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唯「君に恋の歌を」 - SS速報VIP 過去ログ倉庫

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1 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) [sage saga]:2012/04/14(土) 21:26:44.36 ID:6xDEGNnC0
「終わっちゃったねえ、高校生活」

溜息まじりに呟いた言葉に、そうね、と短く返ってきた。

軽音部のみんなとバイバイして、和ちゃんとふたりの帰り道。
並んだ影がくっついたり離れたりしながらアスファルトの上に長く伸びている。

「終わっちゃったなあ」

もう一度、オレンジ色の空を見上げてつぶやいたら
和ちゃんはちょっと笑って私のほうを見た。

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落花生アンチスレ @ 2025/07/29(火) 09:14:59.83 ID:pn6APdZEO
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ライナー「何で俺だけ・・・」 @ 2025/07/28(月) 23:19:56.58 ID:euCXqZsgO
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ワイ184cm95kgと嫁168cm50kg、某ファミレスへ入店→ @ 2025/07/28(月) 22:22:36.42 ID:7E/br4lG0
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【グラブル】ガイゼンボーガ「吾輩の、騎空団の一員としての日常」 @ 2025/07/28(月) 19:56:02.26 ID:1M+emLR40
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天龍「イキスギィ!イクイク!ンアーッ!枕がデカすぎる!」加賀「やめなさい」 @ 2025/07/25(金) 19:40:58.85 ID:LGalAgLLo
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2 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) [sage saga]:2012/04/14(土) 21:27:49.27 ID:6xDEGNnCo
「なに、気が抜けたような顔して」

「うーん、なんか急に、卒業なんだなあって」

「え、今?」

「うん、今」

少し間があって、唯らしいわ、と、今度は和ちゃんが溜息を吐いた。
軽く笑った口元につられて私の口角も上がる。

「梓ちゃんへの曲、一生懸命作ってたんでしょ」

「うん、頑張ったよぉ」

「だからじゃない?」

「へ?」

「あんたは何かに夢中になると、他のこと忘れちゃうから」

自分が卒業することも忘れてたんじゃない?と言われて、
そんなこと、と反論しかけて口をつぐむ。
3 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2012/04/14(土) 21:28:38.31 ID:6xDEGNnCo
「ぬ…………。否定できない、かも」

「まあ、高校最後の下校中に思い出しただけいいじゃない」

「えっ」

「え?」

足を止めた私の数歩先で、和ちゃんが振り返った。
唯?と首をかしげた和ちゃんの眼鏡に夕陽が映って光る。

「最後の下校……」

「えっ、それも今気付いたの?」

「……うん」

はあ、と二度目の溜息を吐いて、和ちゃんが苦笑いする。
きれいに弧を描くその口元を見ても、今度はうまく笑い返せなかった。
4 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2012/04/14(土) 21:29:40.70 ID:6xDEGNnCo
「そっか、和ちゃんと一緒に下校するの、今日が最後なんだ……」

自分の言葉が実感を伴って、かくん、と急に膝の力が抜けたような気がして
慌てて和ちゃんに飛びつく。

「ちょっ、唯?」

勢い余ってふたり一緒に2、3歩よろめいた。
肩に下げられたスクールバックと、そこから覗く丸筒が揺れる。

和ちゃんの腰に両手を回して黄緑色のマフラーに頬をうずめたら、
もう、と呆れたような声と一緒に頭の後ろ側を撫でられた。
顔は見えないけど、この声はきっと笑ってる。

「……実家を出て暮らそうって子がこんなじゃ、先が思いやられるわ」

「大丈夫だよぉ、寮はみんなと一緒だし」

「人に頼る気満々じゃないの」

「えへへー」

「えへへじゃないわよ、もう」

腰に回していた手を外して和ちゃんの左手を握ると、
和ちゃんはちょっと眉尻を下げて、やさしく握り返してくれた。
5 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2012/04/14(土) 21:30:18.37 ID:6xDEGNnCo
どちらからともなく歩きだす。
ふたりの影が、くっついたままアスファルトの上に長く伸びる。

