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とある主従の桃源郷 -
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1 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage saga]:2012/04/14(土) 21:57:50.54 ID:JGUNg54Xo
買われることになったのだそうだ。
窓ごと黒塗りにされた車内、そっと布の端を掴む。
ずっと一緒にいた毛布だ。寒さを凌ぐ術を求めた手にいつからかあった。
その下は、ずた袋に手足の穴を開けたような服未満の布。
外は雨であるらしい。タイヤが水を巻き込んでは後ろへ放り投げていく。
「ミサカはどんなお家に行くんですかって、ミサカはミサカは尋ねてみたり」
答えはない。運転手は、たしかにいるはずなのだけれど。
奇妙に仕切りのある乗り物だった。外から見た黒塗りは、引き伸ばしたように長い。
少女の目の前には黒い壁。音をさえぎるのか、向こうからこちらは見えているのか、何も分からない。
黒い壁と赤い敷物にはさまれて、何かの内蔵に収められてしまったような気持ちになる。そっと腿をすり合わせた。
SSWiki :
http://ss.vip2ch.com/jmp/1334408270
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阿笠「わしの乳首に米粒をくっ付けたぞい」コナン「は?」灰原「は?」 @ 2025/06/04(水) 04:01:13.39 ID:ZjrmryLdO
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レッド(無口とか幽霊とか言われるけどまだ電脳世界) @ 2025/06/02(月) 21:21:00.13 ID:ix3UWcFtO
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1748866860/
2 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage saga]:2012/04/14(土) 21:59:27.92 ID:JGUNg54Xo
ざりり、と、ちゃりん、の間の音。
足首の間、金属の輪が鳴っていた。より正確には、歩ける程度には長さのある鎖とぶつかって。
何を混ぜてあるのか分からないその素材はやけに白色で、重さだけが金属としてもっともらしかった。
擦れて赤黒くくすみ始めた皮膚をなでようと、膝を持ち上げる。その両手にも鎖。腕を両手一杯には開けない。
かかとを席に置こうとして、やめた。この裸足はきっと座席を汚してしまう。
どこへ行くかは知らないが、最初から心象を悪くしたくはなかった。
うつむく首もやはり輪に締められている。これだけは拘束の意味が無い、飾りのようなものだった。
売り買いする人間にとっては、何かしら気を引くものがあるのだろう。
空調の効いた車内だった。なのにどうしてか寒気がする。
先ほどまでいた場所よりかは、ずっとずっと居やすいけれど。人の熱に蒸された箱。人の目が刺さる売り場。
3 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage]:2012/04/14(土) 22:00:22.04 ID:JGUNg54Xo
言い値で買おうと男が言った。ローブに顔を隠した男。
競りなのに。そんなことを言えば、散々に吹っかけられるに決まっているのに。
少女は奴隷だった。奴隷になるために売られる商品だった。
価値は高いほうだったはずだ。
女。若い。男を知らない。
自分にいくらの値がついたのか、少女は知らない。けれどすぐに話はついたのだろう。
少女は叩き台に上った帰りの足で、こうしてここにいるのだから。
買い手がついたとそう言われ、この車に乗れと言われて乗り。
ドアが閉まると同時、黒塗りは走り出す。
「ミサカを買うのはどんな人ですかって、ミサカはミサカはこれから会う誰かにつぶやいてみる」
壁の向こうに届いているのかいないのか。誰かいるのかいないのか。
答えはない。ただ少女を運んで街を行く。
4 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage saga]:2012/04/14(土) 22:01:41.98 ID:JGUNg54Xo
この屋敷には誰もいない。
静か。誰にも思考を邪魔されない。
使用人はいた。全員解雇した。それは自分の代のことではない。
けれど理由は分かる。単に要らなかったのだ。
彼等とて、仕える相手が一人しか居ないのなら甲斐もなかろう。今は適当な人間を、必要の都度使うだけ。
庭はかつてはそれなりのものであったらしい。無駄に広い屋敷は荒れ放題。
今はもう、蔦の這わない壁はない。けれど誰も困らない。
唯一の住人が気にしていないし、ここにはまず訪れる人間がいない。
いたとして、それはもてなすに値しない薄暗い人間だ。
そんな屋敷に、一人増える。
奴隷を買ったのだ。茶色の髪が跳ねっ返りの、十歳程度に見える少女。
5 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage saga]:2012/04/14(土) 22:02:50.87 ID:JGUNg54Xo
「見た目なンざアテにならねェがなァ」
競りがどうにも面倒で、金を握らせるだけ握らせた。
きっちり商品を届けるだろう。身の丈を越える金額は、人に恐れを催させる。
交渉だけして先に帰った。後は使い捨ての人間が届けるだろう。
使い捨て。そのままの意味。次の日には補充されているのだからいいだろう。次の生はもっとまともな職に就くべきだ。
市場に出かけること自体億劫だったが、姿をさらすことに意味があったのだから致し方ない。
もうじき商品が届く。餌。食いつかせるための生き餌。
時が止まったその一室、目前に広がる紙のレポート。
紙など死んだ媒体のように言われて久しいが、信用の置けるものには違いない。
電子媒体に乗らず直接やり取りされるのだから、流出の可能性が最も低い。
印刷物に添付された画像。著名人の面影を色濃く残すその少女。
「精々役に立て」
人間とは使い捨て。読まれたレポートについても同様。
白い彼の前、紙はすり潰され、圧搾され、やがて埃と同化して分からなくなった。
6 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage saga]:2012/04/14(土) 22:04:31.88 ID:JGUNg54Xo
「おはようございますって、ミサカはミサカは三回目のご挨拶」
屋敷に届けられて、三日目の朝だった。
朝、だと思うが。この屋敷はどこにいても薄暗い。
紗幕を開いたところで、見えるのは生い茂る蔦だけだった。
昨夜の寝床は、客間とも豪奢な居間とも見える一室の床。
どこもかしこも絨毯が敷き詰められている。
これまでの環境からすれば、延々と寝床が続いているようなものだった。
かすかな光源を探しつつ、咳をいくつか。埃がひどかった。
ここまで案内してきた誰かは、少女を通した後去った。
一度も声を聞かなかった。どうしろと指示もなく、少女はただ置いておかれている。
7 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage saga]:2012/04/14(土) 22:05:48.34 ID:JGUNg54Xo
「水……」
傍らのボトルを開け、口と胃を湿らせる。
少女の通された部屋の隅には、水と食料が積まれていた。
最近用意されたのだろう。絨毯は少女のものではない形に毛を倒されている。
あるのはボトルの飲料水と、火を通す必要のない保存食ばかり。
一人置いていかれて、誰かを待った。許可なく口にしていいのか判じかねて。
けれど待てたのは丸一日のことだった。
飢えていたし、乾いていた。
意識が始まって以来逃げ続けていたし、路地裏で人買いに捕獲されてからは、唇を湿らせる程度のものしか口にしていなかった。
肉があって、乾パンがあって、水がある。
こういう食料を見るのは初めてのことだった。体が言う。食え。それで腹を満たせ。でなければ死ぬ。
咀嚼とは訓練の要ることなのだ。歯と舌の使い方を学びつつ、咽ながら詰め込んだ。
8 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage saga]:2012/04/14(土) 22:06:28.22 ID:JGUNg54Xo
我に返れば襲ってくるのは恐怖だった。これは本当に口にして良かったのか。
けれど叱責どころか誰も来ず、こうして三度目の朝が来ている。
指示がほしい。かくあれかしの命題は、下される前に潰えてしまった。
あのローブの誰かは、確かに少女を買ったのだ。何がしかの役を期待したはずなのだ。
少女には何もなかった。同胞も、帰る場所も、生まれた意味も、もう失くしてしまっていた。
「することをくださいって、ミサカはミサカは立ち上がってみたり」
少女は部屋を出る。このままでは朝を迎える動機がない。
奴隷は、仕えるものだから。意義を探しに扉の外へ。
9 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage saga]:2012/04/14(土) 22:08:02.91 ID:JGUNg54Xo
少女を買って三日目。まだ誰も餌にかからない。
食料は置いてあるし、凍える夜も無いだろう。
顔を合わせないで済むならそれでいい。
何も説明する必要がない。何も下す指示はない。
少女の食料の残りを考える。あと何日分あっただろうか。
用意した分が無くなるほどの日数が経って尚誰もかからないというのなら、いっそ打ち切りにした方がいいかもしれない。
他人の食事を考えながら、こちらは昨日から何も摂っていなかったことを思い出す。
食事は面倒だ。人間はそろそろ光合成くらい実装してほしい。
外の人間はいざ知らず、この街に生まれた者なら出来そうなものだが。
首を倒す。背中がひきつれて痛んだ。睡眠という概念が未だに理解できていない。
意識が戻ってから、ああ活動限界だったのかと納得するだけ。
10 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage saga]:2012/04/14(土) 22:09:03.65 ID:JGUNg54Xo
何もすることがない。今抱えている案件はあの少女にまつわる一件だけ。
他の面子なら外向きの用事もあるのだろうが、その役割は与えられていない。適性があるとも思えない。
思考があちこち散歩に出かける。きっと、屋敷に自分以外に人がいるという認識がそうさせるのだ。
少女のことを考える。かつて、あの顔の少女と関わった自分もいたのだという。
それは歴史の教科書と同様の重みの無さ。
この街の人間は、何度も何度も巡り合う。少女は、その輪転の外の存在のはずだった。
「このお部屋は他より埃が少ない気がするかもってミサカはミサカはお邪魔します」
なのにこうして出会ってしまう。
それを人は、一体何と呼ぶだろう。
11 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage saga]:2012/04/14(土) 22:10:31.60 ID:JGUNg54Xo
少女は廊下を歩いていた。
背中には風呂敷のように畳んだ空色の毛布。中には水と少しの食料。
扉を開いたとき、延々と続く薄暗闇を恐れた。
書くものがあれば、マッピングも出来たのだけれど。等間隔に続く扉を一つずつ開けていく。
今のところ収穫は無い。
屋敷に来て以来人の気配を感じていない。なので別段気落ちすることも無かった。
埃が積もっているということは、掃除ロボットも動いていないのだ。
いくつも開けていく部屋の中、置き去りにされたような残骸を見た。
何世代も前の型落ち。廃棄されたのではなく、ただ使われなくなり、そのまま動きを止めたのだろう。
裸足の足が絨毯を踏む。かつて地面に削られた足裏にはいくつもの瘡蓋。
両足を繋ぐ鎖が、毛足に引っかかってくぐもった音を上げ続けている。
わずかな抵抗が、意外なほど体力を持っていく。足を開ききれないのもまた疲労を増させていた。
12 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage saga]:2012/04/14(土) 22:11:47.52 ID:JGUNg54Xo
次の扉をまた開ける。
客間が延々とあった。使用人のための休憩室があった。厨房も見た。浴槽のある部屋も通りすがった。
いずれにも火の気は無く、人の気もなく、蜘蛛の巣だけが時を捕えようと新鮮だった。
きっと何がしかの役を期待されて買われたのに違いないのだ。
けれど三日待ったところで誰もそれを教えてくれない。
だからこうして歩いている。誰かに役目を教わりたくて。
声に飢えていた。存在に飢えていた。
曇った窓を数える。隈なく敷かれた絨毯が音を吸う。引きずる鎖が、手篭めにされた鈴音を立てる。
いくつ目かの角を曲がると、かすかに空気が変わった。
埃が何かを避けるように減らされていた。踏まれた絨毯がここに出入りする者がいることを教える。
目で追えば、突き当たり。これまでより大きく造られた、両開きの扉があった。
13 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage saga]:2012/04/14(土) 22:12:52.88 ID:JGUNg54Xo
喉が鳴る。唾を飲み込もうとして、乾いた空気につっかえた。水で唇を湿らせる。
叱られるだろうか。咎められるだろうか。そもそも人はいるのだろうか。
ここへ来て、何も言葉を用意していないことに気がつく。挨拶しようにも名前が無かった。
ただ、仕事がほしいだけだった。主人であろう人間へ、役目を頂戴しに参るのだ。
「お邪魔しますってミサカはミサカは何十回目のご挨拶」
取っ手を倒す。ほんのかすかに金属が軋む。
キンと鳴るほどの静寂において、耳は貪欲に音を拾う。
細く細く開けた扉、部屋の隅が視界に入る。
まず見えたのは、床に転がるいくつもの空き缶。錆びたものから、ごく最近のものまで。
14 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage saga]:2012/04/14(土) 22:13:45.75 ID:JGUNg54Xo
書斎と執務室が一体になったような部屋だった。
何もかもが古ぼけていた。
部屋全てが時を止め、そのまま朽ちて行く過程にあるような。動くことを止めた空気が肺に張り付く。
静かに頭を差し込む。
部屋の奥。一人で使い切るには随分と大きな、時代錯誤にすら見える樫の木の執務机が威圧的。
書類が山と積まれ、しかしいつから触られていないのか、やはり部屋と共に痛んでいく経過の中。
その山の向こう、白い人がいた。
時を耐える書物のような、雪に委ねる花のような。
人の形をした白は、天を仰ぎ瞳を閉じる。
背負った毛布の端を、じっと両手で握り締める。両の手の鎖が、ちりんと鳴った。
15 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage saga]:2012/04/14(土) 22:14:47.21 ID:JGUNg54Xo
「奴隷風情が主人の部屋に無断で入るたァ、イイ度胸じゃねェか」
音を声と理解するには、耳は沈黙に慣れすぎていた。
投げられた音が自分のためのものだと確信できない。唇が震える合間に、彼が先に目蓋を上げる。
知らず、息を呑む。
その両の瞳は赤。あまりに乏しい色素が血の色を透かしている。
人だとも思われなかった。人形が動き出したのかと思った。それほど彼には色味がなかった。
その赤でさえ、せめてと筆を振るわれた一色。二つの異様が少女を射抜く。
少年のような、老人のような、何とも呼びがたい彼。微かに首をかしげ、それきり何も発しない。
16 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage saga]:2012/04/14(土) 22:15:53.95 ID:JGUNg54Xo
「あの、ミサカは」
言葉を待たれているのだと理解する。
奴隷。主人。彼が己を買ったのだ。彼が主人なのだ。
「あなたがミサカを買った人ですかってミサカはミサカは尋ねてみる」
「この屋敷にゃァ他に誰もいねェ」
発話に発話が返ってくる。意味が通る。今、会話をしているのだ。
胸がさざめく。これは喜びだろうか。一歩部屋に踏み込む。扉が軋んで閉まる。
「ミサカを連れてきた人は?」
「適当な使い走りだ。もう首にしてある」
彼は人形めいていた。少女よりもずっと。
扉の前で練った言葉を取り出す。聞きたかったこと。
「あの、ミサカにお仕事をくださいませんかって、ミサカはミサカはご指示をお待ちしてみたり」
「あァ?」
「やることがないと、あの、困るっていうか」
全ては言えなかった。白い彼の顔に、初めて感情らしいものが浮かんだから。
17 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage]:2012/04/14(土) 22:17:08.16 ID:JGUNg54Xo
「奴隷風情が俺に指図すンのか?」
表情筋の使い方、皺の寄り方、声の抑揚。それらが少女に教える。彼は今、不愉快であると。
「いえ、違うんです、ミサカはこのお家に買われたので、何かお役に立ちたいんですってミサカはミサカはなんでもしますって頭を下げてみたり」
「まず一つ、テメェを買ったのはこの家じゃねェ、俺だ。オマエに何か命令するとすればそれはこの俺だけだ」
「それでミサカは」
「黙れ」
執務机の書類の山が、風も無いのに少女に吹き付ける。彼の怒りを代弁したかのようだった。
「ごめんなさいってミサカはミサカは謝ってみる」
「オマエの役を教えてやる。ここにいろ。それだけだ」
「え?」
「ここにいて、メシ食ってその辺で寝てろ。それがオマエの役目だ。この屋敷の中なら自由に動け。食い物はそこら辺にある」
「でも、ミサカは」
「質問には答えた」
「ミサカをどうして買ったんですか」
「ここにいろ。それだけがオマエの仕事だ」
それから少女は巻き戻される。
体が浮きあがる。背後の扉は全て開かれきいきいと鳴く。
吸い出されるように外へ。
目を開いた少女が見たのは、先ほどまでの沈黙を変わらず守る扉だけ。
もう、扉は開かなかった。
18 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage saga]:2012/04/14(土) 22:18:16.15 ID:JGUNg54Xo
「そう。あなただったのね。あなたがミサカを買ったのね」
扉の前で一人うなずく。
知っている。少女は彼を知っている。
生まれる前に教えられた。あれがお前の敵、障害、決して相対してはならないと。
かつてあった帰る場所。姉妹達と共に何度も何度も計画は練り直された。
彼は壁、困難、死神。けれど屈してはいけないと。お前たちは歴史を変えるその礎となるのだと。
少女はここにいるはずではなかった。この世に生きている予定が無かった。
230万の輪転。そこに己の居場所は用意されないはずだった。
少女の頭の中のピースはどうしようもなく欠けている。彼という大きな一かけらを、どこに当てはめたものか。
彼が自分を買った。その意味は。
「『一方通行』、どうしてあなたはミサカを生かすの?」
19 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage saga]:2012/04/14(土) 22:19:17.42 ID:JGUNg54Xo
「ミサカはミサカは、ってありゃァ当て付けかァ?」
書類を払いのける。
何代前の自分が置いたものなのか、それは水気を含まず、ただ乾いた音と共に床に広がった。
机の上の仕事など、あってないようなものなのだ。あったものを無かったことにする、それだけがすべきことだった。
扉の向こうに意識をやる。力の流れが及ぶ限り、全ては彼の認識の下にある。
鎖の震えが空気を揺るがす。扉が開かないかと試しているらしかった。
「テメェは餌だ、『打ち止め』」
半端な命、せめて使い切れ。
そう独りごちたきり、瞳は再び閉じられた。
20 :
本日分終わり
[sage]:2012/04/14(土) 22:21:42.94 ID:JGUNg54Xo
本日は以上です。
通行止めの主従パロです。
背景設定などは追々本文内で、どうぞよろしくお願いします。
21 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage]:2012/04/14(土) 23:30:44.46 ID:C+8Bzv6DO
乙
どう話が進むのか楽しみです
22 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(神奈川県)
[sage]:2012/04/15(日) 04:46:02.96 ID:245/sNHLo
興味惹かれるね乙
23 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/15(日) 20:57:14.16 ID:9GDOR6Hpo
晴天だった。
再び打ち上げられた樹形図の設計者が見下ろす街。
天候制御が実現間近と言われて久しい。惑星規模の作業は、他の勢力との兼ね合いこそが面倒なのに違いない。
天候どころか、どの座標も即座に攻撃するシステムでも備えるつもりだろう。
そう怪しまれるのは決まっているし、実際にやれば、この街はそれ以上を実装するだろう。
もうしているかも知れない。全く驚くことではない。
この屋敷は街のどの辺りに位置するのだろう。姉妹達が居れば絶対座標を把握できたのに。
けれど見当はつく。これだけの屋敷となれば、きっと中心地にほど近い。
スーパーコンピュータが見下ろす街は、蜘蛛の巣のような形をしている。
街をぐるりと囲む枠の中、中心地に向かって道が四方から走る。
その道は何処をとっても折れ曲がっていた。中心へ至るには、歩き慣れたものでも骨を折るだろう。
太い道は突如小さく、細い道は動脈にぶち当たる。真っ直ぐ続く道などない。計画的に入り組んでいるのだ。
この街は武装している。世界は常に戦争中だ。
流れる血、見えざる毒素、割れる地図。
打ち止めも、今頃はそれに加わっているはずだった。その身で大地を耕すはずだった。
24 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/15(日) 20:58:15.65 ID:9GDOR6Hpo
