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妹「なぜ触ったし」 - SS速報VIP 過去ログ倉庫

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1 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/05/25(金) 02:49:58.53 ID:+LQnK3JMo

 あーあ、なんだかやる気が出ないな、かったるいな。
 そんな気分で自宅を抜け出して、近所のコンビニに立ち読みに出かけたのが午後八時。

 今日発売の漫画雑誌が置いておらず、不思議に思って店員に訊ねると、

「たしか、先週合併号だったはずですよ」

 と驚愕の事実を告げられる。失意のままで他の漫画を読んでみるものの、なんだか気分が乗らない。

 そんなとき、チャラチャラした茶髪男とケバケバした茶髪女の二人組が、ツーセット同時に店内に侵入。
 四人が迷惑をかえりみずに大声で騒ぐものだから、眉間に皺を寄せたのは俺だけではないだろう。
 エロ雑誌を値踏みしていた隣のおじちゃんとか、内心憤懣やるかたない心地だったはずだ。

 イライラしていたし、ムカッときたのだ。
 


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満身創痍 @ 2024/03/28(木) 18:15:37.00 ID:YDfjckg/o
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【GANTZ】俺「安価で星人達と戦う」part8 @ 2024/03/28(木) 10:54:28.17 ID:l/9ZW4Ws0
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旅にでんちう @ 2024/03/27(水) 09:07:07.22 ID:y4bABGEzO
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にゃんにゃん @ 2024/03/26(火) 22:26:18.81 ID:AZ8P+2+I0
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/gomi/1711459578/

にゃんにゃん @ 2024/03/26(火) 22:26:02.91 ID:AZ8P+2+I0
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/gomi/1711459562/

2 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/05/25(金) 02:50:24.55 ID:+LQnK3JMo

 でもま、そんなことでいちいち怒ってたら、この世の中は生きていけないぜ、俺。
 そんなふうに自分を慰めて、好みの漫画が載っていない漫画雑誌をペラペラめくって、不満をごまかした。

 だが結局、俺は居心地の悪くなった店内を早々に離脱することにきめる。
 あんまり楽しくなかったのだ。俺は缶コーヒーだけを持ってレジに並び、肉まんを頼んだ。

 気の弱そうな女性店員(おそらく学生)がレジに立っていた。
 彼女は「いらっしゃいませ、お預かりいたします」の「いたし」のあたりで噛んだ。
 照れ隠しのような苦笑が愛らしく、まぶしい(俺は惚れっぽい性格だった)。

「ありがとうございます。またお越しくださいませ」
 の声(「おこし」のあたりで噛んでいた)を背中に店を出て、缶コーヒーを軒先で飲む。

 季節はすっかり冬めいて、夜ともなるとひどく肌寒い。
 
 少しすると、さっきの四人組がガヤガヤ騒ぎながら店を出てきた。
 ひとりの男と目が合う。咄嗟に逸らす。

3 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/05/25(金) 02:50:51.61 ID:+LQnK3JMo

「何だアレ」
 
 もう一人が、なぜだか俺を指差して笑った。

 知らんぷり、できればよかった。

 なんかもうすっごくバカバカしい話だが、頭に血が上った。
  
「ばーか!」

 と四人に向かって俺は叫んだ。背を向けて帰路を行く。こんなことをしても現代じゃ追ってくる奴なんていない。
 さようなら、義理と人情と愛の時代。こんにちは、古びてしまった超個人主義社会。
 怪しい人には「なんなのあれ」と言って、それでおしまい。誰も文句なんて言わないのだ。

「あ?」「なにあれ」「はっ? おい、なんだアレ」「やるか?」「おう」「ちょっと、やめなよ」「行くぞ」

 えっ。

4 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/05/25(金) 02:51:18.35 ID:+LQnK3JMo

 ――そんなわけで、追われていた。

「待てオラッ!」

 いや、たしかに俺が悪かったのだ。うん。他人の迷惑をかえりみないのは別に悪いことじゃない。

 第一、最近の人は他人の顔色をうかがいすぎている。もうちょっと身勝手もふるまってもいいのだ。
 他人の顔色をうかがってばかりいると顔色を失ってしまうものだ。自分というものはしっかり持つべきだ。
 そういう意味では君たちは尊敬に値する。何も悪いことをしていない人間に対して「ばーか!」はない。

 俺が悪かった。認める。
 だからやめよう、仲直りしよう。科学が人類を幸せにしなかったことは二十世紀が既に証明した。
 だが、俺たちには対話の力がある。俺は対話の力を信じている。対話は人をおおらかにさせる。スピリチュアルに。

 話し合おう。まじで。頼むから。

5 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/05/25(金) 02:51:45.88 ID:+LQnK3JMo

「逃げんじゃねえよ!」

 男の怒鳴り声が夜の住宅街に響く。ご近所の迷惑になるからやめてください。赤ちゃんがいる家もあるんですよ。
 ああ、だが彼らは、人の顔色を気にしないという美徳の持ち主。赤ん坊なんて知ったこっちゃないぜベイベーな方々。

 夜泣きが原因で虐待が始まったら悲劇だ。人々は世の母親たちにもう少し優しくしてもいい。

 つーか「逃げんじゃねえよ」ってなんだよ。そりゃ逃げるよ。だって殴るでしょアナタ。どう見ても殴る顔してるもの。
 なに、殴られるのが分かってて逃げない人っているの? よっぽど特殊な事情だよそれ。DVとか。

 泣きたくなる。
 俺、怒鳴り声って苦手なんです。

6 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/05/25(金) 02:52:15.57 ID:+LQnK3JMo

 間近で、何かが弾けるような音がした。一瞬遅れて、缶が地面を跳ねる音だと気付く。炭酸が音を立てて夜道に噴き出た。
 飲みかけの缶を投げたのだ、こっちに向けて。さっき買ったばっかりだろうに、もったいない。

 おいおい、コーラ掛かったらどうするつもりだよ、べとべとになっちゃうだろ。……なんて場合じゃない。
 むしろ気にするべきは、「当たったらどうするつもりだよ」である。
 そして彼らは「当てるつもりなんだよ馬鹿野郎!」と言うに違いない。

 俺が悪かった。
 マジで。

 普段は小鹿のように無害だから見逃してほしい(鹿って害獣だっけ?)。
 慣れないことはするもんじゃない。マジで怖い。

 陸上部で鍛えた足がなければ、とっくに追いつかれていただろう。
 膝はズキズキ痛むけれど、逃げないわけにはいかないのだ。

7 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/05/25(金) 02:52:41.45 ID:+LQnK3JMo

「ちくしょう!」

 俺は叫んだ。

「俺が悪かったよ! 馬鹿! 馬鹿!」

「何言ってんだてめえ!」

「うるせえ! 大声を出すな染髪プリンどもめ! 赤ちゃん起きちゃうだろ! もうお前ら死ねよ!」

「テメ、いい加減にしろよ、何言ってんだお前! 今大声出したのはオマエだろうが!」

 律儀に返事をくれるあたり、意外と素直な人たちらしい。
 彼らは息を荒げながら、馬鹿みたいな会話に少しだけ笑ったようだった。

8 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/05/25(金) 02:53:07.95 ID:+LQnK3JMo

 ああもうだめ。足は確かに鍛えたが、俺は短距離ランナーだった。愛すべき瞬発力。花火のように一瞬の輝き。
 もう疲れた。俺はアスファルトに倒れ込む。もう、煮るなり焼くなり好きにしてくれ。

 息も絶え絶え崩れ落ちた俺の姿があまりに情けなかったからか、男たちは拍子抜けしたようで、何もしてこなかった。

「戻ろうぜ」と片割れが言った。「ああ」ともう片方が頷く。仲いいなぁ、こいつら。
 羨ましい。心底羨ましい。

 こんな俺に、父ならきっとこう言うだろう。

「だがな、真面目で一生懸命で、他人のことを考えられる人間が、最後には笑うんだよ」

 うるせえ馬鹿親父、と俺は思った。最後だけじゃ意味がねえんだよ。
 あいつらは真面目にやってないように見えるけど、楽しそうじゃねえか。
 
 あいつらなりに真面目、なんて言葉はいらねえぞ。
 そんなこと言い出したら、この世に不真面目な人間なんていなくなっちゃうだろ。

9 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/05/25(金) 02:53:38.78 ID:+LQnK3JMo

 ちくしょう。
 最後に泣くことになったって、途中でたくさん笑えた方がいいに決まってるじゃねえか。
 馬鹿親父、俺はなんかつらいぞ。

 空には星がまたたいている。なんだか星にすら馬鹿にされている気がした。
 背中の裏のアスファルトの感触は固く冷たい。吐いた息が白く染まって空に立ち上っていく。

 ろくなもんじゃない。
 誰でもいいから殴り飛ばしたいような、そんな冬の夜だった。

10 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/05/25(金) 02:53:59.40 ID:+LQnK3JMo

 コタツは戦場である。

 領地争いは冷戦めいている。
 一見なにも起こっていないように見えても、水面下では争いが繰り広げられているのだ。
 漫画を読んでるふりをしていても、テレビを見て笑っていても、意識は爪先に集中しているのである。

 うちのコタツは長方形だ。ので、長い辺もあれば短い辺もある。
 短い辺から足を突っ込めば、長い辺の分、体が暖かい。
 
 が、さすがにそれでは家族の不興を買う。長い辺から足を突っ込み、他の人間も暖を取れるよう配慮するのがオトナの気遣い。
 けれど、それだと足がはみ出てしまう。寝転がらなければいいのだが、コタツでそれは無理な相談である。できうるものなら寝たい。
 
 そう考えると自然、体がコタツの中で斜めになる。ちょうど長方形の辺と辺の接点から接点へ伸びる対角線のように。

 まさしく完全にかぎりなく近い解決策。すばらしきかなユークリッド幾何学。
 これなら短い辺の入口を残しているので、他の人間の邪魔にもならない。

 ……と思うのは錯覚である。

 実際に長方形を書き、対角線を引いてみると分かる。
 
11 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/05/25(金) 02:54:29.98 ID:+LQnK3JMo

 すっげえ邪魔である。

 かろうじて二か所、足を延ばそうな場所があるが、寝転がるとなるとやっぱり対角線が邪魔である。

 幾何学は敗北した。
 人間はもう終わりだ!

 ……かのように思われたが、人間には、偶然に恵まれるタイミングというものがある。
 
 天啓。ひらめきである。「天才の内訳は九十九パーセントの努力と一パーセントのひらめきである」と、かの発明王エジソンも言った。
 いや、言ってないかもしれない。誤訳だという話を聞いたこともある。

 実際、エジソンが天才かどうかはわからない。でもま、いいじゃないか、天才ってことで。頭の回転は速そうだし。
 ひらめきのない天才など、つまり努力が百パーセントで、ちっとも報われそうにない。
 大天才にとってもまた、ひらめきとはかくも大切なものだったのだ。

 俺はひらめいたので、ひょっとしたら天才なのかもしれないが、よくよく考えると九十九パーセントの努力が欠けている。
 つまり俺の中の天才は一パーセントだけ。そりゃ既に凡人である。
 カカオ九十九パーセントのチョコは、チョコじゃなくてカカオだ。

12 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/05/25(金) 02:54:56.18 ID:+LQnK3JMo

 いや、まぁエジソンはどうでもいい。だが、ひらめいたのは確かだ。

 うちのコタツは長方形。
 短い辺と長い辺の入口があり、体がすっぽり寝転がれるのは短い辺から体を突っ込んだ場合だけ。

 で、この短い辺、ちょっと無理すれば二人くらいは入れる。

 ここがミソである。
 うちの家族は基本的に二名。俺と妹しかいない。父母はなんだか出掛けがち。お仕事。
 休みが増えてくるのはせいぜい大晦日が近付く頃だろう。それも一週間あるかないかくらいのはずだ。
 それまでは大忙しだと嘆いていた。不景気まじつれーわー、とも言っていた。
 
 まぁ、それはともかく、コタツの話。
 俺と妹のふたりくらいなら、短い辺を共有できるのである。

 短い辺(できればテレビと対面になる位置)の傍に長めのクッション、あるいはソファを配置。
 ふたりともそこに陣取り、こたつに足を突っ込む。
 
 人類は救われた。

 それが我が家の冬の起こりである。これはのちにフィンブルヴェドと呼ばれることになる。呼ぶのは俺だけだが。

13 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/05/25(金) 02:55:25.84 ID:+LQnK3JMo

 そんな具合なので、冬になると、毎年自然に妹との距離が近付く。
 みかんを食べたりお茶を飲んだり、マリオパーティをしたりマリオカートをしたりスマブラをしたりする。だいたい負ける。
 
 気付けば季節は秋を通り越し、冬である。冬って言ったら寒い。寒くなったらコタツだ。コタツこそが冬であった。
 
 すべてはコタツ神のおぼしめしであった。

 つまり、何もかも、コタツ神が俺に与えた幸運な、あ、いや、不幸な事故だったのである。
 事故、そう、事故。結果なにが起こっても、俺の意図せざるところであった。

 妹は、コタツで学校の課題を済ませてソファに身を預け、眠っていた。そんな夜。
 俺はやっていたゲームに飽きて、電源を落とした。テレビを消すと、部屋は耳鳴りがしそうに静かになる。
 妹の寝息がやたら近くに感じられる。もし妹じゃなかったら発情している距離だ。

 呼吸のたびに、胸が上下する。なんとはなしに眺めていると、妙な気持ちになる。
 別に変な意味ではなく、なんとなく、不思議な感覚だ。好奇心に近いが、ニュアンスが違う。

14 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/05/25(金) 02:55:52.71 ID:+LQnK3JMo

 ちょっとした気分で、触ってみた。

 胸をね。

 これをのちにヨルムンガンドによるビフレストの崩壊と呼ぶ(何がヨルムンガンドなのかは聞くものの想像によるだろう)。
 
 思い返して、どこが事故だ、と今思った。
 
 ぱちり、と、妹の瞼が開かれる。予定調和と、人は呼ぶ。

 妹は、寝惚け眼でぼんやりとこちらを見て、俺の頬をはたいた。ぱちりと音がするビンタ。ぱちり、ぼんやり、ぱちり。かわいい音だ。
 が、音の割に痛い。

「なぜ触ったし」

 と妹は低い声で呟く。
 胸に逆鱗があるとは思わなかったからだ、とは言えない。

15 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/05/25(金) 02:56:28.70 ID:+LQnK3JMo

「ちょっとした事故だ」

 俺は咄嗟に言い訳を並べようとした。対話は人類を幸福にすると、俺は信じていたような気がする。

「こういうのは事故とは言わない」

 けれど失敗する。どうやら起きていたらしい。

「じゃあ、こういうのは何て言うんだ?」

「……未必の故意?」

「なにそれ」

「いや、分かんないけど」

16 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/05/25(金) 02:56:55.26 ID:+LQnK3JMo

 中身のない会話をしていると、妹は不意にはっとしたように表情を変え、俺の頭を叩いた。

「なぜ叩く」

「なぜ触ったし」

 会話が噛みあわない。いかに兄妹と言えど、芯から分かり合えることなんてないのだ。
 俺はいいかげん諦めることにした。
 
「ごめん、つい……」

「つい、じゃないから」

「じゃあなんていえば許してもらえるんだよ!」

「え、なんでこの人、真面目に謝ってもいないのに逆ギレしてるの……?」

 対話はやっぱり不毛なのかもしれないと俺が考えかけたとき、妹はソファから立ち上がってコタツを抜け出した。

17 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/05/25(金) 02:57:21.22 ID:+LQnK3JMo

「寝る」

「もう?」

「もう、って。十二時だよ」

 たしかに時計を見ると、日付が変わる頃だった。
 妹はリビングを出るとき、不意に大真面目な顔をして、俺の方をちらりと見た。それから少し目を逸らし、

「ねえ、ホントに、どうして触ったの?」

 と、真剣な声音で訊ねてくる。

 俺はどう答えていいか分からず、

「さあ?」

 と首をかしげた。本当に理由は分からない。なんとなく。
 いや、なんとなくで妹の胸を触るのは、アホかという話なのだけれど。

 そんな冬の夜だった。

 以来二週間、妹は俺と口を聞いてくれない。これが世に名高いラグナロクである。

18 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/25(金) 02:57:54.64 ID:+LQnK3JMo
つづく
今度こそのんびりやります
19 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/25(金) 05:33:20.78 ID:QdmFJ4rco
期待
20 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) [sage]:2012/05/25(金) 07:31:08.93 ID:epu9Q1+Qo
よくこんな意味のわからない文章書けるな
21 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(埼玉県) [sage]:2012/05/25(金) 10:16:56.11 ID:E9+j4dBjo
なんかおもろい
22 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [sage saga]:2012/05/25(金) 10:46:51.52 ID:GcqQYRKl0
なんかいい!乙
23 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) [sage]:2012/05/25(金) 16:35:39.99 ID:thl5+4Rbo
今度こそって、前VIPか何かでやってたのか?
24 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2012/05/25(金) 19:18:18.17 ID:SRK/gmmto
いいな。
楽しみにしてる
25 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/25(金) 19:25:33.53 ID:GX5LyfBDO
こたつはともかくコンビニのくだりは完全にDQNだよな主人公
26 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/25(金) 23:37:22.05 ID:G0UCs7LIO
4作目?
27 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/05/26(土) 00:50:11.53 ID:r4TzUWFEo
訂正

11-2 延ばそう → 伸ばせそう
28 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/05/26(土) 00:50:40.58 ID:r4TzUWFEo

 別にどうだっていいような話なのだけれど、俺には友人がひとりしかいない。
 ちょっと言葉を交わす程度の知り合いなら少なくはないのだが、友人と呼べるのはひとりだけだ。
 俺は彼のことを「モス」と呼んでいて、彼は俺のことを「マック」と呼んだ。
 由来に関しては、まぁどうだっていいようなことだ。

 中学一年のとき、俺たちは別々のクラスで、初めて話をしたのは五月も半ばを過ぎてからだった。

 ちょっとした拍子に出会っただけだったが、モスはそれが当然の礼儀だと思ったのだろう、自己紹介を始めた。
 彼がしたのだから、俺の方も自己紹介をするのが礼儀だろう。
 だが、なんだか素直に名前を言うのが面映ゆくて、俺は適当なことを言ったのだ。

「きみの名前は?」

 とモスは言った(本当なら「きみ」なんて言葉を使う柄じゃない)。

29 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/05/26(土) 00:51:07.01 ID:r4TzUWFEo

「オサキ」と俺は答えた。

「オザキ?」

「いや、オサキ」

「へえ。下の名前は?」

「マックラ」

「え、マック……なに?」

「マックラ。続けて読むとオサキ・マックラ」

「……あ、そうなんだ。へえ」

 真面目に考えることを放棄したような彼の表情を、俺は今でも覚えている。

30 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/05/26(土) 00:51:33.18 ID:r4TzUWFEo

 あとになって冗談だったと弁解したのだが、その頃には彼の方がその名前を面白がってしまい、俺のことを「マックラ」と呼び始めた。

 やがて短くなる。マック。

「お前、それじゃあファーストフードの店みたいだろうが、俺がマックならお前は何だ、モスか」

「いいじゃん、それ」

 こんな具合で決まったあだ名だ。それが今でも使われているのだから不思議なものだ。
 そのモスとの付き合いが、高校に入った今でも続いているというのは、思えばもっと不思議なことだ。  

31 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/05/26(土) 00:52:57.87 ID:r4TzUWFEo

 妹が口をきいてくれなくなってから、俺は必死になって妹にちょっかいをかけた。

「学校はどう?」と夕食のときに訊ねてみたり、勉強をしている妹に緑茶を差し入れてみたり。
 妹は「んー」と頷いているのか唸っているのかもわからない声を微かに返してくれた。そのことに俺は少し安堵した。
 完全に無視しているというよりは、可能なかぎり避けるつもりなのだろう。

 その方が現実的でいやなのだが。
 
 どれだけ頑張ってみても状況は一向に改善されず、俺は疲弊し始めていた。自業自得だから、なおさら救いがない。
 このままじゃまずい、と思い、誰かに相談することにした。相手はモスしか浮かばなかった。

 最近妹に口をきいてもらえないんだよね、と相談すると、モスは苦笑して続きを促した。

 「お前んとこ、兄妹仲良いのにな。何が原因?」

 まだ早朝と呼んでもいいような時間、俺とモスは教室で話をしていた。
 俺たちはいつも朝早くに教室にやってくる。人がいる時間の教室より、人がいない時間の教室の方が好きだからだ。

32 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/05/26(土) 00:53:26.72 ID:r4TzUWFEo

 俺は正直に答えた。

「おっぱい」

「は?」

「いや、だからね、おっぱいが……」

「いや、うん。分かった。分からないけど、分かった。分かったから落ち着こう」

 どちらかというと落ち着きを失っていたのは彼の方だったが、俺は仕方なく頷いた。
 確かに説明の仕方が唐突だったかもしれない。

33 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/05/26(土) 00:54:00.81 ID:r4TzUWFEo

 俺は丁寧に説明することにした。といっても、説明する事柄なんてそう多くはなかったのだけれど。
 なんだか唐突に触ってみたくなったから触ってみた。そしたら口をきいてもらえなくなった。それだけ。

「……バカかお前は」

 返す言葉もない。

「で、謝ったの?」

「……どうだったっけ」

「……あのさぁ」

34 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/05/26(土) 00:54:43.79 ID:r4TzUWFEo

 モスは呆れきったように溜め息をつく。彼は几帳面で生真面目な性格をしている。
 勉強はできるし人当たりもいい。友達だって多い。何かとクラスメイトに頼りにされる。
 
 そんな彼と、クラスでも浮いている自堕落な俺が友人同士というのは、少し奇妙なことだ。
 俺が勝手に友人だと思っているだけなのかも……という可能性は、怖いので考えないことにしている。

「まず謝れよ。真面目に。茶化さずに。ただでさえデリケートな時期なんだから」

「デリケートな時期って言い方、なんかエロいよね」

「真面目に聞け」

「……ご、ごめんなさい」

 彼には妙な迫力があった。

35 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/05/26(土) 00:55:16.37 ID:r4TzUWFEo

「お前はさ、別に悪い奴じゃないんだけど、短気だし、無愛想だし、思慮が足りないし、無神経だ」

 モスは言う。お前の言葉が無神経だと言い返そうか悩んだ。が、だいたい合ってる。
 割と傷つくものの、事実なのだから仕方がない。

「俺が言うのもなんだけど、お前はもうちょっと考えて行動するべきだよ」

「いろいろ考えまくった結果、何も考えないで生きるのが一番楽だったという、俺なりの高等理論が……」

「いいから聞け」

「あ、はい」

 モスは俺のことを考えて、普通なら鬱陶しがられるようなことをあえて言ってくれている。
 いかに浅慮と言われようが、そのくらいのことは俺にも分かった。

 もし彼が長い付き合いの友人じゃなかったら、同じことを言われた段階で「ばーか!」とキレてる。
 そのくらい短気なのもたしかだ。

36 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/05/26(土) 00:56:32.49 ID:r4TzUWFEo

「俺は別にお前が憎くてこんなことを言ってるんじゃないぞ。お前が損してるって言ってるんだよ。根はいい奴なのに」

 良い奴ではないよ、と俺は思った。人に迷惑はかけるし、開き直るし。
 でも、彼がそう思ってくれているなら、あえて否定することもないだろう。そこまで卑屈にはなりたくない。
 ……いや、やっぱりちょっと否定するべきかもしれない。俺はたしかに身勝手に行動しすぎてる。最近は特に。

 なんだかむしゃくしゃしているのかもしれない。俺はふと窓の外を眺めた。空は真っ白だった。
 
 校門の近くに人影が見える。もう登校する生徒の数が増え始める時間なのだ。
 冷たい校舎に、少しずつ人の気配が増え始めている。
 
「くだらないことで、他人に軽蔑されていく必要はないだろ、って言ってるんだよ。俺は」

 俺はその助言にもう少し耳を傾けていたかったのだが、廊下の方から足音が聞こえてくる。
 モスは周囲を気にせずに言いたいことを言ってしまうが、俺は他の人間にこんな話を聞かれたくない。
 
 慌てて話題を変えることにした。

37 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/05/26(土) 00:57:10.04 ID:r4TzUWFEo

「おっぱいはくだらないことじゃないだろ!」と俺は叫ぶ。

「いや、何言ってんだお前は」

 彼は気が抜けたように溜め息をつく。俺だって真面目に聞いているのだ、俺なりに。彼の助言を。
 でも、こういう話を他のクラスメイトに聞かれるのは恥ずかしい。なんでかわからないけど。

「おっぱいを舐めるな!」

 二度目の叫びをあげたとき、教室の引き戸が開いた。

 俺はなんとかごまかせた気でいたが、引き戸を開けたクラスメイトの男子は唖然とした顔でこちらを見ている。

 イケメンだ。なんかしらないけどかっこいい男子。妙に人目を引くところがある。
 動物で言うと子犬っぽい顔。イケメンというよりはかわいい系なのだろうか。
 その表情が、フリーズしたようにこわばっている。

38 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/05/26(土) 00:57:36.94 ID:r4TzUWFEo

 非常にどうでもいい話なのだが、俺とモスの席は前後に並んでいる。
 俺たちふたりは話をするとき、いつも片方の席に集まる。

 片方が椅子に座り、片方が机に座る。もちろん向かい合って話をしているわけではないのだが、距離は近い。

 なもんで、角度によってはかなりの近距離でごそごそやっているように見える。
 ついでに言うと、今日は俺が彼の机に座っていた。
 くわえて、

「おっぱいを舐めるな!」

 である。

 やべえ、と後から思った。違う意味に受け取られる。具体的に言うと薔薇的な。

39 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/05/26(土) 00:58:39.01 ID:r4TzUWFEo

「いや、待て。誤解だ」

 状況に気付いたモスが説明しようとしたタイミングで、廊下からいくつもの足音がやってくる。
 言い訳している時間はなさそうだった。

 俺は咄嗟に子犬系男子を廊下に連れ出して説明をしようとした。
 が、教室に入ってきた新しいクラスメイトが彼に話しかけてしまった。俺は声を掛けるタイミングを失う。

 教室は徐々に騒がしくなっていく。モスがぽつりと呟いた。

「どうするよ。俺らの学生生活」

 俺はうなだれた。

「ほんとうに申し訳ない」

 今度ばかりは謝るしかなかった。本当に今度ばかりは。いつだって俺は彼に迷惑ばかりかけている。

「いや、仕方ない。妙な噂が流れても、ちゃんと説明すれば分かってもらえるだろ。……たぶん」

 たぶん。彼は祈るような口調だ。俺は胃が痛くなりそうだった。
 廊下を伝って、他の教室からもざわめきが聞こえてくる。
 どうやら一日が始まるらしかった。


40 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/26(土) 00:59:05.70 ID:r4TzUWFEo
つづく

>>26
そうなりますね
41 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2012/05/26(土) 01:15:11.95 ID:ldxHuxr+o
乙!
42 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/26(土) 01:40:52.82 ID:zroryjTqo

探してみるか
43 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西・北陸) [sage]:2012/05/26(土) 03:17:55.12 ID:kHO8eM6AO
下ろしたぞ
44 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2012/05/26(土) 03:53:39.61 ID:hafOIbLfo
くそわろた
45 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/26(土) 10:32:15.38 ID:TtTzYTMIO
モスかわいそす
46 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/26(土) 16:18:48.60 ID:yuDoQasso

 例の子犬系イケメンは、朝のことを誰にも話していないようだった。
 休み時間になるたびに、俺とモスは食い入るように彼の様子を観察した。
 彼は居心地悪そうにしていたが、こちらとしてもただごとではないのだから仕方がない。
 
 何度も話しかけようと思ったのだが、短い休憩時間の間で上手に説明しきれるとは思えない。
 そんなわけで、俺は二時限目の業間に少し声を掛けて、

「昼休みに話があるんだけど、いいか?」

 とだけ言った。彼は恐ろしい予感に打ち震えるような表情をしていた。
 なぜだか悪いことをしている気分になる。でもしっかりやらないと。

 誤解をとく努力だけはしなくては。
 世の中のいざこざのもととなるのは、奸策や悪意よりも、むしろ誤解や怠慢だ、と誰かが言っていた気がする。
 
 いらぬいざこざを生む前に、上手に説明をしておくべきだろう。

47 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/26(土) 16:19:30.60 ID:yuDoQasso

 モスは憂鬱そうな顔で授業を受けていたが、時間が経つにつれて気分を持ち直していったようだった。
 見られたのが例のイケメンでよかったと俺は思った。
 仮に口の軽い相手だったとしたら、あっという間に噂になっていたかもしれない。

 想像すると嫌な気分になった。誤解をといたところで、一度ついた印象はなくならないかもしれない。

 たしかにモスが言う通り、俺には思慮が足りない。
 もうちょっと気をつけよう。……といつも思うのだが、いまいち上手くいかない。

 どうにも短慮で短気。
 それが俺という人間なのだ、と開き直ることもできるのだけれど、今回のようなことばかりではそうもいかない。
 どうしたものか。

48 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/05/26(土) 16:19:57.15 ID:yuDoQasso

 昼休み、俺たち三人は中庭で話をすることにした。大きな桜の木を中心に、ベンチが四方に四つ並んでいる。
 もちろん木は何もかもを脱ぎ捨てて裸になっていた。外はひどく肌寒い。俺は室内で用事を済ませればよかったと思った。

 俺は後悔と不安で落ち着かない気分になっていた。半分泣きたかった。
 だがもっと泣きたかったのは、呼び出された彼の方だろう。

 幾分緊張したような表情で話を切り出したのは彼の方だった。

「あのさ、俺、誰にも言わないから」

「待て。お前はとんでもない誤解をしている」

 俺は咄嗟に止めようとしたが、彼はそれすらも遮る。

「いや、ホントに大丈夫。俺口堅いし! ホント、誰にも言わないから、だから気にしないで」

 彼が言葉を重ねれば重ねるほど、俺はなんだか居心地が悪くなっていった。

49 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/05/26(土) 16:20:25.26 ID:yuDoQasso

「とりあえず話を聞いてほしい。すべて誤解なんだ」

 モスは冷静に話を進めようとした。

「誤解ってなに?」

 子犬イケメンは表情をひたすらに緊張させている。俺はだんだん可哀想になってくる。
 何もここまで混乱することもないだろうに。

「だから誤解なんだって。悲劇的な。別に俺とこいつはそういう仲じゃないから」

 モスが使った"そういう仲"という言い方は、なんだか余計に誤解を激しくさせるような気がした。

50 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/05/26(土) 16:20:57.23 ID:yuDoQasso

 子犬イケメンはうなずく。

「いや、うん。分かった。そういうことにしておこう」

 こいつ、ひょっとしてかなり思い込みが激しいのだろうか。
 俺は段々イライラしてきた。違うって言ってるだろうに、なんだって耳を貸そうとしないんだろう。

 とはいえ、さっき指摘されたばかりの短気さを今発揮してしまっては、さすがに学習がなさすぎる。
 静かに怒りを堪える。子犬の表情は泣き出しそうにすら見えた。そこまでビビるほどのことか?

「だから何でもないんだって」

 モスは根気強くイケメンを説得しているが、俺はもう嫌気がさしてきた。

51 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/05/26(土) 16:21:49.65 ID:yuDoQasso

「別に誰にも言わないから気にしないでくれよ、ホントに。何も言わないから」

 彼は怯えたように言う。モスは眉間に皺を寄せた。
 俺には自制心が足りなかった。やっぱり一言言ってやろう、と思ったとき、

「だから違うって言ってるだろ!」

 とモスが怒鳴った。冬の中庭は、一瞬の静寂に包まれる。
 モスは「しまった」という顔をした。こいつも案外短気な奴だった、そういえば。ただでさえ不愉快な誤解にイライラしていたのだろう。
 俺は咄嗟に取り繕うとしたが、緊張状態だったイケメンはよっぽど驚いたのか、校舎の方に走り去ってしまった。

52 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/05/26(土) 16:22:15.94 ID:yuDoQasso

 重々しい溜め息をついて、モスはベンチに腰かけた。俺は溜め息が出そうなのを堪えた。
 責めるつもりはない。元をただせば俺の責任だ。だが、これで事態は更にややこしくなった。

「モス」

 これからどうする、と訊ねようとすると、彼は頭を振って遮った。

「分かってる。何も怒鳴ることはなかった。あとで謝りに行くついでに、ちゃんと説明しようと思う。俺ひとりで行くよ」

 あんなに聞き分けがないんじゃ、怒鳴りたくなっても仕方ない、とフォローしようかと思ったが、やめた。
 最初は俺が原因だったのだから、何を言っても身勝手な気がした。

 俺たちは揃って溜め息を吐く。白い息が空に伸びた。なんだか何もかもうまくいかない。

 不意に、

「修羅場ですか?」

 と声がした。

53 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/05/26(土) 16:22:46.61 ID:yuDoQasso

 振り返ると見覚えのある女子生徒が立っていた。

 低い身長。藍色のカーディガン。
 規定よりはずっと短いけれど、多くの女子生徒よりは少し長いスカート。さらりと肩まで伸びた黒髪。
 長い睫毛。

 コイツ誰だっけ、と思ってから、一瞬遅れで理解した。

「修羅場ですね?」

 彼女は面白がるようにいやらしく笑う。
 俺は嫌な予感に身を震わせた。

 幼稚園以来の腐れ縁、幼馴染。中学の途中から話をしなくなったけど、その笑顔には見覚えがある。
 面白そうなおもちゃを手に入れたような、新しい悪戯を思いついたような笑顔。
 背筋がゾクゾクと粟立った。

 面白そうなことを見つけると首を突っ込みたくなる癖は、未だになくなっていないらしい。

54 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/05/26(土) 16:23:27.68 ID:yuDoQasso

「誤解だ」

 と俺は咄嗟に言った。「修羅場」という言葉の雰囲気は、とてもまずい。
 いったいどこから話を聞いていたのかわからないが、その言葉だとまるで――

「三角関係?」

 と幼馴染は呟いた。俺は泣きたかった。

「違う!」

 焦って声を荒げるが、彼女は驚くでもなく平然と頷いた。

「分かってます。 あの人、タカヤくんですよね、三組の」

55 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/05/26(土) 16:23:53.42 ID:yuDoQasso

「……たか、え、誰?」

 俺が首をかしげると、モスが苦笑した。彼は疲れ切ったようにうなだれている。

「さっきの男子。おまえ、クラスメイトの名前くらい憶えとけよ」

 俺は幼馴染の表情をうかがう。コイツはさっきのイケメンと、名前で呼び合うほど仲が良いのだろうか。
 名前で呼ぶから仲が良い、というのは少し安易な発想という気もしたが。

「一応言っておきますけど、タカヤが苗字ですから」

 と彼女は俺の考えを先読みして否定する。
 彼女が鋭いというよりは、俺の方の問題だろう。思っていることがすぐ顔に出るらしい。彼女に言わせると。

56 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/05/26(土) 16:24:19.40 ID:yuDoQasso

「用事があって彼を探してたんですけど、面白そうなことになってましたね。いったいどうしたんですか?」

「――なんでもない」

「嘘ですね?」

 俺は嘘をつくのが苦手だった。彼女は俺が嘘をつこうとする理由を考慮してくれない。柔らかな笑みを浮かべて追及する。
 無遠慮なのだ。そういう関係性だったとは言えど、今まで距離があったのだから、少しは態度が変わってもいいはずなのに。

 彼女の態度は以前とまったく変わらない。こういう奴なのは分かっているのだが。

 俺が答えずにいると、彼女は溜め息をついて、拗ねたような顔をする。

「何か問題が起こってるんですよね? 教えてくれたら、協力してあげてもいいですよ」

 協力、と彼女は言った。
 好奇心は猫をも殺す。そして彼女は猫かぶりだった。
 
57 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/05/26(土) 16:24:51.12 ID:yuDoQasso

「いらない。平気。ぜんぜん大丈夫」

 俺は必死になって断った。
 幼馴染に問題を説明するとなると、細かい部分までしっかりと訊き尽くされてしまうだろう。
 そうなれば、タカヤの話以上に、妹のことも話さなくてはならない。

 さすがに、胸さわったら無視されました、なんて女には言えない。
 ……いや、逆か? 女にこそ相談してみるべきなのか? 俺は少し迷った。

「ま、話したくないならいいです」

 俺が考えているうちに、幼馴染はすぐに引き下がった。だが、あきらめたわけではないだろう。
 機会を待つつもりなのだ。

 老獪な蜘蛛のように……というのはさすがに言い過ぎだろうか。だが雰囲気はそんな感じだ。

 手のひらの上で踊らされているような錯覚。
 いくら隠し立てしても、そのうち分かってしまうのだから、という自信が見える。
 もちろんそれは俺の思い込みなのだろうが、彼女には何もかも見透かされているような気がする。

58 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/05/26(土) 16:25:31.56 ID:yuDoQasso

 モスは放課後にもう一度タカヤと話をしようとしたが、彼は早々に部活に向かってしまい、機会を逸した。

 俺たちは溜め息をついて教室に残る。
 誰にも言わないというのなら、たしかに害はないのだが……一人だけとはいえ、妙な誤解を受けたままなのは嫌だ。

 タカヤに話があったらしい幼馴染も、俺たちの教室にやってきたが、彼がいないことに気付くと溜め息をついた。

 俺たちは三人で教室に残って話をした。

「お前の方の用事ってなんなんだ?」

 と訊ねると、幼馴染はそっぽを向いた。

「そっちの事情を教えてもらえないのに、こっちの事情を教える理由がないです」

 すました顔が子供っぽくて猫のようにかわいらしい。だが、中身は狡猾な蜘蛛。
 俺は溜め息をつく。

 モスの表情をうかがう。彼はかなり落ち込んでいる。今朝までは普通だったのに。
 何かの拍子で、タカヤがうっかりと俺たちの関係(誤解)を誰かに言ってしまったらどうなるのだろう。

 誤解は早めに解かなきゃいけない。

59 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/05/26(土) 16:25:58.49 ID:yuDoQasso

「なあ、話してもいいか」

 モスに訊ねる。彼は口をへの字にして考え込んでいたが、やがて頷いた。仕方ない、とでも言いたげに。
 俺は別に幼馴染の事情に興味があったわけではない。単に助言を仰ぎたかったのだ。

 部活終わりまで待って、もう一度話をしようにも、あちらがこちらの言い分を聞いてくれないのでは仕方ない。

 俺は妹とのやりとりの部分だけを伏せ、タカヤに誤解を受けていることを幼馴染に伝えた。
 すべてを聞き終えると、彼女は困ったように苦笑した。

 あまりにくだらない話なので拍子抜けしたようにも見えるし、呆れたようにも見える。

「つまり、誤解を解きたいのに話を聞いてもらえない、と?」

 幼馴染はしばらく黙っていたが、やがてくっくと笑い始める。

「笑いごとじゃないよ」

 ごめんなさい、と謝りながら、それでも彼女は笑っていた。

60 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/05/26(土) 16:26:32.47 ID:yuDoQasso

「じゃあ、協力しましょうか」

 と彼女は言う。

「どうやって?」

「タカヤくんの前でわたしに告白するんです」

「誰が?」

「きみか、モスくんか。どっちでも」

「……はあ。それで?」

「少なくとも誤解はとけるでしょ?」

「別の誤解が生まれるけど」

「わたしは一向にかまいませんよ」

「構おうよ」

 頭が痛くなりそうだ。

61 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/05/26(土) 16:27:05.50 ID:yuDoQasso

「第一、タカヤに見えるところで告白ってなると、他の奴の目にも入るかもしれない」

「それが?」

「男側が振られることが噂になるでしょう、それだと」
 
「なりませんよ。自意識過剰です」

「……いや、まぁそうかもしれないけど」

「別に告白じゃなくてもいいですよ」

「じゃあどうやって」

「タカヤくんを呼び出して、わたしと付き合ってる、って伝えるとか」

「……あのさ、そんな嘘、すぐバレるだろ?」

62 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/05/26(土) 16:27:31.56 ID:yuDoQasso

「どうして?」

 どうしてもこうしても、俺と彼女は普段から一緒に行動しているわけでもないのだ。
 普通の頭をしていれば、ただのカモフラージュだと気付くに違いない。

 第一それでは……彼女の日常にまで支障が出るのではないか?

「いいじゃないですか。それなら誰も損しないし」

 本当に平気そうに、彼女は言う。
 俺はなおさら気が重くなった。

「ダメだ。やっぱり今日の放課後、タカヤに真面目に話をしてみる」

「いいんですか?」

「どっちにせよ、説明しないことには始まらないだろ?」

「そりゃ、そうでしょうけど」

 彼女は不満そうに口をとがらせる。
 ひょっとしたら、面白がっていたのかもしれない。
 
63 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/05/26(土) 16:27:57.50 ID:yuDoQasso

 結局、俺とモスはタカヤの部活が終わるのを待った。
 幼馴染も、なぜだかそれに付き合ってくれた。
 
 校門近くで待っていたのだが、タカヤはなかなか出てこない。 
 しばらく待って、ようやく出てきた彼は、俺たちの姿を見つけて表情をこわばらせた。

 できれば今日で話を終わらせてしまいたかったので、俺とモスは慎重に彼を呼び止める。
 
 俺とモスの関係はごく普通の友人関係であって、何かあるように思ったなら誤解だということ。 
 昼休みのときは怒鳴りつけて悪かったということ。そのふたつを告げると、モスは黙った。

 タカヤは居心地の悪そうな仕草をした。彼にとっても災難な一日だっただろう。

 俺はまだ疑われているような気がしたが、一応は説明したのだから、あとは信じてくれると思うしかない。
 一応は説明できたので、気分は少しだけ晴れた。
 第一彼としても、俺たちがノーマルであると思える方が、精神安定上よいはずなのだから。

 けれどなんとなく、もうひと押しが足りない気がする。

64 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/05/26(土) 16:28:29.53 ID:yuDoQasso

 不安は残ったが、そこで俺たちはタカヤにもう一度謝罪して、帰路につこうとした。

 ……のだが、そこで何を思ったのか、幼馴染が俺の腕をとって、言った。

「実を言うとですね、この人、わたしと付き合ってるんです」

 俺とモスは息を呑んだ。タカヤは呆気にとられた表情をした。 
 俺は幼馴染の笑い顔を思い返す。あの悪戯っぽい微笑。
 それがずっと昔の記憶と符合する。

 こいつ、全然変わってねえ、と俺は呆れた。

「ですから、本当に誤解なんですよ」

 ダメ押しのような幼馴染の一言で、タカヤは混乱しながらも、さっきよりは安堵した表情をしていた。
 失礼な奴だ。勝手な勘違いで不安になったあげく、女の言葉で持ち直すとは。
 ……いや、原因は俺なのだが。

65 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/05/26(土) 16:29:09.99 ID:yuDoQasso

 モスは呆れた顔で溜め息をつく。

「……じゃあ、君たちは、えっと」

 タカヤの表情はさっきまでとはまったく別のものに変わった。
 俺はかすかに不安になる。

「いわゆる、交際中、というわけです」

「……ホントに? じゃあ、恋愛経験とか」

「はい?」

 ここで幼馴染も、話が変な方向にずれ始めていることに気付いた。

 タカヤはそこで俺の表情をうかがった。なんとなく嫌な予感がする。

66 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/05/26(土) 16:29:43.06 ID:yuDoQasso

「あのさ、図々しいこと頼んでもいいかな?」

 タカヤは大真面目な表情で言った。

「本当に付き合ってるんだよね、ふたりは」

 はい、と幼馴染は素知らぬ顔で頷いた。今更嘘でしたとも言えない。
 彼女の表情にも、さっきまではなかった戸惑いが浮かんでいる。

「じゃあ」

 とそこで、彼は俺の顔を見た。

「俺に、女の子の口説きかたを教えてほしい」

 何言ってんだこいつは、と俺は思った。
67 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/26(土) 16:30:15.68 ID:yuDoQasso
つづく
68 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府) [sage]:2012/05/26(土) 16:53:35.04 ID:GfLHk+6Go
おもしろいな
69 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2012/05/26(土) 16:56:00.41 ID:TExl5PA+o
斜め上だなあ、おもろい
70 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/26(土) 18:55:57.77 ID:n1OevtyIO
屋上さんの人だよな
71 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) [sage]:2012/05/26(土) 19:38:24.55 ID:BYS1vg1xo
屋上さんの人?
って聞こうかと思ったらもう聞かれてたし
72 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(高知県) [sage]:2012/05/26(土) 20:52:17.39 ID:pfC5mV77o
たまになに言ってるか分からない時が有るけど面白いな
73 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/27(日) 02:39:59.90 ID:p4ie8nU5o
推敲する時間がなかったので大量に訂正
ニュアンスは一部を除いて大差ないので気にならなければ無視してください
74 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2012/05/27(日) 02:40:26.17 ID:p4ie8nU5o

36-9 廊下の方から足音が聞こえてくる。 → そこで廊下の方から聞こえる足音に気が付いた。

39-10 いつだって俺は彼に迷惑ばかりかけている。 → いつだって俺は彼に迷惑を掛けているが、他人を巻き込むパターンはかなり珍しい。

46-4 休憩時間の間 →休憩時間

48-3 俺は後悔と不安で落ち着かない気分になっていた。 → 後悔と不安で気分が落ち着かない。

48-4 だがもっと 〜 方だろう → だが本当に泣き出したかったのは、呼び出された彼の方に違いない。

48-5 幾分緊張したような表情 〜 彼の方だった。 → 幾分緊張したような表情で、彼は口火を切った。

48-8 遮る → 遮った

48-10 俺はなんだか 〜 悪くなっていった。 → 俺の居心地はだんだんと悪くなっていく。

75 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2012/05/27(日) 02:40:52.25 ID:p4ie8nU5o

49-2 モスは冷静に話を進めようとした。 → 相手の混乱を慮ってか、モスはあくまでも冷静に話を進めようとしている。

49-4 なってくる。 → なってきた。

49-5 混乱 → 動揺

50-5 学習がなさすぎる。 → 救いようがない。 

51-7 取り繕う → 取り繕おう

54-8 「分かってます。 あの人、タカヤくんですよね、三組の」 → 「分かってます。あの人、タカヤくんですよね、三組の」

55-2  俺が首をかしげると〜うなだれている。 → 俺が首をかしげると、疲れ切ったようにうなだれたモスが苦笑した。

61-3 「男側が振られることが噂になるでしょう、それだと」 →「男側が振られたって噂になるでしょう、それだと」

63-9 俺はまだ疑われているような〜思うしかない。
     → まだ疑われているような気がしたが、あとは信じてくれることを祈るしかない。

63-10  一応は説明できたので、気分は少しだけ晴れた。 → 説明だけはできたので、気分は少し楽になった。

63-12  けれどなんとなく〜気がする。 → もうひと押しが足りないような気はしたが。

76 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2012/05/27(日) 02:41:49.27 ID:p4ie8nU5o

64-1  不安は残ったが〜帰路につこうとした。
       不安はあったもののどうすることもできず、俺たちはタカヤにもう一度謝って帰路につこうとした。

64-2 腕をとって、言った。 → 腕をとった。

64-6  それがずっと昔の記憶と符合する。 → 昔見たものと変わらない表情。


64-9  タカヤは混乱しながらも、
    → タカヤは一層混乱を深めたようだったが、やがてそれも落ち着いたらしい。
      彼女の言葉を十分に咀嚼して、意味をくみ取り、ようやく納得したようだった。

65-1 モスは呆れた顔で溜め息をつく。 
→ モスは呆れた顔で溜め息をつく。「好きにしてくれ」とでも言うような顔だった。
   俺はふと遠いところに行きたくなった。幼馴染が「どうだ」という顔で正面を見ている。

65-4 俺はかすかに不安になる。 → 俺はなぜか、かすかな不安を覚えた。

65-9 タカヤはそこで 〜 うかがった。 → タカヤは俺の表情をうかがう。
      なんとなく嫌な予感がする。 → なんとなく嫌な予感がした。

66-5  彼女の表情にも、さっきまではなかった戸惑いが浮かんでいる。
    →彼女の表情にも、さっきまでにはなかった戸惑いの色が浮かんでいる。

77 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2012/05/27(日) 02:42:50.60 ID:p4ie8nU5o
見逃しはあるでしょうが発見次第訂正していきます
78 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/27(日) 10:03:51.08 ID:6IhD+Sejo
乙!
細かい事は気にしません。
続き楽しみにしてます
79 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/05/27(日) 16:08:33.57 ID:p4ie8nU5o

 不意に、体に何かがのしかかった。眠りの淵から意識が引き上げられる。
 ずんという重みに、ベッドのスプリングが軋んで跳ねた。

「……わたしが重いとでも言いたげですね、このベッド」

 その声に、俺は瞼を開いた。
 うつぶせに眠っていたせいで、咄嗟には何が起こったのか分からなかったが、部屋に誰かが侵入しているらしい。

 首を巡らせると、背中の上に女が乗っているのが見えた。俺は力をこめて自分の体を浮かせる。
 幼馴染が俺の背中から転げ落ちた。ベッド脇に積み上げられた衣類の山に、彼女の身体は沈み込む。

「なんなのお前は」

 俺は溜め息をつく。

「起こしにきました」

 彼女は体を起こして微笑をたたえる。私服姿だった。やたらと丈の長いトレーナーが、腰のあたりまでをすっぽりと覆っている。
 ぶかぶかだ。ただでさえ小さいのに、よりいっそう子供っぽく見える。

 俺は時計を見た。六時半。デジタル置時計の右上に日付と曜日が表示されている。土曜日。
 休日である。

80 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/05/27(日) 16:09:44.15 ID:p4ie8nU5o

「おやすみ」

 俺は枕に頭を預けた。愛すべき惰眠の友。俺と枕との友情は何物にも代えがたい。あだ名も似てるし。
 
 幼馴染は何も言わなかった。俺はじんわりと眠りの中に落ちていく。二度寝。すばらしい。
 意識を失いかけたとき、ふたたび背中に体重が乗った。

「ちょっとくらいは構ってください」

「構ってほしいなら九時以降に出直してきてください」

 俺は真剣に言った。休日の朝六時に起きる奴は老人だ。若いうちから老いぼれになる必要はない。
 まぁ別に、そういった信条があって眠りたいわけじゃないのだが。ただ眠い。とりあえず眠い。 
 
「というか、おまえは何歳だ。馬乗りになるのはやめてください」

 俺はなぜか敬語だった。

「馬乗りって、なんかやらしいですよね」

 だからこそやめてほしいのだが。
 表情が見えなくても、彼女の悪戯っぽい笑顔の気配がはっきりと分かる。 
 本当に変わっていない。

81 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/05/27(日) 16:12:26.27 ID:p4ie8nU5o

 俺は自分がうつぶせで眠っていたことに感謝した。少なくとも視覚的には何が起こっているのか分からない。
 さらに幸いなことに、体勢と服装の関係か、衣服以外の感触はほとんど俺に伝わってこなかった。
 冬が寒くって本当によかった。惜しいような気もするが。

 思春期少年の頭の中なんてアホなことで埋め尽くされてるんだから、不用意な刺激は本当に勘弁していただきたい。
 
 俺は諦めてベッドを出ることにした。無理矢理体を起こすと、彼女はふたたび衣類の山に転がり込んだ。 
 別にそこまで勢いよくやっているわけではないのだが、落ちていくのが楽しいらしい。

「何なの、こんな朝早くに」

「ですから、起こしに来ました」

「今日、学校休み。いや、用事があるのは覚えてるけど」

「だって平日の朝はいないじゃないですか。登校するの早すぎです」

「……なんで知ってるの?」

82 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/05/27(日) 16:14:24.74 ID:p4ie8nU5o

「昨日までの三日間、毎朝迎えに来たんですけど、妹ちゃんにもう向かってるって言われたんですよ」

 全く知らなかった。妹も言ってくれれば……いや、口をきいてくれなかったのだった。
 それよりも、彼女が迎えにくると一言言ってくれれば、時間をずらすなり断るなりできたというのに。

「驚かせたいじゃないですか!」

 話をするといつも思うことだが、こいつはひょっとしてバカなんだろうか。頭が良いように見えるのだが。
 何を考えているのやら。

「で、今日はせっかく一緒に出掛ける用事があるわけだし、起こしに来たんです」

「ああ、うん。なるほどね。"せっかく"の意味が分からないけどね」

 俺はベッドから抜け出して山積みの衣類から適当に服を引き抜く。幼馴染が「うわあ」という目でこちらを見た。

「片付けましょうよ」

「そのうちね」

 彼女は呆れたように溜め息をついた。

83 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/05/27(日) 16:15:14.03 ID:p4ie8nU5o

「着替えるから、リビングで待ってて」

「別に気にしませんよ?」

「俺が気にするから」

 しぶしぶといった表情で、幼馴染は部屋を出た。俺は早々に着替えて部屋を出る。
 ドアのすぐそばで、彼女は待っていた。
 
「リビング行けって言わなかった?」

「そんなに時間かからないだろうと思って」

「廊下寒いじゃん」

「別に平気です」

「そうすか」

84 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/05/27(日) 16:15:52.19 ID:p4ie8nU5o

 妹は既に起きていたようだったが、部屋に引っ込んでしまったらしい。
 リビングのコタツにはスイッチが入れられたままになっている。
 俺はテーブルの上に置いてあったバナナの房から一本引き抜いて食べた。朝食。

 二人分のコーヒーを入れて、片方を幼馴染に差し出す。以前よく使っていたマグカップ。

 コタツに入って時間を過ごした。
 いくらスイッチが入っていようと、今時間ではまだ室内の空気も冷たい。
 
「起こしに来るにしても、もうちょっと遅い時間じゃダメだったのか」

「来た時に起きてたらむなしいじゃないですか」

 いや、まぁそうなのかもしれないけど。だからといって休みの日の朝にいきなり訪問してくるのは不躾だろう。

「最初は忍び込む気だったんですけど、妹ちゃんが入れてくれました」

 叱ればいいのか呆れればいいのか分からない。
 だが、まあ以前なら、こんなことは日常茶飯事だったのだ。いまさら常識を説くのも馬鹿らしい。
 
85 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/05/27(日) 16:16:33.05 ID:p4ie8nU5o

「まったりしましょう。待ち合わせは十時半だし、時間はまだまだありますね」

 俺は睡眠時間として浪費するはずだった三時間を失った。

 幼馴染とは、ついこの前でまったく顔を合わせていなかったのに。
 空白期間などなかったような顔で、彼女がここにいることに違和感すら覚える。

 彼女はあの頃より(身長以外は)成長していた。ふとした瞬間にそのことを実感する。
 以前とは違うちょっとしたしぐさなんかが、俺の目にははっきりとわかった。
 成長というよりは変化と呼ぶべきかもしれない。なんとなく不安にさせられる。

 俺は彼女から目を逸らしてコーヒーをすすった。あーあ、馬鹿らしい。そんな気持ちで。
 今日の予定。十時半に駅前のマックで待ち合わせ。相手はタカヤ。

 タカヤと会わなくてはならないのだ。

86 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/05/27(日) 16:17:25.16 ID:p4ie8nU5o

「俺に、女の子の口説きかたを教えてほしい」

 というタカヤの言葉に、俺たちはまず唖然とした。
 次に混乱し、納得し、最後にまた混乱。
 言っていることは理解できた。
 けれど、なぜあの状況で、あのタカヤが、しかもこの俺に、そんなことを言い出すのかが、まったく分からなかった。

「いや、まてまて」

 最初に声をあげたのはモスだった。俺は動揺して幼馴染と目を合わせる。
 彼女は予想外の事態に苦笑していた。

「意味が分からん。女の口説きかたって」

87 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/05/27(日) 16:17:50.64 ID:p4ie8nU5o

 モスの言葉に、タカヤは真顔で返した。

「真剣なんだ」

「どういう意味? 口説き方って。口説きたい女の子がいるってこと?」

「……いや、違う」

 違うのかよ、と俺は思った。だったらなんで口説き方なんて知りたいのだろう。

「厳密には、女子との話し方を教えてほしい」

「……話し方?」

「ああ。どうやったら自然と話せるようになる?」

「ちょっと待て。タカヤ、おまえって女子の知り合いがいないのか?」

「いない」

 彼はきっぱりと言った。そういえば、見たことがないかもしれない。
 評判はいいし、噂も聞く。けれど……事務会話以外で彼が女子と話しているところは、見たことがない気がした。

88 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/05/27(日) 16:18:47.83 ID:p4ie8nU5o

「いや、でも、女子となんて、普通に話せばいいだろ?」

 俺は女子とろくに話ができない自分を棚に上げて言った。

「普通になんて話せない」

 タカヤは悲しげな表情で呟く。やたらと似合う表情だった。
 憐れになって優しさのひとつでも見せてやりたくなる。子犬系イケメン。
 俺の中で羨望の炎が燃え上がる。俺がこいつと同じ表情をしたら、幼馴染はけらけら笑うに違いない。

 俺は息を吸い込んで言った。

「まあ、おまえの悩みは分かった。なぜそうなったかは分からないけど。
 でも、なぜそれを俺に相談する? 俺だって別に女と話すのが得意ってわけじゃない」

「他に心当たりが居ない」

89 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/05/27(日) 16:19:21.79 ID:p4ie8nU5o

「彼女持ちの友人とか。それでなくても普通に女子と話せる男子くらいいるんじゃないの?」

「いない」

 あ、そうですか。
 いつだったかモスに、我が校我が学年のカップルの数は二クラス一組の割合だと聞いたのを、俺は思い出した。
 うちの学年は、女子と男子との間にやたらと距離がある。

 ふたつ教室があって、そこで昼休みに昼食を取るとする。
 すると片方には両クラスの女子が集まり、もう片方には両クラスの男子が集まる。
 そういう学年。

 タカヤはためらいながらも言葉を続けた。

90 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/05/27(日) 16:20:29.59 ID:p4ie8nU5o

「一度は相談してみたんだ。友達にも。でも上手くいかなかった」

「なんで?」

「そもそも話を聞いてもらえなかった。なんでか」

 容姿がいいからかな、と俺は思った。それか、解決法がわからなかったのだろう。
 たぶん後者だ。

 話を聞いているうちに、俺はなんだか頭がおかしくなっていくようだった。
 手っ取り早くこの話を断ろうとするなら、俺と幼馴染が付き合っていない、俺も女と話すのは得意じゃない、と言ってしまえばいい。
 そもそも、付き合ってる相手がいるから女と話すのが得意なはずだ、という考え方も安易な気がするが。

 だがそれをバラすと、なぜ嘘をついたのか、という話になる。
 そうなれば、とけた誤解がもう一度鎌首をもたげてくるだろう。それだけは避けたい。

91 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/05/27(日) 16:21:47.15 ID:p4ie8nU5o

 考え込んでいると、不意に幼馴染が制服の裾を引いた。
 俺は彼女の顔を見て、どうやらタカヤに聞かれたくない話があるらしいと気付いた。
 
 俺たちふたりはモスとタカヤから少しだけ距離を取った。彼女はちらりとタカヤの方を見てから、俺に耳を貸すように指で示す。
 彼女は俺に小声で耳打ちした。

「この相談、乗ってあげてくれませんか?」

「なんで」

 と俺は当然の疑問を返した。彼女は困ったように眉を寄せる。

「都合がいいから、と言ったらあれですけど」

「どういうこと?」

「とにかく、こっちにも事情が……いや、何かを企んでるとかじゃないですよ」

 いくらか慌てたように、彼女は顔の前で手を振った。どうやら本当に、たくらみごとではないらしい。そういうところは正直な奴なのだ。

「ただ、上手いこといけば、彼の悩みも解消できるし、わたしの事情の方も進展します。もちろん、無理にどうこうしたりしませんし」

92 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/05/27(日) 16:22:21.45 ID:p4ie8nU5o

 幼馴染はそっけない口調で話を続けた。

「モスくんはともかく、きみは巻き込むことになると思います。嫌だっていうなら断ってもらってかまわないんですが」

 ここで甘えた声を出さない彼女の性格が、俺は好きだった。

「具体的に、俺は何をさせられるの?」

「タカヤくんの相談に乗ってくれればいいです。彼の前では、わたしと付き合ってるふりをして」

「それは必要?」

「必要ではないですが、そちらの方が望ましい感じです。好きな子に誤解されるからいやっていうなら、なしでもいいです」

 俺は鼻で笑った。好きな子なんていない。少なくとも学校には。

93 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/05/27(日) 16:22:58.94 ID:p4ie8nU5o

「時間はどれくらいかかる?」

「場合によっては何週間か。場合によっては一週間以内、だと思います」

「何をするつもりなの?」

 彼女は少し逡巡した様子を見せたが、やがて曖昧ながらもしっかりと答えた。

「彼と引き合わせたい子がいるんです」

 女か、と俺は思った。タカヤの悩みも進展すると言うことは、つまり“そういうこと”なのだろう。
 
「一芝居打てって意味?」

「……ま、そうです」

 幼馴染は神妙そうな表情になった。俺は溜め息をつく。
 嘘をついて人と人との関係をどうにかするなんて、気が進まない。……というほど、俺は人格者じゃなかった。

 結局俺は彼の相談に乗ることを決めた。
 平日はタカヤの部活があってろくに話ができないため、土曜の午前中に会うことになったのだ。

94 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/27(日) 16:23:41.11 ID:p4ie8nU5o
つづく

>>70
まぁそうです
95 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2012/05/27(日) 16:41:10.20 ID:CDGB1lVKo
屋上さんかあ、なんか覚えてるぞ
96 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/27(日) 16:44:27.84 ID:6IhD+Sejo
乙。
97 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) [sage]:2012/05/27(日) 17:11:30.50 ID:sy6G9hy7o
つい2,3日前にふと読みたくなって前のを読み返したばかりなんだよね
すごいたまたまで見つけられたけど、また楽しみができて嬉しい
98 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/28(月) 01:09:54.17 ID:wJ1Wic+Ko
屋上さん以外の話を知らないが今ここで過去の作品を聞くのってあり?
99 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/28(月) 17:07:38.05 ID:09hrJOWIO
教習所のやつと、七不思議のやつ
100 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/05/28(月) 18:46:50.91 ID:sFbrFP09o

 俺たちがマックについたときには、タカヤは既に店内にいた。
 彼の表情はなんだかいつもより不安げだ。それでもやはり様になる。

「おう」

 と俺が声を掛けると、彼は「おう」と返事をする。

「こんにちは」

 と幼馴染が声を掛けると、彼は途端に動揺して、「こ、こんにちは」とどもった。

 単に女と話せないというより、女を前にすると緊張してしまうらしい。
 まぁ、別に珍しくもないだろう。俺だって知らない女子が相手だったら(男子でも)緊張する。

101 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/05/28(月) 18:47:59.77 ID:sFbrFP09o

 タカヤはまだ何も注文していないようだったので、俺たちは最初に適当な食べ物を頼んだ。
 俺の財布の中身は食べ物、飲み物に消費される。身の回りには何も残らない。とても悲しい。

「で、だ」

 テーブル席に三人で腰を下ろすと、タカヤは途端に口を開いた。
 店内は暖房がききすぎていて少し暑いくらいだ。

「どうすればいい?」

 俺はそういえば何にも考えていなかったことを思い出した。
 幼馴染との打ち合わせでは、とりあえず順序を踏んだうえで、幼馴染が紹介したいらしい友人と引き合わせる、ということになった。
 だから多少なりとも、タカヤの相談に真面目に応じてやらなければならない。

 ……いまさらではあるが、やっぱりだましているようで気が引ける。
 実際には相談に乗ったうえで、女の知り合いを紹介するだけ、と言い換えられる程度のことなのだが。

102 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/05/28(月) 18:48:51.62 ID:sFbrFP09o

 俺は思いつきを喋ることにした。そういえば俺は一%のひらめきに恵まれた男だった気がする。
 幼馴染に顔を向ける。彼女は「どうするの?」とでも言いたげにこちらを見ている。お前も何も考えてないのか。

 溜め息をつきかけて、やっぱりやめた。

「どうすれば、って言ってもなぁ」

 俺は考え込んだふりをする。タカヤは表情を緊張させた。窓の外の空は薄曇り。

「とりあえず、幼馴染と会話してみたら?」

「いきなり難易度高いな」

 高いだろう、そりゃあ。別に仲が良いわけでもないし、共通の話題があるかどうかだって怪しい。
 それにくわえて幼馴染は、性格がかなり掴みにくい。……ひょっとしたら、練習相手としては最悪かもしれない。

 まぁ、とはいえ、普通に女子と話せるようになりたいと思うなら、その程度の不安はつきものか。
 ……考えれば考えるほど、生来の性格に逆らっているような気分になる。
  
103 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/05/28(月) 18:49:26.67 ID:sFbrFP09o

 とにかく試してみようと思ったのか、タカヤは喉を鳴らして幼馴染に向き合った。
 幼馴染は平然と視線を受け止める。目をじっと合わせる。時間が経った。十秒。

 タカヤが先に目を逸らした。

「ごめん、やっぱ無理」

「タカヤ、誰も目を合わせ続けろなんて言ってないからね」

 他人と目を合わせ続けて居心地の悪さを感じない人間なんてどうかしてる。と俺は思う。

「いや、でも何を言えばいいんだ?」

 俺にも分からない。

104 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/05/28(月) 18:50:18.44 ID:sFbrFP09o

 俺は考えるのが面倒だったので、思ったことをそのまま口に出すことにした。

「男子と話すときの調子でいいんじゃねえの?」

 タカヤは眉をひそめた。

「……普段どんなふうに話をしてたか、思い出せない」

 こいつはたぶん、「聞き型」だ。人から話題を出してもらって、それに乗る形でしか会話できない。
 自分から話題を提供できないタイプ。割と多い。俺もだけど。

「適当でいいんだよ、話なんて」

 俺だってできないけど。

105 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/05/28(月) 18:51:01.98 ID:sFbrFP09o

「じゃあ手本見せるから。見てろ」

 俺は幼馴染と向き合って会話をしようとする。こいつ相手ならどうにでもなるだろう。
 話題を探す。向き合って顔を見ていると、些細なことが気になりだす。
 彼女はこちらに目を向けたままポテトをかじった。何も思い浮かばない。
 時間が経つ。目を合わせたまま十秒が過ぎた。

「ごめん、いやこれ無理だわ」

「えっ」

 タカヤは目を見開いた。幼馴染が苦笑する。
 話そうと思うと何も思い浮かばないものだ。

「悪かった。俺のやりかたがまずかった。というか俺、教えるの向いてないんだよな、そもそも。短気だし」

「短気?」

 となぜだか幼馴染が首をかしげた。

106 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/05/28(月) 18:53:12.32 ID:sFbrFP09o

「だいたいさ、なんで女が苦手なんだ?」

 俺が訊ねると、タカヤは思いつめたような表情で俯いた。別れ話を切り出そうとしている男のようだ。

「なんでってことはないんだけど、今までろくに話したことがないから」

「馴れてないってことか」

「端的に言えば」

 端的に言うから話がはずまないのだが。

 まぁ、彼の言う通りなら、人格を大改造するまでもなく、女との会話に慣れるだけでマシになるはずだ。
 ということはやっぱり実践が手っ取り早い。

 今までの会話で幼馴染とタカヤは一度も言葉を交わしていない。幼馴染が口を開いていないせいもあるが。
107 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/05/28(月) 18:54:55.68 ID:sFbrFP09o

 俺は幼馴染に適当な話をしてもらえないものかと思った。

 彼女は自分に向けられた視線に気付くと、こちらを向いて、「わたし?」という顔をする。お前だ。
 困ったような顔で溜め息をついてから、彼女は口を開いた。タカヤの顔がこわばる。

「わたしとしては、問題があるとは思わないんですけどね。普通に話せるように見えます」

 彼女は一拍おいてストローに口をつけた。

「ただ、表情が緊張でこわばってて、怒ってるように見えるので、話しかけにくいとかはあるかもしれないですけど」

 なんだかすごくマトモなことを言っている。

「そもそも、どうして話せるようになりたいんですか?」

「それは……」

 タカヤは口籠る。いいから言え、と促してしまいたかったが、個人的な事情にどこまで踏み込んでよいのやら。

108 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/05/28(月) 18:55:30.37 ID:sFbrFP09o

「女慣れしてないってからかわれるんだ」

「誰に?」

「……うちの姉貴」

 妙に親しみの沸く事情だった。

「つまり、女慣れしたいんですよね? 結局」

「……そういう言い方をするとなんだけど、うん」

 幼馴染はタカヤの言葉に考え込んだ。

109 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/05/28(月) 18:55:57.35 ID:sFbrFP09o

 なんだか、都合のいい方向に話が動いている気がする。
 結局のところ女に慣れるには女と話すしかないわけだし、そうなれば女友達でも作るのが手っ取り早い。
 
 それなら幼馴染の友だちとでも会ってみれば? という話に簡単に持って行ける。
 なんなら協力してもらう方向にも流せるだろう。

 幼馴染がなぜ自分の知り合いをタカヤに会わせたいのかは聞いていない。
 だが、自分で直接タカヤに会おうとせず、回りくどい手を使っている以上、だいたいの予想はつく。

 これだったら都合のいい展開に話が進むのではないか?
 ちらりと横に座る幼馴染の様子を見ると、拍子抜けしたような顔をしていた。

110 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/05/28(月) 18:56:54.69 ID:sFbrFP09o

 俺はタカヤに適当なアドバイスをすることにした。
 俺は人間関係心理学の権威でもなんでもない。ついでに言えば女慣れもしてない。
 それでも、上から目線でえらそうなことを言うくらいはできる。誰にでもできる。

「女と話すのが苦手なら、開き直って話している相手に『女と話すのが苦手』ってことを伝えるのも手だろうな」

「それだと、話したくないんだって思われない?」

「だからさ、『苦手だけど、話すのが嫌だと思ってるわけじゃない』って伝えればいいんだよ」

「……えっと」

「上手に話せないかもしれないけど、話したくないわけじゃないからって言っておけば、相手も悪くは思わないんじゃない?」

 あくまで理想的に進めばだが。でも実際、会話なんて自分が正直にならなければ弾んだところで意味がないのだ。
 苦手だと思っているものを弾ませようとしても無理が出る。
「上手にやろう」とせずに、「下手だけど」と認めてしまったほうが早い。

 ……いや、どうだろう。咄嗟に考えただけのことだが。
 状況にもよるが、沈黙が気まずいときなんかには、そのことを伝えることで相手の印象も変わるんじゃないだろうか。
 黙っていては不機嫌なものだと思われかねないし。場合によっては有効だろう。場合によっては。悲しい言葉だ。

111 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/05/28(月) 18:58:01.42 ID:sFbrFP09o

「あれ?」

 ふと後ろから声がした。幼馴染が、げっ、という表情で振り返る。

 けばけばしい茶髪。桃色のそっけないピアス。ショートパンツにタイツにブーツ。黒いジャケット。
 俺はその姿に見覚えがある気がした。

「先輩」

 と幼馴染が声をあげる。同じ学校の上級生なのだろうか?

