る程……Aランクであったか。
    我らが要注意観察対象に指定していたのはSランクのみ……。

    このナハト、得心が行った」

ナハトは納得したように言うと、巨大な腕を鈍重な動きで掲げた。

胴体は大型魔導機人よりも一回りほど大きい程度だが、
あの巨大な腕は前腕だけで大型魔導機人一体よりも巨大だ。

まともにぶつかり合えば全身を砕かれてしまうだろう。

一征(幸い、動きは鈍重だ……。
   上手く立ち回って、隙を見て攻撃する以外は無いな……)

一征はナハトの動きを追いながらそんな事を考える。

さすがに体格差があり過ぎだ。

ザックやメイのように突き抜けた近接格闘型でない彼としては、
あまり相手をしたくない部類であった。

一征「……戦闘前に確認しておきたい事がある。

   お前がこの施設を管理していると言う事は、
   地表の機人魔導兵の召喚も止むと言う事でいいのか?」

ナハト「無論だ。
    魔力供給は我がマスターから行われているが、
    施設の全システムの管理は現時点ではこの私に一任されている」

自分の質問に答えてくれたナハトの言葉に、一征は心中で“良いことを聞いた”と頷く。

彼は“現時点では”と言った。

つまり、ナハトを倒しさえすれば、次のシステム管理者が現れるまでの間、
一時的にでもこの施設のシステムを完全にダウンさせる事が出来ると言う事だ。

最悪、勝てなくても戦闘による負荷でシステム障害を起こせる可能性もある。
939 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/12/01(土) 16:48:14.92 ID:VBCxx/Dao
ナハト「では……Aランクの客人よ。

    こちらも貴殿が隠れた手練れか、
    それともあの時の反応速度が単なるまぐれであったか、
    実戦にて確かめさせて貰おう!」

その言葉と共に、ナハトは一征に向けて跳躍した。

その巨大な腕を大きく振り上げた体勢で天井スレスレの位置まで跳び上がる。

まるでトランポリンかジャンプ台を使って跳ねたゴリラを思い起こさせるが、
そのサイズはゴリラなどとは圧倒的に違う。

一征「ッ!?」

思ったよりも軽やかに跳躍され、一征は思わず息を飲みながらも回避行動に移る。

下手にギリギリの位置に避ければ、
あの巨大な身体を振り回されるだけで被害を被りかねない。

一征は床を蹴って左に跳ぶと、ナハトよりもやや離れた位置まで距離を取った。

直後、大音響と共にナハトが降り立ち、
避けた一征に向けてその巨大な右拳を裏拳の要領で振り回して来る。

込められた魔力の余波と、腕が巻き起こす衝撃はまるで台風のようだ。

一征はさらにバックステップでその一撃を回避すると、
がら空きになった胴体に向かって跳び蹴りを叩き込む。

一征(入った!)

紛う事なきクリティカルヒット。

だが、体格差が大きすぎて大したダメージにはならない。

デザイア<敵性魔導機人、ダメージ確認できず>

一征(これでもかなり魔力を込めたつもりだが……浅過ぎるか?)

デザイアの報告を聞きながら、一征は僅かに表情を曇らせる。

魔導装甲ギアは、大型魔導機人が相手でも互角以上に戦う事が出来るが、
さすがにここまでの体格差があるとそうもいかないようだ。

デザイア<エクステンドユニットの使用を提案>

一征<アレは威力は有るが、
   さすがに一対一の決闘で使っていられる余裕はない。

   止めの瞬間までは保留だ>

デザイアの提案を却下しつつ、一征は再び距離を取る。
940 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/12/01(土) 16:48:42.46 ID:VBCxx/Dao
ナハト「ふむ、軽いな……。
    反応速度もあの瞬間に比べれば実に並……。
    やはり見込み違いであったか」

ナハトは残念そうに漏らすと、一征の跳び蹴りを受けた胸部を軽く払った。

ナハト「これならば、同じリストに載っていない者でも、
    ブリッツの方に向かわせたあちらの二人と戦った方がマシであったな」

さらに続いた言葉に、一征は眉根をピクリと震わせた。

ブリッツ……恐らくはGH06B・ブリッツの事だろう。

反射系結界障壁の扱いを得意とする大柄な幹部格機人魔導兵の一体だ。

ナハト「アレは無口で何を考えているか分からぬ所があるが、
    我らの中でも特に“負けぬ”戦が得意でな……」

ナハトはどこか遠い目をするように視線を外すと、
再び一征に視線を戻し、さらに続ける。

ナハト「Aランクの客人よ……。
    こちらから招いた身ですまぬが、
    早々にこの児戯を終わらせ、彼奴の加勢に向かわせて貰おう」

そう言い切ったナハトは、再び両腕を掲げて跳躍した。

先程と同じく、跳躍からの振り下ろしと、
回避方向に向けた裏拳のコンビネーションだ。

そう予想した一征は再び横跳びに回避する。

だが、ナハトは滞空したまま落下せず、
その巨大な肘と膝を一征に向けて突き出すように構えた。

直後、ナハトの関節部が展開し、その奥から巨大な砲口が顔を出す。

内蔵型の魔導砲だ。

一征(砲撃型!?)

巨大で歪な四肢を見た瞬間、
一征は直感的にナハトを鈍重な格闘戦型だと思い込んでいた。

だが、その巨大な四肢は
内蔵型魔導砲を格納するための収納スペースの役割を持っていたのだ。

ナハト「ドゥンケルブラウエクリプセッ!!」

一征がナハトの正体に気付いた瞬間、
四門の大型魔導砲から暗い藍色に輝く魔力が迸る。

藍色の魔力が、一征の視界を覆い尽くす。

正に、ドゥンケルブラウエクリプセ――“藍色の蝕”の名に相応しい砲撃魔法だ。

空戦型でない一征に、跳躍中の緊急高速回避は不可能である。

相手は純粋魔力砲撃だが、この一瞬で反射術式を組み上げている余裕はない。

一征「ッ!?」

回避不可能の上空からの砲撃に対し、
一征は咄嗟に魔力を正面に魔力を集中し二重の魔力障壁を展開した。

一層目の障壁が一瞬で相殺されて砕け、直ぐさま二層目の障壁も相殺が始まる。

だが間一髪、二重の魔力障壁が完全に砕け散る直前に一征は砲撃範囲の外に飛び出す事に成功した。

無茶な姿勢での防御が災いして体勢を崩した一征は、転がるように床に落ちると、
敢えてそのままの勢いで転がり、ナハトから離れた位置で跳ねるように立ち上がって構え直す。
941 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/12/01(土) 16:49:21.83 ID:VBCxx/Dao
一征「まさか……砲撃型だったとは……」

一征は驚きを隠せずに呟く。

成る程、02から07がそれぞれ格闘型、狙撃型、高速型、支援型、防衛型、広域型、
01の詳しい情報は無いが、残る00が砲撃型と言うのは頷ける話だ。

ナハト「初期型と言う事もあってこの巨大な図体では外にも出られんが……。
    このナハト、出力だけならば末妹のネーベルにも引けは取らんぞ」

ナハトは悠然と一征へと向き直ると、両肘から突き出た砲門を向けて来た。

GG00X・ナハトは、一征の見立て通りに確かに砲撃型である。

しかし、完成はナナシ達の精製よりずっと以前……十一年前、
まだ魔導巨神事件が終わって間もない頃だった。

機人魔導兵へとその主力を移す計画以前に完成したナハトは、
砲撃能力を限界まで突き詰められた自律型魔導機人なのだ。

結果的に両肘と両膝に内蔵された魔導砲に合わせて四肢は肥大化し、
その副作用として得た巨大な身体による打撃力も確かな物だが、
その真髄はやはり砲撃である。

無論、十一年前に建造されたからと言って旧式のまま放置されていたと言うワケではなく、
その後に完成した機人魔導兵達のノウハウを使って様々なバージョンアップも受けていた。

