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織莉子「私の世界を守るために」 - SS速報VIP 過去ログ倉庫

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1 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) :2012/04/24(火) 16:51:44.58 ID:D+xZ8dty0
1. Intro

 それはようやっと寒い季節を越え、いよいよ過ごしやすい、とても暖かな時期に入ろうという頃の事だった。
 窓際に席があるせいで巴マミの机には、さんさんと午前のぬるやかな陽光が降り注いでくる。言うなれば強制的にひなたぼっこを受けさせられている状況だった。そのせいで同列の児童たちが軒並み突っ伏してしまている現状にも関わらず、しかし彼女はそれを精神力で以て抑えつけ、目下学校で惰眠を貪る羽目には陥らずにいる。だがその凶悪な陽光、まるで全身を優しく包み込んで来るかのような母なる光源の影響力というものはどこまでも強大で、少しでも油断をすればそのまま夢の世界へとご案内、といった顛末と相成るだろう。だから彼女は、度重なる戦闘で大いに鍛えられた精神力を総動員してこのホームルームに臨まなければならなかった。まだ一時限が始まってすらいないというのにこの体たらく、マミは本日の授業の先行きがとても心配になる。勝負はきっと、昼食を摂り終えた午後一の授業となるだろう。
 ホームルームの内容は大体において同じだった。中学3年生へと進級してあなたたちは受験生になりました。これからは部活も引退し、勉強に精を入れていかねばなりません。みなさん、望みの学校に合格できるよう頑張りましょう。用いられる言葉は多少なりとも変わっていくが、そこに込められた意味合いには微塵の変化も存在しなかった。同一の内容をしゃべり続けなければならない教師にも、その実同情せねばならない所かもしれない。飽きっぽい子供の意識を繋ぎ留めるのは、ことのほか難しい。
 だが今日に限っては、教師も他に話すべき内容ができて少しばかり楽が出来たことだろう。

「今日は皆さんに、転入生のお知らせがあります!」

 途端に教室がざわめく。先までの眠そうな顔はどこへやら、その場の生と一同は、男か女か、美人かイケメンか、どんな人物が来るのだろうかと、各々勝手な意見を戦わし始める。

「ね、巴さんはどんな人が来ると思う?」

「さぁ、実際に来るまでは、なんとも……」

 後ろの娘が話しかけてくる。確かに、気にはなる所だが、なにぶんマミ自身が抱え込んでいる問題の方がはるかに巨大なものであるせいで、あまりそれに関しては好奇心がはたらかない。まさか転入生が都合よく"魔法少女"であるわけでもなし、常日頃から他人との隔絶に思い悩む彼女からしてみれば、他人Aがもう一人増えたところで、取り巻く環境に然程の違いが生じる事はない。それがために、マミは曖昧な返事を返すしかなかったのだ。



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笑えるな 君のせいだ @ 2024/04/23(火) 19:59:42.67 ID:pUs63Qd+0
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【GANTZ】俺「安価で星人達と戦う」part10 @ 2024/04/23(火) 17:32:44.44 ID:ScfdjHEC0
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トーチャーさん「超A級スナイパーが魔王様を狙ってる?」〈ゴルゴ13inひめごう〉 @ 2024/04/23(火) 00:13:09.65 ID:NAWvVgn00
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【安価】貴方は女子小学生に転生するようです @ 2024/04/22(月) 21:13:39.04 ID:ghfRO9bho
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ハルヒ「綱島アンカー」梓「2号線」【コンマ判定新鉄・関東】 @ 2024/04/22(月) 06:56:06.00 ID:hV886QI5O
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【安価】少女だらけのゾンビパニック @ 2024/04/20(土) 20:42:14.43 ID:wSnpVNpyo
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ぶらじる @ 2024/04/19(金) 19:24:04.53 ID:SNmmhSOho
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2 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) :2012/04/24(火) 16:52:16.33 ID:D+xZ8dty0
「はいはい、おしゃべりはそこまで!……さ、入ってらっしゃい」

 教師の呼びかけに応じ、教室のドアがスライドする。強化された視覚が、白く細い指を見て取った。ああ、女の人か。巴マミは思った。
 入ってきたのは、当に麗人としか形容の出来ない人物だった。
 若草色の瞳、長い睫、眉、鼻の形、薄桜色の唇、若干紅の差した頬、顎のライン、細い首筋。ウェーブがかったシルバーブロンドの髪をサイドテール。全てが調和し、また全てのパーツの一つ一つがあまりにもパーフェクトだった。身体にしても、全体のラインは無駄な贅肉が無いのかとても細いにも関わらず、二次性徴を迎えた彼女の身体は女性らしさの権化とも言える豊満さを持っていた。
 制服はどういう訳か見滝原のそれとは異なり、小豆色のとてもシンプルなデザインのものを着用していた。戦前でも通用するだろう簡素な見た目のそれは、主張することなく彼女の美しさの引き立て役に徹している。
 あまりにも、そう、あまりにも美しい。不覚にも、マミはこの同性に対して心臓を高鳴らせていた。
 マミでさえ心拍数が上昇するのだから、他のクラスメイト達がそうならない筈がない。転入生が入室した直後から、部屋のざわめきは少しずつ増え今ではすっかり喧騒の有様となってしまっていた。
3 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) :2012/04/24(火) 16:53:43.76 ID:D+xZ8dty0
「静かになさい!」

 教師の一喝で、水が挿したように教室内が静まり返る。
 ごほん、と咳払いして教師は続けた。

「では……自己紹介をお願いできるかしら?」

「はい」

 その声もまた、鈴の鳴るような美麗極まるものだった。
 さらさらと、彼女は最新式の情報投影装置に名前を書く。この機器は、映写機を用いずとも映像をダイレクトに白布に投影でき、かつ書き記された情報をリアルタイムに反映できる優れもので、未だ県下でもここ見滝原中学校にしか存在していない希少な品だった。
 活版印刷でうち出したように整然とした文字で記された名前は、マミが聞いたことも見たこともないものだった。

 美国織莉子。

 それが、彼女の名前だった。

「みくに、おりこ、と申します。短い期間ですが、どうぞ皆さん、これから宜しくお願いします」

 そう言って彼女は礼をした。とてもなめらかで自然な動き――背筋を張ったまま腰を曲げ、手は太腿の内側へとすべらせるその所作は、彼女の育ちの良さを如実に物語るものだった。

 その名が紡がれた途端、教室を占める雰囲気ががらりと変わる。春のうららかさがまるで嘘のような、冷ややかな空気。いったい、どうしたというのだろう。
 ひそひそと囁く声。注がれる視線。嘲笑と哄笑。それは、明瞭な悪意だった。ひとクラス40人近い人間の悪意が、ただ一人の転入生に向けられている。その理由が、巴マミには分からなかった。
 だが、どういう訳か彼女は微笑んでいた。室内にうごめく、咽せ返るほどの悪意を前にしてなお、美国織莉子は微笑んでいた。
4 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) :2012/04/24(火) 16:55:28.63 ID:D+xZ8dty0
「先生、私の席はどこでしょうか……?」

 場の空気にすっかり中てられ何も言えずにいる教師に、織莉子は問う。慈母のように柔らかな笑みを湛えて。

「え、ええ。えっと、最後列の左端ね。黒板から遠くて不便があるかもしれないけれど……」

「いえ、大丈夫です。お気遣いありがとうございます」

 教師へと僅かな会釈をして、教室の端を通って席に着く。歩く姿も、ただそれだけだというのにとても優雅だった。

「えー、気になっている人もいると思います、美国さんの制服についてですが。あと1年だという事で特例的に前の学校でのものの着用が許可されています。みなさん、一日も早く美国
さんが学校に馴染めるよう、親切に、接してあげください。では、今日のホームルームはこれでお終いです!次の授業は――」

 着席した彼女は、両手の指を絡めて、やはり微笑んでいた。貼り付けられたものではなく、正真、心の内から湧き出るかのような、ごく自然な笑み。こんな状況下だというのに微笑みを絶やさないでいる彼女に、逆にマミはとても不安な気分になった。


 彼女はまさにパーフェクトだった。
 1時限目の数学、2時限目の英語、3時限目の体育。それら全てで、美国織莉子の実力は恐ろしいほどに発揮されたのだ。
 嫌がらせのようなしつこさで指名された、明らかにこの時期にやるべきでない発展問題を、彼女はほとんど即答と言うべき速度で回答してのけた。英語の長文問題をなめらかな発音で朗々と読み、奇怪としか言いようのない文法も解して説明してみせた。なによりも凄まじいのは体育で、弾き出した数字は一応常識の範囲内ではあったものの、その動きの優雅さは人体の動きの一つの完成型を見ているかのような美しさだった。
 一般人とは思えないほどの能力を発揮する織莉子を前にして、いったい彼女は何者なのだろうかと、巴マミは頭を悩ませざるを得なかった。
 彼女が魔法少女である可能性は、もちろんある、というよりも、むしろとても高いと言えるだろう。
 魔法少女は、魔翌力で身体のあらゆる部分を強化し、その能力を極端に向上させることが出来る。たとえ魔法少女の姿に変身していなくとも、それは可能だ。だから、もし彼女が魔翌力で身体能力を向上させているとするならば、彼女の人並み外れたスペックも説明がつく。
 もっとも、魔法の使用による魔翌力波動の空中拡散が感じられないために、以て彼女が魔法少女だと断じるのは早計に過ぎるとマミは考えた。よって、今のところその判断は保留されることとなった。
 それに、もし彼女が魔法少女だったなら。
 いかなる意図を持っての事であれ、いずれ彼女の方から接触してくることになるだろう。それは、マミにだって分かる事だった。
5 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) :2012/04/24(火) 16:56:24.29 ID:D+xZ8dty0
 巴マミは、魔法少女だ。
 人に害を為す「魔女」と呼ばれる怪物を倒し、人々に希望を振り撒く夢のような存在、それが魔法少女だった。
 だが現実の魔法少女と言うものは、そんな夢に満ちたものでもなければ言葉の響きのように甘美な存在でもなかった。
 魔法少女は魔翌力を行使すると、魔翌力の源たる「ソウルジェム」を曇らせる。そしてそれが曇り切った時、彼女らは魔法が使えなくなってしまう。そんなジェムの魔翌力を補充するのが「グリーフ・シード<絶望の種>」だ。グリーフ・シードは魔女が倒れた際に時折いくつか落とす事がある「魔女の卵」で、本来ならば即刻廃棄するべき危険物と言うべき代物だが、それはソウルジェムに蓄積された曇り――穢れを吸い取って、再び魔翌力の行使を可能とする「回復アイテム」としての側面もあった。
 だがこのグリーフ・シードこそが、マミの頭を悩ませる「種」だった。
 魔法少女はグリーフ・シードを用いなければ、継続して魔法を使用することができない。だがグリーフ・シードは魔女を倒しても確実に手に入る代物ではないため、これを巡っての争いが、しばしば起こるのだ。誰もがマミのように正義を標榜して魔女退治に勤しむ者ばかりではない。中には強大な魔翌力の行使そのものを目的とする者や、ろくでもない反社会的行動をするために魔法少女となる者も、確実にいる。そういった者たちはより潤沢な魔翌力を求め、つまりはより多くのグリーフシードを求めて、幾度となく戦いを繰り広げた。それは縄張り争いであったり、現物のグリーフ・シードの奪い合いであったりと様々だが、争いである事に変わりはない。
 それがただの小競り合いなら良いのだが、実際には多くが「殺し合い」と言うべきものにまで発展し、近隣のルーキーたちの諍いを仲介したことも一度や二度ではない。彼女らの多くは魔法少女であることに飽きたのかしばらくするといなくなってしまうのだが。そういったグリーフ・シードを巡る争いは、いつだってマミの身近に在る事だった。まさしく、グリーフ・シードとは争いの種そのものだったのだ。
 だから巴マミは警戒したのだ。もし、この転入生が魔法少女だったら。そして、邪な欲望を実現するためにグリーフ・シードを求める者であったならば。マミは、彼女と対決する事になるのかもしれないのだから。
 今の所、美国織莉子が魔法少女であるかどうかは不明だ。だが警戒を怠らないに越したことはないだろう。
 向けられる視線が侮蔑から嫉妬へと変化していくのを感じ取りながら、マミは美国織莉子が尻尾を出すのを待った。その懸念が杞憂に終わる事を望みつつ。


 授業の合間の休憩時間。実際には教室移動をしたり出された課題の確認をしたりと碌に休憩を取れないのが中学生の常なのだが、それにしたって普通、新たに現れた転入生のために時間を取るのが、正しいクラスメイトの在り方だろう。もちろんそれは転入生のためなどではなく、専ら自身の好奇心を満たすための野次馬根性であり、大概転入生は質問攻めに遭うものと相場が決まっているのだが、こと彼女に限ってはその心配はなかった。と言うのも、彼女の周りには誰も集まらなかったからだ。
 美国織莉子はあからさまに避けられていた。それがさも当然の事であるかのように。それどころか、彼女に向けられる悪意の視線はさらに強くなる一方で、その度に彼女を中心として存在する不可侵の結界は半径を拡げていった。

 ちょうどいつもの女子グループに混じって弁当を広げようとしていた矢先の事だった。

「巴さん。ちょっと、良いかしら?」

 そら、来た。雑な言い方をすれば、巴マミの心情というのはこんなところだった。

「ええ、何かしら?」

「まだ、私はこの学校の造りを把握していなくって。良ければ、案内してほしい所があるのだけれど……」

「なぜ、私を?」

「貴女が学級委員だと聞いて」

 非の打ち処のない問答。だが、どうして彼女はマミが学級委員の一人だという事を知っているのだろうか。彼女はこの教室にやって来てから一度も、誰とも口を利いていないというのに。

「ええ、そう。分かったわ。……そういう事で、みんな。今日の所は――」

「え、ええ……巴さんも"大変"ね……」

 その「大変」というのがどういった事を指し示すのか、巴マミは知らない。
6 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) :2012/04/24(火) 16:57:42.71 ID:D+xZ8dty0
 廊下の、ちょうど人通りのない場所で、美国織莉子は言った。

「屋上まで連れて行って欲しいの」

「何か用事が?」

「ええ、ある人と待ち合わせをしているの。そこで、その子と、私。そして貴女とで、お昼ご飯を食べようと思って」

「なぜ私も?」

「話したい事があるのよ」

「それはここでは駄目なの?」

「できれば、屋上で」


――――――――――――
――――――――
――――


 空はひどく澄んでいた。吸い込まれそうな、という表現がぴったりと当て嵌まるほどに。
 他の高層ビルに劣らないほど高所にあるこの屋上には常に強い風が吹き荒れ、お世辞にも昼食を摂るのに適した環境だとは言えない。どんなに朗らかな天気だろうと、荒ぶる風が全てを吹き飛ばし体温を奪ってしまうからだ。そのせいで、屋上はめったに人の訪れる事のない、内緒話には最適な場所だったのだ。
 それでも、春の暖かな太陽は朝のホームルームの時から変わらず健在で、確かな季節の移り変わりを示していた。
 そんな空の下、

「お、り、こぉぉおぉぉぉぉぉぉっ!」

 二人目掛けて突進してくる黒い物体があった。
 いや、正確に言うならば、それは美国織莉子というただ一人をターゲットにしているのだろう。それは、彼女らが屋上へと足を踏み入れた瞬間に、まるで弾丸のような勢いですっ飛んできたのだった。
7 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) :2012/04/24(火) 16:58:35.35 ID:D+xZ8dty0
「寂しかったよぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」

 ぼふんっ、と柔らかな音を立てて、その物体は美国織莉子の胸の谷間へと収まった。恐らくはほとんどの男性諸氏がそうしたくなる豊満な胸へと、その少女は盛大に顔を埋めたのだった。

「あ、あ、あ!やっぱり織莉子はイイ匂いだ!何度嗅いだってイイ匂いだ!あぁぁ……織莉子ぉ、イイよ、イイよぉ……」

 それは、なんだかやたらと言動がアグレッシブな少女だった。何と言ったら良いのだろう、人間が日常生活を営む上で重要な何か――特に羞恥心といったようなものが、すっぽりと抜け落ちてしまっているかのような、そんな雰囲気を漂わせていた。

「もう、キリカ!今日は体育があったんだから、そんな風に臭いを嗅いだら……」

「そんなの関係ないね!あぁぁ……やっぱり織莉子は素敵だぁ、無敵だぁ……愛してるぅ……」

 この娘はいったい、なんなのだろう。なぜ、クラスでは悪意だけを向けられていた美国織莉子と言う人間に、これほどまでに――言っては悪いが病的に思えるほどに、懐いているのだろうか。
 仲良きことは美しきかな、だがそれにしては、少々行き過ぎている気がしないでもない。そう、マミは思った。

「ちょっと……キリカ。続きはまた後で、ね?ほら、朝学校へ来るときに、話したい人がいるって言ったでしょう?だから、ちょっと今は……」

「ちぇっ、しょうがないなぁ……後で、絶対だよ?」

「もちろん!私が貴女に嘘を吐いた事があったかしら?」

「ないね、ない!ありっこない!」

「でしょう?だから――」

 織莉子が言葉を言い切る前に、彼女――キリカと呼ばれた少女は、巴マミに顔を向けた。

「私の名前は呉キリカ!はじめまして、だ。黄色いの!」

 やはり、この娘は壊れている。まるで、おたまで脳の大事な部分を1000グラム単位で掬い取られてしまったかのように。
 巴マミは、この奇天烈な言動を取る少女を前にそう思わざるを得なかった。


 彼女らの昼食はサンドイッチと紅茶だった。
 籐のバスケットの3分の2程度を占めるパンと、小型の水筒が2本。サンドイッチの内訳は玉子、ベーコン・レタス、ツナマヨネーズ、の3種類。それに加えて、苺とクリームをサンドしたものが二切れだけあった。それがきっと、彼女らのデザートなのだろう。
 マミは自分で作った、おかずとご飯とが1:1の比率で埋められたごく普通の弁当を口にする。二人がお互いに食べさせ合っている間、マミは終始無言だった。それは何を話しかけたら良いのか分からない、というよりも、むしろこの二人の間に割って入るのが憚られたからだ。そのいちゃつきようと言ったらなく、友達が行き過ぎてそのままハネムーンに来てしまったかのようだ。
 最後のクリーム苺サンドをこれぞ最上だと思えるほどの良い笑顔でぱくつく呉キリカと、同じくらいに満面の笑顔でそれを見る美国織莉子は、どこまでも幸せそうだった。
8 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) :2012/04/24(火) 16:59:48.15 ID:D+xZ8dty0
「ごちそうさまでした!」

「お粗末さまでした」

「……ごちそうさまでした」

 結局の所、食事の間に美国織莉子が言った「話したい事」というのは一度たりとも出てこなかった。
 ゆっくりと時間をかけて食べたものだから、残りの時間は20分といった所。あと10分もすれば、次の授業の用意をしなくてはならなくなる。

「ちょっと時間をかけすぎてしまったわね……」

「……そうね」

「まぁ、そう焦る事でもないだろう?まだ放課後という有意義な時間が私たちには残っているんだからね!私としては第三者とぺちゃくちゃするよりかは、織莉子と一緒に過ごす方がよほど素晴らしいんだけれどね!」

 とかく勝手な事を言う娘だと思う。
 マミには、放課後にはとても大事な仕事が控えているというのに。

「……私たちの方で時間を潰して置いて勝手なことだと思われるだろうけれど、取り敢えず要件だけを掻い摘んで説明させていただくわね」

「……ええ、お願いするわ」

「先ず、私たちは――まぁ、気が付いているでしょうけれど、魔法少女なの、貴女と同じく」

 織莉子は胸元から、キリカは肩掛けのポーチから、それぞれのソウルジェムを取り出してみせた。真珠を思わせる純白と、明け方の空を思わせる濃い青紫だった。
 それ自体は驚くべきことではない。彼女のあんまりと言えばあんまりな完璧ぶりは、つまりそういう事だったのだとむしろ巴マミは合点がいった。
 授業で超人的能力を発揮した際に魔翌力を使った形跡がないのは、マミとしては腑に落ちない所だったが。

「それで、私とキリカには、契約した時にちょっとした能力が備わった。……悪いのだけれど、それを今明かす事はできないわ。少なくとも、貴女と協力関係を結べるまでは、ね」

 それは、そうだろう。万が一にも敵対関係になるかもしれない相手に、率先して自分の能力を明かす魔法少女はそうはいない。

「その能力を用いた結果、私はあるビジョンを視た。それは、強大な――そう、あまりにも強大な魔女の襲来、この見滝原を完全に滅ぼして、なお余りある力を持っているほどの。私たちはその魔女に関する知識を持っていないから、それがいったいどう言った名で呼ばれているのかは知らない。けれど、少なくともここにいる若葉マークの魔法少女二人では、あまりにも荷が勝ちすぎる相手だというのだけは分かった。実力的に、私たちでは到底敵う存在ではない」

「そこで、この辺りで活動している私と協力して、その魔女を倒したい、と」

「そう。もっとも、見滝原は元から貴女のテリトリー。協力、と言うよりは傘下に入る、と言った方が正しいかしら」

 そんな暴力団かなにかのような形式をとるつもりなど、巴マミは毛頭ない。仲間になる、というのなら大歓迎だが……。
9 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) :2012/04/24(火) 17:03:39.87 ID:D+xZ8dty0
「へぇ、美国織莉子。きみの得た能力と言うのは未来予知だったんだね?」

 どこからともなく現れた、白い獣。つややかな毛並みと、赤い瞳。長い耳毛と、その中腹辺りに浮かぶ光輪。口が全く動いていないにも関わらず声を発することが出来るのは、意思疎通の手段として恒常的にテレパスを用いているからかもしれない。

「キュウべえ!」

 マミは喜びの声を挙げた。正直、この得体のしれない新たな魔法少女たちの相手をするのに、彼女は少々参ってしまっていたのだ。腹の探り合いというものを、本来マミはあまり好まない。
 だからマミは、二人が一瞬キュウべえに鋭い視線を投げつけた事に、気が付かない。

「やぁ、マミ。そして織莉子、キリカ。そういう重要な事を話す時には、ぼくも混ぜてほしいんだけどな」

「……人の隠し事を簡単にばらしてしまうような子を、そう簡単に誘うような真似はしないわ」

「ああ、確かに。敵対するかもしれない魔法少女に、きみらはそう簡単に能力を明かしたりはしないんだったね。これはぼくの失態だ。すまないことをしたね」

 この日初めて笑顔を崩し仏頂面になった織莉子の言葉に、それでも悪びれることなくキュウべえは応じる。まるで感じ入ってはいないようだった。

「そんな事より、キュウべえ!本当なの?その、美国さんの言っている魔女って……」

「うん、本当の事だよ。これから大体40日後に、きみたちが"ワルプルギスの夜"と呼ぶ魔女がやってくる。ここ、見滝原にね。ちょうど一ヶ月前にはその事を伝えようと思ってたんだけど、どうやら手間が省けたみたいだね」

「ワルプルギスの夜……!」

 マミ、とその白い獣は言った。

「きみの力をもってしても、あの魔女を倒すのはとても難しいだろう。ぼくとしては、彼女らと協力して事に当るのが良いと思うんだけどね」

 たとえ信頼すべきキュウべえの言であろうと、そう簡単には答えることができない。なにせこの界隈では、片方の手で花束を持ち、もう片方の手で銃をホールドしている、といったような事などよくある話なのだ。それほどまでに、魔法少女の生存競争というものは激しい。
 だからマミは、両手を広げてこの二人を受け容れるわけにはいかなかった。確かに、仲間が増えるとするならばそれはとても素晴らしいことなのだろう。だが悲しいことに、マミはこれまでの熾烈な戦いの中で、そうそう容易に他の魔法少女を信用できなくなってしまっていた。いつからこうなってしまったのだろう、そんな事を考えて、マミの心を悲しみが占めた。

「ま、そちらが答えを渋ったって、こっちから押しかけに行くけどね、もちろん織莉子と一緒に。黙ってたって40日後にはそのなんとかさんがやって来て、私たちの街を軒並み平らげていってしまうんだ。私たちが平穏無事に暮らしているっていうのに、そんな事をされたら、その。困るんだよ」

「そういう事。私たちは率先して誰かと事を構えるつもりはないわ。ただ平穏が――仲間と一緒に毎日を平穏無事に暮らしたいだけ。もちろん、魔女だって同じ。私たちの平穏を打ち砕こうとするならば、私たちは全力でその相手をする。絶対に、この街を破壊させたりはしない」

 織莉子は、マミの手を取った。絹のように細かな肌と、冷たい感触。手の冷たい人は情熱家だと、いったいどこの本で読んだのだったか。
 微笑みに満ちた顔が近づく。その薄桜色の唇が動いて、魅惑的な言葉が紡がれた。

「貴女が望むなら、その平穏の中に、貴女も入ることが出来る。同じ魔法少女どうし、手に手を取って暮らしていける平穏な生活を、私は望んでいるのだから」

 きーんこーんかーんこーん、と無機質な音が響いた。

「やっば!織莉子、あと5分で授業だ!」

「あら、もうそんな時間?巴さん、ごめんなさいね。あまり話が進展しなくって。もしよければ、今日の放課後一緒に、狩りにでも――」

 織莉子はキリカに手を引かれ、恐ろしいほどの速度で校舎内へと連れ去られていった。音の大きさが遠近でどのように変わっていくのか、ありありと把握できてしまうほどの勢いだった。
 巴マミは立ち尽くしていた。未だ残る、美国織莉子の冷たい手の感触。魅惑的な言葉。
 長きに渡って「他人とは明らかに異なる生を歩いているのだという違和感」、「魔法少女であるが故の疎外感」に悩んでいたマミにとって、それら全てはあまりにも甘美だった。
10 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) :2012/04/24(火) 17:04:37.61 ID:D+xZ8dty0
「授業は良いのかい、マミ?」

 そんな言葉も聞こえない。未だ信用するべき相手ではない、それは分かっている。だというのに、どうしてここまで、彼女の声が頭に響いて離れないのだろう。
 その日の午後、巴マミは生まれて初めて授業に遅刻した。
11 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/04/24(火) 17:10:39.08 ID:D+xZ8dty0
以上第一回
お話としては第一話前半にあたります

タイトルの通り、そしてこれから何度も出てくるフレーズになるでしょうが、これは「美国織莉子の物語」です
試みとしては、ラスボス属性取り払って主人公属性を新しく付け直した感じ
各キャラクターの解釈に独自のものを(とは言ってもあまり乖離はしてないでしょうけど)含みます
能力に関しても同様

宜しければ最後まで、コンゴコトモ、ヨロシク……
12 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西・北陸) [sage]:2012/04/24(火) 17:43:20.42 ID:8EY3y32AO

これからどうなるか楽しみ
13 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/04/24(火) 18:31:42.61 ID:11F/hv+oo
乙!続きを楽しみにまってるぜい
14 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/04/24(火) 19:00:47.15 ID:j3cTAh9DO
よし期待してるからsagaを覚えようか?

