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黒井社長「行くぞっ!!青二才っ!!」(アイマスSS) - SS速報VIP 過去ログ倉庫

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1 :1 :2012/03/29(木) 11:41:12.32 ID:lnWJ8GSr0
初SS。とっても長くなった。
誰かトリップの付け方教えてくれ。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1332988867(SS-Wikiでのこのスレの編集者を募集中!)
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諸君、狂いたまえ。 @ 2024/04/26(金) 22:00:04.52 ID:pApquyFx0
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少し暑くて少し寒くて @ 2024/04/25(木) 23:19:25.34 ID:dTqYP2V2O
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/aa/1714054765/

渾沌ゴア「それでもボクはアイツを殺す」 @ 2024/04/25(木) 22:46:29.10 ID:7GVnel7qo
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1714052788/

二次小説の面白そうなクロス設定 @ 2024/04/25(木) 21:47:22.48 ID:xRQGcEnv0
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1714049241/

佐久間まゆ「犬系彼女を目指しますよぉ」 @ 2024/04/24(水) 22:44:08.58 ID:gulbWFtS0
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1713966248/

全レスする(´;ω;`)part56 ばばあ化気味 @ 2024/04/24(水) 20:10:08.44 ID:eOA82Cc3o
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/part4vip/1713957007/

君が望む永遠〜Latest Edition〜 @ 2024/04/24(水) 00:17:25.03 ID:IOyaeVgN0
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/aa/1713885444/

笑えるな 君のせいだ @ 2024/04/23(火) 19:59:42.67 ID:pUs63Qd+0
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/aa/1713869982/

2 :1 :2012/03/29(木) 11:44:30.50 ID:lnWJ8GSr0
【序章】

とある高級ホテルの大ホール。今晩、この中でVIP限定の会員パーティーが開催されている。
表向きはどこにでもある普通のパーティー。高級な酒と料理、後は会場前に設置されてい
る舞台で歌劇などの余興を観て愉しむようなものだ。
しかしこのパーティーの本当の目的は別のところにある。それはとある「非合法オークシ
ョン」であり、それを知っている客達は、パーティーを愉しむフリをしながらも、オーク
ションが始まるのを今か今かと待ちわびている。
やがてそんな客達の期待が熱気となって会場中に溢れ出し、隠し切れない人間のドロドロ
した欲望がギラギラした瞳から見え隠れする。

……いいねえ。実に私好みだよ。

「さあ皆様お待たせしました!只今より『エンジェルオークション』を開催します!」

会場のテンションが高まったところで、主催者がオークションの開催を宣言する。薄暗く
なる大ホールにスポットライトを浴びる舞台。
そして露出の高い水着を着せられた見目麗しい少女たちが、次々と舞台に登場する。そう、
このパーティーの本当の目的は、美少女を専門的に取り扱っている人身売買オークション
なのだ。
この会場にいるVIP会員は、只の客達ではない。政界・財界・芸能界など、各業界でそ
れなりに権力があり、財力があり、そして歪んだ欲望を持った真っ黒な変態共だ。脂ぎっ
たギラついた視線で、舐め回すように舞台上の少女を見ている。

全く、そんなに遠慮なく見るんじゃないよお盛んなジジイ共が。『私の』女の子達が怖がっ
ているじゃないか。

やがて今回のオークションの商品である少女達が出揃ったのか、司会役の男が少女達の首
輪に番号タグを取り付けていく。ちなみに少女達は首輪と手錠で拘束されている。ここに
来るまでよほどひどい目に遭ったのだろうか、『商品』である以上暴力など、直接的な外傷
は受けてないようではあるが、皆精神的にかなり痛めつけられたようで、抵抗する素振り
もなく虚ろな目でタグを取り付けられている。中には羞恥と恐怖で目に涙を浮かべている
娘もいるが、最早泣き叫ぶ気力もないようだ。

「さあ舞台上の女の子達が出揃ったところで、いよいよオークション開始です!今回は現
段階ではもちろん、将来的にも美しくなること間違いなしの美少女達が揃いました!ど
う扱うかはあなた次第!愛人にしてもよし、売春婦にしてもよし、家畜にしても玩具に
しても、愉しめる事間違いなしです!皆さん財布の準備はよろしいですか?」

下品な笑顔でこのうえなく下品な事を言う司会の男が手に持った鎖を引くと、1番のタグ
が取り付けられた少女が引っ張られてきた。いよいよオークションの開始である。

「1000万!」
「1500万!」
「2000万!」

客達が次々に声を挙げる。そんな中、私は手に握りしめた携帯電話からの連絡を待ってい
る。まずいな…競り落とされる前に動きたいのだが。
3 :1 :2012/03/29(木) 11:48:32.95 ID:lnWJ8GSr0
「3500万!他に居ませんか?1番の女の子、3500万でよろしいですかあ〜?」

いかん、入札が止まってしまった。このままでは落札されてしまう。

「それでは3500万円で「待てええええぇぇぇぇぇええええいっ!!」

思わず声が出てしまった。会場の視線が、一気に私に集まる。

「ええと、ではそちらの方、お値段をご提示ください」

司会者がこちらに声をかける。さて、どう返そうか…
と、そこに手に持った携帯電話が震えだした。……全く、ハラハラさせやがって。司会を無視して電話に出る。

『ボス、準備が出来「ぅおっ遅ぉぉおいぃっっ!!それから社長と呼べと何度も言ってるだろうがぁぁあああっっ!!」

携帯電話に大声で怒鳴りつける。会場中がビクッと驚き、しんと静まり返った。

『す、すみません社長…では手筈通りに……』

慌てた様子で電話は切れた。さて、では最後はキッチリ締めようか。

「あ、あのお…よろしいですか…?」

おずおずと、司会の男が聞いてくる。

「ああ、そうだったな。でもその前に…」

パチンッと、軽く指を鳴らす。

すると、会場の照明が全て落ちて真っ暗になった。ざわめく会場の中、司会の男が慌てて叫ぶ。

「落ち着いて下さい皆さん!すぐに予備電源に切り替わります!」

男の言うとおり、10秒後には会場の照明が復旧した。しかし次の瞬間、会場は騒然となる。
それもそのはず、舞台上に居た少女達が一人残らず消え失せているのだ。

「な…?どこへ行ったんだ…?」

慌てふためく客と主催者、その姿があまりにマヌケで、思わず笑ってしまった。

「フゥァーーーーーーッハッハッハッハッハッハッハァッ!!いや実に愉快愉快」

「何が可笑しい!……もしかしてお前の仕業か!!」

ようやく気付いたのか、司会の男が声を荒げる。

「ブラックマジック、如何だったかな?」

私は不敵に笑って見せる。そして同時にさっと周囲に視線を走らせると、何人かその筋の
者が拳銃を構えてじりじりと近づいていた。主催者側が雇った用心棒共だろう。

「こんな事して、生きて帰れると思うなよ……商品は必ず返してもらうぞ」

「そうだ、女を返せっ!!」
「ぶっ殺しちまえっ!!」

主催者の声に同調して、周囲の客達の声が徐々に大きくなってくる。やがて全体に広まって、
会場にいる人間全てが一斉に私を非難しはじめた。

4 :1 :2012/03/29(木) 11:49:12.28 ID:lnWJ8GSr0
「……いいねえ、一人残らずクズ共だねえ……実に愉快だ」

「な、何言ってんだお前、お前だってこの会場にいる以上、俺らと同類じゃねえか!!」

思わずつぶやいた一言に、先ほどの司会役の男が反応する。

「どぅぉおおおぉぉるぅぅぅいいぃぃぃいい?」

聞き捨てならないねぇキミィ。どういう意味かな?思わず大声で返してしまったよ。

「ひっ……、だ、だってそうだろうが!!アンタだって紳士ぶっているけど、腹の中は真っ黒のドロドロ野郎だろうがっ!!」

「違――――――――――――――――――――――うっっっ!!!」

本日最大の大音声で私は男の言葉を否定する。あまりの大声に、近くまで来ていた用心棒たちは耳をおさえてうずくまってしまった。
そんな男たちをよそに、私は近くにあったテーブルに飛び乗り、そしてネクタイを外して一振りし、天井の照明に引っかけておく。
よし、『準備』は万全。

「私をお前らごときの小悪党と一緒にするな。私はもっと『黒い』ぞ?」

「お、お前は一体……まさか警察か?」

まだ的外れなことを言ってるなこの男は。こんな『黒い』警察官がいるものか。

「よぉく覚えておけぇ…私は『善』でも『悪』でもなぁい…ただ『黒』を追い求め、『黒』を体現する者…」

ズズンッ…

そこまで言った時に、急に会場全体が揺れた。にわかに会場がざわつく。…全く、タイミングの悪い部下だな。口上の途中だというのに。
テーブルの上でだんっ、と勢い良く飛び上がり、先ほどのネクタイをつかんでぶら下がる。

その瞬間、


ズガガガガガガガガガガガガガッッッ………!!


一気に床が崩れ出した。テーブルも舞台もそこにいる人間も、全部まとめて会場が丸々沈んでいく。客達は悲鳴を上げる間もなく、一気に地下
の闇へ消えて行った。

「『黒のカリスマ』、黒井崇男だぁっ!……って、聞こえてないか。やれやれ」

天井の照明にぶらさがりながら口上の続きを言ってみたものの、空しかった。これじゃあ締まらないじゃないか。後で説教しておくことにしよう。

私は懐から煙草を取り出し、静かに火を付けて部下の到着を待った。

5 :1 :2012/03/29(木) 11:55:45.31 ID:lnWJ8GSr0
***

「全く、何度も言いますがあまり無茶はしないで下さいよボ…社長。さっさと『ブラックマジック』の時に一緒に脱出していれば良かったものを」

黒いベンツを運転しながら、俺は後部座席に座る自分の上司に文句を言う。

「それでは只のコソ泥ではないかぁ。そんな小悪党は『黒』くなぁーい」

……出たよ、ボスの「黒の美学」。何度も聞かされているけど一向に理解出来ないのは俺の頭が悪いせいではなく、ボスが変人だからだと
思いたい。

おっと、自己紹介が遅れたな。俺はこの変人の部下兼運転手兼秘書兼工作員…ああもう、人手不足でとにかく色々やらされている下っ端だ。
名前は

「ところで青二才」

……ボスからはこう呼ばれている。最近はあまり腹立たしくも感じなくなってきたのは、麻痺してきているのだろうな。

「なんですか。オークションに出ていた女の子達は傷一つなく全員無事に救出して、ちゃんと保護施設に向かっていますよ」

「そんなことは当然だろう」

いや、結構大変だったんだけどな……我がボスは厳しいのである。

「『例の手続き』の方は順調に進んでいるか?」

「えっ!?、あれ本気だったんですか?!」

「当ったり前だろバッカモ―――――――ンッ!!」

声がデカいよ!思わずハンドル操作をミスりそうになった。てか、あの手続きを進めるくらいならこのままボスを道づれにして死にたい……

「嫌ですよ!!無理ですって!!俺がアイドルなんて!!」

「あ、そこは冗談だ。でも事務所の設立は本気だぞ」

もう一回ハンドルぶん回すところだった。判りにくいんだよアンタの冗談は!

『例の手続き』というのは、ボスがアイドル事務所を設立し、芸能界に進出する計画だ。今回のようなオークションや人身売買にかけられるよう
な見目麗しい子供たちは、オーディションや駆け出しの新人など、有名になる一歩手前のアイドルの卵達が大半である。有名になりたい、もっと
仕事が欲しいという彼ら彼女達の夢や希望に、汚い大人たちはつけ込むのだ。ボスはそんな大人たちから子供たちを守る為に、アイドル事務所を
説立して業界に目を光らせるつもりらしい。……で、所属アイドルがゼロだと怪しまれるので、形だけでも俺にアイドルをやらせようとしてい
た……ホント冗談で良かったぜ。

「ホントに『社長』になるのですね、ボス」

「当然だ。これで覚えの悪いお前らでも、もうボスと呼び間違えることもあるまい。『黒いボス』より『黒い社長』の方が、恰好良いしな。
 フフフ……」

ちなみにこの事務所設立の話が出始めてから、ボスは自分の部下達に社長と呼ばせようとしていた。俺含め、あまり浸透していないが。

「しかし形だけとはいえ、事務所作って『表の世界』にも関わるとなると、流石に現在の人員では困難ですよ。監視の目も増えてやりにくくなり
 ますし……」

俺たちは構成員20名足らずの小さな組織で、ボスの「ティンとキタ!!」という直感の下、手当たり次第に様々な犯罪を潰してきた。おかげで裏の
世界では、「黒井崇男」の名前はそこそこ有名になっている。その分怨みも多く買っているが、構成員は全員一騎当千の猛者共であり、そうそう
簡単にくたばるヤワなヤツはいない。元殺し屋・諜報部員・軍人くずれなどマトモな経歴のやつは一人もいないが、全員腕は確かでわりと楽しく
やっている。こんな曲者共を上手く纏め上げてひとつの組織として動かせるのも、ボスの『黒のカリスマ(本人談)』によるものか。ちなみに俺は
元警察官だった。とある理由で警察に失望し、自棄になっていたところをボスに拾われて今に至る。殺し屋とか傭兵とか、そんないかつい前歴持
ちの組織の中では比較的マトモで、ついでにあまり闇に染まっておらず青臭さが抜けてないという理由から青二才なんて呼ばれているのだが。
ちくしょう。

「心配するな。今まで手広くやっていたのは、裏の世界に名前を売るためだ。闇とて一枚岩ではない。敵も増えたが味方も出来た。表に関わりの
 ある裏社会のツテからの協力も取り付 けてある。お前らが経理や営業なんて出来ないだろうしな。それに今後は『少年少女を対象とした人身
 売買の壊滅』に専念する。今のように手当たり次第潰して回らんから、楽になると思うぞ」

マジで会社作っちゃうのかよボス。裏社会でも平然と渡り歩けるほどボスは腕も立つが、頭もかなりきれる。表の世界で真っ当に仕事をしていたら、かなりデカい会社を立てていたのではないだろうか。表社会でも裏社会でも本気になれば天下を取れるだろう。しかし本人はそんなものに興
味はなく、『黒』のトップになると言っている。なんだそれ。

「わかりました。ところでどうして『人身売買壊滅』を専門にするんです?確かに最近この手の犯罪が多いですけど、何か理由でもあるの
 ですか?」

「ちまちました犯罪は警察にでも任せておけばいい。私の狙いは、それなりの金持ちや権力者が絡んだ大規模な犯罪の壊滅だ。だがこういう犯罪
 は発覚しても、犯人が警察関係者に顔が利いたり、ひどい時は警察のお偉いさんだったりで、罰を受ける事無く揉み消されたり、なあなあで終
 わってしまい、事件そのものが無くなってしまう」
6 :1 :2012/03/29(木) 12:01:37.68 ID:lnWJ8GSr0
悔しいがその通りである。今回の『作戦』にしても、ガス爆発かなんかで処理されて、関係者の半数以上が捕まることもなく、人身売買という事
件が公になることはないだろう。

全てとは言わないが、警察上層部の腐敗は深刻であり、俺が警察を辞めた原因でもある。

「犯罪の妨害は出来るが、犯人を捕まえる事は出来ない。まあそんなゴミ共は殺してしまってもいいのだが、それでは品が無いし、興味もないし
 な。だが巻き込まれる被害者は別だ。それが社会的にも幼い未成年者であれば尚更だ。汚い大人に騙されて何も知らずに利用されて、その夢を
 潰えさせてしまうような事は、絶対に許すわけにはいかないのだ……っ!!」 

後ろからひしひしと、ボスの怒りが伝わってくる。怒鳴る事はよくあるが、本気で怒る事は滅多にない。いつも飄々とふざけていて、感情を表に
出すことがあまりないので、珍しい光景だった。ボスは自分の過去を話さないので分からないが、『子供たちの人身売買』という犯罪に何か特別
な感情があるのだろうか。このセリフだけを聞いていると、ボスは正義の味方の様に思えるが、ボスはそれを言われると激怒する。「俺を警察な
んかと一緒にするな」と。ボスは警察が嫌いである。では闇の支配者かと言えば、これまたボスは怒るのだ。「俺をそんな小悪党にするな」と。
ボスは悪でもないらしい。

そう、ボスはただただ『黒い』のだ。

「正義の味方ってのはな、闇に生きる人間にとっては眩しいのだよ。どんなに上手く闇に溶け込んでも、ちらりと正義が顔を出せばそれは闇夜の
 星のように輝いて、闇は一斉に反応するのだ。闇の連中は光に敏感なのだよ。だから正義の感情を表に出すな。正義に頼ろうとするな。正義の
 事を考えるな。ただただ『黒く』あれ。怒りも喜びも悲しみも憎しみも、全て黒く塗りつぶしてしまえ。そうして闇に溶け込むのだ。だが闇に
 染まって、自らを貶めてはいけない。それはただの『悪』だ。悪はひとりでは何も出来ず、三流以下のクソつまらん人生を歩むことしか出来な
 い。闇に侵されてはいけない。悪を塗りつぶすくらい、『黒く』あれ。そうして黒く輝く存在になれば、お前はもう『黒』として一人前だ」

ボスは常日頃、このような事を口にしている。これがボスの言う『黒の美学』らしいのだが、理解出来ている部下は、俺含めて誰も居ないだろう。
ただ意味は理解出来なくとも、妙に心に響く言葉であり、皆この『黒の美学』に惹かれている。俺みたいな正義に失望した人間や、悪に嫌気がさ
した奴らが、ボスの言う『黒』に魅力を感じているのだ。事実、自ら黒を体現したボスはとても部下に信頼されていて、尊敬されている。……俺
もその実力は認めてなくはない。

「……と、長話が過ぎたな。そういうわけだから、会社設立の手続きを早急にやるように。分かったかね?」

「分かりましたよ『社長』。今後ともよろしくお願いします。しっかし俺達がアイドル事務所の社員とか、何の冗談だって思いますよ」

「おや、キミは若い女の子じゃなくて熟女好きだったか。だったら老人ホームでもいいぞ」

「そういう意味じゃありませんよ!それに熟女好きでもありません!てか老人ホームって、熟女通り越してバアさんじゃないですか!」

「では男色の方か……ハッ、もしかして私は今、貞操の危機なのか?」

「このまま東京湾にダイブしますよアンタ!?俺は普通にノーマルで、若い女の子が大好きですよ!!765プロのファンですよ!!」

「ほほう……キミは765プロのアイドルが好きなのか……これは良いことを知ったな……」

「ハッ、し、しまったぁ―――――っ!!」

弱みを見せてはいけない相手に、つまらんことで弱みを握られてしまった。ミラー越しに、ボスがニヤニヤしている。しばらくいじられるな
こりゃ……

「まあ冗談はここまでにしておいて」

ふとボスがマジメな顔になった。

「若い子はいいよ。夢と希望に満ち溢れていて、見ているだけで元気になれる。アイドルは、本当に希望を体現したような存在なんだ」

「何を知ったような事を言ってるんですか。本当にアイドルをプロデュースしていたわけでもあるまいし」

「これでも昔はアイドル事務所を設立して、社長をやっていたのだよ」

「ハイハイ、冗談はそこまでにして下さいね。てか本当に会社を作るのは良いとして、所属アイドルはどうするんですか?」

社長の戯言を軽く聞き流して、当面の問題をぶつけてみる。
7 :1 :2012/03/29(木) 12:02:16.65 ID:lnWJ8GSr0
「どうせやるなら765や876に負けないくらいの、可愛い子を雇いたいですね」

「そうだなあ。形だけとはいえ事務所を構えてアイドルをプロデュースするとなると、夢を見て来てくれた子供たちの為にもマジメにやりたい
 しな。だったらこっちもプロデュースが楽しくなるような逸材が欲しいところだな。しかしキミィ、私は男性アイドルというものの需要にも
 目を付けているのだよ」

「えぇ〜、ヤロウのプロデュースですか……まあ業界的にはニッチだから、成功する可能性は高そうですが……」

「まあそう露骨に残念がるな。男性アイドルは絶対数が少ない分、当たれば大儲けできるぞ。それに私の才覚が合わされば、天下を獲るのも夢で
 はないさ」

「社長、本業を忘れないでくださいよ。俺たちは人身売買の壊滅が仕事なんですからね?」

「ん?キミはウチの所属アイドル第一号、男性グループ「ジュピター」の天ヶ瀬冬馬クンとしてのデビューが決まっているが?」

「社長、今までありがとうございました。一緒に死んで下さい」

「じょ、冗談だよキミィッ!!真顔で東京湾を目指すなあっ!!別に3人組くらいにして残りの2人を伊集院北斗クンと御手洗翔太クンという芸名に
 して組ませようなんて考えてないから!!」

「やけに設定作り込んでるじゃねえかっ!?何だそのホストみたいな名前は!?ああ嫌だあっ!!このまま帰って会社を作ったら、半ズボン履かされて
 ローラースケート履かされてアイドルにされてしまうぅ〜っ!!だったらいっそのこと、このまま死んだ方が……」

「それはいつの時代のアイドルだいキミィ!!」

 東京湾を目指す俺と社長のハンドルの奪い合いで、黒のベンツは蛇行しながら夜の街を駆けるのだった。
8 :1 :2012/03/29(木) 12:08:45.61 ID:lnWJ8GSr0
第一章

人身売買壊滅作戦の翌日、俺はいつもより少し早めにアジトに到着した。
昨日の事件は予想通り『高級パーティーでガス爆発か?』として処理されたようで、会場にいたクズ共が捕まることなく、オークションの事実も
無かったことにされていた。作戦の苦労を思い出すとやるせない気持ちになるが、会場の崩落に巻き込まれたクズ共が無傷なわけがなく、過半数
が病院送りになったそうなのでそれで良しとする。こっちだって大変だったんだ(おもに作戦終了後の社長とのハンドル争いだが。マジで死ぬか
と思った)、しばらく病院のベッドで反省してろ。

それに女の子達も誰一人傷を負うことなく、無事に助け出すことが出来たんだ。精神的立ち直るのはまだまだこれからだが、彼女たちを預けた保
護施設は腕利きのカウンセラーが揃っていて、裏社会はもちろんのこと、『表』の権力でさえ届かない絶対安全な場所である。今まで何百人もの
少年少女達を救ってきた実績もあるので、ひとまず心配はないだろう。出来れば今回のことでくじける事無く、またアイドルを目指してくれれば
「大変だアオッ!!」

俺がテレビを見ながらそんなことを考えていると、アジトのドアが勢いよく開いて同僚のひとりが飛び込んできた。ちなみに社長が俺の事を青二
才と呼ぶので、同僚も皆「アオ」と呼ぶ。ちくしょう。

「どうした朝から騒々しい。社長ならまだ来てないぞ」

ちなみに俺は一応社長の秘書なので、社長への連絡は基本的に俺を通して行われている。

「そ、そうか。ならばちょうど都合が良い。お前の口から言ってもらった方が色々助かる……」

後半しどろもどろになりながら、言いにくそうにボソボソ話す同僚。何だか嫌な予感がするぞ……

「おいおいどうしたんだよ、まさかブラックサンダーの買い置きを切らしたんじゃないだろうな?」

勘弁してくれよ、どやされるのは俺なんだぜ。しかし事態はもっと深刻だった。

「保護した少女がひとり脱走したっ!!」

な、なんだって―――――――――――――――っ!!

「ついでにブラックサンダーの買い置きも切れてた……」

こりゃあクビじゃ済まないかもしれないな……ついでにすぐにコンビニ行って買ってこいボケが……

1時間後、アジトに到着した黒井社長に、俺は同僚から聞いた少女脱走事件の経緯を報告する。

事件の概要はこうだ。昨日救出された女の子達は、保護施設に送られた後に専門のカウンセラーによる簡単な問診を受け、それからそれぞれ個室
で寝かされる手筈になっている。精神的にも肉体的にも疲弊した彼女たちにまず必要なものは休息であり、睡眠薬を投与してでもまずは寝かしつ
けるのだ。彼女たちが施設に到着したのが深夜0時を過ぎていたこともあり、とりあえず寝かせて本格的な治療は今日から行う、という予定に
なっていた。で、例の脱走した少女も何の問題もなくカウンセリングを受け、睡眠薬を使う事もなく大人しく就寝したそうだが、翌朝見ると部屋
から忽然と消えていたそうだ。しかも自分がそこにいると見せかける為に、自分の髪をまるまる切り落とし、布団からちょろっと出して偽装して
いたという念の入れようである。

「……ふむ、それでは施設に到着して、部屋のベッドに寝かしつけるまでは何の問題もなかったという事は確認したのだね」

「は、はい……脱走した『少女A』は、保護された女の子達の中でも比較的落ち着いており、施設の職員の言う事も素直に聞いて早々に就寝した
 そうです」

社長はブラックコーヒーを片手に、窓の外を見ている。こちらからその表情をうかがい知ることは出来ないが、背中から真・豪鬼のような黒い
オーラが溢れている。やべえ、瞬獄殺で俺死ぬかも。あ、社長が繰り出せば瞬“黒”殺になるのかな。ハハハ……

などとどうでも良いことを考えていた。そろそろ手に持っているブラックコーヒーが沸騰しだすぞ……なんて考えていたが、社長の反応は意外な
ものだった。

「その『少女A』は、昨日8番のタグを付けていた子ではないかね?」

「えっ……?、少々お待ちください」

慌てて脱走した『少女A』のデータを確認する。救出したのが昨日なのでまだ彼女たちの詳しい個人情報は知らず、身体的な特徴くらいしか記載
されてないが、確認すると確かに8番のタグが付けられていた女の子だった。

9 :1 :2012/03/29(木) 12:14:41.04 ID:lnWJ8GSr0
「間違いありません。でもどうしてわかったんですか社長?」

「いや、昨日会場で見た時から気にはなっていたんだ。精神的に疲れ切っていて俯いてる女の子達の中で、彼女だけがしっかりと前を見据えてい
たからね。最初は強がりかと思っていたのだが、彼女だけはずっと敵意のこもった眼差しを会場の客達に向け続けていた。涙目ではあったがな」

そりゃあエロジジイ共の前に裸同然の格好で晒されるんだ。年頃の女の子なら恥ずかしいに決まってる。

「まあ他にもムダな贅肉が一切ない、しかしそれでいて出る所は出ている抜群のプロポーションをしていたしな。ウチの所属アイドルに欲しいく
 らいの逸材だったぞ」

「後半は置いといて、ムダな贅肉が一切ないということは相当鍛えていたということですか?」

「ああ間違いない。あれはダイエットやダンスで作った体では無かったな。おそらく彼女は……」

「裏か表かは分かりませんが、おそらくスパイか同業者でしょうね。プロでしょうか?」

カウンセラーの報告書を読みながら俺は分析をする。鍛えられた肉体、落ち着いた態度、そして脱走後の偽装工作など、実際に彼女を見た社長の
話と突き合わせると、どうも只者ではない気がする。というか保護施設は厳重ではないが、一応監視システムが付いている。それをかいくぐって
脱走するなど、普通の女の子に出来るわけがない。

「我々のように、誰に知られるでもなく犯罪を未然に防いでいる組織は他にもあるからな『少女A』がどこの工作員かは知らんが、彼女の組織の
 潜入捜査とウチの作戦がかち合ったのだろう。相手側は邪魔されてご立腹かもしれんな。ハハハ」

「笑いごとではないですよ。もし『少女A』がサイレントテロリストだったら、こっち だってタダでは済まなかったかもしれないですよ。戦闘
 教育を受けた子供は、感情抜き に作業のように人を殺しますからね。ウチのヤツらでも油断したらやられちゃいますよ」

「まあそうだな。とりあえず大丈夫だとは思うが、一応『少女A』の捜索は続けておけ。子供だからと油断しないように」

「了解しました。それでは社長、本日の予定ですが……」

「ああ、午後から京都に向かう。遅れる事は先方には既に連絡済だ」

「かしこまりました。それでは車を手配します」

とりあえずこの件はひと段落した。実は作戦行動中のトラブルや襲撃はそう珍しくない。ただ今回は救出した少女が脱走するという前代未聞の事
態だったのでやや焦った。脱走した少女は実はプロの工作員でしたということで、ウチの施設から逃げ出しても彼女なら自力で何とかするだろう。
無事ならそれで良い。


***


京都に着いたのは夕方だった。途中「新幹線で移動など、黒くなぁ〜い」などとワケのわからんことをほざいていた社長をなだめたりと色々面倒
くさかったが、何とか京都に到着した。ちなみに目的地は西日本最大の陰陽道の大家である『四条の御屋敷』である。表にも裏にも絶大な力を持
つ四条家は、京都の守り神として、各方面に多大な影響を与え続けている。ちなみに今回のアイドル事務所設立の手助けをしてくれるのが、この
四条家だったりする。天下の四条家にアイドル事務所設立の手助けをしてほしいなどふざけた事を頼む大馬鹿者は、後にも先にもウチの社長くら
いのものだろう。それを了承する四条家も大概だが。今日は改めてそのお礼と、もうひとつある目的の為に来た。

「ココに来るのも久しぶりだなぁ〜。フ、京都……我が青春を思い出すよ」

「何修学旅行で来たきりみたいに言ってるんですか。先月二回も来ましたよ」

「ん?私は修学旅行は奈良だったが」

「そんな事はどうでも良いんですよっ!!先方待たせているんだからさっさと行きましょうっ!!」

いい加減ツッコミ疲れてきた。ただでさえ新幹線でイライラしているのに、これ以上ボケるんじゃねえっ!!

「ああそうだな。今宵は綺麗な満月だから、彼女の機嫌も良いだろう」

「そうですね。『ツキコ』元気にしてるかなあ……」

そう、俺と社長は“ツキコ”という少女に会う為に、ここに来た。事務所設立のお礼も大事だが、ぶっちゃけこっちが主目的だったりする。
そして平安時代から続く陰陽道の大家がウチの社長の様な妖しさ満点の新興組織に力を貸してくれているのも、この『ツキコ』のつながりがある
からなのである。いつも様子を聞くだけで本人には会えないのだが、それでも「今回はもしかしたら……」と期待してしまう。その経緯は長くな
るので、後程話そう。

10 :1 :2012/03/29(木) 12:16:13.39 ID:lnWJ8GSr0
「しっかし、相変わらずデカいお屋敷ですね」

タクシーの窓から見えるのはお屋敷の塀ばかりで、一向に門が見えない。東京ドームばりの敷地面積らしいのだが、もっとあるんじゃないのか。

「今度作る事務所は、ココに負けないくらいの大きなものにしよう」

どんな会社だよ、と思いつつも、この人ならホントに作りかねないので怖い。どこまで冗談なんだか。

「あ、ようやく見えてきましたよ社長。さて、そろそろ準備を……っ!?」

「ん、どうしたんだねキミィ?何か面白いものでも……っ!?」

俺と社長は、屋敷の門の前に立つひとりの人物の姿を見て驚愕した。


 ―――透き通るような白い肌。銀色に輝く髪を、藤の花のような薄紫のかんざしですっきりと纏めて―――

 ―――すらりとした長躯は女性特有の肉感的な丸みを帯びており、抜群のプロポーションを藤色のシンプルな着物の中に収めて―――

 ―――桜の花びらのような薄い唇、高い鼻筋、磨き上げたサファイアのように紫色に輝く瞳の―――


人間離れした、まるで妖精のようなとんでもない美女がいた。

「ようこそ遠路はるばるお越しくださいました。父の客人の黒井崇男氏と秘書の方とお見受け致しますが、相違ございませんか」

深々とおじぎした後、彼女は鈴の音のような透き通った美しい声で俺と社長に問いかけた。あまりの衝撃に言葉が出ない俺に変わって、黒井社長
が返事をする。

「ああそうだ。遅れてしまい申し訳ない。案内をお願いしても良いかな?お嬢さん」

「かしこまりました。ではどうぞこちらへ」

そう言うと、彼女はしずしずと屋敷の中へ入っていく。ようやく平常心を取り戻した俺は、先に彼女の後について屋敷に入った社長から少し遅れ
て、慌ててついて行った。

門から屋敷まで少し距離があり、俺達3人はしばし無言で歩く。ようやく停止していた思考が働き始め、俺は前を歩く女性に目を向ける。身体的
特徴は良く似ているが、まさか、いやでも……

玄関に到着して、ようやく俺は彼女に話しかける事が出来た。

「あ、……あのっ……!」

「はい?」

すっと、俺の目をまっすぐ見て彼女は返事をする。くそ、緊張してうまく声が出ない……!

「ツキコ、なのか……?」

すると女性は少し視線を上に向けて考え込み、やがてやや困ったように薄く微笑むと

「もしや人違いをなされているのでは?わたくしはツキコという名ではございませんし、この屋敷にはツキコという名の者はおりませんが……」

と言った。

……ああそうか。もう『ツキコ』はいないのか。

「……行くよキミィ」

女性と社長に促されて、俺は屋敷の中へと入った。





11 :1 :2012/03/29(木) 12:20:52.63 ID:lnWJ8GSr0
長い廊下を歩き、広い客間に案内された。社長に続いて中に入ると、四条家の御当主と、その奥様がお待ちになられていた。社長と並んで互いに
挨拶を交わし、一枚板の見事なテーブルを挟んで下座に腰を下ろす。当主と奥様に会うのは初めてではないのだが、毎回緊張する。

「いやあ、遅れてしまってすまない御当主殿。今朝一番に仕事でトラブルが発生しましてな。こちらにもご迷惑をかけてしまった」

まるで友人のような軽い調子で、社長が謝罪する。障子の向こうから殺気がするのだが、おそらく警備の方達が、うちのバカ社長の無礼な振る舞
いに怒っているのだろう。ちょっとは真面目に謝れよ。しかし御当主はそんな様子を気にするわけでもなく

「いえいえ、黒井はんが遅れる事は、昨夜のうちにわしの式神が教えてくれたんで、気にしはることありまへん」

白髪の混じったグレーの髪をした品のある御当主が返事をする。薄い灰色の和服がよく似合う御当主は、外見だけ見るとお茶や俳句の先生のよう
な、線の細い優しい雰囲気を醸し出している。しかしこの人が、極道でも震え上がる京都の守護神なのだから、油断は出来ない。ちなみに先ほど、
御当主の口から式神などという不穏な言葉が聞こえたような気がするが、幽霊やオカルトの類を信じていない俺は聞き流すことにする。決して怖
いわけではない。断じて怖いわけではない。

「おい聞いたか青二才。式神が私の遅刻を教えてくれたらしいぞ。やっぱり幽霊やモノノケってのは実在するんだなっ!!」

「わざと言ってるでしょうアンタッ!?それに式神をおばけと一緒にしたら失礼ですよっ!!」

この性悪め、俺をいじる機会は絶対見逃さないのが腹立つ。しかも陰陽師の目の前で何て失礼なことを言いやがる。俺だって式神と幽霊の違いな
どハッキリ分からないが、一緒くたにするのは違うと思う。むしろ陰陽師というのは、式神を遣って悪霊を退散する人達ではないのか?まあマン
ガやドラマで見ただけだから、正しいかは知らないが。というか知りたくない。

「あおはんは相変わらず面白いどすなあ。京都花月で黒井はんと漫才やりはったらおもしろそうおす」

御当主の隣で奥様がくすくすと笑っていた。奥様は50を越えていると思うのだが、20代に見えるほど若くお美しく見える。雅な京ことばで、俺を
「あおはん」と呼んでは、いつも俺と社長とのやりとりを御当主の横で笑っている。

「まあ普通のお方には、式神もおばけも似たようなものですわ。うちの娘も、区別がついてないようやしなあ」

御当主が頭をかきながら、少し困った様子で話す。

「失礼します。お茶をお持ちしました」

その時、障子の向こうから声がしたと思えば、先ほどの女性がお茶を乗せたお盆を持って静かに入ってきた。そして無駄のない優雅な動作で、
俺達の前に静かにお茶を置いていく。配り終えたところで、御当主が女性に声をかけた。

「貴音、お客様にご挨拶しなさい」

そう言われた彼女は、奥様の反対側のご当主の横に座り

「あらためまして。お初にお目にかかります。わたくしは四条家の娘、貴音と申します。今後とも、どうぞよろしくお願い致します」

そう言って、彼女はふかぶかと頭を下げた。

「もうよい。下がりなさい」

御当主は彼女に優しく語りかけると、退席するよう命じた。

「はい。それではわたくしはこれで失礼致します。どうぞごゆるりとお過ごしください」

「ああ、そうさせてもらうよ。先ほどは案内ご苦労だったな。感謝するよお嬢さん」

社長が礼を言うと彼女は軽く会釈をして、静かに客間を出て行った。彼女の足音が完全に聞こえなくなってから、俺は御当主に切り出した。

「貴音という名前を与えてくれたのですね・・・・・・」

「ええ。先月養子に迎え入れましてなあ。四条家の娘として正式に迎え入れるための、わしらなりのけじめみたいなもんですわ。ええ加減、
 『ツキコ』じゃあの子もかわいそうですしなあ」

御当主が少し気恥ずかしそうに、しかし嬉しそうに話す。

「いやしかし、見違えましたなあ。あの "ツキコ"が、まさかあそこまで立派に成長するとは。まさに立てば芍薬座れば牡丹、歩く姿は百合のよ
 うという言葉を体現したような美しい女性になって。これも奥様の躾の賜物ですかな」

社長が思った感想を口にする。社長も嬉しそうだ。

「大袈裟どすなあ黒井はんは。元々あの子はわたしがしつける前からええもん持っとりました。せやから、わたしはちょっとばかし、手助けをし
 ただけどすえ」

奥様も自分の子供を誉められて嬉しいのか、笑顔である。もちろん俺も嬉しくないわけがない。あの幼かった"ツキコ"という少女を、あそこまで
見事に美しい女性にしてくれるとは思わなかった。まだおそらく17かそこらの年齢だと思うが、とても大人びた雰囲気で少女とは思えない。

12 :1 :2012/03/29(木) 12:21:53.50 ID:lnWJ8GSr0
しかしあそこまで「完璧」な四条貴音を見ると、俺はある不安に襲われる。

「記憶と人格の定着は、問題ないのですか?」

先ほどまでの楽しい雰囲気から一転、室内はしんと静かな空気に包まれる。水を差した事は分かっているが、『ツキコ』の元保護者としてはどう
しても聞きたかった。たとえ無礼者と御当主と奥様のお怒りを買って屋敷から追い出される羽目になったとしても。

しばし重苦しい沈黙が流れたが、やがて御当主が表情を弛めて、優しい声で答えてくれた。

「心配無用です。わしら四条家の全力をかけて、貴音は守っております。ちょっとやそっとじゃ壊れてしまわへんように育て上げました。あの子
 はもうわしらの宝物ですわ」

「『ツキコ』にはかわいそうなことをしたかもしれまへんが、あの子はもう四条貴音どす。わたしらも、もうあの子を元に戻すつもりはありまへ
 ん。『ツキコ』のためにも、あの子は四条貴音として生きてもらいます」

ご夫婦の真剣な言葉に、俺は胸をうたれた。そうだ、今更何を言ってるんだ俺は。元々彼女をああなるように四条家に頼んだのは俺達じゃないか。
結果的に俺達の望みは叶い、「ツキコ」は「貴音」として幸せな人生を送っている。万々歳、ハッピーエンドじゃないか。

「大変失礼を致しました。先ほどの失言、どうぞお許し下さい」

俺は御当主と奥様に向かって、頭を下げた。

「私からも部下の非礼を詫びよう。申し訳なかった」

隣で社長も頭を下げる。おいおい、さっきとは違って随分マジメな謝罪じゃないか。

「まあまあ、顔を上げなはれ。黒井はん達の気持ちもわかります。でも安心しなはれ。あの子はとても強い子です。わしらの庇護がのうなって
 も、もう十分やっていけます」

そんな御当主の優しい気遣いに、俺はますます恐縮するのだった。
13 :1 :2012/03/29(木) 12:26:59.62 ID:lnWJ8GSr0
第二章

ツキコの話をしよう。

彼女と出会ったのは今から約2年前。まだ社長がボスと呼ばれていた時代。俺が社長の部下になって間もない頃のことだった。その頃は黒井社長も
まだ裏社会に名前を売っている最中で、気の向くままに犯罪を潰して回っていた。そして時には、外国へ行くこともあった。その頃の話である。

『某国で新興カルト教団が、信仰の為に少女を使って天使を作ろうとしている』

ある時、俺達はそんな噂を耳にした。普通なら何かの冗談だと笑い飛ばして取り合わないだろう。しかし社長は「ティンとキタッ!!」らしく、俺達
部下を連れてその国へ飛んだ。現地へ到着すると、そこは内戦が激しく治安が最悪だった。国が乱れると、おかしな宗教が湧いてくるのは世の常
だ。噂の真偽を確かめて、とっとと帰りたかった。まあ情報を集めていくと件の教団は、内戦で弱った住民の心につけ込んでかなりあくどい事をし
ているらしいので、ぶっ潰すだけでもちょっとはマシになるだろう。そんな軽い気持ちで、俺達は教団本部へ向かった。

しかし現実は、俺達の予想をはるかに超えるものだった。

教団本部の扉を開くと、キリストのような妙な服を着た教団の連中が襲いかかってきた。俺達、というかボスが先頭に立ってノリノリでヤツらを
撃退していく。
「やっぱりAK−47はイイねえっ!!」などと実に楽しそうに銃撃戦を繰り広げていた。そしてあらかた制圧したところで、俺は隠し階段を発見
した。まだ残党が潜んでいるかもしれない。俺は仲間数名と階段を下り、階段の先の隠し部屋に突入した。


―――そこで受けた衝撃は、今でもはっきり覚えている。そして一生忘れないだろう―――


その部屋は高価な医療器具や設備が揃えられた、手術室ような研究施設だった。内部に数名の白衣の男がいたが全員非戦闘員のようで、速やかに
投降する。本来ならこれで一件落着なのだが、部屋の奥からかすかなうめき声と、血の匂いがする。猛烈に嫌な予感がしたが、ここで引き返すわ
けにはいかない。俺達は部屋の奥に進み、……そして発見した。


―――羽を切り落とされた大量のハクチョウの死体と、背中の肩甲骨あたりにハクチョウの羽を縫い付けられて苦しんでいる少女達を―――


カルトなんてもんじゃない。冗談でも笑い話でもなく、連中は本気で“天使”を作ろうとしていたのだ。自分が見たものが信じられず、俺達はそ
の場で立ちすくんでしまう。

後から遅れて部屋に入ってきたボスは少女達を見ると、静かな声で俺達に少女達の保護と避難を命じた。少女達は全員で9名だったので、速やか
に部屋から連れ出すことが出来た。しかしハクチョウの死体に対して、少女達の人数が少なすぎる。社長は研究員に尋問した。研究員は悪びれる
事無く答えた。

「他の少女は術後の経過が悪くて死んだ。あの9人だけが生き残った」

頭の中で何かが切れて、目の前が真っ赤になった。ハクチョウの死体は、100羽近くある。つまりそれに近い数の少女がここにいたという事で、
9人だけ生き残ったという事は……駄目だ、考えたくないっ!!俺は銃を反射的に構え、研究員の口に銃口を突っ込んだ。

「落ち着けええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇえいっっっ!!!!」

ボスの大音声が室内に響いた。はっ、と我に返る。もう1秒遅かったら、目の前の研究員を蜂の巣にするところだった。

「お前たちは彼女達を連れて速やかに撤収しろ。皆ひどく衰弱している。事態は一刻を争うのだ。いいか、1人も死なせるなよ。必ず全員助け
 るのだ」

「ボス、お願いですから撃たせてください……っ!!」
「そうですっ!!こいつらだけは絶対許せませんっ!!」
「誰がどこで裁こうが、こいつらは死刑だっ!!」

「だああぁぁぁぁぁまあああぁぁぁぁぁぁぁれええぇぇぇぇぇぇぇぇっっっっ!!!!」

再びボスが大声で怒鳴った。ここで俺達は初めて気付いた。社長は血の涙を流していた。赤黒い色の涙は、やがて社長の顔を赤く、いや黒く染め
上げていく。その凄惨な光景に、誰も反論出来なくなった。

「お前らの怒り憎しみ悲しみ、全て私に預けろ。私が『黒く』飲み込んでやる」

「りょ、了解しました……っ!!ボスはどうなさるおつもりですか?」



14 :1 :2012/03/29(木) 12:30:42.50 ID:lnWJ8GSr0
「これだけの設備と環境、どうやらこの教団にはまだまだ裏がある。私はもう少し調査してから帰国する」

「で、でしたら俺達も一緒に……」

「駄目だ」

即座に却下される。

「今の私は何でも飲み込む『ブラックホール』だ。お前達も飲み込みかねない……」

言ってる意味はよく分からないが、ここは従った方が良さそうだ。

「で、では先に撤収します。ボスもお気をつけて……」

俺達は部屋を後にする。

「うむ。急げよ…………さて貴様ら…………覚悟は良いか…………」

最後に部屋を出た俺は、悪魔のような声を聞いた。

「喜べ貴様ら……天使には会えなかったようだが、代わりに『悪魔』に会わせてやる……黒い黒い、真っ黒な悪魔になあぁぁぁぁぁぁぁぁああ
 あっっっっ!!!!」

背後から研究員達の断末魔の悲鳴と、ボスの地獄の底から響くような高笑いが聞こえてきた。俺は恐ろしくなって、全力で教団本部の建物から
飛び出した。


***


少女達を救出した後は、俺達は国際医療NGO団体のテントに駆け込んだ。内戦の絶えない国ではこのような団体は数多く来ているので、速やか
に治療が行えるのだ。しかし運び込んだ少女達を見た瞬間NGOの医師達は険しい顔つきになり、この場(国)での治療は出来ないと告げられた。
どうやら例のカルト教団は国の内部まで深く浸食しているらしく、少女達の存在が公になると、教団に批判が集中し現在の政権が不安定になり、
内戦がより悪化しかねないそうだ。愚かな政治家達は擁護のしようはないが、これ以上犠牲者を出すわけにはいかない。NGO所有の医療船と医師
を貸すので、極秘裏に別の国で少女達を治療してほしいと涙ながらに懇願された。俺達は最初こそは憤ったが、しかし結果的にそれが最善の策だ
と理解し、少女達を医療船に搬送した後に出国した。


―――1人も死なせるなよ。必ず全員助けるのだ―――ボスにはそう命令されたが、守る事は叶わなかった。


医療船は最新の設備が揃っており、医師も俺達も懸命に治療を施したが、救出した時に既に酷く衰弱していた少女達は治療できる国の到着まで保
たずに船上で3人死んだ。形だけとはいえ少女達は天使のような恰好をしているため宗教色の強い国での治療は困難で、なかなか受け入れてくれ
る国が見つからず思わぬ長旅になってしまった。結局少女達は、日本で手術をすることになった。

少女達の存在は公にされてはいけない。俺達はボスのつてを頼り、裏社会の闇医者に少女達の治療を頼んだ。背中の羽を取り除く手術である。
裏の治療技術も表の医療にひけをとらないが、ひとりあたり5時間に及ぶ大手術だった。何でも羽を動かせるようにしようと腕の神経を背中の羽
と無理やり繋ぎあわせていたようであり、ただ羽を取るだけでは少女達の腕が元通り動かなくなるらしく、非常に困難な手術になったそうだ。
『表』では診ることが出来ないような患者たちを多く診て来た闇医者達も、「あんな残酷な事をされた患者は見たことが無い」と、口を揃えて
いた。

そしてそんな大手術に体力が保たずに、手術の最中に1人が死に、術後1週間の間に2人が死んだ。9人居た少女達は3人になってしまった。
その3人の少女のうちのひとりがツキコ―――現在の四条貴音である。ツキコはもちろん本名ではない。医療船の上でも術後のベッドの上でも、
彼女はよく空に浮かぶ月をみていたから、俺がそう名付けた。彼女の本名を知らなかった(そもそも外人だし)ので、便宜的にそう呼んでいた。
ちなみにあとのふたりにも何か名前をつけていたと思うが、もうよく覚えていない。彼女達ももう、この世にはいないのだから……

手術はひとまず成功し、3人の少女達はゆっくりではあるが、体力を取り戻していった。背中に残った痛々しい傷跡も、数度に渡る美容形成でほ
とんど目立たなくなったし、腕の方もリハビリが必要ではあるが、少しづつ動かせるようになっていた。ちなみにボスは俺達より一月ほど遅れて
帰って来た。3人しか救うことが出来なかったことにひどく落胆していたが、それでも助け出した3人が徐々に元気になっていく様子を見て、
ボスも元気を取り戻していった。もちろん俺達もである。

15 :1 :2012/03/29(木) 12:35:29.64 ID:lnWJ8GSr0
しかし俺達は彼女達の心までは治してやることは出来なかった。精神面での治療も施してはいたが、それ以上に彼女達の心の傷は深刻なもの
だった。フラッシュバック―――何の前触れもなく過去のトラウマが甦り、患者をひどく苦しめる精神疾患である。彼女達はそれに苦しめられた。
それから半年の間に、フラッシュバックを起こしたひとりが突発的に施設の窓から身を投げ、もうひとりは度重なるフラッシュバックで徐々に心が
弱り、ベッドの上で眠るように息を引き取った。これで助け出した少女達はツキコひとりだけになってしまった。ツキコもフラッシュバックに苦し
んでいたが、彼女は夜になると月を見て落ち着きを取り戻すので、他のふたりより精神的に安定していたのが助かった要因らしい。

しかし安心は出来ない。ツキコまで死んでしまったら、もう俺達は立ち直れない。俺は思い切って、ボスに自分をツキコが回復するまでの世話係
にしてほしいと申し出た。ボスはふたつ返事で了承した。正直組織の人手は足りてないが、ボスも同じ思いだったのだろう。まだ組織の中でも日
の浅い俺は適任だった。こうして俺は、組織の任を離れてツキコにつきっきりで面倒を見ることになった。風呂やトイレは施設の女性スタッフに
お願いしたが、それ以外はほぼ四六時中、ツキコの傍で彼女を見ていた。

ツキコは美しい少女だった。例のカルト教団は天使を作り出そうとしていただけあって、他の少女達も皆美しかったが、ツキコは特に美人だった。
そして頭も良く、試しに日本語を教えてみると、少しづつ話せるようになった。ちなみに俺の事は、ボスがツキコに執拗に「青二才」と呼ぶよう
に教え込ませたので、「あお」と呼ぶようになった。ちくしょう。ついでにボスのことは、誰が教えるでもなく「くろ」と呼ぶようになった。
「犬みたいですね」と笑った部下のひとりが、翌日何故か丸坊主になっていた。理由は知りたくない。

「あお、おなかすいた」

「待ってろ、りんごむいてやる」

「いい、つきこやる」

「お前まだ指動かないだろうが」

「やる」

「ああもう……わかったよ。でもナイフは危ないから、後ろから一緒に持ってやるよ。それでいいか?」

「あお、えっち」

「な……、どこでそんな言葉覚えたっ!?」

「くろ」

「あの野郎……今度来たらコーヒーに砂糖山ほど入れてやる……」

終始こんな感じだった。ちなみにツキコは、ここに来る前の事を覚えていない。フラッシュバック対策として、精神治療で一時的に記憶にブロック
をかけた。いつかは解けるものではあるが、精神が安定するまでは思い出さないようにとの事だった。ブロックの影響で幼児退行までしてしまった
が、こちらも一時的なものらしい。不憫ではあるが、心を蝕むような辛い記憶なら思い出さないほうが良い。たまによくわからない外国語を話す
が、それ以外は基本的にたどたどしい日本語で俺と会話をしていた。

「そうだ、右手でナイフをおさえて、左手でゆっくりまわすんだぞ。ゆっくり、ゆっくり……」

「うん…」

ツキコの後ろに回り込み、ツキコの手の上からりんごを持って、一緒にゆっくりむいてやる。ツキコのうなじあたりから、女の子のいい匂いが
する。

……やばい、さっきのツキコの言葉に動揺して、だんだん変な気分になってきた。

ツキコは同年代の女の子にしては背が高いうえに妙に発育が良いので、たまにドキッとさせられることがある。世話係を申し出た時も、同僚全員
に「手を出したら分かってるよな?」と凄まれた。元傭兵や殺し屋共が真顔でそんな事を言うからマジで怖かった。ボスも来るたびに「何もして
ないだろうな?」と冗談めかして(ただし目が笑ってない)、聞いてくる。外見だけ見たら最高にイイオンナではあるが、内面が幼稚園児の純粋無
垢なこどもに、そんな邪な感情を抱いたりしねえよ。それにツキコには、何だか近寄りがたい不思議なオーラがあった。銀髪紫眼という物語の中
から出て来たような浮世離れした容姿もさることながら、お姫様のような品の良さも何気ない仕草から見て取れた。内戦の混乱の中から連れ出し
てきたから詳しい身元は分からないが、もしかしたら俺達とは住む世界が違う人なのかもしれない。

「あお、かわむけた」

「おおそうか、じゃあ次は半分に切るぞ」

……まあ今のコイツは、可愛い妹みたいなもんだけどな。いや、中身は幼稚園児だから娘か?まだ家庭を持つような年齢ではないが、いつか結
婚して娘が出来たら、こんな風に過ごすのも悪くないな。その前にまずは嫁か。ツキコみたいな美人な嫁さんゲットして……って、何考えてる
んだ俺はっ!!

「あお、どうした?」

「ななな何でもなななない、さあ、つつつ続きをやるぞぉーっ!」

「?」

気を取り直して作業に戻る。ツキコの柔らかい手の感触を意識しないように……。しかし何の考えもなくツキコをだっこするような形になって
しまったが、冷静になってみると結構マズい体勢じゃないかこれは?いちゃついてるバカップルに見えなくもない。誰かに見られたら絶対誤解
される。さっさと終わらせて「差し入れだぞおー。元気にやってるかあー」「あ、くろだ」「」

病室のドアを開けて、缶コーヒー片手にボスが入ってきた。ホント空気読めませんよねアンタ!

16 :1 :2012/03/29(木) 12:39:07.32 ID:lnWJ8GSr0
「キキキキキキキキキキキキミィィィィィィィィッッッッッッ!!!!!!??????」

ズバシュッ!!手に持った缶コーヒーが一瞬で沸騰して、缶が爆発する。どんな怒り方だよっ!?

「ちょっ、ごごご誤解ですってボスッ!!(ナイフが)あああ危ないっ!!(ツキコから)ててて手が離せないいいいぃぃぃいっ!!」

「遂に自分を抑えられなくなったのかねえええぇぇぇぇぇぇっっっ!!!!????そんな野獣はもう始末するしかないなああぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!」

鬼気迫る形相で迫ってくるボスに俺は必死で弁明するのだった。


***


「いやぁ、私は信じていたよぉキミィ!!」

何とか誤解が解けて、ベッドの近くの椅子に腰かけたボスがバシバシと、横に居る俺の背中を叩く。何か超痛いんですけど。

「くろ、あおたたかないで」

思わず目頭が熱くなる。何て優しい子なんだ……!!

「りんごたべられない」

「……はいクチ開けて。あーん」

ちなみに俺は、切ったりんごをツキコに食べさせている。ボスが背中を叩くと手元がぶれるので、ツキコは食べづらかったらしい。

「おおすまないツキコ。おい青二才!!もっとしっかり持ちたまえっ!!」

あれ、何で俺怒られてんの?理不尽じゃね?