「なにやってんの? 修羅場?」

 先輩(仮称)はポテトとハンバーガーとチキンナゲットと飲み物のカップが乗っかったトレイを持ったまま立ち止まった。
 男二人に女一人では、そういうふうに見えなくもない……のだろうか? ついこないだもこんなことを言われた気がするが。

 幼馴染はまずいことになったという表情で先輩の方を見ている。俺は彼女がなぜ動揺しているのか分からなかった。

「特になんでも」

「特に何の用事もなく、あんたが男子と、それも二人と、マックでお食事ですか?」

 先輩は小馬鹿にしたように笑う。俺は幼馴染の動揺の意味が少しだけ理解できた。
 相手の態度を無視して、好奇心を隠そうともしない。開き直っている。なぜだか厄介な女が多い。

112 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/05/28(月) 18:58:27.97 ID:sFbrFP09o

 先輩の顔が、記憶の網に引っかかる。彼女とどこかで会ったことがある気がした。
 そして、ふと思い出す。俺は俯いて顔を隠した。

「……そっちの」

 彼女は俺の顔を見て、何かを言いたげに眉を寄せている(目を逸らしているので見えないのだが、そんな気配がした)。

「人違いです」

 と俺は言った。いっそう怪しくなるのは当たり前のことだが、言わずにはいられなかった。

「ああ」

 ぽんと手のひらを打ち鳴らして、彼女は言った。

「ばーか! の人だ」

 俺は今までに出会ったすべての人々の頭の中から自分と関連する記憶だけを消し去ってしまいたい。

113 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/05/28(月) 18:59:09.76 ID:sFbrFP09o

「何の話です?」と幼馴染がこちらに向けて首をかしげる。俺が馬鹿だったという話だ。

「君」

 と先輩は俺に向かって言って、幼馴染を示した。

「この子と知り合いなの?」
 
 俺の様子に何かを感じたのか、幼馴染が会話を遮って答える。

「昔からの友人なんです」

「へえ」

 にやりと笑う。彼女の微笑には含みがある。幼馴染のものとは種類が違うが、似たような性質を持っている。
 俺は妙に緊張していた。

114 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/05/28(月) 18:59:36.65 ID:sFbrFP09o

 俺たちの許可も取らずに、先輩はタカヤの隣に座った。
 突然の見知らぬ女の接近に、タカヤは可哀想なくらい動揺していた。
 それすらもおかまいなしに、彼女は平然と食事を始める。

「先輩、ひとりなんですか?」

 誰か一緒の人がいるならさっさとそっちに行ってくれませんか? とでも言いたげに幼馴染が言った。

「いや、一人だよ。暇だったからちょっと出掛けてたんだ。服でも見ようと思って」

 願いむなしく答えは冷たい。俺は斜め前に座る先輩となるべく目が合わないようにした。
 窓の外は薄曇り。通りすがりの息は白い。冬だなあ。
 現実逃避。

115 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/05/28(月) 19:00:11.69 ID:sFbrFP09o

「んで、何の話してたの?」

「いえ、ちょっと大事な話を」

「恋のお話?」

 先輩はおどけて言った。幼馴染はひるまず答える。

「のようなもんです」

 ですからあまり立ち入らないでください、という意図を、彼女は言外に込めたつもりだっただろう。
 けれど相手は曲者だった。

「話に混ぜてよ」

 ずいぶんと図々しい態度だった。
 おそらく彼女は、幼馴染が話をごまかしたがっていることに気付いたのだろう。
 隠そうとされたことが、余計に好奇心を煽ったのかもしれない。俺はその情緒が理解できた。

116 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/05/28(月) 19:00:38.07 ID:sFbrFP09o

「いいよね?」

 と先輩は俺に向かって首をかしげた。
 コンビニの件があっては、彼女に強く出られない。アホなことをした後ろめたさだけがあった。

 俺はタカヤを見た。どうすんだよこれ、という顔をしている。
 幼馴染は俺を見た。どうしましょうこれ、という顔をしている。俺が知るか。

 タカヤが不意に表情を変える。俺は嫌な予感がした。ここ一週間で何回目か分からない。

 覚悟を決めたような表情で口を開く。こいつはどんな顔をさせても似合う。だが今はそのタイミングじゃない。
 おいやめろ、と俺は思った。

117 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/05/28(月) 19:01:12.71 ID:sFbrFP09o

「実は俺、このふたりに相談事があったんです」 
 
 俺は人間関係心理学の権威ではないが、自己開示の返報性という言葉は聞いたことがあった。
 自分のことを正直に話すことは、少なからず人間関係にいい影響をもたらす(ことがある)。

「へえ、どんな?」

 幼馴染は会話を遮ろうとして、やめた。
 表面上はタカヤの相談に乗っているということになっているのだから、ここで止めるわけにはいかない。
 そこで止めたら、タカヤが女子と話すことを邪魔したことになる。こちらのたくらみだけを優先できないのだ。

 だがこの流れでは……まずい具合に話が動かないだろうか? 俺は幼馴染の表情に焦りの影を見た。

「俺、女の人と話すのが苦手で、なんとかして改善できないかと思ってたんです」

「……はあ。なるほど」

 先輩は神妙に頷く。俺と幼馴染は気まずさと後ろめたさで目を逸らした。

118 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/05/28(月) 19:01:38.64 ID:sFbrFP09o

「苦手なの? 女子と話すの」

「はい。……というか、話したことも数えるほどしかなくて」

「へえ。あ、じゃあ、女の子に苦手意識を持ってるってこと?」

「そう、ですね。割とそんな感じです」

「ふーん」

 先輩は意外そうな表情をしていた。

「でも、今は割と普通に話せてるよね」

「……そういえば、そうですね。あ、いや。今も緊張してますよ」

「まぁ初対面だしね」

 先輩は微笑する。俺はタカヤの相談に乗るんじゃなかったと思った。話せてるじゃん。ちくしょう。
 これだからイケメンはいやなのだ。本人としては一生懸命がんばっていることが理解できる。そこがなおさら嫌だ。

119 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/05/28(月) 19:02:04.84 ID:sFbrFP09o

「そっかー」

 と先輩は視線を天井にずらす。考えを巡らせているような仕草。
 幼馴染の表情がこわばったのがわかった。
 
 たくらみごとなんてするもんじゃない。いろんなことは正直であるべきなのだ。
 裏から何かを画策したところでろくなことにならない。うん。

 さあて帰ろう。俺は心底家に帰りたい。

「じゃあさ、わたしも協力してあげるよ」

 先輩は言った。

「ホントですか!」

 とタカヤが喜ぶ。俺は幼馴染を横目で見た。彼女は頭痛を堪えるように額を押さえている。
 思い通りになんていかないものだ。

120 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/28(月) 19:03:00.21 ID:sFbrFP09o
つづく

>>98
別段隠すつもりはないのですが、一作目のようなものを期待するなら読まない方がいいと思います
121 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/28(月) 19:09:08.42 ID:sFbrFP09o
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1311427993/
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1314518482/
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1335277270/
一応URLは置いておきます
122 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2012/05/28(月) 19:10:09.20 ID:3xM0gbdso
>>121
ナンか受付なくて読むの辞めたやつばっかでワロタwwwwwwww
123 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2012/05/28(月) 19:13:51.02 ID:dK1Q2yj4o
乙!
124 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2012/05/28(月) 19:17:27.08 ID:vssDAjDqo
乙です
1作目以外は知らなかったわ
後で読もうっと
125 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2012/05/28(月) 20:47:26.53 ID:3Bbp3JTZo
ここでこうかぁ!
126 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/05/29(火) 14:20:54.08 ID:av387bn2o

 妹は相変わらず口を聞いてくれず、俺はもう諦めかけていた。
 いつまで会話しない状況が続くのか分からないが、もう好きにしてくれという気分だった。
 
 何よりも腹立たしいのは、必要最低限の「会話」は成立することだった。
 食事や家事について、買い物についての会話。それらは問題なく成り立った。

 会話と言うよりは「やりとり」と言った方が正確かもしれない。
 けれど、何か雑談しようと思ってもろくな反応が来ない。

 口をきかなくなったというよりは、素っ気なくなった。

 俺が悪かった。俺はいつも自分の行動がどのような結果をもたらすかを考えずに行動している。
 何度か謝った。真面目に謝罪すると妹は「いいよ」と言った。「この話はここで終わりでいいよね」と言いたげに。

 妹の態度は、俺を疎ましがっているというよりは、俺(というよりは俺と関わること)を恐れているように見えることだ。
 もちろんあんなことをする兄なんて、怖がられても仕方ないのだが……。

127 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/05/29(火) 14:21:02.28 ID:av387bn2o

 妹は相変わらず口を聞いてくれず、俺はもう諦めかけていた。
 いつまで会話しない状況が続くのか分からないが、もう好きにしてくれという気分だった。
 
 何よりも腹立たしいのは、必要最低限の「会話」は成立することだった。
 食事や家事について、買い物についての会話。それらは問題なく成り立った。

 会話と言うよりは「やりとり」と言った方が正確かもしれない。
 けれど、何か雑談しようと思ってもろくな反応が来ない。

 口をきかなくなったというよりは、素っ気なくなった。

 俺が悪かった。俺はいつも自分の行動がどのような結果をもたらすかを考えずに行動している。
 何度か謝った。真面目に謝罪すると妹は「いいよ」と言った。「この話はここで終わりでいいよね」と言いたげに。

 妹の態度は、俺を疎ましがっているというよりは、俺(というよりは俺と関わること)を恐れているように見えることだ。
 もちろんあんなことをする兄なんて、怖がられても仕方ないのだが……。

128 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/05/29(火) 14:21:48.50 ID:av387bn2o

 そんなわけで、我が家には対話がない日が続いていたが、学校生活の方は、静かに、けれど大きく変化しはじめていた。

 俺はいつも昼休みをモスとふたりだけで過ごしていたが、そこにまずタカヤと幼馴染が加わった。
 更にそこに先輩も参加するようになる。一気に二倍以上だ。一番とまどったのはモスだっただろう。

 先輩の混じった集団が教室で昼食を取るのは居心地が悪かったので、俺たちは自然と場所を変えなければならなかった。
 かといって中庭は肌寒い。屋上も同様。屋外は駄目だろうと思い、校舎内で適切な場所を探した。

 でもない。なかなかない。話の内容的にも、落ち着いてゆっくり話せる場所がいいのだが、ない。
 
「じゃあ、うちの部室は?」

 先輩の言葉に、幼馴染はうーんと唸った。まだ何かを企んでいるのだろうか。
 それも当然と言えば当然か。このままでは彼女の目的は達成できない。

(あくまでも自然に)タカヤと彼女の友だちを引き合わせたいなら、あまり閉鎖的な場所は望ましくないのだろう。

 とはいえ、他にちょうどいい場所があったわけでもなく、俺たちは先輩の言う部室――新聞部室で食事をとることになった。

129 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/05/29(火) 14:22:03.61 ID:av387bn2o

 新聞部の部室には何人かの先輩がいた。普段からここで昼食をとっている人たちがいるらしい。
 先輩はいつもひとりで食べているという。なぜ? とタカヤが訊ねると、彼女は照れくさそうに苦笑した。

「わたし友達いないんだよね」

 タカヤは意外そうに目を丸くする。本当はいるだろう。本人がそう思っているだけだ。
 自分は友人だと思っていなくても、相手からは友人だと思われている。そういう人はけっこういる。

 部室に置いてあったパイプ椅子に腰を下ろし、長机で食事をとる。新聞部の部室は広い。
 毎年部員数が多いので、広めの部屋を割り当てられているのだ。
 
 部室にはモスもついてきた。彼だってひとりで昼食はとりたくないのだろう。

130 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/05/29(火) 14:22:29.91 ID:av387bn2o

 俺はほとんどやけになっていた。もう知ったことか、と思っていた。
 幼馴染は少しでも自分の望ましい方向に話が動くように努力を続けた。

 それは悪趣味なたくらみというよりは、達成するべき目標があるから、という雰囲気だ。
 実際、彼女は、自分の思い通りに人を動かすことに快感を覚えるような人間ではない。

 ただやり口がひたすらに回りくどい。それもそろそろ終わるようだった。
 
「タカヤくんとは知り合いになれたわけだし、これならいつでも単純な手段がとれますから」

 彼女はうんうんと頷いて言った。
 たしかに、これで彼女の友人とタカヤを引き合わせることは決して困難ではなくなったはずだ。

 だが、彼女はそれ以外の問題を無視している。
 俺たちはタカヤに嘘をついている。俺と幼馴染は付き合っている、と。
 そうすることで、幼馴染は自然とタカヤに会う機会を増やせたのだ。
 
131 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/05/29(火) 14:23:04.78 ID:av387bn2o

 タカヤに嘘を暴露することで信頼を失うわけにはいかない。
 ということは、一緒に相談に乗ることになった先輩をも騙さなければならないのだ。 
 さらに言えば幼馴染の目的が達成されるまで、俺たちは付き合っているふりを続けなくてはならない。

「幼馴染を経由して」、タカヤと幼馴染の友人は出会う(予定だ)。
 よって、タカヤと幼馴染の友人が会い続けるためには、タカヤと幼馴染の間に交流がなくてはならない。

 幼馴染がいなくなっては、「友人」の方はタカヤに会う理由と機会を失ってしまう。
 そして幼馴染とタカヤを結んでいるのは、間にいる俺だ。
 
 つまり、俺と幼馴染がついた嘘は、これからしばらくの間「真実」でなくてはならない。
 少なくとも、幼馴染の計画が順調に進行させるためには。

132 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/05/29(火) 14:23:33.06 ID:av387bn2o

 だから企みごとなんてしないべきなんだ、と俺は思った。
 面倒なことになっちまったじゃないか。でも、これ以上の混乱は起こらないだろう、さすがに。

 なんだってこんなに面倒なことになったのか。
 俺は今日までに起こった変化の原因を探ってみた。結論はすぐに出た。偶然だ。全部偶然だった。

 もう、どうにだってしてくれ、という気分だ。俺は近頃なんだが自暴自棄だった。
 別にこれといって理由があるわけではないのだが、なんとなく。まぁいいか、どうなっても。

 受け身に流されたところで問題はないだろう。そんな気分だった。

133 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/05/29(火) 14:24:24.98 ID:av387bn2o

 タカヤは先輩と話をしていた。もはや相談に乗る必要なんかないんじゃないか、とすら思う。
 けれど、彼の悩みがそんなに早く解決してしまったら――嫌な話ではあるが――困るのだ。
 少なくとも、幼馴染の友人を引き合わせるまでは、彼には悩んでいてもらわなくては。

 そうでなければ、彼と俺たちが一緒に行動する機会が減ってしまいかねない。

 嫌な話だ。込み入っている。ややこしいことになった。俺は幼馴染を責めたてたい気持ちになる。
 彼女は彼女で、自分が面倒を引き起こしたことは自覚しているらしく、何度か俺に向けて謝った。

 俺にだって責任感はあるし、引き受けた以上はタカヤの相談にも精一杯乗ってやりたい。
 だからこそ、後ろめたさは大きかった。

 とはいえ、幼馴染ひとりを責められるような状況ではない。
 あくまでも、彼女はなにひとつ問題のある行為はしていない。
 自分の目的の達成のために状況を利用しようとしただけだ。それが悪いとはさすがに言えない。
 
 俺にも責任はある。だが、この状況を招いたのは特定の誰かの特定の行為じゃない。偶然。

 ややこしい、込み入っているとはそういうことだ。

134 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/05/29(火) 14:24:56.17 ID:av387bn2o

 これ以上事態をややこしくしないためにも、幼馴染の友人とタカヤを引き合わせるのは早い方がいい。 
 その手段も、単純な方がいいはずだ。
 けれど、だからといって今日、この瞬間に幼馴染が友人を呼びに行くのは不自然だろう。
 
 早くても明日の昼休み。友人を何の気なしにつれてきた、という形が自然。
 ……自然だろうか。まあ今日会うよりは……。

 まったく、たかだか男と女が出会う程度のことに、どれだけややこしい手続きが必要なんだ?
 
 ただ面識を持つだけでさえこれなのに、恋愛なんてろくでもない。絶対。
 まともな恋愛ですらそうなのだ。これがまともじゃない恋愛だったなら――と俺はそこで考えるのをやめた。

 ……俺たちが勝手に話を面倒にしているだけだ、という可能性に関しては見ないふりをする。

135 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/05/29(火) 14:26:06.50 ID:av387bn2o

 ときどき先輩が、俺と幼馴染に向けて意味ありげな視線を向けた。 
 あんたたちの考えてることなんて全部お見通しだから、とでも言っているように見えた。

 実際、彼女は俺たちの仲をあからさまに疑っているように思える。俺が過敏になっているだけかもしれないが。

「君らふたりって付き合ってるの?」

 という先輩の問いに、幼馴染が答える。

「ええ、まぁ」

 嘘だと分かっているせいか、その声はなんだか白々しく聞こえた。

「ふうん。全然知らなかったな」

136 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/05/29(火) 14:26:59.28 ID:av387bn2o

「隠してたんです。気恥ずかしくて」

「じゃ、なんで急に明かす気になったの?」

「わたしたちの愛は隠し立てする必要なんてない! と思いまして」

 俺は吹き出しそうになる。似合わないにもほどがあった。あまりに露骨な言い訳だ。

「へえ、青春だねえ」

 先輩はにこにこ笑う。俺は泣きたい。

「ま、いいや。君らがそういうなら」

 俺は幼馴染とこの先輩の間に交流がある理由がわかった気がした。類は友を呼ぶ。


137 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/05/29(火) 14:27:52.09 ID:av387bn2o

 モスは状況が読みこめていないようだったが、先輩に対して悪印象は抱いていないらしい。
 タカヤに対しても、ごく自然に振る舞っている。もともと彼は、大勢の人間と一緒にいるのが苦にならないタイプだ。

 タカヤはといえば、一応は緊張しているらしい。
 けれど、どちらかといえば、新しい人と出会ったことに高揚している部分が大きいらしい。
 ろくに女子と会話をしたことがなかったと言っていたし、先輩と食事をとれるのも嬉しいのだろう。

 そういった境遇は俺も同じなのだが、ぜんぜん嬉しくない。俺は機械になりたい。
 胃がきりきりと痛みだしそうだった。
 それも今日だけだ、明日には多少事態は進展する。ちくしょう、策士策に溺れて掴む藁すらなし。

 タカヤと先輩、モスの笑い声が響く。俺と幼馴染の笑いはどこか空々しい。

 なんていうか、自業自得である。

138 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/05/29(火) 14:28:18.40 ID:av387bn2o
つづく
139 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/29(火) 18:07:50.32 ID:dVS1wrAIO
おっつん
140 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/29(火) 19:19:55.47 ID:BLs6qRLIO
面白い
141 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2012/05/29(火) 20:37:16.83 ID:Vm0kDAuBo
乙!
142 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/05/30(水) 14:33:28.51 ID:eyYF10Mro


 問題は先輩に対するタカヤの印象だった。
 ただでさえ女性に耐性がなかったからか、それとも先輩本人が持つ性格のせいなのかは分からない。
 いずれにせよタカヤは異様な速度で先輩になついていった。

 先輩の方もタカヤを悪くは思っていないらしく、そうなれば当然のように距離は縮まっていく。

 学校の中ではタカヤと行動を共にするようになったため、俺と幼馴染が相談するためには帰り道で話すしかなかった。
 その日、俺たちは自然と一緒に帰ることになった。
 
「強引にどうこうしようとは思っていないんですけど」

 と苦笑しながら、それでも幼馴染は考え込んでいた。さすがに邪魔をしようとはしないだろうが……。


143 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/05/30(水) 14:33:51.06 ID:eyYF10Mro

 俺は溜め息をつく。

「最初から、おまえの友だちが真正面からタカヤに声を掛けられれば一番よかったんだけどな」

「わたしも最初はそう思いましたけど、タカヤくんはたぶん逃げちゃってたと思います」

 たしかに、先輩に対してはともかく幼馴染に対してはいまだに緊張した雰囲気が抜けない。
 見知らぬ女子に話しかけられても、まともに対応できないだろう。

「それに、みーの方も緊張しいですし」

「みー?」

「みーです」

 友人のあだ名らしい。緊張しいって。なんだってそんな相手とタカヤを引き合わせることになったんだろう。
 お節介にもほどがある。

144 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/05/30(水) 14:34:36.76 ID:eyYF10Mro

「頼まれたんですよ。話がしたいから機会を作ってくれないかって」

「でも、お前はタカヤとは知り合いでもなんでもなかったんだろ?」

「顔見知りになるくらいなら、ちょちょっとできるじゃないですか」

 お前だけだよ、と俺は思った。実際、みーとかいう彼女の友だちは知り合いにすらなれない。
 人と人とが関わり合うようになるには、面倒な機会や手続きが必要になるのだ。

「別に、タカヤくんの気持ちまでどうこうしようとは思っていないんですが、このままだと」

「まぁ、惚れるだろうね。タカヤの奴は」

 別に先輩だって悪い人じゃない(ように、少なくとも見える)のだが……。
 それで結果的にタカヤが女性に免疫を持ち、話せるようになれば、それはそれで喜ばしいことなのだろう。

 いや、あのイケメンが女性に免疫を持ったらひどいことになる。主に俺の心境が。
 女たらしにはなりそうもないところがよけいに嫌だ。ただの爽やかくんになってしまう。

145 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/05/30(水) 14:35:52.37 ID:eyYF10Mro


「先輩の方はどうなの?」

 と俺は訊ねる。幼馴染が「何が?」と言いたげに首を少しだけかしげた。

「あの人、どんな人? つーか、どんな知り合い?」

「どんな人って、見たまんまの人ですよ。面倒見はいいですけど、ちょっと計り知れないところがあって」

 計り知れない。俺は苦笑しそうになった。日常会話で人間相手にに使う言葉じゃない。

「別に誰かに紹介されたとか、何かで会ったとか、そういう知り合いじゃないんですけど、なんとなく話す相手です」

「なおさら邪魔する理由がないなぁ」

「みーには悪いですけど、先輩とよろしくやってもらったほうがタカヤくんの為にはなる気がします」


146 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/05/30(水) 14:36:01.14 ID:eyYF10Mro

「まぁ、先輩の方の気持ちがどうなのかっていう問題もあるけどな」

「どう、なんでしょうねえ。あの人からそういう話、聞いたことないです」

「まったく?」

「これっぽっちも。あ、でも、『彼氏つくらないんですか?』って聞いたとき、『いつでも手に入るものに価値なんてない』って言ってました」

 冗談めかしてですけど、と幼馴染は苦笑する。俺は冗談じゃなかったとしても笑わないだろうと思った。
 先輩が言うには似合いすぎる。彼女は本当に、その気になれば男のひとりやふたりものにできるだろう。

 彼女が溜め息をつくと、息が白く染まって舞い上がっていった。

 俺は裸になった街路樹を眺めながら歩く。こんなふうに誰かと一緒に家路につくのはいつぶりだろう。

147 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/05/30(水) 14:36:31.31 ID:eyYF10Mro

「またこんなふうに一緒に帰る機会があるなんて、思いませんでしたね」

 幼馴染が言った。俺は頷く。

「中学のときが最後ですかね?」

「話すのが、そもそも久しぶりだろ。まる一年くらいか?」

「もっとじゃないですか? 二年以上だと思う」

「二年と、半年くらい?」

「たぶんそのくらい」

 中学に入ってからも、思春期だからと距離ができたわけでもなかったのに、俺たちは話さなくなった。
 いや、俺たちはというより、俺自身、誰とも話さないようになってしまったのだが。

148 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/05/30(水) 14:37:05.19 ID:eyYF10Mro

 幼馴染が不意に立ち止まった。俺はどうしたのだろうと振り返る。
 彼女は一瞬目を丸くしてから、くすくすと笑い始めた。

「家、通り過ぎてますよ」

 彼女の言葉通り、俺の家はとっくに過ぎていた。俺は考え事に熱中してぼーっと歩いていたらしい。

「送ってくれるんですか?」

「送っていいのか?」

 茶化すと、彼女は真剣な顔で首を横に振った。

「寒いから、早く帰らないと風邪ひいちゃいますよ」

「家に入れてコーヒーでも飲ませてくれよ」

「それでも別にいいですけど」

 今度は俺が首を振る番だった。

「冗談だよ。もう帰る」

 彼女は寂しいような、ほっとしたような表情をしていた。俺たちはそこで別れる。

149 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/05/30(水) 14:37:31.90 ID:eyYF10Mro

 来た道を戻りながら、俺は中学二年だった頃を思い出した。
 俺が陸上部に所属していたときの頃。別段熱心な部員だったわけでもなく、特別な成績を残したわけでもない部員だった頃。

 走ることや体を動かすことは昔から好きだったし、小学校時代は多少の自信もあった。
 それでも中学に入れば上には上がいることを嫌でも自覚する。もちろんそれでも、嫌になって自棄になったりはしなかった。

 俺は俺なりに自分の成績をあげようと努力していた。
 それは必死でも死にもの狂いでもなかったけれど、俺なりのペースで順調に。

 陸上部は部員数が多くて友人には困らなかったし、先輩たちもいい人だったし、女子部もあったので異性ともよく話せた。

 そして俺は中二の初夏に膝を壊した。別段大した故障ではない。二、三ヵ月安静にしていれば元通りになるだろうと医者は言った。
 
 俺には一週間の安静期間すら耐え難かった。部活動を見学していても、周囲になんとなく馴染めていない感覚があった。
 ときどき、「これなら大丈夫かもしれない」と思って走ってみようとしても、膝が痛んでちょっとした距離ですら走れない。

 俺はそこで嫌になった。自分がひとりで取り残されているような気分が耐えきれなかった。

150 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/05/30(水) 14:38:04.93 ID:eyYF10Mro

 その頃から周囲と上手に溶け込めている気がしなくなった。みんなの輪からはみ出している気分になった。
 幼馴染と距離が出来始めたのもその頃だろう。
 
 俺は陸上部をやめて帰宅部になった。
 顧問は俺を形の上だけ引き留めようとしたが、本心ではやめてもいいと思っているのが目に見えるようだった。

 結局俺は陸上部をやめた。
 友人たちは驚いた顔を見せたが、「やめちゃったのかよ」と俺の肩を叩いたあと、変わらない様子でグラウンドに戻っていく。

 俺はせいせいした気持ちだった。もちろん微妙な喪失感はあったが、これでもう走らなくていいのだ、という安堵もあった。
 これからは何をして過ごしてもいいのだと俺は思った。もうぜえぜえ走り込む必要はない。

 そこで俺は困った。何もすることがなかった。俺の友人関係はほとんどすべて陸上部に依存していたので、話す相手すらいなくなった。
 友人はモスひとりになった。俺はそれでも悲しくはなかったけれど、かなり戸惑ったのを覚えている。

 幼馴染に話しかけられても、真正面から答えられなかった。
 自然と気難しくなった。徐々に口数が減っていった。いろんな人と距離ができた。
 俺は卒業までの間をそうやって過ごしたのだ。
 
151 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/05/30(水) 14:38:52.52 ID:eyYF10Mro

 気付くともう一度家を通り過ぎていた。俺はまた折り返して家に帰る。
 リビングでは妹がコタツに寝転がっていた。俺はなんだか憂鬱な気分で自室に戻る。

 ベッドに寝転がると身体がずきずきと痛んだ。部屋はひどく寒くて、俺は制服のまま毛布にくるまる。

 溜め息が出る。どうしてこんなことを今更思い出したのだろう。

 幼馴染の態度は変わらないけれど、俺は彼女に対していくらかの罪悪感を覚えていた。
 もちろんそれを感じるのは自惚れなのだろうけれど、勝手な劣等感で、彼女と話せなくなてしまったのだから。

 いや、まぁいいさ、と俺は思った。別にいまさら走ることなんてどうでもいい。
 そもそも俺は熱心なランナーじゃなかった。別に走れなくなったことは悲しくもない。

 今でも全力疾走すると膝が少し痛む。まぁ、後遺症なんてそんな程度だ。
 走れなかったところで支障なんてない。

 そんなことより、問題はタカヤのことなのだ。

 もう終わったことを、いつまでもぐだぐだ考えたところでしかたない。
152 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/30(水) 14:39:46.93 ID:eyYF10Mro
つづく
153 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/30(水) 15:45:21.27 ID:eHEKcNK8o
乙!
154 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2012/05/30(水) 17:10:36.34 ID:AMnAkZ0to
乙!
155 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/30(水) 18:35:16.08 ID:7SHzMhCIO

更新が多いのは嬉しい
156 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/30(水) 18:41:40.50 ID:/QUm7sJIO
おっつん
157 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/31(木) 15:19:48.11 ID:WJwkyqSIo

145-5 にに → に

146-7 彼女 → 幼馴染
158 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/05/31(木) 15:20:16.92 ID:WJwkyqSIo

 タカヤとの付き合いが始まって以来、幼馴染と俺は一緒に登下校することが多くなった。
 毎朝彼女は俺を起こしに来る。妹とちょっとした話をしたり、俺をからかったりして、一緒に家を出る。

 彼女は俺と妹とのやりとりを見て、

「喧嘩でもしてるんですか?」

 と首をかしげる。俺はなんとも言えずに口を噤んだ。

 冬の朝、幼馴染と一緒に道を歩いていると、なんだか不思議な気分になった。
 朝の街は冬の寒さに凍えて静まり返っているようで、それでいてかすかな人の気配を感じる。 
 そうした静謐な雰囲気が街中を包んでいて、俺はなんだか物寂しいような、安らぐような、どっちつかずな気持ちになる。

159 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/05/31(木) 15:20:56.80 ID:WJwkyqSIo

 教室に入ると、タカヤはすぐにこちらに向かって近寄ってきた。幼馴染はクラスが違うので、教室に入る前に分かれた。 
 
「よう!」

 彼は明るい笑顔をこちらに向けた。俺は憂鬱になる。

 俺が席につくと、モスが声を掛けてくる。
 幼馴染と一緒に登校するようになってから、学校に来る時間が極端に遅くなったので、彼と話す時間は自然と減った。

「タカヤ、なんであんなにはしゃいでんの?」

 想像力、と俺は思った。普通に考えて、先輩と会話できることに手ごたえを感じているからだろう。
 彼がこんなところで満足してくれなければよいのだが、と思って俺はバカバカしい気持ちになる。

 自分だって別に女子の友人が多いわけでもないのに。嘘までついて、なんでタカヤの手伝いをしているのだ。
 いまさら後悔したって、やめられるわけではないのだが……。

 朝の教室でモスとおっぱいおっぱい言い合えていた時間が一番幸福だった。
 俺は思う。幸福だった頃を反復してみようと。

160 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/05/31(木) 15:22:07.89 ID:WJwkyqSIo

「なあ、タカヤ」

「なに?」

「おまえさ、おっぱいってどう思う?」

 モスが吹き出した。俺は付近の席の女子が鋭い目でこちらを睨んだことに気付いたが無視した。

「……何の話?」

 タカヤはあからさまに怪訝そうな表情になった。無理もない。開口一番おっぱいである。
 俺は続ける。なぜか? 
 つまらない人間だから下ネタ以外にろくなことを言えないのである(下ネタだってろくなことじゃないけど)。

「だから、おっぱいだよ。おっぱいってどう思う?」

161 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/05/31(木) 15:22:38.78 ID:WJwkyqSIo

 彼は戸惑って押し黙る。俺はイライラしているふりをした。

「いいから言えよ。おっぱいをどう思うんだよ!」

「どうって、あの、いいと思います」

 いいと思うらしい。付近の女子の目が頬に突き刺さっている。

「じゃあ、どんなのがいいと思う?」

「どんなのって?」

「だから、あれだよ。大きいのがいいのか小さいのがいいのかってことだよ」

「……いや、そういう話はちょっとよく分からない」

「カマトトぶってんじゃねえよ! おっぱい舐めんな!」
 
 俺が叫ぶと同時に、モスが俺の後頭部を教科書で叩いた。

162 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/05/31(木) 15:23:11.58 ID:WJwkyqSIo

「お前はマジでもうちょっと学習しろ。ホントに。こないだの悪夢をもう忘れたのか」

「忘れてねえよ! あのおっぱいの魔力から生まれた悪夢は現在進行形だ! 未だに口きいてくれねーよ!」

「そっちの話じゃねーよ。タカヤの勘違いの方だよ。あとそのノリ寒いからやめてくんない?」

「うるせえな。大事だろうが、おっぱいの好みは」

「大事だけど」

 モスは溜め息をつく。俺の方が溜め息をつきたい。教室はいつのまにか静まり返っていた。
 俺は周囲を見回す。冷たい視線、面白がるような視線、よりどりみどりである。

「なんだよもう。いいだろべつに」

 俺が言うと、みんなが目を逸らした。なんだこれ。
 そのとき、教室のドアが開く。

 幼馴染が顔を出した。静まり返った教室の様子に目を丸くしてから、俺たちのところにやってきた。
 ようやく教室に騒々しさが戻る。俺は少し後悔した。

163 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/05/31(木) 15:23:56.00 ID:WJwkyqSIo

 一連の流れをモスから聞いた幼馴染は、俺を見て苦笑した。
 彼女の表情は、なんだかどうしようもない弟を見守る姉のようで、ひどくつらい。

「なんか、いつもとキャラがぜんぜん違ってびっくりしたよ」

 そういえばこいつの前では、こんなふうに暴走したことはなかったっけか。
 ――いや、最初の遭遇は除くことにして。

「この人はですね」

 と幼馴染は俺を示す。

「自分が及び腰になってるな、とか、上手に話が出来てないな、と思うと、勢いに任せて暴走する癖があるんです」

 モスが感心したようにうなずいた。俺は気まずくなる。

「あるな、そういうところ。開き直ってるのか自棄になってるのか分からないけど、勢いに任せて暴走して失敗すんの」

 やめてくんない、そういう的確な分析。俺は拗ねて窓の外を睨んだ。

164 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/05/31(木) 15:24:35.50 ID:WJwkyqSIo

「いいじゃん俺の話は。それよりDVD-RとRAMとRWのどれが一番かっこいいかって話しようぜ。俺はRWだと思う」

「こんなふうに突拍子もないことを言い出すのが特徴です」

 もういいと言っているだろうに。

「彼女さん、彼氏のことよく分かってるんだね」

 タカヤは言った。俺は一瞬誰の話をしているのか分からなかった。幼馴染は気まずげに苦笑して、「ええ、まぁ」と曖昧に頷く。
 彼の言葉は不自然なものではなかったが、近くにいた生徒には聞こえたようだった。
 付近の女子が俺の方を見ている気がする。自意識過剰だ。

「付き合い長いですしね」

 幼馴染が苦笑する。タカヤはなんだか羨ましそうな目でこっちを見た。モスは窓の外を眺めて我関せずの姿勢を貫いている。

 俺は鳥になって空を自由に飛びまわりたい。翼をください。できれば黒いのがいい。鴉って渋い。

 授業がはじまるまで、四人で集まって話をしていた。なんだってこんなことになったんだっけ。
 不思議な偶然ってあるものだ。

165 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/05/31(木) 15:25:45.73 ID:WJwkyqSIo

 昼休みになると、先輩が俺たちの教室までやってきて、新聞部の部室に誘った。
 タカヤは俺よりも早く先輩に駆け寄った。女が苦手って話はどこにいったんだろう。

 先輩の後ろにはもう一人の女の人の姿があった。見覚えはない。
 いったい誰だろう、と思いながら、俺はその姿を長める。先に声をあげたのはタカヤだった。

 げっ、という顔をしている。先輩と会ったときの幼馴染の顔に似ていた。
 彼は口を噤む。先輩が苦笑を浮かべた。もう一人の女の人のネームプレートを見て、俺は納得する。

「オス」

 と女の人は言った。タカヤは絶望的な表情になる。先輩は、謝ってるんだか面白がっているんだかよくわからない顔をした。
 タカヤが黙ったままなので、俺が言葉を発しなければならなかった。

「ひょっとして、タカヤのお姉さん?」

「はい」

 彼女は俺を品定めするように眺めてから頷いた。 
 これ以上状況が混乱するはずはないと信じていた昨日の自分を殴りたい。

166 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/05/31(木) 15:26:18.67 ID:WJwkyqSIo

 幼馴染は幼馴染で、新聞部の部室に例の「みー」とかいう友達を連れてきていた。

 俺、モス、タカヤ、幼馴染、先輩、タカヤ姉、みー。

 七人。

 バカか。と俺は思う。七人で昼食って。多いよ。

 一気に人数を増やしたってどうせろくなことにならない。俺は溜め息をつく。
 人数が増えれば増えるほど、状況は混乱していく。
 
 けれど、俺と幼馴染の目的は一応は達成に近付いている。
 
 警戒するべきなのは先輩の行動だけで、あとは「みー」とタカヤを引き合わせることができれば、それで十分なのだ。
 が、姉を前にして、タカヤが素直に女性と話したりできるものだろうか?

167 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/05/31(木) 15:27:28.95 ID:WJwkyqSIo

 その懸念は現実のものとなった。
 タカヤは自分の姉を前にして、新しくあらわれた女子どころか、先輩とすらまともに話せなくなってしまった。

 姉の方はと言えば、なんだか先輩と話したり、幼馴染と話したり、俺やモスに声をかけて質問してきたりとやりたい放題。
 彼女の登場ですっかり影が薄くなった「みー」の方は、なんだか可哀想なくらい緊張していた。

 タカヤ姉は弟とは違い、初対面の人間にも一切物怖じした様子を見せなかった。
 なんでも、先輩が自分の弟と一緒に食事をとると話のはずみで聞いて、様子を見てみたくなったのだと言う。
 先輩はきっと、タカヤ姉に昼食のことを話したのを後悔しただろう。俺なら後悔する。

 なによりも、タカヤのふて腐れたような態度が気にかかった。
 普段通りの態度でいられたのはやはりモスだけだ。彼はおそらくどんな事態に遭遇しても冷静でいられるだろう。

168 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/05/31(木) 15:28:24.93 ID:WJwkyqSIo

「きみだよね、最近うちの弟と仲が良いっていう」

 と、タカヤ姉は俺に向かっていった。

「この子から聞いてるよ」

 彼女は先輩を指差す。

 先輩も、タカヤ姉の圧倒的な勢いに対しては戸惑うらしい。
 あの先輩が戸惑うのだから、もう彼女のエネルギーにはすさまじいものがあるということだ。
 
「そっちの子は彼女?」

 タカヤ姉は幼馴染を指差す。俺は一瞬ためらったが、タカヤの手前本当のことは言えない。

「はい、まあ」
 
 頷くと、彼女は「へえ!」とひときわ高い声をあげた。
 幼馴染が少しだけ戸惑っているのが伝わってくる。気付かないふりをした。

169 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/05/31(木) 15:29:07.80 ID:WJwkyqSIo

「で、そっちの子は……」

 と、タカヤ姉は「みー」を指差す。このタイミングで話がわたしに飛ぶのか、とでも言いたげに彼女は動揺する。
 幼馴染は「みー」の代わりに返事をするついでに、彼女を紹介した。

「わたしの友だちです。いつも一緒に食べてるので、誘ってみようと思って」

「へえ。そうなんだ」

 芳しい反応を見せたのはタカヤ姉だけだった。
 タカヤ本人はかすかに意識を「みー」に向けているようだったが、姉が気になって素直に話せないらしい。

 本来なら、タカヤの相談に都合のいい相手として、「みー」を紹介する手筈だったが、タカヤ姉がいてはその話もできない。
 タカヤだって自分の姉に、女性に対する苦手意識を克服しようとしていることなんて知られたくないだろう。

 あとでタカヤに「みー」について何かを言っておいた方がいいのだろうか。
「みー」本人はひどく物静かな子で、引っ込み思案を絵に描いたような姿をしていた。

 口数も少なく、会話に対しても積極的ではなく受け身だ。この調子で何かが上手くいったりするんだろうか。

170 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/05/31(木) 15:29:44.43 ID:WJwkyqSIo

 幸いタカヤの姉は、来るのは今日だけで、明日からは邪魔しない、と明言してくれた。
 そのことはいくらか救いになったが、「みー」の第一印象が地味になってしまった感はぬぐえない。

 つまり、これからタカヤの中で「みー」の存在を大きくしていくには、さらに面倒な手順が必要になってくる。

 もちろんそこまでする義理なんてないのだけれど……なんとなく、引き合わせて、はいおしまい、では少し申し訳ない。

 少なくとも、タカヤと普通に話せるようになるまでは進展させてやりたい。
 そのためには、「みー」の方とも意思疎通を図らなければならないのだが……。
 彼女は幼馴染が言ったように「緊張しい」であるらしく、俺に対してもまともな会話が成立するとはいいがたかった。

 結局昼休みが終わるまでに、「みー」は「はい」「どうも」「ありがとうございます」「いただきます」「ごちそうさまでした」くらいしか喋らなかった。
 理由は違うが、タカヤの方もまた似たようなものだった。

 それよりももっと気になるのは、新聞部の部員のうちひとり、見覚えのある男子が、俺をじっと睨んでいることだった。
 気のせいであると信じたいのだが、なんとなく、嫌な予感がとまらない。事態は混迷をきわめていく。

 俺はどうせなら猫になりたい。
 
171 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/31(木) 15:30:15.77 ID:WJwkyqSIo
つづく
172 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2012/05/31(木) 15:50:29.65 ID:adWsV7P7o
乙!
173 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(埼玉県) [sage]:2012/05/31(木) 17:16:12.08 ID:pYSh9pgxo
おっぱい
174 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/31(木) 17:48:01.64 ID:eXn/6cNIO
おっつん
175 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/31(木) 18:12:35.47 ID:0JlrwY+IO
乙!
176 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/31(木) 22:03:38.24 ID:xl4Qp+SIO
乙ぱい
177 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/01(金) 20:06:34.64 ID:ymXqud5po

 新聞部の部室で昼食を取るようになって三日が過ぎ、六人の人間はそれぞれがそれぞれに慣れ始めた。
 俺は幼馴染と『付き合っている』という設定で振舞うことにも慣れていたし、タカヤも先輩やみーに物怖じしなくなった。
 モスもまた普段通りに振る舞い、幼馴染も状況に応じて話に参加できていない人間に気を遣って話しかけた。

「話に参加できていない人物」はもっぱら俺のことだった。
 タカヤが徐々に女性陣と話ができるようになるにつれて、俺の影は一層薄まってきた。
 これは自然な帰結と言えばそうだろう。もともと社交的な性格でもないのだ。

 放っておけば、先輩、タカヤ、モスの三人は勝手に盛り上がり始め、そこに幼馴染がみーを交えて話をする。
 俺がそこに混ざろうとすれば話は混乱するし、ややこしくなる。そういう場合が多くあった。

 かといって周囲が俺を疎外しているわけでもないし、俺自身際立った孤独を感じているわけでもない。
 ただなんとなく、ああ、今、及び腰だなぁと思ったりするだけだ。

 それでも勢いにまかせて暴走するためには、みーとタカヤの関係をどうにかしなくては、という気持ちが邪魔をする。

178 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/01(金) 20:06:51.68 ID:ymXqud5po

 その状況が嫌になったわけではないし、ちょっと無責任かという気もしたのだけれど、ある日、俺は新聞部の部室に行かなかった。
 近頃は四六時中誰かと一緒にいて、心休まる時間がない。家に帰ればゆっくりはできるが、別の意味で気疲れした。

 風のない日だった。中庭はそれまでに比べると少しだけ暖かく、過ごしやすいと言えなくもなかった。
 俺はベンチに腰かけて持ってきた弁当の包を広げる。
 十二月のなかばが近付き、冬休みはほとんど目前、というか来週には休みに入る。

 俺はそのことを考えて少しだけ憂鬱になった。なんら事態は進展していないからだ。
 それなのに授業は学期末の雰囲気になり、期末テストを終えて周囲は浮足立っている。

 頭が痛くなりそうだった。溜め息。白い息が立ちのぼる。俺は今月に入ってから何度の溜め息をついただろう。

 ぼんやりと考え事をしながら食事をしていると、後ろから声がかけられた。

「なにやってんの?」

 振り返ると、タカヤの姉が立っている。俺はまた溜め息が出そうになった。

179 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/01(金) 20:07:17.70 ID:ymXqud5po

「なんで一人? 他の人らは?」

 彼女は本当に物怖じしない。答えに窮した。別にたいした理由があってひとりでいるわけではないのだが

「まぁ、ちょっと」

 と俺はごまかした。彼女は不思議そうな顔で首をかしげる。先輩の方だったなら、ここで更に追及を重ねるのだろう。
 タカヤ姉はあまりものごとにこだわらないタイプらしい。

「ふーん」

 という一言で、話を終わらせてしまった。

 彼女は俺の隣に腰をおろした。もう昼食は終えたようで、暇をもてあましているらしい。

「ね、うちの弟、どう?」

「何の話です?」

「彼女できそう?」

「……なんですか、いったい」

180 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/01(金) 20:07:43.78 ID:ymXqud5po

「いやぁ、姉としても心配だったからさぁ」

「タカヤなら、ほっといてもそのうち彼女を作り出しますよ。お姉さんの方はどうなんです?」

「わたしのことはおいといて」

 棚に上げた。よもや弟をからかうだけからかっておいて、自分の方も経験が少ないと言う……ありそうな話だ。

「で、きみは彼女とうまく行ってるわけ?」

「……はあ。まあ」

 ――実際、うまくやっていた。
 幼馴染と俺の関係は、誰にも疑われることなく成立している。先輩ひとりを除けば。

 隠しておきたい対象であるタカヤにも判明はしていない。
 
 けれど、上手くいけばいくほどに、俺は不安を感じるようになった。

181 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/01(金) 20:08:09.92 ID:ymXqud5po

 昼食を一緒にとるようになってから、タカヤと俺との関係はごく普通の友人同士と言えるくらいまで接近していた。
 もしタカヤが自分の弱点を克服しきったあとも、付き合いは続くかもしれない。
 そのこと自体はかまわないのだが――そうなったとき、俺は幼馴染との関係を、彼にどう説明すればよいのだろう。

 タカヤに本当のことを言えばいいのだろうか。それとも嘘を突き通せばよいのだろうか。
 いずれにせよ、そこには間違いなく自業自得としか言えないような問題が発生する。
 俺自身、タカヤに悪感情を抱いていないことを含めて、ひどく面倒な話になる。

 仮にすべてが思惑通りに運んだとしても、『そのあと』のことを考えると、ひどく気が重い。
 身から出た錆というのは、こういうことをいうのだろう。だからもう少し考えて行動しろというのだ。

「なんか落ち込んでる?」

 タカヤ姉は俺に向かって首をかしげた。かわいい人だ。俺があと五歳若かったら惚れてた。
 ……あと五歳若かったら小学生だ、俺は。

182 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/01(金) 20:08:35.78 ID:ymXqud5po

 俺は先輩の仕草に適当に相槌をうって更に考える。
 もうすぐ冬休みなのだ。そんな短い期間で、このこんがらがった状態をなんとかできるんだろうか。
 
 そもそも「みー」はタカヤといったいどうなりたかったんだろう?

 少し話をしてみたかったのか、仲よくなりたかったのか、いずれにしても場合によっては今回のことはまったく徒労になる。
 
 つまり俺と幼馴染は「みー」の目的に合わせて自分の行動を変える必要がある。
 そのためには、彼女とコンタクトをとることが重要になるのだ。

 にもかかわらず、俺は彼女と一切対話できていない。幼馴染を経由して多少考えていることが伝わってくるに過ぎない。
 俺とタカヤのどちらが「みー」と話しているかと言えば、間違いなくタカヤの方が話しているだろう。

 俺は必要ないじゃないか。まったく。嫌になる。

183 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/01(金) 20:09:02.07 ID:ymXqud5po

 とはいえ、ここでぐだぐだと拗ねていても仕方ない。
 俺はタカヤ姉との話を適当に切り上げて教室に戻ることにする。
 彼女には申し訳ないことをしたが、俺はそもそもあんまり人の話を聞きたくないタイプの人間だ。

 なんだか、頭痛がする。近頃の俺はどうも不調だった。
 体もそうだし、精神的にもそうだし、もっと他の、運勢というか、なんというか、そういったものも不調だった。
 とにかく不調。その不調がいつから始まったのかは思い出せない。とにかく何をやってもうまくいかない。

 なぜだかいつのまにか不調だった。嫌になる。
 
 教室に戻って自分の席につく。チャイムはすぐに鳴った。
 帰ってきたタカヤとモスが、俺に一声かけて自分の席に戻る。
 
 俺は窓の外を眺めて午後の授業をやり過ごした。

184 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/01(金) 20:09:28.03 ID:ymXqud5po

 放課後俺はまっさきに幼馴染の教室へ向かおうとした。幼馴染に会うためではなく、「みー」と話してみるためだ。
 俺は彼女の目的を確認し、その目標に自分がどこまで踏み込むべきなのかを確認し直そうと思った。

 もちろん、あなたには何も頼んでいない、全部お節介だと言われる可能性もあったが、それならそうでまったく構わなかった。

 俺は一刻でもはやくこの混乱した状況を解決し、元の生活に戻りたい。

 ――元の生活ってどんな感じだったっけ、という疑問はあったものの。

 けれど教室に出ようとしたとき、俺の背中に声が掛かった。タカヤだ。

「告白しようと思う」

 とタカヤは言った。こいつはいったい何を言い出すんだろう。

 モスが盛り上がった声をあげた。俺はどうしようもなく悲しい気持ちになる。

185 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/01(金) 20:09:54.79 ID:ymXqud5po

「誰に?」と嫌な予感を噛み殺しながら訊ねた。

「先輩に」

 俺の予感はだいたい当たる。

「なんで。絶対振られるぞ」

 別に俺はタカヤが憎かったわけではないし、振られて欲しいと願っていたわけでもない。
 けれど振られる。どう考えても。彼と彼女が知り合って何週間も経っていないのだ。
 そんな相手が、どうしてタカヤと付き合ったりする?

 ――とまで考えて、俺は先輩の方だってわけのわからない考え方をする人間だったと思い出した。
 そういえば、たしかに彼女はその気になれば男のひとりやふたり好きにできるだろうが、告白されたことはあるのだろうか?

 ちょっと仲の良い後輩に告白されて、まぁ、いいかと思ってさくっとオーケーしたり……は、しないだろうか?

186 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/01(金) 20:10:26.15 ID:ymXqud5po

 俺は胃のあたりがむかむかするのを感じた。

 開き直ることにする。そういえば俺には何の負い目もないような気がした。
 でもたしかに罪悪感がある。これはいったい何を理由にしているのだろう?

 俺は順を追って思い返してみた。
 
 タカヤの相談に乗る。偶然、先輩がその現場に遭遇する。仲良くなる。タカヤは先輩に告白するという。
 この一連の流れに、俺に負い目がある部分は一切ない。すべて偶然と本人たちの行動の結果だ。

 じゃあ「みー」の方はどうか。

 幼馴染が「みー」に頼まれて、タカヤと話をする機会を作ろうとする。幼馴染、機会を作る。みー、活かせずにあまり仲良くなれない。
 こちらも俺に責任はありそうにない。

 そこで俺は、この罪悪感がどこから訪れるものなのかをはっきりと理解した。

 俺とタカヤとの関係の一番最初に、俺と幼馴染の“嘘”があるからだ。
 
187 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/01(金) 20:10:52.34 ID:ymXqud5po

 だから、俺はタカヤに対しての罪悪感がぬぐえないのだ。
 そうまで行動を起こしてしまった以上、「みー」に対して徒労感を味わわせたくないのだ。

 けれど実際、タカヤは先輩と出会ってしまい、彼女に告白しようと思う。お前どれだけ惚れっぽいんだ。

 でも、これは誰かが悪いという種類の話ではない。

 俺は悪くない(言い訳ではなく、事実として)。俺はなんらこの状況に影響を与えていない。
 その話の流れに、偶然居合わせたに過ぎない。

 じゃあ嘘をついた幼馴染の責任かというと、そうでもない。
 
188 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/01(金) 20:11:36.03 ID:ymXqud5po

 幼馴染だって、こんな事態に発展すると思って嘘をついたわけではないのだ。
 話を分かりやすく終わらせようとしただけに過ぎない。
 
 結果的に話がややこしくなってしまった感はぬぐえないが。

 もちろんタカヤが妙な相談を持ちかけてきたから話が混乱したわけでもない。
 タカヤの相談に乗る形で「みー」とタカヤを引き合わせるのも決して困難ではなかった。

 ここで先輩とタカヤが会ってしまったこと。これが混乱が発生した理由だろう。

 だからといって、先輩を責めるわけにはいかない。あそこで出会ったのはまったくの偶然だったからだ。

 さまざまな偶然の結果、なぜだか事態は混迷をきわめている。
 もちろん、自分の目に何もかもがはっきりと映るような事態の方が、現実では稀なのだが……。

189 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/01(金) 20:12:02.22 ID:ymXqud5po

「みー」のことを考えなければ、タカヤが先輩に告白しようとするのはいい傾向と言えなくもない。
 もちろん、「みー」のことがなかったとしても俺は彼の行動を止めようとしただろう。
 どう考えても勝ち目が薄いからだ。

 そういったさまざまな事情が混乱したあげく、俺はタカヤに対して何も言えなくなった。

 何を言っても、裏であれこれ画策していることの地続きにしか思えないからだ。

 俺は嫌になる。めんどくせえ、と思う。俺は短気な人間だった。タカヤのことなんて割とどうでもいい。
 
 それでも今まで付き合ってきたのは、なけなしの責任感と罪悪感の影響にすぎない。
 俺は短気で無責任で自己中心的な性格なのだから仕方ない。そう開き直ることにしよう。

 俺は「がんばれよ」とタカヤを励ました。彼はほっとしたように息を吐く。

190 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/01(金) 20:12:50.19 ID:ymXqud5po

 教室を出ると胃のあたりがきりきりと痛み始めた。
 廊下を歩いて幼馴染の教室を目指す。何も今日告白することはないじゃないか。
 俺たちはまだ始まってもいないんだぜ。でもどうしようもなかった。愛はノンストップだった。好きならしょうがない。

 知ったことか。俺はもう責任をもたない。ぜんぶ偶然の結果だ。俺は悪くない。

 それでも罪悪感で足が重い。俺は泣きたかった。今月に入って何度目か分からない。

 なんでなんだろう、と俺は思った。どうしてこんなに事態が混乱しているのだ?

 俺にはその原因もすぐに理解できた。それは、俺自身が、自分がいったい何を目的にしているか分かっていないからだ。
 俺は幼馴染に協力し、「みー」とタカヤの距離を縮めることに尽力しているのか。
 それとも「タカヤ」の相談に乗り、彼の苦手意識を克服することを目標にしているのか。
 
 自分でもどっちを目標としているのか、分かっていないからだ。

191 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/01(金) 20:13:28.88 ID:ymXqud5po

 幼馴染の教室のドアをノックする。適当に声を掛けて戸を引いた。

 教室に入ると幼馴染と「みー」の姿はすぐに見つけられた。俺は少し緊張しながら彼女らに歩み寄る。

 呼び止めると、みーは顔をこわばらせた。
 幼馴染が間に入る。話があると伝えると、ふたりは緊張した様子でついてきた。

 俺はいつからか不調だった。とにかく不調だった。いつからだ?
 たぶんずっと前からだ。でも、いまさらどうすればいいのか、分からない。まったくわからない。

 何から話せばいいのだろう。ふたりを連れて教室を出たものの、俺はどこに向かえばいいのかわからなかった。
 何もかも忘れて眠っていたい。

192 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/06/01(金) 20:14:12.10 ID:ymXqud5po
つづく
193 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2012/06/01(金) 20:19:34.89 ID:DUIJcdBJo
引っ張られる文体だ
おっぱい
194 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/06/02(土) 00:55:23.39 ID:Z82NHMvIO
おっつん
195 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/06/02(土) 13:30:33.28 ID:QvK0WMpCo
181-2 もし → もしかしたら
196 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/02(土) 13:31:26.50 ID:QvK0WMpCo


 幼馴染は「どうかしたんですか?」とでも言いたげに俺の顔を見た。
 泣き出したい気持ちになる。

 とにかく話さなくては、と思うのだけれど、話そうとすればするほど何を言えばいいのか分からなくなった。

 場所を変えようと思ったが、適当な場所が思い浮かばなかった。
 人気のない廊下の、階段付近に移動して話を始めた。
 
 タカヤの発言について伝えると、ふたりとも「ああ、やっぱり」という顔をした。
 勘付いていた幼馴染の方はともかく、「みー」の方も同じ顔をする理由がわからなかった。

 なんだか悲しい気分だった。

197 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/02(土) 13:31:55.27 ID:QvK0WMpCo

 どうして、と俺は「みー」に訊ねた。彼女はどうして平気そうにしているのだろう?

 彼女は、それまで俺と話さなかったのが嘘だったように、すらすらと言葉を並べ始めた。

「別に、いいんです。薄々気づいてました。わたしは視界に入ってないんだろうなって」

「好きだったの?」

 俺は無神経を承知で訊ねた。彼女は一拍おいて、答えた。

「――はい。でも、わたしなんかじゃ相手にされないって分かってましたから。
 仕方ないんです。わたしがうじうじいつまでも悩んでたから、みんなに手間をかけてしまって」

 いつまでも? と俺は思う。別にそんなに長い時間じゃなかった。むしろ「これから」というタイミングだった。
 そのタイミングで予定外のことが起こってしまっただけだ。どうして彼女はこんなに自分を卑下するんだろう。

 もちろんそんなことは口に出して言えない。表面上はともかく、彼女は傷ついているのだろう、たぶん。

198 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/02(土) 13:32:21.65 ID:QvK0WMpCo

「だいいち、わたしが最初から、真正面から彼に話しかけてみればよかったわけで、面倒な手を選んだりしたから――」

 違う、と俺はまた否定したくなる。この結果は彼女の行動が原因じゃない。
 彼女とは無関係の場所で起こったことだ。彼女の行動はなにかの原因になったりしなかった。影響を与えたりしなかった。

 偶然だった。何もかも。彼女に関しては。

「あのさぁ」

 と俺は言った。

「はい?」と彼女は気丈に笑う。

「おっぱい触っていい?」

「……はい?」

 俺の言葉を、彼女はうまく聞き取れなかったようだった。

「いや、違う。間違えた」

 俺はかぶりを振る。自己嫌悪。自暴自棄。なんかもういいや。めんどくさい。
 彼女がいいって言ってるんだからいいじゃないか。別に。つまりこの話はここでおしまいってことだ。結果がどうであろうと。
 ひどく気分が重い。

199 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/02(土) 13:32:47.71 ID:QvK0WMpCo

 俺が何も言えずにいると、彼女は言葉を重ねた。

「いいんです、本当に。機会をもらっても、上手く活かせなかったと思うから。自分でも何がしたかったのか分からない」

「分からない?」

「仲良くなれれば、何か変わるかなって思ったんです」

「それで……」

「それで、頼んだんです」

 幼馴染は彼女のうしろで気まずそうな表情をしている。
 俺は何を考えていればいいのか分からなかったので、とりあえず階段脇の消火栓の赤ランプを見つめた。

「ほんとうに、ごめんなさい。ご迷惑をおかけして」

 違うだろう、と俺はいいかげん怒鳴りたかった。どうして謝ったりするんだ。
 俺はイライラしている。

200 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/02(土) 13:33:14.35 ID:QvK0WMpCo

 何にこんなにイライラしているんだろう、と考えて、すぐに思い当る。
 それは身勝手な感情だ。俺は怒っている。

 彼女は安堵しているのだ。おそらく、タカヤに対して正面からぶつかっていかないで済むことに。

 ようするに逃げようとしている。でもそれは彼女の勝手だ。俺が怒りを感じるのはどう考えても筋違い。
 俺はこの話に無関係な人間だ。タカヤの事情にも「みー」の事情にも、たまたま巻き込まれただけの。

 ……そうだろうか。俺は「たまたま」巻き込まれたんだったか?