さげ じゃなくて さが ですよ
15 :以下、VIPPERに代わりましてGUNMARがお送りします [sage saga]:2012/04/27(金) 19:39:49.13 ID:K/pzjmt80
なにこれすごいたのしみ
織莉子は色々な可能性があるおいしいキャラだね。

それとお節介だが改行と空白行は入れてくれ、若干読みにくい
16 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2012/05/03(木) 21:03:29.09 ID:GFxfXkYfo
期待
まどかのことは視なかったのかな?
17 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2012/05/05(土) 12:25:04.97 ID:r7NxxgN10
 五限目の、本日最後の授業が終わった。この後は、美国織莉子の言った通り、マミと彼女と、そしてあの小さな黒髪の子との共同戦線で魔女を狩ることになる。授業の間の小休止時間に彼女から入ってきたテレパシーによると、放課後、昇降口で待っていて欲しいとの事だった。

『そういえば、どうしてテレパシーが使えるのに授業中に話しかけて来なかったの?』

『だって、急に頭の中に声が響いたらびっくりしちゃうでしょう』

『それは、そうだけれど……だったら、授業の合間にでも話しかけてくれれば良かったのに』

『……私にも都合がある、ということよ』

 その「都合」がどんなものなのか、当時の巴マミには分からなかった。もしかしたら、まるで酸を垂らしたように彼女の周りにだけ人が寄り集まらないこの現状と、何かしらの関連があるのではと考えて、思い直した。誰しも、探られたくない過去の一つや二つはある。それが些細な悪戯なのか、あるいは社会の中で生きていけなくなるほどのおおごとなのか、それは人に依るのだろうけれど。

 マミは、古文などという現代社会を生き抜くのに全く必要が無いと思えるその教科書を鞄に仕舞い込むと、まるでそれが義務であるかのように周囲の人に笑顔と挨拶を振り撒き、教室を出た。当然、クラスメイトの仲間たちは挨拶を返してくれる。さようなら、巴さん。また明日、と。

 そんな言葉のやり取りがあるだけで、巴マミの心は綻んだ。こちらへと向けられる笑顔。当然の事としてなされる挨拶。それが、ああ、自分はこのクラスに属しているのだ、という安心感に繋がる。

 マミは、魔法少女だ。一般人が持ち得ない異能の力を行使し、ばけものと戦う事を使命付けられた、言葉の響きからは想像もできないほど過酷な宿命を背負わされた戦士。それでも、こうやってクラスメイトと気兼ねなく話したり軽く挨拶を交わすと、自分には仲間がいるのだと、張りつめた心が和らぐのだ。そして、その仲間を守るためならば、マミは自分がどこまでも強くなれる、そんな気がした。

 だからきっと、マミが常日頃から感じている「疎外感」などというものは。そう、きっと。

 きっと、ただの勘違い、思い違いに過ぎないのだろう。

 窓の外を見れば、空は青く、まだ日は高い。これから数時間をかけて魔女を探し、そして撃破しなければならない。それもすべて、皆のため、見滝原の平和を守るため。そう、自分に笑いかけてくれる、仲間たちのために。
18 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2012/05/05(土) 12:25:40.49 ID:r7NxxgN10
「お、来た来た!遅いよ、黄色いの!」

 下駄箱で待っていたのは、例の黒くて小さい、あの無礼な子――たしか名前は呉キリカといったか――だった。ニカッと笑う口から覗く鋭い八重歯とその童顔から、彼女がいったい何歳なのか見当がつかない。

 八重歯。

 いやがおうにも「あの子」を連想させる、かつて正義であろうとした、けれど心折れ堕ちた彼女の事を。髪の色も、目鼻立ちも体格だって違うはずなのに、おかしな話だと、巴マミは思った。

「美国さんは?」

 そう、昇降口で待っていてほしいと言ってきた彼女本人の姿が、どこにも見当たらないのだ。あれだけ人目を惹く容貌をしているのだから、近くにいればすぐにでも分かりそうなものなのに。

「まあ、そこはほら。色々な事情があるんだよ、こちらにも。悪いんだけれど、織莉子が待ってる所まで、付いて来てくれないかい?」

「それは良いのだけれど……」

 どうして、と口に出そうとして、呉キリカが制止する。

「キミも見ただろう、あの、ひどい有り様を。ひどい話だよね、織莉子はなんにも悪い事なんかしてないっていうのに。もちろん、私はそんなの知ったこっちゃないし、むしろそれで織莉子の悲しみを共有できるのなら、喜んで共に在ることだろう。……だけど織莉子は優しいから、私やキミに塁が及ぶことを恐れているんだ。あの悪意の矛先の、本来向けられるべきでない人にそれが及ぶのを」

「彼女に何があったというの。何故美国さんは、あんな――あんなひどい」

「知らない、というなら知らないままでいてくれないか。キミがその、悪意の視線を彼女に向けないという保証なんか、どこにだってありはしないんだから」

「……そんな事には、ならないわ」

 マミは当然のように反論する。彼女が何であれ、謂れのない罪で忌避されているのいうのなら、自分がそこに加担する理由などない。だがキリカは、諦念の染みた笑みを浮かべてそれを否定する。

「"絶対"なんてものはなかなかないんだよ、黄色いの。そう、私の、織莉子に対する愛以外には」

 そう、と言って、キリカは続ける。

「あれは、こんな風にあったかな昼下がりの事だよ。織莉子は私のためにわざわざケーキを焼いてくれたんだけど――」

 これを皮切りとして、呉キリカは「自分がどれだけ織莉子を愛しているか」という事の証明を始めた。要するにそれは、グラニュー糖の塊に砂糖をまぶしたようなものではあったのだが。
19 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2012/05/05(土) 12:26:56.42 ID:r7NxxgN10
――――――――――
――――――
――

 彼女はひっそりと佇んでいた。両手を回しても抱えきれないほどの大樹の裏にひっそりと、その気配を大気中に溶け込ませ、静謐に、まるで存在しないようにそこに在った。

「お、り、こー!」

 だがそんな静かな在りようも、ただ一人の少女の前には無力だったようだ。先の会話からここに至るまでの数十分間、キリカによる惚気話を散々に聞かされたマミは若干辟易としていて、これでようやくそれから解放されるのだと思うと晴れ晴れとした気分になるほどだった。

 昼の時と同じように、キリカは織莉子の胸へと顔を埋めて甘えていた。におい、という最も強く生理的な影響を与えてくる感覚を用いて、脳に直接「美国織莉子」という存在を刻み込んでいるかのようようだ。人目も憚らず、つまりはマミの視線なんかお構いなしに、キリカはすんすん織莉子のにおいを全力で堪能していた。

 一方織莉子はと言えば、今回は汗のにおいを理由とした拒否などをせず、動物のように自らに甘えてくる少女の頭を「良い子、良い子」と撫でさすっていた。それは「受け容れる」、受容というものから若干外れたものであるかのように、マミには思われた。つまり、織莉子の方がキリカを求めているのではないかという。

「……仲が良いのね」

 これほどまでの仲を見せつけられたマミの脳裏に、どうしようもない邪推が出来上がっていった。彼女の知らない世界、縁遠い領域。一般の女子と同じくかっこいい男の子に憧れを抱く初心なマミからしてみれば、こんな百合百合しい世界は全くの未知だったのだ。

 その、本来のマミならば唾棄してしまうような思考、邪推の一端が、口を衝いて出た。言外に、ちょっと仲が良すぎるのではないか、という意味を含んで。

「ええ、そうよ。私たちは、愛し合っているの」

「そういう訳さ。私はね、好き、なんて言葉じゃ表現できないくらい、織莉子を愛しているんだ」

「そして私も同じように、キリカの事を愛しているの。とっても――そう、とっても大事な子なのよ」

 キリカはいつの間にやら顔を胸から離し、織莉子のからだを抱きしめていた。少しだけ背伸びして、織莉子の耳元、吐息が触れるくらいの近距離で、まるで見せつけるかのように愛の言葉を紡ぐ。織莉子も同様に、キリカの耳元で愛の言葉を囁く。

 マミは心を抉られた気分になった。自分には愛すべき対象など、愛してくれる存在などいはしないのだと、突きつけられているようで。

 たとえそれが同性愛であろうと、あるいはそれがただのマミの思い違いで実際ただの濃い友人関係に留まっているものであるのだとしても、こうまで深く身を寄せ合える仲にあるこの二人の姿を見せつけられて、マミは己の寂しい姿を想起せずにはおられなかった。マンションの一室で、身綺麗に、けれど訪ねてくる者など誰もおらず、ひっそりと一人で食べる夕食を思い出して、心臓を締め付けられるような思いがした。

 違う、と心の中で否定する。

 私には友達がいる。クラスメイトが、笑いかければ笑みを返してくれる仲間が。魔法少女などではなくとも、確かに友達がいるのだと、マミは自分に言い聞かせた。いつも感じている僅かな疎外感を、心に蓋をして圧し殺した。

「……と、いつまでもこうしていたいのはやまやまだけれど、そうもいかないわね。魔女を倒しに行かなければ」

 そんなマミの心中を知ってか知らずか、美国織莉子は、例のどこまでも慈愛に満ちた微笑みを浮かべながら、マミに話しかけてきた。

「えー、ずっとこうしていたいんだけれどなぁ……」

「もう、あとでいくらでもこうしてあげるから。だから――ほら、巴さんも待たせてしまっている事だし」

「分かった……絶対だよ?」

「もちろんよ!」

「そういう事で……行きましょうか、魔女の所まで。ね、巴さん」

「……ええ」

 手をつないで歩き出した二人を前に、マミは口中に苦いものが広がっていくのを感じた。

 自分はずっと一人で戦ってきたというのに、この違いはなんなのだろう。どうして彼女らはあんなに仲睦まじくしていて、私はこうまで寂しくしていなければならないのだろう。

 底冷えするような昏い感情が己の心を占めていくことに、この時ばかりは、マミはあまりにも無頓着だった。
20 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2012/05/05(土) 12:27:48.27 ID:r7NxxgN10
 歩き始めてから一言も口を利かなかった織莉子が、唐突に口を開いた。

「その予知は絶対のものではないのだけれど、当る確率は、とても高い。殆どの場合に当る、と言ってしまっても良いかしら。とにかく、私はその能力を使って、魔女の発生地点をほぼ確実に当てる事が出来る」

「"ほぼ"っていうのは……つまり外れることもある、ということ?」

「ええ、もちろん。百パーセントの物事なんてそうはないもの。私が予知できるのは、"このままの状態で未来が進行していった場合"に生じる出来事よ。その未来へと向かう過程で、誰かが不意に予測不可能の事をしてしまったら――その未来は全く別のものになってしまうかもしれない」

「じゃあ、その精度というのは――こう言っては失礼だけれど、それほどアテにならないものなんじゃ」

「……黄色いの、それは織莉子と私に喧嘩を――」

「そうね。不確定要素が含まれることで、予知された未来はいとも簡単に変わってしまう、それは事実よ。けれど、私の未来予知というものはそういった"不意に為される不確定要素"をも包含して行われるの。つまりそれは、それが客観的には不確定要素ではあっても、私の能力からしてみれば既に確定された事象だということ」

「だから、織莉子の予知っていうのは殆ど確実なものなんだ!あんまりふざけた事を言うと、たとえこれから盟友になろうという相手でも刻まざるをえないよ!」

「ありがとう、キリカ。でも、巴さんに悪気はないわ。だから、その爪は仕舞っておいて、ね?」

「う〜ん……織莉子が言うなら……分かった、今度だけは許すからね!織莉子の寛大な心に感謝してくれよ、黄色いの!」

 確かに、それはそうだろう。5分先の事を予知したとして、2分先に風が吹いてその予知を覆すような事があっては話にならない、それではまるで欠陥品だ。彼女がその言の通り高精度の未来予知を実現させているのならば、その過程で生じる何事かをも勘案していなければならない。

 手の甲から生じた禍々しい紫紺の爪剣をしまいつつ、キリカはその代わりに口を尖らせていた。

「じゃあ、その"外れる"場合というのは」

「その未来を変えようと、誰かが積極的に活動した場合よ」

「美国さんの予知した未来を知って?」

「そう。私の予知した未来はほとんど確定されたもので、それを捻じ曲げるには意図的な干渉が必要なの。そしてそれこそが私の目的でもあるの。来たるべき災厄から、私の世界を守るために。そのためだけに、今の私は動いている」

「――ワルプルギスの夜……それほど強大だと言うの……」

「ええ、もちろん、それもあるわ。彼女の力はまさに圧倒的で、見滝原と、その周辺区域を破壊し尽してなお余りある力を秘めている。……けれどそれは、結局の所ほんの引き鉄に過ぎないの。本当の破滅は、真の絶望は、その後にやって来る。そして私は、その絶望を予知してしまった」

「その絶望は、ワルプルギスの夜をも凌ぐと……?」

「馬鹿げた冗談のように聞こえるかもしれないけれど、少なくとも予知で視たビジョンではそうだった。……私たちは、過去を変える事は出来ない。過去によって作られた今も、同じこと。今の私たちにできるのは、せいぜい未来に備え、最悪の自体をぎりぎりで逸らす程度。いえ、それすらも不可能かもしれない。あの災厄はあまりにも大きくて、ほとんど起こるのが決まってしまっていると言っても良い。でも、私の予知が外れることもある以上は、そのわずかな可能性を胸に挑むしかない。世界を――そう、私たちの世界を守るために」

「そしてその一環として、私に近づいた、と」

「端的に言ってしまえば、そういうことになってしまうわね。……ごめんなさい、こちらの思惑に乗せる形になってしまって」

「いえ、良いのよ。ワルプルギスの夜が来ることも教えてもらったことだし――」

 それに、と言いかけようとして、その言葉はキリカに阻まれることになった。彼女に言いたい事を阻まれるのはこれで二度目だ。これまでの純粋そのものの言動を鑑みるに、彼女に他意は無いのだろう。だがそれでも、こうやって口上を阻まれるのは良い気がしない。

 マミの心の中に、再び昏い火が灯った。先まで織莉子と話していて、だいぶ落ち着いてきたというのに。

「着いたよ。多分ここが――織莉子が予知した場所、なんじゃないかな」

 そこはマミの知らない場所だった。恐らくは見滝原の郊外、さらにその端の端。再開発の行き届いていない、時代に取り残された場所だった。ものやひとが移動する、ただそのためだけの存在、輸送の路、「道路」という名がまさに相応しいその道に面した、たった一軒のあばら家。それが、キリカの指した場所だった。

「ちょっと待ってね……そう、あれ、あれよ。あの場所に、今から15分後に魔女の結界が発生するわ」

 織莉子は、こめかみに指を当てて考えるようなポーズをとった。恐らく、予知で視た光景を脳裏に再現しているのだろう。

「たしかに、不気味な場所ね。魔女じゃなくて、おばけも出そう」

「そちらの方が困るわね。魔女なら倒せるけれど、おばけ――幽霊や妖怪の類だったら、果たして魔法少女の力が通用するかどうか」

「大丈夫さ。最後に勝つのは、私たちの愛なんだからね!」

「うふ、そうね……」
21 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2012/05/05(土) 12:28:17.77 ID:r7NxxgN10
 ここにおいてもいちゃつき始めた二人に苛立ちを感じながら、マミはあばら家に近づいていく。この苛立ちの正体は、いったいなんなのだろう。ついぞ感じた事のない、彼女ら――いや違う、「彼女」へと向けられた感情、それは。

 そのあばら家の状態は、とてもひどいものだった。木造のそれは造りも古く、割れた窓ガラスと桟に溜まった砂埃が、長年人が棲んではいない事を物語っている。近くにでかい道路があるせいだろうか、ひどくふすぐれ、全世界の雨雲をこの一点に凝縮したように壁面は汚れ果てている。

 そこは、まさに廃墟だった。

「魔女が現れるまでもうしばらくかかる事だし、少し、この魔女の性質について話しておきましょうか」

 美国織莉子の予知というものはひどく便利なものだった。およそ最近現れるだろう魔女の居場所、性質、攻撃方法まで予測できてしまうのだから。織莉子は苦笑いしながら「外すこともある」と言ったが、それでもこうまで精確な予言をできるというのは、恐らくは敵に回れば恐ろしく厄介なことになるだろう。戦う前から手の内が丸見えなのだから、これほど性質の悪いことはない。

「でも、どうしてこんな所に魔女が現れるのかしら。確かにこの家は気味が悪いけれど、ここはひと――車の通りも多いみたいなのに。貴女も知っているでしょうけど、魔女は普通人気のない、陰気な場所に現れるものと相場が決まっているのに」

 こうしている間にも、大小さまざまな車がこの四車線の道路を行き来している。排気ガスをまき散らし、NOxだかSOxだかを空気中に拡散させながら、アスファルトを踏みつけて走っていく。とかく日本という国は、車が多い。その全てを道路に置いたなら、一割が海に落ちるてしまうのではないかというくらいに。

 マミは、車がそれほど好きではない。嫌でもあの日の事を思い出してしまうから。

「あれ、でしょうね」

 美国織莉子の指さす方向――十字路の端には、白い花が捧げられていた。

 マミは、絶句した。

「私の能力で見滝原の至る所をサーチした結果分かったのだけれど、どうやら魔女は場所を選ばないようね。彼女らは各々に適した場所を選んで、そこを狩場にするだけみたい。人の滅多に立ち寄らない場所を好むのも事実だけれど、中にはこういった、騒々しいのを好む輩もいるにはいる。それに、陰の気自体は場所に関係なく溜まるもののようだし」

「織莉子に言われて確認してみたんだけれど、どうやらこの場所は、3年前に初めて起こった事故を機に年間事故発生数が跳ね上がっているらしいんだ。その時から魔女がいたのか、それから魔女が居つくようになったのか、それは判然としないことだけどね」

「ご存じの通り、魔女は人間の負の感情エネルギーを喰らって自らの糧とする。人間を襲うのはそのための一手段に過ぎないわ。人間の死ぬ間際に出す絶望は、きっととても大きなものになるでしょうから。でももし、直接ひとを襲わず間接的な影響だけで感情エネルギーを入手できるなら――彼女らにとってもそちらの方が都合が良いでしょうね、自分の縄張りを移動し続ければ良いだけのことだもの。魔法少女に妨害を受ける可能性もずっと低くなる。もっとも、私にはそんなの通用しないのだけれど」

「……」

「私が魔法少女になって、今日でちょうど1週間になるわ。キリカは、5日ね。その間に倒した魔女の数は、累計で4体。うち3体が、より能率的に人間から感情を搾取する手段を用いていた。彼女らには知恵が――もちろんそれは本能的なものなのでしょうけれど、確かに存在しているわ」

「その残った1体というのは――」

「人間を殺すことに愉悦を感じる、最低な魔女だったよ。今思い出しても胃がむかむかしてくるね」

「……詳しくは聞かない事にしておくわ」

「うん、その方が賢明だよ、黄色」

「……そろそろ名前を覚えてくれないかしら?」

「やだよメンドくさい」

「……」

 どこまでも失礼な少女だと思った。少なくとも、これから仲間になろうという人物へ向けるべき対応の仕方ではない。

 こんな娘が、なぜああも完璧な彼女と一緒にいるのだろうか、愛されているのだろうか。マミは不思議でならない。

「さて……そろそろお出ましのようね。巴さん、用意をしておきましょう。キリカ、いつも通りに、ね」

「うん!」

 廃屋の、恐らくは居間にあたる場所に、空間の歪みが生じ始めた。目視せずとも伝わってくる禍々しい邪気は、確かに魔女のそれだった。

「ええ、行きましょう」

 学年は同じでも、魔法少女としてのキャリアは自分の圧倒的に方が上だ。なら、少しくらい先輩らしいところを見せても良いだろう。

 マミは、既に彼女らに、より正確に言えば美国織莉子に、既にかなりの信を置き始めていた。彼女は包み隠さず話す。そしてその喋り方も、とても心に染みるものだった。

 マミが織莉子の由来を知っていたならば、その理由も腑に落ちたかもしれない。そしてもっと警戒心を持っていたかもしれない。

 織莉子の話しぶりは彼女の父親そっくりで、まさにそれは、人の心に訴えかける"演説家のしゃべり"そのものだったのだから。
22 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2012/05/05(土) 12:33:49.69 ID:r7NxxgN10
第1話以上。
ずっと孤独に戦ってたのに、目の前でリア充どもがいちゃついてたらそりゃ腹立つよね、というお話。
結構書いたつもりだったのに、書き込んでみたらたった5レスだったでござる。

タイトルにある通り第一話はプロローグ的なもので、次回から織莉子ちゃん視点での本編開始です。
質問にはネタバレにならない程度に答えていこうと思っています。
その他、ここの書式をこう直したらよい、こちらのほうが読みやすい、とかそういうのがあったら遠慮せずに言ってやってください。

>>16
次のお話でその辺りを明かそうと思っているので、ちょっと答えられません。
どうぞご容赦を……
23 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/05/05(土) 12:34:19.00 ID:r7NxxgN10
上げるの忘れてたから上げておきます
24 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/05/05(土) 12:50:39.97 ID:WcAd00cno
乙!
織莉子キリカはああ言ってるけど、なんか企んでるじゃないかなと思っちゃう
やっぱラスボス系だからかな
25 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/05(土) 12:52:06.87 ID:VEt4VweRo
>>マミは、古文などという現代社会を生き抜くのに全く必要が無いと思える

マミさんの厨二っぷりをこっち方面で表現するSSは初めて見た

26 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/05(土) 13:24:20.63 ID:sRfeQhWco
もうちょっと適度に改行入れたら読みやすくなると思います!
27 :ヤンデレ大好きなので [sage]:2012/05/05(土) 14:17:20.67 ID:ZIMMsOKAO
支援
28 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府) [sage]:2012/05/05(土) 14:48:06.07 ID:I6xT3QRx0
織莉子とマミのいちゃいちゃにちょっと期待
29 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/05(土) 17:32:23.28 ID:SRdXqOjIO
織莉子を美国さん呼びしても織莉子もキリカも直したりしないのはやはりただのビジネスパートナー程度にしか見てないからだったりする?それともマミが呼ぶのに自然だから?
30 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/05/05(土) 19:20:37.19 ID:r7NxxgN10
>>24,29
織莉子が何を企んでいるのか、どういった気持ちでマミに接しているのか。
その辺りの思惑の一切を、次回で明かそうと思っています。
あくまで織莉子ちゃんが「主人公・主役」です。
どういった"織莉子"なのかは、まだ秘密ですけれど。

>>26
まだ読みにくいですか……
むぅ、もっと試行錯誤しなくては。

そうそう、物語の展開上、杏子ちゃんがかなりひどい目に遭います。
聖女な杏子ちゃんが好きで好きでたまらない方は、読むのを控えた方が良いかも知れません。
31 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/05(土) 22:03:27.93 ID:cP3D6Teo0
人によって環境が違うので何とも言えませんが

「私が魔法少女になって、今日でちょうど1週間になるわ。キリカは、5日ね。その間に倒した魔女の数は、累計で4体。うち3体が、より能率的に人間から感情を搾取する手段を用いていた。彼女らには知恵が――もちろんそれは本能的なものなのでしょうけれど、確かに存在しているわ」

火狐で最大化だと、上の文はうちのPCの画面では“存在して”までがずらずらと一文で並んでしまう訳で
それが読み辛い、というのはあります

「私が魔法少女になって、今日でちょうど1週間になるわ。キリカは、5日ね。
 その間に倒した魔女の数は、累計で4体。うち3体が、より能率的に人間から感情を搾取する手段を用いていた。
 彼女らには知恵が――もちろんそれは本能的なものなのでしょうけれど、確かに存在しているわ」

