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バカとキセキと恋姫†無双 - SS速報VIP 過去ログ倉庫

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1 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 15:06:16.93 ID:xmrrKX3z0
乱世・開幕編
第1話 バカと美少女と三国志
 心地よい春の日差しが、閉じたまぶた越しに眩しさを伝えてくる。
 耳を澄ますと、かすかに風が木の葉を揺らす音なんかも聞こえてくる。
 その風もまた、僕の肌に当たって心地よい感触を与えてくれる。
 こんな風に、屋上でゆっくりと横になって休めるっていうのは、とても幸せなことなんじゃないだろうか。
 ふと、横を見てみる、重いまぶたを開けてみると、そこには僕のほかに3人の学生が横になっている。
 一人は、坂本雄二。僕のクラスメートにして、悪友。Fクラスの代表であり、かつては神童とまで呼ばれた頭脳の持ち主。現在では成績を見る限りその面影は皆無だが、その頭脳は今でも健在。その卑怯なまでの策略と、着実に伸びてきている成績を持って、この文月学園において、僕と共に試召戦争という一大行事を何度も戦い抜いてきた、戦友だ。
 二人目は、土屋康太。いや、この文月学園においては「ムッツリーニ」と呼んだ方がこの生徒を想像しやすい。その並外れたスケベ心と、下心の産物である機械類の操作技術によって、盗撮や盗聴や隠し撮り……もとい、我らFクラスの諜報活動に一役買っている。
 三人目は、木下秀吉。学年一、否、学園一と言っても過言ではない美少女であり、告白してくる男子は一日として絶えることがない。戸籍上は男性となっているらしいが、そう書類どおりに動いていないのがこの世界だ。秀吉は「秀吉」なんだ。
 この陽気の中、僕らは4人仲良く屋上で横になって、無造作に四肢を投げ出している。午後の授業まで、おそらくもう時間がないだろう。もう起きなければならないかな……。
 そう思って、横に寝ている雄二たちに視線を送る。3人とも、起きる気配はない。
 まあ、無理もないよね。こんな状態だもの。
 僕は再び目を閉じ、暖かい、いや、少し熱いくらいの残暑の陽気に包まれて、ゆっくりと脱力した。
そして、僕は思った。


(死にたく……ない……)


 たった今僕らが完食したばかりの、姫路さん特製サンドイッチが入っていたタッパーが、カランと音を立てて床に落ちたのを目の端で見たのを最後に、僕の意識は途切れた。



 バカとキセキと恋姫†無双、始まり始まり(パチパチパチ)。

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佐久間まゆ「犬系彼女を目指しますよぉ」 @ 2024/04/24(水) 22:44:08.58 ID:gulbWFtS0
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全レスする(´;ω;`)part56 ばばあ化気味 @ 2024/04/24(水) 20:10:08.44 ID:eOA82Cc3o
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君が望む永遠〜Latest Edition〜 @ 2024/04/24(水) 00:17:25.03 ID:IOyaeVgN0
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笑えるな 君のせいだ @ 2024/04/23(火) 19:59:42.67 ID:pUs63Qd+0
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【GANTZ】俺「安価で星人達と戦う」part10 @ 2024/04/23(火) 17:32:44.44 ID:ScfdjHEC0
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【安価】貴方は女子小学生に転生するようです @ 2024/04/22(月) 21:13:39.04 ID:ghfRO9bho
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ハルヒ「綱島アンカー」梓「2号線」【コンマ判定新鉄・関東】 @ 2024/04/22(月) 06:56:06.00 ID:hV886QI5O
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2 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 15:08:30.43 ID:xmrrKX3z0
目が覚めると、明るかった。
 目の前に広がる、どこまでも青い空。
 体を包む、ぽかぽかと暖かい陽気。

 僕……吉井明久は、そんな空気を肌で感じながら、寝転がっていた。
 ぼんやりとしていた意識が、徐々にはっきりしてくる。
 そして、

「やばっ!! 遅刻!!」

 勢いをつけて、僕は跳ね起きた。
 姫路さんのサンドイッチの脅威の破壊力の前に、僕ら4人はあえなく撃沈し、倒れた。あれから、どれくらいの時間が経ったんだ!?
 たしか…午後の授業(正確には補習)の一番手は鉄人の授業だったはず! どれくらい寝ていた!?  遅刻ならまだいい、でも欠席でもしようものなら、補習質に直行させられて鍵をかけられて床に正座させられてどれだけの問題集が積み重ねられることになるか……。
 そこまで考えて、僕は動きを止めた。
 ……止めざるを、得なかった。
 何せ、

「…………ここ、どこ?」

 目の前に広がっている光景が、明らかに文月学園の屋上ではなかったからだ。
 果てしなく広がる荒野、青い空、遠くに見える山々……
 僕の記憶にある限り、文月学園にはこんな場所はなかったはず。
 ならば、屋上で僕らを発見した鉄人が、そのまま鬼の補習に直行……という手段をとったわけではないとわかる。
 夢遊病か何かで、知らず知らずのうちにここに来てしまった可能性は……否定できないけど、多分それもないだろう。
 姫路さんの料理だ、そういう症状が出たところで不思議じゃないが、夢遊病で出歩いたにしては、ここは見覚えがなさ過ぎる。ここは少なくとも、文月学園の近くじゃない。ビル一つ見当たらないんだから、よほど田舎か、どこかの山の中だろうか。僕にこんなところまで、歩いてくる体力はないはずだ。それに、衣服もさほど乱れてないし……。
 そうなると、だ。
 この景色の正体は……真っ先に思い当たるのは
「………………」
 ……どうやら、信じたくない現実を、見つめなければならないようだ。

「そうか……ここが天国か……」

 ほろりと一筋の涙を流しながら、僕はつぶやいた。
 ……いつか、こんな日が来るんじゃないかと思っていた。
 姉さんに、姫路さん。2人の必殺料理人の料理を、このところ結構な頻度で食べていた。弱りきった僕の胃袋には、負担だというのはわかっていた。
 けど……こんなに早く……
「やりたいこと、まだまだたくさんあったのにな……」
 何度考えても、事実は変わらない。でも、考えてしまう。
 ああ、こんなことになるって知ってたら、食費とか考えずに、書店でエロほ……もとい、保健体育の参考書を買いまくったのに。
 こんなことになるって知ってたら、ムッツリ商会から買えるだけ写真や抱き枕を買ったのに。
 こんなことになるって知ってたら、姉さんの顔色を伺って勉強なんてせずに、新作のRPGを一つでも多くクリアしたのに。特にドラ○エ、最後までやりたかったな……。
 しかし、それらよりも大事なことを、僕は思い描いていた。
「おい、そこのボウズ」
 それは、今考えた願望のどれよりも、優先すべきだったこと。甘酸っぱい、しかし、僕の青春時代には欠かせない1ページ。
 僕は、言うべきだった。
 けど、言えなかった。
「おい、聞いてんのかこら」
「おいガキ! 兄貴が呼んでんだぞ! さっさと返事しろ!」
「そ……そうなんだな。早く返事してほしいんだな」
 後悔している。こんなことになると知っていたら、彼女に、ためらいもなく思いを伝えられただろうに。
 でも、そのチャンスはもう巡ってこない。
 それでも、僕は、それに納得できるほど大人じゃないんだ!
「おいそこの変な服着たガキ! いい加減にしろ! いつまでも無視すんじゃねえ!」
 たとえもう会えないとしても!
 たとえあの柔らかな声が聞けないとしても!
 たとえもう彼女のはじけるような笑顔を、柔らかな髪を、たわわなあの生物兵器を見られないとしても!
 たとえ……彼女こそが悪意ゼロのうちに僕を死に追いやった張本人だとしても!
 これだけ……これだけ言っておきたい! そうしないと、気がすまない!

「姫路さあぁーん!! 大好きだあぁ――――!!」
「うるせえガキ!!」
3 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 15:10:09.86 ID:xmrrKX3z0
ごすっ

 って痛あっ! 何今の!? 誰だ! 最後の最後くらい美しく人生を終えようとする僕の邪魔をするのは!
 殴られたのだろうか、ずきずきと痛い頭を抑えて振り返ると、
「おう兄ちゃん、命が惜しかったら、身ぐるみ置いてけや」
「わ、絵に描いたようなザコキャラ」
「「「なんだと!?」」」
 思わず正直な感想をこぼしてしまうほど、そんな感じの3人組がそこに立っていた。
 黄色の手ぬぐいに、黄色の…鎧? いや、それにしては薄っぺらいような気が……。
 どう見ても、RPGの序盤に肩慣らし目的で大量虐殺される盗賊系キャラに見えてならない。
 なんだか、天国ってつくづく予想と違うなあ……。
 お花畑があって、きれいな川が流れているとか聞いたけど、見渡す限り広がっているのは、ただのだだっ広い荒野。花畑どころか、雑草もろくに見当たらない。川なんてあるはずもない。
 前に臨死体験をしたときに、死んだおじいちゃんに会ったから、こんどこそはっきり会えるかもなんて思ったけど、どこにも見当たらない。
 そういえば、雄二や秀吉、ムッツリーニもいないな……まさか、あの3人助かったのか!? いやでも、あの中で殺人料理に一番耐性があるのは僕だし……それもないと思う。
 おまけに……
「何かガラの悪いザコキャラまでいるし……」
「さっきからひでぇ言われようだなオイ!」
そう言いながら、リーダー格と思しき男が、僕に何かを突きつけた……って、剣!?
「ちょちょちょちょちょ!! 何する気!? 暴力反対!!」
「何だ今更! さっきまで散々言っといて!」
「いやだってあんたらどう見ても肩慣らし程度に倒されそうな感じの……」
「マジで[ピーーー]ぞ!!」
 いかん、とっさに本音が出てしまう。
 ってあれ? ちょっと待った。僕はもう死んでるんだよね? 何でまた殺されそうになってるの?
「えっと……今更すいませんが……」
「何だ」
「どちらさま? 天使?」
「「「は?」」」
 目を丸くしているザコたち。どうやら違うみたいだ。そうだよね。いくらなんでも、こんないかつい、ガラの悪い天使いないよね。見るからにおっさんだし、羽無いし。
 大体こんなのに導かれた日にゃ、ネロもパトラッシュも浮かばれまいて。
 でも……そうなると……
「ここってもしかして……地獄!?」
「「「は?」」」
 となると……この人たちは鬼(それにしちゃ小さいしショボイし怖くないし、金棒も持ってないけど)!? 僕はこれから閻魔翌様の前に直行!?
 そんな……確かに僕はろくにいいこともしなかったし…嘘だっていっぱいついたし…年齢に不釣合いな(いやある意味自然な行為ではあるけども)参考書(エロ本)なんかを隠し持ってたりもしたけど…地獄行きなんて……でも、そうなればこの景色も説明がつくし……。
 いや待て! そうなると尚更雄二たちがいないのが納得できない!! 喧嘩や盗聴・盗撮に手を染めた彼らの罪は、僕以上のはずだ! 仮に秀吉は許せたとしても……残りの二人は許されるべきではない!!
 いや、秀吉に限って言えば許されるべきなんだ! あの天使のような無垢な笑顔が、地獄の鬼によって悲痛な顔にされるなんて耐えられない!
 いや僕は何を言っているんだ!? 秀吉こそ天使じゃないか! さあ秀吉、僕の前に舞い降りて、僕を天国に連れて行ってくれ!
「どこにいるんだ秀吉! マイ・スイート・エンジェル!!」
「泣きながら何言ってんだこいつ!?」
「恐怖でおかしくなったんですかね?」
 はっ! 僕は一体何を!?
「…何だか気の毒そうな所悪いが、こっちも商売だ。オラ、さっさと身ぐるみ脱いで……」
4 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 15:11:03.06 ID:xmrrKX3z0
「待て! 悪党共!」

 突然響いた声に、僕のみならず黄色いザコ三人組もとっさに振り返る。
 そこには、一人の女の人が立っていた。
 歳は、恐らく僕よりも年上だろうと思う。身長は同じか、僕より少し少し高いくらいだけど、それを補って余りある凛々しさを感じる。……けど、僕が気になったのは、そんなところではなかった。
 まず第一に、反則級にかわいい。風にたなびいている長い黒髪が、時折美しいきらめきを放っている。髪形は……これは、ポニーテールの頭の横側版……サイドテールというやつだろうか? しかもスタイルも抜群、出る所は出て、しまる所はしまっている。
 次に、服装。何か、こう、なんとも形容しがたい、それこそRPGの主人公かその仲間のような服装。今から戦場行ってばっさばっさと敵を切り倒しそうな雰囲気だ。
 ああ、もしかしたら、この人が天使なのかな……なんて、3番目の特徴を見るまでは、そう思っていた。

「……長刀?」

 彼女の手には、すんごい迫力の、それこそRPGでしか見たことのないような武器が握られていた。凶悪な光を放つ大きな刃…おそらく真剣…に、竜をかたどった装飾がついている。なんか似たようなのを、ごく最近ゲームで……そう、たしかなんとか無双あたりで見たと思うんだけど……ん? ってことはアレ、長刀じゃなくて青竜偃月刀(せいりゅうえんげつとう)?
 とにかく、その謎の女の子は僕を襲っていた黄色い3人を一瞥すると、迫力のある声で言い放った。
「早々に立ち去れ下郎共。そこにいるお方は、お前達が気安く話しかけていいようなお方ではない!」
「何だと!?」
 女の子と、ザコキャラ3人組が僕のほうに視線を向ける。
 それを受けて、僕は、
「…………?」
 何も言わずに後ろを振り向いた。
「いや、あなたですって」
「え? 僕?」
 女の子からのツッコミが入って、僕は唖然とした。
 どういうこと? 先ほど何か大層なことおっしゃいましたけど、僕はそんなにすごい人間じゃ……ていうか、僕ら初対面では?
「けっ! 何だかしらねえが、女ってんなら丁度いい、こいつと一緒にとっ捕まえてやろうじゃねえか」
「身ぐるみはいだ後で遊んでやりましょうぜ、兄貴」
「おう、それか、売り飛ばしちまってもいいな」
「なっ!?」
 ザコキャラの口から発せられたあまりにも下劣な言葉に、一瞬耳を疑った。何てこと言うんだこいつら! いくら地獄だからって……言っていいことと悪いことが……って、ああ、ここはどこかまだわかってなかったっけ。ってそんなことはもうどうでもいい!
「おいお前ら! 何言って……」

「はっ!」
 ずどっ!

「ぐえっ!」
どさっ……

「「「………………は?」」」
 一瞬のうちに何が起こったのか理解できない、僕らとザコ2匹の声が重なる。
 見ると、女の子があの怖い武器の柄のほうを構えていて、その足元に3人組の小さい奴が倒れふしている。……地面に伏せてスカートの中身をのぞいてる……って姿勢じゃないな。どう見ても。
 ということは……
「や……やりやがったなこのアマ!」
「ほう、やる気か?」
「ぐ……」
 この女の子、今の一瞬でこの人を倒しちゃったの!? 全く見えなかった……。
「や、やっちまえ! デク!」
「お……おう……」
「遅い!」
 どごおっ!
「おふっ……(どさっ)」
 なんて考えているうちにまた一人やられた。すごい……この女の子……強い……!
「さあ、残るは貴様だけだな。どうする?」
「ち、畜生! 覚えてろー!」
 ザコ全開なセリフを残して、リーダー格と思しき男は去っていった。
 っていうか……あまりに急転直下で、自体が把握できていないんですけど……。
「ふう……お怪我はありませんでしたか?」
「え? ああ、はい。どうも……助かりました……」
 振り向いたその女の人に、今の戦闘でみせた迫力は感じられなかった。
「そうですか、それは何よりです」
 そう言って、彼女は微笑んだ。わ、超かわいい! 何なんだこの娘!? 強かったり可愛かったり……未だによくわかっていない僕の脳にはあまりに負担が大き……

「あなたが天の御使い様ですね?」

「は?」
 僕の動揺は、彼女が突如として発した不可思議な一言により、突如掻き消えた。いや、違う。さらに大きな混乱になったんだ。
「てんのみつかい?」
「はい、そうです。私は、名だたる占い師より、この世界の大乱を鎮める天の御使いがこの大地に舞い降りるだろうとのお告げを賜り、ここに来たのです。そして、その場所にあなたがいた。何よりその、黒けれども陽光を反射し、時折光を放つ衣服、まさしく天の羽衣。あなたこそは天の御使い様です!」
「………………?」
 いやあの、顔を輝かせていっているところ悪いんだけど、何が何だか……。
 占いでここに来た? そんな出会い系みたいなこと…?
 というか羽衣ってあなた、この服は合成繊維だから光をちょっと反射するだけで…そんな大層なものじゃないって。僕としてはむしろあなたが着てるその服のほうがよっぽど気になるわけだし。
 っていうか、『てんのみつかい』って? あ、もしかして僕を誰かと勘違いしてるのかな? だったら、それを教えてあげないと。
「あ、えっとさ……」
「はい?」
「僕、吉井明久って名前なんだけど…人違…」
「そうですか、では明久様、共にこの乱世を静めましょう!」
「はい!? ちょ、何言って……」
「申し送れました、我が名は関羽。字(あざな)は雲長。以後、お見知りおきを…」
「……はい?」
もう、わけがわからない。
5 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 15:12:53.18 ID:xmrrKX3z0
乱世・開幕編
第2話 関羽と張飛と戦国乱世


 えーと、つまりここに至るまでの状況を整理すると……

 この女の子の名前は、関羽。字は雲長。
 僕が天の御使いとかいう、救世主的な何かだと思っている。
 会話から察するに、ここは日本ではない。というか、戦乱の世の中らしい。
 関羽……武器とかから考えるに、あの『関羽』らしい。
 僕と共に戦乱の世を平定しましょう、とか言ってくる。

 ……だめだ、余計わからない。
「どうかなさいましたか? 明久様」
「ああ、うん、いいんだ関羽さん……ちょっと自分の低すぎる情報処理能力が嫌になっただけなんだ……」
「は、はあ……」
 何を言っているのかわからない、といった風な目で僕を見返してくる関羽さん。うう、何が何だかわからないのはこっちなのに……。
「しかし、『関羽さん』などそんな他人行儀な。私のことは……」
「おーい! 愛紗(あいしゃ)―――!」
「ん? 鈴々(りんりん)か?」
「うわ! また何か来た!」
 向こうの方から、何かが土煙を上げながらこっちに近づいてくるのが見えた。
 よく見ると、また女の子だった。ただし、今度の娘は関羽さんとは違うようだ。
 短めの髪に、幼い風貌。背も低い。虎?の髪留めをつけていて……その肩に、3mはあるんじゃないかっていう槍みたいな武器を担いでいる。あれって…もしかして、蛇矛(だぼう)?
「んにゃ? そのお兄ちゃん誰なのだ?」
「え? あの……僕は…」
「鈴々、この方が、天の御使い様だ」
「ちょっと!」
「そっかー、お兄ちゃんがてんのみつかいなのかー」
 だから違いますって! ていうかこの子誰!?
 何かすごい大きな武器担いでるし……ってまてよ?
 さっき、青竜偃月刀を持ってたこの女の子の名前が、関羽だった。……てことはもしこれが蛇矛なら、ひょっとしてこの子の名前は……。
「あ、お兄ちゃん、鈴々はね……」
「あの、君の名前、もしかして……張飛じゃないよね?」
「「!?」」
 え? もしかして、当たった?
「何で知ってるのだ?」
「さすがは天の御使い様……お見通しだったのですね!」
「にゃー! お兄ちゃん、やっぱりすごいのだー!」
 いや、単に昨日の夜やった三国志系のゲームを思い出しただけなんですが……。
 ……まてよ? 三国志?
 そういえば、この娘たちの名前といい、武器といい、そういえばこの景色……中学校のときに教科書で似たようなのを見た気が……いや、ってことはもしかして、
「ここってもしかして、古代中国!? しかも、関羽と張飛が女の子になってるパラレルワールド!?」
「……何を言ってるんですか?」
 本当に何を言ってるんだろう僕は、死人の分際で。
 いやまて、まだ死んだとは決まってないじゃないか。仮にも今、その可能性を見つけたばかりだ。
 世の中には、常識で説明のつかないことなんで山ほどある。試験召喚システムだってその一つだ。だから……
 ……だから、なんだ?
 まずい、またわからなくなってきた……。
 困惑状態の僕の耳に、また何か不穏当な会話が飛び込んできた。
「うん、じゃ、鈴々は行ってくるのだ!」
「気をつけてな、鈴々。さて、明久様」
「はへ?」
「そんな間の抜けた返事をなさらないで下さい。これより我々は、黄巾党(こうきんとう)との戦に突入します」
「はい? 黄巾党……って、何それ?」
「ご存知ありませんか? このあたりにたむろしている、盗賊集団です。先ほど明久様を襲っていたのは、その一味です」
「そうなのか……で、戦うって?」
「もちろん、天の御使いであるあなた様の下で義勇兵を募り、黄巾党の外道たちを相手に軍を率いて戦うのです!」
「それって……戦争? 戦?」
「そうです!」
 あーなるほど、つまりは僕が兵を集めて関羽や張飛と一緒にそのこうきん何ちゃらとかいうのとドンパチやろうってわけ……ってちょっとまったあ!!
「無理無理無理!! 絶対無理だってそんなの! 何言ってんの!?」
「無理なものですか! あなたはいずれこの戦乱の世を平定に導くお方でしょう! 天の御使い様がそんなに弱気でどうするのです!?」
「そこだよそこ! 僕は別に天の御使いでもなんでもないんだってば!」

「……え?」

 言ったとたん、関羽さんの顔色が変わった。……あれ? どうしたの? そんな悲しそうな顔をして……。
「だってさ、占いがどうだったか知らないけど、僕はただのしがない高校生だし、そんな天の御使いなんて大層なものじゃないよ。この服がきらめいてるのは、単にそういう材質でできているからで、君らの名前を知ってたのだって、僕がいた所の本? 書籍? 書物? に偶然同じ名前が載ってたからで……」
 そこまで言って、僕は関羽さんが、どことなくつらそうな顔をしているのに気づいた。あれ? 僕なんか言った?
「すると……あなたは天の御使い様ではないのですか?」
「多分、いや確実に、人違いだと思うけど……」
「……そう…ですか……」
 あ、やっぱりがっかりしてる。仕方ないか。今まで救世主だと思ってた人(僕)が、何のとりえもないただの人だったんだから……。
 でも、本当のことなんだし、受け入れてもらうほかにないだろう。彼女には、つらいだろうけど……。
「うん、だって僕は、」
 ちゃんと、言わないと。

「この世界が今、曹操や孫権、董卓なんていう巨大な国の主をはじめとする者たちの蠢く戦乱の世の中にあって、その世の中を重さ82斤(20kg)の青竜偃月刀の使い手である関羽……君や、7人(関羽と張飛と…あと残りは、劉備、諸葛亮孔明、趙雲、馬超、黄忠だったかな。三国志はあまり詳しくはないんだけど)の仲間達の力で、戦乱の世の中を三国統一を目指して戦うなんてことを知ってるだけなんだから」
6 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 15:13:40.53 ID:xmrrKX3z0
「………………」
 ん? 今度は驚いたような、唖然としたような顔になってるんだけど?
「やはり……」
「はい?」
「やはり、あなたは天の御使い様なのですね!」
「何でそうなるの!?」
 今はっきり否定したよね!? 言える限りのことを言って否定したよね!?
「あなた様は、私が言ってもいないこと……私のこの青竜偃月刀の重さが82斤であることや、占い師に『天の御使いと7の仲間達とともに戦うことになる』と言われたことまで言い当ててしまいました! なるほど……先ほどから言っていたそれは謙虚さゆえのものだったのですね! この関羽、至らぬ浅慮で申し訳ありません。勘違いをしておりました!」
 いらんこと言ってもうた!
 いやいやちょっと待ってよ! 関羽の青竜偃月刀の重さなんか、ちょっと三国志かその系統のゲームに詳しい人なら結構知ってることで、7人の仲間云々だって登場人物を数えればわかることで……。
「違うって! 僕はただ知っていることを……」
「こうなれば話は早い、さあ、早く町へ参りましょう! 先行した鈴々が兵を集めているはずです!」
言うやいなや、僕の手をつかんで走り出す関羽さん。ちょちょちょ、ちょっと待ってってば! そんなに早く走ったら転ぶから……。
「さあ、お早く!」
「誤解だぁ―――!!」
 天高く響く叫び声もむなしく、僕は関羽さんに引きずられる形で町とやらに向かった。
 ……神様、死んでまでこの仕打ちは何なのさ?

                       ☆

「何……これ……?」
「これは…一体……?」
 町についた僕と愛紗(関羽さんの「真名」らしい。関羽だと他人行儀だから、そう呼んでくれと言われた)は、呆然としていた。
 せざるを得なかった。何せ、町は、見るも無残な姿になっていたのだから。
 真名っていうのは、自分が認めた相手にのみ呼ぶことを許す神聖な名前なんだとか。なんだかすごい恐れ多いんだけど……
 話を戻そう。この町……たしか、幽州啄県とかなんとかいってたけど、その町は、明らかに何者かの襲撃を受けた後だった。
 家々は壊されており、火をつけられたのか、燃えカスしか残っていない所もある。中には、血しぶきと思しきものも見られたりした。
 正直……居心地悪いな。
「おーい、お兄ちゃーん、愛紗―!」
「あ、あれって……」
「鈴々、無事だったか!」
 相変わらずの可愛い女の子が、可愛くない武器を背負ってかけてきた。鈴々……これが真名なのかな? えっと、呼んでいいんだろうか?
「えっと、張飛ちゃんだよね? 鈴々……って呼んでいいのかな?」
「あ、うん、いいよ。お兄ちゃん優しそうだし」
「そっか、じゃあよろしく、鈴々ちゃん」
「むー……」
 あれ? なんか膨れっ面になっちゃって……怒った? 何で?
「『ちゃん』はいらないのだ。何か子ども扱いされてるみたいで嫌なのだ」
「あ、そっか、ごめん」
「子ども扱いも何も、子供だろうに」
「愛紗ひどーい! 鈴々だって愛紗と同じで、もう立派な大人なのだ! 愛紗がちょっとおっぱい大きいだけなのだ!」
「こ……こら鈴々! 明久様の前でなんてことを! えっとその……すいません明久様、気にしないで下さい」
 愛紗があわてて赤くなって否定した。う〜ん、やっぱり結構可愛いな。どことなく美波に似ているような気がしなくもない。
「はは、いいよ全然。じゃ、改めてよろしく、鈴々」
「うん、よろしくなのだ……って、そんなことしてる場合じゃなかったのだ」
「鈴々、これはどういうことだ? 説明してくれ」
「えっとね……」
 鈴々が、この惨状の理由を簡単に説明してくれた。
 予想通りというか何というか、この町は例の黄巾党とかいう連中に襲われたらしい。町は徹底的に破壊され、生き残った人は酒場を中心に民家街に集まっているとのことだ。
 しかし、酷いことするな、その黄巾党ってやつ……。
「ならば、その酒場に行って、兵を集めましょう。鈴々よ、黄巾の連中は、また来るのか?」
「町の人の話だと、また来る……って言ってたらしいのだ」
「そうか、ならば尚更急がねばなるまい。ご主人様、行きましょう!」
「そうだね……って、はい? ご……ご主人様!?」
 え? 聞き間違いだろうか。いま、全日本の男子高校生が一度は呼ばれてみたいだろうとてつもなく魅力的な呼ばれ方をした気がしたんだけど。
「愛紗……あの…今……?」
「ええ、あなたは私達を導いてくださる方ですから。その……お嫌でしょうか? この呼び方は……」
「いやいやいや! 全然! むしろ呼んでほしいっていうか、男子高校生の永遠の夢というか、夢ならさめないで下さいというか……」
 何言ってるんだ僕は。
 いかん、テンパり過ぎてる。
「は、はあ……よくわかりませんが、それではお言葉に甘えさせていただきます」
 よかった、よくわかってもらえてなくて。
 この世界と僕の居た俗世とのカルチャーギャップに感謝だ。
7 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 15:14:25.75 ID:xmrrKX3z0
酒場では、傷を負った人たちや、それを手当てしている人たちに会った。
 みんな、悲痛な顔をしている。例えるなら、2年生が始まってすぐの試召戦争の時、雄二のミスのせいで卓袱台がみかん箱になった時のFクラスの面々のようだ。
 ……思い出したら腹が立ってきたが、今はこらえておこう。奴にも僕と同じ、死という天罰が下ったはずだし。
 そこで愛紗は、一通り今の状況を説明してもらうと、自分達はこの乱世を静めるべく立ち上がった者であること、これから皆と協力して黄巾党の連中に立ち向かいたいと思っていること、さらに、僕が天の御使いであることを述べた。
 ホントはそんな大層なもんじゃないんですけど……まあ、その大義名分が役に立つんなら、ちょっとくらい嘘ついてもいいよね。ていうか、今更言い出せないし。
「この兄ちゃんが、天の御使いだってのか?」
「そうだ、見ろ! この天の衣を!」
「確かに、このへんじゃ見ない服だよな」
「言われてみれば、そんな神々しい雰囲気がしなくもないような……」
 ものは言いようだよね。
 威厳があるように見えるように、椅子に座り、背筋を伸ばして腕を組んだ状態で話を聞く。ただ、ものすごいプレッシャーと罪悪感で、愛紗が何を行っているか聞く余裕すらなかったため、会話の内容がほとんど頭の中に残っていない。
 ともかく、断片的に聞こえた限りだと、その『天の御使いが降りてくる』とか言う噂は、どうも都が発祥らしく、結構有名な話になっているみたいだ。
 それを利用して……いや、愛紗は僕がそうだって本気で信じてるんだろうけど……今、愛紗はこの町の人たちに呼びかけている。心なしか、人々の目には希望が宿り、生き生きとしてきた気がしなくも無い。
 僕が名乗った盛大なハッタリは、どうやら無駄ではなかったようだ。

 ……だからもう今ここで『はい、もうこのくらいで結構ですから帰っていいですよ』って言って欲しい……。

 結果、愛紗の口調の強さと自信満々な態度が功を奏したのか、何だかんだで村人をまとめ上げた僕らは、集まった義勇兵で部隊を編成して、黄巾党との決戦に臨むこととなった。
 この先僕、ホントどうなるんだろ……。
8 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 15:15:29.74 ID:xmrrKX3z0
乱世・開幕編
第3話 僕と戦と召喚獣
第3話 僕と戦と召喚獣

「伝令! 前方に敵部隊を確認! その数4000と思われます!」
「4000って……マジで?」
「はっ! マジです!」
「マジですね」
「マジなのだ」
 伝令の人が持ってきた驚愕の知らせに、開いた口がふさがらない。4000って……暴徒の集まりとはいえ……多すぎじゃない? 愛紗の話だと、街の人たちから集めた兵士の数が大体2000ちょいだったっけ……。ダ、ダブルスコアしゃないか!
「か……勝てるのかな……?」
「何を弱気になっていらっしゃるのです!」
「そうなのだ。愛紗と鈴々がいれば大丈夫なのだ」
「はは……ありがとう……」
 そう言ってくれるのは嬉しいし、愛紗の腕は実際に見て知ってる。鈴々も、愛紗が認めるくらいだから、相当なんだろう。でも……倍だからなぁ……。
「ご主人様、不安になるのはわかります。しかし、悩んでいても始まりません」
 見た目一発わかる落ち込みようの僕に、愛紗が諭すように話しかけてきてくれた。
「戦はたしかに相手よりも多くの兵を用意することが絶対の有利条件……今の私達は不利といわざるを得ないでしょう。ですが、相手は陣形も何も知らない雑兵ばかりです。こちらがきちんと陣形を組んで攻めれば、勝機は十分にあります」
「陣形?」
 そんなの実在するんだ……。いや、そりゃあるんだろうけど。
「して伝令よ、その者たちとの戦いはいつになりそうだ?」
「はっ! 恐らくですが、進軍速度から判断して、1刻半程かと」
「いっこくはん? それって…どのくらいなの?」
「どのくらいといわれましても……」
「ご主人様の居た天の世界と地上とでは、時間の進み方が違うのですね。…具体的には……1日を12等分して一刻ですね」
 ああ、うん、もういいよ、その設定で。
 さて、僕の身分詐称はもうこの際おいといて、つまり1日は24時間だから、
 1刻は……
 …………
 ……………………
 …………………………………………
 ……………………………………………………………………………………ああ、2時間か。
 ってことは、1刻半っていうのは、2時間とその半分……3時間か。
 ……え!? あと3時間で戦争なの!? うわ、いきなりすぎるよ……。
「ではご主人様、戦の前に、皆に言葉を」
「は?」
「『は?』ではありません。戦の前には、皆の士気を高めるため、大将が檄を飛ばすのがならわしというもの。さあ、皆に言葉を!」
 えっと、要するに、ここで何か一発びしっと言って、味方の士気を高めろってことか。
 そういえば、雄二の奴も試召戦争の前にやってたっけ。なるほど、それを今度は僕がやれ……というわけか。
 既に僕らの前に整列している兵隊のみなさんに向き直って……。
「えーと……………………」
 …………………………
 ……うん、浮かばない。
 そりゃそうだ。僕は生まれてこの方、人の上に立ったことなんてないんだから。こんな時の鼓舞の方法なんて知るはずもない。
 その空気を悟ってか、整列してくれている兵士のみなさんが怪訝そうな顔になっている。うう……ごめんよ皆……でも、これが僕なんだよ……。
「ご……ご主人様!」
「お兄ちゃん! 何でもいいから言うのだ!」
 そんなこと言われましても。
 ええい……こんな時はどうしたらいいんだ!? ……そうだ、あいつなら、雄二ならこんな時どんなことを言ってた?
 あいつは、DクラスやBクラスとの決戦に向けて、僕らの戦意を高めるために……。
 ……よし、もう一か八か!
 すー……っと息を吸って……。
9 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 15:16:51.63 ID:xmrrKX3z0
「おほん……いいか野郎共!」

 せめてもの景気づけにと、腹の底から声を出す。さっきまでの沈黙に油断していたのか、兵士のみなさんのみならず、愛紗や鈴々までびっくりしていた。
「敵は僕らを舐めきってる! ただ平和ボケしているだけの、戦いでは何もできないような腰抜けだと思ってるわけだ!」
 Fクラスに話しかけるつもりで、記憶を頼りに雄二が言っていた鼓舞に近いセリフを絞りだす。
 顔も……何とか威厳とまでは行かなくとも、きっちりしまった顔になるように……そうだ、これを試召戦争だと思って……。
「実際、先の略奪でこの町は散々にやられた! それにとどまらず黄巾党の下衆どもは、再びこの町にその凶刃を突きたてようとしている! このまま黙っていれば、僕らは皆、そんな語るにも値しないただの略奪者によって人生に幕を下ろすことになるが……皆! 不満はないか!」

「「「大有りだあ―っ!!」」」

 おっ、いい感じだ。
「ならばペン……じゃなかった、総員剣をとれ! あいつらがなめきっている僕らの底力を見せ付けて やるんだ! 一人は皆のために、皆は一人のために! 隣に居る彼の、その目に移っている彼らの幸せを守れ! そして守ってもらえ!」
 脳内に残っているゲームやアニメの記憶から、思いつく限りのいいセリフを引っ張ってきて流用する。何でもいい、この場をしのげれば。
 そして、まあ、そろそろいいかな。締めるか。
「これより我々は、黄巾党の下衆共との戦争を開始する! 行くぞ野郎共!!」
「おおおおおおお―――っ!!!」
 広場全体を震わすようなときの声が上がった。
 えっと、予想外に皆さん士気が上がった……ように見えますが、これ……成功かな?
 答えを求めて、愛紗と鈴々のほうを見る。
「お見事です、ご主人様!」
「う〜! 鈴々もやる気出てきたのだ!」
 笑顔で、2人ともそう返してくれた。よかった……上手くいった……。
 安堵感からか、僕は全身から力が抜けるのを感じたが、何とか倒れないように踏ん張った。ここで倒れたら、元も子もない。
 さて……本番は、ここからなんだよなあ……。
「ご主人様、参りましょう。我々の……初陣です!」
 愛紗に手を引かれ……戦場へと向かいながら、僕は何よりもこう思った。
 ……帰って寝たい……。

                       ☆

「敵本隊、総崩れです!」
「あと少しで全滅させられるぞ! 皆の者! もう一押しだ!」
「「「おおーっ!」」」
 愛紗の号令で、気合いを入れ直した兵達が、散り散りになった黄巾兵達に当たっていく。
 戦況は、僕らの軍が圧倒的に優勢。最初の兵力差はどこへやら、今ではすっかり勝ちの見えた戦だ。味方の士気も、これでもかってくらいに上がっている。
 決して一人で対峙せず、二人一組で当たれという愛紗の教えを守り、少しずつ、だが確実に兵の数を減らしていった。
 にしても、やっぱり、目の前で人が斬られたりして死んでいくのを見るのは、正直、やっぱりつらい。
 視覚的なつらさももちろんある。それについては、試召戦争である程度(デフォルメの召喚獣だとはいえ)見ていたから、ある程度大丈夫だ。
 でも、やっぱり、
 この戦いで、実際に、今生きている人の命が消えていっているんだと思うと、それもやっぱりつらい。
 戦わなければ生き残れない、って言うのはわかるけど、それでも割り切れるもんじゃないな……。
 なんてことを考えていたその時、

「天の御使い様! 危ない!」

「へ?」
 そんな声が聞こえた。
 見ると、陣形の横を通ったのか、陣営に入りこんだ黄巾の兵士が数人、剣を手に僕の方に走って…ってヤバい!
「ご主人様!」
 遠くから、僕の身を案じた愛紗の声が聞こえた。そんな声が聞こえたってことは、愛紗は僕が見える位置にいるってことだろうけど、聞こえた声の大きさからして、かなりの距離がありそうだ。多分間に合わない。
「御使いさま! 下がってくれ! ここは俺たちが」
「させるかっ!」
「しまった!」
 その瞬間、
 防いでくれていた近衛部隊の一瞬の隙をついて、一人の黄巾兵がこっちに駆けてきた。ちょ…まずいって! このままだと僕死ぬ!
 って言っても、どうしたらいいんだ!? 僕は別に剣とかも使えないし、かといってこのままだと殺されちゃうわけで……
 って待てよ? 僕はもう死んでるんじゃなかったのか?
 あれ? そうなると僕がもしここで殺された場合どうなるんだ? 二回死ぬ? 変じゃない?
 いやまて、そもそも死んだという確証が無いぞ? そう考えると僕はまだ生きてる可能性は無きにしもあらずなわけでいやでもそうするとここは一体どこで僕はどうしてここにってその前に今のこの状況をどうにかしないと僕は今度こそ死んでしまうわけで…?
 ああだめだ。またわからなくなった……と、ここまで思考0.1秒。
 と…とにかく殺されるのはいやだ! 死んでるか死んでないかは別として今のこの状況を何とかしないと…でも一体どうすれば…
10 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 15:17:48.47 ID:xmrrKX3z0

『お困りだな、明久』

 うおっ! 出たな! 僕の中の悪魔!
 いやまて、この際誰でもいい! 教えてくれ! どうすれば僕は……

『明久、ここは大人しく諦め』

 ぜあっ!

『うおっ! 出てきたばかりの天使が突如として現れたマスタ○ハンドに吹き飛ばされた!』
 僕の中の天使。君は二度と出てくるなと言っておいたはずだ。それと悪魔、スマ○ラ経験者にしかわからないツッコミは控えるんだ。
『あー…気を取り直してだな、明久。何ゴチャゴチャ迷ってんだよ、そんなもんはまとめて吹っ飛ばしちまえばいいんだ』
 吹っ飛ばすって…どうやって?
 雄二みたいな喧嘩無双や鉄人みたいな人外生命体ならともかく、僕は特に喧嘩も強くない、一介の高校生に過ぎないんだよ?
『何を言う。お前には、心強い味方がいるじゃないか!』
 心強い味方? それって一体……?
『いいか明久、お前が大好きな姫路を守るためにBクラスの根本に奇襲を仕掛けた時、壁を破壊できたのはなぜだ? 常夏コンビに花火玉の一撃をお見舞いできたのはなぜだ? 合宿の時、あの鉄人を討ち取ることが出来たのはなぜだ? それはお前の一番近くに、一番頼りになる相棒がいてくれたからだろうが!』
 …壁の破壊…花火玉…鉄人打倒…それって…そうかっ! わかったぞ! これだ!
 僕はさらに0.1秒で行った悪魔との会話の後、最後の切り札に手を伸ばした。
 行くぞ……これこそが僕の真骨頂だ!
「試獣召喚(サモン)! さあ行け僕の召喚獣ってバカぁっ! ここは文月学園じゃないんだから召喚獣なんか出るわけが」

 ポンッ ←僕の召喚獣登場

…え?
 そこにいたのは、まぎれもなく、僕がいつも使っていた、木刀に改造学ランの召喚獣。もしかして……いやもしかしなくても……召喚できてる!
「何だこいつ……? 邪魔な……」
「っしゃ来たぁっ!!」
「お!? 何だ!?」
 さっきまで怯えていた僕がいきなり大きな声を出したから驚いたのか、こっちに向かって走ってきていた兵士が一瞬たじろいだ。
 が、一瞬だけだった。次の瞬間、兵士は再び地を蹴って僕の元へと走ってくる。
 しかし、その刃は最早僕に届くことはないだろう。なぜなら、
「行けっ!」
「はぁ? 何を言ってぐぼぉっ!!」
 横から割り込んだ僕の召喚獣が、木刀の一閃でそいつを5メートル近く吹き飛ばしたからだ。
「「「!!?」」」
 何が起こったかわからず、相手方が動揺しているのがわかる。そりゃそうだ、いきなり出てきた妙なちっこい奴に、大の大人が吹き飛ばされたんだから。
 あっけにとられるその場で、最初に我に返ったのは黄巾兵側だった。
「怯むな! かかれ!」
 ……できれば怯んでください。何だかんだ言ってもやっぱり怖いので。
 でも敵さんは怯んでくれないので、仕方なく召喚獣を構える。すると、今度は同時に3人も来た。
「このちっこいのは俺がやる! お前ら2人はあのガキをやれ!」
「「おう!」」
 え? ちょ……ちょっとまずくない!? 召喚獣を無視して突っ込まれたら、僕完璧に死ぬよ! どうしよう、今からでも全速力で逃げたほうがいいんじゃ……。
 ……なんて心配は、どうやら杞憂に終わった。
「うおっ!?」
「なんだこれ!? 前に進めねーぞ!?」
 試召戦争の際に展開される、召喚獣の居るエリアを生徒……生身の人間が通れないようにする特殊なバリア。そのおかげで、残り2人の進行をも防ぐことができていた。
 まあこれもともと、召喚された召喚獣を無視して相手側の通路を突破せず、ちゃんと召喚獣を倒してから行け、っていう学園側の試召戦争における意図みたいなものを示すためのものなんだけどさ。
 さて、と、
「おい、何してんだ! さっさと行けぼごぉっ!」
「お、おいどうしたがはっ!」
 動揺している隙を突いて、手早く召喚獣で2人片付ける。いやー、さすがは人間の数倍の力を持つ召喚獣。生身の人間相手だと強い強い。それに、姫路さんや美波、雄二の召喚獣や、鉄人(本人)と比べて、こいつらの遅いこと。
 ……まあ、鉄人みたいな人外生物と比べたらかわいそうかもしれないけど。
 気を取り直して、あわてているはずの残りの一人を始末しようとして、向き直ると、
「はあ―――っ!!」
「ぐへぁ――っ!!」
 大急ぎで戻ってきた愛紗の青竜偃月刀で、その一人が吹き飛ばされている所だった。
 おお、飛んだ飛んだ。あれは死んだな。
「ご主人様! ご無事……で?」
「ああ、愛紗、僕は大丈夫……って、どうしたの?」
 愛紗は僕の足元……ああ、なるほど。
 僕の足元に居る召喚獣を見て、目を丸くしていた。ま、当然か。
「あ、あの……それは?」
「ああ、これは召喚獣って言って……いわゆる、式神っていうか、使い魔っていうか、そんな類の……まあ、自由に動かせる、僕の分身みたいなもんなんだ」
「は、はあ……」
 目を見開いたままの愛紗が、一瞬だけ倒れている黄巾兵2人に視線を送る。
「それを使ってこの者たちを倒したので?」
「まあね」
 そう言って、僕は召喚獣に指示を出して、僕の肩にぴょんと飛び乗らせた。
「ま、まあご無事ならそれでよかったのです。はい」
 相変わらず、愛紗の視線は僕の肩に乗っているこいつに釘付けだ。無理もない。
 まだ動揺は収まらないようだったが、この際我慢してもらうとしよう。今は、この戦争を終わらせることのほうが先決だから。
 僕らは二言三言言葉を交わした後、配置に戻った。



 それから30分ほどして、僕の居る本陣に、敵軍壊滅・勝利の知らせが舞い込んできた。
11 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 15:18:37.51 ID:xmrrKX3z0
倍の兵数差の戦を勝利に変えて帰ってきた僕らは、当然のように歓迎ムードで迎えられた。
 ……正直に言わせてもらうと、こっちは、そんな清清しい気分じゃないんだけどね。
 そりゃあ、戦いに勝てたのは嬉しいさ。でも、死んだ人がいないわけじゃない。現に、道端で声援を送っていくれている人の中に、自分の知り合いが居なくて、涙を流している人も居る。この光景は、多分忘れちゃいけないものだろう。
 それに、たとえ敵でも、人が死んでいくのを見るのはいい気分じゃなかった。やっぱり、争いっていうのはないほうがいいんだ。ま、この戦乱の世の中で、そんなこと言ってもどうにもならないんだけど。
 パレードよろしく歓迎されながら、町の広場の真ん中まで行くと、町に残っていた人たちの仲でも、代表格と思しき人たちがなにやら話し合っていた。
 僕が頭の上に「?」を浮かべながら聞いていると、話がまとまったのか、その中の一人が前に進み出て、僕の前に立った。え? 何?
「何か御用か?」
 愛紗がわずかに警戒色を示しながら、半歩前に出る。いざというときに素早く飛び出して、僕を守れる位置だ。
 代表(多分)の男性はちょっと物怖じしていたけが、すぐに僕に向き直って言った。
「俺達皆で話し合ったんだが……実は、あんたにこの町の県令をやってほしいんだ」
「……けんれい?」
 なんか、そんなことを言われた。
「前の県令は、この町に黄巾党の連中が迫ってると聞くやいなや、俺達を見捨てて、金目のものだけ持って逃げちまったんだ! あんな奴に未練も何もないが……県令がいないと町は機能しない。けど、あんたなら……あんたと関羽ちゃん、張飛ちゃんになら任せられる! いや、あんたたちだからこそ任せたいんだ!」
 ええと……熱弁して頂いてるとこ悪いんだけど……。
「……愛紗、その、けんれいって?」
「町の代表者か、支配者のようなものです。この町の統治者。つまりこの者は、ご主人様にこの町の長になってほしいと言っているのです」
 威厳を考えてだろうか、小声で教えてくれた。
「おさ? おさって……長ぁ!?」
 え? 何!? 僕にこの町の市長的なポジションにつけってこと!? そんな、クラス委員にもなったことないのに! どう考えても無理だ!
 助けを求めて愛紗のほうを見る。すると、
「(……コクリ)」
 ええっ! 頷くの!?
「鈴々の言う通りです。それにこうやって我々を押し立ててくれる人々がいるのを、無視することはできないでしょう?」
「お兄ちゃんなら大丈夫なのだ!」
 そう言って横で嬉しそうに笑っている鈴々。いや、そんな簡単に言われても……。
 しかし、この場にどうやら僕の味方は(後ろ向きな意味での)、まずいなそうだ。頼みの綱の愛紗が肯定ムードなんだから、もうだめか……。
「わかった……引き受けるよ」
 僕がしぶしぶ頷くと、その瞬間、

「「「オオオオォ―――――ッ!!」」」

 広場は一瞬にして歓声に包まれた。びっくりしたけど、悲しきかな予想できる範囲のことだ。横では愛紗と鈴々が、満面の笑みでこっちを見ている。はあ……。
 『こうするしかないのか……嫌だなあ……』的な低いトーンで言ったセリフも、どうやら見事に『やれやれ、しょうがない、やってやるか。お前らの町、俺に任せてもらおう』的な意味に取られたようだ。
 ……まあ、ほかにアテもないんだし、折角言ってくれてるんだから、いいか。いざとなったら、この2人に助けてもらおう……。
 かなり消極的に覚悟を決めて、僕は猫背のままその県令の屋敷とやらに向かった。
 ……ほんとに僕、これからどうなるんだろう……?
12 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 15:29:21.32 ID:xmrrKX3z0
乱世・開幕編
第4話 僕と政務と盗賊騒ぎ
バカテスト アンケート
質問
 あなたがこの乱世を生き抜いていくために必要だと考えるものを3つ教えてください。

 愛紗の答え
 『信念  日々の鍛錬  信頼できる仲間』

 コメント
 志に満ちた答えですね。愛紗さんらしいです。

 鈴々の答え
 『肉まん  シュウマイ  麻婆豆腐』

 コメント
 食欲に忠実な答えですね。

 吉井明久の答え
 『カロリー  水  屋根のある寝床』

 コメント
 何とも言い難いのですが、必死さだけはひしひしと伝わってきます。

                     ☆

「天は我を見放したぁ―――っ!!」
 県令の屋敷にある僕の部屋に轟いた僕の魂の叫びは、空しく数回反響して、空に消えた。

 どどどどど

 ばたん!  ← 駆け付けた愛紗が僕の部屋の戸を開ける音

「いかがなさいました!? ご主人様!」
「助けて愛紗! もう無理!」
「は?」
「もうこの書類の山が、羅列している文字列が黒いミミズの乱舞にしか見えない!」
「……またですか……」

 黄巾党との戦いから数日。
 このだだっ広い、僕には明らかにもったいないくらいかなり立派な「県令の屋敷」の一室で、僕はほぼ毎日、こんな感じで一日を送っている。
 1〜2時間机に向かって政務とやらをこなし、許容量オーバーであえなくダウン。何か叫ぶ。愛紗が来る。呆れられる。エンドレス。
 もっとも、机に重ねられる書類に目を通したり、判子を押したり、サインをしたりするくらいなんだけど(その他は愛紗と、もともとここの役所にいた人がひとまず引き受けてくれている)、それでも度をこえてきつい。
 まず、文字が毛筆で、しかもこの上なく達筆。しかもというか、それ以前に全部漢字。何これ? 読めないんですけど。
 学校に居た頃、もうすこし漢文の勉強まじめにしてれば、少しは読めたのかもしれないけど、僕の目にはどれも暗号にしか見えない。だれか、解読してくれ。
 仕方ないので、文字の読み方を習う所から始まった。
 最近まで気にしてなかったけど、会話の中では日本語が通じてるのは、僕にとって非常にラッキーな点だ。もし愛紗たちの言葉まで中国語だったら、完全に僕はお手上げだっただろう。
 それに文字も、ほとんど日本の漢字ばかりで、中国特有のあの漢字に似た漢字もどきはあまり見られないので、助かっていると言えば助かっている。
 この辺、神様か何かが配慮してくれたんだろうか? だったらこんな半端な形にしないで、文字も日本語にしてよ……。
 こんなことになるんなら、泣きついてでも県令とか愛紗にやってもらえばよかった……。鉄人の補習のほうがまだマシだったかも……。うう、学校が、あの勉強の日々が恋しいなんて、初めて思うよ……。
 ……まあ、卓袱台に突っ伏して寝てるだけですけど。
 僕は容量が悪いせいもあって、政務を終えるのに6時間くらいかかる。昼食をはさんで朝昼ぶっ続け。
ただでさえつらいのに……文字もほとんど読めないせいで、達成感がないから余計にたちが悪い。
 愛紗は僕から引き受けた分の政務と、兵士達の訓練を掛け持ちしてくれている。さらには、町の警備に関する仕事まで……。そのへんは鈴々と一緒にやってくれているみたいだけど、やっぱりすごいな……。
 先ほどの絶叫で駆けつけて、例によってギブした僕に横から色々と教えてくれている愛紗の顔を見ながら、そんなことを考える。
「ですから、これはつまり領民達の……ご主人様? 私の顔に何かついていますか?」
「え? ああいや、そんなことないけど、その……愛紗はすごいなって」
「はい?」
 言っている意味がわからない、といった感じに聞き返す愛紗。
「だって、僕が受け持ってもらった分の政務に、兵士の訓練までやってくれてるんでしょ? どちらか一つでも大変なのに、そんなに引き受けて、やっぱりすごいよ」
 僕なんて、テスト勉強だって3教科以上の同時進行はできないのに。
「そんな……大したことはありませんよ」
 愛紗が目の前で手を振りながら柔らかにそう言う。
「ご主人様は、天の世界から来たばかりですし、こちらのことを知らないからお悩みになるのです。ですが、それは恥ずかしいことではございません。人間誰しも、最初は上手くできないもの。まずは字を覚えて、少しずつでも慣れていけば、ご主人様もすぐにこの程度のこと、こなせるようになりましょう」
 断言しよう。何年かかってもできない自信がある。
 多分これはもう……字が読める読めないの問題じゃない。
「それに、ご主人様はご主人様にしかできないことがあります」
 唐突に、愛紗はそんなことを言った。僕の目をまっすぐ見て。
「僕にしか……できないこと?」
「ええ、そうです。ご主人様には、この戦乱の世の中を鎮めるという使命があるのです。ですから、ご主人様は真に目指すべき、真に力を注ぎ、目標とすべきことにがんばっていただけばいいのです」
 僕の目から目を離さずに、愛紗が続ける。
「それは、ご主人様にしかできないこと。私にも鈴々にもできません。私や鈴々は、自分ができることを一生懸命にやっているだけなんですよ。ですからご主人様も、あなたにしかできないことに向かってがんばってください。そのためなら私は、あなたの盾にも剣にもなりましょう」
 そう、力強く言ってくれた。
 正直、嬉しかったし、心強いとも思えた。
 愛紗も、たぶん鈴々も、自分にしかできないことをがんばっている……。それが、この世の中のためになることだと信じて。だから、がんばれるんだ。見習いたいもんだね。
 ここまで言ってもらって、男の僕がへこたれているわけにはいかないだろう。さ、僕も僕にしかできないことを……。
「……………………」
 ……今更だけど、そんなことありますかね?
 それでも、気合だけでも入れようとして机に向き直ると、

 ばたんっ!
13 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 15:30:00.96 ID:xmrrKX3z0
「お兄ちゃん! 大変なの……だ……?」
「り、鈴々?」
「あれ、鈴々、どうしたの?」
 我が軍の豆台風が、ノックもなしにドアを蹴り開けて登場して、固まっていた。
 そして、何を言うかと思えば、
「愛紗はずるいのだ!」
「「は?」」
「今、お兄ちゃんにちゅーしようとしてたのだ!」
「「はぃ!?」」
 そんなことを言った。
 僕も愛紗も、驚いて変な声を出してしまう。
「ばっ……バカなことを言うな鈴々! そんなことしようとしていない!」
「嘘なのだ! 鈴々はこの目ではっきり見たのだ! 愛紗が顔をお兄ちゃんの顔のすぐ近くにまで近づけて、ちゅーしようとしてたのだ!」
「いやいやいやちちち違うって鈴々! 愛紗はただ僕に話を……」
「そうだ鈴々! 私はただ泣き言を言うご主人様を諭していただけで……」
 角度の問題でそう見えただけです!
 全く信じようとせず、ジト目のまま猛反論してくる鈴々に、変なことを言われたせいで赤くなってしまった僕と愛車が必死で弁明する。って、ちょっとまてよ。
「そ……それより鈴々、何か知らせがあったんじゃないの?」
「あ、そうだったのだ」
 忘れてた、とでも言わんばかりに鈴々が我に返る。そして、早口で続けた。
「なんか、ここから東のほうで、ガラの悪そうな人たちがいっぱい集まってるって噂があって……」
「ああ、それならこの前私も聞いたぞ」
「そうなの?」
「はい、恐らく野盗の類だと思うのですが、小数との報告ですし、今は特に問題はないかと思ったもので、報告しませんでした」
「でも、400人って小数じゃないと思うのだ」
「へー……って、400人!?」
 ちょ……それって結構な数なんじゃない!? 今僕らの軍が志願兵とかも含めて大体2000人強だから、戦う分には確かに問題ないかもだけど……。
 それを聞こうとして愛紗のほうを見ると、驚いたことに愛紗も驚愕の表情をしていた。
「わ……私が報告を受けたときには40人程度で……そこまでとは……」
 どうやら報告とあまりに違う人数が確認されているようだ。隠れていたから認知できなかったのか、はたまたこの短い期間のうちにそこまで兵力を上げたのかはわからないけど……もし後者だったら、相当危険なんじゃ……。
 愛紗も同じことを考えたのか、黙ってすっくと立ち上がって言った。
「ご主人様、政務はいったん中止です。この連中に関して、早急に対策を練らねば……」
「そ……そうだね、軍議……だったっけ? それ開いて早いとこ……」
「お兄ちゃん! 愛紗! 鈴々の話はまだ終わってないのだ!」
 そこで、鈴々が怒ったような拗ねたような口調で口を挟んだ。
 出鼻をくじかれる形になった僕と愛紗が、鈴々のほうに向き直る。
「何だ鈴々、まだ何かあるのか?」
「あるのだ! 愛紗がいきなり話すから言えなかったのだ!」
「な……私のせいだというのか!?」
「だってそうなのだ!」
「ばか者! 私はこの大変な事態に対応すべく発言したのであって、それを邪魔したなどと……」
「2人とも落ち着いてよ! 話が進まないったら!」
 焦りもあるのだろう、白熱していく一方の2人の論戦をどうにか止める。
「こ……これは失礼しました。して鈴々、話とは?」
「うん、その人たちが、まとまって一直線にこの町に向かって来てるらしいのだ」
 ……………………

「「何ぃ!?」」

                       ☆

 その頃、もう2,3刻も歩けば幽州啄県の中心の町が見える、という地点にて。
 一直線に町に向かって進軍を続ける一団があった。
 その最前列、馬に乗っている、リーダー格と思しき一人の男の所に、部下と思しき男が一人、駆け足で近づいてきた。それに気づいた男は、その者から話を聞くため、周りに合図して、一旦馬を止める。
「お頭、事前に放った斥候(スパイ)が帰ってきました」
「そうか。ご苦労、と言っておいてくれ。で、どうだった?」
「はい、やはり、噂は本当のようです。つい最近、県令が変わったそうで、現時点でのことですが、情勢も安定していると……」
「……それだと、黄巾党の連中を撃退したって噂も本当なのかもな……」
 お頭、と呼ばれた男は、腕を組んで神妙そうに言った。
「お頭、やはりあの町へ……?」
「ああ、確証はないが、賭けるしかない。それも危険な賭けだが……今の時点では、無駄に盗賊や黄巾なんかと戦って仲間が減るよりも、この方がいくらか安全だ」
「わかりました。では、分隊の連中に連絡して合流を」
「そうしろ。俺はこれからのことを考える」
「へい」
 報告を続けていた男は、そう言って駆け足で戻っていった
 リーダー格の男は、物思いにふけるように空を見上げながら、再び馬を歩かせた。
「鬼が出るか……蛇が出るか……それとも……」
 風にわずかに揺れる、その短めの赤い髪は、まるでたてがみのようにも見えた。
14 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 15:30:53.32 ID:xmrrKX3z0
乱世・開幕編
第5話 賊と不安とまさかの再会

 鈴々からあまり聞きたくない報告を受けてから数時間後、僕は愛紗、鈴々と共に、軍を率いて町の外に出てきていた。
「して伝令兵、様子見に放った斥候はまだ帰らぬのか?」
「はっ! 今しばらくお待ちを!」
「わかった、帰ってきたら、報告の内容も含めて即知らせるように。さて、ご主人様」
「え? あ、うん。何? 愛紗」
「……ご気分が優れないようですが、どうかなさいましたか?」
 心配そうに僕の顔をのぞく愛紗。どうやら僕は、気分が悪いように見えるらしい。そりゃそうだろう。
 何せ、政務で疲れているところに超弩級の不安要素ができたんだから。
 東のほうに集結しつつあるという、大規模な盗賊(多分)の集団。最近まで40人程度とか噂されていたのが、ここ数日の間に400人にまで膨れ上がって、しかもまっすぐにこの町に向かってきているという情報だ。
 これを確認し、場合によっては迎撃すべく、僕らは動ける全ての兵を動員して東へ進軍している。その数、2000。
 兵達の鼓舞のためもあるし、僕自ら出陣することになったんだけど……ここで問題発生。
 僕、馬乗れません。
 なので、仕方なく鈴々の乗る馬の後ろに乗せてもらっている状態。うう、愛紗は「気にしないで下さい」なんていってくれたけど、死ぬほど恥ずかしい……。
 いやまあ、愛紗の後ろに乗るよりマシかもしれないけど……。もしそうなったら、僕の印象は『小さな子供でも乗れる馬にも乗れないバカ』か『わざとスタイルのいい女の子と同じ馬に乗っているスケベ』のどちらかだ。鈴々なら、保護者感覚で乗っているとか、鈴々が甘えているとか、そういう見解や言い訳が立つ分まだいい。
 それに、
「にゃはは〜、お兄ちゃんと一緒の馬なのだ〜!」
 鈴々も嬉しそうだし。これにいくらか救われる。
「でも気になるね、その人たち、盗賊なのかな?」
「わかりません。ですが、警戒しておくに越したことはないでしょう」
「そうだね……はあ、また厄介なことに……」
 ついつい弱音が口をついて出てしまう。
「お疲れなのはわかりますが、あまり弱気にならないで下さい。兵達の士気にも関わります」
「そうそう、お兄ちゃんはしゃきっとしてなきゃなのだ」
「ああ、うん、そうだね。ごめん愛紗、鈴々」
 2人に、何とか笑顔を作ってそう返す。
 とは言ってみたものの、気分が晴れるはずもない。どんな形でもいいから、さっさと決着しないかな……なんて思っていると、

「ほ……ほ……報告ですっ!」

「! どうした!?」
 あわてた様子で、先ほどの伝令兵が駆けてきた。息を切らしているようだけど、どうも、それは走ってきたから……というわけではなさそうな……何かあったのか?
「今しがた、放った斥候が帰ってきたのですが、その情報によると……」
「よ……よると?」
「賊は、あらかじめ別の場所に配置していた分隊と合流したようで、相手方の数がさらに膨れ上がっているとのこと! 報告によるとその数…およそ1000!」
「なっ……!?」
「うわぁ……」
「………………」
 予想外の凶報に、さすがの愛紗や鈴々も驚きを隠せない。僕にいたっては、声も出ない。
 にしてもちょっとまって! せ…1000!? 1000って……こっちのおよそ半分くらいじゃないか!
 400人が1000人になったのも驚きだけど、これってまずいんじゃない!? 僕らは確か、2000の軍勢で4000の黄巾党の軍団を打ち破った経験があるわけで……それを考えると倍の戦力差って言うのは一見圧倒的そうだけど戦い方によっては全然安心できない数字って言うわけで……。
 愛紗も同じことを考えているのだろう。額に汗が流れている。
「あ……愛紗……」
「……ご主人様、今回ばかりは、不安になるのをお咎めできません……」
 やっぱり、まずい事態なんだ……。
 そうだよね……400がいきなり1000になるって、どう考えても尋常じゃない。
「あ、愛紗、でも鈴々たちのほうが強いし、数も多いのだ。だから、この前みたいに戦えば勝てると……」
「そうかもしれん。だが……」
「だ、だが?」
 なるべくならこれ以上聞きたくない。でも、多分聞かなきゃならないと思う。
 僕の問いに、愛紗は渋い顔をして、言った。
「賊は最初、40人程度のごく小規模な集団でした。それは間違いないでしょう。ある程度大きな集団が存在するのなら、何かしらの情報は入っているはずですから。それがこの短期間でここまで膨れ上がったとなると、その中心に、高い能力を持つ統率者か、軍師のような存在が居ると考えるのが自然。いや、必然でしょう」
 たしかに、最初40人だった徒党を、掻き集めてとはいえ1000人の巨大な集団にまとめ上げるのって、それこそ才能のある人でない限り無理な大ごとだ。となると……
「そのような者に率いられている集団が、黄巾党のような何も考えない戦い方をするとは考えにくい……戦いとなれば、おそらくしっかりと戦略を立て、陣形を整えてせめて来るでしょう。そうなった場合……」
「倍の戦力差でも、油断できない……?」
「……そう…言わざるをえませんね……」
「マジで……」
 これは、いよいよ危なくなってきたか……?
 ああ神様……何故僕にこんな試練を……? 僕はただの善良な高校生だったはずでしょう? 姫路さんの必殺サンドイッチで死んだ(と決まったわけじゃないけど)だけでも悲劇なのに、その上こんなことに……。
 なんて僕の運命を嘆いてみたけど、こんなことしていても始まらない。
 見れば、愛紗も鈴々も既に立ち直ったのか、汗一つない顔で正面を見据えていた。
 2人とも、やっぱりすごいや……
 僕がそんなことを思ったその時、

「賊の軍勢が見えたぞーっ!」
15 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 15:37:37.57 ID:xmrrKX3z0
前線の部隊から、そんな声が聞こえた。
 それに反応して前を見ると
「……っ!」
 確かに、前の方にそれらしき一団が見える。多分、あれが例の賊(?)だろう。確かに、1000人くらいはいるように見える。
 こ……怖……
「ご主人様! あれを!」
「え! 何!? 来た!?」
「い、いえ。あ、はい」
「どっち!?」
「『はい』です。前方から少数の騎兵がこちらに……」
「?」
 よく見ると、確かに4、5人くらいの騎兵が、こちらに向けて馬を走らせている。
 いや……「兵」…じゃなさそうだ。なぜかっていうと……
「んにゃ? 白旗振ってるのだ」
「ホントだ」
 その数人の騎兵は、槍の先に白い布をくくりつけて、それを振りながらこっちに走ってきていた。もしかしなくても、あれは白旗だ。戦う前から、いきなり降参するってこと? こっちとしてはありがたいけど……。
「ご主人様、私が行って様子を見てきます。ここでお待ちを」
そう言って、愛紗は前線に移動すべく馬を走らせた。

                        ☆

 前線に着いた愛紗は、白旗を振りながら近づいて来る騎兵と向き合っていた。
「何用か!」
「警戒無用、敵意はない! 我々は、あそこにいる者たちの代表として、貴殿らの代表との交渉に参った次第、代表者を出していただきたい!」
「交渉だと?」
 愛紗は、一瞬、虚を疲れたような表情になる。
「……ならば、私が話を聞こう。我が名は関羽、字は雲長。幽州啄県県令、吉井明久様に仕える将である!」
「! ……あなたが噂に聞く、関羽殿か」
 代表の男は、驚いたような顔になった。
「お前が向こうの集団の頭領か?」
「いや、私はあくまで代表。われらが頭領は、用心のため、あの陣地にてお待ちいただいている」
「鈴々たちは、別に不意打ちで攻撃したりしないのだ」
「あくまでも用心のため。なにとぞご理解願いたい」
 口を挟んだ鈴々に、頼み込むように、礼儀をわきまえた返答を返す代表の人。
「む〜……」
「鈴々、お前は出てくるな。話なら私が…………!?」
「にゃ?」
「………………」
 ……とまあ、ここで愛紗、ようやく僕と鈴々がついてきていたことに気づいたらしい。
 ちょっとの時間フリーズした後、愛紗は口を開いた。
「りりり……鈴々! ご……ご主人様まで……なぜここに!?」
「止めたよ!? 僕はほんとに止めたんだよ!? けど鈴々が……」
「愛紗だけじゃ心配なのだ。だから鈴々も行くのだ」
「阿呆! 私なら大丈夫だ! というか、守るべきご主人様を最前線につれてきてどうするのだ!」
「大丈夫大丈夫、鈴々がちゃんと守るのだ」
「そう思うならお前はさっさと下がって」
「あ、代表の人、鈴々は張飛なのだ、よろしく」
「は、はあ……どうも……」
「……り・ん・り・ん……っ!」
 うおお……愛紗が本気で怖い。まるで女湯の覗きが発覚したときの美波のようだ。背後に広がるこの怒気は、放っておけば人一人殺せそうなくらいに膨れ上がるに違いない。
 ともかく、これそろそろ止めないと収拾がつかなくなるな。
「あ〜、ちょっと2人とも? 落ち着いて話を……」
16 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 15:38:40.39 ID:xmrrKX3z0
 ちょうどその頃、
 明久軍のはるか前方で、馬上から明久軍の最前線の様子を見ている者がいた。
「お頭、どうかしましたか?」
「……こりゃたまげた」
 お頭と呼ばれたその男は、最前線を、いや、正確には今さっき最前線に出てきた、人のよさそうな少年を見てそうつぶやいていた。
 そして、
「よし、ちょっと行ってくる」
「は!?」
 それだけ言うと、男は馬を走らせて軍を飛び出した。
「ちょ……お頭! 危険です! 戻って……」
「心配ねぇ! 生き残るめどが立った!」
 笑みを浮かべながらそういい残し、最早振り返らずに、全速力で荒野を疾駆していった。
 明久軍の最前線へ向けて。


                         ☆


「そういうわけだから、ね? 愛紗、ここは抑えて……」
「し……しかしですね、ご主人様。あなたに万一のことがあってからでは遅いのであって」
「愛紗、愛紗」
「何だ鈴々! ようやく帰る気になったか?」
「前から誰か来るのだ」
「「「!?」」」
 その言葉に反応して、その場にいた全員が振り向いた。
 ……よくみないとわからないが、どうやら騎兵のようだ。馬に乗っている。人数は一人だけど……追加の交渉役かな? それとも、何かの伝令?
 僕が首をかしげ、愛紗と鈴々が緊張感を持ってそれを見据えていると、
「「「お、お頭!?」」」
「む?」
「にゃ?」
「お頭?」
 交渉に来た人たちが、声をそろえてそんなことを言った。
 え? お頭? ってことは……あの人が……

 ………………あれ?

 え?
 え!?
 えぇえ!!?

「ということは、あの者がお前達の頭領か?」
「あ、ああ……そうだが……」
「お頭……何で……?」
 代表達は、驚きを隠せずにいた。そしてそれは、愛紗と鈴々も同じことだろう。
 無理もない、万が一を考えて陣の中に潜んでいたという賊(?)の頭が、馬を走らせてこちらに駆けて来たのだから。どういうつもりなのか、と困惑して当然だ。
 ところで、僕も驚いていた。
 でも、

 僕の驚きの理由は……もっと別の所にあった。

 馬を走らせて、こっちに駆けてくる男。
 背が高く、細身ながらも筋肉のついた、しっかりした体つき。
 馬をあの速度で走らせることのできる、見事な運動神経。
 たてがみのようにも見える、赤い髪。
 そして、僕が今来ているのと同じ……文月学園の制服。
 こっちをまっすぐに見据えて走ってくるその男のブサイクな顔は、その顔が浮かべている獰猛な笑みは、見間違うはずもない。
 あれは……この世に一人いれば十分だ。


「…………雄…二……?」


 僕の悪友、坂本雄二が、そこにいた。
17 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 15:39:19.82 ID:xmrrKX3z0
乱世・開幕編
第6話 僕と雄二と意外な希望
 馬を走らせて急速に接近し、僕らのすぐ近くまで来て止まった「そいつ」に、僕はいの一番に話しかけた。
「雄二! 雄二だよね!?」
「よぉ明久! 久しぶりに見ると感慨深いな、お前のバカ面も」
「何だとコラ! ああでももう何でもいいや! ホントのホントに雄二なんでしょ!?」
「当たり前だ。この俺がそう何人もいてたまるかバカ」
「ああ……本当に雄二だ! この聞くに堪えないバカみたいな声に、聞く価値もない薄汚いセリフに、見たくもないそのブサイクな顔は雄二だ! 本当に雄二だ!」
「ああ、おまえこそ、その同性愛や女装が似合いそうな面や、思慮深さの全く感じられない言い方は、 間違いなく明久だな」
「………………」
「………………」
「……そろそろやめようか」
「ああ、だな。久々の再会でテンションが変になっちまったが、今のは時間の無駄以外の何ものでもなかったな」
「あの……ご主人様?」
 先ほどから唖然として僕らのやり取りを見ていたギャラリーの中で、愛紗が真っ先に沈黙を破って話しかけてきた。
 う……今の頭の悪いやり取りを全部聞かれてたと思うと、若干恥ずかしい……。全く、それもこれも雄二のせいで……。
「あの…その者とはお知り合いなのですか? 服装も似ているように見えますが……」
 おそるおそる、といった感じで愛紗がたずねてくる。ああ、状況がわからないんだ。確かに僕ら2人だけで突っ走りっぱなしだったし。
 鈴々も「んにゃ?」って感じで首を傾げてるし、説明の必要があるな。
「お、お頭……?」
「ん、ああ、まあな。こいつは……」
「そうだよ愛紗。こいつは雄二、僕が元の世界にいた頃のしもべで……」
「まてコラ、虚偽の事実をさも本当のように言うんじゃねえ」
 雄二の素早いツッコミが入る。
「すると……この者も天界の人間なので!?」
「? 天界? そりゃどういうことだ明久? ていうかお前今、この人に『ご主人様』とかいう呼ばれてなかったか?」
 今度は雄二のほうから質問が飛んでくる。これ……このままだと落ち着いて対話もできないな。
「あー……っと、その辺は後で説明するよ。とりあえず雄二、僕の街に行かない? そこのほうが落ち着いて話せるから」
「……よくわからねーが、そうさせてもらえるんならありがたい。ところで、こっちの頼みは飲んでもらえるのか?」
「ん? 頼み?」
 首をかしげた僕を不思議に思ったのか、代表の人に視線を送る雄二。
 代表の人は、
「はあ、話そうとしたのですが……色々あって話が進まなくなってしまいまして……」
 ああ、そういえば、鈴々(と僕)が乱入してきてから、一向にこの人たちが発言する機会がなかったっけ……。
「しょうがない。その辺も含めて後で話させてもらおう。ここじゃ何だし、それに……」
 そう言って、雄二はちらっと僕のほうを見て言った。
「交渉のめどもついたからな」
「……? よくわかんないけど、それなら決まりだね。愛紗、帰還するよ。軍をまとめて町に戻る用意を」
「は…はあ……よろしいのですか?」
「うん、心配無用。こいつは信用できる奴だからね。あ、一応自己紹介しといてくれる?」
「御意。雄二殿、お初にお目にかかる。我が名は関羽、字は雲長。以後お見知りおきを」
「鈴々は張飛、字は翼徳なのだ」
「そうか、俺は坂本雄二。そこにいる明久の知り合いだ。決してしもべではない」
 ちっ、強調しやがって。
 何はともあれ、危惧していた一大決戦もなく、安堵のうちに僕らは帰路についた。
18 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 15:41:28.57 ID:xmrrKX3z0
屋敷に帰った後、僕と愛紗、鈴々、それに雄二は、軍議に使うすごく大きい、何かRPGで大魔王とかが鎮座してそうな部屋(『玉座の間』とか言ったっけかな)を使って会議を始めた。部屋の面積からして……明らかに、過疎だ。
「すると明久、おまえも気づいたらこの世界にいたってわけか?」
「うん、その言い方だと、雄二もそうなんだね?」
「ああ、似たようなもんだな。さすがに最初は驚いたが、まあ慣れちまえばなんてことはない」
 真顔でこんなこと言えるあたり、やっぱりこいつは只者じゃないんだと痛感する。
「おれもお前と似たような感じで、目覚めた後歩き出すなり妙なのに絡まれてな」
「それで雄二、どうしたの? そいつらに脅されたりしなかった?」
「いきなりわけのわからない状況に置かれて、不安もあったが、まず腹が立ってたんでな。ストレス発散もかねて、ちょっと12、3発殴って大人しくなってもらった」
 その数と「ちょっと」という単語は決して一緒に使うべきものではないだろう。
「もちろん、一人頭だ」
 鬼だ、こいつは。
「その後も結構色々あって、その都度殴って片付けてたんだが、気がついたら、何かそういう流れのゴロツキ共の頭領みたいな立場にいたんだ」
 ……何があったんだ、ホントに。
「その後方々巡るうちに、俺が率いてるのよりも大きな組織……黄巾党だったな、そいつらに襲われた町に出くわしたんだ」
 黄巾党、と聞いて、愛紗と鈴々が反応したのが伝わってきた。
「その町、もう人が住める状態じゃなくてな、今度黄巾の連中に来られたらおしまいだってんで、町人総出で逃げようとしてたんだが、引っ張る人間がいないせいで上手くいってなかったんだ」
「それを、雄二がまとめて引き受けた……ってわけ?」
「そうなる」
 僕だけでなく、愛紗も鈴々も感心しているようだった。
 にしても、やっぱり雄二はすごい。集団の統率に優れているのは知ってたけど、ここまで大きな組織を引っ張っていけるなんて……火事場の馬鹿力的なものもあったのかもしれないけど、やっぱりすごい。
「俺が元々引っ張ってた奴らも、似たような境遇で行くアテをなくした連中だったからな。馴染むのに時間はかからなかったし、まとめるのも楽だった。が、さすがにあそこまで大所帯になると、放浪の身でいるのにも限界がある」
「それで、自分達が住める場所を探していたところ、ここの噂を聞いた、というわけか」
「ああ、その……関羽さんだったな? あんたらの活躍でこの辺ででかい面してた黄巾党の連中が蹴散らされたってのを聞いて、しかも最近就任した新しい県令ってのが、またえらく人のいい奴だとかいう噂も聞いてな。難民の受け入れの交渉と、この世界についての情報収集のために、ここまで来たんだ。まあもっとも……」
 そこで雄二は、僕に視線を送ってつぶやいた。
「まさか、その県令が明久だったとは思わなかったがな……」
 それは僕も同じだ。雄二が、最近物騒な話題を作ってる集団のボスだなんて、思いもしない。第一、まさかまた雄二と会うことになるなんて、考えもしなかった。
 そのことを話したら、
「いや、俺は、もしかしたらお前もこの世界にいるかもしれない……とは思ってたんだ」
「え? そうなの?」
 意外な答えが返ってきた。
 キョトンとしている僕の所に、雄二がゆっくりと近寄ってきて、耳元でささやいた。
(俺が思うにだな、俺達がこの世界に来るきっかけになったのは……姫路のサンドイッチじゃないか?)
(ああ、それは僕も思った)
(だろ? これが死後の世界なのか、はたまたサンドイッチに秘められた超次元の力のせいで俺らがパラレルワールドに来ちまったのかは定かじゃないが……)
 ……どっちも嫌だけど、もしそんな時空転送装置みたいなサンドイッチが作れるんなら、姫路さんは青色のネコ型ロボット並みに超常的な存在なんじゃなかろうか?
(ともかくそうなると、俺以外にもサンドイッチを食べた奴はいることから、もしかしたらお前も、さらには秀吉やムッツリーニもこの世界にいるかも知れないと思ったんだ)
(! それってつまり……)
(ああ、確証はないがな。残りの2人……探してみる価値はある)
 これは嬉しい情報だ! まさかムッツリーニや秀吉とも会えるかもしれないなんて……もう2度と会えないかもしれないと思ってただけに、期待が膨らむったら!
「ご主人様、坂本殿、そろそろよろしいですか?」
「ん? ああすまない関羽さん、置いてけぼりにしちまった」
「関羽、で結構。そんなよそよそしくせずとも」
「? いいのか?」
「うむ、ご主人様が信頼されているのであれば、それで十分だからな」
「そうか、じゃ、よろしく。関羽」
「鈴々もなのだ!」
「ああ、そうか、張飛もよろしくな」
「了解なのだ」
19 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 15:42:24.36 ID:xmrrKX3z0
よかった、二人とも、問題なく雄二と馴染めたみたいだ。
 まあ、こいつは本性は最悪だけど人当たりがいいから、こうなるとは思ってたけど。
「話を戻そう。とりあえず、俺達側の要求ってのは、俺が抱えてる、黄巾党の被害にあって難民化した市民達の受け入れだ。この町に、どうにかして彼らの住む場所を用意してもらいたい」
「えっと……どうかな、愛紗?」
「そうですね……私としては賛成です」
「鈴々もなのだ」
「そう? じゃあ……」
「最後までお聞きください。賛成ですが、彼ら全員を支援するには、この町には施設も、食料も、財もあまりにも足りません。残念ですが……」
 そう、愛紗はつらそうに言った。
「そんな……なんとかならないの?」
「なんとか……と言われましても……」
「ああ、その辺は心配するな、明久」
 すると突然、雄二が割って入ってきた。
 何事かと目を向ける僕らに向かって、雄二は得意げに、
「そっちの都合も考えてある。明久、お前、『パオ』って知ってるか?」
 そんなことを聞いてきた。……えっと…どっかで聞いたぞ……?
 そうだ、確か期末テストのときの勉強で姫路さんが教えてくれた……
「中国の……」
「おう」
「移動式の……」
「おう」
「……馬車?」
「移動式じゃない馬車があったらぜひ見せてくれ。残念、移動式家屋だ」
 そうだそれだ! 組み立て式の、遊牧民なんかが使うテントみたいな家! うう…思い出せなかった……姫路さん、ごめん……。
「移動しながら、それと似たようなのをいくつか作った。さすがに1000人全員を収容するには全然足りないが、半分から……無理すれば600人分くらいの寝床にはなる。そっちで、残りの奴らの分の寝床を提供してくれればいい」
「そのくらいなら……何とかなるかもしれません」
「本当!? 愛紗!」
 僕は、愛紗の嬉しいセリフに過敏に反応した。
「そいつは助かる。町の外でもいいから、それを建てるスペース……もとい、場所を提供してくれたら、あとは自分たちでやるように言ってある」
「わかった、それは何とかしてみよう。ただ、残る2つの問題については何とも……」
 雄二に好答を返す一方、愛紗は渋い顔を崩さない。そうか、まだ、食料と財源の問題が解決していないからだ。
 すると、雄二が、
「それは心配しないでくれ。食料も、家畜を相当数連れてきているし、盗賊たちを蹴散らしていくうちに集まった宝とか、金に変えられそうなのもある。当面の問題だった済む場所さえ何とかしてくれたら、あとは何とでもなるだろう」
「そうか……坂本殿は要領がいいのだな」
「にゃはは、お兄ちゃん、形無しなのだ」
「う……わ、悪かったね!」
「こら、鈴々」
「にゃははは♪」
「はは、言われちまったな、明久」
 問題が解決したからだろう。玉座の間に、心なしか和やかな空気が満ちた。いつも厳しい愛紗も微笑みをこぼしているのを見る限り、気のせいではなさそうだ。
「それじゃ、話がまとまったとこで俺はこれで……」
「あ、雄二、ちょっとまって!」
 外に出て行こうとしている雄二を、僕は呼び止めた。
 こいつには、まだ僕のほうから提案があるんだ。
「ん? 何だ明久?」
「よかったら雄二……この家で、僕と一緒に暮らさない?」
「………………」
 え? 何その遠い目は?
「明久……お前やっぱりそっちの趣味が……」
 何壮絶に勘違いしてんのさこのバカは! もしそうだとしても誰が雄二なんかと……住むならせめてムッツリーニあたり……って違う違う!
「違う! そうじゃないって! もし住むアテがないんなら。この屋敷に住んで僕の手伝いしてくれないかってこと!」
「お前の?」
「そう! 県令の政務とかなんとかで、ここ毎日鬼のように忙しいんだってば! だからそうしてもらえれば、雄二も満足な寝床が手に入るし、僕も少しは楽になるし、一石二鳥じゃない?」
「…ふむ……」
 あごに手を当てて考える雄二。視線が色んなところに泳いでるけど……また頭をすごい速さでまわして、何か難しいことを色々と考えてるんだろうか? 住む住まないってだけの話なのに……まあ、こいつの考えることだ、何か中身があるんだろうし、黙って待ってよう。
 そのまましばらく考えたあと、雄二は口を開いた。
「悪い話じゃ……ないな。わかった、その提案、乗ろう」
「やった! 愛紗、鈴々、いいよね?」
「ええ、もちろんです」
「にゃはは、またにぎやかになったのだ!」
 よかった! 愛紗たちも快諾してくれたし、これは心強いぞ! これで僕は仕事を雄二に任せて……
「ああ、ですがご主人様、坂本殿の加入で楽になったとしても、きちんとご主人様の分の仕事はやっていただきますから、そのつもりで」
 ……何でもないです。
 うう……やっぱそう上手くはいかないか……
「ははは……天の御使いも大変だな、オイ」
「うるさいな、大体雄二だってもう似たようなポジションにいるじゃないか」
「ああ、ま、そうだな」
 すると、雄二は再び何か考え始めた。また何か小細工でも思いついたんだろうか?
「『天の御使い』…ね……その大義名分、使えるかもしれないな」
「どしたの? 雄二」
「いや、何でもない。気にすんな」
 それだけ言うと、雄二は「あいつらに具体的な指示出してくる」とだけ言って、玉座の間を後にした。
20 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 15:43:16.06 ID:xmrrKX3z0
「しかし、また見事に占いが当たりましたね」
 雄二の背中を見ながら、唐突に愛紗がそんなことを言った。
「? どういうこと?」
「ほら、占いですよ。『8人の天の御使いは、この浮世の者達と力をあわせて、この乱世に平定をもたらす……』という予言どおり、二人目の天の御使いも現れました。この分だと、じきに残りの6人も……ご主人様?」
 ……ん? それって……
 そういえば、愛紗とはじめてであったときにそれに近いようなことを僕が言って、愛紗が感激してたっけ……
 あれ? でもまてよ? 僕が言ったのは確か……

『この世界が今、曹操や孫権、董卓なんていう巨大な国の主をはじめとする者たちの蠢く戦乱の世の中にあって、その世の中を重さ82斤(20kg)の青竜偃月刀の使い手である関羽……君や、7人(関羽と張飛と…あと残りは、劉備、諸葛亮公明、趙雲、馬超、黄忠だったかな。三国志はあまり詳しくはないんだけど。)の仲間達の力で、戦乱の世の中を三国統一を目指して戦うなんてことを知ってるだけなんだから』

 ……色々ほざいたな、僕。
 でもこれを見ると、僕は確かに7人の仲間って言ったけど…それは「『三国志』における、『関羽』含めた」7人の仲間(張飛、劉備、諸葛亮公明、趙雲、馬超、黄忠)であって……でも、今愛紗は「8人の天の御使い」って言って……
 ……それってつまり、

  ●僕の言う「7人の仲間」
  「関羽、張飛、劉備、諸葛亮公明、趙雲、馬超、黄忠」

  ●愛紗の言っているんであろう「7人の仲間」
  「雄二、???、???、???、???、???、???」
  この7人が、「僕の」仲間。天から舞い降りる『天の御使い』。

 愛紗はあの時の僕の発言を、愛紗(関羽)を含めた「三国志の7人」じゃなく、「僕の」7人の仲間って意味で受け取ったってことで…それが『予言通り』だってことは……。

「僕と雄二以外に……もう六人、『天の御使い』が現れる……?」

「……ご主人様?」
「え、ああいや、何でもないんだ、うん。何でも」
「そう……ですか。ならいいのですが」
「……? 変なお兄ちゃんなのだ」
 もし……もしそうだとしたら……誰が……?
 僕は容量オーバー寸前まで回転させた頭を何とかクールダウンさせながら、それについて考えようとしたが、
「ではご主人様、私と鈴々は軍務に戻りますので、ご主人様も残してきた政務の方、早々に取り掛かられますようお願いします」
 愛紗の一言で現実に引き戻された僕は、背中に「ず〜ん」という効果音が付加しそうな闇を背負うことになった。
 しょうがないので、鈴々の「頑張ってね〜」という憎たらしいほどに元気な声を背中越しに聞きながら、僕は山のような書類が待つ部屋に戻ることにした。
 ……こりゃ、当面の問題は決まったな。
「雄二に……あいつにどうにかして仕事を押し付ける方法を考えないと……」
 果てしなくダメな、愛紗にお説教されそうな考えを胸に抱きながら、僕は重い足を頑張って頑張って動かした。
21 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 15:45:31.62 ID:xmrrKX3z0
乱世・開幕編
第7話 危機と隠密とムッツリスケベ
バカテスト 歴史
問題
 後漢の時代、皇位継承に際して、光武帝と第2代明帝を除いた全ての皇帝が20歳未満で皇帝になっており、中には生後100日で即位した皇帝もいました。このように、あまりにも若くして皇帝となる者が多くみられたのはなぜでしょう?


 愛紗の答え
 『若く、政治に携わることのできるだけの知識を持たない幼子を皇帝に据えることで、その者に近しい者が『代理』という名目で執政を行い、実質的な皇帝の権力を握るため』

 コメント
 正解です。しかし、公然とこのような陰湿卑劣迂遠なことが行われているというのは、嘆かわしいことですね。



 鈴々の答え
 『あみだくじ』

 コメント
 飲み会の遊びの景品じゃないんですから。



 吉井明久の答え
 『姓名判断で改名を勧められたから』

 コメント
 『皇帝』は人名ではありませんので。


                      ☆


 雄二が政務に携わるようになってから、僕らは軍備、政策共に充実を見せていた。何せ、こういったことに対して雄二は恐ろしく要領がいい。
 まず、雄二は多少なり漢文ができるので、少しの勉強で書類をかなり読めるようになった。その調子で僕のも読んでくれ。
 政治についても、簡単な政策をいくつか打ち出した。どれも現代日本では普通に施行されているものだけど、その効果はてきめんで、すぐさま僕らの統治は「善政」として町中の評判になり、外部からの移民も少しずつだが見られるようになってきた。
 次に、盗賊や黄巾党関連についても、目撃情報からその拠点のいくつかを割り出し、この啄県に近い所にあるものから兵を差し向けて片っ端から鎮圧していった。このおかげで治安はよくなったし、盗賊たちが持っていた財宝なんかで財政にも余裕ができ始めた。この結果は、恐らく今後さらに多くの移民を呼び込んでくれるだろう。
 軍備についても、この善政に好意的な印象を持ってくれている市民達が、町の外から中から続々と志願してくれて、兵力も次第に充実したものになってきた。
 これを見ると、兵力を充実させて、その兵力で盗賊を討伐して、治安がよくなって、移民が増えて、そしてまた兵力が充実する……といったサイクルができている。雄二の奴、まさかここまで考えてたのか? 相変わらずすごい。
 そんな感じで一ヶ月ほどが経ち、僕らは力をあわせてこの町を上手く統治していた……。
 が、また新たな問題が表に出始めた。
 兵士たちの、疲労である。
「ここ最近、ずっと出陣続きだもんね……」
「ええ、これは確かに問題でしょう。いかに兵士たちが優秀でも、疲労がたまっていては、十分な力を発揮できません」
「休ませられればいいんだけど……そうもいかないのだ」
 ここは、城(県令の館のことだ)の一角に設けられた軍議室。
 玉座の間は、この人数での軍議には広すぎる……ということで設けられた部屋だ。
 その部屋で、僕と雄二と愛紗と鈴々は、軍議を開いて話し合っている。
「ええ、以前よりも増えたとはいえ、現在の兵力は、民間からの臨時の志願兵を除いて約5000。これだけでは、休暇をとらせることはできません」
「交代制にするだけの余裕はない……ってわけか」
 愛紗も雄二も、もちろん僕も頭を抱えている。
 5000って言えばかなりの数だし、僕としてはもうこれ相当に充実したんじゃないかってくらいに思ってたんだけど、どうやら全然足りないみたいだ。
「多くなったのは事実ですが、最初に戦った黄巾党の数は4000だったことをお忘れなく。やはり、地方の統治を重点的に行うにせよ、天下を目指すにせよ、兵は数万単位で欲しい所です」
「今のままじゃ、まだまだなのだ」
「そうなのか……」
「兵力は確かにまだ少ないな。たとえば明久、考えてみろ。日清戦争や日露戦争で、日本軍はどのくらいの兵を動員した?」
「たくさん」
22 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 15:46:04.47 ID:xmrrKX3z0
「「「………………」」」
「……あ〜、すまん。高度すぎたな。いや、それ以前にお前に聞いた俺がバカだった」
 黙れ雄二。
 それと愛紗、鈴々、そんなかわいそうな目で僕を見るのはやめて。
「その……ニッシン何とかというのは、天の言葉ですか?」
「まあね。歴史上の出来事だよ」
「意味もわからん奴が言うな。メッキがはがれるぞ」
「失敬な!」
 メッキなんて元から貼っていない!
 そしてそのくらい僕だってわかるやい! えーと……
「1192年、関ヶ原で……」
「年号も場所も全て違うだろうがボケ! 何で鎌倉幕府の開幕と同時に中国と戦争になるんだ! それから関ヶ原の戦いは1192年じゃねえ! というか日本軍って単語を出してんだからせめて外国との戦争だってことに気づけ!」
 くっ……貴様…そこまで言わなくても……。また愛紗と鈴々の前で恥を……
「全く……姫路のためにあんなにがんばって教えたってのに、もう忘れやがって……」
「ああ、そういや学祭の時に教わったかも……」
 ごめんよ姫路さん……なんて僕が思っていると、
「お兄ちゃん、ひめじって誰なのだ?」
 今の会話を疑問に思ったのだろう、鈴々がそんなことを聞いてきた。
「ん、ああちびっ子。姫路ってのは、俺らが向こうの世界にいた頃に仲が良かった奴だ。んでもって、明久はそいつに惚れ……」
「唸れ僕の黄金の両足!!」
「っっっ危ねぇ――――っ!!」
 空を斬って飛ぶ僕のドロップキックを寸前でかわす雄二。ちいっ! はずしたか!
「てめえ何しやがる明久!」
「こっちのセリフだバカ雄二! なに人のプライバシーを堂々と、しかも女の子の前で暴露しようとしてんだよ!」
 全く信じられないなこいつは! 止めなかったら本当にうおおおおおっ!?
「ああああ愛紗!? 何そんな僕のほうを見ながら黒い闇を背負ってるの?」
 何だ!? 愛紗から咲いたばかりの花も枯れそうな凄まじい殺気が!?
「……ご主人様? ぷらいばしーというのが何なのかは知りませんが、その姫路という者は、ご主人様と恋仲なのですか?」
「い、いや……「まだ」違うけど……なんでそんなに怒ってってうわあああああ!」
「うおっ!? 愛紗のこの殺気……遊園地のお化け屋敷で見た翔子並みか!?」
 さすがの雄二も戦慄を覚えている。
 今さらっと流したけど、雄二も愛紗や鈴々を真名で呼ぶことが許されている。
「明久……お前また……?」
「え!? 何!? 僕何かした!?」
「お兄ちゃんは鈍感なのだ」
 鈴々まで! 悪態をつくくらいなら誰か説明して! 対処もできない!
 その時、鈴々が唐突に口を開いて、
「愛紗はその姫路って人に妬いてもごもご」
「り……鈴々! 何を言うかお前は!」
 すると、愛紗は殺気を一瞬で引っ込めて、必死で鈴々の口を押さえにかかった。
 た……助かった……。何が起きたのかはわからないけど、鈴々グッジョブ!
「愛紗はお兄ちゃんのことが好もごもご」
「ややややややめんか!」
 ……にしても、何で愛紗は顔を赤くしているんだろう?
「全く……明久、お前は相変わらずだな」
「?」
 わけがわからないけど、まあ助かったんだし、よしとしよう。
 なんて考えていると、

 ばたんっ
23 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 15:47:23.47 ID:xmrrKX3z0
 ばたんっ

 すごい音を立ててドアが開いて、1人の兵士が部屋に入ってきた
「何だ貴様!」
「で……伝令です!」
 いきなりすごい剣幕で怒鳴った愛紗に、びびりまくりの伝令兵さんが少しかわいそうだ。
「そんなことは見ればわかる! 合図も無しにいきなり部屋に入るなど……」
「落ち着いて愛紗! 何か報告があるみたいだから!」
「そうだ、どうやら急ぎらしいぞ?」
 僕と雄二で、沸騰しそうな愛紗を何とか沈めようと努力する。
 その間、伝令兵の人に、報告を伝えるように手で促した。ノックもせずに入ってくるのは確かに無作法だけど、裏を返せばそれだけ重要な何かがあるってことで……。
「それで兵隊さん、報告って何なのだ?」
「はっ! ここより南方にて、黄巾党や盗賊が集結しているとの報告が入りました! どうやら、このところ盗賊狩りを行っている我らに対抗するために徒党を組んだと思われます! その数、約3万!」
「なっ……!?」
「「さ、3万!?」」
「……そうか」
 驚く愛紗と鈴々。もちろん僕も驚いたさ……3万って……いくらなんでも目茶苦茶じゃないか! こっちの6倍だよ!?
 ……ってあれ? 雄二が意外と落ち着いてるんだけど……?
「まあ……予想してた事態ではある」
「そうなの!?」
「ああ、盗賊を狩るのは、武勇伝も作れるし治安も良くなる、財政も潤うってんで、最も簡単な一石二鳥の策だが……盗賊側からしたらたまったもんじゃないからな。それなりの対策を立ててくるとは思ってたが……予想よりかなり早かったな……」
 確かに、奴らは元々やりたいようにやるだけの外道連中だ。やられたまま、黙ってるはずもない。
でも……
「しかし……さすがに3万は想定外だな……数が違いすぎる」
「は……その件ですが……」
「? まだ何かあるのだ?」
「はっ、南方にて、遼西郡領主・公孫賛(こうそんさん)殿の軍勢が2万ほどの数を食い止めているとのことです」
「「こうそんさん?」」
 僕と鈴々の頭の上に「?」マークが出る。誰それ?
「ほう、公孫賛殿が」
「そいつはありがたいな」
「愛紗、雄二、知ってるの?」
「ええ、公孫賛殿は、この近くの地方を治めている領主の方です。この啄県と比べても遜色ないほどの、なかなかの善政を行っておられる方で、評判はかねがね聞いております」
「というか明久、政務で取り扱った書類にも何度か名前が出てきたぞ? さてはお前……よく見ないでハンコだけ押してたな?」
 ぐっ……こんなところで予想外の糾弾が……。
「ご主人様? それは本当ですか?」
 ゆらり、という効果音がつきそうな恐怖のオーラと共に、愛紗の視線がこちらに向けられる! 雄二、本当に余計なことは言わないでくれ! 頭下げるから!
 と、

「も、申し上げます!」

「今度は何だ!」
 もう一人、またあわてた様子で伝令兵が入ってきた。何? また何かあったの?
「さ……先ほど城内に賊が入ったとの報告が……警備兵を総動員して捜索していますが……依然として逃走中です!」
「「な、何だと!?」」
「賊って……黄巾!?」
 殺気の報告でもさほど驚かなかった雄二までもが声を上げていた。
 仮にも警備の厳重な屋敷……ただの泥棒とは考えにくい。まさか、僕らを暗[ピーーー]るため!? それとも、軍の機密情報目的のスパイ!?
「い……いえそれが……黄巾党ではないようで……」
「じゃあ何なのだ?」
「は…はぁ……それが……」
 そこで、衛兵は僕らのほうをチラッと見た。
「目撃情報によりますと……その……」
「ええいっ! さっさと言わぬか!」
 今にも痺れを切らしそうな愛紗が、怒りを込めて怒鳴る。
 兵は「ひいっ」とかわいそうな悲鳴を上げると、あわてて続けた。
「せ……背丈は小柄で、髪は短め、寒色系。三白眼で……その……」
 そこで一度切って、


「た……太守様……あ、いえ、吉井様、坂本様と、似たような格好をしていたと……」
24 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 15:48:45.51 ID:xmrrKX3z0
 …………………………
 …………は?
「な……何だそれは!? 一体どういうことだ!?」
「い、いえそれはまだ何とも……それに、素早い動きで逃げてしまい、はっきりと見ることはかなわなかったとのことで……」
「くっ……何なんだそれは……意味がわからん……」
「もしかして……お兄ちゃんたちを殺して、成り代わろうとしてるかもしれないのだ!」
「何っ!? もしそうなら、由々しき事態だぞ!」
 鈴々のその言葉に、愛紗は過剰に反応した。
 その一方で、
「……明久、どう思う?」
「はは……そんな、まさか……」
 僕らは、なぜか静かに、落ち着いていることができた。
 えーと、侵入者は……背丈は小柄で、髪は短め、寒色系。三白眼で、僕らと似たような格好をしているのか……。
「ほかに特徴は!?」
「いえ、何せあまりに素早い動きで逃げてしまったもので……」
「くっ……そうなると相手は隠密活動の手練かもしれんな…まずいぞ……!」
 隠密…素早い動き…僕らと同じ服……。
 ……なんだか、凄まじく心当たりがあるんですが。
 い……いやまさか、断定するのは早い……と思う。
「あ〜、兵士?」
 そこで、緊張感のない声で雄二が聞いた。
「なんつーかその……その賊、どこで目撃されたんだ?」
「はっ! 女官たちの着替え部屋であります! 天井裏に潜んでいたとのこと!」
 確定だ。
「……! ご主人様! お下がりください!」
「え!? どうしたの愛紗!?」
 いきなり、愛紗がわざと周囲に響くような声で怒鳴った。
「視線を感じます! 気配を断っているようですが……あきらかに我らを見ている……やはり、忍びの者でしょう。近い!」
 ………………
「お、お兄ちゃんたちを狙ってるなら、鈴々が守るのだ!」
 ……いや、狙っている……というか、見ているのは、多分、愛紗と鈴々だろう。
 そして、危険性もないと思う。
「出て来い! いるのはわかっているぞ!」
「隠れても無駄なのだ!」
 でもまあ、こんな緊張感いっぱいの空気がいつまでも続いても嫌だし、放っとくと鈴々がそこら中を蛇矛でつつき回しかねないので、そろそろ止めるか。
 さて、手段としては……
「衛兵2人、お前ら下がれ」
「は? いやしかし……」
「いいから、いったん部屋の外に出て扉を閉めろ。後で声かけるから待機してろ」
「は、はあ……」
「さて……明久」
「ああ」
「「じゃんけんぽん」」
 ぐ……負けた……。
「お兄ちゃんたち、さっきから何してるのだ?」
「よし、明久、お前の役目だ。頼むぞ」
「……うん……負けたんだし、仕方ないね」
 仕方ない、腹をくくろう。これが一番手っ取り早いんだ。
「愛紗、先に謝っておくよ、ゴメン。関節一つくらいならさしだすから、許して」
「は?」
 何を言っているのかわからない、といった感じの愛紗。
 ……危険だけど、愛紗なら後で謝れば許してくれると思う。
 雄二と一緒に目をつぶり、手を下段に構えて、
「はっ!」
 ……愛紗のスカートを、勢いをつけた手で捲り上げる。もちろん、絶対に見ないように目を固く閉じたままで。
 これで恐らく、一瞬だけでも愛紗の秘密の領域があらわになって、一瞬置いて愛紗が騒ぎ出すはず……。
「……!? ごごごごごご主人様!? いいいいい一体何をなさ……」


「…………っ!!」
がたがたがた、どさっ

「ふぇ?」
「お戯れを……ん!?」
 その途端、天井の板が一つはがれて、それと一緒に一人の人間が落ちてきた。
 例の「賊」であることは、誰の目にも明らかだ。
 愛紗と鈴々が素早く反応し、武器を構え――
「な、何者…………だ?」
「何なの…………だ?」
 ――ようとして、固まった。
 無理もない。なぜならその男は、すでに血の海に沈んでいたからだ。
 それが何の血かはともかくとして。
「「…………?」」
 あっけにとられている愛紗と鈴々の横を通って、僕と雄二は、倒れたままピクピクと震えているそいつの元に歩いていく。
 そして、声をかけた。

「ようムッツリーニ、久しぶりだな」
「変わってないね、安心したよ」
「…………明久……雄二……(ガクッ)」

 一ヶ月と少しぶりに会った僕らの悪友は、登場と同時に鼻血の海に沈んで果てた。
25 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 15:49:42.93 ID:xmrrKX3z0
乱世・開幕編
第8話 乗馬と軍師とラマーズ法
「すると、この者はご主人様たちの味方で、危険はないのですね?」
 救命措置を施し、何とか一命を取り留めたムッツリーニを見ながら、愛紗は僕に尋ねた。
「うん、いい奴だから、警戒しなくていいよ」
「にしてもムッツリーニ、俺達のことを聞いて会いに来るったって、もっとほかにやり方があんだろ?」
「そうなのだ。忍び込むなんて、みんなびっくりしたのだ」
「…………面目ない」
 少し申し訳なさそうに目を伏せるムッツリーニ。どうやら反省してくれたらしい。
まあ、こんな世界に飛ばされたせいで動揺して、正常な判断ができなくなってたのかもしれない。ここは穏便に……
「…………次からは、更衣室を見つけても、見つからないようにやってみせる」
 こいつに同情は必要ないな。
「こいつのスケベは今に始まったことじゃない、今はほっとけ。それより、黄巾党の連中をどうするか考えるぞ」
 ……っと、そうだった。
 雄二に言われるまで忘れてたけど、今こっちに黄巾党の連中が攻めてきてて大変なんだっけ。えーと……何とかって人が2万くらい抑えてくれてるから、こっちに来るのは残りの一万人くらいか。
「さっきのは吉報だったな。1万程度なら、何とかなるかもしれん」
「ええ、相手は所詮寄せ集め、急ごしらえの連合軍ともなればなおさらのこと。陣形を整えてかかれば、勝てない戦ではありません」
「じゃあみんな、その方向で準備を……」
「…………さっきから、何を話している?」
 ここで、ムッツリーニが口を挟んできた。
 簡単に事情を説明すると、
「…………なら、俺もついていく」
 そんなことを言ってくれた。
「え? ホントに?」
「…………(コクッ)情報処理は得意。役に立つ」
「そいつは多少なり期待させてもらおう。さっさと準備をしろ。時間がないからな、整い次第、出るぞ!」
 雄二の号令で、詳しい話し合いを後回しにすることにした僕らは、出陣の準備のために一度解散した。
26 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 15:50:09.20 ID:xmrrKX3z0
「伝令!」
「どうした!」
「前方に逃げている難民の一団を発見! その後方より、黄巾党の別働隊と思しき一団が接近中! その数、目算でおよそ1万!」
「お出ましか……へっ、上等じゃねーか」
 準備が整い、全軍をまとめて出陣してから数時間後、僕らの前にいよいよ黄巾党の兵士達が姿を現した。どうやら、逃げている難民を追っているらしい。
「愛紗は部隊を率いて、難民を保護してくれ。明久、お前は俺とこい。鈴々、俺達で連中を迎え撃つぞ」
「わかったのだ!」
「御意! ご主人様、雄二殿、関羽隊も後で合流します! ご無事で!」
 そう言って、愛紗は駆けていった。
「さて……と……」
「雄二、どうする?」
「勢いをつけてかかってくる奴らにまともにぶつかっても、くい止められる確率は低い。ましてや数で負けてる。ここは、とりあえず勢いを[ピーーー]所からだな」
「了解。しっかし、よく頭が回るよね、雄二は」
「…………さすが指揮官肌」
「よせ。こんなもん、漫画にも載ってる知識だ」
 雄二は表情を崩さずにそう言った。
「……今言うことじゃないかもしれんが、このまま戦いを続けていくとしたら、軍師が欲しいな……」
「? どうしたの? いきなり」
 なんか変なことを言い出した雄二に尋ねる。
「今まで使ってきた俺の戦い方は、あくまでゲームや漫画、試召戦争なんかを参考にしたもんだ。だがこの先、生身の人間、それも、強力な軍隊や優秀な知将を抱える大物を相手取って戦う場合、戦略や陣形の知識は必須だ」
「雄二じゃダメなの? 今までだって、盗賊連中の討伐で活躍してきたじゃない」
「バカ言え、俺にそこまでの才能はない。あんなもん敵が弱い・少ない・何も考えてないの3拍子そろった烏合の衆だったおかげだ。この先の戦いじゃ通用しない」
「政務にも、軍師の存在は有用……っ!」
 その時、ムッツリーニが目を見開いたかと思うと、突然どこからかどでかい望遠レンズを取り出した。瞬く間に組み立てて、それを覗き込む。
 ど、どこに持ってたんだ!?
「おいどうしたムッツリーニ、ミニスカはいてる難民でも見つけたか」
「何っどこだ! ムッツリーニ、僕にも望遠レンズを!」
「…………違う」
「お兄ちゃん、かっこ悪いのだ」
 はっ! 思わず反応してしまった!
 あ、愛紗がいなくて良かった……説教くらうとこだ……。
 なんてことを考えて、胸をなでおろしてたら、
「…………前方約700m、逃げ遅れてる難民がいる」
「「「な!?」」」
 ムッツリーニの口から、ミニスカよりよっぽど聞き捨てならない情報が飛び出した。
 目を凝らしてみると……たしかに、人に見えなくもない小さな点が二つ……。
「…………人数2名。一人は老婆、もう一人はロリ……小さな女の子。歳は鈴々と同じくらい。荷物多し。老婆を励ましながら走っている模様。非常に萌え……何でもない」
「無駄に詳細な説明と感想をありがとう」
 こんな時でも下心を忘れない君に乾杯。
「お兄ちゃん! 助けに行くのだ!」
「雄二! そうだよ、助けよう!」
「ああ……どの道あんな所にいられたんじゃ戦えない。鈴々、隊を前進させつつ、先行してあの2人を保護しろ。明久、お前もついていけ」
「え!? 僕も!?」
「当たり前だろ。一頭の馬に乗れるのはせいぜい2人だ。鈴々一人馬を飛ばしても二度手間になる。大丈夫だ、練習したろ」
「うう……わかったよ……」
 怖いけど……言ってるこの時間ももったいない!
「行こう、鈴々!」
「うん!」
「よし行け! 俺は隊に指示を出す! ムッツリーニは俺の補佐だ、いいな?」
「…………了解」
27 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 15:50:50.69 ID:xmrrKX3z0
はわわっ……はわわ……はわわ……」
「ふう……ふう……」
「お婆さん、がんばってください。もうすぐ町がありますから!」
「ああ、ありがとうお嬢ちゃん。でももういいよ、お嬢ちゃんだけでも先にお逃げ……」
「そそそ……そんなこと言っちゃダメですお婆さん! 諦めちゃダメ! 一緒に逃げるんです!」
「でも……このままではお嬢ちゃんまで……」
「大丈夫です! ほ……ほら、肩を貸しますから……」
「ありがとうお嬢ちゃん……それにしても……」
「ふぇ?」
「前からも、何か来たぞい……」
「はうあっ! そ……そんな……ま、まだですっ! まだ諦めないのですっ!」
「はあ……せめて、前から来ているのが味方であることを祈ろうかの……」
「あ、あうう〜……」

 ぱからっ ぱからっ ぱからっ

「わあああああ〜怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い! 速いって速いって速みゅぶへっ!(舌噛んだ)」
「お兄ちゃん……情けないのだ……」
「放っといて!」
「……何だろうねえ、味方でもあって欲しくないような気がするんだけど……」
「あう……確かに……」
 今何か失礼な言動が聞こえた気がしたけど気にしてる余裕がない! この速度の馬は怖すぎるっ!
「お〜い、そこの人〜! 大丈夫か〜?」
 鈴々が先行して、そこにいる二人に声をかける。
「え……えっと……あなたは?」
「鈴々は張飛なのだ。えっと、2人とも逃げ遅れてるから助けに来たのだ」
「す、すると……あの……味方なのですか? 後ろの軍勢も……」
「うん、だから安心していいのだ。今言ったとおり、二人とも助けるから」
「おお……ありがたやありがたや……」
「はう……た、助かりましたぁ……」
「じゃあ早速……あ、お兄ちゃん! やっと来たのだ!」
 どうやら既に話をつけたらしい鈴々のところへ、華麗に……とはとてもいえない惨状と醜態で僕が疾駆していく。

「り……鈴々、よかった……間に合ったあああああぇえ――――!?」
28 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 15:51:26.21 ID:xmrrKX3z0
 ……そして、僕は馬を止め(られ)ずに通り過ぎて、一直線に黄巾党の1万の軍勢に向かって突っ込んでいって……って死ぬ!!
「鈴々―――!!」
「お、お兄ちゃん、止まるのだ! そのまま走ったら敵とあたっちゃうのだ!」
「どうやって!?」
「手綱を引っ張るのだ! 思いっきり!」
「たづな!? え……えい!」
 コンマ一秒でも速く止まってもらうべく、僕は思いっきり手綱を引っ張った……と、馬は大きくいなないて急停止し、
「だァウチッ!」
 ……僕はそのまま馬から放り出されて、顔面から地面に落下。
 す……すごく痛い……。恨むぞ地球の重力……。
「「「………………」」」
 そして、駆け寄ってきた鈴々たちの視線がさらに痛い……。うう……見ないで……。
「あ〜……見るに耐えないのはわかるけど、これでもお兄ちゃんはがんばって2人を助けに来たのだ。だから……その……助けられてやって欲しいのだ……」
「は……はい……」
「じゃ……じゃあ……お願いしようかねえ……」
 鈴々のフォローになっていないフォローと、哀れむような難民(?)2人の視線は、僕の心をさらにズタズタにしてくれた。

                       ☆

「どうしてお前がボロボロになってんだ?」
「聞かないで……聞かないで雄二……」
 身を案ずべき難民2人が無事なのに、助けに言った僕はなぜか傷だらけと言う不思議な状況。不自然に思うなというほうが無理なのはわかってるけど……雄二、君に人の心があるなら、これ以上の追求はしないでくれ……。
「……まあ、鈴々の顔を見れば、大体の想像はつくがな。深追いはするまい」
 そういって、雄二は会話を切ってくれた。ああ、ありがとう雄二! 心の共よ!
「後で俺の見解を含めて愛紗に詳細を伝えて、お前の乗馬をみっちり鍛えてもらえるよう言っておくだけで済ませてやろう」
 前言撤回。
 こいつに人の心などない。きっとこいつは人の皮を被った悪魔だ。
「ああ、気を取り直して軍議と行くか。おいムッツリーニ、地面に顔をつけてその子のスカートの中をのぞいてないでこっちにこい」
「は、はわわっ!?」
「…………っ!(ブンブン)」
 あわててスカートを抑える難民の女の子と、素早く立ち上がって今の雄二のセリフを否定すべく首を振るムッツリーニ。相変わらずだね、逆に清清しいよ。
「ムッツリーニ」
「…………(ブンブン)」
 何も言ってないのに。
「………………」
「…………(ブンブン)」
「……何色だった?」
「白。たぶん綿100%」
 即答の上に材質まで教えてくれた。やっぱりこいつは大物だ。
 いつもセリフの前についている「…………」すらない。
「バカやってないで話を聞けお前ら。ムッツリーニ、お前はその2人を連れて下がれ。」
「? 下げるの?」
「一般人を連れてなんかいたら集中できないだろうが。愛紗が入れ違いで来るはずだから、戦力上問題はない。鈴々、お前と俺達で……」
「あ、あのっ!」
「「「?」」」
 ふと、そんな声が聞こえて、僕らは振り向いた。
 声の主は……どうやらたった今助けたこの女の子のようだ。
「何だちびっ子、何か用か?」
「あ……あのですね……えっと……その……」
 言いあぐねてる? 緊張してるのかな?
「用があるなら早く言ってくれるか、時間があるわけじゃないんでな」
「雄二、もうちょっとソフトにいえないの? 怖がっちゃうじゃない」
「…………ほとんど威嚇」
「うるせえ」
 実際、この子震えてるし……雄二が怖いのか、元々こういう子なのかわからないけど……ちょっと落ち着いてもらわないと……。
「はぁぅ……あ……そ……その……」
 だいぶ緊張してるな、どれ、ここは僕に任せてもらおうか。
「落ち着いて。はい、深呼吸して」
「え? あ、はい! すーはーすーはーすーはー……」
「できてないできてない!」
 それじゃ過呼吸だ。
「そうじゃなくて、こう……」
「…………ヒッヒッフー、ヒッヒッフー」
「違う! ムッツリーニ余計なこと言わない! てかそれラマーズ法でしょうが!」
 こんな女の子相手に……完全にセクハラだ。全くこの男は……
「ほら、すぅー、はぁー、すぅー、はぁー……」
「は、はいっ。すぅー、はぁー、すぅー、はぁー……」
 あ、落ち着いたかな?
「さて……で、何かな?」
「あ、はい……あの……私……わ、私も、この戦いに参加させて欲しいんです!」
29 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 15:52:02.39 ID:xmrrKX3z0
………………は?

 え? この子今なんて言った? 戦いに参加!?
 雄二は、ため息をついて言った。
「……ちびっ子、冗談はよしてもら……」
「冗談じゃないです!」
 女の子は、わー、そんな大きな声出せるんだ、って感じの大声で言い返してきた。おお、ちょっとびっくり。
「私、水鏡先生っていう方のもとで兵法や歴史を勉強してたんですけど、今のこの世の戦乱の世の中を変えたくて、飛び出してきたんです! でも……どうすればいいかわからなくて……」
 と…飛び出してきたって……見かけによらず、アクティブな女の子なんだな……。
「誰か、この世の中をかえるに値する人に、軍師として仕えたい…と思ってたんです……。でも……なかなかそういう人を見つけられなくて……、そんな時、啄県に天の御使い様が降臨したとかいう噂を聞いて……」
 何とびっくり。この子、僕らを訪ねてきてたのか。
 ふと横を見ると、雄二がまた何か考え事をしていた。今度は何だ?
「水鏡……? どっかで聞いたような……」
「あの……あなた方は……その天の御使い様に仕えている方々なんですか? 御使い様をご存知なんですか?」
「知ってるも何も、今目の前にいるのだ」
「え……ふえぇっ!?」
 鈴々の一言に、これ以上ないってくらいに驚く女の子。まあ、そうだよね。
「こ……この方が……?」
 そう言って、おそるおそる僕を見上げてくる。あ、震えてるとこ悪いけど、かわいい。
「あんな情けない悲鳴を上げてて、馬にも満足に乗れなくて、落馬して半泣きになってたこの方が……?」
 だれか、ハンカチを貸してくれ。涙が止まらない。
「そうじゃなくて、この3人なのだ」
「え?」
「お兄ちゃんたち、3人とも、てんのみつかいなのだ」
「ええっ!? そうなんですか!?」
 さらに驚く美少女。ま、無理もないけど。「はわわわ……」なんて言って、何を言ったらいいかわからない……って感じだ。
「で…でしたら御使い様……達! ぜひとも私を臣下に……」
「そ……そう言われても……」
「…………さすがに年齢上問題がある」
 確かに。せっかくたずねてきた所悪いけど、断るしかないか……。
 雄二にアイコンタクトを送る。雄二はまだ何か考えてたけど、一瞬こっちによこした視線を見る限り、僕の言いたいことはわかってるみたいだ。
「が、頑張りましゅから、その……わ、私を仲間に入りぇてくだひゃい! あぅ、噛んじゃった……」
さっきから、この娘かみかみだなあ……。よっぽど緊張してるし、悪いけど……。
「ちびっ子、悪いが……」

「あ、も、申し送れました! 私、諸葛亮と言います!」

「「「諸葛亮っ!?」」」
「はうあっ!?」
 驚いた僕らの大声に、少女が驚いて飛び上がった。だが、確実に僕達のほうが驚いた。断言できる。
 諸葛亮!? 今この子、諸葛亮って言った!? そ…それって……
「もしかして……君の字……」
「え、字ですか? 孔明…ですけど……」
 や、やっぱり……。
 諸葛亮孔明……劉備に仕え、海千山千の名軍師としてその名を知られる三国志の超有名人……。やっぱりというか何というか……女の子になってらっしゃいましたか……。
 しかも、こんなちっちゃくてセリフもかみかみな女の子に。
 雄二に視線を送ると、
「そうか…思い出した……。水鏡って孔明の恩師か……」
 そんなことを言っていた。
「あ……あの……」
 僕らの返事を待っている少女……もとい、諸葛亮ちゃんの眼差し。うわ、なんだこの可愛さ、すごい破壊力だ。
「えっと…その……」
「聞くが諸葛亮、軍師としての腕に自信はあるのか?」
「は、はい! 実戦で試したことはありませんけど、過去の文献にある兵法や陣形、その相性なんかは一通り全部覚えてます!」
 なんと、それはすごい! 僕なんか中学の数学の公式もろくに覚えてないのに!
「そうか……わかった」
 雄二の口から、妙にはっきりした感じのセリフが出た。
 ……どうやら腹を決めたらしいな。
「三国志でも、孔明は英雄に数えられる一人だからな、何より、丁度軍師がほしかったとこだ。頼んだぞ、諸葛孔明!」
「は……は……はい!」
 一瞬、認められたことがわかってないような漢字を見せた諸葛亮ちゃん。でも、言葉の意味を理解するやいなや、ひまわりの様な微笑みを見せてくれる。かわいい。
 ムッツリーニも同様の感想を抱いたようで、必死でデジカメのシャッターを切っていた……っていうか、持って来てたのか。
「お兄ちゃんたちがそう言うんなら、今日から仲間なのだ、よろしく、諸葛亮」
「あ、朱里(しゅり)……って呼んでください。私の真名です」
「そっか、うん、よろしくなのだ、朱里!」
「…………よろしく」
「期待してるぞ、軍師」
「よろしく、朱里ちゃん」
「はい! よろしくお願いします!」
 こうして、僕らの陣営にまた一人、(多分)心強い味方が加わった。



 ……余談だが、救出したもう一人の難民である、お婆さんの護送を忘れていた、と皆が思い出したのは、もう少し経ってからだった。
30 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 15:53:43.11 ID:xmrrKX3z0
乱世・開幕編
第9話 出会いと無謀と紅三点
「勝勢我にあり! このまま勢いを保って敵を殲滅せよ!」

 僕たちの軍に軍師が加わってから数時間後、
 黄巾党1万人相手の戦は、朱里の考えてくれた策が見事にはまって、予想外の圧倒劇を見せた。すごい、ある程度の苦戦と長期戦を予想してたけど……軍師がいるとここまで違うものなのか……。
「それはいいのですが、できれば事前に私に相談をして欲しかったものですね」
「うんそう……って愛紗!?」
 うわ、びっくりした! いつの間に背後に!?
「優秀な軍師を見つけることができたのは結構ですが、あーその……」
「? どうかしたの?」
「ですから………いえ、何でもないです」
 ……何なんだ? まあ、何でもないって言ってるし……特に大事なことじゃないのかな。
「……ってあれ? 愛紗、戦線はいいの?」
「ええ、私の部隊の手が届く範囲にいた敵兵は、あらかた殲滅しました。あとは鈴々がいれば『にゃにゃーっ! 突撃なのだー!』……とまあ、あのような感じなので、事足りるかと。じき、勝利の報が届きます」
「そうか、ご苦労様。ゆっくり休んでよ」
「はっ」
「あ、愛紗さん、お疲れ様です」
 見ると、陣の奥のほうから、朱里がとことこと駆けてきた。
「朱里か」
「はい。あ、これお水です、どうぞ」
「ありがとう」
 朱里から竹の水筒を受け取って、のどを鳴らして飲む愛紗。やっぱ疲れてたんだな。
 にしても……、
「愛紗、どうかしたの?」
「……何のことでしょうか?」
「いや、さっきから何か淡白というか……何というか……そんな感じがしてさ……」
「そ……そういえば……その……」
「そんなことはありません」
 ぴしゃり、と言い放つ愛紗。あれ、もしかして怒ってる? 何で?
 疑問に思っていると、
「愛紗ってば、妬いてるのだ」
「な!?」
「え? 鈴々?」
 振り返ると、鈴々がそこに立っていた。あれ? どうしてここに?
「残り1000人くらいになった所で、敵が皆降伏したのだ。だからお兄ちゃん、鈴々たちの勝ちなのだ」
 鈴々はそういって、にゃはは、と笑った。
 そういえば、さっきから聞こえているこれは……怒号じゃなくて勝どきか! なるほど、何か知らない間に勝っていたらしい。
「今、雄二お兄ちゃんが締めのセリフを言ってるのだ。鈴々は、勝ったことをお兄ちゃんに伝えてこいって言われてきたのだ」
「相変わらず仕事が早いな、あいつは」
「…………天性のリーダー気質」
 感心する僕とムッツリーニ。大した被害もなく賊を撃滅できた上に、これで僕らの軍の士気も上がっただろう。うん、言うこと無しだ。
 ところで……
「ねえ、鈴々」
「にゃ?」
「さっき言ってた、『妬いてる』って一体どういう……」
「わーっ! わーっ!」
 お!? 愛紗が狂ったように叫びだした。
「あ、愛紗さん?」
「どうしたの愛紗!? いきなり叫びだして……」
「愛紗は、朱里にお兄ちゃんを取られるんじゃないかって心配で……」
「ああああああああああああああぁ〜っ!!」
 何だ!? 本当に何なんだ!? さっきから愛紗が壊れて複数局の番組を同時に流してるラジオのようにうるさいぞ!?
「ど、どうしたの愛紗? まるで好きな子の名前を暴露されそうになって大音量の悲鳴でかき消そうとしてる小学生みたい……」
「だだだだだだ誰が好きですかそんなもの!」
「…………依然無自覚なのにあながち当たってるのがすごい」
 ? 本当に何? 愛紗はテンパってるし、ムッツリーニはこっち見てため息ついてるし、鈴々は愉快そうに笑ってるし、朱里は……あ、僕と同じでわかってない顔だ。
「楽しそうなことやってんな、お前ら」
 お、閲兵がおわったのかな、雄二が帰ってきた。
「バカやるのも結構だが、今のうちに休んどけよ。大休止をとった後は、国境に行って公孫賛の軍と合流するんだからな」
「「「!」」」
31 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 15:54:11.27 ID:xmrrKX3z0
そうか、まだそれが残ってた。
 国境のところで、その何とかって人の軍が黄巾党と戦ってるんだっけ。2万人も足止めしてもらってるんだし、急がないと失礼だよね。
「ではご主人様、大休止の後、国境に向けて進軍する旨を兵達に伝えてまいりま……」
「ああ、それならもう俺から伝えてある」
「え? あ、そ、そうですか……」
 さすが雄二、仕事が速いなあ……。
 もう、本当に県令の仕事代わって……っていうか、僕の代わりに県令やってくれないかな、マジで。その方が絶対いいと思うんだけど。
「愛紗さん、鈴々ちゃん、軍の各部隊の代表を集めて、被害状況と、戦闘続行が可能な兵隊さんたちがどのくらいいるか調べてください。雄二さんは……私とご主人様と、今後の予定について話し合いたいので……」
「わかった。だそうだ、明久」
「りょーかい」
「…………俺は?」
「土屋さんは、速馬で城に戻って、補充の兵を率いて来てください。志願兵がそれなりの数集まってきているはずです」
「待て朱里、ムッツリーニは城に来て日が浅い。まだ顔もそれほど知られていないから、大軍の統率には不向きだろう。それは別の奴を出すべきだ」
「あ、はい、そうですね。じゃあ……」
「鈴々が行くのだ!」
「……そうですね、鈴々ちゃんにお願いします。念のため、部隊の人を何人か連れて……愛紗さん? どうかしましたか?」
 そのセリフが気になって見ると、愛紗はなぜか少しうつむき加減になっていた。心なしか……元気がなさそうな……?
「愛紗、具合でも悪いの?」
「いえ、何でもありませんご主人様。では、私は損害状況を調べてまいりますので」
「あ……」
 そう言って、すたすたと歩いていってしまった。
「……若干気になるが、まあいい。じゃ、鈴々、頼むぞ」
「了解なのだ! 行ってきまーす!」
 おお、速い速い。一目散。
「さてと……ムッツリーニ、お前はまた先行して、国境がどうなってるか見てきてくれないか?」
「…………偵察?」
「ああ、ちょいと危険だが、護衛はつける。やれるか?」
「…………(コクッ)了解した」
「はい、お願いします! ムッツリさん!」

 ずこっ

 おお、ムッツリーニが盛大にずっこけた。
「…………早くも、本名が薄れてきた」
「お前の宿命だ。さっさと行け」
「が、がんばれ、ムッツリーニ」
「…………」
 黙って去るムッツリーニの背中が、やたら寂しかった。
「さて……と、じゃ、国境出発に向けて、軍議始めっか」
「そうだね、その『公孫さん』って人の所に行かないとね」
「『公孫賛』な」
「………?」

 僕何か変なこと言った?
32 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 15:54:40.60 ID:xmrrKX3z0
「へぇ〜、あんたらがねえ……」
「ははは……どうも……」
「「…………」」
 色々すっ飛ばして、現在僕らは国境に来ている。
 そこで、文月学園の制服に身を包んだ僕ら3人をじろじろと眺めているこの人が……
「……あんたが、公孫賛(こうそんさん)か」
「ん? ああ、そうだよ」
 後ろで束ねた明るい色の髪に、あっけらかんとした態度が印象的な女性……公孫賛が雄二の問いに答えた。
「そんなに珍しいかね、俺らが」
「ん?」
「いや、あんまりじろじろ見られてるもんでな」
「…………骨董の壷にでもなった気分」
「ああ、悪い悪い。近頃噂になってる天の御使いとやらが、どんなもんかと、ち〜っとばかし気になってたもんでな」
 はっはっは、と、声を出して笑う。
「何つーか、あんまり普通の人間と変わらないんだな、服くらいで」
「まあ、はい」
 内心、こういう話しやすい人でよかったと思う。いかついおっさんとかが出てきたらどうしようとか思ったけど、そういう心配はいらなかった。
 さて、安心した所で、
「えっと、とりあえず、ここを守ってくださって、ありがとうございました」
 丁重にお礼を言っておく。すると、
「よ……よせって、照れるじゃないか」
 顔をほんのり赤くして、そんな感じの答えが返ってきた。……照れてる。
「いいんだよ別に、ねぐらに帰る途中だったからな。ついでだついで」
「そうか、そう言ってもらえるとありがたいな。だが何にせよ、世話になったのは事実だ。礼は言わせてもらうよ」
「…………感謝感謝」
「だ……だからもういいって! こっ恥ずかしい……」
 そんな感じで続く、緊張感のない会話。この雰囲気、嫌いじゃないな。とても戦の前とは思えないけど。
「あ、そういえば自己紹介まだでしたね。僕、吉井明久っていいます」
「俺は坂本雄二だ。よろしく頼む」
「…………土屋康太」
「! 吉井に…坂本に…土屋……?」
 すると、公孫賛さんがどこかおかしな反応を見せた。え? 何? 僕らの名前がどうかしたの?
「名前もそうだし……この服も……ってことはやっぱり……ボソボソ」
「……どうした公孫賛? 何か引っかかることでも?」
「ああいや、まあ何だ。実はな……」
 と、

「公孫賛殿、よろしいか?」
33 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 15:55:25.16 ID:xmrrKX3z0
会話を遮るように、だれかの声が割り込んできた。聞き覚えのない声だけど……?
「何だ? 折角こいつらと話してる最中だってのに」
「これは失敬、ですが、そろそろ方針を決めていただきたいと思いましてな」
「? この人は?」
 雄二が、姿を現した女の人に視線を向けて言った。
 歳は恐らく……愛紗と同じくらい。背丈もそのくらいだろう。青く、長い髪に、凛とした顔が印象的で……どことなく、妖艶、といった印象を受ける。蝶の羽みたいな模様が入った、振袖かって思うほどにそでの長い白い服に身を包んで……誰?
「ああ、こいつは今私が迎えてる客将で……」
「私のことなどどうでもよろしい、それよりも公孫賛殿、この趙雲(ちょううん)、そろそろ痺れが切れそうですぞ。なぜ未だ『黄巾共を撃滅せよ』との号令がないのですかな?」
「……趙雲だと……?」
 その名前に、雄二が反応した。
 いや、反応したのは雄二だけではない。僕もだ。
 趙雲といえば、劉備と共に三国を駆け抜けた英雄……だった気がする。とにかく、名前的に……というか、歴史事実的には、僕らの仲間の武将のはずだけど……?
「左様、このような形での自己紹介になってしまってすまないな、天の御使い殿」
 別に驚きも、感心も、物珍しさもない様子で、彼女……趙雲はそう言った。
「いや、気にしなくていい。俺は……」
「ああ、自己紹介は不要ですぞ、はからずも、立ち聞きしてしまっていたゆえ。左から、土屋殿、吉井殿、坂本殿……で間違いないか?」
「「「…………」」」
 ど……堂々と言ってますけど……。
 いや、まあいいけどね。別に。
「して、公孫賛殿?」
「全く……また始まったか。あのな趙雲、己の武勇を誇りたい気持ちもわからんではないが、いくらなんでもそんな簡単に号令なぞ出せるわけないだろう。連中と私らの兵力差、知ってるだろう?」
「ああ、そのことで公孫賛、あんたに聞きたかったんだが、今の所の兵力はどのくらいだ?」
 雄二が割って入った。
 まあ、僕らが公孫賛さんと面会した当初の目的は軍議だったし、多少は話し合っとかないとまずいだろうね。
「ん、今いるのは……5000ちょいってとこだな」
「そうか、俺達も補充したのを含めてそのくらいだから……合計1万超か。向こうは?」
「ちょっと前に、大した数じゃないが……援軍が合流したっけな。2万と……多分、2000ってとこだと思うが」
「倍かよ、きついな……」
 全員一致の見解だろう。まあ、陣形を敷けば何とかなるかもしれないけど、さすがに被害は小さくはないはずだ。
 と思ったら、
「その程度の兵数差、何とでもなりましょうぞ」
 趙雲の口から、大胆極まりないセリフが飛び出した。
「……どういうことだ? そりゃ」
「どうもこうも、言葉どおりです。数がいるとはいえ、所詮は寄せ集めの烏合の衆。一騎当千の将が当たれば、恐れをなして総崩れに崩れるに違いありませぬ」
 言ってのけた。
 ヒュウ、と雄二の口笛がなる。言うねえ、とでも言いたげだ。
 僕とムッツリーニ、公孫賛は、趙雲のその大口といってもいい言い口に、感動するでも、呆れるでもなく、唖然としていた。
 少し遅れて、ため息混じりに公孫賛が言う。
「……趙雲、お前が強いのはわかる。奴らが寄せ集めってのもだ。けどな、兵法の基本はまず何よりも、相手より多くの兵を集めること。兵数で負けている以上、こちらの不利は紛れもない事実だ。ここは慎重に策を練ってだな……」
「それは正規の兵に当たる時の兵法でしょう。しかし、あのような雑兵相手などに、兵法など不要。必要なのは、万夫不当の将の猛突のみ。この私に任せていただければ、すぐにでもあの雑兵どもを蹴散らし、あなたに勝利を呼び込みましょうぞ」
 さっきから自信満々な趙雲は、公孫賛の正論を聞き入れようともしない。ため息混じりに、公孫賛が反論を続ける。
「相変わらずのホラ吹きだな……。あのな、そんな一人で何万人の相手をビビらせるようなバケモンみたいな将がどこにいるってんだよ」
「我々のこの陣地に、少なくとも3人はいると見受けられますが?」
「ほぉ……名を言ってみろよ」
「関羽に、張飛、そして……この私が」
「? 関羽に張飛……ってのは?」
「俺達の所にいる武将だ。今は、陣で待ってもらってるがな」
 雄二がその質問に答える。
 その見立ては正しい。この人のことはわからないが、愛紗と鈴々の実力は確かに凄い。何がどうすごいって、凄いとしか言えないくらいに凄い。
 公孫賛にも、そう言っておいた。
「ふ〜ん……天の御使いのお前が言うんであれば……ホントなんだろうな。だが、たとえそうだとしても、そんな無謀な作戦で、大事な兵を損なうわけにはいかん」
 公孫賛の意見はもっともだ。2人の強さは本物だけど、趙雲が言っていることはどう考えても無謀すぎる。
 だというのに、
「公孫賛殿は手ぬるいな。それでは一県の主にはなれても、一国を治める王にはなれまい」
「言わせておけば……それほどまでに言うのなら、貴様の好きにすればよかろう!」
 公孫賛も、流石に堪忍袋の緒が切れたらしい。先程までの諭すような言い方ではなく、つっけんどんにそう言い放った。
「ふ……ならば、そうさせてもらうとしよう」
 正に売り言葉に買い言葉だ。顔色一つ変えず、さらりとそう言って、趙雲は歩き去っていった。公孫賛も、やはり怒っているのか、止めようとしない。
 いやあの、いいの? あの人……放っといたらホントに一人で突っ込んでいきそうな気がするんだけど……。
 と、その途中、趙雲は一度だけ振り返ると。

「ああ、それと公孫賛殿、陣地に控えさせているあの3人、どうやら言っていた通りのようですが……そこな天の御使い殿に会わせた方がよいのでは?」

 そう言い残し、最早振り返ることなく歩き去った。
34 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 15:58:25.98 ID:xmrrKX3z0
「「「……?」」」
 いや……趙雲さんがこれからどうするのかも重要だとは思うんだけど……今の…どういう意味?
「ああ、悪い悪い。忘れてた」
 と、公孫賛がばつが悪そうに頭をかきながら、
「いや実はさ、あたしんとこに今来てる客で、あんたたちに会いたいって言ってるやつらがいるんだよ」
 そんなことを言い出した。
「会いたい人……?」
「誰だそりゃ、俺らのファンか何かか?」
「…………にわか?」
「あ〜…その『ふぁん』てのが何かは知らんけど……何か、お前らの知り合いとか言ってたぞ?」
「「「知り合い?」」」
 僕ら三人が同時に聞き返す。知り合いって……誰のこと?
「そんでその…会ってみてくれないか? 3人共、えらく会いたがってたみたいだから」
人数は3人なのか。
「はあ…でも……」
「…………この世界に来てから…知り合いと呼べる程の人はそれほどいない」
「うん、僕もせいぜい、仕事抜け出して食べに行く屋台のおっちゃんくらいだよ」
 もちろんこれは、この場に愛紗がいないから言えるセリフだ。
 と、公孫賛がこんなことを言い出した。
「いや、私が見た感じ……あんたらと顔見知りだと思うんだけど……」
「「「は?」」」
 顔見知りって……いや、何で?
「いやあの…何でそんな……?」
 どうして見た目でそんなことを思えるんだろうか?
 と、ここでさっきから何やら考え込んでいた雄二が、
「公孫賛、その3人ってのは、もしかして……」
 ここまで言ったその時、


「明久君っ!!」
35 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 15:59:29.21 ID:xmrrKX3z0
背後から、そんな声が聞こえた。
 その瞬間、僕の時間が止まった。

 聞こえた。声が。
 一番聞きたかった声が。
 みんなでバカやっていた、あの頃を思い出させてくれる声が。
 ……二度と聞くことができないと、思っていた声が。

「「…………っ!?」」
 隣で、雄二とムッツリーニが息をのむ気配がしたのを感じながら、僕は恐る恐る、ゆっくりと振り向いた。
 そして、僕が視界に「それ」を捕らえるより先に、
 柔らかな衝撃と共に「それ」は、僕の胸に飛び込んで来て……言った。

「良かった…また…また会えて……」
「姫路…さん…!」

 僕の胸で涙……恐らくは嬉し涙だろう……を流す彼女を、姫路瑞希の顔を、僕はしっかりと見た。
「よかったです……明久くん…私…私……本当に……っ!」
「姫路さん……僕……」
 僕の腕の中で泣く彼女にかける言葉を、僕は必死で探した。
 でも、見つからない。
 慰めればいいのか?
 励ませばいいのか?
 僕にはわからない。
 ただ、何か言いたかった。僕の腕で泣いてくれている、この少女のために。
 ……でも……やっぱり何も……

「アキ―――ッ!!」

 その時、僕の耳に、僕が会いたかったもう一人の女の子の声が届き、僕ははっと顔を上げた。
 今度は、はっきりとその姿を捕らえることができた。
 気の強そうな目。
 特徴的なポニーテール。
 今、僕の胸で泣いている彼女が着ているものと同じ、文月学園の制服。
 彼女は、脇目も振らずに一直線に、減速もせずに僕のところへ駆けてきた。そして、手を横に大きく広げ、僕に向かって跳ぶべく、力強く地面を蹴る。
 彼女が視界から消え、一拍遅れて僕の体が、何かがぶつかってきたとわかる衝撃で揺れた。
 それは、彼女の存在を、
 彼女が確かにここにいることを、僕に解らせてくれる……。
 暖かで、それでいて刺激的な……

(みしみしみし…っ)

 そんな……美波のラリアット。

「いや何でええええぇぇえ!!?」
 直撃した頸骨に深刻なダメージを感じながら、僕はかなりの勢いで後ろに吹き飛んだ。
 不意打ちも不意打ち。微塵も予想できなかった痛恨の一撃に、僕は完全にノックダウン。後頭部を地面に強打するオマケ付きだ。
 ちょ……ホント何で!? 何でせっかくの感動の再会の場面に、こんなバイオレンスな要素を持ち込むの!? ナレーションにまで最大限の配慮をした僕の苦労を返してよ!!
 かすんだ視界を何とか動かすと、振り切った腕を震わせている美波が見えた。
「あ……明久君!? 大丈夫ですか!?」
「え!? あ、やだウチったら……ごめんアキ、大丈夫?」
「なんなのさ……もう……」
 謝るくらいならしないでよ……とか思って改めて美波の顔を見ると、その目には、瞳の輪郭がぼやけて見えるくらい大量の涙がためられていた。
 そうか、涙で前がよく見えなくて、ポイントをずらして激突しちゃったのか。ならしかたないよね。
 ……そうであってほしい。
「おい、再会と同時にスプラッタな光景を展開するな、島田」
「え? あ! 坂本!」
「つ……土屋君もいます!」
 ここで2人は、ようやく僕以外の二人が見ていることに気づいたらしい。驚いて、その一瞬後に、安堵の表情を見せる。

「ふむ……どうやら、噂の通りだったようじゃの」
36 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 15:59:55.40 ID:xmrrKX3z0
と、さらにもう一つの声が聞こえたと同時に、2人の後方から、
「「「秀吉!」」」
 僕の悪友最後の一人、木下秀吉が姿を見せた。
「秀吉、無事だったか!」
「…………やっぱり、この世界にいた」
「よかった、また会えて嬉しいよ!」
「うむ、その言葉、全てそのまま返させてもらうぞい」
 満面の笑みを浮かべながら、そんな嬉しいことを言ってくれる秀吉に、僕らは笑顔がこみ上げてくるのをこらえることができなかった。
「ちょっとアキ! 私達もいるわよ!」
「そうですよ明久君! 私達だって……会いたかったですっ!」
 美波と姫路さんの声が聞こえた。
 バカだなあ2人とも、そんなの、僕らだって一緒だよ。
「うん、姫路さんも美波も、また会えて本当に嬉しいよ!」
「はいっ!」
「うん!」
 目尻に涙を浮かべながらそう言ってくれる彼女達の、嬉しそうな笑顔。
 僕は、この笑顔を一生忘れまい。
「……よくわからんが、ま、喜んでもらえたなら何よりだよ」
 公孫賛のそんな呟きが僕の耳に届いたのは、しばらく後のことだった。
37 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 16:01:20.39 ID:xmrrKX3z0
乱世・開幕編
第10話 策と絆と関節技
「なるほどの。わしら6人、ここに至った経緯は違えど、この世界についての認識は……」
「ああ、みんな似たようなもんだ……ってことだ」
 再会から数分、僕らは涙もおさまった所で、今現在僕らが置かれているこの状況の把握と、美波たちがどのようにしてここに至ったかを聞くための会議じみたものを開いていた。
 それによれば、だ。
 秀吉は単独、姫路さんと美波は2人一緒に、それぞれ別の場所にいたらしい。その後、3人とも戸惑いつつも、秀吉は演技力を、女子2人は姫路さんの頭脳と美波の度胸を武器に何とか渡り歩いてきて、
「で、最終的に、私達2人が、公孫賛さんが治めている町の飲食店でアルバイトをしていた木下君に会ったんです」
「日銭を稼がねばならんかったからの。それ以降、行動を共にしておるわけじゃ」
「なるほどな、よくわかった」
「でもすごいよね3人共。いきなりこんな良くわからない世界に放り出された状態で、そこまで冷静に行動できるなんて」
「…………なかなかできることじゃない」
 女の子にとって、この物騒な世界がどれだけ怖かっただろうか、想像もつかない。その中を、すばやい機転で何事もなくやって来たっていうのは、すごい。本当にすごい。
「何言ってんのよ、アキたちのほうがよっぽどすごいわよ」
 と、美波がほめ返してくれた。
「坂本は1000人の流浪集団のリーダーで、アキなんか……何だっけ? た…た……」
「啄県ですよ、美波ちゃん。明久君、そこで県令をやってるんですよね?」
「それそれ、どっちも巨大組織のリーダーでしょ? よっぽどすごいわよ」
「それに、そこに侵入を試みたムッツリーニもじゃな。ある意味じゃが」
 感心した、というしぐさで、3人が3人とも僕らをほめてくれる。
 ……県令って言ったって、実際の所、僕ほとんど何もしてないんだけど……。何だろう、罪悪感が……。
「そらどうも。しかし、そっちまで俺達の噂が広まってたわけか」
 雄二が、腕を組んだままそう言った。
 美波たちがここにいるのは、どうやら旅の途中で野盗に襲われそうになった所を、偶然軍を率いて通りがかった公孫賛に助けられたかららしい。それ以降、客という形で保護されたままここまで来たということだが、彼女達のその旅のもともとの目的は、風の噂で僕らの存在を聞いたからとのことだ。
「アキと坂本が、ここから遠くない町で超有名人になってるっていうんだもの、そりゃ気になるわよ」
「善政や盗賊狩りで評判もいいですし……もしかしたらと思って。それで、直接会いに行ってみようってことになったんです」
「肩書きが『天の御使い』じゃから、すこし胡散臭さはあったがの」
「そっか……つまり、僕らが有名になったことが、思わぬところでプラスに働いたってわけか……よかったね、雄二」
「何言ってんだ明久、それがもともとの狙いだろうが」
 と、雄二はそんなことを言い放った。え? そうだったの?
「このバカ広い大陸で、俺達の仲間を見つけるのは至難の業だ。自分たちであちこち訪ねてまわるなんざ論外だし、かといってこの世界には警察組織もないから捜索願いも出せない。となると……」
「…………自分達が有名になって、向こうをそこに呼び寄せる?」
「そういうことだ。ま、こんなとこで会うとは思わなかったがな」
 そうだったのか……雄二の奴、生き残るだけじゃなくて、そこまで考えていたとは……いや、そういえばムッツリーニだって、僕らの噂を聞きつけて来たんだっけ。
 いやはや、こいつには毎度毎度驚かされる。
「まあ、ムッツリーニも来たことだし、秀吉ももう少し待てば来るだろうと思っていたが……誤算だったのは、島田と姫路までもがこの世界に来てたことだな」
「え?」
「はい?」
 それを聞いて、僕もはっとした。
 あれ? そもそも僕らがこの世界に来たのは……
(ねえ雄二、僕らがここに来たのって……)
(ああ、姫路の狂乱(バーサク)サンドイッチが原因だと思ったんだが……もしかしたら違うのかもしれないな)
(ふむ、食べたワシらはともかく、島田と姫路までもがここにいるとなると……)
(…………でも、だとしたらなぜ?)
 わからない……もしかして、運命の神か何かが、僕らをこの世界を救う選ばれし勇者として選んだとか……?
38 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 16:01:53.40 ID:xmrrKX3z0
「でも、ホント何なのかしらねこの世界。せっかく瑞希と楽しくお昼食べてたのに」
「はい。あのサンドイッチ、自信作だったんですけど……」
「口に入れてからの記憶がすっかり飛んじゃったわよ。全く、何だってあんなタイミングでこのよくわからない世界に……」
「感想を聞き損ねちゃいました……」

「「「…………………………」」」
 僕らは間違っていなかったようだ。
 姫路さん……自分と美波の分も作っていたのか……。 その心遣いが眩しいけど、それがこの事態を招くことになったとは思うまい……。
「まあ、この際それは置いとこう。それよりも、だ。これからどうする?」
「どうするって? 帰るんじゃ……」
「考えてもみろ島田。俺たちは今、黄巾党との戦いの最前線に来てるんだ。公孫賛が抑えてくれていたこの陣から、お前ら引き取ってはいさようなら、ってわけには行かない」
「もともと連中の撃退のために、軍を率いてここまで来たわけだからね」
「…………放っておけば啄県に被害が出る」
「公孫賛殿への義理もあるし……戦いは避けられん。そういうわけかの?」
「ああ、悪いがお前らには、この戦いのけりがつくまで待っていてもらう」
「そう……ですか……」
 姫路さんが、がっかりしたように呟いた。
 気持ちはわからなくもないけど……ここは我慢してもらわないと。
「なあ、そろそろいいかな?」
 と、後ろから声がしたので振り向くと、公孫賛が申し訳なさそうな顔で立っていた。
「仲間で水入らずのとこを邪魔するのは気が引けんだけどさ、そろそろ軍議を再開したいかな〜なんて……」
 あ、そう言えば趙雲さんが歩いていってから、中断したままだっけ。作戦も何もまだ全然決まってないや。いけないいけない。
「悪い公孫賛、正直忘れてた。今すぐに」
「ご主人様〜!」
 後ろから、さらに声。振り返ると、誰かが走ってくるのが見えた。
 僕らの陣地のほうから近づいてくるあれは……朱里!
「どうしたの? 朱里」
「あ、そ、その……ご主人様がいつになっても戻ってこないから……し…心配して……」
 それで走ってきてくれた……ってわけか。
 心配かけちゃったみたいだ。これはいけない。
「ゴメンゴメン、でも、ちょっと話が長引いちゃっただけだよ」
「そうなんですか? それならよかったです」
「うん、心配してくれてありがとう、朱里」
 そう言いながら、頭をなでてあげる。
「えへへ、嬉しいです……」
 赤くなった顔を、少し恥ずかしそうに伏せているあたりがまた可愛い。
 これは何だろう……もうちょっと…かまってあげたくなるというか……

 ぞくっ
39 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 16:02:25.35 ID:xmrrKX3z0
「……っ!?」
 な……何だ、今僕の背筋を貫いたこのとてつもない寒気は!?
 ふと見ると、雄二、秀吉、ムッツリーニの3人が、そそくさと後退していくのが見えた。……いや、あれは後退というか、僕から離れていっているような……?
 え? 何してるの3人共? まるで今から僕の近くで何かが……
「アキ、ちょっといいかしら?」
「明久君、ちょっと質問してもいいですか?」
 原因判明。
「み……美波? 姫路さん? 何かな?」
「この子、今アキのこと『ご主人様』とか呼んでたふうに聞こえたんだけど……どうしてかしら?」
「明久君がそう呼ぶように言ったんですか? こんな小さな女の子に……」
「あはははは……ふ……2人とも、何か誤解していない? 顔が怖いよ?」
 いかん、さっきから僕の周りの気温がものすごい速さで降下していく。
「どういうつもり? まさかとは思うけど、こんな無垢な子に間違った知識を教え込んでいいように……」
「明久君、モラル……って言葉を知ってますか?」
「あ…あの……ご主人様? 顔色が優れないようですけど……大丈夫ですか? というか……この方達は?」
「ああ、心配しなくていいよ朱里。彼女達は僕の知り合いだから別になんでもなああああああぁぁぁああ――――っ!!」
「ご、ご主人様!?」
「アキってば、会って早々これだもの、困っちゃうわね、瑞希」
「はい、これはもう、明久君には私達がついてないとだめですね」
 ごめんなさいごめんなさい!! いや別に謝るような事実は決してないんだけどとりあえず説明したいから僕の左右の肩関節を開放してぎゃああぁ―――っ!!
「ご、ご主人様、しっかりしてください! いいい今愛紗さんを呼んできますから……」
 そう言い残して朱里が、助けを呼んでくるべく僕の陣地へ駆けていく……って愛紗!?
 ちょっと待って朱里! なぜかわからないけど、僕の生存本能が今ここに愛紗を呼んできてはいけないと告げている!
 必死で呼び止めようとするが、
「朱里……待って……ぁ……」
 肩甲骨が砕け散るんじゃないかってほどに完璧に肩関節を極められている僕の口からはそんな声しか出ず、無情にも朱里は第3の修羅を呼びに行ってしまった。

                        ☆

「そうですか……ではこの方達も、ご主人様の知り合いなのですね?」
「はわわ……早とちりしてしまいました……」
 愛紗が参戦し、本格的に僕の命が危ぶまれそうな所で、さすがにかわいそうに思ったのか雄二が助け舟を出してくれたおかげで、何とか僕は解放された。
 で、愛紗も交えて再開した軍議の場である。
 おおむね順調に進んでいたのだが、しばらくして伝令兵が持ってきた報をきっかけに、その場の空気が一変した。

「伝令! 趙雲将軍が、単独で黄巾党の兵士達の所へむけて出撃しました!」
40 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 16:03:05.05 ID:xmrrKX3z0
「「「は!?」」」
 趙雲って……さっきの自信満々な女の人だよね?
 出撃!? 単独で!? マジで!?
 一騎当千の将が当たれば楽勝……みたいなこと確かに言ってたけど、有限実行にも程があるよ! 相手の数わかってる!?
「おい、それは確かなのか!?」
「はっ! 自分含め、大勢の兵がこの目で見ております!」
「あ…あのバカ……」
 公孫賛が額に手を当てて呆れていた。
「ど……どうしましょう明久君……このままじゃ趙雲さんが……」
「自業自得だろう」
 公孫賛の口から、冷徹とも言えそうな、しかし的を射ている言葉が飛び出した。
「あの大軍に突っ込んでどうなるかなんて、10までしか数えられない子供でもわかる。かわいそうだとは思うが……助けてやる義理は……」
「何言ってるんですか! 助けましょうよ!」
 そこで、僕は思わず声を張った。
 その大きさに、公孫賛や愛紗、朱里はもちろん、姫路さんたちも驚いたようだ。冷静なままなのは……雄二くらい。
「確かに自業自得かもしれないですけど、だからって目の前で死にそうになっている人を見捨てるなんて嫌です!」
「し……しかしですね……ご主人様……」
 僕をなだめようとしているのか、愛紗が声をかけてくる。
 でも、僕は耳を貸す気はさらさらない。某RPGのセリフを借りて、反論する。
「愛紗、君の言いたいことはわかる。けど、目の前の人を助けることと、この国全体で苦しんでいる人たちを助けること、その2つはそんなに違うことなの?」
「……!」
 愛紗が、息を呑んだ様子で固まった。
 公孫賛も朱里も、他の皆も、身じろぎ一つせずに僕の話を聞いている。
「……僕は……そうは思わない。いやむしろ、目の前の人一人助けられなくて、三国の平定なんてできるかよ!」
 勢いあまって、ゲームキャラの口調まで真似てしまった。若干不自然だったかな……?
 愛紗の顔を見ると、
 ……愛紗は、口を真一文字に結び、そして、ふっと笑った。
「そうですね、すいませんご主人様、私が間違っていました。今の情けない私めの姿、お忘れください」
「私も……そうしてご主人様に助けられたんですよね」
 朱里も、そう言ってくれた。
 公孫賛は、やれやれ、とでも言いたそうに肩をすくめた。
 みんな、わかってくれたらしい。僕の方を見て、頷いてくれる。
「そうだな、それに、趙雲って存在も気になるし……」
「? 雄二?」
「何でもない。それより、そうなるとまずは策だ。ちびっ子……じゃなかった、朱里、丸投げするようで悪いが……何か策はあるか?」
「もちろんです!」
 朱里が胸を張って、そう言ってくれた。さすがは朱里。
「説明します。この際ですから、趙雲さんの救出だけでなく、黄巾党の殲滅も済ませちゃいましょう」
 誰に言われるでもなく、朱里が一歩前に出る。そして、簡単な図面を描いて説明を始めた。
「まず、私達は正面から突撃して、趙雲さんとの共闘で敵の士気を削ります。公孫賛さんには軍を率いて敵の後方に回ってもらって……」
 救える命を救うべく、僕らは一心不乱に朱里の話に耳を傾けた。
41 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 16:06:27.90 ID:xmrrKX3z0
乱世・開幕編
第11話 戦と仲間と神通力
(むう……これは……)

明久たちが軍議を始めてから少し後、黄巾党の兵達の中に単身飛び込み、その槍の乱舞で屍の山を築いていた趙雲は、自分の動きが鈍くなり始めたのを感じていた。
最初、この烏合の衆たちの群れに飛び込んだときは、恐怖など微塵もなかった。
むしろ、自分ひとりでこの軍勢を突き崩してみせるという意気に身を奮わせるだけの、体に収まりきらないほどの闘志があった。
しかしそれでも、わずかながら確実にその身は重く、動きは鈍くなっていた。

「おい! 女一人に何手間取ってんだよ!」
「し、しかし、あの女べらぼうに強いですって!」
「バカ、いくら強いっつっても人間だろうが!」
「そうだ、必ずいつか疲れて動けなくなるはずだ!」

さっきまでは、そんな風に必死で己を鼓舞している黄巾党の賊共を鼻で笑っていたものだが、今となってはその言葉が現実味を帯びてきていた。
 数多の敵兵を斬り捨てて、武器が血を吸って重くなったか。
 それとも疲労で、体が思うように動かないのか。
 ……もしかしたら、その両方かもしれない。
 だとしたら、自分はいつまで戦い続けられるだろう。
 いや、もしかしたら、本当にいつか負けてしまうかも……
 そんな考えが脳裏に浮かびながらも、趙雲は休むことなく槍を振るい続けた。
「私は……まだ負けん!」
 一人、また一人、確実に敵兵は減っていっている。しかし、その屍すらも、積み重なって山となり、自分の足場をふさぐ始末。
 最初はくるぶしまでだったそれも、今となってはひざの高さを優に超え、やがて腰にまで届こうとしている。これでは、思うように動けない。
 いずれ、全くといっていいほどその場から動けなくなるだろう。
 味方が死ぬことに最早恐怖しなくなった黄巾兵は、相変わらず突撃を繰り返している。
(……これは……さすがに……)
 趙雲の脳裏に嫌な考えが浮かび始めたその時、

「はああああーっ!!」
ドガァッ!!
42 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 16:07:00.01 ID:xmrrKX3z0
別の方向から、黄巾党の兵士達が……否、その死体がいくつか宙を舞って飛んできた。
 次の瞬間、自分を囲んでいた包囲壁の一角が吹き飛び、見慣れない黒髪の美女が巨大な特徴的な得物を手に颯爽と現れた。
「……その黒髪に、青竜偃月刀……もしや……」
「いかにも。我が名は関羽、乱世を沈めるために降臨せし、天の御使いに仕える者」
 そう名乗った愛紗は、趙雲と背中合わせになる形で戦場に降り立った。
 完全に気圧された黄巾兵達は、2人から一歩引く形で止まっている。
「趙雲殿、この光景を見れば、おぬしの武がどれほどのものかは想像に難くない。しかし、無茶な真似はやめていただきたい。我が主の心遣いに感謝せよ」
「ほう、やはりここへお主を差し向けたのは、吉井殿であったか?」
「! どうしてわかった?」
「何、あの3人の中で一番そういった…不思議な雰囲気を感じたからな。あの方ならば、そのように発案してもおかしくはないと思った」
「そうか……やはりわかるのだな。しかし、わかっていただけたなら話は早い、こちらの策を聞いてもらおう」
 一度緩んだ顔を今一度締めなおして、愛紗は趙雲にそう言った。
「これより、もう一暴れした後。私とともに陣に下がっていただく」
「なるほど、先陣を釣るか」
「ほう、その通りだが、よくわかったな……」
「その程度、将として読み取れて当然だ。それよりも、猛将と名高い関羽殿に背中を預けて戦えるとは、これは光栄千万」
「それはどうも。用意はいいか趙雲殿!?」
「無論! 趙子龍、いざ参る!」
 愛紗と趙雲はそれぞれ得物を構え、再び襲い来る黄巾を迎え撃つ姿勢をとった。

                      ☆

 ――で、その数十分後。
「ムッツリーニ、前線どんな感じ?」
「…………無双系ゲームさながら」
「そうか、よくわかった」
 望遠レンズを除いてそう報告してくれるムッツリーニは、仮設営したやぐらの上から戦線の様子を伺っている。
「これ……本物の戦争なのよね……」
「はい…でも…受け入れないと……」
「島田、姫路、つらいなら後方におってもいいのじゃぞ?」
 そんな会話も聞こえる。秀吉はやはり、演劇の勉強でこういった類の映像を見ることが多いとかで、いくらか平気らしい。
 けど、姫路さんと美波は、やはり若干ショッキングみたいだ。流血も何もかも試召戦争で散々見たとはいえ、実際に人が死んでいるのだから。
「…………現在、防衛戦にも関わらずこちらが優勢。押してる……後方に公孫賛の軍を発見。たぶん、 あと十数分で戦線に合流」
 今ムッツリーニが言ったとおり、僕らは朱里の軍略と、先陣を切っている愛紗、鈴々、それに趙雲の活躍で、時間稼ぎとは思えないほどの善戦を見せている。
 そもそも今回の戦、朱里が立てた作戦はこうだ。

1、愛紗が趙雲の加勢に向かい、2人で大暴れする。
2、頃合いを見計らって、合図を出して退却させる。
3、それを追ってくる黄巾党を、陣を張って迎え撃つ。
4、その間に公孫賛、軍を率いて敵の後ろに回る。
5、公孫賛、後ろから突撃。僕らと合わせて、2方向から陣を展開。包囲。
6、タコ殴り。
43 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 16:07:30.77 ID:xmrrKX3z0
こんな感じ。
 シンプル イズ ベスト。
 現在、ほぼ計画通りに行っている。こちらの被害も大したことないうちに、公孫賛の軍も到着してくれたし、何より、作戦が最終段階に入ってからも最前線で大暴れしてくれている愛紗&趙雲のおかげで、黄巾党を追いつめるのも予定よりかなり早い。
「この戦は、とりあえず勝ったようなもんだな」
「うん、あとは勝利の報告を待つだけだね」
 雄二も僕も、見解は共通のようだ。
 ところが、意外にもムッツリーニは、
「…………そうでもない、油断するな」
 そんなことを言っていた。
 え? どういうこと? この状況から、愛紗たちもいる僕らの軍に勝つのって不可能じゃない? まさか……伏兵とか!?
「おい、詳しく説明しろ、ムッツリーニ」
「…………戦自体の勝敗は恐らく揺るがない。ただ……」
「「「ただ?」」」
「…………横から前線をすり抜けた黄巾兵が、数人この本陣にむけて走ってくる」
「「「何っ!?」」」
 途端、僕らの陣の内部に戦慄が走った。
 一応、この人の周りには護衛の近衛兵を配置してある。しかし、もしもということもあるし……
なんてことを考えていると、
「…………その内数名が防衛線を突破、いずれも騎兵、数は3。明久、雄二、迎撃翌用意!」
「「「!」」」
 ムッツリーニが凶報を発するとともに、戦線の観察を他の兵士に任せてやぐらから降りてきた。直後、陣の布壁を破って、言ったとおり3騎の騎兵がこっちにやってきた。
「おい、あいつらが例の『天の御使い』じゃないか!?」
「ああ、みょうちくりんな格好してるし、間違いない!」
「けど、6人もいるぞ! どうする!?」
「知るか! 全員やっちまえ! あいつらを殺せば、俺達の勝ちだ!」
 そんなことを言いながら、こっちに向かって馬を走らせる。
 これは……迷っている暇は無い!
「ちょ……ちょっとアキ……!」
「あああ……明久君……私達、どうすれば……」
「明久! 雄二! まずいのではないか!?」
「しかたねえ……明久! ムッツリーニ! 行くぞ!!」
「おう!」
「…………了解」
 雄二の号令に合わせて、僕ら3人、秀吉たちを守る形で横に並ぶ。
 そして、雰囲気を出すために各々手をかざす感じでポーズをとり……
「「「試獣召喚!!」」」
「「「え!?」」」
 驚きと戸惑いの混じった声が後ろから聞こえてきたが、とりあえず無視。
 僕の、雄二の、ムッツリーニの召喚獣がそれぞれ現れる。
「何だありゃ?」
「知るか! 一緒にやっちまえ!」
「やれると思うなよ! 行け僕の召喚獣!」
 号令と同時に、召喚獣に指示を出す。僕の召喚獣は、一直線に先頭の騎兵……を外して、向かって右の騎兵に向かっていく。
 その騎兵は、一応召喚獣を警戒してか、下段に槍を振るってきた。が、その一撃を難なくかわし、逆にそれを足場にしてその兵士のところまで駆け上がらせて……
「しゃあぁーっ!」

 ばきぃっ!
44 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 16:08:05.21 ID:xmrrKX3z0
「ぐわあっ!」
 斬り上げの容量で、そのあごに木刀の一撃を叩き込む。その兵士は落馬して気絶、主を失った馬はその場で止まった。
 一方、ムッツリーニの召喚獣は、元々素早いその動きを利用して、僕と同じ感じで接敵していた。
 その攻防は一瞬。

「…………遅い」
ヒュン! ズバシュッ!

「ぐっ(ガクッ)」
 気づけば、兵士はムッツリーニの小太刀の一撃に沈んでいた。
 ……が、あまりの早業で兵士の姿勢がほとんど崩れず、馬に乗ったままだったので、馬は止まらず……
「「きゃああーっ!」」
 兵士を乗せたまま、僕らのほうに突っ込んできた。
 危うい所で、皆それをかわす。
「…………失敗」
「気をつけろ全く。さて、残り一人か」
 雄二はそう言って、もう目前に迫っている最後の一人の敵を退けるべく、召喚獣に指示を出した。
そして、雄二の召喚獣が狙ったのは……馬?
「吹っ飛べやあああ!!」

 どごぉっ!!

「うわぁーっ!!」
 アッパーの容量で馬に叩き込まれた拳は、騎兵ごと馬を陣の反対側まで吹き飛ばした。
「やるねえ、雄二。あれ、騎兵はともかく、馬死んだんじゃない?」
「…………相変わらず、過激」
「もう距離が無かったからな、あれが一番確実だった。」
 そんなことを言い合っている僕ら。口喧嘩も片手間に、それぞれの召喚獣に召喚解除の指示を出す。
 本来、召喚獣は召喚フィールドの外に出ない限り消えないんだけど、この世界ではどうやら、僕らの任意で消すことができるらしい。これは、最初の黄巾党との戦闘のあとで僕が発見した事実だ。
 すると、姫路さんたちが駆け寄ってきた。
「あ……明久君! 大丈夫ですか!?」
「あ、うん、平気だよ。ていうか、僕自身は戦ってないんだし」
「そ、そっか、そうよね。よかった……って、違う! そこじゃない!」
「あ、明久!? 今お主ら、召喚獣を呼び出さんかったか!?」
「ん? やっぱり気づいてなかったのか、お前ら」
 雄二がそんな感じで、依然テンパっている秀吉たちに話す。
「この世界な、いつでもどこでも召喚獣を召喚できるらしいんだ。消すのも自在で、しかも明久以外の召喚獣も物に触れられる」
「…………便利」
 口々に説明するけど、秀吉たちの開いた口がふさがる気配は無い。……まあ、無理も無いよ。僕だって、最初に召喚が成功したときはすんごいびっくりしたし。
 そうこうしていると、

 オオオオォ―――ッ!!

 陣の外から雄叫びにも似た、ときの声が聞こえ、直後に伝令兵が入ってきてこう告げた。
「報告します! 敵残存兵数およそ4000を切ったところにて、敵軍全面降伏! 我々連合軍の勝利です!」
「やった!」
 思わず叫ぶ僕に、雄二は「子供かよ」とでも言いたげな視線を送ってきた。そして、素早く顔を引き締めてみんなに向き直る。
「秀吉、姫路、島田、いろいろといいたいこともあるかもわからんが、話は後だ。明久、ムッツリーニ、行くぞ」
「ああ、とりあえず、愛紗たちに会わないとね」
「……勝ち名乗りも上げる必要がある」
「勝ったら勝ったで忙しいな」
 質問やら何やらをお預けにされた姫路さんたちの不満げな視線を気にしつつ、僕達は愛紗たちの待つ本陣前へ歩いていった。
45 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 16:08:58.28 ID:xmrrKX3z0
「ご主人様! ご無事ですか!?」
「わっ! 愛紗! 近い近い!」
 勝ったというのに顔面蒼白な愛紗に駆け寄られ、僕、びっくり。
「黄巾の雑兵の本陣突入を許してしまい、襲われたとか……!」
「あ、愛紗、うん、大丈夫。怪我とかも無いから」
「そうですか…よかった……」
「お兄ちゃん、ごめんなのだ。鈴々たち、包囲を抜けた奴らに気づかなくて……」
「あの数だ、仕方ない」
 雄二が、無愛想ながらも鈴々のフォローに入る。鈴々もそれを受けて、少し安心したように「へへ……」と笑った。
「今後一切、このようなことがないように徹底します」
「うん、よろしく」
 神妙そうに言ってくれた愛紗に、軽く相槌とともに返す。こういう時、無理に「いいんだよ」とか言ってごまかすよりも、好意は素直に受け入れたほうがいい。愛紗との付き合いで学んだ、彼女の扱い方だ。
「はっ……では、またあの時の神通力で?」
「「「ん?」」」
 顔を上げた愛紗は、何だかわからないことを言っていた。
「何? じん……? 陣痛? 誰か、兵士の中に身重の奥さんがいる人がいるの?」
「あ、いえ、そうではなく……」
「明久、お前よりによってなんつー間違え方をしてるんだ……」
「…………明久、セクハラ一歩手前」
 ちょっと待てムッツリーニ。堂々とスカートを覗いたり、盗撮写真を売りさばいたりする君がセクハラ云々を語るのだけは納得いかないぞ。
「ですからその…あの時…最初の戦で見せていただいた、あの小さなご主人様のことを言っているのでして……」
 小さな僕……あ、召喚獣のことだな。
「兵隊さんたちの間でも、ちょっとだけど評判になってるのだ」
「あ、はい、私もついさっき聞きました」
 僕らの軍に加わったばかりの朱里も知ってる。指揮系統に近い位置にいるからだろうけど、噂って広まりやすいのかな?
「ご主人様は、自らの姿に似せた、外法(げほう)の魔物を召喚して戦わせる術を使うって……」
 何だ? どこでそんな黒魔術じみた解釈が入ったんだ!?
「あー…………うん、そうだよ」
 外法云々はともかく。
「そうですか……いやはや、やはりご主人様は不思議な力を使われますね」
「お兄ちゃんはやっぱりすごいのだ」
「はい、さすがご主人様です!」
 口々にそう言ってくれる。
 うーん、かわいい女の子にほめられるっていうのは、やっぱり気分がいいなあ……。
「アキってば…いい身分ね……」
「明久君……くれぐれも自重を忘れないで下さいね……?」
46 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 16:09:28.34 ID:xmrrKX3z0
 ……後ろから突き刺さる視線が落ち着くことを許してくれないけど。
 と、その横では雄二が、
「なるほど、神通力……そんなふうに言われているわけか……」
 ? また何かたくらんでる顔だな、あれは。
 僕に被害が及ぶようなことじゃなきゃいいけど。
「『天の御使い』って大義名分がせっかくあるんだし……利用しない手はないな」
「雄二? さっきから何を……」
「おや、ここにいたのか、吉井殿」
「あ、趙雲さん、お疲れ様」
 雄二に聞こうとしたところで、趙雲さんが入ってきた。
 ん? 何か荷物をまとめたように見えるんだけど……?
「おや、趙雲殿」
「関羽殿か。何、もうそろそろ出発なのでな、挨拶くらいはしていこうかと」
 そう言って彼女は、自分が持っている小さな手提げ袋を指差した。
「ん? 公孫賛殿の所には?」
「うむ、もはや戻ることはあるまいな。あの方を主とすることはない」
 淡白に、そう言い切った。
「私はしばし大陸を歩き、仕えるにたる英雄が他に居ないか、見て歩こうかと考えている。公孫賛殿も悪い御仁ではないが……あれでは、とても乱世を鎮める王にはなれんだろう。勇気はあれど、英雄としての資質が足りなすぎる」
「口が悪いのだ……」
「なぁに、事実を言ったまでだ」
 腕を組んで、頷きながら淡々と語る趙雲。……のわりに、けっこうなこと言ってるな。鈴々の言うとおりだ。
 要するに……どうせ仕えるなら一国を治めるような器の人を主にしたいから、しばらく大陸を巡ってそういう人を探す……ってことか。なんともビッグドリーム。
「ま、この大陸で、そのような英雄たる資格を持つ者は、数人だろうな」
「数人……?」
「そうなんですか? それって……」
 と朱里。
「うむ、私の知っている限りでは、3人か。まずは、魏の曹操(そうそう)だ。あれほど有意の人材を愛し、そしてうまく使える者は、そうそうおらん」
 感心するように言う趙雲さん。
 ……僕の後ろのほうで、「今のダジャレ?」「いや、違うと思います……」という女の子の会話が聞こえたのは、聞き流そう。
「他には〜?」
 と、鈴々。
「2人目は、呉の孫権(そんけん)だな。まあ、先代の孫策(そんさく)と比べれば、いくらか保守的ではあるが……それでも器は先代よりも上だろう」
「ほぉ、そりゃどちらもすげえな」
 ここで、雄二が感心したように言った。
47 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 16:10:17.22 ID:xmrrKX3z0
「三国志の史実上で、いずれ戦うことになる連中か……やっぱり実在して、それなりの地位にいるんだな……。ということは、いずれは……」
「で? ラスト……残りの一人は?」
「うむ、もう一人は……」
「もちろん、我らがご主人様に決まっている!」
 と、いきなり愛紗が割って入った。
 ……って、わがご主人様って……え? もしかして……
「うむ、吉井殿であろうな」
「ええっ!? ぼ、僕!?」
 マジすか!?
「『ええっ!?』ではないでしょうご主人様!」
「うん、お兄ちゃんはすごいのだ。だから曹操も孫権も敵じゃないのだ」
 2人とも、言いたい放題。褒められてるのに……何だろうこの複雑な『そんな期待しないで下さい』的な気持ちは。
「謙遜なさることもあるまい。幽州にて善政を行い、周りにはびこる黄巾党共を掃討する手腕を持ち、その名をとどろかせる……そこらの凡夫に出来ることではあるまい」
 ごめんなさい。それ僕ほとんど関わってませんから。
 というか、そこでもっぱら活躍してるのは愛紗や鈴々なんだから、ほめられるとしたらそっちなのでは?
「古より英雄として伝わる者は、皆、本質的に善人であり、家臣を上手く使ったために英雄となった人物です。ご主人様と、おんなじだと思いますよ?」
 朱里がそんな嬉しいことをいってくれる。
 英雄、ねぇ……。そう言ってくれるのはうれしいけど、そんなこと言われたの、中学校の時に、購買で品薄の焼きソバパンをクラスの人数分確保して持ち帰った時以来だよ。
「明久君! すごいです!」
「え〜? アキが〜?」
「究極の青田買いじゃの」
「だそうだ、がんばれよ、太守」
「…………ノーコメント」
「……ああ、うん……」
 後ろでは、Fクラスの皆までなんやかんや騒いでるし……。
 さ……最近まで学年最低学力のバカとしてしか見られてなかった僕に、とんだ期待をかけられたもんだ……。
 そして皆、褒めてくれたりけなしてくれたり。色々とありがとう。けどコメントが無責任すぎるぞ。
「何にせよ、公孫賛殿の下にはもう戻らぬのだな?」
「ああ、もうあいさつも済ませてある」
「そうか……猛将たるおぬしが抜けるとあっては……公孫賛殿の軍もさびしくなるだろうな」
「そういうおぬし達の軍は、随分とにぎやかになったな。珍妙な格好がどれ……6人も」
「ま……まあな……」
 確かに……増えたっちゃ増えたな……仲間も、兵も。
 公孫賛さんに保護されていた秀吉、姫路さん、美波の3人は、僕らの啄県に一緒に帰ることになった。まあ、当然だよね。
 加えて、降伏した黄巾党の兵は、公孫賛さんと僕らとで山分けして戦力吸収することに決まった。なんか、ますますゲームみたいだ。
 でも、趙雲さんはまた旅にでる。つまり……
「じゃ……あんたとはここでお別れか、趙雲」
「そうだな。まあ、悪くないひと時だったよ、坂本殿。それに……吉井殿も」
「うん、また……何かの縁で会えるといいね、趙雲さん」
 どうやら、また流浪の旅に出るらしい趙雲さんに、そう言って答える。
 朱里の例もあるし、もしかしたら……と思って少し期待したけど、やっぱり仲間にはなってくれないみたいだ。残念だけど、彼女が選んだ道だし、口出しするのも野暮だろう。
 けど、
「もしも、気が変わったり……大陸を見て、それでもこれだ、って思えるような人がいなければ……その時はぜひうちに来てよ。歓迎するからさ」
 そう、付け足しておいた。冗談でも何でもなく、僕の心からの本音だ。
 それを聞いた趙雲さんは、
「ふふ……そうだな。その時はぜひ、よろしく頼むとしよう」
 それだけ言うと、もう一度僕ら全員を一瞥して、踵を返して歩いていった。その先は、僕らの陣地でも、公孫賛さんの陣地でもない……旅路を現すかのような、果てしない荒野。
「もっとも……」
 と、いったん止まってこちらを振り向いたと思うと、
「…それも…案外早いかもしれんがな……」
 意味深に一言そう呟いて、最早振り返らずに歩き去った。
48 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 16:10:44.13 ID:xmrrKX3z0
「……行っちゃったね」
「ええ……ですが、残念でしたね。彼女ほどの武人、味方にできれば、心強いことこの上なかったでしょうに」
「何、またすぐに会うだろうさ」
 雄二が一言そう言った。
 愛紗や鈴々、朱里は、少し驚いたような、意外そうな顔になったが、それでも次の瞬間には、微笑みを浮かべていた。
「ええ……いつかまた、会えるでしょう」
「楽しみなのだ」
「はい、それまで、皆さんでがんばりましょうね♪」
 また、手を取り合って戦えるときが、きっと来る。そういう意味にとったのだろう。
 おおむね正解ではある。だが、それが『三国志』のストーリーを根拠にした発言だと知っている僕らは、不安とかじゃないけど、少し複雑な気分だった。僕らにとっては……予言に近いから。
 緊張感の去った戦場で、僕らはしばし冗談を言い合った後、礼と別れの挨拶を言って帰路につくべく、公孫賛さんの待っている陣地へむかった。
49 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 16:12:37.24 ID:xmrrKX3z0
乱世・開幕編
第12話 弱音と役目と天導衆
バカテスト 国語
問題
 次の意味を持つ四字熟語を答えなさい。
 1、手柄を立てて現在の不名誉な状態から脱却すること。
 2、とても美しいものや景色のこと
 
 姫路瑞希の答え
 『1、汚名返上
  2、花鳥風月』

 コメント
 正解です。
 ほかにも、1ならば「名誉挽回」、2ならば「山紫水明」などの別解もありますね。


 土屋康太の答え
 『1、汚名挽回』

 コメント
 そうくると思いました。
 それは「汚名返上」と「名誉挽回」のミックスです。よくある間違いなので注意してください。


 吉井明久の答え
 『2、姫路瑞希』

 コメント
 大いに賛同しますが、不正解は不正解です。


                      ☆


「「「天導衆(てんどうしゅう)?」」」
「ああ、これ以降、俺達はそう名乗っていこうと思う」

 午前9時、幽州啄県、僕の家(城ね)、軍議の間。
 毎朝恒例の、愛紗達も出席する軍議が終わった後に開かれた、文月学園Fクラスの6人だけを集めて行われている『これからどうするか考えよう会議』は、そんな感じに始まった。

「坂本、その何とかっていうの、ウチらのユニット名か何か?」
「端的に言っちまえばそうだ。俺ら6人、ずっと『天の御使い』で通し続けてもいいんだが、人数がここまで増えると、多人数で名乗るには少々胡散臭い」
「最初は僕一人だったもんね……」
 僕は天の御使い、雄二もそう、ムッツリーニも、秀吉もそう……なんて何人も出てきたら、さすがに世間も怪しむよね?
「その疑念を払拭するための名前かの?」
「ああ」
「じゃが……名前だけで払拭できるものかの?」
 秀吉がもっともな疑問を述べる。呼び方が変わっただけじゃ……?
「ま、確かに完全には無理だろう。元々…天の御使いなんて眉唾もんだしな。だが、実績が伴えば、そんな気休め程度にとどまるもんでもないぞ? 現に俺達は、結構な速さで勢力を伸ばしてる」
 確かに、善政を続けてきた甲斐もあってか、この幽州・啄県は大陸全土に好評を奏しているらしい。
 あの戦い以降、周辺に散在するいくつもの村や町から、僕らの傘下に下りたいという申し出が数多く寄せられた。それに伴って統治する領土も増え、気付けば、公孫賛さんと同じくらいの広さの領土を統治するに至った。単純な領土区分図を見れば、なんとなんと、公孫賛さんの治める領土とはお隣さんだ。
「イメージって大事ですし、私は賛成です。……なんか…選ばれた勇者達みたいで、ちょっぴりカッコいい名前ですしね」
 意見とともに放たれる姫路さんのエンジェルスマイル。この一瞬の光景だけで、世の男子の8割は賛成票を投じてくれそうな気がする。
 すると、残りの2割に入るんであろう雄二が、
「この名を名乗るに当たって、注意点がいくつかある。まず一つ目、偉そうにするな」
 ぴっ、と人差し指を立てて雄二が言う。
「明久や俺はこの町で、ほかの軍事主義の町ではまず行われない善政……民のことを考えた政策によって、個人としても人気を博している。そのイメージを崩しちゃいけない。天の御使い……ってステータスは利用価値のあるものだが、それを鼻にかけるのはダメだ」
「ウチらにとってマイナスになるものね。いいわ、わかった」
「TVアニメなんぞで見る、悪役のようなことをしなければいいのじゃろう?」
「…………いつもどおりにすごしていればいい」
 なるほど、もっともだ。
 民衆から好かれるのは、上に立つものとして平和を導く第一歩なのだから……ええと、何のアニメで言ってたんだっけ?
 実際、僕も雄二も、たまにサボりや仕事終わりで町をぶらついたり、愛紗たちと一緒に警邏に出たりすると、町の人たちはかなり好意的な態度で接してくれる。前の県令が酷かったからかもしれないけど、正直、ああいうのはアットホームで心地いい。
 プライベートのときはおすそ分けとか、試食とかで食べ物をもらったりする。肉まんとか、桃とか。警邏の時だと愛紗に注意されるからダメなんだけど、絶品なんだこれが。
 ちなみに、同じ警邏でも、鈴々は積極的に貰いに行こうとするので、その時は問題なく、美味しくご馳走になっている。
「で、二つ目だ。天導衆の具体的な人数は言うな」
「え? 6人じゃないの?」
50 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 16:14:03.49 ID:xmrrKX3z0
美波が不思議そうに聞き返す。
「現時点ではな……だが……明久、お前の話だと、愛紗はその管路って占い師に、『天の御使いは8人いる』ってお告げをもらったらしいじゃないか」
「ああ、そういえばそうだったね」
ん? つまり……
「下手すると、もう2人『天の御使い』が現れる可能性がある……ってことだ」
「なるほど、後からいきなり追加では、それこそ胡散臭いからの」
「それに、8人で終わり……とも限らないわよね。9人や、10人かもしれないし」
「…………いい手」
「でも……もしそうだとしたら、一体誰が来るんでしょう……?」
 姫路さんは気になるようで、そんなことを呟いていた。
 たしかに。仮に8人として……あと2人……
「考えても仕方ないさ。何も、俺達が知ってる奴が来るとは限らんだろ?」
「ま、確かにそうよね。でも……」
「…………気になるものは、気になる」
 みんな、考えることは同じみたいだ。もちろん、僕だって気になる。
 今の所、この世界に来ているのは……Fクラスの仲良し6人組。となると……もし残り2人が来るとしたら……
「Fクラスつながりで、須川君とか……近藤君かな?」
「そうじゃのう……あとは、福村…有藤…しかし、全く予想がつかんな」
「…………女子希望」
「ウチは……美春じゃなきゃ誰でもいいわ」
「あ、でも、普段私達が仲がいい人たちで考えるんなら……」
「やめだやめ! そんなこと話し合ってても意味は無い! 会議に戻るぞ!」
「「「え〜!?」」」
 僕らは花の高校生。一度火がついた話ってのは終わらせたくないもの。雄二以外の全員からそんな声が漏れた。
「どうしてさ雄二、結構大事なことだよ?」
「どうしてもだ。聞きたくもない、そんな不謹慎な話」
「え? 不謹慎……ですか?」
 姫路さんが頭の上に「?」を浮かべて聞き返す。
 ? 今のは僕もわからなかった。会議の進行の邪魔云々じゃなくて、不謹慎って?

「誰に来て欲しいとか来て欲しくないとかお前ら言うがな、この世界に来て欲しいってのは、この危険な場所で命がけの戦いに参加して欲しい……って意味だぞ?」

「「「!」」」
 意外な雄二の一言に、皆が騒然となる。
 ……そんなこと……考えてもみなかった。でも……そう言われれば……
「命のやり取りのあるこの戦場にだ。もしお前らが今、その頭に浮かべている連中を大切に思いたいのであれば、本当に喜ばしいのは『天の御使いはこれ以上増えない』っていう可能性なんじゃないか?」
一言一言、かみ締めるように雄二は言っていく。
「……そう…だね」
「うむ……軽率じゃった」
「…………反省」
「「ごめんなさい……」」
「わかってくれればいいんだ」
 さすが雄二、よく考えてるよ。ホント、こいつには頭が下がる……
51 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 16:14:42.33 ID:xmrrKX3z0
「それに、もし来るとして、鉄人が来るかもしれんだろ。Fクラスつながりで」
「「「え!?」」」

 場の空気が一瞬で、さっきまでとはまた違う気まずさを含んだものになる。
 て……鉄人って……このよくわからない世界で!?
 愛紗に鈴々に朱里……可愛い美少女達と楽しい友人達で織り成すこの世界でのパラレルストーリーに、あの補習の鬼が乱入!? やだよそんなの!!
「ま…まさか……そんな……ねぇ?」
 震える声で皆に尋ねる。願わくば、否定してほしいけど……。
「で…でも……召喚獣を呼び出せるわけだし……」
「教師か……盲点じゃったの」
「ありえなくは……ないですね」
「…………悪夢……!」

「まだあるぞ? 教師つながりで、船越先生や、高橋女史」
「「「ううっ!!」」」

 今度は男子メンバーに深刻なダメージ。絶賛婚活中、生徒もバリバリストライクゾーンの船越先生(45歳・女性・独身)に、合宿の除き騒ぎの件でお世話になった、僕なんか未だにあの時の鞭の一撃の痛みが忘れられない高橋女史!? どちらが来ても気まずすぎる!!
「しゃ……洒落になっとらんぞ……」
「…………危機……っ!」
「ウチらは大丈夫かもだけど……」
「まあ、特には…でも、厳しそうですよね…生活態度とか……」
「やめよう! もうこれについて考えるのは……」

「最悪、ババァって可能性も……」
「「ぇああぁあぁ―――!!」」

 部屋を密閉してなかったら愛紗あたりが飛んできそうな、僕とムッツリーニの心からの悲鳴が会議室を揺らした。
 もうやだ! 何も考えたくない!
 それなら気心が知れてる分鉄人の方がマシだ! 何が楽しくてあのババァの……学園長の顔を毎日見ながら戦場を戦い抜かなきゃならないんだ! あのババァ口は悪いわ顔は妖怪だわ性根は腐ってるわ生徒を大切にしないわ……おまけに合宿のときに見たくも無いセミヌード見せ付けられてるから妙なトラウマが……おえっ。
「思い出したら気分悪くなってきた……」
「…………地獄……煉獄……生き地獄……」
「自分で言っといてなんだが……朝食べた飯がリバースしそうだ……」
「散々な言われようですね、学園長先生……」
「じゃが……正味、いい気分ではなかろう?」
「まあね、吐き気に関しては自業自得の側面が強いけど……口うるさそうだしね」
 一気にテンションが下がった会議室。
 というか雄二、自分で言って自分でダメージ受けるんだったら、言うなよ。
「さて……みんな、わかったか? このことについて考えることが、どれだけ不毛か」
「「「大変よくわかりました」」」
「結構」
 雄二は満足そうに、うんうんと頷いた。そして、まっすぐに僕らの目を見据えて言う。
「天導衆の人数をしゃべらないことだけ考えろ。以後、この話は禁止する。俺達は、目の前にあることを一生懸命にやるべきなんだ。起こるかどうかもわからないことについて考えたって……無駄だからな」
 そう、代表らしく見事に締めくくる雄二。

 ………………で、

「本音は?」
「翔子が来ないように全身全霊で祈っている。というか、その可能性自体を考えたくないので、その話は今後一切したくない」
 やっぱりか。
52 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 16:15:11.40 ID:xmrrKX3z0
「さて、俺らの今後の身の振り方を確認した所で、次は召喚獣についての話し合いだな」
 あの後、もう少し『天導衆』についての設定について話し合い、僕らは次の議題に移った。
「さてと、まずは、これまでにわかっていることの報告から行くか。明久」
「OK雄二。まかせて」
 雄二に振られて、僕は資料を手に立ち上がる。普段はこんな説明の役なんかおおせつかることはないけど、これならお手製の資料を読み上げるだけだから簡単だ。
 筆なんて使い慣れてないから、かなり苦戦したけど。
「えーと、吉井明久より、召喚獣に関する調査報告」
「へー、何よアキ、ずいぶん本格的じゃない?」
「意外じゃの? てっきり簡単に済ますかと思っておったが」
「へへ、ちょっと気合入れてみちゃった。ま、実質中身は簡単なんだけどね」
「まあ、明久にでもできることだから任せたんだ。一応こいつ県令だし、仕事らしい仕事の一つもさせないとな」
「面倒くさかっただけのくせに。じゃ、読むよ」
 そして僕は、資料を手に、
「この世界では、いつでもどこでも召喚獣を召喚できて、しかも僕以外の召喚獣も物体に触れるんだ。つまり、姫路さんや美波なんかの召喚獣も、今まで通りどころか、今まで以上に僕たちの助けになれるんだ。戦ったり、荷物運びさせたりとか」
「わー、すごいですね」
「ふむふむ。便利じゃ」
「それで?」

「………………え? 『それで』……って?」

「「「は?」」」
 え? 何? 何で皆口をそろえて『は?』なんて答えを返すの?
 あれ? 僕の文章、何か変だった?
「えっと……何かわからないところでも……?」
「いやあの……明久君……?」
「アキ……まさかとは思うけど……」
「……明久、お前、まさかそれで発表終わりってことはないよな?」
「え? いやあの……」
 そうなんだけど……?
「「「………………」」」
 沈黙に包まれる会議室。たまに小声で『こいつは……』とか聞こえるのが悔しい。何だよっ! 文句があるならはっきり言えよっ!
「あ…明久よ……ずいぶんと簡潔じゃの……?」
「木下、フォローは要らないわ、これはただの手抜きよ」
「…………いや、手抜きという自覚が恐らく無い……さらに厄介……」
「というか、全部この前の戦闘を見たらわかることですよね……?」
「……すまん、皆。俺の人選ミスだ……。この程度なら明久にでもつとまると…甘い考えを抱いた……」
 ああもう、ここから消えてしまいたい……。
 気まずい沈黙を破ろうとするかのように、雄二がすっくと立ち上がった。
「今のじゃ到底説明不足なので、俺から補足説明する。資料が無いんで、抜ける箇所があるかもしれんが……わからないところは随時質問してくれ。わかる範囲で答える」
 そう言って、雄二は説明を始めた。
「つまりだな、俺と明久で実験してみて、次のような事実が判明した」

1、時間、場所を問わず召喚獣を召喚可能。
2、自由意志での召喚解除が可能。
3、明久以外の召喚獣も物体に触れることができる。力はやはり強力。
4、痛みや疲労のフィードバックは、明久の召喚獣を除き特に無い模様。
5、点数の増減は目視では確認不能だが、馬力の低下などは見られる。受けたダメージは蓄積されるが、召喚を解除して時間を置けば時間経過で回復する。最大約1時間で全快。
6、致命傷と取れるだけのダメージを受けると一時的に消える。再度の召喚は時間を置いて可能になる模様。計測の結果、これも約1時間。
7、教科も点数も表示されないが、総合科目を除く一番得意な科目の点数を使っていると予想される(根拠:ムッツリーニの召喚獣が超高速移動の能力を使用できた)。
8、その他の設定は文月学園におけるそれと同様(一部例外あり)。
53 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 16:15:41.68 ID:xmrrKX3z0
ま、ざっとこんなもんだな」
「何だ、そういうことを言えばよかったのか」
「これ以外に言うことねーだろうが」
「坂本、ちがうわ。アキはその言うべきことを言えてなかったのよ」
 一体どこまで僕をいじめれば気が済むんだろうか、この天敵たちは。
「まあ、こいつのバカは今に始まったことじゃないしな。さて……何か質問は?」
「はい」
 お、姫路さん挙手。
「えっと、最後に言ってた『例外』っていうのは?」
「これか、まあ、簡単に言えば『向き不向き』だ」
 ? 何だそれ?
「雄二、どういうこと?」
「何でお前が質問……ってああ、お前には話してなかったな。例えば……ムッツリーニの保健体育の点数は、俺の得意科目の点数の倍以上だ。それを考えると、召喚獣の力…馬力は、単純計算で俺のそれの二倍になるはずなんだが……そうじゃないらしい」
「え? そうなの?」
「ムッツリーニの召喚獣の一番の特徴は『スピード』だろ? そうすると、そっちに能力配分……というか、優先的・重点的に強化されて、スピードが今まで以上に速くなってた。で、パワー方面は二の次…って感じになるんだ。もっとも、腕力も十分強かったがな」
「…………逆に、雄二の場合は、パワーやスタミナ、タフネスなんかを重視にステータスが配分されてた。スピードも十分速かったけど」
「ふーん、そうなんだ」
 つまり……RPGで言う所の、職業みたいなものだろうか? 雄二は戦士か武闘家、ムッツリーニは盗賊……って具合に。
 何だか、面白い設定が色々と付加されている。本当にゲームみたいだ。
「ほかに質問は?」
「ん〜、特に無いかな」
「はい、今の所は」
「…………同じく」
「わしもじゃ」
「僕も特に無いよ」
「そうか、特に無いなら……これで終了でいいな。みんな、お疲れ」
「「「お疲れっしたー!」」」

                         ☆

「ふ〜、やれやれ」
 会議が終わって一息ついた僕は、午後からの予定も特に無いというわけで、散歩でもしようかとぶらついていた。
 と、
「ん? 愛紗……?」
 城壁の上で、黒髪を風にそよがせて立っているあれは……まぎれもなく愛紗だった。
「? えーと……愛紗の警邏担当の時間は……」
 ポケットからケータイを出して、メモ帳に記入してある予定を見る。
 携帯電話や、ムッツリーニのデジカメといった具合に、ぼくらと一緒にこっちの世界に来た家電製品は多かった。といっても、やっぱりケータイはつながらなかったし、メールもネットもできなかった。
 ただ、なぜかバッテリーだけは一向に減る気配が無くて、メモ帳や辞書としての役目を果たしてくれていた。案外助かっている。ムッツリーニのデジカメも同じだった。
 ……と……やっぱり、愛紗が警邏担当の時間帯は終わっていた。
 何であんな所にいるんだろう……?
 ……考えても始まらないので、行ってみることにした
54 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 16:16:28.21 ID:xmrrKX3z0
「ふぅ……全く……ご主人様にも困ったものだ……。仕事は覚えないし、字も満足に読めないし……」
 気持ちいい風が吹く高台で、愛紗は物思いにふけっていた。
「おまけにちょくちょく抜け出して町へ行く始末……県令たるご自分の立場を、少しはわかってもらいたいものだ」
 ため息混じりに、主への不満をぼやく。
「それに、身の回りにどんどん女性が増えていくし……気付けばもう……私を含めて6人……全く、何を考えていらっしゃるのか……!」
 その数字、おそらく木下秀吉が数に入っているだろう。
「何度自覚を持ってくれといっても聞く気配がないし……これならいっそ、坂本殿が県令になった方が仕事ができる分……」
「あははは……手厳しいね、愛紗」
「…………っ!?」
 驚いて振り向いた愛紗の目に映ったのは、紛れもなく、
「ごっ……ご主人様!?」

                        ☆

「い……いいいいいいつからそこに!? いや、それよりも、なぜこんな所に……」
「たった今……かな。警邏も終わったはずなのに、何してるのかなって」
「そ……そうですか……なら、いいのですが……」
 そう言って視線をそらす愛紗は、なぜか顔が真っ赤だった。
 ? どうしたんだろう? そんなにびっくりしたのかな?
「し……少々一人になりたかったので、ここで、考え事など……」
「そっか、じゃあ、邪魔だったね」
 まあ、このところ色々と忙しいし、愛紗だって女の子なんだし、一人で考えたいことぐらいあるよね。
 気を使って、僕はその場を離れることにした。
 すると、
「え!? い、いや! 決してそんな邪魔などでは! あ……あの……もしかして先ほどの私の独り言を聞いていらっしゃったので!?」
 なぜか、異常にテンパった愛紗に止められた。な……何?
「そ、そんなことは決してございません! 私はご主人様が、不器用なりにも懸命に努力していらっしゃることは存じ上げていますし、それにその、人には向き不向きというものがございます! ですからお仕事ができないからといってそんなことは気にしな……あああいえ! まずは先ほど私が言った愚言を撤回させていただいて……その……」
「いやあの……考え事してるみたいだったから、僕は別の場所に行こうかなって思っただけなんだけど……」
「ででですからご主人様は……はい?」
 途端に、愛紗がさっきまでの早送りのビデオのごときテンパり具合から急停止した。数秒置いて、再び顔が真っ赤になる。
「そ…そうでしたか……これはその、失礼を……」
「……何かあったの? 愛紗」
「何でもないです……というか、忘れてください……」
 いつもの凛とした愛紗はどこへやら。何か聞かれたら困る独り言でも言っていたんだろうか?
 ……何にしても、何か悩み事というか、そういったものがありそうなのは確かなんだけど……。
「ねえ愛紗」
「なんでしょう、ご主人様?」
 いくらか落ち着きを取り戻した様子。
「何か……悩み事でもあるの?」
「! い、いえ特には……な、なぜそのように思われるので?」
「何か……この所ため息をつく回数が増えてるような気がしてさ、黄巾の乱から帰ってからとか、特に」
「っ!」
 表情をこわばらせる愛紗。なるほど、図星……
 ……とは、また違うような気がするな。まるで、自分でもよくわからなかったことを、他人に心を読んだみたいに言い当てられたみたいな……もしかして、そんな感じ?
「……何でもありません」
「そう? ならいいんだけど……」
 それっきり、黙ってしまった。なんか気まずいな……何か、何でもいいから話題……話題……。
「……だったら、僕の弱音でも聞いてもらおうかな?」
「はい?」
55 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 16:16:59.20 ID:xmrrKX3z0
愛紗は、虚を突かれたように聞き返した。
「ご主人様の…弱音…ですか?」
「うん、こう見えて、結構多いんだよ? 悩みとか」
 わざとらしく、軽口でそう話す。
 特に考えがあるわけでもないけど、辛気くさく話したって重いだけだしね。
「例えばさ……最近、暴動があったんだって? 食料を求めて、この城に暴徒が殺到したって……」
「ああ、そのことですか……」
 僕が今言っているのは、最近起こった事件だ。近くで徒党を組んでいた貧しい難民の一団が暴徒と化し、食料目当てでこの城に押し寄せたという報告だった。
 事件自体は、愛紗が兵を引き連れてそいつらを一喝して、一人の怪我人も出さずに解決したと聞いた。食料も無事だったし、一件落着かと思われたけど……
「その人達、つまり『ここになら食料がある』……って知って、それを求めて来たんだよね。私利私欲とかじゃなく、ただ、生きるために」
「……そうですね」
 それを考えると、心苦しかった。きっと彼らは、一縷の望みをかけて、この城に殺到したのだろう。彼らの行為は認められるものじゃないけど、そういう人がいるってことが、そして、彼らを救えなかったってことが、僕はやるせなかった。
「時々思うんだよね……。僕に、何が出来るのか。僕は、何を出来てるのか……って」
 盗賊を討つ英雄として、善政を施す君主としてほめられていても、その裏では救えていない人々が数多くいる。そんなギャップが、僕を罪悪感と無能感で攻めたてていた。
「いい面をほめられても、その後決まって悪い面を見ちゃうから、余計につらくなっちゃうんだ。多くの人を守るものとして、それは自然な、仕方のないことかもしれない。けど、僕には消化しきれるものじゃなくてさ……」
「ご主人様、それはあなたの責任では……」
「わかってる。でも……わかってても、なんて言うか……」
 気がつけば、愛紗を心配して話しかけた僕が、こんな情けないことになっている。ああ、やっぱり僕って駄目だな……。
「やっぱりさ、僕は普通の人間なんだ……って思うよ。強くもないし、頭もよくない。たくさんの人を導く手腕もなければ、その重圧とか、そこから生まれる影……っていうのかな、今回の事件みたいな、負の一面を見つめて、受け止め、受け入れるだけの度胸もない。ただの……どこにでもいる、普通の少年だって」
「………………」
「最近は、日に日に自信なくなってきてるんだ。それに、何もわからない。僕が何をすればいいのか……いや、そもそも僕なんかに一体何が……」

 パシッ!
56 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 16:17:37.97 ID:xmrrKX3z0
…………え?
 高台に、平手打ちの快音が鳴り響いた。少し遅れて、僕の頬に鈍い痛みが走り……もしかして僕、今、ひっぱたかれた?
「……目は、覚めましたか?」
 見ると、右手を振り切った格好で、愛紗が僕の方を見据えていた。その顔は、怒りとも、嘆きとも言えないような、複雑な表情をしている。
「何を弱気になっているのです? 自らの器を定めてしまうのも、自らに、未来に絶望するのも、まだ早いですよ」
 愛紗は僕の目を見て、そう諭すように言ってくれた。
「ご主人様は、この大陸の平和を望む民達の願いを成就されるお方……。私達を、私達の理想へと導いて下さるお方です。私の見立てに、間違いはありません。そのあなたが、そんな弱気になってどうしますか」
 そう言って愛紗は、僕の肩に両手を置いて、真っ正面から僕の顔を見据えて続けた。
「ただの人間? ただの少年? 当り前です。わたしは、神や仏を主として選んだ覚えはありません。あなたにそのような力がないことくらい、百も承知です。それでも、」
 そこで一呼吸おいて、
「それでも私は、あなたを主に選びました。それは、今あなたが嘆いている部分とは全く異なる部分に、あなたが真に誇るべき偉大さを垣間見たからです」
「………………」
「あなたも人間、悩みがあって、それに苦しんで当然です。弱音をこぼしたくなるお気持ちはわかります。ですが、あなたの側には常に私達がおります。お気持ちを強く持って下さい」
「…………うん」
 気づけば、自然にその言葉に肯いていた。そうするには十分な程に、愛紗の目は真剣で、その言葉は頼もしかった。
 愛紗はそれを見ると、ゆっくりと僕の肩から手を放した。口には、微かだが微笑みを浮かべていた。
 お説教にしては、随分と短かった気もする。でも、僕はこの一分にも満たないかもしれないやりとりの中で、愛紗が何を言いたいのか、はっきりとわかっていた。
「大丈夫です。ご主人様なら、いつかきっとご自分が進むべき道を見いだせるはずです。それまでは、私達が全力であなたを支えましょう」
「……そう、なのかな」
「ええ、そうです」
 即答した愛紗の声に、迷いは感じられなかった。……だったら、僕もそれに応えるのが筋だろう。
「そうだね。……わかった、頑張ってみるよ。いつになるかはわからないけど、僕が僕の『役割』を知るまで」
「そう言っていただけて、私も嬉しいです」
 愛紗はそう言って、満面の笑みを浮かべた。とても清々しい、とてもかわいい笑顔だ。僕は思わず、見とれそうになってしまった。……っと、いかんいかん、威厳は大事にしないと、またお説教だ。今、一段落したばかりじゃないか。
 僕は誰にというわけでもなく、呟いた。
「しっかりしないとね、何てったって『天導衆』なんだから」
「はい?」
 愛紗が聞き返してきた。ああ、愛紗はまだ知らないよね。
「僕ら『天の御使い』って言われてるみんなのことだよ。全員ひっくるめて、そう呼ぶの」
「天導衆……天を導く衆…ですか。……いい名前ですね」
「そう?ありがとう」
 考えたのは、雄二なんだけどね。でも、せっかく愛紗がほめてくれたんだ。名前負けしないように、がんばらないと!
「じゃあ、僕は戻るよ。政務、まだ残ってるからさ。『天導衆』が、仕事ほっぽりだすわけにはいかないし」
「くすっ……よい心がけですね」
 そう言って微笑んでくれる愛紗に軽く手を振って、僕は山のような書類の待つ自室へ走っていった。
 頑張ろう。今は情けないくらい弱気でも、いつか、胸を張って愛紗達みんなと向き合えるように。
57 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 16:18:31.31 ID:xmrrKX3z0
乱世・開幕編
第13話 食事と無邪気と平和への思い

 ――明久と愛紗が高台で雑談していた頃、食堂にて――

 午前中の半分ほどを残して軍議も終了、さて……と、

 ガラッ

「あれ? 坂本?」
「ん? 島田か」
 戸を開けて食堂に入ってきた島田は、隅に座っている俺に気付いたらしい。
「何でここに? アンタも寝坊して朝ご飯食べ損ねちゃったの?」
「いや、朝飯はちゃんと食ったんだが……チャーシュー麺と肉まんと小籠包と杏仁豆腐じゃちと足りなくてな、何かつまめるもんでも無いかと」
「あんた……どういう胃袋してんのよ……」
 呆れたようにため息をつく島田。
「ほっとけ、胃袋の容量なんざ人それぞれだろうが」
「だとしても、チャーシュー麺に肉まん……って、朝からヘビー過ぎない?」
「そんくらいで胃もたれになるほどヤワじゃねーよ」
 淡々と言い返しつつ、手元の書類に目を走らせる。何々……これは税収の、こっちは移民受け入れの報告書だな。以前に比べるとどちらも…うん、順調だな。
「何だか知らないけど、いつも忙しそうねアンタは。試召戦争でもないのに」
「こっちに来てからは、毎日試召戦争みたいなもんだ。休む暇もない」
 書類を仕分けしながら、そう答える。この所、特に黄巾の乱以降は特に忙しい。
 せわしなさだけを見れば、試召戦争の時のそれほどではない。あれは短時間の内に大量の情報を処理しなきゃならん上に、策を練ったり、相手方の出方も警戒したりと、作戦でもなければ休む暇がない。
 が、こっちでの仕事はそこまでせわしなくはないものの、一日をそれに費やすため、絶対量的には断然多いのだ。
 おまけに、仮にも太守である明久のバカは一向に仕事を覚えないため、少しばかり俺が要領を得ても、全く楽になる気配がない。これから仕事が増えることを考えると、あのバカには一度、監禁してでも漢文の読み方と仕事のノウハウをある程度叩き込む必要があるだろう。
 だがまあ、姫路が加わってくれたということもあるし、少しくらいの楽観は許されるかもしれん。
 なんてことを考えつつメシ(繋ぎ)を待っていると、

 バタン!

「あ、雄二お兄ちゃん、美波お姉ちゃん」
「お?」
「あら?鈴々ちゃん」
 我が軍の誇る武将であり、元気いっぱいのちびっ子がこれまた勢いよく戸を開けて現れた。
「どうした鈴々? お前も何か食いに来たのか?」
「うん、鍛錬したら、おなか減ったのだ。だから、お昼ご飯」
「そうか、今日は午前中は、お前が兵達に訓練をつける担当だったな」
「え、でも、お昼にはまだ時間があるんじゃない?」
 ケータイの時計で時刻を確認すると、今の時刻は午前11時前。確かに、昼飯にはちと早い時間だ。
 かといって食料庫に入って盗み食いでもしようもんなら、愛紗の奴に何言われるかわかったもんじゃないからな。だからこそ、俺は「繋ぎ」の名目で食料を貰いに来たわけだ。
 ちょっとわがままではあるが、そこは普段からアットホームにやっている俺の人徳というもの。残り物でもいい、と良心的なセリフを忘れずに付け足した所、コックも快く応じてくれた。簡単なつまみのようなものを作ってくれるとのことだ。
 ……もっとも、昼飯もしっかり食べさせてはもらうが。
「鈴々は、食べたいときに食べる主義だから、そんなのは気にしないのだ」
「またそれかよ、この前も愛紗に注意されてただろうが」
 このわんぱく少女の胃袋は、どういうわけか俺以上に底なしだ。肉まん30個くらいならたいらげてしまうのは、警邏のときにサボり目的で参加した早食い大会で確認済みの事実である。
 故に、みだりに食料庫のストックを荒らされないよう、倉庫の鍵は愛紗と明久(県令)が保管し、コック連中にも、鈴々が厨房に来てもむやみに食料を提供しないよう言ってあるらしいのだが……、
 ……軍幹部に、それも一騎当千と名の知れた猛将・張飛におねだりに来られちゃ……断れんよなあ、普通。
 こんなことにならないよう、空腹時の鈴々の動向に注意を払っているはずの保護者(愛紗な)は……警邏が長引いてるのか? いないようだが。
「えー、でも鈴々おなか減ったのだー、お昼ご飯ー!」
「し……しかしですね、まだ仕込みが終わりませんで……」
「だったら、作りおきの肉まんとかなら、すぐに温めて食べられるのだ〜」
「で、ですが……関羽将軍から、張飛将軍が来ても時間外にむやみに食料を渡すなときつく言われておりまして……」
「む〜っ……」
58 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 16:19:01.27 ID:xmrrKX3z0
っと、さっそくコックを困らせてやがるな。やれやれ。
 コックにしてみりゃ、鈴々にここで延々文句言われるか、今ここで肉まんを渡して後で愛紗に怒られるかの板ばさみだからな……さすがにかわいそうだ。
 しょうがない、つまみを作るのを遅らせられても困るし、助け舟の一つも出してやるか。
「鈴々、わがまま言うな。あと1時間ちょいなんだから、我慢しろ。じゃないと、あとでお前まで愛紗に怒られるぞ?」
「え〜〜……?」
 不満いっぱいの声で、そうかえしてくる鈴々。まったく、中身はマジで子供だな。
「あ、坂本様、こちら出来ましたので……」
 そんなセリフとともに差し出されたつまみを受け取る俺。なんだ、できてたのか。
「おう、ありがとよ」
「あー! そんなこと言って、雄二お兄ちゃんだけお昼ご飯作ってもらってるのだー! ずるいのだ〜!」
「違う、これは捨てるはずの残り物がもったいないから、腹が減ったついでに俺が引き受けようと思ったんだ。断じて昼飯ではないし、ずるくもない」
「にゃ、そうなの?」
 俺が食料を得ているという事実は変わらないわけだが、言い方を変えただけで半ば納得してしまう鈴々。このあたり、明久より扱いやすい。
「そうだ。にしても料理長、ずいぶんいっぱい作ったな?」
 料理長が作ってくれたのは、残り物の肉や野菜を使った炒め物。ゆうに1,5人分くらいはありそうだ。
 まあ、たいらげるくらいわけないが……この際だ、やんちゃな子猫を黙らせるか。
「一人で食うにはちと多いな……鈴々、手伝ってくれないか?」
「食べる!!」
 肉まんへの執着もどこへやら、俺の手の皿の野菜炒めに一瞬で鞍替えした鈴々を誘導して、席に戻る。ちらりと振り返ると、料理長が深々と俺に向かってお辞儀をしていた。うんうん、いいことをした後は気分がいいな。
「あ、島田様、ご注文の食事が出来ましたが」
「あ、うん、ありがとう。今とりに行くわ」
 島田の朝食も(今の時間だと、ブランチだな)出来たらしい。丁度いい、3人で雑談でもしながらメシをつつくか。
59 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 16:19:33.57 ID:xmrrKX3z0
「よく食べるわね、鈴々ちゃん……」
「全くだ。鈴々お前、あんまり食べ過ぎると昼飯が入らなくなるんじゃないか?」
 そんなことはないだろうがな。
 俺の野菜炒め、既に実に7割ほどが鈴々の胃袋に収まっていた。
「大丈夫なのだ。これは、このあとお昼ごはんを食べるから、準備運動なのだ」
「フードファイトに準備運動なんぞあるのか、初めて聞いた」
「にゃ? ふーどふぁいと?」
「坂本、向こうの言葉使わないの」
 頭上に「?」マークを浮かべてキョトンとする鈴々。
「横文字は……ああもう鈴々ちゃんってば、ほら、口のはたにソース……じゃなかった、タレがついちゃってるわよ」
 そう言いながら、島田は食卓においてあったナプキンのようなもので、鈴々の口のはたを拭いてやっていた。
「にゃ、ありがとう、美波お姉ちゃん」
「ふふ、いいの。でも気をつけてね? そんな顔で外に出てったら、笑われちゃうわよ?」
 微笑みながら、やさしく鈴々に語りかける島田。なんだか、自分の妹に語りかけているときのようだ。
 ……いや、というか、
「島田、おまえまるでお前んちのちびっ子を相手にしてるみたいだな」
「え? あ……そういえばそうかも。なんか既視感あるな〜と思ってたのよね……」
「にゃ? ……ちびっ子?」
 鈴々、またも置いてけぼり。楽屋ネタが多すぎるか。
「私の妹のことよ。向こうの世界にいるの」
「美波お姉ちゃん、妹がいたのか。どんな子?」
「そうね……まじめで、しっかりしてて……言ってみれば、私に似てる子ね」
「そっかー、まじめでしっかりしたお姉ちゃんみたいな子なのかー」
「……っ!」
「どうしたの? 坂本」
「いや……」
 今の鈴々のセリフ、切る場所にもよるが……多分『島田みたいにまじめでしっかりした子』じゃなくて、要するに『見た目は島田に似た、まじめでしっかりした子』……って意味だと考えると、笑いが……。
 いやまあ、正解なんだがな。
「「?」」
 発言した当事者であるにも関わらず、全く違和感を感じていない2人。平和だな。
「でも、そういえば……元気かな、葉月……」
 ふと、島田がそんなことを言い出した。
 どこともない虚空を見上げて、物思いにふけるようにしている。……今の会話で、いやもしくは無邪気な鈴々を見て、妹のことでも思い出したのだろうか。
「……ねえ、鈴々ちゃん」
「にゃ?」
「前から聞きたかったんだけど……」
60 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 16:20:07.17 ID:xmrrKX3z0
 野菜炒めの最後の一口を掻っ込んで(あーあー、またソースが……)、口いっぱいにほおばっている鈴々に、若干沈んだ声で島田がたずねた。
「鈴々ちゃんはさ……大丈夫なの? その……戦い? とか……」
「にゃ? どういう意味?」
 鈴々は島田の質問の意味がわかっていないようだったが、俺にはだいたいわかった。脈絡もあったし、何より……島田の表情が物語っている。
「怒らせるつもりで言うんじゃないんだけど……鈴々ちゃんくらいの歳だと、まだ、やりたいことたくさんあるんじゃない? 友達作って遊びたいとか、おしゃれしたいとか……それなのに、戦いに駆り出されて……戦場で戦ったり、相手の兵士を殺…倒したりするのって、平気なの? つらくない?」
 島田は、口から搾り出すように言葉を並べていく。
 そのつらそうな、悲しそうな表情を見る限り……おそらく島田は、目の前にいる鈴々と、向こうに残してきた自分の妹…葉月を重ね合わせてるんだろう。歳もいくらか近いし、口調こそ違えど、どっちも天真爛漫だしな。気にかけるのも無理はない。
 島田の一言一言を、鈴々はぽけーっとしているようで、真剣に聞いていた。そして、少し悩んで、
「平気じゃないけど……平気だよ?」
 笑顔で、そう返した。
「?」
「えっとね、人の命をどうこうっていうのは、やっぱりあんまりいい気分じゃない。でもさ……鈴々は強いから」
「強い……? そっか、鈴々ちゃん、強いもんね、平気なのか」
「あ、そうじゃなくって、いや、それもあるけど……鈴々は強いから、弱い人たちを守ってあげたいのだ」
「「!」」
 その口から発せられた、率直な答えに、俺も島田もあっけに取られた。
「えっと、これ……愛紗が言ってたことのまねなんだけど……力がある人は、力が無い人のために力を使うんだって。今まで愛紗と一緒に旅してきて、鈴々もそれが正しいって思うのだ」
 鈴々の言葉を、島田魔も俺も黙って聞いている。
「愛紗も鈴々も、戦で父様や母様を、愛紗は兄様まで失くしてるのだ。その時、愛紗も鈴々もすごく悲しくて、つらくて……もう全部嫌になったのだ。でも、こんな風に悲しい思いをする人がこの先いっぱい増えるのは、もっと……いやなのだ。だから、愛紗も鈴々も、だれももう泣かなくていいように、平和な世の中を作るって決めたのだ!」
「そうか……えらいね、鈴々ちゃんは」
 そう言って、島田は静かに鈴々の頭をなでてやっていた。
「それに、今美波お姉ちゃんが言ってたこと……確かにそうだけど、鈴々はそれが出来てないなんて思ってないよ?」
「え?」
「だって、鈴々には愛紗も、お兄ちゃんも、朱里も、雄二お兄ちゃんも、美波お姉ちゃんも、い〜っぱいいるもん。寂しくなんかないし、毎日楽しいよ!」
「……鈴々ちゃん……」
 鈴々のセリフは、別に俺達を気遣って発せられたものではなく、彼女の心からの本音だということを、その天真爛漫な笑顔が物語っていた。それを見て、俺も島田も、自然と笑顔になる。
「そうだね……えらいね、鈴々ちゃんは!」
「えへへ……褒められたのだ」
 嬉しそうにする鈴々の頭をなでてやっている島田の顔は、妹に愛情を注ぐ姉のようだった。
 …こりゃ、弱音はいてる暇も、悪態ついてる暇もないな……。明久のバカの尻ひっぱたいてでもやる気にさせて、さっさとこの世界平和にせにゃ。
61 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 16:20:39.06 ID:xmrrKX3z0
乱世・開幕編
第14話 漢字と歴史とまさかの補習
『むぅ…………』
『どうかしましたか? 秀吉さん』
『ああ、いやなに、ワシらのいた所と文字が違うものでの……書物が全く読めんのじゃ』
『そうですか……あの、私でよければ……』

「……? 何かしら?」
 食堂で、引き続き昼食を食べるのだという坂本と鈴々ちゃんと別れて、まだ仕事も予定も割り振られていない私は、屋敷の中をぶらついていた。あの2人、どんな胃袋してんのかしら?
 にしても、この霧島さんの家より広いお屋敷……いや。もうこれ城って言うべきかも。これが、まるごとアキのものとはね……人生、何が起こるかわからないものだわ。
 もとの世界にいた頃のファミリーサイズのマンションといい、あいつは広い家に縁があるのかしら?
 なんてことを考えながら屋敷の中を散策していると、冒頭に示したような会話が聞こえてきた。
 えーと、この声って……木下と朱里ちゃん?

 がちゃ

「はわっ!? どどどどちらしゃまでしゅかっ!?」
「む? 何じゃ、島田ではないか」
 予想通り、そこにいたのは木下と朱里ちゃんの2人だった。何だか朱里ちゃんが異様にテンパってかみかみなんだけど……びっくりさせちゃったのかな?
「珍しいの、おぬしが書庫なんぞに姿を見せるとは……何か調べものかの?」
「ううん、あんたらの声が聞こえたから、何してるのかな〜って思って寄っただけ。あんたらは?」
「ワシは、この世界のことを詳しく知りたくての。朱里に、適当な本を紹介してもらおうと思ってきたんじゃ」
「あ、はい、そうなんです」
 なるほど、現状把握ってわけね。確かに……私達は瑞希含めて3人で色々と旅?しては来たけど……そんなに多くのことがわかったわけじゃないもんね。もっと、この世界独特の決まりとか、慣習とか……いや、それ以前に世界情勢とか知っておかないとまずいわよね。何せ戦国時代なんだし。
 何だか、何もわからないこの状況、ウチが日本に来たばかりの頃のこと思い出すなあ……。あの時は、アキと坂本のケンカに唖然としたり、よく知らない日本語でとんでもないこと言ったり、間違えて男子トイレに入っちゃったりしたっけ。
 ……男子トイレの一件は、半分こいつのせいなんだけど。
「む? 島田よ、わしの顔に何かついとるかの?」
「え? あ、いや、何でもないの」
あ 、知らないうちに凝視しちゃってたか……失敗失敗。
「それで? 知りたいことはわかったの?」
「いや、さっぱりじゃ。ほれ」
「? ……ああ、なるほど……」
 そう言って木下が私に見せた本は……うわ、全部漢字。
 しかもこれ…漢文ってやつじゃない? 日本語書くのも一苦労なのに、こんなの読めるわけないって……。特に私は帰国子女なんだし。
「えっと……でしたら、私が読んで差し上げましょうか?」
「え? いいの、朱里ちゃん?」
「はい。この世界のことがわからないままというのは、不安でしょうし……私達としても、皆さんにはこの世界のことを知ってもらいたいんです。これから、ますます大変になるでしょうから……」
 そういって朱里ちゃんは、すっくと立ち上がった。
 確かに、名前だけだとしても私達は『天の御使い』とか言われてるわけだし、あんまり考えたくないけど、これから戦いもさらに激しくなっていくだろうから、何も知らないまま……っていうのは厳しいわよね。
 かといって……文字は読めないし……。
「むう、朱里に手間をかけさせるのは忍びないが…背に腹は変えられんな……」
「じゃあ、お願いしてもいい? あ、もちろん今じゃなくても、朱里ちゃんが時間があるときでいいから」
「あ、はい。えと、今時間があるので、ちょっとでもやっちゃいましょう」
 そう言って、朱里ちゃんはてこてこと使う本を探しに行った。
 正直言って、すごく助かる。今から漢文を勉強する時間もないし…いや、時間はもしかしたらあるかもしれないけど、勉強したくないし……。年下の小さな子に読んでもらうっていうのはちょっと恥ずかしいけど、あんなわけのわからない異世界言語みないなのを延々と勉強するよりはマシね。
 あ、いや、この世界について言えば、ホントに異世界言語なんだっけ。
 多分だけど、木下も同じようなことを考えていると思う。ポーカーフェイスのこいつの考えていることはわかりづらいけど、木下も古文は苦手だったはずだから。
 なんて安堵していると、朱里ちゃんが何冊かの本を手に帰ってきた。
「お待たせしました〜。さっと知るくらいなら、このあたりの本が……はわぁ!」
62 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 16:21:10.17 ID:xmrrKX3z0
あ、転んだ。
 床に積んであった本の山につまずいて、本を抱えて両手がふさがっていた朱里ちゃんが派手にひっくり返る。あーあー、痛そう……って!
「朱里ちゃん! 起きて! 早く早く!」
「うう〜…い…痛いです……」
「スカート! スカートめくれてる……あああ横文字か! 下着! 下着見えてる!」
「うう……え? は、はわわっ!」
 あわてて飛び起きて、めくれて下着を隠せていないスカートを直す朱里ちゃん。顔が真っ赤。
 横を見ると、朱里ちゃんを気に掛けてかな? 木下が顔を少し赤くして、あさっての方向を向いて、目を背けていた。
 でも、
「大丈夫? 朱里ちゃん」
「はい、大丈夫です……。お部屋に男の人がいなくて助かりました……」
「うん、そうね。でも、外では気をつけてね」
 さすがに、男の人に今のを見られるのはかわいそうだし、嫌だものね。
「島田、朱里、一応ワシは男なのじゃが」
 どこか不満そうに、木下の反論が入る。
「そ……そうでした。でも……」
「でも?」
「秀吉さんなら……あんまりショックじゃない気がします……」
「しゅ……朱里よ! お主その……そこは大いにショックを受けてもらった方がワシとしても助かるのじゃが!? というか、出会って早々お主までワシをそういう目で……」
 何で木下は慌てたような、ショックを受けたような顔になってるのかしら。朱里ちゃんも私も、何か変なこと言ったっけ?
 と、

 どさっ
63 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 16:21:45.00 ID:xmrrKX3z0
「「「?」」」
 向こうの本棚の影から、何か重いものが落ちるような音が……え? 何!?
「な、何!? だ……誰かいるの!?」
「は、はわわ……誰ですかっ!?」
 ちょ……ちょっと、ここには朱里ちゃんと木下が最初に入って、それまで誰もいなくて、それからも私以外誰も来てないのよね? どういうこと!? ちょ……ちょっと怖いんだけど……。
「……このタイミング…もしや……」
 突然、木下がすっくと立ち上がって、音のしたほうへ歩いていく。ちょ……ちょっと!?
「き、木下! あ、あぶな……」
「そそそそうですよ秀吉さん! 誰か警備の人を呼んで……」
「……いや、その必要はない。ほれ」
 と言って、木下が本棚の影から何かを引っ張り出した……って、あれ?
「土……屋?」
「はわわ?」
 顔面を鼻血で凄惨な状態にしている土屋が、木下に引っ張られてこっちに……って、何でこんなとこにいるのよ? しかも、何その顔は!? 顔面から落ちたの!?
「大方、本棚の上にでものぼっていた所を、『今の』でバランスを崩して落ちたのじゃろう。こっそり春本でも探しとったのか?」
「…………ハプニングある所、俺あり……」
「今の朱里の転倒を察知して来おったのか……」
 何だかそんな会話を繰り広げていたけど、よく聞こえなかった。
 ま、まあ、お化けじゃなかったんだから別にいっか。
 フラフラの土屋は部屋の隅に寝かせて、さて、勉強開始、と!

                        ☆

「さしあたって…こんな感じですね。後は明日以降、おいおい覚えていけばいいんじゃないかと」
 朱里ちゃんの勉強会が始まってから大体1時間弱、今日はここまでということらしい。
「ありがと朱里ちゃん。あー、勉強したー……」
「といっても、ワシらは朱里の話を聞くだけじゃったがの」
 そうだけど、朱里ちゃんの説明はわかりやすくて、板書やノートなしでもすごくよくわかった。
 にしても、この短時間で、専門用語だっていっぱい出てきたのに、学校の授業より断然わかりやすかったな……。無駄がないっていうか…何ていうか……。期末テストの前とか、朱里ちゃんに解説してもらったら、ウチでも坂本くらいの成績とれるかも……。いや、ホントに。
 私たちがお礼を言うと、朱里ちゃんは嬉しそうに笑いながら、
「お役に立てたなら何よりです。わからないこととかあったら、遠慮なく聞いて下さいね」
 そんな嬉しいセリフを返してくれた。アキもいい仲間に恵まれたもんね……。
 ともかく、これでこれ以降、文字の読めないこの世界でやっていく見通しがついたし、よかったよかった。
 なんて思ってたら、

 がらっ
64 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 16:22:17.49 ID:xmrrKX3z0
「あ、ここにいたんですね、美波ちゃんに木下くん」
「あら?瑞希?」
「む、姫路か?」
 書庫の扉を開けて、瑞希が現れた。
「どうしたの? 瑞希も何か調べもの?」
「あ、いえ、私はそういうんじゃなくて……2人とも、坂本君が探してましたよ?」
「雄二がじゃと?」
 坂本が私たちを?
 え? でもあいつ、あのまま食堂で鈴々ちゃんとお昼ご飯食べるんじゃなかったっけ?
 今の時間は12時40分を回ったくらい。昼食の仕込みが終わって出せるのは12時くらいって聞いた。
 坂本一人なら食べるのも早いんだろうけど、鈴々ちゃんと一緒に食べるんなら、ペース合わせる関係もあって(いやまああの子も早いけど、多く食べるから食べてる時間が長いし)、今ちょうど食べてるくらいかなって思ったんだけど……
「ところで、美波ちゃん達はどうしてここに?」
 瑞希が思い出したようにそう訪ねる。それには木下が答えた。
「うむ、この世界のことを少しでも知っておこうと思っての。『三国志』は知ってはいたが、ちゃんと読んだことがなかったゆえ、知識がおぼろげだったのじゃ」
「ウチはたまたま通りがかって、それに便乗して……ってわけ」
「ああ、そうだったんですか」
 と瑞希。
「あ、じゃあ朱里ちゃん、せっかくなので私にもその本、見せてもらっていいですか?」
「え? あ、はい。もちろんです」
 嬉しそうに頷く朱里ちゃん。瑞希はそのまま、朱里ちゃんの手にある本を受け取って……
「あ、でもそれなら私が読んで差し上げた方がいいんじゃ……天の世界とは文字が違うんですよね?」
「あ、ホントだ。漢文ですね。でも……」
 瑞希は一拍置いて、本のページに目を走らせる。あれ? もしかして……
「これくらいなら読めそうです」
「え?読めるんですか?」
 驚いたというか、意外そうに聞き返す朱里ちゃん。
「ええ。たしかにちょっと大変かもしれませんけど、大体の意味を把握するくらいなら簡単だと思います」
「そうなんですか? でも……」
 引き続き意外そうな朱里ちゃん。その視線は、ウチと木下に向いている。
 ま、そりゃそうだよね。さっきはウチらが読めないって言ったから、朱里ちゃんにわざわざ読んでもらったんだもんね。
 あ、でもね、さっきのは決して嘘とかじゃないのよ? ホントに。
「すまんの朱里。ワシら2人は無学ゆえに、姫路には読めるそれも、全くわけがわからんのじゃ」
「うん、恥ずかしい話なんだけどね……」
「あ、そうだったんですか」
 それを聞いて朱里ちゃんは、納得しました、とでも言いたげに、ポンと手を鳴らした。
「あ、それなら……」
 と、思いついたように、朱里ちゃんが口を開く。
「読み方とか、私でよければご指導させていただきますけど……」
「い、いや、いいわ朱里ちゃん、ウチらは。どうせムダだし」
「うむ、無理じゃ。それに、朱里には仕事もあろう。足を引っ張るわけにはいかん」
 木下、ナイス。
 そうそう、あんなのいくら勉強したって覚えられる気しないもん。大体、せっかく課題やら補習やらが無い世界に来たんだし、せめて今くらい勉強のこと考えたくない。
「でも……」
 朱里ちゃんは「諦めちゃだめですよ!」とでも言いたげな顔。うう、ちょっと説得するのに苦労しそうだな……。
 と思ってたら、意外な所から助け舟が出た。
「そうですよ。朱里ちゃんは自分のお仕事に集中して下さい」
 と瑞希。え? 瑞希がフォローしてくれた?
 瑞希なら、てっきり「頑張りましょう美波ちゃん、私もお手伝いしますから!」とか言いそうだなと思ったんだけど。
 まあ、何にしてもフォローしてくれるんなら助かるっていうもの……
65 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 16:22:48.73 ID:xmrrKX3z0
「美波ちゃん達の勉強は、私たち天導衆で何とかしますから」

「「はい?」」
 瑞希はそんなことを言った。
 え? 何今の? どういうこと? 朱里ちゃんを納得させる口実……よね?

 がちゃ

「お、ここにいたか、秀吉に島田……! なんだ、ムッツリーニもいるな」
「坂本?」
「む? 雄二……と、それは明久かの?」
「うう……雄二の外道……」
 扉が開いて、坂本と、襟を鷲掴みにされて引きずられる形で、アキが入ってきた。え? 何この状況? 何で坂本とアキまで書庫に来るの?
「あ、坂本君、美波ちゃんたち、ここでこの世界のことの勉強をしてたみたいです」
「そうなのか? ……と、朱里がいるところを見ると……要点をまとめて朱里に読んでもらってたってとこか」
 相変わらずすごい洞察力ね、坂本。何でこいつFクラスなのかしら。
「まあいいや、ここには資料も黒板もあるしな。探して連こ…つれてくる手間が省けた」
「雄二よ、今お主『連行』と言いそうにならんかったか?」
 何かしら、いやな予感がしてきたんだけど。
「! 隙ありっ!」
「無い」
 
 どごっ

「ぐはっ!」
 アキが坂本の手から逃れて書庫の外に逃げようとして、坂本の後ろ回し蹴りを後頭部に受けて昏倒させられた。え? 何今の? 何でアキは逃げようとしたの?
「明久君!?」
「はわわっ! ご…ご主人様!? 大丈夫ですか!?」
「明久君、勉強が嫌なのはわかりますけど、逃げ出そうとしちゃだめです。期末テストの時は、あんなに頑張ったじゃないですか」
66 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 16:23:17.82 ID:xmrrKX3z0
「「………………勉…強……?」」

 木下とウチの声がハモった。何かしら、ものすごくいやな予感がする。
 ウチの第六感が今すぐここを離れろって言ってるんだけど……坂本が出入り口の所に立っているせいで外に出られない。
「あ、はい、今から明久君は、坂本君と一緒にここで漢文の勉強をするんです」
「仮にもこいつは太守だからな。いつまでも字も読めない仕事も出来ない、置物でいられちゃ困る。覚えるもんは覚えて、政務もやってもらわねーとな」
 ああ、そうか。それでアキはあんなに必死に逃げ出そうとしてたんだ。
 ええと……
「そ……それは大変じゃのう明久……。では、ワシらはこれで……」
「が、がんばってね、アキ……」

 バタン がちゃ   ←坂本が扉を閉めて鍵をかける音

「秀吉に島田、他人事みたいに言うじゃないか? ん?」
「さ、坂本?」
「そ、そりゃワシらには関係無いことじゃし……」
「お前らも、に決まってるだろうが」
 予感的中。
「お前ら(ムッツリーニ含む)にだって仕事はいくらかやってもらうからな。この忙しい時期だ。人手はいくらあっても困らない」
「でも2人とも、漢文が読めないですし、頑張りましょう! ね?」
「し……しかしじゃな、わしらでは到底こんな難しい言語は使いこなせないわけで……」
「そそそそうよ! 勉強したって無理よ! 無駄よ!」
「美波さん! そんなにすぐに諦めちゃダメですよ!」
 ううっ! 朱里ちゃんまで敵に回った!
「千里の道も一歩からです! 学問は途中で投げ出したらそこで終わりなんですよ?」
「朱里の言うとおりだ。第一、字が読めなきゃ仕事が出来ないだけでなく、資料を読んで情勢を把握したりも出来ないし、軍議だって出られないだろうが」
「そうですよ。それこそ、また朱里ちゃんに時間を割いて読んでもらうことになっちゃいます。堂々巡りですよ?」
「そうだ、悪循環も悪循環、負の無限ループだ」
「じゃが雄二よ、人間誰しも何らかの因果の輪廻に囚われているもので、」
「もっともらしいセリフでごまかそうとするな秀吉。そんなもの努力で突破しろ」
「そうだよ秀吉! 因果の輪廻にとらわれようと、残した思いが扉を開くんだ!」
「アニメのセリフによるどうでもいい後押しをありがとう。グレ○ラガンは名作だよな。というか明久、お前起きてたのか」
「でも坂本、ウチらは日本人なのよ! そんな2つも3つも外国語なんて扱えな」
「島田、お前バイリンガルだろ。しかも後から覚えたの日本語の方だし。お前自身、努力すれば外国語だろうが何だろうが話せるようになるって見本じゃねーか」
 くっ、ああ言えばこう言う……。
67 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 16:23:46.95 ID:xmrrKX3z0
「仮にも俺達は天の御使い、『天導衆』を名乗る身だ。読み書きすらできねーでどうする」
「大丈夫ですよ、私達も一緒に勉強しますから」
「ああ、教える合間にだけどな」
「お主らはもうあらかた読めるから、そこまで苦痛ではないのじゃろうが!」
「そうよ! 私達にはこんなもの、お経か何かにしかにしか見えないのよ!」
「そうだ! くたばれ雄二!」

 ごすっ   ← アキのすねに坂本のローキックが入った音

「――っ! ――――っ!(悶絶)」
「黙れお前ら。朱里、悪いが外からこの南京錠で鍵をかけてくれないか。それで、1刻半経ったら開けに来てくれ」
「あ、はい、わかりました!」
「雄二!? お主ワシらをここに3時間も監禁する気か!?」
「監禁じゃない、勉強だ。こうでもしないと逃げ出すからな。ったく、鉄人の気持ちが少しはわかった気がするぜ」
「「「何てことを言うんだ!!」」」
 悪ノリしてる! ウチでもわかるくらい明らかに、こいつ絶対に悪ノリし始めてる!
「さて、始めるぞお前ら。トイレは、反対側の扉を開けた所に行き止まりの通路があって、そこに窓も無いやつがあるから、そこを使うように。坂本先生と姫路先生の特別補習授業、開始と行こうじゃないか」
「皆さん、頑張りましょうね!」
「「「助けて――――っ!!」」」
 坂本と瑞希の監視下で、その後蘇生した土屋を含むウチら4人は、朱里ちゃんが迎えに来るまでの3時間、書庫で漢字漬けにされた。
68 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 16:25:10.05 ID:xmrrKX3z0
反董卓連合軍編
第15話 正義と不安と討伐軍

バカテスト 歴史
問題
古くから薬効があるとして、薬および嗜好品として古代中国などで使用されてきたが、過度に使用すると中毒作用を引き起こす危険な薬物として、中英間で戦争の引き金にもなったケシから作られる麻薬の名称は何でしょう?


