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インデックス「当方に迎撃の用意あり」 - SS速報VIP 過去ログ倉庫

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1 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [saga]:2012/03/18(日) 22:44:57.46 ID:aJiCFglS0

※某山口貴由作品とのクロス…………ではありません、ゴメンナサイ
※上条さんとインデックスちゃんとステイルくんの三角関係のお話
※八割方シリアス


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ぶらじる @ 2024/04/19(金) 19:24:04.53 ID:SNmmhSOho
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旅にでんちう @ 2024/04/17(水) 20:27:26.83 ID:/EdK+WCRO
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木曜の夜には誰もダイブせず @ 2024/04/17(水) 20:05:45.21 ID:iuZC4QbfO
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/aaorz/1713351945/

いろは「先輩、カフェがありますよ」【俺ガイル】 @ 2024/04/16(火) 23:54:11.88 ID:aOh6YfjJ0
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1713279251/

【MHW】古代樹の森で人間を拾ったんだが【SS】 @ 2024/04/16(火) 23:28:13.15 ID:dNS54ToO0
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1713277692/

こんな恋愛がしたい  安部菜々編 @ 2024/04/15(月) 21:12:49.25 ID:HdnryJIo0
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1713183168/

【安価・コンマ】力と魔法の支配する世界で【ファンタジー】Part2 @ 2024/04/14(日) 19:38:35.87 ID:kch9tJed0
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1713091115/

アテム「実践レベルのデッキ?」 @ 2024/04/14(日) 19:11:43.81 ID:Ix0pR4FB0
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1713089503/

2 :当方に進撃の覚悟あり [saga]:2012/03/18(日) 22:45:59.99 ID:aJiCFglS0

ひたすら、目の前にある何かを焼き払う。
ただそれだけの人生だった。
立ちふさがる敵も、常識の壁も、逃げ出したくなるような現実も。


そして、世界で一番守りたかった人も――――すべてすべて、この手で燃やし尽くした。


だから、当然のことなのだ。
胸の中で悔悟という獣を駈け回らせるのは、いつだって燃え滓だけが燻る殺風景な荒野だった。
後悔が爆ぜるように暴れているうちはそれでもいい。
しかしこの悔悟も、いつかは食むべき秣を断たれて、立ち止まる日がやってくる。
そうなったとき、自分は生きながらにして死ぬのだろう。
捧げた相手を失った、誓いの骸に縋りつき、死にながらにして生きていくのだろう。
死を選ぶことだけは許されない。
なぜなら自分は、彼女のために生きて死ぬ、ととっくのとうに思い定めているのだから。

息が切れてきた。
もう立ち止まってしまおうか。
そう思って足下を見つめ直したときだった。


欲しいものが、一つだけ見つかった。


ほとんど奇跡のような発見だった。
それでいて、どうして気が付かなかったのかと自問したくなるほどに、それはすぐ身近にあった。
燃え尽きたはずの何かに、再び火が点った気がした。
3 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) [sage]:2012/03/18(日) 22:46:53.76 ID:qdAvGZNeo
俺のときめきを返せ!
4 :当方に進撃の覚悟あり [saga]:2012/03/18(日) 22:47:00.95 ID:aJiCFglS0




もう一度だけ駈けてみようか、とステイル=マグヌスは思った。




5 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(三重県) [sage]:2012/03/18(日) 22:47:49.79 ID:EDFF7UFb0
待ってた!

ステインになれば俺得!
6 :当方に進撃の覚悟あり [saga]:2012/03/18(日) 22:48:42.02 ID:aJiCFglS0

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


冬のある日のことだった。
神裂火織はロンドンのランベス特別区、聖ジョージ大聖堂の古めかしい建物を、右へ左へ逃げ回っていた。


「女教皇女教皇、どうしてそんな渋い顔してるんすかー?」

「いい加減に女教皇様も腹括らないと、上条当麻を他の女に取られちゃいますよー?」

「当方に進撃の用意あり! この『堕天使エロメイドリターンズ』に五和の『超精霊チラメイド2』、そしてアニェーゼ扮する『小悪魔ヘソメイドの使い魔F』! このコンボで攻めりゃあいくらあの朴念仁でもイチコロなのよな! 名付けてエロい三連星作戦ッ!!」

「お黙りなさいこのファンタスティック馬鹿! そんな、は、破廉恥な衣装を着るぐらいなら、腹を切って果てた方がマシです!」

「……昔一度着ましたよね、女教皇」

「思い出させないでくださいーーっ!!」


壁際に追い詰められまくし立てる神裂の顔は、もぎたて林檎もかくやの赤さだった。
天草式十字凄教の面々は、その表情を目の当たりにしてにやりと不気味に笑う。
イカれた露出度の衣装を両手で掲げ、じわじわと神裂ににじり寄る不審者集団。
普段の馬鹿騒ぎなら一刀の下に斬り伏せているところなのだが、今回ばかりは少々事情が違った。


「お願いします、どうかご協力を、女教皇様! 私たちも瀬戸際なんです!」

「このままぼけっとしてると禁書目録に致命的なアドバンテージを許しちまうんですよ!」
7 :当方に進撃の覚悟あり [saga]:2012/03/18(日) 22:50:19.76 ID:aJiCFglS0

黒髪の精霊メイドと赤毛の小悪魔メイドまでもが、正気を疑いたくなるような目つきで迫ってくるのである。
五和がかの少年に並々ならぬ想いを寄せていることは神裂とて十分承知していたが、まさかアニェーゼまでこの乱痴気騒ぎに乗るとは。
「にっちもさっちもいかない状況で命を救われる」フラグの強固さを、どうやら甘く見積もっていたらしい。


「……ってその流れでなんで私なんですか! 彼に好意を寄せている女性ならばよりどりみどりでしょう!」

「おやー? それじゃあ女教皇は、上条当麻が禁書目録に取られちまってもいいのかなー?」

「ぐっ」


一連の馬鹿騒ぎの首謀者であるところの建宮が、底意地の悪い笑みを浮かべた。
一瞬言葉に詰まってしまった己を恥じながら、神裂は腹の底から声を絞り出す。


「べっ、別に構いません! それであの子が幸せになれるのならば、むしろ望むところですッ!」

「私はそんなこと望んでないんです!」


上から下までピンキーなご奉仕精神に身を包んだ五和が、やけくそ気味に反論してくる。


「だったら貴方たちだけで勝手にやったらいいでしょう! 自由恋愛については、私もとやかく口を挟むつもりはないんですから!」

「ウチの部隊が総力を挙げて割り出したところによると、上条当麻の好みは『年上で清楚、大和撫子を地でいく寮の管理人さん』タイプだと判明してんですよ! そこであなたのインパクトをもってして、まずはあの病的鈍感に女を意識させるところから始めるってえ寸法です!」

「清々しいまでの他力本願じゃないですか!」


悪魔の尻尾を可愛らしいヒップから挑戦的に垂らして、アニェーゼも続いた。
8 :当方に進撃の覚悟あり [saga]:2012/03/18(日) 22:51:41.89 ID:aJiCFglS0

インデックスが学園都市で平穏無事、日々徒然の営みを送れるようになって、一年をとうに過ぎた。
それすなわち、上条当麻とインデックスの間にフラグが経って一年以上、ということだ。
あの少年少女にピンクな進展があったという話は彼らの隣人にして教会のスパイ、土御門元春からもとんと聞かないが、彼女らの焦りもわからないではなかった。
なにせ最も強固なフラグの持ち主が、上条の最も側で寝食を共にしているのだから。

だからといって、神裂は五和たちの進言を是とするわけにはいかなかった。
なけなしの強がり成分が配合されていないでもないが、自分にとって優先されるのはなんといってもインデックスの幸福である。
身も心も、親友として過ごした時期とは遠くかけ離れてしまったが、その一線だけは神裂の中で揺らぐことはない。

ゆえにこの提案を受けるわけにはいかない。
さりとてこの場をどう乗り切るか。
顎に手を当て考え込む神裂。
するとひとつ、彼らの論理に大きな穴が空いているのを発見した。
猪突猛進の気がある一本気な聖人は、さしたる検討もせずかすかな勝機に向けて驀進する。



「だいたい、もしそれで万が一、上条当麻が私に迷ってしまったら、あなたたちどうするつもりなんですかッ!」



「「「……ほう?」」」

「……はっ!?」


嬉々としてつつこうとした孔の真下に、狡猾にも落とし穴が掘られていることなど、知る由もなく。
9 :当方に進撃の覚悟あり [saga]:2012/03/18(日) 22:52:57.30 ID:aJiCFglS0

「つまり神裂は、上条当麻を籠絡することにやぶさかではねー、ってことですね?」

「いえ、違うんですよ? 今のはものの例えでして」

「その気概があれば十分です、女教皇様! さあ、私たちと一緒に闘いましょう!」

「だから違うんですって」

「大ニュースだ! 実行部隊より全天草式構成員に通達! 女教皇に先制攻撃の覚悟あり!」

「あのですね」

「女教皇のー?」

「ちょっといいとこ見てみったいー!」

「そーれエーロメイド!」

「エーロメイド!」

「だから……」


すう、息を吸う音。


「違うって言ってるでしょうがぁぁぁぁぁああ!!! うわぁぁああぁぁあんんん!!!」


鞘音、七閃、崩れ落ちる壁。
退路を文字通り切り開いて、神裂火織は泣き叫びながら逃亡劇を再開した。
10 :当方に進撃の覚悟あり [saga]:2012/03/18(日) 22:55:56.51 ID:aJiCFglS0

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


「はぁ……はぁ……」


ほうほうの体で中庭の隅に逃げ込んだ神裂は、荒れた呼吸と火照った顔面を平常に戻すべく深呼吸を繰り返す。


「五和はまだしも、まさかアニェーゼまでもがあんな悪ふざけに乗るとは……む?」


その時だった。
最大主教の趣味なのだろうか、無駄にだだっ広い庭の彼方に、二つの人影。
常人をはるかに凌ぐ聖人の視覚は、ゆうに五〇メートルは離れているであろう人影の正体を正確に見通す。
そして、その聴覚は。


「――ったわ。あなたの好きになさい」

「ありがとうございます」


耳慣れた二つの声音を、確かに拾った。
影の片割れが頭を一度軽く下げ、もう一人の人物に背を向ける。


「一つだけ確かめておきたいのだけれど」

「なんでしょう、最大主教?」


呼びとめた女性の豪奢な金髪は、「必要悪の教会」構成員ならば見間違えようがなかった。
ローラ=スチュアート。
イギリス清教最高権力者にして――――神裂火織が共に天を戴かず、と胸に秘している仇敵である。
11 :当方に進撃の覚悟あり [saga]:2012/03/18(日) 22:57:17.69 ID:aJiCFglS0

しかし残るもう一人の人相は、神裂にとってさらに間違えようのないものだった。


「あなた、あの子のことをどう思ひているのかしら、ステイル?」


神裂と彼とは長い付き合いだ。
幾多の戦場を共に駆け抜けた戦友。
遠目でもすぐそれとわかる、天を衝くような堆い長身。
黒一色の神父服は、安らかならざる死を看取るべく纏った、血塗れの聖職者たる証。
異端を持って異端を狩ることを生業とする、燃えるような赤髪赤眼の“少年”。




「彼女に、赤は似合いません」




少年の名は、ステイル=マグヌスといった。


「あら、なかなかの詩人ね」

「……では、失礼いたします」

「ええ、頑張りていらっしゃいな」
12 :当方に進撃の覚悟あり [saga]:2012/03/18(日) 22:58:48.12 ID:aJiCFglS0

ステイルの表情を、神裂は遠くからじっと眺めていた。


「神裂じゃないか。そんなところで突っ立ってどうした?」


呆れたような声をかけられる。
そうされても不思議のない距離にまでステイルが歩み寄ってきていたことに、声をかけられて初めて気が付いた。
神裂は掛け値なく、呆然としていたのだ。
なぜなら、あまりにもその顔立ちが――――


「あーっ! いたぞー!」

「!? くっ、もう嗅ぎつけましたか!」

「……何の騒ぎだい、これは」


喧しい連中に追いつかれてしまった、と息を大きく吐く。
ふと思い立って一八〇度振り返ると、ローラ=スチュアートの姿は忽然と消えていた。


「おやおや、不良神父じゃありませんかい。ちょうどいいところで会いました」

「ステイルくん、女教皇様の説得を手伝ってもらえませんか! 付き合いの長いあなたの頼みなら聞いてくれるかもしれません!」

「聞きませんッッ!! たとえ天にまします我らが主のお言葉であろうと!」

「…………だから、何の騒ぎなんだと聞いてるんだが」
13 :当方に進撃の覚悟あり [saga]:2012/03/18(日) 23:00:01.34 ID:aJiCFglS0

したり顔の建宮が、群衆を掻き分けてステイルの前に立った。
建宮も日本人としてはガタイのいい部類に入るが、やはりステイルと較べると霞む。
しかし見上げる百戦錬磨の戦闘魔術師は、無表情に見下ろす少年神父の威圧感をものともしていなかった。


「この面子を見ればだいたい想像がつくんじゃねーの、ステイルくん? 『第七次スーパー上条当麻攻略作戦α』の打ち合わせに決まってるのよな」

「いつの間に七回も!? 建宮、五和! あなたたち、私の目を盗んでナニをしでかしたのですか!」

「………………ああ、そういう」

「ステイル!? どうして『さもありなん』みたいな顔して頷いてるんですか!? 知らないの私だけなんですか!?」


ヒートアップする神裂をよそに、ステイルは気のない表情で目を逸らした。
それを見たアニェーゼがさもありなん、と言わんばかりに肩をすくめる。


「そりゃまあ、そうですか。あなたは別に、こんな話題に興味ありゃしませんよね」


必要悪の教会の構成員なら、あるいは天草式、アニェーゼ部隊の成員なら誰もが知っている。
ステイル=マグヌスは上条当麻を、それこそ不倶戴天の仇敵と睨んでいる、と。
その名前を持ち出されて嫌味ったらしく冷笑することはままあれど、温和に頬を緩めるなどあり得ない。
端的に言えば、そういう関係なのである。

今回も、きっとステイルは一笑に付して、馬鹿馬鹿しいと踵を返して去っていく。
誰もがそう思った。
14 :当方に進撃の覚悟あり [saga]:2012/03/18(日) 23:00:56.85 ID:aJiCFglS0



「いや、そんなことはないよ。僕もぜひその恋バナに混ぜてくれ」



15 :当方に進撃の覚悟あり [saga]:2012/03/18(日) 23:02:43.51 ID:aJiCFglS0

ゆえにそんな戯言が響き渡った瞬間、場の空気ははっきりと凍りついた。


「……す、ステイル?」


おっかなびっくり、神裂が声をかけた。
付き合いの長い彼女をしてこれなのだから、居合わせた他の面々に言葉などあるはずもない。
なにか尋常ではないことが起こったのだ、とその場の全員が感じとっていた。


「五和、アニェーゼ。君たちに聞きたい事があるんだが」

「は、はい!?」

「な、なんですかい!?」


つい先刻まで血走った目をしていた行かず後家予備軍が、にこやかに口許だけで微笑みかけられて、背筋をピンと伸ばした。
初対面の第三者ならば、思わずクラリときて不思議でないアルカイックスマイル。
だが、常日頃のステイルの仏頂面を知る者からすれば不気味なことこの上ない。
五和とアニェーゼもご多聞に漏れず、鳥肌を総毛立てているようだ。


「これは皮肉抜きで言うんだが。上条当麻って男は、女性の目線からするとどのあたりが魅力的に映るんだい?」

「「「!?」」」


そして、時が止まった。
16 :当方に進撃の覚悟あり [saga]:2012/03/18(日) 23:05:28.34 ID:aJiCFglS0

気まずい空気、居た堪れない時間。
五和とアニェーゼは目をまん丸に見開いている。
見れば建宮ですら、口をあんぐりとさせて絶句していた。
かく言う自分の顎も重力以外の何かに支配されている、と神裂が気が付くのにしばらくかかった。


「きっかけは、みんな似たようなものだと思うんです」


おもむろに、落ち着いた声が静寂を破った。
五和だった。


「真っ直ぐに、己を顧みず、誰かを助けようとする姿勢は、なにも女性だけを惹きつけるものじゃありません」


真摯な眼差しでステイルと正対し、五和は一言一句を丁寧に絞り出す。
ステイルに語りかけている、というよりは自分に言い聞かせているようにも思えた。


「カリスマ、っていう言葉を使うとなにか違う気はするんですけど。老若男女を問わず、あの人の在り様を観察していると、女は崇拝にも近い恋心を抱くのかもしれませんね」

「ふむ」


対するステイルも至極真面目くさった表情で、五和の言に聞き入っている。


「時々、私は思うんです。上条当麻っていう男性は、恋をするには素晴らしい人です。でも」

「でも?」

「愛するには、難しい相手かもしれません」


五和はにこやかに、柔和に笑って締めくくった。
しん、とその場が、先ほどとはまた別の意味で静まり返った。
17 :当方に進撃の覚悟あり [saga]:2012/03/18(日) 23:06:36.12 ID:aJiCFglS0

「……ん、ありがとう。それなりに参考になる意見だった」

「い、いえ。力になれたのなら嬉しいです」

「君からは何かあるかい、アニェーゼ?」

「言いてーことは、全部五和に言われちまいましたよ」

「そうか、手間をかけたね。それでは失礼する」


ステイルは軽く会釈すると、五和とアニェーゼに背を向けた。
すると彼の視線は、今度は神裂と真正面からかち合うことになる。
覚悟を決めた眼だ、と神裂は思った。
何を覚悟したのかはわからない。
ただなんとなく、男の眼をしている、と思ったのだ。


「神裂」

「なんでしょう」

「これを預かってもらえるかな」

「なっ!?」


すっかりギャラリーに徹する形となった天草式の面々に、明らかに衝撃が走った。
彼らだけではなく神裂も、目まいを覚えるほど愕然とした。


「す、ステイル、これは……?」

「見てわからないのかい。煙草とライターだよ」
18 :当方に進撃の覚悟あり [saga]:2012/03/18(日) 23:07:41.03 ID:aJiCFglS0

それは常々ステイルが、失うくらいなら地獄に落ちた方がマシだ、と嘯いてやまない天国行きの片道切符に他ならなかった。


「どど、どっ、どういう風の吹き回しですか!?」

「思うところがあって、しばらく禁煙しようかと」


聴衆が波打つようにざわめく。
禁煙するステイル。
「胡散臭くないローラ」や「鈍感じゃない上条当麻」に匹敵する、レア中のレアキャラの出現である。
歴史的瞬間に立ち会って、一同は束の間冷静さを失った。


「……ステイル? ステイル!」


頭を真っ白にしていた神裂が我に返ったとき、ステイルは爪先を聖堂の外に向けていた。
無意識のうちに、その背中に向けて声を張っていた。
今この瞬間を逃すと、聞けないことがあるような気がして。
根拠はない。
強いて言うなら、聖人の勘である。


「どこへ行くのですか」

「ん、ちょっと日本まで」


ステイルが口を開く。
再び一同騒然。
すっかりパターンと化していた。
19 :当方に進撃の覚悟あり [saga]:2012/03/18(日) 23:08:55.41 ID:aJiCFglS0

「あ、ああ。もしかして先ほどは、最大主教と仕事の話をしていたのですか」

「そうとも言えるね」

「もしやインデックスのことで、なにか?」


インデックス。
その名を出した瞬間、ステイルはぴたりと歩みを止めた。
わかりやすすぎるほどの反応が、却って背筋に冷たいものを走らせる。


「僕はきっと、欲張りなんだろうな」


自嘲するようにステイルが零した。
そんなことはない、とよほど言ってやりたかった。
少なくとも神裂は、ステイルが我欲を剥き出しにした様など見たことがない。
年相応に、欲しいものは欲しいと駄々を捏ねる姿など、それこそ一度たりとも。


「あの子が、無事で生きてくれている。それだけじゃあ、満足できなくなった」


なぜならステイルの人生は、彼女のためだけにあるのだから。


「あの子に、幸せになってほしい。だから」

「…………だから?」
20 :当方に進撃の覚悟あり [saga]:2012/03/18(日) 23:11:02.39 ID:aJiCFglS0








「ちょっと、インデックスに告白してくるよ」








「…………………………はい?」

21 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [saga]:2012/03/18(日) 23:11:48.46 ID:aJiCFglS0

>>3
すまぬ……すまぬ……(´;ω;`)

まずはスレタイ詐欺について土下座しておきます
いえ、深い意味はないんです
ただ総合に投下したときに、なんとなく覚悟のススメにちなんだサブタイ(笑)をつけちゃったものですから

誰が主人公かと聞かれると微妙ですが、多分ステイルです
そう長続きする類の話でもないので、十〜十五回くらいの投下で終わるでしょう
短い間ですがよろしくお願いいたします

次回は総合投下分を微修正するだけのものです
ではまた近いうちに
22 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福岡県) [sage]:2012/03/18(日) 23:37:33.74 ID:eDo9CHk2o
おつおつ
ステイルが輝くSS少ないし期待してる
23 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2012/03/18(日) 23:54:45.96 ID:StDXLfUn0

期待
24 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2012/03/19(月) 00:42:15.70 ID:5wExSLb0o
おのれ魔術師!ステイルに何をした!
期待
25 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/03/19(月) 01:20:04.58 ID:1XWafLN/P
ステイルが活躍するなら全力で支援せざる負えない
26 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2012/03/19(月) 07:48:09.68 ID:LR3YpT/Go
なんだか知らんがとにかくよし
27 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/03/19(月) 16:49:39.33 ID:UdsD+Fa90
うむ、乙
28 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/03/20(火) 07:48:52.61 ID:n6awgkCno
お礼はアンドロメダ!
29 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [saga]:2012/03/20(火) 21:13:14.81 ID:tIbuw6lR0

当SSは(一見)カッコイイステイルくんを全力で推進して参ります
でも>>1はヘタレてるステイルくんの方が愛しいとか思ってます
30 :当方に迎撃の用意『  』 [saga]:2012/03/20(火) 21:16:01.49 ID:tIbuw6lR0

「……あの、ごめん。もう一回言って?」


そびえ立つ長身から居丈高に見下ろしてくる神父へと、インデックスはおそるおそる言葉を発した。


「何度も聴きたくなるほど耳に心地よい言葉だったかな」

「そういうことじゃなくて」

「冗談だよ。まあ、繰り返すことに僕もやぶさかではないがね」


顧みるに自分の前ではいつでも、この男はこんな飄々とした態度だったな、とインデックスは思う。
ただ、常どおりのっぺりとしたその表情から紡がれた淡々とした語調が、告白の内容とあまりに“違い”すぎた。
だからインデックスは思わず聞き返したのだった。
今のは空耳なのだろうと、一縷の望みを懸けたのだった。


「僕は、君が好きだった」


だが駄目だった。
やはり幻聴ではなかった。


「そして、今も君が好きだ」


インデックスにできるのは、お手上げとばかりに頭を抱えることだけだった。
31 :当方に迎撃の用意『  』 [saga]:2012/03/20(火) 21:17:24.10 ID:tIbuw6lR0

どうしてこうなった。
頭の中でぐるぐると踊り踊る文字列から目を逸らすベく、インデックスはほんの十分ほど前の情景に思いを馳せる。

冬ののどかな、休日の朝だった。
魔術師が襲来することもなければ科学者の陰謀に巻き込まれることもない、平和な一日の始まり。
彼女は同居人にして養育者、保護者かつ想い人である上条当麻の用意してくれた朝餉を思うさま貪って、人心地ついているところだった。

インデックスがこの学生寮で、上条と一つ屋根の下で暮らし始めてから一年半になる。
身を削る死闘も心を抉る惨劇も、すべては遠い日の過去になりつつあった。
魔道図書館とその管理者という対外的な肩書上、上条とインデックスの許にはいまだに魔術の絡んだ厄介な案件が定期的に舞い込んでくる。
それでも頻度は一時期――特に上条と出会ってからの最初の半年――に較べれば可愛いものだった。


「おーいインデックス、食い終わったなら皿運んで……おう、もうやってくれたのかよ」

「ちっちっ。いつまでも穀潰しのインデックスちゃんじゃないんだよ」

「自覚はあったんだな」

「むぐ」


居候、という立場にかすかだが肩身の狭い感覚を味わったのは、どれほど前のことになるだろうか。
赤文字の居並ぶ家計簿を前に、頭を悩ませる想い人の姿を目の当たりにした日から、だったかもしれない。
インデックスは隣人にしてイギリス清教員の土御門に相談した。

自分もれっきとした「必要悪の教会」の成員だ。
上層部に道具としてしか扱われていないのは理解しているが、もしかしたら、万が一にでも、自分にも独立した収入があるのではないか――――と。

返事は一週間もしないうちに、上条家の郵便ポストに届いた。
飾り気のない封筒の宛名には「Dear Index-Librorum-Prohibitorum」と、ただそれだけ記されていた。
そして中には、上条が目を丸くして飛び上がるほど大量のゼロが刻まれた、学園都市銀行の預金通帳とカードが収められていたのである。
32 :当方に迎撃の用意『  』 [saga]:2012/03/20(火) 21:18:59.47 ID:tIbuw6lR0

「とうまー、たまにはどっかに遊びにいこうよー」

「上条さんちの家計事情を思いやってくれるんなら、こうしてウチでのんびりしてるのが一番です」

「とうまのけち」


本当にケチな男だ、とインデックスは思う。
空から湧いて降ったような大金に、上条は容易なことでは手を付けようとしなかった。
これまでの働きに対する、イギリス清教から当然支払われるべき報酬も含まれている。
土御門や神裂が訪れて説得に当たろうと、実に頑なだった。

しかし一年半が経った現在。
渋々という面を隠そうともしないが、上条は有事の際にはインデックスの預金を切り崩すようになっていた。
何が決め手になったのかはよくわからない。
とにもかくにも二人が囲む食卓は、豪勢ではないが質素でも決してない、ありふれた家庭のそれへと変貌を遂げていた。


「なんとでも言…………ん? はいはい、いま開けまーす」

「ちぇっ」


他愛もないやりとりを交えてじゃれ合っているところに、無機質な電子チャイムが鳴り響く。
大事な時間を妨げられたインデックスは不満げに口を尖らせて、玄関先へ急ぎ足で向かう上条の背中と、武骨な鉄製のドアとを同時に睨みつける。

悲しいほど何もない一年半だった、とインデックスは振り返る。
一切何もなかった、と言えばそれなりに語弊はある。
魔術師に襲撃されたり、こっちから魔術師を討伐しに行ったり、時には魔術師に攫われて悲劇のヒロインぶってみたり。
スリリングでデンジャラスな事件ならば、避けても避けても向こうから飛び込んできた。
33 :当方に迎撃の用意『  』 [saga]:2012/03/20(火) 21:20:15.15 ID:tIbuw6lR0

しかしスキャンダラスでプラトニックでアモーレな進展があったのかと問われれば、皆無だとインデックスは断言せざるを得ない。
彼の固有スキル「ラッキースケベ」の発動頻度も、徐々に低下している、気がする。
その上ラッキースケベに遭遇する際の上条の反応が、初期のそれから寸分たりとも変化していないという事実が、インデックスには相当に堪(こた)えた。
瞬間的に頬を赤らめ狼狽はするが、五分後には元通り。
思いきりぎこちない空気になってしまうか、いっそのこと無反応でもいいから、何かしらの変化をインデックスは渇望していた。

……というのも、一昔前の話である。
このままなんの進展もなく、日々を無為に過ごすのも悪くないかもしれない。
随分と前から、インデックスはそう思うようにさえなっていた。


「どちらさまで……げっ」


その時、玄関口から呻き声が伝わってきた。


「とうま? ……うわ」


上条がドアを開けると、黒い壁があった。


「やあ上条当麻、インデックス。素敵な朝の挨拶をありがとう。おかげで僕の機嫌はちっともよろしくなくなったので、ごきげんようの定型句は省略させてもらうよ」


壁の正体は、二人もよく知るイギリス清教の神父さんだった。
インデックスはそういえば、と脳内の当該メモリを呼び出してみる。
上条がインデックスの通帳に手を付けると決めた日、この人が家を訪れていたっけ、と。
34 :当方に迎撃の用意『  』 [saga]:2012/03/20(火) 21:21:35.95 ID:tIbuw6lR0

「……なんの用なのかな?」


挨拶代わりに嫌味を一発かましてきたステイルに負けず劣らず低い声で、威嚇するように唸ってみせる。
二人きりの団欒を邪魔されて不機嫌だった、というのもある。
しかし、そもそもそれ以前にインデックスは、この男に対して並々ならぬ警戒心を抱いていた。

ステイル=マグヌス――――ひいてはイギリス清教と関わり合いになると、上条はたいていロクな目に遭わない。
上条本人は窮地にある誰かを救えるのならと気にした風でもないが、傍から見守る立場としては気が気でない。
ゆえにインデックスの目には彼の纏う黒一色の神父服が、鴉の濡羽よろしく不吉の象徴に映ってならないのであった。


「心配ご無用、今日は仕事ってわけじゃあない。このみすぼらしいあばら家をわざわざ訪れてやったのは、僕の極めて私的な事情からだ」

「「へ?」」


間の抜けた声が唱和する。
ステイルがプライベートで自分たちに接触を図ったことなど、上条とインデックスのそう長くはない生涯において前代未聞である。


「じゃあなんだよ、お茶でもしにきたのか?」

「宣戦布告だ」

「「はあ?」」


呆気にとられる住人たちを無視して、ステイルはズカズカと室内に――靴はしっかり玄関で脱いだ――上がりこむ。
家主の了解も案内も待たずに短い廊下を抜けた長身が、こたつでぬくぬくしていたシスターの脇で足を止めて佇立した。


「君に、話がある」
35 :当方に迎撃の用意『  』 [saga]:2012/03/20(火) 21:22:40.25 ID:tIbuw6lR0

「…………私?」

「どういうことだよ、ステイル」

「繰り返すが、これは公用ではない。上条当麻、君は同席してくれても、してくれなくてもどちらでも構わない。どのみち僕の布告の中身は変わらない。これは、そういう類の話だと思え」

「…………ふうん」


困惑するインデックスを尻目に何事か得心いったような上条が、顎に手を当てて目を瞑った。
しばらくすると軽く嘆息しながら、踵を再び玄関先に向ける。


「十分ぐらい、そのへんうろついてくるよ」

「とうま!?」

「五分でいい。どうせすぐに終わる」

「十分で戻る」

「とうま、ちょっと待って」

「インデックス。お前はいっぺん、そいつとちゃんと向き合っとくべきだ」

「そんなこと、言われても……」

「これだけは言っておくぜ。そいつは絶対に、お前を傷付けるような真似はしない。ステイルってヤツはそういう」

「余計なお世話だ、消えると決めたならとっとと失せろ」

「おおこわいこわい。じゃあインデックス、ステイル、行ってくるな。ケンカすんなよ」

「……いって、らっしゃい」


にかりと人懐こい笑みを浮かべながらダウンを羽織り、上条当麻はドアを押し開いて冬晴れの学園都市へと姿を消す。
そうして上条家には、純白のシスターと黒衣の神父だけが残された。
36 :当方に迎撃の用意『  』 [saga]:2012/03/20(火) 21:24:09.12 ID:tIbuw6lR0