「ちっちゃい頃さ、よくこうやって手を繋いで帰ってたよね」

「手を繋いでおかないと、あんたすぐどっか行っちゃうから」

「えっ、そんな理由?!」

「自覚なかったの?」

「えぇー……」

くすくす笑う見慣れた横顔が、夕陽できらきらと光る。

「ぜんぶで何年だっけ、一緒に帰ったの」

「幼稚園はお迎えがあったから……小学校からだと12年ね」

「12年!」

「高校に入ってからは、あまりなかったけど」

「あー、そうだねえ……。もっと一緒に帰ればよかったなぁ」

「お互いやりたいことやってたんだからいいじゃない」

「そうだけど」
6 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2012/04/14(土) 21:30:55.15 ID:6xDEGNnCo
私は軽音部で、和ちゃんは生徒会。

いつの間にか軽音部のみんなと一緒に帰るのが当たり前になっていて、
和ちゃんが誰と帰っていたのか、それともいつもひとりだったのか、
それすらよく知らなかったことに今更気がついた。

「……ねえ和ちゃん」

「なに?」

「生徒会どうだった?」

「どうだった、って?」

「楽しかった?」

「んー……。やりがいがあったわね」

「やりがい……かぁ」

「唯は? 軽音部楽しかった? って、聞くまでもないか」

「あはっ。楽しかったよぉ」

「ふふ、でしょうね」
7 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2012/04/14(土) 21:31:38.48 ID:6xDEGNnCo
大通りからいつもの角を曲がって、左右に家が並ぶ静かな通りに入る。
幼い頃から変わらない、ふたりで一緒に登下校した道。

「ね、和ちゃん」

「うん?」

「ちょっと寄り道していこ?」

「寄り道って……もう家に着くよ?」

「ね、ちょっとだけ」

「憂もご飯作って待ってるんでしょ?」

「そーだけど」

「……」

「……だめ?」

和ちゃんは少し考えてから、ちょっとだけね、と困ったように笑った。
憂も一緒に3人でよく遊んだ公園に寄って、水銀灯の下にあるベンチに並んで座る。

「わ、もうだいぶ暗いね」

「そうね」

橙色の夕陽はいつの間にか風景の向こうに隠れてしまって、
水銀灯の光がふたりの影を足元に落としている。
8 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2012/04/14(土) 21:32:12.30 ID:6xDEGNnCo
頬をかすめる風が思いのほか冷たくて、鼻先までマフラーを引っ張り上げた。
お互いの肩と肩をくっつけて、それから再び手を繋ぐ。

「ここでよく遊んだねー」

「小さい頃は広いと思ってたけど、案外狭いのね、この公園」

「だねぇ」

「……」

「ねえ、和ちゃんは大学入ったら何するの?」

「そうねえ……。とりあえず入ってから考えるかな」

「そうなの?」

「うん。何か楽しいことを探すつもり」

「楽しいこと」

「そ、楽しいこと」

「そっかあ……」
9 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2012/04/14(土) 21:32:47.18 ID:6xDEGNnCo
「唯は? 大学でも軽音部に入るつもり?」

「まだわかんないけど、みんなも入るなら入るよ」

「そう」

「あずにゃんがいないから4人になっちゃうけど」

「梓ちゃんもN女子大志望?」

「んー、どうだろ。同じとこ来てくれるなら嬉しいけど……」

「そうね」

「でも、もしあずにゃんが違うとこ行っても、また5人でやりたいな」

「じゃあ、それまでにギターもっと練習しておかないとね」

「がんばりやすっ!」

フンス!とガッツポーズをしてみせたら和ちゃんがクスッと笑って、私もつられて笑う。
ふたりの吐いた息が水銀灯の光の中にふわりと広がる。
10 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2012/04/14(土) 21:33:30.91 ID:6xDEGNnCo
白い息が夜に溶けるのを見送って、話を続けようと口を開きかけたとき、
ぶるる、とポケットの中で携帯が震えた。

「……あ、憂から」

ちらっと和ちゃんを見てから、通話ボタンを押す。
お姉ちゃんいまどこ?と聞かれて、近くの公園に和ちゃんといるよと答えた。

「うん、うん。……ん? ん、ちょっと待って」

一旦耳から携帯を離して、和ちゃんと視線を合わせる。

「ねえ和ちゃん、憂がうちで一緒にご飯食べてかないかって」

「……嬉しいけど、うちもご飯作って待ってると思うから」

「そっか」

憂にそのまま伝えて、もうすぐ帰るよと付け足した。
ふぅ、と軽く息を吐いて、ポケットに携帯を仕舞う。
11 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2012/04/14(土) 21:34:00.77 ID:6xDEGNnCo
「えへへ、憂に心配されちゃったぁ」