「今日のツキコは元気そうだな」

「ええ、最近月が綺麗ですからね。なかなか寝てくれないので、俺は寝不足気味ですが……」

月はツキコの体調に密接に関係する。曇り空で月が見えなくなるとツキコは具合が悪くなるが、ここ数日は月が出ているのでツキコは元気だ。

「くろ、もっとあいにきて」

「すまないねえツキコ。ツキコが早寝早起きして、もっと良い子にしたら、くろは明日も来るよぉ〜」

ボスがツキコを溺愛しているのはどうでもいいとして、納得いかないのは、ツキコもボスに結構なついていることである。たまにしか顔を出さな
いくせに、ボスが見舞いに来るとツキコは喜ぶのだ。おそらく聡明なツキコは、誰が自分を救ってくれたのか本能的に分かっているのだろう。

「あお、ふぉーくかして」

「ん?どうした?……っておい、何するんだ?」

「んしょ、んしょ……はい、くろ」

ツキコはまだ満足に動かせない両腕で何とかりんごを刺したフォークを持つと、時間をかけてそれをボスの方に向けた。

「私にくれるのかい?」

「うん。あしたもきてくれたら、つきこがたべさせてあげる」

震える手で一所懸命フォークを支えながら、ツキコは天使のような顔で笑った。

「……ありがとうツキコ。うん……、とっても美味しいよ……」

ボスはツキコからリンゴを食べると、俺達から顔をそむけて、震える声でツキコにお礼を言った。俺は黙ってツキコからフォークを返してもらう
と、再びツキコにリンゴを食べさせてやる。武士の情けだ。見なかった事にしておこう。それから少し3人で談笑し、帰るボスを見送る為に、俺
は施設のスタッフに少しの間ツキコをお願いして病室を後にした。

「くろ、またきてね」

「ああ、早く寝るのだぞ」

病室を出た俺達は、施設の出口までふたりで歩く。

「おおそうだ、君に報告しておくことがある」

ボスが思い出したように、突然切り出した。

17 :1 :2012/03/29(木) 12:46:25.96 ID:lnWJ8GSr0
「ええ、俺も聞こうと思ってました。今日ここに来たという事は、遂に分かったんですね?」

「やはり優秀だねえ君は。これも私の『黒の教育』によるものだな」

「そんな妖しいもの受けた覚えはありませんよ。ただそろそろかなと予感していたんです……ツキコの身元が判明するのが」

嬉しそうに笑うボスに俺は返事をした。それから俺達は、施設を出ると人気のない庭の一角に移動した。

薄々感じてはいたが、やはりツキコは身分の高い人物だった。例の内乱が激しい国の隣の王国の、月が綺麗に見えるお城を持つ国王の第3夫人の
三女。それがツキコの正体だった。本名は一度聞いただけでは覚えられない、難しい発音の長ったらしい名前。言ったところで今のツキコも憶え
てないだろう。俺も覚えられなかった。では何故、そんな国のお姫様があんなところにいたかというと、その国で発生したクーデターが原因だっ
た。ツキコの母親である第3夫人とその一族が現在の王政を倒し、新たな王政を立てようと反乱軍を率いて戦争を仕掛けようとしたらしい。しか
し計画は直前になって国王の知るところとなり、反乱軍は第3夫人やツキコの姉達も含めて、ひとり残らず処刑された。こうして世間に知られる
ことなく、ツキコの母親達は『存在そのもの』が闇に葬られたのだった。俺もこの世界に入るまでは知らなかったが、中世の物語ではなく、現代
でもまだまだこういう話は実在する。ツキコだけが何故生き延びたのかは分からない。だが処刑から逃れた先で例のカルト教団に捕らわれ、天使
にさせられかけていたのだから、何とも可哀そうな話である。

「普通なら完全に回復した後は親元に帰すのがセオリーではあるが、事情が事情だけに殺されかねないなぁ」

「そうですね。ツキコの身の安全を考えれば、ここで匿ってやるのが一番だと思います」

「う〜ん、しかし私達がいつまでも面倒を見るわけにもいかないしなあ。どこか里親を探してやらんと。お姫様に見合う里親が見つかればいいが」

「元はお姫様かもしれませんが、今のアイツはただの女の子ですよ。それに俺はアイツにそんな仰々しくない、もっと普通の幸せな人生を歩んで
 ほしい。アイツは憶えてないでしょうけど、王族の勢力争いに巻き込まれてあんな目に遭ったのだから、今度は普通の家庭で普通の女の子とし
 て育ってくれればいいと思います」

「フンッ、いかにも庶民の発想だな。それでは『真の黒』に辿り着けないぞ。でもまあ一理あるな。金はあればあるほど良いが、しがらみも増え
 るからな」

保護した子供たちは身元が判明するまでは俺達の組織が預かるが、判明した後は親元に帰すか里親を紹介するか、今後の方針について話が進めら
れていく。つまりツキコとの別れが近づいていた。地下施設からツキコ達天使の少女を救いだしてからそろそろ9か月になる。救出してから半年
でツキコ以外の少女達が死んでからは、残りの3か月を、俺はツキコの世話係として過ごした。思い返せば随分長い付き合いになったなあ。そん
なツキコともそろそろお別れとなると、何だか寂しいものを感じる。

「んん〜〜?もしかしてツキコを手放したくなくなったのかぁ〜〜?『ツキコは俺の女だぁぁぁああっっっ!!』ってかぁ?」

「ちっ……、違いますよっ!!そういうボスだって、『ツキコは俺の娘だぁぁぁあああっっっ!!』って言い出さんばかりの激高ぶりだったじゃない
 ですかっ!!」

「な、何をバカな事を……!!私は『黒の求道者』だからそのような小市民的なつまらん感情は持っておらんっ!!」

アタフタしながら大の大人の男がふたりで言い争っていた。どこの中学生だ。

「でもまあ、君にならツキコを任せてもいいと私は思っているがねえ。現にツキコは君のことをよく慕っているし」

「冗談よしてくださいよ。俺はただ世話係だからなつかれているだけです。ボスの方が、ツキコによっぽど好かれていますよ。ボスが来たらツキ
 コ元気になりますし」

「そうなのか?ならば私が妻として迎え入れるという選択肢も……」

「そんな選択肢は未来永劫存在しません。クーデターを起こしてでも全力で阻止します」

「冗談だよキミィ。だからその手に持った鉢植えを降ろしてくれないかね?」

ボスがやや冷や汗をかきながら、後ずさりをする。驚いた。俺は自分が思っている以上にツキコに入れ込んでいるらしい。ひとりで一国を相手に
するような男に鉢植えで立ち向かうなど、無謀もいいところだ。

ちなみに例のカルト教団は、ツキコ達天使の少女を救いだした作戦の後、ひとりで残ったボスの手によって完全に消滅した。しかもそれだけでは
止まらず、ボスは教団が国に深く密接に関係していたと知ると、そのまま政府に単身で乗り込み政権を倒してしまった。政権の崩壊により国内の
内戦の激化が危惧されたが、ボスは光の速さで新政権を設立したと思うとそのまま一気に内戦を鎮静化させてしまった。この間わずか1ヶ月。
全てボスひとりでやったものではないが、ボスのはたらきかけがなければ内戦は終結しなかったことは間違いない。こうして長年続いていた争い
はなくなり、ひとつの国に平和が訪れた。

「私がやったのは教団の『完全なる消滅』だけだよ。その為には教団に関わりのあったものを全て見直し、今後教団が再生する可能性まで潰さな
 ければならなかったのさ」

気楽な調子でボスはそう言った。政権の破壊や内乱の鎮静化、その為の新政権の設立などは全てその為に『ついでに』やった事らしい。ひとつの
教団を潰すために、国そのものを変えてしまったのだ。あまりに現実離れしすぎていてとても信じられない話だが、『表』はもちろん『裏』の世
界でも例のカルト教団の話はパッタリ聞かなくなった。新興組織だったのでそんなに大規模な組織ではなかったが、しかし教団の幹部や信者など
関係者は100人以上はいたはずだ。しかし教団関係者は一人残らず消息を絶ったそうだ。地下に潜ったのなら裏社会の住人が知るところだが、彼ら
も教団の行方を知らない。一体ボスが何をしたのか分からないが、本当に最初から存在しなかったかのように、この地球上から教団は消滅した。
そう、まるでブラックホールに飲み込まれたように……

ついでにボスは内乱終結の立役者にも関わらず、自分の関わりの一切を消した。その為表の世界では、激しい政権争いの末に旧体制に勝利した新
体制が、内戦を終結させたというシナリオになっている。自分の存在が公になると、せっかく消した教団の存在も無視できなくなる。そう考えて
の判断だった。ただ全てを消し去ったわけではない。ボスは新体制のリーダー、つまり首相と強固なパイプを築き、今後の活動の協力を取り付け
た。こうしてボスは、新たなスポンサーとしてひとつの国を手に入れた。……ホントに底が見えない人である。
18 :1 :2012/03/29(木) 12:51:25.89 ID:lnWJ8GSr0
「では私は仕事に戻るよ。引き続きツキコの世話を頼む。何かあったらすぐに連絡するように」

「分かりました。引き続き任務を続行します」

「フンッ、大げさに言いおって。ちなみに先ほどツキコを手籠めにしていたことは、しっかり部下の皆に報告しておくぞ」

「マジ勘弁してくださいシャレになりません。てか誤解だって言ってるじゃないですかっ!!」

「ああそうだ、それからもうひとつ」

ボスが強引に話題を切り替える。

「ツキコの本名だが……、お前知ってたのか?」

「あのやたら長ったらしい、難しい発音の名前ですか?知ってるわけないじゃないですか。もう一度言えと言われても、言えませんよ」

「実はあの名前だがな、ツキコの国で祀られている月の女神様と同じ名前らしい」

「え?」

「あの子は本当に、月の化身なのかもしれないなあ」

呆然とする俺を残して、ボスは楽しそうに笑いながら夕闇の中に消えた。


***


その夜もまた、月のキレイな夜だった。空に浮かぶ月を見ながら、ツキコは幸せそうな顔で早々に眠りについた。悔しいがくろの言う事はツキコ
は良く聞くのである。歳の差はあるものの、俺なんかよりボスと一緒になった方が、ツキコは幸せな暮らしを送ることが出来るだろう。才能・度
胸・能力全てにおいて、俺はボスには叶わない。そもそもボスは人間なのだろうか。ツキコが月の化身なら、社長はブラックホールの化身ではな
いだろうか。一応上司としては信頼しているしそれなりに尊敬もしているが、それ以上に俺はボスに底の見えない恐ろしさを感じている。そんな
恐ろしい人間にツキコを託すわけにはいかない。世話役として、彼女をしっかり守らなければ。いつかは別れがやってくるが、それは今ではない。
願わくばもう少しだけ、この穏やかな日々が続きますように。

「おやすみツキコ。早く元気になってくれよ……」

穏やかな顔ですうすうと寝息をたてるツキコの額を俺はそっと撫でようとした。その瞬間

チュインッ
カッ
キィンッ

頭上をボウガンの矢が掠め、耳元を銃弾(サイレンサー消音済)が通過し、わき腹のすぐ側を投げナイフが飛んで行った。あの野郎チクったな……
それから暇だなあお前らっ!!誤解だって言ってんだろうがっ!!てか死ぬわっ!!手元を見ると、10個以上の赤外線ポインタの光がホタルのようにちら
ちらと動いていた。……まさか全員来ているわけじゃないだろうな。これ以上下手に動くと、本当に命を取られかねない。俺はやれやれと溜息をつ
くと。両手を挙げて降参の意をアピールしながら病室の窓をそっと閉め、出口へ向かった。ツキコの調子が悪い時は隣に布団を敷いて寝てい
るが、今日は自分の部屋に戻っても大丈夫だろう。大勢でツキコを見張ってるしなっ!!ちなみに俺はツキコの病室の隣に荷物を持ち込んで、そこで
寝泊まりしている。最初は自宅から通っていたが、いつの間にか施設に住み着いてしまった。こんな生活とも、そろそろおさらばになるのかな。
嬉しいようなさびしいような。おっと、ナイフとボウガンの矢と銃弾はちゃんと回収しておかないとな。……何で俺が片付けなければいけないんだ
ろう?モヤモヤする。同僚達の有り難過ぎる警告を受け取って、俺は自分の部屋へと戻った。


***


別れは唐突にやってきた。

ボスが見舞いに来た3日後、ツキコの容体が急変した。施設内を散歩中に急に倒れたと思ったら、例の外国語を急に喋り出し、酷く泣き叫んで
その場にうずくまってしまった。フラッシュバックが起きたのである。しかも今までのやつとは比べものにならないほどの強烈なやつで、記憶
のブロックも外れかけていた。ただちにベッドに運び、精神安定剤を投与して寝かしつけたが、眠っている最中もずっと涙を流し、うわごとを
つぶやきながらずっとうなされていた。月が出ていれば少しは良くなっていたかもしれないが、ツキコがフラッシュバックを起こした日から
ずっと曇天続きで、それがますますツキコの体調悪化に拍車をかけた。起きてはフラッシュバックを引き起こし、眠りについてもうなされ続け
るという状態が一週間続き、ツキコは日に日に衰弱していった。俺達は不眠不休で手を尽くしたが、6日目にはもはやこちらの呼びかけに反応
することすら難しくなってしまった。

ツキコが倒れてから8日目、ようやく月が出た。しかしツキコは寝たきりで、目を覚まさなかった。呼吸はしているので生きてはいるようだが、
その命は風前の灯火だった。


19 :1 :2012/03/29(木) 12:54:36.35 ID:lnWJ8GSr0
「ほらツキコ見てみろ、今晩は月が綺麗だぞ」

「ずっと曇りだったから辛かったな。今日はいくらでも起きてていいぞ」

「くろも大目に見てくれるさ。もしくろが怒ったら、俺がぶん殴ってやる」

「また一緒にりんごをむこう。今度は俺にも食べさせてくれよ」

「だからさ、ツキコ……」

「頼むから…………っ!!目を覚ましてくれよ…………っ!!」

ベッドで眠るツキコの手を握って、俺はただひたすら祈った。神様でも悪魔でもお月様でもいい、誰でもいいからツキコを助けてくれ……
その時、わずかに手を握り返してくる感覚があった。俺は顔を上げてツキコを見る。ツキコがうっすらと目を開けて、こちらを見ていた。

「ぁ…ぉ……」

「ツキコっ!?目が覚めたのかっ!!」

弱弱しい声で俺の名をつぶやくと、ツキコはうっすらと微笑んだ。

「ぁぉ……?」

だんだんと意識が戻って来たらしい。ツキコは俺の顔を見ると、心配そうな声を出す。バカ野郎、こんな時に人に気を遣いやがって。お前の方が
ボロボロじゃないか。

「心配するな。俺は頑丈に出来ているんだ。お前も早く元気になれ」

頭を優しくなでてやると、ツキコは気持ちよさそうに目を細め、だんだんと穏やかな表情になってきた。

「ぁぉ……」

「ああ、今日はずっとここにいてやる。だから安心してゆっくり休め」

俺がそう言うと、ツキコは静かに寝息をたてて再び眠りについてしまった。ここのところずっとうなされていたが、今日はぐっすり眠れそうだ。
ほんの10秒にも満たないやりとりだったが、俺はひとまず安心した。まだだ、まだ諦めるな……!!ツキコも頑張っているんだ。俺だってまだまだ
やれることがあるはずだ。

「邪魔するよ」

その時、病室のドアが開き、ボスが入ってきた。

「ボスっ!?今までどこに行ってたんですかっ!!ツキコが大変な時にっ!!」

ボスはツキコが倒れてから最初の3日間は、俺と一緒につきっきりでツキコを見ていたが、4日目にふらりと施設を出たと思いきや、今日まで
戻って来なかったのだ。

「静かに。ツキコが起きてしまう」

ボスに言われて、俺ははっと口をおさえる。

「場所を変えよう。ツキコの事で話がある」

ボスはいつもの調子に少しだけシリアスな雰囲気を纏わせて、俺を施設の屋上へ誘った。


***


「報告は聞いているよ。君には随分苦労をかけたね」

空に浮かぶ月を見ながら、ボスは静かに俺にねぎらいの言葉をかけた。しかし俺が聞きたいのはそんな事ではない。

「……話って何ですか?俺は早くツキコの元へ戻らなければいけないのですが」

「まあそう焦るな。まずは落ち着け」

これが落ち着いていられるか。アンタがいてくれたら、ツキコはもっと早く目覚めたかもしれないのに……!!

「連絡が出来なかった事は謝罪する。しかし私にも連絡が出来ない事情があったのだ」

「そこまで言うからには、もちろん成果はあったんですよね?ツキコを放って出て行って、手ぶらで帰れるわけありませんよね」

「相変わらず手厳しいな君は」

ボスは苦笑した後、少し呼吸を整えて、やがて何かを決意すると真剣な顔つきで俺に言った。
20 :1 :2012/03/29(木) 13:00:29.69 ID:lnWJ8GSr0
「これから私が話すことは他言無用だ。絶対口外しないように、君が墓場まで持って行ってくれたまえ」

ボスの言葉から只ならぬ雰囲気を感じる。しかし俺だってツキコの為に死ぬ覚悟はある。ツキコが助かるならどんな秘密だって飲み込んでやる。

「分かりました。必ず守ります」

俺の決意を聞いてボスは満足したのか、いよいよ本題に入った。

「京都の四条家の協力を取り付けて来た」

「なっ……?!あの西日本最大の陰陽師一族ですかっ!?」

表に居た頃から、その絶大な影響力については知っていた。裏の世界に来てからは、更にその恐ろしさを知った。四条家に何とか取り入ろうと、
権力者たちは常に四条家のご機嫌伺いに精を出している。しかし四条家の当主は下衆な目的で近づいてくる輩は一切拒絶し、総理大臣や警視総監
でさえ屋敷に入れなかったという逸話まであるほどだ。名前だけなら広く知られているが、四条家の詳細や当主の素性などその一切は謎に包まれ
ており、下手に調べようと干渉すると消されてしまうとかで、裏の住人達も「四条家はやばすぎる」と怯えている。

「いやあ大変だったよ。屋敷に入れてもらうのに3日、協力を取り付けるのに2日もかかってしまった」

時間をかければ会えるなんてもんじゃない。一年通い続けても屋敷に入れてもらえなかった人だっているらしいのに、一体どうやって当主に取り
入ったんだこの人は。

「それで四条家に頼って、どうやってツキコを助けるんですか。まさか式神にでも治してもらうつもりですか?」

「それも夢があって良いが、もっと現実的な方法で助けてもらうよ。そして、その方法が四条家が代々秘密してきた禁断の秘術なのさ」

知ってしまった者は消されてしまうらしいから、絶対誰にも言ってはダメだよとボスは付け加えた。そんな秘密をどうやって知ったんだ?そんで
アンタ何で生きてんの?後、その秘密を知ってしまう俺は大丈夫なのか?聞きたいことは沢山あるが、今はツキコの話が先だ。俺は覚悟を決めて、
ボスの言葉を待った。

「それでボス、一体その方法とは……?」

「催眠術と洗脳による、人格の完全な破壊と形成だ」

淡々と、恐ろしい言葉を口にした。

鰯の頭も信心からという言葉ではないが、式神や物の怪など見えざる者達を相手取り使役する為には、まずは術者である陰陽師自身が『それらが
本当に存在する』と、強く信じなければならないらしい。そうすることで初めて陰陽師はその存在を認識し、異形の者達と渡り合えるというのだ。
催眠術や洗脳という技術は、そのような陰陽師の修行の過程で発生し、長い年月をかけて密かに洗練され、強化していった。中でも四条家の催眠
術は強力で、あまりに強すぎて術をかけた相手の人格を完全に破壊し、四条家の操り人形として人間を作りかえる事が出来るほどだそうだ。もち
ろん催眠術と洗脳を受ければ、誰でも陰陽師になれるわけではない。霊感や体質など、生まれ持った素養も必要である。あくまでこれらの術は、
元々素養のある陰陽師が能力を引き上げる為に自身や同門の弟子に施す為のものであり、他の目的で使用することは御法度とされている。悪用す
ればどんな事でもやりたい放題だから、陰陽師達は催眠術の使用を厳しく戒めているのだ。ボスはその陰陽師達の戒律を捻じ曲げて、全く部外者
のツキコに催眠術をかけてもらうよう頼み、了承を得たそうだ。どれだけめちゃくちゃな人なんだ。

だがなるほど、確かに式神に治療してもらうよりは現実的だ。しかしその催眠術をツキコに施すということは、つまりそれは……

「そうだ。フラッシュバックの原因となっている“月のお姫様”の頃の記憶、その記憶によって疲弊し、今にも潰れてしまいそうな『ツキコ』の
 記憶と現在の人格を完全に破壊して消し去り、新たな人間としての記憶と人格を作り直して生まれ変わらせる」

「ツキコは人間なんですよっ!!そんなエラーが出たからってソフトを丸ごと入れ替えるパソコンじゃあるまいし、あの子のこれまでの人生まで消
 し去るつもりですかっ!!」

俺はボスの胸ぐらをつかんで詰め寄った。そうやって助かったって、その子はもはやツキコではない。身体は残るかもしれないが、『ツキコ』と
いう女の子は死んでしまう事になる。それは殺人と変わらないではないか。

「では聞くが青二才。ツキコのこれまでの人生とは何だ?お前はあの子の何を知っているというのだ?」

「そっ……それはっ……!!」

「勘違いするなよ貴様。そもそもあの女の子は“ツキコ”という名前ではない。遠い遠い国の、長ったらしい発音の難しい名前のお姫様だ。私達
 はお姫様を助けたのではない。彼女の存在を消して“ツキコ”というかりそめの人格を上書きして可愛がっていたにすぎないのだ」

わかっていた。本当はわかっていたのだ。彼女を助ける為とはいえ、俺達はツキコの本来の人格を殺したのだ。お姫様の頃の記憶にブロックをか
け、何も知らない女の子として作り変えて、自分達の都合の良い人形として彼女の人生を弄んでいたのだ。今までずっと目を背けて来た事実を突
き付けられて、俺は力なくその場に崩れ落ちた。

「酷い言い方をして済まなかった。今まで私達がやってきた事は良い方法ではなかったかもしれないが、絶対に間違いではない。ただ、もう彼女
 の心は限界なんだよ。今のままではツキコは近いうちに死んでしまう。彼女をこれ以上苦しめない為にも、もう他に方法はないんだ」

地面にへたりこむ俺の肩をたたきながら、ボスが俺を慰めてくれた。その手が微妙に震えている。そうだ、ボスだってツキコが大好きだったんだ。
決死の覚悟で四条家に乗り込み、断腸の思いで当主にツキコに催眠術をかけてくれるよう頼み込んだのだ。今まで気づかなかったが、まじまじと
ボスを見ると少しやつれていた。いつもパリっとした格好で、黒々とした艶を放っているのに、若干ハリも艶も弱いような気がする。きっと組織
の奴らも、皆同じ気持ちだろう。ツキコは俺とボスにしか懐かなかったが、皆ツキコの事が大好きで可愛がっていた。辛いのは俺だけではない。




21 :1 :2012/03/29(木) 13:08:44.48 ID:lnWJ8GSr0
「私はね、ツキコの催眠術が上手くいったら、ご当主にツキコの里親になってもらうように頼んでみるつもりだ。今回は流石の私でも催眠術をか
 けてもらう約束を取り付けるだけで精一杯だったが、機会はまだこれからいくらでもある。ツキコを見れば、ご当主だって気に入ってくれるさ」

「その時はお供しますよ。ツキコの世話役として、俺はその人が里親にふさわしいかどうか判断する義務がありますからね。任せられないと思っ
 たら、向こうがその気でも渡しませんよ」

「天下の四条家を相手に、キミも吼えるねえ。流石私の見込んだ『黒の後継者』だ」

「そんなもんの後継者になるつもりはありませんよ。勝手に決めつけないでください」

こうしてツキコとの別れは決定的となった。その後、俺とボスはツキコの眠る病室に戻り、布団を並べて眠りについた。得体のしれないオッサン
と一緒に寝るとか罰ゲームだが、ツキコも一緒なのでまあ良しとしよう。その夜俺はツキコの夢を見た。夢の中のツキコは器用に箸を使って、大
盛りラーメンをぺろりとたいらげていた。どんな夢だ。


***


翌朝、目を覚ますとボスは居なかった。元々忙しく走り回っている人である。眠っている姿も見たことが無かったから、ボスもきっと疲れていた
んだろうな。ツキコも朝から目を覚ました。具合が良さそうだったので、身体を起こしてお粥を食べさせてやる。思えばこうするのも久しぶりだ
な。その後スタッフに頼んで風呂に入れ、戻って来たツキコの髪をブラシで梳いてやっていると、病室のドアをノックする音が聞こえた。不作法
なボスや同僚ならノックなしで入ってくる。スタッフの方だろうか。

「はぁ〜い、開いてますよ〜」

「失礼します〜」

優雅な京都弁であいさつしながら、濃紺の和服に身を包んだ男性が入ってきた。物腰の柔らかそうな線の細い上品な人で、お茶かお花の先生のよ
うな雰囲気がある。ツキコの精神安定の為に、病室に花でも活けてくれるようにボスが呼んだのだろうか。

「黒井崇男はんが、こちらにおると訊いて来たんですが」

「ああ、ボ……黒井なら、朝までここに居たようですけど、今は席を外しております。じきに戻って来ると思いますが」

「そうですか。そんじゃあ少し待たせてもらいますわ」

「あの、失礼ですがどちら様でしょうか。お急ぎのようでしたらすぐにおつなぎしますが」

「おろ?確か黒井はんには行くゆうたはずやけどなぁ〜。まあええか。失礼しました。私こういう者ですぅ〜」

どうやら行き違いになったらしい。いい加減なボスである。このお客さんも大らかな感じの人で助かった。飄々とした仕草で男性が差し出した名
刺を俺は受け取った。


 [全国陰陽師連盟会長 西日本陰陽師協会代表 京都陰陽師会筆頭  四条 ○○]


心臓が止まるかと思った。いや、一瞬確実に止まっていた。

えええええぇぇぇっっっ!!!!このどこにでもいそうなオッサ……いやお方が、西日本最大にして最強の陰陽師なのか?!というか全国陰陽師連盟って
何だ?しかも会長ということは、実質日本のトップじゃないかっ!?ウチのボスが三日かけてようやく会えたって聞いていたから、屋敷から出て来
ないような気難しい人だと思っていたのだが、こんなに簡単に出て来るの!?御当主フットワーク軽っ!!

「し、ししし失礼しました……し、四条様とは知らず、と、ととととんだ無礼な振る舞いを………」

やばい、汗が止まらない。手の震えも酷くなってきた。俺確か、さっき出迎えもせずにこの方にドア開けさせてここまで入って来させたよな……
しかし緊張で今にも倒れそうな俺と違って、御当主の態度は相変わらず飄々としたものだった。

「ああよろしいよろしい。楽にしてくれなはれ。わしもあんまし貫禄がないて、カミさんによう言われるんですぅ〜。せやから気にしなさんな
 『あおはん』」

アオハン?ああ、『あおさん』が京都弁になったら、そうなるのか……へえ……。あの野郎、俺の事をこの人にどう説明したんだ?

「ところであおはん、そのお嬢ちゃんがツキコちゃんですか?」

「は、はいそうですっ!!」

御当主は俺の後ろに隠れているツキコをのぞきこむと、優しい笑顔であいさつした。
22 :1 :2012/03/29(木) 13:10:24.64 ID:lnWJ8GSr0
「こんにちわツキコちゃん。おじちゃんは四条ゆうねん。よろしゅうな」

「あお……こわいよぅ……」

あれ?ツキコは人見知りなので初対面の人相手には恥ずかしがって上手く話せないことがあるが、怖がることなんて無かったんだけどな。
ツキコの顔を見ると、その目線は御当主ではなく、御当主の背後の斜め上のあたりを見てぶるぶる震えている。

「おおきい『おばけ』がごにんいるよぅ……たべられちゃうよぅ……」

やがて今にも泣きだしそうな声で、ツキコは俺の腕にしがみついてきた。……ナニヲイッテルンダツキコ……?ソンナノイナイジャナイカ………

「へぇ……ツキコちゃんには『こいつら』が見えるんかぁ〜、こりゃあ大したもんやなぁ」

御当主は目を見開いて驚くと、後ろを振り返り顔を上げた。まるで自分よりはるかに背の高い相手を見上げているような……

「おい『おどれら』、ツキコちゃんが怖がっとるからちょっと下がっとれ。まで外で待機じゃ」

「あ、『おばけ』いなくなった」

…………ジョウダンダヨナ…………?ツキコモゴトウシュモ、ドッキリカメラデモヤッテルンダヨナ…………?

「ん?あおはんはおばけとか幽霊とかあかんひとですか?まあさっきのはわしの護衛の鬼の式神やから、ちょっと違いますけど」

「へ、へぇ〜、そうなんですかぁ〜〜いやぁ僕には全然見えなかったなあ〜〜ああ残念だなぁ〜〜ハハハ…………」

精一杯強がってみる。そうだ俺は怖くない怖くない怖くない怖くない…………

「何なら後で見せましょか?術の加減を調整したらあおはんにも「い、いえいえいえいえ!!結構ですっ!!結構ですからっ!!それよりツキコはど
 うですかっ!!」

「ああそうそう、ツキコちゃんね……」

御当主は再びツキコの方へ向き直る。ツキコは依然として御当主を警戒していて、俺の背中に隠れている。

「ありゃりゃ、嫌われてもうたかなあ」

「いえいえ、怖がっているんですよ(俺も超怖いです)。元々人見知りな所がある子なので」

「そうかぁ。そんじゃあ、こういうのはどうやろか?」

そういうと御当主は鞄から綺麗な色紙を何枚か取り出し、手早く折っていく。やがてそれは5匹の蝶になった。

「ツキコちゃん、よう見ときやぁ……」

「……?」

御当主は手の上の蝶にふっと息を吹きかけると、蝶達はふわっと一瞬宙に浮かび、そのままはねをぱたぱたと動かして病室内を自由に飛び回った。

「わぁっ!すごい!」

ぱたぱたと飛び回る色紙の蝶を見て、ツキコは歓喜の声をあげた。嬉しそうに蝶を目で追うツキコを見て、御当主もニコニコしていた。
その時俺は思った。四条の御当主になら、ツキコを安心して任せられると。この『ツキコ』は消えてしまうが、御当主ならツキコに素晴らしい人
格を与えて大事に面倒を見てくれるだろう。普通の女の子どころかまた大きなお屋敷のお姫様になってしまうが、御当主だったら権力者達のしが
らみからもツキコを守ってくれるに違いない。後は御当主がツキコを受け入れてくれるかだが、ツキコには思わぬ素養があったようで、おそらく
御当主も気に入ってくれただろう。それを抜きにしてもツキコと接して、その人となりを知ると、誰もが彼女を好きになると自信を持って断言で
きるが。

ツキコは蝶を見て楽しそうだ。何とか腕を動かしてつかまえようとするが、うまくいかない。御当主は新しい色紙を取り出して、せっせと蝶の追
加生産に勤しんでいた。……こりゃあ早くボス戻って来てくれないと、病室が蝶だらけになってしまうぞ。

それから少しして戻って来たボスは、御当主とツキコについての今後の話をして、次の日には俺とボスと3人で京都へ向かった。御当主の頑張り
もあって、ツキコは御当主を『蝶のおじさん』と呼んで心を開き、四条の御屋敷に嬉々として入った。しかし俺とボスがツキコを置いて帰ること
を知ると、ひどく泣き喚いた。

23 :1 :2012/03/29(木) 13:14:11.97 ID:lnWJ8GSr0
「どうして?どうしてつきこをおいてかえっちゃうの?」

「大丈夫だツキコ。ただ、今ツキコはちょっと具合が悪いから、この家で蝶のおじさんに治してもらわないといけないんだ」

「またきてくれる?」

「もちろんだ。俺もくろもツキコが大好きだからな。ツキコが呼んだらすぐ駆けつけるよ」

「くろもきてくれる?」

「当たり前じゃないか。くろはいつまでもツキコの味方だよ。だから少しの間、良い子にしていてくれ」

「うん……わかった。つきこがまんする」

「よしよし、偉いぞツキコ。じゃあ俺とくろは帰るから、蝶のおじさんの言う事をちゃんと聞くんだぞ」

「ばいばい……あお、くろ……」

これが『ツキコ』と俺達の、最後の会話になった。屋敷の門の向こうでかすかに手を振るツキコを、俺は今でもはっきり憶えている。次に会う時
は、もう別人になっている。その晩京都から戻ると、ボスが珍しく俺に酒をおごってくれた。そこは会員制の高級バーで、中に入ると大きなグラ
ンドピアノと、横で歌を歌う可愛らしい女性がいた。ボスが軽く手をあげて挨拶すると、その女性は嬉しそうに微笑んだ。ボスの恋人だろうか
と疑ったが、どうやら旧い知り合いらしい。その晩はツキコの思い出話を酒の肴に、遅くまでふたりで飲み明かしたのだった―――回想終わり


***


「あれからもう1年以上も経つのか。随分昔のように感じるよ。いやあ、歳を取ると時間の流れが早いねえ」

社長がそう言った。俺達は当時の昔話をしていた。御二方は静かに聞いていた。

「ちょっと貴音の教育に時間がかかりましてなあ。今まで会わせることも出来んで、ほんまにすんませんでした」

「いやいや、でもまさかいきなり門の前で本人が迎えてくれるとは思いませんでしたよ。まだ驚いています」

謝罪の言葉を口にする御当主に、俺は慌ててフォローする。ツキコ……いや、今は貴音というのか……貴音を預けてから1年と3か月の間、俺と
社長は何度か四条の御屋敷を訪れたが、様子を聞くだけで一度も本人には会えなかった。元々無理なお願いをしているわけだから、こちらも深く
聞けなかったという事情もある。

「しかしああも立派になると、貴音の今後が楽しみですなあ御当主。将来は日本を代表するような、女陰陽師になさるおつもりかな」

社長が御当主に訊いてみる。四条家は陰陽師の大家で貴音はその家の養子になったのだから、将来は陰陽師になると考えるのが自然だろう。

「いや、残念ながらあの子は陰陽師にはなれませんわ」

しかし返って来た御当主の返事は意外なものだった。

「陰陽師の素養はあるんやけど、あの子はおばけや式神を怖がりますさかい」

それはかつて、御当主の式神を怖がった“ツキコ”の名残だった。『貴音』の人格を形成する過程で、ツキコの性格を完全に破壊すればそのよう
な事は起こらないはずだが……。ましてや御当主が陰陽師として貴音を育てようと考えていたのなら、おばけに怯えるような人格を作るわけが
ない。

「まあわしがもうちょっと頑張ったら、もしかしたら陰陽師にしてあげられたかもしれへんがなあ。でもそれもあの子の個性ですさかい……おい、
『あれ』持って来いや」

御当主が奥様に声をかけると、奥様はそっと席を外す。そしてタウンページ大の大きさの桐の箱を持って戻って来た。

「ふふ、あおはん。『これ』に見覚えありまっしゃろ?」

奥様がふたを開けると、そこには懐かしいものがあった。

「なっ……?!、何故『これ』がこんなところに……!?」

それは例のカルト教団から羽のついた少女達を救いだしてから、ツキコを四条家に渡すまで俺が毎日書いていた治療記録だった。何かの役に立て
ばと、当時組織に入ったばかりの駆け出しの俺が助けてからつけ始め、いつの間にか習慣化していた。最初は9人分だったが、月日が経つにつれ
てひとりまたひとりと少女が亡くなり、最後はツキコだけになってしまった。専門の精神科医のカルテに比べれば拙い記録でとても人様に見せら
れるものではなく、その存在を知る者は俺の他にいないはずだ。ツキコを四条家に渡した時に纏めて捨てたはずだったのだが……それにこの記録
は……
24 :1 :2012/03/29(木) 13:17:21.05 ID:lnWJ8GSr0
「いやあ、これが世間でいうところの『らぶれたー』っていうやつですかなあ。新婚当時を思い出しましたわ」

「あおはん、よっぽど貴音のことが好きやったんどすなあ……熱うなってきましたわあ……」

「なかなか情熱的な文章だったでしょう。この『純愛小説』をこのまま闇に葬り去るのは、あまりに惜しい気がしたものでしてな」

この記録はああああああああああああああああああああああああああああっっっっっっ!!!!!!

最初はただ「元気」とか「顔色が良い」といったような簡単な文章だったのだが、段々文章が慣れて来ると『今度元気になったらこうしてやろう』
とか『こうすると機嫌がよくなる』といった、まるでデートの計画みたいになったり、体調が悪い時や苦しんでいる時は神頼みしてみたりと、まあ
そんな感じの『私情』丸出しの文章になっていたわけで……。とにかく他人に見られたら軽く[ピーーー]るような、少女達への俺の想いが山盛り書かれて
いるのだ。特に最後の三か月間はツキコの世話係だったので、つまり必然的にツキコへの想いが一番多く書かれているわけで。

「いつから知ってたんですか社長……」

正直一刻も早くここから逃げ出したかったが、一応聞いておく。俺はどこでしくじったのだ……

「ん?最初の救出作戦の時の医療船の中で、お前が何か書いていると報告があがってきてな。ティンときたので調査させた」

最初からかよっ!!しかも「報告させた」ってことは……

「ウチは精鋭揃いだからな。お前が記録を付けて就寝した後にこっそり部屋に侵入して転写させ、翌朝には全員で閲覧していたよ」

もう嫌だこの組織。アイツらもムダにスペシャリストっぷりを発揮すんなや。ああアジトに爆弾落ちねえかなあ。

「まあまあ黒井はんそないいけずしたらんと。でも実際、この記録は助かりましたわ」

御当主がやんわりとフォローする。

「人ひとりの人格を作るゆうんはそんな簡単なことではありまへん。自分の意思を持たない操り人形を作るのは楽やけど、『個』としての人格を
 持った人間にするちゅうのが黒井はんとの約束でしたからなあ」

「人格の破壊・再生ゆうたかて、完全にまっさらにするわけではありまへん。洗脳するのに都合の悪い部分を壊し、催眠で作り出した新たな知識
 を埋め込むんです。わしらかて、せいぜい50ぱーせんとくらいしかいじったことありませんわ」

「でも貴音は精神の奥深くまで浸食されていたから、助ける為には100ぱーせんと人格を作り直さなあきませんでした。ぴあのを見たことの無いよ
 うなこどもにべーとーべん弾かせるようなもんどすえ。だからわたしらも最初は断ったんどす」

「でも黒井はんがこの記録を持ってうちに来た時、これならいける思いましたわ。こんな細こうに書いてあるんやったら、人格を全部消しても大
 丈夫やと」

「お医者さん先生のかるてなんかより、よっぽど血の通った“ツキコ”ちゃんがここにはおりましたから。それに助けられなかった8人の女の子
 達への無念さも、痛いほど伝わってきましたわ。せやからわたしらも、黒井はん達の為に力になりたいと思ったんどす」

御当主と奥さんが、治療記録を大事そうに眺めながら言った。社長が続ける。

「分かったか。お前がやってきた事は無駄ではなかったのだよ。お前の記録がなければ、そもそも四条家の協力を得ることは叶わなかった。それ
 に今は『貴音』だが、あの子本来の性質やパーソナリティは、お前が見てきた『ツキコ』だ。いや、私達は四条家ほど強い精神操作が出来な
 かったから、もしかしたら『月のお姫様』なのかもしれない。私達の事は忘れてしまったが、ツキコはちゃんと貴音の中で生きている。だから
 胸を張りたまえ」

「そうやであおはん。この記録は家宝として、これから代々守り通していきますよって」

「買いかぶりすぎですよ社長…………それに家宝にするのは勘弁してください御当主…………」

涙が出そうになるのを必死でこらえながら俺は言った。本当にこの人達に任せて良かった。確かツキコと別れる時も必死で涙をこらえていたっけ
なあ。随分涙もろくなったな、俺。
25 :1 :2012/03/29(木) 13:18:18.63 ID:lnWJ8GSr0
一旦休憩。再開30分後。
誰か見てるのだろうか。
26 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/03/29(木) 13:42:55.39 ID:ybqRauhDo
トリップは名前欄に「#」+適当に文字
27 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2012/03/29(木) 13:55:36.30 ID:hBYdiqUF0
見てるが改行がわけわからん事になっとるぞ
28 :1 ◆6aY2CdF7PY :2012/03/29(木) 14:00:19.96 ID:lnWJ8GSr0
>>26
テスト

>>27
まじか。火狐+長文モードだが。
29 :1 ◆6aY2CdF7PY :2012/03/29(木) 14:02:21.60 ID:lnWJ8GSr0
再開。なにぶん初めてなので、投下の仕方など意見をいただけるとありがたい。
30 :1 ◆6aY2CdF7PY :2012/03/29(木) 14:05:17.34 ID:lnWJ8GSr0
第三章

「さて、昔話はこのへんにしといて貴音の今後の事を話しましょか」

一段落したところで、御当主が切り出した。そうだ、陰陽師にしないという事は、貴音はどうなるんだ?

「やはり四条家でもあの子の『力』は大変か、御当主」

社長が不穏な言葉を口にする。力?大変?一体何のことだろう。

「キミィ、貴音を見た時に感じなかったかね?あのでかいオーラを」

「いや、元々綺麗でしたけど更に凄みが増したというか、とんでもない美人になったなあとは思いましたけど……」

オカルト関係の話はさっぱりわからん。御当主達に会ってその存在を認めざるを得なくなってしまったが、依然として俺には何も見えないし、
そもそも見たくない。

「あの子が聞いたら喜びますわ。でもねあおはん。事態はちぃとばかし厄介なんですわ」

「どういうことですか?一体何が起こっているんです?」

思わず俺は聞いてしまった。折角貴音は幸せになれたと思ったのに、また何か災いに巻き込まれるというのか。

「あおはん。お月様ってのは、どうして輝いてるか知ってはります?」

御当主が唐突に尋ねる。

「え?……、それは太陽の光に照らされているからではないのですか?」

「ええそれで正解です。お月様というのは、太陽に照らされてしか輝けない。しかしわしら陰陽師の間では、逆の説を唱える者もおるんです」

逆の説?それってつまりは……

「“太陽はお月様を照らす為に存在している”もっと言えば“太陽系惑星は、お月様を中心に回っている”という説ですわ」

天文学者が腰を抜かすようなトンデモ説を、御当主はさらりと答えた。

「月の魔翌力、いや引力とでも言いましょか。潮の満ち引きなんかでよく言われる話ですけど、その本質はもっと別のもんです。月はいろんなもん
 を引き寄せる。ええもんも悪いもんも。強いもんも怖いもんも……」

話についていけなくなってきた。それが貴音と何の関係があるんだ?

「以前に私が、あの子は月の化身なのかもしれないと言った事を憶えているかい?」

社長が言った。そういえばそんな話を聞いたような気がする。

「元々何か不思議な感じがする子だったが、今日成長した貴音を見て確信したよ。あの子は只者じゃないと」

「流石黒井はんやなあ。『月の化身』あながち間違いではありませんわ。あの子は月のご加護を受けて生まれた子です。稀にそういう人間はいる
 んですわ」

昔から月に体調を左右される子だったが、そんな理由があったのか。

「貴音は月の魔翌力をその身体に宿しとります。その引力によって、本人の意思に関係なく色々なものを引き寄せよるんです。国王の娘として生ま
 れたのも、一国の政府に深く関わっとったカルト教団に捕まったのも、この魔翌力によるもんでしょうな」

「私や君、そして四条家も貴音に引き寄せられたのかもしれないな」

御当主と社長が説明してくれた。若いのに随分数奇な運命を辿っているなあとは思っていたが、そんなカラクリがあったのか。

「でもいくら強力でも、その魔翌力が宿主自身を傷つけることはありえまへん。ご加護を受け取るということは、普通は護られとるんですから。
 せやけどあの子の力は、最初に巻き込まれた勢力争いの時に暴走しよったんでしょうな。後の天使の改造手術とかの影響で更に悪化して、
 もう宿主本人にも制御できんようになったんでしょう」

「まあそのおかげで、はるか遠くの国から私が引き寄せられて貴音を助けることが出来たわけだが」

しかし貴音が助かったのは結果論であって、今でもいつ自分が引き寄せたものによって自滅してもおかしくない状況だそうだ。

「わしらは『貴音』という人格を作る事で、あの子の月の魔翌力を制御しとるんです」

貴音の里親に四条家が選ばれたのは必然だったと言えるだろう。いや、四条家でなければならなかった。
31 :1 ◆6aY2CdF7PY :2012/03/29(木) 14:09:47.35 ID:lnWJ8GSr0
「本当は“ツキコ”という名前を残したりたかったんやけど、月との関連性が強すぎるから力を抑えられられんよって、諦めるしかありません
 でした。あの子を身を護る為にもその力を名前で縛り、人格を形成する過程で制御し、式神と結界を使って封印しとります。名前を変えるのは
 申し訳ない思いましたが……」

「いえいえ、俺が勝手にそう名付けて呼んでいただけですから。それに『貴音』って、アイツによく似合っていると思いますよ」

これは素直な感想だ。なるほどだからあんなにお淑やかで控えめな女性になっていたのか。俺の記憶の中では、もっとわがままで元気な女の子
だったもんな。

「あの子は勘の鋭い子ですから、近くに式神がいると怖がりよるんです。だから力を抑えるのも一苦労しまして。現在40体の強力な式神が、
 あの子の力を抑えるためにこっそり投入されとります」

ひとり百鬼夜行だな。40体というのがどれほど凄いかわからないが、とりあえず貴音がハンパねえ事だけは何となく理解出来た。

「せやけど貴音の力を制御出来るのはこの屋敷の中のみ。わしら四条家が全力で力を使っても、精々京都の中だけですわ。このままやと、
 あの子は一生かごの中の鳥ですな」

四条家に来てから1年と三ヶ月、貴音は一度も屋敷から出たことがないらしい。この1年は催眠術治療をしていたから出ようにも出られなかった
そうだが、治療が終わった現在、いつまでも屋敷内に閉じ込めておくのは可哀そうである。貴音の為にも良くない。

「何か……何か方法はないのですか?」

縋るような気持ちで、俺は御当主に聞いてみた。

「あるにはあるんやけど……大変でっせ、あおはん。10年かかっても無理かもしれまへん」

難しい顔をして御当主は言った。しかし構うものか。まず知らない事には対策のしようがない。俺の決意を感じ取ると、御当主はゆっくりと
教えてくれた。

「あおはん、お月様は惑星のどの位置にあるか知っとりますか?」

「え……?常に動いているので一概には言えませんが、太陽と地球の間ですか?」

また天体の話か。……ん?つまり貴音が月だとすると……

「なかなかお利口さんですなぁあおはん。そうです。貴音を月に見立てて、太陽と地球のご加護を受けた人間を揃えて力を安定させるんですわ」

もう何が何やらよくわからん話になってきた。でも貴音のように月の加護を受けた人間がいるのなら、他にも似たような人間は存在するのだろう。

「ただ、そういう特別な人間というのはまずそうおらん。こっちが必死になって探しても、一生会えへんこともある。それこそ星の巡り合わせでも
 ない限り、見つからんやろな」
 
「それから見つけたところで、その者が善人とは限らん。貴音の元々の親父さんである国王や、カルト教団の教祖はんなんかは、多分太陽の加護を
 受けた者やったと思います。でもその人らは貴音を不幸にした。今の貴音は善人悪人関係なく、誰でも引き寄せますさかい、近づいてくる
 人間には細心の注意が必要なんですわ」

こりゃあ確かに難題だ。方法を知ったところで、どうにも出来ない可能性の方が高い。

「でもまあ貴音が『月の子』で助かりましたわ。もしあの子が『太陽の子』か『地球の子』で、力を安定させるために月の子を探さな
 あかんかったら、お手上げやったからなあ」

月の持つ魔翌力という性質上、その加護を受けた人間は本当に少ないらしい。折角この世に生を受けても良くないものを引きつけて早くに死んで
しまうことが多い。また、引き付けた人間が時の権力者や悪政を敷く王だと、その失脚に伴い一緒に処刑されたり殺されたりと、とにかく
不遇な人生を送る者が多いそうだ。俗に言う美人薄命というやつである。

「貴音の力の制御については、私も対応策は考えているんだよキミィ」

「本当ですか社長っ!?もしかして『太陽の子』と『地球の子』を既に見つけているのでは?!」

流石黒井社長だ!!得体の知れないオッサンだがこういう時は頼りになる。

「私の考えた案、それは……」

「それは……」

「貴音をウチのアイドルとしてデビューさせることだあぁぁぁぁぁぁああっっっ!!!!」

「マジメに考えろこのボケェェェェエエエエッッッ!!!!」

得意気に宣言する社長の横っ面を俺は思い切り殴った。ああ「キミィ」の時点でイヤな予感はしていたさっ!!でもまさかこの真剣な場面でふざける
とは思わなかったんだよっ!!

「は、話は最後まで聞きたまえよキミィ……」

部屋の端まで吹っ飛ばされた社長が、頬をさすりながら続けた。ちなみに奥さんは御当主の横で笑い転げている。ドツキ漫才じゃないですってば。

32 :1 ◆6aY2CdF7PY :2012/03/29(木) 14:14:57.53 ID:lnWJ8GSr0
「いいか、まず事務所の設立にあたりオーディションを開くだろう?それから全国から、いやもっとワールドワイドに世界からアイドル候補の
 子達を集めるのだ。そうすると貴音の力に引かれて『太陽の子』と『地球の子』が現れる。後はその子達をオーディションに合格させて貴音と
 ユニットでも組ませてやれば、私の懐も潤うのだ」

「後半本音が漏れてるぞボケェッ!!それにそう都合よく太陽と地球の子が揃って来るワケないでしょうが。ましてやその計画だと貴音の人生は
 アイドルって決まってしまうじゃないですか。あの子だって他にやりたい事があるかもしれないのに」

「いいじゃないかアイドル。こんな平安時代から時が止まったようなお化け屋敷で一生を終えるより、よっぽど貴音の為になると思うがなあ」


「失礼でしょうがアンタァッ!!御当主に殺される前に俺が殺しますよっ!!」

「相変わらず気持ちええくらい遠慮なく言ってくれますなあ黒井はんは」

愉快そうに笑う御当主(ただし目が笑ってない)の様子を伺いつつ、俺は懐に隠し持ってるナイフにそっと手をかけた。御当主の機嫌次第では、
秘書として責任を持ってこのバカを『処分』しよう。俺の身を守る為にもっ!!

「でもわしらもその案はなかなかええと思っとりますよ。あおはん」

マジかよ御当主。このバカの毒電波にやられたんですか。

「設立の目的は別にあるとしても、将来有望な子供らを集める手段としてはなかなかええと思います。星のご加護を受けて生まれた
 子達いうのはね、多くが大成する才能のある子なんですわ。現に貴音も才能の溢れる子です。あの子があいどるに興味あるかわかりませんけど、
 親としてはどんな風になるのか楽しみですわ」

「うむ。アイドルを目指す子に悪人などいないからなっ!!良い仲間に恵まれれば、あの子も幸せになるに違いないっ!!」

それは偏見ではないだろうか。でもだから御当主はアイドル事務所設立の手助けを引き受けてくれたのか。貴音のルックスなら、アイドルとして
十分すぎるほど通用する。歌やお芝居だって上手にこなすだろう。それこそ765や876に負けない逸材である。

「まあその話は後日貴音を交えてゆっくり相談するとして、当面の問題は太陽と地球の子探しですね。オーディションを開催するにしても、
 他の事務所に取られてしまったら意味ないですし。何とかウチで確保しないと」

「ああその件だがな。実はひとりアタリをつけてあるのだ」

「また適当な事言って……ただでさえ見つけにくい子達なのに、そんな簡単に見つかるワケないでしょうが」

「いや、あの子の雰囲気は、多分そうだと思うのだが……」

社長がそう言いかけた瞬間、

ドカカカカカカカカカカカカカカカカッッッッッッ!!!!!!

部屋の障子を突き破り、数十ものクナイ手裏剣が飛んできた。

俺は咄嗟に飛び出し、御当主と奥様を守った。

「キミィ……まずは自分の上司を守るのが部下の務めなのではないかねぇ……?」

「社長なら自分で身を守ることが出来るでしょう。御当主と奥様の身を守る方が先です。お二人とも、お怪我はありませんか」

「わしらも一般人やないんやけどなあ。おおきに、あおはん」

一応社長の方も確認するがクナイは全部社長を避けるように刺さっており、一本も当たってなかった。どんな手を使えばそうなるんだよ……
ん?よくよく見るとクナイは全部社長めがけて放たれており、こっちには一本も飛んできていない。最初から社長を狙っていたのか?とりあえず
ここは危険だ。一刻も早く離れないとおふたりが危ない。俺は出口を確保しようとしたが

ザザザザザザザザザザザザザザザッッッ!!!!!!

どこからか出現した全身黒づくめの忍者のような男達に、周りを囲まれた。その数およそ20名。雰囲気から察するに、相当の手練れであることが
窺える。マズい状況だな、これは。俺は懐のナイフを取り出し、御当主達をかばうように立つと、忍者達に声をかけた。

「お前ら一体何者だ……?」

「……」

男達は答えない。ピリピリとした視殺戦が繰り広げられる。スキを見せたらやられる……!!

「ああそうや、忘れとりましたわあ」

突如、その場に似つかわしくない奥様の声が室内に響いた。俺は危うく構えたナイフを落としそうになる。

「このお方たちは沖縄から来はりましてなあ。琉球王朝護衛の末裔らしいどす。四条家とは昔から付き合いがありまして、本日黒井はんが
 お見えになるとどこかで知りはった みたいで、是非自分達も会いたいと言って来はったんどす」

沖縄版忍者といったところか。何で会った瞬間からこんなピリピリしているんだ?今にも殺されそうなんですけど。
33 :1 ◆6aY2CdF7PY :2012/03/29(木) 14:17:58.48 ID:lnWJ8GSr0
「何でも昨日、とある作戦を黒井はんに邪魔されたみたいで、随分ご立腹のようどすえ」

ここだったのか――っ!!そういえば脱走した『少女A』の追加情報で方言なまりがあったと聞いたが、沖縄だったとは。

「さて挨拶も済んだところですし、後は御両人で話し合うて下さい」

御当主はそう言って席を立つと、湯呑みを片手に奥様を連れて部屋の出口へと歩いていく。沖縄忍者達は道を開けてお二方を通す。

「……って、ええ〜〜っ!?このままじゃ俺達殺されますよっ!!何とかしてくださいよ御当主っ!!」

俺は慌てて呼び止める。やっぱりさっきの、このバカの平安時代お化け屋敷発言にキレていたのだろうか。

「いやあ、実は今日、黒井はんが遅れて来はることをうっかり貴音に言い忘れましてなあ……」

御当主が独り言のようにつぶやく。こちらに背を向けているので、その顔をうかがい知ることは出来ない。しかし何だか声が怖い。

「この寒空の下、昼から夕方まで5時間以上門の前で立っとったあの子の事を思うと、さぞかし可哀そうでなあ……!!」

ジュワッ!!御当主が手に持っていた湯呑みのお茶が一瞬で沸騰し、蒸発した。何なの?流行ってるのその怒り方?
というか俺達悪くないよね?そもそも伝え忘れた御当主が悪いよね?ていうか俺達が遅れたのはこの忍者共のせいなんですけど!!あとスマン貴音!!

「沖縄忍者はん達も、黒井はん達と同じように子供達を守る活動をしておられます。四条家としては、どちらにお任せしても構いやしまへん」

御当主は淡々と言葉を続ける。さっきまで楽しくおしゃべりしていたのがウソのように、冷たい言葉だ。

「それに黒井はんがこれくらい切り抜けられへんかったら、そもそも貴音を任せることは出来まへんなあ」

「フンッ、無論だ」

社長はニヤリと笑うと、ムダに恰好をつけた。御当主は「貴音の事はご心配なく。ではごゆっくり〜」と気楽な調子で部屋を出て行く。

「さて青二才、覚悟はいいかな?」

「何の覚悟ですか……辞世の句なら10コ程出来ましたよ……」

じりじりと迫ってくる忍者達に、俺と社長は背中合わせでそれぞれ構えた。生きて帰れるかな俺……


***


俺達を囲む沖縄忍者の皆さんが、じりじりとその包囲網を狭めて来る。俺と社長はいつでも反撃できるように、戦闘態勢のままやつらを
睨んでいた。

「まあ落ち着きたまえ君達。とりあえず話し合おうではないか」

「話すことなどないさー。お前らはここで[ピーーー]」

頭目と思われる忍者が、社長の言葉を拒絶する。[ピーーー]って、えらく物騒だなおい。

「目的は何だ?お互いに同じような活動をしているなら、和解だって出来るはずだ」

俺も諦める事無く説得を試みる。まあ時間稼ぎにもならないだろうが。

「お前ら新参者にしゃしゃり出て来られると、こっちが迷惑するさ。このうえ四条家まで味方につけられたら、もう無視できない。だから
 大人しく手を引くさー」

確かにウチは、ここ数年で急激に力をつけた新興勢力ではあるが、琉球王朝時代から続くような組織に比べたらほとんどがヒヨっ子みたいな
ものだろうが。

「フンッ、何かと思えば只の縄張り争いか。同業者の大先輩の割には、考えていることは犬並みだな」

「何だと……?」

ジャキジャキジャキッ!!忍者達が鎖鎌やサイ、ヌンチャクなどを取り出す。刺激してどうすんだよこのバカッ!!生存確率がどんどん
下がるだろうがっ!!

「(オイ青二才)」

社長が聞こえるか聞こえないかの小声で、声をかけて来る。こんな状況なのに随分余裕っすね。

「(背中合わせのまま、ゆっくり右に回れ。私が止まれと言ったら、止まるのだぞ)」

「(?……了解しました)」

何か考えがあるらしい。俺達は背中合わせのまま、ゆっくり右に回転する。

34 :1 ◆6aY2CdF7PY :2012/03/29(木) 14:21:47.56 ID:lnWJ8GSr0
「(見つけた。よし止まれ)」

何を見つけたのだろうか。言われるがまま、俺は足を止める。忍者達は特に不審に思っていないようで、依然ゆっくり近づいてくる。

「(青二才、今から私が突破口を開くからお前は援護を頼む。いちにのさんで行くぞ)」

どうやら社長はこの包囲網の抜け道を見つけたようだ。このままガチンコの殺し合いになるよりは、とりあえずこの場を離脱した方が良い。
俺はかすかに頷いた。

「(いち…にの…)」

「「さんっ!!」」

掛け声を合わせると、俺は素早く後ろを振り返る。社長は猛ダッシュで、目の前にいた包囲をしていた忍者の中で小柄なヤツをめがけて
タックルをかましていた。忍者達は俺達の予想外の動きに、一瞬反応が遅れる。

「よし成功だっ!!逃げるぞ青二才背中を任せたっ!!」

「了解ですっ!!……って、ええ〜〜っ!?」

「「「「「えええええ〜〜〜〜〜っっっ!!!???」」」」」

俺も忍者達も驚いた。何と社長はタックルをかました小柄な忍者をそのまま肩に担ぎあげ、外の庭に向かってダッシュしているのだ。
予想外すぎるっ!!

「ちょっ、何でソイツも一緒に連れて行くんですかっ!?置いて行きましょうよっ!!」

「それは出来んっ!!何故ならコイツは人質だからだぁ――っ!!」

何という外道っ!!さっきまで多勢に無勢で正義はこっちにあったはずなのに、すっかり立場が逆転してしまった。

「うがぁ―――っ!!離せっ!!離すさ―――っ!!」

担ぎ上げられた小柄な忍者がジタバタと暴れている。しかし社長は全く意に介さず、軽々と肩に担いでダッシュしていた。

「響が捕まったぞ―――っ!!」

「逃がすなぁっ!!追え―――っ!!ぶち殺せぇ―――っ!!」

殺気40パーセント増しで、忍者達が追ってくる。どんどん状況悪くしてどうすんだよっ!!ホントに人を怒らせる天才ですねアンタはっ!!