気まずい沈黙に口を塞がれる前に、仕草だけでこたつに入ってはどうかと促す。
物珍しげに日本特有の暖房器具を眺めていたステイルは、ややあってから無言で首を横に振った。
無視しがたい違和感が、脳のどこかをくすぐってくる。
しかしその正体は杳として知れない。
仕方なくインデックスは天板の上の蜜柑に手を伸ばし、器用に皮を剥いて頬張ろうとする。


「君と奴は、付き合ってるわけじゃないのかい?」

「ぶ!? ん、けほ、かほっ!!」

「その様子だとまだのようだね。それは好都合」

「こ、好都合……? んぐっ、こほ」


投げ入れられたのは、特大の爆弾だった。
派手にむせたインデックスに対して特段感情をあらわにするでもなく、ステイルは無表情に喜びを口にする。
その意味するところを計りかねているところに、




「インデックス、僕は君が好きだった。そして、今なお君が好きなんだ」




そして時間軸は冒頭に戻る。
37 :当方に迎撃の用意『  』 [saga]:2012/03/20(火) 21:25:04.43 ID:tIbuw6lR0

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


困ったことになった。
必死で逃げ道を探り探り、まずはインデックスの方から問う。


「あなたが好きなのは、“前”の私じゃないの……?」

「君とあの子をまったく、1%たりとも重ねていない、とまでは言いきれない。それは認める。なにせ僕の初恋の子と君は、同じ顔をしているんだから」

「だったら」

「しかしこれは、熟考に熟考を重ねた末の結論だ。僕は“君が”好きだ。一人の男として君を守りたい」


衝動的にヴェールの上から頭を掻き毟った。
そんなことを言われても、


「そんなことを言われても困る。私が好きなのは上条当麻ただ一人だ、他の男なんて眼中にない。だからあなたには興味がない。気持ち悪い、もう私に付きまとわないで。…………嫌なら嫌と、はっきり言ってくれればいい。それならば僕は、この先二度と君の視界には入らないし、君を視界に入れないと誓う」


ステイルの右手が口許に運ばれ、立てられた人差し指と中指が空を切る。
その様を振り仰いでインデックスは、ようやく違和感の正体に気が付いた。

今日の彼は、煙草を吸っていない。
38 :当方に迎撃の用意『  』 [saga]:2012/03/20(火) 21:26:19.68 ID:tIbuw6lR0

「逆に言えば、そのくらい明確な拒絶の言葉をもらえなければ、僕は一縷の希望を抱いてしまわずにはいられない、というわけだ」


忙しなく唇の前の空間を行き来する指先は、よく見ればかすかに震えている。
その小さなわななきを目の当たりにして、インデックスは急速に落ち着きを取り戻した。
同時に現実を受け入れるべく頭脳が正常な回転を始める。


――――ステイル=マグヌスが、自分を好いている。


「……迷惑だとはわかっていた。君じゃない君を好きだった男の告白など、君の重荷にしかならないだろうと、そう思っていた時期もあった……いや、今この瞬間だって、二割ぐらいはそう思ってる自分がいるかな」


慌てて頬に手をやった。
偽ることのない本心が、表情に透けて出てしまっていたのだろうか。
そうとしか思えないようなステイルの述懐だった。

インデックスは苦しむ弱者に平等に手を伸ばす。
たとえ相手が顔も名も知らぬどこかの誰かだろうと手を伸ばす。
平等に、公平に、神聖に――――例外がいるとすればこの世でただ一人、インデックスのヒーローだけである。
つまりインデックスにとってステイル=マグヌスとは、助けを求められれば力を貸すことにやぶさかではない、その他大勢の一人でしかあり得ない。
なにがあっても傷付いてほしくない、インデックスにとっての唯一の人ではない。

だから、インデックスはステイルの好意には応えられない。


「…………わた、しは」

「だけど、僕は、もう決めたんだ。利己的になる、自己中心的になってやるってね」


躊躇いがちに告げようとした聖女の琴線を、人差し指で唇をなぞる神父の何気ない一言が、強く弾いた。
39 :当方に迎撃の用意『  』 [saga]:2012/03/20(火) 21:27:12.81 ID:tIbuw6lR0

「利己的って、そんなのおかしいんだよ。す、好きな人に好きって告白するのは、人としての、正しい行いかも」

「それがたとえ、不貞じみたものであっても?」

「不貞、って! わ、私は結婚なんてしてないし、そもそも結婚できないし」

「だってそうだろう? 僕の行いを客観視すればいっそ明らかだ。好きな女の子を救えなかった惨めな男が、その子を救ってくれた恩人である男から、こともあろうに、恥知らずにも略奪愛を狙っている。これはそういう類の話だ」


確かに、言葉にしてしまえばそういうことにはなる。
これまで自分に一歩引いた態度で接してきたのは、“それ”が理由だった。
そう仮定すれば色々な辻褄が合う。


「だったら、なんで今日は……?」


インデックスの疑問はそこに尽きた。
一年以上も散々素っ気ない態度に終始しておきながら、なぜそれを今になって翻すのか。
問いかけに対し、ステイルは徐に視線を窓の外の寒空に流す。
そして横顔を向けたまま、決然と口を開いた。




「君が、欲しくなった」




40 :当方に迎撃の用意なし [saga]:2012/03/20(火) 21:28:18.73 ID:tIbuw6lR0

パクパク、と金魚が餌をついばむような音が耳の近くで鳴っている。
自分の口が開閉する音だ、とインデックスが悟るのにしばらくかかった。


「遠くから見ているだけでは我慢できなくなった。君の心の平穏と僕の内側の欲望を秤にかけて、僕は手前勝手にも我欲を取った。そう解釈してくれて構わない」


相も変わらず恬淡とした口調。
表面に熱の伝わってこない抑揚のなさ。
裏腹に、心臓の奥で脈打っていることを言の葉に乗せて如実に報せてくる、深い深い愛の火照り。
トンデモないことを言っているという自覚は、果たしてこの男にあるのだろうか。


「……すまない、少しの間だから、立ってもらえるかな」


意味ある単語を発話することさえできず、ああ、うう、と呻きながらインデックスは、こたつから脚を引き抜いた。
ステイルはカチコチになって立ち尽くすインデックスのすぐそばまで歩み寄ると、


「失礼」

「ひゃん!?」


恭しく手のひらをとって膝を付いた。
その姿はまさしく、女の子の頭の中の絵空事にしか登場しない、主君に忠誠を誓う騎士さながら。
そんな、ありきたりな感慨で頭を満たすので精一杯だった。
41 :『               』 [saga]:2012/03/20(火) 21:29:52.58 ID:tIbuw6lR0




「君がたとえすべてを忘れてしまっていても」




「僕の為すべきはなにひとつ変わらない」




「僕はこれからも、なにひとつ忘れずに」




「君のために、君のためだけに――――」




42 :当方に迎撃の用意なし [saga]:2012/03/20(火) 21:30:45.36 ID:tIbuw6lR0

「――――ここから先は、一方的に捧げるには重すぎる十字架だね。いつか君を上条当麻から奪えたのなら、その時告げることにするかな」


かち合う視線の角度が、再び上下逆転した。
つい先ほどまで真摯に己を見上げてきた紅い瞳は、すくと立ち上がった巨体のてっぺんからこちらを見下ろしている。
ただその色が、温度が、うって変わって途方もなく優しいものに見えてしまって、インデックスはわれ知らず目を伏せていた。


「では、今日のところは失礼するよ」


言われて、慌てて壁時計に目線をやった。
上条が退出してから、十分どころか五分も経っていない。
信じられないほど長い五分だった、とインデックスはぼんやり思った。

その間にもステイルは、未練は一切ないとばかりに、躊躇なくインデックスに背を向けて帰り支度を整えている。
あれよあれよという間に彼は玄関のドアノブに手を掛けていた。


「僕は急がない。待つのは慣れているからね。僕を突っぱねるのか、“候補”の末席にでも加えてくれるのか。君の思うまま、後悔のないように選択してくれ」


最後の瞬間までステイルは、なんやかんやと言いながらインデックスの意思を尊重する言葉を残した。
その態度が逆にずるい、とそう思わせた。

あたたかい慮りと優しさを覗かされて、インデックスという少女がほだされないはずがない。
ステイルは自分のそんな性質を承知の上で、自分を迷わせる言葉を選んでいたのではないか。
相手の自由意思を尊重する精神というものは往々にして、下手な強制よりも相手の思考を制限するものである。
43 :当方に迎撃の用意なし [saga]:2012/03/20(火) 21:32:25.74 ID:tIbuw6lR0

「……卑怯者」


二度三度、息を大きく吸って吐いて、自分に向かって確かめる。

決まっている。
決まりきっている。
自分が好きなのは上条当麻だ。
ステイル=マグヌスは自分にとってどうでもいい人間にカテゴリーされる、はずだ。
はずなのに、どうして――――


「自覚はあるよ」


どうしてこんなにも、頬が、胸が、熱くて仕方がないのだろう。




狭苦しい学生寮の一室に静寂が帰ってきた。
インデックスはステイルが消えたドアとは真逆の、ベランダに繋がる引き窓に手を掛ける。
上条が帰ってくる前に、一刻も早く頭を冷やしたかった。
倒れるようにベランダに滑りこむと、心地よい冷気に身を委ねながら、空を悠々と泳ぐ白雲をなんとなしに眺める。
視線の先には空の青を薄く薄く透かした、広くたなびく絹雲の群れ。


(……あ。あのかたち、たばこの煙みたい)


無意識の思索が意味するところにインデックスが気が付くのは、背後から家主の帰宅を告げる声が掛けられた後のことだった。
44 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [saga]:2012/03/20(火) 21:36:01.83 ID:tIbuw6lR0

以上、ステイルくんの奇襲作戦でした

総合に投下したとき「インデックスが乙女すぎて別人のようだ」的なレスをもらったと思うのですが
「なに言ってんだインデックスはもともとカワイイわ! ポテンシャルとかそういう問題じゃなく素でマジラブリーだろうが!」
というのが>>1の主張ですの

かまちーは早く本編に(ステイルはともかく)インさんを復帰させてあげるべきだと思いました
さすがに5巻では出番あるよね……?

ではまた近いうちにお会いしましょう
45 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福岡県) [sage]:2012/03/20(火) 21:42:44.17 ID:UUpmEZLio
乙乙
ヘタレかっこいいステイルが大好きだけどたまにはこういうのもアリだと思います
インデックスはマジラブリーとかじゃなくマックスラブリーだけど原作で出番があるかは未知数
長い目で見たほうが良いと思います
46 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/03/20(火) 22:18:49.01 ID:kYIxS9Mu0
待ってた乙ー!
次は上条さんのターンだな

ステイル「僕は君の歌になりたい…」
スフィンクス「 そ こ ま で ! 」
47 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) [sage]:2012/03/21(水) 00:58:01.67 ID:iXI6/apG0
ステイルとかインさんとか魔術サイドの扱いが上手いSSはたいてい良作だと思う
ここも期待してます

原作はかまちー的にはインさんがメインヒロインだってしっかり位置づけてるから問題ないと思うよ
同じインさんファンとして心配せず見守ろうぜ
48 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新潟・東北) [sage]:2012/03/21(水) 07:18:45.88 ID:sYKvW5mAO
妖怪食っちゃ寝じゃ…ない、だと…?
49 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2012/03/21(水) 16:33:22.25 ID:AJdB49Bao
断られる前に帰るステイルくんマジ策士
50 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [saga]:2012/03/21(水) 21:48:25.84 ID:2C0UJs0L0

所詮すでに出来上がってる文章に微修正を加えただけの代物
もったいぶらずさくさくと投下して参りましょうか
というわけで、上条さんのターンです
51 :当方は『  』の準備中 [saga]:2012/03/21(水) 21:49:47.90 ID:2C0UJs0L0

学園都市第七学区、とある学生寮からそう遠くない路上。
上条当麻は手ごろなベンチに腰掛けて、なんとなしに空を泳ぐ白雲をぼうっと眺めていた。


(……そろそろ十分たったかな)


上条はダウンのポケットから携帯電話を取り出して時間を確かめる。
急な来訪者とインデックスの対話の時間を邪魔するまいと、自室を足早に去ってから九分が経過していた。
軽く伸びをして立ち上がると、慣れ親しんだ家路に就こうとする。


「やあ」


素っ気ない低い声が、やけに高所から聞こえた。
声音の発生源に目をやるとそこには案の定、ステイル=マグヌスが無表情で佇んでいた。


「もういいのか?」

「ああ、インデックスとの用事はもう済んだ。しかしせっかく学園都市くんだりまで飛んで来たんだ、ついでに君とも話そうと思ってね」

「……なんか、今日のお前気持ち悪いぞ」

「そうかい。ちなみに僕は、君の顔を視界に入れるたびに気を悪くしてるわけだが」


横柄な憎まれ口に、上条は内心安堵した。
柄にもなく友好的な態度をとってきて何事かと勘繰ってしまったが、なんというか、やはりステイルはステイルだった。
52 :当方は『  』の準備中 [saga]:2012/03/21(水) 21:50:30.08 ID:2C0UJs0L0

「へいへい。で、俺に話ってなんだ?」


これでいい、そう思った。
いつかステイル自身が言ったように、ステイル=マグヌスと上条当麻の関係とは“こう”あるべきだ。
自分がステイルと、たとえば高校のクラスメイトとするような馬鹿な猥談で盛り上がるようなことなど起こってはなら




「君の好きな子、誰だい」

「ぶ!? ん、げほ、がほっ!!」


むせた。
それはもう、盛大にむせた。
口になにか含んでいたわけでもないのに、喉に言い知れぬ異物感が走った。


「リアクションまでそっくりでいやがる。実に腹立たしいな」

「んぐっ、ごほっ! なんだお前、藪から棒に!?」

「いいから答えろ」

「……好みのタイプは寮の管理人的な包容力あるおねーさん、尊敬する女性は特に無し。これでいいかよ」

「ああ、いいよそれで。僕にとってはまあまあ耳寄りな情報だ」
53 :当方は『  』の準備中 [saga]:2012/03/21(水) 21:50:58.64 ID:2C0UJs0L0

「……? さっきからなんなんだよ? だいたい、そういうお前の方はどうなんだって。変わってないのかよ、好きなタイプは聖女マルタで尊敬する女性はエリザ」

「Index-Librorum-Prohibitorum」

「は?」

「僕の好きな女の子の名前だ」

「へ……え? あ、ええ?」

「インデックス=ライブロラム=プロヒビットラム」

「わざわざカタカナ発音で言い直すな! 聞き取れなかったわけじゃねーよ!!」


衝動的に頭をガシガシと掻き毟る。
なんだこの状況。
というか、今の発言の意味するところを考察するに――――


「っていうかなに!? お前、そこまで吹っ切っちゃったの!?」

「悪いか」

「いや、別に悪かねぇけど……」


本当に、なんだこの状況。
誰だこの一見ステイルのように見えなくもない赤髪長身真っ黒神父は。
ステイル=マグヌスという少年は、ちょっと色恋話でからかっただけですぐに赤面してしまうシャイボーイではなかったのか。
54 :当方は『  』の準備中 [saga]:2012/03/21(水) 21:51:34.67 ID:2C0UJs0L0

悶々と受け入れがたい現実に頭を抱えているところに、


「どう思う?」

「んあ、え? な、なにがでせう?」

「仮に、だ。僕があの子に告白して、あの子もそれを受け入れてくれて、めでたく付き合うことになって、ロンドンなりに連れて帰るから、よしよし今までありがとうもう君はお役御免だよ、なんてことになってしまったら」

「なっ!」

「そんな事態を想像してみろ、どう思う?」


上条は先刻とはまた別の意味で頭を抱える羽目になった。
正直に言って、考えたこともないケースだった。
否、考えたくもない事態である、と言った方が正確かもしれない。

つまり、その事実が意味するところとは。


「…………お断り、だな」

「へえ」

「俺にとってあいつは、そばにいてくれなくちゃ自分の存在が成り立たない、酸素みたいなもんなんだ」

「なかなかに情熱的かつ、僕に対しても挑戦的なお言葉だ」
55 :当方は『  』の準備中 [saga]:2012/03/21(水) 21:52:38.70 ID:2C0UJs0L0

「俺はあいつを、インデックスを一番近くで守りたい。あいつが傷付くようなことだけは、耐えられそうにない」


ただ残念なことに上条は、インデックスの存在にそそられる庇護欲が果たして、等号で男女の愛と結び付くものなのかについては100%の自信を持てなかった。
そもそも上条は、男女の愛とはいかなるものなのか知らないし、“覚えていない”のだから。
それは目の前の、図体ばかりでかくてガキっぽい魔術師とて変わらないだろうと、そう思っていたのに。


「つまり、彼女を愛していると」

「そこまでは言ってねえだろ!?」

「そうかい、ちなみに僕は彼女を愛しているが」

「……なんか、今日のお前には勝てる気がしない」


思っていたのに、このザマである。
いったい如何様な心境の変化があったのかは窺い知れない。
だが、ステイルの中で劇的な意識革命が起こったのだ、ということだけはもはや疑いようがなかった。


「心配しなくても、現状のアドバンテージは圧倒的に君がとっているよ。インデックスにとって、『男』とは君一人のみを指す言葉だ。彼女は君に絶大な、という言葉ですら生ぬるいほどの信頼と好意を寄せている」

「お、おう。本当にどうしたんだよお前」

「それがたとえ『君ではない君』の行いの延長上にあるものだとしても、それでも彼女は君が好きなんだろう」


上条は束の間黙りこくる。
ベツレヘムの星における上条とインデックスの対話を、ステイルが漏れ聞いていたとしても不思議はなかった。


「僕が、インデックスの記憶の有無にかかわらず、彼女を好いているのと同様にね」
56 :当方は『  』の準備中 [saga]:2012/03/21(水) 21:53:36.91 ID:2C0UJs0L0

「あいつがどう思ってるのか、ってのはこの際問題じゃねえよ」


沈黙ののち、上条は一定の結論を見出して口を開いた。


「俺はさ、結局この期に及んでまで、あいつを女の子として好きなのかどうか、ってのがわからないんだ。一番大事な、自分の気持ちが理解できてない」

「ふむ。何を言っても己に跳ね返ってきそうだから、ノーコメントとさせてもらうよ」

「お前のはただのツンデレだろ……とにかく。俺自身がインデックスに向ける感情に整理をつけない限りは、あいつがどんな結論を出そうが、俺がお前に勝ったことにはならないんだ」

「なにひとつ事が動いていないうちから勝手に勝った気にはならないでほしいな。僕は君に、大真面目に勝つ腹積もりでいるんだからね……ま、張り合いがありそうでよかったよ」


ステイルは上条の決意を耳にしてなお余裕を崩さず、大きな肩を小さくすくめた。
右手が口許に運ばれたかと思えば、一瞬停止した指先が落ち着きなさげに唇の上を滑る。
姿を一目見た時から何かおかしい気はしていたが、そういえば今日のステイルはシケモクをふかしていない。


「どのみち最終的な選択権は彼女の側にこそあって、このままいけば彼女は君を選ぶだろう」


端を軽く吊りあげた口腔から次に吐き出されたのは、煙ではなく強気で果敢な宣戦布告文だった。


「…………このままいけば、ね」
57 :当方は『  』の準備中 [saga]:2012/03/21(水) 21:55:00.17 ID:2C0UJs0L0

かすかに背筋に怖気が走った。
ステイル=マグヌスという少年の中で、長年燻っていた何かに火が付いてしまったのだ、と感じた。
燃やそうと思っても燃やしきれなかった誓いの残滓が熱を取り戻し、いま再び少年を突き動かしている。


「インデックスが、いや君たちが浸かっていた、ぬるま湯のような日常を掻き回してしまったことは………………すまない、とは思っている」


熾火のような小さな灯はやがて燃え広がり、押しとどめようもない大火となる。
そしていつか、上条とインデックスを包んでいた穏やかな日々を焼き尽くすのだろう。
誰よりも――という言い方には語弊があってほしいと上条は願うが――インデックスの身の幸福を願うステイルとしては、決して手放しに喜べる事態ではないはずだ。

しかしもう止まらない。
車輪は勢いを付けて押し出され、坂道を転がり落ち始めた。
もう誰にも、加速を深める一方の輪を止めることはできないし、行く末を推し測ることもできはしない。
インデックスがどう結論を下したところで二人にかつてのような、恋だの愛だのといった事情を絡めない日常は、もう戻ってはこないのだから。


「いいや。よかったんだよ、これで」


だが上条は、利己心に走ったのだと自嘲気味に笑うステイルに対して、力強く頷いて見せた。


「なんとなく、俺とあいつはずっと一緒にいて、なんとなく、一生そのままなんだと思ってた。でもさ、何かしらの変化は、きっかけは必要だったんだ」


少年と少女が大人になっていく上で、これはきっと避けられない、避けてはいけない壁だったのだろう。
そう、ステイルと一緒に自分をも納得させながら、上条は曖昧に笑った。
58 :当方は『  』の準備中 [saga]:2012/03/21(水) 21:56:25.00 ID:2C0UJs0L0

「もののついでだ。もう一つ、謝っておきたいことがある」


いつになく殊勝なステイルの態度に対して、上条は曖昧糢糊な半笑いを凍りつかせた。
先ほどから鳥肌が止まらなくて仕方がない。
有り体に言えば、不気味だった。
さらにぶっちゃけて言えば、キモイ。
今日のステイルくんってばかなりキモイ。


「三沢塾を覚えて……なに今にも吐きそうなツラしてるんだい」

「……んぁ、いやいやなんでも! 三沢塾、三沢塾だろよく覚えてるぜ! いやー懐かしいなー! なんせ」




「なにせ、君が“生まれて初めて”巻き込まれた事件だから、ね」




息を呑んだ。
二の句を、継げなかった。


「僕と“君”は、あの八月八日が初対面。その認識で間違いないな?」

「…………ああ、そうだな」
59 :当方は『  』の準備中 [saga]:2012/03/21(水) 21:57:36.97 ID:2C0UJs0L0

確かにその通りだった。
あの事件がきっかけで、上条当麻は生まれて初めて魔術に触れた。
そしてその「生まれて初めて」触れた魔術は。


「…………………………………………すまなかった」

「なんか今、すげー長いこと葛藤してなかったかお前」


所在なさげに背を向けて、蚊の羽音よりもか細い謝罪を、申し訳程度に告げてきた目の前の魔術師の炎剣なのだった。


「要するにだ。僕は初対面の人間を焼き殺そうとした挙句、無関係の一般人を有無を言わさず錬金術師の砦につっこませたワケか」

「無関係の一般人、か」

「ああ」

「別人なんだな、お前にとっても」


俺の、“前”の俺は。
最後の一声を口に出すことが、上条にはできなかった。


「別人だ。少なくとも、僕にとっては別人でなければならない。君は――――インデックスを掬い上げたあの男とは、別の人間だ」
60 :当方は『  』の準備中 [saga]:2012/03/21(水) 21:59:48.80 ID:2C0UJs0L0

上条はステイルの一言一句を、ひたすら黙って聞くことにした。
彼が何を言いたいのか、なんとなく分かった気がしたからだ。

ステイル=マグヌスにとって記憶の死とは、その記憶を抱いて過ごした人物の死と同義である。
そうでなければきっと、二人の少女を同一視しようとする自分を抑えられない。
そうしなければきっと、ステイルは壊れてしまう。

上条にはステイルの心境が我が事のように理解できた。
なぜならそれは上条にとって、紛れもなく“我が事”なのだから。


「そういう男に、インデックスを救った責任を押し付けるのは間違いなく間違った行為だ。たとえそれが結果として良い方向に働いたとしても、過程は責められるべきなんだ」


ステイルは自傷行為を愉しむように独白するが、過程を振り返れば彼にばかり咎があるわけでもない。
自分が記憶喪失であることを打ち明けるチャンスなら、ベツレヘム以前にいくらでもあった。
だが上条はそれをしようとしなかった。

自分は、彼女の愛する「上条当麻」ではない。

無情な真実が万が一にでもインデックスに伝播してしまうことを、あるいは生命の喪失よりも恐れていたのかもしれない。


「そして、だ。もし、もしもの話だが。あの日の『押しつけ』が、ドミノ倒しのようにその後の君の決断を左右したのというのならば、その咎を受けることも僕は」

「やめろ」
61 :当方は『  』の準備中 [saga]:2012/03/21(水) 22:00:52.64 ID:2C0UJs0L0

喉が勝手に声を発していた。
神父の長身はいつの間にか、上条に向き直っていた。


「お前の言ってること、否定はしないさ。確かにあの日、三沢塾に乗り込む道すがら、俺はすっげー悩んでた」


インデックスもステイルも、自分を通して別の「上条当麻」を見ている。
もうどこにもいないはずの人間に、居場所を奪われたような気分だった。
馬鹿な話だ。
奪ったのは、こちらの方だというのに。


「だけどな。俺は、何も後悔なんてしてない」


だが。
それでも、上条当麻は。




「やりたいと思うことをやった。助けたいと思う人を助けた。ただそれだけだ。それだけなんだよ、ステイル」




62 :当方は『  』の準備中 [saga]:2012/03/21(水) 22:02:15.46 ID:2C0UJs0L0

「……ああ、そうだね。君はそういうヤツだったな、この独善者が」

「一言多いヤローだな、相変わらず」

「いずれにせよ、僕はただ待つだけだ。 君たち二人の感情に整理がついて、それで僕はようやっとこの勝負のスタートラインに立てる」

「勝負、か」

「ああ、勝負だ。僕が、君から、彼女の心を奪う。火とは侵略の象徴でもあることを忘れるな」


刺すような牽制の応酬をきっかけに、二人は互いの背後に向けて一歩脚を踏みだした。
すれ違う背中と背中。
固い絆で結ばれた戦友などでは間違ってもあり得ない二人の少年は、今日この時から明確に敵同士となる。


「遠距離だと思って油断してくれるなよ。僕はしばらくこの街に留まることになった」

「なんだって?」

「本日付で、第一二学区にある教会の教区司祭に就任した。その気になれば、いつでも彼女に会いに来れる。この意味がわかるな?」


交差する瞬間に一瞥したステイルの表情は、やはり不敵に口の端を吊りあげたままだった。
男の眼をしている、上条はそう思った。
自分も今、あんな眼をしているのだろうか。
頬が緩むのを感じながら、そうも考えた。
63 :当方は迎撃の準備中 [saga]:2012/03/21(水) 22:03:09.22 ID:2C0UJs0L0

やはりそうだ。
上条当麻とステイル=マグヌスの関係とは、こうあるべきだ。
交わし交わされる視線の色は、友誼ではなく敵意に染まっているべきだ。


「じゃあな」


振り向かずにヒラヒラと手を振って、上条は守りたい人の待つ我が家目指して歩みを始める。
ゼロからの仕切り直しは、なにもステイルに限った話ではない。
ドアを開けて「ただいま」と声を上げれば、そこが自分とインデックスにとっての新たなスタートラインとなる。


(俺も、覚悟を決めなきゃな)


小さいが確かな決意を一つ嚥下して、上条は蒼穹を行く絹雲を、もう一度だけ仰いだ。






64 :当方は迎撃の準備中 [saga]:2012/03/21(水) 22:04:20.76 ID:2C0UJs0L0





「ああちなみに、ロンドンや学園都市には君に好意を寄せる女性がよりどりみどり、多士済々だからそのあたりを考慮に入れて思い悩んで、あわよくば彼女らに浮気なんてしてくれると僕としては非常に都合がいい」

「!?」

「なんなら具体的に個人名も挙げてやろうか」

「デタラメ言うんじゃねえ! 俺にそんな優良フラグが降って湧いてくるわけないだろ!」

「オーケー。その言葉、そっくりそのまま彼女らに伝えておくよ。昼夜問わず人気のない通りにはくれぐれも注意することだね」

「いろいろとえげつねえなお前!」

「当然だ。魔術師相手に正々堂々の戦いなど期待するものじゃない」

「くそ、お前がそうくるならこっちにだって考えがあんぞ! 小萌先生とバードウェイ妹のこと、インデックスに仔細バッチリ教えちゃうからな!」

「おい待て貴様どこからそれを嗅ぎつけた」

「土」

「御門ぉぉーーーーっっっ!!」
65 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [saga]:2012/03/21(水) 22:14:25.70 ID:2C0UJs0L0

総合投下分に加筆したステイルから上条さんへの謝罪は、いつか書きたいと思ってたシーンでした
こういう部分でのケジメをつけないと、ステイルは勝負の土俵に上がる資格なんてないでしょう、という個人的見解
原作ステイルにこんな芸当ができるとは到底思えないのですが、そこは一年半の月日の重み、で誤魔化しておきます

しかし考えてみればみるほど、主役はやっぱり上インのような気がしてきました
ステイル? 刺身のつまです
そして>>1はそのつまを、刺身本体より美味く調理してやろうと鋭意努力中であります

いよいよ次回から>>1的本番開始です
いらいらするほどのウジ条さんとウジデックスちゃんに対して、誰かがケツひっぱたいてやるお話です、基本的には
誰がどういう方向にひっぱたくのかはお楽しみということで
ではまた近いうちに
66 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) [sage]:2012/03/21(水) 22:30:23.22 ID:iXI6/apG0

こういうの待ってた、ホントずっと待ってた
67 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) [sage]:2012/03/21(水) 23:00:07.02 ID:H+FUm2FQo


土御門が引っ掻き回しそうだなw
68 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [sage]:2012/03/21(水) 23:20:35.87 ID:2mRzB8DF0



乙女インデックス視点が多いと嬉しいな

69 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/03/22(木) 05:22:27.07 ID:gZ7K+Q2yP

ステイル大好きだけど、個人的にステインはなしだと思ってる
70 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新潟・東北) [sage]:2012/03/22(木) 18:57:34.07 ID:5onbxjnAO
まあ、路傍の石を望んいそうなフシはある
報われたくない、みたいな

殻を破るか
71 :>>1 ◆eu7WYD9S2g [saga]:2012/03/24(土) 21:22:34.67 ID:hlQM9v1i0

さくっと終わらせるつもりだったのですが、思いの外長引きそうなので酉つけときますの

>>69
私の萌えは誰かの萎え、カップリングを語る上での基本原則ですね
だというのにこんなSSを読んでくれた上、乙までくだすったあなたに最大限の感謝を
本当にありがとうございます
あなたにとって好ましくない結末になるかどうか、最後までハラハラしながらお付き合い頂ければ幸いです
72 :負けること許されぬこの身なれど―― [saga]:2012/03/24(土) 21:25:13.00 ID:hlQM9v1i0


上条当麻は街中をふらふらと、あてどなくさまよっていた。


愛用の赤Tシャツの上から学生服を羽織り、首筋では赤と緑が縞模様になったクリスマスカラーのマフラーが冬風にはためく。
舞いこんだ一際強い木枯らしに身を縮ませると天を仰いだ。
薄灰色の雲は太陽を遮って、まぶしい光の軌跡と時間の経過に対するしるべを、人々の目から綺麗に覆い隠す。

諦めたようにポケットから折りたたみ式の携帯電話を抜き取った。
時刻表示は午後四時五分。
学び舎の門をくぐって家路に就いてから、まだ三〇分も経っていない。
このところ時間の経過がいやに遅くに感じられてしょうがない、と上条はしみじみ思った。
冬もいい加減深まってくる時分だというのに、目的もなく街を彷徨する理由はただ一つ。