 姫路瑞希の答え
 朱里の答え
 『アヘン』

 コメント
 正解です。
 アヘンは最も歴史が古い麻薬のひとつで、一説には、『三国志』で知られる後漢の時代から存在したといわれています。覚えておくとよいでしょう。


 土屋康太の答え
 『×××××××』

 コメント
 先生も初めて聞く薬物名なのですが、何に使うのでしょうか?
 解答用紙に鼻血がついている理由とあわせて説明してください。


 吉井明久の答え
 『タミフル』

 コメント
 その時代にはまだインフルエンザもありませんでした。


                       ☆


 黄巾の乱の終幕から数週間後。
 時刻は午前9:00。ここは幽州啄県、太守の城(僕の家)、軍議室。
 愛紗や鈴々、朱里、そしてFクラスメンバー『天導衆』の6人が参加しての毎朝恒例の軍議が執り行われているんだけど……この日のそれはちょっと雰囲気が違う。
 というのも、
「? ラクロスしてるB君が暴走してこれ以上みたらしが食べれないから倒産しよう?  何なのそれ?」
「……洛陽の暴君の暴政がこれ以上見るに耐えないから討伐しよう……だバカ。」
 頭を抱えている雄二にそう返されてもわからないので、朱里に翻訳を頼む。
「ええとですねご主人様、洛陽……まあ、この大陸の中心都市なんですけど、そこに董卓っていう人がいて、人民に酷い暴政を強いているんです」
 朱里によると、その董卓とか言う縄文時代の銅製のアイテムみたいな名前の偉い人がやっている政治が、人を人とも思わないような酷いものなのだという。それで、支配下の領民が苦しめられているらしい。ふーん、そうなのか。
 全く、最初からそうしてわかるように言ってくれればいいのに。
「精一杯わかりやすくいうとこんな感じですね」
「ご苦労朱里。幽州の太守が、天導衆の筆頭がこんなバカですまん」
 雄二、お前はいつも二言三言多いんだ。

 そもそものことの発端は、漢王朝の皇帝『霊帝』の死から始まった。
 当然、後継者を決めて皇位を誰かに受け継がせ、改めて即位させることで、朝廷としての機能を維持する必要があるのだが、困ったことに、その霊帝は後継者を決めていなかったため、いくつかの派閥による皇位を巡った骨肉の争いが起こってしまった。
 それを勝ち抜いた一派は、他の連中の報復を恐れて、都の周辺で最も力を持つ豪族である『董卓』を頼って、自分達を守ってもらおうとした。
 ……でも、その董卓も、自分たちよりも弱い奴らに従うなんてことはしなかったわけで。
 董卓は強大な軍事力を背景に、その争いに勝った一派がたてた皇帝から皇位を奪い、自分達が立てた人物をそこにすえて、裏から朝廷を牛耳り始めたという。
 それが噂によると、またひどい暴政らしいのだ。人民も、周辺にいる有力者も、相当参っているらしい。
 そして、とうとうそれに対抗すべく、打倒董卓を掲げ、その董卓を討伐するための諸侯の大連合『反董卓連合討伐軍』が誕生するに至ったという。
 で、今、僕らのもとに、そこへの誘いが来ているらしい。
 僕らは黄巾の乱以降、周囲の村や町を傘下に加え、名家の協賛を得て、さらにその全てに対して善政を行うことによって、結構な勢いで領土を広げ、発展してきた。
 今では、公孫賛と同等の広さの領地を統治するに至っており、僕らの評判(『天導衆』の存在を含めた)は大陸全土に広がり、結構な注目を集めている。善政や活気ある町並みを求めて、遠くからわざわざ移民してくる人もいるくらいだ。
 今回の勧誘も、おそらくそれに起因するのだろう。
 今までの頑張りを評価されているようで嬉しいといえば嬉しいけど、素直に喜んでもいられないんだこれが。
69 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 16:25:46.46 ID:xmrrKX3z0
「何を迷うことがある! 人民のため、世の平和のため、貫くべき正義のため、討伐軍に参加してしかるべきだろう! この誘い受けるべきだ!」
「で、でも、まだ国内が安定しきったわけではないですし、ここはまず土台を固めることに集中したほうが……」
「何を言う! ご主人様に使える軍師ともあろう者が、臆したか朱里!」
「あ、いや愛紗さん、そうじゃなくて……」
「それとも、このまま黙って人民達が董卓の暴政に虐げられるのをよしとするのか!?」
「だから違いますよぉ〜!」

 とまあ、こんな感じでさっきから愛紗がもうオーバーヒートして、冷静に物事を見てかかろう、という姿勢の朱里が困っているのである。
「ご主人様! ご主人様もそう思われますでしょう!?」
「ほぁい!?」
 いきなり話を振られて、変な声が出てしまった。
「『ほあぃ!?』ではありません! 洛陽の暴君、放っておくわけにはいきません。この討伐軍への勧誘の申し出、受けるべきです!」
 ……愛紗、完全にスイッチ入ってるよ……。
 このままだと会議が進まないから、一旦クールダウンさせたいんだけど……。
「あ、愛紗? 少し冷静に……」
「はい!?」
 ダメ。怖すぎ。
 太守の威厳も何もあったもんじゃありません。
 僕の手に余るのが明白なので、雄二に目でサインを送る。
(雄二、何とかできない?)
(全く、少しは自分で何とかしろよ。太守だろうが)
(そうする手段があったらそうしてるよ!)
 やれやれ、といった感じで目を伏せて、雄二が発言する。
「愛紗。ちょっとわからないことがあるんだが」
「何か?」
「ああ、その情報だけど、洛陽についての具体的な情報とかは入ってきているのか?」
「それは……どういった意味で?」
 あ、少し冷えたかも。
 愛紗の沸点に関係ない話題で注意をそらすか、さすが雄二。
「戦うなら戦うで、相手方の情報がいるだろ? 洛陽に関して……軍の規模とか、街の大きさとか、様子とか、暴政の具体的な中身とか……」
 と、愛紗が話していないここに発言の機会を察知したのか、朱里が口を開く。
「それなんですけど……どうも、洛陽に関して、不自然な点が多いんです」
「え? 何?」
「あ、はい。この間から、もっと世界の動向を知ろうということで、各地に斥候を放っているんですけど……洛陽に放った部隊だけ、まだ一人も帰ってきていないんです」
 斥候って……ええと、たしかこっちの世界のスパイみたいなやつだ。
 前々から報告は受けてたけど、朱里はここ最近、大陸の情勢を詳細に把握するために、各地にそれを放っていた。
 で、それが洛陽のだけ帰ってないってことは……
「…………消された?」
「たぶん、そういうことかと」
 物騒な話だ。でも、そう考えるのが一番適当だろう。
「でも、変じゃない? たしかに他からのスパイ……ああいや斥候なんて、確かに、気持ちのいいもんじゃないでしょうけど、ウチらとその洛陽ってとこ、別に戦争とかしてるわけじゃないでしょ? そこまでする必要あるのかしら?」
「確かに……ちょっと不自然ですね……」
 美波と姫路さんも、何か引っかかるみたいだ。
 確かに……斥候を放った時点では、僕らは別に敵意も何も抱いてはいなかったわけだし、外部から来たからって、すぐに斥候だってわかるわけでもない。そんなわざとらしいまねをするような人員を、朱里が選ぶはずもないし。
 と、皆が何かしら考え始めた頃、
 痺れを切らしたのか、先ほど収まったはずの休火山が再び活動を始めた。
「今は斥候云々言っている場合ではない! 重要なのは、今この瞬間にも、罪なき民が、暴君の暴政によって傷つけられているということで……」
 愛紗、再燃。ああ、またこれか……と思っていたところで、
「「いえ、そこが一番不自然なんです」」
 朱里と姫路さんの同時に放った声がそれをさえぎった。
70 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 16:26:20.69 ID:xmrrKX3z0
「不自然……とは?」
「はい、えっと、朱里ちゃんの話にもあったように、斥候さんが一人も帰ってこないんですよね? 愛紗さんも、噂で暴政の話を聞いていただけみたいですし……つまり、洛陽に関する情報が、それこそ、一般の噂話レベルででも流れてきそうな情報さえ、何一つ私達の手元に無いんです」
「それは……暴政を強いる董卓のことだ、間者の疑いがあるものを、端から全て処刑しているからでは?」
「それでも、後者のそれが遮断されることはないはずです。行商とか、旅人とか、そういった筋で、何かしらの情報が外部に出るはずですよね?」
「確かに……町の様子が『暴政』という一点以外、何一つ外に漏れておらんのは、逆に不自然じゃ。それだと、鎖国下の日本のごとく、人の出入りそのものを完全に制限しているということになってしまうからの」
「そんな状態で……都市が機能するのかな?」
 人の出入りが無ければ物の出入りも無いだろうし……食べ物とか、服とか、生活必需品が無ければ、満足に生活も出来ない。
 そうまでして隠しておきたい秘密がある……ってことかな? でも、都市一つを封鎖してまで……一体何を?
 と、ここで愛紗が三度、
「い、いずれにしても、まずは討伐軍への参加について話し合っていただきたい!」
 議論が進まなくていらだっている愛紗がそう言った。
 すると、
「確かに、少し脱線してるな。皆、一旦話を戻そう」
 意外にも雄二が助け舟を出した。
「暴政を強いる董卓の討伐に関して、反対意見は無いんだろ? ただ、その実態が何もわからない、てんで得体が知れないのが気になる、と」
「まあ……何か隠してるみたいだしね……」
「相手の軍の規模もわからないのは、ちょっと不安なのだ」
「ん〜、でも、これ以上ウチらの方から何かしても…例えば、スパイを出しても……」
「…………おそらくは、二の舞」
「消されます……よね……」
「はう、八方ふさがりです……」
 議論が進まなくなってしまった。
「それなら、まあ、不安もあるが、俺は参加してみるのも一つの手だと思う」
 と、雄二がそんなことを言い出した。
 意外だ。誰よりも疑い深く、誰よりもずる賢いこいつのことだから、一番反対するんじゃないかと思ってたのに。
「大丈夫かな? 今までと違って、情報が何も無いよ?」
「この戦、曹操とか孫権とか、そういうお偉方も参加してるんだろ? だったらまず、この戦自体に何か変なからくりがある……ってわけじゃない。明久じゃあるまいし、胡散臭い話に乗るほど、連中はバカじゃない」
 なるほど、それもそうだ。……ってオイ。一言多いっての。
 まあでも確かに、そこまで胡散臭いなら、この大陸で大国を率いている彼女ら(調べてみた所、2人ともやはり女だった)が参加することも無いはずだし。
「それに、情報が少ないのは気になるが、暴政が行われていて、それを潰そうと各地の有力者が立ち上がってる。そこに参加するってのは、俺達幽州啄県の、欲を言えば天導衆の名を上げるのに、非常に有益に働くはずだ。暴政に苦しむ民を救うって大義名分もあるしな。参加も、視野に入れて考えるべきだ」
「さすが坂本殿だ! よくわかっている!」
 一息に言い切った雄二のセリフに、感心した愛紗が歓声をあげる、
 確かに、それももっともだ。
 情報が無いのは若干怖いけど、別に何百万とか、そういう軍勢を持っているわけじゃないと思う。それだけの軍勢が存在するなら、いくら情報を規制しても、隠しておくのは無理だろうし。
 それに、曹操や孫権が参戦するんなら、交流を持ついい機会だし、戦う時の味方としても心強い。この戦の勝率自体、低くはないはずだ。
 でも、朱里はどうやら不安が消えないようで、
「それでも、私は……参加は難しいと思います」
 そう言っていた。
 即座に、愛紗が反応する。
71 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 16:27:27.88 ID:xmrrKX3z0
「なぜだ朱里? 我らの名を天下に轟かせる、またとない機会だというのに……まだ、洛陽の情報の少なさに不安が残るのか?」
「それもそうですけど、他にも。私達は魏の曹操さんや呉の孫権さん、名門袁家の当主の袁紹さんなんかと違って、軍備も財力もまだまだなんです。名声を得るのも大事ですけど、今はそれらを整えることに力を入れる時期じゃないかって」
「それはそうだが、しかし……」
「それに、私はむしろ、この戦の後の心配をしたいんです」
 と、朱里が言った。
「戦の……後?」
「はい。現在の状態がすでに状態ですし……この戦い、どちらが勝っても、朝廷は疲弊して力を失います。力のない朝廷に、下の者たちは従いませんから、この先、大陸は、群雄割拠の戦乱の時代に入ります」
「まあ、力も魅力もないお上に従う酔狂な奴なんていないだろうしな」
「はい。そうなれば、おそらく諸侯は領土拡大のため、各々で各地に侵攻を開始するでしょう。力のないものから、どんどん大国に……いま挙げたような人達のいる国に、併呑されていきます。それを防ぐためにも、今は国力の充実に集中する時期だと思うんです」
「それは……そうだが……」
「でも、困っている人を捨てておけないのだ」
 愛紗と鈴々も、そう主張する。
 一進一退、といったところか。この戦いには、今までにない、無視するわけにもいかない不安要素がいくつもある。しかし、僕達がこうして戦っている根本の目的から考えれば、参加するべきだし、それによるメリットもいくつもある。
 議論は、平行線をたどるばかりだ。皆、黙ってしまった。
 そこに、

「あのさ、参加……してみない?」

 僕が、そう言った。
 意外なところから飛んできた意見に、皆は驚いて僕に注目した。
「何か考えでもあるのか? 明久」
「いや、考えとかはないけど、悩んでるくらいなら……って」
 これは本当だ。別に、何か作戦とかがあって、こう言ったわけじゃない。でも、このままにしていたら、話が進まない。だったら、
「だったら、いっそ参加してみてもいいかなって」
「『いっそ』って、お前な……」
「無茶苦茶言ってるのはわかってるけどさ、でも、やれることをやらないより、マシじゃない?」
「やれることを、やらないよりマシ……?」
 朱里がきょとんとして聞き返してくる。
「うん。僕がいた世界の格言なんだけどさ、『人間はやって後悔することよりも、やらなくて後悔することをつらく思う』っていうのがあるんだ」
「ほ〜……」
 と鈴々。
「まあ、確かにな。俺らには、それに参加して、苦しんでる人々を救う力がある。情報が少ないのは不安だが、俺たちはそれを題目にやってきたようなもんだ。今回に限ってそれを他の連中に丸投げしてのうのうと……っての、確かに後味悪いし、俺たちの国自体、何も変わらないよな」
「ええ。ここで立ち上がらなければ、わが軍の根本的な憲章に背きます」
 雄二と愛紗も、そう発言した。
72 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 16:28:00.66 ID:xmrrKX3z0
「うん、不安要素は確かに多いけど、それでも色んなところに、ここで戦う意味が、理由がある。名声もそうだけど、董卓に苦しめられてる人たちを救うことになるし、他にも、強力な力を持つ国の長達と知り合いになったり……利点も多い。何よりさ、困ってる人たちを放っておくみたいな……そんな薄情なことは、したくないんだ。それに、」
 僕はここで朱里のほうを見て、言った。
「この戦いで有名になれれば、それだけ国力の充実も楽になるんじゃないかな?」
「ま、そういうことだ」
 僕の説明に、雄二が続く。
「ことわざの使い方とかに少々突っ込み所はあるが、言ってることは正しい。もしここで董卓討伐に関して何か一役買うことが出来れば、俺らの名が知れ渡るだけでなく、『天の御使い』っていう眉唾ものの二つ名にも箔がつく。参加する意義は大きいと思うぞ」
 僕らの今の言葉には、筋が通っているはずだ。不安があるのは確かだけど、それを十分に補えるだけのメリットがある。
 何より……その暴政に苦しんでいる人を救えるかもしれないっていうだけで、参加する意義があるはずだ。
 その証拠に、皆少し悩んではいたけど、すぐに納得した顔になって、首を縦に振ってくれた。
「わかりました。ご主人様がそう言うなら、それが一番いい選択なんだと思います」
「なのだ! それに、何が相手でも、鈴々は思いっきり暴れるだけなのだ!」
「確かに、ちょっと怖いですけど、情報が無いからって動かなかったら、何も変わりませんよね」
「いいんじゃない? 『天の御使い』らしい決断だと思うけど」
「うむ、要は勝てばいいんじゃしの。それに、考えてみれば、大義も、それに見合った実績もないままに国力充実を図ったとしても、さしたる効果は得られんじゃろう」
「…………決まり」
「ご主人様、ついていきます。どこまでも!」
 皆、嬉しいセリフを言ってくれる。……よし、これでやることは決まった。
 反董卓連合軍に参加して、暴君・董卓を倒しに出る。敵は、仮にも朝廷……『天導衆』旗揚げ以来の一大決戦だ!
 よし! そうと決まれば!
 僕は立ち上がって、皆を前にビシッと言った。

「雄二! どうする!?」
「最後ぐらいビシッと締めろよ! 自分で!」

「「「………………」」」
 あれ、何でみんな呆れたような目で僕を見てるの?
「くっ……これが俺らの総大将とは…情けない……だがまあいい! 全員身支度をしろ! これより我らは、反董卓連合軍に参加、洛陽へ打って出る! 指揮下の部隊にその旨を通達の上、今日中に兵の招集を含む全ての準備を整えろ! 出発は明朝だ!」
「だそうだ!」   ← これ僕
「「「応っ!!」」」

                        ☆

「ちなみに、銅鐸は弥生時代の祭事に使われた道具で、縄文時代のものではないですよ」
「何だ姫路? いきなり」
「あ、いや、なぜか言わなきゃいけないような気がして……」
73 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 16:28:28.89 ID:xmrrKX3z0
反董卓連合軍編
第16話 王と覇王と無能王
明久たちが連合軍参加を決めてから、少し後のこと。
帝都洛陽、軍議の間にて、高官と思しき3人が議論を交わしていた。

「……大陸に割拠する諸侯が連合を組んだようね……」
「反董卓連合軍やて? 揃いも揃って暇なこっちゃ」
 一人は、緑色の髪の、眼鏡をかけた少女。見るからに頭脳派、といった印象を受ける。
 もう一人は、サラシを胸に巻いて法被(はっぴ)のような服を羽織っている、武将のような雰囲気を漂わせる少女。なぜか関西弁。
「そうね、でも、ふざけてる場合じゃない。曹操(そうそう)や孫権(そんけん)も、この連合に参加してるって言うんだから、手強いわ」
「せやな。暴君を倒せ〜……ちゅーんで、曹操に孫権、袁紹(えんしょう)、それに、最近売り出し中の『天導衆』とか言う奴らもおるらしいやん。数もそうやけど、曹操んとこの猛将夏候惇(かこうとん)・夏候淵(かこうえん)姉妹に、孫権のとこの周瑜(しゅうゆ)や甘寧(かんねい)……結構な人材がそろっとるしな。強敵っちゅーか難敵っちゅーか……」
「ふん、何を恐れることがある?」
 その場にいた3人目の高官が、そんなセリフを高圧的な口調で言った。
 白に近い銀髪で、短めの髪。気の強そうな目が印象的だ。
「たかが寄せ集めの軍隊。そんなものが何十万集まろうと、所詮烏合の衆ではないか」
「烏合の衆ねぇ……」
「そうだとも! それに、『氾水関』と『虎牢関』が、洛陽への道を阻んでいる。そこで戦えば、連合軍など恐るるに足らずだ。第一、猛将夏候惇だろうが、甘寧だろうが、私と呂布(りょふ)ならば、たやすく叩き伏せられる!」
「それはわかる。けどね、ボク達は、何があっても連合軍に負けるわけにはいかないのよ」
「そらそうや、ウチかてそんなん嫌やし」
「ならば何を四の五の言う必要がある!?」
 先程から語気を荒げている銀髪の彼女は、いつまでも出陣の指令が出ず、このような軍議が延々と続くのが我慢ならないようだ。
「はいはいわかったって……んで? 貫駆(かく)っち、どうする?」
「そうね……」
 貫駆(かく)……そう呼ばれた緑髪の少女は、考え込むそぶりを見せた後、
「わかった。張遼(ちょうりょう)、呂布(りょふ)と組んで出撃して。2人には虎牢関を守ってもらうわ」
「りょーかい。大将はどっち?」
「呂布よ。あなたは補佐してあげて」
 関西弁の彼女……張遼(ちょうりょう)は、うげ、と、怪訝そうな顔になる。
「そらまた……何ちゅうか、難儀やな……」
「大変だろうけど……お願い。華雄(かゆう)将軍、あなたは氾水関ね。ただし、こちらから出ることは控えるように」
「何!? この私に守りに徹しろというのか!?」
74 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 16:29:00.38 ID:xmrrKX3z0
銀髪の、華雄(かゆう)と呼ばれた少女は、その判断に反感をあらわにした。
「そうよ。遠征軍である連合軍の弱点は補給ただ一点。泥水関に籠もって兵糧が尽きるのを待つの。兵糧が無くなれば連合軍は退却を……」
「断る! 私は武人だ! 武人が自らの武を敵味方に披露しなくてどうする! 砦に籠もっているだけなどと、武人としての矜持が許さん!」
「でも連合軍は……」
「連合軍などわが武の前では無力だ! それとも何か!? 貴様私を疑っているのか!?」
「……分かった。そこまで言うなら、任せるわ」
 それを聞いた華雄は、フン、と鼻を鳴らして、そのまま部屋を出た。だだっ広い部屋に、貫駆と張遼だけが残される。
「やれやれ、あれはあれで難儀やな……で?」
「『で?』じゃないわよ、作戦に変更はなし。氾水関でも守って、虎牢関でも守って、相手の兵力を削るしかないでしょ。数が違いすぎるんだから」
「噂どおりに徴兵でも何でもやっとれば、それなりに対抗できるんやけどな〜……」
「月(ゆえ)が……許さないのよ……。あの子、優しいから……」
「せやな……けど、あいつらは何て言う? もともと連合軍を追い返そうとも思っとらんみたいやけど……」
「ええ、あいつらの狙いはただ一つ……」
「………………貫駆っち」
 その瞬間、張遼の表情が引き締まり、すぐにまた笑みを浮かべたものに戻った。
「あいつらのために死ぬなんて嫌やろ? 時間稼ぎならしたるから、月ちゃんつれて、逃げる準備しとき。人質は……自分らで何とかしてもらわなあかんけど」
「……わかった、その時はお願い」
「ほな、ウチも準備に行くわ」
 後ろ手に手を振りながら、張遼は部屋を出て行った。出陣の準備のためだろう。
 一人残った貫駆は、小さな声で、呟いた。

「月(ゆえ)は……ボクが絶対に守ってみせるんだから……!」
75 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 16:29:37.08 ID:xmrrKX3z0
「「「………………」」」
「え〜と、ど、どうも……」
(………………ったく、もっと堂々と構えろ、このバカ)
(そんなこと言ったって! 怖いよ!)
 超じろじろ見られてる……。うう、居心地悪い……。
 ここは、反董卓連合軍の陣営。
 その中心、各軍の総大将が集まって軍議を行っている場である。僕らは啄県を出発した後、この連合軍に合流、すぐさまこの会議に出席することとなった。
 会議に出席しているのは、次のような面子だ。
 まず一人目、長い金髪を、ネタですかってくらいにすごいボリュームの縦ロールをかけている女性。腕が通りそうなくらいの太さ。その荘厳さたるや、まるで水道管か何かだ。
 美人だけど、いかにも偉そうな感じのいでたちで、なんだか「おほほほ」とか「〜ですわ」とかいいそうな感じ。髪型も、金ピカの鎧も、自慢したくて仕方ないって感じに見える。というか、髪だけで何なんだろうこの凄まじいインパクトは。もとの世界じゃ、仮装大賞でもない限りまず見られないと思う。
 二人目、小柄だけど、鋭い眼光と隙のない立ち姿を見せている女の子。歳は……僕らより少し下って感じがするけど……ホントの所はわからない。
 さっきの人と同じく金髪で、両側にまとめて縦にロールをかけている。けど、先にすんごいのを見ているせいで、えらく小さくというか、お粗末に見える。髑髏を象った髪留めが印象的だ。……この髪型、最近どこかで見た気がするんだけど……?
 それだけなら『変わった雰囲気の女の子』なんだけど、この娘、全身から漂う威圧感が尋常じゃない。
 前に、高橋女史の召喚獣と相対したときに似た感覚だ。あのときも、見た目に似合わない威圧感というか、覇気のようなものがあった。もっとも……この娘のそれはあの時の比じゃないけど。初めてフリ○ザを見た時のクリ○ンは、きっとこんな心境だったんだろう。
 3人目は、薄い桃色の髪に、凛とした顔つき、凛とした雰囲気が印象的な女の子。僕らと同い年ぐらいに見える。特徴的な帽子……ってか、これ帽子なのかな? 髪飾り? ってかむしろ頭飾り? 頭に乗せるにはすごく重そうなんだけど……もしかして王冠?
 褐色に近い肌に、細身の体。前の娘ほどじゃないけど、この娘の覇気も相当なものだ。覇気というか……貫禄に近いかもしれない。霧島さんや高橋先生には感じられて、根本君や学え…ババァには感じられない類の。何にせよ、僕みたいな一般市民をちぢこまらせるには十分すぎるくらいのそれだ。
 他にも何人か……男がいたり女がいたりするけど、今言った3人ほどの存在感(1人目のそれは単純に見た目が占める要素が大きい)はない。きっと、周辺の小国の長や、部族の長みたいな、有力者の類だと思う。
 その場に、僕と雄二は啄県の軍の、そして『天導衆』の代表として、出席している。
 当然だけど、服装やら何やら珍妙な僕らは、注目の的になっている。雄二をつれて来てよかった。僕一人だったら……この場の空気に耐えられない。
 なんてことを考えていると、
「あなた方が最近、民の間で『天の御使い』とか『天導衆』とか言われてる方々ですの?」
 金髪縦ロール(大)が話しかけてきた。
「え、あ、はい。そうですけど……」
「……まあな」
「なんだ、どんな奴かと思って見てみたら」
 と、こっちは金髪縦ロール(小)。え? 何?
「ただのブ男じゃない」
 鼻で笑って、そう一言バッサリ。
 ああ、うんうんブ男……って何だとぅ!?
「天の御使いとか言っても、別に大したことないようね」
「おほほほ、そうですわね。私(読み方:わたくし)と違って、お召し物から何から、珍妙というか、貧相な方々ですわ」
 金髪縦ロール(大)の先ほどの口癖・人格予想がほぼ当たっていたことに笑いをこらえつつ、初対面で、しかも出会い頭にブ男呼ばわりしてくれた金髪縦ロール(小)を睨み返す。
 僕だって男だ、このままなめられたままにしておくわけには……。

(キッ)    ← 僕
(ギロリ)   ← 金髪縦ロール(小)

 ハイごめんなさい。無理です。
 うう、情けない……。
「……ブ男でも何でもいいから、さっさと始めないか?」
 雄二のやつ、この緊張感と威圧感の中でそんなことを言ってのけた。さすがは悪鬼羅刹と呼ばれた男……胆力が違う。
「あら、自分のことをけなされても、平然としていられるのね」
「いちいち気にしても仕方ないからな……で、どうすんだ? このままブ男だ何だ言ってたところで、軍議は進まんし、俺達のことなんぞそんな風にじろじろ観察したところで、面白くも何ともあるまい」
「そうね、下らないブ男なんかにかまっている時間はないのだったわ。思い出させてくれてありがとう」
 さらに罵倒の文句が増えた。
 ……腹が立つというか…自分が情けないというか……ま、まあこれでようやく軍議が始まるんだし、もう気にするのはよそう。
 と、

『ちょっとアキ、ちゃんとやんなさいよ!いつまで無駄話やってんの!?』

 そんな声が、耳にはめているワイヤレスイヤホンから流れてくる。
 僕はそれに
(わかってるよ。今から始まるみたいだから、ちょっと待ってて!)
 ブレザーの襟についている小型マイクにむかって、小声でそう言っておく。無論、口はほとんど動いていない。
(島田、あまり焦るな。それとムッツリーニ、録音の用意はいいか?)
『…………任せろ』
 雄二の問いに、ムッツリーニが答える。イヤホンから流れてくる音声は僕と雄二で共通なので、今のムッツリーニの声は僕にもよく聞こえた。どうやら、今から始まる軍議を録音する準備も整っているようだ。
 ……今の一連のやりとりは何なのかというと、
 いやそもそも、なぜ僕らがこんなスパイの如き装備を持っているかというと、それは約20分ほど前にさかのぼって話すことになる。
76 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 16:30:06.87 ID:xmrrKX3z0
「……というわけで、今から俺と明久の2人で連合軍の軍議に出席してくる」
「だそうです」
 ここは、連合軍陣地にして、僕ら幽州啄県代表の軍、その名も『文月軍』の陣地。
 元ネタはもちろん『文月学園』だ。僕らの軍勢の名前を決める際、僕らが向こうの世界にいた頃に属していた団体名だといったら、異口同音でコレに決まった。まあ、大して勢力が大きくもない内から、下手に『天の御使い軍』とか『天軍』とか名乗ってバカにされるよりはずっとマシだろう。味方の士気にも関わるし。
 ちなみに、掲げる旗には文月学園の校章を使わせてもらっている。このくらい、罰は当たるまい。
「ご主人様、お気をつけて」
 陣地を出る前、支度をしている時に、愛紗に声をかけられた。
「大丈夫だよ。ただ話し合ってくるだけだし、仮にも味方なんだから」
「ええ…ならばよいのですが、なにぶんその席にいるのはあの曹操や孫権、油断はできません。武官の同席が禁止されていなければ、私が付き添うのですが……」
 そう言って、下唇を噛む愛紗。大いに心配かけちゃってるようで、申し訳ない。
「心配しなくて大丈夫だ。ここで俺達に難癖つけたり、喧嘩売ったところで、連中には何のメリットも無いからな。それよりムッツリーニ、例のものの準備は出来てるか?」
「…………問題ない」
 雄二の問いに答える形でムッツリーニが答え、僕らに何かを差し出してきた。
 ……えーと、何これ?
「…………小型マイク。周囲の音を拾えるようになってる。襟に着けて行け」
「土屋君、そんなものを持ってたんですか?」
 驚いたように、姫路さんが言った。
 確かに、そんなものを持ってたなんて聞いてなかったけど……驚くべきところはむしろそこではない気がする……。
 さらにムッツリーニは、もう片方の手を出して、握っているものを見せた。
「…………こっちは、ワイヤレスイヤホン。気になる所や質問事項があれば、これでこちらから指示を出す。」
 その手に乗っていたのは、MP3プレーヤーなんかと一緒に使えそうな、片耳イヤホン。ただし今言ったとおりワイヤレスで、どうやら離れた位置と通信できるらしい。
 ……だから何で、今ここにそういうものがあるんだ。
 ここに持っているということは、おそらくこちらの世界に来た時点で身につけていた、あるいは手荷物の中にあったということ。なぜそんなものを常備している状態にあるのかは……最早聞くまい。
 僕と雄二がそれを受け取って装着した所で、ムッツリーニはさらに、ポケットの中から何かを取り出して、僕らに見せた。
 これは……?
「…………これで受信して、軍議の会話をリアルタイムで俺達も聞けるようになってる。録音も行っておく」
 どうやら、あの携帯ラジオみたいに小さな箱は、マイクの音声を拾う受信装置らしい。で、そこに細いコードでつながっているのは、録音用のボイスレコーダー(SDカード挿入済み)か。なるほど、用意周到なことだ。
「ねえ土屋……なんであんたそんなものを持ってるわけ?」
「ず、ずいぶんと品揃えがいいですね……?」
「…………ノーコメント」
 さすがに気になったらしい姫路さんと美波がそう聞いていた。まあ、常日頃からそんなスパイセットを懐に忍ばせている高校生なんて、どう考えてもおかしいし。
 2人とも、うっすらとは理解しているようで、深く追求することはしなかった。
「ムッツリーニ、ピンホールカメラはどうした?」
「…………改造が間に合わなかった。代わりにこれを」
「これは……万年筆型の隠し撮りカメラか」
「…………胸ポケットにでもさしていけば、ばれない。シャッターはこれ」
「わかった、俺が使わせてもらおう」
 横を見ると、雄二がムッツリーニからスパイ装備その3を受け取っていた。
 ……だから、何でそんなものを……。
「あの……ご主人様? 私も皆も、先ほどから何を話しているのか……」
「全然わかんないのだ」
「天の世界の言葉ですか? それに、そのちっちゃいのは一体……?」
蚊帳の外だった愛紗、鈴々、朱里が、僕らの装備を見て不思議そうに言う。
「ああ、悪いな。これは……」
「雄二、明久、そろそろじゃぞ!」
 雄二が説明しようとした所で、秀吉がそう知らせてくれた。
 時計を見ると、確かに軍議の開始予定時刻(僕ら視点)まであとわずかだ。
 他ほど大きくもない僕らが、遅れて、大国の人たちを待たせるのはさすがにまずいだろう。急がないと。
「ムッツリーニ、簡単に説明しといて。行こう雄二、遅れちゃうし」
「そうだな。じゃ、行ってくる」
「気をつけてくださいね」
 姫路さんの見送りを受けつつ、僕らは軍議に出発した。
77 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 16:30:54.00 ID:xmrrKX3z0
「さて……それではそろそろ、軍議を始めるといたしましょう」
 金髪縦ロール(大)のそんなセリフと共に、ようやく軍議が始まろうとしている。
 僕と雄二も、心なしか緊張の面持ちになる。
 耳からは、
『はわわ、すごいです! この箱から、いない人の声が聞こえてきます!』
『て、天界の技術というものですか? また奇想天外なものがあるのですね……』
『にゃ〜、お兄ちゃんたちはすごいものを持ってるのだ……』
 そんな声が聞こえてきた。3人とも、初めて見るハイテク機器に驚きを隠せないようだ。
 まあ、伝令兵や手紙を使った連絡手段しかないこの時代だから、無理も無い。
『こんなすごい道具を持っているなんて、やっぱりご主人様たちはすごいですっ!』
 正確には、向こうの世界でもかなり特殊な(危険な)部類の人間が持っているものなのだと朱里に教えてあげたい。
 と、他の参加者の中に、見知った顔を見つけた。
「お、吉井に坂本じゃないか! 久しぶりだな」
「ん? 誰かと思えば……」
「公孫賛さん!」
 かつて、ともに黄巾党と戦った戦友、公孫賛が、ひらひらとこっちに手を振っていた。
「あら伯珪さん、あなた、このお2人と知り合いでしたの? まあ、門地の低い者同士、仲良くするのは結構なことですわね」
「……もう慣れちゃいるが、相変わらず名家意識を鼻にかける奴だな、袁紹」
「あら、袁家は鼻にかけなくとも名家ですのよ?」
 漫画の中でしか見ることはないだろうと思っていた「お嬢様ポーズ」で、金髪縦ロール(大)……袁紹(えんしょう)はおほほと笑った。
 『伯珪』……たしか、公孫賛の字だな。
 でもって、今度こそ軍議を始めるようで、袁紹は参加者達に向き直った。
「さて皆さん、こうして集まっていただいたのは他でもありません、董卓さんのことです」
 微笑を崩さずに、袁紹は話し始めた。
「この田舎者は、田舎者の分際で皇帝の威光を私的に利用し、悪逆の限りを尽くしておりますの。その董卓さんを懲らしめるために、この私(わたくし)……そう、三国一の名家である袁家の当主であるこの私に、皆さんの力を貸して下さるかしら?」
 肩書きの部分がやけに強調されていたのは気のせいではあるまい。
 と、
「本音は売名のためのくせに……よく言うわね」
78 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 16:31:50.90 ID:xmrrKX3z0
縦ロール(小)がそんなことを、明らかに聞こえる音量でぼそっと言った。
 ……何か嫌な予感……。
「あ〜ら、そこのおちびさんたら、今何かおっしゃいましたかしら? 身長と同じで声まで小さいから聞こえませんでしたわ?」
 案の定、袁紹は言い返して来る。おいおい……この流れって……。
「老けた見た目同様……耳が悪いようね、おばさん」
「おば……口の減らないチビですわね!」
「あなたこそ、口の減らないおばさんだこと」
 あーあー、やっぱりか……。何か喧嘩始まったよ……。
 この展開を予測していたらしい高孫賛が、さっきから仲裁しようとしているけど、2人とも一向に聞こうとしない。完全に周りが見えていないようだ。こりゃ長くなるかな……
 と、思ったら、
「おい、喧嘩してる場合か」
 僕の横から、雄二がそう口を挟んできた。おお、度胸あるなあ。
「さっきもこんな感じで軍議が進まなかった覚えがあるぞ、いい加減に始めてもらわねーと、日が暮れる」
「そうだよ袁紹、曹操、2人とも熱くなるなって! 今は、どうやって董卓を倒すかの軍議だろ? 決めることなんて山ほどあんだから!」
 続けて言った公孫賛の言葉に、2人は眉間にしわを寄せつつも、ようやく止まってくれた。
「まあいいでしょう、ここはひとつ、伯珪さんの不細工な顔を立てて、引いてあげましょう」
「一言多いっつの」
 袁紹の台詞に小声で突っ込む公孫賛。
「始まるぞ、よく聞いとけ」
 雄二が襟のマイクに向かって話しかけた。そして、袁紹に向き直る。
「さてみなさん……この連合に、一つだけ足りないものがありますわ」
 袁紹が最初に言ったのは、そんな言葉だった。
「ここにいる皆さんのもとには優秀な精兵がそろい、武器糧食も、一部を除いて十分にあり、気合だって十分に備わっていますが、たった一つ、足りないものがありますの……何がわかります? そこのあなた?」
「え? 僕?」
「ええ、そうですわ」
 袁紹が指名してきたのは、僕だった。
 い……いきなりそんなこと言われても……うーん……、何だろう。今言ってた、武器とか食糧とか気合とかじゃないとなると……。
「……マスコット?」
「「「は?」」」
 あれ、違うのかな? 如月ハイランドのノイちゃんよろしく、こういう団体にはマスコットキャラクターがつきものなのかな、なんて思ったんだけど?
 イヤホンからは、秀吉か美波あたりがこけたのであろう『ズコッ』なんて擬音が聞こえてきたし……やっぱり違うみたいだ。
『ちょっとアキ、アンタふざけてんの?』
『明久君! 偉い人たちがいっぱいいるんですから、まじめにやらなきゃだめですよ!』
「え? 僕一応今真面目に答えたんだけど……」
『お主、それの方が問題じゃぞ?』
「まじめに考えて今の答えなのかよバカ。大量虐殺の起きる戦場に、そんな微笑ましい要素が要るか」
 隣の雄二からも飛ばされる突っ込み。むかっ。
「じゃあ雄二はわかるの?」
「知るか、考える気にもならん」
 じゃあ威張るな! と言おうとしたが、雄二の目を見てやめた。この目は……わかってる目だ。
(雄二、わかったの?)
(予想はついた。が……下らなくて正直言う気になれん)
 そう、アイコンタクトでの会話で語りかけてくる雄二。……どういう意味?
「あらあら、『天の御使い』なんて言われてる割に、全然大したことありませんわね」
79 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 16:32:20.81 ID:xmrrKX3z0
おほほほ……と笑って僕らをバカにする袁紹。はいはい、どうせ『天の御使い』なんてただの肩書きですよーだ。
「よろしいですか? この連合に足りないのは……」
 足りないのは……?
「優れた統率者ですわ」
 袁紹はそう、自信満々に言いきった。
 統率者……つまりはリーダーか。なるほど、確かにそうかもしれない。
 この軍は確かに強力で、優秀な兵や将が揃っているかもしれない。でも、元々は別々の軍勢。それを一つにまとめるには、どんな形であれ、それを統率し、指示を出せる誰かが必要になる。それは、Fクラスにとっての雄二の役割を考えればわかることだ。
 なるほど……さすがは名家を鼻にかけるだけのことはある。見た目や態度と違って、意外としっかりしてるん……

「そう、強くて、美しくて、高貴で、門地の高い……そう、まるでわたくしのような、三国一の名家出身の統率者が必要なのですわ!」

 …………………………はい?
 今何か、何やら不穏当なセリフが聞こえたと同時に、とっても不穏当な展開の予感が頭に浮かんだんだけど……?
「「「……」」」
「……そういうオチか〜」
 周りから聞こえてくるため息や、公孫賛の独り言、さらには沈黙までもが、悪い予感に拍車をかける、というか、さっきの台詞からして、もうこれ、パターンなのでは……?
「おっほほほほほ、そこで皆さんに質問ですわ! この軍を統率するにふさわしい、強くて、美しくて、高貴で、門地の高い、三国一の名家出身の人物はだ・あ・れ?」
「やっぱりこうなったか……」
 雄二が隣でため息をついていた。なるほど、こうなると踏んでたのか。まあ、確かに……下らない。
「はあ……バカバカしい」
「アホくさ……」
「……」
 袁紹は、周りからのそんな声など耳に入っていないかのように(多分実際入っていないのかもしれない)、沈黙を勝手に肯定と解釈して、
「おほほほほ……では、満場一致で、強くて(割愛)この私がこの連合の指揮をとりますわ!」
 そう、高らかに宣言した。
 ……やっぱり、こういうパターンの人でしたか。
 結構核心を突くな……なんて思った僕がバカだった。この人、ただ自分がリーダーになりたいだけだったんだ……。
「皆さん? よろしいですわね?」
「……勝手にすれば?」
「……異議は無い。だが我が軍は我が軍で勝手にさせてもらおう」
「まぁ……この際だから仕方ないな」
 そう言って、軍議参加者は次々にこのペーパー人事を肯定していく。その声に、微塵も期待のようなものは感じられない。……僕らも含めて。
 なぜだろう、僕はまだこの人のことをよく知らないのに、僕の本能はこの人はあてにならないと告げている。そして多分、それは正しいと思う。
『やれやれ……とんだ茶番だな』
『長かったですね……でもまあ、これでようやく軍議が始まりますね』
『重要なのはここからじゃの。さて、心して聞かねば』
 イヤホンからもそんな声が聞こえる。まあ、前半に述べられた万人共通の見解は最早気にしないものとして、やっと始まる軍議の方に集中を……
「ではみなさん、以上で軍議は終了します。陣に戻っていただいてよろしくてよ」
「「は!?」」
 たった今僕らの予想を更に最悪の形で上回ろうとしてくれている台詞に、僕と雄二の声が重なった。
「……? 何ですの?」
「いや、何ですのも何も……まだ陣形とか配置とか何も決めてないんだが……」
「あら、そんなものはあとで私が決めて皆さんに伝令しますわ」
80 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 16:32:48.35 ID:xmrrKX3z0
「「「………………」」」
 ………………マジでか…………。
 余りに予想外の事態に、軍議参加者全員がポカンとして何も言えないでいる。そして、イヤホンの向こうもまた、恐らくは同じことになっているんであろうという静寂。
 どうしよう、反論すべきなんだろうけど……反論する気も起きないよ?
 そんな空気を全く察知せず、一人幸せそうに高笑いしている袁紹を前に、僕らは本日何度目か持数えられないくらいのため息を突くしかなかった。
 結局、喧嘩して止めてまた喧嘩して自慢して……ってだけで、この軍議とも呼べない軍議はお開きになり、袁紹を除く僕ら全員の胸に、共通の懸念が生まれた。

『『『大丈夫か……この連合…………?』』』
81 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 16:34:59.81 ID:xmrrKX3z0
反董卓連合軍編
第17話 仲間と処刑と全員集合
「……何だったんだろうね? 今の軍議は」
「知らん。顔合わせじゃないのか?」
 帰路につく僕らの口からは、そんなセリフしか出てこなかった。
 軍議の場で決まったことといえば、袁紹がリーダーをやるってことぐらい。というか、袁紹と曹操がケンカして、残りが呆れて……って感じで終わった気がする。こんな一言で語り終えられちゃうとは、なんと言う薄っぺらさだろう。
 先ほどまでイヤホンからは、
『ふざけるな! まだ何も重要なことを決めていないではないか! こんなことで……』
 と、グダグダの軍議に苛立ちを隠そうともしない愛紗の怒声が延々と聞こえてきていた。正直言って音量的にうるさいので、もう軍議も終わったことだし、悪いけど僕も雄二もイヤホンは外させてもらった。
「にしても、えらいのがリーダーになったもんだな」
「だよね、正直、不安でいっぱいだよ」
「全くだ。見た目にしか威圧感が感じられない。あれ多分、頭の中空だろうしな」
 そんな感じで、次々に口をついて出る袁紹への罵詈雑言。もっとも、そういう感じのことを言われてもしかたないような人物なのは、あの場にいた誰の目にも明らかだったと思う。
 家柄を鼻にかけて、自分が誰より優れているって妄信している感じの自信過剰スタイル。多分、自分が誰かに負けるとか、そういう可能性なんか考えないタイプだろう。
 あれをリーダーに据えるくらいだったら、曹操や孫権、公孫賛の方が何倍マシだろう。いや、もし仮に雄二や僕がリーダーでも、あれよりは役に立つんじゃなかろうか。
そんなことを話しながら僕らの軍の陣地に着くと、
「お、帰ってきたかお前ら」
「あ、公孫賛さん」
 そこには、先ほど会議の席で別れたばかりの公孫賛がいた。
「何だ? 何か用か?」
「ああ、さっき言い忘れたんだけどさ、実は今……」
 公孫賛が用件を言おうとして口を開いた直後、その後ろ、僕らの仮設テントの入り口から誰かが出てきた。
 ……って…………え!?

「「…………え?」」
82 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 16:35:26.91 ID:xmrrKX3z0
 その人は、僕ら2人ともよく知ってる人だった。
 腰まである長い黒髪。
 美しく整った顔。
 凛とした目。
 僕らと同じ制服。
 細身の体に、姫路さんほどではないが、ふくよかなバスト。
 誰が見ても「美人」という感想を抱くであろうその姿……間違いなく……、

「しょ……翔……子…………?」
「……雄二、おかえり」

 学年主席にして雄二の幼なじみ、才色兼備こと、霧島翔子さんだ。
 全てにおいて完璧でありながら、幼いころに色々あったとかで、雄二なんかに一途な好意を抱いてしまっている、かわいそうな女の子。男を見る目にだけは恵まれなかったみたいだ。
 そして、霧島さんは、久しぶりに会うのであろう最愛の雄二(真っ青)にかけよって、

「……えい」

 ぶすり

「ぐああっ! 目が! 目がぁ――――っ!」

 そのきれいな指を、雄二の両目に突き立てた。
「……雄二、浮気は禁止」
「いきなり何だお前は! せめてもっとこう、再会を喜ぶとか無いのか!?」
「……陣地に女の子が多すぎる」
 いつもの光景が展開される。
 にしても、何でここに霧島さんが? なんてことを思っていたら、

「あれ、もしかして、吉井君と坂本君が帰ってきたのかな?」

83 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 16:36:11.63 ID:xmrrKX3z0
 聞き覚えのある声と共に、もう一人見覚えのある顔がテントから出てきた。
ベリーショートの髪に、精悍な顔つき。活発そうな雰囲気を漂わせた少女。霧島さんと同じくAクラス所属の女の子、工藤愛子さんだ。
「工藤さん! 霧島さんも……何でここに?」
「瑞希たちのときと同じだよ。私のとこにいたんだ、客として」
 公孫賛さんが教えてくれた。
 なんとなんと、そういうことだったのか。つまり、あの戦いの、後また僕らと同じような服装のこの2人を見つけた公孫賛さんは、そのまま保護してくれて、おそらく僕らとも会えるであろうこの場につれてきてくれたわけだ。感謝感謝。
「久しぶりだね、吉井君」
「うん、そうだね……って……」
「うん? どうかしたの?」
「いや、何ていうか、普通だなって」
 工藤さんは、まるで普通に学校の廊下で会ったみたいな話し方をしていた。
「え〜何〜? 吉井君はもしかして、ボクが『会いたかったよ〜!』って抱きついてくるのを期待してたのカナ〜?」
「あ、いや! そういうんじゃ無くて……」
 何か変な風に誤解された! これじゃ僕ただのスケベじゃないか! いや、彼女のことだからわざと言ってるのかもしれないけど、何にせよ弁明しないとあれ? 急に息が吸えなくなったような……

「アキ? 今のは本当かしら?」
「明久君? だめですよ、そんないやらしいこと考えちゃ」
84 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 16:36:41.39 ID:xmrrKX3z0
気配を消して僕の背後に回りこんでいた美波と姫路さんが、左右から僕の首を圧迫していた。
「ち…ちがっ……話を……ぁ……」
「お……おい瑞希! 美波! ちょ……それ……吉井が死ぬぞ!?」
「「心配ありませんこれはお仕置きですしいつものことですから」」
「いやむしろダメだろ!」
 こういった光景を見慣れていない公孫賛さんには、ちょっと衝撃的だったみたいだ。と、とにかく弁明を……。
「そ……そうじゃなくて、いきなりこんなわけのわからないところに来て、しかも霧島さんと2人だけだったのに、全然不安そうな様子が無かったというか…そういう意味で……大丈夫かな……って心配しただけで……」
「あ、そうだったの?」
 2人の手が緩んだおかげで、工藤さんのそんな声が何とかはっきり聞き取れるくらいには回復した。
 ほ……本当に危ない……この面子で気を抜くと死に直結するって、久しく実感した……。
「まあ、確かに不安だったりはしたけどね。でも、基本ボクはポジティブシンキングだし、しっかり者の代表も一緒だったし、何とかやってこれたよ。心配してくれてありがと、吉井君」
 そう言って笑顔を見せる工藤さん。そうか、ならよかった。
 いきなりこんなよくわからない世界に飛ばされたんだから、パニックになってもおかしくなかったはずだ。本当にすごいや、この2人。
「……雄二、大丈夫?」
「自分でやっといて自分で心配か……ご苦労なこったな……」
 見ると、視力が回復してきたらしい雄二に、霧島さんが患部とは全く関係ない背中をさすってあげていた。
「明久、雄二、スプラッタになっている所悪いが、そろそろ入らんか?」
「…………色々と話したい」
 テントから顔を出した秀吉とムッツリーニがそう促す。
 そうだった、さっきの軍議(といっても中身は無いに等しかったけど)の内容を踏まえて、僕らの軍での軍議を開かないと……。
 そう思ってテントに向かおうとした所で、工藤さんがまたこんなことを言い出した。

「でも、そう言われてみれば寂しかったかも……今日はベッドでムッツリーニ君に慰めてもらおうかな〜?」
「…………っっ!!(ブシャァアアアッ!!)」
85 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 16:37:07.31 ID:xmrrKX3z0
「おい! 土屋がいきなり鼻血を噴いて倒れたぞ!?」
 工藤さんの『口撃』に、なすすべも無く鼻血の海に沈むムッツリーニと、それに慌てふためく公孫賛さん。全く、また工藤さんは悪ふざけを……
「あははははっ! ムッツリーニ君はダメみたいだね。じゃあしかたないから、吉井君か坂本君に……」
「「「えい」」」

ゴキッ(美波がボクの腕関節を極める音)

メキッ(姫路さんが反対の腕を極める音)

ブスッ(霧島さんが再度雄二の目を潰す音)

「「僕(俺)は何も言ってなぎゃああああああああ!!」」

 ……生きてテントに入れるんだろうか、僕らは。

                      ☆

「何だったのですかあの軍議は!?」

 自陣に帰る公孫賛を見送った後、僕らがテントに入って開口一番、愛紗の口から発せられたのは、そんな怒号だった。
 まあ、無理も無い。リアルタイムで聞いていた軍議が、あんな袁紹がバカやってるだけの中身の無いものだったのだから。
「方針が何一つ決まってませんでしたね……」
「袁紹はバカなのだ」
 鈴々、至言。
「そんなこと言われても……」
「ああ、どうしようもなかったからな。色々と」
 実際に会議に出席していなかった愛紗には、音声だけであの会議の場で感じたどうしようもなさは伝わっていないことだろう。雄二がどうにも出来なかったんだから、僕に言われても困る。
「けど、事実問題として、何も軍の方針が決まっていないのでは、こちらとしても策の立てようがありませんよね……」
 朱里が、繰り返し再生される軍議の内容を何度も聞いて、そうつぶやく。
 当然だが、途中に入っている袁紹と曹操の口喧嘩や、袁紹が名家だの統率者だのとほざくシーンは、ムッツリーニが編集してカット済みである。そのせいで録音内容は、悲しいくらいに短くなっていた。多分、カップラーメンも作れない。

 と、

「失礼する!」

 唐突に、テントの外から、そんな威勢のいい声が聞こえてきた。
 同時に……何だ? 外がやけに騒がしくなったぞ?
86 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 16:38:05.70 ID:xmrrKX3z0
反董卓連合軍編
第18話 百合と憤怒と輸血戦線
 突然騒がしくなった外で何が起こっているのか、見に行こうとして僕が立ち上がると、誰かが外で、兵達のざわめきを掻き消して余りある声で、

「我が主、曹猛徳(そうもうとく)が、関将軍に用があって参った! 関将軍はどこか!」

「「「!」」」
 誰かがそんなことを言って……って、猛徳って、たしか曹操(そうそう)の字……え!? 曹操!?
 皆、慌ててテントの外へ出る。
 見ると、ちょうど陣の入り口から少し入ったあたりに、紛れもない、先ほど見た金髪縦ロール(小)こと、曹操がいるのが見えた。部下……恐らくは武官だろう……と思しき2人を左右に連れている。
 一人は、赤いチャイナ服に身を包んだ(パシャパシャパシャ)ムッツリーニ、素早くカメラを出してシャッターを切るな。……おほん、赤いチャイナ服に身を包んだ、凛とした雰囲気が漂う女性。右肩には、髑髏を象った鎧。なんだか、気の強そうな印象を受ける。
 もう一人は、薄い髪色と特徴的な髪型が印象的な女性。髪に隠れて右目が見えない。こちらも凛とした、どちらかというと物静かそうな雰囲気で、左肩に同じような鎧を着け、青いチャイナ服を(パシャパシャパシャ)だからムッツリーニ空気を読め。
「何だ一体! いきなりこのように騒ぎ立てて、無礼であろう!」
「何っ!?」
 いつ取り出したのか、既に青竜偃月刀を携えている愛紗。軍議を中断されたことも手伝って、相当虫の居所が悪い。あーあ、こんな状態で、曹操たちも災難だな……
 ……と思ったら、
「貴様! 誰に向かって何を言っている! このお方が誰だかわかって言っているのか!?」
 赤い方が同じくらいヒートアップして言い返してきた。
 え、何? 同じタイプなのかな?
「お止め、春蘭(しゅんらん)。気にしていないわ」
「はっ!」
 赤チャイナは、水戸の副将軍様みたいな敬われ方をした曹操にたしなめられ、一瞬で冷静さを取り戻していた。春蘭…って呼ばれていたけど、語感からしておそらく真名だろう。
「失礼した。我が名は夏候惇(かこうとん)! 魏の覇王、曹猛徳さまに仕える武官である!」
「同じく、夏候淵(かこうえん)だ。騒がせてすまん」
 赤→青の順番で自己紹介が終わる。
 夏候惇に夏候淵……どちらも、ゲームとかで聞いたことがある名前だ。立ち振る舞いを見ても何となくわかるけど……この2人、多分強い。
 すると、2人の部下の自己紹介が終わるのを待っていたのか、曹操が口を開いた。
「そこのあなた、あなたが関羽将軍かしら?」
「いかにも」
87 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 16:39:16.47 ID:xmrrKX3z0
その視線は、愛紗に向けられていた。
「私が関羽だが、何用か? 今は忙しいゆえ、手早く済ませていただきたい」
 まだ怒ってるな……と、
「貴様何だその言い方は!」
 またしても夏候惇に火がついた。え!? 今の冷静なたたずまいから何この変わり身! この人、もしかしたら愛紗以上にキレやすい方!?
「やめなさい春蘭」
「落ち着け姉者。今、華琳(かりん)様にたしなめられたばかりだろう」
「ぐ……すみません」
 またしても消火される夏候惇。華琳っていうのは、おそらく曹操の真名だろう。
「ふぅん……」
 すると、何やら曹操は、愛紗をじろじろと眺め始めた。……何してるのかな?
「流れるような黒髪……きれいな肌……凛とした顔……ふふ、気に入ったわ」
 ……? 一体、何なの?
 いぶかしむ僕らに一切の興味を向けることなく、曹操は愛紗の観察(?)を終えると、唐突にこんなことを言い出した。
「素晴らしいわ。凛とした美しい容姿といい、隙のないたたずまいといい……こんなところに置いておくには、あまりに勿体無い逸材だわ。だから―――」
 …………だから?

「……関羽。あなた、私のモノにおなりなさい」

 ………………………………は?

「「「!?」」」
「――――っ!?」
 愛紗の顔が困惑にゆがんだ後、一瞬で赤くなった。
 え? この娘、今何言った……?
 『私のモノにおなりなさい』って……え!?
 ちょ……これってもしかして……ヘ、ヘッドハンティング!?
「なっ……き、貴様、一体何を言う!?」
 驚いた様子で言い返す愛紗。
 その愛紗に、表情を全く変えずに曹操が答える。今『貴様』と言われたことは、別段気にしていないようだ。
 ……その後ろで、噴火しそうになっているチャイナ服の方がいたけど。
「今言った通りよ。文月軍将軍・関羽、こんな所にいては、宝の持ち腐れだわ。今からでも遅くはない、魏に忠誠を誓い、我が元でその刃を振るいなさい」
 淡々と、そう言う。
 あまりの衝撃的展開に、僕らが言い返すことも出来ず唖然としていると、
「まあ、刃を振るうだけじゃなくてもいいし、そうさせる気も無いけどね。そうね……戦のほかには私の相手をすることにも活躍してもらうつもりよ。例えば……閨とか」
 そんなことを言い出した。
 閨? ねや? い、いやそれってもしかして…その……。

「――――っ!!(ブシャアアアァア!!)」
88 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 16:39:57.95 ID:xmrrKX3z0
「あら、どうしたの?」
「「「ムッツリィニィィ――ッ!?」」」
 きょとんとする曹操の目の前で、横アングルから写真を取っていたムッツリーニが大量の話を噴出して倒れた。まずい! 今の爆弾発言にやられたみたいだ!
 や、やっぱり『ねや』ってそういう意味か!
 え、何!? ていうか曹操ってそういう趣味なの!?
「は、はわわっ! そ、そういえば、曹操さんは大陸を制覇して、この大陸の全ての美少女を自分のものにするっていう野望を持ってる、って聞いたことがあるんですけど…本当だったなんて……」
 やっぱりそうなのか!? なんて素晴ら……とんでもなく規格外な野望を持っているんだ!!
「あ、明久君っ! つ、土屋君が大変ですっ!」
「ちょ……土屋!? いつもより出血酷い気がするんだけど、あんた大丈夫!?」
「……刺激の強いセリフを、よりによってすぐそばで、肉声で聞いたせいかもしれない」
「ちょ……ムッツリーニ君、生きてる!?」
「明久! ひとまずワシはムッツリーニを連れて下がる! ワシの勘じゃが、このままここに放置しておくのは危険じゃ!」
「わかった! 頼むよ秀吉!」
「…………平気だ……構うな……」
「絶対そうは見えないって! 木下君、僕も手伝うよ!」
「すまぬ工藤! 頼む!」
「…………続きを聞きたい……」
 秀吉と工藤さんがムッツリーニに肩を貸して、休ませるためと、これ以上会話を聞かせないために、本部テントに隣接する救護用テントに連れて行く。
 それを見届けると、雄二が口を開いた。
「あー、すまん、騒がせた。気にしないでくれ」
「……? 何だったのあれ?」
「気にしないでくれ、持病みたいなもんだ」
 首を傾げる曹操に、雄二はそう言って話を続けるよう促した。
 無垢な瞳で『持病って何なのだ?』と聞いてくる鈴々はスルー。
「まあいいわ。さて、と、関羽将軍、今言ったとおりよ。こいつらと縁を切って、私の元へ来なさい」
 曹操は、言われるままに先ほどの話の続きを言い始めた。
「あなたも、成し遂げたい夢、理想があるからこそ、そうして刃を握っているのでしょう。その理想をかなえる力、私が与えてあげるわ」
 そう言って、曹操は笑みを浮かべて言いきった。
「こんな貧乏軍隊よりも、よっぽどいい条件のもとで戦えるわ。優秀な人材、豊富な精兵と潤沢な軍資金。この三つを自由に使ってあなたの理想を実現させなさい。私のモノになるのならばそれを許しましょう」
 まるで台本でも読むかのように言う。まるで、愛紗が自分の所に来るのは当然のこと……そう思って何も疑っていないかのようだ。いや、実際そうなのかもしれない。
 だからこそ……だろうか。

「断る!」
89 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 16:40:39.78 ID:xmrrKX3z0
「……っ!?」
 語気を荒げてはっきりと拒絶した愛紗に、曹操は心底驚いていた。
 愛紗は、というと、
 傍目に見てもはっきりとわかるくらいに怒っていた。これほどまでに怒った愛紗を、僕は見たことがない。その気迫たるや、直接威圧されていないはずの夏候惇や夏候淵、さらには味方全員、雄二までもたじろいでいるほどだ。
 『怒髪天』という言葉は、この瞬間の愛紗のためにあるのではないかとさえ思えてくる。その雰囲気を微塵も乱さず、愛紗は言った。
「陣地にまで来て何を言うかと思えば……ふざけるな! 我が主はここにいる吉井明久さまただ一人! 貴様に頼らずとも、我が理想はご主人様と共に実現してみせる!」
 そう、言い切った。その目に、迷いは一切無い。
 直後、曹操の横で待機していた夏候惇の堪忍袋の尾がついに切れたらしい。
「貴様ァあ!! 我が主に向かって何たる物言いだ!」
 虎も逃げ出しそうな剣幕でそう叫ぶ夏候惇。背中に背負っていたらしい、特徴的な形の剣を取り出し、こう言った。
「武器を取れ関羽! この場にて尋常に勝負いたせ!!」
「いいだろう、その勝負受けてたつ! 今の私に挑んだことを後悔させてやろう!!」
 愛紗は愛紗で、頭に血が上っている。このままでは、本当に勝負を始めてしまう。
 さすがにそうなるとまずいので、僕は雄二に目で合図を送る。
 せーの……
「いざ、尋常に……」

「「「やめろ(なさい)!!」」」

「「―――!!」」
 響いた声は3人分。僕と雄二と……曹操だ。
「ご主人様……!」
「華琳様……しかしっ!」
「愛紗! 気持ちはわかるけど、なにやってんのさ! 曹操と、よりによって自陣のど真ん中でこんな大騒ぎ起こそうとして!」
「…………っ!」
「あんなこと言われて怒るのはわかる。けど、こんなところでこんなふうに喧嘩したって、何もいいこと無いだろう?」
「…………はい、ご主人様」
 僕の一喝で我に帰ったらしく、愛紗は構えをといた。一応のところ、止まってくれたと見ていいようだ。この調子で少しでもクールダウンしてくれるといいんだけど……。
「春蘭、剣をおさめなさい」
「……わかり…ました……」
 渋々、といった感じで剣をおさめる夏候惇。しかし、怒りはおさまっていないようだ。
「2人とも、気持ちはわからんでもない。だがな、連合軍に参加している軍の、よりによって武将が、内輪で言い合って、刃傷沙汰なんざ起こしてみろ。それこそ、軍全体の士気に関わるだろうが。連合軍を空中分解させる気か?」
「この男のいう通りよ。我慢なさい、春蘭」
 ……どうやら、何とか収まったようだ。雄二と曹操の締めの一言で、喧嘩は終わり、ということらしい。
 すると曹操は、僕らを一瞥して言った。
90 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 16:41:56.25 ID:xmrrKX3z0
「いいわ、今は引いてあげる。でも……」
 そして、間をおいて、
「関羽、あなたのことは、いずれ必ず手に入れるわ。何せ私には、天がついているんだもの」
 そう言った。
「天だと……!?」
「そうよ。大陸中の美少女は、全てこの曹操のもの。それは、天命によって定められていることなのよ。そこにわらわらいる、まがい物の『天の御使い』なんて、目じゃないわ」
 僕ら制服メンバーを見渡して、曹操は何の遠慮も無く言う。
 今の一言に、愛紗は再び反応した。
「何を言う! ご主人様はまがい物などではない!」
「そうなのだ! お兄ちゃんはすごいのだ!」
「そうです!」
 鈴々、朱里が続いて反論した。
「ふん、どうだか。今にわかるわよ、そんなブ男に仕えてたところで、あなたには何もできないってことがね……」
 やれやれ、ホントに口は悪いわ、態度はでかいわ……僕らが言う言葉も持たずに唖然としていると、

「明久君は、ブ男なんかじゃありません!!」

 ………………え?

 今のって、姫路さん!? 姫路さんが、言い返した!?
「あら、あなたも何か?」
「当たり前ですっ! 何で明久君にそこまで酷いこと言うんですかっ!」
「そうよ! アキのこと何も知らないくせに!」
「……雄二をバカにすると許さない」
 姫路さんだけでなく、美波や霧島さんも続いて反論する。もしかして、いや、もしかしなくても……僕らのために言ってくれてる?
 何だか、前期補習授業の最終日のお化け屋敷で、姫路さんが常夏コンビ相手に啖呵を切ったときのことを思い出す。横を見ると、雄二も少し照れくさそうにしていた。
 正直、少し嬉しくなってしまう。だって、彼女たちが僕らのために真剣に怒って……

「明久君は確かに成績も悪いしいやらしいことばっかり考えちゃうし、女の子のお風呂とか積極的に覗きに来ますけど、いい所だっていっぱいあるんです!」
「そうよ! バカでスケベで学習能力無くって女の子のスカートの中ばっかり追いかけてるどうしようもない奴だけど、アキのこと何も知らないあんたがバカにしないでくれる!?」
「……雄二も喧嘩っ早くて怒りっぽくて素直じゃなくて欲望に忠実で浮気性で悪知恵が働いて最近は補習ばっかりで吉井のオシリが好きで困った人だけど……私の自慢の夫」
「「…………………………」」
91 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 16:42:29.91 ID:xmrrKX3z0
 ……怒ってくれてるのか、疑わしい所だ。
 しかも、霧島さんの発言内容にはとんでもない虚偽の内容が含まれている。何とかして誤解を解いておかないと……。
「ふぅん、言ってる内容はよくわからなかったけど……言うじゃない……」
 すると、曹操が何やら姫路さんたちをじっと見ている。何だ? 怒った……って雰囲気じゃなさそうだけど……。
「そうね……訂正するわ。関羽だけじゃなくて、いずれ、関羽を含むあなた達の軍の美少女、全員私が貰い受けるわ」
「「ええっ!?」」
「……!」
 な、何てことを言い出すんだこのちびっ娘は!
「あなたも、あなたも、あなたも。それに……さっきまでいた2人も……ね」
 姫路さん、美波、霧島さんを順に見て、そんなことを言う曹操。『さっきまでいた2人』っていうのは……工藤さんと秀吉か!
「ふざけるな! そんなこと、絶対にさせないぞ!」
 聞き捨てならない暴言を前に、ついに僕も我慢が限界をこえ、思わず怒鳴った。語気も、自然と荒くなる。
 今まで黙っていた僕がいきなり大声を出したからか、姫路さん達は驚いていた。
「アキ……」
「明久君……」
「……雄二、雄二は、言ってくれないの?」
「……わざわざ言わなきゃ……わかんねーか?」
「……! ……ありがとう……」
「ふふ……あらあら、楽しそうなお仲間ごっこだこと」
 曹操が変わらない憎まれ口で、嘲るかのように割り込んでくる。
「まあ、せいぜい今は楽しんでおくことね。でもね、私は、一度狙った者は必ず手に入れるの。どんな手を使ってもね。関羽はもちろん、あなたたちみたいな美少女がこんなブ男のもとにいるなんて、天が許しても、この私が許さない」
「それこそ僕らの言うことだ! 皆を奪うなんて、お前の好きにするなんて、たとえ天が許しても、この桜の代紋が許さない!」
「どこにあるんだよ、バカ」
 雄二の乾いたツッコミが入る。あるさ! 心の中に!
「皆、僕らの大事な友達だ! 愛紗も、鈴々も、朱里も、姫路さんも、美波も、霧島さんも、工藤さんも、秀吉も! 誰一人、絶対に渡さない!」
「言ってなさい、ブ男。言ったように、私には天がついているの。あなたが何をほざいた所で、運命は一つなのよ」
 そう言い残して、曹操はきびすを返して歩いていった。最後まで腹が立つ奴だっ!!

 ……と思ったら、途中で一度振り向いて

「それと関羽、覚えておきなさい。私の所に来ても、もうあなたには優しくしてあげない。そのきれいな肌に、縄と鞭の痕が赤々とつくように、たっぷり可愛がってあげるわ」

 そんなとんでもない捨て台詞を残して帰っていった。
92 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 16:43:03.97 ID:xmrrKX3z0
直後、

「…………っっっ!!(ブシャアアアァァァアア!!)」

 向こうのテントから盛大な鼻血の噴出音が聞こえたと同時に、白い布で出来たテントの屋根に突如として巨大な真紅のシミが形作られた。
「「ムッツリィニィィ――――――ッ!!?」」
 ちょ……あれムッツリーニの鼻血!? テントの屋根の色と合わさって日の丸になるくらいに巨大なシミが出来てるんだけど、あれ致死量超えてない!?
 というか、このタイミングで鼻血ってことは……救護用テントまでは50mはあるっていうのに、この距離で今曹操が言った言葉を聞き取ったのか!? ありえない! なんて聴力だ!
 くそっ、曹操の奴! とんでもない置き土産をっ! でも今はあれにかまってる暇も、あれに対して文句を言う暇も無い! 一刻も早くあいつの所へ!

『ちょっと! ムッツリーニ君!? 大丈夫なのコレ!?』
『く、工藤! 輸血パックが足らん! ムッツリーニの鞄から大至急持ってきてくれ!』
『何でそんなものあるのかわからないけど了解! ムッツリーニ君頑張って! 死んじゃダメだよ!!』

 心配になった僕たちがテントに向けて走ると、そこに近づくにつれてそんな会話が聞こえてきた。まずい! やっぱり修羅場だ!
「ご、ご主人様!? コレは全て血ですか!? 一体何が……」
「わ―――!? 愛紗ー! 康太お兄ちゃんが大変なのだー!」
「はわわわわっ!? これってもう手遅れなんじゃ……」
「諦めるな皆! 明久、いつも通りにやるぞ!」
「「「いつも通り!?」」」
 こういった事態が珍しいことではないかのような事実をにおわせる雄二の発言に、愛紗と鈴々と朱里は戦慄していた。
「おう、任せろ雄二! まずやるべきことは輸血だね!」
「この出血量だと、心肺機能の方も無事かどうか心配だ! 翔子、姫路、島田! ムッツリーニの鞄から使えそうなものを全部持って来い!」
「……了解」
「わかりました!」
「わかったわ! 土屋……死ぬんじゃないわよ!」
 そう言って駆け出していく3人を見送って、僕と雄二は秀吉と工藤さんと協力して、バカな悪友の救命措置に当たった。すばらしきかな、危機を前にしてのこの落ち着いた対応! そしてこのチームワーク!
 ムッツリーニ、安心しろ……お前を死なせはしない!


「……なぜ……ご主人様達はこうまで手馴れた手つきなのだ……?」


 その後、僕らの懸命な救命活動が功を奏し、ムッツリーニは無事に峠を越えた。

93 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 16:45:02.71 ID:xmrrKX3z0
反董卓連合軍編
第19話 配置と絆とボーイッシュ

 ムッツリーニの救命活動が終了してすぐ後のこと、

「え〜っと……変なとこに来ちまったかな……?」

 テントの外から、そんな声が聞こえてきた。
「誰だ?」
 警戒心もあらわに、愛紗がテントの外に出る。
「あ、いや、別に怪しいもんじゃ……」
「愛紗、そんなにきつい口調で言わなくたって……」
「何だ? 誰か来たのか?」
 僕と雄二が、愛紗に続いて外に出る。
 すると、テントの前に、会ったことの無い女の子が立っていた。
 歳は、多分僕らと同じくらい。ロングの茶髪を後ろで束ねて、ポニーテールにしている。顔も整っていてかわいい。かっこうを見るに……武将みたいだけど?
「そ、そうでしたね……。すまない、今の今まで少々色々と大変だったゆえに、気が立っていたのだ。謝ろう」
「あ、いや、別に気にしちゃいないよ。あたしは馬超(ばちょう)ってんだ、よろしく」
「「馬超(ばちょう)?」」
 僕と雄二の声がハモる。
 馬超といえば、(本来の)三国志で関羽、張飛、趙雲、黄忠と共に劉備に使えた『五虎将軍(ごこしょうぐん)』と称される家臣の一人。もしかしたら〜……とは思ったけど、やっぱり出会えて、そして女の子でした。
「ああ、そうだけど……あたしの名前が何か?」
「いや、何でもない。それより、何か用があってここに来たんじゃないのか?」
 雄二がそう言って、馬超に発言を促した。
 すると馬超は思い出したように、
「ああ、そうだった。そうなんだけど……」
「? どうかしたの?」
「いやあの……コレ、何かあったのか?」
馬超の視線の先には、そこらじゅうに血が飛んで、猟奇殺人現場のごとき雰囲気になっている救護用テント。まあ、こんなもの見たら、気になるよね。匂いもすごいし。
 馬超は引きつった笑顔で、遠慮気味に聞いてきた。
「えっと、その……猪か何か解体したのか? これは」
「いや、そういうわけじゃないんだが……」
 仮に猪を解体したとしても、こんな風にはならないんじゃないだろうか。
 まあ、こんなそのままホラー映画のセットとして使えそうな惨状のテントだから、気になるのも無理ないだろう。このままじゃ話が進まないだろうから、簡潔に説明してあげようと思って、

「ああ、今ここで、一つの修羅場が終結した所なんだ」
94 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 16:45:57.61 ID:xmrrKX3z0
「修羅バ……って……!? いや、ははは……そうなんだ……」
 あれ? 変だな、より引かれた。
「ご主人様……その説明の仕方はいくらなんでも……」
「明久、どうしてお前はいつもそうなんだ……?」
 ? 僕、今何か失敗した?
「ま、まあもう気にするのはよすことにするよ。それで、話なんだけどさ」
 棒読みに近いトーンで話す馬超。その乾いた笑いのわけを聞きたい。
「文月軍の代表者は……あんたらでいいのか?」
 馬超は、僕らの服装を見ながら言った。
「ああ。自己紹介が遅れたな、俺は『天導衆』の一人、坂本雄二だ」
「同じく『天導衆』筆頭、吉井明久」
 事前に決めていた名乗り方で自己紹介。
「私は関羽、字は雲長。文月軍で将官を務めている」
「そうか、よろしくな」
 馬超はそう一言返すと、本題に入った。
「配置が決まったらしいから、伝えに来たんだ。文月軍は後曲だってさ」
「後局か、後ろを守れ……ってわけだな」
「むう、我が軍の兵士は前曲で活躍できる勇士ばかりだというのに……」
 前線に出る気満々だったのだろう、露骨に面白くなさそうな顔をする愛紗。
「にゃ〜、鈴々も前に出て暴れたいのだ〜」
「あれ? 鈴々」
 いつの間に来たのか、鈴々も隣でそうぼやいていた。その隣には、朱里もいた。
「そういうなお前ら、今の俺達の軍の規模を考えれば、妥当な判断だろう」
「そうですよ。それに、後曲には後曲の戦い方があります」
 雄二と朱里がそういってなだめにかかる。
 実の所、僕も後ろに配置されてよかったと思う。後ろなら、戦いで出る犠牲者もほとんどいなそうだし、後ろから伏兵でも来ない限り、戦うこともないし。まあ、その伏兵に備えるための後曲なんだろうけど。
 僕もそう言ったけど、
「それはそうですが……」
95 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 16:47:01.60 ID:xmrrKX3z0
やっぱりというか、愛紗は面白くなさそうだった。
 気持ちは……正直わからないけど、この空気は居心地のいいものじゃない。なので、
「あのさ、馬超はどこに配置になってるの?」
 話題を変えてみることにした。
「あたし? あたしは父上と同じだから……左曲だな」
「父君……? そういえば、その馬超という名前……もしや、涼州の馬騰殿の?」
「ん? ああ、父上だ。私はその娘」
「やはりそうであったか! すると、あなたがあの錦馬超殿か……」
 ……? よくわからないけど、愛紗が感動している。
「愛紗、知ってるの? その馬騰って人」
「有名なのか?」
「はい。涼州を治める太守殿で、『涼州に馬騰あり』とまで言われる方です。名君として広く知られ、その娘君であるこの馬超殿もまた……」
「あーあー、よしてくれそんな!」
 と、馬超が手を振って乱入し、強引に愛紗の台詞を止める。
「父上のことを褒めてくれるのはうれしいけど……そんな、馬超『殿』とか、『あなた』とか、そういうのはやめてくれ。なんかこう……体がむず痒くなっちまう」
 照れ臭そうに顔を赤らめ、頬を掻きながら馬超はそう言った。
 聞いていれば、全部本当のことみたいだし……そんなすごい人なんなら、別にそんな照れなくてもいいのに。
「ふむ、しかし、馬超殿は左曲か……」
「にゃ〜、一緒に戦えなくて残念なのだ」
 鈴々がそうぼやく。どうやら馬超のことが気に入ったらしい。
「そう言ってもらえるのは嬉しいよ。まあ、後曲からあたしの戦いっぷりを見ててくれ」
「ああ、そうだな。応援させてもらおう」
「うん、気をつけてね、馬超さん」
「なっ……だからよせよそんな言い方! なんかこう……恥ずかしいじゃないか」
 ? 今の言い方も、何かまずかったのだろうか、馬超は急に顔を赤くして、手を顔の前でぶんぶん振っていた。
「それに、馬超『さん』なんて呼び方も! 馬超でいいよ馬超で」
「え、そう?」
「そうか、ならそう呼ばせてもらうかな」
 雄二は腕組みをしてそう言った。
「そっちの方が、俺達としても距離を感じなくていいからな」
「だろ? あたしも苦手なんだよ、堅っ苦しいのとか」
 なんだか、馬超って話しやすくていい感じの人だな、すぐに仲良くなれたし。
 恥ずかしがり屋な一面もあるけど、ボーイッシュで、竹を割ったみたいなさっぱりした性格。人見知りもしなさそうだし、おまけに愛紗の話だと、将としても優秀、と来ている。
そ れからしばらく雑談を続けた後、他の軍にも伝えることがあるから、と言って馬超は走り去った。それを見送った後で、僕たちはテントに戻ることにした。
96 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 16:47:35.21 ID:xmrrKX3z0
というわけで、そのまま軍議。
 本部テントには、愛紗、鈴々、朱里、それに、静養中のムッツリーニと、付き添っている工藤さんを除く『天導衆』メンバーが集まっている。
「以上が、大まかなこちらの取るべき行動です。どうでしょう?」
「ああ、それで問題ないと思うぞ」
 朱里が示した陣形、作戦、それに万一の時の対応、どれも僕でもわかるくらい秀逸なものだった。雄二が頷いているあたりを見ても、最善のものなのだろうとわかる。
「……朱里」
 と、霧島さんが口を開いた。
「はい、なんでしょう翔子さん」
「……もし伏兵が来るとして、どのルート……道を通ってくると思う?」
 霧島さんが地図を指差しながら言う。
 最初に僕ら攻め込もうとしている董卓軍の要塞『氾水関』は、洛陽までの道を見事にふさいでいるため、まずはここを制圧する必要がある。
 要塞と言っても、左右両側を崖に覆われた渓谷地形に、レンガや鉄で形作られた壁のごとき建造物が建っているというもの。この時代の要塞の方式と言えばそれだ。現代ではそんなもの、ミサイルの一発か二発で片付きそうだけど、歩兵や騎兵、弓兵を率いてのチャンバラ主体のこの世界の戦では、かなり堅牢な防御壁である。
 両側が崖と言うことで、僕らは正面から攻め込むしかない。しかし、防御最重視の要塞を相手に正面から突撃……なんてのは愚策中の愚策だ。なので、色々と工夫が必要になる。
 その工夫を用いた戦闘も、基本は前曲の皆さんがやるんだろうけど、時間はかかるだろう。その時間を利用して、何らかの手段で万が一後方に回りこまれた場合、僕らは挟み撃ちになってしまう。それに対処するのが僕たち後曲と言うわけだ。
「えっと……普通に考えれば、どこかに伏兵を隠しておいて……樹を見て攻めてくるというやり方で来ると思います。でも、それほど警戒する必要も無いかと」
「何でそう思うんですか?」
 これは姫路さん。
97 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 16:48:44.67 ID:xmrrKX3z0
「さすがにそんな基本的なやり方は、連合軍側で警戒するでしょうし、斥候か何かを出すと思います。それにいるとしても、伏兵に割くことが出来る兵の数も多くはないと思います。あまり大群で進軍すると、目立ちますから」
「だな。いくら袁紹でも、そのくらいの警戒はするだろう」
「こんな地形の場所で挟み撃ちにされるとか、ゴメンだもんね」
「ああ。もっとも……敵さんも同じようなこと考えるだろうがな……」
 確かに、相手方も折角の要塞を、そんな裏ルートで攻略されるようなバカな真似は避けるはず。こういうケースを想定して、それなりの対策を立ててあるはずだ。
 皆が考える中、愛紗が口を開いた。
「そうなると……この戦いの勝敗、やはり主に前曲にかかってくるでしょうね」
「にゃ、前曲と言えば、馬超がいるのだ」
 鈴々が唐突に、思い出したように言った。
「「「馬超?」」」
 美波、姫路さん、霧島さん、秀吉が首をかしげる。ああそうか、彼女たちは会ってないんだっけ。
「誰? その馬超っての」
「先ほど、この情報を伝えに来た者だ。西涼の太守、馬騰殿の娘君で、自らも武将として前曲に立つそうだ」
「そうですか、それはぜひ会いたかったですね」
「いい奴だったのだ」
 愛紗も鈴々も、やはり彼女の印象はいいらしい。
 確かに、感じのいい娘だった。さっぱりした、なんていうかこう、ボーイッシュな性格で、すぐに仲良くなれた。それに、武術に自信もあるみたいだったし。
 それに、三国志の世界では、関羽や張飛と同じ軍で戦う武将だ。ということは、この先仲間になったりするんだろうか? だとしたら嬉しいな。
 なんてことを思ったので、僕も、
「いい感じの女の子だったよね、仲間になってくれないかなあ」
「「「………………」」」
 あれ、気温が急に下がったような。
 そして、
「「「………………(じと〜っ)」」」
 愛紗と鈴々、それに朱里がそんな感じの目でこっちを見ている。え、何で?
「ご主人様は……全く……」
「え? いやあの……僕なんか変なこと言った?」
「いいえ? ただあまり鼻の下を伸ばされるのはいかがなものかと思いまして」
「うえぇっ!?」
 ちょ、僕はそんなつもりで言ったんじゃ……。
「また愛紗が妬いちゃたのだ。鈴々も変な感じだけど……」
「はうう、ご主人様の周りにどんどん女性が増えていきます……」
「ちょ、鈴々に朱里まで! 何言ってんのさ!」
 鈴々が言ってるのは勘違いだろうけど、朱里! それはこの世界の仲間になるべき有名な武将達がなぜか君を含めて全員女の子だからであって決して僕に落ち度は…というか、ここでそんな風に言われるとうおおおおおお!!

ごごごごごご…………

98 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 16:49:37.24 ID:xmrrKX3z0
「アキ、あんまり調子に乗っちゃダメよ?」
「明久君? 私は明久君を信じていますからね?」
 案の定、美波と姫路さんからリアルに飛ぶ鳥を落とせそうな怒気が……!!
「ったく……学習しねぇなこのバカは……」
「しかも毎度毎度言い回しが絶妙じゃしの……逆に感心するわい」
「だな、よくこうも見事に修羅場を作れるもんだ」
 感心はいいから助けてよそこ2名!!

                       ☆

 何とか身体的外傷も無いうちに修羅場を脱却して、その日は皆就寝となった。明日から進軍だし、疲れを取らなきゃいけないんだけど……。
「眠れないんだよな……」
 こんなときに限って、寝つけなかったりする。
 仕方が無いので、夜風にでもあたっていると、
「ご主人様?」
「? 愛紗……?」
 後ろに、愛紗が立っていた。
 いつもと違って寝間着姿で、髪を下ろしている。何と言うかこう……女の子らしくてかわいいと言うか……見とれると言うか……。
「ええとご主人様……どうかなさいましたか?」
「え? あ、いや何でも」
「そうですか? 心なしか……お顔が赤いような気がするのですが?」
 え? マジで!? ヤバイ、顔に出てた!
 こっ恥ずかしいので、悟られないようにごまかそうとして、
「ほ、ホントに何でもないから! 気にしないで!」
「ですが……」
「うん! ただ愛紗があんまり綺麗で見とれちゃってただけで……」
 普通に言ってもうた!
「なっ!? ちょ……ご、ご主人様!?」
「うあああ! ご、ゴメン愛紗! 今のはあの……その……」
「え!? ああいえあの、怒っているわけではなくて! そう言ってもらえるのは決してあの、普通に嬉しくてですね……」
 一瞬にして顔を赤くする愛紗。
 き……気まずい……ああもう僕ってば、何言っちゃったんだろ。
 そのまま、双方無言のまま時間が流れる。
 そして……
「「………………」」
 (お互い様だけど)照れてテンパって判断能力がアレなことになっていたのか、何を思ったか愛紗は僕の隣に座ってきなすった。
「「………………」」
 気まずすぎる……前にもまして……。
 何か話したいけど……何を話していいのか皆目見当もつかない……。
 そんな感じで時間が流れて……いやあの、僕寝なきゃいけないんだけど……。
 と、
「…………ご主人様」
99 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 16:50:26.16 ID:xmrrKX3z0
愛紗が口を開いた。なのでとりあえず、
「はい! ごめんなさい!」
 とりあえず謝罪。
「いや、なぜ開口一番謝られるので……?」
「え? ああいや、大体向こうの世界ではこうなるというか……」
「どんな日常を送ってらっしゃったのですか……?」
 呆れ顔の愛紗。
 でもあれ? もしかして、少しだけど顔の赤みが引いたみたいだ。結果オーライ。
「それで、何?」
 (多分)落ち着いたところで、愛紗に話を聞こうとする。
 すると愛紗は。
「……昼間」
「え?」
「昼間、ありがとうございました」
 何かしおらしい雰囲気になって、こう言ってきた。
「昼間……って……」
「曹操のことです。あの時ご主人様、『絶対に渡さないぞ』って、言ってくださって……」
 ああ、あの縦ロール(小)に、か。確かに、そんなことを言った。
「私のために、あんなに怒鳴ってくださって……嬉しかったです」
 そう言って、愛紗は小さく笑った。
 何だ、そんなことか。
「当然だよ。だって、愛紗を渡したくなんかないから」
 僕はその言葉に、正直な気持ちで答えることにした。
「愛紗は、この世界のことがなんにもわからなかった僕を助けてくれた。軍事も、政治も、何もかも、僕は愛紗に支えてもらった」
 一言一言。思いついたままに。
「だから、僕は愛紗が望まないことはさせたくないんだ。曹操なんかに……あんな金髪くるくるのドSに、愛紗は絶対に渡せないって、そう思ったから」
「どえ……?」
「あ、うん、こっちの話」
「そうですか……ふふ、でも『金髪くるくる』ですか、上手いことを言いますね」
「でしょ? ははっ」
 最初の気まずい空気はどこへやら。気がつけば僕らは、2人とも笑顔で笑っていた。
 ただ、ちょっとだけ僕は気になってたりすることがあったんだけど……。
 すると、愛紗が、
「ご主人様」
「何、愛紗?」
「私は改めて、あなたについて来てよかったと思っています」
 僕の顔を見据えて、そんなことを言ってくれた。
「曹操のところには、軍資金も、精兵も、優秀な将も、たしかに豊富にあるのでしょう。でも、私はご主人様のいるこの軍のほうが、何倍も魅力的に見えます」
「え……どうして?」
「ご主人様には、他の誰も持っていない、何か言葉で表しにくい魅力と言うものを感じるのです。それは、私などはもちろん、曹操や孫権も、坂本殿だって持ってはいないでしょう。ご主人様だけの、不思議な力です」
「…………?」
「ですから私にとっては、この軍にいるのが、私の理想を実現する一番の近道なのです。だからご主人様、わたしはどこまでも、あなたと共に行きます」
 そう言って、微笑んでくれた。……やっぱり、かわいい。
 そして、僕にそんなことを言ってくれたのは、すごく嬉しかった。
 正直、もしも愛紗の理想を優先させるのなら、もしかしたら曹操についていったほうがいいんじゃないか、なんて考えていた。でも、僕を選んで、こういうことを言ってくれた。それは、本当に嬉しかった。
 僕も思わず、顔がほころんでしまう。
「もっとも、最近は少々、周囲に女性が多すぎる点は否めませんが」
 笑顔を崩さず、最後にすこしだけトゲを立てるのを忘れない愛紗。むぅ……言うじゃないか。そんなに笑ってられると……ちょっと遊びたくなるな。
 ……折角いい空気だし、仕返ししてみようか。
「まあ、僕も男だし、女の子は多いほうが嬉しいからね。特に……」
「特に?」
「愛紗みたいな、かわいい子はね」
「え……ぅえぇっ!?」
 あ、予想通りの反応。
100 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 16:51:42.21 ID:xmrrKX3z0
「ま、全く……ご主人様は……」
 顔を赤くする愛紗、あはは、大成功。仕返しも済んだし、これで気持ちよく眠れ……
 ……って、あ、そうか。忘れてたけど、元々僕は眠れなくって気分転換に夜風に当たろうと思ったからここに来たんだった。
 でも、今帰っても眠れるかどうか微妙だし、夜風がだめとなると……
「…………よっ……よっ……」
「……? ご主人様? 何をなさっているのですか?」
「ああ、ちょっと体操。せっかくだし、体を動かしてみようと思って」
 眠れないからね。気分転換にね。
「はい?」
 わけがわからないって顔。
「体を、ですか? ですが、そろそろお休みになった方が……」
「それが困ったことに、眠れそうにないんだ。愛紗もやる?」
「え? いやあの意味が……ん?」
 そこで、愛紗が停止する。あれ? どうしたの?
「眠れない……体を動かす……私も一緒に……え、えぇっ!?」
 何か呟いて、何か考えたと思うと、一瞬でその顔が収穫期のリンゴみたく綺麗な赤になった。え? 何? どうしたの?
「ごごごごご主人様!? それはあの…つまり、遠まわしにその、私と睦ご……あ、いえ、うう、はっきり言えない…………その、夜の……運動を?」
 ? むつご……ムツゴロウ? 何で干潟の生き物の名前が出てくるんだろう?
 というか、遠まわしも何も、そう言ってるじゃないか。まあ、そりゃあ確かに、こんな夜更けに運動なんて変かもしれないけど、ただの体操だ。別に野球やサッカーやるわけじゃあるまいし、あまり騒がしくしなければ問題ないだろう。
「うん、そうだよ?」
「えぇっ!? や、やはり……」
「嫌?」
「いやその、決して嫌と言うわけでは……。ですが……周りに皆が寝ているわけで……」
「あんまり騒がしくしなければ大丈夫だって」
「ううっ!?」
 さっきから一体どうしたんだろう愛紗は? まあでも……
「ご、ご主人様が望むのであれば……私はその、拒んだりなどは……いや、どちらかといえばむしろ嬉し……」
「いや、やめとこうか」
 嫌なのなら、無理に誘うわけにもいかないよね。
「はい、やめ……えぇっ!?」
 何だ!? 今度は何に驚いたんだ!?
「やめ……って、今更!?」
「うん、だって、よく考えたら明日もう出陣だもんね。変なこと言ってごめん。愛紗ももう寝て、ゆっくり休んでよ」
「いや私はそんな気遣っていただかなくとも平気で………………はぃ……おやすみなさいませ……」
101 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 16:52:31.64 ID:xmrrKX3z0
 なぜか、がっくりとした様子で見送ってくれる愛紗。……何だか、途中から変だったな。本当にどうしたんだろう?
 体も動かしたし、もしかしたら眠れるかな、と思って、そのまま僕は自分のテントに帰った。途中、後ろのほうで『うう……私のいくじなし……』なんて小さい声が聞こえた気がしたけど、誰かの寝言だろうか?
 何はともあれ、横になろうとテントに一歩足を踏み入れたその時、

 ガシィッ!!
「――――ッ!?」

 いきなり誰かに羽交い絞めにされ、同時に悲鳴を上げられないよう口をふさがれた。なっ……誰だ!? く……曲者!?
 ……いや違う……この感じは……

「夜中に起きて何をしてるのかと思ってみれば……」
「明久君、何ですかさっきの会話は?」

 み、美波に姫路さん!? なんでこんなことを!? 僕はただ愛紗と話していただけ……
「筋金入りのスケベだと思ってはいたけど……まさかあんなことまで言うとはね……」
「全くです。明久君……そういうことはしないって、信じてたのに……」
 ちょっと!? 僕何か変なこと言った!?
 普通に愛紗と話して、思いも新たに絆の強さを再確認していただけ……
「アキ、言い訳も聞く気は起こらないわ。頭の中で念仏を唱えなさい」
「明久君、安らかに……」
 ちょっとちょっとちょっと!! ホントに何!? 縁起でもな――――

 ……例えるなら、突然足元が崩れて奈落の底に落ちていくような、そんな感覚。
 いきなり何も見えなくなった。何も聞こえなくなった。感覚すら無くなった。
 目の前にあるのは、ただただ闇。恐怖すら飲み込んでしまいそうな、漆黒の闇。
 何をされたのか、どういう攻撃を受けたのか、どうしてこうなったのか、何一つわからないままに、僕の意識は暗い闇の中へ沈んでいった……。

                       ☆

「はぁ……驚いた。まさか、あの優しいご主人様の方からあんな大胆に……だが、私も私だ……よもやその御前であれほどに取り乱してしまうとは、情けない……。せっかく私に目をかけてくれたご主人様の好意を無に…………よし、決めた!私も武将であると同時に、一人の女だ! 次こそは、立派にご主人様のお相手を務めなくては!」
 主に起きた惨劇のことも知らず、愛紗は一人決意を新たにしていた。


102 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 16:53:13.55 ID:xmrrKX3z0
反董卓連合軍編
第20話 愚策と奇襲と氾水関
「ねえ、雄二……」
「……何だ」
「……何を考えてるんだろうね? 我らが総大将は」
「知らん。何も考えてないんじゃないのか」
 そんな言葉しか出てこない、今日のこの頃。

 現在、反董卓連合軍は、予定通り『氾水関(しすいかん)』に到着し、戦闘に突入した。
 董卓軍も、氾水関に入っての防衛戦ではあるが、闘志をむき出しに抗戦している。
 だというのに、
 僕も雄二も、周りにいる皆も、いつもは戦いとなればだれよりも気合の入る愛紗ですらも、呆れ顔でため息をついている始末。
 何でこんなやる気の無い空気なのかというと、
 それは決して後曲だからやる気が出ない、なんて不順な理由ではなく、

 ――――さかのぼること2時間前、

『まずは前曲を前へ。それに続いて右翼、左翼ともに前進しなさい。圧倒的な兵数を持って氾水関を威圧しますわ!』
 それに続いて、
『さぁ皆さん! 氾水関を突破しますわよ!』

 ……こんな命令が、連合軍内を駆け巡った。
 えっと、つまり早い話『後曲を除いた全軍で突撃しろ』と……?

 ……………………てオイ、

「「「『突破しますわよ!』じゃねーだろバカヤロォーッ!!!」」」

 兵隊さんたちのそんな叫び声が聞こえてきそうだった。
 てか何!? 突撃!? 要塞相手に何も考えず歩兵部隊総出でただ前進しろと!?
 そんなことしたら被害がシャレにならんことになるんですけど!?
 と思ったところでそんな進言は聞くわけも無いんだろうなあのチクワ髪の女は!!
 予想をはるかに上回る袁紹の無能っぷり。哀れ連合軍は、全員でそのバカにつきあわされることになったのでした。

 ―――――で、今に至ると。

「我々は後曲で助かりましたね」
 愛紗が僕の隣でそう一言。僕はその言葉に全霊をもって同意したい。
 要塞相手にそんなただ「突撃」なんて選択肢、少し戦いを知っている者ならばまず選ばない。もともと要塞は防御用のもので、突撃してくる兵を迎え撃つ手段が多様に用意されている。もっとも、それでも戦う側としては歩兵で攻略しなければならないわけなので、色々と策をめぐらす。その策で突き崩されないよう、要塞側もまた策を練る。
 それが本来の対要塞の戦いというものであって……今回のようにただひたすらに歩兵で突っ込むなんていうやり方は、本来選ばれるはずのないものなんですよハイ。
「コレさ、被害がとんでもないことになるよね」
「はい、重ねて言いますが、前曲でなくて本ッ当に助かりましたね、ご主人様」
 全くだ。こんな作戦ともいえない作戦(愛紗いわく『愚策』)、前曲に配置されでもしたら命の保証が無い。
「にしても、袁紹さんは私達の軍議で出た予想を、ことごとく裏切ってくれましたね……」
「だな、突撃するわ、策は無いわ、おまけに敵伏兵への配慮も無い。よくもまあここまでできるもんだ」
「前曲にしてみれば、特攻もいいとこじゃな」
「…………信じがたい」
「あのさ、袁紹どうにかして、公孫賛か孫権あたりに総大将やってもらわない?」
 軍師たる朱里はともかく、Fクラスのバカメンバーにまで無能扱いされる袁紹。その全てが正論であるあたり、その想像を絶する無能さ加減がわかる。
「美波ちゃん、曹操さんは論外なんですね」
「……わからなくもないけど」
 姫路さん、霧島さんがやんわりと言った。
「嫌に決まってるでしょ! あんなの総大将にしたら、権力を傘に何言われるかわかったもんじゃないわ!」
「そうだとも! 袁紹のほうがマシとも言わんが、一体何をされるか……!」
 美波と愛紗が怒涛の反撃を見せる。一昨日のことが相当嫌だったようだ。
「じゃが、仮にそうするとして、この二人の腕はいかほどなのじゃろうな?」
 そこそこ本気で下克上をたくらんでそうな感じに聞こえるセリフと共に、秀吉が言った。その手には……孫権と公孫賛さんの写真を持っている。
 秀吉はその写真をじっと見て、どちらが大将の器か考えているようだ。
 何でこんな写真があるのかというと、この写真は初日の軍議で彼女らと顔をあわせた際、雄二がムッツリーニに借りた隠しカメラで撮影したものである袁紹や曹操、孫権はもちろん、他の軍の将の顔も一人一人撮っていた。しかもこの男、その後曹操らとひと悶着あったときに、夏候惇、夏候淵の写真まで撮ってやがった。いつもながら抜け目が無い。
 で、そのデータをムッツリーニが用意していたノートパソコンに入れて、これまたムッツリーニが用意していた携帯用印刷機でプリントアウトして……って、いい加減に突っ込みたくなってきたぞ。
103 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 16:53:41.24 ID:xmrrKX3z0
「情報によると、孫権さんも公孫賛さんも、機をうかがって慎重に責めるタイプみたいですね」
「ああ、袁紹よりは遥かに頼れるな。特に孫権殿のところには、腕の立つ軍師も何人もいると聞く」
 ……話を聞いてたら、本当にそうしたほうがこの軍のためなのでは、と思えてきた。いや、実際そうなんだけど。
「それに対して、曹操さんは」
「だからあのパツキンドSドリル娘はいいっての!!」
「はわぁ!?」
 と、朱里が曹操の名前を口にした途端、美波がこれまた過剰に反応した。
 ちょ……今のはいくらなんでも……
「ちょ、美波、落ち着いて。朱里がびっくりしてるから」
「え? あ、そっか……ごめん、朱里ちゃん」
「い、いえあの、こちらこそその……すいません」
 一瞬で激昂した美波を何とか鎮める。ふう、かわいそうに朱里、まだ小刻みに震えてるよ……。
 にしても……
「でも朱里ちゃん、私、アレの下につくのだけは嫌なの。そこだけ、忘れないで」
「島田よ、どうもおぬし、さっきから曹操の話題に対して反応が過剰ではないか?」
「だよね、朱里ちゃんは、性格はアレでも、曹操さんも将としての実力は確かだ……って言おうとしてただけみたいだったけど」
 皆気になってるようだ。
 確かにさっきから曹操の話題が出るたびに、美波のまとう空気が一瞬で、1週間獲物を捕らえられずお預けを食らっているようなハイエナのごときそれに変わる。
 僕らだって曹操のことはよく思えないけど……美波の反応は明らかに過剰だ。愛紗でも、その半分くらいも無いと思う。
「ええ、確かに嫌な人ですけど……美波ちゃん、どうかしたんですか?」
「……曹操の話題が出ると決まって我を忘れてる」
「…………反応がもはや肉食獣」
「……っ! いいわよ肉食獣で! でも私は、あの小娘は顔を見るのも、考えるのも嫌なの!! アレが大将になるなら、今までどおり袁紹でいいわよ!」
 そこまで言うのか……何でか知らないけど、よっぽど嫌いらしい。
 というか、小娘って……一応、年齢は僕らと変わらないらしいんだけど。
「だってあいつ、変なこと言ってくるし、こっちの都合とか何にも考えてないっぽいし、ちっちゃいくせに見下してくるし、おまけに……」
「「「おまけに?」」」

「……あの娘見てると……美春を思い出すのよ」
「「「あ」」」
104 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 16:54:15.81 ID:xmrrKX3z0
 その言葉に、文月学園メンバー全員がはっとした。
 そういえば……螺旋双髪の髪型といい、女好き・男嫌いの趣味といい、人の話を聞こうともしない所といい……現実世界で美波を幾度も苦しめたあの困った女の子、清水美春さんを連想させるものが随所にある。
 そうか、僕が初めて彼女に会ってからずっと感じていた違和感の正体はこれか……。
 もしかしたら、僕が彼女から感じるあの覇気の何%かは、そのためのものだったのかもわからない。
 皆が妙に納得を覚えていると、唐突に鈴々がこんなことを言った。
「にゃ〜、よくわかんないけど、でも、馬超が心配なのだ……」
 あ、そうか。
 そういえば、馬超はお父さんの『馬騰』って人と一緒に、左曲にいるんだっけ。
 こんな命令出されたら、命の保障ないからなあ……無事だといいけど……。
 皆で馬超を心配しつつ、改めて袁紹のこの愚策に苛立ちを募らせていたその時、

『で、伝令! 後方に敵軍伏兵の進軍を確認! その数2万5千と思われます!!』

「「「―――っ!?」」」
 悪い予感が現実となった。
 袁紹が伏兵の対策をしていなかったせいだろう。どうやって回り込まれたのかはわからないが(どうとでもなりそうな気さえする)、後方から挟み撃ち目的で敵軍が現れた。
「はわわわわっ! ご、ご主人様! 敵が来ちゃいました!」
「予想より早いな……。こりゃ、誰かしら兵を引っ張る指揮官がいるぞ……」
「そうだね……。愛紗、朱里の立てた計画通りにやるよ!」
「御意! 全軍戦闘体制! 方向転換して後ろから来る董卓軍伏兵を迎え撃つ!」
 愛紗の号令と同時に、待機していた伝令兵が各部隊に通達するため一斉に散開する。それに続いて、愛紗と鈴々、僕ら天導衆も決めておいた配置につく。
 今まで僕らは、黄巾党や盗賊といった指揮官も雑兵も変わらないような連中と戦ってきたが、今回は恐らく違う。仮にも官軍。おそらく、大軍を引っ張り、統率するに足る実力を持つ武将か、あるいは軍師の類がいるはずだ。
 だとすれば、これまでのようには行かないかもしれない……全員がそんな緊張感を持って、作戦に当たった。
 いよいよ、開戦だ。

105 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 16:54:56.17 ID:xmrrKX3z0
「我が名は華雄! 董卓様に仕えし、無双の武人! 董卓様に仇なす賊軍共、我が大義の刃を受け、血の海に沈むがいい!!」

 そんな感じの敵将、華雄の名乗りと共に、文月軍の前線と伏兵が激突、戦いが始まったのが、今から数時間前のこと。僕らの軍のうち、方向転換が間に合って迎撃が可能な兵は5000、それに対して突っ込んでくる華雄の兵は18000……とまあ、不利も不利、しかも後退戦闘になってるもんだから戦いづらいのなんの……って雄二が言ってた。
 相当に苦戦するかと思われた戦いだったが、相手が特に陣形とか考えずにただ突っ込んできてくれたことと、朱里の作戦が上手くはまってしのいで行くことが出来ていた。
 というのも、この戦い、朱里の話では、防御に徹する戦い方をやってれば何とかなる、とのことだったのである。まあ、訓練していた陣形操作も防御主体のものを含んでいたおかげで、幸いその方面で苦労することはなかった……って雄二が言ってた。
 ……そうだよ、僕は全然わかんないよ。
 ともかく、防御中心にしてたら、陣形とか作戦が上手くいって思ったほどの損害を出さずに戦えてる、ってこと。
 何より、

「はあああぁ―――――っ!!」
「うらららららぁ―――――っ!!」

 曹操の一件やら袁紹の無能さやらで鬱憤がたまっていたのか、愛紗と鈴々が無双ゲームの千人斬りの勢いで最前線で暴れまわるもんだから、味方の鼓舞と敵兵の戦意喪失にはそりゃもう効果的だった。
 次第に敵軍も着実に少なくなっていって、戦闘開始からかなり時間がたったんじゃないかって時に、敵軍後方で銅鑼が鳴り響いた。同時に、董卓軍が引き潮のごとき勢いで引いていったのを確認して、僕らはこの防衛戦の勝利を悟った。
 かくして、これ以上戦っても被害が増えるだけだと判断した敵将・華雄の判断により、敵伏兵は撤退。我ら文月軍、反董卓戦線の初陣は勝利となったのである。

                        ☆

「――――てオイ、何だか他のドタバタパートに比べて、戦闘パートの扱いと言うか、説明が粗雑じゃないか?」
「そう? だって今挙げたことの他に特筆すべき点がないんだから、仕方ないじゃない」
「…………普通に戦って、普通に勝てた」
「お主ら、確かに大将同士の戦いのようなイベントがなかったとはいえ、結構激戦と言えば激戦だったのじゃから、そんなコミカルかつコンパクトにまとめんでじゃな……」
「あんたらさっきから何話してんの?」
「「「いえ何でも」」」
 キャラ側からの文体いじりはこのくらいにして。
 まあ、言い方が不謹慎かもしれないけど、今言ったとおり、思ったほど被害が出る戦いでもなかった。後曲にいたことが、またも幸いしたと言えるだろう。
 出来ることなら、こんな感じですっと特筆すべきことがない感じの戦いであってくれたらよかったんだけど、
 どうやら、そうもいかなそうなんだコレが……。
 僕が、伏兵との戦闘の説明もそこそこに、こっちに話題を持ってきたかった理由というのが、何を隠そう、伏兵より厄介な存在の奴がまたバカやらかしやがったからで……。

 え? 誰かって? そりゃもちろん……
106 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 16:55:46.82 ID:xmrrKX3z0
反董卓連合軍編
第21話 姑息と愚策と難関突破
「「「前線出て戦えだあぁぁあ!?」」」

 綺麗に声がハモって……まあ、袁紹からの伝令、内容が内容だからアレなんだけど。

 伏兵の皆様との戦いが終わって少し後、小休止をとっていた僕らのところに、朱里がかわいい女の子を一人連れて駆け込んできた。
 名前は顔良。黒髪におかっぱ頭の、清純そうな雰囲気の漂う少女。愛紗いわく、この娘も武将の一人だそうで、袁紹軍に所属しているらしい。まあ、装備している鎧が、袁紹と同じ金ピカのデザインだった時点で、そんな予感はしてたんだけど。
 けど、その顔良ちゃんが持ってきたのは、またとんでもない伝令だった。
「前曲ってお前……マジかよ……?」
「ごめんなさい……マジなんです……」
 雄二の質問に、悲痛そうな面持ちで頷く顔良ちゃん。
 袁紹から、早期決戦のため、文月軍を前曲に回して戦力を増加させるように、との伝令をこの陣に持ってきやがってくださった。
 しかも、その時交わされた会話の内容というのが、


『ああもう! まだ氾水関は落ちませんの!?』
『は……全軍で攻撃をかけていますゆえ、時間の問題かと。今しばらくお待ち下さい』
『待てませんわ! もうこうなったら……文月軍も前曲に出してしまいましょう!』
『ええっ!? ひ、姫ぇ!?』   ←これ顔良ちゃん
『ちょ、姫、落ち着いて!』   ←もう一人の武将。文醜とかいうらしい。
『今、文月軍まで前線に出したら、前線が混乱しちゃいますよ!』
『そうそう! 前線はただでさえ混乱してんだからさ(主に袁紹の無策のせいで)、これ以上後曲の軍が上がったりしたら……』
『つべこべ言わずに行ってきなさい! 兵士は少ないよりも多い方が早く決着がつくに決まってますわ! さあ!』


「何なのよその頭の悪そうな会話はぁーっ!?」
 美波の罵倒と怒号を兼用した声が陣地内に響く。しかし、思いっきり正論なので誰も口答えできない。味方さえも。
「こ、この状況で私達の軍を移動させるんですか……?」
「……とんでもないことになりそう」
「いや、なりそうじゃなくて、なる、でしょ」
 いつもはどちらかと言うとフォロー側、ストッパー側に回ることが多い姫路さんまでもが、否定意見を口にせずにはいられない、とんでもない状況。そして霧島さん、工藤さんがさらに追い討ち。
 多いほうが早く片付くからって……なんですかその小1男子的な凶論は。正論っちゃ正論だけど、そういう考え方「だけの」戦い方は、相当昔の歴史シュミレーションゲームでもない限り出しちゃいけないものだと思う。
 僕ら文月軍(天導衆、武将勢ぞろい)の皆から睨まれつつ、ぺこぺこと頭を下げながら伝令を伝える顔良ちゃんの姿は、彼女もまた被害者なのだと言うことを非常にわかりやすく物語っていた。不憫な……。
「そういうわけで、非常に心苦しいんですが……」
「決定……なんだね?」
「決定……なんです……」
 僕の問いに、『出来ればこの場で撤回したいんだけどできないんですごめんなさい』って顔で答えを返す顔良ちゃん(半泣き)。一体どういう言葉を使えばこの子が置かれている状況をお伝えできるのだろうか。
「正気か……今この状況で我が軍を前線に上げるなど……」
「そんなことしたら大混乱になるのだ!」
「そう言ったんですけど……」
「で……でも、この状況って別に必ずしも援軍を必要としませんよね?」
「朱里の言う通りじゃ。別に……前線が崩れたりもしておらんようじゃしの」
「それも言ったんですけど……」
「ていうか、何でここで俺らの軍なんだよ? 元々前曲にいる連中が邪魔で、間くぐって進むために一度陣形変えなきゃいけなくなるぞ」
「…………非効率的」
「そうも言ったんですけど……」
「ていうかさ……コレ僕らむしろ行かない方がいいんじゃ……」
「それは一番最初に言ったんですけど……」
「「「それで何で結論がこうなんだよっ!!!」」」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!」
 あーあ、泣いちゃった……。
 騙されておじいさんの家から連れ出されたハ○ジばりにかわいそうになってきた顔良ちゃんを何とか励ましつつ、僕らは袁紹への怨念を胸に、前曲へ向かうための準備を整え始めた。
 テンション、下がる……。

                        ☆

 そんな感じで、
 数十分後、
 遅れるとまた何言われるかわかったもんじゃないので、いやいやながらも全速力(多分出てないけどね!)で前曲に向けて前進した僕ら。
 ……そこで僕らを待っていたのは、袁紹へのイラつきを忘れてしまうほどの、さらなる災難だった。

「な……っ、これは……」
「あれれ……?」
「は、はわわわ……」

「ゆ、雄二!? これって……」
「くそっ……あの2人……あくどいこと考えやがって……!」

 僕らが前曲へ全速力で進行した途端、僕らのみに襲い掛かった災難、
 それは、先ほどまで左右両翼で前曲を勤めていた、魏軍、呉軍の後退だった。……それの意味するものは……

「これじゃあ……僕らが最前列になっちゃうじゃないかっ!!」
107 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 16:56:20.05 ID:xmrrKX3z0
 〜魏軍・陣営〜

「なるほど……文月軍を餌にしたわけですか……」
「華琳様、我が軍の後退、ほぼ完了しました」
「ご苦労様、桂花。下がっていいわよ」
「はっ……」
「甲羅の中にこもった亀を[ピーーー]ことはできないわ。ならば、まずは亀の頸を外に出すことを考えなくてはね」

                        ☆

 〜呉軍・陣営〜

「熊の巣穴の前で兎を遊ばせる……か、悪どい手だ。いい気分はせんな」
「ですが、効果的なのは事実。何より、魏軍の動きを見て、それを指示したのはあなたでしょう?」
「ああ、何よりも実益……それが我が行くべき道だ。甘寧、周瑜、今のうちに体勢を立て直せ」
「はっ!」
「御意……」

                      ☆

「へっ、なるほどな。楽したいのはみんな一緒……ってか」
「やってくれるよ、ホントに」
 曹操と孫権の軍が僕らの軍を残して後ろに下がっていくのを見ながら、僕らは悪態をついていた。
 つまり、まんまと利用されたわけだ。僕らの軍が全速力で前進してくるのを見た奴らは、それを利用した一石二鳥の作戦を思いついた、というのが、雄二と朱里の共通の見解。
 一つ目は僕でもわかる。僕らと入れ替わりで下がることで、一時的に戦線を押しつけることだ。彼らにしてみれば、今自分たちが置かれているのは、袁紹の愚策のせいで無駄に兵士を消費せざるを得ない、バカみたいな状況。そんな状況からは、一刻も早く脱却したいはずだ。
 で、二つ目は……
「餌にする気だ。俺らを」
「餌?」
 雄二の言ったことの意味がわからず、僕は思わず聞き返した。雄二は険しい表情のまま、
「ああ、多分そろそろ……」

『伝令!氾水関の扉が開き、中から華雄率いる主力部隊が出てきました!』

「……そら来た」
 雄二がそんなことを呟いた。
 え? ちょっと待って? まさか……
「雄二、餌ってつまり……」
「ああ、あの連中を要塞から引っ張り出すための囮、って意味だ」
 やっぱりか! 曹操に孫権め! 要塞がなかなか落ちないからって、僕らを囮にして大将を引っ張り出しやがった!
 確かに僕らは数も少ないし、周りに邪魔になりそうな援護する部隊もいない。敵さんにしてみれば、何でいきなり出てきたのかわからないくらいに格好の標的だ。僕らだって出たくて出てきたわけじゃないんだよバカ野郎!
 おまけに敵の大将の華雄は、さっきの伏兵戦でわかった通り、猪突猛進の猪武者。嬉々として僕らを討ちに来るだろう。
 ……そして一番戦慄を覚えるのは、この動きを指示した張本人、我らがバカ大将こと袁紹自身は、これを全く予定に組み込んでないことだったりする。
「あーだこーだ言ってても始まらねーや。腹は立つが、前に出ちまった以上、やるしかねぇな」
「そうだね。朱里、この場合、どうしたらいいと思う?」
「はい、雄二さんの言うとおり、ここまで来たら衝突は避けられないです。ここは陣を組んで、守りに徹しましょう」
「それだけだと、足りない気がするな。陣を組んだとしても、兵数差がある。下手すると、ただ死ぬのが遅くなるだけだ」
「あの連中は、その予定なのかもわかりませんしね」
 愛紗が苦々しい表情で言う。朱里も、これを見抜けなかったことは相当に悔しそうだ。
「戦えなくはないが、勝つことは難しいな。何とかして、後ろに下がった連中を前に引っ張れればいいんだが……」
「おそらく奴ら、私達が全滅するか、それに近い状態になるまで、進軍はしないでしょうね……」
「だろうな。奴らにしてみりゃ、使い捨ての鉄砲玉感覚なんだろう」
 今の雄二の「鉄砲玉」っていう単語はわからなかったと思うけど、言おうとしていることの意味は察したのだろう、愛紗も朱里も、考え込んだまま姿勢を崩さない。
 この光景を見てると、今の自分たちがかなりヤバい状況にいるのだということがよくわかる。雄二も朱里も、策を練り出せないでいる。鈴々は離れた位置で兵達を率いていて、他の天導衆メンバーも、部隊への伝令やら戦線の観察やらで出払ってしまっている。僕ら4人で考えるしかないんだけど……。
「そもそも兵数差がひどすぎるんだよな……」
「ですよね……応援が期待できない以上、私達文月軍だけで戦わなきゃいけないんですけど……」
「仮に前線の兵達を制した所で、後方から大軍が追加されるだけ……それでは終わりが見えませんね……」
 みんな、そんなことを言って悩んでいる。兵士の数は足りない、味方も助けてくれない、こんな状況一気に解決出来る方法あるわけ……
「…………」
 その時、僕の中に一つの案が浮かんだ。
「あのさ、策ってほどじゃないんだけど……」
「ご主人様? 何か考えついたんですか!?」
 その朱里の一言で、全員の視線がいきなり僕に集中した。
「あ、だからホント大したことないんだけど……」
「いいからさっさと言え!」
 雄二がそうせかした。
「えーとさ、僕らは兵士の数が足りなすぎるから、そのまま戦っても勝ち目はない」
「そうだ」
 この兵力差。おそらくどんな奇策を使ったところで、時間稼ぎの防衛戦がせいぜいだろう。よしんば前線を蹴散らせたとしても、後ろから来る増援部隊の相手は務められない。
「だったらさ、兵士を持ってる人達……曹操や孫権を引っ張り出せればいいんだよね?どうにかして」
「まあ、そうだが……」
「要するに、あの2人が動かないのは、今出てっても何のメリット……ああいや、何の利点も無いからでしょ? だったら、積極的に前線に出てきたくなるような状況を作れれば、2人は勝手に出てきてくれる」
「積極的に出てきたくなるような状況……とは?」
「うん、そのために僕らは……」
 僕はそこで、一瞬間を置いて、言った。
「華雄を討ち取る」

108 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 16:56:52.43 ID:xmrrKX3z0
 どういうわけか知らないが、突如として前曲に突出してきた文月軍を前に、華雄は笑っていた。
 先ほど、伏兵を使った攻撃を防がれ、辛酸をなめさせられた相手。なんとしても報復を成し遂げたいと思っていた相手が、自分が前線に復帰した途端、格好の標的となって目の前に姿を見せた。武人として、この機を逃すようなことはあってはならない。そう考え、華雄は要塞をほっぽりだし、2万5千もの大軍を率いて前線に飛び出した。
 と、
 その眼前に、文月軍の殿(しんがり)として仁王立ちをしている一人の女……武将が立っているのが見えた。
(あの黒髪……あの得物……間違いなく……)
 華雄は、その者が誰なのかを悟り、更に獰猛な笑みを浮かべた。
 直後、その「誰か」が言った。

「我が名は関羽! 天導衆軍が一の将! 敵将華雄よ、貴様の武、この関羽の刃が受けて見せよう。いざ尋常に勝負いたせ!」

                       ☆

―――その十数分前。

「「「華雄を?」」」
 三人がそろって聞き返す。
「敵将を討ち取って戦意をそぐ……ということですか?」
「それもあるけど、それ以上の効果を見込めると思う。多分、この戦線で、敵軍を支えてる唯一の柱が、華雄だから」
 愛紗の疑問に、僕はそう答えた。
「みんな知ってる通り、要塞を使った本来の戦い方っていうのは、その防御力を生かした防衛戦なんだ。今回みたく、いくら狙いやすい標的がいるからって、大将自ら大兵力を投入して、わざわざ出てきて戦う……なんてのは、本来の戦い方じゃない」
「まあ……華雄が猪武者だからこその戦い方だよな」
 雄二が同意の首肯を返す。
「でしょ? それに、逆に言えば、大軍が要塞を後ろに背負って戦う状態の時って、守ってもくれない要塞はただの壁でしかないんだよね」
「確かに」
「つまり……猪武者とはいえ、将軍たる華雄さんがいるから、こういう戦い方ができるんですね」
「ああ、少数を迎撃に出すんじゃなく、自分で出てくるあたり、性格出てんな」
「逆に言えば、華雄さえ討てれば、ただでさえ本来の戦い方と違うんだ。多分向こうはすぐにでも総崩れになる」
「あんな大軍、指揮もなしに手早く要塞の中に戻れるはずもありませんね。その場合、奴らにとって氾水関はむしろ壁、この地形も相まって、袋小路のような状態になる……」
「そんな混乱状態の軍、兵力さえあれば制圧は容易……そのまま氾水関の制圧だって不可能ではない……」
「なるほど、つまり」
 3人とも、理解したようだ。
「うん。『敵軍壊滅』と、『氾水関の制圧』……この2つの『手柄』を餌に、曹操と孫権を焚き付ける」
109 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 16:57:26.23 ID:xmrrKX3z0
殿を務める愛紗の声が聞こえてから、数分経った。
 この作戦に必要なプロセスは、それほど多くない。
 まず第一段階、陣立てを微妙に変えて、実際は防衛戦に適しているんだけど、パッと見で攻め込みやすそうな形状の陣形にする。これは朱里の的確な指示で上手くいった。
 第二段階、ここが、この作戦で一番重要かつ危険なところ。愛紗に、華雄との一騎打ちをしてもらう。
「愛紗さん、大丈夫でしょうか……?」
「……信じるしかないだろう。この作戦、任せられるのは愛紗しかいないんだからな」
 愛紗の身を案じる姫路さんを、雄二がそう諭していた。
 この作戦、そして特にこの第二段階、一番重要なのはその迅速さだ。下手に一騎打ちを長引かせて、敵側に華雄の敗北を警戒されたら、軍を上げて華雄を助けに回られる恐れもある。そうなる前に、愛紗が速攻で華雄を討ち取り、敵の兵士の士気を削いで、混乱状態に陥れなければならない。
 となると、相応の強さの、それも最前線に出て陣狩りを勤められるだけの実力を持つ誰かを送り込む必要がある。……そんな人、1人しかいない。
「力量を考えれば、恐らく愛紗に負けはない。だが、あんまり時間はないんだよな……」
 兵士達の華雄への援護、そして、僕らの軍自身の耐久……二重の意味で、僕らには時間がない。まともに戦場に立つことができない僕らは、先ほど帰還した他のメンバーも含めて、この陣で愛紗の勝利と作戦の成功を願っているしかない……。
 でも……遅い……まだか、愛紗…………!!

 その時、

「敵将華雄!! 文月軍が将、この関雲長が討ち取ったり―――っ!!」

「「「来たぁっ!!」」」
 待ちに待った愛紗の勝ち名乗りが、伝令を介することもなしにこの陣営にまで響いた。やった、愛紗の勝ちだ!!
「まだだ! 朱里、やってくれ!」
「はい!」
 雄二に言われて、朱里が待機させていた弓兵部隊に指示を出す。
「弓隊、斉射用意、3,2,1……斉射!」
 絶賛混乱中の敵軍前線を更にひっかき回すために、朱里のかわいい声での指示と共に、待機させていた弓兵部隊が一斉射撃で敵軍に矢の雨を降らせた。おお、今ので500人はやったな。
 やぐらに上がると、目で見てわかるぐらいに敵陣が動揺していた。よし、思ったとおり、後退しようとして氾水関の入り口に殺到するあまり、入れないで逆に身動きが取れないでいる。もはや追い詰められているのはそっちの方だ!
 さあ、後は……
「雄二! 伝令を出して、曹操と孫権の軍にこのことを……」
「…………その必要はないと思う」
 いつの間にか横にいたムッツリーニの声を聞いて振り返る。
 見ると、既に両軍とも前進を始めていた。もう敵陣の混乱を嗅ぎつけたのか……。
「やれやれ、やっぱりこういうときの動きは早いな」
「ですね……あ!」
 そう、朱里が声を上げた。何事かと思ってみると、
「愛紗!」
「ご主人様! 只今戻りました!」
 華雄を討った愛紗が、陣地に戻ってきた。やり遂げた、という笑みを浮かべて。
「愛紗! ご苦労様……って……あれ?」
 そこで、僕は止まった。
 労をねぎらってあげたかったんだけど……その手に抱えてらっしゃるのは……?
「? ご主人様? どうかなさいましたか?」
「あ、愛紗さん、その人って……」
「短めの銀髪、武将っぽい装備、ってことは……」
「はわわっ!? 華雄さんですかっ!?」
 そう。愛紗は脇に、ぐったりとしている華雄を抱えて現れた。
 姫路さんや美波、朱里も驚いていた。え!? し、死体!?
「ああ、これですか。最後の一撃を打った時、体勢を崩して頭から地面に激突したようなのです。そのまま気を失ったようで、結果的に殺さずして仕留めることが出来ました」
 なんと、そうだったのか。
 コレは嬉しい誤算だ。なぜなら、華雄は董卓軍の武将。未だ謎に包まれている洛陽に関する、何らかの情報を聞き出せるかもしれないからだ。
「すごいよ愛紗! まさか生け捕りにしちゃうなんて!」
「え? あ、いや、そんな、勿体無い。これは本当にたまたまでして……」
「何にせよ大手柄だ愛紗。そいつは捕虜にしとくとして……朱里!」
「はい! 全軍撤退! あとは漁夫の利狙いのお2人に任せちゃいましょう!」
 朱里の号令で、僕らは前進してくる曹操軍と孫権軍に敵を押しつけて後退した。



 その2時間後、曹操、孫権の軍が司令官を失った董卓軍をフルボッコにし、後はもう何だかよくわからないうちに氾水関は制圧された。
 やれやれ、初戦から災難だったな……。
110 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 16:58:05.48 ID:xmrrKX3z0
反董卓連合軍編
第22話 無能と脅しと仕返し作戦

バカテスト アンケート
質問
 あなたがこの乱世を統一するために必要だと考えているものを3つ述べてください。


 孫権の答え
 『信念 知略 国力』

 コメント
 王としての風格を感じさせる回答ですね。


 曹操の答え
 『金 権力 性欲』

 コメント
 欲望に忠実な回答ですね。


 袁紹の答え
 『わたくしがいれば他には何も要りませんわ! ほーっほっほっほっ!』

 コメント
 そうですか。


                       ☆


「あのチクワ頭……いつか見てろよ……」
「全くだよ雄二……いつかあの髪全部バリカンで剃ってやろう……」
 悪態をつきながら自陣への道を歩む僕と雄二。2人とも、怒りをあらわにして足取りも口調も語気も、何もかもが荒い。サンドバッグがあったら、気が済むまで殴るだろう……ってくらいに。
 というのも、

「「何でまた僕ら(俺ら)が前なんだぁ――っ!!」」

 ……話は、少し前、本陣で行われた軍議にさかのぼる。
111 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 16:58:36.47 ID:xmrrKX3z0
「ちょっと曹操さん!? あなたの軍が後ろに下がるとはどういうことですの!?」
 氾水関制圧から数日後。まもなく到着する次なる難関『虎牢関』攻略のための軍議が行われることになった。
 僕ら2人が例によってスパイセット(イヤホンとマイク。カメラは今回必要ないので置いてきた)を装備して本陣に到着した時、そこで行われていたのは、毎度おなじみ曹操と袁紹の口喧嘩だった。
「ふん……当たり前でしょう? 無能な盟主の命令に従ってたら、悪戯に兵を失うばかり。付き合ってられないのよ」
 曹操の口から、堂々と袁紹に対しての暴言(正論)が飛び出ていた。
 一方、誰も反対意見を述べる必要もないほど当たり前なそのセリフに、袁紹は顔を赤くして反論する。
「む、無能ですって……っ!? あなた、この私が無能だとおっしゃいますの!?」
「その問いをわざわざ肯定してあげないと理解出来ないの? やはり無能ね」
「キィ―――ッ!! むかつきますわ! この小娘!!」
 ……この学級会議で仲の悪い女子がキャーキャー言い争ってるみたいな雰囲気、何とかならないのかな。
 耳のイヤホンからも、今の所ため息しか聞こえてこない始末。
 近くにいた人に聞いた所、曹操軍は氾水関での戦いでの兵の損害が大きかったらしく、後曲に下がると言ったらしい。これまた正論。
 でも、脳内に『数が多い=絶対強い』という驚異の方程式が成立している袁紹にしてみれば、主戦力たる曹操軍の後退など言語道断、というわけで、この喧嘩に至るらしい。
「こっちのセリフよ。私のかわいい兵達があなたの無能のせいで傷ついているんだもの、いい加減にして欲しいわ」
 僕は、今の曹操のセリフに軍議出席者のほとんどが小さく頷いたのを見逃さなかった。
「そんなこと私の責任ではありませんわ! あなたの部下が無能なだけではなくて?」
「……私の部下が無能ですって? なかなか面白い冗談を言ってくれるじゃない」
 そう言い返す曹操の目は、表情とは裏腹に全く笑っていなかった。どうやら、自分の無能を棚に上げ、あまつさえ部下を愚弄されたことに、カチンと来たらしい。
 と、ここで、
「2人とも! その辺にしとけよ! それに今から攻める『虎牢関』を守ってるのは、神速と名高い名将・張遼と、あの呂布だぞ!? こんな口喧嘩してる場合じゃないだろ!!」
 委員長こと公孫賛登場。
 さすがというか、ナイスタイミング! グッジョブ! 正論を普通に述べただけなのに、軍議参加者全員から感謝の視線を受けていた。
 その一声で喧嘩を中断させられた2人はというと、渋々と言った感じで口を閉じた。
 ところで、今の公孫賛の発言に、無視してはならない点が一つある。
 今度攻める『虎牢関』、そこを守っている大将というのが、三国無双と名高く、僕らの世界の『三国志』でも最強無敵の存在として知られる武将、呂布だという。
 『三国志』では、関羽、張飛、劉備が一度にかかっても倒せなかったほどの豪傑。もしこの世界の呂布もそんな感じの化け物だとしたら……それこそとんでもない相手だ。
 と、今まで黙っていた孫権が口を開いた。
「実際どうするのだ? ここで戦を長引かせては、我が軍は圧倒的に不利だぞ?」
「ふん、どうするも何も、私の中では既に策などできていますわ! このクルクル小娘がうるさいから発表できなかっただけです!」
 信憑性ゼロのその発言に感心するものは誰一人いない。
「あら、何か愚策でも思いついたのかしら?」
「ええもちろん……って何が愚策ですの!?」
 まーた始まったよ……。
 と、ここで雄二がついに口を挟んだ。
「いい加減に軍議を進めてくれないか? というか曹操、言い分はわからんでもないが、言うだけ時間と声の無駄だろう? 愚策かどうかはともかくとして、さっさとしゃべらせてやって欲しいんだが」
「あら、言う時は言うのね? 坂本雄二。まあ、それもそうだわ」
「それに袁紹」
「何です!?」
「あんたもあんただ。あんたは名門中の名門、袁家の当主だろ? 俺らみたいなガキとはわけが違う高貴かつ上品なあんたの人徳を持ってすれば、周りが何やらさえずってることなんて聞き流すのはわけないだろ?」
 お、袁紹がちょっと嬉しそう。雄二の心にもないことがこの上なく明白なほめ言葉に上手く釣られたみたいだ。
「そ……そうですわね、わかってるじゃありませんの」
「お褒めにあずかり光栄です、総大将」
 得意の話術で袁紹を言いくるめた雄二。袁紹はと言うと、だいぶ機嫌が直ったみたいだ。
「まあ、いいでしょう。ここは坂本さんと伯珪さんのブサイクな顔を立てて、目を瞑ってあげま……」
「だから袁紹! お前はいつも一言多いんだって!」
「落ち着け委員長」
「誰がだ!」
 あわや公孫賛も舌戦に参加しそうになったのを何とか止める。雄二の顔がブサイクだと言うのには特に反論はないが。
『……雄二はブサイクじゃない』
 イヤホンの向こうから聞こえてきたそんな声はとりあえずスルーで。
「して、策とは何なのだ、袁紹。我が呉の軍も先の戦で受けた損害は少なくない。それは事実だ。次も同じようなことになると見れば、従うわけにはいかんぞ」
「ふん、そんな心配は無用ですわ。いいですか……」
 孫権に急かされ、袁紹はあらためて、というかようやくその策を発表したのだが……

「よろしいですか? 私の策というのは、文月軍にあり! ですわ!」
112 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 16:59:53.27 ID:xmrrKX3z0
「「「………………は?」」」
 一同、唖然。
「聞けば、氾水関の戦いで華雄を討ち取ったのは、あなたの軍にいる、この小娘(曹操)お気に入りの将なのでしょう? ならばあなた達がまた先行して、呂布と張遼を討ち取ってしまえば、前回同様、敵戦線は総崩れ……この戦は勝ったも同然ですわ!」
「「「……………………」」」
 ……サンタがこの世にいて、今すぐ何かしらのプレゼントをくれるとしたら、僕は迷わず『何か手ごろな鈍器』を頼みたい。
「というわけで、天導衆のお2人? あなた方文月軍はまた前曲にでて、チャッチャと呂布と張遼の2人を討ち取っちゃってくださいな」
「「ふざけんな!!!」」
 男子高校生の強靭な声帯を惜しげもなく使った僕らの怒声が軍議の席に響いた。
 何言ってんのこのチクワ!? そんなの策でも何でもないじゃないか!! ただ氾水関で僕らが予想外に活躍してたから丸投げしちゃおうってだけだろ!? というか、それで本当にこの戦線がどうにかなると思ってるのかこの人は!?
「あら、それは素晴らしい愚策ね」
「そうでしょう……って、愚策ではありません!」
 すぐさま曹操に言い返す袁紹。確かに、コレは愚策ではない。策として成立すらしていないからだ。
 イヤホンからは、先ほどから『バカ』とか『無能』とか『信じらんない』といった単語がひっきりなしに聞こえてくる。無理もない。
『ちょっとアキ! 坂本! 何ぼけっとしてんのよ! さっさとそいつの縦ロールを引きちぎってやって!』
『み……美波ちゃん! 気持ちはわかりますけど、今やるべきことはそれじゃないですよ!』
『吉井君! 反論、反論!』
 イヤホンから聞こえてくる、みんなの『冗談じゃない!』な声を受けて、僕と雄二が口を開こうとした時、先に孫権が、
「……我が軍は後方に移る」
 そういい残して、勝手に軍議の席を去った。
「ちょっ……孫権さん!? 勝手な行いをされては困りますわ!」
 袁紹は慌てて制止しようとするも、既に孫権は天幕の外へ出ていってしまっていた。
 それに続く形で曹操も、さらには他の軍議出席者も次々と席を立ち、自陣へと帰っていく。これ以上付き合いきれない……ということを悟ったのだろう。
 最終的に、軍議の席には僕と雄二、公孫賛と袁紹の4人だけになった。
 さて……と、
「雄二」
「ああ、帰ろう明久」
 これ以上ここにいても何も生まれない。帰って僕たちも袁紹の悪口大会に参加するとしよう。
「お待ちなさい! 坂本さんに吉井さん!」
 ちっ……呼び止められたか。
「吉井、坂本、気持ちは激しくわかるんだけどさ、このままだとまた何も考えずに突撃になっちまうだろ? せめてほら、策の一つも考えないと……」
 公孫賛にそういって促され、しかたなく席に戻る僕ら。その際、精一杯の敵意と軽蔑を込めた視線を袁紹に対して送るのを忘れない。
 で、その袁紹はというと、
「くっ……こうなったら、文月軍に託すしかありませんわ」
 懲りずにそんなことをほざいていた。
 いや、こうなったらも何も、こうなった原因は明白なんだから、考えろよ他の方法。
「あのな袁紹、無理に決まってるだろうがそんなの!」
「そうですよ! 兵数からして違うのに、こんなの無謀すぎるじゃないですか!」
「というか、他の陣営と比べて武器も装備も何もかも貧弱な俺らに前曲を務めさせて、どこに得があるっていうんだ?」
「何も出来ずに全滅しちゃいますよ、それじゃ何の意味もないでしょ!?」
「ですから、そうなる前にあなた方の優秀な将の力で呂布と張遼をチャチャっと」
「「それが無理だから言ってるんだろうが!!」」
 そんな「ちょっとパン買ってきて」みたいな言い方で軽々と敵将の抹殺を指示するな!
 しかし見事に話が平行線だ。一向に何も進展しない。というか、何だってこれ以外の方法を考えようとしないんだこの人は? 意地でもあるのか?
 ……仕方がないので、
「朱里、聞こえる?」
『はい、聞こえますご主人様』
 僕は小声で、襟元のマイクに話しかけた。
「今すぐそっちで、何とかしてこのチクワ頭を納得させられるような策を考えられないかな? 出来れば急いで」
「急ごしらえの一時的なものでいい。後で変更すればいい話だからな。このまま放っとくと、マジで俺達が前曲に回されかねん」
『わかりました! ちょっと待ってください!』
 イヤホンの向こうで、朱里が皆をまとめて案を考え始めたのが音でわかる。さて、あとはそれがまとまるのを待つことしか……。
「何で皆さん、この案の素晴らしさが理解できませんの!? 天衣無縫と言ってもいいくらいの、歴史に残るそれではありませんか!」
 無縫どころか、ツギハギもいいとこだ。
「名案だと思うんなら、あんたが前曲に出て自分の軍でやればいいじゃないか。そうするに足る武将だっているんだろ?」
「うっ……」
 雄二の反論に黙り込む袁紹。そら見ろ、自分だっていい案だとは思っていないんじゃないか。いや、単に僕たちを使い捨てとして認識してるだけなのだろうか?
「な、袁紹、いいかげん諦めてさ、今からでも他の案を考え……」
「あなた方に指図をする権限はありませんわ!」
 お前には指図する資格も実力もないだろう。
 公孫賛のやんわりとした提案を一蹴した袁紹は、僕らに向き直って言った。
「文月軍代表、坂本雄二、吉井明久両名に、連合軍総大将として命じます! あなた方の軍勢で先方を務め、この戦に勝利を呼びなさい!」
「「断る!!」」
 即座に僕らはそう返した。
 もう付き合いきれない。前曲はそっちで勝手にやってくれ。
 と思ったらこの女、次の瞬間、

「なら、他の連合軍全軍で文月軍を包囲し、あなた達『天導衆』の全員を討ち取るように仕向けますわ」

すまし顔で、そんなことを言ってきた。
113 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 17:00:29.53 ID:xmrrKX3z0
「「な……っ!?」」
 僕も雄二も、あまりの横暴に絶句する。こいつ……ここまでやるか……。
 直後、イヤホンから『おのれ袁紹ォ――――ッ!!』という、僕らの耳をつんざかんばかりの怒号と、何かガラガラと物が倒れたり、壊れたりするような音が聞こえた。『行ってはならん!』とか『落ち着いて愛紗さん!』とか言う声や、何か揉み合うような音がバックから聞こえるあたり、どうやら今のを聞いた愛紗がブチ切れて、青竜偃月刀を手に飛び出そうとしたようだ。秀吉や朱里が必死で止めようとしている様子が目に浮かぶ。
「……口でダメなら脅しかよ?」
「あら、これは駆け引きですわ?」
 ……ぬけぬけと……っ!
 僕がこのバカの縦ロールをどう切り刻んでやろうかと考えていると、となりで雄二が静かに、しかし怖いほど低い声で口を開いた。
「……わかった、引き受けよう」
「雄二!?」
 ちょっと、何言ってんの!?
 こいつらしくもない言葉に驚いて雄二のほうを向くと、そこには静かに怒りつつも、冷静に何事か考えている雄二の姿があった。
 何度も見たことがあるからわかる。こいつは今、凄まじい勢いで頭を回転させて、そして同時に……恐ろしく怒っている。その怒りを何とかこらえようと、こいつ自身今必死なはずだ。
 とはいっても、こんな作戦うまくいくはずがない。かといって断れば連合軍そのものが敵に回るし……どうすればいい!?
「あら、わかってくれたようで何よりですわ?」
「ただし、条件が2つある」
 と、雄二がそんなことを言い出した。ん? 条件? 何を言うつもりだ?
「1つ目。俺達の軍は、知っての通り、兵も少ないし装備も脆弱だ。このまま戦っても勝ち目はない。だから、各陣営から武器と兵士を必要な数供給してもらいたい」
「ふむ……なるほど。まあいいでしょう」
「もう1つは……俺達が戦っている間に、必ず他の陣営の軍を動かしてくれ」
「? どういう意味ですの?」
 僕もわからなかった。どういうこと? 他の軍を動かすって……。
「言葉通りだ。俺達が前線で戦って、呂布やら張遼やらの軍勢をひきつけるから、その間に他の軍勢をけしかけて、虎牢関を攻撃してくれ」
「自分達をおとりにして隙をつくるからそれを生かせ……ということですのね。殊勝なことですわ」
「殊勝で結構。それ以外にやり方がないもんでな……これでいいか朱里?」
 と、最後に雄二は僕にしか聞こえないような小声で言った。
 同時に、イヤホンからその朱里の声が聞こえる。
『はい、それなら……何とかなると思います!』
 ……こいつつまり、自分たちの条件を改善して、朱里の考えた策を使って戦うだけの余裕を作ったのか。
 もしかしたら、僕が怒りで身を震わせていた時、朱里と何か打ち合わせ的なことを話していたのかもしれない。僕が聞いていなかっただけで。
 袁紹が承知したのを確認すると、雄二は、
「……準備してくる」
 それだけ言って歩き出した。僕もそれに続いて出て行く。
 その時一瞬目の端に映った、得意そうに笑っていた袁紹の顔は……絶対に忘れない。
 僕も雄二も、天幕を出たところで、声をそろえて言った。

「「あの女ァ……!」」
114 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 17:01:01.32 ID:xmrrKX3z0
自陣に戻ってからも、沸騰寸前の(というか既に一度爆発済みの)愛紗をなだめるのが大変で、軍議の開始は少し遅くなってからだった。
「全く袁紹のやつめ!! 何という横暴だ!!」
「ホントに、信じられないのだ……」
 依然怒っている愛紗と、怒りプラス呆れを全面に出している鈴々。
 他の面々も、大体同じような感じである。
「何なのよあの女!? 味方を脅してどうするっての!!」
「あの人の軍、どうして今までやってこれたのか、むしろ不思議になりますね……」
「……付き合いきれない」
「もうやだよ〜、あんなのの指図に従うの〜!」
 美波は当たり前として、穏便な姫路さんや霧島さん、普段こういうことは言わない工藤さんまでもがおおっぴらに不平不満を口にしている。いかにこの連合軍が、総大将に絶望しているかがわかる光景だ。
 今回の軍議で、袁紹にこれ以上従っていても僕らに被害しか出ないと言うことがわかった。この戦いが終わったら、真剣にこれ以降どうやってあのバカと縁を切るか、そしてどうやってあのバカを消し去るか考える必要があるだろう。
どっちにしても、今は、
「皆の衆、気持ちはわかるが、今はこの戦を乗りきることをまず考えようではないか。あの阿呆の処分はその後じゃ」
「そうだな、どっちにしても、ここを乗り切らない限り俺達に未来はねえ……それで朱里、策はまとまってるのか?」
「はい、もちろんです!」
 朱里も今回のことには憤りを見せているらしい。声にいつもよりも勢いがあった。
 ともかく、その策を聞くことにしよう。『兵力と武器の補充』、『別働隊による虎牢関の攻撃』、この2つの条件を使ってどう戦うのか……全員の視線が朱里に集まった。
 そして、朱里は話し始めた。
「つまり……氾水関の意趣返しをします」
115 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 17:01:35.41 ID:xmrrKX3z0
―――――その数時間後
 虎牢関に向けて進軍しつつ、他の陣営からの兵と武器の補充を終えた僕ら文月軍は、しかたなくあのバカのどこまでもバカな策につきあうため、前線に出た。
 やがて、僕らの眼前に、その洛陽を守る最後の砦『虎牢関』が姿を見せた。
「あれが、『難攻不落極悪非道七転八倒虎牢関』です」
「やたら長い名前だな。設計士の遊び心でも入ってんのか?」
「それだけ堅い守りの要塞だ、ということです」
 雄二の冗談は愛紗によってぴしゃりと制された。
 目の前にある虎牢関は、見た目は先日攻略した氾水関とさほど変わらない。ただ、朱里いわく氾水関よりも更に守りは堅牢なものらしく、攻略は簡単ではないとのこと。
 しかももう一つ、素人の僕の目でもわかる明らかな違いがあった。
 虎牢関の前に陣取っている軍。その軍は前の華雄の時とは違い、完璧な形に陣形を整えている。数に限らず、陣形次第で軍の強さは何倍にもなると言うことを僕らはよく知っている。この戦、今までとは比べ物にならない激戦になるだろう。
 そして、彼らは2種類の旗を掲げていた。その旗とは、『呂』と『張』。まぎれもなく、呂布と張遼の軍勢。2人とも、前線に出てきている。
 前に、要塞での戦い方はあくまで防衛戦だと言った。それを考えると今度も敵は本来の戦い方とは違うやり方だ……となるのだが、今回、実はこれは凶報でしかない。
 呂布、張遼、両者共に恐るべき攻撃翌力と突破力、さらに張遼に至ってはその圧倒的な機動力から「神速」とまで言われるほどの猛将。しかも、二人が取っているのは「蜂矢の陣」。彼女らが本質的に得意としている超攻撃型陣形だ。その攻撃翌力でもって、並みの相手ならば多少の小細工ごと粉砕されてもおかしくない。おまけに、要塞は要塞できちんと防御の陣形をとってある。
 攻撃は最大の防御、でもやっぱり不安だから後ろもちゃんと防衛……といった感じか。どちらか片方だけでも、氾水関の時より手ごわそうだ。
「じゃ、作戦の確認でもしようか」
「前進はするが……今回はひたすら守る。そうだな?」
「はい、方円陣を主体とした防御陣形を組んで、相手の攻撃をひたすら耐えしのぎます」
 雄二の問いに答える形で、朱里がそう説明した。
 今回の戦いは、こちらから攻めることはしない。攻撃翌力でも兵力でも向こうが勝る以上、こちらが攻撃陣形を使っても効果はない。むしろ逆効果とすらいえる。
 攻めてもこちらにメリットがないのだから、守るしかない。それが一つの理由。
 そして、もう一つは……
「明久君! 坂本君! 右翼第2陣への作戦通達、完了しました!」
「……雄二、左翼第2陣も終わった」
「ごくろう。工藤と島田は……まだみたいだな」
 話していると、部隊への通達と、ついでに軽い鼓舞をお願いしていた霧島さんと姫路さんが戻ってきた。
 今回、人手不足に加え、兵士達の高い士気が必要となる作戦であるため、要所要所での連絡などには『天導衆』のメンバーが自ら当たっている。女の子をこんな戦いの場に居させるだけでも申し訳ないのに、こんなことまでさせるのは、正直心苦しい。
「すまないな、翔子、姫路、お前らにまで面倒なことをさせちまって」
「……気にしなくていい」
「そうですよ。勝つためですから、このくらい何でもないです!」
 そう言ってもらえると、僕らとしてもいくらか救われるなあ……。と、
「そうそう、だってやらなきゃ死んじゃうしね」
「あのバカ女の顔思い浮かべてれば、このくらい疲れもしないわよ」
「美波、工藤さんも、お帰り!」
 左右第3陣への通達に行っていた工藤さんと美波が帰ってきた。耳を澄ますと、後ろのほうから盛大なときの声が聞こえてくる。2人とも、上手く鼓舞して来てくれたみたいだ。
 よし、これで下準備は整った。……ここから先は、男の仕事だ。
「行くぞ明久、覚悟決めろ」
「OK雄二、やってやるさ。ムッツリーニも秀吉も、いい?」
「…………問題ない」
「うむ、毒を食らわば皿までじゃ」
 僕と雄二、ムッツリーニと秀吉は前線に出て役割をこなす。どれも直接戦いに加わることは少ないけど、後陣で控えていてもらう美波たち女子勢より遥かに危険だ。でも、僕らがやらなくちゃならない。
「愛紗、鈴々、僕らの命、二人に預けるから」
「お任せください。この命に代えても、守ってみせます!」
「鈴々もなのだ!」
 2人とも、頼もしいことを行ってくれる。これなら勝てる……そんな気がしてきた。
 そうこうしているうちに、いよいよ敵が近くまで迫ってきた。僕らは十数分後には始まるであろう激戦に備え、作戦の確認をかねて円陣を組み、士気を高める。
 大将と言うことで、音頭は僕が取る。
「よし、愛紗、鈴々、最終確認だ! どう戦う!?」
「ひたすら守って、時間を稼ぐのだ!」
「ええ、蝿一匹通しはしません!」
「僕と雄二は!?」
「前線で兵共の鼓舞だ!! 逃げも隠れもしねぇ」
 位置的には隠れてるんだけどね。
「ムッツリーニ!」
「…………戦況観察、全伝令兵の統括」
「秀吉!」
「中陣で待機部隊の統括と陣形の指揮じゃな、任せておくがよい」
「朱里は、本陣で僕らと一緒ね!」
「はい! がんばります!」
 よかった。今度は噛まなかった。
 じゃ――――そろそろ締めだ。
「守って守って……いつまで守る?」
「「「曹操と孫権の軍が動くまで!!」」」
「そしたら僕らは?」
「「「全速後退!!」」」
「そして……後のことは――――?」
 せーの…………

「「「曹操と孫権に全部押し付ける!!!」」」

 言ったまんま、僕らが戦っている間に後曲から出てきた両軍と入れ替わりで後ろに下がって、代わりに戦ってもらおう、という作戦。つまり、氾水関で2人がやったことをそのままこっちもやってやるわけだ。
 名づけて『氾水関ではよくもやってくれたなゴルァ』作戦、開始。
116 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 17:02:15.88 ID:xmrrKX3z0
反董卓連合軍編
第23話 手柄と機転と召喚獣

 結論から言えば、僕らの起死回生と前回の戦いの仕返しを兼用した作戦は、大成功に終わった。
 虎牢関前にて、呂布率いる軍団との戦を始めて数時間が経過し、
『両翼より、魏・呉の軍が上がってきます!』
「っしゃ来たぁ!退くぞ野郎共!」
 ってな感じで、連中に残りを押し付けて僕らは後方に下がった。曹操、孫権、あとよろしく。

                       ☆

 〜魏軍・陣営〜

「華琳様! 文月軍が……このままでは、わが軍前方が巻き込まれてしまいます!」
「やるわね……向こうにも、なかなか優秀な軍師がいるみたいじゃない。桂花、直ちに体制を立て直しなさい」
「はっ!」
「ふっ……やってくれるじゃない、ブ男の分際で……」

                     ☆

 〜呉軍・陣営〜

「これはまた……向こうの軍にも、なかなかの策士がいるようですな」
「……思春」
「はっ!」
「鋒矢の陣を敷け。横撃をかける」
「御意!」
「……こちらから仕掛けるので?」
「手をこまねいては被害が広がる。横撃した後、一気に城門を攻める。……周瑜、何か問題でも?」
「いえ……現状では最善の策かと……」

                       ☆

「おかえりムッツリーニ、どんな感じ?」
「…………泥仕合」
 戦況観察のムッツリーニが持ち帰ったのは、そんな報告だった。
「ま、普通に考えて混戦もいいとこだろうな」
「犯人僕らだけどね」
 朱里の策に見事にはまり、呂布&張遼の軍と衝突した魏・呉両軍は、大軍VS大軍のしっちゃかめっちゃかな戦いを繰り広げている。攻めても手応えが無く、かといって退くこともできない、って感じの状況。僕らは身をもって体験したからよくわかる。ざまーみろ。
「この分だと、もう俺らに出番はなさそうだな」
 愛紗にもらった携帯食料代わりの干し柿をかじりながら、雄二が悠然と言った。
「放っといても曹操か孫権が虎牢関落としてくれんだろ」
「そうだね、大分敵の数も減ってきたみたいだし」
「この分なら、戦線からこぼれ出た敵兵の掃除だけでよさそうじゃの」
「お、戻ったか秀吉」
 あ、中陣で各部隊に指示を出してた秀吉が戻ってきた。ということは、
「横と後ろももう問題なしか?」
「うむ、愛紗や鈴々含め、もうわしらの出番は無さそうじゃ」
 秀吉はそう言って、僕らの隣に腰掛けた。雄二や秀吉の言っていたとおり、僕らの出番はもう無いだろう。いや〜しかし、一時はどうなることかと……

「あの〜……」

 と、横から可愛い声が割り込んできた。声の主は……
「朱里?」
 我が軍の頼れる軍師殿だった。
「どうしたの朱里?」
「えっと、ちょっとお話があるんですけど……」
「私からも」
「愛紗?」
 愛紗まで出てきた。後ろには、鈴々もいる。何かな?
「何か問題でもでてきたの?」
「……いえ、問題ではありませんが、進言したいことが」

117 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 17:02:52.61 ID:xmrrKX3z0
「つまり……もう一度前線に出る……と?」
「はい」
 愛紗と朱里の「進言」に、僕らは驚くことしかできなかった。なぜって、その内容が、もう一度軍を率いて虎牢関を攻める……というものだったからである。
「どういう意味じゃ、それは!?」
「どうもこうも、申し上げたままの意味です。木下殿」
 愛紗はきっぱりと言った。その後に、朱里が続ける
「はい。危険だとは思いますが、私達の強さと名を天下に知らしめるには、これが一番いい方法なんです」
「……名を上げるため、か」
 雄二が神妙そうな面持ちで言った。
「たしかにそれもこの戦いの目的ではあったが……」
「この大混戦では、あの中を突破する気なら、それこそこの陣すらも含めた全軍でかかるしかない。よしんば突破できたとしても、ただではすまんぞ?」
 秀吉の言うとおり、今、虎牢関前の戦線は凄まじいくらいの大混戦に陥っている。
 現在、虎牢関前に3つある防衛線のうち、1つ目が突破され、2つ目の地点を突破するために連合軍は戦っている。虎牢関に突入したいなら、どうしても通らずにはいけない場所なんだけど、そこはもう敵味方入り乱れての泥試合で、もうただ力任せに攻めて突破するしかない状況だ。そんなことをしようものなら、被害もシャレにならないものになる。
「僕らも、朱里も、後ろの陣で待ってる女子達も危険だよ!」
「…………いくらなんでも、無謀がすぎる」
「わかっています!」
 朱里が突然に発した予想以上の大声に、僕らは声を止めた。
「でも、それ以外にないんです。私なら大丈夫、覚悟は……できてます」
「嘘だよね」
「!」
 僕に見抜かれたことによほど驚いたらしい。しかし、僕だってそこまでバカじゃない。朱里みたいな小さな女の子が、こんな戦場に立っていて、ましてや自分も含む軍ごと混戦の中に突撃するなんて、怖くないはずがない。それはこういった考え方からも、今目の前に立っている朱里の表情からだって読み取れる。
 心中を見破られたことがショックだったのか、朱里は黙ってしまった。その朱里に代わり、愛紗が前に出る。
「朱里が恐怖するのは決しておかしなことではありません。わたしとて、ご主人様達を前線に引っ張り出さなければならないというのは、この上なく苦痛です。しかし、今こそは我々の名を上げる最大の好機なのです!」
「……絶対に必要だと思うのか?」
 いつもの鋭い目つきになった雄二が、愛紗に問いかける。愛紗は黙って頷く。
「……例えば、それで俺達『天導衆』の誰かが死ぬかもしれなくても……か?」
「鈴々と愛紗が守るのだ!」
 横から鈴々がそう言ってくる。しかし、雄二は視線を愛紗から離さずに続ける。
「10割の確率で守れるとは言えないだろう」
「否定は……せん」
「それでも、やりたいと?」
「うむ」
「死ぬのは、明久かも知れないとしてもか?」
「……それが定めなら」
 2人とも、一歩も譲らない。片方は武人として、もう片方はリーダーとして。
「危険が過ぎる。名よりも実をとるべきだと思うが」
「実よりも名をとるべき戦いも、時にはある」
「それは武人の考え方だな。俺も明久も、言おうとしていることはわかるが、理解も賛同もしかねる」
「ならば、今この瞬間だけでも、武人の心を持っていただきたい」
 火花でも散りそうな空気の中で、2人は言い合いを続ける。
 と、ここで鈴々が
「雄二お兄ちゃん! 大丈夫なのだ! 鈴々と愛紗で、みんな必ず守るのだ! だから……」
「鈴々、少し黙っていろ」
 頼もしくもあれど、根拠のないことを言う鈴々は、愛紗に制された。
 雄二は構わず、
「戦線に不安要素が多すぎるだろう。あれだけの混戦じゃあ、どんな陣形や策を使ったって、さして効果はない。結局は兵力に任せた力押しになるはずだ、それこそ不利だろう。それに、行軍するだけでも危険がある。呂布や張遼が戦死したって報告も特に……」
「…………雄二、それに関して、斥候から情報が入った」
 唐突に、ムッツリーニが会話に割り込んできた。斥候や伝令の統括官の奴が、何か嗅ぎつけたらしい。
「何だ? ムッツリーニ」
「…………情報は2つ。まず、張遼が曹操軍に降った」
「「何!?」」
 愛紗と雄二の声がそろう。
「確かか?ムッツリーニ」
「…………(コクリ)」
「張遼って、相手方の副将だよね?」
「はい。『神速』の呼び名を持つ、名将だと聞いています」
「なんかすごそうだけど、そんな人がなんで曹操に降っちゃったのだ?」
「…………詳細はわからない。今調査中」
 敵の主力も主力、戦線の中心の一人のはずの張遼が降ったのは、僕ら連合軍には吉報だ。敵軍の指揮も下がるし、多分同時に、統率にも乱れが生じて戦いやすくなるかもしれない。
 ……降ったその先が曹操だってのが不安だけど。
 で、もう一つの報告って?
「…………虎牢関の第2防衛ライン……つまり、防衛線の第2陣が崩れた。残りの守りは、門の前に集中している連中と、鉄の扉だけ」
「では、今こそ出撃する好機ではないか!」
 愛紗がそう息巻いた。
 第2防衛ラインが崩れたということは、あと虎牢関を守るのは扉の真ん前にいる守備陣のみ。そこを突破すれば、扉を破って虎牢関に突入できる。愛紗が欲しているその一番乗りの手柄は……早い者勝ちだ。
 こうなると、虎牢関の入り口が崩れるまでもう時間はないだろう。乱入を決断するなら、今しかないか……

 …………あれ?
118 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 17:03:32.00 ID:xmrrKX3z0
「ご主人様ご決断を! ここを突破して、虎牢関突入の一番乗りを奪えれば、我々文月軍の名は天下に轟きます!」
「ご主人様、その……私からもお願いしま……ご主人様?」
 愛紗と朱里の声は聞こえていたが、僕の目はとある理由から、たった今持ち込まれた最新の軍分布図に向けられていた。
「……あのー……ご主人様?」
「ねえ愛紗、ここって今、誰もいないの?」
「え?」
 そう言って僕は、地図上のある地点を指さした。愛紗はそこを覗き込んで、
「ええまあ……陣取っても特に何にもなりませんから」
 そう答えた。それなら……と、僕はにやりと笑う。
「お兄ちゃん、どうしたのだ?」
 不思議そうな鈴々の声。見ると、みんなが不思議そうな顔をしていたので、僕はその場で説明を始めた。
 すると、
「で、できるのですか!? そんなことが……」
「はわわっ……そんな道具ないですよ!?」
「鈴々の蛇矛でも無理なのだ」
 との反応。
 でも、Fクラスメンバーを見ると……
「なるほど……考えたな明久」
「…………それなら、誰に邪魔されることもない」
「ある意味ワシららしいやり方じゃの」
 一色に、そんな反応を帰してきた。
 まあ、愛紗達が驚くのも無理はない。こんなやり方は誰もやろうとしないし、やろうとしてもこの時代だと、相当な準備をしない限りできない。しかし僕らは、かなりお手軽にその準備を整えることができる。こんな手を使うなんて予想もつかないだろうから……よそに妨害されることもない。何より上手く行けば……突入一番乗りだけでなく、完全制圧の手柄も手に入る……! これはもうやるっきゃない!!
「よし、この手でいこう! 誰がやる?」
「適任なのは、俺と明久と……あとは工藤だな。ムッツリーニ、呼んできてくれ」
「…………了解」
「ではワシは、部隊に指示を出してくるぞい」
「よし、じゃあやるか! 明久、号令!」
「ああ! これより文月軍は、虎牢関の制圧に向かう! 全軍全速前進! 目標地点、虎牢関正門……から向かって右方向に300mの壁!!」
119 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 17:05:54.38 ID:xmrrKX3z0
〜魏軍、陣地〜

「華琳様、文月軍が前進を始めたようです」
「あら、今更手柄目当てで戦線に加わろうというのかしら、あのブ男たちは?」
「いえ、それが、どうも妙な動きを見せているようです」
「? どういう意味、桂花?」
「はい、文月軍は、戦線である虎牢関正門前ではなく、その遥か右方向にある壁に向かって進軍しています」
「は? どういうこと?」

                       ☆

 〜呉軍、陣地〜
「壁でも破るつもりか? 文月軍は」
「考えにくいですね。虎牢関の壁は、破城槌を使っても破るのに相当な時間がかかる堅強さを誇っています。見たところそういった道具も、その材料も持っていないようですし……恐らく違うかと。仮にそれを使おうとしても、手こずっている間に敵の襲撃を受けるだけですからな」
「ならば、どうしてだ? 周瑜、わかるか?」
「……推測ですが、扉付近に密集している敵兵に横撃をかけ、突破するつもりかもしれません。しかし、攻める面積が小さくては大軍が意味をなしませんし、この戦況ではどこから攻めても大して差はありません……愚策ですね。それよりも孫権様、わが軍はいかように?」
「……そやつらの目的が何であれ、わが軍に火の粉がかからぬのならどうでもよい。虎牢関の扉を破り、一番に突入・制圧する……今、見据えるべき目的はそれだけだ」
「では、そのように」

                        ☆

((虎牢関突入一番乗りの手柄、そしてその名声……手に入れるのは……))
(私達……魏よ!)
(我ら……呉だ!)
 魏と呉、それぞれの本陣において、その総大将2人が同様の念を、何の疑いも迷いもなく、確信にも近い形で胸に思い描いていたその時、


「いくよ……1」
「「2の」」
「「「3っ!!」」」

 ドッゴオォォォオン!!!

「「「―――!!?」」」
 文月軍の真正面にある壁から、戦場全てにこだまするかのような轟音が響き渡った。

                        ☆

 目の前にある壁、そこには、とにかくでかい大穴が、今の衝撃で巻き上がった土煙の中で口をあけていた。
 先程までこの壁は、ヒビの一つも入っていない堅強なそれで、要塞としての役割を十二分に果たす強度があった。崩すには、ちょっとやそっとの設備じゃ無理だ、ってくらいに。
 その壁に僕らは何をしたのかというと、僕と雄二、さらに工藤さんの3人の召喚獣が、一斉にその武器による渾身の一撃を叩き込んだのである。
 結果は、今言った通り。僕の召喚獣の木刀、雄二の召喚獣のメリケンサック、工藤さんの召喚獣の巨斧……しかも電撃の特殊能力つき……の、しかも一番の得意教科による3連コンボを食らった壁は、あえなく木端微塵となった。そこにあるのは、ペーパードライバーが運転しても大型のトレーラーが2,3台楽に通れそうなバカでかい穴。
 その向こうでは、何が起きたかわからない様子の董卓軍兵士が、口をぽかんとあけてこっちを見ている。
 どうやらこの壁の向こうは武器庫だったようで、今の一撃で壁と一緒に吹き飛んだのか、剣やら槍やらといった武器がバラバラになって床に散らばっていた。
 まあ、いきなり難攻不落のはずの要塞の壁が音を立てて吹き飛んだのだから、その中にいた兵士諸君の動揺もわかると言えばわかる。
 ……わかるが、それに合わせて待ってあげるつもりもないので、

「総員突撃―――!!」

 周りに待機させていた兵士達に、愛紗が突撃の指示を出す。
 号令を受けた兵士たちは、武器を手に一斉に中になだれ込んだ。わけがわからず対応できない兵士たちに構わず、文月軍の勇士たちは次々にその中に突入し、兵士を屍に変え、内部を侵食していく。
 作戦は成功だ。見事に敵の、そして味方の裏をかいて、虎牢関に一番で突入することに成功した。
 虎牢関突入の手柄は確かに欲しいけど、被害が大きくなりそうな正面ルートは選びたくない。しかも、そうしたとしても、一番に突入できるとは限らない。そうした場合、次に狙うのは虎牢関完全制圧の手柄なんだけど、僕らみたいな兵士の少ない軍ではそれは難しい。
 そこで、僕たちは危険も少なく、さらに確実に一番乗りを狙える方法を選択することにした。言わずもがな、壁を破壊しての乱入である。
 虎牢関みたいな要塞の壁は相当頑丈にできていて、本来ならそういう専用の道具を使ってそれなりに時間をかけない限りは崩せない。が、そんな用意はない。なので、自然に正面突破を狙う道しかなくなってしまう。
 が、僕らには召喚獣という、人間の数倍から数十倍の腕力を持つ頼れる相棒が、いつどんな時でも呼び出し可能な状態で存在する。その力をもってすれば、いかに堅強とはいえ、この時代の要塞の壁の破壊くらいわけはない。現に僕の召喚獣は、50点にも満たない点数で、それも武器の木刀でなく拳で、鉄筋コンクリートの壁を破壊できた。……あの時はフィードバックで手が痛くて大変だったけど、今回は武器な上に点数も高い、しかも3人がかりだから全然平気だ……って、あれ?

「ぎゃあああああああぁ痛ぁああああああああ!!」
120 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 17:06:29.29 ID:xmrrKX3z0
「!? どうなさいましたご主人様!?」
 僕の悲鳴を聞きつけた愛紗が、疾風のごとき速さでかけつけた。
「ご主人様!? ご主人様!?」
「お兄ちゃん!?」
「どうかしたの吉井君!?」
 工藤さん、鈴々の不安そうな声を聞きながら、僕はどう、と地面に倒れこんだ。
 仰向けに倒れた僕のかすんだ視界に、一瞬だけ青く澄んだ空が映り、すぐに不安な表情の愛紗と鈴々に遮られる。2人とも顔には冷や汗が滲み出ていて、顔色も青い。
「ご主人様どうしました!? お怪我ですか!?」
「お兄ちゃん!! やられたの!? お兄ちゃん!!」
「あー、愛紗、鈴々、そうじゃないみたいだから心配すんな」
 そこに、雄二の何にも心配していない扁平な声がそこに割り込んだ。どうやら、僕の絶叫の理由がわかっているらしい。
「坂本殿、それはどういう意味だ!?」
「ああ、別に敵にやられたとかそういうわけじゃないから安心しろって。原因は工藤、お前だ」
「え? ボク?」
 雄二のセリフを聞いた工藤さんが、素っ頓狂な声で意外そうに聞き返した。
「工藤……さん……召喚獣……斧……僕の召喚獣……」
「え? 召喚獣って…………あらま」
 どうやら工藤さんも、原因を知ったらしい。
 工藤さんと雄二の視線の先には……工藤さんの召喚獣の横、その攻撃の余波を受けて左半身が吹き飛んで無くなって倒れている僕の召喚獣がいた。
 壁を攻撃する時、お互いの召喚獣同士の距離は十分にとったはずだったんだけど……まさか工藤さんの保健体育の点数の威力がここまでとは……。フィードバックがきつすぎて気絶もできない……!
「ち、小さいご主人様……あ、いや、ご主人様の、しょ、『召喚獣』が……」
「にゃ、黒こげでしかも半分になってるのだ」
「あらららら、綺麗に半分になっちゃって……ごめんね吉井君」
「フィードバックで動けないみたいだな。工藤、悪いがコレ持って帰ってくれるか?」
「ん、了解」
 雄二の奴……人を荷物か何かみたいに扱いやがって……でもこの際何でもいいから、早く持って、じゃなくて連れて帰って……。自分じゃ歩けそうにないから……おおっ!?
「よいしょっと……吉井君、肩貸してあげるよ。色々当たってるかもしれないけど……気にしないでね?」
 とか言いつつ、明らかにわざとというノリで胸(だと思う)を僕の体に当ててくる工藤さん。これは……思わぬご褒美だっ! 正に『災い転じて福とな(ヒュン、ヒタッ)す』と思ったらまた転じなさってまた災いが来ましたよ?
「ええご主人様、どうぞこの場は私達に任せて、陣の方でごゆっくりとお休みください」
 先ほどとは一変、怖いほど落ち着いた声になっている愛紗が、目だけは全く笑っていない笑顔でそう言う。
 そうします。そうさせて下さい。陣に戻りますからその僕の頸動脈から3cmのところでピタリと止まっている青竜偃月刀をどけてください愛紗さん。このままだと僕は自陣ではなくあの世あたりで永遠に休むことになるから。
「じゃあ明久、ゆっくり休め。さて次は……姫路、翔子、頼むぞ」
「は、はいっ!」
「……わかった。任せて雄二」
 僕と入れ替わりに壁の穴の前に立った2人の女子の気合の入った声を聞きながら、僕は数人の兵士に守られつつ、工藤さんと一緒に自陣へ戻っていった。

121 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 17:07:11.71 ID:xmrrKX3z0
「おかえり……って、アキ?」
「どうした明久? 何か随分とぐったりしておるようじゃが……」
「…………見た感じ、怪我はない」
「あはは、ちょっとね……」
 陣地に返った僕を、皆はそんなセリフで出迎えてくれた。
「うう……これだからフィードバックは……」
 その一言で、皆は大方の事情を察したらしい。呆れたような、心配して損した、という風な顔になって、僕のもとから離れていった。いや……確かにいつものことだけども、ホントにきついんだからそんな反応しないでよ……。
 何とか歩けるくらいまで回復した僕は、自力で天幕の中に歩いていき、置いてあるいすに座って、ゆっくりと背もたれに身を任せた。
 と、天幕の中で僕の帰りを待ってくれていた朱里が、トコトコと近づいてきて、水差しを差し出してくれた。
「おつかれさまです、ご主人様」
「ただいま朱里、うん、ホント疲れたよ……あ、もらえる?」
「はい、只今。でも……無事でよかったです。ご主人様自ら最前線に出て、何かあったら大変ですから」
 何もなかったわけじゃないんだけどね。まあ、無垢で純粋で、かいがいしく僕に仕えてくれる朱里に、いらん心配をかけなくてもいいだろうし、黙っててもいいか。
 朱里が差し出してくれた水を飲んでいると、その後ろ、入口から、美波が入ってきた。
「その様子だと、上手くいったみたいね」
「まあね。その後がものすごく痛かったけど……」
「フィードバックでしょ? 実際には体に傷はついてないんだから、いいじゃない」
 そういうけどね、それは君がこの苦悩をわからないから言えるセリフだよ、美波。
 ともあれ、この作戦は成功と言っていい。軍の部隊が通れるだけの大穴をあけることにも成功したし、すでにその穴から僕らの軍の主力部隊が内部に突入した。それに、姫路さんと霧島さんが同行している。さっきからかなり派手な破壊音も聞こえてくるし……虎牢関の完全制圧も時間の問題だろう。僕の出番は終わりかな、これで一安心……
 ……そう思った、矢先だった。

「りょ……呂布だー! 呂布が出たぞ――!!」

「「「!?」」」
 その声は、衝撃と戦慄と共に陣内を駆け巡った。間髪いれず、天幕の中、僕と美波の前に一人の伝令兵が息をきらして走ってきて、告げた。
「伝令! わ……わが軍左翼に突如として呂布が出現! 得物を振り回し、たった一人で屍の山を築いております!」
 伝令兵の声は震えていた。それだけ恐怖があるのだろう。相手は三国無双とまで言われる武人、無理もない。
「聞こえたぞ明久! 敵の総大将が出たじゃと!?」
「…………ピンチ?」
 聞きつけた秀吉とムッツリーニが、焦りを顔に出しながら天幕の中にかけこんできた。
「いきなりこっちに来るなんて……それで? どんな状況なの!?」
「はっ……呂布ですが、単騎とは思えない突破力で、一直線にこの本陣を目指しております! 兵たちが引きとめてはおりますが……被害が拡大する一方でして……」
「ちょ……ちょっと!? ヤバいんじゃないのそれ!?」
 顔色が青くなった美波がそう言った。
 完全に予想外だ。壁際に陣取って、直接門のところの戦線に接触しなければ、敵兵の部隊による襲撃はないと考えていた。あの混戦なら、それを抜け出してこっちに兵を回す、なんてことはできないはずだし。
 しかし、まさか相手方の総大将が、軍を放っぽりだして単騎で突っ込んでくるとは思わなかった。そんなことをするのは趙雲だけだと思ったけど、そうでもなかったらしい。
 となると、この状況かなりまずい。
 主力部隊のほとんどは、虎牢関攻略に向かわせている。そのため、本陣周辺にいる部隊はわずかだ。隊を統率する将にしても、部隊長クラスが数人のこっているものの、やはり不安はある。単騎相手にまさかとは思うけど、相手はあの呂布。防衛線を突破してこの本陣に殴りこんでこないとも限らない。
 そうなると……愛紗も鈴々もいない今、事態は深刻だ。
「しゅ……朱里!? どうしたらいい!?」
「す……少し待って下さい!」
 冷や汗を浮かべながら、朱里が頭を高速で回転させ、必死で策を考えていた。嫌な緊張感が漂う中、数秒後に朱里はその構えを解き、
「やはり、単純に陣形を整えて、愛紗さんか鈴々ちゃんが来るまでの時間を稼ぐしかありません。各部隊に防御陣形を敷くよう伝令を! それと、至急虎牢関に伝令を飛ばして、愛紗参加鈴々ちゃんのどちらかを呼びもどしてください!」
「間に合うのか!? その作戦で!」
 秀吉がそう反論する。その声には、ポーカーフェイスかつ冷静な秀吉からは久しく見ないほどの焦りが滲み出ていた。
「わかりませんが……それしかありません。相手が軍でなく、一人の武人……それも、無双と呼ばれるほどの人では、策を練っても効果がありませんから……。ともかく、早く伝令を出して愛紗さんを……」

「その必要はないぞ朱里!」

 と、突然にそんな声が聞こえた。
 聞こえるはずのない声が聞こえたことに、皆が驚いて振り向く。直後、入口から猛烈な勢いで愛紗が飛び込んできた。
「あ、愛紗!? 虎牢関にいたんじゃ……何でここに!?」
「…………俺が呼んだ」
「土屋!?」
 ムッツリーニの手には、一昔前のアンテナつき携帯電話と同じような形の、しかしそれより少し大きな何かの道具が握られていた。それってまさか……トランシーバー!?
「…………雄二にも同じものを持たせておいた。これなら、携帯が使えなくても中距離なら連絡が取れる」
「はい。それで、坂本殿から呂布出現の一報を受け、ここに馳せ参じた次第です。虎牢関の方は、鈴々一人で事が足りましょう」
 そう、愛紗が付け足した。
「ご主人様はここでお待ちを。私が出ます。必ずや呂布めを討ち取ってみせましょう」
「……わかった、頼むよ」
 少し心配になった。呂布は、どちらの世界でも三国無双の武人と知られている。愛紗でも、勝てるかどうか……。しかし、現実問題、愛紗に託すしかないんだ。つらいけど、ここは任せよう。
「……気をつけてね……」
「はっ!」
 そう言って愛紗は、全速力で脇目も振らずに陣の外に駆け出して行った。
122 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 17:08:01.94 ID:xmrrKX3z0
反董卓連合軍編
第24話 呂布と覚悟とスタンガン

「…………映った」
「よしきたっ! 皆注目!」
 愛紗が呂布を倒すために陣を出たのが十数分前、僕たちは本陣の天幕で、ムッツリーニのノートパソコンの前に集合していた。
 なぜかというと、それは愛紗が行った直後にムッツリーニが伝令兵に対してとった行動に起因する。
 ムッツリーニは、調整していたピンホールカメラを伝令兵にわたし、簡単な操作方法を教えて愛紗を追わせた。理由は、言わずもがな、愛紗の様子を、そして呂布の姿をこのカメラに、そしてパソコンに映像で映し、ここから見るためである。
 その調整が今終了し、徐々にメディアプレイヤー画面のノイズがはれて、カメラが写している光景が映し出される。そこには……
「愛紗!」
 得物を手に持って立っている愛紗の姿があった。
 見える限り、怪我などはないようだ。しかし、明らかに肩で息をしており、表情には余裕がない。どうやら、苦戦しているようだ。カメラごしでもわかる。

『全て……押し返してくるだと……!?』
『………こんなものか』

 と、パソコンのスピーカー部分から、聞き覚えのない声が響いた。誰だ?
 すると、その疑問を解消するかのように、カメラの映像が動き、愛紗の正面に立っている人物を映す。
 短めの赤い髪で、頭頂部から触角にも見える髪が突き出ている。今風の言い方だと……アホ毛っていうのかな? 愛紗と似たようなデザインの服に、露出している褐色の肌には入れ墨が多くみられる。
 冷徹とも呼べる静かな目で、禍々しい、と言っていい形状の、矛の先端を巨斧にしたような武器。愛紗を前にして、汗一つ見せずにたたずんでいる少女……恐らく、呂布(りょふ)。
 周りの兵たちは、2人の一騎打ちに手を出すことはしていない。2人の周りから数歩引いて、2人が戦うのに十分なスペースを作って、身動き一つせずに戦いを見ている。
 そんなことを考えている間に、愛紗が動いた。
『はぁぁぁあーっ!』
『………甘い』
 しかし、呂布は突っ込んでくる愛紗に眉一つ動かさずに迎撃の態勢をとる。そして、その手の武器を一閃させ、愛紗の青竜偃月刀を……

 ガギィン!!

 モニターごしでも耳を覆いたくなるような強烈な金属音と共に、あろうことか正面から押し返した。そのあまりの勢いに、愛紗は攻めた側であるにもかかわらずたたらを踏んだ。
『く……!』
「ちょ……ちょっと! 愛紗さん押されてんじゃない!?」
「押されとるどころの話ではないぞこれは! あの呂布という女子(おなご)、完全に愛紗を圧倒しておる……汗一つかいとらん!」
 秀吉の言うとおり、肩で息をしている愛紗に比べて、呂布は呂布は完全に余裕だった。
 さっきから何回か愛紗が攻撃したが、どれも真正面から受けて、例外なく押し返し、愛紗にたたらを踏ませる。しかも、依然として汗の一滴も見られず、息も全く乱れていない。疲れている様子もない。表情一つ変えずに愛紗の攻撃全てを無力化するその姿は、戦いについて素人である僕らにさえ、格の違いをありありとわからせた。
 と、その時、
『………来い、2人まとめて相手になる』
 呂布が、そんなことを言った。え、2人……?
 すると、カメラアングルが切り替わり、愛紗の後ろに……
「えっ!? 鈴々!?」
「「「は!?」」」
 僕ら一同、びっくり。愛紗の後ろには、雄二や姫路さん、霧島さんと一緒に虎牢関の制圧にあたっているはずの、鈴々の姿があったからだ。え!? 何で!?
『にゃは、ばれたのだ』
『鈴々……なぜここに!?』
『雄二お兄ちゃんから頼まれて、愛紗の助太刀に来たんだよ』
「雄二が!?」
 鈴々の口からは、思わぬ名前が飛び出した。雄二が鈴々に応援を頼んだって、そんなこと聞いてないよ!?
「…………すまない。言うタイミングがなかった」
「ムッツリーニ?」
 と、横からムッツリーニがそんなセリフを。その手にはトランシーバー。……どうやら、さっき僕たちが騒いでいた時に、雄二から通信が入ったらしい。
 と、唐突にトランシーバーから、
『明久か? 俺だ。今聞いた通り、鈴々は愛紗の応援に行かせた』
「雄二! ナイス判断……って、そうするとそっちは雄二達だけなの? 大丈夫?」
『あー……まあ、な。なんつーかこう……姫路と翔子の召喚獣がアレすぎるんで……正直、鈴々いらねーんだ、今もう』
123 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 17:08:32.69 ID:xmrrKX3z0
「は?」
 何を言ってるんだこいつは? よくわからない。
 ともかく……雄二は大丈夫みたいだ、それならいい。まあ正直、姫路さん達さえ大丈夫なら、こいつはどうなってもいいんだけど。さて、と……
 僕は、ディスプレイにうつる愛紗と鈴々、そして呂布の戦いに視線を戻した。
 既に戦いは始まっていたようだが……
『おおおぉぉお――――っ!!』
『うりゃりゃりゃりゃ―――っ!!』
『………っ!!』

 ガキン、ガキィン!!

『く……!』
『ぶにゃあっ!!』
『………なかなかやる』
 信じられないことに、鈴々が加勢したにもかかわらず、形成は変わっていなかった。
 さっきよりはマシになった気はする。呂布が、連続して叩き込まれるこちらの攻撃でひるんだり、たたらを踏んだりする様が見られるようになった。しかし、次の瞬間にはすぐに持ち直し、強烈な一撃を鈴々達に叩き込む。それも、タイミングをずらし、見事に愛紗と鈴々両方の攻撃に対応していた。しかも、相変わらず汗が見られない。
「うろ覚えじゃが……『三国志』では、呂布は劉備、関羽、張飛の3人と同時に、しかもそれでやっと互角にわたりあったそうじゃ……」
「それ、僕も知ってる。でも、それがこの世界でも同じだとしたら……まずいよね?」
「当り前でしょ!? そんな中国の昔話がどうなのかは知らないけど、あのバカ強い愛紗さんと鈴々ちゃんが一度にかかってこれだもの!」
 朱里は今の会話の前半部分を知らなかったはずだが、そんなことは気にもせず、一心不乱にモニターに食いついている。無理もない。さっきからの死闘で、愛紗のみならず、鈴々にまで早くも疲れが見え始めていた。呂布には、それがない。
 このままじゃ、本当にまずいんじゃ……、そう思った矢先、愛紗が口を開いた・
『鈴々……いい加減疲れた。そろそろ決めるぞ……』
『うん、こいつ……生半可な攻撃じゃ倒せないのだ……』
 そして、こんなことを言い始めた。
『……どっちが死んでも、恨みっこ無しだよ?』
『ああ……生き残った者が、ご主人様達を守っていく。それで……いいな?』
『うん……!』
「ちょ……何言ってんの!?」
「あの2人、捨て身でやる気!?」
 僕達の顔色が一気に青くなる。愛紗に鈴々……そんな無茶な戦い方をするっていうのか!? いくら呂布が強敵だからって……そんなの……!
「おい、これは……何とかならんのか!? 朱里!」
「は、はい、ええと……策を使うにも、その、準備する時間が……」
「急がねば愛紗と鈴々が……ムッツリーニ、どこへ行く?」
 秀吉の声につられて振り向くと、そこにはノーパソに背を向けて、天幕から出ようとしてるムッツリーニの姿があった。こんな時に……どこ行くんだ?
「…………俺が出る」
「出るって何よ?」
「…………助太刀。呂布を仕留める」
「「「は!?」」」
 ムッツリーニが低い声で言ったセリフに、僕らは度肝を抜かれた。ちょ……何て言った!? 愛紗の助太刀に行くって!?
「ちょ、何考えてんの土屋!?」
「無茶だよムッツリーニ!! 相手は愛紗や鈴々でも倒せない武人だよ!?」
 僕らが口々にムッツリーニを止める。しかし、ムッツリーニは首を縦に振ることはなかった。表情すら変えない。
「…………これ以上やると、愛紗と鈴々、どっちかが死にかねない。その前に、俺が止める」
「だからってムッツリーニ、君に何が……」
「…………俺をなめるな」
 そう言って、ムッツリーニが、自分の荷物を入れたバッグに手を入れ、何かを探す。
 手を出した時、その手には……見た目からして危険なスタンガンが4つも握られていた。

124 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 17:11:13.92 ID:xmrrKX3z0
「はぁ……はぁ……」
「ぜー……ぜー……」
 私と鈴々、2人がかりで、しかも半ば捨て身で挑んでも、この女は一向に倒れる気配はない。これが、『狂気の武人』……三国無双と呼ばれる武将、呂布……正直に言って、完全に予想外の実力だった。
(私一人で勝てるつもりだったというのに……ふ、広いな、この大陸は……)
 最早、長く戦うだけの体力は残っていない。それは、隣で蛇矛に体重を載せている鈴々も同じのようだ。それに引き換え、こいつは息一つ乱していない。
「く……こいつの体力は底無しか……?」
「何でそんなに元気なのだー!」
「………元気じゃ、ない」
「にゃ?」
 と、意外な言葉が飛び出した。
「………疲れる。2人とも、強い」
「ふ……当り前だ。我らの攻撃をそうも連続して受けて、無事でいられてたまるか」
「そうそう! もっと疲れててもいいくらいなのだ!」
 言っていながら、私は正直意外だと思ってしまった。これでもかというほどの力の差を肌で感じつつ、私達の攻撃が確かに効いていたことに、驚いてしまった。
(まったく……まだ甘いな、私も)
 そんな自信のないことでどうする、もっと力強く、この一撃で、ダメなら次の一撃で相手を倒せるという、前向きな心づもりを持て! 私は、自分で自分に言い聞かせた。
 しかし、もう体力は残り少ない。体中に疲労が回り、動けなくなるのも時間の問題だろう。そうなれば、ご主人様を、天導衆の者たちを、守ることができない。
 それは……あってはならないことだ。ご主人様率いる『天導衆』は、この乱世に平定をもたらすべき者達……ここで殺させるわけにはいかない。守ってみせる、たとえ、こいつと刺し違えてでも!
 私は覚悟を新たにし、武器を構えた。呂布も、それを察知したようだ。
「………もう、終わる」
「ああ、終わるさ」
「んにゃ……! こっちのセリフなのだ!」
 隣で蛇矛を構え直す鈴々が、とても頼もしく見える。
 相手は呂布……この戦い、何の犠牲も出さずに終わるのは恐らく無理だ。もしも私が倒れたら……鈴々、後は頼むぞ。ご主人様達を……
 ……? 何だ? 後ろがやけに騒がしくなったな……
 その時、

「…………愛紗、鈴々、下がれ」

「「!?」」
 聞こえるはずのない声が聞こえて、私と鈴々は同時に振り向いた。
 そこに立っていたのは……
「つ……土屋殿!?」
「康太お兄ちゃん!?」
 紛れもなく、ご主人様の盟友にして『天導衆』の一人、物静かな話し方と三白眼が特徴の男、土屋康太殿だった。しかし……土屋殿は本陣で、ご主人様や他の天導衆……それに、朱里と共に休んでいるはず……なぜここに!?
 と、その疑問に答える形で口が開かれる。
「…………そいつは俺がやる。下がってろ」
「な……!?」
125 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 17:12:02.27 ID:xmrrKX3z0
耳を疑った。
 その細身の体には、わが軍の一平卒ほどのたくましさも感じられない。素早さはありそうだが、腕力も、耐久力も、決して高くはないだろう。その土屋殿が……私達の代わりに呂布と戦うだと!?
 呂布は不思議そうに、突如姿を現した土屋殿を見ていた。驚いてはいないようだが。
「………次は、お前が相手?」
「…………(コクリ)」
「こ……康太お兄ちゃん! 無茶なのだ! こいつは康太お兄ちゃんが戦える相手じゃないのだ!」
 鈴々が震える声で言った。私も、それに続ける。
「鈴々の言うとおりだ、お主こそ下がれ土屋殿! この者の豪撃は強力無比、愚弄するわけではないが、お主の細腕では一合たりとも受けることは……」
「…………だからこそ、俺がやる。試獣召喚」
 私の台詞を最後まで聞かず、土屋殿は何事か呟く。
 と、何やら土屋殿の足元から光が立ち上り、その中から……これは、ご主人様と同じ……『召喚獣』!?

ポンッ! ←土屋殿の召喚獣登場。

「………何だそれ?」
「にゃ!? ちっちゃい康太お兄ちゃんが出たのだ!」
 鈴々の今の言葉は至言と言える。そこに居たのは、正に、身長を頭一つ分ほどに小さくした、2頭身ほどの、土屋殿によく似た何か。黒装束に身を包み、その両手には短い刀を逆手に持っている。
 何もないところから突如出現し、土屋殿の頭の上にぴょんと飛び乗った『召喚獣』を見て、鈴々や呂布、味方の兵士たちに動揺が走る。無論、私とて何度見ても驚く。
「で……出たぞ……!」
「あれが、天の御使いの神通力……!?」
「己の姿に似せた、外法の魔物……!」
「…………何だか、散々な言われよう。別にいいけど」
 呟きながら、土屋殿は『ブレザー』とやらの内側を探って、何かを取り出した。
 その両手には、見たことも無い『何か』が4つ握られていた。物書きの時に使うすずりほどの大きさの、箱のようなもの。数多の複雑な部品から成り立っているような印象で……異様なのは、その何かの一点から、とめどなく火花が散っていることだ。派手な音を立て、まるで周囲を威嚇するかのように、バチバチと。
 一体あれは……使用用途すら思い浮かばないが……まさか、武器なのか!?
「………それは何だ?」
「…………言ってもわからない」
 それだけ言って、土屋殿はそれを呂布に投げつけた。しかし……
「………どこに投げてる?」
 土屋殿の投げたそれは、全て呂布の右を、左を、上を飛んで明後日の方向に通り過ぎた。あれでは、得物ではじくまでもないほどの大外れだが……。
 気のせいか……わざとそう投げたように見えたような……?
「………1個も当たらない」
「…………心配ない、当てる。……『加速』」
 と、土屋殿の頭に乗っていた『召喚獣』の姿が、ぶれて消えた。
 そして次の瞬間、呂布の後方で何か黒い影が凄まじい速さで閃き、後ろを飛んでいた4つの謎の箱の飛ぶ軌道が一変し、その全てが呂布に向かって、しかも火花をぶつける形で飛んでいった。
 まるで、一瞬のうちに何者かが、目にもとまらぬ速さで、それらを4つとも呂布に当たるようはじいたかのように……。
「――――――っ!?」
 火花の音で気づいたのか、呂布が後ろを振り返った。しかし、もう遅い。
 その箱が、散らす火花ごと呂布にぶつかり、瞬間、
「―――っぁ!!」
 呂布は突如体大きくのけぞらせ、そのまま細かく震えたかと思うと、そのまま脱力し、地面にうつぶせに倒れた。そして、ピクリとも動かなくなった。
 その場にいた誰もが、何が起こったかわからずに唖然とする。その直後、土屋殿が、
「…………加速、終了」
 そう呟いた瞬間、空を切る音と共に、土屋殿の召喚獣が再び主の頭の上に姿を現す。
 そして土屋殿は一言、

「…………終わり」

 次の瞬間、周囲から山崩れのごとき歓声が巻き起こった。
 私も鈴々も、何が起こったか理解するのに、しばしの時間を要し、それがわかった瞬間、驚きと安堵で倒れそうになった。
126 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 17:13:52.93 ID:xmrrKX3z0
「ご主人様! ただ今戻りました!」
「明久、俺も帰ったぞ」
「お帰り、愛紗、鈴々。ムッツリーニも、お疲れ様」
 雄二率いる虎牢関制圧班と、愛紗、鈴々、そしてムッツリーニの呂布討伐班は同時に陣に戻ってきた。僕らはそれを、安心して緩みきった、それでも精いっぱいの笑顔で迎えた。
「ご主人様、ご心配をおかけしました」
「すごかったよー! 康太お兄ちゃんがね〜……」
「あーいいよ、見てたから。それよりも鈴々、天幕でゆっくり寝て」
 上機嫌で、今見てきたムッツリーニの武勇伝を語ろうとする鈴々。しかし、今は愛紗も含めて、2人とも疲れきっているはずだ。とりあえず、休んでもらわないと。
「見ていた……とは? ご主人様の姿は見受けられないようでしたが……」
「ああ、それは後で話すから。2人とも疲れたでしょ? 今はゆっくり休んでよ」
「は……では、雄二殿の報告を聞いた後でそうさせていただきます」
 愛紗はそう言って、雄二に向き直った。
 さっきまで虎牢関で制圧のために指揮をしていた、雄二はもはや必要なくなったとのことで、戦線を部隊長3人に任せ、姫路さんと霧島さんを連れて陣に戻ってきている。
「そういえば雄二、思ったより早かったね? 制圧にはもう少し時間がかかるみたいなこと言ってたけど」
「ああ、ま、色々と予想外の事態が起こってな」
 言いながらポリポリと頬をかく雄二。予想外って……?
 確か雄二のたてた作戦は、将を愛紗と鈴々の2人にして、突入直後にその周辺の兵をあらかた蹴散らしてある程度開けた空間を作る。
 その後、待機させていた姫路さんと霧島さんの召喚獣の『能力』で、狭い屋内に密集している敵兵を一気に一掃する。そうして敵の混乱と戦意喪失を誘い、愛紗と鈴々が兵を率いて一気に制圧……という流れだったはずだけど?
「ああ、姫士と翔子の召喚獣の能力を使う所までは予定通りだったんだが……」
 そこで雄二は、後ろにいる姫路さんと霧島さんの方をちらりと見て、
「こいつら2人の攻撃が予想以上に強力でな、兵をある程度蹴散らすどころか、虎牢関の内部が半壊しちまったんだ」
「「「………………?」」」

 はぃ?
127 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 17:14:35.50 ID:xmrrKX3z0
「いや、だからな、姫路の熱線と翔子の真空波が強力すぎて、壁は割れるわ、天井は崩れるわ、上の階から兵士が落ちて来て勝手に死ぬわで、まだ何にもしてないのに虎牢関も兵士も半分くらい壊滅させちまったんだよ」
「「「………………」」」
 何ですかそれ?
 後ろで恥ずかしそうにうつむく姫路さんと、その横で頭上に『?』を浮かべている霧島さん。
 この依然としてかわいらしい2人の女の子が、今回の戦で軍神のごとき働きを見せたなどと、誰が想像できよう。僕も、後ろにいる美波達も、ひきつった笑顔で彼女たちの武勲に戦慄していた。
「にゃ……そういえば、すごかったのだ……」
「ええ、すさまじい光景でしたね……この世のものとは思えないほどの……」
「あうう、すみません……」
「……自分でも、びっくりした」
 愛紗にそこまで言わせるとは……Aクラス級の召喚獣、恐るべし。
 しかし、砦半壊って……何度か試召戦争とかで敵の召喚獣を消し飛ばしてるの見たけど、あの熱線、実際に使うとそんなに威力あったんだ。というか、前に一度召喚獣のフィードバックとおしてモロに喰らった記憶があるんだけど……よく生きてるな、僕。
「そういえば翔子、今回初めて知ったが……お前の召喚獣、能力『真空波』なんだな」
「……?」
 雄二の問いに、首をかしげる霧島さん。
 そういえば、霧島さんの召喚獣の能力はまだ知らなかったっけ。なるほど、真空波……風の刃か……。それはまた、凄い能力を持ってるなあ。
 と思ってたら、
「……違う」
 霧島さんがそんなことを言い出した。違うって……何が?
「ん? どういうことだ?」
「……私の召喚獣の能力、真空波じゃない」
 ……え?
 能力じゃないって……どういうこと? だって、君はそれを使って、姫路さんと共に虎牢関を半壊させたんだよね?
「何言ってんだ翔子? お前確かにあの時、刀を振って真空波を出して……ん? そういえばあの時……翔子の召喚獣の腕輪は光ってなかったかも……」
 …………え?
 あの……それってもしかして……
「……あれは刀を振った時の、ただの風圧。能力じゃない」
「「「……………………」」」
 ……この人はどこまで僕らに畏怖の念を抱かせれば気が済むんだろう?
 姫路さんとの共闘だったとはいえ、能力ですらない、近距離攻撃の動作の『余波』で城塞を半壊って……つまり、その……
 ……だめだ。いくら考えても『霧島さん=神』という方程式しか頭に浮かばない。
 絶句してしまった僕らを見て、首をかしげる霧島さん。たのむからあなた、理由がわからないとか言わないでくださいね?
「……ともかくだ。その一撃で相手の兵が予想外に大量に消えた上に、他の残った連中もビビりまくってくれたおかげで、もう愛紗や鈴々なしでも戦える状態になってたんだ」
「はい。それで、私と……その後で鈴々が、戦線を坂本殿に任せて、呂布の討伐に乗り出せたわけです」
「そうだったんだ」
 まあ、いきなり無敵の要塞が崩れ落ちたと来たら、それを頼っていた皆さんの心中は相当なパニックになったことだろう。そんな、統率する将もいない烏合の衆、確かにこいつ一人いれば制圧はたやすい。
 するとそこに、

「城内の制圧部隊より伝令! 虎牢関内部の制圧を完了! これより作戦通り、内側から城門をあけて、外部の部隊と共に城門前の董卓軍兵士を殲滅にかかるとのことです!」

 と、知らせが入った。
「おお、やったか!」
「にゃー! 鈴々達の完全勝利なのだー!」
「はい、見事に目的達成ですね!」
 愛紗、鈴々、朱里は、3人とも心から嬉しそうに笑って言った。
 いや、その3人だけじゃない。もちろん、
「「「ぃよっしゃぁ――――――ッ!!!」」」
 現代に生きる高校生のノリで、少し遅れて僕らも歓声を上げた。
 長かった虎牢関攻略線も、遂に終わった。それも、無茶ぶりだった前曲の突破、魏&呉への仕返し、虎牢関一番乗り&城内完全制圧、そして敵の大将・呂布の生け捕り(息があったので、とらえて捕虜にすることにした)と、欲しいものをすべて手に入れて、という、最高の形で!
 愛紗は陣を一歩出て、兵士たちに向かって叫んだ。
「皆の者聞いたか!? 今言った通り、この戦、我々の完全勝利だ! 文月軍として戦ったことを誇れ! 盛大に勝鬨をあげよ!!」

 オオオオオォォォオ―――――――ッ!!

 愛紗の勝ち名乗りを受けて、空気が震えるほどの轟音が陣を包んだ。しかし、今の僕らにはそれすらも心地よかった。
 なぜならその雄たけびは、僕らの勝利を、この戦いの終了をより確かなものとして印象付けてくれる、祝福とも言えるものだからだ。
 無論、被害も少なくはない。しかし、この瞬間は、この勝利を喜ぶべきだ。
 皆で勝ち取った、この価値ある勝利を……!!

 その数十分後、城門前の兵士たちの殲滅の完了という報が僕らの陣地に入り、虎牢関での決戦は、名実ともに連合軍が勝利の2文字を手にして終結した。
128 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 17:16:08.58 ID:xmrrKX3z0
反董卓連合軍編
第25話 洛陽と謎と新たな仲間


「ごめんごめん、遅れちゃった」
「遅いぞカス、さっさと座れ」
 天幕に入った途端に飛んでくる雄二の暴言。全く、少しは他人に思いやりをかける気はないのかこいつには?
「朝10時からの軍議に遅刻するほど豪快に寝坊してくるような奴にかける優しさはねえ。いいからさっさと座れ」
「そうですよご主人様。坂本殿の言い回しはともかく、ご主人様がいないと軍議が始められないんですから」
 見ると、僕以外は主要メンバーは全員集まっていた。どうやら待たせちゃってたみたいだ。これは失敬失敬。
「さてと……じゃ、始めよっか。議題は、これから洛陽に侵攻するに関して……だったよね?」
「はい、そうなんですけど……」
 朱里がそこで口ごもった。
「言いにくいのですが……会議になるかどうか……」
「どういう意味だ?」
 愛紗が疑問の視線を投げかける。朱里はおずおずと、
「はい。議論を進めようにも、依然として洛陽の情報が何もないので……」
「…………放った斥候も、まだ帰らない」
「またやられてしもうたか……」
「はい、おそらくは……。他の陣営も、どうやらそんな感じみたいですし……」
 どうやら、放った斥候は再び消されたらしい。今のところ、洛陽の情報どころか、それを探る術すらない……と見た方がいいみたいだ。
 情報が何もないんじゃ、確かに議論のしようがない。でもだからって、そんな状態で洛陽に行くとか、それはそれで危険すぎるし……。
 開始早々軍議が行き詰ってしまった。皆黙り込んで……と、ここで思わぬ人物が口を開いた。
「あのさ、呂布なら、何か知ってるかもなのだ」
 鈴々の提案に、皆がハッと目をあける。
「呂布って……昨日の戦いでムッツリーニ君が捕まえた、あの女の人?」
「ああ、うん。でも、そう言えばそうだね」
「ええ、董卓軍の将軍ですから、何か知っているかもしれませんね」
「……呂布だけじゃない。華雄もいる」
 霧島さんが補足。そういえば忘れかけてたけど、敵将の呂布も、華雄も、どっちも生け捕りにしてあるんだっけ。
 確かに、あの2人は元々董卓の本拠地である洛陽から来た奴らだ。それも、2人とも戦線で大将を務めるくらいだから、やっぱり結構偉いんだろう。何か知ってるどころか、上手く行けば、軍事的にかなり有用な情報が手に入るかもしれない。
「そういや捕らえてたっけな……朱里、あの2人、今どうしてんだ?」
「あ、はい。お2人とも今さっき目覚めたようです。大人しくしてくれてるみたいですよ」
「? 意外だね、てっきり暴れるなり大声出すなりするかと思ったのに」
2人とも、愛紗や鈴々を手こずらせるほどの猛将(華雄は直接見てないけど)、捕らえておくだけでも一苦労かと思ってた。
129 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 17:17:12.17 ID:xmrrKX3z0
「武人としての矜持か何かがあるのかもしれません。でも、尋問するなら……ここにお呼びしましょうか?」
「ああ、そうしてよ」
「そうだな。現状、一番有力な方法だ」
 朱里の提案に、僕も雄二も二つ返事で頷いた。と、愛紗が、
「ま、待って下さい!」
 声を荒げて割り込んできた。
「相手はあの呂布と華雄の2人です、今は大人しくしているからいいですが、どちらも暴れだしたら手がつけられませんよ!」
 どうやら、2人が拘束を破って牙をむきやしないかと心配しているようだ。まあ、もっともな懸念だろう。特に呂布の方は、鈴々と2人がかりでも倒せなかった相手なのだから
「その時は、鈴々と愛紗でお兄ちゃんたちを守るのだ!」
「鈴々、簡単に言うがな……」
「愛紗、その懸念はもっともだが、今はこれ以外に方法がないだろう?」
 雄二がそう言う。
「大丈夫だ。武装は解除させるし、兵士も多数配置すれば、取り押さえるのは不可能じゃない。いざとなれば、お前らもいるだろ?」
「坂本殿、信頼して下さるのは恐縮だが、やはり『天導衆』の全員が立ち合って、というのは……」
「愛紗、大丈夫だって! 君と鈴々が、丸腰相手に負けるとかあり得ないでしょ?」
「ご主人様まで……」
 愛紗は、依然として賛成はしかねるらしい。うーん、心配してくれるのはうれしいんだけど、こればっかりは……。僕らが外せばまだ賛成する余地もあるんだろうけど、実際に直接自分で聞くのが一番だ。それに……ちょっと他に聞きたいこともあるし。
「……わかりました、ご主人様がそうおっしゃるなら」
「そうか。じゃあ朱里、頼む」
「はい!」
 元気のいい返事をして、朱里はとてとてと天幕の外に走っていった。呂布と華雄を呼びに行ったのだろう。
 それを見送ると、横で愛紗がぼそりと呟いた。
「……全く、ご主人様は一度決めたら、私の諫言など聞いて下さらないのですね」
「あはは、ごめん。けど、わかってもらえたんでしょ?」
「……まあ、一応は」
 やっぱり、完全には納得してくれないらしい。やれやれ……。
「まあ確かに、不安と言えば不安よね……」
「うむ……この前のあれを見てしまうとの……」
「? 美波ちゃん、木下君、どうかしたんですか?」
 美波と秀吉がため息をついたのを見て、首をかしげる姫路さん。
 僕もそうだけど、この2人は、パソコンの画面越しに愛紗と鈴々が呂布と戦っている映像を見ている。直接でないとはいえ、あの強さを目の当たりにしている以上、その不安は当然のものだろう。僕だって、怖くないわけじゃないし。
「しかし、ご主人様の決定とあれば、私はもう何も言いません。わかりました、私が命がけであなたを守りましょう」
「うん、よろしく、愛紗」
「はい」
 そうこうしているうちに、
「ご主人様、用意が出来ました。外に出てください」
 朱里が戻ってきた。
 と、同時に外から、かなり大人数の足音が聞こえてきた。
 言われたままに、僕らは天幕の外に出る。
 入口から出てすぐの広場。そこには、数十人の武装した屈強な兵士たちに囲まれて、簡単な拘束具を手に付けられた呂布と華雄が立っていた。2人とも、顔色は特に悪くないみたいだ。……華雄の方は、機嫌は悪そうだけど。
「また随分と大がかりだな、これは」
「はい、でも、護送する人が人ですから……このくらいは」
「まあ、そうだな」
 雄二の言うとおり、この兵士の数は陣地の策の中が狭く感じられるほどだ。けどまあ、相手が猛将二人だということを考えれば、妥当と言える。
 その当人たちは、2人ともきょろきょろと周りを見渡した後で、視線を僕に向ける。
 さて、じゃあ、そろそろ始めるかな。
「……あー、おはよう。よく眠れた?」
「「………………」」
 あー、2人とも無言。華雄に至っては、さらに機嫌悪そうだし。
「黙っていないで何か言ったらどうだ?」
「ふん……関羽か」
 先に口を開いたのは、先程から仏頂面を崩さない華雄の方。心なしか、目つきも苛立っているような……。
130 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 17:19:06.82 ID:xmrrKX3z0
「…………………………」
 一方、こちらは呂布、華雄とは違って、仏頂面というより、無表情。ぽけーっとしているような、何も考えていないような……そんな感じだ。ここだけみると、ただの大人しそうな女の子に見えなくもない。もっとも、この無表情が、戦いの場面で見ると意外に怖いんだけど。
「敵に話すことなどない」
 そして華雄、必然の喧嘩腰。
「何っ!? ご主人様に向かって……」
「落ち着け愛紗。ふむ……そっちの姉ちゃんは、何聞いても無駄って感じがするな。呂布の方に聞くか」
「………?」
 雄二に自分のことを言われて、呂布が首をかしげる。
「えーと、呂布さん? 君に聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」
「………………」
 呂布、無言。と、華雄の視線が横にいる呂布に向かった。
「呂布、余計なことは言うなよ」
「貴様は黙っていろ」
「お前の指図など受けん」
 注意された華雄は、愛紗に向かってそう言い放った。
「何ぃっ!?」
「愛紗、落ち着いて!」
 つられて沸騰しそうになる愛紗を、なんとかなだめる。ただでさえ敵将との面会だからって気が張ってるんだから、こんなこと言われたらそら怒るよな……。
「華雄さんも、そうやって愛紗を怒らせないで。ただでさえ気が立ってるんだから」
「ふん、黙らせたいのなら、首でもはねればよかろう」
「そうしてやろうか?」
「愛紗! 挑発に乗らない!」
 ……この2人、相性最悪だ。
 さっきからこんな感じで、今にも愛紗が襲いかかりそうになる。
 もしかすると、華雄は華雄で、そうなってもいい、って考えてるのかもしれない。死人に口なし、自分が死ぬ代わりに、君主である董卓の情報は僕らには渡らないから。
 やれやれ……武人ってのは、考えることがいちいち物騒だな。
「し、失礼しました……ご主人様、続きを」
「うん。えーとそんなわけで、穏便に済ますためにも、なるべく素直に答えてくれると嬉しいんだけど……いいかな?」
「………(コクッ)」
 と、意外にも素直にうなずいてくれた。え? いいの!?
「……っ!? おい呂布!」
「お前は黙っていろ!」
 予想外の行動を見せた呂布に華雄が食ってかかり、危うく愛紗が得物を振りそうになった。怒号で済ませてくれたのはありがたいけど、それでも十分な迫力だ。
 華雄も気圧されたのか、ビクッと体を震わせて、
「……勝手にしろ!」
 そう言い放って、そっぽを向いてしまった。
 ……気まずいことは気まずいけど……もともとこんな感じだったし、気にしても仕方ない。お言葉に甘えて、続けさせてもらおう。
「ありがとう。じゃあまず……洛陽にいる軍隊って、どのくらい?」
「………たくさん」
 またえらく大雑把な答えが返ってきた。いや、『たくさん』て……
「ち、抽象的な表現だな……具体的には?」
「………いっぱい」
「「「………………」」」
 全く具体的でない。あの……呂布さん? 出来れば数字で答えてほしいんですけど?
131 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 17:19:42.35 ID:xmrrKX3z0
「………?」
 何でそこで首を傾げられるんでしょうか? もしかして……わかんないの?
「呂布よ、ご主人様は具体的な数字を聞いておるわけでだな……」
「………?」
 どうやらそういうことらしい。で、出鼻をくじかれた気分だ……。
 これはどうしたもんかと雄二に視線を送ると、雄二も少し疲れたような顔になっていた。
(どうしよう雄二? 何かこの人、いまいち情報源として頼りない気がするよ?)
(ああ、俺も同感だ。だが……現状こいつしかあてがない以上、なんとかして少しでも有力な情報を聞き出すしかない……な)
(……大変そうだね)
(全くだ)
 テレパシーのごとく内容の濃いアイコンタクトを交わした後、再び呂布に向き直る。さてと、今度は何を聞いたもんか……。
「じゃあ、そのたくさんいる軍隊を統率している人って、どんな人ですか?」
 姫路さんがそう尋ねた。呂布はちらりと姫路さんの方を見ると、一言、
「………詠」
 そう言った。
「エイ? 人名か?」
「恐らくは、そうかと」
「………貫駆」
 ? 今度は何だ? かく?
「詠って人と、貫駆って人の2人……ってこと?」
 と美波。
「………(フルフル)」
 え、違うの?
「………1人。真名」
 1人? そして、真名……ってことは、つまり……
「その、貫駆さんという人の真名が『詠』なんでしょうか?」
「………(コクリ)」
 朱里の質問に、呂布が首肯で答える。つまり、その貫駆って人が、洛陽を守る武将なのか。でも……一人だけ?
「………軍師」
 と思ったら、武将ですらなかった。
 いや、もしかして、洛陽にはもう武将はいないの……ってその前に、会話が進むのが恐ろしく遅いんだけど、これ何とかならないかな? ……ならないんだろうな。
「朱里、その貫駆って人、知ってる?」
「いえ、聞いたことないです……」
 そう言って朱里は首を横に振る。愛紗と鈴々にも視線を投げかけて見るけど……反応は同じだった。2人とも知らないようだ・
「また謎か……いい加減気味が悪いな」
「あ、それじゃあ今度は、董卓さんのことについて聞かせてもらえますか?」
 と、姫路さん。
132 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 17:20:32.45 ID:xmrrKX3z0
「………月(ゆえ)」
 また単語か……今度は何だ?
「………真名」
 つまり……董卓って人の真名が『月』なのかな?
「語感からして、女の人なんでしょうか?」
「みたいだね。にしても、なんかこう……随分ほわわんとした感じの名前だね」
 確かに、女かもしれないとは予想してたけど……名前もちょっと意外だ。こんなこと言うの変かもしれないけど、暴君なんて呼ばれてるわりに、名前はやわらかい感じがする。
「名前は雅でも、董卓は悪逆非道の暴君です。妙なことは……」
 と、愛紗が言ったその時、

「………違う」

 え?
 違うって……どういうこと?
 きょとんとする僕らの前で、呂布は表情を全く変えず、さらにこんなことを言った。
「………月は、優しい」
「優しいだと!? 董卓は、罪もない民草に暴政を強いて苦しめているのだぞ!?」
「………違う」
 思わず反応したのだろう愛紗の言葉に、少しだけ眉をひそめながら、変わらないトーンで呂布が答えた。
「呂布よ、違うとは、一体どういう意味じゃ?」
「………変な奴がいる」
「変な奴……ですか?」
 きょとんとする朱里。
「白い奴。そいつが悪い」
「『白い奴』……? ねえ朱里、言ってる意味わかる?」
「いえ、わかりません……」
 わが軍の誇る軍師の朱里も、首を縦に振ってはくれない。
 さっきから、呂布が言っていることが要領を得ない。董卓が優しいとか、洛陽に白い奴がいて、そいつが悪いとか……何だか、あまりに意味がわからなすぎて、こんがらがってきたんだけど……。
 もしかしたら、僕らを混乱させるためにでたらめを言ってるのかな?
 僕の他にも何人か同じことを考えたらしく、愛紗や秀吉、美波なんかも身を乗り出して呂布の顔を覗き込んだけど……
「………?」
 だめだ。表情が一切変わらない。
 まるで、何で自分が見られているのかさえわかっていないかのような、澄んだ瞳。
 言っていることが本当なのか、それともポーカーフェイスなのか、全く見当がつかない。もし後者だとしたら、これは秀吉なみじゃ……?
 と、ふと横を見ると、雄二が顎に手を当てて何事か呟いていた。
「董卓の暴政が嘘……? この状況でそんな嘘を言っても何も益はないはず……だがもしそうなら、それこそ何の意味が……?」
「雄二、何か思いついたの?」
「……明久、何か嫌な予感がする」
「へ?」
133 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 17:21:05.08 ID:xmrrKX3z0
雄二がぼそっと呟いたその声は、小声でありながら、集まっている皆が聞き取れたらしい。
「さっきから呂布が言っていることを整理して考えてみたんだが、どうもこいつの言っていることと俺達の認識との間に、食い違いがあるんだ」
「呂布さんが、董卓さんは暴政なんかしてない……って言っている点ですね?」
「………(コクリ)」
 呂布が頷いた。朱里のセリフの、自分が主張した部分を肯定して、だろう。
「俺達連合軍はそもそも、暴君董卓を討伐するっている目的のもとで結成されたんだ。しかし、こいつはそうじゃない……って言ってる」
「そして、『白い奴』……その存在を、連合軍では誰も知りませんでした」
「ああ。その辺が気になるんだ」
 朱里と雄二は、どうやら同じ点が気になっているらしい。呂布の話にあった、『董卓は優しい』と『白い奴』……一体何のことなのか、見当もつかない。
「呂布がでたらめを言っているのでは?」
「その可能性もあるが……」
「……情報が少なすぎる状況下で、かなり突飛過ぎる情報が出てくることは、疑念を抱きうるあいまいな情報の追加よりも、むしろ不可解」
 と、横から霧島さんが割り込んできた。ええと、どういう意味?
「つまりだ、何らかの目的があって、董卓や貫駆ってのをかばい立てするための、言い訳じみた情報が流れてくるんなら、それがでたらめだって考えられる。だが今回みたいに、言い訳にもならないような突飛な情報を出されると、状況がわかりづらくなって余計に厄介だ」
「洛陽の外で散々噂になっている董卓さんの暴政を、何か言い訳をはさむでもなく、いきなり根本から否定してますからね……。今更そんなこと言っても、確かにだれも耳を貸さないでしょうし……」
「それに、よくわからん情報がまじっておるの。『白い奴』……か……」
「…………比喩表現か何か?」
「ねえ、ホントに何が何だか分からないって! もっとわかる言葉で話してよ!」
 たまらずそんなことを口走ってしまう僕。さっきから会話が回りくどすぎる!
 雄二はそれを見て、ため息をつきながら、
「つまりな明久、例えばお前が晩飯のおかずをつまみ食いしたとしよう。家族の誰かが料理が足りないことに気付いて、お前を疑ってきたら……お前は何て言い訳する?」
「雄二が食べた」
「よしわかった。寸分の迷いもなくそう答えたことに関しては、あとでゆっくりと話そう」
 雄二が指の骨をボキボキ鳴らしつつ言った。おかしい、会話に拳は使わないはずだが。
「だから、例えば『弟が食べたんだよ』とか言えば、」
「いや、僕弟いないんだけど」
「黙って聞け。いいか? そういう答えならまだ現実味があるだろ? だが、もしそこで『透明人間が食べた。僕は食べてない』とか言ったら?」
「嘘だね、100%」
「そういうことだ。何かについて言い訳するんなら、少しのリスクがあっても多少現実味のある話をすればいい。あんまり突拍子もない言い訳だと、簡単に見破られるからな。例えば明久、お前、遊びに行ってて家に帰るのが遅くなった言い訳を『いや〜、ちょっと帰る途中で女の子にナンパされててさ〜』なんて言うか?」
「……………………言わないよね! 普通ね! うん!」
「すまん、俺が悪かった」
 そこで申し訳なさそうな視線を残して向こうを向くな雄二!
 周りの皆が一斉につくためいきに僕が心をそがれかけていると、工藤さんが、
「あのさ、今言ってる『突飛な話』自体が、僕たちを混乱させる罠……ってことはないのかな?」
 そう言ってきた。つまり、今雄二や霧島さんが言ったようなことを疑わせて余計に混乱させるために、わざととんでもない言い訳を言った……と?
「可能性はなくはないが……」
「……非効率的」
 雄二と霧島さんが揃って反論する。まあたしかに、だますならそんな相手の知略を利用したいいわけじゃなくて、もっとわかりやすいものにした方が効果的だ。
「何にしても、このまま話しても考えがまとまりそうにありませんね……この問題について考えるのは、一旦やめにしませんか?」
 一向に収束せずに平行線をたどる議論を見るに見かねてか、朱里がそう提案した。
「そうだな。さて……他にこいつに聞いておくことはあるか?」
「山ほどありますが……この調子では、聞いても無駄かと」
「さっきから単語ばっかりなのだ」
 静観していた愛紗と、おそらく僕同様に意味がわからなくて考えるのをやめていたんであろう鈴々が、一様にそう言った。
「確かにな……。華雄、あんたが話してくれれば、楽なんだがな」
 確かに。話してくれるのは助かるけど、呂布の超ゆったり口調だと、言っていることの解釈が翻訳レベルで必要になる。でも、当の華雄はやはり……
「話すことなどない」
 これだもの。
「君主の情報など、何であれ、口が裂けても言わん」
 変わらず素っ気ない返事。これはダメだな。
「しかたない、尋問は終了にするか。朱里、こいつらを……」
「あ、雄二、その前にちょっといいかな」
 2人を収容施設に戻すよう指示する雄二を制し、僕は一歩前に出た。
「何だ明久?」
「うん、尋問じゃないんだけど……ちょっと提案みたいなのがあるんだ。この2人に」
「提案?」
 不思議そうに聞き返す雄二。周りでも、皆がきょとんとして僕を見ている。

「うん。あのさ2人とも、よかったら……僕らの仲間にならない?」
134 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 17:29:03.85 ID:xmrrKX3z0
「「「は!!?」」」
 敵味方問わず、四方八方から飛んでくる『は!!?』。予想はしてたけど、やっぱりちょっとびっくりした。
 見れば、雄二も愛紗も、他の皆も、華雄と呂布……いや、呂布の方は無反応だ……も、唖然として僕の方を見ている。見た感じ、大別して、呆れているか驚いているかの2択だ。
 そして、大半は驚いている方。
「ご……ご主人様!? 一体何を言ってらっしゃるのですか!?」
「ちょっとアキ、あんた本気で言ってんの!?」
 愛紗と美波が、慌てた様子で僕に食ってかかってきた。
 まあ、予想通りの反応だ。無理もない。何せ僕は今、つい最近まで董卓軍の武将として僕ら連合軍に牙をむいていた武将相手に、ヘッドハンティングをしているのだから。
 常識はずれなのは百も承知。けど、僕はいたってまじめだった。
「うん、本気だよ。だってさ、仲間は多い方がいいし、2人ともすごく強いじゃない」
「いやそんな、ゲームじゃないんですよ、明久君? そんな単純に……」
「『げーむ』とやらが何なのかはわかりませんが、姫路殿の言うとおりです! こやつらを仲間に迎えようなどと、狂気の沙汰ですよ!?」
「え? 鈴々は賛成だよ?」
 と、愛紗の左隣にいた鈴々が唐突に割り込んできて言った。
「鈴々!?」
「だって、強い奴が仲間になってくれるのはいいことなのだ」
「私も……悪い考えではないと思います」
 意外なことに、朱里までも賛成を表明してくれた。
「これからのことを考えれば、強い人が軍に増えるのは好ましいことです。この後の洛陽での決戦もですが、その後の懸念もありますし……」
「群雄割拠の時代……だな?」
 朱里がコクリと頷く。
 僕も、同じことを考えた。最初は、やっぱり[ピーーー]のは忍びないって言う所からだったんだけど、この先のことを考えると、今のままじゃやっていけない、戦って勝ち続けることはできない……って、よくわかったから。だから、できることなら、僕らの軍に一人でも多く強い人がほしい。これから来る戦国時代を、戦い抜くために。
「はい。そうなったら……今のままでは、幽州の人達……それに限らず、守るべき、力のない人達を守っていくことができません。何にせよ、戦力の増強は必要です」
「朱里まで……、それはわかりますが……坂本殿も何か言ってやってくれ!」
「……悪いな愛紗、俺も、今回は明久に賛成だ」
「な!?」
 相当意外だったらしい。愛紗は目を見開いて雄二のことを見ていた。
 実際僕もそう思った。疑り深いこいつのことだ、一番反対すると思ってたのに。
「まあ、大歓迎って感じにはなれないな。今までの因縁とか、信用の問題とか、懸念材料はいくらでも出てくる。しかし、この場合、朱里の言ってることもまた正論だ」
「でしょ? それで……どう?」
 愛紗に何か言われないうちに、華雄と呂布の2人に問いかける。
「ふん、信用できるか否かの心配は不要だぞ。そんな誘い、受ける気はないからな」
 華雄の方は、何というか……予想通りだ。まあ正直、期待はしてなかった。さて、僕がむしろ気になってるのは、もう一人の方なんだけど……。
「………」
 依然として、表情を変えずに僕を見返してくる呂布。こっちは、考えていることが全く分からない。でも、僕は期待して返事を待った。
「………本気?」
「ああ、もちろん本気だよ」
「…………何で?」
「だから、君みたいな強い人が……」
「………そうじゃない。何で守る?」
「え?」
 守るって……何を聞いてるの?
「………何で、弱い人を守る? 力のない人を、自分達が力を使ってまで、助ける?」
 呂布は、彼女にしては長いセリフを述べた。
 つまり、自分達が苦労をしてまで、力のない人を守るのはなぜか……って、聞きたいわけか。うーん、どう答えたもんかな……。
 僕はしばらく悩んで、
「……なんとなく、かな」
 そう、答えた。
「………?」
「いやあの、ご主人様、何となく……って……?」
 愛紗が、拍子抜けした感じで僕に問いかけてくる。今の言葉……そんなに意外だった?
「もっとこう、人道・騎士道かくあるべきという、その、大義といいますか、志のようなものを示していただいて……」
「じゃあ逆に聞くけど、愛紗は困ってる人を助ける時、いちいちそんなこと考える?」
「え……?」
 僕の切り返しに、愛紗は反応できないでいた。
「これがこう言う理由だから助けるとか、その理由に当てはまらないから助けないとか、そんなこと考えたこと、ある?」
「そ……それは……」
 確信もって言える。愛紗みたいなまじめで、正義感が強くて、優しい子は、そんなことない。何も言わずに、手を差し伸べるはずだ。
「無理やりな言い方かもしれないけど、人を助けるのに、理由なんていらないんじゃないかな? そこに困ってる人達がいて、僕らにはそれを助ける力がある。それだけ。もちろん、利害とか絡んでくる場合もあるだろうけど……基本みんな一緒じゃない?」
 僕が話している間、愛紗は、他の皆は何も言わずに僕の台詞を聞いていた。ただ静かに、耳を傾けてくれている。
「それは、人数がどうとか、そういうのも関係なしに。それが友達か、仲間か、戦友か、そのどれでもない、見ず知らずの他人でも……助けたいから、助ける。これじゃあ……答えになってないかな?」
135 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 17:29:39.93 ID:xmrrKX3z0
「……………………」
 呂布は、黙り込んでしまった。何かを考えているのか、ぼーっとしているのか……それすらもわからない。何せ、眉ひとつ動かないから。
 すると、代わりに、他の皆が口を開いた。
「やれやれ、お主はたまに核心を突くのう。いつもはまともに会話についてくることすらできんというのに」
「…………正論。明久にしては上出来」
「うん、確かに。吉井君、主人公みたいでかっこいいよ?」
「……甘さは否めないけど、嫌いじゃない」
「ふふっ……そういえば、葉月のノイちゃんの時も、そんな感じだったのよね?」
「はい。私も、そんな明久君に助けてもらったんでした。Bクラスとの試召戦争の時も、召喚大会の時も、それに……振り分け試験の時も」
「やれやれ、お前のバカは、どこにいても変わらねえってわけだ」
 口々にそんなことを言う、文月学園のメンバー。皆、どこか呆れた「やれやれ」と言った感じの、しかし確かな笑顔を向けてくれている。
「ねえ、それって僕のことほめてるの?」
「安心しろ明久。残念なことに、ほめてる。俺も含めて、全員だ」
 雄二がそんなことを言ってくれた。うれしいけど、何だか背中がむず痒い。変な感じだ。特に雄二がほめてくれるなんて、槍でも降るんじゃなかろうか。できれば、敵軍に降ってくれると助かるかな。
「へへへ、お兄ちゃんは優しいのだ」
「はい。それでこそ、私達のご主人様です!」
「鈴々、朱里、ありがとう」
 笑顔でそう言ってくれた鈴々と朱里に礼を言って、最後に愛紗の方を向く。
 愛紗は、薄く微笑んで、小さくうなずいてくれた。多分、呂布を仲間に入れることに関しては、まだ認めてないんだろう。ただ、今僕が言ったことに関しては賛同してくれている……そんな気がした。
 僕も愛紗に微笑みを返して、改めて呂布の方を見る。すると、呂布は顔をあげて、
「………条件」
 と、一言。
「条件?」
「………仲間になる、条件。2つ」
 仲間になる……ってことは、やった!! 脈あり!?
 呂布の隣で華雄が一瞬驚いたような反応を見せたけど、気にならなかった。
「………恋(れん)の家、壊さない」
 恋(れん)……もしかして、呂布の真名? その家を壊すな……洛陽にある家を壊さないでくれ、ってことか。
「………友達が、いる」
「そっか。朱里、可能かな?」
「はい、洛陽に入って、真っ先にそこへ向かえれば」
「そうか、よかった。……もうひとつは?」
 呂布に向き直ってそう尋ねると、
「………お金がほしい」
「「「はい?」」」
136 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 17:30:23.60 ID:xmrrKX3z0
意外と言えば意外だった。偏見だけど、何かこう、武将って、名誉とか友情とかを優先して、お金とかで動かないようなイメージがあったから。
 お金ってことは……傭兵か、客将みたいな扱いをしろってことかな?
「貴様……己の武を金で売ろうと言うのか!? いくらなんでも……」
「愛紗、いちいちかみつくな、話が進まねえ。そんで呂布、一応聞いておきたいんだが、どのくらいほしいんだ?」
「………たくさん」
 出た。得意のあいまい表現。
「………皆と、ご飯が食べられるくらい」
「皆って……家にいる、お友達さんですか?」
「………(コクリ)」
 姫路さんの問いに、首肯で答える呂布。食費ってこと?
「その友達というのは、どのくらいおるんじゃ? 『たくさん』無しで頼むぞ」
「……………………50匹くらい」
 不自然に間があいたのは、恐らくまた『たくさん』って言おうとしてたからだろう。
 って……ん? 今呂布は50『匹』って……人間じゃないの?
「…………ペット?」
「動物の類か……朱里、どんなもんじゃ?」
「あ、はい。それほど大きな出費にはならないかと。十分可能ですよ」
 朱里が笑顔で言ってくれた。よかった。これで、条件は2つとも約束できそうだ。
「じゃあ、その2つの条件をのむよ。それでいいかな……呂布さん?」
「………恋(れん)で、いい」
 呂布が言ったそれは、答えと同義だった。それも僕らにとって、最高に好ましい答えと。
 皆もそれを察したらしい。笑って、頷いていた。
「そっか、じゃあ朱里、りょ……恋の拘束、外してあげてくれる?」
「はい!」
 朱里は元気にうなずくと、見張りの兵士から鍵を受け取って、恋の腕についている拘束具を外した。
恋は、自由になった手首の感触を確かめるようにしながら、僕らに向きなおる。
「さて……と、華雄、ダメ元で聞くが、拘束具……外す気はないか?」
「……物わかりが悪い奴だな、何度言わせる気だ?」
「……そうか、残念だ」
 短いやり取りを交わした後、雄二は衛兵たちに華雄を収容施設に戻すよう合図した。
 これはこれで、華雄は立派な武将なのだろう。でも、やっぱり寂しい。呂布同様に、味方になってくれれば心強かったのに。
 衛兵たちに連れて行かれる途中で、華雄は一度だけ振り向いた。
「吉井明久……といったな?」
「? 僕に何か用?」
「一言だけ……言いたい」
 立ち止まった華雄を急かそうとする衛兵たちに「いいよ」と合図して、僕は華雄の話を聞くために、少し近くに寄った。華雄は、視線だけでなく体も僕の方に向けて話す。
「呂布が寝返ったことについては……正直いい気はせんが、そいつの判断だ。私は何も言うまい。しかし私には……お前のその甘さも理解できんし、董卓様に牙をむけるその姿勢に賛同もできん」
「……よくわかってるよ」
「だが……お前のその、弱者を守ろうという姿勢は、嫌いではない」
「え?」
 華雄の口から、意外な言葉が発せられた。僕は最初、それを理解することが出来なかった。先程から僕らに対して完全に敵対的だった華雄が、今もまだにらみにも近い鋭い視線を向けながら話している華雄が、雰囲気だけかもしれなくても、僕を認めるようなことを言ってくれたのだから。
「勘違いするなよ、だからと言って私は仲間にはならん。私の君主は、董家当主、董卓様ただ一人と決めているからな……だが、」
 華雄はそこで一拍置いて、
「お前にその姿勢があって、なぜ董卓様と戦わねばならぬのか……理解できんし、残念でならない」
「え?」
 どういうこと?
「話はそれだけだ。そら、さっさと連行しろ」
 言いきった途端、華雄はすぐに後ろを向いてしまった。大胆にも護送担当の衛兵の背中を蹴飛ばし、連行を催促して、僕らの前から去っていった。
「……何だったのかな?」
「わからん。だが今は……ほっとくしかなさそうだな」
 そう呟いて、僕と雄二は恋に向き直った。
「じゃあその……これからよろしくね、恋」
「………(コクッ)」
 そううなずいてくれた恋の顔は、相変わらず無表情だった。
 思いがけない形で加わった仲間、三国無双の武人・恋。彼女と一刻も早く、僕ら皆がわかりあえるようになろうと、僕はその澄んだ瞳を見ながら思った。
137 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 17:31:00.08 ID:xmrrKX3z0
反董卓連合軍編
第26話 謎と奇襲と白装束
バカテスト 世界史
質問
 石器時代と鉄器時代の中間の時代において、鉄よりも加工が容易で扱いやすいという理由で、ある合金が主につかわれる時代があった。その合金の名称を答え、その原料となる2種類の金属の名称もまた記せ。


 姫路瑞希の答え
 『名称:青銅  材料:銅、すず』

 コメント
 正解です。世界史においては基本的な問題でしたね。


 土屋康太の答え
 『名称:はぐれメ○ル 材料:メタルス○イム×2』

 コメント
 世界史をなめていませんか?


 吉井明久の答え
 『名称:青銅 材料:銅、青色色素』

 コメント
 名称があっていたことに驚きを隠せませんが、それだけに後の2つが残念でなりません。青銅は別に青い銅ではありませんので注意してください。
138 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 17:31:39.53 ID:xmrrKX3z0
呂布が僕らの仲間に入ってから数日後。連合軍は小休止をはさみつつ進軍を続け、遂に帝都洛陽をその眼前に望む位置まで来ていた。
 が……
「さあさあやってきました帝都洛陽……って、コレ何か変じゃない?」
「確かに……」
 目の前にでん、とそびえている、城塞と言ってもよさそうな重厚な塀。一面が朱色に塗られている。眼前と言っても、まだかなりの距離があるこの位置でこの迫力というのは、その塀がいかに巨大かということを物語っている。
 これが『洛陽』であることに疑いはない。が、真に不自然な点は他にあった。素人の僕ですら一見して疑問に思うほどのそれとは……
「誰も、いないですね?」
「見張りの1人も見えないのだ」
 そう、向こうからもとっくに僕ら連合軍が見えているはずなのに、その洛陽の前には、僕らを迎え撃たんとする大軍どころか、見張りすら人っ子1人見られないのである。
 何せただでさえ情報のないこの状況である。僕らとしては、呂布の「たくさん」発言もあったし、てっきり予想もつかない程の大軍が、陣形を敷いて待ちかまえていると思っていた。が、いざ来てみるとこれ。僕ら連合軍は、大きく肩すかしを喰らう結果となった。
「意外ですね、敵が1人もいないなんて……」
「何かの罠かしら?」
 姫路さんも美波も、面食らっていた。
「まあ、今までは氾水関も虎牢関も、見えてきたあたりから兵士が陣を組んどるのが見えておったからの。ここに来て敵の本拠地が無抵抗では……罠を疑いたくもなるじゃろう」
「だよね〜。それで、どうするの?」
「どうすると言われても……下手に動くわけにもいかんからな……」
 工藤さんの問いに、愛紗が眉をひそめて答える。
「朱里、袁紹の方からは何も言ってきてないんだろ?」
「はい、多分袁紹さん達も、この状況に面食らっているんだと思います」
「そうか、ならまずは様子見だな……お! ムッツリーニ、帰ったか」
「…………ただいま」
 と、声がした方を見ると、部隊を率いて斥候に出ていたムッツリーニが帰ってきていた。
「お帰りムッツリーニ、どうだった?」
「…………どこも同じ」
 そうか、正門だけでなく、他の入り口も誰もいないか。予想はしてたけど……ますますわからなくなったな……。
「籠城……とも違うみたいだな」
「…………見てきた感じ、むしろ、静かすぎて都市全体が空のような印象だった」
「都市一つ……洛陽が空、ですか?」
 朱里が怪訝そうな顔で聞き返す。それに続いて、霧島さんが首を傾げて言った。
「……洛陽を放棄して逃げた、とか?」
「考えられなくもないが……にしたって、一般人の気配まで無いのは不自然だな」
 雄二が例によって顎に手を当てて考える。確かに、啄県の県令がそうだったから、それも考えられる。けど、他の領民までいないなんてのはいくら何でもおかしい。まさか、領民も丸ごと連れて行ったわけじゃあるまいし。
 と、
「………ヘン」
「ん、何だ恋?」
 唐突に何かを呟いた恋に、みんなの視線が集中する。
139 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 17:32:25.55 ID:xmrrKX3z0
「変……って?」
「………奴らの気配が消えてる」
 恋には珍しく、眉間に(わずかだが)しわを寄せて、怪訝な顔を見せる。でも、「奴ら」って?
「奴らとは……董卓軍のことか?」
「………(フルフル)」
 愛紗の問いに、恋は首を振って答える。
「……もしかして『白い奴』?」
「………(コクッ)」
 今度は縦だ。洛陽から、恋が言ってた変な奴が消えている、と言いたいらしい。
「逃げたのかな?」
「………(フルフル)」
「じゃあどういうこと?」
「………わからない。隠れてる?」
「「「…………?」」」
 いや、僕らに対して疑問形で答えられても。
 悪気は無いんだろうけど、やっぱり恋の言うことはわかりづらい……。みんな眉をひそめるか、ため息をついている。
「恋のセリフも気になるが、今はとりあえず、袁紹の指示待ちだな」
「そうだね、下手に動いたら危ないし……って、噂をすれば……じゃない?」
 そう言う僕の目には、金色の鎧(袁紹軍のものだ。正直悪趣味)を来た伝令兵らしき兵が、僕らの陣に近づいてくるのが見えていた。

                        ☆

「やっぱり、まず僕らが突入して様子を見てくる作戦だったね……」
「予想しないではなかったが、やっぱ腹立つな」
 そう言ってため息をつく僕ら文月陣営。予想通り、袁紹軍の伝令兵が提示してきた作戦は、僕ら文月軍が突入して様子を見てくる、というものだった。何かしらの罠を警戒してのことだろうが……
「完全に我らをなめていますね……」
 愛紗の言う通り、僕らは何かあるごとに袁紹にいいように使われている。やはり、力がない者は使いっ走りにちょうどいいと思われているようだ。
「仕方ないとは言わないが、逆らえないのも事実だしな」
「はい……この戦いが終わったら、そのあたりのことも考えなくてはなりませんね……」
 朱里が神妙そうに言った。
「だな。じゃあ、準備にかかるか。朱里、どういう作戦でいく?」
「あ、はい。まず部隊を小分けにして、小部隊を出して様子を見て、安全を確認した後に本隊を送り込んで合流するのがいいと思います」
「なら、鈴々がそれをやるのだ!」
 作戦を聞くなり、元気よく鈴々が言った。待ってました、という感じだ。
「……とまあ、やる気満々な奴がいるが、どうだ朱里?」
「あ、はい、特に問題ないと思います」
「そうか。なら鈴々に頼もうか、気をつけてね」
「うん!」
 鈴々は大きく頷くと、準備をしに走っていってしまった。
「さて、じゃ、後続の他の部隊の編成だが……」
140 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 17:33:12.17 ID:xmrrKX3z0
「………セキト!」
 恋の家についた僕達の前に、主の声に応えるかのように、鳴き声を響かせて一匹の犬が走ってきた。それに続いて、他の犬、猫、鳥と、言ってたとおり50匹くらいいそうなたくさんの動物達が、一斉に恋の周りに集まってくる。
「こりゃまた……すごいな」
 雄二が思わず呟いていた。
 実際、それも仕方ないと思う。恋の言っていた50匹というのは誇張でも何でもなく本当で、恋を埋めつくさんばかりのペット達が集まってきている。
 数もそうだが、もっと意外というか、驚いたのは、その全てが恋にこの上なくなついている、と見てわかることだ。恋が手を差し伸べれば指をなめてくるし、止まり木の要領で指をかざせば我先に鳥がとまる。一匹、一羽たりとも逃げたりせず、恋の周りを飛び回り、走り回っている。
 そればかりか驚いたことに、本来捕食者・被捕食者の関係であるはずの猫と鳥が、争う様子も見せず恋により添っている。猫の背中に鳥が止まろうが、目の前を飛んで通過しようが、爪や牙をむくことはない。なるほど……これは確かに、皆『友達』だろう。多分、ムツゴロウさんだってこんなこと無理だ。
「皆無事でよかったね、恋」
「………(コクッ)。ご主人様の、おかげ」
 そう言って……気のせいでないと思う、少しだけ、恋が僕を見て笑ってくれたような気がした。
 そんなことはないよ、と言い返そうとしたけど、その笑顔(に見えた)と、その瞳を見ていると、言い返す気にはならなかった。まあ……感謝してくれるんなら、されておこう。
 それにしても……こうして無邪気に動物と遊んでいるのを見ていると、武人とかじゃなくて、大人しくて優しい普通の女の子、って感じがするなぁ……。
 再び動物たちと遊び始めた恋を残し、僕と雄二は邸内を散策がてら、歩いて回った。洛陽の各地に放った斥候が戻るまでの、時間つぶしだ。
「にしても明久、ここに来るまでの風景だが、また異様だったな」
「そだね……まるでバ○オハザードのラク○ンシティだよ」
 言いながら、僕らはこの家に来るまでに見てきた洛陽の風景、そのとてつもない違和感について話した。
 あの後、先遣隊として洛陽内部に先行した鈴々からの合図を受け、僕ら文月軍本隊は洛陽に突入した。両翼には公孫賛の軍と、馬超の父・馬騰率いる涼州連合が援護のために待機してくれているが、その手を借りることもなかった。
 洛陽内部は、街道から裏路地に至るまで、完全な静寂だった。人どころかネズミ1匹おらず、気味の悪いくらいに何も起こらない。ゴーストタウンのようだ。念のためを考えて陣形を組んで行軍する僕らは、何に阻まれることもなく洛陽の中心部へと歩を進めた。
 その途中で、事前に決めた振り分けで部隊を分散させた。僕と雄二、愛紗、朱里、ムッツリーニ、それに姫路さんと美波の率いる第1分隊は、恋の家を確保するために最前列で先行。鈴々、霧島さん、工藤さん、秀吉の第2分隊は、後方の兵をまとめるために遅れて進軍してくる。僕らはまずこの家で、彼女らと、ムッツリーニが放った斥候達の合流を待つ身だ。
「マジで何もいなかったな……時々扉を開けて確認してみたが、見事に全部空だった」
「鍵もかかってなかったしね……連合軍が来る前に、領民総出で夜逃げしたのかな?」
「いや、それは考えにくいな。もしだとしたら、大人数なんてレベルじゃない。どこかで目撃されて、情報が入ってくるはずだ」
「そっか……でも、ムッツリーニは気配は感じないって言ってたよ? 隠れてる、ってこともないんじゃない?」
141 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 17:35:39.38 ID:xmrrKX3z0
行軍の途中、ムッツリーニに何度か確認したけど、監視されている気配は特にしなかったらしい。そういうの専門のアイツの言うことだから、多分間違ってはいないだろうけど……。
「いずれにしろ、いい予感はしねぇな……」
 話して歩いているうちに、愛紗達がいる本陣についた。
 恋の家(大きい)の庭(かなり広い)に仮設営された陣地で、天幕も何もまだできてないけど、椅子や軍議用の簡易机なんかが置かれていて、多少なり様にはなっている。
「ご主人様、恋は?」
「あそこ。動物たちと遊んでるよ」
「わ、ホントだ。いっぱいいるわね」
「はい、楽しそうですね」
 絶賛ふれあいタイム中の恋を遠目で見て、美波と姫路さんが呟いた。
「朱里、僕たちはここで鈴々待ち……ってことでいいんだよね?」
「はい。ある程度の位置まで先導したら、先行して私達に追い付くように言ってありますから。それまでは、待ちましょう」
「翔子や秀吉もついてるからな。統率や指示に関しても、心配は要らんだろ。それまでは、のんびり待とうじゃねーか。制圧作業はそれからでいいだろ」
 そう言って雄二は、なぜか陣に置かれた大きな竹製安楽椅子にどっかりと座りこんで、楽な姿勢でくつろぎ始めた。……これ、いつの間に作らせたんだ?
 けどまあ確かに、実質やることはない。
 洛陽の制圧は、今は後方にいる鈴々が合流してからじゃないとできないし、情報だってまだ少ない。この静けさは一体何なのかも気になるし、それについての調査もしたいけど……それにもまずは斥候が返ってくるのを待たないと。
「そうだね。鈴々が合流するまで、どのくらいかな?」
「そうですね……行軍自体がゆっくりなので何とも言えませんが……半刻から……長くても1刻くらいだと思います」
「1,2時間か……気の長い話だ。それまで暇だな」
142 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 17:37:12.36 ID:xmrrKX3z0
 ぎしぎしと音を立てながら安楽椅子を堪能する雄二。むう……うらやましい。
「雄二、それ……気持ち良さそうだね?」
「かさねーぞ」
 ちっ、このケチめ。
 怨嗟と妬みのこもった視線を雄二に向けていると……ん?

 ガガ……ガガガ……

 あれ? 何だこの音?
 と、雄二がそれに気づいて、ポケットからトランシーバーを取り出した。ああ、今のはトランシーバーのノイズ音か。でも、誰から?
「秀吉か?どうした」
『雄二か!? 緊急事態じゃ!』
 通話の相手が秀吉だ、と気づくと同時に、その声色と言ったことからただならぬ様子を感じ取り、僕ら全員の視線がトランシーバーに注目する。
「秀吉! 何かあったの!?」
「木下殿!?」
 僕や愛紗の声が恋の家の庭に響く。異変を察知し、美波や姫路さん、ムッツリーニも集まってきた。
「おい秀吉!?」
『ああ、まだ直接は確認しとらんが、軍の後方が戦闘状態に陥っておる!』
「何!?どういうことだ!?」
 せ、戦闘!?
「伏兵か何かか!?」
『わからん! ワシらも報告を受けたばかりで正直細かいことは知らんのじゃが……伝令兵が言っていたことをそのまま伝えるぞ。洛陽入り口周辺にて、後続の部隊が貴人の類と思しき少女2人を保護したらしいのじゃが、それを追うように謎の集団が乱入してきて、更に謎の巨漢も乱入してきて大混乱に……』
「余計わからないぞ!?」
 確かに。秀吉が必死なのと、何か大変なのは伝わって来たけど、状況は全くわからない。
『ワシもよくは知らんのじゃ! じゃが内容から察するに、戦闘が始まっているのは確かなようじゃ! 鈴々が向かっておるが……至急応援を頼む!』
 そこまで言うと、秀吉からの通信は切れてしまった。
 ……どうやら一般人か何かを保護したらしいが、そこに何者かが乱入してきたとのことみたいだ。
「ど……どういうことでしょうか……?」
 いきなりの知らせに、朱里が不安そうに言った。
「わからん。しかし、戦闘が行われているのは確かなようだが……」
「謎の集団、って言ってたよね? 董卓軍の伏兵、ってわけじゃないのかな?」
「確かに。言い方は妙でしたね……ん? 恋?」
「え? 恋って……うぉあ!!」
 後ろを振り向くと、すぐそこに恋の顔があった。い、いつの間に!?足音も気配も全くしなかったよ!? いつの間にか背後に来ていた恋のスキルに驚いていると、恋は黙ってすっと手を差し出してきた。えーと……何? お手? 僕は人間だよ?
「………戟(げき)」
「は?」
 げき?
「………恋の武器、返して」
 え? 武器って……あの、斧と矛を合体させたみたいな、見た目からしてかなり物騒なアレのこと?たしか……『方天画戟(ほうてんがげき)』とか言ったっけ。でも、
「いいけど……いきなりどうして?」
 すると、
「………敵が来る」
「「何っ!?」」
143 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 17:37:46.43 ID:xmrrKX3z0
予想外の返答に、雄二と愛紗が同時に驚いた声を出す。他のみんなも、声こそ出さないものの驚いて目を見開いたり、手で口を覆ったりしていた。
「恋、どういうこと!?」
「………奴ら」
「奴ら、ですか?」
「……『白い奴ら』……か?」
「「「!」」」
 雄二が呟いた言葉に、みんながはっとする。
 白い奴ら……恋が董卓の周りにいるって言ってた、よくわからない集団。そいつらが来るって!?
「まさか……後ろの方に現れた謎の集団ってのも……」
「そうか、そいつらかも!」
「そうですね……でも、巨漢って何でしょうか?」
 姫路さんが頭を傾ける。
「詮索は後にしましょう。愛紗さん、今は保護したっていう一般人の方のことを考えないと!」
「うむ、総員聞けーーーっ!!」
 愛紗が待機している部隊に向かって声を張った。
「これより、後方にて襲撃を受けている部隊の援護に向かう!!関羽隊第1、第2分隊は私と共に来い! 第3分隊は呂布と共に行け!」
「「「応っ!!」」」
 元気のいい返事が帰ってくる。僕らの軍はこういう時の咄嗟の対応能力が高くて助かる。敵将だった恋も、すぐに将として受け入れられていた。
「恋、お前は部隊を率いて、朱里とご主人様達を守れ。いいか?」
「………(コクッ)」
「よし、ご主人様! 準備はよろしいですか?」
「うん、問題ないよ!」
 僕らは、愛紗と首里が部隊をまとめ、号令を出している間に準備を終えていた。恋もセキトたちを家の中に避難させ、鍵をかけてある。
「では行くぞ!」
 愛紗の声と共に、軍は前進を開始した。既に簡単な陣形を組んで、すぐにでも戦闘に突入できる状態だ。
 しかし、部隊が大通りに出たその時、予想外の事態が起きた。

 バタン!
 バタン!
 バタン!
144 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 17:38:24.14 ID:xmrrKX3z0
「「「な……っ!?」」」
 部隊が半分ほども大通りに出た……丁度僕らが位置している部分が出たあたりで、突如として家々の扉が、窓が開き、白装束をまとった謎の連中が大勢現れ、僕らに襲いかかり始めた。
「「「何ぃーーーーっ!?」」」
 恋が言っていた連中であるということは、まず間違いないだろう。そして雰囲気からも、聞いていた話からも、そして連中が手に手に持っている獲物からも、この白装束達は敵であるとわかる。獲物の長剣を振りかざし、次々に襲いかかってきた。
「な……何なんだこいつらは!?」
「ずっと隠れてたわけ!?」
「そんな! ムッツリーニ、気配はしなかったんでしょ!?」
「…………!(コクコク)」
 ムッツリーニも驚いているようだ。さっき来る途中に聞いたときも、気配は感じないって言ってた。こいつら……そろいも揃ってムッツリーニすら感づけない程の手練れだっていうのか!?
いや、今はそれよりも、こいつらを何とかしないと!
「くっ、こいつらは一体……しかしっ!」
 『敵が来るとは言ってたけど、来るの早すぎだろ!?』とか僕が思ってる間に、愛紗は素早く動いていた。
 襲い来る白装束の内、先陣を切る数人を一瞬で斬り伏せ、たじろいだ残りの奴らを前に名乗りを上げる。
「我が名は関羽! 白装束共、生きたくば背を向けて退け!!」
 戦場でも十分に通用しそうな迫力のそれが、洛陽の街に響き渡る。しかし、白装束は1人としてそうしようとはしない。
 それどころか次の瞬間、その内の一人が僕らの度肝を抜く台詞を言った。

「同志達よ、死を恐れるな! その身をもって関羽を取り囲め! さすれば全ての元凶、『天導衆』を討ち取ることが出来る!」

「「「な……っ!?」」」
 その場にいた、恐らく全員が息をのんだ。
 こいつら……狙いは僕達なのか!?
「ご主人様達の命目当てだと!? そんなことはさせんっ!!」
 驚愕の後に怒りを覗かせた愛紗が、猛烈な勢いで青竜偃月刀を振り回し、群がる白装束を蹴散らしていく。
 しかし、白装束は後から後から出てきて愛紗の前に立ちはだかり、愛紗はなかなか僕らの所に走って駆けつけることができない。
「くそっ……どけ貴様ら! ご主人様、お逃げ下さい!」
「に、逃げろって言われても……うわ! 来た!」
 愛紗達がいる側の防衛戦を突破したのか、数人の白装束がこちらに走ってきた。
「雄二!」
「ああ、やるしかないみたいだな! 姫路、島田、ムッツリーニ、戦闘準備……」
 と、言いかけた所で、

「………ふっ!」
 
 ドゴォッ!
145 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 17:39:01.56 ID:xmrrKX3z0
「「「ぐああああっ!!」」」
 何かが白装束の前に飛び出したと思うと、次の瞬間、その数人がまとめて吹き飛んだ。見るとそこには、
「………ご主人様、守る」
 得物を振り切った姿勢で、全身から闘気を放っている恋が立っていた。
「………ご主人様、朱里も、下がってて」
「キエェェーッ!」
「………うるさい」

 ドゴォッ!!

 再び炸裂する恋の一撃。恋の戦いを見るのは虎牢関以来だけど、やっぱり彼女の実力は圧倒的だ。仲間になった今、頼もしいったらないや。
 とにかく、恋が怒涛の勢いで白装束を掃討してくれている間に、何とか体制を立て直さないと……
「明久、まだだ! 油断するな!」
「え?うわっ!」
 雄二の声を聞いて振り向くと、横に立ち並ぶ民家から、さらに多くの白装束が湧いて出た。ちょ、多すぎだろ!
「う、うわわっ!」
「あ、ご主人様!」
「ちょ、アキ! そっちに逃げるな!」
 朱里と美波のそんな声が聞こえた時にはすでに遅く、陣地になだれ込んだ数人の白装束が僕と美波達を分断した。
「ご主人様!逃げて下さい!」
「逃がすな!仕留めろ!」
 いきり立った白装束達が叫んでいるのが聞こえる。く……分断された! でも、まだこの人数なら、両側から召喚獣で攻撃すれば突破でき……ってうおぁ! 更に増えた! これはもう無理だ!
「くっ……明久! ひとまずお前逃げろ! 体制を立て直してから救援をよこす!」
「わかった、なるべく早く頼むよ!」
 丁度僕もそうするしかないと思っていた。
 迷っている暇はない。僕はすぐに踵を返して駆け出した。まだ白装束がいない場所を選んで走り、包囲網を抜けると裏路地に入ってひたすらに逃げた。

「逃がすな!」
「仕留めろ!」
「これ以上奴の横行を許すな!」

 ……なんだか、Fクラスの異端審問会の連中に追われてるのとさして変わらないような……はっ! いかんいかん、これは本当に命がけなんだ。集中集中、逃走逃走。
 あいつらとの追いかけっこも十分に命がけだ、なんていうツッコミを胸の中に封印しつつ、僕は走った。
146 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 17:39:39.21 ID:xmrrKX3z0
「明久くん! 明久くんがっ!」
「騒ぐな姫路! 今は自分の身を心配しろ!」
「でも坂本! このままじゃアキが殺されちゃうわよ!」
「あいつなら大丈夫だ、ダテに常日頃からFクラスの連中から追われちゃいない! それよりも……恋! ムッツリーニ!」
「………わかってる」
「…………突破する」
「ここをある程度片づけてから救援部隊を出す! 朱里、指示頼む!」
「は、はいっ! 陣形を組み直します!」
「ご主人様、どうかご無事で……っ!」

                         ☆

「な……なんとか逃げ切った……」
 どのくらい走っただろうか、道も、距離も、何も考えなかった。帰りが心配だけど、どうにか奴らを撒くことには成功したみたいだ。
 これも日頃から似たような体験をして鍛えているおかげか……ま、今だけはあの覆面ヒガミ連中に感謝しておいてやろう。
「全く……何なんだよ……?」
ぼやきながら、僕はあてもなく街道を歩いている。周囲には警戒しているけど、このあたりには連中はいないみたいだ。一安心……は、まだしない方がいいんだろうな。
 そもそも、何で僕ら『天導衆』が狙われたんだろう? 僕を狙うとしたら……今絶賛戦争中の董卓軍だけど、恋の話だと、あいつらは『董卓の周りにいる悪いやつ』で、董卓軍そのものとは違うみたいだし……。でもそうすると、どうしてそいつらも僕らを襲うのかがわからなくなって……だめだ、わからない。
 こういうのは雄二や朱里の得意分野なんだよな……。
「全く、何でこっちの世界に来てまであんな覆面の集団に狙われるんだよ……」
 さっきは感謝するとは言ったけど、あんなのはFクラスの連中だけで十分だ。
 と、

「ふん、世界をまたいでまで追いかけっこか、ご苦労なことだな」

「!?」
 背後からそんな声が聞こえた。ばかな、白装束達は振り切ったはず……!
 驚いて振り返った僕の目に映ったのは……

「……誰?」

 見覚えのない、僕と同じくらいの歳の少年だった。

「よぉ、会えて嬉しいぜ、バカの吉井明久」

147 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 17:40:19.85 ID:xmrrKX3z0
反董卓連合軍編
第27話 刺客と正義と召喚獣

「おおぉーっ!!」

 ザシュッ!!

 俺の目の前で、愛紗がまた青竜偃月刀を一閃させ、数人の白装束を斬り伏せる。早く明久の奴を助けに行きたくて、息巻いているようだ。それはそのまま演武に現れ、愛紗の白装束を斬り倒すスピードは明らかに先程までのそれとは違った。
 加えて恋やムッツリーニの活躍もあり、最初に比べればかなり白装束の人数は減りつつあった。
 しかし、依然として人数は多い。こいつら一体どこからこんなに湧いて出やがるんだ?
「ええい、斬っても斬ってもきりがない! しかも……」

「『天導衆』は悪なり! 悪は滅すべし!」
「我々は正義! 悪を滅するは正義の責務なり!」

「さっきからこいつらこれしか言わねーな……」
「全くだ! しかもこやつら、ご主人様達が悪だと!? バカも休み休み言え!」
「『天導衆』という異分子の存在はこの世界にとって害だ! ゆえに貴様らは残らず滅びねばならぬ!」
 愛紗の台詞に、白装束の一人が反論してきた。
「何を言う! ご主人様と七人の御使い……『天導衆』こそは、この乱世を平定に導く、正義の存在であろうが!」
「愚か者ども! 貴様らは既に悪に魅入られておるのだ!」
「否!」
 愛紗と白装束達の舌戦が絶え間なく聞こえ、その間も愛紗は得物を振っている。
 と、俺の背後からは、兵士たちに守られつつも、自らも召喚獣を出して戦っている姫路達の会話が聞こえてきた。
「あ、悪? 私達が悪って……どういうことですか!?」
「バカ言ってんじゃないわよ! 妙なことして、一斉に襲いかかって、タチの悪いことしてるのはアンタらの方でしょ!?」
「問答無用、かかれっ!!」
「「「おぉーっ!!」」」
「…………かかるな」

 ヒュン! ズバババババッ!!

「「「ぐああああっ!」」」
 連中が動くよりも早く跳んだムッツリーニの召喚獣の小太刀が、的確に連中の急所を捕える。ムッツリーニの召喚獣は動きが早い分、こういう時に役に立つな。
 ……っと、俺も負けてらんねーや。
「おらあぁっ!!」

 ドゴォッ!!
148 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 17:40:54.95 ID:xmrrKX3z0
「「「ぐああっ!!」」」
 襲いかかってきた白装束に、召喚獣の拳を打ち込んで吹き飛ばす。もう何回この作業を行ったことだろう?
 しかしこいつら……やっぱりよくわからねーな。
 さっきからこいつら、俺たち『天導衆』だけに狙いを絞って襲いかかってきやがる。俺たちがこの文月軍の大将だからかもしれないが、少し不自然だ。
 第一に、何で俺達なんだ? このタイミングで襲撃すれば、確かに俺達『天導衆』を抹殺し、文月軍を混乱、壊滅させることはできるかもしれない。しかし、そうなれば洛陽の外の連合軍に、自分達の存在はばれるはずだ。そうなったら勝ち目はない。むしろ狙うなら、連合軍の重鎮……曹操や孫権、高孫賛や袁紹(名前だけだが)が洛陽に入ってきたタイミングでそいつらを奇襲した方が効果的なはずだ。
 第二に、さっきからこいつら白装束の台詞に『世界』とか『異分子』とか言う単語をやたらよく聞く気がする。どこかが目立って変、ってわけじゃないが……何か引っかかる。
 ……何だ、この違和感は……?
 と、考え事をしながら拳を振るっている俺に、愛紗が、
「坂本殿! 早くご主人様を助けに行かねば!」
 焦り気味に言ってきた。
「んなことはわかってる! だがこいつら一向に……」
 と、その時だった。

「ふんぬううぅぅぅぅぅぅううっっっ!!」

「「「「!!?」」」」
 街路に突如として響き渡る擬音。な……何だ今のは?

「ほぉあたたたたたたたたたたた、とぅっ!!」

 まただ! 何の音かはわからないが、何というかこう……耳を覆いたくなるような、妙にそのトーンが耳に残って尾を引く、奇妙な音。
 17年の時を生きてきて、俺は俺なりに多彩な人生経験を積んだつもりだ。しかし、こんな音は今まで聞いたことがない。何だ、まさか敵の新兵器か何かか!?
「な、何ですか!? 今の……」
「さ、さあ……何かしら? 白装束達も一緒に驚いてるみたいだけど……?」
 姫路や島田、それに他の奴らも、この謎の擬音に驚きを隠せないようだ。
 そして今島田が言ったセリフ通り、白装束達もわずかではあるがこの音に動揺していた。ということは……この音は双方にとってのイレギュラー、白装束達の新兵器や増援の類じゃないってこといなるな。そこは安心しておこう。
 そういえば今の音、どうも軍の後方から聞こえたような……。
 と、ふと俺が視線を後方へ向けると、

「ふんぬっ!!」

 ドゴォッ!! ヒュルルルル……

「ふんぬっ!!」

 ドゴゴォッ!! ヒュルルルルルル……

「な、何だ!?」
 俺達の目に映ったのは、軍の後方に群がっている白装束共が、次々に空を舞って吹き飛んでいくという、かなり謎な光景。その合間合間に、先程から、スーパーなんかで流れている『おさ○な天国』ばりに耳にしつこく付きまとうあの音が聞こえて来ている。
「………飛んでる……」
「あ、ああ……飛んでいるな……」
 恋と愛紗は器用にその光景に見入っていながら、しっかり手は動かして白装束共の相手をしていた。
「誰かが……奴らに攻撃してるのか?」
「はわ……わかりません! でも、もしかしてさっきから聞こえるこの音と何か関係があるんでしょうか?」
「…………音じゃない、これは……声」
「「「え!?」」」

「あたしのおうちを壊しておいて逃げようなんて、そうは問屋がおろさないわよぉぅ!!」

149 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 17:41:44.50 ID:xmrrKX3z0
「こ……声ぇ!?」
 ムッツリーニ、お前今何つった!? このさっきから聞こえてくる低い、地の底から響いてくるような音が……これが……人の声!?
 た、たしかに、人が何かを言ったように聞こえなくもなかったが……こんな音……声を人が出せるものなのか!? 低さといい、大気を震わせられそうな音自体の圧力といい……除夜の鐘10個並べても比較対象として心もとないんだが!?
 ……ってそれよりも!
「おい朱里! アレの正体はさっぱりわからんが、なんか好機っぽくないか!?」
「え? あ、は、はいっ! 愛紗さん! 恋さん! 今のうちに体勢を立て直して反撃しましょう!」
「あ……ああ、わかった!」
 我に返った朱里と愛紗、そしてさほど動揺していなかった恋は、部隊の立て直しを始めた。よし、この機に乗じて明久を追えるか!?
「朱里、ここ頼めるか? 俺は明久を追う!」
「はい、任せてください! ご主人様をお願いします!」
「わかった、行ってくる!」
 そう言って俺は、一瞬だけ包囲が薄くなった一部分を突破し、白装束共の包囲の外に出た。朱里の指揮する部隊の援護を受けながら、俺は日々の異端審問会の連中と逃走劇で鍛え上げられた俊足を持って、白装束共の追撃を振り切っていく。。
 よし、明久を探すぞ!