「誘ってくれてありがとうって伝えておいてね」

「憂も、寂しいんだねぇ」

「……」

「そりゃそっか」

「……唯」

「うん?」

「……。ううん、そろそろ帰ろうか」

「……うん、そうだね」

繋いだ手を離して立ち上がる。
下ろしていたギー太を再び背負って、スクールバッグを肩から下げる。
12 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2012/04/14(土) 21:34:42.36 ID:6xDEGNnCo



……うちの前に着くまで、和ちゃんも私も何も喋らなかった。
何か喋りたいのだけど、言葉が喉元で止まってしまうようなへんな感じ。

アスファルトの上に、ふたりのローファーの音が響く。
さっきまで和ちゃんと繋いでいた手を制服のポケットの中でぎゅっと握る。

「……着いちゃった」

和ちゃんが、そうね、と短く返す。
2階の窓から漏れる灯りを見上げて、それから和ちゃんのほうを向く。

「憂に顔見せてく?」

「ううん。うちもそろそろ電話掛かってきそうだから」

「そっか」

「すぐ引っ越すわけじゃないし、また遊びに来るわ」

「うん」

憂にもそう伝えとくねと言ったら、和ちゃんは静かに口角を上げた。
そしてそのままの表情で、ゆい、と私の名前を呼んだ。
13 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2012/04/14(土) 21:35:11.02 ID:6xDEGNnCo
「うん? なに?」

「我慢しなくていいのよ」

「えっ?」

何が?と聞き返すよりも早く、右目からぽろりと涙がこぼれた。

「あ、あれ?」

最初の一粒をきっかけに堰を切ったように両目から涙が溢れ出し、
薄桃色のマフラーの上にぱたぱたと染みを作っていく。
嗚咽が漏れて、慌てて手の甲で口を強く押さえる。

ぽんぽんと頭を撫でられて、涙でにじんだ視界に大好きな笑顔が見えた。
両手を和ちゃんの首に回して抱きついて、自分より少し高い肩におでこをくっつける。
14 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2012/04/14(土) 21:35:42.98 ID:6xDEGNnCo
「っ……、のどかちゃ……」

「感情がすぐ顔に出てた唯が、泣くのを我慢できるようになるなんてね」

「……」

「成長したのねえ」

お母さんみたいなことを言いながら、子供をあやすように、
和ちゃんの手が私の頭をやさしく撫でる。

「卒業おめでとう、唯」

「……のどかちゃん、も、……卒業、おめでと」

「うん」

「……うん」

言いたいことが沢山あるはずなのに、喉元で詰まってしまって言葉が出てこない。

涙と鼻水でぐちゃぐちゃになりながらやっとの思いで言えたのは、
ありがと、のひとことだけだった。
15 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2012/04/14(土) 21:36:23.18 ID:6xDEGNnCo





**





「唯?」

「うひゃっ?!」

蛍光灯に照らされた深夜の廊下で、後ろから急に名前を呼ばれて飛び上がる。

「な、なんだ……晶ちゃんかぁ。びっくりした」

「なにやってんだよこんな時間に」

「晶ちゃんこそ」

晶ちゃんはタンクトップにハーフパンツのラフな格好で、
手に持った袋をひょいと掲げてみせた。
16 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2012/04/14(土) 21:36:58.18 ID:6xDEGNnCo
「目が覚めちゃって寝られそうにないから、風呂入ってこようかと思って」

「あ、そうなんだ? 私もだよー」

「げっ」

唯もかよ、と顔をしかめた晶ちゃんにニシシといじわるな笑顔で返す。

「お昼寝しちゃったせいで、変な時間に目が覚めちゃったんだよねぇ」

「ゲームで徹夜なんかするからだろ」

「晶ちゃんだって楽しそうだったくせに」

「うっ……」

「まいいや。露天風呂、一緒に入ろ?」

「……はぁ。しゃあねえなぁ」
17 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2012/04/14(土) 21:37:58.53 ID:6xDEGNnCo
大学生になって最初の夏休みは、大学軽音部の合宿で始まった。

大学で友達になった晶ちゃんとはバンドのパートも学科も寮も一緒で、
なにかと仲良くしてもらっている。
ちょっと口が悪いけど、困ってる人をほっとけないし、すごくいい人。