「荒れ放題っていうか、草っ原の中にお家を建てたって言うほうが近いかもって、ミサカはミサカは目の前の自然に立ち尽くしてみたり」
四日目の朝。
消耗されていたはずの彼女は今、内庭と称されるだろう場所に居た。
外へ出てみれば、屋敷の外観がようやく見える。
蔦が隈なく這う外壁。辛うじて覗く隙間を見れば、不自然に白かった。
石より金属に近い質感。何を混ぜ合わせられているのか、蔦が伝える時の流れとその真新しさは相反していた。
「本当にお手入れをする人がいないんだねってミサカはミサカは、ご近所に訴えられそうな惨状に溜め息ついちゃう」
この街でこれほど緑がある場所も珍しいのではと思う。
打ち止めの胸まで届く名も無い草が、土が見えることなど許さぬと旺盛に茂る。
内庭の中心あたり、石の像がかすかに覗く。
噴水でもあるのかも知れないが、もうその役を果たしてはいないらしかった。
25 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/15(日) 20:59:19.28 ID:9GDOR6Hpo
一方通行に追い出されて、一度は元の部屋に戻った。
どこに転がっていても同じ事だったが、三日過ごした愛着があった。
ここにいろと彼は言った。それが仕事だと。
打ち止めは、彼の役割を知っている。
彼からすれば、自分とは仕事のやり残しに他ならないはずだった。
なのに生きていろと言う。
「ミサカは釣り餌。そういうことなんでしょう、一方通行」
難しいと思うよ。息を吐いて苦笑いする。
あなたはもう少し、己という脅威を知った方がいい。
この屋敷は一方通行の根城。好んで侵入したいものなど居はしない。
「このお屋敷の中なら動いていいって言われたもんってミサカはミサカはお庭も敷地のうちだよねって胸を張ってみたり」
生きて、この屋敷にいる。言われた通りにしている。
食べて寝て生きている。十分に命令を満たしている。
自分は、役を果たすまで生かされるだろう。
役を果たせば、きっと殺されるだろう。
ならば何をしようと同じ事だった。
26 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/15(日) 21:00:28.80 ID:9GDOR6Hpo
「さあ、お仕事開始だよってミサカはミサカは腕まくり」
掃除をしようと思ったのだ。
屋敷の中から始めようとして、すぐに気が滅入ってやめた。
屋敷の広大さに対し、その辺で見つけた叩きはあまりに頼りなかった。
途方に暮れて歩くうち、内庭へ出られる道を見つけた。
開く機能を忘れてしまったような扉を開ければ、草っ原。
それでも打ち止めには随分清々しく思えた。空が見えるだけ気は晴れた。
残念ながら、草を刈るに有効な道具は見つけられなかった。
掃除ロボットが生きていたなら、他に何も必要でなかったのだ。
この荒れ野をどうにかしたいなら、人手でやるしかない。
緑の侵食はスロープの半ばから始まっている。しゃがみこむと、草が膝に折られて頭を垂れた。
左手で一房掴む。右手の人差し指と親指を、半円を描くように丸く立てた。
ジジ、と幽かに光が鳴る。日の下に紫電が空気を焼く。
地面に手をかざすと、わずかに変化があった。
27 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/15(日) 21:01:41.45 ID:9GDOR6Hpo
「こういう用途は教わらなかったんだけどね」
土がその要素を打ち止めに貸し与える。
砂鉄が打ち止めの手に引かれ、細く形を成した。
彼女の指の間、糸鋸のように微細に振動する。
そのまま、稲刈りのように草の根元へ当てる。
ざりざりと削られながら、繊維はもろくなっていく。
「お姉様なら一瞬なんだろうなぁってミサカはミサカは、でも上出来」
刈り取った一房を愉快に掲げて立ち上がる。
得意げな顔は、目の前の草の海に一瞬で曇る。手の中の束はあまりにか細い。
「いいもん、気長にやるもん」
たしかに迫る終わりの時間を思いながら、どこまで出来るかやってやろうと笑ってみせる。
自分に対して笑いかけるという行為があることを初めて知った。
前髪から火花が散る。より有効な能力の使用法を検索する。
「オイ」
この屋敷は音を吸う。きっとそれで気がつかなかったのだろう。
「火事になったらどォしてくれンだ、電気使い」
無表情に振り向いた打ち止めの背後、白い彼が立っていた。
28 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/15(日) 21:03:01.88 ID:9GDOR6Hpo
「あの、草刈しようと思って」
彼の背の高さはどのくらいだろう。スロープを降りたせいで、見上げなければ顔が見えない。
「ンなこたァ命じてねェぞ」
日に照らされる彼は、やはりとても白かった。
朝日に漂白されたような肌と髪は混ざり合い、その輪郭を曖昧にさせている。
目は赤い。見間違いではない。光が入って、血色の双玉が輝いた。
「やるなとは言われませんでしたってミサカはミサカは詭弁を使ってみたり」
自分で言うなと笑う。かすかに肩がすくめられ、首元に筋を浮き上がらせる。
華奢だが、繊細さは感じない。削れるだけ削って造った人形。
相手を攻撃するための笑顔。
それでも、彼が笑うという機能を持っていたことが打ち止めには意外だった。
書斎での邂逅が唯一の印象。あのまま朽ちていきそうな、色の無い人形。
それが歩いて出てきて、こうして会話している。不思議なことだった。
「街に出る。着いて来い、クソガキ」
きっとこの人はわがままだ。じっとしていろと言ったり、着いて来いと言ったり。
クソガキ。侮蔑の表現なのだと知識が言う。
けれどどうしてだろう。
「はい!」
今、打ち止めは笑っているに違いないのだった。
29 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/15(日) 21:04:09.35 ID:9GDOR6Hpo
まだ日は高い。街に人が出てくるのはこれからのこと。
打ち止めが歩くたび、ちりちりと鈴のような音がする。
実際に鳴っているのは、首輪に繋がる半端に千切れた鎖。
両手両足の鎖は奪われ、今は皮膚の黒ずみだけが名残だった。
「鬱陶しい」
出かけ前、その一言と共に一方通行が打ち止めの鎖に指を通した。
それだけの動作で、飴細工のようにむしり取られてしまう。
鎖に随分と稼動を妨げられていたらしい。手足を思い切り振れるのはこれが二回目だ。
一度目は楽しむ暇など無く、全力で逃走するためだった。
体が万全であるというのは不思議なことだ。どこまでも走っていけそうな気がする。
「あの、どこに行くんですかって、ミサカはミサカはあなたを見上げてみる」
首を傾げる打ち止めはずた袋を脱ぎ、水色のワンピースに袖を通している。
この俺がンなみすぼらしいガキを連れて歩けるか、とは一方通行の言。
その彼はモノクロの細身の服。余計な装飾は見えないが、きっと仕立てのいいものなのだろうと打ち止めは思う。
屋敷を出て以来、彼は何も言わない。
30 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/15(日) 21:05:46.70 ID:9GDOR6Hpo
庭と言うより荒れ野を通って敷地の外へ出てみれば、やはり街の中心部のようだった。
隣家が遠いというより、それぞれの敷地が広すぎる。
この街は中心部へ近づくほどに、道が凝集するように造られている。
歩くに連れて道が外へと広がっていくのだ。
閑静な住宅街から、次第にざわめきの強いエリアへ。
一般階層の集う地区。
一部を除き建前は平等を謳う街だったが、収入や能力に応じた棲み分けは確かにある。
空は抜けるほど青い。ビルは見上げても尽きない。
打ち止めは口を開けて仰ぎ歩く。空を見上げる余裕など、持ったことがなかったのだ。
商業ビルの天辺、街の電光掲示板が何か言う。
「あ、お姉様」
映る女性は、若さの盛りを過ぎる頃。この街では年齢など正真正銘記号なのだが。
茶色の髪の、いかにも利発そうな顔が取材に答えている。
31 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/15(日) 21:06:55.45 ID:9GDOR6Hpo
『魔術勢力との緩衝地帯の観光資源化については――――
『天界の融和点出現に対する共同戦線は南下――――
打ち止めの声に、一方通行がようやく反応した。
「子爵の第三位か」
少女が見上げるものを理解し、何の感情もなくつぶやく。
林檎を見て、それは林檎ですねと言っただけ。
「お姉様忙しそう」
「テメェで喋ってる内容をどこまで分かってンだかなァ」
「あなたはああいう所に出ないんですかって、ミサカはミサカは侯爵様に尋ねてみたり」
一方通行が返すまでに、やや間があった。
打ち止めを見下ろし、眉間に皺。
打ち止めとしてはおかしなことを言ったつもりは無い。頭に入っている知識を口に出しただけだ。
最初に出会ったときから理解している。一方通行という存在の意味。
そういえば、自己紹介もしていない。
32 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/15(日) 21:07:47.82 ID:9GDOR6Hpo
「それは俺の役じゃねェ」
不機嫌そうに一方通行が言う。打ち止めは申し訳ないような、胸がすいたような。
相手のことを知っているのはそちらだけではないのだ。
「外交に関わるのは、お姉様だけ?」
「報道官っつった方が近ェな。上が決めたことを喋ってるだけだ。あいつを通して会見するのが波風立ちにくンだと」
「あなたのお仕事は?」
「知ってンだろ」
苛立ち混じりに一方通行が言う。打ち止めは脳内を参照し呟く。
「『一方通行』。第一位。能力はベクトル操作。爵位は侯爵。発現が最も稀な、独立国家学園都市の力の象徴」
でもそれは表向き。
「実際の役割は違う。闘争の担い手。粛清者。たった一人の戦争」
内紛処理の第四位とはかち合うこともあるのかなと首を傾げる少女に舌打ち。
「裏まで知ってて聞いてきてンじゃねェよ」
「ミサカのこと殺さないんですか?才人工房以外で造られるクローンは重罪でしょうってミサカはミサカは確認してみる」
「クローンか。それももォ死語だなァ。この街の人間でクローンじゃねェ奴のが珍しい」
33 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/15(日) 21:08:45.74 ID:9GDOR6Hpo
一方通行が目の前の光景を見る。
若者がいて、中年がいて、それ以上はいない。
この街は、230万を繰り返す。
「違法クローンなンざオマエだけじゃねェ。オマエが売られてた市場だって商品は違法クローンがほとンどだ」
「取り締まらないんですか」
「知らねェ。ンな小物まで狩ってられるかよ」
人の気配の多い通り。車を改造した屋台があちこちに出ている。
子どもがアイスを買いながら、待ち合わせ相手を待つ。
この街の人間は全員が培養器由来だ。
適当な大きさまで育ったら能力測定、後は適当に放り出される。
この街は、かつて230万人の能力者の街だった。
ある時誰かが判じた。この街は、今が最も望ましい。
その望ましさとは何だったのか、その誰かにしか分からない。けれどそれは絶対の決定だった。
34 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/15(日) 21:09:53.26 ID:9GDOR6Hpo
そして人は入れ替えられ始める。
才人工房。クローンを吐き出し続けるプラント。
そこはオリジナル達の遺伝子情報を一手に管理する。
超能力者七人は特に厳重な管理の対象になっていた。
クローンと言えど、オリジナルと全く同様の能力を発現させる者は稀。
侯爵、伯爵、子爵、男爵、准男爵、士爵。超能力者を据えるだけの家が作られた。
生まれるたび引き取られ、それぞれの役に当てはめられる。
「一つ足りないことはないですかって、ミサカはミサカは聞いてみる」
「第六位は爵位無しってことになってるらしいな。役割までは知らねェ」
助からないはずの重病者が、奇跡の回復を遂げた。
事故で死亡したはずの者が、息を吹き返した。
行方不明になった者が、照れくさそうに帰ってきた。
時を重ね、やがて誰もが知ることになる。自分達は、誰かの空席を埋めているだけなのだ。
その輪廻を崩すのが、違法クローンの存在。
クローニングは才人工房が管理しなければならない、ということになっている。
違法製造は、本来ならば内紛処理の第四位に回されるはずの仕事。
35 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/15(日) 21:11:12.83 ID:9GDOR6Hpo
かつて、オリジナルの時代。第三位御坂美琴の量産計画が立ち上がった。
超能力者の量産は可能なのかという命題。
その下に始まった計画で培われた技術が、この街の現状へ繋がった。
小さな国家の市民達は、得てして人生を謳歌している。
以前の自分については、犯罪者等の例外を除いては可能だ。
かつての職業を天職とし、一人で家業を継ぎ続ける者までいる。
現在の形を取るまでには、つまずきもあったという。己の来歴を知った者が命を絶つこともあったという。
けれど、すぐに補充された。
死んだ者は、次の日には若かりし頃の姿をとって現れた。
この街において、生死は大切な管理項目だ。
外の勢力は、気づき次第弾劾した。
その頃にはもう、何代目かになった学生達は抵抗をやめていた。
街を責めることは、己の生まれを否定することなのだから。ここでの生き方しか、知らないのだから。
外からの糾弾が生んだのは、学園都市という国と、その武装化だけだった。
36 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/15(日) 21:12:13.32 ID:9GDOR6Hpo
「偵察役の無能共が。二万人っつーから二万人殺してみれば、もう一人、しかも上位個体がいましたと抜かしやがる」
しかもソイツは逃走済み、人買いに捕まって市場に回されたと。
空は青く、今にも滴り落ちそうだ。殺すだなんだと物騒な二人組みを横目に、誰かの複製が通り過ぎていく。
「二万人の軍用クローンの一斉蜂起。司令塔がこのミサカのはずでしたってミサカはミサカは本来の役目を説明してみたり」
一斉蜂起。革命。
電光掲示板に輝く子爵は知らないのだろう。今日もせっせと原稿を読み上げている。
全て潰せと、それだけが指令だった。
培養器を延々と積み上げた地下施設、設備も研究者も、まどろむ少女達ごと消した。
残されたのは、肉と機械の色をした、何かを圧縮しきった球体が一つ。
無事だったのは、別の施設で調整を受けていたこの少女だけ。
37 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/15(日) 21:13:44.33 ID:9GDOR6Hpo
「オマエ等で中心部を制圧、外部勢力を引き入れよォってところだったンだろォが、立案者は本気でンなこと出来ると考えてたのかねェ」
終わったことのように言いつつ、一方通行は常に周囲を睨み続けている。
まだ終わっていないのだろうと打ち止めは思う。だからこうして、表に出てきたのだろう。
餌を、見せびらかしに。
「オマエはどォだ?オマエが残党だったとしてどォ動く、妹達」
「生きてるのはもうこのミサカだけですけどねってミサカはミサカは返してみる」
あなたに殺されましたから。そう言う打ち止めは前を見たまま。
「寝首を掻きてェならいつでも来い」
首を吊るのと結果は同じだが。そう言う一方通行も前を見たまま。
彼の目的地を打ち止めは知らない。どこに寄るでもなくふらふらと、適当に露店を冷やかしながら歩く。
通り過ぎる人間が一方通行を珍しげに見やるが、それは彼の奇異な見た目のためだ。
著名さで言えば第三位が圧倒的であり、他の超能力者はあまり表に出てこない。
渉外に特化している御坂美琴が例外なのだ。
38 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/15(日) 21:15:01.87 ID:9GDOR6Hpo
打ち止めが、ふと視線を感じて周囲を見る。
すれ違う人間はまず一方通行に驚いた後、打ち止めもぎょっとしたように見て行くのだ。
彼等の目線の行き先を理解する。首輪だ。更にそこからぶら下がる切れた鎖が二人の仲を邪推させるのだろう。
邪推も何も、主人と奴隷。
学園都市では人身売買は禁止とされている。
けれど需要も供給もあるのだ。あの市場はその一端でしかない。
もちろん、自由意志による契約であれば主人と使用人としての関係は問題ない。
打ち止めの視線の先、やけに青い髪の男が古風な給仕姿の女性に詰られているが、きっとそういう関係なのだろう。
恋人達の戯れかもしれない。
「あの、この首の輪っかも取ってもらえませんかってミサカはミサカはお願いしてみたり」
「あァ?」
何を言っているんだと見下ろされる。目的地はなさそうに見えて足は止まらない。
「オマエは俺が買った。つまり俺の所有物だ。その首輪は丁度イイ目印じゃねェか」
それで返事になったと言わんばかりに前を向く。
目印。打ち止めが小さく呟く。誰に対する目印だろう。
39 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/15(日) 21:16:40.56 ID:9GDOR6Hpo
いくつかの区画を渡った。
この街は学区という仕切りで分けられている。
区画整理により初期の学園都市から形状はかなり変わっているが、名残は随所に残っていた。
ほぼ居住区となっている学区も複数あり、住む者の格で分けられている。
国になろうと学究の志は依然高く、研究機関の集中する学区も点在する。進路として研究者を志す者は多い。
「ン」
ひたすら目的の無い散歩に興じていたように見える一方通行が足を止めた。
「どうしましたかってミサカはミサカは尋ねてみたり」
「帰る」
「え」
「もォイイだろ」
そう言うや否や、進路を大きく切り替える。
打ち止めが慌てて追う。屋敷へ帰るつもりらしい。
しかし一方通行は、数歩進んだところでまた止まる。
聞こえるのは大きな溜め息。疲労がにじんでいた。
「オイ、口閉じとけ」
「え?」
40 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/15(日) 21:17:48.53 ID:9GDOR6Hpo
鎖が引かれて、ちりんと鳴った。
視界が明滅する。目眩がした。
一瞬の浮遊。耳はごうごうと役を果たさない。
視野を取り戻した打ち止めが見たのは、風にはためく自分の手足と、地面から打ち出されたように主張する建造物の群れ。
空が近い。
「これはあなた、帰り道を端折りすぎじゃないかなってミサカはミサカはせめて告知がほしかった!!」
腹に回された腕の主に訴える。
「着地に入る。舌ァ噛んでも知らねェぞ」
打ち止めの両手が小さな口を覆った。その能力があれば衝撃自体なくせるだろうに。
人に触れられるのは、そういえばこれが初めてだ。
そんなことを思う暇もなく、自由落下が開始された。
41 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/15(日) 21:22:48.97 ID:9GDOR6Hpo
よそ様に誤爆orz
本日分以上です。背景はこんな感じでぼちぼちと。
42 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(神奈川県)
[sage]:2012/04/15(日) 22:11:52.90 ID:245/sNHLo
ふむふむ設定面白いな乙
43 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(岐阜県)
:2012/04/15(日) 23:09:27.21 ID:xS9EXlwg0
期待
44 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/16(月) 19:50:23.49 ID:nzZGkgJZo
打ち止めは相変わらず、最初に通された部屋で寝起きしている。
客間だったのか居間だったのかも分かっていない。
「おはようございますってミサカはミサカは五回目のご挨拶」
空色の毛布が夜のお供だ。やはりこれが一番落ち着く。
服装はワンピースのまま。一度まともな服に着替えてしまうと、ずた袋はどうにも気持ちが寂しい。
昨日の散歩のような何かから乱暴に帰宅して以来、一方通行とは会っていない。
おそらく寝ているのだと思う。あれほど歩いたのは久しぶりだと言っているのを確かに聞いた。
「能力の使い勝手が良すぎるのも考えものよねってミサカはミサカは呟いてみたり」
一体どこが寝室なのだろう。あの書斎に、奥へと続く部屋は無かったように思う。
打ち止めが探検した限り、人が使い続けていそうな部屋は他に見当たらなかった。
もしあの書斎だけで暮らしているのなら、それは打ち止めの現状と大差が無い。
一方通行からは生活が見えない。食事はどうしているのだろう。
書斎に見えたのは散らばる缶コーヒーだけだった。
45 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/16(月) 19:51:31.69 ID:nzZGkgJZo
部屋の隅を見る。食料は今だ詰まれている。そろそろ出るゴミを何とかしたかった。
「そろそろ体が気持ち悪いかなってミサカはミサカはお風呂なるものに憧れてみたり」
入浴の経験は無いが、知識はある。湯浴みというものをしてみたかった。
「お風呂のあるお部屋、あったよねぇってミサカはミサカは思い出してみる」
三日目の探検の記憶をひっくり返す。
お湯ではなく時を溜める浴場。水は出るのだろうか。まさか止められてはいないだろう。
あの人、食事もお風呂もどうしているの。そう呟きながら立ち上がる。
「ミサカのお願い、聞いてくれるといいんだけど」
喋るなと言ったかと思えば次の日には散歩に誘う。一方通行は気まぐれだ。
お風呂に入りたい。言って聞いてくれるだろうか。
書斎への道順を思い出しつつ、風呂敷毛布を背負い込む。
46 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/16(月) 19:52:34.36 ID:nzZGkgJZo
「おはようございますって、ミサカはミサカは今度はちゃんとノックしてみる」
迷わずたどり着けたことが誇らしい。その気持ちのまま扉を叩く。
返事は無い。なんとなくそうだろうと思っていた。居るのか居ないのかも分からない。