 俺は深くは考えないことにした。いいじゃん、この子が良いって言ってるんだから。
 幼馴染はどうしていいか分からない様子でおどおどしている。彼女がこんなふうにうろたえている姿を見たのは久しぶりだ。

 俺は「そう」とだけ言ってふたりに背を向けた。幼馴染には少し申し訳なかったが、このままだと叫びだしてしまいそうだ。
 
201 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/02(土) 13:33:41.73 ID:QvK0WMpCo

 廊下をひとりで歩いていて、俺はようやく気付いた。
 俺はけっしてこの事態に「たまたま」巻き込まれたわけじゃない。
 
 幼馴染が「付き合っているふりをしてくれ」と言ったとき、俺は自分の意思で頷いたのだ。
 そこで俺の意思が発生している。俺は自分の意思でこの事態に関わっている。

 だから、俺は「無関係」じゃなかった。この事態の発生に少なからず関係している。

 あのとき俺はどうして頷いたんだろう。普段だったら「ふざけんな、俺抜きでやれ」と断っていたはずだ。
 俺は面倒なことが嫌いだったし、他人の感情をどうこうしたりするのはもっと苦手だった。

 にも関わらず、俺はどうしてタカヤと関わり合いになることを決めたんだっけ。
 
202 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/02(土) 13:34:08.29 ID:QvK0WMpCo

 教室に戻るとタカヤが席についていた。
 彼はモスと一緒に何かを話している。俺は気分が優れないまま近付いた。

「どうした?」

 と俺が訊ねる。タカヤは椅子に座ったままだ。

「立ち上がれない」

「はあ」

「怖い」

 こいつは、ひょっとして今日、この日に、そのまま告白しようとしていたのか。
 ものすごい行動力と覚悟だ。そして不発に終わったが。

「もう、先輩も帰ったんじゃないかな」

「……だよな」

 タカヤは長い溜め息をついた。こいつもやはり安堵しているように見える。
「みー」の場合とは違い、あまり嫌な感じはしない。

 たぶんスタンスの違いだろう。このふたりは「どこまで先延ばしにするか」が明確に違う。

203 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/02(土) 13:34:34.22 ID:QvK0WMpCo

「なんで今日だったんだよ」

 と俺は訊ねた。

「おまえ、焦りすぎだよ。別に今日明日いきなり発展しなくてもいいじゃねえか。欲をかくとろくなことにならねえぞ」

 タカヤは困ったように眉を寄せた。
 俺はまだ迷っている。「みー」を無視して彼を後押ししていいのだろうか。タカヤを止めるべきなのだろうか。
 
「わかんないけど、タイミングを逃したら一生言えない気がするんだ」

「なんだ、そりゃあ」

 一生、という言葉は、俺には大袈裟に聞こえた。
 
「俺は昔から人一倍臆病で、いままで機会とかそういうものを何度も逃してきたんだよ」

 彼はじっくりと言葉を選んでいるように見えた。俺は居心地の悪さを感じる。

「だから、ここだと思うタイミングでは、すぐに行動を起こそうと決めてるんだ。どんなに咄嗟でも」

 それは既に臆病とは呼ばないんじゃないのか。思ったけれど、口には出さなかった。

204 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/02(土) 13:35:00.44 ID:QvK0WMpCo

 彼は思いついたような表情で、俺に向かって訊ねた。

「そういや、お前は? どうやって彼女に告白したんだ?」

「告白してない」

「されたのか」

「されてもない」

 タカヤが怪訝そうな表情になる。俺は無性にイライラしていた。
 何に対してだろう。たぶん自分自身に対してだ。モスの表情が緊張したようにこわばった。
 かまうもんか、と俺は思った。知ったことじゃない。もう破綻してるんだ。

 なにひとつ上手くいかなかったんだ。別にいまさらことが露呈したところでどうにもならない。

「嘘だったんだよ。付き合ってるっていうの」

205 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/02(土) 13:35:29.74 ID:QvK0WMpCo

 俺の言葉に、タカヤの表情は硬くなった。やがて状況を判断しようとするように、視線をあちこちに彷徨わせた。

「それは、どうして?」

 彼は頼りない声音で訊ねてきた。俺は答える。

「そんなふうに言わないと、誤解がとけなかったからだよ」

「誤解?」

「俺とモスの」

 彼は咄嗟には思い出せなかったようだったが、やがて「ああ」と思い出したようだった。
 俺はいったい何をやっているんだろう。

206 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/02(土) 13:36:08.98 ID:QvK0WMpCo

「そうか、そうだったんだ……」

 彼は吐息のように言葉を吐いた。モスが気まずげな表情になる。
 居心地が悪い。逃げ出したかった。

「帰る」

 と一言告げて、俺は鞄を持って教室を出た。もうこれ以上はなにも言いたくない。
 
 俺はひさしぶりに一人で帰路についた。冬の街は寒々しくて異様に寂しげだった。
 途方もない孤独感が押し寄せる。俺はまちがいなくひとりぼっちだった。

「俺はこの事態の発生に一切関係していない」? そんなわけがなかった。
 俺は俺の意思でこの事態に関わることを決めた。結果的に状況をいっそう混乱させた。

 それは俺だけの責任じゃなかったかもしれない。でも、俺にも責任の一端はある。

 家に帰って、俺はふてくされてコタツを占領した。妹はまだ帰っていない。
 制服のまま寝転がっていると眠気が押し寄せてくる。暖房のついていないリビングはまだ寒かった。
 
207 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/02(土) 13:36:44.82 ID:QvK0WMpCo

 眠りから覚めて、眠っていたことに気付いた。カーテンは開けっ放しで、灯りはついていない。
 陽はすっかり沈んで、もう辺りは真っ暗だ。俺は起き上がる気になれず瞼を閉じた。

 いつからこんなに不調だったんだろう? 鼻はぐずぐずいって気持ち悪い。
 咳が出た。俺は起き上がって部屋に戻ることにする。
 制服を脱いで、寝間着に着替え、ベッドに倒れ込む。

 ふと、玄関の扉が開く音がした。妹が帰ってきたのだろう。
 話し声が聞こえる。友達でも連れて帰ってきたんだろうか。

 部屋のドアがノックされる。返事をせずにいると、勝手にドアが開いた。

「寝てるの?」

 と妹が言った。彼女の声を聞くのはひさしぶりという気がする。

 何も言い返さずにいると、妹が誰かと話すのが聞こえた。俺はその声に聞き覚えがある。
 幼馴染だ。彼女がやってきたのだ。俺を責めに来たのだろうか?
 またやってしまったのだ。何も考えずに感情だけで暴走した。

 俺は逃げたい。逃げている。寝たふり。快適だ。体調以外。

208 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/02(土) 13:37:11.07 ID:QvK0WMpCo

「起きてください」

 と幼馴染は言った。俺は寝たふりを続ける。起こすな。ギブミーアップ。

「具合悪いんですか?」

 彼女は普段通りの声音で言った。俺はあきらめて寝返りを打ち、上半身を起こす。
 彼女の後ろで、妹が散らかしたままの俺の制服をかき集めてハンガーにかけていた。

 俺の顔色を見てか、幼馴染は早々に話を終わらせようとしたらしく、すぐに本題に入った。

「とりあえず、みーと話してみたんですけど」

 彼女はすっとした口調で話に入る。言いにくいことでも、歯切れが悪そうにしたりはしない。
 そういう人間性なのだ。

「あの子は、もう何もしなくていいって言ってるんです。こちらから何かを強制するわけにもいきませんし」

 それでもやはり、少し後味が悪いような表情で、彼女は言った。

209 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/02(土) 13:38:20.60 ID:QvK0WMpCo

 幼馴染は俺に対して感謝と謝罪の両方を告げた。彼女がどうして謝ったのかは分からなかった。
 妹が体温計を持ってくる。俺は熱を測った。平熱だった。なんだ、平熱なのか。 
 だったらなんでこんなに体調が悪いんだろう。

 幼馴染は十分も待たずに帰ると言い出した。俺は「みー」についてもタカヤについても何も言えなかった。

「明日も迎えにきていいですよね?」

 と彼女は最後に言う。俺は曖昧に頷いて、その場で彼女を見送った。妹がついていく。
 幼馴染を玄関まで見送った妹が戻ってきて、何かほしいものはないかと言った。
 なんにもいらない、と俺は答えた。

210 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/02(土) 13:38:47.06 ID:QvK0WMpCo

「なにかあったの?」

 妹が聞いてきたが、俺は上手に答えられない。
 沈黙に耐えきれずに、俺は口を開いた。

「あのね、俺の親父がさ」

 妹は一瞬表情をこわばらせたが、静かに「うん」と続きを促した。

「最後に笑うのは真面目で一生懸命な奴だって言ったんだよ」

「うん」

「そんなわけねーじゃんって思ったの。不真面目でも最後に笑う奴はいくらでもいるって」

「うん」

「でもそういえばさ、よくよく考えたら俺は真面目でも不真面目でもないから、あんまり関係ないんだよな」

「なにそれ」

 彼女はあきれたように溜め息をついた。俺は彼女が本当の妹だったらどんなによかっただろうと思った。

211 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/02(土) 13:39:15.80 ID:QvK0WMpCo

 どうして幼馴染の頼みを引き受けたのだろう、と思って、ようやく気付いた。
 俺はいろんな人と「普通」に話せるようになりたかった。

 もう一度幼馴染や、そのほかの人たちと、仲良く過ごしてみたかった。
 だから、目の前にぶらさがった機会にそのまま手を伸ばしたのだ。そして火傷した。

 タカヤと話せるようになりたかった。大勢の友だちがほしかった。今気付いた。馬鹿か。

 明日からどうやって過ごせばいいんだろう。俺は眠気にさいなまれながら考えた。

 とにかく、もうやらなければならないことはない。  
 タカヤに嘘をついていたことをばらしたことを、幼馴染はモスから聞いていたようだった。

 もう俺がつかなければならない嘘はないし、俺が関わらなくてはならない人はいない。
 俺はただしく元通りの生活に戻ったわけだ。

 何を落ち込んでいるんだろう? 俺はひょっとしたら、自分の思い通りにことが運ばなかったことにいら立っていたのかもしれない。
 なんていう傲慢だ。俺は自嘲した。そして眠る。しばらくは。めんどくさいことを考えずに済むのは幸福だ。

212 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/02(土) 13:40:00.07 ID:QvK0WMpCo
つづく
213 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2012/06/02(土) 14:03:00.85 ID:lJSYRLuno
義妹だったんだ
214 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/06/02(土) 14:49:48.38 ID:MhXWO9IIO
だからこそ胸触ったことが重くなるな
215 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2012/06/02(土) 17:07:20.24 ID:+h+n4IaUo
このおっぱいはでかいな
216 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/06/02(土) 18:06:18.71 ID:JNC8ZpLIO
さらっとカミングアウトされたなwww
217 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(中部地方) [sage]:2012/06/02(土) 18:49:53.00 ID:dvlK2TWDo
普通にカミングアウトしてるからあれ?ってなったw
218 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/03(日) 15:04:47.99 ID:ZDXFf4JAo

 その晩の夢見は最悪だった。
 
 俺は太陽から逃げる夢を見た。とにかく走って逃げるのだ。森も山も湖も越えて、とにかく逃げる夢だ。
 太陽は灼熱の光線を触手のように伸ばして俺を追いかける。俺はただ逃げる。
 やがて日差しは雲に隠れ、空から太陽の姿が消えた。俺はそれでも走っている。
 どす黒い雲からぽつりぽつりと雨が降り出す。それは豪雨となって襲い掛かってきた。

 道は泥に汚れ、足はぬかるみにとられる。やがて全身がしびれるように震え、足が棒のように動かしにくくなってきた。
 踵に鋭い痛みを覚え始める。やっとのことで雨が上がる。俺は必死になって走り続ける。
 
 膝がずきずきと痛み、呼吸はとうにまともじゃない。鼻水を散らして大声をあげながら、俺は逃げる。

 不意に、周囲が静まりかえっていることに気付き、立ち止まる。
 俺は後ろを見て、太陽の姿を確認しようとする。するとそこには既に、その姿はなかった。

 俺は安堵の溜め息をついて腰を下ろす。そして正面を見て気付く。
 真っ赤に染まった巨大な夕陽が、俺の正面に迫っていた。

 俺は恐怖で叫ぶ。その先はよく覚えていない。

219 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/03(日) 15:05:14.55 ID:ZDXFf4JAo

 翌日目をさますと、体調はすっかりよくなっていた。
 
 風邪だけではなく、胸のなかでわだかまっていたぼんやりとした不安すらも、どこかに消えてしまったようだ。
 俺はベッドから起き上がって、点検するように体を動かした。
 全身で伸びをしたり、両手を前後に思いっきり突き出してみたり、屈伸したりして、肉体が正常に動くことを確認した。

 不思議な気持ちだった。こんなに健康なのに、どうして今まで不安だったんだろう。

 頭の中が妙にすっきりしていた。カーテンを開けると柔らかな日差しが差し込んでくる。
 冬の空は綺麗に透き通っている。十二月の半ばが近付いても、雪は一向に降る気配を見せない。

 ふと思う。俺は友達がほしかったのだ。

220 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/03(日) 15:05:44.07 ID:ZDXFf4JAo

 制服に着替えて学校に行く準備を済ませ、リビングでコーヒーを飲んでいると幼馴染がやってきた。
 彼女は俺の姿を見て、少しだけ驚いたような表情になった。

「昨日はすごくつらそうだったのに、どうしたんですか?」

 さあ、と俺は首をかしげて、ふと思い出して返事をした。

「琉球神道にはさ、おなり神信仰っていうのがあってさ」

「はい?」

 彼女は「聞き間違いかしら?」という顔でこちらに耳を近づけた。

「だから、おなり神」

「……はい?」

「……いや、別にその名前が別の言葉に似てるーって話をするわけじゃないからな?」

 俺は名誉のために言った。

221 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/03(日) 15:06:17.27 ID:ZDXFf4JAo

 話を続けようか迷ったが、幼馴染が呆れたように溜め息をついたので、俺はそこで口を閉ざした。

「コーヒー飲む?」

「いりません」

 彼女はつんと澄ました顔で窓の外を眺めている。
 別に変なことを言おうとしたわけでもないのに、勝手に勘違いするなんてなんて奴だ。

 やがて妹が制服姿でリビングにあらわれ、幼馴染の顔を見て小さく頭を下げる。

 コーヒーを飲みながら、俺はタカヤと「みー」のことを考えた。
 俺は友達が欲しかった。そのために二人の事情を利用して、交友の幅を広げようとした。
 ついでに幼馴染との交流を取り戻したかった。

 そういった努力が欠けていた自覚はあったからだ。 
 けれど俺は結局、受け身で流されるままで、なにひとつ成し遂げることができなかった。

222 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/03(日) 15:06:41.88 ID:ZDXFf4JAo

 タカヤに謝ろう、と俺は思った。
 図々しい話だが、俺は今度こそ本当にタカヤと友達になりたい。そう思っていることをようやく自覚した。

 だから、つらかったのだ。タカヤとの間に、変なたくらみごとが挟まっていたのがいやだったのだ。

 納得すると、その考えは胸の奥にすんなりと入り込んだ。
 ふと思い出して、幼馴染に声を掛ける。

「なあ」

「はい?」

「悪かったな」

「……なにが?」

 彼女は怪訝そうに目を細めた。

「いろいろとね」

「……自分の中で勝手に完結する癖は相変わらずみたいですね」

 その皮肉は、彼女なりの照れ隠しのつもりだったのかもしれない。

223 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/03(日) 15:07:07.94 ID:ZDXFf4JAo

 教室につくと、既にタカヤがいた。
 俺が歩み寄ると、彼は緊張したように表情をこわばらせる。

「俺を殴れ」

 と、最初に言った。

「はあ?」

 タカヤはうろたえた。いきなり何を言い出してんだこいつは、みたいな顔をしていた。

「いろいろ悪かった。殴れ」

「……意味わかんないから。ちゃんと説明してくれ」

「だましてて悪かったって言ってるんだよ」

224 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/03(日) 15:07:34.73 ID:ZDXFf4JAo

 タカヤは、ああ、と気まずそうに頷く。

「いや、うん」
 
 彼はそう言ったきり口を閉ざした。俺は右手の人差し指で自分の左頬を示した。

「……何?」

「殴れよ」

「なんでだよ……」

「俺の気持ちが収まらないんだよ!」

「なんで嘘をつかれた俺の方がお前の精神状態に気を遣わなきゃならないんだよ!」

「知るか! 殴れ!」

「……アホか」

 タカヤは苦笑した。

225 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/03(日) 15:08:16.57 ID:ZDXFf4JAo

「いいよ。あんまり気にしてないから」

 彼はたしかに言葉の通り、少しは気にしていそうな顔をしていた。
 殴られなかった俺の左頬が微妙に居心地悪そうにしている。気のせいだけれど。

 彼はそう言ったきり、何も言わなかった。
 話をどう続けていいのか分かっていないのかもしれない。

「先輩に、告白するのか?」

 と俺は訊ねた。タカヤは首を振った。

「いや、なんか……まだ、いいよ。なんだか気持ちが落ち着いてきた」

 それは悪い兆候ではないだろうか。

226 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/03(日) 15:08:42.98 ID:ZDXFf4JAo

「俺のせい?」

「いや、なんというか、焦りすぎてたのかな、って気分になってきた。みんな思ったより必死なんだなって」

「なにそれ?」

「さあ?」

 彼は首をかしげた。俺は釈然としない気持ちを無視して口を開く。

「ところで、タカヤ。図々しいことを言うようなんだけど」

「なに?」

「俺の友だちになってくれないか?」

 何言ってんだこいつ、という顔を彼はしていた。

227 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/03(日) 15:09:09.38 ID:ZDXFf4JAo

「ダメ?」

「いや、ダメとかダメじゃないとかの話じゃなく、何を言ってるんだ、お前は」

「嘘をついてたわけだし、拒否されても仕方ないかと思って」

「別に良いって。そんなに怒ってないよ」

「そっか」

 俺は少し安堵したが、それでも彼が表面上平気なふりをしているだけなのかもしれないという考えはよぎった。

「友達がどうとか、わざわざ言わなくても別に平気だろ。そんなもん」

「じゃあ、俺とおまえは友達か?」

「さあ」

 よく分からない、という風に、彼は肩を竦める。どんな仕草をさせても似合う奴だ。

228 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/03(日) 15:09:38.23 ID:ZDXFf4JAo

「とにかくお前と、ごちゃごちゃしたややこしいものがない関係になりたい」

「……それ、聞きようによっては危ない発言だからね」

 俺の言葉には誤解を生みやすい何かが宿っているのかもしれない。
 少しだけ考え込む。こういうとき、どんなふうに言えばいいんだろう。

 どれだけ頭を働かせても、上手い言葉は出てこない。
 俺はもともと小器用にはなれない性格をしていた。

 だから言う。

「タカヤ、俺と友達になれ」

 彼は溜め息をついた。

229 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/03(日) 15:10:23.55 ID:ZDXFf4JAo

「なあ、俺からもひとつ頼みがあるんだ」

 とタカヤは言った。

「なんだろう? あんまり苦労しないようなことなら、ひとつくらい聞こうと思う。詫びの代わりだ」

「お前と、お前の彼女……」

「彼女じゃないって」

「……いや、まぁいい。お前らふたりのことだ」

「なに?」

 彼は一呼吸おいて、ことさら気安げに言った。

「付き合ってるふりを続けてくれないか?」

「はあ?」

 何言ってんだこいつは、と俺は思った。

230 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/06/03(日) 15:11:05.81 ID:ZDXFf4JAo
つづく
231 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2012/06/03(日) 15:19:25.25 ID:Nsc26VtDo
おっぱい
232 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/06/03(日) 15:25:57.08 ID:xo3zeTTIO
おっつん
233 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/04(月) 15:41:01.22 ID:zLN0eH15o

 タカヤとしては、先輩と会い続ける口実がほしい。 
 けれどそのためには幼馴染がいる必要がある。

 あくまでも先輩は、幼馴染の知り合いとしてタカヤに協力しているからだ。
 そして幼馴染は、あくまでもタカヤに協力している体を装っている。

 それは俺と彼女が付き合っている、という嘘を前提とした協力だった。
 
 幼馴染と俺は付き合っていない。となると、タカヤは幼馴染に協力を仰ぐことができなくなる(少なくとも可能性はある)。

 となると彼としては、何事もなかったように付き合っているふうを装っていてもらった方がありがたいのだろう。

 だが、幼馴染が俺と付き合っているふりをしていたのはそもそも「みー」のことがあったからだ。
 いくら彼女でも、本人の意にそぐわない行為を続けるつもりはないだろう。

 つまり彼女としては、既に俺との嘘をつき続ける理由がなくなっている。
 俺はなんだか、話が面倒なまま一向にまとまっていないことに気付いた。

234 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/04(月) 15:41:30.13 ID:zLN0eH15o

「いやだ!」

 と俺は答えた。タカヤは目を丸くした。

「これ以上面倒になるのはいやだ! 嘘をついたりだましたりはうんざりだ!」

「……自分で始めたことだろうに」

 それはそうなのだが。

「でも、もう面倒なことになるのはいやだ」

 タカヤは「うーん」と考え込むような顔をした。俺はこればっかりは譲れない。
 第一、幼馴染の側だってどういうか分からない。

「まぁ、いいや。お前がそういうなら、仕方ない」

 彼はあっさりと自分の考えをひるがえした。良い奴だ。

「俺も人を頼りにしすぎたのかもしれない」

235 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/04(月) 15:41:56.61 ID:zLN0eH15o

「やっぱり先輩のことが好きなの?」

 俺は聞いた。彼は気まずげに腕を組む。

「変だって思う?」

「なにが?」

「たいしたきっかけもないのに早すぎるって」

「いや、別に」

「俺は思う」

 お前は思うのか。

「でも、好きになったもんは仕方ない」

 女とろくに話したこともなかったって言ってたのに、やたらと成熟した(もしくは未熟なのか)恋愛観をお持ちである。
 俺個人としては同意しかねるが、まぁそれは今はどうでもよかった。

236 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/04(月) 15:42:23.27 ID:zLN0eH15o

「でも、お前のおかげで助かったよ」

「なにが?」

「なんとなく、女子と話すの、平気になった気がする」

「俺はなんもしてないけど」

 謙遜でもなく本当に何もしていない。

「まぁたしかに」

 それでも肯定されると微妙に腹が立つものだ。俺は肩をすくめた。

237 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/04(月) 15:42:56.66 ID:zLN0eH15o

 昼休みに幼馴染が教室にやってきて、俺を呼んだ。
 一緒に話していたモスとタカヤはなんだなんだと遠巻きにこちらを見る。
 俺は彼女の笑顔に、なんとなく不穏なものを感じた。

「おべんと作ってきました」

 案の定彼女の行動は理解不能である。

「なぜ?」

「付き合ってるんだからあたりまえじゃないですか」

 彼女の声に、近くにいたクラスメイト達から、やっぱり、という声が漏れた。

「……なんのつもり?」

「いいから一緒にお昼を食べましょう、ふたりきりで」

「……ふたりきりで、ですか」

 色っぽい気配がしないのは幼馴染同士だから当たり前なのか、それとも彼女の表情のせいか。

238 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/04(月) 15:43:34.54 ID:zLN0eH15o

 中庭につく。天気は薄曇りだったので、外は肌寒い。

「なんのつもり?」

 と俺はもう一度幼馴染に訊ねた。俺たちの嘘はタカヤに露呈して、みーにとっても無意味になった。
 嘘をつく相手なんてもういないのに、彼女はどうして茶番を続けたのだろう?

「悔しいんです」

 幼馴染はベンチに腰かけると、持っていた包みの片方を俺に向かって差し出した。

「これは?」

「きみの分のおべんとう」

 そういえばさっきそんなことを言っていたっけ。

「……前々から、お前の考えていることはさっぱりわからないと思ってはいたものだが」

「顔を見るだけで考えてることを理解しあえる仲なのに?」

「そういうところもあるかもしれないけど」

 俺は溜め息をつく。

239 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/04(月) 15:44:08.21 ID:zLN0eH15o

「悔しいって、どういうこと?」

「何もできませんでした」

「……いや、まぁ、それはね」

 何もするべきじゃなかった、という方が正しい。
 結局、ひとの色恋なんかに誰かが手出しするものじゃないのだ。

「自信喪失です。このままだと、わたしのアイデンティティーが危ういのです」

「たやすく揺らぐなぁ、アイデンティティー」

 俺は空を見上げた。雨でも降りだしそうな雲だ。風が吹いている。
 そもそも彼女の中にあったらしいアイデンティティーがどんなものなのか、俺は知らない。

 いずれにせよ、人に迷惑をかけるようなアイデンティティーは剥がして捨てるべきだ。
 人は社会の中にあってはじめて人なのである。知らんけど。

「あ、おべんと、どうぞ。食べてください」

 俺は受け取ったまま動かしていない包みを開けた。水色の弁当箱。彼女の方を見る。桃色。
 色違いらしい。どういうセンスだ。

 冷食とふりかけごはん。俺は箸をとって食事を始めた。甘い卵焼き。

240 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/04(月) 15:44:48.93 ID:zLN0eH15o

「こないだはすっかり反省した様子だったのに、まだ何か企もうと言うわけ?」

 俺は訊ねた。微妙に呆れてもいた。これ以上俺たちが誰に何をできるっていうんだ。 
 そもそも俺たちの方向性は最初から揺らいでいた。何を目指していたのか分からない。
 話を自分の思う通りに動かしたかったのか? 誰かの力になりたかったのか?
 それともまったく関係のない、自分自身の感情のためだったのか?

「企むっていうより」

 彼女は口籠る。

「なんか、いやなんです。こう、もやもやするんです」

「いいかい、お嬢ちゃん。世の中っていうのはね、思い通りにはいかないものなのさ」

「そういう価値顛倒的敗北主義者の理屈はどうでもいいんです。努力くらいしましょう」

「かちてん……え、なに?」

「なんでもありません。とにかく、このままでは危ういのです。わたしの自尊心、プライド、自意識が」

「肥大してるね、自意識」

「割と。思春期なので」

241 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/04(月) 15:45:15.40 ID:zLN0eH15o

 俺が黙ったままでいると、幼馴染は言葉を繋いだ。

「きみだってそうなんじゃないですか?」

「俺が? なに?」

「たまってないんですか」

「……聞きようによっては危ないよ、その台詞」

「……いえ、すみません。ですから、フラストレーションです」

「フラストレーション?」

「欲求不満」

 それだとあんまり変わってないような気がするのだが。

242 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/04(月) 15:46:27.30 ID:zLN0eH15o

 少し考え込む。思いつくフラストレーション。ないではない。でも、だからといって、それをどうこうしようという気分にはなれない。

「世の中の大半の感情は、ひょっとしたら『一時の気の迷い』なのかもしれないね」

 と俺は口に出した。幼馴染が首をかしげる。

「まぁ、たしかに俺にだって、取り戻したい自尊心くらいはある」

 俺のプライド。いつのまにかなくなってしまったもの。暴走する力。勢い。ハンマーで窓ガラスを割って叫ぶのだ。
 でも俺の勢いは死んだ。昔は濁流だったのに、今じゃせせらぎだ。
 諦めてしまった。肥大したまま誰にも相手をしてもらえなくなった自意識。走っていたはずが、いつのまにか逃げていた。

「ただ、取り戻さない方が幸せなんじゃないかって気がするね」

「どうして?」

「『気の迷い』だから」

「なるほど」

 彼女は分かったような顔で頷く。いまの抽象的な話のどこに納得できる部分があったんだろう。

243 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/04(月) 15:46:53.31 ID:zLN0eH15o

 とにかく、と彼女は言う。

「わたしは取り戻すのです。そのために努力を重ねるのです」

「具体的には?」

「まだ考えていません」

 考えてから口に出してください。

「もうすぐ冬休みだねえ。何して遊ぼうか」

「あからさまに話を逸らそうとしないで、協力してください」

「協力? 何を? どうやって。自尊心の回復に協力なんてできるもんか。ひとりでやるもんでしょう」

「交換条件です」
 
 頭に血が上ると、彼女は人の話を聞かなくなる。効率的な考え方をしなくなる。暴走する。いつもだ。

244 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/04(月) 15:47:19.62 ID:zLN0eH15o

「わたしも手伝います」

「なにを?」

「きみがなくしたものを取り戻す手続き」

「手続き?」

「手続き」

 なるほど、と俺は思った。
 ……で、具体的に何をするんだろう。

 俺は自分が失ってしまったものについて考える。何をなくしたんだろう。
 でも確かに、今の自分の生活には何かが欠けているという気がした。何かってなんだ?

 だから俺は何かを求めて行動しようとした。タカヤと友達になろうと思った。
 いつからだろう? ……走れなくなって、友達がいなくなってから?

245 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/04(月) 15:48:35.69 ID:zLN0eH15o

 俺がなくしたものってなんだろう。なくしたもの。取り戻したいもの。それはそのまま、欲しいものを指す。
 俺の中の指向性。俺の中の方位磁石。どこを指しているんだろう?
 失われてしまった指向性。身勝手なほどの自己中心性。自分の意思。俺は何がしたいんだったっけ。

 方位磁石の針が、気でも触れたようにまわり続ける。一方向にさだまらない。俺が取り戻すべきもの。

「わたしは『みー』の力になりたかったんです。傲慢かもしれないけど」

 幼馴染はふと、独り言のように言った。

「でも駄目だった。わたしがダメでした。考えたらずでした。面倒な手段を取りすぎました。あほでした」

 知ってる。

「このままでは『みー』に顔向けできません。とにかく、彼女になんとかして謝らないと」

 でも、と彼女は続ける。でも、謝ることでなおさら「みー」が苦しんだら?
 口ではどうこう言ったって、彼女にだって心の整理はついていないはずだ。

 そしてそれは、幼馴染が介入できる問題じゃない。「みー」の問題だ。歯がゆくても見守るくらいしかできない。
 彼女には自尊心を回復する手段なんてない。諦めてくれ。そのエゴは投げ捨てましょう。

246 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/04(月) 15:49:03.56 ID:zLN0eH15o

「これ以上『みー』のことに関われないというのは分かってます。あの子の問題です」

 そりゃ、そうだ。そんなにあっさり言われてしまうと、抵抗はあるが。

「あの子から何かを言ってきたら、相談に乗ったり、協力したりはします。いまは待ちます」

 俺は、どうとも答えようがない。この話が、彼女のアイデンティティーとどう繋がるのだ?

「その前に、いえ、そのあとでも、なにかを取り戻さないと……」

 彼女は呟く。実際のところ何をどうすればいいのか、自分でもまったく分かっていないらしい。

 何かをしないことには気分が落ち着かないのだろう。
 一度おかした失敗は、別の形で取り戻さなければ気がすまない。その気持ちは分かる。

 でも、他人の悩みに関わることだし、慎重にならざるを得ない。その「手続き」は他のものより面倒だ。
 彼女のアイデンティティーっていったいなんなんだろう。

247 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/04(月) 15:49:35.03 ID:zLN0eH15o

 俺は溜め息をついた。

「まぁ、場合によっては協力するよ」

「本当ですか?」

「昼飯一食分くらいの労力ならね」

「明日からも作ってきましょうか?」

「いいのか? ……あ、いや、なしだ」

「別に見返りを求める気はないですけど」

 幼馴染は不服そうに口をとがらせる。俺は食事を終えて弁当箱を包み直す。

「じゃあお願いする」

「分かりました」

 彼女はほっとした顔をしていた。

248 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/04(月) 15:50:06.88 ID:zLN0eH15o
つづく
249 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/06/04(月) 17:25:27.96 ID:rtvcePqBo
250 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2012/06/04(月) 17:49:36.17 ID:O5P+kSfuo
いいなあ幼馴染
251 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/06/04(月) 19:12:34.08 ID:i5ClRSbIO
おっつん
敬語の幼馴染は最強だ
252 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(埼玉県) [sage]:2012/06/04(月) 19:27:35.15 ID:P5e8aqCEo
いいなあ、きみ。
253 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/06/04(月) 19:29:15.35 ID:R5k4jYdIO
乙ぱい
こんな幼馴染がいる時点で勝ち組だろ
254 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/05(火) 14:40:50.75 ID:MUw0mT8io


「でも、付き合ってるのが嘘だったならさ」

 と、タカヤが訊いてきたのは翌日の朝だった。

「どうして俺の相談に乗ってくれたんだ?」

「どうして、って」

 そういえば、そういう話になりそうなものだ。
 ただ誤解を解くだけなら、タカヤに協力する理由はない。
 いやむしろ、協力しない方が都合がよかったのだ。

 タカヤの疑問はもっともだ。

255 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/05(火) 14:41:29.14 ID:MUw0mT8io

 俺は答えに窮する。タカヤに対して嘘をついたりはしたくない、と言ったものの、ここで本当のことを言ってはまたややこしいことになる。
 それに、「みー」に申し訳が立たない。たかだか数人の人間が集まっただけで、どうしてこんな面倒が起こるのだろう。

 俺は半分だけ正直に答えた。

「行き当たりばったりだな」

「行き当たりばったり?」

「何も考えてないってことだ」

 彼は微妙そうな顔をしていた。

256 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/05(火) 14:41:57.81 ID:MUw0mT8io

 タカヤがしたものと同様の疑問を、俺は幼馴染に投げかけねばならなかった。

「なんで、もう嘘をつく必要もないのに、付き合ってるふりを続けたんだ?」

 昨日の昼、俺を誘いにきたとき、幼馴染は当然のように嘘を続けた。
 まぁ、別に不都合はないのだ。誤解されて困る相手もいない。
 とはいえ、理由は気にかかった。

 幼馴染は特段困った様子も見せず、平然と、

「彼氏彼女でもないのにふたりきりでお昼って、なんか変じゃありません?」

「いや、そんなことないだろ」

「というか、そういう言い訳をしておかないと、男子をお昼に誘うのって恥ずかしいです」

 俺には恋人同士の振りを続ける方がよほど恥ずかしく思えるのだが、深くは追及しないことにした。

「そういうちょっとしたことから面倒事が起こるって、教訓だったと思うんだけどね、この前の出来事は」

「後悔はしていますが反省はしていません」

 頼むから逆にしてほしい。

257 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/05(火) 14:42:28.06 ID:MUw0mT8io

「もちろん、冗談です」

 彼女は言いながら膝の上の弁当を箸でつつく。俺たちは昨日と同じように中庭で昼食をとっていた。
 
 俺たちが参加しなくなっても、先輩はタカヤとモスの二人を昼食に誘っているらしい。 
 新聞部の部室で、先輩と一緒に食事をとる二人を想像すると、なんだか申し訳ないような気持ちになった。
 
 特に気にかかるのはモスだ。タカヤにとっては都合のいい話だろうが、モスには何の関係もない。
 ……よくよく考えれば、あいつはどこにいてもそこそこ上手くやる奴だし、大丈夫なのだろうけれど。

 そうなると気にかかるのは「みー」の方なのだが、幼馴染からその後のことは教わっていない。
 俺は多少ためらったが、どうしても気になって、結局訊ねることにした。

「みーは?」

「なにが?」

 彼女はアップルジュースのストローから口を離して訊き返してくる。

「昼。誰かと一緒なの?」

 ああ、と彼女がうなずく。

「他の友だちと一緒です」

258 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/05(火) 14:42:54.47 ID:MUw0mT8io

 俺は少し安堵した。まさか幼馴染だって、彼女をひとりぼっちで放ってきたりしないだろうと思ってはいたが。
 
「みーのこと、気になります?」

 深い意図もなさそうに、彼女は訊ねる。

「そりゃあね」

 少しでもかかわった相手なのだから、当然のことだ。
 幼馴染は少しだけ考えるように視線を宙に向けた。黙っていると美少女に見える。

「恋?」

 喋るとアホだ。

「そりゃ安易ってもんですよ」

 俺はおどけて答える。実際問題、俺は別に「みー」に対して特別な感情を抱いてはいない。
 そもそも出会い方からして、そういう対象じゃなかった。

259 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/05(火) 14:43:21.99 ID:MUw0mT8io

「もちろん、冗談です」

 四六時中冗談を言っているような奴なので、ときどき本気と冗談の区別がつかない。

「余計な手出しをしたら面倒になるって分かってるんですけど」

 彼女は戸惑うような声音だった。

「やっぱり、なんとかしてあげたいんですよね」

「なんとかって?」

「……いえ。どうしようもないんですけど。タカヤくんの方の気持ちもありますし」

「まあ、そうだね」

 第一自分の身の回りのことだってろくにこなせてないのに、誰かに協力なんてできるものだろうか。

260 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/05(火) 14:43:48.20 ID:MUw0mT8io

「でも、タカヤくんって、先輩にはまだ告白してませんよね?」

 彼女は俺の顔を見上げた。

「なんだかしらないけど、まだいいやって思ったらしい」

「そうこうしてるうちに冬休みでしょうけどね」

 そして長期休みには、それまでの交遊関係を無化させかねない魔力がある。

「それだったら結局のところ、以前までと何も変わっていないのと同じだと思うんですよね」

「……俺が余計な報告しなければ、みーも続いてたかも?」

「かもですね」

 彼女は余計な気遣いをしない。

261 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/05(火) 14:44:15.36 ID:MUw0mT8io

「でも結局、あのままなら同じだったと思います。わたしたちだって、先輩と一緒に居たら疲れましたし」

「バッサリ言うなぁ」

「だって先輩、ぜったいわたしたちのこと疑ってましたよ!」

 疑われていたところで害があったわけではないのだが、まぁ気分的によろしくはなかった。
 先輩だって俺たちが不利になるようなことをしようとはしないだろう。……憶測ではあるが。

 彼女は不服そうな顔で俯く。
 俺は何も言わなかった。
 
 しばらくして、幼馴染は思い出したように顔をあげ、

「そういえば、妹ちゃんと喧嘩でもしてるんですか?」

 と言った。俺はどう答えようか迷った。
 前にもこんな質問をされた気がする。

262 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/05(火) 14:45:07.64 ID:MUw0mT8io

 そろそろ話してもいいか、という気分になっていた。
 普通に考えれば軽蔑されるだろうが、それならそれで仕方ない。自業自得。俺は楽観的だった。

「実は、このあいださ」

「はい」

「触っちゃったんだよね」

「なにを?」

「……その、胸?」

「というと?」

「妹の」

「……を、触った?」

「魔がさして」

「あ、事故じゃないんですか」

「きわめて意志的に」

 彼女は押し黙った。

263 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/05(火) 14:45:35.84 ID:MUw0mT8io

 やがて俯いたかと思うと、肩を震わせ始める。くぐもった息がもれる。笑っていた。

「……笑いごとじゃないんだ。俺にとっても妹にとっても」

「すみません。でも、自業自得」

 言いかけて、彼女の呼吸が笑いに乱される。俺は言わなきゃよかったと後悔した。

「たしかに、重大な問題ですね。普通に」

 言葉の割には軽い口調で、彼女は言った。

「妹ちゃんとしても、嫌でしょうね、それは」

「そりゃ、そうだね」

「ていうか、それであの態度だったら、優しい方ですよね」

「……うん、まぁ」

「親に報告されて家を追い出されても文句は言えないです」

「……ですよね」

 俺は頭を垂れるしかなかった。

264 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/05(火) 14:46:02.31 ID:MUw0mT8io

「どうしてそんなことを?」

「魔がさした。としか」

「……変に興味本位とか言われるより嫌ですよ、それは」

 俺は黙る。

「そりゃ、どうしようもないですね」

「なんとか仲直りできないかな?」

「現状でもマシな方だと思いますよ。どう足掻いたって気まずくなるのは仕方ないです」

 彼女の言葉はあくまでも現実的だ。どうしようもない。自業自得。俺はあの日、なんだってあんなことをしてしまったのやら。
 思えば、タカヤに妙な誤解をされる原因になったモスとの会話だって、妹とのことがなければ起こらなかった。
 そうなれば幼馴染と会って変なたくらみごとをする嵌めにもならず、先輩やみーとも会わなかった。

 それを思えばすべての始まりは妹だった。
 すべてのはじまりは妹の胸であった!

 ……馬鹿らしい。

265 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/05(火) 14:46:36.01 ID:MUw0mT8io

「まぁ、相談くらいになら乗りますよ。協力しようとするとややこしいことになりそうなのでやめておきますが」

 それがいい。俺は溜め息をついた。実際問題、どうしたら元通りになれるんだろうか。
 ひょっとしたら、それだろうか? 俺が失ったもの。平穏な家庭。壊したのは俺。あほである。

「でも、原因が胸って」

「あきれた?」

「きみたち兄妹らしいと思いました」

 ……彼女の中で俺たち兄妹の印象はどんなふうになっているんだろう。
 訊くのは怖かったので気にしないことにした。

266 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/05(火) 14:47:03.91 ID:MUw0mT8io

「さて」

 と俺が声を出して立ち上がろうとしたとき、不意に首筋に謎の感触が訪れた。

「うおっ」

 とマヌケにも声をあげ、俺は立ち上がる。咄嗟に振り向くと、先輩が立っていた。

 げっ、という顔を俺はした。したと思う。したはずだ。しただろう。たぶん幼馴染も。

「なに、その顔?」

 彼女は挑発するように目を細めた。
 妙な笑みを張り付けている。不機嫌そうな、不服そうな笑み。お前ら、よくもやってくれたな、と言いたげな。

 俺の全身がこわばった。

267 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/05(火) 14:47:33.46 ID:MUw0mT8io

「君たちさ、どういうつもり?」

「……と、申されますと?」

 圧倒的強者に対して過剰に遜るのはごく一般的な処世スキルである。
 今日の先輩は雰囲気がいつもと違う。いつもは冷静でちょっと後ろから周囲を眺めているふうなのに。
 今日はなんだか……妙に威圧的だ。

「昨日今日と、わたしとのランチをすっぽかしましたね?」

 敬語も、彼女が使うと、遜るというよりは追及するような印象を伴う。

「すっぽかすもなにも、約束があったわけでは」

「しゃらっぷ」

 幼馴染の言い訳は封殺された。

「いい? 三日同じことが続いたら、翌日も続けるものなの。それは既に約束なの。決定事項なの。オーケイ?」

 いや、まったく納得できない理屈なのだが。

268 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/05(火) 14:48:12.94 ID:MUw0mT8io

「おかげで今日は、わたし、男子ふたり、しかも後輩と三人で食事だよ? 気まずいってばもう」

 そんなことを気にする人とは思えないのだが。というか、キャラが違わないか、この人。
 余裕ありげでクールなイメージだったのだが、今はもはや破天荒である。

「……いや、でも先輩、何も俺たちにこだわらなくても、他の友だちと食べればよいのでは」

「一応さ、タカヤくんに協力するって言っちゃったし」

 まぁ、彼女の立場ではそうなるのだろう。
 面白い話にならないとわかればあっさり離れるだろうと高をくくっていたのだが、案外義理堅いらしい。

 俺は小声で幼馴染に訊ねる。

「……この人、こういう人だったの?」

「男子の前では猫をかぶって大人しくなるくせがあるんです」

「……俺、男子なんですけど」

「たぶん余裕がないんでしょうね。一人で男子と話す時はいつも緊張してて、女子がひとりでも近くにいないと不安になるらしいです」

 それを分かったうえで先輩を放置していたのなら、幼馴染の性格というものを今一度考え直すべきかもしれない。

269 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/05(火) 14:48:44.43 ID:MUw0mT8io

「すみません。わたしがいなくなってからも、先輩がふたりと食事を続けるとは思っていなくて」

「だから、タカヤくんの頼みごと引き受けちゃったんだからしょうがないでしょう?」

 だったらなんで引き受けたんだ、と思ったものの、本人には言えない。
 幼馴染はさらりと続ける。

「本音を言うと、事態をさんざんややこしくされて腹が立ったので、嫌がらせのつもりで放置しました」

 老獪な蜘蛛が大人しいカゲロウになっていたかと思ったら、しっかりと頭を回していたらしい。
 できるなら知りたくなかった種明かしだ。
 
270 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/05(火) 14:49:45.88 ID:MUw0mT8io

「あのね」

 先輩は疲れ切ったように肩を落とす。見ていて飽きない変化である。

「でも、それなら他の友だちとかを誘えばよかったのでは? タカヤに協力するって名目も守れますよ」

 俺が言うと、彼女はぴくりとこめかみを揺らした。見た目がクールなままだから、いっそう恐怖が際立つ。
 わけもわからず俺は怯えた。

「友達とか、あんまりいないし」

 ……あ、そうですか。

「いや、タカヤの姉さんは」

「あっちが幅広い付き合いを持ってるだけで、わたしが社交的なわけでは……」

 たしかにあの性格では、交友関係の広さはあちらの方が圧倒的なのだろう。
 タカヤ姉自身が、昼食にはもう関わらないと明言しているので、誘うわけにもいかなかったのかもしれない。

271 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/05(火) 14:50:13.26 ID:MUw0mT8io

「いうわけで、わたしと昼食をとってくれる数少ない友人諸君」

 言っててむなしくならないのか、この人。相手は全員後輩だぞ。

「明日からはばっくれないように。ていうか、こんな寒いところでごはん食べてて、風邪ひくでしょ」

 彼女は取り繕ったように冷静な表情になる。面白い人だ。
 先輩は言い切ると、俺たちが参加しなかった理由を問い詰めるでもなく去って行った。
 
「……明日、学校休みなんですけどね」

 幼馴染がぽつりとつぶやく。俺は空を見上げる。事態は堂々巡りである。

272 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/05(火) 14:50:42.96 ID:MUw0mT8io
つづく
273 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/06/05(火) 15:16:52.29 ID:hYKnjWaCo
おつかれさまでした
274 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2012/06/05(火) 15:21:28.54 ID:ZIEQ37+io
先輩もかわいい
275 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(埼玉県) [sage]:2012/06/05(火) 17:38:37.84 ID:yhlliN7go
よいよい
276 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/06/05(火) 19:42:43.75 ID:9AL/jWXIO
おっつん
幼馴染との掛け合い羨ましい
277 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/06/05(火) 22:03:53.21 ID:lys3ECs3o
おっぱい
278 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2012/06/05(火) 23:10:13.10 ID:nl7l4wI7o
規制に遭ってウロウロしてたら良スレハケーン
何この名作怖い
279 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/06(水) 13:50:09.41 ID:Jic4PqMQo

 翌日の土曜日、目を覚ますと午前十時を過ぎていた。
 特にやることが思い浮かばずに、ぼーっと過ごしていると、携帯が震えて、幼馴染から謎のメールが来る。
 しばらく連絡をとっていなかったのだが、アドレスは変えていなかったらしい。

『壁|д゚)....』

 ……なんだろう、これは。
 面倒だったが、一応返信しておく。

『何?』

 間をおかず反応が来た。

『ヽ(*´∀`*)ノ』

 だからなんなのだ。
 どう返そうか迷っていると、また着信音が鳴る。

『特に意味はありません』

「ないのか」

 思わず声が出た。

280 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/06(水) 13:50:35.75 ID:Jic4PqMQo

 メールの続きを読む。

『ところで、今日どこか行きませんか? 暇です』

 お前が暇だとしても、俺まで暇とは限らないわけですが。
 いや、暇なんだけれども。ていうか、会ったところでやることがなければ暇だろう。

 俺は唸って考える。別に会ったっていいのだが、正直、

『めんどい』

 考えるより先に指が返信を打っていた。俺は送信してからベッドに倒れ込む。
 冬だしね。出かけたくないよね。寒いもんね。

 すぐに返信が来る。寝転がったまま携帯を開いた。

『そんなこと言わずに! ・゚・(ノД`;)・゚・』

 さっきから登場するこの妙な顔文字はいったいなんなんだ。

281 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/06(水) 13:51:13.27 ID:Jic4PqMQo

『どこかってどこ』

『任せます』

 任せるな。主体性のない奴だ。
 
『映画とか?』

『お金も観たいものもありません』

 提案は棄却された。でも正直、このあたりで娯楽なんて、映画館くらいしかない。
 ……ていうか、ちょっと歩けばお互いの家につく程度の距離なんだから、実際に会って話した方が早くないか?

『めーるめんどいからきて』

 変換すら面倒だった(予測変換機能はオフにしてあったのだった)。

282 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/06(水) 13:52:01.00 ID:Jic4PqMQo

『女の子を寒空の下に放り出そうだなんて! ヾ(*`Д´*)ノ"』

 だから、なんだっていうんだ、この顔文字は。ていうか「女の子」って柄でもないだろう。
『歩くのめんどくさい』という本音が透けて見えるようだ。それなら、なぜどっか行こうなんて言い出すんだ。

『俺がお前の部屋いけばいいの?』

 メールを送信してから十分ほど間があった。俺は枕元に置きっぱなしだった漫画を読んで暇を潰す。
 一度読んだ漫画って、展開も分かっているし新鮮味もないのに、なんでか時間を潰せてしまう。

 やがて携帯が震え、

『三十分後に行きます (*ノωノ)』

 とメールがきた。部屋を見せることと、寒さの中を歩くこと、秤にかけていたらしい。

「で、この顔文字はなんなんだろう」

 実際、彼女は三十分で来た。

283 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/06(水) 13:52:40.80 ID:Jic4PqMQo

「なんで予測機能をオフにしてるんですか?」

 彼女はまっさきに、『めーる』という文字がなぜひらがなだったのかを訊いてきた。
 変なことを気にする奴だ。予測オフにしてるからだよ、と答えると、さっきの質問を投げてくる。
 俺は躊躇せずに答える。

「モスと猥談メールをしていると、予測変換がとんでもないことになるんだ」

「とんでもないこと?」

「『お』で『おっぱいが』『おっぱいは』『おっぱいの』『おっぱいと』『おっぱいおっぱい』になる」

「……最後だけ明らかに変ですけど」

「おっぱいおっぱい」

「かんべんしてください」

「おっぱいさわらせろー!」

「……冗談でもどうかと思いますよ」

「……ご、ごめんなさい」

 我ながら反省しない奴である。

284 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/06(水) 13:53:13.92 ID:Jic4PqMQo

「ていうか」

 と彼女は俺を見下ろす。

「すみません。仮にも人が来てるんだから、ベッドに寝たままでいるのやめませんか?」

 俺はベッドが大好きなのだ。ボケた頭でくしゃみを一発。 
 幼馴染は呆れて溜め息をついた。

「眠いんだよ。俺、人類最大の敵って眠気だと思う。眠気を克服すれば、人類もうちょっと進歩できそうじゃない?」

「過労死が増えますね。ていうか、眠いって言ったらわたしだって眠いですよ。きみだけじゃないです」

「『他の人だってつらいんだから』とか言って誰かを追いつめるような人間が嫌いなんだ。つらいもんはつらいんだ」

「ぐだぐだ言ってないで起きてください。ていうか、わたしが来るって分かっててなんで寝間着のまま……」

「そんなところで気を遣うような仲でもないだろう。人の背中に馬乗りになるような奴がなぜそんなことを気にするのか」

「複雑怪奇な乙女心です」

 『怪奇』という文字が加わるだけで途端にリアリティが生まれるなぁ。

285 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/06(水) 13:53:43.98 ID:Jic4PqMQo

「眠い」

 あくびがとまらない。寝不足というわけでもないのだが、土曜日は起きれないなぜなんだろう。

「わたしも眠いです」

「じゃあ一緒に寝よう」

「いいんですか?」

「ごめんなさい、かんべんしてください」

「ですよね」

 真面目に聞き返されると冗談も形無しだ。

286 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/06(水) 13:54:11.51 ID:Jic4PqMQo

「どっか行きましょうよ」

 幼馴染はベッドに腰掛けて俺の身体を揺すった。

「だから、どこ?」

「どっか。連れてってください」

「……あれか? 連休中に遠出したくてたまらない小学生か? お父さんはビール飲んでぐったりしていたいんだ」

「行こうよ、パパ。車出してよ」

 誰がパパか。
 しばらく無視すれば諦めてくれると思ったのだが、その気配はなかった。
 だんだんうんざりしてくる。

「ねえ、パパ」

「俺はおまえのパパじゃねえって」

 どうやら楽しみ始めているらしい。

287 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/06(水) 13:54:41.17 ID:Jic4PqMQo

「分かった」

 と俺は言う。彼女は少し意外そうな顔をしていた。

「行こう。行先に関しては俺に一任してもらう」

「わーい」

 言いながら、幼馴染は俺の背中に馬乗りになった。起き上がろうとしたのになぜ出鼻をくじくのか。

「早く起きてください、早く」

「重くて起き上がれないのだが」

「……割と傷つきました」

 じゃあ乗るなよ。

288 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/06(水) 13:55:12.82 ID:Jic4PqMQo

 着替えて財布と携帯を持つ。家を出るとき妹に「どっか行くの?」と訊かれる。
 一応、会話の雰囲気は元通りになりはじめていた。まだ気まずいし、相変わらず妹は部屋に引っ込むことが多いけれど。

「コンビニ」

 と答えた瞬間、幼馴染が不服そうに声をあげた。

「あなたは鬼か!」

「しょうがないじゃん。冬だし、寒いし。肉まん食おう、肉まん」

 第一、他にどこにも行けない。足がない。

「……肉まんかぁ」

 ひょっとしたら、食い物さえあればごまかしがきくのかもしれない。

289 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/06(水) 13:55:52.30 ID:Jic4PqMQo

「分かりました。おごってください」

「おご……まぁいいけど」

 一応、妹にも声を掛けて、欲しいものがあるかどうかを聞いた。
 彼女は一言、

「ガリガリくん」

 とだけ言った。 

「……冬なのに?」

「冬だから」

 そーすか。

290 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/06(水) 13:56:34.62 ID:Jic4PqMQo

 家を出てコンビニに向かう。最後に行ったのは、先輩と会った夜か。
 よくよく考えれば、あのときの三人は先輩の友だちではなかったのだろうか?
 まぁ、他校の生徒とか、そういう付き合いなのかもしれないけど。

 そもそもうちの学校は真面目な校風なので、先輩みたいに見た目が(比較的)派手だと浮くのかもしれない。

 コンビニで、アイスとスナック菓子とジュースを適当に見繕う。

 なんとなく悪い予感はしていたのだが、不意に入口からふたりの人間がやってきた。
 男女ふたりの片方、女の方が、俺の顔を見て「あ」と声をあげる。

 先輩である。

「……な、なんですか。休みの日まで昼食に誘いに来たんですか」

 俺が言うと、先輩は苦笑した。

「どう考えても偶然でしょう」

 もちろん冗談なのだが。

291 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/06(水) 13:57:01.69 ID:Jic4PqMQo

 俺は彼女の後ろの男の人に目を向けた。見覚えのある茶髪。
 ああ、そうだ。新聞部の部室で見たのだ。俺を睨んでいた男。
 なんでか嫌われているらしい。と思って気付く。
 コンビニと、この顔で思い出す。このあいだ先輩と一緒にいた人ではないか。

 俺は戦々恐々となった。

「……彼氏さんですか?」

 幼馴染が声を掛ける。まさかね、という調子だった。
 答える先輩の声も、まさか、という響きを持ってる。

「いや。弟。そっちは彼氏彼女で買い物?」

 そういえば彼女の誤解はといていなかった気がする。

「しいていうなら、パパと娘で買い物してます」

「……なにそれ」

 先輩の視線が鋭い。幼馴染の冗談は分かりづらかった。

292 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/06(水) 13:57:34.84 ID:Jic4PqMQo

「ですから、この人がパパで」

「頼むから説明しないでくれない?」

 俺は懇願した。
 間違いなく彼女は俺をからかっている。顔が熱くなるのを感じた。

「尻に敷かれてるね」

「昔からですから」

 幼馴染は笑う。その通りなのだけれど、彼女はもう少し俺の外聞というものを気にしてくれてもいい。
 いや、気にするような外聞なんてもっちゃいないのだが。

 先輩は「ふうん」という顔で俺たちふたりを見ている。

293 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/06(水) 13:58:17.73 ID:Jic4PqMQo

 居心地が悪くなって、俺は早々に退散したくなった。

「じゃ、すみません。俺たちもう行くんで」

 レジで支払いを済ませて、品物を受け取り、さあとっとと離脱するぞと思っていると、不意に服の裾を引かれる。

「パパ、肉まん、肉まん」 

 近くにいた店員が、なにこのふたり、という目で俺たちを見た。

「すみません、肉まんふたつお願いします」

「パパ、あんまんも食べたい」

「すみません。あんまんもひとつお願いします。なるべく早めに」

「パパ、パパー」

「おまえまじやめてくんない」

 先輩の笑い声が背中に聞こえた。どういう羞恥プレイだ。

294 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/06(水) 13:58:53.39 ID:Jic4PqMQo

 家に帰ってから、俺たちはぼんやりと時間を過ごした。
 幼馴染は結局夕方ごろまでうちでぼーっとしていた。
 
 俺をからかうのも早々に飽きたらしく、帰る頃にはいつも通りの顔をしていた。

「それじゃ、また明日」

 幼馴染は帰り際そう言ったが、明日は日曜日だったので、俺は聞き間違いだと思うことにした。

 幼馴染が帰ってから、俺と妹はしばらくリビングで過ごした。 
 そういう時間を持てたのは久しぶりのことで、俺は少なからず緊張した。

 やがて妹は、ぽつりと、

「付き合ってるの?」

 と言った。特に思うところのなさそうな言い方だった。

「いや」

 否定する。やはり、何かの感情を浮かべることもなく、静かに頷くだけだった。それ以来会話は途切れる。
 昔から、こいつは自分の感情を素直に表さないところがある。もう少し素直になってもいい。

 ……偉そうに兄面できるような立場じゃないにせよ。
 その日の夜は雨が降った。バケツをひっくり返したような強い雨だ。
 雨音はうるさいのに、睡眠の邪魔にはならない。思えば不思議なことだ。

295 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/06(水) 13:59:50.35 ID:Jic4PqMQo
つづく
296 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2012/06/06(水) 14:01:15.33 ID:Rw56npmV0
297 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) :2012/06/06(水) 14:01:52.09 ID:D9hlUcPAo
おつ!
298 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/06/06(水) 14:24:31.24 ID:laBDUZXYo
おっぱいおつ
299 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2012/06/06(水) 15:10:00.78 ID:biiLBN7Ro
おつっぱい
300 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/06/06(水) 16:04:47.11 ID:IbDX3xXIO
幼馴染萌え
301 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(埼玉県) [sage]:2012/06/06(水) 16:49:57.84 ID:bL4Ze3bso
幼馴染の口調が友達にそっくしだ
おつ
302 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) [sage]:2012/06/06(水) 17:17:21.12 ID:8XWY0E0Co
いいなあ
303 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/06/06(水) 20:17:16.09 ID:LXK7B9AAo
おっぱい
304 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/07(木) 16:12:58.58 ID:9kZF2/kRo

 案の定、翌日の朝も幼馴染がやってきた。
 俺はベッドで惰眠を貪る。幼馴染は俺の勉強机を使い、コーヒーを飲みながら読書していた。

 なんだか、鼻水がとまらない。風邪をひいたのだろうか。

 寝苦しくて、ベッドの中でぼんやりと過ごす。窓の外では雨が降っていた。
 幼馴染は傘をさして歩いてきたらしいのだが、そこまでしてどうして家に来たのだろう
 何かすることがあるわけでもないだろうに。

「お前もさ、極端だよね」

 俺の言葉に、彼女は「何が?」という顔をした。

「ちょっと前まで全然話しかけてこなかったくせに、最近はこれだもんよ」

「……まぁ、きっかけがありませんし」

「きっかけなんてなくても話してたのに?」

「というか、きみの方の態度がひどかったんじゃないですか」

305 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/07(木) 16:13:25.80 ID:9kZF2/kRo

「俺?」

「きみ。触るもの皆傷つける感じでした」

「いつの話?」

「……中三頃?」

「そうだったっけ?」

「そりゃもうひどかったですよ。舌打ち、暴言のオンパレードで」

「そんなアホな。中三の頃と言えば、俺は真面目で目立たない生活を送っていたはず」

「たしかに目立ってはいませんでしたけど」

 あ、目立ってはなかったんだ。俺は溜め息をついた。

306 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/07(木) 16:13:58.07 ID:9kZF2/kRo

 会話はそこで途切れた。その頃の俺は、彼女が言うような不安定な状態だったのだろうか。
 それを思えば、今の精神状態は比較的まともと言えるのか。
 本人の実感としては、そんなに変わらないのだけれど。

 俺はベッドから起き上がる。窓の外の雨は小降りになっていた。
 彼女は結局、どうしてまた俺と行動を共にするようになったのだっけ?
 
 別に俺と一緒になんていなくてもいいじゃないか。
 と思って、不意に思い出す。
 
 自意識、自尊心、プライド。それが危うい。取り戻そう、というのだったっけ。
 その手助けをしろ、と彼女は言ったのだ。わたしもあなたに協力するから、あなたもわたしに協力しなさい。

 で、手助けって具体的になんなんだろう。自尊心ってどうやったら回復できるのだ?

307 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/07(木) 16:14:24.21 ID:9kZF2/kRo

 俺の自尊心が傷ついたのは、やはり中学二年の、あのことが原因なのだろうか。
 走れなくなったこと。そして生まれたフラストレーション、舌打ち、暴言、自暴自棄。

 まぁどうだっていいや、と俺は思う。どうせ今日は雨が降ってて走れないし。降ってなくても走らないけど。

「暇ですね」
  
 と幼馴染がぼやく。そう、暇。暇なのだ。ずっと。
 なんでだろう。やることがなんにもない。せっかくの休日なのに。

 平日は学校に拘束され、雑事に追われてろくに自由なこともできない。
 あーあ、さっさと休みが来ないかなぁと考えながら過ごしている。

 けれど実際に休みが来ると、途端にやることがなくなってしまう。

 仕方なく暇を潰す。漫画を読んだりゲームをしたりテレビを見たり。
 すると時間が潰れている。潰しすぎて、時間が足りなくなる。俺の休みはどこにいったんだ? こんなもんでいいのか?