しかし、その巨大さ故においそれと外に出す事も出来ず、
大出力を活かして施設のシステムを管理していたのである。

一征(確かに、この図体で外に出られていたら、
   エージェント・バッハシュタインの戦っている07と合わせて、
   どれだけの損害が出たか想像もつかないな……)

一征は先程の大出力砲撃を思い出しながら、内心で冷や汗を浮かべた。

上空からネーベルの広域攻撃、地上から大出力砲撃の二面攻撃を受けていたとすれば、
今頃は研究院の戦線は完全に崩壊していただろう。

だが、逆に屋内での一対一に持ち込めたのは幸運だったと思うべきだ。

相手の防御力と火力はコチラを圧倒的に上回っているが、
それでも屋内戦での格闘型と砲撃型ならば、相性的には格闘型が勝る。

後は、どうやってあの分厚い装甲を抜いてダメージを与えるかだ。

一征<デザイア……やはり緊急時にいつでも出せるように、
   エクステンドユニットのスタンバイをしてくれ>

デザイア<イエス、ボス>

一征は愛器に指示を出すと、広間の外壁沿いに走り始めた。
942 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/12/01(土) 16:49:47.57 ID:VBCxx/Dao
ナハト「成る程、動き回る事で撹乱するか……賢明と言えるな」

ナハトは感心したように、だが僅かな蔑みを持って呟く。

すると、その声に応えたかのように広間の内壁が変形を始める。

反射術式を織り込まれた鏡のような質感を持ったプレートが、
天井、床、壁を問わず広間全体に現れた。

一征「なっ!?」

突如として変形した広間に、一征は驚きの声を上げる。

ナハトはこの施設全体のシステムを管理しているのだ。

そう、ナハトにとっては自らだけでなく、
この広間そのものすら自身の装備として扱う事が出来るのである。

ナハト「反射角は自由自在……反射した砲撃で自爆するような事はないぞ!」

ナハトはそう叫ぶと、両肘の砲門から大量の魔力を迸らせた。

その瞬間、僅かにプレートの角度が変わる。

一征の現在位置に合わせ、プレートがその反射角度を調整したのだ。

放たれた二発の魔力砲撃は、まるで広間に蜘蛛の巣を張り巡らせるかのように飛び交う。

一征「クッ!」

一征は歯噛みしながら、その蜘蛛の巣のような砲撃をくぐり抜ける。

正面から、側面から、背後から、
時として頭上から襲い掛かる砲撃を、軽快なステップで避わす。

だが、避わせば避わすほど、ナハトとの距離を離されてしまう。

それどころか、回避するスペースも徐々に奪われ、追い込まれて行く。

デザイア<多重障壁による防御を提案>

一征「おのれっ!」

デザイアの言葉を聞きながら、
一征は両腕に込めた魔力で先程のような多重障壁を作り出した。

直後、真正面から襲い掛かった砲撃を、一征は多重障壁で受け止める。

幾度も反射を繰り返して減衰したのか、先程に比べれば威力は低い。

だが――

ナハト「私が放った砲撃は一発だけではないぞ」

ナハトの静かな言葉と共に、側面からもう一発の砲撃が一征へと襲い掛かった。

一征「ぐあっ!?」

正面からの砲撃に集中していた一征は、無防備な真横からの砲撃に晒される。

やはりこちらもかなり威力は減衰していたが、
真横からの直撃を受けては流石の魔導装甲でも軽減できるダメージに限度があった。

装甲の一部が砕け散って霧散し、一征は床の上に投げ出される。

さらに――

ナハト「ドゥンケルブラウエクリプセッ!!」

倒れ込んだ一征に向けて、四門の魔導砲から大出力の砲撃が放たれた。

一征「……ァァっ!?」

避ける間もなく襲い掛かる砲撃に、一征は声なき苦悶を吐き出す。
943 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/12/01(土) 16:50:17.10 ID:VBCxx/Dao
同じ頃、一征と分断された美百合と紗百合も、
ナハトの言葉通りブリッツの待ちかまえる部屋へと脚を踏み入れていた。

いや、果たしてその空間を“部屋”と呼べた物か?

曲がりくねった円形ダクト状だった通路の床が、
唐突にストレートで平坦な物に変わったのはほんの二百メートルほど前。

殆ど通路……と言うよりも通路そのものだ。

そして、その走りやすくなった通路を駆け抜ける途中、正面の敵に気付く。

平坦な通路の終端と思しき地点に、大柄な少年が立ち塞がっていた。

両腕を組み、仁王立ちになった不動の姿勢で、
コチラを睨め付けて来る黒と暗いオレンジ色の魔導装甲を纏った……
そう、前述の通りブリッツだ。

紗百合「巨躯で橙色の髪……ブリッツって奴ね」

紗百合は提供されていたデータを確認しながら呟く。

ブリッツ「………」

無言のブリッツが両腕を広げると、その手に巨大な盾が現れる。

ビール空軍基地で結と戦った時には使っていなかった装備であり、
無論、研究院から提供されているデータにもその存在は記されていない。

ブリッツがそれを自身の正面で組み合わせると、
盾の周囲にオレンジ色をした魔力の障壁が発生して進路を閉ざす。

比喩表現などではなく、完全に隙間を埋め尽くしているのだ。

ブリッツ「オレンジヴァンド……ここから先は、誰も通さない」

ブリッツは低く静かにそれだけを言い放つと同時に、
双子へと向けて猛然と突進を始めた。

その名の通りオレンジ色の壁――オレンジヴァンドが、
身構えた双子へ向けて突き進んで来る。

しかし、そのスピードは思ったよりも遅い。

だが、遅いながらも一切の隙間のない魔力障壁が迫って来る様は激しい圧迫感を与える。

紗百合「ただの魔力障壁くらい、何だってのよ!」

紗百合は大太刀を構え、迫り来るブリッツに向けて斬り掛かった。

美百合「さーちゃん、ちょっと待って!?」

一方、迫り来るブリッツの対処法を思案していた美百合は、
飛びかかろうとする妹を諫めようとする。

紗百合「結の取ってくれたデータで、ある程度は予想できるでしょ!」

だが、紗百合は耳を貸さずに大太刀を引き絞るように構えた。
944 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/12/01(土) 16:50:46.01 ID:VBCxx/Dao
紗百合「本條流魔導剣術……天ノ型が参! 破天ッ!!」

引き絞るように構えた大太刀に、全体重と突進の勢いを込めて一点突破の突きを放つ。

天ノ型の一つ、破天【はてん】だ。

淡く黄色に輝く魔力の込められた大太刀の切っ先と、
暗くオレンジ色に輝く魔力の壁がぶつかり合い、激しい閃光が辺りに迸った。

その閃光が迸る事、僅か数秒。

何とか切っ先を障壁に突き立てていた紗百合だったが、次第に押され始める。

紗百合「な、コイツ……堅い!?」

防御型と言う事で侮らぬ程度に警戒していたつもりだったが、
想像を遥かに上回る障壁の硬度に紗百合は愕然と漏らす。

既に大太刀に込めていた魔力の殆どは相殺されており、
突進の勢いも殺されて押し返されるばかりだ。

ブリッツ「………シルトアングリフッ!!」

紗百合の勢いが完全に削がれたと思われた瞬間、
ブリッツは障壁を構えたまま一気にその速度を上げた。

紗百合「キャアッ!?」

障壁に切っ先を絡め取られて動きを封じられていた紗百合は、
もろにその突撃を食らって大きく弾き飛ばされる。

美百合「さーちゃん!?」

しかし、美百合は咄嗟に弾かれた妹を抱き留めた。

僅かに身体を後ろに下げながら弾き飛ばされつつ勢いを相殺し、
紗百合も何とか体勢を整え直す。

美百合「大丈夫、さーちゃん?」

紗百合「………悪かったわね……手間かけさせて」

心配そうに尋ねる姉にぞんざいな礼を言って、紗百合は太刀を構え直した。

美百合は哀しそうに僅かに目を伏せる。

と、その時、不意に床の異常に気付く。

美百合「床が……動いてる?」

床と壁の継ぎ目の変化に、美百合は驚いたように漏らした。

そう、床が美百合達の進行方向に向けて動いているのだ。

そして、床はブリッツが進んだ分だけ移動すると、ゆっくりと停止した。
945 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/12/01(土) 16:51:12.74 ID:VBCxx/Dao
紗百合「通路を覆い隠す分厚い壁に、動く床……。
    成る程、どんなに後ろに逃げても無限ループって事ね」