 …………にしても、何だったんだ、あれは? 後で確認すればいいか……。

                       ☆

「君……誰?」
 目の前にたたずむ少年に、僕は見覚えがなかった。
 薄い色の茶髪に、端正な顔立ち、細身で、身長は僕と同じくらいか。そしてそいつの服は、今しがた撒いた奴らと同じような白装束だった。
 ただ、奴らが着ていた服とはデザインが微妙に異なり、何というか……どこか大仰な感じだ。装飾の数が微妙に多かったり、仮面を被っているかいないか程度の差だけど……例えるなら、そう、RPGに出てくる魔法使いや魔導師あたりの服を思い出させるような、そんな見た目だ。でも、こんな特徴的な服の人が知り合いにいたら絶対忘れないと思う。
 それに、服の色(白)からして、明らかに怪しいし……。
「ふん、いつまでバカ面見せてる気だ、吉井明久?」
「なっ!?」
 し、初対面(多分)でいきなり悪口!? どういうつもりだこいつ!?
「まあ、不足の事態に対処するには、貴様の頭じゃ許容量が足りなかったか?」
「な、何だと!?」
 また言いやがった! さっきから何なんだ一体こいつは!?
「どうした、何だその顔は? 俺の言ってることに何か不満でもあるのか?」
「不満も何も……大ありだっ! そもそもお前誰だよ!?」
 さっきから言いたい放題言いやがって……こっちだっていつまでも言われっぱなしじゃないぞ!
「人に名前を訪ねるときは、まず自分から名乗るのが礼儀ってもんだろうが!」
「……おい、俺がいつ貴様の名前を聞いた?」
 あれ、何か言葉のチョイスを間違えたかな?
「あ、そういえばさっき僕の名前を……」
「呼んだだろうが、吉井明久」
 と、謎の少年。
「貴様のことはよく知っているぞ。観察処分者なんていう不名誉な肩書きも、天導衆とやらの頭目を務めていることも、近年希に見るバカだってことも、な」
「な……っ!?」
「どこか間違っているか?」
150 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 17:42:25.61 ID:xmrrKX3z0
……間違って……いない。
 いや、僕がバカだなんて呼ばれてる部分は、真実とは異なる流言飛語であって、決して事実ではないけれど、噂になっているのは事実だ。
 でも、おかしいぞ!? 天導衆のことは『有名になってるから』でなんとか説明がつくけど、僕は「観察処分者」のことなんて誰にも言ってないし、「バカ」と呼ばれてることも言ってない。何でこいつ知ってるんだ!? くそっ、この世界のプライバシーは一体どうなっているんだ! どこから漏れた!? 雄二か? ムッツリーニか? 秀吉や姫路さんは考えにくいか……じゃあ美波か!?
 いやでもどうやって聞き出したんだ? いくら奴らでも、見ず知らずの他人に情報を教えるなんてことは……まさか、何らかの手段で情報を盗んだ!? だとしたらどうやって!?
 ……情報を盗み出す手段……まさか、新手のコンピューターウイルスか何かか!? すると、出どころはムッツリーニのPC!? まずい、このままじゃ家も危険だ、早急に手を打たないと! いやでもウイルスを駆逐・予防するにはウイルス対策ソフトが必要だ。そんなもの持ってないし……あれ? でもそもそも家にはパソコンが無いぞ? これじゃソフトを入れられないじゃないか! だとしたら早急にソフトを入れるパソコンを買わないと……って、ああしまった!
「ダメだ! 家には今パソコンを買うだけの金銭的余裕はない!」
「貴様その発言内容にいたるまでどんな思考をたどったんだ!?」
 謎の少年がそんなことを叫んでいた。? 僕今何言ったっけ?
「やれやれ、[ピーーー]前におしゃべりにでも付き合ってやろうかと思ったんだが……まさか、会話すらまともにできんとは……不毛な考えだったらしいな」
 少年は、額に手を当てて、呆れたような感じでそんなセリフを言った。って、はい? [ピーーー]!?
「ちょ、何!? [ピーーー]って……」
「今言った通りだ吉井明久、さっさと[ピーーー]!」
 そう言うなり、彼は驚く僕に構わず、前に飛び出して……って、速っ!
「はぁっ!!」
「わあっ!?」
 凄いスピードで飛んでくる彼の跳び蹴り。間一髪でかわした僕の頬を掠めた瞬間に、ブォン! とすごい音がした。
 風を切る音がこの大きさって……どんな速さでどんな威力の蹴りだ!?
「ふん……!」
 と、着地しざまに方向転換して、今度は回し蹴りを放ってきた。
151 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 17:43:00.16 ID:xmrrKX3z0
僕は反射的に前に跳んでそれをかわす。勢いそのままに前転して、出来る限り距離をとった。その後すぐにふりむくと、
「……ふん、ちょこまかと」
 意外にも彼は追ってこず、僕が起き上がるのを待っていた。体勢を崩したようには見えない。ということは……余裕ってことか。初撃で仕留めるつもりだったけど、かわされた。けど、それでも別にかまわない、僕が逃げ回ろうと、簡単に殺せる……と。
 随分と腹が立つ考え方だな……けど、こいつの実力は確かなようだ。身近で愛紗や鈴々の訓練をよく見てるからわかる。油断はできない相手だ。
 それに、今のではっきりした。こいつ、本気で僕を[ピーーー]気だ。だったら……余裕が作ってくれている今のこの間はありがたい! 何かされる前にこちらから畳み掛ける!
「試獣召喚っ!」
 僕の唱えたキーワードに反応し、幾何学模様と共に、改造学ランに木刀の僕の召喚獣が現れた。
 しかし、それを見て彼は、意外にも不思議に思うようなそぶりや、驚いた様子を見せなかった。
 それどころか、

「それがお前の召喚獣か、飼い主に似て貧相な身なりだな」

「え……?」
 そんなセリフを言った。
 ちょっとまった。今言った罵倒もきにはなるけど、それより……、
 …………こいつ、召喚獣を知ってる?
 確かに今までも何度か召喚獣は戦いに使ってきたけど……そんなに名が知れ渡るほどに使った覚えはない。せいぜい、兵たちの間で物騒な尾ひれのついたうわさが流れる程度で……初対面の人が、しかも洛陽なんていう、僕らの町と何の接点もない町の人が、何で『召喚獣』なんていう正式名称まで知ってるんだ!?
「何で……こいつのことを……?」
「不思議か? まあ、不思議だろうな。だが……」
 少年は再び腰をかがめて、跳躍の姿勢をとる。……来る!
「これから死ぬ者に……答えは要らん!」
 地面をけって飛び膝蹴りを繰り出してくる。僕は召喚獣に指示を出し、木刀で防がせた。
 直後、僕の両腕にフィードバックの衝撃が走る。……っ! 召喚獣で防御してこれか……やっぱりこの蹴り、かなり威力がある。まともに食らったら……まずい!
「無駄なことを……[ピーーー]!」
「やだ!」
152 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 17:43:45.27 ID:xmrrKX3z0
再び、召喚獣を狙って繰り出されるミドルキック。僕はそれを受け流して、お返しとばかりに木刀での突きを奴の肩に放った。
 しかし、奴は半歩後ろに下がってそれをかわし、空中で無防備になった召喚獣に上段蹴りを叩き込む。
「ぐ……っ!」
 フィードバックの痛みが僕の腹部に走る。木刀を防御にかざしたけど、間に合わなかったみたいだ。でも、ここで隙を見せるわけにはいかない。痛みをこらえて召喚獣に次の指示を出す。
 しかし、

「遅いんだよ」

 ドゴッ!

「うわあっ!!」
 ハイキックの足を返して、一瞬で繰り出された回し蹴り。反応が間に合わなかった僕の召喚獣はそれをまともに食らって、横に吹き飛んだ。同時に、僕のわき腹にも更に鋭い痛みが走った。こ……これ……鉄人の拳並み……?
 って、まずい! 召喚獣が遠くまで蹴り飛ばされたせいで、僕をあいつの攻撃から守る壁がない!
「くっ……」
 痛みをこらえて何とか召喚獣のもとへ行こうとする。同時に召喚獣にも指示を出し、僕の方に歩いて来させる。
 しかし、奴は黙って見ていてはくれないらしかった。
「……もうあがくな。苦しいだろ? 今楽にしてやる」
 そう言いながら、奴はすたすたと歩いて僕の方に近づいてきた。速さはゆっくりだけど……今の僕に、召喚獣と合流する前に追い付くには、十分な速度だ。僕の召喚獣が防御可能になるよりも、恐らく先に僕は奴の射程距離に入ってしまう。
 まずい……間に合わない……!
 と、その時、

「―――ぅらあっ!!」
「何っ!?」

 ドゴシャアン!

 掛け声とともに、奴のすぐ前に、何か……大きな銅像のようなものが上空から突然落ちてきた。とっさにそれを察知したらしい奴は、後ろに跳んでそれをかわす。
 って、今の声はもしかして……

「よう明久、何だかピンチだな?」

「ゆ、雄二!!」
 見間違うはずもない、僕の悪友の姿。
 裏路地に通じる細い道の前で、その道からここに出たのであろう雄二が、立って手を腰にあてた姿勢で僕の方を見ていた。その足元には、今のを投げつけた張本人であろう、雄二の召喚獣が同じポーズでちょこんと立っている。
 その雄二が僕に対して意地の悪い笑みを見せたのは一瞬だけで、すぐに雄二は今しがた仕留め損ねた奴の方に視線を移した。その目には、斬れそうな鋭さがある。
 奴は奴で、構え直しながら雄二を睨みつけていた。
「明久、詳しく聞く時間はなさそうだが……あのスマシ顔、敵か?」
「う、うん、まず間違いなく。殺されるとこだった」
「……坂本雄二、か」
「! どうして俺の名を?」
 不意に自分の名を呼ばれて反応する雄二が、奴に聞き返した。お互いに声は冷静で静かだ。相手に隙を見せまいとする姿勢が感じられる。
「答える必要はないな。お前ら『天導衆』は[ピーーー]だけだ」
「随分とまあ落ち着きのねえ言い方じゃねーか。俺と明久が合流しちまって、そんなに焦ってんのか?」
「ふん、世迷言を!」
 怒鳴りながら踏み込んでくる謎の少年。
「明久、ボケッとすんな! 来るぞ!」
「え、あ、うん!!」
153 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 17:44:21.84 ID:xmrrKX3z0
雄二の一喝で我に返った僕は、すぐさま召喚獣を手元に呼び寄せた。今のやり取りの間に回復したおかげで、合流は余裕で間に合った。そしてそのまま雄二の召喚獣と並ばせ、奴の行く手を阻む位置に配置する。
「ふん!」
 奴は微塵のひるみも迷いも見せず、僕の召喚獣めがけて蹴りを繰り出した。
 しかし、そう何度も食らうほど僕もバカじゃない。木刀でそれを受け流し、追撃に備えて中断に構え直す。
 すると奴はほんの一瞬動きを止め、その後、予備動作とは明らかに違う動きで追撃にかかった。どうやら、僕の素早い防御で思惑を外されたみたいだ。
 その隙を見逃さず、
「おらぁっ!」
「くっ……!」
 襲いかかる雄二の召喚獣の拳。それも、上手いこと死角から襲いかかったために、奴の方も防御しきれず、強引に体をひねってかわさざるを得なかった。
 今度はこっちが攻める番だ! 行け僕の召喚獣!
「はぁっ!」
「何っ!?」
 召喚獣を跳躍させ、空中にいる奴を木刀で突く。奴は腕を前で組んで防御し、その攻撃を受けとめた。ガキン、という音に、この硬い感触……袖の下に手甲でもつけてるのか?
 と、
「調子に……乗るな!」
 着地と同時に一瞬で体勢を立て直し、そのまま手を地面について、ブレイクダンスの要領で連続低空回し蹴りを放つ。
 少林サッカーばりのパフォーマンスに不意を突かれ、僕らは前進させていた召喚獣を2体とも蹴り飛ばされ、押し戻された。やっぱり、簡単にはいかないか……。
 雄二もそれを悟ったのか、攻め続けずに一度召喚獣を引き戻していた。
「なるほどな……ただもんじゃないらしい。白装束の仲間か?」
「そもそもお前誰だ! 名を名乗れ!」
「ふん、すこし渡り合った程度で偉そうな口をきく……」
 狙いを外されたことが多少は悔しかったのか、奴はそんなセリフを言う。そして、間髪いれずに再び跳躍と蹴撃の構えをとる。僕らも、攻撃に備えて召喚獣に得物を構えさせる。
 しかし、奴が跳ぶよりも先に、

 ドガシャァン!!
154 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 17:44:50.75 ID:xmrrKX3z0
「「「!?」」」
 僕らと奴の間に位置していた家の壁が粉々に砕け、塵煙が視界を遮った。
 そして、思わず身構える僕らの目の前に、
「………ご主人様、見つけた」
「「恋!」」
 『方天画戟』を携えた恋が、煙の中から姿を現した。僕らを横目で確認すると、得物を一振りさせ、周囲に漂う塵煙をその爆風で吹き飛ばす。
 そのおかげで、恋をはさんで向こう側にいる奴の表情をうかがい知ることが出来た。
「……呂布……か。まさか、こいつらの仲間になっていたとはな……」
 険しい表情で、奴は恋を睨みつけていた。構えは崩していないが、跳びかかる気配はない。どうやら、恋の参戦は完全に予想外の事態だったようだ。戸惑っているのか、焦っているのかはわからないが、攻めあぐねている。
 恋は、僕らに一瞬視線を送った後で、奴に向かって向き直った。表情にほとんど変化は見られないが、眉が少し寄っている。どうやら睨んでいるらしい。そのまま、僕と雄二を守るように仁王立ちになって、方天画戟の切っ先を奴に向ける。
「………ご主人様に、手は出させない」
「ふん、随分と呂布に懐かれているな、吉井明久。餌付けでもしたのか?」
「冗談にしちゃ面白くもなんともね―な。余裕が無くなったか?」
「戯言を……まあいい」
 すると、奴は構えを崩して続けた。
「今は引いてやるとしよう。3対1、しかも相手が呂布、貴様では、流石に部が悪そうだ」
 そう言って、奴は地面を蹴って飛び、手近にあった民家の屋根の上に飛び乗った。な、何てジャンプ力だ!?
 恋は、さらにもう少しだけ眉をひそめて言った。
「………逃げるのか?」
「まあ、言い方は気に食わないが、そうだな。貴様らを[ピーーー]手段がないわけではないし、ここまでやっておきながら『関わり損』になるのは癪だが、やはり現時点で、この世界への影響はなるべく抑えておきたい」
「……『この世界』……だと?」
 と、雄二が何かに反応した。静かにそう呟いて、何事か考え始めた。
 変わって僕が、
「ていうかお前、名前くらい名乗っていけよ!」
 そう、声を張った。
 背を向けて立ち去ろうとしていた奴は、僕の言葉が聞こえたのか、動きを止めた。そして一瞬間をおいて、振り向いて言った。
「…………左慈(さじ)」
「は?」
「『左慈(さじ)』だ。暇なら覚えておけ」
 冷たい目で僕を睨みつけながら、そう吐き捨てるように言って、奴……左慈は、飛び乗っていた民家の向こう側に飛び下りて消えた。
「あっ待て……」
「よせ明久」
「でも雄二!」
 追いかけようとする僕の手を雄二がつかんだ。
「気になるっっちゃ気になるが、今は戻るんだ。下手に追いかけて奇襲されたり、白装束に出くわしても面倒だろ?」
「………愛紗も、心配してる」
 そう言って、恋も加わって僕を諭してきた。
 悔しいけど……正論だ。今は愛紗達と合流して、この苦境を何とかすることを考えないと。
 今一つ納得できない気持ちを胸中に抱えながら、僕は2人と一緒に帰路についた。

155 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 17:45:30.91 ID:xmrrKX3z0
反董卓連合軍編
第28話 巨漢と謎と洛陽の実態
 恋が率いてきた部隊に守られつつ、僕と雄二は恋の家に戻ってきた。
 門をくぐると、
「あ、お兄ちゃん!」
「ご主人様!ご無事でしたか!」
「はわわっ、よかったです!」
 門を入ってすぐの所に立っていた、愛紗、鈴々、朱里が迎えてくれた。それに続いて、
「あ、明久くん!」
「アキっ!」
「……あ、雄二」
 姫路さん、美波、それに霧島さんが駆け寄ってきてくれた。3人とも不安そうな顔をしていて、特に姫路さんなんか涙目になっている。やっぱり、心配かけちゃったみたいだ。これはちゃんと謝らないとな……美波に何かされる前に。
「ただいま。心配かけてごめん」
「ホントよバカ!」
「でも、無事でよかったです……!」
 美波は声を荒げて、姫路さんは目頭を抑えてそう言ってくれる。どちらも心から僕のことを心配してのものだとわかっているから、申し訳なくはあるけど、すごく嬉しかった。
 横を見ると、
「……雄二、怪我はない?」
「ああ、大丈夫だ。何も心配いらねーよ」
 霧島さんも、雄二を心配して声をかけていた。いつも冷静な霧島さんの顔が、今日に限っては心配と安堵に緩んでいる。全く雄二の奴、こういう時くらいぶっきらぼうに返事しないで素直に「ありがとう」とでも言えばいいのに。
 ところで、後陣にいた霧島さんと鈴々がここにいるってことは……白装束達を一掃して、全隊が無事に洛陽に入城できた、ってことでいいのかな?
「あ、無事だったんだね、吉井君」
「! 工藤さん!」
 と、後ろから聞こえた声に振り向くと、彼女たちと同じく後陣にいた工藤さんが立っていた。こちらはほとんどいつも通りで、露骨に心配した、という雰囲気はない。彼女もここにいるってことは……予想は当たっているとみて間違い無さそうだ。
「お疲れ様、工藤さん。それはそうと、白装束は撃退できたの?」
「うん、撃退っていうか、全滅っていうか……まあ、とりあえずもう問題ないよ。何だか嬉しい誤算もあったみたいでさ」
「嬉しい誤算?」
 工藤さんが言ったセリフが少し引っかかった。嬉しい誤算……って?
「工藤、その嬉しい誤算ってのはあの、後陣にいた謎の人物のことか?」
「? 雄二、何それ?」
 初耳だけど?
「ああ、お前が離脱した後のことなんだけどな……」
 と、裕二が口を開いたその時、

「それは、わ・た・し・よん」

156 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 17:46:03.19 ID:xmrrKX3z0
…………?
 え? 何だ、今聞こえた、口調とこの上なくミスマッチな野太い声は?
 僕の頭のの中にある常識で考えれば、今の声色と今の口調は決して両立しない。……何だろう……嫌な予感がするんだが……。
 やけに耳に尾を引く、背後から聞こえたその声の音源を確認すべく振り返ると、そこには、見覚えの無い「何か」が立っていた。
 あまりに衝撃的なそれを前にして、僕と雄二の思考は停止した。
 僕らのその目に映っているのは、

 きれいに整えられた、三つ編みの黒髪。
 健康的な小麦色の肌。
 雑誌グラビアを思わせる、刺激的な立ちポーズ。
 そして、僕ら男子高校生の目にはあまりに刺激的な、ピンク色の、ギリギリにしか局部を隠さない、女物の下着……俗に言う、ヒモパン。
 それらが特徴的な……

 ……身長190cmは優にありそうな、筋骨隆々に禿頭の巨漢。

「「ぎゃああああぁぁぁあ――――――――――――っ!!」」

 必然の絶叫が、恋の家の庭に響き渡った。な、何だ今のは!? 雄二も僕も、自分の目に映った光景に体が正直かつ過敏な拒絶反応を起こし、まるで正面からの打撃攻撃を受けたかのようなアクションと共に背中から地面に倒れ込んだ。
「あははは……まあ、そうなるよね……」
 工藤さんの乾いた笑い声が耳に届いていた。しかし、僕らの体は動かない。動こうとしない。
「あ、明久……何だ今のは……?」
「わ、わからないよ雄二……でも、何かこの世のものとは思えないような何かを見た気がしたんだけど……」
「あー、2人とも、気持ちは果てしなくわかるけど、大丈夫だから。何も危険とかないから、起きて?」
 工藤さんのそんな声が聞こえる。ほ、ホントに大丈夫? 何も怖いことない?
「じ、じゃあ雄二……」
「あ、ああ……せーの……」
 タイミングを合わせて、よっこいしょと2人で同時に状態を起こし、視線を前に戻すと、
「あらぁん、お目覚めかしら?」
「「試獣召喚!!」」
「吉井君に坂本君! なんでいきなり召喚獣を呼び出して戦闘態勢に入るの!? 大丈夫だってば!」
「何してるんだ工藤さん! いますぐそのモンスターから離れるんだ!」
「そうだ工藤! そこにいるもののけは俺たちに任せろ!」
「失礼だよ2人とも! 言いたいことはわかるけどこの人一応人間だから!」
 くっ、何を言っているんだ工藤さんは!
 確かに形は人間に似てはいるけど、こんなものが僕らと同種の存在なわけがないってことぐらい少し考えればわかることじゃないか! マッチョ×ハゲ×ヒモパン一枚だぞ!? 例えるならそう、RPGに出てくる、腰布一つに棍棒持った感じの悪魔系モンスターあたりを更に露出度を上げて更に醜くしたような容姿のこいつが、間違っても僕らと同じ人類にカテゴライズされるはずがない!
「明久! こうなったら仕方がない! 俺たち2人で一気に片づけるぞ!」
「OK雄二! 経験値やゴールドは期待できるかわからないけど、今は2人で協力してこのモンスターを倒そう!」
「だから落ち着いて2人とも! この人はホントに……」

「喝ぁ―――――――っ!!」
157 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 17:46:36.48 ID:xmrrKX3z0
「「「ひいぃっ!!」」」
 突如として響き渡る雄叫びに、その場にいた全員が震撼する。な、なんて威力なんだ!奴め、こんな特技を……!
「もぅ、会ったばっかりなのにそんなあたふたしないの。余裕の無い男はモテないわよ?」
「余裕云々はともかく……吉井君に坂本君、一旦落ち着こう。大丈夫だから、この人……貂蝉(ちょうせん)さんはちゃんとした人間だから」
 工藤さんが『抑えて抑えて』というジェスチャーを交えて僕らを制止する。
「……ちょっと待て工藤、お前今何て言った?」
 と、雄二が顔色を変えて聞き返した。
「え? いやだから、ちゃんとした人間だって……」
「違う、その前! こいつの名前、何だって?」
「え、だから『貂蝉(ちょうせん)』……」
「「………………」」

 …………はい?

 あの、今何と? このモンスターの名前が……ち、『貂蝉(ちょうせん)』!?
 貂蝉って言えば、『三国志』では有名な悲劇のヒロイン、絶世の、って言っていいぐらいの超美少女の名前じゃないか! 関羽や張飛が女の子になってたのにも驚いたけど、これは別の意味でのショックが大きい……。
「あらぁ、あたしの名前がそんなに気になっちゃうのかしら? うふん」
 黙れミスター名前負け。
 うう……でも、立て続けにいくつもの衝撃を叩きつけられたせいだろうか。少し頭が冴えて、冷静な思考が戻ってきた。イヤなショック療法だ。
 さて……直視するのがつらいけど、どうやら本当に人間ではあるらしい。
 禿頭にマッチョなボディ、ヒモパン一枚というルックスは変態以外の何物でもないが、工藤さんの語り口からして、敵というわけでもないみたいだ。
 ただ……
「うふ、あなた達、2人ともさっきからすごぉく元気ね。かわいい♪」
「「…………(うぷっ)」」
 ……あんまり考えたくないんだけど、どうやら清水さんや曹操なんかと同じタイプの方らしい。男版の。このガタイでのくねくねしたポージングがさっきから見るに耐えない……モンスターじゃないのはわかったけど、十分嫌だ……。
「ん、まてよ? ひょっとしてこいつが、あの時軍の後方にいて白装束達をぶっ飛ばしてた……」
「ええ、そうなのです」
 と、後ろから今まで黙っていた愛紗の声がした。
「この貂蝉とやらの助太刀で、思いのほか早く白装束を一掃できました」
「うんうん、めちゃくちゃ強かったのだ」
 感心したようにうなずきながら鈴々が言う。
「えっと、どういうこと?」
「ご主人様がはぐれてしまった後、この人が後方からいきなり乱入してきて、片っ端から白装束達を蹴散らして行ったんです」
「まあ、この人はこの人で、白装束達に何か思うところがあったみたいなのよ」
 と、朱里&美波。
 ……まあ何だ、動機はわからないけど、見た目通りの実力で大暴れして、結果的にこちらも助かったってことか。
「なるほどな、あんたみたいな見た目からしてバケモノみたいな奴なら、あの大立ち回りも頷ける」
「あらぁ、バケモノなんて失礼しちゃうわね! 花も恥じらう乙女に向かって」
 恥じらうどころか、近寄っただけで花を枯らせそうな嫌な威圧感はするけど……。
「でもいいわ、あなた達ってば超私好みだし、許してあげる(ウインク)」
 許さないでくれて結構。というか、あなた『達』って! 僕までひとくくりにしないでくれ! ターゲットにするなら雄二だけを!
 ある意味最大級の敵の猛攻に僕と雄二が打ちのめされていると、愛紗が口を開いた。
「ところで貂蝉とやら、我々はここに来たばかりなのだが、よければ洛陽について色々と聞きたいのだが?」
「え、構わないわよ?」
 と、貂蝉。
 どうやら、貂蝉から洛陽の情報を聞き出すつもりみたいだ。なるほど、いい考えかもしれない。
158 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 17:47:47.08 ID:xmrrKX3z0
「「「ひいぃっ!!」」」
 突如として響き渡る雄叫びに、その場にいた全員が震撼する。な、なんて威力なんだ!奴め、こんな特技を……!
「もぅ、会ったばっかりなのにそんなあたふたしないの。余裕の無い男はモテないわよ?」
「余裕云々はともかく……吉井君に坂本君、一旦落ち着こう。大丈夫だから、この人……貂蝉(ちょうせん)さんはちゃんとした人間だから」
 工藤さんが『抑えて抑えて』というジェスチャーを交えて僕らを制止する。
「……ちょっと待て工藤、お前今何て言った?」
 と、雄二が顔色を変えて聞き返した。
「え? いやだから、ちゃんとした人間だって……」
「違う、その前! こいつの名前、何だって?」
「え、だから『貂蝉(ちょうせん)』……」
「「………………」」

 …………はい?

 あの、今何と? このモンスターの名前が……ち、『貂蝉(ちょうせん)』!?
 貂蝉って言えば、『三国志』では有名な悲劇のヒロイン、絶世の、って言っていいぐらいの超美少女の名前じゃないか! 関羽や張飛が女の子になってたのにも驚いたけど、これは別の意味でのショックが大きい……。
「あらぁ、あたしの名前がそんなに気になっちゃうのかしら? うふん」
 黙れミスター名前負け。
 うう……でも、立て続けにいくつもの衝撃を叩きつけられたせいだろうか。少し頭が冴えて、冷静な思考が戻ってきた。イヤなショック療法だ。
 さて……直視するのがつらいけど、どうやら本当に人間ではあるらしい。
 禿頭にマッチョなボディ、ヒモパン一枚というルックスは変態以外の何物でもないが、工藤さんの語り口からして、敵というわけでもないみたいだ。
 ただ……
「うふ、あなた達、2人ともさっきからすごぉく元気ね。かわいい♪」
「「…………(うぷっ)」」
 ……あんまり考えたくないんだけど、どうやら清水さんや曹操なんかと同じタイプの方らしい。男版の。このガタイでのくねくねしたポージングがさっきから見るに耐えない……モンスターじゃないのはわかったけど、十分嫌だ……。
「ん、まてよ? ひょっとしてこいつが、あの時軍の後方にいて白装束達をぶっ飛ばしてた……」
「ええ、そうなのです」
 と、後ろから今まで黙っていた愛紗の声がした。
「この貂蝉とやらの助太刀で、思いのほか早く白装束を一掃できました」
「うんうん、めちゃくちゃ強かったのだ」
 感心したようにうなずきながら鈴々が言う。
「えっと、どういうこと?」
「ご主人様がはぐれてしまった後、この人が後方からいきなり乱入してきて、片っ端から白装束達を蹴散らして行ったんです」
「まあ、この人はこの人で、白装束達に何か思うところがあったみたいなのよ」
 と、朱里&美波。
 ……まあ何だ、動機はわからないけど、見た目通りの実力で大暴れして、結果的にこちらも助かったってことか。
「なるほどな、あんたみたいな見た目からしてバケモノみたいな奴なら、あの大立ち回りも頷ける」
「あらぁ、バケモノなんて失礼しちゃうわね! 花も恥じらう乙女に向かって」
 恥じらうどころか、近寄っただけで花を枯らせそうな嫌な威圧感はするけど……。
「でもいいわ、あなた達ってば超私好みだし、許してあげる(ウインク)」
 許さないでくれて結構。というか、あなた『達』って! 僕までひとくくりにしないでくれ! ターゲットにするなら雄二だけを!
 ある意味最大級の敵の猛攻に僕と雄二が打ちのめされていると、愛紗が口を開いた。
「ところで貂蝉とやら、我々はここに来たばかりなのだが、よければ洛陽について色々と聞きたいのだが?」
「え、構わないわよ?」
 と、貂蝉。
 どうやら、貂蝉から洛陽の情報を聞き出すつもりみたいだ。なるほど、いい考えかもしれない。
159 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 17:48:23.54 ID:xmrrKX3z0
「私みたいな一介の踊り子が知ってることでよければ、ね」
「……踊り子……?」
 ……もういちいちツッコむの止めにしようか。面倒になってきた。雄二もそう思ったのか、体勢を立て直して貂蝉に向き直った。
「じゃあ、聞かせてもらうとするか。俺たちは『反董卓連合軍』の者で、洛陽で暴政を強いてる董卓を打倒する目的で来たんだが……」
 と、雄二がそこまで言ったその時、

「暴政? 暴政っての何のこと?」

 貂蝉から、そんな返事が帰ってきた。
「いや、だから、洛陽の民が暴政に苦しめられていると聞いて我々は……」
「董卓って人の? そんなこと無かったわよ?」
 …………え? どういうこと?
「暴政が無かったって……どういう意味よそれ?」
「どうもこうも、言ったとおりの意味よ。この洛陽に暴政がしかれた事なんて、今まで一度もないわ」
「「「!?」」」
 貂蝉の口から飛び出した予想外のセリフに、僕達はみんな驚き、唖然とした。暴政が……無かった!?
「ちょちょちょ……どういうこと!?」
「貂蝉さん! それって本当なんですか!?」
「ええ、本当よ」
 すまし顔でさらりと言う貂蝉とは対照的に、僕ら文月陣営は驚きに包まれていた。当然だろう、何せ今の今までこの戦いの最重要目的だったものが、突然「そんな事実は無かった」なんて言われて否定されたのだから。
 横を見ると、朱里が顔色を青くして何か考えていた。
「董卓の暴政が嘘だったっていうこと……? でも、一体何でそんなことが……?」
「ね、ねえ、ちょっといい?」
 と、美波が声を上げた。
「あのさ、今のってつまり、ウチらが聞いてたみたいなヒドい政治が、実際には無かった、ってことよね?」
「そんなこと、有り得なくないですか!?」
 姫路さんが続く。
「……情報の行き違いにしては、規模が大きすぎる」
「だよね……何てったって真逆だもん」
 霧島さんと工藤さんがさらに続ける。2人とも、眉間にしわを寄せて不思議そうにしていた。
 無理もない。何せ今の話だと、洛陽の中と外で、情報が全く逆ということになる。少しの行き違いどころではなく、全くの正反対。……そんなこと、普通に考えてありえない。
「……まさか……」
 と、今まで何事か考えていた雄二が、ここに来て口を開いた。
「雄二、何か思いついたの?」
「ああ、少しな。多分朱里あたりも、同じようなことを考えついたんじゃないか?」
「……はい、同じかどうかは、わかりませんけど……」
 どうやら、2人とも何か考えついたらしい。みんなの視線が、雄二と朱里に向けられる。
「普通に考えて、一つの都市の内外で、ここまで真逆の情報が存在することはありえません。だとすると……誰かが何らかの目的で意図的に情報を操作した……と見るのが妥当だと思います」
「意図的に? どういうことだ朱里?」
 愛紗が怪訝そうな顔で言った。
「はい。そうでもしないと、ここまでの情報の差は生まれませんし、そう考えると、洛陽のこの異常な状態にも説明がつくんです」
「誰も人がいない、っていうとこ?」
 と鈴々。
160 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 17:49:00.15 ID:xmrrKX3z0
「はい。貂蝉さん、もしかして洛陽に住んでいた人達は、あの白装束の人達に……」
「あら、よくわかったわね。そう、み〜んな追い出されちゃったのよ。あの白い人達に」
「ええ!? 何のために!?」
「さあ……」
 首をかしげる貂蝉。
「ちょ……ちょっと、一旦止まらない? さすがにもうそろそろわけわかんないんだけど……」
 美波が言った。同感だ。僕もちょっと前あたりから頭がロクについこれてない。一度に情報が多く出すぎだ。
 洛陽に暴政は無かったなだの、白装束達が洛陽の人達を追い出しただの、そんで情報の行き違いだの意図的な操作がどうたらこうたらって、最早頭のキャパが限界だ。結局の所、何もわかっていないに等しい……
「いや、かなりわかったぞ」
「「「!!」」」
 と、僕の横で目を瞑って腕を組んでいる元・神童が呟いたセリフに、みんなが反応した。
「坂本殿、何かわかったのか?」
「ああ、少なくともこの情報操作を『誰が』『何のために』やったかぐらいはな」
 雄二は、静かにそう言った。
「本当、雄二!?」
「ああ。そんなに難しい話じゃない。まず『誰が』ってのは、あの白装束だろ」
「洛陽から民を退去させた、って話ですからね……。おそらくそれも、この情報操作が露見しないためでしょう」
 朱里が雄二のセリフに続けた。なるほど、それはそうだ。
「で、『何のために』。白装束の連中の目的は何だった?」
「……私達『天導衆』を、[ピーーー]こと」
 この問いには、霧島さんが答えた。そうか、犯人があいつらだから、自動的にその目的もあいつらの目的と一致するんだ。
 ん? ってことは……。
「そう考えると、この戦いそのものの意味が違ってくるんじゃない?」
「そうだな工藤殿、つまりこの戦いそのものが、『天導衆』の命を狙うためだけに起きた……ということになる」
 愛紗がそう言った。
 ……確かにそうだ、情報操作のせいでこの戦いが始まったんだから、その情報操作の目的がそのまま白装束の目的であるのと同様に、戦いを始めた目的は、僕らの命を取るため……ということになってしまう。
「でも、そうなると結局そこに回帰しちゃいますね。何であの人達は、私達を狙ったんでしょうか?」
「そうよね……ウチらを殺して、あの連中が何か得するのかしら?」
「さあ……そこまでは……」
 朱里が申し訳なさそうにうつむいた。どうやら、そこまではまだわからないらしい。
 僕ら『天導衆』の命を狙って? 一体何のために? 別に人から恨みを買うようなことをした覚えはないんだけど……というか、何でそのためだけにこんな、戦争を起こすなんていう大掛かりなことを?
 雄二の方をちらっと見てみるけど、こいつも視線で『俺もわかったのはここまでだ』と語っていた。みんなも、それを察したらしい。
 内容はすごく気になるんだけど……どうやら、これ以上話は進みそうにないな。
161 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 17:49:35.52 ID:xmrrKX3z0
「ご主人様、この話は一旦考えないことにして、洛陽の制圧作業に入りませんか?」
「そうですね。考えてもすぐに結論が出そうにない事柄は、後回しにした方がいいと思います」
 切り替えの早い愛紗と朱里がそう進言してくれた。確かにそうだ。今悩んでいてもわかりそうにないなら、今できることを優先してやった方が有益といえるだろう。
「そうだね……雄二、それでいい?」
「ああ、いいだろ」
「よーし! 制圧作業は任せるのだ!」
 と、今まで静かだった鈴々のやる気に満ちた声が響いた。鈴々が苦手な感じの、頭を使う会話が終わった直後というこのタイミングは偶然だと思いたい。
「うん、頼りにしてるよ鈴々。愛紗も」
「お任せ下さい。一刻とかけずに洛陽の制圧を完了してみせましょう」
 との頼もしい一言。
 うん、これなら後はこの2人の仕事だろう。僕らの出番はどうやら……ん?

『ガガ…ガガガ……』

「ねえ、ところで……さっきから何か聞こえない?」
「え? 何かって?」
 と、美波が聞き返してきた。
「いや、何ていうか……ガガガ……って」
「そう言われれば、聞こえるかも……」
「あれ? これ、どこかで聞いたような……」
「……これは、ノイズ」
「ノイズ? まさか……」
 と、霧島さんのセリフに反応した雄二が、ポケットに手を入れて何かを取り出す。次の瞬間、外に出されたその手には、トランシーバーが握られていた。
 そうか、これか! さっきから聞こえてたのは、トランシーバーのノイズ音だったんだ。
 でも……
「これが鳴ってるってことは……秀吉か?」
『うむ、ようやく気づいたか、雄二よ』
 と、トランシーバーの向こうから秀吉の声が聞こえてきた。
 確か秀吉は、指示を出したり報告を聞くために、保護した一般人や、拘束している捕虜(華雄のことだ)の番をする部署に行ってるはずだけど……。
「何だ、何かあったのか?」
『うむ、何度もすまんが、ちと非常事態での。すまんが、お主ら全員で収容用の天幕に来てくれんか?』
 と、やや早口で秀吉は言った。どうしたんだろう? まさか、また白装束が出たとか? いやでも、それにしちゃ、さっきに比べて落ち着いてる感じだな……。
「急ぎなの?」
『うむ、急ぎじゃ』
「わかった。なら、愛紗と鈴々を制圧作業に向かわせてから……」
『いや、そんなことは後回しにして、早々に来てくれ。愛紗や鈴々、それに朱里や恋も含めた全員でじゃ』
 と、雄二のセリフを遮る形で秀吉が言った。強気で早口な秀吉の口調と、意外なその内容に、少し驚いた。
 戸惑いをのぞかせながら、愛紗が反論した。
「き、木下殿? いやその、制圧作業を『そんなこと』というのは……」
『このトランシーバーのスイッチは結構前から入っておっての、わしはお主らの今の会話、終始聞いておったのじゃ』
 またしても秀吉が遮る。
『それをふまえた上で、早急に話したいことがある』
 ……どうやら、危険じゃないにしても、ただ事じゃないらしい。みんなもそう思ったようで、言い返す者はいなかった。
「わかった、急いで行くよ。待ってて」
『うむ、頼むぞい』
 そう言って、会話は切れた。
「一体何なのでしょうか? 制圧作業を後回しにしてまでの要件とは……」
「わからないけど……多分行けばわかるよ」
 疑問を抱きつつ、僕はみんなと一緒に秀吉の待つ収容用天幕へと向かった。さて、僕の悪友は、一体どんな知らせを握っているのかな?


162 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 17:50:23.31 ID:xmrrKX3z0
反董卓連合軍編
第29話 董卓と貫駆と裏事情

 恋の家から外に出て少した歩いていたところに、収容用のテントはあった。幹部用の本陣天幕ほどじゃないけどそこそこの大きさで、数人の捕虜や保護した人を収容できるだけの大きさである。
 秀吉からの連絡を受けた僕らは、彼女が待っているそこに向かった。

「秀吉ー?」
「おお明久、来たか、入ってくれ」
 天幕の前に到着し、その中から聞こえた秀吉の声に従い、僕らは順番に中に入った。
 意外に広く、圧迫感もあまり感じないその中には、全員で5人の人間がいた。
 秀吉と、斥候から戻ったらしいムッツリーニ。残り3人の内、2人は見たことのない少女。ここにいるってことは、例の保護した一般人だろうか。そしてもう1人は……
「華雄!? 貴様なぜ外に出ている!?」
 愛紗が声を荒げた。
 そのセリフの通り、天幕の中にいる最後の1人は華雄だった。しかも、捕虜用の小さな檻の中ではなく、外に出て普通に立っている。拘束具は一応ついているが、部屋の中に衛兵の類は1人もいない。十分に仰天ものだ。
「木下殿、一体どういうおつもりか!? 我らに何の断りもなく、こやつを外に……」
「案ずるな関羽、暴れたりなどせん」
 腕を組んだ状態で、華雄が言った。
「愛紗よ、気持ちはわかるが、心配せんでも大丈夫じゃ。こやつは確かに危険という他ないが、今は暴れ出すようなことはない」
「…………もしもの時は、俺が止める」
 そう付け足したムッツリーニの頭の上には、小太刀を構えた召喚獣が立っていた。いつでも華雄に飛びかかれる姿勢だ。ムッツリーニの、正確にはその召喚獣の実力は、愛紗自身が虎牢関での戦いのときにその目で見て知っている。
「しかし、せめて衛兵くらいは数を揃えて……」
 けどまあ、愛紗の言う通りだ。数日前に恋を含めた2人を尋問した時は、彼女らの戦闘力からくる危険性を考慮して、屈強なのを数十人選んで周りを完全に囲っていた。ムッツリーニがいるとはいえ、ちょっと危険過ぎない?
「うむ、そのことで話があるのじゃ。人払いをしたのもそこに理由がある」
「…………そこにいる、保護した2人について」
 ムッツリーニのその一言で、全員の視線が、天幕の壁際に立っている2人に向けられた。その2人は、急に見られて驚いたのか、片方は少し身を縮こめ、もう片方は睨み返してきた。
 よく見ると、2人とも小さな、それでいて結構な美少女だ。
 1人は、緑色の髪に眼鏡、ジト目が特徴的な少女。身長は鈴々や朱里くらいで、小柄でスレンダーな体格ながら、腰に手を当てて強気に構えている。髪は三つ編みに編んであって、どことなく気難しそうな印象を受ける。
 もう1人は、体格や身長は同じような感じだけど、1人目とは対照的に気弱そうな雰囲気に見える。うつむいてやや下を向き、表情もうかがえない。柔らかそうな薄い色の髪や、柔和で可愛らしい顔つきも目を引くけど、何よりその目が印象的で、何というか、まるで生気の感じられない、全てに絶望しているかのような暗い瞳だった。
 気になるのは、どちらも着ている服が明らかに一般人のそれではないところだ。どちらも、僕でもわかるくらいに高価な造りで、帽子から何からについている装飾も結構なものだ。特に、気弱そうな彼女の帽子には、ヴェールのような薄い布が顔を隠す形でついており、いかにもといった印象を受ける。報告にあった『貴人』という表現方法は正に適切だったようだ。
「この2人がどうかしたのか?」
「うむ、それがの……」
 と、秀吉が何か言いかけたその時、

「………月(ゆえ)、詠(えい)」

163 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 17:50:57.15 ID:xmrrKX3z0
と、僕らの後ろに立っていた恋が唐突に言った。
 ……え? 恋、今何て言った?
 極めて普通の調子で発せられた恋の言葉。その調子とは裏腹に、今のセリフで僕らの間に激震が走った。月(ゆえ)と詠(えい)って……それって確か……
「月と詠だと……? もしや、こやつらが……!」
「董卓(とうたく)と、賈駆(かく)……なんですか!?」
「うむ、どうやら、そうらしいのじゃ」
 その場にいた全員が……正確には、今天幕に入ってきた者達が息をのみ、絶句した。残りは黙ってそこにたたずんでいる。
 無理もない。今目の前にいるこの2人が、今まで戦ってきた董卓軍の、総大将と直属の軍師だというのだから。
 その沈黙の中で最初に口を開いたのは、意外にも緑髪の少女……賈駆だった。
「呂布……! あんた、本当に裏切ったの……!?」
「………裏切ってない」
「どこがよ! 華雄に聞いたわよ、今はそいつの下にいるんでしょ!? 裏切り意外の何でもないじゃない!」
「………そう言われると、困る……」
 そう呟いて、恋はしょんぼりしたように少しうつむいてしまった。顔も少し悲しそうに見えた気がする。う〜ん、一応それ本当なんだけど……恋を誘ったのは僕だからか、何だか僕まで申し訳なく思えてきた……。
 と、傍観していた雄二が口を開いた。
「秀吉、今の言い方……お前は知ってたのか?」
「ワシだけでなく、ムッツリーニも知っておったぞ」
「…………(コクリ)」
 ムッツリーニが首肯を返す。続いて美波が訪ねた。
「その華雄ってのから聞いたの?」
「うむ、保護したこの2人をこのテントに連れてきた時に、華雄が口走ったのを聞いたのじゃ」
 秀吉がそう応えた。
「その後すぐに撤回して、何でもない、間違いだ、と否定しておったが……」
「まあ、お前相手に嘘つくとか、無理だわな」
 雄二の言う通りだ。華雄にしてみれば、忠義を通すなら、この2人の正体を知らないふりをして、一般人として保護させる方がよかったのだろう。しかし、自らも演技の達人であり、他人の表情を読んで嘘を識別できる秀吉を相手にそれは……不可能に等しい。
 つまり……この2人が董卓と貫駆なのは間違いないみたいだ。
「わ〜……凄い偶然なのだ。棚からぼた餅、っていうんだっけ? こういうの」
「あの、鈴々ちゃん。間違ってませんけど、その言い方は少し失礼というか……」
 優しく諭す姫路さんと、きょとんとして聞いている鈴々を置いといて、雄二が、
「ぼた餅云々は置いといて、これまた驚いたな……」
「そうだね、まさかこんな小さな女の子が董卓だなんて……」
 僕と雄二の台詞に、貫駆がキッと鋭い視線を向けて睨んできた。
「何よあんた達! 言っとくけど、月に何かしたら[ピーーー]わよ!」
「うわ〜お……この状況でよくこんな啖呵切れるね……。貫駆ちゃん……だっけ?」
「……いい度胸してる」
「な……何よ、脅してるの!?」
 工藤さんと霧島さんの台詞に少しビビってるあたり、やっぱり女の子ではあるみたいだ。でもまあ、たじろぐ様子は見せても、一歩も引こうとはしていない。四面楚歌のこの状況で「[ピーーー]」なんて言える所を見ても、確かに、いい度胸だと言えるだろう。
「まあ、別に何かしようって気はないから安心して。それよりさ、君が董卓だって言うんなら、ちょっと聞きたいことがあるんだけど……」
「……………………」
 董卓は相変わらず何もしゃべらない、視線をこちらに向けただけだった。
164 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 17:51:38.79 ID:xmrrKX3z0
「僕らはもう、君が世間での噂に聞くような暴君じゃないってことは、恋に聞いてわかってるんだ。でも、どうしてそう言わなかったの? こんな、反董卓連合軍との全面戦争なんていう大事になるまで……何か理由でもあったのかな?」
「……………………」
 反応なし、か。黙秘?
「もしかして、話せないような理由? あのさ、このまま話してくれないと、いくらなんでも……もし話してくれれば、僕らもできる限り力に……」
「ちょっとあんた! 事情も何も知らないくせに、何勝手なこと言ってんのよ!」
「その事情を聞かせろって言ってんだろ」
 何も言わない董卓の代わりに、その分まで罵声で答えてやるかのように饒舌な貫駆が割り込んできて、それにさらに雄二が制止をかける。
「何も話してくれないんじゃ、こっちとしても話が進まない。董卓が答えてくれねーんなら、貫駆って言ったか? お前が答えてくれりゃいい」
 貫駆はまた何か言い返そうとしたようだけれど、自分達の立場を考えたのか、そのままぐっと飲み込んで、雄二の言うとおりに、董卓の代わりに『事情』を話し始めた。
「……私が知る限り、この戦いに明確な意味なんてないわ。あんたら『天導衆』を洛陽におびき出すためだけに仕組まれた戦いなんだもの、ボクも月も、脅されてたのよ。あの白装束の連中にね」
「…………身内か何か、人質にでも取られでもしたか?」
「月の父親と母親の命をね。それで、月を暴君に仕立て上げて、流言飛語で群雄を……」
「待て! どういうことだ貫駆!」
 と、意外なところから反論が割り込んできた。今の今まで黙っていた、華雄だ。
「洛陽へのこやつらの進軍は、朝廷の失墜をもくろんだこいつらの言いがかりではなかったのか? いや、それ以前に、董卓様の父君と母君が人質だと? ご病気で療養中ではなかったのか!?」
「どういうことだ華雄、お前は事情を知らなかったのか?」
 愛紗がそう聞いた。華雄は額に汗を浮かべ、焦りを前面に出して、
「ああ……私は、董卓様の父君と母君は、引退後に御病気を患い、代わって董卓様が前面に出てきたものと聞いていた。この連合軍についても、董卓様を所詮子供だと下に見た諸侯が、董卓様と組んでいる朝廷を失墜させて、天下を戦乱の世に陥れるために振りかけた邪な戦だと……それに白装束達は、古くから父君と母君が交流のある者たちで、お2人が御病気で政務似たずわされない間、貫駆と董卓様のお手伝いをしていると聞いていた……。お2人が人質に取られて脅されていたなどと……初耳だ……」
「……どういうことだ? 味方にも黙ってたのか?」
 雄二が怪訝そうに言った。
 もしやと思って、僕は恋の方を見てみる。すると、少し困ったような表情で、首を横に降っている。どうやら恋も、同じか、似たようなことを聞かされていたらしい。知らないようだった。
「ごめん、華雄将軍……あなたは忠誠心が強すぎるから、本当のことを話したら、たとえ1人でも白装束達の排除に乗り出すかもしれない、って思って……」
「当り前だ! 父君と母君を人質に取るなど……下衆の極み!」
「それでお2人に何かあったら本末転倒でしょ!」
 どうやら、そういうことらしい。
 確かに華雄は、知り合ってまだ日が浅い僕らでもわかるように、猪突猛進過ぎて、それでいて忠義心に熱く、まっすぐすぎる所がある。逆にそれがあだになるかもと懸念して、情報を隠したみたいだ。
「………詠」
「ああ、呂布。あんたも同じような感じよ。もっとも……裏切られるとは思わなかったけど……」
「それはもうよせっての」
 雄二が遮った。
「しかし、なるほどな……やっぱりそうだったか」
「大分つながりましたね……」
 と、雄二と朱里が、今の情報であらかたの状況を把握したらしい。
「雄二、朱里、話してもらえる?」
「はい。どうやら、私達の予想は間違っていなかったみたいです。この戦いは、ご主人様達『天導衆』の命だけを目当てに仕組まれた戦いだったんですね」
「同意見だ。貫駆の言ってることとも合致するしな。疑いの余地もなくなった」
 2人とも、同じ考えに至ったようだ。そして……それはここにいる全員に共通、と。
「董卓の暴政は嘘で、目当ては俺らの命……か。それだけのために、こんな大事を起こすとは……一体全体、何考えてるんだかな。むしろ、余計に疑問が増えた感じがする」
「? 余計に増えたって……どういうこと?」
165 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 17:52:12.70 ID:xmrrKX3z0
僕が尋ねると、雄二は少し面倒臭そうにポリポリと頭をかいて答えた。
「例えば、依然として解決してない、奴らの目的とかな」
「この戦争の目的だから……僕達を[ピーーー]ことじゃないの?」
「じゃ、その『[ピーーー]』目的ってのはなんだ?」
「それは、まあ……わかんないけど」
「だろ? まず1つだ。んで……」
 と、雄二が何か言いかけたところで、
「……雄二、ちょっと」
 霧島さんがとんとん、と雄二の肩を叩いて会話を止めた。どうしたのかな?
「ん、どうした翔子?」
「……その話も重要だけど、今はまだやらなきゃいけないことがある」
「洛陽の制圧ですね」
 それを受け継ぐ形で、愛紗が言った。
 そうか、そういえば僕ら、洛陽制圧にうつる途中でここに来たんだっけ。でも、それはこの話が済んでからでもいいんじゃ……。
「あまり遅くなると、あのバカ大将さんがまた何するかわかったもんじゃないよね」
「「「…………あ」」」
 そうか。あの懸念材料が残ってたっけ。
 工藤さんの言うとおりだ。確かに、袁紹は『早く戦いを終わらせたい』という理由で、要塞相手に単に攻める兵を増やすという愚策を強行したりするような人だ。僕らが洛陽に入ってから4時間余り……言われてみれば、時間的な余裕がないかもしれない。しびれを切らした袁紹に第2陣、第3陣の投入なんかされたら、話がややこしくなる。
「ああ、そうだったわね……あのチクワ頭に催促されるよりも前に、制圧しないと」
「そうですね……あまり音沙汰がないと、また何か想像もできないようなおバカな策を強行しかねないですし……」
 美波と姫路さんも同意見のようだ。すると霧島さんの口から、
「……それもあるけど、もう一つ」
 という言葉が出た。
166 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 17:52:44.34 ID:xmrrKX3z0
「もう一つ? 霧島さん、どういうこと?」
「……制圧云々の前に、この2人の処遇を決めないといけない」
 そう言って、霧島さんは董卓と貫駆を指さした。処遇?
「処遇、って言われると……朱里?」
「あ、はい。董卓さんも貫駆さんも、この戦いの最重要人物です。本来なら、連合軍の本営に連行して、処刑……それも恐らくは、見せしめのための公開処刑……ってことになると思いますけど……」
 朱里が重々しく言った台詞に、貫駆と華雄の、そしてわずかに恋の顔色が変わった。対象的に、董卓は全く顔色を変えない。こうなることを予測していたかのようだ。
 そんな董卓の分まで、といった勢いで、貫駆が猛烈に食ってかかってきた。
「バカ言わないで! そんなこと絶対にさせな……」
 しかし、

「何言ってんの!? ダメだよそんなの!」

 それを押しのける形で、天幕に声が響いた。
 誰のかって? 何を隠そう……この僕の声だ。
「……え?」
 予想外の形で反論を遮られ、貫駆は驚いて言葉を失っていた。
 貫駆だけではない。愛紗や鈴々、朱里、文月メンバー、華雄に恋、あの董卓さえも、僕の言葉にきょとんとしているように見えた。……恋に関しては、普段がこんな感じだから、あまり区別がつかないんだけど。
 一切動じていないのは……雄二と秀吉、ムッツリーニくらいか。
 最初に沈黙を破ったのは、愛紗だった。
「ご主人様、それは……どういう意味ですか?」
「どうもこうもないよ。脅されて仕方なくやってたんでしょ? しかも、圧政だの暴政だのってところからデタラメだったんだから。だったら董卓ちゃんも貫駆も、悪くないじゃない! 何で[ピーーー]のさ!」
 何の迷いもなく、僕はそう言った。
 心からの本音だ。今の話を聞く限り、この場合の董卓ちゃんは加害者ではなく被害者。なのに処刑とか、どう考えてもありえない。
「[ピーーー]そもそもの理由がないんだから、処刑する必要なんかないじゃないか!」
「そ、それはそうですが……」
 自分でも自覚するくらいに、僕はいつになく強い口調で言っていた。それに多少なり気圧されたのか、愛紗も少したじろいでいるように見える。
「しかし、それで連合軍が納得するかどうか……」
「絶対、納得しないと思うのだ」
 愛紗と鈴々が、少し言いづらそうにそう言う。そこに、朱里も続ける。
「氾水関や虎牢関の戦いで、多数の死者が出ました。それに見合った戦果を出さなければ、諸侯は納得しないと思います……」
「事実よりも、結果と名声、か……」
 雄二が神妙そうにそんなことを言っているのが聞こえたけど、僕にはどうでもよかった。
 ただ、その考え方に納得できなかったから。
「そんなこと言ったって……」
「ご主人様のご主張はもっともなのです。ですが……」
「相手は、曹操や孫権、それに袁紹だ。奴らについて、人がいいという噂は聞かん」
 と、華雄が口を挟んできた。
 今まで黙ってたのに、どうしたんだろうと思ってそっちを見ると、華雄はその顔を悔しそうにゆがめ、うつむいていた。眉間にはしわがより、にぎりしめた拳は、小刻みに震えている。
「……そこの軍師の言うとおり、奴らはこの戦いで失った兵の数に見合った戦果を要求するだろう。恐らく、ことの真相など関係なしに……」
「そんな……」
 静かに話す華雄の声は、心なしか震えているようだった。多分だけど、避けられない事実や運命のようなものを前に、主君を守れない自分に無力さを感じて、悔しいのかもしれない。
 つまり……暴政が真実かどうか、董卓ちゃんが脅されてたかどうかなんてことはどうでもいいから、天下にその名を轟かせるための事実が欲しいってこと? そのために、董卓ちゃんを殺そうとするって……?
 確かに、連中の思考を考えれば、そうかもしれない。
 袁紹や曹操はいかにもそんな感じだ。他人の都合なんか考えない、自分に利益があるなら、多少の不都合には目をつぶって実行するタイプだから。
 孫権や……最悪、他の諸侯に関してもそうかもしれない。多分、袁紹や曹操ほど非常で野心的ではないだろうけど、彼らだってこの戦争で払った犠牲は小さくない。考え方に差は出ないかも。
 そうなると……理解してくれそうなのは公孫賛くらいか。……いや、それも確証はない。
 でも……
167 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 17:53:10.76 ID:xmrrKX3z0
「だけど……ウチもそれ、おかしいと思う」
「私もです。董卓ちゃんは、何も悪くないじゃないですか!」
 と、美波と姫路さんが唐突に反論を述べた。
 2人だけじゃない、主に文月メンバーから、その理不尽な処遇に対しての異論が次々と上がってくる。
「悪いが……ワシらはそこまで欲張りではないしの」
「…………美少女は世界の宝」
「うん、ボクも吉井君に賛成だな」
「……他がどう考えるかに合わせる必要はない。うちはうち、よそはよそ」
「………月も詠も、悪くない」
 恋も続けて言ってくれた。
 やっぱり、みんな同意見みたいだ。何の罪もない董卓ちゃんを、あんな連中の私利私欲のために殺させるなんて、絶対に認められない……言った反論はみんな一言ずつだけど、その主張は、天幕の中にいる者たちに十分に伝わったはずだ。
 見ると、愛紗も鈴々も朱里も、そうだね、とでも言いたげに微笑みを浮かべている。やっぱり、3人も賛成してくれているんだ。そううまくはいかない、という考えを抱えてしまっているだけで。
 その3人のうち、愛紗が再び険しい表情に戻って続けた。
「重ねて言うことになりますが、ご主人様のおっしゃることはもっともです。しかし……それではやはり諸侯が納得しないでしょう。そこをどうにかしないことには……」
「納得させてやろうか?」
「「「!?」」」
 唐突に、しかもさらっと雄二が言った台詞に、皆が反応した。一瞬にして、発言した本人に視線が集まる。
 雄二、今の言葉……まさか、何か考えついたのか?
「坂本殿、何か策でも?」
「策っつーほどのもんじゃないがな。あのわからず屋共を相手にとって、俺達の主張を通したいなら……手は1つだろ」
「1つ……って?」
 急かすように尋ねた僕に、得意げな笑みを返した雄二は、皆に向き直って言った。
「ああ、董卓と貫駆、2人には……」
 ふ、2人には……?

「……ここで、死んでもらう」

168 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 18:01:45.00 ID:xmrrKX3z0
反董卓連合軍編
第30話 バカと仲間と一件落着
連合軍・本営

「あら、では董卓さんは死んでしまったんですの?」
「はい、そのように報告を受けております」
「じゃあ私達の出番はなさそうですね……」
「うえ〜……何か肩すかし食らった気分だな〜……」
「して袁紹様、どういたしましょうか?」
「もう! 悪の親玉たる董卓さんを捕えて公開処刑にして、我々の名を天下に知らしめるつもりでしたのに……目論見が外れてしまいましたわね」
「麗羽(れいは)さま、董卓はもういないわけですから、考えても仕方ないですよ。早く洛陽を制圧しちゃいましょう?」
「あれ? 文月軍の連中、まだ制圧してねーの?」
「うん、連合軍で制圧して下さいって、伝令が来たらしいよ」
「あら、なかなか身の程をわかっていらっしゃるようですわね。そういたしましょう。斗詩(とし)さん、猪々子(いいしぇ)さん、その旨を曹操さん達に伝えて来て下さいな」
「「はーい」」


「ふう……つまらないですわ、部下の謀反にあって死んでしまうなんて……」


                       ☆

 曹操軍・陣地

「……董卓は死んだ……か。その情報に信憑性は?」
「いえ、あまりないようです、華琳(かりん)様。報告してきた者も、あくまで自分たちも噂程度の証言で聞いた……と」
「ですが、隅々まで捜索したにもかかわらず。それらしき人物がいないというのは確かなようです。文月軍からはそのように伝令が。王宮の内外問わず、あるのは……」
「骸(むくろ)だけ……というわけね。……わかったわ。秋蘭(しゅうらん)、桂花(けいふぁ)、お下がりなさい」
「「はっ」」
「して華琳様、どのように?」
「そうね……張遼(ちょうりょう)、今の話、どう思う? あなたたちが出陣した後、董卓を[ピーーー]ような人物……もしくは勢力に心当たりはあるかしら?」
「せやな……ある。ウチも詳しくは知らんねんけど……そういうことしそうな奴らがおるわ。多分やけど……その情報、間違ってへんよ」
「そう……あなたが言うのならそうと考えたほうがいいのでしょうね。春蘭、部隊を率いて洛陽の制圧作業にかかりなさい。董卓のことはもう考えなくてもいいわ、時間の無駄よ」
「はっ!」


「……だめやったか……。ごめんな、貫駆ちん、董卓ちゃん……」
169 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 18:02:59.70 ID:xmrrKX3z0
孫権軍・陣地

「蓮華(れんふぁ)様〜、曹操の軍が動き出しましたよ〜。どうやら、夏候惇将軍指揮の下、洛陽の制圧作業に入るみたいです〜」
「そうか、御苦労、穏(のん)。ならばこの情報、間違ってはいないようだな、周瑜(しゅうゆ)」
「そうですな。わが軍はいかがいたしましょう?」
「……甘寧(かんねい)、軍を率いて制圧作業に参加せよ。ただし、袁紹、曹操の軍が作業を進めている区域とはかぶらんように。くだらん縄張り争いは望むところではない」
「御意!」

                       ☆

時は少しさかのぼって、

「このバカ雄二―――っ!」
「うにゃあ――――っ!」
「危ねえぇぇえ―――――っ!」
 僕と鈴々のとび蹴りを間一髪のところでかわした雄二は、柔道の受け身の要領で前転して体勢を立て直した。ちっ、よけやがったか!
「何しやがるバカ共!」
「こっちのセリフだバカ雄二! 何結局同じ結論に行っちゃってるのさ!」
「そうならないためにみんなで考えてたのだー!」
「話最後まで聞けアホ! 今の流れでその結論に帰結させるはずねーだろーが! 死ぬってのは『便宜上』だ『便宜上』!」
 声を張り上げて反論してくる雄二。僕だけならともかく、戦闘力最強クラスの鈴々のとび蹴りまで飛んできたもんだから、その額には本気の冷や汗が浮かんでいた。
「え? 便宜上?」
「そうだよ、本当に[ピーーー]はずね―だろうが」
 唖然とする皆に向かって、雄二が言った。と、同時に、何かわかったようで、朱里がぱん、と手を叩いた。
「あ、そうか! 嘘のうわさを流して、この2人を死んだことにするんですね?」
「そういうことだ。生きてる限り狙われるんだから、世間的に死んでもらうしかないだろ」
 ようやく落ち着きを取り戻した雄二は、腰に両手をあててため息交じりに言った。
 つまり……連合軍にはこの2人は死んだ、って嘘の報告をして、これ以上追うのをやめさせて、実は生きてます……っていう作戦?
「報告って言うよりも……もっと不確定な……そう、噂みたいなもんの方がいいな。俺達文月軍も、真偽は確認できてない感じで」
「そうですね、確たる証拠もないのに正式な報告でそう話したら、逆に疑われてしまうかもしれません」
「ちょっと……さっきから何話してるの?」
 傍観していた貫駆が会話に割り込んできた。
 状況がわかっていないのかな? まあ、一切説明なしに、僕ら仲間内だけで話してる状態だし、無理ないかも。
「聞いてのとおりだよ、お前ら2人をどうやったら死なせずに済むか、考えてんだ」
「うん、罪もない人を、あんな自己中軍団のために殺させるわけにはいかないからね」
「それ……本気で言ってるの?」
 貫駆が疑いの目を向けてくる。
「え? 本気だよ?」
「疑うのも無理はないが……お前らがどう思おうが俺達がやることは変わらんさ。死にたくないんだったら、黙ってればそれでいい。朱里」
「はい、善は急げです。伝令兵を出して、この噂のことを連合軍の本営に報告するように言ってきます」
 朱里はそう言って、天幕の外に出て行った。
 さて、
「これで安心かな?」
「いや、それはない。この2人を隠さねーと」
 依然として緊張感を保ったままの雄二は、腕組みをしながら再び考え始めた。
 すると、雄二が何か言うより先に、
「……それなら、ここに陣を敷けばいいと思う」
 霧島さんから提案が出た。
 『ここって』……恋の家に陣を?
「……ここに文月軍の本陣を敷いて、誰も中に入れないようにする。そうして、幹部天幕の中にでも隠しておけば、見つからないと思う」
「それがいいな、どの道、恋との約束でこの家は確保しておかなきゃならないんだし、結構な広さだしな。周りの広場あたりまでを範囲指定すれば、面積的にも十分足りるだろ」
「あれ、でもそうすると、洛陽の制圧はどうするんですか?」
「そういえば、それもウチらの仕事じゃなかった?」
「それは連合軍の連中に任せればよかろう。奴らなら、洛陽制圧の『手柄』目当てに喜んでやってくれるじゃろうしの」
「…………少しもったいないけど」
「でもまあ、2人の命がかかってるし、仕方ないんじゃない? 恋さん、お家借りることになっちゃうけど、いいかな?」
「………(コクリ)」
170 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 18:03:56.66 ID:xmrrKX3z0
とんとん拍子に話がまとまっていく。えーと、つまり……
 この2人を隠したいから、この恋の家を中心に、この周辺に文月軍の本陣を構築して、誰も通さないようにする。それに人員(愛紗や鈴々も含むんだろう)を割くと、文月軍単体での洛陽の制圧は難しくなるから、そのあたりは連合軍の人達に頼んでやってもらおう、と。
 なるほど、大体わかった。
「よし、じゃあまずはそれを完了させないとな。愛紗、鈴々、兵の指揮を頼む」
「合点なのだ!」
「洛陽制圧の功名を捨て、連合軍に手柄を譲る……か、土屋殿の言うとおり、少し悔しくはありますね」
 愛紗はそうは言っていたが、引きずる様子もなく、テキパキと作業に入ってくれた。
 さて……と、
「さて、俺達は……」
「その前に雄二、少しいいかな?」
「……? 何だ明久」
 雄二が視線だけをこっちに向けてそう聞いてきた。
 今時間がないのはわかってる。けど、さっきから気になってたことがある。それを、その疑問を、今のうちに解消しておきたい。
「……あのさ」
「…………?」
 いぶかしむように僕を見る雄二に、僕は聞いた。

「………『べんぎじょう(便宜上)』って、どういう意味?」

「後でケータイの国語辞典でも引いとけバカ!」
 天幕の中でため息の大合唱が起こった。

                      ☆

 ってな感じでやり取りが終わったのが1時間くらい前。
 恋の家を中心に、完全な形に構築した陣で、僕らは伝令兵を介して、本営からの「洛陽制圧完了」の報を受け取った。
「うっし、まずひと段落だな」
「そうだね」
 僕も雄二も、正念場を乗り切ったことに安心して、立ち上がって伸びをし、入口から本部の天幕に入った。
 天幕の中には、朱里と恋、『天導衆』メンバー、それに今しがた「死んだ」ことにした董卓ちゃんと貫駆、そして、拘束具をつけたままの華雄が立っている。
 3人とも、不安そうな面持ちだ。いや、董卓ちゃんは……言い方が悪いかもしれないけど、よくわからない。表情が変わらない上に、依然として一言もしゃべらないから。
 と、各々の役目が終わったらしく、愛紗と鈴々も入ってきた。
「お疲れさん、もう安心……ってことでいいのか?」
「ひとまずはな」
 愛紗の首肯。しかし、その声には依然として緊張感が含まれている。まだ懸念材料は残っているとみてよさそうだ。
「隠すことには成功したが……ご主人様、本気でこの2人を保護するおつもりで?」
 愛紗が何だかおかしなことを聞いてきた。
「え、そうだよ? だって、逃がすわけにもいかないじゃない」
「そうですよね。今、洛陽には連合軍しかいませんから、この状況でお2人を逃がせば、必ずどこかの陣営に捕まってしまいます」
「そうなったら、今度こそ助からないのだ」
 朱里や鈴々もそう言ってくれてる。
 なのに愛紗は……依然として不満そうな、納得いっていないような表情をしていた。今更、何が不安なのかな?
 と、その疑問に答えるかのようなタイミングで、貫駆が口を開いた。
「そこの関羽ってのの言うとおりよ。吉井明久、あんた本気なの?」
「え? いまさら何なのさ、貫駆まで」
「わからないわけじゃないでしょ? 連合軍共通の敵であるボク達の存在は、あんたらにとって弱み以外の何物でもないわ。もしかくまっているのがばれたら、あんたらは連合軍全てを敵に回すことになるのよ?」
 一息にそう言った。その目には、懐疑の光が宿っている。
 ああ、そういうことか。でも、
「わかってるよ。そうならないように、2人を隠すための手を打ったんじゃない」
 僕は、迷い無くそう返した。
 あまりの潔さに面食らったのか、貫駆は一瞬たじろいだように見えた。
「…………それを……信じろっていうの?」
「いや、それ以前にもう隠蔽工作やっちゃったんだから、今さら疑ってもらっても逆に困るんだけど……」
「無理もないですよ。このやり方、かなり常識を無視していますから」
 何で愛紗までそういうこと言うかな……。
 敵である二人をかばって嘘の情報を流すどころか、自分達の陣営に保護して隠す……。たしかに、少し危険かもしれない。けど、2人を守るにはこうする他にないんだし、その対策のためにこうして陣を完全封鎖する、っていう手を打ったんじゃないか。
 それに、袁紹たちへの報告だってもう済んじゃってるんだから、もう乗りかかった船だと思って……

「……………本気……ですか……?」
171 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 18:04:32.00 ID:xmrrKX3z0
ん? 誰、今の声?
 フワフワした、というか……何だか霧の向こうから聞こえてくるような、音量以前にトーンそのものが弱々しい声。いや、音量も小さかったけど。
 僕が今まで聞いたことのない声だった。見ると、みんなの少し驚いたような視線が、貫駆に集中して……いや違う、貫駆じゃなくその後ろの……
 ……ってことはもしかして、今しゃべったの……董卓ちゃん?
 その口元に注目していると、董卓ちゃんはゆっくりと、それも真正面に見ていないとわからないくらいに小さく、口を動かした。
「……本気で……私と詠ちゃんを保護するつもりなんですか?」
 その口から聞こえてきた声は、さっき聞いたそれだった。やっぱりか。
「え、まあ、そうだけど……」
「……そんなことをして……あなた達にどんな得があるんですか……? 衆目を集めて私達を処刑した方が……あなた方にとって得だと思います……」
 ………………。
 長いこと黙っていた董卓ちゃん、やっと口を開いたと思ったら、弱々しい声で、そんな悲しいことを言ってくる。
 僕らは驚きと同時に、その声のトーンも相まって董卓ちゃんが醸し出すさみしげな、悲しげな雰囲気に、何も言えずにいた。
「月! 何でそんなこと言うのさ、そんなこと言っちゃだめだよ!」
 それを聞いた貫駆は、慌てた様子で董卓ちゃんにそう諭していた。董卓ちゃんは、顔と視線を僅かに貫駆の方に向けた。
「月は悪くないの! 悪いのはあの連中なんだから、月が死ぬ必要なんかどこにもないの! 堂々としていればいいんだよ」
「……だって、氾水関や虎牢関の戦いで、たくさんの犠牲者が出たんでしょ……? それなのに、私だけがのうのうと生きているなんて……許されるはずない……」
 沈んだ声で、呟くように言う董卓ちゃん。
 気のせいかもしれないけど、なんだか、何か言うごとに、彼女の声のトーンや音量が下がっていく気がする。
 もしかして……自分が言っていることに、自分が何かを言うたびに、責任みたいなものを感じてしまっているんだろうか? 何だか……あり得そうな話だ。
 その悲壮な雰囲気と声ゆえに、本来の小柄な体躯よりもさらに小さく見えてしまう董卓ちゃん。その声のトーンの降下に反比例して慌てていく貫駆は、何とかして、どうにかして董卓ちゃんを励まそうとしている。でも、何か変わったようには見えない。
 ……にしても、これ、見てらんないな。
「……私だけが助かるなんて……今更……できやしないよ……。私自身も……きちんと責任を取らないと……」

「あーやめやめ、そういうの、めんどくさいから」

172 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 18:05:15.30 ID:xmrrKX3z0
「「「?」」」
 僕が発した、場にこの上なく不釣合なノーテンキな声に、みんなの視線が集まった。でも僕は、かまわず、
「董卓ちゃん、だよね?」
「…………はい……」
 少しだけ表情が変わったように見えなくもない董卓ちゃんが、僕の方を見返してきた。一応……驚いてるのかな?
「責任とか、犠牲とか、今そんなこと考えたってどうにもならないじゃない。ちょっと言い方は悪いけど、死んだ人が生き返ってくるわけじゃないもん」
「……でも……」
 完全なマイペースで、場のこの重い空気を買った句無視した口調で語りかけてくる僕に、少々戸惑っているように見える。でも、別にかまわない。
 だって、もともと空気読むつもりないし。
「『でも』……何?」
「……それでも……きちんと罪を償わないと……」
「罪って何の? それに、どうやって?」
「……それは……」
「死んでお詫びとか無しね? 重いし」
「………………」
 彼女の言いそうなことを先読み……できたのかは分からないけど、あえて畳み掛けるように言葉をかけていく。
「少しひどいこと言うけど、君が死んだって、誰も生き返らないし、何も変わらない。白装束が口封じできたことに喜んで、諸侯が売名の役に立ったからって喜ぶだけ。どちらも、償いにはならないと思うけど」
「ちょっとあんた! 月の気持ちも考えないで、さっきから何を……」
 そんなことを言って突っかかってきた貫駆を、横で雄二が押さえてくれていた。ナイス。
 彼女を雄二に任せて、僕は董卓ちゃんとの話を続ける。
「……だけど……多くの人が死んだのは、事実です、その責任の一端は、間違いなく私にある……だったら……」
「じゃ、生きて償えば?」
「…………え?」
「死ぬ必要なんてないよ。というか僕的には、責任とか罪とか、そういうの君には全然ないと思ってるし。それでも君が何かの償いをしたいっていうなら、生きて償う方法を考えるべきじゃない。董卓ちゃんだって、進んで死にたいわけじゃないでしょ?」
 僕の言ったことは、そんなに意外だったのだろうか? ぽーっと、口を小さく開けたままで、董卓ちゃんは僕の話を聞いていた。
「……生きて……償うって……どうすればいいんですか……?」
「そんなことわかんないよ」
「ちょ、何なのよあんた、その無責任な物言いは!」
 貫駆が突っ込みを入れた。
「いや、だってさ、そうじゃん。別に、今結論を出すことでもないし、これから生きていく中で、ゆっくり考えていけば十分だと思うけど」
「言い回しやら、使う言葉やらに幼稚さは感じるが、まあ、おおむね賛成だな」
 貫駆を抑えている雄二が賛成票を投じてくれた。
「それに、あんた一人に責任があるわけでもない」
「……どういう……ことですか……?」
 今のセリフに、董卓ちゃんだけでなくほかの皆の注目も雄二に集まった。
「考えてみろ。この戦、思慮装束の連中が、俺達『天導衆』をおびき出すために始めた戦いだったんだろ? あんたの持論で言うなら、俺達にも責任があるわけだ」
「………………」
 他人の責任について話すのは躊躇われるのか、董卓ちゃんは答えない。
 ……なら、僕が受けさせてもらうかな、その続き。
「でも僕らは、そんな責任感じてないよ? 全っ然」
「だな、俺もそうだ。連中が勝手に俺達を目の敵にして、喧嘩ふっかけてきただけのことだ。俺らが償う必要性が見当たらん。責任なんぞ知るか」
「あ、ウチも賛成」
 と、美波。
「私達も董卓ちゃんも、一方的に巻き込まれただけなのに、責任も何もありませんよね」
「そうそう、ボクらむしろ被害者じゃん」
「……同感」
 姫路さん、工藤さん、霧島さんも同じ意見を返す。
「でしょでしょ? だから董卓ちゃんも、そんな感じでいいと思うよ? 自分は悪くないって、堂々と」
「……でも……それでいいんでしょうか……?」
「だからわからないって……あ、じゃあさ、そういうのについて考えるため、っていうのも理由にして、とりあえずはこれから先も生きてみるっていうのはどう?」
「おいおい明久、随分と強引な理論だな」
「別にいいさ、強引でも。僕はただ、こんなことのためにこの子が死ぬなんて、バカげてるって思ってる……それだけなんだから」
「お主らしいのう……じゃが、その考え方には、全面的に賛成させてもらうぞい」
「…………わからないなら迷えばいい、迷いたければ考えればいい、考えたければ生きればいい。死を回避する理由なんて、その程度で十分」
「というわけ。少なくともこの場に、君の処刑を望む人間なんて一人もいないよ」
 そう言って、僕は董卓ちゃんに向き直って、その目を正面から見据えて、言った。
「生きて償う方法を考えよう。僕らでよかったら、一緒に考えるから」
「………………」
 その瞬間、
 気のせい、かもしれない。
 でも、
 ……董卓ちゃんの、底無しに暗かった瞳が、ほんの少し、光を取り戻したように見えた。
「それで……いいんでしょうか」
173 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 18:06:23.34 ID:xmrrKX3z0
「それは、君が決めなきゃ」
「…………わかりました、そうします」
「月!?」
 待ちに待った、董卓ちゃんのその言葉。
 完全に予想外だったらしく、雄二に抑えられていた貫駆、それに、その後ろに立っていた華雄(そういやいたっけな……)が、驚きにハッと目を見開くのが見えた。
「月、本気でこいつらの保護を受ける気なの?」
「うん……この人にあったのは……天命だと思うから……」
 そう言って、董卓ちゃんは、始めて見る微笑みを見せた。
 思わず見とれてしまいそうになった。かわいらしい、この子の本来の顔。顔には赤みが差して、目にはきらめきが戻って……。
 その微笑みを見て僕は、やっぱりこうしてよかった、と思った。こんな可愛い笑顔が出来る子を、あんな悲しい顔のまま殺させるなんて、絶対間違ってる。というか、嫌だ。
 その笑顔を見て、どうやら貫駆も決心がついたようだ。
「……わかった。吉井明久以下『天導衆』、あなた達の申し出、受けるわ」
 やれやれ、といった雰囲気がぬぐえないけど、貫駆の方も待ちに待った台詞を言ってくれた。よし、交渉成立!
「待ってましたその言葉! じゃあ朱里、今後、この二人の存在をくらます手は?」
「はい、考えてあります。2人には、ご主人様の侍女になってもらいましょう」
「「「は?」」」
 僕や貫駆を始めとして、いろんなところからそんな声が聞こえてきた。
 いや、まあ、無理ないんだけどさ。いきなりそんな突拍子もない策を提示されたら……ていうかこれ、策?
「ちょ……そこの軍師! 何なのよそれ!? ボク達がこいつの侍女って……どういうこと!?」
「そんなことで……大丈夫なのか?」
 貫駆に続いて、愛紗も疑問を投げかける。
「そうだよ朱里、いきなり僕の妹だなんて言って紹介したって、不自然すぎるでしょ?」
「ふぇ? 妹、ですか?」
「このバカ。『次女』じゃなくて『侍女』だっつの」
 呆れた声で雄二のツッコミが入る。あれ、何か間違えた?
「それで朱里、そんな簡単なことで隠しきれるのか?」
「え、ええとですね……戦場に出ない、政治にからまない。この二つを守れば大丈夫かと。それに、もともとお2人は連合軍の誰にも顔が割れていないわけですから……」
 あ、そういえばそうだった。
 僕らも、恋と華雄がいたから、この2人が董卓と貫駆だってわかったんだっけ。連合軍には2人の情報が何一つないんだから、その分、隠すのも楽になる。多分、2人を見つけても素性の確認すら難しいだろう。
「下手に捕虜として登録したり、食客としての待遇をつけると、かえって目につきます。この際、お2人の素性とかけ離れた位置にいてもらった方がいいと思います」
「そ、それはそうだけど……いくらなんでも侍女って……」
「……私は……構いません……」
「月!?」
174 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 18:06:59.81 ID:xmrrKX3z0
効果音でもつきそうなリアクションで驚く貫駆。
 いやまあ、今の今まで軍師だったのが、いきなり侍女(召使いみたいなもんだっけ?)になれなんて言われて、しかも元君主が応じちゃってるんだから、動揺察するけども。
「しかし……そうなると、警戒すべきなのは、魏の連中ですね」
「え、どうして?」
 愛紗が唐突に言った台詞に、思わず聞き返した。
「お忘れですか? 魏は、張遼を降伏させて味方につけているのですよ?」
「え!? ちょ……張遼が降ったの!?」
 と、その台詞に貫駆が反応した。
 どうやら知らなかったらしい。まあ、呂布のことも華雄から聞いて初めて知った体だったし、無理ないのかも。
 というよりも……
「そうか……! 貫駆、張遼は君達の顔を?」
「……知ってるわ。顔だけじゃなく、真名も」
「なるほど……注意を払うべき相手ですね。それも、そやつが所属しているのが魏とは……ますます厄介な」
 愛紗が苦々しい表情で言った。
「確かにそうだが……その辺は封鎖を徹底すれば問題ねーさ。そういや、何で降ったかってのは聞いてないが……ムッツリーニ、何か情報入って来てるか?」
「…………少しは」
 ムッツリーニはそう言って、懐からメモ帳を取り出してぱらぱらとめくった。そしてその中のあるページで目を止めて、
「…………報告によると、曹操の策で身動きが取れなくなったところを、兵士たちの命を救うために降ったらしい」
「策? それに……兵士の命って?」
「…………包囲網の一部をわざと薄くして、それを見極める眼力をもつものに、そこを攻めさせる。しかし、実際はそこに隙はなくて、すぐにまた囲まれてしまう。そこで兵士たちを無駄死にさせないために、張遼が降った。交換条件で、兵士たちを殺さないことをとりつけて」
「敵戦力の削減と、お得意のヘッドハンティングを同時にやってのけたわけか……」
 なんとなんと、わざと罠を張って、有能な武将を釣り上げたってわけか……。曹操……いけすかない奴だけど、やっぱ頭は切れるんだな。
 そしてその張遼って人も、何て言うか、すごそうだ。
 的確に敵軍の包囲の薄いところを見抜く眼力(罠だったけど)といい、包囲された兵士達の命を救うために自らが降参するって言う心意気といい……すごく立派だ。人徳もありそうだけど、その分、敵に回ったら手ごわそうだな……。
「う〜……決めといて弱音言いたくないけど、前途多難ね……」
「そうですね……」
「何言ってるのさ、関係ないよ!」
 美波と姫路さんの弱音をかき消すように、僕は声を張った。
「2人とも、もう僕らの仲間なんだから。曹操だろうと何だろうと、手出しはさせない!」
 そう言って、ガッツポーズ。
 心からの本音だ。2人とも、僕らに出会えて、奇跡的に生きる道を見出せた。董卓ちゃんも、生きて罪を償う道を選んでくれた。なら、僕らはそれを全力で応援してやるんだ!
 その僕の言葉に、皆一瞬驚いたような顔をしていたけど、すぐに笑顔でうなずいてくれた。うんうん、そうしてもらえると、僕としてもますます自信出てくるよ。自分が正しいって。
「しかし……少し迂闊ではなかったかの? このような簡単な手で、2人を死人だと思い込ませるというのは……」
「確かにそうよね。ただの噂なんだから、疑ってあらさがしする奴が出てくるかもしれないし……」
「…………魏に張遼がいるっていうのも、盲点だった」
 みんなの言葉を聞いてると、この作戦、結構綱渡りだったんだな……と今更ながら思う。う〜ん、ホントに今更だけど……少し不安になってきてしまった……。
 と、そこで雄二が、
「いや、まあ確かに簡単だが……その張遼が敵に降ってるからこそ信じられやすいんだ、この作戦」
「「「え?」」」
 どういうことそれ?
175 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 18:07:32.72 ID:xmrrKX3z0
「考えてもみろ。まず、この作戦で主にだまさなきゃいけないのは、特に強大な力を持ってる3勢力……曹操、孫権、袁紹だろ? 他のは……言い方悪いけど、その3つにくっついてるだけのオマケだ。トップの3つが納得してんのに、進んでそんな情報について調査するような酔狂なまねはしない」
「うんうん」
「袁紹は考える必要なしだ。あれはバカだから普通にだませる」
 もっともだ。
「となると問題は残り2つだが……ここで張遼の出番だ。張遼はこの白装束の正体こそ知らねーが、目的も、危険さも知ってる。当然……こいつらが口封じのために董卓と貫駆の2人を[ピーーー]かも……って考えも簡単に頭の中に浮かぶ。そこに俺たちがこの情報を放り込めば……」
「……勝手に納得してくれる」
 と、引き継いで言ったのは霧島さん。
「……曹操にしてみれば、内情を知ってる張遼の意見こそ、一番に尊重すべき情報。その張遼は、白装束(やつら)なら2人を殺しても不思議じゃない……と考える」
「そうか! そしたら曹操さんも張遼さんの見解を鵜呑みにして、自動的に納得してくれます!」
 ぱん、と手を打って朱里が言った。
「そういうこった。これで曹操もクリア。最後に孫権だが……あいつらは俺らや曹操と違って、身内に有力な情報を持つ者がいない。しかし、斥候を放つだのチンタラしてたら、制圧が完了して、一番ほしい『手柄』がなくなっちまう。そうなるとどうするか……?」
「曹操軍の動きを見る……でしょうね」
 と、今のは貫駆。さすが軍師だけあって、頭はいいみたいだ。霧島さん、朱里に続き、雄二の考えていることを理解したらしい。
「信頼できる情報源がない、判断できる人間もいない以上……他の軍の動きを見て情報の真偽を判断するしかないわ。そして味方の中で一番『行動』を信頼できるのは曹操よ。そしてその曹操は、張遼の証言で情報を真実と思い込み、制圧作業に入る……」
「ああ、『この情報確かなんだな』……って勝手にだまされてくれるってわけだ。まさか俺たちがわざわざかくまってるなんざ考えもしねえ。処刑して名声を得る……ってんならまだしも、隠して保護して俺たちに得することなんざねえからな」
「……実際は、白装束の情報が手に入ったりとか、色々あるけど」
 す……すごい……こいつ、あの短い時間でここまで考えた上で、この作戦を提案したのか……!?
 曹操のところに張遼が居るっていうのは、普通に考えたらどう見ても僕らに不利な、敵側のアドバンテージなのに……逆にそれを利用して警戒すべき2つを両方ともだますなんて……。
 予想の10倍綿密に考えられた作戦に、僕は改めてこの男の頭脳に感心していた。
 すると、

「……少しいいか、吉井明久?」
176 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 18:08:02.73 ID:xmrrKX3z0
「ん? 華雄?」
 唐突に、今まで黙っていた華雄が、口を開いて話しかけてきた。
「何?」
「……便乗するようで悪いのだが……その……」
 何か、言いよどんでいるように見える。視線は伏せがちで、僕の目をまっすぐ見ようとしない。尋問の時ですら堂々とした態度だった華雄が……何で?
 不快に思ったのか、愛紗が、
「何だ、言いたいことがあるならはっきり言わんか!」
「わ、わかっている!」
「愛紗、喧嘩腰にならないの」
 愛紗を一言諫めて、華雄に続きを促す。すると、意外な言葉が飛び出した。

「その……私も、お前達の軍に加えてはくれまいか」

「何!?」
 誰よりも驚いたであろう愛紗が、そんな声をあげた。
 声をあげたのは愛紗だけだけど、驚いたのはそこにいた全員だ。文月軍メンバーに、董卓、呂布に至るまで、みんながみんな、華雄が一番言いそうにないその言葉に驚いていた。唖然として、開いた口がふさがらない者もいる。
「どういうことだ? お前は死んでも我らに降ることは無いのではなかったのか?」
「……言い訳するようで心苦しいが、状況が変わった。私が迷いもなく戦ってこれたのは、董卓様が自らの信念で執政を行い、自らの意思で戦うと決めた、と思っていたからだ。よもや董卓様が脅されていたなどとは……夢にも思わなかった」
 一言一言、ゆっくりと言っていく。
「それに、お前は我が主、董卓様を助けると言ってくれた。ならばこの華雄、董卓様に仕える武人として、その大器に、この私自身の武を持って報いたい。何より、お前のもとで戦えるのなら、再び董卓様に忠義を貫くことができる。ゆえに……」
「うん、よろしく!」
「私は……って早っ! 最後まで聞かんか!」
 話の腰をくじかれた形になった華雄が、驚きの混じった声でそう言ってきた。
 けど、僕としてはそんなこと気にする気にはならないわけで……。
「いや、最後まで聞かなくてもわかるって。仲間になってくれるんでしょ? 願ったりかなったりだよ、ありがとう、華雄!」
「う……うむ……」
 若干戸惑いつつも、華雄はうれしい返事を返してくれる。
「んじゃ、もうそれは必要ね―な。朱里、鍵」
「はい!」
 雄二の合図に、朱里が元気よく返事をして、華雄にかけよる。恋の時と同じように、袖の下から拘束具のカギを取り出し、華雄の腕についているそれを外した。
「……感謝する、吉井明久」
「こちらこそありがとう。僕らも心強いよ」
「そう言ってもらえると、ありがたい。その広い心に、そして董卓様を助けていただいたその大器に応え、私は全霊を持ってお前に仕えさせてもらう……!」
 そう言って華雄は、僕に向き直って、恭しく一礼した。最近まであんなにつんけんしていた相手だけど、それゆえにこの人の忠誠心の強さや誇り高さはよくわかっている。無理なんてことはない。仲間になってくれて、やっぱり心強いよ。
「やったー! また仲間が増えたのだー!」
 隣では、鈴々が無邪気に喜んでいる。他の皆も、飛び跳ねたりはしてないけど、その顔に安堵や笑顔が浮かんでいるのが見て取れた。胸の内は、皆同じということだろう。
 そんな、緊張感を残しつつも和やかな、安堵感に包まれた空気が、いつまでも天幕の中に広がってみんなを包んでいた。
177 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 18:09:11.61 ID:xmrrKX3z0
洛陽を制圧してから数日後、
 目的を果たした連合軍は解散となり、戦いの傷をいやすため、そしてこれからに備えるため、それぞれの国へ帰ることになった。
 無論、僕らもそうしていた。
 新たな仲間……董卓と貫駆こと、月と詠、華雄に、恋を迎えて。
 帰り道、ようやく戦いが終わった安心感からか、僕らの会話は弾んだ。
「それにしてもよかったよ、最終的にみんな僕らの仲間になれて」
「お気楽なことね、一軍を率いる指導者とは思えないわ」
「……詠ちゃん、そういうこと言っちゃ……」
「う、ごめん月……」
「でも、それは言えてるのだ。お兄ちゃんは優しすぎるのだ」
「そうですね。でも、それがご主人様のいいところなんだと思います」
 と、鈴々と朱里。
「まあ、アキに何か思慮深さを期待したって無駄なのよね」
「み……美波ちゃん……。でも、だからこそ明久君の言うことは心に響くんじゃないでしょうか」
「……ひねりがないから、その分響く?」
「あははっ、そうかもね。だとしたら、確かに長所かも」
「なんか、さっきから言われっぱなしだな……」
 文月女子メンバーにまで色々といわれて、ため息がでる。まあ、自覚はあったけど……僕、そんなに甘いだろうか?
「…………そりゃもう」
「大甘じゃな」
「確かに甘いな」
「………(コクッ)」
 秀吉、ムッツリーニ、華雄、それに恋まで……
「そうですね、ご主人様は、この乱世に生きるものとして、その頂点に立つべき王としては、少々甘いかもしれません。しかし、皆の言うとおり、それがご主人様の長所でもあるのです。それに、その考え方を変えるつもりもないのでしょう?」
「まあ、ね。それに、みんな死なずに済むっていうのが、僕の一番の望みだから。その考え方のせいで『甘い』とか言われてるんなら……別に変えるつもりもないね、うん」
「ならば、いつまでもそのままでいていただいて結構です。それでこそ、我らのご主人様なのですから」
 そう言って、愛紗はニコッと笑ってくれた。
 周りではため息をついている奴や、くすくすと笑っている奴、色々いた。けど、僕にはそれで十分だった。
 自分は間違っていない……そう、自信が持てたから。
「おしゃべりもほどほどにしようぜ、さっさと帰ろうや、俺らのホームに」
「そうだね。全速前進! みんな、幽州に帰るよ!」
「「「お―――――っ!」」」



 犠牲は、小さくはなかった。
 謎も、不安要素も増えた。
 でも、その分、収穫もあった。
 幽州にこもってばかりでは手に入らなかったであろう、数々の情報が手に入った。
 何人もの新たな、心強い仲間を迎え、そして新たな、いくつもの教訓を胸に刻みこんだ。
 今回生じたマイナスの分を差し引いても、この戦いは、僕らにとって非常に有益なものだったと言えるだろう。


 今日のこの日をもって、帝都洛陽は、反董卓連合軍の手によって完全に陥落、董卓討伐戦争は終結した。
178 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 18:10:05.70 ID:xmrrKX3z0
幽州・日常編(1)
第31話 謎と変化とつかの間の平穏

バカテスト 家庭科
問題
 よく、料理の際に使う調味料を『さしすせそ』というひらがな5文字で言い表しますが、この5文字はそれぞれどんな調味料を表しているでしょう?


 吉井明久の答え 土屋康太の答え
 坂本雄二の答え 朱里の答え
 『さ……砂糖 し……塩 す……酢 せ……醤油 そ……味噌』

 コメント
 正解です。
 後の二人はともかく、吉井君と土屋君が当たっているあたり不思議な感じがしますね。


 鈴々の答え
 『さ……皿 し……生姜 す……すりこぎ せ……赤飯 そ……粗品』

 コメント
 何を基準に選んだんですか?


 姫路瑞希の答え
 『さ……酢酸 し……硝酸 す……水酸化ナトリウム せ……青酸 そ……苛性ソーダ』

 コメント
 念のため聞きたいのですが、これで『料理』を作るわけではありませんよね?

179 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 18:11:17.29 ID:xmrrKX3z0
 洛陽を制圧して役目を終えた連合軍は解散となり、僕らは新たに仲間になった月と詠、華雄、恋、それとなぜか僕らについてきた貂蝉(帰るおうちがないんだもぉ〜ん♪)と共に幽州へ戻った。
 そこで僕らを待ち構えていたのは、僕らの武勇を聞いた領民たちの歓喜の声。皆僕らを英雄として祭り上げ、歓声を上げて出迎えてくれた。
 そして、僕らの傘下に加わりたい、ということで幽州全域からやってきた、大小様々な村の代表者たちだった。氾水関や虎牢関での僕らの活躍を聞いて来たらしい。
 ここで活躍してくれたのが、朱里と雄二、それに霧島さんだった。
 もともと人の上に立つ素質のある雄二と霧島さんの手腕は、フィールドが教室から政治に変わってもいかんなく発揮され、さらに軍事との両面で力を発揮する朱里との抜群な連携で様々な問題を解決し、国力を瞬く間に充実させていってくれた。
 大分端折るが、結果だけを言えば、それらを併合して領土、勢力を爆発的な勢いで拡大させた僕らは、それまで以前の何倍もの力を手にしていた。かなり無茶な速度で国の規模が拡大したにもかかわらず、問題らしき問題はほとんど残らなかった。
 そして、今もその拡大は続いている。幽州周辺に位置している小国までもが、僕らの傘下に加わりたい、と言ってきたからだ。

                     ☆

「にしても、随分大ごとになったもんだな」
 ほぼ毎朝恒例の軍議が執り行われる軍議室で、僕らは話していた。
 先程までは、愛紗や鈴々、朱里も一緒だったが、今はそれが終わって、僕ら『天導衆』メンバーだけでの会議が行われている。
「面積だけ見れば……公孫賛さんの所の2倍くらいはありそうじゃない?」
「しかもこれ、これから併合する予定地を含んでませんよね。そう考えると……やっぱりすごいです……」
「確かに……十分にこの大陸の巨大勢力の一つとして認識されとるわけじゃな」
 みんなが一様に感心する意見を述べる。
「最初の『県令』だけでも僕にとっちゃ仰天ものだったのに……見てよコレ、地図の上で僕らの国がはっきり見えるよ」
 そう言って、僕は自分の前に広げられている最新式の地図を指さす。
 そこには、僕らが授業で使ってた地図帳と変わらない要領で、『魏』や『呉』、それに公孫賛が治めてる『遼西郡』、馬超の地元の『涼州』、袁紹の地元の『南皮』なんかが描かれていて、その中に交じって『文月』という国名が描いてある。もちろん、僕らの国だ。
 世界地図では、州区分、地方区分でも小さい国は描かれない。注釈が入る程度だ。でも、そんな中で、僕らの国がこうして見える形で地図に描かれているというのは、立派に世間に認められているのだということを僕らに認識させた。
「これがまだ大きくなるのか〜……すごいね」
 工藤さんが感心して呟いた。
「翔子、お前が担当してる分の政務はどんな調子だ?」
「……問題ない、順調。来週には、このあたり一帯が文月領として声明を出す予定」
 地図の一角を指差して、霧島さんがそう報告する。……これ、まだ大きくなるのか。
「そうか……なら内政に問題はなさそうだな……ってことで、そろそろ本題に入るか」
 そう言って、雄二は椅子に座りなおした。
「今回、俺達『天導衆』で集まったのは、2つの議題について話し合うためだ。一つは、あの白装束の連中について。もう一つは……コレだ」
 言うと同時に、雄二は制服のポケットから携帯電話を取り出した。その液晶画面には……よく見なくてもわかる変化が起こっていた。
「…………アンテナ」
「うん、立ってるわね」
 そう、ムッツリーニと美波が言った通り、電波状態を示すアンテナが、三本とも立っていた。今までは『圏外』の表示がついていたというのに。
 これは、反董卓連合軍から帰ってきた翌日に起こった変化だ。しかも試してみたところ、なんと全員の携帯が、問題なく通話できるようになっていた。それも、場所を問わず。
 ただ、ムッツリーニは元々携帯を持ってないので、さして状況は変わらなかったが。
「びっくりしたよね〜、いきなり使えるようになるんだもん」
「……助かるけど」
「うむ、依然としてバッテリーも減る気配がないしの」
 みんながそれそれ自分の携帯を手に、思い思いの感想を言った。
 これで、この先は格段にスムーズに連絡が取れるようになるだろう。
 今までもトランシーバーがあったけど、あれだと音質が悪い上に、距離に制限があって、あまり遠くに行くと使えなかった。でも今回は、高校生の必需品、携帯電話。試してみたけど、遠乗りで全く反対方向に何kmも離れた位置でも、問題なく会話できた上、メール機能まで生きてた。これは本当に助かる。情報の新鮮さが重要になってくるこれからは、特に。
「ああ、これからはこれが重要な連絡手段になるな。……だから翔子、今後俺の携帯から自分以外のアドレスを削除する、なんて凶行に走らないように」
「…………………………………………わかった」
「嘘つけ! わかってねえだろ!? つかマジでやめろよ、死活問題だからな!」
 霧島さんが面白くなさそうにしている。まあ、気持ちもわからなくもないけど、いざとなった時に雄二の携帯から霧島さんへのラブメールしか送れない……なんてことになっても困る。ここは我慢してもらおう。
180 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 18:11:49.23 ID:xmrrKX3z0
「……雄二は冷たい」
「俺は正論しか言ってないだろうが」
 あきれ顔の雄二が、頭を抱え込むようにしてため息をついた
「話を戻すぞ、そんなわけで、全員が携帯を使って相互に連絡をとれるようにしたい。明久、工藤と番号の交換は済ませてあるか?」
「ああ、うん。昨日言われたとおりにね」
「済んでるよ〜♪」
 今言った理由で、僕らはここにいるメンバー全員が相互に番号を知っている、という状況を作り出していた。僕は、大多数のメンバーのは知っていたけど、工藤さんの番号とアドレスは知らなかったので、昨日赤外線通信で交換しておいた。テストも済んでいる。
 これで、僕の携帯は『天導衆』メンバーの誰とでも連絡が取れるようになったわけだ。
「吉井君、暇になったら気軽に電話してね」
「あはは、そうだね。何せ電話代かからないし」
 払う機関も必要もないからね、この世界では。その面では、使い放題だから助かる。業務連絡以外でも、暇つぶしに話し放題、メールし放題だ。
 と、思ったら、
「あ、ううん。そうじゃなくてさ」
「え?」
「呼ばれればいつでも行くよ、ってこと。眠れない夜とか……ね?」
 そう言って、工藤さんはいたずらっぽく片目をつむって見せた。
 そ、そういう意味だったのか……っ!?  こ、これは……何とも刺激的な……。
「…………っっ!!(ブシャアァァァア)」
 隣で鼻血染めの地図を作り上げているムッツリーニが視界に入った。
「は、ははは……それは嬉しいな、考えておくよ(ゴキッ)といいたいところだけどちょっと無理かな、うん」
 なぜなら、今僕の背骨が美波と姫路さんによって掌握されているから。既に何か物騒な音が聞こえた気がしたし。
「アキ、冗談も度が過ぎると、この先の人生、車イス生活になるかもしれないわよ?」
「明久君……電話で呼び出しなんて、そんな犯罪みたいなこと……しませんよね?」
 美波、僕の背骨に何をする気? というか姫路さん、犯罪まがいというか犯罪そのものを犯しているのは君の方だと思うんだけど(暴力的なのを)? それも結構な頻度で。
「え〜、そうなの? 残念だな〜」
 ニヤニヤしながら言ってくる工藤さん。ぜ、絶対この状況を楽しんでる……。
 こうなると、嫌な予感しかしないんだけど……
「ま、まあ僕も不本意だけど(ゴキゴキッ)犯罪はよくないよ、うん、よくない」
 だんだん腰より下の感覚が薄れてきたのは気のせいだと思いたい。
「そっか〜……じゃあ坂本君は……」
「工藤! そこで俺に話を振るな(ブスッ)ぐああああっ! 翔子! 俺はまだ何も言ってないだろうが!」
「……何かする前に(目を)つぶすのは、基本中の基本」
 あっちはあっちで修羅場だ。しかし、結構な頻度で目潰しを食らってるけど、雄二の目、いつか本当に失明するんじゃなかろうか?
「……ところで雄二」
「あ、何だ!?」
「……『まだ』……って、どういうこと?」
「それは言葉のあやでぐぎゃああああ!! 翔子お前聞く気ねぇだろ―――!!」
 今度はアイアンクロ―か。視界を奪われた状態じゃあ防ぎようもないし(防げてるところを見たことがないけど)、恐怖感もひとしおだろう。いつもながら霧島さんの愛情表現は過激の一言に尽きる。大変だな、雄二。
「……それに、雄二」
「今度は何だ!?」
「……夜、眠れないなら、私の所に来てくれればいい」
「誰がお前なんかの所に行(ドシュッ!)すまん、言いすぎた! だから地獄突きはやめ゛…で……(ドシュドシュドシュ!)……ぁ゛……」
 おお、新技だ。
 しかし、地獄突きとは……雄二の喉元に突きたてられている霧島さんの細い指が、鋭利な凶器に見えてきた。あれは痛い……。
「し、翔子ちゃん大胆です……!」
「う、ウチらも見習わなきゃね……」
 やめて! あんな狂気の技を参考にしようとしないで! 君達にこれ以上攻撃翌力を上げられたら、今度こそ僕の体は耐えられなくなってしまう!
「やれやれ……相変わらずじゃのう、このメンバーが揃うと……」
「…………確かに」
 蚊帳(かや)の外の秀吉は、鼻にティッシュを詰めるムッツリーニの横で、あきれた様子でため息をついていた。

181 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 18:12:24.89 ID:xmrrKX3z0
「つ……続けるぞ……」
「う、うん……忘れてたけど、一応会議中だったんだよね……」
 半身不随と頸動脈断裂の危機から何とか生還した僕らは、肩で息をしながら机の上の資料に向き直った。
 ちなみに、ムッツリーニの資料はさっきの鼻血で一面が真っ赤になってしまったので、予備用に用意していたものに変えてある。
「次、白装束の連中についてな」
 息も絶え絶えな雄二が資料を手に取る。
「今わかってるのは……あいつらは俺達の命を狙ってるってこと、あの戦はあいつらが俺達だけを目当てにわざわざ起こしたものだってこと、それから……」
「あ、でも、あの謎の少年のこともあるよね」
「アキと坂本が戦ったっていう奴のこと?」
「ああ、そういやいたな」
「大まかに言えば、そのくらいですね」
 まあ、確かに。
 何せ存在自体、あの時初めて知ったような奴らだ。月や詠、恋や華雄にも聞いてみたけど、大した情報は得られなかった。
「そんな謎の集団が、何でボクらを狙ってるんだろうね?」
「……命を狙われる覚えはない」
「あ、もしかしてさ、何か特定の信仰を持ってる宗教団体で、『天の御使い』なんて名乗ってるウチらが許せない人達とか?」
「ありえるが……月を脅して執政権を握るほどの巨大な組織だろ? そんなのがあるなら……多少なりどこかで噂聞いてるんじゃないか?」
「確かに……例外もあるが、宗教は基本、布教してなんぼじゃからの」
「…………それに、一宗教団体が、国家を利用してまでやるとは考えにくい」
「う……確かにそうよね……」
 話は平行線だ。やっぱりわからないことが多すぎて、まともな予測すら立たない。
「そういえば……私達が『悪』だとか言ってましたよね?」
「ああ、そういや、それもどういう意味なんだろうな?」
「それって考えることかな? 戦いなんだから、自分たち以外は悪だー!っていうのは普通なんじゃない?」
「……確かに。人にはそれぞれ主張があって、善悪はそれに基づいて相対的なものだから」
 霧島さんが何だか難しいことを話してるけど、要するにあれか、戦争である以上は、戦う相手は悪だ、っていうのはみんな共通の考え方だから、そこについて考えてもあまり意味はないってことか。
 確かに、今回の戦いにしたって、華雄たち董卓軍にしてみれば僕らこそ『悪』だったわけだし……。
「それはそうなんだが……何か引っかかるんだよ。あいつらが俺達を、悪だー!って言ってた感じとか……あとは、この世界を救うために必要だー!とか、お前らはこの世界に害でしかないんだー!とか言ってたあたりが……」
「ひどい言われようだね。僕らだって好きで戦ってるわけじゃないし、好きでこの世界に来たわけじゃないのに」
「全くじゃ。むしろワシらは被害者ではないか」
「……何だ? 今何か……」
 と、雄二が額にしわを寄せて難しい顔をしていた。
「どうかしたの?」
「いや、今の会話で何か引っかかった気が……気のせいか?」
 ……? 今の会話に何か変なところなんてあったかな? 特に気付かなかったけど……。
 雄二は一人、ぶつぶつ何か呟いている。
「世界……悪……害……」
「どっちにしてもさ、そう言うの気にしても仕方ないんでしょ? 悪だの害だの言われたって、ウチらには何の心当たりもないんだから」
 と、美波が場の空気を振り払うように言った。
 無理やりな言い方だけど……正論だ。考えてても、てんで浮かびそうにないし。
 雄二は相変わらず考え込んだままだけど、そんなことには構わず、勢いそのまま、美波は不満を隠そうともせずぶちまけていく。
182 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 18:13:01.33 ID:xmrrKX3z0
「ていうか、腹立つじゃない。一方的に害だの悪だの言われて、命狙われてさ」
「…………確かに、言えてる」
「そう思うと、やっぱり理不尽ですよね、せめて何で命を狙われるかぐらい、教えてほしいです」
「教えてもらったところで、狙われたくもないがの。まあ、言われっぱなしというのも不愉快じゃ」
 みんな同じようなことを考えていたみたいだ。拍車がかかる。
「そうよね、ていうか制服(?)からしてダサいし。何よあのゲームとかに出てくる魔法使いみたいな服は」
「……悪趣味。フードで顔隠してるあたりとかも」
「…………あの下、多分ハゲてると思う」
「宗教団体じゃから、ありえなくもないのう」
「寝る前に変な儀式とかやってそうだよね」
 ……段々、ただの悪口大会になってきた。というか、宗教団体前提になってるし。
「まあでも、腹は立つよね。好き勝手言って……ていうか僕なんか、例の奴に『バカ』とか『頭が悪い』とか、言いたい放題言われたし」
「あんたのそれは事実でしょうが」
「美波! せめてフォローの一つも入れてよ!」
 何で僕が何か言うとこういうことになるのさ! 僕、あいつに殺されかけた上に、この中の誰よりズタボロに言われてるんだよ!?
「…………でも、本当のこと」
「そうじゃの。案外そやつも、単に事実を言っているだけで、悪口を言っているつもりもなかったのかもしれんな」
「ムッツリーニ! 秀吉まで!」
 あんまりだ! 僕の場合は日常会話をするだけで、通常の場合悪口に使うワードが出てくるのも然りだというのか!?
 と、ここでついに我らFクラスの良心が口を開いた。
「美波ちゃん、土屋君、木下君も、いくらなんでもあんまりですよ!」
 そうだ姫路さん、言ってやってくれ!
「揺るぎない事実なんですから、もっとオブラートに包んで話してあげないと……」
「否定してよ姫路さぁん!」
 突っ込みどころはそこじゃないよ!? どう考えても着眼点が違……って姫路さん? 何で今の僕のセリフに対して『え?』っていう感じの意外そうなリアクションをとるの? もしかして僕がバカだっていうことは否定するまでもない事実としてとらえてるの!?
 何だよ! みんなして僕のことバカにして! というかいつの間にか僕の悪口大会になっちゃってるじゃないか!
「ほらねアキ、全員共通の認識じゃない」
「うるさいやい! えーえーどうせそうですよ! だけどね、言わせてもらうけど、僕だって好きでバカなわけでも、好きで成績悪くしてるわけでも、好きで観察処分者やってるわけでもないんだから、そんなこと悪口でギャアギャア言われたって……」


「………ちょっと待て。明久、お前今何て言った?」

183 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 18:14:22.40 ID:xmrrKX3z0
 と、今の今まで黙って考え込んでいた雄二が、唐突に口を開いた。
「何だよ雄二、僕には反論の機会すら与えないつもり?」
「いいから言え、お前今何て言った?」
 やけに迫力のある声で聞き返してきた。え? な、何?
「いや、だから……『そんなことを悪口にしてギャアギャア……』……」
「その前!」
「その前って……」
 えーと……
「『好きで観察処分者やってるわけじゃないんだから』……」
「それ……あの蹴り野郎に言われたのか? 俺が来る前に?」
「え、うん。そうだけど……」
「何でそれを早く言わねえんだこのバカ野郎!!」
「「「!?」」」
 突如、部屋全体に響くかと思うような大音量で雄二が怒鳴った。な、何だいきなり!? 今のセリフ、そんなに気になったの?
「そうか……それを知ってるってことは、だとしたらあいつらの正体はまさか……」
「……それ、おかしい」
 と、霧島さんがポツリとつぶやいた。え? 何が?
「……吉井が観察処分者だって、その男が知ってるのはおかしい」
「え?」
「……この世界は、文月学園があった世界とは違う世界。それどころか、文月学園自体がないんだから、そこで使われている固有名詞である『観察処分者』って言う単語や、その意味を、その男が知ってるはずがない」
「「「!!」」」
 全員がハッとした。
 そういえば……そうじゃないか!
 文月学園でこそ、僕はバカの代名詞『観察処分者』っていうレッテルを貼られてるけど、こっちの世界でそれを知っている人は、ここにいる8人だけのはず。無論、そんな不名誉なことは、僕は愛紗にだって一度も話したことはない。
 なのにあの男がこの単語を、しかもその意味……それが悪口として成立するものだって理解してて使ったのは、どう考えたっておかしい。というか、ありえない!
「ちょっと待って! それじゃあそいつは……アキが文月学園の観察処分者だって知ってたってこと?」
「…………そんな情報の漏洩はない」
「じゃが、現実にそう言われたのじゃろう? 明久よ」
「う、うん……」
「なるほどな……大分わかったぜ、奴らの目的や、正体なんかがな……」
 と、ここでずっと考えていた雄二が顔を上げた。
「雄二、それ本当!?」
「ああ、推測だけどな。まず、俺たちは全員、この世界の住人じゃないわけだろ?」
 うん、僕らはみんな文月学園に通う、ただの高校生だからね。
「このへんで、俺達が奴らに『害』とか『悪』呼ばわりされてた意味がわかるんだ。例えば……ちょっと話変わるが、明久」
「何?」
「仮にお前がタイムマシンを持っていたとしよう。お前がそれに乗って過去の世界に行って、史実を無視して、それも現代の武器や技術を使って好き勝手に暴れたらどうなる?」
「気分爽快」
「まじめに答えろバカ」
「うん……ごめん、『史実』って何?」
「翔子、お前が答えてくれ、これ以上は時間の無駄だ」
 飛ばされた。
「……実際の歴史と、そこで私が歩んでいる時間との間に矛盾が起こる」
「あ、それ知ってる。タイムパラドックスっていうんだよね?」
「何でお前はそういう単語を知ってて、常用の日本語を知らないんだろうな……」
 雄二が額に手を当てて呆れている。どうかしたんだろうか、今のはこんな難しい単語の意味を知っていた僕を賛美する場面じゃなかった?
「まあ明久のこれは今に始まったこっちゃないから置いとこう。早い話が、今の俺達がまさにそれに値するんじゃないか、ってことだ」
184 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 18:15:23.18 ID:xmrrKX3z0
『それ』って……タイムパラドックス?
「でも雄二、別に僕らはタイムマシンで時間を超えたわけでもないし……それに第一、ここどう考えてもパラレルワールドだよ? 関羽や張飛が女の子になってるんだから……」
「いや、それはこの際どうでもいいんだ。問題は、俺達がこの世界にとって、この世界の歴史にとって、明らかなイレギュラーだってことなんだ」
「坂本君、それってどういう意味ですか?」
 さっきから速いテンポな会話に何とかついていけている姫路さんが質問した、他の皆も、雄二に視線を集中させている。
 というか、わかりやすく話してくれ、雄二。
「パラレルワールドだろうと何だろうと、この世界にはこの世界で固有の歴史がある。しかし、俺達は他の世界からやってきて、この世界で好き勝手やってるわけだ。客観的に見ればな」
「まあ、確かにそう言えなくもないのう」
「好きでやってるわけじゃ無いけどね」
「それが原因で、この世界が本来歩むべき道のりに何か異常が生じる可能性も否定できない。例えばそうだな……お前ら、この世界で『劉備』って名前聞かないだろ?」
「……そう言えば、聞かない」
 確かに。
 劉備玄徳……三国志においてもっとも有名な人物の一人で、関羽や張飛、諸葛亮孔明の主。確かに……馬超や趙雲、曹操、孫権、袁紹なんかは聞いたけど、劉備の名前だけは聞かないな。
 でも……まだこの後仲間になるんじゃない? それに、劉備に任えた『五虎将軍』の一人、『黄忠』だってまだ出てないよ?
「いや、俺が思うに、その劉備の役割を、俺達『天導衆』が担ってるんじゃないか?」
「「「え?」」」
「黄巾の乱、虎牢関や氾水関の決戦、呂布との決戦……どれも、関羽、張飛、劉備が揃って臨んだことだ。にも関わらず未だ劉備の名前すら聞かないっていうのは、どう考えても変だ。多分だけど……俺達がここに来たことで、もうそのへんの設定が既にややこしいことになってるんだと思う」
「……私達が、劉備のポジションを奪ってしまった?」
「かもな。もしくは……本来この世界では、劉備のポジションは存在しなかった、関羽と張飛だけで物語が進むはずだったのを、俺達の出現で余計な要素が出来ちまったのかもしれない」
「なるほど、考えてみれば今のワシらの立ち位置は、劉備が担うするようなポジションではないし……これはやはり、ワシらが存在しないはずの『役目』を担った……ということらしいの」
 ……さっきから何だかややこしい話になってるけど、要は……
「要は……僕らはこの世界に本来いない存在だから、この世界を本来の姿に戻したくて、僕らを消し去っちゃおうとしてるのが、白装束だってこと?」
「そうだ、よく理解できたな、明久」
 そう言って、少し驚いたような表情になる雄二。いくらなんでもバカにしすぎだ。
「つまりアレでしょ? ドラ○もんで言う、タイムパトロ○ルみたいなもんなんでしょ?」
「例えが若干幼稚だが、まあそうだな。俺達異分子をどうにかして排除しようとしてたわけだ」
「でも、そのためだけにこんな大掛かりな戦いをセッティングしたんですか……?」
「……まだ、疑問が残る」
 姫路さんと霧島さんは、まだ何か納得言ってないみたいだ。
 でも、雄二は、
「考えれば考えるほどわからなくなるな……この話、一旦ここで打ち切ろう」
 そう言って、こんこんと机をたたいた。
 みんなが意外そうな視線を送る。
「え? いいの、議論ちゃんとしなくて?」
「そうしたいところだが、それを正解かどうか確認する術がない以上、不毛だろう。それにこの考え方だと、いくらでもネガティブな仮説がでてくるからな。それよりも……」
 雄二はそこで一拍置いて、
「タイムパト○ールだろうが何だろうが、俺達は排除される気も、排除される筋合いもねえ。来るなら来い、でもなるべく来るな、それでいいだろ」
「「「……………」」」
 恐ろしく強引な締め方。だけど、それに異論を唱える者は誰もいなかった。超がつくほど大雑把だけど、僕らの主張そのまんまだったからだ。
 微妙に後ろ向きかつ無理やりだけど、今はそれに賛成しておこう。
「もっとも、この先、敵はあの白装束の連中だけじゃないだろうしな……」
「え、何か言った?」
「何でもない。とにかく、俺らは俺らで最善を尽くすだけだ。今までもこれからもな。つーわけで、軍議終了!」
「「「お疲れした――っ!!」」」
 そう掛け声をかけて、僕達は一斉にイスから立ち上がる。
 この軍議の席で決まったとおりだ。あの連中が得体が知れないのは元からなんだから、気にしていても、怖がっていても始まらない。僕らは、僕らが今やるべきことをやらせてもらおう。今まで通りに。文句なんて、言わせない。
 さあ、さっさとこの息の詰まる軍議室から出て、今日も一日がんばろう! 手始めに、散歩がてら警邏でも……


「ああ、それとお前ら、この後、書庫で漢文の勉強会やるからな。道具持って……」
「「「散開っ!!」」」
「コラ待てバカ共!!」


 白装束より前に、まずは勉強という名の死神から逃げるとしよう。
 こうして、教える側(雄二、霧島さん、工藤さん、姫路さん)と、教わる側(僕、美波、秀吉、ムッツリーニ)の鬼ごっこが開幕した。
185 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 18:17:45.83 ID:xmrrKX3z0
幽州・日常編(1)
第32話 武力と知力と勉強会

 肌をくすぐる涼しげな風が草木を揺らし、さわさわと心地よい音色を奏でている。木には見たこともない鳥がとまり、鈴のように澄んだ鳴き声でさえずっている。
 そんな自然のBGMが耳を彩ってくれる爽やかな午後のひと時、
 僕の心は全然爽やかじゃなかった。
「あのバカ雄二、3時間もやりやがって……」
 ついさっきまでわけのわからない漢字軍団の解読作業に酷使していた頭が重くてたまらない。
 全く、勉強っていうのは詰め込もうとすると余計に効率が悪くなるんだから、補習とはいえ少しはゆとりをもってやってほしい。
 第一、それは雄二自身も鉄人の補習でよくわかってるんだから、ちょっとくらい手加減してしかるべきだろう。あいつさては、僕ら相手に教える側に立ったもんだから調子に乗ってやりたいようにやってるに違いない!
 そのことを雄二に言ったら

『外国語とはいえ、書類の1枚もまともに読めない語学力の奴にゆとりだの何だの言ってる場合か』

 とか一見正論に聞こえる言い方でぴしゃりと言われたけど、僕は断じて信じない。
 まあ不満はまだいくらでも出てくるけど、せっかく補習が終わったんだから、とりあえずゆっくり休もう。
 さっきやった補習で、練習用の教材の代わりとして今日の分の仕事の書類を使っていたので、実は今は意外と時間がある。まだ少し残ってるけど、一時間もかからずに終わる量だし……何より、今のこの状態でこれ以上漢字を見たら頭がどうにかなりそうだ。
 さて、気分転換に散歩でもしようか、それとも抜け出して町にでも行こうか……
 と、


「にゃあああぁ―――――っ!」


 何だ、今の無理やりお風呂に入れられそうになった猫があげたみたいな微妙な悲鳴は?
 声の感じなんかから音源は予想がつくけど、一応なにがあったのか気になったので、とりあえず行ってみることにしよう。……暇つぶしに丁度よさそうだし。
 声の聞こえた方へ歩いていってみると、そこは玉座の間だった。こんなところで何してんだろ?
 扉を開けると、

「フ―――――ッ!」

 見るからに機嫌の悪そうな鈴々に、いきなり威嚇された。というか、猫か君は。
 と、

 ポコッ

「ぶにゃっ!」
「ご主人様に八つ当たりをするやつがあるか、馬鹿者」
「痛いのだー!」
 えーと、何? この状況は。
「申し訳ありませんご主人様、鈴々が失礼をいたしました」
「いや、そんなのはいいけど……何してんのコレ?」
 王(僕)への謁見や、主要メンバー以外の高官を含めた全体での軍議(週一くらい)などに使用される『玉座の間』。そこに、机とイス、それに黒板が持ち込まれていた。
「はいはい、愛紗さん、鈴々ちゃん、そろそろ続けますよー」
 と、黒板の前に立っている朱里が言った。その手には、チョーク(に似たような何か。正式名称はわからないけど、見た目も使用用途もほぼ同じなのでそう呼ぶ)が握られていて……って、これってまさか……
「勉強?」
「はい、愛紗さんから要請されまして、簡単な講義を」
 教科書らしき本を手に朱里が言う。
 見れば、愛紗と鈴々の前にある机には、似たような本が置かれていた。どうやら2人に勉強を教えているということのようだ。さすがは朱里、年上の愛紗にも教えられるとは、やはりその知力は孔明の名に恥じないものがあると見える。
「こやつは読み書きもろくにできませんからね。今まではそれでもよかったのですが、さすがに今後このままというのは……」
「駄目なの?」
「はい。今やご主人様は一国の王、そして私や鈴々は、その国を守る軍の将軍です。いつまでも頭は子供のまま、というわけには行かないでしょう」
「ああ、そうか、確かに……」
 言われてみれば、愛紗と鈴々の前に置かれている本は、見た目からして難易度が違いそうだ。愛紗のはいかにも教科書、って感じだけど、鈴々のは書かれている文字がかなり大きい。小学生の教科書か、練習用のドリル、って感じだ。
 まあ確かに、将軍なんて肩書き持つくらいだし、そのくらいの学は欲しいところだ。国が大きくなったがゆえに、その肩に負う責任も大きくなった……ってことか。複雑だな。
 で、見てわかる通り、鈴々はやる気ゼロ、と。
186 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 18:18:38.71 ID:xmrrKX3z0
「愛紗が馬鹿力で殴ったから、頭が痛くて何も考えられなくなったのだー!」
 わあ、すごい言い訳。
「そんな言い訳が通るか。さっさと筆を取れ!」
「うう……逃げたいのだ……」
 渋々毛筆を手に取る鈴々が、一瞬僕の方に視線を向ける。『助けて』と言いたいのが、露骨にわかりやすかった。いや……そんな目で見られても……。
「鈴々ちゃん、ほら、ゆっくりでいいですから」
 優しく諭そうとする朱里。しかし、愛紗の口は厳しい。
「朱里、そうやって甘やかしてはダメだ。こやつは……」
「じゃあ、ゆっくりやるってことで、今日はもうここまで……」
「終わらんぞ」
「うう……」
 愛紗にぴしゃりと制され、この世の終わりのような顔で再び机に向かう鈴々。
 その気持ち……わかるなあ……。僕もこんな風に、鉄人に拘束されて補習室に監禁されて問題集やらされたりしたっけ……。しかも最近は、椅子も使わせてもらえずに床に座らせられてたっけな……あのつらさは今でも鮮明に覚えてるよ……。
 今も雄二のバカに似たような仕打ちにあってるけど、教えてくれるのが奴の他に姫路さんや霧島さん、それに工藤さんといった美少女講師陣だから、前よりは圧倒的に気が楽だ。教え方も丁寧だし、ビジュアル的にも目の保養になるし、受動的なものだけどやる気もそこそこ出る。
 なので僕の勉強は、つらいながらも順調だ。期末テスト前のあの頃くらいの充実した感じがあるし、着実に書類も読めるようになってきている。
「う〜、お兄ちゃあ〜ん……」
 と、早くもエネルギー残量がレッドゲージに到達したらしい鈴々が、今度は直接声に出して救助を求めてきた。
「このまま鈴々をつれて逃げてなのだ〜……」
「そ……そんなこと言われても……」
「甘えるな鈴々! ご主人様、すいません。相手にしないで下さい」
「ううう〜……」
 ……だんだん本気でかわいそうになってきた。
 鈴々は、残り少ない体力で愛紗に反論する。
「勉強なんてやりたい人だけやればいいと思うのだ。鈴々は矛を振ってるほうが得意なのだ」
 手でぶんぶんと蛇矛を振るうまねをしてアピールする鈴々。愛紗はそれにも動じず、はあ、とため息をついて続ける。
「そういうわけにもいかんだろう。第一お前、戦う際の兵法にしたって『突撃』以外の選択肢を知らんだろうが」
「うん」
 うわ、あっさり。
 まあ確かに、的確な指示を出して戦況を戦略で支配する鈴々なんて、影も形も頭に浮かばないけども。
「そんなことでこの先やっていけると思っているのか?」
「うん」
「真顔で頷くな! ご主人様の前で!」
 鈴々は何の迷いもなく、直属の兵士達が聞いたら真っ青になるんじゃないかってセリフをあっさりと言ってのけていた。さすがの僕も、これはため息が漏れる。
 さすがに愛紗も、このままでは話が平行線をたどったのだろう。どうやら戦法を変える作戦に出たようだ。
「いずれこの大陸はご主人様によって統一され、平和な世界となる。そうなった時、学問でつけておいた知識は、必ず役に立つだろう」
「だったらその時やればいいのだ」
「くっ……ああいえばこう言う……」
「ね、お兄ちゃんもそう思うよね?」
「え、僕!?」
 ボーっと見てたら予想外のキラーパスが飛んできたあっ!?
187 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 18:19:30.78 ID:xmrrKX3z0
「ご主人様に甘えようとするな、鈴々」
 そういって鈴々を制する愛紗の言葉は、同時に僕に対しての『余計なことを言わないようにお願いしますよ』という響きがこめられていた。殺気と共に。
 やばい、今下手なことを言ったら……斬られる。
 そんなことには気付かず、あるいは気付いていても無視しているのか(だったらこの上なくたちが悪いんだが)、鈴々は両の拳をブンブンと振って主張を続ける。
「お勉強より、お外で遊んですっきりすることの方がず〜っと大事なのだ。明日もがんばろー! って気分にもなるし」
「「何を?」」
「もっとがんばって遊ぶのだ」
「「………………」」
 おいおい鈴々……
 正直なのは結構だけど、それ以上しゃべらないほうがいいんじゃなかろうか。横に座ってる愛紗の殺気がどんどん膨れ上がってるから。
 というか、(今の所)部外者であるはずの僕までもが気圧されていて、空気的にきついので、何とかして欲しい。
 なんてことを思ってたら、鈴々がおかしなことを言い出した。


「だいたい愛紗だって、昔はもっとだらだらしてて、勉強だってやる気なかったのだ」


「り、鈴々っ!?」
 鈴々のセリフに、愛紗が一瞬で殺気を引っ込めて慌てていた。あれ、この反応を見ると……もしかして本当なの? 今の。
「今鈴々が言ったこと、ほとんどは愛紗が昔、鈴々と一緒に行ってた学問所の先生に言ってたことをまねして言っただけなのだ」
「え? そうなの?」
 やる気なさそうにして、『遊ぶほうが大事』とか『必要になった時にやればいい』とか言ってる愛紗……今のまじめな愛紗を見てると、いまいち想像できないんだけど……
「ご、ご主人様の前で……そ、そそそそんなことはないですからねご主人様! 誤解なきように!」
 顔を赤くしてそう反論している愛紗を見ていると、嘘発見器いらずなほどの確信が持てるから不思議だ。
「ご主人様? 何ですかその顔は!? 嘘ですよ!? この馬鹿者が言っていることは全て、根も葉もないでたらめですからね」
「根も葉も茎も花もあるホントのことなのだ。それに、よく抜け出そうとして先生に怒られてたし、宿題忘れて廊下に立たされてたこともあったし……」
「やめんか鈴々!! 大体そのときは例外なくお前も一緒だったろうが!」
「あ、本当なんだ」
「え? ……ってああぁあ! ちちち違いますご主人様! 今のは言葉のあやで、今言ったことは全て私ではなく鈴々がやったことでして……ってこら朱里! そこで声を押し殺して笑うな! 聞こえているぞ!」
 予想外の展開にテンパりまくって錯乱状態に近くなってきた愛紗に、だんだん楽しくなってきたらしい鈴々がさらに追い討ち。
「あ、そっか〜。愛紗はここんとこ急に勉強するようになったな〜、と思ったけど……」
「り、鈴々! それ以上言ったら本気で殴るぞ!」

「愛紗はお兄ちゃんにほめてもらいたくて真面目ぶったり勉強をがんばったりして……」

「いやああああああぁぁっ!!」
「ぎゃああああああぁぁっ!!」

188 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 18:20:09.16 ID:xmrrKX3z0
 突如として愛紗が叫び、同時に両手で僕の耳をふさごうとしたらしく、頭の両側から手で押さえてきたんだけど……
 勢いあまって僕の首をありえない方向にねじ曲げていた。
 ……って何で僕が!?
「ち、違うぞ鈴々! 世のため、守るべき民草のためと思えばこその……」
「あ、愛紗さん! ご主人様の頭が変な方向を向いてますっ!」
「え? あ、も、申し訳ありませんご主人様! 手が滑ってしまいました!」
 あわてて僕の首を(力技で)元に戻す愛紗。うう……よかった……まだ生きてる……。
「見ろ鈴々! 貴様のせいでご主人様が生死の淵をさまよいかねん事態に陥ってしまっただろうが!」
「いや、今のは一方的に愛紗のせいだと思うのだ……」
「はぁ……というか何故ご主人様が巻き込まれてるんですか……?」
 鈴々も思わずあきれてしまうほどの開き直りを見せる愛紗。
 今の鈴々の発言の真偽はともかく、これ以上続けられると今度は僕が危険な状態になりそうだ。
 それを察したのか、はたまた単に勉強の邪魔だからか、
「おほんっ!」
 と、朱里がよく通る声で咳払いを一つした。
「学問は強制的にやって身につくものではありませんから、今日のところはひとまず出来る所まで……ということにしましょう。……これ以上無駄なことを言っていると、ご主人様の身に本気で何か起きかねませんので」
「そ、そうだな朱里」
「う〜、それでも続くことは続くのだ……」
 もう既に一回本気でヤバい状態になりましたよ? なんて突っ込みは置いといて。
 一瞬で切り替えた愛紗と違い、鈴々はやっぱりと言うか、猫背ここに極まれりといった感じの無気力を前面に押し出した姿勢で机に向かっていた。肘どころか、手首から二の腕まで余す所なく机にべったりとつけている。
 何だか、見れば見るほどFクラスの補習を思い出すと言うか……
「やれやれ、鈴々はホントに勉強が嫌いなんだね」
「うん、嫌いなのだ。こんなの全然やる気しないのだ」
「ははは……まあ、わからなくもないけどね」
「え? そうなの?」
 鈴々がばっとこっちを振り向いた。少し遅れて、愛紗と朱里も。
「うん、まあ、実は僕も向こうの世界では学生だったんだけどさ、勉強は大っ嫌いだったから」
「そうだったの? じゃあ、鈴々と同じなのだ!」
「食いつくな鈴々。ご主人様、いらぬことを言ってこやつを喜ばせないで下さい」
「でも、ご主人様も学問所に通っていらっしゃったんですね」
 朱里は僕が学生だって知って、なぜか興味深そうな目でこっちを見ていた。
「どんな所なんですか? 天の世界の学問所って」
 ああ、なるほど。僕らの学校に興味があるのか。勉強熱心な朱里らしいな。
「どんな所って……そうだな……基本は同じだよ。同年代の子が何十人と集まって、教科書を使って勉強する所」
「にゃう……やっぱりつまんなそうなのだ……」
「当たり前だ。勉強する所なのだから、それ以外に何が要る」
「あ〜……それがそうでもなかったり……」
「「「え?」」」
 3人が聞き返してくる。
189 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 18:20:58.74 ID:xmrrKX3z0
「僕がいたクラス……学級の連中は、けっこう不真面目だったよ。関係ない遊び道具持ってきたり、授業中に居眠りしたり……」
「ふーん……」
「平気で遅刻してきたり、掃除サボって遊んでたり、隠れて早弁してたり……」
「さ、左様ですか……」
「宿題やってくる人の方が珍しかったり、集団で授業脱走しようとしたり……」
「は、はわわ……」
「あとは……女の子関係の噂のある奴をひがんでクラス全員でボコったり、没収された遊び道具を取り返すためにクラス一丸となって職員室に襲撃をかけたり……」
「いいです、もういいですご主人様。これ以上はその……聞いてもアレですので」
 そこで、聞くに堪えない、とでも言いたげな愛紗が僕の言葉を制した。
「そう? まだ序の口なんだけど」
 校舎の破壊とか、壁の破壊とか、機材の破壊とか、ネタには事欠かない。
 けど、愛紗や朱里、そして鈴々までもが、僕の話を聞いていただけだと言うのに、なぜか酷く疲れたような空気を全身からかもし出していた。
 どうしたの? もしかしてあまりのバカさ加減に呆れた?
「いえあの……ご主人様がどれほど劣悪な環境下で学問をがんばっていらっしゃったのかが十分わかりました。尊敬の一言に尽きます」
「そんな中で勉強をしてたって……大変ですよね。勉強が嫌いになってしまわれたのもわかる気がします……」
「鈴々はまだ恵まれた環境だったのだ……贅沢言って、お兄ちゃんに申し訳ないのだ……」
 ……どうやら3人とも、その環境下で僕が周りに苦労させられながら一人きちんと勉強をがんばっていた、と思っているらしい。僕はむしろ雄二たちと共にその中心人物として手腕を振るっていたんだけど……まあせっかくだし、尊敬されておこう。
「ほら、ご主人様はそんな中でも勉強していたのだ、お前もやる気を見せてみろ」
「うう、それとこれとは別って言いたいけど、言う気になれないのだ……」
 文月学園Fクラスの武勇伝(超ノンフィクション)が余程ショッキングだったらしい。曲がりなりにもわずかにやる気を出した鈴々は、とりあえず筆を握りなおしていた。
「じゃ、じゃあ……がんばってね……」
「はい。ご主人様も、午後からの政務、がんばってください」
「これが終わったら、私達も戻りますから」
「鈴々もがんばるから、お兄ちゃんもがんばれ〜……」
 うれしいことを言ってくれる。
 鈴々がやる気を出したのはいいことなんだろうけど……なんだろう、この『これでよかったんだろうか』的な胸のモヤモヤは……?
 若干卑怯な説得(?)を終えた僕は、再び暇つぶしを探しに、玉座の間を出て行った。

190 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 18:22:18.43 ID:xmrrKX3z0
幽州・日常編(1)
第33話 義理と理由と地獄突き
 バカに教えるってのは、自分がやるより三倍は疲れるようだ。
 翔子や姫路、工藤に手伝ってもらったが、あの4人に教えつつ自分も平行して勉強すると言うのは、予想外に疲れた。4人とも、同じ問題を3回やらせてもまともに正解しない。
 おまけに明久の奴は何度も脱走を企てやがる。まったく、あの根性を脱走でなく勉強に向ければ、少しは早く終わっただろうに。
「姫路が教えれば少しはやる気を出すだろうと思ったんだが……ったく、あのバカは」
「……吉井はあれでもがんばってたから、仕方ない」
 俺の横に並んでついてきている翔子が、明久にフォローを出してやっていた。
「甘いな翔子、アイツはそう見せるのが得意なだけだ。Fクラスの連中ならあのくらいは誰でも出来る」
「……そうなの?」
「ああ、そうでなきゃ補習が終わらんからな」
 俺達Fクラスは、基本的に真面目に勉強に取り組むことがまずない。ゆえに、姿勢や表情から『いかにも真面目に勉強していますからこのくらいでいいでしょう?』といった雰囲気をかもし出す術を、島田と姫路を除く全員が体得している。それによって先生の同情を誘い、予定よりも早く補習を終わらせたりするのだ。
 ……もっとも、鉄人には最近通用しなくなってきたが。何か新しい手を考えなければならんかもな。
 他にも、腹話術に近いほどの口の動きの少なさで話したり、ひそひそ話レベルの小声で話したことを離れた位置で正確に聞きとったり、有事の際に瞬時に隊を編成して裏切り者(色恋沙汰)の排除に回ったりと、Fクラスメンバーには他にはない特殊技能を持つものが多くいる。それら全てが下心その他煩悩全般の産物であるため、お得感は皆無なのだが。
「……Fクラスって、すごいのかそうでないのかわからない」
「安心しろ、全くすごくない」
 隣で首をひねる幼なじみ。
 それにしても、だ。
「にしても翔子、あの時は驚いたぞ、お前までこの世界に来てるとはな」
「……わたしもびっくりした」
 表情が変わってないんだが、まあそうなんだろう。
 しかし実際、反董卓連合軍の軍議のときにこいつがいたのを見た時は、本当に驚いた。
 ……いや、その時は恐怖心が先行していた気がするが、まあそれはもう考えるまい。
 あのあと俺は考えた。何せ俺達がこの世界に来たのは、姫路のサンドイッチが原因だという仮設がほぼ断定になっていた。しかし、あの場には翔子も工藤もいなかったはず。だとしたら違うのか、なら、俺達はどうしてこの世界に来てしまったんだ……?
 などと考えていたのだが、その後すぐ、

『そういえば翔子ちゃん、愛子ちゃん、あのサンドイッチは食べてもらえましたか?』
『……昼休みに廊下であった時に貰ったあれのこと?』
『ああ、そういえばボクもその時一緒にいたっけ』
『はい、作りすぎてしまったのでお2人におすそ分けした、あのサンドイッチです。えっと……味、どうでしたか?』
『……それが、思い出せない』
『え?』
『そうなんだよね〜。ボクも食べたのは覚えてるんだけど、そのあとすぐに目の前が暗くなって……気付いたらこの世界にいたんだよ』
『……よりによって、嫌なタイミングだった』
『そうですか、残念です……』
『ごめんね、感想、聞かせてあげられなくて』

 などという会話が聞こえてきて、その懸念を吹き飛ばしてくれた。
 翔子に工藤……お前たちもか。俺達と交友があったばかりに、なぜか申し訳ない……。
 なんてことを考えていると、

「む、そこにいるのは……霧島殿と坂本殿か?」

 と、声が聞こえた。
191 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 18:23:11.06 ID:xmrrKX3z0
振り返ると、手ぬぐいで汗を拭きながら歩いている華雄が通りかかる所だった。
「お、華雄。訓練帰りか?」
「うむ、関羽たちに頼まれて、兵たちに訓練をつけていた所だ」
「そうか、ご苦労さん」
 そう言ってやると、華雄はわずかに得意げに笑って見せた。
 董卓の救出までこそ、こいつは厄介な敵でしかなかったが、味方になれば愛紗や鈴々と同様に心強い。
 結果的に愛紗に敗れたとはいえ、実力は折り紙つきだ。また、董卓軍時代に大軍を率いる将だったこともあり、兵を率いて戦ったり、兵を鍛える能力にも優れている。将が不足しているこの文月陣営において、かなり頼もしい味方である。
 何せ今までは、将といえば愛紗と鈴々、それにその2人から大きくレベルで下回るものが何人か、といった程度だった。訓練にしても隊編成にしても、どうしても手が回りきらない。そこにやってきて、愛紗と同等以上の手並みで大軍を見事にまとめて訓練をつけるこいつの存在は、やはり大きかった。
「ここんとこ連日じゃないか? 少しは休んだほうがいいと思うが……」
「お気遣い感謝する。しかし、このくらい当然だ。私も、董卓様も、貴殿らの頭目の吉井殿に命を救われた身。この大恩を返すには、むしろまだまだ足らん」
 そう言って、疲れてなどいないかのように振舞って見せた。
 それだけで、こいつがどれほど忠義に厚く、そしてどれほど味方に対しては思いやりの深い奴なのか、ということがわかる。こいつを仲間に入れた明久の判断は、やはり正しかったようだ。
「それに、このくらいどうということはない。そこまでやわな鍛え方はしとらんからな」
「ならいいんだが……この時代、体が資本だからな。無茶だけはすんなよ」
「そうだな、ご忠告、この身に刻んでおこう。では、失礼」
と、そういい残して華雄が退散しようとし、俺も振り向いて歩き去ろうとすると、

「……待って」

「「?」」
 唐突に翔子が言った一言に呼び止められた。
 どちらに? 俺に言ったのか、華雄に言ったのかはわからなかった。そのため、俺と華雄、両方が歩みを止めて翔子を振り返っていた。
「……雄二、華雄にも会えたし、丁度いいから聞きたいことがある」
「私にか?」
「……(コクッ)」
 どうやら、俺と華雄の両方に言っていたらしい。
 でも、華雄に質問って……何だ? 白装束の情報は、もうあらかた聞き出したって聞いたが。
「……華雄」
「うむ」
「……ずっと疑問だった。どうして白装束は、私達『天導衆』を洛陽までおびき出そうとしたのか……知らない?」
 翔子が発したのは、そんな質問だった。
「? 賈駆が言っていたように、貴殿らを[ピーーー]ためであろう?」
「……そうじゃなくて」
 翔子が言おうとしているのは、恐らく……
「……私達を[ピーーー]のに、どうしてわざわざ遠路はるばる洛陽におびき寄せる必要があったのか、ってこと」
「は?」
「つまりだ。俺達を殺したいなら、刺客でも何でもここに送ればいいのに、どうして虚偽の情報を流すような回りくどいまねをして、『洛陽で[ピーーー]』必要があったのか。ってこった」
 白装束の集団には、兵力がそれなりにあった。何せ、市街地の中でのいきなりの奇襲だったとはいえ、一時は俺達を混乱状態に陥れたほどだ。
 それに、俺達『天導衆』の名は、居所も氏名も隠されもせず、大陸全土に知れ渡っていた。幽州啄県にいる、『天の御使い』として。
 にもかかわらず、何故わざわざ雁首そろえて洛陽なんぞまで来てもらう必要があったのか……ということだ。
「ふむ……そういわれればおかしいな……。刺客を放つか、堂々とこちらから戦線布告すれば済むことだ」
「だろ? 元々当時の俺らの力は、董卓軍と比べたら全然だったんだ。董卓軍を操れる立場にいたんなら、わざわざ連合軍を結成させて招待しなくても、正面から攻めてくるだけで、大した被害もなく俺達を殲滅できたはずだ」
「……あまり考えたくはないけど」
 明久たちはこの疑問に気付いてもいないみたいだが、この点はかなり重要な気がする。
 明らかに不自然すぎる……確実に何らかの理由があるんだろうし、その理由こそが、あの連中に関する重要な情報になる……そんな気がしてならない。
「確かに、言われて見ればそうなのだが……すまん、思い当たらん」
「……そう、残念」
「役に立てず、申し訳ない」
 そう言って、華雄は控えめに一礼してくる。
「いやまあ、知らないんなら仕方ないんだが……だったら、他にないか? あの連中について気になったこととか……」
「そうだな……考えるだけで、殺意や闘争心ならいくらでも湧き出てくるが……」
 ここで発揮しないようにだけ頼むぞ。
「……まあ、なにやら意味のわからんことなら度々言っていたな」
「なんだそりゃ?」
 わけのわからんこと……専門用語か何かか?
「なにせ理解できんかったからな、おぼろげにしか覚えていないが……干渉したくないとか……影響がどうのとか言っていた気がするな」
「……干渉? 影響?」
「他は思い出せない……か?」
「ああ、すまない」
 まあ、仕方あるまい。何を話していたにしろ、華雄にとっては意世界言語か専門用語だ。俺達が大学レベルの専門用語の会話を聞いて、同じ日本語とはいえその内容を覚えていられるかって聞かれたら、絶対無理なわけだし。
 にしても、キーワードが二つ増えたな……『干渉』と『影響』か……。
「まあ、今の時点の情報にしちゃあ上出来だろ。サンキューな、華雄」
「そうか、よくわからんが、役に立てたのなら何よりだ」
 こうは言ったが、実の所余計にわからなくなっていた。まあ、それを言うとこいつがまた変に気負いしちまうだろうし、こう言っておいていいだろう。
「もしあの連中とまた刃を交えるようなことがあれば、その時は是非に私にも戦わせてくれ。連中には100倍にして借りを返さねばならん」
 掌に拳を打ち付けて、華雄が意気込んでいる。口調は変わらないが、一言一言に並々ならぬ決意が込められているのがわかった。こりゃ頼もしい。
「ああ、そんときゃ思う存分暴れてもらうさ」
「……頼りにさせてもらう」
「うむ、たのむぞ」
 そう言って、華雄は振り返って歩いていった。
 さてと……じゃあ俺はこのまま部屋にでも行って……

「……………………」
「……………………」
192 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 18:23:44.51 ID:xmrrKX3z0
「……おい、翔子」
「……何、雄二?」
「そういやお前、いつまでついて来るんだ?」
 さっきから流してたが、こいつは勉強会が終わってからずっと俺の後について回っている。部屋を出てから、厨房やら、書庫やら、いろんな場所を巡ったが、ずっと一緒だった。
「……雄二の部屋まで」
「何でお前が俺の部屋に来るんだ」
「……妻が夫の部屋に入るのに、理由は要らない」
「要るっつの。お前まさか……ガサ入れとかするつもりじゃねーだろうな? だとしたら無駄だぞ?  こんな世界じゃ、エロ本もエロ写真も何も売ってないからな」
「……大丈夫。それは昨日もう済ませてあるから」
「大丈夫じゃねーだろ! お前何ちゃっかりこんな異世界でまで俺のプライバシーを思いっきり侵害してくれやがってんだコラ!」
 くそっ、失敗した! こいつがこの城に来ることが決まった時点で、部下に手配させて部屋に鍵をつけておくべきだったんだ!
 しかし、この分だとまだ見つかってないみたいだな。今からでも遅くはない、城下の鍵職人を呼んで、かんぬき式の頑丈なのを内側に複数と……南京錠も10個ぐらいつけてもらうか。善は急げだ、このままこいつを撒いて城下に行って……
「……昨日もう済ませて、本棚の裏と床板の下、それに寝台の隠し引き出しの中に隠してあったあれらは全部焼却処分したから」
「畜生ォ―――――!!」
 わざわざムッツリーニの携帯用ハードディスクドライブから抽出して印刷して製本して作ってもらった特注のブツを!
 甘かった……こいつにそんな淡い期待を抱いてはいけなかったんだ……。やっぱりこいつの部屋を、城の中で俺の部屋から一番遠い部屋に指定するだけじゃ、急ごしらえのその場しのぎにも不足だったか……!
「……そして、代わりに私の写真を入れてあるから」
「要るか! お前の写真なんざ!」
 10歳からずっと一緒にいる幼なじみの写真なんぞ要らんにも程がある!
「……確かに、いらない。ごめん」
「え? あ……そ、そうだな」
 ……と思ったら何だ? やけにものわかりがいいというか……。
「……今日から、雄二の部屋で一緒に住むから」
「バカ言ってんじゃねえ!! テメェの部屋は城の3階の一番端っこだろうが!」
「……妻が夫と同じ部屋に住むのに、理由は要らない」
「理由云々以前の問題だと何故気付かない!? つーかさっきから流してきたが、お前は俺の妻でも何でもねーだろうが!」
「……大丈夫、予定ではそうだから」
「予定でもねえ!」
「……それに、眠れない夜は私の所に来るって約束してくれた」
「した覚えはねぇぞバカ!! 何で俺が夜分遅くにテメェの部屋なんぞに行かにゃあならんのだ!!」
「……だから、その分の距離を短縮するために、私が雄二の部屋に住む」
「距離の問題じゃねえ!!」
 全く……こいつとこの類の話になると終わりが見えなくて困る。
 というか、これ誰かに聞かれてないだろうな!? こんなとこ誰かに聞かれでもしたら、それこそ城中の噂になっちまう……

「………………」
「「………………」」

 ……いや、

193 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 18:24:10.20 ID:xmrrKX3z0
「……す、すまん、邪魔をした」
「おい待て華雄! お前なんでここに!? 行ったんじゃなかったのか!? っていうか逃げるな!」
 目が合って一瞬の後に、脱兎のごとく逃げていく華雄。まずい、聞かれた!
 あの華雄が井戸端会議に参加する主婦のごとくこのことを言いふらすとは思えないが、それでもコイツがらみである以上、不安の芽は根こそぎ摘んでおくべきだ。さっさと誤解を解……
「し、ししし心配するな坂本殿! 霧島殿とのことは他の誰にも言わん!」
「逃げながら大声で口走るな! 頼む、頼むから待て! 弁明を……誤解を解かせてくれ!」
「は、恥ずかしがることはない! ま、まあさすがに白昼堂々あんな話をしていたので驚きはしたが、今の世の中、例え坂本殿ほどの歳であれ、妻をめとるのはおかしいことではないし……むしろ愛人の1人や2人持っていたとて不思議では……」
「違うっつってんだろ! 頼むから待ってぉうおぉっ!?」
 何だぁ!? いきなり襟首をものすごい力で引っ張られ……

「……雄二、愛人って、何……?」

 修羅だ!?
 俺の襟首を首根っこごと鷲づかみにし、風もないのに髪を波立たせてそこにたたずんでいる翔子は、一軍を退散させられそうなくらいの覇気を放っていた。い、息が苦しい……。
「何なら正式に後宮を構え……坂本殿?」
「まあ待て翔子。何をどう勘違いしたのか知らないが、華雄は例え話をしただけであって、そもそも俺の周りにはお前のことも含めてそんな事実はないと……」
「……うん、わかってる」
「な……ならいいんだが……」
 どう見てもそうは見えない。
「……私はただ、可能性を根絶しようとしているだけ(スッ)」
 いかん! 翔子の構える手刀が日本刀のような鋭さときらめきを帯びて見える!
「……大丈夫、根本から考え方を変えてあげるから」
「全然大丈夫じゃなぐぼぉっ!!」

ドシュッ! ドシュドシュッ!

「お……おい霧島殿!? ちょ……それ手刀が喉元に刺さってないか!?」
 この類の光景を初めて見る華雄は、我が幼なじみの凶行に戦慄していた。
 連続して繰り出される翔子の地獄突きに、俺の頚動脈がリアルに悲鳴を上げているのがわかる。
 だ、だが確かに……この痛みは……信じたくはないが、リアルに刺さっているのと遜色ないような……いや、そんなことを考えている場合じゃねぇ……
「し……翔子……やめ……話を聞……」
「……不安の芽は、根こそぎ摘んでおく(ドシュドシュドシュッ!!)」
「その前に俺の命が摘まれ……ぁ……」
「坂本殿ォ――――!?」
 ああ……口の中に鉄の味が……。
「いいい今衛生兵を呼んでくる! しばし待て! 死ぬなよ―――!?」
 すでに俺の視界は閉ざされ、目の前がほとんど真っ暗なこの状態。
 走り去っていく華雄のセリフが、エコーがかかったように頭の中で何度も響き渡る妙な現象に遭遇した俺には、最早自らの生命力を信じる意外に出来ることは無かった。
 というか、この仕打ち、理不尽すぎだろ……。


                       ☆


 その数時間後、華雄は誰もいない廊下で、一人呟いていた。

「む? そういえば、坂本殿を追いかけたのは、何か思い出した気がしたからなのだったが……何だったか……ああそうだ。奴らが他に『セイシ』とか『ガイシ』とか言っていたのだった。どういう意味なのか全くわからんが……まあ、今度会った時にでも話すか」


194 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 18:25:02.38 ID:xmrrKX3z0
幽州・日常編(1)
第34話 散歩と川と純粋無垢

「何かしらアレ? 何だかやけに騒がしいけど……」
「衛生兵さんたちですね……何かあったんでしょうか?」
 廊下を歩いているウチと瑞希のすぐ横を、10人くらいの救急箱を持った人たちがダッシュで通って行った。
 何だろ? 鈴々ちゃんが転んで怪我でもしたとか……にしちゃ大仰よね。
 さっきまで瑞希や坂本達が教師役の勉強会に出てたせいで、頭が重い。教え方は丁寧だから助かるんだけど、それでもあの漢字の羅列が魔物であることには変わりない。こりゃしばらく頭働かないわ……。
「はぁ……今日はもう何もやる気になんないわね……」
「大変でしたもんね、勉強会。でも美波ちゃん、頑張ってましたよ」
「そりゃまあ、ね……。字くらいなんとか読めるようになりたいし」
 こっちの世界に来て、やっぱり言語関係で一番苦労していた。
 何せ日本語の文章の漢字すらまだ怪しい、古文の点数が依然1桁の私だから、こんな漢文だらけの世界でまともにやっていける訳がない。張り紙や広告の一つも読めないんだから。
 まあ、幸いにも言葉が通じるのと、漢文を大体読める瑞希が一緒にいてくれたおかげで、こっちに来てからも何とかやってこれたけど。
 アキ達と合流してからは、アキが『太守』なんていう予想外にすごい地位についていたおかげで、食事や寝床といった、生活面での苦労はほとんど無くなった。
 それどころか、私自身も結構な地位(最高幹部的な)につけてもらえて、身の回りの世話をしてくれる家政婦みたいな人までいるから、テレビやパソコンが無いという点だけ我慢すれば、断然快適だ。
 ただ、戦いに出たり、仕事を手伝うことになったのは正直きついけど。
 まあ、ただでこんな生活させてもらうのもどうかと思うし、文句は言わないけどね。
「それにしたって、よりによって全部が全部漢字で書いてなくたっていいのにさ〜……」
「あはは……仕方ないですよ、古代中国ですから。それに、中国語でないだけよかったじゃないですか」
 まあ確かに、あんな漢字もどきの軍団に出てこられたら、それこそお手上げだわね……。
「そう思っとくわ。瑞希はこれから何か予定ある?」
「これからですか?とりあえずお昼ご飯を食べて、残りの仕事を済ませたら……翔子ちゃんの所でお勉強しようかと思ってるんです」
「え!? まだ勉強するの!?」
 今の今まで漢字漬けだったのに!? 第一瑞希はもう十分に漢文読めるのに……これ以上何を勉強するっていうの!?
 ウチが実質学年次席の優等生である瑞希の別次元の勉強意欲に戦慄していると、
「あ、そうじゃなくて、数学や理科をやろうかと」
 瑞希の口からそんな言葉が出てきた。
「は? どういうこと?」
「はい、実は翔子ちゃん、自習するために学校に来てたらしいんですけど、その関係で全教科の問題集を一通りこっちに持って来てるそうなんです。だから、それを貸してもらって、忘れないように勉強しておこうと思って」
「あ、そうなんだ……」
 霧島さんが学校に来たの、多分坂本が補習授業で登校してるからだと思うんだけど……それはこの際いいか。
 でも、漢文じゃないにしても、瑞希ってば勉強熱心ね。私ときたら、せっかく学校がないんだから、伸ばせる時に思う存分羽伸ばしておきたいな……とか思ってるのに。
「瑞希って真面目ね」
「そんなことないですよ。学校で勉強してた内容を忘れちゃったら勿体無いですし、第一向こうに戻った時に大変じゃないですか……!」

 そこまで言って、ウチと瑞希ははっとして口を止めた。

 ……そういえば、今まで考えてなかったけど……
 ウチら……もとの世界に戻れるのかな?

195 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 18:25:42.78 ID:xmrrKX3z0
「……あの……瑞希……?」
「え、あ、はい……すいません……」
「あ、いや別に謝らなくたって……その……」
 瑞希は不安そうな、少し申し訳なさそうな表情でうつむいていた。
 無理もない。今まで気にしていなかった、忘れていた事柄を思い出してしまったのだから。
 もしかしたら……私達は、一生この世界から帰れないのかも知れない……と。
 この世界が気に入らないわけではない。
 確かに、元の世界に比べたら不便だし、楽しみも少ないと言わざるを得ない。毎日漢文とにらめっこしなきゃいけないし、軍事やら政治やらの問題でややこしいし、おまけにそこそこの頻度で戦争まで起こる。
 でも、ここに来て、得るものもたくさんあったし、貴重な経験もたくさん出来た。結果論だけど、少しは古典の知識もついた気がする。
 何より、愛紗さんや鈴々ちゃん、朱里ちゃんなんかと友達になれたのは、とても嬉しかった。
 ……それでも、私達はこの世界の住人ではなく、元の文明が発展した世界の住人である、という事実は変わらないし……正直言ってホームシックもある。そんな中でこういう話題になるのは、どう考えても避けたかった。
 お互い何も言えず、気まずい空気の中で時間だけが流れていく。
 ……と、

 ぺろっ

「ひゃっ!?」
「え!? ど、どうしたの瑞希!?」
 突然の瑞希の悲鳴に驚いて、私まで小さな悲鳴を上げてしまった。
「い、いい今何かが私の足に……あれ?」
 瑞希と一緒にその足元に目を落とすと、首元にスカーフの容量で赤い布を巻いた、一匹の犬がちょこんといた。あれ、この子って確か……
「………セキト」
 と、その声に私達が振り向くと、庭の方から、この文月軍を引っ張る将軍の一人、呂布こと、恋さんが歩いてくる所だった。
 ああ、やっぱりこの子、恋さんの飼い犬のセキトちゃんか。
「あ、こんにちは、恋さん」
「こんにちは」
「………(コクッ)」
 私の一言に、黙って頷く恋さん。そのご主人様の所に、セキトちゃんは小さく吼えて駆けていった。
「あ、じゃあ今の、セキトちゃんが私の足をなめてたんですね」
 なるほど、今の瑞希の悲鳴のわけはそれか。まあ、そりゃびっくりしても仕方ないわ。
「恋さん、どこか行くの?」
「………散歩。セキトと一緒に」
「お散歩ですか、楽しそうですね」
「………(コクッ)」
「あれ、2人とも何してるの?」
 と、今度は聞き覚えのある声。見ると、廊下の反対側から、工藤さんが手を振りながら歩いてこっちに来る所だった。
「あ、工藤さん」
「実は、(省略)というわけで」
「あ、そうなんだ。ねえ、散歩ってどこに行くの?」
「………森」
 ポツリと一言。……前から思ってたことではあるけど……この人、会話が単語ばっかりでコミュニケーション取りづらいかも……。
 悪い人じゃないってのはわかるんだけどね、その、表情も変化ないし……。
 と、工藤さんがこんなことを言い出した。
「あ、だったらさ、ボクもついてっていいかな?」
「え? 散歩に?」
「うん、丁度暇だったし、お弁当に点心でも持っていけば、ちょっとしたピクニックみたいで気分転換にもなるんじゃない?」
「あ、確かにそうね、何だか楽しそうかも」
「そうですね、ちょうどお昼ご飯食べる所でしたし」
 工藤さん、ナイスアイデア。
 気分転換にピクニックか……勉強で疲れた頭をリフレッシュさせるには丁度よさそうね。それに、恋さんと話すいい機会かもだし。
「………?」
 見ると、当の恋さんはよくわからなそうな顔で首を傾げてた。えーと、説明したほうがいいのかな?
「あ、えっとね、恋さん。セキトちゃんの散歩、私達も一緒に行っていい?」
「………(コクッ)」
 あ、OKみたい。
196 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 18:26:12.44 ID:xmrrKX3z0
「じゃあ、厨房に行って点心貰ってくるね。4人分でいいのかな?」
「あ、よければ私、お弁当作りましょうか?」
「あー……それもよさそうだけど、あんまり時間かけちゃうと恋さんを待たせることになっちゃうし、今日は出来てるものにしましょ」
「あ、そうですね」
 瑞希の料理……そういえば私、何だかんだで食べたことなかったりするんだけど……今度作ってもらおうかな。機会があったら。
 全く、瑞希が作ったってだけで、あの男共がいつもいつもがっつき過ぎるのよね。いくらおいしいからって、私の分も残さずに……。特にアキっ! いつか絶対私の手料理で度肝抜かせてやるんだから!

                       ☆

同時刻・明久の部屋・政務室

「――――――っ!?」
 な、何だ? 今、つららを直接背骨の中に差し込まれたかのような寒気が走ったぞ!?
 勉強のし過ぎで疲れてるのかな……? いや、それとは違う寒気のような……。
 ……何だろう、近いうちに何かしらの惨劇が起こりそうな予感が……って僕は預言者か何かか。バカバカしい、部屋行って休もうっと。

                       ☆

「わ〜、綺麗な所ですね〜」
「こんなところあったんだね。ボク初めて知ったよ」
「ウチも、森には警邏とかで時々来るんだけど、こんな所があったのね……」
 城を出て、森に入ってからから20分くらい歩いた。
 護衛兼先導役の恋さんの案内でウチらがついたのは、森の中、少し奥に入ったところにある水場だった。周りは緑でいっぱい、水はすごく澄んでいて、小さな滝まである。正に自然……って感じの場所。
 ちょっとの気分転換のつもりだったけど、これは予想外だった。まさかこんな綺麗な場所があるなんて。空気も美味しいし、風もひんやり冷たくて気持ちいい。滝からはマイナスイオンとか出てそうだし……これは穴場ね……。
 ていうか、恋さん幽州に来てそんなに立ってないはずなのに……こんな場所見つけてたんだ。もしかして、セキトちゃんが見つけたのかもしれないけど、どっちにしろすごい。
 着いて早々、セキトちゃんはざぶん、と音を立てて水に飛び込んだ。
 犬掻きで泳いで、冷たい水の爽快感を満喫している、って感じね。
「楽しそうですね、セキトちゃん」
「だね。元気だな〜子犬は。さてと、どうする? そろそろお弁当食べる?」
 工藤さんが小脇に抱えている点心の包みを掲げて見せた。
 4人分……にしては多いんだけど……の点心は、ピクニックに行く旨を伝えて料理長に作ってもらったもので、お弁当にすると言ったら、気を利かせて冷めても美味しい味付けに工夫したものを持たせてくれた。
 といっても、けっこうな量をもって来てるから、互いの熱のせいでまだけっこうあったかい。それ考えると、今のうちに食べちゃうのがいいかも。
 丁度休憩なんだし、この辺はイス代わりに座れそうな石も多いしね。
「はい、じゃあここで……あれ、恋さん?」
 と、瑞希が声を上げる。
 見ると、恋さんがとことこと水場に向かって歩き出していた。あれ、どうしたの? お弁当食べるわよ?
197 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 18:27:17.02 ID:xmrrKX3z0
「………洗う」
「洗うって……セキトちゃんをですか?」
「………(コクッ)いつも、ここで洗う」
 あ、もしかしてここに散歩に来たときは、水浴びがてらセキトちゃんを洗ってあげることにしてるのかしら。
 それなら……ちょっと待ってあげようかな。セキトちゃん、もう水に入っちゃったし。
「じゃあ、セキトちゃんを一旦岸に上げるんですか?」
「………(フルフル)」
「あれ? 違うの?」
「……恋が入る。中に」
「え? でもそれじゃ濡れちゃいますよ……って、れれれ恋さん!?」
 ? 瑞希? 何慌ててるの?
 何かあったのかな〜、と、開きかけた点心の袋を再びとじている工藤さんと一緒に振り返ると、

「!!? ちょちょちょちょちょちょっと!? 恋さん!?」
「わぉ、大胆〜♪」
「………?」

 そこにいたのは、いつの間にか来ていたものを全部脱ぎ捨てて、完全に裸になっている恋さんだった。……って、は!?
「れ、恋さん!? 何でこんな所でそんな全部脱いでるの!?」
「………脱がないと濡れる」
 いやそうだけど! こんな野外の、誰が通りかかるかわからないところでそんな素っ裸になって……恥ずかしくないの!? そしてその「何慌ててるの?」とでも言いたげな目は何!? ウチらのこの驚愕は思春期の女子としては当然のことよね!?
 そんなウチらの困惑も無視して、恋さんは一糸纏わぬ姿で川の中をずんずん進み、セキトちゃんを抱きかかえて、慣れた手つきで体を洗い始めた。
 一連の動作に、恥らうような素振りは一切ない。い、いくらこの場に女の子しかいないからって……いや待って、もしかしたらこの人、案外男の人がいてもこんな感じで普通に脱いじゃうんじゃ……?
 ……それにしても、こんな時になんだけど。
 恋さんの裸、馴染めて見るけど……なんかこう、ちょっとびっくりする。
 いや、別にスタイルがすごいとかそういうんじゃなくて(十分すごいけど。胸とか、くびれとか、玲さんクラスよねこれ……)、その……背中の刺青が。
 普段から露出が多い服を着てるから、一応目には入ってたんだけど、こうして見ると……やっぱちょっと異質かも。うなじの下から腕の肘の辺り、下の方は太ももの辺りまで、よくわからない模様の紺色の刺青がびっしり入っている。何か、形容しづらいけど……武人とか、そういうのの象徴、って感じがする。
 こうして子犬と遊んでいる姿からは、戦場で敵を斬ってる恋さんなんて想像できないけど、この辺にその残照が見える気がする。
 褐色の綺麗な肌や、美少女、と言っていい顔つきとは明らかにミスマッチな刺青に、私達が困惑するのも忘れかけて考えさせられていると、

「それじゃあ……ボクも脱いじゃおっかな」

 工藤さんが唐突にそんなことを言い出した。
198 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 18:28:15.55 ID:xmrrKX3z0
「「えぇ!?」」
 ちょ、あなたまで何言い出すの!?
 驚いている間にも、工藤さんは有言実行、ぽいぽいと服を脱ぎ捨てていっていた。
 ちょ、待って……何をそんな、あ、シャツまで……もう下着だけに……ってああ!? そんなにためらい無くホックを……
「あ、愛子ちゃん!? 何してるんですか!?」
「ん、見ての通り、この際ボクも一緒に開放感に浸っちゃおうかなって。水浴びで気分転換にもなるし、こういうことした後のご飯って美味しいしさ」
 こういうことって!
 ご飯が美味しいのは水泳とか運動した後であって、そんなただの露出……もとい、水浴びとかそんなのは別に関係な……っていうかそれ以前にどうしてこんな野外でそんなにためらいも無く全裸になれるの!? しかも自分から!?
 ひらひらと今脱いだばかりの下着を振りながらそう言ってくる工藤さん。
そのまま丁寧に服をたたんで岸に置いて、川の中に入って恋さんとセキトちゃんのところへ……
「恋さん。ボクも混ざっていい?」
「………(コクッ)」
「ありがと……って、きゃははっ! こらセキトちゃん、そんなところなめちゃダメだってば、エッチ♪」
「「あわわわわわわ……」」
 お、女のウチでも顔が真っ赤になりそう……いやこの熱い感じ、もうなってるかも。
「ねえ、姫路さんと島田さんも一緒にどう? 気持ちいいよ? ……色々と」
「「結構ですっ!!」」

                        ☆

 誰にともなく、
「ただいま〜……」
 と一声言って、ウチらは城へ戻ってきた。
 あれから工藤さんがやたらめったらはしゃいで、全く予想のつかない口撃でからかってくるもんだから、靴下一枚脱いでない私と瑞希まですごく疲れた。
 まあ、その後食べたお弁当は美味しかったからいいけど。でも、この疲れとお弁当のあの美味しさは無関係だと思う。そう信じたい。
 ところで、お弁当を食べる段階になって(さすがにその時は2人とも服を着て)、わかったことが一つあった。
「それにしても恋さんって、結構大食いなんだね、びっくりしたよ」
 と、工藤さんのセリフにもあるとおり、恋さんの食欲は結構なものだった。
 女子高生の感覚からすると、料理長が用意してくれた点心弁当は結構多くて、一人分でも私達が普段学校に持ってくるお弁当の倍くらいある感じだった。それが、4人分……どう見ても多い。
 これは残っちゃうな、と思ってたんだけど、私達が普通に食べて残った分も、自分の分と合わせて恋さんがきれいにぺろりといってしまった。しかも本人いわく、まだまだ入るとのこと。すごい……。鈴々ちゃんや坂本と同じか、それ以上かも……。
 そんなことを考えてながら歩いていると、
「あれ? みんなそろってどうしたの?」
「あ、吉井君」
 渡り廊下のところで、のんきな顔で歩いている我らが太守様に出会った。
「美波に姫路さんに工藤さんに……恋? 言っちゃなんだけど、珍しい組み合わせだね」
「ちょっとね、4人で出かけてきたの」
「はい。明久君は何してたんですか?」
「ボクは残りの仕事が終わったから、気晴らしに城の中歩いてただけ。みんなは、散歩でもしてきたの?」
「………セキト」
「ああ、セキトちゃんの散歩か。みんなそれについていったの?」
「え、あ、うん」
 おお、アキってば、単語一つで恋さんが言おうとしてたことをピタリと……話の流れがあったとはいえ、こいつ結構やるわね、どうでもいい所で。
「うん、楽しかったよ〜! ね、3人とも」
「………(コクッ)」
「う……うん、まあね……」
「そうですね……楽しかった……です」
「? 何で美波と姫路さんは2人とも顔が赤いの?」
 聞くな!
「へへへ、何でだろうね〜……」
「変なの。あ、じゃあさ、恋」
 と、アキが思いついたようにい言う。
「今度、僕も一緒に行っていい? セキトの散歩……」
「「ダメッ!!」」
「ええ!? 何でぇ!?」
 何を言い出すかと思ったら……何言ってんのこのバカ! 女のウチや瑞希さえギリギリだったのに、あんな所に……あんな場面に男のあんたが一緒にいていいわけないでしょ!!
「何で!? ただ単に散歩についていくだけじゃ……」
「それでもだめなのっ!」
「ダメなものはダメなんですっ!」
「え、えぇ〜……?」
 わけがわからない、と言いたげな顔で、説明を求めて恋さんと工藤さんの方を見るアキ……って、ちょっと工藤さん? 余計なこと言わないわよね?
「そうだね〜……じゃあ、ボクも一緒に3人で行くっていうんなら……」
「「それはもっとダメ―――ッ!!」」

 ズドォン!!
199 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 18:28:46.58 ID:xmrrKX3z0
「ごふぉぁあっ!?」
 あ、いけない。勢いで瑞希と一緒に両側から延髄斬りを決めちゃった。
 一瞬こわばった後に脱力したアキの体が、どさっ、と音を立てて廊下に崩れ落ちて……動かなくなった。
 で、でも今のは仕方ないわよね、正当防衛よ正当防衛! 何か日本語の使い方が違う気がするけどきっとその類よ! うん、だから問題なし!
「よ、吉井君!? ちょ……大丈夫!?」
「………ご主人様、生きてる?」
「……あぁ……死んだおじいちゃん……おばあちゃん……雄二……今そっちに……川を渡って……」
「ダメだよ吉井君! その川渡っちゃダメ! 戻ってこれなくなっちゃうから……あれ!? 何で坂本君の名前がそこで出てくるの!?」
「………ご主人様、死にそう」
「よ……よくわかんないけど、今衛生兵呼んでくるから! 耐えてね! 川渡っちゃダメだよ! あと、できれば坂本君に戻ってくるように言っといて!」
 ……ちょっと……やりすぎた、かな?
 ウチと瑞希は、ひたすらにアキの体をゆさゆさとゆすっている恋さんと、救護室めがけて疾走している工藤さんの背中を見ながら……苦笑して顔を見合わせた。
 ……え−と……ごめん、アキ。

200 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 18:29:32.22 ID:xmrrKX3z0
幽州・日常編(1)
第35話 メイドとカメラと下心

『全くもう……何なのかしら一体!? 戦争でもないのに』
『……ちゃん、そんなこと言っちゃ……』
『だけどさあ、明らかに変じゃない、こんな……』
『それ……そうだけど……でも……』

 ……何だろう……この声……?
 柔らかな声と、きびきびした声の2つが、言い争いをしているのが聞こえていた。
 いや、言い争いって言うより、一方が声を荒げて、もう一方がなだめている……って感じだな。
 というか、この声は……

「……ん……?」
「あ、起きました……?」
「ちぇっ、生きてたか」

 重いまぶたを何とかして開くと、まだ完全には回復しておらず、ぼんやりとしたままの僕の視界に、見覚えの無い天井が映った。
 ここ、どこだ……? 僕は、どうして……
「あ、あの……おはよう……ございます……」
 と、横からそんな声が聞こえた。
 声の主を確認するため、なぜか鈍痛のある首を動かしてみると、そこにいるのは……
「……月に……詠?」
「あ、はい」
「ふん」
 寝台に寝転がっている僕ににこりと微笑んでくれている月と、その隣で腰に手を当てて僕を見下ろしている詠だった。
「出会って間もない人間を真名で呼ぶわけ? なれなれしいったら」
「詠ちゃん……」
 ツンツンした口調で言う詠に、月はおどおどとした感じで声をかけていた。
 2人とも、洛陽であった時のままの性格だ。月はおっとりしていて、大人しい。言葉遣いも丁寧で、誰にでも愛想良く振舞う。ただ、話し方が結構なスローペースだったり、ちょっとおどおどしてて、気が弱い部分はあるけど。
 一方の詠は、相変わらずの強気。自分が侍女である……なんて立場は全く無視で、相手が誰だろうが、それこそ仮にも太守である僕だろうが、青竜偃月刀を持った愛紗だろうが、タメ口以上の、ほぼ罵倒に近い話し方でズバズバと喋る。
 2人とも、当初の予定通り、僕の侍女という立場に就いて、存在を外部から隠蔽している。もちろん、名前だけの侍女……ってわけには行かないから、掃除とか、ちゃんとそういう侍女としての『仕事』もやってもらっている。月は喜んで、結構楽しそうに。詠は、『何で軍師の僕がこんなこと……』とか言 いつつ、嫌々に。
 まあそれでも現状は上手いことやれて……って……?
 何で2人が……というか、ここはどこ? 僕はなぜ寝台に寝ているの?
「よう、起きたか明久」
「雄二!?」
「うわ、あんた起きてたの!?」
 突如、左隣から聞こえてきた声に反応して振り向くと、そこには僕と同じく寝台に寝ている雄二の姿があった。……ん?
「雄二、その首の包帯は何?」
「色々……だ。おまえこそ、何でここにいる」
 思い出したくない、とでも言いたげな不機嫌な口調で雄二が言った。
「何でって……いやそもそも、ここってどこなの?」
「救護室だ。俺は翔子に受けた理不尽な仕打ちのせいで、ここに担ぎ込まれた」
「救護室……」
 そこまで言って、僕は自分の身に何が起こったのか思い出した。
 廊下であった女子達……何気ない会話……コミュニケーションを目的とした自分からの提案……突然の却下……そして首の裏に走る衝撃……花畑……きれいな川……そして、その向こうにいた雄二……。
「……察したか」
「……雄二、また会えて嬉しいよ」
 いつものパターンか……。
 なるほど、僕は僕で、雄二は雄二でわけもわからないうちに死の淵に追い込まれて、誰かによって(僕の場合は工藤さんだった気がする)救護室に運び込まれた。
 そして処置を受けたあと、僕つきの『侍女』であるこの2人……月と詠が看病をしてくれていた……ってわけか。
 と、
「あんたらさっきから何を変な会話してるわけ?」
 呆れ気味の声で詠が割り込んできた。
「顔が悪い上に頭まで悪そうなのね、あんたたちって」
「え、詠ちゃん……」
「おいおい、ずいぶんな言われようだな」
 やわらかに反論する雄二の声は、どこかかれているように聞こえた。霧島さんの折檻で声帯にダメージでも受けたんだろうか?
「そんなつんけんすることも無いだろうに」
「ふん、何言ってんのよ。仲間になったわけでもあるまいし」
「え?」
 そうなの? 僕わりとそのつもりだったんだけど。
「何よバカ太守、その変な顔は。私はね、月がここにいるって言うから仕方なくいてやってるのよ。でなきゃ、何でこんな侍女なんかになってまであんたの所に……」
「詠ちゃん……そういうこと言うの……失礼だよ……?」
 やんわりと制する月の言葉に、詠は、うっ、と一瞬たじろいだ。
 上目遣いで、注意というよりまるで懇願するかのような月の姿勢は、何と言うか……結構ぐっと来るものがある。これは詠じゃなくても同じだろう。
「もう……月は甘いんだから。まあ、だからこそボクみたいに有能な軍師がついてないとね。というわけで、月には指一本触れさせないからね! バカ太守に性悪参謀!」
 このセリフ、彼女達がここに来てから毎日聞いてる。
 というか、雄二は僕の参謀として認識されているらしい。まあ、性悪ってのも含めて、大体そうなんだけど。
201 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 18:30:18.44 ID:xmrrKX3z0
「へいへい、わかりましたよ。それよりお前ら、さっきから気になってたんだが……」
「月、詠、2人とも……その服は?」
「あ……はい……えっと……」
 僕と雄二が共通して疑問に思っていたこと、それは、2人の服装。
 侍女である2人は、普段、この世界で標準的に採用されているスタイルの侍女服を着ている。その服を着ていれば、この人は侍女である、と見た目一発でわかるため、係の判別、そして2人にとってはカモフラージュの意味の、2重の得があるからだ。
 しかし、今2人が来ている服は……

「ボクらだって知らないわよ。何なの、この『めいど服』っての?」

 ひらひらしたフリルが随所につけられた、可愛らしいエプロンドレス。
 頭の上にちょこんと乗せられた、メイドの証であるウイッグ。
 ……誰がどう見ても、まごう事なきメイド服だ。
 しかも、2人のそれはそれぞれデザインが違う。
 月のはロングスカートで、くるぶし近くまでスカートの布地があって、おしとやかかつ清楚、大人しめな感じが上手く引き出されている。
 一方の詠は、太ももまでしかないミニスカート。詠の強気で活発な感じが遺憾なく発揮され、おまけに黒のストッキングという超絶アイテムがビシッと作用して、これでもかというほど魅力的に見える。このコーディネート……並の使い手ではこうはいくまい。
「……何だってそんな服着てんだ?」
「だから知らないって言ってるでしょ? いきなり渡されて、今日からこれが制服だって言われたから着てるのよ」
「あの……はい……。ご主人様が決めたんじゃ……?」
「いや、僕じゃない。というか……」
「こんなことを考えて、あまつさえ実行する奴は一人だな」
 僕と雄二は、同じ結論に行き当たったようだ。
 と、その予想に『正解』とでも告げるかのごとく、救護室入り口の扉が開いて……

「…………いい(パシャパシャ)」
「「やっぱりお前か」」

 入ってくるなり2人の姿を撮影し始めたムッツリーニに、僕と雄二は同時に突っ込んだ。
「あ……あの人……」
「そうよ、言ってきたのアイツよ。てか、何してんの? まぶしくて鬱陶しいんだけど」
「…………気にするな」
 カメラを知らないがために戸惑うことしか出来ない2人に対して、容赦なくシャッターを切るムッツリーニ。と、その後ろから、
「お、その分だと一命は取り留めたようじゃの、明久に雄二よ」
 ムッツリーニの撮影の邪魔にならないように注意しつつ、秀吉が部屋に入ってきた。
「なんだ秀吉、お前も一緒か」
「人がせっかく見舞いに来たというのに、無愛想な奴じゃな。ま、それだけ元気なのじゃと受け取っておこう」
「ははは、ありがとう」
 やれやれ、といった表情で笑いかけてくれる秀吉。うん、この笑顔を見てる間は、回復力が3割増になるんじゃないかってくらいにまぶしくて、元気が出る顔だ。メイド服の2人も加わって、いやはや眼福眼福……。
「って、そういえば、ムッツリーニでしょ? この2人にメイド服渡したの」
「…………我ながら、力作」
「はぁ!? この服あんたが作ったの!?」
「すごいですね……土屋さん……」
 いつもながら、下心が絡んだムッツリーニに不可能は無いな。
 まあ、このコーディネートのセンスを見る限り、そうだろうなと確信してたけど。しかし、僕に何の相談もせず、独断でここまでやるか……。
「ちょっとあんた、曲がりなりにも太守でしょ? コイツのやってることに何か言うことは無いわけ?」
「…………下世話だったか?」
 ムッツリーニが撮影を続けたまま、視線もこちらによこさずにそう尋ねてくる。
 そう、僕は今、この幽州全域を統治する太守なのだ。詠の言うとおり、言うべきことはビシッと言わなきゃならない。
 今回ムッツリーニがやった、僕に無断で僕の直属の侍女である月と詠にメイド服をわたし、さらに軍議で決定されたわけでもないのに、それをこれ以降の制服として、あたかも太守である僕の命令であるかのように報告、着用を義務付けた。
 この見過ごしがたい独断行動に対して、僕は、

「………………(グッ)」
202 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 18:30:50.30 ID:xmrrKX3z0
黙って、親指を一本立てた。
「ちょ、いいの!? 認めんの!?」
「もちろんだ。グッジョブ、ムッツリーニ」
 僕のセリフに、ムッツリーニは一瞬だけ視線をよこし、にやりと笑って言った。
「…………わかってくれるか」
「ああ。直ちにこの場で僕の判断をもって承認し、公式の決定事項としよう」
「…………ご理解感謝する、太守殿」
「アホくさ」
 ぼそっと雄二がそんなことを言っていたが、気にはならない。
 第一、お前だって悪い気はしていないくせに。こんな美少女がメイド服を着ていて喜ばない男なんて、一万人に一人いるかいないかだ。しかもその美少女が、『ご主人様』とか言ってくれるんだぞ? 僕だけにな! ああもう完璧。
 と、詠がため息と共に、
「あーもう、何なのよあんたらは揃いも揃って! ばっかみたい、女の子にこんな変なひらひらの服着せて喜んでさ、頭大丈夫?」
「詠ちゃん……そういうこと言っちゃダメ……」
「でも月〜……」
 詠が言いたい放題言っては、月にその都度制される。なんだか奇妙な漫才みたいなやり取りが確立されていた。
「もう……月はまだ似合ってるからいいけど、ボクはこんな似合いもしない服……」
「詠ちゃんも……似合ってるよ……」
「そうそう、かわいいよ。十分」
 と、あんまり卑屈というか、後ろ向きになられてもこっちが面白くないので、正直な感想を言わせて貰った。
「な、何言ってんのよあんたら! そんな、かわいいとか……」
「いやいや、本当に似合っておるぞ」
「まあな。雰囲気とかその辺もぴったりだ。違和感まるでねーや」
「あう……」
 あれ、もしかして照れてる?
「詠に割り当てたメイド服はデザインの段階から詠の性格・口調・動き・行動原理からわずかな癖に至るまでを考慮に入れて作成したものであり似合わないなどということは絶対にない。自画自賛になってしまうがむしろこのデザインは詠本人の活発さやはきはきとした性格や口調を最大限特徴的かつ魅力的に見せるためにスカートの長さや帯・リボンの長さや位置まで全てをミリ単位で5日間をかけて思案した結果であり……」
「な、何なのよこいつ、急にぺらぺら喋りだして……」
「ああ、これはもともとこういうやつだから気にすんな」
 何かのスイッチが入ったのか、突然饒舌になるムッツリーニ。当然の疑念を抱いていた詠に、一応心配は無用だと伝えておく。
「全く……わかったわよ、月がそういってくれるんなら信じるけど……でもこれだけは覚えといて。ボクはあんたたちみたいな変人集団と仲良くするつもりはないの!」
「詠ちゃん……そんなこと言っちゃダメだって……」
「やれやれ、ずいぶんと無愛想なメイドだな」
「…………それも魅力のうち」
 絶え間なく聞こえているシャッター音から考えて、もう100枚近く撮っただろうに、一向に撮影をやめる気配が無いムッツリーニ。
 見てみると、いつの間にか、秀吉がレフ版を持たされて手伝わされてるし。
「あんた達に気を許すつもりは無いわ。月も覚えといてね、男はみんな狼なの。隙を見せたら後ろからブッスリいかれるのよ」
「ずいぶんとまあ、警戒されたもんだね」
「そうじゃな。仲間云々はこの際触れんでも、今は敵ではないんじゃし、別に命など狙ったりは……ん? どうしたムッツリーニよ」
「…………後ろから……ブッスリ……っっ!!(ダバダバダバ)」
「やれやれ……こいつは相変わらずだな……」
 撮影を一時中断して、止血作業に専念しているムッツリーニがいた。今の詠の一言に反応したか。こいつの想像力は底なしだな……。
 と、
203 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 18:31:38.16 ID:xmrrKX3z0
「あ、あの……大丈夫……ですか……?」
「…………心配、するな……」
「は、はあ……」
 心配そうにムッツリーニの顔を覗き込む月は、こんなことを言い出した。
「詠ちゃん、ご主人様たちはいい人だよ……。私達を助けてくれて……かくまってくれて……だから……そんな『後ろから』とか……そういうのは……」
「………………っっ!!(ブシャアアアアア!!)」
「ぬおっ!? ムッツリーニの出血が更に激しく……」
 いかん! 今の月のセリフで妄想にエンジンがかかった!
 恥じらいじゃないけど、あんなおどおどした感じのかわいい声でそんなことを(違う意味を妄想した状況下で)言われたら僕だって顔が赤くなりそうなのに、ムッツリーニが耐えられるはずが無かったっ!!
「え……あ……あの……本当に大丈夫……ですか?」
「…………問題……ない……」
「無いことはなかろう。ほら、丁度ベッドも開いとることじゃし、横になって休むか?」
「…………そうする」
 秀吉の先導でムッツリーニがベッドにつく。
 それに続いて秀吉は、近くにあった机の引き出しから輸血パックを取り出していた。どうやら鼻血対策として常備されているらしい。なんて周到さだ……。
 と、心配そうにしている月とは対照的に、詠はまた何か、スーパーで挙動不審の客を見張る万引きGメンみたいな目で、
「やっぱり、あんたたちからは危険な匂いがするわね……」
 と、呟いていた。
 ……困った……今この瞬間に限っては、否定できない……。
「全く……本当ならこんなと所にいつまでもいないで、月と2人でどっかに逃げるのに……」
「そういうわけにもいかないだろ。俺達は知らなかったけど、どこにお前らの顔と名前知ってる奴がいるかわかんねーんだから」
「う……」
 詠は痛いところを突かれて、たじろいでいた。
 この分だと、詠も本当はわかってるんだろう、ここにいるのが一番安全だっていうことを。でも、ここにいるのはあんまり……ってことか。
「今は我慢してくれないかな? 居心地は悪いかもしれないけど、この城を出て行かれちゃうと、いくら僕らでも二人を守りきれないから」
「誰も守って欲しいなんていってないけど」
「そりゃそうだよ、僕が勝手にそうしてるだけだから」
「……変な男」
「……ありがとう……ございます……」
 呆れたような、それでも月のことがあるからか、少し安堵に似た表情を見せる詠と、うれしそうな、少しはにかんだ表情で会釈する月。こういうかわいいところを見せてくれるから、他人だと思えないんだ。そして、だから、守りたくなるんだよな……。
「……わかった。今はとりあえず、あんたの侍女でいいわ」
「なら、この話はもうやめにしようぜ。いくら話した所で、行き着くところは変わりゃしないんだからな」
「そうそう。それに、これ以上怒ってたら、かわいい顔が台無しになっちゃうよ、詠」
「……っ……さっきからかわいいかわいいって……心にも無いこと言わないでくれる!?」
 と、詠がいきなりの反論(?)を始めた。
 あれ、やっぱり……照れてる?
 僕以外にも、雄二たちもそれに気付いたらしく、さっきまでの罵詈雑言の仕返しもかねて、男子高校生得意の悪ノリ&集中砲火が始まった。
「いや、ホントにかわいいよ」
「ああ、かわいいな」
「うむ、かわいいのう」
「…………かわいい」
「な、何あんたらみんなしてそんなこと……そんなかわいいとか……」
「詠ちゃん、お顔……赤いよ?」
「な、月……これは違っ……」
 あはは、ホントだ。詠の顔が熟れたトマトみたいに真っ赤になってる。こりゃ面白い。
「こ、これはその……そ、そうよ! すごく怒ってるからで……」
「秀吉、どうだ?」
「嘘じゃ」
「う、嘘じゃな……っ……!」
 人間嘘発見器こと、秀吉がキッパリと言い放つ。
 ホントは秀吉に聞くまでもないんだけどね。こんな真っ赤な顔でそんなこと言われたって、ポカポカ陽気の春の教室で言ってる『いや、寝てないって。目閉じてただけだって』と同じくらい信憑性無いし。
「あ、あんた達ぃ〜!」
「……詠ちゃん……」
「え? 何、月?」
「……かわいいよ……」
「……!? ちょ、ちょっと……月まで〜!」

 途中から月まで参加した『詠遊び』は、結局、詠が恥ずかしさの限界を超えて絶叫し、月の手を引いて部屋を飛び出してしまうまで続けられた。

204 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 18:32:28.46 ID:xmrrKX3z0
袁紹編
第36話 チクワと馬超とカンニングペーパー
バカテスト 日本史
問題
 平安時代に成立した日本最古の長編小説として有名な恋愛小説の名前を答えなさい。


 姫路瑞希の答え
 『源氏物語』

 教師のコメント
 正解です。
 今では漫画化等もされており、割となじみ深い文学作品ですね。



 土屋康太の答え
 『源氏物語という、主人公の光源氏が親友の彼女や実の母親、年上から年下までのべつ幕なしに×××××……』

 教師のコメント
 途中から鼻血で読めませんが、題名を答える分には一応正解です。



 吉井明久の答え
 『電車男』

 教師のコメント
 その時代には電車もエルメスも2ちゃんねるもありません。

205 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 18:32:55.72 ID:xmrrKX3z0
 ……某実某所、ある夜……

「はぁ……はぁ……はぁ……くそっ……!!」
 数人の、おそらく兵士か家臣と思われる者たちを引き連れた一人の少女が、悔しそうに悪態をつきながら馬を疾駆させていた。
 その背後には、彼女たちが先ほどまでいたのであろう町で、火の手が上がっているのが見える。彼女たちは、その町から今しがた逃げてきたところだということは、想像に難くない。
「こ……ここまで来ればまずは一安心でしょう」
「ああ……。だがどうする? この西涼のみならず、涼州各地で同じようなことが起こっている……これから行くあては最早無いぞ?」
「それもあの曹魏の小娘の狙いか……くそっ!」
 引き連れてきた兵たちも、率いている少女と同じように悔しそうにしている。
「何にせよ、まずは安全に隠れられる場所を見つけなければ……」
「隠れるだけで済ますものか! 太守様の仇を打たねばならんだろうが!」
「それにしたって……まず身を寄せられるところを見つけなければなりません。路銀も少ない……長く放浪の身でいるわけにもいきませんよ」
「われらを受け入れてくれ、なおかつ、仇討ちに力を貸してくれる者を探せ……と?」
「そんな都合のいいやつがいるものか! 乱世だぞ!? 涼州以外の有力者など……皆、己の版図の拡大しか考えておらん!」
「ああ、袁紹も孫呉も……どこも信頼できん。仮に力を貸してくれたところで……その後で見返りに涼州そのものを奪われるであろうことは目に見えている。それでは本末転倒だ」
「ましてや、あの曹魏に対抗できるだけの実力を持つ者など……どこにも……」

「……1つだけ……心当たりがある」

「「「!」」」
 先頭を歩き、今まで口を閉ざしていた少女の言葉に、全員がはっとして彼女のほうを向いた。
「ほ……本当ですか!?」
「そ、その勢力とは?」
 少女はゆっくりと振り向き、そして、狼狽している家臣たちに向けて言った。

「幽州の『文月』……『天導衆』だ。あたしは……そこの頭目と知り合いだ。あいつなら……吉井明久なら、何とかしてくれると思う……!」

 瞬間、雲が途切れ、少女の凛々しい顔と、長く伸び、頭の後ろでまとめられた茶髪が月明かりに照らされた。

                      ☆

 反董卓連合軍の解散から結構な時間が過ぎた。
 僕らは相変わらず、傘下に入りたいという村々を次々と吸収し、その勢力を更に強大なものにしていき、すでに幽州全域を完全に支配下においた僕らは、軍事面でも以前とは比にならないほどの充実を見 せていた。
 これならもう当面の心配は必要なくなったんじゃないかな……

 ……なんて思ったのは甘かった。

 先の戦いで朝廷に諸侯を統率する力がもはや残されていないことが露呈し、朱里の予想通り、大陸は群雄割拠の戦国時代へと突入した。
 力を持った大国が台頭となり、時には交渉で、時には武力で、周辺の小国を次々と併呑していった。
 中でも驚愕の勢いでその勢力を伸ばしているのが、魏の曹操と呉の孫権だ。
 どちらも戦乱の世が始まってすぐに周辺各国を併呑、大国としての頭角を表し、今や大陸全土から恐れられる巨大武装国家としてその地位を確立していた。
 そりゃすごいですね……なんて他人事みたいに構えていられるわけもなく、程なくして戦火は遂に僕らの所にも飛び火してきた。
 しかも、
 その、
 相手ってのが、


「「「あのチクワ頭ァ―――――っ!!」」」
206 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 18:33:36.10 ID:xmrrKX3z0
その知らせが入ってきたのは、昨日の昼のこと。
 僕らの統治するこの幽州のお隣さんであり、公孫賛の治める土地である『遼西郡』が、袁紹の軍勢によって攻め滅ぼされてしまった、というのである。
 この衝撃的な知らせは、別件で国境付近に放っていた斥候によってもたらされた。そしてその斥候が戻ってくるまでに、袁紹軍はあろうことかその余勢を駆ってこの幽州に侵攻し始めたのである。
 完全な不意打ちだったために、県境付近の出城は次々に落城し、それで調子に乗った袁紹軍は、さらに大部隊を投入して攻めてくるつもりらしい。
 これに早急に対応すべく、軍議が開かれることになった。

「―――――つーわけで軍議だ、野郎共」
「坂本、ここ女の子の方が多いんだけど?」
「および女性諸君」
 Fクラスで会議をやるノリで声を上げ、美波のツッコミを受けた雄二が付け足した。
 ここは『玉座の間』。こういう全体での軍議ではこの部屋が使用される。出席者は、僕ら『天導衆』に、愛紗、鈴々、朱里、恋、華雄、それに政治・軍事部門から統率・代表格の者が数名である。
 ただ、ムッツリーニだけは直接この場にはいない。状況視察のため、隠密機動総司令として部隊を率いて県境付近に出ているからである。
 危険だとは思ったけど、この先はおそらく情報の鮮度が重要になる。ゆえに、通信用・情報記録用のハイテク機器を扱える奴が行く必要があった。そのため、ムッツリーニだけは携帯(持っていないので工藤さんのを借りた)を介しての音声のみの参加となる。
 僕が玉座に座り、その左右に並べた机にはそれぞれ、軍師の朱里と参謀役の雄二。そこから前方に2つ並べた長机に、残る皆がついている。
 図解すると、

  愛 鈴 姫 霧 工 その他……
朱□□□□□□□□□□□□□□□□     
僕□                 入り口→
雄□□□□□□□□□□□□□□□□     
  美 ム 秀 華 恋 その他……

207 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 18:34:24.79 ID:xmrrKX3z0
……ざっとこんな感じ。(□=机)
 さながら僕は、重役会議に出席している社長か会長みたいなポジションだ。まあ、気分はそんなに晴れたもんじゃないが。
「報告を聞いたとおりだ、皆。あのチクワ頭が俺達のところに攻めてきてる」
「そうだね。まあ、あの縦ロールのことだから、いつかはこんなことしでかすんじゃないかとは思ってたけど」
 来なくてもこっちから[ピーーー]つもりでいたし。
「うむ、予想はしとったが……あのクルクルパーにしては思いの外早かったの」
「そうね……しかも奇襲なんて、ナメた真似してくれるじゃない、あのパツキン」
『…………あのウケ狙い頭、中身は空のくせに、やることだけは一丁前』
「……確かに、水道管頭にしては上出来」
「そだね。あの出オチ頭さん、そこだけは誉めてあげよっか」
「皆さん……先ほどから一向に袁紹さんの名前を言おうとなさいませんね……」
 溜め息混じりに姫路さんがつぶやいた。そらもう、言いたくもありませんからね。
「袁紹への罵詈雑言が口をついて出るのはわかりますが、そのあたりでやめておきましょう。今は、あやつを迎撃するための策と、軍の編成、それに今後の方針を話し合わねば」
 現代日本の高校生のノリが多分に含まれていた会話を、愛紗がその一言で切り上げさせた。それに続く形で、鈴々も、
「連合軍でやられた仕打ちの仕返しをするのだ!」
 と、元気いっぱいに言っていた。
 そう、あのバカには、連合軍の時のドデカい借りがある。それによる袁紹に対しての並々ならぬ敵意は、あの場にいなかった恋と華雄を除く主要メンバー全員が共有している。
「うん、そうだね。それで朱里、実際の所、現状はどんな感じになってるの?」
 僕は、資料を手にしている我が軍の頼れる軍師に訪ねた。
「はい、報告によれば、袁紹さんの軍は3万前後、対して我が軍は2万弱ですから……まともに戦うのは正直厳しいですね……」
「加えて、敵さんは俺らの出城を落として士気も上がってるだろーしな。落とされた側の俺らとは対照的、か」
 雄二が付け加えた。
 それ聞く限りだと……やはりこの戦い、楽観的ではいられないようだ。
 しかし、そんな中でも愛紗は頼もしい姿勢を見せてくれる。全く不安も迷いも感じられない口調で、
「ならば、何か策を講じればよい!」
「例えば?」
「そ、それは……その……そのあたりは朱里の役目だろう」
「うわ、愛紗さんカッコわる……」
「な、し、島田殿!」
 ……愛紗、どうやら気合いは十分でも、どうするかまでは考えていなかったようだ。確かに、今のはちょっとカッコつかないかも。
「愛紗の空回りはこの際置いといて、朱里、何か考えはあるのか?」
「そうですね……」
 この軍では、戦略は朱里の専売特許。みんなの期待の視線が、高速で頭を回転させる朱里に集中する。
「兵法では、相手よりも多くの兵を用意することこそ、最上の策であるとされています。それを考えると、既に我が軍は劣勢……ここは、量より質を重視しましょう」
「質?」
 朱里の言っていることがわからず、僕は首を傾げた。他のみんなも、大体同じみたいだ。
「質って……兵達に今から特別な訓練とか、作戦でも教え込むの?」
「あ、いえ、今言ったのは兵の質じゃなくて、将のです」
「え、将?」
 どういうこと?
「我が軍は、確かに数では負けています。でも、その兵を率いる将の質では、我が軍が圧倒的に勝っています」
「愛紗さんや鈴々ちゃん、それに、恋さんや華雄さんもいるものね」
「そうそう。それで……どうするの?」
 美波と工藤さんの言葉を受けて、乗り気になったらしい朱里が笑顔を覗かせて言う。
「はい、単純ですけど、敵の有力武将に攻撃を一点集中させて、討ち取ってしまうんです」
『…………それが、作戦?』
 と、スピーカーの向こうから聞こえてきた声に、朱里は一瞬びくっとしていた。やっぱりまだ、こんな箱から人の声が聞こえるのに慣れてないみたいだ。
 ムッツリーニが疑問に思ったらしい朱里の指針を、どうやら姫路さんと霧島さんは理解したらしく、
「有効ではありますよね。大軍とはいえ、それを引っ張る立場の人がいなければ、本来の力を全く発揮できませんから」
「……逆に、優秀な将がいれば、軍隊は実力以上の力を発揮できる」
「なるほど……つまり、敵方の有力武将を討ち取ってしまえば、後はワシらが絶対的に有利になるわけじゃな」
 そうか、確かにそうだ。単純な作戦だけど、これが成功した時の効果は、勝利が約束できるほどに凄まじく大きい。
 だって、何せ……
208 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 18:35:00.27 ID:xmrrKX3z0
「大将はあの袁紹だからね」
「はい、袁紹さんだけなら全然怖くありませんから」
「まあ、アレは突撃意外の兵法を知りませんからね」
「ただのバカだから、きっと簡単に倒せるのだ!」
 さっきから袁紹が散々な言われようだ。愛紗と鈴々はともかくとして、普段はこういうことはあまり言わない朱里までもが、自然体で袁紹を全否定している。
 まあ……全部が全部思いっきり事実なわけだから、何も言えないけど。
「今後のことを考えれば、袁紹さんごときに手間取っている暇はありませんし……」
 と、一転して不安そうな表情に戻った朱里の口から、そんなセリフが出た。
「それはつまり……近々曹操と孫権が動くってことか? 」
「はい、そんなにすぐにではないでしょうけど……確実に動きます。それに対抗するためにも、余力を 残したままで、袁紹さんを追い払わなくてはいけないんです」
「……そのあたりの対策も、考える必要がある」
 曹操に孫権か……確かに、国力が同等としても、実際には袁紹よりも桁違いに手ごわい敵だ。今後、いずれ戦うことになるなら、準備は必要だろう。
「だな……。何にせよ今は袁紹だ、基本方針はそれで行くとして、他に何かあるか、皆」
「あの……」
 と、姫路さんが挙手。
「……私、公孫賛さんのことが気になります……」
「そっか……袁紹に国を攻め滅ぼされちゃったんだものね……」
 姫路さんと美波がそう呟いて、視線を伏せた。
 公孫賛は、遼西郡の陥落以降、行方知れずの消息不明となっている。逃げ延びたとか、あるいはそのまま袁紹に殺されたとか、噂はそこかしこにあるけど、信憑性のあるものは残念ながら1つも無い。
 ムッツリーニはその捜索と、生きていた場合の保護の目的もかねて斥候として行ってるはずなんだけど……、
「ムッツリーニよ、おぬしのところにも、まだ何も新しい情報は無いのじゃろ?」
『…………依然として』
 そうか……。
 公孫賛には、黄巾の乱の時や、連合軍の時……何度も何度もお世話になった。言ってみれば、僕らの大恩人だ。そんな公孫賛を、仮にも一時は肩を並べて戦った中である彼女を何のためらいも無く攻め立てて、その国を滅ぼすなんて……袁紹、ますます許せない。
「……心配っちゃ心配だが……俺達には斥候を放って探すことぐらいしか出来ないな。もしも『遼西郡が攻められてる』……っつー情報が早くに入ってきてれば、援軍を送るなり、共闘してそのまま袁紹を討ち取るなり出来たんだが……」
「……その情報自体、公になる前に斥候が偶然持ち帰ったものだったから……」
「不意打ちだもんね……やっぱり卑怯なのだ」
 みんな、公孫賛への心配と袁紹への不満で、口調がにごってくる。
「……心苦しいですが、この話は一旦ここまでにいたしましょう。まずは、袁紹軍を迎え撃つための対策を話し合わねば……」
 と、愛紗が空気を切り替えようとしたその時、
 唐突に戸が開き、伝令兵が入ってきた。

「申し上げます! 只今、西涼が太守・馬騰殿の御息女、馬超殿が、数騎の兵と共に城門前に到着されました!」
209 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 18:35:34.44 ID:xmrrKX3z0
「「「は?」」」
 いきなりもたらされた伝令の内容に、僕らは揃ってそう口に出していた。
 馬超って……連合軍の時に伝令でちょろっと会った、あの娘だよね? 来るなんて聞いてないけど……何で、よりによってこのタイミングでここに?
 どうやら愛紗や、他のみんなも、僕と同じ疑念を抱いたようだ。
「馬超だと……何故やつがここに来る?」
「わかりません。もしかしたら、涼州で何かあったんでしょうか……ご主人様、どうします?」
「ん〜……」
 アポなしで、しかもわざわざこんな遠いとこまで来てるんだから……多分、ちょっと顔見せに来た、とかいう理由じゃないんだろうな……。朱里の言うとおり、何か大変なことでもあったのかもしれない。
 悪いやつには見えなかったし……むしろ話しやすい娘だった。なら、
「会ってみよう。一体何があったのか、気になるし」
「そうですね……軍議が終了するまで、どこかの部屋に通して待ってもらいますか?」
「いや、今すぐ会うよ。こんな突然、こんな遠いところまでわざわざ来てるんだし」
「太守の娘ともあろう者が、護衛も数騎しかつけずにな。十中八九、何かあったんだろう」
 雄二も、そこを変に思ったらしい。
 僕も一応『太守』だからわかる。そういう身分の高い人間が出かける時は、どのくらい遠くに行くかに比例して護衛の規模が大きくなる。最近じゃ僕も、抜け出しでもしない限りは最低5、6人護衛をつけないと外出を許してもらえない。例え、城下町にでもだ。
 こんな遠くまで来るのに数騎なんて、軍一つ引っ張ってきてもいいくらいの距離なのに、どう考えてもおかしい。
「今言ったとおりだ、ここへ呼んでくれ。そいつが望むなら、連れてきた兵達も入れてかまわないが……一応、武装は解除させろ」
「はっ!」
 雄二の命令を受けて、伝令兵は駆け足で引き返していった。

210 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 18:36:21.32 ID:xmrrKX3z0
それから程なくして、玉座の間に見知った顔が現れた。
 見間違いようも無い、活発そうな可愛い顔に、凛とした雰囲気、茶髪にポニーテールの髪型。
「えっと……久しぶりだね、馬超」
「…………ああ」
 反董卓連合軍で顔をあわせた女の子、馬超だ。彼女は、玉座の間の赤絨毯を少し進んで、丁度左右両側と前を僕らの座席に囲まれた位置で止まった。
 一人だった。どうやら、護衛兵たちは待たせて、単身僕らと話すつもりらしい。
 そして、その険しい顔色や口調からもわかるのだが……
「……あんた達の力を借りたくて来た」
 沈んだトーンで、つぶやくように言う馬超。この前ちょっと話しただけでも、明るくてボーイッシュな性格だってわかる彼女がこれとは……ただ事じゃないな。
「……力を借りるって……何か、あったの?」
 そう僕が尋ねると、馬超は唇を噛んで一瞬黙った後、叫ぶように言った。

「父上が……父上が殺されたんだっ! 曹操にはめられて……!」

「なっ……馬騰殿が!?」
 驚愕を前面に出した声で愛紗が聞き返した。
 他の皆も、驚きに目を見開いたり、大きく開けた口を手で覆ったりしている。
 馬騰……僕も、連合軍が解散してから何度か名前を聞いた人だ。『西涼』って所を治める太守で、その善政から、僕らと同じように領民にしたわれ、大陸中で話題になっていた人。
 その人がいきなり死んだなんて言い出すもんだから、皆驚くのも当然だ。
 しかし、残念なことに、馬超が嘘を言っているようにも見えない。
「ああ……。しかも、混乱に乗じて曹操の軍が攻めてきて……一族郎党、散り散りになっちまった。殺された者も、行方不明になった者もいる……」
「……ひどい……」
 姫路さんが、ショックを受けてかすれた声で小さくつぶやいた。無理も無いだろう……そんな凄惨な話を、こんな間近で聞かされてるんだから。
 男の僕だって、正直、聞いているのがつらいくらいなのに
「それで、俺達の所に来たってわけか?」
「あんた達の力を貸して欲しいんだ! 曹操に……あの卑怯者に復讐するために!」
 馬超は、悲壮ともいえるほどの声で、僕らにそう懇願してきた。目に涙すら浮かべて。
 ……聞き捨てならない話だ。あの金髪娘、ここまでやるか……。
 馬超にしてみれば、いきなりの奇襲で、軍も領地も失った身だ。時は群雄割拠の戦国時代、自分の勢力拡大だけを考える者達があちらこちらで戦乱を繰り広げているんだ。周りはほぼ敵だらけ、力を借りたくても、今の身一つの馬超に貸してくれるような、なおかつ信用できる者はほとんどいないといっていい。
 そんな中、僕らを頼って、こんな遠くて危険な道のりを、たった数人の護衛兵と共にここまで来たんだ。僕としては、すぐにでも首を縦に振りたいんだけど……
 すると、僕の心中を、雄二か代弁してくれた。
「今すぐには……はいとは言えないな。何せ、こっちも大変なことになってる」
 馬超は、発言した雄二の方を見た。代わりに僕が答える。
「今、僕らのこの幽州に、袁紹のバカが無駄に大軍率いて攻めて来てるんだ。これからそれを何とかしなくちゃなんだよ」
「そういうことだ、だから今は答えを出せない。遠路はるばる来てくれたところ悪いが……それはあのバカを片付けた後……ってことにして欲しいんだが」
「力を貸してくれるのか!?」
「その判断も含めて、先延ばしにさせてもらうって意味だ。詳しい話を聞いて、その上で判断させてもらいたい」
「ああ、それでも構わない! 十分だ!」
 馬超は、闇の中に光明を見つけたようなはつらつとした声で言った。僕らの前向きな返答が、余程嬉しかったと見える。さっきまでの暗く沈んだ雰囲気はどこかに消えうせ、全身からやる気と気合がほとばしっていた。
 一連のやり取りを見届けた愛紗は。
「よし……方針は決まりましたね、ご主人様」
「ああ。軍議を再開して、ざっとでいいから編成を決めよう。馬超、とりあえず君は僕らが袁紹討伐から戻るまでの間、城で休んでて。僕らは……」
「待ってくれ!」
 と、馬超が僕のセリフをさえぎった。
「どうしたの?」
「……その戦い、私も連れて行ってくれないか?」
「「「え!?」」」
 と、その場にいたほとんどの人間が驚きに声を出した。え、それって……
「その戦い、あたしも参戦させてくれ。これから世話になるってのに、何もしないでいるなんて、あたしの気がすまないんだ!」
「いや、でも……疲れてるんじゃ……」
「よいではありませんか、ご主人様」
 と、愛紗。
211 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 18:37:05.68 ID:xmrrKX3z0
「今は、作戦や方針から考えても、優秀な将は一人でも多く欲しい所です。ここは、その言葉に甘えさせていただきましょう」
「そうですね、その分戦いも楽になりますし、早く戦いが終われば、それだけ早く、国力の増強や曹魏攻略にも着手できます」
 愛紗に続いて、朱里もそう言う。そっか、そういう考え方もあるのか。
 なら、馬超もせっかく言ってくれてることだし……
「わかった。じゃあ馬超、疲れてるところ悪いけど、支度してくれるかな」
「『翠』でいいよ。あたしの真名だ、そう呼んでくれ」
「え、いいの? 真名で」
「ああ、あんたになら許せる。他の皆も、そう呼んでいいから」
「そうか、わかった。ならば、私のことも愛紗でよい」
 と、返すように愛紗が自己紹介をし、鈴々たちもそれに続く。
「鈴々は張飛なのだ。よろしく、翠!」
「私は、軍師の諸葛亮って言います。真名は、朱里です」
「………呂布。恋」
「始めまして、だな。華雄だ」
「あ、じゃあウチらも自己紹介しとこっか」
 と、愛紗たち武将組に続いて、文月メンバーも馬超……翠に名乗る。
「ウチは島田美波。よろしくね」
「姫路瑞希っていいます。よろしくお願いします」
「木下秀吉じゃ。先に言っておくが、こう見えて男じゃからの」
「ボクは工藤愛子ね〜」
「……霧島翔子。よろしく」
『……土屋康太』
「おわ!? は、箱がしゃべった!?」
 あ、そういえば翠もスピーカーは知らなかったんだ。驚かせちゃった。
 まあ、この説明とムッツリーニとの顔合わせは後でやるとして、
「二度目になるが、一応言っとくか。俺は坂本雄二、こいつらのまとめ役だ」
「でもって、僕は吉井明久。天導衆筆頭で、この幽州の太守ね、よろしく」
「ああ、よろしく!」
 元気よく返事を返してくれる翠。よし、時間もあまりないし、自己紹介はこのくらいでいいかな。
「じゃあ皆、軍議再開! 方針は決めたとおりだけど……隊の編成はどうする?」
「はい、基本は以前と同じでいいでしょうけど……将として新しく翠さんが加わりましたから、翠さんの部隊を用意しないといけませんね」
「じゃあ、そこ考えて編成を決めよう。というと……愛紗に鈴々、翠、それに華雄に恋だから……部隊は5つかな?」
 すると、朱里は首を横に振って、
「あ、いえ、3つか、4つがいいと思います。華雄さんと恋さんには、この城に残っていただきたいんです」
「な、なぜ!?」
 と、驚いて華雄が前に身を乗り出した。
 というか、僕も驚いた。いや、2人がいればそりゃもう心強いったらないんだけど、何で置いてくの?
「すいません……でも、何かあったときのことを考えて、この城も武将を残しておきたいんです。私達が行っている間、統治と保安を取り仕切る人が必要ですから」
「さ、左様か……」
 そうは言ったものの、やはり華雄は納得していなさそうだ。無理も無いだろう。『武人はその武を戦場で疲労してこそ武人』という考え方の持ち主だから。
 でも、将軍として幽州の代表格である愛紗や鈴々を置いていくわけにもいかないから……ここは納得してもらわないと。
「華雄、恋、悪いけど……留守番、頼めるかな?」
「む……そういうことなら仕方ないな、承知した」
「………(コクッ)」
 2人とも、渋々といった感じだけど、引き受けてくれた。よし、クリア。
「じゃあ、大体これでいいかな、雄二?」
「ああ、後はもうやることやるだけだ」
 雄二の視線を受けて、僕は立ち上がった。
 太守が、総大将がこういうときにどういうことをやるべきか、いくら僕でもそろそろわかっている。息を吸って、腹に力を入れて……カッコつけに右手を目の前にかざして……
「出撃準備の旨を全軍に通達! これより我ら『文月軍』は、袁紹軍を迎撃するため、県境へ打って出る! 出発は2刻後、それまでに準備を完了し、正午には整列完了すること! いい気になってるあのバカに、僕らの力を見せてやるんだ! 全員気合を入れろっ!」
「「「応っ!!」」」
 皆が一斉に立ち上がり、玉座の間に威勢のいい声が響き渡る。気合十分! これなら負ける気はしない! 待ってろよ袁紹――――

 ――――と、席を離れようとしたところで、雄二が僕の耳に顔を近づけて耳打ちしてきた。
「よく言えたな明久。けど……」
 ………………けど?
「次からはカンペなしで言えるようになれ」

 ……ばれてた……。
 ポケットにしまった僕の右手の中で、昨日の夜に睡眠時間を削って考えたセリフが書かれたメモ翌用紙が、クシャッと音を立てた。

212 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 18:37:50.39 ID:xmrrKX3z0
袁紹編
第37話 情報と暇と基本的兵法

 文月軍に馬超こと翠が加わってから、数日

 〜袁紹軍・陣地〜

 晴天の下、金髪に派手としか言いようの無い髪型の女性が高笑いをしていた。
「おーっほっほっほっほ! 天の御使いだの何だの言っても、大したことありませんわね! この私の華麗な戦運びの前に、なす術もなくケチョンケチョンですわ!」
「姫〜、まだ出城のいくつかと支城を一つ落としただけじゃんか」
「そうですよぉ〜。それに、私達奇襲だった上に、城には将の一人も駐在してなかったんですから、このくらいで喜んでちゃダメですって」
「だまらっしゃい! 私が気持ちよく勝利の余韻に浸っている時に、無粋なことを言うものではありませんわ!」
 その女性の両隣に、2人の少女が立っていた。
 一人は、活発そうな雰囲気に薄い緑色の髪を短めに整えた少女、文醜。真名は猪々子(いいしぇ)。
 もう一人は、ボブカットの黒髪に大人しそうな雰囲気が特徴の少女、顔良。真名は斗(と)詩(し)。
どちらも袁紹軍を束ねる将であり、金色の豪華な鎧を身に纏っている。
「それで、次はどうなんですの?」
「そろそろ、文月軍の本隊が来ると思います。はあ……不安……」
「何、ため息なんかついてんだよ斗詩ぃ〜! あの関羽や張飛と戦えるんだぜ? 楽しみじゃんか! あ〜腕が鳴る〜!」
「何言ってんの文ちゃん! 関羽さんや張飛ちゃんみたいな化け物と戦うなんて、嫌に決まってるじゃない! てか楽しみって……そんな考えどこから出てくるの!?」
「まあ、顔良さんったら情けないこと言わないでくださいな。名門袁家の将として恥ずかしくありませんの?」
「その袁家のことを考えてるから、慎重になる必要があるんですよ! 文ちゃんみたいにお気楽極楽太平楽じゃだめなんですって」
「んなカタい事言うなよ斗詩! 戦いなんてやってみなけりゃわかんないんだからさ! 大丈夫だって、あたいらなら誰が相手だろうと負けないからさ!」
「あらあらぁ、なんて頼もしいんでしょう文醜さん……これならもう袁家の勝利は疑いようもありませんわね!」
「でしょでしょ? ま、戦いはあたいらに任せて、麗羽さまは大船に乗ったつもりでいてくださいって!」
「もぉ〜……」

                       ☆

 僕らが本拠地である啄県を出て進軍を初めて数日後、
 連絡を取って合流地点に指定した支城で、僕らはムッツリーニ率いる部隊と合流した。
 しかし、そこにはムッツリーニ以外にも、もう一人、僕らが顔見知りである、ある人物が待っていてくれた。
 何を隠そう、その人物とは……
213 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 18:38:28.54 ID:xmrrKX3z0
「公孫賛さん! 無事だったんだ!」
「吉井……! 久しぶりだな……」
 城門の所で、ムッツリーニたちと共に出迎えてくれた彼女に、僕は一番に声をかけた。
 つい最近まで消息不明だった彼女だが、昨日深夜、ムッツリーニ達が彼女を発見、そのまま数人の護衛と共に保護した、との報告が入って、僕らは飛び上がるほど喜んだ。
 何せ、僕ら全員の大恩人だ。援軍を遅れなかったことが心苦しくて、ただ無事を祈るばかりだったけど……生きていてくれて、本当によかった。
「ホントによかったよ公孫賛さん! どっかのゲームみたいに、ヒロインポジションで散々お世話になっといていざとなると一行でその死に様が報告されるとかそういうぞんざいな扱いのうちに永遠の別れにならなくてホントによかったよ!」
「いやあの、い、言ってることが9割方わからんが……まあ、ありがとうな。袁紹の進軍予定区域からなるたけ迂回して逃げてたんだが……運良くそこで斥候やってた土屋に見つけてもらえてな、ここに連れてきてもらったんだ。助かったよ……」
「そっか……お疲れ、ムッツリーニ」
「…………(コクッ)」
 僕らが話している間に、後ろからは続々と皆が集まってきていた。『天導衆』メンバーはもちろんのこと、愛紗、鈴々、朱里、それに、
「…………明久、そいつが馬超か?」
 僕の左隣に立った翠を指差して、ムッツリーニがそう尋ねてきた。ああそっか、こいつは直接顔を見るの初めてだ。
「あ、うん。翠、自己紹介しといてもらえる?」
「わかった。あたしは馬超。真名の『翠』で呼んでくれていい。あんたは……」
「…………土屋康太。玉座の間で、スピーカー……黒い箱ごしで挨拶した」
「ああ……あれな。そういや声も同じだし……ホントにこんな離れた所からしゃべってたんだな」
感心したように翠が言った。
 ハイテク機器もろもろについての説明は、ここに来るまでに簡単に済ませてある。不思議そうにしてたけど、まあ大体わかってもらえたみたいだからいいか。
 と、挨拶してる間に、その横では公孫賛が生きてたことに感激した女子勢が涙ながらに『よかった』と言い合っていた。あまりに騒ぐので、公孫賛も若干困っているみたいだ。
 と、もうそろそろいいだろう、とでも思ったのか、
「感動の再開シーンの真っ只中で悪いが、そろそろ入城しねーか? 兵士達も待ってるし、報告も聞きたいし、軍議で話すことだって山ほどある」
「そうですね。ご主人様、再開を喜ぶのは一旦中断して、城に入って対策を練りましょう」
 雄二と愛紗が、そう進めてきた。
 確かに、公孫賛が生きてたことは一安心だけど、袁紹の軍勢は待ってはくれない。まだ姿が見えない今のうちに、兵を休ませたり、作戦を練ったりしなくちゃ。
「わかった、じゃあ愛紗、鈴々、号令と兵の引率お願い」
「御意」
「まかせるのだ!」
 と、兵たちへの指示を二人に任せて、僕らは先に城へ入った。

                       ☆

 で、そのあとすぐに皆で軍議室に集合して、軍議に入った。
「…………斥候を放って入手した情報は、以上」
「思ったよりずいぶんとたくさんあるなあ……ムッツリーニ、よくこんなに調べたね」
 ムッツリーニ率いる斥候部隊が持ち帰って蓄積していた情報を一通り見て、僕らは一様にそんな感想を抱いた。
 何せ、軍隊の数や、軍の主な管理職の人たちほぼ全員の名前と特徴、進軍速度に、今後の進軍ルートとそれに対応したスケジュール、さらには得意とする戦法や、歩兵・重歩兵・弓兵それぞれの規模や配置、果ては陣営の見取り図から武器・兵糧の残量まで、かなり細かい所まで調べ上げていた。
 忍者でもないのに、この短期間でよくここまで見事に調べ上げたな……と感心していると、ムッツリーニは
「…………そもそも、袁紹は情報の漏えいも、その対策も考えていなかったから」
 そんなことを言っていた。
「……っていうと?」
「…………情報管理がとことんまで甘い。本来用意すべき、特定の幹部人員に限定した情報管理・漏えい防止用のラインが全く確立されていないから、軍内外でかなりの量の情報が漏洩していて、本来なら一平卒が知るはずの無い機密情報が簡単に手に入ったりする」
「どういう意味?」
 と、僕。それに答えを出したのは、朱里だった。
「つまり、普通は大事な情報は外部に漏らさないために、誰と誰と誰しか知らない……っていう風に、その情報を知ってる人を限定して、それ以上広がらないようにするんですけど、袁紹さんの軍は、それが徹底されてないっていうんです」
「んなことが実際にあるのか?」
「確かにのう……それにしたって、この量は多すぎじゃろう。まさか、伝令兵の変わりにそのへんの一般人に伝令を頼んだり、将校が民間の酒場で酒の勢いで作戦だのなんだの漏らしたりするわけもないじゃろうし……」
「お茶屋さんやレストランでオープンに軍議してたわけでも、本屋さんかどこかに頼んで軍隊に配付するプリントを刷り増ししてもらったりしてたわけでもないだろうしね〜」
「……武勇伝とか言って、会う人会う人に戦い方とかを教えているとか……?」
「まっさかぁ! いくらあのパツキンでもそんなことしないでしょー!」
 雄二、秀吉、工藤さん、霧島さん、それに美波が次々に言い、ジョークを含んだそのトークに場の空気が若干和らいだ。くくくっ……と、笑い声すら聞こえる。
 全く、皆上手いこと言うよ。でも、冗談のおかげでいい具合に緊張がほぐれて……
「…………言いにくいんだが、」
「え、何ですか? 土屋君」

「…………今お前たちが言ったこと、全部実際にあった、って斥候が確認してる」
214 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 18:39:01.37 ID:xmrrKX3z0
「「「………………」」」
 ……………………うわぁ………………。
 一同、唖然。
 予想外の袁紹軍のバカっぷりに、僕ら全員の白目の面積が広がった。
 どうやら袁紹のバカは伝染するらしい。軍単位でこれって……よくこれで軍の統制が取れるもんだ。
というか、よく国として成立してるよな……袁紹の本拠地も。
「よ、よもや……ここまでとは……」
「バカとしか言えないのだ……」
「そう言えば……袁紹さんの本拠地の『南皮』に放った斥候は、皆無事で帰ってきてるんですけど……こういう理由があったなんて……」
「あのさ、あたし、アレを警戒するのバカらしくなってきたんだけど……」
 愛紗たちまでこんな感じになる始末。
「…………しかも、」
 まだ何かあるのか!?
「…………占領した町の住民を集めて、陣営の『見学ツアー』を開いたこともあるらしい。武将全員の自己紹介とか、陣形とか、過去の戦績とか、懇切丁寧に説明を……」
「もういい……もういいムッツリーニ……。それ以上聞くと、別の意味で戦意が喪失しそうになる……」
 雄二が、あまりに力が抜ける報告に耐えかねてムッツリーニを制した。
 たしかに、これからそんなバカを相手に戦うのかと思うと、やる気が失せる。現に、軍議に出席している全員が既に脱力気味だ。
 特に公孫賛に至っては、『私はそんな奴に負けたのか……そんな奴に……』と、明後日の方向を向いて涙目でうわ言のようにぶつぶつと呟いている。いけない、これ以上変化球で彼女を追い詰めると、あまりの自己嫌悪に精神が崩壊しかねない。

 〜このどうしようもない脱力から脱却するため、数分を要した〜

 さて……気を取り直して、と。
「それにしても、意外だったな。この支城が無事だったのは」
「そうですね……てっきり、もう落とされてると思ったんですけど……」
 雄二のセリフを受けて、朱里が同意を返す。
 ここに来る途中で、今いるこの城までは恐らく落城してしまうだろうという予想を朱里が立てていたのだが、その予想は外れた。この支城どころか、少し先に二つある出城までもがまだ無事な状態だったのである。
 敵の進軍が予想よりも遅かったのが、功を奏した。おかげで、僕らは平原ではなく、城にこもって戦うことが出来るからだ。もっとも、前方にある出城二つではそれには小さすぎるため、この城に陣を敷き、出城2つは兵を退却させて放棄せざるを得なかったが。
「もしかして、城一つ落とすたびに、祝宴でもやってるんでしょうか?」
「……まさか、そんなことは……」
「落とすも何も、兵もいなくて空っぽなのじゃから……」
「…………ありえない、と言えないからタチが悪い」
 確かに、ありそうな話だ……っていかんいかん! これじゃまたさっきの状態になる!
「仮にそうだとしても、恐らく一両日中にはそいつらが見えるはずだ。遅くとも……三日だな。朱里、準備期間足りそうか?」
「十分です。出来れば正確な時間が知りたいので……ムッツリさん、遠見程度で結構なので、斥候を出してもらえますか?」
「…………できれば、本名で呼んでくれ」
 ムッツリーニの性格もだいぶ皆に認知されてきたらしい。本名というステータスがどこか遠くに消えつつあった。
「この城が無事だったのは不幸中の幸いでしたね」
「平地で戦うのと、お城にこもって防戦するのとでは全然違うもんね〜」
 愛紗と鈴々がそんなことを話しているのが耳に入ってきた。
 そんなに違うの? とたずねると、
「それはもちろんです。通常、籠城戦において、城を一つ落とすのには、城にこもって戦う軍の3倍の兵力が必要とされるといいますから」
「はい、愛紗さんの言うとおりです。それくらい、防衛戦でのお城の存在って、重要なんですよ」
 なるほど……それは確かに大きな差だ。
「愛紗さん、それって、愛紗さんや朱里ちゃんとかしか知らない、難しいことなの?」
「いや、その辺は常識の範疇だ」
 と、美波の問いに公孫賛が答える。愛紗も続けて、
「その通り。少なくとも将にとっては基本事項、鈴々でもこのくらいは知っている」
「何でそこで鈴々の名前が出てくるのだ!?」
 と、珍しく鈴々がツッコミに回ったけど、僕ら全員きれいにスルー。
 下手なフォローは、時に人を傷つけるのだ。
「そうなると……袁紹もその辺を考えて策を練ってくるかのう?」
「いや〜、あたしの勘だと、多分……普通に正面から突撃してくるんじゃねーかな?」
「だろうな……あのチクワ頭、恐らくそんな基本的な兵法も忘れてるだろーし」
「……要塞相手に突撃命令を出すくらいだし」
「ははは、袁紹らしいね……」
 知力 : 袁紹 < 鈴々 ……か。シビアだ。
「それならそれで助かるというもの。それでも、気を抜くわけにはいきません」
 と、緩みかけた空気を、愛紗が一言で正した。
「遅くとも三日後までには袁紹軍が攻めてくるという見通しが立った以上、万全の体制で迎え撃たねば。して、公孫賛殿、先ほどの申し出、受けさせてもらってよろしいのか?」
「ああ、私も出るよ。守ってもらいっぱなしってのは、気がすまないからな」
 公孫賛はそう言って、てを胸の前でぐっと握った。
 その『申し出』というのは、公孫賛も兵を率いて戦いたい……というものだ。僕らの保護は受けるが、せめて自分が活躍できる場ではその手腕を発揮して、役に立ちたい、というのである。
「そいつは願ってもねーこった。朱里、本隊をいくらか割いて、公孫賛の指揮下で動ける遊撃部隊を作ってくれ」
「わかりました、すぐに手配を。公孫賛さん、よろしくお願いします」
「あー、それとな。白蓮でいいよ」
「はぇ?」
 朱里が抜けた声で聞き返す。
「だから、私の呼び方、白蓮でいいって。私の真名だ。お前ら全員、そう呼んでくれ」
「よろしいのか?」
「ああ、別にもう他人じゃないんだ。むしろ、当然さ」
「そっか、じゃあ、そう呼ばせてもらうよ。よろしく、白蓮さん」
 お言葉に甘えて、僕が一番最初に呼ばせてもらった。
「吉井。『さん』もいらねーよ」
「あ、そうか。ごめん白蓮」
「そうそう、それでいい」
 うんうん、と腕組みして首を振る公孫賛……白蓮のしぐさに、少しだけ僕らの緊張がほぐれたように感じた。
215 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 18:39:31.99 ID:xmrrKX3z0
……さあ、まったりムードもここまでだ。
 その後数時間のうちに、兵達への作戦の伝達とやぐらの配置を終えて、いつでも陣を敷ける構えを作り上げた。
 隊の編成も完璧、これで、いつ袁紹軍が見えても、即座に戦闘体制に入れる上、それまでは兵たちも城の中でゆっくりと、しかし緊張感は常に持ったまま、体を休めて英気を養えるようになっている。
 さあ袁紹! いつでも来い! この城で、この天導衆が相手になってやる!



 ………………………………



 …………こんな感じのまま、7日間何も起こらなかった…………。
216 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 18:40:35.50 ID:xmrrKX3z0
袁紹編
第38話 イタ電と籠城戦と僕らの本音

「………………遅………………」


 玉座の間(一応この城にもある)の玉座に腰掛けて、誰にともなく僕はそう呟いた。
 袁紹軍の来襲に備えて準備も気合いも万端……にしてから、早7日。
 今日か今日かと待ち続けるも、軍の影が見えるどころか、放った斥候の目にすらも発見されない始末。……ホントにこっち来てるんだろうか?とすら思えてくる。
 一度、もしかしたら他の方角から攻めてくるんじゃないか、と危惧した雄二が方々に斥候を放ったけど、どうやらその様子でもないらしい。
 ……つまり、単純に行軍が遅い、ってことだよね……?
「……暇だな……」
 こんなこと言っちゃ不謹慎かもだけど……こう言う他無い。
 なので、僕なんかは既に、
「…………(カチカチカチカチ)」
「明久、またテトリスか」
「ん、他にやることないからね」
 とまあ、携帯ゲームの虫になっていた。
 おかげでここ数日で、登録してある全てのゲームで10回ほどハイスコアを更新するまでに上達していた。今アーケードのテトリスやインベーダーあたりをやったら、ゲーマー達に崇拝される存在になれるかも、なんて自信がついてしまったくらいだ。
「こういう時助かるよね、バッテリー無限だと」
「ああ。しかもこうしてると、普段の仕事が懐かしくなってくるから不思議だよな」
「そう言われればそうね」
 あ、美波だ。
 美波始め女性陣は、僕や雄二ほどだらけてはないけど、それでもやっぱり退屈そうに見える。
「坂本、ウチらが出てる間、仕事って副官の人達が全部やってるの?」
「ああ。それと、詠もな」
 やる気のない声で答える雄二。今、幽州にある僕の城では、華雄と恋、それに愛紗と朱里が選んだ副官達が僕達の抜けた穴を埋める形で政務・警備などの仕事についている。また、彼女たちだけでは行政面で不安があるので、元軍師である詠にも助けてもらっている。
 表立って動いてもらうわけには行かないので、指示は華雄を通す形になっているが(恋だと口数の少なさゆえに上手く伝わらない)。詠は当初『ハァ!? 何でボクがあんたらのために……』とまあ猛反発していたが、月に説得を手伝ってもらって何とかOKしてもらった。
 彼女らになるべく負担をかけないためにも、さっさとあのチクワ蹴散らして早く戻りたいんだけど……。
 その時、

 ピピピピピピ!

「「「!」」」
 突如として僕の携帯の着信音が鳴り響く。それに反応して、雄二と美波の視線が僕の方に向いた。電話!?
 着信元は……『工藤愛子』。つまり、工藤さんが携帯を貸してるムッツリーニだ!
 あわてて通話ボタンを押し、スピーカーに耳を押し付ける。ついに来たか!?
「ムッツリーニ、どうした!?」
『…………明久』
「うん!」
『…………今晩の飯は何だ?』

 ブツッ

「明久、何だって?」
「………ただのヒマ電」
「「………あ、そう」」
 どうやら、斥候で出てるムッツリーニも退屈らしい。
 ……だからってこんな時にヒマ電よこすなよ……何かあったかと……

 ピピピッ! ピピピッ!

 再び鳴り響く僕の電話。今度は電話じゃない、メールだ! 差出人は……

 『工藤愛子』 = ムッツリーニ

「………………」

 ピッ  ← メールを開く音

 ピッ  ← メールを消す音

「……明久?」
「……ムッツリーニからチェーンメールが来た……」
「この時代にか。携帯電話自体、俺達が持ってる7台しか無いってのに」
 奴もヒマを潰そうと必死らしい。にしたって、よりによって

 ピピピピピピ!

217 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 18:41:38.71 ID:xmrrKX3z0
「「「!!」」」
 再び着メロ。今度は……秀吉!?
「もしもし!? 秀よ……」
『アキくん? 姉さんですが……元気にしていますか?』
「……………………」
『どうしたのですか? まさか、姉さんの声を忘れてしまったのですか? 困りますね、私はアキく……』
「何してんの? 秀吉」
『なんじゃ、ノってこんのか。面白くないのう、折角ヒマつ……』

 ブツッ

「………………明久?」
「………………アキ?」
「………………イタ電」
 あの秀吉までこんな下らない行為に走るとは……みんな相当参ってるな……。全く、これじゃ

 ピピピピピピ!

 『工藤愛子』……ってまたムッツリーニか! 今度は何だ!? 仏壇の押し売りか? はたまたテレフ○ンショッキングか!? 上等だ、乗ってやろうじゃないか!!
 通話ボタンを押して、
「いい○もー! これで満足かムッツリーニ! えぇ!?」

『…………明久…………来たぞ』

「…………え?」
 今、何て?
『…………距離、俺がいる地点から約15km、旗印『袁』確認。通達頼む』
 ………………そうか。
「わかった。ふざけてごめん、ムッツリーニ。君もすぐ城に戻って」
「…………了解(プツッ)」
 今の会話の雰囲気を察したのだろう。見れば雄二と美波が、探るような目で僕を見ていた。
「アキ……?」
「……明久、今の電話、まさか……」
「ああ……」
 僕はゆっくりと、しかしハッキリ一回頷いて、言った。


「とうとう来たってさ……あの縦ロール」


                         ☆

 明久達のやりとりから一時間と少し……

 〜袁紹軍・前線〜

「先遣隊より報告! 前方に文月軍の支城が見えました!」
「ほいよー、ご苦労さん。んで、どんな感じ?」
「はっ! 旗印は、牙門旗が『天導衆』の刻印に、『関』に『張』、それに『公孫』と『綿』の文字です!」
「『綿』に『公孫』? 公孫賛はわかるけど……『綿』て、誰だっけそれ?」
「『綿』……もしかして、涼州の太守・馬騰の娘の、綿馬超!?」
「あーそれそれ! 強えー奴らが揃い踏みじゃんか! く〜、腕が鳴る〜……ってあれ?斗詩、どしたの? 溜め息なんかついて」
「つきたくもなるよ〜! 公孫賛さんはともかくとして、綿馬超だよ!? 氾水関でも虎牢関でも大活躍した凄い武将だよ!? そんなのが文月軍に味方してるなんて……」
「大丈夫だって、あたいと斗詩なら、勝てる勝てる!」
「うう、文ちゃんは根拠もないのに自信満々なんだから……」
「いいんだって! 根拠とかそんな難しいもん、捜したところでどうにかなるもんでもないし、何より、まずは攻めなきゃ何も始まらないっしょ? それに、あんましグズグズしてると、また姫がごね出すからさ」
「それはそうだけど……」
「だろ? じゃあもうやるしかないじゃんか。んじゃ、そろそろはじめっぞ! 全軍に通達! これより、攻撃に移る! 各員、粛々と前進!」
218 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 18:42:47.74 ID:xmrrKX3z0
僕らの陣で、袁紹軍が前進を始めたのが確認できた。
「いよいよ来ましたね……朱里よ、どうだ?」
「はい、旗印は、『文』と『顔』……袁紹軍の二枚看板です!」
「いきなりおでましか……しかし、見た感じ……」
「……やっぱり、突っ込んでくるのだ……」
 ……そう。
 一応陣形は整えてあるみたいだが……やはりというか、袁紹軍は真正面から突撃をかけてきた。城相手に。無策で。
「あのバカは……虎牢関や氾水関での戦いから学習できないのかな?」
 僕だって、城や要塞相手にそんな無策で挑んだら、被害がシャレにならんことになる、なんてことは考えるまでもなくわかるのに。
「本当ですね……でも、こちらとしては大助かりですから、今はそのおバカさ加減に感謝しないと……」
 呆れの混じった声で、朱里がそう言った。
「じゃあ、ウチらは城内に下がりましょ」
「そうですね、ここにいても、邪魔になっちゃいます」
 そう言って、美波や姫路さんは、霧島さんや工藤さん、秀吉と共に城内の安全な部屋へ下がった。
 さて……と、僕らはそうはいかない。大将に参謀、それに隠密機動総司令として、前線に出て兵の鼓舞と情報の管理、それに戦線の指揮に努めなければならない。
「じゃ、こっちも準備しようか! 朱里!」
「はい! 城壁の上から攻撃し、ある程度戦ったら、混乱に乗じて愛紗さんと鈴々ちゃんに、文醜さんと顔良さんを討ちとってもらいます!」
「よし、じゃあ……開戦だ!」
 僕がそう言うと同時に、地響きがここまで、僅かながら聞こえてきた。
 敵は3万強、対してこちらは2万弱……しかし、数で劣る分、こちらは質が圧倒的に上だ! 袁紹なんかに負ける要素はどこにも見当たらない!
 城にこもっての防衛線。食料も、武器も、十分にある。
 兵隊の数以外は圧倒的に有利といっていいこの状況下、ついに因縁の戦いが幕を開けた。

                        ☆

 ……負けないって、確かにそうは言ったんだけどさ……。
「「「…………………………」」」
 かたや、城を相手に特に何の策も弄することなく、ただひたすらに突っ込んでくるだけの、数頼みの烏合の衆。
 かたや、敵軍のあらゆる情報を知りつくした上で、配置も装備も戦略も万端にして、更に城という超頼もしい武器を備えた軍勢。
 ……それは、まあ、頼もしかったよ? 楽勝かもとか思って、愛紗に『気が緩んでいます』とか、怒られもしたよ?
 けど、
「あのさ……朱里」
「……はい……」
「始まってそんなに経ってないのに、相手方が結構なことになってない?」
「はい……総崩れ状態ですね……」
 戦線は、それでも拍子抜けするほど一方的だった。
 バカ正直に突っ込んできた袁紹軍は、陣形から何から完ぺきに整えた僕らの防衛に全く歯が立たず、2重3重に張り巡らした朱里の罠の前に、次々に散っていった。
 一方で僕らの被害は少なく、傷兵を治療する救護スペースにも、予想外の空きがある。
 気付けば、袁紹軍がたった一つ僕らに勝っていた点である『人数』さえも、そろそろ優劣が逆転するんじゃないか、ってくらいの状況になっていた。
 試召戦争でも見られた事のない、この圧倒的な結果に満足してか、僕の隣に立っている雄二が意地の悪そうな笑みを浮かべて言った。
「予想以上に善戦してるな……よし、朱里、そろそろじゃねえか?」
「はい! 関羽さんと張飛さんに伝令を出して、顔良さんと文醜さんを……あれ?」
 と、突然朱里が言葉を止めた。そして、高見台から戦場の様子を様子を見下ろしている。……何か変な点でもあったかな? 僕には何もわからないけど……
「? どうしたの、朱里?」
「はい、その……」
 そこで朱里は『私もよくわからないんですけど……』といった感じの顔になって、さらに首までかしげて呟いた。
「袁紹さんの軍……撤退するみたいなんです……」
「「「撤退?」」」
 僕と雄二、それに、今まさに出撃の命が出されようとしていた愛紗が同時に聞き返した。
 改めて戦場を見てみるけど……だめだ、何ていうか、ただでさえゴチャゴチャだから、よくわからない。
 僕の、そして恐らくは雄二の目にも、今までと同じように袁紹軍がしっちゃかめっちゃかに戦って、粛々と迎撃されて、血しぶきを上げて沈んでいっているようにしか見えない。
 全然わからないんだけど、朱里が言うんだから間違いないのかな……?
「そう言われてみれば、動きが変ですね」
「え? 愛紗にもわかるの?」
「はい、微妙にですが……後方にいる兵たちから、徐々に背を向けて後退しているように見えます。これは確かに、本当に撤退のようにも……」
 愛紗もわかるのか。つまり、撤退なのか、それとも一旦体勢を立て直すために後退するのか……の判断は別にしても、袁紹軍が退こうとしてるのは本当みたいだ。
 でも、何で今?
「今はまだ、数(だけ)は連中が優勢だろう? 何で撤退なんぞする必要がある?」
「そうだよね……むしろ袁紹の性格を考えれば、『ああもう! まだ城は落ちないんですの!? はやくなさいな!』とか言ってそうなもんだけど……」
「確かに……むしろ増援を出して、更に大軍で攻めて来そうなものですが……」
「それはそれで嫌だな……お? どうやら、ホントに引いてってるみたいだな」
「え、何? 雄二にもわかるの!?」
 そんな! こいついつの間にそんな眼力を!?
「いや、これはわかりやすい合図だ。見ろ明久、あの2枚看板の旗」
「え?」
 言われるままに戦場に視線を戻し、雄二が指さす先を見てみる。
 戦線のやや後方。おそらくはあそこで、文醜と顔良が指示を出してるんだろう、って地点に掲げられている、2つの大きな旗。さすがに距離があって、書かれてる文字がすごく見づらいんだけど…………あれ?
219 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 18:46:11.78 ID:xmrrKX3z0
「な、あれなら俺達素人にもわかるってもんだ」
「下がって……る?」
 すごくゆっくり(ここから見る限りは。恐らく、現場では全速力なのだろう)だけど、旗は徐々に後退しているように見えた。よく見れば、その周りで走っている騎兵の馬が立てる土煙……こっち側に上がってるし……。
「ホントだ……退いてる……」
「だろ?」
「「でしょう?」」
「…………何か、あったのかも」
 と、今まで黙っていたムッツリーニが唐突に言……あっ! ずるい! 自分だけ双眼鏡なんか使ってやがる!
「土屋殿、『何か』とは?」
「…………わからないが、有利なはずの戦線を放棄しなければならないほどの理由のはず。例えば……本拠地で何かよくないことがあったとか」
「本拠地? あんにゃろうの本拠地っていうと……『南皮』か?」
「何があったのだ〜?」
「…………だから、わからない」
 双眼鏡から目を話して、くいくいと裾を引っ張って尋ねてくる鈴々に視線を向けるムッツリーニ。
 朱里は……
「わかりませんね……けど、どうやら軍総出で後退するみたいですね」
「…………さっき、遠見の斥候から『本体は既に撤退してる』と連絡が入った」
「そうなの? じゃあ、決まりみたいだね」
 ムッツリーニから裏付けとなる情報も貰ったし、決まりだ。
 袁紹軍の皆さん、無謀な突撃でシャレにならん損害を出した上に、大した成果も上げられずに撤退なさるおつもりのようです。御苦労さま。
 横を見ると、何だか肩透かしを食らったかのごとく機嫌の悪そうな顔をした愛紗達がいた。まあ、攻撃命令が出る直前になってこの事態だから……こうもなるか。
 それでも、僕はこうなってよかったと思う。
 例えつまらなくても、戦わなくていいんなら、それに越したことはないんだ。袁紹みたいにやたら戦いたがる(実力も対して無いのに)奴だっていれば、月みたいに争い事が大嫌いな子だっているんだから。だれも悲しまず、誰も傷つかなくて済むなら、それが一番。
 ……にしても、何があったのかな?
220 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 18:46:46.46 ID:xmrrKX3z0
〜同刻 袁紹軍、文醜・顔良陣営〜

「くっそ〜! あと一息で勝てるとこだったのに〜!」
「嘘ばっか。関羽さん達出て来てもないのに、大苦戦だったじゃない。兵士の数、半分くらいになっちゃったよ」
「うっさいな! ホントにもう少しで勝てるとこだったの! なのに、撤退なんて……」
「仕方ないよ。だって、理由が理由だもん」
「だな〜。しっかしさぁ、何でこのタイミングで、よりによってあの曹操が、姫の領地に侵攻してくるかな〜……」
「どう考えても私達が遠征してるからだと思うんだけど……それにしたってやることが早いよね。さすが曹操さんだよ」
「ほめてる場合じゃないって。さっさと姫に合流しないとな。あ〜あ、残念だな〜……」

                        ☆

「…………明久、斥候の手配、完了した」
「ご苦労様、ムッツリーニ。なるべく早く、何でこんな撤退なんてことになったのか突き止めてね」
「…………善処する」
 お聞きの通り、僕らは袁紹軍撤退の理由を探るため、ムッツリーニに斥候を出してもらっていた。今回も情報がダダ漏れだと、早くて助かるんだけど……流石に期待しすぎかな?
 さて、と、
「とりあえず、追っ払えました、ってことでいいんだよね?」
「はい、誰が見ても、私達の勝ちです」
 と、朱里がうれしい返事を返してくれた。
 そうか……よかった……。
 自信はあったけど、不安は不安だった。何せ、兵数では1.5倍ほども差があって、しかも出城をいくつか落とされてる、なんて状態だったから。
 でも、こうして勝って、撃退することが出来た。みんなのおかげだ。
「いやいや、長かったけど、ようやく……」

「待て待て明久、この程度で満足してちゃダメだろ」

 と、雄二が僕を遮る形で言ってきた。え、何?
 見ると……雄二は、試召戦争か何かで非道な策を実行したりするときや、異端審問会の掟に背いた異端者を追いつめる指示を出す時のような、獰猛で凶悪な笑みを浮かべていた……って、何でここでその笑みが出る!? もう戦いは終わったんじゃ……。
 すると意外にも、その疑問に答えを出してくれたのは朱里だった。
「ご主人様、確かに勝ちましたけど……雄二さんの言うとおり、これで終わっちゃだめなんだと思います」
「え、どういうこと?」
「敵が逃げるなら、追撃をかけないと」
「追撃!?」
 追撃ってつまり……こっちから打って出るってこと!? そんな、せっかく戦いも終わったのに……今度はこっちから攻めるっていうの!?
 今、僕の顔は驚きに目が見開かれて、けっこうなパニックフェイスになっているはずだ。しかし、朱里はそんなことも気にせず、真っすぐに僕の目を見て進言を続ける。
「今は防げても、いつまた攻めてくるかわかりませんから。それに、今度はもっと大軍を率いてくるかもしれません」
「そうですね。袁紹の性格を考えれば……徴兵でも何でも、やりそうなものです」
 徴兵……民間人を強引に兵としてとりたてるアレか。
 戦時中の日本にもあった。とんでもない制度。僕ら天導衆の軍は、志願兵のみで軍隊を構成してるけど……そういうやり方も、確かにあるといえばある。袁紹の治める領地はそれなりに広いし……もしそうなったら……確かに厄介だな。
 でも、今すぐっていうのは流石に……
「ご主人様?」
「うん?」
「ふふふ、ご主人様は今、兵たちの疲労のことを心配なさっているんでしょう?」
 当てられた!?
 そんな、何で!? 朱里君、君は読心でも使えるの? それとも独り言で言っちゃってた?
「顔に出てるんだって」
「それに、ご主人様は優しいですからね。追撃に反対する理由として考えそうなことといえば、そのくらいです」
 翠、愛紗にそう言われた。うう……我ながら単純……。
「大丈夫ですよご主人様、私達は今、勝ってますから。勝ってる時の疲れって、すごぉく少ないんですよ?」
「そんなもん……なのかな?」
「はい、そんなもん、なんです」
 自信たっぷりにうなずく朱里。僕を焚きつけようとして大げさに言ってるわけじゃなさそうだ。
「そういうこった。明久、お前こそ、自分に正直になってみろ」
 と、いきなり雄二が会話に割り込んできたと思ったら、そんな意味のわからないことを言い出した。
221 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 18:47:27.06 ID:xmrrKX3z0
「は? 雄二、何言ってんの?」
「だからな明久、お前は今、この『戦争』っていう状況のせいで、自分がどうしたいのか見えてねーんだ。もっと本能的に、もっと自分に素直になってみろ」
「いや、そんな意味のわかんないこと言われても……」
 少年マンガの主人公じゃないんだから……そんな『自分を知れ!』じみた試練みたいなセリフ言わないでよ。頭がこんがらがるじゃないか。
「じゃあ、言い方を変えよう。お前、あのチクワ頭のこと考えてみろ」
「え?」
「いいから思い出せ。見た目とか、言ってたセリフとか、言われた罵詈雑言とか」
「うーん……」
 言ってたこと……ねえ……。えーと…………


『そう、強くて、美しくて、高貴で、門地の高い……そう、まるでわたくしのような、三国一の名家出身の統率者が必要なのですわ!』
『もう待てませんわ! もうこうなったら……文月軍も前曲に出してしまいましょう!』
『というわけで、天導衆のお2人? あなた方文月軍はまた前曲にでて、チャッチャと呂布と張遼の2人を討ち取っちゃってくださいな』
『断れば、他の連合軍全軍で文月軍を包囲し、あなた達『天導衆』の全員を討ち取るように仕向けますわ』
222 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 18:47:57.50 ID:xmrrKX3z0

「…………………………………………」
「その下衆で屑で情けなんぞかける価値もないチクワ頭が、今、俺達の軍勢に敗走し、目の前で尻尾を巻いて逃げだしている……さあ、どうする?」
「…………………………………………」

「わ、お兄ちゃんが雄二お兄ちゃんと同じ顔になったのだ!?」
「うおっ……額に青筋が……。なんか、豹変……?」
「は、はわわ……」
「あ、あの……ご……ご主人様?」
 わが軍の頼れる将軍たちと軍師1名がそんな感じのことを言っていたが、気にしない。
 なぜって? そりゃ……
「ふ……ふふふふ…………雄二……」
「おう、明久……目覚めたか」
 今気にするべきところはそこじゃないって…………気付いたからなァ!
「ああ、追撃だ……あの縦ロール、ギッタギタのズッタズタにしてやらないと」
「そうだな……よく言った明久」
 僕と雄二の周囲では、男子高校生の煮えたぎる熱いパトスがほとばしり、陽炎が発生せんばかりの怒気で空気が熱くなっていた。
 そうだそうだ……ここんとこ公孫賛の安否が不安だったり、公孫賛が生きててよかった〜とか思って安心したり、何日も敵が来なくて肩透かし気味に暇だったりで、頭が忙しくて忘れてたけど、
 あのバカには……そらもう、ナイアガラの滝から100回突き落としても収まらないくらいに、ただ純粋にイラついてたんだっけ。
 太守とか、
 みんなを守るとか、
 戦争とか、
 そんなの全然関係ないとこところで、一人の少年……吉井明久として。
 そう気付いた僕に、最早口調を穏やかなものにとどめておく余裕はなかった。
「雄二ぃ! 愛紗達も、ボサッとするな! 小休止とった後、すぐに軍を整えて追撃だ!」
「おうよ! ナイス英断だ明久!」
「は、はいっ!?」
 僕が放った突然の怒号に、さしもの愛紗も驚きを隠せずにいた。
「はわわわわ……ご、ご主人様……?」
「な、なあ鈴々、ご主人様って怒るといつもこうなのか?」
「こ……こんなお兄ちゃんは初めてなのだ……」
 戦慄する愛紗達をよそに、僕らのハートは熱くなるばかりだ。
 今が絶好の好機だからとか、そういうんじゃなく、ただ純粋に、あのバカ女をフルボッコにするチャンスだからこその、この怒り。このやる気。そして体にみなぎる、この……何かよくわからない力!! 今の僕なら鉄人にも勝てそうだ!!
「ふはははははは!! 腕が鳴るな明久! あのボンクラ女、どうしてやろーか!?」
「そうだね雄二! とりあえずとっ捕まえた後、髪の毛全部そり落としてニス塗りこんでテッカテカにしてやるのはどうかな?」
「甘いな明久! 俺ならそり落とした後で、磯○波平仕様のヅラかぶせて接着剤で固定して、さらに額に『肉』とでも書いてやるぜ!! 無論油性ペンでな!!」
「流石だな雄二、なら僕はそれを上回る何かを考えるとしよう!」
「おう! 互いに案を出し合って、より高みを目指そうじゃねーか! 何にしてもまずはあのバカの捕獲だ明久!」
「おうよ雄二! じゃあちょっと待ってろ!」
 そして僕は、頼まれてもないのに閲兵用の高台に上がった。
 全軍の注目が僕に集まる中、僕は一切ビビらずに腹に力を入れて声を張った。

「全軍聞けーっ!! わが軍はこれより、しばしの休息をとった後、直ちに追撃にうつる!  我ら文月の戦士たちを舐めきってやがるあの能無しのバカチクワに、目に物見せてやるぞ!! 総員……気合入れろオォォ!!」
『『『オオオオォォォオ―――――――ッ』』』

 僕に鼓舞された兵士たちの超ド級の雄叫びに、空気が震え、たまたまそこを飛んでいた渡り鳥の一団が、あまりの覇気に押されて進路を変えた……ように見えた。
 ハァーッハッハッハッハ!! 絶景絶景!! これぞ我ら文月の力!!
 袁紹ォ!! 首洗って待ってろやァァ!!