背後から飛んでくる手裏剣や鎌をナイフで叩き落としながら、俺と社長は忍者達と四条家の庭で殺伐とした鬼ごっこをスタートさせた。



***


月の綺麗な夜だった。今頃貴音は、屋敷のどこかでこの月を眺めているだろうか……などと考える暇もなく、俺達は引き続き忍者達と
鬼ごっこを続けていた。

「待てこら―――っ!!」

「響を返せこの誘拐犯っ!!」

誘拐犯て……いや否定出来ないけどさあ……

「いやあ流石に疲れてきたねえキミィ」

「だったらさっさと肩に担いでいるソイツを解放してやりましょうよ……何だか俺達が悪者みたいじゃないですか……」

「はなせぇ―――っ!!おろすさ―――っ!!」

社長の肩でジタバタ暴れる忍者を見ながら、俺はいたたまれない気持ちになってきた。何というか、ゴメンな本当に……

「というワケで攻守交代だ。はいパ―――スッ!」

「へ?」

「うぇ?」

社長が担いでいた忍者をこっちに放り投げてきた。……って、ええ〜〜〜っ!?俺も忍者もびっくりだ。反射的にナイフを社長に放り投げ、
忍者をキャッチする。
35 :1 ◆6aY2CdF7PY :2012/03/29(木) 14:25:13.24 ID:lnWJ8GSr0


 むにゅん


え?むにゅんって何?何かやわらかいものを掴んだような気がするのだが……

「な……?!ドコ触ってるさこの変態っ!!」

忍者が怒り狂ってぽかぽか殴って来た。キャッチして気付いたのだが、コイツ結構華奢だな。というかむしろこれは……

「ああ、言い忘れていたが、その忍者が脱走した『少女A』だよ」

「ええっ?!ていうか女の子だったんですかコイツ!?こんな恰好しているのに、何で分かったんですか社長!?」

「そんなの腰の形で分かるだろう。私は一度見た女性の体形は全て記憶している。紳士として当然のスキルだ」

「そんなスキルを持っているのは社長とアララギ君ぐらいですよっ!!アンタいつもどんな目で女の子を見ているんだっ?!」

「理想的な安産型だな。彼女なら元気な赤ちゃんを沢山産めるだろう。キミの奥さんにしてはどうかね?」

「うわ〜〜〜んっ!!こいつら変態だぁ〜〜〜っ!!変態にさらわれる〜〜〜っ!!」

「ちょっ?!俺をこのオッサンと一緒にするんじゃねえっ!!女の子を泣かしちゃったじゃないですか社長っ!!」

ぎゃあぎゃあ泣き叫ぶくノ一をお姫様抱っこしながら、俺は社長と逃げ続けた。もう誰がどう見ても、俺達が悪者だった。




そろそろ宴もたけなわである。俺達は庭の片隅にあった小さな屋根つきの休憩所の上に飛び乗ると、その下に追いかけてきた忍者が集まって来た。

「そろそろ観念するさ。それから響を返せ」

忍者の頭目と思われる男が、俺達を見上げて言う。

「フンッ、こんな女こどもひとり満足に取り返せないとは、琉球王朝の護衛というのも大したことないのだな」

社長が相変わらずの調子で挑発する。ちなみにくノ一は、俺がしっかり捕まえている。暴れ疲れて叫び疲れて、何だかぐったりしている。
ホントにごめんな……

「何だとこの野郎……」

ビキビキと、殺伐とした空気が漂い始める。だから怒らせるなっての……
一応位置的にはこっちの方が有利だが、数はあっちの方が依然有利だ。一斉に攻め込まれたらピンチという状況は変わらない。
しかし俺の予想とは違う展開になった。

「おい頭っ!!だから響を使うの反対したんさっ!!所詮女は足手まといにしかならないさっ!!」
「妹だからって、情に流されるからこんな失敗するさっ!!響はいつも通り偵察やらせとけばいいさっ!!」
「響も簡単に捕まってるんじゃないさっ!!自分の身くらい自分で守れっ!!それでも琉球王家の護衛かっ!!」

何と、やつらは仲間割れをはじめた。頭目と俺が捕まえているくのいち―――ひびきという名前なのか―――響が糾弾されている。

「うう……ごめんなさい……ごめんなさいみんな……ごめんなさいニーニー……」

響は俺の手の中で、ぽろぽろと涙を零している。この子だって一所懸命頑張ってるのに、これじゃああまりにも可哀そうだ。

「泣けば済むと思うなっ!!お前は家で大人しくアンマーとチャンプルー作ってればいいさっ!!」

以前糾弾の声は収まらない。……何だこいつら。よってたかって自分の仲間を、しかも女の子を虐めやがって。だんだん腹が立ってきた。
しかし怒っていたのは俺だけではないようだった。

ドスッ

「ぐあっ!?」

社長が投げたナイフが、響を非難していた忍者のひとりの足に刺さった。刺された忍者はその場に崩れ落ちる。

「なっ、何するさっ!!」

「黙れガキ共がぁ―――っっっ!!!」

社長の大音声が周囲に響く。やべえよ、怒ってるよ社長。

36 :1 ◆6aY2CdF7PY :2012/03/29(木) 14:28:46.82 ID:lnWJ8GSr0
「貴様らそれでよく今まで生きて来れたな……犬のように縄張りを主張するしか能のないくだらん連中かと思えば、しょうもないことを
 キャンキャン喚きよって。犬以下だな。 お前らなんぞいくらかかってきても、私の敵ではないわ」

「それ以上の侮辱は許さんっ!!その減らず口叩き潰してやるさぁっ!!」

鎖鎌を振り回して、ひとりの忍者が社長に飛びかかってきた。しかし社長は高速回転する鎌を難なく掴むと、そのまま鎖を持った忍者ごと
ぶん回し、地面に叩きつけた。

「がはぁっ!!」

第二波第三波と、忍者達が次々と武器を構えて社長に飛びかかってくる。しかし社長はまるで歯牙にもかけない。武器ごとぶん殴り、
武器ごと蹴っ飛ばし、武器ごと踏みつぶした。やがて20人程度いた忍者達の数が10人を切ると、格の違いを感じたようで奴らの攻撃は止まった。

「フンッ、こんなロートルひとり倒せんとは情けない。組織がバラバラだから上手く戦うことが出来ないのだ。貴様にも責任があるのだぞお頭」

社長が下で歯噛みしている頭目の忍者に言う。いやロートルて。アンタ今でも現役バリバリ最前線じゃねえか。

「しかし自分を卑下する事は無い。貴様らが弱いのではなく、私が強すぎるのだ。仮にも四条家と友好関係にあるという事は、
 少しは見所があるのだろう。それは誇って良い」

何だかよくわからない慰め方をしている。そうだぞ沖縄忍者達。こんな得体のしれない怪物とがっぷり組み合うなど、無謀だぞ。

「悪気はなかったとはいえ、貴様らの潜入作戦を邪魔してしまった事は申し訳なく思う。だが私は貴様らなんぞに謝罪しない。
 私が謝罪し、許しを乞うのは……この子だけだ」

そういうと、社長は響に向き直り、膝をついて頭を下げた。

「あんなに恥ずかしい思いをしてまであの会場に潜入していた君の頑張りを無駄にしてしまって、本当にすまなかった」

「えぐ……うぇ……?」

響は突然の展開についていけないようで、泣くのも忘れてきょとんとしている。

「年頃の女の子なのにあんな恰好して、あんな場所でモノ同然に扱われて、さぞかし悔しかっただろう。辛かっただろう」

「う……う……」

社長の言葉で昨夜の人身売買オークションの事を思い出したのか、また目に涙が溢れてくる。そういえばこの子は、じっと涙目で
会場を睨んでいたんだっけな。

「偽装工作の為に、髪をばっさり切り落としたらしいな。黒々と輝くしなやかな、美しい髪だったと報告を受けている。さぞかし大事に
 手入れしていたのだろうな。 君からそんな美しい髪を奪ってしまって、いくら謝罪しても足りないくらいだ。責任を取って、後ろの
 ソイツを丸坊主にしよう」

「うう……ううう……」

切り落とされた髪は結構な長さだったらしい。ばっさり切ったんだろうな。覆面で顔を覆っているから今の長さが分からないが、多分ボブカット
くらいだろうか。任務の為に自分で切ったとはいえ、何だか可哀そうだな。後、俺は丸坊主になんてしないからな。アンタひとりでやれ。

「手荒な真似をして悪かった。でも君の仲間がどんな事を言おうが、私は君が一番頑張っているという事を知っている。まだ若いのに体を張って、
 大したもんだ。技術なんて後からいくらでも身に付けることが出来る。だが頑張る事は自分で努めて保つしかないんだ。あんな犬共より、
 君はよっぽど強い子だ。それは凄いことなんだよ」

「うえぇ……うえぇぇ……」

うちの社長は子供に優しい。ツキコもよく懐いていたしな。それにツキコ以外の天使の女の子達も、皆社長のことが大好きだった。

「君の頑張りを無駄にしてしまった私が言うのも何だが、これにくじけないでこれからも頑張ってほしい。今日の事は、必ず今後の人生において
 役に立つ。悔しいことも悲しいことも乗り越えて、人は強く美しくなるのだ。今回は不幸な出会いになってしまったが、次は必ず君の力になると
 約束する。だから響、おじさんを許してくれるかい?」

「うわ――――――――んっ!!うわ―――――――――んっ!!うわ――――――――んっ!!」

俺がそっと手を放してやると、膝をついて頭を下げる社長の前で、響は大泣きしながら座り込んだ。黙ってスーツの上着をそっとかけてやる。
こうして沖縄忍者との話し合い(鬼ごっこ)は終わった。……丸坊主になんかしないからな。




37 :1 ◆6aY2CdF7PY :2012/03/29(木) 14:31:18.35 ID:lnWJ8GSr0
急用が入った。再開は19時以降に。
投下しながら修正を加えていきます。見やすい形式等ございましたら、是非ご教授下さい。

ちなみにこのSS、全10章となっております。
38 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(静岡県) [sage]:2012/03/29(木) 16:28:43.42 ID:sNixIHb/o
追いついた
普通に面白いわ〜
こういう形式なら普通のSSサイトとかに投稿しても良かったかもね〜
39 :1 ◆6aY2CdF7PY :2012/03/29(木) 19:56:39.57 ID:lnWJ8GSr0
再開。いけるところまで行ってみよう。

>>38
VIP書き込めないんだorz
40 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(静岡県) [sage]:2012/03/29(木) 20:01:17.56 ID:sNixIHb/o
>>39
おかえり〜

VIPはSSサイトじゃないwwwwwwww
小説投稿サイトのことですww
41 :1 ◆6aY2CdF7PY :2012/03/29(木) 20:04:23.73 ID:lnWJ8GSr0
第四章

ひとしきり泣くと、響はぶっ倒れた。おそらく昨夜からの疲労が一斉に来たのだろう。死んだように眠ってしまった。

「青二才、彼女を屋敷の中へ。奥様に看病してもらえ」

「了解しました」

俺は響を再びお姫様抱っこすると、屋敷へ向かった。

「さて貴様らは、これから私が直々に『指導』してやる。今夜は眠れると思うなよ……」

「ひっ……、お、俺達も負傷してるんですけど……」

「甘ったれるなあ――――――っっっ!!!!」

「「「「「ひぇ―――――――っっ!!!!」」」」」

「とりあえずそこに正座しろ。ノビてる奴は、池の水ぶっかけてでもたたき起こせ。私から逃げられると思うなよおおおお
 おおぉぉぉぉぉぉおおおおおっっっ!!!!」

忍者の皆さん御愁傷様です。ウチのボスはヤロウには厳しいのだ。俺は社長の楽しそうな声を背中に聞きつつ、その場を後にした。

響を屋敷に運ぶと奥様と貴音が看病してくれるというので、彼女達に任せる事にした。俺はというと、別室で御当主に沖縄忍者とのやりとりに
ついて報告していた。

「忍者はん達は、4年ほど前にある作戦に失敗して頭目を失いましてなあ。響ちゃんと、そのお兄さんである今の頭目の親父さんですわ。
 ほんまに立派な人やった。あの子達は 死んだ親父さんの分もしっかりせなあかんと気張ってたんやけど、無理してはるのは
 よう分かりましたわ」

いきなりボスと父親を同時に失って右も左も分からない状態だっただろうに、悲しむ間もなく必死でリーダーの子として頑張っていたらしい。
それでも前リーダーより求心力が足りなかったようで、仲間達の心が次第に離れていった。よくあんな状態で4年も頑張っていたな。

「わしらも何とかしてあげたかったんやけど、流石にこればっかりは外部の者が立ち入ってええもんやないしな。先代との縁で一応援助は
 続けてたけど、正直いつ切ろかいうところでしたわ。あの子らもそれを感じていたから、焦って沖縄から出てきたんやろな」

頑張りは認めるが現実は残酷だ。チームワークが機能しない組織など役に立たない。ウチの様に個人経営のプロ達をまとめた組織なら
別かもしれないが、それでもリーダーの存在は大きい。はっきり言って、あの頭目はリーダーとして未熟だ。

「でも黒井はんなら何とかしてくれる思いましたわ。いけずな真似してすまんとは思いましたけど、ああでもせんと忍者はんも自分らの実力を
 正しく知る事が出来へんやろしな」

「社長は響を助けただけでしょう。彼女もある意味では犯罪の犠牲者です。あんな女の子が裏社会に人生を捧げるなんて、あっていいはず
 がないんです」

もし響が居なかったら、社長によって沖縄忍者達は琉球王朝時代からの長い歴史に幕を閉じていただろう。聞けば忍者達は皆、響の親族らしい
ので[ピーーー]事はないと思うが。

「ところで響ですが……この場面での登場はあまりにも不自然です。話に聞くと今回のような襲撃作戦にも参加した経験はあまりないようですし」

薄々感じてはいたが、出来過ぎている気がしてならない。社長も何か感じているだろう。

「鋭いですなぁあおはん。わしも話に聞いてただけで、本人見たのは今日が初めてです。普段はあの子は偵察や諜報活動をやっていて、
 戦闘要員ではないらしいですわ」

「しかし今回、たまたま俺達の襲撃に参加した。忍者側の都合もあったのかもしれませんが、まるで引っ張り出されて来たみたいに……」

「文字通り、貴音に引っ張られてきたんでしょうなあ。響ちゃん本人見て確信しました。あの子は『地球の子』です」

やはりそうか。最初のオークションの時から、社長は響に何か感じていたようだ。さっきオーラがどうとか言ってたな。しかしこんなに早く
見つかるとは。こちらが探すより先に向こうからやってきた。これが星の巡り合わせというやつか。

「実は『地球の子』というのは、わりと結構おるんですわ。この地球上で生まれた時点で、わしらは皆地球の子みたいなもんやしな。
 ただ『地球の子』として強い力を持つには、もうひとつ大きい要素がいるんですわ」

「もうひとつの要素?」

「海の力です。海を愛し、また海に愛されているかという要素ですな」

なるほど。地球は水の惑星だ。地球のご加護というよりは、海のご加護がある人間というわけか。

「沖縄は海が綺麗ですからなあ。響ちゃんはきっと、海が大好きなんでっしゃろ。そんで海もまた、響ちゃんの事が大好きみたいですわ。
 両者が密接に繋がって初めて、『地球の子』はその力を発揮するんですわ」

確かに抱きかかえた感じ、しなやかなで引き締まった肉体はイルカみたいな印象を受けたな。きっと太陽の輝く沖縄の海で、さぞかし楽しそうに
泳いでいるのだろう。


42 :1 ◆6aY2CdF7PY :2012/03/29(木) 20:08:32.75 ID:lnWJ8GSr0
「『地球の子』は全体のばらんすの調整に、その力を発揮します。強力な引力を持つ月と、強大な力を放つ太陽の間を取り持ち、その力をうまく
 分散させる。沖縄忍者はん達があんな状態でも組織の体を保っていたのは、響ちゃんのおかげでしょう。あいどるのぐるーぷに響ちゃんが
 おったら、皆仲良う出来ますえ」

「何で響までアイドルになることが決まってるんですか……というか御当主、本気で貴音をアイドルになさるおつもりですか?」

「ふふっ、まあその話は後ほど本人達を交えてゆっくりやるとして。でも貴音ほどやないにしても、響ちゃんも結構べっぴんさんやと
 思いまっせ?」

この人も結構親バカだなあ。しかしそれは何となく分かる。社長も欲しがる逸材だからな。

「それにあの腰の形。理想的な安産型ですなあ。元気な赤ちゃんぎょうさん産めまっせ」

アンタも持ってるのかよそのスキルッ!?てか今のセクハラ発言奥さんと貴音にバラしますよ。

「い、いやそれは堪忍やあおはん……堪忍してえな……」

天下の四条家の御当主が、割とマジでびびっていた。意外と恐妻家なんですね御当主。


***


響が看病されているという部屋の前に立ち、俺は声をかける。

「入っていいですか?」

「どうぞ」

すると障子の向こうから、鈴の音のような綺麗な声が返ってきた。障子を開けると、貴音が布団で寝ている響の額に冷やした手拭いを乗せていた。
昭和の看病風景である。

「奥様はいないのか?」

「母はこの御方の服を洗濯しに行きました」

貴音は優しく響の頭を撫でながら、俺の問いに答える。俺は貴音の横に腰を下ろし、ふたりで並んで響の様子を見た。
忍者装束は着替えさせられていて、楽な浴衣姿になっている。覆面も脱がされており、俺は初めて響の素顔を見た。なるほど確かに美人だわ。
目鼻がくっきりしたやや彫りの深い顔をしている。少し日に焼けた肌が健康的で、南国の雰囲気を連想させる少女だった。今はやや疲れているが、
きっとひまわりの様に眩しい笑顔で場を明るくするのだろう。肩口あたりまでしかない、不揃いな髪は明日にでも美容室に連れて行ってもらえる
ように、奥様に頼んでおこう。

しばし無言でふたりで響を眺める。……困ったな、何を話せばいいんだ。社長なら気の利いた事を言えるかもしれないのだが。

「青二才様」

唐突にとんでもない事を貴音が言った。俺は思わずずっこける。それもこれも、全部あのバカのせいだ。ちくしょう。

「おや、人違いでしょうか。わたくしはてっきり、黒井殿の秘書の方だとお見受けしたのですが」

「いや、間違いではないよ……俺は確かにその黒井殿の秘書だ。だが『青二才』というのは本名ではないからな?」

「そうでしたか。それは大変失礼致しました。わたくしも面妖なお名前だとは思いましたが。ではどのようにお呼びすればよろしいでしょうか」

「好きにしてくれ。不本意ながら本名より青二才の方が、もう結構慣れているんだ。むしろ青二才と自己紹介しないと、誰だか伝わらない
 こともある」

俺は苦笑しつつもそう返事した。貴音は「ふむ、不本意なのですか……」とつぶやいた後、視線を上に向けてしばし考えると

「では、『貴方様』とお呼び致します」

更にとんでもない発言を口にした。うぐっ……これは結構やばい……。こんな美女に『貴方様』などと呼ばれると、恐ろしい破壊力がある。
しかし「好きに呼べ」と言った手前、訂正するのも恰好悪い。

「如何なされました?貴方様」

「な、何でもないぞ貴音。それより夜も遅いのにこの子の看病をさせて悪かったな。お前も眠いだろう」

何とか理性を保ちつつ、俺は話題を切り替える。おかしいな、9ヶ月ほど一緒に過ごしたはずなのに、何でこんなに緊張するんだ。これも
月の魔翌力というやつか。

「お心遣い痛み入ります。ですが家人として、客人をおもてなしするのは至極当然の事です。貴方様もどうぞ楽にして下さい」

今更だが、こいつ結構仰々しい古風な喋り方をするなあ。まあ、あの奥様に育てられてコギャル(死語)みたいな娘になるとは思えないが。

43 :1 ◆6aY2CdF7PY :2012/03/29(木) 20:15:44.86 ID:lnWJ8GSr0
「ああ、しかし俺は黒井社長のおまけみたいなものだ。お前も俺なんかに気を遣う必要ないぞ。もっと楽にしてくれ」

貴音は最初は拒否したが、俺が「息が詰まる」と正直に言うとやや迷った後に「では失礼します」と言って、正座していた膝を崩した。
俺なんて最初からあぐらかいてるのに。

「ところで貴方様。この御方の事でお伺いしたいことがあるのですが……」

「ん?何だ?俺の知る範囲であれば何でも答えるぞ。と言っても、俺もこの子の事はよく知らないのだが」

「この御方が着ていた衣装ですが、時代劇で見た忍装束と酷似しております。この御方はくノ一なのでしょうか。なにゆえ忍の者がこの御屋敷に」

いきなり核心を突いてきやがった。確かにくノ一で間違いないのだが、正直に答えて良い筈がない。貴音にはもう裏社会に関わってほしくない
しな。

「あー……、この子は忍者に憧れている女の子らしくてな。ごっこ遊びでこの御屋敷に侵入しようとして、塀から落ちて気絶していたところを
 俺が助けた訳だ。だからくノ一でもないし、誰かの命を狙っているわけでもないぞ」

よし、何とか上手くごまかせた。響には申し訳ないが、これも貴音の為だと思って我慢してくれ。しかし貴音は俺の言葉を聞くと、まじまじと
その紫色の瞳で俺の目を見つめた。何だか吸い込まれそうだ。これも月の(以下略)。やがて俺の方が耐え切れなくなって目を逸らすと、貴音は
小さく嘆息した。

「貴方様。わたくしはこの御屋敷に来てまだ一年と少しですが、両親の生業が普通ではない危険な事である位は理解しております。その命を狙って
 忍の者が屋敷に侵入する事もありうるのでしょう。貴方様はわたくしの為を思ってそのような嘘を仰られたようですが、わたくしも四条家の娘と
 して、いつでもその覚悟は出来ております」

一瞬で嘘を見破られた。何故だ、俺の嘘は完璧だった筈なのに。そういえばツキコも妙に鋭いところがあったよなあ……しかし何だか微妙に
ズレてるような気がしなくもない。現代社会で忍者に襲われて死ぬなんて事は普通ありえないからねっ?!俺はさっき殺されかけたけどさっ!!
そんな覚悟は貴音には必要ないよっ!!

「しかし貴方様がわたくしの為を思ってそう仰るのなら、ここはそういう事にしておいた方が良いのでしょう。わかりました」

「……すまない。そうしてくれると助かる」

少し悪戯っぽく微笑むと、貴音は引き下がってくれた。参ったなあ、これは迂闊な事は喋れないぞ。

「ところでこの女の子―――響と言う名前らしいのだが、貴音から見てどう思う?」

質問される前にこっちから聞いてしまえ。もし今後このふたりが長い付き合いになるのなら、出来るだけ仲良くしておいた方が良い。
貴音は響の顔を穴が開くほど見つめると、頭の中で言葉を整理していて、それからゆっくり話し始めた。

「まだ言葉を交わした訳ではないのでわたくし個人の印象ですが―――不思議と波長が合うような、まるで昔から知っているような気がします。
 凛々しく素直な顔つきから見て、 清い心の持ち主なのでしょう。悪人ではないと思います。研鑽を重ねたこの身体を見るに、すといっくな
 御方なのでしょう。わたくしなどより、よほどしっかりしております」

驚いた。見ただけでそこまで分かるのか。実際に言葉を交わした俺と、その人となりを知る御当主もほぼ同じような印象を持っている。これは
洞察力もかなりのものだな。そして「昔から知っているような」という発言も気になる。そりゃあ月と地球だったら、46億年くらい仲良く
回っているからなあ。

「先ほど母が言っていました。『この子は貴女の一生の友人になる』と。わたくしに彼女の友人が務まるでしょうか」

瞳にやや不安の色を滲ませて、貴音が俺に訊いてくる。何を馬鹿な事を。

「安心しろ。お前の言う通り、響は素直でいい子だ。仲良くなれる事は俺が保証する。それに貴音だって、響と同じくらい素敵な女の子だ。
 だから卑屈になることなく、堂々と付き合えばいいさ。お前達は良い友達になれるよ」

貴音の頭を撫でてやると、貴音は少し安心したように表情を緩ませた。心配することなど何もない。俺に言わせてもらえば、響が羨ましい
くらいだよ。

「貴方様にそう言われると不思議と安心します。わたくしは、同年代の女の子の友人を持つのは初めての経験なので」

――――油断した。こんな他愛のない話が貴音の過去の話に繋がるとは―――――

下手な事を言うと、さっきみたいに見破られる。だが本当の事を話すと、過去の記憶が甦りフラッシュバックを引き起こす危険がある。四条家の
催眠術を疑うわけではないが、どこまで記憶の消去が行われているのか、オカルトに明るくない俺には皆目見当がつかない。そういえばさっき、
自分はこの屋敷に来て一年くらいだと言ってたな。少なくとも貴音は、四条家のご夫婦が本当の両親ではなく、自分が養子であることを
理解しているようではある。ここからの発言は慎重に行こう。

「貴音は学校に通ってないのか?」

俺は貴音とは今日が初対面という設定だ。貴音がこの一年を催眠術による人格形成を受けていたという事実は知らない筈なので、この発言は
ごく自然である。

「以前は通っていたかもしれませんが、現在は通っておりません。これは秘密なのですが、どうやらわたくしは飛行機の事故で家族を失い、
 長い間病床に居たそうです。つい一年ほど前に目を覚ましたのですが、事故以前の記憶が曖昧で殆ど憶えておりませんでした」

――――なるほど、そういう理解をしているのか。


44 :1 ◆6aY2CdF7PY :2012/03/29(木) 20:24:27.77 ID:lnWJ8GSr0
「四条家に引き取られてからは、屋敷内で療養しながら家庭教師の先生方と母に、勉強と習い事を教わっております。ですから友人と呼べる
 人間はひとりもおりません」

少し寂しそうな顔で、貴音は言葉を続ける。しかし自分のこれまでの経歴を疑っている様子は無い。もしかしたら多少の疑問は持っているかも
しれないが、フラッシュバックにつながるような危険な記憶は綺麗さっぱり取り除かれているようだ。月のお姫様の記憶、天使の少女の記憶、
ツキコの記憶、……そして俺達の記憶も。

「ですがわたくしも直に十八になります。父と母はまだ心配しておりますが、近いうちにこの御屋敷を出て自立しようと考えております。
 外の世界に繰り出し、働いて生計を立て、善き人達と巡り合い、やがて父と母のような素敵な結婚をして幸せな家庭を築きたいと思います」

「ああ、それは立派な考えだ。貴音ならきっと出来るよ。俺も応援する」

この子は只の箱入り娘ではない。家の力に頼らずに、自分の力で生きて行こうとしっかりと将来の事を考えている。大人の俺なんかより、よっぽど
しっかりしている。月の魔翌力などなても正しい人付き合いをして、周りに流される事無く自分の人生を歩むに違いない。それでも俺達は
『太陽の子』を探すけどな。

「貴音は将来、なりたい職業とかないのか?」

アイドルを勧めるわけではないのだが、一応訊いてみた。貴音はどんなものに興味があるのだろう。

「わたくしは月を眺めるのが好きなので、将来は天文学者になりたいと考えております」

ほうほうなるほど。やはり貴音も月が好きなのか。しかし学者とはまた、随分アイドルから遠のいたな。

「いつか月面着陸をしてみたいです」

お、おう。随分スケールがでかいな。流石月の子だ。

「しかし今はまず、多くの人達に接してみたいです。わたくしはずっと箱入りだったもので、世間とやや認識が乖離している事は自覚して
 おりますゆえ」

自覚はあったのか。そうだな。貴音スマートフォンとか使えなさそうだもんな。

「以前母に相談してみたところ、その時は好きにすれば良いと言われましたが、何故か先程あいどるという職業を勧められました」

気が早いよ奥さんっ!!いきなり言われても貴音も意味が分からないだろう。

「あいどる、とは踊り巫女のようなものでしょうか」

踊り巫女ねえ……。間違いではないが、しかしいつの時代の話をしているんだ。こりゃあ確かに一度、世間を知った方が良いな。

「うん。その認識で大体合ってるぞ。ただ、今のアイドルはもっと色々をやる。歌や踊りはもちろん、ドラマでお芝居もすれば写真の被写体に
 なったりもする。沢山レッスンしないといけないし、ファンサービスもしないといけない。結構大変な仕事だぞ」

「なんと。あいどるとはそのような面妖な職業なのですか。ふぁんさーびすというのは、殿方の夜のお相手「そんな事はしなくていいっ!!
 ていうか考えなくていいっ!!」

そういえばツキコも天然ぽいところがあって、無自覚にドキッとさせられる事があったなあ……ツキコはまだ可愛らしいが、今の貴音は
洒落にならん。

「?……しかし古来より踊り巫女というのは殿方と「ハイ止め―――――っ!!この話止め―――――っ!!」

昔そういう事をしていた巫女さんもいたらしいが、今は違うからっ!!枕営業とかあるかもだが、そんな事考えなくていいからっ!!後、さっきから
物凄い殺気を感じるんですけどっ!?式神か怪しい術か知らんが、絶対御当主この会話聞いてるっ!!オカルトは感じないが、殺気だけはビリビリ
伝わってくるよっ!!

「ふむ、そうなのですか……ふふ、あいどる。面白そうですね。ここに居る響も誘いましょうか」

何と、貴音はノリ気だ。しかも響も誘おうとしている。これは意外な展開になったぞ。

「わたくしは月が大好きで、月を愛しております。月の事をもっと沢山知りたい。月は夜空のあいどるとして、多くの方に愛されているでしょう。
月のふぁんとして眺めるだけでなく、月と同じく多くの方に眺められる立場になれば、わたくしにも少しは月のことが理解出来るかもしれません」

何だかよく分からない論理を組み立てて、貴音はひとりで納得してしまった。こっちとしては色々やりやすいが。まあ貴音がそう言うならそれで
良いだろう。

「ところで貴方様。わたくしはおなかが空いたのですが、貴方様も何か召し上がりませんか」

そういえば夕方に屋敷について御当主と奥様と話し込んで、沖縄忍者達と鬼ごっこして晩飯を食べてなかった。

「そうだな。少しのども渇いた。軽くで良いから、何かもらえないか」

「かしこまりました。すぐに御用意致します。響の手拭いの水も変えてきましょう。少々お待ち下さい」

洗面器を持って、貴音はそっと部屋を出て行った。部屋には俺と響のふたりが残される。随分顔色が良くなってきており、時々笑顔を見せる。

45 :1 ◆6aY2CdF7PY :2012/03/29(木) 20:29:09.99 ID:lnWJ8GSr0
「う〜〜ん、ハム蔵……イヌ美……」

飼っているペットだろうか。動物まんまの適当な名前を先程から呟いている。俺が名付けたツキコも大概だったけどな。外の様子をそっと伺うと、
はるか遠くの庭先で依然として社長が忍者達に『指導』していた。どうせまた『黒の美学』とかワケわからん事をほざいているのだろう。

「お待たせ致しました」

少しして、貴音が戻って来た。両手が塞がっているようなので、障子を開けてやる。「恐れ入ります」と言って部屋に入って来た貴音の手には、
水を取り替えた洗面器と

―――――見覚えのあるナイフと林檎が載っていた。

貴音は響の手拭いを取り替えると、慣れた様子で林檎を剥き始めた。

「林檎……好きなのか……?」

「いえ、それほどではありませんが。ただ時間も時間ですし、のども渇いていると仰っていたので」

どうやら偶然らしい。しかしそのナイフまだ持っていたのか。それは昔元殺し屋だった同僚にツキコでも扱いやすい、軽くてよく切れるナイフは
ないかと訊いた時に、そいつが用意してくれたものだ。ウン万円もするプロ仕様で、「女でも一撃で仕留められる」シロモノらしい。いや、林檎
剥くだけなんだけどな。結局あまりにも切れすぎるので危なっかしくて俺が一緒に剥いてやっていたのだが、もうひとりでも心配ないみたいだな。

「しかし不思議ですね。いつもならお客様の前で林檎の皮を剥くなど、はしたない真似は慎むのですが」

林檎を剥きながら、貴音がぽつりとつぶやいた。え……?今何て言った?

「何故か貴方様の顔を見ると、目の前で林檎を切った方が良いと思いました。その方が貴方様が喜ばれるだろうと」

皮を剥いてくし切りにして、へたを取り除いてお皿に並べてくれた。小さなフォークも添えられている。

「さあどうぞ、お召し上がりください」

貴音はあの時と同じ笑顔で、しかし手が震える事もなく、しっかりと持って林檎の載ったお皿をこちらに差し出してくれた。

「……?如何なされましたか貴方様。何か問題でも?」

気が付いたら、俺は涙を流していた。貴音が心配そうな顔でこちらを見ている。

「いや何でもない、少し目にゴミが入っただけだ……。ありがとう、美味しく戴くよ……」

俺は皿を受け取って、林檎を食べた。この林檎の味はずっと忘れないだろう。

御当主……催眠術本当に効いてるんですか……貴音あの時のお願い聞いてくれたじゃないですか……


***


林檎を食べ終えると、貴音に礼を言って俺は部屋を後にした。

「響の様子も問題なさそうだし、貴音もそろそろ休めよ。夜更かしは体に障るぞ」

「わかりました。それでは貴方様、お休みなさいませ」

「ああおやすみ」

時計を見ると23時を過ぎていた。マズいなあ。帰りの新幹線を逃してしまった。本当は日帰りの予定だったのだが、どこかに宿を取るか。
屋敷を出て社長の元に行く。そこではまだ指導が行われていた。ただ少し違う点は、沖縄忍者達がふんどし一丁になっている点である。
ついでに頭目は赤ふんだった。

「社長〜〜。そろそろ帰りましょうよ〜〜」

「であるから黒の美学というのはなあ〜〜っ、……ん?何だ青二才、今良い所なんだ邪魔するな」

沖縄忍者達が救いの神が来たかのような瞳で俺を見つめる。一族だけあって、皆どことなく響に似ているな。止めろそんな目で見るな。

「あまり遅くまでいると迷惑ですって。駅近くのビジネスホテル予約しましたから、明日の朝一番で帰りますよ」

我ながら、役に立つ秘書ぶりである。

「ああそれなら問題ない。今夜はここで朝までこいつらの指導だ。御当主にも伝えてある」

しかし社長は秘書の働きのほとんどを台無しにするのでやりがいがない。

「明日は9時から次の作戦会議の打ち合わせですよ。朝一の新幹線で帰らないと間に合いませんってば」

「心配するな。明朝7時にヘリが迎えに来る手筈になっている。新幹線のような黒くない乗り物に乗れるか」

46 :1 ◆6aY2CdF7PY :2012/03/29(木) 20:35:41.46 ID:lnWJ8GSr0
相変わらず無茶苦茶なオッサンである。アメリカのCEOじゃあるまいし、ムダに恰好つけるんじゃねえよ。後、新幹線は白って決まって
いるんだよ。ここまで言われると反論のしようがない。俺は説得を諦めて、屋敷へと戻った。一応御当主に挨拶をしておかないとな。忍者達の
縋るような視線をビシバシ感じる。すまんな助けてやれなくて。

「貴音と話は出来たのか」

「ええお陰様で。響も問題なくすやすや眠ってますよ」

その言葉を聞いて、忍者の頭目が安心した顔をした。そういえば響の実の兄だっけな。助けてあげられかったお詫びだ。だから安心して指導
されてろ。

「そうか……さあお前ら指導はまだまだこれからだあっ!!一人前の『黒の求道者』になる為にも、1秒たりとも聞き逃すなよ―――――っ!!」

ノリノリの社長と、げんなりしている忍者達。あ、水ぶっかけられてる。この寒いのにご苦労なこった。響が悲しむから、死ぬなよ……


***


「泊まっていきなはれ。部屋も用意してありますさかい」

御当主にお礼を言って帰ろうとすると、宿泊を勧められた。

「い、いや悪いですよそんなのっ!社長は明日の朝7時に迎えに来ますから、そこまで気を遣って頂かなくても……」

「水臭いなぁあおはんは。わしらの仲やないですか。貴音はそのつもりでっせ」

そういえば「お休みなさい」とは言っていたが、「さようなら」とは言ってなかったな。

「明日朝起きて、あおはんがおらんかったらあの子寂しがるやろうなぁ……貴音が寂しがったら、わしも寂しいなるなぁ……呪ってしまいたく
 なるくらいに」

誰を呪うのですか御当主っ?!悪霊退散が生業の陰陽師的にその発言はどうなのですか!?結局押し切られる形で四条家に宿泊することになって
しまった。用意された部屋は、屋敷の中で貴音の部屋から一番遠い場所にある離れの小さな茶室だった。……警戒されているなあ俺。囲炉裏に
火をくべて暖をとりつつ、俺はうつらうつら眠りについた。どこの日本昔話だよ。とにかくこれでようやく、長い一日が終わった。

翌日、朝風呂に入っていると貴音が背中を流しに入って来て御当主にキレられたり、俺が隙間風の吹く離れで寝ていたと知ると貴音が
「お客様に何という仕打ちをっ!!」とひどく怒って御当主にキレられたり、貴音が事ある毎に俺の事を「貴方様」と呼ぶから御当主に
キレられたりした。その都度御当主は奥様に〆られていたが、俺はヘリが待ち遠しかった。ついでに響も起きて来て、一緒に朝食を摂った。
昨日あんな目に遭わされたせいかまだ警戒しているようで、俺の呼びかけには「うん」「ううん」くらいしか答えなかった。ただ貴音とは
仲良さそうに話していたので、それで良しとする。

そして午前7時の出発の時刻。黒々としたヘリが四条家の庭に着陸する。社長の指導も、丁度まとめに入っていた。マジで徹夜でやってたよ……

「よぉしそれではお前らぁっ!!今度の作戦には私の手足となって働いてもらうっ!!それまでしっかり訓練に励むようにっ!!分かったかぁっ!!」

「「「「「Yes, ス――――ッッッ!!!!!!」」」」」

スーというのは、沖縄弁で黒という意味らしい。イェッサーをもじってそう呼ばせているらしいが、大してうまくない。忍者達は完全に目が
イッちゃっていた。この寒空の下ふんどし一丁にされて、疲労困憊の中眠る事も許されず社長の毒電波を浴びせ続けられたらおかしくなるわな。

「さて行くぞ青二才っ!!モタモタするなよ会議が待ってるっ!!」

何でこのオッサンはこんなに元気なんだよ。しかも妙にテンション高いし。こんなのと一緒にこれから2時間空の旅とか、嫌だなあ。

「それでは御当主奥方、私達はこれで失礼する。貴音と響も元気でなっ!!」

「何から何まで本当にありがとうございました。貴音、響またな」

見送りに来てくれた四条のご夫婦と貴音と、ついでに響にも挨拶する。響も見送ってくれるとは思わなかった。うわ、響変わり果ててしまった
兄達を見てドン引きしてるし。あの子は本当に不幸続きだなあ……。早く幸せが訪れれば良いのだが。

バララララ……ヘリは一路、アジトへと飛んだ。


***


アジトに戻ってからは、相変わらず情報収集と破壊活動に追われていた。変わった事と言えば、沖縄忍者達が社長の傘下になっていた。沖縄は
少年少女を対象にしたダンススクールや養成所がやたら多く、人身売買を企てる組織は数多くあった。元々琉球王朝の護衛を任務にしていた
沖縄忍者達が、人身売買の阻止に重点を置くようになったのはそういう事情があるらしい。しかしそれでも手が回らず、残念ながら今まで
されてきた犯罪も少なくなかった。結果的にヘルプで俺達が沖縄へ出向く事が増え、仲間が増えて楽になるかと思いきや、むしろ前より忙しく
なった。ただ社長の指導の成果があってか、沖縄忍者達は以前俺達と鬼ごっこした時とは比べものにならないほどレベルアップして、素晴らしい
チームワークで迅速に作戦を行うようになった。そのうち俺達の手助けは不要になるだろう。彼らが沖縄の守り神として再び君臨する日もそう遠く
ない。ただ相変わらずどこか壊れたままのようで、作戦が成功するとふんどし一丁で祝うという妙な習慣がついてしまった。社長は「黒の教育の
賜物だよキミィッ!!」と喜んでいたが、どう見ても悪質な洗脳です本当にありがとうございました。しかしそれでも彼らが強くなればいいかと
思っていたが、そうは考えていなかった人物がひとりいた。

47 :1 ◆6aY2CdF7PY :2012/03/29(木) 20:40:09.22 ID:lnWJ8GSr0
「ニーニー達を返せ――――――――――――っっっ!!!!!!」

四条家に行った日からおよそ2ヶ月後のある日、スケジュールの確認をしているとアジトのドアを蹴破ってひとりの少女が入って来た。沖縄忍者
の頭目の妹の響であった。姓は我那覇というらしい。いかにも沖縄チックな名前だ。

「おっ、響じゃないか。久しぶりだな。沖縄行っても全然会えなかったから心配していたんだぞ」

沖縄忍者を傘下に置いてから俺も何度か沖縄に行ったが、響と顔を合わせる事は無かった。

「あんな変態達と一緒にいられるかぁ――――――っっっ!!!!!!」

気持ちは分からなくもない。俺も自分の仲間があんな姿になってしまったら絶望する。

「髪も随分伸びたな。私服姿もなかなか可愛いぞ」

「えっ……?あ、うん。ありがと……」

いきなり褒められて、真っ赤になってもじもじする響。あ、こういうの慣れてないのか。

「って……、違――――――――――――うっ!!」

我に返り、再び怒り狂う我那覇響(16)。元気いっぱいである。これ以上ごまかすのもかわいそうか。やれやれ。

「まあ落ち着け響。残念ながら俺にはどうしようもない。今から社長に会いに行くから、お前もついて来るか?」

これは本当である。いいタイミングで来たなあお前。もう5分遅かったらすれ違いになっていたぞ。

「どうしたアオ?お客さんか?」

「誰だこの子?お、なかなか可愛いな」

「あれ?何かこの顔どっかで見たような……」

アジトの奥から同僚達がぞろぞろ出て来た。全員2メートル超のシュワルツェネガー並のいかついヤツばかりで、威圧感がハンパない。俺も最初は
ビビったが、今は慣れたもんだ。で、慣れてない人間はというと……。お、先ほどまでの勢いはどこへ行ったのやら、響は怯えた様子で自分の肩を
抱いて後ずさりしている。別に何もしねえよ。

「お前の彼女かこ・の・野・郎・☆」

「ぬぁ〜にぃ〜?ツキコだけでは飽き足らず、他の女にも手を出すとは許せんな」

「これは社長に報告だなぁ〜っ!」

勘違いした3バカ共が絡んでくる。痛てて、ヘッドロックかけるな、ギブギブッ!!

「ち、違ぇよっ!!この子はふんどし忍者の妹だよっ!!社長に会いに来たんだとよっ!!」

「うぇ……?ふんどし……?」

あ、ヤベ。思わず口走ってしまった。最初は「沖縄忍者」と呼んでいたのだが。今では皆「ふんどし忍者」と呼んでいる。そっちの方がインパクト
が強いから。

「ああ、ふんどしのっ!」

「ああそうだ、ふんどしに似てるんだ」

「赤ふんの妹か。じゃあこの子もふんどし履いてるのか?」

「うわ――――――――――――――――――――――んっ!!自分はふんどしじゃないぞ――――――――――――――――っっっ!!!!!!」

響は泣きながら出て行った。あ〜あ、また泣かしちゃったよ。俺はため息をついて、彼女を追いかけた。


***


「悪かったって。いい加減機嫌直してくれよ」

「…………ふんっ!」

あれから響に追いついて、現在俺達は電車の中である。当初の予定通り、俺は社長の元へ向かっていた。ついでに響も連れて。道中何度か関係の
改善を試みたが、成果はあまり芳しくない。むしろ前より悪くなってる。
48 :1 ◆6aY2CdF7PY :2012/03/29(木) 20:43:48.67 ID:lnWJ8GSr0
「……」

「……」

気まずいなあ。ここはひとつ、切り口を変えてみるか。

「貴音は元気か?連絡取ってるんだろう?」

この間、社長が御当主と電話で話しているのを聞いた。たまに響は四条家に遊びに行ってるらしい。

「うん……昨日泊めてもらった」

お、ちょっと機嫌が直った。どうやら良好な関係を築いているようだな。

「自分、塀から落ちたりしないぞ……」

しまった藪蛇だった。響がジト目でこちらを睨んでくる。悪かったよ。

「……アンタ変わってるな。何でこんな組織にいるのか不思議だぞ」

ポツリと響がつぶやく。俺から見たらお前らの方が変わってるけどな。社長とか御当主とか忍者とか、個性が強すぎるわ。

「青二才って名前、ぴったりだと思うぞ」

「お前まで俺をそう呼ぶのか……」

がっくり項垂れた。どうやら御当主にそう教わったらしい。やっぱりこの間の事根に持ってるなぁ御当主。

「何で?良い意味じゃないのか?」

「いや、どっちかと言えば悪口だ」

「ふ〜ん、アンタを見てると沖縄の空を思い出すさー。良い言葉だと思ったんだけど」

どうやら「青」という言葉から連想したらしい。どっちにしてもあんまり嬉しくない。

「ニーニー達は、アンタの事をオールー(青)って呼んでるぞ」

どうやら俺は「青」の呪縛から逃れられないらしい。いっその事追い求めて、極めてみるか?ブレイブルーみたいに。


***


電車に揺られる事およそ一時間、俺達は目的地に到着した。都内の一等地にそびえ立つ高
層ビル。ここに社長が居る。

「こ、こんな所に勝手に入っていいのか?」

響は不安そうに聞いてくる。

「勝手に入るわけじゃないぞ。ここがウチの新しい事務所だ。ほら」

俺がくいっと指をさす。ビルの入口には「961プロ」という看板が掛かっていた。仕事
の合間を縫って事務所設立の手続きを行い、先週ようやく完成したウチのアイドル事務所
だ。もっとこじんまりとした建物で良かったのに、四条の御当主が妙に張り切って出資し、
そこに社長の『黒の美学』が悪い化学反応を起こしてデカいビルになってしまった。

「961プロって……妖しさ満点だぞ……」

「俺もそう思うよ……」

でもな響、この名前に決まったのはお前らのせいでもあるんだぞ。
事務所が完成して社名を決める時に投票が行われた。「黒を前面に推した社名」を推す社長
勢力と、「クリーンなイメージの社名」を推す俺勢力に割れて争われた。社長は尊敬して
いるが、そんな悪徳企業みたいな社名はどうよ?という仲間も少なくなく、票数はほぼ互
角となった。そこに社長に洗脳されたふんどし忍者共の票が大量に押し寄せ、結果大差で社長が勝利して961プロという名前になったのだ。

「う……ニーニー達がなんかごめん……」

申し訳なさそうに謝る響。いやお前が気にすることはないさ。響の頭をぽんぽんとたたい
てやり、俺達はエレベーターに乗って社長室のある最上階を目指した。
49 :1 ◆6aY2CdF7PY :2012/03/29(木) 20:45:36.44 ID:lnWJ8GSr0
***


「おお、響久しぶりだなぁっ!!よく来たねぇっ!!」

「ニーニー達を元に戻せぇ――――――――――――――――――っっっ!!!!!!」

ウチの新社屋に圧倒されていた響だったが、社長の顔を見ると当初の目的を思い出したようで飛びかかって行った。

「ははは、相変わらず響は元気だなぁ。何かいい事でもあったのかい?」

「うがぁ――――――っ!!離せぇ――――――っ!!おろせぇ――――――っ!!」

飛びかかってきた響をひょいとかわすと、社長は軽々と響を持ち上げた。たかいたかーいである。あとパクるな。

「社長、遊んでないでさっさと済ませちゃいましょう。このビル無駄にデカいから時間かかるんですよ」

「おおそうだったな。アジトの荷物はまとめたか」

「ええ粗方終わってます。来週には完全に移転出来ますよ」

「よしご苦労。では行こうか」

響を下ろすと、社長はエレベーターへ向かった。961プロとして活動するのは来週からだが、今日はその為の社内設備の確認である。

「響、今から社内を見て回るが、お前も一緒に来るか?」

「え……い、今はそんな事どうでも良くて……!!」

「レッスンルームもあるぞ。お前ダンス好きなんだろ?」

「ど、どうしてそれを……」

「話は後でゆっくり聞いてやるから、さっさと行くぞ」

「ま、待つさ―――――っ!!」

響は慌ててエレベーターに飛び乗ると、俺達は社内オリエンテーションに繰り出すのだった。


***


「お疲れ様です」
「お疲れ様です社長」
「青さん、お疲れ様です」

社内のスタッフ達が俺達に声をかける。社長は偉そうに「うむご苦労」などと挨拶をし、俺はスタッフ達と仕事の進捗状況の確認を行っていた。
響を退屈させていないかちらりと見てみたが、響は興味深そうに俺達を見ていた。

「ちゃんとした会社みたいだぞ……」

「ちゃんとした会社だよ。俺達みたいな裏の人間じゃなくて、ここで仕事をしているのは表の世界の普通の人達だからな」

アジトにいたような、いかつい連中はここには居ない。奴らの仕事場もあるが、目立たないスペースで仕事をしている為、社内をうろついてること
は無い。名前は961プロだが、働いている人間はクリーンなのである。

「アンタ達がまともに見えるぞ」

「私をこんな変態と一緒にするのではなぁ〜い」

「それはこっちのセリフですよっ!!」

「おやおやぁ〜、沖縄忍者にふんどし忍者と名付けたのは、どこの誰だったかなぁ〜」

「う……それは……」

「アンタだったのか―――――っ!!うわ―――――んバカバカバカァッ!!」

ポカポカ殴ってくる響をなだめながら、俺達はオリエンーテーションを続けた。


「うわぁ―――――っ!!すごいっ!すごいぞ―――――っ!!」

ご機嫌ナナメだった響も、アイドルのレッスンの為に用意したトレーニングルームを見ると機嫌を直してくれた。



50 :1 ◆6aY2CdF7PY :2012/03/29(木) 20:51:56.12 ID:lnWJ8GSr0
ダンスルーム、ボイストレーニングルームはもちろんの事、室内プールや筋トレルーム、食堂や宿泊スペースも存在する。ここは間違いなく
日本最高峰のアイドル養成所である。ダンスルームの部屋の壁一面に設置された大鏡の前で、響はバク転をしながらはしゃいでいた。やっぱり
忍者だなコイツ。

「どうだ響、気に入ったか?」

「ふ、ふんっ!!いかにも金にものを言わせて作った施設だなっ!!ココは悪徳企業だぞっ!!」

はっ、と我に返って、響が慌てて悪態をつこうとする。しかし表情が緩みきっているぞ。

「まあ否定はしないけどさ……文句があるなら貴音のオヤジさんに言ってくれ」

あくまで表向きだけアイドル事務所の体をしていれば良かったのに、四条の御当主がはっちゃけた結果である。そこに社長の黒の美学が(以下略)。
まあおかげで、ちょっと見たぐらいではこの事務所の裏の顔は分からないくらい本格的なものになったが。カモフラージュは完璧だ。

「さて、これで一通り確認したのかな?青二才」

「ええそうですね。後は導入されるパソコンやコピー機の確認ですが、そっちは部長に任せておきましょう。どうせ俺達が使う事はありませんし」

「そうだな。では響、確かアイドルになりたいという話だったな」

社長がわざととぼけてみせる。いい加減にまともに取り合ってやりましょうよ。

「ち、違うさ―――――っ!!自分はニーニー達の事で話があって来たさ――――――っ!!」

案の定怒る響。ようやく本題に入ったか。

「ふむ、我那覇君達は元気でやってるか?依然と比べて強くなっただろう」

「そ、それは感謝してるさ……皆がまとまって、スー(お父さん)が生きていた時みたいな感じに戻ってきたさ……」

素直な子である。確かに強くはなっただろう。同時に変にもなったが。

「響にも優しくしてくれるようになっただろう?紳士たる者、レディは丁重に扱うべきだと徹底的に叩き込んだからな」

「う、うん。皆あの後自分に謝ってくれたさー。今は皆優しくしてくれるさ……」

響を皆して非難していたことに社長ブチ切れていたもんな。でも最近はあまりに響を大事にしすぎて、沖縄忍者達は響を作戦に参加させなくなった
らしいが。まあ偵察要員とはいえ、こんな女の子を作戦に使うような組織など先がしれてる。響なしで頑張れとは、俺もやつらに言っていた。

「そうか良かったなぁ。これからも皆と仲良くな」

響の頭をわしわしと撫でると、社長はビルの出口へ向かった。

「あ、ありがと社長…………って、そうじゃなくてっ!!」

「響」

ふざけた調子から一転、社長がまじめな声になる。響はびくっとして黙った。

「さっきの話の続きだがなあ、アイドルになる気はないか?」

「ふぇ?じ、自分がアイドルだって?!」

突然の勧誘に戸惑う響。まあ無理はないわな。

「来週961プロは、アイドル事務所として芸能界に殴り込みをかける。お前は裏社会の人間だから隠さなくて良いが、この961プロの設立の
 目的は別にある。業界のクズ共から子供達を守る為に、私はこの会社を興したのだ」

「そ、それはニーニーから聞いてるぞ。自分達も社長に協力して、一緒に活動するさー」

「ああそうだ。お前の兄達と協力して、私はこの日本から、いや世界から子供達が被害者にならないために人身売買を殲滅する。ここはその為の
 会社だ」

社長が真剣に話をしている。響もまた、真剣に聞いている。

「だからアイドル事務所としての活動はあまり重視していなかったのだが…………しかし私はアイドルとして、天下を狙える逸材に巡り合って
 しまったのだ。それは四条貴音と、 そして我那覇響……お前だ」

「た、貴音と自分がっ?!」

月の子地球の子という事情を抜きにしても、俺もこの子達ならアイドルとして十分活躍出来ると思う。動の響と静の貴音。タイプは違えども、
業界の中で強烈な個性として輝くだろう。このふたりを擁立出来れば、961プロは765や876とも十分互角に渡り合える。

「昔の話だが、私はアイドル事務所の社長として、アイドルになりそうな子をスカウトしたり、プロデュースしていた時期があってね。とある
 事情から辞めてしまったが……。 当時の仕事勘などすっかり消え失せたと思っていたのだが、君達を見た時に再び思い出したよ。まさに
 『ティンとキタッ!!』ね」

51 :1 ◆6aY2CdF7PY :2012/03/29(木) 20:53:54.49 ID:lnWJ8GSr0
社長の『ティンとキタッ!!』はまず間違いない。それで作戦中に何度助けられたことか。それに貴音を助けたのも、この社長の勘だった。
というか社長、本当にアイドルプロデュースしていたのかっ!?以前そんな話を聞いたが、てっきり冗談だと思っていたよ。

「このダイヤの原石を逃すのは惜しい。もちろん裏の仕事もしっかりするが、表の仕事にも全力で取り組みたいと、お前達を見て心からそう
 感じたよ。幸いここには最高の設備と環境がある。君達に不自由させないことは保証しよう。どうだ?やってみないか?」

「で、でも自分には沖縄を守るという任務が……」

心は揺れているようだが、響は先代頭目の娘としての任を守ろうとしていた。やっぱりこの子は良い子だな。

「響、お前の兄から聞いたぞ。お前は作戦でダンススクールに潜入すると、いつも踊っている子達を羨ましそうに見ていたそうだな」

「そっ、それは……」

「先代の頭目が生きていた頃は、アイドルとして活躍したいと己の夢を語っていたそうではないか。しかし頭目が死んでしまって兄達がバラバラ
 に なった時、お前は沖縄と、アイドルを夢見てレッスンに励む子達を守る為に、自分を犠牲にして忍の道を選んだそうだな。沖縄を守る
 どころか、 妹の夢さえも守れないのに何が頭目だと、お前の兄は泣きながら私に話してくれたぞ」

「ニ、ニーニーがそんな事を……」

これは俺も聞いた事がある。アイツら沖縄忍者達と酒を飲んでいると、決まってこの話が出て来て頭目が泣きだすのだ。その度に俺と社長は
ヤツをぶん殴り、だったら妹を守る為にももっと強くなれと檄を飛ばした。そうすることで奴は頭目としてめきめきと腕を上げて来たのだ。

「先代が亡くなってからの4年間、よくぞ沖縄忍者を繋ぎとめていてくれた。お前の頑張りが無かったら、あの組織はとっくに滅びていただろう。
 後は私に任せて、お前は自分の夢の為に頑張りたまえ。なぁに、人生は長いんだ。アイドルに飽きたら地元に帰って、また忍者をやってもいい。
 やつらもお前の居場所はちゃんと残していてくれてるよ」

「うぅ……ううぅ……」

俺はそっと響の頭に手を置いてやると、優しく響に語りかけた。

「実は明日、貴音がここに来るんだ。貴音はアイドル候補生として来週からレッスンに入る。響も一緒に居てくれたら、貴音も喜ぶだろうな。
 お前らがアイドルとしてデビューするのを、皆楽しみにしている。勿論俺もだ。沖縄の希望の星として、全国で活躍するようなアイドルをやって
 みないか?」

実は貴音の返事は結構前に貰っていた。御当主がはっちゃけたのは、これが原因だったりする。このビルは貴音ひとりの為に建てたようなものだ。
親バカここに極まれり。

「うわぁ―――――――――んっ!!!!!!ありがとうス―ッ、ありがとうオール―――――――――――ッ!!!!!!」

大きな声でわんわん響は泣き出した。最初の人身売買オークションから2ヶ月、俺達はようやく響を助けることが出来た。響はコアラのように
社長にしがみつき、社長は響の背中をぽんぽんと叩いている。……ん?何だか社長の手が震えている。よく見ると響の腕が社長の首にキマって
いた。社長の顔が青くなってくる。面白いのでもう少し見ておこう。

とにかくこれで、961プロとしての活動が本格的に近づいてきた。あとは『太陽の子』を探すのみである。


52 :1 ◆6aY2CdF7PY :2012/03/29(木) 20:56:20.55 ID:lnWJ8GSr0
四章終了。ちょっと休憩。
53 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(静岡県) [sage]:2012/03/29(木) 21:00:40.00 ID:sNixIHb/o
お疲れ様
54 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(静岡県) [sage]:2012/03/29(木) 21:01:59.95 ID:sNixIHb/o
太陽の子・・・一体何者なんだ・・・
まさかBLACK RXなのか!?
55 :1 ◆6aY2CdF7PY :2012/03/29(木) 21:20:39.07 ID:lnWJ8GSr0
幕間1

とある会員制の高級バーのカウンターに、壮年の男性がふたり並んで座っていた。

「アイドル事務所を設立したらしいね。おめでとう。君とはライバルになるのかな」

「フンッ、お前の所のような弱小事務所など私の敵ではないわ。その気になればいつでも潰してやる」

好々爺を体現したような優しげな男性の祝いの言葉を、全身黒づくめの堅気ではなさそうな雰囲気の男性が無碍に切り捨てる。

「ははは。怖い怖い。でも私も、簡単に潰されるつもりはないがね」

「全く、実力があるクセにいつまでも青臭いやり方に拘りやがって。だからいつまでもお前の所は資金難なんだよ。おい小鳥、お前からも
 このバカに何か言ってやれ」

黒づくめの男性が、カウンターの向こう側でバーテンを手伝う女性に声をかける。小鳥と呼ばれた女性は、少し苦笑しながら答えた。

「確かにオンボロ事務所で何かと不便ですけど、それはそれでなかなか楽しいですよ。でもスタッフはもう少し欲しいかもですね」

「フンッ、小鳥にいらん苦労をかけさせやがって……小鳥、このバカに愛想が尽きたらウチに来い。お前だったらいつでも歓迎だ」

「フフフ、考えておきます」

部下の思わぬ裏切りに、好々爺の男性は少し慌てる。

「おいおい音無君それはないだろう……律子君がプロデューサーとして慣れてきたらもう少し楽になるから、それまで辛抱しておくれ」

「冗談ですよ社長。私もあの子達が大好きですから、クビにされたって出て行きません」

女性が楽しそうに笑いながら言った。安堵する男と、つまらなさそうに酒をあおる男。反応はそれぞれだった。

「ところで黒井……お前の言っていた例の子だが……」

「もう見つかったのか?相変わらず恐ろしい目を持っているな」

好々爺が鞄から書類を何枚か取り出す。黒づくめの男はその書類を受け取ると、さっと目を通した。

「私には『太陽の子』とか『オーラ』が分からないから何とも言えないが、『ティンと来た』のはこの辺りだな。そういう子は見つけても、
 もう他の事務所に取られているからなかなか確保出来ないのだが」

「仮にフリーだとしても、素行に問題があってなかなか所属先が見つからないといったような問題児か……フンッ、どの子も皆才能を感じるな。
 俺からすれば、オカルト抜きで こんな子達を短期間でこれだけ見つけて来るお前の方がバケモノだよ」

「ひどい言われ様だな。そういえばお前のところに居るふたりのアイドル候補生も、素晴らしい才能を感じるじゃないか。あの子達がデビュー
 すれば、ウチのアイドルの脅威になるだろうな。一体どこで見つけて来たんだい?」

「フンッ、陰陽師と忍者から貰ったんだ。まあ、お前には手が出せない領域の話だ」

「相変わらず危険な事をやっているようだな。あまり無茶はするなよ」

「余計なお世話だ…………ん、この子は…………?」

黒づくめの男はひとりの少女に目を留めた。そしてその少女に関する書類をじっくり眺める。

「ああ、この子ですか」

バーテンの手伝いを終えて、先ほどの女性がカウンターから出て来て黒づくめの男の横から覗き込む。

「知っているのか小鳥?」

「ええ、プロダクションの間では有名な“問題児”ですよ」

「ほう。聞かせてくれないか」

話をふられた女性は黒づくめの男の横に腰を掛け、バーテンにカクテルを注文してからゆっくりと話し出した。

「この子はご両親の仕事の都合でイギリスに住んでいたようなのですが、つい最近日本に引っ越してきたそうなんですよ。彼女このルックスだし、
 外見も派手だから目立つでしょう?あっという間にスカウトマンの間で広がって、彼女が街を歩けばスカウトマンが一斉に名刺持って押しかけて
 来たという逸話があるくらいですよ」

「ほうほう、それは凄いな。分かるヤツだけじゃなく、『分からないヤツ』にも分かるんだな」

「それに彼女、ルックスだけじゃなくて本当に万能なんですよ。ダンスの振り付けは一度見れば完全にマスターするし、歌も一度聞けばほぼ完璧に
 歌いこなすし。オーディションに彼女が来ただけで、意気消沈して帰っていく参加者が続出するらしいですよ」

「まさに“天才”だな。しかしそんな才能溢れる子が、どうして未だにフリーなんだ?」



56 :1 ◆6aY2CdF7PY :2012/03/29(木) 21:26:53.26 ID:lnWJ8GSr0
女性は注文のカクテルに少し口をつけてから、話をした。

「彼女とにかく不真面目なんですよ。気概もなければ熱意もないというか、気分にムラがありすぎてとにかくいい加減なんです。ドタキャンは
 日常茶飯事だし、面接をしても途中で寝てしまったり、オーディションの途中で帰ったり……ダンスが気に入らなかったら踊らないし、歌が
 気に入らなかったら歌わない。そういう話は沢山あります」

「ハハハッ、それは確かに問題児だ。才能があっても、事務所もそんなリスク負いたくないから怖くて雇えないな」

「実際に接したスカウトマンや面接担当者の話では、素直で悪い子ではないそうなんですが……彼女は才能が有りすぎるから、全てが簡単すぎて
 面白くないんでしょうね。それにどれだけ適当でいい加減なことしたって、スカウトは絶え間なく来るし……。大人達にちやほやされてすっかり
 傲慢でワガママになっちゃったそうです」

「フンッ、自分で扱えるだけの器もないくせに無責任に手を出しよって。この子も哀れなものだ。これは誰かが灸を据えてやる必要があるな」

黒づくめの男は代金をカウンターに置くと、その少女の書類を持って席を立った。出口に向かって少し歩いた後、立ち止まって振り返らずに
声をかける。

「高木……私もあまり詳しくないのだが、この子はおそらく『太陽の子』だ。いいのか?こんな逸材を譲ってしまって」

「ウチは既に定員オーバーだよ。少し惜しい気もするが、私はウチの子を守らなければならないからね。それに……」

好々爺は酒を少し飲んで、初めて挑戦的な、不敵な笑みを浮かべた。

「お前がもしその子を獲得しても、ウチの子達だって負けないさ。太陽だか何だか知らんが、宇宙人じゃないんだろう?この世界は才能だけじゃ
 通用しないのは、お前だって十分に分かっている筈だ」

「フンッ、言ってろ。後で吠え面かくなよ。……では小鳥、またな」

「はい。黒井社長もお体に気をつけて」

黒づくめの男は、今度はそのまま振り返らずに店を出た。


***


「誰と会っていたのですか?」

社長に呼ばれて車で迎えに来た場所は、以前酒を奢ってもらったバーだった。社長のプライベートは秘書の俺でも謎だが、どうやらここは
行きつけらしい。

「何、旧い知り合いだ。そういえば女も居たな。どうだ羨ましいか?」

「今は貴音と響の面倒を見るので精一杯ですよ。あの子達がどんどん成長するもんだから、こっちもスケジュール管理が大変ですよ」

961プロが発足してから一ヶ月。貴音と響はアイドル候補生として、日々レッスンに励んでいた。こちらの想像以上にふたりの能力は高く、
アイドルとしてのデビューを大幅に前倒しにするほどだった。この調子でいくと春には間に合いそうだ。最初はオーディションを開いて所属
アイドルを集めて育成しようという話だったが、急遽このふたりの育成に集中して、先にデビューさせることにした。

で、俺は何をしているかと言うと、このふたりのマネージャーとして体調やスケジュール管理をしている。アイドルの仕事なんて全く分からない
ので、プロデュースや活動方針は社内の専門家に任せている。爆弾で床を沈めたり、ナイフ片手に忍者共と戦っていた頃が懐かしいぜ。


〜以下は、今日の昼食時の回想である〜


「うぇ〜また鶏のささみなのか……豚足が食べたいぞ……」

「我侭を言うのではありません響。一人前のあいどるになる為のしばしの辛抱です」

「そういう貴音だってレバーよけてるじゃないか。ちゃんと食べないとダメだぞ」

「こ、このような面妖な食べ物口にすることは出来ません……!貴方様、どうかお許しいただけないでしょうか……」

「ああもう、ワガママ言うなお前ら。響は少し筋肉を落として、女性らしい肉体に作りえる必要があるらしいから豚肉はもう少し我慢だ。
 貴音は鉄分をもっと摂らないと、またダンスの最中に貧血で倒れるぞ。好き嫌いせずにさっさと食べろ」

「うう、何という仕打ち……貴方様はいけずです……」

「……ああもう分かったよっ!!半分こっちに寄越せっ!!後で倒れても知らないからなっ!!」

だいぶ慣れてきたとはいえ、相変わらず貴音の扱いには苦労する。

57 :1 ◆6aY2CdF7PY :2012/03/29(木) 21:28:09.60 ID:lnWJ8GSr0
「……オールーは貴音に甘いぞ」

ほら見ろ響が拗ねたっ!!ああ女って色々面倒くさいなぁっ!!