 中三の一学期の終業式の日、担任はこんなことを言っていた。

「若いうちに有意義な時間の使い方を覚えられなかった人間は、休日の少なさを嘆くしか能のない大人になる」

 有意義な時間の使い方って、なんなんだろう? 
 なんてばかばかしい考えごとを、気付くとしてしまっている。ベッドの中にはそういう魔力がある。枕は俺の親友だ。

308 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/07(木) 16:15:16.64 ID:9kZF2/kRo

 俺は幼馴染の横顔を眺めた。じっと本を読んでいる。
 見慣れた顔だ。こいつが自分の部屋にいると思うと、不思議な印象を受ける。
 
 何を考えているのか、さっぱりわからない。なぜこんなところで本を読んでいるんだろう。
 俺の視線に気付いてか、幼馴染がちらりと横目でこちらを見遣った。
 俺がそのまま見ていると、読書に集中できないらしく、居心地悪そうにもぞもぞとみじろぎを始める。

「あと少しで冬休みですね」

 と、思い出したように彼女は口を開いた。俺は返事をせずに頷く。
 それでも視線を動かさないでいると、彼女は気まずそうに俯いた。

 まだ見る。

 そういえば彼女の言う通り、もうすぐ冬休みなのだなぁと思う。
 冬休み。休み。なんにもすることないのに時間だけあってもなぁ。

309 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/07(木) 16:15:44.16 ID:9kZF2/kRo

 翌日の月曜日、学校につくとモスとタカヤが教室で話をしていた。
 俺が混ざろうとすると、彼らはどこか安堵したような表情になる。口げんかでもしていたのかしら。

「なあ」

 とタカヤが俺の肩を叩いた。

「お前、やっぱりあの子と付き合ってるの?」

「あの子って、あの子ですか」

「あの子」

 幼馴染のことだろう。

「なんで?」

 と首をかしげたところで、自分の教室に荷物を置いてきた幼馴染がやってくる。
 俺はうしろを振り向いて幼馴染を見てから、どう説明したものかと考え込んだ。

310 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/07(木) 16:16:24.67 ID:9kZF2/kRo

 なんとも説明しがたい。
 俺は彼女を憎からず思っている。彼女にしてもそうだろう。
 
 けれどそれは、恋愛感情ではない(というより、俺には恋愛感情と言うものがいまいちよく分からないのだが)。
 なんとなく、他の人よりは仲が良いよね、という関係であるに過ぎない。
 
 他に友達がいないからなおさら。少なくとも俺にとっては。
 じゃあ異性として見ていないかと言われれば――別に見ていないわけではないのだけれど。

 いいかげん、誰かと誰かの関係についてぐだぐだ考えるのは飽き飽きだった。

「ああ、付き合っているともさ!」

 と俺は叫んだ。幼馴染は目を丸くする。俺は彼女の肩を抱いた。
 タカヤは驚いているのか呆れているのか、嘘か本当かを見極めようとしているのか、名状しがたい表情になった。

 周囲が静まり返る。
 俺は後悔に襲われた。

311 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/07(木) 16:16:58.69 ID:9kZF2/kRo

「……あ、そうなんだ」「へえ」「まじかよ」「知ってた?」「いや、でもまぁそうかなって」「だよね、そんな雰囲気だもんね」
「まじかよ……」「どうした、何落ち込んでんだ」「いや、別に……」「好きだったん?」「ち、ちげえよ!」

「……」

 なんで俺がアホなことを言ったときにかぎって教室は静かなんだろうね。

 もう分かってるよ。パターンだよな。これでまた面倒事が起きるんだろ。それで七転八倒誤解を解こうとするわけだ。
 んで、なんにも解決できないまま、そのまま事態が風化する。なんとなく成立する。おかしな話だ。
 
 ちくしょう、俺はあほだった。
 それも分かっていることだった。

「どうするんですか、これ」

 幼馴染は俺の腕におさまったままで訊ねた。げんなりしたような表情だった。
 
「どうしようか」

 俺も彼女の肩を抱いたまま繰り返した。好奇の目が寄せられる。どんな誤解にも不都合なんてないのだけれど。

312 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/07(木) 16:17:26.46 ID:9kZF2/kRo

「いいかげん、思いつきで発言するのやめません?」

 彼女はじとっとこちらを睨む。

「俺のせいじゃない。タイミングが悪いんだ。タイミングの野郎、いっつも俺のときだけ空気を読みやがらねえ」

「アホ発言を減らせばよいのでは」

「付き合ってる発言はお前だってしてたし、パパ発言は俺がしたものよりよっぽど悪質だったと思うのだが」

「わたしは周囲を見て発言してますから」

 さらりと言う。いいさ別に。ちくしょう。俺は拗ねる。

「誤解されて困るような世間体なんて持ってないんだけどさ」

「まぁ、別に問題のある噂じゃありませんしね」

313 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/07(木) 16:18:06.00 ID:9kZF2/kRo

 不意に教室の扉が開く。教室のざわめきが、なぜだかしんと収まった。
 扉を開く音が大きかったというのもあるし、開けた人間の髪の色が茶色だったということもある。

 先輩の弟さん。……そういえば、先輩の弟ということは、彼は俺たちと同学年だったのか。

 彼は俺に目を止める。不機嫌そうな顔をしていた。

「……なんだ、この教室」

 自分に集まった注目を払いのけるように、彼は呟く。
 俺と幼馴染の方を見て、いっそう眉間の皺を深めた。

「姉貴から伝言」

「はい」

「今日はばっくれんなよ、ってさ」

  ……そんだけすか。釘を刺されてしまった。

314 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/07(木) 16:18:34.00 ID:9kZF2/kRo

「あ、弟さんも、お昼をご一緒にいかが?」

 俺は遜っていた。うしろめたいことがあると人間は遜る。
 卑しい人間性。権威主義者は墓を漁る。俺は弱者だ。

 彼は皮肉っぽく唇の端を釣り上げ、

「悪いけど、俺はお前みたいな人間が嫌いなんだ」

 と言った。

「考えなしで行動して他人に迷惑を掛ける。反省したふりばかりが上手くて、実際には反省なんて微塵もしてない。
 一生懸命やってるようで、実際には自暴自棄なだけ。それでなんとなくやっていって、なんとなく周りに許されてる。そういう人間が」

 彼はそこで一拍おいた。憤りを堪えるような溜め息だった。
 なんで見ず知らずの人にそんなことをいわれにゃならんのだ、と思うが、実際に彼には暴言を吐いてしまったわけで……。
 しかも、たちが悪いことに、彼の発言の大半は的を射ていた。どこから俺を覗き見ていたのだ。

315 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/07(木) 16:19:19.39 ID:9kZF2/kRo

 図星を指されて気まずい俺は、「なんでお前にそんなこと言われなきゃならんのだ!」と怒鳴ろうとした。逆ギレ。
 でもその前に、彼の発言が続く。

「あと、同い年の女子に「パパ」と呼ばせて喜んでるような変態もな」

 おい、と俺は思う。彼の表情は悪戯っぽく動く。教室にざわめきが戻った。
 
 モスが「何の話?」と言っている。タカヤが「さぁ?」と肩をすくめた。俺と幼馴染の居心地は悪くなる。

「でも、マックが仲良い同い年の女子って……」

 モスの呟き。幼馴染しかいないのだ。情報は伝播する。俺と幼馴染を見る周囲の目が好奇に染まる。
 俺は泣きたい。誤解されて困るような世間体は持っていないが、自尊心だけは脆弱でありつつも肥大しているのに。

 どちらかと言えば今の発言は、俺と言うより幼馴染に不名誉を与えた気がする。
 でも、これに関してばかりは、俺の責任ではない。

「……誰が、周囲を見て発言してるって?」

「……ごめんなさい」

 幼馴染は顔を赤くして俯いたが、それがより一層、弟さんの発言に信憑性を与える結果になってしまった。

316 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/07(木) 16:19:58.15 ID:9kZF2/kRo

 さようなら、安らかな学生生活。こんにちは、周囲の好奇にさらされ続ける日本的閉鎖社会。
 
 俺たちは変態カップルの名をほしいままにできる。
 すっげえ。馬鹿。

 教室のざわめきはしばらく落ち着かなかった。俺たちは呆然と立ち尽くす。

 不意に幼馴染が顔をあげる。居心地悪そうな表情だ。そりゃそうなのだけれど。

「すみません、そろそろ教室に戻るので」

「うん」

 と頷いても、彼女はなかなか動き出さない。

「……いいかげん、肩、離してくれません?」

「……」

 誤解の原因は常に自分の行動にあるような気がした。いや、まぁ実際そうなのだけれど。
 
317 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/07(木) 16:20:46.39 ID:9kZF2/kRo

285-2 起きれないなぜなんだろう。 → 起きられない。なぜなんだろう。


つづく
318 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2012/06/07(木) 16:27:35.74 ID:RL0xOtFXo
憎からずでおじゃる丸を思い出してしまった
319 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/06/07(木) 16:48:46.22 ID:1zaxPRASO
おっつん
320 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/06/07(木) 16:49:40.69 ID:EI6W9R2mo
321 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/06/07(木) 16:59:32.24 ID:bFfL5ncIO
322 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/06/07(木) 19:41:25.37 ID:ckbqaN4IO
幼馴染かわいい
323 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2012/06/07(木) 19:47:39.65 ID:GoxroZYXo
324 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2012/06/07(木) 20:12:22.10 ID:KF/058IMo
たまらんなー
325 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2012/06/07(木) 20:37:10.27 ID:GoxroZYXo
映画化したい
326 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2012/06/07(木) 20:41:29.74 ID:BhSrkyaBo
これはいいものだ
327 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) :2012/06/08(金) 00:10:02.01 ID:KxCNfNcoo
おつ
328 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2012/06/08(金) 00:15:47.82 ID:WrBMdpC5o
前作見てても素晴らしい
329 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [sage]:2012/06/08(金) 00:32:24.68 ID:gn2rMHjAo
乙ぱい
おっぱいが出てこないと違和感がww
330 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/06/08(金) 01:30:57.00 ID:Qmrr6PPSo
ぉっ
331 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/08(金) 16:20:07.58 ID:et/8nEeTo

「復讐だ」

 昼休みの新聞部室で、俺は言う。
 部室には俺と幼馴染を含んだ五人が集まっていた。
 モス、タカヤ、先輩。話をしたこともない部員たちの姿は見えているが、「みー」は当然、いない。
  
 彼女がいないことに気付いた先輩が、

「あの子は? 連れてこなかったの?」

 と不機嫌な顔を見せたが、「今すぐ連れてこい」とはさすがに言われなかった。
 タカヤやモスの手前、さすがに自重したらしい。

 五人で集まり弁当を食う。
 幼馴染はまた弁当を作ってきた。よくよく考えれば、こんなことをしていて誤解されない方がおかしい。

「復讐って?」

 と、俺の言葉をモスが訊き返す。

332 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/08(金) 16:20:44.27 ID:et/8nEeTo

「復讐だよ。復讐。俺に恥をかかせたあの男に復讐せねばなるまい」

「あの男?」

 今度はタカヤが訊き返した。こいつらいつの間にか仲良くなってないか。

「決まっているだろう、そこの茶髪男だ!」

 窓際でスマホをいじりながらパンをかじっている男を指差す。
 彼は鬱陶しそうにこちらを睨んでから、すぐにディスプレイに目を戻した。ちくしょう、余裕ありげだ。

「すごいね、君。本人と本人の姉の前でそんなこと言えるなんて」

 先輩が呆れた声を出した。俺の怒りは一向に収まらない。

「どうしてくれよう! あいつのおかげで俺の生活はめちゃくちゃだ!」

「いったい何があったの?」

 先輩の質問には答えず、俺は幼馴染を見る。彼女は何も言わずに黙々と食事をしていた。
 近頃墓穴を掘ってばかりだから、何もしないつもりでいるのかもしれない。

333 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/08(金) 16:21:10.42 ID:et/8nEeTo

「ていうか、実際に影響があったんだよ! クラスメイト男子の大半に「パパ」って呼ばれた俺の痛みを知れ!」

「直接からかわれるだけマシですよ。わたしなんてクラスに戻ったらみんなから白い目で見られましたよ。トラウマものですよ、あの目」

 幼馴染は不満げに言いながら食事を続ける。思うところは山ほどあるだろう。
 他のクラスにまで知れ渡っているあたり、どう考えても俺の自意識過剰ではない。
 
 ふと先輩が顔をあげた。

「なんか喉乾いたなぁ。ジュース買ってこようかなぁ」

 彼女は空気を読まない。

「俺買ってきましょうか」

 タカヤが口を開く。だめだよタカヤ。それは駄目な提案だよ。「俺も一緒に」が正解だよ。どっちにしろ断られると思うけど。

「いや、いいよ。ひとりでささっと買ってくるから」

 先輩は早々に立ち上がる。自由な奴らが多すぎた。

334 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/08(金) 16:21:37.17 ID:et/8nEeTo

「とにかく復讐だ!」

「具体的に何するんですか?」

「考えてない」

「無計画ですね」

 幼馴染が溜め息をつくが、彼女だって具体的なことを考えずに俺に協力を迫ったはずだ。
 自分を棚にあげるなんてなんて奴だ、と俺は自分を棚にあげる。

「フクシュウかぁ」

 タカヤがぼんやりと声に出す。温和な印象のタカヤが言葉にすると、「復習」の方に聞こえた。

「上履きに画鋲とか?」

「それイジメ」

 混同しちゃいけない。イジメを正当な復讐だと錯覚するのはよくできた自己欺瞞だ。
 まぁどっちも良いことではないんだけど。

335 :訂正 >>332と>>333の間 [saga]:2012/06/08(金) 16:23:17.34 ID:et/8nEeTo

 茶髪は窓際から嘲るように言った。

「あるわけねえだろ。あんなことでお前の生活に影響なんて出るかよ。自意識過剰だよ。誰もお前のことなんて気にしてねえよ」

「イラッ」

「いま声に出して言いましたね。「イラッ」って」

「言ったな」

 俺以外の人間は妙に冷静である。幼馴染も幼馴染で、どうしてくだらないことには反応するんだ。

 茶髪はこちらをちらりとも見ない。スマホをいじりながらにやにや顔である。エロサイトでも見てるのか。
 対する俺はあくまでも余裕ありげに、紳士的に対応するのです。

「コホン。……えー、そこの染髪プリン氏。何か言いたいことがあるならはっきりと言ってくれないだろうか?」

「言ったじゃん。俺はお前が嫌いだって」

 そういえばそうかもしれなかった。

336 :訂正 >>332と>>333の間 [saga]:2012/06/08(金) 16:24:30.39 ID:et/8nEeTo

「なんかこう、致命的な不名誉を与える復讐がいいよね」

「たとえば?」

「うーん……」

「コンビニで煙草を万引きしてたとか?」

「それはちょっとシリアスすぎるね」

 あくまでもギリギリの線は守りましょう。

「つまり、復讐っていうより嫌がらせか。とんだチキン野郎だな」

 茶髪が笑った。

「イラッ」

「また声に出して言った」

「言いましたね」


337 :訂正 >>332と>>333の間 [saga]:2012/06/08(金) 16:25:28.15 ID:et/8nEeTo

「おいおい、せめてもの優しさじゃないか。その気になれば君のことなんて三秒で追いつめられるんだぜ」

 ていうか何が「とんだチキン野郎だな」だよ。ドラマか何かか。ちょっと笑いそうになった。
「三秒で追いつめられるんだぜ」も大概だが。

「やってみろよビビりくん。いや、パパか」

「イラッ」

「くどいです」

「くどいな。ていうかこの二人、実は相性いいんじゃないの。お互い芝居がかってるし」

 モスが言う。俺は溜め息をついて苦笑した。

「何を言い出しますやら。モスさんも人が悪い。冗談はおやめください」

 茶髪もまた、モスの言葉に眉をひそめて俺を睨んだ。

「今の言葉が嫌がらせの第一弾か? たしかに致命的な不名誉だ。友人を使うなんて悪趣味だな」 

 俺のせいかよ。今の会話の流れでどうしてそうなるのだ。

338 :>>336からは334の続き [saga]:2012/06/08(金) 16:27:12.20 ID:et/8nEeTo

「つーか、君はなんでそんなに俺が嫌いなわけ? 俺たち面識ある? どっかで恨み買った? コンビニ以外で」

「ねーよ」

 ないのかよ。ないらしい。ないのに嫌いなのか。なんだこいつ。

「でも、わたしと会ったことはありますよね?」

「あ?」

 幼馴染の言葉に、茶髪はあからさまに動揺した。がなるような声。

「ね、ねえよ馬鹿。誰だお前」

「……いえ。このタイミングで「誰」とか言われても困るんですけど」

 どもっているので、心当たりがあるらしいことは明白だ。

339 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/08(金) 16:28:10.77 ID:et/8nEeTo

「何? 知り合いなの?」

「ちょっと話したことがあるだけです。春にちょっとした機会があって」

「機会?」

「秘密です」

 おいおい、と俺は思った。

「……まさか、そのちょっとした「機会」を理由に幼馴染に惚れていて、俺に嫉妬しているとか、そういう恋愛脳的な事情では」

「あァ? テメ今なんつった?」

「それはないですよ。あの程度の会話で人に好かれたり好きになったりしてたら、少子化なんて起こりませんもん」

 幼馴染の否定の言葉に、茶髪は少しだけ気まずそうに舌打ちした。
 俺は気付かないふりをして窓の外を眺めた。今日は空が高いなぁ。現実逃避。
 世の中は複雑なようで単純で、単純なようで複雑なのです。

340 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/08(金) 16:28:35.14 ID:et/8nEeTo

 茶髪は苛立たしげに立ち上がる。

「とにかくテメエは気に食わねえ」

 ここまではっきりとした態度で人に嫌われることは初めてだった。微妙に傷つく。

「テメエの存在が気に食わねえ」

 そこまで言うことないじゃないか、と俺は思う。たしかに嫌われても仕方ないような人間性ではあるのだが。
 それを言ったら誰だって、少なからず嫌われるような要素は持っているのだ。

 俺は甘ったれで自暴自棄だけど、彼だって十分、粗野で八つ当たり的だ。
 ……「反省したふりが上手い」というのは、こういうふうになんだかんだで言い訳をつけてしまう性格のことだろうか。

 俺は答える。

「俺は君のこと、そんなに嫌いじゃないんだぜ」

「その余裕ぶった態度も気に入らねえ」

 是非もなし。俺と彼の間には火花が散っていた。

341 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/08(金) 16:29:15.77 ID:et/8nEeTo

「そういえばさ、聞いた? 三組の担任の高田っているじゃん。あいつの子供って、俺らと一緒の中学通ってたんだって」

「え、高田って、ひょっとしてわたしたちが三年のときに一年だった子ですか?」

「そうそう。剣道部の女子の」

「へえ。あ、言われてみれば顔似てますもんね。わたしあの子とよく話したんですよ」

 モスと幼馴染がどうでもいい話をしている。
 こいつらもうちょっと空気読まないかな。とくに幼馴染。

 部室の扉が開いて、先輩が戻ってくる。

「欲しいジュース売切れてた」

 言いながらパイプ椅子に腰かけ、荒れた息を落ち着かせる。走ってきたのだろう。
 俺と茶髪は毒気を抜かれる。なんだか世界は平和だなあ。

 昼休みはそんなふうに消化された。

342 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/08(金) 16:32:31.52 ID:et/8nEeTo
つづく

ごちゃごちゃしてしまったので一応順番。すみません。
331-332-335-333-334-336-337-338-339

あと訂正
304-10 ありませんし → ありませんでしたし
343 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/06/08(金) 16:35:59.44 ID:ZJTFSKXIO
おっつん
344 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/06/08(金) 17:16:31.59 ID:6y3d7YdIO
茶髪がかわいいな
345 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(高知県) [sage]:2012/06/08(金) 19:28:06.96 ID:IaHHyApMo
八つ当たりにもほどがある
346 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/06/08(金) 19:34:44.34 ID:iuRKoskno
走ってきちゃう先輩かわいい
347 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2012/06/08(金) 20:53:30.12 ID:WrBMdpC5o
茶髪ェ・・・・・・
348 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/09(土) 11:52:40.36 ID:sAYgZV8xo

 その日の夜、俺は熱を出して寝込んだ。

 ベッドの中でうんうんと唸りながら、俺は一心に茶髪を呪う。
 あの野郎散々好き勝手言いやがって、今に見てろよ。

 熱でぼんやりした頭が思考を拒絶する。俺の身体は俺の思う通りに動いてくれない。いつも。

 咳も鼻水も出ないのに、体だけが怠くて熱い。

「風邪、じゃないよね。誰かと喧嘩でもした?」

 妹が、俺の体温が表示されているはずの体温計を見ながら呆れ顔で言った。

「……してない」

「したんだ。じゃあそれだ」

 どういう理屈だ。Aと答えたらBと答えたことになって、あげくそれが正解なのか。

349 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/09(土) 11:53:07.22 ID:sAYgZV8xo

「昔から誰かと喧嘩するたびに熱出すもんね、兄さん。なんで?」

「知らん。いいからあっちいけ」

「なに怒ってるの?」

「普段ろくに口きいてくれないくせに、具合が悪いときだけやたら構ってくるのは優しさとは呼びません」

「拗ねてるのか」

「拗ねてません。いいさべつに。どうせ俺は嫌われものだよ」

「拗ねてるし」

 妹は呆れ顔で溜め息をつく。俺は寝返りを打って壁と向き合った。

350 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/09(土) 11:53:54.94 ID:sAYgZV8xo

 頭がぼんやりして、耳鳴りがする。俺はなんだか苦しい。
 茶髪、あの野郎、いったい何のつもりなのだ。俺が何をしたっていうのだ。
 なんだって見ず知らずの人間に真正面から嫌いだと言われたりしなきゃならないんだろう。

「ていうか、わたしが兄さんと話さなくなったのは、まちがいなく兄さんが原因でしょう」

「……身に覚えがない」

「そーですか」

「ごめんなさい」

 素直に受け入れられると正直に答えたくなる。

「どっち?」

「俺が悪かった」

「ですよね」

 彼女は溜め息をつく。

351 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/09(土) 11:54:50.63 ID:sAYgZV8xo

「何か飲み物でも買ってくるから」

「いいよ別に」

「いいよ別に。どうせ何かお菓子でも買ってこようかと思ってたところだし」

「太るぞ」

「それは言うな。ポカリでいい?」

「レモンウォーター」

「……まぁいいけど」

 彼女は部屋を出て、俺はひとりきりになった。枕は俺の友だちだけど、今日はなんだか白々しい。
 茶髪の野郎、茶髪の……俺は茶髪のことばかりを考える。

 これが恋か。

 怖気がした。

352 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/09(土) 11:55:22.80 ID:sAYgZV8xo

 知ったことか、と俺は拗ねる。どうせもうすぐ冬休みだ。みんな俺のことなんて忘れる。
 最初から気にもされていないのだ。うん。

 ……ちくしょう、誰がパパだ。くそう、あの茶髪野郎、そのうち泣かす。

 いや待て。
 言ってしまえばよいのではないか? 俺は幼馴染と付き合ってなんかいないぞと。
 はっきりと分かっているわけではないが、彼が幼馴染に対して何か思うところがあるだろうことは明白だ。
 
 そこで、「俺は彼女と何の関係もありませんよ」と明言してしまえば……。
 ……なんの解決にもなりそうにはない。

 ていうかそんなことをあいつに向かって言うのもなんだか癪だ。

 付き合ってることになったり付き合っていないことになったり、話が面倒だ。

 どうしてこうなった。
 俺のせいか。俺のせいだ。どうせぜんぶ俺のせいだ。

353 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/09(土) 11:56:28.89 ID:sAYgZV8xo

 妹が帰ってきて、俺の部屋のドアを叩いた。
 飲み物を置いたらそのままいなくなるかと思ったのだが、椅子に座って本を読み始める。
 
 俺は眠りたかったが、なんとなく眠れなかった。

 妹の顔を見ると、彼女もまたこっちを見ていた。
 何を言えばいいのやら。

 俺はとりあえず、

「ごめん」

 と謝った。「とりあえず」というところがなんとも自分らしい。

「なにが?」

「……だから、あの。触ったこと、とか?」

 ああ、と頷いて、彼女は少し気まずそうな顔をした。

「いいよ別に。そんなに怒ってないから」

 妹は視線を本に戻す。
354 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/09(土) 11:56:55.34 ID:sAYgZV8xo

「嘘だ。怒ってなかったら俺を避けたりしない」

「避けてないよ、別に」

「嘘だ!」

「ああもう、うざい!」

 割と傷つく。

「気にしてないって言ってるんだから、素直に受け取っておけばいいでしょ」

「でもお前、あれから態度が明らかに変だろうが」

「……自分の落ち度を認めておきながら、ずいぶんと突っ込んでくるね」

 いや、まぁ、それを言われると立場はこちらが下なのだが。

355 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/09(土) 11:57:27.89 ID:sAYgZV8xo

「分かったよ。もう訊かない」

 俺が言うと、妹は少しだけほっとしたような表情になる。
 こっちが悪いことでもしたような気分になる。いや、したのだけれど。

「だいたいさ、真意を聞きたいのはこっちの方だよ」

 彼女は横目でこちらを睨んだ。

「なんだったの、結局あれは」

 出来心、とか、魔が差した、とか言ってしまいたい。
 だが、それだと、普段からそういう願望を持っているように聞こえてしまいそうだ。
 
 だから、

「さあ?」

 としか答えられない。
 悲しい。頭がぼんやりする。

356 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/09(土) 11:57:54.18 ID:sAYgZV8xo

「わけがわかりません」

 妹は呆れたようだった。俺は何も言えない。
 
「なんかもう、どうでもいいや」

 不意に妹は、明るくも暗くも聞こえるような、不思議な声音で言った。
 俺は気怠い気分に身をゆだねた。もうどうにでもなれ。

「どうでもいいって、何が?」

「変に意地張るの」

「なにそれ」

 俺は苦笑した。

357 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/09(土) 11:59:05.80 ID:sAYgZV8xo

「わたしにもわかんない。感情はいつでもアンビバレンスで、行動はいつでもダブルバインドなの」

「難しいこと言うなぁ」

「非論理的なので上手に説明できないのです。わたしもよく分からないで喋ってるんだけど」

 妙なところで似てしまったのだろうか。不思議な話だ。
 
「兄さんさ」

 と、妹は本に目を落としたまま言う。

「付き合ってるの? あの人と」

「あの人?」

「……この前から、やたらうちに来る人」

 幼馴染のことだろうか。
 昔は仲が良かったのに、今は「あの人」とは、世知辛い。

358 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/09(土) 11:59:31.91 ID:sAYgZV8xo

「この前も答えたと思うんだけど」

「うん」

「付き合ってない」

「付き合っちゃいなよ」

 目も合わせないまま、妹は言った。

「とっとと彼女つくってください」

「なんで?」

 妹は答えない。俺は溜め息をついて瞼を閉じた。
 十二月もそろそろ中ごろだ。雪はいつ降るんだろう。

 つけっぱなしのストーブのせいで、部屋はもやもやと暑いくらいだ。
 妹が立ち上がって電源を落とすと、マヌケな音を立てて風が止まる。

359 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/09(土) 12:00:02.55 ID:sAYgZV8xo

「具合悪い?」

「全然平気」

 俺は心から答える。

「うそつき」

 と彼女は言った。

「顔真っ赤。汗すごいよ」

「寝れば治るよ」

「そりゃ、そうだろうけど。薬飲んだ?」

「いや」

「持ってくる」

「別にいいよ」

「いいわけないから」

360 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/09(土) 12:02:41.31 ID:sAYgZV8xo

 なんなんだ、こいつの態度は。熱も相まってひどく混乱している。
 何を考えればいいのかもわからない。

 本当に俺はひとりだって平気なんだから、放っておいてくれてかまわないのに。
 むしろその方がよほど助かる。こんなふうに過ごすと、胸の内側がざわざわと落ち着かない。

 たまらない不安に駆られる。

 妹が薬を持って戻ってくる。俺はひったくるようにそれを受け取って、レモンウォーターで流し込むように飲んだ。
 全身がだるい。何も考えたくない。

「もう寝る」

 俺は布団をかぶった。妹はすぐには出ていかなかった。俺はじっと身動きをとらない。
 彼女は呆れたような溜め息をついてから、

「わかった」

 と言って立ち上がった。

361 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/09(土) 12:03:08.47 ID:sAYgZV8xo

「おやすみ、兄さん」

 灯りを消し扉を閉めるとき、彼女は最後にそう言った。

 おやすみ。俺は頭の中で答える。そして何度も彼女の声を反芻した。
 おやすみ。「おやすみ、兄さん」

 俺の中の異常な部分。病的な執着。でも今はそんなことはどうでもいい。
 いや、どうでもよくはないのだが、そんなことを考えたって仕方ない。

 俺は寝る。沈む。スイッチをオフにする。さようなら現実。すべては夢の中にあるのです。
 
 ひどく、寝苦しい。

362 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/09(土) 12:03:34.34 ID:sAYgZV8xo
つづく
363 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2012/06/09(土) 12:08:39.99 ID:J07Ebc3Go
たのしい
364 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/06/09(土) 12:16:00.25 ID:F4Is83LDO
365 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/06/09(土) 12:24:48.75 ID:4knWPaiIO
さようなら現実
366 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2012/06/09(土) 12:37:25.24 ID:N5y2pFnYo
いいなこれ
367 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) [sage]:2012/06/09(土) 12:58:01.52 ID:A7riJhBko
妹が幼馴染を敵視すると言うことは…
368 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛媛県) [sage]:2012/06/09(土) 14:25:25.02 ID:mKqpljDG0
妹はホモ好きか
369 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/06/09(土) 19:44:04.26 ID:G5fTNHRGo
いつの間にか引き込まれて続きが気になる
370 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/10(日) 15:36:24.81 ID:+kD5xfkMo

 翌日の朝、熱はすっかり下がっていて、俺は普通に登校することができた。
 いつものことだ。ときどき原因不明に発熱する。面倒な体だ。

 俺と妹は久しぶりにぎこちなさもなく朝の時間を過ごすことができた。
 会話はなかったけれど、それは「できなかった」のではなく「しなかった」だった。

 いつも通りに迎えに来た幼馴染は、既に起床していた俺に面食らって疑問をなげかけてきた。

「なぜ起きてるんです?」

「なぜ起きてたらだめなんだ」

「起こせないじゃないですか」

 意味が分からない。

371 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/10(日) 15:37:37.16 ID:+kD5xfkMo

 俺はコーヒーを一服してニュースを眺める。窓の外の空は雨でも降りだしそうな気配がしている。

 俺たち三人は冬の朝の静かな街を並んで歩いた。風すらない。人の気配がない。
 師走というわりには、なんとも穏やかな朝だ。

「そういえば、知ってます? あそこの公園」

 と、不意に幼馴染が近所の公園を指差した。

「知ってるよ、そりゃ」

「そうじゃなくて。あそこにね、犬が来るんですって」

372 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/10(日) 15:38:03.46 ID:+kD5xfkMo

「犬? 野良?」

「飼い犬。夕方になると飼い主と一緒に散歩に来て、しばらくあそこで休んでいくらしいんですけど」

 珍しい話でもない。

「予知するんですって」

「ん?」

「未来予知」

 はあ、と俺は声を出した。妹は興味なさそうにぼんやりと前方を向いている。

373 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/10(日) 15:38:30.96 ID:+kD5xfkMo

「犬が、未来予知するの?」

「って噂です。詳しい話は知らないですけど」

「眉唾だなぁ」

「ですよね」

 彼女はどうでもよさそうに頷く。今の会話はなんだったのだ。沈黙が落ちる。
 俺たちは学校に向けて歩いている。俺は無性に走りたいような気分だったが、実際には走りださなかった。

 途中で妹と別れ、俺と幼馴染は学校を目指す。
 少しずつ人の気配が増えてきて、校門に近付く頃には海流のような人の流れがかすかに見えた。
 
 下駄箱で靴を履き替えて教室を目指す。後者は肌寒い。
 階段をのぼって、廊下で幼馴染と別れ、教室に入る。

374 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/10(日) 15:38:57.41 ID:+kD5xfkMo

「決めた!」

 という叫び声が、教室に入った途端に聞こえた。
 タカヤの声だった。俺はまた何か厄介な事態が起こるのかと頭痛を感じる。

「俺は今日告白するぞ!」

 早く出てきたので、教室にはタカヤとモス以外にはまだ誰もいなかった。愛すべき一年三組。担任は高田。

「……タカヤ、声がでかいよ」

 俺が声を掛けると、彼らはようやく俺の存在に気付いたようだった。
 モスとタカヤの距離は、俺とタカヤのそれよりもずっと近付いている気がする。
 俺自身、あまり彼との関係に積極的ではなかったから、当然かもしれないが。

「こないだも同じこと言って、告白しなかったしなぁ」

 モスは呆れた声を出した。「みー」はどう思うのだろう、と考えて、彼女のことを俺が考えても仕方ないと首を振る。

375 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/10(日) 15:39:43.14 ID:+kD5xfkMo

 何かを言うとろくなことにならない気がしたので、俺は口を挟まなかった。
 タカヤの決意は固い。こいつはそんなに先輩が好きなのだろうか。
 たぶん違うような気がする。

 なんだか、タカヤの考えていることは分からない。

「なあ、お前って先輩のどこが好きなの?」

 と、俺はふと口にした。してから後悔する。こんな質問に答えられる奴なんているもんか。

「どこって……」

 案の定、タカヤは口籠る。どうしたもんかな、と俺は思った。

「なんかあるんじゃないの、優しいとか話してて楽しいとか、かわいいとかおっぱいでけーとか」

「いや、先輩おっぱいおっきくないし」
 
 よりにもよってそこについて言及するのですか。
 タカヤが言うと「おっぱい」という言葉すら爽やかに聞こえる。

「そうだっけ?」

 俺は先輩の体型を思い出そうとしてみたが、なかなか頭に映像が浮かんでこない。
 
376 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/10(日) 15:40:14.45 ID:+kD5xfkMo

「朝からなんて話をしてるんですか、きみたち」

 後ろから声がして、振り向くと幼馴染がいた。
 こういう意味不明な登場の仕方をする奴が多いから、物事が厄介になっていくのだ。

「いや、タカヤが先輩に……」

 と、そこまで俺が口にしかけたところで、タカヤが俺の手のひらで覆った。

「いや、なんでもない。おっぱいの話」

 爽やかな笑顔で彼は取り繕う。幼馴染は怪訝な顔をしていたが、そこまで興味が湧く話ではなかったらしい。
 最近のことで懲りて、なんでもかんでも問答無用で首を突っ込むのをやめたのかもしれない。
 
 それにしても、幼馴染相手に話をごまかせるようになるなんて、彼も成長したものだ。なぜ隠そうとしたのかは知らないが。
 俺は呼吸できない現状をどう打開すべきかと考えながら感心した。

377 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/10(日) 15:40:49.90 ID:+kD5xfkMo

 俺はいまいちタカヤの恋心を信用しきれない。
 話せるようになった数少ない女子に、優しく接してもらったから、それを恋愛感情と誤解しているのではないか、という気がする。
 
 もちろんだからどうというのではない。そういう形から発展していく関係もあるのかもしれない。
 最大の問題は、先輩が猫をかぶっていることだ。
 
 いろんな意味で時間が足りないと思う。
 タカヤは焦りすぎだ。もっとじっくりと話を進展させるべきなのだ。

 何が彼をそこまで駆り立てるのか。
 でかい魚を逃がすことを恐れているのかもしれない。

 いずれにしても、上手く行く光景が想像できない。二重の意味で。

 めんどくせー奴らが多すぎる。自分を棚に上げていうのもなんだか、世の中はもっとシンプルでいい。

378 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/10(日) 15:41:34.14 ID:+kD5xfkMo

「あーだりー」

 タカヤに解放されてから、俺は大きく息を吐く。

「どうしたんだよ」

 モスの質問に、俺はぼんやりと答えた。

「昨日の今日で、クラスメイトの視線がなんだか攻撃的だよ」

 彼は、まぁしゃあないわなあ、とでも言いたげに溜め息をついた。なんだよそれは。
 ちくしょう。あの茶髪野郎め。奴とはいずれしっかりとケリをつけなければなるまい。

 俺の自尊心。俺の自意識。俺の方位磁針。打倒茶髪。取り戻すべき指向性。正常な学園生活。

 どうでもいい。

 そういえば、幼馴染の自尊心はどうなったのだろう?
 現状進展はなし……いやむしろ悪化の一路?

379 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/10(日) 15:42:01.27 ID:+kD5xfkMo

 この場でする話ではないように思えて、俺は彼女に話しかけるのをやめた。 
 不意にポケットの中の携帯電話が震えた。

 メールだ、と思うが、心当たりがない。 
 タカヤや先輩にはアドレスを教えていない。……教えるべきなのだろうが。幼馴染、モスはこの場にいる。
 
 ディスプレイを除くと、案の定その誰からでもなかった。

『今日の放課後の予定は?』

 妹からのメールだった。俺は動揺を隠して周囲をうかがった。幼馴染が何かに気付いたようにこちらを見た。
『特にない』とメールを返す。
 
『そう』と返信が来る。それだけかよ。なんだったんだよ。俺は思ったことをそのまま打った。

 返信はなかなか来ない。俺は携帯をポケットにしまった。

380 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/10(日) 15:42:46.25 ID:+kD5xfkMo

「パパ?」

 と幼馴染が俺を見て小首をかしげる。訝るような目で。こいつはいったいどういうつもりなんだ。

「おお」

 初めて実物を目にしたモスとタカヤが声をあげた。感心してる場合か。
 幸い周囲は気付いた様子もない。俺の頭はがらんどうだ。

「パパ、浮気ですか」

「誰が浮気だ。正妻は誰だよ」

「わたし」

 こいつの頭の中を一度でいいから覗いてみたい。
「娘で妻か。すげえな」モスが感心した。お前の頭もどうなってんだ。

381 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/10(日) 15:43:13.64 ID:+kD5xfkMo

「なにはともあれ、仲が良いのはいいことだ」

 モスは頷く。こいつはやっぱりどこかずれている。
 
「どんなふうに立ち振る舞えばそんなふうになれるんだ?」

 タカヤは尊敬だか畏怖だかよくわからない目をこちらに向けた。お前らあとで覚えてろよ。

 今思えば俺はもう少し、幼馴染の異変に気を払うべきだったのかもしれない。
 何を言っても後の祭りだろう。モラトリアムは終わるものだ。

 当たり前のことだが、俺には他人が何を考えて生きているかなんて、ちっとも分かりはしないのである。

382 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/10(日) 15:43:40.26 ID:+kD5xfkMo

 昼休みに新聞部の部室に行く。タカヤは妙に緊張していた。
 幼馴染は「みー」を連れてきた。なぜかはしらない。たぶん先輩が呼ばせたのだろう。
 
 俺と幼馴染は、どうなっても「みー」には気を遣わざるを得ない。
 
 俺は窓際でパンをかじる茶髪を一心に睨んだ。彼は素知らぬ顔でスマホをいじっている。
 どうなんだよそれは。俺は思う。こいつ、俺をいったいなんだと思っているのだ。

 ちくしょう、決闘だ。尊厳と尊厳を賭けた戦いだ。俺は奴を殴りたかった。
 どうしてこんなに怒っているんだろう。

383 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/10(日) 15:44:11.45 ID:+kD5xfkMo

 俺はしらんぷりして先輩と話す。

「先輩は、趣味とかあるんですか」

「特には……ジョギングとか?」

「健康的ですね」

 お見合いかよ、とモスが言った。

「すぐに飽きちゃうんだけどね」

「分かります。俺も何度挫折したことか……」

「三日目あたりから飽きちゃうもんね」

「いえ、一日目の段階でやっぱりやめようってなりますよ」

「まずは走りなよ」

 走れないんだから仕方ない。
 
384 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/10(日) 15:44:41.11 ID:+kD5xfkMo

「先輩の恋愛観をお聞きしたいです」

 インタビューかよ、とまたモスが言った。タカヤが少しだけ身を乗り出しかけた。

「んー。特別なことは何も。そんなに経験ないし」

「そうなんですか」

 とタカヤが身を乗り出した。

「……うん」

 先輩は目を丸くする。「みー」は気まずげに視線をあちこちと揺らす。俺と幼馴染まで気まずい。

385 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/10(日) 15:45:07.10 ID:+kD5xfkMo

 先輩に話を振ったのは失敗だった、思い、俺は「みー」に向き直った。

「君は?」

「わたし?」

 と彼女は驚いたような顔でのけぞる。のけぞるなよ。

「……あの、気恥ずかしいから、「君」ってやめてもらえる?」

「じゃあなんて呼べばいいの?」

「『みー』でいいよ」

 そっちの方が気恥ずかしいという男性心理を感じ取ってほしい。

386 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/10(日) 15:45:46.53 ID:+kD5xfkMo

「それで、えっと……」

 俺は質問を繰り返す。

「……『みー』は? 趣味とかあるの?」

 俺は無性に照れくさい。幼馴染が呆れたような顔をしている。
 そういえば俺は惚れっぽい性格だった気がした。あと女性耐性もない。

「特には」

 先輩と同じ答えである。

「最近は編み物とか」

 へえ、とタカヤが感心したような顔をする。
 やめろ。お前の行動のひとつひとつが俺の心臓に悪い影響をもたらしてるから。

387 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/10(日) 15:46:16.54 ID:+kD5xfkMo

「マフラーとか?」

 うん、と彼女は頷く。

「弟の分編んだりしてる」

「手編みかー」

 珍しくないようで珍しいような気がする。高校にもなると買う奴の方が多い。

「手編みのマフラーか……」

 とモスが憧憬に酔った声をあげる。言葉の響きに何かを感じ取ったらしい。気持ちは分からないでもない。
 分からないでもないが……本質的に『手作り弁当』と同じジャンルの言葉だろう。中身は冷食。いやうまいんだけれども。

 さて次の質問だ、と俺は思ったが、先輩に向けた質問をそのまま彼女に向けるのはさすがにマズイ。
 あせって俺が考えていると、モスが不思議そうな顔でこっちを見た。
 なんだこいつ、喉でも詰まらせてるのか、仕方ねえな、俺が代わりに訊いてやろう。そんな顔。

 馬鹿野郎、やめろ、死にたいのか。そっちは地雷原だ。自信という名のスーツじゃ防げないタイプの地雷だ。

388 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/10(日) 15:46:53.95 ID:+kD5xfkMo

 俺の祈りが通じたのか、モスはこちらを見て不服そうに目を下ろした。俺は安堵する。
 その様子を見逃したのか、今度はタカヤが口を開く。

 やめろ、お前は存在自体が危ないから。現状不発弾だけど、ちょっとした衝撃でやばいから。
 俺は祈ったが、無情にもタカヤの口が開いていく。畜生。

「じゃあさ」

 とタカヤが口を開いたところで、机の下で大きな音がした。
 机の裏を何かが叩く。少しおいて、タカヤの膝だと気付いた。

「いってえ! 誰か足踏んだ?」

 みんな知らん顔をしている。よくやった幼馴染。お前は最高だ。
 俺の心臓はまだ高ぶっているが、やはり安堵の方が大きかった。世界は喜びに満ち満ちている。

 タカヤは怪訝そうに首をかしげてから、椅子に座りなおした。

389 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/10(日) 15:47:23.88 ID:+kD5xfkMo

 それまでの時間で新しい質問を考えられたらよかったのだが、そんな余裕はなかった。
 それでも「みー」に対してふたつめの質問をする流れというのは、なぜだか出来上がってしまっていた。
 俺は自分を呪う。だがどうにでも持ち直せる。この流れなら。

「みーちゃんは、好きな男子とかいるの?」

 先輩が言った。空気が凍りついた。少なくとも俺と幼馴染はそう感じた。けれどモスとタカヤはそう感じていない。
 なんだ、この状況は何だ。俺は何処で間違った。

「みー」は視線をゆらゆらと動かす。先輩の方を見て、幼馴染の方を見て、タカヤの方を見て、俺の方を見た。
 最後にまた、先輩に戻って、机の上の弁当箱に戻る。よりにもよってなんで先輩なんだ。モスならばまだマシだった。

「先輩、じゃんけんしよう」

 と俺は言った。

「……え、なんで?」

390 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/10(日) 15:48:17.52 ID:+kD5xfkMo

「負けた方が勝った方の言うことをひとつきく。オーケイ?」

「いや、今の話の流れ、絶対そんな感じじゃなかったけど」

「なんか唐突にそういう気分だった。うん。別にたいした意味はないけど。はいじゃんけんぽん」

 俺はグーを出した。先輩は遅だしでチョキを出した。
 咄嗟で判断がつかなかったのだろう。

「先輩、ジュースを買ってきて。タカヤも連れてって」

「ちょっとまって、今のなし」

「待ったで戻せる戦争なんてない」

「じゃんけんは戦争じゃないよ」

「うるさい! 敗者は従え! 恨むなら弟を恨むんだな!」

 茶髪が、俺関係ねえじゃん、と窓際でぼやく。知ったことか。俺はイライラしている。

391 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/10(日) 15:48:43.80 ID:+kD5xfkMo

 先輩が立ち上がる。タカヤも後に続いた。いいよ、と先輩は言ったけれど、タカヤはそれでもついていった。
 それでいい。とっとと告白でもなんでもしちまってくれ。そうして現状をどうにか動かしてくれ。
 
 こういう状況はうんざりだ。選択を保留して、猶予期間を堪能するのは。
 俺も似たようなことをしているにしても。

 全然うまくいかない。世の中はもっとシンプルでいい。

「みー」が立ち上がって、

「わたし、教室に戻るね」と言った。

 幼馴染は引きとめようとしたのか、引きとめようとしてやめたのか分からないが、奇妙な表情で彼女を見上げた。
 後ろ姿はそっけなかった。
 
 残されたモスが、ぽつんと、状況を測りそこなっているように呆然とした表情をしている。
 今のやりかたはまずかった、と俺は思う。だからといって、他にどうやって回避できたのか。

 なんかもう疲れる。熱が出そう。窓際に目を向けると、茶髪が観察するような白い目でこちらを眺めていた。

392 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/06/10(日) 15:49:09.55 ID:+kD5xfkMo
つづく
393 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2012/06/10(日) 16:14:10.46 ID:swlkLmd7o
おかしいなあ、まいにち。世の中はシンプルだよ。
394 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(高知県) [sage]:2012/06/10(日) 16:19:10.83 ID:e6z+LF04o
男が気持ち悪いな
395 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2012/06/10(日) 18:21:33.72 ID:uCU4KwDao
>>394
そこが良いんじゃないか?
396 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) [sage]:2012/06/10(日) 18:51:09.12 ID:S/rupdilo
妹ー
397 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/06/10(日) 22:35:58.04 ID:xuQgT+eIO
妹かわええ
398 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/06/11(月) 10:46:39.09 ID:onx+BtSDO
男が残念な奴だけどたまにいるよねこういうの。

嫌いじゃないです
399 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/11(月) 19:37:05.86 ID:PtNcRsDDo

 放課後、俺はひとりで教室に残った。
 モスとタカヤは早々に帰ってしまった。 
 またタカヤが先輩にどうこうと騒いでいたけれど、今となってはそんなに興味が湧かない。

 幼馴染は「今日は一緒に帰れない」とだけ連絡をよこした。
 ひどく気分が落ち込んでいる。

 めんどくせえ。

 なんだか体を動かす気になれずに、自分の席に座ったままでいる。
 それでもいつまでもそうしたままではいられないので、立ち上がって、鞄を掴んだ。
 
 だるい。

400 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/11(月) 19:38:11.00 ID:PtNcRsDDo

 廊下から階段を下りて玄関に向かう途中で、茶髪に遭遇する。
 俺は顔をしかめた。

 茶髪は見下すような目でこちらを眺めて笑う。
 こんな表情を、俺は以前にも見たことがあるような気がしていた。
 腹の内側がぎりぎりと痛む。

「さっきのは、面白い見世物だったぜ」
 
 彼の笑顔には、奇妙な毒が含まれていた。
 憐れむような顔だった。
 俺の居心地は悪くなる。

「何が面白いって?」

 俺は彼に殴りかかりたい衝動を抑えながら訊ねた。

401 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/11(月) 19:38:46.43 ID:PtNcRsDDo

「自覚ねえのか?」

 彼は笑う。けらけらけら。いやな感じの笑い。なんだか眩暈がしそうだ。

「お前さ、他人を見下してるのな」

「はあ?」

「自分以外の人間は頭悪いって思ってるだろ」

「……なんだ、それは」

「自分がなんとかしなきゃ、身の回りの物事はなにひとつ片付かないって思ってるだろ」

「だから、なんなの、それは」

「気付けよ」

 彼は溜め息をついた。

402 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/11(月) 19:39:18.41 ID:PtNcRsDDo

「あからさまにオトモダチの話を遮ったのは、『こいつは何かまずいことを言いだすだろう』と思ったからじゃねえの」

 茶髪は嘲るように言う。

「上手いこと自分が裏から誘導してやらなきゃ、まずいことになるって思ったんじゃねえの」

 俺は頭が痛い。

「ずっとそんな具合だもんな、お前。馬鹿な他人を上から操って楽しんでるんだろ?」

 何様だよ、と彼は笑う。
 廊下の窓から西日が差している。俺はめんどくせえ。だるい。眠い。

「だとしたら、なんなの」

 俺は言う。

403 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/11(月) 19:40:14.65 ID:PtNcRsDDo

「だったら、なんなの。いろいろ言いたいことはあるけど、まぁそれでいいよ。俺は他人を見下してるってことで」

「へえ」

 と茶髪は感心したように言う。俺はこいつの余裕ぶった態度が気に入らない。

「で、だったらお前はなんなの? 他人の欠点を指摘して悦に入ってる小者か何か?」

 面食らったように、彼は目を丸くした。

「俺がどんな人間の屑だったとしたって、お前のやってることが八つ当たり以外の何かになるわけじゃねえよ」

 俺は言い切った。他人にこういう言葉をぶつけたのは久しぶりだと言う気がした。
 ひどく嫌な気分になる。嫌なのは、俺がこの言葉をぶつけることを、楽しんでいるからだ。

 茶髪は一瞬驚いた顔を見せたが、すぐににやにや顔に戻った。

「俺の言葉が八つ当たりだとしたって、言ってる中身が間違いだって話にはならねえよ」

 俺は額を押さえた。

404 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/11(月) 19:40:40.90 ID:PtNcRsDDo

「俺はお前が嫌いだ」

 と俺は言った。本当に嫌いだ。こういう無神経な奴は。
 
「前と言ってることが違うな」

「男心と秋の空って奴だ」

「女心だろ?」

「しらねえよ。ばっかじゃねえの」

「理不尽だな」

 茶髪は楽しそうに笑った。俺の頭痛はひどくなる。どうして俺たちはこんな話をしてるんだ?

「帰る。さようなら。できれば二度と会いたくない」

 そうして俺は茶髪に背を向けた。奴は最後まで余裕そうな笑みを浮かべたままだった。

405 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/11(月) 19:41:07.26 ID:PtNcRsDDo

 だるい。頭が痛い。
 死んでしまいそう。

 なんだってあんな奴にあんなことを言われなければならないのだ。

 取り合う理由はない。あんな赤の他人に何を言われたって。

 でも、どうなんだろう。
 俺は本当に、彼の言うようなことをしていなかったか?
 どうなんだ?

 地面がふわふわとしていて、歩いている実感がない。

 どうなんだ。

 校門を通り過ぎるとき、後ろから衝撃があった。

 地面に倒れ込む。

「えっ」

 という声がした。俺は起き上がるのさえ億劫で、地面を転がすように体勢を仰向けにする。
 妹が立っていた。

406 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/11(月) 19:41:48.75 ID:PtNcRsDDo

「ごめん」

 と彼女は謝る。俺は頭がうまく回らなくて、どうして彼女がそこにいるのかもよく分からなかった。

 俺が答えずにいると、妹は不審そうな顔をした。

「どうしたの? なんかあった?」

「べつに」

 と俺は答える。立ち上がって制服の埃を払った。溜め息。だるい。
 妹がこちらに向けて手を伸べた。俺はその手を掴んで立ちあがる。勢いのままで妹の方に倒れ込みそうになった。

「ちょっと、大丈夫?」

 俺はそのまま妹を抱きしめてしまいたいような気がしたが、たぶん気の迷いだ。
 
407 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/11(月) 19:42:14.79 ID:PtNcRsDDo

 自分の両足で立ち上がる。

「どうした?」

 と俺は訊ねた。
 妹は何か納得がいかないような表情でこちらを見る。

「いや、べつに。迎えに来ただけ。特に理由はないけど」

 冬の夕方は少し肌寒い。
 
「気付かずに通り過ぎてくから、無視されたかと思った」

 妹は白い息を吐く。どうして雪が降らないんだろう。

408 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/11(月) 19:42:40.69 ID:PtNcRsDDo

「なにかあったの?」

 と妹は言った。俺は答えずに歩き出す。彼女もそれに従った。

「別に。いつものことだよ」

「なにが」

「どうせ俺は嫌われものだよ」

「また拗ねてるし」

 妹は呆れたように溜め息をついた。俺は少しだけ安堵した。
 世界中から俺と妹以外の人間が消えてくれればいいのにと思った。

 けれど彼女はそんなことを望んではいないだろうし、俺のことなんて妙な態度の兄という程度にしか思っていないだろう。
 感情はいつでもアンビバレンスだ。 
 ずっとこのままでいたい。ずっとこのままなんて嫌だ。

 黙れよ、と俺は頭の中の誰かに言う。そのことを考えるのはやめたはずだ。

409 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/11(月) 19:43:43.56 ID:PtNcRsDDo

「どこかに寄ってく?」

 俺は訊ねる。妹は答えなかった。

「ねえ、何があったの?」

「何かって?」

 うるせえよ、と俺は頭の中で毒づく。
 いいかげんガタがきている。限界なのだ。道化の真似事なんて。
 所詮猿真似だった。なんにも上手くいかなかった。誰のせいだ? 俺のせいだ。

 俺は自分なりに一生懸命やった。でも「自分なりに」なんて言葉は何の意味もなかった。
 そんなもんじゃどうにもならなかった。自意識過剰の上から目線。
 何をどう逃れようとしたって、結局俺は、俺はゴミみたいに生きてゴミみたいに死ぬしかないのだ。

 考え事はやめたはずだった。
 
 不意に、妹が俺の額をぺちりと叩いた。

410 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/11(月) 19:44:09.70 ID:PtNcRsDDo

「なに?」

 と俺は面食らって訊ねる。

「べつに」

 彼女は拗ねたように目を逸らした。なんなのだ。

「根暗なのはしょうがないけどさ、いいかげんわたしの前で暗い顔を見せるの、やめてよ」

 妹の横顔は、怒っているようにも困っているようにも見える。
 俺は拍子抜けしたような気分だった。肩の力が抜ける。

「さっさと彼女でも作って、その人の前でやって」

 嫌なことを言う奴だ。

411 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/11(月) 19:44:38.95 ID:PtNcRsDDo

「なんで?」

「わたしだと、つい甘やかしちゃうから。いいかげん、お互い兄離れ、妹離れしましょう」

「なにそれ」

 俺は笑えなかったが、そうしないとまずい気がしたので笑った。
 仮に彼女なんて作ったとしても、俺はその人に暗い顔を見せたりはしないだろう。
 まぁそんな話はどうでもいい。俺は少しだけ気分を持ち直した。

「なにか食べていこうか」

「肉まん食べたい」

 妹がそう言ったので、俺たちはコンビニで肉まんと、ついでに飲み物を買った。
 妹がレモンウォーターを買ったので、俺はスプライトを買った。それから明日飲む用にと、ポカリスエットを買った。

412 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/11(月) 19:45:08.15 ID:PtNcRsDDo


 公園を通りかかったとき、犬の散歩をしていたらしい女性に出会う。柴犬だ。

 変な犬だった。こちらをじっと見ている。飼い主らしき女性は、中年の女性で、少し上品な雰囲気があった。
 彼女は公園に入って、ベンチに腰掛ける。犬もそれに従っているが、目だけはこっちを見ていた。

 俺が犬に気を取られていると、飼い主らしい女性に声を掛けられる。

「こんにちは」

 と彼女は頭を下げる。こんにちは。俺も頭を下げ返す。くだらねえ。

「ひょっとして、この犬って、未来予知の」

 妹が言う。女性がくすくすと笑った。

「そういうふうに言われることもありますね」

 胡散臭い女だ。俺はとっととこの場を去ろうとしたが、妹は妙に興味をひかれたらしい。
 こんなことばかりだ。

413 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/11(月) 19:45:36.60 ID:PtNcRsDDo

「占ってみます?」

「ぜひ」

 冗談だろう。

「金とかとりませんよね?」

 俺は一応たずねたが、女は笑うだけだった。答えろよ。
 
「誰を占います?」

 と女は訊ねたが。犬はじっとこちらを睨んでいる。嫌な犬だ。俺は犬が好きじゃない。吠えるから。

「じゃあ、君にしましょう。何か占ってほしいこととかある?」

 ない。

「じゃあ、俺がこのあと飲むジュースをあててください」

 と言って、俺は袋の中のレモンウォーターとポカリスエットを地面に置いた。
 
414 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/11(月) 19:46:14.36 ID:PtNcRsDDo

 犬はしばらく迷っていた。それは長い時間だった。十分くらいはずっと、レモンウォーターとポカリスエットの間で迷っていた。
 いいかげんうんざりしていた頃、犬はそろりそろりとポカリスエットの方に近付いた。

 まぁこんなもんか、と俺は思う。

「あなたってずいぶん優柔不断なんですねえ」

 と女は言った。うるせえよ。

 犬はとうとうポカリを選ぶかと思ったら、いきなりレモンウォーターに向かって顔を動かした。
 そしてペロリとレモンウォーターのボトルを舐めると、あたりに向かって吠えだした。わんわんわん。飼い主ともどもうるせえ。

「こら、どうしてしちゃいけないって言ったことをするの!」

 女は犬に向かって怒鳴る。俺はきまずい。

「ふうん」

 という顔で、妹が頷く。どこに感心する部分があったんだ。俺は白けたような気分だった。

 俺たちは女に礼を言って、帰路についた。
 
415 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/11(月) 19:46:40.81 ID:PtNcRsDDo

「なんだったんだろうね、あの人」

「さあ?」

 俺は首をかしげた。嫌な女だった。

「綺麗なひとだったね」

 妹は犬に関しては何も言わなかった。俺は溜め息をついた。
 嫌な女だった。できれば二度と会いたくない。

 家についてから、妹と一緒に肉まんを食べてテレビを見る。
 頭痛はいつのまにかとれていたが、暗い気持ちはどうしても振り払いがたかった。

416 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/11(月) 19:47:10.03 ID:PtNcRsDDo
つづく
417 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/06/11(月) 19:53:03.30 ID:RDyiPT1IO
おっつん
418 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/06/11(月) 20:08:23.90 ID:hVOqa7cYo
おつ
419 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2012/06/11(月) 20:12:12.65 ID:3JKFnv2Lo
おっぱいん
420 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) [sage]:2012/06/11(月) 21:00:20.74 ID:WgjDNrLDo
421 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2012/06/11(月) 21:26:28.26 ID:APn3hLkNo
ほう
422 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) [sage]:2012/06/11(月) 22:25:09.82 ID:iK94uSqro
先輩と妹と幼馴染で迷うなあ
423 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(中部地方) [sage]:2012/06/11(月) 23:14:09.99 ID:sMfC9cqQo
妹ですよ
424 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福島県) [sage]:2012/06/11(月) 23:51:41.06 ID:1+P05Th5o
スプライトは飲み終わった後なのか、
それとも正解のない2択をさせたのか
425 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [sage]:2012/06/12(火) 08:12:46.26 ID:uyaw4L+4o
426 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/06/12(火) 12:53:27.86 ID:RH1YwUQIO
この占いは何かのフラグなのか
427 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/12(火) 14:02:13.92 ID:7Trnb00oo

 翌朝、俺は六時半に目をさました。さましたが、なんとなく気分が晴れなかったので二度寝した。
 次に起きたのは二十分ほどあとで、そろそろ七時になる頃だった。

 俺は枕元に置きっぱなしにしていたスプライトを飲み干してから再び寝転がり、天井を眺める。
 ぼんやりしていると、身体が倦怠感に包まれていく。

 今日は学校なんて行きたくねえなあと俺は思った。思ったのだが、行かなくてはならない。
 
 でも、よくよく考えたらこの世界は俺に何ひとつ強制していないような気がした。
 そういえば学校に行かなきゃならないというのも、ある種の思い込みにすぎないのかもしれない。きっとそうだ。

 ただの強迫観念。うん。本来世界は自由だった。俺は眠い。よって眠る。シンプルだ。

428 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/12(火) 14:02:41.12 ID:7Trnb00oo

「起きた?」

 とドアがノックされる。俺はベッドにもぐったまま答えなかった。扉が開く音。
 俺は罰に怯える子供のように息をひそめる。

「兄さん、起きて」

 と妹は俺の身体を揺すった。俺は気怠い。
 それでもずっと揺すられていると、眠ってはいられない。のだけれど、なぜだろう。
 体を揺らされたりすると、よけい眠っていたくなるのは。

 俺は布団を跳ね飛ばすように上半身を起こす。
 そして叫んだ。

「嫌だ!」

 かぶり直す。眠る。俺は学校が嫌いだ。

429 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/12(火) 14:03:11.01 ID:7Trnb00oo

 妹は呆れたように溜め息をつくと、部屋から出て行った。
 
 俺は部屋の中にひとりぼっちになる。やりました。俺は自分の尊厳を取り戻しました。
 戦いはいつも空しい。枕も今日はそっけない。

 少しして、またドアがノックされる。

「起きてます?」

 俺は聞こえないふりをした。
 ドアが勝手に開かれる。やめろ、こっちに来るな。

「おーい」

 という声と一緒に、俺の背中がぱしぱしと叩かれる。

「グーでいきますか」

 という声に、俺は体を起こした。
 
430 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/12(火) 14:03:36.77 ID:7Trnb00oo

 制服姿の幼馴染は当然のように俺の部屋に立っていた。
 俺は溜め息をつく。いいかげんにしろと言いたい。どうして俺の部屋をノックしたりするんだ。
 
「おはようございます」

 彼女は何の裏もなさそうな笑みをこちらに向けてから、俺の頭にぽんぽんと触れた。ねぐせ。

「顔、青いですよ。大丈夫?」

「なぜ部屋に来た」

「毎朝来てるじゃないですか」

「うんざりだ」

「わたしのこと、きらいですか?」

「……そういう話ではなく」

 彼女はどうしたらいいのか分からないというように首をかしげた。そこには媚びたり気取ったりという雰囲気が一切ない。
 こういう質問を不意に向けてきたりするから、こいつは厄介なのだ。

「きらいじゃないなら、いいじゃないですか。困ったことが起こるわけでもないですし」

431 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/12(火) 14:04:11.04 ID:7Trnb00oo

 そうか? 嫌いじゃなければ、いいのだろうか?
 毎朝起こしにきてもらったり、弁当を作ってもらったりして? 一緒に登下校したりして?
 あまつさえ付き合っているふりをしたり? 「嫌いじゃないなら」そこまでしてもいいんだろうか?

 と、どうでもいいことを考えてもみたが、俺はもう何かに対して積極的に働きかける活力を失っていた。
 あの茶髪の言葉なんてどうでもいい。どうでもいいけど、もうやめとこう。いろいろ。

「いいじゃないですか、べつに。ぐだぐだ過ごすのに道連れがいたって」

「……なんつうかね、お前と一緒にいるとね、最近とっても、安らぐよ」

 いきなり告白ですか、と幼馴染が頬を染める。違う。

「でもさ、なんつうかさ、時間切れ狙ってる感じで、いまいち乗り気になれないよね」

 彼女は痛いところをつかれたように眉をひそめた。俺は知らないふりをした。
 実際、彼女が何を考えているかは分からないけれど、何かを考えていることは分かる。

432 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/12(火) 14:04:36.88 ID:7Trnb00oo

「いいじゃないですか、べつに」

 彼女の表情には、怒りにも似た焦りの影が映っていた。

「なにが?」

 と俺は訊き返す。彼女は押し黙った。
 別にいじめる気はなかったのだけれど、お互い思うところが多すぎて、話がややこしくなっているのかもしれない。

「まぁ、いいか。別に」

 俺の言葉に、幼馴染はほっとしたようにも、がっかりしたようにも見える顔をした。
 
「準備するから、下で待ってて」

 言って、俺は制服を掴む。窓の外はおそろしく白い。 
 冬休みはもうすぐだ。そろそろ雪が降るのだろう。
 嫌な予感がした。

433 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/12(火) 14:05:18.66 ID:7Trnb00oo

「なんだか、近頃は空が鬱陶しい感じですね」

 幼馴染の言葉に、どんな感じだよ、と思って見上げてみると、確かに鬱陶しい薄曇りだ。
 降るのか、降らないのか、はっきりしろと言いたくなる空だ。

「わたしは好きなんですけどね、こういうの」

 彼女は言う。「鬱陶しい」のが「好き」なのか。まぁそんなもんかもしれない。

 後ろを歩いていた妹も、ぼんやりと空を見上げている。
 じっとその姿を見ていると、身動きが取れなくなるような気がして、俺は目を逸らした。

「休みに入ったら、何しますか?」

 幼馴染の質問に、俺は考え込んだ。
 何をしよう? 何も思いつかない。休みの間にしたいことなんて何もない。

「ぐったりしたい」

 とだけ答えると、彼女は呆れたように溜め息をついた。

434 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/12(火) 14:05:49.65 ID:7Trnb00oo

 タカヤが先輩に告白したという話は、その日の昼休みに幼馴染を通して聞いた。
 昨日のやり取りで先輩と二人きりになったとき、タカヤは先輩に話があると告げた。

 そして今朝、先輩を呼び出して話をしたのだという。

 突然の(と先輩には思えた)タカヤの告白に、彼女は動揺した。
 彼女はタカヤをそういう対象として見ておらず、どう反応すれば分からなかったらしい。

 幸いタカヤの方が、返事は後でいいと言ったため、その言葉に甘えて時間をもらい、幼馴染に相談しにきたのだという。
 一連の流れを思って俺は頭痛がしそうな思いがした。

 当たり前のことだが、俺にはどうすることもできない。
 どんな話に転んだとしたって、ここで俺が介入することはできない。 

 俺がここで介入しようとするとしたら、まさしく「上手いこと自分が裏から誘導してやらなきゃ、まずいことになる」と思うからだろう。
 茶髪の言葉を気にしているわけではなく、俺が入り込む余地なんて最初からないのだ。

435 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/12(火) 14:06:23.27 ID:7Trnb00oo

 午後の授業を受けている間も、俺の頭からはあの二人のことが頭から離れなかった。
 タカヤの態度は、それを思えばひどく自然で、落ち着いたものに思えた。どうして彼はあんなに平然としているんだろう。
 
 俺はタカヤと先輩と、それから「みー」のことについて考えた。
 そして自分と幼馴染が、どれくらい彼らの交流に関与したかについて考えた。
 そのうち考えるのが嫌になって、ぼんやりと窓の外を眺めることにした。

 俺は昨日の茶髪の一言一句を思い出そうとしたが、上手くいかなかった。
 
 タカヤのことを考えるのが億劫だったので、俺は自分がなぜあんなに茶髪に嫌われているのかを考えることにした。
 単なる嫉妬や八つ当たりというには、彼の態度はあまりにひどい。

 俺が人に言えることではないが。……だとすれば、彼は俺とあったことがあるんだろうか?

 それとも、たとえば、俺が手ひどい目に遭わせてきた相手――いくらか心当たりはある――の、友人だとか。
 それはありそうな話だと思えた。

436 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/12(火) 14:06:49.40 ID:7Trnb00oo

 考え事をやめようとしても、ふと気付けばやっぱり考え事をしている。
 そういう人間性なのかもしれない。
 どうせ集中できないことだしと思い、俺は眠ることにした。教師の声には催眠効果がある。
 
 けれどなかなか眠れなかった。どうにも気分が落ち着かない。どうしようもない。

 俺は一から百までの数字を数えることにした。そのことだけに集中して、他のことはすべて忘れる。
 何も考えたくないときは、そういう単純なことをするのが一番いい。

 一、二、三、四、五、六、七、八、九、十。
 数字を数えているうちに、俺はなんだか子供の頃のことを思い出した。
 今となっては古びてしまった思い出なのだけれど、その記憶は俺の中でも重要なものとして残っている。
 幼馴染が一緒にいる。妹が一緒にいる。それで、俺はいつも二人に引っ張りまわされていた。
 
 今とたいして変わらない。十一、十二、十三、十四、十五、十六、十七、十八、十九、二十。

 あの頃の俺と今の俺を別つものってなんなんだろう。
 チャイムが鳴って放課後が来ても、俺は身動きをとれずにいた。

437 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/12(火) 14:07:15.90 ID:7Trnb00oo
つづく
438 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2012/06/12(火) 15:07:06.85 ID:oha0JKcto

幼馴染優勢に見える

俺も属性を持ってこんな環境に突入したい
439 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/06/12(火) 15:20:27.23 ID:uLpWyN+IO
おっつん
茶髪優勢だろ
440 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(埼玉県) [sage]:2012/06/12(火) 16:27:55.94 ID:WDNHyLK5o
おちつん
441 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2012/06/12(火) 16:55:11.99 ID:WDVzAOSDo
>>438
オタクA
442 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府) [sage]:2012/06/12(火) 19:05:22.73 ID:mkkatgrAo
茶髪はうざいわ
443 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/06/12(火) 22:55:26.83 ID:/TeWbq7no
スレタイ的に妹ルートなんだよな?

そう願いたい
444 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) [sage]:2012/06/12(火) 22:58:33.74 ID:uoRzoZtdo
似てる所なんてひとつも無いのに共感できてしまう
きっと、>>1が文章書くの上手いからだろうな
445 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) [sage]:2012/06/13(水) 17:33:53.16 ID:YPxWj8qjo
またこの話を読むのが日々の楽しみになってる
446 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/14(木) 01:33:00.04 ID:mIB6jAMCo

 先輩は放課後になってすぐにタカヤを呼びにきた。俺は知らんぷりした。

 この妙な、罪悪感というかなんというか、は、なんなんだろう。
 俺はいいかげん疲れた。

 タカヤの後ろ姿を眺めながら、モスが俺に声を掛けてきた。

「あいつ、すげえ奴だな」

「たしかに。なかなかできることじゃない」

 タカヤは教室を出る直前、一度だけこちらを振り向いて笑った。

「うーむ」

「イケメンだな」

 モスが笑う。なぜだか俺たちが緊張していた。

447 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/14(木) 01:33:25.81 ID:mIB6jAMCo

「どう思う?」

 俺が訊ねる。

「まぁ、まず間違いなく」

「うん」

「振られるよな」

「やっぱり?」

「いや、でもまぁ、どうなるか分からん。あの先輩気まぐれだし」

 さすがにあの人も、気まぐれで判断を変えたりはしないだろうが。
 まぁ、考えようによってはこれでよかったのか。
 冬休みに入る前に、ある程度の区切りがつくと思えば。……よかった、というとさすがになんだが。

448 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/14(木) 01:33:59.95 ID:mIB6jAMCo

 俺たちは教室に残ってタカヤの帰りを待った。
 彼が戻ってくるのは想像したよりもずっと早かった。十五分もかからなかったんじゃないかと思う。
 
 教室に戻ってくると、タカヤは俺たちの方を見て寂しそうに笑った。彼はどんな顔をさせても似合う。

 俺はその表情が痛々しい上に生々しくて見ていられなかった。
 そして、今この瞬間に、先輩も似たような顔をしているんじゃないだろうかと不意に考えた。

「ダメだった」

 とタカヤは言った。だよなぁ、という溜め息をモスはついた。俺はタカヤをみていた。

「そっか」

 と俺は言った。だからどうというわけではないのだけれど。
 
 ――ところで。
 どうして俺は、無性に安堵しているんだろう。

449 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/14(木) 01:34:29.80 ID:mIB6jAMCo

 帰り道で一緒になった幼馴染は、タカヤのことについて一言も触れなかった。
 彼女が先輩に対してどのようなことを言ったのかはしらない。特に聞きたくもない。
 今となっては終わった話だった。

 いや、終わっていないかもしれない。タカヤがこの後どうするつもりなのかを俺は聞いていない。

 いまいちあいつの性格というものをつかみきれないけれど、俺は自分があいつの恋心を疑っていたことを軽蔑した。
 本当に俺はあいつを見下していたのだと思った。茶髪の言う通り。

「もう、冬休みですね」

 と、幼馴染は思い出したように言う。彼女とこの話をするのも何度目だろう。
 することがない休み。何もしない休み。うんざり。

 帰りの途中でコンビニに寄って、俺たちは肉まんと、ついでに飲み物を買った。
 俺はスプライトを買った。彼女はポカリを買った。軒先で肉まんを食べて、じゃあ、と言って別れた。

450 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/14(木) 01:35:59.36 ID:mIB6jAMCo

 家に帰る。俺は無性に落ち着かない気分だった。
 なんというか無性に。この気分はあのときに似ている。あの、あれ。あの夜。妹の胸を触ったときの感覚に。

 そんなんだったので、なんといっても抑えが利かなかった。自分が何かに操られているような感覚。
 頭はぼんやりするし、妙に胸が痛い。
 
 俺はリビングのドアを開く。するとすぐ傍にドアを開けようとしていたらしい妹がいた。
 抱きつく。

「うあっ」

 という声を彼女は挙げた。しまった、まずった、みたいな声だった。
 どうして彼女がそんな声を出すのか、分からなかったが、とりあえず俺は彼女の肩に顔を埋めた。
 彼女の身体はすっぽりと俺の身体に収まる。

451 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/14(木) 01:36:29.67 ID:mIB6jAMCo

 背中に回した腕を動かして、彼女の後ろ髪に触れた。俺はなんだか泣きたい。
 
 俺はたぶん何かを求めて、その為に行動していたのだけれど、その何かってなんなんだろう。
 それがわからないからずっと混乱している。でも、俺がほしいものはずっと明確なのだ。
 ただ、それが手に入らない――少なくとも困難そうに見える――から、代替物を探しているに過ぎない。

 そんな精神状態で何かを捉まえたところで、結局満足なんてできないんじゃないだろうか? 
 