「おぉー! 貸し切りだよぉ!」

「当たり前だろ、何時だと思ってんだ」

「風も涼しくて気持ちいいねー」

「前隠せ、前」

「いやぁん、晶ちゃんのえっちぃ!」

「うざっ」

軽く身体を洗って、ざぶんと露天風呂に飛び込む。
泳ぐなよ、と先を読まれて、子供じゃないもんと頬を膨らませる。

だけど結局泳いで晶ちゃんに思い切り呆れられて、
それから露天風呂のふちに背中を預けて並んで夜空を見上げた。
18 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2012/04/14(土) 21:38:43.57 ID:6xDEGNnCo
「おお、星がいっぱいだねえ」

「山の中だから周りが真っ暗なぶんよく見えるんだな」

「晶ちゃんは、合宿のあと実家に帰るの?」

「ん? ああうん、そのつもり」

「先輩にも逢いに行っちゃったりするの?」

「……逢わねえよ」

「えー、逢えばいいのにー逢いたいくせにー」

「るせっ!!」

晶ちゃんの顔を覗き込もうとしたところにばしゃんとお湯をかけられた。
鼻の中にお湯が入ってげほごほとむせる。

「げほっ……ひ、ひどいよ晶ちゃん……」

「人を茶化すからだろ。そういうお前はどうなんだよ」

「へ?」

「いないのか? その、好きな人とか」

「え」
19 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2012/04/14(土) 21:39:15.16 ID:6xDEGNnCo
好きな人、と言われて何故か、馴染んだ笑顔がぽこんと浮かんだ。
あぇ?と間の抜けた声を出してしまった私を見て、晶ちゃんが眉を上げる。

「あ、あれ? ん?」

「……ほう」

「……」

「いるんだな?」

「……」

「どんな奴?」

「……」

「なんだよ、人のこと茶化したんだからお前も言えよな」

何も言えずにいる私を黙秘しているのだと思ったらしく、
今度は晶ちゃんが私の顔を覗き込んで質問を重ねてくる。
20 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2012/04/14(土) 21:39:44.27 ID:6xDEGNnCo
「……えと……、いるっていいますか」

「うん?」

「いま、晶ちゃんに好きな人って言われて」

「うん」

「意外な人の顔が浮かんで自分でびっくりしたところです」

「へえ、どんな奴?」

「えっと……。幼稚園からずっと一緒で、あたまが良くて、高校で生徒会長もやって」

「ほう」

「優しくて、ときどき厳しくて、お料理も上手で、すごくあったかい……」

「ほほう」

「……女の子です」

「はぁ?」

なんだそりゃあと晶ちゃんが呆れた声を出して、
私も苦笑いで返す。
21 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2012/04/14(土) 21:40:23.81 ID:6xDEGNnCo
「あは……私もなんだそりゃあだよ」

「つまりカレシとか好きな人は別にいないってこと?」

「んー、女子高だったし、部活が楽しかったし、そういうの全然考えなかったや」

「ははっ、ギターが恋人ってやつか」

「おお! そうだね! ギー太が恋人!」

「だからダサいってその名前」

「えぇー、可愛いじゃんギー太」

「はぁ……まあいいけど」

口を尖らせた私に軽い溜息で応えて、
晶ちゃんはまた背中を露天風呂のふちにくっつけて星空を見上げた。
私もそれに倣って、ちかちかと瞬く星を眺める。

「……私長風呂だから、のぼせる前に先上がっていいぞ?」

「大丈夫だよー、風涼しいし」

「そっか?」

「うん」

「……」

「……」
22 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2012/04/14(土) 21:41:11.83 ID:6xDEGNnCo
ふたりが黙ると辺りはほんとうに静かで、
水の音のほかには風がザワザワと葉を鳴らす音くらいしか聞こえない。

ふいに、晶ちゃんが歌を口ずさみ始めた。
いつも練習で聴いてるのとは違う感じの、ゆったりとした唄い方。

「それ誰の曲?」

「ん? ああ、ビートルズ」

「へー。どんな歌詞なの?」

「一応ラブソングかな」

「晶ちゃんもラブソング唄うんだ」

「悪いか」

「誰の事を想って唄ってるのかなあ」

「しつこいな」

「ホントに逢いに行かないの?」

「ほんとうるさいよお前」

「にしし」

お風呂のせいか照れのせいか、頬を赤くして睨む晶ちゃんを冷やかしながら、
私はまだ、頭の中でゆらゆらと浮かぶ笑顔と、何故か収まらない動揺を持て余していた。
23 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2012/04/14(土) 21:41:49.20 ID:6xDEGNnCo