紗百合は吐き捨てるように呟く。

既にブリッツの作り出す障壁の硬度は確認した。

アレを確実に破壊するのは、
かなり高密度にまで集束した魔力でなければ不可能だろう。

だが、それを集束していられる余裕は無い事も、彼我の距離で熟知している。

そして、ブリッツ自身もそれほど遅いワケでもない。

先程の体当たり――シルトアングリフのスピードならば、
この通路も十秒とかからずに完走してしまえるだろう。

そして、一度あの盾に弾き飛ばされてしまい、床が動き出したが最後、
壁にぶつかって止まる事なく、延々と弾かれ続ける事になる。

正に無限ループだ。

しかし、先程の攻撃で分かった事はそれだけではない。

紗百合「数秒なら私でも持ち堪えられるわね……」

紗百合は思案げに呟いく。

最終的に押し負けはしたが、それでも僅か数秒……
おそらくは五秒足らずだが拮抗する事が出来た。

双子の魔力量と魔力運用能力はほぼ同一。

一人がブリッツを押さえつける間、
もう一人が通路の終端にまで退いて魔力を集束させる余裕は作れるハズだ。

その事は美百合も気付いていた。

美百合「……さーちゃん、私が食い止めるから、
    さーちゃんはその間に魔力を集束させて。

    全力の崩天か破天なら、きっとあの防御も突き破れるハズよ」

美百合はそう言うと、二刀を構えて紗百合の前に立つ。

紗百合「ちょ……何言ってんの!? アイツの突撃、結構な威力よ!?」

美百合「それなら尚のこと……二度もさーちゃんが受ける事はないわ」

驚く紗百合に、美百合は笑みを浮かべて応える。

紗百合「な……何、こんな時にお姉さんぶってんのよ!?」

対して、紗百合は驚きに怒りを込めて叫ぶ。

何を言い出すのか?

下手をすれば百メートル以上、あの突進に晒され続ける事になるのだ。

自殺行為に等しい。

だが――

美百合「二度目を受けたら、さーちゃんの身体が保たないでしょう!?」

――その考えは、美百合も一緒であった。

紗百合「………!?」

珍しく声を荒げた姉に、紗百合は思わず目を点にしてしまう。
946 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/12/01(土) 16:51:39.96 ID:VBCxx/Dao
美百合「確実に二人が生き残れる方法は、これしかないでしょう?」

驚いて固まったままの紗百合に、美百合は言い聞かせるように言って前を見据えた。

確かに、その通りなのだ。

紗百合は先んじての攻撃と防御に、それ相応の魔力を消耗している。

美百合が通路の終端で魔力を集束している間、
延々とブリッツのシルトアングリフと衝突し合う事になる事や、
美百合との残魔力量の比較を考えれば心許ないと言わざるを得なかった。

ただ、それでも“美百合が受けた方が多少はマシ”と言う程度に過ぎない。

しかし、紗百合が一人でブリッツの攻撃を受け続けて無事でいられるかと言えば、
それは美百合よりも低い確率だ。

紗百合が受けて美百合が攻撃と言う組み合わせの場合、
美百合は生き残れる可能性は高いが紗百合が生き残れる可能性は極めて低い。

だが、美百合が受けて紗百合が攻撃と言う場合、二人が生き残れる可能性は比較的高くなる。

そう、あくまで比較論だ。

二人が揃って生き残れる確率など、どちらもおしなべて低い。

どちらかが、或いはどちらも命を落とす確率の方がむしろ高いと言えた。

紗百合「何、自分犠牲しようとしてんのよ!?
    アンタ、第一後継者でしょ!?
    アンタ一人の命じゃないのよ!?」

美百合「それはさーちゃんだって一緒でしょう!?
    だったら、少しでも確率の高い方に賭けるべきよ!」

双子はややヒステリックな言い合いを始めてしまう。

危機的状況で、それまでのフラストレーションが爆発したのだ。

何もこんな状況で、とも思うが、こんな状況だからこそでもある。

互いを恋敵として認識し、牽制や遠慮もし合っていたが、
やはりそこは血肉を分けた一卵性双生児だ。

どんなに喧嘩をしていようとも、互いの命の危険は見過ごせない。

しかし、端から見れば茶番そのものの二人の言動など、
ブリッツには関係の無い事だった。
947 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/12/01(土) 16:52:07.71 ID:VBCxx/Dao
ブリッツ「面倒だ……終わりにする」

どこか辟易したように漏らしたブリッツは、
障壁の表面に硬化と雷電変換の二重術式を二つ展開する。

すると、ブリッツの障壁から電撃を纏った魔力の衝角が二本、
まるで猛牛の角かクワガタの顎のように迫り出した。

紗百合「……うそ、何……あれ」

言い合いを続けていた紗百合は、敵の思わぬ変化に目を見開いて唖然とした様子で漏らす。

美百合も驚きで目を見開く。

どうやら、口喧嘩どころか考えたプランを実行している場合でもないらしい。

ブリッツ「シルトドンナーシュラークッ!!」

電撃を纏った衝角を突き出し、ブリッツが突撃を仕掛けて来る。

シルトドンナーシュラーク――“盾の落雷”の名の通り、
徐々に迫り来る電撃はスローモーションの落雷を見ているようだ。

威力はどう見ても、先程受けたシルトアングリフを確実に上回るだろう。

さすがに一人で受けられるレベルの攻撃ではない。

美百合と紗百合は目を合わせて頷き合うと、
大きく後方まで跳んで十分な距離を稼ぎ、それぞれの太刀に魔力を集束する。

こうなれば二人がかりで真っ向から受けるより他はないと言う判断だ。

ドスドスと低い足音と共に迫り来るブリッツの衝角と、
双子の構えた太刀が真っ向からぶつかり合う。

美百合「っくぅ……ッ!?」

紗百合「お、重……ッ!?」

電撃を伴う突撃を真っ向から受け、二人は苦悶と驚愕の声を漏らす。

特にシルトアングリフも受けた紗百合は、先程よりも威力を増した突撃に愕然としていた。

こちらは二人がかりだと言うのに、確実に後ろへと押しやられている。

美百合(バランスを崩さないように立っているので精一杯だなんて……!?)

紗百合(ちょ、ちょっとコイツ……どんだけ馬力あんのよ!?
    こっちは私と姉さんで二人がかりだって言うのに!?)

美百合が心中で漏らした言葉の通り、押し負けて倒れないようにバランスを取るので精一杯だ。

それに加えて、紗百合の言葉通り、こちらは二人がかりでこの有様である。

修業時代に当時のAカテゴリクラスのメンバーとの模擬戦を幾度か経験したが、
これだけの突破力を持った相手は結とザック以来だ。

結のリコルヌシャルジュを真っ向から受けた事があったが、
当時は未完成だった事もあって比較は難しいが、
ブリッツのシルトドンナーシュラークもそれに匹敵するだけの威力を持っている。

魔導装甲のバランサーと浮遊魔法を応用した魔力スタビライザーが何とか二人の身体を支えていたが、
身体を支えるだけで精一杯の二人は、そのまま通路の後方へと押しやられて行く。
948 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/12/01(土) 16:52:35.56 ID:VBCxx/Dao
このまま延々と一征と分断されたポイントまで押しやられてしまうのではと思った瞬間、
平坦な通路の終端で分厚い隔壁が閉じられた。