なんとなく、家に帰りづらい。


ステイル=マグヌスの突然の訪問と告白から五日。
上条当麻はステイルの宣戦布告を受けて、内に巣食う感情の正体を見定めるべく目を開いた。
そして同時に、動乱に身を投じ続けた己が人生を顧みた。

少年の人生は、ある少女を泣かせたくないが一心での、途方もなく大きな嘘から始まった。
その場しのぎの取り繕いを重ねて「上条当麻」を演じ続けた少年は、それでも幸せだった。
やりたいことと、やるべきことが一致していたからだ。

それは疑いようもなく幸せなことなのだと思う。
やりたいことをやれない人間や、やるべきことをできない人間が、果たしてこの世にどれだけいるのか。
考えれば考えるほど、少年は――――上条当麻は幸せな人間だった。
73 :負けること許されぬこの身なれど―― [saga]:2012/03/24(土) 21:26:43.36 ID:hlQM9v1i0

そして「やるべきこと」の源泉には、いつだってあの少女の――――インデックスの存在があった。

インデックスを救った「上条当麻」であることは、少年にとってごく当たり前の、義務のようなものだった。
「上条当麻」のやるべきことと、少年のやりたいことは、いつも無理なく重なった。

「上条当麻」が助けるであろう人は、少年にとっても助けたい人だった。
「上条当麻」が止めようとするだろう涙は、少年にとっても止めたい涙だった。
「上条当麻」が守りたいであろう笑顔は、少年にとっても守りたい笑顔だった。
だからやっぱり、少年は幸せ者だった。



ただ時折、どうしようもなく呼吸が苦しくなることがある。
誰かが、心臓の内側で悲鳴を上げているような気がした。



気が付けば随分と人通りの多い一角だった。
繁華街の方まで出てきてしまったらしい。
見上げると、ビルの側面の巨大な看板に女優の寒々しい微笑が張り付いて、それが皮肉にも曇天の街並みにぴたりとマッチしていた。

硬質の頭髪をガシガシ掻き毟ると、くるりと身体を反転させた。
廻る視界の端で、ショーウィンドウの中の男と目が合う。
情けない面をしているな、と思った。


「あれ、大将じゃんか」
74 :負けること許されぬこの身なれど―― [saga]:2012/03/24(土) 21:28:18.68 ID:hlQM9v1i0

振り返った先から声がした。
ガラスの向こう側から視線を移すと、一目で染め髪とわかる金のブリーチカラー。
並びのあまりよろしくない歯を見せて男が一人、快活に手を振っていた。


「よう、浜面か。久しぶりじゃん」

「ほんっと、久しぶりだよな。一時期はいやでも顔を合わせてたってのに」

「半年ぐらいか、会ってなかったの?」

「あー、どうだろうな。ここんとこ俺も忙しくてさ、カレンダー見て昔を懐かしむ暇もねえのよ」


そういえばほんの少しだけ、最後に会った時より頬がこけているような気がする。
しかしその顔を見れば、浜面仕上が充実した日々を送っているだろうことは一目瞭然だった。


「……低脳どもが。まだ五カ月も経ってねェよ」


すると別の低い声が、浜面の意外に立派な体格の陰から聞こえてきた。
後ろを覗きこんで、上条は思わず目を剥いた。


「あ、一方通行!? お前もいたのかよ!」

「いたら悪ィか」
75 :負けること許されぬこの身なれど―― [saga]:2012/03/24(土) 21:29:09.71 ID:hlQM9v1i0

いや悪かねぇけども、と口籠りながら目を泳がせる。
空きもせずモノトーン基調の前衛的ファッションで固めた学園都市最強が、凶悪な目つきでこちらをねめつけていた。


「さっきそこでバッタリ会ってさ、互いの近況報告も兼ねてサテンかどっかでだべらね? って話になったんだよ」

「へえ」

「なってねェ。俺はねぐらへ帰る途中だ。勝手に話まとまったことにしてンじゃねェよキモ面」

「まったまた、一方通行さんったら照れちゃってー。だったらどうして俺の後ろ着いて歩いてんだよ」

「オマエの行く方向の先に俺ン家があンだよ馬面。邪魔だからさっさとどけ。失せろ」


テンションの無駄に高い浜面を押し退けて、一方通行は杖を器用に突いて足早に去ろうとする。


「ちょちょ、ちょっと待ってくれ!」

「……あン?」


無意識のうちに、上条はその背中に追いすがっていた。
むんずと華奢な肩を鷲掴みにしてしまう。
こめかみに血管を浮かせた凶暴極まりない顔と、後ろで唖然としている馬……もとい間抜け面を拝むようにして、上条は言った。


「二人とも、ちょっと付き合ってくんね?」
76 :負けること許されぬこの身なれど―― [saga]:2012/03/24(土) 21:30:20.77 ID:hlQM9v1i0

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


なにやらむず痒そうな表情の一方通行に先導されて一行は、いかにも高級です、といった風情の喫茶店で一息ついた。
メニューにざっと目を通して席を立とうとした貧乏人二人に一方通行は、


「ここは俺の奢りだ」


とぼそりと告げてきた。
どうやら引き留められたらしい。
相も変わらず不機嫌丸出しの口調からは判別が難しいが、どうやら第一位はこの男同士のむさ苦しい茶会に、なんらかの価値を見出しているようだった。

とりあえずコーヒーを三つ注文する。
オーダーを待つ間に上条は、まずは二人の近況を尋ねてみることにした。
浜面の提案に横から乗っかった上、一方通行に代金まで持たれてしまった身として、いきなり本題を切り出すのはさすがにはばかられた。


「いま俺さ、会社の立ち上げ準備であちこち走り回ってんだ」


泥臭い面を子供のように輝かせながら、浜面は熱弁を振るっていた。
上条は浜面と初めて会った日のことを追想する。
ヒステリックに怒鳴り散らしてスキルアウトを束ね、弱者を食い物にしようとした裸の王様の面影は、もはやどこにも見当たらなかった。
77 :負けること許されぬこの身なれど―― [saga]:2012/03/24(土) 21:31:15.12 ID:hlQM9v1i0

「昔のスキルアウト仲間とか黒夜みたいな連中を集めて、真っ当な方法でおまんま食わせていけるようにしてやりたいんだよ。だから基本的には学園都市の中で旗揚げしてえんだけどさ、どう転ぶかは始まってみないとわかんねえや。もしかしたら、近いうちに学園都市を出ることになるかもな」

「はー。すっげえなお前、色々考えてるんだな。それじゃお前、いずれその新会社の社長になるんだ」

「いや、そこは麦野に任せた。人格的には…………うん、まあ、ともかく。能力的には申し分ないしな」


そこはおそらく、「ともかく」で済ませていいポイントではない。


「じゃあ副社長?」

「……そこは黒夜に横から掻っ攫われた」

「なんで!?」

「最近見かけねェと思ったらなにやってンだ、あの中二病娘」

「じゃあ浜面は、結局どういう役職に就くんだよ」
78 :負けること許されぬこの身なれど―― [saga]:2012/03/24(土) 21:31:58.40 ID:hlQM9v1i0

再三尋ねると、浜面は遠い目をした。


「…………総務課長」


上条はこっそり、一方通行に耳打ちする。


「なあ一方通行、総務って具体的に何やるとこなんだ?」

「平たくいや、パシリ」

「あ、やっぱり」

「やっぱりってなんなんだよ上条ぉぉぉ!!! 俺ってお前の中でさえそんなポジションなの!? 俺大将の見てる前でパシられた覚えないんだけど!」

「いや、なあ? なんかもう、浜面仕上といえば言わずと知れた……みたいなところあるだろ?」

「因果性のジレンマってヤツだな。ヅラが先かパシリが先か、ってかァ」

「ヅラじゃねえパシ面だ……ってなに言わせんだこらぁああぁぁあ!!!!」
79 :負けること許されぬこの身なれど―― [saga]:2012/03/24(土) 21:33:27.72 ID:hlQM9v1i0

とそこに、芳醇な薫りをふんだんに振り撒きながらコーヒーが運ばれてきた。
浜面がミルクを足し、上条はそれに加えて角砂糖を三個投入する。
なんとなしに白髪頭の挙動を追っていると、彼は躊躇せずブラックのままカップを口に付けた。


「一方通行はどうなんだ?」

「プーじゃね? 一方通行が真面目に学生とかリーマンとかやってるとこ想像つかねーし」

「きょうのゆかいなおぶじェとうせンしゃは、がくえンとしにおすまいのはまヅラしあげくン(20さい)です。おめでとうございまァす」

「すいません俺が悪かったです、だから愉オブはちょっと、ちょっと、ちょっとって言ってるでしょんもおおおおおおお!!!」


チョーカーに手を伸ばす悪魔に、天賦のパシリは流れるような動作で土下座をかました。
角度、スピード、タイミング。
どれをとってもパァフェクトだウォルターな土下座に、上条はつい拍手を送ってしまう。


「俺ァ今、統括理事長のボディーガードやって食ってンだよ」

「うわ似合わね……すいませんどーぞ続けてください、浜面めは邪魔をしませんゆえ」

「学園都市最強のSPって、色んな意味で贅沢な話だなー。でもそっか、一方通行がな……」


コーヒーを一口啜って、上条は感慨深く頷いた。
学園都市の闇に君臨していた混じりっけなし、正真正銘の怪物の王が、今ではキングを守るナイトである。
そして彼が守るべきキングは、それこそ世界のいたるところに散らばっているのだ。
そのすべてを余さず守り通す覚悟を、目の前の鋭い赤眼から窺うことができて、上条はなんだか嬉しくなった。
80 :負けること許されぬこの身なれど―― [saga]:2012/03/24(土) 21:34:42.27 ID:hlQM9v1i0

「どういうキショイ妄想働かせてンのか知らねェが、単に待遇が良かっただけだ。決め手は金だ、金」


一方通行が強烈に舌を打つ。
心なしか、照れているように見えなくもない。


「んなこと言ったらお前、各研究機関からそれこそ億単位の金積まれててもおかしくないだろ」

「クソッたれでキチガイな研究者どもの世話になンざ、誰がなるか。京単位の金積まれてもお断りだ」

「上条、ケイってなんだ? 外人? 歌?」

「滝川・クリス○ル・ケイぐらいしか思いつかねえわ俺」

「飽きもせずド低脳であり続けてンだなオマエら。生まれてきて申し訳ないと思わないの?」

「「好きでバカやってるわけじゃねーよ!!」」


低学歴二人の憤慨を一方通行は、無表情で受け流しつつカップを呷る。
空になった陶器がソーサーに無造作に投げ出され、甲高い金属音が馬鹿騒ぎに水を打った。
ただでさえ尖った視線が、いっそう鋭さを増して上条に突き刺さる。


「それでだ、三下。いい加減に本題に入れ。俺らにいったい、なンの用があンだ」


一度息をつき、唇を噛むと窓の外をちらと覗き見る。
夜のように分厚い暗雲が、いまだに学園都市の空を覆っていた。
81 :負けること許されぬこの身なれど―― [saga]:2012/03/24(土) 21:35:40.09 ID:hlQM9v1i0

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


「大将ってさ、意外に友達少ねえの? ヒーローは友だちが少ないの? この期に及んで別のハーレム作品の要素まで取り込もうとしてんの? 馬鹿なの? 死ぬの?」


洗いざらいぶちまけた後の、浜面の第一声がそれだった。


「いや、だって! 学校のダチにこんなことブチまけちまったら、それこそ命がいくつあっても足んねえもん!」


弁解するように叫ぶ。
まごうことなき事実、否、真実である。
こんな悩みを暴露した日には、クラス中はおろか学校中、下手すれば第七学区中の男子から目の敵にされること請け合いである。
理由は上条にもよくわからないのだが。

しかし対する一方通行らの語調は、あくまで冷ややかなものだった。


「別に、俺がオマエらをぶっ殺さねェ保障もねェわけだが」

「ですよねー。相変わらずリア充爆発しろって感じのお悩み相談で……ってなんで俺まで命の保障対象から外されてんの!? 上条のムカつく自慢話と俺になんの関係性もないよね!?」


ムカつく自慢話ってなんだよ。
上条は不満たらたらでぼやいた。
向こうがいくら茶化したところで、こちらはすこぶる真剣なのである。
82 :負けること許されぬこの身なれど―― [saga]:2012/03/24(土) 21:36:37.63 ID:hlQM9v1i0

「ぶっちゃけ俺も気持ち半分ぐらいは『ザマミロ』って感じだな、ハハッ!」

「なんだよそれ……」

「あんな桁違いのハーレム築いておいてそりゃないぜ大将! 全世界の半分を敵に回してるってことを自覚すべきだよ、お前は」

「えぇ」

「やり方一つ間違えりゃ、もう半分も敵に回るけどなァ」

「えええええええ!!??」


ウニが砂礫に沈み込むように、上条は顔面からテーブルに突っ伏した。
連中が言っている意味がよくわからない。


「なに、なんなの? 俺ってそんなアレなの? そりゃまあ最近、インデックスが俺のことそういう目で見てる、ってのは薄々わかってたけどさぁ」

「最近ですってアクセラさん」

「薄々だってよ浜面くン」

「マジかこいつ」

「バレバレだろあンなもン」

「第三位の嬢ちゃんとどっち選ぶのか、俺らも水面下で密かにハラハラしてたのにな」

「ん? どうして御坂の名前が出るんだ?」

「…………いや、なんでもねえ」

「マジで小学生並みの情緒してンなオマエ。いっぺンカエル医者に小脳扁桃検査してもらえ」
83 :負けること許されぬこの身なれど―― [saga]:2012/03/24(土) 21:37:39.03 ID:hlQM9v1i0

ボッコボッコのフルボッコだった。
からかうようなボコされようならまだ心情的に救いもあったろう。
だが二人の同志はといえば「最近のゴミって技術が発達してんだなー、だって歩く上に喋んだもん」という表情を一ミリも崩さないのである。


「チクショウお前らはバカだ。なんなんだお前らまで、そんなワケのわかんねえこと」

「お前ら“まで”?」

「ステイルも同じようなこと言ってたんだよ。俺にフラグがよりどりみどりとかなんとか、アホくさいったらありゃしねえよ」

「……そりゃあ、なあ? お察しって感じだぜ」

「俺らの口からそれを言うのはアンフェアなンだよ。察しろ三下」

「察しろとか言われても」

「まあそのへんの話は、現時点では単なるオマケだよな。そろそろ本題の本題に入ろうぜ」


ずい、と浜面が膝を乗り出す。
コーヒーから立ち昇る湯気はすっかり消えていた。


「でだ、大将? 実際のところ、シスターちゃんのことどう思ってんだよ?」


頬の筋肉が奇妙に引き攣るのを感じた。
自分から持ちかけた相談だというのに、どこか背中がかゆくなる。
しかし、いつかは向き合わなければならない問題だった。
84 :負けること許されぬこの身なれど―― [saga]:2012/03/24(土) 21:38:24.98 ID:hlQM9v1i0

気が付かないふりをしていた、というわけではない。
ただ結果として上条とインデックスの間で、その問題が先送りになっていたことは事実である。
ステイルは二人の精神的な間隙を、絵に描いたように見事に突いてきた。
現状は起こるべくして起こったのだ、と思わざるを得なかった。

わずかに残っていた琥珀色の液体を、ぐいと飲み干す。


「…………わかんねえんだ」


それが上条の、一週間悩んだ末の結論だった。
わからない、ということだけがわかった。
ただそれだけだった。


「なんとでも言い訳できそうな距離感だもんな、お前ら」


浜面が言った。
光彩の奥にかすかだが、同情の色が見え隠れしている。
浜面は自分とインデックスの事情を深く知らず、踏みこんでくることもあまりなかった。
そんな彼にだからこそ、見えているものがあるのかもしれなかった。


「『家族』だろうが『親子』だろうが『兄妹』だろうが『恋人』だろうが、どこへでもクラスチェンジできる万能下級職、ってか」
85 :負けること許されぬこの身なれど―― [saga]:2012/03/24(土) 21:40:22.65 ID:hlQM9v1i0

一方通行の反応は、浜面とは対照的だった。
常になく滑らかな舌の回りとも裏腹である。
唇の動き、語調の端、静かな吐息。
そのすべてに、失望感がありありと見てとれた。

彼を失望させるに足るだけの、そもそものプラスの原資が存在していたことさえ、上条には驚きだった。
そして次には、恥じ入るような心持ちになった。
一方通行に認められるだけの男でありたいという情が、数度の激突と共闘を通じて上条の中には芽生えていた。


「あーそれ、言い得て妙だわ」


わけのわからない羞恥心に悶えていると、浜面が感心したように唸った。
先ほどの「万能下級職」発言を指してのものらしい。
上条も、真剣に吟味してみることにする。

なるほど確かに、言い得て妙な言い回しだった。

上条はインデックスのことが、世界と同じくらいには大事だ。
身体の内側から湧きあがる衝動に身を任せ、自分は彼女を愛しているのだと断じてしまう。
世間一般的に鑑みて、おそらく完璧な筋書きだ。
そういう意味で「恋人」への転職は、実に無理のない流れだと思えた。
86 :負けること許されぬこの身なれど―― [saga]:2012/03/24(土) 21:41:53.97 ID:hlQM9v1i0

しかし、しかしである。
この情熱を、情動を、情感を。
「兄妹」や「家族」のそれではないのだと、いったいどうして、いったい誰に、断言できようか。

刀夜や詩菜、数度会っただけの両親からは、この上なく濃い血の繋がりを確かに感じた。
彼らを危地から救うためならば自分は、神の右席だろうが大天使だろうがグレムリンだろうが一切の躊躇いなく立ち向かえる。
それら「家族愛」とインデックスに向ける気持ちを峻別することが、上条にはできそうになかった。

上条の目の前には二人の男がいた。
にわかには信じ難いことだがこの二人は、自分の背中をどこか遠い場所で追いかけていたのだという。
そうやって今の高さまで、陽の当たる場所まで這い上がってきたのだという。

「男女愛」と断言できるもののために命を懸けた男。
「家族愛」にも似たなにかのために命を賭けた男。

彼ら二人は何が違うのか。
そして彼らと自分で、何が違うのか。
上条は彼らから、その答えを得たかったのかもしれない。


「……もっと時間が欲しかったんだよな、俺は」


だが上条は空のカップの縁を指でつつくだけで、それ以上のことは何も言い出せなかった。
人から答えを丸移しさせてもらうがごとき行為に、うしろめたさを感じたのが一つ。
そしてもう一つは――――ちっぽけでつまらない、男のプライドゆえだった。
学校の友人相手なら決して張らないであろう虚勢が、この二人を前にすると微妙に働いてしまうのである。

とはいえ、まるきりその場凌ぎの戯言というわけでもない。
れっきとした、上条の現在の本音でもある。
それほどにステイルの急襲は、自分とインデックスにとってあまりに唐突すぎた。
87 :負けること許されぬこの身なれど―― [saga]:2012/03/24(土) 21:44:03.05 ID:hlQM9v1i0

「それが悠長だってンだよ」

「だから他の男に掻っ攫われかけてんだろ」

「んな!?」


懐をまさぐりつつの浜面の発言に刹那、視界の一部が白く染まった。

インデックスを奪われかけている。
誰に?
決まっている。
ステイル=マグヌスだ。

上条の顕著な反応に、浜面は取り出した安物の煙草を口に咥えて、露骨にニヤついてみせた。


「話聞いた限りじゃそんな感じだと思うぜー? 考えてみろよ、いくらシスターちゃんがお前のこと好きだって言っても、男女の関係なんて何がきっかけでどう転ぶか、さっぱりわからねえもんだ。そこに信じられないぐらい馬鹿正直に思いの丈をぶつけてくる他の男登場、肝心の本命はそれでもなお態度定まらず。俺がシスターちゃんならそのステイルってヤツのこと、まんざらでもないね」


持論を披露し終えて、渾身のドヤ顔を浜面は晒した。


「キメェ」

「うん、キモイな」

「あれ!? 人生の先輩っぽくカッコよく決めたつもりだったのになにそのリアクション!?」
88 :負けること許されぬこの身なれど―― [saga]:2012/03/24(土) 21:49:23.10 ID:hlQM9v1i0

「キモ面のくせに恋愛がどう、男女がどうとか語ってンじゃねェよ。超キモイから調子に乗ンないでもらえますか浜面くゥン」

「やめてその言い方! 絹旗の罵倒に死ぬほど似ててなんか胸にグサっとくるから!」

「いやでもホント、恋バナにぐいぐい乗ってくる浜面って…………ぶっちゃけキモイ」

「それはさっきも聞いたっつーの! 俺この中では一応最年長のはずだよね!? なのになぜにこんな扱い!? さてはアレか、お前ら僻んでんだな! 俺一人が理后と片時も離れないラブラブ(死語)な平穏を享受してるからって、真のリア充だからって、そういう態度はお兄さん感心しないなー! …………ん? なんだよアンタ、俺は今大事な話をだな」

「お客さま、他の方の御迷惑になりますので」

「…………oh」


地団駄を踏んで大騒ぎした挙句、強面店長に睨まれてペコペコと頭を何度も下げる。
生まれたときからその姿勢だったのではないか、と思えるほど様になっている浜面の平身低頭を眺めて、上条はつい笑ってしまった。

正直な話、浜面の論理展開は耳に痛いどころではなかった。
本人も言いすぎたと思ったのだろう、わざと冗談で紛らわせた節が、あるようなないような。
浜面仕上とは意外にも、そういった細やかな心配りのできる男なのだ。

胃の奥で滞留していた重たいものが、少しだけ消化できたような気がした。


「ったく……まあ今のは一般論であって、常人とはちょっと違う思考回路のシスターちゃんに当てはめることに、それほど意味があるとは思えないけどな」


案の定、大して怒った風でもなく席に着いて浜面はそう締めくくった。
それを聞いて上条は、五日前のことを自然と回想した。
89 :負けること許されぬこの身なれど―― [saga]:2012/03/24(土) 21:50:40.85 ID:hlQM9v1i0

ステイルと別れた後、帰りついて玄関のドアを開けたときのことだ。
インデックスが防寒もせず素足のまま、ベランダでぼんやり佇んでいたのである。
空を気持ちよさそうに泳ぐ群雲を、ひたすらに眺めていたのである。

その姿を見てなぜか上条は、彼女に近寄ることを躊躇してしまった。
玄関先から彼女が気が付くまで「ただいま」と呼びかけ続けた。
なんとなく、見てしまったということを悟られたくなかったのだ。

あの時インデックスは何を考えていたのだろうか。
普段なら一も二もなく「おかえり」、と返してくれる上条の「ただいま」。
それすらも意識の外に追いやって、いったい――――誰のことを考えていたのだろうか。

その直後からだった。
インデックスと、会話が弾まなくなったのは。


「…………やっぱ、そうだ」

「ん?」

「あァン?」

「ステイル本人にも啖呵切ったことだけどさ。俺、要するにステイルに負けたくないんだな。インデックスが俺にとって『何』であろうと、渡したくなんかないんだ」


一度だけ頷いて、顔の前で右の拳を思いきり握り締めた。
結局のところ、わかっていたことをわかったと再認識しただけだった。
その意味で、一方通行と浜面には無駄な時間に付き合わせてしまったと思う。
90 :負けること許されぬこの身なれど―― [saga]:2012/03/24(土) 21:52:16.60 ID:hlQM9v1i0

「それだけわかってりゃあ十分だと思うぜ、大将」


それでも浜面仕上は豪快に笑い飛ばしてくれた。
土御門や神裂、御坂にしてもそうだが、自分は本当に得がたい友に恵まれたものだ、と上条は思う。

次いで、一方通行の眠くて眠くてたまらなさそうな目と視線を合わせた。
血の臭いが漂っていないとき、彼は大抵こんな覇気も殺気もない面をしている。
白い相貌から失望の灰色が薄れているのを感じて、上条は少しほっとした。


「そォかよ、お前……『負けたくない』のか、上条」


それも束の間のことだった。
肌に温い汗がにじむのを感じて、上条は肩を硬直させた。
虚飾に満ちた栄光も、泥に塗れた挫折も、日だまりの中の平穏も。
すべてを味わった男の眼光は、異様な光を帯びていた。


「だからって、勝てるとは限らねェンだ。そのへンわかってンのか、オマエ」


伝票を取って一方通行が立ち上がる。
茶会はお開きということらしい。
上条は浜面と一緒になって、呆然とその後ろ姿を見送った。

彼が最後に残していった一言は、手触りがあると錯覚するほど、重々しい実感にあふれていた。
91 :――勝つばかりとは限らぬ [saga]:2012/03/24(土) 21:53:12.78 ID:hlQM9v1i0



「誰だって、負けたくて勝負するわけじゃねェンだからよ」



92 :>>1 ◆eu7WYD9S2g [saga]:2012/03/24(土) 21:56:37.01 ID:hlQM9v1i0

さしもの上条さんの主人公補正も、このSSでばかりは働いてくれないよ、というお話でした
いやーそれにしても上条さんとHAMADURAの書き分け難しい
まあどちらが喋ってるか分かりづらいところではどちらの発言でも特に問題のない会話の流れだと思いますんで、気にせず読んでやってくださいな

浜面がぺちゃくちゃあーだこーだと楽観的にケツをひっぱたき一方通行がボソッと核心をつく
>>1にとっての3ヒーローはこんな感じです
そして、ステイルがこの環に加わることは絶対にありません

今後は週一ペースを目標にまったりやっていきますので、今後ともよろしくお願いいたします
ではまた
93 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) [sage]:2012/03/24(土) 22:44:12.49 ID:Zuu8607u0

ホントいいわこのSS
あんたが原作大好きでしかもインさん周辺が好きすぎるのが伝わってきすぎて辛い
応援してます
94 :>>1 ◆eu7WYD9S2g [saga]:2012/03/27(火) 23:10:55.91 ID:cis0DUQo0

週一ペースとはなんだったのか

>>93
たった一つの乙にこんな勇気をもらったのは初めてかも
最高の褒め言葉です
95 :負けることが恥ではない―― [saga]:2012/03/27(火) 23:12:59.02 ID:cis0DUQo0


インデックスは街中をふらふらと、あてどなくさまよっていた。


修道服の上からそのまま纏った、白地のもこもこしたダッフルコートが冬風にはためく。
去年の冬、まだインデックス名義の通帳がなかった頃、上条がなけなしの生活費から一万円ほど捻出して買ってくれたものだ。
白に白を合わせるとはどういうセンスなのか、と口では思うさま笑ってしまった。
だがあの日のことを思い返す度に、たまらなく心があたたまる。

通りがかった公園でベンチに腰掛ける。
ジドウハンバイキとやらがすぐ横に鎮座していた。
小銭入れを取り出して、温かい紅茶でも買おうかと思い立つ。
が、ラインナップを眺めて即座に思いとどまった。
「おしるこソーダ」やら「マーボージュース」やら「新発売! 匂いも再現ファ○タドリアン味!」やら。

ため息をついて曇り空を見上げる。
耳元をかすめる木枯らしの冷たさに、耳朶を指で押さえつけた。
寒暖差の激しい日本の四季を一巡り経験したインデックスには、この肌を刺すような寒気も二度目の体験だ。

同じ季節を二度過ごす。
それはインデックスにとって、未知の世界に他ならなかった。
もう一度、大きく大きく白い息を吐く。


インデックスに二度目の季節をくれた人と、このところ会話が思うように弾まない。


考えようによっては歓迎すべきことなのかもしれなかった。
それは疑いようもなく、かつて自分が心のどこかで望んでいた、明確な“変化”だったのだから。
だが今のインデックスに、そうも楽観視できるだけの心の余裕などありはしない。
96 :負けることが恥ではない―― [saga]:2012/03/27(火) 23:14:19.88 ID:cis0DUQo0

ぎこちない「おはよう」。
おなざりな「いただきます」。
目も合わせず「いってらっしゃい」。

彼が帰ってからもこのやりとりが繰り返されるのか、と考えると気が重くて重くて、つい街に繰り出してしまった。
お隣さんが教えてくれたところのケンタイキ、とかいうやつなのかもしれない。


「ちょっとアンタ」


それもこれもなにもかも、あの赤毛のヤニ野郎のせいなのだ。
インデックスは憎々しげに、空を覆う薄灰色の雲を睨みつけた。

どうやら自分に告白した後、彼は上条ともそれなりに長いこと言葉を交わしていたらしい。
自分とステイルの会話時間が五分足らずだったから、男同士の対話の方が時間的には長かったことになる。

肝心のお相手には二言三言独りよがりに言葉を投げつけるだけで、ライバルの方と長々くっちゃべるとはどういう了見なのか。
そもそもどうして上条には学園都市への赴任を教えておいて、自分には一言もくれなかったのだろう。
インデックスはそれを、よりにもよって彼のライバルであるはずの上条の口から伝え聞いたのだ。

さてはアレか。
ゲイなのか、バイセクシャルなのか。
その筋のお姉さま方が喜びそうなツンデレだったのか、アレは。
ああ、汚らわしいったらありゃしない。


「聞いてんのアンタ」
97 :負けることが恥ではない―― [saga]:2012/03/27(火) 23:15:33.39 ID:cis0DUQo0

インデックスはもう、急激な変化など、進展など望んではいなかった。
ただ、今のまま上条と二人、ずっと暮らしていければそれでよかった。
それ以上を望むのは身の丈に合わぬ邪欲である、とさえ思っていた。

彼女の守りたかった日常はもう戻ってはこない。
上条が自分を、具体的にどう思っているのか、これまではよくわからなかった。
大事に想われていることさえわかっていれば、その感情の名前などどうでもよかった。

それをステイル=マグヌスは、見事にぶちこわしにしてくれた。
上条はすでに自分を、「他の男に告白された女」というフィルターを通して見始めている。


「アンタよアンタ! おーい、もしもーし?」


結論は出た。
考えるまでもなく、自明の理だった。
やはりステイル=マグヌスという男は、インデックスにとって疎ましく邪魔なだけの――――



「無視すんなやコルァァァ!! 一瞥ぐらいしなさいよ本当は気付いてるんでしょアンタァ!」



98 :負けることが恥ではない―― [saga]:2012/03/27(火) 23:17:02.82 ID:cis0DUQo0

「私の名前はアンタ、じゃないんだよ」

「……ああもう、イ……イ…………インデックスッ!!」


七〇度ほど上に傾げていた首を、地平線が見える高さまで下ろす。
活発ながらも健康な色気を帯び始めた、栗色の短髪が科学の溢れ返る街並によく映える美少女。
目が合ったので、ふわりと笑ってみせた。


「なぁに、みこと?」


げっそりした顔で少女が肩を落とす。
インデックスはくすくすと口許に手をやった。


「……このやりとり、何回繰り返す気?」

「そうだなぁ。短髪が私のことを、恥ずかしがらずに名前で呼べるようになるまで、かな」

「アンタも『短髪』って呼んでんじゃないの」

「お返しなんだよ、『ビリビリ中学生』」

「それだけはやめろって何回も言ってんでしょー!?」


名門常盤台中学の顔にして学園都市最高峰の能力者、かつ――――インデックスの最大のライバル。
御坂美琴の悲鳴が快活な笑い声と混じって、寒空の下どこまでも響き渡っていった。
99 :負けることが恥ではない―― [saga]:2012/03/27(火) 23:18:04.23 ID:cis0DUQo0