こんな感じに改行して貰えると、読み易くなるかも
あくまで個人的な意見ですが
32 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) [sage]:2012/05/06(日) 01:42:24.08 ID:M7vrYSxmo
>>31
確かに改行はあった方がいいけど、その前に専ブラを導入した方が読みやすくなるかも
33 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/05/06(日) 02:03:19.65 ID:N0hSG6NUo
專ブラだと、強いて言うほどには気にならないかな
34 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/05/06(日) 16:35:32.86 ID:bqvJRWTXo
>>31
おお、そんなやり方が。
次回から取り入れてみます、アドバイスありがとう。
35 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) :2012/05/19(土) 15:50:44.81 ID:oO9qLT0Vo





#2. だれかさんのおもいで





36 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/05/19(土) 15:51:13.91 ID:oO9qLT0Vo





 先ず初めに言っておかなくちゃいけない事がある。
それはつまり、これは美国織莉子の物語だってことを認識しておいてほしいということ。




 彼女が何を思い、何を考え、どのように行動したのか。
そして迎えた顛末というのが、どういったものだったのか。




 美国織莉子という個人が、確かにこの世界に存在したという証明。
それを語る事で、きっと貴女の知りたい事が見えてくると思うんだ。




37 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [saga]:2012/05/19(土) 15:52:47.89 ID:oO9qLT0Vo
 美国家は良家だ。名家とも言う。どっちでも良いけどね。

 もっとも、始めからそうだったわけじゃない。
どうやら明治維新前にはそこら辺のうだつの上がらない木端役人だったみたいで、武士の面目を保つために汲々としてたようだ。

 そんな美国家が変わったのは明治維新と、西欧列強に抗する為の殖産興業がきっかけだった。

 知っての通り殖産興業は、明治政府が軽工業――生糸の生産輸出を主体として国力の増強を図ろうとした試みだ。
この辺りでもその動きは盛んだったようで、今でも「見滝原リヨン」なんて生糸の銘柄が伝わっているくらい、質の良い品を作っていたみたいだ。

 当然、ただ作るだけじゃ、製造業はなりたたない。原材料供給業者や売り子だって必要だ。
でも、あの時代もっとも必要とされたのは、信州で作られた蚕の繭を群馬へと移送し、出来た絹糸を横浜の港へと運ぶ運送屋だった。

 もちろん、当時は自動車なんて洒落たものは日本には無い。
さまざまな品質保持のためのテクノロジーが発達した今と違って、せっかく製造できた良質の生糸を汚さず劣化もさせずに運ぶというのは、当時としてはなかなかに面倒な問題だった。

 そこに名乗り出たのが、時の美国家当主・美国貴臣だった。もっとも、その時はまだ当主なんて言うほど仰々しい立場じゃなかったみたいだけど。

 ここら辺で彼が取った手法については面倒だから省こう。とにかく彼はいろいろと手を打って、巧い事やった。そして一代にして、巨万の富を得た。
今でもある美国邸の白い色っていうのは、実は蚕の繭の色を象徴したものなんだ。
あんなでかい邸宅をあの時代に建ててしまったんだ、彼の才能は凄まじかったんだろうね。

 問題はその後だった。養蚕業っていうのは、実は今に伝わるほどボロい稼業じゃない、相場の変動に大きく左右されてしまう、とても博打性の高い仕事だったんだ。
それでも、当時の人たちにとってはある程度の現金収入はありがたいものだったと見えて、かなりの人が懲りずに手を出し続けたみたいだ。

 美国家もそのあおりを受けて、しかも残念なことに貴臣の後継はそれほど商才には恵まれていなかった。
家業としていた運輸業も他の家にお株を奪われて、結果、美国家は凋落の一途を辿ることになってしまった。
挙句付けられたのが、「格式ばかりの貧乏屋敷」だ。時代の流れって、残酷なものだね。
38 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/05/19(土) 15:55:10.91 ID:oO9qLT0Vo
 転機は、いつだって突然に訪れる。
今から2代前の当主・美国由臣は、とても人の心を掴むのが上手い人だった。そして人を見る目もあった。要は、とても政治家向きの人物だったんだね。

 太平洋戦争が終わって復員してきた由臣は、若い事から意識的に築いてきた人脈をフルに活用してこの辺りの新興事業に多額の融資を行った。
お金は、支那――今の中国でがっぽりふんだくってきた品を換金して得たものだ。

 こう言うと、彼がとても非道い悪党のように思われるかもしれないけれど、実際の所略奪をはたらいてきたわけじゃない。
当時の適正なレートで、きちんとした手続きを経て購入してきたものだった、後々になって文句を言われないようにするためにね。

 そして彼は、利息で増えた資金を元手に国政に打って出て、初出馬で見事に当選した。

 言わなくっても分かるだろう。
後援会を組織し、地元に利益を誘導し、地元有力者からの支援を取り付ける。
由臣は、そんな古い手法を用いるタイプ政治家だった。

 実際、彼は古い時代の人だし、それしかやりようが無かったというのも、また事実だ。
今の視点からそれをとやかく言うのも、またナンセンスなことだろう。
当時はそれでうまく回っていたんだから。

 地縁や人脈は深く根付き、由臣と地元有力者とでギブ&テイクな互恵関係が出来上がった。
高度経済成長華やかなりし頃の、古き良き時代の政治態勢が敷かれていたわけだ。
そんな金権政治の権化たる由臣の背を見て育ったからだろうか、少なくとも彼の息子は、そういった政治の在り方を反面教師として見て取ったようだ。

 由臣の息子・美国久臣は、それまでとは打って変わった方針を掲げた。
旧来型の恩顧契約的な選挙態勢からの脱却を標榜し、クリーンな政治を目指して国政に打って出たんだ。

 彼はそれまで支援してきた地元の有力者たちよりも、そこらへんを歩いている一般市民から指示を受ける事を望んだ。
数少ない有力者たちの支持では意味が無い、より多くの「大衆」から支持を受け、そしてその結果として当選すること。
それが、彼の考えた正しい政治家の在りようだった。

 そんな久臣の選挙姿勢は、当時の人々にとってはたいそうセンセーショナルなものだったと見えて、彼は父親の代では考えられないような票を得て、初出馬で当選した。
彼の望みは、着実な一歩目を見たのさ。

 美国織莉子が生まれたのは、そんなさなかのことだった。
39 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [saga]:2012/05/19(土) 15:56:29.17 ID:oO9qLT0Vo

 織莉子。

 名付けたのは、母親だ。

 「織」はもちろん、糸を紡いだり機を織ったりすること。
美国家の成り立ちから考えれば、その意味が良く分かるだろう。美国家が一代で財を成したように、その人生に幸あれ、ってところか。

 「莉」っていうのはジャスミンのことだ。
その花言葉は、実直さ、可憐さ、そして、妖艶さ。美しく真っ直ぐ育って欲しい、という願いの表れだった。

 名付けた母親は織莉子が3歳の頃に死んでしまったけれど、その名に込められた祈りは、織莉子の人生に確実なものとして作用していた。

 織莉子は、世のため人のため、という父の教え――公への奉仕をインプットされ、また名門一族としての美国家の看板を背負い、常に完璧であることを求められた。

 織莉子の父・久臣は良く口にしていたものだ。

「私の仕事はね、みんなが幸せになれるよう、この国を変えていくことなんだ。もちろん、織莉子の幸せの為にもね」

 皆の為に社会へ奉仕する父、世の中を良くする為に頑張る父。
街宣車の上から腐敗した政治の是正を呼びかける久臣の姿は、幼少の織莉子にとって何よりも誇らしいものだった。

 織莉子は、そんな誇らしい父のため、そして彼女自身が世の中の役に立つためという目的意識の下、周囲の要求に能く応えた。
40 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [saga]:2012/05/19(土) 15:57:14.31 ID:oO9qLT0Vo
 睡眠時間を削って勉強するのは当たり前、そのおかげで小・中と勉学の成績はトップを維持した。
コミュニケーション能力を磨き、事務処理能力を向上させ、中学では一年生の時から生徒会に入り主要な役職に就いた。
2年生後半からは、その実力が認められて生徒会長に抜擢されるほどだ。

 もちろん、その努力は学校の中でだけのものではなかった。完璧なお嬢様として存在するためには、洗練された所作が必要だ。
歩き方、座り方、襖の開け方、ドアの開き方、靴の脱ぎ方。
一般人なんかじゃ堅苦しくて投げ出してしまうようなその作法を織莉子は喜んで身体に刻み、ごく自然な動きとして完成させるまでに至った。

 他にも、美国家の一人娘たるもの無芸じゃだめだって言って、いろいろな稽古に血道を挙げたりもした。
華道、弓道、合気道、薙刀、琴、エトセトラ、エトセトラ。彼女はそのいずれにおいても高い成績を挙げた。

 そんなにまでぎっしりと詰まったスケジュールだ、彼女には遊ぶ暇なんか無かった。
でも彼女は、それで全てが良かった。
「美国のために」というプライドと、世のため人のため。それを実現させようとする父の一助として、自らをひとえに完璧と為すこと。
それこそが、美国織莉子の喜びだったからだ。

 そして、事実。彼女は極めて完璧に近かった。

 父の大事な客が来た時のことだった。

 織莉子は、ちょうど客の茶が冷めてくる頃合いを見計らって新しく注ぎに出向いた。
ただ言われたことを諾々とこなすだけでは完璧とは言えない。そういった心遣いというものが出来なければ、美国家の令嬢とは到底言えない。
だから織莉子は誰も気付かないような些細な事にさえ気を利かせ、まめな仕事をこなした。

「いやはや、さすが美国くんの娘さんだ」

 初老の、恰幅の良い彼は言った。

「これからも、父上の名に恥じぬよう頑張りたまえ」

 織莉子は、天にも昇るような気持ちになった。
自らが「美国」に相応しい存在であると認められることは、彼女にとって何よりの褒め言葉だった。
そしてそれは、そのまま彼女の「美国」という名を背負った事への誇らしさへと繋がったんだ。


 ――ほら、あの人よ。生徒会長で学年トップの、美国織莉子さん。

 ――なんて美しい方かしら。あの方とお茶をご一緒してみたいわ。

 ――美国会長は我が校の誇りですわ。


 だから彼女はいつだって有頂天だった。
美国の血統と、公への奉仕と、完璧であるべく努力する自分。
それらの全てが他者から認められ、称賛されること。
父であれ、学友であれ、そうされることこそが、織莉子の全ての努力の原動力だったんだ。
41 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [saga]:2012/05/19(土) 15:58:26.86 ID:oO9qLT0Vo

 ある朝の事だ。

 その日もいつものように、織莉子は朝食を携えて父の書斎へと向かった。
真鍮で装飾された古いトレーの上に乗っかったトーストとハムエッグ、濃いめのコーヒーにシュガーとミルクを添えた、胃の腑に血が行きすぎないための簡素な食事。
ただし使われている食材はどれもがそこそこ高級な、名家のプライドと経済的負担の双方を妥当する品々だった。

 朝食を作るのは織莉子の役目だ。
皆の幸福の為に日夜汗水を垂らしてはたらく父、母の死後、男手ひとつで自分を育ててくれた父の為だ、何を惜しむ必要があるだろう。
織莉子は、一日24時間に割り振られたあまりにも少ない自分の自由にできる時間を、父に作る食事の勉強に費やした。

 その日はスクランブルエッグにしようかサニーサイドエッグにしようかを悩んだ末に、ハムが何枚か余っていたことに気付いて、織莉子はハムエッグを作ることにした。
時にはウィンナーソーセージを焼くこともあったけれど、大抵は簡素な、けれど出来る限り小味を効かせた玉子料理を作るのがほとんどだった。

 そうやって出来たほやほやと湯気を立てる食事を脇の卓に置いて、織莉子はドアをノックした。
けれど、どういう訳か返事がない。
決まりの良い久臣の事だ、この時間には絶対に目が覚めているはずなのに、礼を失するほどのノックを叩き込んだって、父からの応答は返ってこなかった。

 織莉子は思った、ああ、最近のお父様は疲れが溜まってらっしゃるようだし、きっとお寝坊をなさったんだわって。
だったら起こさなくちゃ、だってお父様は今日もお仕事なのだし。でも今度の休日には、ゆっくりお体を休められるよう、身の回りの事は私がやらなくっちゃ、てね。

 ドアノブを回して、扉を押そうとした。
でも今度は、訳が分からない事に、まるで何かに引っかかってしまったかのように扉が動かない。
42 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [saga]:2012/05/19(土) 15:59:59.90 ID:oO9qLT0Vo
 重い木の板で作られた扉はある程度まではスムースに動くから、立てつけが悪くなったという訳でもなさそうだ。
じゃあ、どうして扉が動かないのだろう、少なくとも昨日の朝はきちんと開いたはずだ。

 織莉子は手荒なことが好きじゃなかった。
でも、こうまで厄介な扉にはそうも言ってはいられない。
仕方なく力を込めて、ふんっ、という掛け声とともに扉を前へと押しやった。

 すると織莉子は、ノブの下の辺りに良く見知ったものがぶら下がっていたのが分かった。
白髪交じりのオールバック。昨日の夕食(それを作るのもまた織莉子の役目だ)でも見た、父の頭だ。

 なぜ父がそんな所でいるのか。
そう言えば、昨日の彼は随分と深酒をしていた。お気に入りのスコッチを何杯も空け、彼にしては珍しく顔を真っ赤にして酔っていた。
織莉子は何回も、父の酔いどれ具合に注意を促した、もう、お父様ったら飲みすぎですわよ、と。
久臣はたいそう良い気分になっていたようで、まぁ、偶には良いだろう、と言って笑っていた。

 きっとあの後すぐに寝てしまったのね。もうお父様ったら、これじゃ風邪をひいてしまいますわよ、そう言おうとして何かかがおかしい事に、織莉子は気が付いた。
いや、気が付いてしまったと言うべきだろうか。

 そう、久臣は"ぶら下がって"いた。ドアに寄り掛かるのでももたれ掛かるのでもなく、"ぶら下がって"いる。

 そうと気付いた瞬間に、むっと鼻をつくような臭いが織莉子を襲った。
それは糞尿の臭いと、その中に微かに混ざった――まるで甘い果実が熟れすぎて腐り果てたかのような死臭だった。

「お、父様……?」

 織莉子はゆっくりと、部屋に足を踏み入れた。
より一層強くなった異臭に堪らず、純白のハンカチで口を押えながら。

 先ず目に付いたのは、久臣と織莉子の母が婚約の記念に撮った、大判の写真だった。
父と、それに寄り添う母が微笑む、そんな写真だ。

43 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [saga]:2012/05/19(土) 16:01:02.42 ID:oO9qLT0Vo
 織莉子がこの写真を知ったのは小学校高学年に上がってからのことだった。正確には、この絵が飾られた父の書斎に入ったのが、と言うべきか。
と言うのも、高価な調度品で彩られたこの部屋全体の資産価値というものはかなり大きく、そこに分別のないガキンチョが入ってきて荒らし回られたら困る、というわけだ。
過去にそういった事が幾度かあったのか、幼少の子はこの部屋に入れさせてはならない、というのが美国家に古くからあるルールだった。

 11歳の誕生日を迎えた日、織莉子は初めてこの部屋に入る事を許された。
母の死から8年目の夏休み、7月28日のことだった。

「ご覧、織莉子。あれが、織莉子のお母さんなんだよ」

 家に、母の写真はいくつかあった。
けれど、それは「美国の家に嫁いだ女」でしかなく、織莉子の母そのものを写した写真というものはたった一枚とて存在しなかったのだ。
織莉子が初めて見る、「母」の姿。彼女がこれほど自然に笑う事が出来たのだという事実を、織莉子は知らずにいた。

「絹江は――織莉子のお母さんはね、本当に綺麗で、優しい人だったんだ。
 私がみんなのために頑張れているのは、織莉子の幸せと、お母さんが天国で安らかにいられますようにって言う、二つの支えがあるからなんだよ」


 その写真を正面にして、久臣は死んでいた。
酒を多飲し、首を括り、ドアノブからだらりとぶら下がって死んでいた。

 弛緩した肉体は大と小の両方の便を欲しいままに垂れ流し、強烈な異臭を放っている。上等なスラックスは汚れきって見る影もない。
鬱血し紫色の風船を思わせる顔は、やはり身体の他の部位と同じくして弛み無表情を決め込んでいる。
半分だけ開いた眼は濁ってしまっているのか上を向いているのか、真っ白で何も映してはいない。
黒くなった唇の間からは顔と同じ色になった舌がだらりと垂れていて、どことなく不定形の水棲生物のような雰囲気を醸し出していた。

 頸部の圧迫による酸素と血流の停滞、そんなこれ以上ないくらいに簡潔な仕組みが、美国久臣を死に至らしめていた。
44 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [saga]:2012/05/19(土) 16:01:44.48 ID:oO9qLT0Vo
 人間の希薄になった原始的感覚は、まだ同族の死を明瞭に知覚できる程度には鈍磨しきってはいなかったようだ。
更に色を濃くし始めた死臭が、その事実を織莉子の本能に突き付ける。

 でも織莉子の脳は、それをそうと認識することを拒絶した。
大部分の人間がそうであるように、彼女もまた卑近な者の死をそう簡単には受け入れる事が出来なかったわけだ。

 お父様が死んでいる、まさか。
そうよ、お茶目なお父様の事だもの、偶にはこうやっておふざけになる事だってあるに違いないわ。

 織莉子はそう自分に言い聞かせながら、父の肩を揺すった。
けれどその肩は酷く冷たく、そしてぞっとするくらい硬かった。

 死後硬直と体温低下、そして揺すったことにより放たれたより濃密な死の臭いにより、父の死と言う残酷な現実が、本能の垣根を越え彼女の認識にまで到達する。

「あ、あぁ……ぁああああっ……!」

 認めたくない、認められない、お父様が死んでしまったなんて。
お父様、お父様、お父様、お父様……!

 そうやって叫んだのを最後に、美国織莉子の意識はフェードアウトした。
そのままフェードアウトしっぱなしだったなら、それは彼女にとってどれほど幸せなことだっただろう。
少なくとも世界最後の日まで、過酷な運命に翻弄される事はなかったのだから。
45 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [saga]:2012/05/19(土) 16:03:53.20 ID:oO9qLT0Vo
以上、第二話前半でした。
見滝原のモデルは前橋と聞いて、その辺りの名士なら養蚕で身を立てたのかなぁ、と思ったので、こんな設定になりました。
語り部と聞き手はまだ秘密、うふふ。
46 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/19(土) 18:10:30.67 ID:e7Vs9snco
……織莉子がドア開けたことがトドメだったら欝いな……
いや、死後の姿見る限りあり得ないのはわかってるけど
47 :以下、VIPPERに代わりましてGUNMARがお送りします [saga sage]:2012/05/20(日) 03:13:29.34 ID:BMh2zevz0
とても読み易い、のみならず読ませる小説。
引き込まれるのは改行の仕方だけではなくて、軽妙な語り口や豊富な語彙から来る表現力の所為でもあると思う。
正直、俺も自室に引き篭もってshitしてるわ(この文章に)。
48 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2012/05/20(日) 14:47:40.24 ID:Jdmnkfsdo
文章に引き込まれるのもあるけど、
キリカがこんなにちゃんとキリカしてるSSは貴重
これはもう楽しみにするしかないじゃない
49 : ◆qaCCdKXLNw [saga]:2012/06/07(木) 01:15:59.07 ID:gQCy6oSp0
だいぶ間が開きましたが、これより投下いたします
ついでに識別として鳥付けてみるテスト
50 : ◆qaCCdKXLNw [saga]:2012/06/07(木) 01:16:50.34 ID:gQCy6oSp0
 3人は暗がりの中を歩いた。先頭はキリカで真ん中が織莉子、後ろには巴マミが尾いている。
どろどろとねばついた汚水が膝上まである排水溝のような真っ暗闇のトンネルで、織莉子の創りだした水晶球がランタンのように輝いている。
当然、全員の衣装は既にぐちゃぐちゃで、白、黒、黄色を基調としたそれぞれの格好は見るも無残な有様と成り果てていた。

 嗚咽しそうな臭気に全員が顔をしかめる。
この状況に悪態の一つも突きたくなるのが人情というものだろうけど、残念ながらそんな事をすれば口いっぱいにこの色すら付いていそうな悪臭を取り込むことになる。
テレパシーを用いて意思疎通を図るまでもなくそれは共通認識として全員の意識に在り、そのせいで全員は終始無口だった。使い魔は、まだ出ていない。

 遥か向こうにトンネルの終わりが見え始めた頃合いになって織莉子が口を開いた。どこから出したのかハンカチで鼻を押さえながらのことだった。

「今回は、基本的には私たちに任せて欲しいの」

「どうして?3人もいれば、大抵の魔女は楽に倒せるでしょうに……」

「乱戦になって、そのどさくさに紛れて貴女を攻撃しようとしていると、思われたくはないの。未だ貴女は私たちに信を置いてはいない。
 貴女と協力を結ぶためには必要な事だと考えるわ」

「けれど、やっぱり心配だわ、まだ1週間かそこらなんでしょう?
 ちょっとした油断がそのまま死に繋がるのが魔法少女なのよ、2人のチームとはいえ、魔法少女としてのキャリアの長い私が、ただ黙って見ているというのも……」

 マミは食い下がった。というのも、この二人の強い絆を見るにつけ、マミの中にしようのない疎外感が生まれていったからだ。

 マミはこの二人に混ざりたいと思った。
道中キリカが喧伝したように、素晴らしい芳香の漂う薔薇の園に、愚にもつかない事で笑いあいたいと思ったからだ。

 巴マミという人間が、他者にこれほどに執着することはとても珍しい事だった。

「ハッ、あんまり見くびらないで欲しいね、黄色!織莉子の魔法と、私の魔法、二つが合わさった私たちは無敵なんだ、そうそうやられはしない!」

「確かに、未だ私たちはキャリアが短い。生まれたての雛が、お尻に卵殻をくっ付けたまま動き回っているような状態ね。
 それでも、その雛鳥たちは試行錯誤してどうにか生き延びようとしているわ。過大な評価はもちろん危険だけれど、あまり過小評価されるのも面白くないものなのよ。
 ……私たちは、冷静に、そして出来る限り合理的に、魔女を狩ろうとしてきた。けれど客観的には、少なくとも先達の目線から言ってどの程度の位置にいるのかは分からない。
 今回貴女に戦闘の不参加を要請するのは、それを見て評価してもらう、という狙いもあるの。
 それに、貴女が私たちの戦いぶりを客観的に見るという事は即ち、貴女が私たちの戦闘の欠陥を見つける事にも繋がるわ。
 もし貴女が私たちと敵対しようと言うのなら、その穴を突けば良い」

「……そうまでして、私の信頼を得たいというの?自分たちの弱点を曝け出してまで?」

「でなければ"あれ"を阻止する事はできない。絶望の夜を超えるには、どうしても貴女と言う存在が必要なの。
 私たちは貴女に、敵意がない事、裏切るつもりなどない事を証明する必要がある」
51 : ◆qaCCdKXLNw [saga]:2012/06/07(木) 01:17:39.22 ID:gQCy6oSp0
 結界内部は荒涼としていた。
スクリーンのような滑らかさを持ったビルディングがいくつもそびえ、それらは胸を締めるような圧迫感を伴って通路の両側に在った。
その窓は墨で塗ったかのように真っ黒で、虚無が口を開けているというよりもむしろ画用紙に色を付けたように何の立体感も無かった。
歩く地面はやはりスクリーンのような滑らかさを持った一枚板で、土とアスファルトと草とがコンピュータ・グラフィックスのようにのっぺらとした質感を放っている。

 この場にいる全員がテレビゲームをした事が無かったがために誰も知る事はなかったんだけど、実の所この空間は一昔前のコンピュータ・ゲームの街頭風景にそっくりだった。

「キリカ、11時と3時の方向に敵が現れるわ。動きは緩慢だから、戦闘態勢をとる前に始末してしまいましょう」

「おっけーい、ヤってくる!」

 ビルディングからわらわら湧き出してくる使い魔たちは、出来の悪いポリゴンテクスチャを適当に張り付けたような、見る人が見ればノスタルジーな感情を喚起させられるだろう輩だ。
モノクロの使い魔は確かに人の形をしてはいたけれど、それらはどれも平面の板をでたらめに貼り合わせたような歪な形状をしていて、動きもかくかくとひどく機械的で背筋が冷たくなるようだった。
それらは箱をいくつか組み合わせた、恐らくは銃を模しているのだろう筒を構えようとして、軒並みキリカによって斬り飛ばされた。

「2時と6時、それと4時よ」

「りょぉーかーい」

 キリカは織莉子の指示に従い、まるで知覚できない速度で敵へと向かい、そして次の瞬間にはやはり知覚できない速度で帰ってきた。
使い魔たちはハチの巣をつついたようにわらわらと溢れ出て銃口を向けるけれど、それらの末路は一様で、キリカの凶爪でみじん切りにされ四散するさだめにあった。

 二人は無駄口を全く叩かず、戦闘に必要な事務的な事柄だけを伝え合っているかのように思われた、少なくともマミには。
だが実際にはそんな事は全くなく、彼女ら二人きりだけの専用回線を用い、それは暢気な会話を交わし合っていた。