紗百合「ちょっと……ウソでしょ!?」

隔壁の閉じる音に気付いて後ろを振り返った紗百合が愕然と漏らす。

並の攻撃では破る事が出来ないこの施設の隔壁と結やザックに匹敵するレベルの突進力でのサンドイッチなど、
想像するだけで全身の血の気が引いてしまう。

美百合「さーちゃん! とにかく少しでも相手の魔力を削るしかないわ!」

美百合は慌てた様子で叫ぶと、小太刀だけで衝角を防ぎ、
魔力を込めた大太刀でブリッツの障壁を斬り付けた。

紗百合「……このぉっ!」

紗百合も咄嗟に小太刀を構え、衝角や障壁に幾度も魔力を込めた斬撃を叩き付ける。

瞬間的にはそれで障壁や衝角の一部を相殺する事が出来たが、
相殺して欠損させた部位もすぐさま回復してしまう。

必死の抵抗を続けながら、
二人はブリッツの障壁硬度についての思い違いに気付いていた。

そう、ブリッツの障壁は固いのではない。

再生速度が異常に早いのだ。

一瞬、障壁を打ち破ったとしても直後には完全に回復してしまう。

一見して凄まじい硬度を誇るように見えるが、その実はそんな物だ。

だが、その回復力は、彼自身の突進力と合わせれば絶大な脅威と化す。

美百合「何て回復力……!?」

愕然と漏らしながらも、美百合は諦めずに斬撃を打ち込み続ける。

紗百合も同様に小太刀での斬撃を続けているが、
隔壁は既に目と鼻の先にまで迫っていた。

そして――

ブリッツ「これで終わりだ……!」

――酷薄なブリッツの声と共に、双子の背中が激しく軋む。

遂に隔壁へと叩き付けられたのだ。

美百合「っああぁっ!?」

紗百合「……ぅあっ!?」

魔導装甲が押し潰されるメキメキと言う不快な音と共に、二人は苦悶の叫びを漏らす。

さらに、鋭い魔力の衝角をすんでの所で防いでくれていたダイレクトリンク魔導剣が砕け散り、
二人の身体を雷電魔力の衝角が貫いた。

美百合「ぅァァァッ!?」

紗百合「きゃぅっ!?」

物理的な実体こそ伴わない魔力衝角だったが、
込められた雷電の魔力が全身に激しい衝撃を与える。

魔導装甲が完全に砕け散った所でブリッツの突進は終わり、
双子はインナー防護服のまま床に倒れ伏した。
949 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/12/01(土) 16:53:04.19 ID:VBCxx/Dao


一方、ナハトとの対決で砲撃の直撃を受けた一征は、
何とか砲撃のショックから立ち直りつつあった。

一征(……魔導装甲のお陰で、何とか致命的なダメージは避けられたか……)

一征は片膝を付きながら、何とか上体を起こす。

魔導装甲の防御力と、技術部謹製の魔力コンデンサのお陰で
思ったよりはダメージは少ないようだ。

一征は即座に魔導装甲を再構成すると、再び身構える。

ナハト「ほう……我がドゥンケルブラウエクリプセの直撃を受けながら、
    まだ立ち上がれるだけの余力があったか」

ナハトは感嘆混じりに呟き、さらに続ける。

ナハト「客人……貴殿をただのAランクと謗り、
    この戦いを児戯などど軽んじた事は些か早計であったようだ」

その言葉と共に、ナハトは両肘の砲門を左右に向け、
さらに膝の砲門をやや外側へ向けて構えた。

先程は二発で撃った牽制の砲撃を、今度は倍の四発に増やすつもりらしい。

ナハト「貴殿のしぶとさを認め、全力かつ最大の魔法でお相手しよう!」

一征(アレが全力でないか……。
   予想して然るべきだったが、実際に聞かされると気が滅入る物だな……)

ナハトの声を聞きながら、一征は焦燥感に駆られる。

ナハト「こればかりは、どう足掻いても避けられんぞ!
    ミッターナハトエクリプセッ!!」

ナハトの四門の魔導砲から、四条の砲撃が放たれた。

すると、直後にナハトの周囲の床がドーム状に閉じられ、
ナハトの巨体をすっぽりと覆い隠した。

さらにドームの表面が反射術式を織り込まれたプレートで覆い尽くされ、
広間全体の壁面にも同様に隙間無く敷き詰められた。

まさに反射術式の結界だ。

その中を四条の砲撃が縦横無尽に飛び交う。

一征「これは!?」

ナハト「フハハハッ!
    先程までの反射角を気にしていた砲撃とは違い、
    このミッターナハトエクリプセはこの広間全域を埋め尽くす広域砲撃!

    しかも閃光変換された砲撃の威力は一発一発がドゥンケルブラウエクリプセと同等!

    回避も防御もままならぬ、これぞ我が最大魔法なり!」

驚きの声を上げる一征に、ナハトは高らかに叫んだ。

成る程、確かに以前の砲撃と違い、
こちらは自爆を考慮して反射角を計算する必要のない完全無差別砲撃と言う事になるのだろう。

しかも前述の通り、砲撃は四発。

反射角の計算などせずともすぐに広間の全域を埋め尽くすハズだ。

正にミッターナハトエクリプセ――“真夜中の蝕”の名の通り、
暗い藍色で辺りが覆われ始めている。
950 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/12/01(土) 16:53:30.47 ID:VBCxx/Dao
一征「くっ、こんな所で負けられるか……!」

一征は歯噛みするように言って、襲い来る砲撃から逃れようと縦横無尽に跳ぶ。

デザイア<……対処、不可能>

さすがのデザイアも僅かな間を置いてから、悔しそうな声音でその報告を呟いた。

最終的に避けようも防ぎようもない砲撃では、対処のしようがない。

一征(四発の砲撃全てに対処できるだけの数の反射術式を用意などすぐには出来ない……。

   どうする!?)

相手が閃光変換している以上、反射は先程よりもずっと容易になっている。

だが、たとえ反射出来たしたとしてもナハトは反射結界の外側におり、
一征が反射した砲撃も壁面の反射プレートで再反射されるだけに過ぎない。

完全な八方塞がりだ。

ナハト「貴殿と行動を共にしていた仲間も、そろそろ終いのようだぞ?」

一征の苦境に追い打ちをかけるかの如く、ナハトがそんな言葉を呟く。

そう、この施設のシステム管理を担当しているナハトには全て戦場の様子が見えていた。

勿論、ブリッツの手によって倒れた本條姉妹の姿も映っている。

ナハトが敢えてその事を口にしたのは、一征の動揺を誘うためだ。

一征の行動原理に本條姉妹が関わっている事はナハトも理解していた。

人間の行動心理の中に“誰かのために”と言う献身的な物がある事も理解している。

そして、一征の行動原理と心理に本條姉妹が関わっているならば、
それによってあの時のような動きを見せてくれるかもしれない。

もしもそうでないのならば、狙った通りに動揺して自滅してくれるなら、それはそれでいい。

どちらに転んでも、ナハトにとっては目論見通りだ。

だが、ただ一つの誤算があったのは、
その言葉で一征の動揺を誘う事が出来なかった事だった。

そう、動揺を誘わんとしたナハトの言葉に、
むしろ一征の思考はクリアになっていた。
951 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/12/01(土) 16:54:23.15 ID:VBCxx/Dao
一征<………デザイア、属性変換補助。
   系統、流水。部位、右腕部>