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


ひとしきりお決まりの押し問答を繰り広げると、美琴がファミレスにでも行かないか、と誘ってくれた。
インデックスに否やなどあるはずもない。
「食物あるところにシスター・インデックスあり」というイデオロギーは、一年余の腐れ縁を通してすっかり御坂美琴の内面にも醸成されているようだった。


「いっただきまーす!」

「はいはい、どうぞ召し上がれ」


山盛り二人前のミートソースパスタを前に手を合わせ、インデックスはフォークを握る。
呆れたように頬杖をついて美琴は、クリームソーダから伸びるストローに手を使わず唇をつけていた。


「ほぎょーぎふぁるいんだよ、みふぉふぉ」

「アンタに言われたかないわよ」

「ふぇ?」

「……はぁ。なんでもないわ。それよりさ、インデックス」

「んっ、んん……はふぅ。なぁに、みこと?」


一旦咀嚼を終えて、薄く茶色がかった黒い瞳に目線を合わせる。
こうして名前で呼び合えるようになってからどれほど経っただろう。
ふと、意味もなくそんなことを考えた。


「なんか悩みでもあんの?」

「…………え」
100 :負けることが恥ではない―― [saga]:2012/03/27(火) 23:19:22.09 ID:cis0DUQo0

「いやさ、いつもより頼む量が少ない気がして」


二人前をして少ないという指摘に対して、インデックスに反論の余地はなかった。
普段ならこの五倍は余裕である。


「……べ、別に。ただダイエット中なだけかも」

「もうちょっとマシな言い訳用意しなさいよ。世界で一番アンタに似合わない言葉だって自覚しなさい、ダイエット」

「どういう意味なのかな!」

「いやそういう意味だろ」


適当に繕っても、怒ったふりをしても、美琴のじっとりと細められた眼差しは止むことなく真っ直ぐにこちらを射抜いてくる。
たじろいで視線を、彼女の顔から下に落とした。
学校指定のブレザーと、今は首から外している深緑色のマフラー。
インデックスがこの季節に美琴と出くわしたとき、彼女は九割九分今と同じ恰好をしている。


「そういえば、みことは今年ジュケンセイ、ってやつなんじゃないのかな? こんなところで油売ってていいの?」


制服姿から無理くり連想してひねり出したわりには、なかなか自然な話題転換ができた。
胸中で自画自賛したが、当の美琴はといえば気のなさそうなそぶりだった。


「常盤台生はね、在学期間中に大学卒業程度の学識を身につけることを義務付けられてんの。collegeレベルよ、わかる? ……あ、イギリス人相手ならuniversityって言った方が正確なのかな」

「どっちでもわかるから大丈夫だよ」

「とにかく。日本の高校受験程度で、気張って机に向かう必要なんてないの」
101 :負けることが恥ではない―― [saga]:2012/03/27(火) 23:20:25.25 ID:cis0DUQo0

「じゃあ、みことはハイスクールには行かないの?」


そう言うと初めて、美琴が動揺したように口ごもって目を逸らした。
さらに話を大きく脱線させる好機と見て、逃さず畳みかける。


「日本のハイスクールはギムキョーイクじゃない、ってこもえが言ってたんだよ。それなら別に、もう学校に行く必要なんてないんだよね?」

「く、う」


形の良い鼻の、頭の先っぽがほんのりと色づき、首筋に隠しきれない量の汗が浮かんでいる。
インデックスの完全記憶能力はそれらを指して、美琴がある人物のことを想っているときのサインだと教えてくれた。
ちょっとイヤミっぽく、わざとらしく鼻を鳴らしてみる。


「とうまと同じ学校、受ける気なんでしょ」

「ぶふうっ!?」

「はぁぁ。なんだかみことの行動、ストーカーじみてるんだよ」

「な、なによ! なんか文句あるわけ!?」

「ううん、ないよ」

「だったらその含み笑いはなんなのよ!」


美琴が弾かれたように立ち上がって、わなわなと震える人差し指を向けてきた。
上はおでこから下は首の付け根まで真っ赤っかである。
102 :負けることが恥ではない―― [saga]:2012/03/27(火) 23:21:29.94 ID:cis0DUQo0

「べっつにー? ただ、たまにはもっと素直なみことも見てみたいなー、って思っただけかも」

「…………っ」


露骨に作り笑いを浮かべてやった。
すごすご、という擬音がぴったりの挙動で美琴が腰を下ろす。
口を尖らせ、伏し目がちに、消え入るような声で、


「だって、アイツの側にいたいんだもん。アイツが欲しいんだもん。アンタほど近くにはいけなくても、少しでも距離詰めたい。そのためなら、とことん自己中になってやるって、もう決めたんだもん」


インデックスは、一層笑みを深めた。


「……みこと、かわいい」

「!?!?!? ひ、人をおちょくってんじゃないわよこの腹黒シスター!」

「あははは! 怒った怒った、カミナリサマが怒ったんだよ!」

「んきー!」


一際賑やかに華やぐテーブル。
インデックスは腹を抱えて大笑いしながらしかし、心中穏やかではいられなかった。
103 :負けることが恥ではない―― [saga]:2012/03/27(火) 23:22:53.11 ID:cis0DUQo0

ここ数カ月というもの、ずっとそうだった。
インデックスが最大の恋敵と目していた眼前の少女は、とうとう上条への好意を隠さなくなった。
彼女のツンデレ潜伏期間の長さには呆れるものがあるが、何はともあれ美琴は一皮むけてしまった。

平たく言えば、デレ期である。
そして美琴のデレ期は、同性であるインデックスをして鼻の頭を押さえつけたくなるような、獰猛なまでの破壊力を有していた。



かく言うインデックスとて、上条への好意を隠したことなど一度たりともない。
単に上条が気が付いていないか――――あるいは、気が付いてないふりをしているか、だ。
自分にとってはどちらでもよかった、と言えばさすがにウソになる。

ただ、このままでも一向に構わなかった。
いや、このままでありたかった。
その先に踏み込むつもりが、勇気が、インデックスにはなかった。
この上なく曖昧な「家族」という言葉で片付けられる関係で、一生あり続けたかったのだ。

しかし、御坂美琴の存在がそれを許さない。
スタートラインに到達するまでが遅かった超電磁砲だが、一度加速がつけば彼女は脇目も振らず驀進するだろう、という確信がインデックスにはあった。
そしてどう転ぶにせよ、美琴の人格は白黒はっきりとつけずにはいられない、そういう性質のものだ。

考えれば考えるほど、自分は御伽噺の中のお姫様を気取っていたのだ、ということを痛感させられる。
ヒーローはヒロインと結ばれてめでたしめでたし、末永く幸せに暮らしましたとさ。
104 :負けることが恥ではない―― [saga]:2012/03/27(火) 23:24:00.74 ID:cis0DUQo0

現実はそう上手くいかない。
いくわけがない。

ヒーローを狙うヒロインは他にいくらでもいる。
競争は、戦争は、どうしたって起こる。
自分一人が安穏と、今の居場所のあたたかさに甘えて寝転がっているわけにはいかない。
そんなことをすれば――否、しなければ――インデックスの唯一のヒーローは、横から掻っ攫われてしまう。

油揚げを咀嚼しようとくちばしを研ぎ澄ませているトンビが、御坂美琴だけとも限らない。
なぜなら上条当麻は、彼が望む望まざるに関わらず世界のヒーローであるからだ。
彼を攻略する権利は、恋する乙女なら誰にでもあるものだからだ。

上条と一生このままでいられればいい、というインデックスの願いは、どうあれいつかは壊れていた。
冷静に考えてみるに、そうだとしか思えない。
ならば“彼”を恨むのはお門違いということに、


「ねえ、インデックス」


名を呼ばれて、顔を上げた。
美琴が真剣な表情をしている。
彼女の前に置かれたグラスは、とっくに空になっていた。


「なに?」
105 :負けることが恥ではない―― [saga]:2012/03/27(火) 23:25:55.12 ID:cis0DUQo0

「私たちって、れっきとしたライバル、恋敵よね。アンタ、私のこと嫌い?」

「……うん。私、短髪のこと嫌い」


躊躇いがちに小さく頷くと、美琴がふっと目尻を下げる。


「あっそ。じゃあおあいこね、私もよ。でもさ、私たち」

「うん?」

「友だち、でもあるわけよね。私、インデックスのこと嫌いじゃないわよ」


美琴は口許だけで笑った。
インデックスも、つられるように笑ってしまった。


「私も、みことのこと大好きだよ」

「そ」


じわ、と強く結んだ手のひらの内側に、汗がにじんだ。


「インデックス。なにがあったのか、聞かせてくれない?」


決して嫌な汗ではない。
視界までをも汗でにじませながら、インデックスは思った。
106 :負けることが恥ではない―― [saga]:2012/03/27(火) 23:27:15.50 ID:cis0DUQo0

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


「告白されたぁ!?」

「声! 声おっきいんだよ、みこと!」

「……あ、ゴメン」


洗いざらいぶちまけた。
というより、ぶちまけさせられた。
一度こうと思い定めると美琴が容易には止まらない少女であることは、インデックスもそれなりに知っていた。
思いこみが並外れて激しい、とでもいうのだろうか。
まあそうでもなければ、恋に狂うことなどできはしないのだろうが。


「長身ロン毛のイギリス人、ヤニ臭くて目の下にクマがわりのバーコード、耳にピアス空けてるチャラ男。でも容姿に似合わずわりと真面目で融通の利かない堅物、ぶっちゃけ顔もそれほど悪くないbyインデックスちゃんの主観」

「言ってない! 思ってもないんだよ! わ、笑った顔が意外と子供っぽくて可愛い、なんて考えたこともないから!」

「チョロイわねアンタ」


美琴のそういった性質は、ここでも遺憾なく発揮されていた。
結果、言わなくてもいい事まで喋らされてしまったような気がする。


「まあアンタが面食いじゃないってのは、アイツを見てればよくわかるわよね。アイツは別段外見が良いわけじゃないし」

「あの、レベル5の分析力を無駄にフルに生かすのはそろそろ勘弁していただけませんでせうか。いい加減恥ずかしくなってきたんだよ」
107 :負けることが恥ではない―― [saga]:2012/03/27(火) 23:28:23.24 ID:cis0DUQo0

ふむ、と一息ついた美琴がドリンクバーのおかわりを求めて席を立つ。
ほっ、と一息ついたインデックスは、放置プレイ状態ですっかり冷めてしまったパスタを、その間に慌ててかっ込んだ。


「ねぇねぇ、どんな感じだったの?」


戻ってきた美琴が身を乗り出しながらそう尋ねてきた。
心なしかその頬が上気している。
恋バナは女の子の栄養分(笑)なのだ、当然といえば当然の反応だった。


「どんな感じって、なにが」

「男の人に告白されるのって、どんな感覚がするもんなの?」

「みことはされたことないのかな?」

「私は女子校育ちだから、最近はなんとも……あ」

「やっぱあるんだ」

「あれは、実質告白みたいなもんだったのかな。でも面と向かって言われたわけでもなし……あの人今頃なにしてんだろ、本物の方は何事もなく学生生活送ってるみたいだけど」


ぶつぶつ、と美琴はこめかみに指を当てて考え込む。
なぜだか申し訳なさげな表情をしていた。
インデックスはふいに、小さな不安に駆られた。
108 :負けることが恥ではない―― [saga]:2012/03/27(火) 23:29:31.16 ID:cis0DUQo0

「とうまのことじゃ、ないよね」

「違うに決まってんでしょ、って断言できちゃう自分が幾分悲しいわね」

「ほっ」

「一年前の夏休みのことだったんだけどさ。そのときにはもう、私はアイツに命を救われた後だったのよ。まだアイツへの好意は自覚してなかったんだけど、そういう状況じゃその人にまで目がいかなかった。それぐらい、上条当麻って男は強烈すぎた」


その通りだった。
良くも悪くも、上条当麻という光は強すぎる。
一度そのまぶしさに目が慣れてしまうと、他の男など眼中に入らなくなるのだ。


「アンタもそうでしょ? そのステイルって人には悪いけどさ。なんか色々複雑な事情もあるみたいだし、罪悪感っぽいのがわだかまってて断りづらいけど、それでもちゃんと断るつもりなんでしょ?」


そう。
その通りだ。
眼中になど、入らなく、なる――――






「――――なに、口ごもってんのよ」
109 :負けることが恥ではない―― [saga]:2012/03/27(火) 23:31:13.72 ID:cis0DUQo0

常にはきはきと物を言うメゾソプラノが、そのトーンを大きく落とした。


「なんで頷かないのよ。なんで迷ってるのよ。アンタ、それでも私の…………ああもう、なんか腹立つ!」


美琴が握り拳をテーブルに振り下ろした。
ただならぬ剣幕に一瞬怯みそうになってしまってから、インデックスは負けじと口を尖らせる。


「ど、どうしてみことが怒るの? もし仮に、私がその人とくっついたら、みことは万々歳のはずでしょ!」

「軽々しく、くっついたら、なんて言うんじゃないわよ」


肩をいからせて、美琴が一度深呼吸をする。
頭に血が上りきっている、というわけでもなさそうだが、彼女は明らかに冷静さを欠いていた。


「あーはいはい、嬉しいに決まってるでしょ。もしも、仮に、万・が・一! そんなことになっちゃったらね! 煮えきらない臆病者のシスターが消えてくれてせいせいするわよ、きっと!」

「みこと……?」


美琴は替えたばかりのドリンクを、差したストローを無視して一気に呷った。
インデックスは空の大皿に視線を落とす。
しばし、痛いほどの静けさが二人の少女の狭間を駆けた。
110 :負けることが恥ではない―― [saga]:2012/03/27(火) 23:32:16.60 ID:cis0DUQo0

「そのステイルって人、どういう人なのよ」


再び口火を切ったのは、やはり美琴の方だった。
逆立っていた柳眉は角度を緩めたが、声の方はすっかり冷えきっている。


「どうって言われても、よく知らない。これから知ろうと思ってるから」


うつむいたまま、インデックスはステイルの顔を思い浮かべた。

知らない。
自分はステイル=マグヌスという男について、ほとんど何も知らない。
年齢も、住んでいる場所も、生い立ちも。
今までまったくと言っていいほど、興味のない相手だったのだから。

知っていることは極々わずかだった。
教皇級にも匹敵する炎の魔術を扱う。
「必要悪の教会」の構成員として、自分を追い回していた。
もしかしたら、“前”の自分と特別な関係にあったのかもしれない。
なぜか上条当麻を蛇蝎のごとく嫌っており、そして――――インデックスのことを、好いてくれている。


「知ろうと思ってるってことは、『対象』として見てるってことじゃないの」


はっとするほど刺々しい言葉。
またも、美琴の視線は鋭く突き刺すようなものになっていた。
慌ててインデックスは、顔の前で諸手を大きく左右に振る。
111 :負けることが恥ではない―― [saga]:2012/03/27(火) 23:33:20.45 ID:cis0DUQo0

「ち、違うんだよ! まずはどういう人なのかわからないと、判断なんてできないもん!」

「比較なんてハナからする必要ないじゃない。アンタは上条当麻が好きなんでしょ、愛してるんでしょ? だったら」


そこで一度美琴は、言葉を切って瞑目した。
額に人差し指と中指を添えて、息を一際大きく吸うと、呼気を鼻孔から細く長く逃がしていく。
パン、と彼女が膝を叩いて目を見開いたとき、決然たる意志が瞳の奥で脈打っていた。


「決めた」


短く、美琴は言った。
空気を震わすような怒気は消えている。
かわりに張り詰めきった緊張がなみなみと大気に注がれ、対面のインデックスの柔肌までもざわつかせる。


「な、なにを?」

「勝負よ。奪いとってやるわ」


ぽかんと口を開いて、思いきり間抜け面を晒してしまった。
すると美琴の長く細い人差し指が、勢いよくインデックスの鼻先に突きつけられる。
一度目とは違って爪先の先までぴたりと静止していた。
漲るような、充実した気迫が伝わってくる。
112 :――戦わぬことが恥なのだ [saga]:2012/03/27(火) 23:34:36.60 ID:cis0DUQo0





「決闘を、申し込むわ」





113 :>>1 ◆eu7WYD9S2g [saga]:2012/03/27(火) 23:36:37.66 ID:cis0DUQo0

普通の美琴を久々に書いた気がします
>>1的に美琴は決して大人じゃないけど、イイ女であってほしいなと思いますの

ではまた近いうちにお会いしましょう
114 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福岡県) [sage]:2012/03/27(火) 23:40:12.00 ID:UTtAWoYQo

ミコっちゃんが元気よくて何よりです
115 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/03/28(水) 00:08:29.27 ID:UVegn8kvo

インさんヒロインしてるなぁ……うん、いい
116 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) [sage]:2012/03/28(水) 00:43:42.80 ID:oK3x5MEn0

上イン甘々SSって大抵の場合みこっちゃん失恋の切ないSSにもなるよね
どっちも好きだから凄く期待してます
117 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/03/31(土) 16:05:32.51 ID:3okRsTeP0
変わらない日々を望んでいたから戸惑う上インの気持ちもわかるし、
そうはい神裂な周囲の苛立ちもわかる……

あーーでもインちゃん頑張れ逃げるな(相当出遅れちゃうけど)!
と身悶えしつつ乙!
118 :>>1 ◆eu7WYD9S2g [saga]:2012/04/01(日) 22:02:15.67 ID:VeSr7uhP0

上インはゆっくり、気が付いたら熟年夫婦になってそう
上琴はスパっと、初々しい新婚夫婦から入りそう

そんな>>1の戯言はさておき、投下と参りましょう
119 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/04/01(日) 22:03:24.00 ID:slKusYfuo
いえい!
120 :なんだか知らぬが(        )とにかく良し [saga]:2012/04/01(日) 22:04:13.94 ID:VeSr7uhP0

携帯電話を耳に当てる。
素っ気ないコール音が一度、二度。
三度目が鼓膜を揺らす前に、ガチャという合成音が鳴った。


『はい、神裂です。どちらさまでしょうか』

「ねーちん、ケータイには液晶ディスプレイってものが付いてるんだぜい?」

『土御門、ですか。いえ、その……なにぶん、私は電話帳機能とやらを上手く使いこなせませんので』

「……俺の番号、登録してないのか?」

『え、あ、いや』


機械音痴の代名詞、を地で行く聖人サマのあたふたした声に、土御門元春は苦笑した。


『笑わないでください! す、ステイルの番号はどうにか登録できたんです!』

「どうせ本人に入れてもらったんだろ? 『まったく神裂は仕方ないなこのままじゃ仕事に差し支えるから僕が登録しといてやるよ』とかなんとかいう王道テンプレツンデレ台詞とセットで」

『うう』
121 :なんだか知らぬが(        )とにかく良し [saga]:2012/04/01(日) 22:05:21.67 ID:VeSr7uhP0

一宗派を束ねる教皇サマらしからぬ情けない呻きに、今度は思いきり爆笑してやった。
分厚い雲の下に立ちこもる陰気な寒気をこらえながら、土御門は自室のベランダから下の路地を見下ろす。

まさに、その場所。
その場所でステイル=マグヌスが上条当麻に宣戦布告をしてから、五日が経っていた。


「いやー、それにしても驚いたぜい。まさかあのステイルがなぁ」

『そちらでも話題になっているのですか?』

「知る人ぞ知るまことしやかなウワサ、って感じかにゃー。それにしても、どうやったんだよねーちん」

『……どう、とは何を指しての「どう」なのですか』

「まったまたとぼけんなって。あのヘタレバーコードをどうやって焚きつけたのか、って聞いてんだよ。これも五和やねーちんを援護するための、天草式の謀略の一環なんだろ? なかなかの妙手だ、盛大な拍手を送りたい気分だぜい」


土御門が面白半分でからかうように尋ねると、神裂は途端に押し黙った。
訝しんでいると、通話口が別の声をキャッチした。
122 :なんだか知らぬが(        )とにかく良し [saga]:2012/04/01(日) 22:06:14.26 ID:VeSr7uhP0

『抜本的な戦略変更を検討すべきじゃないですかね、教皇代理』

『うーむ。まさかあのチキンでヘタレで煙草でバーコードな神父クンが、こうも思いきった行動に出るとはなぁ……さすがに予想外だったのよな』

『五和はどこに行ったんだ?』

『なんか複雑そうな顔して、部屋に閉じこもっちゃったっす』

『色々と思うところがあったのかねぇ』

『でもさ、よく考えなくたってチャンスじゃんか。もしかしたら、最大最強のライバルを労なく退場させられるかもしれないんだぜ?』

『……しばらくは、事態を静観するのよな。五和には早まった真似をしないよう、それとなく注意しておけ』

『『『サーイエッサー!!』』』


どたどたどた。
複数の足音が重なっては離れ、そして遠ざかっていった。
123 :なんだか知らぬが(        )とにかく良し [saga]:2012/04/01(日) 22:07:16.35 ID:VeSr7uhP0

「…………」

『…………』

「ってことは、マジでお前らの差し金じゃあないんだな」

『察しが早くて助かります。今回のことは、間違いなくステイルの自発的な行動がもたらした結果です。……自発的に、決まっている』


最後の方は、どこか自分に言い聞かせているようだった。


「ステイルくんが一念発起して、気になるあの子に猛アタック開始! ……平和でいいな、俺の出る幕はなさそうだぜい」


土御門はヤケ気味にカラカラと笑った。
口に出すとなんとも甘酸っぱい響きだが、事はそう単純ではない。
過程がどうであれ現状は、すでに土御門にとって胃の痛い事態へと発展しかけているのである。


『ステイルは、今?』

「ああ、第一二学区の教会に間違いなく赴任してた。挨拶の一つも寄こしやしねーからこっちから訪ねてやったら、最高にイヤそうな顔してお出迎えしてくれたぜい」

『そういうところはいつも通りのステイルなんですね』
124 :なんだか知らぬが(        )とにかく良し [saga]:2012/04/01(日) 22:08:09.28 ID:VeSr7uhP0

加えて、である。
ただでさえ頭を抱えたくなる状況だというのに。
現在ステイルが活動拠点としている教会。
その帯びている「属性」こそ、土御門の胃酸を過剰に分泌させる最大の要因だった。


『学園都市支部の人事に関する権限は、私の記憶が間違ってなければ』

「ああ。俺もちょっと気になったから調べた。ステイルの学園都市赴任は、間違いなくあの魔女の一存で為されている」


学園都市第一二学区には数ヶ月前、ロンドンとの友好の証として、日本で初めて建設された清教式教会がある。
かの教会は国家で例えるところの大使館にも等しい重要施設であり、教区責任者は事実上の全権大使である。
ゆえに最大主教は、自らの意のままに動く腹心の司教を赴任させていた。

それがこの度、何の前触れもなくステイル=マグヌスに交代させられていた。


「なあ、ねーちん」

『聞きたくありません。そのようなこと、あるはずがない』


土御門が語ろうとした憶測を、神裂は耳に入れる前に、にべもなく断じた。
125 :なんだか知らぬが(        )とにかく良し [saga]:2012/04/01(日) 22:09:05.00 ID:VeSr7uhP0

『ありえません。こと、インデックスの処遇に関する事柄で、あのステイルが』


世界は平和になった。
土御門元春は心の底からそう思う。

科学の巨人は英雄たちに斃され、魔術の巨頭は矛を収め、狭間で揺れていた者たちは眠りにつくように姿を消した。
小さなものを無視すれば、世界から争いの火種は消え失せている、と言って過言でない。
ただ――――




『ローラ=スチュアートの、言いなりになるなど』




平和の底で、見えない何かが蠢いている。
土御門にはそう思えてならなかった。
126 :なんだか知らぬが(        )とにかく良し [saga]:2012/04/01(日) 22:10:23.19 ID:VeSr7uhP0

「ローラ=スチュアートはステイルを走狗に使って、いよいよ禁書目録の本格的な回収に動き出したんじゃないのか」

『だから、ありえません。理由がない』

「あの女狐にとっちゃあ、管理者が誰かなんて些細な問題だ。禁書目録に精神的な枷がかかってる。その事実だけが、ヤツにとっちゃ大事なんだろう」


物理的な枷は幻想殺しがとうの昔に半壊させている。
幻想殺しと禁書目録が余人には触れがたい絆――――すなわち精神的な枷を育んだことは、ローラにとっては歓迎すべき事態だったはずだ。

インデックスを盾に取って、幻想殺しをも間接的にコントロールできるチャンス。
さぞかし、抗しがたい誘惑だったろう。

上条当麻が手綱捌きの通りに動いてくれる、優等生のサラブレッドならば、の話だが。


「確かに最大主教にとっても、カミやんの幻想殺しはさぞ魅力的に映っただろうさ」


しかしそれ以上に、愛しい者の存在は得てして人を弱くする。
土御門の目にインデックスは、逃亡時代から比べるとそれこそ隙だらけに映った。
魔術師として必要最低限の警戒心を衰えさせていないことは、ステイルとの接し方を観察していればわかったが。


「とはいえローラ=スチュアートの主眼はあくまで、禁書目録内の莫大な知識、その戦略的価値の確保と維持。右手はたまさか利用できる環境が整っただけの、いわば副賞でしかない」


あれはアレイスター=クロウリーの虎の子だったからな、と土御門は付け加える。
127 :なんだか知らぬが(        )とにかく良し [saga]:2012/04/01(日) 22:14:17.28 ID:VeSr7uhP0

「ならばインデックスを『情』って鎖で縛る役目を、ステイルにとって代わらせたところで何の不思議もないだろう」

『つまりあなたは、ステイルがインデックスの傍にいたいがための一心で、よりにもよってローラ=スチュアートに助力を請うた、と?』

「あるいはステイルは、最大主教の立てたプランに沿って動いている。どちらが主体なのかは現時点では判断がつかないが、目に見える事実から見当をつければ、そういう結論にはなるな」

『ありえない』


神裂が吐き捨てるようにつぶやいた。
電話口の向こうで力なく首を振る聖人の姿が、土御門には見えたような気がした。


「まあ、ねーちんの言いたいこともよくわかる。俺も自分で言ってて、無理があるなって思う点はいくつもあるんだにゃー」


その最たるものが、神裂もしきりに言い募っているステイル自身の動機だった。
ステイルがローラに従う理由などない。
それどころかステイルには、インデックスをローラの手の届かない学園都市に置いておくことを、強く望んでいる節すらある。
ならば現状を説明するに、もっとも整合性のある解釈は――――?

たとえば。
ステイルは正真正銘、心底からインデックスを求めて上条に挑んだ。
彼のいじましい決意を耳にしたローラが、後押しをするべく学園都市に拠点を確保してやった。
128 :なんだか知らぬが(        )とにかく良し [saga]:2012/04/01(日) 22:15:06.80 ID:VeSr7uhP0

まったくもってあり得ない話、ではなかった。
ステイルがローラに唯唯諾諾と従う可能性はゼロだが、ローラが気まぐれを起こすことなら十分に考えられる。
善とも悪とも断じがたい、常人の渾然一体としたそれとは明らかに質を異にする、独特の二面性。
秤で計ったかのように善行も悪行も等量に、交互にこなす薄気味の悪さが、かの女狐の特性だった。


『……私たちとしても。インデックスを人質のように扱った挙句、上条当麻に助力を請うような関係は、そろそろ終わりにしたいと思っていたところです。そういう意味では、ステイルの告白は渡りに船なのかもしれませんが』

「カミやんに助けを求めるにしても、それは単なる友人としての『お願い』で留めたい。気持ちはわかるぜい、ねーちん」

『インデックスを間に挟まない関係、というのが彼とイギリス清教の間に成立してしまったら、それはそれで複雑ですけどね』


上条とだけではなく、本心ではインデックスとも良き友人でありたいのだろう。
神裂の「複雑」という言葉の意味を、土御門はそう捉えた。

しかし現状、ローラ=スチュアートの存在がそれを許さない。
神裂は天草式を盾にイギリス清教に縛り付けられ、インデックスとは自由に顔を合わせることもままならない。

もっともそういった政治的な事情を抜きにしたとして、彼女の心情はなおも複雑に過去と絡み合っているのだろう。
129 :なんだか知らぬが(        )とにかく良し [saga]:2012/04/01(日) 22:16:03.12 ID:VeSr7uhP0

「……色々。色々と気になるところ、ではあるんだがな。生憎今の俺には、魔女の動向にまで気を配ってる余裕なんざ、これっぽっちもないんですたい。悪いが、そっちのことはそっちで何とかしてくれ、今日はそれが言いたかったんだ」

『やはり……大変なことになっていますか、そちらは』

「なってるっつーか、なることは避けられないっつーか」


上条勢力のパワーバランス崩壊。
それが土御門の最も恐れている事態だった。


「はたから見ればピンク色真っ盛りのこのやじろべえ、実のところとんでもなく重たいんだぜー」

『バランサーは苦労しますね』

「ねーちん、交代しね?」

『……断固拒否します』

「ま、俺としてもいつかは覚悟を決めなきゃならないことではあったんだけどな」
130 :なんだか知らぬが(面白そうだし)とにかく良し [saga]:2012/04/01(日) 22:17:29.05 ID:VeSr7uhP0

上条が仙人か衆道……もとい修道士でもない限り、彼が誰か一人の女性に心を決める日の到来は不可避だった。
大統領選にも負けず劣らず熾烈な競争を勝ち抜けるのは、この世でただ一人。
玉座に誰が収まるにしても、こちらとしては緩やかで穏便な決着を見てほしかった、というのが本音だった。

この一年というもの上条当麻を巡る女性模様は、その複雑さも巨大さも前進の一途を辿り続けた。
ハーレムもあそこまでいくと、羨ましくなくなってくるから不思議である。

正直な話土御門は、いつ上条が刺されてもおかしくない、とさえ思っている。
ただ、世界のあちらこちらで火花散らす牽制球の投げ合いが行われた結果、奇跡的なバランスを保っているというだけの話だ。

そこに先日、とうとう一石が投じられたのである。
上条家という名の一見静かな水面に、ステイル=マグヌスという名の巨大な一石が。

心底から嘆息した。
立場さえ許せば隣人に倣って、「不幸だ」と曇天を吹き飛ばすように叫びたかった。


「なんかもう、面白けりゃそれでいいか、って気分になってきたぜい」

『……それは、我々としても困るのですがね』


神裂の湿ったような苦笑が、不思議と耳に残った。
131 :なんだか知らぬがとにかく良し [saga]:2012/04/01(日) 22:19:01.26 ID:VeSr7uhP0

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


第一二学区、イギリス清教式教会。

祭壇の設けられた内陣の、さらに奥に位置する祭礼準備用の香部屋にステイルはいた。
この拠点にどれほどの期間、滞在することになるのか。
自身の事情よりもむしろ、“あの二人”の心境の変遷に左右されるのだろう、という気がした。

文机の上に一通の封筒。
差出人の名は――――ローラ=スチュアート。
ペーパーナイフも使わず乱暴に破り開く。
趣味の悪い金装飾が縁にあしらわれた、最大主教の公用書翰箋が姿を現した。


『はぁいステイル、お加減はいかがなりぬるものかしらぁ? 禁書目録への強襲、告白、フラグ建て。ここまではいみじう上手く運びているようね。イギリスではエリザード様に頼みて修道女の成婚を特別に認める法律を制定してもらいてるさなかだから、YOUはようインちゃんを拉致りて来ちゃいなYO! あの子のウエディングドレス姿を私もいと楽しみにしておる――――』