開く。扉は一昨日よりも、随分と軽くなっていた。
変わらない書斎。点々と散らばる缶コーヒー。
広いはずなのに背の高い書棚が圧迫感を与える。
誰もいないのかと思った。執務机の向こう、白い彼は見当たらない。
樫の木を曖昧に日の光が照らしていた。奥に窓があることを初めて知る。
隙間から差し込む光が随分と儚げなのは、きっとそこも植物が茂っているのだろう。
天井まで見回しながら入ってみる。息を吸う。
空気は新鮮とは言いがたかったが、人の気配がするだけで違うものだ。この部屋は呼吸が楽だった。
床まで流れる紗幕を開こうと奥へ。
47 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/16(月) 19:54:13.41 ID:nzZGkgJZo
「……あ」
一方通行は、不在にしていたのではなかった。
椅子は、後ろに倒れる造りだったらしい。
限界まで水平にしながら、肉厚の椅子の上、一方通行が寝そべっていた。
打ち止めの全ての動きが止まる。いっそ心臓も止まったのではとすら思う。
彼は何も掛けず眠っている。
寒くないのだろうかと思って、意味のない疑問だったと気づく。
彼には極寒も灼熱も関係が無い。
不意のことに体が固まって動かない。
紗幕に手を掛けようとした体勢のまま、じっと一方通行を見下ろす。
彼の頭が打ち止めより低いところにあるのは初めてのことだった。
赤い瞳が閉じられてしまえば、あとはどこまでも白い。
色素など彼には必要が無いのだ。光すら彼を侵さない。
白い彼を、綺麗だと思う。
一昨日の邂逅を思い出す。
部屋と共に朽ちていく、人形のような存在だと思った。
けれど今目の前で眠るのは、一人の少年だった。
48 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/16(月) 19:55:30.04 ID:nzZGkgJZo
はたして、目線は彼の操るベクトルに含まれないのか。
「……主人が寝てンのに入ってきてンじゃねェ」
かすれた声。起こしてしまったらしかった。
「おはようございますって、ミサカはミサカはご挨拶」
かすかに鼻を鳴らすのみの返し。
それでも打ち止めの頬は緩んでしまう。
体がこわばりから開放される。
誰かが起きるのを見守るのも、誰かに挨拶するのも、全て初めてのことだった。
「ここは寝室も兼ねてるんですかってミサカはミサカは本気で寝ていたあなたに尋ねてみる」
「寝室……」
頭上にうっすらと注ぐ光に目を細めつつ、一方通行がもぐもぐと呟く。
昨日の疲労を引きずっているのだろうか。
「ここに来て以来、全部は見てねェからなァ」
そう言って生あくびをする。どれだけ行動範囲が狭いのだと言ってしまいたい自分を抑えた。
一方通行の息が細く、規則正しくなっていくことに気づいて慌てる。
まだ言いたいことを言えていない。
49 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/16(月) 19:57:46.07 ID:nzZGkgJZo
「あの!」
「ンだよ」
返事があることに安堵する。
舌は動ききらず、言葉は頼りない。本当に寝なおす気なのだろう。
機嫌を損ねるわけにはいかない。
彼はその気になれば、地球が割れても寝ていられるのだから。
言葉を反射されては仕方がない。出来る限り簡潔に用を伝える。
「お風呂に入りたいですってミサカはミサカは訴えてみたり」
「テメェで探せ」
「それっぽいところはありましたけど、勝手に使っていいのかなって」
「イイ。知らねェ。勝手に使え。もォ体が痛ェンだって」
うぅうぅと呻きつつ寝返りを打つ。
打ち止めは知っている。それは筋肉痛と言うのだ。
拍子抜けする自分を感じていた。それなりに緊張してここまで来たのだ。
第一位への畏敬と、もしかしたら少し距離が縮まったかという期待とをない交ぜにしてノックした。
なのに目の前にいるのは、久しぶりの運動に疲れて転がる一人の少年。
50 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/16(月) 19:58:44.30 ID:nzZGkgJZo
「あなたはお風呂どうしてるのってミサカはミサカは聞いてみたり」
「聞いてどォすンだよ」
「気になるの」
「知っちゃァいるが」
「ああ、そうか、あなた汚れないのね……」
彼は何者にも侵されない。打ち止めが憧れる行為を、彼は必要とも感じないのだ。
「つーわけで勝手に使え。壊さねェ限りどォしてもイイ」
最後はほとんど吐息。平和な寝息に打ち止めも溜め息。
寝首を掻きたければ来い。そう言ったのは嘘ではないのだろう。
汚れも殺意も、彼には等しく取るに足らない。
「じゃあ好きにしちゃうもんねってミサカはミサカは言質はとった」
51 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/16(月) 20:00:27.09 ID:nzZGkgJZo
浴場は、打ち止めの知るものより遥かに広かった。
主を待つ脱衣所を抜ければ、一体何をすればいいのか分からない程度の石張りの空間に、ぽつんと浴槽が置かれている。
「お湯……お湯ー」
祈りながらシャワーの蛇口をひねる。
しばらくの沈黙の後、水が出始め、やがて熱を持ち始める。
意外に大きな安堵。
濡らしたタオルで体を拭くだけでも良いと、あまり期待はしていなかった。この屋敷は止まっていただけだ。
見つけてきたスポンジで目に付くところをざっとこする。
掃除用具もタオルも、おそらくは使われなくなったその日から、いつでも使える状態で放って置かれていた。
一方通行は、全ての部屋は知らないと言った。
なら、ここを使っていたのは今の彼ではない、いつかの一方通行なのだ。
湯浴みを楽しむ彼と言う可能性に、何とはなしに笑う。
湯をざらざらと頭から浴びる。
皮膚の上を道を作りながら落ちていき、やがてそれは滝となる。
不思議だ。何もかも不思議だ。
水の動きが不思議だ。埃が積もるのが不思議だ。彼が白いのが不思議だ。彼が眠り起き喋るのが不思議だ。
52 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/16(月) 20:02:21.32 ID:nzZGkgJZo
しこりばかりの胸を見る。浮いたあばら、線を引いただけの性器、骨の出る膝、まだ切ったことのない爪。
『この街を変える――――
『お前は礎になる――――
『自由を――――
不思議だ。シャワーに混じって、温い液が顔を過ぎる。不思議だ。
ああ、そうかと腑に落ちる。
もう、帰るところなど無いのだ。
53 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/16(月) 20:03:37.86 ID:nzZGkgJZo
非常にだるい。
かすかに身じろぐだけでどこもぎしぎしと煩い。骨と筋肉が仲違いしている。
ついぞ光を浴びなかった知識がふんぞり返って教えてくれる。筋肉痛というらしかった。
今日からここがお前の場所だと通されて以来、その通りに居座っている部屋。
一方通行はそこで横になりながら意識を泳がせている。
己の手綱を手放したことは無い。
眠るという行為の中でも、眠っている自身を自覚し続けている。気づいたら朝、という経験がないのだ。
重力すら操る彼は、その気になれば立ったままでも横になれる。
体を苛む筋肉痛すら、生体電流なりホルモンなり弄ればどうとでもなるだろう。
疲労を回復したいというのなら、睡眠より効率の良い選択肢は幾らでもある。
打ち止めが入ってきたときも、否、入ってくる前から気がついていた。
無力な少女。己の生から死まで、何一つ意のままにできない少女。
目蓋を落としていようと、全てが見える。紗幕を開きたいのだろう。
開いた先を考えようとして気づく。一方通行はそれに手を掛けたことすらない。
光は差すだろうか。この部屋を照らすだろうか。
54 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/16(月) 20:04:34.59 ID:nzZGkgJZo
「……あ」
ようやく気がついたのか。少女の動きの全てが止まったことを知覚する。
目線は反射できないらしい。額を、鼻梁を、首筋を、少女の瞳が撫でていく。
「……主人が寝てンのに入ってきてンじゃねェ」
ここが寝室かと聞かれて考える。
寝起きの場であることは確かなはずだが、ここで生活しているという実感は無い。
ただ、ここに居るだけだ。どこが己の場という気もしない。
風呂に入りたいと言う。
打ち止めの口調が急に砕けた気がする。取ってつけた敬語よりはしっくりくるかもしれない。
勝手に使えと言うと、急に瞳を輝かせた。
入浴とはそれほど魅力的なものだろうか。よく分からない。雨に打たれたことすらない。
打ち止めは言質はとったと不敵なことを言いつつ出て行った。
背中に空色の布。市場で競りに出されていたときから、握り締めて離さなかった毛布。
その手に掴める物など、何も無かったのだろう。今だってそうだ。
右手をわずかに持ち上げる。二の腕が疲労を訴えた。
少女を抱えた腕。どうとでもできるはずの痛み。けれど今は、消してしまう気にはならなかった。
55 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/16(月) 20:05:57.05 ID:nzZGkgJZo
――――あぁあぁあぁ
雨が降る音を聞いた気がして、目を開く。
――――あぁあぁあぁ
耳を澄ます。伸びをするように知覚を拡げる。音の発生源を捉える。
そんな部屋もあったのか。とくに意外にも思わない。開けていない部屋のほうが遥かに多い。
「うっせェガキだ」
水が床を打つ音がする。
――――あぁあぁあぁ
それに混じる、濁流のような、獣のような、絶叫。己の喉まで裂くような。
草を抜き始めたかと思えば風呂がいいと言い、入ったかと思えば泣き喚く。
よく分からない。あの少女はよく分からない。
打ち止めを連れて外に出たのは、二つの目的を持ってのことだった。
一つは、彼女に利用価値を見出す輩に、餌はここだと見せつけるため。
もう一つは、逃がすため。泳がせ、残党の下へたどり着かせるため。
けれど少女はどこへも行かなかった。当然のような顔をして一方通行の隣を歩いた。
56 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/16(月) 20:07:06.06 ID:nzZGkgJZo
「逃げなかったンじゃねェな。オマエにはもォ、行き場が無ェ」
この書斎のどこかで塵になっているはずのレポートを思い出す。
『超電磁砲の軍用クローンを用いた武装蜂起、及び集団亡命計画について』、それが題名だった。
学園都市の市民は、得てして人生を謳歌している。
飢えず凍えず誰にでも進路がある。
しかしここは桃源郷ではない。あぶれる者が必ずいる。
無能力者。レベルという物差しに囚われ続けるこの街の落伍者たち。
能力は持って生まれた資質に左右される。
努力してレベルを上げるものもいる。だがそれは元々素養があったというだけのこと。
オリジナルが無能力者だった者で、それ以上になれた例はほぼ皆無。
学園都市に血による差別は無い。けれどオリジナルから脈々と続く『己』という呪縛からは逃れられない。
いい加減、誰もが気づいている。
努力だけではどうしようもないものが確かに、どうしようもなく高くそびえている。
大体の者は折り合いをつける。こんなものだと自分を慰め、出来ることをして生きていく。
それでも『こんなはずではなかった自分』を追い求める人間は、いつの時代にも一定数存在する。
57 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/16(月) 20:08:28.48 ID:nzZGkgJZo
外の世界。能力者のいない、母の腹から血に塗れた赤子の生まれる世界。
出よう。能力による差別のない世界へ行こう、そこでやり直そう。
そういう思想は、もはや浄土信仰として根を張っている。
その勢力へ取り入った者がいたということなのだろう。
血を流す役は、軍用クローンが引き受ける。中央部が混乱した隙に亡命しなさい、と。
無駄なことだと一方通行は鼻で笑う。
何も分かっていない。お前達は、自分達は、化け物だ。
一体誰が受け入れてくれると?良くて標本だろう。
そして一方通行に指令が下る。たった一人の戦争は、一夜で全てを終わらせたはずだった。
打ち止め。礎達の統率者。始まりもせずうち捨てられた哀れな人形。
まだ、何かが終わっていない。一斉蜂起を潰したところで、亡命を希望する集団はくすぶり続けている。
だから打ち止めを買い取った。生かした。まだ釣れる阿呆がいるかと期待して。
58 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/16(月) 20:09:11.59 ID:nzZGkgJZo
けれど、五日目。誰も来ない。街中での襲撃も無い。
亡命希望者達の意思は挫けたということなのか、それとも、打ち止めが見捨てられただけなのか。
後者だとすれば、打ち止めはもうどこにも行けない。
彼の耳にだけ、叩きつける様な、誰にも受け取ってもらえない泣き声が響く。
聴覚を切る。後にはただ、沈黙が残されたはずだった。
「……面倒くせェ」
瞳も閉じる。
それでも尚、少女の嘆きは耳元に。少女の笑顔は目蓋の裏に。
59 :
おわり
[saga]:2012/04/16(月) 20:10:45.85 ID:nzZGkgJZo
本日の投下を終わります。
書きためが尽きるまで連日落としていこうかと。
ではまた〜
60 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(岐阜県)
[sage]:2012/04/16(月) 22:58:02.90 ID:TeB7lzPi0
乙
61 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(神奈川県)
[sage]:2012/04/16(月) 23:11:00.10 ID:JcnFNZJ5o
楽しみにしてるー乙
62 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(福岡県)
[sage]:2012/04/16(月) 23:16:06.48 ID:MMm9LH/to
乙
つい読む方に集中してしまうな
63 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/18(水) 20:54:34.08 ID:4G0Qynfao
復活したようでなによりです。
本日分の投下開始します〜
64 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/18(水) 20:55:34.27 ID:4G0Qynfao
ドライヤーが無い。いや、あるにはあった。
けれど例に漏れず時が積もっており、電気を通すと焦げ臭かった。
仕方がないのでタオルを巻きつける。短い髪はこれだけで乾いてくれることだろう。
首にじっとりと絡む首輪が、今だけは気持ち悪い。
書斎へ向かう。もう足取りに迷いはない。
薄暗闇にも随分と目が慣れた。
元々暗い場所で育ったのだ、むしろ次に外出するときが心配である。
「お風呂、先にいただきましたってミサカはミサカはお伝えに来てみたり」
ノックへの反応を待たずに開けてしまう。そういえば返事が来たことなどない。
肩を差し込むように顔を覗かせる。タオルを乗せた頭が重い。
「来なくてイイし、俺は入る予定が無ェ」
一方通行はようやく起き上がったところらしかった。
椅子の背もたれは倒したまま、いかにも気だるげに両肘を突いている。
白い頭がそのまま零れ落ちそうだった。
65 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/18(水) 20:57:47.95 ID:4G0Qynfao
「来なくていいなら来てもいいでしょ。それにミサカ、こういうのはちゃんとしたいのだって
ミサカはミサカは挨拶に憧れがあることを告白してみる。それでね、次にしたいことなんだけど」
「もォ寝てろ」
何か言う前に一方通行が手の甲を振ってみせ、更に顔をしかめた。一々の動きで痛むのだろう。
「まだお昼だもん」
「知らねェよ」
「どこも薄暗いから分からなくなるんだよ」
打ち止めが軽くかぶりを振った。生まれて初めての重労働に、涙腺が熱を持っている。
湯を頭から浴びながら、次にすることを考えていた。
すること。この家で、果たしていくこと。
「ねえあなた。ミサカお掃除がしたいんだけど」
「あァ?」
「手伝って」
返ってきたのは沈黙だ。
打ち止めの胸が内から打つが、不快ではない。
短い付き合いだが知っている。
目の前の彼は、一つ一つの言葉をとりあえずは受け止めてくれる。
一方通行は閉じそうに細めた瞳のまま、
「寝る」
両腕で頭を支えることをやめ、後ろへと倒れ込む。
細い体に、背もたれが微かに軋んだ。
打ち止めは回り込む。彼の椅子の横へ立ち、
「どーん!」
少年のような尻を滑り込ませる。
肘掛という枠があって尚、二人の細腰は余裕を持って収まった。
66 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/18(水) 20:58:43.32 ID:4G0Qynfao
「テメェ何しやがる!」
「阻止!」
闖入者に一方通行が声を荒げるが気にしない。ころころと笑ってやる。
笑いながらも、心臓は強く打っている。
反射されて、弾き飛ばされるつもりだったのだ。そのつもりで加減して飛び込んだ。
なのに、どうしてか腕に感じる彼の、少し低い人の温もり。
「オマエ、俺に買われたこと忘れてンだろ」
「ご主人の自堕落な生活を直すこともお勤めかなって!」
一方通行が思い上がるなと鼻で笑う。
彼の腕に、打ち止めの鼓動が重く響く。泣き声が甦る。
「それでね、このお屋敷ミサカの手に余るんだけどってミサカはミサカは助けてご主人様?」
体を密着させたまま、打ち止めが首を傾げてみせる。
ゆるく巻いたタオルから、塗れた髪が零れていた。
一方通行は肩肘で頭を支えたまま打ち止めを見下ろす。
「漏電で火災っつーのだけは止めとけよ」
「ケチー!」
文句を言いながら飛び起きる。
「見ててよね、ぴかぴかにしちゃうんだからってミサカはミサカは一人でできるもん!」
あァそォ。
気のない返事を背中に受けて、笑顔の少女が飛び出していく。
67 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/18(水) 21:00:15.91 ID:4G0Qynfao
「……で、オマエは何をやってンだ」
打ち止めはほんの数分で戻ってきた。
「え、空き缶拾いだけど」
保存食が入っていた空袋を持って帰ってきただけだ。
それでせっせせっせと、書斎に落ちる空き缶を拾っては放り込む。
呆れたことに、ゴミ箱がない。
「ここしか使われてないし、一番片付けがいがあるかなってミサカはミサカはだからここからお掃除します」
「他ァ当たれ」
一方通行は寝そべったまま、打ち止めの様子は見えていない。
いいではないかと打ち止めが頬を膨らます。眠っていればいいのだ。
「ガキの手じゃァ何年経っても終わらねェよ」
机の向こうから声が飛ぶ。
この一部屋にそんなにかけやしないよ。
そう言い返そうとして、出てきたのは違う言葉だった。
68 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/18(水) 21:01:26.67 ID:4G0Qynfao
「何年も置いてくれるの?」
向こうから、沈黙が飛んでくる。
「誰も釣れなかったんでしょう」
口よ止まれ。縫い付けられてしまえ。
「誰もミサカを迎えに来ない」
また、缶を拾う。袋に入れる。
この作業はよくない。下ばかり向いてしまう。
また、零れてしまう。
「じゃあミサカ、廊下からやろうかな!」
からん、ころん。
空っぽの音を共にして、再び廊下へ飛び出した。
69 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/18(水) 21:02:27.98 ID:4G0Qynfao
「やっぱり窓かなってミサカはミサカはお掃除プランを練ってみる」
書斎と打ち止めのねぐらを繋ぐ廊下、仁王立ちしながら計画を組む。
タオルに水気を預けた髪は、自由自在に跳ね回る。
「日が差さないからどこもこんなに薄暗いんだよ」
窓掃除。いい案に思えた。
どこから手をつけていいか分からないなら、成果が目に見えるところから済ますのがやる気を保つ秘訣だろう。
「蔦を払えばいいのかな?」
紗幕を開いて、まず飛び込んだのは這い回る植物だった。
這入る隙間を探すように生い茂り、光がとても遠くに感じる。
もちろんガラス自体汚れている。上の方には立派な蜘蛛の巣が張られていた。
それでもまずは、この空間に光が差すことを夢想する。
きっと明るくなるだろう。
あの寝こけてばかりの主人だって、日を浴びれば起きる気にもなるだろう。
決まればあとは行動するのみだった。外へ出よう。屋敷を駆ける。
70 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/18(水) 21:04:14.91 ID:4G0Qynfao
小さな打ち止めにとって、屋敷の壁は一階部分だけでも遥かに高い。
両の手を見る。時を経て、硬くなった軍手だけが打ち止めの武器だった。
蔦は上に行くほど細く、地面に近い部分はなかなか逞しい。
それでも手に届く範囲からやるしかない。
内庭の草を刈ろうとしたときのイメージ。
両手を土へかざすと、再び砂鉄が集まった。細く研ぎ澄ませ振動させる。
刃渡りを広げようとすれば、強能力者程度の打ち止めでは強度が保てない。
手首は付けたまま、弓の弦の部分を植物に押し当てる。
間違ってもガラスは傷つけないように。きっと強化してあるに違いないのだが。
主人に出来るところを見せたかった。
「……よし」
深く切ると屋敷に達する。ある程度脆くしたら、後は手でむしる。
「どっこい!」
片足を壁にかけ、引き抜く。
傷つけた根元ははがれても、張り付く枝が手ごわい。
軋ませながらそっと剥いでいく。半端に残すと後々が面倒だ。
71 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/18(水) 21:05:33.71 ID:4G0Qynfao
やっと一本。
壁一面を見てしまい、思わず溜め息。
彼の言うとおり、きっと年単位の作業になってしまうだろう。
「本当にそうなら、それだけずっと置いてくれるのかなってミサカはミサカは言ったことが現実になったらって、思ってるのかな……」
何年も置いてくれるの?