デザイア<……イエス、ボス!>

一征の冷静で淡々とした指示に、デザイアも淡々と、だが力強く応える。

すると、一征の魔導装甲の右腕部のパーツが一気に流水変換された。

そして、一征は四条の閃光に視線を向け、その軌道を確認する。

一征<デザイア、軌道計算。
   目標に向かう軌道を割り出し、タイミングを指示してくれ>

デザイア<イエス……!
     各軌道を視覚マーキング>

デザイアの返答と共に、
一征の視覚に移り込む砲撃の先端のみが赤、白、黄、緑の四色に色分けされる。

主が何を考えているのかは、既にデザイアにも伝わっていた。

あとは主が好むタイミングを正確に割り出すだけだ。

デザイア<マーキングパターンホワイト、
     敵基点において八時方向、仰角42.5度。

     カウント13……12……11……>

一征<よし……っ!>

デザイアから指示されたタイミングに合わせ、
一征は指定のポイントに向け、砲撃の隙間を縫って跳ぶ。

そして、一征の視覚的には白く塗られた砲撃の予測軌道へと彼は躍り出た。

ナハト「自滅する気か!? ………笑止なりっ!」

その光景にナハトは憤りにも似た声を漏らす。

動揺を誘う作戦ではあったが、
その自棄にも見える光景は彼を苛立たせるには十分だった。

だが――

一征「脚部エクステンドグラップルユニット、展開ッ!」

跳び上がった一征の左足の先に、
鋭いエッジを持った全長5メートルにも及ぶ巨大な脚部が顕現する。

そう、これこそが一征とデザイアが時折口にしていた“エクステンドユニット”の正体だ。

一征はメイのように圧倒的なスピードを持つワケでも、
ザックのように驚異的な硬度を誇るワケでもない。

だが、一征最大の売りはスピードでも打撃の堅さでもなく、
彼自身の魔力特性である属性体内集束を用いた打撃力の圧倒的な物理強化にある。

そして、このエクステンドグラップルユニットは、一征の打撃力を強化しつつ、
魔力特性を再現する彼の手足を延長するための装備であった。

一征はその巨大な脚部と左足の魔導装甲を連結すると、
さらに流水変換された右腕部の魔導装甲に魔力を送り込んだ。

すると、流水変換された右腕の魔導装甲が霧状の膜となって一征の身体を包み込む。

一征<デザイア、属性変換補助。
   系統、炎熱。部位、左脚部及びエクステンドユニット!>

デザイア<イエス、ボス!>

一征の指示と共に、左足の魔導装甲とエクステンドグラップルユニットが赤熱化した。

その直後、一征の背後から閃光変換された暗い藍色の光が襲い掛かる。

だがしかし、その砲撃は即座に一征を包む事はなかった。
952 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/12/01(土) 16:54:50.39 ID:VBCxx/Dao
ナハト「何!?」

ナハトはその光景に愕然と呟く。

彼我の魔力量から見ても、
一征に砲撃を受け止められるような余裕はなかったハズだ。

しかし、一征は現に目の前で砲撃を受けきっている。

何らかのカラクリがあるには違いなかったが、
ナハトには即座の判断がつかなかった。

カラクリの正体を明かすなら、
魔力の霧と化した一征の魔導装甲がその答えである。

そう、閃光変換された魔力の乱反射現象が起きているのだ。

高密度の霧となった流水変換魔力は、相殺されながらも閃光変換魔力を弾く。

反射術式を組むよりもずっと魔力を消耗するが、
それでも展開速度を考えれば反射術式よりもずっと実戦向きの戦法だ。

仮に魔力に圧倒的な差があろうとも、単発の閃光魔力砲撃を相手に屈する事がないのは、
四年前のトリスタン事件における結とシルヴィアの戦闘でも実証されていた。

そして、一征とナハトの魔力量の差は、
シルヴィアと結のそれに比べて極めて小さい。

だが、言ってみればコレは賭けでもあった。

一征が属性体内集束の魔力特性を持つと言っても、
彼は熱系変換のエキスパートではない。

むしろ、エキスパートでもないのに
高い攻撃力を発揮できる特性を持つ事が長所として挙げられる部類なのである。

シルヴィアのような術式ブーストをかけられるギアを持っていない一征が、
この威力の魔力砲撃と拮抗できるだけの高密度の流水魔力の霧を展開できるのはごく短時間だ。

おそらくは二秒と保たない短い時間だ。

だが、その二秒の拮抗が、一征にとって最大の攻撃を生むチャンスでもある。

付け加えるなら、一征は飛行魔法の素養は皆無だ。

何の足場もない空中で、浮遊魔法も使わずに他の魔力とぶつかり合えば、
たとえ魔力的に拮抗して見せた所で、一征の身体は弾き飛ばされてしまう。

そう、霧の乱反射障壁で魔力砲撃とぶつかり合った一征は、
砲撃の軌道に合わせて砲撃威力そのままの勢いで弾き飛ばされるのだ。

そして、魔力砲撃による加速が生み出す破壊力は、
結のリコルヌシャルジュでも既に実証されている。

ナハト「まさか……!?」

ナハトが驚愕の声を上げたのは、そこまで思考が追い付いた瞬間だった。
953 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/12/01(土) 16:55:26.10 ID:VBCxx/Dao
真後ろからの砲撃による加速を得た一征は、
ナハトが隠れ潜むドームに向けて一直線に、
赤熱化した左脚とエクステンドグラップルユニットを叩き込んだ。

金属が切り裂かれるけたたましい破断音と共に、
分厚いドーム型の隔壁に小さな穴が穿たれる。

一征がその腕に敢えて砲撃を受けてから、
僅か一秒にも満たない時間の出来事であった。

一征「デザイア、魔力全開!」

デザイア<イエス、ボスッ!>

一征の声に答えるかのように、デザイアが力強く叫んだ。

その瞬間、エクステンドグラップルユニットに込められる魔力がさらに勢いを増した。

ナハト「ぬぐぁぁっ!?」

直後、ドーム内からナハトの苦悶の声が響く。

魔力を放った当人がダメージを受けたためか、
広間の中を飛び交う四条の砲撃も霧散して消える。

システムの異常か、ナハトを包んでいたドームが解除されると、
顔面にエクステンドグラップルユニットの直撃を受けたナハトが姿を現した。

ナハト「ぐぁ……な、何故このような手を……!?
    一歩間違えば単なる自殺行為ではないか……!?」

苦悶の声を上げながら、ナハトは絶え絶えに叫んだ。

砲撃と拮抗できるレベルで高密度の霧を発生させられなければ、砲撃の直撃を受けてアウト。

仮に砲撃と拮抗できても、
エクステンドグラップルユニットがドームを貫通できなければアウト。

仮に貫通できたとしても、
一撃でドーム内のナハトに直撃できなければ無駄に終わる。

あまりに不合理で向こう見ずな一征の戦術にナハトは愕然とし、
今際の際ながらにその理由を知ろうとしていた。

一征「………悪いが、お前にかかずらっている暇はなくなった」

だが、一征は淡々と言い放ち、それに答えようとはしなかった。

ナハトはその場で崩れ落ち、手足から徐々に霧散を始める。

一征の勝利であった。

しかし――

一征「美百合様、紗百合様……!」

彼はその勝利の余韻に浸る事なく、
自身のやって来た通路に飛び込むと引き返し始めた。

ただ、自らが仕えると決めた主達の安否を確認するために。
954 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/12/01(土) 16:55:54.16 ID:VBCxx/Dao
やや時間は前後するが、一征がナハトとの決着を着けた時より数分前。

自動床によってブリッツが定位置へと運ばれる中、
美百合と紗百合は全身に受けたダメージで床の上に倒れ伏していた。

ブリッツ「………まだ息がある……」

ブリッツは確認するかのようにぽつりと呟くと、
障壁を解除した巨大な盾を振り上げる。

どうやら、この巨大な盾を鈍器のようにして使うようだ。

巨大で堅牢な盾は、打撃武器としても十分な威力を発揮する。

一方、双子は倒れ伏したまま動けずにいた。

魔力ノックダウンされたワケではないが、
全身に受けた電気ショックのダメージが酷く、
すぐに立ち上がれるような状態ではない。

通路の終端からコチラに運ばれて来るまでの約一分弱、
延々と自己治癒促進を行っていたが、まだその効果は現れない。

紗百合(まだ……身体が動かない……)

自分に向けて振り上げられた盾を見上げながら、紗百合は絶望感に晒されていた。

さすがに魔導装甲無しであの盾による打撃を受けきる自信はない。

ブリッツ「………ふんっ!」

しかし、ブリッツがそんな事など気に止めるハズなく、
彼は紗百合に向けて巨大な盾を振り下ろした。

紗百合(潰される!?)