「分かったよっ!!毎日は無理かもしれないが、ちょっとは豚肉食べられるようにコックに掛け合ってやるよっ!!豚の頭が出て来ても文句
 言うなよっ!!」

「それなら大好物さ――――――っ!!」

好きなのかよっ!!よく食えるなあんな気持ち悪いもの。沖縄人の嗜好はよく分からん。

「いいからさっさと食べろ。午後からボイスレッスンだ。あまりゆっくりしている時間はないぞ」

何だかんだ言いながら、俺も結構楽しんでいた。他にもこちらで生活するにあたり、家具を一緒に買いに行ったり転校する学校を一緒に探したり
と、プライベートでも色々手助けもしてやった。貴音も響も素直で良い子だったので、こちらも色々と便宜を図ってやるたくなる。タイプは
正反対だが2人もとても仲良しで、俺達は良い関係を築いていた。


〜回想終わり〜


「そうかそうか、貴音はレバーが嫌いなのか。好んで食べる女もあまりいないとは思うが」

こうして一日の終わりに、彼女達の様子を社長に報告する。

「基本的にしっかりしているんですけど、食に関しては結構好き嫌いが多いですね。意外と偏食ですし、注意しなければいけないかもしれません」

「まあしっかりやりたまえ。彼女達の体調管理はキミに一任してあるからな」

「まあそうは言っても、俺が気にかける事はあまりありませんけどね。ふたりとも育った環境のせいか、素材としては一級品だそうですから。
 教えたことはどん どん吸収するし、努力も怠らないし。後は『961プロのアイドル』として、どのような特色をつけていくかという
 プラスアルファの所だけです。スタッフの皆も、社長の意見を聞きたいと言ってましたよ」

「ああその件だがな。ようやく決まりそうなのだよ。待たせて悪かったねえ」

ミラー越しに、社長が書類を出してひらひらしているのを見た。

「えっ、まさかもう見つかったんですか!?もっと苦労すると思っていたのですが……」

「ああ、周囲全てを焼き尽くすような強烈な才能の持ち主だ。ホントに分かりやすい『太陽の子』だよ」

月、地球、そして太陽。遂に全ての惑星が揃った。これでいよいよ本格的にあの子達をアイドルとして活躍させてやることが出来る。仮の姿
とはいえ、俺は自分が助けたあのふたりがアイドルとして世に出て行くのが嬉しくてたまらなかった。


―――――――この時はまさか思わなかった――――――この『太陽の子』の登場が、俺と社長との決別につながるとは。
58 :1 ◆6aY2CdF7PY :2012/03/29(木) 21:33:22.12 ID:lnWJ8GSr0
第五章

「こ、これは……強烈ですね……」

「うむ。私も『太陽の子』ではなければ、こんなクソガキ死んでも御免だ。しかし貴音と響の為にも、私達は全力を尽くしてこの子をアイドルに
 しなければならない」

「こんなに殺意の沸く履歴書を見たのは生まれて初めてです……」

「おいおい、破って捨てたりするなよ。入手するのに結構苦労したんだから」

翌日、社長室で俺と社長は例の『太陽の子』の個人データを見ていた。今俺が見ているのは、彼女を面接したとある事務所から入手した彼女の
履歴書である。まず、顔写真がプリクラだった。この時点でイラっとしたが、履歴書に目を通すと胃に穴が開きそうになった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
名前:☆E Beautiful姫(ハァト)

年齢:Ladyにトシをキクのはサイテイだ・ぞ(ハァト)

住所:おにぎり☆ナノ(ハァト) ミキ的には★シャケッ★がイイとオモうな(ハァト)

志望動機:シボウ?ミキ太ってないモン!Niceバディなダケだモン!(○`ε´○)プンプン!!  ちなみ
にウエから☆84-55-82☆ダヨ(ハァト) エッチ(ハァト)

趣味・特技:ミキにフカノウはナイの(ハァト)

応募するにあたって何か一言:面倒くさいの
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「ウガ―――――――――――――――――――――――――――ッッッ!!!!!!」

ズダダダダダダッ!!!!!! ズドンッ!! ドゴンッ!! ズッド――――――ンッ!!

いつの間にか俺は社長室を飛び出し、気が付けば筋トレルームに設置されているサンドバッグに猛ラッシュをかけていた。

「どっせ―――――――――いっっっ!!!!!!」

ズドッ……ッ!! ザザザザザザザザザァァァァァ…………

ちっ、穴が開いちまったぜっ!!もう殴れねえじゃねえかっ!!

「ど、どうしたんだオールー……何だか怖いぞ……」

「そっとしておきましょう響。殿方には耐えがたきを耐え、忍び難きを忍ばねばならない時があるのです……」

並んで仲良くエアロバイクをしていた響と貴音がドン引きしていた。相変わらず鋭いな貴音。しかし俺は耐えられないかもしれない。
汗だくで社長室に戻ると、社長が何事も無かったかのように待っていた。

「で……、もう良いのかね?」

「はい。失礼しました。では話の続きをしましょう」

「うむ、それでこの履歴書だが「ウガ――――――――――ッッッ!!!!!!」それはもういいっ!!」

ズドンッ!!社長の強烈なボディブローがレバーにヒットして、俺はその場に崩れ落ちた。社長にツッコまれるなど何たる失態。
それもこれも全て☆Eのせいだ……

「で、この☆Eこと星井美希だが、この履歴書から見ても『本物』だと、私は思う」

えっ?!判断基準そこなのっ!?でもここまで人をイラつかせる履歴書を作れるのは、ある意味才能かもしれない。しかも文章も去ることながら、
大量のカラーペンとキラキラのシールなんかをベタベタ貼りまくって、無駄にアーティスティックな仕上がりになってやがる。履歴書として
見なければ、どっかの前衛的な絵画に見えなくも……ないか。しかも最後に「面倒くさいの(普通に鉛筆書きで達筆)」ってやたら冷めてやがる。
キャラ作ってるなら、最後まで徹底しろやボケェッ!!

「社長、何かの間違いですよね?こいつは太陽なんて大層なものじゃないですよ。只の頭がチョベリバな女の子ですよ」

「また古い表現を使うねえキミも……しかし残念な事に、先ほど四条家に彼女のオーディションの時の映像を鑑定してもらったのだが、 太陽の子
 で間違いないと太鼓判を押されてしまったよ。御当主曰く『映像からもビシバシ伝わって来ますわ。この子の力は強烈ですなぁ』だそうだ」

モノマネ似てないですよ。しかし生身で見なくても分かるくらい凄いというのは、これは相当だな。

「わかりました。俺も腹を決めます。それでどうやって彼女をウチに引き込むおつもりですか?」

もうこうなったらやるしかない。この子を逃すと次に『太陽の子』に会えるのは10年後になるのかもしれないのだから。

59 :1 ◆6aY2CdF7PY :2012/03/29(木) 21:37:32.81 ID:lnWJ8GSr0
「うむ、まずは本人の人となりを知らないことには対策の立てようがない。そこでまずは☆Eを観察しようと思う」

その☆Eって止めてくれませんか?何かイラッとするから。

「明日からウチの工作員を総動員して、3日間かけて家での彼女の様子、学校での彼女の様子、それから普段の彼女の様子を観察してデータを
 集める」

ひとりの女の子を裏社会のスペシャリスト集団が全力でストーキングか。世も末だな。

「その翌日の日曜日、彼女が『東豪寺プロダクション』のオーディションを受けるという情報を入手している。そこに潜入し、オーディションでの
 彼女の様子を観察する」

俺は精神が保たないかもしれない。こんな苛酷な作戦は初めてだぜ……!!

「そして翌週、我が961プロがオーディションを開催して彼女をおびき寄せる。彼女が最後までオーディションを続けられるように構成を
 考えて、無理矢理でも合格させる」

「それって出来レースじゃないですか?真面目に受けに来た他の参加者達が気の毒ですよ」

「フンッ、出来レース結構。それにどの道、普通の参加者は彼女に敵わないさ。私は意地でも彼女に最後までオーディションを受けさせてやる。
 但し……」

その時、社長が手元のコーヒーカップに手をかけた。ズバシュッ!!コーヒーは一瞬で沸騰し、蒸発した。

「合格した暁には、二度とこんなナメた履歴書が書けなくなるように徹底的に矯正する。私は『黒のカリスマ』として、高見の見物を決め込む
 空の太陽を地に落としてやる……」

社長の背中から黒いオーラが溢れていた。こりゃ完璧にキレてるな。


***


「お〜い、お待たせ〜。いや〜遅くなってスマン」

社長との打ち合わせを終えて貴音と響の元へ向かうと、ふたりが戦闘態勢で向き合っていた。響は琉球空手だろうか、やや半身で軽く開いた手を
構えている剛のスタイルだ。対する貴音は体を正面に向け、腕をだらりとたらしてノーガードである。こちらは柔術か合気道の類だろうか。
得体のしれない柔のスタイルであった。

「すぅ〜、はぁ〜」

「……、……」

独特の呼吸法で気を高めていく響に対し、貴音は静かに体内で気を練っている。互いに互いから目を離さず、一瞬の隙も許さぬ攻防戦が繰り広げ
られていた。やがて両者の気が限界値まで高まり、周囲の空気が熱を帯びて一触即発の空間が形成されて……

「って、スト――――――ップッ!!はいスト――――――ップッ!!何やってんだお前らっ!!喧嘩したのかっ!?」

「あ、いたんだオールー。貴音とはいつも仲良し、喧嘩なんてしないさー」

「おや貴方様。何と申されれば、子猫のじゃれ合いの様なものですが」

どこが子猫のじゃれ合いだっ?!どう見たって獅子と虎の殺し合いだったぞっ!?

「だってオールーがさっきいきなり来てあんなに激しく(サンドバッグを)突くから……」

「殿方のあのような獣じみた姿を見せられては、わたくし達も昂ぶってしまいます……」

いやらしい言い方すんなっ!!これからアイドル目指すんだから、お前らは自分の発言の危うさを自覚しろっ!!で、何でそれがバトルに
発展するんだよ。

「いやあ、レッスンだけじゃ体が鈍って仕方ないさー。最近忍者の修行もやってなかったし、オールー見てたらやりたくなったというか」

「屋敷に居た時は精神修練の為に柔術を嗜んでおりましたが、れっすんだけでは気が緩んでしまいまして。貴方様に刺激されて、勘を
 取り戻すために響にお相手を願ったのです」

そういえばこいつらは元々裏の人間だったな。昔の習性はそうそう簡単に抜けないか……。いや、これもこいつらの個性を作るうえで重要な要素に
なっているだろうから、無理に抜こうとしない方が良いのか?でもそれってアイドルとしてどうなんだろう。う〜ん。

「アイドルってのは、歌と踊りで勝負するんだよ。そんな殴り合いは止めなさい。まあでも組手くらいだったら、たまには俺が相手してやるよ。
 ケガしない程度にな」

「ホントかっ?!」「真ですかっ?!」

何でそんなに嬉しそうなんだよ……響は分かるが、貴音も意外と好戦的なんだな。何事にも積極的に取り組むのは良い事だが、お前らのは何か
違う気がする。
60 :1 ◆6aY2CdF7PY :2012/03/29(木) 21:44:08.95 ID:lnWJ8GSr0
「しかしこのプログラムをやれば、もうレッスの後にバトルなんて出来なくなるぞ」

俺は手に持っていた書類を響と貴音に手渡した。星井美希を獲得するカギは、このふたりが握っている。

「おっ、ついに本格的なレッスンに入るのか?!いや〜、ずっと地味な基礎レッスンばっかりやってたからそろそろ飽きてきてたさー」

「ふぇん ざ さん ごぉず だうんぷろぐらむ、と読むのでしょうか……?意味はよくわかりませんが、短期集中の強化ぷろぐらむなのですね」

今回社長が考えた作戦名は『When The Sun Goes Down作戦』。勘違いした傲慢な太陽、星井美希をオトす作戦である。10日後の星井美希獲得の
オーディションに向けて、俺はこのふたりを強化する担当に任命された。俺だけではない、専門のレッスンを行うトレーナーや講師、レッスン後の
マッサージ師や調理栄養士、更に医師も含めたスペシャルチームで取り組む。作戦は簡単に言えば、『オーディションで勝ち上がってきた星井美希
を、貴音と響の二人がかりで潰す』である。

以下、黒井社長の発言である。

「貴音も響も才能溢れる子だが、アイドルのレッスンはまだ一ヶ月そこそこの素人だ。対する星井美希は、専門的なレッスンは受けていないが
 オーディション慣れをしていて、要領もよく分かっているだろう。一を聞いて十を知るような天才だから、もうほぼセミプロと言っても過言
 ではない。悔しいが、今のあのふたりは星井美希には敵わない」

相手は天体最大である。そう簡単には落とせない。

「そこで短期集中プログラムを組んで、あの子達のレベルを一気に高める。オリンピックの強化合宿のようなものだな。ハードなプログラムでは
 あるがあの子達なら問題なく吸収し、飛躍的に伸びるだろう。しかしそれでも星井美希にギリギリ届くかどうか微妙な所だ。本当はもっと準備
 期間が欲しい所だが、今後あの子達の方向性を決めるレッスンも考えると、ここら辺で獲得しておきたいところだ。目標は貴音と響、そして
 この星井美希を含めた3人組ユニットのデビューだ。どうだ、やれるか?」

「その星井美希ってのが太陽だか天才だか分かりませんが、宇宙人ではないんでしょう?アイドルとして勝負したらあのふたりだって
 負けませんよ。俺はふたりを信じています」

俺は胸を張ってこう答えた。あのふたりを倒すのもそう容易いはずがない。俺達の本気を見せてやる。社長は「アイツと同じような事を
言うのだな」とつぶやくと、ではよろしくと俺を送り出した。社長はこれから星井美希のストーキング……じゃなくて観察・分析をする作戦を
立てなければならない。961プロ全員で、ひとりの少女の獲得に動いていた―――――

「このぷろぐらむは個別のれっすんが主なのですね」

「ああ、アイドルとしての基礎はほぼ完成したから、次はひとりひとりの個性や長所を伸ばしていく。そうして業界で戦える強みを得る事が、
 今回のプログラムの目的だな」

「貴音と離れ離れになるのかぁー。ずっと一緒にレッスンしていたから、何だか寂しいぞ」

「そうだな。でも合同レッスンも少しは入れてある。それに個別レッスンで明確な違いを手に入れれば、お前らはライバル同士になる。
 仲が良いのは結構だが、これからはお互い負けないように、自分の強みを磨かないといけないぞ」

「なるほど。それが『あいどるとして、歌と踊りで勝負する』という事なのですね。ふふ、面白そうです。響、勝負です」

「望むところさ貴音。自分も負けないさーっ!!」

なかなか厳しいプログラムだが、ふたりはやる気になってくれた。俺も気を引き締めていかないとな。ちなみに星井美希の事はふたりには
話していない。オトナの事情など知らなくて良いし、色眼鏡なしであのふたりには星井美希と出会って欲しい。太陽と地球と月と、今後とも
長い付き合いになるかもしれないのだから。


***


翌日から貴音と響、そして俺含むスペシャルチームの、事務所泊まり込みの強化プログラムがスタートした。プログラムは基本的に全て961
プロのビル内で行われるのだが、スタッフチームは『貴音班』と『響班』に分かれ、個々の特性を最大限に伸ばせる体制を取った。ふたりが
顔を合わせる事はほとんどなく、全く別のメニューをこなす。

スタッフ達と協議した結果、響の個別レッスンのテーマは「エネルギッシュなアイドル」、貴音のテーマは「表現力豊かなアイドル」に決まった。

響の個性は、何と言ってもその明るさと元気さだろう。響が「はいさーいっ!!」と言って事務所に入って来るだけで、場の空気が明るくなる。
この『沖縄元気娘』を体現したようなキャラクター性をぜひアイドル活動に活かしたい。元々運動神経が高くスタミナもある響は、激しいダンスを
難なくこなし、声量も衰える事無く歌い続けることが出来る。そのダンスをより力強く、歌声には明るさと情熱を盛り込んでいく。響はまだ歌や
ダンスを体を鍛えるスポーツの様に捉えている所があるから、アイドルとして観客を楽しませるサービスやパフォーマンスを学ばせなければ
ならない。

一方の貴音は、自分から前に出て来る性格ではないので個性が見えにくい。しかし一歩退いたところから全体を広く観察し、抜群の集中力で
自分を合わせて来る不思議な能力を持っていた。例えばひとりでは平凡な踊りしか出来ないが、響と踊らせると自分の能力以上の踊りをこなしたり
する。おそらく無意識のうちに響の動きを観察し、持ち前の勘の良さで先の動きを予測して自分に取り入れているのだろう。まさに太陽に
照らされて輝く月の様だった。本来ならばひとりでも輝ける強い個性を磨きたいところだが、今回は日数も限られているので、この観察力と集中力
を強化する。あらゆるジャンルのダンスを踊らせ歌を歌わせて、どのシーンでも柔軟に対応出来るような表現力を鍛える。

他にも難しい事を専門のスタッフが沢山言っていたが、俺に理解出来たのはこの位だった。アイドルを育てるのって、難しいんだな……

61 :1 ◆6aY2CdF7PY :2012/03/29(木) 21:51:41.53 ID:lnWJ8GSr0
そして俺は何をしているかというと、そんな響と貴音の間を走り回っていた。ふたりはまず起床時刻から違う。まず響は5時に起きて
ストレッチ・ランニング・筋力トレーニングなどをこなす。ついでにランニングには、響の飼っている沢山のペット達の散歩も兼ねている。
響はくノ一時代、動物を使った偵察活動を行っていたそうで、引退してお役御免となった動物達は、現在響のペットとして生活している。
動物達は響の言う事をよく聞くので手がかからないが、動物を引き連れてのランニングは異様な光景である。俺もランニング兼動物達の散歩に
付き合う。犬は分かるが、ワニってペットにしていいのか?

一方貴音は6時に起床すると、軽く柔軟体操をした後に座禅を組む。俺にはよく分からないが、無の境地に達することでその日一日の精神状態が
安定するそうである。こちらはひとりで黙々とこなしているので、放っておいても大丈夫である。ちなみに朝の活動はプログラム外の、ふたりの
いつもの日課である。日課や習慣は、その人を作る上での心の拠り所となっているので、出来るだけそのままにしておく方針である。貴音の
月の鑑賞も睡眠時間を削るので止めさせたいが、これも大切な習慣なのでそのままにしておく。そして7時にはスタッフも交えて、皆で朝食を
摂る。食事の時刻は全員一緒で、皆が顔を合わせる数少ない機会である。

「いやぁオールーのおかげで助かったさー。いつもは自分ひとりであいつらの散歩をしているから、結構大変さー」

「まあ俺も運動は嫌いじゃないから別に構わないが、ワニはお前が担当してくれ。やっぱ怖いわ……」

「ワニ美は噛んだりしないさー。背中に乗っても大丈夫だぞ」

ケラケラと笑う響。よくよく考えると動物と話せるって凄くね?デビューしたら動物と触れ合う番組とかの仕事が貰えそうだな。

「なんと貴方様。今朝は響と一緒だったのですか?」

「ああペットの散歩ついでに、一緒にランニングしてきた。いやぁ、久しぶりにいい汗かいたわ」

「たまにはこういうのもいいだろオールー。明日も一緒に「貴方様」

響の言葉を遮って、貴音が言葉を発した。あれ、何か怒ってる?

「明日の朝はわたくしに付き合って下さいまし。朝の座禅も良いものですよ」

「た、貴音?で……でもオールーがいないと散歩が「いつも一人でこなしているのでしう。なら問題ありませんね、響」……うん」

貴音の威圧感に気圧されて響は黙ってしまった。俺も頷くしかなかった。一瞬、御当主が乗り移ったかと思ったぜ……

朝食後は、各自個別にレッスンのメニューをこなす。俺は施設の準備、トレーナーとメニューの確認、時間の調整などなど、ふたりの間を
行ったり来たりする。し……しんどい……。結構ハードなメニューにも関わらずふたりは楽しんでいるようで、トレーナーがへばってしまう
くらいだった。若いって良いなあ……

一方社長は、組織のスペシャルメンバーで星井美希のストーキングもとい生態を調査していた。おはようからおやすみまで24時間体制で美希の
監視を行い、得られたデータを元にオーディションのプログラムを組んでいく。作戦前日の会議では、美希のトイレ・着替え・入浴の監視を巡って
メンバーの間で殴り合いの大乱闘が繰り広げられたらしい。もう嫌だこの組織。結局社長が、作戦で救出した子供達が送られる保護施設から
女性のスタッフを呼び寄せ、それらの監視は彼女に任せる事にした。通報されなければ良いのだが。

星井美希については、俺は今のところノータッチなので、彼女の人となりはよく知らない。顔写真もプリクラがごちゃごちゃしていてよく
分からなかったし、映像も見ていなかった。情報だけ聞くととんでもないクソガキだったが、実際に彼女を監視したメンバーの話によれば
「驚くほど普通」らしい。家族構成は父・母・姉の4人暮らし。両親は共に公務員というお堅い職業で、姉も普通の女子大生。本人も別に
反抗したりすることなく関係は良好だそうだ。派手な外見で顔立ちの整った美人だがそれを鼻にかける事もなく、学校でも友達が多くクラスメート
とも仲良くしている。成績は中くらい。授業中によく居眠りをしているのでむしろ少し悪い。スポーツは得意。帰りにはコンビニに寄っておにぎり
を買い食いするのが最近のブーム。気だるい雰囲気の漂う普通の女子中学生ということだった。

「それ本当に星井美希で間違いないのですか?四条の御当主の話では『太陽の子』というのは一目見て分かるくらい凄いオーラを放っている
 そうですけど」

「うむ。私もそう思っていたのだが、実際に本人を見るとちょっと可愛いくらいの普通の女の子だ。才能の片鱗のようなものは感じるが、
 突出しているわけでもない」

社長も戸惑っていた。聞いていた話と本人が随分違う。

「体調が悪いんじゃないですか?夜遅くまでゲームやってるとか」

「そういえばいつも眠そうにしているという報告を受けているなあ。一応もう少し詳しく調べてみるか」

俺の何気ない一言は当たっていたようで、二日目の深夜、彼女の布団の中からPSPが放り出されたのが確認された。どうやら眠っていたと
思いきや、布団の中でずっとモンハンをやっていたらしい。俺達が調査を始めるずっと前からそうしていたようで、二日目の深夜に飽きた
みたいだ。美希の監視を初めて三日目、彼女は登校はしたが一時間目の授業を受けた後に保健室に直行し、そのまま下校時刻まで死んだように
眠っていたそうだ。どんだけいい加減なんだよ。家に帰っても夕食を摂らずにそのまま眠り、そのまま朝まで起きる気配がないと監視班から
報告があった。

「大丈夫でしょうか彼女。そのまま死んだりしませんよね?」

流石に心配になってくる。ちょっと睡眠不足ってレベルじゃないだろそれ。


62 :1 ◆6aY2CdF7PY :2012/03/29(木) 21:54:46.90 ID:lnWJ8GSr0
「いや、でも報告によると家族も特に心配していないようだったし、そう珍しい事ではないみたいだぞ。現在も監視は続けているが顔色も
 良く、普通に寝ているらしい」

「しかしその調子じゃ、明日の東豪寺プロダクションのオーディションは行かないかもしれないですね」

調査4日目の明日は『オーディションでの彼女を観察する』予定だが、正直美希が参加する確率は5割以下という見解である。

「オーディションであの子がどのように振る舞うか見てみたいが、来なければそれはそれで仕方ない。まだウチのオーディションまでは一週間
 あるんだ。出来るだけデータを集めて彼女が好みそうなプログラムを組むさ」

「一応俺は明日そっちの作戦に参加する予定ですが、こっちに残っていても大丈夫でしょうか?あのふたりも気になるし」

「まあそう言わず来たまえ。君は実際にオーディションというのを見たことが無いのだろう?勉強になるよ」

「何の勉強ですか。このままじゃ俺アイドルのプロデューサーになっちゃいますよ」

今でもマネージャーみたいなことやってるのに。

「それも良いんじゃないかぁ。報告は聞いてるよキミィ。あの子達は順調にプログラムメニューをこなして成長しているそうじゃないか。
 意外とプロデュース向いてるかもな」

「俺は大して役に立ってませんよ。スタッフの皆さんのおかげです。そういう社長こそ、本気でアイドル事務所の活動をやったらどうですか?
 昔やっておられたのですよね?」

最初聞いた時は冗談だと思ったが、社長は実際に響と貴音の強化プログラムを作成したし、俺やスタッフに的確なアドバイスをくれる。
どうやら本当にアイドルのプロデュースの経験があるようだ。

「いや、私は主に経営面を担当していたからプロデュースは付け焼刃だよ。そっちはもうひとりの経営者がやっていたのだ」

社長は昔を懐かしむように遠い目をしていた。へえ、共同経営だったのか。

「ぜひそのもうひとりの経営者の方にも会ってみたいですね。当時のお話とか、後学の為にも聞かせていただきたいです」

「フンッ、奴とは仲違いしてな。それにつまらん話だ。聞いても為にはならんぞ」

何だかワケありらしい。社長の機嫌が悪くなったのでこの話はここまでだな。一応明日はオーディションに行けるようにスケジュールを
調整しておく。まあ美希が来なくても、見るだけ見ておくか。


***


「……来ませんね彼女」

「う〜ん、来ないねぇ……」

作戦4日目。俺は社長とふたりで『東豪寺プロダクション』の会場に潜入している。ちなみにここは天井裏。下にはオーディションの参加者達が
集まっている。現在オーディション開始30分前。他の参加者は全員来ているのに美希はまだ会場に現れない。やる気あんのかコラ。美希は既に
家を出たらしいが地下鉄で見失い、現在行方不明。会場へ向かう途中で気が変わったのだろうか。ドタキャンの常習犯らしいし、一体どこへ
行ったんだ?

いよいよ開始15分前を切った。その時、社長の無線に連絡が入った。

『ザザ…○△通りにて星井美希発見しましたザザ…現在会場に向かっています…ザザザ…』

「分かった。……おい青二才、来たぞ」

「ようやくお出ましですか。いい加減な子ですね。今○△通りって、間に合うんですか?」

「まあギリギリだな。……よし、引き続き追跡してくれ」

社長が無線で追跡班に命令を飛ばす。

『ザザザ…了解しました。この子…ザザ…凄…ザザ…ま…ザザ…に…陽だ…ザザザ……』

ノイズが入ってよく聞き取れなかったが、追跡組が何か言っていた。社長はニヤリと笑う。

「おい青二才、来た甲斐があったかもしれないぞ。『太陽の子』に出会えるかもしれない」

何だ?もしかして美希には双子の姉か妹でもいたというのか?開始3分前。その時会場のドアが開いた。参加者の女の子達が一斉に振り返る。
そして会場全体の空気が一瞬で塗り替えられていくのを、俺は感じた。



63 :1 ◆6aY2CdF7PY :2012/03/29(木) 22:00:23.88 ID:lnWJ8GSr0
――――初めに感じたのは光。それから圧倒的な熱を感じた。周囲全てを焼き尽くすような、強烈な光と熱に会場は一瞬で支配された――――

―――――その光と熱の中から1人の少女が姿をあらわす。黄色に近い金色の髪をした、派手な格好をした少女がそこにいた――――――

―――――目鼻立ちのはっきりした顔に均整のとれた美しいプロポーション。手を加える必要が一切ない、神話の女神のような美しい

     身体をしていて――――――

―――――気だるい雰囲気を纏っていてやる気はあまり感じられないが、それもまた妙に様になっている――――――

―――――『太陽の子』星井美希が現れた。


「丸一日眠って体調は万全と言ったところかな。やる気の方は追いついてないみたいだが」

社長が楽しそうに笑う。俺はまだファーストインパクトから立ち直れない。実物を見たのは今日が初めてだが、間違いなくこの子が星井美希だ。

「んん〜?どうした青二才?まさかもう怖気づいたのかぁ〜?」

「な、何言ってるんですかっ!?そんな訳ないでしょうっ!!まだ歌や踊りも見てないのにっ!!」

ニヤニヤしてからかってくる社長に対して、俺は精一杯の虚勢を張った。しかし実際の所、俺はかなりビビってる。人間相手なら勝機はあると
思っていたが、宇宙人の方がマシだったかもしれない。美希が椅子に座ると同時に、参加者の何人かが深いため息をついて肩を落とした。
美希を前に戦意消失したようで、中には会場を出て行く子もいる。そして時間になり審査員や事務所の採用担当が登場して、いよいよ
オーディションがスタートした。

「まだオーディションはまだ始まったばかりだ。じっくり彼女を観察して、正しく分析する事に専念しろ」

真剣な声で社長が言った。そうだ、俺は彼女の事をまだ何も知らない。彼女が凄いのは想定内だ。「何が」「どう」凄いのか、俺達は詳しく
知らなければならない。俺は震える手でペンとメモを準備し、彼女から片時も目を離さずに観察した。


***


東豪寺プロダクションのオーディションは一次審査と二次審査に分かれていて、今日は一次審査の歌とダンスが行われるらしい。そして審査を
通過した参加者たちが、後日行われる二次審査(面接)を受けて晴れて合格、という一般的な形式だった。社長の読みでは、美希は今日の一次審査
は通過すること間違いなしだが、二次審査には行くこと無く合格はしないだろうという事だった。美希の登場でテンションだだ下がりの参加者達
とは逆に、東豪寺プロダクションの人間達は舞い上がっていた。タダでさえドタキャンすることが多い星井美希が来ているのだ。このまま美希を
確保出来れば、莫大な利益を得られることはまず間違いない。そのような欲望がぎらついた視線から見え隠れしていた。

「それではまず最初に、歌唱力の審査から始めます。1番の○○さんからどうぞ」

オーディションが始まると参加者の女の子達も幾分切り替えて来たようで、一所懸命審査に取り組んだ。皆やはりアイドルを目指しているだけ
あって、上手だなあ。貴音と響ほどではないが練習もしてきているようで、それなりの技術も身に付けている。

「若者が夢に向かって頑張る姿は、いつ見ても美しいねぇ。私も頑張ろうと思うよ」

それには俺も同意だが、しかしあんなに清々しい若者を見て何をどう解釈したらこんなに黒々とした妖しいオッサンになるんだ?社長が良い事
言っても、何か裏があるのではと勘ぐってしまう。そうしてオーディションは粛々と進み、美希の番が来た。

「13番星井美希です。よろしくお願いしますなの」

相変わらず気だるそうだが、一応真面目にやるつもりらしい。ちょっと顔と声に真剣さが出て来た。さて彼女がどんな歌を歌うのか、お手並み
拝見と行くか。

「ああ、星井さんは歌って頂かなくて結構ですよ。貴女がお上手なのは知っていますから」

しかし審査員からまさかの発言。他の参加者もいるのに露骨な贔屓だった。参加者達は美希を見てヒソヒソしているが、誰も彼女に意見できない。

「なるほど、どこも考えている事は一緒のようだな」

社長が面白そうに笑う。確かに星井美希以上の逸材はここには居なさそうだが、それでも一応は彼女にも審査を受けさせるべきではないのか?
青臭い意見かもしれないが、今日のオーディションをどうしても通過したくて、参加者たちは練習して努力してここに来ているのだ。なのに
審査員側の行為は、そんな彼女達の努力を踏みにじるものである。いくら努力しても才能には敵わないと、暗に彼女達に言っているようなものだ。

「…………わかったの。ありがとうございました」

美希は静かにそう言うと、自分の席に戻った。あれ?何だか不機嫌になったかな?傲慢でワガママな振る舞いを見せていたと聞いていたから
もっと偉そうにしているかと思っていたが、ちゃんと受けるつもりだったのだろうか。俺がそんな事を考えているうちに歌唱力の審査は終了した。
美希がどんな歌を歌うのか、聴いてみたかったな。

1時間休憩をはさんで、次はダンスの審査である。事前に課題曲と振り付けは参加者に通達されていたようで、参加者たちは本番に向けて
振り付けを確認していた。美希はというと、会場の隅でスマートフォンをいじっている。ちなみに監視班の話では、美希がこの3日間ダンスの
練習などをしていたという報告はない。まあずっと徹夜でモンハンやってたらしいし、踊るのは無理だったんだろうな。このままぶっつけ本番で
行くつもりなのだろうか。

64 :1 ◆6aY2CdF7PY :2012/03/29(木) 22:04:26.06 ID:lnWJ8GSr0
「よぅしよぅし……まだ一応オーディションを受ける気はあるらしいな。歌が見られなかったのは残念だが、踊る気はありそうだ」

「しかし東豪寺プロも露骨な事しますね。あれじゃあ他の参加者もやる気なくしますよ」

「まあプロダクションの気持ちも分からなくもない。星井美希は、ここの参加者全員落としてでも獲得したい逸材だろうからな。
 ……お、噂をすれば」

社長が指差すと、美希の方に東豪寺プロの社長や役員以下数名が訪問していた。ここからでは会話の内容まで聞き取れないが、社長達が彼女に
何を話しているかくらい想像できる。まだオーディションの最中なのに、もう既に所属が決まったかのような扱いを受けていた。

「小娘相手に大の大人がヘコヘコしよって……だからあの子がつけ上がるんだよ」

社長が面白くなさそうに吐き捨てる。

「でも美希の様子も何か変ですよ?特に喜んでいるみたいでもなさそうだし、聞き流しているというか……」

美希は無表情で社長の話を聞いていた。あの表情は見た事がある。さっき歌唱力審査を受けさせてくれなかった時に、似たような顔をしていた。
やがて時間が来てダンスの審査が始まった。美希も席に着席する。相変わらず気だるい雰囲気である。他の参加者達は緊張でガチガチになって
いるのに。

ダンスの課題曲はアップテンポの激しい曲で、振り付けも難しそうだった。ここで一気に参加者をふるいにかける狙いが見て取れる。女の子達は
一所懸命踊っているが、ところどころミスしているのが分かる。あんな難しい振り付けを、美希は練習なしで踊れるのだろうか。いよいよ美希の
番が来た。

「13番星井美希です。よろしくお願いしますなの」

「ああ、星井さんは結構ですよ」

先程と同じやりとり。しかし今度は、美希は譲らなかった。

「この曲好きなの。だから踊らせて欲しいの。お願いします」

真剣な顔で美希が言う。その気迫に圧倒されてか、審査員も頷くしかなかった。

「わ、わかりました……。では星井さん、どうぞ……」

そうして曲がスタートする。いよいよお手並み拝見か。天才だけあって、どんな踊りを見せてくれるのか楽しみだ。しかし美希の実力は、
俺の予想を遥かに超えていた。社長を見ると、社長も目を見開いて固まっている。

彼女のダンスは光に満ちていた。一度も練習した様子はないのに、難しい振り付けを完璧にこなしている。いや、本家より上手い。しかもただ
機械的にこなしているだけではなく、表現力も多彩で豊かだった。完全に自分のものにしている。まるで元々、彼女の曲だったような錯覚に陥る。
しかも驚いたのはそれだけではない。

「貴方と離れてしまうと もう踊れない〜♪」

何と彼女、歌いながら踊っているのだ。今はダンスの審査なので歌は必要ない。そもそも振り付けが激しすぎて、他の参加者は踊るのが精一杯で
歌うことなど不可能といった様子なのに、美希は息を乱すことなく難なく歌っている。しかも驚くほど上手で、会場全体が圧倒された。
俺と社長も、しばらく言葉を失った。今この空間は、完全に星井美希が支配している。

やがて曲が終わり、美希のダンス審査が終了する。会場内はしんとしていたが、どこからかパチ…パチ…と拍手の音が聞こえてくるとやがて
それが広がって大きくなり、会場全体を包む大拍手になった。最早これはオーディションではなく、彼女のコンサートだ。俺も拍手しようとして
社長に止められた。そうだ、今は潜入捜査中だった。

「いやぁ〜素晴らしかったよ星井君、もう二次審査は必要ないっ!!今すぐに君のレコーディングに取り掛かろうっ!!ウチのプロダクションで
 全面的に君をバックアップするよっ!!」

先程の社長が出て来て、美希に握手を求める。しかし美希は社長の手を取ることなく、深く溜息をついた。

「ミキ、帰るね。もう来ないから不合格でいいよ」

「え?ちょっと、星井君っ?!星井く―――――んっ?!…………」

席に戻った美希は自分の鞄を持つと、東豪寺プロの社長の声を無視して会場の外へ走って消えた。ここからではよく見えなかったが、何だか
泣いていたような……

「彼女が心配だ。追いかけたまえ」

黒井社長が素早く命令を俺に飛ばす。俺は天井裏から素早く外に抜け出して、彼女の後を追った。くそ、もうあんな所に……!!足速えなあ。
遥か先を走る美希を全力で追いかけた。


65 :1 ◆6aY2CdF7PY :2012/03/29(木) 22:08:54.77 ID:lnWJ8GSr0
***


「お――――――――いっ!!待て―――――――――っ!!止まれ――――――――――っ!!」

このままでは追いつかない。しかもその先は車の往来が激しい○△通りだ。そこに美希が行くまでには追いつきたい。美希は一瞬ちらっと
こちらを振り返ったが、止まる事なく走り続ける。くそっ、間に合わないか。

あともう少しというところで、美希の方が先に○△通りに到達する。嫌な予感は当たるものだ。通りをつっきろうとする美希の横から、
大型トラックが猛スピードで突っ走ってくる。美希は気が付いている様子はない。このままでは彼女が危ないっ!!

「危な―――――――――いっっっ!!!!!!」

俺はとっさに美希を目がけてダイブした。このまま死なせてたまるかぁ―――――――っ!!

「あ、信号赤なの」

しかし美希はちゃんと前を見たようで通りの前でピタっと止まり、後ろから飛んできた俺をひらりとかわした。

「え?」

こうして俺は大型トラックに決死のダイブをかますことになったわけで―――――

「どごはぁっ?!」

俺はトラックに撥ねられ、通りの向こう側まで吹っ飛ばされた。着地先がゴミ捨て場じゃなかったら死んでたぜ……

「お兄さん、信号はちゃんと守らないと危ないよ?」

まるで珍獣を見るかのような目で、美希は俺の安否を確認しに来た。そうですね、気を付けます…………


***


「――――――で、ミキに何か用かな?」

場所が変わって俺と美希は近くの公園に来ている。正確には美希が、脳震盪を起こした俺を公園で介抱してくれているのだが。意外といい子だ。

「いや、用と言うほどの事でもないが……」

呼び止めたはいいものの、さてどうしようか。

「その声……お兄さん、さっきの会場にいたよね?」

これは驚いた。隠れていたのだが、俺の声が聞こえていたのか。会話の内容まで聞かれていたらマズイのだが。

「お兄さんは清掃の人なのかな。天井からお兄さんと、オジサンの声が聞こえて来たの」

俺と社長は万が一の事を想定して、作業着姿で潜入してた。清掃業者にも見えなくない。

「あ、ああそうだ。仕事サボって上司とオーディション見てた」

「ふぅん。じゃあお兄さんが青二才?」

何で初対面の女の子にそんな事言われなければならないんだよ……。ていうか社長の声聞こえていたのか。それもこれも全てアイツのせいだ。

「盗み聞きとは感心しないな」

「自分の事を棚に上げといてよく言うの。オジサンの方がやたら青二才青二才って言うから、それだけしか分からなかったよ」

ぐっ、反論出来ない。だがどうやら俺達が961プロだという事はバレてないようだ。

「ねえ、青二才のお兄さん。オーディション見てたって事は、ミキのダンス見てた?」

いきなり核心を突いてきた。まあ俺が追いかけてきた理由を考えたら、それくらいしか思い当たらないよな。ここは正直に答えておく。

「ああ見てたぞ。恰好良かったな」

「それだけ?」

ん?どういう事だろう。他にも意見を求めているのだろうか。

「可愛いとか天才とか、付き合いたいとかお嫁さんにしたいとか思わなかった?」

美希が腰に手を当てて、胸を張って得意げな様子で聞いてくる。質問の意図がわからんが、とりあえず思った事を言ってみた。

66 :1 ◆6aY2CdF7PY :2012/03/29(木) 22:18:15.72 ID:lnWJ8GSr0
「凄いとは思ったが、お前明らかにやる気なかっただろ。そんな調子で踊られても可愛くないし、ましてや嫁にしたいとは思わんな」

社長に言われた『正しく分析しろ』という言葉に従って、俺は彼女をしっかり観察した。そして導き出した素直な感想がこれだ。響と貴音も
才能のある子達だから、いつもふたりのレッスンを見ている俺は、自分でも知らない間に目が肥えてきているのかもしれない。

「ふぅん…………お兄さん、青二才のくせになかなかしっかり見てるんだね。確かにさっきの曲は好きだからマジメに踊ったけど、
 心の中では『皆[ピーーー]』って思ってたよ」

おいおい随分穏やかじゃないな。それに青二才のくせにって何だ。

「あはっ、お兄さん面白いね。ミキはてっきりお兄さんがミキに惚れて追いかけてきちゃったんだと思ったよ」

無邪気な笑顔でミキが笑った。さっきまでの不機嫌な星井美希はどこに行ったんだ。

「自惚れるのも大概にしろ。でも今のお前は可愛いと思うぞ。そんな笑顔で踊られていたら、惚れていたかもしれん」

「青二才のくせにミキを口説こうとするなんて生意気だぞ♪そんな事言われたら、女のコはすぐに勘違いしちゃうんだから♪ミキはエライから
 勘違いしないけど」

ちっちっちっと指を軽く振って、ミキが説教してくる。様になってるのがムカつく。

「ふんっ、お前みたいなガキんちょ口説くか。俺はもっと大人の女性が好みなんだよ」

「ええ〜、ミキおっぱいには自信あるんだけどなあ」

自分の胸を寄せて、美希が挑発してくる。女の子がそんなはしたない事するんじゃありませんっ!!

「……お兄さん本当に不思議だね。さっきからずっとドキドキしてないの。ミキがこれだけサービスしてるのに」

貴音と響と四六時中一緒に居るからな。すっかり耐性がついちまったのかもしれん。

「お前こそあんまり思わせぶりな態度を取るな。男はバカだからコロッと騙されるんだよ。俺は偉いから騙されないが」

「青二才のくせに?それともお兄さんって『あっち』の人なの?そっか、さっきのオジサンはお兄さんのカレシなんだ♪」

「てめえ今の発言の全てを訂正しろっ!!」

「いや〜ん、ホモの青二才が怒ったの〜♪」

まだ頭がぐゎんぐゎんするが、俺はふらつく足で逃げる美希を追いかけた。美希は楽しそうに捕まるか捕まらないかの微妙な距離を取って、
俺から逃げた。こうして接すると、本当に普通の女子中学生だ。わからない。太陽になったり女の子になったり、一体お前は何者なんだ、
星井美希。


***


ひとしきり追いかけっこをした後、俺達はベンチに並んで座りジュースを飲んでいた。図らずも美希と仲良くなってしまい、美希も
随分心を開いてくれた。ここで俺は勝負に出た。コソコソ監視を続けるより、よっぽど手っ取り早いだろう。

「なあ、何でオーディションの途中で帰ったんだ?」

先程までの楽しい雰囲気が一変して、美希の表情がスッと消える。しまった、早まったか?

「お兄さん、さっきミキが[ピーーー]って思いながら踊ってたって言ったの覚えてる?」

「ああ、ダンスはマジメに踊ってたのに意外な心境だったな」

「ミキね。今日歌のオーディションで歌わせて貰えなかったの」

「へえ、そうなのか。それは知らなかったな」

本当は見ていたが。

「ミキね、すっごく腹が立ったの。ミキだけがなんだかズルしてるみたいで、悪者にされた気持ちになったの」

やっぱりあの時怒っていたのか。意外とフェアなんだな。

「俺はよく分からないが、でもダンスだけ見てたらお前が一番上手だったじゃないか。歌も上手だったし。仮に歌ったとしても、お前の合格は
 間違いなかっただろ」

すると美希は溜息をついて、「わかってないねお兄さんは」と寂しそうに笑った。

「オーディションに合格するとかしないとか、そんな事はどうでもいいの。ミキはちゃんとオーディションを受けて、皆と勝負したいの」

これは驚いた。あの会場で気だるい雰囲気を出しながら、そんな事を考えていたのか。
67 :1 ◆6aY2CdF7PY :2012/03/29(木) 22:23:37.52 ID:lnWJ8GSr0
「でもアイドルになりたいんだろう?オーディションで合格しないとアイドルになれないぞ。それに勝負なんてアイドルになってからでも
 いくらでも出来るじゃないか」

アイドルになることはゴールじゃない。むしろスタートだ。

「そんな事ミキだってわかってるの。アイドルになってからの方がいっぱいいっぱい大変なの。でもだからこそ、今ちゃんとオーディションを
 受けて、しっかり自分の実力を評価してもらいたいの」

なるほど。周りは「凄い」とか「天才」だとか褒めちぎるが、美希本人は自分の事を冷静に見ているらしい。美希はオーディションで全力で
ぶつかって、自分の限界を知りたいと思っているのだ。しかし才能がありすぎて誰も美希に敵う者はおらず、そして才能に目がくらんで、
誰も美希を正しく評価してくれない。

「最初は皆優しくしてくれるから、ミキもラッキーって思ってたの。でもだんだん特別扱いされることが増えて来てミキ怖くなってきたの。
 このままでいいのかな、って」

「ワガママ言ってみたり、ドタキャンしたりして困らせてみたこともあったの。それでも皆ニコニコ笑って許してくれるの。今日みたいに
 練習ゼロ、やる気ゼロでオーディション受けても合格になっちゃうの。それっておかしくない?」

「そのうち他の参加者の子達も、ミキを避けるようになったの。ミキが来ただけで元気なくなったり、泣きながら帰っちゃうの。ミキ何も
 悪い事してないのに……」

「誰もミキと勝負してくれないの。皆がミキを無視して、ミキいつもオーディション会場でひとりぼっちなの。一緒に受けている子達と
 おしゃべりしたいのに……」

「ミキはただ普通にオーディションを受けて普通に合格して、アイドルになってキラキラしたいだけなの。でも今のままじゃ、ずっとキラキラ
 出来ないの……」

天才故の孤独というやつか。凡人の俺には理解できない世界だが、美希が本気で苦しんで悩んでいるのは痛いほど伝わってくる。誰だ
コイツの事をクソガキと言った奴は。話をしながら美希はメソメソ泣き出した。俺はそっとハンカチを差し出してやる。この子も欲に目が眩んだ
汚い大人達の被害者だ。だったら俺達は助けなければならない。

「今日こそはと思ってオーディションを受けたけど、やっぱりダメだったの……ミキもうアイドル目指すの止めようかなって、最近思うの……」

「……アイドル目指すのを止めて、美希は将来何になるつもりなんだ?」

「イギリスでおにぎり屋さんを開くの。向こうでは最近日本食がブームだから、成功するかなって思うの」

「それはダメだぁっ!!」

「お……、お兄さん……?」

思わず声をあげてしまった。美希は驚いている。しまった、ついうっかり……

「落ち着け美希。おにぎりなんていつでも握れるだろ。そう簡単に夢を諦めるな」

「お兄さんはおにぎりを馬鹿にしているのかなぁ……お米の選別、炊き方、塩加減、握り方、具の選別とか海苔の巻き方とか、本気で作ると
 すごく難しいんだよ……」

ミキが静かにキレた。無駄に専門的っすね流石太陽の子だわ。この子だったらおにぎり屋でも成功するだろう。しかし俺だって、みすみす
この逸材を逃すつもりはない。

「まぁ待て、おにぎり屋になるなら歳を取ってからでもいいだろ。でもアイドルは若いうちしかなれないんだ。人生は長いんだから、
 もうちょっとアイドルを目指してもいい んじゃないか?」

「それは、そうかもだけど……」

お、ちょっと考え直してくれたようだ。後は961プロのオーディションに来るように仕向けなければならない。

「実は俺の知り合いが、最近出来たアイドル事務所の会社に転職してなぁ。961プロっていう所なんだが、知ってるか?」

「最近ニュースで見たの。真っ黒な妖しい社長が会見開いてたの。ミキ、あれはないって思うな」

俺もそう思うよ。あの会見は大変だった。「目立たなければ意味がなぁ〜い」と電波ゆんゆんな声明文を記者の前で発表しようとして、
それを阻止するのに必死だった。結局何とか月並みな発表に収まったのだが、あの野郎ムダに妖しいアドリブをちょくちょく挿みやがって、
おかげで悪目立ちしてしまった。

「まあ社長はヒールなイメージだが、会社としてはまともにやってるし、アイドルはきちんと育てる方針らしい。それで来週、その961プロが
 オーディションを開く。これは秘密なのだが、社長は前代未聞のとてもユニークなオーディションを計画しているそうだ。公募は明日からだが、
 受けてみたらどうだ?」

「あの社長がまともなオーディションをするとは思えないの。会場についたら最後、どこか遠くの国に売り飛ばされもおかしくないって、
 ミキ思うな」

何という事だ。そういう組織から子供たちを守るのが俺達の仕事なのに、酷い誤解だ。それもこれも皆あのバカのせいだ。ちくしょう。

「大丈夫だ。社長は確かに変人だが、アイドルはまじめに育成するらしいぞ。それに日本でそうそう簡単に人身売買なんて起こらないさ」

俺達が阻止しているからな。

68 :1 ◆6aY2CdF7PY :2012/03/29(木) 22:28:18.27 ID:lnWJ8GSr0
「それに危ない目に遭ったら、俺が天井裏から助けに来てやるよ。こう見えても結構強いんだぜ?」

「さっきミキを助けそこなったのに?」

やっぱりお前分かっていたんだなっ!?そして今すぐ忘れてくれ、顔から火が出そうだ……

「あはっ、お兄さんがそういうのならミキ受けてみようかな。でももしこれがダメだったら、本当にイギリスでおにぎり屋さんするからね」

これは絶対に失敗できなくなったな。この逸材を失うのは、アイドル業界にとって大きな損失だ。

「今日はお兄さんみたいな、本当のミキを見てくれる人に会えて嬉しかったな。サイアクのオーディションだったけど、受けて良かったの」

ここで美希は今までとはまた違う、本日とびっきりの笑顔を見せた。最初に会場に入って来た時に感じた、まばゆいばかりの光と熱を帯びた
太陽のような笑顔。貴音や響とはまた違う灼熱の魅力に、俺はくらっと来た。この子は凄いアイドルになるかもしれない。

じゃあねと手を振りながら、美希は家に帰った。呆然と手を振る俺を置いて、太陽の子は沈みゆく夕日の中に消えて行く。俺にはまるで、
彼女が太陽へ帰って行くように見えた。


***
 

「……で、そのまんま星井美希と、公園デートと洒落込んだわけだな」

「人聞きの悪い事言わないで下さいよ。でもそのお陰で美希の心の内も分かったし、オーディションに誘導することも出来ましたよ」

会社に戻った俺は社長に報告した。社長室を訪れると、社長は監視係が撮っていた俺の決死のダイブビデオを見ながら同僚達と爆笑していた。
もうホント死なねえかなこいつら。

「しかし『前代未聞のユニークなオーディション』って、キミも随分ハードル上げてくれるねえ。プログラムを組むこっちの身にもなって
 ほしいよ」

「美希はプロダクションに不信感を持ってますから、ただのオーディションではもう呼べませんよ。それにそんな月並みなオーディションをやる
 つもりもないんでしょう」

「フンッ、無論だ。このオーディションは星井美希の為に開催するのだからな。彼女が興味を持たなければ、そもそも意味がない」

いざという時に頼りになる社長だ。ここはお任せしておこう。

「実はもういくつか草案をまとめているのだが……、こんなのはどうだ?」

社長が俺に手渡したひとつのプログラムの草案を見て、俺は驚愕した。

「これは……今日の魔王プロのオーディションとは真逆ですね」

「うむ。星井美希がじっくり自分を見て欲しいというのなら、これくらいはした方が良いと思ってな。それに私も、今日のオーディションは
 つまらんと思ってたしな」

「採算合うんですかこれ?参加費取ったりしないですよね」

「そんなこと出来るか。まあ、普通に赤字だな。経理部長の説得は任せたぞ」

「あの人おっかないんですよね……でもこれなら他の参加者達も満足出来るだろうし、美希も納得すると思います。これでいきましょう」

こりゃ準備が大変だな。表の社員さんだけでなく、裏の同僚達も手伝わせるか。

「よし、それではこのプログラムで詰めていこう。報告ご苦労」

「はい、では失礼します」

社長の一言で本日の業務は終了。貴音と響のレッスンも終わった頃だな。ちょっと様子を見に行くか。しかし社長室を出ると、なんとこちらが
行く前にふたりの方から出向いてくれていた。どうしたお前ら、社長に何か用事か?

69 :1 ◆6aY2CdF7PY :2012/03/29(木) 22:29:01.42 ID:lnWJ8GSr0
「いや、自分達はオールーに話があって来たさー」

「貴方様が戻られたと訊いたので、こちらに来られているのではないかと思い馳せ参じました」

貴音と響はニコニコしながら俺を見ている。……ん?よく見ると貴音は剣道着のような袴姿。響は空手の道着を来ている。よく似合ってるぞ。

「ああそうそう、言い忘れていたが……」

ドアの後ろから、社長の声が聞こえて来た。

「先ほどふたりにお前が何をしているのか聞かれてな。『可愛い女子中学生とデートしてる』って教えてやったぞ。感謝したまえ」

ありがとうございますっ!!あと[ピーーー]っ!!

「自分達がレッスン頑張っているのに、オールーは他の女とデートしてたさ……」

「わたくし達というものがありながら、他の女性に手を出すなんて……これはお仕置きが必要ですね」

はりつけたような笑顔を崩さないまま、ふたりがにじりよってくる。超怖え。

「誤解だお前ら―――――っ!!これも仕事なんだ――――――っ!!」

正直に話すわけにもいかないし、ここはひとまず逃げろっ!!俺はエレベーターに……いやダメだ、ここは非常階段だっ!!俺は非常階段に
向かってダッシュした。挟み撃ちにしなかったのがお前らのミスだっ!!

「あ―――――っ!!逃げたさ―――――っ!!」

「逃がしはしません。納得のいく説明をきっちりしてもらいますっ!!」

だからそれが無理なんだよっ!!美希を追いかけて貴音と響に追いかけられて、今日は女難の相でも出てるのか?

70 :1 ◆6aY2CdF7PY :2012/03/29(木) 22:31:28.14 ID:lnWJ8GSr0
ふう。ようやく折り返し地点だわ。
風呂行ってくる。
71 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(静岡県) [sage]:2012/03/29(木) 22:53:09.26 ID:sNixIHb/o
待機待機
72 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(静岡県) [saga]:2012/03/29(木) 22:53:37.36 ID:sNixIHb/o
魔力
73 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(静岡県) [sage]:2012/03/29(木) 22:54:25.68 ID:sNixIHb/o
魔翌力

ふむ
74 :1 ◆6aY2CdF7PY :2012/03/29(木) 23:07:22.14 ID:lnWJ8GSr0
再開。全部今日上げるつもりだったが、2日に渡りそうだわ。

>>ID:sNixIHb/o
応援感謝
75 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(静岡県) [sage]:2012/03/29(木) 23:10:05.50 ID:sNixIHb/o
多分目欄に
76 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(静岡県) [sage]:2012/03/29(木) 23:11:06.49 ID:sNixIHb/o
誤爆
目欄にsagaって入れると魔翌力とかの規制がなくなるよ
sageじゃなくてsagaねさが
77 :1 ◆6aY2CdF7PY :2012/03/29(木) 23:13:24.77 ID:lnWJ8GSr0
東豪寺プロのオーディションから一週間後、ついに961プロのアイドルオーディション当日になった。

この一週間、俺は貴音と響の強化プログラムの仕上げを行い、社長はオーディションの準備に追われていた。人身売買の阻止も忘れない。
オーディション開催3日前に突如人身売買事件が発生し、徹夜で壊滅作戦をするはめになった。ただでさえ激務が続いて気が立っているのに、
おまけに睡眠時間まで奪われて、俺達はブチ切れて首謀者を再起不能にしてやった。こっちはそれどころじゃねえんだよっ!!
初のオーディションの為、色々計画の変更やトラブルも続き開催も危ぶまれたが、何とか準備が整い万全の体制で参加者の女の子達を迎える事が
出来たのは奇跡だった。

「いよいよ来ましたね……先ほど入口に、星井美希が来たと連絡がありました。予定通りです」

「ああ、全てはこの日の為にあったのだ。絶対にヤツをオトす。『黒のカリスマ』の名にかけてっ!!」

ビシっと、変なポーズをとる社長を無視して、俺は会場の様子を確認する。参加者は50名。こんな妖しい会社のオーディションでも、チャンスが
あるなら掴みたいと勇気を振り絞ってやって来た女の子達だ。皆なかなか肝が据わっているらしく、美希を見ても怖気づいたりしない。これは
嬉しい誤算だった。

「さてそろそろ時間だ。我々も準備しようか。行くぞ、青二才っ!!」

ああ、こんな調子だとここに居る参加者の女の子全員に、俺は青二才って呼ばれる羽目になるんだろうなあ……。まあいいか、気を引き締めて
取り掛かろう。社長の暴走を食い止められるのは俺だけなんだから。会場に出て行く社長に続く形で、俺も彼女たちの前に出て行った。

「ようこそ諸君我が961プロへっ!!私が社長の黒井崇男だぁーっ!!」

開始五秒で俺は社長からマイクをぶんどった。女の子達が怯えているだろうがっ!!

「ええ〜、皆さん大変失礼致しました。本日はお忙しい中我が961プロのオーディションに応募戴き、誠にありがとうございます。私は
司会進行を務めさせていただきます「青二才だぁ〜」……どうぞよろしくお願いします」

畜生防ぎきれなかった……しかし会場内の女の子達はクスクス笑っている。つかみはOKか?美希は驚いた目でこちらを見ている。俺と社長の
素性もバレたし、さてどう説明しようかな。一応解答は準備しているのだが。俺が逡巡していると、社長がマイクをぶんどった。
くそっ、油断したっ!!