読む気になったのはそこまでだった。
紙片を破らんばかりに、しわくちゃになるまで握り締める。
空いた方の手のひらに赤々とした炎が宿った。
ふざけた紙切れを灰塵に帰してやろうと炎剣を振りかぶったところで、封筒の裏に赤字でただし書きがなされていることを発見する。


『追伸 強力な耐火性魔術をかけてあるから無駄な汗を流さぬようにね? かく燃やしたひなら禁書目録をゲットした後になさいな』


舌を打ち、紙片をくしゃくしゃに丸めて、ローブの内ポケットにつっこむ。
もう一度よく見れば、封筒の口から鈍い銀の光が覗いていた。
132 :なんだか知らぬがとにかく良し [saga]:2012/04/01(日) 22:20:32.21 ID:VeSr7uhP0

『センスのないあなたに変わりてプレゼントまで見繕うてあげる私って、なぁんて素晴らしく面倒見のよき上司なのかしら』


鎖の先に透き通った水晶玉の嵌められた、いかにも高級そうな純銀のブローチだった。
人間の眼球を模してるように見えなくもない。
悪趣味もここまで極まると、感嘆に似た吐息が口をつく。

要するに。
今回の件は、自分とローラ=スチュアートの目的が、奇妙に微妙に絶妙に重なったというだけの話なのだ。
無論、全事項において唯唯諾諾と、あの魔女に頷き傅いてやるつもりなど毛頭ない。

しかしローラの意図するところに半ば程とはいえ、乗ってしまっているというのも事実だった。
それを再確認するだけでも、ステイルの心はどうしようもなくささくれ立つのであった。

時間の許す限り最大主教への呪詛の言葉を練っていたかったが、懐で電話が鳴った。
最後に一度盛大に、吐き捨てるように舌を打ち鳴らしてから、相手を確かめもせずに通話ボタンに指をかける。
後で思えば、軽率な行動だった。


「もしもし」

『……こんにちは』

「っ」
133 :なんだか知らぬがとにかく良し [saga]:2012/04/01(日) 22:21:15.97 ID:VeSr7uhP0

聞き覚えのある声――――どころの話ではなかった。

いつまでも聞いていたい、いたかった声。
死すべき傲慢の果てに、当然の報いとしてステイルが見失った声。
当然だろうがなんだろうが、失ってはいけなかった声。

なぜこの番号を、と次の瞬間には考えていた。
今ステイルが手にしている端末は、「必要悪の教会」本部からのオーダーを受信するなど、ごく限られた用途にしか使用していない。
登録してある番号を一つ一つ、一人一人思い返していく。
答えはすぐに出た。

上条当麻。

大覇星祭を舞台にしたオリアナ=トムソン追跡劇の最中、連絡を取り合うために番号を交換した覚えがある。
一年以上前の出来事だったが、不精者のステイルはあれから一度も番号を変えていなかった。
インデックスは上条から、自分の番号を入手したに違いない。

愛する人から別の男の連絡先を聞き出そうと思い至ったとき、インデックスはいかな心境だったろう。
大切な少女から恋敵の連絡先をせがまれて、上条はどんな顔をしたのだろう。
想像を巡らせようとして、すぐに止めた。

頭の中で彼らの思考の過程をなぞろうとしたところで、それは所詮ステイルの考えたことにすぎない。
相手の気持ちに立った程度で思考をトレースできるものならば、ステイルは今こいして、この場にはいない。
数年前の段階でローラ=スチュアートに反旗を翻し、インデックスを攫ってロンドンを出奔していただろう。
134 :なんだか知らぬがとにかく良し [saga]:2012/04/01(日) 22:22:15.39 ID:VeSr7uhP0

すべては過ぎ去った過去に属する、途方もない悔悟の、際限ない増幅へと行き着く。

要するに、考えるだけ無駄なことだった。


『学園都市に、まだいるんだってね』

「ああ。それがどうかしたかな」

『私、あなたからそんなこと教えてもらってないんだよ』

「………………あ」


間の悪そうな間延びした声が、間抜けに響いて中空に消えた。


『今の「あ」ってなに』

「言ってなかったっけ、僕?」

『一言もね』


ステイルは額に手をやる。
選択肢を誤ると、マズイ事態を引き起こすことになるのは目に見えていた。
135 :なんだか知らぬがとにかく良し [saga]:2012/04/01(日) 22:23:15.09 ID:VeSr7uhP0

「あぁ、そういえば。アイツに挑発代わりに教えてやったものだから、すっかり君にも教えた気になってたよ」


言いながら、指で煙草を挟もうとする。
芳しいニコチンの筒はライターごと神裂に預けたのだと、指が空を切ってからステイルは思い出した。


『ふーん、そうなんだ』

「気に障ったかい、ならすまない」

『別に。これっぽっちも、あなたのお仕事のことなんて気にしてなんかないかも』

「それは重畳」


自分や神裂や上条でなくとも、不機嫌だとすぐに知れるような低い声色だった。
背筋が張り、嫌な汗が噴き出すのをステイルは感じた。
話題を逸らすのが得策だろうと、とっさに判断する。


「それで、今日は何の用かな? よもや、もう例の問題に決着がついたなどとは言わないだろうね」

『今度の土日、暇?』
136 :なんだか知らぬがとにかく良し [saga]:2012/04/01(日) 22:24:54.08 ID:VeSr7uhP0

不意に走った強い緊張が、全身の筋肉を強張らせた。

まったくの不測、完全に想定外の事態と言っていい。
まさかこのタイミングで、インデックスは自分と再び接触を図るつもりなのか。
だとしたら、その目的は。


「悪いが、しばらくは業務引き継ぎに追われそうでね。今週はちょっと無理かな」


慎重に、石橋を叩く様に、一歩一歩丁寧に、言葉を紡ぐ。
それで壊れるような脆い橋ならば、いっそ壊れてしまえばいいのである。


『来週ならどう?』


食い下がってきた。
呻き声を表に出さず留めたのは、ほとんど奇跡だと思った。


「そうだね。来週末なら、さすがに落ち着いてるだろう」

『だったら、その日の予定は空けておいてほしいんだよ』

「……一応、尋ねておこうか。いったい、何のために?」
137 :なんだか知らぬがとにかく良し [saga]:2012/04/01(日) 22:26:01.32 ID:VeSr7uhP0

『ちょっと、来てほしい場所があって』

「どこだい、それは」


声は、震えてはいない。
身を乗り出すような、期待感をにじませる口調には、ややもするとなってしまったかもしれない。



『えーっと。「だいじゅうなながっくのそうしゃじょう」? だって』



「……ん?」


眉がおかしな方向に跳ねた。
なにやら雲行きが怪しくなってきた。


「もう一度、確認させてもらおうか。僕は来週末、果たして何を為すために、その操車場とやらへ出向かなければならないんだい?」

『……あのね』

「……うん」


先ほどから心臓を掴んで揺さぶってきていたある種の予感は、悪寒すら生じる別の何かに変容していた。
だが、自分でも不思議に思えるほどに――――ステイルは冷静だった。
138 :なんだか知らぬがとにかく良し [saga]:2012/04/01(日) 22:27:48.30 ID:VeSr7uhP0






『決闘、してほしいの』






「……………………な、なんだとー」


それでも、予想外なものは予想外なのであった。
139 :>>1 ◆eu7WYD9S2g [saga]:2012/04/01(日) 22:28:52.98 ID:VeSr7uhP0

ステイルくんNDK?
画面の前の皆さんにそう(嘲)笑っていただければ>>1の思う壺です

ではまた近いうちに
140 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新潟・東北) [sage]:2012/04/02(月) 02:10:21.30 ID:N7nW9eRAO
土御門さんマジ苦労人

141 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/04/02(月) 22:43:32.13 ID:oaBmzCfFo
おつ
142 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(中国・四国) [sage]:2012/04/02(月) 23:34:06.01 ID:C48kxUlAO
うぉーマジ好みなスレです 乙!!
このじっくり加減ならどんなカプになっても納得できそうなので楽しみにしてます
個人的にステイルが頑張ってる姿があるだけ、というか、恋愛的にはまだ分かんないけど、色んな努力が報われそうで嬉しくなる
143 :キサマの愛は侵略行為 [saga]:2012/04/07(土) 22:39:43.03 ID:FRUorGgS0

ざっ、ざっ、ざっ。
学校指定のローファーが一歩一歩、目の粗い砂利を噛んで鳴く。

第一七学区。
かつてとある実験の舞台となった、人気の一切ない寂れた操車場。
忌まわしくも懐かしい死闘の舞台を、御坂美琴は一年半ぶりに踏んだ。


「やたら視線が落ち着かないみたいだけど、面白いものでもあったかしら?」

「Hide&Seek(かくれんぼ)をするには適当な場所だな、と思ってただけさ」

「そ。これからやるのはTag game(鬼ごっこ)だけどね。私が鬼で、アンタが獲物の」


美琴の後方には居心地悪そうにうつむく銀髪シスター。
そして前方には情報通りのロン毛にピアス、バーコード状の刺青を眦の下に刻んだ、いかにもガラの悪そうな神父。
全身を包む一色の黒装束よりも先に、血を思わせる唐紅の頭髪にこそ目を引かれる。
それが、第一印象だった。


「アンタがステイル=マグヌス?」


これ以上、無駄な前置きは必要なかった。
迸る敵意を視線に乗せる。


「能力者ってヤツは、必要最低限の礼儀も弁えていないのかい」
144 :キサマの愛は侵略行為 [saga]:2012/04/07(土) 22:41:01.13 ID:FRUorGgS0

焦げつくような殺気に射抜かれてなお、男は泰然自若たる佇まいを崩さない。
それどころか皮肉げに口の端を歪めて、不調法を指摘する余裕まであるときている。

予想していたより一段は食えない男だ、と美琴はステイルに対する評価を微修正した。
小馬鹿にしたように鼻で笑ってから、白々しいことこの上ない会釈を送る。


「本日はお忙しい中、お時間いただきありがとうございます神父さま…………はじめまして、御坂美琴よ」

「ご丁寧にどうも。イギリス清教は学園都市教会所属、主任司祭のステイル=マグヌスだ」


右手を腰の高さで水平にして、優雅に一礼。
ともすれば単なるチンピラとしか見えない男の恭しい所作は、意外なほど様になっていた。


「どうして呼ばれたのかは、あの子から聞いてるわよね」


顎でくいと後ろを指す。
不安と緊張と混乱でくちゃくちゃな顔をしたインデックスが、およそ二〇メートルほどの位置で地べたに屈んでいる。
操車場に無数に散乱するコンテナの一つに寄りかかって、こちらの様子をじっと窺っていた。

ステイルは瞬刻、焦点を彼の愛する少女に向かって合わせたようだった。
瞳の動きを注視していないとそれとわからないほどの、本当に一瞬の出来事だった。


「聞いた。確かに聞いたが…………意味がわからない」
145 :キサマの愛は侵略行為 [saga]:2012/04/07(土) 22:41:54.95 ID:FRUorGgS0

ステイルが肩を落として、首を横に振った。
あるいは彼は、次にその口が発する質問のためだけに、この場にやってきたのかもしれない。
逃げられる前に有無を言わさずぶちのめすことも視野に入れていた美琴だったが、考えはすでに変わっていた。

思いの外“できそう”だ、という動物的直感が一つ。


「なぜ、僕が君と決闘などしなければならないんだ?」


そしてもう一つ――――面倒事は御免だと今にも踵を返しそうな口調とは裏腹に、背を向けようとする素振りが、かけらほども見受けられないのだ。


「アンタ、インデックスのこと好きなのよね」

「ああ、そうだね」

「インデックスを、アイツから奪う気なのよね」

「そうなるね。僕のライバルは、アイツだ」

「インデックスはね、私のライバルなのよ」

「ほう」

「私はアイツを、インデックスから奪いたいのよ」


適当な相槌に終始していたステイルが、初めて返答を放棄した。
146 :キサマの愛は侵略行為 [saga]:2012/04/07(土) 22:42:32.30 ID:FRUorGgS0

「私は、あの子に勝ちたいの。あの子と力の限り闘ってはじめて、この恋に納得できる気がするの。そういう大切な相手を、アンタは私から奪おうとしてる。許せないのよね。そういう、勝負に水を差すような真似」


目茶苦茶なことをほざく小娘だな、という自覚はあった。
ステイルの事情も知らず――――というより、ステイルとインデックスの間でたゆたっているであろう複雑な事情を、美琴は意図的に無視した。
無視したという認識の上に立脚して、自分の言いたいことだけを、一方的にぶちまけてやった。

しばしの静寂。
男はわずかに顎を持ち上げ、声をゆっくりと、遠くに投げかけた。


「……なあ、インデックス」

「……なに?」


ステイルの声色には、失礼な小娘に対する憤怒の片鱗すら、混じってはいなかった。


「この子、もしかしてバカなのかい?」

「んですってぇ!?」

「だって、なあ? 普通逆だろう。僕のことを応援した方が、君にとって好都合だと、誰の目にも明らかじゃないか。なぜわざわざ恋敵の肩を持つのか、理解に苦しむよ」


ただ少し、からかうような響きがあっただけだ。
空のはずの右手が、まるで煙草を吸っているかのような手つきで口許に運ばれていた。
147 :キサマの愛は侵略行為 [saga]:2012/04/07(土) 22:43:56.72 ID:FRUorGgS0

「実は私も、一週間ぐらい前からそう思い始めてたところかも」

「ちょ、インデックスまで」

「あるいは、そっちのケがあるのか」

「え? どこの毛?」

「だあああああっ、じゃかあしいっ!!! と・に・か・く! 私を倒さない限り、インデックスは渡さないわよ!」


地団駄を踏んで指を突きつける。
ステイルは小さく肩をすくめただけだった。


「ちなみにその勝負とやらから逃げ出したら、いったいどんな不都合が僕の身に降りかかるんだい?」

「考え得るあらゆる手段を使ってアンタの恋路、徹底的に邪魔してやるわ。馬に蹴られようが知るもんですか」

「何だかヤケクソになってないかい、君」


そのニヤケ笑いがどうしようもなく気に障って、美琴は鼻息を荒げる。


「うっさいわね、ほっときなさい」
148 :キサマの愛は侵略行為 [saga]:2012/04/07(土) 22:44:48.43 ID:FRUorGgS0

噛みつくように吠え返す。
ただ、否定はしなかった。
脳を焦がす感情の昂りは、すべてが美琴の恋するあの少年の存在に起因するものだ。
彼が絡んでくる事件ならば、自分はどんなに馬鹿げた暴挙にでも出てしまうだろう、というはた迷惑な自信が美琴にはあった。


「く、くくく」


不意にステイルが、顔面をその大きな手のひらで覆って震え出した。
笑っている。
押し殺すように、啜り笑っている。
嗤われた、とは感じなかった。
気味の悪さが先に立ったのである。


「いいだろう」


面をおもむろに上げると、ステイルは獰猛に囀った。
小鳥が啼くようにか細く、しかし肉食獣を思わせる飢えた吼声。


「そういうことなら、ここで潰しておかないとな――――能力者」


決闘の受諾宣言だった。
149 :キサマの愛は侵略行為 [saga]:2012/04/07(土) 22:45:33.42 ID:FRUorGgS0

「ところで、どうして彼女はこの場にいるんだ?」


ゆったりした動作で足を肩幅まで広げながら、ステイルが美琴の後方を指した。


「なんか、すごい今さらの疑問なんだよ」


オマケのような扱いが不満だったのか、インデックスが不機嫌そうにぼやく。
彼女はこの決闘を止めたかったらしく、今日までに逆上気味の美琴に何度も食いさがってきた。
らしい優しさだとは思ったが、試みに「そんなに神父の身が心配か」と揶揄してみると、ピタリと口を噤んでしまったのである。


「インデックスは立会人よ。あの子が見てるところじゃないと、この勝負の意義が薄れるでしょ」


三人の位置関係はほぼ一直線。
貨物コンテナで区切られたブロックの中でも、輸送用のレールが敷かれた大通りのような場所で、美琴とステイルはおよそ一〇メートルの距離を開けて対峙している。
インデックスは美琴を挟んでステイルの反対側、後方二〇メートル。
荒事に巻き込まずに済む距離だ、とは言いきれなかった。


「心配しなくても、インデックスにはかすり傷の一つだって負わせないわよ」

「……ああ。確かにそうなるだろうね。少なくとも僕の方には、勝負を長引かせるつもりはないし」
150 :キサマの愛は侵略行為 [saga]:2012/04/07(土) 22:46:36.09 ID:FRUorGgS0

血の廻りがワンテンポ早まった。
今のは遠回しだったが、間違いなく挑発だった。
ステイルはさらに、畳みかけるように舌を回す。


「人を殺したことはあるかい、常盤台の超電磁砲」

「ない」


幸いにして、というべきだろう。
美琴は望まざる死に直面して価値観を大きく揺さぶられた経験こそあれど、命を刈る側に回ったことはなかった。

ただ、知っている。
人を殺すことのできる人間に、出逢ったことならある。
テレスティーナ=木原が、麦野沈利が、一方通行がそうであったように。
彼らは皆一様に、そして眼前のステイル=マグヌスがそうであるように。


「僕は、ある」


――――命の味を知る眼を、していた。


「なにそれ、自慢? 人を殺せるヤツに、殺せないヤツは勝てない。そう言いたいワケ?」
151 :キサマの愛は侵略行為 [saga]:2012/04/07(土) 22:48:41.02 ID:FRUorGgS0

美琴には不殺の信念がある。
どこぞの無能力者(仮)に容赦なく、砂鉄剣と超電磁砲をかました件については黒歴史である。


「いや違うよ? 事実、僕は絶対に人を殺しそうにない男に、あっさりと負けたことがあるんでね」


対戦相手が誰だかわかる気がした。
そういう点に関してはこのかませ犬、自分と共通点があるらしい。
胸の奥から沸き上がりそうになってしまった親近感を、慌てて振り払う。


「じゃ、何が言いたいのよ」

「殺さずに勝つというのは、概して殺して勝つよりも難しいものなんだ。相手の力量に合わせて、手加減してやらなきゃならないからね」

「決闘を前に、ぺらぺらお喋りがすぎる男ね。女にもてないわよそんなんじゃ」

「君、そういう男が嫌いなようには思えないんだが」

「……もう一回だけ聞くわよ。何が言いたいのかとっとと吐くのと、一億ボルト級の電撃さっさと喰らうの、どっちがいい?」

「なに、大したことじゃあないよ。ただ」


潮が引くように、ステイルの瞳から感情という感情が消えて失せる。
152 :キサマの愛は侵略行為 [saga]:2012/04/07(土) 22:49:47.93 ID:FRUorGgS0



「僕は、君を殺さずに勝つつもりだ。しかし君は、遠慮なく僕を殺すつもりで来てくれたまえ」


手加減してやるから安心しろよ、能力者。



そういう意味のことを言われたのだと、美琴にははっきりとわかった。
火照りきった果てに沸騰した血液が、血管の内側で音を立てて弾けた、ような気がした。


「おっと、もうちょっとだけ待っててくれ。あまり時間は取らせないさ」

「は、はぁ!? こちとらとっくにやる気まんまんだってのに、アンタ人をおちょくって遊んでんの!?」


ステイルが片手を挙げる。
甕から溢れかけた激情という名の濁流がすんでのところで押し留められて、思わず足をもつれさせる。
空転して行き場を失った爆風が体内へ帰還していく。
次に爆発を起こしてしまったら、殺さないよう手加減するだけの理性を保てる自信がなかった。


「インデックス」
153 :キサマの愛は侵略行為 [saga]:2012/04/07(土) 22:50:31.89 ID:FRUorGgS0

それでも美琴が、一時的にとはいえ譲歩してしまったのは、ステイルの表情を目の当たりにしてしまったからだった。
情動の消えたはずの眼差しが、インデックスの名を呼ぶ一瞬かすかに揺らいだ。
ほんのひと時だが、何か大切なことを迷ったように、美琴には思えてならなかった。


「……何か、私に用?」

「君は、僕と彼女、どっちに勝ってほしい?」


一呼吸分の間。


「怪我は、してほしくないんだよ…………たとえそれが、あなたであっても」

「正直だな、君は」


赤毛の神父の静かな苦笑い。
口を差し挟める気がまるでしなかった。


「なら、ウソでもいいから言ってみてくれないか」

「なんて?」

「僕に勝ってほしい、って」
154 :キサマの愛は侵略行為 [saga]:2012/04/07(土) 22:52:17.59 ID:FRUorGgS0

息を飲んだような音が、後方二〇メートルから確かに聞こえた。
その事実が、この上なく美琴の腸を煮えくりかえらせる。


「君がそう言ってくれるなら、僕はこの世の誰にも負けない。少なくとも束の間、そういう勘違い野郎ではいられる。どうだろう。すべては、君の意思次第だが」


ステイルはそれきり押し黙った。
何呼吸分になるかもわからないほどの間。
美琴にとってはじれったい空白だったが、当事者たちの緊張感はそれ以上だろう。

無。


無言。



無駄な時間。






美琴が痺れを切らして動こうとしたとき、背後で誰かの身じろぎが、空気の流れをかすかに乱した。
インデックスが立ち上がったことを、美琴は振り返りもせずに察した。
155 :キサマの愛は侵略行為 [saga]:2012/04/07(土) 22:53:31.42 ID:FRUorGgS0




「す…………ステイ、ル。がんばって。負けないで」




清水のように潤んだ声が渇ききった戦場に一条、透き通った光を導いて消えた。
焦燥も後悔も絶望も、希求も嫉妬も慈愛も、インデックスという少女が抱えるやるせない感情のすべてを内包した、狂おしいまでの響き。

いったいなにが、彼女にその言葉を発させたのか。
そしてインデックスがたった今、どんな顔をしているのか。
なにもかも絶対に知りたくはない。
そう、美琴は思った。


「ああ。絶対勝つよ。君が、そう言ってくれたんだから」


その瞬間、ステイルは綺麗に笑った。
心底からの笑顔だと、我慢したくてもしきれなかった本物の笑顔だということが、美琴にさえはっきりとわかった。
156 :>>1 ◆eu7WYD9S2g [saga]:2012/04/07(土) 22:56:05.82 ID:FRUorGgS0

御坂さんコレただのDQ(ry
当SSは我を貫き通す少年少女たちによる青春ハートフルストーリーです
ではまた
157 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/04/07(土) 23:50:10.08 ID:GXMJuzWAO
うむ!
158 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/04/08(日) 00:08:55.95 ID:0T3aZ2joo
たしかに、これはちょっとDだな美琴

159 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(中国・四国) [sage]:2012/04/08(日) 10:52:17.90 ID:VA1QLQxAO
みんなかわいくてニヤニヤする。この三人(大体)同い年なんだよなー
真剣なのは分かるんだけど、そう思うとなんかかわいい
乙です!!
160 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/04/08(日) 20:46:51.56 ID:j9yIk0Oso
しかし上条さん、二週間もなにやってんだ
161 :>>1 ◆eu7WYD9S2g [saga]:2012/04/14(土) 21:03:08.04 ID:JUcf1IiQ0

>>160
A:グズグズしてる

毎度レスくださる方もそうでない方も、見てくださってありがとうございます
ぼちぼち投下のお時間ですの
162 :怒りを胸に沈めてはならぬ [saga]:2012/04/14(土) 21:04:43.75 ID:JUcf1IiQ0

今の自分なら誰にも負けるはずがない。
ステイルはそういう眼をしていた。


「その場所から絶対に動かずにいてくれよ、インデックス。魔王を倒して囚われの姫の下を目指す、という構図だとよりいっそうやる気が出るんでね」

「……誰が魔王よ」

「おいおい、そう怒るなよカミナリサマ。勝負なんだ、誰だって勝ちたい。当然のことだろう? 学園都市で上から数えて三番目の怪物を前に、己を奮い立たせることぐらいは許してくれ」


男が拳を固く結ぶ。
軽薄な口八丁の裏に隠された裂帛の気合が、張り詰めた空気を通して伝わる。

女はポケットからコインを取り出して、親指で強く弾いた。
戦術は最初から決めていたが、この失礼な男とのやりとりが、決心をさらに強固なものに変えていた。

速戦即決。
もとより息もつかせぬ電撃戦こそ、御坂美琴の信条であり十八番だ。


「だいたいねぇ。この操車場に来たときからして、アンタの存在が気に入らなかったのよ」

「……地味に傷付くなぁ。お前の顔が気に食わない、ってことかい」

「ある意味じゃあそうなるわね。アンタ、よぉく覚えておきなさい。イイ台詞を吐くときってのはね」


くるりくるり、コインが裏表を交互に晒して舞う。
落下エネルギーを得た銀貨が、美琴の用意した電磁のレールに乗る、まさにその瞬間。
163 :怒りを胸に沈めてはならぬ [saga]:2012/04/14(土) 21:05:46.76 ID:JUcf1IiQ0




「相手と顔を、真正面から突き合わせなさいってのよ、このチキン野郎ッッ!!!」



                     ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
美琴は、発射角度をステイルから三〇度近くずらした。


最初からわかっていた。
美琴を嗤ったステイル=マグヌスも、インデックスに笑いかけたステイル=マグヌスも、“その場所”にいないことを。

電撃使い(エレクトロマスター)の最上位に君臨する美琴には、圧倒的な能力出力以外に数多の能力応用の幅がある。
第一位と並んで比較すれば、児戯に等しいであろう小技の数々。
しかしそれでも、御坂美琴はその汎用性の高さから学園都市第三位という位階を得ていることを、誇りに思っていた。

その無数の特殊能力の中に、電磁波を用いた対人対物レーダーがある。
能力の特質上美琴の身体は、常に微弱ながら電磁波をまとっている。
この反射波を上手く利用すれば、巨大な壁などで間を区切られていない限りは、考え得るありとあらゆる奇襲に対応できる。


「引きずり出してやるから、インデックスの目の前でヒーヒー情けない声上げなさいッ!!」


一見無防備に佇んでいるとしか思えない敵手が、実際は姑息にもコンテナの陰に隠れていることなど、最初からお見通しなのだ。
164 :怒りを胸に沈めてはならぬ [saga]:2012/04/14(土) 21:07:13.31 ID:JUcf1IiQ0

炎を扱う魔術師である、という情報は事前にインデックスから入手した。
念には念を入れて“アイツ”にも裏をとった。
ステイル=マグヌスには局地的な熱量差による錯覚――――いわゆる蜃気楼の原理を応用して、相手の認識を欺く術があると。

美琴の癇癪は限界に達していた。
要するにあのキザな神父は、自分と真正面からぶつかる勇気などないのだ。
その上で偉そうな面をして礼儀がどうの、殺す覚悟がどうの、などとのたまっていたのだ。

許せなかった。
インデックスに歯の浮くような口説き文句を投げかけたあの瞬間さえも、コソコソと物陰に隠れながらのことだった。
自分への無礼がどうでもいいということはないが、後者は完全に我慢がならなかった。
これは紛れもなく、インデックスに対する侮辱である。

そう思い至ったとき、美琴の中で何かが切れた。

重なる爪とコイン。
加速する弾丸が乾いた大気に大穴を穿つ――――その、直前のことだった。


「っ!?」


ぐら、と身体が傾く。
重力が、唐突に倍になった。


「賢察、お見事だ……と言いたいところだが、一つ失念しているようだね」
165 :怒りを胸に沈めてはならぬ [saga]:2012/04/14(土) 21:08:46.45 ID:JUcf1IiQ0

違う。
身体が重くなったのは事実だ。
だが、これは。
この、抗いがたい、虚脱感には、身に覚えが、ある。


「蜃気楼ってのは、“ない”ものを“ある”ように騙るだけが能じゃないんだ」


傾きゆく美琴の世界の彼方で、魔術師が笑う。


「“ある”ものを“ない”ようにカモフラージュすることだって、できるんだよ」


ステイルが隠れていた一角とは真逆の方向から、凄まじい怪音波が垂れ流されていた。
コンテナだとばかり思っていた三メートル四方の物体が、見る間に近未来的な装置を剥き出しにした装甲車へと姿を変えていく。
プロジェクターを投影するようにコンテナの像を被せていたのだ、と気付いたときには遅かった。


キャパシティ・ダウン。


神秘の下僕たる魔術師が打った初手は、まさかの科学兵器だった。

ここは自分の指定したフィールドのはずだ。
いったいなぜ、いつの間に。
そんな疑問よりも何よりも、強烈な危機感が表皮を駆け抜けて鳥肌を呼び起こす。
気のない素振りをしていたステイルが、まさか事前に地の利を確保しておくほどに、この勝負に懸けているとは思いもよらなかった。

本能が訴えてくる「倒れろ」という欲求に負ければ、美琴はもう立ち上がれないだろう。
能力を使えない能力者など、魔術師から見れば格好の餌食でしかない。
すなわち、その時点で敗者は決まる。
166 :怒りを胸に沈めてはならぬ [saga]:2012/04/14(土) 21:10:09.66 ID:JUcf1IiQ0




「――――とでも、思ってんのかしら」




167 :怒りを胸に沈めてはならぬ [saga]:2012/04/14(土) 21:11:21.57 ID:JUcf1IiQ0

認めよう。
自分は心のどこかで油断していた。
魔術師など何ほどのものか、と驕り高ぶっていた。

だがここからは違う。


「舐めんじゃないわよ、三下」


そしてここからも、狩人は依然変わりなく、この御坂美琴だ。

空間が刹那縮退し、膨張して爆発する。
駆け抜ける閃光、置き去りになる音。



超電磁砲(レールガン)。
星屑のごとく瞬く光の軌道を空間に残響させ、御坂美琴の代名詞が放たれた。



電磁砲による爆音も、美琴の耳には一切が届かない。
能力が行使不可能になるより一瞬早く、耳穴は即席の耳栓で塞いだ。
材料なら足下にうなるほどあふれ返っている。
砂利に含まれる、砂鉄だ。

想定済みの事態、というわけでは無論なかった。
完全に虚を突かれて、しかしそれでも美琴はステイルの思惑の上を一足飛びに越えてみせた。
口許に得意げな笑みが浮かぶのを止められなかったとして、誰が自分を責められようか。
168 :怒りを胸に沈めてはならぬ [saga]:2012/04/14(土) 21:13:40.42 ID:JUcf1IiQ0

――――と思っていられたのも、強光が視界を潰していた一秒間にすぎなかった。


「……な」


即座に明順応して、すっきり晴れ渡るはずの視界。
ステイルが盾のようにしていたコンテナをブチ抜き、ステイルのちょうど足下に着弾したであろう「超電磁砲」の大穴――――が、見えない。

美琴の目に映る狭小な世界は、一面の白に覆い尽くされていた。


「あのコンテナの中身――ッ!!」


これが“何”かはわからない。
過去の戦闘経験から、可燃性物質である可能性に行き当たる。
だとすれば電撃を放つのは自殺行為――――いや、それではステイル自身も攻撃手段を失う。

結局白煙の正体は杳として知れず、美琴は考察に割いた0.5秒の時間をドブに捨てた。

だがただ一つ、はっきりと理解できたことがある。
ステイルが事前にこの操車場に施した準備は、万全などという言葉ですら生温い。

ここは、処刑場だ。
ステイル=マグヌスが異端者を狩るために一から築き上げた死刑執行場。
その中心たる処刑台に向かって、美琴はそうとは知らずに猪突してしまったことになる。

読まれている。
すべてを読まれている、という気がした。
姑息な魔術師の姦計をとっさの機転で突破し、見事必殺技を放った、といえば聞こえはいいだろう。
169 :怒りを胸に沈めてはならぬ [saga]:2012/04/14(土) 21:14:58.19 ID:JUcf1IiQ0

しかしこの状況。
聴覚に続いて、視覚までも潰された。
そう解釈することもできるのではないか。
なにせ今の美琴には――――


 I C R, K
「顕現せよ、王」


ステイルの超高速詠唱が、その一句をもって完結したことさえ、まったく察知できなかったのだから。


「あ、っつ」


猛烈にすぎる熱源が、美琴の右方五メートルの位置で発生した。
貨物コンテナを跳ね飛ばして地中から、炎の魔人としか表現しようのない巨魁が現出する。
白い靄は炎圧で吹き飛ばされるどころか、巨人から立ち昇る蒸気と結び付いて一層濃くなるばかり。

定かでない視界の端で美琴は見た。
魔人の足下に千や二千では利かない、莫大な数量の“カード”がばら撒かれていた。
あれは確か――北欧神話などによく登場するポピュラーで一般的な、しかし科学がその神秘性を一笑に付してやまない――ルーン文字。


(札を配置して、その上からコンテナを……!)