 鼻から息を吸い込むとなんだか安らいだ。俺は瞼を閉じて腕に力を籠め、妹の身体をぐいと引き寄せる。
 密着した身体の体温が、お互いの制服越しに伝わってくる。こんなことをしてよかったのか? もちろんいいわけがない。

「はな」

 と、妹は震えた声で言った。

「して」

 そこで彼女は、俺の顔を両手で押しのける。顎を押し上げられた格好になり、俺は苦しい。

452 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/14(木) 01:36:58.15 ID:mIB6jAMCo

 俺との距離を取り直すと、彼女は両手で俺の身体をリビングから追いやった。
 そうして扉を閉める。すると、何か悲鳴だか歓声だかわからないような声が、いくつか部屋の中から聞こえた。
 俺は玄関を見る。見覚えのない靴が二組並んでいた。

 扉の向こうから、何かの説明を求めているらしい女の子の声が聞こえる。俺は聞こえないふりをした。
 ちょっと待ってて、という妹の声がする。女の子たちは納得がいかないように妹に説明を求めている。

 扉が開く。

 妹が額を押さえた。

「なんなの」

「魔が差した」

 俺は数秒の間に用意しておいた言い訳を言葉に変えた。
 妹がじとりとこちらを睨む。俺はせいせいしたような気分だった。頭を掻く。

453 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/14(木) 01:37:38.32 ID:mIB6jAMCo

「友達が来てる」

「お前、友達いたんだな」

「見られた」

「不幸な事故ってあるものだ」

「事故。あれが、事故?」

 彼女は笑っているんだか怒っているんだかわからない顔になった。
 その表情にはもっと別の感情も混じっているように見えたが、たぶん俺の気のせいだ。

「よりにもよってなんで友達が来てる日に」

「来てない日ならよかった?」

「な」

 と、妹は口をあんぐりと開けて硬直してから、思い直すように肩をすくめて首を振った。

「にをいきなりおっしゃられるやら」

 どうやら混乱しているらしい。

454 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/14(木) 01:38:28.96 ID:mIB6jAMCo

「まぁちょっと待ってろ。俺が小粋なジョークで場をなごませてくるから」

「お願いだからやめて」

 彼女の表情は悲壮ですらあった。俺は自分の中の嗜虐的な性格がくすぶるのを感じたが、思いとどまった。

「部屋に行って。下には降りてこないで」

 ひどいことを言う奴だ。が、まぁ、自分のやったことを思えば、あんまり強くも出られない。
 俺は悪いなぁと思って一応謝った。

「ごめんな」

「別にいいけど、なんかあったの?」

 彼女は目を細めて言った。俺は考え込む。なにもなかったはずなのだが。

 階段を昇って部屋に戻り、制服のままベッドに寝転がった。
 なんだか性欲を持て余しているような気がしたので、鍵でもしめて処理してしまおうかと思った。
 思って、そんなことを考える自分に愕然とした。おいおい、妹の友だちが来ているんだぜ。

455 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/14(木) 01:39:39.36 ID:mIB6jAMCo

 俺は自分の性欲について考えた。性欲。俺はひょっとしたら人より強いのかもしれない。
 うーん。けれど、なんといおうか、近頃の自分の行動をかんがみるに、やっぱり性的欲求が発散できていないのかもしれない。
 暴走しがちだし。やたら怒るし。

 そう考えるとむしろしておくべきでは? ……いやいや。

 性欲がたまりすぎて頭がまともに働いていないのか? だとしたらやっぱりしておくべきなのか?
 ……いやいや。でも今まで、そんなことしなくても平気だったわけで。

 しばらく考えていると徐々に気分が落ち着いてきた。アホか、やめよう、というふうに。

 俺は本を読んで暇を潰し、少し眠って、日が暮れた頃に部屋を出た。
 さすがに妹の友だちも帰ったようだった。

 妹が家に友人を呼ぶのは初めてのことかもしれない。
 まぁ、彼女の学校ももうすぐ冬休みだろうし、なんだかんだとあるのかもしれない。

456 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/14(木) 01:40:23.03 ID:mIB6jAMCo

 リビングに降りると妹がコタツで眠っていた。俺はテレビの電源を入れて、平然とその隣に腰を下ろす。 
 テレビの中の声を聞きながら、ぼんやり妹の寝顔を眺めた。なんだかなぁ、という気分になる。

 俺は今まで見当違いのことをやっていた気がする。
 ていうかやっていた。間違いなく。うーむ。

 じっと見ていると変になりそうだったので、俺は妹の寝顔から目を逸らす。
 それからテレビの電源を消す。家の中が静まり返った。

 ぬくぬくとしたコタツに足を突っ込んで、蜜柑を食べる。
 そのままずっとぼんやりとしていた。ぼんやり。
 その間、俺は何も考えなかった。何も考えずにじっとしていた。そういうことは久し振りだった。

 六時を回った頃、俺はコタツから抜け出して夕食の準備を始める。
 冷蔵庫の中にはさまざまなものが入っていたので、たいした手間はかからなかった。
 
 俺は準備が終わる頃に妹を起こして、一緒にテーブルについた。

 気分がいつになく落ち着いている。どうしてだろう。
 夕食のあとに風呂に入って、いつもより早めに眠った。いつもこうありたいものだ。

457 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/14(木) 01:40:49.15 ID:mIB6jAMCo
つづく
458 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府) [sage]:2012/06/14(木) 01:46:00.42 ID:xtf0ciDYo
おつ
459 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(中部地方) [sage]:2012/06/14(木) 01:54:33.81 ID:eI9Sidzdo

今日は胸タッチしなかったか
460 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/06/14(木) 02:30:45.65 ID:4efy0pBEo
461 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/06/14(木) 07:03:25.98 ID:R8h/gqDIO
おっつん
462 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/06/14(木) 11:27:51.93 ID:yAOEwjcg0
この話が面白いのはどいつも欠点があるからだな
463 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/14(木) 15:08:48.59 ID:mIB6jAMCo

「まぁ、分かっちゃいたんだが」

 と、タカヤは言った。朝の教室で、俺とモスは彼の声に耳を傾けている。

「なんというか、言わずにはいられなかったんだ」

 まぁたしかに彼とて、たかだか一週間ちょっとの付き合いしかない女の人に好意を抱かれるなどと自惚れてはいなかっただろう。
 相手の答えなど百も承知で、それでも言わずにはいられなかったとタカヤは言う。
 
 それをどういう風に呼べばいいのか、俺には分からない。若さゆえの衝動とでもいえばいいのか。

 タカヤは、なんというか、一生懸命だった。自分自身の感情をもてあましながらも、一直線だった。
 そういう姿を見ると、なんとなく、自分が歪であることを自覚してしまう。そういう要素がある。

464 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/14(木) 15:09:20.45 ID:mIB6jAMCo

 先輩はおそらく、昼休みに俺たちを迎えに来ないだろう。今日からは彼女を除いて昼食を取ることになるだろう。
 そういう意味では、タカヤの行動がもたらした結果は大きい。

 モスはなんとも言い難いような表情で、口を一文字に結んでいる。俺はぼんやりと窓の外を眺めた。

「なんで黙ってるんだよ」

 とタカヤは笑う。なんでこいつは笑えるんだろう。
 好いた好かれたの話は、聞いてるだけでも疲れる。

「俺が言うのもなんだけど、お前って馬鹿だな」

 不意に、モスが言う。タカヤはからりと笑った。

「そんで、いい馬鹿だ」

 モスの言葉を聞いて、タカヤはまた笑う。俺とモスも、付き合うように笑った。
 空は妙に透き通っている。拍子抜けしたような雲。

465 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/14(木) 15:09:46.25 ID:mIB6jAMCo

 幼馴染は昼休みになると俺を呼びに来た。
 天気がよかったので、中庭で昼食を取ることにした。
 多少は寒かったが、十二月ということを考えれば暖かすぎるくらいだった。

「タカヤくん、どんな様子でした?」

「妙な具合だった」

「妙?」

「一皮むけた感じ?」

 俺は適当なことを言った。

 幼馴染はふーっと長い溜め息をつく。

「なんだか、本当に、今月はこんなことばっかりです」

「だな」

 頷く。彼女は考え込むように俯いた。

466 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/14(木) 15:10:39.64 ID:mIB6jAMCo

「来週から冬休みですね」

「だね」

 俺は先輩の様子を幼馴染に訊こうとして、やめた。
 そのあたりのことに、積極的にかかわりたくない。
 面倒だというのではなく、また引っ掻き回してしまうだけという気がした。

「でも、なんていいますか、わたしたちって」

「なに?」

「あほですね」

 まさしく。俺は弁当をつつく。彼女がまた溜め息をついた。

「何がしたいんだろうね」

 俺は言った。自分が何をしたかったのか、思い出せない。
 何かを埋め合わせようとしたことは分かるのだが。

467 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/14(木) 15:11:06.48 ID:mIB6jAMCo

「いいかげん、自分のことに決着をつける時期が来てるのかもしれませんね」

「自分のこと?」

「です」

 決着。不思議な言葉だ。まず日常では使わない。 
 どれだけの人間が「決着」をつけなければならないものを持っているだろう。

 俺がつけるべき決着。自暴自棄。現実逃避。なんだかうんざりとしそうな話だ。

 めんどくさい。そういう絵的に地味な話って、好みじゃない。

「でも、そうだなぁ。冬休みだしね。曖昧にごまかしてきたものに向き合ってもいい頃か」

 幼馴染はぼんやり頷く。

468 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/14(木) 15:11:34.01 ID:mIB6jAMCo

 弁当を食べ終えたとき、不意にうしろから声を掛けられた。
 振り向くと、タカヤの姉がいる。

「やー」

 と彼女は気安く言った。俺は小さく頭を下げる。

「うちの弟、どうしたん、あれ?」

「なにがです?」

 と俺は知らないふりをした。タカヤが言っていないなら、俺から言う必要もない。

「何か様子が変なんだよねえ」

「どんなふうに?」

「妙ーに落ち着いてる。んで、なんだか物静かになった。頭よさそうに見えるよ、あれだと」

 普段は見えないとでも言いたげだ。いや、見えないけど。

469 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/14(木) 15:12:00.40 ID:mIB6jAMCo

 俺は、別に放っておけばいいじゃないですか、と言おうとして、結局やめた。
 俺が実際に口にした言葉は、

「本人に訊いてみたらいいんじゃないですか」

 だった。彼女は拍子抜けしたような表情で、

「いや、まぁ、そりゃそうなんだけどね」

 と言った。俺は溜め息をつく。安堵した。

「なんだかなぁ。冬だからかなぁ。さいきん、みんな素っ気ないなぁ」

 タカヤ姉はしばらくぼやいてから、校舎の中に戻っていった。
 その後ろ姿を眺めていると、隣に座る幼馴染がひとつくしゃみをした。
 
 比較的暖かいとはいえ、冬は冬だ。

「戻ろうか」と俺は言った。「はい」と彼女は頷く。

 俺はぼんやりと「みー」について考える。彼女は本当にタカヤを諦めているのだろうか?
 いずれにせよ、それはやはり本人の問題でしかなくなっているのだが。

470 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/14(木) 15:12:33.66 ID:mIB6jAMCo

 幼馴染と別れて教室に戻ろうとした途中で、茶髪と遭遇する。
 彼は特に何の感慨もなさそうに、こちらを見た。

 なんだ、またこいつか、とでも言いたげな表情で。こちらにちょっかいを出そうとするふうでもなく。

 すれ違って、彼はそのまま去っていこうとした。俺は不意に、自分がつけなければいけない決着について考えた。

「なあ」

 と声を掛ける。茶髪はすぐに立ち止まった。

「お前はどうして俺が嫌いなんだ?」

 彼は肩越しに振り向くと、さして面白くもなさそうに言った。

「逆恨み」

 彼はつまらなそうな表情で言った。

471 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/14(木) 15:13:05.95 ID:mIB6jAMCo

「お前はさ」

 と茶髪は言って、

「自分がアキにしたことを、もう少し考えるべきだ」

 それを口にした。俺は、なぜ彼の口から彼女の名前が出たのかまったくわからなかった。

「本当はこんなこと、俺が言うことじゃないし、あいつ自身だってもう気にしてない。少なくともそういう風に振る舞ってる」

 茶髪は続ける。俺は眩暈がしそうだった。

「でも、俺はそのことがどうしても気に食わない。それはお前を嫌いになるのに十分すぎる理由だと思う」

 俺は混乱した。彼の口から出た言葉は、俺を強く動揺させた。
 こんなふうに、彼女とのことが自分の現在に姿をあらわすとは思っていなかった。

 最後に見たアキの泣き顔を思い出す。その表情を眺めながら、妙にしらけていた自分のことを思い出す。
 
472 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/14(木) 15:13:32.60 ID:mIB6jAMCo

「どうして」

 と俺は言った。

「お前にそんなことを言われなきゃならないんだ。あいつのことは、俺とあいつの問題だろ。お前はぜんぜん関係ない」

「だから、言っただろ。俺が言うべきことじゃない。でも、気に入らない。ごく個人的に。だから逆恨みだ」

「……わけがわからない」

「なあ。お前はアキを傷つけた」

 心臓が針で突き刺されたような気持ちだった。どうしてこいつがこんなことを知っているんだ。

「お前みたいに神様気取りで人の気持ちを弄ぶ奴が、俺は嫌いだ」

 ひどい頭痛がした。俺はつとめて何も考えないようにした。一、二、三、四、五、六、七、八、九、十。

「仮にどんな事情があったとしてもな」

 茶髪はそういうと、こちらをじっと睨んでから、顔を背けて去っていく。俺はその後ろ姿を見送る。
 何も言えない。俺は立ち尽くす。物事は通り過ぎたりしない。結局、俺の身の回りを付きまとって離れない。
 自分がしたこと。言い逃れのしようもなく、自分の意思で傷つけた相手。
  
 たしかに、「仮にどんな事情があったとしても」、許されるようなことではない。
 俺はアキのことに関しては、誰に対しても決して言い訳できない。
 
 俺は苦笑する。たしかに、見ず知らずの他人に嫌われても仕方ないような人間性ではあるようだ。

473 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/14(木) 15:14:06.59 ID:mIB6jAMCo
つづく
474 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(埼玉県) [sage]:2012/06/14(木) 15:16:40.00 ID:L+9BoS6Eo
ほーう
475 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(中部地方) [sage]:2012/06/14(木) 15:56:40.32 ID:eI9Sidzdo

アキって誰だっけ
476 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/06/14(木) 15:57:36.34 ID:gKBYHQ2IO
おっつん
新キャラ……?
477 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/06/14(木) 16:01:33.33 ID:untXhf+Zo

検索したけど>>471で初めて名前があがったな
478 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/06/14(木) 16:07:52.59 ID:NRxLA9nSO
幼なじみの事かと思った
479 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2012/06/14(木) 16:48:18.87 ID:FnwJlOJ9o
過去編突入なのか
ただの伏線なのか
また別な何かなのか
480 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2012/06/14(木) 17:26:01.01 ID:RYlUq17Io
妹のことだよね?
481 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/06/14(木) 18:32:53.20 ID:j5jwhmNIO
幼馴染のことかと思った
482 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/06/14(木) 20:00:00.66 ID:itu/IK19o
妹?新キャラ?

幼馴染はないよね
483 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府) [sage]:2012/06/15(金) 00:27:51.00 ID:KqE2cMJko
妹じゃないのか?
484 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2012/06/15(金) 02:12:00.64 ID:zlPLvT7Yo
まぁ今後説明なりあるだろう
それに期待して待つのみ
485 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/15(金) 17:18:27.62 ID:5bdoEDiwo

 アキとのことを具体的に思い出すのはひどく難しい。
 彼女と最後に話したときから、まだ一年も経っていないというのに、奇妙な話だ。
 
 それだけ彼女の存在が俺にとってどうでもいいものだったのか、それとも、重要だったからこそ忘れようとしたのかは分からない。
 いずれにせよ、俺は彼女とのやりとりの大半を具体的には覚えていない。

 確実に思い出せることと言えば、彼女は俺にとって、中学三年のときに話すことのできた数少ない相手のひとりだったということだけだ。
  
 初めて話したときのことはろくに覚えていないし、どうせ大した話もしなかったはずだ。
 俺は彼女についてほとんど何も知らなかったし、知ろうともしなかった。

 ただその時期、アキはどうしてか休み時間にひとりでいることが多かったのを覚えている。
 三年の秋頃に、俺はきまぐれに彼女に話しかけた。そうだったと思う。大した理由もなく。

486 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/15(金) 17:18:58.56 ID:5bdoEDiwo

 彼女は俺のことを「不幸な」子供だと思っていたようだった。
 複雑な家庭に育ち、ため込んだフラストレーションを部活動で発散していた男子。
 それすらも怪我で不可能になってしまい、行き場のない思いを抱えている、と。

 そういう誤解はかなり都合がよかった。悲劇の主人公を気取りたい気分でもあったのだ。すぐに飽きたけれど。
 彼女はそう言った「不幸な」境遇の人間と知り合うことが、自分の価値を釣り上げるものだと考えている節があった。
 
 というのは邪推かもしれない。けれど、そういうふうに感じた。
 
 そして俺も、彼女の期待通りに「不幸」であるように振る舞った。それは楽しいことだった。
 だから根本的に、俺は彼女に対して「正直」だったことはない。常に「演技」をしていた。
 そういう意味では、たしかに俺はアキの気持ちを弄んだとも言えるのだ。

 それでも俺は彼女のことが嫌いではなかった。むしろ、かなり好きだった。
 だから彼女に付き合おうと言われたときも断ることは考えなかった。
 ひょっとしたら彼女ならば、俺の『気の迷い』を振り払ってくれるかもしれないと期待もした。

 実際、それはかなりのところまで上手くいったのだ。

487 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/15(金) 17:19:26.31 ID:5bdoEDiwo

 モスはそんな俺の様子を見て眉をひそめていた。
 アキの友人(決していないわけではなかったらしい)も、俺との付き合いを決してよいものとは思っていなかったようだ。
 その時期、俺は、幼馴染とも、妹とも、まったく話さなかった。
 
 アキは帰り道で手を繋ぐのが好きだった。俺は毎日、かなり遠回りして彼女を家まで送った。
 雪の降る冬の日もずっとそうした。それは安らぐ時間だったが、結局破綻した。

「わたしのこと、好き?」

 と、アキは何度も聞いた。そう確認しないと落ち着かないとでもいうように。 
 実際、彼女は些細なことで不安になった。俺が誰かと話したり、目を合わせたりしたことに気付くだけで、何度も何度も追及した。
 
 おそらくは彼女にも、そうなるだけの理由はあったのだと思う。不安になってしまうだけの。
 けれど俺は、その質問を向けられるたびに忘れていた棘が痛むような気持ちになった。
 
488 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/15(金) 17:19:52.66 ID:5bdoEDiwo

「好きだよ」

 と、そう答えるたびに、俺はだんだんと自分の中の熱が冷めていくのを感じた。
 その言葉を放つ自分が、見知らぬ他人のように思えた。何度も繰り返されるたびに。
 俺は彼女が好きだったけれど、それは特別な「好き」ではなかったからだ。

 アキは俺の答えを聞くと愛らしく笑った。自惚れでなく、幸せそうな顔をしていたと思う。
 俺もそれに応えるように笑った。作り笑いだ。でも彼女は、俺の笑顔を見て更に幸せが深まったような顔になる。
 
 そういうことに気付いたときには、俺はもうアキを好きだとは思えなくなっていった。
 ただ彼女の一挙一動にいら立つようになっていった。
 
 俺は自分自身の「気の迷い」の大きさを見誤っていたのだ。
 だから破綻は必然だった。俺はアキと話すのが嫌になって、口をきかなくなった。
 最後は無惨だった。放課後の教室に俺を呼びだして、アキは必死になって言った。
 何か悪いところがあったならなおすから言ってほしい。何がまずかったのか教えてほしい。

 俺はかなりひどいことを言った。言ったと思う。よく覚えていないし思い出したくもない。
 
 俺はアキを可哀想だと思った。他人事のように。そして、アキに背を向けて教室を去る時、ひとつの感慨が胸に湧くのを感じた。

 やっぱり駄目だったか。

 それだけだった。

489 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/15(金) 17:20:30.40 ID:5bdoEDiwo

 茶髪がどうしてアキのことを知っているのかは分からないが、他校の人間と交流でもあるのだろう。
 そういう経緯で彼らが仲良くなったところで、意外ではあるが不思議ではない。

 そしてアキから、あるいは彼女の友人から、俺のことを訊いていたのなら、彼の言動も理解はできる。

 まさか最初に会ったあのコンビニのときは、気付いてもいなかっただろうが。
 けれど、やっぱり茶髪には関係のない話だし、彼に指摘されたと思うとバカらしい気持ちになる。
 
 なんであいつにあんなことを言われなきゃいけないんだ。

 そう思っても、腹の奥に重い何かがわだかまっているような気分はおさまらない。
 アキは、俺が生きてきた中でもっとも強く傷つけた相手だ。まちがいなく。
 それも俺自身が、自分の感情と折り合えなかったからというだけの理由で。

 何もあんなふうにひどい別れ方をしなくてもよかった。他にやりようはいくらでもあった。
 そういうふうに考えだすと際限がない。俺はアキのことは考えたくなかった。

490 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/15(金) 17:20:58.55 ID:5bdoEDiwo

 それでも茶髪は「アキにしたことをもっと考えるべきだ」と言う。どうして?
 俺がアキにしたことは、あくまでも俺がアキにしたことだ。それをどうして今になって掘り返さなきゃいけないんだ。
 
 ぐるぐるとまわり続ける方位磁針。

 俺は放課後の教室にひとりで残った。モスとタカヤは先に帰ってしまった。
 そういえばもう、今週末には終業式なのだ。俺は不意に思う。

 重苦しい気分で溜め息をつく。

 俺は立ち上がって、教室を出た。新聞部の部室に向かう。
 茶髪も先輩もそこにいた。最初に俺に気付いたのは先輩の方で、彼女は気まずそうにこちらを見た。
 俺は頭を下げて、茶髪のいる方へと向かった。

「話があるんだけど、いい?」

 彼は怪訝そうに目を細めた。

491 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/15(金) 17:21:24.14 ID:5bdoEDiwo

 俺と茶髪は適当な空き教室に入った。茶髪は教室の後ろに積まれていた椅子のひとつをとって腰かける。
 俺は単刀直入に話をすることにした。

「どうしてお前がアキのことを知ってるんだ?」

 俺が訊ねると、彼はそんなことかと溜め息をついた。

「友達だから」

「そう。それで、俺が嫌いなのか」

「ああ」

「じゃあ、なんで俺に構うんだ」

 俺は苛立っていた。彼の言葉は身勝手にしか聞こえなかったのだ。

「嫌いなら構わなきゃいいだろうが。どうして俺に何かを言ったりする?」

 彼は呆れきったように溜め息をついた。

492 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/15(金) 17:21:58.52 ID:5bdoEDiwo

「わかんねえのかよ」

 と彼は言う。俺は目を細める。

「なにが」

「お前が今やってること。アキのときとおんなじじゃねえか」

「……何の話?」

「別に好きでもない相手と付き合って、友達になんていらないくせに友達を作って」

 俺はぎくりとした。

「俺は誰とも付き合ってなんかない」

「だろうな。知ってる。でも、大差ねえよ」

 茶髪は嫌味っぽく笑った。

493 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/15(金) 17:22:39.81 ID:5bdoEDiwo

「お前が本当のところ、何を欲しがってるのかはしらない」

 彼の話が続く。俺は頭を抱えたい気分だった。

「でも、お前はそれが手に入らないから、いらないもんをとっかえひっかえしてるわけだ」

 別に欲しくもないくせに手を伸ばして、本当に欲しいものは手に入らないからと掴もうともしない。
 けれど完全には諦めきれなくて、やっぱり代わりのものじゃ満足できなくて、結局手に入ったものも捨ててしまう。
『ああ、やっぱりこれでも駄目か』と。

 どうしてこいつは、こんなに俺のことを見抜いているんだろう。

「お前がどんなふうに生きようとお前の勝手だけど」

 と、彼は言う。

「お前は間違いなく、またアキのような人間を生むぞ。お前は今のままじゃずっと誰かを傷つけ続ける」

 俺は俯く。茶髪は疲れ切ったように溜め息をついた。

494 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/15(金) 17:23:05.70 ID:5bdoEDiwo

「それに、何の関係があるんだよ」

 俺は言った。自分でも驚くことに、声が震えていた。

「お前にはやっぱり関係ないじゃないか。お前は全然無関係の人間じゃないか。なんでお前にそんなことを言われなきゃならないんだ」

 鈍い衝撃が走った。俺の身体は壁に押し付けられる。茶髪が俺の胸ぐらをつかんでいた。

「わかんねえのか」

 茶髪は言う。

「いいかげん悲劇の主人公を気取るのはやめろって言ってるんだよ。お前の陶酔に他人を巻き込むな」

「三流のドラマみたいな台詞だな」

 俺は負け惜しみのように笑う。茶髪の顔がさっと赤くなった。

 頬に衝撃が走る。殴られた。痛みに目が潤む。じんじんという痛みが宿った。
 怯まずに、言い返す。

「お前こそ、何様のつもりだよ。俺の汚さを指摘してヒーロー気取りか? 陶酔してんのはお互い様だろうが」

 茶髪は二度目の拳を振り上げた。俺の身体が勢いのまま弾き飛ばされる。

495 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/15(金) 17:23:39.10 ID:5bdoEDiwo

「気に入らない」

 茶髪は吐き捨てるように言った。うるせえよ、と俺は思う。
 
「なんなの」

 俺は言った。

「お前、なんなの。アキのことでも好きなの?」

 茶髪は俺の身体を蹴り上げた。
 視界が回転しているような気がした。ぐるぐる回る方位磁針。

「お前みたいに他人の気持ちを弄ぶ奴が大嫌いだ」

 と茶髪は言う。俺だって好きじゃない。
 でも、うるせえよ、と俺は思う。立ち上がった。物音に気付いてか、いつのまにかギャラリーができている。
 巣から蟻の列が出るように、新聞部の部室からやってきた部員たち。

496 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/15(金) 17:24:07.86 ID:5bdoEDiwo

 遠巻きに俺たち二人を眺め、止めようともしない人間たち。茶髪はそういえば、学校でも浮いているらしい。
 それは俺だっておんなじだ。だから誰も止めない。先輩が、こっちを見ている。

 俺は茶髪に殴り掛かった。喧嘩なんて一度もしたことがなかったけれど仕方なかった。
 ギャラリーがあっと声をあげる。一度茶髪の顔を殴る。彼はそれを受けた直後に、俺を殴り返した。
 俺の脚はとっくにふらふらだった。足に力が入らない。身体が投げ出される。

 鋭い音がして、俺の背中で窓が割れた。
 ギャラリーが声をあげる。先生呼んで来い、先生。誰かが言う。白々しい、と俺は思う。
 こういうところが大嫌いなのだ。

 俺はそのまま座り込む。というより、立ったままでいられず尻もちをついた。
 茶髪がこちらを見下ろしている。瞳に強い光が宿っている。

 俺はゴミのように生きてゴミのように死ぬしかない。

497 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/15(金) 17:24:33.87 ID:5bdoEDiwo
つづく
498 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(中部地方) [sage]:2012/06/15(金) 17:45:33.23 ID:lGhwaghmo

シンキャラだったか
499 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/06/15(金) 17:57:21.01 ID:BjFVJOZWo
おおぅ、シリアルだなぁ
500 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2012/06/15(金) 19:18:43.49 ID:wRv1Hmuwo
いや、ミューズリーだな
おつん
501 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/06/15(金) 19:45:15.91 ID:BjFVJOZWo
言い忘れてた、>>1 乙!

>>500

雑穀かよ
502 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/06/15(金) 20:21:34.31 ID:QQ3Jj3exo
シリアルかあ
雑穀だよなあ
503 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/06/15(金) 20:43:27.40 ID:Hw619MuIO
おっつん
歪んでるなぁ
504 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2012/06/15(金) 21:15:48.92 ID:ecmRrPl4o
乙っぱい
505 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/06/15(金) 21:34:28.94 ID:fNnsqPAP0
男がスプライトで妹がレモンウォーターで幼馴染みがポカリと
506 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/06/15(金) 23:29:54.47 ID:WXUL4/FDO
シリアル?

シリアス+コミカルですか
507 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/06/16(土) 00:28:28.36 ID:v8F+rBiW0
ところでこれ 主人公に良い所無くない?
508 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/06/16(土) 03:51:06.78 ID:M4KZu5NIo
無くない
509 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/16(土) 08:43:21.61 ID:lYp+dXcSo

「何があった」

 と担任の高田は言った。奇妙な顔だった。怒っているようにも困っているようにも見える。
 生徒指導室のそっけない机に向かって、俺と茶髪は並んで座っている。
 その向こうには三人の教師。俺の担任、茶髪の担任、学年主任。

 俺は答えなかった。

「なんとか言わないか」

 言ってどうなると言うのだ。窓ガラスが直るのか。もちろん、彼だってそんなことを期待してはいないだろう。
 でも、言ってどうなる問題ではないのだ。こんなものは。

「黙ってたら分からない」

 当たり前だ。分からせようとしてない。伝えようとしていないんだから、伝わらないのは当たり前だ。
 口を動かそうとすると頬が痛む。横目で茶髪を見ると、視線だけを机に落としていた。

510 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/16(土) 08:44:05.00 ID:lYp+dXcSo

「どうしてあんな騒ぎを起こしたりした?」

 別に騒ぎを起こしたかったわけじゃない。周りが勝手に騒いだだけだ。

「答えろ!」

 俺が答えずにいると、高田は声を荒げた。うるせえよ、と俺は思う。どいつもこいつも。

 学年主任が、俺に飛びかかりそうな高田を「まぁまぁ」と制する。
 俺はどうでもいい。頭が痛いのは窓ガラス代くらいか。

 夏にバイトしていた分の残りがあるから、払えないことはないだろう。
 けれど、この流れだと親にも連絡がいってしまうかもしれない。
 それを考えると、憂鬱だ。憂鬱だが、仕方ない。

 俺は押し黙ったまま答えない。
 思う。たかだか窓ガラス一枚割れただけじゃないか。大騒ぎする方がどうかしてる。
 
511 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/16(土) 08:44:32.18 ID:lYp+dXcSo

 高田は溜め息をついた。学年主任は額を掻く。茶髪の担任が口を開いた。

「お前が何かちょっかい出したんだろう」

 彼は茶髪に向かっていった。茶髪は答えない。俺は胃が痛みそうだった。
 高田は戸惑ったように言葉を返す。

「でも、呼び出したのはこいつの方だって話じゃないですか。こいつから殴り掛かるのを見たって奴も大勢いる」

 高田はそこで俺を示した。話をまとめてから来いよ。

「挑発されでもしたんでしょう。この生徒が関わることはすべて、この生徒を原因にしているとみていい」

 ずいぶんな教師だ。俺はちらりと茶髪を見る。彼は俺の視線に気付いてこっちを見返した。

 おい、これどう思う? そんな目で、彼は俺を見た。今までになく親しげな目だった。
 俺は苦笑した。

「何を笑ってる」

 と高田がまた声を荒げる。ああ、うるさい。

512 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/16(土) 08:46:01.15 ID:lYp+dXcSo

 俺たちが口を割らないものだから、教師たちも困り果ててしまったようだった。
 結局話の進展はないまま、今日はとりあえず帰れ、という向きになる。後日連絡する。まぁそんなものか。
 窓ガラスに関しても弁償はしてもらう。折半。と高田は言った。

 お前らが払えばいいのに。別にどうだっていいのだが。

 教室に戻ると三人の生徒が残っていた。モス、タカヤ、それから幼馴染。
 彼らは俺の顔を見ると心配そうな顔をした。

「大丈夫か?」

 と、はれ上がった頬を見て、タカヤがまず口を開く。タカヤはいい奴だ。

 大丈夫、と頷いて、俺は鞄に向かう。

「何があったんです?」

「別に、なんにも」

 幼馴染の問いを適当にごまかそうとする。いや、ごまかそうとするつもりすらなかった。
 答えることがただただ面倒だったし、疲れてもいた。何かを訊かれることにはうんざりしていた。

513 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/16(土) 08:46:34.89 ID:lYp+dXcSo

 モスだけが、ただ黙っている。
 俺は不意に思い出した。

「なあ、モスさ」

 彼は意外そうに怪訝な表情になった。

「いつだったか言ったよな。『根はいい奴なのに損してる』って」

 モスは頷く。

「今だってそう思ってる」

 彼はいい奴だ。どんな人間にも、必ず一個くらいはいいところがあると思っている。

「あれさ、完璧な誤解だな」

 俺は言う。馬鹿げた気分だ。ぐるぐる回る方位磁針。

514 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/16(土) 08:47:07.20 ID:lYp+dXcSo

「そりゃ、くだらないことで他人に軽蔑されることはない。でも、俺は軽蔑されて当たり前なんだよ」

「……何があったの?」

 幼馴染が不審そうな顔で言う。俺は答えない。

「嫌われて当然の人間性なんだよ。俺みたいな人間はそれが当然なんだ」

 彼らは唖然としたような表情でこちらを見ている。

「何言ってるんだ、お前」

 モスは不服そうに言う。俺は頭を振る。
 俺は焦っている。

「いや、俺にもよくわからない。別に何か言いたいことがあるわけじゃないんだ」

 ひどく混乱している。俺の頭は上手く回っていない。

「ごめん」
 
 と俺は謝る。悲しい気分だった。誰も何も言わなかった。

 なんていえばいいんだろう。この感覚は。
 別に、伝わらなくたっていいんだけど。
 
 疲れたのだ。

515 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/16(土) 08:47:42.24 ID:lYp+dXcSo

 まあいい。
 全部俺のせいってことでいい。実際、そんなようなもんだろう。
 
 俺は三人を教室に残して家路についた。モスは俺を引きとめたけど、追いかけてこなかった。

 東の空が青い。俺は歩く。どこにも行き場がなかったし、居場所がなかった。
 どこにいっても馴染めなかった。所詮、誰にとっても厄介者でしかなかった。

 俺は家に帰る気がどうしてもしなかった。
 もちろん、理性の面では、帰るしかないことは分かっている。
 ここで帰らなかったら、また更なる迷惑を掛けるだけにしかならない。 

 それでも、自分に、あの家に入る資格はないような気がした。

 資格と言えば、今までだってないようなものだったのだが。

 俺は街をぼんやりと歩く。人ごみの中をただ歩いた。
 日が沈んで空は真っ暗だった。

516 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/16(土) 08:48:09.51 ID:lYp+dXcSo

 俺はいまも、アキにしたようなことを繰り返しているのだろうか。
 モス、タカヤ、幼馴染。俺は彼らのことも、やっぱりどうでもいいと思っているのだろうか。

 どうなんだろう。分からない。まったく分からない。
 俺は自分という人間が信頼できない。

 うろうろと彷徨っているうちに、具合が悪くなってくる。不意の吐き気。
 
 茶髪ならきっとこう言う。
「自己陶酔の次は、自己憐憫か」
 たぶん、それは間違っていない。

 それで。

 どうすればいいんだ、俺は。なんだ。どうなるんだ。
 俺はいったい何が不満でこんなところを歩いているんだろう。 
 
517 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/16(土) 08:48:40.85 ID:lYp+dXcSo

 考えてみれば、考えたって仕方ないのだ。
 俺がアキにしてしまったことは、既に終わったことだ。
 いまさら掘り返して謝ったって、俺の気分が少しマシになる程度が関の山で、アキには身勝手にしか映らないだろう。
 
 だから俺は、アキにしたことをそのまま受け入れるしかない。自分がしたこと。
 それを思えば、誰かに嫌われたって仕方ない。

 相応じゃないか。見ず知らずの人間に嫌われるくらいが。そういう人間だ。その程度の。

 で、それで。そこからが問題なのだ。
 俺は本当に同じことを繰り返しているだけなのか。
 
 ……違う、と思う。
 茶髪はああ言ったけれど、違う。俺はモスやタカヤを、何かの代わりになんてしていない。
 自分自身の考えは疑わしいけれど、でも本当にそう思う。

 俺はモスを信頼しているし、タカヤに好意を抱いている。
 それは分かっているのだ。

518 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/16(土) 08:49:18.93 ID:lYp+dXcSo

 茶髪は俺の大部分を的確に理解しているけれど、ひとつだけ大きな誤解をしている。
 俺にはたしかに欲しいものがあって、それが手に入らないから嘆いている。
 八つ当たりしたり自己憐憫したり馬鹿なことをやったりもした。

 でも、それは別に、俺はたとえば、友達がいらないなんて思っているわけじゃないのだ。
 比重で言えば軽いかもしれないが、それは俺にとって不可欠なものなのだ。

「どっちも」欲しいからこそ、困り果てているのだ。

 俺は今の家族が好きだし、モスやタカヤや幼馴染が好きだ。
 だからこそ、俺は今の生活を壊さないためにも、手を伸ばしてはならない。
 そして手を伸ばしたところで、軽蔑されるのがいいところなのだから。

 同情心で拾った犬が子供に噛み付いたとしたら、両親はどんな気持ちになるか。
 だから俺は諦めなきゃいけない。
 本当なら、もう諦めていなければならない。
 
 今の生活を壊さないためにも。
 でも、そんなことが可能なんだろうか。

 俺は、どうしてこの執着を捨てられないんだろう。
 どうしてこんなにひとつのものに執着してしまうんだろう。

519 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/16(土) 08:49:48.82 ID:lYp+dXcSo

 家に帰ると、いつものようにコタツで妹が眠っていた。
 ずっとそこにいるとどうにかなってしまいそうだったので、部屋に戻る。
 でもだめだった。鼻の奥がつんとして涙が出そうになる。馬鹿らしい自己憐憫。

 ベッドに倒れ込む。枕は俺の友だちだが、彼にもし意思があったら、俺のことが嫌いだったに違いない。
 いっそ何もかも投げ出して遠くに逃げ出してしまおうか。それもいい。凍え死ぬのもそう悪くない。
 
 起き上がり、制服から着替えた。家を抜け出す。
 外に出ると、息が白く立ち上った。溜め息。

 俺はどうするんだ? いい加減ガタがきているのだ。
 もう余裕がない。素知らぬふり、平気なふりなんてできない。

 モラトリアムの終わり。選択の時。かっこいい。馬鹿みたい。
 どこに行くんだ。
 どうすんだ。

 一歩でも間違ったら死ぬしかなくなりそうなのに、踏み出すなんてできるもんなんだろうか。
 臆病者にも卑怯者にも、相応の生き方がある気がする。
 悪人にだってなったっていい。

 家の前で立ち止まっていると、後ろで玄関の扉が開いた。
 俺は振りむかなかった。

520 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/16(土) 08:50:37.56 ID:lYp+dXcSo

「寒くないの?」と妹は言った。
「そんなには」と俺は答える。

 俺は彼女が本当の妹だったらよかったのにと思った。
 それだったら諦めもついたかもしれない。
 
 結局俺は兄にはなりきれなかった。

 でも、本当に“そう”なんだろうか。
 単に異常な性欲が、身近な異性である彼女に向かっているだけだとか。
 ロマンス的な境遇に酔っているだけだとか。

 本当のところ、ただの気の迷いなんじゃないのか。
 いずれにせよ俺の気持ちは誰も幸せにしない。

 あっ、と妹が声をあげて、空を指差す。

「見て、あれ」

 俺は彼女の指が示した方を見上げる。
 ああ、と声が出た。

 雪が降っている。

521 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/16(土) 08:51:03.24 ID:lYp+dXcSo
つづく
522 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/06/16(土) 08:52:43.38 ID:o9jsUMBdo
モツ
523 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2012/06/16(土) 09:01:45.52 ID:y6H2mybco
もつ
524 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2012/06/16(土) 09:13:39.91 ID:64P86gkFo
おっぱい
525 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2012/06/16(土) 10:18:47.91 ID:khlZjivPo
哲学的だな
526 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(中部地方) [sage]:2012/06/16(土) 12:47:15.02 ID:fhlehInio
妹は義って知ってるのだろうか
乙っぱい
527 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(兵庫県) [sage]:2012/06/16(土) 20:57:40.80 ID:Oo4PeUHJo
だんだん作風が2,3作目よりになってるな
528 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) [sage]:2012/06/16(土) 23:52:25.55 ID:0BwohBUto
この作者の作品がSSの中で一番感情移入しやすいからついつい読んじゃう
529 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/17(日) 14:45:19.53 ID:pEUc62klo

 学校から連絡を受けた両親に、説教とも呼べないような静かな説教を受けて、部屋に戻る。 
 ガラス代は自分で払うと言い張ったが、彼らは認めてくれなかった。

 ストーブのスイッチを入れて毛布にくるまる。

 しばらくぼんやりとしていると、部屋の扉がノックされた。
 
 妹が顔を出す。

 彼女は俺の顔を見て目を丸くした。

「すごい顔してるよ」

「どんな顔?」

「ひどい顔」

 だからあんまり、親たちからも怒られなかったのだろうか。俺って、そんなに考えていることが顔に出るんだろうか。

530 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/17(日) 14:45:47.71 ID:pEUc62klo

「わたしのせい?」

 と妹は言った。どうしてそう思うんだろう。

「なんで?」

 俺は思うままに訊き返す。

「なんとなく」

 案の定抽象的で、理由になっていない。
 なんだか肩が疲れている。

 妹はベッドの上に座った。俺は毛布にくるまったままベッドに横になる。

「なにがあったの?」

531 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/17(日) 14:46:13.55 ID:pEUc62klo

「さあ?」

「ごまかさないで」

「実のところ、自分でもよく分かっていない」

「喧嘩したの?」

「あれを喧嘩と呼ぶのかどうか」

「じゃあなに?」

「糾弾と弁解?」

「なにそれ」

 彼女はあきれたように溜め息をついた。俺はなんだか笑えてくる。

532 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/17(日) 14:46:42.28 ID:pEUc62klo

「部屋でぼーっとして、何してたの?」

「考えごとしてた」

「どんな?」

「将来のこととか」

「なんか、いきなり大人チックだね」

「なんともね」

「なんか、悩んでるの?」

 妹は、困ったような顔で言った。
「この質問に答えてくれなかったらどうしよう」、と言うような顔。
 こいつは、初めて会った時も、こんな顔をしていたんじゃなかったっけ。

533 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/17(日) 14:47:11.93 ID:pEUc62klo

「いろいろね。そういう時期なんだよ、たぶん。知らないけど」

「なにそれ」

「どーしたもんか、とね」

「今日の喧嘩と関係あるの?」

「あんまりない」

「ないの?」

「ないと思う」

「何を考えてるんだか」

 彼女はまた溜め息をついた。

534 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/17(日) 14:47:43.71 ID:pEUc62klo

「どうしてここに来たの」

 と俺は訊ねた。こいつの行動だって、じゅうぶん訳が分からない。
 発端があったにせよ、突然俺を避け始めて、それをあっさりやめたかと思えば、「気にしてない」と言い放つ。
 そして、今、こんなふうに近くにいる。

 嬉しくないわけがない。
 けれど、でも、こんなことばかりだから、なんだかどうしても、逃れようがなくなってしまう。

 彼女はいくらか迷ったような表情を見せた。「どこまで言っていいもんかなぁ」という顔だった。

「ほっとけないから」

「何を」

「兄さんを」

「どうして?」

 俺はいくらか卑怯な聞き方をした。

535 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/17(日) 14:48:31.31 ID:pEUc62klo

「わかんないけど。つらそうだし、心細そうだから」

「心細そう?」

「迷子の子供みたいな」

 思春期少年の自尊心をもうちょっと慮ってほしい。迷子って。
 
「そんな顔されると、ほっとけない」

 なんて奴だろう。こいつは俺の自制心とか、そういうのを根こそぎ奪い取るつもりなんじゃないだろうか。
 不意に彼女を抱きしめてしまいたい衝動に駆られ、体を起こす。
 俺は手を伸ばし、押さえ、彼女の頭にぽんと手を置いた。

「……なに?」

「良い子だ」

 俺は偉そうなことを言う。

536 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/17(日) 14:49:03.03 ID:pEUc62klo

 俺はさっきまで考えていたことを思い出す。
 法的に禁じられていなかったとしても、社会的には異端であって、異常であること。
 両親のこと。友達のこと。あといろいろなしがらみ。

 そして馬鹿らしい気持ちになる。ひとりで何をぐだぐだ考えているんだろう。妄想みたいなもんだ。
 俺がこんなことを考えていると知ったら、彼女はきっと俺のことを軽蔑する。

 妹は、頭の上におかれたままの俺の手のひらに、居心地悪そうにみじろぎした。

「兄さんはさ」

 と、拗ねたような声音で声をあげる。

「なんか、勘違いしてるよ」

「何を?」

「いつも、本当に考えてることを教えてくれない」

 言えるわけがないだろう、と俺は思う。言って取り返しのつく問題じゃない。
 
537 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/17(日) 14:49:50.34 ID:pEUc62klo

「うわべではさんざん甘ったれたり拗ねたりしてもさ、結局本音は誰にも見せてないんだよね」

「そんなことはない」

 こともない。俺は寝転がる。

「それとも、あの人には見せるの?」

「あの人?」

「兄さんの彼女」

「彼女じゃないって」

 また幼馴染のことか。どうしてか、こいつの口から幼馴染の話が出ると、気持ちが揺さぶられる。
 なぜだろう。

538 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/17(日) 14:50:16.92 ID:pEUc62klo

 妹は気まずそうに顔をしかめた。

「自分のことを話さないのはお前もだろう。俺だって、お前が何を考えているのかさっぱり分からない」

「わたしが考えてることは、いつも単純だよ」

「どう単純なんだよ」

「わかんないけど」

 ほら、やっぱり分からない。俺は苦笑する。

 どうなんだろう。
 いっそ何も考えずに、思うままに本音をぶつけてみればいいのだろうか?
 その結果彼女に嫌われたとしても、家を出てしまえばそれで済むかもしれない、というのは楽観的か。

 それでも、今のままの生活を続けるよりは、きっとずっとましだろう。
 それとも何もかもを忘れたふりをして、普通を気取って生きればいいのか。
 いつかきっと、こんな気持ちは消えて、まともになれるもんだと思っていたのに。

 俺は、自分がまったくアキのことを思い出していないことに気付いて愕然とした。

539 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/17(日) 14:50:53.67 ID:pEUc62klo

 不意に、インターホンのチャイムが鳴るのが聞こえた。俺は怪訝に思って時計を見る。 
 もう夜だ。今時間に、いったい誰が来たんだろう。

 寝転がったままでいると、いくつかの足音が聞こえた。俺の部屋の前で止まる。

 ノックの音。
 嫌な予感がする。

「誰?」

 と俺は訊ねる。

 ドアが開く。妹が不安そうな顔になった。
 俺は動揺する。扉を開けたのは幼馴染で、彼女の後ろにはモスとタカヤがいた。

 幼馴染が、不満げな表情で口を開く。

「喧嘩しにきました」

 俺は唖然とした。

540 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/17(日) 14:51:31.70 ID:pEUc62klo

「待て待て」
 
 と俺は言う。

「いきなり何のつもりだ。どうした。何があった」

「それを説明してもらうためにきたんです」

 話が別の位相で行われている気がする。

「対話は大事です。思うに、きみは自分の頭の中だけで考えすぎてるんです」

 幼馴染は不遜に言い切った。俺は戸惑う。

「何の話?」

「きみの話をしてるんです。きみ以外の話なんて一度だってしてません」

 いや、意味が分からない。

541 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/17(日) 14:52:20.06 ID:pEUc62klo

 モスとタカヤをうかがう。モスは目を逸らして苦笑している。タカヤは興味深げに俺の部屋を見回した。観察するな。

「今日は具体的な話をしましょう」

 幼馴染は大真面目な顔で言った。

「聞きます。思ってることを話してください。全部。隠してもごまかしてもいいから」

「意味が分からない」

 俺は額を押さえる。

「相変わらず、お前の思考回路はわけが分からない」

「常にショート寸前ですから。いえ、まぁわたしの話はどうでもいいんです」

 本当にわけがわからない。

542 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/17(日) 14:53:09.93 ID:pEUc62klo

「いいかげん、怒ってもいい頃だと思うんです。いっつも勝手に考え込んで勝手に落ち込んで。もうちょっとこっちに分かるように話してください」

「お前、がんがん踏み込んでくるね」

「今日はそういう日なんです。ときどきはそういう日がないとダメなんです」

 俺は黙り込む。

「こっちに分かるように伝える気がないなら、最初から何もないみたいに振る舞ってください。心配かけさせないでください」

 どういう理屈だ。
 
「心配したのか」

「はあっ?」

 と、彼女は激昂する。こんなふうに苛立たしげな幼馴染をみたのは初めてかもしれない。俺はかなり驚いた。

「しますよ、そりゃ。あんなこと言われたら。どうしてしないと思うんですか? 逆に訊きたいんですけど」

 本当にこいつは何を言ってるんだ、という顔を彼女はする。
 俺は困る。

543 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/17(日) 14:53:35.86 ID:pEUc62klo

 とにかく、と半ば怒鳴るような声を張り上げて、幼馴染はこちらを睨んだ。

「今日は腹割って話してもらいます。自分ひとりで勝手に完結されても困るんです。置いてけぼりなんです」

 敬語のくせに「腹割って」なんていうもんだから、奇妙な迫力がある。
 俺は妹に目を向けた。居心地の悪そうな顔をしている。
 俺の視線の先を追いかけて、幼馴染はようやく妹が部屋にいることに気付いたらしい。

 俺は無言で促して、妹を立ち上がらせた。彼女は後ろ髪をひかれるようにしていたが、やがて部屋の扉をくぐって出て行った。

 ドアが閉じられる瞬間、目が合って、俺はなんだか奇妙な感慨に陥った。
 これはなんなんだろう。

 まあいいか。
 
 俺は三人の様子を眺める。てんでばらばらの表情をしている。 
 タカヤは気まずそうに、モスは苦笑い、幼馴染は憤慨している。

 なんだかなぁ、と思った。
 どこからどう説明すればいいんだろう。いつになく、素直な気分だった。

544 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/17(日) 14:54:52.97 ID:pEUc62klo
つづく
545 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(中部地方) [sage]:2012/06/17(日) 14:55:10.62 ID:o1QKev/oo
546 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(岡山県) :2012/06/17(日) 14:55:45.28 ID:CeTtaYQQo
547 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2012/06/17(日) 15:22:17.32 ID:xznGRHjVo
おつん
548 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) [sage]:2012/06/17(日) 16:01:04.41 ID:T2V67pMro
妹かわいいなあ
549 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府) [sage]:2012/06/17(日) 16:05:07.16 ID:eIUbvsYio
相変わらずのモテっぷり
550 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2012/06/17(日) 20:53:52.82 ID:Fu9YokbJo
これだよ
551 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府) [sage]:2012/06/17(日) 22:48:33.06 ID:JRFwsF4Eo

いつも更新を楽しみにしてる
552 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/06/17(日) 23:57:59.44 ID:WjXCa8fvo
> 「喧嘩しにきました」
かっけえええ
553 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/06/18(月) 06:40:16.52 ID:PgQZH+lvo
これはもう妹が好きすぎてどうしようもないんだろうな〜
554 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/18(月) 22:11:58.19 ID:dbwfJx5Ro

「さて、まずはどこから説明してもらいましょうか」

 幼馴染は平然と口を開く。両親も帰ってきているわけで、あんまり長話もできそうにないが、彼女が自重するとは思えない。
 ときどき周囲が見えなくなる奴だ。

「そうだ! まず喧嘩! 喧嘩したんですよね?」

 言ってから、彼女は俺の頬が腫れていることに気付いた。

「うわあ、痛そう」

 興味深そうにしげしげと頬を見つめている。心配はどこへいった。

「なんで喧嘩なんてしたんですか」

「俺は悪くねえよ。あの茶髪野郎がいきなり……」

「そういうごまかしはいいです」

 人のせいにして説明を省こうとしたら、あっさり見破られた。
 さっきごまかしてもいいって言ってたのに。

555 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/18(月) 22:12:30.08 ID:dbwfJx5Ro

「説明すんのいやだなぁ」

「どうして?」

「だって、恥ずかしいし」

「思春期の乙女ですかきみは」

「似たようなもんだと思うんだ」

 だいぶ違う、と幼馴染は溜め息をつく。

「なんで喧嘩なんてしたんですか」

 彼女はもう一度同じ疑問を呟いた。

「まぁ、ちょっと」

「ちょっと」

「むしゃくしゃして」

「……ちょっと、むしゃくしゃして?」

 幼馴染は心底呆れきったような表情でこちらを見た。
 俺はなんだか居心地が悪い。

556 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/18(月) 22:12:58.01 ID:dbwfJx5Ro

「え、ちょっと待ってください。じゃあ、なんですか、最近様子が変だったのも」

「様子、変だった?」

「変じゃないと思ってたんですか」

 俺は口籠る。正気かこいつは、という目で彼女は俺を見た。

「ここ二、三日はずっと仏頂面でしたよ。それも全部、まさかとは思うんですけど」

「むしゃくしゃしてたから、かな」

「あほですか」

 自覚はないでもない。

「じゃあ、むしゃくしゃしてたのはどうしてなんですか」

「……ええと」

 俺は答えない。

557 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/18(月) 22:13:26.67 ID:dbwfJx5Ro

「今は平気なんですか?」

 幼馴染は訊ねる。俺は考え込んだ。どうだろう。大丈夫だろうか?

「まぁ、さっきまでよりは」

「そうですか」

 そこで彼女は溜め息をついた。

「じゃあ、いいです。今日は帰ります」

 えっ、と声が出る。なんなんだ、こいつは。

「とりあえずは、です。明日からも様子が変なら、また問いただしますからね」

「なんていうか」

「なんです?」

「お前と話していると、自分がとんでもないバカだったような気分になる」

「似たようなもんじゃないですか」

 そうかもしれない。

558 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/18(月) 22:13:53.25 ID:dbwfJx5Ro

「それじゃ、帰ります」

 幼馴染はこちらに背を向けた。迷わずに扉を開けてから、モスとタカヤが動き出さないことに気付く。

「どうしたんです?」

 モスは妙な顔つきで首を振って、

「先に帰ってくれ。話したいことがあるから。タカヤも外に」

 幼馴染は一瞬だけ怪訝そうな表情を浮かべたが、結局頷いて、部屋を出て行った。
 タカヤは特に思うところもなさそうに部屋を出た。俺はなんだか緊張した。

 二人きりになると、途端に部屋に沈黙が下りた。俺は何を言えばいいのか分からない。

559 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/18(月) 22:14:21.22 ID:dbwfJx5Ro

 モスはしばらく押し黙っていたが、やがて口を開いた。表情は少しこわばっている。

「お前はさ、やっぱり、好きなのか」

「へあ?」

 と妙な声が出た。何を言い出すのかと思っていたら、いきなり変な話になった。

「好きって、何を」

「妹さん」

 モスは気まずそうな顔をしていた。おいおい、と俺は思う。なんてことを訊きやがるんだ。

560 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/18(月) 22:14:49.92 ID:dbwfJx5Ro

「なんですかその質問は。ていうか『やっぱり』ってなんですか」

 俺はなぜか敬語だった。モスの表情は読みづらい。

「中学のときからずっとこの家に遊びに来てたけどさ。やっぱり、分かるんだよね」

「分かるって、何が」

「この兄妹、普通と違うよな、っていうのが」

「……なにそれ」

「暗がりにふたりっきりでほっといたら何をしでかすか分からない雰囲気っていうの?」

「あなたちょっと何言ってるんですか」

「まぁそんな感じの雰囲気がね。昔からね」

「いつから」

「ほとんど最初から」

 彼を初めてこの家に招いた頃、うちの妹は小学生だったわけなのだが。
 ……なのだが、あんまり否定もしきれない気がした。自分でもどうかと思う。

561 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/18(月) 22:15:23.38 ID:dbwfJx5Ro

「血、繋がってないんだよな?」

「……お前も今日はぐいぐい来るね」

「そういう日がときどきは必要なんだって。さっきも言われてただろ」

 もうちょっと分散させてほしいものだ。

「繋がってないよ」

 俺は一応答える。モスはなんとも言い難いという表情になった。
 腕を組んで真剣に考え込んでいる。なんだかコミカルに見えるのはなぜだろう。

「なんかの本で読んだんだけどさ、義理の兄妹って結婚できるらしいぜ」

 こいつは話をどこに持っていきたいんだろう。

「知ってる」

「へえ」

 できないって話もあるけど、少なくともうちの場合は可能だ。だからどうしたという話なのだが。

562 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/18(月) 22:15:56.95 ID:dbwfJx5Ro


「でもさ、ないだろ。そんなん。一緒に暮らしてるんだぜ? そういう対象として見ないよ」

 俺は一般論を言った。モスは「まあたしかに」と頷く。

「でも、そういう対象として見れない奴が多いってだけで、見れる奴がいないってわけじゃないだろ」

 そりゃそうなのだけれど。……そうなのだけれど。

「一緒に暮らしてるだけで相手を好きになれなくなるなら、結婚ってシステムはやっぱり非効率的だよなぁ」

 なんでもかんでも巨視的な話に持っていきたがる奴だ。それとこれとは話が違う。

「つまりさ、大勢の人間がきょうだいをそういう対象として見られないとしても、お前がそうかって話と、そのことは別の話なんだよ」

「……いや、まぁ。そのあたりはいいんだけどさ、別に」

 モスの話は、なんだかさっきからおかしい。

563 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/18(月) 22:16:38.72 ID:dbwfJx5Ro

「つまり、何が言いたいの?」

「いや、なんていうかさ」

 モスは頭を掻いた。

「それでもいいんじゃねえの。と、俺は思うよ」

「……ん?」

「うん」

「……え、なにが?」

「だから、別にいいんじゃねえの。そういうのも」

「……ん?」

 こいつは何を言っているんだ?