「「「お、お――……」」」
 後ろの方では、あまりの勢いに気圧された愛紗達が、控え目にそんなふうに言っていた。
223 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 18:50:55.34 ID:xmrrKX3z0
袁紹編
第39話 追撃と逆襲と熱い雨

 〜袁紹軍・文醜、顔良陣地〜

「ぶ、文醜将軍!」
「あ、何? 今あたい斗詩と話してたんだけど、急ぎじゃないなら……」
「いやあの……ふ……ふ……」
「ふ……何?」
「ふ、文月軍が、我が軍に追撃をっ!」
「げっ! マジか!?」
「マジですっ!」
「あぅ……これはちょっとまずいよ……」

                       ☆

「前方に袁紹軍の後曲を発見したのだ!」
「よっしゃ! 追いついた!」
 僕ら文月軍は、先の籠城戦において敵軍の撤退という形で勝利を収めた。しかしそれで満足することなく、さらなる戦果の拡大と単純な憂さ晴らしのため、小休止を挟んで袁紹軍を怒濤の勢いで追いかけていた。
「朱里、行軍のスピード……じゃなくて、速度が若干早いけど、みんなついてこれてる?」
「あ、はい。少々後曲の部隊が遅れ気味ですが……戦う分には問題ないかと」
「後曲ってーと、翔子や島田達がいるな」
「そうだね、でも待ってると逃げられちゃうから、後で合流してもらおうか」
 僕らの軍勢は、もう少しで連中に追い付けるくらいまで来ている。美波達には悪いけど、このまま先行させてもらおう。後曲には霧島さんや、公孫賛の遊軍にも護衛目的でついてもらってるし、大丈夫だろう。
「それがいいかと。それよりもご主人様」
「ん? 何、愛紗?」
「敵勢の行軍が徐々に減速を始めたようです」
 との愛紗の報告。相変わらず僕にはそんなわずかな違いはわからないけど、愛紗がそう言ってるし、他のみんなの反論もないところを見ると、そうなんだろう。
「ほー、逃げるの諦めて迎え撃つか、俺らを」
「でも、この分だと完全に止まらないうちに私たちの軍が追いつきますね」
「すると、連中にとっては後退戦闘じゃな。これは好都合」
 秀吉の言う通りだ。車と同じで、一度行軍を始めた軍隊は急には止まれない。
「意味が違う」
 ましてや、方向転換して後ろから来る敵を迎え撃つなんてのは、それこそ鬼のように時間がかかる。運動の騎馬戦や棒倒しなんかとは訳が違うのだ。
「その2つはここで例に出すもんじゃないだろう」
 そして、行軍している所を後ろから攻撃されるというのは最もキツい。何せ、前に進みながら後ろの敵と戦うんだから。そう、まるで熱々のおしること冷たいかき氷を一緒に食べるようなもの……
「だから違うって言ってんだろバカ! さっきからお前はどうしてこう例えが下手なんだ!?」
「うるさい! 雄二こそさっきからちょくちょくナレーションに口を出すな!」
「出さないと本文が意味が分からんものになるだろうが!」
「お主らさっきから何を言い争っておるのじゃ!?」
 はっ、いけないいけない、ナレーションと人物の間の壁が壊れかねない会話を繰り広げてしまった。
 とにかく、この戦い僕らが有利だ。
「そういやムッツリーニ、二枚看板は見えるが……総大将の袁紹の軍勢はいないのか?」
「…………斥候によれば、アレの更に先。どうやらすごい早さで撤退している。文醜・顔良両名への撤退の連絡自体、事後承諾だったらしい」
「こういうことだけはやること早いんだな……」
 呆れたもんだ。
「うむ……しかし、本当に何があったのじゃろうな?」
「木下殿、今それを考えても仕方がなかろう。それよりもご主人様、そろそろですよ」
 静かながらも引き締まった声で愛紗が言った。
 そのようだ。見れば。もう少しで僕らの軍の先陣と、袁紹軍の後曲が接触する所に来ていた。相手の軍は行軍の途中で、陣形も整っていない。
 先手必勝、相手が体勢を立て直す暇もないうちに突き崩さないと!
「よし、いよいよか……今回は白兵戦だね。愛紗、鈴々、翠! 頼むよ!」
「御意! 皆の者、我に続けーっ!」
「やってやるのだー!」
「よっしゃあ! 全軍突撃! 袁紹軍をぶっ飛ばせー!」
 頼もしい3人の鼓舞に、兵士たちの指揮は更に高まり、行軍の足も速くなる。そして、僕らに背を向ける形で後退している袁紹軍の後曲を、ついに僕らの先陣がとらえた。
 始まった……!
224 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 18:51:37.26 ID:xmrrKX3z0
やはりというか、城という武器がない以上、戦いは前ほど楽ではなかった。
 しかし、敵方が後退戦闘であるということもあり、僕らの圧倒的優位は揺るがなかった。朱里の的確な戦況判断と、それに応じた戦形の転換により、陣形すらままならない状態だった袁紹軍を瞬く間に粉砕していった。
 さらにそれらを、雄二と姫路さんが知っていた、この古代中国大陸には存在しない西洋式の陣形『ファランクス』と併用、愛紗達の見事な指揮もあって、驚異的な破壊力での攻撃を可能にしていた。
 それにより、後曲の姫路さん達が合流する頃には、既に敵軍はほぼ壊滅状態にあった。
 到着した姫路さんは、図面を見るなり、
「あ、ファランクス陣形を使ってるんですね」
 と、一瞬で言いあてた。自分で提案したとはいえ、すごい……。
「ああ、敵さんは分隊や遊軍も持ってないからな。単純な突破力・殲滅能力だけ考えれば、コレに雁行を組み合わせるだけでいいだろ」
「そうですね、後退戦闘では、さっきの攻城戦で見た魚鱗の陣は使いづらそうですし」
「ああ、もっとも、このファランクス自体、会戦前提の手法だから、敵の足が完全に折り返してからでないと使えなかったけどな」
「……あの、さっきから何言ってるのかわからないんだけど?」
「お前はわからんでもいい。じき勝てるからな」
 僕は一応この軍の総大将じゃなかったか?
 とはいえ、この類の会話に僕が口を出すのが野暮だ……っていうのは事実なので、黙るしかない。うう……脇でおろおろしながら慰めようと必死な朱里が目に入ってきて、逆に心が痛い……。
 でも、仕方ないよな……僕の長所って言えば、召喚獣ぐらいだ。それも、こういう乱戦の場じゃ役に立たない。屋内とか、1対1の戦いとかなら活躍できるけど、それも雄二や姫路さんのそれにはかなわない。
 はあ、僕ってむしろお荷物なんじゃ……?
「…………明久」
「うわっ……っと、ムッツリーニか。脅かさないでよ」
「…………悪い。でも、緊急」
「?」
 さっきまで、斥候部隊から何か報告があるらしいから、って聞きに行っていたムッツリーニが、そこにいた。何か気になることでも?
「…………袁紹が撤退した理由がわかった」
「本当? それで、何だったの?」
 その言葉に、雄二や美波、姫士さん達の視線もこっちに向いた。
「…………どうやら、魏の軍勢が袁紹の領地に進軍を始めたためらしい」
「魏だと!?」
 雄二の驚いた声が陣に響く。
 雄二だけじゃなく、その場にいた全員が驚いていた。魏って……つまり、曹操じゃないか! 曹操が袁紹の本拠地『南皮』に攻めて来てるの!?
「…………曹操でなく、将軍の夏候惇が軍勢を率いているらしい。その数、8万」
「自分が出るまでもない……とでも判断したか。まあ、当たってるがな」
「にしても、8万って……多いわね……」
「……曲がりなりにも、袁紹の武力は一応警戒しているんだと思う。袁紹の軍勢は、数だけはあるから」
「そうですね……こうなると……私達もうかうかしていられません」
 と、横で朱里が難しい顔をしていた。
「朱里、それ、どういうこと?」
「それは……」
 と、朱里が説明しかけたところで、

『オオオオォォォオ―――――――ッ』

225 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 18:52:14.33 ID:xmrrKX3z0
 前方から、耳をつんざかんばかりの大音量の勝鬨が上がった。
 同時に、伝令兵の一人が陣地に駆けこんでくる。
「報告します! わが軍の勝利です!」
「よし、勝った!」
「御苦労、戻って休め」
 結果が見えていた戦ということもあり、僕や雄二の反応も、いつもに比べれば淡白だった。それでも、僕は心の中では確かにうれしいと思っている。
 が、今はまだ安心していい時じゃない。
「さて、朱里、続けてもらえる?」
「はい、こうなると、袁紹さんを叩くのに、あまり時間はかけていられません。恐らく、曹操さん…… の部下の夏候惇さん率いるこの軍勢は、この戦いにいつまでも決着がつかないようなら、私達の幽州にくるかもしれませんから」
 えぇっ!? 何で!?
「そっちの方が楽だからだろ? 袁紹は本拠地の方にも、結構な数の兵隊を残してきてるようだし……俺達の所のは、それに比べたら少ないからな」
「でも仮に攻められても、華雄さんや恋さん、軍師に詠ちゃんもいるよ?」
 と、工藤さん。雄二は、確かにそうだが、と一瞥して、
「何万って大軍を叩きつけられたら、流石にあの2人がいてもきついだろ。加えて、魏の夏候惇は、袁紹なんざとは指揮能力の桁が違うからな」
「確かにそうですね……でも、距離的にそれはあんまり心配しなくてもいいと思います」
 と、地図を指差しながら姫路さんが言った。
 地図には、たった今伝令兵が描きこんでいった、夏候惇軍の進軍ルートと現在地、それに、僕らと袁紹、それぞれの本拠地が描かれている。確かに、僕らの本拠地は夏候惇軍の現在地及び進軍ルートからかなり遠い。
「この戦争がよっぽど……それこそ何カ月もかかるような長期戦になりでもしたらわかんねーが、目論見が外れたとなれば、連中は袁紹の領地の一部を切り取ったぐらいで満足して帰るだろ」
「そのためにも、この戦いは早くに決着せねばなりませんね」
 と、いつの間にか戻っていた愛紗が言った。いたのか。
「おかえり、愛紗」
「はっ。ただ今戻りました」
「うん、御苦労さま。それで……文醜と顔良はどうなった?」
 捕らえた、とか、討ち取った、って報告は入ってきてないけど。
「それが……申し訳ありません。あと一歩だったのですが、逃げられてしまいました」
 悔しそうな顔で愛紗が言った。
「この混戦の中を抜け出したのか?」
 雄二が驚いたように聞き返す。
 確かに……逃げたってことに驚きはしないけど、結構な乱戦だったはず。敵味方入り乱れてのこの戦いから、よく逃げだせたもんだ。デ○ルバットゴーストでも使えたんだろうか?
「いえ、将たる2人を逃がそうと、兵たちが盾になったのです」
「ほー……自分達を犠牲にして逃がしたのか、兵隊が」
「はい。あの2人、それなりに人望があったようで、忠義の士がついていたようです」
 悔しそうにしつつも、感心したように頷く愛紗。
 まあでも、考えてみれば……その2人が袁紹軍全員引っ張ってるようなもんだったからな……。袁紹自身に人望が皆無な分、兵たちはその2人に信頼を寄せてたんだろう。
「ん〜、でも、実力は全然大したことなかったのだ」
 と、今しがた戻ってきた鈴々が言った。その後ろから、鈴々に続く形で翠が入ってくる。
「ん? 鈴々ちゃん、その2人と戦ったの?」
「鈴々は戦ってないけど、愛紗が戦ってるのが見えたんだよ。2対1だったのに、愛紗に手も足も出なくて、一撃で吹っ飛ばされてたのだ」
「そうなの、愛紗?」
「はい。しかし、結果的には逃げられてしまいました」
「平気だって、そのくらい」
 と、鈴々と一緒に入ってきた翠。
「逃げた方向からして、その2人が兵たちと合流するのはまず無理だからな。敗走した兵たちも、警戒対象にしなくていい。それよりご主人様、これからどうするんだ?」
「そうだね……朱里、やっぱり……」
「はい。更に追撃をかけるべきでしょう」
 何の迷いもない返事が返ってくる。
226 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 18:52:57.76 ID:xmrrKX3z0
「文醜さんと顔良さんの、袁紹軍2枚看板が敗走して、姿をくらましている今が好機です。今のうちにとどめを指しておかないと、後々厄介かと」
 朱里に続いて、鈴々達からも声が上がる。
「今のうちにコテンパンにしとかないと、後で絶対仕返しに来るのだ!」
「そうだよな……この先のことを考えれば、この勢いに乗ってとどめを刺しておくべきだ」
「とどめ……ってことは……」
 フレーズに引っかかりを感じ、僕は答えを求めて愛紗の方を見る。
 まあ、わかってるんだけどね。それが何を意味するのか。しかし、その問いに答えを出してくれたのは、意外にも横でそれを聞いていた秀吉だった。
「つまり、このまま戦勝の勢いを持って侵攻し、袁紹の領地までも完全に制圧・併呑してしまおう……という意味じゃな」
 そういうことになる。
 もともとこの戦いは、僕らの領地に侵攻してきた袁紹を追い返すためのものだった。
 しかしここからは違う。袁紹軍を壊滅し、僕ら『文月』の領土を広げるための攻略戦だ。
「確かに、これからのことを考えれば、いつまでも幽州にとどまっているわけにはいくまい。版図拡大には、今が絶好の機会じゃ」
「そうね。それに、ここでウチらが撤退したら、あのクルクルパーに体勢を立て直す時間をあげちゃうことになるし」
「そしたら、報復に来ますよね?」
「だね。連合軍での事といい、今回の戦争といい、仕返しするのはボクらなんだからさ。仕返しの仕返しされちゃたまんないよ」
「……もしくは、それより先に魏が南皮を攻めて、併呑してしまうかも」
「…………それはそれで面倒」
「だな。あの超攻撃姿勢の小娘にこれ以上力をつけられると、後々さらに厄介だ。つーわけで明久、どうする?」
 そう言って雄二は、僕に視線を向けてきた。
 何が『どうする』だ。意見なんて聞く気ないくせに。
 その目は『そら大将、号令出せ』と、言ってる。そのくらい言われなくてもわかってるさ。僕が言うべきことは……一つだ。
「愛紗、全軍に通達出して。小休止を入れた後、追撃に移るってね」
「御意!」
 そう言って愛紗は、すぐさま兵士達に指示を出す。数秒の後、その場に立っていた数人の伝令兵は、各陣に向けて散開した。それを見届けた後、僕はみんなに向き直った。
「この際だから、徹底的にやらせてもらおう。第一、勝手に人の領地に土足で踏み込んできて、敵わなかったからハイ帰ろう……なんて、そうは問屋が卸さない。このまま攻めて、袁紹の領地『南皮』を手に入れる! ……って……みんな、どうしたの?」
 気がつくと、僕が口上を述べているうちに、いつの間にかみんなが唖然として僕の方を見ていた。どうしたの? 僕何か変なこと言った?
「あ、アキ……」
「明久君……その……」
「明久、お前……」
「ご、ご主人様……」
「…………???」
 本当にどうしたんだろう。今の結構決まったと思ったんだけど……。
 あ、もしかして僕がいいこと言ったもんだからみんな驚いてるのかな? いや〜そんな照れる……って、それだと僕が普段そんなこと言いそうにないって印象を持たれてることになるんだけど……まあいいか、これはこれで誉められてるんだし……

「お兄ちゃん、『そうは問屋が卸さない』なんて難しい言葉、知ってたんだね」
「「「あ………………」」」
227 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 18:53:30.25 ID:xmrrKX3z0
…………自然と顔が上を向く。
(り……鈴々!)
(バカ! そこは口に出しちゃダメだって……)
「………………………………」
「……あ、明久君……?」
「………………………………………………雄二」
「……………………何だ?」
「…………雨が…………降ってきたね………………」
「……ああ、そうだな…………雨だ…………」
 決して涙ではない。
「にゃ? 雨なんて降ってなモゴモゴ」
「鈴々ちゃん! そこはそんなはっきり言っちゃダメ!」
「……朱里、あなたも」
「はわわっ! ご、ごめんなさい……」
 頬に伝う熱い雨(あくまで雨、誰が何と言おうと雨)の奇妙な感触を感じながら、僕は行軍の準備が整うまでの小休止の時間を過ごした。
228 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 18:54:11.32 ID:xmrrKX3z0
袁紹編
第40話 城と人質と中二病
袁紹軍・陣営

「な、何ですって!? 文醜さんと顔良さんが負けた!? どういうことですの!?」
「いや、それがその……文月軍の追撃を受け部隊は全滅、両将軍は行方不明になったと……一応最後に目撃された者の話では、『南に行く』と言って全速力で東に走って行ったらしいのですが……」
「なっ……そ、それでは私たちと合流できないではありませんか! キーっ、その方向音痴っぷりは猪々子さんですわね!」
「あ、あの……合流するはずだった両将軍を欠き、わが軍の指揮はだいぶ下がっているのですが……」
「それに、疲労もたまってきていますし……」
「何を言ってるんですか! 名門袁家の兵ともあろうものが、何ですか情けない! そんなもの、気合でなんとかなさい!」
「で、ですが正味な話、このままの進軍速度で進み続けるのは無茶です! 最低でも、どこかで一度減速しませんと……」
「そんなことをしていたら、文月のお猿さんたちに追いつかれてしまうでしょ…………あら? これは……」
「……? どうなさいました? 地図など覗き込んで」
「ふふふ……いいことを思いつきましたわ。全軍、一路南西の『楽成城』を目指します! みなさん、私についていらっしゃい!」
「袁紹様、あの、馬を走らせようとしてらっしゃるところ何なのですが……」
「そっち……北東です」
「……し、知っていますわ! 今のはほんの冗談です!」

229 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 18:54:38.23 ID:xmrrKX3z0
その少し後、
文月軍・本陣

 頬に残った雨(雨だってば! 雨なんだよ!)の跡を拭いとり、気を取り直して僕はムッツリーニに尋ねる。
「ムッツリーニ、袁紹の居場所、斥候に探らせてあるよね?」
「…………(コクッ)」
「ふむ、では土屋殿。今、あの者はどのあたりに?」
 愛紗に聞かれて、ムッツリーニは地図のある地点を指さした。そこは……ん?
「城?」
 ムッツリーニの人差し指の先には、城を現す地図記号が記されていた。
 城って……こんな所に、袁紹軍の出城あったっけ? いやそもそも、地図で見る限り、ここは袁紹の領地じゃないんじゃ……。
「そこって……楽成城(がくせいじょう)じゃないか! 何でこんな所に!?」
「ん? 白蓮、知ってるのか?」
 突然驚きの声を上げた白蓮に、雄二が聞き返した。
「何でそんなにびっくりしてるのだ?」
「驚きもするだろう。この楽成城ってのは、本来中立のはずの城なんだから」
「中立の城?」
 今度は愛紗が聞き返した。
 中立ってつまり……どこの軍隊にも属してない城でしょ? そんなところに何で……?
 するとムッツリーニが、その疑問に答えてくれた。
「…………どうやら、無理やり入城したらしい」
「もうこんなとこまで逃げてたんだ……逃げ足だけは早いのね、あのバカ女」
「でも、中立の城に入城するなんて……袁紹のやつ一体何考えてんだろ?」
 と翠。
 すると、朱里は瞬時に何か思いついたようで、重々しく口を開いた。
「おそらく……中立のお城を乗っ取って、わが軍の追撃を妨害したいんだと思います」
「防衛戦の拠点にする……ってことか?」
「はい……多分……」
「中立の城で、しかも不意を突かれている……その可能性は高いですね」
 うわぁ……また悪どい真似を……。
 その城の人達にしてみればたまったもんじゃないだろう。いきなり知りもしない、いやまあ名前(悪名)くらいは知ってるかもしれないけど、変な奴らがいきなり大軍を連れて来て、後ろから来る軍隊の足止めにこの城を使わせろ、なんて言ってくるんだから。
 あのチクワ頭……相変わらず人の迷惑ってもんを全く考えないな。
「鈴々はそういうの、好きじゃないのだ」
「あたしもだな。いくら戦は策を弄して戦うものだからって……こういうのは嫌だ」
「こんなやり方、好んでやる奴の方が珍しいだろうさ。でもおそらく……戦いは避けられないだろうな」
 白蓮が腰に手を当てて、地図を見下ろしながら苦々しげに言った。
「楽成城近辺を通るルートは、袁紹の本拠地『南皮』への最短ルートだ。俺と朱里の案だと、前もってこの城の主に、周辺を軍隊で通過させてもらう許可を出してもらって、通過するつもりだったんだが……」
「その城そのものが敵に回ってしまったのでは、その案は無理だな」
 愛紗のそのセリフに、朱里も残念そうにうなずいた。
230 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 18:55:06.41 ID:xmrrKX3z0
「ねえ、この楽成城って言うのを迂回していけば、戦わずに済むんじゃないかな?」
 工藤さんがそう言って、ルートを示すかのように指でなぞって見せたけど、それは霧島さんによって制された。
「……この城にいる軍隊の目的は、私達の進軍の妨害。もし迂回しても、半端な距離なら城を出て攻めてくると思う」
「かといって大幅に迂回してたんじゃ、戦うより時間がかかりそうだな。ここはどうやら、腹くくるしかなさそうだ」
 肩をすくめて雄二もそう言っていた。戦いは避けられない……か。
「では、当面の方針としては、楽成城へ向かう……ということでよろしいですね?」
 愛紗の問いに、僕は朱里に確認してから、頷いた。
「それで……この楽成城の城主さんですが……黄忠(こうちゅう)さんという方です」
「「「黄忠(こうちゅう)?」」」
 と、僕と雄二、姫路さんと霧島さんが、朱里の今のセリフに反応した。
 黄忠……って……
「はわわっ!? な、何ですか!?」
「ご主人様、いかがなさいました?」
「お兄ちゃん、この『黄忠』って人が、どうかしたの?」
「ああいや、何でもない、大丈夫」
 適当にそう返事をする反面、僕は雄二に小声で耳打ちした。
「雄二、黄忠って……」
「ああ、とうとう出てきたな。『五虎将軍』最後の一人が……」
 黄忠……向こうの世界の『三国志』で、晩年の劉備に仕えた猛将の一人。
 関羽に張飛、諸葛亮に馬超、あと、仲間にはなってないけど、趙雲。劉備のもとで戦った蜀の武将達が、ここに来て出そろったことになる。
 そうなると……やっぱり気になる。
 愛紗達4人は言うに及ばず、趙雲だってその気があるような感じだったし……やっぱり黄忠も、『劉備』役の僕らの仲間になるんだろうか?
 だとしたら、戦いたくなんてないんだけど……。
 と、雄二が何やら顎に手を当てて考え込んでいるのに気づいた。
「しかし……妙だな……」
「? 雄二……どうしたの?」
「ん、ああ。黄忠の治めてる領地が、実際の『三国志』の設定の場所とは違いすぎるんでな、ちょっと気になってたんだ」
「え、そうなんですか?」
 と、姫路さん。すると、霧島さんもそれに気付いていたようで、
「……史実では、ここよりずっと北」
「ああ……。やっぱりこの世界、変だな……物語の主人公とも言うべき劉備はいないし……『三顧の礼』で仲間になるはずの諸葛亮孔明が、あんな平原で仲間になったし……何でこんな、まるで俺達に都合がいいような筋書きや配置に……?」
 どうやら雄二、本来の『三国志』と色々と違いすぎることに違和感を覚えてるみたいだ。
 でも、
「雄二、気持ちは全く分からないけど、今はそんなこと気にしてる場合じゃないよ」
「わからないのかよ。だがまあ……それもそうだな」
「わかればよし。愛紗、そろそろ行こうか」
「御意」
 そう返事をして、愛紗は伝令兵たちに向き直った。
「各陣に伝えよ。小休止を終え、これより『楽成城』へ向けて進軍し、それを包囲。場合によっては、直ちに攻城戦に移る。以上」
 兵たちはそれを聞き終えると、散開して命令を伝えに走った。
 さて……と、これからが正念場だ。
 目指すは……『楽成城』。
231 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 18:55:39.66 ID:xmrrKX3z0
〜同刻・楽成城城下〜

「戦、か……?」
 街の大通りで、屋台で買った点心を食べながら、1人の少女がつぶやいた。
「そこな御仁」
「あ、俺か?」
 少女に呼び止められた1人の町人が、急いでいるんだが、とでも言いたそうな顔で返事を返した。
「左様、これは一体何の騒ぎだ?」
「何だ、知らないのか?」
「うむ。先ほど、何やらきらびやかな武将が入城したのは見ていたのだが、それと何か関係があるのか?」
「ああ、そいつがこの街の疫病神になっちまったんだよ。その女、袁紹っていう名前らしいんだが、そいつが城主の黄忠様の御息女の璃々様を人質にとったせいで、黄忠様が幽州の軍と戦う羽目になっちまったんだ」
「人質とは卑怯な真似を……ん? 御仁よ、今、幽州と言ったか?」
「ああ、袁紹軍を追ってきてるらしいんだが……それがどうかしたのか?」
「ほう……幽州か……」

                       ☆

 それから数日後

「はいやってきました楽成城。それで朱里、状況どんな感じ?」
「はい。斥候の人たちによれば、城門を堅く閉ざし、人の出入りを完全に遮断しているようです。徹底抗戦の構えを見せている……と解釈してよろしいかと」
「しかし……時間はかけられませんね」
「だな。ここであんまり時間を食ってると、色々と面倒だ」
 苦々しい表情で、愛紗と雄二が言った。その顔を覗き込むようにして、鈴々が訪ねる。
「曹操が幽州に攻めてくるかも知れないから?」
「そういうことじゃ。しかし、城攻めを短期決戦でとなると、それもちと骨が折れそうじゃの」
 ここから見える感じ、『楽成城』は見るからに頑丈そうな壁に全面を覆われている。そして今朱里が言っていた通り、その中に入るための門は、東西南北全てのそれが堅く閉ざされているとのこと。
 しかも、見る限り、防衛戦に使用するのであろう設備……物見やぐらや、弓兵を配置する高台などは一通り揃っているように見える。中立の城とはいえ、いざというときの備えはしてあったようだ。
 それが牙をむく対象が僕たちでなければ、素直に感心できるところだったんだけど、現実はそう甘くない。
 訂正、袁紹はそう甘くない。
「今度はウチらが城を攻める側だもんね」
「……何か策が要る」
「そうですね。とりあえず城の周りを包囲していますけど……油断は禁物ですね」
「だよね……ねえ、またボクと吉井君と坂本くんの協同作業で、城壁でも破壊しよっか?」
 工藤さんがそんなことを提案してきた。
 虎牢関で、魏軍と呉軍を出し抜いて虎牢関一番乗り&完全制圧を成し遂げるために僕が考案した手だ。打撃系統の破壊力が強力な僕ら3人の召喚獣を使い、城壁を破壊して大軍でなだれ込む……というもの。
 結果的には大成功だったんだけど……引き換えに僕が大きな被害を受けたので、密かに軽いトラウマになっていたりする。
 なので、できればやりたくないんだけど……
「それも一つの手と言えば手だな。それで朱里、それを考えない場合の策は、何か考えてあるのか?」
「はい、もちろんありますよ」
 笑顔で頷いてくれる我らが軍師。いつもながら頼もしい。ぜひ教えてくれ、僕の身の安全のために。
232 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 18:56:16.22 ID:xmrrKX3z0
「えっと、まずは……」
「…………明久」
 おわぁ! びっくりしたぁ!
「ムッツリーニ!? いきなり何!?」
 と、いつの間にか後ろに立っていたムッツリーニが、申し訳なさそうにぽりぽりと頭をかいていた。僕と同じく……もしくは今の僕の声にかもしれないが……驚いていたみんなを見渡して、口を開く。
「…………伝令から、おかしな情報が入った、と報告が」
「おかしな情報?」
 雄二が聞き返す。ムッツリーニは頷くと、後ろに立っている1人の伝令兵を指さし、目で『話せ』と合図を送った。
「はっ。楽成城から逃げてきたと思しき一般人が、伝言を頼まれた、と言っておりました」
「伝言? どんな?」
「はい。『楽成城の城主に交戦の意志は無く、娘を袁紹に人質にとられたがために、仕方なく文月軍と戦う決意をしたのだ』……と」
「人質……だと?」
 いぶかしむような目つきをして、愛紗が言った。いや、発言した愛紗だけでなく、全員が疑念は感じたようだ。
「娘さん……ですか?」
 姫路さんのつぶやきに答えるように、朱里が言う。
「確かに……黄忠さんには娘さんがいますね。ですが……」
「唐突すぎやしないか? その情報」
 朱里の弁を引き継ぐ形で、翠が言った。
 まあ、それもそうだ。このタイミングでこんな情報は、さすがに少し突飛すぎるような……もしかすると、何かの罠かもしれないし……。
 いやでも、
「罠かもしれないけど……それにしてはちょっと安っぽくない?」
「確かにな。こんな明久でも疑いそうな罠、わざわざ使うか……?」
雄二、人が考えついたそばからそういうことを言わないように。僕けっこう傷つきやすいから。
「そうだけど、袁紹ならバカだからやりかねないのだ」
「確かに……可能性はありますね」
 そう言いつつも愛紗は、そしてその隣で考えている朱里も、結論をだせないようだった。
「仮に本当なら、聞き捨てならない情報ですけど……」
「確かめる方法がないんだよね……。ねえ、伝令兵さん」
「はっ」
 伝令兵が僕の方に向き直って元気よく返事をした。
「その伝言を頼まれたっていう人、他に何か言ってなかった? 例えば……伝言を頼んだ人が誰かとか」
「はっ。それがその……」
 すると、伝令兵は一瞬言いよどんで、
「伝言を頼んだ人物ですが……『登り龍』と言えばわかる、と」
「「「…………………………」」」
 ………………はい?
 何、そのあからさまにカッコつけた名前?
「誰だ、それ?」
「『登り龍』……誰かの通り名だろうか?」
 愛紗や翠を始め、全員が頭の上に「?」を浮かべていた。が、誰一人思い当たる人物はいないらしく、視線を明後日の方向に向けたままだ。
 ん〜……随分と立派な名前だけど、だれも知らないらしいな。他に情報は……
 ……と思ったら、

「……趙雲……じゃねーか?」

233 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 18:56:43.82 ID:xmrrKX3z0
雄二がそんなことを言った。
 と同時に、霧島さん、工藤さん、翠を除く全員の頭に、ある人物の顔が思い浮かんだ。
「趙雲……あやつかっ!」
 納得したような愛紗の声。
 趙雲……『黄巾の乱』の時、白蓮の客将として、僕らと共に戦った武将。え、彼女が……この伝言を?
 そういえば確か彼女の字は……『子龍』。……なるほど。
「趙雲があの城にいるのか?」
 鈴々が愛紗を見上げてそう聞いた。
「ああ、そのようだ。すると、この情報は……」
「間違いない……な」
 雄二の言う通りだ。この情報、確かだろう。少々扱いにくい性格の娘だったけど……彼女なら信用できる。
 にしても、
「雄二、今のでよくわかったね」
「全くですね。坂本殿の頭の回転の速さには、毎度驚かされます」
「そうですね……やっぱり坂本君は頭がいいです。こんなに早く、簡単に趙雲さんだっていい当てちゃいました」
 僕や愛紗に続き、この中で(成績的に)1,2を争う頭脳である姫路さんまでもが、雄二をそう言って誉め称えた。その他の皆も、頷いたり、「おー」とか言ったりして、雄二に感心の視線を向けていた。
 ……なんだかうらやましいけど、ここでそんなことを思うべきではないだろう。僕自身、雄二のこの頭脳には何度も助けられたから、そのすごさはよく知っている。
 何せ、こんな暗号じみた言い方の名乗りから、瞬時に人物を特定したんだから。字(あざな)を覚えている記憶力なのか、それと今の名乗りの関連性を瞬時に閃く発想の柔軟性なのか、あるいはその両方かもしれないけど、やっぱりこいつは……

「いや、だってこっち来て俺らが知り合った奴らの中で、そんな中二病みたいな名乗り方する奴って言ったら、アイツぐらいだろ」

「「「…………………………」」」
 文月学園メンバーの視線が一斉に三白眼になった。もしくは点に。
 ……そんな経路をたどったんですか。まあ……否定できないけど。
「『ちゅうにびょー』って何なのだ?」
 無垢な目で尋ねてくる鈴々と、同じく答えを求めて視線を向けてくる愛紗と翠、それに白蓮はとりあえずスルー。
 知らなくていい。知らない方がいい。
 さて、それはともかく。
「それ考えた上で、策を練り直す必要があるね」
「だな。向こうに元々戦意がないんなら、他にもっと効率的なやりようがある」
「大体、人質取られて仕方なく戦ってる人相手に戦うなんて真似、できないからね」
 実の娘を人質に取られてるんだったら、その黄忠、って人にとっては選択肢は皆無に等しい。そんな人を攻めることはできないし、大体このままだと、どちらに転んでも人質の命が危ない。
 何より、これ全部袁紹のせいなんだから、人質も黄忠さんも両方……って、あれ?
「えーと…………何?」
 見ると、愛紗や朱里、それに他の皆も、少し笑ったような表情で僕の方を見ていた。? 僕今何か変なこと言ったかな?
「いえ、やっぱりご主人様は相変わらず、ご主人様なんだな、って♪」
 と、口元に手を当てて、嬉しそうに笑みを浮かべながら言う朱里。よくわからないんだけど……?
「にゃはは、月や詠の時とおんなじなのだ」
「こら鈴々。まあしかし、それには違いないな。そして……それでいい。それでこそ、我らのご主人様ですからね」
「…………???」
「わからんでも特に何も困らんから気にするな。じゃ、朱里。これを踏まえた上での案、あるか?」
「はい、もちろんです!」
 と、結局今の会話の意味が聞けないまま、僕らの軍議は『黄忠に戦意なし』と『人質の存在』を念頭に置いた新たな策を実施する方向で進められた。

234 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 18:57:25.50 ID:xmrrKX3z0
袁紹編
第41話 囮と暗躍とスピーチの基本


 軍議終了より数分後

 〜文月軍本陣〜

「報告します! 張飛将軍、土屋様、工藤様の三名ですが、問題無く城内への侵入に成功したようです!」
「ご苦労さん。さてと……そんじゃ明久、俺らも行くか」
「そうだね。じゃあ朱里、翠、白蓮も、留守よろしく」
「秀吉、島田、姫路もな。本陣の統率は任せたぞ」
「了解です。ご主人様達も、気をつけて行ってきて下さいね」
「こっちは心配いらんからの」
 そう簡単に挨拶を交わして、僕と愛紗、雄二、そして霧島さんは、数名の兵隊を引き連れて陣を出た。
 目指すは……黄忠軍の眼前。この作戦……黄忠さんの娘を助け出し、この戦いそのものを回避する秘策を成功させるために、僕らは動きだした。
235 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 18:58:02.22 ID:xmrrKX3z0
同時刻・楽成城城内

Side 鈴々・ムッツリーニ・工藤愛子
Mission 『黄忠の娘を救出せよ』

「ふむ……いないな……」
 街の人々がほとんど皆、避難するか家に引きこもっている城下町で、誰にともなく私はつぶやいた。
 と、
「誰だっ!?」
 背後に気配を感じ、振り返りざまにとっさに蹴りを放つ。すると、その蹴りは何も捕らえることなく空を切った。
 そこにいたのは……
「にゃにゃあっ!?」
 あわててその蹴りをよけたとわかる姿勢を見せる、小さな少女。
「ん? お主は……」
「いきなり蹴ってくるなんてひどいのだ!」
 私の目の前で、あまり怖くない顔で怒っている1人の少女が目に入った。
 見覚えのある顔だ。背丈に似合わぬ大きな得物、虎の髪飾り、そしてこの口調……
「張飛殿か?」
「そうなのだ。久しぶり、趙雲お姉ちゃん」
 もう怒りが収まったらしい彼女は、私の顔を見据えて言った。
「うむ、久しいな。しかし、お主がここにいるということは……私からの伝言は伝わった……と見てよいのか?」
「うん、だから鈴々はお兄ちゃんに言われて、黄忠の娘を助けにきたのだ」
「左様か」
 これは驚いた。事実とはいえ、よもやあのような稚拙な伝言を信じていただけるとは。てっきり無視されると思っていたが。
「さよーなのだ。それに、1人じゃないよ」
「?」
 と、その言葉に続く形で、物陰から更に2人、姿を現した。
「…………久しぶり」
「ふ〜ん、その人が趙雲さん?」
 1人は知っている。小柄な体躯に三白眼、変わった意匠の黒服に、物静かな雰囲気が特徴的な少年。名前は……土屋康太。
 しかし、もう1人は……初めて見る顔だ。そんな私の視線を感じてか、その少女は一歩前に出て、能動的に自己紹介をしてきた。
「はじめましてお姉さん、ボクの名前は工藤愛子です。服でわかると思いますけど、ここにいるムッツリーニ君と同じ、『天導衆』の1人です。よろしく♪」
「左様か。私の名は趙雲、字は子龍だ。よろしく頼む」
 工藤愛子……と名乗った彼女は、明るい笑みを見せて私の言葉に応えた。確かに、土屋殿と似た意匠の服に身を包んでいる。違いといえば、下の服装と、首に巻いている布の色くらいのものだ。
 しかし……何だろうか?
「ふむ……なぜだろうな? 工藤殿とやら、貴公からは私と同じ匂いを感じるが……?」
「? そうなんですか?」
「うむ、具体的にどう、ということは言えんが、何となくな」
「ふ〜ん、ムッツリーニ君、何のことだかわかる?」
「…………知るか」
 土屋殿はなぜか明後日の方向を向いてそう返事を返していた。
「ところで趙雲お姉ちゃん、黄忠の娘はどこにいるのだ?」
「ふむ、探しているのだが、一向に見つからんのだ」
「え〜、それじゃ困るのだ〜! 鈴々達は急いでるのに……」
 と、張飛殿が口を尖らせた。
「外はそんなにも緊迫しているのか?」
「まあ、あんまり安心して待ってられる状況じゃ……ないね」
「…………俺達の軍が城を完全に包囲した。対する黄忠の軍も、扉を閉ざして抗戦する構えをとってる」
 工藤殿、土屋殿が続けて説明してくれた。
「ボクらの方から攻め入ることは無いですけど……」
「ふむ、城主の黄忠殿が、場外に出てこない限りは膠着状態を維持できるが……もし出てきた場合は……」
「その時はその時で策を考えてあるけど、余裕ないことには変わりないのだ」
「そうか……ならば急いだ方がいいな」
 文月軍にとって、城相手の戦は慎重になるべきものだ。ましてや今回は事情が事情、文月軍の方から攻撃をかけることは無いだろう。
 黄忠の軍にしても、いくら城という武器があるとはいえ、城を完全に包囲し、しかも数で勝る文月軍を相手に城の外に出て戦うような真似は避けるはずだ。籠城戦にした方が、被害は格段に少なくて済む。黄忠は武力に知性を兼ね備えた知将である、とも聞くゆえ、その心配はない……いや、そうも言い切れないかもしれんな。
 黄忠は知性のみならず、人徳にも溢れていると聞いた。もしかすると、城内の民達に被害が及ぶことを嫌い、外に出てくるかもわからない。そうなると……戦いは避けられないだろう。
「……時間との戦いだな。早々に黄忠殿の娘君を捜さねば」
「そうだね……康太お兄ちゃんと愛子お姉ちゃんは何か見つけてない?」
 と、張飛殿が後ろの2人に訪ねた。ん? お主らは一緒に来たのではなかったのか?
「趙雲お姉ちゃんを捜すために、一度別々に行動してのだ」
「なるほど、そうであったか」
「そゆことです。でも残念ながら、ボクの方は同じく情報無し」
 工藤殿もやはりそうか。この分だと土屋殿も……
 ……と思ったのだが、
「…………居場所なら、ある程度絞れた」
 土屋殿の口から出てきたのは、予想外の好答だった。
236 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 18:58:34.42 ID:xmrrKX3z0
「本当!? 康太お兄ちゃん!」
「え、ムッツリーニ君、そうなの?」
「…………(コクッ)楽成城下西区画、4番街のどこかの空き家に囚われているらしい」
「そうなのか? それなら……捜すのがかなり楽になるな」
「どうやって調べたのだ?」
「…………見回りらしい袁紹軍の兵士を捕まえて、体に聞いた」
「ほう、それはなかなか容赦ない」
 情報もそうだが、これも予想外だ。
 彼ら『天導衆』の頭目である吉井殿を見る限り、彼らは拷問のような真似はしないように見えたのだが……やはりそこは、この戦乱の世を生きる者なのだろう。まあ、それはそれで頼もしくはある……

「どうやって聞いたのだ?」
「…………くすぐり地獄」
「あらら……それはかわいそうに」

 意外と茶目っ気があった。やはり予想通りか……。
「よし、そこまでわかれば時間はかかるまい。ゆくぞ」
「「「応っ!」」」
237 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 18:59:03.62 ID:xmrrKX3z0
同刻、黄忠軍陣地

「黄忠様、城の周りは完全に包囲されているようです。いかがなさいますか?」
「……城に籠もって戦えば、中にいる者達に被害が出ます。外に出ましょう」
「はっ、ではそのように伝令します!」

「璃々……お母さんが必ず助けてあげるからね……!」

                     ☆

 その少し後・文月軍前曲

Side 明久・雄二・愛紗・翔子
Mission 『黄忠の娘救出まで時間を稼ぎ、両軍の激突を阻止せよ』

「報告です! 先程城門が開き、黄忠のものと思しき軍が出て参りました!」
「ほ〜……わざわざ出てきたか」
 伝令兵の報告を聞いて、雄二が意外そうに言った。見ると愛紗も、いぶかしむような目をして考えている。
「城があるというのに表に出てくるとは……何かの策でしょうか?」
「黄忠は知将だっつー話もあるからな……」
「いいじゃない、出てきてくれたんなら。籠もってる人を引っ張り出すよりは簡単だし」
「よくねーんだよ。むしろ籠もっててくれりゃ、膠着状態のまま時間稼ぎになってこっちも助かったんだ」
 あ、そうか、確かにそうだ。軍引っ張って出てこられたら、迎え撃つしかなくなるし。
 もっとも、向こうは自分から攻めるんだろうと迎撃だろうと、僕らと戦うように言われてるんだ。僕らみたいな赤の他人より、人質の命を第一に考えてるだろうから、さっさと決着させて人質を助けたいと考える……こうなると停戦も期待するだけムダか。
「でも、このための策なんでしょ?」
「そうですね。まあ、なるべく使わずに済ませたかったのですが、仕方ないでしょう」
 そう言って得物を手に取る愛紗の全身からは、静謐な闘気が漂っていた。今更になって少し不安になり、僕の口は自然に動いた。
「……愛紗」
「何でしょうか?」
「その……ごめんね、こんな危険な役回りさせちゃって」
「ご心配痛み入ります。ですが、どうか謝らないで下さい。私なら大丈夫です」
 そう言って、愛紗はいつもと変わらない笑みを見せてくれた。それでも、僕の心の中から不安と後ろめたさは消えない。
 この作戦は、愛紗が文月軍の代表として名乗りを上げ、敵将・黄忠との一騎打ちをするというものだ。
238 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 18:59:31.74 ID:xmrrKX3z0
無論、黄忠を[ピーーー]ための作戦ではない。愛紗が黄忠と『殺さないように&殺されないように』戦い、いつまでもそれをだらだらと続けて時間を稼ぐための作戦だ。
 その間に、城の中に潜入したムッツリーニ達に、黄忠の娘を救出してもらう。人質さえ解放すれば、『脅されて仕方なく』が動機の黄忠軍とは戦う理由もなくなり、兵隊1人の犠牲も出さずにこの関門をクリアできるのだ。
 しかし、一騎打ちという作戦の性質上、愛紗が矢面に立って黄忠と戦わなければならない。愛紗は喜んでその役目を買って出てくれたけど、黄忠はかなりの使い手だって聞くし、しかも武器がどんなものなのかもわかっていない。危険なことに変わりはないのだ。
 それでも、こんなことを頼めるのは愛紗しかいない。
 鈴々や翠は力加減が出来ない。以前、ちょっと遊びのつもりで鈴々の修行に付き合ったことがあったけど……素人の僕相手に、鈴々は『全力』か『停止』かの2択だった。翠も本人いわくそんなもんらしい。
 白蓮は言っちゃ悪いけど実力不足だし、僕らの『召喚獣』だと、僕とかのだと相手にならないかもだし、霧島さんレベルだと確実に相手が死ぬ。何より、召喚獣なんて得体のしれないものを一騎打ちの場で見せたら、警戒されて話がおじゃんになりかねない。
「重ねて言いますが、ご心配なく。黄忠にも怪我はさせませんし、私も怪我などしません」
「明久、ここは愛紗を信じろ。さて……じゃあ行こうか」
「そうだな坂本殿。して、黄忠をいかにして誘い出す?」
「安直な手だが、口上を述べるってやり方がいいだろう。ちょうど道具もあるしな」
「道具? 道具って……?」
 と、雄二の手元に目ををとす。すると、雄二はいつの間にか、朝礼なんかで先生がよく使う、拡声器……の少し小型版のを持っていた。……何で?
「ムッツリーニに借りた」
 素晴らしきかな便利屋ムッツリーニ。何か盗撮とかに関係ない道具まで持っている気がするけど、何に使うんだろう?
「しゃ、ちょっくら最前線に出るか。ここから何か言っても、隠れたまま言ったんじゃ説得力のかけらもねーからな」
「そうですね。参りましょうご主人様、黄忠殿に見える所へ」

239 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 19:00:24.47 ID:xmrrKX3z0
「黄忠様! 敵軍前方より、数騎の兵が突出してまいりました!」
「突出……? 先遣隊かしら……いいえ、あれは違うわね。何か口上を述べようとしているのだわ」
「いかがなさいましょう?」
「こちらから仕掛ける必要はないわ。出方を見ましょう」

                      ☆

 最前線よりもさらに数十歩先へ進んだ所で、愛紗は声を張った。

「わが名は関羽! 幽州の青龍刀にして、天導衆が筆頭、吉井明久が一の家臣! 楽成城城主、黄忠殿に一騎打ちを申し込む! いざ尋常に勝負いたせ!!」

 拡声器なしでも拡声器並みの声が出せる愛紗ってやっぱり凄いな。
 戦場で発しようものなら、一瞬で相手の軍の士気をそぐことが出来るであろうその名乗りに、黄忠軍の動揺が見て取れた。内容も内容だし、無理ないだろう。
 というか……こういう凄いところで自分の名前を出されるのって、なんか照れるね。
「何をいまさら、てめえの悪名は学校全体に知れ渡ってるだろうが」
 呆れた顔で横に立っている雄二に鋭いことを言われた。
「いや、なんていうか……雰囲気とか、ニュアンスの問題なんだって。学校なんてそんな狭い所の話じゃないじゃん、コレ」
「狭い云々で済ませるには、あの学校は色々と密度が濃すぎるような気がしないでもないがな……まあいい。それよりほら、お前の番だぞ」
「……吉井、がんばって」
「あ、うん」
 愛紗の口上が終わったようだ。
 そして次は、この軍の総大将である僕のが口上を述べる番。黄忠を釣る餌としてのダメ押しが僕の役目なんだけど、そのためには愛紗と一緒に出て、口上を述べる必要があるんだ。やっぱり緊張するけど……それでもやってやる!
「カンペも無しに大丈夫か?」
「大丈夫、頭に入ってるよ」
「…………不安がぬぐえないんだがな……」
 失敬な、僕だってやる時はやるさ。
 無用な心配をする雄二をよそに、僕は霧島さんに持たせていた拡声器を受け取った。
 そして、敵味方全ての視線が僕に注がれる中、大きく息を吸って……

240 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 19:00:58.87 ID:xmrrKX3z0
(ザザザ……ピガーッ…………)
『えー、本日はお日柄もよく(ごすっ)痛あっ!!』

 開始早々雄二のゲンコツによって遮られてしまった。おい、何するんだよ!?
『結婚式の友人代表スピーチでもする気かこのバカ! 何だその出だしは!?』
『え、何かまずかった?』
『違和感覚えろよ! まずい部分しかねーし、このまま続けさせてもまずいことしかいわねーだろお前は! というかこんな早いタイミングで俺に手を煩わせるな! 愛紗のを参考にするなりして、その出だしを何とかしろ!』
『あ、うん、わかった。やってみるよ』
 まあ確かにそうだ。兵達の鼓舞が目的ではないとはいえ、この言い方はちょっと和みすぎか。愛紗のを参考に……まず名前でも名乗ってみようか。

『えー……失敬。僕……わが名は吉井明久! 天導衆筆頭にして幽州の……幽州で……その……幽州を統べる者! 黄忠殿の……あのアレ……僕はその……何でもないです(ごすっ)痛あっ!!』

『何でもないことねーだろうが! まんま参考にしすぎて何言っていいかわかんなくなってんじゃねえアホ! 威厳もヘッタクレもないじゃねーか! くそっ、こんなことなら事前に内容を紙に書かせてチェックするべきだった……』
『うう……頭が痛い……』
『……吉井、肩の力を抜いて。頭に浮かんだフレーズを、そのまま言う感じでいいから』
『あ、うん、わかった。ありがとう霧島さん。僕、頑張ってみるよ』
『ったく……』
 そうか、こういうのって、素直に浮かんだことを言った方が案外効果あったりするもんね。頭に浮かんだフレーズ……何を言えばいい……頭に……?

『えー、本日はお日柄もよく(ごすごすっ)痛あっ!!』

241 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 19:01:36.20 ID:xmrrKX3z0
今度は2発!?
『正気かお前!? 何で同じことを繰り返すんだ!?』
『だって最初に頭に浮かんだのがコレだったから……』
『どんな頭してんだお前は!? つーかスピーチの出だしから離れろ! とりあえずそれで始めとけば何でも一応は上手く行くとでも思ってんのか!?』
『………………………………』
『そうなのか!? おい、そうなのか明久!?』
『いや……だって、最近読んだ本にそう書いてあったし……』
『どんな本だ!? てかお前が読む本っていったら漫画かゲームの攻略本か保健体育の参考書くらいだろ!?』
『失敬な! 最近は教科書も少しと……あとは緊急時の心肺蘇生の手引きなんかも読んでるよ(自分用に)!』
『やめろ生々しい! つーかそんなでたらめな内容が描いてある本は捨てろ! 何の役にも立たん!』
『……雄二、言い過ぎ。吉井、その本、捨てなくていいから』
『やめろ翔子、別にこいつをかばわんでも…………待てよ? 翔子、何でその部分にお前が口を出す?』
『……捨てられたら困る。私があげた本だから』
『お前が? それは一体どういう……』
『あ、霧島さん、安心して。あの本、来るべき時のために熟読してるから』
『……ありがとう。その時は吉井、よろしく』
『どういうことだ翔子? なぜか俺の第六感が人生の危機を感じてるんだが……明久! お前が翔子にもらった本ってのは何なんだ!?』
『えーと確か……『結婚式の友人代表スピーチの上手なやり方』って名前だったと……』
『何でそんな本の内容を戦の口上に使うのかとか言いたいことは山ほどあるが明久、まずお前その本のタイトルに違和感を覚えろ!! その本が翔子からお前に渡されたってのは俺の人生の破滅へのカウントダウンがまた一つ進行したのと同義だろうが!!』
『またまたぁ、雄二ってばそんなに照れなくても……』
『照れてない、真剣に困ってんだ! いやむしろ怖がってんだこのバカ野郎!!』
『……雄二、吉井ならうまくやってくれるから。それに……』
『………………『それに』…………何だ?』
『……瑞希にも頼んでるから。吉井と一緒にやってくれるように』
『余計なことをしてんじゃねえバカ!! 何で姫路にまで……』
『雄二、僕一人にやらせたいなんて……僕のことをそんなに信頼して……』
『ねぇよ! してねぇし、やってもらおうとも思ってねぇ!! というかそんなもんを披露してもらう機会は永遠に来ない! さっさと忘れ……』
『……大丈夫』
『あ? 大丈夫って何ぎゃああああああああああ何をする翔子ォ――――!?』
『……前にも言った通り、雄二とは、小細工なしの腕力勝負で結婚してみせる』
『だからお前何度も言っているように結婚のプロポーズの手段に『腕力』はありえなあああああ俺の頭蓋骨があぁ――――――っ!!』
『うんうん、これも一つの愛の形だよね』
『あってたまるかこんなのが!!』
『ご主人様! 口上が中断したままです!』
『はっ! 本気で忘れてた!』
やばいやばい、天然漫才に拍車がかかっちゃった。
愛紗に突っ込まれなかったら、危うくあと30分くらいは余裕でしゃべってたかもしれない。全く、途中で雄二が余計なこと言うから……。
さて、じゃあ、霧島さんのお墨付きも貰ったことだし……

『えー、本日はお日柄もよく……』
『だからその出だしはやめろ!!』

                      ☆

「何なのかしら……?」
「さあ…………」

 拡声器からダダ漏れだった一連の会話に唖然とする、黄忠とその部下達。
 意外にも、明久達の天然漫才は立派に時間稼ぎの役割の一端を果たす結果となっていた。
242 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 19:02:14.27 ID:xmrrKX3z0
袁紹編
第42話 親子と和解と武将集結

 楽成城城下、ある家の一室

「うっ……ひっく……うぇ……」
「おい、そのガキ黙らせろよ」
「大丈夫だって、このあたり誰もいねーから、泣き声くらいなら聞かれるこたぁねーよ」
「そうじゃなくて、普通にうるせーだろ」
「ったく……そのくらい我慢しろよ。大事な人質なんだから」
「何を、こんなガキ相手に」
「そうだぞ、我慢する必要などない」
「そら見ろ……って…………」

「「え?」」

 ズグァッ!!

「ぎゃ…………!!」

「もうそんなことを考えることもできなくなるのだから……な」
243 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 19:02:57.32 ID:xmrrKX3z0
 断末魔の悲鳴もろくに残せぬうちに、監禁部屋で番をしていた袁紹軍の兵士達は、塵も残さず消し飛んだ。
「ふう……こんなもんかな」
「ほう、見事だな工藤殿」
 壁際にたたずんでいる工藤殿と、その足下にとことこと走り寄ってきた『小さな工藤殿』……『召喚獣』を見て、私の口からは自然にそんな言葉が漏れた。
 私の視線の先には、彼女達ともう一つ、今ししがた工藤殿の『召喚獣』がその斧の一撃で開けた、巨大な穴があった。巨大な崩壊と焦げた香りを残して全てを消失させたその斧には、まだ青白い火花がバチバチと散っている。
「しかし、随分とまあ大胆なことをやったものだな。壁ごと番兵を消し飛ばすとは……」
「あはは……まあでも、ちっちゃい子に下手に血とか見せるよりマシでしょ?」
「まあ……確かにそうかも知れんな」
 そのちっちゃい子はというと、何が起こったか分からないようで、私たち2人を見ながら目を点にしている。と、扉が開いて残り2人が入ってくる。
「…………お疲れ」
「む〜! 鈴々は暴れられなかったのだ!」
 相も変わらず寡黙な土屋殿と、戦闘に参加できなくて頬を膨らませている鈴々(先程から真名で呼び合う仲だ)。部屋の外で、私と工藤殿……といっても実際にやったのは工藤殿ひとりだが……が中の面倒事を片づけるのを待っていた二人だ。
「そう言うな鈴々、私とて何もしておらんのだから」
「それに鈴々ちゃんの武器は大きすぎて、部屋の中じゃ使えないでしょ?」
「む〜…………」
 リスのごとき顔になってそっぽを向く鈴々。やはり簡単に納得はせんか。
 と、
「お姉ちゃん達……誰ぇ……?」
 壁の隅で小さくなっていた少女が、か細い声で訪ねてきた。全員の視線が集中する。
 まだ十になったかどうかという幼さの少女だ。髪色は明るい藤色で、頭の両側で二つにくくってある。まだ幼くも、誰の目にもかわいらしい、という印象を抱かせるであろう愛くるしい顔。
 この娘が……どうやらそうらしいな。
 よほど怖かったのだろう、目には涙が溜まっていた。
「怖がらなくてもよい。私は趙雲、黄忠殿を助けるために、お主を探していたのだ」
「! お母さん……?」
 と、黄忠の名が出た途端、少女ははっとしたように顔を上げた。やはり、この者が黄忠の娘君か。
「お母さんを……助けてくれるの……?」
「無論だとも」
「さ、行こう。あ、私は愛子。愛子お姉ちゃん、って読んでね」
「鈴々は張飛なのだ。鈴々のことは鈴々でいいよ」
 工藤殿と鈴々の和やかな挨拶に、心なしか少女の顔にわずかな安堵が見えた気がした。この2人のまとっている親しみやすい雰囲気が役に立ったと見える。ふむ、これはよかった。
 ……なので、
「…………俺は土屋康太」
「土屋殿、今くらいその……親しみやすい雰囲気で接することはできんか?」
この男の寡黙さと無愛想さがこの上なく浮く。
「…………これでもう限界」
「……左様か」
 やっていたらしい。
244 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 19:03:31.43 ID:xmrrKX3z0
「あははは、ムッツリーニ君はいつもこうだからね〜」
 慣れっこなのか、けらけらと笑う工藤殿。
 それらを見ていつつも、特に何も動揺した様子もない少女は、いつの間にか涙の引っ込んだ目を上目遣いにして、おずおずと口を開いた。
「私……璃々(りり)……」
「ほう、璃々(りり)か。よい名前だな」
「じゃあ璃々、鈴々達と一緒に、黄忠を助けに行くのだ!」
「……うん!」
 泣き顔を引っ込め、代わりに満面の笑顔を浮かべる少女……璃々は、鈴々に手を引かれて、元気にかけだしていった。
 うむ、やはり幼子には元気と笑顔が似合うというもの、微笑ましい光景だ。今が戦の最中であることなど、忘れそうなほどに……。

「ムッツリーニ君、さすがに今ボクもここで写真は不謹慎というか、NGだと思うんだ」
「…………そのくらいはわきまえる」
「ふ〜ん、それじゃあ……その右手が握ってるデジカメは何?」
「…………気のせい」

 後ろでなにやら展開されているそんなよくわからん会話も気にならんほどに。
 ともあれ、無事に璃々殿を救出した我らは、城の外へ向かうことにした。
 聞けば、関羽殿が黄忠殿と一騎打ちをして時間を稼ぐという策だとか……あの関羽殿が負けるとも思わんが、急ぐに越したことはあるまい。
 2人の戦いがなるべく激化せんうちに、璃々殿の無事を伝えるべく、我々は駆け足で城門へ向かった。
245 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 19:04:20.24 ID:xmrrKX3z0
そのころ、文月軍最前線

『…………である! いざ尋常に……』

 一騎打ち、まだ始まってなかったりする。
 あのあと大分長く続いた論戦の結果、結局雄二が口上を述べることになった。
 で、今述べてる。
「はぁ……やっぱ僕こういうの向いてないのかなぁ……」
「まぁ……ご主人様、気を落とさずに。人間だれしも、向き不向きはありますから……」
 拡声器に声が入らないように音量に気を配りつつ、雄二の口上が終わるまでの時間、僕は愛紗に慰めてもらっていた。
 結局まともにスピーチできなかったからなあ……。と、僕が自分のアビリティの低さに軽く落ち込んでいると、
「……吉井、愛紗さん」
「? いかがなされた、霧島殿?」
「前見ろ、お出ましだぜ」
 と、いつのまにか口上を終えていたらしい雄二が言った。その言葉に反応して僕と愛紗が前を……敵軍の方を見ると、そこから数騎、こちらに向かってくる人影が見えた。
 大半は護衛の兵のようだが。その中の1人は……明らかに異質、将の出で立ちだ。
 もう少し待つと、ようやくその姿が鮮明に見えた。
 一言で言うと、大人な雰囲気が漂う女性だ。鮮やかな藤色の髪が腰まで伸び、胸の大きく開いたチャイナドレス仕様の服に身を包んでいる。美女といっていい顔、放漫な胸、魅力的な要素が満載で、こんな場所(戦場)でない所で出会ってたら、そりゃもう目が釘付けになるくらいに……っとと、いかんいかん、煩悩が。
 ともかく、この雰囲気といい、引き締まった表情といい、肌で感じるひしひしとした闘志といい、これは……間違いなくこの人が……。
 その疑問は、程なくして解消されることとなった。

「私の名は黄忠(こうちゅう)……この楽成城の城主です。あなた方のその申し出、受けさせていただきましょう」
そう、感情を極力抑えた、しかし並々ならぬ気迫を含んだ声でそう言ってくる黄忠。
 口調は静かで、しかも直接相対してないのに、僕らまで気圧されそうだ。……この覇気も、娘を助けたいがため……というわけか。
 そして、次の言葉を発するよりも先に、

「……(ブスッ)」
「ぎゃああああああ! 翔子! いきなり何を!?」
「……雄二は見ちゃダメ」

 大人の色気と露出の高い服装に反応した霧島さんにより、雄二の煩悩が粛清されていた。こんな時でも冷静に反応・対処できる君はすごいよ、霧島さん。それがTPO的に適切かは別として。
 美波と姫路さんがいなくてよかった……いたら僕もああなってるとこだ……。
 …………気を取り直して、
 僕が地面にのたうちまわる雄二から目を話し、黄忠に視線を戻すと、その手には白い弓が握られていた。なるほど……黄忠は弓使いなのか。よく見ると、背中に矢の束も背負っている。
 ……これは厄介かもしれないな。愛紗は確かに強いけど、相手は飛び道具だ。
 しかも、『使い手』なんて呼ばれるくらいだ。そんじょそこらの、普通に弓に矢をつがえて撃つ……なんてレベルじゃ恐らくないんだろう。立ち姿を見ているだけなのに、武人でもない僕にもその強さが伝わってくる。油断は許されない……。
「申し出は受けます……しかし、城内にいる者達には指一本触れさせません」
「あなたが勝てばな。しかし、我々が勝った時には、それは約束できない」
 矢に手を伸ばしながら話す黄忠に、得物を構え直しながら愛紗が答えた。2人とも……既に臨戦態勢だ。
 無論、今愛紗が言った『城内で好き勝手にやる』というニュアンスの一言は、挑発のためのものだ。しかし、その前に黄忠が言ったことを考えると……どうやら、雄二の予想は当たっていたようだ。外に出てきたのは、中の人達に被害を出さないためか……。
 やっぱり、優しい、いい人なんだ。ますます戦いにくい……。
 考えているうちに、両者とも既にいつでも攻撃に移れる姿勢になっていた。愛紗は青竜偃月刀を構え、黄忠も弦こそ引いてはいないものの、矢を弓につがえている。

 ここからは……恐らく、瞬きの一つも許されないほどの攻防になる……。
 互いに無双の武人、かたや主君のため、かたや娘のため。
 どちらも、大切なものを守るための戦い……
 その両者の間に、冷たい一迅の風が吹き抜けた。

 刹那、
 刃を閃かせ、弦を引き、
 遂に愛紗と黄忠の2人の死闘が幕を開け……


『そこまでだぁっ!!』

246 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 19:05:07.11 ID:xmrrKX3z0
……開けませんでした。

 今まさにぶつかろうとしていたこの二人は、突如として横から割り込んできた声に、ビデオの一時停止かと思うほど見事にピタリと動きを止めた。
 それは、僕らも同様だ。
 僕も霧島さんも、ようやく視力が回復してきた雄二も、とっさに声のした方を見る。
 そこには、見覚えのある4人と、始めて見る一人の幼女が立っていた。
 誰かって? もちろん……

「わが名は趙子龍!! 卑劣にも、楽成城城主・黄忠殿の娘君を拉致監禁していた袁紹の魔の手より、息女・璃々殿を取り返して参った! 最早戦う理由はない、両軍引きませい!!」

 計ったかのようなタイミングで、久しぶりに会う彼女……趙雲の声が轟く。
 その後ろには、城内に突入した鈴々に、ムッツリーニと工藤さんもいる。
 そして、そこからとことこと、戦場に不釣合な様子で走ってくる小さな影が……

「お母さぁ―――ん!」
「――――! 璃々!」

 一目散に黄忠に走り寄っていく少女……璃々と呼ばれたその子が、どうやら黄忠の娘のようだ。確かに……髪色も似てる。
 その声に反応し、弓を放り出して駆け寄る黄忠。走ってきた璃々をその腕で包み、抱きしめていた。その微笑ましい光景は……作戦成功を知らせるには十分すぎる合図だ。
「璃々……無事でよかった……!」
「お母さ……っ! 璃々……頑張ったよ、怖くても、泣かなかったよ……っ!!」
「ごめんね璃々……怖い思いをさせてしまったのね……」
 言いつつも、黄忠は胸に抱きかかえた璃々ちゃんを話さず、頭をなでて彼女の存在を確認している。目からは、恥ずかしげもなく涙を流していた。……恐らくこれが、本来の黄忠の姿なんだろう……。
「っ……大丈夫だよ? 璃々、全然怖くなかっ……っ……うわぁ――――ん!!」
「もう大丈夫よ……璃々……」
「へへ、かんどーの再会なのだ」
「うむ、親と子は一緒にいてこそ美しい」
 後ろで見ていた鈴々と趙雲が、そんなことを呟いていた。まったく、その通りだよ。
 先程まで黄忠の胸とか足とかに目を奪われていた自分が恥ずかしくなるくらいに、その光景は美しく、微笑ましいものだった。見ているだけなのに、黄忠の璃々ちゃんに対する溢れんばかりの愛情が伝わってくる。なんてあったかい光景だろう……。
 ……だから、

「…………(グッ)」

 ムッツリーニ、何を想像したか知らないが、鼻血を流しながらこちらに向けて親指を立てるな。あと、こんな時くらいデジカメをしまえ。
「ムッツリーニ君、こんな時まで君は……」
 後ろで工藤さんが『まあやるだろうとは思ったけど』みたいな顔をしていた。呆れているのか、笑っているのか……。
 それも一瞬で、彼女も次の瞬間には、抱き合う2人を見て笑みを浮かべていた。
 と、黄忠はようやく後ろにいた鈴々達に視線を向けた。
 どうやら彼女らがいたのに今気付いたようだ。まあ、無理もないけど。
「……あ、あなた方は?」
「あのね、お母さん……。趙雲おねーちゃん達がね、璃々のこと助けてくれたの」
 と、いくらか落ち着いたらしい璃々ちゃんが話す。
「え? この方々が?」
「うむ、わが名は趙雲、字は子龍。ゆえあって璃々殿をお助けした。そして……」
「鈴々は張飛なのだ」
 と、趙雲に続いて鈴々も黄忠に自己紹介していた。するとその名を聞いた途端、黄忠の目が驚きに見開かれる。
「え!? 張飛って、幽州の武将……それに、後ろのお2人のその服装は……」
「うん、鈴々達はみんな、お兄ちゃんに言われて璃々を助けに行ってたのだ。ね、お兄ちゃん!」
 と、鈴々が僕の方に話を振ってきた。いきなりで驚いたけど、とりあえず頷いておこう。
 それに続いて、後ろで黙っていた工藤さんとムッツリーニも口を開く。
「えっと、初めまして黄忠さん。ボクは幽州軍最高幹部『天導衆』の、工藤愛子です。よろしくね♪」
「…………同じく天導衆、土屋康太」
「……やはり……!」
 服装から、もしかしてと思っていたのだろう。黄忠は驚きで口がふさがらない様子だった。
 まあ……無理もないか。たった今戦おうとしてた相手が、唐突に自分の娘を救出してきてくれたんだから。わけがわからなくて当然だ。
247 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 19:06:20.18 ID:xmrrKX3z0
「どういうこと……?」
「見たとおりだよ、黄忠さん」
「お、雄二、回復したんだ」
 いつの間にか、赤く充血しつつもきっちりと目を開けた雄二が僕の隣に立っていた。どうやら霧島さんにやられた視力が回復して、見えるようになったらしい……
「ああ……まだ空が赤く見えたり、お前の目が緑色に点滅して見えたりしてるが……まあ大丈夫だ」
 前言撤回。
 それは明らかにレッドゾーンにいる時の反応だ。
「……雄二、空が赤く見えるなんて……どうかしたの? 病気?」
「お前のせいだろボケ!!」
 素できょとんとしている霧島さんがつくづく恐ろしい。
「くっ……まあいい。とにかく、娘さんが無事でよかったな。黄忠さん」
 璃々ちゃんを抱きかかえている黄忠さんに目を向けて(何色に見えてるんだろう)、そう雄二は言った。
「あ、ありがとう……でも、これは一体……?」
 やはりというか、まだわかっていない様子の黄忠。すると、愛紗が一歩前に出た。
 その立ち姿からは、先程黄忠と相対していた時の気迫はもう感じない。いつもの優しい愛紗に戻っていた。
「我らが楽成城を包囲していた時に、中にいた趙雲が内情を教えてくれたのだ。人質のことも……な」
「そうそう、だから鈴々達は、お兄ちゃんに言われて、璃々を助けに行ってたのだ」
「我らの目的は、貴公を脅した袁紹ただ一人。されば、無用な戦で人が傷つくのは避けるべきだと、我らがご主人様のご判断だ」
「――――!? では、一騎打ちは……」
「もちろん時間稼ぎだよ。そうでもしないと、両軍がいつ激突するかわかんないから」
 と、僕のセリフに、黄忠は変わらず唖然としていた。
 理解できないのか……いや、多分それはないと思う。これだけ説明したし。多分……理解はしたけど、あまりに状況の変化が急すぎて、すぐに反応できないんだ。
「お疲れ様、鈴々。ムッツリーニに、工藤さんも」
「へへへ……鈴々すごいでしょ」
「ま、ざっとこんなもんかな」
「…………明久の方こそ、上手くやれたようでよかった」
 三者三様の返事。
 ……とと、いけないいけない。もう一人功労者がいたんだっけ。
「趙雲も、ありがとう」
「何、やりたいようにやっただけだ。礼など言わずとも結構」
 そう、軽めの返事を返してくれた。うん、彼女らしいな、相変わらずだ。
 と、黄忠の視線が今度は僕に向いた。
「もしかしてあなたが……天導衆筆頭……吉井明久殿?」
「え、あ、はい。初めまして」
 あれ、さっき名乗ったんだけど……顔までは見えてなかったのかな?
「どうして……璃々を……?」
「いや、どうしてって?」
「ですから……」
「つまりだな明久、そんな必要もないはずなのに、どうしてわざわざそこのちびっ子を助けてくれたの か……って聞かれてんだよ」
「あ、そうなの?」
 なんだ、そんなこと? 簡単すぎて……というか、当り前のことすぎてわからなかったよ。
「どうしても何も、そうするのが普通でしょ?」
「ふ、普通?」
「だって、誘拐なんてされて、娘さん……璃々ちゃんがかわいそうだし。それに、脅されてるんだから、黄忠さんとも戦いたくなかったし」
「は、はあ……?」
「璃々ちゃんを助けられれば、璃々ちゃんに怖い思いさせなくて済むし、黄忠さんとも戦わなくて済むし、一石二鳥でしょ? ……えーと……?」
 ……僕何か変なこと言ってる? さっきから黄忠さんがぽかんとして僕の方を見てるんだけど。まだ何かわからない所でも?
 すると雄二が面倒そうに頭をかきながら、
「心中察するが、黄忠さん、こいつはこういう奴なんだよ。どうしてわざわざ敵に情けをとか、甘いとか、あまり考えねー方がいい。こんがらがるからな」
「は、はあ……」
 まだ不思議そうだけど……一応納得してくれたみたいだ。まあ、僕の方がよくわからないけど、よかったよかった。
「愛紗もご苦労様なのだ」
「ん?」
 と、鈴々が唐突に言った。ご苦労さまって……
「今まで黄忠と一騎打ちで時間を稼いでたんでしょ? だから、ご苦労様なのだ」
「「「……………………」」」
 ………………ああ…………そういう設定でしたっけ。
248 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 19:08:23.47 ID:xmrrKX3z0
まあ……『時間稼ぎ』はしてたんだけど、
 まさかその大半が僕らの漫才のせいで、愛紗は戦ってないなんて……夢にも思うまい。
 いやまあ、愛紗も黄忠さんも危険な目にあわずに済んだ……と思えば、いいか。
「ふむ……怪我どころか、衣服の乱れすらも見られんようだな。関羽殿」
「さすがですね、愛紗さん」
「う……あ……うむ……」
 気まずそうにしている愛紗。……なぜか申し訳ない……。
 と、そんな会話を断ちきる形で雄二が口を開いた。
「ま、まあその話はまた後だ。そんで黄忠さん、ちーとばかし頼みがあるんだが」
「え?」
「人質が戻ってきたんだから……もう戦う理由はないな? つーわけで、ここ通らせてほしいんだが」
「……まだ、袁紹と戦うのですか?」
 そう、尋ねてくる黄忠さん。どことなく不安そうな……?
「うん。放っとくと、何しでかすかわかんないからね、あのバカ女」
「今回は敗走させたが、追撃の手を休めるつもりはない。いつまた俺達に牙をむくか、わかったもんじゃないからな。ここで仕留める」
「うむ、ゆえに、わが軍の楽成城通過を許可していただきたいのだ。黄忠殿、ご承知いただけるだろうか?」
 僕、雄二、愛紗が立て続けに言う。
 黄忠さんは、少し考えるような素振りを見せる。そのまましばらく、目を泳がせた。
 ……まだ何か問題があるのかな? 人質さえ助かれば、すんなり許可してもらえると思ったんだけど……。
「えっと……まだ何か問題があるとか?」
「あ、いえ、そういうわけではありません。もちろん、許可させていただきますわ」
「? あ、ありがとうございます」
 少し気になるけど、どうやら許してもらえたらしい。よかった。さて……それじゃあ行きますか。
みんなの方を向いて号令を出そうとして、


「お待ちください!」


 と、いきなり呼び止められた。……やっぱりまだ何かあるの?
 やはり意外だったのか、愛紗と雄二も少し驚いているようだ。
 黄忠さんに向き直ると、
「吉井様……あなたは、このまま私達に恩を返すいとまも与えずに、行ってしまわれるおつもりなのですか?」
「へ? 恩?」
 恩って……?
「幽州軍は向かうところ敵なしの精鋭集団と聞きます。本来あなた方は、私達をただ敵と認識して、力と策でねじ伏せるだけでよかったはず。密偵を放って璃々を助けてもらった上……巧みな話術でもって戦いの回避にまでご尽力くださって……私や璃々だけでなく、兵達や、城内の民達……大勢の命を救ってくださいました。それを……恩といわず何といいましょう?」
「え、そんなこと?」
 まあ、『巧みな話術』以外は事実なんだけど……そんなのは別にいいっていうか……
「いや、だって人として当然のことをしただけで、それに元はといえば僕らが原因で巻き込んじゃったわけでしょ? そんな恩だなんて……」
「いいえ、それでも受けた恩は恩ですわ。返さなければ、私の気が済みません」
 きっぱりとそう言われた。
 ん〜……何だかマジっぽいな。目、きりっとして僕をまっすぐ見据えてるし……何て言うか、何言っても無駄って感じがする。
 でも、恩返しって何を……
「ですから吉井様、この城を、あなたにゆだねさせていただきます」
「「「えぇ!?」」」
 黄忠さんの口から出たとんでもない一言に、僕ら全員が驚いてそう口走った。ちょ、何言ってんの!? 城くれるって!?
「いやいやいや、そんな唐突な……」
「とんでもない、当然のことですわ。受けた恩を返すため……そしてこの先のため、私はあなた様に降りましょう。この命……吉井明久様にお預けしますわ」
 参った……薄く笑ってるけど、目がマジだ……。
 盗賊とか相手に『戦いましょう』って言い張る愛紗と同じ目……これ、説得無理かも。
「ほぉ……なかなか思い切った真似をなさるな、黄忠殿」
横で見ていた趙雲がそう呟いた。
 いや、ホントにそうだよ。ただ戦いそうになって、騒いで、助けて……まあこれだけだと何が何だかよくわかんないけど、そんな感じでドタバタしてただけなんだ。なのに、いきなりこんな……。
「いいえ、そんなことは決してありませんわ。これは、よく考えた結果ですもの」
「ほー、よく考えた結果……っつーと?」
「今回の恩もそうですが、それを差し引いても、私はあなたの傘下に下らせていただきたいのです。今は乱世……仮に袁紹のことがなかったとしても、私一人ではこの先、この世のうねりの中でこの城を、民を、そして璃々を守ることはできないでしょう」
 ゆっくりとしたペースで、黄忠さんは話す。
 そっか……そう言う考え方もあるんだ。
249 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 19:09:30.57 ID:xmrrKX3z0
確かに、黄忠さんの軍勢は……多く見て7000〜8000ってところかな。城の中にもまだいるのかもしれないけど、そんなに多いとは思えない。連合軍の時にいなかったこともあるし、一個人としては力を持っていても、勢力としてはそれほど強大じゃないのか。
 そうなると……この先の乱世で、ゆくゆくは侵攻してくるであろう、魏や呉なんかの大国を相手に戦うのは無理なんだろう。恐らく今回の袁紹と同様に、中立とかそんなことお構いなしにやってくるだろうから。
「今日、こうしてあなたに出会い、そしてあなたのその優しさや、懐の深さに触れることが出来たのも、私の天命でしょう。さればこそ、信義に熱く、信用するにたる主に、この城とこの身をお任せしたいのです。この先も……この楽成の町を守るために」
「だそうだ……どうする明久?」
 腰に手を当てて、僕に視線を送ってくる雄二。自然と他の皆の視線も僕に集まる。
 ……雄二、そんなアイコンタクトを送ってこなくても、わかってるさ。ここまで言われちゃあ、僕だって断る言葉を探せない。
「……わかった。それでいいよ。みんなもいいかな?」
「もちろんです、ご主人様」
「えへへ……また仲間が増えたのだ!」
 愛紗と鈴々もそう言って賛成を表明してくれる。まあ、この手のことでこの二人が反対するかもなんて考えるのも野暮だったな。
 雄二と霧島さんも、工藤さんやムッツリーニも頷いてる。よし、決まりだな。
「じゃあ黄忠さん、今からこの楽成城は、『天導衆』の傘下ってことで……黄忠さんに今まで通り……」
「いいえ、お断りしますわ」
「へ?」
 と、言い終えてもいないうちから、予想外の返答。何で?
「城には誰か別に支配者を置いて下さいまし。私はご主人様と共に、このまま袁紹討伐に連れて行っていただきたく存じますわ」
 と、にっこりと笑って言った。
「こらまた、随分と唐突なことを言うもんだな」
「あら、忠誠を誓った主について行くのは当然のことですわ。それにお忘れかしら、私は臣ではなく、将ですのよ?」
「戦場はホームグラウンドってことか……まあ、頼もしくはあるな。いいんじゃねーか、明久」
「うーん……そうなのかな?」
「ええ、もちろんですとも。何なら、私の息のかかった臣下達に、この楽成の統治を補助させますわ。それなら問題ないでしょう?」
「……どう、愛紗?」
「ええ、いいでしょう。代行の統治者も、即刻手配いたします」
「そうか、じゃあ決まりだね。これからよろしく、黄……」
「紫苑(しおん)、とお呼びください。ご主人様」
 そう言って微笑む黄忠……いや紫苑。真名か……どうやら、心から僕を信頼してくれるらしい。と、そんなことを考えていたら、

「ふむ、ならば私も、星(せい)と呼んでいただくことにするかな」
250 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 19:10:37.29 ID:xmrrKX3z0
今まで黙って僕らのやり取りを聞いていた趙雲が唐突に口をはさんで……ん? 何だって?
「え、いきなり何?」
「何を驚きなさる? いつでも来いと言ったのは吉井殿、あなたでしょう?」
「え、ああ、まあ、そう言ったけど……」
 確かに、黄巾の乱の時に言った……にしたって何言い出すのいきなり? このタイミングで、ってことは……あの、趙雲も?
「ならば問題ないでしょう。今より私もこの陣営に加えてくだされ、主」
「『主(あるじ)』!?」
 呼び方も即座に部下仕様に!
「それはつまり……われらの軍に加わるということか、趙雲よ?」
「だから『星』でいいと言うに。ふむ、いかにもその通りだ。関羽殿」
「大陸を見て回るのはいいのか?」
 と、雄二。
「もはや必要あるまい。大陸が3つの陣営に収束していくのは、目に見えているからな」
 にやりと笑ってそう返す趙雲……じゃなかった、星。
「魏の曹操、呉の孫権、そして……あなた方『天導衆』。ならば、この3陣営のいずれかに身を置きたい……が」
「が?」
「ここが一番面白そうだ。曹操や孫権の覇道も否定はせんが……それよりも私の目には、あなたのその 懐の深さが魅力的に映る。ゆえに、この身とこの槍、あなたに託そうと思う」
「……そっか、ありがとう」
 口調は軽口だけど、本気なのがわかる。なら……僕がとるべき選択は一つだろう。
「じゃあ、よろしく。星!」
「うむ、承知!」
 気合の入った返事が返ってくる。
 これは頼もしい。星もそうだけど、紫苑もだ。この短い時間に、猛将と知将の2人が味方に加わってくれた。袁紹との決戦を前にして、こんなに心強いことはない!
「よし、そんじゃあ行くか! 目指すは袁紹の本拠地、南皮だ!」
 事の顛末を見届けた雄二が、拳を掌に打ちつけて、これ以上待てんとばかりに声を張った。
「OK雄二。愛紗、鈴々!」
「御意! 全軍整列! 本隊と合流の後、袁紹軍追撃を再開する!」

「「「オオォ―――――――ッ!!」」」
251 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 19:11:25.94 ID:xmrrKX3z0
士気冷めやらぬ雄叫びが、敵のいない戦場に響く。
 愛紗、鈴々、星、翠、紫苑、朱里。ついに、劉備役である僕らのもとに『三国志』の『蜀』の主要メンバーが全員そろった。もうこれは……負ける気がしない!
 僕らはこの後、本陣に待つ朱里達と合流して、新たな仲間、星と紫苑を迎えて、あのチクワ頭との因縁に終止符を打つべく、『南皮』へと進軍を再開した。
 待ってろ、袁紹ォ――――!!

252 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 19:12:40.53 ID:xmrrKX3z0
袁紹編
第43話 バカと決戦と袁家の落日


「袁紹様! 後方より、文月軍の軍勢が追撃を!」
「何ですって!? 黄忠はどうしましたの!? 私の華麗な策でもって、楽成城で迎え撃たせているはずでしょう!」
「それが、人質を奪われたとかで……むしろ文月軍に加勢し、奴らと共に我々を追っております!」
「きぃーっ! 黄忠さんも楽成城に置いてきた兵士達も、役に立ちませんわね! あなた、どうにかなさい!」
「どうにかって……このままでは追いつかれてしまいます。迎え撃つしかないのでは……」
「ならばそうなさい! 魏の小娘の前に、身の程知らずの『天の御使い』をケチョンケチョンにしてさしあげるのですわ!」
「は……はっ!」

                  ☆

「先遣隊より伝令! 前方に、敵軍後曲を発見しました」
「「よっしゃあ!」」
 飛び込んできた伝令を聞いて、僕と雄二は同時に叫んだ。
 楽成城を出てしばらく。僕らの軍勢はようやく袁紹の軍勢の最後尾を発見した。
 まったく、逃げ足はホントに早かった。でも、それはどうやら兵の疲労を無視した行軍のせいだったようで、最後になって格段に進軍のスピードが落ちていた。おかげで、魏が再び攻めてくる前に僕らが追いつくことが出来た。
「もうすぐですね……ご主人様……」
 僕の隣にいる朱里が、神妙そうな面持ちでそう呟いた。
「ああ、長かったね。予想外に」
「追撃に次ぐ追撃だったからな。まあ、それでも兵達に疲労がほとんどたまってないのは奇跡みたいなもんかもしれん」
「奇跡なものか、当然だ。この我々の勢いはそのまま、我々の強さを示しているのだ」
 雄二がぼそっと呟いたセリフを即座に否定する星。その後ろには、紫苑もいる。
「勝勢を手にしている時の疲労は、無にも等しいですからね。兵士さん達も、これから何が起こるかわかるのでしょう」
「何かっていうと?」
「無論、ご主人様と我々が袁紹を打ち負かし、この大陸にその名をとどろかせるのだ!」
 愛紗が自信たっぷりにそう言う。もう得物に手が伸びていて……既に臨戦態勢って感じだ。
 まあ、気合が入るのもわかる。袁紹には今までやりたい放題やられてきたわけだから。
 連合軍では鉄砲玉のごとき扱いを受け、正論を否定されて権力を笠に脅され、幾度もその愚策に付き合わされて大変な目にあった。
 それだけでは飽き足らず、今度は不意打ちで白蓮の領地を攻め滅ぼし、あろうことかそのまま僕らの領地に侵攻……聞きしに勝る傍若無人っぷりだ。
「全く……今まで大変だったよね、あのバカのせいで」
「ああ、あのチクワ頭……それが当然みてーに考えてるからな。自分が負ける姿なんざ想像もしないタイプだ」
「なのに実力が伴ってないのだ。全く単細胞は困るのだ」
「鈴々に言われるようじゃ、袁紹もおしまいだな」
「む〜! 翠、失礼なのだ〜!」
 前を見ると、鈴々と翠がそんな会話を繰り広げてたり。
253 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 19:13:46.00 ID:xmrrKX3z0
「鈴々がどうかはともかく……袁紹に思慮を期待してはいかんじゃろう」
「だな、これだから純粋培養は困るぜ。家柄、権力、財力、あとついでに見た目……全てにおいて何不自由なく育ったが故の、あのバカさ加減ってわけか……」
「…………雑草根性ゼロ」
 いい家に生まれると、そういう面で苦労するわけか。特に努力しなくても何でも手に入るから、何かをつかみ取るために努力する……ってことを知らずに育ってしまう。全く、同じ名家でも、努力を忘れず、かつそれを鼻にかけない霧島さんとは大違いだ。
 どうせお高いお嬢様学校あたりの出なんだろう。あるのかわからないけど。
「純粋培養にしては、根本並みにやることが腐っておるがの」
「確かにそうかも。全く……紫苑も災難だったね」
「ええ、ですからその説は、本当にご主人様には感謝していますわ」
 にこりと笑ってそう一言。
 それにしても……紫苑みたいな大人の女性にご主人様とか言われるのって……なんかこう……愛紗達とはまた違った意味でその……
 そんなことを前に暗に言ったら、

『あら、主のことをそう呼ぶのは当然のことでしょう? 私のご主人様♪』

 ……なんだか、確信犯っぽいです。そういう性格なんだろうか。
 いや、僕としてはそういう工藤さん的な性格の人は全然嫌いじゃない、というかむしろ大いに結構だと思ってるけども、その……服といい雰囲気といい、やっぱり刺激が強いというか……。
 それに、美波達の前でそういうことをオープンにやられると、ちょっと僕の寿命にかかわるわけで……そこんとこ後で言っとかないとな……。
「そういえば紫苑、璃々ちゃんは?」
「あ、はい。瑞希ちゃんや美波ちゃん達が後ろの方で相手をして下さってますわ」
 そうか、さっきから姫路さん達4人の姿が見えないのはそういうわけか。
 あの4人は子供好きだし、特に美波は葉月ちゃんっていう妹がいるから、扱い方もよくわかっている。璃々ちゃんにさみしい思いをさせなくて済むし、僕らの命が脅かされることもなくなるし、一石二鳥だろうか。
「璃々ちゃんのためにも、袁紹はここでなんとかしないとね」
「全くだな。しかし……あんな小さな子をよくも躊躇い無く人質にできたもんだよ。同期として恥ずかしいぜ」
「ん? 何だそりゃ?」
 と、何気なく白蓮が言った一言に、愛紗が反応した。僕らも気になって、視線を集中させる。
「ああ、言ってなかったっけ? あいつとは、幼年学校時代の同期なんだよ」
「そうなの? 初耳だよ」
 なんと、そうだったのか。
「昔っから名家を鼻にかけるやつでな……評判最悪だった。けどまあ、家柄がすごいのは事実だから、みんなよってたかってゴマすってたな」
「それもあの性格を作った原因の一つか」
「わからんよ、あのころすでに偉そうだったし。おかげで敵も多くてさ、隣の席の曹操と喧嘩ばっかしてたっけ」
「曹操も同期なの!?」
 みんながさらにびっくりした。いや、今のは無理ない。
 学校であの2人が隣の席になって……毎日顔を合わせて……うわ、カオスだ。
「ああ、曹操は飛び級だったけどな。何かにつけて仲悪くてさ、家柄の話はもちろん、髪型とか、服装とか、後は……女の子の取り合いなんてこともあったっけ」
「おいおい、袁紹もそっちの趣味かよ!?」
「昔はそうだったな、たしか。今は知らんが」
 清水さんといい、螺旋の髪型と同性愛は直結してるんだろうか?
「何にしても……アレこれ以上ほっとくと、何しでかすかわからん。きちっとここで決着つけさせてくれ、吉井」
 僕の目を見て、真剣なまなざしで白蓮が言ってきた。口は真一文字で……ここまで本気の白蓮を見るの、初めてかもしれない。
 それを横目で見た星が、皮肉交じりに言った。
「領地を滅ぼされたのがこたえたか、白蓮殿?」
「ああ……奴の過去を知ってるってだけで、奴と対等の位置関係にいると思いこんでしまってたからな。自分の無力さを思い知らされた」
「白蓮が気に病むことないよ。全く……それにしたってひどいよね。雄二じゃないんだから、クラスメートを何のためらいもなく……」
「そのボケに対してのツッコミは後でグーでやってやるとして……あのチクワには、道徳ってもんをおしえてやらねーとな。……お、いよいよらしいぞ」
 と、雄二が何やら呟いたのが気になって、僕は視線を前に戻した。すると……
「……来たか」
 地平線の上に立つような形で、人だかりが見える。何かって……聞くまでもないだろ。
「朱里!」
「ハイご主人様! 全軍に通達を。このまま突撃します!」
「承知した!」
254 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 19:14:29.94 ID:xmrrKX3z0
愛紗が気合の入った返事をして、
「全軍戦闘準備! 陣形を整え、袁紹軍との決戦に移る!」
「張飛隊! 準備するのだー!」
「馬超隊もだ! 張飛隊に後れをとるな!」
「黄忠隊も準備! 弓を構えなさい、前陣の3隊の援護に回ります!」
「趙雲隊! 機を見て横撃をかける! 各員準備!」

「「「オオオオォォ―――――――ッ!!」」」

 荒野に響きわたる、兵士達の士気のこもった雄叫び。
 次第に近づいてくる袁紹軍の影に、少しもひるむ様子を見せない。当り前だ、これまでずっと勝ってきたんだから!
「雄二、ムッツリーニ、秀吉」
「ああ、やっとケリだな」
「…………もう、でかい面はさせない」
「井の中の蛙に、世の厳しさを教える時が来たようじゃの」
 3人とも、直接戦線には出ないにしても、気合は十分すぎるくらいにある。
 よし……この戦い、これで幕だ! いっちょ言ってやりますか!

「総員聞け! これが袁紹軍との最終決戦だ! あの家柄にかまけて、周りを見ようともしない愚か者に、身の程知らずは果たしてどちらなのかということを教えてやれ! 今こそ、幽州の『天導衆』の軍の名を大陸全土に響かせる時! 締まっていけーっ!!」

「「「オオオオォォ―――――――ッ!!」」」

 空気が震えそうな雄叫びと共に、ついに僕らの軍の前曲と袁紹軍の後曲が接し、戦いが始まった――――――

                       ☆

 ――――――――始まったけども。
「…………朱里…………」
「…………はい……」
「予想外……だったね」
「はあ……いえ、ある意味予想通りなんでしょうけど……」
「まさかとは思ったが……マジで『陣形なし』とはな……」
 はあ……。
 僕らのためいきは、今しがた伝令兵により届けられた最新版の『戦況報告書』に起因するのだけども。

・袁紹軍
兵数:約3万(まあまあ)
陣形:なし(……)
戦法:突撃(……)
将軍:袁紹(……)
軍師:一般兵(!?)
作戦:『袁家の兵として堂々と敵を粉砕』(!!?)
255 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 19:15:06.00 ID:xmrrKX3z0
報告書としてはかなり大雑把なのに、それで全てが説明できてしまう袁紹軍の薄っぺらさに、僕ら一同開いた口がふさがらない。
 というか……作戦が作戦ですらない……。
「どうやら袁紹軍の二枚看板ってのは……」
「ほぼ袁紹軍そのものだったようじゃな……」
 前の戦いで、顔良と文醜が行方知れずになって、兵達を率いる将軍がいなくなった途端にこれか……。てか、いくら人材難だからって、軍師に一般兵すえんでも……。
「これで負けたら恥だぞ」
「その心配は無用じゃろう。ほれ、素人目にも戦況がわかる」
 いつのまにか、ムッツリーニと一緒にやぐらに登っていた秀吉が言う。
「どんな感じ?」
「一方的じゃ。向こうが何一つ策も陣形もとらんおかげで、面白いようにこちらの思惑が当たりおる。もう既にこれは、数からして半分から3分の1くらいに減らせておるな」
「そんなに!?」
 まだ戦いが始まってそんな経ってないのに!?
「決着までそうかからん……うむ?」
 と、秀吉が何かを見つけたらしく、言葉をそこで止めた。どうしたんだろう?
 すると次の瞬間、その答えが陣に飛び込んできた。
「主、報告が」
「星!」
 と、槍を手にした星が飛び込んできて、僕の所に駆け寄ってきた。
「どうかしたの?」
「はっ、知らせといか、妙な噂というか……」
 そう言って、星は僕らを前にして喋り始めた……。

「「「………………え?」」」
256 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 19:15:45.29 ID:xmrrKX3z0
〜その少し前〜

「袁紹様! 前線が総崩れです!」
「袁紹様! 第3から第6部隊が全滅しました!」
「袁紹様! 横に配置していた第8部隊が散り散りに……」
「うるさいですわ! 全部あなた達でなんとかなさい!」
「もう無理です! 戦線を維持できません!」
「なっ……負けると言うんですの!?」
「はい!」
「そんな……っっ!! この私が! この高貴な私が、あんな『天導衆』なんていう下賤でいかがわしい輩に負けるなんて……天地がひっくりかえってもありえませんわ―――っ!!」
「あ、ちょ、袁紹様!? どちらへ!?」
「南皮へ帰ります!! 体勢を立て直しますわ!!」
「ちょ……待って下さい! 戦線は……」
「我々も連れて行って下さい!」
「というか、そっちは南皮と逆……」
「うるさいですわ!!」
「「「袁紹様―――――!?」」」

 ☆

「袁紹がいなくなったぁ?」
 僕のそんな声が陣地に響き渡る。
 いや、仕方ないじゃない。そんだけびっくりしたっていうか、あっけにとられたって言うか……。
 陣地には、僕らだけでなく、愛紗ら前線で戦っていた者たちもみんな集まっている。
 何でって、そりゃ当然、必要ないからだ。
「はい、敵軍は全面降伏しましたが……どうやら、袁紹は逃げてしまったらしいのです」
つまらなそうな、苦々しげな表情でそういう愛紗。それは僕だって同じだ。あのチクワ頭……土壇場で逃げ出しやがっただと!?
「うん。あたしの部隊が本陣近くの奴に聞いたらしいんだけど……『南皮に帰りますわ!!』とか言って、全然関係ない方角に逃走していったとかって……」
「何だそりゃ?」
「負けそうになったから、逃げたのかしら?」
「…………らしい」
 斥候を放って探らせたムッツリーニからも、同様の報告。
 くっ……予定外だ……。せっかく仕返し目的で、散発用の鋏とか油性ペンとかヅラとかニスとか(この時代のものだから名前違ったけど、同じような使い道のものを)色々もうとっくに注文しちゃってたっていうのに……。
 爪が手のひらに食い込んで血が出そうになるほど拳を堅くする僕。横にいる朱里の顔を見る限り……今僕は相当に怒りを前面に出した表情をしているのだろう。けど多分、この場にいる大多数の人間は同じ気持ちだろうと思う。
「でもどうする〜? 袁紹を捕まえないと、戦いそのものは終わらないのだ」
「部隊を小分けにして、探させるかの?」
「にしたって……このだだっ広い荒野で探すのか? 効率悪いにもほどがあるぞ」
 と、みんなどうするか考えあぐねていると、
「いいえ、袁紹さんは気にしなくても大丈夫です」
 と、朱里が意外なことを言った。
「え? 放っとくの?」
「はい、袁紹軍はもう壊滅同然ですし、残った兵達も私達に投降しました。袁紹さんが仮にどこかの城に逃げ込んだとしても、兵がいないんじゃ再起は不可能です」
「しかし朱里、さすがにこのままにしておくのはまずいのではないか? 今すぐに再起はできなくても、後々体勢を立て直して……」
「そうですね。ですからそうできないように、私達はこのまま、ほとんど空き家状態の南皮に入城しちゃいましょう」
「……! ああ、なるほどな」
 と、雄二が呟いた。何だ、こいつ理解したのか?
「つまりこういうことだろ? 袁紹より先に、その本拠地を占領して、再起するめども潰して、袁紹を完全に無力化しちまおう……っていうわけだ」
「南皮を占領して……ですか?」
 と、紫苑。
「はい、袁紹さんって花も、南皮っていう根がなければ咲くことはできません。そこさえ押さえてしまえば、後の袁紹さんの領地は立ち枯れるのみです」
「天辺(てっぺん)を抑えるというわけか……いい手だな。上手く行けば、なし崩し的に他の袁紹領も我らに投降してくるだろう」
 星も、顎に手を当てて朱里に感心している。
 周りを見ると、みんな一様にうなずいている。うん、反対や疑問はないみたいだ。
 だとしたら、この軍の大将である僕がとるべき判断も一つだろう。
「そうか、じゃあ兵士達には、あと半日頑張ってもらおう」
「お、明久。お前もわかってきたみたいだな」
 と、雄二がからかい半分で言ってきた。
 まあ、ね。大方、僕が『疲労は心配しなくていいのか』とか言い出すと思ったんだろう。
 けど、これまでの戦いで、『勝っている時の疲労は疲労に入らない』っていうことを何度も言われてるし、それに実際この目で見ている。むしろ、勝ち続けるごとに、兵達が元気になっていくみたいだ。
 なら……あと半日だけ頑張ってもらおう。その方が多分、兵士たちにとってもうれしい結果を生むだろうから。
 袁紹のことは正直諦めきれないけど……まあ、この場合は気にしてられない。
「行こう。愛紗、号令出して。目的地、南皮!」
「御意。では、先鋒は私が務めます。他の者は……」
 と、僕らの遠征もようやくクライマックスに入るかと思ったその時、

「! ちょっと待つのだ!」
257 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 19:16:37.66 ID:xmrrKX3z0
声を上げた鈴々に、視線が集中する。
 すると、鈴々だけでなく、星と翠までなぜか一歩前に出て、愛紗に詰め寄っていた。
 困惑した……というより、なぜか『面倒なことになった』とでも言いたげな顔の愛紗が、
「……何だ、お前達?」
「『何だ』ではなかろう。さらりと言ったつもりだろうが……そう簡単に名誉ある先鋒を譲ろうとは思わんぞ」
「そーいうとこ……愛紗ってずるいよな〜」
 そんなことを言って、3人がジト目で愛紗を見る。……?
「あらあら、みんな若いわね〜」
「元気があっていいことですよ」
 と、どうやら傍観者の立場にいるらしい紫苑と朱里。えっと……これは一体何?
「見ての通りだ。敵本拠地占領の先鋒ってのは、武人にとっちゃ名誉だからな……4人とも、自分が行きたいってんで譲らね―んだろ」
「武人の性とでも言うのかの」
「…………洛陽の時と違って、危険もないし」
 ああそういうこと。
 そういえば、虎牢関の時も、魏や呉、それに僕らの軍も『一番乗り』を達成しようとして躍起だったっけ。あれを今度は仲間内でやってるってこと?
 そんな……誰がやっても僕ら全員の手柄なんだから、喧嘩せんでも……
 …………まあ、いいか、平和で。
「それより雄二、せっかくだし、後曲にいる美波達も呼ばない?」
「ん? 何でだ?」
「ほら、これからやるのって、敵本拠地占領を大々的に発表する、祝勝パレードみたいなもんでしょ? 危険もないし……どうせならみんな一緒がいいじゃない。よかったらほら、璃々ちゃんも一緒にさ」
「あら、よろしいんですの?」
 と、紫苑。意外そうな、しかしそれでいて嬉しそうな顔。朱里も笑って、
「ご主人様はやさしいですね」
「そんな、普通だって。とにかく朱里、紫苑、それで問題ないかな?」
「はい、すぐに伝令兵に頼んで、皆さん呼んで来てもらいましょう」
 ということで、祝勝パレード(?)は全員参加、と。よかったよかった、みんなで嬉しさを分けあえて。
 ふと見ると、愛紗達は……

「「「最初はグー!」」」

 と、割と庶民的な方法で先鋒を決めていた。
 …………いいね、平和で。



 と、その半日後、

「全軍、粛々と前進せよ、南皮に入城する!」

 じゃんけんで勝った愛紗が嬉々として先鋒を務め、その後に隊を率いて鈴々、翠、星が面白くなさそうな顔で続いて行った。
 南皮の人達は、不思議そうな、少し不安そうな顔で僕らの行軍を見ていた。
 袁紹は行方不明のままだけど、もうどうでもいい(ってこともない。正直悔しい)。奴にもう帰る場所はないのだから。
 もっとも、探す努力はする。何となくだけど、あのクルクルパーとはいつかまた会って、何かしらひと悶着起こしそうな気がするし……。その時は、今回にも増して容赦しないけどね……。
 みんな揃って南皮に入城した僕たちは、そのままそこを占領、ここを『天導衆』の占領下に置く、と、大々的に声明を出した。危険もなく、トラブルもなく、誰も傷つけずに、僕らはこの戦いを終結させたわけだ。

 こうして、僕ら『天導衆』と袁紹軍との戦いは、僕らの完全勝利をもって幕を閉じた。
258 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 19:17:47.88 ID:xmrrKX3z0
幽州・日常編(2)
第44話 お茶と邪魔とメイドの本音

バカテスト 日本史
 問題
 日本の初代内閣総理大臣の名前を答えなさい。


 姫路瑞希の答え
 『伊藤博文』

 教師のコメント
 正解です。特にコメントはありません。



 土屋康太の答え
 『徳川家康』

 教師のコメント
 どんだけ長生きなんですか。



 吉井明久の答え
 『卑弥呼』

 教師のコメント
 どう間違えたんですか。

259 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 19:18:46.85 ID:xmrrKX3z0
袁紹を撃破し、南皮を手に入れてからしばらく経った。
 僕たちは勢いそのままに、次々とその周囲の地方軍閥や大都市なんかを併呑し、着々とその勢力を伸ばしていった。
 といっても、僕らの方から進んで軍を動かし、戦いに勝利することで奪い取った領地なんてのは、現時点で、実は一つもなかったりする。袁紹という盟主もしくは後ろ盾を失ったことで力を大幅にそがれた彼らは、そのほとんどが自分達から進んで傘下に入ってくれたのだ。残る少数も、こちらからではあるけど使者を派遣し、何日かの交渉を行うことで、争い事などのトラブルもなく、僕らの傘下として吸収できた。
 愛紗に言わせると『戦いもせずに敵に降るとは、腰ぬけ以外の何物でもない』らしいけど、誰も傷つく必要がないんなら、それでいいと思う。僕らの中で、『戦い』そのものを望んでる人なんて一人もいないんだし。
 白蓮の『遼西郡』も、僕らの傘下に入ることになった地方軍閥の一つだ。紫苑同様、今の自分の力では、たとえ遼西郡を再興した所で他の大国にまた攻め滅ぼされてしまうのが落ちだ……という考えらしい。それよりも、信頼できる僕らの所に身と領を預けるとのことだ。
 こんなふうに、ほとんど軍隊を動員せずに周辺諸国を併呑していくことを可能にした僕らのやり方は、この世界の人々……戦争で戦って版図を広げるのが当たり前だという固定観念があった彼らには新鮮というか、常識破りなものだったらしい。血を流さずに版図を広げる、『天の御使いの神業』なんて呼ばれてるとか。嬉しい誤算だ。
 ちなみに、逃げおおせた袁紹に関しても、それなりに対策は立てておいた。
 アニメなんかでよく見る、懸賞金付きの指名手配……つまりは『賞金首』ってことにして、幽州全土、および南皮を含めた旧袁紹領の全体に配布した。袁紹と……顔良ちゃん、それに、顔は見たことないけど……文醜って将軍の3人分。ムッツリーニが持ってた画像データや、捕虜にした袁紹軍兵士の証言を参考にして、かなりそっくりな似顔絵を描かせて、それをすり増しさせたらしい。
 今ではほぼ全ての領民たちがあのチクワ頭とその部下の将軍2人の顔を知っている。上手く行けば近いうちに、目撃情報なんかも入ってくるようになるはずだ。
 同時に、朱里の手配で国境線各所に検問を設置。それらしい人物がいたら即座にとらえられるようにしたけど……これは正直あてにできないかも。なんせこの時代って国境に有刺鉄線も何もないし、場所さえ選ばなければ、簡単に……とは言わないけど他の国に行けちゃうしな……。
 ま、それでもあんな珍妙な性格だし、いつまでも隠れていられないだろ。3人一緒に行動してる……ってことはまさかないと思うし、袁紹一人で厳しい逃亡生活を乗り切れるとは思えない。死亡フラグガンガン立ててたし、じきに捕まるはずだ。
 それに、代わりってわけじゃないけど、星と紫苑、それに翠がそのまま仲間になるっていう大イベントもあって僕は今機嫌がいいから、気長に待つことにしようかな。
 ところで、僕らをとりまく環境にも、若干の変化が見られていたりする。
 今言った通り紫苑や星、翠、それに白蓮が仲間として、城で一緒に暮らすことになった。
 前の3人にはそれぞれ正式に将軍の地位を、白蓮には何か……正式名称は忘れたけど、政治家的な、何にしても結構な地位についてもらって、僕らと一緒にこの国(そう呼んでいいくらいに大きくなった)で頑張ってもらうことになった。遼西郡の統治は、別に信頼できる人間に任せたとか。
 そのおかげで、軍事、政治ともに僕らは大きく躍進を遂げることが出来た。その力は、大陸に台頭する『三大勢力』の一角に数えられるほどだ。
 無論……残りの二つというのは、曹操率いる『魏』と、孫権率いる『呉』だ。どちらも僕らと同様に周辺諸国の吸収に力を注ぎ、魏は西に、呉は南に版図を広げ、勢力を恐ろしく巨大なものにしている。

260 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 19:19:37.80 ID:xmrrKX3z0
「……って話だから……遅かれ早かれ、戦うことにはなるだろうな……」
「日を見るよりも明らか……ってやつ?」
「字違う」
 とまあ、僕の部屋でそんなことをだべってる僕と雄二である。
 只今仕事中。また机の上に山盛りになった書類に目を通しつつ、雄二に聞きたいことを聞いているわけだ。
「どっちも大陸制覇狙いの陣営だもんね……僕らが目障りなのは当然か」
「だな。特に曹操は愛紗をしきりに欲しがってるらしいし……それに俺らが目障りで何とかして殺したいって周りに堂々と漏らしてるそーだ」
「あっそ……。全く……愛紗も僕らも、厄介なのに目つけられたな……。あ、雄二、コレ何て読むの?」
「コレか? これは……ああ、この書類はむしろ、朱里か白蓮にでも回した方が効率よさそうだな」
「そうなの? なら助かるけど」
 言いつつ、僕は次の書類に手を伸ばす。
 南皮併呑以降、僕の仕事はますます忙しくなったけど……驚いたことに、前よりは僕の仕事のスピードは早くなっていた。
 前は量が日増しに増えたこともあり、サラリーマン並みの一日6,7時間かかっていたのが、今では5時間前後、運のいい時は4時間ほどで終わる。
 なぜって? 聞くまでもない。こいつの鬼の特訓のおかげだ。ほとんど毎日漢字漬けにされてれば、そりゃ上達もする。努力の甲斐あって、日常会話クラスの漢文なら何とか読めるくらいになっていた。 専門用語はまださっぱりだけど……十分自分でも驚きだ。
 それに、僕の仕事は案件に承認を出したり、書類にハンコを押したりするのが大半だから、内容さえ読めれば、それほど時間はかからない。
 まあそれでも、軍議に出席したりしなきゃならないから、自由時間は多くはないけど。
「呉は……孫権は保守派らしいが、古参の周瑜ってのがしきりに北方への、つまりは俺らの領土への進軍を提案してて……おい明久、聞いてるか?」
「え? あ……ごめん、聞いてなかった」
「ったく……仕事に集中するのは実に結構だが、ちゃんと俺の話もきけ」
「ごめんごめん。でも……そんなに重要な話なら、片手間じゃなくて普通にあいてる時間にでも話してくれればいいじゃないか」
「てめえが朝の軍議で居眠りしてて聞いてなかった分を今話してやってんだろ!!」
 怒りと呆れが混じった雄二の声が飛んできた。うわ、耳元で怒鳴るな! キーン、って……耳が変になっちゃったじゃないか!
 耳を押さえて雄二の方を見ると、案の定僕の方を睨んでいた。普段からブサイクな顔が苛立ちに歪んで、ブサイクレベルが4ほど上がっている。まったく、朝から嫌なものを見せる……。
「ったく……」
 悪態をつきつつ、雄二は仕事に戻った。肘をついて行儀の悪い姿勢だが、手はさらさらと動いて、瞬く間に書類を処理していく。
 僕らと同様に漢文の勉強を進めていたこいつは、霧島さんや姫路さんと同様に、英語以上に漢文をほぼ完璧に使いこなすことが出来るようになっていた。こいつはこの分だと……この暗号のごとき文字を母国語のごとく使いこなすようになる日々も近いだろう
「明久……ちっとはできるようになったんだから、進んで仕事を片付けるなりして、俺にもう少し楽させろよな」
「老後の親みたいなセリフ言って甘えるなよ。大体雄二は、一応僕の部下でしょ?」
 僕は太守で、雄二は参謀だし(最近僕らが相談して作った公式設定)。
「体面はな。だが、俺はそう思ったことなんざ一度もねえし、お前だって俺や、他の連中をそうやって扱ったことなんざ一度もねえだろ?」
「当り前じゃないか」
 慕ってくれるみんなを部下として扱うなんて、そんなことしたくない。友達として気軽に付き合える中でいたいし、第一そんなやり方かたっくるしい。やってられるか。
「じゃあそれでいいだろ。お前のそういう、おおらかで懐が深くてアットホームなところ所が、みんなに支持されてんだから」
「ま、まあ……そうだね。ならいいか、うん」
「そういう扱いやすいところもな」
「何か言った?」
「何でもない……と、お? 墨切れたな」
 見ると、雄二が墨の瓶を振って、中の墨が無くなったことを確認していた。
 余談だが、僕らが扱っているのは、小学校の書写の授業なんかで子供達が使っている、既にすってある液体の墨汁だ。僕がまだ駆け出しの頃、文房具屋に提案したら商品の案として即座に採用して、店頭に並べてくれた。売れ行きも好調らしい。ということで、いちいち墨をするのが面倒な僕や雄二は、その瓶入り墨汁を使っているのだ。
 また、雄二の提案で、筆もペンになった。もちろんボールペンとかじゃなく、先っぽのとがった、瓶入りのインクをつけて使うようなタイプのペンだ。紙が破けそうで使うには慣れが必要だったけど、それでも毛筆よりは使いやすかったし、こういうペンって社長とか重役とか、偉い人が使うアイテムってわけのわからない概念が僕の中にあったから、ちょっと楽しかった。……もう飽きたけど。
 というわけで、僕らの政務はその瓶入り墨汁がないと進まないんだけど……。
261 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 19:20:53.52 ID:xmrrKX3z0
「明久、お前の一緒に使わせてくれ」
「いいけど……」
 と、ちょっと不安になった僕は、試しに瓶を持ってみた。すると……ああ、やっぱり。
「僕のも残り少ないな……今日の分の仕事こなすのには足りないや」
 ここんとこ使う機会がぐっとふえたからな……。
「ストックはないのか? 机の中とかに」
「ああ、さっきうっかり、同じ理由で訪ねてきた美波にあげちゃったんだ」
「そうか。貯蔵庫遠いからな……」
 予備の墨なんかがしまってある物品貯蔵庫は、ここから棟二つはさんで向こうだったりする。美波が取りに行くのめんどくさいっていうのもわかるよ。学校の端から端まで歩くより遠いもん。
「しゃーねーな、取ってこい、明久」
「うん……ってちょっと待った」
 すごくさりげなく言われたせいで、思わず立ち上がってしまったけど、部屋の入口に向かう直前でその痛烈な違和感に気付く。……おい、
「何で僕が行くのさ」
「何だよ、文句あるか?」
「大ありだっての。君主を使いっぱにするなよ」
「そうだな……悪かった」
 あれ? 意外と素直に認めて謝ってくれた。てっきり『うるさいバカ、お前がここに残るより俺がここで仕事する方が効率いいんだから黙って行け』的なこと言われると思ったんだけど……
 ……何かあるな、これは?
「ここは公平にじゃんけんで行こうじゃないか」
 成程……そういう魂胆か。
「いいだろう雄二。ただし、心理戦とかは一切無しだよ」
 と、僕のセリフに雄二のこめかみがぴくっと動いたのを僕は見逃さなかった。ふん、やっぱりな。
 公平に……ね。こいつの放つ『公平』という言葉には、『謀略』という影があるということを僕は今までの経験で知っている。心理戦とも言えない脅迫や、あっち向いてほいの延長上に発生した暴行行為、こいつの卑怯なやり口には今まで何度も涙した。
 今反応した所を見ると……また何か企んでたな。
「ほらいくよ! 最初は……」
「……っ! このやろ……」
 雄二が何か言いだす前に、さっさとコールを始め……と、ここで僕は気づいた。
(あの雄二が……冷酷非道、悪鬼羅刹とまで呼ばれたこいつが……何の策もなく、バカ正直に僕とのじゃんけんに臨むか……?)
 コールは始めたが……油断はできない。奴ならこの一瞬で何か策を考えかねない。
 でも、どんな策を? この状況から実行できる策なんてごく限られてる。心理戦……ないな。あっち向いてほい……そんなこと言ってなかったし、警戒無用だろう。
 となると……読めた! コレだっ!
 最初は……

 グー   ←  雄二

 チョキ  ←  僕

「「……………………」」
 ……………………………………あれ?
「ずるいっ! ずるいぞ雄二っ!」
「うおい! 何で今ので俺が抗議を受ける!?」
 目を丸くして僕を見返してくる雄二。まるで、『おたくで買ったサンマの骨がのどに刺さって痛いから慰謝料はらえ』とでも言われた魚屋さんのような目だ。
 バカな! こいつなら絶対こういうシンプルな手で勝ちを狙ってくると思ったのに!
「何で『最初はパー』じゃないんだよこの卑怯者!」
「バカ! 今のは明らかにお前の思考回路が全ての原因だろうが! 邪推を外しといて人のせいにすんじゃねえこのひねくれ者!」
「うるさい黙れ! 冷酷非道の悪鬼羅刹の魚屋め!」
「魚屋って何だその悪口! いやそもそも悪口かそれ!? どういう思考をたどったらそんなセリフが出……ともかくお前の負けだ、貯蔵庫行って来い!」
「嫌だ! 絶対に認めないぞ!」
「おかしいだろ!? 自業自得120%のこの状況で何でそんなことが言える!?」
 机をばんばんと叩いて反論する僕に、雄二は一見正論に聞こえる言葉で反論してくる。……一見正論に……何度か考えなおしても正論に聞こえるけど……いやこれはきっとこいつの巧みな話術に僕が騙されてるに違いない! きっと!
「お前が行け明久!」
「やだ! 雄二が行け!」
「お前が!」
「やだ!」
「バカ!」
「アホ!」
262 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 19:21:34.39 ID:xmrrKX3z0
……と、

「あ、あの〜……」

「「…………?」」

 と、罵倒合戦の最中に細々と聞こえてきた声に、雄二と僕は口を止めて入口のところを振り向いた。
 するとそこには……どうしていいかわからない、といった様子の月が、相変わらずのメイド服(眼福)に身を包み、お盆を手にして立っていた。
「お……お茶を持ってきたんです……けど……」
「あ、ああ、ありがとな」
「驚かせちゃったかな、ごめん月」
 どうやら、今の僕たちのしょーもない争いにびっくりして、部屋に入れなかったみたいだ。これは失敗。
「あの……お邪魔でしたか……?」
「ああいや、全然そんなことはないが……」
「うん、その……もらうよ。うん」
「はあ……」
 まだ戸惑い気味の月。何か……ちょっと悪いことしたような気持ちになってきた。全く、これも雄二がパーを……と、雄二の方を見ると、アイコンタクトを送ってきていた。
『一時休戦だ。茶でも飲むか?』
『うーん……そうだね、飲むって言っちゃったし、口の中が渇いたし』
 というわけで、月のお茶をいただくことにした。
263 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 19:22:38.70 ID:xmrrKX3z0
10分ほど後……
「ほ〜……大したもんだなこりゃ……」
 雄二は受け取ったお茶をすすり、感心してそう呟いていた。
 その気持ち、僕もわかる。月が入れてくれたお茶は、そのくらい美味しかった。
「うん、ホントおいしいよ」
「あ……ありがとうございます……」
 嬉しくて照れたのか、頬を赤らめる月。もじもじとするその仕草がまた可愛いな……なんて思っちゃったり。
「これもしかして、銘柄は…………じゃないか?」
「あ……はい……。よく……ご存知ですね……」
「え? 雄二、わかるの?」
 と、さりげなく雄二が呟いた一言に、僕も月もびっくりした。こいつ……そんなソムリエみたいな真似できる奴だっけ? 第一、こいつが飲むお茶って言ったら、コンビニのウーロン茶か麦茶あたりのもんだろうに……。
「ああ、翔子の家で飲んだことがあるからな」
「え、霧島さんの家で?」
 それを聞いて、疑問があらかた解消された。
 そうか、雄二は結構な頻度で霧島さんの家に拉致……もとい、招待されてるんだっけ、あの鉄格子つきの部屋に。そこで食事を出された時にでも飲んだんだろう。
「でも雄二、一杯飲んだだけで銘柄を判別できるなんて……そんなによく飲んでたの?」
「いや……飲んだ時のインパクトというか……状況が状況だったもんでな……。記憶に刻み込まれてるんだ……」
「……何それ?」
 記憶に刻み込まれるほどのインパクト? どんなふうに飲んだって言うのさ。
「飲んだというか……飲ませてもらったというか……」
 何ィ!?
 あの霧島さんに……学年首席で超美人、文武両道才色兼備のあの霧島さんに『飲ませてもらった』だと!? 『あーん』感覚でか!? 『あーん』で飲み物って言うのもあんまり聞かないし珍しい気がするけど……何にしろこいつなんてうらやましいまねを……。
「……後ろ手に鎖で縛られて拘束・監禁されてちゃ、飯も飲み物も食わせてもらう以外にないからな……」
 聞いてない。僕は今何も聞いてない。
 横をふと見ると、よくわかりません、とでも言いたげな月の顔があった。
 まあ……事前に事情を把握しておかないとこのトークはあまり理解できないからな……。それだけ、僕らFクラスを取り巻く環境はなぜか特殊だ。
 あれ、そういえば……
「ねえ月、今日は詠は一緒じゃないの?」
 いつもならここで『あんたなんかが月が入れたお茶を飲む資格はないわ!』とかいってきそうなあのメガネっ娘の姿がないな……月ある所詠あり、みたいなイメージが浸透しつつある僕には、ちょっと新鮮だったり……
「あ……はい……詠ちゃんは……その……愛紗さんと……」
 と、その時、

 バタァン!
264 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 19:23:33.11 ID:xmrrKX3z0
「ご主人様っ!」
「「ぶほぉっ!?」」
 突然、明らかに不機嫌とわかる轟音と共に扉を開け、それと同時に台論量で怒鳴りながら、愛紗が部屋に入ってきた。
 び、びっくりした……あやうくお茶こぼすとこだよ……。
「ど、どうしたの愛紗!? 何事!?」
「何事も何も……こやつをどうにかしてください!」
 顔を赤くして、眉間にしわを寄せた愛紗がそう言う……ん? こやつ?
 見ると、その左手には……襟首をつかまれている詠がいて、愛紗の手を振りほどこうとじたばたと暴れていた。
「ちょっと! いつまでつかんでんの!? 放しなさいよこのバカ力!」
「なっ……! 誰がバカ力の筋肉質だ!?」
 そこまで言ってない。
「……何かあったの?」
 口の周りのお茶をふきつつ、暴れる詠を抑える愛紗に視線を向ける。
「何かも何も……調練の邪魔をするのです、こやつは!」
「調練の邪魔だ?」
 と、雄二も反応した。
「はん、あれが調練ですって? 盆踊りかと思ったわ」
「なっ……何だと貴様!」
「落ち着いて愛紗! とにかくちゃんと説明してってば!」
 さっきから、愛紗が怒ってて、それに詠が反発してることくらいしか状況から把握できない。調練の邪魔って……詠が?
「と、とりあえず放してあげたら? 別に逃げやしないだろうし、そのままだと服が切れちゃうかもだから」
「……っ! わかりました……」
 わあ、面白くなさそうな顔。
 いかにもしぶしぶ、といった感じで、愛紗は握っていた拳を広げた。詠は解放されると同時に、これ見よがしに愛紗から飛び退って襟を直す。ジト目で一瞥するのも忘れない。
 ……で?
「別に邪魔なんかしたつもりはないわ。あんた達の調練がへたっぴで見るに堪えないから、助言してあげただけじゃない」
「何を!? 貴様……新参者のくせに生意気な口を……!」
「新参者? まるでボクがあんたらの仲間になったみたいな言い方はやめてくれる?」
「貴様……っ!」
「愛紗落ち着いて!」
 額に青筋が! 見てる僕の方が本気で怖い!
 というか、この状態の愛紗を前に何で詠はこんなズバズバとものを言えるんだ!?
「落ち着け愛紗。ガキじゃねーんだから感情に任せて動こうとすんな」
「しかしだな坂本殿! このまま好き勝手言わせておくのは、私の武人としての、いや、文月軍の将軍としての矜持が……」
「全く……あんたらあんな訓練でよくここまで勝ち抜いてこれたわね」
「貴様ァ!!」
「愛紗ストップ! 詠も! 火に油注ぐような発言はやめて!」
「ですがご主人様! それでは私の……」
「矜持云々だろ。ま、気持ちはわからんでもないが、それが話が進まない主な原因になってっから、一旦置いとけ。それより、今の詠の言い方だと、まるで俺らの軍の訓練方法に問題があるみたいに聞こえるな」
 と、愛紗を制したところで、詠のセリフが気になったらしい雄二が訪ねた。
「どうもこうも、問題だらけよ」
 出来の悪い生徒を見る教師みたいな目で、詠は月を除く僕ら全員をじろりと見渡した。
265 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 19:25:07.57 ID:xmrrKX3z0
「呆れたわ。陣形変換の訓練の場に出くわしたんだけど、訓練してる陣形の数が少なすぎ。今時片手で数えられる数しかやらないなんて、どうかしてるわ」
「? そうなの?」
 僕はその辺、よくわかんないんだけど。
「……普段、戦で使ってる陣形、10はあったよな? 一日にそのうちのいくつかしか訓練してないのか?」
「いや、そんなことはない。今日は別にたまたま訓練する陣形が少ないだけであって……」
「そうだとしても……ボクここに来てからずっと見てるけど、陣形変換の訓練の時間が短すぎない? 言っちゃなんだけど、おろそかにしてるように見えるわよ?」
 と、ズバズバと意見を言ってくる詠。
 何だろう、気のせいか……いつものツンツンメイドじゃなくて、何かこう、軍師の目になってる気がする。
「多分そのせいだと思うけど、君の所の部隊、個々の格闘能力は高いようだけど、陣形に関しての動きが全然よ? あれだと、他の部隊との連携が上手く行かないんじゃない?」
「そうなの?」
「た……確かに、今詠が言った部分について、課題は残っていますが……」
「ほら見なさい」
 腰に手をあてて得意げに言う詠。言い負かした、とでも言いたげだ。
 が、
「それでも……訓練の邪魔をしていいという理由にはならないでしょう」
「だから邪魔じゃないって言ってるでしょ!?」
「訓練の最中に割り込んでくれば邪魔になるのは当然だろう!」
 やはり負けず嫌い同士の戦い、どちらも引く気配なしだ。
 ……まあ、この2人の組み合わせだし、仕方ないんだろうけど、このまま人の部屋で喧嘩しっぱなしにされても困るので……止めるか。
「まあまあ、2人共落ち着いてよ」
 とりあえず、やんわりと仲介に入る。
「愛紗、詠も邪魔が目的じゃなかったんだし、内容自体はためになるものだったんだからさ」
「しかしご主人様……」
「ほら、これからはそういう助言は、訓練の邪魔にならないように一回断ってからやればいいじゃない。ね?」
 抑えて抑えて、のジェスチャーと共に愛紗をなだめる。愛紗は……あまり納得したようには見えなかったけど、一応僕の顔を立てることにしたのか、静かになってくれた。
 さて、お次は勝ったつもりで得意気なこっちのメイドの方なんだけど……
「詠、お前もお前だぞ」
 と、こっちは雄二が引き受けてくれた。
「ちょ、何よ?ボクが何か悪いっての?」
 注意されたのが意外だったのだろう、詠はびっくりした様子で雄二を見返していた。
「訓練の最中に乱入したら邪魔になるってのは事実なんだし、そのくらいわかんだろ? 助言はありがたいが、邪魔にはならないように頼む。軍の統率を乱さないようにすんのも、軍師の役目だろ」
 痛いところを突かれ、詠が反論出来なくなって黙った。仕方ないよね、今回は雄二の言ってることが正論だ。
「とにかく、詠も次からは愛紗に一言ことわってから、ね? 喧嘩はもうこれで終わり! いい?」
「……わかりました。ご主人様がおっしゃるのであれば、私に否はありません」
「……ふん、いいわ。今日のところはそれで手を打ってあげる」
 愛紗も詠も、しぶしぶだけど黙ってくれた。ふう、よかったよかった。
「ではご主人様、私は調練に戻ります。お騒がせして申し訳ありませんでした」
 とまあ、切り返しが速い愛紗は、一礼して部屋を出て行った。部屋には、僕と雄二、詠、それに月が残された。
「詠ちゃん……喧嘩しちゃだめだよ……」
「え〜、だって〜……」
 いつもの調子に戻って会話を繰り広げる。
「そうだ、詠も一緒に飲まない? お茶」
「お茶?」
「うん、月が入れてくれたやつ」
 『月が』に反応し、詠の視線が 月 → お茶 → 僕ら → また月 と動く。
「まあ……そうね。あんた達だけに月のお茶を楽しませるのも腹が立つし……いいわ。つきあったげる」
「詠ちゃんったら……」
 詠は僕らに何か言わずには喋れないんだろうか?
 まあ、いいか、結果オーライで。3人より4人だ、こういうのは人数が多い方が、お茶もお菓子もおいしくなる。
「じゃあ月、入れてもらえる?」
「はい……」
 ゆったりとした動作で、月は詠の分と、僕らのおかわりの分をついでくれた。
266 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 19:26:07.32 ID:xmrrKX3z0
「あんたらどれだけ飲むのよ……」
 とまあ30分程が経過して、
 木桶一杯に汲んできたお湯も、気がつくとすぐに空になって、
 今現在、

僕6杯
雄二11杯
月1杯
詠2杯半
   (詠数え)

「お、いつのまにか随分飲んじまってたみたいだな」
「ホントだ……」
「『ホントだ』じゃないでしょ! 何回お湯取りに往復したと思ってんの!?」
 まったくもー! と詠が呆れてため息をつく。そういえば……僕らがお茶と片手間に政務を(切り換えるなんてまじめなことはしなかった)してる隣で、何かせかせか動き回ってた気がする……あれってお湯取りに行ってたんだ?
 そうか、考えてみればこの時代って、ポットとかないから、お湯作るのにいちいち厨房とかに行って火起こして水から温めなくちゃいけないんだ。
 いやでも、お茶もお茶うけのお菓子も美味しいし、仕方ないよね。
「それにしたってこの量はどーなのよ。昼ご飯入らなくなるわよ?」
「あー、確かに……言われてみれば……」
 お腹に溜まってる気も……。いつの間にか昼ご飯のスペースを使っちゃってたみたいだ。
「俺は全然平気だぞ?」
「あんだけ飲んで食っといて!?」
 詠が、信じられない! といった感じの視線を雄二に飛ばす。
 雄二が今片している書類の横には、お茶うけの包み紙がすごい数積み重なっている。一個当たり2枚包みだし、既にいっぱいのゴミ箱に捨ててある分と合わせると……千羽鶴は無理でも、百羽鶴くらいは作れそうだ。
「つーわけでおかわり」
「まだ飲むの!?」
「ああ、昼飯までのつなぎにな」
 小さいとはいえ、50個近く茶菓子食べといて、しかも普通にお昼を食べる気かこいつ。ホントにこの男の胃はどうなってるんだ?
 驚いて口を開けている月と、額に手を当てて呆れている詠。
「全くもう……わかったわよ。お湯持ってくるからちょっと待ってなさい」
 そう言い残して、詠は空の木桶を手に部屋を出た。
「やれやれ……いつまでも懐いてくれねーな、あのメイドは」
「仕方ないよ。今まで軍師だったのが、保護するためとはいえ、侍女にされちゃったんだもん」
 いつでもツンツンで、月以外にちっとも優しい一面を見せようとしない詠。こころなしか、廊下を走る足取りも怒っているみたいに思えてきた……
 と、意外なところから反論が飛んできた。
「そんなこと……ないです……」
「ん?」
「月?」
 と、いつもよりもさらに小さい声で月が一言。目の端で月の唇が動いたのを見ていなかったら、聞き逃してたかも。
「詠ちゃん……すごくうれしそうにしてますから……」
「「詠が?」」
 怒ってるところ以外見たことないんだけど?
 月が言うにしては意外な冗談だな……ひょっとしてこの時代特有のジョークか何か?
 なんてことを思っていると、月はにっこりと笑って言った。
「だって……あのままだったら、私達……負けて捕まって殺されてたか……一生あの人達の操り人形でした……。もし……私達を一番に見つけてくれたのが……ご主人様じゃなかったら……」
 そう言って、やはりもう一度笑う。
「私も詠ちゃんも……ご主人様のおかげでここにいられるから……。それに……詠ちゃんも最近はよく笑うようになりましたし……」
「笑う? 詠が?」
 あの罵詈雑言の権化が、笑顔? ホントに? もしそうなら……その笑顔は砂漠で食べるアイスクリームくらいの希少価値といっても過言ではない気がする。
「言われてみりゃまあ……白装束の連中や、諸侯の名声争い何かに振り回されてる日々からしたら……ここでの生活は平穏だろうな」
 雄二が納得したように言う。そして月を見て、
「幼馴染で自分の君主を傀儡化される日々ももう終わったんだし……そんな気持ちになってもおかしくはないな。気付かなかったが」
「はい……詠ちゃん、素直じゃないから……」
「はは、難儀なこった」
 何やら二人だけで繰り広げられる、まるで納得したかのような会話。むう……僕は依然おいてけぼりなんだけど……面白くないから解説を月に求めようとした時、

 ばたん!
「ただいまー! ほら、冷めないうちに飲んじゃいなさい」

267 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 19:26:45.07 ID:xmrrKX3z0
 と、詠が帰還した。先程まで話題に上っていたということで、僕らの視線が集中する。
 詠もそれに何か不自然さを感じたのか、眉間にしわを寄せて、一言。
「……な、何よ、人のことじろじろ見てきて……」
「うんにゃ、べつに」
「なんでもないよ、なんでも」
「……? 相変わらず変なやつらね、にやけちゃって」
 おっと、いかんいかん、いつの間にか顔が半笑いになってたみたいだ。……まあ、さっきまで聞いてた会話が会話だったし。
 改めて見て見ると……
 普段と変わらない、ぶつぶつ文句を言いながら働く詠。
 でも、そう言われれば、その動作はどこかはきはきとしたような、活気を含んでいるように見えなくも……ない。
 言われてみれば……そりゃそうだ。詠にとって月は、この世で一番大事な親友であり、かつての君主でもある。そんな月が暴君にしたてあげられて、白装束に異様に利用される状態から脱却できたんだから……嬉しくもあるのは、自然だろう。
 ただ、自分達の待遇には不満が多少なりあるだろうから、心中は複雑なのかも。

「……詠ちゃん……」
「? 何、月? そんな嬉しそうに笑っちゃって」
「……ううん、なんでもない……♪」
「え〜!? 何なの月まで〜……!」

 そんな会話を、当り前のようにかわすことが出来る今って……幸せなんだな……。
2人が仲良く話す様子を見ていて、僕の中で……この国を守る理由とか、原動力みたいなものが、また増えた気がした。

268 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 19:27:25.77 ID:xmrrKX3z0
幽州・日常編(2)
第45話 警邏と飯と自己主張


 アニメやマンガなんかで、こういう風な昔風の街並みはよく見た。
 夏祭りの夜店みたいな店が通りに建ち並び、店先に肉や山菜、壷入りの漬け物や、よくわからない薬なんかを売っている街並みだ。
 こんなもん、ゲームか映画の中だけだと思ってたが……本物をこの目で見れるとはな。まあ何にせよ、このくらいの活気が出るまでに街が発展したことに変わりはないし……
「ん? どうかしたか、坂本殿?」
「え? ああいや、何でもない」
 隣を歩いている華雄に声をかけられ、俺は我に帰った。
「ちょっと考え事をな」
「そうか、ならいいのだが」
 華雄は俺の愛想笑いに笑顔で返すと、再び前を向いて歩き始めた。前後に数人の屈強な兵を引き連れて、だ。
 今、俺は華雄と一緒に午後の警邏に出ている。本来なら、午後は昼飯を食べながら残りの政務を片づける予定……だったのだが、ちーとばかし事情が変わったのだ。
 何があったのかというと……

269 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 19:28:09.98 ID:xmrrKX3z0
十数分前……

「恋がバックレた?」
「ああ、どうやらそのようだ」
 メイド二人が帰った後、再びやったじゃんけんで快勝したオレは、明久に貯蔵庫の墨汁を取りに行かせることに成功した。
 ……が、それが裏目に出た。
「今日の午後の警邏はお前が担当だ、と何度も言っておいたのだが……」
「行方不明……か?」
「ああ……残念なことにな」
 明久が言ってすぐ後にあらわれた愛紗が、ため息と共に呟くように言った。どうやら恋が、警邏をさぼってどこかに出かけてしまったらしい。その欠員を埋めるために明久を訪ねたらしいが、あいにく明久はたった今俺がパシリに出したばかりだ。
 となると、必然的に……

                     ☆

「それで坂本殿に白羽の矢が立ったか。呂布の代わりにとは、災難だな」
「ああ、全くだ」
 留守にしていた明久の代わりに、俺が代役を張らされる羽目になった……というわけだ。
「言っちゃ悪いが……華雄なら俺なしでも、1人で平気じゃないか?」
「まあ、確かにそうだが……私は愛想がいい方ではないからな。『天導衆』たる坂本殿が一緒にいた方が、民達に威圧感を与えずにすむだろう」
「そりゃまあそうかもしれんが……」
 もともとの当番は華雄よりよっぽど無愛想な恋だったわけだし……俺だって周りに愛想振りまくタイプでもない。やっぱりこういうのは、明久か鈴々あたりが適任だろう。
 くそ……こんなことなら貯蔵庫に墨汁取りに行く方が楽だったな……。
「愛紗がぼやいてたよ、恋のやつはもうすこし将としての自覚を持つべきだ……ってな」
「確かにな……だが、言葉で呂布を制御するのは至難の業だろう。私の知る限り、やつは人に忠実に従って働くような人間ではないぞ」
 確かに、華雄の言う通りだ。
 恋はあの通り寡黙で意志疎通も一苦労な上に、大変なサボり癖がある。
 連合軍以降、何度か警邏の担当に当てられたのだが……

 バックレてすっぽかし……3回
 寝坊ですっぽかし……2回
 出立後に行方不明(脱走)……4回

270 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 19:28:45.35 ID:xmrrKX3z0
……明久の補修出席状況より酷いな。
 こんなわけなので、今日は華雄が監督係としてついて行……く前に恋が脱走したと。
「まあ、言ってても仕方ねえ。息抜きだと思って気軽にやるか」
「それがよかろう」
 いつまでも文句言ってても仕方ないな。ということで、俺はこの警邏をさっさと終わらせるべく、歩き出した。
 さて……と、
「じゃあ華雄」
「うむ」
「まずはこっちから見回るとするか」
「構わんが……坂本殿、食堂や屋台がやたら多い道を選択したのは偶然だろうな?」
 俺達が進もうとしている先に、点心の店やラーメン屋、定食屋、さらに肉まん等の屋台が多く立ち並ぶ、レストラン街のような通りを発見した華雄がそう一言。
「ははは、何を言う、別に他意はこれっぽちもないぞ」
「……言いつつなぜ財布を取り出すのだ?」
「何、労働に精を出している領民たちに少し小遣いでも、と思ってな」
「遠まわしでも何でもなく買う気ではないか」
 現在の俺は、食うつもりだった昼飯をお預けされている状態にある。つなぎに茶菓子は食ったが……いつまでもは持たない。
 まあ食欲は人間だれしも持っているもの、買い食いくらい黙認してもらわんと……ん?
「全く……愛紗のやつにばれでもしたら……坂本殿?」
 と、後ろで華雄がそんなことを言っているのが聞こえていた。
 恐らく、財布を取り出したままで歩みを止めてしまった俺の姿が不思議に映ったのだろうが……それも仕方ないだろ。
 何せ俺の視線の先には……

「………………」

 何も言わず、黙ってレストラン街にたたずむ、恋の姿があった。
「ん? ……呂布、か?」
「………華雄?」
 と、こちらに気付いたらしい恋。俺と華雄の姿を見つけて、とことこと歩いて来た。
 いつも通りの服装に、相変わらず無表情な顔、間違いない、恋だ。
 ……いや、それはそれで問題ない。問題なのは……
「おい恋、お前こんなとこで何してんだ?」
 仕事をさぼった恋が、なぜこんなレストラン街にたたずんでいるのか……という点だ。
 俺と同じことを考えているんであろう華雄が、語気をやや荒げて言う。
「呂布! お前また仕事をサボったな!」
「………………」
 無言、そして無表情、と。これでは答える気がないのか、言えない理由なのか……それすらもわからない。
「全く……相変わらずだな。愛紗がまたえらく怒っていたぞ? お前、サボるのはこれで何度目だ?」
「………………?」
「何か理由があったのか? それならそれで、きちんと事前に話してもらわないと……」
「……………………」
「頼むから何か反応しろ……」
 華雄の追及はことごとく受け流され……というか、ゴーストタイプのポケ○ンに対しての打撃攻撃のように効果がないようだ。
 恐らくこいつの耳は、都合の悪いことは右から左へ抜ける仕様になっているに違いない。
「おい恋、言ってることわかるだろ? 何でお前ここにいるんだ? お前今日警邏の担当だっただろうが」
 仕方がないので俺も加わって事情聴取をしようとすると、

 ぐぎゅるるるるるるるるるる
271 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 19:29:51.60 ID:xmrrKX3z0
「……………………」
「「……………………」」
 ……何だ、今のこれ以上ないってほどの自己主張は?
 音源は言わずもがな……恋の腹だ。こいつまさか……
「……飯を食べに外に来たのか?」
「………………………………(フルフル)」
 そうらしい。
 こいつは……そんな理由で仕事をサボったか。
 食事なら城の食堂にでも行けば……と思ったが、ふと思い出した。
 そういえば島田から、恋は俺や鈴々と同等かそれ以上の大食いだ……って聞いた気がする。
 となると……城の食堂じゃ足りなかったか、もしくは鈴々みたく、時間外に飯をねだって断られて、それでも我慢できなくて(もしくはする気もさらさらなかったのか?)、しかたなく外に食べに来た……か?
 そこで何のためらいもなく仕事より自分の食欲を優先させるあたり、大物だな。
「あのな呂布……子供じゃないんだから我慢するということをだな……」

 ぐぎゅるるるるるるるるるる……

 華雄の説教を遮る音量と、絶妙のタイミングでもって鳴り響く恋の腹の虫。
 こいつはアレか? 自在に腹を鳴らせるのか? なんて便利な自己主張の道具だ。
 まったく……とんだ問題児だな。勝手気ままなやつだってのは知ってたが、全てにおいて自分を優先して、ここまでされると流石に困る……と、いつもなら俺も説教に加わるところだが。
 ここはひとつ、心を広く持つとしよう。
「やれやれ仕方ないな、屋台で肉まんでも食うか?」
「な、ちょ、坂本殿!?」
「………(コクッ)」
 部下が腹を減らしてるんだ、『天導衆』の参謀長たる俺が黙って見過ごすわけにもいくまい。ここはとりあえず飯にしようか、恋のためにな。
「ああ……そういえば、貴公も目的は同じだったな……」
 さっき俺が財布を取り出した理由を思い出した華雄が、ため息と共に呟いた。
 さて、この際呆れられても別にかまわんから、ここは黙認してもらうとして……丁度いい。昼飯に……
 と、

「にゃ、雄二お兄ちゃん?」

 と、店を見て回っている俺の背後から声が……ってこの声は……
「……鈴々か?」
「あ、やっぱり雄二お兄ちゃんなのだ」
 振り返ってみると……そこには一軒の点心屋から出てくる鈴々の姿があった。
「よぉ鈴々、何してんだ……って、そこから出てきたんだからやることは一つか」
「にゃはは、ご飯食べてたのだ」
 非番の日ということで、外食としゃれこんだらしい鈴々。もしくは、前述の恋と同じような理由か?
 よく見ると……口の周りに醬油か何からしいものがついたままだ。餃子か何か食ったらしいが……全く、相変わらずというか……口拭いてこいよ。
「にゃ、恋も……華雄も一緒?」
「………………」
「む、鈴々か……そうか、お前は今日非番だったな」
 はからずも、こんなレストラン街のど真ん中でわが軍の誇る武将3人に最高指導者の1人(俺な)が一堂に会するという変わった事態。理由を知らない一般人が見たら、『何事!?』ってなもんだろう。
「みんな何してるのだ?」
「うむ、我々は警邏で『ぐぎゅるるるるるるるる』呂布! 邪魔をするな!」
「? 警邏?」
「ああ、だがこのとおり恋が腹が減ってるとかでな。仕方ねーからどっかで昼飯にしようかと思ってたんだ」
「ふ〜ん、警邏サボってお昼ご飯にするの?」
「違う! 我々はそんな『ぐぎゅるるるるるる』ええい呂布! その要らん自己主張をやめんか軟弱者!」
 あわや買い食いの共犯にされかけている華雄が必死の抵抗。そして華雄のお局的精神によりナシにされそうになっている昼飯を守るべく自己主張する恋。
 全く、お固いねえ。仕事さえ後でちゃんとやれば、買い食いだろうと何だろうと別にかまわんだろうに。
「ねえ、ご飯食べるとこもう決めた?」
 と、ここで鈴々が食いついてきた。食べ物の話題だからか?
「いや、まだだが……」
「まだも何も、そもそもそんなことはせんと言って『ぐぎゅるるる』呂布!」
「だったらここがお勧めだよ! 今鈴々が食べてきたけど、すごくおいしかったのだ!」
 と、目を輝かせて言う鈴々。俺の袖をくいくいと引っ張りつつ、今自分が出てきた点心の店を指差している。
 お勧めの店ってことか……ふむ、あてもなかったし……丁度いいかもな。
「だそうだが……どうする恋?」
「………(コクッ)」
「ばっ…………全く、もう勝手にしろ……」
 と、ここでとうとう華雄が折れた。
 いまいち納得行ってなさそうだが……3対1ということで。コレも民主主義ってやつだ。悪いが俺達の腹の虫を優先させてもらうとしよう。
「そう面白くなさそうな顔すんなよ、お前も飯まだだろ? おごるぜ?」
「はぁ……国を引っ張る最高指導者がそんなことでいいのか、坂本殿……」
「固いこと言うなって、息抜きも大切だろ?」
「そうそう、さ、入ろ入ろ!」
 と、鈴々は待ちきれないとばかりに俺の手を引いて中に引っ張って、店の扉を開けて中に連れ込んでいって……ってオイ。
「鈴々、お前もう食ったんだろ?」
「にゃ、まだ入るから」
「おいおい……」
 まだ食う気か。いや、『また』食う気か。
 そんなことを言ってる鈴々を追いぬいて、恋は足早に店の中に入っていく。一度決まったら行動が早いなこいつは。
272 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 19:30:17.50 ID:xmrrKX3z0
 その後から、俺と鈴々、そして華雄……
「ん? 華雄、入らねーのか?」
「ああ、結構だ」
 腕を組んであきれ顔の華雄が、俺達3人を見渡してそう一言。
「まだそんなに腹もすいてはおらんし……食事が終わるまで兵士たちを待たせておくわけにもいくまい? 私はこのまま警邏を続けるとする」
「そうか? 何か悪いな」
「ならなぜ暖簾(のれん)をくぐる……いや、もう言うまい。まあ気にするな、坂本殿はもともと当番でもなかったわけだしな」
 やれやれ、といった感じで肩をすくめる華雄。手間のかかる上司もいたものだ、とでも言いたげだ。
「呂布も連れて行きたいところだが……その状態ではろくに仕事もするまい。不本意ではあるが……まあ、3人で羽を伸ばすといい。警邏は気にするな」
「そうか、ならそうさせてもらうかな」
「………ありがとう、華雄」
「お前は大いに気にしろ、呂布」
 とまあ、のれんの向こうから形だけ礼を言っている恋に釘をさすのを忘れない。
 そのまま振り向くと、待機していた兵達に指示を出し、華雄はそいつらを引き連れて歩いて行った。
 華雄には後で土産に点心買って帰るか。
「さて……と、じゃあ鈴々……」
「えっとね、肉まんと餃子と小龍包と春巻きと……」
 おっとっと、もう注文してやがる。
 メニューを手に次々と料理の名前を述べていく鈴々に、迷いの類は一切感じられない。どうやら食ったばかりにもかかわらず、腹にはまだまだ空きスペースがあるようだ。
 その横では、恋も同じような感じで、
「………ここからここまで」
 ダイナミックな注文の仕方をしていた。
 2人の注文を、一つもこぼすまいと必死で手元のメモに書き留める店員が大変そうだ。手がせわしなくせかせか動いている。まったく2人とも……少し言うペースってもんを考えてやれよ。
 さて、店員が持ってるメモの余白が無くなる前に俺も注文するか……。



 結局その日は、鈴々と恋と雑談しながら食事を続け、そのせいで食が進んだのか、空き皿は俺達の座っているテーブルを埋めつくすくらいに積み上げられた。
 店員に聞いたら、開店以来最高額の売り上げだったらしい。
273 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 19:32:03.57 ID:xmrrKX3z0
幽州・日常編(2)
第46話 在庫とデートと探し物


 手品っていうのは、元々はどこか遠くの国で、集団を統率する手段として生まれたものらしい。
 何せ大昔、地震や雷を『神の怒り』だとか言って畏れ、双子が生まれると『不吉だ』『悪魔が化けた』なんて言って無意味に恐怖するような、信心深い人がほとんどだった時代だ。
 そんな中で、集団の頂点に立つリーダー達は、部下達に自分を認めさせ、自分についてこさせるための手段として、普通に考えればあり得ないことをトリックによって可能にし、それを実演する『手品』をもって、集団をまとめ上げた。
 手品をやってみせて、それを魔法だのなんだの言って、自分を魔法使い見たく思わせる、そして尊敬、信仰させる……セコイ手だけど、その時代、信心深い彼らをだまして自分を祭り上げさせるためには、有効な手段だったと言えるだろう。
 しかし、それは彼らが『化学』や『物理学』、そして『トリック』というものを知らない過去の世界の存在だったからこそ通用したこと。現代を生きる人間にとっては、タネも仕掛けもあるまやかしでしかないんだ。感心・尊敬こそすれど、信仰したりしない。
 だから、僕はだまされない。たとえどんなに自然に、どんなに鮮やかにやってのけたとしても、そこには必ず何らかの仕掛けがあるんだ。あったはずなんだ。
 そう……

「あのじゃんけんにも、絶対何か仕掛けがあったと思うんだよね。雄二のことだから」
「いや、それはただ単にお主の運が悪かっただけじゃろう」

 貯蔵庫で墨汁の瓶を探している僕は、隣で手伝ってくれている秀吉に、バッサリとそんなことを言われた。
 まあ、今言った通り、雄二の奴にじゃんけんで負けた僕は、倉庫に墨汁のストックを取りに来た。そこで、たまたま他の用事で倉庫に来ていた秀吉にあったわけだ。
 本当なら、秀吉と何気ない雑談なんかした後、さっさと墨汁を見つけて帰ろうと思ってたんだけど……
「あっれ〜? おかしいな……」
「明久、そっちも見つからんか?」
「うん、全然だよ」
 と、探せど探せど墨汁が見つからないのである。
 秀吉もついでに手伝ってくれているけど……一向に見つかる気配なしだ。
274 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 19:33:21.61 ID:xmrrKX3z0
「もしかして……ここのストックも切れてるのかな?」
「ふむ……ありうるのう。このところ、筆を走らせるべき書類が山のようにあったからの。それにたし か……業者が新たに文房具を城に搬入するのは……ああ、明日じゃな」
 と、倉庫の壁にかけてある「仕入れ予定表」をぱらぱらとめくりながら、秀吉が言った。
 そうか、やっぱり切れてるみたいだ。
 確かに秀吉の言うとおり、ここ数日すごく忙しくて、墨汁の消費が激しい。激増した政務に加えて、僕ら天導衆は勉強もあるので、毎日のように新しい瓶をあけていた。
 そんな状態で、今まで通りのペースのまま文房具を買いつけてちゃ……まあ、足りなくもなるか。新規搬入の前日にして、在庫までがついに底を突きたということらしい。
 明日になれば新品が届くけど……書類全部明日に回しでもしたら、ホントに死ぬ。やっぱり今日中に、必要な分ちゃんと片付けないとな……。
 ……となると、
「しょうがないや、買いに行こ」
「町にか?」
「うん、気分転換も兼ねてね」
 倉庫にないんだから、買いに行くしかないか。丁度よくポケットに財布が入ってるし……さっさと買ってきてしまおう。
 すると秀吉が、
「ふむ……それなら、ワシも一緒に行ってよいかの?」
 そんなことを言ってきた。一緒にって……買い物に?
「ちょうど町に用があっての、行こうと思っていたのじゃ」
「へー、そうなんだ。じゃあ行こうか……って、ん?」
 ちょっと待った。買い物? ついでとはいえ……秀吉と2人で?
 ちょ……それってもしかして……
「デートというやつではっっ!?」
「は?」
 きょとんとした顔で見返してくる秀吉とは対照的に、僕の心臓は早鐘のようになっていた。
ひ……秀吉とデートだって!? そんなの、いつだったかドラマCDで演劇の小道具を一緒に買いに行った時以来じゃないか!
 あの時はそう、須川君をはじめとするFクラスメンバーの妨害にあって、ろくなことがなくて……デートという雰囲気はほとんどなかった。しかも最後の最後に、姫路さんと美波の釘バットの餌食にされたりして……ああ思い出しただけで寒気が……ん? ドラマCDって何を言ってるんだ僕は? まあいいか。
275 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 19:33:58.68 ID:xmrrKX3z0
「あ、明久……お主何か勘違いをしとらんか? ワシはただ買い物についていくと……」
「OK秀吉、任せてくれ。今回こそはきちんと君をエスコートしてみせるよ!」
「ただの買い物にエスコートも何もないじゃろうに」
「うん、何も言わなくていいよ。とりあえず着替えたいから一度部屋に戻ってもいいかな?」
「いや、買い物に行くのに着替える必要など無いと……」
 秀吉はこう言ってくれているけど……せっかくの異性とのデート、こんな学生服なんかで行くわけにはいかない。カジュアルかできれば……いや、いっそのこと礼装がいいな……。となると、タキシードか燕尾服……紋付き袴……はまだ早いな。ああでもそうなるとネクタイもいいのを使いたいし……いや、いっそのこと蝶ネクタイなんてどうだろ?
 あ、でも僕そんなの持ってないし……今から服屋に注文しても間に合うはずがないぞ!
「明久よ、何を考えとるか知らんが、別に制服のままでよかろう。単なる買い物じゃ」
「そ、そうだね秀吉……悔しいけど、今回はその言葉に甘えさせてもらおうかな……」
 うう、結局秀吉の心遣いに甘える形になってしまった自分が情けない……次からはどんな不測の事態にも対応できるように、燕尾服あたりを用意しておかないと……。
まあ、制服でデートっていうのもいいシチュエーションかもしれないと思って、今日は納得することにしよう。
「ところで明久よ」
「さあー行こう秀よ……って、何?」
「うむ、少々気になったのじゃが……なぜお主がわざわざ瓶を取りに来たのじゃ?」
「え?」
 と、秀吉の口から唐突にそんな質問が飛び出した。
 いやだからさっきも言った通り、雄二とのじゃんけんに負けて……
「いや、侍女でも何でも呼んで持ってこさせればよかったのではないか……と思っての。お主の場合、部屋にいても呼び鈴一つでいつでも侍女が飛んでくるじゃろ?」

 …………あ…………
276 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 19:34:31.59 ID:xmrrKX3z0
そういえばそうだ……。
 僕の部屋の机の上に置いてあるハンドベル……アレを鳴らせば、交代で常駐してる侍女がいつでも来てくれる。食事を持って来てもらう時とか、書類を朱里達に届けてもらう時に使うベルだ。わ……忘れてた……。
 ……って待てよ!? 僕は純粋に忘れてたけど……あの雄二がそんな簡単なことを思いつかないはずがないぞ! 何でわざわざじゃんけんで……。
 ああっ! さては雄二、それ全部考えた上で謀りやがったな!
 じゃんけんでもし自分が勝ったら何も気づいていない僕に墨汁を持ってこさせる気で、反対にもし自分が負けたらこのことを提案して侍女を使って、自分は取りに行かない気でいたんだ! これだとじゃんけんの結果がどうなっても結局自分は面倒事にならなくて、運が良ければ何も気づいていない僕に面倒を背負わせることができる……あの野郎、また特に必要もないのに卑劣な真似を……!
「おのれ雄二ィ―――――ッ!」
「全く、お主は……」

                       ☆

 まあ、倉庫でいつまでも雄二への怨嗟をこめた咆哮を繰り出していても仕方がないので。
 僕と秀吉はこっそりと秘密の『抜け道』を使って城を抜け出し、街の大通りに出た。
 僕らの場合地位が地位だから、こうでもしないと護衛をつけられてしまうのだ。しかも、護衛隊の中から選抜された屈強な兵士たち……まあ平たく言えば、いかついのを。そんなのを5,6人も引き連れた状態で、デートの雰囲気も何もあったもんじゃない。
 というわけで、悪いとは思ったけど、抜け出させてもらった。
「さて秀吉、まずはどこから回ろうか?」
「文房具屋以外にどこに行くんじゃ」
 またまたぁ、そんなこと言ってえ。
 デートの定番って言ったら……ええと、
 ポケットから、前回(ドラマCD)活躍することのなかった『初めてのデート必勝マニュアル』を取り出してめくる。
 デートの時にお勧めのスポット……定番はやっぱり喫茶店かな? そうなるとこのへんだと、点心屋になっちゃうんだけど……あーこんなことなら事前に調べておくんだったな……。
「明久よ、どこに行くのじゃ。通り過ぎとるぞ」
「他だとあとは……え?」
 と、秀吉の声に振り向くと、そこには城にいつも文房具を搬入してくれる、僕行きつけの(最近は城に持ってきてくれるからあまり行ってないけど)文房具屋さんが立っていた。秀吉は既に入口に立って、早く入れ、と手招きしている。
 やれやれ……仕方ないな。まあ喫茶店……もとい、点心屋巡りは後にして、先に用事を済ませることに……。
 と、入ってみると、

「う〜ん……どこかなぁ……?」
「なあ朱里、そっちもまだ見つからんか?」
277 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 19:35:20.91 ID:xmrrKX3z0
先客がいた。
 どちらも顔見知り。わが軍の誇る名軍師と、政治部門の最高幹部……朱里と白蓮だ。
「おかしいな……ここだと思うんですけど……」
「朱里、何してんの?」
「ここの……え? ご、ご主人様!?」
 と、入口の方に目を向けた朱里。たっている僕たち2人を発見して……
 Σ(◦ □ ◦ ;)こんな顔になった。
「ご、ごごごごごご主人しゃまっ!? なななにゃにゃんでここに……」
 いつにも増して噛み噛みな朱里。どうしたの? そんなにびっくりさせちゃったかな?
「む、朱里に白蓮か?」
「お? 吉井に木下」
 白蓮も僕らが入ってきたのに気づいて、僕らに視線を向けてきた。
「意外なところで会うな……買い物か?」
「まあね、ちょっと墨汁切らしちゃって。倉庫にも在庫がなくてさ。白蓮達は?」
「ああ、私らはちょっと私用でな」
 と、その手に抱えているものを見せてくる。
 紙袋の中には……文房具や本、それにお菓子なんかもちらほら見える。仕事が終わったから、買い物でもしに来たのかな?
 と、僕が何気なく白蓮の紙袋の中をのぞいていると、朱里が気付いたように言った。
「あれ? ご主人様、お出かけなのに……護衛はどうしたんですか?」
「うっ!」
 ぎくり、と僕の心の中で効果音がついた。まずい……嫌な所に感づかれた……。
 さっきまでパニックになっていた朱里が、そのことに気付いた途端いつもの調子に戻っていた。軍師スイッチが入ったらしい。
 再度店の入り口のところを見て、護衛らしき兵士がいないことを確認。そして冷や汗をたらりと流す僕の様子を見て……どうやら何かを悟ったようだ。
「……ご主人様? またサボりですか……?」
「ち、ちがうって、誤解誤解! 今言った通り、ホントに墨汁を買いに……」
「だったら侍女の方に頼めばよかったじゃないですか」
 ううっ! 痛いとこ突かれた!
 さっき僕自身が気づいた部分だ。確かにそうなんだけど……それでも僕が自分で買いに来たのは、その……買い物にかこつけての息抜きと、秀吉とのデートという理由があったためであって……でもそんなこと言えるわけがないし……。
「ご主人様のことですから……ついでに息抜きに町でも回ろうかと思って、護衛をつけずに抜け出してきたんだろうとは思いますけど……」
 言うまでもなくわかってらっしゃいました。半分正解。
 全くもう、と、腰に手を当てて朱里が呆れてみせる。
278 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 19:36:15.23 ID:xmrrKX3z0
「何で護衛もつけずに出てきちゃうんですか? ご主人様はこの国の太守なんですよ! 何かあってからじゃ遅いんですから、ご自分の立場を……」
 と、始まる朱里のありがたいお説教。
 うう……しまった……。愛紗みたく怖くはないけど……こういうことに関しての朱里の見解は愛紗と一緒なんだ……。
 ……ちょっと面倒なことになったなあ……。
 朱里に見つかった以上、この話は後でほぼ確実に愛紗の耳に入る。そうなったら……これなんかよりもっとシャレにならないお説教が待っているだろう……。
 城を抜け出したルートも追及されちゃうかもだし……これからは抜け出しもできなくなるか……。その後にそれも含めたお説教として……3時間じゃ終わらないな。うう……何とかならないかなぁ……。
 ……なんて考えていると、白蓮がおもむろに口を開いた。
「お、そうだ朱里。探し物、吉井に手伝ってもらったらいいんじゃないか?」
「え、探し物?」
「はうあっ!?」
 と、白蓮のセリフを聞いた途端、朱里がお説教を中断してそんな素っ頓狂な声を上げた。
「白蓮、探し物って?」
「ああ、何でも、さっき本屋で買ったものをこの店に忘れたらしいんだ。それで私らはそれを探しにここに戻ってきて、探してた……ってわけなんだけど……」
「あ、あああああああの……」
 ? 何だ? 白蓮が忘れ物の話を始めた途端、朱里がさっきと同じパニックモードになってるんだけど……。
「そうなの朱里?」
「あ、はい……でもあの、そんな、ご主人様の手を煩わせるわけにはいかないです! いいですからその、ご主人様は墨汁を買って、もう行ってくださいです!」
 ぶんぶんと首を振って、『あっち行って』のジェスチャーをしてくる朱里。
 ……ってあれ? お説教まだ途中だったけど……もういいの?
 それを朱里に聞いたら、
「いいですから! 一刻も早くここから出……じゃなくて、お城に戻って下さい!」
 テンパったままそんなことを言ってきた。
 ……何かおかしいな。
 朱里は僕のことをとてもよく思ってくれている。軍師として一生懸命に働いてくれるし、政治面でも助けてくれる。時には、僕の悩み事を聞いてくれたりすることもある。
 そして、大切に思ってくれているがゆえに、僕が好ましくない行為……例えば今回みたいに抜け出したり……をした時、愛紗と同じようにお説教をプレゼントしてくれるのだ。それこそ、1時間でも。
 はっきり言ってあんまり怖くないけど、言うことは全て的を得ていて、僕のことを本気で心配してくれているんだ……とわかる。そしてそのお説教は、よっぽどの急用がない限り、途中で中断されるなんてことは、ましてや途中で打ち切りになるなんてことはない。
 その朱里が、こんな簡単に『もういいです』なんて言うか……?
 …………気になる。
「ちなみに白蓮よ、その探し物というのは何なのじゃ?」
「あー……それが教えてもらえないんだよ」
「え? 教えてもらえない?」
 頭をかきながらそう呟く白蓮のセリフに、僕は思わず聞き返してしまった。探し物なのに『教えてもらえない』って……どういうこと?
「何だか、軍事部門の重要機密だとかでさ。私が携わってんのは、あくまで政治部門だろ? それが理由とかで教えてくれないんだ。本だってこと以外」
「しかし、それでは探すにも手伝いようがないではないか」
「そうなんだよ。だから私はここで待っててくれればいい、って言われたんだが……どうにも退屈すぎてな……」
 確かに、探し物なら1人より2人の方が絶対早い。でも『機密情報』だとかで、政治部門の白蓮は探させてもらえない……というより、書籍ということ以外、探しものに感ずる情報すら教えてもらえない……と?
「そこでさ、吉井。お前なら大丈夫だろう?」
「え? 僕?」
 どういうこと?
 白蓮の言っていることがわからず聞き返す。
279 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 19:37:15.70 ID:xmrrKX3z0
「私は軍事には関われないけど、お前は『太守」。朱里の直属の上司だ。お前だったら軍の機密情報だろうと何だろうと、知ってても問題ない。朱里も、吉井になら隠しとくことないだろ? 話して、手伝ってもらえばいいじゃないか」
「ああ、そういうことか」
「あ、あの、それは……っ!!」
「それはいい考えじゃの。明久よ、お前はここで朱里の手伝いをしてやるがよい」
「うん、いいけど……あれ? 秀吉は?」
「ワシか? ワシは……すまんが、ワシが買うものを探したいのじゃ。幸い白蓮が売っていそうなところを知っているそうじゃから……一旦別行動にして、それを買いに行こうかと思っておる。もしその時まだ見つかっておらんようじゃったら、手伝うとしよう」
「………………………………そっか………………」
 確かに……ここで探し物を探すなら、それが一番効率がいい方法だ。残念だけど……デートは今日はここまでか……。
 多分今の僕は、露骨に残念そうな顔をしているのだろう。秀吉が『どうしたのじゃ?』とでもいいたそうな視線を向けてきている。
「まあ、よくわからんが……じゃあそういうことでの、明久」
「うん、わかったよ秀吉……デートはまたいつか別の日に!」
「じゃから違うと……」

                      ☆

「それで朱里、その本って……どんなの?」
「それはその……えっと……」
 文房具屋に2人残された僕と朱里は、朱里の忘れ物捜しに取り掛かっていた。
さっそく探したいので、朱里にどんな本なのか尋ねたんだけど……
「い……言えないですっ!」
「え?」
 と、僕まで断られてしまった。
 あの……
「お……教えてくれないと探しようがないんだけど……」
「そ……それはその……大丈夫です! 何ならその、別に手伝わずに帰って下さっていいですし……その、護衛も私と白蓮さんが連れてきた人たちを半分連れていってかまいませんから……」
 なぜか顔を赤くして、最後の方は消え入りそうな声になってそう言う朱里。
「でもさあ……白蓮達に手伝うって言っちゃったし……できれば僕自身も手伝いたいし」
「あぅ……」
 すると朱里は、すごく困ったような表情になって
「あの…大きさはひろげた手のひらくらいで、…茶色の包み紙で梱包されてて……どの道中身がわからないようになってますからその……それらしきものを探していただければいいです……」
 とだけ言ってくれた。
 ああ、重要機密だから、外からわからないようにしてたのか。そりゃたしかに教えらんないし、教えても意味ないな。
「なるほど……さすが機密事項だね」
「は……はい……機密事項……なんです……」
 ………………?
 何か今、言い方に引っかかりを感じた気がしたんだけど……。
 まあいいや、とにかくちゃっちゃと見つけて、墨汁買って帰ろう。あわよくば……戻ってきた秀吉と、デートの続きなんかできるかもしれない。
 さて、えーとたしか……茶色の包み紙で梱包されてて、広げた手のひらくらいの大きさで、中身がわからないようになってる包みね……そうそう……丁度こんな……

 ………………ん?

 と、僕の目の前……朱里から見て棚の影になってる部分に……
280 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 19:38:38.31 ID:xmrrKX3z0
「…………朱里?」
「え、何ですかご主人様……って……はぅあ!」
 たった今僕が取り上げた、『茶色い包み紙でくるまれた、広げた手のひら大のもの』……多分『探し物』を視界にとらえた朱里の目が点になる。
「探し物……これ?」
「は、はわ、はわわ……」
 返事……必要ないな。
 何でか知らないけど、朱里が口を大きく開けて、小刻みに震えながら僕の方を見返している。
 が、次の瞬間我に返って、
「そ、それですっ! かかかかか返して下さいっ!」
 と、狭い店内でいきなり僕に向かって全力疾走し始めた。……ってちょっと!?
「朱里!? こんなとこで走ったら危な……」
「みみみ見ないで……ひゃあっ!?」
 と、足元にあった小さな箱に躓いて、朱里は思いっきりバランスを崩し……

 どすっ!

「ぐふっ!」
 勢いそのまま突っ込んできて、頭を僕の鳩尾にクリーンヒットさせた。
 その衝撃で僕は後ろに倒れ、朱里の『探し物』は僕の手から滑り落ちて……床に。
 は……肺に直接衝撃が……! い……息ができない……っ!
「いたた……はわぁ!? 大丈夫ですかご主人様!?」
「……………………」
「あ、あの……ご主人様?」
 いえ、全然大丈夫じゃないです……でもせめて返事は会話が出来るようになるまで待って下さい……。
 呼吸困難の二次災害でかすんでいる視界。どうにか瞼をこじ開けて周りの景色を目に入れると……
 ……ん?

 倒れている僕の目に……あるものが映った。

「ご主人様? あの……え? あ!」
 朱里が何か言ってるのが聞こえたけど……僕はそれより、今僕の目の前にあるものに注意をとられていた。
 それは……
 ……落ちた拍子に包装の破けた、朱里の『探し物』。そして……中身の『本』。

 何だかこの時代にしてはやけに鮮やかというか派手な、桃色の表紙。
 表紙に描かれている絵は……よく見えないけど……女の人の絵のような……?
 そして、本のタイトルは……

「えっと……『房中……』」
「見ちゃダメえぇ――――っ!」

 ごすっ!

「うごぁっ!?」

 朱里のまるで悲鳴のような声と同時に、僕の頭を直上から何かとてつもない衝撃が襲った。しかも僕の頭が横を向いていたから……眉間にクリーンヒットだ。
 な、何だ……!? まるで……文房具屋にたまたま置いてあった百科事典か何かの角で殴られたかのような……いやでも、何で……?
 まさか朱里が……いや朱里がそんなことするわけがないし……。
「は、はわわっ! ご、ごめんなさいご主人様ぁ……!」
 朱里の声が聞こえたような気がしたけど……何だろう、よく聞こえない……。
 いや……それよりも何だ……? 頭が……意識がもうろうとして……
 ひどく……眠くなっ……て……き……。

「ご主人様? ご主人様!? ご主人様ぁ―――――!」

 既に正常な思考能力を破壊され、状況の把握すらままならない状態だった僕は、朱里のそんな声を聞きながら……暗い闇の底へと沈んでいった……。
 ……あれ……僕死ぬ?

281 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 19:39:11.12 ID:xmrrKX3z0
「うぅ……ごめんなさいご主人様……。でも……でも……仕方なかったんです……。だって私が……私がこんな本読んでるなんて知られたら……ご主人様に幻滅されちゃうかもしれないからぁ…………」
 桃色の表紙に『房中術指南書』と書かれた本を胸に大事そうに、隠すように抱えて、朱里は、白目をむいて聞く耳を持たなくなった主に、いつまでもぺこぺこと謝っていた。

282 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 19:40:10.60 ID:xmrrKX3z0
幽州・日常編(2)
第47話 正座と説教と炊き出し鍋


「ご主人様、なぜこういうことになっているのか……お分かりですね?」
「……はい……」

 ここは玉座の間。
 玉座どころか、普通の椅子にすら座らせてもらえず、床に正座させられている僕の目の前には、ジト目で腕組みをした愛紗が仁王立ちをしている。
 何でかって? 言わずもがな……
「ご主人様はこの国の太守なのですよ!? そのあなたが護衛もつけずに出歩くなど……その御身は最早あなた1人のものではないのです! ちゃんと自覚を持って下さい!」
「はい……」
 当然、勝手に抜け出して護衛無しで出かけたことを怒られているのだ。うう……朱里に見つかっちゃったのがまずかったな……。
 しかも、

「全く……あんたどこにきてもこうなのね」
「明久くん、補習でもないのに脱走なんてことしないでください」

 話を聞きつけてやってきた美波と姫路さんまでもが、愛紗サイドに立ってお説教していたりする。2人とも、当然のように怒ってらっしゃって……。
「ここは向こうみたいに治安はよくないんですから、それをちゃんと考えて下さい」
「後からどうせこういうことになるんだから……って何でわからないのかしらね?」
「は……反省してます……」
 さっきから僕はずっとこんな感じで、正座したまま3人にペコペコと頭を下げている。
 念のため言っておくけども、僕は一応この城の主で、この国の太守です。王様なんです。
 その僕が、立場上は部下の愛紗や、『天導衆』の同僚の美波や姫路さんに正座させられてお説教されていて……
 ……威厳も何もあったもんじゃないな……。
 まあ、この3人を相手に偉そうにしてる自分とか想像出来ないし、そんなことする気もないし……そんなことしても関節技の餌食になるだけだし……。
 なんかこの国、役職系統の構成段階で致命的な矛盾が出来てる気がするんだけど……僕ホントにここの太守でいいんだろうか?
 まあ、元々形だけのつもりで『太守』引き受けたんだし、女の子に手綱を取られるのは僕の宿命みたいなもんかな、なんて納得しようとしたけど、
「やれやれ……お前はホントに学習しないな、明久」
 こいつにだけはバカにされたくないというか。
 これ見よがしにいすに座って月が淹れたお茶を飲みながら、文字通り僕を見下ろしている雄二に、わりと本気で殺意が芽生えている今日この頃。
 その隣では、急須と湯飲みをお盆に乗せた月が、困ったような表情で立っていた。多分、お説教中が終わったら僕にお茶淹れてくれるつもりなんだろうけど……まだまだ終わりそうにないから、帰っていいって言おうかな……?
283 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 19:40:44.83 ID:xmrrKX3z0
「あー月、おかわり貰えるか」
「あ……はい……」
 ……あいつにこれ以上月のお茶を楽しませて優越感に浸らせるのもしゃくだし。
 聞けば、雄二もあの後街に出たらしい。ただし雄二の場合は愛紗から依頼されての警邏で、護衛もついていた。故に特におとがめ無しなのだ。
 それはわかってるんだけど……こうしてあからさまにいばった態度をとられると、やっぱり腹が立つわけで……。全く、元はと言えば雄二がじゃんけんで勝つから……。
「ねえ愛紗、どうして雄二お兄ちゃんもお出かけしてたのに、雄二お兄ちゃんは怒られないのだ?」
 と、雄二の向かいの席に座っている鈴々が聞いた。
「坂本殿は元々警邏の目的で出ていただいたから、きちんと護衛がついていた。それにその後も、お前たち2人が一緒にいただろう?」
「そっか、鈴々たちが一緒なら、心配ないもんね」
 そうそう、鈴々達が一緒だから心配なか……

 ……ん?

 今何か違和感が……
「あれ坂本、あんた華雄さんと見回りに行ったんじゃなかった? 何で鈴々ちゃんが出てくるの?」
「えっとね、鈴々は今日非番だったんだけど、偶然街で雄二お兄ちゃんと恋と華雄に会ったのだ。それで、そのまま3人で一緒にお昼ご飯食べたのだ」
「ああ、坂本殿は元々当番でも何でもなかったからな。昼食もまだとのことだったし……羽を伸ばしてもらうことにした」
 と、壁に寄りかかって立っていた華雄が付け加える。
「ふーん、そうなんだ」
 雄二のやつ……昼ご飯まで食べてきたのか。なんだかんだで、ちゃっかり息抜きというか、休暇気分を満喫してるじゃないか。全く……つくづくうらめしい……
 ……まてよ?
「恋さんも一緒だったんですか?」
「うん。鈴々達3人でね、すごくいっぱい食べたんだよ! おいしかった〜!」
「全くあやつは……警邏をサボった張本人だというのに、のんきに点心などつつきおって……」
「まあまあ愛紗、いいじゃねえか。次からちゃんとやらせれば」
 言いながら、雄二はちらりと僕を一瞥。アイコンタクトにもならない一瞬のことだったけど、大方、僕に『羨ましいだろ』とでも言いたいのだろう。とことんまで性根の腐った奴だ。
 ……だが……

「…………(ニヤリ)」
284 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 19:41:31.53 ID:xmrrKX3z0
……フッフッフ……バカめ、それだから貴様は気付かないんだ。今貴様が自分で、特大の墓穴を掘ってしまった事に……。
「?ご主人様、どうかなさいましたか?」
 と、僕のわずかな表情の変化に気づいたらしい愛紗が聞いてきた。おっとっと、いかんいかん、雄二に感づかれる前にやってしまわないと。
 すーっ、と息を大きく吸って……。

「そうか〜! 雄二は鈴々と恋と一緒に、3人でお昼ご飯食べてきたのか〜! 両手に華だな〜! 羨ましいな〜!」

 玉座の間全体に響くような音量で、明らかに不自然な僕の独り言が響いた。
 突然の僕の奇行に、雄二を含む部屋にいた全員がぽかんとしていた。僕の言ったことの意味が分からないようだ。大丈夫だよ雄二。君に限って言えば、例え頭でわからなくとも、すぐにその意味を理解するさ……体でね。
「はぁ? 明久、お前何を言って……っっ!!」
 と、ここで雄二の顔色が一瞬で青くなった。ふ……理解したか。
 おそらく僕がこれ以上何か言うのを阻止しようとしたのだろう、雄二は必死の形相で椅子から立ち上がり、僕に走り寄ろうと床を蹴って……

「……(ガシィッ)雄二、待って」

 突如として現れた霧島さんに阻止された。
 バカなやつめ、この手の話を、霧島さんが聞き逃すはずがないだろう。
「……雄二、今の話……本当?」
「待て翔子、お前は誤解をしている。俺はただ偶然鈴々達に会って、偶然まだ昼飯を食っていなかったからどうせだからと一緒の店で食っただけで……」
「鈴々、お兄ちゃんに聞いたことあるよ! こういうの『デート』って言うんだよね?」
 おぉーっと鈴々ナイス火に油!
 霧島さんのまとう空気はおそらく処刑人のそれに変わっていることだろう。真夏の2ーF教室でかく汗と比べても何ら遜色ない量の冷や汗が雄二の顔で煌めく。
「畜生! 明久てめぇ! どうせ使う機会なんぞ無いくせに鈴々に変な言葉教えてんじゃねえ!」
「何とでも言うがいい雄二! 何を叫んだところで貴様の罪状は変わりはしない!」
「罪状も何も俺は……待て翔子! 誤解だ! 首根っこをつかんで俺を連行しようとするな!」
「んにゃ? 翔子お姉ちゃん、雄二お兄ちゃん連れてどこか行くの?」
「……処刑(デート)」
「字が違う! 字が違うぞ翔子ォ―――――」

 バタン

 音を立てて玉座の間の扉が閉まり、雄二と霧島さんは退出した。
 ハァーッハッハッハ! いいざまだ雄二! 人の不幸を笑うからこういう目に遭うんだよ!
 さて……と、僕はまぁ、今ので少し気も晴れたし、愛紗達のお説教に戻りますか……。
 何、いくらなんでも夕飯までには終わるはずだ。ここはむやみに角を立てないためにも我慢するとしよう……。
「ん? そうすると吉井、お前は今度木下と飯を食べに行くのか?」
 と、いつの間にか部屋に入ってきていた白蓮が言った。
「ん? どういうこと白蓮さん?」
 と、僕同様今の白蓮のセリフが気になったらしい愛紗が聞き返す。
 ……何だろう? すごくイヤな予感がしてきたぞ……?
「え? だって吉井、お前木下に言ってたろ? 『また今度デートしよう』って……」

 ダッ   ←  僕、ダッシュで逃走

 ガスッ  ←  美波のエルボーが僕のこめかみにヒット

 ドサッ  ←  僕、撃沈

「ぎゃあああっ! 頭蓋骨を! 頭蓋骨を貫かれたかのような痛みが頭を駆け巡っているっ!」
「何よアキ、つれないじゃない。楽しそうな話聞かせといて脱走なんて」
「そうですよ明久くん、ゆっくりお話しましょう?」
 いや……すでに『お話』違うし……。
 エルボーの衝撃でチカチカする目で2人を見ると、彼女達の背後に連続殺人鬼もかくやという感じの殺気が見えた。ヤバい……これは……死ぬ!
「……愛紗さん」
「う……うむ?」
 物静かでありながらもエコーがかかりそうな迫力を含んだ姫路さんの声に、さしもの愛紗もひるんでいた。
「ちょっと明久くん、お借りしますね?」
「か……借りる?」
「ええ。あ、大丈夫です。すぐ終わりますから」
 それはオシオキが? それとも僕の人生が?
「じゃあ瑞希、ウチは倉に行って、炊き出し用の大きな鍋借りてくるわね」
「はい、美波ちゃん。できれば熱をよく通す鉄製で、人1人入れるくらい大きくて、フタができるタイプのをお願いしますね。私はそれをいっぱいにできるくらいの水を用意します」
「何する気!? ねえ美波に姫路さん! それらをそろえて僕に何する気!?」
 それから予想できる処刑方法だと僕の生存可能性が限りなくゼロになるんですが!?
「何でもないわ。ただあんたをちょっとお風呂に入れてあげるってだけの話よ」
「はい、温かくて、気持ちいいお風呂です。温かすぎて、体を構成するタンパク質が分解しちゃうぐらい気持ちいいお風呂ですよ?」
「死ぬよね!? それ遠回しでも何でもなく僕死ぬって言われてるよね!?」
 行ってる間に僕は素早く縄(どこから出したんだ!?)で縛られ、ずるずると引きずられていく。ちょ……本気!?
「美波!? 姫路さん!? 冗談だよね!? そっちはお風呂場じゃないよ!? 厨房だよ!? ねえ2人とも落ち着いて! 話し合おう! 話せばわかるだから縄を解いてというかお願いだから一旦止まっていやああぁ―――――っ!!」


285 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 19:42:09.43 ID:xmrrKX3z0
幽州・日常編(2)
第48話 街と寝酒と男振り


 美波と姫路さんの地獄のような……というかほぼ地獄そのもののオシオキを受けてから数時間(内容割愛)。
 どうにかこうにか回復を遂げた僕は、机にかじりついて今日の分の政務を続け、日付も変わる頃になってようやくそれを終えた。
 明日の政務もあるし、今日はもうさっさと寝よう……

 ……と思ったんだけど、ここで思わぬ問題が発生した。

 眠れない。

 布団にくるまってじっとしてても……一向に眠くなる気配がない。コウモリか何かにでもなった気分だ。
 ……もしかして……昼間は文房具屋で、そしてさっき美波達のお仕置きで、今日一日の内の結構な時間『気絶』してたからだろうか?
 いや……気絶が睡眠の代わりになってるとか、何かイヤすぎるんだけど……。
 そうなのかどうかはこの際置いといて、このまま眠れないのはとりあえず困る。今はよくても、確実に明日眠くなるからだ。必然的に政務中に居眠りなんかしちゃって……んなことしたらまた愛紗に説教だ。
 となると……
「……散歩でもしようかな」
286 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 19:42:46.23 ID:xmrrKX3z0
肌触りのいい綿の寝間着(浴衣風)を着て、僕は渡り廊下を歩いていた。
 一応、懐には護身用の小太刀を忍ばせている。愛紗から「常に持っていて下さい」と言われたものだ。
 まあ……こんな刃物なんかまともに使えないし、僕には召喚獣っていう懐刀があるんだけど。
 空を見ると、半分より少し膨れてるかな……って感じの月が浮かんでいた。足下には注意しなきゃだけど……そこそこ明るいかな。
 向こう……現実世界にいた頃は、深夜でも歩くのに苦労するほど暗くなるなんてことはなかった。街灯はもちろん、ネオンなんかの光があちこちから降り注いでいるせいだ。
 だから、今もそうだけど……この世界の、人工の光に邪魔されない星空や、月の光なんてのは、すごく新鮮で……ガラにもなく感動したりする。
 とはいえ、残念ながら月光に催眠作用があるという話は聞いたことがない。散歩に移るか……
 ……と、

「何をしておられるのです、主?」

 ? あれ? 今、上の方から声が……
 と、上を見上げてみると、
「星?」
「はい」
 屋根の上に星が立っていた。
 いつもと変わらない白い服に身を包み、高い屋根の上に腰を下ろしている。なんだかその振り袖に似た装束やその模様が、あたりの暗闇や降り注ぐ月の光とあいまって妖艶な雰囲気を醸し出していて……
 ……って、ちょっと待った。
「何してんの? そんなとこで」
「ふふっ、ちょっとした遊び心です」
 何だそりゃ。
 僕の顔を見下ろしながら、おかしそうに笑う星。
 夜中に屋根の上って……まるでねずみ小僧か何かかと思う。にしては服が派手だけど。
「何、偶然主を見かけましてな。黙って見過ごすのも面白くないかと思いましたので、声をかけさせていただいただけのことです」
「あっそ……でも、何でこんな夜中にこんなとこに?」
 こんな夜更けにわざわざ外に出て何をしているのかがわからないので、聞いてみた。しかも屋根の上って……あ、今遊び心って言ってたっけ。
 それは別にいいんだけど……角度があるせいで、今にもスカートの中が見えそうで見えない状態であって……くっ、もう少し……。
 怪しまれない程度に視線を動かしてスカートを覗こうとしている僕に、星はニヤリと笑って言った。
「何、コレですよ。コレ」
 と、手に持っている何かを振ってみせる。あれは……徳利(とっくり)?
「酒!?」
「ええ、寝酒でもと思いまして。先ほどまで城壁の上で飲んでいたのですが……切らしてしまったので、取りに行っていたのです」
 すでに一杯引っかけているらしい。そういえば、顔がほんのり赤みを帯びているような気も……もしかして、この珍妙な行動は酔ってるせい?
 ……いや、星なら素面(しらふ)でやりそうな気も……。
「いかがです? 主も共に」
「え、僕?」
「はい、せっかくですから」
 冗談を言ってる様子は……ないな。
 いやあの、僕まだ未成年なんだけど……と言いかけて気づいた。
 そうか、そういえばこの世界……飲酒に年齢制限無いんだ。だから星も未成年だけど普通に飲んでるし、普通に僕を誘ってきたんだ。
 けど……う〜ん……。
「? いかがなされた? 主は酒が苦手であったか?」
 と、不思議そうに訪ねる星。いや、そうじゃなくて……。
 ……まあ、思いつきもしないだろうな。僕らのいた世界で、酒は未成年が飲めるものじゃないなんて。
 と、

 ヒュッ シュタッ
287 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 19:43:46.75 ID:xmrrKX3z0
「主?」
「ん……おわぁっ!?」
 いきなり目の前に星の顔が!? え、もしかして……飛び降りた!? び、びっくりした……。
「? 何を驚いておられるのです、主?」
「いや、そりゃ驚くでしょ」
「?」
 不思議そうな顔で首を傾げる星。本気でわかってないな、これは。
「よくわかりませぬが……まあよろしい。で、どうなさいます?」
「え」
「私の酒宴につきあって下さいますかな?」
 ああ、そういう話だっけ。でも、うーん……
「やはり酒がお嫌いか?」
「あ、いや、そうじゃなくて……何ていうか、飲んだことなくてさ」
「!? なんと……天界には酒が無いのですか!?」
 目を丸くして星が驚いていた。あれ、星のこういう表情見るの……ひょっとして初めてかも。
「や、そうじゃないけど……僕のいたとこでは、子供は酒は飲んじゃだめなんだよ」
「は? それは……どういう……?」
「年齢制限。20才になるまで、酒を飲んじゃいけないの」
「なんと……天界にはかような厳しい戒律があるのですか」
 感心したような、哀れむような、不思議な表情の星。『カイリツ』……ってのはよくわからなかったけど、驚いてるらしい。
「それはなんと不憫な……辛くはないのですか? この世に生を受けて、20年も経たねば酒を口にできんなどと……」
「ん〜……別に平気かな。それが当たり前みたいな環境で育ったからさ」
「左様か……」
 実のところ……文化祭の打ち上げで誰かが間違えて買ってきた『オトナのオレンジジュース』のこともあるし、全く酒を飲んだことがないわけじゃなかったりする。それに、全く興味がないわけじゃないし……
 すると星が、
「ならば主、なおさらつきあってもらわねば!」
 と言ってきた。え、何いきなり?
「元の世界がどうであったかはこの際どうでもよろしい、その歳で酒の味も知らぬなど、天が許してもこの趙子龍が認めませぬ。さあ主、共に杯を酌み交わしましょうぞ!」
「ちょ、ちょっと!?」
 星は早口に言い切ると、僕の手首を取って足早に歩き出した。

288 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 19:45:40.14 ID:xmrrKX3z0
「ささ主、どうぞ一献」
「う、うん……」
 城壁の上、涼風に肌をなでられながら、僕は星に酌をしてもらっていた。僕の手には、お猪口より少し大きいくらいのコップに、酒……。
 いくら法律で禁止されてないとは言え……やっぱりなんか抵抗あるなぁ……。
「う〜ん……」
「む、やはりまだ躊躇いが?」
「まあ、ね……」
 それを聞くと星は、やれやれといった様子で、
「そうまで言うのならば、強制するわけにもいきませんな」
 そう言って、自分のお猪口に酒を注いでいた。
「ですが、なるべく早くに慣れていただけませんと。酒は人生の友、百薬の長とも言いますからな」
「そう言われてもね……」
 そんなこと今までの人生で言われたこともない。そんなお金もなかったし、第一、あの鉄人の管理下で酒になんて手を出したら、頭蓋骨が前衛的な造形のオブジェみたくなるまで殴られそうだし。
 酒自体に興味がないわけじゃないんだけど……何ていうか、大っぴらに言われると逆に遠慮してしまう。不思議なことに。
 そのせいで場の空気が、何ていうか……飛べ飛べって友達連中に散々せかされつつも、結局怖くてバンジージャンプ飛ばなかった……的な空気になってしまったので、話題を逸らす目的も込めて僕から話してみた。
「そういえば……星は何でこんな時間に酒なんて飲んでたの?」
 手酌で酒を飲んでいる星に、訪ねる。星は口からお猪口を離し、
「何、ほんの寝酒です」
 と一言。
「星も眠れないの?」
「いえ、このまま布団に入っても眠れないことはないでしょうが……今宵はこのように見事な星空。これを見ながら、酒を飲まずして眠るわけにはいきませぬからな、故に晩酌を」
 それって寝酒とは違う気がするんだけど。
 まあ……星空がきれいだって点には賛成かな。
 そういえば星って気分屋でもあるけど、こういう所で粋だったりする。自然な発想なのかな。そう考えると、風情があっていいかもしれない。
「これで月が満ちていれば、酒の肴として最高なのですが」
「夜空が酒の肴?」
「ええ、存外いいものですぞ?」
 ふーん……よくわからないけど、ひいきのプロ野球チームが買ってる試合を見ながら飲むビールが上手い、とかいうのと同じ理屈かな?僕は飲んだことないからわかんないけど。
「他には……街並みなどの景色も、酒によく合いますな」
「景色って……この街の?」
「ええ、昼もそのようにしておりました。なかなかの美酒でしたな」
 昼も飲んでたのか。
 風情云々以前に……星って基本的に酒好きなのかな?
 そして、どうやらおつまみ的な意味で置いてあるらしい小皿の中身は……メンマ?
「でも、街なんか見てて楽しいの?」
「ええ」
289 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 19:47:07.32 ID:xmrrKX3z0
そう言って星は振り向き、城壁の外へ目を向けた。
 もう暗くてほとんど見えないけど、僕らの眼前には、月光に照らされて幽州の街並みが広がっている。これが昼間なら、建ち並ぶ家々や、せわしなく動き回る人々がよく見えたことだろう。
「見ていて楽しくもなりましょう。これほど活気に溢れた街は、そうあるものではありませんからな」
「へー……でも、星は大陸中を見て回ってたんでしょ? ここより大きな街だって、いくらでもあったんじゃない?」
「確かに。長安に洛陽、他にも……大きさだけならこの街よりもはるかに上の都市は、いくつもありました。しかし……」
 星はそこで一息入れて、
「これほど人々が溌剌として、笑顔に溢れている都市は……他には一つもありませんでしたな」
 そう言って、コップを傾けた。
「いかに国の軍備が強大か、またいかに国財が豊潤か……それらは等しく、国力を投じることで強化してゆくものです。それらを得るには戦で勝てばよい。しかし、それが続けば民は疲弊する……末端から徐々にであれ、それは確実に国そのものを疲弊させましょう。だがそれは群雄割拠のこの時代、大陸にて剣を振りかざす以上、仕方ないことと思われております、しかし……」
「しかし?」
「この国は違う……。破竹の勢いにて強大になりつつも、民は皆溌剌とし、商工業も発展し、疲弊するどころか活性化しているようにも見える。このような事例、歴史を根こそぎ調べても前代未聞と言えましょう。さすが……私が見込んだだけのことはある」
「まあ、愛紗達が頑張ってくれてるからね。ホントすごいよ、うん」
 星に言われて改めて思ったけど、彼女達の働きは本当にすごい。
 軍事力も、財力も、僕らはこの数ヶ月で目を見張る程の成長を遂げた。『南皮』を始めとする袁紹の領地を手に入れたことを差し引いても、この成長速度は純粋にすごい。
 それでいて、民衆からは不満らしき不満はほとんど出ていない。わずかに見られるそれも、こちら側が誠意を持って応対し、政策の趣旨を説明するとわかってくれた。
 軍事国家って、国が強くなる代わりに民に嫌われる、みたいな印象があったから、僕もこれには驚いている。愛紗も朱里も、それに他のみんなも、本当によくやってくれてるよね。
 と、思っていたら、

「いえいえ、私が言っているのは主のことです」
290 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 19:48:14.58 ID:xmrrKX3z0
と星が……え?
「僕?」
「はい、あなたです」
 ……聞き間違いじゃ……なかったっぽいな。でも……
「いや……何で? 僕何もしてないじゃない」
「ふふっ、そういうところですよ。わたくしめがお慕いしているのは」
「……?」
 いたずらっぽく笑う星の言っていることの意味は、やっぱりわからない。僕は政治も軍事も、何の助けにもなってないんだけど……。
「いえ、何でもありませんよ。それより主、噂に聞いたのですが……何やら愛紗達に手ひどく叱責を受けたそうですが……何かあったのですかな?」
「うっ……」
 げ、唐突に星の話題が思い出したくない記憶に移った。
「木下殿の話だと、玉座の間に正座させられていたとか……また何かやらかしたので?」
「ああ、ちょっとね……」
 ことのあらましを説明すると、星はあからさまにため息をついて言った。
「主、さすがにそれは主に非がありますぞ。息抜きをしたいというお気持ちまで否定はしませんが、ご自分の地位を自覚なさいませ」
「ははは……愛紗にも同じこと言われたよ」
 目つきまで同じだ。
「当然でございましょう、皆、主の身を案ずる心根は同じなのですから」
「ん……わかってるよ。ありがとう」
 その気持ち自体は、素直に嬉しいものだ。だから、反省しなきゃ、とかもちゃんと思う。
「やれやれ、主はその軽はずみな行動は、何とかしなければならないようですな」
「それ以外は合格?」
「ふふっ、どうでしょうな」
 星のからかうような笑顔。
 よかった、さっきの気まずいムードはどうにかなったみたいだ。
「まあ……一応、及第点ではあるでしょうな。やや頼りなくはあるかもしれませんが」
「そりゃそうだよ、向こうじゃ一介の学生だもん」
 ことあるごとに生活指導の鉄人に追いかけ回されたり、FFF団の連中に粛正されかけたりしてる点では、少しは特殊なのかもしれないけど。
 それでも、平和な社会の中で生きる、普通の高校生だ。むしろ、こんな物騒な世界に飛ばされて、まだ生きていること自体がすでに不思議……と言っても過言ではないだろう。
「ほう、それは意外ですな。てっきり天の世界においても、主は人々の中心にいたものと」
「へ?」
「坂本殿に土屋殿、姫路殿に霧島殿……あなたの周りには実に優意の人材が揃っているように見えますが?」
「あはははっ。それはただ友達ってだけだよ。人材とかそういうんじゃ全然ないし」
「ふむ……なるほど。まあ、そういった点に疎いのも、主の専売特許でしたな」
 ……むぅ、さっきから星が言っていることがいまいちわからない。星は何やら納得できてるみたいだけど……。そういう風に意味ありげに笑われると、逆に気になるなあ。
 僕が星の心中を計りかねていると、彼女は宙を見ながらおもむろに呟いた。
「まあ、さしあたり及第点ですが……欲を言うならば、男振りを上げていただきたいですかな」
「男振り?」
「左様。我らが心も体も捧げられると思えるような、魅力ある君主であること……それこそ、この大陸で戦い、それを統一するための一番の近道と言えましょう」
「ふ〜ん……」
 要するに……もっと仕えがいのある男になれ、ってことだよね?
 まあ……そりゃ当たり前だろう。自分が従う主なんだから、頼もしい人の方がいいに決まってる。だからこそ、曹操も性格は最悪だけど、夏候惇や夏候淵みたいな部下がついてきてるんだろう。袁紹軍にしたって、袁紹がああなのに兵達がついてきてたのは、二枚看板の文醜と顔良がいたからだろうし。
 そこ行くと……僕、頼りないよな……。
 力は弱いし、頭も悪いし、度胸も無いし、字もやっと読めるくらいだし……。
 そう、星に言ったら、
「あはははは! そのようなこと、主が気にせずともよろしいでしょう!」
 笑われた……何で?
「戦場での働きなど、私や愛紗に任せておけばよろしい。政治なら、朱里や紫苑もいる。現に今はそうしていますからな。しかし、こうして我らがあなたに仕えているのは……」
 そこで一拍置いて、
「主、あなたに魅力があるからです」
「え……?」
「それだけの魅力がなければ、我らはあなたに従いなどいたしませぬ。愛紗しかり、私しかり……あなたに従うだけの魅力と器を見たからこそ、こうして仕えているのです」
 星の顔は、先程までと変わらない笑顔のままだ。しかし、目は真剣だった。
 それだけで……僕がその言葉を真実だと、星の……彼女の心からの本音だと理解するには十分だった。
291 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 19:49:00.16 ID:xmrrKX3z0
自分には、行きすぎたほめ言葉のように聞こえる。でも……嬉しかった。
 彼女みたいに強くて誇り高い人が、僕のことをそんなふうに見てくれている……それだけで僕は嬉しかった。
 もちろん、彼女の言う僕の『魅力』が何なのかなんて、わからない。でも、これだけは言える。
 僕は……彼女の、否、彼女達のその期待にこたえたいと思う。だから……自分にできることを、一生懸命にやっていく。一つ一つ、丁寧に。
 それが……彼女達の思いに応えることに、少しでもつながればいいな、なんて思いながら。
 なんて思いつつ、僕が星空を見上げて黄昏れていると、

「ついでに……私の『女』を喜ばせる男になっていただければ……もう何も言うことはありませんな」

 ぶほぉっ!

 唐突に星がそんなことを……ってちょっと! いきなり何!?
 別に何か口に含んでもいないのに吹き出してしまった僕。横を見ると……やはり、星はからかうような顔で僕の方を見返している。
「おや、主よ、どうなされた? むせたわけでもなかろうに、吹き出しなどして」
「吹き出しもするわ! いきなり何!? 酔ってんの!?」
「失敬な、この程度で酔うほど、酒に弱くはありませぬ」
 素面(しらふ)でそれってのも、問題といえば問題だろう。
 狼狽している僕を見て、星はくすっ、とおかしそうに小さく笑った。
 ……もしかして星って……工藤さんと似た部類の人間?
「そうでしょう? 敬愛する主と愛する男が同じなら、主命に命をかけることが喜びとなる。なかなかに魅力的な状況ではありませんか」
 すまし顔でそんなことを言ってくる。
「何か間違ったことを言っていますかな?」
「いや、間違ってるとかどうとかそれ以前に……発想が突飛というか……」
 人によっては納得する理論(?)なんだろう。でも、流石に……
「あのさ……それ、愛紗とかの前で言わないでね? 不謹慎とかふまじめとか言って、怒られるから」
 多分僕もまきこまれるだろうし。
 というか、最近何かと目をつけられがちのようだし……むしろメインで怒られる可能性すらある。
 すると、星の口から出てきたのは予想外のセリフだった。
「愛紗とて、奥底の思いは同じはずですぞ?」
「はぁ?」
 愛紗が?
 ……あの堅物って言ってもいいくらいにまじめで、もう武道一筋・武人一筋で、必要とあれば君主であれど正座させてお説教するようなあの愛紗が?
 いや……それはないって……。楽観しすぎだよ。みんながみんな、せいみたいに柔軟な思考で物事に臨めてるわけじゃないっていう、いい見本だ。
 と星に言ったら。
「いやいや、そんなことはありませんとも。今度聞いておきましょうか?」
聞くって……愛紗に!?
 ちょ……何言ってんの! そんなことしたら……

星が愛紗に質問

愛紗、不謹慎だと言って怒る

僕、正座

お説教

美波・姫路さん参戦

そのまま処刑

292 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 19:49:28.87 ID:xmrrKX3z0
「だめだって! これ以上は僕ホントに耐えられないから!」
「はい?」
 僕の脳内フローチャートがどのように進行したか予想もつかないであろう星は、残像が見えるほどの速度で首を横に振る僕を見てきょとんとしていた。
「まあ……そこまで言われるのならそれで結構ですが……。ですが主、男振りの件……どうぞお考えくだされ♪」
「ははは……」
 撤回しないあたり、どうやら本気らしい。
 僕に一目置いてくれるのはうれしいんだけど……求めるものが違うような……。
 ふと見ると、やはりというか……今の会話で疲れた様子の僕を見て、星はおかしそうに笑っていた。こうなることをわかって言ったのか、はたまた本気なのかは分からないけど……なんていうか、頼もしいけど、扱いづらい仲間がまた一人増えた感じだな……。
 結局、夜が更けて自然と眠気が来るまで、僕は星と他愛もない雑談を続けていた。
293 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 19:51:34.64 ID:xmrrKX3z0
幽州・日常編(2)
第49話 欲とお見合いと男の甲斐性


「は〜……まったく、アキのバカにも困ったもんよね」
「そうですね。もう……明久君にはもっと節操というものを持ってもらいたいです」
 木下をデートに誘うなんていう愚行をしでかしたバカなアキを矯正したのが、今から大体18時間くらい前。ウチと瑞希は、仕事もひと段落して、特に目的もなく街をぶらついていた。もちろん、護衛付きで。
 全くあのバカ……何度教育しても全然ものを覚えないんだから……。
 こっちの世界に来てから、あいつの周りに女の子が多すぎるのよね。愛紗さんと鈴々ちゃん、朱里ちゃんだけでも要注意だったのに……そこに月ちゃんに詠ちゃん、恋さんや華雄さん、翠さん、白蓮さん、さらには星さんや紫苑さんまで加わって……何なのよこのハーレムみたいな状況!?
 まあ坂本は霧島さんに手綱を取られてるし、土屋は性格がああな割にウブだし、木下は……あれ? 何であいつについて考える必要があるのかしら?
 ともかく、このお城にいる3人の有力な男のうちで、2人は安全。状況や性格があるから、女の子に手を出すことはあまり考えられないけど……でもその分、アキの所にそういう危険が集中しやすいのよね……。
「あーもー……何でこの世界って、強くて頼れる人達がみんな女の人なのかしら?」
「危険ですよね……。明久君とか、特に……」
「ほんとよ。あいつはスケベなんだから、それをこんな……」
 はあ……とまあ、ため息はいくらでも出てくる。
 そろそろ、アキへのお仕置きもレパートリーが尽きてきたな〜……なんて思っていると、
「ははは……若いのが昼間っからため息なんかつくもんじゃないぞ、瑞希に美波」
 と、隣を歩いている白蓮さんにからかわれてしまった。
「仕方ないじゃないですか。アキのスケベがいつまでたっても治らないんだから」
「はい……あんなんじゃ、困ります……」
「仕方ないだろう。吉井も男なんだから、女に意識が向いちまう時だってあるだろうさ」
 あっけらかんとした口調で話す白蓮さん。いいなあ……楽観的で。
 でも私達は、そんなムードじゃないのよね……。元の世界でさえスケベ100%だったアキが、こんな美少女だらけの世界に来て……しかも『太守』なんて大層な地位に……。
 おかげであのバカの煩悩が先走りすぎてるから、気の休まる暇がないわよ。あーあ、向こうの世界では『ただのバカ』っていう認識しかなかった分、そんな心配も少なかったのに……。
「ホントにもう、あいつは節操なしなんだから!」
「そうか? 私にはむしろ、色ごとに関して無欲に見えるがな」
「「えぇ!?」」
 と、白蓮さんの口から思わぬ発言。
 色ごとに無欲って……スケベ心とかが無くて、清純ってこと!? あいつには全然当てはまらないじゃない!
 アイツってば、土屋からスカートの女の子のローアングル写真買ったり、学校にまで『アレな本』持ってきたり、同学年全員巻き込んで覗き騒ぎ起こしたり……そんな清純なんてイメージ、カケラもないわよ!
 って言ったら、
「ん〜……まあ、お前ら天の世界の人間にとってはそうなのかもな。でも……私にしてみれば、吉井の奴はそれこそ、男の君主としては前例がないくらいに、色に関して清純だと思うぞ?」
「どうしてですか?」
と瑞希?
294 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 19:52:48.89 ID:xmrrKX3z0
「いや、だってさ、こういう戦乱の世の男っていったら、屋敷に愛人の1人や2人囲っておくのが普通だからな」
「「ええっ!?」」
 またしても驚愕。
「おいおい、こんぐらいで驚いてどうする?」
 跳び上がりそうなリアクション(をしているであろう)ウチらを見て、こころもち面白そうにしている白蓮さん。反応が新鮮なんだろう。
 でも、仕方ないでしょ!? そんな公然と『愛人』なんて単語出されたら……。
 すると、一緒に隣を歩いていながら、今まで黙っていた『今日の護衛役』の華雄さんが口を開いた。
「どうも……天の世界というのは、そういったことに関してきれいすぎる見解があるようだな?」
「?」
「人というのは本来、その本能の赴くままに、餓犬の嗅覚で利を、飯を、そして女を食らう生き物だ。 それは地位にとらわれない……人である以上当然の行動だ」
 ……なんか、日本独特の言い回しなのかな? 前半の方、ちょっと理解できなかったんだけど……?
 まあ要するに……人間は欲に正直な生き物だ……ってことよね?
「そこへ行くと……吉井殿は綺麗なものだ。あの方ほどの権力と人徳があれば、街中、いや国中から美女をかき集めて、毎晩違う女をはべらすことだって造作もなかろうし……仮に他の男が同じような権力を持っていたとしたら、そうする所だろう」
「そうだな……でも吉井の奴は、配下の、侍女の一人も閨に呼ぶことはない……まあ、だからこそのあの人徳なんだろうがな」
「うむ、確かに」
 納得した様子で会話する2人の横で、私達はこころもち小さくなっていた。いや、なるでしょ……こんな話、横で堂々とされちゃ……。
「で、でも大丈夫ですよ美波ちゃん! いくら吉井君がエッチなことに興味津々でも、そんな非常識すぎることまではやらないでしょうし……」
「そ、そうよね! 太守だか何だかになったからって、あいつは元はただの高校生だもんね。それなりに常識もある……」
 150人の大人数で女湯を覗きに来るなんて行為は、常識とはあまりに縁遠い行動なんだろうけど……あれは勢いもあったんだろうし、この際目をつぶるわ!
 と、華雄さんは、
「まあ、大丈夫だとは思うが……正直、あそこまで無欲でいられると、不安でもあるな」
「「え?」」
 今、自分でも『そういうことに無欲なのはいいことだ』って言ったばかりじゃ……!?
「まあ、いいことなのだが……無欲すぎるのもよくない。そうだな、例えば……魏の曹操は知っているな?」
「う……あの金髪ちびっ子ね……」
「知ってますけど……曹操さんが何か?」
 何でこの場面であんな性悪の小娘の名前が? 大陸中の女の子をはべらそうとしてる奴だし……アイツから学ぶことなんてないと思うけど……。
「まあ……評判はいいとは言えんな。だが、その身にまとう覇気や、内に秘める野心……それらは、この三国でも1,2を争うものといっていいだろう。実際に……やつは既にこの大陸のほぼ4分の1を自らの領土とし、兵力もまたそれに見合った強大なものとなっている」
「それが、奴が持つ『野心』によって呼び寄せられたものだと言いたいわけか?」
「まあ、そうだ」
 白蓮さんの問いに、淡泊に答える華雄さん。
「でも……野心なんて……」
「吉井殿には、いや、あなた方『天導衆』には似合わぬ……と言いたいのだろう? 安心しろ姫路殿。私もそう思う。ただ……そういった考え方もある、と言いたいだけだ」
「野心、欲望、欲求……人間が手に入れる利益ってのは、大体それを欲する『欲』だの何だのが先行するもんだからな。まあ、もう少し貪欲になってもらってもいいかもな、吉井にも」
 ……何だか難しい、っていうよりも、『深い』話してるなあ……。
 こういうのって……そう、『甲斐性』って言うんだったかしら? そう、何だったか……日本語のことわざ(?)にも、『浮気は男の甲斐性』とか、似た意味で『据え膳』がどーたらこーたらってのがあった気がする。
 そう言われてみれば……色ごと云々はともかく、野心家が頼もしく見えるっていうのは間違ってないかも。現に……そうね。試召戦争の時、『Aクラスを勝ち取る』って高らかに宣言して、それを実現すべく策を張り巡らせて戦ってた坂本は……結構頼もしく見えた。だからウチやアキも、Fクラスの連中も一丸になってついて行ってたんだろうし。
 でも……
「やっぱり、アキにそういうの……似合わない気がする」
「? そりゃまたどうして?」
 と、白蓮さん。
「何て言うか……アキの場合、野心とかそういうんじゃなくて……ただやりたいようにやってこそ……みたいなところがあるんです」
295 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 19:54:29.81 ID:xmrrKX3z0
「?」
「ほら、何ていうか、例えば……黄忠さん……じゃなかった、紫苑さんの時。あの時、アキは別に紫苑さんを仲間にしたいとかじゃなくて、子供が傷つくのが嫌だから……あと、兵隊が傷つくのもいやだから……っていう理由で、ああいう方法を選んだでしょ? その結果として、頼れる紫苑さんが仲間になった」
「あ、そういえばそうですね。虎牢関の時も……兵隊さん達が死なないように、っていう意図で、あの『壁破壊作戦』を実行したんでした」
「そうそう、で、結果的に大手柄を上げた……と。曹操たちもだし抜いてね」
「はい……言われてみれば明久君達が手に入れた利益って……、最初からそれを狙ったんじゃなくて、『明久君らしくやりたいようにやった』結果、自然について来たものが多いです」
 瑞希も、どうやらウチが考えていることがわかったらしい。
 アキの場合、野心を満たすために戦ってそれを手に入れるなんて、そんな貪欲なこと……いや、そんな器用なこと出来ないもの。
 アイツの場合は、アイツのやり方……華雄さん達から『甘い』とか言われるそのやり方に意味がある。心の構え方に意味があるんだ。そういうアイツらしさを前面に出してやってきたからこそ、こうして今の幽州があるんだもの。
 焦って変える必要なんかない。やりたいようにやってれば……結果なんて後からついてくるから。
「……そうか、言われてみれば……そうかもな」
「まあ、確かにな……。私が常識だと考えるようなやり方をとっていたら……この街がここまで栄えることもなかっただろうし」
「はい、この街も、この国も、明久君が明久君のやり方で戦ってきたから……だから、ここまでこれたんです」
 そう言って笑う瑞希の顔は、晴れ晴れとしていた、もう、一片の迷いもない顔だ。
 それは、ウチも同じ。顔はわからないけど……心の中は多分同じ。きっと。
 アキは、アキでいい。そのやり方が、きっとアイツにしか作れない、明るい明日を創るから。
 そして……ウチも瑞希も、そんなアキが好きになったんだから。

「まあ、吉井はあのままでいいとしても……お前らはもう少し欲を出した方がいいと思うぞ?」

「「え?」」
 と、話が変わる前兆も無しに、唐突に白蓮さんが言った。
 あの……今の、どういう意味? せっかく話が綺麗にまとまりかけてきたかな〜……なんて所で、よくわからない話題が……。
「あの……私達が欲を……って、どういうことですか?」
 困惑した様子で、瑞希が白蓮さんに尋ねた。
「どういうことも何も……お前ら吉井のこと好きだろう?」
「「ええっ!?」」
 何で知ってんの!?
 あまりの驚きに、ウチと瑞希の声が揃った。
「いや、何でも何も……丸出しだろうに」
「? そうだったのか?」
 華雄さん、どうやら気付いてなかったっぽい……。
 でも、ま、まさか白蓮さんに気付かれてたなんて……このことを知ってるのは、『何となく』のも含めて坂本と瑞希と土屋と木下だけだと思ってたのに……。
 ……あれ? 結構知られてるわね?
「だからな、ホントに吉井のことが好きなんなら、何とかしてさっさと自分のものにしちまわんと、横から誰かにかっさらわれるぞ、ってことだ」
「ど、どういうことですかそれっ!?」
 いつにない大声で聞き返す瑞希。よほど気になるんだろう。
 それは……ウチも同じ。
「あのな……お前らあいつを何だと思ってる? お前らにとっちゃただの学友かもしれんが……世間にとっちゃ、この幽州の太守であり、魏や呉と並んで大陸を3分割する勢力の筆頭……言ってみりゃ、いま最も力のある王の一人だぞ?」
「そ……そうね。でも……」
 それがどうかしたの?
「そんな超強大な力を持った、しかもまだ若い王だ……他の奴らがほっとくと思うか?」
「……ああ、そういうことか」
「「?」」
 あれ、華雄さんは納得したみたい……何? 何なの?
「つまりだ、公孫賛は……吉井殿に取り入って権力を得ようとする連中が、自分の娘や妹なんかを、吉井殿に嫁入りさせようと考えているかも……と言ってるんだ」
「「ええっ!?」」
 さっきより大きな声で、ウチと瑞希は驚いた。
 ちょ……それって……政略結婚!?
「そんなバカなこと……ね、ねえ瑞希?」
「い、いえ……考えられなくもないです……」
「えぇ!?」
 瑞希まで!
「この群雄割拠の時代ですから……戦乱のうねりに巻き込まれないためにも、そして巻きこまれても生き残る力を得ようとするのは当然の考えです。そうなると……手っ取り早いやり方として『力を持っている人と親戚関係になる』っていう手を考える人も出てくるかもしれない……そうなると……まだ若くて独身の明久君は絶好の標的……!」
「そういうことだ……。よくできたな瑞希、90点だ」
「はい…………え? 90点?」
 あれ? 100点じゃなくて?
 ウチも瑞希も、白蓮さんの意外な返し文句にきょとんとしていた。残り10点は……?
「もう10点は……ほれ、これ見てみな」
 そう言って白蓮さんは、下げていたカバンから何かの書類を取り出し、私達に差し出した。
「「?」」
 束になってて、ざっと20枚くらいはありそうなそれを瑞希が手にとって、ぱらぱらとめくる。ウチはそれを隣からのぞいて……
 うぁ……読めない。最近少しはマシになってきたけど……瑞希の読むスピードが早くて、文章を目で追えない……
 と、もう少しゆっくり読んでもらおうと瑞希の方を見ると……
「ちょ……どうしたの瑞希!?」
「み……み、みみみ……」
 瑞希が、真っ青になってその手元の書類を眺めていた。そして、少し遅れてウチの声が届いたようで、ゆっくりと顔をこっちに向ける。さながらロボットみたいな感じの動きだ。
「み、美波……ちゃん……」
「瑞希!? それ何!? 何が描いてあったの!?」
「こ……こ……これ……です……」
 聞こえない! もっと大きな声で!
「これ全部……お見合いの申し込みです! 明久くんあての!」

 ………………え?
296 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 19:55:45.64 ID:xmrrKX3z0
「えええぇぇーっ!?」
 歩いてるうちに町はずれに来てたからよかったけど……もしも町の中心部でコレ聞いてたら、この悲鳴を上げてたら、速攻警邏が飛んでくるような感じの悲鳴。
 自分でも驚いた。ウチ、こんな声出るのね。
 いやそんなことより……お見合いの申し込み!? アキあての!?
「そ……それじゃあ、残り10点って……」
「そういうことさ。もう始まってるんだよ、『吉井明久争奪戦』は……な」
「そ……そんな……」
 瑞希が蚊の鳴くような声で言った。
 相当ショックなんだろうな……わかる。だって、ウチもだから。ウチら2人とも、膝つかなかっただけで上出来よね、この衝撃は。
 にしても、アキにお見合いの申し込みなんて……
「別に最近のことじゃない。朱里の話だと……連合軍か解散したころから、吉井あてのは徐々に来てたらしいぞ? どうせ受けないだろうって、知らせてなかったらしいが。ちなみにそれ、『今日』届いた分だ。城の倉庫にしまってあるものや、もう既に焼却処分されたものも合わせると……1000や2000じゃ足りんな」
「「えぇえっ!?」」
「そうなのか? 耳聡い奴もいたものだな……まあ、無理もないが。して公孫賛、少し気になったのだが……」
「何だ? 華雄」
「その申込書……来たのは吉井殿の分だけか?」
 え? それって……どういうこと?
「察しがいいな華雄。その通り、届いたのは吉井の分だけじゃない。坂本や土屋……それに、美波に瑞希、お前らにも届いてるぞ?」
「「えぇーっ!?」」
 今日はよくよく悲鳴を上げる機会が多い。
 ちょ……ウチ達にもお見合い写真届いてるって!? ああいや、写真じゃないか、手紙。
「ああ……てっぺんでなくても『天導衆』、巨大な権力の持ち主には変わりない。政略結婚による権力が目的なんだ、相手は誰だろうと構わんさ」
「じ、冗談じゃないわ! そんなのお断りよ!」
「そ、そうですっ!」
「ああ、そう言うと思った。安心しろ、全部断ってある」
 けらけらと笑ってそう言う白蓮さん。よ、よかった……。
 ……よくないわね? 全部断ってるんなら……何でいまだにそんな大量に届いてるのかしら?
「あきらめが悪い奴が大半でな……何度断っても、申し込み状を送りつけてくるんだ」
ため息交じりに白蓮さんが言った。
「会ってみるだけ会ってくれ……ってな。あんまりしつこくすると、心象も悪くなるだろうに……」
「別に、正妻である必要性はないということだろう。第2妻、第3妻……とにかく取り入ろうと必死なわけだ」
「何それ!? 華雄さん、それどういうこと!?」
「いや、だから今言った通りだ。権力を得るには、どんな形であれ吉井殿のそばにいられればいいわけだから……」
「そうか! この時代……じゃなかった、この世界は一夫多妻制ですから……」
「うむ、2番目3番目4番目でも……最悪、妾(めかけ)でもいい、と考えてるんだろう」
 め……妾って……愛人じゃなかった!? そんな……いや確かに我がまま聞いてもらうにはいいポジションだけど……そこまでしてアキを誘惑する!?
「まあ、常套手段だな……。でもそんなのはまだ綺麗なやり方だ。私が政務で処理した案件の中には……女2,3人『献上品』として送ってきた奴もいたっけな」
「「………………っ!!」」
 もう……呆れて声も出ない。
 この世界……平和な面ばっかり見てきたけど……そんな水面下でどんな汚いことやってんのよ! そこまでしてアキの……権力者のご機嫌とりたいわけ!?
「も……もう勘弁ならないわ……瑞希!」
「はい……私達の出番ですね……」
「お、何かやる気か?」
 私達の雰囲気が変わったのを読み取ったのか……白蓮さんがからかうように言ってくる。
「政務に携わって、その関係の書類の処分とか手伝ってくれるのか? それなら私も助かるが……」
297 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 19:56:23.58 ID:xmrrKX3z0
「気持ちはわかるが……島田殿、姫路殿、さしたる理由もないのに、これらを送りつけてきた者に攻めいることはできんぞ? 献上品や見合いの申し込み状だけでは、理由として弱いからな」
「瑞希!」
「美波ちゃん!」
「「アキの(明久君の)体に、そういうのダメって教え込まないと!!」」
「「そっちに行くのか!?」」
 予想外の反応だったのだろうか、華雄さんと白蓮さんが驚いていた。
 こんだけの大事になってるんだもの……元を断たないと解決しないわ。それには……あのバカに男の君主の、いいえ、高校生のあるべき姿がなんたるかを教えてあげる必要があるものね……。
「どうしよう? 瑞希……城の蔵にある縄じゃ、弱すぎるんじゃないかしら?」
「大丈夫ですよ美波ちゃん、確か、奥の方に鎖がしまってあったはずですから」
「そうか……なら安心ね。じゃあ瑞希、綿棒と釘を買いに行きましょ」
「はい、綿棒に釘を打ちつけて、釘バットの類似品を作るんですね?」
「わかってきたじゃない」
「瑞希!? 美波!? それだと吉井が死にそうに聞こえるんだが!?」
「大丈夫ですよ白蓮さん、人間の体って、意外と丈夫にできてるんですよ?」
「そういうこと。釘バットくらいなら、2,3、4,50発くらいなら耐えられるわ」
「いや背後にそんな無限の闇を背負って言われても全然大丈夫そうに聞こえないぞ!?」
「と……というかお二方! 今回の件に関して吉井殿に別に非は……」
「「火種を断つのは基本中の基本ですから」」
「このままだと吉井殿の命まで断たれる!」

 ……しばらくお待ちください……

「だから……お前らがしっかりしてればいいわけだろ! な!」
「そうとも! だからお二方、先程作り上げたその凶悪な相貌の武器をしまってくれ!」
「むぅ、そこまでいうなら……」
「わかりました……今回はそうします……」
 あれから小一時間、白蓮さんと華雄さんの説得が続いた。
 それに多少落ち着いたのか……ウチと瑞希は疑似釘バットを完成させながらも、とりあえず牙をおさめることにした。
「まあ……そうよね、ウチらがしっかりしてれば、アキに変な虫が寄りつかないようにしてればいいのよね」
「そうです! 私達で明久君を守るんです!」
「よしよし、その意気だ。体を綺麗にして、磨き上げて、誰かにとられる前に吉井を自分のもんにしちまえ!」
「じ、自分のものにって……」
「で、でも確かに、そのくらいの心構えで行くのがいいかもね」
 言い方は過激だけど……そうよ、アイツを守るには、そのくらいしなきゃ!
 大丈夫……きっとできる! アキの……アイツの一番近くにいるのは、私達なんだから!
「―――あー……『体をきれいに』で思い出したんだが……」
「? どうした華雄?」
と、後ろからいきなり華雄さんの声。
「ああ、話題を変えることになって申し訳ないのだが……どこか水浴びに使えそうな水場を知らんか?」
「いきなり何ですか?」
「ああ……午前中の修行で張り切りすぎてな……汗をかいてしまった。一応拭いたのだが……体がまだべとついて気持ちがよくない。我慢できないことはないが……風呂も今日じゃないしな」
 夏に、服の胸元なんかをぱたぱたさせて涼を取るしぐさを見せて言う華雄さん。
 この世界……お風呂に入るのはそう簡単じゃない。
 お城だし……温泉旅館顔負けのおっきなお風呂があるんだけど、使うのが大変。
 まず水をくまなくちゃいけないし、それを火を起こして温める手間もある。その際に使う薪なんかも要る。
 そのせいで、この世界では毎日お風呂に入れるわけじゃない。大体……2〜4日ごと、って感じ。正直、来たばかりの頃は戸惑ったけど……今では、ある程度慣れてしまった。
 たしか予定表だと……お風呂が使えるのは明後日か……。確かに……今からその状態じゃあ、つらいかな。
 でも、水浴びってどこで……あ!
「ねえ瑞希!」
「はい、あそこならいいかもしれませんね」
 と、ウチら2人の頭には、ある場所が浮かんだ。
「心当たりでも?」
「うん、まあ……水浴びにはいい場所だと思いますよ」
「はい。あ、べ、別に私達がするわけじゃないですし……行きましょう」
 あ、瑞希、さては前のあの時のこと思い出してるわね? 顔が赤いわ。
「……? よくわからんが……なら、案内を頼めるか?」
「いいわよ、ついてきて」
 華雄さんと白蓮さんを連れて、ウチと瑞希は前に訪れた『あの場所』に向かって歩き出した。


298 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 19:57:30.50 ID:xmrrKX3z0
幽州・日常編(2)
第50話 馬と『女』と小川の惨劇
 昨日の件もあってだろうか? 愛紗が手をまわしてくれて、今日の僕の仕事は案外少なかった。
 まあ本来なら、罰として今日はどこにも行けないように凄まじい量の仕事を出されるんだろうけど……玉座の間で見せた美波と姫路さんの殺意のオーラがよほど衝撃的だったのだろう。あのあと僕の身に何が起こったのかを想像もできなかったらしい愛紗だが、自分が与えようとしていたお仕置きよりも遥かに上の『何か』が僕の身に起こったのだと察し、今日の分の仕事の量を軽減してくれたのだ。
 もっとも……お説教はきちんと貰っちゃったけど。
「はあ……それにしても、体中痛いな……」
「ん、何だ? 打ち身でもしたのか?」
「いやその、打ち身というよりかは……」
 人為的な打撲というか……もっとストレートに言うと処刑の後遺症というか……
 …………ん?
「おわぁ!?」
「うわぁ!?」
 そろって同時にそんな声を上げる、僕と……翠。2人とも、あまりの驚きに冷や汗を流して、目を見開いて口をあけて……ってちょっと待った!
「な、何だよご主人様!? いきなり大声あげたりして……びっくりするじゃないか!」
「君が言うか! いきなり人に背後から声掛けといて!」
「あ、そうか、ごめんごめん」
 と、驚きもだいたい収まったところで、あんまり申し訳なさそうにしていない翠の顔を改めて見据える。
 今日も今日とて、鈴々と並ぶ我が軍のムードメーカーは、晴れ晴れとした笑顔で僕の方を見ていた。
「いや、何だかぶつぶつ独り言言ってたから、何かあったのかな、と思ってさ」
「あ、そうなんだ」
 っていうか……僕、声に出しちゃってたみたいだ。これは失敗。
 けど……そうなると、翠は……僕を心配してくれたっていうか、気にかけてくれたのかな?
「まあいいけど……翠は何でここに……ん?」
 そこまで言って、僕は翠が後ろに引き連れているあるものに目がいった。そのあるものっていうのは……3頭の馬。
「ああ、何、こいつらを洗ってやろうと思ってさ。ちょっと川へ」
「川? そんな場所あるんだ?」
「うん? ご主人様、知らないのか?」
 意外だな、とでも言いたげな翠。
 まあ、僕は彼女よりずっと長いことここに住んでるわけだから、そういう場所があることを知っててもいいと思ったんだろう。
 でも実際……僕はあんまりそういう、街の外に出てそういう場所を探す気かいなんて言うのはあんまり持っていない。
 町になら結構な頻度で抜け出していってるけど……森林浴ってガラでもないし、最近はこの街で大体の用事が事足りる。食べ物は言うに及ばず、文房具や服、武器や防具、その他の雑貨……それに、治安が完全にいいとは言えないから、城の外に出る機会は多くないんだ。出兵を除けば……兵達の訓練や、当番になった警邏くらい。
 だから……あ!
 と、その瞬間、僕の頭の上に昭和の漫画風の電球が現れ、ピカッと点滅した。
「ねえ翠、それ……僕もついて行っていい?」
「は?」
 翠の顔が、一瞬で『何言ってんの?』的なそれに変わった。
「いや、何でご主人様がついてくるんだよ?」
「いやその……息抜き」
「はぁ? 仕事は?」
「大丈夫だよ、大体終わってるから」
「それってまだ残ってんだろ?」
 翠、ジト目。
 大方……翠の手伝いを口実に、僕が仕事をサボろうとしてるとでも思ったんだろう。全く、失礼な。僕はそんなことをする男じゃないっての。
 やるならこんな回りくどい策なんか弄せずに、もっと積極的に、能動的に脱走してみせる。……今はタイミング的に無理だけど。
「あのなー……聞いたぜ、昨日もおんなじような理由で愛紗に怒られたんだろ? また説教食らっても知らないぞ?」
 その言い方だと……正座&説教のあとに起きた、それを笑い飛ばせるくらいの『惨劇』については知らないと見える。……思い出したくもないけど。
「大丈夫だって。昨日のは護衛なしで抜け出したから怒られたんであって、今日はほら、翠がいるじゃない。護衛付きで抜け出すんだから、何の問題もなし!」
「『抜け出す』って部分に気を向けようや……」
 ため息をつく翠の意図がよくわからない。まだ何か心配事が?
「にしたってさあ……」
「いいのいいの。その川ってのにも行ってみたいし、僕もちょうどいい暇つぶ……もとい、翠と交流を深めるいい機会でもあるんだから、ね?」
「仕事があるんだから別に暇じゃないだろとか、下心がダダ漏れだとか、色々言いたいことはあるんだけど……まあいいや。かまわないよ」
 若干呆れ気味だけど、翠も了承してくれた。
299 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 19:58:27.85 ID:xmrrKX3z0
城を、街を出て、2,30分ばかり歩いた所に、その場所はあった。
「へー……こんなとこがあったんだね」
「ああ、警邏の途中で偶然見つけてさ」
 周りは緑に囲まれ、水はすごく澄んでいて、小さな滝まである。正に自然……って感じの場所だ。こんな綺麗な場所があるなんて。空気も美味しいし、川の水で冷やされたせいだろう、風もひんやり冷たくて気持ちいい。
「何かマイナスイオンとか出てそうかも……」
「まい……何だって?」
「あ、こっちの話」
「……?」
 横文字を知らない翠は、僕の『マイナスイオン』という言葉の意味を測りかねたようで、頭の上に『?』を浮かべていた。
 まあかくいう僕も、『滝とかから出る体にいい何か』ってことくらいしか知らないし……下手に説明しようとして(失敗して)も、余計に混乱させるだけだろうから……いいか。
にしても……水ってここまで澄んでるものなんだな……。
 森や、自然の川には水をきれいにする作用があって、浄水場で綺麗にされた水と同じくらい澄んだ水を作り上げている……って聞いた。それを僕は、今目の当たりにしてる。
 いや、『澄んだ』って言葉のとらえ方次第では、比べ物にもならないくらいそうかもしれない。周りを緑に覆われて、自然の力で綺麗になったその水の透明度は、見てるだけで安らぎすら感じるものがあった。
 こんなこと……向こうにいた頃の僕には絶対わからなかっただろうな……。こっちの世界に来てしまったことを肯定するつもりはないけど……これはこれで……。
「こらこら、暴れんなって、黄鵬、紫燕。麒麟を少しは見習えよ」
 と、川の方を見ると、すでに翠と3頭の馬は川の中に入っていて、翠はブラシ(のようなもの)を手に、彼らをごしごしと擦って洗ってあげていた。
「よしよし……ああもう紫燕、だからもう少し待てってば……」
「『しえん』って名前なの?」
「ん?」
 と、ズボンをまくってざぶざぶと水音を立てながら歩いてきた僕の方に、翠が視線を向けた。
もちろん、万が一のことを考えて、携帯や音楽プレーヤーなんかは岸に置いてきてある。
「あれ、ご主人様? 何で川の中に……」
「いや何でって……入らなきゃ洗えないし」
「え? 手伝ってくれんのか?」
「あれ、言わなかったっけ?」
 意外そうな顔の翠。いや、そもそもその目的でついてきたわけだし……
 あ、そういえば……『一緒に川へ行く』とは言ったけど……『馬達を洗うのを手伝う』とは言ってなかったかも……。それでか。
 まあ、翠には僕の主な目的は『サボり』として映ってたみたいだから、わからなかったみたいだ。
「い、いいよ別に。こんなこと、その……ご主人様にやらせるようなことじゃないだろ?」
「いやいや、せっかくだから手伝うって。えーと……コレでこすればいいんでしょ?」
 岸に置いてあったかごから持ってきたブラシを持って、ごしごしと……
「あ、ちょっと暴れるなって……」
 と、僕が洗い始めて少しすると、僕が洗ってあげていた馬が身をよじって……ちょ、洗いにくいんだけど?
「ちょ、ご主人様! 話を……」
 ごしごし……
「あーもう、大人しく……」
「ご主人様! 違うって、やり方!」
 え? やり方?
「全くもー……見てらんねーや。ほら貸して!」
 と、自分が洗ってあげていた馬(『しえん』だっけ?)に『ちょっと待ってろ』と手で合図すると、翠はざぶざぶと僕のほうに歩いて来た。
 そして、僕のブラシを受け取ると、今まで僕が洗ってあげていた馬に向き直り……
 がしがし……
「あれ? 暴れないね」
 さっき僕が洗ってあげてた時は、全然大人しくなんかしてくれなかったのに。てっきりこの馬は体を洗ってもらうのが嫌いなんだとばかり……。
「そんなわけないだろ? ご主人様の洗い方が下手だから、嫌がってたんだよ」
 オブラートに包むことなど全くせず、ズバッと本音の翠。
 下手って……見よう見まねとはいえ、翠のやり方を参考にしたつもりなんだけど?
「力が弱すぎなんだよ。あんななでるみたいに手先だけで擦るんじゃなくて、もっとこう、腰を入れてこすらないと」
 実演している翠の洗い方は……なるほど。確かに、手だけで擦っているというよりも、体全体で力をかけているように見えなくもない。
「でも……そんなに強くやったら痛がるでしょ?」
「まあ確かに……強すぎたらだめさ。でも、あんまり弱すぎても、皮膚が強くならないし、血行が良くなったり、毛並みが良くなったりしないからさ。ある程度強くやらないと馬達のためにならないし……普段からこうやってるから、そうじゃないと嫌がるんだ」
「ふーん……そうなんだ」
 そう言いつつも馬を洗う手を休めない翠の目は、真剣そのものだった。
「なんか、ブリーダーみたいだね、翠って」
「は? 『ぶりーだー』って……何だそれ?」
「あ、ごめんごめん、こっちの話」
「……さっきから、よくわかんないご主人様だな……」
 眉をひそめて、不思議そうな顔だ。
 いけないいけない、さっきからどうも横文字が出て来ちゃうな。
「まあ何ていうか……翠が馬を大事にしてるんだな……ってことだよ」
「そうなのか? まあ、それは……そうかもな。こいつらは……私にとっちゃ、戦場ではかけがえのない仲間なんだから」
 そう言って笑う翠は、嬉しそうにふふっと笑っていた。
 さて……翠の笑顔見てたら……何かやる気出てきたな、よし、いっちょ僕も頑張りますか! 翠が僕の担当してた馬を洗ってくれてるから、僕はさっきまで翠が洗ってた馬に向き直って……
「えーと……何て言ったっけ? この馬の名前?」
「あ? ああ、紫燕だよ。んで、こっちが黄鵬。そこに立ってんのが、麒麟な」
 順番に説明してくれた。そうか、紫燕か。
300 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 20:00:50.22 ID:xmrrKX3z0
「ふーん……この世界では、そういう名前の付け方が一般的なの?」
「ん? ご主人様の……天の世界では違うのか?」
 意外そうに聞き返す星。この世界……というより、三国志の世界では。『赤兎馬』とか、『絶影』なんて感じの名前が一般的みたいだったから……そうなのかもしれないな。
「ご主人様の世界では、どんな名前なんだ?」
「そうだね。まあ、馬を飼ってる人自体少ないんだけど……。代表的なのだと……『ハルウ○ラ』とか、『デ○ープインパクト』とか……」
「か……変わった名前だな……」
 若干偏ってる気がしないでもないけど……まあ嘘は言ってないだろう。あとは……『マキバ○ー』は……さすがに違うか。
 まあ名前談義はこのくらいにして、さぁて、紫燕ちゃんを洗ってあげますか!
 腰に力を入れて、足を踏ん張って……
 せーのっ!
「……ん? あ、ご主人様! あんまり力入れすぎてもダメ……」
「うりゃっ!」

 がしゅっ!  ←  僕渾身のブラッシング

 ばきぃっ!  ←  紫燕渾身の蹴り

 ばしゃあん!

「うぎゃあああっ! 肋骨が! 肋骨が蹄の形にへこんだかのような痛みがぁっ!」
「おおおおい! 大丈夫かご主人様!?」
 川の中で悶え苦しむ僕に、慌てた翠が駆け寄って来ごぼごぼ……
 って待て! 確かに痛いけど……忘れてた! ここ川だ! 早く起きないと溺れ……。
「(ざばあっ)よいしょっと。おいご主人様、しっかり!」
「す……翠……ありがと……」
 駆け寄ってきた翠が、肩を貸して僕のことを助け起こしてくれた。た……助かった……。
 見ると……翠は、心配そうな顔をして、
「ご主人様、大丈夫か? ったく……力を入れすぎてもダメだってのに……」
「いや、だって……加減とかわかんないし……」
「だからってあんな格好でやったら……いや、もういいや。立てる?」
「ああ、うん、大丈夫……」
 翠の肩から離れて、どうにかこうにか自分の足で立つ。
 うう……息をするごとに肋骨が痛い……けどまあ、我慢できるレベルだ。この程度、召喚獣のフィードバックや、昨日の夜美波達にくらった処刑に比べれば……。
「ならいいけど……びしょびしょになっちまったな、ご主人様」
「だね……ぶるっ」
 う……これはまずいな……確かに寒い。
 でもその前に、この濡れた衣服はどうにかする必要がありそうだ。頭のてっぺんから足の先までびっしょり。さっきまで心地よかった涼しい風が、今は僕の体から容赦なく体温を奪う魔物と化している。
 ……仕方ない。
301 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 20:01:50.37 ID:xmrrKX3z0
「よいしょ……っと」
「ん? って……! なななな何で脱いでんだ!?」
 と、翠が素っ頓狂な声を上げた。
「え、や、だって……このままだと寒すぎるから、一旦脱いで絞って乾かそうかと……」
「あ、そうか……それなら、し、しかたないよな……うん……」
 どうやら、僕がいきなり服を脱ぎ始めたのでびっくりしたみたいだ。顔赤くなってるし。まあ……無理もないか。
 実際僕も恥ずかしいけど……背に腹は代えられないだろう。このままだと風邪ひくし。流石に下は我慢するけど……上は少しの間脱いで、木の枝にでもかけておこうかな。
 そんなことを考えてたら、翠が、
「まったく……それならそうと先に言ってくれよ。びっくりしたじゃないか」
「ははは……ごめんごめん、女の子の前で、失礼だったかな」
「…………っ!?」
 と、言った瞬間、翠の顔が更に赤く……って、何で?
「お……おおお女の子だなんて、変なこと言うなよ」
「変なこと?」
「そうだって! なんだって私みたいなのにそんな……」
 ? 何を怒ってるの?
「いや、だって翠が照れてるみたいだったから……女の子の前でいきなり服を脱ぐとか、ちょっとデリカシーに欠けてたかなと思って」
「だからその『でりかしー』って何……いやもういい! とにかく……そんなこと言ったら、まるで私が可愛い女の子みたいに聞こえちゃうじゃないか!」
「? そう言ったんだけど?」
「…………っ!!」
 翠の顔が更に赤くなった。ちょ……ホントどうしたの? 照れてるの? だとしたら……どこに?
 僕が翠の赤面のわけを測りかねていると、
「かっ……可愛いだなんて……そんなわけないだろっ! あああああたしみたいなガサツな女がそんな……い、いや、そもそもあたしは女なんかじゃないっ!」
「いや、女でしょ」
 ……相当テンパってるな、おかしな所を否定し始めた。
「ち、違っ……そ、そうだ、雌! 雌だっ! 私は女なんて上品なもんじゃない、雌だっ!」
 ……言ってることがだんだんメチャクチャになってきてますけど……。
 てか『雌』て……女の子がそういうこと言うもんじゃないって。
 何て言うかこう……翠って、武術に関しては自信満々だけど……話す言葉も男言葉だし、極端に『女性』としての自分に無頓着というか、女の子として扱われ慣れてないような感じがあるな。
 ……ちょっと面白そうだな。
「『雌』なんてそんな、卑屈にならなくてもいいじゃない。翠は可愛い女の子なんだから」
「お;おvfkvびよrbkssk!?」
 うお、ついには日本語が消えた。
 いかにもテンパってますって感じのその姿に、思わず笑いがこみあげてくる。
 ……やばい、これ、楽しい。
302 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 20:02:30.87 ID:xmrrKX3z0
「か、可愛いなんてそんなデタラメ……」
「いやいや本当だって。可愛いと思うよ、翠は」
「言うなぃbろうjfhkjvhfks!!」
「ホント可愛いよ。顔ももちろんだし、髪もきれいだし、スタイルもいいし、ポニーテールだし……」
「何だ『すたいる』って! 何だ『ぽにーてーる』って! い、い、いい加減に……」
 パニックのあまりか、翠はカタカタと体を震わせている。ははは……ちょっとかわいそうかも。そろそろやめるか……
「いい加減にしろォ―――――!!」

 ばしぃんっ!   ←  翠の掌底(照れ隠し)が僕の胸に炸裂する音。

 ばっしゃあん!

「ぎゃああぁ――――っ!! 同じ所に! さっき蹴られた所と同じ所にごぼごぼ……」
 さっき紫燕の蹴りをくらったところと同じ場所に翠の掌がヒット。ちょ……痛すぎる! これホントに折れたんじゃ……!?
 てか溺れる! 今度こそ溺れる!
「やめろやめろあたしはそんな可愛くなんか……ん? あ、やべっ! ご主人様!」
 我に返った翠が、慌てて川の中でもがく僕に手を貸すべく、翠が駆け寄ってくるのがわかる。
 すいませんすいません自分調子に乗りすぎました申しませんもう言いませんだからお願いします助けて下さい翠様馬超様……
 とまあ、さっきの翠と同じくらいに僕がテンパったところで、翠が僕の腕をつかむのが感じ取れた。 た……助かった……。
「全くもう……ご主人様が悪いんだぞ? あんなこと言ってからかうから……」
 と、その時

 つるっ

「え? うわぁ!?」
「おわっ!?」

 ばっしゃあん!! ×2

 どうやら翠が足をふんばった瞬間に、川底にあるコケか何かに足を取られたらしい。僕を引き上げた拍子に、勢い余って翠は後ろに倒れ、それに引っ張られて僕も同じ方向に倒れた。
「いててて……大丈夫、翠?」
「あ、ああ……大丈夫だ……っ!!」
「? どうしたの?」
「ご……ご主人様、どいてっ!!」
「え?」
 僕の下で、倒れた翠が目を開け、上にいる僕に焦点を合わせたかと思うと……目を皿のように丸くして、顔は真っ赤になった。
 あれ……どうしたの? ここは同じ川の中でも、幸い川岸に近い側だから……溺れるほどの水位はないけど?
 だとしたら、なんでこんなに赤くなってあわてて……

「あれ? なんかこっちで水音がしましたね?」
「そうね、誰か居るのかしら?」

 あれ? 何だか聞き覚えのある声が。
 と、声のした方を振り向いてみると……

「「……………………」」

303 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 20:03:41.37 ID:xmrrKX3z0
そこには、なぜか美波と姫路さんの2人が、僕らを見た状態で立っていた。
 何でこの2人がここにいるのかは分からないけど……たぶん、何かの用事で歩いてきて、偶然僕らを見つけたんだろうな。
 そして、その瞬間に一時停止ボタンでも押された……かのようにきれいに止まっていた。いや、もう見事に。瞬きまでも。動いているのは……風に揺れる髪だけ。
 でも、何でそんなきれいにフリーズしてるの? 偶然僕らに会ったんだから驚くのは当然かもしれないけど、そんな見事に……。僕に、何か変な、気になる所でもある? 別に僕はそんな変な状況でも……
 ……まてよ?

 ……今の状況。
 ・僕、上半身裸(濡れた服を乾かすため)
 ・翠の上に覆いかぶさっている(勢い余って転んだため)
 ・翠、顔赤し(さっきまで散々からかってたため)
 ・おまけに、今転んだ時に、翠の衣服がちょっと乱れてたりして……

 …………………………まずい。

「誤解げふぅっ!」
 僕への攻撃と、下になっている翠から引き離す目的で放たれた美波のローキックが僕の顔を捕え、僕は派手に吹き飛ばされた。
「このバカ……まさかここまでだったなんてね……」
「美波ちゃん、やっぱり……これは教育が必要ですね」
「ご……ご……か……い……」
 い……今の蹴り……全然見えなかった! フリーズ状態から攻撃モーションへの移行を全く感知できなかった!
 美波……君は一体どこまで人間の限界を超えた動きを発揮してくれるんだい……?
 ふと見ると……
 ……僕は、弁明が無駄だということを悟った。
 ああ……これは何だろう、僕の人生の終焉が近いのかな……? きっとそうだ、美波達の背後に、闇のオーラどころか、もっと神々しい、むしろ後光と言ってもいいくらいの光が見えたりして……あれは、僕が死後に行く世界を示唆してくれてるのか……ふっ、なら、それも悪くない……
 ……いや悪いよっ!!
「待って美波! これは誤解なんだ! ただその……勢い余って……」
「勢い余って襲おうとしちゃったわけ? 御上手ないいわけですこと。ねえ瑞希?」
「はい美波ちゃん。作っておいてよかったですね、コレ」
 そう言う2人の手には……綿棒に釘を多数打ち込んだ、疑似的な釘バットのような何かが握られていて……って! 何でそんなもの持ってるの!? 常備!?
「とりあえず、そうね……ここでやると翠さんにトラウマ残しちゃう危険性があるから……茂みの中にでも連れて行きましょうか」
「はい、美波ちゃん。これから起こることは、モザイクをかけずに見るにはあまりにショッキングですから」
 ちょっと2人とも! そんな一人の人間の人生にトラウマを残しかねない何かを僕に対してやろうとしてるの!? 何する気!? そのあと僕は無事に生きていられるの!?
 あっちょっと……足首をつかんで引っ張らないで! 痛い痛い! 背中が川原の小石に引っかかれて痛い! いったん止まって! そして弁明をさせて!
「昨日の今日のなのに……あんたはホントに……」
「明久君……やっぱり、死ななきゃ治らないんですか?」
「何言ってんの姫路さん! 縁起でもないから! というか君達が今思ってることは全面的に誤解なんだ! 説明するから! 説明するから止まって今一度機会をいやああぁ―――――――っ!!」

304 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 20:04:21.78 ID:xmrrKX3z0
「今のって……島田と姫路だよな……何だったんだアレ……? つか……ご主人様どこ連れてかれたんだ……?」

                     ☆

「ん? 今何か聞こえなかったか? 悲鳴のような……」
「気のせいじゃないか? それより華雄、っさっさと水浴び済ませろよ」
「そう焦るな公孫賛、時間が無いわけでもないだろう? お前もどうだ?」
「ん〜……屋外で肌をさらすってのはどうも……まあいいか、誰もいないだろうしな」
「そうそう。さっさと入ってこい、気持ちいいぞ」
「ああ、待て、脱ぐ。しかしまあ……美波も瑞希も、よくこんな場所知ってたな」
「ああ、全くだ。後で何か礼でもさせてもらおう」

 いつか、2人が恋に連れてきてもらったマイナスイオンの出そうな小川で、華雄と白蓮は汗を流していた。
305 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 20:05:08.18 ID:xmrrKX3z0
幽州・日常編(2)
第51話 子供と平穏と連想ゲーム


「……生きてるって素晴らしいね……ムッツリーニ……」
「…………いきなりどうした、明久?」

 城の庭の芝生の上に寝転がって、そんな人生の酸いも甘いも経験しつくした老兵みたいなことを言う僕。そして、当然の反応を返すムッツリーニ。
 仕方ないだろう、こんなことを言いたくもなるんだよ。
 このところ結構な頻度で臨死体験級のお仕置きを受けているせいで、こんなただ暇なだけの穏やかな時間のありがたみを、僕は肌で感じることが出来ていた。最近は僕が何もしてなくても、状況が誤解を呼んで、その誤解が死を呼んだりするからな……。
「…………まあ、いい。多分、ロクな意味じゃないだろうから」
 未だ僕の心中を察することのできないらしいムッツリーニは、手に持っている資料をぱらぱらとめくった。
「そう言えばムッツリーニ、日向ぼっこしながら絶賛休憩中の僕に何の用?」
「…………報告。一応、お前は太守だから」
 一応……ね。ま、そうだけど。
 ムッツリーニは隠密機動部門の最高司令官だったはずだから、こいつの報告事項っていうと……斥候関連かな?
 それを聞くと、
「…………そうだが……それ以外にもある。まずは、魏と呉に放った斥候が持ち帰った情報の方から」
「うん」
「…………魏も呉も、強くなってきてる。以上」
 終わりかい。
 いやちょっと……そんなの別に聞かなくてもわかるけど!? 仮にも太守に報告するんだからさ、もっと何かこう……兵隊の数とか、得意な陣形とか、軍の規模とか……そういう重要なのはないの?
「…………無いこともないが……詳しくは紫苑に聞け」
「何で紫苑なの?」
「…………情報の整理とか、集めた後のことは、朱里と紫苑に任せてある。それに……」
「それに?」
「…………ここでわざわざ、長々と明久に話すのも、面倒」
 あっそ。
 全く……何だろう? 太守なのにこのぞんざいな扱い。
 まあいいや、後でゆっくり聞こうかな。どうせここでそんなすぐに言ってもらってもわからないだろうし。
「…………もう一つは。軍事部門関連」
「軍事?」
 軍事部門っていうと……愛紗か星かな? 何だろう、基本的に軍のことは、隊の編成から指導方針まで、彼女達に一任してるはずなんだけど。承認が必要な事柄なら、書類で提出してくれるはずだし……。
「…………愛紗たちじゃない。雄二と、姫路から」
「え?」
 雄二と……姫路さん!?
 何で軍事部門の話でその2人の名前が出てくるの? 時々顔出してるらしい雄二はともかく……姫路さんとそのカテゴリーは最も一致しそうにないんだけど……。
「…………詳しくは知らないが、どうやら新兵器の開発に着手していたらしい。午後にも試作機のテストを行うとかで、立ち合ってほしいとか」
「新兵器? そんなの作ってたの?」
「…………俺も始めて聞いた」
 あいつ……いつの間にそんなプロジェクト進めてたんだ?
 しかも、姫路さんまで携わってるなんて……どういう兵器を作ってるんだろう。まあ、雄二がやってる時点で、ロクなもんでもなさそうなのはわかるけど、彼女が戦闘なんていう物騒な部門で、どんな役割を果たすというのか……全く予想がつかない。
「…………どうやら、機密事項らしい」
「あ、やっぱりそうなの?」
「…………(コクッ)。じゃなきゃ、わざわざ俺に伝言を頼んだりしない」
 確かに。機密事項でもなきゃ、最高幹部のムッツリーニを通して伝えたりもしないもんね。部下の伝令兵でも何でも使えばいい話だ。
「…………報告は以上。失礼する」
「ご苦労様。前半は報告じゃなかった気もするけどね」
 そんな僕の皮肉を最後まで聞くこともせず、ムッツリーニは駆け足で城の方へ戻って行った。
 さて、と、
 雄二が呼んでるってか……もう少しここで休んでからでもいいよね? ちゃんと行きさえすればさ。
 僕は、引き続き芝生の上で日向ぼっこを楽しみ……

「(ひょこっ)…………」

 …………ん?