訪れるであろう衝撃と自身の末路に、紗百合は固く目を瞑る。

だが――

美百合「さーちゃん!?」

盾が紗百合に叩き付けられる寸前に、
隣で倒れていた美百合が紗百合を抱きかかえて後方へ転げるように跳んでいた。

紗百合「っ、あ……ね、姉さん……?」

美百合「だ、大丈夫……?」

紗百合が苦しげに驚きの声を漏らすと、美百合も同様に苦しげな声で問いかけた。

紗百合「だ、大丈夫だけど、動けたの……?」

美百合「ううん……今、何とか動けるようになったばかり……」

呆然と漏らす紗百合に、美百合は弱々しく首を振る。

恐らく、美百合が先に動けたのは事前に受けたダメージの差だろう。

つまり、シルトアングリフを受けたか受けなかったかの差。

美百合の方が若干、魔力と体力に余裕があったために
自己治癒促進がギリギリの所で間に合ったのだ。

美百合「アレックス君にお礼を言わないと……魔力コンデンサがなければ今頃は……」

美百合はそこまで言って、全身を震わせた。

そう、魔導装甲を維持するための魔力コンデンサに貯蓄されていた魔力のお陰で、
二人は辛うじて魔力ノックダウンを免れていたのだ。

だが、自分達の命と引き換えに魔導装甲は完全に沈黙していた。
955 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/12/01(土) 16:56:21.75 ID:VBCxx/Dao
紗百合「マズったわね……
    起動基底限界魔力くらいしか残ってないかも……」

紗百合は悔しそうに呟く。

起動基底限界……つまり、一度でも魔導装甲を展開すればその場で魔力が尽きてしまう。

第六世代での反省点が活かされた第七世代――魔導装甲の維持・展開は、
平常時に使用されていない余剰魔力を常に魔力コンデンサへと送り、
そのコンデンサ内に貯蓄された魔力で賄っているのだ。

ブリッツのシルトドンナーシュラークも、
通常の魔導防護服だけで受けていれば今頃はミンチにされていたかもしれない。

そのレベルのダメージを受けたとしても、
使用者だけは無傷で済ませられるだけの物理・魔力の両面の保護がかけられているのだ。

コンデンサ内の魔力を使い切ってしまった二人には、魔導装甲の再展開は難しかった。

それどころか、それだけの魔力すら残されていない状況では、
ブリッツの障壁を一撃で完全破壊するレベルの魔力を集束する事すら叶わない。

正に、万策尽きたと言うべきであり、
紗百合の言う“マズった”もそんな意味も込められての事だろう。

だが――

美百合「……まだ、終わってない」

そんな妹の弱音を振り払うかの如く、美百合は決意の篭もった声で呟く。

床に転がっていた大太刀――鬼百合・夜叉を杖代わりに立ち上がる。

美百合「あの人の防御も完璧じゃない……。
    障壁の再生速度は確かに早いけれど、障壁自体は破壊できる」

紗百合「それは……そうだけど」

姉の言葉を聞きながら、紗百合は先程の攻防を思い出して頷く。

確かに、ブリッツの障壁は決して破壊不可能ではなかった。

だが圧倒的な再生速度を誇り、欠損した障壁の修復にはコンマ一秒と掛からない。

美百合「多分……あの盾自体が呪具みたいな効果を持っていて、
    魔力を込める限り超高速で障壁を回復させているのかも……」

紗百合「あ、そっか……それなら確かにあの回復速度でも納得行くわ」

思案げに呟いた美百合に、紗百合は納得したように頷いた。

確かに呪具系ギア――トリスタン一味の使っていた呪導ギアの類ならば、
紗百合の言うようにあの回復速度も頷ける。

機人魔導兵を持ち出した時点で、トリスタンのパトロンがグンナーであった事は疑いようもないし、
呪具を使ったギアの分割モジュール化技術の集大成である呪導ギアは、トリスタンが完成させた物だ。

だが、紗百合はさらに続ける。

紗百合「けれど……だからって障壁の回復速度を下げられるワケじゃないでしょ?」

紗百合はやや呆れたように漏らした。

確かに、結局の所ブリッツの盾は障壁の向こう側だ。

盾に負荷を与えれば障壁の回復速度を下げられると分かった所で、
障壁を突破できる手段が見付かったワケではない。
956 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/12/01(土) 16:56:49.46 ID:VBCxx/Dao
美百合「出来るよ……私とさーちゃんなら」

しかし、美百合は自信ありげな笑みを浮かべて紗百合に手を差し伸べた。

美百合「天と舞……二つの型が揃ってこそ、本條流魔導剣術だもの」

紗百合「は……はぁ!?」

続く美百合の弁に、紗百合は差し伸べられた手を握り替えしながら、
呆れと驚きの入り交じった素っ頓狂な声を上げる。

紗百合は小太刀――鬼百合・般若を杖代わりに立ち上がりながらも、
呆然と姉の顔を見つめた。

美百合「一人じゃ再生速度に間に合わなくても、
    私とさーちゃんの二人がかりでなら絶対に勝てる」

美百合はブリッツを見据えて呟き、鬼百合・夜叉を構える。

紗百合「ちょ……二人がかりならって……何言ってんの!?
    私達、喧嘩してるのよ!?
    息なんて合うわけないでしょ!?」

対して、紗百合は苛立ちを交えて叫ぶ。

そうだ、自分達は今、一征を巡って冷戦の真っ最中だ。

とてもじゃないが合わせられるワケがない。

しかも、一撃目と二撃目の時間差に許容誤差コンマ一秒の間隙を狙う超精密攻撃など……。

だが――

美百合「ここで負けたら……死んでしまったら、もう喧嘩どころじゃないもの!」

美百合は紗百合の苛立ちすら振り払うように叫んだ。

ブリッツ「シルトアングリフッ!」

だがしかし、その直後、痺れを切らしたかのようにブリッツが突っ込んで来た。

美百合と紗百合はさらに後方に跳んで距離を取る。

それで二人の言い合いが終わるワケではない。

紗百合は十分な距離が取れた事と、
突進が空振りした事でブリッツが動きを止めた事を確認すると、再び美百合に向き直って口を開く。
957 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/12/01(土) 16:57:34.61 ID:VBCxx/Dao
紗百合「そりゃ正論よ! 正論だけど、それで納得できる――!」

――ワケがない。

美百合「私は……一征お兄様の事が大好き!」

そう言いかけた紗百合の言葉を、美百合の声が遮り、彼女はさらに続ける。

美百合「子供の頃から、ずっと!
    さーちゃんの事も好きだけど、
    これだけは、もう絶対に譲れない!」

紗百合「な……!?」

普段はソレを口にしようとしなかった美百合が叫んだ言葉に、
紗百合は面食らったように言葉を詰まらせた。

美百合「もう遠慮なんてしない!
    立場とか、そんなの気にしない!

    次期当主だから何だって言うの!?
    言えば叶うからって、そんな卑怯な恋はしない!

    正々堂々、ちゃんと一征お兄様を愛したい!」

普段大人しく我を張らない事や、紗百合との冷戦状態で相当溜め込んでいたのだろう。

最早、喋るマシンガンだ。

だが、そうなるとさらに我慢が行かないのが紗百合である。

紗百合「な……な……何よ、いきなり!

    私だって一征の事が………お兄様の事が好きよ!
    姉さんが次期当主だからって、絶対に取られて堪るモンですか!