***





合宿を終えて寮に戻ってきてから数日のんびり過ごして、
実家に帰ることにした。

澪ちゃんとりっちゃんはお盆前に一緒に帰省すると言っていたし、
ムギちゃんは今年もフィンランドの別荘に行くらしい。

家族をびっくりさせるつもりで連絡せずに帰ったら、
うちのリビングで和ちゃんがお留守番していて私がびっくりした。

知らないうちに物置状態になっていた私の部屋で、近況と思い出話に花を咲かせて、
そのうちに憂とお母さんが帰ってきて、みんなでケーキを食べて。
日が暮れる頃、家に帰る和ちゃんを3人で見送ったあと、
お母さんから和ちゃんが留学するらしいって話を聞かされた。
24 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2012/04/14(土) 21:42:31.41 ID:6xDEGNnCo
「……はっ、はっ、……和ちゃん!」

「えっ……、唯?」

公園の前で追いついて、
振り返った和ちゃんの腕にそのままの勢いでしがみつく。

「わっ、と」

「はぁ、はー……。追いついたぁ」

「どうしたの、息切らせて」

「はぁ……、和、ちゃん、留学するって、ほんと?」

「ああ……おばさんから聞いた?」

「うん」

「……公園、ちょっと寄っていきましょうか」

水銀灯の下のベンチに並んで座る。
夕焼けの橙色と水銀灯の白い光が混ざって、土の上にふたりの影を作る。
25 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2012/04/14(土) 21:43:13.43 ID:6xDEGNnCo
「和ちゃん、留学ってどこに行くの?」

「ん……。まだ具体的なことはこれから。親にも話さなきゃいけないし」

「そうなんだ。……でも、行くんだよね?」

「うん、そのつもり」

「そっか。……それが、和ちゃんの言ってた楽しいこと?」

「……に、なるといいなと思ってるわ。行ってみないとわからないけど」

「そか」

「うん」

「がんばって、で合ってるのかな、こういう時」

「合ってるんじゃない?」

「……がんばってね、和ちゃん」

「うん、ありがと」

公園の外を、子供たちが駈けて行く。
それをなんとなく目で追って、それから自分の足元に視線を落とす。
26 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2012/04/14(土) 21:43:51.20 ID:6xDEGNnCo
「外国かあ……。ますます遠くなっちゃうね」

「そうね」

「あっ、外国だったらメールとか電話も出来ないじゃん」

「今でもあまりしてないじゃない」

「和ちゃんて昔っからあんまししてこないよね、メールとか」

「ああ……そうね」

「……」

「……」

和ちゃんが、ふう、と軽く息を吐く。
橙色の太陽が、風景の向こうにまだちょっとだけ見えている。
27 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2012/04/14(土) 21:44:20.39 ID:6xDEGNnCo
「……あのね、和ちゃん」

「うん?」

「私最近、色んな曲を聴いててね」

「うん」

「えっと……こないだ、大学の軽音部で合宿やって」

「うん」

「晶ちゃんって、あ、さっき見せた写メの、ベリーショートの子」

「ああ、うん」

「夜眠れなくて、一緒に露天風呂に入って、星見ながら色んな話して」

「うん」

「あっ、晶ちゃん、高校の時の先輩に好きな人がいるんだけど」

「そうなんだ」
28 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2012/04/14(土) 21:44:52.79 ID:6xDEGNnCo
「それで……。私にね、好きな人いないのかって」

「うん」

「そう、聞かれて……えっと」

「……」

「……あっ、ビートルズの ” And I Love Her ” って曲、知ってる?」

「ビートルズ? うーん…… ” HELP ” とか " Love me Do " とかなら知ってるけど」

「そっか」

「うん」

「……」

「……」

ひゅうと風が吹いて、それと一緒にどこかの家から夕飯の匂いが流れてきた。
太陽はかろうじて風景の端っこを照らすだけになっていて、もうすぐ夜がやってきそうだ。
29 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2012/04/14(土) 21:45:25.66 ID:6xDEGNnCo
「で、ビートルズが何?」