とりあえずでも何かしら言葉を返してくれる彼からは、無言しかもらえなかった。
いっそ、さぼりさぼりやってしまおうか。十年でも二十年でも、だらだらやってしまおうか。
終わるまで置いてくれるかもしれない。終わったら、追い出されてしまうかもしれない。
いや、それ以前に役立たずだと処分されてしまうのかもしれないか。
ここにいたいのだろうか。よく分からない。
他に行くところなどない。
誰も彼も同じクローンだ。けれど、この打ち止めには帰る場所も、迎えに来てくれる誰かもいない。
じっとしているのはよくない。きっと性に合っていない。
また掌に意識を集める。
「……バキバキうっせェ」
ざらぁ、と音を立て、集まり始めていた土が散った。
いつの間にか、白い彼が背後に立つ。
72 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/18(水) 21:07:21.34 ID:4G0Qynfao
「何笑ってやがる」
鼓動が激しい。今日はこんなことばかりだ。なのに顔はふやけてしまう。
わざわざ見に来てくれたのだ。ここから奥の書斎まで、音など通りはしないのに。
日の下で彼を見るのは二回目だ。
真っ白な髪と肌。血の色の瞳。モノクロの衣服が細く薄い身を包む。
彼は壁に向かう打ち止めと這い回る蔦を見る。
「オイ、クソガキ。掃除っつーのはどォするのを言うンだ?」
「え?それは、汚れを落として」
「汚れってのはこの蔦か」
「うん。あとは、あちこちの埃とか蜘蛛の巣とかかな」
一枚の窓を見られる状態にするまでの手間を考えると、また気が滅入る。
掃除した実感が一番得やすいだろうからと選んだ窓だが、どこも手を入れていなさの年季が半端ではない。
一方通行がくたびれ始めた打ち止めを手で退け、右手を前へ突き出した。
瞳を閉じる。
ピシ、と。何がしかの『力』が壁を伝っていく。
73 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/18(水) 21:08:43.86 ID:4G0Qynfao
屋敷が身震いするのを、打ち止めは感じた。
淑女が夜衣を落とすように、屋敷が時を脱ぐ。
窓といわず壁といわず、這入る隙間を探すように指を伸ばす蔦。
それらが、一斉に屋敷から剥がれ落ちていく。
一方通行の纏う反射。それが屋敷に適応されたかのように、家は古さを削ぎ落とす。
「すごいすごい!」
駆け寄る打ち止めの頬を烈風が駆ける。
「こォか」
窓の一つがひとりでに大きく開く。穴をめがけ、風がその身を押し込ませた。
「あなたって、本当にずるい……」
風にかばった腕を下ろした打ち止めが見たのは、埃など落ちていたことがないとでも言いたげな、それでもどこか古ぼけた屋敷。
一方通行は何も起きなかったかのように欠伸を一つ、開けた窓から中へ。
「ねぇ!」
去る背中へ尋ねる。
「どうして今までこうしなかったのってミサカはミサカは、そんなに便利な力ならすぐに使えばよかったじゃないって聞いてみる」
彼は振り向きもせず、
「やる理由がなかっただけだ」
後はやれ、部屋の一々までやっちゃいねェ。
そう言う彼に打ち止めが言葉を投げる。
74 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/18(水) 21:09:15.43 ID:4G0Qynfao
「ねぇ、ミサカ、このお屋敷を綺麗にするまでとってもかかると思うんだけど」
彼は立ち止まらない。
「お部屋がほしいな」
打ち止めの頬が輝く。
「うん!」
好きにしろ。その言葉をたしかに聞いた。
75 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/18(水) 21:10:10.32 ID:4G0Qynfao
自分の部屋は、最初に通された場所をそのまま使うことにした。
もうすっかり自分のにおいがするのだ。
一方通行の烈風が通り過ぎていった部屋へ戻れば、
「明るっ!?ってミサカはミサカはこんな部屋だったのって驚愕してみたり!」
風が紗幕を開いて行ったらしく、あったことすら知らなかった窓からは昼の陽光が差し込んでいる。
日光に痛まされることのなかった家具類は埃を払われ、つい先ほど現れたような顔をして居座っていた。
壁の絵画も置かれた陶器も一切が壊れていないことが、能力行使者の技量を端的に表現している。
赤と茶で統一された、落ち着いた部屋だった。
くつろげるよう置かれたソファを見る限り、客間よりは居間らしい。
こんなソファがあるなら最初からここを使えばよかったかとも思うが、先ほどまで寝転ぶ気のする状態ではなかったのだ。
76 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/18(水) 21:11:17.00 ID:4G0Qynfao
見回してにやにやと笑う。
好きにしていいと彼は言った。だから好きにしていいのだ。
何を置こうか。
打ち止めは配置を考えて楽しむような物を持っていない。
着の身着のまま、毛布だけが相棒だ。
片付けがてら他の部屋を見て回ろう。
ベッドがほしい。ぬいぐるみというのも置いてみたい。
横に置いて眠るのだ。この屋敷にあるかはあまり期待できないが。
わくわくする。まるで宝探しだ。
目覚めたばかりのこの屋敷には、何が眠っているだろう。
それから、打ち止めは五日目を屋敷の探検に費やした。
77 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/18(水) 21:12:32.36 ID:4G0Qynfao
「あなたってご飯どうしてるの」
「適当」
「外食?」
「コンビニとかその辺」
六日目。
朝に眠っている一方通行を訪れるのが習慣になろうとしていた。
彼は毎朝変わらず椅子に転がって、打ち止めが横に立つと面倒くさそうに目を開く。
「侯爵様がその食生活ってどうなのってミサカはミサカはあまりの親しみやすさに呆然としてみたり。
みんなの憧れセレブ生活とかじゃないの」
爵位。超能力者の遺伝子を保護するため、また国としての体裁をとるために設けられた制度。
この街のクローンとしては一方通行が最上位の侯爵。
その上の公爵については打ち止めの知識にない。
第一位がそうではない以上、能力の強度に捉われない者がその座についているのだろう。
それぞれの家が超能力者のためにある以上、運営も超能力者の役割に左右される。
研究者に力を貸しているのはどの能力者も程度に差はあれ同じだろうが、例えば第三位は報道官であることが存在意義にして糧を得る手段。
78 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/18(水) 21:13:42.81 ID:4G0Qynfao
「俺が第一位って認識してる奴なンざ限られてる。人目なンざ気にして生活してねェよ」
一方通行の役目は第一位でありながら裏方。
しかし打ち止めは彼がそれらしく働いているのは一度しか知らない。
他ならない、彼女の姉妹と生みの親達の抹殺。
時折、彼の机に書類が増えていることがある。
非常に雑に読んでは端末を使ってどこかへと返事を出しているらしい。
それが研究の手伝いであるのか、裏方仕事の報告なのかは分からない。
「お部屋に缶コーヒーがたくさんあったけど、食事はいつとってるのってミサカはミサカはあなたの食生活に興味があったり」
缶はあったというより転がっている。
一度に相当の量を買い込むらしく、散らばっている缶は数に比べて銘柄は統一されていた。
打ち止めの部屋の備蓄は着実に目減りしている。
水については水道を確保できたのでもう困らないが、固形物についてはそろそろ主人に訴える時がきていた。
79 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/18(水) 21:14:36.72 ID:4G0Qynfao
しかし今は彼の食生活の方が気になる。
打ち止めは屋敷に来てこの方、彼がコーヒー以外を摂取するところを見ていない。
「気が向いたら外に出て買ったり食ったりなァ。最後に食ったのは……」
「食べたのは?」
「一昨日の夜、ファミレスに行った」
ああ、と打ち止めは深く頷く。
それでそんなに体が薄いのだ。食への執着が薄いのだろう。
「ミサカのお部屋、まだ食べるものがあるの。
持って来るねってミサカはミサカはあなたに何か食べさせなきゃって義務感に駆られてみたり」
「まだイイ」
「駄目です」
80 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/18(水) 21:15:37.08 ID:4G0Qynfao
自室。
主人の自堕落な生活を直す。
昨日何とはなしに放った言葉だが、真剣に考えるべきかもしれないと思う。
「ミサカの食べる分も明日あたりでなくなるかなぁってミサカはミサカは備蓄に不安を覚えてみたり」
備蓄も何も、一方通行が置いていった食料なのだが。
一週間も食べられる量を用意していきながら、彼は自分の食事にはまるで頓着しないのだ。
愛用の毛布は、この頃はもっぱら風呂敷として活躍している。
適当に腹にたまりそうなものから掴んで包む。
「……あ、そうだ」
手が小さな包みに触れる。すぐには口に出来ず、腹にもたまらない一品。
「あの人、きっと喜んでくれるってミサカはミサカはこれも持っていこうっと」
81 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/18(水) 21:16:39.91 ID:4G0Qynfao
一方通行は打ち止めの持ってきたハムだの乾パンだのを美味しそうにも不味そうにも見えず淡々と口に含む。
一日空けての食事のはずだががっつく様子も見られない。
元より食が細いのだろう。
栄養補給以上の感情は見られず、打ち止めとしてもそのことに不満はない。
何かを食べて顔を輝かせる彼は想像しにくい。
彼の横で食事風景を観察しながら、打ち止めはにまにまと顔がゆるむのを抑えられない。
もしかしたら喜んでくれるかもしれないと、そう思うだけで微笑んでしまう。
「……で、その汚ねェ布からはみ出てるもンは何だ」
「聞きたい?」
ウゼェと一方通行が顔で言い、実際に口にも出した。
それでも打ち止めの微笑みは崩れない。
毛布に隠してあった品をもったいつけて取り出す。
「お掃除の戦利品。コーヒーの粉とコーヒーメーカー」
「……飲めンのか、それ」
82 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/18(水) 21:18:11.66 ID:4G0Qynfao
昨日は掃除など途中からそっちのけであちこち探索したのだった。
キッチンらしき場所から出てきたのが、コーヒー豆を挽いたもの。
近くの棚にはコーヒーメーカーが眠っていた。
彼の瞳に光が差したのを打ち止めは見逃さない。
コーヒーメーカーはついぞ使われた形跡がなかった。
缶コーヒーばかりで、きっと手で淹れたものは知らないのだ。
「ミサカが淹れてあげるね!」
一方通行が、目だけでじろりと打ち止めを見た。
口元はむっつりと結ばれたままだが、彼女はそれを肯定と受け取った。
83 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/18(水) 21:19:53.59 ID:4G0Qynfao
それから、二人でキッチンへと向かった。
書斎には水がない。
初めは打ち止めがキッチンで淹れてくると提案したのだが、一方通行がまどろっこしいと言って立ち上がったのだ。
あの、出不精な主人が。
きっと楽しみに違いないのだ。そう思って一歩前を行く打ち止めはくふくふと笑う。
薬缶で湯を沸かす。ドリッパーにフィルターをセット。計量スプーンですり切り一杯。
全ての道具をその都度洗う。
一つずつ一つずつ、道具達が眠りから醒めていく。
ドリッパーに、そっと湯を回し入れる。
ほんのりと泡を立てながら、静かに底へ沈んでいった。
湯気が立ち、溶け、空気をわずかに潤した。
打ち止めの知らない香りが不思議に立ち込める。
器は棚を覗けばいくらでもあった。
一式揃った、きっと名のあるものなのだろう。
そこから一つだけ取り出して、丁寧に洗う。あまりに薄く、指で摘んだだけで割れそうだった。
84 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/18(水) 21:21:20.59 ID:4G0Qynfao
ソーサーに乗せ、一方通行の元へ。
初めて淹れた一杯を、そっと主人に差し出す。
少しだけ手が震えた。
コーヒーというのがどういう味がするものなのかは分からない。
どうしてか頭の中にあった手順の通りにやっただけ。
一方通行は湯気の立つカップをじっと見下ろした後、口元へ運んだ。
打ち止めが息を呑んで見守る。
誰かが淹れたのが見える一杯は、彼にとっても珍しいのだろう。
獣のように用心しながら、舐めるように口に含む。
「どうかしら」
沈黙に耐え切れず、打ち止めが声を掛ける。
彼は答えず、更に一口、大きく含んだ。
「ン」
空になったカップが差し出される。
一気に飲んだのだと気づいて打ち止めが慌てる。沸騰した湯を注いだのだ。
火傷をしなかったかと心配し、不要なことだったと落ち着く。
「ちょっと待ってね」
もう一杯入れようと、湯を沸かしなおす。
湯を注ぎながら、頬がゆるゆると持ち上がるのを自覚する。
85 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/18(水) 21:22:10.57 ID:4G0Qynfao
二杯目は、半分程度残したところで打ち止めに差し出された。
「え、ミサカも飲んでいいの?」
もの欲しそうな顔をしていただろうかと心配になる。
どんな味か気にならなかったといえば嘘になるのだが。
白い指からカップを受け取り、傾ける。
主人が愛飲するコーヒーという物は一体、
「……うぇ」
とても苦かった。
「あれぇ?量、間違えたのかなぁってミサカはミサカはごめんなさいあなた、こんなの出しちゃって」
気に入ってもらえたと喜んだ分、涙が出そうになる。
けれど主人は吹き出すのだ。
「そォいうもンなンだよ、ガキが」
言うや否や一方通行は打ち止めの手からカップを奪い、残りを一気に干した。
そうなの?そう言う自分がまだ疑い顔なのを打ち止めは自覚している。
美味しそうに飲むのだから、甘いのだと思っていたのに。
86 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/18(水) 21:23:19.19 ID:4G0Qynfao
「あなたはどう?おいしい?」
それだけが心配だ。
一方通行は手にしたカップに目を落とす。
「……悪くねェンじゃねェの」
自分の顔の筋肉は働き者だと打ち止めは思う。
緩み下がり上がり、じっとしている暇がない。
「じゃあミサカ、コーヒー係になる!」
「何だそりゃァ」
「あなたにコーヒーを淹れる係なの。飲みたくなったらいつでも言ってね。
すぐご用意しますのでってミサカはミサカはご用命をお待ちしております」
「そりゃどォも」
間を空けずに肯定の返事。それがまた嬉しくて、打ち止めは三杯目を用意する。
すり切りは、二杯分。
87 :
おわり
[saga]:2012/04/18(水) 21:25:06.52 ID:4G0Qynfao
本日の投下は以上です。
また明日の同じくらいの時間に来る予定です。
ではまた〜
88 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage]:2012/04/18(水) 22:59:13.67 ID:b1urf5gDO
乙
独特の雰囲気が素晴らしい……
大正と近未来が同居してるみたい
89 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/19(木) 20:48:46.01 ID:hntfVsYWo
三杯目のコーヒーを楽しんだ後、打ち止めはあることに気がついた。
『あなた。お知らせがありますってミサカはミサカは厳粛な面持ちで言ってみたり』
『何だ』
『このお豆、賞味期限が切れてます』
この屋敷に来て以来、一番の雷だった。
「あんなに怒らなくてもいいじゃないってミサカはミサカはぶー垂れてみたり!」
なんつーもンを飲ませンだとお叱りをくらい、打ち止めは買出しのために一人街を歩いている。
悪くないと言ったのはどの口だ。
確認しなかったのはすまなかったが、あのまま打ち止めが言わなければ豆を使い切って尚気づかなかったに違いない。
散々に叱られた後、飲めるものを買って来いと尻を叩かれ出てきたのだ。
お金はどうすると尋ねれば、カードを一枚投げ渡された。ついでに食料買って来いとも。
丁度いいと言えばよかった。そろそろ食べるものがなくなると危ぶんでいたところなのだ。
一方通行が買いだめできるのは缶コーヒーだけだろうと思う。よくて保存食。
脳内の知識を点検する。料理のレシピがいくつかあった。何か火の通ったものを出そう。
90 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/19(木) 20:50:03.66 ID:hntfVsYWo
歩きながら、ゆっくり頭が冷えていく。
一人で学園都市を歩くのは、そういえば初めてのことだった。
最初に二人で街に出たのは、自分を人目にさらすのが目的だったのだろう。
そして、結果として何も引っかからなかった。だからこそこうして一人でお使いに出されたのだ。
学園都市の地理情報は頭に入っている。
元々は都市攻略のために製造された身だ。それらの知識は今、なんとも平和に活用されている。
このまま、置いてもらえそうな気がしていた。
朝起こし、コーヒーを淹れ、食事を作って暮らしていけるかもしれない。
首元の鎖を引っ張る。ちりちりと鳴るそれが所有の証に思われて、今となっては頼もしかった。
彼は、自分を何だと思っているのだろう。
釣り餌としての役目は、もう果たせそうにない。
それこそ本当の奴隷、使い走りとして見てくれているのならそれが一番いい。
寝首を掻きたければ来いと彼は言う。
けれどそんなことは考えたこともない。
この状況に身を置くこととなった最大の要因は彼だが、彼の介入がなければ、おそらくもう生きていない。
先に逝った姉達を思う。彼女達は、どうだっただろう。生きていたかっただろうか。
91 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/19(木) 20:51:05.42 ID:hntfVsYWo
「………………」
そんな彼女の思考を中断させる存在がいた。
足はしっかりとコンビニエンスストアまでたどり着いている。
あの閑静な住宅街からはそれなりに遠かった。
一方通行のような生活の人間にとっては、その辺のアパート群の方が暮らしやすいだろうにと思う。
コンビニに入るために横切った路地。出た廃棄物が雑然と並ぶ、意識に上らないような場所。
しかし今だけは釘付けにならざるを得なかった。
「………………」
一心不乱という表現が合うだろう。
もぐもぐもぐと擬音が聞こえるような食べっぷり。
薄闇にも発光するような白い衣服の少女が、ゴミ箱をひっくり返し、何かを貪っていた。
「………………」
打ち止めはわずかに足を止め、じっと凝視し、次の瞬間には店内に向け足を動かしていた。
92 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/19(木) 20:52:30.43 ID:hntfVsYWo
「はい」
「……んあ?」
打ち止めが店内にいたのは数分のことだった。
買えと言われたコーヒー粉は手元にない。
あるのはおにぎりやサンドウィッチ、その場で剥いてすぐ食べられるものばかり。
「これ、よかったら食べてってミサカはミサカはシスターさんに差し出してみたり」
シスターなのかは知らない。
ポリバケツに頭を突っ込み廃棄の弁当を手で食らう彼女の衣装。
打ち止めの知識によれば修道服と呼ばれる類のものだった。
泥で汚れた顔と、衣装の輝きがちぐはぐだった。
打ち止めの知識と合致したのは衣服の形状だけで、その装飾は華美。
金銀刺繍の、まるでティーカップに包まれているような見た目。
「ありがとう!」
喜びに輝く瞳はエメラルド。流れる髪は銀の糸。
透ける肌の白さといい、明らかにルーツはアジアではない。
手渡された食品の開け方が分からないらしく、もどかしげに手で潰そうとしている。
打ち止めが中身を出して渡してやると、猛然と食らい始めた。
93 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/19(木) 20:53:32.10 ID:hntfVsYWo
「ありがとうなんだよ、えっと」
「打ち止め。ラストオーダーだよ」
「ありがとう、らすとおーだー」
舌足らずな声で笑う。
返す打ち止めの微笑みは痛ましいものを見る目になる。
一方通行に拾われなければきっと、打ち止めもこうなっていたに違いないのだ。
「シスターさんは」
「私のことは、インデックスでいいんだよ」
「インデックスは、あの、どうしてこんなところにいるのってミサカはミサカは尋ねてみる」
インデックス。目次。
打ち止めに言えることではないが、人間につける名前ではない。
宗教を感じさせる見た目は、能力者とは思われなかった。
この街は、能力者でなければ外部からの研究者くらいしかいない。
少女は明らかに、街の背景から浮いていた。
んー?とインデックスと名乗る少女が首を傾げる。
打ち止めの質問に、そんなことは今初めて考えるとでも言い出しそうな無垢な雰囲気。
94 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/19(木) 20:54:49.30 ID:hntfVsYWo
「私はね、そう、逃げているんだよ」
「え?」
そうそう、そうだったとインデックスが一人頷く。
「何から?」
「行かなくちゃ。ありがとうね、らすとおーだー」
ごはん、おいしかったんだよ。
そう言って少女は裾を払って立ち上がる。
純白の衣はやはり、泥汚れ一つ見当たらない。
「待って!」
追いかけてどうしたかったというのだろう。
路地裏から飛び出した修道女に手を伸ばそうとした打ち止めは、
「あれ……?」
あれほど目立つ姿だというのに。
「いない……」
これほどの人出があるというのに、誰もざわめかない。
インデックスと名乗る少女は、まるで初めからいなかったかのように、もうどこにも見つけることは出来なかった。
95 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/19(木) 20:56:03.94 ID:hntfVsYWo
修道女を見失った後、打ち止めは追いかけるということをしなかった。
とりあえず元気そうだったからとか、もう見えなくなっていたからとか。
理由はいくつか挙げられるが、何よりも大きいのは。
あの少女が身を隠そうとしたのなら、決して見つけることはできないだろう――そんな確信めいたものがあったから。
あの邂逅は、何かの『間違い』だったのだ。そんな気がして仕方がなかった。
そんなのは気のせいで、追いかけるのを諦めただけだろうという思いもある。
けれど一方で、それが正解だろうという気もしていた。
足元に残る剥いた殻のみが、少女が幻でなかったことの証人だった。散らばる残骸を集める。
流れる人の波をしばし眺めた後、打ち止めは再び店内に戻った。本来の買い物をするためである。
コーヒーの粉は棚の下のほうにきちんとあった。
数は選べないが、元々打ち止めには豆ごとの味は分からない。
それと食品も買い込む。保存の利きそうな肉に、葉物もかごに入れる。
96 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/19(木) 20:57:23.96 ID:hntfVsYWo
学園都市の食料自給率は、外の人間には意外に思われるがほぼ百パーセントに到達している。
畑の代わりに、牧場の代わりに食料プラントが日夜働いているのだ。
そうしなければならない理由がある。
戦争が激化した場合、食料の供給を外部に頼ることはそのまま弱みになる。
もう一つ大きな理由として、食品に薬を混ぜるため。
学園都市のクローンは例外なく、食品により生殖能力を奪われている。
行為は可能、しかし子は為せない。
製造段階で奪ってしまえばいいような気もするが、能力発現に対する影響がいまだはっきりとはしないらしい。
「……帰ろう」
インデックスに出会ってから、どうにも足取りがふわふわと頼りない。
見た目だけそっくりの違う場所に紛れ込んでしまったような、世界が反転してしまったような不安。
帰ろう。一方通行に会いたい。顔を見て、謝って、ちゃんとしたコーヒーを淹れて、初めて一緒に夕飯を食べよう。
来た道を戻る。
戻りながら、何故だろう、もっと遠くへ進んでしまっているような恐れが拭えなかった。
97 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/19(木) 20:58:45.00 ID:hntfVsYWo
一方通行の手元に、新しいレポート。
潰しきれていないと睨んでいた亡命計画、やはり続きがあったらしい。
「あンだけ造っといて囮かよ」
亡命を外部から手助けする勢力の名前が浮かび上がる。
「イギリス清教。オカルト集団か」
学園都市を科学サイドと呼ぶのなら、魔術サイドと呼ぶべき勢力。
クローン達の能力は、才。
魔術サイドの人間達は、『普通の人間であること』を世界の解釈によって乗り越える。
一方通行はオカルトを信じていないが、そういうものがあると信じる人間がいるということは確かだ。
学園都市のクローンは、国際的には決して認められていない。
重大な国際法違反を国家ぐるみで行っているのだ。
しばしば戦争の火種となるが、それは建前であることがほとんどだ。
建前でないとすれば、個人の宗教的な理由から仕掛けられるテロという形を取る。
規模が大きくなれば、それこそ一方通行の出番となるのだ。
98 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/19(木) 20:59:52.37 ID:hntfVsYWo
大体の場合は学園都市の粛清を謳った、技術の搾取が目的である。
人間のクローニング技術は禁じ手でありながら、産業、戦争、医療あらゆる分野において素晴らしく魅力的だった。
それぞれの国で実行するには世論の猛反発を受ける。そこで学園都市を叩き潰すことで技術を得ようと目論むのだ。
しかし、イギリス清教。十字教の一大宗派。
一方通行の眉根が寄る。目的が見えない。
国家ぐるみの宗派が、学園都市の混乱だけを目的として動くとも思えなかった。
彼の支配下にある屋敷の空気が震え、少女の帰宅を知らせる。
足音はまっすぐこちらに向かう。
レポートは既に読んだ。塵として散らす。また打ち止めが口うるさくなるだろうか。
「あなた、コーヒーあったよってミサカはミサカはただいまー!」
「ドタドタうるせェ。いつまでかかってンだクソガキ」
それにしても、囮。
二万と一人の少女が、その命こそが釣り餌。
だとすれば生き残ってしまったこの少女は、その役目すら全うできなかったということか。
「あなた、どうしたの?顔が真っ白だよって、あ、元々?」
「ほっとけ」
これから作る料理を説明し出す打ち止めの言葉を流しつつ、一方通行の意識は思索に沈む。
99 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/19(木) 21:00:56.19 ID:hntfVsYWo
夜が来た。
打ち止めは自室となった一室でまんじりともせず、じっと暗闇を見つめている。
自室と言っても、今のところ大きな変化はない。寝床が床からソファになったことくらい。
一方通行は寝室できちんと眠るべきだと常々思うが、これでは人のことを言えない。
適当なところからベッドを見繕いたいところだ。
運ぶのはどうしようか、一方通行の手を借りることになるだろうか。
主人に提供できているものより、してもらっていることが多い気がしてそっと縮こまる。
あの買出し以来、意識が上手くかみ合わない。
現実と幻の境をふらふら、今どちらに立っているのか自信がない。
一方通行には、インデックスのことを話さなかった。
ある意味で学園都市の治安を司る彼に報告すべきではとも思う。
けれど口に出してはいけないような、出した瞬間、ささやかに築き始めている日常がすべて泡となるような恐怖がある。
何故だろう。あんなに綺麗に笑う少女だったのに。この胸のざわめきと儚さは何なのだ。
飢えていた。服だけ汚れていないのが異様だった。逃げていると言った。何から?