    この気持ちだけは、姉さんなんかに負けない!」

あれだけ当たり散らしても一番の本音だけは押し隠していた事もあって、
一度タガが外れてしまえばその勢いは止まらない。

美百合「私の方がさーちゃんより……」

紗百合「私の方が姉さんより……」

美百合&紗百合「お兄様の事を愛してる!」

二人は言葉をぶつけ合いながら、
心に絡みついていた錘が解けるような心地よさを感じていた。

嗚呼、そうだ。
こうしていれば良かったのだ、最初から。

家の仕来りや互いへの遠慮で忘れていた。

自分達は本條家の次期当主候補一位二位である以前に、血を分けた双子なのだ。

同じ男性を愛したのなら、遠慮も家も関係無い。

ただ全力で、思いをぶつけ合うべきだったのだ。

最初は何処か険しい表情だった二人も、
次第にその口元に、目元に、笑みの色を浮かべて行く。
958 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/12/01(土) 16:58:18.51 ID:VBCxx/Dao
美百合「……ふぅぅ」

紗百合「はぁ、何年かぶりにスッキリしたわ」

二人は心地よい溜息を交えて呟くと、再び違いの視線を絡め合う。

美百合「この任務が終わったら、正々堂々、
    一征お兄様をかけて勝負よ、さーちゃん」

紗百合「はぁ? 正々堂々? 何平和ボケしてんの?
    宣戦布告済みなんだから早いモン勝ちよ!

    一征の寝込みを襲ってでも先に既成事実作ってやるわよ!」

美百合「ね、寝込み!? 既成事実!?」

紗百合の口から飛び出した言葉に、
美百合は顔を真っ赤に紅潮させて素っ頓狂な声を上げた。

紗百合「出来婚上等! あとで泣き見るのは姉さんよ!」

姉の様子に、紗百合は勝ち誇ったような笑みを浮かべる。

大人しい姉に、こんな大胆な真似など出来まい。

いや、むしろ自分で言っておきながら、
あまりの大胆さに紗百合は心臓の鼓動が激しくなっている事を感じた。

美百合「だ、だったら私も負けない!
    そ、その……か、帰りの船の中でだって押し倒しちゃうから!」

紗百合「いくら何でもソレは破廉恥すぎでしょ!?」

顔を真っ赤にして高らかに宣言した美百合に、紗百合も顔を真っ赤に染める。

真っ赤に紅潮した顔を見合わせたまま、二人は互いを視線で牽制し合う。

だが、不意に思い出す。

そう、ここはまだ戦場、そして、戦闘の最中だ。
959 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/12/01(土) 16:58:50.56 ID:VBCxx/Dao
ブリッツ「シルトドンナーシュラークッ!!」

無視された事を怒っているのか、ブリッツは怒気を交えた声で叫び、
電撃を纏った衝角を突き出して突進を始める。

美百合「勝負は任務が終わってから……!」

紗百合「……ええ、こんな所で負けるモンですか!」

二人は頷き合い、待機状態のリリスSとリリスHを胸元に翳した。

すると、インナー防護服が淡い黄色の輝きに包まれてて魔導防護服へと変わる。

純白の道着に緋色の袴、魔力波長と同じ淡い黄色の襷で袖を括っただけの、
ややシンプルな魔導防護服だ。

美百合「……アレックス君にはお礼と一緒に、お詫びもしないと……」

紗百合「ええ……やっぱ、いざコンビネーションとなったら、
    こっちの方がやりやすいわ」

二人は僅かに肩を竦めた。

一応、二人の魔導装甲は近接連携戦のテストデータも収集していたのだ。

相応にデータは収集したが、
先程までの冷戦状態もあって完全なデータと呼ぶにはほど遠い。

そんなデータを元にした魔導装甲では元より、
起動できるだけの魔力があっても百パーセントのポテンシャルは発揮できないだろう。

鞘型の起動状態になったそれぞれのギアに、二人は各々の太刀を収めて抜刀の姿勢に入る。

十二分な距離は取ってはいたが、既にブリッツは十数メートルの位置にまで迫っていた。

美百合「さーちゃん、壱之型から順に行くよ!」

紗百合「ええ、分かったわ」

二人は言いながら、
背中合わせになるような位置取りでブリッツを見据えて構える。

繰り言だが、本條流魔導剣術は天と舞、二つの型を合わせて完成する二刀流剣術だ。

その真髄は攻防一体ではなく、攻一辺倒。

舞ノ型で崩した敵の攻撃の間隙に、必殺の天ノ型を叩き込む。

無論、天ノ型だけでも並の剣術を上回る威力を発揮するが、
舞ノ型を加えて敵の防御や攻撃を打ち崩せばその威力は激増する。

本来ならば一人で行うべきそれを、天ノ型に愛された姉と舞の型に愛された妹が、
それぞれに全力を込めて繰り出せば、その威力はさらに倍加するのだ。
960 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/12/01(土) 16:59:36.74 ID:VBCxx/Dao
紗百合「行くわよっ!」

床を蹴って、紗百合が前に躍り出る。

それを追って、美百合も床を蹴った。

紗百合は衝角の間を縫うようにして障壁の眼前に立つと、
鞘の中で溜め込んだ魔力を纏った小太刀を抜き放ち、真下から一気に切り上げる。

紗百合「舞ノ型が壱! 昇舞ッ!」

魔力を纏って切れ味を増した鬼百合・般若が、盾の纏った障壁を深く切り裂いた。

紗百合は身を屈めて真後ろに跳ぶと、
そこに紗百合の真上を跳び越えた美百合が切り込んだ。

美百合「天ノ型が壱! 崩天ッ!」

紗百合が切り裂いた障壁の隙間から覗く盾を、
大上段からの美百合の一刀が斬り付ける。

美百合&紗百合「天舞・崩昇ッ!!」

天と舞の二つが揃って完成する真の壱之型、
天舞・崩昇【てんぶ・ほうしょう】がブリッツの盾にダメージを与える。

ブリッツ「ッ!?」

盾に叩き付けられた一撃に、ブリッツは息を飲む。

それでも障壁の回復速度は衰えない。

だが、双子も一撃で終わるとは思っておらず、すぐに弐之型に入る。

紗百合「舞ノ型が弐! 旋舞ッ!」

逆手に構えた小太刀で袈裟懸けに斬り付け――

美百合「天ノ型が弐! 轟天ッ!」

――同じく逆手に構えた大太刀で袈裟懸けに斬り付ける。

美百合&紗百合「天舞・轟旋ッ!!」

弐之型、天舞・轟旋【てんぶ・ごうせん】。

紗百合「舞ノ型が参! 陣舞ッ!」

全体重をかけた小太刀の突きに――

美百合「天ノ型が参! 破天ッ!」

――全体重をかけた大太刀の突きを重ねる。

美百合&紗百合「天舞・破陣ッ!!」

参之型、天舞・破陣【てんぶ・はじん】。

二人は入れ替わり立ち替わり、
目にも止まらぬ速さで奥義を叩き付けて行く。

しかし、ブリッツのシルトドンナーシュラークは魔導装甲ですら受けきれなかった一撃だ。

通常の魔導防護服で受ければ一瞬で終わってしまう。

一歩間違えば左右に突き出た衝角が放つ電撃に晒されるか、
迫り来る障壁に弾かれて吹き飛ばされる。

だが、双子は数万本の針穴に間違わず糸を通し続けるような繊細さで、
だが風に吹かれて天を舞う花びらの如き美しさを崩す事なく奥義を放ち続けた。

互いの呼吸を覚えるほどに繰り返した感覚は、
一度や二度の喧嘩で忘れるほど生半可な物ではない。

双子の意志と呼吸は、驚くほどに一致していた。
961 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/12/01(土) 17:00:03.96 ID:VBCxx/Dao
そして、遂に――