『見事ね、今日は帰ったら東風堂のチョコレートケーキが待ってるわ』

『わーい、織莉子、愛してるぅ!』

『チョコレートケーキに合う紅茶って、何だったかしら……』

『何だってかまわないけどねー、私は。織莉子が作ったものなら、何だってグローリアスさ』

『そうもいかないわ、時間は無限に有限だもの。その限られた時間の中で、貴女とは出来るだけ美味しいお茶を楽しみたいのよ』

『う……いや、それは私の考え足らずだったよ。織莉子ってば、やっぱり素敵だなぁ』

『もう、そんなに褒められたら何かしないわけにはいかないわね……そうだ、今日の夕ご飯はキリカの大好きな、ミートソース・スパゲティにしましょう』

『お、お、お……!それは素晴らしい、最高だ!織莉子のミートソース、なんて甘美な響きなんだ!』

『うふふ、喜んで貰えて嬉しいわ』
52 : ◆qaCCdKXLNw [saga]:2012/06/07(木) 01:18:29.43 ID:gQCy6oSp0
 ふつう魔法少女は、遠隔の仲間たちとの意思疎通手段としてテレパシーを用いる。
この場合で言うテレパシーというのは、先ず伝えたいと思った思念をキュウべえが拾い上げ対象へと送り届ける、キュウべえを必ず介する遠隔意思機構だ。
それは言うなればサーバーを介したメールの送受信のようなもので、その内容は他者に、そして何よりもサーバー役のキュウべえには筒抜けとなってしまう。

 美国織莉子と呉キリカはそれを疎んじた。
互いの想いを伝え合うのに第三者の介入は必要ない――どころか、それは二人にしてみれば積極的に切り捨てて然るべき忌み物で、あってはならないことだった。
それで、二人はキュウべえを介さない独自の意思疎通システムを構築する事にした、というわけだ。

 今二人が使っているこの専用回線は二人のソウルジェム間での情報をダイレクトにやり取りするマンツーマンなもので、トランシーバーが互いの発する電波で使用者どうしのやり取りするのに似ている。
これを用いることで、彼女らは、少なくとも他の魔法少女に傍受されることはない極めて秘匿性の高い会話が出来るようになった。
それは魔法少女なら誰でも出来る魔法の簡易な応用の在り方だったけれど、織莉子は自身の能力を応用することでこのシステムを構築していたために、伝えることの出来る音声と感情の解像度は、一般的な魔法少女たちのそれと比べても抜きん出てクリアと言えた。

 何ものにも侵される事のないサンクチュアリとしての専用チャンネル。
二人だけの、至って排他的な世界が展開されていることに、もちろん巴マミは気づいてはいない。

「アレ、だね、このフィールドのボスさんは。あー、早いとこケリ付けて、織莉子と一緒にお茶したいなー」

「あんまり油断しちゃだめよ?魔法少女の大先輩の前で、あんまりみっともない姿を晒すわけにはいかないわ。
 ――私だって、キリカがひどい目に遭う姿なんか見たくないもの……」

「……今の言葉で、私の中の僅かな慢心すらをも消え去ったよ。ありがとう、織莉子、心配してくれて!」

「当然よ。だって、貴女は私の大事なひとなんだもの……」

 ボス部屋を前にして、専用回線を用いず実際の行為として、肩を寄せ合っていちゃつき始めた織莉子とキリカに苛立ったように――実際に苛立って、マミは注意を促すことにした。
パンパンと両手を叩きながら、声を張り上げて、

「さ、仲がよいのは良い事だけれど、今は魔女退治の時間なのよ?早く、行きましょう」

「そうね。さ、キリカも」

「うん!」

 マミの感じる疎外感はより一層強くなった、どうやってもこの二人の作り出す環の内に参加することはできないのだと。
それでいて、彼女らは協力を申し出ている。これ以上ないくらいに下手に出つつ、自らの無害さをアピールしながら。

 マミは、彼女らが何を考えているのか分からなかった。
滅びを回避する、それは事実だろう。ワルプルギスの夜が到来するのはキュウべえの言葉からも明らかだし、彼女らがそれに抗するため戦力を結集しようとするのも当然の事だ。

 だがそのお題目の下に隠された真意が、マミには分からなかった。
美国織莉子の言葉は常に真実で、しかしなにがしかの含みが持たされている。

 彼女らの狙いは別にある。決して、油断してはならない相手だ。

 巴マミは冷静にそう考えた。だが同時に、自分が美国織莉子に心惹かれているという事にも気が付いていた。
彼女を信用したい、初めて自分の事を「魔法少女の仲間」として話しかけてくれた、彼女の事を。

 美国織莉子の存在は、驚くほどの勢いでマミの心を侵していった。
53 : ◆qaCCdKXLNw [saga]:2012/06/07(木) 01:19:18.25 ID:gQCy6oSp0
***

 キリカの爪が扉を斬り飛ばすと、その先は先ほどまでの市街地とは打って変わったコロッセオのようなドーム状空間だった。
住居を砲撃して吹き飛ばした跡のような石壁がそこかしこに点在していて、まるで墓標のように地に暗い影を落としている。

 中央には2メートル半はあろうかという巨躯の"男"がいた。それは片膝を立てて座り、異様な圧力を放っている。
いちいちそれと認識する必要などなく、魔法少女として植えつけられた知覚能力が"それ"を魔女であると告げる。
魔"女"という存在に疑問符を投げかけるその存在は、さっきまでの出来そこないのポリゴン群たちとは違い滑らかなデザインのパワードスーツらしきものを纏っており、見た事もない未来的な銃器を全身に装備していた。

 彼と形容すべきか彼女と称すべきか悩ましいそれは、このドームへの侵入者の姿を見るなり立ち上がると歓喜するかのように手を広げ空を仰ぎ、3人に向けてビシッと指をさした。
どうやら親の教育がなっていないらしい。

「――――、――。――――!」

 そいつがおよそ人間には理解不能な声を上げると、周囲に点在していた石壁から一斉にポリゴンにポリゴンが半身を出し、とてもではないが銃には見えない棒切れを構え、発砲を始めた。
ドガガッ、でもなくパァン、でもなく、ピコピコという玩具のような電子音が辺りに響き、放たれた真ん丸な弾丸が石壁を削る。

 織莉子はあらかじめの予知でそいつが第一撃を浴びせようとしてくるのを察知していて、一番近くそれでいて頑丈そうな石壁を掩体として用い、銃撃の雨霰から身を隠した。
相方にもその事は専用チャンネルを使って伝達済みで、キリカは織莉子と同じ石壁へと退避し、最愛の人の傍らに身を寄せた。
マミはと言えば、さすがは熟練の魔法少女、魔女が奇声を上げた瞬間にはもう二人とは別の掩体へと退避をすませていた。

 恐らくはつるべ撃ちにしているのだろう、銃声――と称するのもおこがましいピコピコ音は延々と続く。
掩体替わりの石壁はごりごりと削られていって、じきにインベーダーゲームの終盤のような穴ぼこだらけの瓦礫塊へと成り果てるだろう。
もちろんその時には、シャワーのように降り注ぐ弾丸の群れ群れにより若き魔法少女たちの身体は瞬時に消え失せ、後には血と肉の霧だけが残ることになる。

 織莉子には、「このまま何もしなかった場合のビジョン」としての自らの死がはっきりと見えていた。
まず弾丸は右肩を穿ち、その回転力を遺憾なく活かしながら肩口から先を吹き飛ばし右肺にまで至る大穴を空ける。
次に腹にぽっかりと穴が生じ、その次には頭部が消失する。
寸毫のちに掩体が崩れ去り、遮る物のなくなった弾丸たちは狂暴な威力で織莉子の身体をミンチ以下のナニカへと変える。
傍らに控えるキリカにしても同じようなもので、あと数分のちには二人そろってあの世行きとなるのは間違いない。

 そして織莉子は、その未来を塗り替えるために動き出す。

『キリカ、あの女性(ひと)と私たちの壁に極時間遅延領域を展開させて壁を強化、それでしばらくは保つわ。
私が"網"を張るから、貴女は奴らを好きに刻んでね。あとは万事打ち合わせ通りにすること。
不測の事態が有るようなら、その時はこちらから連絡するわ』

『おっけーい、黄色には何て?』

『制止を求めるわ。今回は私たちに任せてもらう約束だもの』

 鉄の暴風が吹き荒れるさなか、マミはテレパシーで織莉子に呼びかけようとしていた。
マミならば、リボンを用いて魔女もろとも使い魔を拘束し、あとは砲撃を浴びせるだけで終わる相手だ。
排水溝での約束を反故する形にはなるが、それが一番妥当なやりかただと考えたのだ。

 しかし、

(巴さん)

(美国さん!?大丈夫なの!?)

(ええ、平気よ、この程度ならばね。それと今回は、約束通りにこちらでやらせてもらうわ)

(でも、あの魔女は――)

(新米魔法少女の手には余る相手、あるいは私たちの能力の特性上相性が悪い相手、そう言いたいのでしょう?)

(……ええ。美国さんの魔法は未来予知だし、呉さんの魔法は――分からないけれどそれほどの火力が出せるものではない。
 今そうやって隠れているのは手の打ちようがないから、そうではなくて?)
54 : ◆qaCCdKXLNw [saga]:2012/06/07(木) 01:19:50.40 ID:gQCy6oSp0
 ふ、と織莉子の笑う声が聞こえた気がした。

(そうね、"私"では到底無理な相手でしょう。
 私はキャパシティが特殊能力に偏ってしまっているせいで、お世辞にも高い攻撃能力を持っているとは言えないわ。
 キリカも特殊能力に重きを置いているタイプで、やはり火力は高くない)

(だったら――)

(けれど私たちは、お互いの能力を知り尽くした仲なの。何が出来て、何が出来ないのか。どんな性質で、どんな風に応用できるのかを知悉している。
 私たち二人が組んでいる限り、負けることはそうない――"ワルプルギスの夜"のような、絶対的に火力を必要とする相手以外は、ね)

 マミはなおも、自分があの魔女を倒すべきだと主張しようとした。
こうまでマミが我を通そうとするのは珍しい事で、マミ自身、それに驚きを禁じ得なかった。もう十分に、「美国織莉子」はマミの心を占める存在になってしまっていた。
そしてそれは、織莉子の思惑通りの展開だった。

 マミがさらなる主張を展開出来なかったのは、唐突な異音が辺りに響き渡ったせいだ。
硝子でできた草むらを歩き回るような、軽やかで高い音。時が止まったように静かになったこのバトルフィールドに、夏の夜に揺れる風鈴にも似た静謐な音だけが響いている。

 静かになった?

 ゆっくりと、マミは全霊の注意を払いながら使い魔たちの方に眼を遣った。
見れば連中は、どういうわけか"動きたくても動けない"といった体で何者かにより束縛されているようだった。
そしてゆっくりと、彼らはポージングを変化させられていた。

 極彩色のポリゴン体たちは微かに震えつつ、抗いがたい"ちから"によって銃口を下に向ける。
そんな状態で固定されてしまったせいで、もはや彼らの銃は役に立たなくなった。

 マミは視覚機能を拡張し、空間を占める魔力を可視化してみて、ひどく驚いた。

 それは糸だった。真っ白い、絹のように滑らかで艶やかな糸。
数えるのも億劫になるほどの本数の糸が、絡まり巻きつき締め上げ、そうして使い魔たちを束縛している。

 糸の生じている方へと目を向けていくと、それは美国織莉子だった。
織莉子の頭から植物の根のように伸びる魔力の糸、それが使い魔たちを拘束する不可視の"ちから"の正体だった。

(お気付きかしら、巴さん)

 息を呑むマミに、織莉子がテレパシーで語り掛ける。

(そう、これが私の能力の根源よ。
 私は見滝原とその周辺地域に魔力の糸を張り、情報を収集することが出来るの。
 集積された情報は私の頭蓋骨の内側に設置された魔力的なプロセッサで分析・処理され、現状で一番起きる確率の高い事象を私の脳裏に投影する。
 私が未来を知ることが出来るのは、厳密に言えば未来予知の能力などではなく、とっても精度の高い"演繹"のお蔭なの。
 私の能力とはつまり、広域範囲の精密な、そして的確な、情報収集能力であると言えるでしょう)

 織莉子は、この魔力糸を自身とキリカのソウルジェムとに直接接続することで大容量な情報の遣り取りを行っていた。
通常のテレパシーではオミットされてしまう、情動の波や細やかな口調の変化、具体的な思考などをロスすることなく、そしてジェムや肉体への負担など殆どなしに伝達する事の出来る手段。
二人の専用回線は、トランシーバーどころか糸電話だっだ。

 この専用チャンネルは織莉子とキリカの合作した特殊な魔力的波長を持っており、二人以外には決して見えないようになっている。
たとえ熟練の魔法少女であろうとも、二人の聖域にはおいそれと踏み込むことは出来ない、という事だ。
55 : ◆qaCCdKXLNw [saga]:2012/06/07(木) 01:20:44.31 ID:gQCy6oSp0
(私の武器は――結界の初めの方でも見せたように水晶球よ。
 けれど私は、私固有の能力の副次的な産物として、ある程度の強度を持った魔力糸をも操ることが出来る。
 頭からもこもこと糸が生えるだなんて少しみっともないのだけれど、生きるか死ぬかの戦いにそんなことは言っていられないものね)

 秘密の隠し事を開陳する幼子のようにはにかんだ口調で、織莉子は語る。

(残念ながら、そこで得た情報の殆どを私は直に見ることは出来ない、そんな事をしたら頭がパンクしちゃう。
 だから実際に何が因となり果を結ぶのか、それを知ることは適わないの。
 なぜ"ワルプルギスの夜"が現れるのか、どうして滅びを呼ぶ存在が現れようとしているのか、私に知る術はない。
 けれど私は、はっきりとした結果を知ることが出来る――"滅び"という結果が。
 ――今のままでは、間違いなく滅びが訪れるわ。一度起きてしまえばもはや抗う事の適わない絶望が、醒めない悪夢が、確実にやって来る。
 だから私は、私自身の能力が高精度に予測する"結果"を否定するために、貴女に協力を要請した、というわけなの)

 良いの、とマミは訊いた。

(貴女はキュウべえに暴かれるまで、自分の能力を隠しておこうとしたわ。それなのに、こうして貴女の全てを私に教えてしまっている。
 私と会って以来ずっと慎重に動いている貴女らしくない……)

(言ったでしょう、私は直に情報を見ることはできない、と。
 私はキュウべえに「仲間を集めたい」と言ったわ。そこで紹介されたのが貴女よ、巴さん。
 けれど貴女が、本当のところどんな人となりをしていて、何を信条に魔法少女をやっているのか、それを把握することは私には出来ない事だったの。
 だから実際に会って、確かめてみる必要があった、貴女が信頼に値する人物なのかどうか、をね)

(私は――)

(そう、私は貴女――巴さんを、とても正義感の強い、信頼に値する魔法少女だと判断したわ。
 貴女になら、私たちは信頼を預け共に歩んでいくことが出来る。
 私が能力を明かしたのは、つまりそういう事なの)

 石壁の向こう側ではキリカが乱舞している。両手に装着された紫に光る半透明のブレードが煌めいて、使い魔だけを的確に切り刻んでいく。

「おなかすいたなー。織莉子、早く話終わんないかなー……」

 専用回線により、織莉子とマミの会話はキリカに筒抜けだった。
動けない使い魔たちを織莉子の予測した時間いっぱいかけて始末するのが、今回のキリカの役目だった。
織莉子の計画した"ワルプルギスの夜"への対抗策の第一段階は、まず彼女を手に入れることだった。

 長期間を生き抜いたベテランであり、状況分析能力に優れ、また申し分のない火力を持つ巴マミ。
彼女を欠いて"ワルプルギスの夜"を迎える事はできない、美国織莉子はそう判断した。



 この作戦を立案した時、織莉子はキリカに言った。

「彼女は――巴マミは歯車の軸なのよ。この地の魔法少女たちは、彼女を中心に廻る、良かれ悪しかれ。
 彼女を手にすれば、自ずと戦力は結集される。私たちは、集まった子たちの利害を調節し、なんとか"あれ"が来るまで保たせる事よ」

「ふーん……めんどくさいなぁ、私はもっと、織莉子と一緒に居たいんだけどなぁ……」

「……面倒は私も承知よ。けれど、ね?キリカ、私たちは生きなければならないの。
 魔法少女となった私たちに残された時間は、あまりにも少ない。無限の時間の中に切り取られた一瞬の生を、私たちは享受するしかない。
 だからこそ、私たちは取り組まなければならないの。逆に言えば、この一ヶ月さえ超えてしまえば、私たちは残された時間を有意義かつ平穏に生きることが出来るのよ」

「お楽しみの前のお預けタイムってこと?」

 キリカは両手をグーにして自分の胸の前に持ってきた。犬の真似だ。
織莉子はくすりと笑った。

「そういうこと、よ」

 織莉子はキリカの頭を慈しみと共に撫で、キリカは眼を閉じ微笑んだ。

56 : ◆qaCCdKXLNw [saga]:2012/06/07(木) 01:21:44.13 ID:gQCy6oSp0
 結界が崩れ去る。
織莉子が話を終えて数秒後のことだった。
キリカの、本来は3つの爪は一枚に畳まれ二回りほど大きなブレードと化し、魔女だか魔男だか分からない風貌のそれを唐竹割にした。

 刹那、世界はぐにゃりと歪む。

 "魔女"という観測者の欠落に、彼女の意識のみから生み出されし独立した世界――"魔女の結界"は耐えることが出来ない。
穴だらけの掩体も荘厳な天蓋も瓦礫の山も、全てが渦を巻き縮こまねじ曲がり、ついには弾けて消えた。
後に残るのは、「自らが自らである」事を観測できる生者と、辛うじて自意識を得るに至った使い魔だけだ。

 これはつまり、魔女結界内部でその毒牙に掛かった犠牲者たちは、決して死体が残ることなくこの世から消え去ってしまう事を意味している。
もちろん、現実世界での事故を装った所業ではその限りじゃない。
でも、世界各地で発生している行方不明事件の何割かは、確実に魔女の手によるものだと断言できる。

「お疲れ様、巴さん。――良く頑張ったわね、キリカ。お疲れ様」

 織莉子はキリカの額に口づけた。
明らかに平均を下回る身長のキリカに、こちらは平均を上回る体躯の織莉子がするのだから、これは恋人どうしと言うよりは寧ろ一周回って親子のようだった。

「えっへへ、どういたしましてー」

「私は何もしていないのだけれど……」

 マミは苦笑いする。
この新米たちは予想以上に"やる"。
織莉子は直接戦闘に参加したわけでもないし、またちらりと見た程度だが、キリカは未だ荒削りな動きをしている。
それでもこの1週間程度のキャリアにして、織莉子が語ったような周到な自己分析が功を奏しているのだろう、彼女らはその時々のすべき事柄をきっちりと把握していた。

 彼女らのコンビネーションは完璧に近く、万一魔法少女どうしの戦いに巻き込まれてしまったとしても、そうそうやられることはないだろうと思われた。

 織莉子の語ったところによると、呉キリカの能力は「時間の鈍行再生」であるらしい。
限定領域化に限られてしまうがその効果はてきめんで、織莉子自身の未来予測と相まって鉄壁の防御力と嵐のような攻撃性を持つ。
反面、両者ともに特殊能力に重きを置いたタイプで火力にまわす分の魔力がどうにも貧相になり、ある程度の質量を持った相手に対しては手も足も出せない、というのが現状であるとの問題意識もあった。

 つまりはマミが口なんか出さなくとも、彼女らは二人三脚で十二分にやっていけたのだ。

「新米の後見は骨が折れるものでしょう?私も、前の学校ではいろいろと大変だったわ」

「前の学校……」

 そう言えば、とマミは思い出す。彼女は転入生で、しかも今日は転校初日だったのだと。
彼女を初めて見た時に見惚れてしまったのと、昼食のセンセーショナルなやり取りと、そして魔女結界内部での出来事と。
今日と言う日があまりにも濃いものだったがために、織莉子がそうである事をマミはすっかり忘れていた。
57 : ◆qaCCdKXLNw [saga]:2012/06/07(木) 01:22:24.11 ID:gQCy6oSp0
「貴女も感じているでしょうけれど、私、学校ではあまり立場が良くないの。
 そこでお願いなのだけれど、巴さんには、学校で私との接触を出来る限り絶ってもらいたいの。
 もちろん、テレパシーには応じるしメールだって大丈夫だけれど、直接話すのは遠慮して頂きたいわ」

「私は――」

そんなの気にしないわ、そう言いかけて、織莉子が制止する。

「貴女まで、私の巻き添えになってあんな視線を受ける必要はない、私はそう思うの
 皆が憧れ尊敬する"巴マミ"が、私みたいな鼻摘まみ者といっしょくたにされてしまうのは、私としても悲しいことだもの。
 積もる話は、放課後の魔女狩りで、お願い、巴さん」

 マミはとても悲しい気持ちになった。
誰かと話していてこれほど心躍る経験をしたことは、正直に言ってマミには無い。
"魔法少女"という同じ土俵の上で、これほど親しげに接してきた人物がいったい何処にいただろう。

 目につく魔法少女たちは軒並み敵で、心の底からはらからを欲していたマミにとって、「美国織莉子」という存在はまさに劇薬だった。
だからこそ、これから彼女と学生生活を送れない事に、マミの心は酷く沈んだのだった。
それが彼女の優しさから来るものであったのだとしても、悲しいものは悲しい。

「せっかく同じクラスなのに……」

「まぁ、そう落ち込むなよ黄色いの。私らは何処にも逃げないし隠れもしない。お昼はいつも屋上にいるから、なんなら会いに来れば良いさ。
 私は、誰の眼が有ろうと気にしないで、ただ織莉子を愛するだけだけどね」

 結界から出た時の夕焼け空は、いつの間にか群青に染まっていた。
呉キリカのソウルジェムにそっくりな色だった。

 通り道の繁華街ではネオンや街頭が煌めき、行き交う人々の喧騒に満ち溢れている。
この街を、人々を、自分"たち"は守っていけるのだ。そう、彼女と、彼女らと共に。
それはなんとも魅力的な話であるように、マミには思えた。

 あと少しだけ二人と、より正確に言えば織莉子と一緒にいたいと思って、マミは思わぬ行動に出た。

「あの……!」

 分岐で道を違え始めた二人に、マミは絞り出すような声を出した。

「もう、遅くてなんなのだけれど……良かったらお夕飯を一緒に、どうかしら……?」

 織莉子とキリカは一度顔を見合わせた。

「ええ、ご一緒させてもらうわ」

「仕方がないなぁ。私は腹ペコなんだ、美味しいのを頼むよ?」

 織莉子は微笑みながら、キリカははにかみながら言った。
58 : ◆qaCCdKXLNw [saga]:2012/06/07(木) 01:23:23.60 ID:gQCy6oSp0
***

 夜、雲は少なく、星々は瞬きを繰り返し二人のことを眺めている。
白い丸テーブルの上にはランプの火が揺らめいていて、それに従ってキリカの瞳がちらちらと小さな反射を返す。
織莉子は丁度良い按配になった湯をティーポットに注ぐと、少しだけ蒸らし、二人分のカップへと注いだ。

「うまくいったね」

「ええ、もう彼女はよほどの事が無い限り、私たちを疑いもしないでしょうね」

 キリカはジャムを紅茶に沈める。
音もなく茶色の液体に沈んだゲルは、スプーンに引っ掻き回され撹拌されて消え去った。

「いつ切り出そうか」

「まだ早いわね。信用を勝ち得たと言っても、所詮は入り口に立ったに過ぎないわ。
 彼女の主導権を"あいつ"から奪取するまでは、真実を明かすのは控えた方が良いと思うわ。
 ……"ワルプルギス"との戦いに影響が出るのも困りものだから、出来るだけ早い方が良いのも事実だけれどね」

「ヤワだなぁ、黄色も。
 たかだか"魔法少女が魔女"になる程度で、そう簡単にぶっ壊れてしまうだなんて」

「彼女は正義のヒーローを気取っているのよ。
 そのヒーローが、堕して絶望を齎す者になると言う事実は、彼女にしてみれば耐え難いものよ」

 キリカは紅茶に角砂糖を三つ投入した。
ジャムのせいでもうかなりの濃度になっていた紅茶は飽和してしまい、中途半端に溶けた砂糖がカップの底を占めた。

「ま、私はそんなの興味ないけどね。
 誰がどんなことを考えて動いていようが関係ない、私は織莉子さえいれば満足なんだから」

「ありがと、キリカ。
 ……自らの理由を喪失した彼女は、頼るべきものが必要になる。それが私たち、もっと言えば"私"ね。
 それを為した時、私は真に巴マミを掌握できる」

 にやり、とキリカは笑う。
常人には口に出来ないほどの甘さを誇るさっきの紅茶は、すでに飲み干されていた。

「けれど黄色は、私たちの楽園には必要ない」

「もちろん!私たちは、私たち以外を必要としないもの。
 異物は排除するに限るわ、それがどんなもの、ひとであれ」

 織莉子は微笑みながら、キリカにもう一杯の紅茶を注ぐ。
間髪入れず、キリカはそれにジャムと砂糖を突っ込んだ。

 白いテーブルに、白いランプ、白い椅子、白い月明かり。
辺りには色とりどりの薔薇が咲き誇っている。

 夜風が吹いて、長い銀髪が揺れた。

 夕食の時に交わした会話の内容は、碌に覚えていなかった。
つまりは至極どうでも良いことなのだ、彼女との会話など。
キリカも言っていたが、やはり不要な事に脳のリソースを割くのはバカらしいことだ。