「さてオーディションの開催の前に、君達に言っておくことがある」

お、社長がシリアスモードだ。さては俺をダシにして、会場の雰囲気を和ませる算段だったんだな。文句は後で言うとして、とりあえず今は
任せておこう。

「アイドルを目指す君達を、私は全力で支援するためにこの会社を立ち上げた。君達が夢に向かって全力で取り組む為なら、私は協力を
 惜しまない。だから君達は、私に自分の全力の姿を見せて欲しいのだ」

今回のオーディションのコンセプトはこれである。美希が自分の実力を知りたい、自分の限界を知りたいと言ったので「参加者が全力を出せる
オーディション」になった。

「この会場内では、まず自分が一般の参加者だという考えを捨てて、本物のアイドルになったつもりでオーディションに臨んでほしい。
 自分がなりたいと思ったアイドル像を強くイメージして、アイドルになりきるのだ」

会場内がざわつく。いきなりそんなことを言われても戸惑うだろう。しかしここからが本番だ。

「その為にまずは衣装チェンジだ。君達には文字通り、アイドルに変身してもらう。今から案内する衣裳部屋に、有名ブランドの服やアクセサリ
 などを山ほど用意してある。自分達の思い思いの衣装に着替えて、自分がなりたいアイドルに変身したまえ。衣裳部屋にはプロのスタイリスト
 や、メイクアップアーティストも待機している。うまくイメージが掴めなければ、彼女達の意見も参考にしたまえ。変身時間は2時間。
 では2時間後にまたここで会おう。美しいシンデレラに変身してくれたまえよ、お嬢さん方」

社長のキザなセリフを聞き終えると、女の子の間から歓声があがった。専門のプロ付きの貸衣装を提供するオーディションなどかつて
あっただろうか。しかしこれも彼女達を本気にさせるための仕掛けのひとつである。外見から入る事による効果は馬鹿に出来ない。

「ではご案内しますので、あちらの旗を持った男性に付いて行ってください。着替え後の写真撮影も行っていますので、ぜひ記念にどうぞ。
 では2時間後にまたこちらに集合です。時間厳守でお願いします」

女の子達は嬉々として案内役に付いて行った。……ただ一人を除いて。その会場に残った金髪の少女、星井美希がずんずんとこちらに
近づいてくる。

「青二才のお兄さん、それに社長さんはあの時天井にいた上司のオジサンかな。ふたりとも961プロの人だったんだね……」

光の無い目で睨んでくる美希。まあこの反応は想定内だ。俺は美希を騙していたことになる。ここからのやりとりは慎重に行こう。

「ああそうだ。騙すつもりはなかったんだが、結果的にそうなってしまったな。すまない」

「もしかして、ミキまた騙されたのかな……?お兄さんもミキを狙って、わざと近づいてきたのかな……」

段々声のトーンが低くなってくる。このまま怒らせると、また帰ってしまいかねない。帰してしまうと次に彼女を見るのは、イギリスの
おにぎり屋だ。

78 :1 ◆6aY2CdF7PY [saga]:2012/03/29(木) 23:17:21.60 ID:lnWJ8GSr0
「いや、それは違うぞ」

重い空気を一掃したのは、社長の凛とした声だった。

「ウチは今回オーディションを開くのは初めてでな。その勉強をしようと東豪寺プロの社長に見学をお願いしたのだが、あのクソ社長
 にべもなく断りやがった。だが日程的に、東豪寺プロのオーディションしか参考に出来るものが無かったのでな。そこでコイツと掃除
 夫の格好をして会場に潜入したのだ」

「そう……なの……?」

美希の目に光が戻る。あともう一息だ。

「ああそうだ。しかし苦労して潜入したわりには、何の参考にもならんくだらんオーディションだったな。社長がクソならプロダクションも
クソか。そんなクソなプロダクションに傷つけられて出て行く君を見て、コイツに追わせたんだ。それだけで他意はない」

よくそんなスラスラと嘘が出て来るな。まあ元々弁の立つ人ではあるが。

「あははっ、そんなにクソクソって言って、魔王プロに失礼だよ。でも慰めてくれてありがと。ミキ、あの時いっぱい悲しかったから。
お兄さんが来てくれて嬉しかったの」

お、信じ始めたぞ。あと一息だ、社長。

「フンッ、クソをクソと言って何が悪い。だがその分、それを反面教師にしてウチのオーディションは最高の出来になってるぞ。是非
楽しんでくれたまえ」

社長は胸を張って言った。ミキも信じてくれたようだ。ふぅ、何とか乗り切ったかな。

「皆着替えに行ったけど、お前は行かなくていいのか?特別扱いはしないぞ」

俺は美希に言った。

「ふふ〜ん、ミキはこのままでいいの。今日は気合い入れて来たから、ミキちょーカワイの」

美希は俺と社長の前でくるりとターンしてみせる。元の素材が良いので何を着ても似合うが、ファッションセンスもかなり高い。そんなに
高価なものを着ていないのだが、まるでモデルのようにお洒落に着こなしている。しかしだな、

「どうかな。インナーの選択に迷いが見えるぞ。そのジャケットと組み合わせるならもっと濃い色の方が良いだろ。それからイヤリングが
少々設定年齢高めだ。もうちょっと歳相応のやつがいい」

俺だって伊達に勉強してない。それに貴音と響という、ファッションも正反対のタイプのふたりの面倒を見ているので、知識が無駄に
広範になってしまった。

「……スゴイの、何で分かったの?確かにインナーはぎりぎりまで悩んだし、イヤリングはお姉ちゃんのを借りてちょっと冒険してみたの……。
 青二才のクセに」

「青二才舐めんじゃねえよ。お前は無駄に完成度が高い分、ちょっとでも違和感があると目立つんだよ」

アイツらがそうだからな。

「ミキ今まで、男の人にファッションのダメ出しされたのなかったの。テキトーなカッコして行っても、皆ミキの魅力でイチコロだったのに……」

「私達は甘くないぞ。今まではそれで通せたかもしれないが、このオーディションではそれは通用しない。キミも精々頑張ることだな」

「面白いの……こんなに燃えるオーディションは初めてなの」

社長の一言で、美希の闘志に火が付いた。太陽のオーラが滲み出てくる。まあまだまだ仕掛けはいっぱいある。ゆっくり楽しんでくれや。

「じゃあミキも着替えて来よっと…………あ、そうだ青二才のお兄さん」

会場を出て行く前に、美希が俺に声をかけた。

「お兄さんって、結局何をしてる人なの?ただの秘書、ってわけではなさそうだよね?」

なかなか鋭いな。裏の顔までバレてはなさそうだが。

「一応肩書きは社長秘書だが、それ以外にも色々やるよ。よその事務所のオーディションに潜入とか」

「アイドルのプロデュースとかやってないの?」

こいつ、俺の挙動から貴音と響の存在を感じ取ったのか?なかなかあなどれないな。

「プロデュース……というわけではないが、ウチのアイドル候補生の女の子達のマネージャーみたいなこともやってるな。今回のオーディション
 には参加していないが」

「ふぅん、どおりで女の子の扱いに慣れていると思ったの。お兄さんがミキに全然なびかないのは、そのコたちのレベルが相当高いからだね」

いや、お前とそんなに大差ないと思うぞ。
79 :1 ◆6aY2CdF7PY [saga]:2012/03/29(木) 23:24:59.97 ID:lnWJ8GSr0
「ウチのアイドル候補生もこの会社の中でレッスンを行っている。どこかで会えるかもしれないぞ」

「へえ……ぜひ会ってみたいの……」

何だか美希の様子がおかしい。まるで敵を前にして闘志を燃やすマンガの主人公みたいな……

「社長さん、このお兄さんを秘書にするのはもったいないの。このお兄さんにだったら、ミキのプロデュース任せてもいいって思うな」

「ああ、私もそう思うよ。しかし彼は少々節操がなくてね………。すぐ女の子に手を出すから安心して任せることが出来ないのだ」

「真剣な顔して何ほざいているんですかっ!!あの子達に手を出したことなんてないでしょっ!!訴えますよアンタっ!!」

「いや〜ん♪オトコはオオカミなの〜♪」

美希はケラケラ笑いながら会場を出て行った。全く、マセガキが。

「キミもスミに置けないねぇ〜」

ニヤニヤしながら社長が言ってくる。何を言ってるんですか、あれはからかってるだけですよ。

「とりあえず貴音と響に報告だな」

やめてくださいおねがいしますかんべんしてくださいゆるしてください……

必死の説得を試みながら、俺達は女の子が戻って来るのを待つのだった。


***


2時間後、思い思いの格好で女の子達が戻って来た。皆来た時よりお洒落になっていて、会場全体が華やかだ。おっ、美希も結局全部
着替えたのか。参加者の女の子達に触発されたのだろうか、「ちょーカワイイ」恰好から「ちょーキレイ」な格好にチェンジしていた。
しかし姉のイヤリングはそのままだ。どうやら年齢設定が高めのイヤリングに合わせた結果、大人びた綺麗な格好になったらしい。
姉と仲良いんだな。今度はパーフェクトに似合っていた。

「さて衣装も着替えて、皆アイドルになったかなぁ。うんうん、皆似合っているじゃないか。自信も出て来たようだね。その調子で
 オーディション行ってみようっ!!」

社長が右拳を上げると、会場の女の子達は「お―――――っ!!」と合わせる。皆ノリノリだな。緊張が解けて明るくなって、なかなか
良い雰囲気だ。

「さて次のプログラムは歌唱力の審査(仮)とダンスの審査(仮)だ。どんどん行くからしっかり付いてきてくれよっ!!」

この(仮)には理由がある。そしてこれが、961プロオーディションの最大の特徴だ。

「今日の審査(仮)でプロのトレーナーが審査し、彼らにキミ達の長所と短所を分析してもらう。強みは生かし、弱みは補えるようにウチの
 スタッフがキミ達にアドバイスを行う。キミ達はそのアドバイスに従って、ウチの設備や専門のスタッフを使ってレッスンをしたまえ。
 そして明日の『本番』には全力を出せるように頑張るのだ」

そう、何と961プロのオーディションは2日を跨ぐ大規模なイベントなのだ。ざっくりスケジュールを説明すると


一日目午前……衣装チェンジ・歌唱力(仮)と審査(仮)
一日目午後……個人の特性に合わせたレッスン

二日目午前……歌唱力・ダンス審査(本番)
二日目午後……オーディション通過(合格)者発表・最終審査・合格発表


参加者ひとりひとりをとにかく時間をかけて見る。そしてひとりひとりが全力を出せるように、アドバイスやレッスンを行い本番に向けた
手助けをする。
そして翌日、参加者達は最高のコンディションでオーディション本番に臨むのだ。それからオーディションの通過者が発表され、最終審査が
行われる。それに合格すれば、晴れて961プロ所属となるのだ。ちなみに最終審査の内容は伏せてある。ここに来るのは美希だけだ。
ネタばらしすると、貴音と響と一緒に踊ってもらう予定だ。

これはもはやオーディションではなく、アイドル養成学校のプログラムだ。今後オーディションを受ける上で彼女達の手助けになるように
少しでも多くを学んでもらおうというのが、今回のオーディションの目的だ。このオーディションは美希しか通過させることが出来ない。
だから合格者の定数も明記していない。美希を貴音と響に相手してもらう為だけのオーディションだから、せめて他の参加者達には誠心誠意
尽くしてやろうというのが、社長の気持ちだった。だから課題曲もダンスのジャンルも設定されておらず、参加者が自分で選択できるように
なっている。それを参加者全員50人分審査するわけだから、とにかく時間と手間がかかる。ある程度参加者達のレッスンのジャンルはカブって
来ると思われるが、この『個別レッスン・個別オーディション』の実施は、利益優先の魔王プロのような事務所にはまず不可能だろう。
ウチも結構キビしいが。

80 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(静岡県) [sage]:2012/03/29(木) 23:26:09.89 ID:sNixIHb/o
>「ふぅん、どおりで女の子の扱いに慣れていると思ったの。お兄さんがミキに全然なびかないのは、そのコたちのレベルが相当高いからだね」
>いや、お前とそんなに大差ないと思うぞ。


それってレベル相当高いじゃないですかやだー
81 :1 ◆6aY2CdF7PY [saga]:2012/03/29(木) 23:28:52.86 ID:lnWJ8GSr0
「それでは5グループに分かれて、仮審査を受けて来たまえ。昼食は各自時間を作って、社員食堂で摂るように。施設の使用時間は特に
 定めていないが、個別レッスンは19時までとする。明日最高の状態でオーディションが受けられるように、各自切磋琢磨したまえ。
 それでは諸君の検討を祈る」

はーい、という元気な声と共に、女の子達は各々のグループに割り当てられた審査会場へ向かっていく。美希がこっちに投げキッスをよこして
来た。何なんだ一体。

「さて、私達も行こうか」

「はい、今からが大変ですね。それでは俺は第3会場の方へ向かいますので、何かあればそちらへご連絡下さい」

「ん?いいのか?星井君のグループは第4会場だぞ」

「何でアイツのところへ行かなければならないんですか。ウチのスタッフの皆は優秀ですから、美希の事も正しく審査してくれますよ」

「そういう意味で言ったんじゃないんだがなあ……」

ちなみにこのオーディションは参加者を10人づつ5グループに分けて審査する。それに合わせて審査員やスタッフも5グループに分かれて
担当する。分かりやすくいうと、ひとつの会場で5つのオーディションを行うという事だ。当然こちらの人手も足りないので、社長含め手の
空いてる社員はほぼ全員駆り出されている。貴音と響の集中プログラムとかぶらなくて本当に良かった……。ちなみにふたりは今日は自主
トレーニングにしている。よって俺含む強化プログラムのスペシャルチームも、今日のオーディションに駆り出されている。

さて正直家帰って寝たいところだが、もうひと頑張りしますか。俺と社長は気合いを入れて、オーディションに臨むのだった。


***


「こんなオーディション受けた事ないよ〜」
「ホント丁寧に見てくれるし、しっかりアドバイスもくれるし、勉強になるよね〜」
「午後の個別レッスンも楽しみだな〜。何か本当にアイドルになった気分だよ〜」

場所が変わってここは社員食堂。審査を終えた参加者の女の子達が、ちらほら集まって昼食を摂っている。早くも仲良しグループが作られて、
皆楽しそうにおしゃべりしながらランチタイムを過ごしている。女の子達のオーディションに対する評価も上々だ。
そこへ美希が食堂に入ってきた。先ほどまで賑やかにおしゃべりをしていた女の子達が一瞬静かになる。オーディション荒らしとして有名な
美希は、良くも悪くも他の参加者達には近寄り難い存在である。美希も慣れているようで、ひとりでさっさと席に着くと、昼食を注文して
静かに食べ始めた。

「……でね〜さっきのダンスだけどさ〜」
「ああ、あの先生優しかったよね〜」
「アタシやっぱりポップスに変えようかな〜」

やがてまた少女達が、美希を置いておしゃべりを再開する。人懐っこい美希の事だから、本当はあの輪の中に入って一緒におしゃべりしたいに
違いない。でも美希の方にも遠慮があるのか、なかなかタイミングが掴めないでいる。何とか打開策があればよいのだが……

「おお、何だか今日は賑やかだと思ったら、女の子達がいっぱいいるぞっ!!」

「響。すたっふの方が仰っていたのではないですか。本日はここでおーでぃしょんが行われているのですよ」

そこへ貴音と響が入って来た。だだっ広い食堂でいつもふたりで食べていることが多いので、同年代の女の子達が沢山いるのが嬉しいようだ。

「そうなのかっ!!それじゃあここにいるみんなは自分達の仲間になるかもしれないんだなっ!!よぅし、挨拶してくるさー」

響は嬉々として女の子達の輪に混ざりに行った。貴音は後に続こうとしたが、

「…………?」

「…………」

背中に視線を感じたようで、はっと振り返る。その視線が美希と交錯する。美希は美希で、ふたりの登場に驚いているようで固まっている。
何か感じたのだろうか。

「はいさーいっ!!はじめましてっ、自分我那覇響っていうさーっ!!……ん?おーい貴音っ!!どうした?早く来るさー」

「は、はい失礼しました。すぐ行きますよ響」

響に呼ばれて、貴音は女の子達の方へ向かった。貴音の方も美希が気になっているようだ。


82 :1 ◆6aY2CdF7PY [saga]:2012/03/29(木) 23:30:55.04 ID:lnWJ8GSr0
***


「へぇ〜あの先生が審査してるのか。あのヒトは厳しいけどいいアドバイスくれるぞっ!!」

「我那覇さん詳しいんですね。ここでレッスンを受けてどれくらいになるんですか?」

「響でいいさー。自分達はまだアイドル目指してレッスン受けてまだ1ヶ月とちょっとさー。だからみんなとあんまり変わらないさー」

「えぇーっ!?そんなにプロっぽいのに、アタシの方がレッスン歴長いじゃんっ!!信じらんなーい」

「そうさー。みんなと変わらないさー。だから一緒に頑張るさっ!!なっ、貴音っ!!」

「ええそうですね。同じ志を持つ者同士、共に精進しましょう」

「四条さんって美人だよねー。何だかお姫様みたい」

響を中心にして、わいわいと女の子達が騒いでいる。やがて他の席にいた女の子達も集まって来て、みんなで楽しくおしゃべりしていた。
しかし相変わらず美希はひとりで昼食を食べている。貴音はちらちらと美希を気にしている。何かきっかけを探しているようだ。

「おや、あれは……」

「ん、どうした貴音?」

やがて貴音はきっかけを見つけたようだ。にっこり笑うと、美希の方を見て言った。

「響、あの者『ごーやちゃんぷるー』を食べておりますよ」

「おお、ホントだっ!!これは放ってはおけないさ―――っ!!」

響は嬉しそうに美希の方へ向かっていった。美希はいきなりの展開に驚いてる。

「はいさいっ!!こんな所で同志に会えるなんて嬉しいさっ!!」

「え、何?何なの?」

「いや〜、ゴーヤチャンプルーをメニューに加えてくれって二週間頼み込んだ甲斐があったさーっ!!オールーは『こんな苦いもん誰が
 食べるんだ?』とか言ってたけど、分かる人には分かるさー」

うんうんと、響は嬉しそうに頷くと、美希の手を取って引っ張った。

「さあさあ、アンタもこっちに来るさー。あ、もしかして年上なのか?歳いくつさ?」

「じゅ、15だけど……」

「自分の1コ下だなっ!!ネーネーの言う事は聞くさ―――っ!!」

「ちょ、ちょっと……こぼれるからっ……」

響は半ば強引に美希を引っ張って行った。美希は貴音の横に座る。

「もし。お名前を伺ってもよろしいですか」

貴音が優しい調子で美希に話しかける。珍しいな。あいつが自分からアクションを起こすなんて。

「ミキ……星井美希なの。よろしくなの」

訊かれた美希は緊張した様子で答える。アイツでも緊張することあるのか。

「美希ですか。良い名前ですね。わたくしは四条貴音と申します。よろしくお願いします」

深々とおじぎをする貴音。その美しい所作に、しばし周囲が息を呑んで見とれていた。

「金髪と銀髪だぞ……まるで外国に来たみたいだぞ……」

その時響がぼそっと変な事をつぶやいた。それが面白かったようで、皆で大笑いする。美希と貴音も笑っていた。良かった、どうやら美希も
参加者の女の子達と打ち解けたようだ。互いに妙な遠慮があっただけで、実際話をしてみるとそれが誤解だということはよくある。美希はその後、
参加者の女の子達とおしゃべりしたりアドレス交換をしたりしていた。助かったよ貴音、響。ありがとな。

ちなみに俺はどこで見ているかというと、

「はい、ハンバーグ定食あがったよっ!!ご飯まだーっ!!」

「はいただいまっ!!あっ、キャベツまだですかーっ!!」

食堂のおばちゃんに混ざって厨房で働かされていた。最初は美希の様子をこっそりここから観察していたのだが、いつの間にか手伝わされて
しまった。どうしてこうなった?
83 :1 ◆6aY2CdF7PY [saga]:2012/03/29(木) 23:34:08.21 ID:lnWJ8GSr0
***

「あー、死ぬかと思ったー」

昼時の忙しい時間が終了し、俺はお役御免となり食堂から出て来た。いやぁ、まさか食事の準備がこんなに大変だったとは……。
夕食時は何とか理由をつけて逃げよう。

「お疲れ様なの」

食堂を出ると、自販機の前で美希が缶コーヒーを持って立っていた。もう随分前に女の子達と出て行ったと思ったのだが、ここで待っていたのか?

「歌のレッスンを受けて来たの。ダンスレッスンの前にノド渇いたからジュース買いに来たらお兄さんがまだ働いていたから、
 ちょっと待ってたの」

「へぇ、そうなのか。どうだったウチのレッスンは?なかなか参考になるだろう」

「ミキあんなにダメ出しされたの初めてなの。ちょっと自信なくしちゃうの……」

「ははは、まあプロの目から見たらお前もまだまだって事だよ。しっかり練習しとけよ」

俺は美希からコーヒーを受け取ると、乾杯をしてふたりで並んで飲んだ。

「ところでさ……」

美希がおもむろに訊いてくる。俺に用があった事は予想できる。訊きたいことはおそらくあのふたりのことだな。

「貴音と響、どっちがお兄さんのカノジョなの?」

「ぶはっ!!」

俺はコーヒーを噴き出した。この質問は予想外だった。てかなんつう勘違いしてやがるっ!!

「だ、大丈夫お兄さんっ!?」

美希が慌てて、自分が持っているスポーツタオルを手渡してくる。女の子のイイ匂いがした。……じゃなくてっ!!

「どうしてそうなる?!確かにあのふたりの面倒は見ているが、付き合ってなどいないっ!!」

「えっ、そうなの?ミキてっきりお兄さんのカノジョだと思ってたんだけど……」

意外そうな顔で美希が驚いている。コイツ本気で勘違いしてやがったのか。鋭いんだか鈍いんだかわからんな……

「それよりあのふたりと会ったんだろ?どうだ、ウチのアイドル候補生は。お前会いたがっていただろ」

「うん、どっちもとっても優しくてイイ子なの。ミキもすっかり仲良くなっちゃった」

おおそうか、それは良い事だ。

「でもそれ以上に……あのふたりはヤバイの」

楽しそうにしゃべっていた美希の顔が急に真面目になった。途中からはよく見てなかったが、ふたりと何かあったのだろうか。

「今回のオーディションは参加者のコみんなモチベーション高いしレベルもそれなりだけど、それでもミキ負ける気しないの」

へぇ、随分な自信だな。まあ確かに、美希に敵いそうなのは俺が見た中では居なかったな。

「でも貴音と響は何か違うの……。上手く説明出来ないけど、ちょっと頑張ったくらいじゃとてもあのふたりには敵わないの」

そりゃこっちはお前を倒す為に猛練習を積んできたからな。簡単に倒されたらたまらん。

「あはっ、それでもミキ負けないケドね。このオーディションに合格して、あのふたりと勝負してミキが一番になるの」

「おいおい勝負ってのは穏やかじゃないな。このオーディションに受かったら、あいつらとは仲間になるんだから、ケンカとかするなよ?」

まあ内緒だが、最終審査でお前らは勝負するんだけどな。するとミキはいつか見たちっちっちっをやると、

「あのふたりとの勝負はアイドル対決だけじゃないの。お兄さんみたいな青二才にはわからないの」

何だかよく分からないセリフを美希が言う。失礼な。

「それじゃあ久しぶりに本気出して練習するかな。じゃあね、青二才のお兄さん」

飲み終えたジュースの缶をゴミ箱に放ると、美希は手をひらひらさせながらレッスン場へ向かって行った。

「あ、そうだお兄さん」

美希が振り返る。何だ?まだ何か用か?

84 :1 ◆6aY2CdF7PY [saga]:2012/03/29(木) 23:36:59.36 ID:lnWJ8GSr0
「厨房で働く姿もカッよかったよ〜っ!!お兄さん本当に何でも出来るんだねっ!!」

「そうだろ?なのに青二才なんだぜ。ひどいと思わないか?」

「ううん、でもお兄さんは青二才なの〜っ!!」

何だそりゃ。美希はケラケラ笑いながら、レッスン場へ消えて行った。とりあえず本気にはなってくれたようだ。うん、順調順調。


***


「お、オールー何してるさ?」

「おや、貴方様」

夕方、事務所内の宿泊スペースで寝具の準備をしていると、響と貴音が通りかかった。

「ああ、今日はここに泊まる子も居るから、布団の準備をしているんだ」

自分の家の方が落ち着くと家に帰る子もいるが、それでも大半は今日はここに宿泊する。夕食の準備は逃れたが(そっちは社長に行ってもらった)、
こっちも結構大変だった。

「なんと。わたくし達もお手伝い致しましょう。響、行きますよ」

「おお、任せるさオールーっ!!」

「すまないな。じゃあちょっとだけお願い出来るか?あんま無理するなよ」

こうして3人で、寝具の準備に取り掛かった。

「なんくるないさーっ!!自分達が来たからにはもう安心だぞっ!!」

響の元気な声が返ってくる。今日は自主練にしていたが、ふたりともバリバリ練習していたと報告を受けている。ホント若いなお前ら。こうして
3人で、作業に取り掛かった。

「おや、貴方様。そのタオルは……」

「ん、ああこれか」

貴音が俺の首にかかっているスポーツタオルに注目する。ああ、そう言えば美希に返しそびれたな。そのまま使ってしまった。

「オールーのものじゃないさ。オールーはそんなセンス良くないさ」

借りた時はよくよく見てなかったが、さわやかなライムグリーンのタオルは、可愛いレモンの刺繍があしらわれている。確かに俺のチョイス
ではないな。コーヒーで汚してしまって、悪いことしたな。

「……美希の匂いがするさ」

「貴方様……?」

いつの間にか近づいていた響が、タオルの匂いを嗅いでいた。てか分かるのかお前っ?!警察犬かっ!?それから何で怒ってるんだお前ら。
何か怖いんですけど。

「さっきランチで一緒にしゃべったけど、やたらオールーの事訊いてきたさ」

「表面上は楽しげな素振りを見せておりましたが、その言葉の端々からわたくし達に対する強い対抗意識のようなものを感じました。
 勝負を挑まれた以上、こちらも負けるわけにはまいりません」

「何の対抗意識で、どういう勝負をしているんだよお前ら。ケンカとかすんなよ」

楽しげに話をしているのかと思いきや、どうやらそれだけでは無かったらしい。まあアイドルとして互いに競い合うのは悪い事ではないが。

「で、何でオールーが美希のタオルを持っているのさ?」

「密かに逢引を……?もしや以前でぇとをしていたという中学生というのは……」

追及が厳しくなってきた。それから貴音、憶測でモノを語るのではありません。まあ正解だけどさ。

「何にもないさ。仕事終わりの昼過ぎにたまたま会ってさ。コーヒーこぼして借りたんだよ。本当にそれだけさ」

「油断なりませんね、美希……」

「オールーが食堂に居たなんて、気づかなかったさ……」

貴音と響が神妙な顔してぶつぶつ語り出した。ていうか響、お前のゴーヤチャンプルー定食手渡したの俺だろうが。相変わらず食い物にしか
目が行ってないな。

85 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(静岡県) [sage]:2012/03/29(木) 23:39:44.76 ID:sNixIHb/o
なんくるないさー
なんくるないさー!
86 :1 ◆6aY2CdF7PY [saga]:2012/03/29(木) 23:41:58.58 ID:lnWJ8GSr0
「美希は今回のオーディションの有力候補なんだが、お前らはどう思った?」

とりあえず出会ったわけだし、こっちにも印象は聞いておこう。

「わたくしはこの道を志してまだ日は浅いのですが……、『あいどる』という者は美希のような人物を指すのではないかと感じました」

流石貴音。相変わらず良い勘してるよお前は。

「自分も負けるつもりはないけど、美希は敵に回したら厄介そうな相手だぞ。何でまだオ―ディション受けてるのか不思議だぞ」

アイドルを目指していた響は多少知識があるようで、美希の実力を正しく認識しているようだ。そのうえで負けるつもりはないというのは、
頼もしいね。

「もし美希が961プロに入ったら、仲良くやれそうか?」

俺のあずかり知らない所で争いが行われているようだが、仲良くしてくれるに越したことは無い。すると貴音と響はにっこり笑って即答した。

「もし所属先を違えても美希とは同じ道を志す者同士、既に大切な友人です。共に仕事が出来れば嬉しく思います」

「美希はもう自分達の大事な妹みたいなもんさ。ウチに来たら、ネーネーとして自分が美希の面倒を見てやるさー」

良かった。互いに悪い印象は持っていないようだ。これも星の巡り合わせによるものか?

こうして夜は更けて行った。明日は本番だ。こいつらも早く寝かせないといけないな。さっさと終わらせて、ついでに食堂の様子も見て来るか。
社長死んでなければいいが。


***


そして翌日。いよいよ「When The Sun Goes Down」作戦本番の日だ。参加者の女の子達は皆思い思いの衣装に身を包み、オーディション本番に
向けて過ごしていた。ダンスの振り付けを確認する者、歌を歌う者、部屋の隅で音楽を聴いて集中力を高めている者など、皆本番に最高の
コンディションで臨めるように待機している。そして時間が来て、いよいよ開催時刻になった。

「お待たせしました皆様。只今より審査を開始します。それぞれのグループに分かれて審査を受けて下さい」

審査方法は前日と同様、ある程度同じジャンルで5グループに分けて行う。ただし前日と違うのは、5グループの審査は同じ会場で行われ、
互いに各グループの審査の様子が見える点にある。自分の審査が行われるまでの間、また行われた後も別のグループの審査の様子を見学
することで、少しでも刺激を受けるようにとの思惑によるものだった。
まずは歌唱力の審査から。俺は専門の審査員達の評価用紙を集めたり、審査を受ける女の子達の飲み物を用意したりと会場内を走り回っていた。
俺、このオーディションが終わったら休暇をとるんだ……。しかし会場全体を走り回っていて感じたのは、このオーディションの雰囲気はとても
良かった。皆が全力で自分の能力を発揮しているようで、それが良い刺激になって高いレベルに引き上げられている。そして何より、彼女達が
オーディションを楽しんでいる。以前見た東豪寺プロのオーディションはこんな雰囲気ではなかった。もっと重苦しい空気が漂っていたと記憶
している。まあどっちが正しいとは言えないが、ウチみたいなオーディションがあっても良いじゃないか。

「うんうん、みんな良い雰囲気で審査を受けているねぇ〜。私の思い通りだよ」

「ボーっと見てないで手伝ってくださいよ。人手が足りてないんですよこっちは」

檀上に設置されたイスに座っている社長のケツを蹴っ飛ばして、俺は引き続き走り回る。その時会場が一瞬どよめいた。審査を待つ女の子達が
一斉にそのどよめきの方へ向かう。たちまち会場の一角に人集りが出来た。ああそうか、『アイツ』が歌っているんだな。ここからではよく聞
こえないが、随分仕上げて来ているようである。ちょっとしたミニライブみたいになっていた。やがて審査が終わったようで、その人だかりから
大きな拍手が響いた。いや、拍手してるけど君達もオーディション参加者だからね?楽しんでいるのは結構だが、ちょっと緊張感が
足りなくないか?これは今後の課題だな。

歌唱力審査が終わり、次はダンスの審査である。ダンスの審査まで一時間の休憩があり、女の子達は思い思いの場所で集中力を高めていた。
俺が審査員と打ち合わせを終えて席へ戻ると、美希がやってきた。

「どうお兄さん?ミキの歌ちゃんと聴いてた?」

美希は腰に手を当てて、胸を張って得意げな顔で言う。コイツこのポーズ好きだな。

「いや、声が小さくてよく聴こえなかったなぁ。お前また手を抜いたんじゃないだろうな?」

わざといじわるしてやる。

「ぶ〜、そんな事ないもんっ!!ミキ全力で歌ったもんっ!!」

「冗談だ。審査員の先生から話は聞いてるよ。ライブみたいになってたらしいな」

先生達は驚いていた。美希は他の参加者より頭一つ抜けてるらしい。実力も去ることながら、集中力が段違いだったそうだ。

「なぁ〜んだ、本当に聴いてないのかぁ〜。ミキお兄さんに聴いてほしかったんだけどなあ」

がっくり肩を落として美希が言った。俺が聴いたところであまり意味ないぞ。


87 :1 ◆6aY2CdF7PY [saga]:2012/03/29(木) 23:47:47.13 ID:lnWJ8GSr0
「ふんっ、俺に聴いて欲しいんだったらオーディションで勝つことだな。最終審査は俺も参加するから、精々頑張って這い上がって来るがいい」

俺も社長の毒電波が移ったのかな。悪役のようなセリフを吐いてやった。

「ふふ〜ん、今日のミキは絶好調なの。ダンスでも負けないから、楽しみに待っててね、お兄さん♪」

美希は投げキッスを寄越して、再び会場の方へと戻って行った。目で追っていると、鏡の前でヘッドホンを耳に当ててダンスの振り付けの
確認をはじめる。おお、どうやら今回はマジみたいだな。

「星井美希の様子はどうだね?」

別の場所で打ち合わせをしていた社長が戻って来た。

「だいぶ良い調子で仕上がってますよ。あそこでちゃんと練習もしてますし。わざわざ出来レースしなくても、彼女の通過はまず間違いない
 でしょうね」

社長は美希の方を見るとうんうんと頷いて何かを思いついたらしく、ポンと手を叩いた。

「そうだ。ちょっと予定を変更して、サプライズを企画しようっ!!早速グループの調整だ」

そう言うと、社長はいそいそと美希の審査を行っているグループの審査員達の元へと行った。何を考えているか知らんが、ここは任せておこう。


***


そしてダンスの審査の時間になった。激しい踊りからゆったりとした踊りまで、自分の好きな曲を女の子達が踊る。ちなみにダンスの振り付けや
表現方法は指定していない。自分の全力が出せるように振り付けを変えてみたり、ピンマイクを付けて歌いながら踊る猛者もいた。まるで
ちょっとしたライブの様で、会場は彼女達の熱気に包まれる。やがて時間が過ぎてひとつ、またひとつとグループの審査が終了し、審査の
終わった女の子達が他の参加者のパフォーマンスの見学に回る。このタイミングになって、ようやく社長が何を考えていたのか分かった。
社長は参加者の課題曲と、審査員のアドバイスタイムを調整して時間を操作し、グループ毎に終了時間をずらしたのだ。そうして美希の
グループの終了時間が最後になるようにした。そしてそのグループで最後に審査を受けるのは美希である。社長は先ほどのミニライブを、
もっと大きなライブに仕立て上げた。

「すごいよね〜星井さん。もうライブだよこれ」
「アタシだったらプレッシャーで倒れそう。いくら美希ちゃんでも、これは厳しいんじゃないかなぁ」
「大丈夫かなぁ美希ちゃん……」

他の参加者の女の子達が美希を心配している。昨日ランチで仲良くなった子達だろうか、彼女を純粋に心配している。良かったな美希。
お前はもうひとりぼっちじゃないぞ。

「それでは26番。星井美希さんお願いします」

「はい」

名前を呼ばれた美希が審査へ向かう。美希を見守るのは他の参加者49人の瞳。審査を終えたスタッフも集まり、本当にライブのようだ。
しかし俺は彼女がそれくらいで潰れないことを知っている。お前にはこれくらいのハンデが丁度良いだろ。

「26番星井美希です。よろしくお願いします」

やや硬い声で美希が挨拶をする。ん?表情が硬いな。もしかして緊張しているのか?美希は目を閉じて大きな深呼吸をひとつすると、
くわっ!と目を開けた。その瞬間会場は、あの光と熱気に飲み込まれる。いや、前の東豪寺プロで感じたものよりもっと凄い。
これが『太陽の子』の本気か……!!

「ねえ 消えてしまっても探してくれますか〜♪」

曲が始まると、美希は歌いだした。ヘッドマイクを付けていたから予想はしていたが、この大観衆の中でよくやるよ。こいつは本当に強いな。
しかもこの曲は、東豪寺プロのオーディションの時に歌った曲だ。ええと、どこの事務所の曲だったかな……?姉のイヤリングといい、
気に入ったものは曲げない主義らしいな。美希のパフォーマンスに会場全体が呑み込まれる。いや、「焼き尽くされる」という表現の方が
適切か。飛び散る汗が火の粉のように舞い上がり、美希はますます燃え上がって輝きを増していく。さらに東豪寺プロのオーディションでは
見せなかった、見るもの全てを魅了するあの灼熱の笑顔があった。同じ曲を歌い・同じ踊りを踊っているのにやる気だけでこんなに変わるのか。
踊りも歌もあの時とは比べ物にならない。まさに彼女はアイドルで、そしてスターだった。

審査が終わると、美希は肩で息をしていた。会場は大喝采だった。中には感動のあまり涙ぐんでいる子もいる。もはや誰も異論はない、
このオーディションは圧倒的に美希の独り勝ちだった。審査を終えた美希は、ちらりと俺を見ると小さくウィンクをしてきた。ああ見てたよ、
文句ないよちくしょうめ。こうして全ての項目が終了した。

オーディション終了後は合格者を決める審議タイムだ。もう結果は見えているのでフリだけだが、それでも審議なしで合格者の発表をするわけ
にはいかない。美希ががフェアな評価を求めているからな。ついでに落選してしまった他の参加者達にもアドバイスを作ってやる。今回は美希しか
合格させてやることは出来なかったが、みんな最高に輝いていたぞ。ウチで学んだ事を糧にして、これからもアイドルを目指して頑張ってくれ。

そしていよいよ合格者の発表となった。参加者の女の子の前で、俺は読み上げる。

「お待たせしました皆さんっ!!それでは只今より、第一回961プロアイドル選考オーディションの合格者を発表します。今回のオーディション
 に合格した方は、この後の最終審査の挑戦権を獲得出来ます。そして最終審査に見事合格すると、晴れて961プロの所属アイドルとなって
 デビューする運びとなっております」

88 :1 ◆6aY2CdF7PY [saga]:2012/03/29(木) 23:51:04.78 ID:lnWJ8GSr0
「今回のオーディションの合格者は、なんとわずか1名ですっ!!この倍率50倍のオーディションを見事勝ち取ったのは……」

女の子達が全員息を呑む。会場に緊張が走る。

「26番、星井美希さんっ!!」

他の参加者が拍手を送る。もはや文句のつけようがない。最後のミニライブは圧巻だった。今の状態で、こいつドーム公演行けるんじゃないか?
とさえ思ったほどだ。美希は少し気恥ずかしそうに、しかし喜びを隠せない様子で姉から借りたイヤリングをいじっていた。
続いて社長の総括に入る。

「え〜、まずは皆お疲れ様。そしておめでとう星井君。キミにはこれから最終審査に挑戦してもらう。最終審査の内容は、我が961プロの
 アイドルとしてデビューするイメージ戦略に密接に繋がっているので、残念ながら公表することは出来ない。皆テレビの前で楽しみに
 していてくれたまえ」

ここで美希以外の参加者は退場となる。スタッフから、今回のオーディションのアドバイスが配られる。

「今回のオーディションでは合格者は一名だけだったが、キミ達に実力がないわけでは決してない。私が見る限り、今後が楽しみだと感じた
 参加者も何人かいた。今スタッフから手渡されたアドバイスの用紙をよく見て、これからもレッスンに励んでくれたまえ。キミ達には
 まだまだ大きな可能性がある。それでは諸君の健闘を祈る」

参加者の女の子達の中には涙ぐむ子もいたが、皆清々しい顔をしていた。悔いを残さぬよう、全力を出すことが出来たのだろう。オーディション
は思った以上に大成功だった。

「それでは第一回、961プロアイドル選考オーディションを終了します。お気をつけてお帰り下さい」

ありがとうございました――、と明るく挨拶をして、女の子達が会場から出て行く。そうして、会場には美希がひとり残った。オーディションで
仲良くなった子達から「頑張ってね」などとエールを送られていた美希は、表情が緩みっぱなしである。

「おいおい大丈夫かお前?今からが本番だぞ。気を抜くなよ」

「ふふ〜ん、まだまだヨユーなの♪」

先程あんなに激しいパフォーマンスをしたにも関わらず、美希はほとんど体力を回復しているようだった。若いって良いなあ。

「ところでお兄さん、最終審査は何をするの?」

「それは見てからのお楽しみだ」

「やんっ、ミキ海外へ売り飛ばされちゃうの♪」

コイツ調子に乗ってるな。まあ今は大目に見といてやろう。

「そんな事しねえよ。ウチは名前は黒いがクリーンな業務を信条としているんだ」

「うん、わかってるよ。ミキこのオーディションを受けて本当に良かったの。それに危なくなったら、お兄さんが助けてくれるんだよね?」

まぶしいばかりの笑顔で美希が笑う。当ったり前だバカ野郎。子供を救うのが、俺達の仕事だからな。

「さあ、それじゃあ行くぞ。社長が先に社長室で待ってる」

「うぇ〜、もしかして面接だったりするのかなぁ〜。ミキあれニガテなの〜」

「安心しろ、そんなつまらんことはしない。最終審査もきっと楽しいさ」

むしろ面接の方が楽だろうけどな。

「じゃあ行こ♪青二才のお兄さん♪」

美希は俺の横に回り込むと、素早く腕を組んできた。

「な……?!お前……!?」

「合格者のトッケンなの♪社長室に着くまででいいからさ〜、お願いなの♪」

美希が潤んだ瞳で見上げて来る。何なんだ一体。

「はぁ〜、分かったよ。その変わり社長室に着いたらさっさと離れろよ。またからかわれたらたまらん」

俺は溜息を一つ吐くと、美希と共にエレベーターに乗り込んだ。さて、これで俺のミッションは終了した。後は頼んだぞ、貴音、響。


89 :1 ◆6aY2CdF7PY [saga]:2012/03/30(金) 00:00:26.97 ID:lX3+xr3a0
***


社長室に到着すると、そこにはステージが設置されていた。しかし審査員はいない。審査は社長と俺が行うのだ。

「やあよく来たね星井君。まずはオーディション通過おめでとう。楽しんで頂けたかな?」

「うんっ!!ミキちょー楽しかったのっ!!今までで一番キラキラ出来たし、サイコーだったのっ!!」

まだ興奮が冷めやまぬのか、美希が興奮気味に話す。ステージをちらちら見ながら、早く最終審査をやれと急かしているようだ。

「そうかそうか、それは良かった。それでは最終審査も頑張ってくれたまえ」

「どんと来いなのっ!!」

腰に手を当てて、胸を張って得意げな顔で美希が言う。相変わらずムダに様になってる。

「それでは最終審査の内容を発表する。入りたまえ」

社長がそう言うと、社長室の奥にある別室のドアが開いた。

「失礼いたします」

「失礼するさー」

出て来たのは貴音と響だった。既に準備は終えているようで、意気込みはバッチリだ。

「お、やっぱり美希が来たさー。自分の言った通りだろ、貴音?」

「ええ、そのようですね。美希、おーでぃしょんの合格おめでとうございます」

美希の顔を見て嬉しそうに笑う響と、祝いの言葉を述べる貴音。まあ予想はしていただろうな。

「ありがとうなの貴音。でもまだなの。最終審査でアンタ達を倒さないと、美希は合格出来ないの……」

美希が不敵に笑う。貴音と響もそれを返す。

「倒すなどと物騒な。しかし勝負を挑まれた以上、わたくし達も負けるわけには参りません……」

「生意気な妹をしつけてやるのも、ネーネーとしての大事な務めさ……」

既にお互い戦闘態勢である。ケンカすんなよお前ら。

「コホン、それでは最終審査の発表をしようか。最終審査はね……」

黒井社長が内容を読み上げる。ちなみに貴音と響も、詳しい内容は知らせていない。

「我那覇響、四条貴音、星井美希によるユニットを想定したダンスだっ!!三人にはグループとなって、一緒に踊ってもらう」

「何と」「何だとーっ!!」「何なの?」

三者一斉に驚く。まあそうだよな。バトルな雰囲気だったのに、いきなり一緒になって踊れとか言われても、困惑するだろうな。

「社長さん、それでミキがどうやったら合格したことになるの?」

「まあ待ちたまえ。話は最後まで聞きなさい」

社長は美希をなだめると、説明を続けた。

「961プロの戦略として、まずはキミ達をグループとして売り出す。この業界はインパクトが大事だ。今の状態でもキミ達は十分ソロとして
 通用するが、そんなキミ達をグループとして売り出す事で、より強いインパクトを生み出す事が出来る。これは注目間違いなしだ」

「しかし星井君。見て分かる通り我那覇君と四条君はタイプが正反対のアイドルだ。彼女達ふたりを同じグループで売り出すと、互いの個性が
 ぶつかり合い、グループとしての強みを活かすことが出来ないというリスクがある」

「そこでキミがグループのリーダーとなって、ふたりを引っ張って欲しいのだ。キミがセンターで主導権を取る事で、ふたりの個性が活きて来て、
 グループとしての個性が生み出せる。元々このふたりはグループのサイドでその特性を発揮できるタイプだ。キミがリーダーとして
 優秀であれば、ふたりの力も発揮出来る」

「しかし四条君も我那覇君も、リーダーを引き立てようとしなくて良い。星井君が自分達のリーダーにふさわしくないと思ったら、容赦なく
 蹴落としてくれて構わない。デビューはグループだが、ゆくゆくはソロ活動を想定している。キミ達もガンガン行きたまえ」

「最終審査は、星井君がこのグループのリーダーとして主導権を握る事が出来れば合格、出来なければ不合格だ。どうだい実にシンプルだろう。
 何か質問はあるか?」

社長が説明を終える。これが「When The Sun Goes Down」プログラムの最終フェイズである。
90 :1 ◆6aY2CdF7PY [saga]:2012/03/30(金) 00:05:09.36 ID:lX3+xr3a0
「要はミキが、このふたりよりキラキラしたダンスを踊ればイイって事だね。面白そうなの……」

美希の背中から太陽のオーラが滲み出て来た。すでに臨戦態勢である。

「成程。今までの個別れっすんは、今日この日の為に在ったのですね。黒井殿に成果を見せる良い機会です。全力で参りましょう」

貴音の身体から周囲の全てを引き込むような、不思議な力が溢れて来る。

「サイドだろうがどこだろうが、自分が一番さっ!!いつだって、自分は完璧だからなっ!!」

響は笑いながら、そんなふたりの力を打ち消す。周囲の影響を感じさせない、強い存在感があった。……おいおい、いつからここは
超能力空間になったんだ?こいつらが本気出したらメテオとか落ちて来るんじゃねえか?

「ふむ、なかなかいい感じだねぇ。さて、それではダンスの課題曲だが……星井君、キミはどうやら765プロの曲がお気に入りのようだね?」

唐突に社長が美希に話をふる。美希は少し驚いたが、すぐに笑顔になって答えた。

「そうなのっ!!ミキは765プロのアイドルみたいにキラキラしたいのっ!!でも将来は765プロのアイドルの誰よりもキラキラしたいから、
 961プロのアイドルとして765プロのアイドルと勝負するのっ!!」

ああ思い出した。美希がオーディションで拘って踊り、歌い続けていた曲は765プロのものだった。765プロ全体ライブのDVDで見たから
誰の曲とはまだ決まってないらしいが、確か『マリオネットの心』だったかな。

「そこで課題曲は、竜宮小町の『SMOKY THRILL』で行く。四条君は三浦あずさのパートを、我那覇君は双葉亜美のパートを、そして星井君は
 水瀬伊織のパートを担当したまえ。どうだ、出来るか?」

社長の挑発的な物言いに、美希は胸を張って答えた。

「765プロの曲だったら振り付けも歌詞も全部暗記してるの。ミキ今すぐ踊れるよっ!!」

得意気に話す美希。こりゃ相当自信があるようだな。

「そうかそうか、それは頼もしいねえ。では今から30分練習タイムを与える。一応ウチのふたりもこの曲はやっている。グループとしての
 全体の練習などをしておきたまえ」

「わかったの。行こっ、貴音、響」

「わかりました。では黒井殿、貴方様、また後ほど」

「じゃあねスー、オールーッ!!楽しみにしてるさーっ!!」

一応ここでも出来るのだが、3人はびっくりさせたいらしく、仲良くレッスンルームに移動した。エレベーターで降りていく3人を見送り、
俺は社長に声をかけた。

「貴音と響大丈夫でしょうか?一応全体レッスンで踊らせた事はありますけど、美希も相当自信あるようですよ」

「フンッ、何を弱気なことを言っている。あのふたりだってこの10日間死ぬほど練習したんだ。そう簡単に負けやしないさ」

「そうですよね、俺達が信じてやらないといけませんよね。これで美希があのふたりに負けて、でもその上で接戦をしたという事で
 合格させれば、晴れて天体アイドルの完成ですね」

一応こういうシナリオになっている。美希はだいぶ丸くなったが、それでもまだ少々傲慢なところがある。一度その鼻をへし折って、
真摯な姿勢でアイドル活動に取り組ませるために貴音と響をぶつけて、自分の実力を思い知らせた上でユニットを組ませるのだ。
今後のグループ活動に支障が出ないかやや心配ではあるが、まああの3人なら大丈夫だろう。

「ふむ、そうなんだがな……」

しかし社長の返事がイマイチよくない。何だ?何か不安でもあるのか?

「……フンッ、気は進まんが、一応保険はかけておくか」

そう言うと社長は携帯電話を取り出し、どこかにかけ始めた。何を考えているんだろうか。


***


「お待たせなのっ」

予定時間より10分早く美希達が戻って来た。おお、何だかこうして見るとグループみたいだな。審査の為の急造グループではあるが、
既に一体感を感じた。相性良いのかな。

「もういいのか?まだ10分ほどあるぞ」

「なんくるないさー。自分達はいつだって踊れるぞっ!!」

「今がわたくし達の最高のこんでぃしょんです。この機を逃すことは好ましくありません」

91 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(静岡県) [sage]:2012/03/30(金) 00:09:17.00 ID:QuWClEq/o
765に美希がいないから持ち主不在曲なのか
92 :1 ◆6aY2CdF7PY [saga]:2012/03/30(金) 00:10:13.09 ID:lX3+xr3a0
響と貴音もやる気満々だ。じゃあちょっと早いが、始めるか。

「わかった。ではステージ上で準備したまえ」

気合い十分、3人がステージ上でスタンバイする。さていよいよだ。961プロ版の竜宮小町、どんなパフォーマンスを見せてくれるんだろう。


 ♪知らぬが 仏ほっとけない 

  くちびるポーカーフェイス

  Yo灯台 もと暗し Do you Know!? 

  噂のFunky girl♪


いよいよ曲がスタートした。まずは全員キッチリ合わせて来る。美希は全部暗記していると言ってたし貴音と響にもやらせていたが、まさか
ここまで合わせて来るとは思わなかった。本家竜宮小町にも劣らない、驚くほどの仕上がりである。こうして明るく楽しく、しかし水面下では
激しいアイドル対決がスタートした。


 ♪忍び込まれたあたしの心 破れかぶれの夜

  解き放つ罠 油断は大敵♪


3人で一体となって曲が進む。ちなみに今回は誰も歌っておらず、ダンスのみの対決になっている。表向きはダンスのみを評価したいからと
いう理由なのだが、裏では貴音と響は歌いながら踊るという技術がまだ未熟だからである。悪いな美希。その分美希もダンスに集中出来る
はずなのだが、しかしふたりが自分にここまで合わせて来るのは、美希にとっても想定外だったらしい。一瞬ちらっと左右を確認すると、
その表情に焦りが見えた。


 ♪さすらうペテン師の青い吐息(Ah…)

  手がかりに I wanna 恋どろぼ Oh!

射止めるなら 覚悟に酔いどれ♪


ここで美希が仕掛けて来た。ふたりを同時に相手するのは分が悪いと判断したのか、まずは響に狙いを定めて、ダンス対決に持ち込む。
グループのフォーメーションは崩していないが、美希の意識は明らかに響の方に向いている。響もそれを感じたようで、ニヤリと笑みを浮かべる
とそれに応じた。まあまずはエネルギッシュに踊る響を潰して場を支配しようとする判断は賢明だな。……しかしサシの勝負で響に勝てるかな?


 ♪女は 天下のまわりもの 

  痺れるくびれ

  言わぬが 花となり散りる

  秘めたる身体♪


振り付けはそのままに、しかしところどころにテクニックを活かして、美希が高いレベルで踊りを見せる。しかし響も負けてはいない。
美希に合わせるように、しかし美希よりメリハリを活かして力強い踊りを見せる。やっていることは全然違うのに、全体のバランスが崩れて
いないのが不思議だ。美希がどれだけ仕掛けても、響は笑顔でついてくる。響の強みはその無尽蔵のスタミナと、決して折れない強い心だ。
純粋にダンスのみで競ったら、いくら美希でも勝ち目はない。こうして互いに一進一退の状況が続いた。


 ♪誘うリズムとあたしの陽炎 心乱れるTonight

そんなマーチング 真っ赤なカーテンコールへGO!♪

 
曲は二番に突入する。美希はこのままでは分が悪いと感じたようで、響とのダンス対決を止めて今度は貴音に狙いを定めた。貴音を支配下に
置いて、ふたりで響を潰しにかかる作戦に切り替えたようだ。なかなか素早い方針転換で、作戦も悪くない。自分に意識が向けられた事を
感じ取ると、貴音は嬉しそうに微笑んだ。コイツ響より好戦的なんだよな……。貴音はその性格から力で押すタイプではなく、技術と表現力で
踊るアイドルである。美希もそれを察知したようで、少しダンスのテンションを下げて技術と表現力を上げて来た。最初は貴音に合わせて、
徐々にレベルを上げて振り切る作戦らしい。……だが良いのか美希?貴音は響ほど単純ではないぞ。

93 :1 ◆6aY2CdF7PY [saga]:2012/03/30(金) 00:17:42.57 ID:lX3+xr3a0
 ♪いわゆる愛のフルコースならば

  月明かりに浮かべて 色づく(Woo)

ハレンチな夢 デザートに 漂う♪


貴音に合わせた時点で美希の敗北は確定している。貴音と勝負するには、徹底して自分のスタイルを貫かなければならない。さもないと貴音に
吸い込まれてしまうのである。美希がどれだけ必死に踊っても、貴音はついて来る。さらに貴音は美希のダンスからその思惑を先回りし、
一歩進んだ表現力で逆に美希を引き離しにかかった。これは美希もたまったものじゃないだろう。あっという間に貴音は美希の動きを取り込んで
しまうと、その後は一切寄せ付けなかった。一方響はそんな貴音の特性を知っているからか、自分のダンスにより集中していた。

こうして美希はグループの主導権を握れないまま曲は過ぎていく。決して美希の能力が劣っているわけではない。先程のミニライブで見せた、
光と熱のオーラも健在である。しかしその周囲を焼き尽くさんばかりの美希の力よりも、貴音と響の力が勝っていた。美希の凄味を響が中和し、
その圧倒的なパワーを貴音が吸収しているようだった。最初に美希の太陽のオーラを感じた時、ふたりがかりでも敵わないかもしれないと
危惧していたが、ふたりは俺が思っている以上に成長し、美希と互角以上に渡り合っていた。


 ♪知らぬが 仏ほっとけない

  くちびるポーカーフェイス

  Yo 灯台 もと暗し Do you Know!?

ギリギリで おあずけ Funky girl♪


こうしてダンスが終了した。表面だけ見ると、本家竜宮小町に勝るとも劣らない素晴らしいパフォーマンスだった。しかしリーダー不在の印象は、
分かる人には分かってしまうパフォーマンスとなった。響と貴音は汗を拭きつつ互いの健闘を称え合っている。一方の美希は、ステージ中央で
俯いたまま立ち尽くしていた。

「3人ともご苦労であった。765プロにも劣らない、見事な出来だったよ。だがキミ達のダンスがプロの世界でも通用するかと言われれば、
 それはまだまだと言わざるを得ないねぇ。何が足りないのか分かるかい…………星井君」

社長に名前を呼ばれた美希は、一瞬ビクッと肩を震わせた。しかし顔は俯いたままである。

「な…………」

「ん?どうしたのかね?」

しばらくして美希が何かをつぶやくと、バッと顔を上げて社長と俺を睨んだ。その目には涙が溜まっている。

「納得いかないのっ!!ミキが手も足も出ないなんてありえないのっ!!この最終審査は無効なのっ!!やり直しを要求するのっ!!」

美希は大声で審査のやり直しを要求した。流石に自分の実力がここまで通用しないとなると、プライドが酷く傷ついたのだろう。
気持ちは分からなくもない。

「いやしかしだなあ美希………」

「大体貴音と響はコンビ組んでずっと練習しているのっ!!ふたりがかりで来られたらミキだって敵わないのっ!!」

最初はふたりいっぺんに相手してやるって息巻いていたのになあ。しかし美希も、このオーディションの裏を感じ取ったらしい。まあ、ふたりに
課した強化プログラムは10日間美希を観察して、その行動データから踊りやパフォーマンスの穴を探し、そこを徹底的に突くように作られていた
からなあ。貴音と響は、本人達が知らないうちに対美希用のダンサーとして成長していたわけだ。そして美希のレベルが高いから、ふたりの
レベルも必然的に上がったのである。よくそんなえげつない事をするよ社長。俺も同罪だが。

「ふむ、なるほど。確かに相手がウチのアイドル候補生で、審査員が私と青二才では完全アウェーのキミは不利かもしれないなぁ。それが
 オーディションだと言ってしまえばそれまでだが、しかしそんな答えはナンセンスだ。ましてや『黒く』なぁ〜い」

社長が不敵な笑みを浮かべて美希を見る。ここで落ち込んでいる美希に、その頑張りと実力を認めて優しく声をかけ、一からのスタートを条件に
合格させる予定なのだが、美希が落ち込むどころかブチ切れてしまった。ここで下手な情けをかけると、今度こそ美希はアイドルを目指すのを
止めてしまいかねない。さてどうする社長。

その時、俺の携帯電話が鳴った。相手は会社の受付である。電話に出ると、受付にお客様が来たそうだ。相手は名乗らず、社長に伝えれば
分かるとのことだった。

「社長、一階ロビーにお客様がお見えになったそうです。如何致しましょうか?」

俺はそっと社長に耳打ちした。正直この状況だと、日を改めてもらう方が良いと思うが。しかし社長の返事は意外なものだった。

「……フンッ、丁度良いタイミングで来やがったな。ここまで通せと伝えろ」

この状況で呼ぶのか?しかし有無を言わせぬ社長の態度に、俺は客を通すしかなかった。一体どういうつもりだ?

94 :1 ◆6aY2CdF7PY [saga]:2012/03/30(金) 00:20:16.20 ID:lX3+xr3a0
ゲッ、歌詞の行がずれてる……
今日はここまでにします。流石に疲れた。
続きはまた明日。
95 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(静岡県) [sage]:2012/03/30(金) 00:27:04.65 ID:QuWClEq/o
お疲れ様、次を楽しみにしてます
96 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/03/30(金) 04:08:19.11 ID:EbZc4cIA0
乙です
97 :1 ◆6aY2CdF7PY [saga]:2012/03/30(金) 14:54:27.45 ID:lX3+xr3a0
さて、再開するか。
見ている人がひとりだけでも、俺は上げ続けるぜっ!!
98 :1 ◆6aY2CdF7PY [saga]:2012/03/30(金) 15:00:46.50 ID:lX3+xr3a0
***


受付に連絡すると、少ししてエレベーターが社長室に到着し、ふたりの人物が降りて来た。ひとりは優しそうな印象を持つ壮年の男性で、
もうひとりは口元のほくろが印象的な、かわいらしい雰囲気を持つ女性だった。事務員だろうか、制服姿が良く似合っている。
あれ……?この人どこかで見たことがあるような……?