「あっ、うん。そのビートルズの曲を、晶ちゃんがお風呂で唄ってて」

「へえ」

「そんで、えと、それから色んな曲を教えてもらって」

「そう」

「合宿から帰って、CD借りたり澪ちゃんのパソコンで動画見せてもらったりして」

「……」

「色んな曲を聴いてみたんだ」

「そうなんだ」

「うん」

「……」

「……」

「……」

「……唯」

「うん?」

「好きな人ができたの?」
30 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2012/04/14(土) 21:46:09.46 ID:6xDEGNnCo
どきんと胸が跳ねた。
恐る恐る視線を動かすと、和ちゃんは軽く微笑みながら私を見ていた。

「えっ……。なんで?」

「なんでって、今の流れだとそう聞こえるけど」

「そう、かな?」

「違うの?」

「……」

お母さんから話を聞いて衝動的に追いかけてきたものの、
何も考えずに話し始めたせいで、言葉に詰まってしまった。
和ちゃんは私を見たまま、私の次の言葉を待っている。

「……えっとね、よくわかんないんだ、自分でも」

「……」

「だから、色んな恋の歌を、みんなから教えてもらって、聴いてみて」

「うん」

「それで……。多分、そうかなって」

「そう」
31 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2012/04/14(土) 21:46:45.67 ID:6xDEGNnCo
「……ねえ、和ちゃん」

「うん?」

「怒らないで聞いてくれる?」

「怒る? なんで?」

「あ、怒るのとはちょっと違うか……。うん、でも、話すね」

「うん」

夏の太陽は風景の向こうにすっかり隠れてしまって、
水銀灯の光だけが和ちゃんと私の影を足元に落としている。

卒業式の帰り道、このベンチで和ちゃんと手を繋いで話したこと思い出して、
自分の手をぎゅっと握る。
32 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2012/04/14(土) 21:47:26.68 ID:6xDEGNnCo
「……晶ちゃんに聞かれたって言ったでしょ?」

「好きな人がいるのか、だっけ」

「うん。……そう聞かれた時にね、ぱっと頭の中に浮かんだのが」

「うん」

「……和ちゃんだったの」

「えっ?」

「……」

「私?」

「うん」

和ちゃんの表情が驚きの色に変わった。
予想はしていたけれど、胸がちくんと痛んだ。

視線をまた足元に落として、軽く息を吸って吐いて、もう一度吸って、口を開く。
33 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2012/04/14(土) 21:49:03.57 ID:6xDEGNnCo
「びっくりするよねえ。私もびっくりしたもん」

「……」

「……でもね、なんでだろうって考えて、考え始めたら」

「……」

「なんか、和ちゃんのこと思い出すたびにどきどきするようになっちゃって」

「……」

「自分でもわけわかんなくて、そんで……」

「それで、色んな歌を聴いてみたってこと?」

「うん……」

「そう」

「……」

自分の靴に視線が固定されてしまったように体がかたまって、
顔を上げて和ちゃんの顔を見ることができない。
34 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2012/04/14(土) 21:49:41.43 ID:6xDEGNnCo
それで、と和ちゃんが静かに続きを促す。

「聴いてみて、何か分かった?」

「……うん、分かったよ」

「そう」

「たぶん、私やっぱり、和ちゃんのことが好きなんだと思う」

「……」

耳が熱くて、どきどきして、涙が出てしまいそうで、
和ちゃんがいまどんな表情をしてるのかわからない。

こくんとつばを飲み込んで、両手をぎゅっと握って、勇気を出す。

「……あのね、このどきどきする気持ちが」

「……」

「これが恋じゃなかったら、私、一生恋の歌なんて唄えない」
35 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2012/04/14(土) 21:50:48.65 ID:6xDEGNnCo
少しの沈黙のあと、
和ちゃんは穏やかな声で、そう、と言った。

「……ごめんね」

「謝ることじゃないわよ」

「うん……」

「……唯」

「うん?」

「顔、上げなさい」

恐る恐る顔を上げて横目で和ちゃんを見る。

水銀灯の光の下、和ちゃんはちょっと困ったように眉尻を下げて、
それでも、やさしい笑顔で私を見ていた。
36 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2012/04/14(土) 21:51:28.40 ID:6xDEGNnCo





****





「もう、唯先輩! 部室行きますよ、って、寝てるし……」

何度かノックが聞こえたあと、ドアが開く音と一緒に呆れた声が耳に響く。

「んぁ……あずにゃんおはよぉ」

「もう夕方ですよ。また床で寝たんですね」

テーブルの上で開きっぱなしのノートパソコンと
ベッドから引っ張りだした毛布を見て、
だらしないなあ、とあずにゃんが溜息混じりに呟いた。
37 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2012/04/14(土) 21:52:40.70 ID:6xDEGNnCo
「ちゃんとお布団で寝ないと風邪引きますよ?」