「あー! ご主人様だー!」
306 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 20:06:42.19 ID:xmrrKX3z0
目の前に唐突に……藤色の髪とかわいらしい顔が特徴的な女の子が現れた。
 しかも逆さで……ってことは、寝転んでる僕の顔を、頭がわから覗き込んでるな? っていうか、今の声は……
「こら璃々、走っちゃ……あら、ご主人様」
「璃々ちゃんに……紫苑?」
 やっぱり、璃々ちゃんか。
 そしてふと横を見ると、その璃々ちゃんの母親にして、わが軍の頼れる知将……黄忠こと紫苑が歩いて来るところだった。
「こんにちはご主人様、ご休憩ですか?」
「ん、まあ、そんなところ。紫苑は?」
「はい、わたくしも……仕事がひと段落しましたので、璃々の相手を」
「うん、お母さん、仕事終わったんだもんね〜!」
「ふふん、そうね。まあ、そういうことですの」
 璃々ちゃんの頭をなでながらそんなことを言ってくる紫苑。
 袁紹軍を撃退し、紫苑と璃々ちゃんが正式に僕らの軍に来てから結構経った。
 最初は落ち着かない様子の璃々ちゃんだったけど、ここの連中はアットホームなのが多いから、すぐになじんで元気に走り回るようになった。気が合うらしい鈴々と一緒に城内をよく駆け巡ってるから、こっちに来て数日で城内のほとんどの衛兵や使用人たちがその顔と名前を覚えていた。
 紫苑の方も、問題なく将としての任務をこなしている。持ち前の知性とノウハウ、仕事の手腕はもちろんのこと、この城には今まで僕たちが集め、朱里が管理していた膨大な量の情報が眠っている。その全てを朱里との連携で整理整頓・有効利用し、今の強大な『文月』の国を作るために一役も二役も買ってくれた。
 現在では、この国全土でその名を知らぬ者はほとんどいない、文月軍の最高幹部としてその名に畏怖を集めている。
 畏怖の対象……なんだけど、

「こーら璃々、あんまりはしゃぐと転ぶわよ?」
「だーいじょーうぶっ! 璃々、平気だもーん♪」

 こうして見てると……やっぱり、子供が大好きなふつうのお母さんだなあ……。
 楽成城で璃々ちゃんと再会した時もそうだった。人目もはばからず、我が子を抱きしめて慰めて……あの姿には、冷に徹する猛将の気迫なんてものは無くて……ただ、自分の子を心配する一人の親……って感じだったから。
 にしても、親かあ……。でも、
(そんな風に……見えないよね……)
 正直言って……紫苑は女子大生でも通用しそうなくらいに若くて、美人だ。実年齢はわからないんだけど……前に会った雄二のお母さんといい勝負だ。少し歳の離れた姉、くらいで十分自然な気がする。
 いくつなのか気になるけど……いくらなんでも、面と向かって聞くわけにはいかないよね。女性だし。
「あの……ご主人様? 私の顔に何か……?」
「え!? あ、いやその……」
 っとと! いけないいけない、いつの間にか凝視しちゃってたみたいだ。微笑みを浮かべながら首をかしげる紫苑が目に入り、わたわたと慌てる僕。
「いや別にその……何でもない! 何でもないよ、ただボーッとしてただけで……」
「あら、そうなんですか? 残念ですわ……てっきりご主人様が私に興味を持ってくれたものと思いましたのに」
「え!?」
307 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 20:08:07.71 ID:xmrrKX3z0
ちょ……予想外の返答!
 いたずらっぽく笑う紫苑の顔から、100%確信犯だとわかるんだけど……それでもこれは彼女の雰囲気も相まって破壊力が大きい!
「ご主人様ー? ご主人様、おかーさんにきょーみしんしんなの〜?」
「り、璃々ちゃん?」
 い、いつの間に!?
 眼転んだ状態から起き上がって胡座(あぐら)をかいていた僕の顔のすぐ前に、璃々ちゃんの顔がどアップで……近い近い!
「そうなの〜?」
「え、いやあの、うん…………って!」
 僕のバカ!! 動揺してるとはいえ、何正直に言ってるんだ!?
「あらあら、うれしいですわね♪」
「そっか〜! ご主人様、おかーさんにきょーみしんしんなんだ〜!」
「り、璃々ちゃん! あまり連呼しないで!」
 今のが僕の命を刈り取る死神の耳に入ったら、曲解に曲解が重なって僕の命の灯火が危うくなってしまう! さすがに3日連続はきついよ!
 あわあわと狼狽する僕を見て、紫苑も璃々ちゃんも面白そうに(璃々ちゃんは多分よくわかってないんだろうけど)笑っている。くっ……僕のライフの残量を考えるとちょっと憎たらしいけど、それを補って余りあるくらい可愛い……。
「あら、ご主人様、怒ってしまわれました?」
「え、あ、いや、別に……」
「そうですか、よかった♪」
 少しだけ眉をひそめて言う紫苑。本気で心配してはいないんだろうけど……念のため、ってとこかな?
 まあ……今の僕は恥ずかしさと生命存続の危機感とでテンションが変になってただろうから、少し変に思っても仕方はないか。
 なんて思ったそばから、
「でも……ご主人様が私に興味を持っていただけるのはうれしいですわ、女として」
 こんなことを言い始めましたよ!?
「ちょ……紫苑!?」
「ふふ、そんなに照れなくても……まだ何も具体的には言っておりませんのに」
「い、いやあの……そんな……」
「でも……いいのですよ? お望みなら……今晩にでも、お部屋に呼んでいただいても」
「し、紫苑!」
 この熱い感じからして真っ赤になっているであろう僕の顔を見て、くすくすと笑っている紫苑。
 あ、遊ばれてる……どこまで本気でどこからが冗談なのかはわからないけど……この雰囲気は完全に紫苑に遊ばれてる! くぅ……君主として……いや、男としての尊厳というものが微塵も……!
「ねえ、ご主人様ー?」
 と、横から璃々ちゃんが話しかけて来てくれた。
 ナイスタイミング璃々ちゃん! こんな女の子に頼るのは自分でもどうかと思うけど、何か話してこの流れを断ち切って……
「夜にお部屋におかーさんをよんで、何するのー?」
 怨むぞ! 小さな子供のまぶしいほどに純粋な探究心よ!
 困った……この二人のコンビネーション、凶悪だ……。
 確信犯の紫苑と、純粋そのものの璃々ちゃん……話題提供者と、その探究心をもって無自覚に傷をえぐる少女の連携は、健全な男子高校生に対して、あまりにいろんな意味で効果的すぎる……。
308 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 20:10:52.14 ID:xmrrKX3z0
と、僕はよほど困った顔をしていたのだろう。紫苑がようやく助け船を出してくれた。
「ふふふ、璃々、それは璃々がもう少し大人になったらわかるからね」
「そうなの〜?」
「ええ、そうよ。だから今はまだ我慢、ね?」
「ぶ〜っ……つまんないの〜」
 頬を膨らませつつも、璃々ちゃんは黙ってくれた。な、なんか納得いかないけど、一応紫苑には感謝しておこう。礼を言おうとして……
「あ、じゃあご主人様、おしえて!」
「え? 何かな?」
 と、璃々ちゃんは何か聞きたいことがあるらしい。僕を呼びとめて質問するつもりのようだ。
 何だろう? まあ、最大の危機も回避したことだし……
「何かな? 璃々ちゃん」

「うん、赤ちゃんって、どうしたらできるの〜?」

 何でこのタイミングでこんな質問が出てくるんですかぁ――――!?
 誰もが認めるであろう親泣かせの質問bP、『赤ちゃんはどこからくるの』……璃々ちゃん、何で今聞くの!? もしかして狙ってる!? そんなことないよね!?
 ふと目の端で紫苑を見ると、どうやら必死で笑いをこらえているらしいというのがわかった。一般人基準で見ればわからないだろうが……鉄人にばれないようにクラスメートと対話できるほどのサイレントスキルをもつ僕にははっきりと見える。肩はわずかに震え……唇のあの微妙な震えも、笑いを殺している人間の動きだ。人事だと思って……。
 と、とにかくこの状況はさっきよりまずい。何とかしないと……
 すると、

「……それも、もう少し大人になったらわかる」

「? あ! 翔子おねーちゃんだー!」
「え? あ、き、霧島さん!」
「あら、翔子ちゃん」
 と、向こうの棟から、黒髪をたなびかせて霧島さんが歩いて来るところだった。
 そのまま璃々ちゃんの所まで行き、人差し指を立てて諭すように言う。
「……大人になったらわかるから、今は我慢して?」
「え〜? つまんない〜!」
「……ごめんね? でも、仕方ないことだから、がまんしてね?」
「む〜……わかった、がまんする〜……」
「……うん、えらいえらい」
 と、瞬く間に璃々ちゃんをなだめた。璃々ちゃんはそのまま、また庭を駆け回り始めた。
 よ、よくわからないうちに問題が解決してくれたみたいだ、助かった……。
「ありがとう霧島さん、助かったよ……」
「……(コクッ)子供のあやし方は、日々勉強してるから」
 何のため? 誰のため? 言うまでもあるまい。
「翔子ちゃん、子供をあやしてあげるの、上手いわね」
 と、横から見ていた紫苑もほめていた。
「……ありがとうございます」
「うふふ、いいお母さんになれるわね」
 そう言われた霧島さんは、照れて、しかしやはり嬉しそうにうつむいて顔をほんのり赤く染めていた。か、かわいい……プールの時といい、やっぱり霧島さんのこの仕草は反則級だ……。
309 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 20:11:35.78 ID:xmrrKX3z0
「あれ、そういえば霧島さん、何でここに?」
「……紫苑さんに聞きたいことがあって。軍のことで」
「あ、仕事なの? それなら仕方ないわね……」
 と、一瞬だけ、少し残念そうな表情を見せる紫苑。撤収の旨をつたえるのであろう、璃々ちゃんに向かって何か言おうとすると、
「……あ、別に今でなくても、いいです」
 と、霧島さんがそれを止めた。
「え? でも……」
「……(フルフル)。璃々ちゃん、楽しそうにしてるから。今日中なら……」
「そう? じゃあ……お言葉に甘えさせてもらおうかしら」
 少し申し訳なさそうにしながらも、やはりうれしそうに、霧島さんの魅力的な提案に甘えることにした紫苑。霧島さんも、それがいい、とでも言いたげに笑顔でうなずいていた。
「……吉井は、紫苑さんと何を?」
「あー、僕はただの休憩。そこに、たまたま二人が通りがかってさ」
「ええ、それで、ご主人様と他愛もない世間話を」
「……そう」
 世間話……でいいんだろうか? あの内容は。
 結構濃い内容で、一方的に僕がいじめられていたんだけど……まさか霧島さんも、あの質問が前段階からの流れの上に乗って僕を苦しめていたとは思うまい。
 と、そんなことをかんがえていると、
「ご主人様ー! 翔子おねーちゃーん! 遊ぼ―!」
 そう言いながら璃々ちゃんが、僕の服の裾をつかんで、くいくいとひっぱる。横で紫苑が「こら、伸びちゃうでしょ」とか言ってたけど……耳に入ってる様子はないな。
 どうやら……遊び相手が欲しいみたいだ。一人で庭を走り回るのにも飽きたんだろう。まあ、特にすることもないし、いいかな。
 霧島さんの方を見ると……小さくうなずいてくれた。彼女もOKみたいだ。
「いいけど……何して?」
「えっとね……何しよっか?」
 考えてないんだ……。と、思ったら、
「ねえねえ、ご主人様がきめてー?」
「え、僕?」
「うん!」
 璃々ちゃんにそう頼まれてしまった。
 僕が決めるって……う〜ん……
「かくれんぼとか?」
「え〜? もっと他のは〜?」
「ほ、他の?」
 普通にやってるから、飽きちゃったのかな……? でも、他に子供の遊びなんて……
「……吉井、せっかくだから、私達の世界の遊びを教えてあげたら?」
「え? 僕らの世界の?」
「……(コクッ)。新鮮でいいかもしれない」
「なになにー? ご主人様達の世界の遊び―?」
「あら、それはわたくしも興味がありますわね」
 と、璃々ちゃんだけでなく紫苑も反応。そうか、僕一応『天の世界』の住人だから……2人ともここで行われていない遊びに興味があるんだ。さすがの発想だね霧島さん。
 ……でも……何がいいかな……?
 缶蹴りとかは、体力に差があるこのメンバーじゃちょっと無理だろうし……。
 ああもちろん、『 紫苑 > 僕 ≧ 霧島さん > 璃々ちゃん 』の順ね。うん。僕が紫苑に勝てるわけないし。
「ご主人様? 今何か失礼なことを考えませんでしたか?」
「いえ何でも」
 驚いた、すごい洞察力だ。
「でも缶蹴りがダメだと……サッカーとかスポーツ系するには人数がいないし……しりとりなんかはこっちでも定番だろうし……『かごめかごめ』はちょっとアレだし……何か道具があればいいんだけどな……」
 意外と思いつかないもんだな……昔はよくやってたんだろうけど、今の僕の遊び相手は色とりどりのグラフィックがめまぐるしく動くゲーム画面だから……。昔のこととか、思い出せないや。ああ……何かこう、こっちの世界の人達にとって新鮮そうな遊びは……。
 すると、またしても霧島さんから妙案。
「……吉井、『連想ゲーム』はどう?」
「え? あ! その手があったか!」
「「『連想げーむ』……?」」
 紫苑と璃々ちゃんが声をそろえて聞き返してきた。知らないようだ。
 いや……そりゃそうか。横文字入ってるし。
310 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 20:13:10.99 ID:xmrrKX3z0
「うん、簡単なんだよ」
 その名の通り、ある事柄について連想されるものを次々に述べていくゲームだ。例えば……『白い』っていう言葉なんかを話題にすると、

『白い』は『うさぎ』 → 『うさぎ』は『はねる』 → 『はねる』は……

 こんなふうに。
 もし連想されるものと明らかに違うものを言ってしまったり、リズムに乗って言えなかったりすると負けだ。
 そのことを説明すると、
「やるやるー!」
「あらあら、はしゃいじゃって。でも……面白そうですね、私も混ざってよろしいでしょうか?」
「もちろんだよ。じゃあ、この4人でやるってことでいい?」
「……(コクッ)。じゃあ璃々ちゃん、お題と、誰から始めるかを決めて?」
「んとねー……お題は……『お母さん』!」
「あらあら、私なの?」
 おお……これはなかなかの変化球が来た。お母さん……つまりは紫苑か。
「じゃーね、ご主人様から!」
「え、僕? えーと……」
 やばいやばい、不意打ちだ。えーと紫苑紫苑……連想連想……
「紫お……じゃなかった、『お母さん』といったら、『きれい』!」
「まあ、ご主人様ったら……お上手ですね♪」
 うっ……テンパってたせいで、つい紫苑について思いついたままのこと言っちゃった……恥ずかしい……。
「きゃははははっ! ご主人様、真っ赤―!」
「……(くすっ)次は、私」
 お、霧島さんか。
「……『きれい』といったら……『お花』」
 なるほど、女の子らしくて、璃々ちゃんにもわかりやすい例えだ。
 えっと次は……位置的に璃々ちゃんだ。
「えっとねー……『お花』といったら……『いい匂い』!」
 うん、コレも女の子らしい答えだ。さて……次は紫苑か、その次に僕に回って、そのままぐるぐる回る形になるけど……
「そうねぇ……『いい匂い』といったら……」
いったら?

「……『ご主人様』……かしら?」

 ぶほぉっ!?

311 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 20:13:58.42 ID:xmrrKX3z0
完全確信犯ながらもあまりに衝撃的な紫苑の珍答を受けて、僕はギャグ漫画顔負けのずっこけを披露した。
 ちょ、紫苑!? お母さん!? あなた一体こんな小さな子の前で何を言うんですか!? せっかくいい感じでほのぼのムードになってたのに!
「えー? おかーさん、何でご主人様がいいにおいなのー?」
「……吉井、どういうこと?」
 見ると、僕と紫苑(顔赤し。何で!?)を交互に見る璃々ちゃんと、静かな目で僕の方をじっと見ている霧島さんの姿があった。
 片やナチュラルに『?』を浮かべ、片や疑惑のまなざしをこちらに向けている。
 まずい、これは非常にまずい。
 雄二絡みでない限り、霧島さんは直接拳をうならせるようなことはしない。でも……霧島さんは最近特に姫路さんと仲がいい。もしも何かの機会に、紫苑がこんなことを言っていたなんて(事実無根ではあるけれど)漏らされた日には……。
「……吉井、瑞希が悲しむ」
 姫路さんが……?
 ……ああ、そうだよね……。処刑とはいえ、幼馴染のクラスメイトをその手にかけることになるんだものね……。いくら芯の強い姫路さんでも、良心が痛むか……。
 まあでも大丈夫じゃないかな……? きっとその作業は、彼女よりも遥かに高い殺傷技能を持つ美波との共同作業になるだろうから……ウエイト的には少しは……。
「あ、あの……ご主人様? 冗談です、冗談ですから……そんな遠い目をなさらないでください……」
「ご主人様―?」
「……………………はっ!」
 ……っとと、危ない危ない、恐怖のあまり魂が一足先にこの体から出てくとこだ……。
 見れば、3人とも少し心配そうな顔で僕らの方を見ている。
「……吉井、目の焦点があってなかったけど、大丈夫?」
「ああ、うん、大丈夫だよ」
「……瞳孔が開き始めてたけど、大丈夫?」
「ああ……えと……まあ、大丈夫だよ、きっと」
「……霊的な白いものが体から立ち上りそうになってたけど……大丈夫?」
「……大丈夫……だといいな、うん……」
 ……そう願おう。
 すると、紫苑が気を利かせてくれて(?)、
「お疲れのようでしたら……今日はもうこのくらいにしましょう?」
「ご主人さま、疲れてるの〜?」
 と、璃々ちゃん。
「ああ、うんまあ……少しね」
「ふーん……じゃあ、今日はもう休ませてあげるー!」
 と、璃々ちゃんが笑って言ってくれた。優しいな、お母さんに似たんだろうか。
 まあでも……休ませてくれるのはありがたいかな。今の珍答&最悪の未来予想図で、結構な量の精神力を削られてたりしたから。
「そのかわり〜……また一緒に遊ぼうね!」
「うん、わかった。また今度ね」
「翔子おねーちゃんも!」
「……うん」
 霧島さんも、小さく、しかしはっきりと頷いた。
 それを見て、璃々ちゃんは嬉しそうに笑う。
「それでは、失礼しますご主人様。璃々、行きましょ?」
「うん! ばいばーい!」
 手を振って歩いて行く紫苑と璃々ちゃんを、僕と霧島さんは並んで見送った。
 やっぱりこうして見ると……一軍の将とかそういうの以前に、紫苑は璃々ちゃんのお母さんで……一人の魅力的な女の人なんだよな……。
 いつか……戦争の合間にしか見られないようなこの微笑ましい光景が、当り前になる日がくるといいな……。
 ……なんて考えてたら、
「……あ」
「? どうしたの霧島さん?」
「……紫苑さんに用事、忘れてた」
 あ、そうか。霧島さんもともと、紫苑に用事があって探してたんだっけ。
 璃々ちゃんとの遊びに夢中になって、僕ともどもすっかり忘れてたよ。
「……追いかけてくる」
「あ、うん、いってらっしゃい」
 と、言う前に霧島さんは駆け足で紫苑の向かった通路へと向かった。
 ……さて、と。霧島さんも退場した所で、
 僕はまた……戻りますか。自室に。
 璃々ちゃんと遊んで、心なしかリラックスできたみたいな気もするし……今ならいつもより早く仕事が片付きそうだ。うん、このモチベーションが続いてるうちに、すませてしまおう。
 そんなことを考えながら、僕は早歩きで残りの書類が待つ自室へ向かった。



 あれ? 何か忘れてるような気が……。
312 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 20:14:27.00 ID:xmrrKX3z0
「明久君、遅いですね……」
「ああ、まさかあのバカ、忘れてるんじゃあるめーな……? わざわざムッツリーニ通して召集知らせたってのに……」
「新兵器の実験、太守である明久君にも立ち合っていただきたいですもんね……」
「ったく……」

313 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 20:15:16.77 ID:xmrrKX3z0
幽州・日常編(2)
第52話 愛紗と不満と八つ当たり

 某日 魏領・王宮

「なるほど、文月が?」
「はい。急速に勢力を拡大させています。このまま捨て置くわけにもいかないかと」
 ここは玉座の間。黒髪に、左目に眼帯をつけ、魏にその人ありとまで言われた猛将・夏候惇は、玉座に座るその主、曹操にそう進言した。すると、その隣にたたずむ少女……軍師の荀ケが口を開く。
「でも春蘭、今我々は、秋蘭を中心とした西方制圧作戦を実行している最中なのよ? 今すぐに行動を起こすことはできないわ。文月など捨て置けば……」
「そうはいかないだろうと判断したから、こうして華琳さまにご報告申し上げたのだろう!」
「落ち着きなさい、春蘭」
 と、荀ケの言い方にいささか腹が立ったらしい夏候惇を、曹操はぴしゃりといさめた。
「は……」
「確かにね……無視はできないわ。今やあの『天導衆』の勢力は、この大陸において、我ら曹魏、そして孫呉に次いで強大なものになっている……早めに対処しなければ、後々厄介なのは事実よ」
「ですが華琳様、今秋蘭を呼び戻すわけには……」
「そうよ。だからこの件は、秋蘭が戻って、西方の併呑・平定が完全に完了するまでは保留……いいわね、春蘭?」
「はっ……華琳さまがそう仰るならば、私に非はありません」
「よろしい。ふふ、では春蘭、閨で私の相手を務めなさい」
「は……はい!」
 今まで緊張感に満ちていた夏候惇の顔が、ぱあっと喜びと嬉しさにゆがみ、年相応の笑顔を浮かべた。一方の荀ケは面白くなさそうに、
「華琳様、私は……?」
「あなたはおあずけよ」
「あぅ……意地悪です……」
「ふふっ、最高の賛辞ね」
 荀ケの残念そうな顔を面白そうに笑う曹操の声が、玉座の間に響いた。
 もっとも……曹操の『奴隷』であり『犬(ペット)』を自称・自覚している荀ケにとっては、その言葉もまんざらではなかったのだが。
314 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 20:16:44.50 ID:xmrrKX3z0
別の日 呉領・王宮
「曹魏、文月、共に国力の充実を見せています。こと文月に関しては、過去に例を見ない成長速度とのこと……」
 玉座の間の軍議の席にて、玉座に座る孫権に対し、孫呉の筆頭軍師である周瑜は淡々とそう報告した。
「そうか……曹操の魏はともかく、あの文月がな……」
「連合軍の時は、取るに足らない、って言ってもいいくらいの小規模国家でしたのに、ここまで大きくなるなんて予想外ですね……」
「ああ……弱腰になるわけではないが、末恐ろしいな」
 と、豊満な体つきと眼鏡、穏やかな口振りが特徴的な軍師・陸遜と、鋭い目に細身の体躯が高い戦闘の実力を匂わせる武将・甘寧が続けて発言した。
「皆、同様の見解か……。陸遜、我が方の状況はどうだ?」
「はい、えっと……私の方で、新規に採用した兵の調練を進めてはいるんですが……兵の集まりが悪いのと、調練が思うように進まないのとで、順調とは……」
「すぐには軍事行動には移れそうにない……というわけか?」
「はい、当分は……」
 しゅんとして、呟くように言う陸遜。
 と、ここでもう1人の軍師、周瑜が口を開いた。
「……仕方ない、私が出よう」
「そうしてもらえると助かりますです〜……」
「頼むぞ、周瑜。お前が出るとして、準備が整うまでいかほどだ?」
「およそ1ヶ月……といったところかと」
「そうか……わかった。可能な限り早く調練を終えられるよう奮励せよ。陸遜は両国に間諜を放ち、情報を集めよ。今後は情報の鮮度が命になる」
「御意」
「わかりました〜」
「以上で軍議を終了とする。皆、持ち場に戻れ」

                        ☆

 仕事も一段落し、時間的な余裕ができたので、僕は気分転換がてら、庭を散歩していた。
 さすがに城というだけあり、仕切りの壁を除けばかなりの広さだ。しかしただ広いだけではなく、木や池、生け垣といった自然を思わせる風景も随所にあり、軽い散歩にはもってこいのエリアなのだ。
 こんな庭付きの家(城)に住めるってだけでも贅沢きわまりないけど、その上僕の周りには、家事その他全般をこなしてくれる使用人・侍女達や、それこそ向こうの世界じゃ一発でスカウトされるような美少女武将達がいっぱいいる。そしてその全員が僕のことを『ご主人様』なんて夢のフレーズで読んでくれる。
 ……いや〜……改めて思うけど、楽できるって意味でもやましい意味でも、本当に夢のような状況だ。ああもう僕下手したらここで死んでもいいかも……

「はああああぁぁぁぁっ!!」
「ぎゃああああぁぁぁっ!?」

 やっぱりよくないですごめんなさい殺さないでっ!!
 ――――って、

「斬って差し上げましょうか?」

 …………愛紗?
 僕の目の前には、いかにも機嫌の悪そうなジト目をして、獲物を手に仁王立ちしている愛紗がいた。
「えーと……何!?」
「いえ、別に何でもありませんが」
 ……斬りかかってきてそりゃないでしょ。
「それで?何のご用でしょうか?」
「は?」
「用があるならお早くお願いします。私は見ての通り鍛錬の最中ですので」
 愛紗は僕のすぐ隣にとどまったまま、素振りをしながらそう言う。
 いや……だから用も何も、先に話しかけてきた……というか斬りかかって来たのは愛紗じゃ……?
315 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 20:17:22.46 ID:xmrrKX3z0
「全く……ご主人様は……へらへらと……節操のない……っ!」
 素振りのかけ声が僕への不満や文句や悪口に聞こえるあたり、確信犯だとわかる。
 ……実のところ……今朝からずっとこんな感じなのだ。
 愛紗の気が張ってるのは何も今日に限った話じゃない。僕らの国が強大な力を手にし、大陸に君臨する 『三大勢力』の一つに数えられるようになってからは、前以上に普段から緊張感を纏うようになっていたんだ。
 けど、今日のはまた厄介というか何というか……。
 そもそものきっかけ(多分)は、今朝の軍議でのこと……。
316 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 20:18:04.08 ID:xmrrKX3z0
「では、ムッツリさんから、間諜さん達が持ち帰った情報について報告を……」
「…………できれば、本名で呼んでほしい……」
 自らの宿命を呪う文句を呟きつつ、ムッツリーニがその場で立ち上がる。
「…………大まかには、手元の資料にある通り」
 ムッツリーニの言う資料というのは、前もってムッツリーニが朱里や紫苑に手伝ってもらって作成し、みんなの机に置いておいたものだ。この軍議で扱う一通りの情報が、レジュメ形式で記載されている。まあ、よく会議の前に配られるプリントだね。
「ムッツリーニ、これパソコンで作ったのか?」
「…………(コクッ)天導衆メンバーのは、ワープロソフトで普通に日本語で、他のは、朱里に頼んで手書きの原稿を作って、スキャナーで取りこんで印刷して作った」
「ほう……よくわからぬが、天界には便利な道具があるのだな」
 星が、隣に座っている翠の資料と自分の資料を見比べて呟いた。文字の形が全く同じであることに感心しているらしい。そりゃそうだ、プリンターで印刷したんだから、ミリ単位で一緒だ。
 技術に対する関心もほどほどに、みんなは資料の内容に目を走らせる。
「勢力とかだけ見ると、魏も呉もウチらと同等かそれ以上、って感じね」
 と、美波。僕らの文の資料は日本語で書いてあるおかげで、彼女でもさらりと読めるみたいだ。次いで、姫路さん達も発言する。
「ここに載っている数で全て……とは考えにくいですから、本当の所はこれ以上、って考えた方がいいんでしょうね……」
「……多分、そう。それに……袁紹の時と比べて、情報量が格段に少ない」
「まあ無理ないよ。むしろ、これだけわかったんなら上出来じゃない?」
 口々に、聞きようによってはネガティブともとれる意見を話す。
 それも当然だろう。今回の敵である魏と呉、曹操と孫権は、今までの敵(袁紹含め)とはわけが違う。共にこの大陸の勢力図を僕らと3分割する超強豪だ。軍事力はもちろん、情報管理にも細心の注意を払っている。兵力に、出城・支城の位置、各所に駐留する戦力か……工藤さんの言葉通り、これだけの情報が手に入っただけで上出来かもしれない。
「じゃが……正味、これでは慎重にならざるを得んな」
「だな……まあ、何であれ油断できる相手じゃねえんだ。その意味では変わらねーがな」
 あの2人を相手にするんだから、これまで以上に慎重にことを構えるべきだ。これについては、聞くまでもなくみんな同じ考えだろう。
「じゃあ、それを踏まえたうえで色々と話……」
 ところが、

「何をいまさら話し合う必要があるのです?」

317 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 20:18:59.62 ID:xmrrKX3z0
「「「!?」」」
 …………え?
 今、僕の言葉を遮る形で割り込んできたセリフ。その発信源は……声と言い、聞こえた方向といい……紛れもなく……愛紗?
「「「…………」」」
 発言を中断された僕と同様、いきなりの出来事にきょとんとしている皆に構わず、愛紗は口を開いた。
「今日に至るまで、国力の増進と兵達の調練を続けてきた我々です。さらに、此度(こたび)の間諜達の帰還により、情報の多分に手に入りました。この上、何の準備が必要とおっしゃるのです? 大願果たす日は、最早目前でしょう」
 そう一息に言いきった愛紗の目には、口ぶりには、寸分の迷いも感じられなかった。
 えっと、それってつまり……
「今すぐにでも、打って出ようってことか……?」
 僕が、そして全員が聞きたかったことを、翠が代わりに聞いてくれた。
 当然、愛紗の答えは、
「無論だ。曹魏、孫呉……恐るるに足らず!」
 有無を言わさぬ、といった表現がぴったり合いそうな口調できっぱり言い放つ愛紗。
 ……が、残念ながらその答え、有無を言わせてもらわざるを得ないものだったりする。
「よろしいですねご主人様? 一刻も早く、全軍に号令を」
「え、ちょ、愛紗……」
 と、ここでさすがに口を挟む気になったらしい。先程まで傍観に徹していた星が、僕をかばう形で口を開いた。
「やれやれ、敵を知り己を知れば百戦危うからずと言うが……そのどちらも見えていないのでは一里として進めまい?」
「! 何だと?」
 愛紗がカチンと来たらしい。言い回しがちょっと難しくてよくわからなかったんだけど……何やら星が皮肉を言ったらしいことはわかる。
 その星を、愛紗はギロリ、とか効果音がつきそうな鋭い目つきで睨む。おぉ……怖っ。
 僕が睨まれてるわけでもないのに、身が縮こまる思いだ。それだけ今の愛紗がまとっている空気というか……気迫はすごい。その気迫にも、星は動じていないようだけど。
「頭を冷やせと言っているのだ。お前には魏や呉が、今まで戦ってきた連中と同程度に見えるわけではあるまい? 両陣営、国力は突出して高く、わが軍に劣らぬ猛将・知将を備えている。うかつに攻められる相手ではない」
「臆したか、星?」
 どうやら……話の内容に耳を貸す気はなさそうな愛紗の、そんな冷たい返事。
318 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 20:20:16.09 ID:xmrrKX3z0
「この私が? ……つくづく今の貴様の目は曇っているな、愛紗」
「ちょ……ちょっと2人とも!?」
「お……落ち着いて下さいお2人とも! ご主人様の前なんですよ!?」
 と、何やら玉座の間に、殺気とも呼べそうな空気が満ち始めたのを悟り、慌てて僕と朱里が止めに入るけど、
「ご主人様は黙っていていただきたい!」
 一蹴。
 いやあの……僕一応君の主人なんですが……話も聞いてもらえないの?
 いつもならここで自分の無力さを痛感して、雄二あたりに『明久、部屋の隅で膝を抱えて座るな』って感じのツッコミを貰うとこだけど……今はそんな暇もない。余裕もだ。
「今日の愛紗ちゃんは……何だか変ね……?」
「ホントだな。勇気と無謀を混同するような頭でもあるまいに」
「にゃはは、翠に言われちゃおしまいなのだ」
「うっせ」
 と、一軒微笑ましい会話が繰り広げられる裏でも、
「翠、貴様……私を愚弄するのか?」
 愛紗はクスリとも笑わず、そう一言。
 メンタルが弱い人ならその一言で気絶しそうなくらいの愛紗の声は、地割れの底から響いて来てもおかしくないぐらいの迫力だ。
 ……これは……いよいよおかしいな。
 いつもなら、突っ走りがちな鈴々や翠のストッパー役になり、何かと頼りない僕を諭し、励ましつつ、目を見張る活躍をしてくれる愛紗。熱さと冷静さを兼ね備えた彼女の実力は、あらゆる面で僕らが頼りにするものだ。
 しかし……今の愛紗は、何かが違う。
 むきになって翠の皮肉に言い返し、戦場にでもいくのかと思うほど剣幕の今の愛紗には、いつものような頼もしさはなく、威厳すら薄れている気がする。
「貴様らも貴様らだ。この程度の安寧に満足し、この大陸の平定という我らが大願を、先送りにすることに賛成だとでも言うのか!?」
「そうは言っておらんだろうが。無策でかかれば、負け戦が待つのみだというだけだ」
「そうね……例えどちらか一方に勝ったとしても、もう一方に横槍を入れられるかもしれないものね」
「ああ、そりゃたまったもんじゃねーや」
「鈴々も、慎重にやった方がいいと思うのだ」
「そうですね……今後は、一つ一つの状況が大局にかかわってきますから」
「……皆、同意見なのか?」
 口々に慎重にやるべきだ、という意見を述べた星、紫苑、翠、鈴々、朱里を見た愛紗は、面白くなさそうな、軽蔑すらしていそうな調子で言った。
「そういうことだ」
 と、星。
「くっ……揃いもそろって……敵が強大であろうと、この乱世を鎮めるための戦いにためらいを抱くなど……弱腰すぎる! 貴様らはそれでも武人か!」
 僕の隣で小刻みに震えてる朱里が『軍師です〜……』とか言いたそうにしてるんだけど、ここでそんなジョーク調のことを言ったら、火に油だろう。
 と、代わりに今まで発言していなかった方の武人が口を開いた。
「武人かどうかはこの際関係あるまい。皆が言ったことに、何か一つでも間違った点があるか?」
「華雄……! 貴様……新参の分際で……」
「新参かどうかは語るべきことではない。重要なのは、内容であろうが。愛紗……貴様やはり、周りが見えていないな」
「……何だと……?」
 もうそろそろ、愛紗がマジギレするかもしれない。
 しかし、いかんせん華雄の発言は圧倒的に正論。誰も何も言わない。もっとも……恐らくそれも愛紗を沸騰させかけている原因の一つなんだろうけど。
「………愛紗、怒ってる?」
 と、心配そうに恋が聞き返す。
 恐らく、それも恋の優しさからくるものなんだろうけど……今の愛紗には、それは届かない。恐らく恋のことも、緊張感のないたわけ……くらいに見ているかもしれない。
「私にはそれこそ、言い訳にしか聞こえんぞ。戦えるだけの武力も準備もあるというのに、それを振るおうとせず、戦いを先延ばしにするなど……。そもそも貴様ら、乱世を鎮めるべくこの地に降り立った『天導衆』の8人を前にして、ましてやご主人様の前でそのような態度、部下として情けないとは思わんのか!?」
 と、ここでとうとうこっちサイドからも反論を口にする者が出始めた。
 口火を切ったのは……やはりというか、
「何だ愛紗、まるで俺達からは賛成意見がもらえるとでも思ってそうな言い方だな」
 雄二が、イスに座って腕組みをした状態で言い放った。
「……っ!?」
 と、愛紗はどうやらそのセリフが予想外だったらしい。目に見えて驚いていた。
「どういう意味か? 坂本殿……」
「どうもこうもなかろう。ワシらも星達の考え方に賛成、ということじゃ」
 と、秀吉も口を開く。
「木下殿、あなたに聞いていないのだが?」
「同じことだ。俺もそう言ってる」
「な……っ!」
 続けざまに、他のメンバーも口を開く。
319 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 20:21:23.40 ID:xmrrKX3z0
「…………慎重になるのは、何も悪いことじゃない」
「そうよね。さっきも話したけど……今回は相手が相手だもの」
「油断はできないよね……ボクも、今回は時間かかっても慎重に行くべきだと思うよ」
「……急いては事をし損じる、ともいう」
「そ……そうですね。まだそんな、あの、急ぐこともないですし……」
 最後の姫路さんは、睨みつけてくる愛紗の視線にさらされて、まるで酸素濃度が薄い中で話しているかのようだったけど……みんなそれぞれ主張を述べる。
 その愛紗は、みんなの一言一言を、苦虫を噛み潰したかのように渋い顔で聞いていた。
 ……さて、愛紗には悪いけど、
「愛紗、……僕もこっち側だよ」
「! ご主人様まで……っ!?」
 鈴々を除けば一番付き合いが長い僕くらいは賛成してくれると思ってたんだろうか、愛紗の顔が、表情が、驚きとショックでゆがんだ。
「なぜです!? この大陸の乱世を鎮めるのは、ここに降り立ったご主人様ら『天導衆』の、そしてあなた方につき従う我々が帯びた天命でしょう?」
「いやあの……」
 だからそれ全部、最初の戦いの時に兵力目当てで作ったハッタリの産物……。
 僕らはただの学生なんだよ……って所からホントはツッコみたいんだけど、今気にしてる場合じゃないな。
「それはわかるが愛紗、今のお前が言ってることはほとんど暴論だぞ?」
「何が暴論か!? 坂本殿、私が何か間違ったことを言っているとでも言うのか!?」
「…………情報が少ない段階で攻め込むのは好ましくない」
「討伐軍の時を思い出せ! あの時も、情報はほとんどなかった。今とは比べ物にならんほどにだ。しかし、我々は勝った。そんなこと、恐れずとも……」
「その結果、白装束達の奇襲にあって、明久が死にかねない状況に陥ったはずだが?」
「う……っ!」
 と、雄二に痛い所を突かれた愛紗が怯む。
「愛紗よ、お主今、何か間違ったことを言っているか……と言ったな? ほぼ全て、と言ってもいいくらいじゃぞ?」
「な……?」
「……討伐軍の時は確かに勝ったけど、その時は曹操も孫権も、袁紹も味方だった。でも今度の戦いは、私達の単独戦」
「むしろ2人ともウチらの敵の三つ巴状態なのよね。あー気味悪い」
「そうそう。第一、ボクらの目的は、戦って『勝つ』ことでしょ? そのために回り道をするのは、何も恥ずかしいことじゃないよね。」
「斥候を放っても無駄だった討伐軍の時とは違って、まだまだ情報を手に入れる余地がありますからね」
「つーか、過去の戦から何かを学ぶのはいいが……無策の言いわけ目的で比較対象に引っ張り出すな。ガキじゃあるめーし……こんなこと比べたって仕方ねーってことくらいわかんだろ」
 口撃の集中砲火に、雄二の辛辣とも言っていいセリフ。今の愛紗には、相当に応えるだろう。
 にしても雄二……さすがに言いすぎじゃ……?
「お前の言いたいこともわからないわけじゃない。秀吉はさっき、お前の言ってることが全て間違いだとは言ったが……その目的、この大陸の乱世を鎮める、ってのは、俺たち全員共通の大願だ」
「であれば!」
「だからって急いでやってつまずいたら何にもならねーだろ」
 と雄二。取り付く島も与えない。
「それに愛紗、もう少し考えれば、もっといい方法が見つかるかもしれないじゃない!」
「方法?」
 いぶかしむような視線が、僕に向けられる。
「このまま戦って、仮に勝てても、被害がそれこそシャレになんないでしょ? その被害も、慎重にやれば極限まで抑えられるんだし……」
「そ、そうです! そうなるように、私も軍師として策をたくさん考えますから!」
 おお、朱里、この空気の中でよく口を開けたな。
「だからその……ね? 愛紗さんも、ここは納得してください! 皆さんの言うとおり、今まで以上に慎重に行きましょう? ね? ね?」
 懇願、と言ってもいいくらいに、必死な朱里の姿。愛紗もさすがに言い返そうとはしない……が、納得していないのは明らかだ。
 と、これ以上何か言われる前に、雄二がトドメをさした。
「ここはこいつの……明久の顔を立ててもらおう。愛紗……黙れ」
 辛辣とも言える、雄二の言葉。
 結果的に、命令で強制的に黙らせる形になってしまった。
しぶしぶ黙らざるを得ない状況に追い込まれた愛紗のみならず、僕ら全員がこの軍議の場に居心地の悪さを感じる幕引きとなった。
 その少し後
320 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 20:21:53.48 ID:xmrrKX3z0
「そ……それじゃあ、軍議を再開しますね……」
 との朱里の一言で、僕らはうまく切り替えて軍議を再開した。
 有用な意見もそれなりに出て、方針と具体的な政策の決定という、この軍議のもともとの目的は、一応十分に達成されたものの……。

 その軍議中に、愛紗が再び口を開くことはなかった。

321 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 20:22:33.84 ID:xmrrKX3z0
とまあ、こういうわけなんです。
 愛紗がいきなり僕に襲いかかってきたことと関係があるのは、明らかだ。
 怒るのも無理ないや。自分の意見を全員から真っ向否定&即時却下された上に、半分強制みたいな形で黙らされたんだから。
「ご主人様、用がないのならこれで失礼させていただきたいのですが?」
 そのセリフ、そっくりそのまま返したい。雄叫びとともに斬りかかられた挙げ句、こんな風に散々言われてるこの状況って何なんだろ?
「で、ご主人様?」
「いやあの……何もない、です……」
 何か、言い返してもムダな気がする。むしろ藪ヘビになりそうな気すらする。黙っとこ。
「そうですか。何もないのなら、呼び止めないでいただきたいものですね」
 だから呼び止めてません。
「では、私はこれで戻ります。こう見えても暇ではありませ……」
「ここにいたのか、愛紗!」
 と、もう一つ別の声が割り込んできた。
 声のした方を見ると……訓練場のある方から、汗を拭きながら華雄が歩いてくるところだった。華雄が愛紗に用事? 珍しいな。
「全く……探したぞ。今までどこにいた?」
「何だ華雄、私に何か用か? 見ての通り、私は鍛錬で忙しいのだが」
 相手が華雄に変わっても、今の愛紗のとげとげしい口調に変化はない。全く……。
 と、そのセリフを聞いた華雄の表情が、何やら怪訝そうなそれに変わった。
「『何か用か』ではなかろうが。愛紗、お前訓練はどうした?」
「「訓練?」」
 僕と愛紗の声が揃った。
「今日の午前中の訓練の当番は、私とお前だっただろうが。よもや……忘れたのか?」
「……っ!」
 と、愛紗の表情が『しまった!』とでも言いそうなそれに変わった。あらら……図星か。
 でも、真面目な愛紗が自分の仕事を忘れるなんて……珍しいなんてもんじゃないぞ?
 ……ってまあ、理由はほぼわかってるんだけどね……。
「それは……すまなかった。今すぐ行く」
「いや、いい。たまたま近くにいた翠に代役を頼んだからな。お前は翠がやるはずの、午後の警邏をかわってやれ」
「そうか……わかった……」
 少し残念そうな、というか、自分を責めているようにも見える愛紗。自分のイラつきが原因で仕事をすっぽかしたことにイラだっているのか、翠に迷惑をかけたことに対してか……もしくは、その両方に、か……。
 と、静かになった愛紗に、華雄はこんな一言を。
「やれやれ……まだ今朝の決定が不服か?」
 …………うわぁ。
 さすが直情型の華雄、オブラートに包むこともせず、ズバッと直球。
 いや、理由は当たってるんだけど……そんなどストレートに言うとこの人は……。
 案の定、愛紗はしゅんとした表情から一転、不機嫌オーラ全開の表情にコンパートした。
「……何だと?」
「そうなのだろう? 普段のお前からは仕事を忘れるなど考えられんことだからな。大方、今朝の決定が不服で平常心を……」
「違う」
 最後まで言わないうちに、即座に否定する愛紗。
「いや、違わんだろう?」
「違う。断じて違う」
「……あはは……」
 頑なに認めようとしない愛紗が言う反論の内容は、最早小学生のそれだ。
 と……小声とはいえここで笑ったのはまずかった。
「ご主人様、何かおかしいところでも?」
 標的が僕に変わった!?
「い、いや……特に何も……」
「いいえ、今たしかに笑いました。何がおかしいのです?」
「いやあの……」
 新たなイライラ発散のターゲットに対し、愛紗は容赦ない追求。言わないと解放してもらえそうにないけど、言ったら言ったでロクなことにならなそうだ。
 と、ここで華雄が助け舟を出してくれた。
322 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 20:23:33.33 ID:xmrrKX3z0
「愛紗、いらだつ気持ちはわからんでもないが、そのあたりにしておけ。吉井殿が怯えている」
「何だと?私のどこが怖いというのだ?」
 逆に聞こう、どの辺に怖くない部分が?
「今のお前からそうでない部分を探すことの方が難しかろう。とりあえず落ち着け」
「落ち着いている!」
「どこがだ」
 華雄、一蹴。
「全く……決定に納得がいかん歯がゆさは察するが、だからといってだな」
「バカを言うな。例え私個人として反対であろうと、ご主人様が決定を下した事項である以上、私に否はない」
「否はない奴の態度ではなかろうが」
「そうそう愛紗、ともかく落ち着いて。子供じゃないんだから……」
「何か言いましたか!?」

 ジャキン!

「ひいっ!?」
 一瞬にして僕の首もとに突きつけられる愛紗の刃。ちょ……危ない危ない!! 訓練用の模造刀でも、切っ先はまずいって!! 痛いから!! 下手すると刺さるから!!
「私の何が子供なのでしょうか、ご主人様!?」
「いやいやいやいや! 何も無いです何も!」
 ヤバいヤバいヤバい! どうやら今の愛紗は些細なことですぐ導火線に火がつつくみたいだ……コレ早くなんとかしないと……。
「全く……ご主人様はいいですね?悩みが無さそうで。だから私のような者が犯すこのような失敗もせずに済むのでしょう」
 やっぱり引きずって悩んでたんじゃないか! そして何気に酷い言われようだ!
 いや、もういい! この際もうそれでいいから、小言なら聞くからとりあえずこの状況から解放して……
 ……と、ここでこの場にいたもう1人の猛将にも火がついた。
「愛紗! 貴様いい加減にしろ!!」
「「!?」」
 突如として庭に響き渡った華雄の怒号に、僕と愛紗、2人ともの目が丸くなる。
 見ると華雄は、先ほどまでの訓練で使っていたのであろう、模造刀の大戦斧を手に持って、顔には怒りを露わにしていた。
「何だ華雄、要らん大声を出しおって」
「黙れこの恥知らずが!」
「何!?」
 突然の暴言に、愛紗の怒りの対象が華雄に移る。同時に、怒りのボルテージが大幅にUPした。……しかし僕の目には、なんだか華雄の方が怒っているように見えた。
「私のどこが恥知らずだというのだ!?」
「そうであろうが! 大陸統一は貴様がこの文月陣営旗揚げ以来掲げてきた、唯一にして絶対の目標。それを先延ばしにされて歯がゆい気持ちはわかる……だが、その怒りを腹に溜めるに余って公務に支障をきたすのみならず、言うに事欠いて君主に八つ当たりするとは何事だ!! 貴様それでも武人か!?」
「なっ……!」
 ショックを受けたような顔になる愛紗。言葉にされて初めて、自分がしていたことを認識したらしい。まあ……完全に八つ当たりだったもんな、アレは……。
 が、華雄は追求の姿勢を緩めない。もともとがこういう忠義に厚い性格だからか、今の愛紗の行動はさすがに許せないと見た。
「お前の目指す太平の世は、そんな不要な争いの先に……ん?」
 と、ここで華雄はようやく、愛紗が先ほどから黙っているのに気づいたらしい。愛紗は口こそ閉ざしてはいたが、苛立ちをにおわせる雰囲気は相も変わらず纏ったままだ。
 でも……どうやら、今の華雄のセリフが相当効いたらしい、というのは何となくわかる。
 手はだらんと横に垂れ、今にも得物を取り落としそうに脱力した姿だ。
 ん〜、これはこれで、何て声をかけたもんか迷うな……。
323 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 20:25:15.37 ID:xmrrKX3z0
「あの……愛紗?」
「ご主人様」
 と、大きくも小さくもない、しかし明らかに沈んでいる声で、愛紗は反応した。
 しかしどうやら……会話を成立させる気はなさそうだ。
「……何?」
「翠の代わりに警邏に行かなければなりません。準備をしたいですので、これで失礼します」
 午後の警邏までは大分時間があるんだけど、それを言う気にはなれなかった。愛紗は僕と華雄に背を向けると、自分の部屋へ走って帰っていった。
 僕も華雄も、追おうとはしなかった。

                        ☆

「ふむ……主も災難でしたな?」
「はは……まあね」
 僕から見て華雄の反対側に座っている、星が軽く笑う。
 あの後、星は唐突に現れて残された僕と華雄に接触し、そのまま庭の一角に設けられたベンチに座って……今に至る。
「して、星よ、お前どのあたりから見ていた?」
 と、華雄。星によると、たまたま通りかかったところ僕らの口論が聞こえてきて、そこから先、去るに去れず、かといって口を挟むのも無粋。悪いとは思いつつも、結果的に立ち聞きしてしまった……ということらしい。
「ふむ……そうですな。主をめがけて、愛紗が大上段に得物を振りかぶるあたりからか」
 ……つまり、最初からか。
「全く……相変わらず食えん女だ」
「結構、自覚している。しかし主よ」
「何?」
「此度(こたび)の決定……愛紗には不満があるようですな?」
「まあ……そうみたいだね」
「奴にしてみれば、大願を果たすのを先送りにされたのと同じだからな」
 僕も華雄も、それはよくわかっている。でも……それを覆すわけにもいかないから、愛紗の説得が難しいんだ。
「まあ、あやつの心中も察するところですが……私としても此度の行動は了しかねますな」
「行動?」
「主に対しての八つ当たりです。いかに無視の居所が悪かろうと、あのような真似は武人の矜持に著しく反する」
 なんだ、そんなことか。
 いや、僕は別にその辺は気にしてないんだけどね。
 むしろ……あんな風に言われて、それがあながち間違ってないから情けなくなったっていうか……
「それだけ冷静さを欠いているということだろう。仕方ない……とは言えんがな」
「そうだな……ところで華雄よ」
「ん?」
「先ほどのお前の叱責、何やらいつにもまして気迫があるように思えたが……何か気になることでもあったのか?」
「!」
 と、そう指摘された華雄の表情が、若干こわばったそれに変わる。よくはわからないけど、どうやらあたりらしい。
324 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 20:26:20.88 ID:xmrrKX3z0
「ふっ……適わんな、星には」
 華雄はやれやれ、と言った感じで首をふる。
「やはり武人としては……主君に対してのあのような態度は目に余るか?」
「それもあるが……まるで昔の自分を見ているようで腹が立ってな」
「昔の華雄?」
「ええ、昔は自分も、あのように己の信条と武勇のみに重きをおき、先を見て考えるということをしないタチでしたからな」
「おや、今は違うと?」
「ふっ……手厳しいな」
 からかうように言ってきた星の言葉に、華雄はムキになることもなくさらりと返した。
「はっきりどうなったかはわからんが……自分なりに変わったつもりだ。少なくとも、要塞という武器を無視して外に出る程に猪武者だったころよりはな。それだけ、ここで過ごした日々は私にとって新鮮だった」
「新鮮?」
「ええ……武人たるもの、戦いに出て武勇を披露してこそ、というのが私の信条でしたからな。ゆえにここに来てからは、しばしばここの連中の軽い感じに戸惑ったものですが……慣れたというか何というか。今までと違う生き方・気の持ち方を知った気がしました」
 華雄は、自分でもどう言ったものか考えながら話している感じだった。でも、その表情は不思議と安らかに見えた。
「ふむ……ならば、その変わることができた華雄に説得してもらえばよいのかな?」
 と、星。
 すると華雄は眉をひそめ、苦笑いで手を振った
「おいおい勘弁してくれ、私はそんな真似ができるほど口が達者ではない。それなら星、お前の方が向いているのではないのか?」
「ふむ、口が達者という点では自信はあるしそうかもしれんが……いいのか? 私では諭すのではなく、言い負かす形になってしまうぞ?」
 確かに。星が口喧嘩で負けたのは見たことないけど、そのやり方はいささか、というかけっこう喧嘩腰だ。
 仮に愛紗に星をぶつけたとしても、おそらく愛紗の機嫌が更に悪くなるだけだろう。そうなると……後々ますます面倒だ。主に僕が。
 すると、少し考えた後、何か決心したような顔になって、

「ならば、方法は一つだな……ここは主にお任せしよう」

 ………………はぃ?
「ぅぇええっ!?」
 ちょ……何でここで僕に来るの!? 何このムチャ振り!?
「? 何を驚いておられるのです? しかも『ぅぇええっ!?』などと珍妙な声を」
「いやいやいやいや! それそのまんま僕のセリフだから! てか何で僕!?」
 今の僕の顔は、本能寺で明智光秀が攻めてきた時の織田信長といい勝負のパニックフェイスになっていることだろう。いや無理ないよね?
「そうでしょう? 家臣が気持ちよく働けるようにするのも、主の務めというもの」
「いや、それはわかるけど……」
 いくらなんでも荷が重すぎるような……。さっきの例もあるし、下手すると僕斬られるんじゃない?
 というか、いくらそれが『主の務め』だからって、わざわざ人事に僕みたいな不器用な主を選ぶ必要は無いんじゃない? こういう仕事なら、紫苑とかの方が向いてる気がするし、効率を重視するならそっちの方が……。
 と、そう言ったら、
「何を言います?この件に関して、むしろ主以上に適任な人事はないように思われますが?」
そんなことを言われた。どういうこと?
「ふふっ、ご自分でもそういう所に無頓着過ぎるがゆえに、皆がこうしてついてきているのでしょうな」
「まあ……否定はせんが、災難だな、吉井殿」
「えぇっ!? 華雄も同意見なの!?」
 何で!? 星だけならまだ冗談かもって可能性あったのに!
「いや……吉井殿なら、案外ささっと片づけてしまえそうな気がして……」
「……えぇ…………?」
 んな、何を根拠に……。
「まあ、そういうわけで頼みましたぞ、主」
「……うぅ……わかったよ……やってみるけど……期待とかしないでよ?」
 もう少し何か言い返そうかと思ったけど……なんだか何言ってもムダそうだ。それに、なぜか紫苑とかに相談しても似たようなことを言われそうな気がするし……。
 しょうがない、こうなったらダメ元だ。片づける前に愛紗に片づけられないように注意しつつ、彼女と話してみることにしよう。


325 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 20:27:27.82 ID:xmrrKX3z0
幽州・日常編(2)
第53話 雨と理想と愛紗の気持ち
 あの後愛紗を探したけど、てんで見つからず目撃者もゼロという状況が続いた。
 マンガとかでもそうだけど……こういう時のターゲットってやたら見つかりにくい。何かそういう法則でもあるのかってくらいに。
 仕方ないので、待ち伏せという手段をとることにした。

 というわけで、ここは今日の午後の警邏当番である翠が回るはずだったルートの途中にある水場だ。前に翠と一緒に来たことがあるあそこだ。
 翠と一緒に来て……誤解で美波と姫路さんに処刑された、あそこだ。
 翠の代わりに愛紗が回ってくるはずだから、タイミングを見て話しかければいい。
 さて……と、
「愛紗がくるまで、暇だなあ……」
 ちょうどここは涼しいし、休憩にしようかな。
 ごろんと芝生の上に横になって、川の水で冷やされた風を全身に感じる。
 いや〜……ここはいつ来ても安らぐなあ。
 滝からはマイナスイオンが(多分)出てるし、緑はいっぱいだし、空気はおいしいし……思わず……昼寝したく……な…………
「……………………ZZZ…………」
326 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 20:28:33.17 ID:xmrrKX3z0
「ご主人様、ご主人様」
「ん〜……姉さん、あと5分……」
「私はあなたの姉ではありません」
「…………はっ!?」
 がばっ! とまあ効果音つきで飛び起きると、
 そこには……芝生に正座し、ジト目で僕の方を見ている愛紗がいた……っていつの間に!?
 もしかして僕……寝てた!?
「おあ……あ……愛紗……」
「おはようございます、ご主人様」
「あ……うん……おはよう……」
 どうにか返事を返せただけでも上出来だと思う。
 いやそんなことより! アレは!? アレはどこに!?
 と、僕は寝る前に僕の隣に置いたはずの「あるもの」を探す。えっと……あれ、無いな……。この辺りにおいておいたはずなのに……風で飛ばされたとか? ……いや、そんなに風は強くは……。
 こ……困ったぞ……アレが無いと説得どころか愛紗に対してろくに話せも……。
「探し物はこれですか? ご主人様」
 と、愛紗が何かを取り出してきた。その手に握られているのは……
「ああ! これだよ愛紗、ありがとう!」
「いいえ、お気になさらず」
 何でもありません、といった淡白な感じの愛紗。まあ、ここはそういうことにさせてもらおう。さてと、それよりも……だ。
 せっかくこれが戻ってきたんだ、さっさと愛紗の説得を始めないと。えーと……
「『やあ愛紗、偶然だね』」
「そうですね。わざわざ警邏の道筋の一角で私が来るのを待ち伏せしていただけるなどと、とても奇っ怪な『偶然』ですねご主人様」
 と、僕がたった今愛紗から返してもらった『愛紗説得用会話分岐対応フローチャート』(手作り)……平たく言えば台本……に書いておいた通りのセリフを言い、それに対して愛紗はその僕の苦労と期待を一瞬で無に帰する回答を……
 ……ってバカぁっ!! 僕のバカぁっ!!
 愛紗からたった今返してもらったんだから、この台本の内容は愛紗はもう見ちゃってるに決まってるじゃないか! なのにそこに全く気付かず、よりによってそのままセリフを読むなんていう愚考を僕は……。
 しかも今の愛紗のセリフ! 完全に考えてたこと全部見透かされてるし!
「…………………………」
「ご主人様、いかがなさいましたか? せっかく『偶然』お会いしたのですから、何か話しませんと。私を説得してくださるのでしょう?」
「うう……もういいです……もういいですからやめて……」
 鋭くとがった、心に突き刺さる愛紗のセリフ。すぐにでも心が折れそうだ。
 うう……居眠りなんかしたのが失敗だった……。これでもう全部おじゃんだ……。
 いや……だめだ。まだ諦めちゃダメだ。ここで、こんなことで退いてしまったら、僕を信頼して任せてくれた星と華雄に会わせる顔が無い!
 そうだ、ここはとりあえず、鉄板の天気の話題で何かきっかけ作りを……
「あああ愛紗、今日はその……いい天気だね?」
「雨が降りそうですが」
 走ってここから逃げたい。
 見ると、昼寝をする前はあんなにスカッと晴れてた空が、この数分か数十分の間に、青い部分が一つも見えないくらいの見事な曇り空に変わっていた。うう、神様まで僕の敵なのか……?
 すると愛紗は、はあ、とため息をついて言った。
「ご主人様、取り繕っていただかなくとも結構です。あなたが私を諭すためにわざわざ追いかけてきたのだということぐらい、その台本を見なくとも、ここにあなたが来ているということだけでわかりましたから」
「あ……そうなの?」
 なんだ、台本見られてばれたわけじゃなかったのか。それなら少しは気が楽……
 ……じゃないな。何も状況変わってないんだし。どの道その後台本見られたことには変わりないし。
「……それほどまでに、今の私は目に余りますか?」
「え?」
 と、ここで愛紗は、今までとは少し違った口調で言った。
 まるで……無力な自分を嘆くかのような、自分に呆れるかのような口調だ。
 見ると、愛紗は今までのつんとした視線が痛い表情から、うつむき気味の少し沈んだ表情になっていた。
「そうでしょう? ご主人様はそうお思いになったからこそ、こうして……」

 ぽつり

「「え?」」

 僕と愛紗が、同時に上を向いた。
 そこに、また、ぽつり。
 まさか……このタイミングで……?

 ざあぁぁ―――――っ!
327 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 20:29:17.66 ID:xmrrKX3z0
聞き取れるかどうかだった雨音は、すぐにそこらじゅうに大音量で響き渡る豪雨となって、僕と愛紗に容赦なく降り注ぎ始めた。
「わわわわわっ!? 降ってきた!」
「ご主人様、ここにいては濡れてしまいます、こちらへ!」
 と、愛紗は素早く反応し、僕の手を引いてどこかへ駆け出した。
 少し走って……たどり着いたのは、ひときわ気が生い茂った場所。愛紗はその木陰に、僕を連れ込んだ。
 こんな場所があったのか……。
 上を見ると、葉っぱやら木の枝やらがかなり密集してるおかげで、結構な勢いで降ってるにも関わらず、雫はほとんど落ちてこない。これはいい雨やどり場所だ。
「いや〜びっくりしたぁ〜……。いきなり降ってくるんだもんな〜……」
「しかたないでしょう、この時期は天気が不安定ですから」
 とりあえず、そんな会話を交わしながら、僕は服についた水滴をぱっぱと払い落としていく。この服は比較的水をはじくように出来てるから、こういう時助かるなあ。とりあえず中までは濡れてないんだし、ほっといても風は引くまい。
 そんなことを考えつつ、愛紗に向き直おおおおぉぉぉ――――っ!?
「あ、あああああ愛紗!?」
「はい……ってご、ご主人様!! こ、こっちを見ないで下さい!!」
 そこには、上着を脱いで上半身がほとんど裸になっている愛紗が立っていた……。
 ……ってちょっとちょっと! 何でこんなとこでそんな格好になってるの!? しかも僕みたいな男が隣にいるそばで!!
「あ、愛紗……なんで脱いで……」
「い、いえあの……服が濡れてしまって……このままだと風邪を引きかねませんし……」
 ああ、そうか。
 愛紗の服はふつうの布なんだ。僕の学生服みたいに、耐水性の化学合成繊維じゃなくて、木綿とかその類の天然繊維。当然、防水機能なんかあるはずも無い。
 で、服の中までびっしょりいっちゃったわけか……。
 でも……いくら風邪引くかもしれないとはいえ、さすがにこの、隣にいる女の子が上半身肌着一枚という状況は健全な男子高校生には毒というか……その……おちつかない。
 なので、

 ふぁさっ

「で、出来ればしばらくそちらを向いていていただけると……え?」
 パニクった感じの声で早口で喋っていた愛紗が、少し驚いたように言った。
 原因は……僕が今着ている学生服の上着を、半裸の愛紗に黙って羽織らせてあげたからだろう。
「それ、着てて。そのままでも、風邪引くと思うし……」
「あ、ありがとうございます……」
 と、少し照れたような声で返してくれる愛紗。僕の上着を羽織っているから一応隠れているのはわかるけど……なんとなくそっちの方を見づらい。
 ……っていうかあれ? これ……冷静に考えたらすごい状況じゃない?
 雨の中、濡れた服を脱いで半裸の女の子と2人きりで、しかも僕はそこで上着なんか羽織らせて『風引くよ?』なんていう感じでかっこつけた感じのそれであのあれ愛紗は照れててお互い変な雰囲気になってていや何を言ってるんだ僕は?
 バカなことを考えるな吉井明久、これはただ単に雨宿りをしているだけであって……
「……ご主人様の上着……まだ体温が残っていて……暖かいです……」
 ぐああああぁぁ――――っ!! これ以上アレな状況を作らないでくれ愛紗ぁ――――っ!!
 夏休みのお化け屋敷で、暗くて静かな空間で姫路さんと2人っきりで色々と当たってしまったあの時よりもさらに『危険』なこの状況。やばい……これはやばい……一歩間違ったら即座に理性がフッ飛んでしまう……。
 いや、理性が飛んだからって僕が愛紗をどうにかできる……とは思えないな。むしろ愛紗に怒られて返り討ちにあって僕が短い人生を終える確率のほうが高そうだ。
 それも嫌だな。ここは……やはり耐えよう。
 なんて僕がどーしようもない思考をたどっていると、
「……ご主人様は、やはり私は間違っているとお思いですか?」
 なんて愛紗が言ってきた。
「え? どういうこと?」
「今日の軍議での私の考え方は……間違っているとお思いですか、ということです」
 ……どうやら、雨に打たれて頭が少し冷えたのか、愛紗のほうからそんな話題を持ってきてくれた。
「いや……間違ってるってわけじゃないよ、全然」
「しかし、ご主人様は賛成してくださいませんでした」
「そりゃまあ……やり方が急すぎるし……」
 これは、愛紗にとっては朝も言われたセリフだ。愛紗にしてみれば、またそれか、とでも言いたい心境だろう。
328 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 20:30:13.94 ID:xmrrKX3z0
「……私とて、そのくらいのことがわからないわけではありません。時間をかけて情報を集め、策を練れば、勝率は上がりましょう。ですが……その間も、この戦乱に、力無い者たちが飲み込まれ、命を落としているのです」
 それを聞いて、僕は初めて気付いた。
 同時に、今の今まで気付かなかった自分が情けなくなった。
 愛紗が、自分の独断とあせりだけを理由に出兵を進言するなんて、そもそもありえない。その他にも、何か理由があるんじゃないか……って、考えるべきだったんだ。
 そしてそれは……確かにあった。
 戦乱に苦しんでいる民を救う、一人でも民が犠牲にならないようにする……っていう理由が。早く出兵し、戦いに勝つことが出来れば、その分だけ多くの民が救われる……それは事実だ。
 そもそも愛紗は、どこぞのお嬢様の出というわけではない。元々は鈴々と一緒に旅を続けていた、一介の武芸者だったんだ。まあ……腕は『一介の』ってレベルじゃないけど。 その愛紗が戦乱の世に立ちあがったのは元々、無力であるがために侵略を防げず、蹂躙されるばかりの民たちを救うため……初心に帰って考えでもして、そこに目が行っちゃったのかも……。
「今この瞬間にも、戦いに巻き込まれて命を落としている民がいるかもしれない……そう考えると、悠長に策など練っている気分にはなれないのです。いや、実際に、今日のこの一日でも、大陸全土でどれだけの命が消えたのかすら……その現実からも、目を背けろとおっしゃるのですか?」
 訴えかけるように、僕のほうに愛紗が顔を近づけてそう言ってきた。半裸であるにも関わらず、彼女に恥ずかしがるような動作は無い。そこまで頭が回っていない感じだ。
 ……そして、僕にもそんなことを気にしている余裕は無かった。その時の愛紗の顔が……あまりに悲痛で、真剣だったから。
「いや、何もそういうわけじゃ……」
「ならばなぜ!? こうしている間にも、弱い人間からどんどんと死んでいくのです!」
「愛紗、ちょっと落ち着いて……」
「これが落ち着いていられますか!」
 話しているうちに、だんだん愛紗がヒートアップしてきた。まずいな……このままだと、また激情に任せて話すモードに戻りかねない。
 えーと……
「愛紗、落ち着かなくていいよ」
「ですから落ち着いてなど……はい?」
 と、僕の口から出た予想外の言葉に愛紗がフリーズ。
 まあ、落ち着かなくていい、なんて言われたらそりゃ戸惑うし、何て言ったもんかわからなくなる。……それで止まってくれるってのが狙いなんだけど。
 まあ狙い通り止まってくれたので、よしとしよう。この隙に……
「落ち着かなくていいよ。気の済むまで怒鳴ってくれていいし、僕に八つ当たりしてくれてもいい。それで愛紗の気が済むんなら」
「そ……そんなことは……ご主人様に当たり散らして憂さ晴らしなど……」
「無理?」
 その割には、城では結構遠慮なく言われたんだけど。
「……先程は勢いのあまりあのようなことになってしまいましたが……それで気が晴れようはずもありません。むしろ……自己嫌悪と罪悪感でいっぱいです……」
「じゃあやめた方がいいよ。怒鳴る分カロリーの無駄遣いだし」
「かろ……?」
「あ、いや、こっちの話」
 ちょっと頭の悪そうな展開だけど、謀らずも愛紗は徐々にクールダウンしてきていた。
「まあ、僕は別にどっちでもいいんだけど……それでも、今朝決まったことは変更はしないよ?」
「…………っ!?」
 僕がさらりと差し込んだ、愛紗にとっては辛辣なセリフに、愛紗は再びうつむいた。
「……ご主人様は存外、薄情ですね」
「何とでもどーぞ」
「それでも……私は、じれてしまいます……」
 つらそうに目を細めて、体育座りになる愛紗。僕も、その隣に静かに腰を下ろした。ほとんど雨水を吸っていない芝生は、カーペットか何かと変わりない座り心地だ。
「じれるのは当然だろうね。愛紗は……単に理想を達成しようとしてるだけなんだから」
「……そこまでわかってらっしゃるのなら……」
「けどね、焦って選ぶやり方って、大概あとから後悔するんだよ、愛紗」
「…………後悔……ですか?」
 意図を測りかねる、といった表情の愛紗。
「そうだな……例えば、虎牢関の時とか」
「虎牢関の?」
「そうそう。ほら、あの時、僕が死ぬ可能性も考えられる……ってのも承知した上で、虎牢関に突撃しようって進言してきたでしょ?」
「そ……それは……」
 あのことはよく覚えてる。愛紗が僕や雄二にそのことを進言した時、雄二は愛紗の説得のために、僕の命を半ば楯にするような方法を取った。でも……愛紗は折れなかった。
 あの時は、自分の命の危険よりも、それを危険にさらしてでも大義をとろうっていう愛紗の武人としての考え方に驚いたっけな。もっとも、その後僕が思いついた奇策のおかげで、実行されることは無かったけど。
「それから、恋と戦った時。相打ち覚悟で突撃しようとしてた」
「………………」
 愛紗と鈴々はその時、このまま突撃すれば多分どちらか一方は死ぬ、ってのを承知で、恋を討ち取ろうとした。その時も、ムッツリーニとその召喚獣の働きで愛紗も鈴々も死なずに済んだ。もし、ムッツリーニが到着するより早く彼女達が攻撃に踏み切っていたら……と考えると、今でも肝が冷える。
「あの時、僕の策やムッツリーニの乱入が無かったら……って、考えたこと、無い?」
「……否定は、出来ません……。私にとっても、その2点は人生の汚点です」
 どうやら、それは愛紗も同じみたいだ。
 それでも愛紗は納得できないようで、
「ですがご主人様、それらもまた、窮地でありながらも我々は上手く乗り切ってきたはずです! それなら……今回も、情報の少なさなどそれらで補えば……」
「『それら』って何? 奇跡?」
「それは……」
「雄二も似たようなこと言ってたでしょ? 過去のことから何かを学ぶのはいいけど、過去の結果を無謀の理由にしちゃだめだよ。そんなにこの世界は甘くない……って、愛紗もホントはわかってるんじゃない? 僕なんかより、よっぽど」
「……………………」
329 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 20:30:55.09 ID:xmrrKX3z0
黙ってしまった。どうやら……言うことがなくなったらしい。
 角度が悪くて、表情がうかがい知れないけど……多分、相当に沈んだ表情をしてることだろう。僕に本心を言い当てられて。
 頭がいい愛紗のことだ。この段階で攻め入るのが無謀だ、っていうことくらい、とっくの昔にわかっているに決まってる。
 兵力『だけなら』僕らのところは充実していて、出兵するなら、今すぐにでも出来ないことはない……っていうこの現実が、愛紗を焦らせている。いかにして勝つか、いかに被害を少なくするか……そういう、時間がかかるプロセスを踏むのをじれったく思ってるんだ。一刻も早く理想を達成して、この大陸を平和にしたい……って言うのが本音だから。
 やりたいこととやるべきことの境界で葛藤し、苦しむ。僕みたいな高校生だって、何度も経験することだ。そして、愛紗の抱えているそれはスケールが違う。
 結果的にそれを抑えきれなくなった愛紗は、軍議の席でそれを公言し、周囲から大反対にあった。つらかっただろうな、自分でさんざん考えて出した結論なのに、即座に否定されて。……幼なじみの鈴々や、天導衆最古参の、鈴々を除けば一番付き合いが長い僕にさえ、肯定してもらえなくて。
 そして……そのせいで、自分の考えていることが間違いだと思って、自分が今まで掲げてきた理想まで否定されたような気になって。
 ……自分だけがあの中で、一人だけ違うことを考えているような、孤独さを味わって……。
 やれやれ、バカだなあ、愛紗は。

 ……そんなこと……あるわけないのに。

「愛紗」
「………………」
 返事なし……か。寂しいな、これは。
 でも、これだけは言っとかないと。
「愛紗は……独りじゃないよ」
「……え……?」
「問題。今回のこの『当面は情報収集。出兵は先延ばし』って結論、あの場にいた11人中、何人が納得したでしょう?」
「…………?」
 何言ってるのか、何の意味があって言ってるのかよくわからない、って顔だ。
「11人中、10人でしょう? 私を除いて、全員ですから」
「正解。じゃあもう1問」
「ご主人様、一体何を……」
「今朝の会議の結論に、『悔しいな』って思ってたのは……何人でしょう?」
「え……?」
 その瞬間、愛紗の表情が固まった。
 驚きか、気付いたのか……いずれにせよ、何も話せそうにないな。
「答え、11人全員だよ」
「…………」
 愛紗は、相変わらず何も言わない。
「皆同じ考えだよ。出来ることなら、情報さえ集まってれば、この場で方針を決定して、一刻も早く兵を出して、戦いを集結させて、大陸の平和に近づきたい……って思ってる。愛紗、君だけが焦りを抱えているわけじゃない」
「………………」
「愛紗あの時『この大陸の平和を先送りにすることに賛成』どーたらこーたらって言ってたけど……そんな考えのヤツ、一人もいるはずない。僕らは……大陸を一刻も早く平和にしたいっていう、その目標を理解してるからこそ、ああして一緒にいるんだもん」
「………………」
「だからさ、焦ってるのも、つらいのも、愛紗一人じゃない。みんなが同じ……」
「もういいです、ご主人様」
 と、唐突に愛紗が口を開いて、僕の言葉をさえぎった。……こころなしか、声は震えているような気がした。
330 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 20:32:36.38 ID:xmrrKX3z0
「……愛紗…………?」
「……わかっていたのです……皆が、皆が一様にそのように思っていたことなど……」
 ……やっぱりか。
 愛紗が、そのくらいのことわからないはずが無いんだ。僕だって、こういう考え方自体、他でもない、愛紗に教えてもらったんだから。
「それでも……あそこでなびいてしまえば……」
「自分の理想を曲げちゃったことになりそうで、不安だった?」
「……!! …………お見通し……なのですね……」
「わかるよ、そのくらい」
 愛紗は素直だからね。
「……皆そうだというのに……私一人、まるで子供のように……。ご主人様が、皆が、苦心の末に導き出した結論だということもわかっていながら……ふふっ、われがなら、底の浅い女ですね」
「それでいいと思うよ、愛紗は」
「え……?」
 どうやら、僕の言葉は意外だったらしい。愛紗の目が丸くなる。
「だって……愛紗だって普通の人間、普通の女の子なんだから、そういうことで悩んで、よくわからなくなって当然じゃない」
「普通の……女の子?」
「そ。ちょっと普通より強くて、気が強くて、仲間を大切にして……ちょっぴり強情なだけの、普通の女の子だよ。少なくとも、僕はそう思う」
 普通なんだから、迷いもする。自分を責めたりもするし、責任に押しつぶされそうになったりもする。自分が将として取るべき選択肢と、自分の信念が望む選択肢の間で悩む。もしかしたら……朱里や雄二あたりが何か策とか考えてくれるかも……なんて思ったりしちゃったのかも。
 でも、そんなこと……僕の目から見れば、全然おかしいことじゃない。
「……それで……いいのでしょうか?」
「いいんじゃない? 皆……そんな愛紗のことを受け入れてるんだから。それに……」
「それに……?」
「僕だって、そんな何にも悩まない、迷わない、仙人か何かみたいな人を部下にした覚え、ないし」
「………………!」
 多分……愛紗の脳裏には、僕がここにきたばかりの頃、平手打ちで僕を諭した時のことが思い出されているだろう。
 思えば、僕もそうだった。あの時……愛紗に言われた。

『わたしは、神や仏を主として選んだ覚えはありません。あなたにそのような力がないことくらい、百も承知です。それでも私は、あなたを主に選びました。それは、今あなたが嘆いている部分とは全く異なる部分に、あなたが真に誇るべき偉大さを垣間見たからです』

 ……ちょっと違う気がするけど、僕が今愛紗に言おうとしていることは同じだ。
 人間らしさが、弱さとしてちょっと表に出たからって、それは何にも恥ずかしいことじゃない。愛紗だって人間なんだから。
 そして……それを止めて、それを支えてあげるのが。仲間の……僕らの役目だ。だから僕らは……少なくとも僕は、そんな愛紗を否定しない。
「……かないません……ご主人様には……」
「何言ってんの、みんな愛紗に言われたことだよ」
「……ですが……っ」
 と、ここでようやく僕は、愛紗が泣きそうになっていることに気付いた。
 安堵からか、みっともなさからか……それはわかんないけど、僕は『あああ泣かないで』と言う気にはなれなかった。
 むしろ……泣いた方がいい、と思った。
 いつだったっけな、どこかで聞いたことがある。そういうどうしようもない感情は、涙で全部流しちゃうから、前に進めるんだって。
 だから……愛紗は今、泣いた方がいい。多分。根拠とか……ないけど。
 でも……その前に、これだけ言っておこう。
「愛紗、これだけは覚えておいて」
「……ご……主人……様……っ……」
「僕は、そんな愛紗に……」

 ぽたっ

「ひゃああああああぁぁぁぁっ!?」
331 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 20:33:12.74 ID:xmrrKX3z0
「!?」
 ――――突如として飛び上がる僕。当然のごとくびっくりする愛紗。
 な、何だ今の感覚は!? 一体何が起こったんだ!? まさか……
「ご……ご主人様……?」
「……水滴……」
「す……水滴が首筋に……」
「…………は?」
 最悪だ! 最悪のタイミングだ!
 よりによって締めのセリフを言おうとした所で、上から雨のしずくがぽたりと一滴、ぼくの襟元に落ちてきたらしい。
 おかげで飛び上がっちゃったじゃないかっ! せっかく最後の最後で、カッコつきそうだって時にこん な……何もかも台無しだ!
 と、

「……くすくすっ……」

 見れば、愛紗は笑っていた。
 まあその理由が、僕の痴態に笑いをこらえきれなくなったから……と言うことは、想像に難くない。はあ……情けない……
「ご主人様は……本当に……」
「はい……情けないです……」
「いえ、そうではなくですね……」
 と、笑いをこらえて言う。あれ、違うの? てっきりこんな時もまともにやれない僕に対して『だめだなぁ〜』なんて感想を抱いているものとばかり……。
「あいかわらずと言いますか、これでこそご主人様だなあ、と思いまして」
「は?」
「ご主人様にかかれば、私ごときの小さな悩みなど、たやすく吹き飛ばされてしまうのですね。この愛紗、今更ながら、痛感いたしました」
「は?」
 いや、依然として全然意味わかんないんだけど……?
「いいのですよ、私がわかっていますから」
「むぅ……なんだか、釈然としないなあ……」
 愛紗ってば、さっきまでは落ち込んでたのに、今のハプニングをきっかけに立ち直って、もう話の主導権握ってるし。
 まあでも……立ち直ってくれたんならいいや。あんな素っ頓狂な声上げた甲斐もあるってもんだ。
「ご主人様、今度は……私から言わせてください」
「え?」
 と、愛紗が、また声のトーンの変わった声で言ってきた。今度は何だろ? 面白がってるわけでも、落ち込んでいるわけでもないみたいだけど。
「今日私は……ご主人様が、どれだけ私のことを理解してくださっているか、どれだけ思ってくださっているか、身にしみました。ですので……その……完全に勢いなのですが……」
「ですが?」
 何だろ、すごく真剣な表情。
「この機会に……ご主人様に、私の気持ちをお伝えしておきたいのです」
「え?」
 愛紗の……気持ち? それって……?
「私は私の、このご主人様に対しての思慕の気持ち……このなんともいえない感情の正体が何なのか、わからないまま、名君と忠臣のつながりから来るものだと、そう思って納得おりました。ですが……今日、それが何なのか、はっきりとわかりました」
 ……つまり……愛紗が僕のことをどういう風に思ってるか……その認識が改まったってこと?
 でも、こんな真剣な、その上ちょっと赤い顔で……しかも、勢いに任せて言わなきゃならないことって……何?
 困惑する僕の目の前で、愛紗は決意を固めたように、口を開いた。
「一家臣として、主君にこのようなことを言っていいのかどうかはわかりません。ですが、言わせてください。私は……」
 私は……?
「私は……ご主人様のことを……!!」

 ぽたっ

「ひゃああああああぁぁぁぁっ!?」

 ………………え?
332 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 20:34:04.51 ID:xmrrKX3z0
もしかしてその……僕と同じことに?
「……愛紗?」
「………………ぅ……」
 ああ……そうみたいだ。
 あの時の僕と同じ感じの、せっかく言おうとしたのに〜!とかいいたそうな、情けなそうな、悔しそうな、そんななんともいえない表情。
 愛紗は、そんなどーしようもなく形容しがたい表情をしていた。
「あの……愛紗……?」
 こんな時になんだけど……
「僕のことが……何?」
「忘れてくださいっ!!」
 ああ、今ので完全に勢い死んだみたい。もう言ってくれそうにないや。
 でも……別にいいか。愛紗はもう、問題なさそうだし。
 見ると、愛紗は少し悔しそうな感じは残ってたけど……すがすがしい顔をしていた。この分ならもう心配ないな。僕の役目は終わった。
「まあ、続きは向いた時にでも聞かせてよ、愛紗」
「ど……どうせ勢いが無ければこんなことも言えない、意気地なしです、私は!」
 そう言って顔を赤くして、愛紗はそっぽを向いてしまった。
 やれやれ……どうしてそういう風に受け取るかな。この娘は。
「全く……よりによってこういうことには鈍いんですから……ご主人様は……」
「??? 何言ってるかわかんないけど……愛紗」
 と、ここで僕の方こそ勢いに乗って、思ったままのことを言ってしまった。
「愛紗のそういう微妙に子どもっぽいとこ、かわいくて僕好きだよ?」
「え……ぅぇええっ!?」
 一瞬で赤くなる愛紗の顔。同時に、ずざざっ!なんて効果音がつきそうな勢いで後ずさる。おお、これは見事な。
 多分このあと怒られるだろうけど、いいや。そのくらい価値のあるものが見れた。
「全く、ご主人様はっ!」
「ははっ、ごめんごめん愛紗」
 乾きかけだけどまだ濡れてる愛紗の髪から湯気が出てきそうなくらいに、愛紗は顔を真っ赤にした。ははは……言い過ぎたかな? でも『子どもっぽい』なんて言われたくらいで、そんな赤くならなくても。
 と、ここで愛紗がなぜかジト目になった。
「……ご主人様」
「ん、何?」
「アレを見てください」
「え?」
 とっさに反応して、言われたままに愛紗が指差した方向を見る。……見た感じ、例の滝があるだけで何も無いけど……。はっ! まさかこうやって油断させた隙に接敵して、僕の腕間接を……
「……お返しです」

 ちゅっ

 頬に、やわらかい感触。
 って………………………………え?
 ちょ……今のって!?
「――――――っ!?」
 慌てて愛紗のほうを向くと、案の定愛紗の顔が僕のすぐ近くにあった。
 や……やっぱりその……今のは……。
「あ……愛紗……あの……」
「……っ……何も言わせないで下さい」
 僕と目を合わせようとしない愛紗の顔は、とれたてパプリカもかくやってくらいに赤くなっていた。……いや……多分僕もそうなってるだろうけど。
 でも……仕方ないじゃないか! た、多分、いつかの姫路さんのと同様、一種のジョークっていうか、仕返しみたいなものだとは思うけど……でもいきなりこんな……。
 うぅ……というか、この沈黙、気まずい……なんとかなんないかな……。
「あ、愛紗、その……」
「……ご主人様は鈍すぎます」
「へ?」
 セリフを阻まれたと思ったら、なんだかよくわからない切り返しが返ってきたような?
「あなたのその、部下を使う手腕はお認めします。ですが……ご主人様はもう少し、その……周りがご自身をどう思っているかについて……勝手ながら、もっと別角度からよく見ていただきたいと思います」
「………………?」
 ……よくわかんないんだけど……?
 そう言えば……前にも確か姫路さんに似たようなことを言われた気が……。あの時も姫路さん、結局どういう意味か教えてくれなかったんだっけ。むう……ひょっとして愛紗も?
 なんか……さっきまでの気まずさと今の意味不明さが混ざって、また微妙な空気だ……。
 と、素でわからなそうな顔をしている(であろう)僕を見て、様子を見ていた愛紗はしびれを切らしたらしい。眉を逆ハの字に、顔をこれまた一層赤くして、
「ですからっ! 私はその……ご主人様の……」

 ぽたぽたっ

「「ひゃああああああぁぁぁぁっ!?」」
333 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 20:34:41.05 ID:xmrrKX3z0
ってまたかよぉ――――――っ!?
 全く同時に悲鳴を上げて、全く同時に僕ら2人は飛び上がった。理由なんかいうまでもない。また僕らの襟元が(しかも今度は2人同時に)水滴の爆撃にさらされたのだ。
 何だよもう! せっかく何か聞けそうな雰囲気だったのに、また聞けなかったじゃないか! 空気読めよ!
 で、はっとして愛紗のほうを見ると、
 案の定、今日2度目の微妙な顔をしていた。僕もだろうけど。
「「……………………」」
 沈黙。何もいえない。
 しかし……意外なことに、それは一瞬だった。

「―――ぷっ」
「―――くすっ」

「「あはははははははははははははははっ!!」」

 笑った。
 理由なんてよくわからなかったけど、とにかくおかしかった。
 笑ってるってこと自体、なんだかおかしかった。ますます笑った。
 結局、愛紗が何を言おうとしたのかは聞けなかったし、その前になんとなく立った気がする予測も、あまりの衝撃で記憶から吹き飛んでしまった。
 でも、もうどうでもいいや、そんなの。
 何で? だから理由とか無いって。……しいて言うなら……楽しいから。
「「あはははははははっ!! あはははははははははははははははははははははっ!!」」
 結局僕と愛紗は、今まで広がっていた微妙な空気を全部吹き飛ばすかのように、その後しばらく、ひたすら笑い続けた。
 何も考えず、ただただ楽しんで。
 とっくに雨が上がっていて、向こうの空にいい感じの虹がかかっていることに気付いたのは、それからしばらく後のことだった。



334 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 20:35:23.34 ID:xmrrKX3z0
曹魏編
第54話 標的と方針と軍事機密

バカテスト 国語
問題
 次の(  )に当てはまる言葉を述べなさい。
 『若いうちは(  )は買ってでもせよ』


 姫路瑞希の答え
 『苦労』

 コメント
 正解です。学生には特に当てはまる言葉といっても過言ではないでしょう。


 土屋康太の答え
 『女』

 コメント
 一生買わないでください。


 吉井明久の答え
 『問題集』

 コメント
 そう思うなら、願わくば実行してほしいものです。

335 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 20:35:59.16 ID:xmrrKX3z0
某日某所
 そこには、いつか洛陽で明久、雄二と相対した謎の少年……左慈がたたずんでいた。
 程なくしてその隣に、もう1人の男が現れた。眼鏡と黒髪、長身が特徴のその男は、ゆっくりと左慈の隣に歩み寄る。
「こんばんは、左慈」
「……于吉か」
「ええ。どうです? 気分は」
「ふん……いいと思うか?」
「いえ……ですが、予想よりもさらに機嫌が悪いご様子で」
 正にそういった雰囲気の左慈に、于吉と呼ばれた男は言った。
「どうでした? 会議に出てきたのでしょう?」
「どうもこうもない。ジジイ共が思い思いの文句をほざいて終わりだ。よほどこの外史に起こっている異常が気に喰わんらしい」
「無理もないでしょう。そろそろ正史に影響が出始める頃合いですからね。それに……この外史が、この世界が誰よりも嫌いなのは……左慈、あなたでしょう?」
「ふん、そんなこと、とうの昔に自覚している」
「この世界は色々と厄介ですからね。固有の意識を持った個体が多すぎるのみならず、外部からの干渉により、世界の理(ことわり)そのものに歪みができはじめている……」
「ああ……さっさと取り除かないとな。あいつらを消せば済む話だ」
「ですが、直接我らが手を下すわけにはいきません。正史にどんな影響が出るかわかりませんからね」
「わかっている! くそっ……面倒な……」
「やむをえますまい、それが我らの役目なのですから」
「決められた道を歩み、決められた役割をこなし、決められた定めをなぞる宿命……か……くそっ」
「ふふっ……全く、あなたは子供のようにすねますね……」
 おかしそうに笑う于吉の影響もあるのか、左慈はさらに不機嫌そうになる。しかし、その怒りの矛先は于吉というわけではなかった。
「吉井明久……っ!」

336 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 20:37:44.33 ID:xmrrKX3z0
 幽州、僕の城、玉座の間。
 毎朝恒例の軍議の席。
 しかし……今回の軍議は少し、いやかなり特別だ。なぜかというと……それは、黒板にでかでかと書いてある言葉が全てを物語っている。

『標的……魏』

「とまあ、決まりでいいね、みんな?」
「ええ、叩くなら今、ですからね」
 僕の問いに、ここ最近ずっと出兵を待ち続けた愛紗が、元気よく応えた。黒板の言葉、意味は文字通り、僕らが攻める標的が魏……ってことだ。
 愛紗を諭してからおよそ3週間。その間、間諜を放ち、情報を集め、話し合いを続け……その結果達した結論だ。魏、呉ともに国力は強大だが、現在、2国にはまだつけいるスキがある。
 現在、魏は西方を併呑したばかりでその平定に力を入れている。そのため、多少なり情勢が不安定だ。
 一方、呉は呉で兵力が充実しきっていないために、戦うに際して万全とは言えない状態らしい。
 国力の差を考えれば、こちらに専守防衛の選択肢はない。であるならば、先手必勝でこちらから攻める他ないが、どちらを攻めるにも、それには今が絶好の機会……というわけだ。
 そして、
「だとすれば、まず標的にすべきは、やはり魏でしょうな」
 様々な事情を考慮しての会議の結果、そう決まった、と。
「賛成です。あやつをこのままにしておくわけにはいきませんからな」
「孫権はまず防衛ありき……って性格だっつー話だしな。先にあのドリルチビ片づけるのがいいだろ」
「そうですね。今後のことを考えても、曹操さんを先に相手取るべきでしょう」
 この場にいる者達のうち、この決定に異論を唱える者はゼロ。それだけ妥当な判断なのだ。
 朱里によれば、現在大陸に台頭する勢力の規模を数値比で表すと、魏:呉:文月:その他=4:3:2:1といったところらしい。これを考えると、仮に僕ら文月と呉が戦った場合、最大勢力である魏が必然的に漁夫の利を得ることになる。つまり、文月と呉が戦うという選択肢は考えるべきではなく、そうなると、戦うべき相手は魏……となるわけだ。
 ……でも、
 理由……それだけじゃないんだろうな、多分。

「よっしゃあああ! やる気出てきたぁっ! あの曹操野郎……ギッタギタのメッタメタにしてやるぜっ!!」
「気が合うな翠、その意気だ! 完膚無きまでに叩きのめしてくれる!!」
「遠慮は要らないわよね。ああいう生意気なちびっ子には、大人の世界の厳しさってのをたたき込んでやらなきゃ!!」

 特にこの3人。
 誰の目にも明らかなほどに、曹操に対して並々ならぬ敵意を抱いている。味方の僕らまでうっかり気圧されそうな勢いだ……。
 まあ……予想はしてたけどね……。
 翠にとっては、曹操は父親の仇だ。今でこそすっかりなじんでるけど、元々僕らの陣営に来たのだって、父親の仇を討つために力を貸してほしいからだった。彼女にとってこの魏との戦は、父親の弔い合戦。愛紗以上に待ちわびていたことだろう。
 そして、残りの2人……
「ふむ……翠の気合いはわかるが、なぜ愛紗や島田殿までもかようにいきり立っておるのだ?」
 いぶかしむように星が言う。……理由、多分わかってるんだろうけど。
「にゃは……てーそーの危機を感じてるからだと思うのだ」
「愛紗ちゃんを服従させるって息巻いてるらしいですものね……」
「やれやれ、色々な意味で面倒なのが敵に回ったもんじゃの」
 鈴々に紫苑、それに秀吉と、次々に口をついて出るは曹操への比較的緊張感のない文句。
 忘れもしない、連合軍の時に僕ら文月の陣地で会った時の、ムッツリーニが鼻血の海に沈み、生死の境をさまよったあの一件。あれ以来、愛紗と美波にとって、曹操は時折台所に出没する黒い流線型の生命体Gと同格に毛嫌いされる存在となっている。
 愛紗は僕の前で『自分のものになれ』なんて言ってきたことに憤慨しているし、美波はその性格はもちろん、見た目と中身が現実世界に残してきたある天敵に酷似していることから本能的にもアレを強烈に敵視している。そして何と言っても、
「愛紗さんだけでなく、この陣営のめぼしい女の子全員狙ってる……って言ってたよね、それ本当?」
「はい。得意そうに言ってましたね」
 工藤さんの質問に、不安そうな姫路さんの声が答える。
 そう、あのツインドリル娘、

『関羽だけじゃなくて、いずれ、関羽を含むあなた達の軍の美少女、全員私が貰い受けるわ』
337 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 20:38:27.16 ID:xmrrKX3z0
なんてとんでもないことを言ってたんだ。全く、みんなを物か何かみたいに言ってくれて……思い出しただけでも腹が立つ!
「他人(ひと)の趣味をどうこう言う気はねーが……ああまで言われて黙ってんのもしゃくだしな」
「そうさ! この城にいる女の子16人全員……誰一人死んでも渡すもんか!」
「ふふふ……頼もしいですな、主」
 からかいを含んだ星のセリフ。しかし、今のは僕の心からの本音である以上、気にはならない。むしろやる気がでるってもんだ!
「にゃ? 16人って……ここには14人しかいないよ?」
「…………鈴々、月と詠がいる」
「あ、そっか」
 忘れてたらしい鈴々。全く、うっかりだなあ。
「明久よ、それでも1人多い気がするのじゃが……よもやワシを人数に入れておるまいな?」
 え? やだなあ、何言ってんの秀吉?
「秀吉……こういう時っていうのはね、遠慮しないで男の子に頼ってくれていいんだよ?」
「じゃから、ワシがその『男の子』じゃと常々言っておるはずなんじゃがな……」
「…………どちらかというと、『男の娘』」
「なんじゃそれは! 全く……そもそもワシは狙われるような筋合いはないのじゃから、そんな心配は不要じゃと……」
「え? でも曹操さん、木下君も狙うって言ってましたよ?」
「な、何じゃと!?」
 姫路さんのセリフに、秀吉は目を見開いて本気で驚愕していた。秀吉ってば、自分を過小評価しちゃダメだよ。こんなに可愛いんだから、狙われるのも当然じゃないか。
「わ……ワシはこんな所でまでそんな扱いを……」
「やれやれ、難儀だな秀吉」
 なぜだか秀吉が落胆してるんだけど……ああ、やっぱりなんだかんだ言って、不安なんだな。大丈夫だよ秀吉、僕らが君を護るから。
「きっと……きっとそれは、ワシが男だと気付かなかったからなのじゃ……そうに違いないのじゃ……っ!」
「何やら木下殿が悩んでいるようですが……それはこの際流させていただきましょう。さて主、魏を攻めるのはいいとして、今後の大方針を決める必要がありますが」
「あ、そうだね。えーと……朱里? 何か考えはある?」
「あ、はい、そうですね……」
 急に話を振られてびっくりしたようだったけど、朱里はすぐさま思案に入ってくれた。
 程なくして顔を上げ、「浮かびました!」と手を打ち鳴らす。
「えっと、浮かんだんですけど……進軍の策の前に、ここの留守をどうするかについて話してもよろしいですか?」
「ああ、うん、いいよ」
「ありがとうございます。ではその件ですが、やはりこの城の守備を空にするわけにはいきません。なので……華雄さんと恋さん、それに白蓮さんには、出陣後も城に残って、執政・警備その他を取り仕切ってほしいんですが……」
 そこで朱里は、白蓮と華雄、そして恋に視線を向ける。それを受けた白蓮達は、さほど驚いた様子も見せず、
「心得た。吉井殿、留守は任せてもらおう」
「ああ、そうだな。特に私は、戦いに出ても活躍できないし……こっちの方が腕を振るえそうだ」
 2人とも、頼もしいセリフを言ってくれる。残りは恋だけど……
「………ご主人様、恋、またお留守番?」
 ちょっと残念そうだ。
 うーん……そんな澄んだ瞳で見られると少し心苦しいけど……ここは我慢してもらわないとな〜……。
338 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 20:39:04.41 ID:xmrrKX3z0
「ふむ……では、残る我ら12名が戦場へ赴く、ということでよいのか?」
 と、愛紗が聞いた。
 すると、朱里が何か言う前に、雄二が口を開いた。
「いや、今回は『天導衆』の中からも、何人かこっちに残して行こうと思う」
「「「え!?」」」
 雄二が言ったのは、予想外のセリフだった。
「坂本、それってどういうこと?」
「どうもこうも今言った通りだ。今回の戦いには、今までみたく『天導衆』全員そろって出陣はしない。何人かこの城に残していく」
「でもそれだと、士気の向上には不都合じゃない?」
 直接戦えない僕ら天導衆の主な役割は、見方の士気を向上させること。それだって、十分立派な役目だし、僕らに出来るほとんど唯一のことなんだけど……。
「それはもちろんわかってる。ただ、ちゃんと理由があるんだ」
「理由?」
「そうだ。今回の戦いに関して、俺の方に少し考えてることがあるんだが、それには、情報の迅速なやりとりが重要になるんだ。軍の部隊間のみならず、遠征軍と本国間のもだ」
 つまり?
「だからな……」
「……雄二は、携帯電話を使って連絡を取り合うことを考えてる」
 と、霧島さんが発した言葉にみんなはっとした。携帯電話……そうか!
「よくわかったな翔子、正解だ」
「『携帯電話』……たしか、『天導衆』が持っている、離れたところにいながらにして人と話せる、あの面妖な小箱でしたかな?」
「ああ……あの黒い箱の親戚みたいなもんか? 相変わらずご主人様達、変なもん持ってんな……」
 感心したように、しかし微妙に眉をひそめて言う星と翠。まあ……そりゃ不安もあるさ、この時代の常識じゃ考えもしないアイテムだしし。
「翔子が言ったとおり、俺は軍・本国間での連絡手段に携帯を使うつもりだ。まあ、それだけが理由ってわけでもないんだが、だから今回は何人かここに残していく。専門用語満載の精密機械の操作方法は、簡単にやるにしてもこの時代の人間にはちと難儀だ」
「なるほど……でも、誰を?」
「それは後で決めておく。この場ではまあ……連絡ぐらいにとどめておこう」
「そう……でしたら、その件は後にさせていただきましょう。今は、私たち全員で話して決めることを決めてしまわないと」
 と紫苑。
 むぅ……こいつが単独できめるのって、何かしらの作為が生まれそうで不安なんだけど……まあ、そんな悪質な何かをするわけでもないだろうし……紫苑の言う通り、ここは任せよう。
「朱里、中断して悪かったな、続けてくれ」
「あ、はい。では、策ですが……」
339 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 20:39:48.44 ID:xmrrKX3z0
つまり、
「敵に気付かれないように少しずつ国境線に兵を増やして、気がついたら大軍の配備が完了してる……っていう作戦?」
「はい、そういうことです」
 と朱里。
「なるほど……シンプルじゃが、有効な手じゃな」
「いーねぇいーねぇ! あの卑怯な曹操野郎には、おあつらえむきの戦法だぜ!」
 と、ノリノリの翠とは対照的に、愛紗は眉間にしわをよせていた。
「しかし……いささか卑怯ではありませんか? 戦うのなら正々堂々と宣戦布告をして、その後大軍を率いて攻める……というのが王道だと思われますが……」
「気持ちはわからなくもないけど……正々堂々戦って負けるよりも、卑怯な手を使ってでも勝つことを考えましょう?」
「そうそう、大体あんな最悪趣味のパツキンドSドリルの小娘に情けかけることないですって! むしろ策にハメてハメてハメまくって半べそかかせるくらいで丁度いいですよ!」
 紫苑や美波が愛紗に諭すように言って聞かせるが(美波のはそんな小綺麗な雰囲気はカケラもないんだけど……)やっぱり納得はいってない様子。
 でも、曹操との戦力差を考えると……ここはやっぱり、愛紗に折れてもらうしかないんだよな……。
「あれ? ムッツリさん、何で鼻血が出てるんですか?」
「…………『ハメてハメてハメまくって』……っ……何でもない……」
「……?」
 こっちはこっちで何してんだか……。
「じゃあ、そういう方針で行こう。朱里、統括よろしく」
「はい! 任せて下さい!」
 笑顔で元気よく帰ってくる返事。うん、今回も安心して任せられる。
「じゃあ、早速実行に移しましょう」
 と、朱里がそう言った瞬間、

「待ってましたぁーっ! 今回は私が先鋒な! いいだろ? けってーい!」

 と、翠が突如として立ち上がり、高らかにそう宣言した。
 いきなり何!? とまあみんなびっくりしてフリーズしている中、素早く体勢を立て直した者達が、
「待て翠、勢いに任せて何を言う。先鋒をかざるは武人の華、そう簡単には譲らんぞ」
「そうそう、言ったもの勝ちなんて許さないのだ!」
「な、何だよ! 曹操相手の戦いくらい、あたしに先鋒を譲ってくれたっていいじゃないか!」
 ああ……前にも見たな、こんなの。
 全く、武人ってのは……どうしてこう進んで矢面に立ちたがるのかな? 気が知れないや。
「なあ吉井、ちょっといいか?」
「? 何、白蓮?」
 と、今まで黙っていた白蓮がいきなり口を開いた。
「その作戦で行くなら……先鋒部隊にも1人くらい『天導衆』がついて行った方がよくないか? お前らはいつでもどこでも、その『携帯』とかいうので連絡取れるんだろ?」
「そういえばそうだね……どうする坂本君?」
 と工藤さん
340 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 20:40:20.13 ID:xmrrKX3z0
「それもおいおい決めることにしよう。ともかく朱里は部隊の統括を、でもって紫苑」
「はい?」
「例の『新兵器』、性能の最終確認と、部隊への配備頼む」
「「「新兵器!?」」」
 当然のごとく、その場にいた全員……雄二、姫路さん、朱里、紫苑、霧島さんを除いた……が反応する。
 いやあの……何だって? 新兵器!?
「坂本殿!? 初耳なのだが……新兵器とはどういうことだ!?」
「鈴々も初めて聞いたのだ!」
「あたしもだぞ!」
「ふむ……同じくだ」
 と、先鋒争奪でヒートアップしていた4人までもが反応。もちろん、僕だって気になる。
 全員の視線が雄二に集中する中、その雄二の答えは……
「まだ試作段階だから、秘密だ」
「「「えぇ―――――っ!?」」」
 当然の反応。
 ちょ……そこまで言っといておあずけって何!? そんないかにも意味ありげに言われたら、すごく気になるんですけど!
「坂本殿! 軍備の情報は残らず回していただかないと、こちらとしても準備のしようが……」
「準備なり策なりはそれ考慮した上で朱里が考えるから大丈夫だ」
「でもよー坂本、そんなこと言われたら気になって仕方ないじゃないか!」
「まだ実践投入できるかもわからない内から情報を漏らすわけにはいかないだろ」
「雄二、ホラ僕は仮にも太守なんだから、僕にだけでも……」
「にゃー! お兄ちゃんだけずるいのだー!」
「いいの! 僕太守なんだから」
「明久、この前そのことで試作機のテストに呼んだ時、お前それすっぽかしただろ? お前が知らない理由はそこだろうが」
「え? ……あっ!」
 思い出した!
 そういえばいつだったか……そんな内容の呼び出しをムッツリーニから伝言されてたっけ! あ〜その後璃々ちゃんと紫苑と霧島さんと遊んでて完ッ全に忘れ去ってたぁっ!! あれがこの新兵器のテストだったなんて!!
「罰としてお前にも秘密だ。俺たちに一任してもらう」
「そんな!」
 あんまりだ!
「黙れバカ。ガキじゃないんだから聞き分けろ」
「甘いな雄二! 男という生き物は、死ぬまで心は少年なのさ!」
「恥ずかしい上に意味の分からん言い訳をするな。ともかく、今日の軍議はここまでだ。各員持ち場に戻れ。出陣の準備は怠るなよ」
「「「え〜……」」」
「返事」
「「「………………は〜い…………」」」
「ったく……」
 見事に不満100%のその他大勢を無理矢理無視して、雄二は強引に会議を閉めた。

341 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 20:44:36.82 ID:xmrrKX3z0
曹魏編
第55話 機と出陣とそれぞれの思惑


 魏・王宮
「華琳様、ご報告が」
「何かしら、秋蘭?」
 玉座の間にて、夏候惇、荀ケの2人と談笑していた曹操の下に、魏の誇る猛将の1人にして夏候惇の妹、夏候淵が姿を見せた。
「はい、どうやら文月軍が出撃の準備を始めたようです」
「何!?」
 その報告を聞いて、その姉であり、左目につけた眼帯が特徴的な女将軍、夏候惇の顔色が変わった。
「標的はどこだ! まさか……我ら魏ではあるまいな?」
「そのまさかだ、姉者」
「っ!?」
「あら……面白いわね」」
 夏候惇とは対照的に、曹操はいたって落ち着いていた。それどころか、言葉通り面白がっているようにすら見える。
「国境付近の兵力を少しずつ増強させているようです。いかがいたしましょう?」
「私達に気付かれないように……というわけかしら? ならばそうね……先の先をとりなさい」
「準備が整う前に、こちらから襲撃をかける、と?」
「ええ、準備が完了する直前の、安堵感に包まれた状態を狙うのよ。春蘭、手配なさい」
 と、そこまで言ったところで、曹操は夏候惇が何か言いたそうな顔で自分の方を見ているのに気づいた。
「……華琳様……」
「何かしら?」
「華琳様は、まだ関羽にこだわっておられるのですか?」
 そのセリフを聞いて、曹操は夏候惇が、関羽に対しての焼き餅を妬いているのだと気付いた。そして、そういったことが好きな曹操である。
「ええ、欲しいと思っているわ」
「……わかりました。わたしが関羽を捕らえてご覧に入れます」
「あら、私に献上してくれるのかしら?」
「はい。華琳様が……望むのなら」
「ふふっ……楽しみに待たせてもらうわね。私の愛する春蘭」
「……! はい!」
 その言葉を聞くと同時に、夏候惇は顔をほころばせて嬉しそうに頷き、号令がかかるよりも早く出立した。
「やれやれ……姉者は一途ですね」
「あら秋蘭、あなたは違うのかしら?」
「ええ、私は華琳様と姉者……両方を愛していますからな」
「ふふっ……それを一途と言うのよ」
342 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 20:45:44.35 ID:xmrrKX3z0
別の日、呉
「なるほど……文月が動いたか」
 呉王宮の玉座の間にて、呉の王・孫権は、丸眼鏡と豊満な体つきが特徴的な軍師・陸遜によってもたらされた報告にそう返した。
 それを横から見ていた呉の筆頭軍師・周瑜は、
「して、いかがなさいますかな?」
「? どういう意味だ、周瑜?」
「知れたこと。この機に乗じて、我ら孫呉の覇業を進めるべきです。孫呉三代にわたる悲願たる『大陸統一』に向けて動き出す好機は、今をおいてありますまい?」
「この戦いに名乗りを上げよと?」
「ええ。曹魏と組んで文月を潰すか……文月と組んで大国曹魏の力を削ぐか……今が決断の時かと」
「あ……あの……そんな今すぐに決めなくても……」
 と、剣呑な空気に当てられて若干後ずさりしている陸遜が恐る恐る言った。
「余計なことを言うな、穏」
「はぃ……」
 ぴしゃりとたしなめられた陸遜から、孫権は再び視線を周瑜に戻す。
「私は魏との同盟は考えていない。奴と……曹操と組んだ所で、文月を潰した途端に矛先をこちらに向けてくるのは目に見えているからな」
「文月軍と組む、と?」
「すぐに組む気もないがな。最低でも……奴らに魏を相手にあの兵力差で有理に戦えるだけの力があると見極められてからだ。結論はそれから出す」
「では……今は保留ですかな?」
「そうだ。異論でも?」
「……いえ……」
 不満があるであろうことが明らかにわかる態度を、周瑜は目つき一つで表していた。
 しかし孫権は気にせず、自分の傍らに立つ武官、甘寧に声をかける。
「思春、文月への間諜を増員し、常に新しい情報を手に入れられるようにせよ。魏との戦いに関する情報は特にだ」
「はっ!」
「軍議は以上。皆、孫呉の未来のために奮励努力せよ」
「「「御意!」」」
343 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 20:46:13.70 ID:xmrrKX3z0
「報告は以上です。魏も呉も、それなりに動き出した様子で……おや左慈、どうしたのですか?」
 とある街の大通り。夜更けゆえに1人の人もいないその場所で、左慈と于吉は密談を交わしていた。その左慈は、先ほどから空を見上げて面白くなさそうな顔をしている。
「……この世界、やはり潰さねばならん」
「? そんなに奴が気に入りませんか?」
「それもあるが……いい加減決められた道を歩むことにつかれた」
「おや、ずいぶんと人間味のあるセリフを口にしますね。私もあなたも、所詮は作られた存在だというのに」
「だからこそ、誰にも遠慮はいらんし、誰も文句など言うまい」
「ふふっ、わがままな人だ……子供のようですね。本当に……」
 そこで于吉は一拍置いて、

「……本当に……可愛いですね、あなたは」

 ビュオッ

 于吉がセリフを言い終えるか終えないかのうちに左慈の蹴りが空を切り、于吉は笑顔を顔に張り付けたままそれをかわした。
「[ピーーー]ぞ」
「おやおや、手厳しい」
 心底憎たらしそうな……というよりも、心底嫌そうな顔の左慈がそう一言。
「ふふっ……怒っている顔も魅力的ですよ、左慈」
「黙れ」
「ふふ……そのきりりとした目、荒々しい口調、何者にもとらわれることのない生き方……本当にいいですね左慈……あなたはつくづく私を喜ばせてくれま……」

 ヒュヒュン!

「マジで[ピーーー]」
 今し方、首と鳩尾(みぞおち)を狙って、割と本気の殺意をこめて2連蹴りを繰り出した左慈が、不快感を全面に出してそう一言。
 しかし于吉はまたしても、むしろそれを楽しむかのようにひらりとかわす。その笑顔は相変わらずだ。
「ふふ……いい顔だ……その顔のためなら、私は死んでもいい……」
「なら今すぐ[ピーーー]。できるだけグロテスクな死に方で俺の目の前からいなくなれ」
 表情が変わっていないように見える于吉だが、付き合いが長い左慈にはその顔に僅かな赤みが差してきているのがわかっていた。わかってしまっていた。
 その事実が、左慈の機嫌が加速度的に悪くなっていることと密接に関係していることは、もはや言うまでもない。
「ふふっ、あなたに殺されるのも悪くありませんが……今は遠慮しておきましょう。では私は、色々と準備がありますので、コレで失礼しますよ」
「さっさと消えろこの同性愛者が!」
 左慈のセリフを、もしくは蹴りを待たずして、于吉は夜の闇の中へと一瞬で消えた。それを確認した左慈が、どことなく物悲しさすら感じられる背中で、
「ちっ……相変わらず気持ち悪い奴だ……」
 そう、誰にともなく呟いていた。
344 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 20:47:44.17 ID:xmrrKX3z0
「やれやれ、やっと出番だ」
「あ? どういう意味だ明久?」
「あ、いや何でも」

 ってな感じで、幽州。僕の城。
 魏への進軍を決めてから幾ばくかの時が流れ、僕らはいよいよ、先鋒部隊の国境出陣の時を迎えていた。
 そして僕の目の前には、

「では主、我ら先遣隊、曹魏との国境へ向けて出立いたします」
「う〜……カッコつけやがって……」
「悔しいのだ……」
「く……納得いかん……」

 戦いの常と言えば常、1人の勝者と3人の敗者が対照的な機嫌を顔に見せていた。理由は……言うまでもない。
「何だ? そろいもそろって面白く無さそうな顔をしおって、そんなにも私が先鋒を務めるのが嬉しいか?」
「この期に及んでイヤミ言うんじゃねえよ!」
「あみだくじで勝っただけのくせに偉そうすぎなのだ!」
「全く……お前らよく飽きねーな……」
 雄二も呆れる先鋒争奪戦、まだ尾を引いていた。
 最終的に、星の提案で『あみだくじ』という勝負方法によって今回の戦いは、知略と計算を駆使して紙面に天道を見た(本人談)星が勝利し、先鋒を勝ち取った。
 まあ……決着したと言っても、それで残り3人が納得したのか……って聞くと、そうじゃないわけで。今現在に至るまで、不機嫌を隠そうともせず、むしろ全面に出していたりする。おかげで正式に辞令を出して『任命』する僕の居心地が最悪……。
 すると、
「まあまあ、今回は運が悪かったと思って、ね?」
「出来れば代わってやりたいんじゃがな」
 と、それとは別の話し合いで先遣隊に任命された紫苑と秀吉がそう言ってなだめていた。
 紫苑は星の補佐のために、秀吉は士気向上のためと、連絡要員としてついて行く。
「なら代わって欲しいのだ!」
「そうだよ、木下は別に戦ったりしないんだからさ!」
「連絡要員だっつーの」
 性懲りもなく先鋒を要求する鈴々と星が雄二にいさめられていた。
 秀吉が選ばれたのは、別に適当に決めたわけではない。ちゃんとした審議の結果だ。
 秘密裏に軍を動かす作戦である以上、太守である僕が直々に動くわけにはいかない。目を引きすぎるからだ。同じ理由で、参謀長である雄二、隠密機動総司令であるムッツリーニもNG。情報系統がマヒするからね。
 そうなると、必然的に残りの女性陣から選ぶことになるけど、
「明久? 今お主何か妙なことを考えんかったか?」
 ……謙虚な秀吉はスルーして、
 続けよう。残りの女性陣のうち、他の4人に比べてまだ書類を読めない美波をまず除外。
 姫路さんと霧島さんは、残って例の『新兵器』とやらの研究を続行する必要がある。
 それを理由に今の2人は、人当たりがよく性格もフランクな割に様々な分野に要領がいい工藤さんと共に、城に残留することも決まっている。
 となると、残りの秀吉が先遣隊として選ばれるのは必然。それでも……やっぱり不安だ。秀吉を先鋒として戦場に向かわせるなんて……。
「秀吉、気をつけてね」
「危なくなったら星と紫苑を頼るか、すぐ逃げろよ。何かあったら逐一電話で知らせろ。何もなくても……」
「1日2回、10時と22時に定時連絡を入れろ……じゃろ? わかっておる、耳にたこができるほど聞いたからの」
「そうか、ならいいんだが」
 気丈にそう言う秀吉だけど、やっぱり僕らとしては心配でならない。くっ……代われるものなら代わってあげたい……!
「吉井くん、泣きそうになってない?」
「え!? い、いやあの、これはその……っ」
 や、やだな、目に涙が溜まってたみたいだ。ハハハッ……人間の体っていうのは正直にできてるなあ、少し恥ずかしいや。
「全く……何も特攻に行くわけでもあるまい。ちゃんと帰ってくるのじゃから、でんと構えて待っとってくれればよいのじゃ」
 そう言いつつ、秀吉は少し嬉しそうに笑っていた。
 と、
「うう……木下君、うらやましいです……」
「ホントよね……危険な任務なのはわかるけど、あんな風に言ってもらえるなんて……何かズルいわ」
「島田、姫路、ここで焼き餅焼いたって仕方ないだろ」

 ? 後ろの方でそんな会話が聞こえたんだけど……どういう意味だろ?

345 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 20:48:33.28 ID:xmrrKX3z0
「「でも……」」
「大丈夫だ。お前らがあの立場だったとしても、あのバカの反応は変わらねーさ。それより、秀吉がいない今のうちにアイツとの距離を縮めてみたらどうだ?」
「そうか! そういう考え方もあるんですね!」
「確かに……ちょっと卑怯だし、不謹慎かもだけど……これはチャンスと言えばチャンスね!」

「……吉井?」
「え? あ、何、霧島さん?」
 と、今まで黙っていた霧島さんに唐突に話しかけられた。
「そろそろ出立の時間」
「あ、そっか」
 もう時間か……。
「じゃあ秀吉、星、紫苑」
「うむ、承知じゃ」
「御意」
「行ってまいりますわ、ご主人様」
「うん……行ってらっしゃい」
 みんなの声にそう返事を返す。
 僕の後ろに控えている雄二や愛紗達は、何も言わない。言葉ならここにいたるまでに幾度も交わしたし……おそらく、信頼してるんだ。星や紫苑を、そして……秀吉を。
 先鋒部隊の大将を務める星は、もう一度僕に笑いかけると、一瞬でその顔を引き締める。敬愛する主に向ける忠臣の顔から、戦場に赴く武人の顔に代わった。そして広場に待機している兵士達に向き直り、声を張る。
「総員、これより曹魏との国境へ向かう! 我が旗に続けっ!」
『『『応っ!!』』』
 兵士達は元気よく返事をした。星は僕に向かって一礼すると、そのまま軍の先頭に立ち、紫苑、秀吉とともに軍を率いて城を後にした。
 僕らは信頼の意味も込めて、黙って静かに彼女らを見送った。

346 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 20:49:12.12 ID:xmrrKX3z0
「さて……と、こっちはこっちの仕事に戻るか」
「仕事?」
 見送った後で雄二が呟いたそんなセリフに、僕ら一同聞き返す。
「ああ、この城留守にして行く前に、あらかた仕事片付けといた方がいいだろうし……それに、俺と姫路と翔子は、」
「……アレの開発がある」
 アレ……ああ、例の新兵器か。全く……戦いも近いんだし、そろそろ教えてくれたっていいだろうに。
まあ、駄々こねたって雄二が折れてくれるわけもないだろうし、もうむし返すのはやめるか。
 それよりも、雄二の言うとおり、仕事をなるべく片付けておこうかな。その方が、後々白蓮達に欠ける負担も少なくて済むだろうし。
「じゃ、みんな、戻ろうか」
「御意」
 愛紗の返事。他の皆も、頷いてそれに続いて戻っていく。

「なるべく早く仕事片付けて、コミュニケーションに割く時間を作らないとな?」
「さ……坂本君!」
「あ、アンタは……でも、その通りね、この機会にアキと……」
「ま……負けません!」
「……瑞希、頑張って」

 ……姫路さん達の方からそんな会話が聞こえてきたけど……よく聞き取れなかった。
 何だろう? 僕に何か深刻な被害が及ばないような事柄ならいいんだけど。

347 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 20:49:59.41 ID:xmrrKX3z0
曹魏編
第56話 お茶と饅頭とロシアン飲茶


 秀吉達が魏との国境に向けて出立してから数日。
 自分達本隊の出動を2日後に控えた僕らは、残ったそれぞれの仕事を片付けるべく、各員机にかじりつき、城内を走り回っていた。
 僕も例外ではない。戦の前で忙しくなるということも考慮して、愛紗が出来る限り便宜を図ってくれたけど……やっぱり多いものは多い。
 それでも、秀吉だって今頑張ってるんだ、と思うと力がわいた。
 雄二主催の補修のおかげで文字もだいぶ読めるようになったし、仕事の要領もよくなってきたから、ペースは確実に早くなった。この分なら……よくて今日中、遅くとも明日の午前中には全て終えられるだろう。さて、もうひと頑張り……

 こんこん

「? はい?」
 と、僕の部屋の扉がノックされる音。誰だろ?
「アキ、いる?」
「? 美波?」
 僕の返事と同時に、美波が扉を開けて入ってきた。手には、おそらく彼女のものであろう書類の束と、ペンとインク瓶。
「どうかしたの?」
「ん……ちょっと、仕事手伝ってもらいたくて」
「は?」
 そんなことを言ってくる美波……ってちょっと待って!
 手伝ってもらうって……いやあの、僕にもまだ仕事あるんだけど……それも、多分美波より結構多い感じのが。
「ああ、安心して。手伝うって言っても、ウチが読めない字を教えてもらったりとか、そんな程度だから」
「あ、そうなの」
 それを聞いて安心した。
 よかった……僕の仕事量に影響する内容じゃなくて。
「あれ? でもどうして僕の所に来たの?」
「え?」
 と、僕の返事を聞かないうちから自分の座るスペースを確保し始めている美波に尋ねる。このへん、さすがというかなんというか……。
 ともかく、ちょっと疑問があった。
「いや、聞くんなら僕じゃなくて、姫路さんとか、雄二とかのほうが頼りになるんじゃないかな〜……と思って。あの2人の説明、わかりやすいでしょ?」
「そうだけど……あいにくその2人も霧島さんも、例の新兵器絡みの仕事で忙しいみたいなのよ」
 と、そう言って肩をすくめる美波。
「土屋はスパイ関係の仕事で同じく忙しいし、工藤さんは警邏の当番だし、愛紗さん達は軍事関係の仕事で忙しいし、木下はいないし……部下やお手伝いさんに聞くのは恥ずかしいし……」
 まあ……天下の『天導衆』が字も読めませんじゃあ、はずかしくもなるよなあ……。それで、消去法で僕の所へ来たわけか。まあ僕だって暇なわけじゃないけど、みんなに比べたらましなのかも。それくらいの余裕はあるし、見てあげようかな。
「それに、アンタが相手だと……何だか別に忙しそうだからとかそういう理由で遠慮する気にならないのよね、不思議なことに」
 ひどい話だ。仮にも王に向かって。
 ま、このへんにして、
「じゃ、そのへんに適当に座って……るね」
「うん、言われなくても」
 それって誉めるべき事柄なのかな?
「まあ……いいか。じゃ、はじめよう」
「うん、そうね。あ、アキ、これなんだけど……」

348 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 20:51:11.04 ID:xmrrKX3z0
こんこん

「ん?」
「ご主人様……あの……お茶をお持ちしました……」
 と、ドアを開けて入ってきた月。後ろには、詠もついてきている。
「ふ〜ん……いい御身分ね、昼間っから、それも仕事中から女の子はべらせて」
「「な……っ!?」」
「え、詠ちゃん……」
 相変わらずの憎まれ口。相手がだれでも容赦無しだ。
「な……何言ってるのよ詠ちゃん! 誰がこんなバカなんかと……」
 僕よりも素早く、そして激しく首と手を振って否定する美波。まあ……当然か。僕なんかとそんな目でセットに見られた日にゃ、たまらんだろうし。
 ……わかっていても、やっぱ少しへこむなあ……。
「それで何? お茶?」
「あ、はい。いかがですか……?」
 そりゃ丁度いいや。仕事もちょうどひと段落したところだし……気分転換にはもってこいだろう。何より月の入れるお茶はおいしいから、結構な数飲めちゃうんだよな……。
「じゃあ、そうしようかな。美波はどう?」
「そうね、せっかくだし……ウチも貰おうかな」
「そうだな、丁度小腹も減ってたとこだし、丁度いい」
 美波も雄二も賛成みたいだ。よし、じゃあ月と詠も合わせて5人で……

 ………………………………ん?

349 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 20:51:51.72 ID:xmrrKX3z0
「おわ!? ゆ、雄二!?」
 と、今の声の主、雄二がいつの間にか月達の後ろ、ちょうど僕の部屋の入口の所に立っていた。当然、全員驚いてびっくりしている。
「な、ちょ……アンタ、性悪参謀! いつの間に……」
「今だよ今。それよりほら、茶だろ? 早く飲もうぜ?」
 僕らの驚きを全く気にかける様子もなく、雄二は月と詠にお茶を注ぐように勧める。
 ……さてはこの時間にこの場所にくるとお茶と茶菓子にありつけるって知ってて来たな? 全く調子がいいというかなんというか……。
 と、
「あ、坂本君ここにいたんですね」
「……雄二、探した」
 雄二のさらに背後からそんな声が聞こえた。見ると……そこには、姫路さんと霧島さんが並んで立っていた。
「あれ、どうしたの? 瑞希に霧島さんも……仕事は?」
「あ、はい。仕事の方はひと段落したので、休憩ってことで一時解散したんですけど……」
「……雄二、忘れ物」
 と、霧島さんは雄二に、何やら小さな金属性と思しき箱を渡した。
「あ、コレか。すまんな翔子」
「……扱いには気をつけて」
 霧島さんはそう言って念を押していた。
 扱いに気をつけるって……何が入ってるんだろ? もしかして、例の新兵器関連の品物かな?
「ところで明久君、これからお茶ですか?」
 と、部屋に月と詠がいることに気付いたらしい姫路さんが聞いて来た。
「ああ、うん、そうなのよ。よかったら一緒にどう?」
「え? いいんですか?」
「もちろんよ。ね、アキ?」
「え、あ、うん。別にかまわないけど……」
「ちょっと、この部屋にこの人数入れて、すし詰めでお茶飲む気?」
 どうやら僕と同一の懸念を抱いたらしい詠がそう言ってきた。
 今のメンバーは、僕と美波、雄二、姫路さんに霧島さん、そして月と詠。実に7人……やっぱり椅子も足りないし、手狭になるなあ……。かといって、誰かを削員するなんてできないし……。
 と、姫路さんからこんな提案が。
「あ、じゃあみんなでお庭に出てお茶会にしませんか? 皆さん、休憩中なんですよね?」
 なるほど……いい考えかもしれない。
 どの道仕事中断してお茶飲む予定だったんだし、今日は天気もいい。庭でお茶会なんてのも、洒落てていいかもしれない。
「いいんじゃないかな? それじゃ月、詠、人数分の湯のみと、お茶菓子か何か用意してほしいんだけど?」
「あ……はい……」
「はいはい、わかったわよ」
 月は笑って、詠はため息をつきながら了承してくれた。
「でも、さすがに2人じゃ人数が足りないわよ。もう1人か2人、手伝いによこしてくれない?」
「まあ、確かにな」
 結構な人数だし、お茶菓子もお湯も運ばなきゃいけないから、妥当な判断だろう。
 さて……そうなると決める手段は、もちろん公平に……
「「「じゃーんけーん……」」」

350 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 20:52:29.84 ID:xmrrKX3z0
まあ、いい予感はしなかったんだけどね。最初から。
 よりにも寄って1回戦で独り負けした僕は、旧自室に言って食器を借りてくることになった。
 で、太守自ら登場するという、給湯室の女官の人達を盛大にビビらせるサプライズを終え、人数分の食器を抱えて戻ると、

「…………おかえり、明久」
「やっほー、吉井君」
「お疲れ様です、ご主人様」
「お兄ちゃん、お疲れ様―!」
「は、はわわ……ご主人様自らそんな……」
「おーっす!」

 ……なんか、超増えてるんですけど。
 さっきまでのメンバーに加え、ムッツリーニに工藤さん、愛紗に鈴々、朱里に翠までもが庭にオープンカフェのごとく設けられたお茶スペースにいた。
「ここに来る途中でばったり会ったもんでな」
「はい、折角だからということで、参加させていただくことにいたしました」
 疑問に思っていたことを先んじて答えてくれた。なるほど……そういうわけか。
 しかし、また随分と大所帯になったな? まあ追加の参加くらい構わないけど……これだと食器がまたしても足りない。もう一回僕が行くのか……?
「ああ、明久。食器なら月達が持ってきてくれるから問題ない……お、来たか」
 と、雄二の見ている方に視線を向けると、トレーにお茶道具一式とお茶菓子(大量)、それに、追加と思しき人数分の食器を持って月と詠がこっちに歩いて来るところだった。
「ほら、アンタらの分。全く……世話が焼けるわね」
「ご苦労様。さ、月も詠も飲も?」
「あ……はい……。じゃあつぎますね……」
 月がそう言って、大きめの急須にお茶の葉とお湯を入れ、みんなについで回る。程なくして、全員にお茶がいきわたった。
「んじゃ、乾杯と行くか」
「「「かんぱーい!」」」
 とまあ、飲み会のノリなのはちょっとどうかと思うけど、とりあえず音頭と共にみんなでお茶を飲む。うん、おいしい。
「このような席を設けるのも、いいものですね」
「うん、まったりしていい感じなのだ」
「そうね、落ち着くわ」
 みんな、思い思いの感想。やっぱり月の入れてくれるお茶は好評だなあ。
 仕事で疲れた身には、温かくて味わい深いお茶はもはや特効薬だ。午前中の政務でたまった疲れが、みるみる抜けて行くのがわかる。
 テラス全体が、そんな和やかな空気に包まれて……
「おい明久、ぼけっとしてねーで食わねーとなくなるぞ?」
「え?」
「ん〜〜〜! このおまんじゅう美味しいのだ〜!」
「ホントホント! 中身の餡は甘くて、皮は柔らかくてしっとり滑らかで……く〜! たまんないな〜!」
 見ると、雄二、鈴々、翠の大食い3人が、次々にお茶受けのまんじゅうを口に放り込んで……ってあれ? もう既にあんだけあったまんじゅうの4分の1くらいが食いつくされてるような……早すぎだろ!? もっと味わってゆっくり食べようよ!
「「「(もぐもぐもぐ)」」」
 ……って言ってる間に無くなりかねないな、これは。
 こうしちゃいられないと、僕もそのまんじゅうを手にとって、口に放り込んだ、。
 一口サイズ、と言っていい小さめのまんじゅう。機械もないこの時代だから当然手作りで、皮で包んだ跡みたいなのも見える。けど……そんなのは気にならない。
「どうだ、うまいだろ?」
 と、翠の声。うん……確かに……。
 薄くてやわらかく、かといってべたつかない皮の舌触りがとてもいい。噛みつぶすと、中に入っている餡子の香りと味が口いっぱいに広がって………………ん?
 何だろう、これは……今までに食べたことのない味がする。
 甘いようで辛く、辛いようですっぱく、すっぱいようで苦く、苦いようでしょっぱく……それに、口に入れてすぐに、全員を真綿でつつまれたような不思議な感覚と、頭を何かに打ち付けたような衝撃が走って……こ、このお菓子、一体……?

「おい! おい明久、おい!」
「ご主人様! 大丈夫ですか!?」

351 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 20:52:59.79 ID:xmrrKX3z0
と、ぼんやりしていた意識が鮮明になってくると、僕の目の前に、愛紗や雄二、その他みんなが不安そうに僕の顔を覗き込んでいる風景が飛び込んできた。
 え? ……何?
「ご主人様? 何だって饅頭食ったとたんにいきなり仰向けに倒れたんだ!?」
 と、翠の声。ああ、そうか、僕倒れてるのか。道理で皆の顔の向こうに空が見えると思った……ん?
 何……倒れた!?
「え!? た、倒れたって……ホントに!? 僕が!?」
「いや、ホントも何も、現在進行形であんた今倒れてるじゃない。おまんじゅうがおいしかったからって、そんなにオーバーリアクションしなくても……」
 いや……そんなことした覚えないし……。
 段々体の感覚が戻ってくると、背中に固い石畳の感触。倒れてる……ってのは本当みたいだ。つまり……あの頭を打ちつけたかのような感触は、本当に頭を打ちつけてたのか……。
 でも……何で? 僕は普通にまんじゅうを食べただけ……。

「「「…………………………」」」

………………『食べた』?

 その瞬間、僕と雄二、そしてムッツリーニの脳内に、ある仮説が浮かんだ。
 そして、僕は今まで気づかなかったある点に気付く。
「あのさ……姫路さんは?」
 今まで気づかなかったけど、このお茶の席にいないんだけど……?
 その疑問には、月が答えてくれた。
「あ……瑞希さんは、給仕室にいます」
「…………給仕室……?」
「瑞希さんは、私達の手伝いをしてくれたんです。それと、ついでに……」
 つ……ついでに?
「おまんじゅう……コレ……私や詠ちゃんや、給仕の人達の手作りなんですけど……」
 …………けど?

「姫路さんも……作るの何個か手伝ってくれたんです。材料から自分で」

 この瞬間、お茶菓子を囲んだ和やかなお茶会は、化学兵器を囲んだ饅頭ロシアンルーレットへと変わった。
352 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 20:54:00.12 ID:xmrrKX3z0
曹魏編
第57話 オオカミと川と突然変異


 国境付近。先鋒部隊(秀吉、星、紫苑)

「………………む?」
「? どうかなされたか、木下殿?」
「体の調子でも悪いの?」
「いや、別にそういうわけではないのじゃが……何だかよくわからんが、九死に一生を得たような気が……」
「「は?」」

                        ☆

 拝啓、秀吉。
 不謹慎かもしれないけど、この場にいない君がとてもうらやましいです。

 ……なんてことを思ってしまう、今日のこの頃。

「月ちゃん、おいしいわね、このお茶」
「あ……ありがとうございます……」
「ふん、当然よ、月が心をこめて淹れたんだから、美味に決まってるわ」
「このおまんじゅうもおいしいのだ!」
「ホントですね〜。柔らかくて甘くて、疲れた体に優しいです」

 ……すっかり手が止まってしまった僕ら3人(僕、雄二、ムッツリーニ)の目の前で、事情を知る由もない彼女たちは、お茶を飲み、お茶受けに用意されたまんじゅうをパクついている。
 ……その饅頭の山の中に、口にした瞬間にその者を黄泉の国へといざなう、死神が潜んでいることなど知らずに……。
 こ、ここにきて姫路さんの殺人料理か……。予想外だ……。
 先程までけっこうな勢いでまんじゅうを食べていた雄二、それに続いて口にした僕、地味にもぐもぐと食べていたムッツリーニ、その3人は、3人とも手が出せなくなっていた。
 このまんじゅうの山は、僕らの目には最早お菓子として映ってはいないからだ。原子力発電所の金網なんかについてる『あのマーク』を付けて、原子炉クラスの頑丈なシェルターの中に厳重に保管しておくのがいいとすら思う。
「……? 主人様、先程から手が止まっているようですが……いかがなさいました?」
「え? あ、や、別に何でもないんだけど……」
「? ならよいのですが……」
 そう言いつつ、愛紗はまんじゅうをパクリ。……セーフみたいだ。
 僕はこの隙に、雄二とムッツリーニにアイコンタクトをとる。
(どうする雄二、もはやこのまんじゅうの山は紛争国の地雷原より危険だよ!?)
(…………月の話だと……あと2つ、この中に爆弾が眠っている……)
 それはさっき月に聞いた情報。姫路さんが作ったまんじゅうは、全部で3つらしい。
(ああ、わかっちゃいるが……こうまで見た目が似通ってると……探しようがないな)
 雄二の言うとおり、並んでいるまんじゅうは手作りだから形にばらつきはあるけど、姫路さんの料理は見た目はまともで味が危険。外見で判別するすべはない……。
 となると、食べて判別するほかないんだけど……まるまる一つどころか、一口でも食べたら大変なことになるのは、僕らが一番よく知っている所。『ダメ、ゼッタイ』のフレーズでもたりない。
 ……すこし意味違うか。
(こうなると……他の奴らが食べちまうのを待つしかないか……?)
(でも、それだと他の皆が危険だよ!?)
(そんなことはわかってる! しかし……だからと言って俺達が進んで死ぬわけにも……)
(…………どうすれば……)
 頭を抱えて悩む僕ら。
 と、

 わんっ!
353 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 20:54:45.91 ID:xmrrKX3z0
「「「ん?」」」
 そんな鳴き声につられて振り向いて見ると、
「あ、恋」
「………ご主人様、お茶会?」
 と、僕の軍でも、「狂気の武人」とまで言われる戦場での姿とは似ても似つかない、澄んだ目と無邪気な仕草、そして鈴々に勝るとも劣らない食欲でおなじみの猛将、恋がいた。
 隣には、愛犬のセキトも。
「お、恋。起きたのか?」
「………(コクッ)お昼寝、おしまい」
 そう言っている恋の視線は……先程から、僕らが囲んでいるまんじゅうにむいていて……。

 ぐぎゅるるるるる……

 盛大に自己主張。
 ああ……食べたいのね……。
「………ご主人様……」
「え? ああ、うん、構わないけど……」
 そこまで言ってから、はっとした。
 まずい、このままだと恋もまんじゅうの危険に……!
 と、ここで雰囲気を察したかのように、鈴々が立ち上がり、
「はい、恋。おいしいよ?」
 と、饅頭を1つつかんで恋に投げてよこした。
「こら鈴々、そんな行儀の悪いまねを……」
 恋はそれを上手くキャッチして……
「………あ」
 ……しようとして、石の床に落としてしまった。
「あちゃ……ごめんなのだ」
 自分にも責任がある、と、鈴々が申し訳なさそうにする、しかし、恋は別段気にした様子もない。
「…………まだ、食べれる」
 と、しゃがんで饅頭を拾おうとしたが、

 ぱくっ

「「「あ」」」
 拾う前に、セキトに食べられてしまった。むしゃむしゃと噛みちぎっては口に入れ、あっという間に全部飲みこんでしまう。
「コラ恋、落ちたものを拾って食べるなどするものでは……」
 愛紗が鈴々に続き、またしても軽いお説教モードに入ろうとしていた。
 ……その時、

 ワオオオオォォォォ―――――――ン!!

「「「っ!?」」」
「………セキト?」
 突如として、セキトが山のオオカミ顔負けの遠吠えを放った。
 いや……もはや咆哮と言ってもいいかもしれない。この小さな体からどうやってそんな声を出すのか……ってくらいの音量で、びりびりと空気が震え、食器類がわずかにカタカタと揺れる。
 ある者は驚き、ある者は唖然とするこの状況の中、僕ら男子3人の脳裏に、共通の考えが浮かんだ。
 まさか……セキト……!
「……当たったか……!」
 雄二がぼそっと言った一言、恐らくあたりだろう……。

 ワオオオオォォォォ―――――――ン!!

 また吠えた。
 あの……気のせいならいいんだけど、白目むいてない?
「にゃ……? セキトがなんか変なのだ」
「確かに……どうしたのかしらね、セキトちゃん」

 ワオオオオォォォォ―――――――ン!!
 ワオオオオォォォォ―――――――ン!!
 ワオオオオォォォォ―――――――ン!!

 まるで狂犬のごとく吠え続けるセキト。目は白目で……気のせいか血走ってるようにも見えて……よだれが異常に出て……全身が小刻みに震えてるんだけど……。
 そしてだんだん吠える鳴き声がオオカミのそれに近くなってきた気が……ていうか、これいきなり凶暴化して、僕らに襲いかかったりとかしないよね……?
「………セキト……どうしたの?」
 心配そうに見守る恋がセキトに触れようとすると、

 どひゅっ!!

「「「速!!」」」
 その前にセキトは、一目散に明後日の方角に向けて走って行った……って速い!! 残像が見えるくらいのスピードで疾駆してる!!
 あの……今のもしかして、猫とかが自分の死を悟ると、自分だけが知ってる秘密の場所に行ってひっそりと死ぬ……とかいうアレじゃないよね? いや、セキトは犬だし、大丈夫だとは思うけど……。
「………セキト、待って」
 恋は、そのままセキトを追いかけて、お茶会の席に加わることなく去って行った。
 ともかく……饅頭爆弾の二つ目はセキトがヒットか……。
 残るは一つ……さて……どうしたものか……

 ごとっ
354 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 20:55:33.73 ID:xmrrKX3z0
「「「え?」」」
 と、謎の擬音。見ると……
「にゃ? 翠?」
 翠が……眠ったようにテーブルに突っ伏していた。
「翠さん、お食事中に寝るなんてお行儀悪いですよ?」
「全く……翠、ほら起きんか。疲れているのはわかるが、寝るなら布団に行け」
「ぁ……ああ……眠い……」
「「「……………………」」」
 それ……本当に眠気だろうな?
 眠ったが最後、二度と目を覚まさない類の眠気じゃないだろうな!?
 いくら疲れてるからって、いくら翠が大雑把だからって……そんな食事の最中にいきなり寝るなんてこと考えにくいよなあ……となると、これはやっぱり……。
「…………3つ目…………」
 ムッツリーニがぼそりと呟く。
 あたったんだ……3つ目の姫路まんじゅう……。
「眠い……寒い……暗い……」
 って言ってるそばから翠の口から危険なフレ−ズが!!
 ちょ……翠!? まだ昼間だよ!? 暖かいし、明るいよ!?

「…………あぁ……父上だぁ……」

「全く……昼間から幸せそうに夢など見おって」
 ちょ……翠のお父さんってたしか曹操に殺されたはずじゃ!?
 夢!? 夢だよね!? 川の向こうにお父さんがいて手を振ってるとか、そんな状況になってないよね!?

「んぅ……泳いで渡れるかな……」

 ヤバい!! 翠が死ぬ!
 と、ここでムッツリーニが動いた。
 素早く翠の背後に回り込み、愛紗を手伝って介抱するふりをして……

 バチィッ!

「うぁ!?」
「「「わぁっ!?」」」
 と、翠が大声と共に覚醒した。
「な、何だ起きたのか翠」
「あ、ああ……あたし……一体何を……?」
 よくわからない、と言った感じの翠。自分が今渡ろうとしていた川の正体にも気付いていないみたいだ。
 ……それもこれも、ムッツリーニがみんなに見えないようにスタンガンを翠にあてて強制覚醒させるという荒療治を成功させてくれたおかげだ。何が起こったのかなんてわからなくていい、結果として翠は助かったんだから。ムッツリーニ、グッジョブ!
「ね……寝ちまったのか? そりゃ……ごめん」
「いや、わかればよい。ただ、身内の前とはいえ……礼儀にはもう少し気を使え。仮にもご主人様の前だ」
「そうだな。悪かったよ、ご主人様」
「いや、いいってそんなの」
 君が生きて帰って来てくれただけで、僕は満足だよ。
 さて……こうなると、残りのまんじゅうは全部安全ってことだ。
 翠とセキトには少し悪いことしちゃったかもだけど……これで安心して僕らも再びお茶会を楽しめるな。
「ま、その辺でいいだろ。ほら、再開再開」
 といいつつ、雄二は早くもまんじゅうをぱくつき始めていた。やれやれ、こいつは調子がいいんだから。
 けどまあ、別にいいか。もう何も命を脅かすようなものは何もないんだから……

「あ、みなさんお揃いですね」

と、背後からそんな声が……姫路さん?
355 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 20:56:14.06 ID:xmrrKX3z0
「あら瑞希、やっと来たのね」
 どうやら、給仕室にいた姫路さんがようやく来たようだ。にしても遅かったな……片付けにでも手間取ってたんだろうか?
「姫路さんお疲れ様。早く食べないと、おまんじゅうが無くなっちゃうよ……って、アレ?何それ?」
 と、工藤さんのセリフが気になって、僕らはみんな姫路さんの方を向くと、

「あ、はい。ちょっと興味があったもので、茶葉を分けてもらって、私なりのやり方でお茶を淹れてみたので、皆さんに飲んでもらおうと思って持ってきちゃいました」

 危機、再来。
 複数の急須と、スペアと思しき茶葉をトレーにのせた姫路さんが、そこに立っていた。
 わ……『私なりのやり方で』……だと……!? それはつまり、お茶の煎じ方とか、ブレンドとか、隠し味とかに気を使ってみてしまったってことか……!?
 ま……まずい……。命の危機は去ってはいなかった……!!
 見ると、雄二とムッツリーニもまた、今の姫路さんが言ったセリフの意味を察して、ひきつった顔にたらりと冷や汗を流していた。
「へ〜……瑞希が淹れたお茶か〜。飲んでみたいかも。いいかしら?」
「……私も」
「ボクも飲んでいい?」
「はい、もちろんです!」
 真実を知らない彼女達は、続々と自ら処刑台へと歩みを進めていく。だめだ……みんな飲んじゃだめだ……。
 でも……何て言って断る!? 姫路さんがせっかく真心込めて悪意なく淹れてくれたお茶だ。本来なら彼女からの差し入れやプレゼントなら、ペットボトルのお茶の飲みさしだろうと(いやむしろそっちの方が)喜んで受け取るけども、一番嬉しいはずの『手作り』は僕らの命を刈り取りかねない危険をはらんでいる以上、受け取るわけにはいかない。
 かといって断るにはそれなりの理由ってものが要るし……でも僕ら3人以外このお茶の危険性を認識していないこの状況下でどうやって……と、僕がアレコレ思案していると、
「と、ところで姫路、お前そのオリジナル中国茶、誰に最初に飲んでもらいたい?」
 突如雄二がそんなことを言い出した。
 ……!? こいつ……何が目的だ?
 すると姫路さんは、突如として顔を赤くした。
「え、えぇっ!? そ……それはその……あ……」
「?」
「あ……明久くんに……できれば最初に……」
「ホワアァァイッ!?」
 何で僕!? というか何この展開!?
 ! ……さては雄二……僕をスケープゴートにする気だな!? この頃僕が不純異性交遊の容疑(濡れぎぬ)で姫路や美波に目をつけられていることを考えて、姫路さんが僕を選ぶだろうってことを先読みしたのか!! くそっ……こいつの悪知恵と自分の信用の無さに腹が立って仕方ない……っ!!
「あ……アキに……?」
「ご……ご主人様に……!? ひ……姫路殿、貴公はやはりご主人様のことが……」
「にゃははは。愛紗、また恋敵が増えもごもご」
「よ、余計なことを言うな鈴々!!」
 何やら愛紗達が話してたけど、それを詳細に聞き取っている余裕は今の僕にはない。
 そんなことより……今まさに僕に迫ってきているこの命の危機を何とかしないと……!
 どうやって断る……? 腹痛とか……発熱とか……何かそれらしい理由を考えるのが理想的だろうけど……今の今まで普通に飲み食いしてしまっていた以上、仮病の類の理由はいささか無理がある。しかし、だからといって死の運命に甘んじるわけには……
「あの……明久くん、だめ……ですか……?」
「え……」
 くっ……! こ……断れない……! 反則だろ、潤んだ目に上目遣いなんて……。
「じ……じゃあ……もらおうかな……」
「はい! じゃあ、つぎますね」
 ふるえる手で空になった湯飲みを差し出す僕。その空の湯飲みに、姫路さんが中国茶(だったもの)をトポトポと注ぎ込み……。

「ああっ! ち、ちょっと僕用事を思いだしたからこれで……」

 ガシッ
356 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 20:56:52.87 ID:xmrrKX3z0
「ははは、そんなに照れるなよ明久、姫路がついでくれたからって」
 逃亡を謀った僕の腕を、雄二が横から手を伸ばしてがっしとつかむ。こ……この野郎……!
「やだなあ雄二、照れてなんかいないさ(頼む雄二! 放して! 後生だから見逃して!)」
「だったらほら、早く飲めよ、な!(バカ言うんじゃねえ! ここでお前が逃げたら俺の死亡率が上がるだろうが! 黙って飲めこのスケープゴート!)」
 作り笑いと偽りのセリフの裏で、アイコンタクトによる大舌戦が繰り広げられた。こいつ……やっぱり僕をダシにして助かるつもりだったな……!
(てめえ明久! 一度は覚悟決めただろうが! 黙って運命を受け入れろ!)
(今姫路さんが注いでる物体の色見たら気が変わるよそりゃ! 見てよコレ、黒いよ!? 真っ黒だよ!?)
 姫路さんが僕の湯のみに注ぎこんだ元・中国茶。その物体は……よく言えばブラックコーヒー、悪く言えば原油と言った感じの漆黒をしていた。
 無論だが、透明度はゼロ。これほど人体に有害であることを自己主張している食べ物(でも最早ないんだろうけど)も珍しい。
 いつもは姫路さんの料理は見た目だけはまともなんだけど……ここへきてルックスまでも浸食したか……。これはもう飲むわけには……。
「あら、瑞希。お茶……一種類だけじゃないのね」
「「「え?」」」
 と、美波の奇妙なセリフを聞いた僕らが、そういえばいつまでもトポトポ注いでるなあ……なんて思って振り向くと、
 姫路さんは、僕が置いておいた湯のみのほかに3つの湯のみを用意して、それぞれに違うお茶を注いでいた。なるほど……複数種類のブレンドに挑戦してみたのか。
 その向上心・探究心は素晴らしいと言えるだろう。……それが結果的に人の命を脅かすことになるものであるという点を除けば。
 しかし……殺人中国茶×4か……これはもう、抵抗とか考えても無駄かもしれない。まあ、雄二やムッツリーニも、この分だと助かりはしないだろう。それがせめてもの憂さ晴らしになるか。さて……
というわけで、姫路さんが注いだお茶を、左端から順番に見て行ってみる。
 一番左端……1つ目は、さっきも見た、漆黒の液体。相変わらず毒々しい。
 その隣、2つ目は……見た目はまともなお茶だ。澄んだ色をしていて、見た目や香りだけなら、月や詠が入れてくれる普通のお茶と何ら変わりない。
 ただ……見た目で油断させるのは彼女の常套手段。なめてかかると、川を渡るはめになるのは火を見るよりも明らかだ。
 3つ目。……ん? 無色透明……色が無いぞ?
 いや、よく見ると僅かに白く濁ってるみたいだ。湯のみが白いせいでわかりにくいけど……って、これはこれでやばそうだな……一体どんな味がすることやら。
 で……4つ目は……。

 シュワワワワワワワワ……

 あ……泡立ってる……。
 何かを発酵でもさせたかのごとく泡立ってる……。品目が『お茶』である以上あり得ない現象だ……姫路さん、あんた何入れた……っ!?
 色は1つ目の原油もどきと変わらない黒さだし……これ、僕今度こそ死ぬかもなあ……。
「こ……個性的なお茶が多いわね、瑞希」
「……お茶?」
「ふ〜ん、ど、どんな味がするのかな……?」
「か、変わった色ですね……」
「にゃ、なんか……不安なのだ……」
「だ、だめですよ鈴々ちゃん! 瑞希さんがせっかくいれてくれたんですから……」
「いやでもさ……飲めんのか、コレ……?」
 思い思いの感想を口にする女性陣。……そう思うなら、助けて……。
「さ……さて明久、どれ飲む?」
「そ……そうだね。じゃあまずは……」
 ……とはいったものの……この中から選べって……選択肢が選択肢の意味をなしてないような気がするんだけど。どれを選んでも『死』、よくて『臨死体験』……これほど意味のない4択も、そうはないだろう。
 いっそのこと、一番ヤバそうな4番行ってみるか? 意外にイケたり……するはずないだろうな。
 うう……僕はどうすれば……。
 額に汗を浮かべ、必死の形相で1%でも生存率が高そうなものを見極めていると……、
「あの……明久君、飲むの……嫌ですか……?」
 再び姫路さんの、上目づかいでの、しかも今度は少しさびしそうな懇願……。
 くぅ…………。
 …………つくづく僕は、女の子の頼みに弱いみたいだ。ふっ……男のつらいところだな。
 ええい、どうにでもなれっ!
(…………明久っ!?)
(いくのか明久……!?)
 勢いに任せて1番目のカップを手に取った僕を見て、雄二とムッツリーニが驚愕に目を見開くのが伝わってきた。
 僕は乱暴とも言えそうな手つきでカップをとると、すぐさま口に運ぶ。躊躇すればそこで終わりだろう、勢いに任せて飲みきるしかない……っ!

 ごくごくごく……ごくん!!
357 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 20:57:36.27 ID:xmrrKX3z0
(明久……行っちまったか……!)
(…………安らかに眠れ……っ!!)
 悪友たちのそんな心の声が聞こえてきそうな雰囲気。彼らのみならず、美波達女性陣も多少なり心配そうな目つきで僕の方を見ている。
 僕はそれらを感じながら……体内を巡る姫路さんの紅茶の成分に侵されて、ゆっくりと意識を失い……

 失い……

 失い………………

 ……………………………………ん?

「……………………あれ?」
「あ……明久?」
「…………生きて……る?」
 意識を……失わない。
 いやちょっと待て! それ以前に、これは……
 この味は…………!
「あ、明久君、どうですか、お味の方は……?」
「………………ヒー……?」
「え?」

「………………コーヒー?」

「「「は?」」」
 みんな目を丸くして聞き返す。
 無理もないだろう。僕の口から出たのは、お茶の……それも中国茶の味の感想としてはおよそ似つかわしくない言葉だったのだから。
 でも……それ以外に表現方法がないんだよ……。
「あ、明久君、それ、どういう意味で……」
「オイ明久、どういうことだ、コーヒーって?」
「いや、ホントに。ほら、雄二も飲んでみて」
「なっ……いやあの……(だ、大丈夫なんだろうな!?)」
「ほらほら(大丈夫だから。もしホントにやばかったら、こんなことする余裕ないから)」
「お……おう……(……わかった、信じてやる)」
 おそるおそる、といった様子で、僕から湯のみを手にとって飲んでみる雄二。口に含む瞬間、これでもかってほどにきつく目をつぶってたけど……。
「うぉ!? マジでコーヒーだ!!」
「「「えぇっ!?」」」
 女性陣+ムッツリーニの驚く声。しかし飲んだ当人達である雄二と僕は、納得した表情。
 しかし……おどろいた。てっきりこう、舌がとけるか歯がとけるかするもんだと思って半ば覚悟を決めてたんだけど……まさか見た目のみならず、味がコーヒーに変化してるなんて。
 検証のために、みんな(姫路さん含む)にも勧めてみる。もちろん、それぞれの湯のみに新たについでもらって、だ。
 すると、
「ほ、ホントです! コーヒーです!」
「ホントだわ……な、なんかある意味すごいかも……」
「……どうして?」
「すごいね〜、ホントにコーヒー……しかもブラックだよね、何でだろ?」
「…………信じられない」
 一様に、ってほどリアクションは統一されてないけど、みんな驚いていた。
 一方、こっちの時代出身のメンバーは……
「に……苦い……ですね……」
「うぇ……苦いのだ……何これ?」
「う〜……癖のある飲み物です……」
「初めて飲んだな……あ、でも嫌いじゃないかも、この味」
 それぞれのリアクション。翠以外は……ちょっと口に合わないみたいだ。まあ、1800年以上未来の飲み物なんだし、戸惑うのも必然ってもんだろう。
 でも……そうなると残りの3つが逆に気になってくるな……これと同じく、もしかしたら案外まともにできてるんじゃ……?
「じゃあウチ、コレ飲んでみようかな」
 と、考えてる間に美波が2つ目の「見た目はまともなお茶」に手を伸ばす。そして僕らが止める間もなく、それを口につけた。
358 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 20:58:16.62 ID:xmrrKX3z0
「「「…………っ!」」」
 僕と雄二、それにムッツリーニがかたずをのんで見守る。
 美波は……一瞬硬直して、そして意外そうな顔をして言った。
「すごい! これ紅茶だわ!」
「「「は!?」」」
 また驚きの事実が!
 2つ目は中国茶から紅茶に変貌していたらしい。い、一体どういう仕組みだ……?
「…………明久」
「うおっ! びっくりした!」
 と、ムッツリーニが静かに声をかけてきて……なんか、比較的無表情な部類に入るこいつには珍しく、すごく驚いた顔してるんだけど……?
 ……その手には、3番の湯のみ(半透明)。の、飲んだのか!?
「おいムッツリーニ、どうだ?」
 やはり気になるのだろう、雄二が尋ねる。
 ムッツリーニはというと、驚いた顔のままで、
「…………スポーツドリンク」
「「何だとっ!?」」
 コーヒー、紅茶と来て、今度はスポドリ!? お茶ですらなくなったぞ!?
 となると……残りの一つも……
 意を決して、黒色の液体が泡立っている4番の湯のみを手に取り、雄二が息をのむのを目の端で確認しながら、僕はそれを口へ流し込んだ。
 直後、
「………………っ!!」
「あ……明久……?」
「雄二……僕は今、猛烈に感動しているよ……」
「は?」
「この世界に来て……この世界に来て、まさか『コーラ』が飲めるなんて……!!」
「「「えぇえ!?」」」
 中国茶が炭酸飲料に変貌したという事実に、みんなは揃って今日一番の驚きを見せていた。でも……間違いなく一番驚いているのは僕だろう。
 しかし、この味……舌触り……喉を通り過ぎる時の、炭酸飲料特有の独特の感触……。間違えようもない、これは……コーラそのものだ!
 ……お茶として作られたから、あったかいけど。
「し……信じられねえ……中国茶から、現代日本の清涼飲料やら何やらを作り出したってのか……!?」
「…………もはや、錬金術の域……!」
「すごいわ……理由は全然全くわからないけど、すごいわ瑞希!」
「は……はい……自分でも意外でした……」
 みんな揃って驚いている。
 しかし……これは地獄から一転、天国と言ってもいいんじゃないか!?
 何せ、水かお茶か酒(飲めない)しか飲むものが無かったこの世界で、現代の飲み物、それもなじみ深い『コーヒー』『紅茶』『スポーツドリンク』『コーラ』の四つが飲めるっていうんだから……すごい変革だ!
 規格外の料理を作り出す必殺料理人のポテンシャルが、まさかこんな形で発揮されるなんて!
「……瑞希、作り方……覚えてる?」
「あ、はい。一応全部メモしてますから……また作れますよ?」
「ホント!? すごいや!」
 工藤さんの歓声は、僕ら全員の気持ちを代弁するものだろう。姫路さんのおかげで、この世界で生きる楽しみが、また一つ増えたのだから。
 と、
「むう……何やら妙に甘いお茶もあったものですね……」
「ホントですね……でも、私はこの味、好きかもです」
「ぶえぇぇ……し、舌がピリピリするのだ……!」
「な……何だこの飲み物……胸がやける……っ!」
「コレ……美味しい……。さっぱりしてるから……飲みやすいし……」
「ん〜……でも……これってお茶なの? 全然面影ないんだけど?」
 と、紅茶を飲んだらしい愛紗と朱里、コーラを飲んだらしい鈴々と翠、スポドリを飲んだらしい月と詠がここでバラバラの感想をこぼしていた。
 ははっ、紅茶とスポドリはそこそこ好評みたいだけど、コーラは流石に刺激が強いみたいだ。2人とも、舌を出して『うぇーっ』って顔。
359 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 20:59:13.41 ID:xmrrKX3z0
 ともかく、
「さて、じゃあ新しいお茶も加わった所で、お茶会再開と行こうか!」
「そうだな、危険……もとい、どんな味かわからないこともなくなったわけだしな」
 雄二がこぼしそうになった本音の通り、懸念材料だった姫路さん特製お茶が、最高の意味で期待を裏切ってくれたおかげで、さっきにもましてお茶会の続きは楽しいものになりそうだ! まんじゅうをつまみに、コーラやコーヒー……最高のティータイムじゃないか!
 お茶会を再開する音頭をとろうと、僕が口を開いたその瞬間、

 ピリリリリリリ!

「「「?」」」
 突如鳴り響く音……ってこれ、携帯の着信音? 誰の?
「ん? 俺のだな……って、秀吉か?」
「え? 木下君からですか?」
 姫路さんの質問に首肯で答えると、雄二は通話ボタンを押して電話に出た。
 何だろ……? 定時連絡は午前午後10時だし……もしかしてまたヒマ電? 前にも似たようなことがあったような……っと、もう終わったみたいだ。雄二が通話終了ボタンを押して、携帯をポケットにしまった。
「じゃあ雄二、お茶会の続きを……」
「いや明久、茶会はお開きだ」
 え? 何で……と思うより先に、
 僕は雄二の声に緊張感が含まれているのを感じ取っていた。冗談とか、そういうんじゃない類の。
 ……何だ一体。今の電話に何が……待てよ?
 定時連絡でもないのに秀吉が電話してくるってことは……。
 沈黙の中、後ろの方から不安げな雰囲気が伝わってくる。どうやら、愛紗達みんなも、このただならぬ雰囲気を感じ取ったようだ。
「……雄二、まさか……?」
 僕の予想が外れてほしいとそう思いつつ、雄二に尋ねる。
 しかし……現実は残酷だった。

「ああ……非常事態だ」

360 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 21:03:07.00 ID:xmrrKX3z0
曹魏編
第58話 奇襲と演技と新兵器

バカテスト 世界史
問題
 『軍事の天才』『英雄』などと呼ばれ、後に皇帝にもなった天才戦略家の名前をフルネームで答えなさい。


 姫路瑞希の答え
 『ナポレオン・ボナパルト』

 教師のコメント
 正解です。名前は覚えていても、ファミリーネームを忘れてしまう人も多い問題なのですが、よくできましたね。



 土屋康太の答え
 『ナポリタン・カタパルト』

 教師のコメント
 何とか答えようとする姿勢だけは伝わりました。



 吉井明久の答え
 『ルルーシュ・ランペルージ(ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア)』

 教師のコメント
 せめて実在の人物を。
361 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 21:03:55.69 ID:xmrrKX3z0
これは、雄二のもとに秀吉から最初の連絡が入ってから、少したってからのこと。

「城内の将よ、聞けい!! 我が名は夏候惇! 魏武の大剣にして、曹猛徳が一の家臣! ゆえに我が言葉は、曹猛徳の言葉と心得よ!! 国境を侵し、我が国への野心をむき出しにした貴様ら文月軍に対し、魏は……宣戦を布告する!!」

 幽州において、曹魏・幽州の国境に最も近い支城。文月軍の分隊が駐留しているそこに向かって、魏にその人ありと謳われた隻眼の猛将、夏候惇は声を張った。

                      ☆

「ほぉ……盲夏惇将軍自らお出ましか……」
「あらあら、裏の裏をかかれちゃったみたいね」
 城の上階に備えられた、平原をよく見渡せる屋外の物見部屋。
 不測の事態に兵達の間に動揺が走る中、私と紫苑は落ち着いていた。
 朱里の腕を否定するわけではないが、戦場は常に駆け引きと言う名の騙し合いの連続、我らの策の裏をかかれる可能性も、考えてはいたからだ。
「ど、どういたしましょう!?」
 伝令兵が、慌てた様子で聞いてくる。
「うろたえるな。まずは、本城に向けて伝令を……と、その必要は無さそうだな」
「は?」
 奥の方を見ると、例の『携帯』とやらを手に木下殿が何やら呟いているのが見えた。
「うむ、将は夏候惇のようじゃ。伝令によると、敵兵数は2万5千。こちらが……紫苑よ、いくらじゃった?」
「そうね、1万と……7千ってところかしら」
「聞こえたかの? だそうじゃから……まあ不利じゃな。城を使って防戦に徹するゆえ、至急応援を頼む」
 ピッ、という妙に高い音と共に、木下殿と遠方にいる坂本殿の会話は終わった。やれやれ……相も変わらず、天界の技術はよくわからんな。
「すごいわね、今ので本当に届いたの?」
「ああ、まあの。それよりも……この状況、どう出たものかの、紫苑?」
 やれやれ、といった表情で木下殿が呟く。
「そうねぇ……やっぱり、いま秀吉ちゃんが言ったとおり、防衛を主体に戦うのが得策でしょうね」
「……その『ちゃん』に深い意味はないと信じるぞい」
「?」
 何やら木下殿も思うところがあるようだ。
 ともかく、紫苑の言う通りだろう。城に籠もっての防衛戦ならば、木下殿は袁紹との戦いでも経験している。
 しかし、今回は相手が違う。大陸にその名を轟かせる猛将・夏候惇だ。武力・知略・胆力……どれをとっても、能無しの袁紹とはわけが違う。城があるとはいえ数で負けている以上、毛の先ほどの油断が命取りになると見てよいだろう。
「とりあえず、本隊が来るまでワシらだけでやるとしよう。紫苑、どれくらい戦えばよいか、目安などつくかの?」
「そうねぇ……ご主人様達にすぐに出立してもらえれば、3、4日もあれば大丈夫じゃないかしら?」
「3,4日か、また微妙な……む? 星よ、どこへ行く?」
 と、身支度をしている私に気がついた木下殿が尋ねてきた。
「何、ちと敵方の総大将殿と一手死合うて来ようかと」
「そうか、ならばよ……よくないぞい!? お主何さらっと言っとるんじゃ!?」
 一瞬納得しかけた木下殿が、驚愕の表情で問い返してきた。むう、あわよくばそのまま流してもらいたかったのだが……。
「あそこまで言われて、黙っているわけには行きますまい? 武人として、相手方の心意気に答えてやらねば」
「じゃからといって、何も単騎で……」
「何、心配めさるな。向こうもひとりで来るでしょうからな」
「全く……武人と言うのはどうしてこうなのじゃろうな……」
 どうやら穏健派の木下殿、私達武人の考え方は理解しかねるようだ。額に手を当ててため息をついている。
362 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 21:04:25.90 ID:xmrrKX3z0
「まあ……この支城においての将軍は私ですが、主から権限を託された指揮官は木下殿だ。あなたがどうしても行くなというのであれば、考えますが?」
「さすれば、お主はワシを目の仇にするじゃろう?」
「まあ、おそらくは」
「それもちと面倒じゃの……仕方ない。行ってくるがいい」
 ほう、これは意外なこと。よもや了承してくださるとは。
「ただし、無駄に傷を作ってはならん。機を見て引くのじゃぞ?」
「機があればな。では」
 そう言って、私はこれ以上何か言われる前に、木下殿の眼前から駆け足で去った。
 ふっ……ああは言ったが、本心はごまかせんな。あの夏候惇将軍と一手交えられるこのまたとない好機……逃すことは出来ない!
 強敵を求める『武人』としての血が騒いでいるのを、私は感じていた。

363 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 21:05:15.34 ID:xmrrKX3z0
「心意気だ何だ言っとったが、本心はそんなとこじゃろう」
「あら、気付いてたのね、秀吉ちゃん」
「まあの。星もまあ大した役者じゃとは思うが、わしを相手に嘘をつけると思っているうちはまだまだじゃ」
「それなのに、許可を出したのはなぜ?」
「あそこで言っても、意外と頑固なヤツのことじゃ、食い下がるじゃろう。まあ、機があれば引くと約束させたし、何とでもなる」
「う〜ん……でも、『機会』の定義なんて人それぞれよ? そんなものがあるかどうか……それに、星ちゃんが素直に引くかしら?」
「ならば、『機会』はこちらで用意するまでじゃ」
「え?」
「ワシの数少ない長所を生かさせてもらうとしよう。さて、一芝居うとうかの」

                       ☆

「はあああぁっ!!」
「おおおおぉっ!!」

 ガギギギィン!!

 一人、城の外に出てきた私が、同じく一人で前線から突出してきた夏候惇との一騎打ちを始めてから、まだ180秒ほどか。
 しかし、この密度の高い打ち合いの中では、それが永久のごとく長く感じる。
 目の前に立つのは、大剣を振りかざして身構える女将、夏候惇。手練だとは聞いていたが、これほどとは……ふっ、つくづく戦いがいがある!
「さすがだな趙子龍、神槍と謳われるだけのことはある!」
「貴公こそ、中々に重く鋭い斬撃だな、『盲夏惇』!」
「くっ……その名で私を呼ぶな!」
 冷静さを保ちつつも、怒りを除かせる夏候惇。
 主たちも知らなかったことで、噂で聞いただけの話ではあるが、夏候惇は董卓討伐軍で戦い、虎牢関での戦の折に流れ矢を受け、左目を失ったらしい。その傷は、眼帯で隠しているとのことだ。
 それにもかまわず戦場に踏みとどまって戦い、最後まで自軍の指揮をいささかも降下させることはなかったという。やはりこの者、相当な器だ。
 それゆえに『盲夏惇』などという不名誉なあだ名もついてしまったようだが。
「この左目は、華琳様の戦勝のため、戦の神に供物としてささげたのだ! それを、華琳様を理解しようともせん貴様に侮辱はさせん!」
「ふ……たわごとを。供物云々はともかく、生憎と私はそこまで殊勝ではない。敵の大将を理解しようとするバカなど、一人しか思い当たらんな」
「一人……だと? それは誰だというのだ?」
「話す必要はない。それが聞きたくば、そしてこの減らず口を閉ざさせたくば、その剣で語るがいい!」
「ふん、よかろう。私を愚弄したことを後悔させてやる!」
 そう言って夏候惇は力強く地面を蹴り、一旦大きくとった距離を、再び詰めてくる。
 ふ……やはりこやつは強い。戦っていて、ますます血が騒ぐ。こんな戦いは久しぶりだ。
 木下殿には悪いが、『機』も特にないことだ。このまま続けて……
 ――――と、

 ズドォン!!

364 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 21:06:45.75 ID:xmrrKX3z0
「「!?」」
 突如として、私と夏候惇との間に、巨大な物体が落ちてきた。
 見ればそれは……私の記憶が正しければ、玉座の間に供えられていた、儀式用の宝剣。
 宝剣といっても、きらびやかな宝石がいくつも飾りつけられている、袁紹か何かが喜んで身につけそうなかわいいものではない。簡素なつくりだが、長さは私の背丈よりも高く、重さにして愛紗の青竜偃月刀3本分の、巨大な大剣だ。
 城の玉座の間に置かれているはずの大剣が、なぜここに……
 いや、そんなことは問題ではない。一体全体、どうやって飛んできた? 鈴々や翠の馬鹿力を持ってしても、こんなもの投げるのは不可能だ。
 と、

「そこまでじゃ! その勝負、本戦まで預けよ!」

 頭上から響き渡る声。
 私と夏候惇が同時に上を向くと、その目に映ったのは……
「木下……殿?」
 見間違うはずもない。先ほどまで玉座の間で話していた、可愛らしい顔の(自称)少年、木下秀吉殿だ。
 しかし、私はそんな、自身のなさそうな声しか出せなかった。なぜか?
 ……そこに、城壁に立つ彼の姿が、先ほどまでとは明らかにまとう空気の違うものだったからだ。
 先ほどまで感じられた幼さ、あどけなさはなりを潜め、引き締まった表情に見下ろしてくる強さに満ちた目つき。鋭いとは言えないまでも、十分な迫力がある。
 何より、腕組みをして外套を軽く羽織ったその姿が物語る、強烈な存在感。百戦錬磨の武将と比べても、遜色ないほどだ。これほどの覇気を隠し持っていたのか……!?
「前哨戦はそれにて終幕とせよ。決着は、軍を率いて戦にて決めるがよい」
 その声も、口調もまた、弱々しさなど一切感じられないものだった。
 隣で見ていた夏候惇もまた、声を張った。
「その服装……その顔……覚えているぞ! 貴様、『天導衆』だな!?」
「いかにも、我が名は木下秀吉! 天導衆筆頭・吉井明久が最高側近にして、この先発隊の総司令官の任を与えられし者!」
 最高側近だの、総司令官の任だの、己を飾る言葉には気を使っているようだ。まあ、嘘はついてはいない。
365 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 21:08:15.19 ID:xmrrKX3z0
「……この大剣は、貴様が投げたものか?」
「そうじゃ。何か不思議でもあるか?」
「その細腕で、これほどの大剣を……!?」
 夏候惇はどうやら、木下殿の言葉の真贋を測りかねているようだ。
 木下殿の所からここまで、結構な距離がある。この距離を、このような大剣を投げて飛ばすのは不可能。おそらく何か仕掛けを使ったのだろうと考えているようだが……そのような仕掛けもどこにも見当たらない。困惑も当然だ。
「何か聞きたい事でもあるかの? ならばワシはこの支城にありき玉座の間にて、逃げも隠れもせずに貴様を待っていてやろう。貴様にその実力があるのなら、軍を率いてこの支城を落とし、ワシを屈服させて聞き出して見せよ!」
「ふん……減らず口だけではなさそうだな。一角の武人ではあるようだ……趙子龍、この勝負預けるぞ!」
「よかろう……ならば次は、軍を率いて本番といこうではないか」
「その口ももうすぐ永遠に黙ることになる。言い残しの無いようにしておくのだな」
 そういい残し、夏候惇は去っていった。自軍の、本陣へ向けて。
 さて……これは一本とられたな、機会を向こうで用意するとは……しかし、見事な口上だったな。ああまで言われては仕方が無い、私も戻るとしようか。


「おお、戻ったか星、おかえりじゃ」
「あら星ちゃん、おかえり」
「………………」
 玉座にのんきに座っている木下殿と、その隣に立つ紫苑。
 ……今度は、さっきの覇気が微塵もなくなっているような気が……?
 そう聞くと、
「ああ、演技じゃ演技。なかなか真に迫っていたであろう?」
「…………は?」
 演技……?
 ……あそこまでの迫力を、覇気を演じたと? この戦場で?
 そんなことが……可能なのか?
「演劇はワシの数少ない得意分野じゃからな。あのくらいは朝飯前じゃ」
「そうね〜、でも、私も横で見ていてびっくりしたわ。やると決めたとたんに、雰囲気ががらりと変わるんだもの」
「…………左様か…………」
 別の意味で恐ろしい人もいたものだ。
 ん? しかし……
「あの大剣は? 見たところ、それらしい投擲設備も無いようだが……」
「ああ、こいつじゃこいつ」
 と、私がその足元に目をやると……ああ、なるほど……
 そこにちょこんと座っていたのは、木下殿の『召喚獣』。
 聞けば、この『召喚獣』なるものは、主ら天導衆のみが使える魔術により召喚された、常人に倍する怪力を持つ魔物であるとか。魔物云々の真贋はわからんが、その怪力の話が真であれば、あの大剣を投げ飛ばすのも可能というわけか。
 単純だが……木下殿の演技力とあいまって(未だに信じがたいのだが)、与える迫力と衝撃は巨大だ。つくづく驚かされる。
「さて……と、子芝居談義はここまでじゃ。ここからはワシは活躍できんからの、星、紫苑、頼むぞい」
「わかったわ」
「ふ……心得た。主たちが合流するまで耐えるとしよう」
 と、
「いいえ、それは違うわ星ちゃん」
「「?」」
 紫苑の予想外のセリフに、私も木下殿も目を丸くする。
366 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 21:09:06.99 ID:xmrrKX3z0
「? 私は何か思い違いをしているのか?」
「そう。この戦いは私たちだけで勝利を収めないといけないの。そうすることで魏の隙を突くことが出来るのだから」
「……なるほど。夏候惇を退けたあと、援軍と合流して魏領に雪崩れ込む、か」
「ええ。……苦しいけれど、ご主人様のためと思って頑張りましょう」
「ほお……これはまた、大きく出たのう、紫苑」
「あら、不安かしら?」
 感心したように言う木下殿に、紫苑は笑って言う。
「結論から言えば、敵の奇襲はほぼ成功しとるも同然じゃからな。不利という状況に変わりはあるまい」
「それは確かにそうだわ。でもね……こっちにはこの支城と……新兵器もあるのよ」
 と、ここで忘れかけていた事項を紫苑の口から聞いた。
 新兵器……坂本殿が主体となって開発していたという? なるほど……ついにお披露目の時か。
「まだ完成して無いものもあるから、一部しかお見せできないけどね。秀吉ちゃん、坂本君に連絡を取って……使用許可を取ってもらえるかしら?」
「何のじゃ?」
 聞き返す木下殿に、紫苑は笑顔の中にも真剣さを含んだ口調で答えた。

「『弩(おおゆみ)』……っていう武器よ」

367 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 21:11:25.71 ID:xmrrKX3z0
曹魏編
第59話 怒号と軍議とそれぞれの方針


 秀吉、星、紫苑が防衛戦を行っている支城よりも北東の、とある地点。
 連絡を受けた文月軍は、『40秒で支度しな!』と言って声を張った明久の号令のもと、即座に準備を整えて出撃し、怒涛の勢いで進軍していた。
 ……支度には3時間ほどかかったが。

「っっっんのヤロォオ―――――ッ!! よりによって秀吉に奇襲なんかかけてくれやがってぇえ―――――っ!!」
「さ……坂本殿、先ほどからご主人様のまとう殺気が尋常ではないのだが……」
「私念かなり入ってんな」
 なにやら愛紗や雄二の声が聞こえたけど、僕に気にしている余裕は無い。
 クソがぁっ!! 無事でいられると思うなよ夏候惇!! 秀吉を戦火に怯えさせ、あの愛くるしい笑顔を恐怖にゆがめ、涙を流させた罪……万死に値す!!
 そんな僕の怒りたるや、苦手だったはずの乗馬を難なく、愛紗並みにこなすほどだ。
「にゃ……お兄ちゃんが割と本気で怖いのだ……」
「ご主人様、すごい剣幕ですね……」
「こんなご主人様……袁紹との戦で、追撃を決意した時のアレ以来だな……」
 一緒に来ている鈴々、朱里、翠も戦慄していた。
 ちなみについてきたメンバーは以上で全員だ。
 ムッツリーニは諜報のために部隊を率いて先行し、姫路さんたち4人は白蓮、華雄、恋と一緒に城に残してきた。ここまで国が大きくなると、そのくらい残しておかないと政務が大変だ。
 ともかく! 一刻も早く秀吉たちを救援するため、全速力で進軍している現状であって……

 ピリリリリリリリ!

 と、鳴り響くは雄二の携帯の着信音。
368 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 21:14:35.16 ID:xmrrKX3z0
「おっと……秀吉だ」
「何ッ!?」
「過剰に反応するな明久。もしもし? ふむふむ……」
 なにやら報告を聞いているらしい雄二。くそっ、何やってるんだ! 実況でも何でもして、早く報告しろ!!
「そうか……わかった。明久」
「おう!!」
 電話を手早く済ませた雄二の報告に、全力で耳を傾ける。
「秀吉によるとな……」

369 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 21:15:36.98 ID:xmrrKX3z0
 魏軍陣地にて、夏候惇は唇をかみ締めていた。
 その隣にいる一人の少女が、夏候惇に話しかけている。
 桃色の髪を角のようにまとめた特徴的な髪型の、まだ幼い少女。名前は許緒(きょちょ)、真名は季衣(きい)、この戦いに夏候惇と共に参加した、れっきとした武将だ。小柄ながらに怪力を誇り、魏が誇る3人の猛将の一人として知られている。
「春蘭様ぁ! ここはもう持ちませんよ! 早く撤退しましょう!」
「……っ! そんなバカな……!」
 許緒の言うとおり、状況は深刻だった。魏軍は、支城にこもった文月軍に対し、予想を遥かに超える苦戦を強いられていたのだ。
 奇襲自体は成功したはずだった。作戦完了直前の、安堵感に包まれた瞬間を狙うという曹操のもくろみは成功し、敵軍には明らかな動揺が見て取れた。
 その後、一人出てきた趙雲の一騎打ちと、敵の総司令官・木下秀吉の戦場に響く口上により、多少相手方の士気は回復していたが、それでも士気において、兵力において、魏軍が圧倒的に有利なはずだった。
 ……しかし、戦いが始まった直後から、その優勢は崩され始めた。
 情報によれば、城の中には将は1人か2人、妙なのが1人……とのことだった。妙なの……とは、恐らくあの『天導衆』の女のことだろう、と夏候惇は考えていた。
 そして、その情報どおりなら軍師はいない。軍師がいなければ、奇襲をかけた分、戦いが有利になるだろう、とも。
 しかし、その思惑は外れた。
 文月軍は、まるで場内に優秀な軍師がいて、常に戦況と敵の動きを見て指示を出しているかのような動きを見せた。その動きには一部の隙もなく、同じく軍師のいない夏候惇たちは必然の苦戦を強いられた。
「よもや、あの木下なる女……軍師なのか……?」
 ……彼女は秀吉を必然的に女だと思っていた。
 そして、予想外だった点はもう一つ。
「何なのだ……あの武器は……!?」
 文月軍が突如として城の奥から取り出した謎の新兵器。あれによって、戦況は完全に逆転した。
 防御用であろう楯を備えた、なにやら見たことも無い兵器。城壁の上に備え付けられたそれは、楯の隙間から平たい棒のような『何か』を突き出した形状をしていた。
 防御性能を向上させた楯だろうか、と、思っていたその時、
 夏候惇は、そして許緒は、その予想が大はずれだったことを知る。
「意味わかんないですよお! すごい数の矢がすごい勢いで飛んでくるんですもん!」
「ああ……くそっ! 天界の技術か……?」
 城壁に向けて接近していた時だった。
 到底弓矢など届き得ない位置から、驚異的な威力、貫通力を持った矢が次々と飛んできたのだ。その威力たるや、前面で部隊が構えていた楯も、装備していた鎧も、軽々と貫通するほどだった。
 しかもその矢、形状がまた珍妙だ。やけに太く、矢羽は見当たらない。中には細いものもあり、それは数本まとめて、同じ威力で飛んでくる。兵士達は何人もまとめてその体を射抜かれ、前線は大混乱だった。
 その矢が、先ほど疑問に思っていたその装置から飛ばされているのだと気付くのに、そう時間はかからなかった。
 矢を何とかかいくぐって城壁に到達した兵士達もいたが、数は極端に減ってしまい、通常の弓矢のいい的になってしまった。
 結果的に、城そのものはおろか、その前に陣を引いている部隊に対してすら、有効な打撃はほとんど与えられていないのが現状だ。こちらの戦力はすでに7割ほどがやられているというのに、文月軍の犠牲者はおそらく2割にも満たない。これでは、許緒の言うとおりここは退却するのが得策なのだが……
370 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 21:16:35.53 ID:xmrrKX3z0
「撤退などせん! 退くなら季衣、お前一人で退け!」
 そうしたがらないのがこの女将軍だった。
「いやいやいやいやいやいや!! 出来るわけ無いでしょそんなこと!! ていうかもう戦線が持ちませんから! 今の状態だと、相手が城を出てきたとしても勝ち目薄いですよ!?」
「だが……これは華琳様自ら指示なされた作戦……仮にも『奇襲』などという形をとった勝利前提の作戦だ! このまま負けて退がって、私はどの面を下げて華琳様に合えば……」
「華琳様だって、春蘭様が生きててくれた方が嬉しいに決まってますよ! それに、ここで春蘭様がいなくなっちゃったら、華琳様を守る武将が減っちゃうじゃないですか! 恥ずかしいのはわかりますけど……どっちが本当に華琳様のためかってことぐらい、わかるでしょ!?」
「くっ……!」
 言うこと全てが正論。口では自分のほうが達者なはずにも関わらず、夏候惇は許緒に一言も言い返せなかった。
 血が出そうになるほどに拳をきつく握り締めたままの長考の後、夏候惇は……

                       ☆

「これは……退却していっておると見てよいのかの?」
「そうね、私達の勝利だわ」
「うむ! 者共! 我々の勝利だ、盛大に勝どきを上げろ!!」

 オオオオォォ――――ッ!!
371 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 21:17:31.38 ID:xmrrKX3z0
開戦より数日。
 攻勢とはいえ防衛戦ゆえ、日にちがかかった戦いに、ようやく終止符が打たれた。
 私と紫苑、それに木下殿の率いる先鋒部隊は、奇襲にも関わらず、魏軍を撃退することに成功したわけだ。夏候惇、そして許緒は、軍隊の大半を失う大損害を受けて去っていった。
「さて、これで後は主たちの到着を待つのみだな」
「それも、もう時間はかからんそうじゃぞ。今聞いたところ、ここから北東40km……もとい、10里の所まで来ておるようじゃ」
「なんと、そうなのか」
 というか、今のわずかな時間のうちに本軍への連絡を済ませたのか。やはり便利だな、その『携帯』とやら。
 先ほどまでも、その『携帯』を通じて本体にいる朱里と連絡を取り、状況に応じた策を考え、指示を出してもらっていた。そのおかげで、ここにはいないというのに、軍師がいるのと同じ働きを発揮できたわけだ。
 しかし、それよりも、
「予想以上の効果であったな、その『弩』なる武器は」
 そう言って、私は城壁につけられたその武器……弩を見た。
 大陸を回ってきた私でも、これまでに見たことも無い形状の代物だ。どんなものかと一言で言ってしまえば、楯のついた弓矢……なのだが、そんなことでは語りつくせない威力を誇っている。
 その威力たるや、遠くまで届くのみならず、兵士の装甲や楯を軽々貫き、複数人の敵兵を一度に串刺しにするほどだ。殺傷力が高く、矢も節約できる。しかもその矢の形状がまた特殊で、相手に再利用されることも無い。あらゆる点で度肝を抜かれる武器だ。
 木下殿は何やら『大型のシールドつきボウガン……いやむしろバリスタか何かのようじゃな』といっていたが、天界の言葉が随所にあってよくわからなかった。
「朱里ちゃんの考案なのだけれど、それを骨子に坂本君が使えそうな知識をいくつか提供してくれて完成したのよ」
「雄二の入れ知恵か……ふむ……道理で強力なわけじゃ」
 紫苑と木下殿が何やら話していたが、この状況に関わるものでもなさそうなので気にはしないことにした。それよりも、兵たちを休ませてやらねばならんしな。
 私は、天蓋を出て兵たちに向き直り、声を張った。
「皆の者、疲れただろう。城に入ってゆっくり休め!」
「「「応っ!!」」」

372 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 21:18:21.28 ID:xmrrKX3z0
 同時刻・文月軍本軍

「よかったぁ〜〜〜〜〜〜〜!」
 という遠慮なく本音な僕の声が響いた。
「秀吉も、星も、紫苑も無事なんだね?」
「そう報告だ。今から休憩取るってよ」
「左様か。ふむ……まずは一安心だな」
 愛紗も雄二も、あまりリアクションはしないけど、その知らせに安心してるみたいだ。
 僕みたいに露骨には表に出さないのは、3人を信じてたがゆえだろう。
「は〜……よかったのだ……」
「ああ、肝を冷やしたぜ、魏軍が攻めてきた……なんて伝令が入った日にはさ」
「あう……すいません。策を見破られちゃうなんて……」
 と、出立当日からずっとこの調子な朱里。
 今回の『こっそり国境準備作戦』が自分の発案であるがゆえに、そのせいで3人が危険な目にあった……と負い目を感じているらしい。
 全く……朱里らしいというか、何というか。そんなこと、全然無いのに。
 悪いのは、僕らを、僕らの領土を、そしてこの陣営の女の子達を狙ってる曹操軍の方なんだから。あーもう考えたらまた腹立ってきた!
「雄二、急ごう! 早く秀吉たちと合流しないと!」
「? いつもなら『もうちょっとゆっくり行っても大丈夫だね』とか言いそうなもんだが、いつになるやる気があるな、明久」
「電話で紫苑も言ってたんでしょ? ここで魏軍に勝てたんだから、本隊と合流して逆に魏に奇襲をかけられる……ってさ!」
 魏が主力のつもりで、しかも奇襲で繰り出してきた夏候惇の軍。にもかかわらず彼女らは、言い方は悪いがほんの先遣隊である秀吉たちの部隊に敗れたんだから、向こうにとっては痛手も痛手。ショックで士気もがた落ちだろう。
 逆にその撃退に成功した僕らの方は、初戦快勝の勢いで士気上々。普段以上の力を発揮できる。いいことづくしだ。
「まあ、言ってることは確かにそうだな。なるたけ早く合流したほうが、今後有利だろ」
「そうですね。あわよくば、ここで夏候惇の首を取れるかもしれません」
「じゃあ決まりだ! ムッツリーニが斥候から戻り次第、全速力で行軍しよう! 文月軍の勝利のために!」
「「おぉ――――っ!!」」  ←  鈴々&翠の合いの手

「んで、本音は?」
「ああ秀吉! 一刻も早く君の顔を見て安心したい!」
「……都会に上京した息子が里帰りする時の田舎の母親か、お前は」
「ま、まあ、仲間を心配する姿勢はご立派ですが……」

373 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 21:19:02.75 ID:xmrrKX3z0
〜魏領・王宮 玉座の間〜

「華琳様、ご報告が……春蘭が敗退したようです」
「! 春蘭は無事?」
 荀ケがもたらした凶報を聞き、曹操は彼女にしては珍しく動揺を見せた。
「はい、季衣とともに残存の兵力を率いて後退しているとのことです」
「そう……ならよかったわ」
 安堵感を隠そうともしない曹操。
 その隣に立っていた夏候惇の妹、夏候淵が静かに口を開いた。
「ですが華琳様、安心してもいられませんな」
「秋蘭の言うとおりです、華琳様。文月軍は奇襲の我が軍を退けて士気高く、本体と合流して体勢を立て直した上で、我らが魏領へ侵行を始めるでしょう」
「一方でこちらの士気は……下降気味というほかありません」
「……そうね……」
 荀ケ、夏候淵、両名の言葉を、曹操は真剣な面持ちで聞いていた。
 無理はない。奇襲に対する迎撃とはいえ、本来ならば文月領侵攻の先鋒部隊のつもりで出撃させた夏候惇の軍。それが、奇襲という形をとったにもかかわらず、見事に撃退されてしまったのだ。
 状況はむしろ、相手方の奇襲が成功したよりも悪いと言っていい。士気の降下も当然と言えるだろう。
それを見て、荀ケが口を開く。
「華琳様、ここは春蘭に拠点防衛を命じるのが得策かと」
「城にこもって、文月軍を撃退する……ということね?」
「はい」
「そうね……現状ではそれが最善だわ」
 浅くうなずいて、曹操は言った。
「桂花、その方向で春蘭に伝令を。援軍として秋蘭、あなたが出なさい」
「はっ」
「御意」
 荀ケと夏候淵は、間をおかずに返事を返した。
 しかしその直後、荀ケがハッと気づいたように口に手を当てる。
「あの……ですが華琳様、援軍は必要かとは私も思いますが……秋蘭まで出すのは……。それだとこの城の守りが……」
 しかし、曹操は焦ることなく、むしろ笑みすら浮かべて言った。
「ここまで攻め込まれてしまえば、それは負けも同じよ。秋蘭、そうならないためにも……次の戦いで決着(ケリ)をつけなさい。その旨、春蘭にも伝えるように。もしそれでだめなら……私自ら出るわ」
 有無を言わせぬ高圧的な、しかし決意と威厳に満ち溢れた口調。曹操の目は、一切の迷いも不安も表してはいない。
 それを見て、夏候淵はもとより、不安を露骨に顔に表していた荀ケもまた、決意を胸に頷き、返事を返した。
「はい、華琳様! 必ずや……そのように!」
「御意……では私は、準備が整い次第、兵を連れて出立いたします」
「ええ。あの男……吉井明久の首を待ってるわ」
 笑みと共に曹操はそう言い放ち、それを胸に刻み込んだ荀ケと夏候淵は、無言のまま玉座の間を後にした。
 来るべき決戦の、準備をするために……。

「あ、秋蘭! 関羽は殺しちゃダメよ? 私のものにするから」
「………………………………御意……」
「うう……華琳様ぁ……まだあんな女のことを……?」
374 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 21:20:44.39 ID:xmrrKX3z0
一方その頃、呉

「蓮華様〜! 曹魏軍と文月軍の初戦の結果がわかりましたよ〜!」
 と、この玉座の間で話すにはいささか緊張感に欠けていそうな声で、呉軍軍師・陸遜は言った。言った相手は……呉王・孫権である。
「そうか。で、どうだった?」
「なんとなんと、文月軍の勝利です!」
「ほぉ……文月が夏候惇を破ったか……」
 横から割り込んできた声は、呉軍筆頭軍師にして、現王の姉・孫作の時代からいる古参の一人、周瑜。妖艶な響きこそあるものの、そのセリフには大した感情はこめられてはいない。
「初戦は文月に軍配……ですか。連中はあなたの期待にこたえてくれたようですな」
「ふん……」
「文月軍は本隊と合流して、決戦前の大休止をとってるみたいです。どうします、蓮華様?」
 相変わらずの調子の声で言う陸遜に対し、孫権は言うことは決まっていたようで、
「次の戦の結果いかんで、わが軍の方針を決定する。穏、引き続き両軍の動向、そして戦の結果に気を配れ。主力戦から、分隊の小競り合いに至るまで全て調査し、報告せよ」
「は〜い」
「思春は現状維持だ。待機ではあるが、いつでも出撃できるように準備は万全にしておけ」
「御意!」
 それぞれの任務をこなすため、足取りに若干の差が見受けられるものの、甘寧と陸遜の2人は玉座の間を後にした。
 ……残されたのは、孫権と周瑜の2人。
「……異論はないな、周瑜?」
「ええ、最善の策でしょう……今のところは」
 言い方に違和感を感じつつも、孫権は周瑜のその後の沈黙を一応の肯定と解釈し、口を閉ざした。
375 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 21:25:53.88 ID:xmrrKX3z0
曹魏編
第60話 出撃と防衛と『愛』の形


 ある夜である。

「存外……大したことはありませんでしたね、魏の軍勢も」
「ふん……」
 どこともわからない荒野で、白装束の2人、左慈と于吉は密談を交わしていた。
 相も変わらず左慈は仏頂面で、于吉はそんな左慈を見て楽しそうだ。
「使えん奴らだ。所詮はこのかりそめの世界に生きる、傀儡でしかないということか……」
「ふふっ……そこまで言うのは酷でしょう? 文月の奴ら……何やらずるい武器なども使ったようですしね」
「全くだ! 坂本雄二め……よりによって中世の武器なんぞ開発してくれやがって! 正史にどんな影響が出るか……」
 ギリリ……と歯ぎしりの音を立てて、左慈が更に悔しそうな表情になる。
 それを見た于吉は、更に顔をほころばせ……

 ヒュン!

「おっと……! これはこれは、ひどいではありませんか、いきなり蹴ってくるとは」
「……いや、何だか今すぐにでも貴様を殺したくなってな」
「おやおや、これはひどい。八つ当たりにしても他に方法はあるでしょうに」
「いやその……多分八つ当たりではないと思うんだが……?」
 微妙な表情の左慈を見て、于吉は口元を見られないように袖で隠しつつ、こらえきれない分の笑みを浮かべた。左慈が今しがた感じた寒気は、もっぱらこの男に起因するということは言うに及ばない。
「ふふ……あなたのその可愛い顔を見ているのもいいですが、話を戻すとしましょう。現状はかなり厄介ですね。坂本雄二の発明が滅茶苦茶なのは言うに及ばず……自我を持った傀儡が多すぎる……」
「ああ……吉井らとかかわりを持ったことによるものだろうな」
「ええ、それは間違いないでしょう。定められた道筋に沿って生きるだけの傀儡が、異分子との接触によって変質し、自我に目覚めて糸を切り、道筋を外れて勝手に歩き出す……我々にしてみれば厄介極まりないことです。ですがどの道、私もあなたも表舞台に出ることはできませんから、しばらくは傀儡達に任せるしかありませんね」
「……はがゆいな……」
「ふ……確かに」
 笑みを浮かべつつも茶々を入れなかったのは、于吉も実際はそう要のことを感じているからだろう。
「では……私は策を実行に移すとしましょう。あなたの傀儡……借りていきますよ?」
「ああ……好きにしろ。任せたぞ」
「任されましょう。ふふふ……」
 言い終えると同時に于吉はその場から姿を消し、左慈も続いてその場を去った。
376 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 21:26:27.01 ID:xmrrKX3z0
 その翌日にあたるある日、

「で……連中は今このへんなのか?」
「…………情報によると、そう」
「そんなに遠くないね。これなら追い付くのにもそんなにかからないんじゃない?」
「手負いの軍勢を連れての行軍ですからね。しかも、敗北を喫しての後退ですから、どうしても士気は低くなる……どうしても移動速度は遅くなります」
 とまあ、秀吉達が守りきった城の玉座の間で行われている軍議である。

 数日前に秀吉と合流し、僕らはしばし再会の感動と戦勝の喜びを分かち合った。
 すぐにでも敗走した夏候惇の軍を追撃したかったし、秀吉達もそのつもりで準備してくれてたんだけど、全速力で行軍したせいで、今度は僕らの方に休憩が必要になっていた。
 まあ、ここで無茶するわけにもいかないし、決戦前の大休止をとることにしたわけだが、それもそろそろ終わるぞ……ってんで、軍議である。
 調べによれば、敗走した夏候惇は、一番近くにある支城(もちろん魏領の)に逃げ込んでいるらしい。そこで兵士達の治療と物資の補給をし、さらには援軍の到着を待って合流するつもりだろう、というのが朱里の見解である。
 それなら、僕らの取るべき道は自然と決まってくる。
「援軍かぁ……やっぱ夏候淵かな?」
「可能性は高いかと。奴ら姉妹は、魏の双璧とまで言われる猛将……今回の失敗もありますし、我々をこれ以上甘く見ることはしないでしょうね。戦力を投じてくるはずです」
「そうだろうとそうでなかろうと、援軍に合流されると厄介なのは変わりねーさ」
「確かに……折角手負いの状態で孤立してくれているのだ。ここを叩かん手はあるまい」
 翠と星の言葉は、みんなの意見を代弁した形だろう。
「準備が整い次第、追撃……か。わかりやすくて実に結構じゃな」
「だな。わざわざ体勢立て直させてやる義理もねーし、ここはいっちょズバーッと攻めて、ズバーッと突破! でいいだろ」
「やれやれ、言うだけなら簡単なのだがな」
 溜め息混じりの星。まあ、確かに。夏候惇をここでしとめるとかそれ以前に、この城の近辺は僕らの進軍予定ルートに入っていた。手負いとは言え彼女ほどの猛将が、その君主を狙う軍勢の通過をみすみす見逃すとは考えられない。どの道、戦いは避けられないだろうな。
「それならばそれでよい。あの隻眼の女に、一杯喰わせてやればよいだけじゃ」
「ん? 隻眼?」
 秀吉のセリフがちょっと引っかかったので、僕は思わず聞き返した。
 あの……『隻眼』って……? 曹操が陣地に乗り込んできたあの一件の時、ちゃんと両目あったよね?
377 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 21:27:08.62 ID:xmrrKX3z0
「隻眼……ああ、噂は本当だったわけか」
「雄二、噂って何?」
「魏の夏候惇なんだが……虎牢関の戦いで流れ矢をくらって、左目を失った……っつー噂があったんだ。マジだったんだな」
「へー……」
 初めて聞いた。僕らが大活躍したあの戦場で、そんなことがあったんだ。
 てかそれ、一歩間違ったら死んでるじゃん。……改めて思うけど、武将ってホント命がけなんだな……。
「さてと……じゃあぼちぼち支度するか。こんだけ休めばまあ十分だろ」
「そうだな、あまり遅くなっては、戦いの最中に援軍に合流される可能性が出てくる」
「夏候淵は知将と聞くが……ふむ、どれほどのものか楽しみでもあるな」
「全く、敵と戦うのが楽しみとは……相も変わらず、武人というのはおかしな生き物じゃのう」
「おや、これは手厳しい」
 秀吉のややトゲのあるセリフも、星はやんわりと受け流していた。このくらいの反応は予測済みなんだろうか?
 まあそんなことはどうでもよくて。
 ともかく、さっさとこの戦いを終わらせて、心配してくれているであろう姫路さん達の待つ城に帰らなきゃね!

 ……と、そういえば、さっきからなんとなく気になってたんだけど……。

「よっしゃあ! そんじゃ一丁行くか!」
「ねえ雄二」
「あ?」
「気のせいかもしれないけど……何か雄二、城を出てから妙に生き生きしてない?」
「あ? 何だそりゃ?」
 いや、ホントに。
 変なこと言ってるかもしれないってのはわかるんだけど……そう見えるんだよ。いつも以上にハキハキ指示を出して、進んで兵達を鼓舞するくらいにやる気もあって……そして、それ以前に機嫌がすごくいい印象がある。まるで、憑き物が落ちたみたいに。
 ……コイツさては……。
「まさかとは思うけど……霧島さんがいないから、なんてことは」
「バカ言うな明久、俺はそんな不謹慎なことは微塵も……」
「……雄二、今の話、本当?」
「奥義・明久バリヤー!!」
 脊髄反射で僕を楯にするのかこのヤロウ。
 というか、
「…………雄二、今のは霧島じゃない」
「ワシじゃ雄二、安心せい」
「…………」
 秀吉の声真似だってことに気づかなかったらしいな。気まずいのか対応を考えてるのか、動かない雄二。周りでは、鈴々と翠が必死で笑いをこらえてたり。
「やれやれ、お主のその反応はもはや職人芸に近いのう」
「…………霧島アレルギー?」
 何だその贅沢な拒否反応は。しかし、言ってることは案外的を射ている。全く雄二め、相変わらずあんな美人に対して失礼な。
378 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 21:27:53.95 ID:xmrrKX3z0
「もう、坂本君ったら、翔子ちゃんに失礼よ? 自分のことを好いてくれる女の子は、大事にしなきゃ」
紫苑がそうやんわりと諭している。このあたり、いいお母さん振りだ。
「そうは言ってもな、紫苑。あいつの日頃の俺に対しての扱いを考えれば、この反応も然るべきだろ?」
「まあ、少し過激ではあるかもしれないけど……」
 僕が言うのも何だけど、あれは少しって言うにはちょっと……
「それでも、翔子ちゃんは翔子ちゃんで、純粋に坂本君を好いてくれてるんだから、それなりの甲斐性っていうか、誠意を見せなくちゃ。ね?」
「純粋な気持ちでのアイアンクローや地獄突きが無けりゃ、もうちっと余裕持って向き合えるんだがな」
「もう……素直じゃないんだから。少しはご主人様を見習いなさい?」
「え!?」
 ちょ……何でそこでいきなり僕の名前が!?
「明久を?」
「そう。私の知る限りだけど、私達のご主人様ほど、自分を好いてくれる女の子に優しい人はいないでしょう? それに、それだけ多くの女の子に心から好かれている人も……ね?」
 いやいやいや! ちょ……何言ってるの紫苑!?
「ま……まあ……確かに」
「ふむ、異論は無いな。まだ甲斐性に欠ける部分はあるが、その2点において、主の右に出る者はいまい」
「にゃははは、そーだね! 鈴々もお兄ちゃんのことが大好きなのだ!」
「ず、ずりーぞ鈴々! あ、あたしだって……その……」
「は、はわわっ! み、皆さん大胆です……っ! わ、私も見習わなきゃ……」
 ちょっと! みんな口そろえて何言ってんの!? これじゃまるで僕がこの陣営の女の子全員に好かれてるみたいな……! ああ、そういうことか。
 まあ確かに、『君主として』ならみんな僕のことを好ましく思ってくれてるし、僕も彼女達を大事にしてるよね。
 やれやれ、何を焦ってるんだか僕は。『好き』なんて表現方法、何も恋愛感情だけに限った使用用途でも無かろうに。そもそも、彼女達みたいなかわいい女の子が、僕を好きになるはずがないじゃないか、全く。
「惜しむらくは、当の本人が非常識なほどにこの類のことについて鈍いということかの」
「…………もったいない」
 秀吉とムッツリーニのセリフが若干気になったけど、よくわからないのでスルー。
 ともかく、
「城で待ってる姫路さん達にも心配はかけられないからね、早く戦いを終わらせて、幽州に帰ろう!」
 僕の言葉に、愛紗が元気よく応えてくれる。
「そうですね。では、全軍に出立準備の号令を出しましょう。いよいよ、曹魏へ進軍です」
「よし! 一丁やってやろうじゃねーか! 全員気合い入れてけよ!」
「「「おぉーっ!!」」」
 目指すは曹魏陥落! 待ってろよあの百合趣味のドSドリルめ!
379 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 21:28:34.67 ID:xmrrKX3z0
「そうか、文月軍が……」
 魏領のとある支城。
 文月軍先鋒部隊との戦に敗れて敗走した私は、残った兵士と副将の季衣を引き連れて、体勢を立て直すため、数日前にこの城に入城した。
 その季衣から、私はたった今凶報を受け取っていた。
「はい……国境を越えて、一直線に帝都を目指している……って……」
「そして…その途中にはこの城がある……」
「……はい……」
 すなわちそれは……我々と文月軍が再び、今度はこの城を舞台に戦闘に突入する……ということを意味する。
「あの……どうします、春蘭様?」
「どうもこうもあるまい。この城にて、奴らを迎え撃つ……それだけだ」
「いや、迎え撃つって言っても……」
「本城からも、この城にこもって文月軍の進攻を阻止するように……と指令が出ている。どの道、やることは変わらん。何も言うな季衣、私とて……不安は同じだ」
 季衣が不安に思うのもわかる。
 前回、我々は負けた。それも万全に用意した軍隊で、奇襲というおおよそ武人としては好ましくない方法を取って……だ。
 しかも、文月軍はあの時、ほんの先遣隊だった。人数も少なく、人材もろくに揃ってはいなかった状態の軍に大敗……そしてその軍が、今度は本隊と合流し、戦力を完全な状態にして攻めてくるのだ……。こちらには城という武器があるものの……やはり不安はぬぐえない。
 しかし、ここで退くわけにはいかない。もしここで我々が退けば、無抵抗のまま文月軍にさらなる侵攻を許すことになるのだから。
 逃げて稼いだ時間である程度兵力を充実させたとしても、戦場が都に、すなわち華琳様のお膝元に近くなればなるほど、危険も大きくなるのだ。ここで迎え撃つ他ない。
「周辺にある出城から兵力をここに集中させる。少しはマシになるだろう。それに、もう少しすれば……秋蘭も来てくれる」
 拠点防衛を命じる伝令と共に、秋蘭が援軍を率いてこちらに向かっている……という内容の伝令もわが軍に届いていた。本城の守りが手薄になってしまうが……そこはおそらく華琳様が大器を見せたのだろう。『次で決めろ』という内容の伝令からも、それがうかがえる。ならばなおさら……この夏候惇、その期待に背くわけにはいかない。
「秋蘭様が来てくれたら……勝てますよね?」
「勝てるかなど聞くな。勝つ」
 自分に言い聞かせる意味も込めて、声を張る。季衣は、
「わかりました! ボクもがんばります! 文月軍の奴らをギャフンと言わせちゃいましょう!」
 そう、言ってくれた。
 ふ、頼もしいことだ。若干勢いで言っているような節があるが……私が言えたことではないか。
「じゃあ春蘭様! ボク、周辺の出城への伝令を手配してきますね!」
「ああ、頼む、季衣」
 走っていく季衣の背中にそう声をかけて、私は部屋から、平原を一望できる物見台に出た。そして、北東の方角……すなわち、奴らの本拠地である『幽州』がある方角を見、いずれ文月の軍が姿を現すであろう地平を見据えた。
(来るなら来い、吉井、関羽! 私は……逃げも隠れもしない!)

380 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 21:29:18.93 ID:xmrrKX3z0
曹魏編
第61話 胸と小物とトランシーバー

「やはり……こうなるか……」

 文月軍本隊が我々の守る城に到着し、戦闘に差し掛かってからすでに数日。
 やはりというべきなのか……文月軍は怒涛の勢いで攻撃を仕掛け、対する我らの軍は防戦一方、という 惨状だった。城にこもっても、外に出ても、それは変わらない。
 手近にいた戦況観察の兵士に尋ねた。
「あと……どのくらい持ちそうだ?」
「は……よくて、のこり2日かと……」
「2日か……。やはり、苦しいな」
 気付けば、弱音など吐く始末。無理もないと言えばそれまでだが……我ながら情けない。伝令によれば、そろそろ秋蘭が来るはずなのだが……今日中に合流できないといい加減に限界だ。
「その日数……どうにか伸びんものか?」
「無理ですよ、春蘭様!」
 と、いつの間にか戻ってきていた季衣が答えた。顔色は……いいとは言えない。
「戦えない兵隊さん達がいないわけじゃないですけど……今の数じゃ……」
「確かに、な……」
 季衣の言うとおり、自分達が今抱えている兵達の中で、戦闘が可能な兵数は決して多いとは言えない。これでは、どんな策を取ったところで、威力は半減だ。
 籠城戦にした所で例外ではない。少しは防御力も上がるだろうが……それでも、群がってくる敵兵を蹴散らすだけの火力は必要なのだ。高台から浴びせる矢の雨も、数が十分でなければ無力も同然。
 おまけに奴らには、例の謎の兵器がある。見る限り据え置き式の武器のようだが、こちらの弓が到底届かない位置から、怒涛の勢いで矢の雨を降らせてくる。アレがある以上、城の高台ももはや安全な場所ではなかった。むしろ移動域が狭い分、狙い撃ちに近い。
 部隊を小出しにしたり、防御陣形を中心にしたり……あの手この手で時間を稼いできたが……いい加減に限界か……?
「こうなれば、いっそのこと私が出て……っ!?」

 ヒュン ズドッ!

 気配を感じ、とっさの判断で私は後ろに飛びのいた。
 直後、今まで私が立っていた位置に、一本の矢が突き立った。
「これは……!?」
「ふ……ふえぇっ!?」
 驚きを隠せない私と季衣。その前に、

「ふーん……やるな〜! 紫苑の矢をかわすなんて……」

 幼さの残る声と共に、一人の少女が姿を現した。
 赤みがかっただいだい色の髪、虎の髪飾り、身の丈の倍以上はありそうな蛇矛……
「張飛かっ!?」
「へへ、あったりー! 久しぶりなのだ、惇お姉ちゃん」
 戦場で敵将に出くわしたというのに、全く緊張感らしきものを感じ得ないこの姿。まるで、街中で旧知の友にでも会ったかのようだ。
 しかし……目の前にいるこの少女からは、並々ならぬ実力を感じ取らざるを得ない。兵士達の壁を突破してここまでたどり着けるというのは、そういうことだ。
 それにしても、
「この矢は……黄忠のものか?」
「そだよ。援護射撃してくれたのだ」
「ふっ……そうか……」
 つまり……後方支援のはずの黄忠隊までもが、この近くまで上がってきているということか。少なくとも……一人の達人の射程圏内に。
 これはいよいよ……腹をくくらねばならんな。
 と、
「春蘭様! コイツボクがやっつけるから、行ってください!」
「季衣!?」
 いい勝負と言っていいくらいの小柄な体格を持つ季衣が、張飛の眼前に立ちはだかる。
「ボクより春蘭様の方がうまく軍をまとめられるでしょ、早く行ってください! 大丈夫、コイツをボッコボコにしたあとでちゃんと合流しますから!」
「……わかった、ここは任せる!」
「ああっ! 逃げるな惇おねーちゃん!」
 と、蛇矛を手に張飛が私の眼前に立ちはだかろうとするが、
「お前の相手は……このボクだぁ―――っ!!」

 ヒュオッ ズドォン!!
381 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 21:29:50.85 ID:xmrrKX3z0
「にゃにゃあっ!?」
 勢いよく放り投げられ、轟音と共に空を切って飛んだ季衣の巨大鉄球。張飛がすんでの所でかわしたそれは、地響きを立てて地面に着弾し、大きなへこみを作った。
 ……どこから取り出したとかは聞くな。
「こんのぉーっ、邪魔するな! 小物の相手をしてる暇はないのだ!」
「小物っ!? 言ったなこのぉーっ!」
 張飛の言葉に腹を立てる季衣。しかし……冷静さを失っているようには見えない。ふっ……さすがだな。小さくとも立派に将として……

「小物じゃないか、背も!」

 カチン

「んな……んな……何ィ―――ッ!?」

 ん?
 今、季衣の声から冷静さが消えたような?
 まてよ……たしか季衣は背が伸び悩んでいること他、諸々を気にしていた気が……。
「こ……小物(背)って言うな――!」
「小物(背)は小物(背)だもんねー! この小物(背)―――!」
「も……もう許さないんだからぁ――っ!! こんんのぉ―――っ!!」
 完全に怒った季衣が、装着してある鎖で鉄球を引き戻し、再び凄まじい勢いで投げる。
 が、
「おっと」

 ヒュオッ ズドォン!!

「なっ……!」
 軽々と張飛にかわされてしまう。まあ、仮にも相手は幽州に名をとどろかせる猛将、同じ技は何度も通用せんか。
 それにしても、相変わらずの怪力だな、季衣は。
 単純な腕力だけなら私以上、魏軍最強を誇るこの小さな巨人。彼女が武器とする、幼子の身長ほどもあろうかという直径を持つ巨大鉄球は、決して張りぼてなどではなく、中身まで鉄が詰まった掛け値なしのそれだ。重さにして200斤(約50kg)を超えるそれを軽々振り回すあたり……やはり将としての実力は申し分ないものだとわかる。
 ……もっとも、

「む〜! よけるなこの卑怯者〜!」
「ムチャ言うな! よけなきゃ死んじゃうじゃないか!」
「死んじゃえお前なんか! このチビ!」
「チビがチビって言うな! このぺたんこおっぱい!」
「なっ……自分だってぺたんこじゃないかっ!」

 ……(2人とも)口の方は年相応……いやそれ以下かもしれんな……。
 論戦の中で、『ぺったんこ』とか、『まったいら』という単語が結構な頻度で飛び交っている。似た者同士が鉢合わせするとこうなるのか。
 正直すこし不安になったが……一度信じたのだ、向けた背中は返すまい。
「任せたぞ……無事でいろよ、季衣……!」

「他人(ひと)の心配とは……随分と余裕だな、夏候惇」

「…………!」
「あっ……!!」
「え……えぇ!?」
 ……どうやら……そう簡単に行かせても貰えんらしいな。
 季衣の驚いた声を、張飛の嬉しそうな声を耳に残しつつ、私は最初に聞こえた声がした方へ目を向けた。
 案の定そこには、

「久しぶりだな、夏候惇」
「ふ……確かにな。連合軍の陣地以来か、関羽!」
 華琳様が欲してやまない、黒髪の女将軍が立っていた。

382 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 21:31:38.71 ID:xmrrKX3z0
目の前には、睨みあう鈴々と一人の少女。恐らくは……武将・許諸。
 そして、もう一人。
 忘れもしない。あのころは眼帯こそまだなかったが、その顔はもちろんのこと、髪も、服も、武器も、声も、全て覚えている。魏軍将軍……夏候惇。
「ここまで来れるとはな……敵ながら見事、と言っておこうか」
 そう言っている割には、その声には微塵の動揺も見られない。
 私と鈴々、敵軍の武将2人もがこの自陣に侵入しているということが何を意味するか、わからないこやつではあるまい。そこへきてもこの落ち着きようか……やはりこやつ、只者ではない……な。
 しかし、だからといって私達がやることが変わるわけではない。
「あの日よりずっと、今日という日を待っていたぞ。貴様をこの手で討てる日をな!」
「ほぅ……やる気か関羽、この私と……。存外、身の程知らずと見える」
 減らず口は……変わらんな。
「ほざけ。その首刈りとって、ご主人様への手土産にしてくれる!」
「愛紗、そんなことしたら、お兄ちゃん気絶しちゃうかもなのだ」
 と、鈴々の方からもっともな声が聞こえた。
 う……確かに……。あの優しいご主人様には刺激が強すぎるかもしれん。お体でも壊されたり、お食事が食べられなくなったりでもしたらことだな……。
「ふん、貴様の主とやらは、存外肝っ玉の小さい男のようだな。情けない」
「何だとっ!?」
 こやつ……言うに事欠いてご主人様を侮辱しおって……!
「それに……私こそそのつもりだ、関羽。その首……」
「違うでしょ春蘭様! 関羽は華琳様が欲しがってるんだから、裸にして縄で縛って華琳様に献上するんでしょ? 殺しちゃダメですって!」
「嫌過ぎるぞ!?」
 何だその死すら天秤にかけるに心もとない屈辱的な仕打ちは! 私は負けたらそんなことになるのか!?
「ふざけるな! そんなことになるなら死んだ方がマシだ! 大体私はご主人様の……」
「愛紗、その先言ったら後悔すると思うのだ」
「はっ!」
 いかん、つい正直な気持ちを口走っていた。
「……おノロケか?」
「みたいですね」
 うう……夏候惇と許諸の視線がある意味で痛い。
「ともかく夏候惇、今日が貴様の最後だ!」
「ふん……それは私のセリフだ関羽。今生に悔いの残らないようにするがいい!」
「春蘭様! だから献上……」
「わかってるから黙れ! 緊張感がそがれる!」
 その意見には全面的に賛成させていただこう。
「行くぞ!」
「来い!」

383 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 21:32:21.56 ID:xmrrKX3z0
「やれやれ……聞こえてるんだがな、全部」
「うん……気付いてないのかな?」
「みてーだな」
 とまあ、本陣にいる僕と雄二である。
 愛紗には、緊急時の連絡用にと、イヤホンマイクを付けたトランシーバーを持たせてある。携帯電話が 使えるようになったおかげで僕らには必要なくなり、愛紗に回すことが出来たのだ。
 さっきまでそれを通して戦況の報告をしてもらってて、さらにスイッチを切り忘れてるみたいだから、今の会話は丸聞こえ。しかも何だか男の子が聞いていいのか微妙な会話なんかも出てきたりして、正直自分で気まずかった。やれやれ。
 にしても……本来なら銅鑼や伝令兵しか戦場での連絡手段が無いこの時代(世界)に、ムッツリーニが『偶然』持ってきていたこのトランシーバーはやっぱり便利だ。指示や報告を素早く行える上、一度設定さえ済ませてしまえば携帯より簡単に扱える。
 そのため、僕らの軍の主力たる将軍たち(一部例外除く)にトランシーバーを持たせている。愛紗に、 星、紫苑、一応朱里。
 ……鈴々と翠にも持たせたかったんだけど……2人とも使い方を覚えられなかった。
 にしたって愛紗ったら、あの場面で『私はご主人様の……』なんて……あれじゃまるで、『私はご主人様のものだ』とか言おうとしたみたいに聞こえちゃうじゃないか。
 本当は『私はご主人様の部下だ』あたりだろうってのは僕はわかるけど、よく知らない夏候惇とかには誤解されかねない。全くもう……気をつけてよ。うう……思い出したら恥ずかしくなってきたかも……。
「やれやれ……これでも気付かないのか、お前は……」
「筋金入りの鈍さじゃのう……」
「? 2人とも何か言った?」
「「いや別に何も」」
「…………?」
 あきれ顔でそんなことを言っている雄二と秀吉の考えがわからない。 ……誰か教えてくれないかなぁ?
 できれば、そこで朱里が『わ……私だって……負けません!』とかぼそぼそ言ってる理由と一緒に。
 ちなみにムッツリーニは斥候の仕事でここを離れていて、今はいない。
384 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 21:32:53.57 ID:xmrrKX3z0
「それにしても……予想外に粘るね、敵も」
「そうですね……防御主体の戦い方に徹してますから、無理もないかもです」
 今までの戦いで一番……って言ってもいいくらいに時間がかかっている。
 何せ今回敵には『城』っていう防御兵器がある上に、ヒットアンドアウェイを意識した戦法で攻めてくる。いや、守ってくる。
 星の報告で聞いた限りの夏候惇の性格だと、こういう行動に出るっていうのは意外だ。てっきり攻撃式の陣形で来るかと持って思ってたんだけど。まあ、手負いだし、さすがに空気読んだのかな?
 それに、外には出て来てるし。
 まあ、おかげでこっちも、慎重に攻めざるを得ないわけだ。
 もっとも、士気や兵力の差と、新兵器『弩』の存在のおかげで、もうそう長くはかからない所まで来てるんだけど。
 あとどのくらいかかりそうかな? なんて聞こうとすると、
「あーくそ、アレが完成してりゃ、もっと速攻で潰せたのにな……」
 なんて雄二が呟いているのが聞こえた。……って、ん? どゆこと?
「雄二よ、それはもしや……例の新兵器のことかの?」
「え? 新兵器って……」
 バリスタ……じゃなくて、弩だけじゃなかったの?
「ああ、アレはまだ簡単なやつだから、早く完成させられたんだ。だが、残りの3つがくせものでな……」
 ……アレみたいのがまだ3つもあるのか。こいつは本当に恐ろしいというかなんというか……。ああ、霧島さんと姫路さんを城に残してるのは、その続きをやってもらうためか。にしても、これ以上一体何を……?
 と、聞いてみようとしたその時、

 ガガ……ガガガ……

 ん? ノイズ?

『……じ……主、私です。聞こえますかな?』

385 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 21:33:25.81 ID:xmrrKX3z0
「「「!」」」
 と、手元のトランシーバーの受信機から声が聞こえた。この声、この口調……星か。
「こちら吉井、こちら吉井。聞こえてるよ、どうぞ」
『おお、これはよかった、無事つながったようですな』
 という声。自分でも驚いているみたいだけど、星のやつもう見事にトランシーバーをつかいこなせてるな。相変わらずすごい。
『さて主、技術への感服もこのあたりにして、至急お伝えせねばならないことが』
「? 何?」
『実は……』
386 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 21:34:15.09 ID:xmrrKX3z0
「はあああああああっ!」
「おおおおおおおおっ!」

 ガギィン!! ギン、ギィン!! ガギギギギィン!!

 絶えずぶつかりあい、火花を散らす、私の大剣と関羽の長刀。
 実際に戦ってみて改めてわかる。この女……強い。
 長物ゆえにできてしまう僅かな隙も、柄や鍔を使った連撃と防御で埋め、怒涛の勢いで攻撃を仕掛けてくる。逆に防御にも隙はなく、私の剣を見事にさばいている。
 打ちあい、離れ、また打ちあう。一瞬の油断が即座に死を呼ぶ決戦だ。
 ……やはりこの女危険だ。献上を命じられてはいるが……ここで息の根を止めてしまった方がいいかもしれん。
 ……もっとも……それが出来るかどうかわからんが。
「いけー愛紗ー! ぶっ飛ばせー!」
「春蘭様ー! 関羽なんかやっつけちゃえー!」
 横から飛び込んでくる二つの奇妙な声援。季衣と張飛であることは考えるまでもなくわかる。
 全く……のんきというか無邪気というか……。今まさに死闘のさなかだというのに、あのように2人並んで膝を抱えて座って私達の戦いを……
「「………………」」

 ………………ん?

 目の端に季衣と張飛の姿を捕らえた私と、同じような状況なのであろう関羽の表情が形容しがたい微妙なそれになる。
 …………いや、お前ら、
「季衣!」
「鈴々!」
「「和んでないで戦え!!」」
「「ひゃあ!?」」
 必然の一喝に飛び上がる2人。
 こいつらいつのまにこんな状況に!? さっきまでは、口走る言葉の稚拙さはともかくとして、互いに闘気をほとばしらせて鉄球と蛇矛で激戦を繰り広げていたではないか!?
「鈴々! 何を敵将と仲睦まじく戦いの見物などしているのだ!? 先程までのやる気はどうした!?」
「季衣、お前もだ! 一体なぜそんなことになっている!?」
「べ……別に仲良くなんかしてないのだ!」
「そうですよ! 今はちょっと気を取られただけで、ちゃんと戦ってましたよ」
 うそつけ。どんな気の取られ方をしたらそういう状態になるのだ。
「でも仲良くなんかしてないのだ!」
「そうですよ! 誰がこんなぺたんこおっぱいと!」
「ぺたんこおっぱいがぺたんこおっぱいって言うな! このまな板おっぱい!」
「うっさい洗濯板おっぱい!」
 ……『仲良くはしてない』……そうなんだろうが、そう見えないのが困り所か。
 全く……たかが発育の問題でどうしてそこまで白熱できるんだか。
「春蘭様みたいに既におっきなおっぱい持ってる人にはわかんないんですよ!」
「そうなのだ! おっぱい大きい人はおっぱいがない人の苦悩はわからないのだ!」
「結託するな! それと仮にも戦場でおっぱいおっぱい連呼するな!」
 兵たちに示しがつかん!
 そもそもそんなこと気にすることでもないだろう。おっぱ……胸があろうが無かろうが、華琳様には変わらず可愛がって戴けるのだ。季衣はまだ華琳様の閨のお相手を務めたことはないからわからんだろうが、いずれ閨に呼ばれるようなことがあればすぐにそんなことは気にすることではないとわかるだろう。いやむしろ私にしてみれば、感度がいいとされるお前らのような小さめの胸の方がむしろうらやましいというか……
「夏候惇!? おい、お前まで向こう側に行きそうになっているぞ!?」
「はっ!?」
387 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 21:35:17.57 ID:xmrrKX3z0
関羽の言葉で我に帰る。あ……危ない……危うく奴らの調子になるところだ……。しかし、小さい胸か……華琳様は喜んでくれるだろうか……って違う違う!! 集中集中!!
 と、その当人たちはというと、いつの間にか話題が変わっていて、
「愛紗の方がおっぱい大きいのだ!」
「春蘭様の方が大きいよーだ!」
「「何がどうしてそんな話題になった!?」」
 人の発育にまで口を出すな!! というか今まで流してきてしまったが貴様ら戦え!!
「胸の話などやめろ! 今は戦いの最中だぞ!」
「そうだ鈴々! 大きいも大きくないも気にするべき所では……」
「え? でもお兄ちゃんは大きい方が好きみたいなのだ」
「ええっ!? そ、そうなのか……? そ、それは幸運というか何と言うかその……ご主人様が好きなのであれば……」
「関羽!? 戻ってこい!!」
「はっ!?」
 さっきの自分が見えた。
 ……気のせいか? こいつ、武将という以外にも私と何か通ずる所があるような気が……。
「と、ともかくだ! そんな話は後にして、今は……」
 と、その時、

『で、伝令です! 斥候部隊より報告! 南方4里、夏候淵将軍の援軍を確認しました!』

「「何っ!?」」
「「えぇっ!?」」
 この場面に来て、待ちに待った知らせが舞い込んできた。来たか秋蘭! 待ちわびたぞ!
 魏領が帝都より、援軍を率いて旅立ったと報告を受けていた我が妹……夏候淵こと秋蘭。この戦い、ほぼお前とお前が連れてくる援軍を頼んだものだったが……ついにその真価を発揮できる時が来たか!
 そうなれば……ここでじっとはしていられんな!
「ふ……関羽! この勝負預けるぞ!」
「なっ……逃げるのか夏候惇!」
「バカな、逃げるのではない、一時的に退くのだ。勝利のためにな」
「く……猛将夏候淵に、3万もの大軍か……合流されるのは厄介だな……鈴々! いったん下がるぞ! このままだとご主人様が危ない!」
「……何だと?」
 待て関羽……今気様……、
「関羽! 貴様なぜ率いてきた将が夏候淵であることや、軍の数を知っている!?」
 私でも聞かされていなかった情報だぞ?
 待機している伝令兵に目を向けると……同じように驚いていた。まさか……当たっているのか? 軍の数が3万程だと……。
「話すことはない。鈴々!」
「合点なのだ!」
「あ、まてコラ逃げるなチビ―!」
「捨て置け季衣! 秋蘭と合流するぞ!」
「は、はい!」
 気になるが……気にしているひまはない。どんな手を使ったのであろうと、勝ってしまえば同じだ!
 決意を胸に、私は妹と合流すべく、季衣と共に手近にいた馬を駆った。

388 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 21:36:48.90 ID:xmrrKX3z0
「愛紗、何で軍の数とか知ってたのだ?」
「この『とらんしーばー』なる道具のおかげだ。先程……といっても伝令兵が情報を口走った直後だが……ご主人様から連絡が入った」
「そっかー、便利だなー。うう……鈴々も使いたいのだ……」
「この戦が終わったら、土屋殿に改めて使い方を教わればよい。いまは戦に集中だ、行くぞ!」
「応っ!!」
389 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 21:37:37.76 ID:xmrrKX3z0
曹魏編
第62話 援軍と陣形と出し惜しみ
 夏候淵の援軍が、夏候惇・許諸の軍に合流したという報告が入ってきたのは、それから数十分後だった。最も、その頃には僕らの軍も一旦戦列を後退させ、大軍を迎え撃つだけの用意が出来ていたが。
 今回もトランシーバーに助けられた。紫苑はもとより、鈴々のそばには愛紗が、翠の近くに星がいてくれたおかげで、スムーズに情報のやり取りが出来た。結果的に、全軍に『戦列後退・体勢立て直し』の指令がいきわたるまで、銅鑼単体を使うより何倍も速く済んだ……というわけだ。
「魏の双璧が揃う……か。楽観はできませんな」
 星の懸念はもっともだ。夏候淵は知将であり、夏候惇のような荒々しさこそなけれど、その実力は姉に勝るとも劣らないと聞く。おまけに夏候惇よりも兵隊の統率や戦略能力に優れている。
「正に柔剛一体……油断はできない相手ですね」
「だな……朱里、策は?」
「はい。いくつかありますが……この状況でそれを露見させるのは危険です。下準備だけにして、迎撃の 形を取り、気を見て一気に反撃に移りましょう」
「なんだよ、また突撃命令は無しか? かったりーなー!」
「そうなのだ! 鈴々達に任せてくれれば、突撃・粉砕・勝利! なのだ!」
「あらあら、みんな元気ね♪」
「紫苑よ……笑っている場合でもなかろう、こやつら本気で言っとる」
「そう簡単にはいかんから策を練っているのだろうが!」
 いつも通りの雰囲気は、この場面では逆に安心できるかもしれない。そんなこと考えながら、僕は竹製の水筒に入れて持ってきていたスポーツドリンクを一口飲んだ。
 戦いに赴くに際し、姫路さんに頼んで、出発前に作ってもらっておいたものだ。賞味期限長くないだろうから、惜しまずに飲んじゃわないと。
「んでムッツリーニ、相手方の陣形とかわかったか?」
「…………まだ断定はできない。それに、恐らく城を使ってくる」
「夏候惇ほど戦場思考じゃねーか、その夏候淵は……。この状況だと、厄介かもな」
 ……苦しい戦いになりそうだな。
 と、
「お兄ちゃん! あのチビは鈴々がやっつけるのだ!」
 そんなことを言って鈴々が袖を引っ張ってきた。ん? どゆこと?
「チビって?」
「許諸のことでしょう。なかなかどうして、険悪な中になっていたようですから」
 と愛紗。
 ああ、そういえば愛紗が電源を切り忘れたトランシーバーから、終始そんな感じの口げんかが聞こえてきたっけ。『まな板』とか『洗濯板』とか、美波あたりが過剰に反応しそうな単語が満載の。
 ……雄二じゃないけど、やっぱ女性陣城においてきてよかったかも。八つ当たりの魔の手から逃れられたし。
「ほう、気合が入っているな、鈴々」
「とぉーぜんっ! あんなぺたんこおっぱいに負けないのだ!」
「お前もじゃん」
 と、からかい気味に言ってくる翠。ギロリ、とでも効果音がつきそうな目つきで鈴々が睨み返す。おぉう、結構な迫力。やっぱ気にする人は気にするんだな。
「ふんだ! これからまだまだ大きくなるもんね!」
「ははは……まあ鈴々、落ち着きなって」
 彼女と言い美波と言い、悩む必要なんかないと思う。好みはあっても、胸の大きさなんて些細な問題なんだから。第一、ペッタンコにはペッタンコなりの魅力があるわけで……
「お、島田」
「雄二プロテクション!!」
「反射レベルの反応じゃな、明久」
 雄二貴様! この場面でそういう冗談はやめろ! 心臓に悪すぎる!
「はあ……びっくりした……」
「お主は別に何も言っとらんのに、何で隠れるんじゃ?」
 秀吉の呆れたような視線が痛い。確かにそうだけど……油断はできないんだよ。最近の美波は心を読むから。
「さて、まあ胸談義はこのへんにするとして。まだ方針を決めていませんな、主?」
 と、星がタイミングよく話をもとに戻してくれた。
「相手の陣形に合わせての迎撃……ってことぐらいしかな。さて朱里、具体的にどう動けばいい?」
「あ、はい、まずは……」
390 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 21:38:22.59 ID:xmrrKX3z0
一方その頃、城では……

「また手ひどくやられたな、姉者」
「その言葉に関しては……否定できんな」
 私は、援軍と共に到着した秋蘭と、将だけの軍議の席にいた。この場にいるのは、護衛兵を除けば……私と秋蘭、それに季衣だけだ。
「責めるわけではないが……文月軍相手に、これほどまでとは思わなかったな」
 各部隊から提出された報告書、それに眼下に広がる傷兵達の姿を見て、秋蘭は眉をひそめた。そこに示されている被害状況は……小さいとは言い難い。
 三国一と信じていた魏の精兵がここまで凄惨にやられているのだ。目を疑いたくなるのも然り、だろう。全く……責めはしないと言われたとはいえ、自分が情けない。
「ああ……だが、秋蘭が来てくれたことで、反撃に移ることが出来る。城という武器もあるし……もう負けん」
「そぉーですっ! 敵は疲れてます! 文月軍の奴ら、ぜぇーったいにやっつけてやりましょう!」
 と、横から季衣の元気な声が割り込んできた。
 相も変わらず元気というかなんというか……帰って来てからずっとこんな調子だ。まあ、原因はわかっているのだが。
「ほお、またえらくやる気だな、季衣。何かあったのか?」
「ああ、まあ……少しな」
「うぅ〜! 待ってろあのぺたんこおっぱいめぇ〜!」
「……?」
 秋蘭の「?」な視線。説明した方がいいのかわからないが……できれば思い出したくないというか。自分も一瞬とはいえ気にあてられて暴走しかけた身だし。
 そんな空気を察したのか、秋蘭はふっ、と微笑を浮かべて口を閉ざした。
「よくはわからんが、やる気を出してくれているのならそれでいいさ。では姉者、全軍の指揮は私が取る。姉者と季衣は各部隊を」
「わかった」
「早く早く! 早く行きましょう!」
「ああ。出撃する! 我が旗に続け!」
 階下に待機する兵達に向けて放たれた秋蘭の言葉に、魏の精兵達は天をも裂くほどの声をあげて、その身にたぎる気合を示した。

391 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 21:39:00.15 ID:xmrrKX3z0
『前方に敵を確認! 数は3万、旗は『夏候』! 赤い縁取りより……夏候惇の方と思われます!』
『あたしの方も見えた! 突撃してくるぜ!』
『それは見えるだろう、我ら全員、距離的には同じような位置にいるのだ』
『別に言わなくてもわかるのに。翠はバカなのだ』
『うっせ! お前らこんな時にまで……』
「お前らいい加減にしろ! 報告中だろうが!」
 決戦直前に何だろこの雰囲気。
 言うまでもなく、陣にいる僕らのもとにトランシーバー越しに愛紗と鈴々、翠と星が報告しているのである。使い方を知らない鈴々と翠の声が聞こえるのは、それぞれトランシーバーを持っている愛紗と星と一緒にいるからだ。もっとも、もうすぐ4人4部隊バラバラに行動を取り始めるけど。
「陣形は確認できたか?」
『うむ、まだとってはいないようだが……現在取っているあの形の変遷だと、恐らくは『車掛かり』か『八門禁鎖』でしょう』
「そうみせかけて……ってことは無さそう?」
『なくもないでしょうが……あの形からだと、ほかの陣形に変化させるには少々時間がかかるかと。おそらく、無難に今言った2つに絞ってくるでしょうな』
 そうか……『車掛かり』と『八門禁鎖』か……さっぱりわからんけど。
「わからんでいい。お前がどうでも何も変わらん」
 この言い草にも慣れた。
「で、どうかな朱里?」
「そうですね……やはり、相性的に有利な陣形で挑むべきでしょう。愛紗さん、星さん、陣立てを『魚鱗の陣』に変更してください。鈴々ちゃんと翠さんは、そのまま前線で迎撃を」
『応っ!』
『承知した』
『『よっしゃあ!!』』
 受信機の向こうから帰ってくる元気な返事。今までの暗号に近い会話なんか気にならなくなるくらいに頼もしい応えだ。
『ではそのように。して……例の策はどうするか? 坂本殿』
「ああ、紫苑、どうだっけ?」
 と、雄二は奥にいた紫苑に声をかける、
「ええ、敵部隊の両翼が展開するのを待って仕掛けるつもりよ。そうしないと、さしたる効果が見込めないから」
 策……ね。
 まあ、有効だろう。もしかしたら敵も予想がつくかもしれないけど……初動さえ感づかれなければ、予想されていたからどうなることでもないし。
「ということは……準備自体はできておるのじゃな?」
 秀吉の問いに、紫苑はゆっくりとうなずいた。
「お願いします、紫苑さん。私達は『魚鱗の陣』で攻めますけど、しばらくしたら敵は恐らく、『魚鱗の陣』に対して『鶴翼の陣』か『鋒矢の陣』に変換して攻めてくるでしょう。でも、私達の軍正面には『弩』があって守りが堅いですから……」
「『鋒矢』より、『鶴翼』だろうな」
 納得してみんな話を進めていく。詳しい知識は要らないけど……やっぱりさすがに陣形ぐらいは把握しておきたいので、雄二に聞いてみた。
「つまりな、あー……俺らが取る陣形に対して相性がいいのが、今言った2つだ。ただ、そのうちの一つ、『鋒矢の陣』ってのは、正面一点突破型の陣形なんだが、俺らの軍の正面には『弩』が並んでて攻め込むにはきつい。おまけに正面の面積が狭くなる陣形だから、両脇から攻められるとヤバいんだ」
 うんうん。
「そんでもう一つの『鶴翼』だが、こいつは逆に正面を引っ込めて両脇を前に出す陣形でな、今の俺達の状況に対して相性がいいんだ。『弩』の攻撃範囲から逃れられる上に、両翼から囲んで一気に……」
「あの……やっぱわかんないんだけど?」
「つまりな、

     敵敵
   敵敵   文月文月
  敵敵   文月文月
  敵敵   文月文月
   敵敵   文月文月
     敵敵
        ……こうだ」
392 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 21:39:26.37 ID:xmrrKX3z0
おお、わかりやすい。若干反則だけど。
 ……って! これだと囲まれちゃうじゃん! しかもこんなに横にそれられたら、『弩』の攻撃があんまり意味をなさないって! どうしよう!
「その対策に立てたのが今言った『策』だっつの」
 とあきれ顔の雄二。……あ、そっか。
 言われてみれば……さっき話し合って決めた『策』、単純に見てこれにぴったりかも。
 つまり……
「ええ、私達黄忠隊はいつも通り後方支援に専念して、敵の両翼が開く気配が出たら……」
「ああ……頼むぞ」
「よし、じゃあその辺は紫苑に任せて……愛紗、星、陣形操作はよろしく!」
『『御意!』』
「鈴々、翠、突っ込んでくる連中は任せるよ!」
『『応っ!!』』
 さあ……いよいよだ。

393 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 21:39:56.82 ID:xmrrKX3z0
「…………?」
「どうした秋蘭? 何か気になることでもあるのか?」
 文月軍との第3戦が始まってから既に数刻。前方を部隊長たちに任せて一旦本陣に退いた私は、陣形報告図面を手に、高台から戦場を眺めて眉をひそめている秋蘭に尋ねた。
「ああ……少しな」
「どこだ? 見る限り……徐々に我らは攻勢に移ってきたように見えるが?」
 秋蘭の観察眼と指揮能力がいかんなく発揮され、相手の陣形の再編成と狙いを早い段階で見破った我らは、それに対して有効な『鶴翼の陣』へと陣形を編成し直し、攻撃に移った。相手の軍勢を包み込むことが出来るこの陣形は、やつらの『魚鱗の陣』に対しては有効そのものだ。
 結果、文月軍は徐々にではあるが、後退している。これは、どう見ても我らの執念が実を結んだものと思うのだが……?
「だといいのだが……」
 秋蘭はどうにも納得している様子がない。
「見ろ姉者、敵軍の両翼が開いてきている」
「? 本当だな……。しかしあれは、わが方の陣形に対応しようとしてのあがきではないか?」
「対抗手段として、あんな少数部隊を動かすか……? 姉者を追いつめるほどに見事な戦運びをする奴らが、そんな中途半端な対抗手段を取るとは思えんが……」
 ふむ……そう言われればそうか。
 見れば、陣形の後ろが開いて、おそらく……黄忠隊とみられる小部隊が両側に展開しているのが、今となってははっきりわかる。
 しかし、だからと言ってあ奴らに何が出来るわけでもなさそうだ。陣形は『魚鱗』から変わっていないし、あんな少数……おそらく2000いるかいないかだろう……では、わが軍両翼の部隊の進軍を阻むことなどできるはずがない。もともと両翼の攻撃翌力を最大限高めた陣形だ。左右に大軍を配置しでもしない限り、わが軍の鶴翼陣形は破れない。無論、そんな暇は与えるつもりはない。
 まあもっとも、あの2000かそこらの小部隊達に、そこまで爆発的な火力があればべつだがな。
「にしても……あの動きは何だ? まるで何かを…………!」
 と、秋蘭の表情がわずかに変わった。……何かに気付いたか?
「…………姉者、聞きたいことがある」
「? 何だ?」
「例の武器……初戦で姉者を散々に苦しめたあの武器だ。あれは……今、文月軍の正面を固めているあれで全部か?」
「あの盾つきの妙な弓矢か? 多分そうだと思うぞ、むしろあれでも、攻城戦の時よりも増えたぐらいで…………!」
 そこまで言って、私の口は止まった。

 …………増えた? 数が?
 いつ?

394 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 21:40:31.18 ID:xmrrKX3z0
 私が最初に戦った攻城戦……あれは奇襲で、やつらには戦力を出し惜しみしている余裕はなかったはずだ。おそらく、あの時点であるだけのあの武器を出してきたはず。
 それなのに、ここにきてその数が増えているということは……考えられる理由は2つ。
 1つは、ここに来る途中で材料を調達し、新たに作った。
 もう1つは、合流した本隊がそれを、もしくはその材料を持ってきた。
 ……どちらにしろ、ここに来るまでに数が増やされたのは間違いない。
 そして……その数は……今あそこに並んでいるもので全てとは……限らない。
 つまり……
「ま……まさか……」
「……やはり……そうか……」
 両翼に展開した小部隊……火力……武器……
 つまり……奴らの狙いは……
 次の瞬間、奴らは出来ることなら外れていてほしかったその懸念に、最悪の形を持って答えてくれた。

 ジャキィン!!

 両翼に展開した小部隊。
 それらのわが軍に面している方の兵士達が数歩後ろに下がると、その中から、
 ……すでに設置された『あの武器』が、正面を固めるそれの倍以上の数、両翼に現れた。

 この瞬間、形勢は一気に逆転した。

                        ☆

「はっ……かかったなバカ共が。援軍合流前の戦いは、俺らにとって余裕のある戦だったんだ。わざわざ手の内全部見せてやるわけねーだろ」
「やれやれ……相変わらずって言うか、そういう悪の幹部的な笑い方似合うね、雄二」
「あ、なんか言ったか?」
「なんでもない」
395 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 21:41:29.42 ID:xmrrKX3z0
曹魏編
第63話 図工と勝利と変化する大局

『敵前戦が崩れたぞ! この機を逃すな、関羽隊、突撃―!!』
『関羽隊に後れをとるな! 趙雲隊も進め!!』
『張飛隊行くぞーっ!!』
『馬超隊も攻撃だ! 戦場全てに、あたし達の雄姿を見せつけてやれーっ!!』

 トランシーバーからひっきりなしに聞こえてくる、何とも頼もしい声の数々。鈴々と翠のは若干離れた位置にいるからか、少し小音量だったが。
 想像がつく通り、朱里の考えた、『弩』を利用した反撃作戦が見事にはまり、魏軍は陣形をめちゃくちゃにされて総崩れになった。
 展開された両翼。歩兵を主体に構成されているその陣形での突撃は簡単には止まらない。ましてや、勝っていると思い込んだ勢いも手助けしている。
 ゆえに、薄っぺらですぐに破れると思っていた僕らの両翼から突如飛び出した『弩』に対応することはできず、その圧倒的な射程と驚異の火力の前に次々やられていった。結果的に、陣形は完全に崩れたわけだ。
『ではご主人様、坂本君、秀吉ちゃん、私も兵を率いて最後のひと押しに参加してきますわ』
 と、大将軍5人最後の一人、紫苑からも通信が入った。
「うん、がんばって、あと気をつけてね」
『ええ、心得ています』
 そのセリフの後、紫苑も他の4人と同様、兵達に号令を出す声が聞こえた。
 と同時に、物見やぐらに登り、望遠レンズ付きのカメラを手に戦況を観察していたムッツリーニが戻ってきた。
「お、戻ったか」
「お帰りムッツリーニ、どんな感じ?」
「…………こんな感じ」
 そう言って、今しがた書き込んだのであろう軍分布図を見せてくれる。
 見た目一発、僕らが優勢だ。さっき提出された分布図では完全というか綺麗な形に整っていた敵の陣形は、僕らの猛反撃のおかげでしっちゃかめっちゃかな形になっていた。もはや陣形としての役割は果たせまい。
 対して僕らの陣形は見事なものだ。最早迎撃に徹する必要が無くなった僕らは、朱里の指示で超攻撃型の陣形に変換し、『陣形なし』同然の敵軍に怒涛のスパートをかけている。『釣り野伏』とか言うらしいけど、この陣形、鈴々と翠が得意……って言うか、大好きなんだこれが。
 それにしても、わかりやすくていいなこの図面。
 漢字のルビはもちろん、どこをどう攻めてるとか、どこに誰がいるかとか、敵の本陣はどこかとか、どこがどう変わったとかまですごく丁寧に書いてある。素人の僕でも一目で戦況を理解できるよ。
 何より……随所に書き込まれてる『シャキーン』とか『ドガーン』とか『うりゃー!』とか『ぐわー』とかいう効果音やフキダシの数々が見ていて楽しい。
 僕個人的に要らないと思う情報はとことんまで省かれた上にこの詳しさ・わかりやすさ。同じ考えを持つものでなければこうまで素晴らしいものは作れないだろう。まさに僕らのためだけにあるような図面だ。さすがはムッツリーニ。
 だから、雄二と秀吉が隣でため息をついていたり、朱里が乾いた笑いを浮かべているのなんて、僕らは一向に気にしない。
「あの……ムッツリさん、この図面だと、被害状況や敵部隊各個の侵攻・撤退速度がわからないんですけど……」
「…………俺が理解していなものを図面に描きこめると思うか?」
「格好つけて言うことではなかろうが」
「朱里、こんなバカのバカによるバカのための分布図で悪いんだが……コレから得られる情報だけでなんとか策を作れないか?」
「あ、はい、それ自体は難しくないかと」
 そらみろ、ちゃんと役に立つんだ。
「…………(えっへん)」
「1%もほめてねーっつーの。ムッツリーニ、お前後で図面作製の練習な」
「…………っ!?(フルフル)」
 おお、ムッツリーニが全身全霊で遠慮している。
 見ていて結構面白い光景だけど、ムッツリーニの作る図面まであのわかりにくさMAXのそれにされると今度は僕が困る。読み方覚えるための勉強なんかごめんだし……そうだな、この事柄に関しては雄二が直接教えるわけじゃないだろうし、あとで係に手をまわして何とかしとこうかな。
 何、職権乱用だって? 知りませんよそんなの?
「そうだな……紫苑にでも頼むか」
「っ!?」
 何っ!? 紫苑だと!? しまった……その人選だと僕の権力が通用しない! 頼んでもあしらわれるどころか、僕まで勉強に巻き込まれる可能性すらある!
 まさかこいつ……ああっ、やっぱりだ! 悪い顔してる! さては僕が考えてることを見透かしやがったな! くそっ、なんて嫌な奴なんだ!
(てめーらがだらしねぇだけだろーが)
 と目で語りかけてくる雄二。畜生! どうすれば……
 と、その時、

『ご主人様! 聞こえますか、ご主人様!』

 お、再び愛紗から電信。
 何だろう……って、このタイミングだし……大体予想つくな。
 大方……
396 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 21:42:03.79 ID:xmrrKX3z0
「春蘭様、秋蘭様〜! 前戦がもうもちません〜! このままだと、戦線が崩壊しちゃいますよぉ〜!」
 陣に戻ってきた季衣が、困った声でそう告げた。
 それは、ここから戦線を観察していた私と秋蘭もわかっていたことだ。無論……認めたくはなかったが。
 両翼に出現したあの謎の武器による斉射は、我が軍の前線両翼を木端微塵に粉砕してくれた。旗からして、黄忠が指揮を執っていたようだ。武器があったとはいえ、あの兵数で大軍を蹴散らすあの手腕……敵ながら見事、と言わざるを得ない。
 しかし……文月軍がこれほどまでとは……秋蘭と合流し、勝ちの目が見えたと思ったというのに……!
「どうします!? お2人とも〜!」
「秋蘭、ここは……」
「……ああ、後退するしかあるまい」
 予想はしていたが……つらい選択だ。また退却か……。
「くっ……私にもっと力があれば……!」
「姉者だけではない。私達にも、力が足りなかった」
 血が滲み出そうなほどに拳を強く握る私に、秋蘭はそう声をかけてくれた。自分のふがいなさに変わりはないが……少し救われる。
「何、心配するな姉者、このままでは済まさんさ」
「そぉーですっ! いったん退いて力を蓄えて、次こそはぜぇーったいぜぇーったいに張飛をやっつけてやりましょう」
「張飛だけといわず、文月軍全てを……な」
 そんなやりとり。恐らく私を励ましてくれる意味もこもっているのだろうが……やはり悔しさは晴れない。抑えねばならないと。冷静にならないとわかっていつつも、怒りとふがいなさに押しつぶされそうになる。
 そんな私に、秋蘭は声をかけた。
「泣くな、姉者」
「……っ! 泣いてなどいない!」
「ならば前を向け。残存の兵をまとめて退却する。殿(しんがり)は私が取るから、姉者と季衣は退却の指揮を頼む」
 秋蘭の口調には、有無を言わさぬ力強さと……そして、少しの悔しさが混じっているような気がした。そうか……秋蘭、お前も同じ気持ちなんだな。
 ならば……私だけがいつまでも地団太を踏んでいるわけにも行くまい。
「わかった」
「任せてくださいっ!」
「頼むぞ……。銅鑼をならせ! 全軍に後退の合図を出すのだ! 遺憾ながら……わが軍は城を放棄し、後方へ兵を引く!」
 秋蘭の号令は、この戦いの終わりを告げるものだった。
397 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 21:42:50.18 ID:xmrrKX3z0
『わが軍の勝利だ! 者共、盛大に勝鬨を上げろーっ!!』

 オオオォォォォ――――――ッ!!