100 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/19(木) 21:01:50.16 ID:hntfVsYWo
横向きになり、両の手を前へかざす。
能力。オリジナルから授かった電気の力。
確かなものが見たくて、意識を集中させる。
「…………!!」
青白い光が散った瞬間、打ち止めは見た。
「…………!!」
打ち止めの顔に布をかけようと至近距離まで近寄った、男の顔。
意識の時間の流れが止まる。叫べもしない。
けれど彼女は軍用クローンだった。強能力者として全力で放電する。
男からくぐもった声。
打ち止めが電気使いだと知らなかったのか、絶縁体を仕込むような準備はしていないらしい。
101 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/19(木) 21:02:44.13 ID:hntfVsYWo
跳ね起きる。しかし背後から首に腕がかかる。複数人。
こちらにも放電を食らわせる。
腕が怯んだところへ噛み付き逃れる。しかし走り出そうとしたところで背後に打撃。
ぼごん、と自分の体からとは思いたくない重い音。
止まるわけにはいかなかった。知らせなければならない。
自分は彼のものなのだから。主人に危険を知らせなければ。
「二万人いた妹達は全滅だ。あれだって見失った。俺達だって殺される――――
「このガキが接触したってのは確かか――――
「同僚が目撃しています――――
「吐かせるぞ。連れて行け――――
その妹達の末がここにいるというのに。
倒れながら薄く笑う。こんな時になってまだ、迎えを待っていただなんて。
102 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/19(木) 21:03:46.45 ID:hntfVsYWo
屋敷に混ざる不快な気配を数えながら、一方通行は缶コーヒーを仰いでいる。
ここが第一位の屋敷だと知って潜り込んできたのなら大したものだと思うが、違うのだろう。
音も彼の支配下にある。ささやく会話を空気が伝える。
レポートにあった、計画の目玉らしき存在。よほどの機密なのだろう。下っ端連中には探りきれなかったらしい。
『それ』と打ち止めが接触を持ったらしいと、そういうことらしかった。
「クソガキが、面倒なもン引っ掛けやがって」
何の報告も聞いていない。
しかし、ある意味で立派に餌としての役を果たしたと言ってもいいかもしれない。
引っ掛けたかったものとは違うが、もう少し深いところを持ってきてくれた。
褒めてやろうにも、このままではもうすぐ襲われてしまうだろう。
おそらくは攫われ、吐かされ、遺伝子情報まで灰にされた後廃棄されるだろう。
『一方通行』が取るべき行動は、泳がせることだ。
打ち止めが引き込まれる闇を追いかけ、深部で見つけたものを叩く。
それが為すべきことだ。
103 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/19(木) 21:04:52.93 ID:hntfVsYWo
気配が移動していく。その先は打ち止めの居室だ。
紫電の気配、気づいたらしい、戦闘と呼ぶには一方的な争いが始まる。
気配と打ち止めが接触。体が傾いでいく。
そして届く声。
『……逃げて』
面倒くせェ。
その一言と共に、夜が深まる。
104 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/19(木) 21:06:06.96 ID:hntfVsYWo
打ち止めが屋敷に来て、七日目の朝だった。
彼女が勇んで一方通行を起こしに訪ねる時間だが、本日は様子が違う。
「えへへーベッドに横になるの初めてってミサカはミサカはふかふかで嬉しかったり」
笑って言いつつ、痛い痛いと顔をしかめる。
器用なことだと一方通行が呆れて見下ろした。
ベッドをどうしようかという打ち止めの悩みは一晩で解消された。
負傷した打ち止めに代わり、一方通行がどこからか発掘、魔法のように片手で支えて持ってきたのだ。
「働けねェ奴隷は黙ってろ」
「ひどーい」
ミサカ、頑張ったのに。
そう言ってむくれる打ち止めの頭には包帯が巻かれている。
皮の薄いところを切ったのか、盛大に出血していたらしいがもう止まっている。
彼女の主人は他者の治癒の促進までやってのけるのだ。
105 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/19(木) 21:07:21.86 ID:hntfVsYWo
「夜のあなた、あんなに格好良かったのに。『このガキは俺のなンだよ、人様の所有物に手ェ出してンじゃねェ』って。
ねぇねぇもう一回言ってほしいなってミサカはミサカはそれだけで治っちゃうかも!」
笑い声は悲鳴で終わる。チョップはやめてと懇願が続いた。
「ミサカのご主人は優しいなぁってミサカはミサカはあなたのデレが見られただけで体を張った甲斐を感じてみたり」
「ぐちゃぐちゃうるせェっつってンだ」
「痛い痛い」
シーツとシーツにはさまれるというのは不思議な感覚だ。
自分の温もりが自分に戻ってくるくる巡る。
脇のスツールには主人。
相変わらずむっすとしたまま、怪我は避けて手刀を落としてくるのだ。
一方通行がたどり着いたとき、侵入者達は既に撤収の支度を始めていた。
かすかな光からでも部屋を見通す彼の目に、血を流す打ち止め。
彼女の目は己の体液でにごり、乏しい視界は完全に鎖されていた。
目を覚ました打ち止めは、彼等の行方を尋ねなかった。
106 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/19(木) 21:08:17.62 ID:hntfVsYWo
「ミサカのお役は、これでご免ですかってミサカはミサカは聞いてみる」
彼等は、軍用クローンの上位個体を攫いに来たのではなかった。
何かに接触を持った一人の少女に用があっただけだった。
これで本当に、打ち止め自身に価値がないことが証明されてしまった。
処分されるのだろう、そこは躊躇わない人だろうという想いと。
この数日で積み重ねた、打ち止めという一人の少女を置いてくれるかもしれないという想いと。
気づけばうつむいていた。
笑わなければと思うのに、首に重石が乗ったように持ち上がらない。
107 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/19(木) 21:09:13.45 ID:hntfVsYWo
「人の話、聞こえてたンじゃねェのかよ」
頭の上に、せせら笑うような吐息。
「オイ、コーヒー係」
「え?」
予想のどれとも違う言葉に、打ち止めの頭がわずかに傾ぐ。
顔を上げた彼女が見たのは、朝日の中、揺らぐ主人の赤い瞳。
「次に賞味期限なンざ切らしてやがったらクビだ」
口角の片方を吊り上げた一方通行の顔が、段々と不機嫌になっていく。
打ち止めが泣いてしまうかと思って。
けれど少女は眉は八の字、笑ってみせた。
「はい!」
ベッドから飛び起きて走り出す。後ろから、まだ動くなと怒鳴り声。
じっとしていられるはずがなかった。キッチンへ。お湯を沸かさなければならない。
これが七日目の朝のこと。
主従の桃源郷は、もうしばらく続くらしかった。
108 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/19(木) 21:10:44.65 ID:hntfVsYWo
本日分以上です。一旦区切りという感じ。
もうしばらくお付き合いいただけますと幸いです。
ではまた〜
109 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(神奈川県)
[sage]:2012/04/19(木) 21:14:45.64 ID:4E1sqCneo
一方さんがデレた! 乙
110 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(関西地方)
[sage saga]:2012/04/19(木) 21:29:15.53 ID:QdUHJRoX0
世界観と文体が俺好み
乙おつ!!
111 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(福岡県)
[sage]:2012/04/19(木) 21:49:21.30 ID:YMfvmN5wo
おつおつ
こっからどうなるのか楽しみだわ
112 :
幕間
[saga]:2012/04/21(土) 02:27:32.08 ID:BG64cwIho
「そう、そないな形で交差するんか」
どこにでもある、少しだけ格の高いマンションの一室。背の高い男が一人、リビングでのんびりとくつろいでいた。
「自分の価値なんて、そないに悩むことやないんよ打ち止めちゃん」
そこにはいない誰かへ語りかける彼の声は無闇に良い。髪は胡散臭いほど青かった。
「だって君は立派な登場人物やからね」
ピエロっちゅーんは、僕みたいなののことを呼ぶんや。
そう呟く彼の耳にはピアスが連なる。
「青髪ピアス。貴様、にやにや独り言してどうしたのよ」
少女から女に代わる途上の女性が男に歩み寄る。
「吹寄さんは今日も可愛いなぁって思てなぁ」
青髪ピアスと呼ばれた男が嬉しげに、女を上から下から目で撫でた。吹寄と呼ばれた女性が嫌そうに顔をゆがめる。
「貴様の可愛がり方は変質的なのよ。この格好脱ぎたいんだけど」
吹寄の身に着けるのは、時代錯誤な使用人姿。
肩口の大きく膨らむ茶のシャツを、白いフリルエプロンが包む。頭には大きなドレスヘッド。
かつて流行ったメイド姿の、ややクラシカルなもの。
「脱ぎたいなんて昼間から大胆やなぁ吹寄さん…!冗談や、それ投げんといて。ええやん似合うてるよそのメイドさん姿」
吹寄が溜め息をつきながら、掲げたモップを下ろす。モップなんてそれこそ時代錯誤だが、この男の指示なのだから仕方がない。
113 :
幕間
[saga]:2012/04/21(土) 02:28:41.43 ID:BG64cwIho
「いまどき何処の使用人だってこんな格好してないわ」
吹寄は使用人。主人はこの青髪だった。
「よそはよそ、うちはうちです吹寄さん。なーお願い。僕は吹寄さんにそれを着てて欲しいんや」
な?と首を傾げる青髪に、吹寄は機嫌を直したりはしない。
大の男のおねだり姿など見ていて気持ちのいいものではない。
「雇い主が言うんじゃ仕方ないわね。けどセクハラは容赦なく訴えるからそのつもりいるのよ」
「はぁい」
じゃ、私台所にいるから。そう言って吹寄は奥へと引っ込んだ。
「吹寄さんは、何人目になっても変わらんねぇ」
青髪ピアスが目を細める。
去っていくエプロン姿を目で追いながらつぶやく。
本当に、彼女は何人目になっても変わらない。
嬉しいような、泣きたいような。どんな顔をすれば良いのか、今も決めかねている。
感傷を振り切るように、男が宙へ目線を飛ばす。薄い笑みは貼り付いて、いつからか取れなくなった。
「さぁ、幕間はこんなもんやろね。次の章が始まるで」
「これは僕の友達の悔やみが走らせる物語や。そうやろ、上条くん」
「僕はきっと見届ける。それだけが僕の役目、望み」
「願わくば、彼に今度こそ安らかな終わりを」
気づけばその両手は組まれる。
友人への祈りが届くのか届かないのか、それは彼の知るところではない。
114 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/21(土) 02:30:08.79 ID:BG64cwIho
遅くなったので予告のような幕間のような何かだけ。
ではでは〜
115 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage]:2012/04/21(土) 08:09:28.40 ID:JS7FeqjDO
続きが楽しみすぎる
>>1
は前にも何か書いてたりするのかな
もしあったら禁書以外でも読んでみたいわ
116 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/21(土) 22:34:15.56 ID:BG64cwIho
>>115
嬉しいお言葉ありがとうございます。
禁書から二次創作始めて、あんまり他は書いてないです。
ここだとたまに禁書総合に短いのを落とすくらいですね。
では本日分参ります。
117 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/21(土) 22:35:30.40 ID:BG64cwIho
逃げなければならない。
自分は存在しなければならないのだから。
腹がくぅくぅと鳴る。この音は、何か口から入れると収まるらしかった。
恵んでくれた少女のことを思い出す。
今まで誰にも声を掛けられなかったのに、どうして彼女は見つけてくれたのだろう。
傷んでいない食品は美味しかった。
これから何か口にするときは、あれらの味を思い出すことにしよう。
逃げなければ。でもどこへ?
ああ、天敵が迫る。逃げなければならない。
生きて、帰る。
118 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/21(土) 22:36:41.74 ID:BG64cwIho
見つけなければならない。
そのためだけに存在しているのだから。
いや、正確には違う。存在しているのは自分ではない。
実存の主体は己ではない。分かっている。
それでも、見つけなければ。
延々と流れる人間。あれほど浮く見た目であるのに見つけられない。
仕方がない、彼女は逃走に長けている。
痛んだものを口にしてはいないだろうか。心配だ。
見つけなければ。でも、それからどうしたらいいのだろう。
決められないからと言って立ち止まってもいられない。
ようやく巡ってきた機会なのだから。
今度こそ、今度こそ悲願を。ここで、終わらせる。
119 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/21(土) 22:38:14.02 ID:BG64cwIho
打ち止めが屋敷に来て、半月近くが経とうとしていた。
朝主人を起こし、コーヒーを淹れ、何でもない話をし、食事を作り、屋敷を探検がてら掃除して回る日々である。
主人は寝起きは良いが相変わらずよく眠る。
部屋を訪れると、起きているより横になっているほうが多い。
たまに横に潜り込んでみる。邪魔だと言いながら反射されたことはない。
それから、彼は結構話好きだ。喋るのも、聞くのも。
打ち止めが知識ばかりの頭から話題をひねり出せば、そこから話を広げてくれる。
一方通行の書斎に、小さな椅子が一つ加わった。
こうなったら夢のようだと描いていた日々が実現していた。
120 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/21(土) 22:40:14.89 ID:BG64cwIho
そんなある日の昼下がりだった。
打ち止めは玄関にいた。庭を攻略するためである。
屋敷の中は一日一部屋、少しずつ手を入れつつあるが、庭のほうはほぼ手付かずだった。
中は先日一方通行が埃を駆逐したばかりだが、ついでにこの草原も頼めばよかったと後悔しきりである。
荒れ野を見て思わず溜め息。
掃除ロボットが欲しい。一台でもいい。
一方通行に頼めば買ってくれる気がするが、なんとなく躊躇われた。
機械にだって活躍の機会を奪われたくないという意固地さがある。
そんな葛藤に悩んでいると、頭上がふと暗くなる。
にわか雨かと顔を上げた。同時に空気を裂く大きな羽音。
「おい、第一位はいるか?」
「………………」
神経を駆ける電気が、目の前の光景にふさわしい単語を選ぶ。
天使。
背中から生える三対の純白の翼が印象の原因。
しかし見間違いであったかのように、空気に溶けるようにして消えてしまう。
打ち止めが目をこする。天使が小さな足を地に着けた。
121 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/21(土) 22:41:50.85 ID:BG64cwIho
打ち止めより頭一つ小さな少年だった。
金に近い茶に染めた髪が、肩につく手前まで伸ばされて少女のようだ。
顔の造りは整っている。きっと美形に育つだろう。
「無視かコラ」
打ち止めに向かって、八歳程度に見える少年がすごむ。
ワインレッドの上着が背伸びしている。
ハーフのカーゴパンツから見える膝が与える印象とは正反対だった。
先ほどの羽根は能力の顕現だろうか。
「えっと、お客様ですか?」
「他に何に見えるんだよ」
一方通行に客。
この屋敷に人が来るという事態に泡を食う。
いるとは思っていなかった。
「つーかお前はなんだ?この家、あいつ以外に人はいなかった気がするんだが」
「えっと、ミサカはこの家の……」
奴隷ですと言っていいものか。
少し迷う。使用人くらいにしておこう。
そう言って口を開こうとしたが。
「ああ、そういうこと」
納得されてしまった。目線が首輪にとまっている。
「いいから通せ。俺が侵入者だったら、とっくに第一位に一撃食らってるよ」
122 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/21(土) 22:43:07.87 ID:BG64cwIho
一方通行はいつもの書斎、相変わらず気だるげに起きている。
ぱたぱたと、敷物に音を吸われて尚賑やかな足音が近づいてきていた。
「あなたお客様だよ!?ってミサカはミサカは驚天動地!」
荒っぽく扉が開け放たれる。
普段はノックをする少女だが、気が昂ぶるとこうなる。注意しても直らないのでもう言わない。
後ろに続く人影を見て、だるそうな表情が更に面倒くさそうなものになる。
「暇だから来た」
「帰れ」
打ち止めが横に退くと、彼女より頭一つ小さい少年が見える。
「あなた、この人は?」
誰かも分からず通したのかとじろりと睨む。えへへと笑って返された。この少女は少し鈍い。
「この子って第三位か?今ってもっとでっかかった気がするけどな」
少年は名乗らず、しげしげと打ち止めを見る。
「ミサカは、あの」
「で、オマエはさぼりか?」
一方通行が少年の言葉をさえぎる。何と説明しようにも面倒だ。
「違えよ!今日のノルマは終わったんだよ。俺は優秀だからな」
一方通行と顔見知りらしい少年の言う言葉の意味が、打ち止めにはよく分からない。
123 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/21(土) 22:47:51.67 ID:BG64cwIho
「あなた、この人は」
「俺は垣根。超能力者で――――」
「素材工場」
「変なあだ名つけてんじゃねえよ!未元物質の垣根帝督だ!」
未元物質。その言葉に打ち止めが知識の検索を開始する。
「第二位の伯爵様ですかってミサカはミサカは驚いてみたり!」
学園都市第二位、未元物質の垣根帝督。爵位は伯爵。
驚かれたことが快かったらしい。垣根が得意げに胸を張る。
「俺はこの世にない物質を引っ張ってくる能力者だからな。俺の力で造った武器とか建物とか結構あるんだよ。
そっちへの材料の提供が主な役だな。この屋敷の材質だって未元物質混ざってるはずだぜ?感謝しろよ第一位」
「それを考えるたび建て直したくなンだがなァ」
打ち止めからは一方通行の顔は本気に見えた。
こういう冗談はあまり言わない人である。
「クソガキ、適当に壊せ。そォすりゃァ建替えの口実になる」
打ち止めが適当に笑顔を作る。
本当に未元物質が混ざっているというのなら、子どもの手で壊そうとして壊せるものでもないだろう。
124 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/21(土) 22:48:53.79 ID:BG64cwIho
それにしても、打ち止めは意外だった。
一方通行に軽口を叩く人間が存在したのだ。そして彼もそれに応じている。
「で、このガキはなんだよ。第三位に似てる気がするが、関係者か?」
そこで一方通行は口を閉じる。
打ち止めとしては自分より小さな少年にガキと言われるのは納得がいかないが、彼にはなんとなく許してしまう愛嬌がある。
彼は垣根には答えず、代わりに打ち止めに指示を飛ばす。
「……コーヒー」
「はい!」
反射的に体が動く。コーヒー係としては仕方がない。
「俺ミルク入りで」
「コイツのは出さなくてイイ」
仲がいいのか悪いのか。一人口に手を当て笑いつつ、キッチンへ急ぐ。
125 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/21(土) 22:50:21.02 ID:BG64cwIho
「やっぱ第三位って顔はいいよな。この後お茶でも誘っちゃおっかなー」
「で、何しに来やがった」
打ち止めがいなくなっても垣根の態度は変わらない。変わったのは屋敷の主人のほうだった。
本人には自覚がないのだろうが、まとう空気が硬質になる。
その変化が垣根にとっては面白い。
他者のいるいないで内面の変わるような人間ではなかったはずだ。
言わないが。観察して楽しもう。
「お前の潰し損ねてる亡命計画とやらが気になってさ」
「……どこから聞いた」
にやにやと笑う垣根が気に入らないのか、一方通行は不機嫌そうだ。
「狭い国だ、なんとなく聞こえてくるんだよ。あの一方通行が珍しく攻めあぐねてるってな。で、全体は見えたのか?」
「オマエには関係ねェ」
「ふーん」
垣根にとってはどうでもいいことだ。
彼の仕事は彼の仕事だ。ただこうしてちょっかいをかけに来ただけ。
暇だというのは本当のことだった。学校にも通っていない。
126 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/21(土) 22:51:40.74 ID:BG64cwIho
「で、やっぱりあの子は第三位のクローンってことでいいんだな」
無言を肯定と受け取った。
「お前が生かすなんざ珍しい。情でもわいたのか」
一方通行からはふてくされたような無言が返ってきただけだった。
馬鹿が、とか。鼻で笑うとか。
そういう反応を引き出そうとしての言葉だったのだが。
「え、マジで?」
「何がだよ」
「べっつに。可愛いよなーあの子。素直そうだし。やっぱこの後誘うわ」
「お待たせしましたってミサカはミサカはコーヒー入りましたよー」
「お、ありがと」
「コイツのはいらねェっつっただろォが」
打ち止めの手にするトレイにはカップが三つ。ちゃっかり自分の分も淹れてきたらしかった。
深い黒が一方通行の分。ミルク入りが垣根の分。ほぼ真っ白になっているのが打ち止めの分。
勝手知ったるという風に打ち止めが執務机の書類を退ける。
こうして客が来るのなら、来客用の空間も必要だろうと思う。
打ち止めの置いた小さな椅子が一つあるが、垣根だけ立たせたままも悪い気がして打ち止めも立ったまますする。
行儀が悪いと叱る人間はここにはいない。
127 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/21(土) 22:53:06.84 ID:BG64cwIho
「超能力者って、結構顔見知りなんですか?」
「うんにゃ。個人主義っつーか」
垣根が壁にもたれて答える。
一方通行と対等に話す割に、両手でカップを持つしぐさに稚気がにじむ。
「コイツが絡んでくンだよ」
一方通行は椅子から動くこともなく、目だけで垣根を差す。
「あーあ。絶対俺の方が汎用性高いのに。なんで俺が第一位じゃねえのかな」
「オマエ、死ぬ前から同じこと言ってンな」
「それは俺じゃねえけど。そりゃ思うって」
死ぬも何も生きているだろうと打ち止めが首を傾げて、ああと頷く。
「あなた、前のカキネさんとも顔見知りだったのってミサカはミサカはあなたの親交を尋ねてみたり」
「垣根でいいよ。帝督でもいい」
「死にかけの一瞬くれェだがなァ」
先代の未元物質は寿命で死んだ。
寿命と言っても、外の人間よりはどうしても短いものだったが。
思い出しながら、一方通行の目に懐かしむような色はない。
『どうして』
幼い少年に呪詛を吐きながら死んだ。
今の一方通行が生まれるまで、第一位の座は空白だった。
それでも先代の垣根帝督は第二位のままだった。
生まれた時点で第一位へと据えられた白い少年に劣等感を吐き出して、それが最後の力だったといわんばかりに命尽きた。
128 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/21(土) 22:54:13.72 ID:BG64cwIho
「で、気づいたらまたぽこっと出てきやがってなァ」
「野菜みてえに言うんじゃねえよ」
「超能力者がホイホイ生まれてんじゃねェ」
「知らねえよ」
二人のやりとりと聞きながら、打ち止めが淡く微笑む。
生まれてくる次のクローンは、その前の人間と同じ人物ではない。
それでも、いがみ合った顔が今はこうして軽口の応酬をしているのだ。
だとすればこの街の輪転は、切ないばかりではないのかもしれなかった。
129 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/21(土) 23:00:46.52 ID:BG64cwIho
「あの人、どこに呼ばれたのかなってミサカはミサカは急な呼び出しに心配してみる」
「あいつを呼び出すってことはまあ、それなりの上か後ろ暗い奴か」
どうでもよさそうに垣根が言う。
実際のところは大体分かる、一方通行が追う計画の方で何かあったのだろう。
言わない。
短い時間しか共にしていないが、この打ち止めは随分と一方通行に懐いているのだろう。
彼女の顔をこれ以上曇らせたくないだけだ。
「よし、打ち止め。どこ行きたい?」
二人は街に出ていた。
街の中心部から離れ、一般階層のエリアへと足を向ける。
垣根の屋敷も近くにあるのだが、連れ込んだとなれば一方通行がうるさいだろう。
「ミサカ、あんまりお店とか行ったことなくて」
「第一位様は甲斐性なしだねぇ」
茶化す垣根に、打ち止めも笑う。慰めてくれているのだと分かっている。
130 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/21(土) 23:02:08.17 ID:BG64cwIho
三人でだらんと過ごしていると、不意に一方通行の携帯端末が鳴った。
その場で隠すことなく耳に当て、何も言わずそのまま切る。
そして立ち上がり、『出てくる』と言って立ち去った。
主人が出て行った屋敷から二人も出、こうして街をぶらついている。
「あの人より上って」
「本当に上の上。表か裏かは知らねぇが」
後ろ暗いほうだろうなと垣根は思う。一方通行の担当は元々そちら側だ。
すれ違い様、一方通行が目で言った。ガキを見とけと。
一方通行の頼みを聞く義理もないが、打ち止めには興味があった。可愛いし。
隣を見上げると、表か裏かと垣根の言葉に打ち止めの顔が曇って慌てる。
「どっちにしたって何ともなく帰ってくる。あいつをどうこうできるのは俺ぐらいだって」
な?そう言っておどけて見せると打ち止めがかすかに笑った。
「カキネって強いの?ってミサカはミサカはそういえばあなたの能力をよくわかっていなかったり」
あの羽が能力?そう聞くと、垣根はどう説明したものかと首をひねらせる。
131 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/21(土) 23:03:09.19 ID:BG64cwIho
「あの羽はなんつーか、能力を使うと勝手に出てくる。この世にない素粒子を生み出す力だな。
一方通行は既存の物理法則に干渉するけど、俺の力はないものを引っ張ってくる」
だから俺の方がすごい!そう言って垣根が拳を振り上げる。
そのライバルと張り合う少年然とした様がほほえましい。
彼といると、打ち止めはお姉さんぶりたくなってしまう。
「何か困ったら俺に言え。あいつに買われたんだろ?嫌になったらうち来いよ」
くるくると輝く瞳がそんなことを言う。
打ち止めが首元の鎖を引っ張る。やはりこれはファッションですでは通らないのだろう。
人身売買は犯罪だ。だが一方通行同様、頓着しないらしかった。
「必要悪っつーかな。んなことでガタガタ言ってちゃ超能力者はやってらんねー」
ご高潔な第三位や第七位なら知らないけどなと垣根が言う。
第三位は打ち止めのオリジナルの系譜だが、第七位のことはよく知らない。
打ち止めの知識にはただ、至高の原石とだけある。
132 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/21(土) 23:04:17.90 ID:BG64cwIho
「超能力者って、今は全員揃ってるのってミサカはミサカは他の人のことも聞いてみたり」
「第六位が謎。第七位にはなー、会いたくないなー」
垣根が嫌そうに顔をゆがめる。
嫌いというより面倒くさそうだった。彼等にも相性があるのだろう。
「お。そろそろ市街地だな。とりあえず適当な店――――」
垣根の言葉がそこで止まる。
彼の言う通り、中心部へ至る道から、一般階層のエリアに出るエアポケットのような場所だった。
高台から街を見下ろせる、夜には恋人達の集まるスポットである。
「……誰だ」
133 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/21(土) 23:05:25.81 ID:BG64cwIho
垣根が、一つ頭の高い少女をかばうように手で制し前に出る。
何もない空間のはずだった。
パラパラと静止画をめくることで続く動画。
その途中に一枚はさまれたかのように、『彼』は二人の前ににじみ出る。
「インデックスを、知らないか?」
学ランを着た少年だった。
「誰だって聞いてる」
ツンツン頭の少年だった。
「白い修道服を着た女の子なんだけど。目は碧、髪は銀で、長い」
「答える気はねえってことか」
ゆら、と。
地面から生え出したような『彼』が近寄ってくる。
134 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/21(土) 23:06:04.95 ID:BG64cwIho
「……あぁ、俺か?」
能面のような顔に、わずかな苦笑。
それを皮切りに、彼が人間になっていく。
「俺は…………、上条当麻。そう、上条当麻だ」
そうそう、そうだったと彼が頷く。
適当な偽名というには、偽るという感情は見られなかった。
聞かれてやっと思い出したというようなニュアンスだった。
凍っていた打ち止めが動き出す。
「……インデックス?」
その名前は、知っている。
修道服、碧の目、銀の髪。知っている。
135 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/21(土) 23:07:39.63 ID:BG64cwIho
「知ってるのか?」
嬉しそうに上条当麻と名乗る少年が言う。
打ち止めが後ずさる。口を押さえる。
しまった、という思いが顔にありありと浮かんでいるのを自覚する。
いけない。彼に悟らせてはいけない。インデックスの情報を与えてはいけない。
頭の中に警鐘が鳴り響く。
『ここで彼に出会ったのは失敗に他ならない』。
そんな思いが心を占める。
「――――飛ぶぞ」
上条当麻が何か話しかけようとするのと、垣根が呟くのが同時。
打ち止めの視界が純白に染まる。
名前とは裏腹に光輝く、この世の何物でもない物質。
打ち止めがそれが垣根の能力だと思い出した瞬間、もう足は地に着いていなかった。
超能力者とは前触れなく人を飛ばすのが好きらしかった。
打ち止めと、彼女を抱えた垣根が空を行く。
136 :
本日分おわり
[saga]:2012/04/21(土) 23:09:15.67 ID:BG64cwIho
本日分以上です。
垣根くん(8歳)とあの彼の登場でした。
ではまた明日〜
137 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(神奈川県)
[sage]:2012/04/21(土) 23:09:59.51 ID:8t50RsUCo
ショタ垣根くんでしたか乙
138 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage]:2012/04/22(日) 04:00:40.55 ID:HsHxNx3DO
乙
メルヘンショタ……だと……?