美百合&紗百合「天舞・崩昇ッ!!」

――三巡目となる壱之型が放たれた瞬間、
既にひび割れ始まっていたブリッツの盾が粉々に砕ける。

ブリッツ「盾が……!?」

愕然とするブリッツの声と共に、
彼を守っていた電撃の衝角と魔力の障壁が消え去った。

美百合「さーちゃん! 終之型!」

紗百合「分かってるわよ!」

二人は声を掛け合い、再度、ブリッツとの距離を取る。

ブリッツ「おのれ……ッ!」

ブリッツは歯噛みしながらも盾型の呪導ギアを再構成した。

再びあの盾を合体させられたら、今一度、障壁を破って盾を破壊するだけの魔力は二人に残されていない。

だが、それは杞憂であった。

ブリッツの鈍重な動きでは、
一度防御を崩してしまえば双子のスピードについて行けるハズがなかった。

美百合「天ノ型が終……龍天ッ!」

紗百合「舞ノ型が終……凰舞ッ!」

双子の残り全ての魔力が込められた太刀が、眩い金色の輝きに包まれる。

双子は床を蹴って、盾を完成させようとするブリッツの懐へと飛び込んだ。

終ノ型は唯一、舞と天の順で繰り出す型ではなく、
完全同時に斬り付ける最大最強の魔力斬撃――

美百合&紗百合「本條流魔導剣術最終奥義! 終之型、龍凰天舞ッ!!」

美百合の縦一文字と紗百合の横一文字が、ブリッツを切り裂いた。

――二刀に込められた魔力の相乗効果により、絶大な破壊力を発揮する十文字斬り。

それこそが本條流魔導剣術最終奥義。
終之型、龍凰天舞【りゅうおうてんぶ】だ。

ブリッツ「………ァ……ガ……ッ!?」

縦横に切り裂かれたブリッツは、
まるでカッターで切り裂いた絵画がズレるかの如く崩れて霧散する。

それは本條姉妹の完全勝利を告げる光景だった。
962 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/12/01(土) 17:00:39.47 ID:VBCxx/Dao
美百合「や、やった……」

紗百合「な、何とか勝てた……」

通路の前後で開いて行く隔壁を確認しながら、二人は安堵の声を漏らす。

紗百合の言葉通り、正に辛勝であった。

あと少しでも盾の破壊が遅れたら、龍凰天舞を放つ魔力すら残らなかっただろう。

美百合「うぅ……目が回るぅ……」

紗百合「わ、私も……さすがに、駄目、っぽい……」

しかし、さすがに魔力の使い過ぎか、
双子はフラフラと身体を揺らしながら前のめりに倒れて行く。

と、その時である。

前のめりに倒れそうになった二人を、不意に誰かが支えた。

??「申し訳ありません……遅れました」

耳に届く、優しい声。

その聞き慣れた声音に、双子は揃って顔を上げる。

そこにいたのは、そう、一征だ。

一征は倒れかけた二人を、かつて……十五年前のあの日にそうしたように、
だがあの時以上に優しく抱き留めていた。

美百合「お兄様……」

紗百合「一征……お兄様……」

美百合と紗百合は揃って顔を上げながら、安堵の表情を浮かべる。

一征はナハトのいた広間から駆け去った後、
二人の魔力反応を微かに感じ取って、壁をぶち抜いて来たのだ。

その証拠に、彼の背後にはエクステンドグラップルユニットで空けた大穴があった。

ともあれ、愛する一征の腕に抱かれて安堵した二人は、もう欠片の魔力も残っていない事もあり、
魔導防護服を維持できずにインナー防護服の姿に戻ってしまう。

一征<デザイア、俺の防護服のジャケットを二枚だ>

デザイア<イエス、ボス>

一征がそうデザイアに指示すると、
彼の返事と共に薄紫色のオーバージャケットが現れ、二人の肩にかかる。

美百合「……お兄様……覚悟して下さい、ね」

紗百合「……絶対に、逃がさないからね……お兄様」

一征の気遣いに嬉しそうに頬を染めながらそんな言葉を残し、
二人は安堵の笑顔を浮かべて気を失った。

一征「み、美百合様? 紗百合様?」

二人の言っている言葉の意味が分からず、一征は怪訝そうな声を漏らす。

一征はまだ、彼女らの間で交わされた宣戦布告を知らなかった。


現時刻、二十三時十五分。
世界滅亡まで、残り四十五分。

戦いは、まだ終わらない。


第33話「本條姉妹、一征を巡る決着」・了
963 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/12/01(土) 17:04:04.23 ID:VBCxx/Dao
今回は以上となります。
960越えましたので、次回以降は3スレ目……と言う事で、
あと、いつも通り、安価置いて行きますね。

第17話 >>2-65
第18話 >>67-127
第19話 >>132-180
第20話 >>187-238
第21話 >>246-304
第22話 >>309-353
第23話 >>357-419
第24話 >>425-545
第25話 >>552-592
第26話 >>597-632
第27話 >>637-669
第28話 >>674-709
第29話 >>714-757
第30話 >>769-797
第31話 >>807-845
第32話 >>854-903
第33話 >>908-962


しかし、容量1.4Mとか………下手な画像ファイルより重たいw
964 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/12/02(日) 21:05:13.88 ID:uMhk2mDW0
またもや遅ればせながらの乙ですた!
うーむ、よもや週末に投下が来るとは、油断していた・・・・・・。
さて、本條姉妹と一征くん・・・・・・うん、爆発しろ!は置いておくとして、主従の関係と言うのは現代のモラルに
照らし合わせると、なんとも表現に困るものがありますね。
確かに仕える方のためには命も捨てろ、と言うのは非道に聞こえるものですが、故・隆慶一郎先生の「死ぬ事と見つけたり」
によれば、命をかけて仕えているのだから、扶持を要求するのは当たり前!というのもまた武士道なのだとか。
まあ、あの小説で書かれていたケースは非常に特殊なケースを、さらにデフォルメしているのですから、現実的には
どうだったのかと言うとアレではありますが。
そんなレアケースと照らし合わせても、幼い姉妹と一征くんに起きた事件は、主従の関係に良い結果を生んだ事は間違いないでしょう。
という訳で、一征くんは早くどちらにするか決めてあげなさい。そしてモゲろ。
さらに、今回はチャンバラ!魔法少女や某管理局の魔導師をオリキャラで考えると、自然に剣術使いや股旅者にしてしまう自分には
非常に刺激になりました。
あー、このまま門外不出になりそうなウチのあの娘の”秘剣・浜千鳥”魔導Verのシーンが書きたくなってきた・・・・・・
次回も楽しみにさせていただきます。
965 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/12/03(月) 19:54:38.56 ID:uc/YTnbAo
お読み下さり、ありがとうございます。

>週末投下
第四部になってから平日投下がデフォでしたからねぇw
前述の通り、色々とガガッと書き上がってしまいまして、
残り2話にしてあとは作業終了次第投下と言う第一部の頃のような状況なので、更新頻度が異常に高くなります。

>爆発しろ
メインキャラの男率が低いせいかヤロウ共の既婚・彼女持ち率の高さと言ったら……。
まあ、今回の三人の元ネタが、その昔に書いたエロゲの主人公とヒロイン二名なせいもあるかとw
その頃は悪の組織の幹部と普通(笑)の変身魔法少女だったのですが…………………………どうしてこうなったw

>主従関係と現代のモラル
いわゆる“村物”、“島物”的な感じですね。
現代社会のルールに則ると異常に見える仕来りの一種ではありますが、
それでも本人が進んで“そうありたい”と願う姿勢にはある種の美徳を感じます。個人的には、ですが……。

>命をかけて仕えているのだから
結局“いざ鎌倉”ではありませんが、御恩と奉公の関係が
日本の武士の在り方として800年も前に出来上がってますからねぇ。
戦国時代にも仕える各家の戦場での働きを監督するような部署・役目があったそうですし、
その考え方の方がよりリアルっちゃリアルな気もします。

>モゲろ
いっそ選ぶ必要のないフラグが立つ可能性も無きにしも非ずですw
元エロゲ主人公ですし………ハーレムルート的な感じで。

>チャンバラ
なにやら色々と刺激になったようで何よりです。
“日本人ならポン刀だろJK”な日本人の拘りなのか海外の人の思い込みなのか……
ともあれ、日本を代表する魔導の一系と言う事でこんな戦闘スタイルになりました。
まあ相手が壁殴られ代行のブリッツだったので今一つチャンバラになり切れてませんがw

>股旅者
某魔王様を想像する際に真っ先に9歳の方で思い浮かべた挙げ句、
19歳、23歳、25歳の方を想像する事を素で忘れていた僕は、きっと駄目な部類の人間ですw
966 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/12/03(月) 20:56:48.70 ID:uc/YTnbAo
早速新スレ建てて投下して来ました

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