「いやあ間に合って良かったよ。いきなり呼び出すものだから、こっちも大変だったぞ」

男性はハンカチで汗を拭きながら、笑顔で社長に話しかけた。どうやら社長の知り合いのようだ。

「フンッ、お前の所で忙しいのは竜宮小町と如月千早くらいだろうが。そんなものはプロデューサーに任せておけ」

社長はぞんざいな返事を返すと、俺に飲み物の準備を命じた。…………ん、社長今何て言った?ふと美希の顔を見ると、美希は先程までの
泣き顔から一転して、固まっていた。

「高木……社長なの……」

美希の言葉が聞こえたのか、男性は嬉しそうに笑うとこう言った。

「ははは、星井君のような有名人に覚えてもらえるとは幸運だねぇ。元気にしていたかい?また会えて嬉しいよ」

高木社長?どこかで聞いたような……。すると男性は俺の方を向くと、笑顔で自己紹介をした。

「そっちの君とははじめましてだね。私は765プロダクションで社長をやっている高木順一朗だ。で、こっちがウチの事務員の音無小鳥くん。
 よろしく」

765プロの社長だとーっ!?どうしてそんな人がここに来るんだっ?!驚く俺を横目に、音無さんと呼ばれた女性は持っている鞄から一枚の
CDとDVDを取り出した。

「お約束のものをお持ちしました黒井社長。我が社の極秘データなので、くれぐれもお大事にご使用下さい」

「ああ分かってる。無理を言ってすまんな小鳥。大事に使わせてもらうよ」

社長は音無さんからそれを受け取ると、美希の方に向き直った。

「星井君、とりあえず体を休めたまえ。これから君のリベンジマッチを行う。内容を今から765プロと考えるから、少し待機だ。
 ……何してる青二才?早く飲み物を準備しろ」

社長に促されて俺は慌てて給湯室へ向かった。何だか社長若干機嫌が悪くなったな。高木社長とは仲が悪いのだろうか。


***


お茶を準備すると、俺は社長に貴音達の様子を見るように命じられたのでその場を離れる。どうやら3人で重要な話があるらしく、
俺は蚊帳の外だ。貴音と響はストレッチなどをして身体を温めていた。もう一曲くらいいけそうか?と訊いてみたら「なんくるないさーっ!!」
という元気な声が返ってきた。美希はふたりとは少し離れた所で、目を閉じてじっとしている。寝ているのだろうか?一応呼びかけると
「問題ないの」と小さな返事が返って来たのだが、大丈夫か?しばらくして話し合いが終了し、社長達3人がこちらに来た。

「待たせたね星井君。では特例として、キミのリベンジマッチを行う」

社長が笑顔で言う。

「今回は公平性を規す為に、こちらの765プロの社長と事務員の協力も取り付けた。審査員はこのふたりだ。文句はないかね?」

「……ないの。高木社長、来てくれてありがとうなの」

「構わないよ星井君。私も君にもう一度会いたかったからね」

美希が高木社長にお礼を言って、高木社長が笑顔で返した。

「そして審査内容だが、先ほどと同じダンスの審査にする。ただし、それでは貴音と響が協力してキミを潰しかねない。そこで課題曲を
 未知の曲とする」

未知の曲?何だそれは?貴音と響も首をかしげている。すると高木社長が説明してくれた。

「このCDは、来月ウチの事務所からリリースされる予定の竜宮小町の新曲だ。曲名はおろか、ラジオや有線などでも一度もかかった事がない。
 その存在を知っているのは、765プロの関係者だけだ」

それって事務所のトップシークレットじゃないかっ?!いいのか、こんな簡単に他所の事務所に手渡して。

「まだ世に出ていない曲を、貴音と響が踊れるわけがない。そして他所の事務所の曲なので、私とそこにいる青二才も知るわけがない。
 だからどこが良いのか評価も出来ない。 今からキミ達3人には、この曲を練習して踊ってもらう。担当アイドルと採点基準は先程と同じ。
 審査員は高木社長と音無君だ。これ以上公平な審査はないと思うが、どうかね?」

「……それでいいの。黒井社長も、ミキのワガママ訊いてくれてありがとうなの」

これ以上こちらは妥協できない。美希もそれは理解しているようだ。

99 :1 ◆6aY2CdF7PY [saga]:2012/03/30(金) 15:05:28.18 ID:lX3+xr3a0
「うむ。私とて、キミの様な逸材を簡単に手放すのは惜しい。但しこれが泣いても怒っても最後のチャンスだ。これ以上は一切受け付けない。
 良いね?」

美希は静かに頷く。その目には強い闘志と決意が溢れている。

「合格したら晴れてキミは黒井プロの一員だ。しかし不合格だったら……」

黒井社長の背中から黒いオーラが出て来た。あ、これは結構怒ってるな。

「二度とウチの事務所の敷居は跨がせない。黒く黒く、そして更に黒く絶望して帰るがいい……!!」

こんな女の子相手にブラックモード発動である。あんましビビらせてやるなよかわいそうに。全然怖がってない美希も大したものだが。
こうして本当の本当に、最終決戦となった。


***


未知の曲ということで練習時間は先ほどの倍の一時間、振り付けは曲の1番だけという審査となった。焼き増ししたDVDを3枚と
DVDプレーヤーを3つ準備して、彼女達は各自練習を開始した。まずは各自曲と振り付けを覚えなければならない。全体の練習はそれからだ。
3人ともプレーヤーを必死に見つめて記憶していた。一番早く練習に取り掛かったのは美希だった。そういえばコイツは、一度見ただけで
完璧に踊れるという特技があったな。それから少し遅れて貴音が踊りだし、もう少し遅れて響が練習に取り掛かった。ふたりとも
大丈夫だろうか。30分を過ぎたところで、3人は全体練習に取り掛かった。はじめはぎこちなかったが、段々リズムが合ってくる。
よく知りもしない曲をこんなに早く踊れるものだ。しかしただ一緒に踊るだけではいけない。これはグループで踊る個人戦なのだ。
調和を乱さず、かつ他のふたりより優位に立たなければならない。各自自分の担当パートで、見せ場をいち早く見つけて精一杯アピール
しなければならない。この無茶な審査を何とかこなそうと、3人とも汗びっしょりだった。

俺はレッスンルームから彼女達より一足先に社長室に戻ると、ウチの社長と高木社長が何やら話し込んでいた。にこやかに話しかける高木社長と、
つっけんどんなウチの社長。仲が良いのか悪いのかよく分からん。その横で音無さんが、お茶のおかわりを用意しようとしていた。

「ああ、大丈夫ですよ、俺がやりますから」

俺は席を立とうとした音無さんを制止して、空の湯呑みが乗ったお盆を彼女から受け取る。

「あ、すみません。いつものクセでつい……」

音無さんは気まずそうに小さく笑った。

「お久しぶりですね。お元気そうで何よりです」

ふいに音無さんが俺に話しかけた。ん?何の事だ?

「あの……失礼ですがどこかでお会いしましたっけ?」

失礼だとは思ったが、いくら頑張っても思い出せなかった。音無さんはくすっと笑うと、

「1年ほど前にウチのバーに黒井社長とお見えになったと思いますが、お忘れですか?あの時私、歌を歌っていたんですけど」

「……あ〜、あ〜あ〜あ〜っ!!あの時のっ!?」

思い出した。ツキコを四条家へ引き渡した日に、社長に奢ってもらったバーで、赤いドレスを着てピアノの横で歌っていた歌手だっ!!
でも事務員さんがどうしてっ!?

「ふふ、それはナイショです。またお店に来てくれたら、教えてあげます♪」

人差し指を唇に当てて、音無さんはウィンクして見せた。年齢不詳だが、可憐な女性だ。

「……黒井、お前のところの秘書が、ウチの音無君にちょっかいを出しているのだが」

「フンッ、どうせ未だに彼氏もいないのだろう。たまには良い思いさせてやれ。しかし小鳥ソイツは止めとけ。ソイツは18歳以上は女として
 認識していない変態だ」

「あらそうなんですか残念。私はダメですか……?」

「人聞きの悪い事言わないでくださいっ!!ブっ飛ばしますよアンタっ!?」

何なんだこの人達はっ!?どうして揃いも揃って俺をアブノーマルにしやがるっ?!

「お待たせしました」

その時、美希が戻って来た。後ろには貴音と響もいる。先程とは身にまとっている雰囲気が違う。いつもの「なの」はどうした。よく見ると
貴音と響の様子もおかしい。貴音は何やら口の中でぼそぼそと何かをつぶやいており、響は難しい顔で小刻みに手を動かして振り付けの確認を
している。……こんなんで大丈夫かホントに?


100 :1 ◆6aY2CdF7PY [saga]:2012/03/30(金) 15:09:57.89 ID:lX3+xr3a0
***


最終審査リベンジマッチ。3人がステージ上に上がる。審査員席には高木社長を音無さんが座り、俺と社長は少し離れて様子を見ている。

「それでは始めようか。準備は良いかね?星井君」

「はい。よろしくお願いします」

高木社長が確認をすると、美希が深呼吸をひとつして答える。響と貴音も覚悟を決めたようで、真剣な顔で曲が流れるのを待っていた。

やがて時は来た。―――――ミュージック・スタート


 
 ♪君が触れたから七彩ボタン

  全てを恋で染めたよ

  どんなデキゴトも超えてゆける強さ

  キミがボクにくれた♪


曲が始まると同時に、美希は全力全開だった。一応左右の確認はして、調和を乱さないようにはしているが、もはや合わせる気はさらさらない
らしい。限界まで自分の能力を高めてふたりを大きく引き離そうという作戦に出たようだ。先程個別に相手をして痛い目に遭ったから、
今度は独走を狙ったわけだな。


 ♪「大人になったらね」

  ちょっと油断してる

  キミの横顔をね

  みているのよ まだ今でも♪


美希の思惑を感じ取ったのか、響と貴音も追走を開始する。しかし一瞬反応が遅れたふたりは、ダンスのテンションがなかなか追いつかない。
貴音は持ち前の勘で美希の動きを先読みして何とか追いついたが、響がなかなか合わない。無理もない、このふたりにこんな苛酷なレッスンを
受けさせたことは無い。短時間で聴いたこともないような曲を記憶し、踊らせるのは、今のふたりにはまだ経験値が足りない。しかもこの曲、
やたら振り付けが多くて移動も多様だ。まさに七彩だな。


 ♪ほらね 気付いたら?

  同じ 眼の高さ♪


ここでようやく響が追いついて、3人が再び揃う。美希はその気配を感じると、一瞬顔を歪ませてもう一段階ステップを上げた。動きのキレ、
振り付けの正確さや力強さ、テクニックと表現力など、全てのレベルを引き上げる。美希だって条件はふたりと同じである。そう簡単に踊れる
わけがない。


 ♪いつの間にか少女じゃない

  驚くでしょ?♪


今度は貴音は出遅れなかった。美希の動きに素早く反応すると、一瞬で呼吸を合わせて追いつき、そのまま引き離しにかかった。だが今度は
美希も負けてはいない。追いつかれてもペースを乱すことなく、段階的にダンスのレベルを引き上げて来る。一方響は、また少し出遅れて
しまった。ここまでか……?


 ♪君が触れたから七彩ボタン

  全てを花咲かせたよ♪


ここで響が、何かを呟いた。声には出さなかったが『なんっ……くるないさぁ――――っ!!』と気合いを入れていた。歌別にしておいて本当に
良かった……。しかしそれだけでは終わらなかった。響はその後、4段飛ばしくらいでダンスのレベルを引き上げてふたりに追いつくと、
そのまま一気に引き離した。元々運動神経は良いし、スタミナもあるのだ。曲終盤で少し疲れが出て来たふたりとタイミングも合ったのだろう。
これで追う者と追われるものが逆転した。
101 :1 ◆6aY2CdF7PY [saga]:2012/03/30(金) 15:15:03.18 ID:lX3+xr3a0


 ♪どんなカナシミも洗い流す強さ

  キミがボクにくれた♪


しかし貴音は美希だけでなく響の動きもしっかり見ていたようだ。声にださず『面妖なっ!!』とつぶやいたかと思えば一気に響に追いつく。
コイツの実力は本当に底が見えない。いつか自発的に踊れるようになったら、この中の誰よりも上手になるのではないだろうか。こうして終盤で
貴音が響に追いつき、美希がひとり取り残される形で審査が終了した。


***


「あぁ〜〜〜っ、もうダメさぁ〜〜〜っ!!」

「申し訳ございません……わたくしもこれ以上は……」

曲が終了すると、響は大の字になって仰向けに倒れ、貴音は膝から崩れ落ちた。ふたりとも汗だくで、肩で荒い息をしている。ホントに
よくやったよお前ら。

「青二才、医療スタッフを呼べ。このふたりは限界のようだ。貴音、響、ご苦労だった。ゆっくり休め」

社長がねぎらいの言葉をふたりにかけてやる。ふたりは疲れ切っていたが、とても満足した表情でスタッフに運ばれて行った。後で様子を
見に行こう。一方美希は、一度目の審査の時と同じで、ステージ上に立ったまま俯いていた。

「星井君は大丈夫そうだな。……それでは高木、審査を頼む」

「いいのか黒井。本当に私の基準で審査しても」

「構わないさ。それに他所の事務所の意見も聞いた方が、星井君の為になる」

「そうか。では星井君、結果から言おう」

「…………」

美希は俯いたまま、一言も声をあげない。結果がどうであるかは、本人が一番よく分かっているはずだ。

「分かっているとは思うが、不合格だ。個人としての踊りは目を見張るものがあったが、グループのリーダーとしてはまだまだ足りない。
 あのふたりを上手にコントロール出来なかったのが何よりの証拠だよ。音無君はどう思ったかね?」

「そうですね。聴いたこともない曲を短時間であそこまで仕上げたのには私も驚きましたが、美希ちゃんには大事なものが欠けてますね。
 それが何かは、後ほど黒井社長がご説明して下さると思うのでここでは言いませんが、それが無い限りはアイドルとしてウチの子達とは
 渡り合えないでしょうね」

「そうだ。しかし落胆することはないよ星井君。今日は961プロのアイドル候補生がメンバーで、そのリーダーとしての審査だったから
 私は不合格にしたが、条件が違えば君が合格するオーディションは沢山ある。これに懲りずに、またアイドルを目指して精進したまえ。
 何か意見はあるかい?」

「…………ありません………………ありがとう……ございました…………」

ぐすぐすと泣きながら、美希は時間をかけて返事をした。そしてそのまま、その場にへたりこむ。今まさに、太陽がここに堕ちた。

「そうかい。まあ元気を出したまえ。君だったら、別にここじゃなくてもどこでもやれるさ。ちなみにウチもいつでも歓迎しているよ。
 気が向いたらまた来たまえ」

では失礼する、と言い残して社長と音無さんは帰って行った。社長室には俺と社長と、ステージ上でぐすぐす泣き続ける美希が残った。

「さて星井君、最終審査のリベンジも残念ながら失敗に終わったわけだが…………」

泣いてる美希をお構いなしに、社長が辛辣な言葉を投げかける。ここで勧誘タイムだ。完全に堕ちた美希なら、今すぐに取り込むことが出来る。

「約束は約束だ。荷物をまとめて今すぐ出て行きたまえ」

「な…………?!」

予想外の社長の言葉に俺は驚愕した。計画と全く違うじゃないかっ!?取り込むどころか、追い出してどうするっ!?しかも二度と敷居を
跨がせないと言っていた。星井美希がウチのアイドルとしてデビューする可能性は消えてしまったわけだ。美希はビクッと肩を震わせると、
のろのろと荷物を持ってエレベーターの方へ向かった。ここで彼女を帰すわけにはいかない。社長は相変わらずのブラックモードである。
これは引き留める気ゼロだ。美希も美希で、完全に心が折れている。俺が何とかしなければ……!!

「待って下さいっ!!」

俺は思わず叫んでいた。美希はピタっと立ち止まり、社長は片方の眉を吊り上げた。

102 :1 ◆6aY2CdF7PY [saga]:2012/03/30(金) 15:22:22.29 ID:lX3+xr3a0
「……どうした青二才?もしかして私に意見するつもりではないだろうなぁ……」

社長の背中から、黒い陽炎が揺らめいているように見える。まさか自分にこの殺気が向けられるとは…………しかし俺だって、ここで引き下がる
わけにはいかない。

「いくら何でも納得が行きませんっ!!確かに今回のオーディションでは美希にグループのリーダーは務まらなかったかもしれませんが、
 方法を変えればこれからいくらでもこの子は伸びますっ!!何より一緒に活動する事を貴音と響も望んでいますっ!!こんな形で帰して良い訳が
 ありませんっ!!それにこの子だって……」

「もういいよ、青二才のお兄さん……」

気が付けば、美希が俺のスーツの袖をつかんで弱弱しく制止していた。先程までの太陽のオーラが微塵も感じられない、今にも
消えてしまいそうな儚げな雰囲気を漂わせていた。

「ミキは全力を出し切ったの。でもあのふたりには勝てなかったの。こんなミキがアイドルなんて通用するわけがないの……」

美希は涙声で、俺を一所懸命止めた。社長と俺が衝突しないように気を遣っているのだろう。それが痛々しかった。彼女は完全にアイドル
としての夢を諦めている。

「お前も諦めるんじゃねえっ!!こんな変なオッサンひとりに凹まされたくらいで、自分の可能性を自分で潰すなっ!!確かにお前は才能があるかも
 しれないが、お前と戦ったあいつら だって才能があったんだよっ!!自分ひとりがいつも一番なわけがねえだろっ!!天才だって世の中には
 いっぱいいるんだよっ!!」

「お、お兄さん……?」

「俺は今日一日お前を見て感動したっ!!他の参加者の女の子達だって、涙ぐんでいたじゃねえかっ!!それだけ沢山の人に感動を与えられるお前が
 アイドルになれないわけがないじゃねえかっ!!お前とは別の才能を持ったあのふたりがあそこまでバテたんだ、勝負では負けたかもしれないが、
 差なんてほとんどねぇよっ!!」

俺の必死の説得を美希は静かに聞いていた。しかし美希は、やがて泣き笑いのような顔を作ると、

「“ひとり”じゃないよお兄さん。もうひとりのオジサンにも、ミキいらないって言われちゃったの……」

もうひとり?一体誰だそれは?

「フンッ、お前は鳥頭か青二才。今さっき星井君に不合格を出して出て行ったオッサンがいただろうが」

まさか高木社長のことか?でもあの人はこのオーディションに限らなければまだまだ機会があるって……

「何だか知らんが、貴様随分とその子に肩入れしているようだな。……フンッ、だが小鳥にも不合格になった理由を教えるように言われているし、
 出て行く者にわざわざ言う義理もないが、特別に教えてやろう。聞く気があるならそこに座るがいい」

社長はそう言うと、先程高木社長と音無さんと打ち合わせをしていた応接スペースを指差した。美希は少し迷っていたが、やがて何かを決意した
ようで、応接スペースに腰かけた。ずっと俺の袖を握っているので、俺も仕方なく美希の横に座る。社長は給湯室に消えたと思ったら、
真っ黒のブラックコーヒーを3つ用意して戻って来た。社長がコーヒーを入れてくれたのは初めてではないだろうか。俺達の前にコーヒーを
置くと、社長は対面に座って静かにコーヒーに口をつけた。そして一息つくと

「さて、それでは始めようか」

黒い笑みを崩さないまま、俺達を笑顔で威嚇した。しかしここまで来てこっちも退くに引けない。俺達は社長の話に耳を傾けた。


***


「さてまずは、逃げずにここに残った事を誉めてやる。負け犬風情がと見下していたが、まだまだ歯向かうだけの牙は残っていたようだ」

いきなりのジャブ。美希は辛そうな顔で、俺のスーツの袖をぎゅっと握る。俺は空いたもうひとつの手を美希の手に置いてやる。大丈夫だ、
俺が付いているから。

「まあこの辺にして、そろそろ本題に入ろうか。時間も遅いし、私も暇ではないしな」

相変わらず嫌味ったらしい台詞を続ける社長。両手が塞がってなかったらコーヒーぶっかけてやるところだ。

「まず星井君に訊こう。今回のオーディション、本気でやれたかね?」

黒井社長は美希に水を向ける。美希はいくらか平常心を取り戻すと、抑揚のない小さな声で答えた。

「1次オーディションの最後のダンス審査で本気になって、後の貴音と響との最終オーディションはずっと本気だったの……」

まあそうだろうな。歌のオーディションではまだ本気では無かったのだろうか。ダンス審査で本気になったということは、あの即席ライブの
効果があったのだろうか。

「では星井君、全力を出し切れたかね?」

社長が次の質問をふる。ん?どういう事だ?本気と全力の何が違うんだ?しかし美希は何かに気付いたらしい。びくっと動くと俺の袖を
強く握りしめ、小さな声で答えた。

103 :1 ◆6aY2CdF7PY [saga]:2012/03/30(金) 15:27:46.78 ID:lX3+xr3a0
「一番最後の貴音と響とのリベンジマッチは、全力でやったの……」

俺にはよく分からない。しかし社長はひとりで「そうだなあ」とつぶやくと、

「では星井君、君は今回のオーディションで、一度でも限界を超えたかね?」

再度質問をぶつけた。俺は相変わらず置いてけぼりだが、美希はもう分かっているらしい。ぽたっ…ぽたっ…と涙を零すと、震える声で答えた。

「…………ないの…………一度も………なかったの……………」

「それがお前が不合格になった理由だよ」

精一杯の言葉を振り絞って答えた美希を、社長はばっさり切り捨てた。俺にはまだよく分からない。

「ちょっと待って下さい社長、一体どういう事ですか?本気と全力と限界、一体何が違うのですか?」

俺は説明を求めた。いい加減分かるように説明してほしい。社長は小馬鹿にしたしたような視線を向けて「やはり青二才だな」と言うと、
コーヒーを飲んでから続けた。

「青二才、アイドルとはどういうものだと思う?」

「え、それは歌や踊りを通してファンに憧れや夢を与える存在ではないのですか?」

いきなり振られて、俺は月並みな回答しか出せなかった。しかし間違いではないと思う。100人いたら90人はこう答えるはずだ。

「フンッ、つまらん回答だな。しかしそれも間違いではない。ならば青二才、ファンはアイドルの何に夢を見るのだ?アイドルのどこに
 憧れるのだ?」

俺は言葉に詰まる。そんなこと考えた事もなかった。アイドルはただアイドルだから、夢があるのではないのか?

「星井君や貴音のように生まれつき容姿に恵まれていたり、歌や踊りが達者な人間はそれだけで憧れの対象になりやすい。それも才能だし、
 アイドルとして重要な要素だろう。しかしそれだけではファンはアイドルに夢を見ない。そのうち飽きられ、見放されしまうだろ。
 美しいだけの存在なら、人形やCDと変わらないからな」

それが天性のものではなく、努力で手に入れたものであったとしてもだと、社長は続けた。

「努力をすることは悪くない。むしろ称賛されるべき素晴らしい行為だろう。その美しい姿に魅了される者もいる。しかしその努力の先に
 何があるのだ?その目標を定めぬまま ただ闇雲に頑張っても、それはただの自己満足だ。それが透けて見えてしまうと、その輝きは一瞬で
 失われてしまうのだ」

それが自分の為だけの努力なら構わないが、アイドルはその姿勢も含めてファンが見ていると社長は付け足す。

「私はアイドルとは、人々に奇跡を見せる存在だと考えている。奇跡という言葉は漠然としていて、それが何なのかは意見の分かれるところだが、
 私は『限界を超える事』だと思う。そしてアイドルは、ファンに夢を与える為に、限界を超える努力を絶え間なく続ける存在であるべきだと
 信じている」

ここで『限界を超える』というキーワードが出て来た。つまり先ほどの社長の3つの質問を逆にしてつなげていくと……

「そういうことだ青二才。『限界を超える』為には『全力』を出さなければならない。全力を出す為には『本気』で取り組まなければならない。
 星井君は本気になるのが遅くて、限界を超えるレベルまで自分を引き上げる事が出来なかったのだよ」

なるほど、そういうことか。確かにそう考えると、美希は今回のオーディション、一度も自分の殻を破る事は無かったように感じる。
全部自分の力の範囲内でやりきっていた。

「これは星井君のように生まれつき才能を持った人間や、天才と呼ばれるところまで一時的にでも登りつめた者が陥りやすい一種の病気のような
 ものだな。彼らは本気を出さずとも、何の苦労も努力もなく物事を簡単に成し遂げてしまう。ゆえに彼らは本気になることはなく、全力を出す
 機会がほとんど無いのだ」

社長は続ける。

「本気にならない人間は、いつも空から照らす傲慢な太陽の様に、人々を上から目線で見下し続けている。しかしやがて太陽は沈むのだ。
 太陽が沈んだ時、彼らはどうなる? 今まで本気になった事が無く、全力を出したこともほとんどない彼らが、自分の限界を簡単に
 超えられると思うか?」

かつては神童と呼ばれた人間が成長すると凡庸に成り下がったり、裏社会で覇権を取った殺し屋が、格下相手に簡単に殺されたりするという話は
よくある。それと同じだろうか。

「故に彼らは常に本気を出す事を意識しなければならない。常に全力を想定して物事に取り組まなければならないのだ。人間とは本質的に怠ける
 動物だ。だから彼らは凡人よりより強い危機意識を持って、日々を生きなければならないのだ。さもなければ沈んだ時に、取り返しがつかない
 ことになる」

天才に勝つことは容易ではない。しかし幾度も自分の殻を打ち破り限界を超え続けた凡人であれば、時に天才に勝る事があるのだ。これが社長の
信念であった。

「今日のオーディションの参加者で自分の限界を超えた者を、私は私の知る限りで3人見たぞ。人間が最も輝く時は、限界を超えた瞬間だ。
 彼女達は間違いなく近々デビューするだろう。そして今日は不合格だったが、彼女達はお前を追い越す」

俺も気になった子を何人か見た。確かあの子とあの子と……数えたら3人だった。社長と同じ子だろうか。

104 :1 ◆6aY2CdF7PY [saga]:2012/03/30(金) 15:34:11.80 ID:lX3+xr3a0
「アイドルとして自分の限界に常に挑み続けて、それを幾度も超える事はそう容易い事ではない。しかし限界を超える事で奇跡を見せ続けない
 限り、アイドルとしての成功はありえない。最後の765の未発表曲は、貴音と響には荷が重すぎる課題だった。しかしあのふたりは
 限界を超える事でその課題をクリアし、お前に勝ったのだ。分かったか?」

ここで社長が再び美希に話をふる。美希は力なく頷いた。

「今回のオーディションは参加者が全力を出せるようにプログラムを組んでいた。しかしお前はこちらがそこまでお膳立てをしたにも関わらず、
 全力を出したのは最後の最後だと言った他の参加者よりも2つも余分にかかった。わずか2つの審査で限界を超えた貴音と響と比べたら4つも
 多くかかっているのに、それでも限界を超えられなかったのだ」 

「これだけでは私個人の意見に過ぎないが、しかし高木もお前を不合格にした。奴もお前が限界を超えられなかった事を見抜いたのだ。
 アイドル事務所のトップがふたりも同意見だったという事は、これはもう無視出来ない事実なのだよ」

だから美希はひどく落ち込んでいたのか。変なオッサンひとりのたわごとではない。これはもはや揺るぎない事実となって、美希の肩に
重くのしかかった。

「予言してやる。お前の才能は後2年で枯渇する。今アイドルとしてデビューすれば、お前はそれなりに成功するだろう。しかしお前の
 アイドル生命は非常に短命だ。限界を超えられないお前は現在の手持ちの才能を少しづつ削りながら、静かにひっそりと燃え尽きていくのだ」

めそめそと泣く美希にあびせられる残酷な言葉。相変わらず黒い笑顔でいたぶるように、社長は美希を苛めている。この野郎……

「でも彼女の才能はまだ枯れてはいません。周囲が手助けしてやれば、限界を超える事だって出来るでしょう。彼女はこんなところで
 終わる子ではありませんっ!!」

反論せずにはいられなかった。子供を助ける事が仕事の俺達が、女の子ひとり助けられなくてどうする。

「フンッ、甘いなお前は…………だがこればかりは、本人が死にもの狂いで乗り越えるしかないのだよ」

それは理解した。他人がどうこう出来る問題ではない。しかし俺は美希を放っては置けない。

「だがそんな甘いやり方で、この業界で戦っている事務所を私は知っている。私にはとても理解出来ないやり方だが、そこでならあるいは
 星井君は限界を超えるかもしれない」

「そ、そんな所があるのですかっ?!そこは一体…………」

「いいのか青二才。私がそれを口にするということがどういうことを意味するのか……」

「それは……」

社長の口からその言葉を聞くということは、つまりはウチでは無理だから、そっちへ行って面倒を見てもらえと言う事だ。星井美希は完全に
961プロと決別することになる。しかしウチの所属では無くなっても、美希はこんな所でアイドルを諦めてはいけないのだ。

「構いません。教えて下さい。例え道を違えることになっても、俺は彼女の夢を守ります」

美希が驚いた顔でこちらを見上げているのが分かるが、俺は社長から目を離すわけにはいかない。睨み合う事2分、社長がふと目を逸らして
溜息をついた。

「やれやれ、仕方ないなあ。後々寝首をかかれたらたまらんし、可愛い部下に免じて教えてやろう。感謝しろよ」

社長は面倒臭そうにつぶやくと、美希の方に向き直った。美希が緊張した面持ちで、社長の言葉を待つ。

「星井君、先程高木に聞いたのだが、君は以前765プロの勧誘を断ったそうだね?」

「…………!!」

美希は驚いた顔で社長を見る。やはり美希と765プロには何かあったのか。先程の審査の時に、それを匂わせる発言がちらほらあった。

「ちょうど1年くらい前だったか。街で君を見かけた高木は、スカウト出来たは良いが、いざ事務所の前まで連れて来たら
 『こんなボロい事務所イヤなの』と言ってそのまま帰ったそうじゃないか。高木は『いやあ、私の器量が良くないばかりにフラレてしまったよ』
 と苦笑いにしていたがな」

知らなかった。765プロは第一線で活躍するアイドルから、デビュー間近と言われているようなB級アイドルまで総勢9名を抱える
大所帯である。もっと大きな事務所かと思ってたのだが……

「いや、ボロいなんてもんじゃないぞあそこは。1階に寂れた居酒屋が入っている、小さな雑居ビルの1フロアに765プロは居を構えている。
 この社長室の4分の1にも満たない小さなスペースで、ヤツらはせっせと活動しているのだ。当然レッスンは全部外部の施設をレンタルして
 行われ、765のアイドル達はレッスン場を求めて日々走り回っている。宣伝広告費もほとんど無いから、遠く離れた小さな田舎の村祭りまで
 営業に行ったり、出演時間が10秒にも満たないB級ドラマのエキストラの為に丸1日現場で待機したりする」

なんという苛酷な事務所だろう。資金が潤沢なウチとは大違いだ。

「当然、彼女達を支えるスタッフもいない。765プロにいるのは今日来た高木と事務員の小鳥、それから元アイドルの新人プロデューサーが
 ひとりだけだ。わずか三名であの事務所は運営されているのだ。一体どうやったらそれだけの人数であれだけの大所帯を回しているのか。
 それは業界では七不思議のひとつだな」

人は見かけによらないものだ。今日来たふたりは、もの凄く仕事のできる人達らしい。
105 :1 ◆6aY2CdF7PY [saga]:2012/03/30(金) 15:38:37.14 ID:lX3+xr3a0
「しかし何よりも不思議なのは、そんな恵まれない環境であるにも関わらず、765プロのアイドル達が他の大事務所と互角以上に業界で
 渡り合っていることだ。稼ぎも仕事も少ないに違いないのに、765のアイドルはそれを感じさせないくらい活き活きしている。今は主力の
 竜宮小町と如月千早くらいしか第一線で活躍していないが、高木の手腕なら残りのアイドルも近いうちに第一線に送り込んでくるだろう。
 一部では竜宮小町が大当たりして、事務所のキャパを超える仕事が押し寄せて来て自滅するだろうと噂をする者もいるが、フンッ、アイツ
 だったら何とかしぶとく生き残るだろう。認めたくはないが、敵に回したくない事務所の筆頭だよあそこは」

忌々しそうに黒井社長は吐き捨てた。どうやら765プロの実力は認めているものの、高木社長は認めたくない複雑な事情があるらしい。

「悔しいが、アイドルの育成で高木の右に出るものはこの業界にはいないだろう。流石の私もヤツの実力は認めざるを得ない。ヤツなら
 沈みかけている太陽を、また空に引き上げる事が出来るかもしれないな」

社長のその言葉に、美希は顔を俺の方に向けた。俺は何も言えない。確かに765プロの社長は優秀かもしれないが、事務所経営は崩壊寸前
である。アイドルになる為に選ぶにはリスクが高すぎてお薦めは出来ない。それならば他の事務所に行って、2年だけでもアイドルをやった方が
マシかもしれない。

「お前は私に、961プロのアイドルになって765プロと勝負したいと言っていたな。お前がそこまで765プロにこだわるのは、
 一度自分が振った765プロに未練があるからではないのか?」

社長は美希に質問を繰り返す。そういえば、そんなことも言っていたな。美希はやがて、ぽつりぽつりと答えた。

「………確かに最初は、あんなボロくて小さな事務所のアイドル嫌だって思ったの。でも竜宮小町が活躍して、千早さんがソロデビュー
 してから、ミキもの凄く後悔したの。真クンややよいちゃんとか、たまにしか見ない子もいるけど、皆とても楽しそうで、ミキがなりたい
 アイドルの理想がそこにあったの。でも一度断った美希にはもうあそこに行く資格がないの。だからここで響や貴音と一緒に頑張って、
 765プロに負けないようなアイドルになろうって思ったの………」

もう叶わない夢だけどね、と美希は寂しそうに笑った。そんな事を考えていたのか。社長は美希の話を聞くと、鼻で笑い飛ばした。

「フンッ、くだらん。アイドルとは互いに競い合い、常に高め合っていくものだ。お遊戯感覚の765プロと一緒にされてはたまらんな。
 まあ最も、もうお前がここでアイドルになる事は永久にないが」

美希の目に涙が再び溢れて来る。何て酷い事を言うんだ。

「しかしならば尚更、お前は765プロに行くべきではないのか?何を迷う必要があるんだ?」

社長は今度ははっきりと、765プロを美希に薦めた。

「でも美希、前に酷い事を言って断っちゃったし………それにそんなに危ない経営状態なのに、ミキが入ったら倒産しちゃうの………」

「だからお前は不合格なんだよ、この馬鹿が」

美希の言葉を社長は一蹴した。いきなり馬鹿呼ばわりされて、美希は目を丸くして驚いている。

「本当に入りたいのなら、高木に許してもらうまで何日でも事務所の前で土下座して許しを請え馬鹿が。恥もプライドも全部捨てて、
 『本気』になって謝り倒せ馬鹿が。『限界を超える』のはまずそこからなんだよ。経営状態が危ない?そんな事は売れてから言えこの馬鹿が。
 お前ごとき沈みかけの太陽が入ったところで、あんな極小事務所でも痛くも痒くもないんだよ馬鹿が。営業くらい自分でやれ。足を棒にして
 走り回って、自分の仕事くらい自分で獲って来いこの馬鹿が。無能のお前でもそれくらいは出来るだろ。考えろこの馬鹿が」

美希は顔からすっと表情を消すと、さっと席を立ち「帰るの」と小さく呟いた。俺はどうしたらいいのか分からず、美希と社長の間でおろおろ
していた。美希はとりあえず元気になったようだが、果たしてこんな結末で良いのだろうか………?

「あ、忘れてたの」

美希はこちらを振り返るとスタスタと早足で席に戻り、コーヒーカップを掴んだ。そして、

パシャッ…………!!そのまま社長の顔面にぶっかけた。

あまりの早業に俺はあっけに取られていた。すっかり冷めているから火傷はしないだろうが。そして美希は、あの見る者全てを焼き尽くす
灼熱の笑顔で社長に微笑みかけると

「本日はお忙しい中お時間を頂いて、誠にありがとうございました。何年かかっても必ず後悔させてやるので、首を洗って待ってやがれなの」

美希はそう言ってエレベーターに向かってダッシュして行った。俺はようやく硬直が解けると、慌てて後を追いかけようとした。

「おい、美希「フゥァーーーーーーッハッハッハッハッハッハッハァッ!!」

俺の言葉を打ち消すくらいの大音声で、社長は大笑いした。しばらく笑った後、顔にかかったコーヒーをハンカチで拭きながら

「お客様がお帰りだ。家までお送りしろ」

と俺に命令してきた。まあ言いたいことは山ほどあるが、まずは美希を追いかけよう。俺はコーヒーまみれの上司を横目に、美希を追いかけた。
106 :1 ◆6aY2CdF7PY [saga]:2012/03/30(金) 15:42:36.76 ID:lX3+xr3a0
***


「うう……ぐす…………ひく……」

「…………」

ここは車内。現在俺は、美希を車に乗せて彼女の自宅へと向かっている。あの後何とか追いついた俺は、遠慮する美希を無理やり車に乗せた。
で、車に乗ったらいきなり美希が泣き出した。社長にコーヒーぶっかけるくらいだから元気に回復していたと思っていたのに、
どうすりゃいいんだこれ?


「なあ美希……いい加減に泣き止んでくれないか?他所様の家の娘さんをこんなに遅くまで引き留めてしかも泣かして帰ったなんて事になったら、
 ウチがどんな悪徳企業だって親御さんの追及は避けられないのだが……」

一応自分が勤めている会社だ。自分で守らなければ。ちなみに現在の時刻は22時12分。中学生は寝る時間である。

「事実なの……ミキ961プロに夜遅くまで拘束されて、泣かされて、ズタズタに傷つけられたの……」

何か誤解を招く言い方だな……まあ事実なんだけどさ。せめてズタズタに〜のところのセリフの上に『プライドを』ってつけてくれないか?
……いや、あまり変わらないか。とりあえず親御さんに会ったらまずは土下座だな。そして裁判沙汰にならないように何とか示談に持ち込もう。

「プ……クスクス………アハハハハハハッ」

俺がオトナの対処方法を真剣な顔で考えていると、後部座席に座っている美希が笑い出した。何だ何だ、今度はどうした?

「いやぁ〜、泣いた泣いた、こんなに泣いたの久しぶりなの」

美希は晴れやかな声で答えた。バックミラー越しに見ると、清々しい笑顔でこちらを見ている。信号で止まったので、俺はハンカチを差し出した。

「何だかよく分からんが、お前はそうやって笑っていろ。その方が可愛いから」

「泣いてるミキもチョーカワイかったでしょ♪でももう見せてあげないケドね♪」

美希はハンカチを受け取ると、涙を拭きながら得意気な顔になる。どうやらいつもの調子に戻って来たようだ。信号が青に変わったので、
再び車は走りだした。車内は再び無言になる。泣き止んだはいいが、今度は重苦しい沈黙が続く。何だか調子狂うなあ。

「……お兄さん、ありがとね」

ぽつりと美希がつぶやいた。

「別に感謝されるようなことはしていない。それより悪かったな、社長を説得出来なくて。折角お前良い所まで行ってたのに、ウチでの
 デビューは無くなってしまった」

「ううん、それは別にいいの。それにもう961プロは頼まれたって入ってやらないの。お兄さんには悪いけど」

こりゃだいぶ嫌われたな。まあ無理もないか。

「ミキこんなに泣いたのも、こんなに誰かの事をキライになったのも初めてなの。でもそれで分かったの。ミキ本当にアイドルが
 好きだったんだなって……」

美希はしみじみと語る。全く、ニブい女だなあ。

「お兄さんが付いていてくれたから、ミキ最後まで黒井社長の話を聞くことが出来たの。ううん、そもそもお兄さんが東豪寺プロの
 オーディションの時に追いかけてきてくれなかったら、ミキはこの気持ちに気付く事が出来なかったの。だからお兄さんは、
 ミキの運命の人なの」

「大げさだよ。運命の人ってのは、そう簡単に現れたりしないんだ。人間ってのは、人生で悩んだ時にぽっと現れた人をそう思い込むらしいぞ。
 まだまだお前はいっぱい悩むだろう。お前の言い分だと運命の人はその度に現れて、いっぱいになるさ」

「ぶ〜、お兄さんはロマンがないの。乙女心が分からない青二才なの」

「知らねえよそんなの。あと青二才言うな」

美希はケラケラ笑っていた。コイツとは湿っぽい雰囲気でいたくない。

「しっかしあの社長チョームカツクの。コーヒーぶっかけたくらいじゃ気が済まないの。お兄さんよくあんな社長の下で働けるね」

「まあたまに殺したくなることもあるが、俺はあの会社が好きだからな。それに今の仕事も辞めたくないし」

貴音と響もまだまだ放って置けないし。

「ふぅん、そういうものなのかな」

「お前はまだそんな余計なことを考えなくても良いぞ。自分のやりたい事に向かって全力で向かっていけ」

大人になったらやりたくない事もやらなければならなくなるが、それが出来るのもやりたいことがあるからだ。

107 :1 ◆6aY2CdF7PY [saga]:2012/03/30(金) 15:47:21.06 ID:lX3+xr3a0
「うん、わかったの。じゃあまずミキ、あの社長の頭ふんづけるっ!!」

おいおい、暴力沙汰は止めてくれよ。ウチの社長は確かに変態だが、そっちの趣味はないと思うぞ。

「その為にトップアイドルになって、あの社長に土下座させてやるのっ!!」

動機は不純だが、またアイドルを目指す事になって良かった。

「そうか、それは楽しみだ。その時はカメラ係になって記念撮影してやるよ」

「お兄さん、ホントにあの社長の秘書なの?普通止めると思うんだケド………」

わからん、と言ってふたりで笑い合った。コイツがウチの事務所に入ったら、貴音と響と三人で賑やかになって楽しかっただろうな……

「あ、もうここでいいよ」

家の近くになって、美希が車を止めた。いいのか?自宅まで送っていくつもりだったのだが。

「え、お兄さんウチのパパとママに御挨拶してくれるの?」

美希が嬉しそうな顔で訊いてくる。そりゃあ社会人として、お子さんをこんな時間まで預かっていた事情を説明しないといけないしな。

「ぶ〜、そういうイミじゃなくて……」

美希ががっくり肩を落とした。何だか言葉の認識に齟齬があるような気がする。

「お兄さんがこんなので、あのふたりも苦労するの。でもこれだったら、しばらくは大丈夫そうなの」

ぼそっと美希が独り言をつぶやく。こんなのって何だよ。美希は車から降りると、運転席に顔を覗き込ませた。

「貴音と響に『賞品はとりあえずアンタ達に預けておくけど、ミキが絶対取り返す』って言っておいて欲しいの」

「何を賭けていたんだいたんだお前ら?あんまし賭け事には…………っ!?」

俺の言葉は、途中で美希の唇によって遮られた。美希はさっと離れると、真っ赤な顔ではにかみながら

「じゃあね。青二才のお兄さ………ハニー」

そう言い残して走り去った。俺はまだ驚きから立ち直れない。最初から最後まで、アイツには驚かされっ放しだったな。


***


「ふむ、星井美希はまたアイドルを目指すようになったか。良かった良かった」

帰社後、俺は社長に報告を入れる。社長は満足気だった。

「最初からそのつもりだったのですか?美希に765プロを薦める為に、あんな酷い事を言ったのですか?」

「フンッ、誰が高木の所に便宜を図ってやるか。最初は本当にウチに取り込むつもりだったがな、星井君が思ってた以上に才能があったから、
 これは手におえないと思って手放したのだよ」

「どういう意味ですか?」

才能がありすぎて手におえない?沈みかけの太陽なのではないのか?

「一次審査のミニライブの時に感じたのだが、あの子は自分の持つ強大な才能に気付いていたのだよ。だが本気・全力・限界を超えるという
 プロセスを経験していない為に その力を発揮できず、持て余してくすぶっていた。一度目の最終審査の時に『自分が手も足も出ないのは
 ありえない』と言っていただろう。無意識で言った言葉かもしれないが、あの言葉を聞いた時に、私は星井君の獲得を諦めたよ」

社長が自嘲気味に笑う。珍しいな、いつもは自信満々に高笑いするのに。

「あの子は賢い子だ。冷静に自分を見つめていて、自分の力で出来る事と出来ない事を正しく認識している。ただ、力の出し方が分からないのだ。
 それが理想と現実のギャップとなってあの子を苦しめる。アイドルとして正しく育て徐々に成長させてやればそのギャップは埋まっていく
 だろうが、今のあの子では不可能だ。本気になれないからな」

「そこで私が『本気になれる理由』を作ってやった。憎まれ役を演じてやることで、あの子は私を倒すために本気になるだろう。後は高木に
 任せておけば、フンッ、あの子は正しくアイドルとして成長するだろう。不本意だがな、大変不本意だがな」

繰り返し、憎々しげに話す社長。これはツンデレというやつなのだろうか。

108 :1 ◆6aY2CdF7PY [saga]:2012/03/30(金) 15:50:21.54 ID:lX3+xr3a0
「でも今回のオーディションで3人くらい自分の限界を超えた子が居たんですよね?星井美希も不可能では無かったのではないですか?
 現に全力は出せたようですし」

「フンッ、金と設備と人員さえあれば、誰だって全力を出させるくらいは出来るのだよ。しかし『限界を超える』というプロセスは、
 どれだけ環境を整えた所で本人がその気にならないと、そう簡単に出来るものではないのだ。それこそまさに『奇跡』なのだから。現に今回、
 これだけのオーディションを開いても、限界を超えたのはたった3人だった。それもこちらが意図したものではなく、偶発的に彼女達が
 限界を超えただけだ。50人いてたった3人だぞ。効率が悪すぎてやってられん」

社長が机の引き出しを開けると、そこには3人の女の子のデータが記載されていた書類が入っていた。どうやら『限界を超えた子』らしい。
ええと、渋谷凛と双葉杏と三村かな子……。驚いた、俺が予想した子達とピッタリ合った。

「限界を超える事はそう簡単ではない。自分の力の範囲外の未知の領域に挑むのだからな。必ず成功するとは限らない。場合によっては
 ひどい失敗をして、二度と立ち直れなくなるかもしれない。そんな不安と恐怖を乗り越えて、初めて人は限界を超える事が出来るのだ。
 そんな恐ろしい事、他人に言われて出来るか」

ここで社長は表情を歪め、フンッ、と憎々しそうに息を吐いた。大体次のセリフの予想がつく。

「しかし世の中には、ごく少数だが人に『限界を超えさせる』事が出来る人間が居るのだよ。人為的に『奇跡』を起こす。そんな神の如き能力を
 持った人間がな。そのひとりが、フンッ、765プロの高木だよ。忌々しい事にな」

アイドル事務所のトップじゃなくても、組織のトップだったら誰もがノドから手が出るほど欲しい能力だろう。四条家の催眠術よりも凄い能力
なのかもしれない。

「社長、依然仰っていた昔やっていたアイドル事務所の共同経営者というのは……」

「ああ、高木だよ。私は経営を担当し、ヤツはアイドルのスカウトと育成をやっていた」

予想はしていたが、やはりそうだったのか。

「ヤツは昔から、本人も気づいてないような人の才能を見抜く不思議な力を持っていた。雑踏の中からダイヤの原石を見つけ出し、その才能を
 引き出していく。まさにアイドルをプロデュースする為に生まれてきたような男だよ。ヤツこそまさに『アイドルマスター』なのかもしれんな」
 
「アイドルマスター?何ですそれは?」

「フンッ、まあどうでも良い事だ。とにかく高木に任せておけば星井君は大丈夫だろうという事だ。不本意だがなっ!!」

何だキレ出したぞ。これ以上怒らせると色々ヤバそうだ。

「でもどうするんですか社長。星井美希を逃して。次に太陽の子が現れるのは、もう10年後になるかもしれませんよ」

「フンッ、そんなのどうとでもなる。高木が星井美希をアイドルに育て上げた所で、金にモノを言わせて奪い取ってやってもいいしな。
 あんな極貧弱小事務所、その気になればいつでも吸収出来るさ。ざまあみろだ」

うわ、悪役だなぁ〜。しかし貴音と響の為にも、こっちもそうやすやすと星井美希を逃すわけにはいかない。仕方がない…………のかな。

「そうさ、限界を超えさせる事は簡単ではないのだ。ましてや超えさせ続けることなど……」

社長が寂しげな顔でぽつりと呟いた。今思えば既にこの時、社長は決めていたのかもしれない。


―――――貴音と響も手放すことを



109 :1 ◆6aY2CdF7PY [saga]:2012/03/30(金) 15:55:03.70 ID:lX3+xr3a0
幕間2


961プロのオーディションから二週間後の、とある会員制の高級バー。そのカウンターに並んで腰かけるふたりの男性がいた。
765プロの高木社長と、961プロの黒井社長だった。

「そうか。星井美希は765プロの所属になったか」

黒井社長がウィスキーの入ったグラスを傾けながら話す。どうやら上機嫌のようだ。

「ああ。私はその時出張で会社を離れていていつ戻れるか分からない状況だったのだが、彼女は私が戻るまでの3日間、毎日朝から晩まで
 事務所の前で私の帰りを待っていたそうだ。音無君が何度か事務所の中で待つように言ってくれたのだが、私が帰って来るまで入らないと
 言って聞かなかったそうだよ」

「フンッ、少しはしおらしくなったじゃないか。それからどうしたんだ?」

「4日目の朝に私が戻ると、まずは道路の真ん中で土下座されたよ。そして謝罪を受けた。『以前は大変失礼な事をしてすみませんでした。
 どうか765プロに入れて下さい』とな。許してくれるまで土下座を止めないと言うものだから、許さざるをえなかったよ」

「ハハハ、脅迫だなそれは。女子中学生に土下座なんてされたら、オジサンはたまらん」

「それで事務所に入れたら、見事な達筆で書かれた丁寧な履歴書を渡されて『どんな事でもやります。仕事が無ければ自分で獲って来ます。
 だから私をアイドルにして下さい』と懇願されたよ。正直ウチは定員オーバーだし、面倒を見る余裕もないので876プロを紹介したのだが、
 どうしても765プロがいいって言って聞かなかったよ」

「お前あの時いつでも来いって星井美希に言っていたではないか。自分の言葉には責任を持てよ」

「ウチが苦しいのを知っていて、彼女を回したお前に言われたくないな。彼女やたらお前に敵対心を持っているようだが、
 お前あの子に一体何をしたんだ?」

「フンッ、大人としてちょっとプロの厳しさを教えてやったのさ。でもそのおかげで、かつての問題児とは思えないほど扱いやすくなっただろう」

「うむ、確かに以前スカウトした時とはまるで別人のようになったのだが……」

高木社長は申し訳なさそうな顔で、ちらりとカウンターを見る。そこにはふくれっ面の音無小鳥がいた。接客業にあるまじき機嫌の悪さである。

「ん?どうした小鳥、今日は静かじゃないか。それに何か疲れてないか。ちゃんと寝てるか?」

「誰のせいだと思っているんですか………」

黒井社長の気遣いの言葉に、小鳥は力なく答えた。

「美希ちゃん、確かに問題児と噂されていた頃とは見違えるほど真面目に取り組んでくれているんですけど、仕事先で勝手に営業かけて自分で
 仕事獲って来ちゃうから、こっちもスケジュールの管理が大変なんですよ。元々人を惹きつける魅力を持ってる子ですし、向こうから
 使いたいってオファーも来るんですよね……」

「ほう、良い事じゃないか。流石だな」

「仕事が増えるのはありがたいんですけど、私も律子さんもてんやわんやしてますよ。おまけに律子さんなんて、勝手に仕事獲って来る
 美希ちゃんを見て自信なくしちゃうし……。美希ちゃんに触発されて他の子達もやる気になってくれたのは嬉しいですけど、
 このままだったら私か律子さんが倒れてしまいます……」

「ふたりじゃ手が回らないから、私もまたプロデュース業に復帰したよ。いやあ、昔を思い出すねえ」

楽しそうに笑う高木社長と、疲れた顔でうらめしそうに睨む小鳥に挟まれて、黒井社長はウィスキーをあおる。

「フンッ、やめとけ年寄りの冷や水だ。それにお前は復帰されたら面倒だからとっとと隠居しろ。まあ星井美希は元来怠け者だ。
 今はやる気になっているかもしれんが、そのうち落ち着くさ。小鳥ももう少しだけ辛抱してくれ」

「だらけられたらだらけられたで、それはそれで迷惑なんですけど………」

「フンッ、そこから先はお前らの問題だ。コイツになんとかしてもらえ」

「全く、他人事だと思って好き勝手言ってくれるねぇ」

高木社長は苦笑しながら、手に持った焼酎水割りを飲む。バーの中は、静かに時間が過ぎていく。

110 :1 ◆6aY2CdF7PY [saga]:2012/03/30(金) 15:59:40.77 ID:lX3+xr3a0
「ところで黒井、話というのは何だ?星井君のおかげで私も最近は忙しいから、出来る事も限られているが……」

頃合いを見て、高木社長が切り出した。いよいよ本題に入る。黒井社長はウィスキーのお代わりを注文すると、一息ついてから言った。

「実はお前のところで、もうふたりほど面倒を見て欲しいのだが」

それを聞いた小鳥は目を見開いて、両手を胸の前で交差させてバッテンを作ると、全力で首を横に振った。

「無理ですっ!!無理っ!!絶対無理っ!!ムリムリムリムリッ!!今でも大変なのに、これ以上増えたら私死んじゃいますよっ!!」

小鳥の必死の拒絶の言葉を無視して、黒井社長は続ける。

「星井美希とは違って、しつけもきっちりしているし扱いやすい子達だぞ。お前も見ただろ?あの時の審査にいた四条貴音と我那覇響だ。
 星井美希に負けないくらいあの子達も才能がある子だ。事務所の経営者としては、喉から手が出るほど欲しい逸材だと思うが」

「高木社長ダメですっ!!確かに四条さんと響ちゃんは魅力的な子ですけど、これ以上は無理ですっ!!私スト起こしちゃいますっ!!」

しかし高木社長はスルーすると、経営者の顔になって黒井社長に質問した。

「それはあれか、この前言ってた『太陽の子』に関係する話なのか?」

高木社長の言葉に黒井社長はフンッ、と息を吐くとウィスキーをあおった。

「お前も見ていたから感じたと思うが、どうやら星井美希と四条貴音、我那覇響は3人でワンセットらしい。私も半信半疑ではあるのだが、
 星井美希が太陽で四条貴音が月、我那覇響が地球で、3人揃えると安定するそうだ。流石のお前でも星井美希の才能をコントロールするのに
 苦労しているのではないのか?」

「む、確かに私も彼女の扱いには苦労しているが……しかし信じられんな、人数が増えた方が楽になるというのか?」

「お前も見ただろう、あのグループの安定感を。星井美希ひとりを扱うより3人で活動させた方が、むしろ彼女はコントロールしやすいのだ。
 ゆくゆくはそれぞれソロ活動をさせるべきだが、まだアイドルとして未熟な今の状況ではグループで活動させた方が良い」

「なるほどな。そこまで言うからには、もちろん3人組でデビューさせる構想がお前にはあったんだな?それを訊かない事には、
 何とも言えんなあ」

珍しく、高木社長が意地の悪い笑顔を見せる。黒井社長は機嫌悪そうにフンッ、と息を吐くと、鞄からひとつの書類の束を取り出して
乱暴に高木社長に寄越した。高木社長はその書類にさっと目を通す。カウンターから出て来た小鳥も、その書類を横から覗き込んだ。

「ふむふむ、『プロジェクト・フェアリー』か。相変わらず気障ったらしい名前を付けるのが好きだな」

「凄い…………」

高木社長は興味深そうに書類を眺める。やかましく反対反対と騒いでいた小鳥も、その計画を見て息を呑んだ。

「『個』の強みを出来るだけ抑え、全体に行き渡るように力の方向性を変える事で最大限『グループ』の強みを活かすのか。
 ウチの竜宮小町とは正反対だな」

「星井美希の有り余る才能を扱うには、多少力を抑える方が良いのだ。まあそうしなくても、3人で組ませれば自然とそうなるのだが」

「成程な。確かに四条君と我那覇君の特性を考えるとそうなるな。しかしこのグループは非常に使用期限が早そうだ。インパクト勝負で、
 もって一年というところか」

「ああそうだ。短期決戦のユニットで、フェアリーとして売り出している間に並行してそれぞれの方向性を考えなくてはいけない。
 なかなか大変ではあるが、成功すればその後の活動は保証される」

「私はこういうやり方はあんまり好かんのだがな。折角グループを組ませたのなら、そこから新たな可能性を探って今後のソロ活動にも
 活かしていく方が……」

「フンッ、お前のやり方など聞いていない。あくまで一例として出しただけだ。それにグループとして売り出さなくても、この3人は
 一緒にしておくだけで互いに良い影響を与え合うらしい。ウチの審査では激しく競い合ったが、仲も悪くないしな」

しばし『プロジェクト・フェアリー』の計画書を眺めながら、3人で意見交換をする。

「でも驚きました……黒井社長がこんな計画書作るなんて。昔はアイドルにはノータッチで、電卓片手にずっと予算作成ばかりしていたのに……」

小鳥が驚いた様子で言う。黒井社長は少し昔を懐かしむように遠い目をすると、ウィスキーのお代わりを注文した。

「まあ私も経営をしながら、アイドルのプロデュースを横目で見ていたしな。それにこの計画書は私ひとりで作ったのではない。ウチのスタッフの
 意見も入っている。どこまで行っても私は電卓弾いている方が性に合ってるよ」

黒井社長は自嘲気味に笑う。所詮は付け焼刃だよ、と。

111 :1 ◆6aY2CdF7PY [saga]:2012/03/30(金) 16:01:42.99 ID:lX3+xr3a0
「しかしこれだけ立派な計画書を作れるなら、残りの2人まで手放さなくても良いのではないか?四条君も我那覇君も、グループにしなくても
 それなりにやれるだろう」

「お前が言うと嫌味にしか聞こえんな」

黒井社長は忌々しげにウィスキーをあおると、壁にかけてあるコートに手をかけた。

「私では『奇跡』を生み出す事が出来ないのだよ。それにブラックホールは、宇宙では嫌われるのさ」

黒井社長は会計を済ませると、店のドアに手をかけた。

「返事は早めに頼むぞ。私も『本業』が忙しいのでな」

「ちょっ?!ちょっと待ってくださいよ黒井社長っ!!まだ引き受けたわけではありませんよっ!!ダメですからねっ!!ウチはダメですからねっ!!」

計画書に目を奪われていた小鳥だったが、黒井社長の言葉で再び思い出したように反対コールを繰り返す。

「確かにそうだな。正直四条君と我那覇君は惜しいが、単純に人手が足りないな。今の状況では、私でも流石に面倒見きれないぞ」

高木社長も明確に反対しているわけではないが、引き受けるのは難しいと意見を表明した。黒井社長は立ち止まり、振り返らずに肩をすくめると、

「お前の意見はどうでもいいが、小鳥のためなら仕方ないな。………気は進まないが、考えておこう。鴨にネギ背負わせて、鍋を持たせて
 おまけにコンロも付けてやるよ」

黒井社長はそう言い残すと、静かにバーを出て行った。


112 :1 ◆6aY2CdF7PY [saga]:2012/03/30(金) 16:09:24.07 ID:lX3+xr3a0
第七章



「ふむ。貴音と響の元気がないのか」

961プロオーディションから2週間後、俺は社長室でふたりの近況を報告していた。

「はい。レッスンは真面目に取り組んでいるのですが、心ここに在らずといった感じで、ボーッとしている事も時々ありますね。
 特に合同練習をやらせると、それが顕著です」

「具体的には?」

社長が訊いてくる。う〜ん、言いたくないが仕方ないな。

「フォーメーションを組ませると、ちょうど真ん中1人分空けてスタンバイするんですよ。直させても、ダンスの途中でちらっと誰も居ない
 中央に視線を投げたりしますし。それを指摘すると落ち込みますし、トレーナーも困ってしまいまして……」

「なるほどな。『太陽の子』と組ませた影響は大きかったようだな」

社長はふむ、とあごに手を当てて考える。

「強化プログラムの個別レッスンも、美希ありきでやらせていたものですからね。美希が一緒に踊る事でその良さが発揮されますし。
 ふたりとも最終審査の時に一緒に踊って気が付いたのでしょう。自分達のダンスは3人いて初めて完成するものだって」

本人達は口にしないが。美希の話をすると、雰囲気が暗くなるのでタブーとなっている。

「表だって話はしませんが、ふたりとも美希とはたまに連絡を取り合っているようですね。美希は765プロで楽しくやってるそうですよ。
 あそこは大所帯ですからね。レッスンを受けに電車で片道30分かかる所まで行かなきゃいけないのが面倒くさいとか愚痴もこぼしている
 みたいですけど、充実しているようです」

「ん?ふたりは美希の話をしないのに、何でお前が美希の近況を知っているんだ?」

しまった。うっかり口が滑ってしまった。

「響か貴音が、美希に俺の連絡先を教えたみたいなんですよ……しょっちゅうメールが来ますよ……」

おかしいな、アイツ961プロは大嫌いなんじゃないのか?