>>116
ありがとう、総合ならもう読んでそうだ
おとなしくここの更新を待つよ
139 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(兵庫県)
[sage]:2012/04/22(日) 17:27:58.63 ID:tVQlvDKgo
他スレで紹介受けてたのでやってきた
こんな面白いものをスルーしていたなんて……
続きを待つ
140 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage]:2012/04/22(日) 19:26:06.14 ID:zWHq0QvZo
乙
俺も紹介されてたの見て来たクチだがなんだこれ面白い…知らなかったのを後悔した
141 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage]:2012/04/22(日) 19:29:06.07 ID:VYL2CYVCP
乙
同じく紹介から来ますた
これはとんでもないキチ条の予感
142 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/22(日) 19:58:28.67 ID:LNaja5RFo
どこかで紹介していただいてるんでしょうか?気になる
それでは本日分参ります。
143 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/22(日) 19:59:53.26 ID:LNaja5RFo
何か言おうと前に傾いたままだった彼が、ようやく動き方を思い出したように空を見上げた。
もう、どこにも白い翼は見えない。
せっかく知っていそうな人間に出会えたのに。
そう思い、落胆の仕方を思い出す。
何もかもぎこちない少年だった。
何もかもに不慣れな少年だった。
仕方のないことだった。彼はようやく生じたのだから。
「インデックス。どこだ?」
どこにいる――――
そう呟く少年は歩き出す。
そして、彼は歩き方を思い出したのだった。
144 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/22(日) 20:00:51.32 ID:LNaja5RFo
「そうやって、まださまようんか?上条くん」
「さまようなんて、はは、幽霊みたいに言うてしもたね」
「君は幽霊やない。ちゃんと体を持っとるもんね」
「それでもやっぱり、君はさまよっとる」
「後悔に引きずられ」
「諦めきれず、諦めることも諦められず」
「どないするん?」
「止めるん」
「君に、出来るんか」
「ええよ」
「どうなっても、僕は見届ける」
「他に出来んからね」
「彼と彼女はすれ違う。彼と彼女はまた出会う。彼と彼女は……次へ、行けるんかな」
145 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/22(日) 20:02:11.86 ID:LNaja5RFo
沈み始めた日を弾きながら、一方通行は屋敷に帰る途上にあった。
荷物はない。手にも何も持っていない。
携帯端末と財布代わりのカードが一枚、ポケットに突っ込んであるだけだった。
打ち止めにも端末を持たせることを考える。こうして別行動になることなどなかったのだ。
垣根はきちんと見ているだろうか。むしろ彼が見てもらっているだろうか。
打ち止めは世話好きだ。
一方通行が向かっていたのは情報屋のところ。
金髪にサングラスが軽薄な男だったが、金の分だけ仕事はする。
打ち止めが製造されるきっかけとなった軍用クローンによる一斉蜂起計画。
それと併走するはずだった集団亡命計画について、一方通行は掴みきれていなかった。
『何か』を学園都市から外へ出すための計画であると、それだけ。
集団亡命は隠れ蓑であるらしかった。
ただ、その『何か』が掴めない。
密貿易だとしても、ここまでの計画の中に隠そうというのは尋常のことではない。
二万と一人の妹達ですら、一方通行のための目くらましでしかないというのだから。
146 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/22(日) 20:03:21.34 ID:LNaja5RFo
今回情報屋に尋ねたのは、亡命計画の手綱を握るのは誰かということについてだ。
これだけを企画する人間であるならば、一介の扇動者ということはありえない。
違法クローンの製造者は点在する。金に困った研究者が主だ。
しかし今回の計画のために動く金は、そこらの野良に用意できるものではない。
屋敷への坂を上りながら考える。
一方通行に探りきれないということは、相当の者が動いていることに他ならない。
尋ねた情報屋が言うことには、
『そちらの予想通り、中央部に混乱がある。計画の『肝』を逃がしたらしい。つまり』
『人間か』
『学園都市から外へってことは違法クローンだろうな』
『外に出すには、そりゃァ問題が多いだろォな』
違法クローンの密輸。
学園都市において、違法クローンの製造は重罪だ。
一方通行も垣根もどうということはないように言うが、それは彼等のところまで話が来ることは滅多にないというだけのこと。
実際は風紀委員や警備員が常時目を光らせている。
それでも潰しきれないほど地下に根を張っているのだ。
147 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/22(日) 20:04:30.67 ID:LNaja5RFo
学園都市が最も恐れるのは、能力者のクローンが外へ出ること。
能力者は一人ひとりが学園都市の技術の粋だ。
たった一人を解析されるだけで、どれだけの技術が流出することか。
だからこそ一方通行には分からない。上層部が違法クローンの密輸に手を貸す理由など。
『で、亡命を外から手引きするのが宗教勢力っつーのはどォいうことだ』
『イギリス清教だな。それが分からん』
仕事をしろと睨むと、情報屋が肩をすくめて両手を振った。
イギリス清教。英国の国家宗教にして魔術サイドの一大宗派。
なぜオカルト集団が。クローンを解析するだけの技術力は持たないはずだ。
だとすればやはり、外に出るはずだった違法クローンそのものに用があるのだ。
『で、ようやく拾えた単語がある。Project=Index』
『あァ?』
『これが何を指すかはわからない。ただ、その機密にまつわる名称なのは間違いない』
『きな臭ェな』
『上層部なんていつだってそうさ』
148 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/22(日) 20:05:32.27 ID:LNaja5RFo
手を引いたらどうかと情報屋が言う。今動いているのは、正真正銘のトップだと。
第一位、侯爵の一方通行を凌ぐ『上』。お前すら潰されるぞと。
『お前が優秀すぎたのさ。軍用クローンの一斉蜂起だって、こんなに早く潰されるはずではなかっただろう。
混乱したところを第一位様が収めたという形にし、その違法クローンはしっかり外へ出す。そういう計画だったはずだ』
つまり、打ち止めにも司令塔としての役はきちんと期待されていたということか。
妹達を動かし、暴動らしく見える程度に人を殺し、そして一方通行に殺されるのが本来の彼女の役目だったのだ。
俺はもうこの件から撤退すると情報屋が言う。
上に関わってろくなことはないと。
『お前も暴動を止めたってことでこの仕事は終わってるんだろう。長生きしたいなら、あんまり余計なことに首を突っ込むなよ』
それでやり取りは終わった。
149 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/22(日) 20:06:41.94 ID:LNaja5RFo
坂を上る。もう屋敷は見えてきていた。
時は夕闇を迎え、夜へと転がり出しつつある。
上の望む形ではなかったかもしれないとはいえ、たしかに一方通行は下された指示をこなしていた。
打ち止めを買い取り、彼女に釣られる残党がいないと分かった時点で彼の仕事は終わっていた。
それでもどうして動いているかといえば。
「ガキは、おかしなシスターに会った後に襲われた」
あの夜が終わった後、打ち止めが申し訳なさそうに言った。
白い修道服を着た少女に出会った。
他に男達の言葉に心当たりはないと。
『二万人いた妹達は全滅だ。あれだって見失った。俺達だって殺される――――
『このガキが接触したってのは確かか――――
『同僚が目撃しています――――
『吐かせるぞ。連れて行け――――
『あれ』。そのシスターのことだという確証はない。
けれど、出会っただけで狙われるような『何か』が街をさまよっているというのならば。
「……面倒くせェ」
本当に、面倒だ。
150 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/22(日) 20:08:01.42 ID:LNaja5RFo
屋敷の扉に手をかける。
意識を澄ます。打ち止めと垣根は戻っているらしかった。
しかし、一つ気配が多い。
「風呂場の方か……?」
打ち止めだけが使っているはずの浴場。
そちらに気配が二つ。一つは垣根のものではない。
扉の向こう、少女の声が二つする。
「オイ」
開く。湯気が彼まで漂ってくる。
「あなたーっ!?」
入浴の真っ最中らしかった。
打ち止めが必死で体を隠す。貧相以上の感想はない。
彼女はスポンジを手に持ち、自分の肌以外をこするのに忙しい。
「……あァ?」
声を上げたのはもう一人についてのこと。
最初に目に入ったのは銀色。肌は上気して桜色。
真っ白な生まれたままの少女が一人、目を丸くして一方通行を見つめていた。
151 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/22(日) 20:08:58.16 ID:LNaja5RFo
打ち止めは少女ながら紳士だった。
体を使って銀の少女の前に立ち、片手に持っていたシャワーを一方通行に構えた。
湯は放物線を描きながら一方通行へと向かい、
「ぶひゃ」
反射されて打ち止めの呼吸を塞いだ。
「ノックしないってどういうことなのってミサカはミサカはあまりの暴挙に憤慨してみたり!」
「オマエもノックなしで俺の部屋に入るじゃねェか」
「全然違うよってミサカはミサカはあなたの基準はおかしいって断言してみる!」
「風呂を覗くとかないわー第一位ないわー」
「で、そのガキは?」
「服は綺麗だったんだけど、肌が汚れてたからお風呂に入ってたの」
「そォいうことを聞いてンじゃねェ」
152 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/22(日) 20:09:59.63 ID:LNaja5RFo
書斎に集まるのは、一方通行、打ち止め、入浴が終わるのを待っていた垣根。
打ち止めとしてはやはり人が集まる部屋を作る必要を強く感じる。
ひと段落したら実行しようと一人思う。
「このガキは何だ」
打ち止めとお揃いにタオルを頭に巻きつけた、銀髪碧眼の少女。
持ち込まれた椅子に座り込み、きょろきょろと周囲を観察するのに忙しい。
「前に言ったでしょ。インデックスだよってミサカはミサカは紹介してみたり」
一方通行は溜め息一つ、垣根を睨む。
「垣根。何コイツを外に出してンだ」
「え、んなこと聞いてねえし」
束縛したい派?等とぬかすが無視。
口で言わなかった自分が愚かだったのだ。
仕方なし、銀色の少女に向き直る。
髪にはタオルが巻かれ、被っていたフードは膝の上に大切そうに畳まれている。
修道服もそのフードも、発光しそうなほどに汚れがなかった。
153 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/22(日) 20:11:13.90 ID:LNaja5RFo
「オマエは何だ?」
一方通行の言葉に、初め少女は応えなかった。
「オイ」
呼びかけられることなど思いもよらない、という仕草。
目を一杯に見開きながら、修道女が一方通行に向き直る。
人形のように整った少女だった。
見開かれた碧の瞳は宝石のように輝き、こぼれる銀糸が光を弾く。
「私はIndex-Librorum-Prohibitorumなんだよ」
「あァ?」
「長いからインデックスでいいかも」
そう言ってインデックスは微笑んだ。
答えになっていない。それは人名ではない。
Index-Librorum-Prohibitorum、禁書目録。
「Indexねェ……」
一方通行が顔をしかめる理由を、打ち止めも垣根も知らない。
インデックスと名乗る少女は分かっているのかいないのか、
「おなかすいたかも」
などと言う。
「で、ドコで拾ってきたって?」
打ち止めと垣根が顔を見合わせた後。
「あのね、街に出たときのことなんだけど……」
154 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/22(日) 20:12:36.53 ID:LNaja5RFo
「何だったんだあいつ」
上条当麻と名乗る少年から逃れた後、二人は雑踏の中にいた。
「人を探してるらしかったけど」
目次を知らないかって何のことだよ、と垣根が呟く。
「よく分かんねえけど、あいつはヤバイ」
真っ直ぐ屋敷戻る気にはなれなかった。
どこへ行こうといつ現れてもおかしくないような、背中に目線を投げられ続けているような恐れが拭えなかった。
垣根にとって、抱いた感情は驚愕に値した。
恐怖。
一方通行に次ぐ超能力者である自分が何の力も示さなかった人間に、恐怖。
けれど一方で逃走は正解だったと感じていた。
たしかに、得体の知れない力を感じた。
そこにいるだけで常識をゆがめてしまうような、常識の外から力を招く垣根すら引き摺り下ろされそうな、心の臓をつかまれる様な怯え。
撤退など、短い人生で数えるほどしかない。
垣根の飛翔により一時街はざわめいたが、第一位同様彼が第二位だとは人に知られていない。
変わった能力者が降り立った程度の認識で、すぐ街はいつもの賑やかさを取り戻す。
155 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/22(日) 20:13:40.83 ID:LNaja5RFo
「インデックスを探してるって言ったよねってミサカはミサカはあの人の言葉を思い出してみる」
「ああ。でもそれって人名か?能力の名称にしても変わってる」
垣根の言葉に打ち止めが思索に沈む。
その感想は、数日前に打ち止めが抱いたものだ。
『インデックスを、知らないか?』
『白い修道服を着た女の子なんだけど。目は碧、髪は銀で、長い』
知っている。
『私のことは、インデックスでいいんだよ』
コンビニの廃棄物を一心不乱に貪っていた少女。
たしかに彼女はインデックスと名乗ったのだ。
「似てる……」
「え?」
上条当麻と名乗る人間と、インデックスと名乗る少女。
打ち止めは彼等に同じ印象を抱く。
そこにいることへ、激しい違和感を抱かせる者。
学園都市という背景から、どうしようもなく浮いてしまう者。
一体、何の交差に巻き込まれているというのか。
打ち止めにも垣根にも、答えてくれる人物などいないのだった。
156 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/22(日) 20:14:50.57 ID:LNaja5RFo
少女はさまよっていた。
逃げなければならないからだ。
生きなければならないからだ。
この街にいてはいけない。すぐに追いつかれてしまう。
追いつかれる原因が自身が身につけるものにあることは分かっていた。
けれど脱ぐことも出来なかった。これは絶対の鎧だった。
しかし同時に、これが『あれ』に対して何らの効果も持ち得ないことも分かっていた。
あれはそういうものだった。
世界の枠の外から遣わされたものだった。
そう焦るのに、街から外へは出られないのだ。
初めは、じっとしていればいいと言われていた。
お前は何もせずとも、いるべき場所へと安全に送り届けられると。
けれどそれは嘘だった。
何が起きたのか分からない。いや、起きるべき何かが起きなかったのだ。
そして、『彼』が浮き上がる。
少女は知っていた。あれは己を壊しにやってくる。
そんなわけにはいかないのに。生きて、存在しなければならないのに。
157 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/22(日) 20:16:08.91 ID:LNaja5RFo
じっとしていれば、追いつかれることは分かっていた。
なのに誰も聞いてくれない。
だから逃げ出した。逃げるのは得意だった。
けれど逃げ出してみれば、この街は大きな一つの檻だった。
どこにも出られず、こうして街をさまようしかない。
いるべき場所は海の向こうだった。
遥かに遠いその場所へ、どうすればたどり着けるのか見当もつかない。
少女は疲弊していた。飢えていた。十分に眠ることも出来なかった。
唾が湧いて出る。思い出すのは恵んでもらえた味。
茶色の髪の少女が差し出してくれた食料。
逃げ出して以来、口にしたもので痛んでいなかったのはあれだけだった。
誰にも頼りたくはなかった。
頼った誰かを己の地獄に引っ張りこむことは、分かりきっていたはずだった。
だというのに。
少女は飢えていた。食事に、眠りに、そして何より、
「あなた、あの時のシスターさん!?ってミサカはミサカは再会に驚いてみたり!」
人に。
158 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/22(日) 20:17:05.40 ID:LNaja5RFo
本日分以上です。
明日もまたこのくらいの時間帯に。
ではまた〜
159 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage]:2012/04/22(日) 21:38:42.90 ID:7nWB9mmDO
乙
ちなみにだが
お勧めの禁書・超電磁砲スレを教えろください14
っつースレでこのスレが紹介されてるよ
160 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage]:2012/04/22(日) 21:40:30.70 ID:7nWB9mmDO
↑
×禁書・超電磁砲スレ
○禁書・超電磁砲SS
161 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/23(月) 21:14:33.69 ID:XMaxfLcRo
>>159
>>160
確認してきました、ご丁寧にどうもです。
では本日もどうぞよろしくお願いします。
162 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/23(月) 21:16:11.43 ID:XMaxfLcRo
「で、このシスターがぶつかってきたと」
「そうなのってミサカはミサカは頷いてみる」
インデックスの後ろに立った打ち止めが、彼女の髪をわしわしと撫でて乾かす。
修道女がきゃらきゃらと笑う。
人に触れられるのが嬉しくて仕方がないとでも言いたげだった。
「なぁ。インデックスって言ったよな?あの男が言ってた探し人って、この子のことでいいのか?」
垣根が打ち止めと一方通行に尋ねる。
あの男、という言葉にインデックスが一瞬肩を震わせた。
一方通行はその様を横目に見ながら考える。
上条当麻という人物との接触については二人から聞いていた。
インデックスを探しているという少年。
上からの指示にも情報屋からのレポートにもなかったその名前。
「オイ、インデックス。オマエ、その服は何だ?」
つぶさに観察する。
衣装が奇抜な以外は、いたって普通の人間に見えた。
それでも、何かしら『特注』の人間であるはずなのだ。
163 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/23(月) 21:18:14.58 ID:XMaxfLcRo
「服って、修道服でしょってミサカはミサカは答えてみるけど」
「コイツに聞いてンだ。それの発する力は俺の観測するどの法則とも違う」
一方通行は常に周囲の力の流れ、ベクトルを計算している。
常時纏う反射膜の形成に必要なことだ。
能力者である彼にとって、呼吸に等しい自然な行為。
彼はあらゆる物理法則を計算し続けている。
しかし、少女から観測される力は既存の法則に当てはまらない。
例えば、未元物質。
垣根帝督により呼び起こされるこの世ならざる物質も、一方通行の取得する物理法則の外で動く。
それと似ているのかもしれなかった。
力の流れは確かに感じる。けれどその動きを掴みきれない。
164 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/23(月) 21:19:02.54 ID:XMaxfLcRo
「歩く教会」
「あァ?」
「あなたは魔力を感知できるんだね。この修道服は歩く教会っていうんだよ。
これって発信機みたいなものだから、その力を感じているんだと思う」
打ち止めと垣根の視線が、一方通行とインデックスの間をさまよう。
一方通行の眉間の皺が深くなる。
魔力。魔術勢力に繋がる名詞。
「質問を変える。イギリス清教って言葉に心当たりはあるか」
確定させるための質問。
彼女が、この計画の肝であるかどうか。
「どうして知ってるの?私、そこへ帰らないといけないんだよ」
インデックスは嬉しげに、手を組んで微笑むのだった。
165 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/23(月) 21:20:22.72 ID:XMaxfLcRo
「ベッド貸してくれてありがとうなんだよ、らすとおーだー」
「気にしないで。誰かとベッドに入るの初めてってミサカはミサカははしゃいでみたり」
あれから一方通行の質問は続いた。
『その服は発信機って言ったな。どこへ向けてのものだ』
『私のことを見失いたくない人たちのため。この街の人にはあんまり意味がないのかも。イギリス清教の魔術師なら私を見つけられるんだよ』
『オマエはどォして街をふらついていた?』
『逃げてたの』
『何から』
『……私のことを、殺したい人から』
『誰だ?』
『……………………』
『上条当麻という名前に心当たりは』
『……………………』
『どォしてオマエは狙われる?』
『……………………私が、その人の大切な人の、クローンだから』
166 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/23(月) 21:21:55.98 ID:XMaxfLcRo
それから、インデックスは沈黙を返し続けた。
憔悴を見せ始めた彼女を見かね、打ち止めが今夜はお開きとさせたのだった。
その後、二人して打ち止めの居室へ戻っている。
この部屋のベッドは大きい。小さな少女二人なら、窮屈な思いをせず収まってしまう。
打ち止めは夜の衣。インデックスは頑として修道服を脱がなかった。
汚れが全く見当たらないので別段問題はない。フードだけは脇に畳まれている。
「あの人もあんなに質問攻めにすることないのにねってミサカはミサカはあなたを労ってみる。疲れたでしょ?」
「ううん。うまく答えられなかった私も悪いんだよ。それにね、あの白い人は一生懸命なんだよ」
「何に?」
「守りたい人がいるんだよ。分かるかも」
インッデックスが淡く微笑む。
月光に溶け込みそうな儚さに、打ち止めが知らず息を呑む。
「ねぇ。シスターさんは、その、違法クローンなのってミサカはミサカは尋ねてみる」
「違法クローン?」
「230万人の能力者達をオリジナルにしないクローン、かな。才人工房以外で造られるのってミサカはミサカは説明してみる」
「私のオリジナルが能力者だったはずはないんだよ。でも、私が造られたところは才人工房って呼ばれてたかも」
167 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/23(月) 21:23:05.48 ID:XMaxfLcRo
インデックスの回答に打ち止めが眉根を寄せる。
不可解な話だった。
違法クローンとは才人工房以外で造られるものを言う。
けれどその才人工房が造ったというのなら、この少女は一体何なのだろう。
インデックスが、また微笑む。
この少女はいつも申し訳なさそうに笑うのだ。
打ち止めはそれを見るのが辛い。
「私は、私を狙う人が大切にしていた女の子のクローンなんだよ」
「あなたを狙う人って、上条当麻?」
沈黙の後、インデックスがかすかに頷く。
「どうして?大切にしていた人のクローンなんでしょってミサカはミサカはあなたが狙われる理由が分からないよ」
「許せないんだと思う。私が存在することが」