564 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/18(月) 22:17:05.33 ID:dbwfJx5Ro

「無責任なこと言うようだけどさ、そんなにつらいんだったら、自分の気持ちに素直になっちゃえよ」

「いやいやいや。その発言本当に無責任だよ」

 自分の気持ちなんかよりよっぽど優先すべきものがあると思うのです。

「こないだおみくじ引いたんだよ、神社で」

「いきなり何の話ですか」

「そしたら、小吉だった。恋愛のとこにね、「用心深さと臆病さは似て非なるもの」って書いてあったよ」

 モスは髪を掻きあげる。

「今思えば、アレお前のことが書いてあったんじゃないかな」

 どういう発想だ。なんでお前が引いたおみくじに俺のことが書いてあるんだ。

565 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/18(月) 22:17:52.10 ID:dbwfJx5Ro


「いや、いろいろと問題とか、障害があるだろうっていうのは分かるけどさ」

 モスはあっさりと言う。

「でもお前、好きなんだろ?」

 俺には返す言葉がない。溜め息すら出てこない。 
 自分が呆れているのか、感心しているのかすら判然としなかった。

「だったらいいじゃないか」

 モスは言葉を重ねる。本当に、こいつは無責任なことを言っている。
 俺はやっとの思いで口を開き、絞り出すように言葉を返した。

「あのさぁ、普通、引くだろ。義理だろうとなんだろうと。なんでお前、そんな平然としてんの?」

「お前こそ、何をいまさらなことを言い出してるんだよ」

「普通の人はそうかもしれないけど、俺はそうじゃないってだけだ」

 俺はようやく溜め息をついた。
 俺は今までいったい何をやっていたんだろうか。

566 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/18(月) 22:19:05.14 ID:dbwfJx5Ro
つづく
567 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/06/18(月) 22:19:15.95 ID:YVIoR+ZUo
乙!!
568 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/06/18(月) 22:20:09.87 ID:r5qRt6+so
ずっとつづけ
569 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) [sage]:2012/06/18(月) 22:21:20.41 ID:kzj/ZWpmo
乙!
570 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/06/18(月) 22:24:29.94 ID:dbwfJx5Ro

565-10,11 
「お前こそ、何をいまさらなことを言い出してるんだよ」
「普通の人はそうかもしれないけど、俺はそうじゃないってだけだ」

「お前こそ、何をいまさらなことを言い出してるんだよ。普通の人はそうかもしれないけど、俺はそうじゃないってだけだ」

こうですね。ごめんなさい
571 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(岡山県) [sage]:2012/06/18(月) 22:33:39.75 ID:+5xhulZjo
572 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2012/06/18(月) 22:50:24.87 ID:pcRK7PBDo
おつんつん
573 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/06/19(火) 04:04:35.66 ID:u93orNcIO


モスかっけー
マックとは違うわー
マックの方が好きだけど
574 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) :2012/06/19(火) 06:00:15.68 ID:jOE7p7Joo
いもうとルート最高
575 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/19(火) 14:03:05.03 ID:UPeH3H9no

 モスと一緒にリビングに降りると、幼馴染とタカヤがコーヒーを飲んで妹と話をしていた。

 妹の態度がおかしかったので、てっきり幼馴染とは折り合いが悪いのかと思っていたのだが、ごく普通に会話している。
 タカヤは特に気まずそうでもなく、黙って窓の外を眺めていた。

 もう雪はやんだようだった。
 両親は部屋に戻っているらしい。なんとも。

「終わりましたか」

「まぁね」

 モスが答える。俺はなんだか気分が落ち着かない。 
 妹に視線を向けると、目が合う。逸らす。なんなのだ。

 客人たちは動き出す気配がない。というのも、いつも先頭に立つ幼馴染が動き出さないからだろうが。
 幼馴染はふと声をあげた。

「ゲームしません?」

「……いきなりなんですか」

 溜め息。

576 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/19(火) 14:03:31.07 ID:UPeH3H9no

「スマブラしましょう、スマブラ」

「いや、帰ろうよ。明日も学校だよ」

「やろうよ」

 と言ったのはタカヤだった。

「なんかさ、お前ら忘れてるみたいだけど」

 彼は不服げに言う。子犬系の顔が相まってちょっとかわいい。かわいいけど、そう思ってはいけない気がする。

「俺、昨日先輩に振られたばっかりだぞ! もっと慰めろよ!」

「あー」

 すっかり忘れていた。

577 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/19(火) 14:04:00.10 ID:UPeH3H9no

「いや、そうだな。スマブラしようか、タカヤ。俺はお前にもっと優しくするべきだったかもしれない」

「そうだな。今日はお前がやりたいだけ付き合おう。コンビニ行って飲み物買ってくるか。タカヤ、おごってやるよ」

「……あからさまに同情するなよ、悲しくなるから」

 俺とモスの言葉に、タカヤはうなだれる。難しい奴だ。

「じゃあじゃんけんで負けた奴がジュース買いに行くか」

「みんなで行けばいいじゃないですか」

「絶対寒いよ」

「いいじゃないですか、別に」

 まぁ、いいと言われてしまえばいいんだけど。
 
578 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/19(火) 14:04:25.86 ID:UPeH3H9no

「お前も行くか?」

 と妹に訊ねると、彼女は首を横に振った。

「もう部屋に戻ってるから」

 俺が返事をするより先に、幼馴染が声をあげた。

「なんでですか。一緒にスマブラしましょう、スマブラ」

 幼馴染は心底そうしてほしいような表情で言った。こいつには誰もかなわないのではないか。

「一緒にいきましょう、コンビニ。肉まんおごりますから」

「何かを買ってあげるからついておいで、って人にはついていかないようにって、兄に言われてるんです」

「おそるべきお兄ちゃんですね。いったいどんな人ですか」

 いつの話をしているのだ、妹は。小学生の頃のことじゃないか。

579 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/19(火) 14:05:59.25 ID:UPeH3H9no

「そういうのは、知らない人のときだけ気をつければいいんです。お兄ちゃんも一緒なんだからいいじゃないですか」

 妹はしばらく「めんどくさい」と「ちょっと行きたい」の表情を行ったり来たりさせていたが、やがて小さく頷いた。

「じゃあ、行きましょうか。お兄ちゃん」

「その呼び方やめてくんない」

 幼馴染の辞書に反省という文字はない。……こともないはずなのだが。
 
 夜道を歩いて、コンビニに向かう。持っているのは財布と携帯だけ。
 みんなほとんど手ぶらだ。なんだかすっきりしている。

 空を見上げると星が綺麗だったけれど、それを口に出すのは面映ゆいのでやめておいた。

 妙な気分だ。高揚しているようにも、静まり返っているようにも思える。
 
 ひそめた声で世間話を続けながら、俺たちはコンビニを目指した。

580 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/19(火) 14:06:26.06 ID:UPeH3H9no

 店内ではクリスマスケーキの予約受付の看板が飾られていた。コンビニでケーキを買う人なんているのだろうか。
 いるから売ってるんだろうけど。

 ジュースとお菓子類を適当に選んで、レジに向かう。
 タカヤの分は俺がおごった。

 レジで会計を済ませていると、入口から見覚えのある女の子が入ってきた。
 目が合う。

 少しして、彼女の方が目を逸らした。様子をうかがうと、どうやら同い年くらいの男と一緒らしい。
 平気そうに知らんぷりをされる。うーん、と俺は思う。なんとも言い難い。
 釣銭を受け取って、店を出た。微妙な気分だ。これでいいわけではないし、これでだめなわけでもない。

「どうかしたの?」

 と、幼馴染に買ってもらった肉まんを頬張りながら、妹が言った。

「特には」

 答えると、息が白く染まった。

581 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/19(火) 14:06:56.25 ID:UPeH3H9no

「さて、戻ってゲームするとしますか」

 幼馴染が声をあげて先頭に立つ。
 タカヤとモスが、それを追いかけた。俺と妹は最後列につく。

 家に帰ってゲームするって、なんとも色気のない話である。
 あったって困るけど。

 結局その日、三人は結構な時間居座って、ゲームをして帰って行った。
 
 玄関で彼らを見送るときには遅い時間で、リビングは結構な具合に散らかっていた。
 片付けることを思うと頭が痛いが、まぁ仕方のないことだ。

 三人を玄関で見送って、部屋の片づけを始める。
 俺と妹しかいなくなると、家の中は突然静かになったように感じた。
 
 片づけを終えてから、両親の部屋を覗いた。
 どちらも、もう眠っているらしい。結構騒いでしまったのだが、大丈夫だったのだろうか。

 しかし、説教を受けたその日のうちにバカ騒ぎって、いくらなんでもアホかという話ではある。
 幸いあんまり騒がしい性格の奴はいないし、盛り上がるにしても静かだったので良かったが。

582 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/19(火) 14:07:24.91 ID:UPeH3H9no

 もうすぐ冬休みなんだ、とふと思った。
 そしてクリスマスがきて大晦日がきて、正月がきて、あとそれからいろいろある。

 さて、と俺は考え込む。
 明日のことを考えると、少し気が重い。

 問題はなにひとつ転じていない。明日も説教はあるだろう。
 窓ガラス代のこともあるし。

 とはいえ、なんだか昨日までよりも、気分が優れている。

 これは何のどんな効用なのか。
 いずれにしても、もうすぐ休みだ。
 心配事はそんなに多くない。

583 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/19(火) 14:07:53.16 ID:UPeH3H9no
つづく
584 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2012/06/19(火) 14:34:50.32 ID:yKWAmF8Do
乙!
585 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(埼玉県) [sage]:2012/06/19(火) 16:44:56.15 ID:zD0YMuoJo
いいなあ
586 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2012/06/19(火) 17:19:57.90 ID:3SwtgoI2o
おっつ
587 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(中部地方) [sage]:2012/06/19(火) 18:31:41.70 ID:LxG5s02bo

アキかな?
588 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/20(水) 14:29:01.04 ID:ug7JTQkno

 ベッドで眠っていると、なんだか揺れている。
 これは地震か。そう思いながらも、まぁ家がつぶれるならそれもよかろうと眠ったままでいる。

 すると、声がした。

「起きて」

 と言われて、起きる。妹がいた。

「……なぜ起こした?」

 と俺は問う。

「ねぼけてるの?」

 妹は呆れ顔だった。

「そうではなくて。近頃は起こしてくれなかったような気がするのだが」

「こないだも起こしたでしょう」

 そうだったっけ。

589 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/20(水) 14:29:57.56 ID:ug7JTQkno

「わたしではご不満でしょうけれども」

「何のお話ですか」

「べつに」

 なんだか嫌な感じの態度である。

「まだ寝てたっていいよ。今日も起こしにくると思うから」

「あ、そう?」

 何の話か分からないが、俺は一分一秒でも長く惰眠を貪っていたい。
 俺の答えを聞いて、妹はすねたような顔でそっぽを向いた。

 こいつも何を考えているのやら、と少し考えたが、眠かった。
 
「おやすみ」

 と俺は言った。目をつぶる。眠気はすぐにやってくる。二度寝は至福だ。冬の朝は寒い。
 なんだか頭がぼんやりする。

590 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/20(水) 14:30:29.44 ID:ug7JTQkno

 少しすると、また揺れる。またか、と俺は思う。もう時間なのか。
 いいから寝かせておいてくれ。どうせ休みになるんだし。
 
 でもだめ。今度はさっきより激しい。どうやら時間らしい。

 体を起こすと、幼馴染がいた。

「おはようございます」

「……おはよう」

 彼女は俺の寝癖をぽんぽんと叩いた。

「今日も一日がんばりましょう」

 からりとした笑顔で言う。こいつが言うとなんとも空々しい。
 さて、と俺は思う。
 それでもやっぱり学校なのだ。今日も今日とて。

591 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/20(水) 14:31:02.05 ID:ug7JTQkno

 教室につくと、窓際の俺の席で、タカヤが何か思い悩んでいるようだった。

「どうした?」と声を掛ける。

「いや」

 彼は首を横に振る。何が「いや」なのか。

「なんだか、すっきりしないなと思って」

「何が?」

「なんだか、よく分からないんだけど……」

 何の話をしているんだろう。

「このままでいいのかな。何か忘れてる気がする」

 そうは言われても、俺にはなんとも答えられない。

592 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/20(水) 14:31:40.33 ID:ug7JTQkno

 タカヤの表情をよそにモスはひとりで練けしを作っていた。
 こいつはこいつで何をやっているのやら。

 俺たちが教室で世間話をしているうちに、教師が俺を呼びに来た。
 嫌な話だ。俺は職員室に連行される。曳かれ者の小唄。

 なんだか月並みな話を聞かされる。
 ついでに反省文という言葉の上でしか知らなかった存在にまで直面し、俺のテンションは下降した。
 
 でも仕方ない。それが俺のしたことなのだ。

 教室に戻って、平然と話の輪に戻る。

 なんだか気分が冴えなかった。

593 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/20(水) 14:32:07.43 ID:ug7JTQkno

 昼休み、幼馴染に呼び出される。

「お弁当は?」

「今日はありませんよ」

「なぜ」

 当てにしていた自分を棚に上げ、幼馴染の行動の意図を問いただす。

「いつまでもわたしをあてにしないでください」

 スパルタめ。

「ところで、俺たちはどこに向かっているのでしょうか」

 俺たちは廊下を歩いている。何度も通った廊下。なんだかこのままだと、知っている場所にたどり着いてしまいそう。

「新聞部の部室です」

 なぜ。

594 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/20(水) 14:33:11.37 ID:ug7JTQkno

 部室では先輩が待っていた。彼女は俺の姿を見て、なんだか微妙な顔をする。そりゃ、そうもなるだろう。
 彼女自身のことも彼女の弟のことも、どちらも俺と関わっている。

「あのさ、ほっぺた、平気?」

 彼女はまず、気まずげにそう言った。

「平気ですよ。弟さんの方は平気そうですか?」

「うん。いや、ごめんね」

 どうして謝るんだろう。口には出さなかったが、なんとなく納得がいかなかった。

「なんというか、ね」

 彼女は気まずげに溜め息をついた。なんとも言えない。
 
「まぁ、いろいろ。思うところとか、そういうあれがあって」

「すみません、何が言いたいのかまったくわかりません」
 
 失礼だとは思ったが言わずにはいられない。
 先輩は歯噛みした。

595 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/20(水) 14:34:10.90 ID:ug7JTQkno

「わたしも、混乱してるみたい」

 先輩は溜め息をつく。そうは言われましても。
 ところで。

 先ほどから先輩の弟君が、窓際からこちらを睨んでいる。幼馴染も先輩も、もうちょっと考慮してくれてもよいのではないか。

「こら!」

 と先輩がうしろを振り向いた。

「何睨んでんの!」

 ……お姉ちゃんがいる。すげえ。お姉ちゃんだ。実物初めて見た。

「うっせえばーか」

 そしてあっちはあっちで弟だ。なんだこの姉弟。

「あんたちゃんと謝ったの!?」

「知らねえよ。謝るかよ。黙ってろ」

 俺は気まずい。

596 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/20(水) 14:34:53.36 ID:ug7JTQkno

「謝んなさい、今すぐ!」

「やだね」

 やだね、って。なんだそれは。言ってはなんだが見ていて面白い。

「ったく。ごめんね、ホントに」

「あ、いえ。こちらこそいろいろ申し訳ないことを」

 したような、しなかったような。
 まぁいいか。人間なんて誰だって悪でも善でもないのです。まる。

 どうでもいい。

 ふう、と溜め息をついて、先輩は苦笑した。

「何話すか忘れちゃった」

 おもしろい人だ。

597 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/20(水) 14:35:27.77 ID:ug7JTQkno

 もうすぐ冬休みなのだと思うと、不意になんだか走りたくなった。なんでか分からない。
 グラウンドは運動部が使っていた。うーん、と思う。気持ちが落ち着かない。

 そこに、茶髪が来た。

「何やってんの」

 と彼は平然と俺に声を掛ける。なかば呆れながらも、特に思うところもなく返事をする。

「別に。走りたいなぁと思って」

「走れば?」

「なんともね」

「走れよ」

 なんだこいつ。俺は怪訝に思う。いったい何が言いたいんだ。考えてることが分からない奴ばかりだ。
 当たり前のことだけど。

598 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/20(水) 14:35:55.30 ID:ug7JTQkno

「なあ、じゃあ走るか」

 茶髪は言った。

「お前も走るの?」

「それでもいい」

 唐突な奴だ。

 校舎には夕陽が差している。冬なのだ。空気は冷たい。

「俺はさ」

 と茶髪は言う。

「お前には謝んねえ。謝んねえけど」

「けど?」

「悪かった」

 謝ってんじゃん。

599 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/20(水) 14:36:22.12 ID:ug7JTQkno

「じゃあ、俺もだ」

「何が?」

「俺もお前には謝んねえけど、悪かった」

「なんだそりゃ」

 お前が言ったんだよ。
 でも、まぁ、そうなのだ。

 謝れる部分と謝れない部分がある。悪い部分と悪くない部分がある。どんな人にも。
 そういう違いだ。

600 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/20(水) 14:36:49.13 ID:ug7JTQkno

「外周走ろう。どっちが早いか、競争な」

 茶髪が言った。俺は頷く。

「先に五周した方が勝ち。勝った方が負けた方に一個だけ命令できる」

「五周?」

「三周がいいか」

「十周の間違いだろ」

 茶髪は笑った。俺は肩をすくめる。

601 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/20(水) 14:37:15.62 ID:ug7JTQkno

 立っていた場所をスタートラインにして走り始めた。コースは裏門から出て外を大回り。 
 校門の方に回ってそのまま学校の敷地を走る。それを十周。最後にスタートに戻る。
 
 当然だけれど全力疾走を続けて走り抜ける距離じゃない。かといってペースを乱さずに走るなんてできる気分でもなかった。
 俺もそうだったし茶髪もそうだったと思う。

 なんだか知らないけど、俺は茶髪という人間を嫌いになれない。いや、嫌いなのだけれど。
 どうも、彼に対して妙な親近感といおうか、そういうものを感じてしまう。なぜかは分からない。

 一周二周なんて楽勝だろうと思っていたら、半周ほど走る頃には息が乱れていた。運動不足。怖い話だ。

 制服のままだから動きにくいし、冬だから体を動かしていても指先が冷たい。
 呼吸が乱れる。俺は長距離ランナーじゃなかった。

 でもどうでもよかった。膝もまったく痛まなかった。二周目あたりで、茶髪が俺を引き離した。
 俺はそれでも普通に走る。

 なんで走ってるんだっけ。正直、疲れている。体力も体調も芳しくない。
 第一寒い。よくもまぁ走る気になれたものだ。走りたかったのだけれど。

602 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/20(水) 14:37:41.52 ID:ug7JTQkno

 俺はいろんな問題から宙ぶらりんにされている気がする。なんだか浮かび上がっているような気がした。
 別に負けたくないなんて思わなかった。ただ思い切り走りたくなった。なんとなく。休みになるし。

 でも上手に走れなかった。手足が思うように動かない。
 嫌になる。なんで俺の身体はいつだって俺の言うことをきかないのか。

 でも仕方ない。俺は俺の身体で上手いこと走っていくしかない。

 脇腹が痛んで、額に汗が滲んだ。まだ大した量を走ったわけでもない。
 運動不足。

 冗談のような話だ。

 茶髪は俺のずっと先を走っていたが、視界からは決して外れなかった。

 なんだって俺は走っているんだろうか。

603 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/20(水) 14:38:07.20 ID:ug7JTQkno

 俺は気付けば夕陽に向かって走っていた。今日の太陽はでかい。そう見えるだけかもしれない。
 五周を越えたあたりでばてそうになる。もう歩いたっていいじゃないかという気分。
 なんで五周にしておかなかったかな、俺の馬鹿。自分の能力をもっと把握しておけ。

 でも、走ると決めた以上はやっぱり仕方ない。

 ……そうか? 別にやめたっていいじゃないか。逃げたって。

 それはそれでありだろ。なんだってこんなに疲れるのに走り続けなきゃならないんだ。
 走り終えたところでどうなるんだ? 仮に茶髪に勝ったって、奴にひとつ命令できるだけだ。
 たかだかそんなもんのために走ってどうなるっていうんだ。

 走り続ける理由と走るのをやめる理由だったら、どう考えても後者の方が多い。

 下校を始めたうちの学校の生徒たちに遭遇する。俺のことを奇異なものを見るような目で見ていた。
 実際、奇異なものなのだが。
 
 それ以外の人にもたくさん出会った。
 主婦っぽい人に犬の散歩をしている老人、それから付近の中学生。
 
604 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/20(水) 14:38:33.59 ID:ug7JTQkno

 俺はかなり無様に走った。できるものなら軽快に走りたかったが、できないのだから仕方ない。
 こんなに走ったってどうなるんだ。別に走るのをやめたってかまわないのに。
 
 でも、なんか知らないけど走っている。ペースが落ちてきた。でもまあ、走っている。
 茶髪の背中が徐々に近づいてきたような気がする。街は黄昏。時間の流れが異様に遅く感じる。

 途中で妹とすれ違った。俺は一瞬だけ目を丸くして、「よう」と言った。

「何やってんの?」

「不毛な戦い」

「なにそれ」

 彼女は笑った。

605 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/20(水) 14:39:02.40 ID:ug7JTQkno

 十周を終えてスタート地点に戻ると、妹がいた。敷地内なのに。それから幼馴染。タカヤ、モス。
 先輩と、「みー」。タカヤ姉。

 こいつら暇なんだろうか。

「何やってるんです?」

 と幼馴染は言った。

「特には」

 言って、荒い息を整える。立ち止まると、途端に膝が痛みだした。

「そっちこそ、何をやっているのか。勢揃いで」

「別に、何も」

 と、皆が顔を見合わせる。俺は疲れたので、地べたに座り込みたかった。

606 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/20(水) 14:39:28.52 ID:ug7JTQkno

 足がうまく動かない。折り曲げることすら難しい。

「五周にしとけばよかった」

「いらない見栄を張るからだ」

 茶髪もまた、ぜえぜえと息をしながら乱れた髪を直している。

「なんだかなぁ」

 と言いつつ、俺は「みー」に視線を向けた。この子はここにいて大丈夫なのだろうか。
 なぜここにいるのだろう。何かあったのだろうか。そう思ったけれど、上手に問いかけることはできない。
 いて悪いわけでもない。俺は疲れていた。達成感も爽快感もなかった。

607 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/20(水) 14:39:54.21 ID:ug7JTQkno

「はい」

 と、妹が飲み物を差し出す。レモンウォーター。俺は受け取る。

「どうも」

 俺は何をやっているのやら。
 不意に、モスがこらえきれないというように笑った。 

「なんで急に走ったんだよ」

「知らねえ。なんかこいつが」

 と俺は指差す。

「いや、お前だろ?」
 
「……そうだっけ?」

 よく思い出せない。幼馴染は笑った。

「あほですか、きみらは」

 たぶんその通りだ。としか答えようがない。

608 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/20(水) 14:40:20.48 ID:ug7JTQkno
つづく
609 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2012/06/20(水) 14:55:09.17 ID:OAV36mAAo
610 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/06/20(水) 15:20:15.85 ID:Hokg04PUo
乙。青春だなあ
611 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/06/20(水) 17:14:25.44 ID:RLI3Or0IO
練り消しワロタ
612 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) [sage]:2012/06/20(水) 17:18:10.77 ID:FDOkw9cuo
青春だなあ
乙!
613 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/06/20(水) 19:04:41.58 ID:v2eabyNIO
いいです
くにゃくにゃする
614 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2012/06/21(木) 01:01:33.43 ID:vPt9aP2oo
あれ?
茶髪と仲良くなっている・・・・・・?
615 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2012/06/21(木) 06:32:21.23 ID:46iLAjfQo
>>614
殴り合ったら仲良くなるのはお約束だ
616 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/21(木) 14:44:33.12 ID:/ODgI8HQo

 俺と茶髪の不毛な争いが、勝者なしという不毛な結果に終わった翌日の土曜日。
 幼馴染は平然と俺の家にやってきた。

 前日の消耗が残って全身を疲弊させていた俺に対して、彼女はごく普通の態度で接した。
 あたかも何も起こらなかったように。まぁ何も起こっていないようなもんなんだけど。

「なんていうか」

「なんていうか?」

「昨日、みーがいたじゃないですか」

「ああ、うん」

「わたし、知らなかったんですけど、タカヤくんに声を掛けてみたらしいんです」

「……掛けてみたって、なぜ」

 彼女は首をかしげた。

「さあ? 機会があったのかもしれませんし。詳しいことは分かりませんけど」

617 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/21(木) 14:44:59.15 ID:/ODgI8HQo

 俺は何を言おうか迷った。

「つまり、昨日の「みー」は、お前と一緒にいたんじゃなくて、タカヤと一緒にいたの?」

「そうなりますね」

 なんだそれは。

「まぁ、あのふたりがどういう話をしたのかは知りませんけど、なんというか」

 なんというか。と幼馴染は首をかしげる。うーん。

「いいんじゃない?」

「なにがです?」

「いや、よく分からんけど」

 俺たちが変に首を突っ込むよりは。

618 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/21(木) 14:45:26.54 ID:/ODgI8HQo

 幼馴染は用事があるといって早々に帰って行った。来週からは起こしにきませんよと言葉を添えて。
 どうせ来週をやり過ごせば冬休みだ。好きなだけ眠りたい。

 ベッドを這い出てリビングに向かう。もうすぐ休みになるのだ。

 妹はコタツにもぐって本を読んでいた。

「なあ」

 と声を掛ける。

「なに?」

「出かけない?」

「……どこに?」

「どこでもいいんだけど」

 なんとなく気分が落ち着かないのだ。妹は少し迷ったような顔をしていたが、やがて頷いた。

「……うん」

619 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/21(木) 14:46:26.23 ID:/ODgI8HQo

 外は寒い。息は白い。このあいだ初雪も降って、街はいよいよ冬めいている。

「どこに行こうか」

「決めてから出掛ければいいのに」

「なんだか、据わりが悪いんだ」

「なにそれ」

「落ち着かない」

「そんなの知らない」

 妹は拗ねたようにそっぽを向く。俺はふと疑問を口にした。

「……なんか、近頃、態度が変じゃない?」

「どこが?」

「昨日から、冷たい」

 妹は呆れたように溜め息をつく。まぁ、冷たくされても仕方ないのだが。

「べつに」

620 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/21(木) 14:48:12.45 ID:/ODgI8HQo

 とりあえず街に出る。何の目的もなくぶらつく。そういう日がある。
 何もこんな寒い日に、とも思うのだが、夏は暑いし冬は寒い。春は花粉、秋だって十分寒い。
 
 出かけない理由なんて、いつだって山ほどある。
 筋肉痛だって体調不良だって。まぁ、さすがにそこをおしてまで出かけようとは思わないのだが。

「なんで、急に出かけようなんて言うの?」

「なんで、って?」

「今まで、こんなことなかったのに」

「そうだったっけ?」

「そうだよ、兄さん、中学入ってから、ずっとわたしと距離置いてた」

「そんなことは」

 あったかもしれないが、無意識だ。実際、コタツでの距離とか異様だし、あんまり理屈で考えてはいなかった気がする。

「兄さん、最近おかしいよ」

「そんなことはない」

 おかしいといえば、まぁ、最初からおかしかったのだろうと思う。
 
621 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/21(木) 14:48:40.46 ID:/ODgI8HQo

「なんていうか、悪かったな」

「なにが?」

「いろいろ、迷惑かけたような気がする」

「……何の話?」

「情緒不安定なもんで」

「いいよ、それは別に。いつものことだし」

 彼女は本当に気にしていないように言う。
 しばらく出かけたりしなかったので気付かなかったが、街中はクリスマスに染まっている。

「でも、なんていうか、嫌われても仕方ないっていうか」

 こういうことを口に出してしまうあたり、なおさら鬱陶しい部分なのだが。

「……アホだからさ」

 いつもぐだぐだ言い訳をならべて、話をぐしゃぐしゃにして、誰かを傷つけたりして。
 当たり前といえば当たり前のことなのだけれど。
 当たり前と割り切るのは身勝手すぎる。

622 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/21(木) 14:49:25.39 ID:/ODgI8HQo

「別にいいよ。アホでも」

 妹はマフラーに口元を埋める。

「兄さんにはいいところなんて一個もないかもしれないけど、それでもわたしの兄さんだから」

「さらっと傷つくことを言うなぁ」

「でも、仕方ないんだよ。なんか、そういうふうにできてるんだよ」

 いつのまにか、彼女の声音は真剣なものになっていた。
 俺は不意に黙り込む。何を言えるだろう。

「たとえばさ、兄さんより頭が良くて、性格ももっとしっかりしてて、運動ができて、誰も傷つけずにいられる人がいるとしてさ」

 嫌な想像だ。自分より出来のいい人間のことを想像と気分が暗くなる。小者だから。

「その人がわたしの兄貴になってくれるっていっても、別にいらないんだよ、そんな人」

 照れくさそうでもなく、ごまかすふうでもなく、ごく当たり前の口調で、妹は言った。

623 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/21(木) 14:49:56.96 ID:/ODgI8HQo

「だってその人は兄さんじゃないから。当たり前だけど」

 どうして、こんな話をしているんだろうと、不意に思った。

「そこまで言ってもらえると、何ともむずがゆいんだが」

 でも、

「俺はそこまで良い兄だったか? 代わりがいらないくらいの」

「……良い兄では、なかったかもしれないけど」
 
 だったら、疎んじたり、嫌ったりしたってよさそうなものなのに。
 どうして彼女は、こんなふうな言葉を向けてくれるんだろう。

 後ろめたさが募る。

「でも、わたしが寂しかった時に傍に居てくれたのは兄さんだから」

「……それって、いつの話?」

「分かんないなら、別にいいよ」

 と、ほんとうに、そのことは重要ではないというふうに、彼女は言った。
 
624 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/21(木) 14:51:01.26 ID:/ODgI8HQo

「でも、だから、兄さんが寂しいときは、傍にいてあげたいって思うよ」

 不意に、強い感情が胸を衝いた。
 俺は何を言えばいいんだろう。なんだか涙が出そうな感覚。

「兄さんは、別にわたしがいなくても平気みたいだけど」

 ――と、沸きかけたところに、水を差される。

「……その心は?」

「彼女にご執心のようだから」

「……しつこいね、お前も。彼女じゃないって」

「でも、わたしが傍にいたって落ち込んだままだったのに、あの人がきたら元気になったじゃん」

「……え、それは」

「一昨日の話」

「そんなことはなかった」

 と、思うのだけれど。

625 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/21(木) 14:51:29.29 ID:/ODgI8HQo

「いいけどね、別に」

 妹は言う。

「付き合っちゃいなよ。その方がわたしも、気が楽だから」

 拗ねたような声で言う。こいつがこんなにもはっきりと感情をあらわすのは、初めてかもしれない。
 
「気が楽って、どういうこと」

「べつに」

 俺は深く考えないようにした。

「どこかに入るか」

 誤魔化すように提案する。妹は頷いた。

626 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/21(木) 14:51:55.37 ID:/ODgI8HQo

 どこにも入る気が起きなかったので、適当に町はずれの喫茶店のドアをくぐった。
 前々から気になっていたのだけれど、入る機会がなくて、ずっと素通りしていた。

 喫茶店に入るなんて、なんだかきざったらしいような気がしたのだ。
 席についてコーヒーを頼む。よくわからなかったので適当に。

「あいつとは」

 と俺は言う。

「本当に、なんでもないよ。いや、なんでもないって言ったらおかしいけど」

「けど?」

「あいつだって、俺のことをそんなふうに考えていない気がする。母親っつーか姉っつーか、そういう立ち位置なんじゃないか」

「兄さんがそう思ってるだけかもしれないよ」

「仮にそうだとしても、おんなじだよ」

「なにが?」

「いや……」

 きっと、アキのことの反復になるだけだ。
 このままじゃずっとそうだ。

627 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/21(木) 14:52:22.09 ID:/ODgI8HQo

「ふうん」

 妹は、さして思うところもなさそうに頷く。
 納得したようではないが、なんだか、気まずそうな顔をしている。
 叱られる前の子供のような。

「俺は」

 と言い掛けて口籠る。さすがに、これを言ったら、まずいような気がした。

「……なに?」

 妹は不可解そうに目を細める。
 視線を逸らさない。何があっても追及する目をしている。俺は溜め息をつく。

「俺は、お前がいないと困るよ」

 彼女は、面食らった顔をした。目をあちこちに泳がせて、やがて拗ねたように窓の外へ顔を向ける。
 
「なにそれ」

 口癖のように妹は言う。俺は妙に気分が高揚している。言わなくていいことを言ったのはそのせいだ。
 たしかに、こんなふうに過ごすのは久し振りだったかもしれない。
 
628 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/21(木) 14:52:53.47 ID:/ODgI8HQo
つづく
629 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2012/06/21(木) 15:00:11.10 ID:MG9ocRzYo

俺も妹がいないと困るよ
630 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(埼玉県) [sage]:2012/06/21(木) 15:05:20.57 ID:dEGnDUnro
にゃああああああ、妹かわええ
631 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(中部地方) [sage]:2012/06/21(木) 18:20:57.10 ID:jgb/kdpRo

競争は茶髪が先にゴールしたもんだと思ってた
632 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/06/21(木) 22:17:24.12 ID:m6wD44DWo


俺は>>1がいないと困るよ
633 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/06/22(金) 08:33:21.06 ID:yup3nxMIO
リア充爆発しろ
634 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/22(金) 18:15:48.34 ID:wS5cp47fo

 夢の中で俺は走っている。なんでかは分からない。
 とにかく走ることが必要だったのかも知れない。

 そうしないと俺の中の何かが狂ってしまいそうだったのかも知れない。
 とにかく俺は走ることで安定を得ることができた。走ることでようやくまともだった。
 あくまでも夢の中では。病的だ。
 
 そういう夢を、近頃頻繁に見る。最近では、走りつかれて頭が朦朧としているのが、夢の中の俺は幻聴さえ聴く。

 声はひたすらに「どうしてお前は走っているんだ」と問い続ける。
 なんでだったかなぁと俺は考える。でも、いつも上手に答えられない。特に理由はなかったのだ。

635 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/22(金) 18:16:14.59 ID:wS5cp47fo

 そんな夢ばかりみていたので、近頃の朝は寝覚めが悪かった。のだが、今日のそれはもっとひどかった。
 ほとんど悪夢だ。

「判決を言い渡す」

 裁判長が木槌を叩く。俺はその様を見上げている。裁判長は俺の顔をしている。
 天井は高く声は響く。巨大な建物。法廷だ。俺は被告人だった。

「有罪」

「待ってくれ、納得がいかない」

 俺は必死に言いつのる。第一、何の罪で俺はこんな場所に立っているんだ。

「分からんと言うか。分からんというのか。自分が何の罪でここに立っているのか」

「まったく分からない。説明がほしい」

 裁判長は溜め息をつく。俺がいつもそうするように。

636 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/22(金) 18:16:41.72 ID:wS5cp47fo

「まったく分からん。説明しろ」

 俺は声を荒げる。なんでかは分からないけど、そういうことがある。

「血の繋がりはないと言ったな」

 裁判長は、嘲るように言った。

「だから許されるとでも思っているのか」

「別に、許されると思っているわけでは」

「ならば、有罪ではないか」

 ……そう、なるのか?

637 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/22(金) 18:17:07.55 ID:wS5cp47fo

「第一、お前の妹はまだ子供ではないか。子供に手を出すのは犯罪だ。一般常識だ」

 裁判長は自らの言葉に深々と頷いて続ける。

「そして、お前も子供だ。経済的に自立していない。精神的にも幼稚だ」

「その通りだが」

「だが、なんだ?」

 俺は押し黙る。

「分かるか。そこが貴様の思い違いなのだ。もし赤の他人ならば、経済的自立など視野に入れんでもよい。どうせ長くは続かんのだから」

 裁判長は厳かな声で告げる。声は法廷に響く。真黒な傍聴席がざわめく。

「だがお前たちは家族ではないか。その場の勢いでどうこうしていい立場か。上手くいかなかったとやめられる関係か」

「……いや、待て。俺は何もそこまで、現実的に考えているわけでは」

「考えていないのか。それはそうだろう。お前は子供だ。将来にまで責任は持てない。それはそうだ」

638 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/22(金) 18:17:51.53 ID:wS5cp47fo

 声には憤りがこもっている。

「赤の他人なら簡単に捨てられる。気分の悪い話だが。だが、妹ならどうだ? 飽きたといってお互い綺麗に捨てられるのか?」

「捨てるなんて」

「しないとどうして言い切れる? 単なる一時の気の迷いではないのか。単に性欲の対象として見ているだけではないのか」

「下種が」

「下種は貴様だ。恥を知れ」

 俺はまたも押し黙る。

「貴様は今までだってそうだったじゃないか。手に入らないから欲しがるだけで、手に入ってしまえば見向きもしない」

639 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/22(金) 18:18:17.16 ID:wS5cp47fo

 裁判長は言う。

 両親はどう思う。仮にそんなことになってしまったら。
 第一、血の繋がりがなかったところで、お前たちは世間から見れば兄妹なのだ。風当たりは強い。
 ならばどうする。誰も知らない街にでも引っ越すか。二人きりで。それもよかろう。金さえあれば。
 巨大な屋敷でも立てて、そこに引きこもるのもよかろう。金さえあれば。だがない。

 それに、お前の友人たちはどうだ? ひとりはああ言ったが、他のものまでああ言ってくれる保証はない。
 
 お前はどうやら今すぐにでも妹を手に入れたくて仕方ない様子だ。だがその先のことを何も考えていない。
 一切何も。物欲しそうにしていれば手に入るものだと勘違いしている。

 第一血の繋がりがないことなど、何の免罪符になる?
 お前は仮に血の繋がりがあったとしたら、あの子を好きにならなかったのか。

 どうなのだ。仮に血の繋がりがあったとして、お前は同じなんじゃないか。
 近親相姦によって出来る子供に障害が起こる可能性は高齢出産のそれと大差ない。
 であるなら遺伝的問題は後でつけられた理屈にすぎない。
 高齢出産が禁忌とされていない以上、近親相姦がタブー視されるのは文化的な、倫理的な問題だと。
 現に近親相姦が禁忌とみなされなかった社会だって歴史の上には世界中に見ることができると。
 第一優生学的な視点を理由とするのはあまりに時代錯誤に過ぎると。
 単に大衆の感情が問題になっているにすぎないと。
 そんなふうに屁理屈を並べたのではないか。結果生まれてくる子供の気持ちなんて考えもしないだろう。

 要するに自分に都合の良い言葉だけしか聞く気がないのだ。
 吊るされた餌に飛びつくのと変わらない。
 
640 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/22(金) 18:18:43.46 ID:wS5cp47fo

 お前はどんな境遇だろうと適当に言い訳を並べるだけだ。
 だがそんな言い訳が、現実に社会で何の役に立つというのだ。 
 現に社会に認められることがないという事実がその後の人生では最大の障害となるのに!

 そもそもお前は、彼女の側の気持ちを一度だって考えたことがあるのか。

 俺は何も答えられない。

「そらみろ!」

 裁判長が叫ぶ。傍聴席から飛ぶ怒号。投げつけられるゴミ。ポップコーンとジュースの容器。
 出来の悪い脚本に、観客が怒っている。
 俺の頭にコーラがかかる。べとべとと服を汚していく。容器が頬をかすめて裂いていく。

「お前は何も考えていない! 分かるか! それがお前の罪だ! 今さえよければいいと思っている! 下種が! 恥を知れ!」

 怒号はいつしか耳鳴りのように鼓膜に馴染んでいく。俺の世界から音が消えていく。
 傍聴席から真黒な人々が身を乗り出す。俺に向かって親指を下に向ける。
 さまざまな声が俺を罵っているらしい。その声はもはや俺には聞こえない。
 
 どろどろどろと、傍聴人が溶けて俺の視界を覆っていく。
 俺はどうして走っていたんだったか。

641 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/22(金) 18:19:09.32 ID:wS5cp47fo

 ふと目を覚ます。
 部屋の中は赤く染まっている。夕方なのだ。俺は息を整える。ひどい夢だった。
  
 汗を掻いていた。ひどく寒い。ベッドから抜け出す。喉が渇いている。
 頭が痛い。夢見はいつも悪い。

 日曜の夕方。休みを寝て過ごしてしまったが、後悔はない。もうすぐ、どうせ休みなのだ。
 キッチンで冷蔵庫を漁る。飲み物はなかった。俺は財布を持って散歩に出ることにする。

 公園の自動販売機でスポーツドリンクを買う。アクエリアス。そういう気分だった。
 ベンチに座って喉を潤していると、なんだか時間の流れから取り残されているような気分になった。

 このまま取り残されてしまいたいもんだ。俺は自棄になったように思う。

 そうして誰も彼も俺を忘れてくれればいいのに。大真面目に考える。
 いつまでこんなことをぐだぐだ考えてるつもりなんだか。

 この公園も、なんだか小さくなったなぁ。いや俺が大きくなったんだけど。
 昔は何もかもが巨大だったのに。

642 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/22(金) 18:19:35.23 ID:wS5cp47fo

 自分でも、気味が悪い。
 どうしてあんな夢を見るほど真剣な想像を膨らませているんだろう。

 不意に、声を掛けられる。

「なにしてるんです?」

 肉まんをかじりながら、幼馴染がやってきた。

「寒くないんですか、そんな薄着で」

「そんなには」

 と答えかけて、空気が冷たいことに気付いた。

「あほですか」

 言いながら幼馴染は俺の隣に腰を下ろし、肉まんをひとつ差し出した。
 俺は受け取る。

643 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/22(金) 18:20:28.39 ID:wS5cp47fo

「何考えてたんですか?」

「別に、何も」

「妹ちゃんのこと?」

「……だから、別に何も考えてないって」

「昔から」

 と、幼馴染は特に思うこともなさそうに言う。

「きみはずっと、妹ちゃんのことばっかりしか考えてませんからね」

「なんすか、それ」

 俺は溜め息をつく。

644 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/22(金) 18:20:55.81 ID:wS5cp47fo

「だって、ずっとそうじゃないですか。わたしが知る限りではずっと」

「お前が知る限りって、それさ」

 俺の人生のほとんど全てなんですが。

「状況によっては、違う形で発露されたりもしますけど、結局向いてるベクトルはおんなじなんですよね」

「……なんつーか。お前もお前で、物おじせずにがんがん言うね」

「アキとのことも、そうですけど」
 
 幼馴染は平然と言う。俺の表情にどんな変化があったのか、自分では分からないけれど、彼女はさとすように言った。

「言ったらなんですけど、きみだけじゃなくてあの子だって悪かったんですよ。相手の気持ちとか、まったく考えない子だった」

「やめろよ」

「目の前の相手がどんな表情をしているかとか、どうでもよかったんです。あの子は。だから……」

「やめろって」

 幼馴染は押し黙った。俺はなんだか頭が痛い。

645 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/22(金) 18:21:21.78 ID:wS5cp47fo

「ごめんなさい。わたしも、きみの気持ちとか、あんまり考えてないかもしれない」

 幼馴染は言う。
 俺は溜め息をつく。それを言ったら、俺だってこいつの気持ちなんてまったく考えていないのだが。

「なんか、疲れたな」

 不意に、幼馴染は言った。

「どうして?」

「時間切れまで持ちそうにないって話です」

「何の話?」

「べつに、いいです」

 ふてくされたような口調だった。

646 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/22(金) 18:21:51.53 ID:wS5cp47fo

「だめだったかあ」

 そう言って、彼女はおおきく伸びをする。西日のさす公園で、その影は長く伸びた。

「何が」

「そのうち、どうにかなって、上手いところかっさらえるんじゃないかなぁと、ちょっとだけ、期待してたんですけどね」

 からりとした声で、彼女は言う。

「別に良いんですけどね。分かってましたし」

「何の話? 自己完結されてもわかんないんだけど」

「こればっかりは、言えませんね」

 最後は、ささやくような小さな声だった。

「言えませんよ、ぜったい」

647 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/22(金) 18:22:17.21 ID:wS5cp47fo
つづく
648 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/06/22(金) 18:25:58.11 ID:rmk2KHkIO
おっつん
幼馴染は俺が
649 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/06/22(金) 18:28:24.77 ID:VOSKjN/IO
乙!
幼馴染ェ……
650 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2012/06/22(金) 18:33:56.08 ID:qhd+/N46o
幼馴染ここで試合終了ですか…
651 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(岡山県) [sage]:2012/06/22(金) 18:36:30.40 ID:5siq8cjzo
652 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府) [sage]:2012/06/22(金) 21:36:20.90 ID:YPCuuLSso
まじか
653 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/06/22(金) 22:29:29.28 ID:McyWnH/IO
幼なな地味
654 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(中部地方) [sage]:2012/06/22(金) 23:34:20.80 ID:XwsDh1A5o
>>650
諦めたらそこで試合終了…なんだよなぁ
655 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2012/06/23(土) 09:49:41.08 ID:65FP5ulko
そんな
俺は幼馴染√を信じていたのに・・・
俺の幼馴染が・・・・・・
656 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/23(土) 17:45:34.35 ID:3VZorDbio

 学校に登校する。モスもタカヤもいなかった。幼馴染も、今朝は起こしに来なかったし、教室には来ないらしい。
 誰も傍にいないままで、教室に人が増えていく。うーん、と俺は考え込む。

 せっかく暇だったので、将来のことを考えることにした。
 先のことなんてさっぱりわかんねえよなぁと俺は思う。 
 何かの保証があるわけでもなければ、誰かが教えてくれるわけでもない。

 要するに自分で考えていくしかないのだが。 
 めんどくさい。

 ぶっちゃけめんどくさい。

 とはいえ働かざる者食うべからずが世の習わし。
 俺は芸人じゃないし(ぱくり)。

 やがてモスがやってくる。眠たげな顔。朝見るには少し辛気臭い。

「怠いな」

 こいつがぼやくのは、珍しい。

657 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/23(土) 17:46:03.50 ID:3VZorDbio

「どうせすぐ休みだろ」

「だから怠いんだよ」

 分かるけど。
 モスは溜め息をつく。俺たちの間にほとんど会話らしい会話はない。

「あのさぁ」

 ふと思い出して、モスに話を振る。

「なに?」

「こないださ、俺んち来たとき、お前言ったじゃん」

「何を?」

「引かないって」

「何の話?」

「言わせんのか」

「……ああ、あれか」

658 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/23(土) 17:46:29.77 ID:3VZorDbio

 うーん、とモスは言う。

「まあ、そうな。だって、つまるところお前らってさ」

 モスは口籠る。俺は頷いて続きを促した。

「……言ってしまえば、赤の他人同士が同じ家で暮らしてるってだけだろ?」

「……バッサリ言うねえ」

 俺は割と傷つく。
 モスは気まずげな顔になった。

「じゃあさ、仮に俺とあいつの間に血の繋がりがあったら?」

 モスは眉を寄せる。しばらく考え込んでいるようだった。やがて、首をかしげて口を開く。

659 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/23(土) 17:47:00.01 ID:3VZorDbio

「分からん。どうだろ。そうなってみないと。でも、そんなに変わらんような気がする」

 モスの言葉は曖昧だ。

「でも、実際、最初は義理って知らなかったしなぁ。大差なかったんじゃないか」

「お前、変わってるね」

「かもね」

 溜め息をついて、モスは窓の外に目を向けた。
 教室のざわめきは、俺たち二人の会話なんて意にも介さずに続いている。誰もこちらを見ていない。
 
 教室の扉が開いて、タカヤがやってくる。
 一日が始まるのだなぁと俺は思った。

660 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/23(土) 17:47:26.34 ID:3VZorDbio

「デートに誘われた?」

 と、タカヤから聞かされたのは昼休みのことで、俺たち三人は教室で食事をとっていたところだった。
 重々しく頷くタカヤは、どこからどう説明したらいいかと考え込んでいるようにも見えた。

「それって、あの子だよな。ちょくちょく一緒に昼飯食った」

「「みー」だ」

 俺が言うと、タカヤは驚いたように目を見開いた。

「お前はそう呼んでるのか」

「いや、俺じゃなくて」

 少し軽率だったかもしれない、と考えて、幼馴染が呼んでいるのがうつっただけだと訂正する。
 でも、あの「みー」が?

「え、それはどういうやりとりの末に?」

 モスが混乱しきった表情で訊ねる。俺にしてもそうだが、こういう話はまったくの未知なので反応に困る。
661 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/23(土) 17:47:56.84 ID:3VZorDbio

「いや、それが、このあいだ突然告白されて」

「告白!」

 俺とモスの声が重なる。

「……え、それはあの、いわゆる、告白だよな?」

「うん」

「好きですっていう?」

「……うん」

 俺とモスは沈黙する。

662 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/23(土) 17:48:24.02 ID:3VZorDbio

 率直に言って驚いた。あの子にそんな行動力があるようには見えなかったし、実際なかったのではないか。
 幼馴染からも何もきかされていないから――彼女が俺に話す義理はないのだが――たぶん、みーの独断なのだろう。

 それもこの時期に。なんともいいがたい話だ。

 信じがたい、と言ってもいい。

「人生って不平等だよな」

 モスがぼそりと呟いた。妙に真に迫った声だ。俺は反応に困る。
 いまさらのことだ。

663 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/23(土) 17:48:49.99 ID:3VZorDbio

「で、どうするの」

 俺が訊ねると、タカヤは首をかしげた。

「どうしよう?」

 おいおい、と思ったが、口には出さないでおく。もう首をつっこまない。

「デートって、どこで?」

「映画?」
 
 そういえば、それ以外ないんだった、娯楽が。
 
「受けるべきだと思う?」

「それは、誘いをって意味?」

「うん」

「断りたいの?」
  
 タカヤはうーんと考え込んだ。

664 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/23(土) 17:49:25.67 ID:3VZorDbio

「断りたいっていうか、引き受けても仕方ないというか……」

 だって別に彼女のこと好きじゃないし、というかよく知らないし、という顔をしている。
 まぁ、そりゃそうなのだ。好きでもないのに期待を持たせたってしょうがない。
 
「でもお前、女の子と普通に話せるようになりたいって言ってたじゃん」

「……正直、今となっては別にいいかなぁ、と」

 先輩とのことがあったばかりだし、タカヤとしてもあまり乗り気になれないのだろう。
 
「じゃあ、断れば?」

 というと、タカヤは「うーん」と再び唸った。なんなのだ。

「それも惜しいような」

「惜しい」

 思わず反芻する。タカヤとは思えない発言である。

665 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/23(土) 17:50:11.71 ID:3VZorDbio

「いけめんってこわい」

「世の中って不平等だよなぁ」

「……待て待て。そんなに不思議なことを言ったか、俺は」

 不思議というか、勝手に聖人君子的印象を持っていただけなのだが。
 告白以来タカヤはオーラに包まれている。余裕というオーラ。それだけでこうも変わるのか。君子豹変す。

「というより、せっかくの機会なんだし」

「せっかくの機会」

「お近付きになりたいというか」

「お近付きに」

「……俺へんなこと言ってる?」

「やや、滅相もござらん」

 ナンパ男の常套句にしか聞こえない俺の耳がおかしいのだ。

666 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/23(土) 17:50:37.58 ID:3VZorDbio

「なんか、お前らひょっとして、俺の話どうでもいい?」

 タカヤが拗ねたようにこちらを見る。やめろよ、そんな子犬系のまなざしでこっちを見るなよ。
 中身は猛犬になってしまったのに。……より一層たちが悪い。

「人様の恋愛ごとでぎゃーぎゃー盛り上がるような時期でもないでしょう、俺らは」

 自分にそんな時期があったのかははなはだ疑問だが。

「好きにしろよ、タカヤ。お前が遠い国の住人になったって、俺たちは友達だゼ?」

「なにその良い笑顔」

 その場のノリです。

 疲れているのかもしれない。妙にハイテンションな自分を発見せずにはいられない。
 ……いや、逆か? 俺が勢いに任せて暴走するのはどんなときだって話だったっけ。
 誰かがそんなことを言っていたような気がする。

667 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/23(土) 17:51:08.01 ID:3VZorDbio

「受けてみようかな」

 とタカヤは言った。

「会うだけ会ってみても、別に」

 彼は同意を求めるように俺たち二人の様子をうかがった。肩をすくめる。

「先輩に振られて自棄になってるんじゃなけりゃ、いいんじゃねえの」

「そういうのとは、違うけど」

 じゃあいったい、なんなのか。

「もうちょっと、目の前に振りかかった出来事に対して、積極的になってもいいかなって思うんだよ」

 タカヤも良いことを言う。良いことを言うが、もし芳しくない結果に終わったときの「みー」の気持ちは考えているのだろうか。
 ……いや、考えたところで、芳しくない結果なら、どうしたって傷つけてしまうのだろうが。

 アキとのことを思えば、俺が彼にできる助言なんてひとつだってない。彼は俺のようなことはしないはずだ。
 ……たぶん。そんな具合に昼休みを過ごした。

668 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/23(土) 17:51:34.47 ID:3VZorDbio

 放課後、俺が中庭のベンチで暇を潰していると、茶髪がやってきた。

 冷戦状態からは解放されたものの、お互いなんだか距離がある。
 当たり前と言えば当たり前だ。彼は俺が嫌いだとはっきりと言ったし、俺も彼が嫌いだとはっきりと言った。
 
 でも、今となってしまえばそんなことはどうでもよかった。
 アキとのことは俺にとってアキとのことでしかなく、茶髪とのことは、それとはまったく違う話なのだ。

 だから、もうちょっと仲良くなれてもいい。俺は彼を嫌いだと言ったが、実際そこまで嫌いじゃない。

 でも、普通に話しかけても、

「うぜえ。死ね」

「あ? なんだお前」

 という二言しか返ってこない気がする。そしてあまり傷つく気もしない。不思議な話だ。

669 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/23(土) 17:52:03.04 ID:3VZorDbio

 それでも、彼は俺のもとにやってきた。不思議なことだ。
 彼は何も言わなかった。うーん、と俺は考え込む。何かを言えばいいのだろうか。

 謝ればいいのか。いや、それはもうした。
 じゃあ何なのだ。いったい何を話せばいいのか。
 そういえば俺は、見ず知らずの他人と上手にコミュニケーションをとれない類の人間だった。

 茶髪はベンチに腰を下ろして、きざっぽく溜め息をついて長い前髪を揺らした。

「ねえ、そういえばお前って、友達いないの?」

 ふと思い出して口に出す。
 出してから、自分の無神経さに呆れかえった。

「ああ?」

 案の定、彼はどすのきいた声をあげてこちらを睨む。ごめんなさい。

 そりゃ、真面目な奴らばかりのこの学校じゃ、彼みたいな人は浮く。
 じゃあ、なんでこの学校に来たんだろう。そのあたりには、俺の知らない彼なりの話がある。
 そういうもんだ、と俺は悟ったふりをする。

670 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/23(土) 17:52:35.36 ID:3VZorDbio

 茶髪は気だるげに溜め息をついてから、それでもしっかりと答えてくれた。

「この学校にはな」

「へえ」

「友達なんていらねえよ」

 彼には、こういう言葉を吐く人間特有の突っ張った雰囲気が微塵も存在しなかった。心の底からそう思っているようだった。

「いなくても困らん。困ったように感じたときも、寝れば治る」

「参考になる話だ」

「お前は無理だろ」
 
 茶髪はまんざら冗談でもなさそうに言う。

「お前には無理だよ、そういうやり方は」

 やけに知ったようなことを言う。

671 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/23(土) 17:53:11.02 ID:3VZorDbio

「もうすぐ冬休みだねえ」

 俺は話をずらした。都合の悪いは受け流すに限る。
 茶髪は頷きすら返さなかった。

「ご予定は?」

「寝る」

「……あ、そう」

 会話の膨らませ方って奴を理解しない奴だ。
 いや、単に膨らませる必要を感じていないだけか。

 俺にはこういう要素が足りていなかったのかもしれない。うーん。
 自分とまったく違う人種に出会うと、学ぶものが多いと言うけれど。
 
 あるいはそもそも、俺は「他人」と対話しようとしたことがなかったのかもしれない。
 
672 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/23(土) 17:53:37.29 ID:3VZorDbio

「あのさあ」
 
 不意に思いついて、俺は茶髪に訊ねる。

「俺ってどんな人間?」

「さあね」

 と茶髪は言った。俺は肩をすくめる。

「やっぱ、あれか。男の風上にも置けない系?」

「さあね」

 彼の反応はつれない。
 じゃあ彼は、どうしてここに来て、こんなふうに俺の近くのベンチに座っているんだろう。
 俺には分からないことがたくさんある。

 まぁいいか、別にどうだって。
 何もかも、俺の手にはあまりすぎる問題。考えるだけ無駄なのだ。
 よきにはからえ、めぐり合わせ。禍福はあざなえるなんとやら。
 
 困ったときの神頼み。

673 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/23(土) 17:54:05.99 ID:3VZorDbio
つづく

634-6 朦朧としているのが → 朦朧としているのか
635-4 木槌を叩く → 木槌を振り下ろす
674 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) [sage]:2012/06/23(土) 18:32:50.93 ID:O0zJKm80o
茶髪ルート来たか!
675 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/06/23(土) 18:33:30.03 ID:RYa/LQDSo
おつかれ!
毎日楽しませてもらってます
676 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/06/23(土) 22:32:29.35 ID:vdZ0dpCIO
つづけーーー
677 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(中部地方) [sage]:2012/06/23(土) 22:44:42.88 ID:bd8Ua5Zao
おいつ
678 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/06/23(土) 22:47:26.84 ID:61jZthBIO
おっつん
茶髪も俺が
679 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/25(月) 21:16:41.23 ID:abHs6vdFo

 学校が終わって、冬休みになった。
 俺は誰とも会わずに休みを過ごすつもりだった。というより、順当に考えてそれがあたりまえだ。
 今までそうだったし、今回だってそうに違いない。そんなふうに考えていた。

 のだが、初日にいきなり予定が入った。タカヤだ。

 タカヤは「一人じゃ不安だから遠くから様子を見ていてほしい」と言った。デートのことだ。
 そんな奴がいるもんだと思っていなかった。
 
 普通は恥ずかしくていやだと思う。見られるなんて。
 でもタカヤは違った。よくよく考えると彼の行動は普通じゃない。すべて。

 おかげで俺は休みの初日の朝を寝て過ごすことができなかった。


680 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/25(月) 21:17:08.19 ID:abHs6vdFo

 駅前の映画館は学生が多かった。休みに入ったところが多いというのもあるだろう。
 もともと最近できたばかりで盛況な場所だった。近くに食事や買い物ができる店が多い。

 おかげで、俺とモスは人ごみに紛れてタカヤの様子をうかがうことができた。

「うーん」

 モスが唸る。

「俺たちは何をやってるんだろう」

「デバガメ」

「せつない」

 俺とモスはふたりでタカヤの様子を見る。遠巻きに眺めていると、本当にいい顔をしている。 
 そこらへんじゃ、ちょっと見かけない。

 さて、と俺は思う。タカヤに頼まれたといっても、どうせ映画を観てちょっと話をするくらいのことしかしないだろう。
 なんでこんなもんを見なきゃならんのだ、と思っているところに「みー」がやってくる。

 俺たちは身を隠す。

681 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/25(月) 21:17:36.90 ID:abHs6vdFo

 当然だが、距離があるので会話は聞こえない。どうもお互い緊張しているようには見える。

「こんな寒い日にこんなに人がいるなんて」

「インドア派だから世情には疎いよなあ」

「今やってる映画って何?」

「知らない」

 なんとも微妙な話だ。

「券買いにいったな」

「俺らもちょっとしたら並ぶか」

「ポップコーン食う?」

「歯に挟まるからいらない」
 
「嫌な話だ」

 俺は溜め息をつく。

682 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/25(月) 21:18:12.66 ID:abHs6vdFo

「あいつらジュース買ってるな」
 
 タカヤにあらかじめ聞いていた映画のチケットを購入し、俺とモスはふたりの様子を遠巻きに眺める。
 と、不意にうしろに衝撃があった。何かがぶつかってきたらしい。

「あ、すみません」

 と過失ゼロパーセントの俺は謝った。なぜか。

「すみません」

 と返ってきた声に聞き覚えがあり、視線を向ける。

「ん?」

「あっ」

「お、おう?」

 両手にジュースのカップを持った妹の姿があった。

683 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/25(月) 21:18:38.31 ID:abHs6vdFo

「なにやってんの?」

 と問いかけると、「いや、べつに……」と返される。

「デート?」

 軽めのジョーク(牽制)。

「誰とですか」

 彼女はなぜか敬語で返した。苦笑する。
 そのとき、彼女のうしろから、もう一人女が出てきた。
 
 幼馴染。
 なぜこのふたりが、と思ってすぐに勘付く。

「……どうやら目的が重なっているようだ」

 幼馴染は気まずげに苦笑した。

「ごめんなさい。一人だとなんだったので、妹ちゃん借りてます」

 ……さすがにそこで妹を誘うのはどうかと思うんだが。

684 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/25(月) 21:19:04.34 ID:abHs6vdFo

「そろそろ始まるよ」

 と妹が幼馴染に声を掛ける。 
 ということは、俺たちも時間なわけだ。見れば、例のふたりは入場している。

「追いますか」

 一応、席は後ろの方を取ったので、見られないと思うのだが、入るときは気をつけなければならないだろう。
 俺は何かを忘れている気がしたが、考えないことにした。

 スクリーンにしばらくの間諸注意の映像が流れ、やがて新作映画の予告が始まる。
 予告映像ってなぜ面白そうなんだ? って面白そうにしなきゃまずいのだろうが。
 
 映画がはじまる。ここ最近のドラマでよく見かける俳優が山ほど出てくる邦画。
 うーん、と俺は思う。映画なんてよく知らないしなぁ。

 そもそも今日の目的は、タカヤの付添みたいなもんであって、あんまりいる意味がない。

685 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/25(月) 21:19:32.80 ID:abHs6vdFo


 どうせ映画を観ている最中は声も言葉も交わさないわけであって。
 俺は今朝は眠かった。だから寝たい。寝よう。

 俺は寝た。
 
 ふと目を覚ましてスクリーンを見ると、女が泣いている。夜の部屋だ。二人きり。画面はやたらと暗い。
 蛍光灯の灯りが寒々しい、フローリングの床で食器が割れている。

 女はうずくまって泣いている。台詞がないまま男は静かに部屋を出た。
 夜の繁華街に向かい、ひとりで歩いている。携帯電話が鳴った。どうやら友人かららしい。
 突然呼び出され高架下に行く。

 二人の関係性はよく分からないが、友人の方はさっきの女と主人公の関係に対して思うところがあるらしい。
 真剣に、心配そうな言葉をだらだらと並べ立てる友人に、うんざりとした表情で主人公は言う。

「うるせえな、俺の勝手だろう」

 友人は激昂して主人公に掴みかかる。主人公は抵抗すらしない。友人は殴らずに手を放した。

「分かったよ、勝手にしろ」

 友人はそう言って背を向けて、足早に去っていく。ひとり高架下に残された主人公は、疲れ切ったような表情でその場に座り込んだ。
 胸ポケットから煙草とライターを取り出す。口にくわえて火をつけようとするが、ライターの調子が悪くなかなか火が付かない。
 
 彼はライターを近くの草むらに向かって投げ捨てる。しばらく火のついていない煙草をくわえたまま、じっと夜の闇を睨んでいる。

 なにこの映画。

686 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/25(月) 21:20:01.10 ID:abHs6vdFo

 隣の席のモスを見ると、どうやら熱心に見入っているらしい。
 タカヤと「みー」はというと、ここからは後ろ姿なのでよくわからないが黙ってみているようだ。

 妹と幼馴染を探そうとしたが、振り返らなければ見えない位置だったので自重した。

 スクリーンの中には朝が来る。狭い部屋。シングルベッドでさっきの男と女が起きる。
 二人とも裸だ。窓の外から朝日が差し込んでいる。

 男が煙草をくわえて、ライターを探す。でもない。当たり前だ。さっき捨ててたんだから。
 舌打ちをして、男は仰向けに寝転がる。女が起きて、「おはよう」と掠れたような声で言った。

 なんなのこの映画。

 俺は疲れたような気分だった。
 
687 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/25(月) 21:20:27.35 ID:abHs6vdFo

 なんやかんやあった末に、結局主人公は友人と分かり合うこともなく、女とだらだらとした生活を続ける。 
 しかも周囲から認められるわけでもない。鬱屈とした生活態度。

 最後、堤防の上を、手を繋いで二人は歩く。薄曇りの空の下、犬の散歩をしているおじいさんとすれ違う。

 女は何かを言いかけて、結局何も言わなかった。主人公は苦笑する。
 たぶん彼が笑ったのはその映画で初めてだっただろう。見ていないけれど、そういう気がした。

 で、なんなのだ、この映画は。

 エンドロールに入って早々に、俺とモスは立ち上がった。
 あの二人はしばらく動き出さないようだったし、何より俺の喉が渇いていた。
 
 映画館を出て自販機でコーヒーを買う。ひどく眠くて、頭がはっきりしなかった。

 すると幼馴染と妹がやってくる。

「どうやら移動するらしいですよ」

「ここらへんで、やめとかない?」

 俺が提案すると、幼馴染は目を丸くする。

688 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/25(月) 21:20:56.72 ID:abHs6vdFo

「どうしてです?」

「これ以上つけまわす必要、なさそうだよ。ふたりとも普通にリラックスしてるように見える」

 実際には見えなかったが、それでも俺たちがわざわざ監視する必要はないように思えた。

「うーん」と彼女は唸って、結局頷いた。

「かもですね」

 そして、なんだか寂しそうな目で「みー」の後ろ姿を眺める。

「なんていうか」

「なに?」

「わたしとあの子、何が違うんでしょうね」

「何の話?」

「いえ。境遇的な?」

「何もかも」

 俺が言うと、彼女は切り傷に消毒液がしみたような顔をした。

689 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/25(月) 21:21:22.56 ID:abHs6vdFo

「なんか、羨ましいところでもあるの?」

「まぁ、そうですね」

 彼女はちらりと妹を見た。見られた方は首をかしげている。

「なんか知らないけど、羨ましいなら真似してみたら?」

 幼馴染は苦笑した。

「きみが言うことじゃありませんね」

 何の話だろう。

690 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/06/25(月) 21:21:48.37 ID:abHs6vdFo

671-2 都合の悪いは → 都合の悪い話は

つづく
691 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) [sage]:2012/06/25(月) 21:39:44.12 ID:iadxMsn1o
乙乙
試合は続くんだろうか
692 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2012/06/25(月) 21:48:31.30 ID:lkneeBzlo
おつりんりん
693 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/06/25(月) 22:01:05.78 ID:ntHwKYFAo
やたらつづけ
694 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [sage]:2012/06/25(月) 22:03:45.82 ID:7gU6wPK+o
素晴らしい

695 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2012/06/25(月) 22:12:06.28 ID:ozJS57+Yo
こんのエロゲ体質が
696 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/06/25(月) 23:03:53.52 ID:cSEU6k4io
なんという期待値の高さ
697 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(中部地方) [sage]:2012/06/25(月) 23:51:12.03 ID:NuxlHQGyo
698 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/06/26(火) 00:05:20.53 ID:N+yEqA3xo
女の子と付き合ったことがあるにしては鈍感だな
699 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/06/26(火) 08:00:47.67 ID:XrzRd4cIO
幼馴染みかわいい
700 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/26(火) 12:33:24.62 ID:WtNDZQ1po

 タカヤとみーが映画館を出るのを確認してから、念のため時間を置いて四人で外に出る。

「さて、どこに行きましょうか」

 少なくともあの二人が行きそうな場所は候補から外さなくてはならない。
 
「大丈夫ですかね」

 幼馴染が心配そうに言う。大丈夫だとしても大丈夫じゃないとしても、放っておくべきだ。
 それよりも俺は、さっきの幼馴染の態度の方がずっと気になっていた。

 いったいどういうことなんだろう。
 
 ――いや、深く考える必要はない。こいつが思わせぶりなのは今に始まったことじゃない。

701 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/26(火) 12:33:50.94 ID:WtNDZQ1po

 ちょうどいい時間だったし、昼食を取ることにして、どこか適当な店に入ることにした。
 タカヤとみーの行動圏を気にしつつ、あまり遠くなく、財布に優しい場所。
 すべてにおいて適当な場所はなかったが、少し移動して近場のファミレスに向かうことにした。
 
 道を歩きながら、俺の意識は微妙に揺れ動いている。中途半端に寝たせいで、頭がぼんやりしてるんだろうか。

 なんだか嫌な感じがした。身体のどこかで何かが渦巻いているような違和感。
 俺は何か思い違いをしていないだろうか。

 ……今更、何を考えることがあるんだろう。
 それでも、なんだか不安を感じずにはいられない。

 四人で街を歩いていると、奇妙な感覚に陥る。
 俺たちはどうしてこんな場所を歩いているんだろうか。

 いや、移動しているからだ。そりゃそうなのだけれど、何がどうなって、このメンツで歩いているんだろう。
 去年の今頃だったら想像もできなかったことだ。

702 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/26(火) 12:34:18.80 ID:WtNDZQ1po

 ――去年の今頃。
 
 不意に、視界の端に見知った顔を見つけた気がした。俺以外の人間は誰も気付かない。
 すれ違った相手。立ち止まって後ろを振り向く。モスは足早に歩いていく。
 幼馴染は、俺が立ち止まったことに気付いて、自分も足を止めた。

 振り向いた先で、目が合う。

 声が出そうになって、抑える。
 彼女はひとりで歩いていた。だからどうというのではない。同じ町に住んでいるのだから、会ったところで不思議はない。
 ついこのあいだ会ったばかりの顔。以前と変わっているようで、やはり面影を残している顔。

 彼女はこちらを面食らったように眺めてから、後ろに立ち止まった幼馴染にも意味ありげな視線を向ける。
 その口元が、微笑のかたちに歪んだ。

703 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/26(火) 12:34:50.96 ID:WtNDZQ1po

 混乱する。
 いったいなぜ、彼女が俺たちを見て微笑んだりするんだ?

 その笑顔はひどく暗示的だった。 
「分かるでしょう?」と彼女が言っている気がした。
「なにひとつ終わってなんかいないんだよ」と。
 
 アキ、と俺は口だけを動かした。その様子を見て、なぜか満足そうな笑みを浮かべ、彼女は去っていく。
 
 分かるかな、なにひとつ終わってなんかいないんだよ。
 そう語る彼女の声が、耳元に聞こえた気さえした。

704 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/26(火) 12:35:16.85 ID:WtNDZQ1po

 幼馴染の態度は、アキとすれ違って以来奇妙なものになった。
 どうにも挙動不審で、ときどき機嫌をうかがうような目で俺の方を見る。
 
 その態度はいつになくおどおどとして自信なさそうだった。俺は彼女のこんな姿を見たことがない。

 何が原因かと言ったら、間違いなくアキとの接触が理由だろう。
 
 だが、どうしてアキの顔を見ることで、幼馴染の態度が変わったりするんだ?

 ファミレスで食事をとる間も、幼馴染はほとんど喋らなかった。
 ときどき目が合うと、彼女はすぐに逸らして、取り繕うような笑みを浮かべる。

 顔はいつになく青白く見えた。
 嫌な感じが消えない。なぜだろう。
 終わったはずのことだ。自分がどれだけ悪くても、結局は過ぎたことだったはずだ。

 アキはアキなりに上手くやっているのだろうと――勝手に、希望的な見方をしていたけれど。
 それでも、そうなるはずだと、思っていた。

 なぜ、彼女が俺たちに向けてあんな顔をしたりするんだろう? なぜ、知らないふりをして通り過ぎなかったんだろう?

705 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/26(火) 12:35:42.88 ID:WtNDZQ1po

「ごめんなさい」

 と幼馴染は口を開いた。

「ちょっと体調が悪いので、先に帰りますね」

 本当に具合が悪そうな顔をしている。
 俺とモスは顔を見合わせて、頷き合った。

「じゃあ、ここで解散にしよう。送っていく」

「いえ、大丈夫ですから」

「そういうふうに見えない」

 はっきりと告げると、幼馴染は苦しそうな顔をした。
 本当に具合が悪いようだ。

「分かりました」

 しぶしぶと言った調子で、彼女は返事をする。
 その声も、普段に比べて力がない。

706 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/26(火) 12:36:14.64 ID:WtNDZQ1po

 途中までは四人一緒の帰り道だった。最初にモスと別れ、次に俺の家について、妹を先に帰す。
 最後に幼馴染を家まで送る。道順的に、彼女の家が一番遠かった。

「……ごめんなさい」

 と彼女は謝る。なぜ謝るのか、まったく分からない。

 家の前につくまで、俺たちはほとんど言葉を交わさなかった。
 幼馴染は凍えているようにすら見える。俺は何をしてやればいいのか分からずに黙っていた。

 アキの顔が脳裏をちらつく。
 
「それじゃあ」

 玄関まで送り届けて、幼馴染に背を向ける。なんだか俺も、ひどく疲れていた。
 ……当たり前と言えば、当たり前、なのだろうか。

707 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/26(火) 12:36:40.83 ID:WtNDZQ1po

 立ち去ろうとすると、後ろから引っ張られる。
 上着の裾を幼馴染が掴んでいた。

 何のつもりかたしかめようとして振り向くが、彼女は俯いていて、表情が良く見えない。

 本当に、こんな姿を見るのは初めてだった。

「あの」

 切迫した雰囲気の声だった。必死そうな、と言い換えてもいい。
 
「……きみは」

 背丈の違いのせいもあって、俯かれてしまうと表情が見えない。
 不安とか、心配とか、そういう感情が綯い交ぜになっている。

「俺は別に、平気だぞ」

 心配をかけたのかと思って言ってみると、どうやら違ったらしく、彼女は意外そうな顔をした。
 それから、何かを後悔しているような顔で、こちらを見た。胸のつかえがとれないような、息苦しそうな表情。

「……そう、ですよね。これだと、立場が逆ですね。本当ならわたしが心配してなきゃなのに」

 幼馴染があんまりつらそうに言うものだから、俺は苦笑しそうになった。

708 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/26(火) 12:37:18.74 ID:WtNDZQ1po

「無理せずに寝てろよ」

「……うん」

 珍しく、彼女は敬語を使わずに素直に頷いた。
 俺は言いようもなく落ち着かない気持ちになる。

「ごめんなさい」

 最後にもう一度彼女は謝った。
 なぜ、謝るのだろう。俺にはその理由がまったく分からない。

 彼女はなかなか家の中に入ろうとしなかった。早く入るように促すと、早く帰るようにと言われる。
 このままだとしばらく話が動きそうにないと感じて、俺は仕方なく歩きはじめた。
 
 振り向くと、幼馴染はこちらをじっと眺めている。
 俺は溜め息をついて歩き続ける。またしばらく経ってから振り向く。目が合う。
 彼女は手を振った。俺は肩をすくめる。

 数歩歩いてまた振り向いていると、ちょうど彼女が玄関の扉をくぐるところだった。

709 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/26(火) 12:37:44.83 ID:WtNDZQ1po

 家についてすぐ、疲労感に襲われる。特に何をしていたわけでもないのになぜだろう。
 理由は分からなかったが、気分がまったく落ち着かなかった。

 なぜだろう? 何かが起こっている気がする。本来ならすべて終わっているはずなのに。
 厄介ごとはぜんぶ、身の回りから離れたように感じていた。
 タカヤのこともみーのことも、俺の手から離れた。茶髪とも、まぁ曖昧ではあるが、片が付いた。
 
 それで、いまさらいったい、何が起こるっていうんだ?
 幼馴染の蒼白な表情と、アキのあの微笑が、頭に焼け付いて離れない。

 妹に幼馴染を送ってきたことを告げて、自室に戻る。
 ベッドに倒れ込むと、全身が鈍く痛んだ。

 しばらく休んでいると、ポケットの中に入れっぱなしだった携帯が鳴る。
 いったいなんだよ、と思いながらディスプレイを見る。
 
 息を呑んだ。

『電話してもいい?』

 素っ気ない文面。見覚えのあるメールアドレス。
 アキからのメールだった。

710 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/26(火) 12:38:11.84 ID:WtNDZQ1po
つづく

126-10 恐れているように見えることだ。 → 恐れているように見える。

149-2 ときの頃。 → 頃のこと。


711 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2012/06/26(火) 12:50:33.15 ID:JeWVuNPJo
むむむ乙
712 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/06/26(火) 13:53:22.96 ID:BdsiIMufo
乙乙乙
713 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/06/26(火) 15:55:19.05 ID:3jdybLkIO
怖っ
714 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(埼玉県) [sage]:2012/06/26(火) 18:24:35.80 ID:wcmqV8aXo
魚う
715 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/06/26(火) 19:36:33.87 ID:SIkCpWf4o
恐怖を禁じえない……
716 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/06/26(火) 19:54:10.06 ID:+8WZYRXCo
いったいどうなるのか楽しみ
717 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(中部地方) [sage]:2012/06/26(火) 21:18:55.16 ID:YjtS+q/4o
おおお乙
718 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2012/06/26(火) 23:41:06.93 ID:KsQSuejRo
ヤンデレさんか
719 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/06/27(水) 00:01:12.09 ID:u0kiXzuUo
ラスボスかな
720 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/28(木) 12:46:11.07 ID:AasgcWJTo

「アドレス、変えてなかったんだね」

 甘ったるい、鼻にかかったような声が、電話越しに聞こえた。
 俺はなんだか奇妙な錯覚に陥る。アキがいる、と思った。この電話の向こうに。

「ああ」

 頷くと、彼女はくすぐったいように笑った。奇妙に安らいだ声だ。
 アドレスを変えていなかったことに、たいした意味はない。
 もし彼女がしつこく連絡をとろうとしたなら、すぐにでも変えていただろう。
 でも、そうはなかなかった。彼女は意外なほどすぐに事実を受け入れて、俺に対してどのような接触も試みなかった。
 
 だから、変える理由がなかった。そうでなければ、疎遠になっていた幼馴染から、俺の携帯にメールが届くわけもない。

「いま、何してた?」

 本題に入る前に、軽い世間話でもするつもりなのだろうか。いやそもそも、『本題』などあるのだろうか?
 彼女はそういう人間だった。特に理由もなく、人を混乱させるのが好きだった。人を困らせるのが好きだった。

 ……あるいは、それは俺に対してだけだったか。

721 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/28(木) 12:46:37.34 ID:AasgcWJTo

「別に。寝てた」

 答えてから、そういえばこんな言葉を以前もアキに向けて言ったことがあると思って、妙に据わりの悪い気分になる。
 いったい、何が起こっているんだ。

 どういうつもりか、俺の答えに彼女はおかしそうに笑う。その静かで甘ったるい声音は、以前とまったく変わらない。
 なぜ、以前とまったく変わらないなんてことがあり得るんだ?