 受信機越しに聞こえてきた愛紗の声に、僕らがいる本陣も喜びに沸いた。
「「「っっっしゃあぁ――――っ!!」」」
 外から聞こえてくる勝鬨に負けないくらいの気合で僕らは叫んだ。勝った! 魏に!
「よっし、まずは一安心だな!」
「そんなもんではなかろう。魏の猛将3人がかりでの戦に勝ったのじゃ、これは大きなアドバンテージじゃぞ?」
「はい! 『あどばんなんとか』ってどういうことかわかりませんけど、これは大きな一勝ですよ!」
 朱里も満面の笑み。いつもなら僕らのテンションやら横文字やらに唖然としてる所だけど、どうやら今回はそんなこと気にならないらしい。
 それにしても……
「はぁ……やっと終わったね……」
「だな……長かった……」
 何日にもわたる戦なんてそうそうあるものでもないだけに、今回は流石に疲れた。やっぱ魏の精兵、今までのとは違うなぁ……。
 しかし、僕らの気疲れだけでこうだとすると……兵達の疲労も結構なもんだろう。勝ったとはいえ、今回はいくらなんでも追撃は無理なんじゃ……?
 と、朱里に聞いたら、
「そうですね、今回は袁紹さんの時とは違います。城に入って、ゆっくり休みましょう」
「城とは、今しがた敵軍が放棄したあの城かの?」
「はい。多分物資はほとんど持って出ちゃったと思いますけど、建物自体は十分使えます。そのまま貰っちゃいましょう」
 おお、思わぬ戦利品だ。屋根のある所で僕らも兵達も休める。戦ったかいがあるってもんだろう。
「じゃあ、まずは魏の連中が見えなくなるまで待って、それから入ろっか。いきなり戻ってこられても困るし」
「だな。そんで朱里、そろそろ到着する補給部隊に向けて伝令を出せるか? 城に入ってるから、そこに兵糧と武器と兵士を届けろ……って伝えたいんだが」
「あ、はい、わかりました。そのくらいなら大丈夫です」
「頼む。それと……補給の兵士の到着と、兵達の疲労回復が完了次第、周辺の出城を制圧しておきたいんだが?」
「? どういうこと、雄二?」
 出城……って、何で? 追撃とも違うし……。
「…………今回の戦に際して、夏候惇は周辺にある出城全てから、小分けにしていた戦力を終結させた」
「そうだ。だからその出城の方は今、兵たちはほとんどいなくなってるみたいで守りが薄い。この際それ全部制圧しとけば……」
「なるほど。ここに至るまでの魏領を切り取ったも同然じゃな」
 そうか、それはいい考えだ。
 本来なら大軍を率いて城攻めしなきゃいけないとこだけど……今回は敵の守りが薄い上に、敵の本隊に合流される心配が無い。おまけに聞いた話だと、本隊の敗走なんて自体は誰も想定していなかったらしく、未だに補充の兵士も入ってきていないっていう話。一斉攻撃にはまたとない大チャンスだろう。
「朱里、できる?」
「はい、補給部隊の到着を待ってからですから、少し時間かかりますけど……その規模の作戦なら十分に間に合うと思います」
「向かわせる将軍は2人でいいだろ。鈴々とか翠とか、喜んで行きたがるぞ」
「だろうね」
 ははは……こりゃまた先鋒争いかな?
 と、雄二が
「……補給部隊か……そういや、そろそろそっちにも目ェ向けないと……」
 みたいなことを呟いてたけど、よくわかりませんのでスルー。独り言レベルなんだし、僕が知らなくても問題ない事柄だと勝手に推測します。
「夏候惇さん達は、前回よりひどい痛手を受けてます。おそらく体勢の立て直しに、曹操さんの所へ戻るでしょうね」
「そうなると……大分時間的に余裕があるのう。敵もそうじゃろうが……次の戦は万全の態勢で臨めそうじゃな」
「……とにかく今は休むべき」
「そーゆーこった。つーわけで……聞こえてたなお前ら?」

『『応っ!!』』
『りょーかいなのだー!』
『合点だぜ!』
『心得ましたわ』

398 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 21:43:17.38 ID:xmrrKX3z0
受信機の向こうから、5人の元気そうな声が帰って来た。いや〜、癒されるというか安心するというか。
「じゃあみんな! 敵が見えなくなるのを待って城入ろう! 疲れたろうから、みんな全力で休むように!」
『『『応―っ!!』』』
「はっ、どんなだよ、全力で休むとか」
 雄二の空気を読まない突っ込みも気にならないくらい、僕らの心は晴れていた。

 こうして、魏との第2戦は、援軍を投入され、総兵数的には圧倒的不利な状況だったにもかかわらず、僕ら文月軍の勝利に終わった。
 大国・魏の、合計2度もの敗北……このニュースは大陸全体に広まり、ある者には歓喜を、ある者には震撼をもたらすことになる。
 負けた魏はもちろんのこと、僕らの本拠地である幽州、未だ大国に属さないでいる、僅かな小国の数々……。

 そして……呉……。
399 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 21:45:07.75 ID:xmrrKX3z0
夏候姉妹敗走・落城から数日後
 呉王宮・玉座の間

「号外号がーい、文月と魏の第2戦の結果が判明しましたよ〜!」
 相も変わらず緊張感に欠ける声でそう言う陸遜。しかし、その内容が内容であるがゆえに、誰も気にして咎めようとはしない。
 玉座に座る少女……呉王・孫権はその陸遜に目を向けた。
「そうか、どうだった?」
「なんとまたまた文月軍の勝利です! すごいですね〜、夏候惇・夏候淵そろった魏軍に勝っちゃったんですって」
「ほう……連勝か。確かに……あの魏の双璧を破るとは、新参ながら大したものだ」
「だが、強すぎても我が国のためにはならん」
 周瑜と甘寧が緊張感を保ったままで言った。
 孫権はというと……何やら考え込んでいるように見える。長考の後、顔を上げて、
「思春の言うとおりだ。しかし逆に考えれば……これは魏を潰す千載一遇の好機だろう」
「では……当初の予定通りに?」
「ああ……。思春、穏、全軍に出撃準備の号令を出せ」
「あ、出るんですね? わかりました!」
「御意!」
 両者で、対象的な返事を孫権に返す。
「そして……周瑜」
 孫権はそこで言葉を区切り、一呼吸置いて言った。

「人員を選抜し、幽州・文月へ使者を出せ。我ら呉は文月と……吉井明久と同盟を組む」

400 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 21:46:43.95 ID:xmrrKX3z0
曹魏編
第64話 奇策と疑惑と渦巻く懸念
 魏王宮・玉座の間

「春蘭に秋蘭、それに季衣……魏の誇る猛将3人がそろって戦って、まさか負けるとはね……」
「…………っ!」
「ごめんなさぁい……」
「面目次第も御座いません……」
 敵の追撃が無いことを確認し、私と秋蘭、それに季衣は華琳様の待つ王宮へ戻った。ただし……できればお伝えしたくもない、敗戦という凶報を携えて……。
「文月は大将自ら出て来てるみたいだし、これで決戦にするつもりだったのだけれど……これでは更に侵攻を許してしまうわね……」
 気難しい顔で、ため息などつきつつそうこぼす華琳様。くっ……面目ない……!
「華琳様! 今回の敗戦の責は全て私にあります! 罰はいかようにも……」
「春蘭、勘違いしないの。勝敗は兵家の常、私は別に、それを叱責しているわけではないわ。ただ……奴らの予想外の強さに驚いただけよ」
「は……はい……」
そう、言ってくれた。
 負けておめおめと帰って来た私には、もったいないお言葉だ。嬉しくもあるが、ふがいなくもある。くっ……次こそは!
「しかし華琳様、これはいよいよ、余裕でいるわけにもいきませんな」
「そうね……戦の勝敗ももちろん、ここまで攻め込まれてしまうと、本格的に魏領に危険が及ぶ……ここらで奴らを負かしておかなければならない所だけど……何か策はあるかしら?」
「はっ」
 と、秋蘭が前に出た。
「文月軍は、兵力は我が国には及ばないものの高く、一騎当千の猛将がそろっており、携えている武器もまた強力なものです。十分に驚異的な強さ……と言って差し支えないでしょう。しかし……奴らにはたったひとつ、致命的な弱点があります」
「遠征軍である……ということね?」
 と、華琳様の隣に待機していた桂花が言った。
 どうやら……何か策が浮かんだらしい。お気に入りらしい特徴的な形の頭巾をかぶり、愛くるしい、といっていい顔つきに意地の悪そうな笑みを浮かべて言った。
 華琳様もそれを察したようだ。微笑を浮かべ、しかし緊張感は保ったままで、桂花の方に視線を向ける。
401 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 21:48:19.47 ID:xmrrKX3z0
「何か案でも、桂花?」
「はい、華琳様。文月軍は遠征軍であるがゆえに、武器糧食の補給に多大な労力と時間がかかります。これを利用しない手はないかと」
「補給線を寸断するのか?」
 と、秋蘭。今の秋蘭の発言で、私にも狙いがわかった。
 つまり……奴らの軍の命綱である、物資・食料の補給を行う補給部隊を狙って攻撃し、奴らへの補給を断つ。
 となれば当然兵糧は足りなくなる。さらにここは敵地、奴らに食料を得るすべはない。つまり……
「成功すれば、必然的に奴らは退却するしかなくなる……」
「そうよ。そして文月軍が後退の姿勢を見せたその時こそ……反撃の機会!」
「なるほど……追撃をかけ、奴らを蹴散らすのか」
 退却する所に追撃をかければ、それすなわち文月軍にとっては後退戦闘になる。圧倒的にわが軍が有利だ。しかも……奴らに兵糧は少ない。そのまま奴らが逃げ切れず兵糧が尽きれば……我らの勝ちだ!
「ええ、これこそ、必勝の策よ」
「何や、可愛い顔して、随分エグい作戦考えよるなぁ」
 と、いきなりそれまでなかった声が割り込んできた。
 私たち全員の視線が、その声がした方へ……玉座の間の入口へ向く。そこに立っていたのは……
「霞(しあ)!?」
「おーぅ。元ちゃーん、おかえりー♪」
 藤色の髪に胸に巻いたさらし、羽織った法被が特徴的な女、張遼こと霞。
 反董卓連合軍の戦闘の折、華琳様の策によってその実力を看破され、捕らえられてわが軍に降った武将。『神速・張遼』の通り名を持ち、属する国が変わった今なお、戦場で兵達に恐れられる猛将だ。
 軽い性格で、華琳様に対しても敬語を使うことはしない。そればかりか、字である『猛徳』からとって『猛ちゃん』などと呼ぶ始末だ。華琳様は気にしていないと言っているが……私からすればあまりいい気はしない。
 おまけに、華琳様の閨への誘いをことごとく断りおって……贅沢な。そして罰当たりな。信念だか何だか知らんが、華琳様が折角ご寵愛下さっているというのに!
 まあ、悪い奴ではない、というのはわかっているのだが。
「霞、お前がなぜここに?」
「私が呼んだのよ」
 と、答えたのは桂花だった。
「そ。部屋で饅頭食べとったら、伝令兵が来てな、玉座の間へ……っちゅーから駆けつけたんやけど、何でウチ呼ばれたん?」
 先程までの重々しい空気はわかっているはずだというのに、こやつの軽口は変わらない。まあ、こういう性格なのだから、気にしても仕方ないか。
「先程までの話は?」
「ああ、聞いとった。すまんな、立ち聞きしてもーたわ」
「構わないわ。それに、それなら話が早い……張遼将軍、兵を率いて補給部隊の襲撃・撃破を行うその役目……あなたにやってほしいのよ」
「はぁ!?」
 と、けろっとしていた霞の顔が、突如として不満そうなそれに変わる。それだけではない、声もだ。ここまで露骨に嫌そうな反応は……そうそう見れないだろう。私も季衣も秋蘭も、一瞬びっくりしてしまった。
402 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 21:49:24.41 ID:xmrrKX3z0
そして、
「嫌や!!」
 華琳様の前であることなど全く考えず、堂々と桂花の指示を拒否する霞。
 まあ……よく考えれば、予想できた展開かもしれないが。
「何でウチがそんなことせなあかんの!? そんな武器もなんも持ってない補給部隊を兵士率いて襲うなんて、ただのいじめっ子やん!!」
 やはり……か。
 霞は、董卓軍時代から変わらず、生粋の武人だ。戦場ではだまし打ちなどという策は決してとらず、正々堂々、正面からぶつかって粉砕するという戦い方を得意とし、同時に信条としている。
 その霞にしてみれば、今回の作戦は実行するというだけでも不満ものだろう。ましてや、自分がその実行犯になるようなことなど、全力で抗うのは目に見えている。
 まあ……そういう所は私も嫌いではないのだが、いかんせん今回は事情が事情……。
「全ては華琳様のためよ! 張遼将軍、この作戦は、襲撃部隊の機動力が命……『神速』の呼び名を持つあなた以外に、任せられる人はいないわ」
「せやかてそんなこと嫌や! ウチの武人としての矜持に反する! 機を見て横撃……とかならまだやったってもええけど、そないな卑怯な真似、絶・対・嫌・や!!」
「おい霞! 私情をはさむな!」
「何や元ちゃんまで!」
 と、いさめに入った私まで睨みつけられる始末。
 ちなみに今の呼び方は、私の字『元譲』から取ったものだ。同じ要領で霞は、秋蘭のことを『妙ちゃん』と呼ぶ。
 しかし……これは魏の、華琳様ご自身の命運を握るといっても過言ではない作戦だ。霞には悪いが……この論争、私も桂花につかせてもらう他ない。
 と、反論しようとしたところで、
「霞、ちょっと落ち着きなさい」
「「華琳様!」」
「う……猛ちゃん……?」
 玉座の間に響く澄んだ声。私も桂花も、敷いては霞も、その華琳様の一声で見事に黙り、部屋には静寂が訪れた。
 その静寂を我がものとし、華琳様は笑顔を浮かべて口を開いた。
「気持ちはわかるわ、霞。でもね……これは魏の命運をかけた作戦なの。わかるでしょう?」
「う……せやけど……」
「あなた以外に、任せられる人はいないの。あなたが魏の、私の命運を握ってるのよ。強制はしたくはないけど……やってくれないかしら?」
「うぅ……」
 華琳様の言葉に、さすがの霞もいい返す言葉を持たないと見える。さすが華琳様……あそこまで吠えていた霞をこうまで……。
「……しゃーないな……猛ちゃんにはウチと兵隊たちの命助けてもーたし……その恩は返さなあかんな……。わかった、借りを返すってことで、今回は従うわ」
「ふふ、ありがとう、霞」
「その代わり今回だけやで! もう2度とこんな卑怯な真似せえへんさかいな!」
「ええ、約束しましょう」
 びっ、と華琳様に人差し指を突きつけて、釘をさす形で言い放つ霞。全く……華琳様が気にしないでいて下さるとはいえ、すこしは礼儀というものを考えろ。
 その霞にも、華琳様は笑顔を崩さず言う。
「どの道、この戦を制することが出来れば……もうそんなことを頼む必要もないもの。じゃあ霞、遊撃部隊として、補給部隊の各個撃破、お願いね」
「へぇーいへい……」
 やることはやるものの、やる気は微塵も感じられない。全く……
「じゃあ、霞はその方向で動いて頂戴。春蘭、秋蘭、季衣」
 と、状況を見計らって口を開いた桂花の声がかかる。
「あなた達は、敵の気を引きつけるために、城にこもって相手の攻撃をしのぐのよ。前回みたく、城の存在を無視して出ていくことのないように。籠城戦に徹してね」
「う……仕方ないな……」
「うぅ……籠城戦かあ……」
「姉者、季衣、我らは一度負けている。異論は挟めん」
 秋蘭の言うとおりだ。
 正直、私もこの作戦はあまり好きではないが……奴らを確実に粉砕するには、これが最もいい策だろう。敗戦の戦犯たる我々に、何か言う資格はないな。桂花に従うか。
「では華琳様、我々も支度を整え、そのように」
「ええ、出撃しなさい。魏武の恐ろしさ……あのブ男とその仲間たちに思い知らせてやるのよ!」
 私達は、華琳様のその言葉を胸に深く刻み込んだ。
 もう負けられん……華琳様の、この国のために!
403 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 21:50:27.80 ID:xmrrKX3z0
その数日後。
 文月軍本陣。

「……つーわけだ。……隊に……雄を……して……」
「雄二、お待たせ」
「お、来たか明久。済まんがちょっと待っててくれ」
 と、少し遅れ気味に到着した僕が天幕に入ると、雄二は電話中だった。相手は誰だろう? 斥候に出たムッツリーニからはさっき連絡が入ったばかりだし……霧島さんあたりか?
「じゃ、よろしく頼むぞ翔子(プツッ)」
 やっぱり霧島さんだったみたいだ。ということは……例の件について、指示を出してたのかな?
 ともあれ、やっと始められる。
「さて……と、明久が来て……全員そろったな。じゃ、始めっか、軍議」
 というわけで、本日も軍議を開催することになった。
 議題はいわずもがな、これ以降の方針についてだ。
 夏候惇・夏候淵姉妹を相手取った前回の戦に快勝してから早数日、兵達の疲れも取れ、大方の傷も癒え、僕らの軍は出撃可能となる時も近づいてきていた。
 それより前に方針を決めて、準備が整ったら一気に進軍を開始しよう……ってのがひとまずの大方針だ。今回の会議では、次の戦いの詳細な先鋒なんかを決めることになってる。
「さて……と。ムッツリーニはあと2時間弱……1刻弱でここに戻るってよ。その間に、進められるとこまで進めとくか」
「そうだね、じゃあまずムッツリーニの情報の報告からいい?」
「ああ、えっと、どれどれ……」
 と、雄二が携帯をいじってムッツリーニから送られてきたメールを探していた。
「……あったあった。ムッツリーニの話だと……どうやらまた大軍が都を出発した……って言う情報をつかんだらしい。この先にある城に向かってるってよ」
「おそらく……将は夏候惇か夏候淵でしょうね」
 愛紗の推測には、みんなが賛成だろう。
 どっちにしても前回の戦で、しかも夏候惇に至っては2連敗してるわけだから、今回はそりゃもう全力で来るはず。また厳しい戦いが待ってる……とみていいんだろうな。はあ……めんどくさ。
「しかし、城に向かっているのか? 我々のもとへではなく」
「ああ、そう書いてある。もっとも、俺らの侵攻ルート上の城だから、迎え撃つ気は満々だってのはわかるがな」
「わざわざお城に行く理由……って何なのだ?」
 小首をかしげてそう言う鈴々。
 袁紹の時にそうだったから僕でもよく知ってるけど……防衛戦において城ってのは重要な武器だ。城攻めには、城にこもって戦う敵軍の3倍の兵力と長い時間がかかる……って話だから。
 ……って、つまり夏候惇(多分)達は……
「籠城戦でもするつもりか?」
 と翠。違和感ありげな口調だが、それには僕も賛成だ。続けて星と秀吉も、
「ふむ……これは奇なこと。夏候惇の性格ならば、打って出て我らを仕留めにかかるものとばかり思っていたが……」
「籠城とは……あのおなごには最も似合いそうにないやり口じゃの。しかし……城を使おうとしているということは、そういうことなのじゃろうな」
 星も秀吉も、初戦で実際に夏候惇を見ている。その2人が言うんだから、その見解に間違いはないんだろう。
 でも……やっぱり気になるな……。
「……こりゃ何かあるな……」
 雄二が呟く。
404 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 21:51:25.20 ID:xmrrKX3z0
「完全に『防衛』のやり口だ。向こうにしてみりゃ、もうこの位置まで来たら俺らを『撃退』しなきゃいけねえ立場だってのに……不自然だな」
「そうね……それに、あの夏候惇将軍がこんな決断を下すとも思えないし……」
「それって、誰かほかの人の指示に従った……ってこと?」
 それもつまり、夏候惇が従わざるを得ない人の指示に……
 いや、そんな人、一人しかいないじゃない。
「曹操か〜……?」
「恐らくな。もしくは、冷静沈着な夏候淵か……筆頭軍師の荀ケかもしれん。奴らは知恵も回る上に、夏候惇のように猪武者ではないからな。状況に応じて、卑怯な策も使う」
 と愛紗。そこが気になったらしい翠が質問する。
「『策』……ってことは、コレ裏に何かあんのか?」
「だろうな。我らの攻撃翌力を考えれば、守っているだけでは勝てんことなど自明の理。何か策あってのことだろうが……朱里よ、何か思い当たるか?」
「あ、はい、いくつか……」
 星の質問に、朱里は控えめにうなずいた。
「情報が少なすぎて絞れませんけど……一応対策は考えておいた方がいいですね」
「たのむ。まあそれはそれとして……俺らはどの道戦わざるを得ねーんだがな」
 雄二がため息交じりに言った。
 確かに……罠かもしれなくても、むやみに進軍を遅らせると兵達の士気も下がってくるし、相手にそれだけ長く準備の機会を与えることになる。……それは好ましくないので、
「攻城戦……と考えてよろしいのでしょうな」
「うん、多分ね」
「めんどくせーなー、城攻めって時間かかるもんな〜!」
 翠の不満……というか愚痴ももっともなんだけど……こればっかりは普通にやるしかないんだよね……。
 あーあ、夏候惇のことだから出て来て白兵戦になるだろう……って予想してたんだけど……敵も2度も負けといて、そう何度もバカ正直に来てくれるわけないか。こりゃ1週間や2週間覚悟しなくちゃかもだな……。
 あれ、長期戦って言えば……食糧とか大丈夫なのかな?
「あ、はい。それは心配ないですよ? 断続的に補給部隊が運んで来てくれてますから」
「ああ、そこはいいんだけど……あ〜くそ! アレが出来てりゃ、城攻めだろーが何だろーが1日2日で終わんのによ!」
「「「!?」」」
 ……………………『アレ』?
 ねえ雄二、それって……
「雄二お兄ちゃん、それって例の『しんへーき』?」
「ん、ああ、まーな」
 やっぱりか……この間からちょくちょく雄二のセリフに出て来てた、あの『弩』より強力だっていう詳細不明の新兵器。
 只今城で姫路さん達が開発中なんだけど……雄二は依然として名前も教えちゃくれない。全く……いくら完成するかどうかもわからないからって、名前ぐらい……。
「頼らない方向で考えてた方が、後々楽になるだろ? できたらソッコーで教えてやるから、今は我慢しろ」
 そりゃそうだけどさ……。
 まあ、今言った『とらぬ狸の皮算用』的な理由の他にも、情報漏えいを防ぐ意味もあるみたいだし……ま、黙って待っててやるか。
 ……にしても……姫路さんが開発に携わる兵器ってホント何だ? まさか、彼女の料理の腕を生かした化学兵器(ケミカルウェポン)とか……んなわけないか。
 何はともあれ、
「じゃ、当面の方針は、『準備が整い次第進軍再開、攻城戦』でいいんだよね」
「そーゆーこった。朱里、策とか考えといてくれ」
「はい、わかりました!」
「みんなも、戦いは近いから、ゆっくり休んで。以上で軍議終わり! 一同、撤収!」
「「「応!」」」
405 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 21:51:53.62 ID:xmrrKX3z0
同刻
 幽州啄県・吉井明久宅(城)

「けほけほっ……し、翔子ちゃん、大丈夫ですか?」
「……大丈夫……けほっ……瑞希は?」
「わ、私も平気です……。でも、びっくりしました……」
「……うん。……でも……」
「はい! これってやっぱり……ようやく……!」
「……(コクッ)やっと……できた……」
406 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 21:53:11.87 ID:xmrrKX3z0
曹魏編
第65話 補給と籠城と奇襲対策

 文月軍対魏軍第3戦、開戦より数日
 某所(魏領)・張遼隊待機地点

「ご報告いたします張遼将軍! 敵軍補給部隊を発見、ここより北東6里とのことです!」
「ほいよー、ご苦労さ〜ん」
 部下をねぎらう言葉をかけつつも、張遼の声に込められたやる気は低かった。
「はぁ〜、ホンマやる気出ぇへんわぁ〜……」
「ちょ、張遼将軍、一応これも任務ですから……」
「う〜……せやけどぉ〜……」
 誰にともなく三白眼で、不平不満を口にする張遼。彼女にとって今回の戦いは、大命であると同時に恥にもなるものであった。
 自分の『神速』は、怒涛の攻撃によってあいてを一気に粉砕するということのためにこそある、という信条にも似た考えを持つ彼女にとっては、今回のような、武器を持たず抵抗もできない補給部隊……すなわち非戦闘部隊を襲撃するなどという行為は、あまりどころではなく好ましくないものだった。
「あ〜……」
「将軍……そんなふてくされずに……」
「せやかてしゃーないやん。こんないじめっ子みたいな任務……お前らかてウチのこと軽蔑するやろ?」
「とんでもありません! 虎牢関にて命を救っていただいた張遼将軍に対して、そのようなことをどうして思えましょうか!」
 副官と思しき兵は強い口調で反論した。
 今のセリフからもなんとなくわかる通り、この張遼隊、もともと魏軍の兵だったわけではない。虎牢関で、ひいては彼女が魏軍に降る以前……董卓軍の時代から彼女に仕えていた者たちである。
 虎牢関での戦いの折、当時まだ弱小であった文月軍が囮となって董卓軍を誘い出し、呂布と共に戦っていた張遼隊は、四方八方を連合軍に囲まれる形となった。
 その見事な手際に、連携に、そしておとり役をやってのけた文月軍の度胸に感銘を受けた記憶が張遼にはあった(それら全てが成り行きであり、囮自体、袁紹(バカ)のワガママの産物であった……などということは当然知る由もない)。
 その際、包囲網を脱却するために、曹操軍の一部が薄いことを看破した張遼は、自らが殿(しんがり)をつとめ、兵達にそこの突破を命じた。……が、その後すぐに疑問に気付く。
(曹操軍の一部が薄いって……? あのガキがそんなヘマするタマかい)
 案の定、それは罠だった。
 曹操はわざと、それもぱっと見ただけではまずわからないほどにわずかな隙を包囲網に作り、それを見破ることが出来る将を見定めようとしていたのだ。当然、実際には隙など無く、兵たちはもとより、殿を務めていた張遼もまた夏候惇に敗れ、捕らえられる形となったのである。
 その際、兵達の命を助けること、そして閨には呼ばないこと(張遼にその気はなかった)を条件に、張遼は魏軍に降ったのである。助けられた兵たちはそのまま魏でも張遼の直属部隊として彼女に仕えており、その時の恩を今も忘れてはいない。
「……そーか、あんがとな。よし……そこまで言ってもらっといて、いつまでも愚痴愚痴いっとるわけにもいかんな。ぱぱっとやって、ぱぱっと終わらせたる! 準備せェ! 戦始めんで!」

407 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 21:54:37.88 ID:xmrrKX3z0
文月軍・本陣

「さて……と……。予想はしてたけど……時間かかるね」
「ああ。まあ……城にこもってる連中が連中だからな」
 予想通り、敵は支城にこもっての籠城戦という形で対抗してきた。
 まあ、予想通りなんだけど……正直しんどい。
 攻めても攻めても手ごたえないし、高台からの弓矢攻撃で着実に守ってくるし、おまけに兵がほとんど城の中にいるから、『弩』でも有効な打撃をなかなか与えられない。
 う〜……じれったい……。
『ご主人様、聞こえますか?』
 お、愛紗だ。
「こちら吉井、聞こえてるよ?」
『はっ……一応、定時連絡を、と思いまして』
「一応……ってことは、さして進展ない?」
『は……やはり、籠城戦に徹するつもりのようです。外に出てくる気配はありませんね』
 そっか……つまり……何も変わんない、と。
 こりゃまだまだ時間かかりそうだな。
「それにしても……攻めても攻めても反撃してくる気配がないですね……まるで……」
「時間稼ぎでもしてるみたい……だな」
 と、朱里の言葉を引き継ぐ形で雄二が言い、顎に手を当てて考え込んでいた。
「夏候淵か……城攻めとはいえ、ここまで時間がかかるとは……」
「城にこもられるとやっかいね……」
 お、紫苑が戻ってきた。
「お帰り紫苑、首尾は?」
「相変わらず……ですわ。被害が広がる一方でして……何か策でもあればいいのですが……」
 なるほど……それで朱里に助言貰いに来た……ってわけか。
 その朱里はというと……難しい顔をしてる。
「こうまで城にこもられると……策の施しようがないです……。お役に立てず申し訳ありません……」
 しゅんとして俯いてしまう朱里。そんな、気にすることじゃないって。
 とはいえ、紫苑の言うとおり、このままだと被害が広がる一方だ。なんとか引っ張りだせないかな……?
 一度みんな呼びもどして軍議でも開こうかな、なんて考えたその時、

『で、で、伝令! 緊急事態です!』

「「「!?」」」
 一人の伝令兵が息を切らして飛び込んできた。何事!?
「どしたの!?」
「はっ! わが軍後方に敵の伏兵部隊が出現! わが軍の補給部隊が襲撃を受け、次々とやられています!」
「「「!!」」」
 一同、絶句。
 トランシーバーの向こうの愛紗も、どうやら聞こえていたと思しき静寂を放っている。
 やられた……これが狙いか……!
『ふむ……遠征軍である我らの弱点を見事に突かれたようですな』
 と、いつの間にスイッチを入れてたのか、聞いていたらしい星のセリフが沈黙を破った。
 確かに……僕らは遠征軍(あのアレ、遠くに来るやつ)であるがゆえに、このへんで食料その他を補給するなんてことが出来ない。必然的に国(幽州)から運んでもらうわけだけど……現代みたいに空輸とかそんな手段はないから、部隊を編成して地道に運んでもらう形になる。
 遠出している僕らにとってはライフラインと呼ぶべきもの、それを狙われたわけだ。それを断たれれば……戦線は保たない。
 雄二がポリポリと頭をかきながら言う。
「やれやれ……やっぱそう来たか」
『くっ……やってくれたな、曹操……!』
 トランシーバーの向こうから聞こえる愛紗の悔しそうな声。
 朱里も曇った顔で、
「このままだとまずいですね……兵糧の補充が出来ないとなると、戦線が維持できません。伝令さん、その襲撃、どのくらいの数の部隊が被害にあいましたか?」
「はっ! ここに向かっている合計7部隊の内、ここから一番近い位置にいる第4部隊は無事です。しかし、第5、第6部隊はやられたようで、現在敵は第7部隊の元に向かっているものと思われます!」
「そうか……一回分の補充はできる……っつーわけだな」
「でも、いくらなんでもそれだけでこの戦線の維持は難しいです……」
 そりゃそうだ。
 一日ごとの量を少なめにする……っていう手もあるけど、それだと十分な力が発揮できないかもだし……それでも足りるっていう保証はない。危ない橋を渡るのは避けるべきだ。
 一連の会話を聞いて……雄二と僕の頭に、共通の考えが浮かんだ。
「聞いた雄二? これ以上やられるとヤバいんだってさ」
「そうだな明久。これ以上やられるとヤバいらしいな」
 そう……これ以上、敵部隊の横行を許すのはまずい。本当に僕らが干上がってしまう。

 ……でも、

「「危なかった……」」

 そうは問屋が卸さない。

408 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 21:55:34.73 ID:xmrrKX3z0
「……妙やな……」
 第6補給部隊を全滅させた張遼は、斥候が確認したという第7部隊のもとへむけて軍を進めていた。その大将・張遼は、何か考え事をしているようで、顎に手を当てて難しい顔をしていた。
「妙……と申されますと?」
「部隊と部隊の間や、前の2つの間と比べて、空きすぎてへんか?」
 第5部隊全滅から第6部隊との接触まで、そう時間はかからなかった。しかし……今回、次の第7部隊に向かって歩みを進めているというのに、一向にその姿すら見えないのである。
 まるで、何らかの意図があって進軍を遅らせているかのような印象を、張遼は受けていた。
「他の補給部隊との合流を謀っているのでしょうか?」
「そやったらええんやけど……問題なんは、護衛部隊との合流を画策しとる場合やな」
 この作戦は、補給部隊が護衛部隊を同行させていないことが大前提の作戦である(そもそも張遼はそこが気に入らないのだが)。同時にこの作戦は迅速さが命、もし相手の護衛部隊に抵抗されるようなことになれば、それは時間的に好ましくないことになる。
 何より……その部隊が張遼自身の部隊を打ち破ってしまう可能性もなくはない。
「まあ、それ自体仮定の話やけど……もしそやったら、その規模によって対応が変わってくるわ。潰すか……戦(や)るか……」
 といいつつ、張遼の顔には僅かな笑みが浮かんでいた。それが、一方的な襲撃だけの任務でうんざりしていた所に、思いがけず戦闘の機会が訪れたからである……という理由なのは言うまでもない。
 と、そこに、
「も、申し上げます!」
 息を切らして、伝令兵が彼女のもとに駆け寄ってきた。
「お、どないしたん?」
「せ、斥候より連絡があり、敵の補給部隊と思しき影を確認! 今まで仕留めた2隊よりも格段に規模が大きく、2〜3隊がまとめて更新している様子です」
「ほ〜……さよか……」
 軽口だが、緊張感を含ませた一言。一見すると吉報に聞こえるその情報の裏に、張遼は何かしらの影を感じ取っていた。
(2,3隊まとめてやて……? 都合はええけど……ええ予感はせぇへんな……)
 まとめてとなれば、彼らが運ぶ物資の量は相当なもの。上手くそれら全てを潰すことが出来れば、任務は成功したも同然と言える。文月軍はたちまち退却に追い込まれるだろう。
 が……それだけの規模であるからには……
「しかし……護衛と思しき部隊が並行して進軍しています!」
「やっぱりかい。ま、敵さんもそないな甘い奴やない……っちゅうこっちゃな。んで? どんな感じ?」
「と、申されますと?」
「規模や規模。あと、統率しとんのがどんな奴か……とか」
 先も述べたように、その護衛の規模いかんで、取るべき対応が変わってくる。
 この千載一遇と言ってもいい好機、生かさない手はないが……護衛が強大だった場合はぶつかるのは得策とは言えない。張遼隊の戦力がそがれるだけだからだ。
(成功すればウチらの勝ちも同然や……けど、相手がどんなもんか……。城攻めに戦力も将も割いとるみたいやし……あんまし大層なもんやないとは思うけど……)
「はっ! 規模は我々の部隊よりは少なそうですが……その……」
「? 何や?」
「いえあの……私の見間違いかもしれないのですが……その……敵の掲げている旗がですね……」
「ん」
「旗が……その……何と申しましょうか……」
「何やっちゅーねん! 何でもええからはっきり言わんかい!!」
 じれったくなった張遼の一喝に、伝令兵はひっ、と跳び上がった。
「わ、わかりました。申し上げます!」
「おう!」
(やれやれ……やっとかい)
409 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 21:56:12.74 ID:xmrrKX3z0
伝令兵の『旗』という言葉に、張遼は『率いる将がおるんか?』という疑問を抱いていた。
 しかし、夏候淵からの報告にある限り、関羽、張飛、趙雲、馬超、黄忠、それに軍師の諸葛亮に至るまで、文月軍の主力はことごとく攻城戦に参加している……と聞いた。相当数の兵をそっちにまわしている……とも。
 となれば……その部隊を率いているのはそれ以外の、おそらくそれよりも格下の武将、率いている兵の数もそう多くはない……ということになる。
 自分も一端の武将、そのような無名の雑魚に負ける気はない。護衛隊ごと供給部隊を蹴散らして、任務を達成できるだろう、と、張遼は思っていたし、自身もあった。
 ゆえに、気にはなっていたが、あまり危機感は感じていなかった。
 ――――が、
 兵の口からもたらされた報告は、その予想を裏切るものだった。
 それも、『強いか弱いかという問題では最早ない部分』で、とんでもない予想外の報告が待っていたのである。

「旗印は『華』! 張遼将軍の董卓軍時代の同胞……か、華雄将軍と思われます!!」

 ………………な………………

「何やて!?」
410 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 21:57:04.83 ID:xmrrKX3z0
「ほぅ……襲撃の実行犯は張遼か……」
 第7〜第9部隊を護衛する形で軍を進める華雄は、今しがたもたらされた情報に、物静かにそう呟いた。
(坂本殿の予想が的中したな。もう少し早く、我らが出立できればよかったのだが……)
 本城に『ケータイ』とやらを通して坂本雄二から連絡が入ったのが数日前の話。
 内容はいたって単純、遠征距離が本格的に長くなり、そのルートを狙われる可能性があるから、そこを守ってくれ……というものである。それにより、途中からではあるが、今動ける数少ない文月軍の将である華雄が、その任を買って出たわけだ。
 そしてその悪い予感が的中し、先行した部隊のうち2つが襲われた……との情報が届いたのである。その実行犯が張遼であり、次なる獲物を狙って、こちらに向かっている……とも。
(奴はこの類のやり口は好まんはずだが……曹操に直々に命令でもされたか?)
 いささかの疑念を抱きつつも、華雄は馬を走らせることをやめない。このまま進めば、張遼を相手取ることになるとわかっていてもだ。
 戸惑いはあった。かつては肩を並べて共に戦った仲、しかし……今は敵だ。
 それも、互いに性格や傾向、得意とする作戦や布陣を知り尽くした、非常に厄介な関係の『仲』……。敵に回すと、お互いに面倒であることに疑いようもない。
「いかがいたしましょう?」
「いかがも何も、我らがやるべきことは一つだ。この旗を見て逃げ帰るならそれでよし、無視して何も問題はない。が、もしも向かってくるようなら……取るべき道は一つだ」
 そこで華雄は一呼吸置いて、声を張った。
「全軍戦闘準備! 敵部隊の攻撃を警戒し、迎撃の態勢を取れ! 我が主に仇なす者に、文月の武勇をとくと思い知らせてやれ!」
「「「応っ!!」」」
 兵士達の頼もしい声を受け、華雄は自身もまた覚悟を新たにした。
 戦う覚悟、守る覚悟、そして……

(来るなら来い。貴様とて容赦はせんぞ、張遼……!)

 かつての戦友を相手に、文月軍の将として牙をむく覚悟を……。

411 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 21:58:49.47 ID:xmrrKX3z0
曹魏編
第66話 戦友と食生活と華雄の涙

「つまり……残りの部隊に関しては、華雄が守ってくれるから問題ないわけだな」
 吉報を聞きつつも、緊張感を崩さずに愛紗は言った。
 補給部隊襲撃の凶報を受け、一旦将軍全員を陣に呼び戻し、僕らは緊急の軍議を開いた。場に漂うこの空気が、今のこの事態がただごとではない、ということを物語っている。
「ふむ……しかしこれだと、さすがに戦線の維持は困難かもしれませんな」
「だな。こりゃあ……いったん退くしかないか?」
 と、星と翠。
 待っていれば華雄が護衛する部隊が届けてくれるとはいえ、今ある兵糧だけでは、この戦線を維持できるかどうかは正直微妙だ。華雄が間に合うと信じて戦う手もあるけど……悪い方へ転んだ時のことを考えると、危ない橋は渡りたくない。
 第一、華雄の部隊と襲撃部隊(誰だろ?)とが接触・開戦すれば、その間は当然補給部隊の方も進軍を停止せざるを得ない。つまり、それだけこっちに物資が届くまでにタイムロスが発生する。それがどのくらいか予測できないわけだし……下手をすると、一応無事である次の部隊の分も使い切っちゃう可能性があるし……。
「あーあ、いっそ軍の兵士が全員明久みたいな感じだったらいいんだがな」
「いや、それは無理じゃろう雄二」
「…………普通の人間は、塩水だけで生きてはいけない」
「失敬な! 砂糖水もちゃんと摂ってたよ!」
「明久よ、気にする所が違うと思わんか?」
 え? 何が?
 そりゃまあ空腹で倒れるぐらいきついこともあるけど、人間の体ってのは水分と塩分と糖分があればある程度……それこそ1週間くらいは持つもので……
「だからそれはお前だけだっつの。つーかそもそも、普通はそんな長期間を塩水で乗り切ろうっていう発想自体がねえんだよ」
「そんな! 実際にお小遣い前の1週間前後をソルトウォーターとシュガーアクアで乗り切ってた僕は何だって言うのさ!」
「無理に横文字を使ってカッコつけようとすんな。何と言おうが塩水と砂糖水だろが」
「あ、あの……ご主人様?」
 と、その控え目な声に気付いて振り返ると、朱里がなぜか、橋の下の決まった位置にいる飼い主の見つからない捨て犬をみるような目で僕を見ていた。何? 何でそんな目で僕を?
「いやあの……天界で一体どんな食生活をしてらっしゃったんですか……?」
 彼女との間に距離を感じるのは気のせいだろうか?
 よく見ると……他の皆も、憐れむような目で僕を見たり、頭を抱えてたり……ん? 愛紗泣いてない? 何で?
「なぜそこでお主は真顔で頭の上に疑問符を浮かべられるのじゃ……?」
「あー……果てしなくどうでもいい方向に話が脱線したな、話を戻そう」
 と、雄二から仕切り直しの号令。
 まあ、仮にその作戦で行っても、僕みたいにそういう食生活に慣れてない彼らじゃ、さすがに何日も戦い続けるだけの体力は出ないもんね。
 安上がりでいい手かもと思ったけど、ここは却下としよう。
「ともかくだ。兵糧がヤバい、ここは一旦退却……ってことでいいな、みんな?」
「う〜……もうちょっとなのに……」
 と、不満そうな鈴々の声。まあ、無理もないよね……ここまで来て退却だもの。
「そう言うな、鈴々。今はこれが最善の策だ」
「戻って華雄に加勢する意味もあるしな」
 そう言って鈴々を諭す愛紗と星の口調にも、わずかではあるが残念さは滲み出ていた。みんな考えることは同じだ。
「それにさ、何も幽州まで一気に引き返すわけじゃないんだし、な?」
「手近な支城までもどるだけですもの、ね?」
 そういうこと。今、翠と紫苑が言った通り、何も完全に退却するわけじゃない。
 一旦後ろに引いて、華雄の守る部隊が運ぶ物資を受け取って、さらにその後から続く補給部隊の補給ペースを確立するまで待機する……まあ、平たく言えば、あらためて状況を整理して体勢を立て直すための後退だ。
 それまでは、僕らは手近な支城……制圧して僕らのものにした魏の支城……に入って休むことになる。
 短い時間でできることでもないけど……そう長くかかる作業でもない。ここで無理してつまづくよりよっぽど効率はいい……ってことぐらい、僕にもわかる。ア○ビリカルケーブルをやられれば、エヴァン○リオンは5分で内蔵電源が尽きて動かなくなってしまう。それと同じだ。
 あれ、3分だっけ? いやでも3分って短すぎるような……たしか劇場版で……9体を1匹20秒ずつって計算で……うっ、計算は苦手だな……。
412 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 21:59:48.22 ID:xmrrKX3z0
「明久、お前また変なこと考えてんだろ?」
「はっ!」
 おお、危ない危ない、顔に出てたか。
「ん〜……わかったのだ。でも、お兄ちゃん」
「ん?」
「殿(しんがり)は、鈴々がやりたいのだ。なんか……追撃を受けそうな気がするから」
 と、一応納得してくれたと思ったら、今度はそんなことを言い始めた。
「あ〜……敵さんは元々これが目的だったみたいなな感じあるからな……そりゃあるかもな」
「ていうかこの状況……僕らが袁紹の軍を撃退した時に似てない?」
「「「あ」」」
 声を上げたのは。愛紗、翠、秀吉、ムッツリーニの4人。思い出したらしい。
 あの時僕らは、逃げていく袁紹軍に追撃をかけて、結果的に完全勝利を収めた。敵にとって後退戦闘となる『追撃』という形を取るのは、それだけ有利なんだ。
 あの時と、今のこの状況が似てるのは……多分偶然じゃない。恐らくあいつら、兵糧不足を理由に退却しようとする僕らの背中を取るつもりだろう。それだと……超不利だ。
「うん、鈴々もそう思ったのだ」
「そっか……じゃあ雄二?」
「ああ、頼むとするか。鈴々、殿……任せんぞ?」
「気をつけてね!」
「うん! 大丈夫、どーんと、大船に乗った気でいるのだ!」
 あんまりない胸をそらす鈴々の姿は、不思議と頼もしさに満ちていた。
 微笑ましい光景にみんなの顔が一瞬緩んだけど、すぐにそれは引き締まる。これからするべきことをわかっているからだ。
「じゃあ愛紗、号令お願い」
「御意。――全隊整列! これより、わが軍は体勢を立て直すため、一旦退却する! 心を落ち着かせ、整然と隊列を組め!」
 愛紗の号令のもと、僕らは回れ右をして、ライフライン復旧のために一旦来た道を引き返すことにした。

413 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 22:00:26.16 ID:xmrrKX3z0
「あ、星、ちょっといいか?」
「? 何か御用か、坂本殿?」
「ああ、ちっとばかし頼まれてほしいんだが」
「何だ? ああ、言っておくが夜の相手なら他を当たってくれるとありがたい。私はこれでも主の……」
「全っ然違うから安心しろ。ちっと面倒ごとっつーか……まあ、連中にひと泡吹かせとこうと思ってな、手伝ってほしーんだわ」
「! ほう……それはまた面白い……」
「やられっぱなしは癪だし、転んでもただじゃあ起きねーって、連中に教えとかねーとな。あいつらの思い通りにはさせねえ」
「ふむ……して、その内容とは……?」
「ああ、まずは……」
414 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 22:01:14.67 ID:xmrrKX3z0
一方、それよりも遥か北東のある地点

 相互の陣営に、もう一方の存在を確信した……という内容の伝令が入ってから数刻、
 打ち合わせしたわけでもないのに、双方の将は全く同じことを考え、全く同じ行動を取り……そして、必然の邂逅を果たした。

「よぉ……久しぶりやな、華雄ちん」
「ああ、董卓軍の軍議以来か……張遼」

 張遼と華雄、互いの前には、かつて同じ君主のために骨身を削って戦った戦友の姿があった。皮肉にも……敵の将という形で。
 そしてもう一つ、
 張遼の方は立場の他に、華雄に対しどことなく何かが変わったような印象を受けていた。
(……ホンマに華雄ちん……やな……?)
「……奇妙な再会もあったものだな。同じ君主のもとで戦って死ぬはずだった我ら2人が、2人とも別の軍に所属し、その将となって再び会うとは」
「ま、しゃーないんちゃう? 勝敗は兵家の常……っちゅー言葉もあるわけやし。っていうか、ウチかて華雄ちんが自害もせんと大人しく降っとんのにはびっくりしたわ」
「ふ……違いない」
 世の移ろいを憂うかのように、華雄は小さく息を吐いた。
 その様子を見て、張遼が先程から抱いている妙な違和感は更に色濃いものとなった。
「それで、」
 と、おもむろに華雄は背負っている武器に手を伸ばす。
「ここに来た……ということは、私と刃を交えるつもりだと見ていいのだろうな?」
 そう言って武器を構え、華雄は張遼にとって見慣れた姿に戻る。敵を、得物をその目にとらえた獣のような、彼女特有の獰猛な笑みに。
 この顔を、張遼は何度も見てきた。無論、董卓軍時代に……だ。しかし……その顔すら、張遼には昔のそれとは違って見えた。
「せやな……華雄ちんがその後ろに控えとる補給部隊の連中を守るんやったら……そうするよりあらへんな」
 が……それを気にしているわけにもいかない。
 嫌々とはいえ、これは任務。張遼には文月軍壊滅作戦を成功に導くため、補給線を寸断する役目があるのだから。
 正直なところ、張遼には勝算はあった。
 知る限り、華雄は個人としての実力は高いものの、目の前の敵を粉砕することに全力を注ぐタイプだ。大局を見て戦略を練ったり、陣形を考えたりするのは苦手で、ましてや戦略的撤退など考えるはずもない……というのが、張遼の知る華雄である。
 軍を率いての戦闘ともなれば、それらの点において初めから有利……負ける要素はない。
 ……しかし、先程から張遼の胸中に渦巻いている違和感が、それを確信に変えない。
「やれやれ……華雄ちんが元同僚のよしみでそこどいてくれたら、そないなことせんですむんやけど?」
「ふん……つまらん冗談を言うようになったな張遼、貴様らしくもない」
「ははは、やっぱアカンか。せやけど……」
「?」
「……華雄ちんこそ、なんか変わったんとちゃう?」
 張遼の問いに、華雄は眉をひそめた。罠や挑発を警戒しつつ、返事を返す。
「どういう意味だ?」
「そのまんまや。よう言えんけど……なんか前と変わったよーな気ィすんねん。雰囲気っちゅーか何ちゅーか……はっきりせぇへんけどな」
 静かにそれを聞いていた華雄。しばらく無反応のままだったが……
「まあ、そうかもしれんな」
「へ?」
 予想外の返答に、張遼は思わず聞き返していた。自分で言っておいて何だが、またてっきり『何を言っている?』と鼻で笑われるとばかり思っていたのだ。
「なんや、自覚あったん?」
「まあな。あんな所に数カ月もいれば……それは変わりもするさ」
「……? 文月軍?」
「ああ。あそこに降ってからというもの……私は思い知らされたよ」
 そこで華雄は一拍置いて、

「……自分が……どれほど弱いかを……な」

415 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 22:02:11.98 ID:xmrrKX3z0
「…………!?」
 その一言で、張遼の『疑念』は確信へと変わった。
(今何言うた……? あの華雄ちんが自分のことを……『弱い』!?)
 猪突猛進、蛮勇と言ってもいいほどに過剰な前向きさで知られる華雄だ。大軍を相手に要塞も使わず真っ向勝負を挑み、かつそれでねじ伏せることを当然と考える彼女……その華雄が最も言いそうにないセリフを、今、張遼は華雄自身の口から聞いていた。
(誰が何言うても、自分が最強やて疑わへんかった華雄ちんが……『弱い』……ホンマに何があったんや?)
「意外か、私がこんなことを言うのは?」
「そらそうや。馬が2本足で立って歩いても今ほど驚かへん自信あるで」
「ひどい言われようだな」
 そう言うものの、華雄に特に気にした様子はない。予想の範疇だったのだろう。
「まあ否定はせんさ。以前の私は、目の前の餌を食らう獣同然の猪武者だったからな……。だが……今は違うぞ」
 瞬間、華雄の視線が一層の鋭さを帯び、張遼を更に驚かせた。
「今の私は……武で敵わん相手がいることも、己に知謀が足りんことも、時には退くべき戦いがあることも知っている。全て……文月に来て学んだことだ」
「――っ!」
「ゆえに私は研鑽をつむし、必要とあらば他者の手も借りるし、性分に合わなくとも守る戦いもしてみせる。私1人の下らん意地で、大局を見失うような馬鹿は二度とせん!」
 そこまで言って、華雄は得物を構え直した。同時に……そのまとう空気が武人のそれへと変わり、言の 葉も無しに張遼を威圧する。
「……無駄口はここまでだ。来るなら来い……張遼」
「……………………」
 すでに臨戦態勢の華雄に、張遼は反応できずにいた。
 一対一で勝つ自信がないから……ではない。この場での一騎打ちではなく、その後の展開に不安を覚えたからだ。
(アカン……ここで戦ったらアカン……!)
 戦いを武人の本分とし、相手が誰だろうが全力で斬り伏せる。……華雄の基本的な気の持ち方が変わったわけではない。ただ……もっと違う所で起こっていた華雄の『変化』は、より張遼に、魏にとって危険なものだった。
「……しゃーないな……」
 張遼はふっ……と小さく息を吐くと、今の今まで構えていた武器を……長刀をゆっくりとおろした。華雄が意外そうな表情をする。
「やめとくわ。ここは退いといたる」
「……臆したか?」
「ははっ、そのキッツイ言い方は変わらへんな。けどまあ、そーゆーことでええよ」
 悪びれる様子もなく言い放つ張遼。その様子を見て、何か企んでいるわけでもない……と察した華雄は、自分も構えを解き、武器をおろした。
「珍しいな? 戦闘狂の貴様がそんな返事をするとは」
「はは、ばれとったん? まあええけど」
 実際、それは当たっていた。
 一方的な蹂躙にも近い不本意な任務の中に、降って湧いた戦闘の機会。しかも相手は、かつての仲間とはいえ……更に腕を上げたと見える猛将・華雄だ。根本的に戦い好きな張遼が、それに心ひかれないはずはない。先程からずっと『戦いたい』という思いが、彼女の頭から離れなかった。
 しかし、その私欲のために自分の方こそ大局を見失うわけにはいかない。張遼はそう、自分に言い聞かせ、気持ちに区切りをつけていた。
「ほな、ウチは戻らしてもらうわ。妙(みょう)ちゃん……夏候淵と合流して、文月軍追撃の準備にかからなあかんし」
「やはりそのつもりか……。ならば、私は元通り護衛の任を続けるとしよう」
「そっか。ならウチと華雄ちんが戦うとしたら……追撃されとる本隊に華雄ちんが合流した時やな」
 嬉しそうに言う張遼に、華雄は苦笑した。それが嫌みか何かではなく、本音だと知っているからだ。こいつは相も変わらずの戦い好きだと、華雄はあらためて実感していた。
 と、ここで張遼は、
「せやな、どーせやったら……関羽と戦いたいけど」
「?」
 そんなことを言い出した。
「……私では不満だと?」
「ちゃうちゃう、華雄ちんもそりゃ強いやろけど……ウチは関羽と戦(や)りたいねん」
「……? 何か因縁でもあるのか?」
 華雄が知る限り、関羽……愛紗と張遼の間には、因縁どころか面識・接点すらないはずだった。
 虎牢関で何かがあったのか、それとも張遼の一方的な何かか……と華雄が考えていると、
「ん〜……そういうことちゃうねんけど……」
「『けど』……何だ?」
「……笑わへん?」
「笑うようなことでなければな」
 心もち、なぜか急に大人しくなった張遼に、違和感ありまくりの華雄だったその張遼は……胸の前で人差し指をつんつんとつつき合わせて、まるで普通の女の子が照れているような仕草を見せる。
(……似合わん……)
 不謹慎さを感じつつも、華雄はそう思ってしまった。
 さっぱりした性格の張遼には珍しく、かなり間を作ってもったいぶった後、
「……実はな」
「うむ」

「……惚れてもーてん、関羽に」

416 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 22:02:47.10 ID:xmrrKX3z0
………………………………
「…………………………は?」
 絶句。
 瞬間、華雄の目が点になった。
 それに気づかず、張遼は続ける。
「あんな、虎牢関でのことやねんけど、関羽が呂布ちんと戦ってるん見てな。そんで、戦ってる関羽、綺麗やな〜……って思ってきてな」
「い、いやお前、いつからそんな趣味……」
 少なくとも、董卓軍時代はなかったはず……と、華雄は記憶していた。
 その記憶を信じたかった。
「そしたら、なんかこうほわ〜……ってなってもーてな、関羽が黒髪をたなびかせて戦ってる姿見とるうちに、何や胸が熱なってきて、なんやこう……きゅんとしだしてな、もうなんか知らんうちにたまらんようになって……華雄ちん? 何、その目?」
 ここで張遼はようやく、華雄が三白眼になっていることに気付いた。
「張遼……お前……」
「ちょ、待って華雄ちん! 待って!? 誤解や誤解……あ、別に誤解ちゃうねんけど……ああ華雄ちん! 目ェそらさんといて! せめて視線ぐらいはウチから外さんといて!」
「…………………………」
 これ以上変わってしまった戦友を見るのがつらくなった華雄の目は、明後日の方向の空にフワフワと漂う雲を捕えていた。
「あかん、あかんて! 聞いて華雄ちん、そうやないねん! そないな不純な感情やのーて……」
「もう、いい」
「へ?」
 と、華雄は唐突に張遼に視線を戻し、口を開いた。
「もういい……わかっている、張遼……」
「華雄……ちん……?」
「私の知っているお前は……遠くに行ってしまったのだな……」
「だからちゃうゆーとるに!!」
(こいつは……きっと曹操軍で耐えがたい責め苦(どんな類のものかはこの際置いておいて)を受けたがゆえに精神が壊れて……くっ、曹操め! 今は敵とはいえ、かつての私の戦友をこのような残念……もとい無残な姿に……許さんぞ!!)
「何か全ッ然見当違いのこと考えとるやろ!? ちゃうで!? 別にウチ猛ちゃんから何も変なことされとらんし、精神崩壊して変な趣味になっても―たわけでもないで!? って誰が変な趣味やねん(ビシッ)!!」
「大丈夫だ張遼。立場は敵でも……私はお前の味方だからな……」
「じゃかぁしいわ!! やめんかいその今にも泣きそうな目ェを!」
 聖母のごとき慈愛に充ち溢れた瞳で見つめ返してくる華雄のまなざしは、張遼をさらに狼狽させ、さらに華雄のその後ろに控えている文月の兵士たちを……。
「オイお前ら! 文月軍兵士! 何泣いとんねん!? オイ!」
「泣くなお前達! 張遼に……申し訳な……っ!!」
「コラァ華雄ちん! お前まで泣いたらホンマに怒るで!? てかむしろウチが泣くで!?」

 結局この脱線も甚だしい言い合いは、見るに見かねた張遼の部下が仲裁に入り、そこで区切って2人がわかれてそれぞれの陣に戻るまで続いた。

417 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 22:03:34.72 ID:xmrrKX3z0
「はぁー……戦ってもあらへんのに、えっらい疲れてもーたわ……」
「ご……ご苦労様です、張遼将軍。して……これからいかがなさいますか?」
「ん〜……華雄ちんが運んどった量を考えると……これ以降の補給部隊は大分先やな。追っかけてもしゃーないやろ。妙ちゃんの軍と合流して、文月軍の追撃に加勢するで!」
「はっ!」

                        ☆

「皆の者ォ! 今我らは、曹操の非道さを……そしてかつては誇り高き武将であったあの者の……張遼の変わり果てた姿を垣間見た! その姿……しかと目に焼き付けたかぁ!?」
「「「応っ!!」」」
「ならば……っ……、それを生涯忘れるな! そして今この時、改めて、その胸に我らが背負う大命を刻み込め!」
「「「応っっ!!」」」
「曹操を許すな! 将を自らの玩具として扱うような非道の女に、我々は断じて負けるわけにはいかん!! そして、奴を憐れむその涙は……戦勝のうれし涙にとっておけ!!」
「「「ぉ……応っっっ!!」」」
「これより、補給部隊の護衛と並行して、作戦を第2段階に移行する!! 全ては文月の勝利のために! そして曹魏を打倒し……その暴挙に苦しむ全ての者を救うために!! 者共、我が旗に続けえぇ―――っ!!」
「「「オオオオォォォォ――――――ッ!!」」」

 勘違いで士気をMAXまで上げた華雄隊は、勘違いで設定した崇高な目標に向かって、破竹の勢いで歩を進めていた。

418 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 22:04:06.91 ID:xmrrKX3z0
その頃、文月軍本隊本陣
「さて……と、そろそろ敵さんが追撃に踏み切る頃かもな」
「あ、やっぱりそう思う?」
 雄二の嫌な予想に、思わず僕の声のトーンが下がる。
 ムッツリーニの斥候が戻らないと確定には至らないけど……そう予想しとくべきなんだろうな。何せ、補給部隊を襲撃するってことは即、僕らが撤退するってことだし、そうなれば向こうはそれに応じた作戦を立ててくるだろう。
 まあ、追撃戦って楽っていうか、すごい有利だもんな……逆の立場だったら、僕だって100%そうするし。
「安心しろとは言わんが……そのための策だ。気弱になるな」
 と、雄二。
「雄二、ホントよくそういう策思いつくよね」
「はは、まあな」
 コイツがさっき発案した『策』、またタチが悪いっていうか、転んでもただじゃ起きないっていうか……。
 さっきその旨をみんなに伝えたときは、ほとんどが唖然として口をあんぐり開けていた。その後、案の定というか、『そういうやり方は……』とか愛紗から反論が来たけど、ついさっきどうにか説得したとこだ。
「作戦としては良質なのでしょうが……やはりあまりいい気はしませんね……」
「気持ちはわかるが、今は手段を選べる状況でもないんだ。悪いがわかってくれ」
「……承知した」
 ……というか……まだ理解しきってはいないようだ。
 とはいえ、実行係の星だってもう出発しちゃったし、殿の鈴々の安全を確保する意味でも、この作戦は有用だ。ここは愛紗に折れてもらわないと。
「ここは鈴々ちゃんのためにも、ね? 愛紗ちゃん」
「むぅ……」
 紫苑も説得に加わって、ようやく愛紗は静かになった。
 さて……と……
「じゃ、そろそろ始めっか。愛紗、翠、紫苑、頼むわ」
「よろしくね」
「御意!」
「あいよっ!」
「御意ですわ」
 というわけで。意見もまとまったところで、雄二が考えた作戦を実行する時が来た。
 安全に撤退し、なおかつ敵に一泡吹かせる作戦を……だ。
「補給部隊の襲撃なんて狡(こす)い真似しやがって……そう何でもかんでも思い通りに行くと思うなよ……」
 雄二の獰猛な笑みは、軍師としてのものでも、武将としてのものでもなく、単に仕返しに燃える男子高校生のそれだった。

419 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 22:05:12.35 ID:xmrrKX3z0
曹魏編
第67話 殿と策とラブコール

「うぃーす……おつかれ、妙ちゃん」
「ああ、霞も、ご苦労だったな」
 文月軍の退却を確認し、小休止の後に追撃のために出撃した夏候淵の軍隊。その総大将であり、副官の季衣と共に軍を率いてここにいいる夏候淵は、補給線を襲撃する別動隊として別行動をとっていた張遼の部隊と合流し、その指揮官である張遼を迎えていた。
「報告は聞いている。思わぬ伏兵がいたらしいな」
「ん……ごめんな。補給線、完全には寸断でけへんかったわ」
「も〜……華雄なんかぶっ飛ばしちゃえばよかったじゃないか! ただの猪武者なんでしょ?」
 と、やや不満そうな許諸であるが、夏候淵の対応はやんわりとしたものだった。
「霞が交戦を断念するほどの事態だ。それなりの事情があったのだろう」
「ん〜……まあ……何となくやけどね」
 どっちつかず、ふわふわとしてはっきりしない張遼の答え。それにも、夏候淵は特に言及することはしない。
「では疲れている所悪いが……追撃に加わってくれ。こちらで編成した部隊を率いてもらう」
「あいよ。……元ちゃんは?」
「中曲、後曲の部隊への指示を出している。我々が攻勢に回れば、離脱・再合流して横撃をかける手はずだ」
「なるほどな……ほな、ウチらは先鋒か」
「ああ」
 夏候惇が部隊の編成と移動を終えるまでの間は、張遼と許諸、それに夏候淵が指揮をとり、文月軍の後曲を攻める作戦だ。その間に夏候惇は移動して横腹を突く。
 単純だが、追撃をかけられ、後退戦闘になって崩れている敵軍を叩くにはうってつけの手といえる。
「ふぃ〜……やっと関羽と戦えるなぁ〜♪ 関羽可愛いから楽しみやなぁ〜♪」
「? 何だ、その趣味は無いのではなかったのか?」
「ん〜……ないんやけどな、虎牢関で関羽が呂布ちんと戦ってるとこみてから、そう言う趣味が出来てもうたみたいやねん。関羽限定で」
「ふ……おかしな奴だ」
 そう言いつつも、夏候淵は特に怪訝になったりはしなかった。
 気持ちは分からなくもないし……自分がその姉・夏候惇や、君主・曹操にそう言った思慕の感情を同様に抱いているからだ。むしろ、少し身近に感じていたりもした。
 ……その気持ちがわからない華雄には、張遼は先程精神異常者扱いをされていたのだが。
「ま、そのへんはええわ。それより、そろそろ文月軍の後曲が見えてくるんとちゃう……って、何や? 騒がしいな?」
 と、ここで張遼は、同時に許諸、夏候淵も気付いた。どうも、最前列が騒がしい。何か……見つけたのだろうか?
「お、もしかして後曲発見やろか?」
「……それにしては何か、動揺、と言った感じだが……」
 懸念を織り交ぜた夏候淵のセリフ。
 ……と、次の瞬間、
「……っ! そういうことか……」
「おぉぁ……マジかい……」
「あ―――――――っ!!」
 三者三様のリアクションが驚愕を現す。
 懸念は……現実になっていた。

「あーあ……やっと来たか、待ちくたびれたのだ」

「お、お前ぇ〜っ!」
「張飛……か……」
 敵意をむき出しにうなり声を上げる許諸の隣で、夏候淵は静かにその前に立つ少女を見ていた。
直接会うのは、反董卓連合軍の陣地以来。しかし、その背格好や長い武器、口調や、虎の髪飾りは、その人物がだれか特定するのに十分すぎる要素だ。
 燕人(えんひと)・張飛……文月軍でも最古参の武将の一人。殿を務めている……という予想を立てるのは難しくなかった。
 ……ところで、そのどちらとも違うリアクションを見せている人物が一人。
「えぇ〜!? 殿は関羽や思たのに〜、何で張飛やねん!?」
 張遼の口から飛び出したのは、そんなセリフだった。
「にゃ、失礼なのだ! 鈴々だって強いのだ!」
「いやそれは知っとるって。でも……関羽がよかったんやもん」
 駄々っ子のように理論度外視で意見を譲らない張遼。そのあまりに精神的に幼い態度に、
「にゃ……なんていうか……ごめんなのだ」
 鈴々は反射的に(?)謝っていた。
「あ、いや、別に謝らんでもええけど……」
「ちょっと霞! 霞がやらないんならボクがやるよ!」
 と、割り込んでくる許諸の声。まだろくすっぽ言葉もかわしていないというのに、すでに武器の鉄球を取り出して、臨戦態勢だ。
 ……が、元より『この2人』の間にそんなものは不要らしく、
「ふ〜ん、別にいいけど……お前じゃ相手にならないのだ、ザコぺったんこ」
「……っ! ぺったんこっていうなこのまな板!」
 ……この有り様。
「もう許さないからなーっ! おおりゃぁ――っ!!」

 ビュオッ!

 許諸の投擲で空を切って飛ぶ鉄球は、一直線に鈴々へと向かっていく。
 ……が、

「全く……そのセリフもう10回くらい聞いたのだ。よっ……と」
420 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 22:05:52.96 ID:xmrrKX3z0
ひらり

「あっ、よけ……」
 と、許諸が言うより前に、
「うりゃあ――っ!!」

 ズドッ!!

「うわぁっ!?」
 目にもとまらぬ速さで閃いた、張飛の蛇矛。その柄の部分による強烈な打撃を受け、許諸の体が数メートル吹き飛んだ。
 宙を舞い、地面に落下して鈍い音を立てる。
「季衣!」
 その光景に肝を冷やした夏候淵と張遼が、そのもとへ駆け寄る。
「うぅ…………また負けた……がくっ」
無事ではないようだが……どうやら話せるくらいの元気はありそうだ(『がくっ』とか口で言ってるうちは)。と、張遼も夏候淵も同時にそう読み取った。
 ……恐らくは、張飛の手加減によるものだろうが、とも。
 その夏候淵達の背後で、兵達がざわつき始めたのを、張遼は聞きとった。

「お、おい……許諸将軍が……」
「あ、ああ……まずくないか?」
「だ、大丈夫だろ。まだ夏候淵様と張遼様がいるし……」

(……ちょっとまずいんちゃうか……コレ……)
 今の一騎打ちのせいで、兵の士気が揺らいでいる。
 無理もない。許諸が、自分達が命を預ける将の一人が、目の前で易々と、一撃で倒されてしまったのだから。
 このまま士気を下げられるのは、今後のことを考えると好ましくない。
「へへ〜ん……次は夏候淵お姉ちゃんか?」
 と、余裕の鈴々。
「燕人・張飛の相手が私に務まるとは思わんが……華琳様のためにも、しくじるわけにはいかんな……」
 そう言うと同時に夏候淵は目を細め、背中に背負う弓へと手を伸ばした。
「ん〜……大人しく逃がしてはくれないってこと? 鈴々、無駄な戦いはしたくないんだけど……」
「現状では……無理な相談だな」
「それはそっちの都合やな。ま、ウチらにはウチらの都合があるし……その相談、悪いけど乗れへんな」
「ああ……霞が自らの信念を曲げてまで成功させてくれた策だ、無にはできん」
「せやせや、おまけにそのせいで、昔の戦友(ダチ)にいらん誤解までされてもーてんやで、こっちは!」
「……? 最後のどういう意味?」
 至極当然の疑問。鈴々の頭に「?」の文字が浮かぶ。
 脱線を予測した夏候淵が先手を打って話題を元に戻す。
「……ともかく、燕人張飛が相手となれば……卑怯などとも言っていられん。霞」
「2対1? なんや、また嫌なやり方やな……」
 またしても、自分の心情を捻じ曲げねばならないのか……と張遼がため息をつく。
「気持ちはわかるが……こやつの実力は本物だ。気が立っていたとはいえ、許諸は雑魚ではない。それを一撃で倒すだけの腕……用心はしておくべきだ。それに……」
「わかっとるって……このガキ、半端ない威圧感や」
 2人とも、それを肌で感じていた。
 目の前に立つ小さな少女は、その体躯に似合わぬ威圧感を放っている。これはすなわち……この娘がその覇気に見合っただけの実力を持つ猛者であるということだ。おそらく、彼女たちに限らず、例え一平卒 であっても、それを感じ取れるほどの。
「2人で一緒に来る? いいよ、まとめてやってあげる。でも……」
 と、そこで鈴々が何やら手を上げて、合図を出すような仕草をする。
「手加減しないし……その後に残った兵たちは雑魚だから、鈴々隊が一網打尽にしちゃうのだ」
 直後、
「……っ! 伏兵か!」
 土煙でよく見えなかったが、鈴々の背後に、直属部隊と思しき大部隊が大挙して陣を構えているのが見て取れた。
「子供のくせに……よー頭ぁ回るやないかい、張飛」
「へへへ、そんなに褒められると照れちゃうのだ」
 殿を務める猛将、その背後に控える伏兵部隊。どちらも、好ましくない状況を形作っていることは確かだ。
 が……それでも夏候淵と張遼は、戦意を失ってはいなかった。
「霞……それでも我々は退くわけには……」
「しゃあないな……あんまし気ィが進まんけど、最悪2対1でなら……」
「ん〜……まだ戦うの? そろそろ方向転換した方がいいと思うけど……」
「アホ、そないなこと言ってると……」
 と、その時、

「も、申し上げます!」
421 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 22:06:33.97 ID:xmrrKX3z0
突如としてその場に一人の伝令兵が現れた。突然の出来事に、その場にいた全員の視線が集中する。
「何やいきなり?」
「はっ、もうしわけありません! ですがその……緊急事態です!」
「……何だ?」
 と、夏候惇が怪訝な顔になる。いい予感はしない。
「はっ! 報告事項は2つ! 1つ目は……城から、我ら本軍へと補給物資を運んでいた部隊が、突如として敵の伏兵の襲撃を受けて壊滅しました!」
「「「!?」」」
 張遼、夏候淵、そして未だ動けない許諸の全員が、その予想もしなかった凶報に目を見開いた。
「補給部隊を襲撃……!? まさか、まだ伏兵がいたんか?」
「はっ! 報告によると、旗には『趙』の文字があったとのことです!」
「趙雲……か? まさか……こんな策を……」
「なんや、ウチらがやったことそのままやり返されてもーたんか」
 驚きの中で、2人はようやく声を絞り出した。
 完全に誤算だった。固まって後退していると思っていた文月軍は、その途中で見つからないように趙雲隊を離脱させ、補給部隊襲撃の伏兵として待機させていたのだ。そう……自分達の作戦と全く同様に。
 すぐに文月に追いついて攻撃に移るために、持っていく物資を必要最小限にし、後から補給部隊に運ばせる手はずにしたのがあだになったようだ。結果的に、敵伏兵に絶好の標的を作ってしまった。
 まあ、出陣してそう立っていないし、まだ兵糧は保つのだが……問題はその後だ。
「んで、もう一つは?」
「はっ! その趙雲の部隊、そして本隊に合流したと思われていた華雄の部隊が、わが軍後方で部隊を展開し、左右両翼後方から全速力でわが軍に向かってきます!」
「……っ! やはり……か」
 夏候淵の、そして張遼の嫌な予感は当たった。
 補給部隊を狙ったということは……つまり、背後を取られたということだ。
 当然、そこから魏軍本隊を攻撃しようとすれば……鈴々の伏兵達と、下手をすれば引き返してきた文月軍本隊と挟み撃ちになる。
 となれば……後退戦闘で有利になると思われていた魏軍の戦局は一気に不利になる。兵力差を考えれば、負ける……とも思えないが、勝てる確証は粉々に砕け散った。このままやればこの戦い……どちらが勝つかは博打(ばくち)に等しい。
 曹操への忠義のためとはいえ……これはまずい。
「妙ちゃん……こらアカンわ。季衣ちんが負けてもーて士気下がり気味やのに、補給部隊までやられてもーて、挙句後ろから2つも伏兵が来て挟み撃ちや。士気ガタ落ちやで」
「それにこの状況……張飛と戦えるのは私達しかいないだろうが……ここで我らのどちらか一方でも死んだり、まして負けでもすれば……」
「ああ、軍全体がメチャクチャや。こら退くしかないな」
「……文月を一時的に後退させただけでも、よしとするしかない……か」
 双方の意見は一致した。
 分の悪い賭けはできない。兵数で勝っていても、自分達将を欠けば軍は崩壊する。それを考えれば……ここで張遼と夏候淵が動くわけにはいかないのだ。
「へへへ……ここから一直線に西に抜ければ、包囲が完成する前に抜けられるよ? 鈴々達も、別に追っかけたりしないから、安心するといいのだ」
「へっ……最初からウチら追い返すつもりやったんかい」
 にやにやと笑う鈴々に対して、悔しそうに言う夏候惇と張遼。
 おそらく、その情報は本当だろう。今言った通りに軍を動かせば、本隊、伏兵、どれともぶつからずに戦場を脱し、帝都・許昌に帰還できる。……文月軍の思惑通りに。
「ふ……敵ながら上手い策だ……。兵数で勝てるかどうかわからないとなれば、敵の士気をそぐことを考えるとは」
「せやな。しかし……案外エグイ策考えるなあ、お前んとこの孔明も」
「にゃ、朱里じゃないよ? コレ考えたの」
「「何?」」
 と、予想外の返答に、魏軍将軍二人の声が重なった。
 文月軍に軍師が他にいるという噂は聞かないし、無論、詠……貫駆の存在が漏えいしているということもない。
 となれば、誰が、ということになるが……?
422 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 22:07:25.15 ID:xmrrKX3z0
「考えたのは雄二お兄ちゃんなのだ」
「……! 坂本雄二……」
「『天導衆』か? こらおったまげたわ……そないなこと思いつく奴がおったんか」
「へへへ……すごいでしょ? 雄二お兄ちゃんは時々、朱里より頭が回るのだ」
「へー……そうかい。ってコレ、ウチらにとって凶報でしかないけどな」
 何せ、『伏龍』と名高い諸葛亮孔明の他に、これほどの策を思いつく知将がいるということが分かったのだ。しかも……諸葛亮が使いそうにない類の策を思いつくそれが。
「しゃあない、軍退くで、妙ちゃん」
「それでいいの? 体勢を整えたら、鈴々達はまた来るよ?」
「構わん。ならば次は更なる大軍で迎え撃つのみだ」
「そーゆーこっちゃ。ま、ここはお前の豪勇と、その坂本の知謀に免じて退いたろ。けど……次に戦場で会った時は容赦せぇへんで」
 そう言って、張遼、夏候淵の両名はその場を後に……
 ……しようとして、張遼は立ち止って振り向いた。
「あ、せや。張飛、関羽に張遼がよろしく言ってた……って言っといて」
 すると、
「え、いいよ? ……あ、そういえば、愛紗から張遼お姉ちゃんに伝言預かってたのだ」
「へ?」
 ここで予想外のセリフが出た。面識もないはずの関羽が、張遼に対して言葉を預けたというのである。
 恐らく、伝令か何かを通して華雄が報告したのだろうが……張遼はその中身にいたく興味があった。何せ敵とはいえ、思いを寄せる相手からの伝言である。
 こころもち前のめりになり、鈴々に尋ねる。
「何? 何て言ってたん?」
「んとね……華雄の報告聞いて……」
「うんうん」
「張遼お姉ちゃんが愛紗のこと好きだって言ってた……って聞いて……」
「うんうん」
「『気色悪いことをほざくなこのたわけが!!』……って」
「………………………………あぁ……そう……」
 張遼の士気が9割方そがれ、その身に暗い闇がのしかかった。
「…………霞、退くぞ」
「わかっとるわ! くっ……めげへんで……っ!!」
 どことなく寂しい背中を鈴々に見せながら、張遼と夏候淵は退却していった。
「全軍後退! その後西に進路を変え、迂回して許昌に帰還する!」

423 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 22:08:20.92 ID:xmrrKX3z0
その数時間後・文月軍本陣

「…………明久、報告」
「なに、ムッツリーニ」
 と、ノートパソコンを小脇に抱えたムッツリーニが僕の隣に来た。斥候が帰って来たのかな? だとしたら、その内容も予想がつくもんだけど……。
「…………鈴々の部隊が戻ってくるのを確信した。あと2時間もすればここに着く」
「そうか、では鈴々は無事か!」
 と、愛紗。何だかんだ言って、しっかり心配しちゃってるのがこの人だ。
「…………(コクッ)」
「ひとまずは安心……ということですわね」
「そうじゃな。してムッツリーニよ、華雄と星は?」
「…………遅れてだけど、ついてきてる。到着は3時間半後くらい」
「さんじか……?」
 と、僕らの時代の単位での時間区分がわからない翠が頭をひねってる。
「…………2刻よりすこしかからないくらい」
「ああ、そう言ってもらえるとわかりやすいや」
「それはそれとして……だ。その3人が戻り次第、軍議に移らないとな」
 言いながら雄二が歩いて来た。どうやら自分の策がうまくはまったことに満足しているらしい。ブサイクな顔でうっすら笑ってやがる。
「しっかし、やられたな……。少しとはいえ、後退することになっちまった」
「だね。再出撃の準備が整うまで、どのくらいかかりそうかな、朱里?」
「あ、はい。そうですね……だいたい……」
 と、朱里が何か言おうとしたその時、

 ピリリリリリリ!

「「「ん?」」」
 今のって……雄二の携帯の着信音?
 どうやらそうらしく、見ると雄二がポケットから携帯を取り出すところだった。
「(ピッ)あーもしもし翔子か、どうした? 何か用か(ピッ)」
 ……って早っ! 電話出てから切るまで早っ! 今の数秒の間に何が!?
「雄二? 今の……霧島さん?」
「何だったのじゃ?」
「『用事がなくちゃ電話しちゃいけないの?』だそーだ、あのバカ」
 むすっと雄二が一言。なんだ、ラブコールか。
 一同、ため息。
 霧島さん……しばらく会えていないからとはいえ、こう言う時にされるとなあ。
 まあ、気持ちは分からなくもないよ。僕だって姫路さんに会えなくてこのところ……

 ピリリリリリリ!

 ―――と、再度雄二の携帯。
「(ピッ)用事はあるんだろうな?」
 出て開口一番それか。さっきの件があるとはいえ、全く無愛想な奴だな……。
 と、どうやら霧島さんは本当に用事があってかけてきたのか、雄二は切らずに話を聞いていた。最初のアレは冗談だったみたいだ。
 次第に、むすっとした顔だった雄二の表情が真面目なものに変わっていく。……どうやらまじめな話らしい。一定間隔で相槌を討ちながら、霧島さんの話を聞いている……と、
「明久」
「え、何?」
 不意打ちだったから素っ頓狂な声が出てしまう。僕に関係あること?
「翔子から連絡だ。まあ、吉報と言えば吉報だが……ちょっとややこしいな、みんなも一緒に聞いてくれ」
 どうやら全員に聞かせるべき事柄らしい。本陣全体に聞こえるように雄二は声を張った。
「? いかがなされた、坂本殿」
「翔子さん……ということは、本城から連絡ですか?」
 愛紗と朱里に続き、紫苑、翠もすぐに集まった。それを確認して、雄二は一言。
「これから再出撃に向けて準備する所だが……それと並行して対処しなきゃならん事項が出来た」
「? なんか問題でも出てきたのか?」
 と翠。
 問題って……戦いの方は今、あまりいい形で、とは言えないけどひと段落した所だし……。幽州の方となると……内政とかで何かあったのかな? ここにいる僕らにまで報告しなきゃいけないことなの?
 すると雄二は、
「いや、問題とは違うんだが……ややこしいって意味ではそうかもな。一応吉報なんだが、朱里や紫苑に活躍してもらうことになりそうだ」
「あら、私達に?」
「何か……あったんですか?」
「ああ、実はな……」
 そして雄二は、そこで一拍置いて、

「本城の方に、呉から使者が来たらしいんだ。同盟結びたいってよ」

 ……………………
「「「え!?」」」

 一同、声がそろって……そして、唖然。
 …………マジで!?
424 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 22:09:01.50 ID:xmrrKX3z0
曹魏編
第68話 使者と軍議とルームシアター
 バカテスト 国語
 問題
  次の意味を持つことわざを、『目』という漢字を使って答えなさい。

 意味:子供などを非常に可愛がり、愛していること。


  姫路瑞希の答え
  『目の中に入れても痛くない』

  教師のコメント
  正解です。ことわざの中でも、ちょっと変わったたとえですよね。



  吉井明久の答え
  『目に指を突き立てる』

  教師のコメント
  それは絶対に愛情表現ではない気がするのですが……何をどう間違えたのでしょうか?



  坂本雄二の答え
  『目に指を突き立てる』

  教師のコメント
  一体今Fクラスで何が起こっているのか非常に気になります。
425 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 22:10:07.22 ID:xmrrKX3z0
時は少しさかのぼって、数日前。
 呉領・周瑜邸

「ふぅ……夜風が気持ちいいわね……」
「はい!」
「そうですね〜……」
 その家の庭で、3人の女性が夜風を浴びて涼んでいた。
 一人は……周瑜。呉軍の筆頭軍師。メガネと褐色の肌がトレードマークの『美周郎』。
そして後の2人は……
「さて……大喬(だいきょう)、小喬(しょうきょう)、いいかしら?」
「はい! 冥琳様!」
「お話って……何ですか?」
 まだ小さな、双子とみられる2人の少女……大喬(だいきょう)・小喬(しょうきょう)と呼ばれた2人は返事を返した。
「頼みたいことがあるの。いいかしら?」
「あ、はい……」
「何でしょうか?」
「あなた達2人に、同盟の使者になってほしいのよ」
「同盟? 呉は、どこかの国と同盟を組むんですか?」
 と、今聞き返したのは小喬。
「ええ。蓮華様は、文月との同盟を考えておいでよ」
「はあ……それで、私達は何をすればいいんですか……?」
 今のは、大喬。
「あなた達に頼みたいことは2つ……1つは、呉の使者として文月に行き、同盟を締結させること。呉の今後を左右する重要な役割よ」
「……もう……1つは……?」
「文月軍の懐柔よ。あの成長速度……いずれ呉に及ぼす影響が、いいものだとは思えないわ」
「懐柔って!? いやあの……そんな国ひとつを私達がどうにかできるとは思えないんですけど……」
「あら、手順は簡単よ? あなたたちならできるわ」
「どうやって……ですか?」
「どんなに組織そのものが強大であれ、頭を押さえれば掌握はたやすいわ。……文月を統べる王が誰だか……知っているわね?」
「『天導衆』の筆頭ですから……吉井明久ですね」
「そう……。そして奴は……男よ」
「「!」」
 ここで2人は、その内容を察したらしい。
 周瑜はそこで短く、ふっ……と笑って、答えた。

「ええ、もう一つの任務は……吉井明久を籠絡することよ。あなた達の身体(カラダ)に溺れさせて、虜にしてしまいなさい。奴さえ言いなりになれば……文月そのものが呉に降ったも同然よ」

 ……この会話が交わされたのが、文月軍の退却より数日前のことである。
426 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 22:10:55.38 ID:xmrrKX3z0
魏領・ある支城
 文月軍本隊駐留地点

「これをこうして……ん? これどこだっけ……ムッツリーニ!」
「…………何?」
「ここの配線がわかんないんだけど?」
 と、玉座の間で何をやってるのかというと。
 苦渋の選択となった一時撤退から数日。以前に攻め落としたこの支城にひとまず入城した僕らは、補給などの到着を待って体勢を立て直すことにした。
 その少し前……まあ、前話のラストなんだけど。
 僕らの本拠地……幽州の方に、同盟を結びたい……って、呉からの使者が到着したらしい。そう、霧島さんから雄二に連絡が入った。
 まー、正直びっくりした。タイミングがタイミングだったし。
「まあでも、朱里も言ってたっけ。呉にも僕らにも、魏と戦うしか選択肢はない……って」
「…………同盟まで組むことになるとは思わなかったけど」
 隣でテキパキと配線をやってくれているムッツリーニもそう言う。
 ところで、何をやっているのかというと。
 当然まあ……一応『太守』……平たく言えば王様っていう立場にいる僕が直々にその使者に会わなきゃいけないんだけど……いかんせん数十〜数百kmも離れた場所にいるわけで。かと言って、そのためにわざわざ帰るわけにもいかないし。
 そこでムッツリーニの出番である。
 この男のノートパソコンに何やら手を加えて、本城の方にあらかじめセットしておいた……何だっけ? なんとかっていう機械に……その……。
「…………できた」
「うお、早い!」
 と、思い出す前にムッツリーニが装置を完成させてくれた。
「おーい、そっちの準備はいいか? もうみんな集めるぞ?」
 と、言いながら雄二が玉座の間に入って来た。
「うん、今出来たとこ。ムッツリーニ、始められる?」
「…………みんなが集まる間に、セットアップをすませる。始めろ」
「そうか。んじゃ、集めてくるわ」

                       ☆

 さて、その十数分後。
 玉座の間にはおなじみの軍議セット(つっても机とイスだけだけど)がそろえられ、愛紗ら将軍一同が集合。

   愛 鈴 翠 星
 朱□□□□□□□□□□ 
 僕□      ■   入り口→
 雄□□□□□□□□□□ 
   ム 秀 紫 華 
427 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 22:11:39.69 ID:xmrrKX3z0
コレを形作る。
 そして、部屋の中央……いつもメンバー以外の発言する人物が立つ、裁判所の証言台みたいなポジション■には、一つの机と、ムッツリーニが持参したある機械が、そしてそのすぐ前に、大きく広げられた大きな布(白)が、スクリーンのような形で置かれた。
 ここで、もう一度僕らがやることを確認する。
 僕らは、これからの魏との戦いを前に、非常に魅力的かつ不安要素を含む『呉との同盟』について、使者と会うことによって話さなければならないのである。無論、僕直々に。
 しかし、ご存じの通り僕は魏領の支城、霧島さん達残りメンバー&使者の方は、僕らの本拠地である幽州にいる。そんなことできないので……こう言う手段を取った。
「あの……ご主人様? これは一体……」
「軍議じゃないの? お兄ちゃん」
 目の前に整えられた見たこともない道具一式を見て、当然の感想をこぼす愛紗と鈴々。それは、口を開かない他のメンバーも同様のようだ。初めて電子ゲーム機を見た田舎のわんぱくっ子みたいな、きょとんとした『何コレ?』な目。
 まあ、すぐにわかるよ。
「この前言ったろ? 呉から本城に、同盟の使者が来たって」
「それが何か?」
「本城に残してきた連中……白蓮や翔子、姫路は信頼が置ける奴だが……いくらなんでもアイツらに同盟締結の是非を一存で決めさせるには、ちと荷が重てーだろ?」
「そうでしょうな。こういった事柄は本来、我々軍部の将官や、政治高官も交えた大会議の場で話し合うべきこと……」
 と星。それに翠が反論。
「でもよー、今から戻るわけにもいかないだろ? せっかく完全退却せずに済んだんだから……今更、一路後退、とか無しだぜ?」
「そうね……けど、手紙でやりとりするには……時間がかかりすぎるんじゃないかしら?」
「はい。何より……締結させるという返事をすれば、後日、ご主人様が直々に孫権さんに会って話をすることになるでしょう。それも考えると……かなり時間がかかりますね」
「…………仮にそうだとして、どのくらい?」
「……両国間の情報のやり取りがまず骨です。全面的に同盟を結ぶとして、順調に行って……1か月と少しくらいは……」
「そんなに間を開けたら、撤退したのと変わりないのだ!」
「そうだな……だから、ここで会うことにした」
 と、唐突に雄二が言ったその一言に、『天導衆』メンバー以外の全員の視線が集中。
「ここで会う……とは?」
「坂本殿、それは……孫呉の使者をこの支城に呼び寄せる……ということか?」
 と聞く華雄に、雄二は指を振って、
「いや、違う。それじゃどっちみち時間がかかりすぎるだろ」
「じゃあ、どうすんだよ?」
「それは……まあ、やって見せた方が早えーな。ムッツリーニ!」
「…………了解」
 呟くように言ったムッツリーニは、中央の机の上の機械に歩み寄り……電源を入れた。
 ウイィ……ン……という精密機械独特の音が鳴り、パソコンにつながれた機械が作動を始め……その機械の正面についているレンズ部分から、広げられた白い布に向かってまばゆい光が照射される。
 その様子を、みんな食い入るように見つめている、
「ご主人様……これは?」
「ん? だから会うんだよ。これから、みんなと」
「はぃ?」
 今の僕の答えで納得したはずがない愛紗が、更に何か言おうとしたその時、
 座席に戻って、機械につながれたノートパソコンをいじっていたムッツリーニが呟いた。
「…………出る」

 その瞬間、

 パッ

『はぁ〜い♪ ご主人様、元気ィ〜?』
428 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 22:12:21.84 ID:xmrrKX3z0
 ……褐色の筋肉ダルマの映像が、スクリーンとして設営された布にでかでかと投影された。

 ずこぉっ!!

 せーのでずっこける天導衆4人。
 ……いや、
「「「何でお前なんだよっ!!」」」
 スクリーン全体を埋めつくしている貂蝉……結構本気で存在を忘れかけてた……に対して、僕ら全員の心の叫びがそろった。
 何でつながって一番に飛び込んでくる映像がお前の裸体なんだ! 霧島さんとか、姫路さんとかと再会できると思ってつのっていた僕のわくわくが消し飛んじゃったじゃないか! 返せこの妖怪!
 というかそもそも、何で一般人のコイツが本城の玉座の間に……なんて疑問を口にしようとしたその時、

『貂蝉さん、ちょっとごめんね……っと。はぁ〜い、吉井君、坂本君♪ 見える?』

 と、貂蝉を押しのけて、横から工藤さんが顔を出した、スクリーンに、彼女の活発そうな笑顔が移り、ほっと一安心させてくれる。
 よかった……あんな怪物が出てくるもんだから、てっきりどこかで混戦して呪いのビデオ的な映像が映し出されたのかと……。アレはある意味貞子より怖いけど。
「…………成功」
「ああ、見えてるし聞こえてるぞ、工藤。そっちはどうだ?」
『ばっちりだよ。うんうん、そこで脱力してる吉井君もよーく見えてるよ? あれ、なんか凛々しくなったんじゃない?』
「え、そ、そう?」
 そんな感じの軽口、うん、間違いなく工藤さんだ。と、その隣から
『……雄二、久しぶり』
 と、霧島さん。続いて、
『あ、アキだ』
『ほ、本当ですっ! 明久君が見えますっ!』
 美波、姫路さんもスクリーンに移る。おお、天導衆勢ぞろいだ。やったね。
 ……と、ここで、

「ごっ……ごごごごごご主人様!? これは一体何ですか!?」
「にゃ〜……美波お姉ちゃん達が見えるのだ……」
「これはまた……奇っ怪な……」
「お……おおおい、何だこれ? 幻か? 妖術か? 神通力か!?」
「あらあらあら〜……不思議ね……本当に美波ちゃんたちなのかしら?」
「はわわわ……でも、美波さん達は幽州にいるはずじゃ……」
「何だ一体!? 何が起こっているのだ!?」
429 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 22:13:09.43 ID:xmrrKX3z0
愛紗から華雄まで、このリアクションだ。まあ、無理もない。この時代にはテレビ電話もシアターセットもないんだから。
 まあ早い話が、本国にいる使者に直接会うのは無理だから、こうしてムッツリーニのアイテムをフル活用して、超大型テレビ電話システムを作り上げた、というわけだ。
 シアターセットを画面の代わりにし、カメラとマイクには、携帯電話に内蔵されているものを使用。それをパソコンやら何やらにつないで、本国にもう一台あるペアのそれを……って、こういうののセッティングは全部、ムッツリーニと工藤さんがやってくれたから、僕よく知らない。
 つまり、相手の顔を見て、声を聞いて、会議を進められる……ってわけだ。これと同じセットが、向こうでも組み立てられてるはずだから、向こうも同じ感じで僕らのいるこの部屋の様子が見えていることだろう。
『えへへ、上手く行ってよかったね、ムッツリーニ君』
「…………今回だけは、例を言ってやる」
 そんな会話も、画面ごしにやり取りされている。やれやれ、ムッツリーニは相変わらず工藤さんに変な敵愾心燃やしてるんだから。こんな時くらい楽しそうに話したらいいのに。
「まあ、愛紗以下、この装置を知らない諸君。めんどくせーんで説明は省くが、遠くの相手と顔を見て話せる装置……とだけ認識していてくれればいい」
「「「は、はぁ……」」」
 雄二がひどく乱暴にまとめた。
 端折りすぎかもしれないけど……通信器具の概念もないこの時代の人達に説明するのは土台無理……っていうのは当たってる。出来ることだけわかってもらえればいっか。
「しかしムッツリーニよ、お主よくこんな道具を持っておったのう?」
「…………ネットで買った。サラリーマン用『営業セット』一式」
「そんなもん売ってんのか、今は。映写機から何からまとめて……便利なこって」
 君が使うと『盗聴・盗撮・販売・視聴etc何でもセット』に早変わりだけどね。
 ともかく、
「それじゃ工藤さん、さっそくだけど軍議始めない? 議題は……」
『孫呉との同盟をどうするか、でしょ? 使者呼ぼうか?』
「頼む。オイお前ら、いつまでもぼけっとしてねーで準備しろ。始めんぞ」
「え、あ、わ、わかった……」
 映像を見つめて唖然としている愛紗が、ハッとして返事。他の皆も大体同じような感じだったようで、ハッとして背筋を伸ばした。
 ……今のみんな、窓の外に飛んでるヘリコプターかなんかに見とれてたのを先生に注意された小学生みたいで、新鮮だったかも。
『それじゃ、つれてくるね。ちょっと待ってて。代表たちは……』
『席について待ってる』
「おう。お前らは、質問したいこととか考えて待っとけ」
「了解した」
 と、愛紗以下、首肯。
「なんか、生徒総会かなんかみたいだね。こういうの」
 ああいうのの前にも、先生が『係の人に積極的に質問しなさい、各自質問する内容を考えておくように』なんてことを言ってた記憶がある。そのせいで、かなりどうでもいい内容を粗さがしする本末転倒なことになっちゃったりして。
「そんな可愛げのあるもんでもないがの」
「…………ほとんどサミット」
「だな……仮にも巨大国家の首脳と、同盟(予定)国家の使者だしな」
 やれやれ……無駄に大きく見せるっていうか、祭り上げるっていうか……そんな難しくて大仰な表現使わなくても。僕へのプレッシャーが増すだけなのに。
 まあ、やることは変わらないんだし……ゆっくり待ってよっと。

430 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 22:14:10.27 ID:xmrrKX3z0
『うふん、じゃあ私も座って待って……』

「「「お前は帰れ!」」」

 貂蝉(コイツ)を忘れてた。
 というか、何でこいつ城にいるんだ。……僕に会いたいから……とか言い出しそうで怖いな。

                      ☆

『呉王・孫権様の命により……同盟の使者の任を承りました、大喬(だいきょう)と申します……』
『同じく、小喬(しょうきょう)にございます。お目通りいただき感謝します。吉井明久様』

 しばらくしてスクリーンに、双子の姉妹と思しき、小っちゃな2人の女の子が姿を現した。そろってぺこりと一礼。
 見た目はほとんど同じ。華奢な体格、かわいらしい顔、赤い髪色から短めの髪型まで一緒だ。が……よく見ると所々に違いがある。
 気弱そうな、大人しそうな目つきの女の子は……大喬(だいきょう)。姉。比べるとだけど……わずかに目の感じやしぐさが違う。緊張してるみたいだ。
 そしてもう1人の方は……小喬(しょうきょう)。妹。姉の大喬と比べると、僅かに釣り目で、気も強そうに見える。仕草なんかも、大喬に見られる緊張した感じは一切と言っていいほど見られず、仮にも別の国の王である僕を目の前にして、堂々としている。
 この2人の一番わかりやすい違いは……おそらく、髪飾りだろう。
 2人とも、漫画とかで中国風の、語尾に『アル』とかつけそうなキャラが頭につけてたりする、あの団子みたいな髪飾りをつけてるんだけど……そこに、『大』と『小』って書いてある。……まるで目印のためにつけてるみたいだ……って、案外ホントにそうなのかもしれない。
 何よりこの2人の服装で気になるのは……首元についてるアクセサリー……って、コレ、首輪じゃない?
 チョーカーだとしたら重厚すぎる、革製のそれ。首に装着され、金具からは途中までしか無いけど、短い鎖まで付いてる。……やっぱこれ、首輪以外の何物でもないよね……?
 何、呉で流行ってんの? 嫌だななんか……。
 それとも……礼装のつもり? それはもっと変か……。
 ともあれ、大喬ちゃんと小喬ちゃんは、そんな感じで簡単に自己紹介してくれた。
 なので、
「えっと……ご苦労様。僕は『天導衆』の吉井明久、よろしく」
「同じく坂本雄二だ。他にも色々いるが……時間・進行の関係上、自己紹介は簡単なものにして割愛させていただく。了承してくれ」
『『はい』』
 おお、同じタイミングでの返事。さすが双子。
 言った通り、簡単な自己紹介をすませ、本題に入ることにした。
『早速ですが、呉王・孫権様よりお預かりしてまいりました、親書をお渡しします。御見分のほどを』
 と言って小喬ちゃんが前に出るけど……いかんせんそこに僕がいないものだから戸惑ってると見える。誰に渡していいのか迷ってるな?
『あの……この装置については先程ご説明いただいたので、吉井様がここにいらっしゃらないというのは承知いたしておりますが……誰にこれを……』
『……私が』
 と、そう言って霧島さんが手を差し出した。うん、適任だろう。
 一瞬警戒したけど、小喬ちゃんはすぐに納得して、練習したのであろう恭(うやうや)しい動作で霧島さんにその『親書』を渡していた。霧島さんも霧島さんで、受け取る姿が優雅だ……この光景、絵になるなあ……。
『……雄二、吉井、スキャンしてそっちに送る』
「頼む翔子。ムッツリーニ、画面を分割して、親書(ソレ)を表示できるか?」
「…………了解」
 返事と同時に、ムッツリーニは慣れた手つきでキーボードをたたき始めた。スクリーンには何やら変なウィンドウが出たり消えたりして……しばらくして、そこに画像ファイルが開いて、何やら手紙らしきものが表示された。おお、と、僕らのメンバーから歓声が上がる。
 霧島さんがスキャンしてくれた親書だろうけど……
(どうしよう雄二、読めない)
(ああ……俺もこれはきついな)
 アイコンタクトで共通の感想を報告しあった。
 その……達筆が過ぎる。
 まるで書道家が書いたわけのわからないありがたい書みたいな、黒いミミズの乱舞がそこにあった。……最近けっこうこっちの文字も読めるようになってきたけど……これは無理。暗号。
 そんな空気を察してか、
『……読み上げさせてもらう』
 霧島さんが音読してくれた。グッジョブ!
 一国の王が、他の国の王が書いてくれた手紙を読めないなんて知れたら……恥どころの話じゃないしね。
 しかし霧島さん……あれも読めるんだ。流石と言うか……もう僕の代わりに王やらない? いやマジで。
 ともあれ、それを聞く限りだと……普通に同盟の要請、って感じだな。
 聞き終わった後で、雄二が口を開いた。
「聞く限り……お前達の言うとおり、同盟の誘いと受け取った。が……これは信じられるものなのか?」
 聞きようによっては辛辣な一言。しかし……これは正論だ。
 歴史漫画なんかでもよくある話だけど……こうして平和の使者を装って近づいて、あとで寝首をかく……っていうのは一つの常套手段だ。警戒しないわけにはいかない。
 それにしたってコイツの口調はアレなんだけど。
 するとどうやら向こうもその質問は予想の範疇だったようで、すぐさま大喬が反応した。
『お疑いはもっともだと思います。ですから……孫呉の軍と合流し、魏を滅ぼすに至るまでは……我が方から人質を提供します』
431 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 22:15:01.27 ID:xmrrKX3z0
「ひ、人質!?」
 これは流石に予想外だった。ちょ……人質って……。
『私と姉、この小喬と大喬を人質として扱ってください。もし、孫権様があなた様を裏切るようなことがあれば……』
「報復としてお主たちを殺せ……ということかの?」
『ええ……』
 秀吉の質問にも、顔色一つ変えずに大喬が答える。……性根座ってるなあ……。
「ふむ……江東の華と謳われる2人が人質か……」
 と、星が何やら気になることを。
「? 星、この2人知ってるの?」
「ええ……有名ですぞ? 『江東の二喬』『三国一の美少女姉妹』……などと言われている2人ですからな、大陸を見て回っている時に、名前は幾度となく聞きました。それに……」
「それに?」

「この大喬・小喬の2人は、それぞれ先代呉王・孫策殿と、呉の筆頭軍師・周瑜殿の配偶者ですからな。それは知っておりますとも」

 …………え?

 ちょ……今何て言った星!?
 配偶者って……結婚相手えぇ!?
 何何!? それどういうこと!? 孫策も周瑜も女だって聞いたんだけど!? え、何!? この世界同性結婚もありなの!? ていうかその2人までそういう趣味なの!?
 あまりに衝撃的な情報に、頭が瞬時にパニック状態に陥る。
 見ると……僕以外のほとんどがそんな感じだ。『天導衆』メンバーはもちろん、鈴々や翠、愛紗、華雄、紫苑なんかもびっくりして……なんだろう、紫苑は顔をほころばせているように見えるのは気のせいかな?
 星と朱里はそれを事前に情報として知っていたようで、それほど驚いてはいなかった。まあ若干顔が赤いけど、全然気になるようなことじゃない。
 ……問題は…………

「…………女同士……っっっ!!」

 早くも鼻血の海に沈みつつあるこいつだ。
「おいムッツリーニ、大丈夫か?」
「…………だおじぃうぶ……」
「危なそうじゃの」
 発音できてない。やれやれ……今の一瞬で何を想像したんだかこいつは。
 でも……この量、この様子ならまだいける……かな。
 ちょっと悪いけど、ムッツリーニには機材の操作をやってほしいから、出来れば外れてほしくないんだよね……。後でゆっくり休んでもらうってことで、今は続行しよう。
 画面の向こうで、
『お、女の子同士でなんて……この時代どうなってんの……っ!?』
『だ……大胆と言うか……すごいですね……』
『……確かに』
『うわ〜……この世界ってオープンなんだね。結構面白いかも』
 向こうほまだ興奮(?)冷めやらぬみたいだけど……クールダウンを待ってるといつになるかわからないので、続行させていただこう。
『ま……まずいわ……この世界、早く何とかしないと……』
『そ、そうですっ! 明久君が触発されて……坂本君や土屋君と……ごにょごにょ』
 聞かなかった。僕は何も聞かなかった。
 にしても……
「あんまりいい気しないな……人質とか……」
 戦後時代の大名じゃないんだからそんな(限りなく近い位置にいるけど)……物騒な話だなあ……。小さい子を人質にして、もし裏切ったら殺せ……って……今更だけど、高校生がする会話じゃないよコレ。重すぎ。
432 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 22:15:52.87 ID:xmrrKX3z0
「う〜……」
 と、僕が考えていることを察したらしい朱里が発言。
「ご主人様、お気持ちはお察ししますが……」
「裏切る可能性が無いと言いきれん以上、やむを得ますまい、主」
 星が続けた。続いて朱里も、
「それに……自らの誠意を表明するために人質を送るって言うのは……よくあることですよ。この際ですから……この申し出を受けておいた方がいいかもです」
「仮にも『江東の二喬』……人質としての価値は十分かと」
「う〜ん……」
 よくあるってあなた……。コレだから乱世ってのは……。
 ……でも……正論……なんだよなぁ……。
 雄二に視線を送ると、やれやれ……と言った感じの視線が返ってくる。
「いいんじゃないか? 条件的にも……こっちには願ったりかなったりだ」
「そっか……わかった」
 朱里に加えてコイツが言うなら……これでいいんだろう。気は進まないけど。
「大喬ちゃん、小喬ちゃん」
『『はい』』
「申し出を受けさせてもらうよ、みんなも……それでいい?」
「「「はっ!」」」
 元から賛成色が強かった議題。反対を掲げる者はなく、愛紗以下、武将全員、そして『天導衆』全メンバーの合意が得られた。
『あ……ありがとうございますっ!』
『御英断……感謝いたします、吉井様』
 2人そろって、しかしかたや満面に安堵と喜びを浮かべて、かたやクールな表情のままでぺこりとお辞儀。う〜ん……性格は違うみたいだけど……2人ともよくできた子だな。同盟の使者に選んだのもうなずける。
 ……これなら……裏切られる心配も少ないかな。こんないい子を見捨てるなんてこと、いくらなんでも考えられないし……あと、なんか周瑜って人の『配偶者』もいるらしいし……(どっちなんだろ? 大喬かな、小喬かな?)。
 ともかく、だ。
「じゃあ2人のことはどうすればいいかな、雄二?」
「そうだな……翔子」
『……何?』
「2人の部屋とか、そういった生活必需品の手配を頼む。あと……そこに白蓮いるか?」
『いるぞー?』
 お、白蓮の声。なんだ、いたのか。
 次の瞬間、どうやら死角に座っていたらしい白蓮が横から顔を出した。
『何か用か、坂本?』
「ああ。白蓮は大至急、呉の方に同盟承諾の使者を送る手はずを整えてくれ。手紙については、文面をこっちで用意して……翔子、メールで送るから清書してくれるか?」
『……わかった』
 やるべきことをてきぱきと指示していく雄二。さすがだなコイツ……。
『ねえ坂本君、監視とかつけた方がいいのかな?』
 と、工藤さんが質問してきた。すると、
『監視なんて無くても、逃げやしないわよ』
 ……ん? 小喬ちゃん?
 見ると……強気な目で僕らの方を見ている……いや、睨みつけている、って言ってもいい感じの小喬ちゃんの姿が目に入った。そのとなりで、僕らよりびっくりしてる大喬ちゃんがいたけど……とりあえずスルーで。
 今の君? と聞くよりも前に、再び口を開く。
『見損なわないで。私達だって孫呉の一員、約束をたがえることはしないわ』
「ほぉ……これは、主が同盟を了承した途端、強気に出たな」
 驚きからいち早く立ち直ったらしい星が、からかうように言う。いや、嫌味100%だけど……これは星が正しい……のかな? この変わりようは。
 その小喬ちゃんに対し、彼女の分も慌てているかのようにオロオロアワアワな大喬ちゃんの姿。
433 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 22:17:00.96 ID:xmrrKX3z0
『しょ、小喬ちゃん! ちょっ……吉井様の前でそんな……』
「ああいいよ、気にしてないから」
 大喬ちゃんの言葉を遮る形で言う。
『はぅ……すみません、吉井様……』
 まあ、実際気にはしてないし……コレほっとくと、愛紗あたりが『無礼な!』とか言いだしそうなので、先手を打たせてもらった。
 ……見ると、実際不機嫌な顔になってる。危ない危ない。今はこんなとこで遠距離口げんかしてる場合じゃないからね。
「じゃあ……それを信じて拘束・監視はしないってことでいいや」
「そうか……わかった。その他、細かい決まりごとに関しては……翔子、姫路」
『……わかった。私達で大まかにリストを作って、文章に起こす』
『はい、後日……そちらにも報告書をメールしますね』
「頼む。じゃあ、軍議はこれまでだ。二喬は部屋に案内して休んでもらって、翔子達は……」
『……ちょっと待って雄二』
「ん?」
 いきなり霧島さんからストップコール。何だろ、まだ決めなきゃならないことがあるの?
『……同盟関連の話はこれでおしまい。でも……他に報告したいことがある』
「何だ?」
『……話す前に……二喬ちゃんを外へ』
『はっ!』
 と、霧島さんが衛兵を呼んで、二喬ちゃんを連れ出すように指示を出す。
『え? あ、あの……』
『何? 私達には聞かせられない話?』
『……機密事項』
 とだけ言う霧島さん。
 どうやら、二喬ちゃんも軍に指名された使者、その辺の領分はわきまえているらしく、特に反論も何もしなかった。衛兵たちに促され、部屋を後にする。まあ、彼女達の目的は達成されてるわけだしね。
 2人が扉の向こうに消えるのを待って、霧島さんはスクリーン越しに僕らの方へ向き直った。
「んで、話って何だ、翔子?」
 少しぶっきらぼうに言う雄二に、霧島さんはたった一言、

『……雄二、……『アレ』……できた』

434 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 22:17:33.62 ID:xmrrKX3z0
「………………何?」
 その瞬間、雄二のまとう空気が変わったのがはっきりわかった。
 そして、代名詞だったにもかかわらず……僕ら全員が、霧島さんの言った『アレ』が何なのか、はっきりわかっていた。
 何って……もちろん……
「「「新兵器!?」」」
『……(コクッ)』
 霧島さんの首肯が、予想を確信にした。
 それって……雄二が言ってた、『完成してれば城だろうが1日2日で攻め落とせる』っていう……あの兵器!?
 具体的に何なのかとかはまだ聞いてないけど、雄二はそんなことで冗談とか言わない奴だから……本当だろう。そうなら……すごい戦力増強だ!
 横を見ると、雄二もその報告に満足しているらしい。にやり、とでも効果音がつきそうな悪い顔で笑っている。
「……わかった」
 雄二はそこで一拍置いて、次の瞬間一息で言った。

「予定変更だ。翔子、明久と孫権の会談が済んで孫呉との同盟が確立したら、お前は残りの『天導衆』メンバー全員と、恋連れて俺達に合流しろ。もちろん……アレ持ってこい。城の守りは残りの奴に任せとけば足りる。この戦い……速攻でケリつけんぞ」

 その雄二のセリフは、これから始まる超超超規格外の戦いを予感させるものだった。
 もうじき知ることになるんだろうけど……姫路さんや霧島さんの手まで借りて、コイツホントに何作ったんだ?
435 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 22:18:30.05 ID:xmrrKX3z0
曹魏編
第69話 決意と同盟とファッションセンス
 それから2週間弱
 魏領・とある地点。

「久しぶりだな、吉井明久」
「あー……そうだね。連合軍以来かな、孫権さん」
 ここは、僕らが実質切り取った魏領のとある地点……もっと詳しく言えば、僕らが滞在してる城のすぐ近くにある、開けた平原。
 そこに展開されている……呉軍の陣地に来ているところである。
 目的は当然、同盟の締結だ。
 二喬ちゃんに来訪から、何度か使者を介してのやり取りをした僕らは、同盟に関しての何か細かいことを色々決めた。『天導衆』の誰かを送り込んでケータイで連絡取れればそりゃ早かったんだろうけど……さすがに危険だってことで却下になった。
 それで、使者を介してのやり取りを続けて……話があらかたまとまったので、ようやくこうして直接会っての、首脳会談みたいな形になったわけだ。ちなみに僕らの方からは、僕と雄二、朱里、護衛として愛紗が同席している。
 無論だが、例によってムッツリーニ提供のスパイセット(ワイヤレスイヤホン、小型マイク、ピンホールカメラ)を持参している。
 目の前には、褐色の肌に薄い桃色の髪、王冠……だと思う……を頭につけ、威厳に満ちたたたずまいを見せる少女……呉王・孫権がいる。その姿……はっきり覚えている。
 その両隣には、始めて見る顔が2人いた。護衛か……補佐官か……。
 1人は明るい薄緑色の髪に、小さな丸メガネ、そして何より……その過剰なくらいに大きな胸が特徴的すぎる女の子。おまけに服の露出度が高い。特に胸が。その割にかわいらしい童顔で……やんわりとした穏やかな表情だ。
 こ、これはいきなり破壊力が大きい娘が……! 巨乳といい可愛い顔といい、どことなく姫路さんが被るような……そうでもないような……。と、とにかく威力が大きい!
 思春期男子にはあまりに刺激的なその娘に度肝を抜かれていたが……ふともう1人の方に目を向けると、その娘も相当なもんだった。
 1人目の巨乳の娘より胸はない……というか、胸のサイズは美波と同じくらいに見える。
 恐らく武官だろう。腰には一振りずつ、長剣と短剣を携えている。整った顔立ちで、目は鋭く光って僕達を睨みつけている。この雰囲気といい、緊張感を持ったたたずまいといい……夏候惇とかと初めて会ったときと似たような感覚だ。この人……多分強い。
 ……と、ここまではいい。
 問題は……彼女が着ているチャイナドレスが、おさわり喫茶もかくやと言った感じの恐るべき丈の短さを誇っている点である。
 というか……これは最早『短い』っていうレベルの問題じゃない。だって……パンツ隠せてないよ? 横のスリットからだけ見えるってんならまだしも(それだけで十分眼福なんだけど)、その丈のせいで服の下からモロに見えてて……これもう『パンチラ』どころじゃないよね? 『パンモロ』だよね?
 ていうか、何でそんな恰好で平然としてられるの!? 仮にも僕(男)の前で! もしかして、なんて言うかこう、漫画とかの武術家特有の『私は武人だからそんなもの見えても恥ずかしくはない』的なよくわからない考え方が確立されてるのか!? だからってそんな……あれ!? 今ちょっと見えたんだけど、それパンツじゃなくて褌(ふんどし)じゃ!? な、なんてマニアックなジャンルなんだっ!!
 というか! この前来た二喬ちゃんのアクセサリーの首輪といい、人質から武官、軍師まで……呉ってどういうファッションセンスが根付いてるんですか!?
 とまあ、我ながら煩悩全回で心の中が大変なことになってるけど、僕としてはまだきちんと理性とかそういうのを保ててる分上出来だと思う。
 孫権と、この褌の娘の威圧感が半端じゃないから、それにあてられて割とやましいことを気にしている余裕が無くて……や、まあ少しはあるけど……ともあれ、こうして耐えて、正常でいられるんだ、僕は。
 ……が、

『…………っ!!(ブシャアアアァァッ!!)』
『お、おおおおい土屋!? 大丈夫かお前!?』
『早速か、ムッツリーニ……まあ、無理もないじゃろうがの、これでは』
『ひ、秀吉ちゃん、冷静に言ってないで、助けてあげないと……』

436 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 22:19:33.72 ID:xmrrKX3z0
……とまあ、イヤホンから聞こえてくる、城内の修羅場の様子。
 僕らが用意しているピンホールカメラから、この場の映像はリアルタイムで城内のムッツリーニのパソコンに送信・記録されている。同時にみんながそれを見てるんだけど……まあ、この光景にムッツリーニが耐えられるはずはないので。
 すでにグロッキーになっているらしい城内からは、イヤホンを通して鼻血の噴出音やそれを心配する声、呆れるため息なんかがひっきりなしに聞こえる。
 ……大丈夫……じゃないだろうけど……一応呼んでみるか。
「あ〜……ムッツリーニ〜……?」
『明久、雄二、ムッツリーニは救護室に運んだ』
 と、代わりに秀吉の声が帰って来た。
『本人の体力はもちろん、鼻血で機材を壊されてはかなわんからの。ゆえに、ここからはワシが機材の操作を担当する。わかる範囲でじゃが』
「そうか、わかった。よろしく頼む」
 やれやれ……戦もはじまらないうちから脱落か、あの男は……。まあ、こんだけのもの見せられたら無理ないけど……。
 というか実は……僕も結構危ない所に来てたりする。威圧感と緊張感が多少なり中和(?)してくれてるけど……さっきから鼻が熱くて……いつ鼻血吹きだしてもおかしくないな……。
 特にこう……この娘のモロ見えの褌が目に毒で……何とかならないもんか……
「……? 吉井明久、何をかがみこんでいるのだ?」
「あの……ご主人様?」
「……え?」
 おわあっ、しまった!! いつの間にか視線と姿勢が低く! くっ……男の本能とはかくも正直なものなのか……! 無意識のうちに既にモロ見えのこの娘のスカート(?)の中を覗こうと……!
 ていうか、まずい! こんなこと知られたら……敵味方全員から白い目で見られる! どうにか……どうにかごまかさないと……。
 と、ここで雄二が唐突に、ため息と共に口を開いた。
「やれやれ……明久、やっぱり足痛いのか?」
 え? 足?
「ん? 吉井……お前、足を怪我でもしているのか?」
 そうかっ! 痛む足をかばっていて姿勢が低くなった……っていう言い訳を作りつもりだな! さすが雄二、こういう時にはきっちり僕のピンチを救ってくれる!
「ああ、えっと実は、名誉の負傷で……」
「カッコつけんなバカ。さっき自分で自分の足に足引っ掛けてすっ転んだだけだろうが」
 雄二! 理由作るなら作るでもっとマシなもの考えてくれたっていいだろ!
「「「………………」」」
 ああ……結局周りからの『何してんだこのドジ』的な視線が痛い……。
「……まあ、大事ないなら構わん。それよりも同盟の件、了承するということでいいのだな?」
 そんなことに時間を割いていられない……とでも言いたげなため息をはさんで、孫権がそう発言した。お、いきなり本題か。
「ああ、うん。こっちこそ、同盟に誘ってくれて助かったっていうか……」
「別に助けるつもりなどない。魏が版図を広げ続ける以上、我が呉は貴様と組む意外にこれといっていい手はないのだからな」
「まあ、確かに客観的に見りゃそうだろうな」
 と、雄二。予想はしてたけど……やっぱり敬語を使うようなことはしない。まあ、僕も舐められたりしたら困るから、孫権相手でも自然体で話させてもらってるけど。
437 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 22:20:52.26 ID:xmrrKX3z0
「して、この同盟だが……本当に貴様を信用していいのだろうな?」
 鋭くはないが、十分に迫力と貫録のある目で僕らを睨んでくる孫権。まあ、当然の懸念だろう。
 自分達にとってこの同盟は有意義なものだけど……裏切られたらとんでもない損害を被ることになるんだ。何度使者を介して確認したとしても、慎重になって当り前だろう。……それに、向こうが人質を出したのに対して、僕らは特にそう言ったものを出してないし。
 ……が、それは僕らの方も同じことだ。
「そこは信用してもらうしかねーな。それに……それは俺らのセリフでもある」
「孫家の誇りにかけて、約定を違えることはしない。母より、姉より受け継ぎしこの宝剣に誓おう」
 鞘に入ったまま、その腰の剣を僕らの目の前にかざして堂々と言う孫権。……なんていうか……嘘は言ってないようだ。素人の僕でもそんな風なことがわかるぐらいに、堂々としている。
 というか、袁紹や曹操と比べて、連合軍では話す機会が無かったから知らなかったけど……もしかして孫権って、あそこにいた超有力者3人の中で一番常識人というか、一番まとも……かもしれない。
 さっきから結構話してるけど、態度は堂々としていて、発言に遠慮こそないものの、巨大国家の王であることを鼻にかける感じは全くないし、威張り散らしたりもしない。あくまで誇りと威厳を大事にして、国を背負うものとして会談に臨んでる……って感じだ。そのせいもあるんだろう、曹操と袁紹の2人に対しては感じた、『ちょっと距離を置きたい』……って感じがしない。威圧感さえ我慢すれば、かなり話しやすい相手だ。
 これは……そのまま信頼できる、と見ていいんじゃないだろうか。
 隣を見ると、雄二も目でそう言ってきていた。同じことを感じたらしいな。
「わかった。二喬ちゃんの件もあるし……信じさせてもらうよ」
「そうか。ならば……私もお前を信じることにする。……裏切ってくれるなよ?」
「わかってるって、人質まで出されてこっちが裏切ったんじゃ、僕ら人の皮かぶった鬼か何かだよ」
「……そうか」
 あら、くすりともしなかったか。
 ともあれ……お互いに信頼できた……ってことでいいのかな?
「ふむ……ならば、さっそくだが、これからの方針について話し合いたい。穏(のん)、思春(ししゅん)」
「は〜い」
「はっ!」
 と、その瞬間まで横で黙っていた2人が、返事と共に前に出た。穏(のん)と思春(ししゅん)……多分、真名だな。呼ばない方がいいかも。
 案の定、その2人は自己紹介をしてくれたのだが、
「えっと、軍師の陸(りく)遜(そん)っていいます。よろしくお願いします〜」
「甘(かん)寧(ねい)。孫権様の親衛隊長を務める身だ。以後、見知りおきを」
「あ、うん。よろしく。それじゃあ……愛紗達も自己紹介してくれる?」
「はい、ご主人様。私は関羽、字は雲長。文月軍の将だ」
「ぐ、ぐぐ軍師の諸葛亮と申します。よ……よろしくお願いします……」
「俺は坂本雄二。『天導衆』で、明久(コイツ)の参謀だ」
 名刺交換代わりの自己紹介、終わり。
 今の聞いた感じ、陸遜と甘寧、2人の性格は大方の予想どおりみたいな印象だな。おっとりまったり系の陸遜に、しゃきっとしててまじめな甘寧。ま、だからってどうこうないけど。
「では、穏から我が国の策や方針や軍備を、思春からは部隊編成を報告する。追ってそちらも、同様の情報を提示してくれ」
「了解。じゃあそれは愛紗、朱里、よろしく」
「はっ!」
「御意です」
 と、こんな感じで何とか僕らはお互いを(仮にだけど)信用し、最後になるであろう調整会議を始めた。
438 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 22:21:51.79 ID:xmrrKX3z0
数日後
 魏領帝都・許昌  王宮……玉座の間

「華琳様、ご報告が! 文月軍が再び動き始めました!」
 玉座の間に入るなり、桂花は華琳様に叫ぶような声色で言った。……何か悪い知らせでも入ったのか? だとすれば、何だか予想はつくが……。
「そう……完全撤退しなかったわりに、思ったより遅かったわね。それで、どう来るの?」
「はい、それが……どうやら文月と呉が同盟を組んだようです」
「何っ!? 呉……孫権と!?」
 その報告に、玉座の間の空気が変わった。
「……厄介なことになったわね……」
「はい、両軍合わせれば、かなりの規模になります……。優勢だった兵力差も、覆されかねませんね」
 華琳様の言葉を肯定する形で秋蘭がつけたした。
 ……秋蘭の言うとおりだ。孫呉も文月も、兵力では我ら魏には及ばない。……が、それら2つが組んだとなると別だ。兵力は各軍合わさって倍近くのそれになり、恐らくこちらのそれを上回る。
 さらに、文月と孫呉の領土は、丁度我らの魏を囲む形で分布している。我らに比べて、圧倒的に大陸の内を占める移動可能領域が広く、かつ、大陸の奥深くまで領土が続いている孫呉の特性を利用すれば、遠征軍であるが故の補給線の弱点も、ほぼ半減となる。
 おまけに……小規模の部隊でも厄介な文月の『あの武器』を、もしかすると文月の譲渡により、孫呉も同様に使うかもしれない……。兵力差が覆されたことを考えると……この状態で両軍にアレを使われると……非常にまずい事態になりかねない。大量に増産でもされれば、白兵戦での勝機はほぼなくなるだろう……籠城戦しかなくなる。
 そんなことを全員が考え、玉座の間に漂う空気が一気に重くなった。
 ……と、華琳様がその沈黙を破った。
「……私が出るしかなさそうね」
「「「……っ!?」」」
 その場にいた全員が息をのんだ。
 予想は……出来た気がする。しかし……出来れば考えたくない選択肢だったのだ。
 慌てた桂花が止めようと口を開く。
「か……華琳様! 御自らお出ましになられなくとも……未だ時期尚早では……」
「心配してくれるのはうれしいわ。でも……そうも言っていられないでしょう?」
「そ……それはそうですが……」
「ならば聞き分けなさい。私も出るわ」
 そう、華琳様はきっぱりと言い切った。
 確かに……魏王たる華琳様が自ら出立するとなれば、兵達の士気は最高潮になるだろう。今までよりも個々の戦闘における実力が昇華するのは間違いない。
 さらに、華琳様の防衛のためにある程度許昌に残しておかざるを得なかった兵力を、華琳様がその御身を直々に戦場に運ばれることで、全て戦場に向かわせることが出来る。相手方の同盟によって生じた圧倒的な兵力差も、一気に縮まるだろう。
 ……しかし、それと引き換えに、華琳様に危険が及ぶという耐えがたい代償がある……。
 華琳様はそう考える私達に目もくれず何やら思案し、そして口を開いた。
「先鋒は春蘭と季衣、秋蘭と桂花が後から合流して加勢、控えの部隊として霞の部隊を出しなさい」
「! 華琳様、それでは華琳様の部隊に将が誰もいなくなってしまいます!」
「何を言っているの春蘭? 私は曹猛徳……ブ男の1人や2人、将の助けを借りなくとも後れは取らないわ」
「しかし、御身にもしものことがあったら……」
「だからこそあなた達を先行させるのでしょう? 私のために奮起なさい」
 桂花は何とかして華琳様を止めようとするが……華琳様はその言葉をことごとくはねのける。……決意は固そうだ……。これはもう、言っても聞くまい……。
「……どうしても……自ら行かれるおつもりですか……?」
「秋蘭、くどいわよ」
「……わかりました……」
439 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 22:22:31.99 ID:xmrrKX3z0
冷静な秋蘭も、この事態においては悔しさ、ふがいなさを隠しきれない様子だ。表情の変化は少ないが、付き合いの長い私には……いや、華琳様もはっきりとわかっていらっしゃることだろう。
 無論……私も一緒だ。我々将がふがいないばかりに、最初の奇襲から連戦連勝で幕を閉じるはずだったこの戦が、孫呉をも巻き込んだここまでのものになってしまった。結果的に、華琳様が自ら出陣を決意なさることに……。
 と、この場の空気にこの上なく似合わない軽い声が割り込んできた。霞だ。
「ま、元ちゃんも妙ちゃんもあきらめェや。こうなったら猛ちゃん、意見変えへんで」
「霞……」
「あら、よくわかってるじゃない。霞」
「そらおおきに。それより元ちゃん、ほら、ウチらが頑張れば猛ちゃんの出番はなくなるんやさかい、な?」
 ……軽口だが、霞のセリフには説得力があった。、
 確かにそうだ……華琳様は最後尾で進軍される……ならば、我々の先行部隊で文月・孫呉を蹴散らすことが出来れば、華琳様の御身を危険にさらすこともない。
 ……そうだ、真に華琳様のことを思うのであれば……嘆くよりも、行動を起こさねばならんのだ!
 私がそう思うと同時に、秋蘭、桂花も立ち上がった。
 どうやら私と同じ考えに至った、そして決意を固めたようだ。それを察してか、華琳様が声を張った。
「聞き分けたようね。ならば全員、準備にかかりなさい。出発は明朝よ」
「「「御意!」」」
 3人とも、ありったけの気合を込めて返事を返す。
「して桂花、どう攻める?」
「相手の規模を考えれば、いきなり全軍を当てるよりも、機を見て波状攻撃を仕掛けた方が効果的よ。そうね……まず、先鋒は春蘭と季衣、その後で霞が横撃、とどめに秋蘭の部隊……これが最善ね」
「わかった。ほな、さっそくその方向で準備にかかろか」
「ああ、では明日の朝一番、城門で会おう!」
「「「応っ!!」」」
 言うが早いか、全員駆け足で玉座の間を後にし、各部隊に指示を出しに走った。……この行動の早さもまた、我らがこの戦いにこめる意気の大きさを現している……と言って差し支えあるまい。
 そうだ……もう負けない。負けるわけにはいかない。魏の……華琳様のために!!
 それが我らの胸にひとしく燃える思いだと確信しつつ、私は直属部隊への号令に走った。

440 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 22:23:33.99 ID:xmrrKX3z0
曹魏編
第70話 歳と邪推と同盟の意義

 孫呉との共闘による曹魏攻略を目前に控えて、僕らは最後の準備に取り掛かっていた。
 そして今日は、その『最後の準備』の内、もっとも重要なそれを行う日だ。
 何かっていうと……

「明久君っ! お久しぶりですっ!」
「アキ、元気してた? ……って、元気そうね、見るからに」
「ははっ、美波達もね!」

 ……とまあ、こういうわけ。
 決戦を目前に控え、士気の向上と戦力の増大、そして例の『新兵器』の輸送・実装を目的とした、残り4人の『天導衆』メンバーの合流……である。
「……雄二、会いたかった」
「そうか、俺は別に会いたかなかったぞ、翔子」
「……ひどい」
 やれやれ……1か月以上ぶりの再会なのに、この男はどうしてこういう反応しかできないんだか。
「ははっ……こういうの見ると、揃ったって感じするなぁ。ね? ムッツリーニ君?」
「…………相変わらず緊張感が無い」
 美波も、姫路さんも、霧島さんも工藤さんも、何事もなく元気そうで何よりだ。まあ、この前の映像とか、ちょくちょくしてた電話とかでわかってたことだけど、それでもこうして直接会って確認できてうれしい。
 今回皆には、その身柄と同時に、色々なものを運んで来てもらった。補給物資や援軍、そして言わずもがな……例の『新兵器』……そろそろいいかげんに何なのか聞かせてもらえるだろう。
 そして……
「あれ、恋は?」
「あ、恋さんは、遅れてくる補給部隊の護衛についてくれてます」
「これ以上無いくらい頼もしい護衛でしょ?」
 そっか、合流する……って言ってたからてっきり一緒に来るのかと思ってた。
 前回の戦いで、補給線がやっぱり重要でした、ってことを思い知らされた僕らは、今回は最初から補給部隊には護衛をつけ、確実に物資その他が届くようにした。
 前回はその対策が少し遅かったけど、華雄のおかげで駐留・滞在に必要な分の物資は確保できたから、完全撤退しなくて済んだ。その華雄は今は本隊に合流してて……次のその役目は恋が担ったわけだ。これなら心配いらないな。
 それに、今までの戦いで、このあたり一帯の魏領はほぼ僕ら文月軍が制圧し、切り取ったも同然となっている。そのおかげでこのあたりまではほとんど安全に運べるし、だからこそ城のすぐ近くで孫権達との首脳会談(……って言っていいんだろうか?)を開催できたわけだから。
「……華雄さんは? 戦いに備えて、今は休んでる?」
「そうしろって言ったんだが……大方また鍛錬してるか、頭に戦略やら情報やら詰め込んでるかのどっちかだろうな。あいつ、こういうことになると愛紗以上にまじめすぎなんだ」
「まあ、頼もしいじゃない。無理しないようにだけ気をつけてくれれば」
 と工藤さん。まあ……確かにその通りだ。
 無理にそういうことするなって言うと、士気が下がっちゃうかもしれないしね。華雄のその姿勢自体はありがたいものだし、それが華雄らしさみたいなもんだから、ある程度は尊重させてもらうとしよう。
 ……そういえば、合流した華雄に張遼のことを聞くと、なぜかつらそうに涙をこらえて上を向くんだけど……何かあったのかな? 聞いた話だと、張遼は戦わずに撤退したらしいけど……。
 最近、愛紗の前で張遼の名前を出すと、曹操の名前を聞いた時ばりに露骨に嫌そうな反応をするのと何か関係あるんだろうか?
「まあ、色々と積もる話もあるだろうが……先に軍議済ませとかねーか? 愛紗達も、午後以降は予定が入ってるからな、さっさとやっとこうぜ」
「そうだね。みんな、疲れてる所悪いけど……玉座の間に来てくれる?」
「あ、はい、明久君」
「わかったわ」
 まあ、色々と気になる所はあるけど……後で何とかすればいいか。
 雄二の言うとおり、全員の時間の都合がつくうちに済ませた方がいいということで、合流して早々ながら、僕らは軍議に移ることにした。

441 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 22:24:18.45 ID:xmrrKX3z0
「……と、以上が現時点での最善の策かと」
 朱里が考えてくれた策を発表し、僕らはそれについて何か穴が無いか……と、スクリーンに映し出されている図表に目を凝らした。
 ムッツリーニの『営業セット』、せっかくなので今後も普通に軍議とかで使っていくことにしたのである。おかげで全員がその目で一つの画像を共有できるから、幾分軍議がスムーズに進むようになった……気がする。
 ただ……鈴々と翠あたりが映写機そのものに興味を示して見つめるので、しばしば愛紗に『集中』しろ、と怒られていたけど……まあ、始めて見るものなんだし……無理ないか。特に鈴々みたいな小さい子は。
「以上です。何か疑問な所は?」
 と、先生が使うような指示棒(木製の簡単なやつ。即興で作った)を手にした朱里が、例によって重役会議スタイルで席についている僕らに問いかける。
「ん〜……そう言われてもね……」
「あんまりわかりませんよね……」
 と、美波と姫路さん、苦笑。
 そりゃそうだ、軍事に専門に携わってるわけでもないのに、いきなり意見求められてもね……。美波は言うに及ばず、頭のいい姫路さんでも、得意分野と不得意分野ってもんがある。今回は特に、ここんとこ軍議に出続けだった僕でも理解が難しい。
 けど朱里はこういう時、自分に非があると思ってしまう子なので、
「はわっ! す、すいません、わかりにくくて……」
「あ、いや朱里ちゃんのせいじゃなくてね……」
「ふむ……朱里、少しいいか?」
 お、星。
「あ、はい、何ですか?」
「うむ。本陣に朱里を残し、後方支援及び本陣護衛に紫苑、自由に動ける遊軍に華雄と恋、両翼に私と愛紗……と、ここまではいいのだが……」
「はい」
「先鋒に鈴々と翠……というのは、大丈夫なのか?」
「なっ……どういう意味だよ星!」
 がたん、と音を立てて立ち上がる翠。まあ、予想通りの反応。
「あたしと鈴々じゃ先鋒は務まらないってのかよ!?」
「そうは言わん。が……勢いに乗って突っ走ってしまわんかと不安でな」
「突っ走ってって……先鋒なんだからそうするもんじゃねーの? ダメなのか?」
「基本はな。だが、先陣を釣る類の策を相手方が打ってきた場合に、それを見抜けるだけの冷静さを保ったままでいられるか、ということだ」
 確かに。鈴々と翠、そしてその部隊はそれはそれは攻撃翌力・突破力は高いけど、冷静に相手の策を見破る……っていうことになると途端に頼りなくなるからなあ。2人とも、守るのも退くのも苦手だし、そもそも嫌いだし。
 痛いところを突かれてうっ、と怯みつつも翠は、
「た、確かにお前たちほど冷静じゃないだろうけど……そ、そこはほら、朱里や坂本になんとかしてもらってさ?」
「おいおい、何だって本陣にいる俺らの名前が出んだよ」
 何のつもりだ一体、とでも言わんばかりの雄二の返答。
「いや、だってほら、そのためのコレだろ? えーと、とら……とら……」
「…………トランシーバー」
「そうそれ!」
 と、翠は左手に持ってるトランシーバーをくいくいと指さしながら言った。
 退却後、鈴々と翠は再びムッツリーニの指導を受け、どうにかこうにかトランシーバーの使用方法をマスターした。まだ少し危なっかしいけど……訓練を見てた感じだと、普通に会話する分には問題ないと思う。
 ま、これからまだ復習するし、僕らの世界じゃおもちゃのを8歳かそこらの子供が使ったりするしね。そんないつまでも危なっかしいままでもないだろう。
 ところで……さっきから鈴々が静かだな……?
「ふむ……初めから本陣の2人に丸投げしているあたりいかんとも言い難いが……」
「う〜……り、鈴々! 黙ってないで、お前からも何か言ってやれよ!」
 と、同じく憤慨しているはずの鈴々を見……

「………………(ぐ〜……)」

 …………寝てるし。
442 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 22:25:44.20 ID:xmrrKX3z0
「軍議中に何を寝ているこの大バカ者!!」

 ごすっ!

「ぶにゃあっ!?」
 愛紗の鉄拳というこの上なく荒々しい手法で、鈴々は夢の世界から一気に呼び戻された。
 やれやれ……こっちはこっちで不安だな……。
「あ〜……で、どうなんだ朱里、そのあたり」
「あ、はい。その懸念はもっともですが……」
 やっぱりもっともなんだ……。
「その点は、翠さんが言った通り、トランシーバーで各員が連絡を取りあうことで何とかしようと思います。幸い、この軍は恋さん以外の全員がトランシーバーの使用方法を会得していますので、銅鑼の音が聞こえなくて指示を出せない、っていうことがないですから」
 と朱里。どうやらその程度のリスクは覚悟の上で、攻撃翌力を重視する作戦のようだ。
 まあ確かに、引き際さえ間違えなければ……この布陣は戦闘力高いし、効果的だ。
 ところで、そう、恋だけはまだ使用法をマスターしてない。
 ……何でかって言うと、向こうにいた頃……まだ曹魏との戦が始まる前に、ムッツリーニが将達を集めて『使い方講座』を開催した折、見事にすっぽかしたのである。
 その翌日、翌々日の補講もすっぽかし、その後愛紗と華雄の力を借りて引っ張ってきてようやく講座受けさせたんだけど……寝るわ、話聞かないわ、結局覚えないわでもうお手上げ。
 なので、一応恋には合流後にもう一回説明はするけど……それでも理解しなかった場合を考えて、華雄と一緒の行動を取らせることにしたのである。
 ……いや、恋の場合連絡が聞こえてても独断で行動しかねないから、どっちみち華雄の監視は必要だな。
「ふむ……すると、恋の部隊の動作は他よりも少し遅くなる……と考た方がいいのかの?」
「おそらくな。まあ……私が一緒に居はするが……さすがに2部隊となると、な」
 と、華雄。
 華雄は意外にも飲み込みが早く、朱里、星、に次ぐ早さでトランシーバーの使い方をマスターしていた。その後抜き打ちで行った再テストでも問題なく通信に成功してたし……これは心強い。
「な? 恋なんてまだ使い方覚えてないけど、そういう形でどうにかなってんじゃん!」
「そうそう、鈴々達は使い方覚えてるから大丈夫なのだ!」
 残念なことに、2人の言葉に頷いてくれる人はいなかった。
 う〜……と唸ってる2人が何か言い出す前に、朱里が、
「と、ともかくそういうわけですから、先鋒は鈴々ちゃんと翠さんで問題ないです。ただし……鈴々ちゃん、翠さん」
「にゃ?」
「何だ?」
「これだけは守って下さい。一つは……絶対にトランシーバーの電源を切らないこと」
「? 『電源』って何なのだ?」
 と、鈴々。
「説明したろ? トランシーバーのスイッチ……ああ、これ横文字か。つまりな、トランシーバーが動くようにする仕掛けのことだ」
 雄二が本陣用のトランシーバーを手に取り、『on/off』と書かれたスイッチを『指さしながら説明。翠と鈴々は同じ形の自分のトランシーバーを見て、それを確認してからうなずいた。
「これ切っちまうと……せっかくのトランシーバーでも何も聞こえなくなるからな。こっちから指示が出せないから、お前らの対応も大幅に遅れる。絶対切るな」
「ああ」
「わかったのだ」
「はい。では、もう一つですが……イヤホン……さっき配った耳飾りを、絶対に外さないでください」
 それももっともだ。
 トランシーバーと接続してあるイヤホンマイクは、伊達で使うわけじゃない。
 怒号やら悲鳴やら、武器がぶつかりあう金属音やらが飛び交う戦場では、トランシーバーは懐に忍ばせておくだけでは、とてもそこから聞こえてくる音声を聞き取ることはできない。最大音量に設定していても、雑音にかき消されてしまうだろう。
 だから、耳に直接装着するタイプのイヤホンマイクを使うことによって、他の雑音をはねのけてトランシーバーの音声を聞き取りやすくするのだ。コレの存在により、音声が聞こえないだけでなく、通話する時いちいち懐から取り出して手に持たなければならない、という非常にめんどうな手間を省くことが出来る。まさに必需品なのだ。
 だから……今のは実質、鈴々達だけでなく、ここにいる武将全員に対しての注意事項なのである。
 まあ……この2人以外にそんな凡ミスやらかす人はいないと思うし(恋はそもそもまともに使えるかが怪しい)、朱里もそう思ったから、この場で鈴々と翠に、っていう形で言ったんだろう。
443 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 22:27:18.80 ID:xmrrKX3z0
「ああ、わかってるって」
「りょーかいなのだ!」
「全く……調子のいい奴らだ」
 愛紗がため息交じりに言った。
「お願いしますね。他に質問などは?」
「あ、朱里ちゃん、いい?」
 お、今度は工藤さんだ。
「えっとさ……本陣を守る人が紫苑さんしかいないみたいだけど……大丈夫なのかな?」
 分布図を手にそう一言。
 見ると……確かに。図表にはそれぞれの部隊の行動範囲までが事細かに記されてる(そのせいで若干見づらいんだけど、それ言うとまた勉強させられる羽目になるので我慢)けど、ほぼ常駐して本陣全面を守れるのは……紫苑の率いる黄忠隊のみだ。けどまあ、重騎兵・弓兵で固めた防御力重視の部隊だし、大丈夫だとは思うけど?
「私なら大丈夫よ、愛子ちゃん。戦局を見極めて、どう動くかぐらいの判別はできるから」
「そうですか? ならいいんですけど……」
「そうとも、工藤殿。第一、舐めてはいかんぞ。紫苑もまた、我ら同様に一騎当千の武人として大陸に名をとどろかせる一人だ」
 こういう話題になると進んで出てくるのが星。まあ、言ってることはその通りなんだけどね。
 紫苑も、白兵戦での実力は相当に高い。楽成城でこそ愛紗とは戦わなかったけど、その後僕らの城へ帰ってからやっていた訓練では、木刀を持った歩兵10人を相手に、自分は弓と10本の矢(訓練用)で……つまり1本も無駄にしないで打ち伏せるという離れ業をたやすくこなしていたほどだ。それも、一度に3〜5本同時に放ったりするからまたすごい。
 戦略を使う知将としての側面もあるし、一人でも十分だろう。
「そういうことだ。それに……」
 それに?
「年の功もあるしな。伊達に我らより長きを生きては……」
 と、その瞬間。

ギラッ!

 とかバックに描き文字でも出そうな殺気と共に、紫苑の目が星に向けて光った。
 その場にいた全員が……それを視認していない者までも……木枯らしが吹いたかのように身を震わせる。い、今のって……やっぱり……
「……ねえ……星ちゃん……?」
「……し、紫苑……?」
 背後に無限の闇を背負った紫苑が、静かな、しかしだからこそ凄みのある声で星に語りかける。
 誰に何を言われようとのらりくらりとかわせるほどに豪胆・口達者な星でさえ、展開する紫苑のダークサイドには冷や汗が止まらない様子。
 いや、星だけではない。
 玉座の間全体を包む静謐な闘気は出席者全員に牙をむき、微細動の誘発や発汗作用など、見方を変えれば健康的かもしれないが本質的には全く健康的でない作用をもたらしていた。
 この空気からもわかる通り、実は紫苑、ひそかに年齢(とし)のことを気にしてたりする。
 愛紗や星なんかを見ればわかるように、僕らの軍の大将軍クラス6人の平均年齢は20歳に満たない。さらに朱里や鈴々なんかは他の3人にもまして幼な……若いから、その平均年齢をさらに下げる要因となっている。が……その中でただ一人成人しており、しかも人妻子持ち(未亡人だけど)である紫苑が、平均年齢を20歳フラットまで増加させる原因となっているのだ。
「おしゃべりもいいけど、あまり口が過ぎると……お嫁に行けなくなっちゃうかもしれないわよ……?」
「……う……うむ……。わかった、すまん。以後気をつけよう……」
 口達者な星がここまでうろたえる姿なんて、そうそう見れるもんじゃない。場の空気がコレじゃなければ写メでも撮っておきたいぐらいだ。
 けど……紫苑のその悩み、別に気にすることじゃないと思うんだけどな。
 いくら愛紗達との年齢に開きがあったって、そのせいで何か不自由してるわけでもないし……ルックスにしても全然みんなに負けてないしね。ちょっと無理すれば女子大生でも通じそうなくらいだ。
 ……ていうかそう考えると、もともと紫苑ってそういうこと気にするようなタイプじゃない気がするんだけど……何か年齢を気にしなきゃいけないわけでもあるんだろうか? 
 戦闘……どこも衰えてる様子はない。
 政治……ホント見事。朱里、雄二、霧島さん、白蓮と共に一切を取り仕切ってる。
 子育て……特に問題ないように見える。親子仲も至って良好。
 ……どれもさして関係なさそうだけど……?
444 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 22:29:00.53 ID:xmrrKX3z0
「もう……こんなに年上で子供もいるっていう時点で、星ちゃん達若い子には少し不利なのに……」
……? 何で僕の方をちらちら見ながら何やら呟いてるんだろ? ていうか、不利とか何とか聞こえた気がしたけど……何に?
「でも……あきらめませんからね!」
 だから、何を?
「やれやれ……当の本人のこの鈍さはもはや罪じゃな……」
「…………いつもながら見事」
「気にしたって仕方ないだろ。ほら、もういいか? 会議続けんぞ?」
 秀吉達が言ってることも一向に判らない……あ、もしかして別に僕に関係ない事柄なのかな? じゃあわかんなくても無理ないし、わかんなくてもいいよね。
「い、いつもながら奇跡の鈍さね……」
「はい……こうなるとわかってても、驚いちゃいます……」
 美波と姫路さんのコレも関係ないんだろうか? う〜ん……。
 まあ、この話題はここまで、ということで、朱里が気を取り直して発言した。
「じゃあ、他に質問はありますか?」
「あ、じゃあ朱里ちゃん、いいですか?」
 お、姫路さん。
「今回の戦いって、呉との共同戦線なんですよね? 同盟を組んだ呉の皆さんは、どういう形で戦線に参加するんですか?」
 なるほど、もっともな疑問だ。
 同盟を結んで戦うっていうのは、兵力その他が大幅にUPする代わりに、両軍間の連携がきちんと取れないと、普通に戦うことすら難しくなる……っていうリスクがある。戦闘をスムーズに進めるためにも、その情報は確かに知っておきたいところなんだけど……。
 それに答えるのは、どうやら朱里のようだ。ぱらぱらと資料をめくって、
「えっと……今回の戦闘では、呉の孫権さん達は基本的に援護。大々的に戦線に加わるようなことはありません」
「え? そうなの?」
 あれ、意外だな。てっきり2軍力を合わせて、圧倒的な兵力で突撃―!!って感じになると思ってたのに。
「へー、何で?」
 と、工藤さん。意外そうなところを見ると、僕と同じ見解だったらしい。
「はい、今回はこちらから頼んでそうしてもらったんです。呉の軍には、あまり直接戦闘にかかわって欲しくないので……」
 ? それって……
「朱里は、孫権が裏切ると?」
「あ、いえ、孫権さんは大丈夫だと思います。話した所、義に厚い型のようでしたから」
 うん、それは僕も思った。
 一族の名と誇りに欠けて誓う!とか、フィクションでしか聞くことのないであろうセリフを実際に言うくらいに真っすぐで実直な人だった。それもカッコつけじゃ絶対ない感じだったし……一緒にいてどことなく、頼もしさすら感じる人だった。あの人に裏切り……って似合わなすぎる。素人の僕でもわかるよ。
けど、じゃあどうして?
「……周瑜の存在?」
 と、霧島さんが発言。あれ、周瑜って確か……。
「はい、呉軍の筆頭軍師です。現・呉軍の中でも最古参の人物で、先代呉王にして孫権さんの姉君・孫策(そんさく)さんの片腕として活躍し、大国『呉』の基盤を作り上げた人……」
「なるほど……この曹魏との決戦っていう一大事に、何もせずにじっとしてるとは考えにくいわね……」
 朱里、紫苑からそんな意見。……そんなに危険なの? その人。
 ……っていうか、王の孫権が方針決めてるのに、何で軍師の方を心配しなくちゃならないの?
「そういや、孫権と周瑜って上手く行ってないんだっけか?」
「え? そうなの?」
「はい、周瑜と孫権は、どうも執政・軍事などに関しての方向性が違うようなのです。他国の併呑と自国の領土の拡張……すなわち、孫呉3代の夢と称される『大陸統一』をかたくなに掲げる周瑜に対し、孫策はどちらかというと保守・現状維持派で、自国に火の粉がかからぬならば、とくに周辺諸国をどうこうしようと考えることはない、と」
「ぎくしゃくしてる……ってわけか。なんだかな〜……自国内で難儀なこった」
 某コメンテーターを思わせるセリフを混ぜて、ため息交じりに翠がそう呟き、続ける。
「つまり、その周瑜が何か仕掛けてくるのがこえーから、戦線からは外れてもらった……ってわけか、朱里?」
「はい。でも、それだと同盟の意味がない、とのことで、孫権さんは少数からなる部隊を複数率いて、遊軍として動かしてくれるとのことです」
 お、それはありがたい話だ。
 僕んとこの遊軍は恋と華雄の部隊の2つ……それも実質は1つなんだけど……だから、移動範囲が制限されまくってて使い勝手がよくない。だから、自陣の守備を気にせず動かせるその呉の遊軍は単純に助かる。孫権、いい仕事するなあ。
「……オイ明久、さっきから気になってたんだが」
「え、何、雄二?」
 と、唐突に口を開いた雄二に声をかけられ、そいつの方を見て見ると……。
 何だ、その僕を見据える三白眼は? 僕が何か?
「……今のを決めた合同軍議……お前も出席してたよな?」

 ぎくっ

「あれ、その割には吉井君……朱里ちゃんの回答全部に反応してなかった?」

 ぎくぎくっ

「そういえば、一緒に出たっていう坂本君は何も反応してませんでいたよね。知ってるみたいでしたし」
「……雄二だけじゃなく、私達4人以外はみんな無反応だった。土屋がパソコンで中継してた……って話だったし」
「それをアキが知らないってことは……」
「ったく……おい明久。てめえ軍議聞いてなかったのか?」
 ため息を惜しげもなく織り交ぜた、呆れた雄二の一言。
「やれやれ、お前仮にも太守だろ、聞いとけよバカ」
「ち、違う! 誤解だよ雄二!」
「じゃあ何なんだよ、居眠りでもしてたのか?」
「見くびるな! 僕はそんな大事な会議の場で聞いてなかったり居眠りするような不謹慎な男じゃない! ちゃんと聞いてたけどさっぱりわかんなかっただけだ!」
「そっちの方がひどいだろ!?」
445 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 22:29:49.90 ID:xmrrKX3z0
全く雄二の奴、僕がそんな不真面目な奴だとでも思ったのか? つくづく失礼な……。こいつは邪推以外の考え方が出来ないのかね?
「邪推以前の問題じゃと思うのじゃが……」
 聞こえません。何も聞こえまセン。
 主の情けない姿から目を背けたいがためか、再び朱里が口を開く。
「え、えっと……他には……」
 と、その時、

 バタン!

「失礼いたします! 最前線にはなっていた斥候部隊より、曹操軍が再出撃の準備を始めたとの報告が届きました!」

「「「え!?」」」
 ノックも無しに部屋に入って来たことをとがめるより前に、その兵士が口に出した内容に、僕らは驚愕して声をそろえた。
 い、今、何て……?
 僕らの唖然とした顔を気にすることなく……もしくはこの人自身、気にする余裕がないのか……伝令兵はさらに続ける。

「旗印は暫定で、『夏候』、『許』、『荀』、それに……牙門旗に『曹』とのことですっ!」


446 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 22:30:34.94 ID:xmrrKX3z0
曹魏編
第71話 川と橋と地元知識


 結論から言えば、それは凶報だった。
 おそらく魏軍の再出撃までには、早くともあと1週間くらいはあるだろう、との朱里の見たてだったし、呉の陸遜さんも大体同じような予想だった。ゆえに、僕らも呉軍もその方向で準備を進めていたのだ。
 ……なので、コレ正直ヤバい。早すぎ。
 苦々しげな表情で、星が言う。
「……どうやら、先の戦で決着がつくと同時にか、もしくはそれ以前……夏候惇らが帰還するより早い段階で、次戦の準備を始めていたようですな。でなければ、とてもこのような早さで再出撃には至れまい」
「はい、迂闊でした……」
「さすがは覇王・曹操……といったところかしら。やることに隙がないわね……」
 朱里、紫苑も動揺を隠せないらしい。
 僕らが再戦の時期の見たてを遅くとると読んで、その裏をかくために早め早めに準備を進めてた、ってわけか……。あの金髪くるくる娘、腹立つけどやっぱり実力は確かなんだな……。夏候惇とかが仕えてるだけのことはあるか。
「面倒なことになったな。この分だと、連中とバトるのがここから随分近くになっちまうんじゃねーか?」
「だろうな。しかも、今の情報はご主人様達の『けーたい』を使ったような即時的なものではなく、斥候の馬で届けられたものだ。おそらく、もう既に奴らは出陣している頃だろう」
「てことは……こっちもすぐにでも出発しないとまずいのだ!」
「……遅れればその分、開戦地点が国境側にずれて、進行が面倒になる」
 ……考えればいくらでもネガティブな意見が出てきそうだな。
 でも、今はその考えている時間すら惜しい。それはここにいる全員の共通の認識だったようで、その全てを代弁する形で雄二が声を張った。
「軍議再開だ。速攻でこれからの方針決めて、孫権に通達しなきゃならねえ。帰って来た斥候をここに呼んで、情報を詳細に、全部報告させろ。対策を練る」
447 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 22:32:47.11 ID:xmrrKX3z0
 ……と思ったけど、
 相互の伝令の手間が面倒なので、この際一緒に話し合ってしまおうということで、呉の皆さんと再び一緒に軍議することにした。
 メンバーは前と同じだ。程なくして、全員が呉の陣地の仮説軍議場所に揃った。無論僕らは、軍議の内容が城内で待機してるメンバーにも伝わるよう、例のスパイセット完備で。
 ただし今回は効率を重視するということで、全員で画像を共有する目的で、シアターセットを軍議で使うことにした。

「……というわけでして、私と陸遜さんで話し合った結果、」
「曹魏軍との開戦はこのあたりになると思いますです〜」
 と、前に出ている朱里と陸遜さんが、スクリーン代わりの布壁に映し出されている地図上の一点を指し示した。
 案の定というか、シアターセットが登場・起動したときは、孫呉の皆さんは『何だコレ!?』全開の驚いた表情だったが、すぐに気を取り直して軍議に集中してくれた。やっぱり根がまじめなんだろうか。
 さて、それで朱里が指し示した地点はというと……
「川?」
「はい。進軍速度にもよりますけど、恐らくこの川の近く……少し超えたあたりじゃないかな〜……って思います」
 指示棒の先には、僕らの軍と魏軍の地点間の、直線距離でちょうど中間地点あたりに流れる川があった。
 地図の縮尺から考えて……そんなに巨大……ってわけじゃないけど、それなりに大きさも深さもありそうだ。
「えっと、この川を少し超えたあたり、っていうと……」
「必然的に我ら同盟軍は、前を魏軍に、後ろを川に挟まれた状態で戦うことになるな」
 僕の言葉を引き継ぐ形で孫権が言った。
 ん〜、そうなんだよな〜……。
 僕でもわかるように、川を渡り終えてすぐ開戦、ってことは、陸側から攻めてくる魏軍とは対照的に、僕らは川を背にして、それも結構川岸に近い位置で戦うことになる。
 当然、陸の面積が少ないわけだからとっさの陣形変更に使えるスペースは少ないし、水の中に入れば足を取られて移動も遅くなる。いざという時に一時的にでも後ろに下がるだけのスペースもない。別に敵じゃないけど、挟み撃ちにされてるのと一緒……ってことかい。
「朱里、この川ってどうやって渡んだ?」
「はい、丁度この地点に橋がかかっているんです。もともとは魏軍が進軍用に造った橋で、かなり大きいですから、軍隊ごとでも十分渡れるんですけど……」
「一気に、ってわけにもいかないんだろ? そこまで大きくはないだろうからな。どうしても、渡る時は隊を小分けにしてゆっくり……って形になるわけだ」
「はい……だから、全軍を渡すのに結構時間がかかる上に……」
「一度渡っちゃうと、後続の部隊がいるから後戻りできないんですよね……」
 はあ……と、朱里と陸遜さんのW軍師がそろってため息をつく。
 う〜ん……この様子だと、2人とも、この問題について既に相当悩んで、しかも解決策はまだ見つかってないと見える。
 どうやら孫権もそれを察したのか、陸遜さんに問いかけることはせずに、
「……思春」
「はっ」
 隣にいる甘寧に声をかけた。
448 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 22:33:48.52 ID:xmrrKX3z0
「お前はどう思う? この苦境に際し、何か策は思いつくか?」
「はっ、そうですね……」
 少し考え、甘寧は顔を上げた。
「申し訳ないのですが、自分には何も……。やはり、可能な限り早く進軍して、魏軍との接触までに可能な限り多くの兵を向こう岸に渡します。開戦後は、防衛に徹しつつ、後続の部隊の合流を待つのが、現状では得策かと」
「お前もそう思うか……。穏、この策……どう見る?」
「ん〜……定石通りに行くなら、それでいいと思います。でも……楽な作戦じゃないですね……。ね、諸葛亮さん?」
「はい、確かに……。向こう岸にいる少数の兵隊のみで戦って敵の攻撃をしのぎつつ、少しずつ兵隊さんたちを渡すわけですから……かなり苦しい戦いになると思います」
 陸遜さんに続く形で、朱里も難色を示す。
「だろーな、最初のうちは特に、戦闘に参加できる兵数そのものが少ねーからな」
「しかし坂本殿、それは敵も同じでは? いくら曹操自ら出撃の意思を示しているとはいえ、それほどの大軍を強行軍で素早く運べるはずもない。この付近での開戦となると……比較的少数の先遣隊だろう」
「かもしれません。でも愛紗さん、忘れないでください。その部隊を率いるのは、おそらく夏候惇さんか夏候淵さんのどちらかです。こちらは兵力が充実するまでは防戦の選択肢しかない状況ですから……魏の誇る猛将相手では、先遣隊でも相当に苦しい戦いです」
「うっ……そうか……」
 聞けば聞くほど、厳しい状況だってことがわかる。
 数じゃこっちが勝るっていうのに、見事にそれが意味をなさなくなってる。……さては曹操、そこまで計算済みだな?
「ねえ、もうちょっと急いで、ここにある城あたりまで行けないかな?」
 川の向こうに少し進むと、城を表す記号が1つポツンとある。川岸からそんなに離れてないみたいだし、最悪城攻めになっても、このあたりまで行ければまだ楽なんじゃ……?
「時間が足りんだろうな、今のこの状況では」
 と、孫権。
「もう1週間早く出ていれば、可能だったかも知れんが」
「そんなに早く? 川岸からそんなに遠くなさそうだよ?」
「恐らくこの城は、魏軍が中継地点として使うはずだ。早めに到着して、滞在の準備を整えておくだろうということを考えれば……恐らく我々の軍の先鋒が橋を渡りきる頃には、この城に陣が形作られ、戦闘態勢になるはずだ」
 やれやれ、川と魏軍に挟まれる上に、その向こうに城まであってそこでまだ魏軍が待ち構えてるのか。まずは川の問題を何とかしなきゃってのはわかってるんだけど、やっぱうんざりするな……。
 何にしても、まずは川か。う〜ん……。
「朱里、船とか使ったら、もう少し早く渡せないかな?」
「使えなくもないと思いますけど……何せ、渡す軍隊の数が数ですから……。今から即興で用意できる船の数も、それ一艘あたりに乗れる人数も限られてきますし……」
 やっぱり効率的にだめか。それじゃあ……
「じゃあ、今から新しく橋を作るとか……」
「本気で言っているわけではなかろうな、吉井?」
 孫権にぴしゃりと制されてしまった。結構本気だったってのは黙っていることにしよう。孫権だけでなく、愛紗あたりにも怒られそうだし。
 でも……そうなるとやっぱりやり方ないよね?
 となると必然的にさっきの案ってことになるけど……夏候惇とかの攻撃を防ぐだけの防御力を発揮できるかって言われると、それもあまり自信は持てないんだし……。
 そもそもこの川が曲者なんだよな……。橋は一気に渡れないし、船も使えないし、泳いで渡る……論外か。たかが地形なのに、砦並みに厄介だ。
 おまけに斥候を放ったムッツリーニの話だと、最近上流で雨が降って流速も水かさもやや増してるって話だし……ますます泳げないなこれは。
 でもそうすると陸路で行くしかなくて、でも陸路は橋しか無くて、でも橋使うと時間がかかって兵を少しずつしか渡せないからロクに戦えなくて、だからって渡らずに渋ってるとその橋を塞がれて全く侵攻できなくなって、そうすると他の道を探さなきゃだけど……って橋しか道が無いんだって! あーもうループ!
 試召戦争とかなら、こういうジャンルのことをすぐさま奇策で解決してくれる雄二も、今はこうして今は頭を抱えてるし……朱里も、陸遜さんも同じような感じ。城にいるメンバーからも音沙汰なし。誰も策は思いついてない……と見ていいなこりゃ。『機動力の不足』か『防御力の不足』……この2つのうちどっちか一つでも解決できればいいんだけど……。
 あ〜もう! こうなったらいっそのこと兵士全員でサーフィンでもして一気に川渡る? ちょうど水かさも増えて流れも速くなってるんだし、大きめの板でも浮かべれば……あれ、でもサーフィンって水かさ云々じゃなくて波が無いとできないのか。
 ていうかそんなサーフボードとかどこにもないし、華麗にサーフィンなんかするだけのテクも兵士達にはない(僕にだってない)。 全く僕は、いくら何も浮かばないからって何考えてるんだか。そんなことしたらみんなまとめて水洗トイレよろしく川に流されるのがオチだろ……
449 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 22:34:45.86 ID:xmrrKX3z0
………………ん?


 ………………川に……流れる……?
 何だろう、今、何か変な違和感が頭をよぎったような……?

「…………?」

 サーフボード……板……
 増水して流れの早い川……
 浮かぶ……浮かべる……流す……川に……
 そして……『防御力不足』……

 その瞬間、僕の頭に一つの考えが浮かんだ。
 まぶたの裏に映るのは……この世界に来る前に、向こうの世界で読んだ、ある漫画の1シーン……。
 地図を見て見ると……その橋があるのは、そのかわ全体でみた所の大体……中流から下流ってとこかな。で、えーと、その上流の方にあるのは…………『涼州』。
 あれ、ここってたしか……
「……雄二」
「あ?」
「ここ……翠の地元じゃなかったっけ?」
「ん? ああ……そうだな。まあ正確には翠の地元は『西涼』だからもうちっと西だが……涼州だから地元っちゃ地元だな。それがどうかしたか?」
「いや、ちょっとね」
 そっか、翠の地元か……だったら……。
 や、まあそんな都合いいことはないと思うけど……一応聞いてみようかな。
 何の前触れもなく変なことを聞いた僕にみんなの視線が集まってたけど、気にせず僕は小声で、口が動かないように注意しつつ、襟元のマイクに話しかける。
「ねえ翠、聞こえる?」
『え? あ、ああ、聞こえてるぜ。どうした?』
 と、耳のイヤホンから翠の声。
『なんか、あたしの故郷のこと話してたみたいだけど……』
「そのことなんだけどさ……」

 ……で、聞いてみると……

『あー……そういやこの近くにそんな感じのがあったかも……』
「え、本当!?」
『ああ、他国との戦いに備えてのつもりだったんだけど……その前に曹操の奴に攻め滅ぼされちまったからさ……。外側だけで、未完成のままだったはずだ。材料とかもそこにそのまんま残ってると思うぞ?』
 との答え。マジで!?
 翠から帰って来た予想外の好答に、正直僕は自分で驚いていた。いや、ホントびっくり。都合良すぎて逆に怖いけど……でもそれ……使えるんじゃない?
『でもご主人様、そんなのどうすんだ?』
「ん……ちょっとね」
「何だ明久、お前何か思いついたのか?」
 と、音声共有型のイヤホンを使っているがゆえに一連の会話が聞こえていた雄二が、同じく小声で聞いてきた。
 それにこたえる意味も込めて、今度は僕は普通の音量で、みんなに聞こえるように言った。無論、たった今考えついたこの策を聞かせるために……だ。
「あのさ、こんなのどうかな?」
 僕の声に、愛紗や朱里、孫権に甘寧に陸遜、軍議に出てる全員がこっちを向いたのを確認して、僕は話し始めた。
450 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 22:35:35.67 ID:xmrrKX3z0
魏領・とある支城 玉座の間

「華琳様。只今、春蘭達の部隊が、中継地点の支城へ到着したと報告が」
「ご苦労様……では桂花、秋蘭、あなた達もそろそろ支度なさい」
「はっ」
「御意……」
 許昌を出た曹魏軍は、その途中にあるとある支城にて陣を構え、夏候惇・許諸・張遼を先行させ、残る曹操・荀ケ・夏候淵は出陣の機をうかがっていた。
 その待機部隊の指揮官である荀ケと夏候淵は、今玉座の間の主の前で片膝をついていた。
「桂花、出陣の前にもう一度……あなたの考えた策を述べて御覧なさい」
「はい。まず、先行した春蘭の部隊が現在いる支城にて支度を整え、その後、機を見計らって橋を渡ってくる同盟軍を攻撃します。同盟軍は橋を渡る際の機動力の低さがあだとなり、軍は少数しか渡り切れていない上に、川によって退路を断たれた状態……魏の精兵の力をもってすれば、殲滅はたやすいでしょう」
「なるほど……それで?」
「仮にその局面をしのぎ切ったとしても、いえ、状況次第では一旦春蘭を退かせ、誘ってみるのもいいでしょう。兵力が整い、奴らが攻勢に出た所へ、張遼の部隊が横撃をかけて統率を崩し、さらにその後秋蘭の部隊を合流させます」
「混乱状態にある同盟軍を、波状攻撃で一気に撃破するというわけね……賢い策だわ。その策の通りに戦が運べば、我ら魏に負けはないわね」
「はい、ですから華琳様におかれましては、この城からお出になることのありませんよう……」
「我々が、必ずや勝利の報を手に凱旋いたします」
 荀ケ、夏候淵の2人は、念を押すようにその主に向けて言った。
 当然のことだろう。2人にとっては、危険な戦場に主である曹操を連れてくること自体猛反対だったのだ。しかし、状況は悪化の一途をたどり、ついに自ら出ることを決意した曹操を2人は……否、既に城を出撃した夏候惇を含めた3人は説き伏せられなかった。
 それでも、まず自分達が先行して敵を攻撃し、もしそれで仕留められなかった場合は曹操を呼ぶ、という形を何とか取り付け、実質の所の、曹操を戦いの場に呼ぶことなく決着をつける最後のチャンスを手にしたのである。
 ゆえに彼女らの胸には、勝利への並々ならぬ思いがあった。
「そうね……あなた達がこの戦を制し、吉井と孫権……2人の首を持ち帰ってくれれば、私が出る必要はなくなるのだものね……期待しているわよ」
「「お任せ下さい、華琳様」」
 荀ケは練りに練ったその策をもって、夏候淵は磨き上げたその武をもって、その主を天下人へと導くため、踵を返して玉座の間を後にした。
 目指すはこの城より北……夏候惇の待つ、川のそばの支城。
 そして……その先に広がる平原……すなわち、同盟軍との決戦の場所……。

451 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 22:36:48.77 ID:xmrrKX3z0
一方、同盟軍陣営

「「「………………」」」
『『『………………』』』
 一同、唖然(城内で視聴してるみんなも含めて)。
 どうやら……僕が提示した案が、よほど衝撃的だったと見える。
 そんな中、雄二はいち早く我に帰り、
「お前は……たま〜にそういうとんでもねぇ発想思いつくよな……」
 半分感心、半分呆れ、といった感じの微妙な笑みを顔に浮かべながら僕を見ていた。
「ご……ご主人様……それはつまり……」
「はわ……はわわ……」
「か……可能なのなら、魅力的かつ効果的な案かも知れんが……穏、思春、こんなことが出来るのか?」
「え、ええと〜……確かに、準備さえきっちりすれば可能かもですけど……」
「確かに……我々の軍も、工兵部隊は連れて来ていますし、人員さえ充実させれば……」
 皆さんやっぱり戸惑っていらっしゃいますね。
 少し遅れて、イヤホンからもなにやらざわざわと聞こえてきた。向こうも似たような空気になってるなこりゃ。
 まあ……無理もないか。何せ自分でもちょっと笑っちゃうぐらいに突拍子もない奇策だし……。
 けど、全く夢物語な机上の空論、ってわけでもない。
 何せこの作戦、日本の歴史上の人物が実際にやってのけたことなんだから。下準備さえしっかりすれば、可能なはずだ。
「翠……えっと、僕らの軍の馬超に聞いたんだけど、それに使える設備も、ここから少し西に行った所にあるんだって。今から行って作業にかかれば、多分間に合うと思うんだけど……」
「どうだ、朱里? やれっかなコレ?」
「あ、はい! えっと……そうですね……急げば、作業とか全部合わせて……だから……
何とか間に合うと思います!」
「ホント!?」
「そうか……ならば吉井」
「うん?」
 顔を向けると、真剣な顔をしている孫権が目に入った。
「その案……乗らせてもらおう。かなり突飛ではあるが……成功した際に得るものは計りしれん」
「そうですね〜、何せ問題がほとんど全部一気に解決する上に、敵の士気もめちゃくちゃ下がっちゃうでしょうしね〜……」
 感心した様子の声で言う陸遜さん。その反対側の隣では、甘寧も小さくうなずいていた。
 つまり……協力してこの作戦の成功のために動けるってことだ! こりゃいいや!
「よっし! じゃあさっそくとりかかろっか!」
「そうだな。この作戦は恐らく迅速さが命だ。思春、穏、直ちに手配しろ」
「愛紗、朱里、俺らの方も頼むわ」
「「「御意(です)!!」」」

 元気なその返事と同時に、軍議は閉会。細かいことは後で決めるとして、ちゃっちゃと準備はじめよう!
 いやいやよかった。もう散々な状況だったけど、この作戦なら……全部一気に解決だ!
 まあそもそも、わかってたんだよ。何でここで困るのか……って理由自体は。

 橋が無いから渡れない。
 兵が少ないし、設備もないから守れない。
 というわけで、機動力も防御力も頼りなくなる。



 …………無ければ、作ればいいんだよね。
452 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 22:37:50.08 ID:xmrrKX3z0
曹魏編
第72話 歴史と名前と一夜城

 ある夜
 とある橋の付近 = 魏軍との決戦予定地

「ふぁ〜……」
「しゃきっとしろボケ。総大将がみっともねえ」
 そんなこと言ったって眠いもんは眠いんです。
 早足で行軍し、この橋に到着→渡りきったのが、夕方になるちょっと前。時刻は午後8時。結構暗いな……平原は地平線のシルエットくらいしか見えない。
「う〜……眠くない眠くない眠くない僕は眠くない〜……っと」
「やれやれ……。朱里、今どんな感じだ?」
「あ、はい、工兵部隊の人達を中心に順調に移動しています。もう少しで必要なだけの人員がそろうので……それに続けて、兵士の人達も移動させるつもりです」
「大丈夫かな? 明日多分戦いになることを考えると……ほとんど徹夜になるよ?」
「それ考えて昼間に仮眠取ったんだろ? 一日くらい何とかなる。それに……」
 そこで雄二は周りを見回して、
「完成すれば、割とゆっくり休めるだろ?」
「まあ……そうだけどね」
 肩をすくめて一応の同意をしておく。
 まあ、大方のお察しの通り、今僕らは先日僕が発案した『ある作戦』を実行に移している最中だ。
 といっても、夜中に何やらやっているからって、夜襲ではない。そんなことをすれば、恐らくすでに支城を出て陣を構えているであろう魏の先遣隊に見つかるだろうし。
 僕らがやっているのは……もっととんでもないことだしね。
「アキ、お疲れ」
「あ、美波」
「お、島田。橋の方どうだった?」
「うん。『こーへー部隊』だったっけ? 移動終わったわよ、今から戦闘部隊」
「ご苦労様です、美波さん」
 朱里、ぺこりと一礼。そしてすぐに、これからのスケジュールが書かれた髪の束をめくり……
453 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 22:38:44.48 ID:xmrrKX3z0
「…………くぁ……」

 豪快に、しかし可愛く欠伸をした。
「はわぁっ! す、すいません、私……こんなみっともない……」
 ……軍師だの何だの言っても、やっぱり女の子なんだなあ……こんな時間に起きてるのはつらいみたいだ。
 そういえばいつだったか……テストの勉強で美波の家に行った時も、葉月ちゃんは、大体このくらいの時間になると寝ちゃってたっけ。
 朱里も同じだ。普段、僕ら高校生顔負けの仕事してるから、今まであんまり気にかけてなかったんだけど……朱里だってまだ子供なんだ。夜になれば眠くなるに決まってる。
 美波もそれを察したのか、
「朱里ちゃん、眠いんなら無理して起きてなくてもいいのよ?」
「い、いえっ! ご主人様や皆さんが頑張ってるのに、私だけ休むなんて! それに、私には作業の監督をするっていう仕事が……」
 ふるふると首を振って眠気を飛ばし、あくまでもその場に残ろうとする朱里。けど、やはりその目は半開き……。健気というかなんというか……やっぱり朱里は責任感が強すぎるというか、甘えるってことを知らなすぎるな。
 まあ、それが彼女の良さなんだろうけど……こういう時くらいは甘やかしたくなってしまう。
「いいよ朱里、そのへん僕達がやっとくから、もう休んで?」
「い、いえそんな……」
「朱里ちゃんいいのよ。そんなにフラフラじゃ、出来ることも満足にできないでしょ」
「そーゆーこった。それに、明日は戦場で存分にその腕を発揮してもらうことになるしな」
「でも……」
「…………夜更かしは美容の大敵」
「「おわ!!」」
「きゃあ!」
「はわぁっ!?」
 ……ってムッツリーニ! リアルに怖いから暗がりから気配を消して突然現れるな! び……びっくりした……。
 朱里や美波なんか、金切り声あげて腰抜かしちゃいそうなくらいに驚いてるし。
「はわわ……む……ムッツリさん……?」
「…………朱里」
 と、おもむろにムッツリーニが朱里を見下ろして一言。
「…………あまり根を詰めすぎると、明日の仕事に差し支える」
「は……はぁ……」
 おお、ムッツリーニがまともなことを言ってる。普段ああいう姿(鼻血とか鼻血とか鼻血とか)しか見てないだけに、いたいけな少女に対して普通に思いやりをかけてるムッツリーニはやけに新鮮だ(失礼)。
「ん、まてよ。ムッツリーニ、お前がここに来たってことは……」
「…………(ぴっ)」
 ムッツリーニは黙って、川の上流の方を指差した。
 そっちの方を見ると……お、来た来た。
 川の上を、いくつものたいまつの光が滑るようにこちらに向かってくる。……どうやら、秀吉達も上手くやったらしいな。
「来たか……じゃあムッツリーニ、指揮補助頼めるか? 朱里ちょっと寝かすからよ」
「…………(コクリ)」
「えっ……で、でも……」
「朱里ちゃん、いいから寝なさい。明日、戦場で眠くなって正常な判断が出来なくなっちゃったら、その方が困るでしょ?」
「あぅ……」
 まだ何か言いたそうだったけど……どうにか納得してくれたみたいだ。名残惜しそうにちらちらとこっちを見つつも、陣の天幕の方に戻って行ってくれた。
454 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 22:39:24.36 ID:xmrrKX3z0
 さて……と。
「それじゃ雄二」
「おう」
「終わったら起こしてね」

 ごすっ

「お前は寝るな」
「冗談だよ冗談!」
 全く、コイツ少しは考えるってことをしろよ! みんなが頑張ってくれてるのに、僕がそんな本気で寝るはずないじゃないか。冗談の一つもわからないなんて、こいついつからそんな堅物に……
「そのくらいわかってる」
 なお悪いわ!
 何で冗談とわかってて殴る!? それもうただの私的感情だろ!?
「やれやれ、バカの相手も疲れるな。んじゃムッツリーニ、島田、明久。秀吉と工藤が合流し次第、作業始めんぞ。幸い、今日はほぼ満月で明るいし、この分だと明け方にかけてもやがかかるら、連中からはここの様子がギリギリまで見えない、絶好の好条件だ。今夜中に仕上げる」
「「「了解」」」
 やれやれ、これ僕の発案なのに、見事に仕切ってくれちゃって。
 今すぐにでも雄二を殴りたい衝動をどうにかこらえ、僕はこれから行う作戦の重要性を再認識しつつ、川をいかだに乗ってすいすいと下って来る秀吉達の到着を待った。
 ……まあ、厳密にはいかだじゃないんだけどさ。

455 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 22:40:02.79 ID:xmrrKX3z0
翌日、早朝
 魏軍最前線、夏候惇・許諸部隊

「ふあぁ〜、よく寝た〜!」
「全く、すこしはしゃきっとしろ季衣。兵達の士気にかかわるだろうが」
「あはははは、ごめんなさい春蘭様」
 周りの目を微塵も気にせず大欠伸をする季衣に軽く釘をさす。
 昨日の夕方、文月と孫呉の同盟軍が、遂に橋を越えてこちら側絵進軍を始めたという報告が入り、私と季衣の軍は兵達に早めの睡眠を取らせ、夜中から明け方……すなわち今に至るまで出撃の準備をさせた。
 現在我々は、平原に陣形を整えて整列し、同盟軍の先鋒の一部隊を強襲するために駆け足で進軍している。その目的に合わせ、陣形も攻撃翌力の高いものを選んだ。攻撃に重点を置きすぎている節があるため、城や砦を攻める際には不向きなそれだが、今回は白兵戦。しかも、逃げ場はおろか動く場すらろくにない雑兵共が相手だ。このやり方で問題はないだろう。
 しかし桂花も上手い策を考えたものだ。この位置で迎え撃てば、相手は川とわが軍に挟まれ、身動きが取れなくなる。後続にはさらに大部隊が控えているだろうが……その前に先遣隊を殲滅してしまい、その後でさっと退いてしまえば、後続の士気は目も当てられない者になるだろう。
 おまけに、そこから我らを追ってくるのならなお好都合。霞の部隊の横撃と、とどめに秋蘭の部隊による波状攻撃が待っている。
 橋を渡ってこちら側に来るという、その行為だけで奴らは防ぎようのない我らの策にかかるのだ。この戦……負けはない。
 ……負けてはならんのだ。絶対に……華琳様のために……。
「春蘭様、そろそろですよ。ほら、もやの向こうに何か見えてきます!」
「そうだな……季衣、準備はいいか?」
「もちろんです! ていうかもう、霞の横撃とか秋蘭様とかが出てくる前に、私達だけでケリつけちゃいましょう!」
 ふっ……頼もしいことを言ってくれるな、この小さな巨人は。
 ならば……私もそれに応えねばなるまい。
 剣を手にとり、私は兵士達の方へ向き直った。
「魏武の精兵達よ! この一戦こそが、天下分け目の決戦と心得よ! 我らの勝利こそが、曹魏の未来を担っていることを忘れるな! 命を惜しむな! 曹猛徳様にあだなす賊軍どもに、魏武の強さを刻み込んでやれ!」
 兵士たちは、私の一言一言を黙って聞いている。その静寂こそが、この者たちの強さを現しているのだ……と、私は感じていた!
「剣を振るえ! 槍を突き出せ! 弓弦(ゆんづる)の切れるほどに矢を放て! 突撃し、粉砕し、勝利をわが手につかむのだ! 我が声を、魏武の大号令と心得よ! 全軍、突撃――ッ!!」

 オオオォォォ―――――ッ!!

 大地を引き裂かんばかりに轟く、魏武の精兵達の咆哮。何と頼もしい光景か、これはいよいよ負ける気がしない。奴らの……同盟軍の震えあがる姿が目に浮かぶようだ!
 怒涛の勢いで、私と季衣の率いる部隊は同盟軍との距離を詰めていく。あさもやでまだ視界が悪いが、次第にその向こうに見える影が鮮明に見えるようになってきた。
 この分だと……おそらく向こうも我らの襲来に気付いているはずだ。陣を組み、応戦してくるだろう。しかし……部隊の移動が終わりきらず、少数しかこちら側の岸に渡っていない同盟軍には守ることしかできまい、そんなもの粉々に粉砕してくれる!
 次第に距離がつまり、もう半里もなくなったころ、その向こうに見える同盟軍の影が……

456 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 22:40:33.81 ID:xmrrKX3z0
(………………ん?)

 そこで初めて、私は妙な違和感に気付いた。
 影の形が……陣を組んだ軍隊とは少し違うような気がする。
 そして同時に、前線に何やら動揺が走っているかのような波を見てとった。どうした? 前線の兵士達が何か見つけたのか?
 次第に、行軍の速度が遅くなってきたようにすら感じる。何だというのだ、いや何であれ、この勢いを殺させるわけにはいかん!
「おい! 一体何が……」

 その瞬間、

 一迅の風が吹き、我らの軍と同盟軍の間でしきりとなっていたもやを吹き飛ばし……

「………………………………っ!?」

 私の目に、その動揺の正体をはっきりと映した。

「…………何……だと…………!!」
「え……えぇ〜〜〜〜〜!?」
 隣で、同じように季衣もまたその光景に驚愕しているということがわかった。
 ……無理もない。こんな光景……本来はあり得ない……はずだ。
 しかし……現に目の前に……
「しゅ、春蘭様……あ、あれって……どう見ても……」
「バカな……あの場所には……いやそもそも、昨日の斥候の報告では、あんなものの存在はなかったはずだ………! なぜ………なぜ………」
 私はこらえきれず、目の前にある最大級の異常事態に向かって叫んだ。


「なぜたった一晩のうちに……城が建っているんだぁ――――っ!?」
457 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 22:41:20.78 ID:xmrrKX3z0
文月・孫呉同盟軍 文月サイド陣地

「『一夜城(いちやじょう)』とは……すごいことやってのけたもんだな、俺らも」
「だね。我ながらよくやった、って感じになるよ」
 簡素ながらも重厚な、僕らが一晩で建立した城の中に設営した陣で、僕と雄二はそんなことを話していた。周りには、他の皆もいる。
 さっきまで外で聞こえていた魏の兵士達のものであろう雄叫びは、すぐに止んでざわざわという戸惑いを含んだ喧騒に変わった。
 まあ……当然だろうね。なんせ、昨日の夜まで何もなかった川原に、一晩で城が出来ちゃったんだから。

 そう、コレこそが僕が提案した、一発逆転の作戦……『一夜城(いちやじょう)』である。

 元ネタはもちろん、戦国時代に織田信長が家臣に命じて作らせたっていう『一夜城』だ。まあ、その時どこを攻めようとしていたのかとかは全部きれいさっぱり忘れちゃってたんだけど、あまりにインパクトが強い作戦だったから、その手法とかは丸々覚えてた。
 あの軍議の場で、僕が翠に『建設途中で中止になったり、今は使ってない比較的新しい城とか屋敷とかない?』って聞いたところ、運が良すぎることにこの近く、すぐ上流の部分にそういう城が一つある……って教えてもらった。そこで、思いついたわけだ。

 作戦の概要はこうだ。
 まず、現地の地理に詳しい翠と、連絡要員として秀吉&工藤さんを別動隊として分離し、川の上流にある、翠から聞いた建設途中の城に向かわせる。
 曹操の侵略で建設が中断しちゃったままだ……って話だったけど、外壁を含めたほとんどが完成状態だったため、作業は楽だった。ちょっと手を加えるだけでよかったからだ。そのまま大急ぎで作業を進めて、一旦城を、内装はどうでもいいから防衛の役割を果たせるような形にまで完成させる。
 そして……ここからが重要。
 組み立て後の形を詳細に記録し、城を解体するのだ。それも、ただバラバラにするのではない。プラモデルよろしく、まとまったパーツごとに、だ。その段階で、板の重ね張りとか、凹凸の調整とか、必要な作業を行う。そうするとどうなるか。
 何重にも板を重ねて補強され、一面をひとまとまりの1セットにされた壁や屋根は……そのまま川に浮かべられる『いかだ』になるのだ。
 柱やら工具やらはその上に載せてしまう。そして、全ての準備が整ったら秀吉達や工兵達もそのいかだに乗り、一気に川を下って下流の橋の所にいる僕らに合流する。……あとは……もうわかるよね?
 橋の所に到着したらいかだを引き上げ、それを再度『城』の形に組み直す。現場監督の雄二の指揮のもと、文月と孫呉の工兵部隊総出で夜通し作業にかかり……。
 そして……朝。
 一夜のうちに、見事な城……とまでは言えなくとも、至極立派な木造の砦が完成……というわけである。魏の連中は、さぞかし度肝を抜かれたことだろう。
 ちなみに内部は、とりあえず休憩できればいいや、ってな感じの超簡単なつくりになってるので、木材が必然的に余った。それを使って、上流での作業と並行していかだに似た丈夫な板を何枚も作り、下流に降ってきた際に橋の端っこに全部並べて接合することで橋の面積が広がり、兵隊の移動速度も2〜3倍にまで上がった。まあ、突貫工事だったからその付け足した部分は軽い装備の歩兵や弓兵とかしか渡れなかったけど、騎兵とかは元々あった橋を渡ってすいすい進めたから、十分だ。
 こうしてこの作戦により、一時的にだけど橋を広げたことによって『機動力』の、城を作ったことによって『防御力』の問題が2つとも一気に解決したわけだ。拡張した橋のおかげで、超早く兵隊たちを渡せるし、砦の上に『弩』もセットしたから、防御力も十分すぎるくらいだ。作りっぱなしの城が放置してあった翠の地元にひたすら感謝だね。
 へへーん、どうだ夏候惇、作戦ダダ狂いだろ? ざまーみろ!
「しかし何というか、複雑な気分じゃの。ワシらが過去の偉人と同じことをやってのけておるのだと思うと……」
「…………偉くなった気分?」
「かもしれんな、ふぁ……」
 と、川上からどんぶらこ、どんぶらこといかだ(パーツ)を運んできてくれた秀吉は、やはりというか眠そうにあくびをしていた。夜更かしが得意な今時の高校生でも、さすがに完徹はきついよね……正直、僕も眠い。
「秀吉、少し寝たら?」
「いや結構。これから戦いじゃというのに、仮にも『天導衆』たるワシが寝るわけにはいくまい。仮眠なら、決着がついてから取らせてもらおう」
「でも秀吉、夜更かしや疲労は美容に悪い、って言うじゃない」
「そうよ木下、寝不足は乙女の大敵なんだから、無理するとお肌に悪いわよ?」
「島田よ……暗に言うならまだしも、頼むからはっきりと明言してそのジャンルにワシをくくらんでくれ……」
458 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 22:41:52.87 ID:xmrrKX3z0
なんだか疲れた顔になる秀吉。やっぱり無理してるんじゃないのかな?
「でも、何だか面白いですね。木下君がこの『いかだを組み立てて運んでくる』っていう役目をやるなんて」
 と、姫路さんが突然そんなことを言い出した。 って、どういう意味?
「……ああ、そーいやそうだったな、確か織田信長の一夜城を作ったのは……」
「……偶然の一致」
「あれ? てっきりボク、それに上手くかけて人選を木下君にしたんだと思ってたんだけど……偶然だったんだ?」
「? なんじゃ、ワシがどうかしたかの?」
 きょとんとする秀吉。
 秀吉だけじゃない、美波やムッツリーニ、それに僕も姫路さん達の話してる内容がわからない。何がそんなに面白いんだろう?
「明久、お前覚えてないのか? ほら、織田信長の一夜城って、誰が作った?」
 え? 一夜城を作った人……ええと……あ、そうか!
 それで皆笑ってたのか、確かに、……どっちだったか思い出せないけど、これすごい偶然だしね。
「えっと、2人まで絞れてるんだけど……」
「おう、お前にしちゃ上出来だな。誰と誰だ?」
 ええと……
「『木下藤吉郎』か『豊臣秀吉』のどっちかだったはず……」
 どっちだっけ? まあ、どっちにしても『木下』と『秀吉』。ははっ、こりゃ面白いや、すごい偶然だ。みんなが笑ってるのもわかるってもん……あれ? 何で一転してそろってため息をついてるの?
「……その2人は同一人物だっつの……」
「さあみんな! いよいよ魏との決戦だよ! しまって行こう!」
 ため息交じりの雄二のツッコミを懸命に無視して、僕はカラ元気の声を張った。
 しかし本当に僕は……感心されたままじゃ終わらせてもらえないんだな……。

459 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 22:42:31.39 ID:xmrrKX3z0
曹魏編
第73話 反撃と横撃と戦略戦


 一夜城城内・呉軍陣営

「報告いたします孫権様! 敵前戦、依然として攻めることが出来ずにいます! その間に、我ら呉軍・文月軍共に川を完全に渡り切りました!」
「そうか……御苦労。下がれ」
「はっ!」
 陣営にて戦の様子を見守る私のもとに、そう報告が入った。
 地形も何もかもが敵に有利、しかもそれを率いるのは猛将夏候惇……相応の犠牲を払わねばなるまいと思っていたが……よもやこうも簡単にこの窮地を脱することが出来たとは……。
「よかったですね蓮華様、一時はどうなることかと思いましたけど……」
「ああ……そうだな」
「これも、『一夜城作戦』を考えてくれた吉井さんのおかげですね」
 隣でのんきににこにこと笑みを浮かべている穏。
 確かに……あそこであやつがこの案を思いつかなければ、ここで犠牲になる兵の数はこの5倍でも足りなかっただろう。
 今でも、不思議と覚えている。最初に会った時……連合軍のあやつの印象は、ただ気の弱そうな男……というだけのものだった。その奴が……吉井明久が、袁紹を破り、あれほどまでに巨大な国家を立ち上げ、こうして自分と肩を並べて戦うことになるなど……夢にも思わなかった。
 今でも、その甘さは変わっていないようだというのはわかる。家臣を仲間と呼んだり、本来処刑する所であろう敵将を身内に迎え入れたり……だが、その甘さの中に、底知れない『何か』が潜んでいるのは確かなようだ。
 虎牢関の壁を粉砕した時といい(どうやったのか詳しくは知らないのだが)、今回のこの奇策中の奇策といい……奴は私の予想もつかないところから活路を見出し、その先の光明をつかむ。常識など、簡単に打ち破って……。
 ……敵にした時のことなど考えたくもないが……味方として同じ方向を見たとなると、こうも頼もしいか……。
「よくわからんやつだ、吉井明久……」
「そうですね……不思議な人です……。それで蓮華様、この先どうしますか?」
「ふむ……思春、戦況はどうなっている?」
 先程、兵に指示を与えた後で帰還し、傍らに立っている思春に尋ねた。
「はっ……防衛線ですが、陣形を崩さずに保っており、被害は極めて少ないものです。また、城壁の存在や、文月軍から借り受けた『弩』なる武器により、敵軍の侵攻はほぼ完全に防げております。警戒線からこちら側には、一人の敵兵も……」
「そうか……」
 戦の前の報告からは想像もできん吉報だな、これは……。
 そういえば……奴らが『人質は出せないが、代わりに防衛用にこちらで開発した武器を貸与する』と言って100ほど提供してきたあの武器……『弩』なるそれも驚異的だった。噂には聞いていたが……弓矢の倍近くの射程距離と、鎧や盾を易々と貫通する驚異の威力を誇る。
 そんなものを開発していたことももちろん驚いたが……
「そんな驚異の兵器を、ためらいもなく簡単に我らに貸すとはな……」
「え? 何か言いました?」
「いや……」
 もしも我らがこれをまねて作り、量産し、この戦の後に自分達に牙をむくかも知れんということは考えていないのか、あの男は……。甘いゆえか……我々を信じてくれているのか……。
(ふ……面白い奴もいたものだ……)
 と、そこに、
「申し上げます! 敵軍、体勢を立て直すために徐々に後退していきます! それに伴い、文月軍より『今が好機では』との伝令ですが……」
「そうか、いよいよこちらから打って出るか……」
 どうやら、攻勢に出る時が来たようだ。確かに、相手方が退いている今が好機だろう。
 見る限り、確かに撤退の兆しは見えるが……それも微々たるものだ。吉井がそういったことを悟るのに敏……という話は聞かない。となるとこれに気付いたのは、おそらく軍師の諸葛亮……それか、参謀だと名乗ったあの男……坂本か。
 かたや『文月軍の伏龍』、かたや『幽州の紅い悪魔』と呼ばれるだけのことはあるな……さすがの洞察力と判断力だ。
 となれば……わが軍の取るべき道は決まっている。
「文月の吉井に伝えよ。この機を逃さず、そのわが軍も攻勢に転ずる。援護を中心に、魏軍を共に撃滅する……とな」
「はっ!」
460 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 22:43:04.08 ID:xmrrKX3z0
文月軍・陣営

「『紅い悪魔』だってさ、聞いた雄二?」
「聞いたよ。別に気にしてねーし」
 呆れたような微妙な顔の雄二を見て、僕は笑いをこらえきれなかった。
 さっき孫権のとこから来た伝令兵に聞いた話……もう笑えるのなんの。いつのまにか、コイツ雄二にそんな通り名がついてたとは。
「『悪鬼羅刹』にはぴったりじゃない、雄二」
「ほっとけバカ。ともかく、攻撃が始まったんだから、俺達も徐々に前に出るぞ」
「了解。じゃあ朱里、指示お願い」
「御意です。翠さん、鈴々ちゃん、聞こえますか?」
『うん、ばっちり聞こえてるのだ!』
『ああ! 便利だな〜、このトランシーバーっての』
 本陣備え付けのトランシーバーから聞こえるそんな声。2人揃って先鋒に抜擢され、意気揚々としている鈴々と翠だ。
「では、鈴々ちゃんと翠さんは正面に陣取って、敵部隊を攻撃してください。愛紗さん、翠さんは両翼から敵を包囲して、横撃準備! 華雄さん、恋さんは既に所定の配置にいます! 紫苑さんと私の部隊は本陣を中心に動きつつ、機を見て援護に移ります!」
『応!』 
『心得た!』
 と、愛紗&星。
「ここが天王山だ。全員気合入れてけよ!」
『任せるのだ!』
『よっしゃあっ! 派手に暴れてやろーぜ!』
 やれやれ……いつもながら荒っぽいけど、やっぱこういう局面ではホント頼もしいや。
「じゃあみんな! 作戦通り、気をつけて行って来てね!」
『『『応っ!!』』』
 さぁ……いよいよ始まるな。



「……ところで雄二」
「何だ明久」
「……『アレ』、まだ使わないの?」
「ああ。ここで使うと、後々警戒されるからな。使うんなら曹操が合流して決戦に突入してからか……最低でも目ぼしい将が勢ぞろいしてからだ」
「ふ〜ん……。ばれたからって対策立てられるもんでもないと思うけどな……」
 でもまあ、コイツがこう言うんなら正しいんだろう。やれやれ、『新兵器』その2のお披露目はまだ先か。

461 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 22:44:00.14 ID:xmrrKX3z0
魏軍・前線

「全軍駆け足! 支城まで退くぞ!」
 城(恐らく)の扉を開いて出てきた。同盟軍をしかにとらえ、そう声を張った。
「え〜? 春蘭様、まだ戦えますよ〜?」
 と、横で季衣が不満そうに言う。
「阿呆! さっき説明しただろうが! 退くと見せかけて、追いかけてきた所を霞に横撃させるんだ! 私達も秋蘭と合流して、すぐ戻る!」
「あ、そっか」
 全く……コイツの頭の中には張飛をたたきのめすことしかないのか?
「わかったなら、部隊をまとめろ! 退くぞ!」
「はい!」
 ……どうやって一夜で城を作ったのかは、未だにわからない。それに、奴らのこのとんでもない策のせいで、わが軍の兵の士気は著しく下がってしまった。
 くわえてあの武器と、城壁による防御力……それに、川を渡る予想外の移動速度……こちらの思惑は大きく外れ、最低でも川を渡った者のうち3分の2は殲滅できる予定だったはずが……見事に予定が狂った。大した被害も与えられず、逆にこちらが兵の4割をも失う損害を……。
 しかし……
「まだだ……まだ策は幾重にも張ってある……」
 ここで奴らが追ってくれば、霞が機を見て横撃をかける手はずだ。
 見る限り、先鋒は張飛と馬超。猪突猛進ながら、無類の突破力を誇る張飛と、仇討ちに燃え、通常に倍する力を振るうと予想される馬超か……。この分だと華雄や関羽、趙雲は横撃……孫呉の軍は後方や側面を固めての援護か。決戦には最適な布陣と言えるだろう。
 しかし……張飛も馬超も、退くことを知らない猪武者だ。過度に加速し、突出した所を霞に横撃させれば……混乱になるとみて間違いあるまい。
 その後で本隊が追いついてきたら、霞と、さらに秋蘭達と合流してとどめを刺せばいい……逆転の機はまだいくらでもあるのだ。
 さあ、我々の間いた餌に食らいつくがいい! 文月の猪武者共!

462 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 22:44:43.07 ID:xmrrKX3z0
文月軍・本陣

「とかまたセコイ策考えてるだろーからな、乗るなよ鈴々、翠」
『うん! りょーかいなのだ!』
『おう、そんなことになったらさすがにめんどくさいしな。ただ……』
「ただ?」
『どの辺まで……とか、そういうのそっちで指示してくれるか? さすがにそこまではわかんねーからさ……』
「やれやれ……わかった。朱里、頼めるか?」
 とまあ、敵の策を看破した上での僕らの会話。
 たしかに……向こうの連中なら使いそうな手だ。まして前曲は、鈴々と翠なわけだし。もちろんそんなことをされたら困るので、こちらも相応の対策を取らせてもらった。
 簡単に言えば、彼女らの策に引っかかったふりをして、まとめて出てきた所をこっちも総戦力で相手をする……というものだ。そのために、一応翠と鈴々にはちょっとだけ前方に突出してもらうけど……その後すぐに僕らが合流する。
 そして……
「じゃあそういうわけで……合図したら翠さんと鈴々ちゃんの部隊は進軍を停止してください。そして同時に……華雄さん、恋さん、お願いしますね」
『心得た、軍師殿。ほら恋、お前も何か言え』
『………これに?』
『そうだ。吉井殿につながっている』
『………ご主人様。恋、頑張る』
 今しゃべったのは華雄と恋。彼女達にも、今回の作戦で一役買ってもらう。本隊に合流するわけじゃないけど、本隊&前曲両方の混乱を避ける重要な役割を、だ。
「うん。よろしく。みんなも気をつけて行ってきてね!」
『『『応!』』』
『………おー……』
463 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 22:45:10.56 ID:xmrrKX3z0
「……っし! そろそろやな……」
 遠方から、次第に前方へ突出していく張飛隊を発見した張遼は、顎をなでながらそんなことを呟いていた。
「張遼将軍、敵前戦、突出しています!」
「ああ。んで、孫呉の軍はどないや?」
「はっ、遊軍として動いているようですが、事態を認知してからここに来るまでには、少々時間があるでしょう。恐らくですが……我々が敵全曲を撃破してから退避するまでには、間にあわないかと」
「さよか、ならええわ。にしても……はあ……」
 と、張遼はおもむろにため息をつく。
「……? いかがなさいました、張遼将軍?」
「ああ……まーた関羽と戦えそうにあらへんな〜……と思って」
「ああ……左様で……」
 先の戦いで、殿で戦えると思っていた関羽と戦えず、今回も横撃すべき全曲に関羽がおらず、張遼の期待は外れっぱなしだった。
「やれやれ……しゃーないな……。もしかしたら、全曲の援護に来るかもしれんし、気持ち切り替えて準備しよ! ほな、お前ら準備せえ!」
 そこはさすがに猛将。私情をいつまでも引きずることはせず、今やるべきことうを見据え、張遼はその目つきを変えて部下達に向き直った。
 それに、先の戦のように追撃や奇襲ではなく、横撃という形であれど、正々堂々と戦場で戦うことが出来るこの局面は、張遼にとって関羽との戦闘の次に待ち望んだものだった。
「曹魏の神速・張遼のこの力、文月の奴らに見せたるで! 全軍、突撃……」

「も……申し上げます!」

 切ろうとした啖呵は、突如声を張った伝令兵により見事に遮られてしまった。
「何やねん!? 今ええとこやのに!」
「はっ……も、申し訳ありません……ですがその、報告が……」
「あぁ?」
 張遼の迫力に恐々としつつも、兵士は早口で自分が持ってきた情報を報告した。


「……はぁ!? 何やて!?」

464 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 22:46:20.52 ID:xmrrKX3z0
曹魏編
第74話 誤解と涙と勝負所

 魏の軍師、荀ケのたてた作戦はこうだ。
 まず、川を背にして身動きが取れない同盟軍を強襲し、可能な限り兵数を減らす。
 次にわざと夏候惇の部隊を後退させ、追ってきた同盟軍に張遼が横撃をかける。
 混乱している同盟軍を、夏候淵と合流した夏候惇と許諸の部隊が再襲、とどめをさす。
 そうなるはずだったのだが……

「……ったく……ホンマに文月との戦は……思うように行かへんわ……」


『わが軍右翼より、敵伏兵と思しき部隊が近づいて来ます! 旗印は『華』! 先の戦で補給部隊強襲の妨害をされた、華雄将軍と思われます!』
『はぁ!? 何やて!?』


 そんなやりとりがかわされたのが、今から数時間前。
 朝もやにまぎれて接近し、横撃をかけようとしていた張遼の部隊。しかし、それは少し目を話すと、自分も朝もやのせいで敵軍の正確な位置を見失ってしまう危険があるため、遠方にいる同盟軍に意識を集中し、機をうかがっている必要があるのである。
 それゆえに注意が正面の身に向き、同じく朝もやを利用して身を隠し、接近してきていた華雄の部隊に、直前まで気づかなかったのである。
 このまま横撃をかければ、多少なり敵に痛手は与えられるだろうが、その後おそらく回り込まれ、本隊と合わせて2方向からの挟み撃ちを受けることになってしまう。しかし、張遼の役目は敵軍の横撃……それが失敗すれば、先に起こった『一夜にして城が出現』という大誤算とあわせてさらにこちらの計画が狂い、勝率が下がってしまう。
 ゆえに張遼は、現在真正面にとらえている敵部隊の斜め前側に回り込んで攻撃し、戦えるだけ戦って華雄が合流する前に離脱する……という戦法を取ろうとした。『神速』として知られる自分の部隊の移動速度ならば、何とか可能だろう、と。ヒットアンドアウェイはあまり彼女の性にあうやり方ではないが、この場合やむなしと判断したのだ。
 ……が、それすらも読まれていた。
「何で進んだ先に……よりによって呂布ちんがいるねんな〜……?」
 朝もやに隠れて、あろうことか退避方向に回り込んでいたもう一つの部隊……呂布の部隊に気付かなかったのだ。当然、全速力で敵軍前方に回り込んだ張遼隊は、勢い余って全速力で呂布隊と正面衝突する事になった。
 おまけにその間、自分達の部隊と距離を詰めていた華雄隊にも追いつかれ、本体との戦線に加わることすらなく挟み撃ちになってしまったのだ。
「ちょ、張遼将軍! は、挟み撃ちにされていますっ!」
「んなことわかっとるわい! ったく……これも坂本っちゅー奴の策か? 相変わらずとんでもないまねしよるな……」
 荀ケの策のみならず、自分がとっさに考えた逃げ道さえ見こしていた、文月の『紅い悪魔』(多分こいつの策だと張遼は読んだ)に、張遼は戦慄していた。
「将軍、どうしますかっ!?」
「せやな……こうなったらもう横撃もヘッタクレもあらへんわ。ここでいくら暴れたって、後の妙ちゃん達の戦線は楽にならへん。完全に包囲が完了してへん今なら、後ろから抜けられるわ。全軍全速後退! 超回り道やけど、いったん退いて妙ちゃん元ちゃん……ああえっと……夏候惇・夏候淵両部隊と合流するで!」
465 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 22:46:58.98 ID:xmrrKX3z0
その時、

「そうはいかん!」

 ドゴォッ!!

「な……っ!?」
「……また会ったな、張遼」
「………久しぶり、霞」
「華雄ちん……呂布ちん……!!」
 陣を形成していた兵達を蹴散らし、華雄が、それにその後ろから続く形で、あろうことか呂布までが陣に殴りこんできた。
「先導のため、最前線付近に陣を構えていたのがあだになったな、張遼。呂布の突破力のおかげで、ここまで来るのはたやすかったぞ」
「………(コクッ)」
「……ホンマかい……やれやれ、こらまるで同窓会やな……」
 自分の軍が動揺していて動きが鈍っていたとはいえ、2人のあまりの速攻に張遼は言葉を失っていた。
「そ……そんな……もうここまで……」
「ひっ……あ、あれが呂布……!?」
(アカンな……予想外の事態が多すぎて、兵達がすっかり委縮しても―てるわ。ここなんとかせんとホンマに全滅なんやけど……この2人が相手って……)
 自分の実力は、恐らく華雄と互角。だが、その華雄は文月軍に入ってから己の『弱さ』を認めることを覚えて更に強くなっており……正直なところ未知数だ。加えて、呂布の強さは張遼自身がよく知っている……自分では勝ち目はない、とも。
 華雄の性格を考えれば、2人同時にかかって来るということも恐らくないだろうが、自分が一人を相手にしている間に、もう一人は兵を率いて自分の部隊の殲滅にかかるだろう。
 最悪、虎牢関の時と同様、自分が2人を止めている間に兵達を逃がす……という手もあるが、さすがに相手がこの2人を同時にでは数秒ともたないかもしれない。どう転んでも……全滅か……?
 どう出たものかと張遼が迷っていると、
「張遼……1つ聞きたい」
「? 何や?」
 おもむろに、神妙な面持ちで華雄が口を開いた。
 普段の華雄からはなかなか見ることが出来ないその様子に、張遼は思わず警戒してしまう。
「我らに……文月に降る気はないか?」
「!?」
 予想外の言葉に、張遼は目を見開いて驚いた。
「降るというのならば、私は拒みはせん。我が主……吉井明久にも、私から話そう。お前を傷つけるようなことにはせんと約束する」
 一言一言、かみしめるように言っていく華雄の真意を測りかね、張遼は警戒を解かずに華雄を睨みつける。無論、視界の端にいる呂布が妙な動きをしないかにも警戒して。
(どういうことや……華雄ちんが戦わずに、しかもウチを勧誘するやて……? 全く意味わからへん……ひょっとしてコレも何かの策か?)
「張遼……降ってはくれないか。私はお前を……」
 そこで間を置いて、


「曹操にそのように精神を壊されて哀れな趣味を植え付けられてしまったお前を、斬ることなど……かわいそう過ぎてとてもできんのだ!!」


「まだそれ誤解しとったんかい!!」
 ぶわっ……と、
 華雄の目の端に大粒の涙がにじむ。
 華雄の、彼女の脳裏には、以前に張遼と相対した時にかつての戦友が呟いた衝撃的なセリフが尾を引いていた。

『……惚れてもーてん、関羽に』
『あんな、虎牢関でのことやねんけど、関羽が呂布ちんと戦ってるん見てな。そんで、戦ってる関羽、綺麗やな〜……って思ってきてな』
『なんかこうほわ〜……ってなってもーてな、関羽が黒髪をたなびかせて戦ってる姿見とるうちに、胸が熱なってきて、なんやこう……きゅんとしだしてな、もうなんか知らんうちにたまらんようになって……』

466 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 22:47:54.08 ID:xmrrKX3z0
「うああああああああっ!! 張遼……お前は、お前は……っ!!」
「何勝手に勘違いして泣き叫んでんねん! 見てるこっちが恥ずかしわ! ちゅーか叫びたいんはこっちや!」
「できない! 私には……そのように壊れてしまったお前をこの手にかけることなどあわれすぎて出来ないっ!!」
「アンタん中でウチどんだけ痛い存在になっとんねん!? 何度もゆ言ーたやろ! ウチは純粋に関羽のことが……」
「もういい! 言うな張遼! これ以上壊れたお前は見たくない!」
「しばいたろか!?」
 勘違いをどこまでも発展させてかつての戦友を間違った方向から思う華雄と、その華雄に迅速に、的確にツッコミを披露する張遼との間に、奇妙な漫才が成立していた。
 しかし、すでに涙で視界がぼやけるまでになっている華雄にその言葉は届かない。
「くっ……降らんというなら仕方ない……。ならば張遼……せめて私の手で……貴様をその忌まわしき曹操の呪縛から解放しよう……!!」
 そう言って、すっ……と華雄は得物を構える。
「ちょ、華雄ちん!? アカンて! いや別に戦うんはアカンことないねんけど、誤解! せめてやるにしてもその間違った動機と間違った解釈どーにかしよ!? な!?」
「問答無用! 張遼、心を失ってしまったお前を、[ピーーー]ことでしか救済できん不甲斐ない私を許せとは言わん……あの世で存分に呪え!」
「何なん!? 華雄ちんこんなんやったっけ!? 必要ないとこまで変わっとらへん!?」
 武人としての矜持こそ全てと定め、戦いにおいてのみその喜びを見せる狂乱の武人という華雄のイメージが、張遼の中で音を立てて崩壊していく。
 過剰なまでに硬派で、その強すぎる信念ゆえに融通の利かない、猪突猛進の猪武者だったはずの華雄が……本当に、文月に入ってから何があったのか……別の意味で張遼は戦慄を覚えた。
 そうこうしているうちに、決心がついたらしい華雄は、涙をぬぐい、得物を構え直して、紅くなった目で張遼を見据える。
「張遼……かつてのとも戦友よ……覚悟っ!!」
「あーもうしゃーないな、やったる!!」
 互いの主張に大分色々食い違いがあるものの、結果はこうなるのか、と張遼は無理やり納得した。2人はそれぞれ得物を構え、まさに死闘を繰り広げんとその距離を詰め……
 が、

「………だめ」

 ガギギィン!!

「「何っ!?」」
 突如として2人の間に割り込んできた呂布が『方天画戟』を振るい、2人の武器をはじいてたたらを踏ませた。
467 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 22:49:18.64 ID:xmrrKX3z0
「なっ……恋!?」
「呂布ちん?」
「………喧嘩……だめ」
 今まで全くの無反応だった呂布は、その無表情のまま2人の間に仁王立ちになった。そして、困惑する2人を一瞥すると……華雄の方を向き、
「………華雄、だめ」
「な、なぜだ恋! [ピーーー]のはかわいそうなのはわかるが、このまま生かしておいても、壊れてしまったこやつにこの先どんな未来が待っていると……」
 大いに訂正したい内容が混じっていたが、とりあえず張遼は様子を見ることにした。
「………仲間」
「は?」
「………霞、仲間」
「……どういうことだ?」
「………月、詠、仲間」
「もしかして……董卓ちゃんの仲間……っちゅー意味?」
「………(コクッ)」
 それを聞いて、張遼は少し驚いた。
 敵だとわかっていても……董卓軍時代の仲間である自分と戦うのはいやだということか……と、呂布の持っていた意外な優しさにだ。
 正直……その気持ちは嬉しいと思った。しかし、張遼は武人……そして今は、曹魏の将。その言葉に、その気持ちに甘えるわけにはいかない。
「……呂布ちん、気持ちは嬉しいわ。けど……」
「………?」
「わかっとるやろ? ウチと呂布ちんは確かに董卓ちゃんのとこいた時は仲間やったけど、今は敵や。そうである以上……?」
 と、ここで張遼は妙なことに気付いた。
 呂布が、先程から自分が言っている台詞に対し、『………?』と首をかしげているのである?
「……呂布ちん?」
「………霞、仲間」
「ああまあ……昔はな?」
「………霞、敵?」
「いや、だからそれは董卓ちゃんの………………はっ!」
 その瞬間、張遼の脳内に、呂布のこの奇妙な反応と言動に関する恐ろしい予想が立った。
 まさか……こいつは……
「呂布ちん……まさか……ウチが敵って今まで知らんかったん?」
「…………………………………………………………(フルフル)」
「嘘つけぇ! 何やねんその間ァは!? 完全に知らんかった反応やろ!?」
 またしても張遼は驚愕することとなった。
 なんと目の前にいるこの三国無双の少女、今のこの瞬間まで、自分が曹魏軍の一員として敵対しているということを理解していなかったというのである。
「何で!? 何で知らんかったん!?」
「おい恋! お前毎日軍議に出ておいて、張遼の名前も出て来ていたというのに……貴様さては話を聞いてなかったな!?」
「いやもうそういう次元の話ちゃうやん! ってあれ!? 敵って知らんかってんのに、何でウチがここにいると思ったん?」
「………迷子」
「は?」
「………虎牢関」
「ちゃうで!? ウチ別に虎牢関で呂布ちんとはぐれてからずっと迷子になってて、今ここでようやく再会したとかそういうことちゃうで!? ちゅーかあの時呂布ちんとウチがはぐれたんは、思うよーに戦局が動かんからって頭来た呂布ちんが一人で文月軍に突っ込んでったからやろ!!」
「おい恋! 貴様こともあろうに、そこまで盛大に誤解した状態でここに来たというのか! このバカ者、逆に張遼に失礼だろうが!」
「華雄ちんが言えることちゃうやろがい!!」
 戦ってもいないのにどっと疲れが来たのを感じながら、張遼は額に手を当てた。
(何やコレ……コレも策か? ウチを疲れさせる策か? いや、そんなことまで予想できる奴おらんやろ……ってことは2人とも本音か………………はぁ…………)
468 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 22:49:59.10 ID:xmrrKX3z0
「関西弁キャラってお笑い展開と縁があるのかな、雄二?」
「知るか」
 華雄のトランシーバーから聞こえてくる、元董卓軍三人娘のにぎやかな、ここが戦場で互いに得物を持っていなければ学校とかで普通にやってそうなトークを聞きつつ、僕と雄二は半分呆れていた。
 特に華雄……あんなんだっけ?
「ま、ほっとけ。あの天然漫才のおかげで、周りにいる兵達が微妙な感じになってて、一平卒レベルで戦いが止まってるみたいだしな」
 そういえば……さっきまで聞こえていた、恐らく恋と張遼の部隊が衝突したからであろう戦闘音が止んでる。こりゃ好都合……なのかな? 偉大なり天然漫才。
「ともかくだ……囮とはいえ、鈴々達の部隊が実際に突出しちまってる。さっさと追いつっかねーと、戻ってきた連中に逆撃で各個撃破されかねねえ。つーわけで星!」
 と、先程本陣に戻って来た星の方を向く雄二。
「このまま本隊ごと前進して、鈴々と翠の部隊に追いつくぞ。指揮頼む」
「うむ、あいわかった。では朱里、その方針を孫呉に伝令を頼むぞ」
「わかりました。少々止まるのが遅れて、予定よりも張飛隊と馬超隊が前に出てしまっています。少し急いでください」
「うむ」
「気をつけてね、星」
「ご心配なさらず、必ず帰ります」
 と、わずかに笑みを見せて星はかけて行った。
 ここまで見事に雄二と朱里の予想通り(ちょっと鈴々達が前に出すぎたけど)に戦局が動いている。まるで攻略本でも見たみたいだ。味方ながら……本気になったこの2人の知略はおっそろしいもんだな。
 夏候惇の部隊は、兵の半分近くをやられて後退。それを追うために、先鋒として鈴々と翠、さらにそれを追う形で、星と朱里が率いる本隊、紫苑の黄忠隊、並走する孫呉の遊軍、そして、本隊の護衛と戦線への参加、どちらにも動ける位置で愛紗の関羽隊が行く。
 ちなみに、本陣のここにいるのは、僕と雄二の2人。さっきまでいた秀吉、ムッツリーニ、工藤さん、霧島さんは各部隊の様子を見に戦場の貫駆地点へ行っていて、姫路さんと美波は、開戦当初から後曲で休んでもらってる。2人とも徹夜で疲れてるし、他のメンバーに比べてまだ血とかこういうのに耐性が無いんだ。まあ……それが普通なわけだから、何も言ったりしないけど。
 ここまではほぼ予定通り……。さて……と、この次は……どうだっけ?
 僕は手元に持っている、『雄二作・今回の戦略スケジュール一覧』を見る。といっても、ここまでの経過を見る限り、もうコレ予定って言うより台本に近いんだけど。
 ええと……あ、城から夏候淵の部隊が出て来て、いったん退いた夏候惇の部隊と合流して退き返して、孤立している前曲を攻めに来る……か。
 で、僕らの対応は……ん、2パターンあるな。
 1つは、張遼隊を殲滅した恋と華雄が横撃。なるほど、常套手段だ。けど……予想外の展開で今その2部隊は膠着状態にある。まあ、足止めにはなってるから状況的に悪くはないんだろうけど……これは時間的に無理かな。
 で、もう1つのプランは…………おぉお、マジで!?

469 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 22:50:28.46 ID:xmrrKX3z0
一方その頃
 魏の支城・待機組(夏候淵、荀ケ)

「秋蘭、春蘭が戻って来たわ」
 物見台から、後退してくる夏候惇の部隊を確認した荀ケは、隣に控えている夏候淵にそう告げた。
「ああ……後は私が合流して……」
「春蘭の部隊につられて突出してきた前曲を一気に攻めるのよ。ここで勝負をかけるわ」
「わかった」
「ただ……予想よりも前曲の動きが鈍いわ。もしかしたら、途中でこちらの策に気付いて、進軍を止めようとしているのかも」
 あまり考えたくはない予想だが、荀ケの目にはそう映った。
「うむ……張飛と馬超……猪武者2人がそこまで考えつくとはあまり考えにくいが……」
「そうね、本陣にいるであろう諸葛亮や坂本なら気付くかもしれないけど、あの2人がそこまで頭が回るか……やはり偶然かしら? よもや、離れた所にいるその2人が指示を出したわけでもあるまいし……」
「血風飛び交うこの戦場では伝書鳩など使えんさ。第一、今更気にしても仕方あるまい。最早……賽は投げられた」
 そうして夏候淵は、出新の準備に移る、と言って踵を返した。
 と、いまにも階段を降りようとする夏候淵を、
「……秋蘭!」
 唐突に、彼女には珍しい大声を出して、荀ケが呼びとめた。
「……何だ?」
「その……必ず帰ってきなさいよ!」
 それを聞いた夏候淵は、一瞬だけ驚いた顔をして
「ほう……私を心配してくれるのか?」
 すぐに、それを笑みに変えた。
 荀ケはというと、今言ったことを遅れて理解したかのようにはっとして顔を赤らめ、
「あっ……当り前でしょ!? あなたがいなくなると……華琳様が悲しむんだから……」
「ああ……わかっているさ……。必ず戻る、勝利の報を持って……な」
「……武運を」
 夏候惇は小さくうなずくと、最早振り返らずに、兵士達の待つ階下へと降りて行った。
 残された荀ケは、近づいてくる夏候惇の部隊を、そして地平線の上に見え始めた、同盟軍の前曲部隊を見据えた。
(華琳様……必ず、あなたのお手をわずらわすことなく……この戦に終焉をもたらして見せます! ですから……しばしお待ちを!)
470 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 22:50:57.03 ID:xmrrKX3z0
「……ねえ、雄二」
「何だ?」
「いやあの……この作戦、やるの? いや、コレ全然作戦でもないけど……」
「ああ……華雄と恋が動ければ速攻でケリつける手もあったんだが……このまま普通に本隊と敵の合流部隊で戦うと、損害が大きくなりすぎる。ここが勝負どころなんだ。半端に攻めて、大量の兵を残して退却・曹操と合流されるよりは……」
「はい、ここで徹底的に叩いておくべきです。そうすれば……後々楽でしょうし」
「朱里もそう思う?」
「はい。まあ……いくらなんでも……っていうご主人様の気持ちもわかります。でも……これはもう本当に早く、そして確実に勝てますし……敵の大幅な戦意喪失も確実ですから……」
「まあ……仕方ないか……」
「明久、敵に情けかけてたら、戦いなんかできねーだろ?」
「まあ……うん……」

 ……そっか。

 とうとう……使うのか……『アレ』。
471 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 22:51:46.55 ID:xmrrKX3z0
曹魏編
第75話 弓と逆撃と秘密兵器


 魏軍・陣営(夏候惇、夏候淵、許諸)

「姉者、無事だったか」
「ああ。だが……無事とも言い難いな。このありさまだ、また負けてしまった」
 城から突出してきた秋蘭の部隊と合流した私と季衣は、仮設した陣営で秋蘭と落ち合った。そこで開口一番交わされた会話が……これだ。
 私の情けないセリフを聞いた秋蘭は、薄く笑いを浮かべて口を開いた。
「何、気にすることはない。最後に勝てばいいんだ」
「ああ、勝つさ。必ず!」
「そぉーですっ! 絶対、ぜぇーったい今度こそ勝ちましょう!」
 隣にいる季衣も、気合は十分のようだ。ここまで来る際に行った結構な強行軍にも、弱音どころか息もろくに切らしていないあたり、その並々ならぬ意志がうかがえるというものだ。これはまた頼もしい。
「さってと……張飛と馬超の部隊が突出してますね。ここまでは予定通り……でいいんでしょうか?」
「いや季衣……そうでもない。どうやら、敵の伏兵に霞が攻撃を受けているらしいのだ。それで、未だそこから動けずにいる……と、斥候から報告が入った」
「何!? 本当か秋蘭!?」
 そうか……どうりで霞の部隊の姿が見えんわけだ……。てっきり我らと同時に攻めるという方針に方針転換したものだと思っていたが……そういう理由か。
「そうなると……横撃による援護は期待できんか。少々予定が狂ってしまったな」
「何、問題ないさ。霞が抑えられているということは、向こうもそれだけの戦力を割いているということだ。むしろ相手の手数が制限された分攻めやすいし……かえって攻めやすい。そこを片付け次第、霞も合流するだろうしな」
「ああ……。なら、それまでは……」
「ボク達だけで、同盟軍をコテンパンにしちゃえばいいんですね?」
「ふ……そういうことだ」
 秋蘭は笑みと共に季衣に小さくうなずき、すぐに再び顔を引き締めた。
「そういうわけだ姉者、計画に変更は必要ない。後方から、文月の本隊と孫呉の遊軍が上がってきているようだから、時間はかけられん。私が全軍を指揮するから……」
「私は前曲の部隊の指揮だな、わかった」
「理解が早くて助かる」
 秋蘭の微笑にこちらも笑みで返すと、私は今度は季衣の方を向いて言った。
「季衣、お前はどうする? 敵前曲にいるのは張飛のようだが……一緒に来るか?」
「はいっ、もちろんです!! あのペッタンコ、今度こそぶっとばしてやりましょう!!」
 おお、大した気合いだ。動機は若干残念なものが混じっているが、こうなった季衣は頼りがいがある。猛将の名に恥じぬ実力で、思う存分暴れてくれるだろう。
「ははっ、張飛だけと言わず、同盟軍全てをそうしてやればいい。では秋蘭、行こうか!」
「ああ」
 秋蘭は兵達に向き直り、獲物である弓を天高くかざして声を張った。
「全軍前進!! 突出している愚か者どもを血祭りにあげるぞ!」
472 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 22:53:17.87 ID:xmrrKX3z0
同刻・呉軍陣営

「何? 文月から伝令?」
「はい、今さっき届いたんですけど〜……」
 報告によると、魏軍はどうやら一旦退却した夏候惇に、支城から出てきた夏候淵が合流して逆撃に移るつもりのようだ。先陣を釣って孤立させ、すぐに方向転換して、今度は圧倒的な兵力でそれを粉砕する。成功すれば、後に続いてくるであろう後続部隊の士気も激減させることが出来る……さすがは魏の軍師・荀ケの策(恐らくそうだろう)だ。上手い手を使う……。
 ……そして、相手の動き方と支城の存在からこの出方を計算・看破し、我らに教えてきた文月の諸葛亮と坂本もまた……あなどれん知将だな……。どういう頭の構造をしているのか、気になる所だ。
 しかし……看破できていたとはいえ、夏候淵が加わって敵が引き返してきた今、体制を整えた所で大激戦が始まるのは自明の理……。ここから先は、互いに陣形を駆使し、兵力を削る戦いになるというのは変わらんことだ。
 どうやらここが正念場、わが軍も本格的に動いて、魏軍の撃滅に参戦せねば……と思っていた矢先の、穏の報告だった。
「この局面での伝令となると……予想はつくな。我らの戦線参加を要請するものか?」
 開戦前に決めた協定では、我らは戦闘には直接参加せず、援護に徹するという取り決めだった。
 まあ、あまりいい気はしないが……当然の警戒だろう。同盟を結ぶと言ったとはいえ、我々はあくまで余所者、完全に信用されていなくても文句は言えまい。だが、それでは同盟の意味がない。だからこそ……こういう形での参戦となったわけだ。
 その際、珍しく吉井が『呉を信用する』という甘い内容の発言をしていなかったのが気になったが……まさか上の空だったということは……さすがにないか。
 ともあれ……事前の取り決めがそうであっても、この局面ではそうもいくまい。流石に総力戦ともなれば、今の文月の戦力でも勝てるかどうかは保証できないだろう。ここはひとまずわが軍を信用し、手を取り合おうということか。
 と、予想していたのだが、
「あ、いえ、そうじゃないんです」
「何?」
 穏の言葉は、予想外のものだった。
「では……何だ? 戦線に関係のあることではないのか?」
「あ、いや関係あるんですけど……その……」
「早く言え、思春への指示が遅れてしまう」
「あ、はい、えっと……」
 そう言って穏は、その内容を書き記したと思しき紙を、その豊満さゆえにできている胸の谷間から取り出した。……便利だな、お前のそれは。
「ええとですね……『呉軍は、戦線の手前で進軍を停止。右翼に兵を展開して、逃走・離脱を図る兵士および将の殲滅を頼む』……だそうです〜」
「……は?」
 進軍……停止? 逃走・離脱兵の処理?
 総力を挙げてかからなければならないこの局面で、我らの役目はそれか?
 そんなことをすれば……我々の援護もほとんどできなくなり、文月は完全に孤立した状態で魏軍と戦うことになるぞ?
「本当に……そう言ったのか?」
「はい、えっと……土屋さん! そう、天導衆の土屋さんが直々に伝令に来ましたから、間違いないですよ」
「……そうか……」
 ……わからん……何を考えている、文月軍……?
「でも、大丈夫かな〜……? 土屋さん、私とあった途端鼻血が止まらなくなっちゃったみたいですけど……病気か何かかな……?」
 ……全く心配する気になれんのはなぜだろうか? これもわからん……。
473 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 22:54:03.13 ID:xmrrKX3z0
「あ、あと、個人的に吉井さんから伝言があるとも」
「? 吉井明久からか?」
「はい、えーと……『情報が漏えいするとヤバいからギリギリまで隠してたんだけど、ちょっと隠し玉の秘密兵器があってそれ使うから、巻き込まれないように離れてて』……って。あと、『隠しててごめんね』とも」
「……秘密兵器?」
 何だそれは?
 他国間のことだ。秘密にしていたことなど別に気にせんが……それはこの激戦を文月軍単独で切り抜けられるほどに優れたものなのか……?
 それこそ……十分に驚愕ものだった『弩』を超えるような……。
「あ、あと、『風下には絶対に行くな』とも言ってました。坂本さんからって」
「……?」
 ……最後まで、わけがわからん……。
474 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 22:54:35.93 ID:xmrrKX3z0
文月軍・本陣

「明久、ムッツリーニは?」
「寝かせたよ。多分大丈夫だと思う」
「ったく……たかが伝令に行かせただけだってのに、なんだって顔色真っ青になるほど鼻血流して帰ってくるんだあいつは」
 頭を抱えて呆れ気味の雄二。
 しかしさっきはびっくりした。急に陣の外が騒がしくなったと思ったら、首から上は貧血で真っ青、首から下は鼻血で真っ赤なホラーテイストのムッツリーニがおぼつかない足取りで帰って来たんだから。朱里なんか悲鳴上げてたし。
 や……まあ理由は明らかなんだけどね。ぶっちゃけ忘れてたんだけど……呉軍はそういう意味で危険なんだっけ……。
 大方、陸遜さんか甘寧さんのどちらかにでも出くわしたんだろう。画面越しでも耐えられなかったムッツリーニだ、実物を肉眼で見て生還しただけでも驚くべきことと言える。……当面は動けなさそうだけど。
「さて……ま、アレはいつものことだからほっとくとして……」
「あ、あの……けっこう手足とか震えてたんですけど……大丈夫なんでしょうか?」
「大丈夫だよ朱里、あのくらいなら日常茶飯事だから」
「それもどうなんですか……?」
 僕らの驚くべき常識概念にどうやら戦慄している朱里はおいといて、雄二は備え付けトランシーバーに向けて……いや、正確には……
「どうだ紫苑、順調か?」
『ええ、本隊に先行しているから、もう少しで……夏候惇・夏候淵両部隊の合流前には、前曲の鈴々ちゃん達に追い付くかと。その後は……』
「ああ……手はず通りに頼むぞ。距離は十分取ってな」
 その向こうにいる紫苑に話しかけていた。
 会話の内容からして……いよいよやるっぽいな。
「さて……と。そろそろ秀吉達も戻ってくるころだな……」
「もう戻っておるぞ、雄二」
 と、後ろの方から声。
「秀吉! お帰り、首尾は?」
「うむ、ただいま戻ったぞい。ワシの管轄は、負傷兵の後退、兵の補充も済んで、いつでも戦闘可能じゃ。もっとも……出番があるか正直わからんがの」
 と、肩をすくめてみせる秀吉。
 秀吉一人って所を見ると……一緒に兵達の統括に向かった霧島さんと工藤さんとは別行動を取ってたみたいだ。多分、2人もそろそろ戻るだろう。
 にしても……『出番があるか正直わからない』か……確かに、この作戦じゃあね……。
 まあ、全部終わった後で残党を殲滅するのに本隊を動員するだろうけど、はっきり言って全軍動かす必要は無さそうだし……。
「何でもいいさ、勝てるんならな」
「そうですね……その方が、こちらの被害も少なくて済みますし」
 朱里はそれだけ言うと、トランシーバーに向き直った。
「では紫苑さん、そろそろ準備を。」
『了解したわ。全軍整列、矢を取りなさい!』
 紫苑の凛々しい号令が、こっちにまで轟いた。
475 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 22:55:23.95 ID:xmrrKX3z0
魏軍・最前線

「まもなく敵前曲と接触する! その少し前に敵の矢の射程圏内に入るだろうが、怯むことなく突撃せよ!」
「「「応っ!!」」」
 兵達の頼もしい返事を聞きつつ、私は前曲を率いて最後の戦いに臨むべく、文月軍の最前線にあと少しで衝突する所まで来ていた。
 しかし……
「……おかしい……」
「え? 何がですか春蘭様?」
 きょとんとしたように季衣が聞き返してくる。
 どうやら季衣にはわかっていないようだが……私の目に移る敵の陣形は明らかに不自然だった。
 秋蘭も言っていたが……

『姉者、出撃の前に、少し気になることがある。知らせておきたい』
『何だ?』
『敵の布陣だ。恐らく、もう我らが逆撃をかけるであろうことも、前曲の兵の身では攻勢に出ても不利になるだけだと言うことももうわかっているはずだ。なのに……今この段階に至っても全く陣形の変化が見られん』
『……張飛と馬超は突撃型だ。単に手こずっているだけではないか?』
『そうかもしれんが……もう2つほど……明らかにおかしい点がある』
『……?』

「なぜ……黄忠隊が最前線に出てくる……? それに、なぜ孫呉の遊軍があそこで止まるのだ……?」
 秋蘭の指摘した『残り2つ』は、確かに、明らかにこの局面には不釣り合いだった。
 まず、本来本陣守護・後方支援が任務のはずの黄忠隊が、最前線にあらわれている。火力があるとはいえ、遠距離攻撃を主とする弓兵主体の部隊は、この場面で最前線に出すにはあまりにも頼りない。
 それに、これから互いの前曲が接触して始まるであろう大激戦を前に、時間はかかっても当然前に上がってくると思っていた孫呉の遊軍が、なぜか停止する構えを見せている。これでは、前曲の文月軍が孤立するばかりか……黄忠隊までもが我々によって殲滅される対象となる……。
 さらに不可解なのは、黄忠隊がほとんどを握っているはずの『あの武器』……最前線に並べられているその数が、明らかに少ないということだ。
 その残りは両翼に展開して配備してあるようだが……それではいかにあの威力といえど、我々の爆走を止めるには火力不足もいい所だ。本当に死ぬ気か、黄忠隊は……?
 ……それとも、何かの罠か……?
「……迷っていてもはじまらんな」
 見る限り、『あれ』以外にそれらしい武器は見当たらない。せいぜい、黄忠隊のものであろう換えの矢の箱があるだけだ。ならば……例え何か策を考じているとしても、それほど火力はない、時間稼ぎか何かの類のはず……。
 そうとなれば……攻めるのを躊躇する理由はない。魏の精兵達を相手に時間稼ぎなど無駄だということを、とくと教えてやる!
「季衣、奴らが何を考えているかわからんが、怯むことはない! 突撃し、粉砕するぞ!!」
「はい! 春蘭様!」
 気合の入った返事と共に、更に加速する季衣。
止められるものか、たとえ万の矢を一度に放つことが出来たところで、この猛攻を!!
476 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 22:55:58.65 ID:xmrrKX3z0
「総員、『煉獄矢』をつがいなさい!」
「「「はっ!」」」
「まだ射ってはだめよ! 3………2………1…………斉射!」

 ヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュン!!

                      ☆

「む……今の音は……」
「始まったらしいな……」
 秀吉、雄二がポツリとつぶやく。
 トランシーバーの向こうから聞こえた、矢が空を切って飛ぶ音……その直前に聞こえた紫苑のセリフといい、つまりこれは、いよいよ僕らの『秘密兵器』が使われた……ってことだから。
 始まったんだ。この戦いを終わらせるための、僕らの総攻撃が……



 ……まあ、攻撃って言うよりもこれは……
477 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 22:56:38.74 ID:xmrrKX3z0
魏軍・最前線

 一瞬前に、黄忠隊が矢を斉射したのが見えた。
 が……だからといって我らの進軍速度は微塵も落ちない。曹魏の精兵は死を恐れない。皆、曹魏の名に命をささげる決意を持つ者たちだ。いまさら矢の斉射くらいで怯むものか!
(これがもし秘策だと言うのなら……終わりだな、文月軍の前線は)
 ……と、そこまで考えた所で、私の動体視力が妙なものを捕えた。

(……何だ? あの……矢についている妙な筒は……)

 竹……? いや、恐らく紙か革だろう。何が中に詰まっているのかわからない筒が、放たれ、もうじき最前線に降り注ぐであろう矢の全てに取り付けられていた。
 もしや……火計か!? だとすれば……あの筒の中身は油!? なるほど……風向きも、奴らにとっては追い風……そうだとすれば、弓兵しか配備していなくとも立派な策だ。
 だが……家計とは本来、燃やすものが無ければ成立しない。ここが草原ならまだしも、今戦っているこの地は草の少ない荒野。あのような小さな筒にいくら油を詰めたところで、足止めにもならん、焼け石に水だということがわからんか!
「愚かなり……文月軍!」
 瞬間、遥か前方で最前線の部隊のど真ん中に矢が着弾する。そして、油に火が燃え移り、すぐさま火の手が……


「……………………え?」


 ドッゴオオォォォォン!!!

                        ☆

「……攻撃って言うか……『爆撃』だよね」
「じゃな。まあ……ああなるじゃろ、火薬なんぞ矢と一緒に飛ばせば」
 遥か前方……魏軍の最前線に着弾した矢に取り付けられた筒……その中の火薬が爆発したことによる火柱と黒煙を視界に確認しつつ、僕と秀吉はぽつりと言った。
 やれやれ……それにしても雄二の奴、姫路さんと霧島さんの知識借りて、この時代にとんでもないもん作ったな…………。

478 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 22:57:14.93 ID:xmrrKX3z0
曹魏編
第76話 恋と覚悟と武人の性分


 突然だが、『黒色火薬』というものをご存じだろうか?
 僕は知らない。
 知らないけど、何か雄二が前に言ってた気がする。
 確か……何かと何かと何かをある一定の分量で調合してどうにかこうにかすると、何だかんだで出来上がる火薬のことだ。
「提示情報皆無じゃねーか」
 うるさい。
 ともかく、唯一覚えている情報ってのが、『一番古くに作られた火薬』である……っていうことだ。
 最古の火薬だけあって、それより後に造られた様々な火薬よりも格段に作るのが簡単らしく、材料も比較的単純なものなんだとか。それらをちゃんと用意して、ちゃんとした行程を踏めば作れることから、火縄銃なんかにも使われてたらしい。
 ……で、

「それ……作ったの? 雄二……」
「ああ」

 ……どこまでもメチャクチャな奴だ……。

479 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 22:57:50.48 ID:xmrrKX3z0
紫苑の部隊による『爆撃』が始まってから、既に1時間近く。
 最初の内は結構ひっきりなしに発射してた爆弾付きの矢……『煉獄矢』も、この先のことを考えて節約する段階に入った。
 と言っても、既に敵の前線はおろか、結構深いとこまで散々な状況になってるし、今から全然それ使わない方向にシフトしても、結構なんとかなりそうだと思う。
「しっかし派手にやったね……焼け野原だよコレ」
「簡単とはいえ、それなりに威力のある火薬だからな。まして相手はそんなもん知らねーし……インパクトは充分だろ」
「そんなものなくともコレは強烈じゃろう」
 最初の状況では、どう見ても僕らの軍が不利そのものだった……らしいんだけど、今の状況と言えば、これはもう『どっちが勝ってるの?』って聞くのもかわいそうなくらいに僕らが勝ってる。
 前線と言わず、敵のほとんどは完全にビビって散り散りになってる。統率がとれてるのは……将を現す旗の周りにいる少しの部隊だけか。その他はもう陣形もヘッタクレもないくらいしっちゃかめっちゃか。
 勇敢な魏の精兵も、あんな見たこともない、おっきな火柱上げる武器見たら……そりゃビビるよねえ……。
「ふぅ……もうそろそろ終わりそうじゃねーか?」
「そりゃ終わるでしょ。あんだけドッカンドッカンやれば」
「確かに。じゃが……恐らく奴らは、全滅する前に城まで後退するのではないか?」
「でしょうね……すでに、その下準備にも見える動きが見えますし……」
 分布図を眼下に見る朱里が、神妙な面持ちでそう告げる。
 相変わらずゴチャゴチャでよくわかんないや。やっぱり僕にはムッツリーニ作の、子供にも読めるあの見やすい分布図がいいな……。
「まあ……後ろの方にけっこうまだ残ってるからな……城にこもるにしろ、曹操と合流するために退くにしろ、もうちょっと数減らしときたいな」
「ってことは……追撃する?」
「したいが……もうちょっと時間置こう。それと、紫苑にも爆弾の投下……ってか射出やめるように言わねーと」
 と言ってトランシーバーに手を伸ばす雄二。ノリでつけたっていう名前の『煉獄矢』は、あまり自分で使う気はないらしいな。
「……ってあれ? 何で一旦止めるの? 数減らしたいんなら今のうちにガンガン撃っといた方が……」
「そうもいかねーんだ。黒色火薬は燃焼時に硫化水素系の物質を出すからな。追撃する頃には煙が晴れるくらいの時間置かねーと、こっちも進軍できねえ」
 ……つまり?
「理解しろよ。ったく……アレは爆発と同時に毒ガスも出るってことだ」
「うえっ!? 怖!!」
 なんてもん作ってんだこいつは……。
 そうか……それで戦いが始まる前から風向きを何度も確認したり、孫権への伝令に『風下に兵を行かせるな』って内容を盛り込んでたのか……。爆発で相手を倒しても、毒ガスが流れてきたら何にもならないからね……。
 幸い僕らは風上に立ってるから、煙は風で魏軍の方に……爆発に巻き込まれなかった部隊の方に流れて行ってる。でもまだ多少なり現場に残ってるだろうから、確かに少し間を置いた方が安全だよね。
 それにしても、
「雄二ってば……ホントに勝つためなら手段を選ばないね。この時代に爆弾攻撃なんて……」
 さすがというか『紅い悪魔』。爆発+毒ガスって……極悪もいいところだ。
 まあ、散々戦争やって来た僕らが、そんなの今更気にしても仕方ないんだろうけど、一介の高校生の発想を大きく超えてるような気がするのは僕だけの感想じゃないだろう。
「アホ、負けて殺されんのとどっちがいい? 使える手は何でも使っとくべきだろうが。それに……」
 ん? 雄二が急に腕組みをして神妙な顔に。
「……それだけが目的じゃないしな……コレ作って、使ったのは……」
 ……? 何だろう、声小さくてよく聞こえなかった。

「……さて……どう出る、白装束……?」
480 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 22:58:26.04 ID:xmrrKX3z0
 文月軍左翼……

「うおおおぉぉお!? 何なんあれ!? 燃えとる燃えとる! 煙スゴっ! 空黒っ!」
「ほぉ……さてはアレか、坂本殿が言っていた隠し玉とは」
「………………」

 天然漫才(あるいはトークショー)も開始1時間に突入し、遂に兵士達が客席よろしく笑いだし始めたころ、ようやくというか、南の空に広がる黒煙に気付いた張遼、華雄、呂布の3人であった。
「隠し玉て……遠すぎて何がどうなっとんのか全然見えへんけど、いい予感全然せぇへんわ……」
「それはそうだろうな……坂本殿の話だと、城を1日2日で落とせる驚異の武器だとも聞いている」
「そんなんあるん!? あーもう、漫才やってる場合ちゃうかったやん!!」
「漫才? 何だそれは?」
「自覚あらへんかったんかい!」
 やってる場合ではないにもかかわらず続いていると言わざるを得ない漫才。しかしどうやらその終焉も近いらしい。
 周りの兵士達もそれを悟ったらしく、立って唖然としていた者も、座って普通に見ていた者も、思い出し笑いをしていた者もいそいそと戦いの準備に戻……
「ちょ! お前ら何くつろいで見てんねん!? 戦の真っ最中やぞ!? ていうかいつからそんなダラケとったんやアホ!」
「あ、す、すいません張遼将軍……」
「や、あの……結構面白くてつい……」
「嬉しないわ! ええから早よ準備……ってオイそこォ! 何お前、鎧まで脱いどったんか!? くつろぎすぎやボケナス!! あとそこのお前! 酒しまえ!!」
(……客いじりか?)
(ああ……さすがは張遼将軍だ……着眼点が違う……)
「ちゃうわ!!」
 終わりそうなのを阻止するかのごとく、変わらぬペースで怒涛の如く飛んでくる突っ込みどころに、張遼は狼狽していた。
「アカン……このままやったらウチ疲労で死ぬかもしれへん……嫌やそんなの……」
「それは大変だな……大丈夫か?」
「他人事みたいに言うなや! 元はと言えばアンタが発端やろがい!」
「ところで張遼、戦いはどうした、続けるのか?」
「流されとる!」
 序盤で涙を流したせいでまだ目が赤い華雄は、意外と早く漫才ムードから脱却していた。
「何にせよ……どうやらそろそろ戦闘再開のようだな……恋、戦闘準備だ」
「………………………………」
「お前、こんな時くらい返事…………恋?」
 と、そういえばさっきからいつも以上に静かな呂布が気になり、華雄と、張遼もまたその方を見る。すると、呂布はピクリとも動かずに、顔を俯けてその場にたたずんでいた。
「……恋……?」
「呂布ちん……?」
「………………………………」
「…………おい恋!」
「………! ………寝てない」
「まだ何も聞いとらんぞ」
 正直な子だ……とその場にいる全員が思った。
「立ったまま寝とったんかい、変なとこで器用なやっちゃな……」
 緊張しかけた空気が思わぬ伏兵によってときほぐされ、張遼はため息をついた。
 ……と、その時、

「華雄! 恋!」

「「「!?」」」
 その戦場に初めて響き渡る声が唐突に轟き、3人は、そして周りの兵士たちは驚いて声のした方を見た。
 その澄んだ、凛々しい声の主とは……

「何度呼びかけても応答がないから着て見れば……何をしていたんだお前たちは?」

「愛紗!」
「………愛紗」
「げっ! 関羽!?」
481 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 22:59:20.16 ID:xmrrKX3z0
先程から、恋も華雄も呼びかけても返事が無く、トランシーバーからは笑い声や泣き声が聞こえるばかり……。
 一体何があったのかと駆け付けてみれば、そこにいたのは目を赤く泣きはらした華雄と、寝起きと思しき恋と……恐らくは敵将・張遼であろう、ひどく疲れた様子の武将だった。
 ……本当に何があったんだ?
「愛紗、お前がなぜここに!?」
「なぜここにではなかろうが。横撃の伏兵部隊を殲滅した後で戦線に参加するはずだったお前達がいつまでも動かんから、何があったのかと思って来てみたのだ! ……で、これは何があったんだ?」
「まあ、何というか……」
 顎に手を当てて真剣に悩んでいる華雄。……とりあえず戦っていて遅くなった……というわけではなさそうなのが腹立たしい。
「もういい。とにかく、お前たちはここを抜けて、前線に合流する準備をしろ。コレ以上出が遅れると、敵本隊の横撃に間に合わなくなる。ここは私が引き受けるから、行け」
「そうか……すまん。華雄隊! 呂布隊! 布陣を組め! この戦場を離脱し、敵本隊に追い付いて横撃をかける!」
 華雄は即座に気を取り直して兵達に号令を出す。無論、兵を率いる能力が皆無な恋の部隊にもまとめて。
 と、それにはっとした、おそらく張遼の副官と思わしき兵の一人が、慌てた様子で張遼に言う。
「ちょ……張遼将軍! 華雄隊、呂布隊が移動を始めました! 我々も早く退きませんと……本隊の援護どころか、合流そのものが難しく……」
「わかっとるわい! せやけど……その……」
 と、何やら張遼が私の方を見ているのに気づいた。
 ……何だ? 今の兵からの進言は真実そのものだというのに……なぜ号令を渋っている? 何かこの戦場に残らなければならないわけでもあるのか……?
 もっとも、行こうとしたところで、私がさせはしないが……
「……たい……」
「……ん?」
「…………戦いたい戦いたい戦いたい戦いたい戦いたい……っっっ!!」
「…………?」
 ……何……だと?
「張遼将軍! 早く退却して夏候淵将軍と合流を……」
 その瞬間、

「……っっんがあああぁぁ〜っ!! も〜嫌やあっ!!」

「「「!?」」」
 突然張遼が天を仰いでそう叫んだ。
 何だ一体? まるで、せき止めていた感情が一気に流れ出たかのような……。
「しょ、将軍!?」
「もう退くんは嫌や! ウチは戦う! お前ら先に行っとけ!」
 張遼の口から出てきたのは意外な言葉だった。
 神速として知られる張遼は、猛将であると同時に知将でもあるという話だ。ここでは兵をまとめて退き、魏軍本隊に合流するのが最善の策だと言うのは明白だし、そう出ると思っていた。だからこそ、そうさせないために私が出てきたのだ。
 しかし、まさか自分から私と戦うなどと言い出すとは思わなかった……。
「し、しかし将軍……」
「ええから行け! 関羽はここで、ウチが一騎打ちで止める! お前は他の連中連れてさっさと逃げえ!!」
「で……ですが我々は、既に虎牢関で一度将軍に命をすくわれています! もう二度と将軍を捨てて逃げるなどという真似はしたくないんです!」
 ほう……驚いた。こやつら……董卓軍の頃の張遼の部下なのか。
 となると……どうやら兵士たちを助けるために魏軍に降ったという話、やはり確かなようだな……。
「アホ! んな気の小さいことぬかすな! 残りの兵隊連れて逃げるんがお前の役目やろがい! さっさと行け! 命令や命令!」
「しかし……」
「行け―――――っ!!」
「は……はいっ!」
 有無を言わせぬ張遼の口調に気圧され、とうとう兵士が折れた。周りにいる、同じく副官と思しき兵士たちを集め、背を向けて駆け出していく。
 その背中が見えなくなるのを待って、私は口を開いた。
「……兵を逃がすか。優しい将だな、お前は」
「ふ……勘違いしぃなや。そんなんちゃうよ」
 と、その瞬間、
 張遼の顔が、それまでとは明らかに違う……獰猛な笑みに変わった。
 狡猾さ……残忍さ……傲慢さ……いや、そのどれとも違う……ただひたすらに自分の前の敵……すなわち私を、そして私との戦いだけを見据えている目だ。
 いままでかけらも垣間見せることのなかったその表情に、私は少し驚いた。
「優しいとかそんなんちゃう。ウチはただ……関羽とのサシ一対一の勝負を邪魔されたなかっただけや」
「……華雄と鈴々から聞いた。お前はどういうわけか……私に異常な執着を見せているらしいな?」
「せやな……。関羽……虎牢関で呂布ちんと戦っとったやろ? それ見て、ウチは……」
 そこで間をおいて、

「惚れてもーてん、関羽……お前に」

「……惚れ……た……?」
 瞬間……脳裏に浮かんだのは、涙ながらに華雄が言ってきたあの言葉。

『張遼……曹操に精神を壊されて、趣味まで変になり……ついには愛紗……お前に……お前に惚れたなどと……ううぅっ……あああ……』
482 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 22:59:55.83 ID:xmrrKX3z0
華雄はかつての戦友が遠い所に行ってしまったのだと思って、恥ずかしげもなく大粒の涙を見せていたし、私もそれを聞いて実際そうだと思ったし、いっそのこと会っても視線を合わせずに無視しようかとか思っていたのだが……何か違いそうだな?
 言っていた内容はおおむね一致しているが……曹操が持っているような『ああいう趣味』とは、何か違う気がする。
「ウチはその時、アンタに心底惚れた。惚れた相手の命、奪いたいっちゅーんは……武人の性分ってもんやろ?」
「……武人として……か……」
「武人として……や。ま、ちっとは女としてっちゅーんも入っとるかもしれへんけど」
「曹操のように、お前は私が欲しいと言うのか?」
「欲しい。関羽……お前の身も、その心も……その命も!」
「…………ふ…………」
 物騒な恋心もあったものだ。ご主人様が聞いたら、きっと理解に苦しみ、『何それ?』と小首をかしげられることだろう。
 だが私としては……自分を正面切って認めてくれているようで、悪い気はせんな。
 にしても……これが張遼か……。若干戦闘狂の気があるということは華雄から聞いていたが……これといって悪い印象もないな。むしろ……こちらが色眼鏡で見ていたことを詫びたいほどに、すがすがしい性格ではないか。
 そう思うと……私の中に迷う理由は見つからなかった。
「よかろう……ならば来い! 貴様の欲するもの全て……力ずくで奪い取ってみせろ!!」
「上等! ウチが勝ったら……関羽の全て、もらい受けるで!!」
 いつの間にか口元に笑みが浮かんでいたことにも気付かず、私は、そして張遼は、同時に地面を蹴った。

483 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 23:00:26.03 ID:xmrrKX3z0
魏軍・前線

「何なんだ……この惨状は……っ!!」
 夢なら覚めてほしい。そんな脆弱な考えを抱いてしまうほどに、私は目の前のこの光景が信じられなかった。
 文月軍の、見たことも聞いたこともない武器……一矢ごとに業火と爆風を生み出すという規格外にもほどがある武器を前に、勝てると信じて疑わなかった魏の精兵達はことごとく蹴散らされていった。残った者たちもほぼ完全に怖じ気づき、もはや陣形も隊列もその面影一つない。
 もはやこの戦線を保たせることが不可能であるということは、10までしか数えられない子供に聞いてみてもわかるだろう。
 ……だが……
「……て……か……」
「……? 春蘭様、何ですか?」
 私の隣で同じように冷や汗を流している季衣が、不思議そうに聞いていた。どうやら……口に出して言った自覚のなかった私の独り言が聞こえていたらしい。
「このまま……終わってたまるか……っ!」
 その瞬間、私の中で何かが吹っ切れた。
「季衣、残存の部隊を率いて退け」
「え?」
「これでは戦線を維持できん。その前に一人でも多くの兵を連れて退け! 退いて秋蘭と合流して、必要ならば籠城に持ち込んででも一旦守りに徹しろ!」
 このままでは、後からくる本隊の攻撃も合わせて、確実に我々は全滅する。その前に守備に移って時間を稼ぎ……秋蘭か桂花に打開策を考えてもらう他ない。2人なら……きっとやってくれるはずだ!
「何をするか言う必要はない。あの2人のことだ……何をやるべきかなど我々よりも早くに理解している。早く退け、季衣!」
「は……はい!」
 ろくに説明もしなかったが、どうやら季衣もこの非常事態を打開しなければという考えは同じのようだ。何も聞き返すことなく、季衣は走って行った。
 ……と思いきや、すぐに振り返って、
「春蘭様? 春蘭様はどうするんですか!?」
「私もここいらにいる兵をまとめた後で行く! いらん心配をするな!」
「は……はい……」
 ……その瞬間に季衣が見せた、不安と焦りの入り混じった顔は、なぜかひどく印象的だった。
 一瞬迷いを見せたが、季衣はすぐにそれを振り払うかのように駆け出した。
「……………………」
 その背中が見えなくなるのを待って、私は周りにいる残存兵を集め……
 ……るのではなく、
 炎と黒煙の向こうに見える文月軍本隊に向き直り、背中の大剣に手をかけた。
(狙うなら……あそこか。黄忠隊の無理な進軍がたたって、僅かな隙になっているはず……)
「ふ……すまないな、季衣……。」
 最後になるであろう会話の中で嘘を言ってしまったことを人知れず詫びつつ、私は一息に剣を引き抜いた。
 ……不思議なもので、一度そうすると覚悟を決めてからというもの……私の心は落ち着いていた。
484 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 23:00:59.55 ID:xmrrKX3z0
異変に最初に気付いたのは、朱里だった。
「あれ……?」
「どうしたの、朱里?」
 物見台の兵士が持ってきてくれた新しい分布図を見て、朱里が何か疑問ありげな表情をした。それに気付いた僕と雄二が尋ねる。
 ちなみに秀吉は、只今輸血&休養中のムッツリーニの様子を見に中陣のテント天幕に行っている。なのでここにいる主要メンバーは、僕と雄二と朱里の3人だ。もう少しすれば、工藤さんと霧島さんあたりが戻ってくるかもしれないけど。
「何か気になることでもあったか?」
「はい、その……コレなんですけど……」
 そう言って朱里が指さしたのは……旗印?
「どうやら、退却していってるみたいなんですけど……」
「そりゃそうだろ。ここまで散々な状態になってまだ退かないとか、バカ以外の何もんでもねーぞ」
「いえ、そうじゃなくて、その速度が……」
 速度? ああ、そんなことまで書いてあるんだっけ。さっぱりわかんないけど。
「えっと……許諸さんと夏候惇さん、2人の旗印がどちらも後退してるんですけど……許諸さんの『許』の旗の後退の方が早いんです」
「それって……どういうこと?」
「情報によると、許諸さんは戦闘指揮とかは多少得意でも、兵をまとめて細かい指示を出すのは得意じゃない……言ってみれば、鈴々ちゃんと同じような型の将らしいんです。それなのに……許諸さんの方が後退が早い……おかしくないですか?」
「そういやそうだな。鈴々に愛紗よりうまく部隊まとめろっていったって、無理な話だ」
 あ、雄二の例えわかりやすい。でもひどい。
 でも、ということはどういうことなのかな? その許諸ってのが急に兵隊の統率がうまくなった……? 火事場の馬鹿力?
 そう聞いたら、
「あ、すいません。そうじゃなくて……許諸さんの部隊の速度は変わってないんですけど……夏候惇さんの部隊が著しく遅いんです」
「「え?」」
 ますますわからないぞ……?
 夏候惇が急に下手になったってこと? 士気が落ちてやる気が無くなって……って、あの曹操命の夏候惇の性格だと考えにくいよなあ……。でもだとしたら、他に夏候惇の部隊の進軍速度が落ちる原因って……
「……まさか……夏候惇がそこにいないのか?」
「「え?」」
 唐突に雄二が言ったセリフに、思わず僕と朱里の口がそろう。
 夏候惇がいないって……つまり、指揮官がいないのに指示だけ出されて、兵達が自分達だけの力で後退してるから、ぎこちなくなって速度が遅くなってる……ってこと?
 それなら、確かにこの説明にはもってこいだろう。けど……そうするともう1つ特大の問題が出てくるんだけど……?
「でも雄二、いないって……じゃあ夏候惇は一体どこに……」

「も、申し上げますっ!!」

485 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 23:01:36.09 ID:xmrrKX3z0
 と、いきなり陣の布壁の向こうから、すごい勢いで伝令兵が一人突っ込んできた。え!? な、何!?  び、びっくりした……。
「な、ななななな何ですきゃっ!?」
 噛み噛みの朱里。しかし兵はそんなことに気を取られることなく……というか、気を取られているひまもなさそうな感じだ……川で息をして、僕らの方を向いて早口で話しだした。
「申し訳ありません! 先程、黄忠隊が最前線に、関羽隊が華雄隊・呂布隊の援護に行った際に本隊の守備にほんの少しだけ穴が生じまして……その……」
「穴!?」
「何かあったのか!?」
「ええっ!? で、でも、そこに攻撃をかけられるような敵部隊は位置していませんよ!?」
 僕ら3人とも、まだ伝令が言い終わってないのにこの慌てようだ。
 いや、だって今言った内容から連想されるのって、『その穴を突かれて敵部隊が襲撃を!』とかでしょ!? でも、そういう部隊がいないことを確認してから愛紗の部隊が動いたはずじゃ……?
「いえ、部隊ではなく……なにぶん不意打ちの上、相手が単騎でしたゆえ……煙にまぎれて接近され……」
「単騎って……1人!?」
「……まさか……!」
 この矢の雨どころか、爆弾の雨と毒ガスの幕に覆われた戦場を、煙で隠れてきたとはいえ……1人で来たって!? 誰、そんな試召戦争の時のFクラスもやらないような無茶苦茶なことするの!? 絶対普通の兵士じゃないよね!?
 さ、さっきの話題と相まって、いやな予感が……。
「兵達が食い止めようとしたのですが、その後に、少し遅れて続くように来ていた数人の敵兵が乱入し、盾となってその者を突破させ……うわあっ!」
 その瞬間、
 僕らの目の前でその伝令兵が吹き飛ばされ、その後ろから……

 ビリッ! ビリビリ……ビリビリビリリリリィ!