 すべてが終わったその後で、巴マミにはノーを突きつけてやる必要があると織莉子は思った。
全身全霊で、巴マミという全存在を否定してやると、そう誓った。

 この場に似つかわしくない、まるで地の底で燻る鉛のような感情が、織莉子の胸を占めていた。

 キリカは専用回線を通じてその想いを共有すると、歓喜に打ち震えた。
織莉子が、これほどまでに自分の事を思ってくれていることに。



[つづく]
59 : ◆qaCCdKXLNw [saga]:2012/06/07(木) 01:24:45.14 ID:gQCy6oSp0
以上、第2話後半でした。
織莉子「彼女だけは許せない、絶対に」

なぜこれほどまでに織莉子がマミさん憎んでいるかと言うと……それは次回。
60 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/06/07(木) 02:18:15.15 ID:k6ufifwGo

マミさんがボロ雑巾化してしまうな…
61 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(兵庫県) [sage]:2012/06/07(木) 03:09:22.43 ID:9YfF2H0S0
乙です
織莉子さんがおりこ本編とは違うアプローチをしているので歩み寄りがあるかと思いきや、どうなってしまうのでしょう…
62 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) [sage]:2012/06/07(木) 20:28:58.79 ID:qIClxN/io
ここまで原作に忠実なおりキリがあったろうか
63 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/06/07(木) 21:02:52.22 ID:0eKP3AX4o
織莉子と一緒にいるキリカは可愛いなぁ

64 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東海) [sage]:2012/06/07(木) 21:35:09.35 ID:/6bcY1FAO
丁寧で読みやすくてなおかつわかりやすくて……
いいスレみつけた、乙
65 : ◆qaCCdKXLNw [saga]:2012/06/07(木) 21:38:05.44 ID:LNmBdZHG0
やっべぇ、レスに返信(というのも妙な表現ですが)するの忘れてた。
という事で、忘れてしまわないうちに前回と今回にお返事を返しておこうと思います。

>>46
それはないので安心してください。
トラウマにはなっているので、次回にはその辺りを描こうかな、と思っとります。

>>47
そう言っていただけるとありがたいです。
当方、NIPにスレ立てするのは初めての経験なので、実は画面の向こうではガッチガチに緊張していたりww
これからもよろしくお願いします

>>61
どうなるでしょう、うふふ。

>>48>>62
出来る限り原作に忠実に、そしてより病みっぽく、をコンセプトとしています。
ほむらで言う「もう誰にも頼らないモード」ですね、この二人の場合には「ただし相方は除く」と続きますが。
構想を練るにあたって色々なテーマを設定しましたが、このSSでは一貫して、過去をねつ造しつつ「美国織莉子」「呉キリカ」というキャラを掘り下げていく方向で、それらを盛り込んでいく予定です。

>>63
一緒にいなくても可愛いよ、よ!
66 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) [sage]:2012/06/07(木) 22:20:11.18 ID:7SbrWu5x0
マミさん一体なにをした・・・
織莉子さんのことだから江戸のかたきを長崎で討つようなことはないだろうし・・・

期待させてもらいます
67 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(兵庫県) [sage]:2012/06/29(金) 00:57:39.75 ID:y1U3b6of0
周期的にそろそろかな…
68 : ◆qaCCdKXLNw [saga]:2012/07/01(日) 10:22:47.41 ID:CrDlQ2SM0
生存報告。
もう少しだけお待ちください。

書きたいテーマに対して文章力が追いつかないという不測の事態が発生しまして、これまで四苦八苦しておりました。
山は越えたので、来週中には投下したいと思います。
69 : ◆qaCCdKXLNw [sage saga]:2012/07/17(火) 03:48:01.51 ID:yIkrPX160
 かつて、美国織莉子の世界は一つだった。
それは厳密に言えば二つだったのだけれど、両者は不可分で、それぞれが分かたれ難いものとして彼女の中に併存していた。

 一つ目は、世の中への奉仕、というやつだ。
幼い頃からそれを掲げ働いてきた父の後ろ姿を見てきたからだろうか、織莉子はずっとそれだけを胸に生きてきた。

 美国の善き娘として在り続けようとしたのも、不断の努力を続けたのも、全てはそれで世界が良くなると思っていたからだ。
もちろん、自分と言う存在がとても非力で、及ぼす影響もたかが知れているということくらい織莉子は知っていた。
だがそれでも、父の行う行為――善き世界を創るための行いの一助となれれば良い、そう考えて、織莉子はいつも生きてきたんだ。

 あまりにも無垢で、純粋で、言っちゃ悪いがお花畑な想いが、織莉子の原動力だったわけだ。

 二つ目は、父への愛情だった。
伴侶を早くに喪い、自らも国会議員と言う重責に在りながら、たっぷりの愛情を注ぎこんでくれた父に対する、この上ない想い。

 実の所、織莉子が父と過ごした年月と言うのは他の一般的な子供と比べてもそう多くない。
きちんと国会に参加し、国の行く末について議論し、務めをまっとうするのは国会議員としての最低条件で、その間は東京の国会議事堂に通い詰めとなる。
当然群馬県見滝原からえっちらおっちら毎日移動するわけにもいかず、東京で行われる長期間の国会会期中は、織莉子は広大な邸宅においてけぼりだった。
もちろん家にはお手伝いさんも何人か居たし、小さな子供を賢く育てるための教育もふんだんに行われたけれど、それでも寂しいものは寂しかった。

 だから地元に戻っている間に、父が過密なスケジュールを圧してまで自分と一緒に過ごす時間を設けてくれることが、織莉子には何よりも嬉しかったんだ。
何処へ行くわけでもない。ただ一緒の部屋でクッキーを摘まみながら紅茶を飲むだけの、些細な時間。
たったそれだけが、織莉子にとっては何ものにも代えがたい大切な時間だったんだ。

 ところが、父は死んだ。
首を括って、あっけなく。
あんなに醜い屍を晒して。

 織莉子は何が何だかわからなかった。
何故死んだ、どうして。

 気が付けば、織莉子は紺色の制服を着た警察関係者に聴取を受けていた。
父の書斎へと眼を遣ると、そこには黄色の立ち入り禁止テープが風情なくべたべたと貼り付けられていた。

 放心状態の織莉子からは何らも有益な情報が訊きだせないと判断したのか、聴取をしていた者は早々に引き揚げた。
警官たちもあらかた現場の整理が終わったのか、次々と器材をまとめて帰っていった。
後に残ったのは、テープの貼られていた粘着痕と父の死を記録した白い縁取り線のマーカーだけだった。

 織莉子の裡には失意の嵐が吹き荒れた。
凄まじい欠落感があった。まるで、本来身体の中に納まって然るべきはらわたが軒並み抜け落ちてしまったかのようだ。

 それは当然の事、織莉子にとって父・久臣の存在は拠って立つ存在意義の一つだったのだから。
その死が、織莉子に言いようのない喪失感を与えるのは必然だった。

 それでも、哀しいことに人間は慣れる生き物だ。
授業を欠席し、何日かして気持ちが落ち着いてくると、織莉子はどうにか心の整頓をすることができるようになった。

 そう、父は死んだ。でも自分は、こうして生きている。
では、遺された自分が為すべきこととはいったい何なのだろう。
それはきっと、父の志を、遺志を、継ぐことなのではないだろうか。
私は、お父様が為そうとした想い――世の中を良くするという願いを、受け継ぎ成し遂げるべきなのではないだろうか。

 それは、織莉子にとっての唯一の逃避先だった。

 「父」というとても重要なファクターを欠いて、織莉子が縋りついたのは残された自身の世界の片割れ、世の中への奉仕だった。
大脳を半分失った身体が、その生命を維持するために片方の脳だけで身体機能の全てを補おうと脳機能を肥大化させるように、織莉子は予め裡に抱えていた公共への奉仕に改めて軸足を置くことで、父の死からくる喪失感から立ち直ろうとしたわけだ。

 そうして、どうにか立ち直ろうとした織莉子を待っていたのは、嘲笑と罵声でしかなかった。

 昇降口から下駄箱に入り、教室へ向かう先々で、織莉子の背中には悪意の言葉と視線とが突き刺さった。
いったいこれはどうしたことだろう。織莉子は訳が分からなかった。

 織莉子は心の整理を付けるために、数日間の間失意に沈んでいた。
窓に鍵をかけ、カーテンを閉め、ベッドの上でシーツに包まりながら、父の死と自らの為すべきことについて自問自答を繰り返していた。
だから世間様で久臣の死がどのような報じられ方をしていたのか、知らなかったんだ。

 久臣が死んだ当日の、7時のテレビ・ニュースではこう報じた。

「本日未明、××党美国久臣議員が、自宅で首を吊っているのが確認されました。
 病院に搬送されましたが、本日14時に死亡が確認されました。
 美国議員には、以前から経費などの改竄による不正疑惑があり、警察は追及を逃れての自殺の可能性が高いと見ています――」

 それから数日の間、ワイドショーや週刊誌では久臣の死を面白おかしく吊るし上げることに専心した。
曰く、「饅頭議員」。外っ面が白くて中が真っ黒だから、こう呼んだのさ。
70 : ◆qaCCdKXLNw [sage saga]:2012/07/17(火) 03:50:14.68 ID:yIkrPX160
 そうした報道が、生前と死後とでの美国久臣の評価を一転させた。

 清廉潔白な新進気鋭の国会議員は、薄汚い税金泥棒の名を宛がわれた。
久臣の選挙姿勢はそのクリーンな政治を標榜してのイメージ戦略がその柱だったので、その痛手は一般的な国会議員よりももっとずっと大きかった。

 クリーンな政治を、クリーンな選挙を。そんな風に街頭で演説してきた久臣の言は虚構のものであるならば、つまり支持者にとってそれは裏切り行為に当たるものだったからだ。
そしてそんな支持者たちにしてみれば、織莉子もまた裏切り者と同じことだった。

 教室に入って織莉子は、自分の机の上に1冊の週刊誌が置いてあるのに気付いた。
ご丁寧にも久臣について書かれたのページが開いてあって、なかなかにセンセーショナルな見出しが全共闘時代のガリ版刷りポスターを思わせる荒々しいフォントで描かれている。

 ――饅頭議員・美国久臣、盗ったカネで華麗な生活!!

 そこには出所の怪しい情報や、恐らく裏すら取っていないようなデマゴーグまで、およそ考えられうる悪徳議員としての罪状がヒステリックに書き連ねてあった。
ジャーナリズムなどどこ吹く風だ。

 けれど、一般の大多数にとってことの真相などはどうでも良いようだった。
彼・彼女らにとっては眼に入った事柄、耳に聞こえた事象のみが真実で、それ以外の興味は持ち得なかった。

 織莉子が見ていた善き父・善き政治家としての美国久臣の姿など、そこにはどこにもなかった。
つくられた真実の独り歩きに、織莉子の心は酷く傷めつけられた。

 織莉子は父を信じたかった。だが、世界がそれを許さなかった。

 ――くすくす、よく学校に来れますわね。

 ――ずぶとい人ね、わが校の質が落ちてしまいますわ。

 ――盗人猛々しいって、この事を言うのね。

 ――くすくすくすくす。

 世界は織莉子の父を否定した。それは、父により与えられた世界への奉仕の心をも否定することを意味していた。
お前の意志はまがい物なのだ。お前の父の与えたそれは、虚構の上に成り立っていたものにすぎないのだ。
そんな否定が、頭ごなしに織莉子に与えられた。

 幾度も幾度も否定され、織莉子の心はまるでかき氷に湯でも注ぐかのように溶かされていった。
もしかしたら、父は本当に悪を為していたのではないか。悪を為していて、それがために、こうまで人様の怒りを買っているのではないか。
そんな心が、織莉子の裡に生まれ、根を張っていった。

 だとすれば、私の抱いているこの想いというのはいったいなんなのだろう。
世界に身を尽くしたいと思うこの想いは、誰かが言うように父のつくりだした嘘、まがい物に過ぎないというのだろうか。

 それは織莉子の縋りついた価値、世界への奉仕の意志に罅を打った。
蜘蛛の巣マークを形作って織莉子の裡に広がったそれは、瞬く間に深い亀裂となって織莉子の縋りついた価値を突き崩していった。

 脳は片一方が喪われても、きちんとした処置をすれば生命を維持することは可能らしい。だが、織莉子の場合には両方の大脳皮質が根こそぎ毟り取られた形になる。

 父と奉仕の心、その両方の喪失は、「美国織莉子」という人格を根底から揺るがす"おおごと"だったのだ。

71 : ◆qaCCdKXLNw [sage saga]:2012/07/17(火) 03:51:29.59 ID:yIkrPX160
 「美国織莉子」という存在を構築する二柱を喪った織莉子は、どうにかして自らを保つために、新しい価値観を必要とした。
自分にはいったい何が残されている。「わたし」という人間が依るべき価値は、自分にはどれだけ残っている。

 再び縋りつくものの必要性に駆られた織莉子が最後に選んだのは、あまりにも簡単な答えだった。

 それは、美国織莉子は美国織莉子である、という当たり前すぎる事実だ。

 その普通の人間であるならば一度は考え、そして結局は行き詰って思考を放棄するに至る当たり前すぎるそのことを、その実織莉子は一度も考えたことがなかった。

 織莉子は、行動を迷ったことが無かった。
それと言うのも、彼女には常に自明な目的が与えられていて、それに向かって動いていればいつだって万事が上手くいったからだ。

 その目的とは、何度も繰り返すようで悪いけれど「公共への奉仕」だ。
織莉子はその方法論として、父のために在り、善き娘として在り続けたわけだ。

 世に尽くす父に尽くすこととは、それ即ち世に尽くすことなり。
とてもシンプルな思考だ。

 ところが、肝心要の父・久臣が汚職疑惑で死んでしまったものだから、織莉子には拠って立つ基盤を新たに作り直す必要が出てきた。
織莉子のニ柱――愛した父親の死、その父から叩き込まれてきた理念の否定、それらに替わる別の屋台骨が。

 けれど、残念ながら織莉子は「公共奉仕」以外には、自分の価値を体現する方法を知らなかった。

 それに、その公共への想いというものは織莉子という歴史そのものを形作ってきた代物でもある。
ずって胸に抱いて生きてきたそれを今更になって捨てるわけにもいかない。その放棄は、即ち現在の織莉子自身の自己否定にも繋がるのだから。

 人間というのは歴史そのものだ。
彼、ないし彼女の歩んできた一瞬一瞬の積み重ねが、「今」という彼・彼女を構築するすべてになる。
その一切合財を否定することは、今の自分が今の自分でなくなることだ。

 散々周囲の人間たちから己の価値観を否定されまくった織莉子は、こと自分自身でその価値観を否定するつもりにはなれなかった。
薄々感づいていたのだろう、自分自身がその価値観を否定してしまった時、そこに訪れるのは紛れもない自我の崩壊であるのだということを。

 そんなわけで、世間様からこっぴどく叩かれたにも関わらず、織莉子は「公共への奉仕」を胸に抱き続けるしかなかったのだ。

 もちろん、父から受け継いだそれ自体を保持し続けるほど織莉子は無謀ではない。
織莉子が考え付いたのは、父の唱えたそれが虚構であろうが真であろうが関係なく活きる、そんな価値観だ。

 つまり、私は私である。私は世のため人のために生きたいと思う。
父・久臣の言は嘘八百であったかもしれないが、私の抱くこの想いというものは真のものである。
なぜなら、私は私で、少なくとも父とは別の人間であるからだ。

 織莉子が初めて自分自身について意識したのはこの瞬間だったかもしれない。
誰かのために、何かのために、織莉子は常に生きてきた。そこに織莉子自身は存在しない。
前を見据え続ける眼球が己自身の姿を捉えることができないように、織莉子にとっての自分とはそういったものだった。

 拠り所を奪われて、眼を裡へと向けて、初めて視えたのが自分の姿であったとは何とも皮肉な話だが、それは織莉子にとっては僥倖だった。
なんだ、簡単なことじゃないか。私はまだ世に尽くせる。父に尽くす形ではなく、私自身の行動という形で。

 もちろん、そんなものは付け焼刃の自意識だ。必要に迫られ、急ごしらえに据え付けた、プレハブなんかよりもずっと簡素な自意識だ。
けれど織莉子にしてみれば、もはやそれだけがたったひとつの拠り所だったというのも事実で、袋小路にはまり込んだ自分をなんとか奮い立たせるのにはそれしかなかったのだった。

 そんな今にもへし折れてしまいそうなか細い支柱を心の中心に据え、織莉子は実生活を開始することにした。
既に二度、織莉子はレゾンデートルを奪われている。もうこれ以上はなにかを奪われることはないだろうという、祈りにも似た楽観もあった。
これ以上なにかを否定されたならば、もう自分はきっと立ち上がることはできない、その恐怖心に蓋をして、織莉子は舞い戻った。

 今までの自分を否定した、けれど今以て縋りつくしかない、織莉子を取り巻くその世界へ。
そして結局、2度あることは3度あるのだった。
72 : ◆qaCCdKXLNw [saga]:2012/07/17(火) 03:52:43.94 ID:yIkrPX16o
 織莉子が学校へ行くと、彼女の席は無かった。学級名簿には、織莉子の名は無かった。
生徒会長には、ついこの間までは副会長をやっている娘の名があった。実直で、織莉子をよく慕ってくれていた子だった。

 信じられなかった。何が起こったのか分からなかった。
急いで職員室に向かうと、汚いものを見る目が送られ、

「昨日、除籍通知を送ったはずですが。遅くとも、今朝早くには届いているはずですよ」

 地面が崩れた気した気がした。失墜感、それ以外の言葉が見当たらなかった。
なぜですか、そう叫んでいた。なぜ、父のことで私が除籍されなければならないのですか。

「わが校に犯罪者の娘が居る、それ自体が許されないことなのです。
 貴女が一分一秒いれば、その分だけ白女の質が落ちます。当然の処分と言えるでしょう。
 心配せずとも、既に他校への転入手続きは済ませてあります。来週からはそちらの方に通うようにしてください」

 そうして織莉子は放り出された。
努力して、努力して、一度きりのチャンスをものにして入学することが出来た、誰もが憧れる白女の学校から。
さらに努力して常に学年一位を独走し続けた学力も、一年の頃から作り上げてきたコネクションを駆使しての生徒会長の任も、すべて無かったことにされて。

 為す術なく、帰るため校内を歩く織莉子の耳に届いたのは、この間と殆ど変わらない嘲笑と嫌悪の視線だった。

 税金泥棒の娘、汚職政治家の子、汚らわしい美国。大体にして、こんな内容だった。

 それを背中で聞くうちに、織莉子は気付いた。
つまり、今まで自分の周囲に在り続けた人々にとって「美国織莉子」とは、「美国の娘」に過ぎなかったのだと。

 その言葉は、織莉子に向けられたものではなかった。その視線は、織莉子に向けられたものではなかった。その笑みは、織莉子のためを思ってのものではなかった。
全ては織莉子の姓、「美国」の名、その権威が齎したものだった。

 彼女が美国だったから、織莉子は白女中学に入れた。美国だったから、生徒会長になれた。織莉子が何でもソツなくこなせるのは、彼女が美国の出だからだ。

 美国だから、織莉子は犯罪者なのだ。美国の娘だから、織莉子は汚らわしいのだ。美国だから、滅されるべき悪なのだ。

 織莉子はずっと、美国の善き娘であろうとした。それが世のため人のためになると思っていたからだ。
皮肉なことに、そうやって善き娘であろうとした織莉子の行動は全て美国の名の下に帰結し、「美国織莉子」と「美国」を等号で括る結果となったのだ。
彼女を取り巻く人々にとって、織莉子は美国の娘だったのではなく、美国の娘が織莉子だったのだ。

 ようやく目覚めた織莉子の自意識はあまりにもあっけなく圧し折られて磨り潰され、そして瓦解していく。

 それでも、と織莉子は思った。それでも、分かってくれる人はいるはずだ。どこかに、わたしがわたしであることを理解してくれる人が。

 もはや後には引けなくなった織莉子は、しゃにむにその人を探し始めた。誰でも構わない、どうか、私を見て。
私は織莉子、織莉子なの。私は美国の娘じゃない、父ありきの添え物なんかじゃない。私は、私なの。
誰か、私を見つけて。

 織莉子は藁にもすがる思いで、考え付く限り自身に優しくしてくれた人々を訪ねた。
あの日織莉子を褒めてくれた政治家を、親しかったクラスメイト達を。

 だが、

「先生はお会いにならないと言っています。あなた、ご自分の立場を解っておられないんですか?」

 返ってきたのは容赦ない言葉と冷蔑に満ちた視線だけだった。

「選挙も近いというのに、不正議員の娘なんかに纏わりつかれたら堪らないでしょう?」

 友人だと思っていた娘たちは、誰も何も言うことなく織莉子を見据えるだけだった。
その視線は、残念だけれど貴女はもう終わりなのよ、と刺し貫くような冷徹さでものを語っていた。

 結局、織莉子を知る人は皆「織莉子」を「美国の娘」としてしかラベリングしていなかった。
藁にもすがる思いでしがみついた同一性は、所詮は藁にすぎなかったのだ。

 そして織莉子は、独りぼっちになった。
73 : ◆qaCCdKXLNw [saga]:2012/07/17(火) 03:53:56.98 ID:yIkrPX16o
 織莉子は目を覚ました。今が夜なのか昼なのかも分からない。分厚い遮光カーテンが、織莉子の部屋の外の風景をほとんど完全にシャットアウトしているからだ。
豆電球の付いた薄暗い部屋の中でぼんやりと見える時計から察するに、針は12時ちょと過ぎを指しているところだったが、そんなものはもはや織莉子にとってはなんの意味も持ってはいない。

 織莉子は出来る限り寝ていたいと思った。少なくとも、睡眠中には頭をあれこれ巡らせる必要はない。
寝ている間には大概ろくでもない悪夢――在りし日の思い出だったり、やたらと誇大強調された父の死にざまだったりを見ることにはなるのだが、それは所詮夢なんだと割り切ることでなんとか叫びだすのは我慢することが出来る。
だが起きて頭に血が行き始めると、自分はどうしようもなく一人で、もう世界には誰一人として味方も敵もいないのだと考えられて、今にも叫びだしてしまいたい衝動に駆られるのだ。

 同年代の子と比べても頭の回転はそれなりに良い方だと言える織莉子は、それが覆しようのない事実であるということを知っていた。
知っていて、眼を逸らした。肯定してしまえば心が死んでしまう、壊れてしまう、それを薄々感付いていたからだ。
そうやって無理やり抑えつける度に、織莉子は自分の心が軋んで悲鳴を上げるのが分かった。

 だがそうは問屋が卸さない。織莉子の身体は、栄養と水分を求めてきぃきぃ泣き始める。
学校から帰ると、家の郵便受けに学校からの除籍通知をはじめとする各お稽古事の契約解除の知らせがぎっちぎちに詰まっていた。郵便配達人はたいそう骨の折れたことだろう。
そのあまりにも一様な反応に、織莉子は乾いた笑いしか出なかった。

 最後の頼みの綱だった父の葬儀には嘱託の弁護士とその他の事務処理を行う傭員しか訪れず、織莉子はほとんど無人の葬儀ホールで空気を相手に弔辞を読み上げる破目になった。
私は、それでも父が大好きでした。その言葉は白と黒とで塗装されたコンクリートの壁に残響し、織莉子の悲嘆を表すかのようにわんわんと鳴いた。

 織莉子は家に引き籠った。
彼女が尽くしたいと心より思った世界は、彼女の愛した世界は、その一切合財が彼女を否定した。
「美国織莉子」という存在それ自体を、否定して、否定して、否定し尽くした。

 そうして否定されて、弱冠15歳の少女の心はとてもではないが保つものではなかった。

 だが、世界から否定され、生きる望みを絶たれた織莉子は、それでも積極的に死ぬような気にもならなかった。

 父の、あの死にざまを見てしまったから。
死がどんなに醜悪で、悲惨で、みじめなものなのかを知ってしまっていたから。

 死ねば、あんな姿になる。それは、厭だ。
でも、だからと言って生きる気力など有りはしない織莉子は、結局の所その生を若干延ばす程度のことしかできていない。
喉が渇けば台所でコップ一杯の水を飲み、腹が空けば冷蔵庫からニンジンを取り出して齧った。
そんな生活を1週間も続けていくうちに、織莉子の身体は以前の美貌が嘘のようにやつれ衰えていった。

 織莉子はしわくちゃになったシーツなどお構いなしに、転がり落ちるようにベッドから降りた。
廊下は暗い。つまり今は、時計の針から察するに午前零時をまわったところなのだろう。

 思い足を引き摺って台所へと向かう。電燈などは点けない。そんな気力もない。
窓から射す月明かりは煌々としていて、紅い絨毯の敷かれた廊下に白い光を落としている。どうやら世界は、織莉子などいなくとも問題なく回っているらしい。

 冷蔵庫を開けて、とりあえず目についた食材を手に取って齧る。あの日の朝、薄切りにしてベーコン・エッグに使った肉の塊、その余りだった。
それをろくに咀嚼もせずに貪って、金属のグラスに水道水を注いで飲み下す。

 冷蔵庫の中身はもう随分少なくなってしまっていて、ほどなく空っぽになる。
食糧がなくなって、そのあとの自分はいったいどうなってしまうのだろう。
それを考えるのすら、今の織莉子には億劫だった。