「どうして――」

 どうしていまさら、連絡をよこしたんだと、聞いていいものか悩んだ。
 俺は、彼女に対してどんな言葉を掛ければいいのか分からない。
 どんな言葉を掛けることが許されるのか分からない。

「どうしたの?」

 こいつはなぜこんなにも平然としているんだ?
 なぜ、何事もなかったような態度で話ができるんだ?

722 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/28(木) 12:47:05.69 ID:AasgcWJTo

「どうしたのって、そっちが連絡してきたんだろう」

 俺はやっとの思いで答える。用件を早く言ってくれ。

「べつに、ただなんとなく」

 ただなんとなく、なんてあるわけがない。
 何か意図があるはずなのだ。そう感じるのは、俺が後ろめたさを感じているからか?
 
 彼女が俺と言う人間に恨みを抱いていて、何かの復讐をするつもりなのではないかと、そう考えるのは自意識過剰なのか?

 疑問が頭の中で膨らんでいく。
 何よりもタチの悪いことに……俺は昔から、アキという人間を、けっして嫌いではなかったのだ。

 もちろん恋愛ごとは抜きにしてだが――もういちど話せるようになったなら、どれだけいいだろうとは、思っていた。
 
723 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/28(木) 12:47:34.80 ID:AasgcWJTo

「ねえ」

 とアキは言った。普通の、声音だった。何も特別なことのなさそうな。
 気まぐれに隣の席のクラスメイトに話しかけるような、気安げな声だった。

「本当に、なんとなくだよ。別に何かを考えてるわけじゃない。不安になった?」

「少しね」

「そっか」

 彼女は嬉しそうに笑う。なぜ嬉しそうなのかは、俺には分からない。そういうことが、彼女にはある。

 時間をおいたせいか、以前とは関係性が違うからか、俺はアキに対して以前のような鬱陶しさを感じなくなっていた。
 そのことがより一層俺を不安にさせる。俺の気持ちを知らずに――あるいはすべて見透かしてか――アキは話を続ける。

「会いたいって言ったら、笑う?」

「どうして?」

 と俺は問い返した。

724 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/28(木) 12:48:00.94 ID:AasgcWJTo

「分からないけど、もういちど会ってみたい」

「なぜ」

「だから、分からないんだって」

 彼女はくすくすと笑う。アキは怒ったり苛立ったりすることがない人間だった。
 俺は今、彼女を恐れている。

「このあいだの……」

 俺は話題を変えた。

「コンビニでも、会っただろう」

「やっぱりあのときの人、あなただったんだ。そうかなって思ったんだけど」

「あのときの男、彼氏?」

「そうだよ」

 アキはなんでもないことのように言う。俺は少しほっとした。

725 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/28(木) 12:48:30.62 ID:AasgcWJTo

「いつから付き合ってるの?」

「先月からかな。ちょうど一ヵ月になるくらい」

 よかったね、と言おうとして、さすがに思いとどまった。
 そして、こんな電話はさっさと切ってしまうべきなのだと考える。
 なぜ俺たちは今更こんな話をしているんだ? もう終わったこととして扱うべきなのだ。

 ――いや、扱ってほしいのだ。俺は。それは逃げだろうか? 俺は彼女と向かい合うべきなのか?
 正解が分からない。どう接するのが正しいんだろう。

「あのね、ずっと考えてたんだけど」

 アキは言う。

「……あのころは、ごめんね。わたし、自分のことばっかりで、あなたのこととか、何も考えてなかったのかもしれない」

 俺は黙って聞いていた。

726 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/28(木) 12:48:56.31 ID:AasgcWJTo

「わたしが一方的に甘えてただけなんだよね。怒っちゃうのも、当然だと思う」

 俺は息苦しくなる。

「今なら分かるけど、あなたにだって不安とか、悩みとかあったんだよね」

 心臓を直接揺さぶられているような気分だった。これは本当に現実なのだろうか、と俺は思う。
 
「だから、ごめんなさい」

 俺は言葉を失った。どうして彼女がこんなことを言ったりするんだ。
 いったい何があったんだろう。

「……なにか言ってよ」

 アキは、照れくさそうな声で言った。
 この言いようもなく落ち着かない気分はなんなんだろう。ひどく、不安になる。
 自分の存在が揺らいでいる気がした。

727 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/28(木) 12:49:46.30 ID:AasgcWJTo

「……ああ」

 と、やっと漏れ出した頷きは、溜め息のようにかすかだった。
 それでもアキは声を安堵の色に変えた。

「ありがとう」と彼女は言った。どうして彼女が「ありがとう」と言ったりするんだ?
 俺の頭では彼女の言葉はいちいち理解できなかった。なにひとつ分からない。

「ねえ、もう一度会えないかな。もちろん、いまさらもう一度付き合ってなんて言わないから」

 当たり前だ、と俺は思う。そんなのは当たり前のことだ。
 彼女はなぜ謝ったのだ? 本当なら俺が謝らなくてはならないのに。

 そして、俺は謝ってはならないのだ。本当に悪いことをした人間はそのことを謝罪するべきではない。
 そうすることで許されようとしてはならない。謝ったら、きっと彼女は俺を赦すだろうから。

 なのになぜ、彼女は俺を最初から赦していたような態度でいるんだ。

 不可解なことが多すぎて、俺の頭は上手に働いていない。

728 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/28(木) 12:50:14.80 ID:AasgcWJTo

「わたしはさ、あなたと話したいこととか、いっぱいあるよ」

「悪いけど」

 と俺は答えた。

「……そっか。うん」

 平気そうな声音だった。アキは努めてそういう声を出す人間だった。
 何を思っていても平気そうな顔をする人間だった。それなのに、頭の中も胸の内も傷ついてばかりいる。
 ひどく傷つきやすい人間だった。

 俺は罪悪感に駆られる。ひょっとして俺は自分勝手な恐怖で彼女を蔑ろにしているのではないだろうか。
 本当に、彼女は言葉以上のことを考えていないのではないか。

 何が俺をこんなに不安にさせているんだ?
 
「ねえ、でもさ、また連絡してもいい?」

 俺には、どう断ればいいのか分からなかった。自分に断る資格があるのかどうかも分からなかった。
 アキが以前と変わらぬ口調で話を続けている間、俺の頭をよぎっていたのは、あの蒼白な幼馴染の表情だけだった。

729 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/28(木) 12:50:41.59 ID:AasgcWJTo

 電話を切ると、部屋は耳鳴りがしそうな静寂に支配されていた。
 俺の頭は混乱している。努めて何も考えないようにしたが、どうしても暗い気分になる。

 なぜ?

 と、さまざまな疑問が頭の中で回り続けている。
 なぜ、いまさら連絡をよこしたのか。なぜ、平然とした態度で俺と話すのか。なぜ、俺と会いたいというのか。

 だが、しばらく経つと気分が落ち着いて、なんとか冷静に自分なりの説明をつけることができた。

 彼女は今や恋人をつくり、普通に生活をできるほど回復している――少なくともそう見える。
 そして、昔ひどいケンカ別れをした人と偶然会って、なんとか過去のことを清算したがっているのかもしれない。
 ひどい思い出を、もうすこしマシな話に変えてしまいたいのかもしれない。

 だから話したいのだ。対話。そうだろう、たぶん。いまさら彼女が俺になんらかの執着を抱えていると思うのは、自意識過剰だ。
 そんなふうに感じるのはきっと、俺が彼女になんらかの形で執着しているからなのだろう。
 
 どうせ連絡なんてしてこないに違いない。これで、この話は終わりだ。

730 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/28(木) 12:51:14.11 ID:AasgcWJTo
701-1 昼食を取ることにして、どこか適当な店に入ることにした → どこか適当な店に入って、昼食を取ることにした

つづく
731 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2012/06/28(木) 12:54:07.03 ID:LtdQGLY/o
もやもやとするな乙
幼馴染…
732 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/06/28(木) 16:14:06.86 ID:U8Qe8GaSO
乙。断る前に電話を切ったのかな?

アキさん、今のところ迷惑の自覚なく自己満足のためにみえる
733 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(埼玉県) [sage]:2012/06/28(木) 16:20:02.14 ID:VYOfSHdro
ジェットコースターのよーだ
734 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/06/28(木) 16:46:23.41 ID:HIlBr5aIO
おっつん
転だな
735 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/06/28(木) 23:11:34.64 ID:PYNnzolio
おつおつ
736 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2012/06/29(金) 00:53:22.73 ID:H3bEBk7po
おお・・・
737 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/29(金) 15:17:01.81 ID:M4GDL18io

 冬休みの二日目を、俺は眠って過ごした。怠惰であることはとても大切なことだ。
 ときどきみんな忘れてしまうけれど、一生懸命であることは別に素晴らしいことじゃない。
 素晴らしいことは大抵、一生懸命にならなければ手に入らないというだけで、一生懸命それ自体が重要なのではない。
 
 つまり、頑張らずに素晴らしいものが手に入るならそれに越したことがないのだ。
 こんなことをいうと、努力をせずに得たものなんてむなしい、とかしたり顔で語る奴がいる。

 金持ちは精神的に豊かでない、と貧乏人が言いたがるのと同じ理屈だ。
 実際には金持ちの方が精神的なゆとりと余裕を持っている。欲にまみれているのは貧乏人も大差ない。余裕もないから怒りっぽい。

 貧乏でも幸せな家庭もあるのは確かだが、だからといって金持ちが不幸だという理屈にもならない。
 貧乏人は哀れだ。腕っぷしの強い奴は正義だ。そう言い切ってしまえばいい。
 それなのになぜか、そうした動物的価値に即して優れた人間は、人間性を貶められやすい。

 現実には、金持ちの心は別に荒んでいない。腕っぷしが強い奴にも優しい気持ちくらいある。むしろ強者であるぶん余裕がある。
 貧乏人の心は金持ちの心を見下したくなる程度には荒んでいて、腕っぷしの弱い奴は強い奴を非難したくなる程度にひがんでいる。

 神はちょっと前に死んだ。

 などと、黴の生えたようなどうでもいいことを考えて現実逃避したくなる程度には、憂鬱な朝だった。

738 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/29(金) 15:17:33.99 ID:M4GDL18io

 俺の頭は前日のアキからの電話に支配されていた。
 だから、タカヤと「みー」のその後の顛末のことは、モスからの電話があるまですっかり頭から抜け落ちていたのだ。

 モスから電話が来たのは一時半。俺が二度寝から覚めて、ベッドでごろごろとし始めて一時間近く経った頃だった。

「タカヤから連絡来たか?」

「来てないよ」

 そっか、とモスは言う。そういえば、映画館に行ったのは昨日のことだったか。既にずっとまえのことのように思える。

「上手く行ったの?」

 と俺は訊ねた。

「さあ」

 とモスは答える。

「結論を急がないことにしたらしい」

 ずいぶんな立場だ。

739 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/29(金) 15:19:06.84 ID:M4GDL18io
 タカヤの話が一区切りしたあと、不意にモスが深刻そうな口調になった。

「……なあ、なにかあったのか」

「なにかってなんだよ」

 と俺は笑う。なにかってなんだ? なにがあるっていうんだ。気にするようなことは何もない。
 本当に、何もない。全部終わったことだ。

 なぜいまさらアキのことなんて考えなくちゃいけないんだ?
 俺は自棄になったような気分で思う。
 そうだよ、何も善人を気取る必要なんてない。俺はもともと馬鹿で身勝手だった。

 気にする必要はない。あいつのことなんて、これっぽっちも。ぜんぜん考えなくていい。俺は目を瞑る。
 モスは何か言いたげに口籠ったが、結局押し黙ったあと、適当な言葉で話を終わらせて電話を切った。

740 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/29(金) 15:20:22.66 ID:M4GDL18io

 階下のリビングに降りると妹がこたつで眠っていた。よく寝る奴だ。一時を過ぎているのに。
 俺はコーヒーメーカーを動作させた。こぽこぽこぽ、とよく分からない音がリビングに響いて、独特の香りが部屋に広がった。
 
 できあがるまで、椅子に座って目を閉じていた。すると不思議な気持ちになる。
 何も考えないことができる。それはとても心地よい時間だ。
 
 けれど少しすると、何かを忘れているような気分に陥る。それも、致命的なものを。

 何かを考えなくてはならないような焦燥。けれど実際には、考えなければならないことなんて冬休みの課題くらいしかない。
 目を瞑る。

 幼馴染の顔を思い出す。ふと、俺はアキが嘘をついているような気がした。そのこともあまり考えないようにする。

 コーヒーの香りにくすぐられてか、妹が目をさましたようだった。

「飲むか?」

「……うん」

 寝惚け眼をこすりながら、妹が椅子にすわる。彼女が起き出したおかげで、俺は余計な考えをやめることができた。

741 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/29(金) 15:20:51.02 ID:M4GDL18io

 出かけようか、と俺は言った。どこに? と妹は訊き返す。俺は言葉に詰まった。行きたい場所なんてどこにもなかったのだ。

「なにかあったの?」

 妹にまで訊ねられる。俺は溜め息をつく。それ以外にできることがなかった。
 妹は呆れたような顔をした。俺はどんな態度で彼女に接すればいいのか分からない。

 このところずっとだ。

 でも、考えてみればずっと前からこうだったのかもしれない。
 近頃、俺を取り巻く環境が大幅に変わった――ような気がした――から、気付かなかっただけで。

 本当のところ、俺を取り巻く問題はなにひとつ変わっていないのかもしれない。
 ずっと前からなにひとつ。

「出かけよっか」

 妹が、不意に言った。

「どこに」

「わかんないけど」

 なるほど、と俺は思った。

742 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/29(金) 15:21:17.13 ID:M4GDL18io

 で、出かけることになった。特に目的もなく。このあいだもこんなことをした気がする。
 いつものように街に出る。人通りの多い道。その中で、言葉も交わさずに二人で歩く。

 外は寒い。クリスマスシーズン。冬休み。なんとなく落ち着かないような気配。

「なんか、兄さん、ねえ」

「なに?」

「さむい」

 冬だから、そりゃそうだ。

「カイロないの? カイロ」

「あるよ」

「貸して」

 俺がポケットからカイロを取り出すと、妹はかすめ取るように受け取って、手のひらでこねまわしはじめる。

743 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/29(金) 15:21:45.23 ID:M4GDL18io

「ねえ、なにか考え事?」

 妹は、妙にはしゃいだ口調で言った。

「まあね」

 俺は答える。なんだかひどく疲れていて、外面を保とうと思う気力さえなかった。

「疲れてる?」

「とっても」

「そっか」

 彼女は満足げに頷いた。
 なぜ頷くんだろう。分からないけれど、すこし心が晴れた気がした。

744 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/29(金) 15:22:11.43 ID:M4GDL18io

「なんか、どこにも入りにくいね」

「そうかもね」

 俺は適当に相槌を打つ。入ろうと思えばどこにだって行けた。ファーストフードも喫茶店も。
 街角の寂れたブティック、昔からあるゲームショップ、ちょっと前にできた眼鏡屋。
 用事がなくたって、いつだって入れる。でも、どこにいたってなんとなく、俺は場違いになってしまう。

「公園にでもいく?」

「なんで?」

「犬がいるかもしれない」

「未来予知の?」

「の」

 妹は頷いた。俺は肩をすくめる。

745 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/29(金) 15:23:08.95 ID:M4GDL18io

 けれど公園に未来予知の犬はいなかった。人一人いなかった。
 この寒さでは当然だろう、と、俺は白い息を吐き出しながら思う。

 俺はベンチに座る。妹は背の高い鉄棒を掴んで体を浮かせた。

「休みって、暇だね」

「だね」

 俺は溜め息交じりに答える。もし毎日がこんなふうに過ぎていくなら、俺はなにひとつ考えずに済むのに。
 ……いや。

 そこで気付く。俺は何を問題視しているんだろう。
 俺が考えている問題とはなんなんだろう? 普通に生活するだけで、俺は満足できないのだろうか、やはり。

 あたかも切迫した問題が目の前に迫っているかのように、俺の生活は不安定で歪だ。
 俺は何を考えているんだろう? 何を考えなければならないんだろう。

746 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/29(金) 15:23:35.63 ID:M4GDL18io

 失われた俺の中の指向性。俺は何をこんなに悩んでいるんだろう。
 たぶんそれは、いま、俺の目の前で、冬の寒さに少しだけはしゃいでいる妹の姿と、無関係ではないのだろう。

 このままでは、やっぱりだめなんだろうか。
 俺は自問自答する。なんとかやり過ごせば、上手いこと時間切れが来て、そのうち何もかもが上手くいったり、しないんだろうか。

 幼馴染の顔を思い出す。
 彼女はいったい、どうして俺にちょっかいを掛けるんだろう。
 
 モスが言う通り、俺は本当に妹のことが好きなのだろう、きっと。
 ――それで。
 それで、俺はいったい彼女とどうなりたいんだろう?

 そのことがさっぱり分からない。だから迷っている。
 というよりは。
 俺は彼女と、どうなれると思っているんだろう?

747 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/29(金) 15:25:22.85 ID:M4GDL18io

 家に帰って、久しぶりに妹とゲームで遊んだ。
 しばらくすると妹は眠ってしまい、俺は家にひとりになった。すると途端に寂しくなる。
 眠ってしまおうと思って部屋に戻る。ベッドに倒れ込んだ。

 なぜだか幼馴染の顔が頭をよぎる。
 妹と一緒にいると、ときどき幼馴染を思い出すことがある。

 すると決まって悲しくなる。なぜなのかは分からない。

 幼馴染のあの蒼白な表情。

 俺は考える。彼女はどうして、俺と一緒にいてくれるのだろう?
 彼女は、俺のことなんて世話のかかる昔馴染みという程度にしか思っていないはずなのに。

 ――思っていない“はず”?

 なんとなく、自分の思考に引っ掛かりを感じる。どうしてそんなふうに思うんだっけ?

 考えごとをしていると、いつのまにかうたたねしていた。

 目がさめると窓の外は赤く染まっていた。夕方なのだ。
 俺はベッドの中で体をじっと動かさずにいる。

 不意に携帯が震えた。
 アキからの二度目の連絡だった。
 
748 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/29(金) 15:25:50.20 ID:M4GDL18io
つづく
749 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/06/29(金) 15:27:55.83 ID:E8rZjSYBo
乙!
750 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(埼玉県) [sage]:2012/06/29(金) 15:39:44.93 ID:dB9echI2o
にゃあー!
751 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(中部地方) [sage]:2012/06/29(金) 15:40:30.05 ID:kv2v/61ho
乙!
いつも思うのだけれど話に引き込ませるのが上手いね
752 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/06/29(金) 16:03:32.32 ID:uIwUZlNIO
アキ怖い
753 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東海・関東) [sage]:2012/06/29(金) 16:56:13.23 ID:oQgvE/QAO
乙!
アキ怖いなぁ
754 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(栃木県) :2012/06/29(金) 17:05:55.17 ID:s+EYOhJ20
追いついた
755 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/06/29(金) 17:54:23.40 ID:98e26dcDo


主人公は余程顔に出やすいんだろうなあ
嘘つくの下手そうだ
756 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) [sage]:2012/06/29(金) 19:34:11.92 ID:9adQfU0Ro
ちょっとだけはしゃいでる妹かわええ
757 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/30(土) 22:05:50.62 ID:yIyBOkhco

「何の用?」

 と訊ねると、アキは少し気まずそうに呻いた。

「だめだった?」

「そうじゃないけど」

「そっか」

 ならよかった、と彼女は溜め息をつく。俺はなんだか嫌な気分になった。

「何の用?」

「別に、用とかはないの。ダメかな」

 駄目だとは言わない。

758 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/30(土) 22:06:33.80 ID:yIyBOkhco

 彼女は適当な世間話を始めたかと思うと、不意に幼馴染の話を始めた。

「また仲良くなったの?」

「べつに」

 俺はことさら素っ気なく答えた。どうしてそうしたのかは分からない。
 俺はアキを警戒している。なぜなのかは分からないけど、そうしている自覚はある。
 
 なんとなく、彼女と話していると不安になる。

「あの子とは、子供の頃からの付き合いなんだっけ?」

「まあね」

「ふうん」
 
 どうでもよさそうに、アキは頷いた。

759 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/30(土) 22:07:13.19 ID:yIyBOkhco

「ね、彼女はできた?」

「べつに」

 俺は正直に答える。

「そっか」

 アキはほくそ笑むような声で相槌を打つ。
 そして彼女は、

「そうだよね」

 と笑った。
 当たり前のことをきいてしまったと、自嘲するような笑みだった。

 俺は胸の奥でじくじくと何かが疼くのを感じた。
 そうなのだ。
 ずっと不安を感じていた理由に、いまさらのように気付く。
 
 明るすぎるのだ。アキが。彼女はそういう人間じゃなかった。
 嘲笑と自己憐憫と憧憬。以前のアキを構成していたのは、せいぜいそんなものだ。
 アキは、以前に比べてマトモすぎる。そのことが、強烈な違和感という形をとって、俺を不安にさせているのだ。

760 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/30(土) 22:07:51.04 ID:yIyBOkhco

“あなたみたいな人を好きになる女の子なんて、どこにもいないよ”

 アキは呪いでも掛けるように、ことあるごとに俺にそういう言葉を向けた。
 大抵の場合は人間性や生活態度について貶められた。
 次に多かったのは容姿に関するそれで、あとはこまごまとしたどうでもいいいようなことについてだった。

“だってあなたは人間としてまったく魅力的じゃないから”

 そして彼女は、最後に必ずこう言った。
 でも、わたしはそんなあなたのことを愛しているし、あなたと一緒にいてあげる。

 他の誰かが言ったなら、俺はその相手に病院に行くことを勧めただろう。
 
 けれどアキには、そういった言葉を信じてしまうだけの説得力があった。
 彼女の持つある種の性質が、おそらくはその言葉を信じさせたのだろう。

 絶望的な気分にとらわれていたその頃の俺には、アキの言葉が、ときどき救いめいてすら聞こえたのだ。

761 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/30(土) 22:08:16.86 ID:yIyBOkhco

 それに比べて――この“アキ”はなんだ?

 けっして以前のような歪さが損なわれているわけではない。
 むしろ影にひそんでいる分、その歪みは以前よりも強まっているように感じられる。

 あるいは、単純な話、関係性が変わった今となっては、俺にそういった自分を見せるのをやめたのか。
 何かを教訓にして、人に暗い自分を見せるのをやめたのか。

 いずれにせよ、俺とアキの関係は、今思えば恋人同士などという生易しいものではなかった。
 手を繋ぎながらお互いの傷を抉り合うような不自然な関係だった。

「会って話をしてみたいな」

 とアキは言った。
 なぜそうなるんだと俺は思った。
 
 いいかげん、俺も疑いたくなってくる。
 こいつは、俺が嫌がっていることを分からずに無神経に電話を掛けてきたり会いたいと言ったりしているではないのではないか。
 俺が嫌に思うことなど分かったうえで、そんなものはとっくに理解したうえで、それをかえりみずにいるのではないか。

762 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/30(土) 22:08:42.91 ID:yIyBOkhco

 そう考えて、俺はたまらない罪悪感に駆られる。
 俺に、そんなことを考える資格はあるのだろうか。

 だが、なぜそんなことを思うのか、まったくわからなくなる。
 俺はアキに対して強烈な後ろめたさを持っているが、それはどうしてだろう。

 ひどい別れ方をしたのはあくまでも結果であって、俺だってアキを傷つけたくて行動していたわけではない。
 くわえて、アキだってさんざん、俺を傷つけたり蔑ろにしたりしていたのだ。
 
 もちろんだから許されると思うわけではないが――俺が抱える罪悪感は、いったい何に由来するものなのだろう。

 アキは電話の向こうでくすくすと笑う。
 眩暈がする。

763 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/30(土) 22:09:10.73 ID:yIyBOkhco

「だめ?」とアキは言った。

「だめ」と俺は答える。
 
 一瞬の沈黙が生まれ、空気が張りつめた気がした。

 俺はひどく怯えている。

「うん、分かった」

 アキは笑う。
 俺は、自分が今、たしかにあの冬の地続きに存在しているのだと、ふと思った。

 俺は適当な理由をつけて通話を終わらせた。

 彼女との電話が終わると、俺は疲れ切っている。
 ともあれ、今日はやりすごした。
 
 明日も連絡を寄越すようなことはないだろうと、思いたいのだが。
 
764 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/30(土) 22:09:39.45 ID:yIyBOkhco

 翌日の朝、モスとタカヤから連絡があり、どこかで会わないかという話になった。
 俺たちは駅前のマックに集まった。モスが言うので幼馴染にも電話を掛けた。

 彼女はまだ以前どおりという雰囲気ではなく、少なからず暗い気分を引きずっているように見える。

 とはいえ、表面上は平気そうに振る舞っていたし、彼女がそうしている以上、こちらとしても問いただす理由はないように思えた。

 タカヤとモスが話をしている間も、俺はなんだか会話に混ざれずにぼーっとしていた。

 考えなければならないことがたくさんある気がしたけれど、よくよく考えてみればそうでもない。

 妹のことなら、何もいますぐにどうこうしようとしなくてもいい。
 幼馴染に関しても、問題があるようなら何かを言ってくるはずだし、言ってこないにしても、あまり様子がおかしいなら訊ねればいい。
 アキのことは本来ならもっとも簡単だ。連絡するなと一言言ってしまえばいい。

 けれど現実には、俺はそれらの問題にかなり思考をかき乱されていた。

765 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/30(土) 22:10:08.80 ID:yIyBOkhco

 特に、目の前にいる幼馴染に関してはどうしても気になってしまう。
 一度アキについての話をしたとき、彼女は平然としていたのに。

 それなのに、じっさいにアキと会い、目が合っただけで、ひどく憔悴しているようにみえる。
 何の会話もなかったにもかかわらず。 
 
 いったい彼女とアキとの間に何があったというのか。それは俺と関係のあることなのか。

 タカヤたちは彼女の友人である「みー」についての話をしているが、幼馴染にそれを集中して聞く余裕はないらしい。
 本当に珍しい姿だ。

 その様子が気になって、俺はタカヤが説明する話をほとんど理解できなかった。

766 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/06/30(土) 22:10:35.27 ID:yIyBOkhco

 幼馴染はまったく口を開かなかった。やはり何かを訊ねるべきなんだろうか。

 俺にはいつだって、彼女の考えていることがさっぱりわからない。
 だから、どこまで訊いていい話なのか、まったくわからない。それは俺に関係のあることなのか?

 俺はアキから電話がかかってきたことを彼女に話そうかどうか悩んだ。
 俺ひとりで抱えておくにはひどく息苦しい事実だったけれど、その結果彼女がまた沈んでしまうのではないかという危惧もある。
 それはさすがに、自意識過剰だとは思うのだが。

 結局、何も言わずに俺たちは別れる。
 幼馴染はずっと、何かを言いよどんでいるような表情をしていた。
 
 別れ際、俺は努めて明るい表情を見せたつもりだったが、たぶん彼女には見抜かれていただろう。

767 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/06/30(土) 22:11:01.92 ID:yIyBOkhco
つづく
768 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) [sage]:2012/06/30(土) 22:25:02.17 ID:GidL2pHho

幼馴染心配だ
769 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/06/30(土) 22:57:14.47 ID:4WVfrF/Po
おつ
770 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/06/30(土) 23:29:17.85 ID:MNcPcLTIO
おっつん
771 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2012/07/01(日) 00:01:45.12 ID:hV5iB1ayo
つんつん
772 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(岡山県) :2012/07/01(日) 00:30:11.09 ID:DCNTeC9No
773 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2012/07/01(日) 00:52:17.01 ID:t8WiHm9ho
いやあああああああん
774 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/01(日) 02:20:40.61 ID:z78vuJsso
茶髪がどう絡んでくるか
775 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東海・関東) [sage]:2012/07/01(日) 11:31:33.40 ID:o3jqwqdAO
乙!
776 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/01(日) 17:13:47.98 ID:3WNZ2/ouo

 翌日の朝はモスからの電話で七時半に目をさました。常識を知らない奴だ。
 こんな朝っぱらから電話を寄越す奴があるか。俺は寝たい。

「眠いので、折り返し電話します」

「大事な話だよ」

 俺は溜め息をついた。

「深刻そうになんなんですか、愛の告白ですか」

 モスは俺の冗談を取り合わず、用件に入った。
 俺はなんとなく悔しい。

777 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/01(日) 17:14:14.22 ID:3WNZ2/ouo

 彼の話は幼馴染の様子についてだった。

「近頃、明らかにおかしいよな。何かあったのか?」

「あったといえば、まぁ」

 あった。原因は分からないけれど。

「ずいぶん落ち込んでるみたいだ」

「そうだね」

「そうだね?」

 とモスが訊き返した。

「他人事みたいな言い方するなよ」

「気に障ったなら謝るけど、他人事みたいな言い方になるのは癖みたいなものなんだ。俺なりにあいつのことは気にしてるよ」

「……ああ、そうだな」

 悪かった、とモスは言った。たしかにお前は、口の上では他人事みたいな言い方をする奴だったっけ。
 モスはモスで、少し落ち込んでいるように思える。何かあったのかもしれないし、もっと他の要因からかもしれない。
 いつものような冷静さが、どこかにいってしまっている。

778 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/01(日) 17:15:00.38 ID:3WNZ2/ouo

 実際、俺は幼馴染のことを気にしてはいるが、どう対応すべきか判断しかねている。
 俺が関わっている問題なのか、俺が関わっていい問題なのか、そのことが分からない。

 あの何かに怯えたような態度が、ひどく気にかかる。

「とにかく、一度話をしてみたらどうだ」

「って、言っても」

 どうすればいいというのか。「ところで、あなた最近何か悩みでもあるんですか?」と直接聞いてもいいもんなのか。
 俺はそういうのが苦手だ。……そういうのじゃなくても、人と話すのは得意ではないのだが。

「何か悩んでるのは明白だろ」

 モスが言う。それはそうなのだけれど。

779 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/01(日) 17:15:29.67 ID:3WNZ2/ouo

「俺に話してくれると思う?」

「内容によるだろうな。とにかく、頼むよ」

「そんなに気になるなら、お前が直接きいたっていいんじゃないか」

「俺が? どうして?」

 どうしても何も、モスと幼馴染だって、一応友人関係と言っていいものだと思うのだが。
 付き合いの長さでいえば俺の方が長いが、相談に乗るならモスの方が適任だろう。
 それでもモスは、自分が話してみるとは言い出さなかった。仕方ないのだろうか。

「……まぁ、分かったよ」
 
 少し納得がいかない気分だったが、頷く。

「これから電話して、会えるか訊いてみるよ」

「ああ。……今日か?」

「今日。早い方がいいんじゃないのか、こういうのは」

780 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/01(日) 17:15:56.05 ID:3WNZ2/ouo

「でも、今日と明日は……」

「……なに?」

 訊き返してもモスは言いよどむだけだった。

「とにかく、任せるよ」

「……お前に頼まれると、変な感じだな」

「俺も頼む側として変な気持ちだ」

 モスとの通話を終えてすぐに幼馴染に電話を掛ける。
 彼女は十コール目に出た。

「ふぁい」

 と眠そうな声が聞こえる。

「おはよう。良い朝だな」

 俺は外の曇り空を見ながら言った。

「……ねむたいので、あとでかけ直しますね」

「悪いけど大事な話があるんだ」

「へあ?」

 幼馴染が相槌のように変な声を出した。なんだ「へあ?」って。

781 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/01(日) 17:16:23.81 ID:3WNZ2/ouo

「告白ですか」

「今日暇?」

「……否定してもらえないと、妙な期待をしてしまいそうです」

「なんだ、いつも通りに冗談言えるくらいには回復したのか」

「うう?」

 寝起きだからか、幼馴染の返事はいつものしっかりした具合ではなく、とろけたようなふわふわした声だった。
 少し間があいて、彼女があくびしたのが電話越しに分かった。
 
 気を取り直したような声音で、幼馴染が言う。

「あのですね、いまは冬休みなのです」

「知ってる」

「休みなんですから、朝八時に電話を寄越すのはマナー違反です」

「……俺は朝七時半に起こされたんだよ」

「何の話です?」

「なんでもない」

782 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/01(日) 17:16:52.23 ID:3WNZ2/ouo

「で、なんでしたっけ?」

「今日暇?」

「……唐突ですね」

「そうでもない」

「まあ、暇、ですけど」

 何かを言いかけたように、彼女は言葉を止める。
 なんなのだ、こいつもモスも。

「……えっと、なにか用事でも?」

「まあ、そんなようなもん。ちょっと話があって」

「……あ、はい」

 なんなのだ、その返事は。
 俺は溜め息をつく。やっぱり本調子ではないのだろうか。

783 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/01(日) 17:17:35.85 ID:3WNZ2/ouo

「えっと、それじゃあ」

「会える?」

「……うん」

「じゃあ、午後からでいい?」

「はい」

「どこで会おうか」

「どこかに行くんですか?」

「いや、まぁ、適当にぶらつくだけかな」

「はあ」

 と彼女は奇妙な返事をした。

784 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/01(日) 17:18:20.40 ID:3WNZ2/ouo

 本当ならどちらかの家で話をするのが簡単なのだが、こっちには妹がいて、あっちには家族がいる。 
 不意にこのあいだ入った喫茶店のことを思い出して、まぁあそこなら静かだし、話をするのにちょうどいいだろうと思った。
 
 だが、彼女があの店の位置を知っているかどうか分からなかった。

「じゃあ、一時半過ぎに迎えに行くから」

「あ、はい」

 ねぼけたような声で、幼馴染は返事をした。俺は怪訝に思う。

 電話を切って、さて二度寝でもするか、と思った。眠くて頭が働いていない。
 なるべく早めに起きて準備をすればいいだろう。なぜだか近頃睡眠不足だった。

 なぜならも何も、原因はいくつもなさそうなものだが。

 アキのことを考えると目が冴えてきて、俺は眠ろうとするのを諦めた。

785 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/01(日) 17:18:49.41 ID:3WNZ2/ouo

 昼前に準備を始めてリビングに降りると、珍しく妹が起き出していた。
 休みの日は昼過ぎまで眠っていることが多いのに、なぜだろう。

 彼女は俺の様子を見て、驚いたような顔をした。

「出かけるの?」

「ああ」

「……そっか」

 何か言いたげな表情で、妹は押し黙る。なんなのだ、どいつもこいつも。

 不意に何かに気付いたように、妹は顔をあげる。

「あの人と?」

「その“あの人”っていうの、やめろよ。まぁそうだけど」

「ふたりきりで?」

「……そうなるな」

 なぜそんなことを気にするんだ。

786 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/01(日) 17:19:18.27 ID:3WNZ2/ouo


「そっか」

 と彼女は、承服しがたい何かを受け入れようとするような顔で頷いた。
 
「なにかまずかった?」

「ううん、べつに」

 いつもより明るい表情で妹は答えた。俺は怪訝に思う。
 どいつもこいつも、何を言いよどんでいるんだ。

 結局妹はそれ以降何も言わなかった。気になったが、今日の用事が終わってからでもいいだろう。
 幼馴染の様子が変わった理由を、とりあえず確認してみなくては。

787 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/01(日) 17:19:48.04 ID:3WNZ2/ouo

 家の前まで迎えに行くと、彼女は落ち着かない様子で玄関に立っていた。
 俺はその様子に、なんだか戸惑う。
 昨日までとは様子がまったく違った。

 うわついているようにも警戒しているようにも見える。

「……きましたね」

 と彼女は言った。

「だまされませんよ」

「何の話?」

 俺は笑った。彼女は目を逸らす。
 
「それで、話があるって言ってましたよね」

「とりあえず、移動しようか」
 
788 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/01(日) 17:20:15.27 ID:3WNZ2/ouo

 街の方に移動している最中、幼馴染は周囲の目を気にするように視線をあちこちに泳がせていた。
 表情は緊張している。本当に昨日までとはまったく違う態度だ。

 街中は静かだった。人が少ないと言う意味じゃない。たくさんの人が歩いている。
 その大半は冬休み中らしい学生だった。男女の組み合わせが多い。

「……うう」

 幼馴染がこらえきれないように呻いた。

「どうした?」

「なんでもありません。……騙されませんよ、わたしは」

「……だから、何の話?」

 風邪でもひいてるのか。それとも酔っ払っているのか?


789 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/01(日) 17:20:51.27 ID:3WNZ2/ouo

 喫茶店に入る。普段から寂れているが、今日はとくに人気がない。
 天気のせいもあって中は薄暗く、俺はなんとなく気分がよかった。静かで薄暗い空間は、妙に落ち着く。
 窓辺の席に腰を下ろして、幼馴染と向き合う。

「なんか食べてきた?」

「いえ」

「じゃあ頼むか」

 軽食の値段は馬鹿げていたが、静かな空間を提供してもらった分だと思って払うことにする。
 注文を済ませると、沈黙が下りた。

 幼馴染の様子はもぞもぞと落ち着かない。ずっとこちらと目を合わせようとせず、店内のあちこちに視線を泳がせていた。

「どうしたの?」と訊ねると、

「いえ、特には」とすぐに返事が返ってくる。
 即答するということは、自分の態度が変だということに気付いてはいるのだろう。

790 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/01(日) 17:21:17.88 ID:3WNZ2/ouo

「それで」

 ようやく視線をこちらに向けたかと思うと、真面目な表情をつくって幼馴染は言った。

「なんですか、大事な話って」

 妙に警戒した表情だった。俺は彼女がこんな態度になる理由がわからない。
 ……いや、そういえばふたりきりでどこかに行ったりするのは、久し振り、ということになるんだっけ。
 
 出かけるにしてもタカヤや「みー」に関することばかりだったし、それ以外の時間は他の人間が一緒だったような。

 ……さんざんふたりきりで昼食をとったりしていたし、その程度のことで警戒されるとも思えない。

「んー、いや、まぁ」

 俺はどう切り出そうか迷ったが、単調直入に話を始めるのがよさそうだと口を開いた。

「近頃様子がおかしいよなぁ、と思って」

 幼馴染は一瞬、忘れていた傷口が痛んだような顔をした。

「そうですか?」

791 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/01(日) 17:21:49.59 ID:3WNZ2/ouo

「うん。目に見えて沈んでた。から、なにか悩みでもあるのかと思って」

 こういう言い方をするのは得意じゃない。
 彼女は戸惑ったような顔をする。

「べつに、悩みがあるわけでは」

「じゃ、どうして落ち込んでたんだ?」

 訊き返すと、幼馴染は口籠った。

「べつに、言いたくないならいいんだけどさ」

「……言いたくない、というのとは、違うんですけど」

792 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/01(日) 17:22:20.12 ID:3WNZ2/ouo

 言いかけて、結局彼女は口籠った。
 
「……アキと関係があるの?」

 彼女は顔をしかめた。何かの痛みをこらえているようにも見える。 

「べつに、彼女に直接の関係があるわけでは」

 間接的にはあるという意味だろうか。

 また、幼馴染は押し黙る。俺は溜め息をついた。

「さっきも言ったけど、言いたくないなら別にいいんだ。本当に」

 彼女は躊躇したような、安堵したような表情になる。
 
「……ごめんなさい」
 
 と彼女は謝った。ここでこの話はうちきりだ、と俺は思う。

793 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/01(日) 17:22:53.38 ID:3WNZ2/ouo

「いいよ。でも言いたくなったら言えよ。あんまり心配かけるな」

「……心配したんですか?」

「しないと思ったのか?」

「……あ、いえ」

 まだ落ち込んだ様子だったが、表情はてれくさそうな微笑に動いた。
 俺はすこしほっとする。

 それから俺たちは、特になんでもない世間話をした。幼馴染の様子は、時間が経つにつれて自然になっていった。
 話す内容はなくならなかった。こんなにも話すことがあったっけか、と不思議に思うほどだった。

 喫茶店を出る頃には時刻は三時半を過ぎていた。

「どこかに行く?」と俺が訊ねると、彼女は何かを思い悩んだ様子だった。

「……えっと」

794 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/01(日) 17:23:19.52 ID:3WNZ2/ouo

 どこか行きたい場所があるのだろうか。それとも、何か思うところがあるのか。

「……いえ。いいです」

 彼女の表情は少しこわばっていた。何かの落胆を隠そうとするような、強がりめいた微笑。
 その表情は「しかたない」と自分に言い聞かせているようにも見えた。

 気になったが、結局俺たちはそのまま帰ることにした。

 さっきまでの反動のように、俺たちの間から会話というものが消え去ってしまった。
 ただ沈黙があった。街から外れて、より静かな方へと戻っていく。街は少しずつ暗くなり始めている。

 幼馴染の表情は、家に近付くにつれて重々しくなっていった。
 黙っている間、ずっと何かを考えていて、それが徐々に暗い考えに傾いてきたというふうに。

795 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/01(日) 17:23:47.46 ID:3WNZ2/ouo

 ぽつりと、幼馴染が声を漏らした。

「どうせ……」

 独り言のように言う。その言葉には何かが続いていたが、俺には聞き取れなかった。

「なに?」

「いえ、べつに」

 拗ねたような、諦めたような顔だった。妙に気にかかる。
 俺は空気を変えようと思い、場違いに明るい声を出した。

「喉乾いたな」

「……そうですか?」

 俺は溜め息をつく。

796 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/01(日) 17:24:16.49 ID:3WNZ2/ouo

「乾いたの。俺は。コンビニ寄ろうぜ」

「じゃあわたし、先に帰ってます」

「……なんなの、お前は。言いたいことがあるなら言えよ」

「……べつに」

「何拗ねてんだ。いいから行くぞ」

 肩に触れると、彼女は体を捩じって俺の手を振り払った。
 空気が静かに変化した。

 彼女は泣き出す直前の子供のような顔をしている。
 俺は少しだけ傷ついたけれど、腕を振り払ったことで彼女自身の方がよっぽど傷ついたような顔をしていたので、何も言えなかった。

「ほら、行くぞ」

 俺は少しためらったが、少し強引に彼女の腕をとった。

797 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/01(日) 17:24:42.27 ID:3WNZ2/ouo

 最初、幼馴染は抵抗とも言えないような抵抗をしたが、やがてそれもなくなり、連れられるがままになった。
 こいつの考えていることはさっぱり分からない。

 俺は本当はこいつの腕をとるべきじゃないのかもしれない。
 それでも、ここで腕をとらなかったら、俺は彼女に対して普段通りに接することができなくなる気がした。
 
 彼女は離してくれとは言わなかった。

「何飲む? おごってやるよ」

「……コーラがいいです」

「珍しいね」

「そういう気分だから」

 なんとか答えを返してくれるようにはなったが、態度はまだ冷たい。
 さっきのやりとりの結果、いつも通りに振る舞うのが気まずいだけなのかもしれない。

798 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/01(日) 17:25:09.27 ID:3WNZ2/ouo

 コンビニで飲み物を買って、帰路につく。
 彼女は軒先で500mlのコーラのキャップを開けて飲んだ。一口で半分ほど減った。
 自棄になったような飲みっぷりだった。

「……帰るか」

 と俺が言うと、彼女は黙ってうなずく。俺は飲み物を袋に入れたまま口をつけなかった。

 家がだんだん近づいてくる。俺は自宅を通り過ぎて、彼女を家まで送るつもりだった。

 幼馴染との空気は、さっきまでよりはいくらかマシになった。
 話しかけると、普段よりはそっけないが、返事を返してくれる。

 少し安堵したが、何か変化があったわけではない。
 咄嗟にさっきのような態度になってしまうほど、幼馴染の悩みは深刻らしいと分かっただけだ。

 次の角を曲がると、俺の家が見える。幼馴染をちらりと見る。彼女もこちらをうかがっていた。
 互いに何も言わずに目を逸らす。

 角を曲がる。

799 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/01(日) 17:26:01.72 ID:3WNZ2/ouo

 最初に、幼馴染がそれに気付いて、立ち止まった。
 俺は立ち止まった幼馴染を怪訝に思い、振り向く。
 
 それから彼女の視線の先を追いかける。

 背筋が粟立った。
 おおよそ日常的な感覚とはかけ離れた、恐怖のようなものを感じる。

 日が沈むにつれて伸びていく影のように、振り払いようもなくつきまとう。
 おいおい、と俺は思った。どうしてこいつがこんなところに立っているのだ。

 アキはこちらに気付くとからかうように笑った。

800 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/01(日) 17:26:27.79 ID:3WNZ2/ouo
つづく
801 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2012/07/01(日) 17:27:52.40 ID:vhkD+D3fo
802 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/01(日) 17:27:57.27 ID:jMbcIX26o
マジかよ!! いや乙!

アキうぜええええ
803 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府) [sage]:2012/07/01(日) 17:28:07.45 ID:qaxNYOvOo
こわ
804 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2012/07/01(日) 18:04:02.01 ID:NJa2T095o
クリスマスだった?
805 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/01(日) 19:06:01.53 ID:b8sopWPvo
気になる・・・
806 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(中部地方) [sage]:2012/07/01(日) 20:17:12.99 ID:+JLsQMC0o
見せ方がうまいねおツ
807 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2012/07/01(日) 21:05:06.22 ID:t8WiHm9ho
うわああああああああああ
808 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/01(日) 21:42:25.53 ID:/OGvqBHDO
去年の夏は楽しませてもらいました。
まさか今年も見れるとは……!
809 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/01(日) 21:54:46.65 ID:4guiczIIo
イブだな
810 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/02(月) 01:23:54.33 ID:wifx3pDco
シリアスな場面なのに幼なじみのゲップが心配でござる
500mL半分て
811 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/02(月) 06:09:42.57 ID:sqRgodY0o
幼馴染が天使に見えるのは眠いからだろうか
812 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/02(月) 07:42:17.79 ID:oXDNVX4IO
おっつん
妹も幼馴染もかわええ
813 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/02(月) 08:00:22.67 ID:rj+IwaKIO
怖い
814 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) :2012/07/02(月) 15:17:48.29 ID:uqqSWK4To
うわぁ
815 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/03(火) 15:51:27.99 ID:B/yKFTgZo

 俺が何かを言う隙もなく、アキはこちらを見て目を細めて笑った。

「へえ」

 獲物を見つけた蛇のような顔。
“まだいたんだ”、と彼女が言ったように見えた。
 俺に対してじゃない。

 彼女は幼馴染に向かって笑いかけたのだ。

 様子を見遣ると、彼女は一瞬で青ざめたように見えた。
 あるいは冬の寒さがそうさせたのか。
 俺はなんだか、不安になる。

816 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/03(火) 15:52:22.23 ID:B/yKFTgZo

 幼馴染とアキの視線が絡み合う。
 そこには何かの感情の応酬めいたやりとりがあるようにも見えた。

 視線だけでお互いの考えを見抜き、そして見透かされたような。

 見ただけの印象なのだが。

 先に目を逸らしたのは幼馴染だった。彼女は打ちひしがれたような顔で視線を落とし、俯く。
 アキは満足そうな微笑をたたえる。この二人には何か圧倒的な上下関係とでもいうものがあるのか。

 それとももっと心的な要因で、幼馴染はアキに対して強く出られないのか。

「……おいおい」

 と俺は言った。

「どうしてお前がそんなところに立ってるんだ?」

 幼馴染のこの様子を見て、俺は一刻も早くこいつをこの場から追いやるべきだと強く感じた。
 こいつと幼馴染を一緒にいさせてはならない。――理由は分からないけれど。

817 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/03(火) 15:52:48.45 ID:B/yKFTgZo

 けれど俺は、アキに声を掛けるべきじゃなかったのだ。

「会いたかったんだって。電話でも言ったでしょ?」

 電話でも、というところをアキは強調した。
 幼馴染の身体がゆらめく。俺の顔を見て、彼女は怯えるように後ずさった。

 何のつもりだと問いただしたかったが、それよりも幼馴染の様子の方が気になる。
 さっきまで、少しましになっていたのだ。
 それが、アキと会うだけで、どうしてこんなふうになるのだ。

「でも、そうなんだ。まだ一緒にいたんだね、その子」

「……お前には関係ない」

「そう?」

 とアキは言う。

「本当にそう?」

818 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/03(火) 15:53:14.58 ID:B/yKFTgZo

「何の話を、してるわけ、お前は」

「べつに。でも……」

 と、彼女はそこで間を置いて、

「いいかげん、限度があるよね」

 と意味ありげに言った。
 幼馴染はその言葉に顔をあげ、羞恥か憤りか、顔を真っ赤に染めあげた。

 俺は混乱する。 
 今の会話の中に、幼馴染を強く揺さぶる何かがあったのか?

「わたしは……」

 震える声で幼馴染は何かを言いかけたが、結局何も言わなかった。言えなかったのかもしれない。
 その様子を見て、アキはやはり満足げに笑う。

 俺は気分が悪い。

819 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/03(火) 15:53:42.49 ID:B/yKFTgZo

「おんなじなんだよね、結局」

 何が、と言おうとしたとき、幼馴染が振り絞るように声を出した。

「なにが、おんなじなんですか」

「わたしと、あなた」

 アキは笑う。
 幼馴染は表情を歪めた。たぶん恐怖だろう。
 俺は、幼馴染とアキの間に立った。
 アキへの怒りが先立ったのか、幼馴染を庇いたかったのか、どちらが強かったかは自分でも分からなかった。

「お前の話、むかしっからわけわかんねえんだよ」

820 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/03(火) 15:54:09.18 ID:B/yKFTgZo

 アキは面食らったような顔をしたが、やがておかしそうに笑い始める。
 こういう奴だった。俺は思い出す。こういう奴だったのだ。
 相手が怒れば笑い、泣けば笑い、相手が笑えば怒る。

 そういう人間だったのだ。あのころは気にならなかったが、今になってみれば、異様だ。

 歪だ。

「悪いけど」
 
 と俺は言う。

「これ以上つきまとうの、やめてくれない? 負い目があるから強く出てなかったけど、正直鬱陶しいんだ」

「ひどいこと言うね」

「ひどくないよ。お前がいると、状況が混乱するんだ。お前がいるってだけで、割と迷惑なんだ。ひどいことを言うようだけど」

「……ふうん」
 
 とアキは笑う。全然こたえているようにはみえない。

821 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/03(火) 15:55:03.10 ID:B/yKFTgZo

「わたしはあなたと、話したいんだけどな」

「自分の気持ちが相手の迷惑になるなら、自分が我慢するべきだって思わない?」

「わたしは別に思わないよ。相手の気持ちはあくまでもわたしの気持ちじゃないから」

 話の通じない奴だ。

「でも――ねえ、そんなことを言っていいの?」

 俺は怪訝に思う。
 どういう意味だ?

 俺が言葉の意味を訊きかえそうとするよりも先に、動いたのは幼馴染だった。
 音に気付き俺が振りかえると、幼馴染はこちらに背を向けて走っていた。

 どこか切迫した後ろ姿だった。

822 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/03(火) 15:55:29.94 ID:B/yKFTgZo

「ああ?」

 と俺は間抜けな声を出す。どうしてそうなる?

 だが、アキのもとから離れるなら幸いだ。追いかけよう、と俺が足を踏み出すと、

「やめた方がいいよ」

 と、真剣な声音でアキが言った。

「……本当に、これはいやがらせとかじゃなくてね。彼女のことを考えるなら、やめたほうがいいよ」

「どうしてお前にそんなことを言われなきゃなんないんだ」

「こっちも、見てて痛いんだよね。そういうことされるとさ。いいかげん可哀想になってくるの」

 電話越しとはまったく違う口調。かぶっていた猫の皮をはいだのだ。

823 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/03(火) 15:56:02.37 ID:B/yKFTgZo

「だってさ、あなた、あの子のこと好きじゃないでしょ?」

「……何言ってんの、お前は」

「そこでそういうふうに言っちゃうあたりが、あなたのダメなところだよね。そういうところも好きだけど」

「……ああ?」

 と、さっきよりもいっそう強まった混乱を、喉から吐き出す。

「なに、それ。お前、彼氏できたって言ってただろ」

「いるよ。でも別に好きじゃない。どうでもいい。相手もなんか、わたしのこと好きじゃないみたいだし」

「……はあ?」

「言わなきゃ分からない? 分からないよね」

 小馬鹿にするように、彼女は笑う。

824 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/03(火) 15:56:52.04 ID:B/yKFTgZo


「教えてあげる。わたしだってこの一年、努力はしてきたんだよ。たくさん」

 彼女の息は白い煙を伝って音となり、俺の鼓膜を揺する。
 その感覚は一年前のものとはまったく違って思える。

 ひどく、白々しい。

「でも、あの日コンビニであなたを見て、あなたの表情を見て、やっぱりなにひとつ終わっていないんだって思った」

「……だから、何の話?」

「ある種の感情には折り合いのつけようがないんだって、分かる? どんなに抵抗したって無駄なの」

 痛いほど分かるが、それがこの話とどう繋がるというのか。

「どうやっても無理なの。代わりじゃどうにもならない。だから、いまさらあなたに連絡したわけ」

 アキの声はどことなく高揚しているように聞こえた。

「あなたが好きだよ」

 と彼女は言った。

825 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/03(火) 15:57:18.73 ID:B/yKFTgZo

 殴られたような衝撃を覚える。
 強く認識する。
 なにひとつ終わってなんかいないのだ。

 あの日の地続きに俺は立っているのだ。

「……たかだか数ヵ月一緒にいただけだろ。一年以上会っていないのにひきずるなんて、どうかしてる」

 俺は強がりのように言った。

「本当にそう思う?」

 アキは言う。俺は答えられなかった。

「あの冬に」

 お気に入りの詩でもそらんじるような声だった。
 俺はその声が、白く染まって冬の空に溶けていくさまを見る。
 その光景が、かつての俺は好きだったのだと思った。

「あの冬にね、わたしに話しかけてくれたのは、あなただけだったよ。それはわたしにとってとても重要なことだったの」

 大袈裟な言い方じゃなくてね、とアキは言った。

826 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/03(火) 15:58:01.33 ID:B/yKFTgZo

 だから、と彼女は続ける。

「悪いけど、わたしはあなたに気を遣ったりするつもりはないよ」

 まるで宣戦布告でもするように。

「あなたの側の事情も心境もまったく考えるつもりはない。覚悟しておいてね」

 俺は彼女のその言葉が、俺自身にとってもひどく致命的なものであることに気付いていた。
 その言葉を否定することは、そのまま俺の感情を否定することになる。
 でも、

「知らねえよ」

 と俺は言う。

827 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/03(火) 15:58:32.57 ID:B/yKFTgZo

「いまさらそんなこと言われたって、どうしようもないよ。お前は俺のことなんてちらりとも考えてなかったじゃないか」

「そうかもね」

 まったく平気そうな顔でアキは続ける。

 それにしても、と。

「あの子、可哀想だよね、本当に」

「……何の話?」

「本当に気付いていないなら、気付かないふりをしているよりもよっぽどひどいと思う」

 俺は口籠る。その言い方じゃ、まるであいつが――。
 考えかけて、否定する。

828 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/03(火) 15:59:10.89 ID:B/yKFTgZo

 溜め息をついた。肩をすくめた。頭を振った。もうどうしようもねえな、と言いたい気分だった。

「悪いけど、追いかけなきゃならない」

「追いかけない方がいいよ。責任をとれないなら」

 だから、その言い方じゃあ、まるで――
 ――ふと、思い出す。

 俺は今まで、そのことについて“そんなはずがない”とずっと否定し続けてきた。
 あいつと再び話すようになって、何度もそういう考えがよぎりかけた。
 でも、その考えを否定してきた。なぜだったか。

 アキの唇が、三日月のように裂ける。

「まさか、まだ信じてたとか?」

829 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/03(火) 15:59:45.08 ID:B/yKFTgZo

 怖気が走る。
 自分の愚かさと、この女の賢しさに。
 十五やそこらの子供が、なぜそんなことをできたのだ。
 
 アキは本当に歪なのだ、と俺は思った。

「あなたのことをなんとも思っていない、付き合いが長いから世話を見ていただけで、わたしに代わってもらえてよかった」

 アキはうたうように言う。

「――って、あの子がそんなことをわたしに言ったなんて、そんな嘘を、今の今まで信じてたの?」

 今の今まで、まったく思い出さなかったその嘘が、俺の思考の前提にあったというのか。
 誰が語った言葉だったかも忘れて、それを無意識に信じ続けていたのか、俺は。

 けれど俺の頭を支配したのは、そのことに対する衝撃や驚愕ではなく、むしろ、怒りだった。

「お前、あいつにも言ったのか」

 アキは笑みを止める。

「俺に言ったのと同じようなことを、あいつにも言ったのか」

830 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/03(火) 16:00:49.67 ID:B/yKFTgZo

「言ったよ。もちろん、あなたと付き合うようになったあとに」

 アキは平然と言う。

「走れなくなって落ち込んでいて、人と話しても明るい気分になれそうにないみたいなんだって」

 俺は自分の呼吸が荒くなるのを感じた。

「特に、あなたには昔から付き合いがあるとかいう理由だけでつきまとわれてうんざりしているって言っていたって」

 対話は重要だ。あらゆる問題の解決の糸口になる。

「落ち込んでいるからそんな言い方をしていただけだと思うけど、しばらく距離を置いてやってくれないかって」

 けれど、

831 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/03(火) 16:01:16.56 ID:B/yKFTgZo

「あの子、意外と人を疑うってことを知らないよね」

 ある種の問題は対話によっては決して解決できない。そしてそういった問題ほど、暴力によって解決できる場合が多い。
 そして更に多くの場合、それはどうやったところで、暴力以外の手段では解決できない。
 だからときどき、暴力が絶対に必要なタイミングというものがある。俺は拳に力を込めた。

「だから、あの子、さっき逃げ出したんじゃないの? まだ付きまとってるのか、って言われてる気になったんだろうね」

 アキは楽しそうに笑う。俺は自分の感情を必死に落ち着かせた。
 それでも、暴力をふるうわけにはいかない。

「うっとうしがられているのに、まだ隣に居座ってるんだね、って言われた気になったんじゃない?」

 なにもかも、地続きになっているのだ。


832 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/03(火) 16:02:10.31 ID:B/yKFTgZo
つづく

796-11 少し強引に → 強引に
833 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(埼玉県) [sage]:2012/07/03(火) 16:02:37.45 ID:1u9FTC1Fo
ぬわあああああ、ヒキが強い!!
834 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2012/07/03(火) 16:12:07.96 ID:yg1NPIe/o
乙!
ここへ来て妹が空気に…
幼馴染は救われて欲しい
835 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [saga sage]:2012/07/03(火) 17:11:26.34 ID:hiABqQQgo
期待
836 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2012/07/03(火) 18:01:04.59 ID:Yd8zgQSho
      ∧_∧
     ( ´∀` )  ところでこのゴミ、どこに捨てたらいい?
     /⌒   `ヽ
    / /    ノ.\_M
    ( /ヽ   |\___E)
    \ /   |   /  \
      (   _ノ |  / ウワァァン ヽ
      |   / /  |ヽ(`Д´)ノ|
      |  / /  ヽ(アキ)ノ
      (  ) )     ̄ ̄ ̄
      | | /
      | | |.
     / |\ \
     ∠/   ̄
837 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府) [sage]:2012/07/03(火) 18:17:16.72 ID:sVdzq8lGo
この場合ゴミは主人公もだろ
838 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/03(火) 18:44:48.75 ID:8LoRqLYmo
あああ・・・さらに続きが気になる・・・
おつ
839 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/03(火) 20:30:05.32 ID:uG1ne2pf0
早よう引っ張たいて幼馴染みを追っかけるんだ!
840 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/07/03(火) 20:52:57.57 ID:oH+la+oUo
もりあがってまいりました
841 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/03(火) 21:44:13.04 ID:Dsl1nuJio
こわいこわい

こんな女の相手してないで幼馴染追っかけろよ男は
842 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(中部地方) [sage]:2012/07/04(水) 00:43:55.10 ID:jhGCyq2bo
怖い‥レスしたくなくなるくらい怖い
843 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/07/04(水) 02:04:07.43 ID:Chsh22oOo


一気読みしてたら追いついちゃったよ
てかなにこれ、めちゃくちゃ面白い
最後まで期待してる
844 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/04(水) 19:36:53.68 ID:zIJDoxKDO
一人称視点うますぎわろた
845 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/05(木) 17:01:37.12 ID:5zJPOgVlo

 俺はアキに背を向けて駆け出した。彼女は何も言わなかった。

 頭が混乱して、うまく回らない。
 おいおい、と俺は思った。俺はまた、アキの言葉を信じるのか?
 本当は適当なことを言っているだけで、そんなことは言っていないのかもしれない。
 
 そういう奴なのだ。そういうふうにどうでもいいような嘘で誰かを傷つける奴なのだ。
 
 でも俺は走った。けれど、走り出してしまって本当によかったのか?
 
 アキは言っていた。

 ――だってさ、あなた、あの子のこと好きじゃないでしょ?