 陣の布壁を破り捨てて、今まさに報告されていた『誰か』が、本陣に入って来た。
 僕ら全員、その姿を見て、あまりに予想外の展開に息をのむ。
 その人物は……僕ら3人とも見覚えがあった。

 鎧を重ね着した、赤いチャイナ服。
 腰の下あたりまで伸びた、黒い髪。
 右肩につけられた、髑髏をかたどった鋼の鎧。
 特徴的な形の大剣。
 そして……左目を覆う眼帯。

 こんな色モノキャラ、誰が間違えようか。

「見つけた……ぞ……、吉井……明久!」

「「「夏候惇!?」」」

 肩で息をしている魏の大将軍は、獰猛な目で僕を真っすぐに睨みつけながら、剣を握りなおしていた。
486 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 23:02:30.16 ID:xmrrKX3z0
曹魏編
第77話 捨て身と挑発とフライハイ
 呉軍・陣営

「文月の本陣に揺らぎが?」
「は……兵の見間違いかとも思うのですが……」
 思春の報告によると……先程から、文月の本陣に何やら動揺が走っているらしい。理由は……まだ不明だ。何かあったのか……?
 他の、魏軍攻撃にあたっている部隊は、ほぼ本隊とは独立しているために、動揺は伝染せず、戦線への影響はないようだが……やはり気になるな……。
「思春、一応物見を出せ。他国のこととはいえ、同盟国……何かあったとなってはことだ」
「は。して、その後はどのように?」
「報告はしてもらうが……緊急と判断した場合、お前の判断で動いて構わん。その後は、持ち場に戻れ」
「御意」
 言うが早いか、思春は疾風のごとき速さでその場を後にした。
 何もなければいいが……。
487 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 23:03:09.05 ID:xmrrKX3z0
「えっと……カメラどこ?」
「妄想に逃げるな明久、ドッキリでも何でもねえ」
 逃げたくもなるって、この状況じゃ。

 場所は自陣。周りには数人の護衛兵。ただし……誰も彼もびっくりして固まっている。動揺がとけて動けるようになるには……もう少しかかるなこれは。
 愛紗は張遼の討伐に、星は前線で本隊の指揮、鈴々と翠は先鋒を率いて敵にダメ押しの攻撃中。紫苑もそこ。華雄と恋は敵に横撃をかけるべく、先行中。
 つまり……本陣には一人も将がいなくて、朱里だけ。
 そこに来たのが……。
「討伐軍以来だな……『天導衆』筆頭、吉井明久!」
「えっと……夏候惇……で、あってる?」
「いかにも! 我が名は夏候惇、字は元譲、曹猛徳が一の将なり!」
 ……出来れば否定してほしかったんだけど……やっぱりそうか。
 陣全体に轟きそうな堂々とした声でそう言い放った女武将を前に、僕は心の中で落胆した。
 完全に勝ってると思って油断してたこの状況で、大どんでん返しが来た。まさか敵の将軍が、単騎でここ本陣まで突っ込んでくるなんて……。
 確かに、大軍が動いたんなら目で見てわかりやすいけど、1人だけ……ってのはすごく目立たない上に、敗残兵か逃走兵だと思って見逃すパターンが多い。だから、敵本陣を強襲するには確かに有効な手ではあるんだけど……本当にやるか?
 だって、何万って敵兵に、煙にまぎれてとはいえたった一人で突撃するとか……そんなことやるの星か恋だけだと思ってたんだけど、まさかもう一人いたとは。
 でもまあ、それはもう気にしないことにして……その……
「えっと……何か用?」
「ふん……つまらん冗談を!」
 言いながら、剣を構え直す夏候惇。
「まさか、本陣の護衛が烏合の衆ばかりで、誰も将がいないとは思わなかったぞ。まさにこれは千載一遇の好機……その首貰うぞ、吉井明久!」
 やっぱりそうでしたかっ!
 試召戦争の時に雄二や霧島さんが味わっているであろうあの緊張感……いや、今回のはリアルに命かかってるからそれ以上であろうそれを、僕はモロに肌で感じていた。
 ちょ……コレヤバいって! 僕死ぬんじゃない!?
「ご、ご主人様、逃げてください!」
「どこへ!?」
 陣が広くって、逆に周りに逃げられそうなとこないよ!?
 愛紗達も出払っちゃってるし……正にBクラス戦の時の根本君状態だ! 冗談抜きで絶体絶命!
 逃げ場など無い!……とでも言いたそうな夏候惇が剣を握る手に力を込め始めたのが見える。まずいまずいまずいまずい! 何とかしなきゃ……でも一体どうすれば……。
「くっくっく……」
 と……夏候惇の低い笑い声が不気味に響い…………ん? 夏候惇のにしては……低すぎるような……。
 と、横を見て見ると、笑っていたのは夏候惇ではなく、
「くくく……おかしなこともあったもんだな、魏の将軍さんよ」
「……何だと?」
「…………雄二?」
 笑っていたのは雄二だった。
 何? さすがの雄二も、この危機的状況におかしくなっちゃったのかな? 確かに……僕が死んだら次はどう考えても雄二か朱里の番だし……朱里はもうすでに超がつく勢いでテンパってるし……。
 ……という考えは、ふと雄二の手元に目をやった途端に消え失せた。
 見ると、雄二の奴左手に、それも上手く夏候惇に見えない位置で持ったケータイのボタンを、何やら凄い勢いで押してる。もしかして……いや、もしかしなくても……コイツ、何か企んでるな?
 それも……この状況を打破できそうな類の何かを。ということは、これはもしかしてそのための時間稼ぎの舌戦!?
「ふ……恐怖でおかしくなったか、坂本雄二……『幽州の紅い悪魔』よ」
「ひでえ通り名がついちまったもんだな。ま、別に気にもしねーが……つーか、おかしくなったのはお前だろ、夏候惇」
「何だと?」
 夏候惇の顔に、僅かに動揺が浮かぶ。
「どういう意味だ?」
「わからねーのか自分で。ここは仮にも敵陣のド真ん中……そんなとこに単騎で突っ込んできて……まあ、入るまで、んで俺らを[ピーーー]まではいいとしても、生きて出られると思うのか?」
 と言い放った雄二。
 夏候惇はその言葉を聞いて、薄く笑って言った。
「はっ……私とて、このような形で敵陣に乗り込んで……生きて帰れるなどと、最初(はな)から思ってはいないさ」
「何だそりゃ、最初から死ぬつもりで来たのかお前?」
「無論だ。主君に殉じることこそ、武人の本望!」
 その言葉には、一部の迷いもない。……本気で言ってるらしい。
 つまり……この人のこの攻撃は……星や恋のそれとは違ったんだ。
 星みたいに、自画自賛MAXで一人で全員蹴散らすつもりで突っ込んできたんじゃなく、最初から命は捨てて、敵陣の中で敵兵に、あるいは敵将に殺されるのも覚悟の上で……僕の命だけを狙ってきた。言ってみれば……特攻か。
 そこまでして曹操を……同意も理解もできない考え方だけど、なんて忠誠心だ。
「ふ……バカな考えだ」
「何だと貴様っ!?」
 と、夏候惇が少し前のめりになった。お、食いついて来たな……。
488 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 23:03:42.08 ID:xmrrKX3z0
「古くせえ考え方もあったもんだ。時代錯誤もいいとこだな」
「くっ……この私を……この私の覚悟を愚弄するか……!?」
 額に青筋が浮かんできたらしい夏候惇。流石、元が頭に血が上りやすい性格だけある。雄二の挑発が的確にヒットしてるようだ。
 でも、これは危険な作戦だ。もし挑発が度を超えてしまったり、言葉を間違えたりすれば……夏候惇は舌戦をやめ、即座に攻撃に転じる。そうなったら……僕らの命は風船の灯火だ。
「『風前の灯火』な」
 はいはい。
 で、雄二は恐らくそうなる前に戦法を変え、それをクールダウンさせる方向に話を持っていく気だろう。そうなれば……さらに時間を稼げる。まあ、口から生まれてきたのかと思うぐらい口達者で面の皮の厚いコイツのことだ。そんな心配無用だろう。
 でも……コイツばっかりしゃべってて不自然に思われないかな? 僕もタイミングを見計らって、一言ぐらい言った方がいいかもしれない。
「自分が死んで、代わりに敵の大将を討ち取るだ? んなことして、曹操が喜ぶってのかよ?」
「……っ! 貴様、言うに事欠いて華琳様を……」
 よしっ! 今だ!
「オイ夏候惇! うだうだ言ってないで、言いたいことがあるなら力で示せ!」

「「「…………………………」」」

 …………………………あれ?

489 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 23:04:27.21 ID:xmrrKX3z0
「ふん! 言われなくても……やってやる! 覚悟!」
「ドアホ――――ッ!!」
 雄二の怒号と同時に夏候惇が地面を蹴って、僕らの方に駆け出した。
 しまった! やってもうた! スイッチ入れちゃった!!
 あーくそ! やっぱセリフをバトルマンガ系から持ってきたのが失敗だったんだ! 逆に戦闘を誘発する結果に!
 ていうか……僕はやっぱり口出さない方がよかったんじゃ……ってそんなこと言ってる場合じゃない!! 来る!
「は……はわわっ! き……来ますっ!」
「こんのバカは……ああもういい! 明久、戦闘準備!」
「OK!」
「「試獣召喚(サモン)!!」」
 キーワードに応え、魔法陣の中心から姿を現す僕と雄二の召喚獣。それぞれすぐさま突っこんでくる夏候惇を見据え、戦闘態勢に入る。
「……! 噂の神通力……魔物か! だがそんなもの!」
 夏候惇は一瞬驚いてたけど、動作自体に怯みは全くない。剣を中段に構え、普通に突っ込んでくる。さすが猛将……黄巾党の雑兵とは違うな。
 アイコンタクトだけで作戦を決めると、召喚獣は2匹同時に飛び出し、夏候惇の行く手をふさぐ。このまま突っ込んでも、夏候惇はバリアのせいで召喚獣よりこっち側にはこられないんだけど……どうやら夏候惇、そうせずに先に召喚獣に狙いを定めたらしい。秒殺してすぐにこっちに来るって寸法か。
 けどそれならそれで、こっちも応戦するまでだ!
 夏候惇の狙いは僕の召喚獣だった。あんな大剣の一撃、直撃で食らったら……いくら召喚獣でも即死間違い無しだろう。木刀を構えて、その攻撃を防ぐ。
 ガキィン、という音から少し遅れて、僕の手にフィードバックが来た。……って重っ!! 何だこの威力!? 鉄人の拳ですら比較対象として頼りないぞ!?
 さ、さすがは夏候惇……。『魏武の大剣』の異名は伊達じゃない……ってわけか。
 予想外の強烈さだったけど、どうにか僕の召喚獣は吹っ飛ばされずに踏みとどまり、相討ちの形でお互いの剣をはじいた。
「くっ……この小さい体躯で何だこの腕力は……!? 本当に魔物なのか!?」
 どうやら……召喚獣のパワーに驚いているようだ。まあ、無理もない。
「化け物め……だがまだだっ!」
 と、一瞬で体勢を立て直した夏候惇は、体を回転させて反対側から、今度は右側にいる雄二の召喚獣に斬りかかった。だが、
「甘い!」
 雄二の召喚獣はその拳……メリケンサックでその刃を取らえ、逆に押し返す。
「何っ!?」
 コレには流石に夏候惇も驚いたらしい。チャンス!
 その隙に僕の召喚獣は懐に飛び込んで、牽制の意味で木刀を振るう……とその時、
「はあっ!!」
「え!?」
 怯みもせずに、牽制ガン無視で夏候惇が斬りかかってきた!?
 ギリギリのところでそれをよけて、後ろに飛んで距離を取らせる。攻撃に再度失敗した夏候惇も、同じようにした。
「くっ……」
 悔しそうにはをかみしめる夏候惇だけど……ちょっと待った!
「おい……どういうつもりだ吉井明久」
「え?」
 と、僕が口を開こうとした途端に、夏候惇がそんなことを言ってきた。
「貴様……今の攻撃、当てる気が無かったな」
「え、そりゃあ……」
 牽制だし。
「何のつもりだ!? 貴様、手加減でもしたつもりか!? 舐めるな!」
 ……何だろうな……武人って、こんな感じで変なとこで頑固っていうか……本気で[ピーーー]気で来られないと嬉しくないみたいな物騒な考え方があるから困るよ。
 ていうか、牽制もダメ? 『今の距離なら十分に私を殺せたはずだ!』的な、そういうニュアンス?
 ……というか……それならそれで僕も、今言いそびれたけど聞きたいことがある。
「そっちこそ何のつもり!? 今何で牽制ガン無視で斬りかかって来たの!?」
「……何?」
 夏候惇くらいの武将なら、僕の召喚獣が攻撃を当てるつもりがないであろうことぐらいわかったはずだ。でも今のは、それを無視して……というより、自ら当たりに来たみたいにすら見えた。
 実際、牽制のつもりで打った木刀は夏候惇の鎧を捕え、右胸を覆っている鎧の一部が砕け散った。
490 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 23:05:00.75 ID:xmrrKX3z0
「別に当てる気なかったのに、死んじゃうでしょ!?」
「……おかしなことを……もとよりそのつもりだと何度言ったらわかる!?」
 苛ついて吐き捨てるように言う夏候惇。
「華琳様のためなら……私はこの命捨てる所存だ。この命と引き換えに……刺し違えてでもお前を殺せるのなら……牽制だろうが何だろうが私は恐れん!」
 ……ここで、僕はちょっとその態度にカチンと来た。
「……さっきから思ってたけどさ……やっぱりそういう考え方おかしいよ」
「何っ!? 貴様まで我が誇りを愚弄するか!?」
 夏候惇は相当な剣幕で怒ってる。でも……なぜか僕は怖くなかった。
 多分……そういうの全部度外視して、夏候惇に言っときたいことがあったんだと思う。
「さっきから『命と引き換えに』とか『刺し違えて』とか、まるでむしろ死にたいみたいに聞こえるよ?」
「それの何が悪い!? 何度言わせる!? 一死もって大悪を誅すは、武人の本分だ!」
「そうじゃなくて!」
 しかし、既にヒートアップした夏候惇に、これ以上僕の話に付き合う余裕はなかったようで、
「次こそ仕留めてみせる! 覚悟!!」
 再び剣を握りしめ、今度は大上段に構えて突っ込んできた。
 出来ればもう少し話したかったけど……斬られてもたまんないので、こちらも木刀とメリケンサックを構えさせる。
 夏候惇はというと……相も変わらずのノーガード。勝算も生存確率も度外視で来るか……。
 そして再び、僕らの召喚獣の得物と夏候惇の得物がぶつかり、火花を散らすかに見えたその瞬間、

 ヒュッ ガギィン!!

「「「!?」」」
 横から何かが凄まじい速さと勢いで飛んできて……夏候惇の獲物にぶつかる。
 その次の瞬間、大剣を受け止めたことによって突進を止めたそれの姿を、僕らは目でとらえることが出来た。
 と同時に、後ろの方から声がした。

「助っ人、さんじょーっ! へへへ……ちょっとおイタが過ぎるんじゃない? 眼帯のおねーさん?」
491 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 23:05:45.06 ID:xmrrKX3z0
「工藤さん!」
 振り返った僕が見たのは、腰に手を当て、いたずらっぽく微笑んでその場に立つ、工藤さんの姿。
 そうかっ! 雄二のさっきの携帯操作……メールか何かで、もうそろそろこの近くに来てるはずの工藤さんにSOSを送ってたんだ! それを見て工藤さんが、大急ぎで駆けつけてくれたのか!
 そして夏候惇の剣を抑え込んでいるのは……言わずもがな、巨斧を振りかざした工藤さんの召喚獣。
 さすが工藤さんの召喚獣……僕が押し返すのにけっこう力が要った夏候惇の大剣を、余裕で、腕を振るえもさせずに持ちこたえている。
 その召喚獣を、そして操作している(とわかっているんだろうか?)本人である工藤さんを交互に見て、夏候惇の顔色が変わった。
「……っ……新手か!」
「ええ、ちなみに1人じゃないわよ!」
「「「!?」」」
 その瞬間、夏候惇の頭上から降ってくる一つの小さな影。
 太陽の光を背に飛びかかった美波の召喚獣は、僕と同じように牽制の意味で夏候惇に斬りかかった。さすがに今回は、夏候惇も後ろに飛んで避ける。そして直後に、工藤さんの後ろから姿を現した美波(本人)をも視界にとらえる。
 美波まで来た! ということは……雄二め、他の連中にも連絡を!?
「くっ……増えると面倒だな……ならば……」
 と、何やら懐に手を入れて仲を探り始め、取り出したその手には、三本の短剣が握られていた。あの独特の形状……前にRPGで見たことがある。投擲専用の投げナイフ……スローイングナイフってやつか!
「こういうやり方は好きではないが……くらえ!」
 剣と見せかけての奇襲目的のために隠し持っていたのであろうそのナイフを、夏候惇は予備動作もほとんどなしに、僕めがけてそれを3本同時に投げつけ……
 ……る前に、なぜかその手の中からナイフが全部消えた。
「……っ!?」
「「「あれ?」」」
 驚いた様子できょろきょろとあたりの地面を見る夏候惇(僕らも)。落とした……わけでもなさそうだけど……。
 と、その時、

「…………探し物は、これか?」

「「「!?」」」
 と、声に反応してその方向を見た僕らの目に飛び込んできたのは、
 工藤さん達とは別方向からこの陣に入って来ていた……その右手に夏候惇が投げるはずだったナイフを3本とも持って佇んでいるムッツリーニの姿だった。
「……! 貴様……それは……!!」
「…………返す」
 絶句している夏候惇の足元に、ナイフを3本とも見事なコントロール……FFF団の異端審問で鍛え上げた腕で放り投げるムッツリーニ。サクッと音を立てて、ナイフは地面に突き刺さる。
 す、すごい! 召喚獣の仕業だろうけど、投げられるナイフを全部キャッチして、それを見せびらかしながら『探し物はこれか?』なんて、なんて決まってるんだ! カッコよすぎるよ、ムッツリーニ!!
 ……鼻の穴(両方)に詰まってるティッシュさえなければ、完璧だったんだけど……。おしい。
 あと……顔がまだ白いよ? 大丈夫?
 と、だんだん盛り上がってくる僕らと対象的に、夏候惇の顔には焦りが見え始めていた。
「また増えた……っ! これでは……」
「おせっかいな女は嫌われるぞい、夏候惇とやら」
「!!」
 そんなセリフと共に、夏候惇をはさんでムッツリーニとは反対方向の入口から入って来たのは……秀吉。
「貴様……っ! 木下秀吉か……!」
「ほぉ……覚えておったか。存外、記憶力はいいようじゃの?」
 ああ、そういえば秀吉は、最初の戦いの時に夏候惇にあったみたいなこと言ってたっけ。その戦いで負けたからなのかな、夏候惇が妙に秀吉を警戒してるっていうか……汗の量がどっと増えたのは。
「はっ……。忘れろと言う方が無理だ……あのような凄まじい覇気を……」
 夏候惇が何か言ったけど、小声で聞き取れなかった。
「……これ以上増えられると、さすがに無理だな……。早めに決めさせてもらう!」
「あれ、まだやる気? 言っとくけど……それ以上こっちに来ない方がいいよ?」
「ふん……脅しか? 望むところだ、殺したければ[ピーーー]がいい。だが……吉井明久に、坂本雄二……貴様ら2人だけはここで確実に[ピーーー]!」
 工藤さんの脅し文句にも怯まず、夏候惇は剣を構え直し、やはり真っすぐに突っ込んできた。おそらく……工藤さんの召喚獣に殺されてでも、僕ら2人……もしくはどちらか1人でも道連れにできればいい……とか、そんな覚悟を背負って。
(この2人さえ……文月の頭目と悪魔の頭脳さえ葬れば……まだ活路は開ける! 最悪……どちらか1人でも仕留められれば……軍は混乱、最低でも進軍をしばらく止められるはず……ここまで来たのだ、やってやる!)
「オオオォォォ――――ッ!!」
 雄叫びをあげて突っ込んでくる夏候惇に対して、なぜか工藤さんは構えすら取らずに立ってて……
 と、その瞬間、

 ズギャァッ!!

「「「!!?」」」
「あーあ、だから『それ以上こっち来るな』……って言ったんだよね……。まあ、ギリギリセーフっぽいけど」
492 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 23:06:21.90 ID:xmrrKX3z0
轟音とともに僕らと夏候惇との間に土煙が吹きあがり、そしてそれがはれた所には……地割れと見間違うほどに巨大な『ひび』みたいなものが、『×』の字に地面に刻まれていた。
 その場にいた全員が唖然とする中、僕は考えていた。
 これって……もしかして……。
 直後、その疑問に答えを出す形で声が響く。

「明久君に手は出させませんっ!!」
「……雄二の敵は、私の敵」

 その×印の末端部分に、姫路さんと霧島さん、そしてそれぞれの召喚獣が佇んでいた。しかも、何だか2人とも怒ってるような……。こんな時に何だけど、本気で心配してくれてる……って感じがしてうれしいな。
 にしても……やっぱ今の、姫路さんの熱線と、霧島さんの真空波(余波)か……。相変わらずとんでもない威力だ……いやまて? 虎牢関を半壊させた……って話を考慮すると……今の、一応手加減したのか。
 ……余計怖いな……。最早2人とも人間兵器だ。
 一瞬にして下手な農耕具よりも深く地面をえぐった2人の攻撃。その予想外の威力と手段に、夏候惇は立ち止ってフリーズしていた。戸惑いゆえか、恐怖ゆえか……いや……あの顔、多分何が起こったのか自体わかってないな。
 それでも何かとんでもないことが目の前で起こってる……ってことくらいはわかるから、下手に動けない……と。額にかいてる冷や汗の理由はそんなとこだろう。
「……い、一体何が……」
「よそ見してていいのカナ? 眼帯のおねーさん?」
「っ!?」
 と、その隙に工藤さんの召喚獣が見た目とその武器からは想像できない機動力で距離を詰める。不意を突かれた夏候惇は、回避もカウンターも間に合わないと一瞬で判断し、剣を横に構えて防御の構えを取った。
 ……が、

「できればこれで戦意喪失とかしてほしいんだけど……えいっ!」

 バキャァッ!!

「何ィ!?」
 工藤さんの斧を防ぐつもりで構えた剣は……その斧の一撃を横っ腹にくらい、豪快な音を立てて真ん中から2つに割れ、砕け、破片を撒き散らした。
 これ以上無いってくらいのパニックフェイスを見せる夏候惇だけど……当然だろう。
 工藤さんの召喚獣は、電撃の能力を付加していないとはいえ、虎牢関の壁を粉砕する威力だ。恐らく今の一撃も、結構手加減してたんだろう。でなきゃ、刀だけでなく夏候惇も真っ二つになってるはずだし。
 と、依然ショックで固まってる夏候惇。そこに、
「翔子! 姫路! 今だ!」
「……了解。隙あり」
「隙ありですっ!」
「何っ!?」
 と、雄二の号令と同時に驚異の移動速度で姫路さんと霧島さんの召喚獣が接敵し……その両側から服(鎧か?)をむんずとつかんだ。
 ……って……何する気?
「な……何をする気だ!? 放せ!」
 戸惑っている夏候惇の言葉にも、怒っている(多分)2人は耳を貸さない。視線を召喚獣と、それがつかんでいる夏候惇に向けて集中したまま……。

「……さっさとここから」
「出てって下さいっ!!」

 ぶんっ!!

「うわあぁ―――――――――っ!?」
493 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 23:06:57.12 ID:xmrrKX3z0
召喚獣の怪力で……思いっきりブン投げた。
 ……ってわぁっ! スゴい飛んだ! キラーン、って星にこそならなかったけど、たとえ話とかじゃなくホントに空の彼方に消えてった! あんな飛び方ギャグ漫画の中でしか見たことないよ!? あれ死ぬんじゃない!?
 いやちょっと……まさか僕らが殺されそうになってたとはいえ……まさかこの2人があそこまで容赦ない感じにやるとは……。人って何がスイッチになるかわからないもんだな……。
「あー……翔子? 姫路?」
「……あ、雄二、無事だった?」
「あ、明久君も! 怪我とかないですかっ!?」
 と、振り向いて駆け寄ってきてくれる姫路さん。
「え、あ、うん。僕は大丈夫。ありがとう」
「そうですか、よかった〜……」
 文字通り胸をなでおろして、姫路さんは長い息を吐いた。……本当に心配して、本気で怒ってくれてたんだな……やっぱり嬉しいや。
 すると雄二が、
「あ〜……翔子、姫路、その……夏候惇なんだが……」
「……うん、追い払った」
「あ、はい! えっと、ちょっと焦っててやりすぎちゃいましたけど……まずかったですか?」
「あ、いや、そういう意味じゃなくてだな……」
「「……?」」
 なぜか言葉の切れが悪い雄二。
 何だろう、何か言いたいことがあるみたいだけど……夏候惇は無事に追っ払えたことだし、問題なさそうじゃない? まあ、文月メンバーがそろった時点で、こっちの勝ちは見えてたけどね。
 文月オールスターによるこの完全勝利にもかかわらず、何がこれ以上問題なのかって、僕含むみんなが測りかねていると……

「……俺は、色々と聞きたいこととかあるから『捕獲』してほしかったんだが……」

 …………………………

「「「…………あ」」」

 そういや……そうか。

494 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 23:07:25.68 ID:xmrrKX3z0
魏軍・城外本陣

「姉者がまだ戻らないだと?」
 許諸の報告を聞いた夏候淵は、顔を青ざめさせた。
「そうなんですよ! 必ず自分も後から合流する、っては言ってたんですけど……」
 慌てた様子で話す許諸。いくらなんでも夏候惇の帰りが遅すぎることに気付き、不安になって夏候淵に報告しに来ていたのだ。
 夏候淵は夏候淵で、そんなことは予想もしていないケースだったために動揺していたが。
(姉者の部隊の行軍が遅いからおかしいとは思ったのだが……まさか姉者……無意味に命を散らそうなどと考えてはいるまいな……?)
「季衣、念のため……」
 と、その時、

 ヒュルルルルルル…………

「ぁぁぁぁぁあああああっ!!」

「「……え?」」

 バシィン! ビリビリビリィッ……バシィン! ……ドサッ

 あまりに突然の出来事に、夏候淵も許諸も目を見張った。
 突然、陣の外から赤い何かが飛んできて、陣を区切っていた布壁にぶつかった。
 そして衝撃でそのまま布壁をやぶり、更に飛び、2人の視界を凄まじいスピードで横切った。そしてその先にあったもう一つの布壁に激突して……今度はそれを破ることなく勢いを殺して、地面に落ちた。
 唖然とする許諸と夏候淵。数秒後に2人が我に返って、その『何か』が落ちた所へかけて行ってみると……。
 その未確認飛行物体の正体に、2人は目を見張った。
 何せ、それは人間……それもこの上なくよく知っている者だったのだから。

「う……ううう……」
「姉者……? 何で空から……?」
「しゅ……春蘭様ぁ!?」

 右手には砕けた剣を持ち、鎧から何からボロボロになった状態で空から飛来した夏候惇は、夏候淵と許諸が見ていることに気付くことなく、そのまま気絶した。
 ……彼女達2人が、なぜ夏候惇が空から飛来したのかを知るのは……もう少し後、夏候惇が目を覚ましてからのことである。


495 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 23:08:06.00 ID:xmrrKX3z0
曹魏編
第78話 落城と投降と目の保養

 魏軍・支城内部

「負ける……また負けるというのか、この私が!!」
 謀らずも生き延び、自陣に戻ってきていた私は、そう呟いた。
 今だに信じがたいが……どうやら私はあの2体の魔物に投げ飛ばされ……なんと自陣まで飛んで戻って来たらしい。
 幸いといっていいのか、そのままの勢いで地面にたたきつけられることはなく、陣に張られていた布壁を2つ3つ突き破り、それによって衝撃が緩和されて死なずに済んだらしい。
 もっとも……布壁とはいえ打撲には変わりなかった。全身が痛むために、あまり動けない。歩くくらいならできるが……とても剣を振るえる状態ではなかった。
 そして……そこで私を待ち受けていたのは……死ぬよりもつらい現実だった。
 最早、完全に戦線が崩壊し、城までの退却と籠城戦の決行を余儀なくされた。私も不甲斐なさを感じながら、秋蘭と季衣と共に、桂花の待つ城に戻り、すぐさま兵達に体勢を整えさせ、籠城戦に突入した。平原で決着をつけられなかったことが悔やまれるが……今はやはり、こうして城にこもり、対抗策が見つかるまでの間をしのぐのが最上の策だろう。
 しかし……その選択と期待すらも、奴らによって粉々に粉砕された。
 最強最後の手段のはずだった城すらも、奴らはものともしなかった。一旦は使用をやめたあの『燃える矢』が再び放たれ始め、その威力で城そのものが破壊され始めたのだ。万の矢が降り注ごうと変わらぬ剛毅さを放つであろうと思っていた我が軍最後の砦は、正体不明の矢の猛攻の前に、文字通り崩れ落ちようとしていた。
 これでは……敗北が1刻2刻伸びただけ……しかも、城という多大な犠牲を払ってだ。
 そしてこうなった以上、わが軍に残された道は1つ……残存の兵力をまとめての、退却のみ……。
 他の3人……秋蘭、桂花、季衣もそれをわかっているようで、苦い顔をしていた。
「……姉者、もうこれ以上はもたん。下がるぞ」
 秋蘭がそう言ってきた。だが、
「下がらんっ!!」
「「「!?」」」
 私にはとても……首を縦に振ることなどできなかった。
「な、何言ってるんですか!? このままじゃ……敵に身柄を預けることになっちゃいますよ! そんなの、春蘭様らしくないですっ!」
「だが……私はもう何度も奴らに負けてしまっている……! このままおめおめと逃げ帰るよりも、敵陣に踊りこみ、武人として死にたい!」
 国境付近の支城での奇襲に失敗し……その次の防衛線でも、秋蘭の加勢にも関わらず敗北し……桂花の策で一旦は優勢になったと思われた3度目の籠城戦および逆撃戦も、坂本の策に阻まれ、追撃できなかった。
 そして、今回のこの戦……川岸に敵軍を追いつめるつもりだった策は、突如出現した砦によっていきなりくじかれ、後退に次ぐ後退……ついにはこの城まで押し込まれた。
 挙句の果てに、玉砕覚悟で敵陣に乗り込んだにもかかわらず、しかも将が一人もいなかったにもかかわらず、敵の1人にも、傷の1つも負わせられんままに追い返され、あろうことかしぶとく生き残っているなどと……このようにみじめな姿……敵陣で奴らに殺されていた方がマシだった!!
 出来ることなら、黙って行かせてほしかった。しかし……3人はそれを許してはくれない。
「そんなことは許さんぞ姉者。まだ我々の後方には……華琳様がいる。戦場に引っ張り出してしまうことになったのは心苦しいが……居場所は、魏の勝機はまだあるのだ」
「そうよ春蘭、今の私達の使命は……華琳様と合流することよ」
「桂花ちゃんの言うとおりですよ! 本隊には指揮官が不足してるんですから……それに、曹魏に惇将軍がいなくなっちゃったら、カッコつかないじゃないですか!!」
「しかし……」
「……もう一度言う。下がるぞ、姉者」
「………………っ!」
 秋蘭の口調には、そして私を正面から見据える目には、有無を言わせぬ迫力があった。それは、つらい選択であっても……それが正しい選択だからこその、華琳様のためになるものであるからこそのものだろう。
 それを前にして……我がままを言っているだけの私にはもう、言い返す言葉など無かった。
「……わかった」
「……また、泣くか?」
「泣かんっ!!」
 目頭が既に熱くなっているのを感じながら、私は怒鳴った。階下の兵士達にも……聞こえてしまっていたかもしれないな。
「ふ……それでこそ姉者だ。では桂花」
「ええ」
 小さくうなずいて、桂花は眼下に見下ろしている兵士達に向かって号令を出すため、声を張った。
「全軍退却! 遺憾ながら……城を放棄するわ!!」
496 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 23:08:40.20 ID:xmrrKX3z0
同時刻
 戦場左翼後部

「はあああああっ!!」

 ガギィン!!

「うわぁっ!?」
「どうだっ!!」

 青竜偃月刀を振り切った姿勢のまま、私は目の前で尻もちをついている張遼を見下ろして言った。
 さすがに猛将と言われ、恐れられるだけのことはある……あのなぎなた長刀さばき……軍を率いる才のみならず、自らが持つ武も相当なものだったな……。
 だが、
「うう……痛あ〜……」
「貴様の得物は砕いた。最早戦えんぞ、張遼!」
「え? うそ!? あ〜……ホンマや〜! 折れてもーてる〜! 道理でなんか軽なってると思ったぁ〜!」
 張遼が手にしていた長刀……いや、青竜刀という方が近いだろうか……それは、私の最後の一撃により、装飾の部分を境に砕け、折れ、柄と刃に綺麗にわかれてしまっていた。
 これでは、戦闘性能は半減どころの話ではない。最早、戦いを続けることは不可能だろう。この勝負……私の勝ちだ。
 すると張遼は、
「ああ〜……せっかく関羽とそっくりな青竜刀作ったのに〜……」
「何、私と?」
 そんなことを言い出した。
 そう言われれば……砕けてしまっていてややわかりにくいが、張遼の青竜刀、特にその装飾の部分は龍の形をしていて、その他の装飾も細かい部分を除けば似たようなものがそろっていて……色が黒であることを除けば、確かに私の青竜偃月刀に似た形をしている。なぜ今まで気付かなかったのか不思議なほどにだ。
 ということは……これも、私に『憧れて』いるがゆえに……か?
「そ……そうか……それはすまなかった」
 とっさに、なぜか謝ってしまっていた。
「や、別に謝らんでもええけど……なんか、張飛といい、文月軍って変なとこで律義なの多いな……。けど……せやな〜、これやったらもう戦われへんわ」
 はぁ……とため息をついて、張遼は手に持っている柄を下ろし、戦闘態勢を解いた。どうやら……負けを認めたようだ。
 同じように戦闘態勢を解き、私は言った。
「負けを認めるのなら、わが軍に降れ、張遼」
「え? あ……ん〜……そうしたいのは山々何やけど……」
「何だ? 何か……曹魏軍に心残りでもあるのか?」
「ん〜と……心残りっちゅーか……ウチほら、もう既に董卓ちゃん捨ててもーとるやん? それなのにまた、今度は猛ちゃんを裏切ることになるのか〜……って思て……」
「? 猛ちゃん?」
「うん、曹猛徳やから、猛ちゃん」
 ああ……曹操のことだったか。
 そしてなるほど。あの性格の張遼が何を迷っているのかと思ったら、そういうわけか。
 ふむ……自分が残って兵を逃がすという決断といい、敗北したにもかかわらず義を貫かんとするその大器といい……やはり張遼、名将と言って差し支えない人物だな。
「勝敗は兵家の常だ。負けて敵軍に降ることは、裏切りでも何でもないぞ」
「……そーなんやろか?」
「そうだとも。何より……お前のような将がここで死ぬのは、天の損失だ」
 その言葉で、張遼はようやく心を決めたらしい。
「……わかった。降るわ。そこまで言われたら……なんかもう降ってもええかも、って思えてきた」
「そうか……よかった。ご主人様も喜ぶだろう」
 張遼の返事を聞いて、私はそう思った。
 ご主人様はその優しさゆえに、敵といえども人が死ぬのを嫌われるからな。ましてや張遼は、華雄や恋の元・同僚……死んだなどという報を携えて戻ったら、ため息をつかれる所だった。
 と、張遼が気付いたように、
「あ、それやけど……関羽」
「ん?」
「虎牢関の時はそうやったんやけど……降ったっちゅーことは、これから会いに行くん? ご主人様……やのーて、吉井明久に」
「? まあ……そうなるな」
 なぜか張遼がやや不安そうになっているのだが……何かあったのか?
「その……大丈夫やろか?」
「は?」
「いやほら、ウチ仮にも敵将やん? そいつ……あ、ごめん。その吉井っての……ウチと面識もないし、ウチのことよく知らへんやろし……」
「だから……何が言いたい?」
 さっきからこいつは、どうも言いたいことがはっきりしない。
「せやからな、その……敵将って、それもウチみたいに補給部隊襲うなんて姑息な策で被害負わせたようなムカつくような奴っていったら特に、その場で……もしくは公開処刑やん? 関羽が認めてくれてるんは嬉しいけど……やっぱその吉井明久の判断で、そういうことにならへんやろか……って……」
「お前を処刑する……と?」
「うん……」
 ああ、それで……。
 それを聞いた私はというと……
「ぷっ……あははははははははは!」
「へ?」
 思わず笑ってしまった。
 いや、正直不謹慎だとは思う。何せ、張遼は張遼で真剣に悩んでいたのだろうし。だが……私のように普段のご主人様を知っている者からすると、今の悩みというのは……。
「あの……関羽?」
「あ、ああ、すまん張遼。だが安心しろ。それについて悩む必要はない」
「……? 関羽が説得してくれんの? 関羽の立場危なくならへん?」
「説得も何も……その類のことは、我がご主人様について言う限り……一番心配の必要がないことだろう」
「……はぁ?」
 まあ、会えばわかるさ。あの方がどれほど心の広く、懐の深いお方かが……な。
497 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 23:09:22.19 ID:xmrrKX3z0
『我々の勝利だ! 総員、盛大に勝鬨を上げろ―っ!!』

 オオオオオォォォォ―――――ッ!!!

 星の声に続いてトランシーバーから、そして周りから直で聞こえてくる、勝利を誇る兵達の咆哮。
 いやいや……何度聞いても圧巻っていうか……慣れないし、びっくりするなあ。
「これって……ウチらの勝ちよね?」
「ああ。敵逃げてったってよ。完璧に勝ちだ、勝ち」
 と、雄二のお墨付きが出た所で、ようやく本陣の中のいやな緊張感も解けた。張りつめた空気も消え、勝利の喜び……に包まれるかと思ったけど、やっぱり疲れが一番に来た。
「しかし……今回は危なかったのう……」
「そうですね……。まさか、夏候惇さんが単騎で乗り込んでくるなんて思いませんでした……」
 秀吉も朱里も、やっぱりあのハプニングには仰天したようだ。
 まあ……一番びっくりしたのは、実際に命狙われた僕だろうってのは自信持って言えるけど。なんせ、大剣手に布壁破って『お前だけは[ピーーー]!』だもん。迫力が半端なかったって。あれで腰抜かさなかったってのは上出来も上出来だろう。
 その夏候惇は、今どこに行ったか不明だけど……運よく陣地あたりに落ちて合流してたりして……ってんな都合のいい展開、いくらなんでもないかな?
 と、姫路さんが、
「一応このことって、報告すべきなんでしょうか?」
「あの眼帯おねーさん……夏候惇さんのこと? うーん……どうなんだろ?」
「……夏候惇の侵入は、今回の布陣の甘さも原因の一つ。再発防止を考えるなら……報告すべき」
「ですよね……でも、そうなると……」
「愛紗とかがまた必要以上にテンパりそうだな。『申し訳ありません! 私が抜けたばかりに!』とか言って」
 ああ……それはあるかも。
 今回夏候惇が新入してきたルートって、本来関羽隊が守ってるはずのルートだったし。まあ、もうそこ守る必要もなさそうだな……ってこっちでも判断したから愛紗は張遼隊への対応に行ったわけだし、気にしなくてもいいんだけど……気にするだろうな……。
「あれ? そういえば……愛紗から連絡ないね? どうしたのかな?」
「そういやそうだな……。半刻ごとの定時連絡もないってことは……戦闘か?」
 愛紗が連絡を忘れる、もしくはそうできない状況としたら……たしかにそのくらいしか思いつかない。戦闘だとしたら、やっぱり張遼と……
 と、
「ご主人様、只今戻りました!」
 お、噂をすれば影。
 こちらから連絡してみる? なんて思ってた矢先に、愛紗本人が本陣に帰還した。
「申し訳ありません。やむを得ない事態により、定時連絡できませんでした」
「ああいや、無事なんならいいよ。お帰り愛紗」
「は……」
 ぺこりと一礼。
「それで愛紗よ、お主が帰還したということは……張遼隊の殲滅は完了したのかの?」
「いや。そのことで、ご主人様にお話が……」
「何や、ウチのこと?」
「「「え?」」」
 と、いきなり聞き覚えのない声が割り込んできた。 ……え、誰?
 その疑問に答えるかのように、愛紗の後ろから『誰か』が姿を現した……って、おおっ!?
 出てきたのは……愛紗と同じくらいの年の少女。藤色の髪に、整った凛々しい顔立ちが印象的だ。やや強気な釣り目で……髪は何かしらの道具で後ろで止めてるらしい。
 と、ここまではいいとして、問題は……その服装。
 サラシ(胸に巻いてる)、はっぴ法被(羽織ってる)、袴……以上。
 いや、ホントに。
 今『マジで!?』って心の中で突っ込んだ諸君、奇遇だな、僕もそう考えた。
 いや、ホントに何なの!? 裸にサラシ巻いて法被羽織っただけって……オープンにもほどがあるでしょ!! どこのお祭り!? いや今時祭でもそんな大胆な服装の女の人なかなかいないでしょ! 何でその人こんな場所でそんな恰好なの!?
 その呉軍の皆さんといい勝負な露出度の彼女の来訪は、当然のごとく……
「…………っ!!(ブシャアアァァアッ)」
 ただでさえさっきの鼻血で血液が不足気味のムッツリーニを追いこむ。
「おわっ、ムッツリーニ君!? これは無理もないだろうけど……大丈夫!?」
「…………構うな……大丈夫だ……っ!!」
 震える手でポケットからデジカメを取り出し、必死にシャッターを切るムッツリーニはつくづくおとこ漢だと思う。
 そしてその向こうでは、

「……雄二は見ちゃダメ」

 ブスリ

「ぐああああっ!! ひ、久々に来た!! 何しやがる翔子!!」

 そんな感じで、無実の罪で雄二が霧島さんに一方的な断罪を受けていた。
 確かに……ここんとこシリアスな雰囲気ばっかりでそういう展開が無かったから、久々に見たなコレ。呉軍との軍議の時も、霧島さん達はいなかったし、雄二も油断してたんだな……ってマズい!
「そあっ!!」
498 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 23:09:54.43 ID:xmrrKX3z0
 サッ   ←  全力で上体をそらす僕

 ヒュッ  ←  的を外れ、空を切る美波と姫路さんのチョキ

 あ……危なかった……。もう0.5秒遅かったら僕もああなってたとこだ……。
 どうやら、なまってたのは雄二だけじゃなかったみたいだ……ここんとこしばらく秀吉以外の女子勢がいない環境下で生活してたせいだろう。このメンツでは絶対に油断しちゃいけないって、完全に忘れてた……。
 というか最近、2人の無音暗殺術(サイレントキリング)に更に磨きがかかってきてるんだけど……このまま行くと僕らの命はどうなるんだろう。仮に曹操に殺されなくても、身内にそれ以上の脅威が発生する可能性がぬぐえない。
 なぜか素手マトリ○クスを繰り広げる僕達に、
「あの〜……この状況何なん?」
 と、入口付近に立っている女の子がポツリと一言。
 まあ、自分が入って来た途端、ある者は鼻血を吹きだし、ある者は目を押さえてのたうちまわり、そしてまたある者は人間の柔軟性の限界に挑戦するかのごとき上体そらしを見せた……ってそりゃきょとんとするだろう。
 ……って、そういえば今まで聞くタイミングなかったけど……この娘、誰?
「なあ関羽〜、吉井って、どの人?」
「ああ……この方だ、張遼」
「「「えぇ!?」」」
 愛紗が言ったその名前に、僕ら全員そろって聞き返した。
 いや、張遼って……例の敵将じゃ!? 愛紗が殲滅作業に向かったっていう!? もしかして、捕虜にしたとか……いや、それにしちゃ拘束具も何もないし……てことは……。
「愛紗、もしかして……スカウトした?」
「はぃ?」
「ああいや、その……何て言うか……何で張遼がここに?」
「あ、はい。実はですね……」
499 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 23:10:31.03 ID:xmrrKX3z0
「……というわけでして、張遼は我が軍に降ったわけです。一応の所、しばらくは捕虜としてこの陣に迎えておきたいと思うのですが……?」
「うん、いいよ」
 事情を聴いて、僕はしれっと了承。
「早ええなオイ」
「ん、まあ……そんなこったろうと思ってたしね」
 張遼……って名前が出た時点で。
 それによく聞いてみると……さっきまでトランシーバーの向こうで聞こえてた声(with華雄&恋)と同じだし……ああ、そういえば張遼って関西弁だっけ。
 愛紗の話だと、どうやらあの後で愛紗が乱入して漫才ストップさせて、それで張遼と勝負して、勝って、仲間になりました……っていう、ド○クエのごときテンポでスカウトに成功したらしい。
 まあ僕としても、いくら敵だからってむやみやたらに死人出すの嫌だし、華雄と恋の元・同僚でもあるしね。その2人からも、城に残してきた月と詠からも、悪い奴じゃないって聞いてるし……断る理由は見つからない。晴れて僕らの仲間……ってことで。
 恋のケースを考えれば、すぐに戦線に出てもらっても文月軍の兵士たちなら順応できそうなもんだけど、その案は張遼の強い要望で却下になった。降ったとはいえ、やっぱり今まで世話になった曹操と手のひら返して戦うのは気が引けるらしい。まあ、一応敵将だし、さすがに当分の間は『捕虜』……って形になるだろう。
「なあ……ホンマにすぐ許してもらえたな、関羽」
「言ったろう? ご主人様はお心の広い方だと」
「なるほどな……敵将が一人減ったわけか……」
 と、どうやら動けるくらいまで回復したらしい雄二が立ち上がって言った。
「……雄二、大丈夫?」
「黙れ。てめえに心配してもらってもうれしくねえ」
「そんな贅沢なこと言うなよ雄二、霧島さんがせっかく……」
「この状況を作り出した主犯格に何で感謝せにゃならんのだ!」
 と、吠える雄二。
 とめどなく涙があふれ出すをこすりつつ、どうにかそれを開く。そして、僕らの方に向き直り、
「まあいい……とりあえず……張遼だったな。俺は坂本雄二、よろしくな。呼び方はまあ、なんとでも呼んでくれていい」
 そう雄二は、目を見て丁寧に挨拶した。
 …………僕に。
「雄二。張遼、あっち」
「……ああ、そうか、向こうか」
 いよいよこいつの目も末期だろうか。
 最後に見たものが霧島さんの人差し指と中指……なんて状況で失明するって、さすがに気の毒でならない。いや、ある意味幸せかもしれないけど……。
「ん、とりあえずよろしゅう頼むわ。あの……ウチ敬語使うん苦手やねんけど……大丈夫?」
「大丈夫大丈夫、この軍隊、僕に敬語使う人の方が少ないから」
「えっと……それも結構なもんやな……」
 だよね。今までは曹操のとこで、呼び方は様付け、話す時はオール敬語の環境下だったみたいだから。ここまでアットホームな軍隊に戸惑うのも当然だろう。この軍隊で僕に敬語って言ったら……愛紗、朱里、紫苑……あと姫路さんと月か。星と華雄のあれは……ちょっと微妙な所だ。
 さて……張遼が仲間になったのはいいとして、彼女のことは悪いけど後に回させてもらおう。それよりも今は……。
「さて……と。どうやら城攻めの部隊の方も決着がついたみたいだし、戦後処理始めた方がいいのかな、朱里?」
「そうですね。もう勝鬨は十分上がってるみたいですし、敵軍が放棄した城に入城したいところですけど……」
「城そのものが半壊しちまったから、多分無理だな。一夜城まで戻るか」
 籠城戦に入った段階で、『ここで持ちこたえられて曹操に出て来られたらたまったもんじゃない』ってことで、『煉獄矢』の残弾を使って再び爆撃が再開された。
 その結果、土とレンガでできた壁や塀は爆撃で崩壊し、今の城の姿というと、歴史の教科書に写真が載ってそうな、崩壊した古代遺跡のなんとか神殿みたいな有り様。あれじゃ観光地にはなっても、休憩もできないだろう。まだ煙=毒ガスも残留してるし、安心して寝泊まりできる環境とはお世辞にも言えない。
「それがいいと思います。じゃあムッツリさん、その方向で、孫権さんに伝令をお願いできますか?」
「…………まかせろ(グッ)」
 と、ムッツリーニは4秒で身支度を完了して颯爽と陣を後に……ってちょっと待った!
「待て待てムッツリーニ、お前がまた行ったら今度こそ死ぬぞ」
「そうだよ、もう既に貧血じゃないか」
 さっき伝令に行って、それだけで虫の息になって帰って来たんだ。もう一度後の陣営に行って……陸遜さんか甘寧あたりにでくわしたら……その瞬間ムッツリーニは天に召されるに違いない。
「…………このくらい、問題ない」
「そういうことは真っすぐ歩けるような奴が言えることだ」
 千鳥足でフラフラのムッツリーニに説得力は微塵も感じられない。
 しかし、さすがは『寡黙なる性識者(ムッツリーニ)』、危険をかえりみないその心意気は認める所だけど……ここで大切な親友を失うわけにはいかない。
 だから、
「よし、ここは僕が行こう」
「いや待て明久、俺が行ってくる」
 同時に言う僕と雄二。
 瞬間、僕と雄二の視線が交差する。こいつ……同じことを考えたな?
「ははは、何を言ってるのさ雄二、僕が行くって言ってるじゃないか。わざわざ雄二が動くことないよ」
「いや、それは俺のセリフだろう。総大将たるお前が直々に動くことはねえ、それこそ俺みたいな使いっぱしりが行くからお前は待っててくれたらいいさ」
「いやいや、ここはまあ自分で言うのもなんだけど、僕自ら動くことで呉軍の皆さんに対しての敬意をだね……」
「いやいやいや、その役目こそこの『幽州の紅い悪魔』が請け負うからお前はだな……」
 と、互いに一歩も譲らない僕と雄二。
 く……しぶといな……。だがしかし、ここは譲らないぞ雄二! こうなったら王様特権を乱用してでも、この目の保養の機会を勝ち取……

 ちょんちょん

500 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 23:11:07.61 ID:xmrrKX3z0
「「ん?」」

 何だろう? 今誰かが僕の肩を……

「「「えい」」」

 ぶすっ ×3

「「ぎゃあああああ目がああああああ!!」」

 直後に飛んできたチョキが僕と雄二の目を的確にとらえ、僕ら2人を床の上でのたうちまわらせる。しかも僕の場合、微妙にタイミングをずらして2人分飛んできた。
「全く……こいつらいつもこうなんだから……」
「明久君、そういう理由で動いちゃダメですよ?」
「……雄二、懲りない」
 くそぉっ、油断した! ここでこんな話題を出したら、それこそ自ら処刑人を呼び寄せるようなものじゃないか! うう……こんなことなら何も言わずに黙って……最悪雄二と2人ででもこの3人の魔の手が及ぶ前に行けばよかった……。
「やれやれ……朱里、ワシは伝令兵を手配してくるゆえ、この場を頼めるかの?」
「あ……はい、お願いします……」
 ため息交じりの、そんな秀吉の声が聞こえた。
 目の保養をするはずが、逆に目に深刻なダメージを受けて床の上で苦しむ僕らを見て、

「えっと……変わった軍隊やね?」
「そうかもしれんな。まあ……すぐに慣れるさ」
「……ええん? 慣れて……」

 張遼が再び唖然としている様子が、声から伝わって来た。


 ……ともあれ、
 こうして、最後の最後で僕と雄二が味方によってけっこうな被害を受けつつも、対曹魏戦の天王山となるこの戦いは、文月・孫呉同盟軍の大勝利で幕を閉じた。
 残るは……曹操のみ……か。

501 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 23:11:44.92 ID:xmrrKX3z0
曹魏編
第79話 準備と不備とうごめく陰謀

 川岸での戦いに、僕らが完全勝利を収めてから数日経過。
 色々な事後処理も済み、僕と雄二の視力も回復し、文月軍に一時の平穏が訪れた。
といっても、これも夏候惇達と曹操が合流して、再出撃してくるまでのことだろうし……あ〜、まだ続くんかい。
 というわけで、次の戦に向けて、大休止の間にも色々な準備が進められた。
 兵糧や武器、兵士の補充はもちろんのこと、『煉獄矢』の補充や『弩』の増産、傷兵の手当や輸送もして、着々と、いいペースでこちらも再出撃の準備を進めていった。
 さらに、次の戦いは恐らく曹操自ら出てくる=今までよりさらにすごい激戦になるだろうと予想されるため、その時の状況を少しでもよくしておくべく、僕らは更なる小細工に力を注いだ。軍備の更なる充実はもちろんのこと、他に2つの案を考え出した。
 1つは、その地点に至るまでの魏領の制圧だ。
 範囲としては、地図上で見て僕らが破壊した城がある位置まで。呉軍と協力してそのエリア内にある出城や街に部隊を送り、制圧していく作業を進めた。
 先の魏軍の大敗で敵軍の士気が下がりまくっていたこともあり、程なくしてそれら全ての制圧が完了。実質の所、ここに至るまでの魏領を切り取った形になる。
 つまり、ここまでのエリアはすでに同盟軍の味方、城も全て同盟軍の城……ってことだ。これは今後の戦いや物資補給が楽になるな。……で、これが1つ目。
 もう1つは、一夜城の強化だ。『一時的に攻撃しのげればいいや』+『相手びっくりするだろうな』的なノリで作った城なので、砦としての防御系統の役目以外はあんまり機能が充実していない。
 せっかく作ったんだから、今後も使えるようにきちんと整備しよう……ってことで、今回の戦で傷ついた分の補修と、今後も砦として末永く活用していくための整備を同時に行ったわけである。ここでも、呉軍の工兵部隊の皆さまの力を借りた。
 それとこれは余談だが、張遼が愛紗との一騎打ちの時に逃がした『張遼隊』、関羽隊から逃げて行ったまではよかったのだが、その後すぐに控えていた趙雲隊に回り込まれてあっさり捕まっていた。
 その時点で既に張遼は僕らの軍へ下っていたので、張遼隊にも事情を説明し、そのまんま僕らの軍に吸収する形を取った。これも張遼が降ってくれたおかげだろう。最初のうちは流石に捕虜としてしばらく過ごしてもらうようになるだろうけど……ほとぼりが冷めたら、そのまま張遼の下に戻ってもらおうかな。
 とまあ、着実に僕らが再戦へ向けての準備を進めていた中のことだった。
502 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 23:12:54.81 ID:xmrrKX3z0
「え? 帰る?」
「ああ……すまん」
 呉軍からの要請で緊急に開かれた軍議の場で出たそんな言葉に、僕は素っ頓狂な声で聞き返した。いやあの……帰るって、呉に? この大事な時に!? 何で!?
「同盟は解消……ってことか?」
「そうではない。そのように、最初の約定をたがえるような真似はせん。……他の理由だ」
「他の理由って?」
 そう聞くと、孫権は苦々しい表情になって目をそらした。
 どうやらあまり言いたくない事情があるみたいだけど……さすがにここで『いいたくないなら言わなくていいよ』とは言えない。
 次はおそらく曹操が自ら出てくるだろうから、今度の戦はおそらく決戦……正真正銘、やるかやられるかのラスボス戦だ。だからこそ、そこには語群の皆さんにもぜひ一緒にいてもらいたかったんだけど……。
「何か忘れ物したとか?」
「アホ、んなことでいちいち戻るか」
 と、雄二のぴしゃりとしたツッコミ。
 見ると、孫権は『違う違う』といった感じで首を振っている。ついでにため息もついてるけど。
違うのか、じゃあ……
「鍵をかけ忘れたとか……鍋を火にかけっぱなしで出てきたとか……」
「もう黙れ、お前の発言はため息しか生まねえ」
 酷い言われようだ。だって仕方ないじゃないか、今更戻る理由なんてそのくらいしか思いつかないんだもん。後はそう、宿題忘れたとか……まあ僕はそれでも戻らないけど……。
 と、ここでようやく孫権が重い口を開いた。
「……身内の恥をさらす形になってしまうのだが……実は今、本国からの補給が上手くいっていないのだ」
「「補給が?」」
 聞かされたのは、意外な理由だった。
「どういうことなんですか、それ?」
「特に補給の妨げになるようなものは無いはずだが……野盗か何かの襲撃でも受けられたか?」
 朱里と愛紗もいぶかしげに聞き返す。
「いや、そうではない。ただ……このところ、物資が届く間隔が安定しないのだ」
 孫権の話だと、わずかだが、補給部隊が到着、合流するペースに乱れが生じているのだという。早くなったり遅くなったり……安定しないんだそうだ。
 そのせいで、このまま進軍を続けると、タイミングによっては必要な時に必要な分の食料その他が届かない可能性が出てきたそうなのだ。それを解消するため、一度本国に戻ってその問題を解決したい……という。
 けど……
「けどそれなら……具体的な問題点を手紙にでも書いて本国に送れば済むんじゃない?」
 今、国の留守を守ってる周瑜って人は相当に優秀な人みたいだし、そのくらいで十分だと思うけど。
「そうなのだが、道中何があるかわからんし……それに……」
「それに?」
「……だからこそ、使者の一人には任せられん事態とでもいうか……」
「……?」
 どういう意味だろ?
 こころもち伏目がちになっている孫権は、何か別の懸念事項を考えているかのように顔をしかめていた。
 ……コレはコレでかわいいかも……なんて考えたら不謹慎だろうか。
「ともかく、そういうわけなのだ。内情ゆえ詳しくは言えんが使者には任せたくない事柄でな……」
「なので、一時帰国、認めてもらえないでしょうか〜? あ、もちろん、同盟はそのままで〜……」
 孫権の言葉を引き継ぐ形で言う陸遜さん。その隣で甘寧も、
「手前勝手な頼みなのは重々承知しているが、おそらくこれ以外に効率のいい方法は無いのだ。了承してはもらえないだろうか」
「ん〜……そう言われても……」
 どうやらこの事態……ここにいる僕たちだけで決めていいことじゃなさそうだ……。
 なので、孫権たちには聞こえないような極小音量で、襟元のピンマイクに……その向こうにいるムッツリーニたちに話しかける。
「えっと……そうらしいんだけど、どう思う、みんな?」
『どう、と言われてもの……』
 と、秀吉の困ったような声。
『そもそもこの問題、大将自ら戻らねば解決できんような問題なのかの? 使者1人か2人で十分な事柄のように思えるのじゃが……』
『おそらく、そのあたりに理由……というよりも、裏があるのかもわかりませんな』
 と星。
「っていうと?」
『うむ、聞けば、本国にて今政治・軍事を取り仕切っているのは、かの美周郎と聞きますからな。ここに至って何かをたくらんでいるとは考えられませぬか?』
『周瑜ってヤツか……考えられるな、それ』
『そうね……非道な策も平気で実行する『氷の軍師』とまで呼ばれる人らしいから……』
 翠、紫苑も同じ見解のようだ。
「ってことは……その周瑜って人が、何かしらの作戦を実行するためにわざと補給を遅らせてる……ってこと?」
「なるほど……ありえますね」
 と、今のは僕らほど完全な腹話術を持っていないがために、動く口元を手で隠しながら話している愛紗。彼女も朱里も、イヤホンとピンマイクをつけている。
『でも、そんなことして何たくらんでるんでしょうか?』
『そうよね、そんなことしたって、困るのは自分の国の軍勢なのに……』
『もしかすると、その後に目的があるのかもね』
『……多分そう。となると、この補給の遅れは……』
「作戦開始の合図か……または孫権を呼び戻すための口実か……どっちにしてもいいもんじゃねーな」
503 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 23:13:35.70 ID:xmrrKX3z0
 Fクラス級の観察力のある人間にしかわからない範囲で苦々しげな表情を見せる雄二。この分だと……これ、どっちに転んでもあんまりいい状況じゃないんだな。
「でも、具体的に何してくるんだろ? 想像つく?」
「んなもんいくらでも出てくる。例えばそうだな……俺らと魏を戦わせて、どちらかが勝った後に弱ったもう一方を、もしくは双方弱ったタイミングを見計らって一気に強襲して、漁夫の利とか」
「うええ……それ最悪……」
「他には……」
「吉井、その……いいか?」
 おっと、どうやら仲間内での会議をするうちに、予想外に時間がたってたらしい。いくらなんでも待ちくたびれたらしい孫権からその一言。
「急なことであるし、内容も相当に重要なものだ。ゆえにゆっくり考えたい、簡単に決断を下せないというのもわかるが……こちらも急ぎなのだ。できれば……この場で返事をしてもらいたいのだが……」
 言いづらそうに言う孫権。
「無茶は承知だ。それに……このことについて、我らに裏の考えが無いか、警戒もしているのだろう?」
「えっ!?」
 ヤバっ、見透かされた!?
「気にすることはない、当然の懸念だろう。だから……必要なら、こちらからさらに人質を提供してもいい」
 と、そんなことを言い出した。
 人質をもう1人、しかもこの場で出すって!? いやそんな、そこまでしなくても……
「えっと、事前に話し合って決めたんですけど……私でいいでしょうか〜……?」
 しかも陸遜さん!? ムッツリーニを一目で死の淵に追い込むダイナマイトバディの彼女が人質になるって!?
 色々な情報が混濁し、既にキャパが限界の僕。すると横の朱里が、うまいこと口元が見えないようにして、
「ご主人様、この話おそらく、信用していいと思います」
「え?」
「ここまで言ってくれる……っていうのは、孫権さんの言っている事が本当だって受け取っていいと思います。人質に陸遜さんみたいな、呉軍の中枢にいる人を提案するっていうのも、その表れかと」
「信頼に値する……ってことか?」
「はい」
 そうか……朱里がそういうんなら、おそらく間違いないだろう。
 元々孫権は、そんな卑怯な手とか好むような性格じゃないしね。出会ってまだそんなに経ってない僕でも、そうだとわかるくらいに。
 となれば……受けちゃってもいいのかな?
『いいでしょうけど……人質はいかがいたします?』
 と、紫苑。
「陸遜さん?」
『うむ……そうですな。せっかく提供してくれると言っているのです。我らに不利な点もありませんし、ここは素直に言葉に甘えては……』
『『『いりません』』』
「「「え?」」」
 何だ!? 今、文月女子3人の声をそろえた反論が!?
「え? ちょ、美波、姫路さん?」
「翔子?」
『いいじゃないアキ、絶対裏切らないって言ってくれてるんだから、そんな人質なんかとらなくても』
『そうですよ明久君。人を疑っちゃダメです』
『雄二……人質ならもう本国に大喬・小喬の2人がいるから』
「いや、でもな、ここは円滑な同盟の進行を考えれば……」
 と、雄二が反論しようとするけど、トランシーバーの向こうの3人は、一向に考えを変える気配がなくて。
 でも、この場合、多少リアリスト気味だとしても、正論は雄二のほうだと思うんだけど……?
『あんなのに来られたらこっちがたまんないのよ。アキの指の骨の数にも限りってもんがあるんだから』
『そうですっ。明久君のこの先の人生のためにも、もうこの陣にこれ以上女の子に来られても困りますっ』
『……これ以上は、雄二が失明しかねない』
 なにやら酷く私的かつ物騒なことを話し合っているような気配が伝わってきたんだけど……よく聞こえなかったな。
 ともかく、ここまで反対されるとは……まあいいか、信頼は出来るみたいだし、人質貰わなくても。その方が印象いいだろうし……ここで人質を承諾すると、なぜか後で僕らの命に関わる何かが起こるような気がするし……。
 ああ、それに陸遜さんに来られると……ムッツリーニが本気で死ぬしね。
「わかった。その申し出、了承するよ。人質はなしで」
「……? いいのか?」
「うん、信用するよ」
「そうか……感謝する」
 そう言って、申し訳なさそうに小さく一礼する孫権。
 一応対等な立場とはいえ、一国の王が他国の人間に対して頭を下げるなんて……そうそう出来ることじゃない。やっぱりというか、孫権って誇り高くて責任感強くて……いい人だな……。
 曹操や袁紹もこんな感じだったら、大陸も平和だったろうに。
 そんなこんなで、孫権の呉軍は戦線から一時離脱と言うことで決まった。
 全速力で行軍して戻ってきて、次の戦にはなるべく間に合うようにがんばる……とは言ってたけど……正直厳しそうなんだよな……。
 次はついに曹操が出てきて、しかもそこに夏候姉妹が(多分)加わるって言うのに……そこに呉軍がいない……はあ、大変どころの騒ぎじゃないな、これ。
 軍議を解散して陣営に戻る帰り道で、僕はこの先のことを考えてため息をついた。



 ……その曹操に、僕らの知らない所で、この戦に直接関わるとんでもないことが起ころうとしているとも知らないで……。
504 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 23:14:17.15 ID:xmrrKX3z0
魏領・とある支城

「前線より伝令です! 我が軍は敵部隊により配送し、夏候両将軍、許緒様、荀ケ様は残存の兵を率いてこちらに向かっているとのことです!」
 玉座に座り、堂々たる風格をかもし出している曹操に、今しがた入ってきた伝令兵はそう告げた。
 敗戦の知らせに、その顔を苦々しげな表情に変えた曹操は、今の報告で気になる部分があったことに気付く。
「張遼はどうしたの?」
「は、それが……敵軍により拘束され、捕虜となった模様です」
「あの張遼が縛につくか……ご苦労様、下がりなさい」
「はっ!」
 一礼すると、伝令兵は足早に玉座の間を後にした。
 それを待って曹操は、
「進退窮まる……とでもいうのかしらね……」
 柄にもなく、弱音とも取れるセリフをつぶやく曹操。敵勢力によってここまで追い詰められるのは、戦乱の世に覇道を掲げて以来初めてのことだった。それも、策をめぐらし、優秀な将と出せる限りの兵を動員し、戦場までもこちらで指定した戦で敗れたのだから、そのショックは大きかった。
(初めてね……ここまで私を追い込んだ者は……)
宦官(かんがん)……皇后や王妃等の住む家に仕える政治的高官……の娘として生まれ、何不自由なく育ってきた曹操は、周りの大人たちに、この世界に、ほとほと失望していた。
 賄賂に汚職、暗殺……そうすることでしか己のやりたいことを通し、欲求を満たすことが出来ない、他人のことなど考えず、自らの私服を肥やすことしか知らない穢れた役人達……それらによる汚れた社会を身近で目にしてきた。
 そのくせ、彼らはその先にさらに大きな、強大な何かがあると見るや、手のひら返して媚を売り始めていた。自分でそのものに打ち勝つことなど諦め、そのものに寄生して安寧のうちにおこぼれの益を貰うために。
 そしてその者たちは、自らが踏み台にした被害者達や、自らを媚売りの臆病者だとさげすむものたちに対して、決まってこう言っていた。『こういう『運命』なのだから仕方ない』……と。
 そして曹操はその時既に『こいつらにはこの先何も期待してはいけない』とわかっていた。むしろ、この者たちに頼って上を目指すくらいなら、私は何もかも捨ててしまうほうがいいとさえ考えた。
 それが……曹操が後に夏候惇・夏候淵・許緒という名の同士と共に、この3国の頂点に立つべく、『曹魏』を旗揚げする理由となったことは言うまでもない。
 『己の力のみで天命と向き合うことこそ、天意をし識りうる唯一つの手段』……夏候惇らと共に『曹魏』を旗揚げして以来、そう心に掲げ、曹操は戦ってきた。誰にも頼らず、自分の力で。そうすることで、くだらない大人たちがすがっていた『運命』そのものをも、自分に向けた追い風に変えることが出来ると信じて……だ。
 現に曹操はそれを実行・実現していた。敵をねじ伏せ、領土を切り取り、幾人もの優秀な将を従えた。自らを利用しようと近づいてきた愚か者は逆に利用し、いらなくなれば捨てるか、攻め滅ぼして吸収した。そうして、曹操は今の『魏』という大国を築き上げ、覇王として大陸にその名を轟かせるにいたったのだ。
 しかし……そうして作り上げた大国は、今正に突き崩されようとしていた。
 自らを『天の御使い』と名乗る、『天導衆』という謎の集団によって……。
(奴らもまた……己の力で天命を味方につけたとでも言うの? それとも……『天導衆』の勝利こそが、神によって定められた『運命』だとでも……!?)
 そんな考えすら、頭をよぎる。
 あの男を倒して、自らの望むものを……関羽を手にする、などという、勝利を前提にした戦利品への期待に心躍らせる余裕は、最早持ち合わせていない。下手を打てば、手に入れるはずだったその関羽に、この首をはね飛ばされかねん状況なのだ。
 生涯最初の強敵と、生涯最大の危機を前にして、曹操はため息をついた。
「まさか……あのブ男がここまで大きくなるなんて……」
 その時、

「それはそうでしょう。彼……吉井明久は、この外史でも極めて異質で特別な存在……いわば『物語の主人公』とも呼ぶべき存在なのですから……」
505 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 23:14:42.39 ID:xmrrKX3z0
「誰だっ!?」
 何の前触れもなく玉座の間に響き渡った聞き覚えのない声に、驚いた曹操はしかし、威厳を保ちつつ、警戒心をあらわにして叫んだ。
 扉のそとに控えている門番にも十分に聞こえるであろう音量。しかし、誰も聞きつけて入ってくる様子もない。一瞬にしてその違和感に気付いた曹操は、玉座の裏に隠していた得物……折りたたみ式の大鎌を取り出し、再度声を張る。
「何者だ!? 文月の手の者か? 姿を見せよ!」
「ふふふ……先ほどからここにいますよ、魏王・曹操殿」
「!?」
 と、声のした方向を見ると、そこには一人の男が立っていた。
 壁に寄りかかり、腕を組んで不遜な態度でものを言うその男は、不敵な笑みと共に視線を曹操に向け、口を開いた。

「始めまして。我が名は于吉……正史と外史の狭間を漂うことしか出来ない、哀れな人形……。どうぞ、お見知りおきを」


506 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 23:16:35.70 ID:xmrrKX3z0
曹魏編
第80話 異常と傀儡と苦渋の決断


 魏領・とある地点

「皆、もう少しだ! もう少しで我らが主、曹猛徳の軍勢と合流できる! 苦しいだろうが、もう少し踏ん張れ!」
 私の半ば強引な檄を受け、敗戦の事実が拍車をかける戦の疲労で進軍速度が落ちてきていた魏の兵隊達は、悲鳴を上げる体に鞭打って足を前に踏み出す。秋蘭、桂花、季衣も同様だ。
 大敗を喫し、兵のほとんどを削られる結果となった我らは退却し、一路華琳様の元を目指している。……が、やはり思うように行軍が進まないのが現状だ。
 速度が落ちただけではない。華琳様との合流を急ぐがためのこの強行軍について来れず、一部の部隊はその部隊長指揮の元、本隊よりも遅れて行軍している。
 中には疲労が限界に達したり、先の戦で受けた傷が元手となって、行軍の途中で力尽きた兵も多く、今の兵数は、戦が終わった時よりも更に少なくなっていた。
 そして……疲れているのは、兵士たちだけではない。
「ぜぇ……ぜぇ……し、春蘭様ぁ〜、速すぎますよぉ〜……。うう……吐きそう……」
「季衣! このくらいの強行軍でへばるな、この軟弱者!」
「そんなこと言ったって〜……」
「季衣の言う通りだ姉者、いくらなんでも急ぎすぎだ。後続がついて来ん」
 季衣のように疲れを表に出そうとはしないが、顔色から、やはり秋蘭も疲れているようだとわかる。その後ろで、やはり疲れで喋るのもためらわれそうな桂花もだ。
 しかし、悪いがこの進軍速度を下げるわけにはいかない。
 無論、一刻も速く華琳様と合流して反撃に転じるためでもあるが……ここまで焦る理由は、数日前に秋蘭が抱いたある疑念にあった。
 華琳様の到着が遅い……というのである。
 それを聞いて私もそれを不思議に思った。情けなくも、我々が敗走したことを知らせる伝令を出したのはもう10日近くも前のこと。華琳様ならば、その知らせが届いた時点で出陣し、疾風迅雷戦場に駆けつけ、文月軍と戦闘を開始していてもおかしくない。
 無論、出兵に際して多少の予想外の事態はつきものであり、気にしすぎではないかとも思われるのだが……どうにも胸騒ぎがしてならないのだ。もしや、華琳様に何かあったのでは……と。
 部下として、華琳様のご無事な姿を一刻も早く見なければ安心できない。だが……さすがに秋蘭達の言う通り、これ以上の加速は無理か……くそっ、いつになったら華琳様が率いているであろう魏武の大軍の姿が見えるのだ!? さすがに遅すぎるぞ!
「もしや……本当に何かあったのでは……!?」
 一向に好転しない状況に、自然と頭に創造したくない考えが浮かんでしまう。
「考えすぎですよ春蘭様、何せ10万以上の大軍なんですから、ちょっと遅れることぐらいよくありますって!」
「けど……我々のように、傷や疲労をかかえていているわけではないのだから、それにしたって行軍の足が遅すぎるわ……ここまでくると、出立なさったのかすら疑わしいくらいよ?」
 桂花もやはり気になるようだ。
「もぉ〜! 春蘭様も桂花ちゃんも気にしすぎっ! きっと厠(かわや)にでも行ってて遅れてるだけですよ!」
「阿呆! お前じゃあるまいし、華琳様が行軍の妨げになるほど長く厠に籠もるか!!」
「なんですかそれ〜!? まるでボクがそういうの長いみたいじゃないですかぁ! せいぜい半刻くらいですよっ!」
「十分長いわ!!」
「あなた達! 何を論点のずれた話で盛り上がってるの!?」
 と、見かねた様子で桂花が割って入った。
「でも桂花ちゃん! 春蘭様ったらボクが厠に入るのが長いって……」
「今問題にすべき事柄じゃあないでしょう! 第一……」
507 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 23:17:40.81 ID:xmrrKX3z0
第一?
「華琳様は厠になんか行かないわよっ!!」
「「いや行くだろ(でしょ)」」
 桂花が顔を赤くして変なことを言い始めた。……どうやら華琳様に対しての自動美化本能が働いているらしい。厠に行かない人間などいないというのに。
「行かないっ! 華琳様のようなお美しい方が、厠になんて行くはずがないのよっ!」
「いやいや行くでしょ。華琳様だって人間なんですから」
「そうだ。それに桂花、なぜそうお前は物事を後ろ向きに考えるのだ?」
「え?」
 と、意味を計りかねる、といった表情の桂花。全く……知謀には長けているくせに、発想に柔軟性のない奴だ。
 仕方ないので私は、桂花の耳に口を近づけて……
「例えばだな、華琳様が(ヒソヒソ)なさった後に我らが(ヒソヒソ)させていただいたり……」
「なっ……!! (ヒソヒソ)を(ヒソヒソ)ですって……っ!? そ、それはまた……」
「だろう? 他にも(ヒソヒソ)させていただいたり、逆に(ヒソヒソ)を存分に(ヒソヒソ)していただいたり……」
「そ……そんなことまで……!? ……でも……なかなか魅力的かも……」
「……? ねえ秋蘭様、春蘭様と桂花ちゃん、何話してるんですか?」
「……わからなくていいことだ、聞き流せ」
 隣では秋蘭が、教え子を静かに諭す教師のごとき優しい眼差しで季衣にそう語りかけていた。そして我々の方を見て、溜め息混じりで、
「姉者、桂花、華琳様との睦事の話で盛り上がるのは構わんが、今はやめておけ。それよりもさきに、華琳様の本隊を探さねばならん」
 何だ、その道ばたに捨てられた哀れな子犬を見るような目は。しかしまあ、言っていることは正しい。
「そ、そうだな。今言ったことを試していただくにも、華琳様がいなければ始まらん」
「そうよね。踏んでいただくにしても罵っていただくにしても、やはりまずは華琳様と合流しないとね」
「……もう……それで構わん……」
 先ほどから秋蘭の力ない応答が何か気になるのだが……まあいい。
「季衣、まだ何も見えないか?」
 この中で一番目がいい季衣に、そう尋ねてみる。
「そう言われても……ん?」
 と、季衣が何かに気づいたような声を上げた。
 先ほどまでの『何も見えないですよぉ〜……』とは違う答えに、残る我々3人の視線が集中する。
「どうした! 何か見えたのか!?」
「華琳様の軍隊なの!?」
「はい……でも、何か変ですよ?」
「「「変?」」」
 季衣の答えに、ついに合流の時が来たと喜べる一方で、直後に言っていた何やら不穏な言葉が気になった。
「はい、だってほら……アレ見てください」
 そう言われても……指さす方向に軍勢らしきものが見えはするものの、我々の視力ではその影くらいしかとらえられない。仕方がないので、ある程度見えるあたりまで接近してみると……

「な……何だあれは!?」

 我らの目に飛び込んで来たのは……異様な光景だった。
508 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 23:18:37.69 ID:xmrrKX3z0
「華琳様が……輿(こし)に……!?」
「どういうことなの……あれは……!?」
「それに……輿を担いでる奴ら……魏の兵士じゃないみたいですけど……」

 不自然な点など、上げていけばキリが無くなるであろうと言える様だ。
 華琳様は馬ではなく輿に乗り、その輿を担いでいるのは……どう見ても魏の兵士ではない。
 頭巾のような形状の白い覆面に、白い外套。中の着物や手袋、靴に至るまで、全てが白を基調とした意匠の装束という異様な見た目の集団が、華琳様の周囲をまるで側近か何かのごとく取り囲んでいる。一体これは何事だ!?
「あの装束……『導師』や『仙人』などと呼ばれているような者達が好んで着る装束ね……」
 呟くように桂花が言った。さすが博識な桂花だ、あの装束が何を意味するのか知っているらしい。
 しかし、『導師』だと……?
「『導師』……霊的な力を持つなどと謳い、呪いや占いを行う者達のことか……?」
「ええ。まあ、やっていることは大概がまやかしだけどね」
「でも……なんでそんなのが華琳様の周りにいるんですか? 華琳様、もしかして今度は文月の奴らを呪い[ピーーー]おつもりとか?」
「そんなわけがあるか阿呆! そもそもあれは、華琳様ではない!」
「え!?」
 声を上げて驚いた季衣のみならず、今の私のセリフに反応し、秋蘭、桂花もまたふりかえった。
「それはどういうことだ、姉者?」
「どうもこうも、何もかもが不自然過ぎるだろうが! 華琳様ならば輿なんぞには乗らん! 馬を駆り、戦場を疾駆してこそ曹猛徳だろうが! それに見ろ、あの生気の感じられん顔を!!」
 一息にそう言いきった。
 そもそも輿は、古くから貴人の類が楽に移動するためというより、自らの権威を示さんがために利用するもので、かならずしも移動に主軸を置いたものではない。
 祭事や儀式などの折に、その土地の支配者や権威者が輿を使うのは珍しくはないが、輿を常日頃からの移動に用いるような奴は、自らの武や功績でもって威を表すことが出来ない、道具を用いて自分をあたかも華やかで貴賓があるかのように見せることしかできない愚か者だけだ。
 ましてや戦場に輿で来るなどと……やるのは袁紹くらいのものだろう。武に生きる者にとって、戦場での歩みを他の者に委ねるなど、恥さらしもいいところだ。
 そして何より気になるのは……華琳様のあの魂が抜け落ちてしまわれたかのような表情だ。いつもは鋭い目は力なく中途半端に開き、ただならぬ威光が煌めいているはずの瞳には一欠片の光もみられない。
 お顔もまたしかりだ。威厳や覇気どころか、弱さや憂いすら浮かんでいない……無表情というよりも、あれではまるでよくできた仮面だ。
 容姿を除く何から何までが、我らが知る華琳様とは違いすぎる……あのような姿をさらす方では断じてない!
「いやそんなムチャクチャな……」
「だが、姉者の言うことにも一理ある……」
「そうね、もしかして……導師や仙人といった類の奴らが一緒ということは、何かの術か何かで操られているのかも……」
 桂花の聞き捨てならないセリフを耳にして、私は顔から血の気が引くのを感じた。操られている……華琳様が……? バカな、まやかしの幻術で民草を驚かせることしか出来ない奴らが、そんな芸当を……!?
「ならば、我々が助けるまでだ!」
「まて姉者、落ち着け」
「これが落ち着いていられるか!!」
「それでも落ち着け。導師だか仙人だかはこの際知らんが、その後ろを見てみろ。その者達に……華琳様が連れていた魏の兵全てを握られているのだぞ?」
 自分でもわかるほどに気が急いている私とは対照的に、口調からも冷静さを欠いていないとわかる秋蘭が諭してくる。
 確かに……華琳様の座している輿の後方には、おそらく先ほどまで華琳様の率いた魏の兵だったのであろう大軍が控えている。しかし……そやつらの姿は、輿を担いでいる者達と同様の白装束……。華琳様と同様、操られていると見て間違いないだろう。すなわち、おそらくはその全てが我らの敵だ。
「片や、私達の兵は少ない上に疲れ切っている。戦える状態ですらないわね……」
「ああ……あの中に無策のまま飛び込んでも、華琳様を助けるのは到底無理だ」
「ならば、華琳様を見捨てろとでも言うのか!?」
「っ……私がそんなことを言うと思うのか姉者はっ!?」
 その秋蘭の声は、いつも冷静沈着な秋蘭には珍しく、明確かつ強烈な怒りを含んだものだった。今のは明らかに、私の失言だったか。
「い……いや……そうは思わんが……だが!!」
「だから落ち着けと言うのに……いいか、よく聞け姉者」
 怒りも峠を越えたのか、ややいつもの口調に近くなった秋蘭が言う。
「まず、華琳様を救いたいという思いは、ここにいる全員に共通のものだ」
「当たり前よ!」
「とぉーぜんですっ!」
 と、桂花と季衣。
509 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 23:19:37.62 ID:xmrrKX3z0
「ならば……我らの取るべき道は1つだ」
「どういう……ことだ?」
「我々は華琳様を助けたい。しかし、操られ、掌握されてしまっている曹魏の軍を相手に戦うだけの力はない。ないのなら……借りるしかあるまい」
「『借りる』だと……? 誰にだ?」
 10万を下らない数の魏の精兵達を相手に戦える力を貸してくれる者など……
「おそらく……『天導衆』……奴らしかいないわね」
「!?」
 桂花が静かに言ったその言葉は、私の度肝を抜いた。『天導衆』……よりにもよって、吉井明久率いる文月軍だと!? そんなこと出来るはずがない! 奴らは今まで我が軍を何度も敗北・撤退に追い込んだ、言わば宿敵だぞ!?
「できなくともやるしかない。今の我々には、それ以外に選択肢は無いのだ」
「他の支城や出城にいる魏の兵士達を集めて、それから戦って華琳様を取り戻す……ってのはダメなんですか?」
 と季衣。
「それでは時間がかかりすぎるわ。時間がかかればかかるほど、華琳様の置かれている状況がどうなるかわからないもの」
「なによりそれだと……確実に文月軍の方が早く華琳様の元に到着するだろう。そうなれば、あの状態の華琳様は奴らにとっていい的だ」
「ええ……そうなったら何もかも失ってしまう、何も守れない……それだけは避けなくては」
「だが……」
 今まで戦場で戦っていた相手に、助けを乞うなどと……。
「納得しろ姉者、今はそれしか方法がない」
「しかし……奴らが我らの言うことに耳を貸すか? 華琳様を助けたとしても、奴らには何の得も無いのだぞ? 諸葛亮や坂本がいることを考えても、だまして言いくるめられるとも考えられんし……」
「だます必要などない。ありのままを話し、見返りに、魏領を丸ごとくれてやればいい。どうせ……華琳様がいなければ成り立たん国なのだ」
「ええ……華琳様さえ無事なら、いくらでも取り返しはつくわ」
「だが、奴らの頭目……吉井と坂本は男だ。見返りに、我らに何を要求してくるか……」
「ふん……我々の体などいくらでもくれてやればよい。まぐわうだけで華琳様を取り戻せるのなら安いものだ」
「ええ……いい気はしないけど、一番に優先すべきは華琳様の御身だわ」
 秋蘭も桂花も、強い口調で言い放つ。
 私も秋蘭も桂花も、この体は華琳様に捧げたもの……。他の者の、しかも男の自由にさせるなど、屈辱なことこの上ない。
 だが……2人の言う通りだ。今一番に考えるべきは、華琳様の無事だろう。……方法は……選んではいられんか。
「……わかった」
「姉者、では……」
「ああ……秋蘭の策に賛成しよう」
「そうか……」
 安堵とも、諦めともとれるため息をついて、秋蘭は顔を引き締めた。
「ならばまた、来た道を引き返すとしようか……」
「ええ……文月の陣地まで……」
 秋蘭と桂花のセリフに、私も季衣も、悔しさをこらえて静かにうなずいた。敵にすがってでも、何を渡してでも、我らの主を……華琳様を助けるために……。
(待っていて下さい華琳様……必ず……必ず助けに戻りますから……!)
510 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 23:20:20.48 ID:xmrrKX3z0
 その夏候惇たちの姿を、曹操の乗る腰の少し後ろで目撃していた者たちがいた。
「ん……? 今前の方に見えたのは……まさか……?」
「ええ。どうやら魏の敗残兵の方々のようですね。最前線に夏候両将軍の姿が見えました。予想よりも早い到着なのがやや気になりますが……」
「……大方、虫の知らせか何かあったんだろう。まあ、無駄足だったようだがな……」
 白装束たちに混じって目立たないが、彼ら『その他大勢』とは少し異なるデザインの装束に身を包む2人……左慈と于吉はそう話していた。
 自分たちの用意した術に不備がないか一応確認するため、曹操とその指揮の下で行軍する魏の兵士達を監視してここまでついてきたのだ。そしてその観察も、問題なしと結論づけてここで終わろうとしていた。
「にしても、曹操(コイツ)に直接術をかけて操るとは……確かに間接的だとはいえ、思い切った方法に出たな……于吉」
「まあ……少々大胆な策なのは自覚していますよ。ですが、このままやっても……おそらく魏では、奴らを倒すには少々力不足かと思いましてね」
「連敗もいい所だからな……曹操自ら出てきたとしても、勝率が頼りなすぎる。それでこいつを傀儡にして、裏からお前が自ら指揮を執って、奴らを殲滅する……と?」
「ええ、最悪でも、あなたの方の『作業』を進めるための時間稼ぎぐらいはやってみせましょう」
 目の前にずらりと並ぶ兵士達を前にして、于吉は余裕の笑みを浮かべる。
 それを見て左慈は、ため息をつきつつ自らも兵士達に、そして最前線にいる曹操に目を向け、苦々しい顔になって、つぶやくように言った。
「急げよ于吉。奴ら、前にも増してとんでもないものを作りやがった。全く……しかも『火薬』なんていう、時代設定を無視したとんでもないものを……」
「ええ……由々しき事態といえましょう。もっとも……」
 そこで于吉は一拍置いて、
「……もしかすると……それも何か他の目的があってのものかもしれませんしね……」
「……? どういうことだ?」
「何でもありません。それより、私はあなたのほうこそ心配ですよ」
 そのセリフに、左慈が先ほどにも増して不機嫌な顔になる。
「……何だと? 俺がしくじるとでも言うのか?」
「そうではありません。この戦いの結果いかんで『調整役』のあなたがムキになって、『強制修了』なんていう手段をとらないか心配なだけです」
「ふん……どこぞのバカと一緒にするな、俺はそんな思慮の浅い真似はしない。お前こそ……うまくやれよ」
「ご心配なく、私も全力を尽くしますとも。この外史にこれ以上のゆがみが出るのはさすがにまずいですし…………私と左慈の愛の巣を、これ以上土足で踏み荒らされたくはな……」

 ヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュ

「あっはっはっはっはっはっはっ、どうしたんですか左慈? いつにも増して手加減がありませんね」
 軽やかな身のこなしで左慈のけりの全てをかわしつつ、于吉は半ばそれを楽しむかのように左慈に語りかける。……が、左慈は返事もせずに蹴り続ける。
511 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 23:20:55.70 ID:xmrrKX3z0
「左慈? だんだん蹴りが加速してきたように思えるのですが? さすがの私もこれ以上は避けきれないかもしれませんよ?」
「……そのまま殺してやってもいいんだぞ」
「はっはっはっ、中々魅力的な提案ですね。ですが……今はまずいでしょう?」
「……ふん……」
 つぶやくと同時に、左慈は豪雨のごとく降り注がせていた蹴りの連撃をピタリと止めた。そして……冷徹な視線を于吉に向けて放ち、はき捨てるように告げる。
「……さっさとあのバカ共を皆殺しにしてこい。これ以上のトラブルはゴメンだ」
「ええ……善処しましょう」
 その于吉の返答を最後まで聞かず、左慈は姿を消していた。
 于吉はそれをさして気にする様子もなく、あごに手を当てて平原を……あと数日で文月軍が姿を現すであろうその地平線を見据えてつぶやいた。
「さて……誰が生き残り……誰が死ぬのか……それとも……。ふふっ、この戦、どういう形で終幕を迎えるのでしょうかねえ……」

512 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 23:21:24.48 ID:xmrrKX3z0
数日後、
 文月軍陣営

「…………!?」
「どうしたのムッツリーニ君、何か見えた?」
 暇つぶし目的で物見やぐらの上に上っているムッツリーニに、からかい目的で一緒に上っていた工藤さんがそんなことを行っているのが聞こえて、僕は顔を上げた。
「ムッツリーニ、工藤さん、どうかした?」
「あ、吉井君。何かムッツリーニ君が何か見つけたみたいなんだけど……ねえムッツリーニ君、ボクにも教えてよ?」
 孫権たちが離脱して数日……もうそろそろ間に合わなそうだな〜……なんて結論が出せそうな時期だ。
 ムッツリーニの斥候の話だと、曹操の軍勢はざっと20里……80kmほど先まで迫っているらしい。ここまで来ちゃうと、もう孫権の参戦は期待しないほうがよさそうだ、というのが、朱里や愛紗の見解。
 時速60kmの車で走って一時間ちょっとの距離だもんなあ……いよいよ決戦は近づいてるってことで、次第に緊張感が陣の中にも漂い始める。明日か明後日にも、おそらく開戦だろう……と。
 けど、だからって今から陣形・作戦の確認以外の何が出来るってわけでもないので、ため息つきながらゆっくり進軍するしかないんだけど……やっぱ手持ち無沙汰といいますか。必然的に、僕は再びケータイ片手に、テトリスの達人への道をまっしぐら……とまあ、要するに暇をもてあましてるわけで。
 いや、不謹慎とか、緊張感がないってのは自分でも思うんだけど……四六時中ぴりぴりしてたっていいことないんだよ。ちょっと遊び心出して、リラックスして落ち着いてるぐらいが丁度いいと思う。実際、工藤さんを除いた女性陣は、姫路さんが入れたコーヒーや紅茶でお茶してるし、秀吉や雄二なんかも、今は天幕の中で休んでるし……。
 そんな中、ムッツリーニが何か見つけたかも……ってのは、多少なり興味を引かれることなんだけど……。
 気のせいだろうか……ムッツリーニの目、ミニスカの女の子を見つけたときなんかとは、何か違う意味の緊張が走ってるような……?
「ムッツリーニ君?」
 何も言わず、すっ、と工藤さんに双眼鏡を渡すムッツリーニ。工藤さんはそれを受け取って……。
「どれどれ、どんな美少女が見えたのかな〜……って……アレ? あれって……」
 工藤さんまでもが、なにやら気になるものを見つけたような感じに。
「ねえムッツリーニ? 一体何が……」
「…………ちょっと行ってくる」
「は?」
 行く? どこへ!?
「…………工藤、ちょっとついて来い」
「りょーかい。じゃあ吉井君、ちょっと行ってくるね。あ、それと、坂本君達呼んでおいてくれない?」
「はぁ!?」
 言うなり、ムッツリーニと工藤さんは、滑り降りるようにやぐらのはしごを降りて陣の布壁の外に……って、ちょっと!? ホントに何見つけたのさ!?

513 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 23:22:54.61 ID:xmrrKX3z0
曹魏編
第81話 大義と覚悟と共同戦線

 文月軍陣営・入り口

「止まれ! 何者だ!」
 簡易的な木の柵で形作られた入り口にさしかかったところで、番兵と思しき兵士達が我々に気づき、武器を手に我々を包囲した。
「わわっ、いっぱい出てきた……」
「騒ぐな季衣。このくらい承知で来たのだ、堂々としていろ」
「答えよ、我らが文月陣営に何用か! はたまた魏の間者か!?」
 再び兵達が声を張る。ふむ……威勢はいいな。緊張感も持っている。なかなかの精兵と言えるだろう。
 張り詰める空気の中、秋蘭が口を開いた。
「質問に答えよう。いかにも、我々は魏の者だ」
 とたんに、兵士達の顔色が変わる。本当に敵だとは思っていなかったのだろうか。
「魏の者だとっ!?」
「ああ、だが戦意はない」
「貴様らの頭目、『天導衆』に会いに来た。お目通り願いたい!」
「ばっ……バカなことを言うな! 敵と名乗る者を、『天導衆』の方々に会わせるか!」
 ……まあ、予想通りの反応だ。いきなり陣営に近づいてきた、しかもわざわざ自らを敵と名乗る不審者だ。警戒して当たり前のことだろう。
 おそらくこの後、この兵達は私たち4人をとらえ、取り調べにかけるだろう。その席で、再度『天導衆』への面会を申請すればいい。なんなら、我々しか知り得ない魏の機密情報をいくつか述べてみてもいいだろう。それは必ず何らかの形で奴らの、もしくは直属の武将……関羽らの耳に入るはずだ。そうすれば……上手くいけば奴らの方が興味を持ち、会うことが出来る。
 取り調べにしても、特に抵抗もしていないとなれば、いきなり拷問にかけられるようなことも無かろう。もしあったとしても……気にすることではない。なので、ここは音便にことを……
「何だよ! せっかく来たっていうのに! 会わせてくれたっていいじゃないか!」
 約一名わかっていなかった。
「黙れ! 敵の手の者とわかって、みすみす我らが指導者に会わせると思うか!」
「何さケチ! ボクら時間がないんだってば!」
「知ったことか!」
「む〜っ! ねえ春蘭様! あんなこと言ってますよ!?」
「阿呆! 予想の範疇だろうが! というか別に我々は戦う気で来たのではないのだから、無駄に騒ぎを起こすな!」
 敵をそんなにすんなり通す番兵などいるはずがなかろうに、まったくこいつは……。ともかくお前は黙れ、騒ぎが大きくなって、兵達が集まって来でもしたら面倒だ。
 溜め息混じりに、秋蘭と桂花が口を開く。
「すまない。この者が無要に騒がせたな、話を戻す」
「敵ではあるけれど、戦意はないわ。拘束も受けるし、取り調べという形で構わないから、こちらの言い分を聞いてもらいたいだけよ」
 2人の言葉に、番兵達は少し迷っているようだ。先ほどから、敵にしてはおかしなことを言っているので、どうするべきなのかはかりかねているのだろう。依然何か言いたそうな季衣を抑えつつ、沈黙の中で私達は返答を待った。
 と、その時、

「あーはいはいごめんごめん。ちょっとどいてー?」

「…………?」
 と、なにやら緊張感のない声が響いたかと思うと、次の瞬間、正面の兵達が目を丸くして驚いた表情をし、一瞬にして脇に退けた。何だいきなり? 一体何が……
 と、その答えはすぐに我々の目の前に現れた。
「「「!?」」」
 兵士達に続き、我々も4人とも目を丸くした。なぜなら、兵士達が一斉に退いたその先に立っていたのは……。

「あ、やっぱり見間違いじゃなかったんだ」
「…………何でこんな所に?」

「貴様らは……!」
 他ではまず見ない特徴的な意匠の黒服……紛れもなく、『天導衆』……それも、2人。しかも、私はそのどちらにも見覚えがあった。
 1人は、三白眼に寒色系の髪、なぜかやや青白い顔の男。先の戦で、私が投げようとした短剣を3本とも一瞬でかすめ取るという離れ業を見せつけた。
 もう1人は……魔物に携えさせた斧の剛撃でもって、私の剣を粉々に砕いた女だ。私の背中には予備の剣が背負われているが……あの時の衝撃は今でも覚えている。
 どちらも『天導衆』にして、恐ろしい戦闘力を持つ者達……まさかこれほどまでに早く邂逅の時が来るとは……。
 その1人が、何やら紙を2枚広げ、呟くように言った。
「…………夏候惇……夏候淵……後の2人は知らない」
「そうだね、2人は初めてみる顔かも」
 季衣と桂花のことだろう。2人はまだ、天導衆の者達との直接の面識は無かったはずだ。
「物見やぐらから見えたときはまさかと思ったんだけど……ホントに夏候惇さんだったね。何か用? また吉井君を殺しに来たとか?」
「何っ!?」
 再び兵達が武器を構える。
「違う! そうではない!」
「……当然の懸念だろう。だが、我々に戦意はない」
「ええ。あなた達『天導衆』に話があってきたの」
「…………話?」
 ちらっ、と男の方が番兵の1人に視線を向ける。
「…………何か言っていたか?」
「はっ! 先程言っていたことですが、敵意はない、天導衆に会わせろ、と……」
「ボクらに? 何で?」
 と、女。
 これは好都合だ、よもや、これほど早くに『天導衆』に会えるとは。
「ああ、実は……」
514 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 23:23:32.40 ID:xmrrKX3z0
「待て姉者」
 と、事情を話そうとした私を、なぜか秋蘭が肩をつかんで止めた。
「この2人も確かに『天導衆』のようだが……我らの場合相談の内容が内容だ。話すならできればその中でも、その頭目……吉井明久か坂本雄二、出来れば両方がいい」
「ええ……。それに、あまり部外者に聞かれたい話ではないわ。ここは……兵が多すぎる……」
 桂花もそれに続けた。そう言われればそうか。しかしそうは言ってもこの状況……。

「ムッツリーニ君、そのデジカメは?」
「…………資料用の写真撮影目的」
「それにしちゃさっきから連写モードでいろんなアングルから取ってない?」
「…………気のせい」

 ……いや……何だか、こいつらに話すのもやはり頼りなさそうな気がしてきたな……。
 というか何ださっきから? 何やら眩しい上に、カシャカシャうるさいのだが……。
 ……やはり、もっと他の『天導衆』にも会えないものか……。
 期待は出来ないとわかりつつ、話してみるが……。
「ん〜……どう思う、ムッツリーニ君?」
「…………一概には信用できない」
 やはり……あまり芳しい反応は得られない。
「敵意はないから信じろ、って言われてもさ〜……」
「疑念を抱くのももっともだろう……だが、他に言いようがない」
「も〜いいから、吉井明久ってのに会わせてよ! 時間無いんだから〜!」
「そう言われても……」

「…………わかった」
515 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 23:24:20.53 ID:xmrrKX3z0
「「「え!?」」」
 と、突然男の方が言ったセリフに、私たちのみならず女までもが驚き、声をそろえて聞き返した。『わかった』とは……まさか、吉井に会わせるということか!? こんなに簡単に!? というかさっきまで警戒してなかったか!?
「ム、ムッツリーニ君、いいの!?」
「…………許可も出た」
 と、何やら男は耳元を指さしながらそう言っていたが……許可? 誰のだ?
「それって、イヤホン……ああ、トランシーバーで坂本君に……」
「…………(コクッ)」
「なるほどね……わかった。じゃ、夏候惇さん達、ついてきて」
「なっ……本当に会わせてくれるのか!?」
「そのつもり来たんでしょ? ああ、一応武器は預かるからね」
「それは構わんが……」
 秋蘭の方も、突如出された面会の許可に解せないものがあるようだ。しかし……罠を疑おうにも、ここで我らをだましてこいつらに利点はないし……。
 とりあえず言われるままに、私は剣と短剣を、秋蘭は弓と矢を、桂花は懐の短剣を、季衣は鉄球を最寄りの番兵に渡した(季衣の鉄球を受け取った番兵は死ぬほどつらそうな顔をしていた。まあ……自分の体重と同等かそれ以上の重さだ……無理もない)。
 全てを渡したのを確認し、桂花が尋ねる。
「これでいいかしら?」
「…………まだ」
「え!?」
「…………その外套の下の短剣2本も渡せ」
「!」
 どうやら……桂花は万が一のために短剣を隠し持って行こうとしていたらしい。しかし、外套の上から、その膨らみだけでそれを見抜くか……この男……やはりあなどれん。
「ムッツリーニ君も似たようなことしてるからかな? 目、いいね?」
「…………知らない」
「あはは、今更とぼけなくてもいいじゃない。デジカメとか、レコーダーとか……スタンガンはちょっといただけないけど」
「…………ノーコメント」
 ……今のやり取りはよくわからなかったが、ともかく、
「桂花、今回はこの後どう転んだ所で、吉井達に敵対することはないのだ。全部置いて行け」
「……わかった……」
 しぶしぶながら、桂花は懐の隠し短剣を取り出して提出していた。
 それを確認すると、三白眼の男は踵を返して言った。
「…………案内する」
「じゃ、ついてきてね〜」
 そう言って、足早に歩き出す。
 私達もその後に続いて、十数人の番兵たちに回りを囲まれながらその後について行った。
516 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 23:24:59.19 ID:xmrrKX3z0
「どういうことだ? なぜお前達が、この陣地を訪ねてくる?」
 いの一番に僕が聞きたいことだったんだけど、言ったのは星だった。
 雄二を通してムッツリーニの伝言を聞いた時はまさかと思ったけど……本当にこの人達が来てるとは……。
 全部で4人。そのうち2人は知ってる。
 まず、夏候惇。愛紗に負けず劣らずの怒りっぽい性格で、ちょっとアレな方向で曹操に心酔している猛将。つい先日、僕の命目当てで単身僕らの陣に怒鳴りこんできた人だ、忘れろって方が無理だろう。
 もう1人は……夏候淵だ。夏候惇の妹で、弓使いの知将だって聞いてる。
 残り2人は知らないけど……特徴を見るに、1人は鈴々がやたらと目の敵にしてる、許諸って子だろう。小柄でスレンダーな体に、なんだかフライドチキンが2つ頭に乗ってるみたいな独特の髪型……なんか強気な雰囲気……うん、いかにもそんな感じだ。
 もう1人は……ゆったりめのパーカータイプの服の子。で、そのフードはなぜかネコミミみたいな形をしている。かわいいけど、何だか何か企んでそうな目がどことなく怖いような気がする。しかしこの子は見当もつかないな……誰だろ?
 ともかく、ムッツリーニと工藤さんが連れてきたその4人を、僕らは例によって重役会議フォーメーション……しかも全員完全武装&召喚獣召喚済みで待ち受けた形だ。ムッツリーニの話だと、何だか話があってここに来たみたいなことだったけど……兵も連れずに敵陣に来て、武装解除に応じてまで話さなきゃならないことって何だろ?
「もしかして……やっぱりご主人様達の命を狙ってきたんじゃないだろーな!?」
「誰がそんな卑怯な真似をするか!」
 と、翠の疑問に、夏候惇が心外といった様子で反論していた。が、それは他のメンバーにも共通のものだったようで、続けて美波が口を開く。
「でもこの前は来たじゃない」
「あれは戦闘中、それも正面から正々堂々とのことだ! 華琳様の命令ならともかく、私は暗殺などという姑息な真似はせん!」
「そんなことどっちでも変わんないわよ。狙われる側からしたら」
「てゆーか奇襲は姑息じゃないのかよ? 木下達を攻めた時の」
「うるさい!」
「もー! 今回は違うって言ってるでしょ! 何でもいいからさっさと話聞いてよ、ボクら時間ないんだから!」
「貴様らいきなり押しかけて来ておいて勝手なことをほざくな!」
「ま……まあまあ、双方ともに落ち着きなさい」
 と、さながら母親のごとき調子でかしまし娘達をなだめる紫苑。すでに化学反応のごときヒートアップを見せていた愛紗、美波、翠、夏候惇、許諸(多分)は、その声に反応してか、少し静かになった。その機を逃さず、朱里が声を出す。
「そ、そうですよ、まずはそのお話を聞いてみましょう?」
「そーだな。んで、その前にちっと確認しときてーんだが……そこのお前が『許諸(きょちょ)』、そっちが『荀ケ(じゅんいく)』で間違いねーか?」
「そーだよ?」
「……そうよ」
 と、フライドチキン頭の彼女とネコミミフードの少女が答えた。
 ああ……この子、誰かと思ってたけど、『荀ケ』……魏の軍師か。なるほど……そう言えばいたな、そんな名前の人が。やっぱり女だったか。
 さて、全員の名前がわかったところで……
「で? なんだってそんな魏のお偉方が4人も、わざわざ敵の陣地に尋ねてくんだ?」
「……話せば長いことになるのだが……」
「いいえ、時間が惜しいわ。簡単に説明しましょう」
 と、夏候淵のセリフを遮る形で言った荀ケが、そのまま僕の方を向いた。
「吉井明久、私達はあなたに、手を貸してもらいたくて来たの」
「へ?」
「私達の力を……ですか?」
「どゆこと、それ?」
 姫路さん、工藤さんが、頭上に『?』を浮かべた。すると夏候淵は深くため息をついて、
「どういうことかこちらが知りたいのだが……華琳様……いや、我らの主、曹猛徳が、何者かによって拉致されてしまったのだ……」
「「「は!?」」」
 雄二や朱里の予想……一時的な講和条約か何か(罠前提)……とはあまりにも違う、というか予想しろという方が無茶な内容に、僕ら全員大口を開けてそう反応してしまった。
 ちょ……何言った今!? 曹操が……拉致られたって!? なんだこの超ド級の急展開!?
「曹操が拉致って……何で王様がさらわれるのだ!?」
「なぜかはわからないわ。だけど今……猛徳様の身は、何者かによって自由を奪われているの」
「『自由を奪われている』……? 何か引っかかる言い方だな、監禁されているわけではないのか?」
「……それ以前に、どうやってそれを? 脅迫文書?」
 華雄と霧島さんの疑問。そう言えばそうかも……。
「そういうわけではないけど……間違いないわ。監禁されているわけではなかったけれど、この目で見たもの」
「……見た?」
「なんだかよくわからないけど……もしそうなら、それは大変ねえ……」
「だからこそ助けたいのだ!」
 と、夏候惇。
「だが……相手は、何者かも知れぬ。それに……曹操様が連れていた曹魏の軍隊までも丸ごと掌握されていては……我々には近づくことすらできん……」
「今の我々は、あまりにも無力だ。だが……魏と決戦しようと、兵力を完全状態にまで充実させていた文月の軍ならば……対抗が出来る」
「ああ、それで僕らの所に来たの?」
「ええ……今の私達には、そうするより他に手が無いから……」
 ようやく全てに合点が行った。
 夏候惇達にしてみれば、曹操と合流して僕らを叩く予定だったのに、その曹操が合流どころか拉致られてたんじゃ、どうしようもない。
 僕らは倒したいけど……それ以上に何とかして曹操を助けたい。となると……そりゃそうだ。曹操が引っ張って来た軍勢と戦える勢力って言ったら、この近くには僕ら以外にいない。で……ここに尋ねてきた……と。
「そういうことなのだ……。吉井……我らの主、曹猛徳を助けるのに、手を貸してもらえはしないだろうか……?」
 控え目な態度で、夏候淵がそう申し出てくる。
 目は伏せ気味なうえに、声に元気はない。まあ……つい先日まで戦ってた上、爆弾まで使われてコテンパンにやられた相手にこんなこと頼むんだから、気分も悪いだろう。
 けど、それ以上に恐らく……。
517 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 23:25:46.22 ID:xmrrKX3z0
「何を今更都合のいいことを!」

 と、その場の重い空気を気にせず飛んでくる愛紗の怒号。
 恐らく……こういう答えが返ってくるのが心配だったんだろう。
 けど、誰も何も文句は言えないだろう。曹操は僕らにとって、敵方の総大将であり、討伐すべき最終目標。完全な敵なのだ。
 愛紗を狙ってるし、そのために邪魔な僕らを殺したいだの何だの言ってるらしいし、おまけに翠の父親の仇だ。討つ理由はいくらでも出てくるけど……助ける理由はこれと言って見つからない。今の今まで[ピーーー]気まんまんで戦ってきてるんだし……。
 案の定、他の皆の意見も似たようなものだ。
「同感だな。我が軍に曹操を助ける義理はない」
「まあ、ちょっとはかわいそうかもしれないけど……ウチらがわざわざ助けてあげるってのも……」
「今までさんざん好き勝手やって来たわけだしね、自業自得……じゃ言い方悪いかな?」
「残念だけど……そういうことなのだ」
 星に美波、工藤さんに鈴々、どれも反対意見。聞く限り……取り付く島もなさそうな感じだ。
 それにショックを受けたように、許諸が聞き返してきた。
「そんな! 何でさ!?」
「いや、何でと言われましても……」
「敵をわざわざ助けてやる義理が無いというだけのことだ」
 星、バッサリ。オブラートに包む気ゼロだ。
「そんな言い方ないでしょ!? こっちは何里も先まで春蘭様の強行軍でへとへとになりながら行った道を、わざわざここまで引き返して訪ねて来てるんだよ!?」
「そんなことは知らん。貴様らの勝手な都合だろうが」
「何で華琳様を見捨てるなんてそんなひどいこと言えるの!? 鬼!」
「何もひどいことはなかろう? 曹操は我らにとって倒すべき敵、それが誘拐されたからと言って、なぜ我らが関わらねばならん?」
「あんた達には血も涙もないの!? 張飛、何とか言ってよ!」
「何で鈴々がお前達の味方をしなきゃならないのだ!?」
「いいじゃんか! おなじぺたんこおっぱい仲間なんだから!」
「うるさい! 鈴々のはまだまだこれから成長するのだ! お前はもう無理だけど」
「ボクだって成長するやい!」
 ……この2人の舌戦は結局ここに帰結する運命なのだろうか。
 その近くで美波は何やら『大丈夫……まだ成長する……まだ成長するんだから……』なんてぶつぶつ呟いていたけど、下手に口を出すと僕の寿命にかかわる問題に発展しかねない気配がしたので黙ることにした。
 ここで、脱線しつつあるこの状況を何とかせんがために、雄二が口を開いた。
「曹操を助けても……こっちには何の得もないんだよな」
「ただで、とは言わん」
 と、夏候淵。
「貴殿らの助力により猛徳様が助かった暁には、相応の礼をするつもりでいる。領地だろうと、我らの体だろうと、好きなものを……」
「だからって俺の意見は変わらねーよ」
 夏候淵のセリフを遮って雄二がそう切り捨てる。
 今の夏候淵のセリフ、美波達の折檻につながりそうな結構危険なワードが入ってたけど、そんなことをいちいち気にしている余裕すらないくらい、この場は緊張気味だった。
「調子のいい話じゃねーか。今まで散々汚ねえ手だの何だの使って俺らを殺そうとしといて、いざ自分達の主が第3勢力に狙われて危なくなったら、俺らに力を貸せだ? 自分達のやって来たこと棚に上げてよく言えたもんだ、逆にすがすがしいぜ」
「別に棚に上げるつもりなんてないわ! それは認める、でも私達は華琳様を……」
「でももヘッタクレもあるか。つかお前ら……翠……馬超の目の前でよく言えたもんだな? 翠の父親……馬騰さんを、それこそ汚い手を使って殺したのはてめーらだろ」
 もっともな言い分だ。翠のお父さんを、謀略にはめて殺したのは曹操……多分ここが一番、僕らが彼女らにかけらも肩入れできない理由だ。それがなくてもみんなはそんな気無いんだろうけど……もしそんなことしたら仇討ちに燃える翠に申し訳ない。
 翠……さっきから何も言わないし。思い出してるのかな……?
518 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 23:26:31.97 ID:xmrrKX3z0
「それは……でも……」
「それに……もしもお前らが俺らの立場……明久が拉致られたから助けてくれ……って言いに来た所で、お前らや曹操はそれ聞くか?」
「……っ…………」
 荀ケ、どうやら言い返す言葉が無くなったらしい。
 賭けてもいい、相手にもしないだろう。それこそ、これぞ好機と見て、僕らの国の併呑に乗り出すはずだ。相手次第では……僕をさらった相手に礼すらするかもしれない。
 言い返すことが出来なくなった荀ケらに、どうやら雄二がとどめを刺しにかかった。
「翠の親父さんにやったこと……その他諸々の小国の併呑のために使ってきた数々の汚い手……だがそれも全部、曹操の信念と野望に基づいてやったこったろう。けどそれなら……自分もいつか同じように、汚い手使われて滅ぶことになったとしても、その覚悟をしておくもんだ。今回みたいにな。お前らに……その覚悟はあったか?」
「それは……」
「覚悟があるんならそれもよし……無かったんなら、そりゃただの小悪党だぜ」
「あった!」
 と、突如声を張ったのは夏候惇だった。
「この戦乱の世に、天下統一を目指して旗を掲げる以上……負ければそこまでという覚悟はもとよりできていた! 『天導衆』、お前らが相手であってもだ! だが……戦場で華々しく討死したり、正々堂々戦っての敗北ならともかく……あのような得体の知れん連中に、何もわからぬままに華琳様を奪われるなど……とても我慢ならんのだ!」
 一息にそこまで言う。……泣きそうな顔で。
 そうか……理屈じゃないんだな。
 武人の考え方はいまだにわからないけど……自分が心の底から大好きな人が、よくもわからないうちにさらわれた……なんてことになったら、もうそれは理屈だの道理だの、何も考えていられるもんじゃないんだろう。今の雄二の言葉で、抑え込んでいた夏候惇の直球な感情が爆発したみたいだ。
 多分……表には出さないけど、夏候淵達も同じ考えなんだろうな……。
 しかし……やはりそれも届かないようだった。短いため息をついて、愛紗が口を開く。
「自らの主を思いやるその意気は大したものだろう。だが……文月軍はそれに賛同・協力することはない」
「そんな……」
「悪く思うな、とは言わん。我らは敵同士なのだから。お前達の身柄は拘束し、我々はこれより、速やかに曹魏を……」
 その時、

「…………まてよ」
519 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 23:27:11.61 ID:xmrrKX3z0
と、誰かの声が割り込んできた。って、今のは……
「翠?」
 見ると、さっきまで何も言わずにたたずんでいた翠が、腕を組んで、何やら静謐なオーラをまとってこっちを見ていた。
 そして、何を言い出すかと思いきや……

「……いいじゃん、助けてやろうぜ」

「「「!!!?」」」
 その場にいた全員が、翠の言った言葉に驚愕した。
 無理もない。いちばん曹操を恨んでいるはずの翠が……助けることに賛成だって!?
「どういうことだ翠!? お前のお父上は……」
「ああ……今坂本が言った通りさ。曹操の謀略にはめられて、殺された。一族の他の奴らも……殺されたり、行方不明になったり……バラバラになっちまった」
「ならばこそ……」
 許せないはずだろう、と星が言う前に、翠は続けて言った。
「けどさ、何て言うか……あたしなりにいろいろ考えてみたんだ。前までは……故郷や復讐のことしか考えられなかったけど……ご主人様達と過ごすようになってから、何だろ、他のことを考える余裕が出来てきたんだ」
 ゆっくり、淡々としゃべって行く翠。一様に反対意見を言い出そうとした皆が、なぜか一様にそれに聞き入っていた。
「愛紗がいつも言ってる、大陸の平和とか、大義とか……鈴々や星が言ってる、街の活気とか……涼州にいたころは考えもしなかったことを、色々考えさせられるようになった。そういうやつについても考えられるように……信じられるようになったんだ。だからこそ……父上を殺されたことは確かに憎いけど……それって結局、大義ってやつの前では、問題に挙げるべきじゃないんだ……って思って」
 1つ1つ、言葉を丁寧に選びながら、しかし、それでいて自分が思ったことをそのままに、翠は話していく。
「だからこそ……大義って奴を考えたら、ここは曹操を助けるために手を貸してやる場面だと思うんだ。そうすれば多分……魏との戦いも、そこで終わるから。……って思ったんだけど……変かな、あたしの言ってること?」
 と、頬を照れ臭そうに言う。
 少しだけ間をおいて、翠以外の皆の口が開く。言うことは……みんな同じだ。
「いや、そんなことはない」
「ああ……まさか翠からそのような言葉を聞くとは思わなかった」
「たくさん見なおしたのだ!」
「ええ……本当に……。1人でよくそこまで考えたわね……」
「そうですね……翠さんのその考えって……ホントに凄いことだと思います」
 愛紗、星、鈴々、紫苑、朱里……みんな口々に、翠の事をほめたたえている。
 先程まで、口をそろえて反対だったみんなが、今の数分の間に一様に賛成に意見を転じた。そのくらいの説得力……というか、貫禄みたいなものが、翠のセリフにはあった。
「よせやい、そんな立派なことを言ってないって」
「いや、大したものだ。今のを立派と言わず何と言う?」
「………(ぱちぱちぱち)」
520 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 23:27:55.78 ID:xmrrKX3z0
華雄と恋も同意見のようだ。
 本当に……その通りだよね……。自分の親の仇で、今も自分の所属する軍を苦しめ続けてる奴を、大義のために助けようなんて考え方……僕には天地がひっくり返ったって出てこない。アニメや漫画、ゲームではよくある考え方だけど……それって、実際に言うのって生半可な覚悟じゃできないものだし。どれだけ感心してもしきれないな……。
 そう考えると……翠って本当に強いんだな……。この場にいる皆が、盛大に予想を裏切られた形だ。無論……最高にいい意味で。
 美波や霧島さん、工藤さんや秀吉はあまりにドラマチックな展開に呆けてるし……姫路さんなんかハンカチを取り出して涙を拭いてる。ムッツリーニも、さっきまでシャッターを切りまくってたデジカメを今にも取り落としそうになっていた。コイツがエロ以外でこうなるとは……相当な衝撃だったんだろう。
「馬超……お前……」
「……後は、ご主人様の判断に任せるよ」
 夏候惇の言葉に耳を貸さず、翠は最終決定を、とばかりに僕に話を振って来た。
 さて……と……
「どうしたもんかな、雄二?」
「そーさな……お前はどう感じた、明久?」
「……立派だと思うよ。けど……正直、僕は大義とかそういうの……よくわからなくてさ」
「だよな。俺も翠の覚悟は立派だとは思うが……正直パッと来ねえんだよな」
「「「………………」」」
 みんな固唾をのんで、文月軍2トップである僕ら2人の議論を見守っている。そして僕らは……おそらく互いの考えていることはわかっているし……一致している。
 翠の覚悟はすごい。それは……皆が共通の意見だ。だが、ここまで戦って来ておいて、最後の最後に助ける方向に移るっていうのは……それはそれで、今度は文月軍のメンツや意地ってものが関わってくる。それに……戦って勝てば、結果的に得るものは同じなのだ。
 大義と覚悟か、それとも意地とメンツか……僕ら文月がどちらを取るかは、最高権力者である僕ら2人の協議の結果にかかっている。
 そして、今回あれだけの啖呵を切ってみせた翠は、僕らに決定を委ねると言った。そうである以上……僕らの協議にも、決定にも、何人たりとも口を挟むべきではない。魏軍の皆さんはもちろん、文月勢も……他の『天導衆』でさえも。
 が……やはり今の僕らの会話が気になったのだろう。沈黙に耐えかね、夏候惇がその口を開いた。
「吉井!」
「何?」
「我々が今まで何をしてきたか……お前たちに何をしようとしたか……その責め苦から逃れるつもりはない! だが……それでも私達は華琳様を助けたいのだ……恥は承知で貴様に頼む……華琳様を……我らの主を助けてくれ!!」
「いいよ?」
「「「いいのかよっ!!?」」」
 しれっと僕が言ってのけたセリフに、奇跡的にも全員……雄二以外……の声が綺麗に揃った。
 特に、土下座でもせんばかりに頭を下げて前傾姿勢だった夏候惇は、衝撃と脱力に耐え切れず、ギャグ漫画の如くずっこけた。
「いや、あの……吉井……?」
「何?」
「あの……ご……ご主人様……?」
「い……意外とあっさりですのね……?」
 夏候惇のみならず全員がひきつった笑みを浮かべていた。
「いや、そりゃそうなるわよ……」
「さっきまで、文月軍としての意地があるから、曹操は助けない、みたいなこと話してましたしね……」
 と、美波、姫路さんまでも乾いたリアクション。
「で、でもよかったじゃない? 最終的に、坂本君も説得できたみたいだし……」
「う、うむ、これで方針が決定したというものだ」
 と、そこへ雄二が、
「何言ってんだ? 俺がいつ曹操助けるのに反対した?」
「「「え?」」」
 全員が目を点にする。
 ……やっぱり皆、さっきから雄二が言ってたセリフの『違和感』に気付いてなかったな……? 気づいてたのは僕だけだったか。
 みんなが目を点にするのも当然だ。確かに雄二は、さっきまでさんざん曹操たちのことを糾弾していた。過去にやってきたことから何から、片っ端から並べ立てて。相手に弁明の機会すら与えずに……だ。
 ……………………が、
「いや、だって坂本、あんたさっきから散々……」
「言ってたけど、俺、『曹操を助けるのに反対だ』って、一度でもはっきり言ったか?」
「「「は!?」」」
 これだよ。
 打算的なこいつのことだ。曹操を助ければ、領地なり兵士なり、それこそ曹操や幹部達自身の身柄なり、望むものが何でも手に入るんだから、その方が僕らの軍にとってメリットになるってことぐらい、相談を受けた時点で気づいてたに違いない。
 つまり、雄二のあの糾弾の嵐の理由は、断るための口実じゃなかった。本当の理由は……おそらくその他に3つ。
 1つ目は、限界まで追いつめた上で逆転して、相手にありがたさとか、こっちの懐の深さを印象付けるため。もっとも……これは翠が同じようなことを結果的にやった。
 2つ目は、親を殺されて復習に燃えているはずだった翠をどう説得するかを考える時間稼ぎ。これも、翠自身の決断によって不要になった。
 そして3つ目は……僕ら2人の一瞬のアイコンタクトで明らかになった。

521 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 23:29:01.33 ID:xmrrKX3z0
(ただの憂さ晴らしだろ?)
(お、気付いたか? お前にしては上出来だな)

 わかるわい、お前のダークサイド邪悪な部分が考えることくらい。全く……相変わらず底意地の悪い奴だ、ここぞとばかりにネチネチネチネチ今までのお返しとは。
 とまあ……これは秘密にしておくけど、今の雄二の言い草に、みんなは十分びっくりしたらしい。怒りもせず、呆れもせず、ただただ唖然としていた。
「さ……坂本……あんたね……」
「雄二お兄ちゃん……怖いくらい意地悪なのだ……」
「はっはっは、最高のほめ言葉だな」
「き……貴様……」
 あ、夏候惇がキレかかってるけど、一応望みが通りそうだから必死で耐えてる。
「あ、でも明久君は!? 明久君もあの言い方……反対してたんじゃなかったんですか?」
「え?」
「ほらアキ、あんた『大義とかそういうの理解できない』って……」
「いや、そりゃだって僕普通の高校生だし、武人でもないし、大義とかそういう理由で言われたって……」
「…………もしかして……」
「もともとそんなもの関係なしに、普通に賛成だったようじゃの……」
「「「………………」」」
 何でみんな疲れたような顔をしてるんだろう? 雄二まで、
「俺は狙ってだったが、こいつは素だったか……」
 とかよくわからないこと言ってるし……。何なんだろう? 僕は今までさんざん引っ張って来た雄二とは違って、最初からそう決めてたっていうのに。
「はあ……そうでしたね。ご主人様は、こういうお方でした」
「ああ。いつでもやりたいようにやって、だれも予測できないやり方で、そして最高の結果をはじきだす……それが我らの主であったな」
 ちょっと疲れた笑いを浮かべている愛紗と星が気になったけど……まあいいか。
「じゃあ……翠の覚悟に感謝して、あと……よくわかんないけど『大義』のためにも、僕らで曹操を助ける……それでいい、みんな?」
「「「御意(なのだ)!!!」」」
「「「OK(です)!!」」」
 うんうん、なんて元気のいい返事だ。
 そうと決まれば……やるべきことがある。
「じゃあそういうことで……夏候惇?」
「な、何だ?」
「その、曹操が今置かれてる状況についての情報、知ってる限り話してくれる?」
「あ、ああ……わかった。誰に話せばいい?」
「いや、それだと効率悪りーな……」
 そこで、少し雄二は考えて、
「よし……明久、このまま軍議だ。夏候惇その他3人、お前らも出席しろ、今後の方針を決める」
「その他って言うな!」
 許諸が怒鳴り返してきたけど……心無しか嬉しそうだったのは気のせいじゃないと思う。見れば、夏候淵や荀ケなんかも、うっすらとだけど笑ってるし。
 夏候惇も嬉しそうな、しかし少し申し訳なさそうな顔で、
「すまない……恩に着る!」
「礼を言うのはまだ早い、まずは曹操を助けてからだ。礼はその後でしてもらうさ」
「そーゆーこった。オラ野郎共及び女性諸君! さっさと準備しろ! あのクルクル小娘ぜってー救出すンぞ!!」
522 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 23:29:28.74 ID:xmrrKX3z0
雄二の荒々しい号令。それに従い、魏も文月も入り乱れてみんなで動く。
 この瞬間、この大陸に、董卓討伐軍以来の『魏・呉・文月連合軍』が結成された(呉まだいないけど)。うお……誰が相手になるのかわからないけど……なんかすごい頼もしい。
 予定が大分変わったけど……これはこれで結果オーライ! この戦を終わらせるため……共同戦線で全力で曹操を救出してやるぜ!!
523 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 23:30:19.10 ID:xmrrKX3z0
曹魏編
第82話 術と決戦と白装束再び

 夏候惇達が僕らの所に救援要請に来た翌日、
 簡単な打ち合わせをすませた僕らは、一路曹操の率いているであろう曹魏軍のもとへと軍を進めた。
「それにしても……曹操さんほどの人が操られてしまうなんて……」
 と朱里。夏候惇達の話が衝撃的だったのだろう。
 実際、僕だって驚いた。曹操が拉致された、って事実にもだけど……それ以上に、夏候惇達が話してくれた曹操の『状況』についてだ。
 聞けば、曹操は特に拘束されているわけではなく、しかしなぜか抵抗することなくされるがままの状態……というのが、夏候淵の見た感じの推測らしい。そうでなきゃ、輿に乗るなんて真似はしない……って言ってた。
 輿……ってのが何なのか最初はわからなかったんだけど、姫路さんいわく、高貴な人が移動の際に乗る、神輿から上のゴージャスな部分を取り除いて、土台と担ぐ所だけ残したような形らしい。自らの権力を誇示するために使うものだって聞いたけど……祭とかならともかく、普段からそれに乗って移動って……正直ダサい。確かに、曹操なんかは絶対乗らなそうだな。
 ……袁紹なら乗るかもしれないな。
 これらを聞いたうえで、朱里や荀ケなんかは『導師』や『仙人』などの『化生の者』によって曹操が『術』にかけられて操られている……っていう見解だったけど……
「嘘くせー話だなオイ」
 とまあ、雄二の率直な感想。
「わっ……我々が嘘を言っているとでも言うのか!?」
「そうじゃねーよ。そうなら秀吉が見破ってるだろーしな。俺が言いたいのは……『術』だのなんだのにかけられて操られてる……ってのが本当かってこった」
「たしかに……なんて言うかこう……胡散臭い話よね」
「そういうのって大体、何かタネがあるインチキですからね……」
 美波や姫路さんの言うとおりだ。
 魔法だの導術だの、そういう神懸かった超能力的なものを用いて民衆を従えたり、敵を脅したりする奴は、歴史上数多くいた。けど僕らの時代では、そのほとんどは、資料が少なすぎて解明できなかったものを除いて全てがトリックによるものだとわかっている。科学技術は発達した時代から来た僕らからすれば、それは今更語るまでもない考え方だろう。
 ただ……そういう方向で考えた場合、曹操もグルってことになっちゃうんだよね……。
「何かタネがあると思うんだけどな〜……」
「『導術』などと、あまりに突拍子もない話じゃからの。信じろと言う方が難しいわい」
「…………非現実的すぎる」
「けどさ、それ言ったら、ご主人様達の『召喚獣』だって似たようなもんじゃないか」
と翠。
「自分の姿に似せた魔物なんだろ? そうでなきゃ、あんな自由自在に動くちっちゃなご主人様は説明つかないじゃないか」
「しかも、あの小さな体躯で私の剣を押し返し、あまつさえ粉粉に粉砕するほどの剛力だ。糸で動く操り人形などでは到底不可能であろう?」
 と、夏候惇も続ける。ああそうか、僕らの『召喚獣』もそういう認識だっけ。
 僕らは『召喚獣』はババァが作った科学技術の産物だってことがわかってるけど、彼女たちにしてみれば、何もない空間から突然あんなに強いちびっこモンスターが出てくるのは、それこそ魔法以外の何物でもないか。
「でももしそうなら……よほど強力な術士なのでしょうね……」
「ですね……。あの曹操さんや、その配下の魏の兵隊全てを操ってしまうくらいですし……」
 それもあってか、この時代の皆さんの論点は既に、その強力な術士が、そしてその術がどんなものなのか……ってとこに行きついていた。大の大人がみんなしてあごを抱えてその術について大真面目に考えていた(恋だけは話の内容そのものがわかってないみたいで、「………?」と首をひねってるだけだけど)。
「なんかさ、どんどん『魔法』前提の話になってきてるケド……いいのかな?」
「ワシらとしては、そんなものは存在せんという考え方を崩せんのじゃが……」
「でも、ここってパラレルワールドなんですし、もしかしたらそういう構成要素もあるのかも……」
 姫路さんがそんなことを言っていた。
 うえ〜…………。たしかにそうかもしれないけど……もしそうなったら、それはそれで凄まじく厄介なんだけど……。
 そういうこと認めちゃったら、最初はそういう小さな『洗脳(ブレインコントロール)』なんてものから始まったとしても、徐々にエスカレートして『念動力(サイコキネシス)』とか『瞬間移動(テレポート)』とか『電磁銃(レールガン)』とかそういうのが出てくる展開になって、次第に箒に乗ってるお婆さんとか魔翌力で動く土人形とかが出て来て、最終的にはきっと全宇宙制服をもくろむ闇の帝王が出てきたり、それに対抗するために惑星の全ての生命体から元気を少しずつ分けてもらったり、友の死に激怒して逆立った髪を金色に染めて戦ったりしなきゃならなくなることは最早パターンだ……こまったな……僕は普通の地球人なのに……。
「オイ明久、お前また見当違いの方向にトリップしてんだろ?」
「えっ? いや、僕はギャリ○ク砲は使えないよ?」
「何がどうしてそうなった!?」
524 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 23:30:51.52 ID:xmrrKX3z0
 何か驚いてるけど……こいつなら界○拳くらいなら使えるようになるかもしれないな。
 てな感じで僕がバトルファンタジー世界での生き残り方を模索していると、
「……術は術でも、『催眠術』かも」
「「「催眠術!?」」」
 霧島さんのそんなセリフに、一同揃って聞き返した。さ、催眠術って……
「テレビとかで時々見るけど……アレってインチキなんじゃないの?」
「……即自的に催眠をかけて自由自在に操ったりする類のパフォーマンスは、確かにサクラを使った偽物が多い。でも、催眠術自体は実在する」
 霧島さんは、そう滑らかに説明してくれる。
「……一瞬で催眠状態に導くのは困難だけど、時間をかけてゆっくりと暗示を刷り込むのは可能」
「最近だと、催眠セラピーとかもあるわよね。欧米だと、わりとポピュラーよ?」
と、美波も付け足してくれた。者知りの霧島さんはともかく、美波がそういう知識を持ってるってのは意外だけど……ああ、そういえば美波は帰国子女なんだっけ。それで向こうのことなんかには詳しいのか。
 ……そういえば、向こうから帰って来たばかりのころ、姉さんが僕の目の前でしきりに5円玉を振って何やら呟いてたけど……『欧米ではポピュラー』ってことは……アレは冗談とかじゃなく、本気で僕に催眠をかけて何かしようとしてたのか……?
「ボクも結構知ってるよ? 最近はほら、催眠(ゴニョゴニョ)とか、(ボソボソ)催眠とかも結構普通にあるしね〜♪」
「…………っ!!(ブシャアアァァア!!)」
 今のやりとりは全面的にスルーさせてもらおう。
「それでその……その催眠術で、思い通りに操ることも可能なんですか?」
「……限度はある。催眠状態でも人は深層意識が働いてるから、催眠で人を殺させたり、自殺させたりしようとすると、本能で『嫌なこと』と認識してブレーキがかかる。けど、簡単な動作をさせることぐらいなら可能」
「なるほどの。じゃが……戦いに赴く兵士達などは、それが仕事のようなものじゃ。あまり本能の干渉は考えなくてもいいかも知れんぞ?」
「でもさ、さすがに動作の1つ1つまで操れるもんかなあ? そもそも催眠術って、それを信じてない人はかかりにくい……って聞くよ?」
「それに……そんな大勢を一度に催眠状態に出来るもんなのかしら?」
「……技術と時間が必要だけど、催眠術だって気付かれないうちに暗示をかける方法もある。それに、『後催眠』っていう形の、事前に催眠暗示でプログラミングした動作を、後から何らかの合図で実行させるっていう方法もある。組み合わせれば、信じていない人を催眠条件下に置いたり、一度に集団を操ることも一応可能と言えば可能だけど……」
「ちょっと待て翔子、お前いくら何でも詳しすぎるだろ。何でそんなに知識が豊富なんだ?」
 と、雄二が何かに気付いて霧島さんを止めた。
「……勉強なんかしてない」
「何だ勉強って!? お前どういうつもりか正直に言え! なんだか凄まじく嫌な予感がするぞ!?」
「……雄二は、楽しみに待っててくれればそれでいい」
「恐怖しか浮かんで来ねえよ!! お前、催眠術を会得して俺に何をするつもりだ!」
「……一生……何でもない。いいこと」
「よかねーだろ!! お前一体俺に、俺のこれから先を人生を破綻もしくは破滅させかねない何を背負わせる気だ!?」
 そういえば霧島さん……部屋に『催眠術』とか『黒魔術』の本を持ってたっけ……どうりでちょっとした図鑑並みの知識を披露していると思った。まあ……その知識で雄二が何をされそうになってるのか考えると……あんまりうらやましくないけど。
 ま、鈴々も食べない夫婦喧嘩は置いといて。
「雄二の今後……もとい、その話は一旦おいとくとして、そろそろじゃない? 曹操の軍勢が見えるの」
 何か見えた、って聞こうとした途端、
「主、あれを!」
 と、突然星が叫んで、前方を指差した。
 ついに見えたか、と僕らが見たその先には……

 …………………………!?


「「「あ――――――っ!!」」」
525 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 23:31:27.51 ID:xmrrKX3z0
遂に姿を現した、曹操が連れてきた魏の軍隊。なるほど多い。10万は下らないかもしれない大軍だ。
 しかし……僕らが驚いたのはそこではなく、
「…………白装束…………!!」
 ムッツリーニが呟いたこと……そう、魏軍の連中のかっこうが、紛れもなくあの時の『白装束』の連中と同じ服装だったことに、である。
「曹操を拉致って……あいつらだったのか!」
「確かに……あやつらは得体が知れませんからね……。何をやらかしてもおかしくはないが……まさかこのようなことが……」
 と、愛紗が眉間にしわを寄せて呟いた。
「はっ……こんなとじゃねーかと思ってたが……当たるとはな……」
「!? 坂本、あんた予想ついてたの!?」
「ああ……導師だの術だの、何だか妙な単語がちらつき始めた段階で多少な。あの連中が絡んでるんじゃねーか……ってよ」
「そうですよね……あの人達、何かおかしいな……って思ったことに、必ず絡んでますしね……」
 と、朱里も賛成意見。
 そこまで読んでた雄二の頭脳はすごいけど……それに感心する暇がないくらいこれは予想外っていうか……異常事態だな……。
「夏候惇、兵士全部があの白装束だったんなら、教えてくれたっていいじゃない」
「いや……私達が目撃した時には、まだ魏の兵士たちは魏の兵の鎧を着ていた……。あのような奇抜な服装になっていれば、ものの一番にそれを報告している」
 と夏候淵。たしかにそうか。
 ムッツリーニの斥候からもそんな報告はなかったし……ついさっきになって着替えたってことか?
 しかし……こうなると、事情が大きく変わってくる。
 僕らは今まで、何で『曹操が』操られるのか……ってことに主軸を置いて考えてた。曹操を操ってしかできないことなのか……でも、それなのになぜ変わらず僕らを待ち受けて戦おうとしてるのか……一体目的はどこにあるのか……って。しかし、その疑問、今丸ごと解決された。
 白装束の目的は……僕ら『天導衆』だけだからだ。つまりあいつら、洛陽での奇襲作戦に失敗して、今度は曹操と魏の軍隊を使って僕らを殺そうとしてる……ってわけか。しかも、どうやったか知らないけど、ご丁寧に全員洗脳して、ユニフォームまで着せて……。
 そういえば……その操られてるはずの曹操はどこに…………お、いたいた。
「華琳様っ!」
「くっ……軍団の先頭に立たせるなんて……人質のつもりだというの!?」
 曹操のいる位置……正確には、曹操を載せた輿と、それを担ぐ連中がいる位置は……僕らの軍に対しての真正面の最前線。あからさま過ぎるくらいの人質だ。まーた面倒なことに……。しかも、その輿の周りには、担ぐ連中以外のもいるし……。
「槍を持ってる連中が回りに一緒におるな……つまり……」
「…………逆らえば……串刺し?」
「と見て間違いなさそうだな。あの者たちを何とかしなければ、戦うこともできん」
「どうすんだ? 対峙した時にあのままだったら……勝ち目ないぞ!?」
 と、星と翠。そこに、
「私が行く!」
 と、夏候惇が焦った様子で声を張り上げた。……いや……行くって何?
「私達が突入して、華琳様を助けだしてきてみせる!」
「待て夏候惇、それが出来ないから、我らに助けを求めてきたのであろう? 無茶なことを言うな」
 愛紗のもっともな意見。
「止めるな関羽! 華琳様があのようなみじめな姿をさらされているなど……耐えられん!」
「いいや止める。ここでお主に死に急がれては、力を貸す意味がない」
「全く……頭を冷やせ夏候惇。敵軍に単騎で突っ込んでいく奴があるか」
「お前が言うなよ、星」
 雄二のもっともな突っ込み。
「しかし……!」
 こっちの夏候惇は……まだ聞き分けてない。やれやれ、こりゃ相当焦ってるな。あの状態の、しかも背後に大軍背負った所に、魏の4人だけが突っ込んでいくなんて言う選択肢はいくら何でもないだろう……と思ったら、
「いや……文月軍の力を借りられた今だからこそ、それが可能なのかもしれん」
 と、知将・夏候淵の口から意外なセリフが出た。
「それは……どういうことかしら?」
「敵の軍勢を牽制してほしいのだ。やつらの注意をそらしてもらえれば、その隙をついて、我らの手で華琳様を救出できる」
「確かにそうかもしれませんけど……すごく危険ですよ?」
「そうだな……。あたしが言うのも変かもしれないけど……博打もいいとこじゃないか」
「いや……よい! 華琳様は、人質などという屈辱に甘んじるような方ではない!」
 と、夏候惇が吠えるように言う。どうやら……今の夏候淵の策に賛成らしい。
「もしも救出に失敗するようなことがあれば……その場で我らの手で華琳様を刺し殺し、我らも自害するだけだ!」
「ほぉ……主君に殉じるか」
「ああ……それこそが、我らが本望!」
 華雄のからかいを含んだかのような口調にも、夏候惇はその目に一切の迷いも弱さも見せなかった。後ろにいる夏候淵、許諸、荀ケも同じ顔を、同じ目をしている。
 この目は……今まで何度も見た。僕らを守る、って言ってくれてる時の愛紗達と同じ目だ。これは本当に本気だな。何言っても無駄だろう。
 それは……僕ら全員に伝わっていたらしい。
「その意気、買ったのだ!」
「ああ……それほどの覚悟があるのならば、我らはもう何も言うまい」
「しかし、無駄死にだけはするなよ? 死ぬならば、惚れた相手に殉じてみせろ!」
「ああ……言われずともそのつもりだ!」
 やれやれ……死ぬだの殉じるだの、相変わらず武人ってのは発想がいちいち物騒だな……。けどまあ、漫画とかでもよく見るように、それが時にかっこよく見えるからすこし不思議だ。
 まあ何であれ……夏候惇達がこの覚悟で、愛紗達が感心して認めてるとなれば……僕らがあーだこーだ言ったってしかたない。下手に何か言って士気をくじくのも困るし、その方針で行こう。
「話は決まったな。では、打ち合わせに入りたいのだが……」
 夏候淵の呼びかけに応じて、僕らは再び軍議の席を開くことにした。
 僕らの決戦と、夏候惇達の大勝負を確実に成功させるために……。

526 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 23:31:55.47 ID:xmrrKX3z0
その約1時間後(開戦直前)、
 夏候惇以下、曹操救出部隊

「3人とも、手はずはわかっているな?」
「無論だ、姉者」
「もちろんよ」
「もちろんですっ! ぜぇーったい、華琳様を助けるんですからっ!」
 打ち合わせが済み、文月軍の左翼に展開した部隊の影に隠れて移動しながら、我らは我らだけの作戦確認をしていた。
 いや……我らだけの……というわけではないか。なぜなら……
『作戦の確認か? 念入りにやっとけよ』
「言われずともわかっている!」
 天導衆の土屋という男に渡された奇妙な箱が、我らと奴らの本陣を音でつないでいるからだ。
「もう一度手順を確認するぞ? 文月軍が魏軍前線と衝突して注意がそれたら、私と季衣で敵陣に突撃、敵を撹乱する。その隙に……桂花と秋蘭が華琳様を助けだす……。皆、ぬかるなよ?」
「まっかせて下さい! 華琳様のためなら、ボクは命だってかけちゃいますから!」
「命のかけどころを間違うなよ、無駄死には許さんぞ」
 からかうような口調だが……秋蘭の声には、純粋に季衣を思いやる気持ちが感じられた。もっとも……我ら全員がお互いに対して、例外なく持っているものだが。
「そして、全てが終わったら……」
「私が『コレ』で、あなた達に連絡する……これでよかったかしら、坂本雄二?」
『そういうこった。成功・失敗にかかわらず、結果はすぐに教えろ。俺達からも、何か指示があればこれで出す。戦場では聞こえづらくなるだろうから……一緒に渡した『紐』を装着するのを忘れるな』
「『いやほん』とか言ったかしら、これを穴に差し込めばいいのね?」
『ああ、そうだ』
 姿が見えない男が相手の、奇妙なやり取りが続く。
「しかし、理屈はわからんが……天界には奇妙な道具があるものだ。こんなものを使って即時的に連絡が取れていたとなれば……銅鑼を使うよりも圧倒的に有利だな」
「『虎獅子婆(とらししばばあ)』でしたっけ? ずるいですよね〜……」
「違う違う季衣、『惇羅針盤(とんらしんばん)』だと言ってただろう」
「……『トランシーバー』だ、姉者」
「何でもいい! それよりも、この作戦、必ず成功させるぞ!」
「あ、春蘭様ごまかした」
「うるさい!」
『…………くくく……』
「笑うな吉井! 聞こえているぞ!」
『頭の痛くなるやり取りはそれくらいにしとけ。ともかく……武運を祈る』
 と、それを最後に、坂本の声は聞こえなくなった。
 さて……いよいよだな。ここから先は、文月軍に助けてもらっての、我らの戦いだ……。
 泣いても笑っても、これが最初で最後の好機……これを逃せば、華琳様は2度と私達のもとへは戻ってこない……そんなことがあってたまるか!!
「さあ……行こう! 我らの主を取り戻す戦いに!」
「「「応!!」」」
527 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 23:32:22.38 ID:xmrrKX3z0
トランシーバーの向こうのプチ漫才も終了した所で、僕は僕の方の『みんな』に向き直った。
「さて……と。じゃ、まずは僕らの仕事をしますか」
「ああ。曹操を殺されねーように、敵さんの注意をひきつけてやるか」
 夏候淵の考えた、少数精鋭による奇襲作戦。それにはまず……僕らが敵軍と戦って、注意をひきつけなきゃならない。
 ちなみに、今回秀吉を除く女性陣には、危険だからっていう理由と、もう一つ担当してもらう役回りがあるので、後曲にいてもらっている。
 さて……ここで、いくつか残念なことがあった。
 1つはもちろん、この場面に来ての呉の軍の不参加である。そのせいで、兵力においてけっこうな数の差がついている。敵の増援を含まずに考えても……現時点で8万VS10万ってとこだ。
 そしてもう1つ……
「では……今回『煉獄矢』は使わないのですね?」
「ああ。風は一応追い風だが……爆発する時に煙はそれなりに広がるからな。燃焼時に出た硫化水素に曹操がやられちまったり、そのせいで夏候惇達が曹操に近付けなくなったんじゃ、目も当てられねえ」
 毒ガスが飛散して曹操の救出の邪魔になるかの威勢があることから、最悪でも曹操を救出するまではあの爆弾付きの矢は使えない……ってことだ。結構なパワーダウンだな……折角補充したのに……。
 というわけで……僕らはセオリー通りの戦法+『弩』で戦うってことだ。いくら『弩』が性能のいい武器だからって……白兵戦だし……きついよね、さすがに……。
 それらを再確認した上で、僕らは再び、平原にずらりと並んだ白装束の軍団と向かい合った。
「しっかし……気持ち悪りー光景だな、あたり一面ワラワラと……シロアリかっつの」
「全くだ。兵士全てが白装束など……悪趣味にもほどがある」
 と、星。
「そういう問題ではなかろう? 相手は曹操に加え……これほどの大軍全てを操るほどの術の使い手なのだ」
「術かどうかはこの際もう触れんとして……確かに、気の抜けん戦いであることは確かじゃの」
「だけど……それほどの力を持つ人間が、なぜご主人様の邪魔をするのかしら……?」
 そう言って、紫苑が首をひねる。
 けど、
「今それ考えても仕方ないよ。誰も教えてくれないんだからさ。だからまずは、曹操を助けてこの戦いを終わらせることだけ考えよう」
「そーだな。邪魔するんってんなら……ぶっ飛ばすだけだ、そーだろ?」
「そうそう! あたしらの邪魔する奴は……」
「突撃! 粉砕! そして勝利なのだ!!」
「そうとも! 白装束共……董卓様の折の恨み、この場にて晴らしてくれようぞ!」
 鈴々、翠、華雄……文月軍の3大突撃娘は、気合の入った頼もしい声を張ってくれる。
 特に華雄は、待ちに待った白装束との再戦ということもあり、全身から怒気をにじませている。……僕ら味方なんだけど……正直気圧される。その後ろでは恋も、しきりに首を縦に振ってるし、気合十分だ。
「やれやれ……やる気は結構だが、空回りせんようにな」
「大きなお世話だっつの。それより朱里、指示とか頼むぜ?」
「はい、任せてください! あ、それと坂本さん、例の件ですが……」
「お、手配済んだか?」
「はい、ちょっと遅くなりましたけど……了承してくれました。今準備中ですが、間もなく完了して、作戦実行の際には、合流して加勢できると思います」
「そうか……じゃあ明久!」
「おう!」
 雄二の声掛けに応じて、僕も一歩前にでる。
 みんなの視線が僕に集中。やっぱ何度やってもこれは緊張するけど……その分やりがいがある。特に、今回みたいなのは。
 大丈夫……今回は、きちんと暗記した。

「それじゃこれより! 僕ら文月軍は曹操救出作戦および対曹魏軍最終決戦に入る! コレが終わったら、街に凱旋して祝宴で思う存分羽目外せるぞ! 幽州・文月の未来のために、大陸の平和のために、そして……ここに至るまでにあった戦いの全てと、みんなの覚悟のために! 絶対に勝つぞ! 全員気合入れて行こ―――――っ!!!」
「「「おぉ―――っ!!!」」」


 僕の号令と、それに返してくれる愛紗達の頼もしい声。いやいや、いつもながらやる気出るねえコレは!
 今ここに……僕らの、VS魏最終決戦が幕を開けた。
528 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 23:35:35.59 ID:xmrrKX3z0
曹魏編
第83話 駒と援軍と愛の咆哮

 文月軍VS曹魏軍、開戦より数時間経過。

「ふむ……やはりやりますね、文月……」
 両軍激突し、激戦を繰り広げている戦場からかなり離れたある地点で、その男……于吉は、あたかも他人事のように高みに立ってその戦いを観戦していた。
 戦力差はあるものの、すぐれた戦略と強力な兵器によって、文月はそれを十二分にカバーしている。
「しかし……このまま押し切られてしまっても興が無い。どれ……そろそろ魏武の駒に動いていただきましょうか……」
 于吉が、曹操の周りにいる部隊に指示を出そうとしたその時、

「おおおおぉぉぉ―――――っ!!」
「うりゃりゃりゃりゃ――――っ!!」

 丁度その方向から、平原によく響き渡る咆哮が起こった。
529 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 23:36:41.18 ID:xmrrKX3z0
 ザシュザシュザシュッ!!

 ヒュルルル……ドギャァッ!!

 私の剣と季衣の鉄球が舞い、次々に敵を蹴散らしていく。
 やはり文月に気を取られている間の奇襲は効果てきめんのようで、一時的なものだろうが、奴らは怯み、退き潮か何かの如く後ずさししていく。しかし、輿を担いでいる連中は、その大荷物ゆえに素早く動くことが出来ない。それこそが……我が狙い!
「今ですよ、秋蘭様、桂花ちゃん!」
「ああ!」
「わかったわ!」
 その一瞬の隙をついて、秋蘭の援護を受けつつ、桂花が華琳様の乗る輿のもとへと駆け寄り、華琳様を腰の上から引きおろした。
「ああ、華琳様……こんなにも無力なお姿をさらしておしまいになるなんて……」
「桂花! 何をしている、さっさと華琳様をお連れして下がれ!」
「……っ! わかってる!」
 華琳様のそのお姿を憐れみ、嘆いていた桂花だが、秋蘭の一喝でそれを振り切ったようだ。華琳様の小さなお体を抱え、敵の軍勢から離れていくのが見えた。
 よかった……このあたりには幸い弓兵の1人もいないようだし……追撃をかけられることもないだろう。あとは、我々も下がるだけだ!
「姉者! 桂花が華琳様をつれて下がったぞ!」
「ああ! 季衣、私達もそろそろ引くぞ!」
 ……が、
「あぅ……それはちょっと無理かもです……」
 季衣の口から、了解の返事は帰ってこなかった。
 それがなぜか考えるよりも早く、その答えを私の、そして秋蘭の目がとらえた。
「周り……囲まれちゃいましたぁ……」
 我ら3人は周囲を、おびただしい数の白装束共……もとは魏の兵士なのだろうが……によって囲まれてしまっていた。なるほど……これでは確かに逃げられんな。
 ただしあくまで……簡単には、だが。
 恐らく私と同じことを考えているのであろう秋蘭が、
「ふ……さすがは元々が魏の精兵というだけある。混乱していたにしては、対応が早い」
「そうだな。だが……邪魔翌立てするのなら容赦はせん」
「無論だ。かわいそうだが……全員ここで散ってもらうしかないようだ。華琳様を取り戻した以上、我らは華琳様のもとに行かねばならんのだ」
「えへへへへ……久しぶりに3人で大暴れしちゃいましょっか!」
 やはりこの場に……戦いを諦めた者は誰一人いないようだな。四方を囲まれたのなら……それら全てを蹴散らせばいいだけの話だ!
「ふっ……最近負けがこんでいたからな……ここらで発散するとしようか」
「ああ……後顧の憂いが無くなったのだ、存分にわが剣を振るわせてもらおう!」
 そして、3人が3人とも得物を握り直す。
 分隊とはいえ、相手は数百人の軍勢……少しの油断が死につながる状況と言って差し支えない。むしろ、100人が100人、我らの死を確信するであろう状況だ。
 にもかかわらず……我らには恐怖心や不安などというものは一切ない。我らの胸の中にある思いは……たったひとつだ。
(((ここを突破して……かならず華琳様のもとに!!)))
「行くぞ!!」
「「応!!」」
 掛け声とともに、我ら3人は地面を蹴った。

                        ☆

「やれやれ……駒を逃がしてしまいましたか……」
 遥か遠くからその一一部始終を見ていた、しかし何らか変わろうとしなかった于吉は、ため息交じりにそう呟いた。
「まあいいでしょう。ならば、少々華が無いですが……増援も出して、正攻法で攻めさせていただきましょうか」

530 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 23:37:25.91 ID:xmrrKX3z0
「ご主人様! 荀ケさんから、曹操さん救出完了したとの報告が入りました!」
 と、トランシーバーの近くにいた朱里から一報が入った。それはよかった。
 ……けど……こっちは全然よろしくない。
「雄二!? この状況大丈夫なのかな!?」
「見りゃわかんだろ、大丈夫じゃねーよ全然!」
 ごもっとも!
 何でかっていうと……何が引き金になったのか、敵が数に任せて一気に攻勢に出たのである。そのせいで僕らの軍が押され、今にも本陣への侵入を許しそうな状況なのである。
 将の質なら僕らの方が全然上だし、そもそも向こうの連中には将とか部隊長とかそういうのがいないようにすら見える。銅鑼の音とか、指示みたいなのも全然ないし。
 しかし、いかんせん数が多い。その上、何だかさっき援軍みたいのが後ろから合流してた。
 さらに、その将がいないという点がまた厄介だった。普通の軍隊なら、隊を統率する将なり何なりを討ちとればその部隊はほぼ無力化できるんだけど、向こうはそれがいない分、どこをどう攻めても全く揺らぐ気配が無いのだ。
 現在、本陣手前で戦ってるのは、愛紗と星と翠だ。応援を呼ぼうにも、華雄と恋は横撃のために回り込んでるし、紫苑は後方支援と両翼に広げた『弩』の部隊の統率のために席をはずしてる。そして、鈴々は紫苑の周りの部隊の動く方を指揮してる。
「ご主人様! 坂本達も、ここはもう危険だから一旦下がれ!」
 という翠の声も聞こえてきたことだし、戦いの邪魔になるのも本意じゃないから、僕らはそれに従って下がろうとしたその時、

 ビリビリビリィ!!

「「「何ィ!?」」」

『『『悪は滅すべし!!』』』

 どうやってか愛紗達の死角をついたらしい兵士達が、10〜20人くらい一気に布壁を破って本陣に侵入してきた! しかもその後ろの方にまだ見えるし!
「……! ご主人様っ!」
 愛紗のそんな声が聞こえたけど……この混戦だ。そう簡単に、そう早くここまで来れはしないだろう。そしてそれは、翠や星も同じ……。
 となれば……
「雄二! 秀吉! ムッツリーニ!」
「おう!」
「うむ!」
「…………了解!」
「「「試獣召喚(サモン)!!」」」

 ポポポポンッ!  ←  みんなの召喚獣登場

 となれば、僕らがやるしかないだろ!
 全員召喚獣を呼び出し、戦えない朱里を背中にかばう形でフォーメーションをとる。
「天導衆は悪なり!」
「悪は滅すべし!」
「たまには違うことしゃべれコラァ!!」

 ドゴォッ!!

 と、RPGの村人よろしく同じなセリフにしっかり突っ込みながら、雄二の召喚獣が数人まとめて白装束を吹っ飛ばす。カノン砲を凌駕するの威力を誇るその拳は、一瞬でそいつらを陣の外に送り返した。
 その横ではムッツリーニが、超高速の動きでもって向かってくる白装束達を次々と沈めている。そこを何とか逃れて僕らに迫ってくる連中は、一対一が主体の僕や秀吉の召喚獣によって撃滅されていく。
 と、
「はわわわっ! ご、ご主人様、後ろですっ!」
 と、朱里の声に反応して視線を一瞬そちらに向けてみると、うおっ!?
 どうやったのかわからないが、背後に回り込んでいた白装束が2,3人いた。しかし、僕らの召喚獣は前の敵にかかりっきりで背後には対応できない……。
 ……ふっ……だからどうした? 1体で対応できないなら、2体でやるだけだっ!
「二重召喚(ダブル)!!」
 キーワードに応えて僕の腕の『白銀の腕輪』が輝き、現れるもう一匹の僕の召喚獣。後ろで朱里が驚いているのが聞こえてきたけど、ここは気にせずに敵に集中だっ!
「おらぁっ!!」

 ドガバキボコ!

「「「ぐああっ!」」」
 僕の本気の前にあえなく沈む奇襲部隊達。ふっ……浅はかだな、敵は1人とは限らないのだよ。それにこの程度の奇襲、常にクラス全員が敵に変わる可能性があるFクラスで鍛えられた僕らの対応力をもってすればどうということはないわ!
 そして、再び前の敵に集中しようとして振り返ると、

 ドサドサドサッ

 と倒れこむ白装束達、そしてそれをやったのが明白な、愛紗、星、翠の3人の姿があった。どうやら、周りにいた連中を蹴散らしてここまで来れたみたいだ。
「主、無事か!?」
「え、あ、うん。何とか」
「よかった……」
「オイ愛紗、安心するのは早いだろ」
 と、雄二が言った瞬間、それを裏付けるかのごとく、新たに白装束がまたなだれ込んできた……って今度は多っ! 数十人いますけど!?
「だーくそっ! こいつら倒しても倒してもきりがねーよ! ご主人様、掃除すんのにしばらくかかりそうだから、今のうちに下がって……」

「…………さん………………」
531 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 23:38:01.75 ID:xmrrKX3z0
ん?
 何だ、今の声? というか誰?
「……許さん……!」
 今のはさっきよりはっきり聞こえたかな。どうやら……愛紗の方から聞こえてくるみたいだ。何だか、低くてやけに凄みのある声なんだけど……
 と、

「許さんぞ貴様らあああァ―――――――――――!!!!」

「「「ひっ!!?」」」
 空気を振るわせる超ド迫力のバインドボイスが轟き、敵のみならず味方……翠や星さえも震え上がらせた。
 そして、全員の耳からその余韻が消えないうちに愛紗は猛烈な勢いで地面を蹴り、

「はああぁ―――――っ!!」

 ドゴゴゴゴゴォッ!!

 いいいいいっ!? ま、まとめて全員ふっ飛ばした!?
 黒髪を振り乱して戦う、マジで無双ゲームの中で通用しそうな動きを見せる愛紗がそこにいた。てか、マジで残像見えたし! どんな速さで動いて、どんな速さで得物振ってたの!? てか愛紗のそれ20kgあるよね!?
 唖然とする僕らに構わず、愛紗は青竜偃月刀を構え直し、
「ご主人様に刃を向けるなど言語道断!! 貴様ら全員、生きて帰れると思うなァ!!」
 敵陣に切っ先を向けてそう吠える愛紗は、超(スーパー)サイヤ人に変身するんじゃないかってくらいの怒気を全身から放出し続けていた。髪は金色にはならなかったけど、この迫力は熊や猪くらいなら逃げ出すんじゃなかろうか。
 と、その委縮からいち早く立ち直ったらしい星と翠。
「ととと、びっくりしてる場合じゃなかったぜ」
「主! 愛紗が主への愛の力で敵を爆砕しているうちに後ろへ!」
 愛紗が聞いたら烈火のごとく怒るであろう冗談をちゃっかりまぜて言う星。幸いにも、愛紗にそれは聞こえていないようだったが。
 ともあれ、言っていることは正論なので、それにしたがって退こうとしたその時、


「――てぇ――――い!!」


 ヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュッ!!

 ┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨ドドドッ!!


「「「!?」」」
 な、何だ!? いきなり右翼後方からすごい数の矢が飛んできたぞ!? しかもそれが全部白装束の連中に命中して、最前線にいた部隊の連中の3分の1ぐらいが倒れて……
「雄二何アレ!? 紫苑!?」
「いや多分違う! あんな所には紫苑の部隊はいないはずだ!」
「じゃが、ならばあれは一体何じゃ!? 今の一射、明らかにワシらの援護目的で白装束共を……ん? ……援護……?」
 と、その瞬間、今の謎の矢の雨の正体を思い浮かべた。
 そしてその答えは、素早い反応で双眼鏡を構えて矢が飛んできた方向を見たムッツリーニ……ではなく、その犯人によって明かされた。

532 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 23:38:47.24 ID:xmrrKX3z0
「孫呉の勇者たちよ! 今こそ……我らの名を天に轟かせる時ぞ! 勇を持て! 惰弱を捨てよ! 孫呉の意地を貫き通せ!」


 右翼後方で大挙して構えている、赤い鎧の軍勢……その最前線に立っている孫権が、背後に背負う孫呉の兵達に向け、戦場全てにとどろくかのような音量で号を飛ばしていた。
「友が倒れれば、その屍を乗り越えよ! 乗り越えた数だけ、敵の屍を踏みつけよ! 全軍……突撃ィ――――!!」

 オオオォォォ――――ッ!!!

 唖然とする僕らの目の前で、孫呉の軍は猛烈な勢いで進軍し、白装束の前線を捕えると、あれよあれよという間にそれを押し返していく。そこにいたってようやく、僕らは我に返った。
 孫権……間に合ったんだ! 速攻で本国に戻って、問題を解決して、そのあとまた速攻でここに戻って来た……急ぐと入ってたけど、あの距離をここまで短期間で……何て速さだ!!
 でもこれは心強いぞ! 孫呉の軍が加わってくれれば、この戦況を一気に覆せる!!
「ほう、間に合ったようだな、孫仲謀(そんちゅうぼう)殿は」
 と星。『仲謀』っていうのは、確か孫権の字だ。
「おいご主人様! 今が反撃の機会じゃないか!?」
 そうだね、と答えようとしたその時、トランシーバーの向こうからさらに誰かの声が聞こえた。
『ご主人様! 両翼中陣への弓兵部隊の配備、完了しましたわ!』
『鈴々も、部隊の配置終わったよ!』
「紫苑! 鈴々!」
 そうか、2人の方も準備が整ったんだ! なんてタイミングがいいんだろう!
 これであとは、華雄と恋の……
『総員突撃ィ――――!!』
 うわっ、びっくりした!
 紫苑に続く形でトランシーバーから聞こえてきた華雄の超ド級の咆哮。コレが聞こえたってことは……華雄と恋の部隊も敵軍右翼(こっちから見て左)に回り込むのに成功して、しかももう横撃を始めたってことか! でかしたぞ2人とも!
 しかし華雄ってば……

『ははははははははは!! どうだ白装束の下衆共め!! これが! 我が! 怒りだァ!!』

 ズバドギャザシュドゴォッ!!

 ……本陣に報告するより前にもう攻撃に移るなんて、よっぽど楽しみだったんだなあ……。まあ、結果的に報告にはなったし、すぐに攻めてもらうつもりだったから別にいいけどさ。
 董卓軍時代の復讐に燃える華雄は、今頃恋と一緒に、鬼の形相で敵兵を片っ端からなぎ払っていることだろう。そうでなくても華雄って……最近忘れてたけど、鈴々や翠と同じくらいの猪武者だったんだっけ。
 ともかくこれで、華雄&恋、紫苑&鈴々(両翼)、僕らの本隊、そしてさらに孫呉の軍勢が加わり、結果的に合計5方向から敵をタコ殴りに出来るフォーメーションが出来上がった。
「よっし! このままいけるんじゃない、朱里!」
「はい! もちろんです!」
 と、ガッツポーズで頼もしいことを言ってくれる朱里。そしてそのままトランシーバーに向き直って、
「紫苑さん、鈴々ちゃん、そこからそのまま、混乱している敵兵の部隊を攻撃してください! 同時に『煉獄矢』の斉射を開始! ただし味方を巻きこまないよう、敵軍中陣・後陣を中心にお願いします!」
「了解よ、朱里ちゃん!」
「まっかせるのだ!」
「ムッツリさん! 孫権さんのことですからわかると思いますが、紫苑さん達の攻撃に巻き込まれないよう、展開範囲を横に広げつつ敵兵の殲滅にあたっていただけるよう伝令を出して下さい!」
「…………了解」
 言うと同時に、ムッツリーニはかけだした。
「華雄さんは『ははははははははは!』何でもないです続けてください」
 さすが朱里、どんな状況にも対応が早い。
 指示は出した……。あとは……僕ら本隊が反撃に移るのを残すのみ!
「よし愛紗! 号令出して!」
「御意! 総員聞け――っ!! 我が軍はこれより逆撃に移る!! 剣を構えろ! 矢をつがえろ! 全軍、突撃ィィ―――――ッ!!」
 愛紗の号令を受けて士気MAXの兵士たち。そして始まるは、星火燎原の猛反撃。
 長かった戦いも……いよいよクライマックスだっ!!

533 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 23:40:28.50 ID:xmrrKX3z0
曹魏編
第84話 目覚めと誇りと特殊技能


「どうやら向こうは、孫呉の援軍が到着したらしいな……」
「ああ……そのようだな」
 横目に赤い鎧の軍勢を確認した私と秋蘭は、視線も交えずにそう至極簡単な言葉を交わした。
 我ら3人で、数百人いた兵士達の、恐らく3分の1か、半分に少し足りないあたりまでを殲滅できただろう。が……やはり正直この数を相手に暴れまわるのはきついな……。しかも、どうやら前線からはぐれた部隊の残存兵が合流したようだ。
 しかし……例え敵が減らずとも、例え疲労が体を包んでも、我々は最後まであきらめん、死ぬならば……華琳様と共に!
「まだまだ! 行くぞ2人とも!」
「無論だ姉者、必ずや3人で……華琳様のもとへ!」
「そーですっ! このくらい、全然へっちゃらですっ!」
 と、意気も新たにした我ら3人が再び地面を蹴ろうとした瞬間、

「「「試獣召喚!!」」」

 キュボッ ドゴオォン!!!
 バリバリッ ズグァッ!!!
 ヒュウ ドギュルアッ!!!

「「「!!?」」」
 私達3人の横を、突如として旋風と閃光、そして巨大な灼熱の炎が通り過ぎ、目の前にいた白装束の一団を直撃する。
 音にならないほど凄まじい轟音が鳴り響き、その音が、そしてそれによって発生した土埃ばおさまるとそこには……何も無くなっていた。
 我々を包囲していた白装束の兵士たちの内、200名超ほどが一気に、今の正体不明の攻撃で骨も残さず綺麗に消し飛んでいたのだ。
「な……何だ今のは……!?」
「えええ〜……!?」
「……まさか……!」
 と、背後に何者かの気配を感じて振り返ると、そこには、

「夏候惇さん、夏候淵さん、許諸さん、お怪我ありませんか?」
「大丈夫なんじゃない? 見た感じ」
「……間に合った」
「助っ人とーじょーっ!」

 て……天導衆!? しかも女ばかり、4人も!
 釣り目の、髪を後ろでまとめた島田美波とかいう者に、黒髪の霧島翔子、短髪の工藤愛子に、豊満な体つきの……姫路瑞希といったか……。なぜここに……い、一体何のつもりだ!?
 いや、それよりも今の一撃はまさか……こいつらが!?
 困惑し、唖然とする我らの耳に、もう一つ意外すぎる声が飛び込んできた。
534 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 23:41:08.00 ID:xmrrKX3z0
「お、無事やったんやね、元ちゃん達」

「霞ぁ!?」
「おーぅ元ちゃん、久しぶり……でもないか」
 サラシに法被が印象的な少女……霞こと張遼だ。なぜかここに、しかも後ろに2000は下らない兵士の一団を引き連れて立っていた。しかし……お前は確か……
「霞!? お前……文月軍に捕らわれて捕虜になったのではなかったのか!?」
「あ、うん。せやけどな、今回、猛ちゃん助ける作戦や……っちゅうんで、よかったら出えへんかって誘われてん。吉井に」
「はぁ!?」
 あの男が!?
「せやねん。あ、ちょっと待っとってな」
 と、依然として混乱が抜けない私達を一旦無視して、おもむろに霞は前に進み出た。その後ろから私達をよけながら、霞の兵達が前進してくる。
「よっしゃお前らァ! 戦や戦!! 人質なんちゅう武人の風上にも置けん真似しよった屑どもに、この張遼の恐ろしさ教えたれ―――っ!! 全軍、突撃や―――っ!!」

「「「オオオォォォ――――ッ!!!」」」

 霞の号令と共に突撃した張遼隊は、先の攻撃……恐らく天導衆の4人のものだろうが……によって、我々の周りにいた白装束達はあらかた吹き飛び、結果このあたり一帯に大きく開けた空間が出来ていた。その空間に兵士達がなだれ込み、勢いそのままに白装束を瞬く間に押し返していく。
 気がつけば我らの周囲の包囲は完全に押しのけられ、対象的に今は周りを、味方と言える文月の兵士たちによって囲まれ、守られている状況だ。
「じゃあ張遼さん、後任せるけど大丈夫?」
「おう、任しとき! あないな卑怯な真似する奴ら、この張遼が絶対許さへん。全員まとめて三途の川の向こうに送ったるわ!」
「……過激」
「いいじゃん、元気あって。それより代表、ボクらはもう下がるんでしょ?」
「あんまり長くいると、敵の投擲攻撃が飛んできかねません。ここは予定通り、早く下がりましょう」
 そんなことを話した天導衆は、どうやら最初の一撃以外でこの戦いにかかわる気はないようだ。兵達に道をあけてもらい、後方へと下がって行った。
 ま……まだよく理解できていないが……つまり要するに、華琳様救出作戦に際し、吉井の奴が元・曹魏軍の将である霞の出撃を認めた、ということか。しかもご丁寧に、敵兵を最初に蹴散らして張遼隊が立ち入る隙間を作るための超巨大な火力……天導衆を4人も味方として同行させて! 何と味な真似をする奴だろう。
 しかもお前たちは、甘い甘いとは思っていたが……救出すべき目標の華琳様だけでなく、我らの命までも気にかけ、挙句の果てに虜囚に兵を持たせて出撃を許すとは……信じがたい甘さだな。裏切ってそのまま逃亡する可能性を考えておらんのか? 全く……相変わらず考えていることがよくわからん奴だ……!
 しかも、一番何やら不可思議なのは……霞の、持っている得物は、コレ……
「あ、コレ? ええやろええやろ? ウチの青竜刀壊れてもーたさかい、関羽に予備用の青竜偃月刀貸してもろてん! あーもうめっちゃうれしーわぁー! どおどお? 似合う?」
 ……ずっと欲しかったおもちゃを買ってもらった子供のようなはしゃぎ方だな……よほどうれしいと見える。とはいえ、年齢不相応な喜び方をする奴だ……頬ずりまでして……放っといたら踊り出すんじゃなかろうか?
「やれやれ……ご機嫌だな霞は」
「ああ。まるで華琳様にほめていただいた時の姉者だな」
 おい、どういう意味だ秋蘭?
「まあ……アレや、元ちゃん達のことやし、わかっとると思うけど、ウチがこの場は引き受けるさかい、もう下がってえよ? 疲れたやろ?」
「……そうだな、まだまだ暴れたいところだが……やはり少し疲れているようだ。ここは任せても構わんか、霞?」
「はっ、誰に聞いとんねん?」
 そう言って、胸を張ってからからと笑って見せる。ふふっ、無用な心配だったようだ。
 やれやれ、まだまだやる気だったのだが……そう言ってくれるのなら、ここはその言葉に甘えて退かせてもらうとしよう。華琳様がどうなったのかも……気になるしな。一刻も早く合流して、その無事なお姿を確かめねば。
「ほな行き! 後ろの方に下がれば、『天導衆』のお嬢さん方が案内してくれるさかいな!」
「ああ、恩に着る、霞!」
「はははっ、礼なら吉井に言っときや!」
 ふっ、もっともだな。そのためにも、ここは退かせてもらうとするか。
 霞に背中を向け、私達は戦闘の疲労で悲鳴を上げつつある体を引きずって、後曲で待っている天導衆の4人の所へ、そしてしいては、華琳様と桂花のもとへ駆けだした。
535 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 23:41:41.60 ID:xmrrKX3z0
そして、その数十分後、

                       ☆

「ふむ……。負け……ですね」
 顎に手を当て、于吉はただ一言そう呟いた。
 目の前には、兵数を9割以上削り取られ、このまま攻めてももはや全滅を待つのみという状況の白装束の軍団。そしてそれに最後の追い打ちをかける、文月・孫呉連合軍の姿があった。
 少し考えた後、
「まあ、いいでしょう。多少なり時間稼ぎにはなった……。これ以上傀儡を失ってもあまりいいことはありませんし……ここは退くとしましょうか」
 負けだと言うのに悔しさのかけらも見せず、薄い笑みを浮かべて于吉はそう言い放ち、戦場に背を向けて歩き出した。
「さらばです、吉井明久。しばしの安寧をお楽しみなさい……」
536 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 23:42:17.72 ID:xmrrKX3z0
文月軍の方から、関羽が上げさせたのであろう勝鬨が、そして桂花の『とらんしーばー』から『『『ぃよっしゃあァ―――――!!!』』』という、恐らく吉井達のそれであろうやや稚拙な雄叫びが耳に届いてから、すでに数分。

『うん、じゃあ事態が落ち着き次第、本隊に合流してね。あ、なんなら迎え出そうか?』
「構わん。霞もいることだし……私達だけで戻れる」
『そっか、ならいいや。じゃ、姫路さん達と一緒に戻ってきてね』
「心得た。気遣い……感謝する、吉井明久殿」
 背後で、桂花から『とらんしーばー』を借りて吉井に連絡を取る、秋蘭のそんな会話が聞こえていた。
「白装束は敗走したそうだ。この戦……同盟軍の勝利だな」
「そうか……」
 秋蘭の報告に、どう返していいものかわからない。
 華琳様を狙った悪賊とはいえ……もとは曹魏の兵士。喜んでいいのか……それとも落胆するべきなのか……ふっ、不思議な状況だ。考えてみれば、今我々の味方として守ってくれている文月群こそ、もともとは敵だった連中なのだから。
 しかし……あれほど不利だった状況を覆して勝利を手にするとは……。認めざるを得んな、我々の……完敗だ。
 と、先に沈黙を破ったのは秋蘭だった。
「それよりも……華琳様は?」
「まだ……お目ざめにならないわ」
 地べたに座り、華琳様を腕に抱えている状態の桂花が力なくそう言う。
 華琳様はというと、桂花が輿から引きずりおろした瞬間に目を閉じて眠りに落ち、依然としてそのまま眠りにつかれたままだ。その顔たるや、まるで物騒なことなど何もなく、普通に寝所で眠っているかのような安らかな寝顔……。
 しかし……その眠りは怖いほどに深いものだった。先程から一向に目を覚ますどころか、身じろぎひとつ、寝返りさえ打つ気配がない。それに、お名前を読んでも、大きな声で呼びかけても、体をゆすっても、心の中で海よりも深く詫びつつ頬を軽くつねってみても……何をしても一向に起きる気配が無いのだ。
「もしかして……もう二度とお目ざめにならないんじゃ……!?」
「バカなことを言うな桂花! 華琳様ともあろう方が、そんなことあるはずがない!」
「そ……そうよね……。きっと……目覚めて下さるわよね……!」
 桂花の弱気な言葉についカッとなってそう言ったものの、私自身、その言葉に自信があるわけではなかった。
 華琳様のその大器は信頼しているが、何せ『導術』などという得体の知れん呪術にかけられたのだ、それがどうすれば解けるのかはもちろんのこと、一体どういう術なのかすら私達は知らない。無論……この術が経時的なことによってとけるのか……ということも。
 しかし、4人とも信じたくはなかった。折角戻ってきて下さった華琳様が……よもやもう二度と……

「……ちょっと」

537 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 23:42:59.87 ID:xmrrKX3z0
「「「!?」」」
 いきなり背後から聞こえた声に我々が驚いて振り返ると、そこにはいつの間に近づいてきていたのか、『天導衆』の4人と、殲滅作業を終えたらしい霞が立っていた。そして今の声の主は……黒髪の霧島翔子か。
 な……何だ? 我らに……何か用か?
 と、どうやら秋蘭はその理由がわかったらしい。
「……約束のことなら、安心しろ。違えるつもりはない。ただ……せめて華琳様が目覚めるまで、待ってはくれないか……?」
 なるほど……そもそもこの4人は、我らを助けるためでなく、我らの監視役も兼ねていたのだったな。
 武人として、魏の武官としての矜持もある。その約束を破るような真似は断じてしない。が……やはり、私も華琳様が目覚めるのを待ってそれに応じたいと思う。せめて……その元気とは言わずとも、無事なお姿をしっかりと確認してから……
「でもね〜……あんまり待たせると、吉井君が心配しちゃうかもしれないし……」
「曹操さんは、自陣に戻ってから介抱する……ってことじゃだめなんですか?」
「そうでもないが……やはり、ここでお目ざめになった後に、きちんと状況を説明した上で……というのが我らとしても踏んでおきたい過程なのだ……。ゆえに、どうにかもう少し……」
「う〜ん……そう言われても……」
 と、その中心にいた霧島が、おもむろに華琳様に近づき……って待て待て!
「お、おい、何だ!? 華琳様に何か……」
「……大丈夫、悪いようにはしない」
 いや、大丈夫じゃなくて……
 私の制止もあっさりと無視し、霧島は華琳様の耳元に唇を近づけて何やら何やら囁き始めた。
「……は…………すると…………り目覚め…………して…………」
 ……何だ? よく聞こえんが……今の華琳様に何を言っても聞こえんだろう?
 振り返ってみると、どうやら残りの3人の『天導衆』も何をしているのかよくわかっていないようで、霧島の奇行をきょとんとして見ていた。
 その霧島はというと、

「……3……2……1……」
538 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 23:43:37.94 ID:xmrrKX3z0
パァン!!

「「「!」」」
 呟き終わった途端、突如として甲高い音で手を打ち鳴らした。
 と、その時、

「…………ん…………んぅ……?」

「「「!!?」」」
 なっ……!? か……か……
「華琳様っ!?」
 何をしても沈黙したままだった華琳様が……僅かに体を揺らして……声も……。
 あまりにも突然かつ衝撃的な異変に、我々は4人とも驚愕のあまり唖然として口をあけていた。
 まさか……この女、霧島翔子……『導術』を解いてくれたのか!?
「華琳様!? 華琳様!?」
「……もぉ……少しうるさいわよ、春蘭……」
 き……聞こえた。……華琳様が、はっきりと口を動かして喋っていらっしゃるのがはっきり聞こえた!
「華琳様! 華琳様っ!」
「お目覚めください……華琳様……っ!」
「華琳様ぁ―――っ!!」
 たった今発せられた渓谷の言葉を豪快に無視して、必死で呼びかける我らに対し、遂に……

「もう! みんなうるさいわよ!!」

「「「華琳様!!」」」
 克目した華琳様が、聞きなれた力強い声で私達を一喝した。
「か……華琳様ぁ〜〜〜!!」
「え!? な、何!? 何で春蘭が泣いているの!?」
「ご無事で……ご無事でよかった……!」
「は? 私が無事って……秋蘭、春蘭は何を言っているの?」
「覚えて……いらっしゃらないのですか?」
 と、号泣している私ほどではないが、目の端にきらりと光る涙を浮かべている秋蘭がそう聞いた。
「だから何を……というか、ここは一体どこ…………っ!!?」
 私達の背後を見た華琳様の目が大きく見開かれる。どうやら……『天導衆』の4人が目に入ったようだ。とっさに警戒しようと身構えるが、なぜか私達が何の反応も示していないことに違和感を感じて、戸惑っておられるようだ。
 その『天導衆』はというと、


「だ……代表? 何今の?」
「……解催眠。催眠術を解除する時に使う誘導法」
「いやあの……何かっていうことじゃなくてさ……なんで代表がそんな専門的にもほどがある特殊技能を持ってるの?」
「す、すごいです翔子ちゃん! そんなことができるなんて!」
「……催眠術については、色々と勉強したから」
「は〜……やっぱし学年首席は着眼点も勉強意欲も違うわね……」
「……将来のため(ぽっ)」
「何でそこで顔が赤くなるの代表……?」
539 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 23:44:25.95 ID:xmrrKX3z0
そんなことを話していたが……よく意味がわからんな。
「この状況は一体何なの……説明なさい、桂花」
「華琳様は、化生の者に操られていたのですよ? 覚えて……いらっしゃらないのですか?」
 それを聞いて、華琳様の顔が動揺と混乱で何とも形容しがたいものになる。
「私が操られていた……!? 何もそんな……! いいえ、朧げながら思い出してきたわ……。たしか……春蘭達の敗退の方を聞いて、兵士達に出陣の号令を出そうとしたところで……おかしな導師が現れて……そこから記憶が無いわね」
 おかしな導士……と?
「そいつに術をかけられちゃったんですかね〜……?」
「……そのようね……」
 どうやら……記憶が失われていたらしいが……時間の経過とともに状況を鮮明に思い出したらしい。もっとも、それ以降から今に至るまでのことは何一つ覚えてはいないようだが……。
 つまり……突如として王宮に現れた正体不明の導師によって、華琳様は導術の餌食になってしまわれたというわけか……。そしてそのまま、見聞きしたものを、自分の行動すらも記憶に納められない、意識もない状態で連れ回され、利用され続けていらっしゃったと……っ! おいたわしや……!
 眉間にしわを寄せ、苦々しい表情をしている華琳様は、呟くように言った。
「この私としたことが……うかつだったわ。確か、于吉と言ったかしら……次に会ったら、ただでは済まさない……!」
「もちろんですよっ! ギッタンギッタンにしてやりましょう!」
「ああ! その時は私が華琳様になり代わり、ギッタギタのメッタメタにのしてやる!!」
「ふふっ……頼もしいわね」
 と、いつもの可憐な笑顔でそう言って下さる華琳様。ああ……やはり戻ってきて下さったのだ……!
 すると、今まで黙って我らの会話を聞いていた秋蘭が口を開いた。
「と……華琳様が大好きな仔犬が尻尾を振って喜んでいますが、至急現状の報告をさせていただきます、華琳様」
 冷静に、淡々とそう言って……って待て待て!!
「な……何を言う秋蘭! 華琳様の犬と言うのに悪い気はしないが、私にはしっぽなど生えていないぞ!」
「や、春蘭様、今突っ込む所そこじゃないと思うんですけど……」
「そうよ春蘭! 華琳様の犬は私よ!」
「春蘭、桂花、黙って」
 一瞬で切り替えた華琳様によってそうぴしゃりと制される。
「「あぅ……」」
「それで秋蘭、現状というのは……この者たちが一緒にいることに関係があるのかしら?」
 と、視線を『天導衆』の4人の方に向けて華琳様が言う。
540 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 23:45:22.94 ID:xmrrKX3z0
は……。華琳様を操った何物かは、華琳様がひきつれていた魏の兵士たちをも操り、そのまま文月軍との決戦に臨みました」
「結果は……文月軍の勝利です。ただ……」
「……『ただ』……?」
 説明していた秋蘭と桂花は、やはりそこで言いづらそうにしつつも、
「それを認識した当時、我々の状態はとても戦えるものではありませんでしたので……華琳様を助けるために、文月軍に助力を要請することになってしまいました……」
「正面から相対した文月軍が敵の注意をひきつけている間に、我らが華琳様を救出……さらに、霞を含むそこにいる者達の助力によって敵陣を脱出する……という手筈で……」
「……この私が……結果的にあのブ男たちに助けられたというの……!?」
「「は……」」
 その後しばらく続いた詳細な説明の間も、華琳様の表情には、信じがたい……という感想そのものが如実に現れていた。
 無理もないだろう。何せ……わけのわからないうちに『導師』なる者に操られ、目覚めて見れば、連れていた兵の全てを乗っ取らっれ、失っていた。しかもその挙句、その窮地から命を救ってくれたのが……あの文月の吉井だというのだ。
 打ち破り、滅し、全てを奪い取るつもりだった相手に、逆に自分の命や我々の命……すべてを救われた。その心中たるや、想像するに難くない。
 と、自分なりに華琳様のお気持ちを察してのことなのか、季衣がこんなことを言い出した。
「で、でもでもぉ、華琳様が戻っていらっしゃったんですし、約束なんて反故にして反撃しちゃってもいいんじゃないですか?」
「へぇ……いい度胸してるね。ボクらの前でそんなこと言っちゃうんだ?」
「げっ!!」
541 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 23:46:49.55 ID:xmrrKX3z0
 と、今まで背後で黙って我らを見守っていた4人のうちの1人、工藤愛子がそんなことを言った。
 振り返って見てみれば、4人全員の目に疑念を抱いたかのような光が宿っている。まあ……今の季衣のセリフでは、それも当然だろう。甘いこいつらでも一応警戒はしているようで、足元には例の魔物……『召喚獣』が呼び出されたままだ。
 これではいかに勢いで突っ走る季衣でも下手には動けんな。こいつらの戦闘力は、今さっきこの目で見たばかりなのだから。
「まあ、曹操さんを心配するのもいいけど……約束は守ってもらわなきゃ困るわよ。こっちもそれなりに苦労したんだから」
「う、うう〜〜〜…………」
 すると、
「心配いらないわ……手のひらを返すような真似はしないから」
「「「!」」」
 そうおもむろに口を開いて発言したのは……華琳様だった。
「え? か、華琳様ぁ? でも……」
「あの、約束……守ってくれる……ってことですか?」
 と、季衣と姫路。
「あなた達の間にどんな約束があったのかまでは、よくは知らないわ。けど、この曹猛徳……恩を受けた者に対して、礼を失するようなことはできない……ということよ。」
 静かに、淡々と述べていく。
「命の恩人に対して向ける刃も持たない……もう戦えないわね」
「華琳様……」
「吉井は、状況が変わったとはいえ、それまで敵対していた敵将の懇願を聞き入れ、宿敵と定めた敵の命を助けるために、大軍を率いて戦い……そしてこの劣勢だった状況を覆して勝利。何も失うことなく、全てを成し遂げた……。器の違いをここまで見せつけられて反抗しては、この曹猛徳の名が落ちるわ」
 気持ちの整理がついて納得したように、ふっ……と短くため息をついた。そして、顔を上げてはっきりと言う。
542 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 23:47:54.46 ID:xmrrKX3z0
「どうやら……天命は奴にあったということらしいわね。ならば何も恥じることはないわ、堂々と降りましょう」
「ならば……我々も共に参ります!」
 いの一番に私がそう名乗りを上げた。隣に控えている、桂花、秋蘭、季衣もまた同じようにして頷く。
 と、その言葉を聞いていた工藤が、何やら首をひねりながら、
「ん〜……何だか難しい理屈だけど、つまり、降参してくれる……ってことでいいんだよね?」
「そういうことだ天導衆。何も心配するようなことはない」
「ふ〜ん、何か複雑っていうか……武人っていちいち考え方がわかりづらいわね」
「言いたいことだけわかってくれれば結構よ。何も害はないから。さて……他に話すことが無いのなら、そろそろ私達をあなた達の本陣へ連れて行ってくれるかしら?」
 やはり華琳様、敵に降ると決心されたとしても、その堂々たる立ち振る舞いは変わらない。敵の最高幹部『天導衆』に対しても、今までと何ら変わらない調子で話しかけていた。そのお姿は……どこかすがすがしさすら備えている。憑き物が落ちたかのようだ。
「あ、ウチも帰らな」
「……わかったけど、その前に武器は回収させてもらう」
「最寄りの兵士さんに渡してね。そしたら、ボクらが吉井君の所に案内するからさ」
「え〜っ…………」
「季衣、駄々をこねるな」
 最後まで言うことを聞かない季衣をたしなめつつ、もとより武器を持っていなかった華琳様を除く私達4人と、一応虜囚の身である霞は、武器を兵士達に預けて、天導衆の4人の先導のもと、一路文月軍本部へ……吉井明久のもとへと、早足で歩みを進めた。

543 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 23:49:08.28 ID:xmrrKX3z0
曹魏編
第85話 礼と器と一件落着
 文月・孫呉同盟軍陣地

「何とか勝ったな……」
 しばらくぶりに会う孫権のそんなセリフ。いや、ホントに大変でした。
 孫権達の加勢にはホントに助けられた。本陣まで攻め込まれて危ない所だったけど……僕らの召喚獣による抗戦と、戻って来た愛紗達の猛反撃、そして孫権達の援護のおかげで、戦況は逆転、あらかじめ配置していた僕らの軍の分隊とのコンビネーションも見事にはまって、完全にこっちのペースになった。
 それにその直前に『曹操救出成功』っていう報告も入ってきてたし、なんとかの憂いが無くなったことも手伝って、僕らの大反撃は更に加速した。
 そのまま続けること数十分……白装束達は敗走し、僕らのこの戦いは、全てにおいて完全決着を迎えたわけだ。
 そして戦いが終わってすぐに、孫呉の使者によって孫権が僕らとの会談を望んでいるとの報告が入ったために、こういう形の首脳会談を執り行ってってるわけだ。簡易的なものであるため、メンバーは僕と雄二、そして孫権と陸遜さんのみ。
「ホントありがと、助かったよ孫権」
「ふ……そう言ってもらえるのはうれしいが、補給の手はずがうまくいかずに出遅れたのだ。あまり偉そうな顔はできんさ」
「いやいや、ホントに感謝してるって、うん」
 あそこで来てくれなかったら、正直どうなってたかわかんないし。
 けど孫権はあくまで謙虚……っていうには堂々としてるけど……な態度のままで、淡泊に返事を返してきた。う〜ん……なんていうかまじめだなぁ……。最後の最後で大活躍してくれたんだから、僕は全然気にしてないのに。
「それより、戦場に到着してすぐに援護に回ったためによくわかっていないのだが……の状況は一体どういうことなのか説明してくれ」
「あの白装束軍団のことか?」
 と雄二。
 まあ……そりゃあわけわかんないよね、孫権。僕らと魏の決戦に加勢するべく駆けつけて見たら、そこで僕らが戦ってるのはシロアリよろしくたむろってる謎の武闘派宗教団体もどきなんだから。
「魏との決戦だったはずだが……それはどうなった? 曹操は一体どこへ行ったのだ?」
「あー……話せば長くなるんだけど……」
「ちっと事情が変わったんだ。簡単に言うとだな……」
 と、雄二が説明を始めようとしたその時、

「それは私から説明しましょう」
544 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 23:50:08.71 ID:xmrrKX3z0
「「「!」」」
 と、僕らの背後……僕らの陣地の側……からそんな聞き覚えのある声が聞こえたかと思うと、布壁ののれん暖簾状になっている部分を開け、1人の少女が入って来た。
「……っ!?」
 その少女の顔を見て、孫権の目が驚きに見開かれる。
 孫権だけじゃない。彼女ほどじゃないけど、多分……僕らの顔も多少なりのパニックフェイスになっているはずだ。
 それもそのはず。首脳会談に割って入る形でそこに現れた少女ってのは……

「ごきげんよう、孫仲謀。久しぶりね」
「な……そ……曹操だとっ!?」

 金髪に、頭の両側にある小さめの縦ロール。小さな体躯に、美少女と言っていい顔立ち。そして……相も変わらず堂々とした、というか単純に偉そうなその態度。見間違えようもない……魏王・曹操その人がそこに立っていた。その後ろには……どうやら護送役だったらしい、霧島さんが一緒だ。
「……雄二、任務完了」
「おう、お疲れさん、翔子」
「ど……どういうことだ、お前がどうしてここにいる!?」
「私を助けてくれた命の恩人に礼を言いに来たのよ」
 しっかし……助けてもらったってのに、相変わらず偉そうだな……。僕ら3人(呉王、文月王、最高参謀)を前にしてコレだもの。まあ、それでこそ曹操……みたいなイメージもあるんだけどね。
 と、今の曹操の言葉が気になったらしい孫権が、めまぐるしい速さで僕らと曹操を交互に見た。
「命の恩人だと……まさか、それは……」
「俺らのことだろーな、多分」
 予想はしていたのだろうが、孫権の顔は更に驚きを前面に出したものになった。
「その様子だと……無事みてーだな。こっちも戦った甲斐があるってもんだ」
「おかげさまでね……まずは礼を言わせてもらおうかしら、吉井明久」
「ははは……」
 態度が高圧的で……礼を言われてるっていうより、誉められてるって感じがするな……。曹操にとってはこれがデフォルトなんだろうけど……何だか複雑な気分だ……。ま、気にしなければ同じか。
「一体……どういうことだというのだ?」
 そう呟くように言った孫権に、曹操が説明を再開した。
「この私が不意を突かれてね、正体不明の導師に意識を乗っ取られてしまったのよ」
「意識を乗っ取られた……? どういうことだそれは?」
「恐らく……導術と言う奴でしょうね……」
 と、ここで横で待機していた陸遜さんがおもむろに会話に参加。
「何だ、あんた知ってんのか?」
「あ、はい、多少なら……文献で読んだことがあります。他人の意識を自由自在に操れる術がある……って。曹操さんの言っていることが本当なら、恐らく曹操さんはその術にかけられてしまったんでしょう」
 すらすらと出てくる陸遜さんの説明。わかり易し。
 なるほど……やっぱり朱里達と同じような見解だな。まあ、僕らは『催眠術』だって解釈してるんだけど……その辺はどうでもいいか。
 曹操はその説明が終わるのを待って、それを肯定する形で、
「そういうこと……。私に続いて魏の兵士達も操られ、わけもわからない、なすすべもなかった私の部下たちは、ここにいる吉井に助けを求めた……ってわけ。私の命を助けたい……って、バカ正直に、真正面からね」
「その頼みを聞いたのか、お前は!?」
「え? うん」
「真顔でさらっと言うな!」
545 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 23:51:14.58 ID:xmrrKX3z0
けろっとして肯定した僕に、孫権はやっぱりと言うか、頭を抱えてため息をついていた。まあ、ある程度予想はしてたんだけど……ものすごい勢いで呆れられてる。
 はは……そりゃそうだ。散々敵だ敵だって言ってたやつを、あっさり助けるって了承したなんてことを聞かされてるんだもの。いくら僕でも、そこだけ聞いたら感想は『アンタ、バカァ!?』に尽きる。
「全く……甘い甘いとは思っていたが……よもやここまでやるとは……。敵だった者を助けるために軍を動かすなど……一体どこのバカだ、お前は?」
 ひどく疲れた目でそう言ってくる孫権と、その横で乾いた笑いを浮かべてる陸遜さん。やれやれ、ひどい言われようだな。
「はは。明久お前、どこ行っても評価は『バカ』1択なんだな」
「うるさい雄二」
 こういう場面でまでそういうことを言うなお前は! 少しは空気を読め!
けど、ホントにそうだな……。学校や近所の小学生、旅行先や身内のみならず……はてはパラレルワールドでまで……。やっぱ軽くへこむな……。
 ここで孫権達に『どういう意味?』なんて掘り下げられても困るし……話題変えよ。
「まあそんなことは置いといて、何にも変なとこない、曹操?」
「? どういうこと?」
「いやほら、よくわかんない術かけられてたんでしょ? 何かこう、後遺症とかあるかもだし……動いてて大丈夫なの?」
「ああ、そんなこと? なら心配は無用よ、別段、どこもおかしな所はないから」
 そう言って腰に手を当てる。
 見た目は確かに……以上は無さそうだ。外傷はないとみていいだろう。口調が変わってるわけでも、パニックになってたり、性格が暗くなってるわけでもない。いつもどおり偉そうで……偉そうで……偉そうだ。
 でも……大事を取るなら、しばらく休んで様子を見た方がいいんじゃないかな……?
「でも曹操さん」
「? 何かしら、そこの軍師?」
「『術』をかけられてたにしては……体調がよさそうですね? 何も後遺症もなさそうですし……」
「言われてみれば……そうだな。それにお前、その意識を乗っ取られる『術』とやらから、どうやって復帰できたのだ?」
 陸遜さんと孫権のそんな質問。
 そういえば……あまりにすんなり登場したから、そこ気付かなかったな……曹操はどうやってその催眠状態から復活できたんだろう? 時間がたったから自然に解けたのか……それとも敵が逃げたから、敵のボスを倒すと呪いが解ける的な理由か……。
 ……まさかとは思うけど……白雪姫よろしく、夏候惇あたりがキスでもしたんじゃないだろうな?
 夏候淵も含めてあの3人は曹操の愛人だって話だし……荀ケに至っては曹操の『犬』だって自称してたし……曹操の軍隊ってそういう関係でつながってるのかな……。それ考えると、それもありうる……っていうか、それ以上の何かを使って目覚めさせたとかも考えられるような……。
 と、そんな規制がかかりそうなそ妄想が加速しかかったところで、
「ああ、それなら恐らく心配ないわ。だって……」
 だ……だって? 果たしてその口が語る理由とは……。

「そうやら私を縛っていたその『術』は……そこにいる天導衆の霧島翔子が解いてくれたようだから」

 ……………………………………は?
546 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 23:52:02.03 ID:xmrrKX3z0
「「…………………………」」
 それ以上に衝撃的な正解に、僕と雄二の目が点になった。
 ちょ……今何て言った? 術……霧島さんが解いたって!?
「何と……『天導衆』がか!?」
「なるほど〜……それなら確かに大丈夫なのかもしれませんね〜……」
「ええ、そう思うわ。彼女たちは他にも摩訶不思議な術を使うようだし……『導術』の解呪くらい出来た所で、何らおかしくはない……」
 そう言って、3人は納得しかけていた……ってちょっと待て! アンタ方が納得したのはいいけど、今度はこっちがパニックになってる!
 どういうこと!? ホントなのそれ!? 何で霧島さんがそんな、導術解除なんて出来たのさ!?
「き、霧島さん!? 今の話本当!?」
「おい翔子!? 一体どういうことだ!?」
「……(ぶい)」
「黙ってVサインを出すな! お前を褒めてるわけじゃねえんだよ! 口を動かして答えろ!」
 けろっとしている霧島さんとは対照的に、滝のような冷や汗を流し、必死になって雄二は霧島さんに詰め寄っていた。ちょ……僕も知りたいよ!
「ねえ霧島さん、そんなことできたの!? どうやったの!? あ、もしかしてやっぱり黒魔術!?」
「明久お前今何で『やっぱり』ってつけた!? 何だ黒魔術って!? お前一体何を知ってるんだ!?」
 狼狽してる所を見ると雄二は知らないみたいだけど……確か霧島さんの部屋には、『黒魔術入門』っていうタイトルの専門書(?)が置いてあったはず。まさか……あの知識を応用して!? バカな! 黒魔術は実在するのか!?
 となれば……
「落ち着け雄二! 落ち着いて君は白魔術の勉強を始めるんだ、一刻も早く!」
「何でそういう結論が出てくるんだ! わかるように喋れバカ!」
 そんなこと言ったってこれ以上噛み砕きようがないだろ! 科学技術の時代に生まれた僕としては認めたくはないけど、こうして曹操が助かっている以上、霧島さんが黒魔術という名の人外の能力を持っていることは……
「……違う」
 と、思ったら、霧島さんからそんな一言。え、違うって……?
「……黒魔術じゃない。私が使ったのは……催眠術を解除する『解催眠』」
 そう、淡々と霧島さんは述べた。
 つまり……当初の予想通り、曹操は『催眠術』にかかっていた。それを疑った霧島さんが、試しに催眠術を解除する方法を使ってみた所……曹操が復活したってわけか。なるほど。
 な、何だ……別に黒魔術とかそういうわけじゃなかったんだね。びっくりしたなあ。
 催眠術ね、それなら何の問題もない……

 …………………………

 ……ない……ことはないな。
547 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 23:53:18.89 ID:xmrrKX3z0
「ちょっと待て! それってつまりお前が催眠術(もしくはその関連技能)を使えるってことじゃねーか!? どうなんだ翔子!?」
「…………………………」
「黙るな! 赤くなるな! オイ!」
 雄二の言うとおり、霧島さんがそのようにして曹操にかかっていた催眠を解いたということは……そうするだけの実力を、それも……『催眠術使い』としての知識を伴った状態で彼女が保持しているということだ。
 そして、それはすなわち……雄二に降りかかる災厄のバリエーションがまた1つ増えつつあることを意味する。
「どういうことだ翔子!? お前いつの間にそんな物騒な技を身につけた!?」
「……大丈夫。物騒じゃなく、幸せを呼ぶ術だから」
「俺は不幸にしかならねーんだよ!!」
 ただでさえ週末には荒縄で縛られて霧島さんの自宅に拉致されてるってのに、そこに催眠術なんて犯罪級のスキルが加わったら、雄二はどうなってしまうんだろう?
 まぶたの裏に、双眼鏡越しに見た、目が死んだ状態の曹操の姿が映る。あの『操られてる』状態が催眠術によるものだったとすると……いつの日か、霧島さんがそれを完全に会得した暁には、雄二があの状態にされて、バージンロードの向こうで霧島さんを迎えることになるのかもしれない。
 霧島さんとの結婚なんて、世の男性の9割以上が望むことだろうに……なぜだろう、全くうらやましくない。
 結婚は人生の墓場、か……よく言ったものだ……。
「雄二……」
 そっ、と戦友の肩に手を当てて僕は言った。
「な……何だ明久?」
「……いつか……君が君じゃなくなってしまっても……僕は君のことを忘れないから……」
「縁起でもねえことを言うな! そんなことには絶対にならねえ!!」
「……大丈夫。私……頑張るから」
「やめろバカ! ていうかお前は俺を幸せにしたいのか不幸にしたいのかどっちだ!?」
「……大丈夫、雄二も幸せにしてあげるから……気がつかないうちに」
「最後に聞こえたセリフは何だ!? それじゃまるで俺が知らぬ間にお前の術で内面から変えられて……オイ待て翔子! 帰るな! 話を聞け! おぉ―――ぃ!!」
 雄二の悲痛な叫びに耳を貸すことなく、霧島さんは曹操護送の役目を終え、すたすたと本陣の方へ戻って行った。
 意外にも雄二は追うことはせず……ただがっくりとその場にうなだれているばかり。
 どうやら、霧島さんが禁断の術を会得しつつあるという事実が、よほどショックだったと見える……刑の執行を待つ死刑囚のようにうつろな目だ。流石に同情の念を禁じ得ない。
「……陸遜さん」
「え、あ、はい?」
「機会があったらでいいから……今度その『導術』ってのについて詳しく教えてくれねーか……? 対策を立てたい……」
 との雄二の申し出に、いきなり声をかけられた陸遜さんは目を白黒させている。
「あ、はい、いいですけど……でも、そちらには『導術』を解除できる霧島さんがいるんだし、別にそういうのに対しては心配いらないんじゃないですかぁ?」
 違うんだ陸遜さん、その彼女そのものに対しての対策なんだ。
 いや、ひょっとしたらその意味では、常に身近にいる分、雄二にとっては白装束より霧島さんの方が怖いかもしれない。
 そんな窮地に立たされている戦友に、なんて声をかけたものかと僕が迷っていると、
「さて……話を戻さないとね。吉井明久、さっきも言った通り、あなたに礼をするわ」
「へ?」
 曹操? 何、いきなり?
 礼……ああ、夏候惇達の頼みを聞いて曹操を助けたことに対するお礼? いや、それはうれしいけど、いきなり言われても戸惑うっていうか……っていうかこの場でそんな急に……
「あ、えっと」
「言っておくけど」
 と、何か言う前に曹操に制される。
「甘いあなたのことだから……先に釘をさしておくけど『そんなのは別にいい』とか言わないでよね。それでは私の気が済まない……いや、私の名が落ちるのだから」
「は?」
 一息にそんなことを言われたんだけど……どういう意味?
「命をすくわれるなどという大恩を受け、それに対して何の謝儀も示さなかったとなれば、世間は私のことを吝嗇(りんしょく)な女だと思うでしょう。王として、あなたが示した態度以上の器を示さなければ……私の器量が疑われるのよ」
 どうしよう。はきはき説明してくれた所悪いんだけど、いくつか意味のわからない単語が出てきた。ここで『りんしょく』って何?なんて聞いたらまた呆れられるんだろうな……。
 と、ようやく立ち直ったらしい雄二が、僕のそんな状況を察してか、解説を入れてくれた。
「つまりアレか。何だか難しい単語を色々と使ってくれたもんだが……簡単に言っちまうと、俺らに助けられっぱなしだと評判が落ちるから、面目や世間体を保つためにも、俺らに恩返ししとかなきゃならねえと?」
「そういうことね。私は、何としてもあなたに恩を返し、そしてあなたにそれを受け取らせなければならないのよ。……私自身の誇りを守るために」
「ああ……恩を施した者は大度を示し、恩を施された者はそれを超える待機を示すことで、自らの器量を示す……。お前たちのいた『天の世界』がどうなのかはわからんが、この大陸ではそれが習わしとなっているのだ、吉井」
「ふーん……」
 何だかめんどくさい掟みたいなのがあるんだな……。
 でもまあ立派なもんだ。戦だの何だの物騒だけど……こういうとこだけ見れば、僕がいた世界なんかよりよっぽど道徳心があると言える。
 まあ……実を言うと、最初からそういうの期待してた面もこっちにはあったし……そういうことなら受け取らない方が悪いみたいだし……ありがたく受け取らせてもらうのがいいかな。
 横を見ると、雄二もこくんと頷いてくれた。
 それを見て、曹操はどうやら僕らの意見がまとまったと悟ったらしく、様子を見るのをやめて再び口を開いた。
548 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 23:54:43.15 ID:xmrrKX3z0
「わかったのなら……黙って受け取ってもらうわよ、吉井明久」
「……ならば曹操、私がその謝儀の場に立ち会おう」
「ふ……魏王・曹操の謝儀に、呉王孫権が立ち合うか……それも一興ね」
「立ち合うって……証人みたいなもん?」
「らしいな。楽観的なこった」
 曹操は腕を組んだまま孫権を、そして僕らを一瞥して、本題を話し始めた。
「あなたに納める謝儀は3つ。1つ……魏の領土を全て移譲する。2つ……私と、私の家臣の身柄をあなたに預け……」
「「は!?」」
 孫権と僕の声がそろった。どっちも驚いてだけど……目の端に驚いて声も出ないらしい陸遜さんが映ってるから……驚いたのは3人だ。何ら表情を変えないのは……雄二(コイツ)だけか。
 いやいやいやいやそんなことどうでもいいや、ちょっと待った! 何、魏の領地全部僕らに渡すって!? いくらなんでも……何そんなに簡単に大変なこと言ってんの君!? 似たようなこと向こうでもやってたけど……クラスの設備交換するのとはわけが違うんだよ!? ああ……言ってもわかんないな。
「そ、曹操、魏領全てを渡すというのか!?」
「もぉ……途中で邪魔しないでくれる!?」
 ため息交じりに、曹操がうんざりしたような口調で言った。やれやれ、とでも言いたげだ。
「はぐらかすな、答えろ曹操!」
「魏王の命を救ったというのであれば、対価はそれしかないでしょう? 王とは国そのもの……王の命を救うと言うことは、国の命を救うということにもつながるわ」
「しかし……王であるお前といえど、この国全てを自由にできるわけではあるまい! 民が認めると思うのか!?」
「認めるか否かは、吉井明久という名の王の今後の統治によって明らかになってくることでしょう。民が認めればそれでいいし……もし認められなくて内乱がおこったとしても、それを処理するのは吉井の役目。私はただ、私が出来る最大の謝儀を示すだけよ」
「おいおい、またえらく人任せだな?」
549 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 23:56:02.58 ID:xmrrKX3z0
今まで黙っていた雄二が初めて口をはさんだ。こんなこと言っちゃいるが……全然動揺してないみたいだ。さすがというか何というか……。僕なんか、あまりにスケールがでかすぎて話に割り込む余裕もないっていうのに。
 孫権はというと……やはりまだ不満そうな顔だ。
「正論ではある。だが……納得はできん」
「間違えないで孫仲謀、あなたはただの立会人……この私の器量を天地神明の前で公平に判断するのがあなたの役目ではなくて?」
「…………」
 口出しするな……ってことか。
 どうやらこれも『正論』らしい。色々考えがあるらしく、不満そうな顔は変わらなかったけど……孫権はそれで黙った。それを確認し、再び曹操が僕に向き直り、
「では吉井明久……答えを聞かせてもらえるかしら?」
 そう言ってくる。しっかしこの状況……お礼してるのは曹操の側なのに、変わらず偉そうだなこの人は……敬語なんて使う気微塵もないし、ガンガン見下してくるよ。
「ん〜……どうなんだろ、雄二?」
「いいんじゃねーか? こっちにとって不利な条件もなさそうだし……受け取らせてもらってもよ」
 そっか。雄二がそう言うんなら……そうした方がいいんだろうな。
 何だか曹操のメンツがかかってるみたいなことも言ってたし、孫権も一応は納得して、立会人なんて大仰なことやってくれてるし……待たせるのも悪い、返事ならさっさとしたほうがいいな。
 …………? 何だろ、何か忘れてる気がするけど……ま、いっか。
「ん、じゃ、そういうことでいいよ」
「やれやれ……一国を譲渡するっていうこの謝儀の場で、またえらく軽口ね、あなたは。何考えてるのか全然わからないわ」
 別段何も考えてません……って言ったら怒られるだろうか。
「んなこたぁお互いさまだろ」
「……まあいい。孫仲謀の名のもとに、吉井明久の大徳、曹猛徳の器量を認めよう。曹猛徳、迅速なる移行を期待する」
「もちろんよ。事態が落ち着いたら、すぐにでも王印を渡すわ」
「おういん?」
「ええ……その譲渡なくして、国の覇権は移りはしないわ。あなたも知っているでしょう?」
 いや、知っているもでしょう何も……『おういん』ってそもそも何? 前後で何か色々言ってるけど……専門用語かな?
「王様の証みたいなもんだな。俺らの世界で言うと……ほら、『金印』や、水戸黄門の『印籠』みたいな感じか」
「ああ……遠山の金さんの桜吹雪みたいなもんか」
「いや、それとは違うだろ」
「何だかよくわからんが……この場はこれで一件落着だな。ならば私は、これで帰らせてもらおう」
550 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 23:57:01.20 ID:xmrrKX3z0
「え? 帰るの?」
 いや、今来たばっかりじゃない。戦にちょろっと参加して、よくわからない話し合いに立ち合ってすぐ帰るって……そんな急な。
「いや、もうちょっとゆっくりしていけば? 多分その……朱里とかの話だと、祝宴とかあるみたいだし、よかったら出ない? 孫権にはすごく助けてもらったんだし、その方がみんな喜ぶと……」
「興味はないな」
 うわ、あっさり。
「援護のことなら何も気になどしなくていい、同盟国としての義理を通しただけだ。それに……事態がこうなった以上、ここに長居はしていられん」
「ふふっ……あなたには本国に心配の種があるものね?」
「……何のことだ?」
「さあ?」
 ……何の話だろう? 今度こそ忘れ物でもしたのかな?
 と、隣にいた雄二が、
「孫権、今後の2国間の関係性やこの同盟の方針について話したかったんだが……それも持ち越しか?」
「ああ……会合の開催については私も同感なのだが、少し私の方で外せん用がある」
「申し訳ないんですけど……その辺の話し合いは、日を改めて……ってことでもいいですか〜……?」
「ああ……そうだな。それでいいか、明久」
 一応僕が大将だということもあり、雄二は形だけ僕に話を振って来た。やれやれ……お前がそう言ってる時点で、今更僕が何だかんだ言うことでもないだろうに。
「いいんじゃない? 日取りとかは今決めるの?」
「いや、機を見てこちらから使者を出す。では、そういう方針で頼むぞ、我らは行く」
「ん、お疲れさん。またな」
「ああ……次に会える日を楽しみにしている」
「あ、陸遜さん、『導術』の本とかあったらよろしくね。コイツが欲しがってるから、貸してあげてくんない?」
「え? あ、はい、構いませんけど〜……」
「ぜひよろしく頼む」
 陸遜さんの目を見てそういう雄二は、結構本気で必死な顔をしていた。
 そんな感じで、会議は閉幕した。

551 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 23:57:35.86 ID:xmrrKX3z0
曹操は『恩返し』の内容の通り、夏候惇たちともども僕らの軍に捕虜として降った。朱里や雄二によると、敗戦後の捕虜だから、戦いの場で愛紗がヘッドハンティングした張遼とは、少し違う扱いになるかも……とのことだ。
 そして孫権は、結構急いで支度をすませて出発した。どうやら会議の最中から既に兵達に支度をさせていたようで、会議終了から3時間もしないうちにここを後にした。お土産も用意できなかったので、せめて身をくりくらいはさせてもらった。いやしかし……ピンチになったセーラ○ムーンを助けてくれるタキシ○ド仮面よろしく、風のように来て風のように去っていったな……。せわしないや、ホントに。
 まあ、またいつか話す場を設けるみたいなこと言ってたし……今はまずこれでいいか。

 ……こうして

 本当に長かったこの戦い……魏を相手にした僕ら『文月軍』の戦は、数々の手に汗握る戦いを、知略が知略をしのぎあう頭脳線を、そして全く予想外だった、白装束との決戦&夏候惇達との共同戦線という、あまりに密度の濃いプロセスを経て、ようやく終わりを告げた。
 正直……僕は、これでよかったのかも、って思う。
 白装束達のやったことには、まあ根本君ぐらいに腹立つんだけど……そのおかげでっていうか、曹操も夏候惇達も死なずに僕らの所に降ってくれたし。ていうか曹操や孫権みたいな人って、僕の偏見だけど……なんか負けたら自害とかしそうなイメージあったし。
 それに結果的に、魏領全土を舞台にまだまだ続くだろうと思ってた制圧戦も丸々ショートカットできたしね。それ以外にもいろいろやることはあるけど、何とかなるだろう!

 陣営に戻ってそんなことをしゃべりながら、僕らは軍を引き連れ、一路僕らの町へ……文月領・幽州へと戻って行った。
 戦勝という名の、領民たちへの最高の土産を持って……。


 カレンダーが無いから、日付とかはよくわからないけど、
 この日、とうとう僕らの『曹魏』との戦いは終結した……。

552 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/27(日) 23:58:39.39 ID:xmrrKX3z0
曹魏編
第86話 夜と謝儀と3人の修羅

 さて、
 魏との戦いが完全決着を迎えて早くも2週間が経過。魏の帝都『許昌』を制圧後、僕らはパレードよろしく幽州に凱旋した。
 いつも通り整列して粛々と街に戻って来たわけだけど、やっぱり大国『魏』を打ち破ったっていう報は衝撃的だったらしい。幽州の人達のボルテージはもうオリンピックの金メダリストを迎える時の如く最高潮だった。
 軍の先頭が街に入る前からそれはもうお祭り状態で、特に僕の乗った馬車が中央通りを通った時なんか、そこらじゅうから歓声が聞こえてもう、壁越しでもすごい音量だったな……。
 その際、曹操たちも一緒にここに来た。
 朱里とか華雄に聞いた話だと、敵の王を捕えた場合、見せしめの意味も込め、拘束した状態で馬に乗せて連れて行く、っていうやり方……時代劇なんかで言う『市中引き回し』が一般的らしいんだけど、僕らはそこまでしようとかは思ってなかったし、見世物にするのもなんだか気が退けたので、普通に護送用の馬車に乗せて行進させた。
 その時にも曹操たちは『甘い』とか言ってたけど……全く、武人の考えって言うのはわかんないや。そうしてもらって気分がよくなるわけでもないだろうに。まあ、どれだけ甘い甘い言われようと今更気にすることもないので、その辺は適当に聞き流した。
 ……ちなみに、袁紹だったら何の迷いもなくそうしてただろう、ってのは内緒だ。

 そんな感じで幽州に戻った僕らは、戦後処理に力を入れた。
 ……といっても、僕はそのへんは朱里とかに全部任せてたし、仕事と言ったらハンコ押すくらいなので、よくは知らない。でもまあ、朱里に任せておけば上手くやってくれるはずだ。
 それに僕には、その他に1つ、重大な用件があったから……。
 何かって? それは……

                       ☆

 ある夜
 王城・僕の部屋……

「ふー……これで今日の仕事終わり……っと」

 こんこん

「? 誰?」
 と、誰かが扉を叩く音がした。
 誰だろ? こんな夜更けに僕(仮にも王)のとこに押しかけて来る人っていったら、限られてくるけど……愛紗かな? それとも雄二とか?
 今日までに提出の書類は全部出したし……まさか、これからさらに追加とか!? いや、それは流石にないだろう。いくらなんでもこの時間に押しかけて『これもお願いします』とか失礼にもほどがあるし……いやでも、雄二ならそのくらい平気でやるな……。
 と、思ったけど、ノックの主はそのどっちでもなかった。

 ガチャ

「ごきげんよう、吉井明久」
「曹操!?」
 そこに立っていたのは……今現在捕虜としてこの城で一緒に暮らしている、曹操その人だった。……って、何で!?
「ふぅん……やっぱり設備的にはいい条件の部屋を持ってるのね……少し狭いけど」
 と、入るなり僕の部屋をじろじろと見回す曹操。はは、『狭い』は大きなお世話だけど、そう言ってもらえるとうれしいかも。でも……曹操の言うとおり、なぜかいつもに比べて圧迫感がある気がするな……気のせいかな? もしくは、曹操が一緒にいるから……ってそんな場合じゃないって!
 確かにある程度自由に城内を出歩く許可なんかは出してあるけど……こんな時間に僕の部屋に来るって……どういうことだ? 立場もあるからさすがに怪しまれちゃうだろうし……衛兵に捕まっても文句言えないよ!?
 とか聞いたら、
「……あのね……あなた、聞いてなかったの? 昼間言ったじゃない! 今夜あなたに会いに行くって!」
「え? 昼間……?」
「そう、昼間!」
 ええと……昼間……昼間……
 そうだ。確か昼前、仕事の書類を愛紗に届けた所で曹操に会って……
553 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 00:00:02.05 ID:1U/RiEmE0
『ところで吉井明久、今晩開いてるかしら?』
『え? 何いきなり』
『なんだ曹操、ご主人様に何か用でもあるのか!』
『安心なさい関羽、何も物騒な用件じゃないわ。礼の『王印』の件よ』
『ああ……そういやそんなのあったね』
『そんなのって、あなたねぇ……まあいいわ。今晩にでも渡したいのだけれど……部屋で1人で待っていてもらえるかしら?』
『待て! 1人でだと!? バカを言うな、お前のような危険人物にご主人様を……』
『いいよ?』
『ちょ……ご主人様!?』
『大丈夫だって。そんなだまし打ちで僕を[ピーーー]ような卑怯で目も当てられない最低な真似、曹操の性格考えたらしないだろうから』
『やれやれ……まあ、納得の仕方に若干の疑問があるけど、まあいいわ。じゃ、今晩ね。他にも用があるから……絶対に1人で待っているのよ……』

「あーあー! そういや言ってたそんなこと」
「あきれた……ホントに話聞いてないのね……」
 失敬な、聞いてるさ。ただちょっと上の空で、右耳から入って左耳から抜けていく割合が高いだけだ。
 それで……何だっけ? たしか、ハンコがどうのこうの言ってたけど……
「ええ……あなたにこれを渡しに来たのよ」
 そう言って曹操が掲げて見せたのは、手のひらサイズの巾着袋。どうやら、その中に『王印』とやらが入ってるらしいな。
 にしても……ちょっと意外だな。この時代だし、耐火金庫とかは無いだろうと思ってはいたけど……一国の王の証なんていうそんな大事なものだから、てっきり大仰な、どでかいカギがついた黄金の箱とかに厳重に保管してあるんだとばかり思ってた。持ち運ぶ用にしても、ちょっと不用心なような……。
 曹操はその口を開き、中から小さな、しかしまた立派なつくりのハンコを取り出した。
「これがそれ?」
「ええ。国の象徴であり、魏の国王の証……」
 何か思うことでもあるんだろうか、遠い目……というか、感慨深い目でその小さなハンコを見つめながら、しかしすぐにきりっとした顔になって僕を見据え、曹操は言った。
「この印の中には、建国のために戦った名もなき兵士達の、そして勇ましい将達の魂がこめられているわ。それを譲り渡すのです……敗者の私がこんなことを言うのも変だけど……心して受け取りなさい」
「え、あ、うん」
 な、何か大仰だけど……とりあえず雰囲気に合わせた方がいいのかな、これ。
 一応、何かこう……一昨年の3月に卒業証書を貰った時の作法を思い出しながら、それを参考に丁寧に(?)印を受け取った。お、見た目に反して結構重い。鉄製なのかな?
「にしても、ははは……兵士達の魂が詰まってる、か。なんか怖いな……」
「はぁ……罰当たりな。王たるものが、そんなことを言うものではないわよ」
「あ、うん、ごめん」
「……約束なさい、魏の民達を悲しませるようなことはしないと」
「あ、うん。それはわかってるよ」
 心配ご無用、そんなことを推奨するような人は天導衆の中に一人もいないし。
 それに朱里に頼んで、可能な限り魏の民達にストレスを与えない統治方法を模索してもらってる所だ。いきなり王が変わるんだからそりゃ混乱するだろうけど……それでも、できるだけ一市民レベルで満足してもらえるような統治体制は確立したい。それは、愛紗や鈴々と旗揚げして以来の方針だ。
554 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 00:01:24.47 ID:1U/RiEmE0
「……わかったわ。あなたを信じましょう。……これで第1の謝儀はおしまいね。次は第2の謝儀だけど……」
「ああ……何だっけ?」
 という僕の返事に、また曹操が何か言おうとしたけど……どうやら諦めたらしい。はあ、とため息をついて、
「私達の身柄をあなた達にゆだねる……と言ったのよ。忘れた?」
 あーあー、そうだそうだ、そういえばそんなこと言ってたな。確か……曹操と夏候惇、夏候淵、許諸、荀ケの5人だったっけ?
「そうよ、私達はあなたの捕虜となる……どうとでも好きに処分なさい」
「ふーん……」
 つまり、今の状況のまま抵抗しないと。
 はいはい、捕虜ね、了解。
「まあ……この件に関しては、他に言うことも特にないわね。じゃあ、最後に3つ目の謝儀だけど……」
 はいはい3つ目……

 ……………………ん?
 3つ目?

「ちょ、ちょ、ちょっと待った。3つ目なんてあったっけ?」
「あるのよ、仲謀に邪魔をされて言えなかったけどね」
 仲謀って、孫権……ああ、あの時、僕と孫権が『領土全部やるの!?』って言って食ってかかって来た時か。
 そう言われてみれば……確か曹操、最初に『あなたへの謝儀は3つ』とか言ってた気もする。なるほど……あのまま言えなかったけど、実は3つ目があったってことか。
 ……っていうかそれ、曹操も忘れてたんじゃないか。うまくごまかしやがって。
「それに……あのような場でおおっぴらに言うようなことでもなかったしね……」
「? 何?」
「何でもないわ。それより、3つ目よ」
「ふ〜ん……なんかいっぱいあるね」
「当り前でしょう? あのまま得体のしれない導師に操られていたら、私や春蘭達だけでなく、魏の民たちをも苦しませるようなことになっていたかもしれないのだから。それを阻止したあなたには、それ相応の謝儀を受ける権利もあるし、受け取る義務もある……あなたの世界では違ったの?」
 う〜ん……僕の世界ねえ……。
 確かにまあ『貸しだぞ?』『ああ!』ぐらいのやり取りはあったかもしれないけど……そこまで大仰なのはなかったなあ。大体は、

『ぜひお礼を……』
『いいですいいですそんな!』

 とか、はたまた有名どころで

『あの、せめてお名前を……』
『ふ……名乗るほどのもんじゃあございやせん……』
555 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 00:02:07.64 ID:1U/RiEmE0
てなやり取りがポピュラーだったし。いや、2番目のはポピュラーとは違う気がするか。
「ふーん……随分と良心的な世界で育ったのね、あなた達の浮世離れした考え方の根源……少し垣間見た気がするわ」
「それ……ほめられてる?」
「誉めてもいないし貶してもいないわよ。それより、いい加減本題に戻るわよ」
 やれやれ、といった感じで首を振る曹操。いや、っていうか……僕の世界のことに話を振ったのはそっちじゃないか。
「3つ目は……あなたの国に対してでもなく、あなたの従えている組織に対してでもなく……あなた個人に対しての謝儀よ」
「? 僕個人に?」
 個人に……っていうくらいだから、この国とか他の連中とかにはあんまり関係ないことなんだろうな……。何だろ、何かくれるのかな?
 そう聞いてみると、なぜか曹操は顔を赤くして、
「………………」
 ……? 何で黙るんだろう、今更だけど……あげるのが惜しくなったとか? いや、曹操ってそんな性格じゃない気がするけどな……まあ、僕はそれでも別にいいけど……
「……るわ……」
「ん?」

「……あげるわ……この私自身を」

556 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 00:03:21.27 ID:1U/RiEmE0
…………………………………………ほわっと?
 いやあの……それってつまり……えぇ!?
「ちょちょちょちょちょちょちょちょちょっと!? なななななな何言ってんの!?」
「や、やめなさい、そんなに取り乱すのは! あなたそれでも王なの!?」
「それ今関係ないでしょ!?」
 赤い顔をして怒鳴りつける曹操に、僕も負けじと言い返す。っていうかちょっと待った! それってつまりその……そういうことだよね!? そういう意味で言ってるんだよね!?
 な……なんてことを言い出すんだ……!? 謝儀だかジャギィだか知らないけど、面目を保つためにお礼をしなきゃいけないからってそんな簡単に……。
 さ、さすがは戦国の世……負けるとこんな18禁ゲームみたいな展開がデフォルトで平然と進む仕様になってるのか……!? 全ての男子にとって『ひゃっほぉーう!!』以外の何物でもない展開だけど、こんなあまりに露骨な感じに切り出されると逆に戸惑うというか……。
「い……いらないのなら拒絶しなさい! ただし……私に恥をかかせたことを後悔させてやるんだから!」
 そ、そう言われても……。
 いや、その……曹操に魅力が無いから嫌だとか、そういう意味じゃないんだよ? 曹操は口調や性格こそきっついけど、それ以外はホントに魅力的でかわいいし……ホントになんて言うか……健康優良な男子として魅力的な提案ではあるんだけど……さすがにこう、内容が内容だし、僕にもモラル的なものはあるっていうか……。
 けどその……曹操はこうすることで自分の面目を保とうとしてるんだよね……だったら、ここはお言葉に甘えて……じゃなくて、その気持ちを汲んであげるのがもしかしたら曹操のためになるのかも……いやいやいや! だからって社会的倫理感から見てこれは……!
 っていうかちょっと待った! 仮にその謝儀受けたとして、そんなことしたって愛紗や美波や姫路さんに知られたらどうなるか……愛紗は武人だってこともあるし、謝儀の一環ってことでもしかしたら理解してくれるか、関節の一つくらいで済むかもしれないけど……後の2人はそうはいかないだろう。元の世界の基準で物事を見る美波達のことだ、今度こそ僕の死はまぬがれない。王位? そんなもの役に立ちませんよ? 
 やばい、コレ絶対だめだ……すっごく惜しいけどだめだ……!
 と、いつまでも1人で脳内スクランブル状態の僕に、恥ずかしさと同時に苛立ちが出てきたらしい曹操が、
「もう、いつまで迷ってるのよ! こっちまで恥ずかしくなってくるじゃない、さっさと決めなさい! 男なら二つ返事で受け取ると思ってたのに……」
 なってくるも何も、すでに顔が収穫期の青森りんごみたく赤いんですけど。
 ていうか……随分と『男』ってものに偏見持ってるな……男はみんなそういう感じの性格だとおもってるんだろうか? あ、そういえばそもそも曹操って単に女の子好きなんじゃなくて、男嫌いだったんだっけ。過去に何があったのかは知らないけど……それもこの偏見の理由の一つだろうか。
 でも……僕のことは別にしても……それならなおさらこの話なんとかしたいな。曹操自身はそれで納得してるのかもしれないけど、自分が嫌いな『男』の手にかかるなんて、いくら何でも屈辱……耐えがたいことだろうし。
「もう……そんなに嫌なの?」
「嫌っていうかその……そういうわけじゃなくて、魅力的なその……シャギ? ではあるんだけど……」
「だったら何でダメなの?」
「その、なんて言うか……僕らがいた世界では、むやみやたらとそういうことするのは良くないこと……っていう決まりみたいなものがあってさ、だからあんまり……」
「ふぅん……さっきも思ったけど、随分と良心的な決まりがあるのね。でもここは天の国でもないし……あなたはこの国の王なのよ? 法も何もかもあなたの采配一つなのだから、気にしなくていいと思うけど。ここで何をしたって、天の戒律では裁かれないでしょう?」
 でもほら、その代わりに愛紗とか美波とか姫路さんあたりに裁かれるから(死刑確定)。
 すると、曹操は何やら考え始めて……こんなことを言い出した。
557 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 00:04:09.30 ID:1U/RiEmE0
「ならそうね……3つ目に限っては、あなたの国のやり方で謝儀を通すことにしましょう」
「は? 僕の……?」
「ええ。謝儀のためとはいえ、あなたに天の戒律を破らせるというのも気が引けるしね。教えてちょうだい、あなたの国では……こういった場合にどのようにして恩を返すのかしら?」
 あ、なるほど……そういうことか。
 確かに……上手い手だな。これなら曹操も満足するし、僕の命の灯火が消えることもない。うん、平和のうちに全てが丸く収まるじゃないか。
 けど……そうだな……。僕らの世界での恩返しの方法か……。
「う〜ん……何だろう……」
「代表的なもので構わないわ、早く」
 代表的な奴……か。そうだな……例えば……
「よくあったやつだと……ご飯おごってもらったりとか……」
「冗談でしょ?」
 と、一瞬で顔の赤みがひいて三白眼の曹操。
「あのね……国を救ってもらった恩に食事をおごるって……魏をバカにしてるの!?」
「え、いやいやいやそうじゃなくて、僕の身近にあったお礼のし方って言うと、そのへんかな〜……って思っただけで……」
「はぁ……全く、身近じゃなくてもいいから、もっと違うのはないの?」
「そうだな……」
 あとは……
「学校の宿題代わりにやってもらったりとか……サボった日の内容(のノート)写させてもらったりとか……」
「王が勉学に怠業を見せるようでどうするの! 聞かなかったことにしてあげるから他のは無いの!?」
 これもだめか。それだと……ああ! 確か前にこんなことがあったっけ……オーソドックスにこれならどうだろ?
「手に入りにくいチケット……もとい、商品とかを買うために代わりに店に並んでもらうとか……」
「王なんだから手に入りにくいも何もないでしょう!? というかだから何でさっきからそういう規模の小さなセコいのばかりなのよ!? 妥協案を出す気があるのなら魏の国と釣りあうだけの何かを提示しなさい!!」
558 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 00:05:04.73 ID:1U/RiEmE0
 やれやれ……注文が多いなあ。
 けどそうなると……何だろ? 1つの国を救ってあげたことに対する恩返しってなると……そんなスケールの大きな話、考えたことないよ? 少なくとも僕の周りにそんな……あ!
 そうだ! これなら……規模とか関係なくうれしいぞ!
「可愛い女の子紹介してもらったりとか!」
「あなた私をバカにしてるの!?」
 と、とうとうここで曹操が怒った。
 ああ、しまった……そりゃ怒るわ。もともと曹操の貞操を守ってあげるために考えてることなのに、その場で『可愛い子紹介して』なんて言ったら……まるで曹操が可愛くないみたいに聞こえちゃうじゃないか。
 失敗失敗。と、曹操に謝ろうとすると、
「もういいわ! 時間の無駄だった……こうなったらもう当初の方法で構わないわ! さっさと私の体を好きなようになさい!」
「えぇえ!?」
 ちょ、何言ってるの!? それじゃ振り出しに戻っちゃうじゃないか!!
「このまま話してたって決まらないでしょう!? それよりだったら、今ここで私が提案できる最上の方法をとってもらった方がいいわ!」
「だけどそしたら僕が……」
「問答無用! ほら、どうしたいの!? 普通に抱く!? 縄で縛る!? それとも鞭か何か用意するのかしら!? 服は着たまま!? それとも脱がせる!?」
 もうやけくそ状態の曹操。こまった……完全に暴走してるよ……。こっちの言うこと何か聞いてくれそうにないぞ……。
 いや、だからってそうするわけにもいかないんだし……これどうやったら止められ……
「つべこべ言わない! ほらさっさと来なさい!」
「え、と、ちょっと待って……」
「待ったなし!!」
 と、曹操が僕の腕をつかんで引っ張……うお!? 意外と力強っ! やっぱ戦乱の時代だけあって鍛えてるのか……ってそんな場合じゃないって! どんどん寝台……ベッドの方に引っ張られてる!
 あっという間にその横に来て、曹操は自分からベッドの上に飛び乗った。
「さあ早く!」
「無理無理無理無理無理!!」
「……っ……どこまでも腑抜けね! だったら私が自分で脱ぐわよ!」
559 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 00:05:53.42 ID:1U/RiEmE0
ええっ!? 何言ってんの!?
 とか驚いている間に、曹操は手慣れた手つきで鎧を外していた。あ、やっぱり鎧脱ぐと、なんていうか一層小柄でかわいらしい感じに……ってもうその下の服に手をかけてるし! これ以上はまずいって! 僕の理性的にも道徳倫理的にも後色々な理由でOUT! どうにかして早くとめないと……
 と、僕が曹操の腕をつかんで止めようと手を伸ばしたその瞬間、

 バキバキバキバキィ!!

「きゃあああああああああ!?」
「ぎゃあああああああああ!?」

 な……何だぁ!? か、壁が音を立てて破れてその中から無数の手が!?
 あ、いや無数のってほどじゃないや。6本……3人分だ。ってそんなことはどうでもいいよ! 何なの一体!?
 お化け!? ゾンビ!? バイオ○ザード!? 白装束達の怨念が集合して壁を破って……ってそんな非現実的なことあるか! でもだとしたら……暗殺者か何かか!?
 同じように驚いてる曹操をとっさに背中にかばい、襲いかかってくるであろう暗殺者……もしくは白装束かもしれない……3人に対抗すべく、召喚獣を呼び出そうとした瞬間、
 壁が完全に破れ、中からその手の主たちが姿を見せ…………え?

「ア〜キ〜………………!!」
「明久君…………………!!」
「ご主人様ぁ〜…………!!」

「ほわああぁぁい!!?」
 暗殺者じゃなくて処刑人でした。
 ちょ……何で美波と姫路さんと愛紗が壁の中から出てくるの!? 何この状況!?
「もしもの時に備えてここで待機してたけど……正解だったみたいね……」
「はい、万が一のことを考えていてよかったです」
「うむ……間一髪であったな……」
「待機って何!? てか何してんの君達!? ホラー映画よろしく壁なんか壊して……はっ!」
 と、床に倒れた壁をよく見てみると……それは壁ではなかった。
 壁そっくりに、木枠に木の皮を張って作られた偽物の壁……要はハリボテって奴だ。サイズを見るに……僕の部屋の間取りにぴったり合うように作られている。
 つまり3人共……僕がトイレか何かに行ったその隙をついて、このハリボテ壁(いつ作ったんだろ?)を持ちこんでセットして、壁であるかのように見せて……それと本物の壁との隙間に潜伏してたってことか!?