「えへへ、分かってはいるんですけども」

「それより早く準備してください。みなさんもう部室にいるそうですから」

「わっ、そうなの? やばいやばい」

慌てて毛布をひっぺがして、あたふたと着替えてギー太を背負う。

「もう、練習待ちきれないって張り切ってたの誰ですか」

「てへへ……」

「寝癖すごいですよ」

「えっ、どこ?! 直してる暇ないよぉ」

「もう……。部室行ったら直してあげますから」

「えへへ、すいやせん……」

あずにゃんと一緒に寮を出て、小走りで軽音部の部室に向かう。
傾き始めた太陽の光が背中から当たってあったかい。
38 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2012/04/14(土) 21:53:14.82 ID:6xDEGNnCo
「また朝まで和先輩とスカイプしてたんですか?」

「うん、ついつい話が弾んじゃって」

「もうじき帰国するんだから普通に会えるじゃないですか」

「ちっちっち、そういうもんじゃないのだよ中野君」

「はあ……。いつでしたっけ、こっちに戻ってくるの」

「んと、来週の水曜日」

「楽しみですね」

「うん!」

ニコリと笑ったあずにゃんに、私も思いっきり笑顔を返した。
39 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2012/04/14(土) 21:54:01.92 ID:6xDEGNnCo



 ・
 ・
 ・




『……唯、寮にネット環境はある?』

『え? あー……澪ちゃんもネットやってるし、多分』

『じゃあ、バイトでもしてパソコン買いなさい』

『へ? なんで?』

『ネットなら海外とメールしても余計なお金掛からないでしょ。通話も出来るし』

『あ、そっか……。って、いいの?』

『いいのって何が?』

『だって……告白したんだよ? 私。女の子同士なのに』

『そうね』

『……』
40 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2012/04/14(土) 21:55:15.08 ID:6xDEGNnCo
『……。正直に言うと、どう応えたらいいか分からないの』

『……』

『恋愛は男女がするものだとずっと思ってきたし』

『……気持ち悪くない?』

『気持ち悪くはないわよ。驚きはしたけど』

『……』

『だから、ずっと一緒にいた頃みたいにたくさん話しましょ、お互いのこと』

『えっ』

『たくさん話して、自分の中にある常識と、気持ちと、それから唯の気持ちと、色々考えさせて』

『……』

『……今は、そういう返事しかできないわ。それでいい?』

『……。和ちゃんのそういうとこも、大好き』

『そう? ありがとう、でいいのかしら』

『……私のほうこそありがと、和ちゃん』




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41 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2012/04/14(土) 21:56:54.85 ID:6xDEGNnCo
夕暮れにさしかかった大学構内を小走りで部室に急ぐ。
これから練習する曲のことを思うと、自然と足も軽くなる。

りっちゃんは多分私たちを待ちきれずに、
ムギちゃんにお茶とお菓子をねだって澪ちゃんに叱られている頃だろう。


作曲の仕方をムギちゃんに教わりながら一生懸命作った私の曲は、
和ちゃんの帰国にギリギリ間に合いそうだ。


初めて作った恋の歌、和ちゃんはどんな顔で聴いてくれるかな。


ちょっと照れながら、眼鏡をくいっと上げて照れ隠ししながら、
聴き終わった時にはきっと大好きなあの笑顔で応えてくれる。

そんなことを想像したらうっかり頬が緩んでしまって、
誰かに見られたわけでもないのに
急いでてのひらで口元を隠して、咳払いしてごまかした。





おしまい
42 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/04/14(土) 22:49:44.72 ID:kzBsppASO


だが、今の原作は迷走してて嫌いだ
43 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [sage]:2012/04/15(日) 07:14:46.63 ID:FDtnXlR9o

良い
44 :あぼーん [sage saga]:2012/04/16(月) 02:15:05.00 ID:pLhwCYOBo

この書き込みはJASRACさんによる著作権侵害の申し立てにより削除されました。
45 :あぼーん [sage saga]:2012/04/16(月) 02:15:59.26 ID:pLhwCYOBo

この書き込みはJASRACさんによる著作権侵害の申し立てにより削除されました。
46 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(栃木県) [sage]:2012/04/17(火) 05:03:49.46 ID:A9GasKX/o
乙乙乙!
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