 何も考えたくはない。けれど、起きていれば嫌でも考えてしまう。
だから、また、あの悪夢のまどろみへと還ろう。
織莉子は再びベッドへ潜り込むべく、廊下を歩いた。

 寝室のドアを開けると、どういうわけか窓が開いていた。
おかしい、引き籠っている自分が窓なんか開けるはずがない。内側から施錠されているそれだから、開けようとすれば物理的に破壊するしかないはずだ。
だが確かに錠は当然顔で解除されていて、春の夜風がカーテンを揺らしている。

 誰かが侵入したのだろうか。誰かが、私に害をなそうとして。
なら、それも良いだろう。きっと、父――そして私に怒りや恨みを抱いている人間など山ほどいる。
積極的に死ぬ勇気はないけれど、そうやって命を奪ってくれるというのなら、それはきっと私にとっての救いとなるだろうから。

 何がいるのか。
それに思考を働かせることもなく、織莉子はシーツにくるまった。

 すると、

「やぁ」

 織莉子の心情とは不釣り合いな、どこか奇妙な明るさを持った声がした。

 それは窓のほうからした。
見れば、窓枠に小柄な猫程度のサイズの珍妙な生物が鎮座していた。

 骨格は4足動物のそれのようだが、何かがどこかで間違ったような、そんな無機質的な雰囲気を纏っている。
ネコのような耳からは長大な毛のような物体が垂れていて、その下方には金色のリングが物理法則を無視した体でふわふわと滞空している。
少なくとも、織莉子の知識内の動物ではない。

「ぼくの名前は、キュウべえ!きみと契約して、魔法少女になってもらいたいんだ!」

 そいつはにこっと愛想良く笑った、人のように。けれどそれはどこかがおかしい、言うならば無感情な笑みだった。
74 : ◆qaCCdKXLNw [saga]:2012/07/17(火) 03:54:30.42 ID:yIkrPX16o
 織莉子は契約した。そして魔法少女になった。
その代償は、「織莉子自身の生きる意味を知りたい」というものだった。

 父は死んだ。受け継いだ想いも否定された。いや、そもそも父はその想いを抱いていたのだろうか。
だがそれでも、私は世界に尽くそうと思った。飽くまでも私自身の意志で。でもそれすらも、私が私であることすらも、世界は否定した。
世界にとっての私とは、とどのつまり「美国」に包含された要素Aに過ぎなかったのだ。

 もし。もし、そうだとして。
もし、私が父の添え物に過ぎなくて、美国の娘でしかなかったのだとしたら、その両方を欠いた今の自分という存在はいったいなんなのだろう。

 知りたい。

 私は、"今の"私が生きる意味を、知りたい。

「おめでとう、きみの願いはエントロピーを凌駕した――」

 白い、真珠のような結晶塊が織莉子の胸元に顕現する。
そこを中心として、なんらかの超常的なエネルギーが織莉子の体中に拡散していく。
胸、お腹、胴体、肩、手脚、そして頭へと、織莉子がこれまで感じたことのなかった"ちから"の奔流が、肉体の隅々にまで染み渡っていった。

 凄い力、と織莉子は思った。もしかしたら、この力があれば知ることができるかもしれない、私自身の生きる意味を。

「さぁ、きみの魔法<チカラ>を試してごらん」

 その白い饅頭のような奇妙な生命体は言った。

 織莉子はその言葉に頷くと、意識を集中して自分のなすべきことをしようとした。
不思議なことに、あらかじめその存在に刻み込まれてでもいるかのように、織莉子には自らが得た新たなる力をの行使の仕方がはっきりと分かった。

 織莉子は理解した、私の魔法は未来予知だ。ああまで自分の生きる意味というものを知りたがっていた自分に、まさにうってつけの魔法ではないか。
このちからがあれば、私の意味は、価値は、おのずと知れるだろう。織莉子の期待は確信へと変わった。

 けれどそれは、織莉子の望んだものではなかった。

 脳裏にビジョンが浮かぶ。
まず視えたのは昏さだ。そしてビジョンを縦に走るノイズ。不鮮明で、とにかく見辛いことこの上なかった。
この体たらく、もしかしたら予知に失敗でもしたのだろうか。だとしたら、ひどく幸先の悪い――。

 いや違う、昏いのは日が出ていないせいだ。月と思しきものも、また出てはいない。光源が無いのだから、暗いのは当然だ。
良く見ると、実はノイズは降りしきる雨で、つまり今はひどい嵐の中なのだという事が分かった。

 もう少し意識を外側に向けると、周囲の状況が少しずつ分かってきた。
ひどい状況だった。見滝原の中心域に雨後の筍のように聳えていた近代ビルの群れ群れは軒並み倒壊していて、ひしゃげ曲がった鉄筋が糸屑のようににょろにょろと生えている。
道路やそのほかの地面も荒れ放題で、土や石ころや瓦礫で埋まり足の踏み場もない。

「ここは……見滝原なの!?」

 信じられないことだった。
あの近代ビルが立ち並び、今をこの世の春と成長を遂げている見滝原市がこんな有様になるとは。

 だが織莉子の中の新しい器官――魔法少女としての第六感は、確かに、ここが見滝原であることを告げていた。

 空を見上げると、そこには巨大な何かがいた。

 何か。

 それは逆さまになった巨大な魔女だった。
手を広げ、スカートの内側に城のように聳えている歯車を軋ませながら、きゃは、きゃは、と下品に笑い続けている。
そいつを中心として、砂の山を団扇であおぐように、街が、都市が、破壊されていく。

 「魔女」とは契約時にキュウべえが説明した、人に仇なす、絶望をまき散らす悪しき存在のことだ。
魔法少女は魔女を撃破することでグリーフ・シードと呼ばれる魔女の卵を入手することができ、それが魔法少女の魔力の源となるのだという。

 魔法少女は願いを叶えてもらう代償として、この「魔女」を倒すという使命を課されるのだ。

 けれど、その魔女はあまりにも強大だった。人間が英知を結集して作り上げたこの近未来的都市をいとも簡単に吹き飛ばしてしまえるくらいに。
あれを撃破するとなれば、いったいどれだけの手間を払わなければならないのか。

 けれど、それで織莉子は合点がいった。
あれを倒すことが、自分の使命だ。そうすることで、この見滝原に住まう幾多の命を救うことができるのだ。

「あれが魔女……?これが私の運命だというのなら、なんとしても止めてみせるわ……」

 そうだ、私は抗わなければならない。
私が私であるという事実を実証するために。
父の遺志でも、誰かに与えられた価値でもなく、自らの選び取った選択を成し遂げるために。

 私が、自分自身の意志で、救世を成し遂げるために。

 織莉子が、そう決意を新たにした瞬間――。
75 : ◆qaCCdKXLNw [saga]:2012/07/17(火) 03:55:03.32 ID:yIkrPX16o
 





 ――世界が、崩れ去った。






 
76 : ◆qaCCdKXLNw [saga]:2012/07/17(火) 03:55:47.99 ID:yIkrPX16o
 もちろん、唐突に地球がぱかっと割れて爆散した――なんて馬鹿げたことが起こったわけじゃない。
けれど実際に起きたのは、それと同じくらいに馬鹿馬鹿しいできごとだった。

 その宙に浮かぶ巨大な魔女からほんの少し離れた地点、そこから目も眩むばかりにまばゆい桜色の光が興った。
それは光を放ったまま中空へと昇っていくと、そこから輝く桜色の矢が撃ち出されて魔女に突き刺さる。
その瞬間、魔女は苦悶の声をあげる暇すらなく綺麗さっぱり吹き飛んだ。

 織莉子は振り上げた拳のやり場を喪って呆気に取られた。
あれ、と開いた口が塞がらなかった。

 魔女を吹き飛ばしたその桜色の光――恐らく、あの魔女をも上回る魔力を秘めた魔法少女だろう――は、次の瞬間には翳り始めた。
眩い、心奪われるようなその光は見る間に、今度はどす黒い、別の意味で心が吸われてしまうような醜悪な色へと変じた。

 そしてその黒い光は、苦しむ様にその身を震わせると――次の瞬間には魔女になった。

「あ、あぁ……」

 織莉子は目の前で起きたことに呆気にとられた。
魔法少女が魔女になったこと、それもあるが何よりも、その新たな魔女のあまりの強大さに、だ。

 天を衝く威容、黒い、まるで空に向かって腕を延ばす様に聳え立つそれは、どう考えても「魔女」というカテゴリーに属すべきでない手合いだった。
強いて言うなら、災厄。絶望、それそのものだった。

 その魔女に向かって、無数の光球が吸い込まれていく。織莉子には、それがいきものの魂であることが分かった。
人間から、犬、猫、植物からバクテリア、ビールスに至るまで、いきものが生を育むのに決定的に必要な「魂」が、根こそぎ奪われていく。

 魔女は、地球に存在するありとあらゆる生命たちを一切合財吸い取ったのだ。
あとに残ったのは、ひたすら荒廃した大地、人間たちが遺した文明の残滓だけだった。

 ビジョンが終わった。
織莉子はひどい脂汗を掻いていた。
手足が震える。自分の瞳孔が開いているのが自分でも分かった。

「ぅあ、あ、ああ……」

 あれは倒せない、どうあっても。魔法少女や、あるいはほかの何者かに倒せる代物ではない。
だが放っておけば、世界は確実に終わる。全ての命はあの魔女に吸い尽くされて、残るは無人の平野だけだ。

 あれを解き放ってはいけない、いけない。

 どうすれば良いの?
どうすればあれを阻止できる……!!

「どうしたんだい、織莉子?顔色が真っ青だよ、具合でも悪いのかい?」

 白饅頭が何かを語りかけてくるが、魔法少女の終わりがどんなものであるかを秘匿していた彼は信用には値しないだろう。
彼は、頼れない。

 頼れる相手など、誰もいない。
あるのはこの身ひとつだけだ。

 どうすればいい、どうすれば――。

 ぴきり、と織莉子の中にビジョンが走った。
翠の髪をした、まだ幼児の領域を生きる少女の姿だ。

 その瞬間、織莉子の脳に電撃のように策が生まれる。

 それは一つの選択だった。
ろくでもなくて、そしてどうしようもない、策。

 織莉子はそれを実行することにした。

「キュウべえ、いいお知らせよ。私の魔法は、貴方の役にも立つみたい」

 織莉子は、救世を成し遂げることにした。
彼女自身の選択として、その手を汚す選択をした。

 それが彼女の、生まれて初めて為した"彼女自身の"選択だった。

「貴方にとってとてもいい、魔法少女の素体がいるようよ」

「へぇ……それは楽しみだね」

 織莉子の真意を知ってか知らずか、無感動に、キュウべえは言った。
77 : ◆qaCCdKXLNw [saga]:2012/07/17(火) 03:56:33.76 ID:yIkrPX16o
 魔法少女となった織莉子は、すぐさま行動を開始することにした。

 そうは言っても策を実行することはできない、先ずは下準備として、あの逆さま魔女を撃破した魔法少女が誰であるのかを識ることが専決だった。
世界が崩壊するさまを何度もまざまざと見せつけられるのは心にくるものがあったが、四の五の言ってはいられない。

 何度も確認をしたが、その度にキュウべえは言った。

「ぼくたちの契約に間違いはあり得ないよ。それが何であれ、あの瞬間にきみの願いは叶ったはずだ。
 だってぼくらは、それを対価としてきみに魔法少女になってもらったんだからね」

 彼の言葉が正しいとすれば――自分のあのビジョン、未来予知は正しいのだろう。
となれば、このままいくと、まず間違いなく世界は滅ぶ。あの魔女によって。

 そんなことはさせない。世界は、私が救うのだ。

 そう思った瞬間、織莉子の心は喜びに満ちた。
これこそが私が望んだ絶望だ。この滅びを回避することこそが、私の為すべき使命なのだ。

 これで、また私は世界に尽くすことができる。
私は私の価値を、再びこの身に刻むことができる。

 織莉子にとっては、救世と自己実現とは完全に一体化していて、即ち同義となってしまっていた。

 何度も世界崩壊の数分間を視て、織莉子はその魔法少女の容姿を完全に脳に刻み込んだ。
英才教育で培われたポテンシャルを用いれば、その程度は造作もないことだった。伊達にお嬢様として育てられてはいないのだ。
世界崩壊の様を幾度となく見せつけられるのは心にくるものがあったけれど、それで立ち止まるわけにもいかなかった。

 織莉子は先ず、彼女――世界を滅ぼす魔女になる魔法少女が、魔法少女にならないよう細工する方向で策を練った。
では、どうすれば良いだろう。それは代役だ。

 あの少女の代わりに魔法少女としての素質を持った子をキュウべえに紹介することで、実質的にキュウべえが彼女と接触するまでの時間を稼ぐこと。
それが織莉子の打ち出した第一の策だった。

 あれから色々と能力を試してみたところ、どうやら魔法少女が魔女になるというのは確定的な事態であるらしい。
どうにかそれを食い止める方策を探してみたものの、目下防ぐ手立てはないようだった。

 調査のために、自分が紹介した魔法少女の卵たちが魔女になっていく未来予知を繰り返すにつけ、織莉子は魔女化の瞬間にあるエネルギーの奔流が空へと立ち上っていくのに気が付いた。
いずれのケースでも――その規模は魔法少女たちの素養によってまちまちだったが、同じようにエネルギーが生じ、そして空へと向かっていくのだ。

 どうやら魔女化という事態は、キュウべえにとって何らかの重要なファクターであるらしい。
結果、魔女化というのは予め魔法少女になることにパッケージングされた事柄で、それはどのように足掻いても不可避なことであるのだと、織莉子は結論付けた。

 つまりあの子を魔女にさせないためには、まず「魔法少女にしてはならない」という前提条件がつく、というわけだ。

 魔法少女はソウルジェムにため込まれた魔力を消費して魔法を使うことができる。
ジェムは魔法の行使の度に濁り、これを補充するためには魔女の卵であるグリーフ・シードに穢れを移す必要がある。
穢れの転移を怠ればジェムには穢れが溜まる一方になり、挙句卵型のジェムはあたかも孵るように魔女を産む。
たちの悪いことに、この穢れは精神状態の悪化によっても起こるため、魔法少女は自らの精神を常にプラス方向に保っておかなければならない。

 基本的にデメリットについては言わないキュウべえ――否、魔法少女を魔女に"孵す者<インキュベーター>"のことだから、大概の少女は契約することになる。
けれどそれとほとんど同じ数の子らは、結局のところ自分の願いによって生じた世界の歪み――呪いによって心と身体を侵され、絶望して魔女になる。

 魔法少女候補として他の子らをキュウべえに紹介するというのは、言わば地獄への橋渡しをするようなものだ。
契約した以上、魔法少女は得てしてそう長くは生きられない。魔女になるか、戦死するか、どちらにせよ「彼女ら」という具体的な自己意識が永久に喪われることにそう変わりはない。
織莉子は迂遠ながらも、少女たちの死と絶望に手を貸していることになる。

 そのことは重い事実として織莉子の胸の上に圧し掛かったが、それをやらなければより多くの人々が死ぬことになるのだと言い聞かせ、織莉子は魔法少女の斡旋と例の少女の探知に全力を捧ぐことにした。

 自分にできるのは、可能な限り速やかにあの少女を見つけてどうにかすることだ。それが犠牲者を抑える事にも繋がるのだから。

 織莉子は斡旋と探知にプラスして、予知能力を応用して様々な可能性についてシミュレートしてみた。
例えば、彼女が魔法少女の存在を知らないまま、あの逆さま魔女襲来の日を迎えた場合。
例えば、彼女が魔法少女の真実を知り、その上で逆さま魔女からの避難を促される場合。
例えば、彼女が既に魔法少女になってしまっていて、その上で魔法少女の真実を知らせた場合。

 けれど、そのいずれでも彼女は魔女になった。
運命の糸が収束するかのように、そうあるべきことが必然の理ででもあるかのように、あの子はどうやっても魔女になってしまう。
そしてそれが意味するのは、即ち世界の破滅だった。

 今現在、インキュベーターは営業活動に勤しんでいるために彼女との接触は行われていない。
だが素質を持った少女の数には限りがある上、無垢な少女たちの犠牲を厭わないほどには織莉子は成熟した人間ではなかった。
新たなる魔女の出現のたびに、織莉子の心はかんなで削られるかのようにすり減らされていく。
織莉子は運命がどうにかして収束してしまわないよう、ありとあらゆる可能性を考慮してシミュレートし続けた。
内心で、それが不可能な事であることを薄々感じつつ。
78 : ◆qaCCdKXLNw [saga]:2012/07/17(火) 04:00:29.24 ID:yIkrPX16o
 織莉子が魔法少女になって5日ほどが経った日の出来事だ。とある事件が織莉子の身へと降りかかる。

 その日、織莉子は狩に出た。
契約した瞬間に魔法少女のからくりをすべて知る破目になり、他の魔法少女たちと一線を画す悲壮な決心を胸に生きる織莉子と言えど、その基本的な性質は変わらない。
魔力を消費すればソウルジャムは濁る、濁りが過ぎれば魔女になる。魔法少女としての、逃れようのない軛だった。

 織莉子は自分がどんなものになるのか分かっていた。
屋敷の姿を模した結界に満ちる白い"靄"そのもの。形容するなら『霧の魔女』と表するのが適当だろうか。
踏み込んだ者の全てを理解し、識ることが出来る魔女。ただし自らは、その取り留めのない姿のせいで「自分の正体」だけは識ることができない。
自分の終わりの姿を初めて見た時、我ながらろくでもない末路だと織莉子は苦笑したものだった。

 いずれ自分も魔女になる、それは曲げようのない事実だ。
だがそのときは今ではない。未だ自分には、やらなければならないことがある。
私は、救世を成し遂げるなければならない。
でなければ、自分が地獄へと送り込んだ彼女らにも――立つ瀬がないではないか。

 そんなわけで、織莉子は糧を得るために屋敷の外へ出たのだった。

 今回で魔女を斃すのは3度目だった。
予知の延長線上にある自身の高い知覚を持っている織莉子は、ありがたいことに闇雲に走り回らずとも魔女を狩りだすことができる。
それも自分が確実に勝利することができ、かつグリーフ・シードを落としてくれる手合いをえり好みする事すら可能だった。

 織莉子は夜の、人出の少ない時間帯に繰り出して魔女を狩ることに決めていた。
父・久臣の死から既に一月ほどが経ち、大衆は織莉子に対しての興味をなくしたのかもう積極的に害を為そうとする者はいなかったが、それでも付近の住人たちには織莉子の顔は知れ渡っている。
ここで薮を突いて蛇を出す必要もないだろうと、織莉子は契約した日から、外で行動するときにはいつも人目を憚る格好でいた。

 濃紺に染まる夜空に包まれたビル群を、織莉子は足取り軽く渡り歩いた。
実際には、これから救世のためにやるべきことを考えるだけで気が滅入りそうな状況ではあったのだけれど、やうやう暖かくなり行く季節の中で吹く夜風は頬に気持ち良く、織莉子は思わず顔を綻ばせた。
とても、気分が良い。これならば、成し遂げられそうだ。

 けれど折り悪く、こんな時にも予知は発動される。一つのビジョン、あの少女が契約する強い要因が、もうじき発生する。
ぴきり、とガラスに罅の入るような音が頭蓋骨の内側に響いて、ある少女が魔女化する映像が脳裏に映された。

 織莉子はジェムとグリーフ・シードとを見比べてまだ余裕があることを確認すると、予知された風景のもとへと向かうことにした。
別段、急に情け深くなったわけではなかった。その少女が魔女になると、ちょうど翌日の放課後辺りに例の少女と遭遇し、その場で契約――魔法少女となる流れが生じるからだ。
上手くいけば、今から向かう所の少女を味方に引き入れることができるかもしれない。そんな小狡い思惑もあった。
薄汚れた路地裏に、緑を基調としたドレスを纏った少女が苦しげに呻いている。
織莉子は如何にも心配しています、といった仕草と表情を形作って、その少女へと駆けた。

 その少女は頭に大きな薔薇の花飾りを付けていた。
薔薇。父の好きだった花。
織莉子は一瞬苦々しい思いに心が満ちた。
けれど次の瞬間には心を切り替えると、少女へ歩みを寄せた。

 近づいて見ると、左胸に配置されたソウルジェムはもうほとんど濁り切っているのが一目で分かる禍々しさだった。
彼女は織莉子を見て取ると、引き攣った笑い顔になった。怯えた目をしている。

「心配しないで、私は貴女を助けにきたの。私も……多くはないけれどグリーフ・シードのストックはあるわ。困ったときはお互い様と言うし、分けてあげる」

 ところが、少女は織莉子の慈母のような表情からは安堵を得られないのか、引き攣った顔をしたまま首を左右に振った。
そして、

「う、うつらないの……」

「……へ?」

「ジ、ジェムに濁りが、う、う、うつっていかないのぉっ!」

 少女は金切り声をあげた。

 織莉子が薄暗がりの中で目を凝らすと、なるほど言っていることの意味が分かった。
少女はかちかちと、自分のジェムにほとんど新品のグリーフ・シードを圧し当てていた。
けれどどうしたことか、本来は濁りを移して眩く光るはずのジェムは一向に輝かず、グリーフ・シードもまた穢れを吸わず熟れないでいる。
それどころか、ジェムには一秒の間断もなくじわじわと濁りが蓄積されていく。もう間もなく魔女が生じるのは明白だった。

 織莉子は理解する。一線を、超えたのだと。

「たす、けて、ください……く、くるしいの、からだが、いたくていたくてたまらないの……お、おねがいです、たす、けて、くださぃ……」

 織莉子は逡巡する。
どうすれば良い。どうすれば最悪の事態を避けられる。

 このままいけば、まず間違いなくこの新米の魔法少女は魔女になるだろう。
頭頂部に巨大な蝶の造形をあしらった、巨大な魔女に。
その巨体は、織莉子の貧弱な火力では制しきれない。その拘束攻撃は、織莉子の魔法少女としては貧弱な身体能力では躱しきれない。予知していたって無理なものは無理だ。
つまり、織莉子はスペック的にあの魔女を斃すことができないのだ。
ここで死ぬわけにはいかない織莉子にできることがあるとすれば、それは逃げることだけだ。
しかしこれを放っておけば、彼女は翌日の放課後には件の少女とその連れにエンカウントし、めくるめく魔法少女の世界へと2人を招待することとなる。
それだけは避けたい。

 だが既に閾値を超えて濁りを溜めつつある彼女を救う手だてはもう存在しない。それは頑として横たわる事実だった。
79 : ◆qaCCdKXLNw [saga]:2012/07/17(火) 04:01:03.90 ID:yIkrPX16o
 




 どうする、どうすれば良い。





 そんなの、一つしかないではないか。





 魔法少女のソウルジェムが魔女のグリーフ・シードを孕むならば。


 









 ――元を絶つしか、ない。







 
80 : ◆qaCCdKXLNw [saga]:2012/07/17(火) 04:02:11.79 ID:yIkrPX16o
「ねえ、貴女。……実はね、たった一つだけその苦しみから逃れる方法があるの」

 織莉子は、自らの幼子にするように語りかけた。
内心で歯噛みしながら。

 自分は、この期に及んでなおもその手を汚すことを恐れている。
既に決心したはずなのにも拘わらず、だ。

 救世を成し遂げるには、少なからぬ犠牲が必要なのだ。
もちろん、その中には自分だって含まれている。必要があるならば、こんな、誰にも必要とされていない命くらいいくらでも捧げてやる。
"まだ"私は死ぬことはできない、ただそれだけのことだ。

 それに実際に救世を成し遂げたとして、その過程で生じた犠牲の大きさに自分が耐えられるとも思えない。
その時はきっと自分が魔女になる番だ。

 良いだろう、甘んじて受け入れよう。それが犠牲への贖罪には到底なるとは思えないけれど、それが自分にできるただ一つの咎の報い方だ。
ただ、それは今ではない。少なくとも、今では。

「お、ねがい……やって、それを……」

 少女は呻く。それに合わせて、織莉子の良心が削り取られる。

 自分の為した行いが、今になってこうも重く圧し掛かってくるなんて。

 だが、やるしかない。織莉子は心を決める。

「ただし、それにはデメリットもあるわ。この方法と言うのは簡単で、実は貴女のソウルジェムを砕くことなの。
 そうなれば、当然あなたは魔法を使用できなくなり、変身もできなくなる。端的に言うと、貴女は魔法少女ではなくなるの。
 ……それでも、いいと言うのなら」

 少女の口から食いしばった歯が覗く。悲痛な声が乞う。

 胸が、鉄板で灼かれるように痛んだ。

「おねがぃ、します……ゃって、くださぃ――」

 声にならない叫び。

 ごう、という音が響く。
織莉子の生成した水晶球が、少女の右胸にあるジェムを正確に撃ち抜いた。

 ぱりん、と簡単な音が鳴って、ジェムが砕け散る。

 瞬間、少女は変身が解かれ全身が弛緩し、路地裏の壁にしな垂れた。
その顔は、苦痛も安らぎも感じさせない全くの無表情だった。
81 : ◆qaCCdKXLNw [saga]:2012/07/17(火) 04:03:02.16 ID:yIkrPX16o
 少女は死んだ。あまりに、あまりに簡単な死だった。
痙攣すらも起きなかった。織莉子の拡張された知覚が、この瞬間から既に祖父所の肢体が腐敗し始めていることを告げる。
魔法少女にとっての「死」とは、つまりそういうものなのだ。

 織莉子はすぐに動かねばならなかった。
ここでまごまごしていては、アイツに――インキュベーターに気取られる恐れがある。

 自分が魔法少女と魔女の因果関係を知っており、かつ強大な魔女がいかにして生じるかをも知っていると奴が気付けば、当然のこととして、自分があの少女を魔法少女化を阻止するために動いているのだと思い至るにそうはかからないだろう。
もちろん知っていて放置しているのだという筋もあったが、何にせよ物事は常に慎重にあるべきだ。

 万全を期すならば、このままの足で適当な魔女を狩り、グリーフ・シードを回収して屋敷へと帰還するのが一番だ。

 だが織莉子は動かなかった、動くことができなかった。

 猛烈な吐き気が襲い、思わず織莉子は手で口を覆いその場に膝をついた。
良心が、織莉子を責め立てる。

 お前が殺したんだ、お前が。
お前がこの子を殺したんだ、この人殺しめ。

 薔薇の髪飾りを付けていた少女。
父の死にざまがフラッシュバックする。あの、醜い死にざまが。

 お父様は言った、死んだお母様は天国にいるのだと。
けれど、そんなのは嘘だ。
人は死んだら消えてしまう。死んだら肉の塊になって、彼あるいは彼女の心は、魂は、雲散霧消してしまうだけなのだ。

 なんて、痛ましい。
そして自分は、その痛ましい行いをやった。
痛ましいことが起こすために、手を貸した。

 吐き気にとうとう耐え切れず、織莉子は路地裏に嘔吐した。
嗚咽が漏れた。

 自分は人を殺したのだ。
そしてこれからも、殺し続けなければならない。
世界を救うために。

 気付けば変身は解けていた。

 なんて自分は罪深いのだろう。
けれど、やらなければならない。世界が滅べば、この痛ましさなど比ではないくらいのカタストロフィが待っているのだから。

 壁から生えるガス管を取っ手代わりにして、織莉子は立ち上がった。
唇にへばりついた苦い胃液を拭い、よろよろと歩き出そうとして――、

「キミは、なにをしているんだい」

 声が、した。
82 : ◆qaCCdKXLNw [saga]:2012/07/17(火) 04:04:00.49 ID:yIkrPX16o
***
 そこにいたのは黒い少女だった。
身長と幼い顔立ちからいって、自分より2、3歳ほど年下だろうか。もしかしたら小学生かもしれない。

 だが織莉子が初めに考えたのはそんなことではなかった。

 見られた!