尋常ならざる下ごしらえの行き届きようだった。
すべてはステイル=マグヌスというシェフが、御坂美琴という食材を調理するために整えられていた。
170 :怒りを胸に沈めてはならぬ [saga]:2012/04/14(土) 21:16:12.43 ID:JUcf1IiQ0

処刑人の熱量は摂氏二千度、いや三千度には達する。
いかなる手を打つべきかとっさに考え――――否、考えるまでもない。
こんな化物の相手を馬鹿正直に引き受けるより、術者本体を狩るのが手っ取り早いに決まっている。

視界は依然として最悪、聴覚に頼ればキャパシティ・ダウンの餌食。
ならば美琴の打つべき手は、初手でステイルの位置を補足した電磁波レーダー。


「――ダブル」

「は、はあああっっ!?」


発動し、ステイルの正確な現在地を捉える寸前。
とうとう美琴は、素っ頓狂な叫びを上げてしまった。

増えた。
魔人が、二体になった。
肌を焦がす高熱が、視覚よりも聴覚よりも顕著に、その受け入れがたい事実を直接脳髄に教えてくれる。


「――――トリプル」

「ちょ、ま」


息もつかせず、三体目。
右方五メートル、左後方七メートル、前方同じく七メートル。

美琴は三体の魔人が形成する三角形の、ど真ん中に突っ立っていた。
171 :怒りを胸に沈めてはならぬ [saga]:2012/04/14(土) 21:19:16.63 ID:JUcf1IiQ0

目と耳。
視覚と聴覚。
人類が元来から有する二種の基本索敵機能を失ってなお、美琴には強力すぎる電磁波レーダーがあった。
さっさとそれを再発動していれば、呆気なく勝負はついていたはずだった。

しかし。
桁外れの熱量がもたらす脅威が、ステイルの周到すぎるほどの舞台整備が、美琴に考えるための時間を“創らせた”。
優秀すぎる頭脳が生んだ事態への適切な考察は、わずかな逡巡を超能力者の戦術挙動に生む。

ガス状物体の正体は。
炎の怪物は電撃で打ち倒せるのか。
どうやってキャパシティ・ダウンを手配したのか。
一人でこんな大掛かりな仕掛けを配置できるはずがない。

全部が全部、命を張った勝負の前には些細なことだった。
終わった後で考えればいいことだった。
否、終わった後ならば忘れていいことですらあった。
事実美琴はそれら疑問を一秒と待たずに振り切り、次の瞬間には勝利のみをしかと見据えていた。
だからこの些細な瑕疵は、本来なら大した問題には発展しないはずだった。

だが十分の一手の遅れは次々に、破滅的な綻びをともなって連鎖していく。
際限なく積み重なっていった果てで、致命的な一歩の差につながる。

そしてその一歩こそが、ステイル=マグヌスの唯一の狙いにして、勝機だった。

美琴にそれを教えたのは、大気を歪め、大地まで溶かすような魔人の激熱ではなく――――


「チェック」


突如として背後から首筋を撫ぜた、冷たい刃の感触だった。
172 :>>1 ◆eu7WYD9S2g [saga]:2012/04/14(土) 21:23:32.47 ID:JUcf1IiQ0

みこっちゃんが殺す気でやってれば一発目で勝負アリでした
ステイルくんはもうちょっと賢く闘えばもっといい戦績残せると思うんですけどね

ではまた
173 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西・北陸) [sage]:2012/04/15(日) 19:59:08.69 ID:WEAxH8gAO

174 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福岡県) [sage]:2012/04/15(日) 23:01:45.82 ID:QDUcas+zo

ステイルはやれば出来る子。俺知ってる
175 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/04/15(日) 23:47:48.60 ID:15g+u6HS0
キャパシティダウンかよ、イギリス清教的にどうなのよ、と思ったけど、これはこれで…。
でも、インちゃん的にはどうなんだろね?
科学に頼らないで美琴を追い詰めてたら、ホントにインちゃんの心もかすかにステイルに向けて
動いてただろうケド、なんか印象的に逆効果なんじゃ…とか心配。
176 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) [sage]:2012/04/16(月) 09:05:02.46 ID:mgvtte5P0
そんな単純な話じゃねえよ
177 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/04/21(土) 17:16:52.20 ID:JasZory7o
178 :>>1 ◆eu7WYD9S2g [saga]:2012/04/21(土) 23:02:30.46 ID:iCpoL4Q10

>>175
実に鋭い指摘である、とだけ現時点では申し上げておきます
色々と納得いかないこともありましょうが、これからも忌憚なきご意見をお待ちしております
この>>1はそういうので飛び上がるほど喜ぶタイプの変態です

他の方もレスありがとうございました
179 :>>1 ◆eu7WYD9S2g [saga]:2012/04/21(土) 23:03:14.47 ID:iCpoL4Q10

「ジャパニーズでは『王手』と言うんだったかな」


美琴は眼球だけを器用に動かして、首を抉るように差しこまれた凶器の正体を確認する。
炎の巨人の出現ポイントに撒かれていたものと大差ない、一枚のカード。
ラミネート加工こそ施されているが、総じてなんの変哲もない、としか評価できない単なる紙切れ。

しかし美琴は直感していた。
これは魔術とやらの媒介だ。
少しでも美琴が怪しい素振りを見せれば、比喩でもなんでもなく、首が飛ぶ。

いざとなれば躊躇わずに“やる”相手だということが、この短時間で美琴にもすでに理解できていた。


「さあ、『詰めろ』。御坂美琴」


「詰めろ」とステイル=マグヌスは言ったが、美琴には当然ながら聞こえていない。
聞こえてしまうようでは困るのだ。
そうなった瞬間キャパシティ・ダウンの怪音が脳髄を貫き、美琴の敗北を決定せしめるのだから。

ステイルが唇を動かしたことだけはわかったが、さすがに電磁波レーダーでは読唇まではこなせない。
だが、なんとなくわかった。
彼は知っている。
そして、彼と同じことを自分も知っている、と思った。

この状況は、まだ詰み(チェックメイト)ではないのだ、と。


「アンタがそのカードからマッチ棒みたいなしょぼい火を出すのが早いか」
180 :たった三文字の不退転―― [saga]:2012/04/21(土) 23:04:11.31 ID:iCpoL4Q10

美琴は王手をかけられた。
しかし現況は、絶好の逆王手のチャンスでもある。
三体の魔人に前進制圧させておけばいいものを、ステイル=マグヌスはのこのこと自分から接近してきた挙句、脆弱な本体を御坂美琴の射程圏内に晒した。
そういう見方をしたところで、決して楽観ではない。

ステイルの肌を大粒の汗が伝っている。
すなわち、美琴と彼が密着しているこの状況では、巨人もまた身動きをとれないということだ。
美琴を焼き殺すほどの至近距離まで迫ってきてしまえば、術者本人もただではすまない。


「私が十万ボルトをアンタの体に叩きこんでやるのが早いか」


美琴は全神経を、敵手の体表面で跳ねては戻ってくる電磁波の観測に注いだ。
圧倒的不利に変わりはない。
しかし。


「試す価値は、あるわね」


汗。
美琴も大汗を掻いていた。
額からつつ、と頬を伝って、顎の先で一度滑降が止まる。

ポタリ。

聞こえないはずの水音が聞こえた瞬間、美琴は演算を開始した。

粒が地面と接触を果たしたときには、演算は既に完了していた――――
181 :たった三文字の不退転―― [saga]:2012/04/21(土) 23:04:48.72 ID:iCpoL4Q10




「もうやめてッッッ!!!!!!」




182 :――それが心の華である [saga]:2012/04/21(土) 23:05:53.24 ID:iCpoL4Q10

耳が塞っていたことなど、まったく問題にはならなかった。
肌を打ち、毛穴を通し、血液を流れ。
鼓膜を通さない声が、美琴の心臓まで一直線に響いて抜けた。
不思議なことにそれを認識した瞬間、行使寸前だった能力の発動予兆が、綺麗さっぱり消え去っていた。


「もう、やめて……これ以上続けたら、二人とも死んじゃうよ……」


いつだって彼女はそうなのだ。
天使のハープのように澄んだ音色を奏でながら、そこが彼女の本質というわけでもない。
人の心臓を優しく包み込み、心の根に直接訴える魔性の聖性を、生まれながらに有しているとしか思えなかった。

声は一八〇度後方だった。
そして、ステイル=マグヌスの真後ろだった。
その事実を悟ったとき、美琴は両手を万歳のかたちで挙げていた。 


「キャパシティ・ダウン、止めてくれる?」


戦闘開始から、一分と経っていなかった。
183 :――それが心の華である [saga]:2012/04/21(土) 23:06:48.92 ID:iCpoL4Q10

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


寂れた操車場に静寂が帰ってきた。


「なんとも締まらない幕切れだったな」


青いコンテナの外壁に寄りかかりながら、ステイルは荒い息を吐いて肩を上下させていた。
あの様子を見るに、美琴よりはるかに消耗しきっている。
結局美琴の攻撃は超電磁砲の一発きりに終わり、高温がもたらした大汗をぬぐいさせすれば常態に元通りだ。


「でも、この勝負はアンタの勝ちよ。それは間違いないことだわ」


しかし勝敗は、闘い終えた両者の有様とはまったく別のところで決まった。
美琴にはそれがわかっていた。
そして、ステイル=マグヌスという男の性根も。


「僕という人間を、これでわかってもらえたかな」

「ええ。これ以上ないやり方で、教えてもらったわ」


ステイル=マグヌスの採った戦術は、イコールそのままで、彼という男の生き様に結び付いていた。
184 :――それが心の華である [saga]:2012/04/21(土) 23:08:04.12 ID:iCpoL4Q10

「……僕は、準備しないと勝てないんでね」


ステイル=マグヌスとかいう凡人には、哀しくなるほど才能がない。
男は他人事のようにそう言った。

生まれ持ったオンリーワンの特殊能力だとか、危機に陥ったら身体の奥で目覚めてくれる真のパワーとか、そういった主人公的補正とはまったくの無縁。
その上、手近にあるものを生かすだとか、常人をあっと言わせるような閃きや発想力にも乏しいときている。

ゆえに、事前に勝利の算段を整えるしかない。
考えに考えぬいて、事のはじめから定められている勝利への道筋をなぞる以外に、ステイルが強者を打ち破る術はない。
そして実戦では、まさかの事態などいくらでも起こり得る。
それに対応するだけのフレキシビリティが、ステイルにはない。

だからステイルは、弱い。


「だからアンタは……あなたは、努力したのね」

「それ以外に、能がない。己が血を人に倍するほど流して初めて、人後に落ちないと思えるだけだった」


天才が一歩で辿りつく境地に、一万歩を重ねてようやく追いつく。
こんなふざけたハンデを負った上で、一万歩先にいる天才に勝たねばならないとき、凡才はどうすればいいのか。
決まっている。

一億の足跡、ただ道に刻むのみ。

それ以外に彼にできることなど、もとより何もありはしないのだから。
185 :――それが心の華である [saga]:2012/04/21(土) 23:09:15.64 ID:iCpoL4Q10

少なくともステイルはこんな馬鹿げた、不条理な真理を目の当たりにして、なおも数十万歩を積み重ねたのだ。
焔の巨人の足下に散らばっていた、無数のカードが良い証左だった。
ルーンを刻めば刻むほど、威力を増していく魔術。

百で駄目なら、千。
千でも勝てないなら、万。
万でもなお届かぬのならば、億。

そういって積み重ねた努力も、持つ者の一歩に容易く上回られる。
しかしそれでも歩みを止めない。
愚直に、ひたすら愚直に、一歩一歩、力を積み上げてきた。

まさしく、彼の歩んできた道のりそのものではないか。


「こういうことは言いづらいんだけど」

「ん?」

「あなた、私に似てる」

「ああ、知ってるよ。学園都市で唯一レベル1から5まで上りつめた努力の天才、御坂美琴」

「よく知ってるわね……でも、そんな美辞麗句も、今じゃ虚しいだけだけどね」

「『素養格付』のことを言っているのかな、君は」

「…………ほんっとに、よく知ってるわね」
186 :――それが心の華である [saga]:2012/04/21(土) 23:11:06.16 ID:iCpoL4Q10

『素養格付(パラメータリスト)』。
半年ほど前に流出した、能力者の素質調査結果をまとめたリストである。
その資料によれば御坂美琴は、最初からレベル5に昇華する可能性を見出された上で、効率的に能力開発予算を回されていたのだそうだ。


「あれはあくまで限界値を定めたものだろう。今の高さまで来たのは君自身の努力値。僕は、そういう評判を耳にしてるがね」

「あっはは、お気遣いありがと。でもね私、今となっちゃあ、それに関してはあんまり気にしてないのよ」


かつての自分なら己の根本を崩されて、暗澹たるどん底に突き落とされていたかもしれない。
しかし、御坂美琴という人間は変わった。
変わらざるを得なかった。

絶対能力者進化実験、第三次世界大戦、グレムリン。
価値観を揺さぶられる経験に幾度もぶつかって、挫けて、その度に誰かを助けて、助けられた。
本当に大事なものの何たるかを知った。

だから今となっては、そんなにも恵まれた己と、本物の努力家であるステイルを同列で考えてしまったことに、恥入る気持ちがあるだけだ。


「以前、僕の上司が言っていたんだが」

「え?」

「『素養格付』とは、“科学”から“才能”への敗北宣言なんだそうだ」
187 :――それが心の華である [saga]:2012/04/21(土) 23:12:19.52 ID:iCpoL4Q10

ステイルが不意に、おかしなことを言い出した。


「敗北宣言……?」

「科学は、ここまでしか人を進化させられなかった。叩きだした検査結果(りろん)を、どうしても能力者(げんじつ)たちは越えられない。とある偉大で愚かな科学者にとっても、その数字は己の限界を意味していたそうだ」


わけがわからなかった。
ステイルの上司とやらが何者なのかもわからなければ、敗北を知った科学者が誰なのかも、皆目見当がつかない。


「一方。その一方で、だよ。魔術には、限界がない」

「ない、ですって? そんなことが」

「ああすまない、言い方が正確じゃあなかった。才能が邪魔する余地が、科学よりも少ないってことなんだ。魔術の世界においても才能は大きな意味を持つ。才能っていうヤツは、まずスタートラインを規定する。そして、上に行くスピードも思いのまま。僕みたいなのはドンケツから始まって、牛のような歩みさ――――しかし」


その時、ステイルが笑った、ような気がした。


「ゴール地点を、決めはしない」


初めて、美琴を見て笑ったのではないだろうか。
188 :――それが心の華である [saga]:2012/04/21(土) 23:14:19.75 ID:iCpoL4Q10

「極論誰にだって、君にだって大魔術師になる素地がある。魔力が足りないなら余所から補う。知識が足りないなら魔道書を読む。経験が足りないなら失敗を繰り返す。技術が足りなければ道具に頼る。時間が足りなければ――――寿命を延ばす」


そこまで聞いて、美琴は思った。
件の科学者は、魔術に勝ちたかったのだろうか。
魔術ではない手段で限界――なぜか【絶対】という言葉が浮かんで消えた――を超えたかったのだろうか。
そしてその、【絶対】のさらに先に、何を見ていたのだろうか。


(戯言ね、我ながら)


考えるだに、詮なきことだった。
肩をすくめる。


「理解できない境地ね。やっぱり私には、魔術ってのはただのオカルトだとしか思えないわ」

「まあ、別に君にわかってもらえなくてもいいが」

「ただ、あなたのことはよくわかった。それはすごく大きな収穫だった。私が思ってたより数段、イイ男だったわよ、あなた」

「そりゃどうも」

「でもね。“アイツ”にはそう簡単には勝てないわよ」

「……だろうね。そうでなくては困る」

「強力なライバルを叩きのめしてこそ、勝利の美酒は美味くなるもんよね。まあ、私はあなたを応援してあげる気はないけど」
189 :――それが心の華である [saga]:2012/04/21(土) 23:15:13.36 ID:iCpoL4Q10

強気に鼻を鳴らすと、ステイルが困ったような顔をした。


「そのことで、一つ頼みがある」


頼みがあると言いながら、どこか遠慮がちな口調だった。


「終わった後で、こういう言い方はいかにも卑怯だとは思うんだが」

「男らしくないわね。言いたいことがあるならスパッと言いなさい」

「……君はこの決闘で、僕の恋路を邪魔しようとしていた。勝利の代価として、インデックスから手を引かせようとした」

「敗者になった私には、相応の代価支払い義務が発生するってことね」


大きく頷いた。
覚悟はできていた。
というより、目が泳いでいるステイルの機先を制して、言いたいことを先回りしてやることにした。


「私に、アイツから手を引け、って言いたいのね」


ステイルが目を瞠った。
その取り澄ました面が驚愕に歪んだところを見れただけでも、言ってやった甲斐があった、と美琴は思った。


「……その。なにも、完全に撤退してほしいわけじゃあない。ただ、この一件が決着を見るまでは」

「御坂美琴は上条当麻に一切の接触を図らない。それでいいわね」

「…………それで、いいのか、君は」
190 :――それが心の華である [saga]:2012/04/21(土) 23:17:40.99 ID:iCpoL4Q10

もう一度、鼻を鳴らしてやった。


「それは私の台詞ね。普通、逆じゃないの? なんとしてでもアイツを射止めて、恋路をサポートしてほしい、って願うのが当たり前でしょ。どうしてわざわざ恋敵の肩を持ってやるのか、理解に苦しむわね」


無論、本心ではない。
理解できまくりだった。
要するにこの男は、どこか自分に似ているということなのだ。
正々堂々インデックスを叩きのめしたい美琴同様、真正面から上条当麻に挑みたがっている。

理解できたのはつい先ほどだった。
インデックスの音なき声が、心にまで伝わってきたあの瞬間。
自分とステイルとインデックスの位置取りを再確認して、美琴は気が付いたのだった。


『その場所から絶対に動かずにいてくれよ、インデックス。魔王を倒して囚われの姫の下を目指す、という構図だとよりいっそうやる気が出るんでね』


彼は何度も何度も、インデックスの立ち位置を念入りに気遣っていた。
あれは、彼女の安全を確保するためだったのだ。

ステイルの勝利へのルートには「美琴が初手で超電磁砲をぶっぱなして、コンテナに風穴を空ける」ことが絶対条件だった。
キャパシティ・ダウンを発動するタイミングは、相当にシビアなものだったに違いない。
少しでも遅れれば、耳を塞ぐ間もなく二発目を撃ってステイルはK.O.だった。
だから超電磁砲の発射時機にキャパシティ・ダウンを被せた上で、美琴がとっさの機転で砂鉄から耳栓を調達することを、期待するしかなかったのだろう。

もし、あの時美琴がステイルの期待を下回っていれば。
超電磁砲は、とんでもない方向に誤射されていた可能性がある。
最悪の場合――――立会人であるインデックスを巻きこんでいたかもしれない。
191 :――それが心の華である [saga]:2012/04/21(土) 23:19:08.14 ID:iCpoL4Q10

ゆえに。
ゆえに、である。
ステイルはインデックスの初期配置に固執した。

一八〇度後方。
美琴の超電磁砲がまかり間違っても誤発射されない方向と同義だった。

それを悟ったがゆえに、美琴は潔く負けを認めたのだった。
眼前の神父が“アイツ”に負けないほどインデックスを大事に想っている、何よりの証拠だった。


「本当に、いいのか」


困惑しきった声に、思索を中断した。
まだぐだぐだ言っているのか、この男は。


「くどい。私がいいって言ったらいいのよ」

「しかしそれでは、君は」

「指を咥えて見てる間に、アイツをとられるかも?」

「そう簡単に諦めがつくほど、軽い感情ではないだろう」

「なに、人を勝手に諦めさせてるワケ?」

「……は?」
192 :――それが心の華である [saga]:2012/04/21(土) 23:21:13.82 ID:iCpoL4Q10

三度、美琴はふんと大きく、淑女らしからぬ仕草で鼻を鳴らした。


「確かに、いま手を引いたら、アイツはインデックスのものになっちゃうかもしれないわね。あなたじゃアイツには勝てそうにもないし」

「だったら」

「だったらそのときは、奪い取ればいい」


ステイルの眼光が、揺れた。


「私ね、諦めの悪い女なのよ。とことんまで、最後の一割、一分、一厘、一毛まで可能性を探っちゃう女なの。挙句に自分の命までチップに替えそうになって、アイツに怒られたことあったっけなぁ」

「……上条当麻とインデックスが、仮に恋仲になったところで、諦めないと?」

「限界は、あると思う。越えちゃいけないラインってやつね。でもそれを自分で確かめもしないうちからは、絶対に諦めてやらない。こちとら、スタートダッシュで出遅れるのは慣れっこだってのよ」


神父の長身の頂点で、顔面が大きな手のひらに覆われ、嘆息しきりで天を仰ぐ。
あまりに高すぎて、表情の動きはまったく窺えなかった。


「参ったな、これは。君は、僕が思っていたより数段、馬鹿な女だったらしい」

「お褒めいただき光栄至極、ね」
193 :――それが心の華である [saga]:2012/04/21(土) 23:22:16.42 ID:iCpoL4Q10

スカートの端をちょこんとつまんで、お嬢様らしく一礼する。
ステイルは、まだ上を向いたままだ。


「……それと、今日は色々ごめんなさい」

「っ、おい」


淑女の礼を、深々としたお辞儀に変える。
ステイルがようやく下を向いた。


「本当に、今思えば失礼なことばっかり。申し訳ありませんでした」

「それを言うなら僕もだ。初対面のレディーに対して、無礼が過ぎた」

「あれは、初手で私に超電磁砲を撃たせるための挑発でしょう? そうしないと、コンテナの中身をぶちまけられないもの」

「……何もかもお見通しというわけかい」

「あなたには、勝利という至上目的があった。でも私は違う。恋のライバルをとられそうになって、単にトサカにきてただけだもの。改めて謝罪させてください、ミスター」

「やめろ。頼むからその寒い敬称だけは勘弁してくれ。だいたい、僕と君は同い年だ」


腰の低い譲り合い、頭の下げ合いが、ピタリと止まった。


「はい?」
194 :――それが心の華である [saga]:2012/04/21(土) 23:23:21.43 ID:iCpoL4Q10

「……今のはどういう意味かな? 君、いったい僕をいくつだと思ってた?」

「え、え、え。少なくとも、三十五はいってるかと」

「誰がステイルさんじゅうごさいだああぁぁぁっ!!!!」


砂鉄耳栓の精製をすんでのところで自重したのは、我ながらファインプレーだと美琴は思った。


「うぇ、マジ、タメ? あたしと同じ、十五歳? それじゃあアンタ…………ただのロリコンじゃなかったの!?」

「“ただの”もなにも僕は断じてロリコンなどではない!!」

「そっか。なんか、うん、ごめんなさい」

「何だそのさっきよりさらに一段と低くなった物腰は! まさか君、嫌に辛辣にすぎる態度だと思ったら、“そういう目”で僕を見ていたんじゃないだろうなぁっ!?」

「……スンマセン。ほんと、まじスンマセン」

「否定しろおおぉぉっっ!!!! ステイル=マグヌスはインデックスより年下なんだということを、今こそ僕は声に大にして叫びたい!!」

「えええええ!? それこそ本気で言ってんの!? あの子、私より年上……」


そこまでまくし立てて、美琴は気がついた。
汗がにじみ出る。
背筋をぞわぞわと、悪寒が走る。
195 :――それが心の華である [saga]:2012/04/21(土) 23:25:27.61 ID:iCpoL4Q10

「あの」

「なんだッ! まだ僕の容姿について何か文句があるのか!」

「いや、そうじゃなくて…………その、肝心の、インデックスは?」


露骨に、あまりにも露骨に、ステイルが「えっ」という顔をした。
つられて美琴も「えっ」と漏らしてしまった。


「……………………今、誰か私のこと呼んだかな」


いた。
ステイルの真後ろだった。
すっかり話し込んでしまったから、二人ともしっかり彼女の接近をスルーしてしまったらしい。
なんというか、本末転倒なお話だった。


「ステイル」


名前を呼ばれて回れ右。
黒い巨体が機敏な動作で一回転した。
美琴からは表情が見えなくなったが、おそらく今頃は精一杯の作り笑いを浮かべていることだろう。
196 :――それが心の華である [saga]:2012/04/21(土) 23:26:42.17 ID:iCpoL4Q10

「や、約束通り勝ったよ、インデックすうううっっ!!!??」

「!?」


ステイルがあられもない声を上げた。
インデックスが無防備な向こう脛を、渾身の力で蹴飛ばしたのである。


「告白した相手の目の前で、なにいけしゃあしゃあと他の女の子とイチャコラしてるのかな!? どういう神経してるの!? あなたがこんなナンパ男だなんて知らなかったんだよ!」

「〜〜〜〜〜っっ! べ、別に誰も、イチャコラなどしてはいな、ぐっ、つうううううう!?」

「言い訳なんか聞きたくないかも! ほんっと、最低なんだよ!!」


美琴は目を丸くして、呆然と立ち尽くした。
ぎゃーぎゃーわーわーと飽きることなく、二人の少年少女は美琴の存在など眼中にないように喚き続けている。

どうやら本人たちは気が付いていないようだ。
当事者というものはときに、“それ”に対してすこぶる鈍感になることがある。
美琴は“それ”を身を持って知っている。

インデックスが剥き出しにした感情を、恋愛感情の類型を求めたどこかの偉人はこう呼んだ、のかもしれない。
197 :――それが心の華である [saga]:2012/04/21(土) 23:27:57.19 ID:iCpoL4Q10

「信っじられない! 言っとくけどね、今ので相当好感度下がったんだからね、ステイル=マグヌスッ!!」

「いだあああああいいっっっっっ!?!?」



――――ヤキモチ、と。



(ねえ、“アンタ”。これ……もしかすると、もしかするわよ?)


インデックスは、ステイルが美琴と親しげにしていたという事実に、焼いている。
はたから眺める御坂美琴には、一目瞭然だった。





(早いとこ決断しないと、意外にあっさり掻っ攫われるかもしんないわよ――――上条当麻?)



198 :>>1 ◆eu7WYD9S2g [saga]:2012/04/21(土) 23:29:22.25 ID:iCpoL4Q10

美琴さんが誰よりも男前でした
これにて前半終了でございます
あと半分ほど、お付き合いくださいな
199 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) [sage saga]:2012/04/22(日) 01:46:09.57 ID:29DYsFHs0
これはいいスレを発見した
200 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage saga]:2012/04/23(月) 01:56:42.25 ID:2xlfrCuY0
乙です。
いつも、楽しく読ませていただいています。
一つだけ突っ込ませてください。
焼くんじゃないでしょ、妬くんでしょ?
201 :>>1 ◆eu7WYD9S2g [saga]:2012/04/28(土) 22:03:24.82 ID:R+8qzPw10

>>200
正直すまんかった
でもありがとうございますの
202 :恋は極力秘めるもの―― [saga]:2012/04/28(土) 22:03:53.21 ID:R+8qzPw10


今のところ、杞憂だとしか思えなかった。


「お待たせ、とうま」


ステイル来訪から三週間が経過した休日の朝は、久々に我が家の空気が美味かった。
その上、朝食もすこぶる美味だった。


「では、いただきます」

「め、召し上がれ」

「んぐ。んぐんぐんぐ」

「……ど、どうかな?」

「……これ、ホントにお前が作ったのか?」

「私以外の誰に他にキッチンに立つ余地があったっていうのかな!?」

「俺の知らないうちに壁が回転扉に改造されてて、そこで舞夏とこう、クルッと。土御門のアホならやりかねんぎゃあああああ!?」

「とぉぉぉおぉぉぉぉまあぁぁああああ!!!!」

「不幸だーーっっ!!!」


余計なことさえ言わなければ実に平凡で幸せな、上条家のいつもの朝だった。
203 :恋は極力秘めるもの―― [saga]:2012/04/28(土) 22:05:05.20 ID:R+8qzPw10

どういう風の吹き回しか、料理をしたいなどと唐突にインデックスが喚き出した。
自分を憎からず思ってくれているであろう女の子の手料理。
男冥利につきるシチュエーションも、上条にとってはすわ天変地異の前触れか、と取り乱したくなる異常事態だった(もちろん直後に噛みつかれた)。

蓋を開けてみれば、不器用な女の子が初めて挑んだ炒り卵としては及第点であろう、ところどころ焦げ茶の彩りが添えられたカラフルエッグが食卓に並んでいた。
本来的な上条のリクエストが目玉焼きだった点を除けば、問題は何もない、はずだ。
皿を綺麗に空にして、「ごちそうさま」と箸を置いたところで


「うん、可もなく不可もなく。ごくふつうの味だったな」


と混じりっ気なしの本音が口をついたあたりは、上条当麻が上条当麻たる所以である(無論直後にカミクダかれた)。


「いやいや、スクランブルエッグを特別美味くするのも不味くするのも難しいだろうが! 別にお前の料理の腕をどうこう言ったわけじゃああん!?」


というのが一応の言い分だったが、当然のごとく聞き入れられはしなかった。
204 :恋は極力秘めるもの―― [saga]:2012/04/28(土) 22:05:34.27 ID:R+8qzPw10

「ふーん。知ってたもん。とうまはそういう人だもん。やーい犯罪要件を構成できるレベルのデリカシー欠乏症ー!」


酷い言い草だった。
もう少しオブラートに包んだ物言いというものがあるのではないだろうか。
拗ねた顔をしながら食器を流しに運ぶインデックスの後ろ姿を眺めながら、物思いにふける。


『いずれにせよ、僕はただ待つだけだ』


ステイルはあれ以来一度も、上条家に対して連絡を取ってこない。


(アレ、本気だったんだな、アイツ)


土御門にそれとなく探りを入れてみたが、ステイルが学園都市に正式に赴任してきたことはどうやら間違いのない事実のようだった。
つまりその気になれば、彼はいつだって上条のいないタイミングを見計らって、インデックスに接触を図れたはずである。
だというのに、そういう行動に出る気配が、微塵も感じられない。

彼は本気なのだ。
事ここに至って、上条にもようやく理解できた。
ステイル=マグヌスは本気で、待ちの一手のみでこの空白期間をしのぐつもりなのだ。


『君たち二人の感情に整理がついて、それで僕はようやっとこの勝負のスタートラインに立てる』
205 :恋は極力秘めるもの―― [saga]:2012/04/28(土) 22:07:00.01 ID:R+8qzPw10

(どういう神経してんだよ、アイツ)


頭を抱えた。
「待つ」という言葉は、上条の辞書の中で相当に存在感が薄い。
何かしらの問題が発生すればこちらから突っ込んでいく(あるいは半強制的に突っ込まされる)、というのが上条の元来の流儀なのだから。

ゆえに、ステイルがいかなる心境でそんな選択肢をチョイスしたのか、まるで理解できなかった。
それがどうにも不気味でならない。


(いつの間にか御坂とも知り合いになってたみたいだし、なんなんだアイツ)


ステイルからインデックスに接触を図った事実はない。
だが、その逆なら一度だけあった。
どういう経緯があったのかは杳として知れないが、インデックスが御坂美琴とステイルの間を繋ぐべく、上条に彼の連絡先を知らないか、と尋ねてきたのである。

そして先週末、インデックスはどこかに姿を消したかと思うと、御坂と連れ立ってこの学生寮に帰ってきた。
御坂はインデックスのことをわざわざ送り届けてくれたらしく、自分を見るなり開口一番、


『私、しばらくアンタを避けることにするから。ああ勘違いしないでね、別に嫌いになったとか、顔も見たくないとかじゃないのよ。むしろそのぎゃ……っと、ダメダメ、なにドサクサにまぎれて協定違反犯そうとしてんの私……ちょっとアンタ、なんて目で人を見てんのよ』
206 :恋は極力秘めるもの―― [saga]:2012/04/28(土) 22:08:02.25 ID:R+8qzPw10

可哀想な人を見る目になってしまったところでこちらに非は一切なかった、と上条は今でも確信しているが――――問題はそこではない。


『忠告しとくわよ、上条当麻。あんまふぬけたことばっか抜かしてると、マジであの子奪られちゃうからね』


去り際に御坂が、そう言って背中を強く叩いてきたことだ。
燃えるような、そして見つめた相手にも飛び火するような、熱情のこもった渇いた瞳が印象的だった。
とにかくその日以来、御坂美琴は本当に上条を避け始めた。
有言実行、街中でバッタリ出くわしても、ヒラヒラと手を振って踵を返してしまうのである。


(あれ、結構精神的にくるものがあんだけど。御坂はそのへんわかってやってんのか……?)