846 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/05(木) 17:02:07.21 ID:5zJPOgVlo

 アキにしては珍しく、たしかにマトモな発言だ。
 もし彼女の言葉をすべて信用するなら。

 そうだ、嘘っぱちなのかもしれない。
 単に俺とは無関係なところで幼馴染はアキに傷つけられたのかもしれない。 
 さっきの会話は、実はそっちの事件に影響されたのかも。

 俺なんかとは本当は無関係なのではないか。

 だって、その話を信じるなら、彼女は俺のことを好きだということにはならないのか。
 そう考えてしまうのは短絡的なのか。

 仮にそうだとしたら、俺はやっぱり彼女を追いかけるべきではないのだ。
 俺は彼女を好きだけれど、それは結局そういう"好き"ではないのだから。

847 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/05(木) 17:02:39.86 ID:5zJPOgVlo

 けれど、俺は走っている。とにかく走っている。足は自然とある方向へと動いていった。
 彼女がどこに逃げたのか、俺には分かっていた。
 いや、俺は彼女が逃げる場所を知っていたのだ。

 でも、俺は本当にそこに向かって良いのだろうか。

 姿を見つけるのは困難じゃなかった。

 昔から何かあると、彼女が逃げ込むのはいつも同じ場所。
 
 住宅地から離れ、街からも外れ、寂れていく道の向こうの、無人の神社。
 木々の陰りが、街中から内側の空間を切り離したような場所。
 実際、彼女はそこにいた。

848 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/05(木) 17:03:27.94 ID:5zJPOgVlo

 俺が足音を立てても、彼女は俯けた顔をあげようとはしなかった。
 鳥居をくぐって少し進んだ右手に、大きな樹がある。その枝が、上空を暗く覆っているのだ。
 夏になると葉陰が心地よく、風のざわめきが心地よい。そういう場所だ。

 けれど今は冬だったし、風景はとても寂しげだった。
 実際、寂しいんだろうなぁと思った。そういう場所だ。

 膝を抱えて俯いたまま、幼馴染はぽつりとつぶやく。

「こないでください」

849 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/05(木) 17:03:55.64 ID:5zJPOgVlo

 小さな声だった。俺は戸惑う。
 初めて見る態度だった。こんなことを言われたことは一度もなかった。いままで一度も。

 だから俺は一瞬立ち止まっておきながら、また一歩踏み出した。

「こないで」

 と、さっきより鋭い声が飛ぶ。弱々しい響きながらも、その声を孕んで聞こえる。

「こないでください。ほうっておいてください」

 と言われて、放っておくわけにもいかない、わけでもない。
 こいつに今背を向けて帰ったところで、別に間違ってはいない気がした。

 いや、人間としても男としても友人としても間違っている気はするが、それでも。
 そんな間違いよりも、今ここに来てしまったことの間違いの方が、ずっと大きい気がする。

「……もう、やめましょう。疲れました」

850 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/05(木) 17:04:28.35 ID:5zJPOgVlo

 泣き疲れたような声だった。彼女の目に涙は浮かんでいなかったし、表情は眠たげなだけで、寂しそうにも見えない。
 それでも彼女は泣いていたのかもしれない。あるいは俺の自意識過剰なのかもしれない。

 俺はこいつの考えていることが分からない。ずっと前からなにひとつ。
 いつだって想像するのが怖かったから、分からないように、考えないようにしていたという方が近いかもしれない。

「わたしは」

 と幼馴染は言う。

「別にあの子の言うことを信じてたわけじゃないですよ。きみがあんなこと言うはずないって思ってた」

 本当のところ、俺は彼女の気持ちなんて知りたくないのだ。
 それをはっきりさせてしまったら、俺は彼女と一緒にいることができなくなるかもしれない。
 
 だって俺は、たしかにアキの言う通り、彼女を好きじゃないのだ。
 好きだけど、それは特別な好きではないのだ。
 俺の気持ちはいつだってある方向に傾いて引き離せない。
 強力な磁力で引っ張られている。逃れようがないのだ。いつからかそうなったのか、思い出せないけれど。

851 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/05(木) 17:04:54.77 ID:5zJPOgVlo

「だからあの子の言ってることが嘘だなんて知ってる。でも、きみの気持ちまでは分からないから」

 彼女の声は曇天の下の神社に透明に溶けていった。何もかもを透き通ってしまいそうな声だった。

「怖くなったんです。本当にわたしを嫌いになっても、きみはそう言わないだろうって思ったから」

 怖い、と俺は思った。何を怖がっているのかはわからない。
 でもたしかにそうなのだ。続きを聞くのが怖かった。

「だから不安で、話しかけられなかったんです、ずっと。それでも諦めきれなくて、話せなくてもせめて近くにはいようって」

 不意に、空気が変わるのを感じた。俺の怖さは消えていく。かわりに透明だった彼女の声に、しずかに色がつきはじめた。
 俺はここに来るべきじゃなかったのだと思った。彼女を追いかけるべきではなかったのだと。
 
「同じ高校に入って、あたりをうろちょろして、遠巻きに眺めながら、それでも話しかけられなくて」

 そして俺は、自分がこの期に及んで自分のことしか考えていないことに気付かざるを得なかった。

852 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/05(木) 17:05:20.66 ID:5zJPOgVlo

 彼女は自嘲するように笑った。

「ストーカーみたい。気味悪がってくれて、いいですよ」

 ふて腐れたような声で幼馴染は言う。ここに来て彼女が笑ったのは初めてだった。

「もう行ってください。わたし、疲れました」

 俺は何も言えない。

「どうして」

 と俺は言った。彼女の言葉に向けていったわけではない。幼馴染もそのことに気付いただろうとすぐに分かった。
 自分でも驚くほど無神経で、マヌケな声だった。その言葉はその空間の雰囲気と言えるものを切り裂いた。

 風が吹き抜ける。

「"どうして"?」

 と彼女は繰り返した。

853 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/05(木) 17:05:55.67 ID:5zJPOgVlo

「それ、どういう意味です?」

 俺は言えなかった。その言葉を自分で言うのは、ひどく白々しいことだと思えたからだ。
 彼女は呆れたように言う。

「わたし、きみのことが好きですよ。たぶん、とっくに気付いてるでしょうけど」

 体のどこかがずきりと痛んだ気がした。どこなのかは分からない。胸でもないし頭でもない。
 それでもたしかに、どこかが痛んだような気がしたのだ。

「でも分かってます。きみは、あの子が好きなんですよね」

「アキとは……」

「そっちじゃない。あの子なんて」

 他人のことを吐き捨てるような、幼馴染にしては珍しい声だった。
 あるいは。
 その態度は、伏せていただけで、彼女の中では自然にあったものなのか。
 俺が勝手に、彼女は「そういう言い方をしない」と思い込んでいただけか。

854 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/05(木) 17:06:27.47 ID:5zJPOgVlo

「あの子なんて、放っておいたって害はないですよ。どうせ口先だけで、何もできやしないんです。そういう子です。よく分かります」

「……どうして?」

「さあ? あの子が言う通り、おんなじだからかもしれません」

 ただ、と彼女は続ける。

「あの子の方がよっぽど潔いのかもしれない」

 俺は何も言えない。
 幼馴染についても、アキについても、彼女たちの俺に対する態度は、すべて、俺に帰ってきてしまうものなのだ。
 彼女たちについて何かを言うことは、そのまま、俺の妹に対する態度について何かを言うことになってしまうのだ。

「わたしは、ずっと、卑怯ですよ。黙ってみてることなんてできなかった。友達の相談まで利用して、もう一度きみに近付こうとしたんです」

855 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/05(木) 17:07:03.40 ID:5zJPOgVlo

 ともだちの相談をうまく使って、もういちど距離を縮められないかとか、なんとかして近づけないかとか。
 そんなことばかりずっと考えてたんです。
 どうせきみはわたしのことなんて好きにならないって分かってたのに、それでも諦めきれなくて、未練がましくつきまとってたんです。

 そのうち何かの拍子で、きみが、きみ自身の気持ちと折り合いをつけて、こっちを向いてくれるんじゃないかなぁとか。
 そういう、都合のいいことばっかり考えてたんです。そういう人間なんです、わたしは。

 自分でもいやになるくらい、自分のことしか考えてないんです。

 そのくせわたしは、あの子みたいに、きみの気持ちを無視してまで付きまとうことなんてできない。
 だってわたしがわがままを言えば、――これは自惚れかもしれないけど――きみが悲しむことになるかもしれないと思ったから。
 でも結局、そっちだって中途半端なんです。けっきょく、言わずにはいられなかった。今みたいに。

「好きですよ」

 と彼女は言った。

「……“どうして”かは、分からないです。自分でもおかしいって思うけど。理由がどうしても必要だったら、今度考えてみます」

 彼女は顔をあげた。視線はこちらを向かなかった。俺は彼女の表情を見る。
 何ひとつ、彼女の考えていることが分からなかった。言葉にすべてを押し付けて、表情はからっぽになってしまったようだった。

856 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/05(木) 17:07:58.87 ID:5zJPOgVlo

「でも、これでおしまいです」

 と彼女は言った。影をひそめていた恐れが、俺の心を支配する。
 
“おしまい”なのだ。

「ごめんなさい。ずっと黙っていられたら、平気な顔をして、応援できたらよかったんだけど」

 ごめんなさい、と彼女は言った。
 
「もう行きますね。今日はごめんなさい」

 彼女は立ち上がった。俺は立ち尽くす。ゆっくりと、彼女が俺の横を通り過ぎていく。
 俺は振りむこうとした。でも振り向けなかった。
 
 虫が良すぎたのだ。
 何もかも失わないままでいたいなんて。

857 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/05(木) 17:08:31.13 ID:5zJPOgVlo

 ふと、頬にふれた雪の冷たさに、はっとした。
 気付けばあたりは暗くなっている。夜が来た。もうそんなにも時間が経っていたのだ。

 どうしよう、と俺は考える。
 でも、よく考えずともどうしようもないことがわかった。

 幼馴染には何も言えない。何を言えるだろう。実際、彼女の言う通りなのだ。
 俺には彼女より好きな人物がいる。

 それだけで俺は彼女に対して何も言えなくなってしまう。
 
 家に帰ろう、と俺は思った。とにかく今日は眠ってしまいたかった。
 アキがいるのではないかと危惧したが、家の傍までもどっても気配はない。今日は帰ったのだろう。
 どうして今日、家に来たりしたのだろう。連絡も寄越さずに。唐突に。
 
 俺は疲れ切った。家に帰って、妹の顔が見たかった。
 たぶんそれは現実逃避だ。俺は何も考えたくない。

 将来のこととか、自分のこととか、自分が何を望んでいるかとか、ぜんぶ考えたくない。
 保留にしたまま過ごしていたいのだ。保留のままでは満足できなかったくせに。

858 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/05(木) 17:08:57.48 ID:5zJPOgVlo

 家の扉には鍵がかかっていた。持ち歩いていた鍵をつかって扉を開ける。
 玄関に妹の靴はない。出かけているのだと俺は思った。

 リビングのテーブルの上に書置きがある。
 友達と会う。遅くなるかもしれない。そのようなことが書かれている。

 俺はカレンダーを見て今日の日付を確認してから、ああ、イブだったのかと思った。

 それから冷蔵庫をあけて飲み物を探した。でも、何もなかった。
 仕方ないので水を飲むことにする。いまの俺には相応だろう。この程度のものが。

 俺はいまひとりぼっちだった。誰も傍にはいない。それもやはり相応だ。
 どうせゴミのように生きてゴミのように死ぬしかない。

 知らないふりをして、なんともないふりをして、普通のふりをして、まともなふりをして、過ごすことはもうできない。
 俺は妹に何も言えない。彼女のことを考えるなら何も言うべきじゃない。

 俺の気持ちは彼女を不幸にしかしない。少なくともそう思える。
 たしかに義理だが、それがいったい何の慰めになるというのだ。モスの言葉は気休めにしかならない。

859 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/05(木) 17:09:51.25 ID:5zJPOgVlo

 彼女は俺を好きになったりしないだろう。こんな馬鹿でマヌケでゴミみたいな人間を。
 どうしようもなく逃げてばかりの人間を。

 そのことを期待するのは愚かだ。だから口を噤んでいた。

 俺はどうしようもなく恐れている。現状が壊れてしまうことをとにかく恐れている。
 それと同時に、壊れることを望んでもいる。アンビバレンスな感情。

 もうおしまいだ。時間切れだ。
 俺もまた、疲れたのだ。これから先は機械のように生きればいい。

 呼吸をするだけだ。難しいことは何も考えなくていい。

 さっきから自分のことばかり考えている、とふと思った。
 ――いや、最初からずっとそうだったのかも知れない。

 だってそうじゃないか? と俺は自問した。
 他にどうしようがあるっていうんだ? たとえば誰もが納得できるような話になりえるのか?
 
 ありえない。誰にとっても爽快な終わりなんて。最初からそういう類の話なのだ。
 最初から、そういう種類の人間なのだ、俺は。

860 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/05(木) 17:10:19.15 ID:5zJPOgVlo

 階段を昇って自室に戻る。ベッドに体を投げ出す。身体が熱い。それとも空気が冷たいのか。
 俺は枕に顔を押し付ける。枕は俺の友だちだ。何も考えないようにしてくれる。

 そして俺はばかばかしいような気持ちになった。枕はものだ。

 妹が出かけるなんて話は聞いてなかった。突然予定が入ったのだろうか。
 ……イブの日に?
 まさか。じゃあ、あのあと予定を入れたのか。
 
 なぜ? 

 そして俺は考えるのをやめた。もう妹のことを考えるのはやめよう。忘れよう。諦めよう。
 受け入れよう。この現実を。相応だ。こんなもんだ。これが俺という人間だ。

861 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/05(木) 17:10:46.19 ID:5zJPOgVlo

 ――不意に、部屋の空気が切り替わった気がした。

 怪訝に思う。何が起こったのだろう。突然、さっきまでとはまったく違う空気になった。
 静寂に耳鳴りが起こる。予兆のような気配。
 
 いまさら何が起こるっていうんだろう?

 不意に、携帯電話が鳴り響いた。着信音。アキか、と俺は思う。違う、と直感が言う。

 俺は電話に出る。

「もしもし?」と俺は言う。

「どうだった?」とモスが言った。

862 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/05(木) 17:11:24.96 ID:5zJPOgVlo
つづく
863 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/05(木) 17:37:15.65 ID:QPu7bWJ4o

盛り上がってきてるー
864 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2012/07/05(木) 17:42:23.57 ID:f8JyEI49o
今後の展開が気になりすぎる
865 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/05(木) 17:51:56.62 ID:hWpkQ4cSO
おつ
毎日楽しみにしてるよ
866 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(中部地方) [sage]:2012/07/05(木) 18:28:13.79 ID:pQw+9AFAo
おつ
867 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/05(木) 20:44:19.57 ID:IjO8OukOo
もす
868 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/05(木) 22:54:27.94 ID:XkTW73tIO
おっつん
ここでも幼馴染は報われないな……
869 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/05(木) 22:55:27.88 ID:PUbpE5hmo
幼馴染には幸せになって欲しかった。
870 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) [sage]:2012/07/05(木) 23:27:26.78 ID:d6wtQdBWo
うむ
871 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2012/07/05(木) 23:30:31.59 ID:2BdK/wJlo
幼馴染ダメだったか
872 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/06(金) 16:35:37.19 ID:EKbxSuz2o

「どうだった、って、何の話?」

 俺の言葉に、モスは面食らったような声をあげた。

「何の、って、会ってみなかったのか?」

「……えっと」

「……何かあったのか?」

 ああ、そうだ。今朝、彼からの電話で俺は幼馴染と会うことにしたのだっけ。 
 すっかり頭から抜け落ちていた。今日という一日が長すぎた。

「うまく説明できない」

 言って、溜め息をつく。なんだかなぁ、という気持ちだった。
 どうしてモスは、俺と普通に会話してくれるんだろう。

873 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/06(金) 16:36:03.78 ID:EKbxSuz2o

「そっか」

 と彼は頷く。

「もう駄目かもしれない」

 俺は言った。泣き出したいような気持だった。
 なんだかすごく疲れているし、心細いし、不安だった。
 どれもこれも身から出た錆なのだけれど、それでも俺は怖かった。

「なにもかも上手くいかない。なんとなく、ぜんぶ、折り合えない。もう無理だ」

「また落ち込んでるのか」

 彼は呆れた声を出す。
 俺は聞こえない振りをして言った。

「みんな俺から離れていくんだ」

874 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/06(金) 16:36:29.52 ID:EKbxSuz2o

「そんなことはねーよ」

 とモスは言った。

「そんなことはない」

 染み入るような声だった。モスがそういうんなら、そうなのかもしれない。
 彼の言葉にはそういうところがいる。
 
 誰とでも自然と話ができて、素直に笑えて、素直に怒る。
 モスの人間性。俺とは真逆の。

「で、何があったんだよ」

 彼は言った。肝心なところで、彼は話を曖昧にごまかそうとはしない。
 それは責任感なのかもしれない。
 
 よりにもよって今朝、俺をけしかけてしまったことに対する。

 クリスマスイブ。
 幼馴染は俺の電話をどんな気持ちで受け取ったのだろう。
 
875 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/06(金) 16:36:55.89 ID:EKbxSuz2o

 俺はゆっくりと説明を始めた。今日起こったことのすべて。
 でも話してみれば話してみるほど、起こったことは実に単純なことばかりに思えた。

 モスは黙って俺の話を聞いていた。聞けば聞くほど黙り込んでいった。

 そして俺の話を聞き終えると、

「で、お前はどうしたいんだ?」

 と言った。

 俺は戸惑う。

「どうしたいって、俺にどうできるって言うんだよ」

 俺は拗ねたように言う。まさか、中学の時にアキにしたことを、幼馴染に対して繰り返せと言いたいわけではないだろう。

「どうできるかなんてどうでもいいだろ。まず、お前がどうしたいかだ」

 俺にはそのことがどうでもいいこととは思えなかったけれど、仕方なく考えた。

876 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/06(金) 16:37:31.76 ID:EKbxSuz2o

 俺がしたいこと。
 俺が望むこと。

 それを考えるのはとても難しいことだ。宇宙の外側を考えるのと似ている。  

「妹さんと、どうにかなりたいのか」

 それもある。

「それとも、昔馴染みの女の子と、曖昧な関係のままでいたいのか」

 それもある。

 ……あほか。と俺は思う。
 実に単純な話だ。宇宙の外側なんて大規模なもんでもない。

 ただの我がままだ。

877 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/06(金) 16:38:18.40 ID:EKbxSuz2o

 都合の良すぎる話だ。
 幼馴染は俺が好きだとはっきり言った。そして俺には他に好きな相手がいる。
 にもかかわらず、「ごめんなさい、これからも仲の良い友人同士でいましょう」だなんて。
 そんな都合のいい話があるわけがない。

 彼女が言った通り、幼馴染と俺の関係はもう「おしまい」なのだ。

「彼女は、諦めてないんだと思うぞ」

 モスは不意に言った。俺は怪訝に思う。

「何の話?」

「本当に諦めるんなら、いまさらお前に本心を告げたりするか?」

「……けじめをつけたかっただけじゃないのか」

「気持ちなんて、自分のなかでどうにでも折り合いをつけられるもんだろ」

「人によるんじゃない?」

「そうかもしれないけど」

 俺は溜め息をつく。モスの言葉”憶測”だ。
878 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/06(金) 16:39:39.74 ID:EKbxSuz2o

「じゃあ、どうしてお前に見つかるような場所に逃げたんだ?」

 そりゃ、あいつだって、あんなところに逃げたら、俺が居場所をつきとめられると知っていただろうけど。

「……だから、話をしたかったのかもしれない」

「じゃあ、どうして逃げたりするんだよ」

 それは、そうだけど。でも、そもそもそういう状況じゃなかった。
 冷静で論理的な判断ができるような状況じゃなかったのだ、俺も彼女も。

 多少おかしな行動をしても、不思議はない。
 
「そういう、混乱した、咄嗟の状況で、お前に見つけられるような場所に逃げたってことはさ」

 モスの言葉は、あくまでも推測だったけれど、

「本当は、見つけてほしかったんじゃないのか」

 俺は、なんだか悲しい気持ちになった。

879 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/06(金) 16:40:42.63 ID:EKbxSuz2o

「追いかけてほしくて逃げたって言いたいの? 見つけてほしくて隠れたって?」

「あるだろ、そういう気分のとき。誰にだって」

 こいつにもあるんだろうか。俺はあるけど。

「これでお前が何も言わなかったら、彼女はきっと本当に諦めるだろうけど、まだ期待してるんじゃないか」

「期待?」

「期待」

 どんな期待がありえるんだ? 彼女は、俺の抱いている気持ちにとっくに気付いているのだろう。 その相手にも。
 だからひとりで勝手に完結して、ひとりで勝手に諦めたのだ。

 ……いや、そうか?

 彼女にとって問題だったのは、むしろ、彼女自身の言葉を信じるなら、

"嫌われているかもしれない"という部分ではなかったっけ?
 
880 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/06(金) 16:41:58.78 ID:EKbxSuz2o

 ……何を混乱しているのだ、俺は。だからといって、彼女の言葉に対して俺が何も言い返せないのは変わりない。
 でも、どうなんだ。

 これは身勝手な感情だろう。無神経だし、自分本位だ。
 でも、腹が立つ。
 
 アキという人間がバカなことを言ったことも、たしかにあるだろう。俺の態度だって一因にはなったはずだ。
 だからといって。

 嫌われているかもとか、勝手な推測で避けはじめて、今だって勝手に自己完結して、勝手に納得した顔をして。

 そりゃ、俺だって上手に話せていないとは思っていた。あの頃、話すたびに彼女の態度がこわばっていったのは、よく分かっていた。
 だからといって。

 怖くて話せなかったとか。
 それでも諦めきれなかったとか。
 
 彼女が問題にしている部分がそこなのだとしたら、俺ははっきりと言ってやりたい。
 それを今になって言うことはすごく身勝手で自己満足的なのだけれど。

 俺はお前のことを嫌ってなんかいないんだと。
 怖がったり不安になったりして避ける必要なんてぜんぜんないんだと。
881 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/06(金) 16:42:24.84 ID:EKbxSuz2o

「……いずれにしても、今が正念場だよ、少年」

 モスは言う。お前も少年だろ、という言葉は飲み込んだ。
 ……いや、少年という歳でもないか、もう。

「ここで一個でも間違うと、アキのことみたいに、いつまでも鬱々と引きずることになるぞ。お前はそういう人間だ」

「……そうかもしれない」

 誰かに対して後ろめたさを抱いたうえで手に入る幸福は、結局のところ後ろめたいものでしかなくなる。
 だから俺はずっと躊躇っていたのだ。

 今だって一歩も進めなくなってしまいそうになってしまったのだ。

 本当の幸福は、周囲に認められたうえでしかありえない。たぶん。あるいはそうじゃないかもしれない。今ふと思っただけだ。

882 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/06(金) 16:42:52.23 ID:EKbxSuz2o

「モス、俺は」

 ふと、考えたことが口から出た。

「今まで逃げてたと思う?」

「思うよ。自覚なかった?」

「あったけど」

 あったんだけど。
 難しいのだ、逃げないことは。逃げていないと自分を騙すことはすごく簡単だから。

「ぜんぶにぜんぶ、納得のいく答えなんて出せない気がするんだ。だめかな?」

「いいんじゃねえの」とモスは言う。

「俺たち、まだ十代だぜ。結論を出すには早すぎるよ」

 彼の言葉は十代とは思えないほど老成している。
 俺は笑った。

883 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/06(金) 16:43:19.14 ID:EKbxSuz2o
つづく

877-14 言葉"憶測" →言葉は"憶測"
884 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(中部地方) [sage]:2012/07/06(金) 16:51:29.79 ID:6y5g1ROVo
乙だ
885 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/06(金) 16:51:54.54 ID:R4SqbTb9o
おつう!どんな折り合いをつけるか楽しみ
886 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2012/07/06(金) 16:57:45.10 ID:bzDGDV79o

モスがいる限りそう悪くはならない気がしてきた
887 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2012/07/06(金) 19:26:31.44 ID:5Ej9cxnco
いい折り合いを望む
888 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/06(金) 19:50:01.38 ID:Zwolo+jNo
モツ


食べたい
889 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/06(金) 20:48:39.90 ID:gOSHgms1o
>>888

バカ野郎wwwwww
890 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/06(金) 20:54:06.39 ID:AwH7v57IO
おっつん

モス√か
891 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2012/07/07(土) 06:37:05.88 ID:HHlyqLfyo
>>890
やめろハゲ
892 :  [sage]:2012/07/07(土) 14:13:57.25 ID:Nh8TIlK3P
乙ぱい!

このまま幼馴染√に行って欲しいなー
893 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/07(土) 14:41:06.96 ID:SfaOYyqDO
幼なじみには幸せになってほしい
894 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(埼玉県) [sage]:2012/07/07(土) 15:52:39.68 ID:IbWQbGO4o
おっぱいおっぱいと騒いでた頃が懐かしい…乙
895 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/07(土) 23:15:59.13 ID:p22KsD3IO
(言えない。このssおもしろすぎてテスト勉強できなかったなんて、絶対に言えない。)
896 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [sage]:2012/07/07(土) 23:19:49.01 ID:4dDVBYZeo
>>895
き、貴様直接脳内に!


>>1
897 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) [sage]:2012/07/08(日) 00:40:57.53 ID:p0VKkzoyo
今日の昼過ぎから読み始めてノンストップでここまで来てしまった支援
898 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(岡山県) :2012/07/08(日) 01:48:20.63 ID:u0VM1IU4o
この1は速筆だからしばらく見るのを休むと嬉しい悲鳴を上げることになるなww
899 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) [sage]:2012/07/08(日) 03:02:09.20 ID:+2qcmyNH0
何この文章。
ここまで読んでてイラついてくる文章に出会ったのは久しぶりだ。
900 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東) [sage]:2012/07/08(日) 04:29:21.46 ID:4UkpI6qAO
幼馴染にも妹にも幸せになってもらいたいが、果たして…?
901 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/08(日) 20:14:43.13 ID:EPAdG/kto

 少しだけ前向きな気分になる。気分は重たかったけれど、本当に少しだけ明るい。

 いいかげん覚悟を決めるときが来たのだろうと思う。
 自暴自棄に身を任せるのはなく、自分自身の判断と感情で、しっかりと進む方向を決める時期が。
 いつまでも壊れたコンパスをあてにしているわけにはいかない。

 諦めきれないから、ここまで俺はゴミみたいな生き方をする羽目になったのだ。
 諦めきれないくせに、諦めたふりをして自棄になったから、状況が一層混乱したのだ。

 いいかげん、それも終わりにしなければならない。

「モス、俺さ」

「なに?」

「お前がいてくれてよかったよ」

「はっ」

 と彼は笑い飛ばした。
 
902 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/08(日) 20:15:17.66 ID:EPAdG/kto

 とはいえ、すぐに何か行動を起こすのは困難だった。

 本当に幼馴染ともう一度話をしてみるべきなのか、それとももう口をきかないべきなのか、その判断はつかない。

 モスとの電話を切って、ベッドに転がり込む。
 そして少しだけ考え込んだ。

 考えることなんて、何かあるだろうか。
 俺にできることはいつだって同じだ。

 自分がどのような状況を望んでいるのかを認識して、そこをめざし行動すること。
 自分の現状が望ましいものならそれを維持できるよう苦心し、そうでないなら望ましいものに変化させようと努力すること。

 いつだって仕組みはおんなじだ。

 ときどき自分の望んでいることが分からなくなってしまったりするだけで、根本はやっぱり変わらない。

 当たり前のことだ。

903 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/08(日) 20:15:47.03 ID:EPAdG/kto

 瞼を閉じる。どうにも溜め息が出る。俺はこれまでに何人の人間を悲しませてきたのだろうかと考えた。
 どれだけの人間を苛立たせ、苦しませ、呆れさせ、軽蔑させ、失望させ、嫌われてきたのか。

 次に、どれだけの人間を楽しませ、喜ばせ、どれだけの人間に好かれてきたのかを考えてきた。
 どちらが多いかは自明のことだった。

 そして、自分にとって、そのどちらが重要であるかを考えた。

 俺はたくさんの人に軽蔑されるような人格をしている。たくさんの人間を失望させてきた。
 大勢の人間に嫌われてきたし、嫌われても仕方ないような人格だ。

 さんざん身近な人間を苦しませてきて、いまなお自分のことしか考えていない。
 
 世界中の人間に俺という人間についての評価を求めよう。お手元に○ボタンと×ボタンがある。
 好きな方を押してほしい。さあ、結果はどうなるか。

 大半の人間は押さない。彼らは俺という人間について何かを知りたがるほど暇ではない。
 押されるボタンは八割が×ボタンだ。俺は誰からも嫌われている。
 人気者には混じれなくて、嫌われ者にも混じれない。そういう人間性。

904 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/08(日) 20:16:13.48 ID:EPAdG/kto

 でもときどき、奇特なことに○ボタンを押してくれる人がいる。
 俺がどれだけ無神経で怠惰でアホでマヌケなことをやっても許してくれる人がいる。
 俺がどれだけ努力して結果を出しても認めてくれない人がいるように。

 ×を押した人間と○を押した人間の、どちらが俺にとって望ましいか。
 どちらが俺にとって優先すべきものであるか。

 自明なことだ。
 だからとっくに答えは決まっていた。

 俺は少し悩む。そして携帯を開いた。幼馴染に電話を掛ける。
 奴は出ない。何コールしても出る気配を見せない。
 十五分ほど経ってから、もう一度かけ直してみたが、出ない。ので、諦めた。

 着信履歴に俺の名前が残るだけでも十分だ。
 言葉が届かなくても、その事実はそれだけで意味を持つ。

905 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/08(日) 20:17:40.07 ID:EPAdG/kto

 さて、と俺は考える。頭は上手く回らない。

 こんなふうになってしまうだけの理由は、いくらでもある。幼馴染のことも妹のことも。
 ふたりとも、俺から離れてしまってもまったくおかしくない。
 俺のことを見はなして、嫌いになっても仕方ない。
 
 それはモスだってそうだし、タカヤだってそうだ。みんなそうだ。

 離れていく。
 で、だ。

 俺は離れたいのか、離れたくないのか。

 たぶんそこが重要なのだ。

 離れたいなら、都合がいい。みんないなくなってしまえばいい。誰とも会わずに生きればいい。
 そうやって日々を消化する。当たり前の日々を当たり前にこなす。それでもいい。別に。
 たぶんそうだ。別に不可能じゃない。前は失敗したけれど――本当に割り切ってしまえば、それはそうできる程度のものだ。

906 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/08(日) 20:18:14.54 ID:EPAdG/kto

 離れたくないなら、どうするのか。
 都合よく自分の周囲の人たちに、囲まれていたいと望むなら、結局、どうするのか。

 それはもう、未練がましくすがりつくしかないのだ。
 相手の心を弄んだり、相手の意思を誘導したりすることはできない。

 単に相手に伝えるしかない。伝達。対話。そうすることでしか不可能だ。

 相手に嫌がられても、結局そうするしかない。
 でも、どうしても無理で、修正不可能で、あきらかに手遅れだという話になったら、そのときはじめて諦めればいい。

 意思の尊重と言うのは沈黙によって遂行されるわけではない。
 自分と相手の両方が、自身の意思を互いに率直に伝えることでしか達成できない。

907 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/08(日) 20:18:40.35 ID:EPAdG/kto

 けれど、自分の意思をはっきりと表明することは困難だ。
 いつだってさまざまなしがらみが、言葉を縛り付けてくる。
 いつのまにかさまざまなものが、口を縫い付けている。

 だから混乱する。エラーが起こる。頻発する。
 
 ときどき回路が途切れるのだ。誰にも本音を言えなくなる。それでもなんとかなってしまう。
 それでときどき人が死ぬ。

 そういうふうに思う。考えただけ。思いつき。ホントかどうかは知らない。
 ところで俺はどうしてこんなことを考えているんだっけ? たぶん疲れているのだ。
 疲れているとどうでもいいことを考える。誰だってそうだ。
 
 リビングに降りてコーヒーを淹れ、椅子に座る。家中が静かだった。
 昔のことを思い出す。子供の時のこと。安らげなかった場所のこと。
 でもそれは昔の話なのだ。それも数字にすればごく短い期間の。
 
 だからどうというわけではなく、ただそれは過ぎてしまったことなのだ。

 問題は常に"今"のことだ。

908 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/08(日) 20:19:35.41 ID:EPAdG/kto

 急に眠気が襲ってくる。だからどうでもいいことを考えるのだ。
 でもしょうがない。うとうとしていると、頭の内側のスクリーンで奇妙な映像が流れ始める。夢だ。
 どうやら夢らしい。でも、細かなディティールが分からない。なぜだろう。

 たぶんまだ眠っていないからだ。そうか、なら寝ればいいんだ。俺は眠ろうとする。

 夢の中に入り込む。俺は子供だった俺を見下ろしている。
 今よりも暗い顔をしている。貧相なチビだなぁと俺は思った。今と大差ない。
 
 そばに小さな女の子がいる。どうやら手を引かれているらしい。女に手を引かれるなんてみっともないガキだ。
 そのチビにとって、目に映る大半のものは巨大だった。
 
 雲もポストも、ガラス製の灰皿も母親の手のひらも、坂道もアジサイも、家の扉も少女の手も、巨大だった。

 赤いマニキュア、煙草の火。

 チビは少女に手を引かれ、公園に入っていった。さびれた公園。なんにもない。
 ベンチと滑り台、雲梯とブランコ。シーソーにばね仕掛けの動物の乗り物。砂場に埋もれた瓶コーラの王冠。

909 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/08(日) 20:20:01.68 ID:EPAdG/kto

 そこに女の子がいる。ふたりめだ。

「今日も来たね」

 と彼女は言う。
 返事をしたのは、手を引いてきた女の子。

「うん」

 と彼女は元気に返事をする。チビの方は返事もやらない。

「今日は何して遊ぶ?」

 待っていた方が言う。

「なんでもいいよ」

 と、本当になんでもよさそうに、手を引いてきた方が言った。

910 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/08(日) 20:20:46.95 ID:EPAdG/kto

 待っていた方はしばらく考え込む。うーん。今日はどうしようか。ブランコはふたつしかない。シーソーはふたりのり。
 滑り台は……もう飽きた。動物の乗り物も。遊具はぜんぶだめ。ぜんめつだ。
 
 砂場で何かをつくって遊ぼうか。いや、うーん。……まぁ、いいか。なんでもいい。

「じゃあ、おままごとにしよう」

 と待っていた方が言う。

 手を引いてきた方は首をかしげた。チビは何にも興味がなさそう。

「おままごと?」

「おままごと?」

 女同士だけで、会話が成立している。彼女たちは意味もなく笑いあう。チビはアジサイの上を舞うモンシロチョウを目で追っていた。

「じゃあ、わたしがお嫁さん」

 と、待っていた方が言う。

「きみが、だんなさま」

911 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/08(日) 20:21:18.38 ID:EPAdG/kto

 指をさされたチビは、面食らってのけぞる。
 手を引いてきた方が、つないだままの手をぶらぶら揺すって不平をあらわにした。

「じゃあわたしは?」

「……赤ちゃん」

「いや!」

 と首を振る。つないだままの手をぶんぶん振り回した。チビは痛かったが、何も言わなかった。

「じゃあ、だんなさま?」

「……いや! お嫁さんがいい」

「うーん」

 待っていた方は腕を組んで考え込む。
 やがて名案が浮かんだとばかりに手を打ち鳴らし、満面の笑みでこう言った。

912 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/08(日) 20:21:58.57 ID:EPAdG/kto

「じゃあ、ふたりともお嫁さんでいいね」

「……ふたりとも、お嫁さん?」

「うん」

 手を引いていた方は、「どうなのかなぁ」という顔をしていたが、結局頷いた。
 ふたりはチビに目を向ける。

 チビはここに来てようやく口を開いた。

「そんなの、おかしいよ」

 と彼は言う。待っていた方が怒ったように言う。

「おかしくないよ!」

 黙っておけばいいものを、チビは反論した。

「おかしいよ。そんなの。お嫁さんは、ひとりだけだよ」

「誰が決めたの?」

 女の子は駄々をこねる。

913 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/08(日) 20:22:30.14 ID:EPAdG/kto

「誰って、そうなってるんだよ」

「だから、そうなってるって、誰が決めたの?」

 チビは黙る。そんなのは彼だって知らなかった。でもそうなってるのだ。そういうことになってる。

「じゃあ、わたしも決める。ふたりともお嫁さんでいいって。それでいいよね?」

 待っていた方が手を引いた方に同意を求める。気圧されたように。手を引いた方が頷いた。
 待っていた方は頷き返す。

「ほら、いいって。じゃあ、きまり!」

 決まったようだった。チビは呆れて溜め息をつく。
 でも、だって、そんなの“いびつ”だ。上手く行きっこない。
 たかだか遊びで、何をそんなに真剣になっているんだろうとチビは思う。
 それでも考えてしまう。

 そのことが原因で自分の身に起こったことを、曖昧ながらも理解していたからだろう。 
 蛙の子は蛙。
 
914 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/08(日) 20:23:34.07 ID:EPAdG/kto

 とはいえ。

「それじゃ、だんなさま。ごはんにしますか? それともお風呂になさいますか?」

「……どうして“けいご”なの?」

「お嫁さんは、だんなさまには“けいご”なんです」

 女の子たちは楽しそうにしていたので、まあいいのかもしれないとチビは思った。
 そしてたぶん、俺たちは過去の地続きに生きている。

 待っていた方のうさんくさい敬語を聞き流しながら、手を引いてきた方の顔を覗き見る。

 モンシロチョウが彼女の周囲を舞う。
 楽しそうに笑っている。
 
 でも、これは所詮夢なのだ。あくまでも。
 夢が終わる。 
 俺の意識は真っ暗で無時間的な場所に沈んでいく。
 夢の余韻に浸ったまま、静かに眠りたい。


915 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/08(日) 20:24:10.56 ID:EPAdG/kto
つづく
次スレ立てるかもです
916 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(埼玉県) [sage]:2012/07/08(日) 20:27:30.45 ID:A97rBnRuo

この文体好きだわー
917 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) [sage]:2012/07/08(日) 20:35:07.74 ID:odPDNtjxo
乙乙
918 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [sage]:2012/07/08(日) 20:44:35.45 ID:EkhEBDLvo
乙です

妹がなかなか登場しませんね
919 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/08(日) 20:46:05.93 ID:CrU+YOK40


幼馴染みが敬語の理由って…
920 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(中部地方) [sage]:2012/07/08(日) 21:08:22.92 ID:1PnNqFRGo
ここで敬語が判明か乙
921 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) [sage]:2012/07/08(日) 21:17:07.04 ID:TlGG7CVLo

遂に次スレか
楽しみが続く
922 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(埼玉県) [sage]:2012/07/08(日) 22:24:26.05 ID:4lYqPQ8co

>>1が次スレとは珍しい
923 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(岡山県) [sage]:2012/07/08(日) 22:41:24.33 ID:u0VM1IU4o
924 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/10(火) 15:28:21.90 ID:frJK78Ono

 目がさめる。
 
 背中に何かが乗せられる。振り向いた。

「わ」

 妹がいる。
 急に振り返ったせいか、面食らった顔をしていた。

「おと」

 彼女は驚いて手に持っていた毛布を床に落とした。
 何かを言うより先に、まず安堵した。なぜか。
 
 黙ったままでいると、彼女は気まずげに視線を落とした。

925 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/10(火) 15:28:49.41 ID:frJK78Ono

「おかえり」

「……ただいま」

「どこ行ってたの?」

「友達と会ってきた」

「あ、そう」

 俺はなんと答えるべきか迷って、結局何も言わなかった。
 妹はぽつりと言う。

「今日は帰ってこないと思ってた」

「なんで?」

「……なんとなく」

926 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/10(火) 15:29:15.92 ID:frJK78Ono

 ……いや、「なんで」も何も。
 イブの日にふたりで会うって言ったら、そういう話になる、のか?
 少し突飛と言う気もするが、詳しい説明は省いていたような気がするし。

 いや、やっぱり突飛だろう。

「なにかあった?」

 と妹は言う。

「お前こそ、いきなり出かけて何かあったのか」

「……べつに。こんな日にひとりで家にいたくなかっただけ」

 俺はもうちょっとこいつのことを考えてやるべきなのだろう。
 
927 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/10(火) 15:29:42.49 ID:frJK78Ono

「……落ち込んでる?」

 どうして分かってしまうのか。
 言うまでもなく、俺が分かりやすいのだろうけど。
 さんざんこれまで取り繕ってきて、疲れ切って、隠すのをやめたせいもあるのだろうけど。

 折れそうになる。

「ビビってんの」

 と俺は答えた。妹は首をかしげる。

「何の話?」

「べつに。なんというかね、どうにかしなきゃと思っても、どうすればいいか分からないんだよ」

 妹は「ふうん」という顔をした。


928 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/10(火) 15:30:16.44 ID:frJK78Ono

 俺は少し気まずい。

「ねえ、不誠実なのと無責任なのだったら、どっちがマシだと思う?」

「……さあ?」

 俺はダイニングテーブルに置きっぱなしにされていたマグカップの中を覗く。
 すっかり冷え切ったコーヒー。時計を見るが、そんなに時間は経っていなかった。

「コーヒー飲む?」

「ケーキ食べたい」
 
 会話が成立していない。

「買いに行くか」

 と俺は立ち上がる。とはいえ近場にケーキ屋なんてないし、あっても閉まっているだろう。
 だからコンビニだ。売れ残ってるかどうか、微妙に不安はあるのだが。

929 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/10(火) 15:31:06.92 ID:frJK78Ono

 上着を羽織って家を出る。妹は何も言わずについてきた。
 
 夜道を歩く。ぼんやり。ふたりで。なんだかひどく現実味がない。

 こんなことをしていていいのだろうか。
 俺にはもっと考えなければならないことや、やらなければならないことがある気がする。
 それもたくさん。具体的には思い出せないけれど、そういうものが確かにあった気がするのだ。

 コンビニには先輩がいた。彼女のうしろには茶髪がいる。
 俺は隠れようかと思ったが、その前に先輩に見つかった。

「どうしたの、デート?」

 彼女のからかいに俺は、

「まさか」

 と返す。その返事は、少し真剣すぎたかもしれない。

「ていうか、先輩、イブに弟と一緒って」

「そっちだって妹と一緒じゃん」

 まぁそうなのだが。

930 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/10(火) 15:31:33.10 ID:frJK78Ono

 茶髪は俺に何も言ってこなかった。アキから何も聞いていないのかもしれない。
 というより、聞いていないだろう。おそらく。

 コンビニの店内は、時間のせいもあるのだろうが、結構混み合っていた。
 男女の客は少しだけで、同性同士の集まりの方が多いらしい。

「なんか考え事してんの?」

 先輩にまで言われる。そんなに分かりやすいのか。それとも疲れてるのか。
 正直言って、もともとこういう人間なのだけれど。誰かと一緒に居ても、ずっと何か別のことを考えているような。
 最近、やたら見透かされる。

 良い傾向なのか、悪い傾向なのか。

「ま、あんまり悩みない方がいいよ」
 
 そこで彼女はにやりと笑って、

「イブなんだからね」

 からかうようにささやいた。

931 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/10(火) 15:32:10.17 ID:frJK78Ono

 デザート用の棚には二個入りのショートケーキがおいてあった。
 チョコレートケーキとチーズケーキもあったのだが、こういうのは雰囲気先行だろう。

 他にも何かを買おうかと思ったが、気分が乗らなかったし、妹も何も言わなかった。
 店を早々に出て、家路につく。

 妹は俺の左隣を歩いている。ぼんやり空を見上げると、妙に星がくっきり見えた。

 今日あたり世界が終わるのかもしれない。
 そういうことを大真面目に考える。

「兄さん」

 と妹が言う。

「荷物、右手で持って」

「はあ?」

「いいから」

 従う。

「んしょ」

 と、彼女が俺の手を取った。

「……ああ?」

 混乱した。

932 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/10(火) 15:33:16.01 ID:frJK78Ono

「……なぜ手を繋ぐ」

「気にしないで。別に理由はないから」

 と、彼女はいつもより弾んだ声で言う。
 俺は戸惑う。

 こんなことをしていていいのだろうか。
 俺はもっと考えなければならないことがあるのだ。
 幼馴染のことだって、ちゃんと話をして、何かの結論を出したいと思っている。
 
 それなのに、こんなことをしていていいのか?

 ……思いつつも、悪い気はそんなにしなかったので、振りほどく気にはなれない。
 結局俺は不誠実な人間なのだ。

 手の感触は冷たかった。それは徐々に俺の体温を奪っていく。
 静かに温度が均されていく。こわばっていた手のひらの感触が、溶けるように変化していく。

 何をやっているんだ。俺は。

933 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/10(火) 15:34:02.37 ID:frJK78Ono

「兄さん」
 
 と彼女は言う。
 不安そうな顔をしている。何故そんな顔をするのか、俺には分からない。

「あの人と、付き合うの?」

「……お前な」

 俺は溜め息をつく。
 ついてから、考える。

 どうなんだ?
 俺はあいつとどうなりたいんだ?

「付き合うといいよ。きっと、普通にうまくいくと思うよ」

「そうかい」

 俺は自棄になったような気持ちで返事をした。俺は不快そうな顔をしているだろうか。
 今日だってまったくと言っていいほど意思疎通がままならなかったのだが。あれで上手くいくというのか。
 よりにもよってこいつに、そんなことを言われたくはない。
934 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/10(火) 15:34:33.31 ID:frJK78Ono

 不意に妹の手のひらから力が抜けて、離れていきそうになった。俺は咄嗟にそれを握る。
 妹は驚いたようにこちらを見上げた。俺は視線を逸らす。

 何をやってるんだ。

「なんで握るの?」

「なんで離すんだ?」

 堂々巡り。

「繋いでる方が変だよ」

「そうだけど」

 そうなんだけど。
 
935 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/10(火) 15:35:00.62 ID:frJK78Ono

 言葉が途切れる。俺は手を放した。
 妹は何かを言いたげにしていたが、そのまま手を下ろしてぶらぶらと揺する。

 公園を通り過ぎるとき、不意に何かの気配を感じた。物音。
 
 妙に気になって、追いかける。
 よくよく考えたら、こんな日のこんな時間に、変な場所に入り込むべきではなかったのだけれど。
 まぁ、気になったもんはしょうがない。

 ベンチの近くに動く影があった。最初はなんだか分からなかったが、よく見ると犬らしい。
 犬。

「……あれ、この犬」

「予知犬だ、予知犬」

 変な呼び方だった。よちいぬ。

「飼い主はどうしたんだろう」

「近くにいるんじゃない?」

 こんな時間に?

936 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/10(火) 15:35:33.84 ID:frJK78Ono

 俺はしゃがみこんで犬の頭を撫でた。いったいどうしてこんなところにいるのか知らないが、寒くはないのか。

 犬は俺の頬をぺろりと舐めた。ざらついた舌の感触。

「なんだ、こいつは」

「また占ってもらう?」

「何を?」

「なんか」

 なんだそれは。

 どうでもいいや、未来とか。
 俺は立ち上がって、服の肩で頬をぬぐった。

 犬は俺の足に頭をこすりつけてくる。

「なつかれてるね」

「なんでだろう」

 動物に好かれるタイプではないのだが。

937 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/10(火) 15:36:00.07 ID:frJK78Ono

 しばらくすると飽きてしまったのか、犬は公園を走り去ってしまった。
 俺は溜め息をついてベンチに腰を下ろす。

「なんだったんだろう」

 妹が呟く。俺は肩をすくめた。
 今日はいろいろなことがあって疲れた。一日で三日分くらい動いた。
 もう眠い。

 ぼんやり空を見上げると、やっぱり星がきれいだ。異様に。なんでだろう。
 なんでだろうもなにも、別に何か理由があるわけではないんだろうけど。

 俺は立ち上がろうとして、妹が俺の目の前に立っていることに気付いた。

「なに?」

 訊ねると、彼女は息苦しいような顔をする。

「……なに?」

 その表情に切迫したものを感じて、俺はもう一度訊ねる。

938 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/10(火) 15:36:44.31 ID:frJK78Ono

「ごめんね」

 と彼女は謝った。

「なにが」

 と訊ねようとしたが、できなかった。
 塞がれた。

 口。

 俺の頭は一瞬で機能停止したけれど、不思議と何が起こったのかははっきりとわかった。
 ゼロ距離にある顔だとか、咄嗟に吸い込んだ鼻からの息にまぎれこんだ匂いとか、そういうものは後から気付いたもので。
 まず最初に、状況を理解していた。

 ふたたび正常な距離感を取り戻す。俺は自分の呼吸が止まっていたことに気付いた。
 妹は視線を下ろしている。叱られる前の子供みたいな顔。 
 泣き出しそうな目をしていた。

「……なんでキスした」

 何を言えばいいかわからず、まぬけなことを言ってしまう。

939 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/10(火) 15:37:12.02 ID:frJK78Ono

 妹は取り繕うように言った。

「だから、ごめんねって言ったでしょ」

「いや、そういう話じゃない」

 ていうかあれは予告だったのか。
 本当に、何の言い訳にもなってない。

「いいでしょべつに!」

 と妹は怒鳴った。

 俺は気圧される。
 気圧されて、思う。

 逆ギレだよこれ。
 よくねーよ。ぜんぜんよくねーよ。


940 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/10(火) 15:37:47.22 ID:frJK78Ono

「兄さんが悪い!」

「……なぜ俺」

「兄さんが、えっと……なんだろう」

 考えてから喋りましょう。

「兄さんが胸をさわったりするから悪い!」

 それは確かに悪かったけど。
 なんなのだこの状況は。
 唐突すぎて意味が分からない。

 意味が分からない。

941 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/10(火) 15:38:14.41 ID:frJK78Ono

「わたしを混乱させてばっかりの兄さんが悪い!」

「……待て。心当たりがない」

 本当にない。

「思わせぶりなことばっかりいって、期待させたり、そのくせ妙なところで距離をおきたがったり」

 それはそのまんま、俺が彼女に感じていた印象と同じだった。
 が、なぜ今、ここでこうなる?

「意味がわかんない」

 俺にも分からない。

「……何言ってるの、わたし」

 俺にも分からない。
  
「なんかもうやだ。泣きそう」

 だから、なんで。
 もう意味が分からない。本当に。なにこの状況。

942 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/10(火) 15:38:40.34 ID:frJK78Ono

「もうやだ! 帰る!」

 なかば叫ぶようにして、妹は公園から出て行った。その姿がさっきの犬にダブる。
 ……まさかこの姿を予知していたわけではないだろうと思いたい。

「おい、ケーキどうするんだよ!」

 俺が状況にあっていない疑問を投げかけると、妹は少し悩んだように唸って、

「冷蔵庫いれといて!」

 大声で返事をした。
 公園にひとり残された俺は、とりあえずベンチから立ち上がる。

 なんていう日だ。
 不意に出た溜め息が、白く染まって立ちのぼる。
 
 どうすりゃいいんだ、これは。

943 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/10(火) 15:39:10.40 ID:frJK78Ono
つづく
944 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府) [sage]:2012/07/10(火) 15:45:30.00 ID:2+EcGgBPo
ひょー遂にか
945 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(埼玉県) [sage]:2012/07/10(火) 15:54:15.20 ID:47u7yynco
ふふふふふふ
946 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/10(火) 16:44:23.21 ID:kCAw0fhV0


ニヤニヤが止まらん
947 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/10(火) 18:49:16.04 ID:s8vHfRigo
ただただ羨ましいわ
948 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/10(火) 19:58:03.54 ID:J7sJzwB0o
幼馴染には幸せになって欲しいのだが、妹もかわいすぎる。

こりゃ困った。
949 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(埼玉県) [sage]:2012/07/10(火) 20:11:16.91 ID:+NrXCxb8o
はーれむ!はーれむ!

ごめんなさい空気読みます乙でした
950 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(中部地方) [sage]:2012/07/10(火) 20:20:50.61 ID:8P7pn4uHo
いもうと!
951 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(兵庫県) [sage]:2012/07/10(火) 20:50:30.54 ID:QiHhWWR4o
はっきりしろよ!
952 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) [sage]:2012/07/10(火) 21:02:24.85 ID:Dk+JxNg8o
(・∀・)ニヤニヤ
953 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2012/07/11(水) 00:15:47.41 ID:+j19x6PKo
あれ?幼馴染√が欲しかった俺は何処へ
954 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/11(水) 02:25:08.51 ID:HeoUrqbDO
この瞬間を待っていたんだぁー!!
955 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/11(水) 11:02:29.14 ID:ihpw17AIO
兄が二人に増えればあるいは
956 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/11(水) 22:38:10.20 ID:SUjviIr5o
ここでポカリとレモンウォーターを思い出して欲しい
957 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/12(木) 16:01:11.40 ID:00tcio17o

 家に戻ると、妹は自分の部屋に閉じこもっているようだった。
 
「おーい」

 と声を掛けると、

「ほっといて!」

 と声が帰ってくる。無視されない分、いつかよりはマシだと言えるのだが。

 仕方ないので放っておく。俺はケーキを冷蔵庫に突っ込んで自室に戻った。
 机に置きっぱなしだった携帯を開くと着信があった。

 アキ。
 無視する。かけ直す理由がない。

958 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/12(木) 16:01:49.62 ID:00tcio17o

 俺は何かを考えようとして、やめた。
 妹の考えていることはさっぱり分からない。……などと言っていられる状況ではない。
 考えなくても分かる。というと自惚れめいて聞こえるが。

 どうも、奴は俺のことを好きなのではないか。
 という想像をして赤面。なんだその発想は。薄ら寒い。

 よくよく考えるのだ、どうせからかわれているだけだ。
 ……からかうだけであんなことをするような妹だとは思いたくないわけだが。
 
 いやしかし、あの年のおなごは何をしでかすか分からないことがある(おなごて)。

「うーむ」

 結局考えている自分自身に気付き、溜め息をつく。

959 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/12(木) 16:02:15.81 ID:00tcio17o

 さて、と俺は考える。
 ここにきて、気付かざるを得ない。
 どうも俺が問題にしていたのは、彼女の意思なんかじゃなかったらしい。

 たとえばここで、俺が妹の部屋のドアを叩いて。
「お前が好きだ!」と叫んだら、それで話が終わるのか。

 なんとも言い難い話だ。
 それじゃ足りない。どう考えても。
 
 何が、かは分からないけれど、それじゃ全然足りないのだ。

 それにしても、どうしてこのタイミングで、幼馴染の顔が頭をよぎったりするんだろう?

960 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/12(木) 16:02:54.95 ID:00tcio17o

 少なくとも、幼馴染との関係をどうにかしてからでないと、他のことをどうこうする気にはなれない。 
 でも、幼馴染との関係を修復したうえで他のこと――妹とのことをどうこうするなんて、できるのか。
 もっと言えば、いいかげん、自覚してもいい頃だろう。自分の不誠実さを。

 考えているとわけがわからなくなってきたので、もう一度妹の部屋のドアを叩いた。

「もしもし」

「ほっといてってば!」

「ほっとけるかよ!」

 と俺は口先だけで聞こえのいいことを言った。妹は息を呑んだようだった。
 ……その場の勢いだけの言葉だったのだが。

「さっきまで、ほっといたくせに」

 どうやら感心されたわけではないらしい。

961 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/12(木) 16:03:23.54 ID:00tcio17o

「何の話か分からないな」

「あなたの耳は飾りですか」

「高性能なんだよ。都合の悪いことは勝手に聞き流してくれんの」

 扉越しに、妹の溜め息が聞こえた。

「なんでこんな人を好きになったんだろう」

「聞こえるように言うなよ、二重の意味で」

 俺は割と戸惑う。

「……なあ、俺のこと好きなの?」

 と俺は言った。我ながらアホみたいな台詞だった。

962 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/12(木) 16:04:03.28 ID:00tcio17o

 妹は今度こそ息を呑んだようだった。

「……いや」

「あ、違うんだ」

「というわけでもなく」

「え、どっち?」

「……うるさいばーか!」

 ……えー。

「仮に好きだとしたらなんだっていうの! なんか迷惑でも掛かるの! ほっといて!」

 支離滅裂という言葉は、おそらくこういう状況に向けて使われるのだろう。

963 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/12(木) 16:04:33.57 ID:00tcio17o

「……迷惑は、掛かるかもしれないけど」

 妹はつぶやく。
 ヒートアップしたと思うと、急に落着きを取り戻したり、妙に不安そうな声を出したり。
 こんなに極端な感情の変化を見せる奴だったか。

 ……いや、そういう奴だったけど。
 最近じゃ、珍しい。

「でも、ほっといて。もう、あとは大丈夫だから。もう知らないふり、できるから」

「……どういう意味?」

「今日が終わったらいつも通りにするから。もう動揺したりしないから」

964 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/12(木) 16:04:59.35 ID:00tcio17o

 どうせ、と妹はつぶやく。

「どうやったって、上手くいきっこないんだから」

 俺は戸惑う。何をどういえばいいのか分からない。
 問題は、当人同士の意思なんかじゃない。らしい。

 その言葉に、じくりと胸が痛んだ。

“あなたはね、どうせ――”

“あんたなんて、どうせ――”

 頭に響いたアキの声が、誰かのものとダブる。
 気付かないふりをした。

“どうせ……”

 今日の夕方きいた、幼馴染の声。
 
 どうせ、どうせ、どうせ。

“どうせ俺は嫌われものだよ”

 ――耳鳴り。

965 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/12(木) 16:05:25.77 ID:00tcio17o

 俺は、根本的に、自分という人間に対して信頼を置いていないのではないか。
 
 だからこんなふうになるのではないか。

 どんなことだって、上手くいかない可能性なんてある。
 条件の悪さを、努力をしない理由にすることはできない。
 
 でも、俺は諦めている。あらかじめ諦めている。
 それこそあらゆることを。

 軽蔑を恐れて口を噤んだ。
 でも、もうやめるべきなのかもしれない。
 いいかげん。

「俺はさ」

966 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/12(木) 16:05:51.56 ID:00tcio17o

 口を開く。震えている。でもそんなのは当たり前のことなのだ。
 当たり前のことを恐れて、逃げていると、そのうちいろいろなしっぺ返しを食らう。
 今日のように。

「お前が好きだよ」

 と言った。
 それを聴いて、妹が何を思うのかは知らない。

「でも」と続ける。
 この言葉も、彼女の感情に何かの変化をくわえるだろう。

「お前と今すぐどうこうなろうとは、思えないんだ。ぜんぜん、思えない」

「それは、わたしを女として見れないってこと?」

 妹の声も、震えている。俺の声の震えは反対にとれていく。

967 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/12(木) 16:06:23.10 ID:00tcio17o

「違う。そうじゃない。俺にとってお前は妹であると同時に女だから、見れないとか、どっちが先とか、ないんだ」

「どういう意味?」

「聞かない方がいい。けっこうすごいこと考えてるから」

「……なにそれ」

「とにかく感情の問題じゃないんだ。俺はさ」

「……うん」

「経済的に自立できてないから」

「……」

 妹は一拍おいて、

「はあ?」

 と声を裏返した。

968 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/12(木) 16:06:59.38 ID:00tcio17o

 
「今のままじゃお前と一緒になったところで、ダメになるだけだって思う」

「一緒になるって」

 妹は戸惑うように言った。

「準備ができてない。まったく」

「準備って……ねえ、兄さん。兄さんの頭の中はいったいどうなってるの?」
 
 その言い方だと、俺の頭がおかしいみたいだ。
 ……いや、おかしいのか。うん。おかしいのだ。

「だからだ。俺が大人になって、経済的に自立して、妹ひとりくらい抱え込んでも大丈夫なくらい成長するまで待ってくれ」

「……あのさ、本当に、何を言っているの。というか、そういう台詞って絶対、立場が逆」

「逆?」

「こっちが、わたしが大人になるまで待っててって言う方でしょう」

「少女マンガでもあるまいし」

「……腹立つ、この人」

969 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/12(木) 16:07:27.43 ID:00tcio17o

 妹は少し苛立ったような声をあげた。

「ていうか、誰も兄さんに甲斐性なんて期待してない!」

「……ひどいこと言うなよ。心が折れたらどうするんだよ」

「とっくに屈折しきってるじゃん」

 そりゃそうなんだけど。

「意味わかんない。好きだっていったり、今は駄目だって言ったり」

「結構シンプルだと思うんだけど」

「……どこか?」

 妹は鼻白んだように言う。

970 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/12(木) 16:08:08.01 ID:00tcio17o

「……いや、シンプルだったんだよ。で、だ」

「……“で”、って、なに?」

「ずっとこれまで、そんなことを考えていてだ。だからってそんなもん待ってられるかという気持ちもあってだな」

「……うん」

「何も言わずに大人になって、誰かのものになるくらいだったら、いっそ今のうちに押し倒してしまおうかとか」

「……なにいってんの」

 さすがに呆れた様子だった。

「そんなふうに考えていたわけだ、俺は」
 
 これで軽蔑されたところで仕方ない。妹は何も言わなかった。

「……のだが」

「“だが”? だがって、なに。まだ何かあるの?」

 妹は疲れ切ったように言う。

971 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/12(木) 16:08:33.74 ID:00tcio17o

「まともに生きることに対してのあこがれも、ないではない」

「まとも、って?」

「普通に生きること」

「……それは、たとえば、あの人と付き合って、ごく平凡な恋愛をしたり、ということ?」

「ということ」

 俺は正直に言った。

「世間と折り合いなんてつけてたまるか、という気持ちもあるし、どうにか折り合ってやっていきたい、という気持ちもある」

 妹は返事をしない。結局、そのあたりは俺の感情の問題でしかない。
 誰かに無条件で嫌われるような選択を取るのが怖い。
 見ず知らずの人間に軽蔑されるような生き方を選ぶのが怖い。

 ……もちろん、そんなのは被害妄想なのかもしれないけど。

972 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/12(木) 16:08:59.95 ID:00tcio17o

「で、だ」

「まだあるの?」

「まだある。ここから先が、割と大事な話」

 俺は覚悟を決める。

「あいついるじゃん、あいつ」

「……あいつって、あの」

「そう、あいつ」

「内縁の妻気取りでいつも敬語の人?」

「……いや、まあ敬語であってるけど」

 内縁の妻気取りって。

「俺な、あいつのことも好きかもしれん」

「……」

 世界が静止した。

973 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/12(木) 16:09:44.19 ID:00tcio17o

 一瞬後、

「は」

 妹は息を漏らし、
 
「は、あああ?」

 と心底信じられないことを訊いたような声をあげた。

「え、ちょっとまって。意味が分からない」

「うん。まぁそうな」

 そりゃそうなるんだけど。

「待って。“も”って何? ちょっと予想外だった。“も”ってなに?」

「だから、お前も、あいつも」

「意味が分からない」

 俺もよく分かっていない。

974 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/12(木) 16:10:13.49 ID:00tcio17o

「……意味が分からない」

 二回言った。

「怒ってる?」

「呆れてる。逆の立場ならどういう気持ち?」

「死にたくなるね」

「……考えてよ、ちょっとは」

 拗ねたように妹は言った。

「仕方ないんだ。お前と一緒になるためなら、世間体なんてどうでもいいやって思ってたから」

「……すごいこと言ってるけど、それで?」

「世の中になんて折り合わなくてもいいやって思ってたら、二股もありかなって」

「最っ低」

「うん」

 自覚は割とあるが、何の救いにもならない。

975 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/12(木) 16:10:59.70 ID:00tcio17o

「なにそれ」

 ……いや、うん。
 しかたない。とりあえず今は、それが正直な気持ちなのだ。
 それを踏まえた上でどうにかしないと、俺はまた沈んでしまう。

「だから、今は無理なんだって」

「……なにそれ」

 また二回言った。

「だって、お前嫌だろ、そんなの」

「それ、どういう意味?」

「だから、そういう無茶苦茶で曖昧なのは」

「……うーん」
 
 俺は、幼馴染にあんな顔をさせたまま、自分の願望をどうこうしたいなんて思わない。
 何をしても彼女の顔が頭をよぎるようになってしまうだろう。

 そんなことじゃダメなのだ。

976 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/12(木) 16:11:25.94 ID:00tcio17o

「別に嫌じゃないかも」

「……ああ?」

「いや、うん。もともと、そういう関係だったような、気がする」

「……何の話?」

「だって、あの人でしょ?」

 あの人、と他人事のような言葉で言いつつも、妹の言葉は幼馴染に心を許しているように聞こえる。

「もともとわたしとあの人は、兄さんを共有してたところがあるから」

「共有って、なんすか」

 いつの間に俺をシェアしていたというのか。

977 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/12(木) 16:12:00.75 ID:00tcio17o

「そりゃ、兄さんが他の女の人にも手を出すって言うならいやだけど」

 すっかり恋人みたいな言い草だ。……俺が言うことじゃないか。

「でも、べつにあの人なら……仕方ない」

「仕方ないって何?」

「というか、納得もいくというか」

 話が想定外の方向に転がり始めた。

「ていうか、あのさ」

「なに?」

「いいかげん、部屋に入ってもいい?」

「……恥ずかしいからだめ」

 なんとも。

978 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/12(木) 16:13:00.34 ID:00tcio17o

「まぁ、あの人の方の気持ちもあるけど」

『わたしとしては一向にかまわないんだけどね』とでも言いたげだった。
 
「お前、ホントにそれでいいの?」

「……だって、折り合わないんでしょ?」

「……いや、ううん。もうちょっとがんばれば、あるいは」

「嫌だよ。折り合いすぎてわたしが兄さんと一緒にいられなくなるかもしれないし」

「だからって、無理だろ、さすがに」

 将来的なことも考えて。あるいは現実問題として。
 二股なんて。……現実にしている奴は結構いそうだけど。


979 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/12(木) 16:13:28.90 ID:00tcio17o

「じゃあ、今は保留でいいじゃん」

 と妹は言った。

「……なにが」

「今すぐじゃなくても、いいじゃん。別に。兄さんはじっくり選ぶといいよ。上から目線で」

「……なにそれ」

「だってわたしは妹だもん」

 妹は少し拗ねたように言った。

「その気になれば、一生だって付きまとえるんだ」

 怖いことを言う奴だ。
 引き伸ばしていいのか。そんな都合のいい話でいいのか。
 
「だって、兄さんにはまだ甲斐性がないから。どうせ今すぐにどうこうになんてなれないよ」

「……割と傷つくことを言うね」

 また『どうせ』って言った。正しいけど。
 俺は溜め息をつく。


980 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/12(木) 16:14:10.63 ID:00tcio17o

「ねえ、兄さん。わたしは兄さんがどんな選択をしようと受け入れてあげる。わたしを選ばないとき以外は」

 ……それ、受け入れてないじゃん。「どんな選択でも」じゃないじゃん。
 つまり、仮に二股しようが許す、って言ってるのか?
 どうなんだそれ。俺が反対の立場だったら、絶対に受け入れられないだろう。
 こんなに、俺にとって都合がよく話が進んでいいのか?

 世間になんて折り合わない。
 他人の目なんて気にしない。
 そこはそれでいい。迷いはあるけど、そうすることが許されるなら。

 俺が優先するのは常に、世間体なんかより、笑顔でいてほしい人の気持ちだけなのだ。
 それ以外なんて別になくたってかまわないのだ。
 だからこそ、よく考えなくてはならないんだけれど。

981 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/12(木) 16:14:50.78 ID:00tcio17o

 彼女の言葉を訊いていると、考えるのをやめてしまいたくなる。
 もう甘えていいんじゃないかという気がする。

 世間体なんて、守った方が生きていくために便利というだけだ。世間体のために生きているわけじゃない。

「……じゃあ、今は保留だ」

 と俺は言った。

「うん」

 と妹は頷く。心なし嬉しそうに聞こえるのはどうしてなのだろう。結論は、ひどく曖昧なものだと思うんだけれど。
 気分が高揚しているのは、相手の気持ちがわかったからか?
 
 いずれにせよ、俺にはまだ話さなくてはならない相手がいる。
 妹はああいったけれど、そんなにうまく話が運ぶわけがないのだ。
 幼馴染と話さないと、俺は他のことをどうにも動かせない。
 
 それは間違いなく俺のエゴなんだろう。


982 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/12(木) 16:15:16.82 ID:00tcio17o
つづく

930-10 悩みない → 悩みすぎない
983 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(埼玉県) [sage]:2012/07/12(木) 16:16:51.36 ID:mFCj0bSOo
984 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/12(木) 16:22:59.19 ID:XeCVjaRSO
乙!
そろそろ次
985 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/12(木) 16:50:06.02 ID:X3TYp6wIO

次スレはよ
986 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/12(木) 16:57:40.57 ID:00tcio17o
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1342079828/
立ててきました
987 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2012/07/12(木) 18:03:27.19 ID:jzATkEr3o
乙乙
988 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/12(木) 18:21:02.90 ID:yR7YWyG7o
埋めるか
989 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(埼玉県) [sage]:2012/07/12(木) 18:30:51.18 ID:mFCj0bSOo
雑談言うても書くことないし
990 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/12(木) 18:36:26.74 ID:yS7RnPmAO
じゃあうちのぬこのモフモフ具合についてやらしく
991 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(埼玉県) :2012/07/12(木) 19:03:51.72 ID:vb1esMVFo
うめ
992 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(中部地方) [sage]:2012/07/12(木) 19:15:32.30 ID:mM1yRdGFo
乙×2
993 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/07/12(木) 19:21:42.29 ID:LDzdxbcao
乙梅
994 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [sage]:2012/07/12(木) 19:34:36.49 ID:Ot6XqMnKo
995 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/12(木) 19:42:16.78 ID:poDxRa6IO
995げと

996 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府) [sage]:2012/07/12(木) 19:49:40.19 ID:IkVUJJVfo
産め
997 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/12(木) 20:01:40.10 ID:WbN/OgFG0
縺翫▽

998 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) :2012/07/12(木) 20:06:03.27 ID:XAmsB8Yjo
999 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/12(木) 20:24:06.90 ID:mc9B6jd1o
きゃた
1000 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/12(木) 20:24:35.09 ID:mc9B6jd1o
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き @ 2012/07/12(木) 19:51:35.28 ID:LrDSzclR0
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サボテン食ったことないです 食ってみたいですね つづら @ 2012/07/12(木) 18:35:02.95 ID:G44HSSrRo
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/aa/1342085702/

住所晒して近かったらセクロス★26 @ 2012/07/12(木) 17:36:36.27 ID:IqhPmTJJo
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/part4vip/1342082196/

住所晒してセクロス★26 @ 2012/07/12(木) 17:27:36.11 ID:aWqNztRRo
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/part4vip/1342081655/

妹「なぜ触ったし」. @ 2012/07/12(木) 16:57:08.99 ID:00tcio17o
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1342079828/

村娘「勇者様ですよね!」勇者?「……違うが」 @ 2012/07/12(木) 14:55:35.41 ID:7kScSchX0
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1342072535/

彼女の父親が会社を3回潰していた @ 2012/07/12(木) 13:56:25.82 ID:+rbkQMtt0
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/part4vip/1342068985/

嫁と姑マナー @ 2012/07/12(木) 13:28:36.26 ID:UixuXb6r0
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/part4vip/1342067316/



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