 織莉子はパニックに陥った。

 見られた、見られた、見られた!
どうすれば良い、どうすれば。

 そんなの、決まってるだはないか、彼女のこともまた手にかけるのだ。
目撃されたのだ、自分が人を殺すさまを。
この情報はどこかしかから漏れ出すだろう。そしていずれはインキュベーターへと伝播する。それだけは避けなければならなかった。

 殺さなければ、この子を――。

 むにゅ、と柔らかい感触が身体を包んだ。はて、と織莉子は脳は空転し出す。

 そうだ、まず状況を整理しよう。
自分は、つい今しがた一人の魔法少女を手に掛けた。
平静を装うために魔女を狩りに行こうと己を奮い立たせて動き出すと、声を掛けられた。
つまり自分の犯した罪を目撃されたのだ。
見られた以上、目撃者を生かしてはおけない。そう考えた自分の表情はきっと鬼気迫るものがあっただろう。

 ところが、どういうわけか自分はその子――目撃者に抱きしめられている。
自分より頭一つぶん小さな身体を精いっぱい使って、この黒い少女はぎゅっと自分のことをハグしているのだ。

「やっと見つけたぁ……」

 そう噛み締めるように呟きながら。

 殺害現場を目撃されたことと抱擁を受けていることに因果関係が見出せないで混乱する織莉子から、ようやく身を離して、

「初めまして、私は呉キリカ。私は、美しいひと――キミに仕えるために生まれてきた者だよ」

 にかっと、少女は八重歯を見せて笑った。

 織莉子はぽかんと口を空けて何もいう事が出来なかった。

「心配しなくっても良い、私はキミを否定しない。キミがなにをしようとしまいと――私はすべてそれを受け容れよう。キミが私の主なんだからね!」

 言っていることの意味が分からない。この娘は正気なのだろうか。

「あ、正気を疑ってるね?……まぁ、それも無理はないかなぁ。
 ――実は私はキミに恩を受けていてね、恐らくキミの方じゃ憶えてすらいない些細なことなんだろうけど。
 ……自慢じゃないけど、私ってば他人に恩を受けたことなんかこれっポッチもなくってね、何と言ったらいいかな……そう、一目惚れしてしまったんだよ、キミにね。
 それは私にとってはまさに天啓だった。私は、その時優しくしてくれたキミという人間に仕えたくなった。キミと言う存在にすべてを捧げたくなったんだ。
 そう、私はキミを、愛してしまったんだ!」

 やはり要領を得ないことだった。
まるでその時に思ったワードを、吟味もせず直に発声しているようだ。
怪訝な顔をしている織莉子の反応を意に介さず、呉キリカと名乗った少女は続ける。

「キミ、彼女を殺したね?」

 実にフランクな口調で、織莉子の突いて欲しくない所を的確に突いてきた。

 「殺した」。その言葉が彼女の口から発せられた瞬間、織莉子は身を震わせた。

 そう、結局のところ事態はなんらも好転してはいない。
今現在も先の少女の遺体はそこらへんに転がっているのだ、殺害方法が方法なだけに警察関係に特定される心配はないだろうが、魔法少女絡みとなると話は別だ。
一刻も早くこの場を去らなければならないのに、自分はこの場でなんだか良く分からない少女に囚われている。

 最悪だ、織莉子はそう思った。

83 : ◆qaCCdKXLNw [saga]:2012/07/17(火) 04:05:17.30 ID:yIkrPX16o
「いけない、いけない、いけない!いけないんだよ、キミ"が"そんなことをしちゃあ!」

 と、唐突に少女が叫びだす。中性的に甲高い声が路地に響いた。
あからさまに咎めるような口調だ。やはりこの頭がおかしいとしか思えない少女といえど、殺人行為は容認しがたいものであるようだ。
そして、魔法少女。彼女は自分からそう言った。であるとすれば、やはりこの子は口封じするべき相手なのだろうか。

 織莉子が視線を鋭くして少女を睨みつけると、

「だから、これからはこんな汚れ仕事は私に任せて欲しい」

 呉キリカは跪いて言った。

 二の句が継げないでいる織莉子に、跪いたままキリカは続ける。

「さっきも言ったように、私はキミに仕える者だ。キミは私の主なんだよ、美しいひと。
 その、美しいキミが、こんなことをしちゃいけないんだ。こんな仕事は、従者の私に押し付ければいいんだ。
 キミには美しく、白い薔薇のように咲き誇っていてもらいたいんだ」

 何を言っている。
急に現れて、抱擁をかまし、殺人の罪を許容するどころか自分にまかせてもらいたいと言う。

 思惑が、まるで分からない。

 呉キリカは言う。

「この場は任せてくれ。なに、適当な魔女結界に放り込んでしまえば死骸は上がらないさ。
 グリーフ・シードのストックが必要だというなら、ほら、これを」

 新品同様のタネを差し出した。
織莉子は黙ってそれを受け取る。

「まだ、キミがどんな思惑でこんなことをしたのか、私には分からない。
 けれど、なに、そんなのは些細なことだ。
 キミのしたことだ、"間違いなんてありっこない"だろうし」

 複雑な面持ちで織莉子はその声を聞く。

「お屋敷で待っていてくれないか。
 なに、すぐ済むさ、こんなモノの処理くらい、ね」
84 : ◆qaCCdKXLNw [saga]:2012/07/17(火) 04:06:01.11 ID:yIkrPX16o
 屋敷に帰った織莉子は、例によって自室でシーツに包まりベッドの上にいた。
押し寄せるのは自責の念ばかり。

 ジェムを砕く瞬間、あの子は唇を微かに動かした。

 死にたくない、その動きは確かにそんなセリフを言おうとした。

 けれど織莉子はあの子を殺した。生きたいと思うその意思を踏みにじって。

 分かっている、分かっている。あれは必要なことだった。
世界を救うために、彼女が契約し魔法少女になるという可能性の一つを潰すのに、必要な行為だった。

 けれど。

 あの、ジェムを砕いた瞬間のあの子の表情の変化。
苦痛に歪んだ顔が、刹那にして無表情に変わった。
強化された織莉子の知覚が、その瞬間から少女の身体が腐敗し始めたのを検知した。

 死臭。

 あの日、父から発せられた濃厚なものではなかったけれど、それを確かに織莉子の嗅覚は感じとっていた。

 自分は、いったい何てことを――。

「ただいまー!」

 暗い屋敷に、底抜けに明るい声が響いた。
あの小さな、黒い少女の声だ。

「さっすが私!仕事はパーフェクトにこなしたよ、美しいひと!死骸は決してあがらない、心配ご無用さ!
 ……て、あれ、おーい!どこだーい、美しいひとー!」

『……ここよ』

 織莉子は美国邸の見取り図を脳内に投影すると、呉キリカの視覚に伝達した。
織莉子がいる部屋は赤丸でマーキングされ、そこに至るまでのルートは矢印で示されている。

「おお、すごい!流石は美しいひとだ!すぐに行くから、待っててね!」

 実際には待つ時間などなかった。

「お待たせ―!」

 数秒のちには、ドアを勢いよく開けて彼女が現れた。

「いやーやっぱり大きいね、このお屋敷は。あの見取り図がなかったら迷りきって、とっても貴重な有限の時間を浪費してしまうところだったよ」

 芝居がかったその台詞は、先ほどと相も変わっていないようだ。
この少女は、いったい何者なのだろうか。恩があるとは言っていたが、それは真実なのだろうか。

 それとも、あの日から自分を切り捨てた彼らのように、自分に利用価値があると見て近づいてきたのだろうか。
少なくとも客観的に見て、今の自分にそう価値があるとは思えないのだが。

 織莉子はベッドの上で、猜疑に満ちた目線を送る。
織莉子は半ば人間不信に陥っていた。当然だ、今まで自分を取り巻いてきた人間たちは一切、織莉子という存在を否定しにかかってきたのだから。
一時は自分に希望を与えてくれた存在として信用しようと思ったインキュベーターにしても、結局は嘘吐きに過ぎなかった。
なにが「人々に希望を振り撒く存在」だ。結局やらされることと言えば、かつて同じ存在だった者たちの終末処理にすぎないではないか。

 もう誰も信じられない。裏切られるくらいなら、誰も信じないでいるままのほうがましだ。
それが今の織莉子の現状だった。
85 : ◆qaCCdKXLNw [saga]:2012/07/17(火) 04:06:29.26 ID:yIkrPX16o
 キリカは再び織莉子に跪いた。実に恭しい動きだった。

「美しいひと、どうか私をキミの傍に置いてやってほしい。
 私はどうにも不勉強で、キミがいかなる状況に置かれているのか知らないんだ。
 けれど約束する。私はキミを、決して裏切ったりはしない。
 私は、キミに仕えたい。――もし、キミが私に死んでほしいと言うんなら、喜んでキミのために死のう。
 だから、そんな悲しい眼をしないでくれないか。キミは――笑った顔の方が似合うから」

 その声はどこまでも真っ直ぐだった。
かつて自分を裏切った者たちのような自分の背後にいる"何か"にではなく、ただ一人、織莉子へと向けられた声。

 織莉子は彼女を信じたくなった。
信じられるかどうかは怪しいけれど、こうして自分に正面から声を送ってくれた子だ。
賭けてみる価値はあるかもしれない。

 織莉子は温もりを欲していた。
父が死んで以来突き放され続けていた彼女は、誰か自分という存在を受け止めてくれる人物を欲していた。

 この子は、そうなのだろうか。

「――織莉子よ」

 織莉子は言った。自らの名を。

「私の名前は、織莉子。美国――織莉子。それが、私の名前」

 キリカは顔を上げ、にっこりと笑った。

「織莉子、か。良い名前だね、織莉子!」

 彼女は、名を呼んだ。
美国の娘でもなく、美国久臣の添え物でもなく、織莉子を「織莉子」として。

 その瞬間、織莉子の心の壁が融けた。
緊張の糸が解かれ、大粒の涙が頬を伝う。

 もう一度と、私の名前を呼んでくれる人が現れるなんて思いもよらなかった。
熱い涙。委縮した心が綻んで、鼓動を響かせ始めた。

 また、私を見てくれる人がいた。
こんなに嬉しいことって、他にはない。

 ほろほろと涙する織莉子を、柔らかな身体が包む。
温かい身体だった。温もり。

 誰かに抱きしめられることがこれほど心地よいものであるということを、織莉子は知らなかった。

「ずいぶん非道い目に遭ってきたんだね。
 もう、大丈夫。これからはいつだって、私がキミの傍にいる」

 優しい声。頭を撫でる、小さな掌。
殆ど記憶の片隅にしかない、それは母の温もりだった。

 ひとしきり泣いて、織莉子はいつの間にか眠りに落ちていた。
父が死んで以来初めての、安らかな眠りだった。
86 : ◆qaCCdKXLNw [saga]:2012/07/17(火) 04:07:04.84 ID:yIkrPX16o
***
 それから奇妙な同棲が始まった。
キリカと名乗った少女は美国邸の一室を間借りし、そこに住みつき始めたのだ。

 キリカはいつも織莉子と共にあった。食事を摂るときも、とっ散らかったまま放置されていた庭や悪意に満ちた罵詈雑言がぶちまけられた庭を掃除するときも、いつだって。
キリカは、まさに従者として織莉子に付き従った。

 そうしていくうちに、やつれきっていた織莉子の身体は元の美貌を取り戻していった。
悲壮な覚悟で満ちていたかつてとは違う、キリカの言った「美しいひと」という表現がまさに当て嵌まる、精気に満ちた姿だった。

 ある時、織莉子は言った。

「貴女には、私の従者を止めてもらいたいの」

「ええ!?私がなにか気に障ることをしたのかい?」

「そうじゃなくって」

 織莉子は笑った。ころころと鈴が転がるような声で、

「貴女には私と対等な立場に立ってもらいたいのよ。
 従者と主人なんかじゃなくって、友達として……」

「ともだち……」

「駄目、かしら……?」

「そんな、とんでもない!私には勿体ないくらいだよ、織莉子!
 ――友達、かぁ。うふふっ」

 頬を赤く染めてはにかむキリカの姿に、織莉子は自分の心が温もりで満たされていくのがわかった。
そして同時に、呉キリカという少女の存在が自分にとってどれほど大きな面積を占めているのかも。

 キリカは織莉子に度々言った、私はキミを愛しているんだ、と。
私は、織莉子、キミを無限に愛しているんだ。けれど悔しいことに、この身体も、与えられた時間も、愛を紡ぐ言葉でさえ、有限なものに過ぎないんだ。
だったらせめて、織莉子、私はその有限な私の全てを、キミのために使いたい――。

 出会ってたった数日で、織莉子の心は瞬く間にキリカに惹かれていった。
たった数日で、織莉子はキリカを深く愛すようになった。

 無邪気に笑う口から覗く八重歯も、歳の割に小柄な肢体も、役者がかった言葉の数々も、常態の子供っぽさも、時折見せる妙に達観した部分も、全て。
織莉子は初めて、父以外の特定個人を愛したのだ。

 もちろん、逆さま魔女対策と世界滅亡阻止プロジェクトは続けなければならなかった。
少女たちを絶望へと誘う契約に導く度に、織莉子の心は火で炙られるようにちりちりと傷んだ。

 もう一つ、織莉子の心を苛んだのはある誤算だった。
織莉子は、インキュベーターの目をあの少女――予知で知った名前では「鹿目まどか」と言った――から逸らさせるため刹那的に他の少女たちをいけにえに捧げた。
確かにそれは有効な策ではあった、目眩ましという点でこれほどのものはない。

 だが、魔法少女の増加とはとどのつまり魔女の増加という事象をも指す。
織莉子が魔法少女イコール魔女を増やしたせいで、鹿目まどかが魔女とエンカウントし魔法少女となる確率を跳ね上げさせる結果となってしまった。
最善として打ち出した策が、盛大に裏目に出た形になる。
そんなわけで、織莉子は自分で紹介した魔法少女が魔女になる前に自分の手で狩る、というマッチポンプを強いられる破目になったのだ。

 当然のこととして、キリカはその汚れ仕事を嬉々として引き受けた。
織莉子は自分に惜しみない愛を注いでくれる、そして何よりも自分自身誰よりも愛する子がウェット・ワークを行うことに居た堪れない気持ちになった。
これは自分で撒いた種だと言うのに。
87 : ◆qaCCdKXLNw [saga]:2012/07/17(火) 04:07:38.53 ID:yIkrPX16o


「それにしても驚いたね、まさか魔法少女が魔女になるなんて」

「……私の方が驚いたわ。貴女、全然動じてないじゃない」

「別に、そんなの大したことじゃないから、さ。
 私の身体はね、キミに尽くすためのツールなんだ。
 確かに私はキミの友達になった、従者ではなく、ね。けれど、私がキミに尽くしたいと思うこの気持ちには何らの変化もないんだよ。
 キミのために"どう在るか"、私の関心というのはそれだけなのさ。
 もしキミのために魔女にならざるを得ないって言うんなら、私は喜んでそう在るだろう」

「もう、冗談でもそんなことを言わないで!
 貴女が居ない世界なんて、もう考えられないんだから」

「ははっ、ごめんごめん!」



 それは楽しい日々だった。
確かに、インキュベーターに少女を紹介するのは心が痛むし、キリカが血の臭いを発して還る度憂鬱な気分になった。
けれど、二人で笑って、紅茶を飲んで、ご飯を食べて。そんな毎日が、織莉子にとってはとても素晴らしいものに思えたんだ。

 織莉子は答えを保留し続けた。
鹿目まどかをどうするか。魔法少女に、ひいては魔女にさせないための方策を、保留し続けた。
けれど策を止め、ただ泥のように幸福を享受することは彼女の良心が許さなかった。

 自分は既に、あまりに多くを犠牲にし過ぎている。
その屍の山を忘れてしまえるほどには、織莉子の面の皮は厚くはないのだ。

 歩みを止めることもできず、かと言って終着地点を定めることもできず。
あの逆さま魔女が現れるまでのタイムリミットは、日々近づいてくる。
けれど今は、この時はだけは、織莉子はキリカの温もりを味わい続けていたかった。
事を実行すれば、もう自分たちには安らぎが訪れやしないことを織莉子は知っていたから。


 キリカが致命傷を負ったのは、そんなある日の出来事だった。
88 : ◆qaCCdKXLNw [saga]:2012/07/17(火) 04:08:41.93 ID:yIkrPX16o
***
 キリカはこれまで、基本的に新米魔法少女のみをターゲットに狩りを行ってきた。
より効率的に魔法少女狩りを行うために、予め魔女結界にキリカの固有魔法――時間遅延魔法を巡らせ、次いで魔法少女とソウルジェムの関係を明かす。
魔法少女になったばかりで希望に胸満ち溢れている彼女らは、その事実に精神的に強いゆさぶりを受け、本来の戦闘能力の半分も発揮できず一方的に狩られる運びとなるのだ。

 その日キリカは、この辺りのドンとして(本人にその自覚があったかどうかは置いておいて)君臨する巴マミと接触していた。
これは全く想定外の出来事だった。
織莉子からも彼女とだけは戦うなと何度も言い含められていただけに、織莉子から貰った大事なぬいぐるみを拾ってもらった恩を返した後には、キリカとしてもつつがなく別れるつもりでいたのだ。

 ところが、調子に乗ったキリカが愛について講釈を垂れている最中に、魔女の襲撃がなされてしまった。
それもあろうことか、キリカだけをピンポイントで襲撃したのだ。

 仕方なくキリカは変身し魔女を始末するものの、既に魔法少女狩りの下手人は「黒い魔法少女」であることとして近隣に周知されてしまっている。
正体がばれたキリカは、巴マミと戦うしかなかった。

 キリカは善戦した。
魔女結界に自身の結界を重ね、全体に時間遅延魔法をかけた。
そして狩人さながらの動きで巴マミに手傷を負わせ、あと少しという所まで追い詰めた。

 だが、結局マミは機転を利かせてその窮地を脱し、逆にキリカを追い詰めることとなる。

 織莉子はそれを何とか知覚した。未来予知ではなく、彼女の広域化された知覚能力で以て。
固有魔法として未来予知を保有していると言えども、常に効果をオンにしておくわけにはいかない。そんなことをしていては、魔力がいくらあったって足りはしない。
普段はオフにしておき、随意に発動するよう織莉子は能力を設定していたのだ。

 今回は、それが仇になった。

 背中のソウルジェムに罅を入れられ脚を撃ち抜かれ、今にも処分されそうになった所をすんでの所で救出した時には、既にキリカの死は確定していた。

 背中の傷自体はそれほどではなかったためにすぐに治癒できたものの、脚の傷は大たい骨を粉砕・貫通し大穴を空けていて、脚がくっついているのが不思議なほどの重傷だった。
どこか致命的な血管が破壊されているのか血は止まらず、どれほど強く包帯を巻いても然したる効果はなかった。

 傷ついたジェムは、内部構造に異常をきたしたのかまともに動作せず、どれほどグリーフ・シードを用いてもすぐさま濁りを溜めこんでいく。
もうキリカは長くなかった。あと二日保てば良い方だろう、そんな有様だった。

 織莉子は後悔した。自分の、幸福を貪りたいとする怠惰が、この事態を招いたのだ。
もっと早く自分が覚悟を決めていれば――鹿目まどかの殺害を決意していれば、こんなことにはならなかったのに。

 そうだ、分かっていたはずだ。鹿目まどかを魔女にしないためには、その命を奪うしかないことくらい。
いかなる道程を通過しようと、鹿目まどかは必ず魔法少女になり、そして魔女になる。まるでそれが、予め世界の理として決められてでもいるかのように。

 たとえその先に在るのが地獄であろうと、自分は覚悟を決めるべきだったのだ。
何を悩む必要があったというのだろう、この両手はもう既に、拭いきれないほどの血で汚れきってしまっているというのに。

 これは咎なのだろうか、幾多の魔法少女たちを絶望させたくせに、至福を味わおうとしていた自分に対する。
そうだ、きっと。そうなのだ。
89 : ◆qaCCdKXLNw [saga]:2012/07/17(火) 04:09:12.07 ID:yIkrPX16o
 織莉子はベッドに横たわるキリカを見遣った。

 その身体は小さかった。

 その手脚は細かった。

 この自分よりも小さな肢体の少女は、これまで必死になって自分を支えてきてくれた。
時に織莉子を優しさで包み、時に振り回し、最後には汚れ仕事を買ってでてくれるまでに。
そしてその結果こんな深手を負って、その命は今にも尽きようとしている。
彼女はかつて自身でそう言ったように、織莉子に尽くし続けてきたのだ。

 比して、自分はいったいなんなのだろう。
これほどまでに尽くしてくれた彼女に、自分はいったいどれだけをしてやれていたのだろう。

 自分は何も返せていない。
自分を絶望の縁から引っ張り上げてくれた彼女に、何もしてやれていない。
自分のせいでこんな傷を負わせてしまったというのに、何も、何もしてやれていないではないか。

 私のせいなのに――。

 織莉子は医者を呼ぼうとした。それがどれほど無意味な行為であるのかくらい、織莉子には分かっていた。
けれどそうするしかなかった。

「――織莉子」

 いつの間にかキリカは目を覚ましていた。
医者を呼ぼうと受話器を持ち上げる織莉子に、語りかける。

「医者は要らない。これを診せてもどうにもならないよ」

 何を言っているの、と織莉子は言った。
それが自分に出来る、僅かなことなのに。

「このままじゃ貴女は……」

「いいんだ」

「よくないわ!」

 そう、良いわけがない。
キリカが居ない世界など、織莉子にはもう考えられないことだった。
たとえどれほどのことがあろうと、キリカの居ない世界など、もはや意味が無い。

 そんな織莉子を制して、キリカは言う。

「――私の告白を聞いてほしい」
90 : ◆qaCCdKXLNw [saga]:2012/07/17(火) 04:09:50.22 ID:yIkrPX16o
 キリカは語った。
小銭を拾ってもらったことが全ての始まりであること。
もう一度会いたくて街中を探し歩いて、ようやく見つけた自分には、話しかける勇気が無かったこと。
その勇気のなさを打破するために、キュウべえと契約して魔法少女になったこと。

 今の自分の人格は、後付けの作り物にすぎないのだと。

「それが、私の願いだったんだ」

 ゴメンよ、織莉子が知ってる私は偽物だったんだ。
本当の私は嫌われるのが怖くて、友達も恋愛も何にもできない、向き合えない、いじけた子供なんだ。
織莉子、私のウソにつき合わせてごめんね。

「――ありがとう」

 キリカはまるで胸の閊えが取れたような安らかな顔になって礼を言った。

 織莉子は叫びたくなった。

 貴女は、そんな、自分の心の在り様を造り変えてまで私と共に居たい思ってくれたんじゃないの。
貴女は、確かに、いじけた子供であるのかもしれない。
けれどそれがいったいなんだというの。
貴女が私と共に在りたいと思って契約したというのなら、今、私と共に在る貴女の意思は、"意志"は、偽物なんかじゃない。