打ち止めにはよく分からない。
大切にしていた少女のクローン。
それは、忘れ形見のようなものではないのか。
168 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/23(月) 21:24:19.37 ID:XMaxfLcRo
「うん。でもね、あの人が私のことを許せなかったとしても、私は生きていなきゃいけないの」
役目があるから、とインデックスが言う。
生きていなければならない理由があるのだと。
「役目って、なぁに?」
「私がいることで、避けられる争いがあって、傷つかなくて済む人がいる。こう見えてもね、私、たくさんの武器を抱えてるんだよ」
「どこに?」
インデックスが自分の頭を指で指す。
「この街の人に信じてもらえるかは分からないけど。魔道書って言ってね、10万3000冊、この頭に入ってるんだよ」
「マドウショ」
鸚鵡のように打ち止めが繰り返す。
「これがね、すごく危ないものなの。だから私が一手に管理する。魔道書図書館禁書目録。それが私なんだよ」
「どうしてさっきあの人には言わなかったのってミサカはミサカは聞いてみる」
「優しそうだったから、かな?事情を言えば、きっとなんとかしようとしてくれちゃうんだろうなって思ったから」
「ねぇ、朝になったら一方通行に相談しよう。優しいの。きっと何とかしてくれる。上条当麻のことだって」
「……そうだね」
169 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/23(月) 21:25:32.08 ID:XMaxfLcRo
申し訳なさそうにインデックスが微笑む。
打ち止めはこれ以上、彼女にその笑みを浮かべて欲しくはなかった。
「……少し、うらやましいかな」
「え?」
「ミサカもね、目的を持って造られたはずのクローンなんだけど、もうとっくに用無しなの。
だから、生きていなきゃいけないって断言できるあなたがうらやましいってミサカはミサカは素直な気持ちを口に出してみる」
生き延びなければならないという義務感など、打ち止めにはない。
生まれながらに存在意義を失っていた少女にとって、インデックスは眩しい。
「そう?私はらすとおーだーがうらやましいかも」
けれど、そのインデックスも同じ事を言う。
「どうして?」
「白い人も、ていとくも、あなたを守ろうとしてる。らすとおーだーも、二人のこと大切に思ってる。なんだか、憧れちゃうんだよ」
「ミサカ達、ないものねだりだね」
「そうかも」
少女達がさざめき笑う。
寝台に夜が降りていく。
170 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/23(月) 21:27:13.92 ID:XMaxfLcRo
「じゃあ、おやすみなんだよ。ふかふかのお布団で眠るのって初めて」
「おやすみなさい」
疲れのたまる一日だったのだろう。
打ち止めから規則正しい寝息が聞こえてくるまでにさほど時間はかからなかった。
インデックスとしても、泥のように眠ってしまいたかった。
本当に疲れていた。この修道服は、内からの疲労までは癒してくれない。
「ごめんね、らすとおーだー」
「甘えちゃった」
「もういかなくちゃ」
「きっと、また来るから」
それでも、ここにいるわけにはいかないのだった。
優しくしてもらってしまった。だからまた頑張れる。
打ち止めを起こさないように、そっと起き出す。
部屋を抜け出し、廊下へ。
暗いが玄関への道は覚えている。
インデックスは忘却こそを忘れている。
音を吸う廊下をたどり、外へ。
月が白々と照らす。
息を吸う。先ほどまでの温もりを空に預ける。
足を踏み出そうとしたところで、振り返る。人の気配には敏い方だった。
「ドコへ行く?」
「……白い人」
月より白く、夜より黒く、一方通行が立つ。
171 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/23(月) 21:28:44.03 ID:XMaxfLcRo
人のはけた書斎。
眠ることをせず、一方通行は思索に沈む。
インデックス。禁書目録。上条当麻。その存在の意味。
情報が足りなかった。
手元にあるピースは小さく、一つの絵が見えてこない。
屋敷の中に最大の情報源がいる。
口を割らせるしかないと思ったが、図らずも打ち止めがその役を果たしてくれている。
放り出してしまえ、と頭の片隅で声がする。
もう仕事は終わっている。あの修道女がどこで死のうと関係がない。
それでも、打ち止めとインデックスの会話が聞こえてしまう。
「ドイツもコイツも」
屋敷の中に再度意識をめぐらせる。
修道女に動きがあった。
知らず舌打ちがこぼれる。
「本当に、手間かけさせやがるガキだ」
172 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/23(月) 21:30:10.60 ID:XMaxfLcRo
一つのホールとなった玄関から出た先、インデックスが庭を眺める。
通り道に沿って、少しずつ草が刈られつつある敷地。
月を背にして少女が振り返る。
その先に、白々と照らされる少年。
「どうして」
「力の流れの及ぶ限り、ソコは俺の支配下なンだよ」
「盗み聞きとはお行儀が悪いんだよ?」
「あのガキもたまには役に立つ」
仕方ないなぁとインデックスが笑う。
「ごはんもね、らすとおーだーに作ってもらったんだよ。良くしてくれてありがとう」
「礼を言われる筋合いはねェな」
「あなたみたいな人はそう言うのかも」
どういう意味だと顔を苦くする一方通行に、インデックスがまた微笑みかける。
やはり、この人は優しいのだ。
173 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/23(月) 21:31:25.34 ID:XMaxfLcRo
「で、魔道書図書館」
「うん」
「一人で行って、それからどォすンだ?」
「この街にも一応教会があるでしょ?そこで保護してもらおうかなって」
「魔術サイドか」
「そう。あなたはどこまで知ってるの?」
「大して知らねェ。オマエを造った才人工房、というより上の上と外部のオカルト組織が手ェ組ンでやがることくれェだなァ」
「才人工房とか、この街の上の人のことはよく分からないけど。
私みたいな存在は表向き禁止されてるってらすとーだーが言ってたんだよ。
学園都市が私を造ってイギリス清教へ渡そうとしてたってことは、そういうことなんだろうね」
「裏もよく分からねェままでテメェはオカルトの世界へ渡ろォってのか」
「だって、私はそこにいなくちゃいけないから」
174 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/23(月) 21:33:16.25 ID:XMaxfLcRo
インデックスのオリジナルは、天才だった。
10万3000冊を完璧に記憶する能力。
更にそれらを活かしきる頭脳を持ち合わせた、希代の聖女だったのだ。
「でもね、そんなオリジナルにも寿命があった」
そのような人材の代わりなどそう見つかるものではない。
迫るオリジナルの寿命に対し、魔術勢力は科学サイドに助力を求めた。
すなわち、学園都市に。
「そしてようやくの成功例が、この私」
「Project=Index。オマエの複製計画っつーことか」
科学の力で造られ、魔術の力で調整された。
ボタン一つで生まれる能力者のクローンとは異なり、二系統の技術の粋を集めて造られた精緻な人形。
それがこのインデックスだった。
「本来ならオマエは暴動に紛れてイギリスへ渡るはずだった。
学園都市としても、クローンを外へ出そォってのがバレちゃァ面倒だったンだろォな。自作自演だ」
「でも、それは起こらなかった」
「俺が事前に潰したからな」
「そう、あなただったの」
得心がいったというようにインデックスが頷く。
175 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/23(月) 21:34:26.07 ID:XMaxfLcRo
「で、だ。分からねェのが『上条当麻』だ。
オマエのオリジナルはいつの時代の人間だ?ガキと垣根が言うには俺と同じくれェの歳に見えたらしいが」
「それは………」
インデックスが言いよどむ。
彼女の口が止まるのは、決まって彼について尋ねられたときだった。
だからこそ、それが最大のピースに違いないのだ。
「私の頭にあるのは、私のオリジナルの大切な人だったということ」
インデックスが語り出す。
彼女のオリジナルの能力は、遺伝によるものと後天的なもの、両方から発現される。
だからこそ、彼女は肉体だけでなくその精神性まで再現されている。
すなわち人格データの移植。
しかし、記憶は消去されているのだという。
道具に思い出は不要。記憶は取り払われ、知識という上澄みだけが残された。
176 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/23(月) 21:35:27.48 ID:XMaxfLcRo
「上条当麻。学園都市がオリジナルの能力者で構成されていた頃の人」
「……それじゃ計算が合わねェ。とっくに寿命が来てるはずだ」
「あの人も学園都市の学生だったんだよ。無能力者だったようだけど。でも、複製はされなかった」
「230万に取りこぼしがあったってことか?」
ううん、とインデックスがかぶりを振る。
「複製できなかったの。あの人の性質はあまりに異常だった。だから、今いるあの人はこの街のクローンじゃないんだよ」
だったら何だと一方通行が先を急かす。
クローンでもない。
オリジナルと言うには時代が違う。
「それは――――」
177 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/23(月) 21:37:48.23 ID:XMaxfLcRo
インデックスが、言葉を続けようとした瞬間だった。
「………………!!」
一方通行の意識に異常が上る。
彼は常に力の流れを観測している。
屋敷の中は彼のテリトリーだ。針の落ちる音一つ漏らしはしない。
けれど、彼の認識に一つの空白。
総毛立つ。
なぜ気がつかなかった?
敷地の中に、全てを打ち消す洞穴が一つ。
それを観測することは出来ない。
そこに彼の力は及ばない。
ただ欠落が見えるだけ。
何かがいる。
最強の力が及ばない何者かが。
「……出て来い」
門扉。主による招きを待つように、黒い人影が立つ。
「いつからいた?」
黒い学ラン、尖る髪。
上条当麻。まるでその場に突如発生したような少年。
「いつだっていなかったし、いつだっていたよ」
「答えになってねェ」
178 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/23(月) 21:39:55.00 ID:XMaxfLcRo
ゆら、と上条当麻が一歩踏み出す。
たった一歩、前に出ただけのはずだった。
しかし、次の瞬間には庭の半分にまで踏み込んでいる。
一方通行より前にいたインデックスが息を呑む。
最強の認識が及ばないところに彼はいる。
ベクトルを操る一方通行の力が、彼の周りだけ断ち切られている。
「インデックス。やっと見つけた」
一方通行がインデックスを制して前に出る。
上条は、一方通行のことなど見えていないかのようだった。
「……とうま」
インデックスの唇がぽつり呟いた瞬間、その顔がくしゃくしゃに歪むのを一方通行は見た。
「そう、呼んでくれるのか」
泣き出しそうな子どもの顔で、彼が言う。
179 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/23(月) 21:42:06.85 ID:XMaxfLcRo
「インデックス。ここで、終わってくれ」
少年が右の拳を構える。
「させねェよ。コイツにはまだ聞くことがある」
ここでようやく、上条が一方通行を見る。
ああ、と息を吐く。何かを思い出したように。
「お前ともまた出会うのか、『一方通行』」
一方通行の顔が怪訝に歪む。
こんな人間かどうかも怪しい少年のことなど知らない。
それが己の名前を呼ぶ。
だとすればそれは。
「……俺は、テメェの知ってるソイツじゃねェよ」
そうなんだろうな。そう言って上条が拳を握る。
一方通行は構えない。構える必要がない。
そしてインデックスに耳打ちする。
インデックスは一瞬動揺を浮かべ、しかしすぐに呑み込み、一方通行に何事か告げた。
そして屋敷の奥へと駆ける。
「退いてくれないなら、また倒すことになる」
「勝ったことがあるとでも言いてェのか」
そして再演が始まる。
180 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/23(月) 21:44:09.63 ID:XMaxfLcRo
終わりが見えてきました。
本日分以上です。ではまた。
181 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(神奈川県)
[sage]:2012/04/23(月) 21:48:05.77 ID:ePUP2d8zo
ありゃま。裏設定色々ありそうで結構続くかなと勝手に思ってましたが…
最期まで楽しませていただきます
182 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/23(月) 21:50:37.86 ID:XMaxfLcRo
終わりってとりあえずこのパートの、ということで。
紛らわしくて申し訳ない。
183 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage]:2012/04/23(月) 22:02:36.56 ID:RdpqSO910
この世界観には出来るだけ長く浸りたい。
まだ読み続けられるって嬉しいです。乙!
184 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage]:2012/04/23(月) 23:07:00.39 ID:IkLPGxuDO
話にも文章にも引き込まれる
乙
185 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/24(火) 20:29:18.90 ID:BxiC6wOVo
『あの人の右手は、異能の力なら全部打ち消すんだよ』
気をつけてね。巻き込んでごめん。
インデックスが告げたのはそれだけだった。
それだけの時間しかなかった。
異能の力。
それはもちろん超能力のことを言っているのだろう。
あると受け入れなければ話が進まなくなりつつある魔術についても同様かもしれない。
戦闘は、上条から始まった。
「ああ、そうだった。お前相手なら遠距離じゃどうにもならない」
まあ、俺の場合は誰相手でもそうなんだけどさ。
そう言って、曖昧な表情のまま上条が踏み込んでくる。
一歩の間合いが大きい。
決して大柄ではない体躯が見た目以上の機動力を持つ。
186 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/24(火) 20:30:37.13 ID:BxiC6wOVo
一方通行が軽く足裏をひねる。
力の向きと大きさを操作され、その体が大きく後退する。
インデックスの言葉の意味を理解しつつある。
彼の右腕にはベクトル操作が通じない。
一方通行は空気の流れすら操るが、繊細な演算を必要とする。
上条当麻というイレギュラーの存在するこの空間においては封じるべき手段だろう。
「……オマエのその右腕は、何だ?」
一方通行に間合いは無い。どこからでも必殺を放つ。
けれどそれはこれまでにおいてのこと。
目の前の少年に、同じ手が通じるとは思わないほうが賢明だった。
「忘れたんじゃない、知らないんだよな」
そっかそっかと上条が頷く。
その言動が一方通行の癇に障る。
今の自分にかつての誰かを重ねられれるというのは、思いの外不愉快なことだった。
187 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/24(火) 20:31:52.59 ID:BxiC6wOVo
「幻想殺し。俺の右手は異能を殺す。お前のベクトル操作も一緒だよ」
能力を知られていることにさして驚きはしない。
かつて一方通行のオリジナルと闘ったことがあるような口ぶりだった。
そして、倒したとも。
自分が目の前の少年に倒されるシナリオを逆算する。
それはどういう状況だろう。
今のところ彼の武器は異能を打ち消す拳が一つ。
それ以上の武器も異能も取り出して見せる様子が無い。
タン、と一歩踏む。
軽いリズムは、しかし地面を爆発させる。
舞い上がった砂利の一つ一つが上条を襲いにかかる。
「それも知ってる」
上条は防がなかった。
むしろ砂利の間に体を押し込ませるように突き進んでくる。
一の踏み込みで驚くほど間合いが詰まる。
188 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/24(火) 20:33:02.89 ID:BxiC6wOVo
「チッ」
とっさに風を纏ったところで失策に気づく。
「悪いな」
「――――ッ!!」
灼熱。
これまで感じたことの無い量の痛みが神経を走る。
顎への一撃に脳が揺れた。体が浮く。
風の防御を右腕に突き破られたと理解したと同時に自身の痛覚を操作、
痛みをただの神経信号へと変換する。
脳内を膨大なパルスが駆ける。
189 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/24(火) 20:34:29.96 ID:BxiC6wOVo
頭蓋を暴れる衝撃を外へと逃がす暇までは与えられなかった。
「次」
打ちぬいた勢いで上条が右足で地面を掴む。
再度左の踏み込みから右手が迫る。
反射の存在も知っているのだろう。攻撃には右腕のみが繰り出される。
上条の動きを目で追い、更に角度をつけて下がる。
彼の拳がこめかみをかする。
予測よりはるかに近いことに驚愕。
上条の近接戦闘の経験値が一方通行には及ばないところにあることを体感する。
彼の動きは一方通行の予想の上を行く。
脳内で彼の動きの予測を修正しながら更に距離をとる。
上条は様子を見るようにこちらを伺う。
その表情は、何かが抜け落ちていた。
いくつもの感情を、どこかに置いてきてしまったかのようだった。
能力の使用を大きく制限されての戦闘は、明らかに一方通行が不利だった。
体術ではあちらが勝る。遠距離から圧殺するしかない。
もしくは、右腕以外に触れることで直接殺す。
190 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/24(火) 20:35:57.63 ID:BxiC6wOVo
「行くぞ」
再び上条が庭を駆ける。撹乱も防御も捨てた捨て身の突撃に見えた。
一方通行も一歩踏み込む。
高速で上条の横をすり抜けたところで向きを操作、大きく回転。
無防備な背中に指を添える。
一瞬で体液の流れを把握する。
この茫漠とした少年が心臓を持つことが不思議だった。
「爆ぜろ」
少年が、爆散した。
水音と共に内臓だった肉片が体液に乗ってぶちまけられる。
脳が、臓器が、脚が、それぞれ区別できなくなって宙へ飛ぶ。
鉄錆びの臭いが鼻を突いた。
それらは一度舞い上げられた後、ぼたぼたと地に落ちていく。
191 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/24(火) 20:37:31.54 ID:BxiC6wOVo
その中で、一際大きな音。
「……右腕は残ったか」
少年の右腕。
掌は敵を殴ろうと握り締められたまま、体液に汚れながら形をそのまま残し肉片に沈む。
一方通行に汚れは無い。
血も人間の中身の臭いも全て弾いた。
少年の右腕以外、何も彼を貫かなかった。
顎を撫でさする。神経信号に変換していた痛みを元に戻す。
途端よろめく程度の鈍痛。内から膨張するように熱を持っていた。
地面に咲いた肉塊を見下ろす。
ぶよぶよとべちゃべちゃと庭を汚している。
垣根の屋敷に出したインデックスと打ち止めが帰ってくる前に片付けなければならなかった。
192 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/24(火) 20:38:55.53 ID:BxiC6wOVo
右腕以外なら凝集させることが可能だろう。
一方通行の思考は後片付けへ向いていた。
端末を操作しようと取り出す。
「おい」
だからすぐには気づけなかった。
「……………………」
黒い学ラン。尖った髪。
「まだ終わってないぞ」
上条当麻が、そこにいた。
193 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/24(火) 20:39:52.36 ID:BxiC6wOVo
「人間ってなァ木っ端微塵になっても復活できるもンだったかねェ」
「さぁ?俺、人間じゃないのかな?」
「その線が濃厚だろォなァ」
気づかず、汗が流れる。
一方通行の透徹した思考に乱れが生じようとしていた。
肉体再生の能力者という線を考え即座に打ち消す。
あの状態から復活できるほどの高位能力者など聞いたことがない。
それは不死身を意味する。
更に目の前の男は異能を打ち消す。
自身に益する力だけは有効などという都合のいい仕組みとは思われない。
地面には、相変わらず肉と液体が咲いている。
仮に再生したとして、目の前の男の中身は明らかに足りていない。
194 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/24(火) 20:41:12.46 ID:BxiC6wOVo
そして何より。
「その右腕が、オマエの『核』か」
「そういうことになるんだろうな」
上条の顔は、血など一滴もついていない。
だというのに学ランの袖から覗く右手だけは、先ほどまで血の海に浸かっていたかのように赤黒く汚れているのだった。
「オマエみたいなのを何て呼ぶか知ってるか?」
「何だ?」
「バケモンだよ」
そっか。そう言って上条が笑った。
笑うという要素以外をすべて忘れてきた微笑だった。
195 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/24(火) 20:42:03.26 ID:BxiC6wOVo
一方通行と上条の戦闘が始まるその頃、打ち止めは夜衣のままインデックスに手を引かれて街を走っていた。
寝入りばな、突然揺さぶられたと思えば一緒に眠ったはずのインデックスだった。
「ねぇシスターさん!急にどうしたのってミサカはミサカは突然起こされたことにびっくりしてみたり!?」
「いいから走るんだよ!」
前を走るインデックスの横顔に後悔と焦燥を見て取り、打ち止めの心の波紋が大きくなっていく。
「ねぇ何があったの?どこに向かってるの?」
「ていとくの家!白い人に言われたの、そこに行って知らせるようにって!」
家々の住所を確かめながらインデックスが走る。
夜目がきくのだろう、文字を読み取るのに苦労は見られない。
196 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/24(火) 20:42:55.95 ID:BxiC6wOVo
「あの人は!?」
「……とうまといる。多分闘ってる」
どういうことかと打ち止めが目をむく。
「たぶん、白い人は苦戦すると思う。だからていとくに頼むんだよ」
苦戦する一方通行を打ち止めは想像できない。
全てを支配する彼の力が及ばない相手など。
しかしインデックスの焦燥は本物だった。
「どうしてこうなっちゃうんだろう!誰にも傷ついて欲しくないだけなのに!どうして!」
叫び駆けるインデックスは、打ち止めの手を離しはしない。
その悔やみと焦りを間近に受け止めながら、打ち止めは夜が深まっていくのを感じていた。
197 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/24(火) 20:44:26.66 ID:BxiC6wOVo
短めですが本日の投下はここまでです。
もう少しお付き合いくださいませ。
ではまた。
198 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(神奈川県)
[sage]:2012/04/24(火) 21:02:30.76 ID:Yxu1GQc0o
とんでもねぇな…乙
199 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage]:2012/04/24(火) 21:40:04.21 ID:MhUJEji6o
予想以上に上条さんがヤバい
乙!