そしてもう一つ、その日を境に大きく変わったことがある。
それは――――


「なあ、インデックス」

「なーに?」

「“アイツ”のことなんだけどさ」

「…………もしかして、ステイルのこと?」


インデックスが、詰まりながらもステイルの名前を呼ぶようになった。
自分以外の男の名がその真珠のような唇の隙間から漏れ出ずるのを、上条は実に一年以上の歳月を共に過ごしておきながら、初めて耳にしたのであった。
207 :恋は極力秘めるもの―― [saga]:2012/04/28(土) 22:08:47.65 ID:R+8qzPw10

内心の動揺を噛み殺しながら、上条は腕組みして頭をひねる。
やはりインデックス=ライブロラム=プロヒビットラムは、上条当麻にとってなにものにも代えがたい大切な人だ。
だから何があっても、たとえこの命に代えたとしても、最後までこの手で守り通したい。

                                          オールイン
しかし彼女は同時に、ステイル=マグヌスが掛け値なしにその全人生を懸け尽くした、神聖で真摯な誓願の対象でもあるのだ。


上条の右手はこれまで数多くの幻想を殺してきた。
上条が幻想を幻想にすぎないと断じることができたのは、それを己の価値観に照らし合わせて間違っている、と確信できたからである。

だが今回ばかりは、少々勝手が違うと判断せざるを得ない。
ステイルがインデックスに向ける想いを、間違ったものだなどとは口が裂けても言えない。
自分がインデックスを望めば、ステイルから彼女を、本当の意味で奪い去ることになる。

相手がステイルだからどうだというのではない。
ただ上条は生まれてこの方、“間違ってないと思える者”を敵に回した経験がほとんどない。
いや、まったくないと言って差し支えなかった。
ゆえにどうしても、この闘いに臨む心構えが定まりきらない。

その点ステイルの側には、自分に敵意を向けることに対する迷いなど露ほどもあるまい。

三沢塾で、法の書事件で、大覇星祭で。
ステイルがインデックスに向ける箍めがたい想いの強さを、上条はひしひしと痛感させられた。
きっとああいう気持ちを指して「愛」と、世界はそう呼ぶのだろう。

大事だと、失いたくないという想いで負けているとは思わない。
ただこの感情の正体を掴めぬままで、曖昧に誤魔化したままでいれば、最後の最後で自分はステイルに競り負ける。
そんな予感がしてならないのだった。
208 :恋は極力秘めるもの―― [saga]:2012/04/28(土) 22:10:44.65 ID:R+8qzPw10

「とうま?」

「っと、悪い」


いつの間にやら洗い物を終えていたインデックスが、ちゃぶ台の向こう側から上目遣いでこちらを覗きこんでいた。


「ステイルのヤツ、第一二学区にいるって話は前にしたよな? 今日は暇だし、二人で冷やかしに行かねーか?」


なんでもないことのように、上条は言った。
インデックスは目を細め、露骨に声を低くする。


「……なんで?」

「いや、深い意味はないけどさ。あんなふざけた風体してるヤツに、本当に神父サマの仕事なんてできんのか、確かめてみるのも面白そうじゃんか」

「とうまは、ステイルのこと、嫌いなの? それとも、嫌いじゃないの?」

「ん? イヤミな野郎だな、って思うことはままあるけどさ。何度かは組んでおっかない魔術師どもとやり合った仲だしな。別に、嫌いってわけじゃあないぜ」

「ふーん……私は、遠慮しておくんだよ。行きたかったらとうまだけで行ってくれば?」


変わったのは呼び名だけか。
インデックスの挙動のすべてを観察し、総合して、上条はそう結論付けた。
彼女がステイルのことをあまり良くは思っていない、ということは以前から知っていた。
その心証が先週末の一件で劇的に変化した、というわけではなさそうだった。
209 :恋は極力秘めるもの―― [saga]:2012/04/28(土) 22:12:29.41 ID:R+8qzPw10

「とうまがどこに行って、何をするのかはとうまの自由だけど」

「冷たいなぁおい。突き離されてんのか、俺」

「でも、私の、今の望みは」


ふいに、インデックスの肩から力が抜けたように見えた。
ほわ、と空気が丸まるような可愛らしいため息を伴いながら、小さな聖女は優しく微笑んだ。


「とうまと、一緒にいたいんだよ」

「ぶっ」


盛大にむせた。
渾身のポーカーフェイスもどきが脆くも崩れ去る。
これ以上、慣れない腹芸を続けるのにも無理があった。
命の懸かった崖っぷちならまだしも、もともと上条は演技が得意な方ではない。

しかしそれでも、インデックスは真剣そのものだった。


「最近の私たち、なんか変だったよね。一緒にいるのに、一緒にいないみたいな、そんな感じだったんだよ。そういうのを失くして、元通りになった私たちでいたいの」

「……おう」
210 :恋は極力秘めるもの―― [saga]:2012/04/28(土) 22:13:08.76 ID:R+8qzPw10

たどたどしい言の葉。
蕾の花が綻ぶような、ゆったりとした微笑。
上条の人生を決定づけた“生誕”の瞬間に触れたそれと、寸分違わなかった。

やはり、杞憂だ。
上条は胸中で独りごちた。
御坂の忠告も、インデックスの呼び名の変化も、些細なことなのだ。


(だってインデックスは、今でも俺に笑いかけてくれる)


杞憂だ。
言い聞かせるように、二度飲み込む。


「だからね、とうま。ステイルには、私一人で、会わせてほしいんだよ」

「――――」


反応の一つもロクに返せなかった。
なにを指して「だから」なのだろう。
自己暗示とともに飲み込んでしまった疑問は、二度と吐き出されることはなかった。


「あの人の心の中を覗いてみたい。前に進むための、決着を付けるための、手掛かりが欲しいの」


眼前のインデックスはまだ、上条の好きなあの笑顔のままだった。
211 :>>1 ◆eu7WYD9S2g [saga]:2012/04/28(土) 22:15:05.19 ID:R+8qzPw10

引き続き誤字脱字などの指摘、ご意見感想批判などはお待ちしております
ではまた
212 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/04/29(日) 05:07:28.23 ID:N5fvPjjAo
上条さんもっと熱くなれよ!
213 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/04/30(月) 01:35:18.53 ID:Sh17OdgDO
無性にこの上条さんをそげぶしたくなった
214 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/04/30(月) 21:36:46.19 ID:naLANkOlo
ステイルが分かりやすく炎剣で斬りかかって来てくれれば良かったんだがな
これじゃあヘタ条さんやな
215 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/01(火) 21:07:04.94 ID:a6jG5YJPo
しかしそれでもなお、ステイルからは強烈な当て馬臭がするなww
216 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/04(金) 02:31:46.72 ID:Tn9Y8h7+o
恨むような聖女は知らない
217 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/05(土) 11:17:54.93 ID:RntpFbboo
捨て犬乙
218 :>>1 ◆eu7WYD9S2g [saga]:2012/05/05(土) 23:01:07.39 ID:9mEeEzg40

安定の宿命的噛ませ犬
それがステイル=マグヌスという男の業なのでしょう
そんな彼でもカッコよく見せようと思えばどうとでもなるんだよ、という発想のもとに当SSをお送りしております
219 :――暴力は極力避けるもの [saga]:2012/05/05(土) 23:01:56.54 ID:9mEeEzg40

一方通行がそのコンビニに立ち寄ったのは、偶然以外のなにものでもなかった。

ふと思い立って、冷蔵庫を覗いたら缶コーヒーが切れていた。
たまたま、最寄りのコンビニで愛飲している銘柄が売り切れていた。
特に意味もなく夜の街をふらつきたくなって、隣の学区まで足を伸ばした。
ようやく見つけた店舗で、無糖のブラックコーヒーが一本だけ棚に残っていた。

そして、偶然。
本当に偶然としか言いようがないタイミングで、不幸にも缶に伸ばした手が、誰かのものと重なった。


(……メンドくっせェことになりそうだぜ)


悪態を表に出さなかっただけ、自分も幾分か丸くなってしまったのかもしれない。
自嘲気味に鼻を鳴らして、隣に立つ男を横目で観察する。

全身黒尽くめ、眼の下にふざけた刺青、耳には派手なピアス、極めつけは燃えるような赤い長髪。
どう甘めに査定したところで、まっとうな手段で奨学金を受け取っている学生には見えない。
だいたいにして完全下校時刻もとうに過ぎたこの時間帯に、外を出歩いているというその事実だけで男の素性が窺えるというものである。


(こういう手合いは、一度付け上がらせるとうるせェンだよな)


今さらスキルアウトの一人や二人、半殺しにしたところで良心の呵責などとは無縁の人生を送ってきた。
とは言え、これが某警備員や某幼女の耳に入ったならどうなるか。
うっとおしいお小言に変化して、今後の人生においてまったく実にならないフィードバックをされることは目に見えていた。
220 :――暴力は極力避けるもの [saga]:2012/05/05(土) 23:03:48.48 ID:9mEeEzg40

どうしたものか。
表層上凶悪な相貌を保ったまま、一方通行は打開策を見出すべく状況のシミュレートを開始する――――


「失礼、どうぞ」

「あ?」

「要らないのかい?」

「あ……ああ。要らないンってなら、貰っとくがよ」


あっさり譲られた。
人は見かけによらずとはこのことか、男の挙動イカレた風貌とは裏腹に紳士的ですらあった。
毒気を抜かれ、微妙に甲高い裏声が出てしまった。
気まずくなってそそくさとレジに並ぶ。


(今の奴、どっかで)


会計を済ませ、自動ドアをくぐったところで足を止める。
どこかで見た、否、どこかで“聞いた”覚えのある風貌だった。


「もしかして君が、学園都市第一位かい?」


そこに気がついてしまったことが、その日最後の不幸だった。
振り返った先では、あの上条当麻の恋敵が、超然と佇んでいた。
221 :――暴力は極力避けるもの [saga]:2012/05/05(土) 23:05:44.54 ID:9mEeEzg40

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

人気のない路地裏に場所を移す――――というわけでもなく、二人の男はコンビニから漏れる白色灯に照らされて向かい合う。
季節と時刻のわりには、今宵の夜風は特別生温かいような気がした。


「0930事件、だと」

「ああ」


ステイル=マグヌスは開口一番、強烈なカードを切ってきた。
初対面の相手の気を引く話術としては及第点だ、と一方通行はどこか他人事のように評価を下す。


「どこまで知ってやがる?」

「主語述語ははっきりさせてくれないか。日本語はそのあたりが難しくて、僕にはどうも」

「オーケーオーケー、もっとシンプルな質問に切り替えてやる」


上唇を一度舐めた。
なかなかにムカつく男である。


「二秒で答えろ。今すぐ死にてェのか、死にたくねェのか」

「死にたくはないなぁ」
222 :――暴力は極力避けるもの [saga]:2012/05/05(土) 23:08:01.91 ID:9mEeEzg40

男は人を小馬鹿にしたように、ヘラヘラと首を横に振った。


「君はインデックスと0930事件において接触しており、通称『打ち止め』と呼ばれる少女を救うにあたって、彼女の助力を得ている。恩義を感じていたとして無理はない、かもしれない」

「やっぱり死にてェンだなオマエ?」


軽い、跪いて命乞いをさせる程度でしかない、ほんの軽い殺気を放ったが軽々といなされる。
自分を恐れてはいない、ということだけはよくわかった。


「さらに君と上条当麻の因縁は、前大戦の折からその筋では有名だ。ともすれば僕の目的の障害になりかねない。だから一度、観察しておきたかったのさ」

「わからねェな。ンなこと確かめてなンになるってンだ」

「もしハードルになるなら、事前に高さを測っておきたいと思うのは当然の心理だろう?」

「だから、そもそもそれが無意味だって言ってンだよ」


だからといって、恐れるに足るほどの相手かといえば、答えはNOだ。


「越えられねェとわかってるハードルってのはな、ハナからコースに設置されないことを祈るしかねェンだぜ――――オマエみたいなカスが走者なら、なおさらな」


「反射」の壁を越えられない者は、第一位にとって敵に値しない。
223 :――暴力は極力避けるもの [saga]:2012/05/05(土) 23:09:18.50 ID:9mEeEzg40

「オマエごときがこの俺を測る、か」


久々に一方通行は、唇が裂けるほど深々と、にまりと笑った。


「弁えろよ、三下」


そして、ステイル=マグヌスを思うさま哂った。


「たとえば、だ。俺がオマエの目の前で、あのシスターを素っ裸に剥いて、乳臭ェ穴に棒突っ込んで掻き回して、喉が裂けるまで泣き叫ばせてやったとする。それでも、“オマエには”何もできやしねェ。なぜなら、大して強くもねェからだ。オマエの華々しい戦歴については、上条から聞いてるぜ?」


安い挑発である。
我ながら感心するほどのテンプレだった。
余程のバカでないかぎり、こんなあからさまな挑発には乗らない。


「どうだ。ムカついたかよ、チンピラ」


背後の闇が生き物のように蠢いた。
科学の街の薄明かりを浸食し、魔術師の足場を喰らおうと、暗闇が獰猛に牙を剥く。
対するステイル=マグヌスは、


「いるんだよな、世の中には。どう足掻いても勝てない相手っていうのが。そして僕の目に映る世界には、そんな手合いが少しばかり多すぎる」
224 :――暴力は極力避けるもの [saga]:2012/05/05(土) 23:11:18.61 ID:9mEeEzg40

やはり、笑った。
足許まで忍び寄っていた科学の街の宵闇を、ありもしないものに触れたように、笑い飛ばした。


「君は一見、隙だらけの『最強』だ。一年前の八月三十一日に負った傷は、測り知れないハンデを君に与えた。そうでなくとも、かつてハワイ諸島で『グレムリン』は、君に魔術を強制行使させるという奇策を用いて『壁』をすり抜けた。このように時間限定の『最強』には、いくらでも突くべき陥穽がある……ように、見える」


「最強」というワードに、ことさら力が込められたように一方通行は感じた。

一方通行は知らない。
眼前の脆弱な魔術師が、仮初の「最強」を名乗るために、どれほどの犠牲を払ったのか。

ステイル=マグヌスは知らない。
眼前の華奢な能力者が、本物の「最強」であることを良しとせず、どれほどの犠牲を払ったのか。

異質な「最強」の間に介在するある種の因縁が、あるいはこの二人を引き寄せたのかもしれなかった。


「学園都市第一位の真価は、ベクトル操作などではない。君の能力の真髄は、桁外れの帰納計算能力による、物理法則上で発生し得る全事象のシミュレートおよび再現だ。ハンデを補ってあまりあるほどの絶大な超能力だ、と魔術サイドとしても判断せざるを得ない」


合理的で冷静沈着かつ、身の程を弁え尽くしたプロの戦闘者。
称賛に値するほぼ完璧な戦力分析が、滔々と語られる。


「要するに、僕じゃあ君に勝てるわけがない。Q.E.D.としては及第点じゃないかな?」


それは、寸分まで違わず一方通行の予想通りの反応だった。
225 :――暴力は極力避けるもの [saga]:2012/05/05(土) 23:15:27.70 ID:9mEeEzg40

予想通りだ。
なにもかも、予想の範疇に収まって、みじんもはみ出すことのない男だった。
ステイル=マグヌスが予想通りの男であったという事実に、一方通行は失望を隠せない。
それも、ステイル本人に失望したわけではなかった。


「もォいいぜ、オマエ」

「なに?」

「見逃してやる。生き長らえさせてやる。だから帰ってオネンネしていいぜ、つってンだよ」

「馬鹿に不機嫌そうじゃあないか。何か僕の言動が気に障ったなら謝るよ」


誠意のかけらも見受けられないニヤケ笑いにも、最早怒りすら湧いてこなかった。
元より、一方通行にとってステイル=マグヌスなど路傍の石ですらありはしない。
今さら一つ二つ無礼を働かれたところで、石くれ以下の塵っカス相手に癇癪を爆発させるほど滑稽なこともない。


「どォでもいいンだよ、オマエなンざ」


だから、そういう問題ではないのだ。

眼前の石ころを透かしたその向こう側の景色で、別の人間に期待を裏切られたような気がしてならなかった。
自分の知る「余程のバカ」なら、今の陳腐な挑発でも間違いなく殴りかかってきた。
ステイル=マグヌスがそういうバカをやれない人間だということは、よくわかった。
226 :――暴力は極力避けるもの [saga]:2012/05/05(土) 23:17:49.69 ID:9mEeEzg40

苛立ち混じりに身体を翻し、躊躇なくアスファルトを強く蹴り抜いた。
こんな男になど用はない。


(はっ。こんな程度のタマなしに、アイツは)


惚れた女のために馬鹿になることもできない、この程度の男にアイツは――――上条当麻は危機感などを抱いているというのか。
胸を埋め尽くす飢餓感の原因は、突き詰めればそこにしか求められなかった。


(苛……? おいおい、こりゃ俺もどうかしてるな。甲斐性なしどもの色恋沙汰がどうなろうと、俺の知ったことじゃあ)


もうやめだ。
これ以上は考えるべきではない。
胸糞の悪い三流以下のカスと邂逅してしまったことなど、可及的速やかに寝床に就いて忘れてしまうべきだった。


「待て」


背後から呼び止められた。
が、止まってやる気はなかった。
石ころの戯言など、聞く耳持たない。
227 :――暴力は極力避けるもの [saga]:2012/05/05(土) 23:18:50.79 ID:9mEeEzg40

「立場上、言っておかなきゃならないことがあってね」


徐々に徐々に、距離が開いていく。
声が遠く、小さくなっていく。
五メートル、十メートル、二十メートル。


「さっきのアレ、冗談だとはわかってるんだが。できれば二度と、僕の前では口に出さないよう、注意を払ってくれないか」


五十メートル地点に差し掛かったところで一方通行は、反射的に脚の筋肉に休息信号を送ってしまった。
聞こえるか聞こえないか、そこからして微妙なはずの遠吠えに、直近で耳朶をくすぐられたような錯覚を覚えた。
後背を取られたという錯誤が、無意識のうちに首筋のスイッチに指を運ばせていた。

怜悧で、冷酷な、人殺しの声だった。


「二度と会う気もねェが、一応聞いておいてやる。何でだ?」

「簡単なことさ。いくら君でも」


消えかけのろうそくを吹き消すようなか細い呼気が、獅子吼を超える気魄とともに叩きつけられる。
届いた瞬間、夜風が凪いだように一方通行は感じた。
228 :――暴力は極力避けるもの [saga !red_res]:2012/05/05(土) 23:19:58.99 ID:9mEeEzg40





「生きたまま四肢を焼かれたくはないだろう、クソったれのモヤシ野郎?」





229 :――暴力は極力避けるもの [saga]:2012/05/05(土) 23:20:42.95 ID:9mEeEzg40

ぬるりとした大気の流動が、秒針の刻む無機質な音響と共に世界に帰ってきた。
シャツの下の二の腕にかすかな鳥肌が浮き出る。
頬を血腥い風にはたかれて、一方通行は笑った。


「イイな、オマエ」


今度という今度こそ、心底から笑った。
五十メートル先の神父もまた、純粋な殺意に染まった、何か嬉しいことでも起きたかのような、“イイ”顔をしていた


「――――イイ馬鹿だ」


ほんの少しだが見直してやろう、という気分にはさせられた。
本源を抉り取ってくるような苛烈な殺意の裏に、第一位をも打倒し得る切り札が隠されているから、ではない。

その恵まれた体躯から放たれた威圧感など、肩で受け流せる。
数多の強者と渡り合った自分からすれば、この魔術師は垣根帝督や御坂美琴にすらはるか及ばない。
ステイル=マグヌスは一方通行から見て、論ずるにも値しない格下中の格下だ。

だが。
否、であるがゆえに、そういう問題ではないのだ。
少なくとも今この瞬間において、力の強弱など瑣末なことだった。

ステイル=マグヌスは、自分を倒す算段など微塵もつけていない。
冷静に、沈着に、彼我の実力差と勝ち負けを綱引きできる、利口な“プロ”の眼などしていない。

全身を貫く衝動に任せて、愛する女を想像上で凌辱してみせた下衆を、八つ裂きにすることしか考えていない。
いわば、獣の眼だった。
230 :――暴力は極力避けるもの [saga]:2012/05/05(土) 23:22:02.85 ID:9mEeEzg40

その極まった愚かしさは、一方通行に二人の男を想起させた。

義理もへったくれもない二〇〇〇一人の女のために、己(さいじゃく)に挑んできた最弱(さいきょう)。
魂を売ってでも守り通したい一人の女のために、己(ちょうてん)に牙を剥こうとした無能(ていへん)。

ああいう眼をした底なしの馬鹿は決まって、いざとなったら本当に“ヤる”。
四肢を飛ばそうが首をへし折ろうが敵の喉笛に喰らいついて、死んでも離れようとはしないだろう。


「手の付けられねェ犬っコロが。付けられねェ手は、出さないに越したことはねェな」

「懸命な判断だよ、第一位。僕の前にもう一度姿を現してしまったら、そのときが君の最期だ」

「コワイコワイ。薄汚い捨て犬風情に狂犬病でも遷されたら、堪ったもンじゃねェな」


一対の爛々と濁り輝く紅玉が、熱気を帯びた視線を肌に突き刺してくる。
もはやこれは、獣と呼ぶにもおこがましい――――けだものの眼(まなこ)だった。


「オマエの屠殺処分は俺の役目じゃないらしい。そのときが来たら、せいぜいヒーローのイイ引き立て役になれや」

「舞台袖にすら上がれない部外者が。せいぜい、君の信奉するヒーローの勝利を祈ってることだね」


どこか空々しい捨て台詞を投げかけ合って、殺人者たちは互いに背を向けて歩き出した。
そうして二度と、視線を交わらせることはなかった。
231 :>>1 ◆eu7WYD9S2g [saga]:2012/05/05(土) 23:24:14.79 ID:9mEeEzg40

相手が十分遠ざかったところを見計らって啖呵を切るステイルくんは当て馬の鑑
美琴ちゃんに勝てたからって調子に乗ってたんでしょう、多分
ではまた
232 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新潟・東北) [sage]:2012/05/07(月) 17:28:33.64 ID:1CbG/65AO

233 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2012/05/10(木) 12:21:30.56 ID:vyjRsDj20
おつー
234 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) [sage]:2012/05/11(金) 18:15:29.06 ID:2Lrx8hymo

235 :>>1 ◆eu7WYD9S2g [saga]:2012/05/12(土) 22:59:35.55 ID:3keTbGPj0



d

236 :人の上に咲く花など [saga]:2012/05/12(土) 23:00:22.95 ID:3keTbGPj0

得も言われぬ視線を首筋のあたりに感じて、思わず振り返る。
しかし猫の子一匹見当たらず、インデックスは軽く首を傾げてから深呼吸をして、目の前のドアノブに手をかけ直した。
両開きの大扉は一見して真新しく、大した音も立てず左右に別たれる。
踏み入れた脚を十歩ほどで一旦止めて、ゆっくりと周囲を見回した。

正面に掲げられた立派な十字架。
祭壇の奥の内壁で微笑むステンドグラスの聖母。
一度に五十人ばかりしか入場できないであろう、小じんまりとした聖堂。

構成物のすべてが、科学の最先端を標榜する街並みに似つかわしくない、そんな空間。
しかしインデックスは不思議と、鼻孔をくすぐる蝋の仄かな香りに安らぎを感じていた。


「ようこそ、当教会へ。本日はどうされましたか」


祭壇の脇で書物をめくっていた司祭が、柔和な笑みで出迎えてくれた。
黒一色の神父服と、教会の高い天井に見劣りしないだけの長身が印象的な男性。

ただ彼の相貌そのものは、実に没個性的な代物だった。
目線を少しでも離せば次の瞬間に、どんな顔立ちをしていたか、あっさり失念してまいそうでさえある。
だからインデックスは、彼から片時も目を離さなかった。
ねめつけるように挑戦的な眼差しを、神父は変わらず微笑みながら受け止めていた。


「ステイルはそんなに、私と“顔”を合わせたくないの?」
237 :人の上に咲く花など [saga]:2012/05/12(土) 23:01:39.99 ID:3keTbGPj0

神父の笑みの種類が、その一言を境に如実に変化した。
右手が唇の前で空を切り、ありもしない煙草を掠めとる。
おなじみの仕草の後、その肩口が大きくすくめられた。


「冗談だよ、インデックス。そう目くじらを立てないでくれ」


神父は額に白いカードを当てたかと思うと、口唇を二度割って二節の単語を紡いだ。
途端に、透明の靄で覆われたようだった男の顔立ちが誰の目にも――その場に立ち会ったのはインデックス一人だったが――鮮明に浮かび上がってくる。
認識阻害の魔術が解除されたのだ。


「いつもの姿で応対していたら、教会に誰も寄りつかなくなるだろう。営業のためには仕方ないんだよ」

「……びっくりした。頭の可哀想な人みたいな恰好してるって、自覚はあったんだ」

「心外だな。僕はすこぶる常識人だよ」

「常識人は普通、好きな女の子相手に変装したまま応対したりしないんだよ……」


ぶつくさ、心の声が無意識に外へ出てしまう。
一度出会ってしまえば、かっちり着込んだ神父服との鮮やかすぎるコントラストも相まって、絶対に忘れられないだろう奇抜な風貌。
「頭の可哀想な人みたいな恰好」の神父は、インデックスの暴言も愚痴も耳に入らなかったかのような素振りだった。


「改めまして、ようこそ当教会へ。本日はいかな御用件ですか、迷える子羊風シスターさん」

「人をフレンチのメニューっぽく呼ばないでほしいんだよ!」
238 :人の上に咲く花など [saga]:2012/05/12(土) 23:02:55.14 ID:3keTbGPj0

ぷい、とそっぽを向いて用件を短く告げる。


「今日は、あなたのことが知りたくて、来たんだよ」

「そりゃまたどうして」

「粗探し、かな。あなたへの評価を下げたいのかも」

「くくく、どうぞご勝手に。そんなことで僕の思惑は外せやしないがね」

「自信あるんだ? 私を、その……ほ、惚れさせちゃう、自信が」

「ご想像にお任せするよ」

「ふーん、だ」


のれんに腕押し、糠に釘。
慣れないながらに必死で振り絞ったイヤミをあっさりかわされて、憤慨に鼻息を荒くしながら居並ぶ長椅子の一つに、乱暴に腰掛ける。
数秒遅れてステイルも、同じ長椅子の反対側の端に、静かに腰を下ろした。


「律儀だな、君は。その気がないなら、迷うことなくスッパリ斬り捨ててしまえばいいんだ」


どこまでも他人事のように、ステイルは言った。
239 :人の上に咲く花など [saga]:2012/05/12(土) 23:04:08.74 ID:3keTbGPj0

「私は、忘れられないから」


ポツリ。
に向かって語りかけるような角度で、インデックスはつぶやいた。


「あの時ああしておけばよかった、こうしておけばよかった。そういう後悔を、私は忘れられないはずだから。だから、その時々で絶対に後悔せずにすむ答えを、どんなに時間がかかっても出しておきたいの」

「……君の能力の根本を、一時とはいえ研究した身として言わせてもらえば、君の完全記憶能力の本質はあくまで『瞬間映像記憶』だ。映像の再生にともなって感情が想起されるなどということは、ない」

「うん、知ってる。だからこれは、私の気分の問題なの。あなたのことを知り尽くして、あなたを選べない決定的な理由を見つけたあとで、ふってやるの」

「そうかい」


くぐもった、皮肉げな笑い。
上条家を訪れたあの日以来、ステイル=マグヌスは本当によく笑うようになった。
それまでインデックスが見たことのなかった表情を、たくさん見せてくれた。

ただその中に純粋な、心の底からの笑顔がほとんど見当たらないことが、どこかしらインデックスの心に引っ掛かっていた。


「そんなことより、あなたの話を聞かせてほしいんだよ」

「話と言われても、何を話せばいいのやら。フリートークはあまり得意な方ではないんだけどね」

「昔の私と、あなたの話を」
240 :人の上に咲く花など [saga]:2012/05/12(土) 23:05:33.07 ID:3keTbGPj0

空気がぴり、と音を立てたような気がした。


「そんな昔話に大した意味はないな」

「意味があるかないかは、聞いた後で私が考えることなんだよ」

「僕が断じてやるよ。そんな話をしても意味はない。なぜなら君と“前”の君は、別人だからだ。だったらそんな昔語りは、僕と、君とは関係のない別の女の子の、アルバムの中の思い出話だということにしかならない」

「それでも私は!」


ステイルはどこまでも頑なだった。
われ知らずのうちに気炎を上げてしまいそうになる。
しかしステイルは、片手を小さく挙げるだけでその炎を遮った。


「いい機会だ、僕からも聞いておきたい。君は、上条当麻という男の何を愛している?」

「……なに、それ。どうして、そんなこと聞くの?」

「ライバルの情報は多いに越したことはないだろう?」

「だったら私が、あなたの好きだった女の子のことを、知りたいと思ってもおかしくないよね。ライバルの情報は、多いに越したことはないんだから」


二人の中空を駆けるすきま風が停滞するのを、インデックスは肌で感じた。
重苦しい沈黙が肩に圧し掛かる。
横目でステイルの表情を窺った。
241 :人の上に咲く花など [saga]:2012/05/12(土) 23:07:37.06 ID:3keTbGPj0