「ハハハ、女子中学生なんてそんなもんだ。むしろ貴音と響の方が変わっているんだろう。しかしふたりとも少し気になるな……」

社長は愉快そうに笑うと、また考え出した。

「別に現状に不満はなさそうなのですけど、ふたりもオーディションで新たな仲間が出来るのを期待していたみたいで、それがゼロだったから
 ショックが大きかったのでしょうね。ふたりの仲が悪くなったとかそういうことはないのですが、3人組が余程楽しかったのでしょう。
 美希が入るとすっかり思い込んでいたみたいですし」

最初からふたりでやらせておけばここまで引きずることはなかったかもしれないが、一度でも3人組で夢を見ちゃったからなあ。

「とりあえず推測ばかり並べても始まらん。本人に直接訊いてみよう。ふたりを呼べ」

社長の一言で、俺はふたりを呼び出した。


***


「失礼いたします」

「失礼するさー」

エレベーターの扉が開き、貴音と響が入って来た。ふたりともレッスンの途中だったので、ジャージ姿である。

「レッスンご苦労。ふたりとも元気そうだね」

「お陰様で、充実した日々を過ごさせて頂いております」

「スーとオールーのおかげで楽しくやってるさーっ!!」

丁寧な挨拶をする貴音と、元気に返す響。相変わらず正反対である。

「よしよし、結構。ところで今日呼び出したのはキミ達の今後の活動についての相談なのだが、いいかな?」

社長が確認をとる。ふたりは笑顔で返事をした。
113 :1 ◆6aY2CdF7PY [saga]:2012/03/30(金) 16:11:29.39 ID:lX3+xr3a0
「はい。わたくしからも是非お願いいたします」

「お、ようやくデビューの話か。待ちくたびれたさー」

社長は笑顔でうんうんと頷くと、そのままの顔で続けた。

「星井美希と一緒に活動したくはないかね?」

楽しかった雰囲気が一転、冷たい空気が流れる。貴音と響も言葉が出なかった。

「そ、それは……」

「で、でも美希は……」

やがて遠慮がちにふたりが言う。しかしそれが不可能だという事情を理解しているので、なかなか本音が言えない。

「可能か不可能か、という事情は抜きにして、キミ達の本心を聞きたいのだ。どうなのだ?」

社長が続ける。優しい言葉だが、本音を言えと迫る迫力があった。

「活動したいです…………」

「た、貴音?!」

少しして小さく呟く貴音に、響は驚いていた。

「響とふたりで活動をする今の状態も何ら不満はございませんが、美希も一緒だと、わたくし達は更なる高みへ行けそうな気がします」

今度は社長の目を見て、貴音ははっきりと答えた。それに影響されたのか、響も続く。

「自分も美希と一緒にやりたいと思うぞ……貴音と一緒に踊ってても楽しいけど、あの日美希と一緒に踊ってからは、いつも何かが足りない気が
 してるぞ……」

響も遠慮がちに、自分の心情を吐露した。その瞳には迷いが見える。

「ふむ、分かった。実はそこの青二才から報告を受けていてな。お前達があのオーディションの日から元気がないと」

社長の言葉にふたりが驚く。俺が気付かないとでも思っていたのかよ。

「どうやら星井美希という天才を前にして臆したか、アイドルとしての道を諦めたのではないかと私は読んでいるのだが」

ここでいきなり社長が的外れな事を言い出す。何言ってるんだいきなり?

「そ、そんな事はございませんっ!!わたくしは決してあいどるを諦めたわけではございませんっ!!」

「自分は負けてないさーっ!!美希が765プロで勝負してきても、簡単にやっつけてやるさーっ!!」

ふたりは強く否定する。そりゃそうだな。

「しかしキミ達は星井美希に随分依存しているようだね。彼女が居ないと練習が手に着かない今の状況では、今後の活動も決められないねぇ……」

意地の悪い言い方で、社長はふたりに迫る。ふたりは何も言い返せずにいた。

「ハッキリ言おう。今のキミ達では、私のアイドル構想に遠く及ばない。残念ながらこれ以上ウチではキミ達を育てる事は出来ないようだ」

衝撃的な社長の一言にふたりは固まる。おいおい、この流れはマズくないか……?

「よってキミ達は今日限りでクビだ。荷物をまとめて直ちに出て行きたまえ」

そして社長ははっきりと宣言した。俺はここでようやく社長をはっきりと見た。美希を追い出した時と同じブラックモードだ。つまり本気。
これは冗談ではない。社長は本気でふたりを追い出そうとしていた―――――
114 :1 ◆6aY2CdF7PY [saga]:2012/03/30(金) 16:14:43.17 ID:lX3+xr3a0
***


「ク、クビ……解雇ですか………?」

「じょ、冗談だよな?………スー…………」

突然の展開に、ふたりは動揺を隠せない。しかし社長は冷徹に言葉を続けた。

「全く、貴様らはもっと強いと思っていたのだが、ほんの一瞬組ませただけの負け犬に心を奪われよって。しかもそれだけではなく、
 今度はその負け犬と同じレベルまで堕落しようとしている。私にはそれが耐えられないのだよ」

社長が苛々した様子で、口汚く罵る。貴音も響も、何も言い返せない。

「しかもよりによってこの私の前で星井美希と共に活動したいなどと、揃いも揃ってのたまうとは。どうやら貴様らは、今日ここに
 呼び出された事の意味を理解してないようだな。私は堕落した貴様らを正してやろうと思ったのだよ。しかしよもやここまで酷くなっていた
 とはな。もはや手の施しようがない」

社長は続ける。俺は目の前で何が起こっているのか理解できなかった。

「世間知らずに育ったという面を考慮しても、貴様らは社会を舐めすぎている。一度不合格にした者ともう一度一緒にやりたいなどと、
 甘いにもほどがある。ああ、確かそんな甘いやり方をしている765プロという事務所があったなあ。喜べ、貴様らの大好きな美希が
 所属している事務所だ。豚小屋以下の環境だが、今のお前らにはお似合いだよ」

「ぶ、豚小屋などと………」

「美希の悪口は許せないさ………」

貴音と響が静かに怒り出す。もちろん俺もだ。

「黙れ。それ以上この私の前で、765プロと星井美希の名を口にするな。聞くだけで反吐が出るわ。ああそういえば、765プロの社長が
 貴様らをウチに欲しいとかほざいていたな。あの時は断ったが、今の貴様らだったらのしつけて送り届けてやるわ。無能社長と負け犬と、
 有象無象の雑魚共と一緒に豚小屋の中で朽ち果てるがいい」

そう言うと、社長は高笑いした。俺達はもはや呆然とするしかない。

「も……申し訳………ござ……ございませんでした…………」

やがてのろのろと動き出した貴音が、静かに膝をつき両手を地面につけて頭を下げた。土下座の姿勢である。涙声になって、貴音は続ける。

「こ……これからは……心を入れ替えて……れっすんに励みます………ど、…どうか……どうかお許しください………」

貴音は泣きながら、土下座をしたままひたすら許しを請う。痛々しくて見てられない。俺は止めさせようと動いたが、

「ふん、泣いて謝れば許してもらえると思っているのか。これだから世間知らずのお嬢様は困るんだよ」

社長はばっさりと切り捨てると、貴音の方へ歩み寄る。

「もう貴様の顔など見たくもない。とっとと京都の幽霊屋敷に帰るがいい。そして妖怪共に囲まれて、誰とも会うことなくひとりで死んでゆけ」

そして足を上げ、貴音の頭を踏みつけた。俺はもう我慢が出来なかった。

「いい加減にしろっ!!」

気が付けば、俺は社長の横っ面を思いっきりぶん殴っていた。社長は元いた場所まで吹っ飛ぶ。これ以上ふたりが傷つくのを見ていられるか。
絶対許さん。

「貴様……今誰を殴ったか分かっているのか…………」

黒い殺気を出しながら、社長がむくりと起き上がる。とっさに俺は身構えたが、俺と社長の間に響が割って入った。

「や、止めるさ二人ともっ!!ケンカは良くないさーっ!!自分、謝るからっ!!謝るからっ!!スーも機嫌を直して欲しいさ………」

響も半分泣きながら、必死に止める。しかし社長は耳を貸さずに素早い動きで響に近づくと、鳩尾に一撃を叩き込んだ。

「かは………?!」

響は一瞬の動きに反応できずに、その場に崩れ落ちる。

「「響っ?!」」

俺と貴音は慌てて響に駆け寄る。どうやら気を失っているようだ。

「フンッ、こんな動きにも反応出来ないとは、貴様は沖縄へ帰っても忍者復帰は無理だな。大人しく豚小屋でアイドルやってろ」

社長が俺達を見下ろす。俺の中で何かがキレた。

115 :1 ◆6aY2CdF7PY [saga]:2012/03/30(金) 16:18:02.09 ID:lX3+xr3a0
「………貴音、響を頼む。すぐに医務室へ連れて行ってやってくれ」

「し、しかし貴方様「早く行けっ!!」

俺は貴音の言葉を遮り、貴音を追い払った。貴音は響をおぶさると、エレベーターの方へ向かった。これで遠慮なく勝負が出来るな。

「辞世の句はありますか?社長」

「フンッ、それはこっちのセリフだ、青二才が」

激しい視殺戦。しかし俺も退くわけにはいかない。俺は機先を制しようと、前足を出した。しかしそれより早く、社長が俺の目の前に
接近していた。そのまま俺は顔面を社長に掴まれ、片手で持ち上げられる。

「あのふたりが堕落したのは、元はと言えば貴様の監督不行き届きである。よって連帯責任だ…………」

そのまま社長は足を高く上げると、投球フォームのような恰好になり、そこから一気に俺を野球ボールのように投げた。

「貴様もクビだっ!!飛んでいけぇ―――――っ!!」

投げ飛ばされた俺が見たものは、今まさに貴音を乗せて閉じようとしているエレベーターの扉だった。俺はギリギリ扉をすり抜けると、
そのまま一気にエレベーター内部の壁に叩きつけられた。

「貴方様っ?!あなたさまぁ―――――……」

最後に俺が聞いたのは、泣き叫ぶ貴音の声だった。お前にぶつからなくて良かったよ……

そしてここで一度、俺の意識は途切れる。あの野郎……覚えてやがれ………


***


「う……う〜ん……」

目を覚ますと、そこは医務室だった。どうやら気を失っていたようだ。まだ頭がズキズキする………

「あ、貴方様?!良かった……目を覚ましたのですね……っ!!」

ふと横に目をやると、貴音が涙目でこちらを見ていた。貴音の後ろには、響がベッドで横になっている。ずっと俺達の看病をしていたのか。

「心配かけたな貴音……もう大丈夫だ………」

俺は貴音の頭をそっと撫でてやる。貴音は泣きながら、首を小さく横に振った。

「わたくしの事など良いのです………良いのですよ貴方様…………」

貴音は俺の胸に飛び込んでくると、声を押し殺して泣き出した。ああ、また泣かせてしまったな………

「申し訳ございません………わたくしが至らぬばかりにこのような事になってしまって………わたくしのせいで貴方様と響がこんな目に………」

俺は貴音の背中をぽんぽんと叩いてやる。

「いや、お前は何も悪くないよ………むしろ悪いのは俺だ…………社長を止める事が出来なかった………」

「申し訳ございません………申し訳ございません…………」

貴音は泣きながらひたすら謝り続けた。俺は貴音を優しく撫でてやると、黙ってそれを聞いてやった。

しばらくすると、貴音は泣きつかれたのか緊張の糸が切れたのか、静かに眠ってしまった。俺はそっと体を起こすと、そのまま自分が寝ていた
場所に貴音を寝かせてやる。幾筋も涙の痕を残して、貴音は眠りについた。全く、こういう所は昔と変わらないな。俺は貴音の頭にそっと、
貴音が俺の額に乗せていてくれていた手拭いを乗せてやった。

「怖い思いをさせて悪かったな。ごめんな………………………………ツキコ」

そっと頬を撫でてやり、今はいない女の子の名前を呼ぶ。俺も未練ったらしいな。いい加減吹っ切らないといけないのに。

「…………据え膳くわぬは男の恥でっせ、あおはん……」

「響にも優しくしてやってほしいさ、オールー……」

「どわっ?!」

いつの間にか医務室のドアが開いていて、その隙間から四条家の御当主と沖縄忍者の頭目(赤ふん)が覗いていた。いつから見てたんですか?!
ていうか手出したら怒るでしょアンタっ!!

116 :1 ◆6aY2CdF7PY [saga]:2012/03/30(金) 16:21:10.59 ID:lX3+xr3a0
「殺すやなんてそんな生ぬるい事…………末代まで祟ってやりますわ」

冗談とも本気ともつかぬ事を仰いながら、御当主と赤ふんが医務室に入って来た。赤ふんまたゴツくなったな。暑苦しいからあまり寄って来るな。
沖縄放って置いていいのかよ。

「ちょっとくらいなら大丈夫さー。スーにもヘルプ頼んだし、スーの部下の人は大喜びで沖縄行ったそうさー」

どいつかわからんが、バカンスじゃねえんだぞ馬鹿野郎。任せておいて大丈夫だろうか。

「でもどうしてこちらに?社長に呼ばれて来られたのですか?」

「まあそうですなあ。昨日黒井はんからお電話いただきまして。貴音がショック起こして精神に大きい負担がかかるかもしれへんから、
 一応見てやってくれへんかと言われまして」

「自分もスーに呼ばれたさー。響の傍に居てやってほしいって言われたさー」

「そうですか。わざわざ御足労をおかけしてすみません」

予想はしていたが、やっぱり最初から計画していた事だったのか………。せめて少しは相談して欲しかったぜ。まあ知ったら知ったで、
全力で反対しただろうけどな。

「貴音も響ちゃんも、黒井はんには随分懐いてたからなあ。心を鬼にして突き放さんとあのふたりは出て行かんやろ言うて、思いきしやる
 言うてはりましたわ」

だとしても程度があるでしょうが、俺なんて投げ飛ばされましたよ。

「社長がこのふたりを手放すと決めたのは、やっぱり『限界を超えさせる事が出来ない』という理由からですか?」

思えば美希を送り届けた夜に、そんな事を言っていた記憶がある。自分では限界を超えさせる事が出来ないと。

「そんな事も言ってはりましたなあ。わしはあいどるの事はよく知りませんけど、でも陰陽師としての意見なら言えますえ」

「陰陽師の意見?星のご加護とかそういう話ですか?」

「そうです。黒井はんもねあおはん、星のご加護を受けて生まれた人なんですわ。ただ、あの人はそのご加護を自分の手で殺してしまいました。
 だから今となってはあの人がどの星のご加護を受けていたのかは分かりません」

何だか話がいきなり脈絡のないオカルトな方向へぶっ飛んだぞ。どうつながるんだろう。

「あの人を守っていていた星は死んでしまいました。まあ星が死んだところで、才能がちょっとなくなるくらいでその人が死んだり危ない目に
 遭ったりすることはないんやけどな。でも黒井はんは死んだ星にまだ守られてはる。過去に何があったのかは知らんけど、黒井はんの凄まじい
 怨みか執念かが、星を自分の元に引き留めているんやろうな」

自分の加護の星を殺して、殺した後も怨みと執念で成仏させることなく繋ぎとめている。何だかよく分からないが、その言葉に恐ろしいものを
感じる。

「普通の人間にはそんな事出来へんねんけどなあ。ねぇあおはん、宇宙の惑星が爆発なんかで滅びたら、その惑星はどうなるか
 知ってはりますか?」

確か惑星が滅びたら、そこには強い重力場が発生して…………そうか、そういう事か……

「そうですあおはん。星は死んだらブラックホールになるんですわ。黒井はんは、人の身でありながらブラックホールになってしまった
 怪物ですわ。星の力も才能も、存在すらも吸い込んで無に帰してしまう化物。陰陽師のわしなんかより、よっぽどおっかない人でっせあの人は」

御当主は笑いながら言った。しかし俺は笑えない。時々人間離れしていると感じたことがあったが、まさかそんな事情があったとは。
御当主は貴音の頭を優しく撫でてやる。

「黒井はんは分かってたんやろなあ。自分の元に貴音と響ちゃんを置いといたら、ふたりの力や才能を吸い込んで消してしまう事を。
 だから突き放しはったんやろ」

社長は俺ほどオカルトを否定しているわけではないが、その存在には懐疑的な立場を取っていた。その社長が、自分の娘の様に可愛がっていた
貴音と響を心を鬼にしてまで突き放すという事は余程の事だろう。しかしふたりの未来の為に、社長はその選択を選んだ。

「あおはんは色々許せへんと思いますけど、黒井はんの所に行く前にちょっとわしの話を聞いてくれませんか」

いつの間にか医務室を出ていた赤ふんが、お茶を持って戻って来た。気が利くじゃないか。こうして御当主のオカルトな話が始まった。
117 :1 ◆6aY2CdF7PY [saga]:2012/03/30(金) 16:26:53.31 ID:lX3+xr3a0
***


「ブラックホールっていうのはねあおはん、そんじょそこらの星が死んだくらいでは生まれへんらしいんですわ。生まれたところで大した影響も
 あらへんとか。せやから黒井はんみたいな大きい力を持つブラックホールは、おそらく強大な力を持つ星やったんやろうなあ。多分太陽に
 匹敵するほどの」

御当主はお茶を一口飲んでから続ける。

「黒井はんと美希ちゃんは仲悪かったらしいですなあ。同じような天体の惑星同士は、どうも仲が悪いんですわ。仲良うすることもありますけど、
 大抵はうまくいかん。黒井はんはわざと美希ちゃんに辛く当たってたかもしれませんけど、おそらくふたりはうまくいかんかったと思いまっせ」

そういえば社長は、最初から美希を苦手にしていたなあ。嫌いではなさそうだったが、主に美希の相手は俺に任せていた。

「黒井はんを護っていた星はブラックホールになってまいましたけど、その星が本来持っていた力はまだ黒井はんが引きとどめとります。
 つまり太陽みたいな強大な影響力だけは残っとるんですな。それが黒井はんの言わはる『黒のかりすま』の正体ですわ」

あの妙な魅力と影響力は、その為か。

「黒井はんの『黒のかりすま』に惹かれて、多くの人があの人に集まっていく。しかし黒井はんはブラックホールやから、近づく者全てを
 呑みこんでしまう。特に同じような星のご加護を受けた人間は、黒井はんに吸収されやすいから危ないんですわ」

危ない?どういうことだ?

「別に黒井はんの傍におったかて貴音や響ちゃんが死んだりするわけやありまへんけど、黒井はんはふたりから力を奪っていくばかりで、
 与えてやる事は出来へんのですわ。もちろん世の中には、星のご加護が無くても頑張っとる人間は沢山おりますが、黒井はんにはそれが
 耐えられへんのでっしゃろ。太陽みたいな強大な力を相手にしても負けることはない黒井はんですけど、月や地球みたいなか弱い星まで
 本人の意思に関係なく傷つけて、その力を奪ってしまうんですな。あの人も気の毒ですわ」

「し、しかし四条の御当主、自分達はスーのおかげで立ち直り、また沖縄を守る忍者として力を取り戻すことが出来たさっ!!スーが人から奪う
 ばかりで与える事が出来ないというのは信じられないさっ!!」

赤ふんが反論する。確かにそうだ。それを言うなら俺だって、警察を止めて自暴自棄になっていた所を社長に助けてもらった。
社長が奪うだけの人という話は考えられない。

「忍者はん達が衰えていた原因は、組織としてばらばらになりかけていたからですわ。それを黒井はんがまとめ上げて、またひとつの組織として
 動かしたから忍者はん達は力を取り戻したに過ぎやしません。組織として強くなっただけで、忍者はん達には本来それくらいの力があったの
 でっせ。個人で見たら力の総量は変わってやいません」

御当主は再びお茶に口を付ける。

「あおはんも同じでっせ。黒井はんの『黒のかりすま』に惹かれて黒井はんの元で働いていただけであって、黒井はんのおかげで成長した
 わけじゃありません。ただ黒井はんはあおはんに道を示しただけです。現にあおはんは、忍者はん程黒井はんに心酔してるわけではなさそう
 ですしな」

当たり前だ。あんな怪しげな宗教じみた毒電波、誰が受けるものか。

「じゃ、じゃあ響達にも正しい道を示してやれば、わざわざ突き放したりなんてしなくても……っ!!」

赤ふんは必死で言うが、御当主は静かに首を横に振った。

「わしもそれでええと思うんやけど、でもそれが黒はんの言う『限界を超えさせる』事が出来へんっていう事なんやろうな。黒はんは力の方向を
 変える事で、その人本来の能力を引き出す事は出来はるみたいやけど、その人の力の上に更に力を上乗せするような事は出来はらへんのやろ。
 黒井はんがそんな事をせんかても、この子らが頑張って勝手に限界を超えるかもしれへんけど、この子らが星の子で黒井はんがブラックホール
 である限りは、黒井はんはこの子らの力を奪い続けてその可能性をどんどん減らして行くんやろな」

「そ、そんな…………」

赤ふんは力なく椅子に崩れ落ちた。こんな事があるのか。

「星の子っていうのは、それだけでご加護を受けてない子より優位に立てます。でも、必ずしも成功するとは限りません。貴音のようにその力に
 振り回されたり、響ちゃんのように望むべき方向へ力を使えない子もいます。あいどるっていう業界がどういうものかわしにはわからんけど、
 沢山の子達が一番目指して常に戦っている厳しい世界なんでしょうな。才能だけでは生き残れない、星のご加護なんて通用せんかもしれません。
 黒井はんもそれを分かってはるんやろ。でもだからこそ少しでも有利に戦えるように、その子が持っとる才能は出来る限り活かしてあげたい。
 貴音と響ちゃんを突き放すのは、黒井はんなりの親心なんでしょうな」

これも星の巡り合わせなのか。どうする事も出来ないのか…………

「黒井はんは賢い人ですし、人間的にもよう出来た人やから、ブラックホールの影響や星の力がなくても貴音と響ちゃんを立派なあいどるさんに
 出来るかもしれへん。でも黒井はんの言う『奇跡を見せる事が出来るのがあいどる』という信念からしたら、黒井はんはふたりを突き放すしか
 なかったんやろ。せやからあおはん、わしらは別に怒っとりません。黒井はんが本当に貴音と響ちゃんの事を考えてやりはった事やと理解
 しとりますさかい、気にせんでいいですよ」

御当主は、今度は響を優しく撫でながら言った。


118 :1 ◆6aY2CdF7PY [saga]:2012/03/30(金) 16:30:39.01 ID:lX3+xr3a0
「黒井はんが紹介してくれはった765ぷろでしたっけ?あそこにも挨拶に行ってきました。高木はんにも会いましたけど、あの人やったら
 貴音と響ちゃんを任せても大丈夫ですわ。あの人もあの人で、人の身でありながらとんでもない力を持った化物ですわ。それに何よりあそこに
 おる子達が素晴らしいですわ。力の強弱はありますけど、太陽の美希ちゃんを筆頭に金星と土星と水星と、それから冥王星の子がおりましたわ。
 わしも色々な人間を見てきましたけど、冥王星は初めて見ましたわ。ようも高木はんは、あんなうろうろしとる子を見つけましたなあ」

そんなに沢山いるのか。太陽と地球と月がいるのなら、他の惑星がいてもおかしくないが。

「惑星は多ければ多いほどその力は安定しますさかい、貴音には最高の環境ですわ。それに高木はんは人を育てるのも上手みたいですなあ。
 如月千早ちゃんやったかな、あの子は星のご加護が無い子やけど、星の子達より先に第一線まで上り詰めはった。本人の頑張りが一番やけど、
 高木はんの手腕と星の子達の影響もあるんでしょうなあ」

やはり高木社長は只者ではないらしい。まあ黒井社長とタッグを組んでいたという時点で、凄い人だとは思っていたが。

「小さい事務所で貴音はこれから苦労するやろけど、それも試練ということでわしらは見守ってやろうと思います。何よりこの子らを信じてます
 さかい、わしらが手を貸さんでも逞しく生きていきますやろ。ええ友達にも巡り合えそうやし、961ぷろからでびゅーせえへんのはちょっと
 残念やけど、まあこれも運命、星の巡り合わせやろ」

御当主が朗らかに笑う。すみません、折角多大な援助を頂いたのに。

「響達の事は自分達に任せるさー。自分と御当主はその為にここに来たのだからなっ!!オールーはオールーで、自分の務めを果たすさー」

赤ふんが元気に親指を立てて笑う。御当主も同じく、親指を立てて笑ってみせた。そうだな、ここはふたりに任せておいた方が
いいかもしれないな。

「すみません、二人をお願いします」

俺は頭を下げると、エレベーターに乗り込んだ。目指すは最上階の社長室。一応お別れくらいは言っておかないとな。


***


最上階に到着しエレベーターの扉が開く。社長はこちらに背を向けて窓の外を眺めていた。

「どうした?私を殺しに来たのか?」

相変わらずの態度で、振り返らずに社長は言葉を投げかける。俺は軽く一息つくと、

「違いますよ。どうせ刺したって死なないでしょう」

そう言って、懐のナイフを捨てた。もうこれを使う事もあるまい。

「では許しを請いに来たのか?アイツらが抜けた分、お前がアイドルとしてデビューするなら許してやらんでもないぞ」

「天ヶ瀬なんとかでしたっけ?死んでも御免です」

まだそんな事を考えてやがったのか。冗談じゃない。

「フンッ、相変わらずだなお前は。あんな目に遭ったというのにまだ私の前にノコノコ現れるとは。余程死にたいと見える」

口では物騒な事を言っているが殺気は感じられない。いつもの憎まれ口だった。

「貴音と響は御当主と頭目に任せました。あのふたりはこのまま765プロの所属になるでしょう」

「フンッ、クビにした者の事などもうどうでもいい。確かお前もクビにした筈だが、どうしてここに居るのだ?」

全く、本心ではそう思ってないくせに口が減らないな。

「いつからあのふたりを手放す事を考えていたのですか?わざわざ俺をぶん投げてまであの子達を怖がらせて、もっと他にもやり方が
 あったのではないですか?」

俺の言葉に社長は観念したのか、小さく息を吐くと続けた。

「フンッ、相変わらず青いなお前は。それでは黒くないだろう?」

「真面目に答えてくれないと、寝首をかきに来ますよ。それに可愛い部下の最後の頼みです。聞いてくれても良いでしょう?」

社長はこっちを振り返らないまま両手を挙げた。降参のポーズだ。

「分かったよ、大体の事は御当主から聞いてるだろう。そういうことだ」

「社長の口からはっきり聞きたいですね」

「やれやれ、これだから青二才は…………」

社長は面倒臭そうに呟くと、挙げた両手を降ろす。

119 :1 ◆6aY2CdF7PY [saga]:2012/03/30(金) 16:35:22.75 ID:lX3+xr3a0
「社長いつからオカルト信奉者になったのですか。そんな根拠の無いもので、ふたりを手放す事にしたのですか?」

「御当主が聞いたらお怒りになりそうなセリフだな。私は知らないぞ」

あ、やべ。そういえば下に居るんだったっけ。

「まあ確かに理由はそれだけではないがな。オカルトじみた話以外にも、自分の力の限界を感じたとか、あの子達をトップアイドルにするため
 だとか、太陽と引き離したらいけないとか、挙げればキリがないがそんなものは全部建前だよ」

まあそうだろうなあ。そんなもの、あのふたりを預かった時に百も承知だった筈だ。

「本当の理由はな、彼女達に感化されて私もまた『本業』を頑張ってみたくなったのだよ。あの子達をアイドルとしてデビューさせたかったと
 いうのもあるが、それ以上に私もあの子達に負けずにまだまだ現役でやりたくなったのだ」

自分勝手もここまで来ると清々しいな。怒る気も失せて呆れるわ。

「年寄りの冷や水ですよ。後進に任せてとっとと隠居して下さい。アンタに頑張られたら、こっちも色々面倒なんですよ」

ここで初めて、社長は驚いたようにこちらを振り返った。やがて静かに含み笑いを始める。何が面白かったんだろう。

「全く、口の減らないヤツめ。まあこれも私の黒の教育によるものかな」

「そんなものに感化された覚えはありませんよ。今までも、これからも」

社長はそうだな、お前はそういうヤツだなと言って、ふたりで静かに笑い合う。別れの時は近づいている。


***


「でも社長、俺達本業の方も手を抜かずにしっかりやってましたよね?オーディションの時はそっちにだいぶ時間取られてしまいましたけど、
 沖縄忍者達の協力もあって乗り切ったじゃないですか」

俺はふたりに付きっきりで作戦にはほとんど参加していなかったが、社長は自分が第一線に出なくても、作戦本部の司令塔としてオーディションの
準備中も指示を飛ばしていた。オーディション3日前には徹夜でひとつ人身売買を潰した事もあった。あれは発覚してから壊滅まで、
歴代最速スピードだった。こっちが忙しかったのもあったが。

「今現在の犯罪を潰すのは当たり前だ。そして未来に起こりうる犯罪の芽を摘むことも、今の私なら出来る。しかし私にも出来ない事がある。
 それは過去の犯罪に巻き込まれた子供達を救い出す事だ。今まで目を逸らし続けていたが、貴音と響を見てまた向き合う事にした」

いくら社長でも、時空を飛び越える事は出来ないだろう。ブラックホールというのは、時空間も歪めるらしいが。

「私とて完璧ではない。過去には大きな失敗もしたし、助けられなかった子もいる。ツキコ以外の天使の少女達だってそうだ。私がもっと早く
 行動に出ていれば、助けられたかもしれない。過ぎた事と諦めてはならない。私は自分の過去に向き合う。そして再び、救えなかった子達を
 救おうと思う。もうオバサンになっているかもしれないがな」

社長は苦笑した。助けられなかった天使の少女達の事を思い出すと、俺は何とも言えない辛い気持ちになる。社長はそれにもう一度向き合おうと
言うのか。

「ブラックホールというのは時空を超えるらしい。私が時空を超えなくとも、向こうから時空を超えて勝手にやって来るかもしれない。
 この世の悪を惹きつける為に、私はまた黒くなる。黒く黒く光り続け、小さな情報もキャッチする。それが私の」

「「黒の美学(だ)(ですか)」」

かぶせてやる。ずっと隣で聞いてたんだ。もうすっかり覚えたさ

「分かっているじゃないか。ようやく私の教えを受け入れたか。今なら土下座なしでまた秘書に戻してやってもいいぞ」

「受け入れてませんよ。それに秘書に戻るつもりもありません。俺はこれから職探しです」

「おおそうだ、お前ウチ辞めてどうするんだ?何かアテはあるのか?」

この野郎……人を辞めさせておいてどの口が言いやがる。

「そうですねぇ。俺もあの子達に感化されたのか、また表の世界で働こうと思います。ここ一年くらいはほとんど裏の仕事をしていなかったし、
 潮時かもしれません」
 
出来れば芸能関係の仕事に就いて、あの子達を見守りたい。

「まだツキコの事を引きずっているのか?未練がましい奴め。もうあの子は貴音で、貴音としての人生を歩んでいるのだ。いい加減割り切れ」

俺の心を読んだのか、社長がからかう。うるせえな。




120 :1 ◆6aY2CdF7PY [saga]:2012/03/30(金) 16:37:01.61 ID:lX3+xr3a0
「それくらい分かってますよ。ただツキコと同じ顔で、ツキコと同じ声で頑張る貴音を見ると、どうしても放っては置けないんですよ。
 また貴音が『あお』と呼んでくれるのを期待しているわけではありません。ただ俺が見守りたいんです。これは俺のエゴですよ」

開き直ってやる。社長は面白そうに「割り切れてないではないか」と笑うと、社長室の椅子に腰掛けた。

「まあいいだろう。お前ももうクビにしたのだ。今更私が介入するのもおかしい話だ。ストーカー容疑で捕まらない程度に見守っておけ」

「アンタらと一緒にしないで下さい。俺はもう裏社会から足を洗ったんです。いや、結局俺は裏ではなく黒い社会にいたのでしょうか。
 どうでもいいですけど」

「フンッ、お前は結局一度も黒に染まらなかったよ。何故ならお前は青い青い、青二才だからな」

「はいはい、どうせ俺は青二才ですよ。ですが社長、もしお困りのようでしたらまたこの青二才めをお頼り下さい。気が向いたら手伝って
 差し上げますよ」

「ほざけ若造が。お前の青臭さが移る。私の気が変わらないうちにとっとと消えろ」

「俺もアンタの黒の美学はもうまっぴら御免ですよ。汚されないうちに退散します」

こうして俺達は決別した。別れの言葉も涙もない、俺達らしい決別だった。別に世話になどなってない。未練や後悔なんてあるわけがない。
俺はエレベーターに乗ると、そのまま一度も振り返らずに降りて行った。途中医務室を覗くと、泣き喚く響と貴音を赤ふんと御当主が
慰めているのが見えた。このままふたりは765プロに入るように説得される予定である。俺が顔を出すと邪魔になりかねない。
医務室には入らずに、俺は静かに事務所を出て行った。元気でな響、貴音。それから―――――――――――ツキコ。
121 :1 ◆6aY2CdF7PY [saga]:2012/03/30(金) 16:43:09.32 ID:lX3+xr3a0
第八章


事務所を出ると、俺は車に乗り込んだ。元々社内に荷物はほとんどなく、車に置くのがクセになっていた。普通の会社に勤めるサラリーマン
だったら、辞める時は段ボールに荷物をまとめて出て行くのだろうが、その段ボールが既に車内に乗っているようなものだ。俺には感動の
辞職シーンもなしかい、と苦笑しながら車を出した。さらばだ961プロ。

「ん?…………あ〜〜〜、しまったぁ〜〜〜」

運転してしばらくして気付いた。車内に見慣れないものがあると思ったら、美希がオーディションの時に貸してくれたライムグリーンの
スポーツタオルだった。その日のうちに洗濯して、家に送る時についでに美希に返すつもりだったのだが、『あんなこと』があったので
すっかり忘れていた。…………いかんいかん。さっさと忘れよう。あれは事故だ、うん。しかしどうしようかなこのタオル。というか、こんなに
見える位置にあったのに、どうして本人は何も言わずにここに置いて帰ったんだ?

「…………久しぶりにアイツらに会いに行くか」

特に行くアテも無いので家に帰れば良いのだが、いつもならまだ仕事中なので何となく帰りたくない。ちなみに今は19時過ぎ。辺りはすっかり暗く
なっていた。化けて出て来られたらたまらんが、アイツらなら別に良いか。俺は天使の少女達が眠る墓地へ車を走らせた。

「花でも買ってやれば良かったかな。手ぶらで来てしまった」

墓地に到着した俺は、先程の美希のスポーツタオルをマフラー代わりに首に巻いて少女達の墓へ向かった。外は冷えるので、タオルでも無いより
マシだ。辺りはすっかり暗くなっていて不気味な雰囲気が漂っている。しかし夏場の墓地と違って、冬場の墓地は怖いのではなくただひたすら
寒々しいのはどうしてだろうな。ちなみに少女達の墓は墓地の一番高い所の、見晴らしの良い所にある。社長が国に帰せないのなら、一番良い所で
眠らせてやろうと言って建てた。ちなみに日本風の墓ではなく、外国風の十字架の墓だ。墓地の一番目立つところにある墓が外国風で何か浮いてる
気がしなくもないが、まあ良いか。ちょっと神聖な雰囲気も出てるしな。

「しかしあそこまで行くの面倒くさいんだよなあ……はぁ」

俺はやれやれと溜息をつきつつ、墓地に設置された階段を上って行く。嫌に距離があるな。これはオカルトとのエンカウント率が上がりそう
なのだが………


 う……ううっ、……くっ……ふぇ……


心臓が止まるかと思った。どこからともなく女のすすり泣く声が聞こえてくる。え、マジかよ。マジで化けて出たのかお前ら……御当主とか
オーラとか、オカルトじみたものに接しすぎて俺にも霊感が宿ったのか……っ!?アイツらなら幽霊でも会いたいとは言ったが、いざ実際に
出て来られると怖すぎるな……。しかしこのまま放っておくわけにもいくまい。俺は恐る恐る声がする方へ歩いて行った。


ぐす……ひくっ…ううっ………くっ………


いよいよ声がする所の近くまで来た。俺は木の後ろから、そっと覗いてみた。

―――――そこには誰もいなかった

ではなく、墓の前でひとりの少女がうずくまって泣いていた。体は……透けてないな。足は………あるな。どうやら貴音や響と同年代の
女の子のようだ。そっとしておいてやるのがいいのだろうが、先ほど医務室で見た泣き喚くふたりを思い出して、放ってはおけなかった。
俺は少女の背後に静かに回り込むと、首に巻いていた美希のタオルをそっと頭からかけてやる。

「…………っ!!誰っ!!」

びっくりして飛び退く少女。まあ無理もない。夜の墓地でいきなり頭から何か降ってきたら、俺だったら気絶する。

「すまない。驚かせるつもりはなかったんだ………。ただ、頼むから泣き止んでくれ。こう見えても結構勇気を振り絞って墓参りに来ているんだ。
 夜の墓地でずっと女の泣き声が聞こえ続けるとか、洒落にならん」

「あっ、す、すみません……」

少女は慌ててこちらに謝罪する。綺麗な声をしていた。暗がりの上に、帽子とメガネをかけていて顔はよく見えないが、とても顔立ちの整った
子である。ちゃんと食べてるのか?と思うくらい細くて、儚げな雰囲気を漂わせていた。

「いや、別にいいんだが。そのタオルは首にでも巻いておけ。ずっとそこにいたのなら寒いだろう。やるよ」

「ありがとうございます………」

少女は言われるがままに首に巻く。おお、似合っているじゃないか。

「もう夜も遅いんだ。気を付けて早く帰れよ。じゃあな」

俺はきびすを返す。スマンな美希。この少女に使われた方がタオルも幸せだと思うんだ。

「あっ、あの…………」

後ろから少女が呼び止めてくる。何だ、まだ何か用か?


122 :1 ◆6aY2CdF7PY [saga]:2012/03/30(金) 16:46:43.00 ID:lX3+xr3a0
「あ、あなたは一体どこへ……?もしかして墓地の管理者の方ですか?」

なるほど、そう解釈するか。確かに夜の墓地など、普通人は来ないよな。

「いや、お前と同じ墓参りだよ。俺が用のある墓は、もっと上にあるんだ」

「花もないのにお墓参り、ですか?」

なかなか目ざといなコイツ。確かに手ぶらで来るところではないか。

「急に思い立って来たから、準備はしてなかったんだ。まあきちんとしたお参りはまた今度にして、今日は報告だけにする」

「ならば私のお花を少しわけてあげます。マフラーのお礼だと思って、受け取って下さい」

これは意外な展開。少女は手に持っていた花を半分差し出した。ここで断ればタオルを返されかねない。俺は小さく嘆息すると、花を受け取った。

「すまない、恩に着る。あいつらも喜ぶよ」

「構いません。いつも多めに持ってきて捨ててしまいますので。では行きましょうか」

「え?」

「あなたのお墓参り付き合いますよ。今度はあなたを怖がらせてしまったお詫びです。お化けなんているわけありませんから」

ここで少女が楽しそうな声で言った。元気になったはいいが、妙な展開になった。こうして俺は、今さっき出会ったばかりの少女と墓参りする
ことになった。なんだこれ?


***


「……………」

「……………」

俺達は静かに並んで、墓地の階段を上って行く。少女は元々口数の多い方ではないらしい。

「すみません、私あまり楽しい会話とか出来なくて………」

沈黙に耐えられなくなったのか、少女が謝って来た。

「いや、墓地で会話は弾まないだろう。俺も元々会話は得意ではない方だ。気にするな」

「す、すみません……」

少女が委縮してしまった。女ってのは面倒だな本当に。

「でもまあ、あんまり暗い気持ちで参られると墓に居る相手も心配で成仏できないかもしれない。ちょっとくらい楽しい話題をしてやった方が
 いいのかもな」

「そうでしょうか……でも私、まだ上手く笑えなくて………」

「別に無理して楽しい話をしなくてもいいさ。ただこっちの世界に残った者として、あっちの世界に逝った者に心配をかけないように努める
 べきだと俺は思う」

「そう……ですか。そうですよね…………」

どうやら納得してくれたようだ。まあ間違った事は言ってないはずだ。そうして、俺達は天使の少女達の眠る墓へ到着した。


***


「………っ!!ここは………」

「ん?どうした?」

「い、いえ……なんでもありません」

墓に到着すると、少女は少し驚いた様な顔をしている。そりゃここは目立つからな。どんな奴が来るのか興味はあるのだろう。悪い噂になって
無ければ良いが。俺は花を供えてやると、手を合わせて祈る。横で少女も同じ様に手を合わせて祈っていた。

「久しぶりだな。元気だったか?」

祈りを終えると、俺は墓に話しかける。少女は一歩退いたところで静かに聞いていた。


123 :1 ◆6aY2CdF7PY [saga]:2012/03/30(金) 16:49:20.08 ID:lX3+xr3a0
「今日はこのお姉さんがお花をくれたぞ。お前らもちゃんとお礼言っておけよ」

少女が目の端で、少し照れたような仕草を見せる。感情の乏しい子だと思っていたが、そうでもないようだ。

「実はな、今日俺会社辞めて来たんだ。だからもうあまり来られないかもしれない」

少女が目の端で驚いてる。いちいちリアクションをとるのが面白い。

「まあ社長も来るだろうからそう寂しがるな。それにツキコも元気でやってる。ツキコも俺とは別に社長の所から離れる事になったけど、
 あいつも友達が出来て、今度行く先でも良い人達に恵まれそうだ」

765プロのアイドルは良い子揃いだそうだ。貴音と響も良くしてもらえるだろう。美希も楽しくやってるみたいだしな。

「ツキコもいつまでも子供ではないけど、それでも俺はまだ心配でな。今日もわんわん泣いてたしな。だからお前達も見守ってやってくれないか」

少女は静かに聞いていた。こんな俺のつまらない話を黙って聞いているのだから、真面目な子なのだろう。

「俺もこれから芸能関係で何とか仕事を探して、離れた所からでも出来るだけツキコを見守ってやろうと思ってる。そう言えば言い忘れていたが、
 ツキコ近々アイドルになるんだぜ。あのワガママだったツキコが歌って踊って頑張るんだ。俺も頑張らないとな」

ここで少女がピクッと反応する。何だか妙な反応だな……

「アイツはまだまだ下手くそだから、お前らの所まで歌が届かないかもしれないが、もし聴こえたら空から拍手してやってくれ。お前らがツキコの
 ファンになってくれたら、俺も嬉しい」

後ろで少女がスっと空を見た。空には綺麗な月が浮かんでいた。雲が晴れて辺りをぼんやりと照らしていく。

「じゃあそろそろ帰るよ。こんな遅くに来て悪かったな。お前らも早く寝ろよ。またいつか来るよ」

お待たせ、と少女の方へ振り返ると、少女は帽子とメガネ、マフラーとコートを脱いで両手に載せていた。月の明かりではっきり見えた少女の顔を
見て、俺は固まった。

「すみません。少し持っていてもらえますか?」

俺は驚きで何も言えないまま荷物を預かる。帽子とメガネを外した事で少女の顔が露わになっている。この顔には見覚えがあった。少女は空に輝く
月に向かって、大きく一息つく。


―――――そして静かに、しかし力強く歌いだした

124 :1 ◆6aY2CdF7PY [saga]:2012/03/30(金) 16:51:29.27 ID:lX3+xr3a0


♪Amazing Grace, how sweet the sound

 That saved a wretch like me♪


この細い体のどこにそんな力があるのだと疑いたくなるような、信じられないくらいの声量と迫力で、少女は天に向かって声高らかに歌い上げる。
やや硬質な声はひたすら伸びて、遠く遠くへ響いていく。聴く者全てを圧倒する声。いや、これはもはや『音波』だ。人間が発しているものだとは
とても思えなかった。


♪I once was lost but now am found

 Was blind but now I see♪


美希の様なエネルギーを感じなければ、貴音の様に引き込まれることもない。響のようなダイナミックさもこの少女にはなかった。少女の声は、
普通の女の子の延長線上にある。しかし前に挙げた3人の誰よりも、その声は俺の心を震わせた。御当主は彼女には星のご加護がないと言って
いた。しかしそれにも関わらず、この少女は星の子達より先に第一線でデビューしたそうだ。才能があるくらいではアイドルにはなれない。
俺は半信半疑だったが、この少女の存在がそれを証明した。


♪'Twas Grace that taught my heart to fear

 And Grace, My fears relieved♪


これがアイドルが起こすという奇跡なのだろうか。本気になって全力で取り組み、限界を超える。そのプロセスを繰り返して、太陽をも沈める
力を持った存在。生まれついた才能を持っている訳ではなく、何度も何度も限界を超えて天才に打ち勝った凡人。彼女の努力は俺にはとても
計り知れない。


♪How precious did that Grace appear
 
 The hour I first believed♪


彼女はマスコミ嫌いなので、歌っている所以外はほとんど見たことが無い。ファンサービスも積極的には行っておらずあまり明るい歌を歌わない
ので、若者の間では好きではないと言う者も少なくない。しかしその実力は誰もが認めざるを得ないほど圧倒的で、全ての人の心に訴えかける。
そんな765プロの孤高の歌姫―――――


―――――如月千早が歌っていた

125 :1 ◆6aY2CdF7PY [saga]:2012/03/30(金) 16:54:50.57 ID:lX3+xr3a0
***


「ありがとうございました」

少女はそう言って、俺から荷物を受け取る。コートを羽織り、長い髪を纏めて帽子の中に入れて、メガネをかけてから、タオルを
マフラー代わりに巻こうとして、

「あの、やっぱりこれお返しします。何だかとても高そうなスポーツタオルですし……」

と言って、おずおずと返してきた。しかし俺は首を横に振ると

「いや、それはもうお前のものだ。本職の歌手が喉を痛めたら困るだろう?」

と言って受け取りを拒否した。

「お見苦しいものをお見せしてすみません。私には歌ぐらいしか、ここに眠る人達にあげられるものがないので……」

「いや、俺なんかのつまらない愚痴よりあいつらもよっぽど喜ぶよ。どうもありがとう」

俺が心からお礼を言うと、彼女は慌ててタオルをマフラー代わりに巻いて顔を隠してしまった。もっと愛想のない子だと思っていたのだが、
随分表情が豊かなんだな。

「よ、夜の墓地でひとりで泣いてるような女の歌なんて、不吉で喜ばれないかもしれませんが……」

「まあそれは置いといて、でもあれくらいデカい声だったら天国のあいつらにも聴こえたと思うよ。流石は如月千早だな」

俺は褒めたつもりだったのだが、千早は何故か不機嫌になってしまった。

「私はスピーカーじゃありません…………」

「え?い、いやそんなつもりで言ったんじゃないのだが……。と、とにかく帰ろう。もう夜も遅いし、寒くなって来たから送るよ、な、帰ろう
 そうしよう」

他所のアイドルを泣かせるなんて恐れ多くて出来ない。ましてやトップアイドルだし。

「え?ちょ、ちょっと……ひとりで帰れますから、いいですからっ……」

遠慮する千早を背中を押して、俺達は墓地を後にした。月のとても綺麗な夜だった。


***


俺達は墓地を出ると遠慮する千早を車に押し込んで、如月千早の住居に向けて走っていた。………別に変な意味じゃないぞ。しかしこの子も
随分無防備だな。最初はやや警戒していたが、今は冷静に後部座席で俺にルートを指示している。トップアイドルが見知らぬ男に自宅を教えたり
することはないと思うが、やや危ういな。

「…………」

「…………あの」

てっきり沈黙が続くかと思ったのだが、意外にも千早が質問してきた。

「何だ?次の交差点どっちだ?」

「あ、右です……そうじゃなくて、差支えなければ教えて欲しいのですが」

「何だ?差支えあるような事は、今の俺には何もないが」

千早はくすっと笑った。何だ、上手に笑えないとか言ってたのに、そんなに可愛く笑えるじゃないか。

「先程会社を辞められたと仰ってましたが……」

「ああ、その話か。ちょっと上司とケンカしちゃってな。いきなりクビにされちまったよ」

俺は苦笑しながら答える。今はもう笑い話だ。千早は「それはお気の毒でした……」と言うと、

「その辞めた会社ですけど…………。もしかして961プロですか?」

俺は思わずブレーキを踏んでしまった。後続車がなくてよかったぜ。前のめりになって運転席まで頭が出て来た千早と目が合った。

「…………何で分かったんだ?」

「た、たまにあのお墓にお参りに来る黒井社長にお会いすることがあるので……あの、訊いてはいけない事だったのでしょうか………」

千早がやや怯えた様子で訊いてくる。俺がここまで動揺するとは思わなかったらしい。しかしまさかそんなところから俺の元職場が
バレるとは………。世の中狭いなあ。
126 :1 ◆6aY2CdF7PY [saga]:2012/03/30(金) 16:57:01.86 ID:lX3+xr3a0
「いや、別に構わない………。黒井社長とは親しいのか?」

「いえ、たまに会ったら一言二言話すだけです。『応援してるよ』とか『頑張れよ』とか。たまにのど飴を貰います」

随分優しいじゃねえかあの野郎。その優しさを少しは俺にも向けて欲しかったな。

「何か変な事をされなかったか?もし裁判やるなら、法廷で証言してやるぞ。誰がどう見たって、あいつが悪人なのは間違いないからなっ!!」

真顔で真剣に聞く俺に対して、千早は目を丸くした後、腹を抱えて大笑いした。何だ、さっきまで暗い顔していた子と同一人物だとは思えないな。

「あははははっ、あ―――――っはっはっはっはっはっ………!!……ひ、ひ〜、ひ〜………」

どうでもいいがうるせえな。さっきの音波を出しながら笑いやがるから、鼓膜が破れそうだ。本当にこいつどんなノドしてやがる。

「そろそろ静まれ。それ以上は折角築き上げてきたイメージが崩壊するぞ」

「す、………すみません………ふふ……あまりにも真剣な顔で仰るのでつい………く、くくく………」

まだ笑いを抑えられないようだ。テレビとは随分印象が違うな。千早は目じりの涙をタオルで拭うと、ようやく落ち着いたようだ。

「な、何もされてませんよ……くくっ……、むしろテレビや聞いていたイメージと全然違って、紳士的で優しい方だと思ってますが……くくっ」

「女の子には優しいんだよアイツ……俺なんて今日ぶん投げられたんだぜ?それでいきなりクビとか酷いと思わないか?」

俺の愚痴を聞くと、彼女は少し考え込んで、それから言葉を選びながら発言した。

「どうして黒井社長がその様な暴挙に出たのかは分かりませんが………。あの人が理由もなしにそんなにひどい事をしないと思います。
 若輩者の私が言うのもおこがましいですが、一度じっくり話し合ってみてはいかがでしょうか。何かお互いに誤解があるのかもしれません。
 失礼な物言いになっているのは重々承知していますが…………」

遠慮がちに、しかしはっきりと自分の意見を述べる千早。女の勘なのか?随分鋭いじゃないか。分かる人には分かるんだな。

「安心しろ。表面上では憎まれ口を叩いているが、ちゃんと誤解は解けている。結果的に俺は会社を辞める事になったが、黒井社長の事は
 恨んじゃいないよ」

まあ今でもぶん殴ってやりたいとは思っているけどなと言うと、また少し笑い合った。

「面白い人ですねあなたは……………もしかして、961プロの青二才さんと言うのはあなたのことでしょうか?」

プァ――――――――――――――――――――ンッッッ!!!!!!これは俺が頭をハンドルにぶつけて、クラクションが鳴っている音である。
前の車に睨まれた。スミマセン。

「そ、……そんな……芸人みたいなリアクションを………くくくっ、あははっ……」

そしてまた、しばらく千早の笑い声が車内に響いた。もう衝撃映像で録画して、ネットにUPしてやろうかコイツ……


127 :1 ◆6aY2CdF7PY [saga]:2012/03/30(金) 17:00:46.67 ID:lX3+xr3a0
***


「……落ち着いたか?ついでに次の角どっちだ?」

「す、すみません……くくっ…、右です…ふふ」

ようやく話が出来る状態に戻った。こいつの笑いのツボがわからん。

「で、誰から聞いたんだ………まあ大体予想はついているが」

「はい、美希が前にそんな事を言っていたので、多分そうじゃないかと……」

やっぱりアイツか………。俺の事をどんな風に言ってるんだ一体?

「社長秘書のくせに全然社長を尊敬してなくて、ケンカばかりしてるけど社長ととっても仲良しの、何でも出来る………か、恰好良いお兄さん
 だって……」

後半顔を真っ赤にして、尻すぼみに声を小さくしながら話す千早。いや、そんなリアクションされるとこっちも恥ずかしいんですけど……

「後、だいぶ男寄りのバイセクシャルだって言ってました。だからアイドルになってノーマルに引き込むって、美希燃えてましたよ」

「だから違うって言ってんだろあの金髪っ?!俺はどノーマルだってのっ!!」

千早も千早で何でそこは素で言うの?!さっきの恥ずかしげに話す君はどこに行ったのさっ?!通りで見知らぬ男の車の中なのに妙に
落ち着いてると思ったよっ!!

「えっ?ノーマルってことはつまり…………っ?!」

千早は物凄いスピードで自分の肩を抱くと、がたがた震えだした。コイツって、もしかして天然なのか?

「わ……私を…………どうするつもりですかっ………?!」

「どうもしないから安心しろ。俺は黒井社長より信頼ないのか………?」

わりとマジで凹むなあ……俺ほど紳士な男もそういないと自負しているのだが。

「い、いえ………別にそういうわけでは…………」

「まあでも、それが自然な反応だよ。ちょっとお前は無防備すぎる。もうちょっと気を付けなさい」

「す、すみません……失礼な事を………」

俺は軽く溜息を吐く。千早はまだ少し警戒している。

「お前をちゃんと送り届けないと、俺は高木社長と音無さんに怒られてしまうんだよ。それに美希だって悲しむ。美希は随分お前に懐いている
 そうじゃないか。可愛げのないマセガキではあるが、アイツも俺にとっては大事な妹みたいなもんだ。俺だって妹を
 悲しませたくないんだよ…………これで安心か?」

美希は最近メールでやたら千早の事を書いているから、よほど懐いているだろうなと思った。そりゃあんな歌を聴かされたら、同じアイドルとして
尊敬せざるを得ないよな。

「随分お詳しいんですね………それにウチの社長と小鳥さんとお知り合いなのですか?」

とりあえず千早の興味をそっちに持っていくことが出来たようだ。ふぅ、やれやれだ。

「知り合いって程親しくはないんだがな。高木社長には1度しか会った事ないし、音無さんも2度だ。でもそれ以上に、765プロっていう事務所
 は業界では有名だぞ。俺は多分お前が思っているより、765プロの事をよく知ってると思うぞ」

「そうなのですか………いつまでも小さい事務所のままなので、もっとマイナーな存在かと思っていました」

随分醒めているんだな。黒井社長の話では765プロは万年資金難らしいが、多分お金の使い方をアイドルの育成に傾けているからだと思う。

「あの、青二才さん…………」

少しして千早が、何か覚悟をした様子でしっかりと顔を上げて俺を見た。と思ったら再びやや迷い出し、首を振って再度向き合う。何だ一体?

「どうした?」

「あ、あの…………」

一体何を言うつもりなのだろう。千早はとても勇気を振り絞っているようだ。やがて決心がついたようで

「青二才さんは何でも出来るスーパーマンみたいな人だって美希が言ってましたけど、アイドルのプロデュースは出来ますか?」

とんでもない事を聞いて来た。その言葉の裏に何か危険なものを感じるが、ここまで勇気を出して訊いて来たんだ、真面目に答えてやらないとな。

128 :1 ◆6aY2CdF7PY [saga]:2012/03/30(金) 17:03:26.84 ID:lX3+xr3a0
「いや、ウチにいたアイドル候補生のマネージャーみたいなことはやっていた事があったが、具体的なプロデュースはした事がない。
 専門のスタッフと会議や相談をしていたから、プロデュースについて全然知らないという事はないが………」

「マネージャーみたいな事というのは、具体的に何をやっていたのですか?」

「ウチにはアイドル候補生が2名いたのだが、主に2人の体調管理とレッスンスケジュールの調整だな。専門のスタッフの意見を聞いてバランスの
 良い食事を摂らせたり、その日のコンディションを見て練習メニューを相談したり。……まあ、元々秘書だから付け焼刃だったけどな」

「そうですか。…………いえ、それでも十分です」

何が十分なんだろう、何だか嫌な予感がする。

「青二才さんっ!!」

千早が大きな音波で俺の名を呼んだ。鼓膜が破れるかと思った。

「す、すまん……もうちょっと声のトーンを下げてくれ…………」

危うくハンドル切りそうになった。

「あっ、す、すみません。………あの、もし職をお探しなのでしたら………」

千早がすぅ―――――っと息を吸う。ヤバイ、特大の音波が来る!!俺はミラー越しに千早をギロリと睨むと、千早ははっと気付いた様で慌てて
口を抑える。危なかった。

「765プロで働きませんか………?」

上目遣いで遠慮がちな小さな声で、おずおずと訊いて来た。俺は一瞬思考が停止した。何を言っているんだこの子は。職を紹介してくれるのは
ありがたいが、まさか765プロの歌姫から勧誘されるとは。これは一体どういう冗談だ?


***


「………本気で言っているのか?」

一応確認を取る。一時の気の迷いかもしれないしな。

「はい。私は冗談は嫌いですから」

千早は吹っ切れたのか、澱みのない声で答える。

「どうして俺なんだ?確かに俺は一応業界の人間だったが、専門家ではなかったんだぞ」

「あなたを誘った理由は3つあります」

千早はしっかり答えた。何だか妙な迫力がある。

「1つ目は、黒井社長の秘書だったという事。私は黒井社長を尊敬しています。美希は蛇蝎のごとく嫌っていますが、私は黒井社長がそこまで
 悪人だとはどうしても思えないのです。例の大規模オーディションの話は聞いています。参加者ひとりひとりを丁寧に指導して、全力を出せる
 ように作られたプログラムだったようですね。私も765プロに所属していなかったら、是非参加してみたかったです。そんな素晴らしい
 オーディションを開く黒井社長の秘書さんが、優秀でないわけがないと確信しています」

それは困るな。お前に参加されたら、美希を落選させざるを得なかっただろうな。

「2つ目は、美希があなたの事を非常に高く評価している点です。あの子の事は私も知っていました。才能があるのにやる気がなくて、
 オーディションを荒らして回る悪評は私も聞いていました。でも765プロに来た彼女は非常に真面目になっていて、どんな練習でも一所懸命
 取り組んでいますし、営業先で自発的に仕事を取って来る貪欲さも見せています。黒井社長に対する敵対心が今のあの子の原動力になっている
 みたいですが、私は美希の本質を変えたのはあなたではないかと考えています」

なかなかいい読みしてるな。美希はまじめにやっているみたいだ。でもどうせあいつの事だから、しばらくしたらまた怠けだすだろうが。

「そして3つ目が、私が実際にあなたに接してみて素直に思った感想からです。美希はあなたのことを……こ、好意的に見ているので話半分で
 聞いていましたが、こうして実際にお会いしてみてお話すると、あなたの人となりがよくわかりました。あなたは外面や周囲の評判に
 捕らわれず、自分の考えと意見を持って私達を正しく評価してくれる。自分で言うのもおこがましいですが天才歌姫などと持てはやされて、
 どこへ行っても特別扱いしかされない私を、あなたは普通の女の子として扱ってくれました。私はそれが嬉しかった。美希はあなたにだったら
 自分のプロデュースを任せてみても良いと言っていましたが、それがよく理解出来ました」

「ちょっ、ちょっと待てっ!!」

これは運転しながら出来る話ではない。俺は側道に車を停めると、千早の方に向き直った。千早は固い決意を持って俺を見ている。
これは本気だ。本気で俺を勧誘している。
129 :1 ◆6aY2CdF7PY [saga]:2012/03/30(金) 17:08:39.90 ID:lX3+xr3a0
「まずは落ち着いて聞いてほしい。美希は才能があるかもしれないがまだアマチュアだ。対してお前はプロで両者には明確な差があり、
 その評価基準が大きく違うのは、お前も理解しているよな?」

「あの子だったらすぐにプロの道へ到達出来そうですが……。そうですね、続けて下さい」

「よし、分かっているならそれでいい。美希はまだまだプロの世界をよく知らないし、俺を過大評価している。あいつとお前を同列にして
 評価をすることは出来ないんだ。そもそも俺はお前を評価していないのに、他人の意見を鵜呑みにするのは良くない」

先に挙げた2つはほぼ正解に近い回答だが、3つ目は完全に美希の私見だ。そしてこの3つ目が、千早が俺を勧誘する最大の根拠のような
気がする。ならばそれを正してやらねばならない。

「では今ここで、私を評価して下さいますか?あなたの意見で構いませんので」

何でこいつはこう極論なんだろうな。本当に危うい奴だ。

「……俺は専門家ではないから、参考程度に留めておいてくれ。それから辛い話になるかもしれないが、構わないか?」

「構いません。よろしくお願いします」

千早は表情はそのままに、膝の上でぎゅっと拳を握っていた。この子でも緊張することがあるんだな。全く、どうしてこうなったんだろうか。


***


プロの歌手を評価するなど荷が重すぎる。しかし彼女がここまでして俺に意見を求めている以上、俺も覚悟を決めなければならない。

「30分時間を貰えるか?」

「構いません。いつまでもお待ちします」

「後、『千早』って呼んでいいか?ウチの候補生にはいつもそうやって下の名前で呼んで評価していたから、調子が出ないんだ」

「け……結構です……お、お好きなように呼んで下さい……」

千早は真っ赤になって、俯きながら了承した。何だか俺も恥ずかしくなってきた。他所様のアイドル相手に馴れ馴れしすぎるかとも思ったが、
これも本気で評価するためだ。

「ありがとう。じゃあ千早、ちょっとそこのカバンからノートとペンを取ってくれないか?」

「は、はい分かりました」

千早は後部座席に置いてあった俺のカバンを開けると、ノートとペンを出して俺に渡してくれた。以前ツキコ達の治療記録を作ってから、
どうも俺は紙媒体を使わないと考えを整理出来ないクセがついたらしい。

「よし、じゃあちょっと待っててくれよ……」

俺はすぅ、っと一息吐くと、目の前の千早を観察しながら一気にペンを走らせる。

ガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリ…………………ッッッ!!!!!!