200 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/25(水) 20:44:02.66 ID:wOgW7GfSo
膠着の庭。
上条は一方通行の目線に一瞬の動揺を見た。
何故?そう思った瞬間、月の庭に影が落ちる。
「苦戦してんじゃねえか」
月光が天使を抱く。純白が銀に煌いた。
翼は夜空を掴み、光がその質を変える。
衛星を介して穏やかだった旧い陽光が庭を照らした。
じゅ、と。
一方通行は庭が泡立つ音を確かに聞いた。
201 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/25(水) 20:45:14.42 ID:wOgW7GfSo
『回折』。
能力の象徴である六枚の翼。それを通した光が破壊をもたらす。
「テメェ垣根、演算の修正が間に合わなかったらどォしてくれンだ」
「そうなりゃお前がその程度だったっつー話だろ」
垣根の人を殺す月光。
世界に存在しないベクトルを瞬時に演算しきった一方通行が吐き捨てる。
垣根はそ知らぬ顔。
死んで構わないと思ったのか、この程度はいなすだろうと信頼していたのか。
庭の草木は焼け焦げていた。
まるで一瞬で芯まで炙られたかのように。
何事も無く立っているのは一方通行ただ一人。
垣根帝督が、月光を背に塀へ降り立つ。
肉の焼ける臭いに顔をしかめた。
庭を汚していた上条の肉体組織は、ゆっくりと炙られる暇もなく蒸発している。
202 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/25(水) 20:47:22.41 ID:wOgW7GfSo
「なーるほど」
垣根が面白がるように笑ってみせた。
焼け焦げ、一方通行以外の生命が絶えたはずの庭。
「どういう仕組みだ?初めて見たぞ」
ざらぁ、と。
何も無い風景から形が生まれる。
まるで、見えない手がジグソーパズルを遊ぶかのように。
「寄ってたかってひどいなお前等。痛みはあるぞ?」
普通死ぬぞ。
そう言って上条当麻は、寸分違わずそこにいる。
「肉体再生っつーには次元が違うな。存在の転写か?」
「俺は無能力者だよ」
信じてもらえないかもしれないけど。
笑う上条に一方通行は憮然と、垣根は不敵に笑って返す。
第一位と第二位の一撃を食らって立っている者が、どうして無能力者などであるものか。
「世界が俺を覚えてる。俺はただの思い出。影だ」
超能力者二人には、彼の言うところを理解しない。
203 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/25(水) 20:49:08.90 ID:wOgW7GfSo
「垣根、あの右手が核だ。仕組みは知らねェが異能を消す。俺のベクトル操作もな」
「つまり能力抜きであの右手をすり潰すしかねえってことだな?」
「確証はねェがな」
超能力。
それは二人の自己像に深く組み込まれている。それこそが二人を名づける。
力が通じない。その事実が二人を動揺させる。
異能を殺す右手以外を狙ったところで、何も無かったようにまたそこに立つ。
「じゃあ次の手だな」
少年らしい残酷さで垣根が笑う。
「必殺手前で止めてみようぜ。とりあえず手足をもぐ。右手をすり潰すのはそれからでいい」
鼻を鳴らして一方通行が焦土を踏みしめる。
垣根に指示されるのは気に食わないが、たしかにどこまで損傷すれば再生するのかが分からない。
204 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/25(水) 20:49:51.51 ID:wOgW7GfSo
上条が右手で頭を掻く。
だんだんとその動作は人臭くなってきていた。
「俺はインデックスに会いたいだけなんだけどな」
「会って、殺すんだろォが」
「終わらせたいだけだ」
「ソレを殺すっつーんだけどな」
「居場所、教えてくれないか?」
「ここを通りたきゃあ、ってやつだな」
なら仕方ないなと上条がまた拳を固める。
本当に、それしか持っていないらしかった。
「オマエがいくら打ち消しても、いくら再生しても、ここを通ることはできやしねェよ。分かってンだろ?」
205 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/25(水) 20:51:27.84 ID:wOgW7GfSo
一方通行が問いかける。上条がその通りだと頷く。
「そうなんだろうな。お前、やっぱり強いよ。最初のお前はもっと強かったけど、今のお前のほうが躊躇いがない」
抱えてるものが少ない方がそうなれるんだろうな。
そう言って上条は、どこか寂しげに微笑んだ。
「何で諦めねェ?」
お前には無理だと。そう告げても上条は、ゆっくりとかぶりを振るのだ。
「あいつはもう、苦しまなくていい。ここで終わらせる」
その言葉は、二人には破綻の表現としてしか捉えられなかった。
超能力者がそれぞれに構える。
あの右手を封じる手段を電気の速さで思考に乗せては打ち消していく。
まずは、四肢を落とす。その潜在性を見極める。
庭には更なる血が降るはずだった。
しかしそれは達せられず、少年は見極められないままとなる。
「待って!」
「……バカ野郎が」
声が闇夜を揺らがせる。
そこにいたのは聖女。
門扉に手をかけ膝を震わせる、インデックスだった。
206 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/25(水) 20:52:35.70 ID:wOgW7GfSo
垣根が飛び立つのを見届けた後、ようやく少女二人は呼吸を整え始めた。
彼の屋敷は同じ区画にありながら、一軒一軒の広さ故に全力で駆けて尚遠くにあった。
「カキネも行ってくれたんだもん、絶対何とかなるよって、ミサカはミサカはシスターさんに声を掛けてみる」
まだ荒い息の間から打ち止めが言う。
二人は門扉の前に立つ。
名前を告げれば即主人まで繋がれ、端的に状況を告げた。
昼間、上条当麻に遭遇していたのが幸いしたのだろう。
彼は二人に屋敷で待っていろと告げた後飛翔した。
「うん……巻き込んで本当にごめんなさい」
インデックスの心臓も早鐘を打つ。この体はまだ体力の蓄えが少ない。
207 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/25(水) 20:53:25.50 ID:wOgW7GfSo
上条当麻のことを考える。
彼の右腕のことは知っている。知識の上澄みに残されている。
幻想の破壊者。その自身が何よりの幻。
オリジナルの知識がインデックスの脳裏を回る。
ただ起こった事実のみが淡々と記されるのみの記憶。
そこからオリジナルの感情体験はそぎ落とされている。
彼が見ているのは、今ここで息をしているインデックスではない。
彼が本当に止めたいのは、今ここで揺れているインデックスではない。
「違うんだよ」
「……シスターさん?」
「違う。インデックスは、違うんだよ。そうじゃないんだよとうま」
「どうしたのって、ミサカはミサカはあなたの腕を押さえてみる」
208 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/25(水) 20:54:23.61 ID:wOgW7GfSo
インデックスの顔は蒼白だった。
心を決めたようなその表情に、打ち止めの心臓が冷えていく。
「駄目だよってミサカはミサカはあなたを止めるよ。大丈夫。二人がいるから」
「ごめんねらすとおーだー。ごめんなさい」
少女が逃れようと思えば、止められる人物などそうはいないのだった。
掴んだはずの腕が魔法のようにほどかれ、銀のシスターが夜闇に溶ける。
「待って!」
打ち止めは一瞬の逡巡のうちに消えていく白い人影を見、再び駆ける。
209 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/25(水) 20:55:37.74 ID:wOgW7GfSo
どうして来たと一方通行が顔を歪め、それぞれの立ち位置を把握する。
屋敷側に一方通行、インデックスの立つ門扉に添って塀の上に垣根が立つ。
上条がまずインデックスを狙う可能性を考える。
動きを見せた瞬間に断つ。
垣根の考えることも同様だろう。
二人の機動力があれば徒手空拳の少年一人、止められる。
しかし。
「とうま」
銀の少女はよりにもよって、自ら上条当麻へと歩み寄る。
「……インデックス」
三歩の距離。
月夜に燐光を発するような修道女に、上条は茫漠とした困惑を返す。
どんな顔をするべきなのか分からないとでも言いたげだった。
210 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/25(水) 20:56:56.58 ID:wOgW7GfSo
第一位と第二位の体がたわむ。
インデックスが近寄ったことにより、必殺の演算は繊細な修正を要するようになる。
そんな二人の集中を知ってか知らずか、インデックスは上条だけを見つめていた。
「シスターさん!」
がしゃりと門を掴む声。
インデックスが振り向けば、赤らみを越して青ざめ始めた打ち止めが立つ。
その形相にインデックスが申し訳ないと眉を下げた。
しかし何を告げることもなく、静かに少年へ向き直る。
「とうま。もう良いよ」
何かを赦す様に聖女が言う。
「もう、インデックスを助けようとしてくれなくて良い」
211 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/25(水) 20:58:17.63 ID:wOgW7GfSo
一方通行、垣根、打ち止め。
三人は、上条の表情が漂白されていくのを見る。
あるのは拒絶。聞きたいのはそんな言葉ではなかったと。
「とうまは、私を助けたかったんでしょう」
「…………そうだ。でも、出来なかった」
「どうして?」
「…………お前が拒否したからだよ。インデックス」
「私が」
インデックスの瞳が遠くなる。
その空が始まりへと続くのかは、この場の誰にも分からない。
「お前の、オリジナルが。あいつは言った。自分はいなきゃいけないって。
存在することで、誰かを守れるからって。そしてあいつは壊れていった」
212 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/25(水) 21:00:23.47 ID:wOgW7GfSo
どういうことだと誰かが呟く。
守りたいなら何故破壊の手段をとるのだと。
怒りに、悔やみに、絶望に。
上条の体が内から膨張する。それは誰へと向けた感情か。
「今のこいつが出来るまでに何千のあいつが壊れてったと思ってる!
魔道書の知識に耐えられなくて狂ったあいつがいた!原典の毒に耐え切れなかったあいつがいた!
もうインデックスは苦しまなくていい!!もう終わっていい!!どうしてこいつだけが苦しまなけりゃならないんだよ!
おかしいだろ!!」
ただの女の子だぞ。
そう言う上条は泣いていた。
失敗作とされた何百何千の礎のために泣いていた。
「俺は!!顔も知らないどんな奴より、インデックス!お前を助けたかったのに!なのにお前はそうさせてくれなかった!!」
目の前の少女に吠える。それは恨み言だった。
存在することで避けられる争いがあると。守れる命があると。
そう言って儚くなった少女へ向けて。
止めるのだと。もう苦しむこの顔の少女を造らせはしないのだと。
骸を積み上げる聖女に向けて。
ようやく出会えた完成の一人。
彼女の破壊をもって計画を終わらせるのだと。
213 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/25(水) 21:02:33.52 ID:wOgW7GfSo
「とうま」
しかし少女は、春風のように微笑むのだった。
「ありがとう」
いやだ。そう言って上条が首を振る。聞きたくない。
「私のこと、一番に考えてくれて」
けれどその目は逸らせはしない。
焦がれ続けたその瞳。時を越えてようやく出会えた一人の少女。
「もう、良いよ」
赦されたくない。守れなかった。
首を振り続ける少年の瞳は、幾歳の箍を切ってあふれ続ける。
「インデックスは、とうまのことが大好きだったんだよ?」
「だからね、とうまがそんなにぼろぼろだと、私も悲しいんだよ」
「もう良いよとうま。もう、良いよ」
そしてインデックスは、両の手の平を上条の頬に添えた。
「インデックスはね、たくさんの人を守りたかった。でもね」
泉から清くあふれる。この場の誰も、己のために泣いてはいない。
「一番に守りたかったのは、とうまなんだよ?」
「だからごめんね、終われない」
「とうまに殺されてなんか、あげられない」
214 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/25(水) 21:04:11.39 ID:wOgW7GfSo
少女が、少年の胸に倒れ込む。
気づかず彼は彼女を抱きとめ、そこまでだった。
「ごめん、インデックス。ごめんな。ごめん。ごめん――――」
良いよ。
全ての悔恨を赦しながら聖女が笑う。
笑いながら泣く。終わってなお終われない少年のために泣く。
月はいつからか薄く、東から次の光が現れようとしている。
全てが曖昧になっていく懐かしい紺色の中、贖罪と寛恕が響く。
ああ、終わったのだと。
流れる涙の理由も知らず、打ち止めが空を仰いだ。
215 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/25(水) 21:06:50.03 ID:wOgW7GfSo
少し席を離れます。今夜中に続きを。
216 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(関東・甲信越)
[sage]:2012/04/25(水) 22:24:37.68 ID:BIcFohNAO
おお…
217 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/26(木) 00:28:52.41 ID:eCyIurbPo
「起きないね」
「再生も負担なしとはいかないのかも」
「つーかアレはどォいう仕組みだ。オカルトか?」
「そういう枠組みは越えてるんだよ。理の領域かも」
分かるかよと顔をしかめる一方通行。
この頃は不可解なことが多すぎる。
打ち止め、インデックス、一方通行の揃う部屋。三人してベッドの脇で話し込んでいる。
垣根は一旦屋敷に帰した。自由気ままな一方通行とは違い、あの屋敷には人がいる。
寝台のある部屋がどこなのか、一方通行は把握してはいなかった。
土地勘ならぬ屋敷勘を培った打ち止めが案内したのだ。
しんしんと眠る少年を見下ろす。
何に苦労したかといえば、間違いなく上条当麻の運搬だった。
あれから彼は糸が切れたように倒れた。
運ぼうにも一方通行の操作が効かず、人力のみで運ぶしかなかったのだ。
手足をそれぞれに持って引きずる光景は、人からは死体の運搬に見えたことだろう。
218 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/26(木) 00:30:11.28 ID:eCyIurbPo
「カミジョウはまた生まれてくるシスターさんを守りたかっただけなんだよねってミサカはミサカはこの人の言葉から推測してみる」
「その手段が本人の殺害たァトチ狂ってるがなァ」
一方通行の脳裏をProject=Indexという単語がよぎる。
上条が止めたかったと言ったのは、この計画そのもののことだったのだろう。
初代禁書目録の複製計画。
上条当麻はようやく生まれた完成品を壊すことにより挫こうとした。
「コイツが目ェ覚ましたらどォすンだ?」
「どうしようかな」
何も解決していなかった。
インデックスはこうして生きていて、上条は存在し、きっと計画は終わらず、少女は上に追われ続ける。
泥のような状況だった。
それでもインデックスは蓮の花のように清廉に笑う。
「とうまと一緒に、なんとかするんだよ」
強がりに違いなかった。
それでも二人は何も言わない。
代わりに一方通行が違う言葉を投げかける。
219 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/26(木) 00:31:17.26 ID:eCyIurbPo
「オマエはオリジナルの記憶までは継いでねェンだろ?なのにオマエは過去を語った」
そういえばそうだと打ち止めが顔を上げる。
『インデックスは、とうまのことが大好きだったんだよ?』
己の大過去から拾い上げたその言葉。
インデックスは困ったように首を傾げる。
「よく分からないかも。ただね、とうまには泣いてほしくないなって思ったんだよ」
どこか照れくさそうに頬をかきながら答える。
「思い出は引き継いでいないなら、一体どこから言葉が来たのってミサカはミサカは尋ねてみる」
打ち止めが問う。
透明な少女は答える。
「――――心、じゃないかな?」
220 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/26(木) 00:31:56.57 ID:eCyIurbPo
以上、上インサイド『バッドエンドの向こう側』でした。
本日の投下を終わります。
221 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(新潟県)
[sage]:2012/04/26(木) 00:36:57.07 ID:cXV1WX220
乙乙!
独特の雰囲気と世界観がすごく好みだ
キャラの掛け合いも好きだ
ハッピーエンドでよかったー!!!
222 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(中部地方)
[sage]:2012/04/26(木) 00:50:00.33 ID:d8IoeZYQ0
続き超期待ですよ乙
まだ上条さんの正体(?)分かんないし興味津々
この一方さんが初代のクローンで、記憶を持たず、ってのが切ないな
それでも打ち止めと出会うのが運命っぽくて萌えるが
でも一番切ないのは上条さんだよな…… 自分だけ残されてさ
223 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/26(木) 21:30:10.34 ID:eCyIurbPo
「さてさて、また一つの章が終わってしもたね」
「バッドエンドの向こう側。シスターさんと上条くんは掴めたんかな」
「上条くん、どないするんやろ」
「けどまぁもう大丈夫なんやろね。また会えたんやもん」
「土台無理やって、上条くんにあの子をどうこうするやなんて」
「次は誰のお話になるんやろう?」
「僕は知らんよ、分からへん。僕はただ、お話を見るだけの人」
「劇の中にいながら指揮者の振りをするだけの道化者」
「どないやろ。そろそろ、僕のお願い叶ってくれへんかなとは思うけど」
「さてさて」
224 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/26(木) 21:30:54.56 ID:eCyIurbPo
「ここでお知らせやで」
「
>>1
の都合でな、このスレ閉じることになりそうやわ」
「場所を変えることになるんやと思う。続くには続くで?」
「ちゅーわけで今週くらいでHTML化依頼やね」
「もしどっかで見かけることがあったらニヤっとしたってな」
「好き放題やらせてもらえてほんまに楽しかったって
>>1
が言うてた。僕のお話もちゃんとしてくれな困るんやけど」
「ほな、おおきに。最後まで好き放題でごめんな」
225 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/26(木) 21:31:57.99 ID:eCyIurbPo
というわけで、
>>1
の都合によりこのスレでのお話はここまでです。
一週間くらい置いてHTML化依頼を出します。
ここまでお読みくださった方、本当にありがとうございました。
いつかご縁がありましたら、どうぞよしなに。
ではまたどこかで。
226 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(関東・甲信越)
[sage]:2012/04/26(木) 21:46:17.55 ID:ZtUPElQAO
お、おいおい、エイプリルフールは過ぎたぜ?
とにかく、乙!!
227 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(神奈川県)
[sage]:2012/04/26(木) 21:47:46.27 ID:atKF3An5o
次の章がくるの楽しみにお待ちしてます乙
228 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage]:2012/04/26(木) 21:48:01.71 ID:KTGTdWlDO
( ゚Д゚)
久しぶりにすっごい好みのSSだっただけに残念だなぁ
乙でした
229 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(中部地方)
[sage]:2012/04/26(木) 21:51:24.38 ID:E4GJjKBx0
なんと
230 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage]:2012/04/26(木) 22:09:37.58 ID:nUonKLGDO
できれば去る前に続きを書く場所を教えてください
本当に乙でした
行間に漂う空気が大好きです
231 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage]:2012/04/26(木) 22:11:13.92 ID:Dpsa/V4aP
このパートは終わりですって言ったばっかりじゃないですかー
乙
続く場所は是非教えてほしい
232 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage]:2012/04/26(木) 22:21:43.86 ID:+i2d9uxdo
乙
続きの場所は頼むから教えていってください
233 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage]:2012/04/26(木) 23:10:55.09 ID:qxjH/NIDO
毎日更新楽しませてもらいました。ここで読めなくなるのは残念だけど、続き楽しみにしてます
乙でした!
234 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2012/04/28(土) 22:41:47.97 ID:evQ+6Esco
>>1
です。レスありがとうございます。投下の合間の乙もどれだけ嬉しかったことか。
HTML化については次の月曜日あたりに依頼を出そうかと思います。
続きの場についてはスレタイのままでいくつもりですので、検索したら出てくるようになるのではないかなと。
正直いつになるのか見えていないのですけれど。
以上ご連絡です。
ではでは、いい休日を。
235 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(関西地方)
[sage]:2012/04/28(土) 23:23:53.37 ID:kdD3KhBEo
なん……だと
ともかく乙だ、これは追わざるをえんな
236 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage]:2012/04/29(日) 00:12:55.19 ID:kkPQ9ZyDO
連絡ありがとう
どこかで読める日を楽しみにしてる
237 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(新潟県)
[sage]:2012/04/29(日) 16:27:21.65 ID:yRgw8w470
乙
続きが読めるってことが嬉しいよ
また楽しみにしてる
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