「彼女を失ったら、僕は生きてはいられないんだろうな、と思ってた。そのぐらい、大事な人だった」


遠かった。
目が、視線が、見ているであろう世界が、遠かった。
今この瞬間、ステイルはインデックスを見てはいなかった。
それがどうしようもなく、胸を締めつけた。


「息が苦しくなって、眼の前が霞んで見えて、食欲が湧かなくなって、まるで恋する乙女の症状だ。そのくせ、心臓だけがゆっくりと、生きる力を失っていくような気がした。朝起きたら、死んでるんじゃないのか。そう考えている自分が、恐ろしくなった。何よりも怖かったのは、死ぬことを厭っていない自分が、そこにいたことだ。死を、むしろ望んでさえいる自分がいることに、気が付いたからだ。死んだら、あの子のところまでいけるんじゃないのか。そう考えている自分を否定できなかったからだ」


ステイルにとっては、手を伸ばしても伸ばしても届かない、あまりにも遠すぎるあの日。
インデックスにとっては、生まれた瞬間まで遡っても絶対に辿りつけない、「あの日」ですらないその日。
自分は第三者視点でしか彼の過去を俯瞰できない。
それがどうしようもなく、哀しかった。


「気が付けば、あれからもう二年以上が経っていた。僕は結局、いまだ惨めに生きながらえている。要するに、いくら口で『大切だった』などとのたまってみせたところで、僕にとっての彼女はその程度の存在だったのかもしれない」

「人は、忘れるから生きていけるんだよ」

「君がそれを言うか。皮肉かい?」

「私はあなたに、あなたの好きだった人を卑下してほしくないだけなんだよ」

「……この話はここまでだ。お喋りがすぎた」
242 :人の上に咲く花など [saga]:2012/05/12(土) 23:08:06.01 ID:3keTbGPj0

男――いや、そういえば彼は十五歳なのだった、ならば少年――の長い睫毛の内側で、そっと目が伏せられる。
昔話が、本当に好きではないらしい。


「君は」

「え?」


視線が正面から絡み合った。
絡み合う、という表現がまさにぴったりだった。


「僕と同じ空間にいて、イヤにならないのか?」


喉の奥底で呼気が淀む。
とっさに言葉が出なかった。


「君は、どうあがいたところで僕の知るインデックスにはならないし、なることもできない。自分ではない自分を知る者が、その面影を少なからず、好き勝手に重ねてくる。そういう状況に晒されて、不快にはならないのか?」


正面からステイルの紅い瞳に向き合ったのは、初めてのことかもしれなかった。
いや、“しれなかった”ではない。
間違いなく初めてだ。
覗きこまれたことはあっても、覗きこんだのは初めてだった。

強い意志を秘めた紅玉は、今までに見たどんな海よりも透き通っていて、どんな空よりも遠くに感じた。
やはりステイルは、自分を見てくれてはいない。
そう、思った。
243 :人の上に咲く花など [saga]:2012/05/12(土) 23:08:50.97 ID:3keTbGPj0

「苦しいよ」


口をついたのは、誰の心の内容物を言い当てたものだったのか。


「あなたは? あなたは、イヤじゃないの?」


私はなんのためにこの場所に来たのだろう。
インデックスはもはやそんなことさえも忘れて、必死に、思いのままに言葉を紡いでいた。


「好きだった女の子と同じ顔をした、別の女と喋ってて、不快にならないの?」

「っ!」

「…………ごめん、なさい」


言い終えてからしばらくして、あまりの居た堪れなさに顔を伏せる。
私は本当にこんなことを聞きたかったのだろうか。
インデックスには、それすらもわからなくなっていた。

十指にシルバーリングの嵌められた指先が、視界の端で頼りなさげに上下していた。
ステイルのごつごつした手のひらが、唇をなぞる――――寸前でのろのろと降りていって、固く結ばれた。


「痛い」
244 :人の上に咲く花など [saga]:2012/05/12(土) 23:10:05.77 ID:3keTbGPj0

痛い。
静かな一声が、どんな刃物よりも鋭利に胸を切り裂いて、消えた。


「時々、どうしようもなく痛くなる」


痛かった。
インデックスも、心臓の奥が切り裂かれたように痛んでしょうがなかった。


「……今日は、ここまでにしようか」

「え?」

「お客様のお見えだ。神父としての職務を果たさなければね」


突如としてステイルが立ち上がり、大扉の方向に視線をやった。
そういえば、とインデックスは教会に入る直前のことを思い返す。
誰かに見られている感覚。
今にして思えばあれは、ステイルが活動拠点に張り巡らせておいた監視魔術の一種だったのだろう。


「ちょ、ちょっと待って」

「待たないよ。君と僕には次の機会があるが、今日この教会を訪れる人々にはそんな暇はないかもしれない。悪いが、仕事を優先させてもらう」

「…………わかったんだよ」
245 :人の上に咲く花など [saga]:2012/05/12(土) 23:11:03.62 ID:3keTbGPj0

有無を言わさぬ口調が外見に似合わず真摯なもので、面喰って頷いてしまう。
こう見えても馬鹿がつくほど真面目な少年なのだ、とインデックスにもだいぶ理解が及んできた。
今よりももっと幼い時分から仕事一辺倒で生きてきたであろう、彼の生の在り様。
その片鱗を垣間見た気がした。


「それは重畳――――外の方、どうぞ遠慮なくお入りくださ」

「ステイルちゃぁぁぁぁぁんん!!!!」

「ぶほっ!?」

「……インデックス? どうしてここにいるの?」

「!?」


あまりにも様々な事件が、ほぼ同時に勃発した。

ステイルが後ろを向いて額にルーンをかざす。
認識阻害の魔術をかけ直す気なのだろう。
徐々に押し開かれていいく扉の隙間から陽の光が差し込んできて、インデックスは目を細めた。

と思ったら次の瞬間には、ピンク色の弾丸がステイルの懐に向かって一直線、飛び込んできていた。
と思ったら次の瞬間には、インデックスの真横に知った顔の巫女さんが影から這い出たような唐突さで佇んでいた。


「あ、あいさ?」

「おや、シスターちゃんではありませんか」

「こもえまで!?」

「ちょっ、つう……! おい、みぞ、みぞおちに入ったぞ今のっ……!」
246 :人の上に咲く花など [saga]:2012/05/12(土) 23:12:28.36 ID:3keTbGPj0

頭部から激突してステイルを悶えさせたのは、頭のてっぺんからつま先まで全身桃色で固めた学園都市の生ける神秘こと、合法ロリ教師月詠小萌。
耳元で囁いてインデックスを震え上がらせたのは、時代錯誤の巫女装束に艶やかな黒い長髪が冴える、ステルス巫女こと姫神秋沙。
両名ともに、インデックスが日頃から友誼を結んでいる親しい友人だった。


「君たち、何の目的でここへ……というか、どうしてこの場所が……!?」

「土御門ちゃんに聞きました」

「土御門くんに教えてもらった」

「またかあのシスコン!」

「……ステイルは、二人のことを知ってるのかな?」


意外すぎる偶然の一致に、尖った疑問符が口をつく。
と同時に、胸の内側で黒っぽいもや状の何かがざわついた。
泡を食って慌てふためくステイルの表情。
自分が現れた瞬間よりもよほど狼狽しているように見えてならなくて、まったくもって面白くなかった。


「以前姫神ちゃんが大怪我を負ったところを、通りがかったステイルちゃんが介抱してくれたことがあるのですよー」

「……まあ。実を言えば。それ以前にも助けてもらったことはあるんだけど」


姫神が首から下げた、銀のケルト十字が目に留まる。
そういえば、と記憶の一ページを頭の片隅に呼び出した。
三沢塾事件、吸血殺し、姫神秋沙。
事の顛末は断片的にしか聞き及んでいないが、確かなことが一つだけある。
上条当麻と共に錬金術師に挑んだであろう魔術師が、インデックスが留守を預かる学生寮に刻んでいった痕跡は、実に特徴的なルーン文字だった。
247 :人の上に咲く花など [saga]:2012/05/12(土) 23:13:43.37 ID:3keTbGPj0

「水臭いですねー、学園都市勤務になったなら一言ぐらい挨拶をくれてもいいじゃないですかー」

「私も。初耳だった」

「なぜ君たちにそんなことを教えなければならないんだ!?」


目をキョロキョロさせて対応に四苦八苦する顔には、年齢相応の未熟が見え隠れしていた。
すっかり置いてきぼりにされたインデックスが茫然とその様を観察していると、泳ぎに泳いでいたステイルの視線とかち合う。
即座に紅い瞳が、もの凄い速度でぷいと逸らされた。


「ぷっ」

「っっ!! わ、笑うな!」


その仕草があまりに、普段の様からは想像もつかないほど子供じみたものだったので、思わず噴き出してしまった。
ステイルの頬は途端に、彼自身の頭髪にも負けないほどの紅潮ぶりを披露する。
インデックスが今までに見たこともない、ステイル=マグヌスの意外な一面だった。


「いやぁ、それにしてもステイルちゃんとシスターちゃんがお知り合いだったなんて、世の中は実に狭いのです」

「…………ステイル『ちゃん』?」

「お、おい! その呼び方はやめてくれ! 頼むから!」

「? そう言われましても、私にとって年下の子はみんな『ちゃん』ですから。ねー姫神ちゃん、シスターちゃん?」
248 :人の上に咲く花など [saga]:2012/05/12(土) 23:15:05.99 ID:3keTbGPj0

小萌に呼びかけられて、自然と姫神と目が合った。
日頃表情の変化に乏しい姫神がその瞬間、何かを察したようにふっ、と頬を緩めた。


「そう。小萌先生はそういう人だから。諦めた方がいいと思う」

「んふふー、ステイルちゃんってば顔が真っ赤なんだよ」

「〜〜〜〜っ!! 冷やかしなら帰れっ! 僕は暇じゃないんだ!」

「おや、そうなのですかシスターちゃん?」

「さっきまで私と仲良くお喋りしてたかも」

「ああ、くそっ! たった今忙しくなったんだよ、頼むからとっとと帰ってくれ! Hurry,huryy,hurry up!!」

「……あ、あはは! あはははは!」


腹の底から沸き上がってくる笑いを、インデックスはついに堪えきることができなかった。
つられて小萌が満面の笑みを見せ、ついで姫神までもが下を向いて肩を震わせる。
ステイルはますます頬を紅潮させ、肩を思いきりいからせてそっぽを向いてしまった。

今日はもう、話の続きを聞けそうにもない。
それでもインデックスは、突然の闖入者たちに心からの感謝を示したかった。
進むべき道は、彼女らによって照らし出されたようなものだった。

たとえ自分がどのような結論を下したとしとも、こんな風に皆が笑える未来が欲しい。
上条と自分とステイルが、他愛もないことでケンカしては仲直りできるような、平凡な明日が欲しい。

祭壇の奥で微笑むガラス造りの聖母を前に、インデックスはそう祈らずにはいられなかった。
249 :>>1 ◆eu7WYD9S2g [saga]:2012/05/12(土) 23:18:21.92 ID:3keTbGPj0

誰だよステイルを捨て犬とか言った奴
ちゃんとしたフラグもあるじゃないか(憤怒)



なお本命相手には
250 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/13(日) 11:41:22.56 ID:/bkYoRzDO

思わず俺も笑ってしまう光景だ
251 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/13(日) 15:10:42.59 ID:Ni1OjO5Jo
ステイルちゃんかわいいよステイルちゃん
頑張ってるからフラグも立つよ、ヘタレだから回収出来ないけど
252 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(中国・四国) [sage]:2012/05/13(日) 22:04:45.70 ID:jrQ4hm7AO
和気あいあいでかわいいなー!!
そして、記憶関連はやっぱり切ないな…だがそこがインデックスやステイル達の醍醐味だからな!!
いつも楽しみにしてます!! 乙です!!
253 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/14(月) 08:28:32.07 ID:1T1ULzFB0
ステマ乙
254 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2012/05/17(木) 11:41:33.11 ID:50/6/jLk0
すている乙
255 :>>1 ◆eu7WYD9S2g [saga]:2012/05/20(日) 21:40:15.33 ID:zQfIGP0D0

ステマするにも元から一定の人気というものがないと(ry

>>252
ほんと、そこが一番いいんですよね
仮に記憶消去がうんぬんという要素がなかったら、>>1もそこまでステインにのめりこまなかったでしょう
256 :すべての人間は―― [saga]:2012/05/20(日) 21:44:23.80 ID:zQfIGP0D0

その日はやけに雲が高いと感じた。
人の視線がいやに突き刺さってくる日だな、とその時はまだ、上条はのんきに構えていた。


「頑張ってね。上条くん」


教室に入って席に着くなり姫神が、励ますようにポン、と肩にそのたおやかな手のひらを置いてきた。
何事かと目を丸くしていると、クラス一背の低い担任教師がすたすたと教壇に上がり、こちらに目線を合わせてきてにっこり頷いた。


「はーいおちびちゃんたち、遅刻欠席早退仮病その他もろもろの悪事を企ててる奴はいませんかー。出席を取るのですよー」


上条当麻にとっての運命の一日は、こんなふわふわしたわけのわからないやりとりに彩られて、その幕を開けたのであった。
257 :すべての人間は―― [saga]:2012/05/20(日) 21:46:41.11 ID:zQfIGP0D0

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


放課のチャイムが鳴った。
部活動の準備に勤しむクラスメイトたちを尻目に、上条はそそくさと帰り支度を始める。
それを目の端に留めたのか、変わり映えのしない顔ぶれが蟻のごとく群がってきた。


「カミやーん、最近付き合い悪いやん? たまにはボクの帰宅部活動にも協力してーな」

「貴様の部活はただのナンパでしょうが! 青髪、いい加減にしないと災誤先生にヤキ入れてもらうわよ!」

「おーこわ、吹寄は年々言葉遣いが荒々しくなってくにゃー」

「上条くん。たまにはハンバーガーを肴に私たちとお茶してくれてもいいはず」

「ははは……」


自然と乾いた笑いがこぼれる。
青髪ピアス、吹寄制理、土御門元春、姫神秋沙。
本当に、まったくもって、一分の隙も見当たらない『いつものメンバー』勢揃いだった。
紆余曲折を経て二年に無事進級した上条を待ち受けていたのは、鏡映しかと疑いたくなるほどに変わり映えのしない、いつもの日常だった。


「なあ姫神。朝のアレ、なんだったんだ?」

「……アレ。ってなに?」

「『頑張って』とかなんとか」

「…………あぁ」
258 :すべての人間は―― [saga]:2012/05/20(日) 21:48:28.24 ID:zQfIGP0D0

「なんなんカミやん、またなんかやったん?」

「『また』ってなんだよ。お前はちょっと引っ込んでろ」

「そないなにべもない。ヒドイわぁカミやん、それでも親友?」


手の甲だけで青髪を追い払ってから、上条はあらためて姫神に向き直る。
姫神秋沙は茫洋とした眼差しをほとんど動かすことなく、淡々と上条の疑問に応じた。


「この間。三沢塾のときの神父さんに会ってきた」

「……は?」

「小萌先生に誘われたから行ってみた」

「へ、えぇ?」

「そしたらちょうど。教会でインデックスと鉢合わせた。それで大方の事情を根掘り葉掘り聞き出しました。ついでにクラス中に話題を広めておきました。まる」

「はあああぁぁぁぁぁぁ!?」


弾かれたように席を立って、教室中を見回す。
潤んだ瞳がまぶしい女子多数。
恨みがましく睨みつけてくる男子多数。
劇的な反応を見せなかったのは、毎度おなじみ仏頂面を顔面に張り付けた吹寄ぐらいのものだ。
親指を上に立てて力強くスマイルしたかと思えば、一八〇度回転させてファッ○ューポーズを繰り出したのは言わずもがな、三バカ仲間のバカ二名である。
259 :すべての人間は―― [saga]:2012/05/20(日) 21:49:32.75 ID:zQfIGP0D0

「さて。いい加減に方針は定まったのかにゃー、色男? 神父クンとの男の勝負を引き受けてやる覚悟のほどは?」


肩を組んで囁いてくる金髪のバカにいたっては、一から十までまるっと見通されているような気がしてならない。
情報源がどこなのか、今さら問い質すのも馬鹿らしくなってくる。


「……決まったよ。俺もインデックスも、意見は一致してる」


どうせすべて割れているのならば、と上条はヤケ気味に腹の内をぶちまけることにした。
誰かに喋って重荷を下ろしたい、という心理がいくらか働いたのかもわからない。


「へえ?」


しかしサングラスの奥で光る曲者の眼は、ちりかけらほども笑っていなかった。


「ステイルの挑戦、受けることにした。今頃インデックスは、ステイルのところに宣戦布告のお返しに行ってるはずさ」

「……それは、アレか? お前、アイツを一人の女として……」

「いや、そういうわけじゃねえんだけどさ」

「……なーにやってんだか、この期に及んで」

「ぐ」
260 :すべての人間は―― [saga]:2012/05/20(日) 21:50:42.96 ID:zQfIGP0D0

ぐうの音も出ない、とはこの事だろう。
結局のところ上条は、インデックスに向ける愛情の種類を、ただ一つの何かに確定させられなかった。
そのこと自体はインデックスも承知している。
承知の上で二人は、ステイル=マグヌスが一方的に引いてきたスタートラインに爪先を揃えてやろう、とついに決意を固めたのであった。


「まあ、いいか。それよりカミやん、面白いモン見せてやるぜい」


土御門が苦笑しながらポケットから取り出したのは、気持ち大きめの液晶モニタが付属したPDAだった。
なぜだか、背筋に悪寒が走ってならない。
露骨に訝しむ目を向けると土御門は、


「実はステイルが赴任してきて間もない頃、俺も一回だけアイツの教会に遊びに行ってるんだにゃー」

「それがどうしたんだよ?」

「いやぁそれがだなカミやん、聞いてくれよ! あの不良神父と来たら、人の顔を一目見るなり『ぶぶ漬けでもいかがかな?』、ときたもんだ!」

「微妙に狭い日本かぶれだな……まあ、ステイルの気持ちもわかる。俺だって玄関を開けるなり出てきたのがお前だったら、反射的に身構えたくなるからな」

「はははこやつめ。それはさておき、あんまりむかっ腹が立ったもんだから」

「だから?」

「監視カメラ一丁、仕掛けてきちゃった☆」


……想像の数段上を行くロクでもなさだった。
261 :すべての人間は―― [saga]:2012/05/20(日) 21:51:54.18 ID:zQfIGP0D0

「この端末をポチッとすれば、生中継で気になるあの子と憎いアイツの今に迫れるぜい、カミやん?」

「……吹寄、黄泉川先生呼んで来てくれないか? 盗撮魔が約一名、先生のお縄を頂戴したがってますってさ」

「合点承知よ」


呆れ顔の吹寄が教室を出ていく。
さすがに安心と信頼の常識人、迅速な行動だった。


「ちょちょちょ、ちょっと待ってくれよカミやーん!? そりゃいくらなんでも友だち甲斐がないぜい!?」

「あ、すいません。盗撮犯の友人は上条さんにはいませんので」

「距離感! 距離の取り方のリアルさ半端ないぜいカミやん!?」


ため息を隠そうともせず学生鞄を手に提げる。
ステイルと比較的近しい土御門の言うことだから、と耳を傾けたのが間違いだったようだ。
時間の無駄、ともいう。
ただでさえ今日は、上条当麻史上最大の闘いの火ぶたが切られる、精神への荷重甚だしい一日であるというのに。

犯罪者の始末を吹寄らに任せ、上条が家路に就こうとしたその時だった。
262 :すべての人間は―― [saga]:2012/05/20(日) 21:54:44.60 ID:zQfIGP0D0

「どれどれー? これでカミやんに男の勝負を挑んだっちゅー、無謀な勇者の勇姿が見られるん?」

「名前は確か。ステイル=マグヌスだった。と思う」

「あ、おい!?」


青髪ピアスと姫神秋沙が、興味津津で土御門のPDAと額を突き合わせていた。
止める間もなく青髪が、端末の電源ボタンに指を掛ける。
ブン、と静かな駆動音とともに映像が流れ出した。
どうやら教会の天井の隅から、鳥瞰で全体を見渡せるように配置したらしい。


「……あらら?」

「……え?」


青髪と姫神が揃って絶句した。
何事か、と土御門と顔を見合わせる。
途端に眼光鋭い魔術師へと早変わりした敏腕スパイが、PDAを二人の手からひったくった。
二度、唸るような声。
それと同時に、カメラの向こう側で何が起こったのか、上条の目にもはっきりと知れた。


「ステイルの奴、まさか…………おい、カミやん!?」


気が付けば土御門の声を背中で受けながら、上条は教室を飛び出していた。
263 :すべての人間は―― [saga]:2012/05/20(日) 21:56:03.47 ID:zQfIGP0D0

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


この教会を訪れるのも、都合四度目となった。
インデックスが叩きつけた宣戦布告を、ステイルは祭壇上で聖書に目を通しながら受け取った。


「そういうことに、なったというわけか」

「うん。そういうことになったんだよ」


この一月ほどで、自分の彼に対する態度もずいぶんと軟化してしまったものだ。
言い方は悪いがよい機会をもらった、とインデックスはそう思っていた。
自分と上条が互いに互いを見つめ直すための、よい機会を、である。


「上条当麻から、愛の言葉の一つも囁かれたかい?」

「ううん、一度も」

「……ヤツめ、いつまでも愚図愚図しやがって。まさか僕に遠慮しているということはないだろうし」

「そのまさか、かも」

「…………おいおい、それは本当かい」


ステイルの言い草は、上条とインデックスの仲を危ぶんでいるようでさえある。
とことんまで正々堂々の勝負にこだわる腹積もりらしい。
それはとりもなおさずステイルという少年の美徳であり、インデックスも好感を抱かずにはいられなかった。
264 :すべての人間は―― [saga]:2012/05/20(日) 21:58:34.33 ID:zQfIGP0D0

「この上なく困った男に惚れてしまったものだね、君も」

「それに関しては、全面的に同意しておくんだよ」


互いに見合って頬を綻ばせた。
眉尻を下げながら、頭の片隅でまったく別の思索を巡らせる。

張り付けたような、のっぺりとした作り笑いの、その裏側をなんとしても見通してやりたい。
数度に渡る無糖気味の逢瀬を通して、インデックスはいつの間にかそう考えるようになっていた。
インデックスの当面の目標は、ステイル=マグヌスが容易なことでは自分の前に曝け出そうとしない、混じりっ気のない素顔を暴くことだ。

ふと見れば当の神父さんは、こちらに背を向けてなにやらゴソゴソと怪しい物音を立てていた。


「なにしてるの?」

「“そういうこと”になったのならば、まずはスタートダッシュを決めさせてもらおう、と思ってね。この程度なら、まさかヤツも卑怯とは言うまいよ」


ますます意味がわからなくなって、首を傾げる。


「古来より女性の心を射止めんとするときは形あるものを贈って、自らの心を示すのが常道さ」


振り向いたステイルの表情に、インデックスもようやく彼の言わんとするところを察した。
頬に血が上ってくるざわざわとした感覚に、思わず身震いする。

要するに、プレゼントだ。
265 :すべての人間は―― [saga]:2012/05/20(日) 22:00:07.76 ID:zQfIGP0D0

つかつか、という迷いない足取りが祭壇の踏み板を掻き鳴らす。
ステイルがこちらに歩み寄ってくる。
長身と黒い神父服の陰に隠れて、その大きな手のひらに握られているであろう「贈り物」の正体は確認できなかった。


「よければ、目を瞑ってくれるかな」

「え」

「アクセサリの類なんだが、その……できれば、僕自身の手で君に着けてあげたいんだ」


心臓が、火照った。
火照ったどころか、轟と唸りを上げて燃え盛ったような心地ですらあった。


「え、あ、えぇ? その、私」


いいのだろうか、これは。
彼の申し出を受けてしまうのは、倫理上許される行為なのか。
上条に対する裏切りではないのか。
いやしかし、そもそも上条は自分に対して明確な好意を示してくれたというわけでもないし、


「なにも着けたまま帰ってくれと言ってるわけじゃない。今ここで、手ずから君に贈らせてもらえるなら、それだけで構わないんだ」

「あ……ご、ごめんね」
266 :すべての人間は―― [saga]:2012/05/20(日) 22:02:06.84 ID:zQfIGP0D0

苦笑いとともに提示された妥協案は、インデックスの心の内側をほぼ完璧に見通したものだった。
妥協させてしまった、という事実が羞恥をくすぐる。
一方で見透かされたという現実が不快感を煽ってこないことに、インデックスは驚きを禁じえなかった。


「いいかな、インデックス?」

「…………うん」


心の中で小さく、「ごめんねとうま」とつぶやいた。
そっと瞼を下ろす。
近づく靴音、高鳴る鼓動。

静謐な教会はどこまでも空気が澄んでいて、こうして目を瞑っていると別の世界に飛んできたような心地だった。

足音が止まる。
深呼吸がなされる気配。

いる。
すぐそこに、ステイル=マグヌスがいる。
自分にまっすぐな愛を告げてきた少年が、大人びた顔だちに似合わない純情さを丸出しにして、静かに佇んでいる。

かすかな呼吸音がはるかな高さから降りてくる。
首の後ろ側に腕を回されて、一瞬肩を跳ねさせてしまったが、互いの素肌が触れ合うことはなかった。
嫌な動悸だと思い込みたい鼓動が最高潮に達して、息苦しくなる。
267 :―――― [saga]:2012/05/20(日) 22:04:04.29 ID:zQfIGP0D0

ふいに、瞼の裏側の闇が弾けるように白んだ。
足下がもつれて倒れ込んでしまいそうになるのを、存外逞しい腕に抱きとめられた。
目を閉じているのに立ちくらみとは、おかしな話ではないか。

我ながら間の抜けた痴態に、インデックスは慌てふためきながら礼を告げようとする。
しかしなかなか言葉になってくれない。


「この僕を、ここまで信用してくれるとはね」









「ありがとう、本当に感謝しているよ――――愚かなお人形さん」


そのときになって初めて、インデックスは己の肉体を襲った異常事態を感知した。

横抱きに抱え上げられ、長椅子に横たえられる。
その間にインデックスの脳は、何度も四肢の筋肉に駆動命令を送っている。
だが動かない。
自分の身体だというのにまったく言うことを聞いてくれない。
重さのない強固な金具で、関節を内側から縛られているかのようだった。

そして何より、インデックスが目を瞠らざるを得なかった異常は――――
268 :―――― [saga]:2012/05/20(日) 22:05:13.27 ID:zQfIGP0D0

「気が付いているかい、インデックス? 君が一切の警戒心を解き放って、この僕を、この距離まで近づけたのは、これが初めてのことなんだよ」


ステイルの声色に“予定調和”の響きが織り込まれているという、直視しがたい事実だった。


「君へのプレゼントは、『ゴルゴンの眼』という霊装だ。ご存知かな?」


首元から下げたネックレスを、見せつけるように眼球の前に持ってこられた。
鎖の先に人間の眼球を模した、吐き気を催す純銀のパーツ。
ステンドグラスから差しこむ薄陽を照り返すそのかたちは、息を飲むほど美しく、そして不気味だった。

ご存じ、ないわけがない。
そういう皮肉を返すことも、今のインデックスにはできなかった。

『ゴルゴンの眼』。
古代ギリシャの魔術結社で使用されたという拘束霊装だ。
「見る」、「聞く」、「考える」、「生命を維持する」以外のあらゆる動作を封じる強力な拘束具。
発動条件の緩さに見合った簡素な解除条件を持つが、記録の棚から引っぱり出した資料によれば、


「この『眼』が優秀なのは、拘束された本人が外すことは絶対にできないという点だよ。まさしく、今回の“仕事”にうってつけの道具だ」


違う。
心の中だけで首を横に振った。
そんな台詞が聞きたいのではない。


「どうして僕がこんなことをするのか、かな?」
269 :―――― [saga]:2012/05/20(日) 22:07:05.16 ID:zQfIGP0D0

チッ、と火花の散る音。
鼻孔を不愉快に刺激する、眉をひそめたくなる臭気。
視界の先で揺れる一条の白煙。


「君も本当は、心のどこかでは薄々わかってたんじゃないのかな」


ステイル=マグヌスが煙草を吸っていた。
気持ち良さそうに紫煙をくゆらせ、悪辣に嗤っていた。


「僕は、最初から“君”のことなど眼中になかった」


命を狙われている、と信じて疑わなかった時期に幾度となく目の当たりにした表情だというのに、初めて見るもののように思えてならなかった。


「僕の“仕事”は最初から、君をこの霊装の射程範囲内に入れることだけだった。すべて、そのために仕組んでいた。君と親しくなって、同情させて、油断を誘って檻にブチ込む。なにもかも、この瞬間のためだけにあった」


嘘だ。
絶叫が声にならず、喉の奥に消えていくのを確かめて、次にインデックスは瞼を固く閉ざした。
聞きたくはなかった。


「無駄だよ。『見る』、『聞く』、『考える』ことしかできない。裏を返せばその三つの行いだけは、何があってもやめられない。『ゴルゴンの眼』は精神的な拷問具としての役割も兼ねているのさ」


間近で、瞳と瞳がぶつかるほどの至近距離で覗き込まれる。
そしてインデックスは目撃した。
270 :――どす汚れている [saga]:2012/05/20(日) 22:08:03.52 ID:zQfIGP0D0







「さあ。“回収”させてもらうよ――――『禁書目録』」







濁った紅玉の奥の奥で、今にも消えそうな灯がチロチロと蠢いていた。
271 :>>1 ◆eu7WYD9S2g [saga]:2012/05/20(日) 22:10:28.78 ID:zQfIGP0D0

さて、唐突ですがここでいったん、二か月ほど更新を停止させていただきます
ほんと申し訳ない、それではまた
272 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/20(日) 22:16:23.48 ID:edvWjDGto

さよなら
273 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/20(日) 22:22:13.31 ID:oCUsG5/so
ここでェ!?
274 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) [sage]:2012/05/21(月) 00:06:45.71 ID:bcjEYfHZ0
乙! 再開をお待ちしてます
275 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/21(月) 01:50:05.54 ID:B+8zjW7/0
こう言って帰ってこなかった>>1は何人もいるが、そうならないでくれよ…
276 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西・北陸) [sage]:2012/07/15(日) 18:37:24.65 ID:SFsp96oAO
もうちょいで二ヶ月な件
277 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/19(木) 22:56:58.81 ID:cYcdxgEco
明日でHTML化に依頼されるぞ
278 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/19(木) 23:04:39.64 ID:KoCYzQ8/0
この>>1は只者じゃないからなぁ
レス残してったことだし、タイムアップ直前に華々しく再開してくれたりするんじゃない?
279 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/20(金) 20:24:32.18 ID:ugfW+OCWo
+   +
  ∧_∧  +
 (0゚・∀・) ドキドキ
 (0゚∪ ∪ +
 と__)__) +
280 :278 [sage]:2012/07/21(土) 01:03:37.22 ID:CDnymLAO0
>>279
いや……なんか過度に期待させたみたいでごめん 悪かった

>>1
書ける状況になったらまたスレ立ててください 待ってる!
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