目の前の千早から、現在のコンディション・顔色・様子・健康状態などを観察し、一気に書き出す。そして先ほどの墓地で泣いていた千早、
讃美歌を歌った千早、車の中で大笑いしていた千早を思い出し、当時の千早のテンションや気分・状態などを書き出していく。いつもは
テレビの中で歌っている姿しか見ないので、俺は彼女の事をほとんど知らない。今日初めて会ったばかりだ。だから普通だったら評価など
出来ないのだが、一曲だけでも歌声を生で聴けて良かった。歌は俺達にとって情報の塊だ。歌声さえ聴けば、ある程度の歌手の状態が分かる。
一心不乱にノートを書きなぐって、ページを情報で埋めていく。あっという間に見開き3枚、合計6ページが真っ黒になった。
千早は目を丸くして驚いている。

「……よし」

ここまでで10分。次はまた10分使って、俺の意見を交えた上で書きだした情報と突き合わせ、俺が見た如月千早という人間像を組み立てていく。
千早は基本的には真面目で努力家で、外面から見たイメージと内面はあまり違わないはずだ。かなりのゲラだというのは意外だったが、人間像を
作る上では特に支障はない。歌を生で聴いた時は、あまりの衝撃に腰を抜かしそうになった。あれは凄かったな……。おっと、いけないいけない。
時間は限られているんだ。星のご加護とか妙なオカルトオプションが付いてない分楽かと思ったが、本物のプロはやはり一筋縄ではいかないな。
俺は汗を拭きつつ、ひたすらノートに書いていく。情報は2ページに纏まった。

「あの、大丈夫ですか……?何だかすごい汗をかいていますけど」

「すまない、少し黙っていてくれないか」

「す、すみません……」

気を遣ってくれたのだろうが、今は構っていられない。俺は新たなページをめくると、一呼吸整えてから、最終的な意見を纏めた。これに最後の
10分を費やす。ここに書く事は、千早にも伝えなければならないので、慎重に言葉を選ばなければならない。最後は千早へのリスニングも交え
つつ、総合的な評価を下す。いつもなら想定される問答、解決策、話の結末など、ある程度シナリオを組み上げるのだが、今回はプロ相手だから
下手に作らない方が良いかもしれない。俺ごときが考えた意見など、他の専門家にも何度も言われ続けているだろう。あまり当たり障りのない
意見になってしまうと、それらの言葉の中に埋もれてしまう。それでは意味がない。出来るだけ生に近い状態の俺の意見を言おう。
こうして意見は1ページに収まった。
130 :1 ◆6aY2CdF7PY [saga]:2012/03/30(金) 17:12:41.56 ID:lX3+xr3a0
「ふぅ〜、疲れた。まさか会社を辞めたその日にまたコレをやる事になるとは思わなかったよ………」

この『集中書き出し評価法』は、天使の少女の治療記録を効率よく書き出す際に考案し、その後ツキコの日常の記録、貴音と響の状態チェックと
記録、オーディション参加者の評価とアドバイスを書いているうちに自然と身に着いた技術である。いつもは3×3×3の9分、長くても
6×6×6の18分だったが、10×10×10の30分は過去最長だった。あまりの長さに眩暈がしたが、千早の評価にはこれくらい使わないと足りない。
ふと前を見ると、千早が心配そうな顔でこちらを見ていた。

「ああ、悪かった。あまり見てて面白いものではなかっただろう。怖がらせてはいけないから、いつもは評価する本人の前では
 やらないんだけどな」

俺は袖で汗をぬぐいつつ謝罪した。そういえば途中で千早の気遣いを無碍にしてしまった。悪い事をしたな。

「い、いえ……それは構わないのですが………。な、なんだか恰好良かったです…………!!」

真っ赤な顔をして俯く千早。やっぱりこの子の感性はちょっとズレてるみたいだな。

「では始めるが千早、心の準備はいいか?」

「はいっ!!よろしくお願いしますっ!!」

千早は急に従順になった。「お願いしますっ!!コーチッ!!」って言いそうな勢いだな。俺はノートを閉じると、千早の目を見て話した。

「まずコンディションだが、もうちょっとウェイトを増やせ、腹筋は鍛えているが、発声方法がノドに負担をかけすぎているから気を付けろ、
 最近少々体調管理がおろそかになっているな。もっと睡眠を取れ」

「い、意外と辛口なんですね…………善処します」

千早がやや怯えている。社長の影響か、基本的に俺は辛辣な評価を下す傾向があるようだ。悪気はないんだがな……

「しかしこういった評価は、俺じゃなくても受けているはずだ。千早を見ていれば、ちょっと知識がある人だと誰でもそう思うだろう。違うか?」

「確かにそうですね……あ、でもでもっ、アドバイスが無駄になったと言う訳では……っ!!」

「ははは、素直でよろしい。俺もこんなつまらんアドバイスをする為にノートガリガリ書いていたわけじゃねえよ」

「す、すみません…………」

小さくなってしまう千早。おいおいここからが本番だぞ。今からそんな調子で大丈夫かよ。

「まあ、それも大事なアドバイスだからちゃんと聞いておけよ。でも俺が千早に言いたいのは、もっと歌手として本質的な事だ」

「本質的な事?」

ここで千早の雰囲気が変わる。千早は誇り高い歌手だ。プライドを傷つけられると激昂しかねない。怖いなあ……

「千早、歌っている時何を考えている?」

まずは確認だ。

「え、それは作詞家・作曲家の方と話し合って、曲の世界観を壊さないように心掛ける事を考えながら歌っていますが………」

真面目な子だからそう返すと思っていたよ。100パーセント想定内の完璧な模範解答だった。

「では千早、誰に歌っているんだ?」

ここで千早はびくっと肩を震わせて、瞳を大きく開いた。さて、どう答える。

「お……応援してくれるファンの方々と、支えてくれている方々に対してですけど………」

嘘つけ。お前ファンサービス全然しないじゃないか。まあちょっとはそんな気持ちもあるとは思うが。

131 :1 ◆6aY2CdF7PY [saga]:2012/03/30(金) 17:15:45.34 ID:lX3+xr3a0
「別にここには俺しかいないし、秘密は守るぞ。もう一度聞くぞ。誰に歌っているんだ?」

千早は俯いて、膝の上の手をぎゅっと握りしめると辛そうな様子を見せる。何度か言いかけたがやはり言えず、最終的に

「ひ……、秘密というわけにはいかないでしょうか…………」

と、非常に申し訳なさそうな顔で俺に言った。まあ大体予想はついているが、おそらくあの墓の―――――

「まあいいだろう。いじめるつもりは無かったんだ。ただもう一度自覚して欲しかった。千早が誰に対して歌っているのかをな」

「誰に対して、ですか」

千早が不思議そうな顔をして聞いてくる。さて、俺も覚悟を決めるか

「ああ。千早は最近少し、曲に引っ張られ過ぎている様な気がしていたからな。悪化すると自滅しかねない危うさがある」

「曲に引っ張られる?」

「『曲に感情移入し過ぎている』こう答えた方がわかりやすいか?」

それの何がいけないのかわからないといったような顔で、千早がこっちを見ている。まあ歌手としては素晴らしい姿勢だろうな。

だがな千早、何でもやりすぎは良くないんだよ。


***


「自滅しかねない?すみません、よくわからないので詳しく説明していただけますか?」

真剣な顔つきで千早が訊いてくる。

「そう難しい話ではないさ。楽しい曲を聴くと楽しくなるし、悲しい曲を聴くと悲しくな るだろう。そういう話だ。聴いてる方がそうなるんだ
 から、歌っている歌手はもっとそうなるろう。違うか?」

「それは……確かにそうですけど………」

ここまでは本人も納得しているな。ここからだ。

「千早は曲と真剣に向き合っているから、きっと曲に対して物凄く感情移入しているのだろう。千早が悲しい曲を歌うと、聴いてるこっちまで
 涙が出るくらい悲しくなってくる からな。人の心にそこまで訴えかける事が出来る歌を歌えるのは、純粋に凄いと思う」

「い、いえそんな……私は歌手として当然の事をしているだけであって………」

ここで再び千早が照れる。この辺りは普通の女の子って感じだな。

「しかしそこまで曲に感情移入しすぎると、歌い終わってもなかなか切り替えられないんじゃないか?悲しい曲を歌い終わったら、ずっと悲しい
 ままの気持ちでその日を過ごして、次の日にまた悲しい曲を歌って、また悲しい気持ちになる。そうやって千早は心が曲に引っ張られていく
 スパイラルに陥っているんじゃないかと俺は思うのだが」

「そっ、そんな事は………っ!!ありません……。私だって歌手ですから、感情の切り替えくらいは出来ていますっ!!」

千早が声を上げる。ちょっと怒らせてしまっただろうか。しかし反応から見るに、心当たりがあるようだ。

「失礼な事を言っているのは分かっているよ。ただ人間の心はそう簡単には出来ていないんだ。切り替えたつもりでも、自分では気付かないうちに
 心に負担が蓄積されていく。最近切ない感じの曲ばかり歌っているよな。歌い終わった後にちゃんと気分転換とかしてるか?何か美味しいもの
 食べたり、好きな事して楽しい気持ちになったり」

「基本的に歌中心の生活をしていますから……空いた時間は歌の練習をしたり、曲を聴いたりしています」

コイツ本物の歌バカだな。まあここまでしないと限界を超える事なんて出来ないのかもしれないが。しかしそれだと気分転換には
なってないだろうな。どんな曲を聴いているのか聞いてみると、やはり暗い曲・切ない感じの曲が多かった。俺だったら鬱になりそうだ。

「事務所も何らかの対応策は考えているはずなんだがなあ。最近バラエティの仕事に出るようにとか、明るくて楽しい感じの曲を歌うように
 言われてないか?」

俺の言葉を聞いて、千早は驚いた顔をする。

「た、確かに先週トーク番組に出演するように言われたし、昨日今までとは全く雰囲気の違う楽しい曲を歌うように社長に言われました。
 でもどちらも、元々好きではないので断ってしまいました。そんな理由があったなんて…………」

あ〜、こりゃ相当心が引っ張られてるなあ。本人は全く自覚がなかったようだが。
132 :1 ◆6aY2CdF7PY [saga]:2012/03/30(金) 17:20:04.07 ID:lX3+xr3a0
「今まで作って来たイメージがあるからあまり急な路線変更は出来ないが、事務所もたまにそういう仕事はちょくちょく入れているはずだ。
 気分転換と割り切り、自分の気持ちと相談して、無理じゃなければチャレンジした方がいい。思い切ってやってみれば、
 案外楽しいかもしれないぞ」

「そういうものですか。でも今の私では、そういう別路線のお仕事は上手く出来る気がしなくて…………」

「分かってるよ。だからこれからは自分の気持ちと相談したうえでよく考えて受けろよ。だが俺の見立てでは、今の千早はそういう仕事を
 受けない方がいい。そこまで心が引っ張られている今の状態なら、気分転換どころか大きなストレスになる」

「で、では一体どうすれば………」

千早が不安そうな顔で訊いてくる。

「千早も分かってるんじゃないか?だから墓地にいたんだろう?」

俺の言葉に千早はひどく動揺した。やはりこの話題は避けられそうにないな。

「仕事で迷った時は原点に立ち返ればいい。どうして自分はこの仕事を選んだのか、仕事の何が好きなのか。それを確認するために千早は
 あそこにいたと思うのだが、違うか?」

「……………っ!!」

千早は言葉を失った。さあ、ここからが勝負だ。俺は気合いを入れなおして、765プロの歌姫と対峙する。


***


「な………何か、知っているのですか………?」

ひどく狼狽えた様子で千早が訊いてくる。どうやら墓の下に眠っている人については、千早にとってそうやすやすと触れて欲しくない
領域のようだな。

「いや、何も知らないさ。ただあそこで眠っている人が千早にとって大切な人で、千早の仕事に密接に関わっているのは分かる。
 お前は仕事に行き詰まって、あそこに相談に来たんじゃないのか?」

俺だって天国のあいつらに、ツキコの事をよく相談に来たからな。墓に向かってひとりで話をしていると、何となく考えがまとまって
解決するものだ。

「そうですか……あなたもお墓に相談に来た事があるのですね………」

「ああ、俺も吹っ切れてなかった時期があったからな。さっきお前に偉そうな事言ったが、俺も最初はお前みたいに墓の前で泣いた事もあったよ。
 でもある時から、相手も泣かれたって心配するだけじゃないかと思うようになってな。だから明るく振る舞うようにしているんだ」

「そうですよね………泣かれたって迷惑ですよね…………でも…………」

千早は俯いて、ぽつりぽつりと喋り出した。

「最近どうしてか気分が悪くて、上手く歌えない事が時々あったんです。歌が好きで歌手になったはずなのに、歌えば歌う程仕事が嫌になってくる
 ような……。でも私には歌しか無いし、歌を失う事がどうしても怖くて意地で続けていたんです」

そうだったのか。そんなコンディションであんな歌を歌えるというのは凄いな。

「でもそのうち思うように歌えなくなってきて……。そうしていたら事務所から全く慣れないような仕事を渡されまして、もうどうしたらいいのか
 分からなくなって………」

事務所も気付くのが遅すぎたな。まあ普段から切ない感じの曲を歌っているし、真面目で静かなタイプだからそう簡単に気付けないだろうが。
そして最悪のタイミングで不慣れな仕事を渡されたと。そりゃ嫌になるわ。

「あそこに眠っているのは、私が歌手を志すきっかけになった人です。あの子が私の歌を聴いて喜ぶから、私は歌手になったんです。だからあの子
 がいなくなってしまった後も、私はあの子の為に歌っているんです。だからあの子に相談したら何か答えが出るのではないかと思って………」

今はこの世に居ない人に向けて、千早は歌い続けているのか。通りで切ない感じの曲がよく似合うわけだ。そして皮肉にも、本人の意向とは
関係なく自然にそういう曲が増えて、それがいつの間にか心の重荷になっていたのか。

「でも私はまだあの子の事を吹っ切れていなくて………相談しているうちにだんだん辛い気持ちになっていたんです。それで気が付けば涙が
 出ていました………」

膝に乗せた両の拳に、千早の涙がぽつりぽつりと落ちる。俯いているのでその表情は窺えないが、きっと涙を堪えているのだろう。
繊細なのに、芯の強い子だな。

133 :1 ◆6aY2CdF7PY [saga]:2012/03/30(金) 17:22:42.59 ID:lX3+xr3a0
「自分が何の為に、誰に伝えたくて歌っているのか。道に迷った時は、まずはそれを再認識する事が大事だ。千早はその答えに
 辿り着いたんだから、大したものだよ」

「でもあの子と向き合っていると、解決するどころかますます迷ってしまって………このまま歌手を続けていく自信が無くなってきて………
 でも私には歌しかなくて………」

これは深刻だな。マイナス思考ってレベルじゃねーぞ。歌を歌う事が、もはや強迫観念になっている。

「お―――――ち―――――つ―――――け―――――!」

「ふぇっ?!」

俺は千早の頭の上に手を乗せると、そのまま帽子の上からわしわしと少々乱暴に頭を撫でてやる。

「まず問題をシンプルに考えよう。お前は歌が好きで歌手になったんだ。最初は誰かの為に歌っていたのかもしれないが、歌が好きじゃなければ
 そもそも歌手にならないだろう。歌しかないから歌うんじゃない、歌が好きだから歌うんだ。ここまではいいか?」

「はっ、はい……」

涙の滲んだ顔で、千早がこちらを見る。何だか俺、女の子を泣かせてばかりだな………

「千早は切ない曲や悲しい曲を歌い続ける事で、気持ちが落ち込んでいるんだ。それは曲にお前が感情を移入しすぎた結果であり、元々のお前の
 気持ちではない。お前自身は大丈夫だ。いいか?」

「はい……」

千早はやや訝しげに返事をする。ちょっと強引だったか?でも間違ってはいないはずだ。

「千早が本当に落ち込んでいるのは、あそこで眠るお前の大事な人に対して吹っ切れていないからだ。順序があべこべになってしまったが、
 曲に感情移入しすぎてかりそめの悲しみで苦しみ、そして墓地に来て本当の悲しみに向き合ってしまった事で自分の気持ちを
 錯覚してしまったんだ」

道に迷って、答えを求めて自分の原点に戻って来た判断は正しい。しかし間違えてはいけないのは、自分の原点はいつだって希望に満ち溢れている
はずである。原点は夢のスタート地点である。人はそこで明るい未来を夢見てその道を志すのだ。だから今がどれだけ辛く苦しくても、原点は
いつだって色褪せる事無く明るく輝き続けている。

「大事な人の事も、今は辛いかもしれないけど楽しい思い出だってあったはずだ。それがお前の原点なんだから。時間はかかるかもしれないが、
 いつか吹っ切れるさ。だからお前はこれからもその人の為に歌い続けて良い」

「で、でも今の状態だったら、あの子の為に歌えば歌う程辛くて………」

まあ、そう簡単に割り切れたらここまで悪くなってないよな。

「そこでな千早、ひとつ提案なんだが……」

涙目でこちらを見る千早。さて、この治療法を受け入れてくれるだろうか。

「讃美歌を歌ってみたらどうだ?」

「讃美歌、ですか……?」

目を丸くして見つめる千早。これは先程、千早がウチの女の子達の為に歌っているのを見て思いついた解決策だ。千早さえ受け入れてくれたら
きっと上手くいく。

134 :1 ◆6aY2CdF7PY [saga]:2012/03/30(金) 17:26:27.91 ID:lX3+xr3a0
***


「さっきお前があの子達の為に歌ってくれたあの歌あっただろ。え〜と、何ていう歌だっけな。あめ……あめ………」

「Amazing Graceですか?」

「そうだそれだ、あれって讃美歌だよな?讃美歌ってのは神様を讃えて感謝する歌だ。聴いた俺が幸せな気持ちになったんだ、歌ったお前も
 気分が高揚したりしなかったか?」

「先程は、あそこで眠る人達の為に空に届けようと一所懸命だったので、あまり感じませんでしたが………」

「でもあんなデカい声で歌ったんだ、少しは爽快感みたいなものを感じなかったか?」

言ってから気付いた。しまった、さっきそう言って怒らせたんだった。しかし千早は反発することなく少し考え込むと、

「それは……確かに少しは感じましたが………でも私がそんな気分になってはいけないと思って………」

相変わらず融通の利かない女だな。これは貴音や響より面倒臭いかもしれん。少し切り口を変えてみるか。

「俺はお前が心を込めて、ウチの子達にあの歌を歌ってくれたと思ったのだが、違っていたのか………」

俺はわざと落胆したような素振りを見せる。すると千早は慌てた様子で、

「い、いえっ!!そんな事はありませんっ!!誠心誠意心を込めて歌わせてもらいましたっ!!本当ですっ!!」

わたわたしながら目一杯否定する。分かってるよそんなこと。

「さっきお前言ってたよな。歌っている時は、曲の世界観を壊さないように考えて歌っているって。しっかり曲の事を考えて、曲に感情移入して
 いるお前が、讃美歌で幸せな気持ちにならないのはおかしくないか?」

「それはそうですけど……でも墓地でそんな楽しい気分になるわけには………」

「だったら墓地じゃなくてもいいさ。普段聴いてる曲とか、歌の練習の中で、少しでもいいから讃美歌を取り入れてみたらどうだ?歌で心が
 弱ったのなら、歌で治せばいい。いや、千早の場合、歌でしか治せないだろう」

「歌で治す……」

千早が俺の言葉をかみしめるように繰り返す。

「明るく楽しいポップスなんかは歌う気分になれなくても、讃美歌だったらそんなに抵抗なく歌えるだろう?讃美歌の持つ神聖さが、
 曲の雰囲気をある程度落ち着かせてくれる。それにさっきのAmazing Graceだってアヴェ・マリアだって、そうそう容易に歌える曲ではない。
 ちゃんと曲の事を理解して、神の祝福を受ける位の気持ちで歌わないと、テクニックだけでは心に響くような歌にならないはずだ。
 しっかり歌えば千早の心だって救ってくれるはずだよ」

俺の熱のこもった説得は千早に届くだろうか。千早は再び黙考すると、

「なんだか神様に怒られてしまいそうですが、大丈夫でしょうか?」

と真顔で聞いて来た。何を馬鹿な事を。

「神様だってそんなに心が狭くないだろ。自分の為に歌って、自分が救われて何が悪い。誰かに歌う為にもまずは自分が万全の状態で、
 最高のコンディションで歌えないとダメだろ。お前はプロの歌手なんだ。体調管理も仕事のうちだぞ」

俺がそう言って見せると、千早は少し笑って

「そうですね。確かに少し甘えていました。自分の事は自分で出来ているつもりでしたが、私もまだまだ修行が足りませんね」

と言ってみせた。どうやら納得してくれたようだ。

「そうだぞ。使えるものは何でも使うくらいの気持ちでいかないと、この世界では戦えないぞ。だからと言って悪い事はしてはいけないけどな」

俺が少しおどけてみせると、千早は笑ってくれた。そして少しの間ふたりで笑い合う。これにてカウンセリング終了だな。
あれ?評価していたんだっけ?まあ、どうでもいいか。

135 :1 ◆6aY2CdF7PY [saga]:2012/03/30(金) 17:28:32.35 ID:lX3+xr3a0
「遅くなってしまったな。それじゃ行こうか」

「あ、もうここで結構です。降ります」

車を出そうとしたが、千早のマンションはもうこの近くらしい。荷物を纏めると千早は改めて俺に向き合った。

「今日は本当にありがとうございました。とても貴重なご意見を頂いて、非常に有意義な時間を過ごせたと思います」

千早が深々と頭を下げる。お役に立てて何よりだ。

「ああ。すっかり遅くなってしまったから早く寝ろよ。十分な睡眠も大事だぞ」

「はい。最近はなかなか眠れませんでしたが、今日はぐっすり眠れそうです」

千早はそう言ってやや苦笑すると、静かに車を降りていく。そして帰っていくのかと思ったら、立ち止まって俺の方に振り返った。

「あ、あの………!!」

「ん?何だ?」

千早が勇気を振り絞った様子で声を出す。思えばこいつ、今日こんなリアクションを取る事が多かったな。

「青二才さんは、プロデューサーになるべきだと思いますっ!!」

思い切った様子で、真っ赤な顔して千早は言い切った。おいおい、俺は大した事は言ってないぞ。先ほど言った対処法にしても、根拠なんて
まるでないし………

「私、待ってますからっ!!あなたが765プロのプロデューサーになるのを待ってますからっ!!」、

こっちの返事など聞かずに、千早はそれだけを言い残して走り去った。………参ったな、再就職先は765プロのプロデューサーに
決定してるのかよ。しかし今日千早と話をしてみて、少しだけ765プロの内情が垣間見えた気がする。千早があそこまで追い込まれる程、
気付かれないなんて、スタッフはよほど忙しいのだろうな。そこに俺達は美希を入れて、更に貴音と響まで投入しようとしている。
流石に高木社長でも無理じゃないだろうか。961プロを辞めた俺が、黒井社長のした事の責任を感じる必要はないかもしれないが、貴音と響の
事は放ってはおけないな。…………もしかして、そこまで見越して黒井社長は俺をクビにしたのか?

まさかな、と首を振りつつ、俺はある場所に電話をかけた。全てが黒井社長の計画通りだとしてもいいじゃないか。その計画に乗った上で、
真っ向から勝負してやるよ。

136 :1 ◆6aY2CdF7PY [saga]:2012/03/30(金) 17:33:08.96 ID:lX3+xr3a0
第九章


「そうですか。千早ちゃんにお願いされたんですか」

「ええ。961プロを辞めた夜に偶然出会って、何故かそういう話になりまして……」

ここはとある会員制の高級バー。ここには何度か黒井社長を迎えに来たことがあったが、中に入ったのはツキコを京都に引き渡した日以来だ。
今、俺は赤いタイトなドレスを着た小鳥さんとふたりでカウンターに並んでいる。千早と出会った後、俺は765プロに電話をした。そして
今後の話の為に指定されたのが、数日後の今日のこのバーだった。一応再就職の面接も兼ねていると思って気合いを入れて臨んだのだが、
バーに居たのは小鳥さんだけだった。高木社長は仕事で来られなかったらしい。肩透かしだったが、考えによっては気が楽だ。

「貴音と響は元気にやってますか?」

ふたりは一昨日、正式に765プロのアイドル候補生としての所属が決まったらしい。黒井社長からあんなに手酷い別れ方をされたから、
もうアイドルを辞めると言わないか心配だったが、御当主と赤ふんがうまく説得してくれたようだ。

「ええ。来た時はふたりとも元気がなかったんですけど、美希ちゃんが色々気をまわしてくれたみたいで、今日には皆と仲良くレッスンに行って
 ましたよ。面接の時に確認しましたが、ふたりとも黒井社長には嫌われてしまったけど、やっぱりアイドルは続けたいから765プロで
 頑張るって言ってました」

「そうですか。ふたりともまだ色々気持ちの整理がついてないと思いますので、どうぞ注意深く見てやって下さい。後、今スタッフはどうなって
 いますか?流石に美希を含めて一気に3人も増えたら、いくら高木社長でも対応出来ないと思いましたけど」

俺がそう言うと、小鳥さんは苦笑いをしながら教えてくれた。

「本当は美希ちゃんが来た時点で、ウチはパンク寸前だったんですけどね………。流石に四条さんと響ちゃんの面倒は見られないと私は反対
 したんですけど、社長が事務所の経営の中で時間を作ってプロデュース業も手掛けてくれて、それでも足りない分は876プロのプロデューサー
 さんにヘルプに来てもらって何とかやってます。でも876さんのヘルプは1ヶ月の期間限定なので、その間にしっかり研修を
 受けて来て下さいね」

「はい、出来るだけ早く研修を終えて、皆さんのお力になれるように努力します」

ちなみに俺は、765プロのプロデューサーになる為に876プロで一ヶ月のプロデュース研修を受ける事になった。これは765プロと
876プロがつながりがあるから実現した事であって、高木社長様々である。研修と言っても、876プロのプロデューサーは765プロに
出張しているので、ほぼプロデューサー見習いとして、876プロのアイドルをプロデュースするらしいのだが。幸いにも876プロ所属の
アイドルは3名と少数で、社長も積極的にプロデュース業を行っているらしいので、俺でも何とかなりそうだ。

「876プロの石川社長はちょっと変わった人ですけど、プロデュースの方はきっちりしておられるので心配ありません。黒井社長の秘書を
 しておられた青二才さんなら大丈夫だと思いますが」

「黒井社長以上の変人なんてそういないでしょう。しっかりやってきますよ」

「まあプロデュース研修なんて受けなくても、青二才さんは十分アイドルのプロデューサーとして素質があると思いますが。千早ちゃんも
 お陰様ですっかり元気になりましたし。今度讃美歌のアルバムを出すことになったんですよ」

「本当に極端ですね千早は………。俺は気分転換に讃美歌を歌ってみろと言っただけなのに、何でそこまで本格的に入れ込むんだ。
 まあ元気になったならいいですけど」

ちなみにこれは余談だが、後にこの千早の讃美歌アルバムは全世界で大ヒットし、如月千早という歌手の世界進出の足掛かりとなった。

「私達も何とかしたかったんですけど、千早ちゃんなかなか頑固で歌以外の仕事は嫌がるし、手が回らなくて相談にも乗れなかったから
 心配していたんです。本当にありがとうございました」

「今度からは、ちょくちょく歌以外の仕事もやらせてやって下さいね。たまには気分転換をさせてやることも大事ですから」

「はい。千早ちゃんからもお願いされています。本人とよく相談して、バラエティのお仕事にもチャレンジさせてあげようと思ってます。
 千早ちゃんあんなに可愛いんだから、きっと人気出ると思いますよ」

「そうですね。本人も結構天然なところがありますし。ただあの超音波みたいな笑い声はちょっと注意しないとダメですね……。
 しかも笑いのツボがよく分からないし」

「えっ、あれを聴いたんですかっ!?よく無事でいられましたね………」

「車の中で思い切り笑われましたよ………鼓膜が破れるかと思いました………」

「へぇ………。千早ちゃん青二才さんには随分心を開いているみたいですね………黒井社長の言った通りだわ。他の子達も
 気を付けさせないと………」

「ちょっ?!何を変な誤解しているんですかっ!?別に俺は千早に何もしてないですよっ!!黒井社長の言う事なんてデタラメなんですから、
 真に受けないで下さいよっ!!」

「ふふ、冗談です♪」

そう言って、小鳥さんは楽しげに笑った。全く、驚かさないでくれよ………
137 :1 ◆6aY2CdF7PY [saga]:2012/03/30(金) 17:38:54.40 ID:lX3+xr3a0
「とにかくそういうわけですから、明日から一ヶ月、プロデュース研修頑張って来てくださいね」

「はい、その間大変だとは思いますが、貴音と響と、あとついでに美希もよろしくお願いします」

そう言って俺達は乾杯した。ちなみに今日は貸切で、店には俺達以外誰もいない。それは今日この後、誰にも聞かれたくない重要な話をするから
であり、予め人払いをしたのだ。しばらくふたりで静かに酒を飲んで、楽しくおしゃべりをする。


***


グラスも空になり、他愛ない話もそろそろ尽きて来た。そろそろ頃合いか。

「それでは音無さん。電話で聞いた件ですが、教えていただいてもよろしいでしょうか」

最初は自然に切り出す。これは俺の予感だが、これからする話はおそらく重いものになる。だから最初は明るい感じでいこう。音無さんもそれを
分かっているのか、明るく自然に返してくれた。

「わかりました。黒井社長の過去、というよりは高木社長と黒井社長の昔の話ですね。でもその前にもう一杯だけいいですか?」

音無さんはそう言うと、俺の分もグラスについでくれた。あまり話したくない話なのだろう。ゆっくりゆっくりワインをついで、ゆっくりゆっくり
元に戻す。やがて小さく息を吐くと、決心したようで静かに目を閉じた後、ゆっくり話し始めた。

「高木社長と黒井社長が、一緒にアイドル事務所を経営していたという話は御存知ですか?」

「ええ、黒井社長から聞きました。高木社長がアイドルのスカウトと育成を行っていて、黒井社長は事務所の経営を担当していたと」

以前本人から聞いた話だ。

「はい、その通りです。その事務所に所属していた当時のアイドルが、私だったんです」

やはりそうか。以前このバーに来た時は、音無さんはピアノの横で歌を歌っていた。あの時は何気なく聴いていたが、今思えば結構
上手だったのを憶えている。

「もう10年以上前の話です。高木社長にスカウトされて、私はふたりの事務所に所属しました。優しい高木社長と、厳しい黒井副社長。
 あと、事務員の善澤さんがひとりだけの小さな事務所でした。その事務所はまだ立ち上げたばかりで、私の他には少し年上のアイドル候補生が
 ふたりだけしかいませんでした。私はそのふたりと3人組のグループとしてデビューする為に、日々レッスンに励んでいました」

「私達のプロデュースは主に高木社長が担当していました。レッスンスタジオを探したりオーディションに応募したり、私達3人は
 事務所にいる間はほぼ高木社長と行動を共に していました。高木社長は私達をとても可愛がってくれたし、私達も高木社長が大好きでした。
 善澤さんもおしゃべりな人で、和気あいあいとした楽しい事務所でした」

なるほど、今の765プロみたいな事務所だったんだろうか。しかし登場人物がひとり足りないような……

「黒井社長は当時は副社長で、事務所の経営を一手に引き受けていました。悪い人ではなかったんですけど、私達アイドルの事には
 一切ノータッチで、電卓片手に机にかじりついて、ひたすら予算作成をしている人でした。たまに社長がみんなをご飯に誘って
 くれたんですけど、黒井副社長だけは仕事があると言って来てくれませんでした。私達が話しかけても無視されることも結構あったので、
 正直私も苦手でした……」

結構ストイックに仕事していたんだな黒井社長。今とは大違いだ。

「高木社長が私達アイドルの育成に費用をかけすぎて、経営担当の黒井副社長とは度々言い争いをしていました。でも最後は黒井副社長が折れて
 少ない予算から捻出してくれるんですけどね。ニコニコ笑う高木社長の後ろで、善澤さんと黒井副社長はよくふたりで頭を抱えてましたよ」

音無さんは当時を懐かしむような目で話をする。ちょっとした衝突はあったようだが、それなりに上手くやっていたようだ。

「私達もオーディションにはなかなか受からなかったけど、いつも3人仲良く一緒にレッスンしていました。一緒に踊って一緒に歌って、
 学校の夏休みには合宿にいで海に行ったりしました。私達3人と、高木社長と善澤さんと5人で。黒井副社長は、やっぱり来てくれませんでした
 けどね。私は一番年下だったし、ふたりのお姉ちゃんが出来たみたいで、いつも甘えん坊の妹みたいにふたりの後をついて行ってました」

ここで音無さんが、ワインに少し口をつける。そして少し息を吸って、小さく吐いた。

「そんなある日、高木社長がオーディションの仕事を取って来ました。アイドルグループのオーディションでしたが、対象年齢が私の少し上で、
 私以外のふたりが受けることになりました。先にふたりをそのオーディションに合格させて、後から私をねじ込んで3人でデビューさせる作戦
 でした。成功する確率は5割程度でしたが、無名の弱小事務所が勝負に出るには手段は選べませんでした。オーディションも聞いたことがない
 ような主催者でしたが、逆にそれが特例を通すには丁度良いと判断しました」

「私もデビューする為には仕方ないと思っていたので、そこは割り切ってふたりを応援する事にしたんです。仮にもし私がデビュー出来なくても、
 大好きなふたりがテレビでアイドルとして活躍する姿が見たかったという思いもありました。善澤さんもその気になってくれて、
 皆で一丸となってそのオーディションに向けて練習を始めたんです」

138 :1 ◆6aY2CdF7PY [saga]:2012/03/30(金) 17:46:01.38 ID:lX3+xr3a0
「でも黒井副社長だけは、最後まで反対していました。今までずっと3人一緒でのデビューを目標に頑張って来たんだ、そんな特例が通るわけが
 ない、もっとちゃんとしたオーディションを受けようと、今まで私達の事は全くノータッチだったのに突然言い出したんです。いつもいつも
 ひとりだけ別行動で、また水を差すつもりなのかと、ふたりのお姉ちゃん達も反発しました。結局それが決め手となって、黒井副社長は
 渋々折れてくれました。それからは私はふたりとは別行動でレッスンを受ける事が多くなったんですけど、ある日事務所で私と黒井副社長の
 ふたりだけになった時に、黒井副社長は私にぽつりと謝ってくれたんです。すまない、俺の力が至らないばかりに不憫な思いをさせてしまって、
 と。その時私気付いたんです。いつもは無愛想だけど、この人も私たちの事を大事に想っていてくれたんだって」

貴音と響をクビにした時も思ったが、黒井社長は基本的に不器用な人なんだな。

「こうしてオーディションの準備も整って、いよいよ当日になったんです。ふたりには高木社長が付き添って、私は事務所で善澤さんと黒井副社長
 と待ってました。ふたり共元気自信満々で、高木社長も必ず合格を勝ち取って来ると言ってオーディションに向かっていきました。ふたりが
 猛練習をしているのを横で見ていたし、高木社長も連日オーディションの作戦を考えて、ふたりと挨拶や歩き方の練習をしていました。
 私も善澤さんも、おそらく黒井副社長も何も言いませんでしたが、ふたりの合格を確信していました………」

ここで音無さんが言葉に詰まる。ふと見ると、今にも泣きそうな顔になっていた。いよいよ『その時』が来たのか。高木社長と黒井社長が
道を違える事になった時が―――――
音無さんは涙を堪えると、再び静かに話し出した。

「オーディションは開催されませんでした……。そのオーディションは、人身売買の為に参加者の女の子達を誘拐するためのものだったのです。
 舞台上に参加者の女の子達が揃った時に、急にどこからか大勢の男達が現れて一気にまとめて連れ去ったそうです。残った事務所の
 プロデューサーや関係者はその場で一斉に銃撃を受けて多くの人が亡くなり、社長も大怪我を負いました………」

「病院に運ばれた高木社長の胸ぐらを掴み、黒井副社長はひどく罵りました。善澤さんと私で必死になって止めましたが、黒井副社長は涙を
 流しながら、ふたりをすぐに探して来いと高木社長を怒鳴り続けました。高木社長は朦朧としながら、謝罪の言葉とふたりの名前を呼んで
 いました―――――」

「ふたりは攫われてしまいましたが、でも私達は警察がすぐに捜査に入って解決してくれるだろうと思ってました。ところがいつまで経っても
 見つからないどころか、事件として新聞にも載らなかったんです。元々大々的に宣伝されていたオーディションではなかったので、その存在を
 知っている人もほとんどいませんでした。どうやら何らかの情報操作が行われているようでした。不審に思った黒井副社長と善澤さんは、
 何度も警察に捜査の進展具合の確認に行きましたが、警察は捜査内容を教える事は出来ないと取り合ってくれなかったそうです」

「高木社長は依然病院のベッドの上で、事務所は開店休業状態でした。私も無期限の休みになり、家で自主練習をしていました。黒井副社長と
 善澤さんは自分達でもふたりを探そうということで、あの日のオーディションを調査しはじめました。善澤さんは芸能記者としてアイドル業界に
 潜入し、黒井副社長は裏社会に潜入しました。私と善澤さんは黒井副社長を引き留めたのですが、蛇の道は蛇だと言って、黒井副社長は私達を
 振り切って芸能界とつながりのあるヤクザさんの事務所に入り込みました―――――」

「元々黒井副社長は不良少年だったようで、高校を中退するとそのままヤクザさんになったそうです。でも小学生からの幼馴染だった高木社長が
 一所懸命更生させようと黒井副社長を説得して、アイドル事務所設立にあたって副社長のポストを当てたそうです。黒井副社長は元々数学が
 得意で、数字に強かった上に会社経営にも向いていたみたいです。折角表の世界でまともになったのに、黒井副社長はまた裏の人間になって
 しまいました―――――」

ここで音無さんが再びワインに口をつける。とても辛そうだが、話はまだ続く。

「事件から一ヶ月後、善澤さんがあのオーディションの情報を掴みました。どうやらオーディションの主催者側に警察関係者がいたようで、
 事件を公にしないように圧力がかかっていたそうです。善澤さんは警察に猛然と抗議に行きましたが警察は事実無根だと言って取り合って
 くれず、追い出されてしまったそうです。そのほぼ同時期に、黒井副社長もオーディションの情報を掴みました。どうやら誘拐された女の子達は
 中国に送られたそうです。黒井副社長は善澤さんに『事務所を頼む』と言い残して、中国に渡りました―――――」

「警察に裏切られた私達は、もう黒井副社長に頼るしかありませんでした。裏社会でもヤクザでも、あのふたりを探してくれるならもう誰でも
 良かったのです。でもヤクザの方も、私達を裏切りました。黒井副社長の留守を狙って、事務所も資産も何もかも全て、私達は黒井副社長が
 所属していたヤクザに奪われてしまいました。善澤さんは最後まで抵抗しましたが、ヤクザ達によって大けがを負わされ、
 病院に搬送されました――――」

警察にもヤクザにも裏切られたから、黒井社長はどちらも憎み、嫌っているのか。そしてどちらも塗りつぶすほどの『黒』を目指すように
なったと―――――

「黒井副社長は結局ふたりを見つけられずに、失意のうちに帰国しました。そして事務所に帰って来たのですがそこに事務所の建物はなく、
 ただ空地が広がるのみでその隅で退院した高木社長が呆然とした様子で膝をついていたそうです。黒井副社長も、もう声も涙も出ない様子で、
 その場で立ち尽くしていたそうです―――――」

所属アイドル候補生を奪われ、事務所まで奪われたのか。前者は高木社長、後者は黒井社長によるものだ。これによって、ふたりの仲は決定的に
壊れたのか。
139 :1 ◆6aY2CdF7PY [saga]:2012/03/30(金) 17:54:56.50 ID:lX3+xr3a0
「事務所を失った2週間後、善澤さんが退院したので、私達は久しぶりに全員集まって、ささやかな事務所の解散式をこのバーでしました。
 丁度あの机ですね」

音無さんはそう言って、店の奥の小さな机を指した。

「高木社長も黒井副社長も善澤さんも、みんな私に謝ってくれました。でも私はどうしても許せなくて、あのふたりを見つけて欲しいと
 泣き喚いて罵ってしまいました。皆さん頑張っていた事は分かっていたのに、それでも抑えきれなかったんです。グラスの中身をぶっかけて、
 料理をひっくり返して大暴れしちゃいました」

音無さんが寂しそうに笑う。あの机の近くには、その時付けた傷が壁にまだあるそうだ。

「その時、黒井副社長は小さくすまないと謝罪されました。私はまた罵倒してやろうと向き直ったのですが、黒井副社長の顔を見た瞬間に
 声を失いました。


 ――――――黒井副社長、黒い血の涙を流していたんです―――――――


 私その時、黒井副社長がおとぎ話か映画の中の悪魔に見えて、怖くて怖くて腰を抜かしてしまいました…………」

ツキコ救出作戦の時に見たな、黒井社長の真っ黒な涙。その時に黒井社長は、ブラックホールに身を堕としたのだろうか。

「高木社長も善澤さんも、驚いて声が出ませんでした。黒井副社長はそのまま、『ふたりは必ず見つけ出す』と言って店を出て行きました。
 そしてそのまま黒井副社長は失踪しました。その夜、黒井副社長が所属していたヤクザの組長と、オーディション誘拐事件の捜査本部の本部長が
 何者かに襲われ、一時意識不明の重体に陥るほどの大怪我を負いました。解散式の前日にオーディション誘拐事件は少女誘拐事件ではなく、
 外国人テログループによる芸能関係者のパーティー襲撃事件として処理され、犯人グループ逃亡のまま捜査は終結していました」

そういえばそんな事件があったなあ。謎の暴漢に襲撃されたということで、結局犯人見つかってないんだっけ………

―――――以上回想終わり

「善澤さんはそのまま芸能記者として潜入先の会社に務め、二度と被害者が出ないように目を光らせています。今でも時々、黒井社長に情報提供を
 しているみたいです。高木社長は『表の世界』で徹底的に力を付けて、業界では一目置かれる存在になりました。もう二度と、あんな
 偽オーディションが行われないように、またそんな裏の圧力に屈しないように血のにじむような思いで、今の地位まで上り詰めたようです。
 ただその権力を全然行使しないから、765プロはいつまで経っても貧乏事務所なんですけどね」

そう言って、音無さんは泣き笑いのような顔を見せた。

「私はその後、商業系の高校に進学して事務関係の資格を集め、卒業と同時に高木社長が新しく設立した会社の事務として就職しました。
 あの時守られてばかりで何も出来なかったから、今度こそ何かお役に立ちたいと思って………。またアイドルを目指さないかと言われた事
 ましたが、あのふたりが見つかってないのにそんな気にはなれませんでした………」

ぽた……ぽた……カウンターに音無さんの涙が落ちる。

「あれから10年以上経って、みんな何とか立ち直ってまた新しい生活を始めました。当時の辛い記憶を忘れた訳ではありませんが、みんな
 それぞれ新しい道に向かって歩み進めています。ずっと消息不明だった黒井社長も、5年程前からまたこのバーに顔を出してくれるように
 なって、また全員集まる事も出来ました」

丁度俺が警察を辞めて、黒井社長に拾われた頃だな。

高木社長も善澤さんも私も、当時の事を思い出として楽しく笑えるようになりました。………でも黒井社長は………黒井副社長だけは
あの日のままで………真っ黒な涙を流したままで…………いつまでもあのふたりを探し続けて…………うっ、……うう………」

最後の方はもう声にならなかった。俺はそっとハンカチを貸してやると、そのまま音無さんが泣き止むまで優しく背中を撫でてあげた。
過去の人身売買に巻き込まれた子達を救出するというのは、そういう事だったのか…………

140 :1 ◆6aY2CdF7PY [saga]:2012/03/30(金) 17:57:38.33 ID:lX3+xr3a0
「今は高木社長も善澤さんも、それから黒井社長も、みんな強くなったのでもうあんな悲しい事件は起こらないと信じています。
 私も高木社長の傍で仕事のお手伝いをしながら、ウチのアイドルの子達を見守っています。私達は何があっても、あの子達と
 あの子達の夢を守ります」

やがて顔を上げた音無さんは、涙の滲む目で強い決意を宣言した。その瞳に迷いは一切ない。

「音無さんにそう言って頂いて、765プロのアイドル達は幸せですね。俺も貴音と響と、あとついでに美希をお任せして良かったと心から
 思いますよ。ただ、高木社長と黒井社長、それから善澤さんもかな。御三方にはとっとと引退してもらいましょう」

「ピッ、ピヨ?」

音無さんは驚いた様子でこちらを見る。ピヨって何だよ、鳥か。

「ロートル共にいつまでも居座られたら若手は迷惑なんですよ。ニュージェネレーション代表として、裏からも表からも、全てから俺が
 あの子達を守ってみせますよっ!!」

俺は力強く宣言した。どうだ、決まっているだろう。音無さんは呆気にとられていたが、やがて小さく笑うと

「青二才なのにですか?」

と聞いて来た。俺はがっくり項垂れると、そのまま椅子に崩れ落ちる。音無さんは俺の頭を優しく撫でると、

「ふふ、冗談ですよ。頼りにしてます、プロデューサーさん♪」

そう言って、ワインのお代わりを注いでくれた。こうして夜は静かに更けて行った―――
141 :1 ◆6aY2CdF7PY [saga]:2012/03/30(金) 18:01:03.50 ID:lX3+xr3a0
終章――――エピローグ


それから三週間後―――――

「ふぅ、いよいよか」

俺はプロデュース研修を一週間早く終えて、765プロの事務所の前に立っていた。自分で思っている以上に俺はアイドルのプロデューサー
としての素質があったようで、予定を繰り上げて早めに終えたのだ。まあ、元々2週間でマスターする事を目標にして頑張っていたからな。
あの男か女かよくわからんアイドルのプロデュースじゃなければ、2週間で終える事が出来たのに………。まあおかげで、大抵のアイドルなら
プロデュース出来る自信がついたが。

「さて、あいつらは元気にしているかな」

音無さんと高木社長から、時々3人の様子は聞いていた。

貴音はアイドルとして、歌やダンスの他に、芝居の稽古もやっているらしい。将来女優でも目指すのだろうか。それも面白そうだが。
後、何故かラーメンが好物になり、同じ765プロの双葉姉妹を引き連れてよく食べに行ってるとか。また偏食してないだろうな。

響はダンスを中心に、恰好良い感じの曲を歌っているそうだ。また純粋にダンスパフォーマーとして、同じく765プロ所属の菊池真と
ダンスオーディションなどにも参加しているとか。この間エアートラックスをキメて大会で優勝したらしい。女であれやる奴見た事ねえよ………
これは今後の活動方針を本人とじっくり話し合う必要があるな。

美希はその才能を活かして、幅広く活躍している。歌やダンスはもちろんの事、タレントとしてひな壇に並んだり、モデルとしても活躍している
ようだ。最近忙しすぎてちょっとお疲れ気味で、事務所でよく寝ているらしい。あまり士気を下げないように注意しないとな。後、千早と会った
数日後、千早が美希のタオルをレッスンで使っていたそうで、しかし自分の物だと言い出せなくて、

『どうして千早さんがミキのタオルを持ってるのかなあ』

と、絵文字顔文字一切なしのメールが来た。俺は何だか恐ろしくなって、そのまま返信せずに放置しているのだが、さて、どう説明しようか。

まあ何とかなるか。ちなみに俺の連絡先を知ってる3人は、ちょくちょくメールを寄越してくれた。今日こんな事があったとか、今どうしている
とか、当たり障りのないメールである。会いたいとか話したいとか来た事もあったが、俺は遠方で仕事をしていると嘘をついて断っていた。
3人をびっくりさせてやろうと思って、ちょっとしたサプライズである。
142 :1 ◆6aY2CdF7PY [saga]:2012/03/30(金) 18:03:45.04 ID:lX3+xr3a0
「さて、そろそろ行こうかな」

そう言って歩み出そうとしたら、急に電話が鳴った。誰だ?着信を見ると、久しぶりに見る名前がそこにはあった。

「はい、もしもし」

『久しぶりだな青二才。765プロに就職したと聞いたが、私へのあてつけかな?』

およそ一か月ぶりに聞く、黒井社長の声だった。

「自分でそう仕向けておいて何を言ってるんですか。これもアンタの計画の内でしょう?」

『フンッ、何のことだ。まあいい。お前が765プロに行ったところでその事務所は崩壊寸前だ。精々もがき苦しむが良い』

電話の向こうで黒井社長が高笑いをする。全く、相変わらずの憎まれ口だな。

「俺をクビにした事、後悔させてやりますよ。こっちには全員揃っているんです。アイドル勝負じゃ負ける気がしませんね」

『ああ、その件だが、ウチも今度アイドルをデビューさせる事になったぞ。いやあ、才能溢れる若者達でね。業界トップは間違いないな』

マジかよ。相変わらずムダに仕事が出来るな。

『但し男のアイドルグループだがな。3人組なんだが、御当主の見立てでは3人とも木星の御加護があるらしい。仲はあまり良くないが、
 それがいい競争心を生み出してなかなかレベルが高い仕上がりになってるよ』

「男性グループの3人組?木星の御加護?…………まさかアンタ、あの時既に…………!?」

『さあねぇ?まあ、見てのお楽しみという事で。ウチのアイドルがデビューした暁には、積極的にお前の所にぶつけてやる。覚悟しとけよ』

「ふんっ、返り討ちにしてやりますよ。そっちこそ、後で吠え面かかないで下さいよ」

ふたりで罵り合う。何だか涙が出るほど懐かしいやりとりだ…………

「貴音達の事は任せて下さい。腕は鈍っていませんから、いつだってあの子達を守る盾になりますよ」

『当然だろうが。今度は12人だ。いや、小鳥やそっちの女プロデューサー入れたら14人か。誰一人傷つける事は許さん』

「誰の下で働いていていたと思ってるんですか。そっちこそ、俺がいなくなって3人でも守るのは厳しいんじゃないですか?」

『誰に向かって言っている。私は黒のカリスマ・黒井崇男だぞ。私を倒したかったら、核爆弾でも持って来い』

自信満々に言う黒井社長。全く、どこまで本気なんだか。

「それじゃそろそろ切りますよ。初日から遅刻とか、恰好悪すぎるんで」

『ああ、まあお前の無様に走り回っているのを、私は面白おかしく見ているよ。じゃあな、青二―――――いや、『765プロ』』

「ええ、失礼します。『961プロの社長さん』」

携帯電話を切った俺は、765プロが入っているビル2階を見上げた。これからあの子達にどんな未来が待ち受けているのか、それを誰よりも
近くで見る事が出来る俺は幸せ者なのかもしれない。気持ちを新たに、新調したブルーのスーツと黒縁のメガネを掛け直して、俺は事務所の中へと
入って行った。


end
143 :1 ◆6aY2CdF7PY [saga]:2012/03/30(金) 18:05:58.97 ID:lX3+xr3a0
以上で終了です。

序盤改行などで御見苦しいところがあり、申し訳ございませんでした。
感想頂けると嬉しいです。では。

しかしSSって、ちゃんと書くとこんなにしんどいのか……
俺はもう当分いいわ……
144 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/03/30(金) 18:29:32.69 ID:sL1x3jmDO
まだ読んでないが、2日で一気にに書ききるというのはとても評価が高い

いちおつ
145 :1 ◆6aY2CdF7PY [saga]:2012/03/30(金) 18:39:43.24 ID:lX3+xr3a0
>>144
ありがとうございます。書き溜めたものを、一気に載せただけなのですが。

ついでに「ピ---」とか魔翌力とか、ちゃんと設定して書かないとだめなんだな。
読み返して後悔。よくわからん所があれば可能な限り答えます。
146 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大分県) [sage]:2012/03/30(金) 20:07:05.71 ID:9F/5zXmn0
乙です
147 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西・北陸) [sage]:2012/03/30(金) 21:48:48.15 ID:vXUNAd4AO
>>141の双葉姉妹は双海姉妹に脳内変換でおk?
アイマスのアニメもゲームも見てないから単に俺の知らないキャラなんだったらスマン
148 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西・北陸) [sage]:2012/03/30(金) 21:53:16.13 ID:vXUNAd4AO
あと忘れてたけど乙
ちょっとクサイ文章のところもあったけど面白かった
149 :1 ◆6aY2CdF7PY [saga]:2012/03/30(金) 23:08:55.40 ID:lX3+xr3a0
>>147
ああ、またつまらんミスを……orz
そうです。双海姉妹でお願いします。杏は姉妹じゃねえw
150 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) :2012/03/31(土) 02:47:24.48 ID:2hOZuCd70
てす
151 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) :2012/03/31(土) 02:49:55.24 ID:2hOZuCd70
VIPの今日の「アイマスSS」にいたモンだが
どうして欲しい?
褒めて欲しいかボロクソに言って欲しいか
152 :1 ◆6aY2CdF7PY [saga]:2012/03/31(土) 03:19:20.63 ID:xbJmLTLq0
>>151
両方。面倒ならお好きな方をどうぞ。具体的にお願いします。
どの道俺は疲れたのでもう当分書けません……
153 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/03/31(土) 04:38:25.15 ID:SVFtUhauo
すげー面白かったよ
154 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) :2012/03/31(土) 11:22:14.99 ID:2hOZuCd70
>>152
じゃあ歯ァ食いしばれ

総合:歴代アイマスSSでも上位に来る

いい所
・美希、千早の凄さの描写は文句のつけようがない
・黒井いいキャラ
・美希を放り出す理由付けはなかなか練られてて良い
・墓〜カウンセリングのシーンは白眉
・オリジナルキャラが良く動いてる
・アイドルプロデュースに入ってからはなかなか地に足がついてる
・ようこんな長いモン書きあげたわ。乙

悪い所
・もっと1文字単位、1文単位で削れるやろ。不要なこと書きすぎて折角のツキコの話がぼやけるんじゃい
・どうせツキコってキャラ出すなら、もっととっかかりになる物でも言葉でも出来事でも増やせるやろ
・主人公は警察辞めて裏の仕事してんだから割と年齢上だと思うが、言動が若すぎる
 裏の仕事してる主人公はカッコよくない。プロデューサーになってからはカッコいい
・裏の仕事の部分が浮いてる。軽妙な文体はいいが、死地に赴く覚悟を垣間見させてくれ
 このへん総体として声優交代前のルパンよりちょっと面白いくらい
・怖いはずのキャラたちが怖くねー。ゾッとするような凄みを感じさせてくれ
・正直、この黒井さんは961社長とは別人だわなあ。961社長のキャラ掴まないまま書き始めた感じ

どっちでもない
・一人称一人語りのキモさを解消する方法を模索してるんだが、どうにもならんなあ
 いっそ貴音視点で書いてもよかったんじゃねーの
・俺も長編書くやる気が出てきた。ありがとう
155 :1 ◆6aY2CdF7PY [saga]:2012/03/31(土) 12:04:19.85 ID:xbJmLTLq0
>>153
ありがとう。素直に嬉しいぜ。

>>154
わざわざVIPまで出張した甲斐があったわwこんな有り難い意見を戴けるとは思わなかった。もっと批判してくれても
いいんだぜ?

>>・主人公は警察辞めて裏の仕事してんだから割と年齢上だと思うが、言動が若すぎる
>> 裏の仕事してる主人公はカッコよくない。プロデューサーになってからはカッコいい

主人公の青二才は赤羽根Pをイメージしたのだが、何を思ったか最初はあまとうのミスリードを誘ってみようとした。
結果的にふたりの年齢が離れすぎていたために不自然な感じになってしまった。それが後々まで尾を引いて、結局青二才
の深い描写が出来なかったな。特に悪描写は、俺が基本甘ちゃんの善人なんで反省点が多いです。自分で書きながら、
何でコイツこんなクサイ事ばっか言ってるんだろうと頭抱えましたよorz

>>・もっと1文字単位、1文単位で削れるやろ。不要なこと書きすぎて折角のツキコの話がぼやけるんじゃい

これは作品全体に言えると思う。もっとサクサク書けるだろうと俺もイライラしたw 次に書くことがあったら、テンポ良く
いきたいですね。千早パートがお気に入りの様ですが、正直千早の登場は全く考えてませんでした。ただ星の子だとかオカ
ルトだとか選ばれた人間だけが活躍出来る超能力展開になってしまうと思ったから、普通の人間だってスゴイんだよと
言う事で千早には一般人代表になってもらいました。結果的に作品の完成が二日遅れましたがw、後々読み返すと入れて
良かったかなと思います。

>>・ようこんな長いモン書きあげたわ。乙

VIPにも書いたけど、結果的に長くなっただけであって、俺ももっと短くしたかったぜっ!!
黒井社長の凄さを書こうとして、貴音の正体を書いてみようとして、その為に響と美希も入れて、おまけに千早をつけた
感じでしょうか。本当に書きたかったのは黒井社長と貴音(ツキコ)の話だけで、最後の音無さんの過去話が全てです。
情報の取捨選択というのは、結構大変ですね。>>154さんもSS頑張ってください。

ついでに昨日のルパン面白かったなw
156 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/04/01(日) 11:04:46.61 ID:NgpWSVrFo
面白かったよ〜
また書いて欲しいな!
157 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(静岡県) [sage]:2012/04/01(日) 20:43:35.31 ID:uX2Xh9j1o
お疲れ様
続編でも完全新作でも、いつかまた書いてくれる日を待ってます。
158 :1 ◆6aY2CdF7PY [saga]:2012/04/01(日) 22:27:33.60 ID:/3g9K7Rr0
>>156
>>157

ありがとうございます。この話はここで完結です。体力を使い果たしてしまったので、次は全く別のアイマスヒロインか
全く別のマンガで書きたいと思います。
159 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府) [sage]:2012/04/02(月) 01:00:44.15 ID:rcnvP87Vo


おもしろかったよ、掛け値なしに
160 :1 ◆6aY2CdF7PY [saga]:2012/04/03(火) 22:52:27.25 ID:ew8cJ9XP0
>>159
おおっ、すっかり落ちたと思ったらコメントがついてた。
ワードに打ち直して数えてみたら18万文字超えてたわ……。軽くラノベ一冊分超えてるこのSSを最後まで読んでくれて
ありがとうございます。今度はもっと短く書く事を目標に頑張ります。
161 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/04/03(火) 23:30:03.02 ID:v61eQbtm0
>>160
そんなにあったのか…
でも読みごたえあって面白かったぜ
162 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/04/04(水) 00:53:21.86 ID:KePJOW0pP
むしろ長くしてもいいのよ
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