 もう良い、もう良いのよ、キリカ。
貴女は良く頑張った。私のために、こうまで動いてくれた。
もう休んで良いの、キリカ。
私なんかのために身を張らないで、ゆっくりと休んで良いのよ。

 けれど、キリカが求めていたのはそんな言葉ではなかった。

 キリカの本懐、それは身も心も、魂の一欠けらに至るまで、全てを織莉子に尽くし尽くすこと。
織莉子の望みを、救世を、織莉子自身の価値を実現させるために、その命を燃やし尽くすこと。

 織莉子の為に死ぬこと。

 それが、キリカの望みだった。

 もし、織莉子がキリカに休む様に言えば、キリカはそれに従うだろう。
けれどそれは、今際のきわに在る友の意志を捻じ曲げることだ。

 キリカの想い――織莉子自身の自己実現――を遂げさせるために、自分は救世を成し遂げなければならない。
鹿目まどかの殺害を成し遂げなければならない。

 それはあまりにも歪んだ、そして捻じくれ絡まり合った想いだった。

 キリカは織莉子に尽くしたい。初めからそうだった。
織莉子はキリカに尽くしたい。もう世界のことなどどうでも良いと思えてしまうくらいに。

 その想いは交差していた。
互いが互いを慮るあまりに自分を殺し、結果として二人は互いの望まない方向へと走ってしまっていたのだ。

 二人は一心同体のつもりでいながら、互いに擦れ違った位相の違う世界に生きていたのだ。

 織莉子は決意する。もう自分は迷ったりしない。
私は、鹿目まどかを殺害する。他でもないキリカのために、この手を血で汚す。
そこには大義などありはしない。ただ大量の血と涙が流されるだけのジェノサイドだ。

「許さない」

 織莉子は言った。

 許さないわ、絶対に許さない。

 貴女には、私を欺いた罪に報いる義務があるわ。

 "たとえどんな姿"になっても、私に尽くしなさい。

 絶対に、許さない――。

 キリカは微笑んで言った。

「わかった、約束するよ――」

 この命は、血も肉も魂までも、キリカのために。

 そして、悲劇が始まった。
91 : ◆qaCCdKXLNw [saga]:2012/07/17(火) 04:10:23.73 ID:yIkrPX16o
 翌日の朝、織莉子とキリカは市立見滝原中学校――鹿目まどかの通う学校――の放送室をジャックした。
魔法少女としての身体能力があれば、変身などしなくとも一般人風情を制圧するなどは容易いことだった。

 織莉子は演説をする。
この学校に在るすべての人に向けて。
この学校のどこかにいる、鹿目まどかに向かって。



 皆さんには、愛する人がいますか。
家族、友人、恋人、心から慈しみ自らを投げうってでも守りたい人がいますか。
そして、その人たちを守るに至らぬ自分の無力を嘆いたことはありますか。

 世界は危機に陥っています。

 絶対的な悪意と暴力、それが形成したものが降りようとしています。

 しかし、私は戦う。

 来るが良い、最悪の絶望――。



 刹那、キリカの背から瘴気が溢れ出る。
魔女の結界が学校全体を包む。
どこかからか生じたキリカの使い魔たちが、生徒たちを襲いくる。

 ああ、これこそがキリカの生きたあかしだ。
自分に尽くす、キリカの意志そのものだ。
今キリカは、世界に刻み込んでいるのだ、彼女が織莉子に尽くしているという事実を。

 それは今の織莉子には、とても素晴らしいことのように思われた。

 結界の中には、二人分の椅子があしらわれた。
それはどこをどう見ても墓碑そのものだった。

 なんだ、キリカ、ちゃんと分かってるじゃない。
ここが私たちの死に場所となることが――。

 先ず最初に現れたのは、黒い長髪の魔法少女だった。
彼女のことを、織莉子は知っていた。世界の終末にいつも立ち会っていた子だ。
悲しみと、悔しさと、諦観と、様々な感情がない交ぜになった表情をしてあの場所にいた、1人の魔法少女だ。

 不思議だった。
大体にして、未来というものは流動的だ。
終着点は変わりはしないものの、あの逆さま魔女と対峙する者たちの面子はかなり変動していのがその証左だ。
だが彼女だけは、いつも変わらずそこに在った。まるでそれが必然だとでも言うかのように。

 話し合う振りをして問答無用の先制攻撃を仕掛けていた彼女の魔法を見て、織莉子は合点がいった。
ああ、この子はすでにあの場所を通過しているのだと。
この子は、繰り返しているのだと。

 織莉子は彼女に宣言する。
世界の終焉を齎す鹿目まどかを排除する、と。

 どうやら鹿目まどかに執着しているらしい彼女とは、当然のこととして戦闘になった。

 この子の能力は時間停止だった。
それは織莉子の未来予知と、キリカによる極時間遅延領域を設けることで対処可能だった。
とは言え、キリカの延命のためにグリーフ・シードのストックは全て使い切ってしまっていたので、二人同時に魔法を行使するという消耗は出来る限り避けたいことだった。

 見れば、紫の魔法少女は時間停止を発動する際に左手の盾に触れる必要があるようだ。
そしてありがたいことに、その主兵装としての銃撃を接射にて放つことはない。
さすがに接射では、キリカの魔法と言えども対処は不可能だからだ。
戦闘時につきそのことについて深く考える余裕はないが、少なくともわけも分からず葬り去られる心配はないようだった。
92 : ◆qaCCdKXLNw [saga]:2012/07/17(火) 04:10:54.19 ID:yIkrPX16o
 そうこうしているうちに、追加の魔法少女たちが現れた。
キリカに致命傷を浴びせた巴マミと、隣町を縄張りとする佐倉杏子、織莉子自身がそそのかして契約させた千歳ゆまの3名だった。

 4対二、方やベテラン3人に回復能力特化型魔法少女の組み合わせ、方や契約して一月も経っていないルーキーが二人。
彼我の戦力差は明らかだと言えるだろう。下手を打てばリンチにすらならない。

 4対か、とキリカが言う。

「いや、巴マミ1人にも勝てなかった私は足手まといかな」

 そんなことはない、と織莉子は声を大にして叫びたかったが、ここ語りはキリカに任せることにする。
今更何を言った所で、キリカの命はもうどうにもならないのだから。

 そうとも、今日は私たちの、一世一代の晴れ舞台なのだ。

「――魔法少女のままじゃね」

 にやり、とキリカが笑う。

 怪訝な顔をする対峙者4名。
織莉子もまた、キリカの方を見遣る。

「キリカ……!」

 キリカは、心配しないで、と言う風に微笑むと、

「そろそろだ、織莉子。もう私は、結界が張れるくらい"引っ張られて"いるんだからね」

 いよいよ、最期の時だ。
キリカは息を吐く。

「大丈夫、私は何になっても織莉子を傷つけたりはしない。
 ――いや、むしろこうなることでキミを護ることができるならば」

 キリカの腰に位置するソウルジェムが宙へ跳ぶ。
いったい何が始まると言うのだ、と驚く4人。もっとも、うち一人は別のことに驚いているようではあったが。

 ――私は、安らかに絶望できる――。

 それが、呉キリカという"魔法少女"の最期の言葉だった。

 キリカの菱型のジェムは砕け散り、魔女が生じる。
マネキンの胴体をいくつもくっつけたような乳房がいくつも並んだボディに、のっぺらぼうの顔。
大きなシルクハット風の帽子を被っていて、そこにくっついたでっかいリボンの中心には、単眼の目玉がぎょろりと据え付けられている。


/――使い魔の魔女
 一人の少女に仕えるために生まれた魔女。
 彼女は常に少女のために在る。その存在意義は少女と共に在る。
 この魔女を斃したければ、少女をその手に掛ければ良い。
 存在意義を失くした魔女は、瞬く間に消え失せるだろう――/


 なんだ、と織莉子は微笑んだ。
何を心配することがあったろうか。キリカは、ここにいるではないか。
自分を守るために、魔女になってもまだここにいるではないか。

「キリカ、真に絶望するのは貴女じゃない。真実を知った彼女たちよ。」

 ありがとう、キリカ。愛している――。
93 : ◆qaCCdKXLNw [saga]:2012/07/17(火) 04:11:37.92 ID:yIkrPX16o
 目の前で魔法少女が魔女になる様――予めパッケージングされたその事象を目の当たりにした対峙者たちの士気は、笑ってしまうくらいにガタ落ちだった。
自分もいずれ魔女になるのだと突き付けられたのだ、そもそも「魔法少女」という存在がなんであるのかすら考えたこともないだろう彼女らには、骨身に染みる事実だろう。

 織莉子と、未だ時間遅延の魔法を維持し続けるキリカの化身はあっという間に有利に立つと、敵対者たちを戦闘不能にまで追い詰めた。
心理的揺さぶりがかなり効いているのだろう、良い兆候だ。

 紫の魔法少女にしても、キリカの魔法と自身の未来予知とがはたらいている限り敗北はない。
やはり言葉にて追い詰める。精神の揺らぎは、何よりも大きな隙を産む。
激昂した彼女の背骨に水晶球を叩き込み、背骨を割る。これでしばらく動く事はできないだろう。

 これは誇示だ。私たちは事実を識り、尚も運命に抗おうとしているのだ。そう、お前たちと違って。

 私は魔法少女になった瞬間から、世界の滅亡を、自分の辿るべき末路を、その果てに在る魂の残滓がいかなる惨状を晒すのかを、繰り返し見せつけられてきたのだ。
私は、インキュベーターの言葉を借りるなら「希望を振り撒くべき魔法少女」という存在でありながら、希望を持つことが許されなかった。

 キリカと出会うあの日まで。

 そして今、私に希望を齎してくれたキリカは死に、別の形となって私に尽くし続けている。

 ことここに至った今、もう私には恐れることなど何もありはしない。
比して、対峙者たちには諦念の感が漂っている。もう抗す術はないだろう。

 あとは、鹿目まどかを始末するだけだ――。

 勝利を確信した織莉子を前にして、突如として翠色の光粉が舞う。
怪訝な顔になって見れば、そこには千歳ゆまがいた。

 回復能力特化型魔法少女の面目躍如といったところか、刹那にして3名の傷が完治する。

 幼子は言う、いつかは今じゃないよ、と。
ひとはいつか死ぬ、必ず。けれど、それは必ずしも"今"ではないのだと。

 その言葉が、他の魔法少女にいかなる作用をもたらしたのか、織莉子には分からない。
事実は、その言葉を皮切りにして対峙者たちの反撃が始まり、あっという間に形勢が逆転された、ということだ。

 馬鹿な、と思った。

 いつかは今ではない。けれど、それはいずれ必ず訪れるものなのだ。

 織莉子が反応した時には既に、3人の魔法少女たちの連携攻撃によりキリカの化身は吹き飛ばされ満身創痍にまでなっていた。
キリカ、と叫んで向かおうとするけれど、復活した紫の魔法少女・暁美ほむらが立ちはだかる。

「暁美ほむら……退けっ!」

 銃撃が頬を掠める。
94 : ◆qaCCdKXLNw [saga]:2012/07/17(火) 04:12:04.88 ID:yIkrPX16o
「なんで……あなたたちは、いつも、私たちの邪魔をするんだっ!」

 そうだ、お前たちは、世界ってやつは、いつもそうだ。

 なぜ邪魔をする。

 父は、当に世界を良くしようとしていた。

 私は、いつも世界を良くするために動いていた。

 私たちは、世界を破滅に導く鹿目まどかを始末するために動いていた。

 私は、キリカの本懐を遂げるために動いている。

 私たちのやることなすこと全ては、志も持たない卑小な輩によって潰えてきたのだ――。

「やめなさい」

 暁美ほむらが言う。

「そのまま魔力を使い続ければ貴女も魔女になるわ」

 上等だ、それくらい、実に些細だ。そのくらいの覚悟、とうの昔にできている。

「往生際が悪いね、観念しなよ」

 小悪党風情が、何を言う。そうとも、私は最期まで往生際悪く在らねばならない。
私は多くの屍を踏み越えてここに立っているのだ。
そして何よりもキリカのために、自分はここで諦めるわけにはいかないのだ。

「わるいことはさせないんだからね」

 何が善で何が悪かも解さぬ幼子が、知ったような口を叩くな。

「もう貴女には何もないわ」

 ふざけるな!

 もう何も遺されてはいない!?
ええ、そうよ、その通り。かつて有した地位も名誉も、己の尊厳も、自己の存在理由すらも、今の私には在りはしない!

 今の私に在るのは、この身体と、キリカの遺志だけだ。
他には何も残ってはいない。いないのだ。

 良いだろう、否定するが良い、私の何もかもをも。
だが、キリカの意志を、遺志を、否定する事だけは許さない。許さない、それだけは、絶対に。

 最期まで私と共に在り続けてくれた友の志を否定すること、それだけは決して許しはしない!

「終わりよ、美国織莉子」

 未だだ、未だ、終わってはいない!

 この身は、この魂は、まだ朽ちてはいない!
95 : ◆qaCCdKXLNw [saga]:2012/07/17(火) 04:12:43.88 ID:yIkrPX16o
 歯を食いしばってさらなる反抗を掛けようとする。
まだ私は死んではいない。死の、その最後の瞬間まで、自分は抗わねばならないのだ。

 と、その時だ。
自分と暁美ほむらとの中間地点に、アイツが現れた。
あの、嘘吐き――インキュベーターが。

 インキュベーターはさも自慢げに織莉子の計画を開陳した。
千歳ゆまをはじめとする魔法少女たちの勧誘行為に手を貸し、魔法少女狩りなどという騒動を起こしてインキュベーターから鹿目まどかの存在を秘匿したこと。
そしてインキュベーターはほくそ笑んで言う、残念だったね、ぼくは見つけたよ、鹿目まどかを。

 織莉子としてはそれが若干的外れであることに失笑を隠せないことだったが、それよりも事態が逼迫していることの方が問題だった。
鹿目まどかのことを知られた。であれば、これだけの惨事が起こっているのだ、彼女は一も二もなく契約するだろう。それだけは阻止しなければならない。
契約する前に、あの少女を始末しなければならない。

「鹿目まどかは最悪の魔女になるのよ、生かしてはおけない!」

「まどかは魔法少女にはさせない、私が」

 無駄だ、私は知っている。
どんなに繰り返したとて、お前は決して望む未来を得ることはできない。
あの逆さま魔女を前にして、お前たちは失敗するだろう。そして鹿目まどかは契約して、魔女になる。
そうなれば待っているのは、世界の破滅だ。その事実は変わらない。

「それに……あなたに訊きたいことがあるの」

 暁美ほむらが続く言葉を吐こうとした瞬間、織莉子の脳裏に電流のようにビジョンが走った。
それはまさに天啓だった。
鹿目まどかが、愚かにもこちらにやって来ようというのだから。

 使い魔たちの群れを掻い潜り、よくもまぁここまで来ようなどと考えたものだ。
だがこれで、ありがたいことに風向きはこちらへと向いた。
あとは時間稼ぎをするだけで良い。あの少女が現れた瞬間、最大火力で吹き飛ばす、それだけだ。

 織莉子はありったけの水晶球を展開し、あらん限りの物理エネルギーを持たせて放った。
まるで光の暴風だ。
その威力は低いが、相手の神経系に作用する魔法を込めた。これだけ一度に放てば一時的に足止めするくらいにはなる。

 魔力の枯渇が、「全身を内側から寸刻みにされるような痛み」というこれ以上ないくらいの分かりやすい形で織莉子に伝わる。
この痛みは、あの時薔薇の髪飾りをつけた少女が味わったものと同一のものなのだろう。
痛覚遮断では御することの適わない痛みの災禍に身悶えしつつ、織莉子は最大火力を放ち続ける。

 そうは言っても多勢に無勢。4対一の戦いに、足止めするのも一苦労の一方的な試合運びとなりつつある。
対峙する魔法少女たちの容赦ない連撃を、精神と肉体との両方を擦り減らしながら往なし、織莉子はとにかく耐えた。

 一瞬の隙を突いて、織莉子は再び水晶球を展開する。
撃とうとした瞬間、

「撃たせるか!」

 佐倉杏子が槍を投擲する。
紅い矢のような勢いで迫るそれを、織莉子は一旦攻撃を中断して回避する。

 そして気付く。その槍の射線上には、キリカの遺骸があることに。
96 : ◆qaCCdKXLNw [saga]:2012/07/17(火) 04:15:11.74 ID:yIkrPX16o
 織莉子の脳裏に、これから来たる未来が描写される。
墓碑の椅子に眠るように座るキリカの遺体の、ちょうど顔面に槍が突き刺さる。
可愛らしい、あのキリカの顔に。
あれは、抜け殻だ。キリカそのものではない。そう、そのはずだ。

 回想。
初めて出会った――実際には二回目の出会いだったのだけれど――あの夜に抱きしめてくれたこと。
織莉子の手料理を、笑いながら食べてくれたこと。
紅茶を飲む時に砂糖とシロップ、ジャムを入れまくりまるでゲルのようになったそれを、さも美味しそうに飲み干していたこと。
父のことを話したときに、焼きもちを焼いてほっぺたを膨らませたこと。

 ――手作りのテディベアをプレゼントした時の、あの満面の笑顔。

 気付けば織莉子は動いていた。
他の全員が驚いたことだろう、きっとあちらからしてみれば、織莉子は友の命をも差し出す冷血女にしか見えていないことだろうから。

 神経、筋肉、血管、その全てにありったけの魔力を伝え、可能な限りの速度を出す。両手を広げ、佐倉杏子の槍を受け止める。
槍は胴体を貫通し、けれどどうにかキリカの顔面すれすれの所で停止した。予め予知でそのことを知っていた織莉子は、振り向かずに槍を引き抜き再び臨戦態勢を執ろうとして――。

 自らのジェムに、銃口が向けられているのに気が付いた。暁美ほむらだった。

 キリカの化身が生み出し続けていた時間遅延の魔法も既に切れ、もはや身体を動かすことすらできないほどに疲弊しきった織莉子の現状では、ぴったりと押し当てられた銃から放たれた弾丸を回避することはできないだろう。
織莉子は、負けたのだ。

「撃たないの?」

「撃つわ」

 シンプルな処刑宣告だった。

「ひとつ答えて。あなたは何故、こんな戦いを挑んだの?」

 織莉子は微笑んだ。ずっと逃げ続けているお前には、今ここで、ここに拘り続ける自分の在り様など絶対に分からないだろう。

 ビジョン。墓碑に寄り掛かって眠る、キリカの遺体。

「私の世界を守るため、よ」

 銃声。織莉子の、濁り切ってもうあの日キリカが褒め湛えた真珠色からはほど遠い色になったジェムが砕け散る。
薄らいでいく意識の中で、さらなるビジョンが浮かぶ。

 巨大な魔女。吸い取られていく魂。
どうやらこの期に及んでなお、鹿目まどかは魔女になって世界を滅ぼす運びであるらしい。

 ああ、悔しいなぁ。自分は結局、なにも成し遂げられなかった。

 救世も、キリカの望みも、何もかも。したことはと言えば、無垢の魔法少女たちの命を徒に奪ったことだけだ。

 私は、ここで終わり――。涙に満ちた瞳を開くと、何か落ちてくる物体が見えた。

 キリカの破片。

 ぱきり、と音がして、美国織莉子の最後の未来予知が発動される。

 それは奇跡だった。ソウルジェムを破壊された時点で、普通は魔力の行使などできようはずもない。

 それは掛け値なしの、唯一の奇跡だった。

 織莉子は全身全霊の力で以て、キリカの破片を撃ち出した。インキュベーターの方向へと。
とても分かりやすい目印で、この時ばかりは織莉子も白饅頭に感謝した。ちょっぴり、ではあったのだけれど。

 そうして、美国織莉子の意識はブラックアウトした。

 だからきっと、この後に"なにか"が起きて、織莉子が"何らかを得た"のだととしても、それは恐らく、彼女だけのものなのだろう。








 それは契約した瞬間、"織莉子"の中に流れ込んできた記憶だった。
まるで頭蓋骨に穴が開けられてやかんで湯でも流し込まれるかのような怒涛の勢いで、その記憶は織莉子のものになったのだった。
97 : ◆qaCCdKXLNw [saga]:2012/07/17(火) 04:16:07.07 ID:yIkrPX16o
 













第三話:コネクト<了>
98 : ◆qaCCdKXLNw [saga]:2012/07/17(火) 04:18:02.60 ID:yIkrPX16o
そんなわけで第3話でした。
予定よりも随分遅れてしまってもうしわけない。
一番難しいと思われる場所は越えたので、これからは更新速度が上がる……といいなあ。

こんかいのまとめ:織莉子ちゃんが前ループの記憶を継承したら、というありがちなお話
99 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/17(火) 10:27:43.55 ID:okzcP/7/o
乙!
織莉子の心理描写がとてもよかった
次回も楽しみにしてる!
100 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [sage]:2012/07/17(火) 18:30:03.87 ID:PgnKXPPr0

なるほど、織莉子がマミさんを憎んでるわけだ
101 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/17(火) 19:34:59.39 ID:3qeOXns0o
おりマギは読んでないんだけど、これが織莉子とキリカの物語なら、二人を応援するしかない、と思った。

102 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) [sage]:2012/07/18(水) 00:19:05.55 ID:CE45k3m+o
おりキリ同様に、それぞれの人間ドラマがあることも忘れてはならない
説得力のある重厚な物語だったと思います
おりマギでの行動は、本当に追い詰められていたことなんだなと。

そしてこの物語の舞台裏にも、また同じような人間ドラマが繰り広げられ、織り交ざっていた、あるいはいくのかと思うと
心からwwktkが止まらない
103 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/18(水) 00:46:10.67 ID:25PBoGTDO
凄いスレ見つけた
濃度濃いな好みだわ
104 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(兵庫県) [sage]:2012/07/18(水) 22:43:47.47 ID:SYGklAUp0
乙です
まどかの魔法少女化阻止に加えて、復讐劇だって!? それは本当かい?

より織莉子さんの世界(依存度)が濃そうに感じたのはそういう理由だったのね…
105 : ◆qaCCdKXLNw [saga]:2012/07/19(木) 01:44:49.53 ID:UafxeB6Jo
レス多謝。

>>99-101
そういう乙の一言が、書き手としてはなによりも嬉しいものです。
ありがとうございます。

>>101
生きてきて周りにあったもの全部失って、最初で最後の友達も死んじゃって、そこでのあの言葉って相当キツイだろうなぁ、と何回か読み返すうちに思ったので、この話に突っ込ませてもらいました。
マミさんて、本編でもおりマギでもそうなんだけれど、敵対者には割と容赦ないんじゃないかと思うんですよ。

>>101
出来れば読んでもらった方が良いかもしれません。
今回の話はその性質上、本編を織莉子視点から見たものになります。
またこれからのお話も織莉子とキリカを掘り下げていく感じになるので、他の子たちの心理描写が他の濃いいSSと比べて薄くなると思われます。
このお話、基本は「魔法少女おりこ☆マギカ」が前日譚としてあったことを前提としてますので……

>>102
この前日譚は、織莉子の行動原理や葛藤やなんかを自分なりに噛み砕いて、それなりの着地点に落としどころを見つけたものだ、と思っていただければ幸いです。
ただの基地外として語られることの多い織莉子ちゃんですが、マギカ世界的にはごく一般的な空回り型魔法少女の一例だと思うのですよ、彼女は。
追い詰められてどうにかしようとして、でもどんどん袋小路に嵌まっていくっていう。

>>103
ありがたい言葉感謝です。
できるだけ濃い、とんこつラーメンみたいなお話にしようと思っているので、温かく見守っていただければさいわいです。

>>104
どうしてここまで依存しているのか、は追々明かしていく予定です。


更新速度は遅く、また掲示板投下形式に合致した文章構造にするのに四苦八苦してますが、それでもおつきあい願えたらありがたいです。

補足:当SSではほむループに多重並行世界説をとっており、SS織莉子ちゃんと本編織莉子ちゃんは別人です。
 ほむほむが繰り返すときにそのまま連続した自我と記憶を持っているのに対し、織莉子ちゃんはそういった過去ループがあるのを「知った」だけです。
 今回の織莉子ちゃんも死ねばそれまでなので必死になって動いとります。

注意点:これから先、オリジナル解釈がめっさ増えていきます。例としては、織莉子ちゃんの未来予知が演繹能力になった、みたいな感じで。
 マジカルな魔法というよりは、個人的な趣向の関係でSFギミック満載な感じになっていくかと思われますので、その点だけご注意を。

では次回まで、御機嫌よう。
106 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) [sage]:2012/07/19(木) 21:52:20.18 ID:OYW0bCAS0
一揆読みした
先が楽しみだ・・・が>>66の江戸のカタキ〜がそのまんまだったな
107 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [sage]:2012/08/18(土) 02:51:56.11 ID:bqyBn3Qe0
そろそろかな
108 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(兵庫県) [sage]:2012/08/18(土) 16:45:12.02 ID:oCVcM8n70
そろそろですかね
109 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/08/22(水) 14:44:32.84 ID:r3Ync2kAo
おぉぉぉ……ここまで一気読みしてしまった
ここからどう展開するのか、先が楽しみだ
乙である、次の投下も楽しみにしてるよ
110 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福島県) :2012/08/31(金) 10:43:07.00 ID:+CEYnr9T0
偶然見つけたスレだけどまさかここまでひきこまれるとは…
次回投下もまってますぜ
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