  壁壁壁壁壁壁壁壁壁壁壁
   愛紗 美波 姫路
  偽偽偽偽偽偽偽偽偽偽偽
     僕 曹操

560 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 00:06:45.25 ID:1U/RiEmE0
こんな感じで。な……なんて手間のかかる真似を……。
 そうか……道理でさっき妙に部屋が狭くなってるような気がしたわけだ……。あれは曹操の覇気による圧迫感じゃなくて、この仕掛けのせいで実際に部屋の面積が制限されてたんだ。
 ていうか、そうまでして一体何をやって……いや……聞くまでもないか……。
「愛紗さんから聞いたのよ。今晩、アキが曹操さんと2人っきりで会おうとしてるってね」
「はい。多分、戦後処理に関する話し合いだろうな……とは思ったんですけど……」
 と、怖いくらいに落ち着いた声でそう言ってくる美波&姫路さん。続けて愛紗も、
「相手は曹操。謝儀とはいえ警戒を怠るわけにはいきませんから、こういう形で監視させていただきました」
 つまり、僕の身を心配してこうして張っててくれたってわけだ。狭い空間に長時間いなきゃならないっていうのも我慢して。なるほど……『1人で待ってて』って言ってた曹操には少し悪いけど、コレは素直にうれしいな。
 ……3人が3人とも、背後に阿修羅像を背負ってるこの光景が夢ならもっと。
「『謝儀』ですからね……。曹操は男嫌いですし、まさかとは思ったのですが……万に一つ、そういう類の『謝儀』を提示されても、ご主人様が困りますので」
「そして、もしそれを明久君が承諾するようなことがあったら……」
「今度はあたし達が色々と困るのよねぇ……」
 やっぱり、本音は『それ』を警戒してか……で、でも大丈夫、僕はまだ何もしてないし、そもそもそういう話は断るスタンスで話してあれ? いつの間に僕は麻縄で両手両足を縛られたんだ?
「さてアキ……覚悟……できてるわね?」
「何で!? 僕何も……」
「言い訳はみっともないわよこのロリコン。さっき手を伸ばして、今にも襲いかかる体勢だったじゃないこのロリコン」
 何それ!? そんなことしてない……あっ! もしかして僕が曹操の脱衣を止めようと手を伸ばしたのを見て、その気になったんじゃないかって勘違いしたのか!? 誤解だよそれは!! あと2回言ってたところなんだけど、僕はロリコンじゃないし、そもそも曹操は確かにちっちゃいけど僕らと同い年くらいであって……
「さ、行きましょ瑞希?」
「はい、美波ちゃん。愛紗さんも、いい機会ですから明久君の扱い方をこの機に学んでくださいね?」
「う……うむ。ご指導ご鞭撻のほどを頼む」
「ちょっと待って! 話を聞いて! みんなが今思ってることは誤解でああああぁぁぁぁ―――っ!! 美波いいい人間の腰関節の可動域は左右約90度であってそれ以上は曲がらなあああぁ―――――っ!!」
「話なら火薬庫についてから聞くわ。それまでに遺言……もとい弁明の内容を考えておくことね」
「言ったよね!? 今完璧に遺言って言ったよね!? それってもう弁明の内容考えておく意味も聞き入れる気も無いでしょ絶対! っていうか火薬庫って何!? 何する気!? そこへ僕を連行して何する気!?」
「心配いらないですよ明久君、ちょっとした実験ですから」
「実験って何!? 人間の体がどのくらいの火薬で木端微塵になるかの実験!?」
「ちょ……ちょっと待ちなさい! 私の話はまだ終わってな……」
「「「五月蝿(うるさ)い」」」
「ひっ!!?」
 言葉とともに3人が発したあまりの殺気に気圧され、曹操は一瞬で退き下がっていた。魏の覇王といえど、こうなったこの3人の前では赤子も同然だというのか……。
 完全にビビったらしい曹操が、へたりと床に座り込んでしまったのが視界の端に移った。
「さて……邪魔者も黙ってくれたようですので」
「とっとと行くわよ、アキ」
「はい。今夜は熱い夜にしましょうね……明久君……?」
「熱い夜って何!? 熱いって何!? どのくらい!? どんな状況で!? まさかとは思うけど火薬関係ないよね!? ていうか一度止まって話を聞いて! 本当に僕は天地神明に誓って無実でなにもやましいことは無いからホントに一瞬でもいいから止まって話をお願い助けて殺さないでいやああああぁぁぁぁあ――――――っ!!」

561 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 00:07:35.58 ID:1U/RiEmE0
「い……今の3人……何て殺気なの……!? ……吉井明久……私の申し出を受けるのを渋ってた本当の理由って、もしかして……!! なるほど、あれなら……そうね、納得できるかも……生きてるといいけど……」
 誰もいなくなった明久の部屋で、未だ力の入らない足腰に違和感を覚えながら、曹操は震える手足を抑えるのに必死だった。


562 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 00:08:44.27 ID:1U/RiEmE0
幽州・日常編(3)
第87話 人質と密命と朴念仁
バカテスト 世界史
問題
 古代中国において、支配者は『治水』によって民衆の支持を集め、その頂点に立つことが出来ました。治水技術がなぜそのような結果をもたらしたのでしょう。答えなさい。



夏候淵の答え
『古代、たびたび洪水・氾濫を起こして人々を悩ませていた大型の河川を、卓越した技術をもってして治水を行い、水害による被害を激減させることで、当時の指導者は己の知力と偉大さを喧伝し、信頼と権力を得ることが出来た。また、当時は『川には龍が住んでいる』と信じられていたため、その暴走と思われてきた河川の氾濫を抑えることは神の怒りを静めたことと受け取られ、指導者が神格化されたことも理由の一端である』

教師のコメント
正解です。当時はまだ技術の進歩もなく、天災を神の怒りだと信じていたがゆえに有効な手段だったようですね。サイドストーリーも交えての見事な説明でした。



許緒の答え
『川の水を引いて美味しい米をたくさん作ったから』

教師のコメント
意外に近い答えで先生驚いています。しかしそれは治水に成功した後に結果としてもたらされたものですので、解答としては残念ながら不適切です。



夏候惇の答え
『水攻めで敵対する勢力を皆殺しにしたから』

教師のコメント
民衆の支持関係ないじゃないですか。
563 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 00:09:36.18 ID:1U/RiEmE0
曹魏攻略戦から数週間。
 曹操の謝儀(領土・身柄の移譲)も済み、それに伴う様々な戦後処理も済んで、曹魏戦終結後からずっとあたふたしていたこの情勢も大分落ち着いてきた。
 決戦の際に雄二が白蓮を城に残してきたのは、この時のためだったんだなと今になって思う。曹魏を倒した後、その傘下に入っていた小国の連中がこぞって僕らに取り入ろうとして手紙やら何やらを送りつけてきたのだ。とても代行の人が対処できる量ではないとのこと。白蓮がいなかったら幽州の本部はこれを処理しきれず大混乱に、下手したら政治機能が麻痺してたかもしれない。雄二の機転と白蓮の手腕にひたすら感謝だ。
 とりあえず、曹操達捕虜陣の処遇については現状維持と言うことで決定。一部『甘すぎるのでは?』との声も上がったが、そんな必要もないのに殺したりすることない。ちょっと強引だったけど、最近は僕の性格と言うものをわかってくれてるみたいで、納得も速かった。
 同盟を結んでいる呉については、孫権から後日手紙が届いた。それによると、同盟はこれからも続けていきたいとのこと。それも含めた色々なことを話したいと、後々で正式に会談を設けることになった。つまり今はまあ現状維持なわけだけど……戦いになる可能性が無い、ってだけでもいいことだろう。
 ちなみに、現在人質としてこちらの城にいる大喬ちゃんと小喬ちゃんも、互いに情勢が安定するまでは人質のまま、という結論に至った。

 ……その2人なんだけど……

「あぅ〜……。どうしよう小喬ちゃん……ここどこだろ〜……?」
「あ〜もう! しっかりしてよね、この方向音痴!」

 ……何してるんだろ?
 時刻は午後2時を回ったあたり。昼食も食べてちょっと眠くなっちゃったな〜……なんて思いながら庭をぶらついていた僕の視界に、首輪という特徴的にも程があるアクセサリーが印象的な双子の姉妹が、挙動不審全開で飛び込んできた。
 小学生みたいな見た目も手伝って、さながらショッピングモールでお母さんとはぐれた迷子の姉妹みたいだ。まあ……お姉ちゃんの方が妹より慌ててるみたいだけど。
 それにしても……おかしいな?
 ここは僕の部屋に、すなわち王の部屋にかなり近い、一般人はもちろん、軍関係者でさえ相応の地位もしくは特別な許可を貰っている者しか立ち入りを禁止されているゾーンだ。
 2人は一応ある程度の自由は認められてるけど、城の中を、それもこんな所まで歩きまわる許可は出ていないはずなんだけど……あ、もしかして迷ったのかな?
「ね……ねえ……もう帰ろっか? わ……私達の部屋、どっちだっけ?」
「何言ってんのお姉ちゃん! 今更そんな気弱なこと言わないでよ、それじゃ冥琳様に賜った私達の極秘任務を実行できないでしょ!?」
「だ……だってその……このへんって私達立ち入り禁止されてるし……衛兵さんとかに見つかったら怒られちゃうよ?」
「そんなこと言ってる暇あったらほら行くよ! こういうのは大概高い所に偉い奴がいるって相場が決まってるんだから! 呉でもそうだったでしょ!?」
「あぅ〜……」
 ……? 何を話してるんだろ? まるで誰か探してるみたいに見えるんだけど……その人を探しててこんなとこに来ちゃったとか? だとしたらここは話しかけた方がいいかも。衛兵とか、愛紗とかに見つかりでもしたら面倒なことになるだろうし……

「ほら、さっさと行こ! 誰かに見つかったら面倒なことになるし……私達の場合、目的が目的でしょ? だれにも見つからないように行かないと……」
「う……うん……そうだね……」
「目的って何?」
「そりゃ、冥琳様に言われたとおり、吉井明久を籠ら……え?」
「ふぇ?」
「え? 僕を……何?」
「「きゃあっ!?」」
 と、まるで田んぼからバッタが飛び跳ねてきた思春期女子みたいな甲高い悲鳴を上げて、2人そろって跳び上がる。あ、さすがにいたずらが過ぎたか……。
 やっぱり双子だな……何て言いたくなるぐらいに見事に揃った動き。テレビとかでよく見るリアクションだけど、双子ってやっぱりそうなのかな? 某芸人は『双子は努力です』なんて言ってたけど……この2人はどうなんだろ?
 と、どうやら今の声の音源が僕だとわかったらしい。2人とも焦点を僕に合わせて、
「な……なんだ、あんただったの……。もう、驚かさないでよね!」
「しょ……小喬ちゃん、そんなこと言っちゃ……」
 と、大喬の言葉にはっとしたらしい小喬が一瞬表情をこわばらせて、
「お……おほほほほ……! い、いえいえ、いいんですのよ? 別にそんな謝っていただかなくとも……」
「小喬ちゃん! まだ謝ってもらってないよ!」
 ……ここまで明らかな変わり身ってのも珍しいな……。
 やれやれ、同盟の使者ってのも大変だなぁ。そんなに外面を気にしなくても、別に僕は気にしないんだけど。別にそんなことで人を判断したりしないし……罵倒ならなれてるし……。
 と、ここでようやく落ち着いたらしい小喬。
「あ、あら〜……そんな遠慮していただかなくとも、いいんですのよ? 呉の宝石と謳われた玉の肌、少しくらいなら触れていただいても……」
「は?」
「……っ!? ど、どうしようお姉ちゃん、こいつ、私のお色気攻撃にびくともしないよ!?」
 ……はい?
「い、いや、そうじゃなくて、むしろ展開が急すぎてあっけにとられてるんだと思うの……」
 そんなばっちり聞こえる声でひそひそ場なしをしてるつもりの2人。いや……どういうこと? それもその、もしかして……使者して僕らと仲良くなる作戦? や、別にそんなことしていただかなくとも……出来てなかったし。
 というか、今のがお色気攻撃にカテゴライズされるんだったら、大半の小学生向け雑誌はグラビア指定されることになるだろう。や、まあ小学生が背伸びしてて微笑ましいな〜……くらいのはあったけど……。
 それはともかく、この子たちがどうしてここに……って話だったな。
 会いたいのが僕(それも親交を深めるのが目的)だったんなら、もうこの場所に用は無いだろう。愛紗何かに見つかったら面倒だし……早めに部屋に返してあげた方がいいかも。
564 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 00:10:53.87 ID:1U/RiEmE0
「あのさ、もしかして帰る道がわかんないの? もしそうだったら、僕が案内するけど?」
「え? あ、あの……」
「以外に親切……」
「?」
「え、あ、い、いや、あはは? な、何でもありませんのよ、吉井明久様? その……お言葉に甘えさせていただいても?」
 と、作り笑いここに極まれりって感じの顔で言う小喬に、笑いをこらえるのが大変だった。その隣では、大喬がハラハラしながら見守ってる。
 まあ、もう演技とかいいし、このバレバレな挙動不審どうにかならないかな〜……なんて正直な感想は置いといて、承諾してくれたみたいでよかった。エリアのこともあるけど、親睦を深めるのが目的なら、歩きながら雑談……なんて形でもいいだろうし。
 なるべく緊張感を与えないよう、
「じゃ、ほら。こっちだよ」
「知ってるわよ、なれなれしく……あ。お、おほほほほ……失礼♪」
 …………ホントに何というか……正直な子だな。
 その隣では大喬は、今にも卒倒しそうな顔色になってるし……妹の僕への接し方(雑)がよほど心臓に悪いと見える。かわいそうに。
 まあ……本当に卒倒なんてことは無いだろうし……とりあえず歩き出そうか。

「ところで雄二よ」
「ん、何だ秀吉?」
 俺の向かいの席で自分の分の仕事を片している秀吉がおもむろに聞いてきた。
「例の人質の双子じゃが……どうも変ではなかったかの?」
「変?」
「うむ。昨日会ったが……挙動不審というかなんというか、どうも何らかの密命のもと、素顔を隠してワシらの腹を探ろうとしておるような、はたまたワシらに気に入られようとしておるような印象を受けたのじゃ。全然できておらんかったがの」
「随分と具体的な見解だな。まあ、お前ならちらっと見ただけでそのくらいはわかるか」
 あの双子……大喬小喬な。
 確かに、俺も昨日会ったが……妙な感じだったな。やたら手を握ってきたり、変なこと聞いてきたり……。ま、目的は大体予想つくが……。
「…………どういう意味?」
「この時代に他国に使節を送り込むんだ。ただ大人しく人質……なんて行儀のいいこともねーだろ。ましてやこいつらを選任したのは、呉の美周郎だっつーしな」
「すると……雄二さんは、あの双子に何かたくらみがあると?」
「ああ。あの様子だと、大方……周瑜ってのに、明久あたりを籠絡して手駒にするように、とでも吹きこまれたんじゃねーか?」
「ええっ!? そ……それ……本当ですかっ!?」
 と、危うく墨をたっぷりしみこませた筆を書類の上に取り落としそうになった朱里。今のがよほど衝撃だったらしい。
「ああ。ま、あんまりうまくいってなかったみたいだけどな。問題ねーだろ」
「そ、そんな……ダメですよっ! そうとわかったんなら、ご主人様を守るために、何らかの対策をうたないと……」
「いや、だから大丈夫だって。な、秀吉」
「うむ。ムッツリーニ、お主も……む、もうおらん」
 エロに対して並々ならぬ嗅覚をもつクラスメイトは、カメラ等が入ったバッグと共に姿を消していた。やれやれ、仕事ほっぽり出しやがって……後できっちりやらせねーとな。
 と、こっちは未だ心配そうな朱里。
「で、でも、もしご主人様に何かあったら……」
「大丈夫だって。あいつは一応ロリコンとかじゃねーし、それに……」
「うむ。あの双子の技能自体、大したことは無かったし、それに……」
 そこで一拍置いた。そしてハラハラしている朱里と、うんうんとうなずいている秀吉を視界に入れつつ……

「「どんだけアプローチされようが明久(アレ)は気付かないからな(の)」」

565 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 00:12:06.87 ID:1U/RiEmE0
どこかで誰かに失礼なことを言われてるような意味不明な予感がした今日この頃。
 3人並んで、なぜか両方から手を取られながら歩いている僕と二喬ちゃん。その2人はというと……
「えっと……聞きださなきゃならないことは……あれとあれとあれと……あ、あとあれもわかってたら便利よね」
「こ……これも冥琳様のたみぇ……頑張らなくちゃ、頑張らなくちゃ、頑張らなくちゃ、頑張らなくちゃ…………」
 や……だから親交がお望みなら、まあそうでなくても世間話くらいは応じるからさ。そんな念仏の如く言って自分にプレッシャーをかけなくても……。特に大喬、独り言で噛んでますけど……。
「あ、ああ吉井様」
「何? えっと……小喬ちゃん?」
「はい! ふふっ……もう名前を覚えてもらったわ……取り入って手駒にできる日が来るのも近いわね……」
「え?」
「い、いえ何でもありませんの! それより……折角の機会ですし、少しお話でも致しませんこと?」
 と、僕の腕にしがみつき、なぜか胸をぐりぐりと押しつけながら言ってくる小喬。いやあの……何? 懐いてくれてる……んなら嬉しいけど、正直動きにくいんだけど……。
「旗揚げしてから間もなく、瞬く間に列強を打ち倒して大陸に覇を唱えんとする方ですもの……色々とお話など聞かせていただけたら、なんて思いまして……」
「お話ねえ……いいよ?」
((よしっ!))  ←  ガッツポーズ
 話題無くてさびしい感じしてた所だったし……仲良くなるんなら有効な手段だよね。僕としても、呉や孫権について色々聞いて理解したいし。
「よ、よろしくお願いしますぅ〜……」
「こちらこそ。でも……何について話せばいいかな?」
「手っ取り早く言えば……弱点とか?」
「は?」
「や、やだ……小喬ちゃんたら!」
「え、あ、い、いえ、何でもありませんの、おほほ♪」
 いや、弱点って何……ああ、プロフィールか何かみたいな要領で、好きなことや嫌いなことを、って意味か。以外に一般的な質問だ……こんな時代だし、てっきり今までの戦いはどうだったか……なんて聞かれるかと思ったけど。
 まあ……聞かれた所で、僕あんまりそれその者に関与とかしてないから答えられないと思うけどね……。
「そ、その……勇ましい噂の絶えない吉井様にも苦手なものとかはあるのかな〜……って……」
「そうだな……」
 苦手なものねえ……そう言われると……あんまり思いつかないな……。
「勉強はまあ基本的に苦手だけど……他にはまあ、運動は嫌いじゃないし、機械類もある程度は使えるし、食べ物の好き嫌いも特にないし……」
 っていうか、食べられるものなら貝だろうと山菜だろうと何でも食べるし……。
「そういうのじゃなくて、もっと具体的に!」
 と、小喬。具体的に?
 う〜ん……難しいこと言うな……。勉強以外……例えば、『誰が』って言ったら、怒った愛紗とか……鉄人……ああ、コレはこの世界にはいないからいいか。同じ理由でババァや高橋先生、姉さんも除外して……と。
 あとは鉄板で美波や姫路さんのオシオキ……召喚獣のフィードバック……姫路さんや姉さんの殺人料理……ああでもこれは苦手とは違うか、万人にとって共通の凶器だし。言うことじゃないな。
566 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 00:13:05.89 ID:1U/RiEmE0
「関羽は呉の陣営にいないからダメ!」
「え? 呉の陣営って……?」
「あ、い、いや何でもないんです! しょ……小喬ちゃん! さっきから質問が直接的すぎるって! 見てて心臓に悪いよ〜!」
「何弱気になってんの! 人質のあたし達が吉井明久とこうして直接話せるなんて、またいつこんな機会があるかわかんないでしょ!? 多少の危険は承知で、少しでも有力な情報を聞きださなきゃ!」
 なんか小声でひそひそ話してるんだけど……これもよく聞こえない。
 と、ここで珍しく大喬の方から口を開いて来た。
「あ、あのっ! じゃあその……戦に出てヒヤッとしたこととかはありますか?」
「戦で?」
(……! お姉ちゃん、上手い!)
(こ、これで上手くいけば……苦手な陣形とか喋ってくれるかもしれないよね?)
 戦で……ねえ……。
 うーん……さっきも言ったけど、基本的に愛紗や朱里に任せてるからそういうのはあんまりないな……。その辺の話がお望みだったら、愛紗とか朱里、雄二に聞いてもらえればわかると思うけど。
「関羽や坂本は何もぽろっと言ってくれそうに無いもん」
「ぽろっと?」
「え? あ、い、いえいえこちらの話でして……おほほ」
 …………???
 もしかして、僕らがそういう話をするのが嫌がるとか思ってるのかな? まあ、愛紗とかならそうかもしれない、自分達が苦戦した戦の話なんて他の人に、それも他国の人に何ていいたくないだろうし。ま、そう考えると『ぽろっと』っていう表現も然りかな、ま、僕は別に言うのとか嫌じゃないけど。
「じゃあその……好きな食べ物とかあります?」
(……っ! お姉ちゃん、何普通のこと聞いてるの!? そんなこと聞いたって冥琳様の役に立たないでしょ!?)
(だってあんまりそういうことばっかり聞いてると、さすがに怪しまれちゃうよぉ……)
「そうだな……特に好き嫌いは無いかも。しいて言うならパエリア……ああ、わかんないか。あとは……2人とも?」
「「ひゃう!?」」
567 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 00:13:46.92 ID:1U/RiEmE0
全く同じポーズで半分跳び上がる2人。なんかひそひそ話してたけど……話聞いてなかったなこれは。
 まあ、何か気になることでもあったんだろう。親交を深めようと話してる場で相手の話聞いてない……ってのもどうかと思うものだろうけど、僕だって授業聞いてないこと多いし、このくらいは大目に見てあげよう。些細なことだしね。
 さて……聞かれっぱなしってのも変だな。
「2人は? 何かここに来てみて思ったこととかある?」
「ここに……ですかぁ?」
 と、大喬。
「そうですね……やっぱり、設備とかが充実してて驚きました。細かい所にも気を配ってるんだな〜……って」
「そう? ありがとう」
 誉められたので、大喬にとりあえず礼を言っておく。
 まあ実際、この城の設備は過度なまでに充実している方だと思う。そもそも、愛紗達武将や、朱里や詠なんかの軍師陣、それに僕ら文月メンバーの需要をほぼ満たす形で用意された設備の数々だ。当然この時代のテクノロジーの限界に準じたものになるけど、それでもかなりのバリエーションがある。
 食堂や訓練用の道場はもちろんのこと、書見閲覧室(私語、飲食厳禁)や休憩室、売店や仮眠室、さらには現代メンバーの要求でトレーニングルーム(簡単なダンベルとかあったっけな)や勉強部屋(僕ら専用)なんかもある。あと、なぜかムッツリーニ専用の『暗室』なんて物も作られてたけど……あの中で何をしているのかは知らない。
「それに、街も活気づいてましたし、行っている政策も、呉とは違うのが多くてびっくりして……」
「ちょっとお姉ちゃん、何関係ない話してるの!」
「あぅ、だって……小喬ちゃんも便利だと思ったでしょ?」
「まあ……あの『鍛錬室』っていうの以外はね。使ってみて……便利だったかも」
 たんれんしつ……? ああ、トレーニングルームか。確かに、あそこに置いてある機材は、この2人にはちょっとハードかもしれないな。主に使ってるのは雄二と華雄……あと、なぜか貂蝉も時々出入りしてたっけ。奴はアレ以上鍛えてどうする気だろう。
 とまあ……利用者が利用者だから、器具もそれに見合ったウエイトなんだよね。
「まあ、2人は武官とかでもないみたいだしね、あそこに用は無いか」
「当然よ、思春や穏じゃあるまいし」
 と、つーんとした感じで言う小喬……って、あれ? 『穏』って確か、陸遜さんの真名じゃ……彼女、軍師じゃなかったっけ?
「軍師よ? でも、いざとなったら戦えるだけの力はあるの。たしか武器は……9節棍だったと思うけど……胸が大きくて邪魔で上手く扱えないみたい」
「9!?」
 ちょ……それって、ヌンチャクのあの棒の部分が9個あるやつってこと? そんなのあるんだ……ほとんど鞭じゃないか。陸遜さん、そんな一面があったとは……てっきり朱里のダイナマイトバディ版とばかり思ってたけど、人は見かけによらないもんだな。
「そうなんだ……でも、甘寧は武官だよね」
「そうよ? 名実共に孫呉最強の戦士で、孫呉と孫権様に絶対の忠誠を誓ってる」
「へ〜……なんかすごいね、そういうの」
「凄いなんてもんじゃないって。たしか青竜刀か何かの剣が得物なんだけど……そりゃもう強いのよ? 孫権様の親衛隊長勤めてるくらいだし、そこらの武将だって簡単に倒せるくらいの……」
「しょ、小喬ちゃん! 私達の方の情報しゃべっちゃってどうするの!?」
「あ」
 と、大喬が何やら耳元でささやくと、小喬が口元を手で覆って固まった。あれ、どうしたのかな?
「ず……ずるいわよ! 誘導尋問に持っていくなんて!」
「は? 誘導尋問?」
「しょ……小喬ちゃん! 今の思いっきり小喬ちゃんのせいだから!」
「だけど! いやだけどじゃなくてこのままだと構い損の喋り損だからその……」
「えっと……2人とも?」
 なんかもめてらっしゃる所悪いんだけど……そうこうしてる内に……
「部屋、ついたよ」
「「ええっ!!?」」
568 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 00:14:45.22 ID:1U/RiEmE0
いやいや、話が弾んでる時って時間がたつの早いよね? もう2人の部屋についちゃったよ。
 2人ともこんなに驚いた顔してるし、やっぱ同じこと思ってるのかも。……驚いてるっていうより、ショックや絶望が顔に出てるように見えるのは気のせい……じゃないと思う。
「そ……そんな……もうついちゃった……」
「ま……まだ何も聞いてないのに……」
 と、2人揃ってそんなことを言ってる。
 そうか……そんなに僕とのおしゃべり楽しんでくれてたんだ、なんか嬉しいなあ。
 まあでも悪いけど、僕この後仕事あるし、2人もこれ以上城の中うろつきまわるとさすがに何か言われるかもだ。そんな反応してくれるくらいなんだし、僕ももうちょっとつきあってあげたいけど……我慢してもらう他ない……かな。
 けど、せっかくだし……次の約束くらいはしてあげてもいいかも。
 すっかり元気をなくしかけてる2人に向き直って、
「もしよかったら、また話そうか?」
「うるさいわね! そんな、また……え!?」
「また……って、い、いいんですか!?」
 と、この世の終わりみたいな顔をしていた大喬の顔に、ぱあっと光がさしたように見えた。
「うん。今日はこれ以上は無理だけど……僕も2人と話すの楽しかったし、またヒマな時でよければ」
「はいっ! ぜひぜひ!」
「よ、よろしくお願いしますっ!」
 そこまでいいリアクションしてもらえると、こっちもうれしいなあ。
 とまあ、すっかり機嫌を良くしてくれた2人に、日程は後で決めようとだけ言い残して、僕は踵を返して部屋に戻って行った。
 うんうん、上出来。少しだけかもしれないけど、2人と仲良くなれた気がするし、それに思いがけず情報も手に入った。まあ、大したものじゃないかもしれないけど。
 次のおしゃべりはいつがいいか、何を話そうか、せっかくだからどこかに出かけてみてもいいかも……なんて考えながら、僕は部屋に待つ書類軍団の元へと歩いて行った。

                        ☆

「や……やったね小喬ちゃん! また会ってくれるって! 吉井さん……いい人だね!」
「そうね! ふふっ……『また話そうね』だなんて……気が無いふりして、何だかんだで私達にしっかりメロメロになってきてるじゃない。これなら冥琳様のご命令も、何とか果たせそうかもね……」
569 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 00:16:19.02 ID:1U/RiEmE0
幽州・日常編(3)
第88話 捕虜と自覚と新商品
「珍しいな明久、お前が俺に飯おごるなんざ」
「ん……まあそうかもね。向こうにいたころは、何かのついでに雄二のお土産を受け取る……ってのが多かったし」
 と、そんな他愛もない会話を続けながら、僕と雄二は何気なく城の庭を散歩していた。
 2人とも、手には僕が(抜け出して)いくつか買ってきた肉まんを持って、ひと時の休み時間を満喫している光景だ。
「どぉ、おいしい?」
「ああ。まあ、だからって午後からの勉強は手ェ抜かねーぞ?」
 やれやれ、こいつはいつもこうやって好意の裏に下心を疑うんだから。失礼な奴だ、僕はそんなこと、ちょっとしか考えてなかったのに。
 言いながら雄二は僕の手の袋の中の2個目の肉まんに手を伸ばす。遠慮する気はないらしい。
「それで? 例の双子と話したらしいな、どうだった?」
「ああ、二喬ちゃんのこと? どうってまあ……仕事熱心で、健気で、仕事熱心で、人懐っこくて……いい子たちだったと思うよ?」
 一方は卒倒しそうなくらい緊張する恥ずかしがり屋さんで、もう一方は素の勝気な自分を親交のために必死で押し殺してた。まあ、普通に子供っぽくて可愛かったと思う。
 するとなぜか雄二は、はあ、とため息なんかついて、
「なるほどな……やっぱりお前にかかればその程度か……」
「? どゆこと?」
 遠い目……というか、『やれやれ』とでも言いたげな目線で僕の方を見てくる雄二の真意がわからない。
「いや、なんでもない……ん? 何だこりゃ、肉まんじゃねーな?」
「あ、もしかしてアレじゃない? 新商品だって言ってた、チャーシューまん」
「あ? チャーシュー……お、ホントだ、角切りにしたチャーシューだな、これ」
 雄二がかじった跡からのぞく饅頭の具。そこには確かに、肉まんとは違う……ラーメンなんかに入ってるチャーシューを切って味付けして詰めたものが入っていた。見た目的にも、凄く美味しそうだ。う〜ん……これはご飯とあうな、きっと。
「どう、おいしい?」
「ああ、普通にうまい。しっかし……けったいなもん作ったなあの店も」
「あ、それ僕の提案なんだよね。どうかなって言ったら、ホントに作ってくれてた」
「お前かよ」
「あははは、まあいいじゃない美味しければ。さて、じゃ、僕も安心して食べれるね」
「待てコラ、てめえ俺を毒見に使いやがったな」
 全く……いつもながらコイツは人聞きの悪い。味のわからない新商品を真っ先に親友に食べさせてやろうという僕のこの優しさがわからないのか。
 と、横から聞こえてくる文句を綺麗にスルーしつつ歩いていると、渡り廊下にさしかかったところで意外な人物に会った。

570 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 00:17:24.40 ID:1U/RiEmE0
「お、曹操」
「あら? 何してるの、あなた達?」

 庭先につくられた、オープンカフェのごとき休憩用スペース。そこに座っていたのは、捕虜でありながらそんな雰囲気を全く感じさせずに堂々とくつろいでいる曹操だった。えっと……1人みたいだ。夏候惇・夏候淵の姿は見当たらない。
「戦が終わってまだ間もないと言うのに……国王と参謀長の2人がそろって昼間っから何してるの? 怠業?」
「失礼な、予定を先延ばしにして精神的なゆとりを養ってるだけだよ」
「……まさか当たるとは思わなかったわ……」
「俺は違うぞ!?」
 と、しっかり仕事を終わらせてから散歩に来ていた雄二。
 バカだなあ、同じだよ。どうせ後から僕の分の仕事を手伝ってもらうんだから(予定)。
「つーか……1人か?」
「悪い? 私だって、たまには1人になりたい時くらいあるわよ。というか……あなたたちこそ、私に何か用? 哀れな籠の鳥を笑いに来た……ということはなさそうだけど」
「え? 僕鳥なんか飼ってないよ?」
「「………………」」
 曹操と雄二のこの憐みの視線は一体?
「はー……ま、コレは気にしても仕方ねえからほっとけ。俺らは別に何か目的があって来たわけじゃねーよ。散歩しててたまたま……だ」
 言いつつ、開いている椅子に腰を下ろす雄二。曹操は少し眉をひそめたけど、別に無作法をとがめるつもりもないらしい。なので、僕も同じようにして座った。
 今日の曹操は、鎧を脱いでいるせいだろうか……いつもより小さく……というか、華奢に見える。年相応、いやむしろそれより幼い感じだ。そんな体躯でカフェ(的な場所)でくつろいでいる曹操の姿っていうのは……どこぞのお嬢様学校で目撃されても違和感がないくらいの雰囲気を醸し出している。さっぱり素材が素材だからなあ。偉そうな態度と言い、ぴったりだ。
「はあ……この戦乱の世にいて、お気楽天楽なその姿勢……うらやましいですこと」
「はっ、その分だと、特に不自由なんかもなさそうだな?」
「大ありよ、坂本雄二」
 と、雄二のセリフに何やら曹操が反応。食ってかかって来た。
「こんな軟禁状態に置かれてたら、気が滅入って仕方ないわ」
 チャンスとばかりに話しだした曹操によると、
 どうやらこの捕虜としての扱いのせいで、城の外に出られないのが不満なんだとか。いや、そんなこと言われても、二喬ちゃんたちみたいなお客様(あっちはあっちで人質だけど)じゃなく、『捕虜』なんだからむやみに外に出られても困るし……。けどまあ、今まで自由な生活を送って来たんだから、そうも思うだろうな。
571 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 00:18:28.48 ID:1U/RiEmE0
城の中を歩くのにすら移動区域制限があって、それ以上のエリア……例えば、天導衆や将軍クラスの要人の生活スペースに行こうとすると、その都度許可がいる上、場所によっては監視までつく。まあ、その許可自体は僕が出すものなんだけど……同時に愛紗のチェックが入るから、結構却下になったりしてる。僕の部屋に近かったりする時とか。
 さらに、夜間行動も禁止。日没後は許可を取らなきゃ収容棟の外には出られない。
 さらにさらに、武器の所持・携帯も禁止。鎧すら認められていない。体をなまらせたくない、って理由で申請される鍛錬の時のみ、模造刀と鎧が渡される形だ。しかも、それも場所はこっちで指定する上、監視つき。彼女達が元々持ってた真剣や弓、鎌や鉄球なんかは、一応保存はしてあるけど、ほぼ永久的に取り上げとなっている。
 当然、外出なんてのはもっての他。実を言うと、前に愛紗に『どうかな?』ぐらいのトーンでそれとなく聞いてみたんだけど……その場で正座させられてお説教を受ける羽目になった。
「久しく遠乗りもしていないし……これでは体がなまってしまうわ」
「無茶言うな。捕虜が外出だの何だの認められるわけねーだろが」
 と、先程から不満たらたらの曹操に呆れたように言う。
 すると曹操は、
「あら、あなたなら許可が出せるんじゃないかしら、吉井明久?」
「え、僕?」
 と、いきなり話を振られた。え−っとつまり……僕に王様権限で将たち全員を納得させて、外出を許可させろと。
「ええ。あなたが決定事項として大々的に言えば、部下たちは何も反論できないんじゃない? 関羽さえも」
「いや、反論より前に斬られると思うんだけど」
「あなた……身内でも威厳無いの?」
 態度を見る感じ、大して期待しては無かったみたいだけど……あんまりにも予想外だった僕の反論に、曹操は眼球の85%くらいを白目にする豪快な三白眼で応えた。や、まあ……自分ながら情けないとは思うけどね……。
 それにまあ、僕なんかよりよっぽどこの時代の考え方に通じている曹操のことだ、こんな要求が通るなんて思ってなかったんだろう。……僕は別に通してもいいんだけどさ。
「まあいいわ。それよりちょうどよかった、聞きたいことがあったのよ」
「俺らにか?」
「ええ、いい加減教えてくれないかしら。処刑はいつ?」
「「は!?」」
 と、曹操の口川跳び出たそんな質問に、僕と雄二の声がハモった。
 いやあの……何言ってるの?
572 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 00:19:34.24 ID:1U/RiEmE0
「私達の処刑の日よ。こんな時代に国を立てた以上、負けた時どうなるかの覚悟ぐらい、私も春蘭達もとっくにできてるわ」
「いや、あの……」
「明日? 明後日? 今からというのなら、身支度の時間くらいよこしなさいよね」
 あー……やはり僕なんかよりこの時代の考え方に通じていらっしゃるようで……。
 どうやら『身柄とその処遇は任せる』とは言ったものの、敗戦国ということで、とりあえず処刑は確定だと思っているらしい。まあ、そういや言ってなかったしな……。
「もしかして……なるほど……」
「?」
「まさかとは思ったけど……あなた、把握してないのね?」
 ひどい納得のされ方だ。
 なんだか、曹操の中の僕という人物の象は、この上なく不名誉な形で形成されつつあるらしい。
 と、ここで雄二がめんどくさそうに口を開いた。
「おい、つか[ピーーー]前提で話進めんな」
「は?」
 曹操の表情が変わる。
「何意味のわからないことを言っているの? まさか、このまま殺さずに現状維持、などというバカな考えじゃあるまいし……」
「そのつもりだよ、このバカは」
「!?」
 と、その途端曹操は、三白眼とも案とも言い難い表情……とりあえず驚きと呆れはミックスされてそうだな……になった。その目で、穴があくほど僕の方を見る。
「あなた……正気!?」
 はは……ひどい言われようだ。
「敵対していた国の王が捕虜になったのよ!? 普通なら何らかの罰を与えるなり、利用するなりしてしかるべきでしょう!?」
「例えば?」
「例えばって、あなたね……。私達を見せしめに殺して、兵達の士気を上げるとか!」
「今でも十分高いからいいよ」
「私達を[ピーーー]ことで、逆らう者に対する容赦ない仕打ちを周囲の小国に喧伝(けんでん)し、恫喝(どうかつ)して調服(ちょうふく)するとか!」
「雄二、訳してくれる?」
 2,3個、意味のわからない単語に出くわした。
「まあ要するに、『お前ら俺に逆らうとこいつらみたいに[ピーーー]ぞ!』ってな感じで周りの小国に一発脅し入れるために[ピーーー]……ってことだ」
「あ、そういう意味?」
「……………………訳って………………」
573 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 00:20:27.48 ID:1U/RiEmE0
どうしたんだろう、曹操がすっごく疲れた顔をしてる。まだ答えてないのに。
「えっと……そんな風に思われたくないからいいよ」
 けろっと言う。
 僕ら天導衆は、そんな風に野心とかのためにこっちから戦争を仕掛けたりとか一度もしてないしね。大体の場合、向こうから勝手に降伏して傘下に入ってきてくれるか、何か知らないけど勝手に戦争を仕掛けてきたのを返り討ちにして併呑するか……って感じでやって来たから。言ってみれば、今回の曹魏に対しての自主侵攻自体が特例中の特例だ。
 そんな僕に、曹操は予想通りの三白眼とため息で反応して、
「あなた……王としての自覚に欠けているんじゃないの?」
「ははは、欠けてるどころか無いだろんなもん、コイツには」
「何であなたはそれを笑って言えるのよ……」
 と、今度は雄二に対してもため息の曹操。そこからすぐに立ち直ると、なにやら腰に手を当てて立ち上がり、お説教の姿勢。
「王ならば国の発展を願うもの。発展とはすなわち、版図を広げ、人材・資材・資金を他者よりも多く獲得することよ! それを考えないとでも言うの?」
「うん」
「少しは悩みなさい!! そんなものが……王であるはずがないでしょう!?」
「そりゃお前の主観だろ? こいつにはこいつの価値観とか見方ってもんがあるし、元々こいつは民衆とか仲間を大切にして仲良くすることしか考えてねーんだよ。王なんて地位、そこにくっついて来ただけのオマケみたいなもんだ」
「呆れた……。吉井もそうだけど……坂本雄二、あなたもよくこんな男に仕えているわね?」
 と、どうやらこれ以上何を言っても変わらなそうだと思ったらしい。腰から手を放した曹操は、元通りにイスに腰掛けた。
「その言い方にも語弊があるな。俺は『仕えてる』なんて自覚はこれっぽっちもねーし、コイツもそんな風に考えてない。愛紗達だってこいつにとっちゃ『部下』じゃなく『仲間』だし……みんな『友達』とかそこらへんの感覚だぜ?」
「もういいわ……聞いてるだけで疲れてくる」
 頭を抱える曹操。自分の抱いている王様像とあまりにかけ離れてるから驚いてるのか、それとも『何でこんな奴に負けたんだろう……?』とか考えてるとか……多分両方だな。
「だけど……そういうあなただからこそ、関羽や張飛のような人材が集まったのかもしれないわね」
574 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 00:21:19.52 ID:1U/RiEmE0
納得してるのか呆れてるのか、まああどっちでもいいんだけど。
 ひとしきり呆れた後で、曹操は妙にすがすがしい顔で言った。
「ということは……私達を、とりあえずは殺さずにおく……というのは、本当なのね。全く……相変わらず甘いわね、あなた達」
「ははは、自覚してるよ。まあでも……」
 と、その時、

「ご主人様!」

「「「!?」」」
 と、不意にテラスに響いた声に、3人が一斉に振り向く。その視線の先には……
「何を考えていらっしゃるのです!? 捕虜に護衛もつけずにお会いになるなど!」
「あ……愛紗……」
 恐らく走って来たのだろう。僅かながら息を切らしている愛紗が、得物の青竜偃月刀を手にそこに立っていた。
「いやそんな、大げさな……」
「大げさなどではありません! 曹操のような危険人物に護衛の一人もつけずにお会いになるなど……もう少しお考えください! 一声かけていただければ、私が付き添いましたものを!」
 ああ、なるほど……。この分だと、誰か巡回の兵士にでも『僕らが曹操と話してる』って情報の報告でもあったから飛んできたな?
 けどまあ、曹操に会ったの偶然だったし、僕らの方から会いに来たわけじゃない。だから、このくらいなら別に少し注意されるだけで済むだろう。
 その愛紗はというと、悠然と座っている曹操を一瞥した後で僕と雄二に視線を戻す。
 と、更に口を開きかけた所で、愛紗の瞳が何かに気付いたかのように不自然に見開かれた。
「……ご主人様」
「はい?」
「その肉まんの袋は……何ですか?」
「げっ!!」
 まずい、気付かれた!
 愛紗が目ざとく発見したのは……僕が小脇に抱えている紙袋。その中には、暖かく湯気を上げている肉まんがいくつも入っている。
 買い食い自体は特に問題ではない。が……問題は、この肉まんは僕が城を『抜け出して』買ってきた代物だということだ。
 愛紗からは度々『城下に行くのは構いませんが、ちゃんと護衛をつけて、私や星あたりに一言報告を入れた上で行ってください。くれぐれも抜け出したりなさいませんように!』と再三注意を受けている。やばい……ばれたらやばい……。
 と言っても……護衛担当の兵士たちは愛紗の指揮下だし、今から口裏を合わせてもらうこともできない。侍女に頼んで買ってこさせた……だめだ、後で裏を取られるに違いない。
 ……よし、ここはこの手で行こう。
「ああこれ? 前に城下に出た時に買いだめしておいた肉まんを温めてさ、おやつに……」
「その坂本殿の手にあるのは、先程鈴々が私に喜々として自慢してきた『チャーシューまん』ですね? たしか今日発売の」
 ぐああっ! 思わぬ誤算!
 鈴々の奴……僕より先に目ざとく新商品を発見して買いに来てやがったのか! 何という嗅覚!
 というか……ここでこう言われてしまうと……最早ごまかしがきかないんだけど……。
575 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 00:22:06.20 ID:1U/RiEmE0
「ご主人様、少々……よろしいですか?」
「さらばだっ! 雄二パス!」
「おっ、おう」
「あっ、待ちなさいご主人様! また城を抜け出しましたね!?」
 愛紗のそんな声に構わずダッシュ。小脇に抱えていた肉まんの袋は雄二に投げて、愛紗の説教から逃れるため、一目散に城の方へ駆けだした。
「こらぁっ! ご主人様、待ちなさあぁーい!!」
 ひいっ! は、速い! 僕も脚力には自信あるのに……くそっ! もたもたしてたら捕まる! 全力で走らないとっ!
576 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 00:23:07.75 ID:1U/RiEmE0
「やれやれ……威厳ってものが無いわね、あの男は」
「全くだ。グズだし、ドンくさいし、バカだし……誉める個所が見当たらねーや」
「そうね……。何よりも甘すぎる、一国の王が、あんなに扱いやすくていいのかしらね」
「その分俺らが甘くねーからな。あのバカ懐柔しようとか、妙な気起こすなよ?」
「安心なさい坂本雄二。自ら望んで降ったのだもの、そのような恥知らずな真似はしないわ。まあ……もう少し仲良くなるくらいはあるかもしれないけどね」
「はっ……勝手にしろ。あ、コレ食うか?」
「そうね……食べる人は逃げて行ってしまったし……もらうわ。その新商品とやらを1つ貰える?」
 曹操がそう言った所で、どこからともなく、愛紗に捕まったらしい明久の悲鳴が響いてきていた。
 全くあのバカ……常人が愛紗相手にして逃げ切れるはずねーだろ。大人しく叱られてりゃまだ軽くで済んだろうに。ありゃ説教1時間は固いな。
577 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 00:26:18.11 ID:1U/RiEmE0
幽州・日常編(3)
第89話 食事と愛紗と必殺料理

「ですから、私が常々申し上げておりますように、ご主人様はもう少しご自分の地位に対する自覚というものをですね……」
 全力疾走の逃走も虚しくすぐさま愛紗に捕らえられた僕は、そんな感じでお説教を受けていた。
「いいですか? ご主人様の体はもはやあなた1人のものではないのですから、護衛もつけずに抜け出したり、今回のように勝手に虜囚と、しかも曹操などという危険人物と面会を……」
 一向に終わる気配がない。はぁ……失敗だったなあ。曹操との面会だけならその場で注意されるだけか、お説教だとしてもまだマシだったかも知れないのに……城下に抜け出して買ってきた肉まんがあだになった……。
 捕まった後そのまま僕の部屋に連行され、お説教が始まってかれこれ1時間。長い……姉さんといい勝負だ……。
 心配してくれるのは嬉しいけど、昼食を食べてない今の僕には正直きついな……。肉まん、買ってきたことは買ってきたけど、実は僕は1つか2つしか食べてない。雄二に毒見……もとい、あげてばっかだったし、昼食は昼食で普通にとるつもりだったからなぁ……その空腹状態での愛紗との追いかけっこ+この長時間のお説教はお腹に厳しい……。
「……ですので、以後気をつけて下さいね」
「はい……」
 や……やっと終わったみたいだ……。
 気づけば時刻は午後2時を回ったところだ。あー、こりゃお腹減るはずだよ。
「ん〜……この時間なら、食堂行っても大丈夫かなぁ……?」
 と、ぽつりとそんなことを呟く僕。城の食堂は、普通の兵士達もよく利用する学食みたいな雰囲気の場所だ。回転率早いから、前までは僕もよく利用してたんだけど……
 最近、特に魏を併呑してからは、ああいう所にはすごく行きづらくなった。
 僕とか、地位が高すぎる奴が行ったりすると、みんなぎょっとして無駄に緊張しちゃうんだよね……。まあ、鈴々や恋なんかはそれでも気にせずに使ってるんだけど……。
 2時か……微妙な時間だ。久しぶりに行きたいけど……ひょっとしたら、訓練が長引いた部隊が遅い昼食をとっているかもしれないな。行くのは遠慮しとこうか。
 なので、僕はいつも通り『呼び鈴』を使ってこの部屋で取ることにした。
 僕の机の上に常備してある小型ハンドベルで、鳴らせばすぐに常駐の侍女が来てくれる代物だ。いろんな雑用をこなしてくれるから、食事を持ってきてくれるよう頼むとしよう。
 と、僕がそれを手に取ろうとすると、椅子から立ち上がりかけていた愛紗が、
「? ご主人様、お食事ですか?」
「うん、昼ご飯まだだったからね。結局肉まんも1つくらいしか食べられなかったし」
「そ、そうでしたか、それはすいませんでし…………あ」
 と、何が思いついたようで、愛紗の頭の上に昭和のマンガ形式の電球が灯った。
「そうか、料理……それなら……」
「愛紗?」
「あ、いえ。あの……ご主人様、少しよろしいでしょうか?」
578 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 00:26:59.36 ID:1U/RiEmE0
え、何?
 今まさにご飯にしようと思ってたんだけど……まさか追加のお説教!? それとも仕事!? ご飯がまだだって知ってて……まさかそれを逆手にとったお仕置きですかっ!? そんな理不尽な!
「違います。ですがその……」
「……『その』?」
「はい。その〜……お昼ご飯ですが、もう少し後でもよろしいでしょうか?」
「え、どういうことそれ?」
 そう聞くと、なぜかそこで愛紗は少し言いよどんでいた。相手が誰だろうと何でもかんでもズバズバ言う愛紗が、何で仕事のことなんかで? もしかして……よっぽど緊急かつ大変な仕事で、今の空腹な僕に頼むのが躊躇われるとか……? うわ〜……そうであって欲しくないな……。
 ぜひとも断りたいけど……今の僕はそんなことを言える立場にはいない。
「あー……まあ、どうしてもって言うんなら……」
「ありがとうございます! では!」
「え? あ、ちょっと愛紗!?」
 何なの!? 用事って何なの!? せめて内容教えてよ!
 そんな僕の実際の声も心の声も聞こえていないようで、愛紗は僕の返事(棒読み)を聞くやいなや、一目散にどこかへかけていってしまった。
 どうしよう……空腹もそうだけど、何か嫌な予感がする……。
579 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 00:28:02.76 ID:1U/RiEmE0
その1時間くらい後、

 う〜……何やってるんだろ、愛紗……?
 絶対に『少し』という形容詞で表現するべきではないだけの時間が過ぎた。まあ、塩水で月末を乗り切れるだけの環境対応能力を持つ僕の胃袋だったからよかったものの……これから何か用事に付き合わせられるのかと思うと、いい気分はしないな……。
 と、

 ガチャ

「お、お待たせしました……」
 なぜか控え目な声と共に、扉を開けて愛紗が戻ってきた。ようやく来たか……。この声のトーンってことは……空腹の僕を待たせてしまったことを多少なり反省しているのかも知れない。それなら、まあ愛紗には少し悪いけど……やっぱその『用事』はご飯の後にしてもらえないかな……?
 と、まあとりあえずそう頼むかどうか、愛紗の顔色を見て決めようかな〜……なんてことを考えつつ振り向くと、
「……?」

「お、おまたせしましたご主人様。こ……これが……本日の昼食になります……」

 と、おずおずと言ってくる愛紗の手には……
「チャーハン?」
「は……はい……」
 そう、チャーハンだった。
 愛紗は、扉から入った所で、仕事の書類でも他国からの貢物でもなく、1皿のチャーハンを持ってたたずんでいた。
 あれ? どういうこと? 用事はどうなったの? というか、何で愛紗が僕のお昼を持って来……まてよ?
 今たしか愛紗、『本日の昼食』って言ったな……そしてこのタイミングといい、仕事をにおわせているわけでもない愛紗の態度といい、もしかして……
「えっと……愛紗が作ってくれたの?」
 と、そう聞いた瞬間に愛紗は体で反応してくれた。
「や、あ、あの、ご、誤解しないでくださいね? その……えっと……鍛錬をしていて時間が余りましたので、作ってみただけなのです。ほんの手遊びです」
 わたわたと慌てながら、顔を赤くしてそう言ってる愛紗。
 いやあの……これを作りに行く前、鍛錬どころか思いっきり僕と話してたよね? しかも、『ほんのちょっと時間があったから』て……僕1時間近く待ったんだけど? 明らかに気合入れて作ってたよね?
 テンパってまともな言い訳を考えられていない愛紗。う〜ん……愛紗でもこんなことあるんだな……ちょっと新鮮だ。
 まあ、『何でわざわざ?』とか、色々と突っ込みたいことはあるんだけど……今はいいや。とにかく、仕事とかそういう類の用事じゃなくて、単に愛紗が自分でご飯を作って僕に御馳走しようとしてくれてた……ってのが今の待ち時間の状態だったわけだ。これは思わぬ吉報だ。何せ今の今まで、てっきりこの後飯抜きで仕事させられるそのだとばかり思ってたから……遅くなったとはいえ、ここでご飯にありつけるのはうれしい。
 そう考える僕の顔は、どうやら空腹を前面に押し出した表情に変わっていたらしい。愛紗はそれを察して、
「ささ、熱いうちにどうぞ。お腹もすいていらっしゃいますでしょうし、その……チャーハンは熱いうちに食べた方がおいしいでしょうから」
「あ、うん、ありがとう」
 僕の机の上に、愛紗の出来立てチャーハンの皿がのせられる。うん、見た目から匂いまで、美味しそうに出来てるな……ちょっと匂いはスパイシーな感じがしなくもないけど、恐らく味付けだろう。これは楽しみだ。
 にしても……愛紗が料理が得意って話は聞かなかったんだけど……意外に上手いんだな。朱里や紫苑が上手なのは知ってたけど……これは新事実だ。
 もっといろいろ話した方がいいかなとも思ったけど、いかんせん空腹ゲージは絶賛レッドゾーンだ。愛紗の方も、どうやら早く感想を聞きたいらしく、『食べて食べて』的な目で僕の方に視線を送ってきてくれる。これは……何か言うよりもまず食べるべきだろう。
 そう確信し、僕は一緒に用意されたレンゲを手にとって、チャーハンをすくった。そして……少し大きめの一口を口に運ぶ。
 そのお味は……

「ど……どうでしょうか? お口に合えば……」
「……うん! さらさらと思いきやしっとりしてて、辛いと思いきや甘かったりしょっぱかったりするあたりがとってもぐはっ」
580 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 00:28:52.69 ID:1U/RiEmE0
反射的に口をついて出た意味のわからないコメントと共に、僕の口からあり得ない音が出た。まるで……ドラ○エのラスボスが絶命する際に決まって口にするあのセリフのような擬音が……ってちょっと待った!
 何だ今の!? 一瞬川が見えたような気が……っていうか、こんなこと前にもあったぞ!? たしかあれは……そう、学祭で姫路さんの作ったゴマ団子をほおばった時と同じ感覚……
 ……ということは……だ。
「…………(じ〜っ)」
 上目づかいで僕の感想を待っている愛紗に自然と目が行く。まさか……
 頭に浮かぶのは、一見おいしそうでありながら、口に含んで噛み砕いた瞬間に走馬灯や三途の川を見せてくれたチャーハンへの、そしてその作者への当然の疑念。

 まさか愛紗って……姫路さんや姉さんと同種の……必殺料理人!?

「……お口に……合いませんでしたか?」
 そう、心配そうな顔で聞いて来る愛紗……これは、少なくとも故意にこういう味付けにしてるってわけじゃないみたいだ。つまり……悪い方の予感が当たったか……。
「いや、お、おいしいよ、うん」
「! 本当ですかっ!」
 と、沈みかけていた愛紗の表情が一気に明るいものになる。やれやれ……作ったものとは裏腹に、本当にうれしそうな顔するんだから……。つくづく……姫路さんと同じだなあ……。
 しかし困った……これ、全部食べるのか……? 食べた瞬間に死の世界を垣間見ることのできる、この特殊なチャーハンを……
 失敗して量が減ってしまったのか、それともこの量で作ったのかは知らないけど、一般的な高校生が満足する量よりも少し少ないかな……ってなあたりの量のチャーハン。しかし、今はそれが逆にありがたい。
 行儀のこともあるけど……『美味しい』って言っちゃったんだし……何より……
「ささ、遠慮せずにたくさん食べてくださいね!」
 …………『ぱあああ……』なんて効果音がつきそうな、愛紗のこの嬉しそうな顔……。これ、今更『もういいよ』なんて言えないよな……絶対……。
 すなわち、僕に残された道は……己の消化器官の根性を信じて、一気にこれを処理してしまうことだけ……というわけだ……。
 そうとわかれば……迷っている時間も余裕もない。意識があるってことは……少なくとも姫路さんや姉さんのそれよりはマシなはずだ! 何より、躊躇すれば手が動かなくなる……覚悟が新しいうちに……っ!!
「う、うん……美味しいけど……昼からの仕事が残ってるから、一気に食べさせてもらうね?」

 がつがつがつ……ぐふっ……がつがつ……ごはっ……

「あらあらあら、そんなに騒きこむと喉に詰まりますよ?」
 時々聞こえる、僕の生命維持機能があげている悲鳴を体現した擬音に気付くことなく、愛紗は満足そうにチャーハンを掻きこむ僕を見ていた。
 イスに座り、机に肘をついて僕の食べっぷりを笑顔で見ているその姿はまるで、自信作の家庭料理をおいしそうに食べる彼氏を見ている現代少女。はたからみれば、これほど微笑ましい光景もなかなかないだろう。
 ……あとはそのチャーハンがまともだったら……僕も一緒に心から笑えたのに……。
 食べ進めてみると、内側の方は更に殺戮的だった。
 見た目はどこもおかしな所はない。いつも料理長に作ってもらってるチャーハンとさして変わらないくらいだ。
 ただ……味は、甘かったり辛かったりしょっぱかったり苦かったりすっぱかったり。知ってる限りの調味料を相当な量入れても出てこないであろう味だ。しかも、所々米粒がおかゆのようにしっとりしていて柔らかい。これ……油どんだけ使ったんだろう? おまけに食材はほとんど火が通っていなくて、どれを食べてもガリガリというチャーハンにはあり得ない食感。
 これだけ天変地異的な味を引き出しておきながら見た目がまともとは、たちが悪いというかある意味天才というか……。
 た……耐えるんだ僕の体……気を抜いたらその瞬間肉体と魂が分離する……。
 作り笑いを悟られまいと、そして一瞬でも勢いを[ピーーー]まいと、必死でチャーハンを描きこんだ。その様子を見ている愛紗は笑って、
「ふふっ、そんなに喜んでいただけたのであれば……もう少し量を作ってくるべきでしたね、申し訳ありません♪」
 全身全霊で遠慮したい申し出だ。ははは……ホント、全然笑えないや。

 そのままチャーハン(とよく似た死神)と死闘を繰り広げること2分弱……
581 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 00:29:53.30 ID:1U/RiEmE0
「ご……ごちそうさま……」
「はい、おそまつさまでした!」
 愛紗は空になったチャーハン皿を手に満面の笑み。
 きっと、よの女の子が自分の作った料理を褒めてもらえた時の喜びをかみしめているんだろう。いつもいつも戦だの警邏だの、お堅いイメージの愛紗しか頭に浮かんでこないから、こういう笑顔は僕としても見ていてうれしい。
 ……できれば、僕も一緒に笑える……っていうのが理想と言えば理想なんだけど……。
「それでは私は、コレを下げた後で仕事に戻りますね。ご主人様も、食休みもほどほどに政務に戻られますよう」
「う……うん……」
 僕の返事を確認すると、愛紗はそのまま部屋の外に出て、一礼して扉を閉める。
 そしてそれを確認して……僕は、

 がたっ どさっ

 と、背中から床に倒れ伏した。
 た……耐えきった……一時はどうなることかと思ったけど……何とか耐えた……。 胃袋の中に鉛でも入っているかのような、超ド級の重い感じがきつい……でも、まだ生きてる……!
 しかし……何でこういう必殺料理が出来るんだろう? チャーハンって確か、鍋を動かす時の手首のスナップを除けば、教本通りに作れば全部上手く行く料理だったはずなのに……。こういうのって、『折角だから私オリジナルの味を出してあの人に食べてもらいたいな〜♪』っていう女の子の痛すぎる善意が生 み出す産物なんだよな……。何をいれたのか……別に聞きたくないけど……。
 ともかく……このままの状態で政務に向かうなんてできるはずもないので、少しでも休みを取ろうと這ってベッドに向かう。
 侍女を読んで胃薬を持ってきてほしかったけど……呼び鈴は使うわけにはいかない。愛紗はまだそのあたりにいるだろうから、鳴らしたら気付かれる恐れがある。これは……自己治癒しかないな。

「〜〜♪ 〜〜〜♪」

 扉の向こうからわずかに聞こえる、そんな音色。あーあ……嬉しそうに鼻歌なんか歌っちゃって……僕にはその鼻歌も念仏か何かに聞こえてくるよ……
 やっとの思いでベッドにたどり着いた僕は、胃のもたれに続いてなぜか襲い来る体の節々の痛みをこらえつつ、ベッドに横たわる。すると、意外にもすぐにまぶたが重くなった。あれ、てっきり胃もたれで苦しくて眠れないかと思ったのに……。
 ……このまま眠って、二度と目覚めないとか無いよね……?
 そんなことにならないよう、最早希薄なものになってしまった意識の中で精いっぱい祈りながら、僕は安らかな眠りについた。
 まるで一生このまま眠っていられるかのような……ひどく安らかで、静かな眠りに……。

                     ☆

「よ……よし……これで少しは、ご主人様も私のことを……。な、何かの本に、『男は料理のできる女に惹かれる』と書いてあったからな……島田殿や姫路殿、紫苑や朱里もこの手のことは得意のようだし……これで私もようやく彼女らと同じ地平に並んだか……うむ!」
 全く並べていないことに気付いていない愛紗は、調理の際に変形して前衛的なオブジェ作品のごとき形状になった中華鍋を片手に、次は何を作って明久に差し入れしようか思案していた。


582 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 00:30:52.00 ID:1U/RiEmE0
幽州・日常編(3)
第90話 捕虜と侍女とイベント情報


 平穏な午後のひと時に僕を急襲した、料理と言う名の殺人兵器。しかもそれを作ったのが愛紗というのだから、イレギュラーもいい所だ。まさか彼女もまた『必殺料理人』の称号を冠する一人だったなんて……世の中油断大敵だな……。
 とまあ、そういうわけで、僕は今ひどく疲弊している。
 てっきり目覚めなくなるかと思った蜀休みの昼寝は意外に早く、10分も立っていないうちに終わった。おお、生きてた。
 まあ、再びこの世界の空気を吸えたことに対しては感無量だけど……その直後、新たな問題が発生。
 空腹が全く解消されていないのだ。まあ、アレを『食事』というジャンルに入れていいのかと言われたらNOであり、確かにどちらかと言えば『試練』だと思うのはそうなんだけど……今僕の胃袋は、食前と同じかそれ異常なほどの悲鳴を上げて食料を催促してくる。
 あ〜……こんな時に限って水差しの中の水も切れてるし……これからは塩と一緒にいつでも常備しておくようにしないとだめだな。塩水さえあれば、最悪丸2日くらいなら耐えられるはずだ。その分、生命維持のためにむやみやたらと動けなくなるけど……向こうではそれで何日か保たせてた事だってあったんだし。
 それでもまあ、一応激務と言っていいこの政務の山を前にそれはいただけないから……この腹の虫を治めるためにも、アレ以外のもの何か腹に入れないと……。
 そう思って部屋を出た僕は、渡り廊下まで歩いた所で、運よく月と詠に会うことが出来た。事情を(愛紗の必殺料理については上手く隠して)話した所、何か軽食を作ってきてくれるとのことだ。なので、それ以上移動する元気のない僕は、渡り廊下のテラス(さっき曹操達と話してた所とは別の、だ)に座り、ぐったりと死んだように脱力してそれを待つことにした。
 姿勢を低くしているために、テラスの上を覆う屋根の下から日差しがわずかに当たる。ああ……いっそ僕が光合成でもできたら楽だったろうな……なんて考えながら無心のままで待っていたら、
 ふと、その日差しが何かに遮られた。

「お? ご主人様やん、何してんの? そんな浜辺に打ち上げられたワカメみたいなカッコして」

「……?」
 だれだ、人をみそ汁に入れるとおいしい海産物に例える微妙な思考回路の持ち主は。
 どうにかエネルギーを絞り出して顔をそっちに向けると、そこに立っていたのは……
「張遼?」
「おいっす!」
 サラシに法被という、クールビズに程がある刺激的な服装が相変わらずの女武将、張遼だった。きょとんとした表情で、僕の顔を覗き込んでいる。
「何してるの? 張遼……」
「や、それそのままウチが聞きたいんやけど……まあええか。ウチは散歩。天気のいい日は、散歩か日向ぼっこに限るねん、やっぱ」
 心の底からリラックスしているかのような笑顔を浮かべて答える。
「ウチは捕虜やし、何もすることあらへんさかいな。三食ついて、寝床もあって、その上何もせんでええって、や〜……人生捨てたもんやないな〜!」
 ……満喫してるな……捕虜ライフ。曹操とは対照的だ。
 曹魏との決戦の時に投降し、僕らの傘下に入った張遼は、まあゆくゆくは将として迎えることになるんだろうけど、今はまだ捕虜としての扱いになっている。
 といっても、曹操達と同様、何か大変な状態での軟禁とかそういう扱いは無い。移動できる場所や時間帯に制限はあるものの、それらさえ守れば基本的に自由。何をしてもいいことになってる。散歩でも、鍛錬でも。日にちが合って許可さえ取れば、お風呂にだって入れる。
 世話役の侍女だってついてるし、何もしなくても周りで全部やってくれる状況というだけなのだ。肩書きさえ気にしなければ、これほど気ままにやれる生活もないだろう。
 曹操なんかはあくまで『捕虜』だからいい気はしてないみたいだけど……こっちは微塵も気にしていない様子だ。そして、『ま、いずれは部下になるんやし』っていう理由で、彼女も僕のことは『ご主人様』って呼んでる。
 もともと竹を割ったようなさっぱりした性格の張遼だから、ここになじむのも早かった。鈴々や星なんかは特に、昔からの仲間みたいに気軽に接している状況だ。まあ、それはいいことなんだけど……さっきからちょっと気になってることが……
「ところでさ、張遼」
「何?」
「いやあの……ここって、張遼は立ち入り禁止の区域じゃない?」
「え!? ホンマ!?」
 口に手を当てて驚く張遼。
 捕虜である張遼は、定められたラインよりこっち側……すなわち、捕虜なんかの収容区域から、僕みたいな国の要人がいる生活スペースに来ることが許されていない。もちろん、僕らの安全を守るためだ。で……ここはその禁止区域。
 こっち側へ来る『許可証』は、僕のハンコが必要な書類だけど……最近、張遼にこっち側に来る許可証を出した覚えはない。つまり……彼女は許可証を持っていないはずで、こっちにいちゃいけないはずなんだけど……?
「いや〜、うっかりしとったわ〜……でも、番兵とかおらんかったで?」
「そう? もしかして、丁度交代の時間だったのかな……?」
「ああ、そうらしい。すまんな、こちら側の落ち度だ」
 そうかそうか、境界線を警護する番兵がいなかったせいで……

 ……あれ?

583 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 00:31:36.92 ID:1U/RiEmE0
「「うお!?」」

「そんなに驚くこともなかろう?」
 と、突然割り込んできたコメントにびっくりして後ずさりする僕と張遼の目の前で、いつの間にか背後に忍び寄っていた華雄がそんなことを言った。いや、んな無茶な。ていうか、いつの間に……?
 ……ああ、そういえば、華雄は今日の城内警備の当番だっけ。
「な、なんや、華雄ちんやったんか……おどかさんといて……。そんなお化けちゃうねんから……いきなり出て来んといてや……」
「こっちのセリフだ。全く……お前が許可もなくこっちに来ていると報告を受けた時には、何かと思ったぞ? まあ、大方こんなことだろうとも予想はついたが」
 腰に手を当てて呆れた様子の華雄。それに続けて、華雄が色々と説明してくれた。
 話によると、やっぱり張遼は偶然番兵の交代の時に通ったらしい。まあ、ここに来てまだ日が浅いし、境界線を見張る兵士がいないんじゃ、うっかりこっちまで来ても仕方ないか。
 で、その後警邏の兵士が張遼が禁止区域で歩いてるのを見つけて、その後たまたま会った華雄に報告した、と。それで事の真偽を確かめるために、華雄がここへ来た。
「スマンな華雄っち、うっかりしてもーたわ」
「いや、交代に手間取っていた兵士達の責任もあるしな。だが……やはり早め早めに戻った方がいいかもしれん。私や吉井殿だからよかったが……愛紗あたりに見つかったら少々面倒だ」
 華雄の言う通りだ。兵がいなかった+うっかりしていたとはいえ、ここが捕虜の立ち入り禁止区域なのは事実。愛紗に見つかったら……厳重注意(というかお説教。捕虜だろうが容赦ない)は免れないだろう。許可証も無いしな……。
 うーん、残念だな……せっかくの機会だし、もうちょっと張遼と話してたかったんだけど……ここで愛紗に見つかったら僕までお説教に巻き込まれる恐れがあるしな……。
 と、

「お……おまたせしました……」

 と、僕の背後からおずおずとした声。
 振り向いてみると……ああ、やっぱり月と詠だ。さっき軽食頼んだんだっけ。月が持っているトレーの上には点心とお茶が。うん、腹ごしらえにちょうど良さそうだ。
 一方の詠は……手にお茶っ葉の入った缶を持っている。給仕をすると必ず食器を1つ2つ割ってしまうドジっ子は、食器や食べ物を持つのは遠慮したみたいだ。まあ……言っちゃ悪いが、正しい選択と言わざるをえない。
「全くもう、ご飯なんか取りにパシらせて……これじゃボク達が侍女みたいじゃない」
「いや、侍女でしょ」
「ボクはそう思ってないもん。あくまで……あれ?」
 と、そこまで言って詠のセリフが止まった。? どうしたんだろう?
 見ると、その視線は、張遼の方に向いていて……って、張遼の方も固まってる?
 と、張遼は驚きと困惑が盛大にミックスされた表情のまま、ゆっくりと口を開く。
「……賈駆……っち……?」
 その口から零れ出たのは……詠の名前。ただし、真名じゃない方の。
 ……あ、そうか! 今まで魏の武将だったからすっかり忘れてたけど、張遼ってもともと……
「えぇぇえっ!? か……賈駆っち!? 生きとる!? それに、そっちにおるのって……」
「はあっ!!」
「董たkもごおっ!?」
 と、月の名前を言い終えるより前に、
 超速反応で華雄がトレーの上の肉まんを1つつかみ、ほとんど叩きつける勢いで張遼の口の中に押し込んだ。思惑通り張遼のセリフは途中で中断されたが、その威力を受け止めきれず、張遼は椅子ごとガタァン!! と音を立てて倒れる。うぉっ、あ、頭から行ったけど……大丈夫か!?
「華雄ちん!? 何でここに貫駆っちがモゴモゴ」
「言うな! その先を言うな!(小声)」
「(ごくん)何!? どゆこと!? てゆーか何で賈駆っちと董卓ちゃん生きとるん!? 洛陽で死んだんちゃうの!?」
 ああ、そういえば外部には『董卓と賈駆は死んだ』ことになってて、張遼はこの2人の顔を知ってるんだっけ。彼女も月達は死んだもんだとばかり思ってたわけだし、ここでその顔見たらそりゃ驚くわ。
 わけがわからずテンパってる張遼と、2人が保身のために隠している名前を言わせまいと口を押さえる華雄。
 あー……説明が要るな、これは。
584 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 00:32:55.74 ID:1U/RiEmE0
「は〜……せやったんか……。それで賈駆っちと董卓ちゃんが……」
「はい……ご主人様がかくまってくれて……」
「それにしたって、侍女はないでしょ侍女は。もっとマシな役職用意してほしかったわよ」
「詠ちゃん……」
 とまあ、一応落ち着いた張遼に事情を説明。無理もないけど、やっぱり驚いた様子だった。張遼はてっきり月達は白装束達に殺されたもんだとばかり思ってたわけだし、しかもそれが生きてたどころか僕の『侍女』になってたんだから。
「よかったやん、殺されんで。まあ……あそこで猛ちゃんあたりに捕まっとったら、九割九分処刑やったやろしな……」
「まあ、奴の性格ややり方を考えれば……そうだろうな」
 そうでなくても……あの同性愛者のことだ、奴隷(オモチャ的な意味の)か何かにされてたかもしれない……おーこわ。
 その曹操も、今は僕らの捕虜だけどね。
 とまあ、形式上敵だった張遼だけど、その性格もあって気にしている様子はないし、月の方も張遼が曹操軍に下ったことを気にしてる様子もない。うん、もしかしたら気まずくなるんじゃないかとか心配したけど、これならこれからも仲良くやって行けそうな気がする。詠は詠で、何か言いたそうだったけど我慢してくれてたし。
「しっかし、貫駆っちも董卓ちゃんも何やけったいな服着とるやんけ、何それ?」
 と、月と詠の着ているメイド服に目をつけた張遼が聞いて来た。
 その問いに、詠は不機嫌そうにスカートのすそを軽くつまんで、
「僕だって知らないわよ、そこのバカ太守に聞いてくれる? この服を制服に指定して来たのは、そこのバカと、その部下の三白眼の天導衆なんだから」
 放置されて1週間たった生ゴミを見るような目で僕を睨む詠。や、確かに指定したのは僕とムッツリーニだけどさ……いいじゃない、似合ってるんだし。それに、僕は純粋に2人に似合いそうだからそう決めただけで……。
「まあ、バカのこいつらのことでしょうから、何か自分たちで考えた変な服を着せてへらへら笑ってるんでしょうけど」
「何言ってるのさ詠。その『メイド服』というものは、僕らの世界では万人に愛される、まさに日本男子の夢と希望を一手に担う崇高かつ至高のファッションで、言ってみれば現代日本の流行の最先端にしてその文化の象徴ともいえる服で左腕のひじ関節がねじ切れてしまいそうに痛いいいいいいっっ!?」
「何を間違った知識教え込んでるのよ、このバカ」
 と、いつの間にか後ろに来ていた美波が僕のひじ関節を極めていた。
「あ……美波さん……」
「やっほー、月ちゃんも詠ちゃんも、元気?」
「はい……おかげさまで……」
「はあ……なんだかまた騒がしいのが増えたわね。張遼とバカ太守だけで間に合ってるっていうのに」
「何言ってるの詠ちゃん、『太守』は余計よ」
「ええの? ただのバカになってもーてるやん」
「いいのよ、揺るぎない事実なんだから」
「美波っ! さらっと流して会話を進めないで! いや会話をするのは結構だけどその前にせめて僕の関節を開放して! 痛くて意識が飛びそうになってるから!」
 なんか失礼な会話が聞こえたけどこの際気にしないから!
「わかったわかった、ほら」

585 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 00:34:11.62 ID:1U/RiEmE0
ゴキン

「違う! 解放してっていうのは外してって意味じゃない!」
 さっきより痛い!
 若干だが前より長くなった気がする左腕を押さえてのたうちまわる僕を、心配そうな目で見ている月が目に入った。うう……何この扱い……?
「全く……ちょっと目放すとすぐ女の子に囲まれてるんだからこいつは……」
「え……何か言った?」
「何でもないわよ」
 と、美波がしゃがみ込んで僕の関節を元に戻してくれた。
 ……痛みが治まったのはうれしいけど、こういう特殊な経験を積んだ人でもない限り持ってなさそうな技能を普通にこなせる女子高校生ってどうなんだろう?
「だ……大丈夫ですか……?」
「ふん、自業自得よ」
 何もしてないんですけど。
「ところで、天導衆の〜……島田ゆーたっけ? 何でこんなとこにおるん?」
「こっちのセリフよ。えーと……そう、張遼さん。ここ立ち入り禁止区域じゃなかった?」
「あ〜ごめん。実はかくかくしかじかで」
「あっそ。全く……気をつけなさいよね」
 何だか今すごく便利な裏技が使われたような気がした。
 と、美波はポケットから何やら封筒を取り出して、
「張遼さん、これ、あなたに郵便来てたわよ?」
「え、ウチに?」
「うん。侍女さん達がいくら探しても見つからないって困ってたわよ。全く……そりゃ当然よね、禁止区域(こんなとこ)に来てたんじゃ」
「せやからごめんって……」
「しかし……何だその封筒は? 何やら随分と厳重に封がされているようだが……」
 と、華雄のセリフが気になって、僕はまだ少し痛む腕を抑えつつ立ち上がった。
 そしてその封筒をよく見てみると……なるほど、本当だ。やけに厳重な封だ。
 これ……前に漫画とかで見たけど、『封蝋(ふうろう)』っていうヤツだっけ? 昔よく使われてた、手紙を堅く閉じるための『ろう』。今の時代で言うならば、重要書類のとじ口に押すハンコみたいな扱いになるのか。現代でも、しゃれたパーティなんかでは招待状の封に使われたりもするらしい。
 でも……いくらこの時代だからって、普通の手紙に気軽に使えるほど安価かつ一般的なものじゃなかったと思うけど……? しかも、なんだか複雑っていうか大げさな紋章みたいのが刻まれてるし……どことなく豪華っぽい……。
 これが張遼に来たって? 誰から?
「差出人……書いてないですね……?」
「それにこの封蝋……安いものじゃないわ。何でこんなものが張遼に届くのかしら?」
 と、月と詠も不思議そうに答える。
「張遼、何か心当たりとかある?」
「ん〜……猛ちゃんやご主人様以外やったら、そんなん使いそうな人に心当たりなんて……あ、もしかして!」
 と、言うやいなや、僕らが制止する暇もなく、その封を開けて中の手紙を引っ張りだした。僕らが見ているのも構わず……またはどの道後で言及されるだろうから気にしないつもりなのか……その手紙を開く。そこには……。

「「「……『武道大会』……当選通知?」」」
586 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 00:34:58.66 ID:1U/RiEmE0
……? 何それ?
「『武道大会』……だと? まさか、今城下で噂の……」
 と、華雄。不思議な顔をするその隣で、張遼は困惑を喜びに変えて、
「わー! やったー! 抽選受かったんや〜!」
「どういうこと? 張遼、あんたもしかしてコレに応募してたの?」
「ちょっと、話が見えないんだけど……何その『武道大会』って?」
 と、僕と同じく状況を飲みこめていない美波が会話を遮って割り込んだ。
 どうやら手紙の受取人である張遼のみならず、華雄や詠も知ってるみたいだけど……武道大会って、そんなのがあるの?
「ええ。最近、侍女たちの間でもうわさになってるもの。近々行われる祭の期間中に、腕試しのために各地から武術家が集まる大会みたいのがあるって」
「「祭……?」」
「あ……それ……わたしも聞いたことあります……。武道大会はわからないですけど……楽しみですよね……」
 月もにっこりと笑ってそう言っていた。
 いや……ちょっと待って……。あんまり説明になってないし……そもそも、『祭』って何? そんなものが開かれるなんて、聞いてないんだけど……?
587 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 00:35:32.92 ID:1U/RiEmE0
月と詠に簡単に説明してもらった感じだと、『文月祭』と呼ばれているらしい。
 決して学園祭ではない。
 僕ら『天導衆』の台頭によって幽州は領土を見る見るうちに拡大し、遂には大国『魏』をもその傘下に収めてしまった。しかも、魏の人民には全く被害を出さずに。かつ、彼らも僕らの統治に納得し、満足している。
 この、『他国を併呑したにもかかわらず全くもめごとの一つも起きず、それどころか更に平和が頑強なものになった』という今の状況。またまた『神業』とか言われてるらしいけど、要はその平和をみんなで祝おう、っていう趣旨のお祭りらしい。
 最初はこの幽州啄県で小規模にやる予定だったらしい。しかし、それをかぎつけた他の都市が次々に『自分達も混ぜろ』と名乗り出て、ついには幽州全域どころか、旧魏領までも巻き込んでの壮大なものになったらしい。大規模な祭りなのに、王である僕のもとに何の知らせも来てないっていうのは、恐らくその辺が原因だろう。それに、戦争終わりで忙しい時期だから気を使ってくれてるのかもしれないし。
 とまあ、その祭、中身はごく単純。普通の祭みたいに、屋台が出たり、みんなで盆踊りやキャンプファイヤーよろしく騒いだり、的当てなんかの露店も出たりするらしいんだけど……個人、もしくは団体主催の、それらよりかなり大規模な催しも各地にある。
 その中の一つが、張遼の応募した『武道大会』。今や大陸最大規模のにぎわいを見せるこの都市で、大陸各地から腕利きの武術家・武人が集まって腕を試すというものだ。仕組みは簡単、傘下の意思がある者は、事前に手紙で参加表明をする。抽選で合格すれば、参加できる。
 もともと戦闘狂の気がある張遼は、噂を聞くやいなや応募したらしいんだけど……。
「ねえ……張遼?」
「ん? 何〜?」
 満面の笑みの張遼に、おずおずと詠が話しかける。
 やはり……気付いていないみたいだ。でも……
「その……大会だけどさ……」
「ああ、貫駆っちも応援しに来てな? ウチ頑張るさかい!」
「楽しそうに嬉しそうにしてるとこ悪いんだけど……」
 と、そこで詠は言いづらそうな雰囲気を振り切って一気に、

「あんた、虜囚だから城の外に出してもらえないでしょ」

「……………………………………あ」
588 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 00:35:59.32 ID:1U/RiEmE0
と、ここでようやく張遼は致命的なことに気付いたらしい。
 一応、張遼は『捕虜』。城の中は禁止区域でない限り自由に出歩けるが、城の外に出る許可は……出ていないのだ。当然……そんな大会に参加できるはずもない。
「え……ちゅーことはもしかして……」
「もしかしなくても、大会どころか祭自体に参加できないのよ、アンタは」
「う……う……嘘やあぁぁぁ―――――――っ!!」
 基本的なことをすっかり見落としていた張遼は、驚愕(当然)の事実の発覚に唖然としていた。その場にいる、張遼を除いた全員がため息をつかずには居られなかった。
 気付くの……遅いでしょ……。



 しかし……祭、か……。
589 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 00:36:45.62 ID:1U/RiEmE0
幽州・日常編(3)
第91話 許可と真名と君主の威厳


 あの後、『虜囚=外出できない』という絶望の方程式を目の当たりにした張遼はというと、
 当然のように僕にすがってきた。内容は簡単、その日一日だけでも、外出を許可してもらいたい……とのことだ。監視も、何なら拘束も受ける……と。
 そんな愛紗のお説教フルコースを呼び込みかねないこと、愛紗に言えるはずもないんだけど……今回は状況がちょっと違ったりする。
 僕のチャーハン完食を受けてか、愛紗は今非常に機嫌がいい。ものを頼みやすい。
 人の感情を利用するみたいで少し気が引けるけど、今はチャンスだ。なので、ダメ元で『虜囚の外出許可』を頼んでみると……なんと、たった2時間のお説教で通ってしまった!
 ……ええ、『たった』ですとも、内容を考えれば。
 ともかく、大分端折ったけど……許可証さえ発行すれば、虜囚の外出が許可される……ということだ。もちろん、武装は完全解除だし、監視もつけるけど。
 そのことを張遼に話したら、本人もあまり期待はできないと思っていたのか、もう凄い勢いで感謝してくれた。いや〜……すごいテンションだったな……好意だったのはわかるし、喜んでもらえるのは嬉しいんだけど……正直少し引いた。
 それと、これからは真名の『霞(しあ)』で読んでいい、とも言われた。もともと『張遼』という呼び方も、何だか他人行儀で気に入らなかったんだそうだ。

 さて……そんなこんなでご機嫌な霞と別れたのが、昨日のこと。
 今日は僕は、霞よりもよっぽどうるさく外出を催促し続けるじゃじゃ馬のもとに向かっていた。彼女にとっても吉報となる知らせを持って……だ。

 誰かって? 1人しかいないだろ。
590 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 00:37:26.51 ID:1U/RiEmE0
「それで……今日は何? まさかまた偶然……ということはないのでしょう?」
 とまあ、遠慮0%でテラスにふんぞり返っている曹操である。相変わらず、捕虜とは思えない態度だな……。まあ、霞といい詠といい、ここにいるのって大概はそんなもんだけど。
 その隣では、今日はきちんと同伴している夏候惇・夏候淵の姿があった。2人ともどうやら鍛錬場に行って来た帰りらしく、鎧と模造刀(夏候淵は弓。張力を弱めた訓練用)を装備していた。……はっきり言って、威圧感が半端じゃない。
 まあ、さすがにまた護衛無しで行くのはまずいし、また愛紗に睨まれかねないので、今回はきちんと、護衛役に恋(得物完備)を連れてきてるから、一応は安心できてるけど。
 さらに、雄二も一緒だ。まあ、こいつはおまけみたいなもんだが。
 ともかく……いつまでも夏候姉妹の威圧にビビっててもはじまらないので、とりあえず話を進めることにした。
「うん。えっとさ……例のことなんだけど、許可が下りたから知らせた方がいいかと思って」
「「「許可……?」」」
 と、その途端、
 曹操の両サイドを固めていた、夏候惇と夏候淵の顔色が変わった。
 2人とも下を向き、伏せ目がちになった。表情も……よく見えないけど、明らかに暗く、沈んだものになっている。
「そうか……いよいよか……」
 そんな蚊の鳴くような声でぼそりという夏候淵。……?
 例えるなら、女の子と一緒にいる所を霧島さんに見つかった雄二のような……そう、深く絶望しているような面持ちだ。
 その隣の隣……夏候惇も、先程までの威圧感はどこへやら、僕らの本陣を訪ねてきたあの時といい勝負な具合にしょぼんとして……。予防接種を控えた小学生でもこうはなるまい。
どういうことだろう、てっきり喜んでくれると思ってたのに……。
 と、同様の感想を抱いたらしい雄二が、
「何だ、しけた面しやがってお前ら? てっきり喜んでもらえるもんだとばかり思ってたんだが」
と、それを聞いた夏候惇が、きっとこっちを睨みつけて言った。
「貴様ら……この期に及んでなおも嫌味を言うか!」
「は?」
「嫌味って……何?」
「ふざけるな! 我らの首をはねるのが……そんなに楽しみかっ!」

 ………………はい?

 いやあの……どういう意味?
 あ、そういえば僕今『外出の許可』とは言ってなかったな。それで勘違いしちゃったのか……って待て待て、この2人はともかくとして、だ。
 曹操は、僕はもう彼女たちを処罰するつもりはない……って知ってるはずなのに……。
 もしかして2人に伝えるの忘れちゃったのかな、と、ふと曹操の方を見てみると……

「〜〜〜〜〜〜♪」
591 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 00:37:56.42 ID:1U/RiEmE0
……おいおい。
 両サイドの2人と、その中央にいる曹操との間に、コレでもかってほど明確に存在する温度差。かたや絶望、かたや余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)……。時折、隣にいる2人に視線を向けてにこにこと笑っているのは……見間違いではあるまい、断言できる。
 ………………こいつさては……伝えてないな? しかも恐らく、わざと。
(どう思う、雄二?)
(お前も予想ついてんだろ? 大方あのチビ、処刑の日取りが決まらなくて不安そうにしてる2人を見て楽しんでたんだろーぜ)
 ……やれやれ……また悪趣味な……。雄二といい勝負だ。
 その曹操はというと、どうやら僕達の表情から、僕達が事情を理解したと悟ったらしい。ウインクなどして、視線だけで『言っちゃダメよ』と合図を送ってくる。こいつ……まだ満足してないのか……。
 ……や、思ってないよ? 僕も『あ、ちょっと面白いかも』なんて思ってないよ?
 とまあ、主のそんな思惑など知る由もない2人。その2人の内、妹である夏候淵が口を開いた。
「吉井明久……この期に及んでこのようなことを言えた義理ではないが……」
 と、重々しい口ぶり。
「えっと……何?」
「私と姉者は、華琳様に殉ずる覚悟。だが……季衣……いや、許諸だけは旗下に加えてやってはもらえんだろうか?」
「「………………」」
「あれはまだ子供だが……腕は立つ。張飛を使いこなす貴公なら、扱えるだろう。不要なら……一平卒として扱ってもらっても構わん。相応の働きはしてくれるはずだ」
「……ふ……そうだな……。季衣を我らに殉じさせるのは酷か……」
「「………………」」
 い……言い出しづらい……。
 真剣な目つきで許諸の助命を嘆願してくる夏候淵。先程の怒気も消え失せ、許諸を思って思慕の情を募らせてしんみりしているらしい夏候惇。どちらも、自分達が処刑されることを大前提としていて……結果的にこの重々しい空気……。
 そんな僕の様子も合わせてだろうか、曹操はそりゃもう楽しそうにしていた。露骨なまでの笑顔を隠そうともしないが……それに気付くだけの余裕は両脇の2人にはない。
 ……そろそろ限界だな……。
「あのね……」
592 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 00:38:46.14 ID:1U/RiEmE0
「それは……現状維持ということか?」
 こんな機会がなきゃまず見られないであろう、夏候淵の驚いた表情。
 今しがた『いや、別に殺さないから』という趣旨の説明を受けた彼女は、姉ともども開いた口がふさがらない様子だった。
「ほ……本気……なのか!?」
 と、こちらも信じられない様子の夏候惇。眼帯付きで普段なら威圧感バリバリの彼女の表情も、こころもちコミカルなものに見えたり見えなかったり。
 まあ……無理もないだろう。殺されるとばかり思ってたのに、いきなり殺さないなんて言われたら戸惑いもするだろうし、それに……信じられないだろう。
 案の定、2人とも僕の話をうのみにする気はないようで、探りを込めた視線を僕らに向けてくる。こっちは別にそんなシリアス気な対応する気は無いから、正直息苦しい……。
「それは……本当か?」
「ああ、嘘ついたってしかたねーだろ?」
「……では、そちらの要求は何だ?」
 と、夏候淵。正しいんだろうけど……あくまでそういう見方するんだもんな……。
 そして僕が、特にないよ、と言うより前に、

「私が吉井明久のオモチャになること」

593 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 00:39:37.88 ID:1U/RiEmE0
と、2人の困惑というおもちゃが無くなって不満だったのか、曹操が新しい暇つぶしを求めてとんでもない爆弾を落としてくれた。
「ちょ、曹操!?」
 と、その途端、
「何だとぉ!? それは本当か吉井!?」
 と、いままで穏やかだった休火山が活動を始めた。
「貴様……よもや華琳様にそんな下卑た要求を……!」
「え!? や、ち、違うって! そんなこと言ってな……」
「黙れ! ……やはり貴様、華琳様のお体を虎視眈々と……まさか! この処遇自体もお前が、華琳様の(ゴニョゴニョ)と引き換えに……」
 顔赤っ! ちょっと夏候惇、何余計なことまで妄想してんのさ!? そんな事実はない……っていうかここでそんなこと言ったらまた曹操が……
「まあ、ね……。おとといの夜だったかしら……吉井に部屋に呼び出されて……。大変だったのよ? この男から、私達3人の命を勝ち取るのは……」
 ほらぁ〜っ! 調子に乗りだしたぁ〜!
「貴様……やはりかっ!!」
「無いって! そんなことしてないって! っていうか曹操、面白がって火に油を注がないで! 僕そんな要求してないでしょ!?」
「あらそう? そうかもしれないわね……相当激しくされたみたいだから、私も所々記憶が無いのだけれど」
「所々じゃないでしょーが!」
 もともと事実無根!!
「貴様……我々の命をちらつかせて……その見返りとして華琳様を……下衆があアァァァァっ!!」
 いかん、夏候惇の周囲に陽炎が揺らめき始めた! 気のせいかこっちまで熱気が!
 ど、どうにかして誤解を解かないとホントに僕が死ぬ……ああっ! 見て! 後ろ見て! 震える僕を見て曹操が必死で笑いをこらえてるから! 震えながら!
 が……怒りに震える夏候惇はそんなことに気付く由もない。
 と、
「はぁ……やれやれ……」
 後ろで、めんどくさそうな雄二の声が聞こえた。ああっ、もうこの際お前でいいや、はやく夏候惇の誤解を解いて……
「全く……明久、だからあんなことやめろって言ったのによ……」
 コイツいつか[ピーーー]!!
 信じられない! このバカ、自分にまで火の粉が飛んでくるのを恐れて(もしくは曹操と一緒になって僕を笑うために……ああ、こっちだな)、曹操のフォローに回りやがった!
 この急展開に笑いをこらえるのにますます必死な曹操と、今の雄二の一言で曹操の証言が真実味を増してますます怒りオーラがみなぎる夏候惇。
594 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 00:41:09.31 ID:1U/RiEmE0
「違う! 誤解だって! 曹操、面白がってないで早く撤回してよ!」
「何をわけのわからないことを言ってるのよ、それはそうと、確認したいのだけど、今晩はいつごろあなたのもとに来いと言われていたのだったかしら?」
「呼んでないって!! 何をデタラメを……」
「ああ、明久。頼まれてた蝋燭(ろうそく)と鞭(むち)と荒縄、部屋にとどけといたぞ?」
「お前もう黙れ!!」
「よぉ〜しぃ〜いぃ〜……!!」
 なんかもう夏候惇が、興奮(妄想?)のあまりか鼻血まで流して凄惨なお顔になっちゃってるんですけど!? ああ……もうこれクールダウンは無理なんじゃ……
 本格的にやばくなってきたので、仕方ないから恋に救援要請の一つでも出そうかと思ったその時、意外なところからレスキューが。
「……やれやれ……落ち着け姉者、華琳様の冗談だ」
 どうやら、最初から曹操の言葉が冗談だとわかりつつも、呆れるばかりで言い出せなかったらしい夏候淵がそう言った。
 その言葉に、風船から空気が抜けるように夏候惇の周囲の熱気が引く。お、どうやらいつも手綱を取られているだけあって、怒り状態でも夏候淵の声はよく届くらしい。
「じょ……冗談?」
「ああ……さっきから華琳様が腹を抱えて笑っていらっしゃるのに気付かなかったか?」
「え!?」
 慌てて振り向くと……そこにはにっこりとした笑顔を顔面に張り付けた曹操。それを見て……ようやく夏候惇は全てを悟ったらしい。
「か……華琳様……おやめ下さい、心臓に悪い冗談は……」
「あら、それはごめんね? あまりに面白い展開だったものだから」
 や……僕の心臓に一番悪かったでしょーが、とは言えなかった。ここで下手に何か言うと、また残り火が燃え上がることになりかねないから。
 さて……今のうちだ。曹操と一緒になって笑いをこらえてる雄二がまた何か言いだす前に、話をつけとかないと。
「ともかく、今言った通り別に何も見返りとか要求とかないから! まあ……捕虜っていう扱いは崩せないけど、そこさえ守ってもらえれば好きにやってもらっていいから、ね!」
 冷静さを取り戻してまだ間もない夏候惇だが、どうやら僕の言っていることは夏候淵と共にきちんと理解できたらしい。
「嘘は言っていないように見えるが……」
「おい、本当だろうな!?」
「嘘言っても仕方ねーだろ」
 と、ようやく落ち着いた雄二が会話に加わる。コイツ後で見てろ……!
「……本当に、要求は特にないのか?」
「華琳様を奴隷にするなどとは言わんだろうな!?」
「そんなことしないって。そんなことしたら僕が美波と姫路さんに殺されちゃうし」
「そんな趣味はねーしな」
 とまあ所々突っ込みどころのある会話だったけど、それが逆に信憑性を持たせてくれたのか、夏候淵も夏候惇も黙ってくれた。ど……どうやら、信用するか否かはともかくとして、命の危機は去ったみたいだ。
 と、ここで雄二が、
「あーそうそう、強いて言うなら、曹操の世話係をそっちでやってほしいんだが」
「? 何だそれは?」
 と夏候惇。
595 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 00:42:28.86 ID:1U/RiEmE0
世話係……何のことだろう?
 曹操達には、たしか朱里の方から侍女を2,3名派遣したはず。今は捕虜だとはいえ、もともとは上流階級の人間だ。いきなり環境が変わって不便なこともあるかと思って、こちらから善意で送ったつもりだ。もちろん、侍女に変なことしないように、という曹操への伝言付きで。その子たちがどうかしたんだろうか?
 すると曹操は、思い出したような仕草と共に露骨に不機嫌になって、
「世話係? あの程度で?」
 意地悪とか悪ふざけじゃなくて、本気で不機嫌らしい曹操の声&表情。
「朱里が送った世話係を全員突き返したらしいじゃねーか、どういうことだ?」
「え? そうなの?」
 僕、初耳だけど?
「ま、朱里のことだ。お前に心配かけねーように、自分だけで処理しようとか考えたんだろ。それでも俺の耳には入って来たけどな」
 ふ〜ん……、そうなの。
「で、どうなんだよ曹操?」
「仕事もろくにできない、顔も落第点、私の世話をそんな輩に任せる気だったの?」
「おいおい、ひでー言いようだな。朱里が選んだ連中なんだし、仕事だってきちんとできる奴らだと思うぞ?」
 確かに……顔は好みの問題もあるかもしれないけど(一応美人の子を選ぶように言った)、朱里が選んだんだ、仕事が出来ないなんてことはないはず……
「私がお茶を飲みたい時間もわからない間抜けに、私の世話を任せる気だったの?」
 それは仕事が出来るできないじゃなく、単に知識の問題だろう。
 ていうか……ああ、忘れてた……。この子、基本的に超が付く程のワガママなんだっけ。
 何一つ迷い無く、当然の如く、本気で言ってますよという感じの曹操の態度。ああ……何言っても無駄そうだな、と即座にわかってしまうあたりが大物だと思えてしまう。
「全く……そんな理由だろうと思った」
 そしてそれを予想できてるこいつも只者じゃない感じはする。
「ちなみにお前、お前の好みの女の子ってどんなんだよ? 顔はいい奴を選ばせたのに落選ってのは意外だったしな」
 と聞くと、
「侍女をよこすなら……そうね、関羽がいいわ」
「「またそれかよ」」
 まだ言うのかこいつは……。
 捕虜になっても何一つ変わらないこの態度。見る限り、まんざら……というか微塵も冗談を言っている感じの見られない曹操。コレはこれで大物と言うべきだろう。
 それは、その後ろで面白くなさそうな顔をしている夏候惇からもわかる。今すぐにでもハンカチとか噛みだしそうな感じだ。
「強く、気高く、従順で……顔も及第点。捕虜に身を落とした私を慰めてもらえるにはちょうどいいわ」
 あ、夏候惇がついにハンカチ……の代わりの手ぬぐいを噛みだした。
「全く……本気で言ってるわけじゃねーんだろうな?」
「そんなことできるわけないし、第一愛紗が承諾するはずないでしょーが」
「あら、吉井明久、あなたが命じれば聞くでしょう?」
「何言ってんのさ、そんなこと言ったら僕が愛紗と美波と姫路さんに殺されちゃうよ」
「……あなた、ホントに君主として見られてるの?」
「「……………………」」
「何であなた達、そこで黙るのよ……」
 僕の気性もあってだろうか、多少なり本気で期待していた曹操だが、今のやり取りで無理だと悟ったらしい。額に手を当てて呆れていた。
 全く、何考えてるんだか。不可抗力でも問答無用で処刑される立場なのに、そんなことしたら僕の体は翌朝には海の底だろう。白装束のせいでこうなった側面もあるし、曹操にはできる限り配慮してあげたいけど……自分の命を顧みないほど僕は酔狂にはなれない。
 と、無理とわかって割り切ったらしい曹操を確認しつつ、会話に隙を見つけて夏候淵が割り込んできた。こちらは流石に冷静だけあって、今の曹操の一連の発言にも動揺した様子はない。
「つーわけだ、曹操の世話……夏候惇と夏候淵の2人で頼むわ」
「そ、それはむしろ願ったりだが……」
「ところで……吉井殿?」
「ん、何?」
「……あまりに豪快に話が脱線したために聞く機会を失っていたのだが……『許可』とは一体何のことなのだ?」
 ああ……話してなかったっけ。
「うん、曹操から頼まれてた、外出の許可だよ」
「「は!?」」
 と、見事に夏候姉妹の口がそろった。……恐らくは、姉妹というだけの理由ではあるまい。2人とも、開けた口を締めようとしない。
「……正気……か?」
「捕虜を出かけさせる許可を出すなど……聞いたことが無いぞ!?」
 またこの反応か……いい加減慣れてきたかも。
 唖然としている夏候惇達に構っていても話は進まないので、悪いけど話を進めさせてもらうことにしたらしい雄二が、
「まあ、だろーな。もちろん、書類を介しての事前の許可がいるし、監視もつく。武装は鎧も含め完全解除で、街の外には出さない。だから遠乗りは無理だ、我慢しろ」
「いや、そういう問題では……」
 と、冷静な夏候惇も混線状態らしい。さっきの『殺しません』発言の時にもまして驚いた顔。コレはホントに珍しい光景だ、写メ撮りたいけど……怒られるかな?
596 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 00:45:18.88 ID:1U/RiEmE0
「そういうわけだ。これからは事前に申請書類を提出してくれりゃあ、外出の許可を出せることになった。今日はまあ、その報告だな」
「その言い方だと……今すぐに、っていうのは無理なのかしら?」
 やっぱり今すぐ出かけようとか言い出すつもりだったらしい曹操。残念そうにして、すぐに僕達に不満をこめた視線を送って来た。
 まあ……そんな感じのことを言い出すかもとは思ってたんだけど……さすがに無理だって。この話出しただけで、愛紗に相当文句言われたんだし。これ以上の無茶な要求は僕へのオシオキのレベルが上がる危険性がある。仕方ないじゃん。
「お前……部下の顔色をうかがって生きているのか?」
「失敬な、生命の危機を悟るに敏、と言ってもらおう」
「いや、余計悪くないか、それ?」
 と、夏候淵。まあ、部下に命を握られてる……っていう意味にとれるからね。実際そうなんだけど。しかも、部下だけじゃなく同僚あたりにも。
「まあそういうわけだから。外出したいなら、専用の書類に必要事項を書いて提出してね。それを愛紗と、他の副官と、最後に僕が承認して許可……って形になるから」
「そう……そのやり方だと、出かけられるのは申請の翌日から翌々日ぐらいになりそうね」
「まあな、愛紗やこのバカのその時抱えてる仕事の量や、予定表にお前らの外出組み込む手間もあるから……そんなもんだろ」
「これ以上のワガママは勘弁してよね、許可取るだけにとどめたからこの案が通ったんだし、お説教も2時間で済んだんだから」
「「「2時間!?」」」
 と、『ワガママ』発言に文句を言おうとしていたらしい曹操が、夏候惇・夏候淵とともにそんな感じで驚愕を見せた。あれ、どうしたの? 皆さん今日一番のびっくり顔で。
「お、お前……2時間って……!?」
「いや、それ以前に……部下に説教をされているのか……?」
 もうどんな反応をしていいのかすらわからない様子。まだ何か言いたそうだけど……果たして言っていいのかどうか迷っているらしい。それは僕への遠慮か? 憐れみか?
 ははは……心配いらないよ、もう慣れてるからね。
「おいおい、それもどうなんだ君主……」
「………(コクッ)」
 横から聞こえてきた雄二のそんなセリフと、今日初めて会話に何らかの形で反応した恋の首肯はとりあえずスルー。
 と、

「ぷっ……あはははははははは!」

 と、いきなり堰(せき)を切ったように曹操が笑いだした。
 突然の出来事に、僕含めその場にいた全員が驚いて唖然としている。え? 何?
 そんな空気を気にせず、曹操は、
「あはははっ、やっぱり面白いわねあなた。捕虜の生活でも、退屈というものが見えなくていいわ」
「え? あ、ど、どうも……」
 ? よくわからないけど……何だか喜んでもらえたような……?
 そのまま曹操はひとしきり笑っていた。
 ……こういう時に行っていいことなのかどうかわかんないけど……その時の曹操の笑顔は、年相応の、すごく明るくて、かわいらしくて、魅力的なものに見えた。何でこんなことになってるのかは不明だけど……これは思わぬ掘り出し物かも……。
 そしてその曹操は、笑いすぎて眼のふちに浮かんだ涙をゆったりとした動作で拭うと、僕に向き直り、明るくあっさりした表情で、
「ふふっ……いいわ、ならそのやり方に従ってあげる。春蘭、秋蘭、行くわよ?」
「「御意」」
 と、機嫌のよさそうな笑顔そのままに、夏候惇・夏候淵を従えて歩いて行った。
 えっと……どうやら納得してくれたみたいだ。何だかわからないけど笑ってくれてたし……まあこの場は収まったとみていいんだろうな。
 と、
 曹操は去ると見せかけて一度振り向いて、
「ところで吉井」
「何?」

597 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 00:46:09.04 ID:1U/RiEmE0
「私のこと……今後は『華琳』でいいわよ?」

「「「え?」」」
「それだけ。じゃあね♪」
 と、言いっぱなしにして歩いて行った。
 はい……? あの、それ……真名で呼べってこと!?
「か……華琳様!? 本気ですか!? 華琳様!?」
 と、その後ろから、困惑ここに極まれりと言った様子の夏候惇が追いかけて行く。まあ、困惑の度合いじゃ僕だって負けてない自信があるけど……。なんだっていきなり真名……?
 詳しく聞く間もなく、曹操は夏候惇と夏候淵を連れて……というか夏候惇に限っては飼い主を追いかける仔犬みたいに走って追いかけて行ってる様子で……去って行った。
 後に残されたのは、僕と雄二と恋。
「……何でいきなり真名? 女の子ってわかんないな……。恋、どういうことかわかった?」
「………(フルフル)」
「……まさかコイツ……ここでも……か……? いや、今はまだダメな部分しかさらしてないわけだし……」
 雄二の言ってることが若干気になったけど……まあ、対して僕に関係もなさそうな独り言みたいだし、放っといて問題なさそうだな。
 ともかく、曹操……華琳にも報告も済んだことだし、今日はもうこのへんでいいかな。仕事まだあるし、我が仕事部屋に帰って今日の分の仕事を片付けるとしますか。
 こうして、僕は雄二、恋と別れ、自分の部屋に戻って行った。



598 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 00:46:48.01 ID:1U/RiEmE0
文月祭編
第92話 祭と露店と嵐を呼ぶおみくじ

 バカテスト 化学
 問題
  『グリセリン』という物質について説明しなさい。



 霧島翔子の答え
『示性式 C3H5(OH)3 で表される3価のアルコール。別名、1,2,3-プロパントリオール、グリセロールなど。プロピレンから合成して作られる。可燃性であることから、取り扱いや保管には注意する必要がある』

 教師のコメント
正解です。非常に詳細な説明ですね。



 吉井明久の答え
『新しいウルトラマンの名前(2011、ウルトラマングリセリンより)』

 教師のコメント
でたらめを言わないように。



 姫路瑞希の答え
『体内で脂肪が分解された際、脂肪酸とともに産出される物質。工業用のものは、料理に甘みを出す際の調味料としても使われる』

 教師のコメント
どちらかというと家庭科に近い答えですね。それはさておき、後半の文章は姫路さんなりのジョークでしょうか?




599 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 00:47:39.36 ID:1U/RiEmE0
通称『文月祭』。
 本日、この幽州・啄県を筆頭都市とする『文月領』の平和な日々を、この領土に台頭する『天導衆』の降臨と統治を、その他もろもろのめでたいことをとにかく何でもいいから一緒くたに祝ってしまおうという趣旨の、かなり大規模な祭りの名である。
 政府など公の主催ではなく、あくまで民間の行事であるため(警備には自警団だけでなく軍隊も動員されるが)、誰であろうと参加は自由。露店を出して物を売るも、1人で、または連れだってひたすら賑やかな祭を見て回るも、そこで2次的に開催される様々な行事に参加するのも自由。
 昨晩行われた『前夜祭』において、文月領太守である吉井明久が、要請を受けたためにほんのすこしだけ『挨拶』のような短文を読み上げ、その後に2つ3つ堅苦しい儀礼のようなものがあったが、それが終わってしまえばもう何も関係ない。ただひたすらテンションに任せて騒ぐのみである。
 実際、あくまで『前夜の祭』のはずだった『前夜祭』も、いつの間にかヒートアップしてテンションMAXへ、夜を徹して『本祭』に突入。もうその2つの違いなど無いに等しい状態だったと言えるだろう。

 そのテンションは全く衰えることなく、この本祭当日の朝に至ったわけである。

 露店や屋台が建ち並ぶ街道で。普段は入らないちょっと高級な点心屋で。はたまた、人が踊り、ちらほらと喧嘩らしきものも見える大きく開けた広場で。
 人々は皆笑顔で街を練り歩き、『天導衆』とその部下達が作りあげてくれたこの平和なひと時を満喫していた。



 …………その『祭』が行われる、数日前に遡っての話である……。
600 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 00:49:34.49 ID:1U/RiEmE0
文月領・とある街

「姫〜、何かこの近くの都市で、近々お祭があるみたいですよ? 今そこで屋台のおっちゃんに聞いて来ました」
 いかにも安そうな宿屋の、どう見ても普通どおりの料金など取れそうにないぼろい部屋。
 その部屋に3つ並んでいる寝台の内、真中のそれに腰をおろしている金髪の女性に向かって、今しがた部屋に入って来た明るい緑髪の少女が言った。
「あら、そうなんですの?」
「またガセネタなんじゃないの〜?」
 と、少女の持ってきた情報にジト目で反応し、疑いの言葉を投げかけるのは、部屋の隅の机で財布を開き、路銀の確認をしているらしい黒髪の少女。
 同じ部屋を借り、仲良く話しているあたり、3人1組の普通の旅仲間のようにも見える。
 ……3人ともが纏っているのが、この上なく派手な、それでいて高級感漂う黄金の鎧である点以外は。
「だいじょぶだって今回は!」
「前もそう言って、全然効き目のない『仙人の丸薬』とかつかまされてきたじゃない! しかもそれ、ただの胃薬だったしっ!」
「いや、だからそれはごめんって。でもほら、今回は間違いないよ、だってそこかしこでそれ関連の話してたもん」
「ふ〜ん……そうなの……?」
「お2人とも、その辺になさいな。それで猪々子さん? そのお祭とやら……どこでやるのかわかって?」
「あ、はい。たしか幽州の、啄県……って街だったかな」
 と、緑髪の元気少女が何気なく呟いたその『地名』に、黒髪の少女の顔色が変わる。
「た、啄県!? 文月領の中心都市じゃない! この大陸で今、最も栄えてるって噂の!」
 自分達の身の上を考え、少女はその地名に思わず身震いを持って反応してしまう。
 ……が、もう1人の少女の方はというと、
「そうなの!? すっげーっ! ねえねえ、早く行きましょうよ姫〜!」
「ええっ!? 何言ってんの文ちゃん!?」
 信じられない、といった具合で黒髪の少女が反応した。
 そのいきなりの否定的な反応に、何事か、と残る2人の視線が集中する。
「何だよ斗詩〜。祭だよ祭? 楽しみじゃん!」
「楽しみって……そんなとこに行けるはずないじゃない! 行ってみれば、『天導衆』……吉井さん達の本拠地なんだよ!?」
「まあまあ、何を弱気になっていらっしゃるの斗詩さん? 情けないですわねえ……」
「何変なとこで変に胆力出してるんですか姫! というか、まさか姫まで行くとか言わないですよね!?」
「行くに決まっているでしょう? この私がそんな華やかな舞台に颯爽と現れたとなれば、人民は皆ひざまずき、私達を歓迎して迎えるに決まっていますわ!」
「逃亡中の身で何言ってんですか!? 人相書きだって出回ってるのに……見つかって捕まっちゃいますよ! 折角逃げれたのに、そしたら今度こそ殺されちゃいますよ!?」
「何を言っているのです? あんなブ男に、三国一の名家の出である我々が捕まるはずないでしょう?」
「その吉井さんにコテンパンにされちゃったんでしょ私達! おまけに吉井さん、曹操さんを降伏させて魏の領地丸ごと吸収合併したっていう話だし……もうほとんど三国最強ですよ!? それにその『名家』も、敗戦と逃亡でもう没落しちゃったし!」
 と、この押し問答にいい加減うんざりしたらしい金髪の女性。突如立ち上がり、びしっと人差し指を黒髪の少女に突きつけて言い放つ。
「つべこべ言うのはおやめなさい! いいですか、猪々子さん、斗詩さん、こんな辛気臭い町にはもう居たくありませんわ。その『お祭』が開かれる啄県とやらに向かいますわよ! ふふふ……美味しい料理や豪華な服、その他もろもろ購買意欲をそそられるものの数々が私達を待っていますわ!」
「ちょ、ちょっと姫〜! 文ちゃんも何か言ってよ! このままだと本当に姫……」
 その懇願とも呼べる黒髪少女……斗詩と呼ばれた彼女の言葉に、文ちゃんと呼ばれていた緑髪の少女はというと、
「く〜……楽しみだな〜! 露店、屋台、点心屋……うまいもんがたくさんあるんだろうな〜!」
「だめだぁ……行く気満々だぁ……」
 連れ2人のほとんど病気級のお気楽に呆れ果て、頭を抱えてうずくまってしまう黒髪の少女。それに全く構わず、出立の準備を進める緑髪の少女と金髪の女性。
 その女性は、巨大な螺旋状に整えた金髪を揺らし、どことなく貴人のような優雅な仕草を交えた身ぶりとともに言いきった。
601 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 00:50:39.55 ID:1U/RiEmE0
「これより出立! その『お祭』があるという、幽州・啄県に向かいますわ! ふふふ……豪華で優雅な服が! 食事が! 宿が! この袁紹を待っているのですわ!! おーっほっほっほっほっほっ!!」


将軍・顔良が提示した(しなくてもわかる)不安要素を全く気にかけることなく、同じく将軍で楽観的な思考を持つ文醜とともに、袁紹はこれから向かう『祭』(超敵地)に思いをはせていた。


 そして……その数日後……

                      ☆

「しっかし、さすがというか……にぎわってるね〜……昨日以上に」
「だな……。まあいつも活気はある街だったんだが、今日は流石に圧巻だなこりゃ」
 街道に所せましとひしめき合う人々を見て、僕と雄二の率直な感想。いや、ホント……お祭ってどこの時代もこんなもんなんだな……。
 文月祭……うちの学校の学園祭か何かと間違えそうなそのタイトルのそれは、実質的に昨日の夕方からの『前夜祭』から既に始まっていたも同然だった。
 そりゃもう夜だってのに、そこら中にたかれた篝火(かがりび)のおかげで、楽勝で周りが見えるくらい明るくて、今と大して変わらないテンションで領民たちは騒いでいた。昨日は僕は、貴賓席から見下ろしてただけだったけど……今日は流石に違う。
 祭という名の一大行事……それに参加せずに終われるほど、僕らはおりこうさんじゃないってことだ。
「すごいわね〜……売ってるものは大分違うけど、向こうの世界のお祭と変わんないんじゃない?」
「そうですね。何だか見たことのないものがたくさん売られてます!」
「……気をつけて、中にはインチキとかも含まれてるみたいだから」
「大丈夫大丈夫! この時代の手品とかじゃあ、科学技術の進んだ世界から来たボクらをだますことなんてできやしないよ」
「明久はそれでもだまされそうじゃの」
「…………何かつかまされて買ってくる、に肉まん1個」
 やれやれ、全く好き勝手言ってくれちゃって、失礼な。
 というわけで、文月メンバーこと『天導衆』全員でもって、青春まっただ中の高校生らしく祭り見物に乗り出しているわけである。仕事もあるし、みんな揃って回れるのはせいぜい午前中の限られた時間だけだけどね。しかしまあ、みんな祭でテンションあがってるみたいだなあ。
 実のところ、夏休み後半に行った海辺の夏祭りがあるから、『祭』そのものはそんなに久しぶりとかそういうことはない。でも、景色から商品、楽しみ方1つに至るまで、何もかもが違うこの世界の祭は、そんなことの一切を忘れて楽しむには十分な刺激だ。
 ちょっと首を動かすだけで、見たこともない商品をどっさり並べてる露店がそこらじゅうにみられる。祭に限らず定番の肉まんやシュウマイ(たこ焼き感覚でシュウマイ売ってるのはすごいかも)、揚げ饅頭に飴細工なんていうお菓子類まで。う〜ん……食べ物だけでこうも目移りするものか……。
 一応王様である僕だ。財布にある程度余裕はあるし、何から買って食べようかと悩んでいるわけである。
 そしてそれは他の皆も同じ。多種多様な種類がある露店の中から、どれを選んで食べようか迷いに迷っているのがわかる。
602 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 00:51:24.05 ID:1U/RiEmE0
まあ……
「んっ、んっ……うめ〜……! おいオヤジ、その焼き鳥みたいなやつ2本くれ」
「へい毎度! いつもありがとうございます、坂本様」
「なーに。あ、そっちの塩味のも2本追加でたのむわ」
 迷うことなく片っ端から食っていってる奴もいるけど。
 既に雄二の財布の紐はゆるゆるで、美味しそうだと思ったものを片っ端から胃袋におさめていっている。肉まん、焼き鳥(のようなもの)、コロッケ(みたいなもの)……もうこの短時間でこいつはどんだけ食ったんだか。それでも、ちゃんとゴミ袋を持参し、道に焼き鳥の串なんかをポイ捨てしたりしないあたり、やはりコイツはマメなんだとわかる。
 てか『いつも』って……こいつ、こんな不定期の屋台にまで行きつけの店作ってるのか。
 一方で女子勢はというと、
「わ、見て瑞希、これ可愛くない?」
「わあ、本当ですっ。飴細工で兎や鶴や……これって虎……でしょうか?」
「鈴々ちゃんに買っていったら喜びそうじゃない?」
「あははっ、そうですね」
 女の子らしい、そんな会話が聞こえてくる。
 きゃいきゃい言いながら財布を取り出すその姿は、傍から見てると、さながら初めて見るものを前にしてはしゃぐ子供といった感じ。美波も姫路さんも、素の自分をさらけ出してる感じでいいなあ。
 特に美波なんかは、普段からこういう面をもっと見せてれば『彼女にしたくない女子ランキング』の順位が上がることもないだろうに。
「へぇ〜……面白いね。見てアレ、サンマなんか焼いて売ってるよ」
「ほぉ、屋台でサンマとは……珍しいのう」
「…………美味しそう」
 と、工藤さん、秀吉、ムッツリーニはそんな感じの会話。浴衣というわけでもないし、さすがに今回は前の夏祭りみたくムッツリーニが鼻血の海に沈むような事態は無いか……

「わ、見て見てムッツリーニ君、服とかアクセサリー売ってる露店もあるんだね」
「この時期だと、生活の副収入のために、古着や採ってきた海産物などを売る平民も多いそうじゃからな。おそらくさっきのサンマもそれじゃろう……店主は漁師か何か……? ムッツリーニよ、なぜそのように目を見開いておるのじゃ?」
「…………何でもない」
「あれれ〜? ムッツリーニ君、もしかしてボクが手に持ってるコレが気になるのカナ〜?」
「…………そんな気持ちは微塵もない」
「む? それは古着の……下着か? なんと、そんな露店まであるのじゃな……」
「ふふ〜ん……。じゃあさ〜……コレとコレと……コレを組み合わせちゃったりして♪ どうかな、ムッツリーニ君?」
「…………知らん」
「あははは、またまたぁ。そんなこと言って……ホントは心の中で、僕がコレ着てる姿想像しちゃったりしたんじゃない?」
「…………何のつもりか知らないが、全く興味が(ドバドバドバ)無い」
「ムッツリーニ、語るに落ちとるぞ」
「あははははっ、相変わらず面白いねっ」
603 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 00:52:10.37 ID:1U/RiEmE0
 そうはならなかったか。
 濁流のごとき勢いで流れ出すムッツリーニの鼻血。通りがかった子供がそのあまりにショッキングな光景に泣きそうになってたけど……。
 いついかなる時でも、いかなる展開をも鼻血ルートを呼び寄せる……全く、どうしたらこんな飛んでもないルート編成が可能になるんだろう。ムッツリーニと工藤さん、このコンビはどこに行ってもやってることはほぼ同じだ。
 さて、バッグから急いで輸血用のパックを取り出してるこいつは置いといて、僕も何か食べようかな。いきなり肉料理とか食べちゃうと胃が重くなるから、最初は軽く……
「おっ、太守様! どうですか、よろしければ見て行って下さい」
「お、ありがとう」
 元気よく声をかけて来てくれたのは、時々桃や梨なんかを買い食いする青果店のおっちゃん。お、そういえばこのへんだっけな。ちょうどいいや、何か買って行……ん?
「おっちゃん、コレって……」
 と、店先のラインナップの中に不自然……というか、明らかに1つ浮いているものを見つけ、僕の目がそこで止まった。えっと……これ明らかに……
「ああ、朝一番に仕入れたんですよ。なんでも、西の方で作られた野菜だそうで……名前は確か……」
「『トマト』?」
「ああそうそう、そんな名前でした。や、しかし物知りですねえ、太守様」
 ………………?
 と……トマト? 中国で?
 こんな超古代中国に、もともと欧米だか南米だかアフリカだかが原産のトマトが……?
「トマトだと?」
 と、今の会話を聞きつけたらしい雄二。両手に6本もの焼き鳥を抱えて、僕の後ろから肩越しにおっちゃんの屋台を覗き込み……僕と同様にトマトを見つけ、目を丸くしていた。
「どういうこと雄二? こんな時代に、こんな中国なんかにトマトなんてないよね?」
「ああ、そのはずだが……」
 応答しつつもしっかり焼き鳥を口に運ぶ雄二。器用だ。
 しかし、やっぱり雄二も引っかかったらしい。そりゃそうだ、本来なら何百年もたってからこの大陸……もとい、アジアにもたらされるはずのトマトが、しかも現代で僕達が食べていたものと全く変わりない容姿のそれが、平然と市場に売られてるんだから。
「……大分史実と違う……」
「ああ……そうだな……。さすがにわけがわからん……どうなってんだ?」
 雄二の後ろに控えている霧島さんも、顎に手を当てて考えていた。
 う〜ん……でもまあ、ここパラレルワールドみたいだし、こんなこともある……のかな。
 そうでも考えないと説明つかないし、第一考えたってどうにかなる問題でもない。
「そうかもしれねーけど……まあ、確かに今考えたってしかたねーか……」
「……後で調べてみる?」
「ああ。ま、少なくとも戦後処理が完全に終わって余裕が出来たら……の話だな」
 同じ考えに至ったらしい雄二は、霧島さんとそんな会話を交わすと、すぐに気持ちを切り替え、引きずることなく食べ歩きに戻っていた。
 その途中で

「……ひょっとすると、これもアイツらが、もしくはその他の何かの因果が関係して……? まあしばらくは様子見る必要があるな……」
604 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 00:53:52.69 ID:1U/RiEmE0
とかなんとか雄二が呟いてたけど……何か意味がわからないからスルーで。
 とりあえず、おっちゃんの屋台からはそのトマトを買って丸かじりで食べた。うん、美味しい。さすがはこの時代、無農薬だけあって、甘みが断然違うや。
 そのトマトを完食した所で、次に何を食べようかと屋台を見て回ってると、
「あっ、明久君。あれって……ケバブじゃないですか?」
「え? 嘘…………あ、ホントだ。ケバブ……に似てるね」
 姫路さんが指さした先の露店には、僕らの世界で言う『ケバブ』に良く似たものまでもが売られていた。なんとなんと……そんなものまであるのか。
 ケバブはケバブでも、夏祭りの時に僕が食べたドネルケバブとは少し違うタイプだ。串焼きの肉はそのままだけど、それをパンにはさんで食べるのではなく、取り皿代わりらしい紙にとって客に渡している。それを普通に割りばしで食べる感じ。あれだと……本場のレストランタイプのケバブに近いのかな。
 折角なので食べようと思い、注文して一皿(紙だけど)受け取った。うん、おいしい。
 店の秘伝だというタレがまた絶品だ。いやいや、これ、向こうの世界に行っても十分通用するレベルだよ。行列できるって。ってあれ、ケバブってタレかけるっけ?
 そんなことを考えつつ、ケバブの残りを口に放り込んでいると、隣で飴細工を舐めている美波がこんなことを言い出した。
「でもこうしてると、何だかこの前のお祭に行った時のこと思い出すわね」
「ああ、ムッツリーニ君達をミスコンに強制参加させた時のことでしょ? 面白かったよね〜!」
「はい。でも、ミスコンですか……やっぱりあの試合、最後まで見たかったですね」
 ……うう……思い出したくない思い出が頭の中に……。
 夏休みにみんなで行った海。そこでの僕らの愚行をとがめられ、臨死体験というオードブルの後に僕らに課せられたオシオキという名のメインディッシュ。そこで僕ら(僕、雄二、ムッツリーニ)は、女装してミスコンに出場という、まっとうに生きてればまず遭遇することはないであろう災禍にその身をさらすこととなった。
 秀吉渾身のメイクのおかげで受付をクリアし、予選にまで出ることになった。僕は審査員に根掘り葉掘り聞かれたし、ムッツリーニはコスプレ好きの美少女に見られたし、雄二なんか中国人にされたあげく、審査員の一人に求婚される羽目になってたし……。
 ……その後、『あの審査員、始末してくる』とか、『雄二は渡さない』とか呟いてた霧島さんが一時的に姿を消し、両手から何やら赤い液体を滴らせて駐車場に戻って来たことも記憶に新しいんだけど……これはなるべく忘れた方がいいんじゃなかろうか。
 見ると、どうやら雄二とムッツリーニも同じ心境らしい。うなだれて元気をなくしている。わかるよ2人とも、あの時のことは、僕も思い出すだけで……
「こうなるとさ、また吉井君達を女装させてミスコンとかに出したくなっちゃうよね」
「「「頼むから勘弁してくれ……」」」
 あんな思いはもう二度とごめんだ。
 あのミスコン自体、あそこで中止になっていなかったら、今頃僕らの社会的評価がどんなことになってたかわからないんだから。
 ……まあ、僕は予選落ちしてたからまだいいんだけど(多分)、ムッツリーニなんかは決勝進出が決まってたし……ホント、あそこでの乱闘は地獄に仏だったな。
 と、
「ねえ、ミスコンじゃないけど……面白そうなのがあるわよ?」
「「「……っっ!?」」」
 との美波のセリフに、思わず過敏に反応する男子勢3人。何だ、今度は何が!?
 その僕らの態度に少しむっとした様子の美波が、自分の左方向を親指でくいっと指さしながら言う。
「あんたら……失礼ねえ。そんな変なのじゃなくて、普通のよ、ほら」
「ふ……普通の……?」
 ホントに……? 『女装が似合う美少年コンテスト』とかやだよ?
 突然拘束などされないように注意を払いつつ、おそるおそる美波が指さす先のものを見てみると……ん? 『おみくじ』……?
「あれ、おみくじなんてやってるんですね」
「ほ〜……これはまた面白い。そんな屋台も出ておるのか」
「…………普通だった(ホッ)」
 と、ムッツリーニは胸をなでおろしていた。その安心感、痛いほどよくわかる。
「全く……あんたら警戒しすぎよ。失礼しちゃうわ」
「そうなっても仕方ない日常の中で生きてるもんでな」
「……それは大変」
「てめえが原因だっつの」
 雄二達がそんな小漫才を繰り広げている隣で、
「ねえ、折角だし、みんなで引いてみない?」
 と、工藤さんがこんなことを言い出した。引くって……おみくじを?
 確かに……ミスコンと違って、こういうのは純粋に楽しそうだ。僕はあんまり占いとか信じる方じゃないけど、話題作りにもいいかもしれないし、やってみてもいいかも。
 どうやら他の皆も同じ考えだったらしく、満場一致で引きに行くことに決まった。
605 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 00:54:52.60 ID:1U/RiEmE0
……で、引いてみて、

「わ、やった! ボク大吉だよ♪」
「……私も」
「む、わしもじゃ」
 とまあ、嬉しそうにする女の子たち。うんうん、女の子ってやっぱり、占いとかそういうこと好きだね〜。
「明久よ、今何か突っ込みどころのあるモノローグを流さんかったか?」
「??? 何言ってるの秀吉?」
 どこに突っ込みどころがあると?
「……まあ、よいか。それよりも、お主らはどうじゃった?」
「えっとね、僕は……(ぴらっ)」

『大凶』

「……………………………………」
 ……最悪だ……。
 ていうか、『凶』より下の『大凶』って、実在したんだ? 凄まじくどうでもいい部分で1つ賢くなってしまった。
 周りの連中を見ると、
「小吉……か。ま、ぼちぼちだな」
「…………同じく」
「あはは……私、吉です」
「これって……『すえきち』って読むの? それとも『まつきち』?」
 上は霧島さんや秀吉や工藤さんの大吉、下は僕の大凶か……はは、上手くわかれたもんだね。
 僕のおみくじを覗き込んだ文月メンバー達が、ある者は必死で笑いをこらえ、またあるものは気まずそうにしていた。ははは、いいよいいよ、思いっきり笑ってくれ。何か言う気にもなれない。
 まあ気にしない気にしない! おみくじっていうのは、本当に重要なのは『大吉』とか『凶』とかじゃなく、その後に書いてある助言スペースだって言うしね!
 自分にそう言い聞かせ、僕は枝に結ぶ前に自分のおみくじを改めて見た。なるべく『凶』の文字は見ないようにしながら……

 探し物 …… あきらめるべし
 生活 …… 怠れば、これすなわち災厄あり
 健康 …… 身近な災厄に注意
 待ち人 …… 望んでもないのに来る
 恋愛 …… 汝、常に渦中にあり

 これはあれか? 神様まで寄ってたかって僕をいじめたいのか?
 一縷の希望と言ってもよかった『お告げ』の文章までもこのありさま。うう……僕っていったい何なんだ……?
 探し物はダメと一言バッサリ。
 生活の『怠れば災厄』って……何を? 具体的に書いてよ。 それともアレか? 全般的に生活態度を見直せってことか?
 健康の『身近な災厄』って……ああ、言うまでもなく……
「……? 何よアキ?」
「明久君、私達の顔がどうかしましたか?」
「あ、いや、何でも」
 自然と動いてしまった僕の視線に気づいてそう聞いて来る2人。
 なるほど。事あるごとに僕の健康に災厄をもたらす2人に注意しろ……と。まあ、これはおおむね正しいな。
 しかし……その後の2つがわからない。
 待ち人の『望んでもないのに来る』って……どういう意味だろ? 敵とか……? それだったら、注意する必要はあるな。
 で、恋愛の『常に渦中にあり』……これはさっぱりだ。
 う〜ん……内容が内容だし、気になることは気になるんだけど……まあいいや。いくら悩んだって理解できなさそうだしね。
 いつまでも自分の不運について嘆いていてもはじまらない。ここはひとつ、気分転換(?)も兼ねて他の人の結果を見てみようか。
606 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 00:55:42.52 ID:1U/RiEmE0
「む、生活……『特技を更に磨けば吉報あり』か。これは幸先がいいの」
 お、秀吉はどうやらいいことが書いてあったみたい。口元をわずかに上げて嬉しそうな顔。見ていて癒されるなあ……もうおみくじの結果が気にならなくなってきたよ。
 他の皆も、こんなふうにいいことが書いてあると……

「……あ? 恋愛運……『女神と死神は紙一重』……何だこりゃ?」

 とは限らないみたいだ。
 あきらかに『凶』の部類に入るランクの助言。どうやら、雄二のおみくじに書いてあったらしい。ていうか、恋愛運だよね? なんちゅー物騒な……。
「……恋愛運……『いつにも増して積極的に攻めるべし。多少強引でも気にしてはいけない。勝利の時は近い』」
 なるほど、どうやらこのおみくじ、よく当たるようだ。
 ゆっくりと雄二の方を振り向いて焦点を合わせる霧島さんが割と本気で怖い。心なしか目が光ってるような気も……。
 気配から察するに、雄二は今額に汗を浮かべ、助けを求めるような目で僕の方を見ているに違いない。かわいそうだけど……事態は僕の手に余る。目を合わせないようにさせてもらおう……。
 一方、向こうでは……

「…………健康運……『一寸先は闇。身近に潜む凶器に注意』……」
「ふ〜ん……。健康運、『健康そのもの。発育もよし』だってさ、ムッツリーニ君」
「…………俺に言うな」
「またまた照れちゃってぇ。……ねえ、ボク……そんなに発育よくなってきてるかなぁ?」
「…………知るか」
「ねえ……自分じゃよくわからないから……ムッツリーニ君、見てもらえない?(チラッ)」
「…………何をバカな(ブシャアアァァァアア)これは焼き鳥の食べすぎ」

 …………ホント、よく当たるなあ……。
 いたずらっぽく笑った工藤さんのスカートの閃きに即座に反応し、ムッツリーニの足元に血だまりが出来た。
 運よく(?)通りからは離れた隅っこの所にいたからよかった。あの出血量は通りの真ん中にいたら悲鳴が上がって警備が飛んでくるレベルだ。というか……さっきも結構な量の鼻血を出してたんだけど……ムッツリーニは今日を生き延びれるんだろうか?
 気のせいか……このおみくじは吉凶に関係なく波乱を呼んでいる気がする。
 そうなると……気になるのは残りの2人……

 ビリィッ!!

「い!?」
 美波と姫路さんのいる方から、そんな音が聞こえてきた。何事!?
 見ると……2人のその手元には……無残にも真っ2つに引きちぎられたおみくじが……。ああ……その音か……。
 何も言わずに引きちぎるなんて……なにかよっぽど気に入らないことでも書いてあったんだろうか? よく見ると、なんか小刻みに震えてるような……気のせいか息も上がってるような……?
 ……何が書いてあったんだろう?
607 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 00:56:13.12 ID:1U/RiEmE0
「こ……こんなの所詮ただの占いよね、瑞希!」
「そ、そうです! 当たるわけないです! 多分……きっと……」

 ……ホントに何が書いてあったんだろう?
 女の子って、確か占いとかいう類のことは好きだったはずで、それは美波や姫路さんも例外じゃなかったと思うけど……そこまで言うって、相当嫌なことが書いてあったんだろうか?
「さ、行きましょアキ」
「そうですね。おみくじの結果なんか気にしないで、お祭りを楽しみましょう?」
「え? あ、うん……」
 と、自分のおみくじを枝に結び付ける暇もなく、僕は姫路さんと美波に手を取られて、再び露店が立ち並ぶ街道に連れて行かれた。
 あ、まあ……僕も別に気にするつもりなんかないし、いいんだけどね。こういう占いとか信じるたちでもないし……。
 というか、雄二にムッツリーニ、立て続けにその悪い『助言』……いや、むしろ『予言』といってもいいそれ……が当たってしまった以上、信じたくないと言うのが本音だ。美味しいものでも食べて、さっさと忘れよう。
 僕はそのまま、破り捨てたおみくじをぽいと投げ捨てた姫路さん&美波と一緒に、露店巡りに戻っていった。
 にしても……何が書いてあったのかな……?

608 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 00:56:58.49 ID:1U/RiEmE0
「だ……大丈夫よね瑞希……? あんなの、当たらないわよね……?」
「だ、大丈夫ですよ美波ちゃん! ただの占いですもん!」
「そ、そうよね……今でも十分に大変な状況だもんね……?」
「そ、そうですよ……これ以上なんて……さすがに……」

 明久の手を引いて露店巡りに戻って行く、姫路瑞希と島田美波。
 先程までその手にあった、今は綺麗に真っ2つに引き裂かれているそのおみくじ……その1文がかろうじて読みとれた。



 『恋愛運……これより先、恋敵はさらに一層増えるものと心得られたし』

609 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 00:57:32.78 ID:1U/RiEmE0
文月祭編
第93話 外出と食事と意外な再会

「すまんな、吉井殿」
 テーブルを挟んで僕の向かいに座っている夏候淵は、ため息混じりにそうつぶやいた。その隣には、夏候惇が面白くなさそうな顔で座っている。
 で、僕の両隣に座ってるのは、
「は〜……いつ来てもすげーな、ここ」
「ほんとねぇ。まあ、ご主人様の人徳を表してるとでも言うのかしら? うふん♪」
 翠と、貂蝉。翠はまだいいけど……色物がそろったもんだなあ……。

 ここは、城下町にあるとある料亭。
 でもただの料亭じゃない。僕ら『天導衆』や幹部が、大切な客なんかをもてなす時にほとんど決まって使う、とても高級な料亭だ。無論、味も折り紙つき。
 僕らはその2階、要予約の、いわばVIPルームとでも言うべき個室のテーブルについて、料理の到着を待っている状態である。
 ……なんで僕と翠、夏候惇と夏候淵、そしてこの筋肉ダルマがこんな所にいるのかというと……そもそもの発端は、20分ほど前にさかのぼる。
610 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 00:58:54.51 ID:1U/RiEmE0
 おみくじを引いてから、そのまま僕らは2時間ほど祭りの露店を見て回った。が、そこに来て自由時間もついにタイムリミットに来てしまったのだ。
 もともと祭りの警備やら催事やらの管理で忙しい状態である。約3時間の自由時間(しかも全員そろっての)をとるだけでも大変だったのだ。これ以上の延長は無理。皆、自分の仕事に戻らなければならない。もっとも、それが済みさえすればまた遊べるんだけど。
 というわけで、名残を惜しみつつも、僕らはそこで一時解散、それぞれの仕事場へと戻っていった。
で……僕と雄二が向かった『仕事場』っていうのは……


 とんとん

「もしもーし、僕だけど、待……」

 バタァン!

「遅いっ!!」
「うわぁっ!?」
 ノックした途端にものすごい勢いでドアが開き、その向こうにいた夏候惇にいきなり怒られた。
 それに続いて、その後ろ、
「全く……人をどれだけ待たせるつもり!?」
 部屋の中央で、腰に手を当ててあんまり怖くない仁王立ちをしている曹操……否、華琳が目に入った。
 セリフから、そしで眉毛が完全に逆ハの字になった表情からもわかるように……相当機嫌が悪い。
 その理由は……僕たちが遅かったから?
「え? でも……昼前に迎えにくるって言ったじゃない?」
「もうとっくに過ぎてるじゃないの! 天界のお方はどれだけのんきなら気が済むのかしらねぇ……!?」
 え、何言ってるの?
 だってほら、携帯の時計は……11:36だよ? まだ昼前、正午まで24分もある……
「まあ、この世界には時計なんてないからな。時間の感覚も人それぞれなんだろ」
 と、僕の隣で雄二がため息交じりに一言。ああ、なるほど……曹操にとっては、もう昼過ぎ……って感覚なのかな。全く……不便なもんだ。
「わりーな、まだこっちの時間概念ってもんに慣れてねーんで。めんどくせーから説明は省くが、俺達『天導衆』の尺度だと、今まだ昼前なんだわ」
「あらそう、随分とのんきな世界で生きてらしたようね、あなたがたの間抜け面の理由がまた1つ解明されたわ」
 ……怒ってるなあ……。まあ、当然か。せっかく外出できるから楽しみにしてたであろうこの日に、よりによって僕らが遅刻してきたんだから(彼女らの感覚で)。
 そう、僕と雄二の仕事……それは、前々から外出したい外出したいって言ってた華琳を、僕らの監視の下、お祭り騒ぎの城下町に買い物につれてってあげることなのだ。ようやく許可が下り、どうせだから祭りの日に外出しよう……ってことでこの日に決定した。
611 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 01:00:17.64 ID:1U/RiEmE0
「全く……本当なら朝一番で出かけたいところを、あなた方の都合に合わせて、この時間帯からの出発で妥協してあげたのに……」
「すまんすまん。で、準備は出来てるんだな?」
「ああ、無論だ」
「問題ない」
 夏候惇、夏候淵が続けて返事。その後ろに控えている、季衣と荀ケも頷く。準備は万端らしい。
 彼女達の服装はいつもと大差ないが、一応虜囚なので、武装は解除してある。武器はもちろん、鎧も外し、完全に普段着レベルだ。不意をついて逃げ出すかも……っていう懸念もそうだけど、特に夏候惇なんかが完全武装で街をうろついてたら、気の弱い人ならそれだけで卒倒しかねないし……。
「ねえねえ兄ちゃん、早く行こうよ、外出られるんでしょ?」
 といってきたのは、季衣だ。こぶしを縦に振って、いかにも楽しみ、といった感じ。大方、お祭りで美味しいもの食べるのが楽しみなんだろう。
 季衣こと、許緒。夏候惇と同じく魏の元将軍。気難しいのかなと思ってたけど、接してみると案外話しやすかった。
 この前テラスで偶然会って、丁度おやつにしてたから一緒にどう? って誘ってみたら、2つ返事でOKして席に加わった。鈴々と同じで、遊ぶの大好き、美味しいものもっと大好き、って感じの元気少女だった。それ以来、僕によく懐いてくれてて、今では真名で呼ぶ仲になってる。
 一方でその更に奥にいる荀ケは、一向に心を開いてくれる気配なし。華琳命の姿勢を全く崩さず、こちらから声をかけても大概は無視される。何ていうか……一生仲良くなれそうにない。言ってみれば、美波を前にした清水さんみたいな感じだ(僕=超敵)。
 その華琳も今は僕の捕虜で、僕はその華琳の自由と地位を奪った張本人。しかも僕は少し前から華琳のことを真名で呼んでるせいで、出会おうものなら親の仇でも見るかのような目で睨みつけてくる。いや、実際に親の仇を見ても、あんな凶悪な目は出来ないんじゃないかな……。
「それで?」
 と、華琳が口を開いた。
「『監視役』……ていうのは誰なのかしら? 私は……できれば、関羽がいいのだけれど」
 あ、ちょっとだけ荀ケが泣きそうになったのが見えた。あと、わずかに夏候惇も。
「そりゃお前トゲが立つだろ。あいつはお前のこと嫌ってんだから」
「あら、だからいいんじゃない?」
 何言ってるんだか。でも残念、愛紗じゃない。
「あら残念。となると……諸葛亮か……趙雲か……それとも……」
「そろそろくると思うんだが……」
 と、その時、

「ご主人様ぁ〜〜〜〜〜〜ん♪」

「「「!!?」」」
 渡り廊下の向こうから響いてくる、声とは思えない声。同時に、地響きのごとき足音を立てて、何かが猛スピードでこっちへ向かってきた。
 皆が一斉にその方向へ視線を向け……
「ひっ!?」
「「「……ぁ……ぁ……」」」
 華琳が息を呑み、他のものは絶句した。
 ……そりゃそうなるだろう。なんたってその視界に飛び込んできたのは……

「お・待・た・せ♪ 星ちゃんからご主人様が呼んでたって聞いて、全速力で走ってきちゃったわぁん♪」

612 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 01:01:35.21 ID:1U/RiEmE0
……こいつだから。
 いや……貂蝉さん? それは嬉しい……いや嬉しくないけど……何も全身の筋肉から湯気が出るほど全速力で走ってこなくても……。
「あ……ああ……ご苦労様、貂蝉」
 雄二が手配してくれた護衛&監視役……それは、貂蝉だったのだ。
 まあ、実力は申し分ないし、信頼も出来るんだけど……何なのさ、この人選。
 露出度の異常な(そして不必要な)多さに加え、この筋肉量。おまけにこの性格と性癖。はっきり言って暑苦しさが鉄人の比じゃない。正直、僕はまだ直視するのもつらいのに……
 と、僕の袖が何やらくいくいと引っ張られた。誰だろう。
 振り返ってみると……そこには、華琳がぷるぷると体を小刻みに震わせながら立っていた。
「? 華琳?」
「な……な……な……」
 一拍置いて、
「何なのよこの醜いバケモノはぁ――――っ!!?」
 華琳の心の叫びが、小柄な体に似合わぬ大音量で響き渡った。わー、こんな声出るんだ。
「んまぁ失礼ねっ! 何言うのかしらこのお嬢ちゃんはっ!」
 その咆哮のごとき声に、再び華琳はびくっと身を震えわせ、僕の後ろに隠れた。
 ……今の華琳……不覚にもかわいいと思ってしまった。貂蝉、グッジョブ。
 華琳が小動物のごとく震え、夏候姉妹が口をあけて絶句し、季衣はぽけーっとして見つめ、荀ケは嫌悪感のあまり吐きそうになっている。
 そんな異常事態の一切を無視して、雄二はこのモンスターの紹介を始めるのだった。
「あー、紹介が遅れたな。貂蝉っつってな、今日の監視役だ」
「大体の事情は星ちゃんから聞いてるわ。ほかならぬご主人様の頼みだものぉ、どーんと任せといてねっ(パチッ ← ウインク)」
 おえっ
 僕でもこのビジュアルにはまだ慣れない。合宿の時のババァの裸以上の嫌悪感だ。
 ともかく、ここでもたついてても始まらない。さっさと出かけ……
「かっ……か、か、か、か、帰るっ!!」
「華琳!?」
 未だ小刻みに震えている華琳が、僕の後ろに隠れたままでそんなことを言い出した。
 何言ってんの!? 許可取るの大変だったんだよ!?
「何だよ、行かないのか? 外出楽しみにしてたんだろ?」
「こ、こんな醜いものをつれて街を歩くくらいなら、あなたの奴隷になった方がマシよっ!!」
 舌まで振るえてろれつが回りきっていない口で、懸命にそんな言葉を搾り出す華琳。そこまで嫌か……まあ、奴隷云々はおいといて、僕もその意見には全面的に同意だし。
 というか……よく考えれば、そりゃそうだ。華琳はもともと、美少女以外に興味がないタチだ。男、しかも美少年でもなく、こんなブサイクにも程があるやつともなれば、嫌悪感をむき出しにするのは当然の理屈……なんだけど……この怪物はその華琳のキャパをあっさり超え、あっという間に嫌悪感どころか恐怖の対象として認識されているわけだ……。しかしこの拒絶反応……もはやアレルギーに近いな。
「あら失礼ね、これでも昔は、『黒薔薇の君』なんて呼ばれたこともあったのよ?」
その『昔』ってのはおそらく前世か何かだろう。それもおこがましい気がするけど。
「あなたなんか『ドクダミの君』で十分よ!」
「ぬぁんですってぇ!?」
「ひぃっ!!?」
 剛毅で知られる華琳を一喝で萎縮させるこの嫌な威圧感。というかコレ……華琳トラウマになっちゃうんじゃないかな? 僕の後ろで、ホラー映画を見て夜眠れなくなってお母さんの布団にもぐりこんできた幼稚園児みたくなってるんだけど。
「ま、まあまあ華琳。貂蝉はその……見た目はああだけど、その……悪いやつじゃないから」
「ほ、ホントに……?」
613 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 01:03:03.44 ID:1U/RiEmE0
お化け屋敷での美波を連想させるかのような華琳の目(上目遣い)うわ、ヤバイ、これすごくかわいい。華琳が常時コレだったら、マジでメイドにするとか考えたかも。
「ホントホント。まあ……中身はほら……その……純粋に見た目通りの変態で真夏の密室より暑苦しくてキモくて逃げ出したくなるくらいだけど、根はいいやつだからさ」
「ああ、見たまんまの性格と性癖でやることなすこといちいち暑苦しくて、同じ部屋にいるだけで部屋の気温が5、6度上昇しそうで、正直ちょっと一緒にいるのも勘弁して欲しいくらいのやつではあるが、まあそれだけ我慢すればいいやつだな」
「どれだけ我慢が必要なのよ! っていうか何で監視役にこいつを選んだの!? 今の説明だとこいつが一緒っていうのはあなた達にとっても苦痛でしかないんでしょ!?」
 や、ごもっとも。
 しかし華琳……もう泣きそうだな。さすがにかわいそうだ。
「しかたねーだろ、この時間帯に手の空いてるヤツこいつしかいなかったんだから」
 それは本当だ。僕がこの話を雄二から聞かされたとき、どうにかしてこの運命を回避できないものかと皆の予定表をしらみつぶしに見たんだから。
「とにかくほら、早くしないと時間なくなっちゃうよ?」
「無理! ダメ! 嫌!」
 頭を左右にブンブンと振り、歯医者に行くのを嫌がる子どものごとき抵抗。もはやいつもの覇気はどこかに消えうせ、青ざめた顔と涙目が全力でSOSを発している。
「ほら、僕も一緒に行くから、ね?」
「無理無理無理無理無理!」
「慣れるってそのうち(大嘘。僕もまだ慣れてない)」
「余計嫌よ! 人としての品位が下がっちゃうじゃないの! あんなのに慣れるくらいなら死んだほうがマシ!」
「でもほら、時間なくなっちゃうから早く……」
「絶・対・イヤぁ――――っ!!」

614 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 01:04:02.21 ID:1U/RiEmE0
結局、完全にアレルギー反応を起こした華琳を説得することは出来ず、荀ケを看病に残し、ひとまずその他のメンバーで出ることにしたのだ。華琳は、午後になって他のメンバーの誰かの予定が空いたらまた迎えに行くことになってる。
 で……当初は華琳も一緒に来るはずだったこの料亭に到着。ここで昼食……の予定だったんだけど。ここでまたもやイレギュラーが2つ。
 1つ目は、季衣と雄二の離脱。2人とも、料亭でおごそかに料理をつつくより、屋台のメニューを片っ端から食べていきたいらしい。なので2人とは別れ、今は別行動だ。
 もう1つ、たまたま料亭前で翠と会ったことだ。聞けば、予定より早く警邏任務が終わって、今は休憩中とのこと。せっかくなので、一緒にお昼を食べることにした。ちょうど季衣と雄二、それに華琳と荀ケもいなくてだいぶ余裕あるし。
 このまま翠をつれて城に戻って華琳と合流、って手もあったんだけど……何分翠の場合は因縁が因縁だ。夏候惇たちならまだしも……華琳とだとちょっと険悪なムードになりかねない。なので、その案は却下に終わった。
「しかし吉井殿……また随分と高級な店を予約してくれていたのだな」
 と、店の内装を、そして今しがた運ばれてきた料理の数々を見ながら、値踏みをするように夏候淵は静かに言った。
「まあね、これくらいしないと華琳に文句言われそうな気がしたし」
「ふ……左様か」
 と、その隣の夏候惇はというと、
「……毒でも入ってるんじゃないだろうな……?」
「何でそういうこと言うかな……?」
 ジト目で睨んでくる、そして僕が視線を向けるとさっと目をそらしてしまう夏候惇。
 やっぱり、まだ信用されていないらしい。やれやれ……この人が心を開いてくれる日は来るんだろうか?
 すると、横の夏候淵がふっと笑って、
「姉者、大丈夫だ。ここで我らを毒殺しても、吉井殿には何の利もあるまい?」
「それはそうだが……」
「それに吉井殿」
「え、何?」
「姉者のこの憎まれ口なら気にするな、これで結構喜んでいるのだ」
「え?」
「なっ……し、秋蘭!!」
 あわててその口を押さえにかかる夏候惇の手をさっとかわす夏候淵。慣れてる。
 ていうか……これが喜んでるって? そんなわけないでしょ……。あの……夏候淵、いい眼科紹介しようか?
「はいはい、喧嘩はそこまでよ」
 と、隣の筋肉ダルマがぱんぱんと手を打ち鳴らす。
「なんだか色々と思うところがあるみたいだけど、今は仮にもお食事の席よ。せっかくご主人様がこんな美味しそうな料理を用意してくれたんだから、楽しまなきゃ失礼ってものでしょう?(パチッ!)」
 最後のウインクが余計だけど、言ってることは正論だ。う〜ん……こいつって時々、さらっとこういういいこと言うんだよな……あなどれない……。
615 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 01:05:39.02 ID:1U/RiEmE0
「あなたもそう思うでしょ、翠ちゃん?」
「んあ、何か言った?」
 と、僕の左隣にいる翠は……すでに自分の小皿に料理を盛り始めていた。
「え、だってさ、早く食べないと冷めちゃうじゃんか」
「っ……揃いも揃って緊張感のない……」
 と、夏候惇。
「特に馬超! なぜわれらを前にそんな平気な顔をしていられるのだ!? 我々はお前の父君の……」
「その先は言うなよ」
 と、静かながらも強い口調で翠が制した。
 出鼻をくじかれた形になった夏候惇はもちろん、夏候淵もその声に意外そうな顔をしていた。まあ……僕もだけど。
 視線をわずかに動かし、翠は、
「確かに……それは事実さ。そのことに関して恨みはあるし……今だって、あたしはあんたらを許したわけじゃない。けど……」
「けど……?」
「今、言うことじゃない。せっかくご主人様が用意してくれた昼飯の席でこんな言い合いなんて……無粋だろ? 今は、普通にメシを楽しむ時じゃんか」
「だが……」
「『だが』もへったくれもねーって。ていうか、本来恨む側のあたしが楽しんでるんだから、お前らが楽しまないとかナシだかんな!」
 思いのこもった、しかしどこか清清しい大方で、翠はきっぱりとそう言い切った。
 それを受けて、ついに夏候惇は何も言えなくなり……夏候淵はふっ、と短く笑った。
「姉者……我らの負けだ。黙って食べろ」
「………………」
 負け、ね……。
 それは口喧嘩でか、それとも心の強さでか……どっちでもいいか。
「そうそう、早く食べちゃってよ。翠の言うこともそうだし……せっかく夏候惇たちの好物そろえてもらったんだから」
「は?」
「私達の……好物?」
 と、その言葉に目を丸くした夏候惇と夏候淵が、いま一度料理を見渡す。
「そう言われてみれば……どれも私か姉者、それか……華琳様の好物のような……」
「お、お前……わざわざ我らの好物をそろえさせたのか!?」
「うん」
 あらかじめ季衣に聞いて、ね。その季衣は離脱しちゃったんだけど。
 ちなみに……季衣と荀ケの好物を聞いたところ、季衣は『好き嫌い無し』、荀ケは『華琳様に貰ったもの全てが好物』という返答だった。いかんともしがたいので、選考外に。
「はあ……どこまでお人よしだ、お前は」
「お人よしとか、そういう問題じゃあないんじゃないかしら? コレはただ単に、ご主人様の優しさだと思うけどぅ?」
「ふ……違いない。ならば姉者、大人しく食べるとするか」
「……ああ……仕方ないな……。敵であった者にこうまで礼をつくしてもらっては……最早何も言えん」
 そう言って、夏候淵に続いて夏候惇も料理を取り出した。いかにも渋々といった感じだが、まあ楽しんでくれるんであれば別に……
 ……と思ったら、意外に結構な量を小皿に持っていってるような……?
「な、何だ!? 別に私は実は嬉しかったりとかそんなことはないぞ!?」
 まだ何も言ってないんですけど。
 ていうか、すでに2個目の小皿にフカヒレを山盛りに盛り付けながら言われても……。さっきまで持ってた1個目の皿は春巻きと北京ダックで埋まってるし……。
 まあ、いいか。楽しんでくれてるんなら。
 夏候淵の言ってたことがまさか本当だったとは、なんてことを考えながら、僕も小皿を取って料理を盛りつけ始めた。
「おい吉井、違うからな!? 私はただお前の大器と礼節の……聞こえてるのか!? おい!?」
気のせいかだんだんかわいく見えてきた夏候惇はとりあえず無視、と。
616 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 01:07:08.36 ID:1U/RiEmE0
そのころ、その店の階下では、

「厨房、注文入りまーす!」
「おーう、お疲れさん、良ちゃん。バリバリ働いてくれて助かるよ!」
 と、今しがた厨房に伝票を持ち込んだ黒髪の少女に、太守(明久)御用達のこの店の料理長と思しき男は、張りのある声でそういった。それを受けて、ウェイトレスの格好をしたその少女はにっこり笑って、
「いえいえ、お仕事ですから。でも、ありがとうございます、啄県に来たばっかりの私なんかを雇ってくれて。しかも、こんな立派なお店で……」
 少女は、今朝方、まだ準備中の時間帯に『今日一日雇ってもらえないか』と直接交渉に来たのだった。 少し唐突な申し出だったが……色々と事情が重なったのと、聞いた限りではこういった仕事は得意そうだったので、臨時の日雇いを承認したのだが……この少女、店側の予想以上によく働いてくれているのである。
 これならもうしばらく、いやこのままずっと働いてもらってもいいんじゃないか、なんて店主が思い始めるくらいに。
「いやいや。今日はお祭りだからね、たまの贅沢に……ってウチを利用するお客さんが多くなってるから、人手が足りなくて困ってたんだ。本当に助かってるよ。それに……」
「それに?」
「今日は2階に、本当に大切なお客様がいらっしゃってるんだ。いくら忙しくても……その方を待たせるわけにはいかないからね」
「大切なお客様……ですか?」
 きょとんと首をひねって、少女が問いかける。誰だろう、よっぽど偉い人なのかな、とでも聞きたげだ。
「ああ、丁度よかった。その方の注文してたお酒とおつまみが用意出来た所なんだよ。良ちゃん、持って行ってくれないか?」
「あ、はい、わかりました」
 少女は少し気にはなったようだが、まあ、こういう店だから、高貴な生まれの人も来るんだろう、と思い、あまり考えずに返事をした。
 ……が、直後にその店主が酒瓶を持ってくると同時に言ったそのセリフは……
「まあ、良ちゃんなら大丈夫だとは思うけど……粗相のないように頼むよ。なんたって……」
 そこで一泊置いて、

「上に来てるのは、この国の太守……吉井明久様なんだからね!」

 それを聞いた途端、少女の体が固まった。
「…………え……?」
(吉井……さん……?)

「ええええええぇぇ――――っ!?」

 黒髪、ボブカット、意外と出るとこは出た体型の美少女……良こと顔良は、そのあまりに聞き覚えのある名前に、思わず悲鳴を上げた。
617 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 01:08:21.40 ID:1U/RiEmE0
 ……飲ませるんじゃなかった……。
 そんな感想しか出てこない、今日この頃。
「ひっく……うぅ〜……華琳さまぁ〜……」
 とまあ、僕の斜め前の席で、顔を赤くしてテーブルに突っ伏している夏候惇の、そんなうめき声にも近い声にため息が出る。
 一旦決めると、やけなのか何なのか、夏候惇は積極的に料理にかぶりついた。同時に酒も飲んだんだけど……、たまの気晴らしってことで調子に乗って皆で酒を勧めたら、このざまである。
「華琳しゃまぁ〜〜……いつまでも、関羽、関羽とぉ〜……ひっく」
 酒が回った途端、からみ酒で、泣き上戸で……さっきまでの威圧感とかそういったものはどこへ消えたのやら。なんていうかその……夜に駅前のおでん屋台とかで部下に愚痴こぼしてるサラリーマンみたいだ。
 そして口から出てくることといえば……最近は華琳がかまってくれないだの、華琳が関羽……愛紗にお熱だからなんかイヤだだの、そんな正におでん屋さん的な内容。
 なんかこう……さっきまでの険悪というか微妙だった雰囲気は微塵もなくなっており、何て声をかけていいものかわからない。いや、正直に言えばあんまり声とかかけたくない。100%絡まれるから。
 その厄介さたるや……その横にいる夏候淵すらも対応しかね、ほぼさじを投げているほどだ。因縁の問題もあってちょっとだけぴりぴりしてた翠も、するだけ無駄だと悟って、今は食事に集中している。
「やれやれ……なんだか緊張感とは無縁の空間になっちまったな」
「いいじゃない? この方が腹を割って話せる……ってものよ」
 保護者のごときセリフを言っている貂蝉は、夏候惇以上の量の酒を飲んでいるにも関わらず、全然酔う様子がない。こいつの酒の強さ……尋常じゃないな。
 ちなみに、夏候淵と翠も酒は飲んでるけど(酔わない程度)、僕はあらかじめ頼んでおいたお茶。やっぱり、進んで自分から酒を飲む……ってのは何だかかえって遠慮がちになる。
「やれやれ……姉者は酒に弱いわけではないのだが……」
「疲れてたんじゃない? 酒が回るのも速かったみたいだし……」
「かもしれんな。少々無作法ではあるが、まあ……今は寝かせておいてやるとしよう」
 との夏候淵のセリフが気になってみてみると……ホントだ、夏候惇、いつの間にか机に突っ伏して寝てる。よっぽど疲れてたのかな? 何か変な姿勢で寝てるから、下手すると起きた時に体が痛くなってるかも……まあ、気持ちよさそうに寝てるし、ほっとくか。
 やれやれ……緊張感とか言ってた割にはこうだもの。別にいいけどさ。
と、それを優しい目で見守っていた夏候淵が、ふと何かに気づいたように部屋の端……扉のところに目を向けた。
「? どうかした?」
「いや、扉の外に誰かいるような……」
「店員か何かじゃないか?」
 と、翠。そういえば、さっき追加で何か注文してたっけ。それじゃないかな?
 まあ……注文した当人はつぶれちゃってるんだけど。
「かもしれんが……妙なことに、先ほどから扉の前を行ったり来たり……徘徊しているようなのだ。一向に入ってくる様子がない」
「? そうなの?」
 それは確かに変だな……。店員なら、普通に入ってくるだろうし、この2階には部屋は多くないから、どの部屋かわからない……なんてこともないはず。
 すると、おもむろに夏候淵が席を立って、
「どれ……見てくるか」
「あ、僕行こうか?」
「いや、いい。どのみち、姉者に何か酔い覚ましを用意してもらわねばならんからな。店員ならついでに注文してくるとしよう」
 言いながら、夏候淵は御品書(メニュー)を手にとり、一瞬で何を注文するか決めるとそれを置いて扉のほうへ歩き出した。そういうことなら……まかせるか。
618 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 01:09:14.11 ID:1U/RiEmE0
「うう〜……どうしよう〜……。中入ったら、絶対気づかれちゃうよね〜……? そんなことになったら 捕まっちゃうかもしれないし……ああでも、このお酒届けないと……」
 扉の前で、うろうろと挙動不審な顔良。
 この扉の向こう、部屋の中にいるのは、彼女のかつての敵、吉井明久である。
 顔良は現在、文醜、袁紹ともども指名手配のA級戦犯として文月軍から終われる身であり、しかも自分は吉井明久に顔を覚えられている。となれば……この部屋に入った途端に感づかれるのは自明の理、無事で済むはずがない。護衛が誰であるかにもよるが……良くて逮捕、悪くて……
「そ……その場で斬られちゃうかも……?」
 仮にも、元敵将。容赦はないはずである。
 自分も腕には自信があるものの……顔良の脳裏には、文月との戦の折、文醜と2人がかりでかかっても全く歯が立たなかった敵の猛将……関羽の姿が浮かんでいた。しかも今、自分は丸腰……もし相手が関羽なら、いや、張飛か馬超でも、勝ち目は皆無だ。
 いっそのこと、もうすぐに逃げ出してしまったほうが……などと顔良が思ったその時、

 ガチャ

「もし、店員か? 先ほどから何をうろついているのだ?」
「え、あ、いやその別にっ! 私はこのお酒を……」

「「…………あれ?」」

 唐突に開いた扉。その向こうから出てきた顔に……顔良は驚きのあまり絶句した。
 そして……その顔を出したほうも、同じく驚いて唖然としていた。
「と……斗詩……?」
「しゅ……秋蘭……さん……?」

 そこにいたのは……かつて袁紹一行が魏領を放浪していた時、一騒動あったときに知り合った魏の武将……秋蘭こと、夏候淵だった。
「え? あ、あれ? しゅ、秋蘭さん……なんでここに……?」
「いや、そのセリフ……そのまま返したいのだが……」
 と、互いに困惑しきっている状況。
 無理もない、どちらも、ここではまず会うことなどないであろう人物と面会を果たしたのだから。方やどちらも文月群と戦って敗れた敗将にして、かたや指名手配犯、かたや捕虜である。
 その状況の中、先に冷静さを取り戻したのは……やはり夏候淵だった。
「もしや……また路銀が尽きて、日雇いで宿代稼ぎ、か?」
「あ、はい……そんな感じで……」
 緊張が少し解けたのか、少し笑みを見せる夏候淵。彼女は顔良のすこし気まずそうな笑い顔を見ながら、かつてこの少女と始めて知り合ったときのことを思い出していた。
 と、

「ねえ夏候淵? 随分遅いけど、何か問題でも……あれ?」

「「あ」」

 様子見と注文にしてはあまりに帰りが遅い夏候淵を心配して来た明久が、扉から顔を出し……顔良とばっちり目が合った。
619 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 01:10:17.76 ID:1U/RiEmE0
数分後……

「へー、顔良ちゃんと夏候淵って知り合いだったんだ?」
「は……はい……あ、あの〜……吉井さん?」
「? 何、顔良ちゃん?」
「その……いいんですか? 私……その……ここにいて……?」
「え? いやまあ……別にいいんじゃない?」
「は……はあ……」
(何で!? 何で私捕らえられるどころか、普通に食事にお呼ばれしてるの!?)
 ……? なんだか顔良ちゃん、そわそわしてるんだけど……どうかしたのかな?
 や、しかしさっきはびっくりしたなあ。まさか逃亡中の袁紹軍の元将軍・顔良ちゃんが、ここでウェイトレスやってるなんて。そして……夏候淵と知り合いだったなんて。
 廊下でばったり会った顔良ちゃん、聞けば、路銀がそこを尽きたためにこの街から動けず、ここで働いて宿代を稼いでいるんだとか。
「夏候淵が最初にあった時も、そんな感じだったの?」
「ああ。もっとも……このような高級な料亭ではなく、町外れの小さな酒場だったがな」
 そわそわしている顔良ちゃんとは対照的に、その隣に座っている夏候淵は、実に落ち着いた様子で酒の入ったグラスを傾けている。
 この意外な面子での食卓が形成されたのは、夏候淵の昔話(?)が発端だったりする。
 そもそも2人が知り合いなのは、まだ魏が健在だった頃……そう、丁度僕らの国が標的を魏に定めるちょっと前くらいの頃にさかのぼる話らしい。
 ある日の仕事終わり、酒でも飲もうと飲み屋に立ち寄った夏候淵。そこで、悪酔いした魏の下っ端兵士達に絡まれている顔良ちゃんを助けたのが出会いなんだとか。その頃はまだ、夏候淵は顔良ちゃんの正体(袁紹軍将軍)を知らなかったらしいんだけど、その後一悶着あって、その時に袁紹の部下だ……って知ったらしい。
「飲み屋で会ったときから、やけに聞き上手で話の合う女給だと思っていたのだが……まさか一軍を率いる将だったとはな。同じ将なら、話が合うのも頷けるというものだ」
「は……はあ……」
(あ、あの……秋蘭さん?)
(? 何だ?)
 と、何やら顔良ちゃんと夏候淵が顔を寄せ合い、何やら話し始めた様子。
(どうかしたか、斗詩?)
(や、あの……どうしたも何も、私状況がよくわかってないんですけど……?)
(状況?)
(はい。あの……私一応指名手配されてるんですよ。袁紹軍の将軍ってことで。完全に吉井さん達の敵ですし。それなのに、見つかっても特に捕まったりしないし……なんかお食事にお呼ばれしてるし……)
(ふむ)
(それにその……魏が戦で負けて、曹操さんや秋蘭さん達は捕虜として囚われの身だ……って聞いてたんですけど……何で吉井さん達と一緒にお食事に来てるんですか?)
(なるほどな……それが不思議だったというわけか)
 と、ひそひそ話をやめたらしい2人。僕が不思議そうな顔をしているのに気づいたのか、夏候淵はすぐに顔良ちゃんがそわそわしている理由を教えてくれた。
「ああ、なんだ……そういうこと?」
「いや……そういうことって……?」
 苦笑を絵にかいたようなわかりやすい表情で、僕の言葉に反応する顔良ちゃん。
 しかし……そういう反応を示しているのは……最早彼女だけだ。夏候淵は何事もなく酒を飲み、翠も貂蝉も中華料理をぱくついている。夏候惇は……まあ、起きてたら何か言ったかもしれないけど、寝てるからいいでしょ。
「何でって言われると……理由特にないんだけどね」
「無い?」
「うん、簡単に言うと……」
 簡単に言うと……ここで顔良ちゃんに特に何もしてないのには、3つほど理由がある。
 まず……まあ、確かに顔良ちゃんは一応敵だけど……根はいい人だってことは知ってる。彼女自身も、袁紹の傲慢の被害者だ……ってことも。だからまあ、実のところ彼女個人に対して僕の恨みは何らない。そのため、罰したりする気が起きない。
 まあ、これがあのチクワ頭だったら速攻で翠と貂蝉にGOサイン出してたけど。
 次に、顔良ちゃんが来てから、夏候淵がこころもち楽しそうにしてる。以前会った時は互いの立場のせいで別れざるを得なかったけど、夏候淵、けっこう彼女のこと気に行ってるみたいだ。そんな夏候淵の前 で、出会いがしらに翠と貂蝉に『ひっ捕えろ!』なんて言うのも、なんてゆーかね……。
 最後に……至極単純な理由。単に、僕の機嫌がいいからだ。
620 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 01:11:12.46 ID:1U/RiEmE0
「とまあ、そんなわけだから、あんまり緊張しなくていいよ」
「は、はあ……」
 まあ、せっかくの祭で、せっかくの食事だしね。この場ぐらいは、彼女に楽しんでもらってもばちは当たらないだろう。以前として顔良ちゃんは微妙な表情だけど。
「ところで顔良ちゃん、さっきから何も食べてないけど?」
「えっ!? た……食べ……って、食べていいんですか!?」
「うん、もちろん。何なら何か好きなの頼んでもいいけど」
「ええっ!?」
 もう既にわけがわからない、という表情の顔良ちゃん。驚きすぎじゃないかなあ?
「貴殿を否定するわけではないが、コレが普通の反応だろう、吉井殿」
 と、今度は夏候淵。
「そうかな?」
「そうだ。指名手配犯をもてなす太守など聞いたことが無かろう」
「じゃあ、何で夏候淵は動じてないの?」
「……もう慣れた」
 夏候淵、そう言って酒を一口。気のせいか、若干呆れられてるような……?
(『慣れた』って……ここに来るまで何を見てきたんですか、秋蘭さん……?)
 そして、何で顔良ちゃんは宇宙人か何かを見るような目で僕を見てるんだろう?
 まあ……いいか。
「で、顔良ちゃん、何頼む?」
「え!? あ、いや、私は別に……その……」
「いいからいいから。ほら、ね?」
「で、でも……」
「斗詩、気にせずに頼んでおけ。吉井殿が相手では、緊張するだけ無駄だ」
「は……はい……」
 と、夏候淵のそのセリフでようやく折れたのか、顔良ちゃんはメニューを手に取った。
621 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 01:13:31.15 ID:1U/RiEmE0
 夏候淵の仲介もあり、顔良ちゃんがこの場の雰囲気になじむのに、時間はかからなかった。緊張感も気まずさもなくなり、団らんと言っていい空気になる。
 もともと気のきく子らしく、食事をつまみつつも、飲み物が無くなったらついでくれたり、料理やお酒が足りなくなったら『一応、女給ですから』と、自分から進んで取りに行ったりしてくれた。やれやれ、『この子は僕らの知り合いだからちょっと借りますね』って、店主にも話しつけといたのに。熱心な子だなあ。夏候淵が気にいるのもわかるよ。
「でも、吉井さんって……こんなに優しくて、話しやすい人だったんですね」
 そのうえ、こんなうれしいことまで言ってくれるし。
「いやいやいや、そんなことないって」
「無ければ、捕虜を買い物に出かけさせる許可を出したりせんだろうが」
「そうそう、ご主人様の甘さは筋金入りだって」
「もう、夏候淵や翠まで……」
「そうそう! 私のご主人様は、とぉ〜ってもやさしくてたくましい方なんですもの。うふん、惚れ直しちゃいそう♪」
 今の雑音は無視で。
 そんなこんなで、気付けば料理の皿もほとんど空になり、そろそろお開きかな、なんて所に来ていた。顔良ちゃんも、せっかくすっかり場の空気になじんでいたっていうのに……残念だなあ、もうちょっと飲みたかった(僕お茶だけど)。
「さて……みんな、そろそろ出なくちゃね、支度して」
「承知した」
「おう!」
「はぁい、ご主人様♪」
 開いた荷物をまとめて、全員で下の階に下りる。その際、爆睡していた夏候惇は何とか揺り起こして、先に夏候淵が店の外に連れて行った。顔良ちゃんを見られると、何かと説明が面倒だ。その他に、貂蝉も街路の安全確認のために一足先に出てもらって、色々後始末も済ませて、結局僕と翠が出るのが一番最後になった。
「じゃあ顔良ちゃん、お題は前払いで支払ってあるから」
「はい、ありがとうございました」
 と、笑顔で送り出してくれる。うんうん、いい子だ。
「あ、それと顔良ちゃん」
「はい?」
「僕が言うのもどうかと思うけど……まあ、今日この場は夏候淵の顔を立てるってのもあるし、とりあえず見逃すけどさ……さすがに警邏とかで見つけたら捕まえることになっちゃうかもしれないから……」
「あ、はい。なるべく早く逃げますね」
 ははは、変な会話。捕まえる側の僕が、捕まる側の顔良ちゃんに『なるべく早く逃げてね』なんて避難勧告だしてるんだもん。これはまた、笑い話だな。
 まあ……愛紗とかに知られたら一生笑えなくなりそうな話だけど。
 でもまあ、これくらいのワガママはいいよね。顔良ちゃんって確か、僕らの袁紹軍との最終決戦前に僕らの軍に敗れて敗走して、兵も失ったって話だ。その時、一緒に戦ってた文醜っていう将が一緒に逃げたとかそうでないとか言ってた。2人だけで孤独な旅路なんだろうな。今回だって、別に領民に迷惑かけてたわけじゃなく、単に路銀目当てのバイトだったんだから、泣きの一回で見逃してあげてもいいだろう。
 何より、結局袁紹の軍とも、袁紹本人とも合流できなかったんだ。あのチクワ頭が絡んでない以上、正直どうでも……

「じゃあ、文ちゃんにも姫にも、そう伝えますね」

 ……………………………………はい?
622 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 01:14:38.40 ID:1U/RiEmE0
「…………顔良ちゃん、ちょっと」
「はい? 何ですか?」
「えっとね……袁紹も一緒なの? この街に来てるの?」
「あ、はい。実はあの戦いの後、文ちゃんと適当に放浪してたんですけど、そしたら吉井さん達の軍に敗走して逃げてる姫と偶然会って……ってあれ? 吉井さん?」
「ごちそうさま、じゃあね」

 ばたん

 顔良ちゃんの話を最後まで聞かずに、僕は店を出て後ろ手に扉を閉めた。
 ……いいんだ、必要な部分は……聞いたから。
「どうしたんだご主人様? なんかさっきと雰囲気が変わってるぁああえぇっ!?」
 と、
 どうやら気になったらしい翠が、おもむろに僕の顔を覗き込んで……悲鳴を上げた。
 まあ、無理もないだろう。何せ僕の顔は…………袁紹軍を追撃すると決めた、『あの時』の顔になってるだろうから……。
 不思議だ……心はこんなに穏やかで、自分でも不気味なくらいに落ち着いていられる……。胸に手を当ててみるけど……やはり、心臓の拍動もいつも通りだ。『あの話』を聞いて以来……心の中は、抑えきれないほどの、何かよくわからないドス黒い感情でいっぱいだと言うのに。
 ふと見ると、翠だけでなく、夏候淵も、その肩に寄り掛かっている夏候惇も、僕の方を見て何やら驚いていた。驚愕とも、恐怖ともとれる表情。何だい? 僕の背後に……何か阿修羅像の類でも見えるのかい?
 まあ……見えるかもしれないね……。今の僕なら……。
 僕から目を話すことが出来ずに戦慄しているらしい彼女たちは悪いけど無視して、おもむろに僕は内ポケットから携帯電話を取り出す。
 ……男に二言は無い。顔良ちゃんには今日、有意義で楽しい時間を過ごさせてもらったんだ、何も言うことはない。逃げてくれて構わない。何なら、その文醜とやらもいっしょに、だ。
 ………………………………でも、

 プルルルルル…… プルルルルル…… ガチャッ

「あ、もしもし雄二? ちょっと害虫駆除でもしない?」

 あのチクワは…………別だ。
623 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 01:15:47.98 ID:1U/RiEmE0
文月祭編
第94話 露店と旧友と緊急配備


「オヤジ、肉まん1つ」
「鈴々3つー!」
「じゃあボクも3つー!」
「………4つ」
 合計11個分もの肉まんの注文が屋台のオヤジに降りかかる。元気よく『へい!!』なんて返事を返してはいたが……やはり大変そうだ。
 しかしこいつら……俺が言うのもなんだが、ホントに底無しの胃袋だな。
 料亭の前で明久達と別れたのがつい30分程前。料亭で子洒落た高級中華を堪能するのもいいかもしれないが……俺としては正直、いつでも食える料亭のメシより、今だから食える露店のメシで腹を膨らませたい気分だ。それはどうやらこのちびっ子……季衣も同じだったらしい。なので、俺と季衣は料亭の前で一行から離脱、食べ歩きで昼飯にすることにしたわけだ。
 そしてその後、仕事が一段落したという鈴々と、同じくそう言っていたがおそらく実際はしてないんであろう恋がいつの間にか合流し……今のこの4人組での食べ歩きツアーに至る。いつもは犬猿の仲の鈴々と季衣が喧嘩することもなく一緒にあるけているあたりは、食べ物の持つ魔翌力といったところか。
 ちなみに、俺の記憶が正しければ今の肉まん屋で8件目だ。
「にゃははは〜! やっぱりお祭りの醍醐味は食べ歩きなのだ!」
「そーだな。しかしこうまで多いと……さすがにどれ食うか迷うな」
「そんなの簡単! 全部食べればいいんだよ〜!」
 と、肉まんの匂いによだれが垂れそうなのをなんとかこらえている季衣が言う。鈴々と同じく、大食いで元気いっぱいの元・魏の将軍は、食事に対する考え方も豪快そのものだ。
 程なくして出来上がった肉まんを手に、再び歩き出す。
「ん〜! やっぱりお祭りの日の肉まんはおいしいのだ〜!」
「いつでも美味そうに食ってんだろ」
「にゃ、それはそうだけど……でもやっぱりこういう賑やかな雰囲気の中で食べるのがおいしいのだ」
 そういうもんかね。
 まあ……海の家の焼きそばがやけに上手く感じるようなもんか?とかなんとか言ってる間に、早くも鈴々は2つ目の肉まんに手をかける。早い。
 まあかく言う俺も、もうそろそろ肉まんが胃袋におさまるころだが。振り返ってみると、やはり季衣と恋もそろそろ食べ終わるところだった。全員が揃いも揃ってこのペースだから、すぐさま次の店での買い物に移れるわけだ。
 ちなみに、虜囚で金を持ってない季衣はもちろんのこと、鈴々&恋も大して持ってきてないこともあり、お代は全て俺のおごりになってたりする。まあ……いいけどな、金ならあるし。
 それに……大人数で買い食い三昧の食べ歩きってのもわりと楽しいしな。
「あーでも……、あの高級料理屋のご飯も食べてみたかったな〜。あそこで食べてから食べ歩きすればよかったかも」
 と、どうやら最初の料亭にも未練があるらしい季衣が呟いていた。今頃あそこでは、明久達が夏候惇・夏候淵と一緒に舌鼓を打ってる頃か。
「まあ、また連れてってもらえばいいだろ。時間があるときにでも」
「え!? また行ける!?」
 そう聞いたとたん、季衣が嬉しそうに顔を輝かせた。
「ああ、知っての通りあいつ甘いし、お前らとなるべく仲良くしたがってるしな。頼めば喜んで連れてってくれんだろ」
 何より、あいつが堂々と城を抜け出す口実になる。
624 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 01:16:49.68 ID:1U/RiEmE0
「………ご主人様、優しいから」
 と、4つ目の肉まんを口の容積をいっぱいに使ってほおばっている恋が一言。お前そんな、ほっぺたハムスターみたいにせんでも……。
 明久達に言わせると、恋のこの食べ方は小動物が食べてるみたいで見てて癒されるとか。まあ確かに、冬眠に向けてほお袋に食べ物を蓄えてるみたいではあるが……俺には正直わからん。
 と、俺と恋の返事が嬉しかったらしい季衣は、
「やったー! 明日は? 明日は大丈夫かな?」
「いや、さすがに明日は無理だろ」
 許可証出てねーし。
「あぅ……」
 季衣、食欲に忠実である。ここに至るまでの食べっぷりからもわかるが……見た目だけじゃなく中身も、腕っ節以外はやはり年相応だ。鈴々で見慣れてるし、ナリがこれだから逆に違和感ないが。
 と、恋がいつの間にか足を止め、何やら露店街の一角を指差して立ちつくしていた。何だ? 何か美味そうなもんでも見つけたか?
「………串焼き」
 おお、串焼きか。言われてみれば……焼き鳥のような香ばしいにおいがする。こりゃうまそうだ、買ってくか。全員2本ずつで……8本でいいな。
 鈴々と季衣に『買うぞ』と手で合図して、匂いの漂ってくる露店前へ歩み寄……。
「すんませーん、串焼き8本ぶほぉっ!?」

「……雄二、行儀悪い」

 串焼きを焼いていたのは……見覚えがあるにもほどがある、黒髪の幼なじみだった。……ってオイ。
「にゃ? 翔子お姉ちゃん?」
「あれ? お姉ちゃん、華琳さまを助けるのを手伝ってくれた……」
「………何でいる?」
 三者三様のリアクション。だが言わせてくれ、一番戸惑ってるのは間違いなく俺だ。
「翔子何してんだお前!? 何でこんな所で串焼き売ってんだ!?」
「……雄二に食べてもらいたかったから」
 器用にも翔子は話しながらもちゃんと肉を刺した串を回転させ、焼きムラができないようにしている。その合間に香辛料をふりかける余裕があるあたりは賞賛すべき技術と言えるが、正直今は死ぬほどどうでもいい。
「メシを作ってくれるのは素直に嬉しいが、何でわざわざ露店で待ち伏せる必要がある?」
 しかもご丁寧に業務用の割烹着まで着用して。
「……恋愛に必要なのはインパクトだって、本に書いてあった」
 そんなもん要らん。
「……時々夫がびっくりするくらいのことをしないと、男はいずれ飽きるとも書いてあった」
「安心しろ。飽きる飽きない以前に、元々俺は微塵も興味など持っちゃいない」
「……女の子に?」
「そっちに持ってくな!!」
 最近、俺の周りに性別を些細な問題と考える奴が多くて困る。
 というか……こっちに来てから更に増えたんじゃなかろうか? 翔子、島田、姫路の誤解は元より、ガチ百合の曹操、それに心酔してる夏候姉妹に荀ケ、張遼もたしか……
「……ところで雄二」
「あ? 何だ?」
「……この状況は何?」
 そう言って目を細めた翔子の視線は、俺が後ろに引き連れている鈴々、恋、季衣に向けられている。
「にゃ? 鈴々達は雄二お兄ちゃんと、食べ歩きして回ってるのだ」
「……食べ歩き?」
「そうだよ、ただの食べ歩きだ。お前が邪推しているような事実はねえ」
 だから、忍者が手裏剣を投げるかの如き要領で構えてるその串をしまえ。
「………串焼き……(ぐぎゅるるるる……)」
 と、『さっさと食べたいんですけど』という意志がこの上なく明解な恋の自己主張が割り込んできた。ああ、そういや肉焼いてあったんだっけ。
 炭火の上の串焼き肉は、ちょうど食べ頃な感じのきつね色に焼きあがっていた。同時に、飾り気のなく香ばしい肉の香りが鼻をくすぐり、食欲を刺激する。なるほど……この露店の演出自体はギャグに等しいが、料理は本格的だ。この出来映えを見る限り、仕込みから何から完璧にやってある。翔子はその内のよく焼けた3本をとり、よだれを垂らしそうになっている季衣と恋、そして既によだれを垂らしている鈴々に1本ずつ差し出した。
625 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 01:17:57.56 ID:1U/RiEmE0
「……どうぞ」
「「いただきまーす!」」
「………いただきます」
 言うが早いか、肉にかぶりつくわんぱく娘3人。わざわざ感想なんぞ言わずとも、その満足げな表情を見るだけでどんなに美味いのかわかるあたり、こいつらの感受性に舌を巻く。なるほど……小動物云々はわからんが、こいつらがこうして食い物を美味しそうにほおばってるのを見るのは確かに微笑ましいと「「「おかわり」」」早えぇよ。
 こいつらがこの焼き鳥よりだいぶ大きく切ってある串焼き肉1本を消費するのにかかる時間は10秒にも満たない。あれよあれよという間に、翔子が用意していた串焼きは無くなった。くそ、俺まだ3本しか食ってねーのに。
「それよか翔子、その格好とこの露店をどうにかしろ。目立ってしょうがねえ」
「……わかった」
 返事をするとともに、翔子が屋台の撤去作業に取り掛かろうとしたその時、

「すいまっせーん! 串焼き3本下っさーい!」

 と、後ろの方から聞こえてくる元気な声。ん? 客か?
 まあ……露店と言う形で店を構えているんだから、客くらい着ても不思議じゃない(大概は店の前にいる俺達(天導衆2人、将軍2人)にビビって来ないんだが)。割烹着を脱ごうとしていた翔子がそれに気付き、串の一本もかかっていない炭火焼き機を指差して申し訳なさそうに、
「……売りきれ」
「ええっ!? マジで!? うわ〜……遅かったか……」
「あ、ごめんね〜、僕達が全部食べちゃっ……あれ!?」
 と、振り返ってその残念な客の顔を見た季衣が……突如驚きの表情になった。すると、その顔を見た客の少女もまた……
「……え!? きょ……きょっちー!?」
「いっちー!?」
 ? きょっちー? いっちー? 何だ、季衣の知り合いか?
「にゃ? 春巻き頭の知り合いか?」
「春巻き頭言うな! ってそんな場合じゃなかった。いっちー何でここにいるの!?」
「きょっちーこそ! 文月軍に負けて捕虜になった……って聞いてたのに」
 季衣に『ちょっちー』なる親しげな名称で話しかけてくるこの少女……どうやら季衣の知り合いというか、友達みたいなものらしいな。
 見たことのない面だ。やや短めの明るい緑髪に、釣り目気味の目。藍色のヘアバンドをカチューシャの要領で頭につけていて……服は、髪とほぼ同じライトグリーン。雰囲気からだが……何となく鈴々や季衣に似た、元気で活発そうな少女だ。
「こいつだれだ、季衣?」
「え? あ、その、なんて言うか……前に魏で知り合ったんだよ。ボクの友達」
「ああ。よく一緒に食べ歩きとかして……ってアレ? アンタ、その服……」
 と、俺の奇妙な服(この世界からしたら)に気付いたらしい少女が、きょとんとする。……自己紹介でもした方がいいか?
「自己紹介が遅れたな。『天導衆』の坂本だ、よろしくな」
「てっ、天導衆!?」
 それを聞いた途端、その緑髪の子がビクッと……? 俺の身分を聞いた奴が驚くのはいつものことだが……何だ? 今の驚き方……何か違和感が……。
「……ってことは……吉井の……」
「……? 所で季衣、こいつは?」
「え? あ、うん、その……いっちーだよ」
 それはあだ名だろ。ていうか……季衣の奴、気のせいか……何か焦ってるような……?
「あ……ああ、あたいは文ってんだ。よろしく」
「……そうか……」
 ……? 良くわからないが、何か釈然としないものを俺が感じていると、
「雄二、支度……できた」
「お、早いな」
 どうやったのか知らないが、翔子は今の2分足らずで露店の片付けと着替えを終えていた。何が起こったのか見てなかったのが地味に残念だ。
626 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 01:18:38.21 ID:1U/RiEmE0
ところで、翔子があの恥ずかしい建築物を撤去したのはいいが……
(い、いっちー! 何でこんなとこにいるの?)
(や、あのさ……。なんてゆーかその……『祭がある』って聞いた姫が、ここに来る……って聞かなくてさ……)
(まずいって! ここ明久兄ちゃん達の本拠地なのに! さっさとこの街出た方がいいよ!)
(そうしたいのは山々なんだけど……あたいたち路銀尽きてるからさ……、ここでちょっと稼いでいかなきゃなんだよ。一応、斗詩が今どっかの料理屋で日雇いで働いてるらしいんだけど……)
(で、でも……)
(大丈夫大丈夫! ばれやしないって!)
 ……どうにも気になる会話してやがるし……。
 本人たちは内緒話のつもり、すなわち俺達には聞こえてないつもりだろうが……俺や明久をはじめとする2−Fメンバーの前では、それはあまりにも甘い見解だ。
 教師に悟られぬように脱走や奇襲を、例え授業中でも計画できる俺らにとって、唇をほとんど動かさす、かつ超小音量での会話なんてのは基本中の基本。今の季衣くらいの音量での会話は、その気になれば俺達は簡単に聞き取れる。最早号令に等しいのだ。
 しかし……聞いてる限りだと、俺達に正体がばれると危ない身元の奴……って感じがするな。まあ、この国の公安当局が指定してる指名手配犯は少なくはないから、その中の誰か……って可能性もあるだろうが……どうにも気になる単語が2つほどあった。
 『姫』と『斗詩』……どちらも誰か特定の人物を指した呼称だろう。『斗詩』の方は真名の類だと思うが……『姫』ってのは誰のことだ?
 それに、元・魏の将軍である季衣がわざわざかばってるあたり……どうにも気になる。かばってる理由じゃない、かばった方がいい、と判断出来てる理由が、だ。
 季衣はまだここに来て日が浅いし……ここで手配されてる罪人たちの顔も名前もほとんど知らないはずだ。自分から進んでそういうこと調べたりするようなこともないだろうしな。
 そうなるとこの少女……文は『俺達に正体がばれるとまずい……ってことがわざわざ調べなくてもわかる人物』ってことだ。そうなると、かなり限られてくるだろうな。
 何より、コイツがさっき言った『姫』……俺は以前、一度だけ、コイツではないある少女の口から、その呼称を聞いたことがある。誰を指すのか、も。
 ……これは……ちょっとどころじゃなく気になるな……。
「あー、そうだ文」
「あぃ?」
 自ら言ったセリフの通り、ばれないと思っているのだろう。対して動揺した様子もなく、俺に返事を返す自称・文。
「そいつさ、季衣の友達なんだろ?」
「え? あ、うん、まあ」
「そっか……。じゃあどうだ、折角だから……このまま一緒に回るか?」
「「え!?」」
 と、季衣と文がそろって驚いていた。
「いいの、ダンナ!?」
「ダンナ言うな。まあ、お前さえよければだけどな。その方が季衣も喜ぶだろ」
「もちろんだって!」
「ええっ!?」
 と、季衣、再び驚愕。
(ちょ……いっちー!? ダメだって! ばれたらどうすんの!?)
(平気平気! だってあたい、きょっちーの友達だって認識されてんだよ? 何も疑われる要素ないって!)
 大ありだボケ。人の目の前で堂々とひそひそ話してる奴のセリフか。
 ……まあ、鈴々と恋は対して気にしていない様子だが。というかまあ、さっきから次はどの屋台を攻めるか品定め似てる様子だし、まあ無理ないっちゃないといででででで!!
「……雄二、浮気は禁止」
 俺が文を誘ったことが癇に障ったらしい。翔子がねじるように俺の耳をつかんで引っ張っていだだだだだ! 切れる切れる!
「ち、ちがっ……誤解だ翔子いだだだだだ!!」
 このバカ! 17年も近所にいたってのに(不本意)、俺の今考えてることがわかんねーのか!? これはコイツの素性を……
 と、思ったら、耳を引っ張るそぶりに乗せて、
(……雄二、この子……怪しい)
 と、耳打ちしてきた。なんだ、気付いてたのか。
(お前もそう思うか)
(……(コクリ)誘って大丈夫?)
(問題ないだろ。今この場で下手に追求して逃げられるのもアレだし……どうやら季衣が何か一枚かんでるらしいからな。このまま一緒に行動してボロ出すの待った方がいい)
 見た所丸腰のようだし……逃げるのを選択肢に入れてた点を考えても……いきなり襲われるってこともなさそうだ。何かあっても……こっちには鈴々と恋、それに俺らの召喚獣もある。
 翔子も納得してくれたらしい。少し考えていたが、すぐに小さくうなずいた。
「ほら、坂本の兄ちゃん! 早く行こう!」
「そ、そうそう! ほら早く!」
 と、文と季衣が俺達を急かす声が聞こえてきた。見ると、鈴々と恋はすでにその輪の中にいる。おっとっと、俺らが一番遅れか。
 さてと、じゃあ……いっちょその『文』とやらと一緒に回りますか……。
627 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 01:19:14.95 ID:1U/RiEmE0
「ところで翔子?」
「……何?」
「耳打ちが目的なら、何も本気で耳引っ張らなくてもよかったような気がするんだが」
「………………(すたすた)」
 お、無視か。

                       ☆

 そのまましばらく経過。

「じゃあ、あたいはコレ3個」
「………4個」
「鈴々は5個―!」
「じゃあボク6個―!」
「むーっ……じゃあ鈴々7個!」
「は!? 何それ!? なに張り合ってんの!?」
「張り合ってないもーん」
「張り合ってるじゃんか! む〜……じゃあボク8個!」
「鈴々10個!」
「ボク20個!」
「………30個」
「「恋(呂布)!?」」
「あ、じゃああたいも30個で」
「じゃあ鈴々は……」
「やめろバカ共」
 全く……食べる焼き菓子の数で張り合うなんざ……幾つだお前ら。
 さっきまでの気まずそうな感じは最早消え失せ、文も普通にツアーメンバーの一人として認識され、俺らと一緒に食べ歩きツアーを満喫していた。
 季衣も、俺や翔子が全く何も探りを入れる様子が無いために安心したらしい。普通に友達として文に接している。
 うんうん、まあ確かに情報は何一つ聞き出せてないが……作戦としては順調だ。
 ……問題と言えば、
「翔子、いい加減腕を放せ」
「……いや」
 合流直後からずっと俺の腕をつかんで離さないこいつか。
「……腕を組んで歩くのは夫婦として当然のこと」
「あのな、だからお前は夫婦でも何でもないと」
「……大丈夫、いずれそうなるから」
「ならん。それとお前何度も言うが、お前のつかみ方は明らかにおかしいだろうが」
 俺が逃げ出そうとした瞬間にいつでも関節技にシフトさせられる絶妙な腕のつかみ方。これでリラックスして回ろうという方が無理だ。文が何者かより、こいつの方が恐ろしい。
 というか……こいつは世のカップルが腕を組んでうのは『相手が逃げ出さないように相互に関節技を掛けあってる光景』だと勘違いしてるんだった。ったく……時々思うんだが、コイツもしかしたら明久以上のバカじゃあるまいか。
「ほらほら坂本の兄ちゃん、早くしないとおいてくぜ?」
と、文。オイオイ待て、お前ら俺がいないと買い物できねーだろ、財布持ってねーんだから。
「あ、それとさ……今買ったこの焼き菓子、お土産に包んでいっていいかな?」
「土産? 連れにか?」
「ああ、あんまりうまかったもんでさ。斗……じゃなくて、1人はともかく、もう1人の連れがもう『美味しいものが食べたいですわっ!』ってわがままでもう……。金ないってのにねえ?」
 そう言っておかしそうに笑う文。
 ……なるほど、連れは3人……そのうちの1人は『斗詩』って名前(恐らく真名)で……もう1人は通称『姫』、お嬢様口調でわがまま……か……。
 これはいよいよ……あの可能性が高くなってきたな……。
628 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 01:19:44.80 ID:1U/RiEmE0
「ところで文」
「ん?」
 と、おもむろに鈴々がこんなことを訪ねる。
「文って、時間とかはいいのか? 随分長いこと鈴々達と食べ歩きしてたけど……」
「あー……そうか。今どのくらいかな、きょっちー?」
「うーん……正午を1刻半ぐらい回ったとこじゃない?」
「マジで!? やばい、そろそろ戻らないと……」
 額に手を当てて『しまった!』という仕草の文。どうやら……食べ歩きが楽しくて、時間がたつのを忘れてしまっていたようだ。まあ、趣味が合う者同士、会話が弾んでたようだし……無理もないか。
「ゴメンきょっちー……あたいそろそろ帰らないと……」
「そっか、残念だな〜……」
 文のそのセリフに、残念そうにしている季衣と鈴々と恋。と、その時、
 俺のズボンのポケットの中で、バイブレーターにしておいた携帯が振動し、着信を知らせた。着信元は……明久?
 こんな時に何だ、と思って出てみると……

『あ、もしもし雄二? ちょっと害虫駆除でもしない?』

 ……? どういうことだ?
 聞き返そうとした瞬間、俺の脳裏にある可能性が浮かんだ。
 ……こいつ……まさか……
「……明久、そっちにも何か……いや、誰か出たのか?」
『その口調は……雄二の方も? よくわかったね』
「わかるに決まってるだろ。お前、今自分の声がどれだけ不気味な響きを含んでるか気づいてねーのか?」
 低くはないが……まるで地獄の底から聞こえてくる亡者たちの怨嗟の声のような響きだ。ホラー映画の呪いの着信とかでも十分通用しそうな。
 ……が、俺はその響きの理由が死後の怨念などではないと知っているし……何より、この響きには聞きおぼえがある。忘れもしない……あの籠城戦の日のこと……。
「……で、明久、そっちは何があったんだ? ふむ……ふむ……顔良が?」
「……雄二、吉井から?」
「ああ、ちょっと静かにしてろ、翔子」
 ちらっと視線をやると、文たちは別れを惜しむかのような雰囲気の雑談の真っ最中。気付かれてはいない。
「よくわかった。ところで明久、ちょっと確認したいんだが」
『何かな?』
「……顔良の真名……何だかわかるか?」

『『斗詩』……だったかな。夏候淵がそう呼んでた』

 ……疑いが確信に変わった瞬間だった。
629 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 01:20:16.29 ID:1U/RiEmE0
「じゃあね! きょっちーに、張飛に呂布に、坂本兄ちゃんと霧島姉ちゃんも!」
「おう、またな」
「ばいばーい、いっちー!」
 俺達に簡単な見送りを受け、文は走って行った。
 結局、文は連れを待たせるのが忍びないということで離脱。鈴々と恋もそろそろ次の仕事が入る時間なので離脱することになった。季衣は季衣で、そろそろ曹操を迎えに行く時間だしな。
 和やかな雰囲気の中で俺達の食べ歩きツアーは終わりをつげ、一同は解散。鈴々と恋は警備、季衣は城、俺達は警邏の屯所にと、それぞれの行くべき場所へ戻って行った。

 ……その水面下で、ちょっとした調査が行われていたことに気付いたのは……俺と翔子だけのままで。

 この調査で……大分無視できないことが分かった。
 文の連れ……1人は、『斗詩』って名前。明久の情報からそれはつまり……顔良だ。
 もう一つ明久の情報。顔良の方も、連れの一人に『文醜』って名前の元・袁紹軍将軍がいる、と明久に明かしていた。……おそらく、文のことだろう。アイツの正体は……袁紹軍のかつての2枚看板の1人だったわけだ。
 何だってそんな奴が季衣と知り合いなのかはわからねーが……今問題にすべき点はそこじゃねえ。
 その2人の共通の連れ。通称が『姫』で、わがままで自分勝手なお嬢様口調の女……そんなの1人しかいねーだろ。

 となれば……俺がここでやるべきことは1つだ。

「翔子……後を尾(つ)けろ」
「……わかった。雄二は?」
「兵を動かしてこの街一帯に緊急配備を敷く」
「……がんばって」

 そういって翔子は完全に気配を殺し、駆け足で去っていく文醜を追いかけた。
 さて……俺も始めるか。
 顔良、文醜の2枚看板がそろってこの街にいるってことは……そのボスもこの街にいる可能性が高い……ってことだ……。2人には悪いが……このチャンス、逃す手はねえ。
 城にいるはずの秀吉に連絡を取るべく、携帯のアドレス帳を開きながら俺は静かに思った。
 袁紹……あのチクワ頭! 今度こそとっ捕まえてやらぁ!
630 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 01:21:43.68 ID:1U/RiEmE0
文月祭編
第95話 蝶とメンマと仮面のヒーロー

 王宮前広場

 市中警備に当たる数百人の兵を前に声を張る、銀色の髪の少女の姿があった。
「聞けぃ皆の者! 今しがた公孫賛より話があった通り、この城下町に、特1級の賞金首・袁紹が祭に乗じて侵入したという情報が入った! 正に千載一遇の好機と言えよう! この祭りの期間のうちに、なんとしてもその袁紹本人およびその配下、顔良・文醜両名を捕えねばならん!」
 気合の入った、広場の隅々まで届く華雄の声。その調子に並々ならぬ意気を感じ取っている兵士達も、皆緊張感を持ってそれを聞いていた。
「警備のみならず、不審者の発見、・検挙にも積極的な姿勢で臨むように! もし袁紹一味のうち1人でも捕らえることが出来たならば、今後半年にわたり、その隊の録(給料のこと)の増額を約束するとの声明も出ている! 心してかかれ!」
「「「オオォ―――――ッ!!!」」」
 空気を振るわすような方向を響かせ、その余韻が消えぬうちに、各部隊は市中へと散開していった。広場には、華雄の直属部隊と……政治関連事項を取り仕切る責任者の白蓮、そして……先程、坂本雄二からの連絡で袁紹の来訪を知った『天導衆』の1人、木下秀吉の3人が残った。
「……これでひとまずはいいか、白蓮」
「そーだな。まあ……他に何か情報があるわけでもないし……今は坂本の指示にあった検問と、警備の強化ぐらいしかできないだろ」
 と、手元の書類に目を落としながら答える白蓮。
 その隣にいる秀吉は、横からその書類を見ながら会話に加わる。
「そうじゃの……。ところで白蓮よ、検問の方はどうじゃ?」
「ああ、それももうじき配備完了すると思う。翠に頼んだからな」
「ふむ……。現時点で打てる対策の中では最善と言って差し支えなかろうの」
 腕組みをして頷きながら言う秀吉。その申し訳ないが愛くるしい姿に、華雄と白蓮は微笑みがこみあげてくるのをこらえるのが大変だった。
 この数ヶ月、この性別の境界をあいまいにする男児との生活の中で、華雄と白蓮の胸には必然的に『こいつ本当はどっちなんだ……?』という疑念が広がっていた。
 が、そんなことを言えるわけもない。
「しっかしまあ……坂本の奴もこういう時の対応は早えーよなぁ。情報入手ついさっきだってのに、もう包囲網が完成しつつある。しかもこの作戦、ものの数分で考えたんだろ?」
「うむ……。雄二のこういう時の采配はいつも見事なものじゃし……先程戻って来た翠の話じゃと、どうやら明久との意見交換で決めたらしい。今回は明久も相当にやる気のようじゃからの、引っかかりもなく議論が進んだらしいのじゃ」
「吉井殿が?」
 と、華雄が意外そうな口調で聞き返す。
 普段の、のんきであまり難しいことにかかわりたがらない、要するに頭を使うタイプではない明久を見ている彼女にとって、電話を介した会談で見せた明久のやる気と言うのは意外なものだったのだろう。
 ……が、一方の白蓮はと言うと……そのやる気の正体になんとなく気付いていた。
631 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 01:22:41.27 ID:1U/RiEmE0
「まあ……袁紹がからんどるからの、そりゃやる気も出すじゃろ」
「ああ……やっぱりそれでか……」
「? 白蓮、何やら遠い目をしているが……どうした? 袁紹が絡むと、吉井殿はそんなにやる気を出すのか?」
「やる気っつーか……殺気っつーか……」
「は?」
 意味がわからず困惑する華雄。しかし、まぶたの裏にあの籠城戦の時のすさまじい殺気と邪気を放つ明久が浮かんでいる白蓮に、それを気にかける余裕はなかった。
(あの時の吉井は……冗談抜きに怖かったな……)
「まあ、翠も……『あの時のご主人様だった……』とこぼしとったからの……」
 はあ、とため息をつきながら秀吉はそう呟く。
 無論、反董卓連合軍時代にあそこまでコケにしてくれた袁紹だ。それを相手取るとなれば……自分も自然とやる気が出る。
 が、それらを考慮しても釣りがくるほど、明久と雄二の袁紹に対しての底知れぬどす黒い感情は強烈だと言うことを秀吉は知っていた。その闇たるや、太陽の光が届かない深海のごとし。愛紗や鈴々と言った歴戦の勇士すらビビらせるものなのだ。華雄も……実際にそれを目の当たりにしたら、一瞬で疑念が吹き飛ぶことだろう。
「さて……と、その明久は、今頃朱里と一緒に見回りかの?」

                       ☆

「……っきし!」
 道の真ん中で特大のくしゃみが出た。何だろ、誰か僕の噂でもしてるのかな?
 雄二あたりが『全くあのバカは……』とかほざいてたり……ありうるな。
「もう、ご主人様ったら。そんな風にばっかり考えちゃダメですよ」
 と、横からそう優しく言って来てくれるのは、わが軍の頼れる軍師・朱里。さっき合流して、今は僕と一緒にあちこちの見回りだ。
 城下町に袁紹の存在を知ってから約1時間弱。僕の誘導と情報、雄二と朱里の采配により、既にこの城下町全体に緊急捜査網が完成しつつあった。街の内外の出入りに必要な主な出入口と、街の中の交通の要所十数か所に検問を設置、そこを通る者たちを1人1人チェックし、袁紹とその仲間(顔良ちゃんもしくは文醜ってやつ)の似顔絵を配備。そいつらが通れば、そこで引っかかるようになってる。
「……でよかったんだよね、朱里?」
「はい。配備、すでに9割5分は完成しています。何かあればすぐに城に常駐してる秀吉さんを通して、ご主人様達の『けーたい』に連絡がいくようになってますよ」
 えっへん、と得意げに言う朱里。いつもはこういう再度は取らない朱里がこういうふうに言う所からもわかるが、今回の配備はすごく迅速で、城に知らせを淹れてから10分もたたないうちに対策が施行されてた。まるで、前もって準備してたみたいだ。
 ……と思ったら……朱里いわく、本当に前もって準備してたらしい。
「小さな規模の喧嘩とかならともかく……今回みたいな手配犯の目撃情報や、盗賊団の出没情報……さらには、悪質な賭け試合なんかも行われてるみたいで……それらに対して迅速に対応できるようにっていう備えの1つだったんです」
「へー……」
 やれやれ、統治しといてなんだけど……祭の間とはいえ、随分と物騒な街だなあ。まあ、向こうの世界基準で物事を見てる節もあるんだけど……。
 ところで……『賭け試合』って? はじめて聞いた気がするけど。
 と、そこで発言したのは、今僕と朱里の護衛役をやってくれてる鈴々。肉まんをほおばってるせいで今まで会話に参加してこなかったけど、やっと飲み下したらしい。
 ……っていうか、今さっきまで雄二と食べ歩きしてたんじゃなかったっけ?
「なんかね、鈴々が聞いた話だと……お金の賭かった格闘試合が、街のチンピラ連中の主催で開かれてるみたいなのだ」
 つまりアレだ、。西部劇なんかの怪しいバーで時々見る、賭け金付きの喧嘩のことか。一攫千金を狙うならず者連中が集まって、公衆の面前で殴り合いとかで試合して相手に勝ったら賞金……とかっていう。
 たしかそのパターン、観客もどっちが勝つかに賭けて遊ぶんだっけ。なるほど……典型的な違法賭博だな。全く……賭けるんなら昼飯ぐらいにしておけば可愛げがあっていいのに。
 で……それが街のチンピラ連中主催で、この城下町のどこかで行われてる……と?
「大人しくやってる分にはそんなに問題なかったんだけど、最近ちょっと派手にやりすぎてる……って愛紗がこぼしてたのだ」
 や、よかないでしょ。
 一般市民に迷惑かからなきゃ、ある程度自由に、勝手にやらせておいてもいい……って考え方なのかな?
 鉄人だったらレートがおごりでも鉄拳もしくは補修室(施錠つき)をプレゼントされる環境で育った僕らの感覚だと、このへん……まだちょっとカルチャーギャップかも。
632 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 01:23:32.91 ID:1U/RiEmE0
「それでさ、その場所ってわかってるの?」
「それが……はっきりとは決まってないみたいなんです」
 僕の質問に、朱里が少し悔しそうな表情でそう答える。
「規模が規模なせいか向こうも慎重で……開催の度に場所を変えてるみたいなんです。情報の流出も少ないので……ちょっと摘発は難しい状態ですね……」
 なるほど……敵さんも考えてるってわけか。
 ところで……『格闘試合』……ねえ……。確か……霞も今日、何だったかの格闘試合に出る予定だったはずだけど……まさかその違法試合にエントリーしてないだろうな……?  まあ、そのへんのモラルはある奴だから大丈夫だとは思うけど……。
「あ、そういえば鈴々、変な噂聞いたよ?」
「「変な噂?」」
 賭博試合関係の?
「ううん、そうじゃないけど……最近、この街に変なのが出るって」
 手を頭の後ろで組みながら、そんなことを言ってくる鈴々。……変なのって? 不審者?
「街の子供たちに聞いたんだけど、なんかね、街で事件が起こると、いきなり『なんとか仮面』っていう変な人が出て来て、悪い人をやっつけて帰っちゃうんだって」
 ………………は?
 鈴々のあまりに予想外な報告に、一瞬頭がこんがらがる。
 何? 事件が起こると現れて、悪者退治して帰ってくって? 何その超あからさまな正義の味方?
 詳しく聞けば……その謎のヒーローはすごく強くて、か弱い女の子に難癖付けてちょっかい出そうとしたチンピラ数人を1人で叩きのめしたりしたこともあるらしい。倒した悪者を縄(常備らしい)で縛った後、凄い速さで路地に逃げ込んだり、時には屋根の上を走って行ったりして、名前も告げずに風のように去って行くんだとか。
 いや、まあ正確には『なんとか仮面』って名乗ってるらしいんだけど……鈴々は残念なことに覚えていなかった。それがまた奇妙で、わざわざポーズ決めて叫んだり、『なんとか仮面、参上!』って置き手紙残していってたこともあったって……って、随分と自己主張する正義の味方だな。
 ……なんだか、うさんくさい……。
「愛紗もそう思って、そいつを指名手配にするかどうかけんとーちゅーらしいのだ」
「わー……ミイラ取りがミイラになろうとしてる……」
 まあ……そりゃ気になるよなあ……警備上。そこまで噂になるほどの強い奴が、仮面で顔隠して良くわかんないことやってるっていったらさ。特に愛紗みたいな堅物の判断基準だと……その謎のヒーロー、本気で指名手配されかねないかも。
 けどまあ、そんなスパイダーマンか何かみたいな奴が存在するってのはおもしろい話だ。あわよくば……ちょっと見てみたい。
 どんな奴なんだろう……? 『なんとか仮面』って名前がつくくらいなんだから、仮面つけてるんだろうな。でも、僕の脳じゃ、仮面のヒーローなんてせいぜいスパイダーマンかバットマンくらいしか出てこない。あとは、仮面ライダーと月光仮面と……ゼロ……は少し違うか。
 と、そんなどうでもいいことに僕が集中して考えてると、前の方から1人の少年がとてとてと走って来た。その少年、僕ら……いや、どうやら鈴々を見つけると、
「あ、ちょーひしょーぐん! 丁度よかった!」
「にゃ? どうしたのだ?」
 鈴々に用があるらしい。ずいぶん走ったのか息が切れてるけど……どうしたのかな?
「うちの店に怖いお兄さん達がいるの! 値段が高すぎるとか言ってて……」
 と、少年。
 どうやら、悪質なクレーマーに店の商品にいちゃもんをつけられてるらしい。大方、脅して値引きでもさせるつもりなんだろうけど……そこに通りがかったのが僕たちだと言うわけだ。
 それを知った以上、見過ごすわけにはいかない。社会法規を守れない奴には、きちんとオシオキが必要だ。
 そして、この世界のオシオキと言えば鉄拳制裁1択。このへんわかりやすくていい。
 店の位置を聞いて少年と共にそこに駆けつけてみると……

『何だコラァ!? 文句あんのかコラァ!?』
『お、お客様、そう言われましても……』
『うるせーな、あんまりガタガタ言ってるとこの店ぶっつぶすぞ!?』
633 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 01:24:09.52 ID:1U/RiEmE0
あーあ……何か残念なキャラ……。
 ていうか、どこにでもいるんだな……こういう人間レベルの低い低次元な不良。勢いに任せてどなり散らすだけの。雄二に言わせる所の『小物』。
 見た所、数人のグループのようだ。けっこうがっしりした体つきなのも何人か……うーん、2,3人くらいなら僕1人でも奇襲でぶっ飛ばせそうだけど、この人数はなあ。
 周りには結構な数の野次馬が集まってるし、召喚獣を使うのもなるべく避けたい。となると……鈴々に頼むしかないか。
 これ以上考えてても別に代替案が出てくるわけでもないし、店の人が怪我しても悪いので、さっさと鈴々に指示を出そうとしたその時、

「はぁーっはっはっはっはっはっ!!」

「「「!!?」」」
 な、何だぁ!?
 突如として住宅街に響き渡る、不快なまでにテンションの高い笑い声。野次馬達のざわめきが、蛮行の当事者たちまでもが、その声に驚き、唖然として声を失った。先程までの騒ぎが嘘のように、今ここは静寂に包まれている。
 もちろん、僕らも同様だ。えっと……何? 今の……古い時代のヒーロー漫画みたいな強引な展開…………。
 ………………ヒーロー……?
 その瞬間頭に浮かぶのは、さっきまで世間話or噂話感覚で話してた『なんとか仮面』……えっと……もしかして……
 と、その時、いい具合にかかっていた雲が途切れ、太陽が顔を出す。
その太陽の光は、この周囲の建物の陰に混ざって……その上に立っている1つの人影をも、いい具合に地面に映し出した。
 必然的にその方向を見た僕らの目に移ったのは…………

 屋根の上に立つ、すらりと細い体躯。
 白い、振袖のごとき意匠の服。
 体側に携えた、すらりと長い赤い槍。
 そして……顔をつける目的でつけられている、アゲハ蝶をかたどった仮面。

 その姿……昨今の街をにぎわせている、謎の仮面の英雄であることは、誰の目にも明らかだった。人々は喜びと歓喜を、絡んでいた当人たちは困惑をその顔に浮かべている。
 そして、
「おぉ〜〜!」
 鈴々も同様だ。噂に聞くヒーローの推参に、今やその場にいた全員のテンションが上がっていた。

634 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 01:25:35.08 ID:1U/RiEmE0
 ……たった2人、

「「…………………………(え〜〜………………?)」」

 完全に三白眼になっている……僕と朱里を除いては。
 いや、だって……みんなの興奮に水差すようで悪いけど……あの『なんとか仮面』どう見ても……

「…………星……だよね……?」
「……です……よね……?」

 そう。
 白い服といい、その模様といい、すらりと長い手足といい、その得物たる槍といい……あの屋根の上のヒーローさん、どこからどう見ても、わが軍が誇る猛将の1人にしか見えないんだよなあ……。
 変装……なんて言えるレベルでは最早ない。服も武器もそのまんまだし、派手好きな所もさして変わってない。
 唯一の差といえば……顔につけてるパピヨンマスクくらい……か……。あれで完全に別人になってるつもりなんだろうか……? いや、冷静沈着な星のことだ、そんなことはまさか……きっとイメチェン感覚で軽く仮装を……

「な、何だてめえは!?」
「私か? ふっ……問われれば答えよう……」

 ひゅっ くるくるくる…… すたっ!  ←  着地

「正義の花を咲かせるために、凛々しき蝶が悪を討つ……美と正義の使者……華蝶仮面、推参っ!!(ビシッ!!  ←  決めポーズ)」

 ……満々でした……。
 もしも僕が心の声を聞くことが出来たなら、『決まった……』なんて感じの星の声が聞こえてくるんであろうこの状況。とりあえず、このビジュアルでどこからそんな自信が出てくるのか問いたい。
 胸に秘める例示の印象は違えど、同じく白けてるんであろう朱里も言葉を失っていた。当然だろう。だって……星そのまんまだもの。
 ……だというのに、

「おーっ! 華蝶仮面、かっこいいのだ!」

 何でこの子は気付いてないんだろう?
 いや……鈴々だけじゃない。周りの人垣を構成する一般市民(エキストラ)の皆さんも、何やらざわついている。その内容は、

『お、おい、何だアレ……?』
『わからん。でも……なんだかすごそうだぞ? あのなんとか仮面』
『女の人……かしら……?』
『綺麗……』
635 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 01:26:20.73 ID:1U/RiEmE0
どうやら、誰一人気付いていないと見ていいらしい……。
 愛紗や鈴々をはじめとして、軍のトップに立つ将軍たちの顔は、恐らくこの街で知らない者はいない。普段の警邏や郊外の公開訓練、その他イベントなんかで見てるだろうし、第一、普通の人なんかとは根本的に違うあのオーラじみた威圧感。それは星も例外ではなく、領民のほとんどは星の顔を、服装を知っているはずだ。
 だというのに……パピヨンマスクをつけた程度で、誰もかれも、それが誰だかわからなくなっている。
 そんな状況を恍惚に思っているらしい星は、何も迷うことなく次の段階へと移行した。
「そこな悪漢! 先程から見ていたがゆえに、事情は既に切っている! か弱き民を虐げ、その少ない財貨を奪おうなどと……恥ずかしくはないのかっ!」
 びしっ、という効果音でもつきそうな気持ちよさの指差し。
 というか、お前見てたんならさっさと助けろと思ったのは僕だけだろうか?
 ヒーロー漫画のお決まりよろしく、そんなことに突っ込む素振りは一切ない群衆と敵キャラ。かわりに、
「生意気な奴め! お前ら、コイツから先にやっちまえ!」
 とまあ、ザコ感全開のこのセリフとともに、仲間と思しき数人の男が星……華蝶仮面の周囲に展開する。……つくづく予想を裏切ってくれない展開だ。
 その様子を見ても、全く動揺する様子のない華蝶仮面。それどころか、やれやれ、とでも言いたげにふぅ、と短くため息をつく。
「やれやれ……下衆と言えど、ここまで風情というものの理解ができん奴も珍しい。口上を聞く暇も持たん……か」
「構うな! やっちまえ!」
 やれやれ、やっちまえと来たか。
 あの仮面の下が星……将軍・趙雲だって知ってたら、そんなこと口が裂けて顔ぐるっと一周しても言えんだろうに……。
 知る由もない彼らは、哀れにも得物を振りかざして華蝶仮面へと向かって行く。当然、華蝶仮面もまたパターン通りに行動。
「ふん……ならばよかろう。私に刃を向けた愚かしさ……その身をもって知るがいい!」
 とうっ! とまあ、特に必要もないのに派手に跳躍。それと同時に槍を構える。

 ここから先は……説明するまでもない。
 というかむしろ……見なくてもわかる。

「「「おらぁーっ!」」」

 どかどかばき!

「「「ぐわぁーっ!」」」
636 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 01:27:00.10 ID:1U/RiEmE0
はい、おしまい。
 おお、早い。朱里と『何してんのかなアレ?』『さあ……ちょっと意味がわかんないです……』なんて言い合ってる間に、決着がついてた。
 予想通りと言うかなんと言うか、ひゅん、と槍を振るう華蝶仮面の周りは、死屍累々の惨状となっていた。血が飛び散っていない所を見ると……峰打ちだったらしい。ヒーローは敵と言えど無駄に殺さない、なんていうお子様向けアニメの暗黙のルールがしっかり適用されている。
 ため息しかつくことが出来ない僕と朱里とは対照的に、大盛り上がりの群衆達。口々に華蝶仮面をたたえるセリフが飛び交う中、彼女はあくまでもクールに振舞っていた。なんていうか……あの輪の中に加われない分、無駄に疎外感が僕と朱里を包む。……別に加わらなくていいんだけど。
 さて……と。被害者の人達もどうやらお礼のセリフを言い終わってるみたいだし……そろそろヒーローものの終わりにはつきもののレストの展開に移る頃だろうか? ウルトラマンで言う『シュワッチ』……退散シーンに。
 どうやら星も同じことを考えているらしい。群衆が多くなりすぎて逃げるのが難しくなるのを危惧していると見える。
「あ、あの……華蝶仮面さん、ぜひ何かお礼を……」
「ふ……礼など不要。私は正義たる行いをしただけだ。では……さらばっ!」
「ああっ、そんな……待って!」
 被害者家族の制止を振り切り、華蝶仮面はばっと跳んで屋根に降り立つ。確かにまあ、ヒーローを語るにはふさわしい身体能力ではあるんだよなあ……中身の発想はともかく。
そして去り際に、
「ああ、そのならず者たちは、警備の者を読んで引き渡すのがよろしい。また暴れ出しては面倒だろうからな」
 そう付け加えるのを忘れずに。それだけ言って華蝶仮面は屋根の上で踵を返し、最早2度と振り返ることなく飛び去った。
 後には、興奮に沸き立つ群衆達のざわめきと……ヒーローショーを見た後の子供のごとくきらきらした目をしている鈴々と……どうリアクションしたもんか困ってる僕&朱里が残された。
 ……それにしても、まさか……噂のヒーローが星だったとは……。
「思いもしませんでしたね……」
「まあ……確かにやりそうっちゃやりそうではあるかもだけど……」
 ため息交じりに話すことしかできない。と、朱里が突然こんなことを言い出した。
「でも……これはちょっと放ってはおけませんね……」
「え?」
 顎を抱える姿勢でそう言う朱里の眉間には、しわが寄っている。どうしたの?
「さっき鈴々ちゃんが話していた通り……愛紗さんはあの人……仮にまあ、名乗ったとおりに華蝶仮面としますと……愛紗さんは華蝶仮面を指名手配にすることを検討してるみたいです。恐らくそれは……正体不明の、それでいて一騎当千のあの強さだからかと……」
「まあ……正体もよくわからない奴が、しかもあんなに強い奴が街中をうろうろしてたら……そりゃ不安になるよね」
 本人はそんなつもり微塵もないんだろうけど。
「ええ。ですからその……なんとか星さんに言って、華蝶仮面をやめていただくか……最低でも、活動自粛くらいはしてもらわないと……大事になりかねません」
 そうか……愛紗ってそういうのうるさいもんな。正義の味方とかなんとか名乗った所で、彼女にとっては不穏分子でひとくくりにできる存在だろう。最低でも事情聴取くらいはしないと収まりそうにないけど……その相手はほぼ毎日顔を合わせている同僚であって……。
 いやでも……星だってばれたらばれたで『何をふざけたことをしておるのだ貴様は!?』ってなるのは目に見えてるし……。あーもー、どうしたもんか。
 ともかく……どうするにしても、まずは星本人に話を聞かないことには始まらないな。

637 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 01:28:27.60 ID:1U/RiEmE0
「ふぅ……。ふふっ、手ごたえは上々だな……やはりこの作戦、使える……」
「何に?」
「…………っ!?」

 ここは裏路地の一角。それも……華蝶仮面が走り去った家々の並びとは、通りを挟んで反対方向の。
 追いかけてくる野次馬連中も完全に撤いたと思って油断していたらしい華蝶仮面は、背後から突然響いた僕の声に、驚きを隠せなかった様子だ。
 ヒーローが隠れる場所、逃げるルートって言ったら、相場はこういう裏路地って決まってる。加えて、上を見せたら下に、前を見せたら後ろにトリックがあるっていうのは手品の基本。それを知らない単純な考え方の野次馬達は、見当違いにもそのまんまの方向で追いかけて行ったけど……僕はだまされない。
 普段からバカバカって言われてるけど……決してそうじゃないってことがここに証明されたわけだ。見たか、これが僕のインテリジェンス!
「あっ、ある……いや……貴公は、その……この国の太守殿か!」
 あ、今僕のこと『主』って呼びそうになった。
「こ……これはこれは、お初にお目にかかる、吉井殿。私の名は……」
「何してんの、星?」
「……っ!?」
 おお、ここまで『ぎくっ!!』って効果音が似合いそうな驚き方は初めて見た。
 正体がばれてたことがよほど意外だったらしいな……それこそ意外だけど。
「な……なんのことかな? 私は趙雲などという名前ではないぞ? 私こそは、美と正義の使者……華蝶仮面!」
「僕、趙雲なんて一言も言ってないよ? なんで彼女の真名だって知ってるの?」
「っ! それはその……前に噂しているのを聞いたのだよ、趙雲将軍の真名は『星』だと」
 う〜ん……苦しい言い訳というか何というかだけど……まあ、ありそうな話ではあるな。
 立て続けに裏をかかれて緊張しているらしい。たらりと一筋冷や汗を流して、華蝶仮面……もうめんどくさいな、星でいいや……星は僕との対話を続ける。
「お、お初にお目にかかる、太守殿。あえて光栄だ」
「そう? 僕は割と毎日会ってるような気がするんだけど」
「……っ、しつこい……」
「何か言った?」
「いや、何でも! ……なぜこの完璧な変装が見破られかけているのだ……っ!?(ボソッ)」
 今、ちっちゃな声で『完璧』とか聞こえたような……? パピヨンマスク一枚で何でそんなに自信満々になれるのか……武器が無理でも、せめて服くらい変えた方がいいと思うんだけど……。
「と……ともかくだ。私は趙雲などと言う名前ではないぞ? こうして貴公と会うのも初めてであるし……」
「まだ言うか」
 なんでここまで仮面のヒーローにこだわるのかね……?
 まあ楽しそうにしてる所に水を差したくはないんだけど……ここで何とかしとかないと後々面倒になるもんな……。祭ってことで、みんな羽目外しててもめ事も多いし、その分だけ『華蝶仮面』が活躍して騒ぎそうなことも多いし……。
 しょうがない……少し強引な手を使うか。
「そうか〜、星じゃないのか〜……」
「さ、左様だとも。わかったのなら……」
「せっかく、さっき美味しいメンマ丼の屋台見つけたのに……星だったら教えてあげようと思ったんだけどな……」
「何っ!?」
638 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 01:29:45.03 ID:1U/RiEmE0
反応しすぎでしょ。君隠す気ある?
 ここで備考。星は、かなりのメンマ好きとして有名なのだ。
 具体的にどのくらいかっていうと、メンマをおかず(皿に山盛り)にメンマ丼を食べるぐらい。凄い時はそれに焼きメンマとラーメン(量自体は少ない。メンマは麺が見えないくらい山盛り)がつく。食料庫には常に自分専用のメンマが1〜2壷置いてあるし……翠なんかは『趙子龍と言えばメンマ、メンマと言えば趙子龍』なんて言ってる始末。時によっては……ムッツリーニのエロ根性と並ぶんじゃないかってくらいに思えたりもする。
 そのメンマ大好き趙子龍は、僕の話にそりゃもう食いついていた。あくまで平静を装っている風だけど……最初のあのどでかい返事で明らかに失敗している。
「め……メンマ丼とな……?」
「うん。でもまあ……星じゃないんじゃ関係ないよね。ばいばい」
「ま……待て!」
 と、星は妻に『実家に帰らせていただきます!』と言われた企業戦士のような悲壮さと必死さで僕を呼びとめた。やれやれ、普段は嘘も口喧嘩も達者なくせに、不測の事態とメンマには弱いんだから。
「よ……よかったらその情報……私がその趙雲とやらに伝言しておくぞ? どこだ?」
「え? 何で君が? 星の顔知らないんじゃなかったの?」
「い、いやあそれはその……人に聞くなりすればわかるだろう。だから顔は……あっ!」
「顔を知らないなんて言ってなかったよね……?」
 こりゃ慌ててるな、言ってもいなかったセリフを自分で言ったことにしてしまった。これは……叩けば落ちるな。
「全くもう……そんなだからこの前の碁でも朱里に負けちゃうんでしょ? 予想外のことが起こるとそりゃもう取り乱すんだから……」
「あっ……あれはその……いきなり主が出てきたので驚いただけで…………っ!?」
「……星……もうあきらめたら……?」
 もうメッキなら全部はがれて中の鉄板まで浸食され始めてるもん。
 どうやら、もう隠しきれない所まで来ている……と判断するだけのキャパは残っていたらしい。少しだけ迷った後、星はゆっくりと仮面を外した。
「やれやれ……まさかばれるとは思いもしませんでした……」
「何で仮面1枚でそう思えるのかな……?」
 いつもの冷静沈着な星を見慣れてるせいもあって、果てしなく謎なんだけど。
「全く……主も人が悪い、気付いたなら気付いたで、そっとしておいて下さればいいものを……」
 と、ジト目で言ってくる星。
「そういうわけにもいかないんだって。このままだと星、お尋ねものにされちゃうよ?」
「? それは……どういった意味ですかな?」
「だからね……かくかくしかじかで、愛紗が不審に思い始めてるんだってば」
「なるほど……」
 時間が無いので裏技を使いましたことをお許しください、なんちて。
「全く……愛紗の奴も物わかりの悪い。正義の味方だと言っているのに……」
「あのね、変に思わない方がおかしいでしょうが、そんな正体不明の激強ヒーロー」
 スパイダーマンだって下手すると指名手配されるんだから。
639 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 01:30:23.90 ID:1U/RiEmE0
「っていうか……何でそんなことしようとしたのさ? 仮面までわざわざ用意して」
 ずっと気になってたことだ。わざわざ顔なんか隠さんでも、星にはこの地域一帯を警備する任務が元々あるし、その見回り中にはもちろん、プライベートの時にだって犯罪者その他を検挙する権限がある。なんでわざわざ変身ヒーローに?(なれてないけど)
「ああ……子供たちの遊びを見ていて思いついたのですが……こうした方が、謎に満ちた存在として話題になるでしょう?」
「それで?」
「警邏なら、やりすごして犯罪に走ろうとする連中はどうやっても出てくるでしょうが、正体のわからない、神出鬼没の正義の味方が街中を闊歩していると噂になれば……気の小さい者なら、そうそう悪事に走れますまい。犯罪の抑止力になるかと」
 なるほど……意外によく考えられてるな。てっきり目立ちたいだけかと。
「決して目立ちたがりだから……等と言う理由ではありませんので、誤解なきように」
 うお……っ、いつもの冷静で鋭い星が戻ってきつつあるな。コレ以上何か言ってからかうと逆襲されかねない。このへんで引くか。
「そういうわけだから、以後気をつけてね? 禁止とまでは言わないけど……ほどほどに」
そう言って別れようとしたところで、
「あ、主!」
「? 何?」
 何か思い出した様子の星に呼び止められた。何だろ?
「その……さっき言っていた、メンマ丼の屋台というのは……?」
「え、あれ本気にしてたの?」
「…………………………」
 あ、やば、ちょっと本気で悲しそう。
「ご、ごめん、星……」
「いえ……いいのです。……私の正体をあぶり出す罠と気付かなかったこの私の不覚でもありますし……このような騒ぎを起こして主に御足労かけてしまったことへの報いとでも思えば……」
 そう言いつつも、星の足取りはこころもち重そうに見えた。
 ……ちょっと悪いことしたなぁ……。今度、美味しいメンマ丼の店でも探しておいてあげようかな。
 若干の罪悪感を引きずりつつ、僕は星と別れ、朱里と鈴々が待っている大通りに向かって歩き出した。


640 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 01:31:43.46 ID:1U/RiEmE0
文月祭編
第96話 愛と父親と人生設計


「あ! 美波おねーちゃんに瑞希おねーちゃんだー!」
「「え?」」
 と、唐突に聞こえたそんな声に振り向くと、丁度ウチ達の後方50m位のところに、璃々ちゃんを連れた紫苑さんが歩いているのが見えた。
 いや、歩いてる……っていうより、お店から今まさに出てきた所みたい。紫苑さんも璃々ちゃんのセリフでウチと瑞希に気付いたらしく、振り向きざまに目があう。
「あら、美波ちゃんに瑞希ちゃん。奇遇ね」
「紫苑さん!」
「お仕事もう終わったんですか? 早いですね」
 2時間くらい前まで、ウチと美月は城で残ってた仕事を片付けていた。それがおわったからお祭りに参加しようと思ってここに来て、今はいわゆるウィンドウショッピングの最中なんだけど……ホントに奇遇。
 璃々ちゃんはウチ達に気付くやいなや、とたとたと元気よく走ってくる。その後ろから、対象的に落ち着いた足取りの紫苑さんが追いかけてくる形だ。
「折角のお祭だし、午後の警邏の前に璃々と買い物でもと思って」
「そうなんですか。よかったね、璃々ちゃん」
「うんーっ!」
 お日様みたいな笑顔……っていう表現が日本にはあるけど……よく言ったものね。今の璃々ちゃんは、まさにそんな感じがする。あの笑顔だけじゃなく、活発さなんかも全部ひっくるめて。
「今……服屋さんから出てきたみたいですけど?」
「ええ、璃々に服をと思って。けど……残念なことに子供服を置いてない店だったの」
「あらら。そっかー、璃々ちゃん、服買いに来たのね」
「うん! 璃々、せーちょーしたんだよっ!」
 と、えっへんとでも言いたげに胸をそらしていう璃々ちゃん。
 葉月の時もそうだったからわかるんだけど、このくらいの子供って成長早いのよね……すぐ新しい服が必要になるもの。璃々ちゃん育ち盛りだし、こりゃ紫苑さんも大変ね。
 なんてことを思ってたら、
「もうちょっとしたら、璃々もおかーさんに負けないくらいぼんきゅっぼーんになるんだもーん!」
「……………………」
 璃々ちゃんが天下の往来で子供にあるまじき発言をした。
「り、璃々ちゃん!? な、何を言って……こんな昼間から……」
「? 瑞希おねーちゃん、なんで赤くなってるの?」
 いきなり予想外のセリフを発した璃々ちゃんへの対応に困った瑞希は、少しパニックになってぱたぱたと手を振っていた。こころもち顔も赤い。
 ……その一方で
「………………はぁ……」
 ウチはそんなことよりも、今の発言で激しくダメージを受けていたりするんだけど。
 『将来性』……そんな言葉が恨めしく思えてくる今日この頃……。うう……璃々ちゃんはいいわよね……お母さんの紫苑さんがああだから、将来にも期待が持てて……。
「み、美波ちゃん!? お葬式みたいな雰囲気になってますよ!?」
「そ、そうそう、そんな気にしなくていいのよ。発達なんて人それぞれなんだから……それに、女の魅力は見た目だけじゃないでしょう?」
「あの……紫苑さん……あんまりフォローになってない気が……」
 そんな会話を聞いているのもむなしくなってくる。ここが街の大通りじゃなかったら……座り込んでる所なんだけど……。
 まあ、いつまでも璃々ちゃんの思いつきの発言にショックを受けててもはじまらないわよね! 大丈夫、こっちの世界に来てからも牛乳は毎日欠かさず飲んでるし、これからまだまだ成長するんだから(自己暗示)、自信を持って前を向いて……
「美波おねーちゃん、つるぺたずんどーだから落ち込んでるの?」
 …………子供って時に残酷よね……。
 リアルに『グサッ』なんていう効果音が頭の中に響いて、同時に体が鉛の如く重くなったのを感じた。
641 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 01:32:25.05 ID:1U/RiEmE0
ますますあわあわしてる瑞希と紫苑さんの姿の輪郭が涙でゆがむ。くっ……だめよこんな所で泣いたら! 璃々ちゃんに、小さな子供に大人の涙なんて見せるもんじゃ……それにまた何言われるか……。
 悪気ゼロの璃々ちゃんだからこそ、言われるとグサッとくる。もう……済んだ瞳で大人の心をさらりとえぐるんだから……。
 小さな子供で思い出したんだけど……うちの葉月も最近すこしそんな感じになってきた気がするのよね……。プールに行った時なんか、嬉々としてウチのパッドをアキにばらした上、アキに『水中鬼(葉月ルール:鬼が逃げる人をつかまえて水に沈めて溺れさせたら勝ち)』なんていう物騒なゲームを提案したって聞く。相手がアキと坂本だったから何も問題なかったものの。
 全く……誰に似たのかしら?
 というか……何で璃々ちゃんがこんな言葉知ってるのかしら? 誰に教わったの?
 アキ……じゃないと思う。あいつはバカだけど、子供にこんな変なこと教えるような奴じゃないし。坂本も、木下も違う。土屋……少し可能性あるわね。あと考えられるのは……ああ、星さんとかかかも。
 と……ともかく!
「もう璃々ちゃんったら、そういうこと人前で言わないの」
「えー? なんでー?」
「なんでも」
 人知れず他人の心に大ダメージをきざむから。
 璃々ちゃんはまだ不思議な顔をしていたけど、これ以上何か言われてもかなわないので出発。というわけで、なし崩し的にウチ達は紫苑さんと璃々ちゃんと一緒に回ることになった。

                        ☆

 それから1時間ほど、ウチと瑞希は紫苑さん達と一緒に楽しい買い物の時間を過ごした。
 服屋に行って璃々ちゃんの服を買った(ウチ達も選んであげた)のはもちろん、屋台で何か買って食べたり、露店でアクセサリーみたいなのを買ったり、警備で街を見回りしてる華雄さんと会ったり色々あって……今は町はずれのカフェテラスで休憩中、って感じ。
 ちなみに璃々ちゃんは、はしゃいで疲れたらしく、イスに座って気持ちよさそうに寝ている。ふふっ、可愛い寝顔ね。
 この顔見てると……その日にあった疲れたこと全部忘れられるぐらいの気持ちになる。葉月のこと思い出すなあ……。ウチが日本に来たばかりのころも、葉月の寝顔に癒されてたっけ。
「可愛いですね、璃々ちゃん」
 と、瑞希。
「ほんと……お母さんに似たみたいね」
「あらあら、ありがとね、2人とも」
 嬉しそうに笑う紫苑さん。その柔らかい笑顔は、どこか璃々ちゃんの笑顔に通じるものがあった気がした。まあ、親子だから……当然か。
 それにしても……紫苑さんってすごいわよね……。よくは知らないけど、早くに旦那さんを亡くしたっていう話だし……それ以降、璃々ちゃんを女手一つで育ててきたんだもの。
 ウチらの世界の常識とかだと、両親のどちらか一方が欠けた状態で子供を育てるのはすごく大変だ、って聞く。経済面以上に……心の支えとか、そういう意味で。
 紫苑さんは文月に来る前から一国一城の主だったわけだし、経済面での負担は無かったんだろうと思う。でも……父親が不在って状況は、それだけで子育てにはマイナス条件だったはず。
 そのハンディキャップを乗り越えて、女手一つで、璃々ちゃんをこんな純粋で明るい子に育てた……っていうのは、本当に女として尊敬すべき点であるような気がした。
 ……そういえば……
「ねえ紫苑さん、ちょっと聞いてもいいですか?」
「何?」
「えっと、その……紫苑さんの旦那さんって、どんな人だったんですか?」
 考えてみると……今までそこには触れてこなかった気がする。避けてたわけじゃないんだけど……あんまり聞こうと思わなかったな……。この際だし……聞いてみてもいいかも。
 紫苑さんは少しだけ驚いたふうな顔をしていたけど、
「ええ……そうね……。いい人だったわよ」
 そう、話してくれた。
「楽成城の先代城主にあたる人なわけだけれど……領民にも人気があってね。執政の腕も見事なものだったし、領民にも璃々にも私にもよくしてくれて……優しくて、それでいて力強さもあって……」
 すすっていたカップを置いた紫苑さんの目は、どこか昔をなつかしむような感じになっていた。思い出してるのかもしれない。
「とてもいい人だったわ…………もう随分前に、死んでしまったけどね」
「やっぱり……戦に巻き込まれて?」
 乱世は何も、討伐軍以降に始まったわけじゃないもんね……。大国も巻き込んで本格的になったってだけで、小国同士の小競り合いみたいなのはずっと前からあったみたいだし。もしかすると……その侵略か何かから楽成の街を守ろうとして戦死したのかも……
 と思ったら、
「ううん、そうじゃないわ」
 え? 違うの? じゃあ……
「病気……とかですか?」
「いいえ、老衰よ」
「「へ!?」」
642 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 01:33:23.30 ID:1U/RiEmE0
意外な言葉に、ウチと瑞希、2人とも声が裏返ってしまった。いや、だって……今何て? ろ……老衰!? 寿命ってこと!? ちょ……旦那さんいくつだったんですか……?
 どうやらウチ達の動揺は予想済みだったらしい。軽く笑って、紫苑さんは語りだした。
「私の父親は……長いこと子供に恵まれなくてね。ずっと、自分の後を継いで城を、楽成の街を守っていく人材がいないことを不満に思っていたの。晩年になってようやく私が生まれたのだけど……女だと知ってがっかりしたそうよ」
 あ、それ知ってる。戦国時代とかの家だの城だのの跡取りは、男の子じゃなきゃだめ……とかいう変な決まりがあるからだ。全く……古臭い考え方ね、男より強い、頼りになる女だっていくらでもいるし、女より弱くて情けない男だってごまんといるのに。アイツとか。

643 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 01:34:16.81 ID:1U/RiEmE0
「へっきし!」
何の前触れもなく、唐突に特大のくしゃみが出た。何だろ……風邪でも引いたかな?

                       ☆

 気を取り直して、
 紫苑さんの話は続く。
「それでね……父は、私の叔父(おじ)にあたる人を、私の夫に迎えることにしたの」
「「ええっ!?」」
 ちょ……叔父って!? 思いっきり家族じゃん! 家族内で結婚とかしていいの!?
 いやでも……男の跡取りが欲しかった紫苑さんのお父さんにとってみれば、そうするぐらいしかなかったんだろうな……。どこの馬の骨ともわからない男を焦って婿に取るよりはその方がいい……って判断だったのかも。
 そして……程なくしてお父さんが無くなって……璃々ちゃんが生まれた、と。
 なるほど……叔父さんなら、その紫苑さんのお父さんと同じくらいの年齢……。お父さんがそもそも晩年で璃々さんをさずかった……って言ってたから、そりゃ叔父さん=旦那さんも結構な歳よね。
「大変だったんですね……」
 と、遠慮がちに瑞希が言った。
 そうよね……跡取り確保のためとはいえ、自分の叔父さんと結婚させられるなんて……政略結婚どころの話でも最早ないもの。
 すると、紫苑さんは意外にも紫苑さんは笑顔で返した。
「いいえ、そんなもとはなかったわ。別に嫌だったわけじゃないもの」
「「え?」」
「言った通り、夫……叔父は、私と璃々にとてもよくしてくれたし、私も叔父のことを愛していたわ。もちろん、『夫婦』としてではなく『家族』としてだけど……苦ではなかった」
 笑ってそう言う紫苑さん。
「璃々はまだ幼いからこのことは理解していないけど……いずれ理解するでしょうし、ちゃんと受け止められるでしょう。たとえ近縁の父親でも……本当に愛してくれていたのだから」
 風にゆらゆらと僅かに揺れる、璃々ちゃんの前髪を、手を伸ばして優しくなでながら紫苑さんはそう言っていた。
 ……強いなあ……紫苑さん。
 自伝にして出版したら、一躍ベストセラーになりそうな過酷な人生。そんな人生を歩んで来ておきながら、弱音の一つも私達の前では見せない。バカにする意味じゃないけど……伊達に長く生きてるわけじゃないってことね……。これなら、璃々ちゃんが何の問題もなく健やかに育ったことも納得。
 つらい過去も自分の使命も、何もかも受け入れた上で今、璃々ちゃんとむきあえてるんだ……。本当に尊敬するなあ……。
 と、紫苑さんが再び口を開いて、こんなことを言いだした。
「でも、そうね……考えてもみなかったけど、璃々には父親のぬくもりというものをあまり感じさせないうちに育ってしまったのかもしれないわね」
 まあ……まだ物心つくかつかないかのうちに、だもんね……。
「そう考えると……今からでも、そのぬくもりを感じさせてあげた方がいいのかもね……」
「再婚する……ってことですか?」
「そう……なるのかもね」
 なんだか、迷いながら言っているような感じの語感。
 確かに……健やかな人生を送る上で、両親揃って存在してるってことは重要だっていうし。璃々ちゃんにも、そういう存在がいた方がいいのかも……とは思う。
 紫苑さん、多分何となくそう思ってるけど……今の自分の立場とか、環境が変わったりとか、そういうのを心配してるんだろうな。
「最近はね、璃々なんか『妹がほしい』とか言ってくるのよ? 遊び相手が欲しいみたい」
「あははっ、璃々ちゃんらしいですね」
「ほんと、可愛いわね」
 ふーん……そんなこと言ってるんだ。妹……ねえ……。お母さんもたいへんだなあ。
 でも……紫苑さんはこんなに魅力的なんだから、きっとすぐにでも相手が見つかるわよね、いい人が。大丈夫、軍の立場とかそういうのには絶対影響ないから! ここのボスはあのバカだし!
 そう、安心してって紫苑さんに直接伝えようとしたら、紫苑さんは、

「やっぱり……ご主人様に頼もうかしら……?」

 あまりにも聞き捨てならないセリフを呟いた。

 ごん! ×2

644 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 01:34:52.97 ID:1U/RiEmE0
ウチと瑞希の頭がテーブルの天板に当たって派手な音をたてた。
「あら、どうしたの2人とも?」
「「どうしたのじゃないでしょ!!」」
 何顔赤くしてとんでもないこと言ってるんですか!? あ……アキに頼む!?
 ちょ……それってつまり……ていうかどっちを!? 父親!? 妹!? それとも両方!? ああもうどれもだめだってば!
「なっ……何言ってるんですか紫苑さん!?」
「そうですよ!? 何で明久君なんですか!? 紫苑さんなら他にもいい人が……」
「あらひどいわね、本気で言ってるのに」
 えぇ!?
「だって私はご主人様以上に魅力的な殿方なんて、この世にそういるものではないと思ってるわ。あなた達もそうじゃない?」
「えっと……それはその……」
「否定は……しないですけど……」
「でしょう? あんなにも明るくて、周りを笑顔にできる才能がある。それでいて言う時はビシッと言う、熱血気質も持ってるわ。おまけに、助けを求めるならば敵でさえ手を差し伸べ、受け入れるあの懐の深さ……三国には少なくとも並ぶ者はいないと思うけど」
 発言の内容はかなり問題ありなんだけど……。まさに紫苑さんの言うとおりだ。
 アキの奴……日常生活に必要な常識とかには欠けてるくせに、そういうところはすごく魅力的に映る。優しさもそうだし……ここ一番で頼もしかったり……ごく稀にすごいこと閃いたりもするし……。それでいて威張らない(そもそもそう言う発想が無いんだろうけど)。子供好きで、葉月にも優しくしてくれる。困ってる人を助けることもできて、いざというときには凄く一生懸命になれる。最近は成績だって日本史と世界史がぐんぐん伸びて来てるって聞く。
 って……言われてみれば、けっこう貴重っていうか……理想的っていえばそうなのかも。
「私も、明久君とは小学校から一緒でしたけど……明久君には何度も助けられてました」
 見れば……瑞希も、ほんのり顔を赤くしてそんなことを言ってる。最早、言い返すことはないって感じ。
 まあ……正論だしね……。ウチも、これ以上は何も言うこと無しだし。
 アイツ……なんだかんだでいいやつだもんなあ……。
「そうよね……懐いてる璃々のことを考えてみても、やっぱり、ご主人様に頼むのが一番いいわよね……」
 そうそう……それがいい……

「「……ってよくないってば!」」
645 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 01:35:21.39 ID:1U/RiEmE0
一瞬頭をよぎった痛烈な違和感に、あやうく納得しかけていた頭に冷静さが戻る。
「あら、ばれちゃった?」
「あ、危ないです……もうすこしで『そうですね』って言っちゃうところでした……」
「そ、そうね……まあアイツが悪い奴じゃないのはそうだけど……それとこれとは話が別よね……」
「うふふっ」
 おかしそうな顔で私達を見て笑う紫苑さん。うう……遊ばれた……?
 紫苑さんの話術を見抜けなかった自分の未熟さを呪うしかやることが思いつかない。し、しかたないでしょ? ウチ帰国子女なんだから! ……まああんまり関係ないような気もするけど、気のせいよ気のせい!
 と、どうやらよっぽど騒がしくしてしまったらしく、
「ふぁ〜……」
 あ、璃々ちゃん起きた。
「んむ……あれぇ? 何で瑞希おねーちゃんと美波おねーちゃん、お顔赤いの?」
「「気のせいですっ!!」」
「ふふっ……青春、ねえ……♪」
 楽しそうに笑ってる紫苑さんと、意味がわからずきょとんとしてる璃々ちゃん。うう……その知略と純粋さが恨めしい……。
 ていうか……これ油断してるとほんとにアキ取られるんじゃ……?
 結局ウチ達は顔の赤みが引くまでカフェで時間をつぶして、そのあとまた2組に分かれてお祭に戻った。警邏に戻る紫苑さんは、城に璃々ちゃんを戻してから向かうそうだ。

 にしても……なんだかあのおみくじに書いてあったことがあたりそうになってきてるんだけど……っ!?

646 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 01:36:23.39 ID:1U/RiEmE0
文月祭編
第97話 太守と祭とパレードの代役


 文月領、啄県
 とある宿屋。

「なっ……何ですって!? それはどういうことですの!?」
 宿の一階の受付。現代風に言えば、フロント。
 一般庶民向けの、決して豪華とは言えないこの宿屋におよそ不釣合な容姿の女性が、宿の主人に強い口調で詰め寄っている姿が見られた。
 長い金髪に、豊満な体つき。腰には何やら高価そうな剣をさし、その金髪はまるで土管か何かのように豪快なロールスタイルに仕上がっている。
「その1番いい部屋は開いているのでしょう!? なぜ部屋の変更が出来ませんの!?」
「はあ……ですが……」
 どうやら、女性が宿の主人に止まる部屋の変更を申し出ているらしい。しかし、どういうわけかそれが出来ないということでもめているようだ。
「それがその……お客様のお連れ様から、『連れの金髪の人が部屋の変更を申し出て来ても取り合わないでください。勝手に変えられてもお金払えません』と言いつけられておりまして……」
「きぃーっ! 斗詩さん……私に無断で何ということを! 構いませんわ、そんなことは忘れて、さっさと部屋を1番いい部屋に変更してくださいな!」
「ですがその……宿代の関係もありますので……」
「それならちゃんとお支払いできますわ! ご安心なさって!」
「ですがやはり……」
「ああもう! 融通が効きませんわね! もう結構ですわ!」
 女性はそう一言言うと、ぷい、と凄い勢いで振り返って部屋に帰って行った。それを見とどけて、店主が肩の荷が下りたかのごとき安堵の表情を見せたことは想像に難くない。


647 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 01:37:05.53 ID:1U/RiEmE0
「全くもう! あんな壁はぼろっちい、隙間風は入る、おまけにお布団は布っきれみたいに薄い部屋に泊まれなんて……正気の沙汰ではありませんわ!」
 宿の階段をずんずんと踏みならすような勢いで登って行くこの女性。今が祭りで、宿に泊まっている者達が根こそぎ出払っていなかったら、確実に誰かが苦情を叩きつけるであろう騒がしさ。
 ……その後ろから近づいてくる、小さな人影があった。
「……お頭、お頭」
「ん? あら……あなた、どうしましたの?」
 と、気付いたように言う金髪の女性。どうやら……顔見知りのようだ。
「へい、その……今夜の例の試合ですが、開催のめどが立ったんで、お知らせにと」
「あらそう、では開始一刻前になったら呼びに来なさい。わたくしはそれまで寝ますわ」
「えらくご機嫌ななめですね……」
 小柄な、そしてガラの悪い男はそう言いつつも、その言い方はどこかからかいを含んだものだ。どうやら、怒っている理由を知っているらしい。
「大丈夫ですってお頭。金なんて、今夜の試合がうまく行けばがっぽり入ってきますよ」
「当然ですわ。その時は報酬は弾みますから、あなた達もしっかりおやりなさい」
「へい! じゃあ、あっしはこれで」
 駆け足で去っていく男の背中を見おくり、その金髪の女性は再び歩き出す。しかしすぐに立ち止まり、いかにもボロそうな部屋の前で立ち止まった。

「……全く! この三国一の名家、袁家の当主であるこの私がこんなぼろい部屋に泊らなければならないなんて! ああ、この世はなんと不条理ですの!? 世の中間違ってますわ!!」

 ツッコミ不在の中、袁紹の勘違いと傲慢にモノローグですら突っ込める者はいなかった。そんな野放し状態の袁紹は、まだ言い足りないのか、何か色々と呟きながら部屋の中に入って行った。

                        ☆

「さあ秀吉! どれでも好きなもの、好きなだけ選んでよ!」
 向こうの世界では万年金欠だった僕が、一度は言ってみたかったこのセリフ。くぅっ……夢にまで見たシチュエーションだ! 見回りの途中で偶然会っただけとはいえ、秀吉と一緒に服屋に来てこのセリフを言える時がくるなんて……!
 この前のデートはろくに秀吉を楽しませて上げられない内に中止になった挙げ句、美波と姫路さんにバレて制裁を受けるという悲惨な終わり方だったけど、突如として降って湧いたこのチャンス! 今こそリベンジの時と言うに差し支えあるまい。
 あとは……美波と姫路さんに会わないように気をつけるだけだな。さっき感じた妙な寒気のことも気になるし……そこらへん注意しないと。
 というわけで、デートの手始めに服屋に買い物に来たわけなんだけど……
「明久よ……何故婦人服売場でそのように宣言しておるのじゃ……?」
 と、なんだか疲れたように言ってる秀吉。品ぞろえが多すぎて迷ってるのかな? 大丈夫、今の僕は王だ。君がどうしてもというなら、店の商品全部買いだって辞さない覚悟だよ?
 しかし、優しい秀吉はそんな大それたオーダーは出来ずにいるご様子。それなら僕がエスコートする他あるまい!
「(パチン!)店員さん、彼女に似合う服を選んであげて」
「はい、太守様」
 言ってみたかったことパート2。指パッチンで店員を呼ぶなんていう、まるでセレブか何かみたいなアクション。うーん、快感。
「明久、頼むから大っぴらに三人称でワシを女扱いせんでくれ」
「またまたぁ、そんなに気張らなくても、たまには息を抜いてのんびりしてくれてもいいんだよ秀吉」
「ワシは何も気張っとらんじゃろうに」
 むー……引き続きの疲れた顔、女心って難しいなあ。
 結局そのまま、秀吉は服屋で何も買うことはなかった。やれやれ、ホントに遠慮しなくていいのに。
「しかし、どこもかしこもにぎわっておるのう」
 と、せっかくだから見回りがてら屋台を見て回ろうという提案のもとに大通りに出た僕ら。そのにぎわいを見て、秀吉がそんなふうに呟いていた。
「午前中に歩いたときよりもさらににぎわっておるようじゃな、これはまた予想外じゃ」
「あれ? 結構前からこんなんじゃなかった?」
「お主はずっと回っていたから気付かんかったのじゃろうが……ワシは午前中の自由時間以降、ずっと城にいたからの。先ほどと比べても、結構な盛況じゃ」
 そうか、秀吉は今まで城で緊急時用の連絡オペレータやってたんだっけ。今は工藤さんが代行してるらしいけど。
 でも、それならなおさら祭を楽しんでもらわないと。こんな楽しいのに城で時間つぶすだけなんてもったいないったらない。警邏という目的も気にならなくなった今、どこから回ったもんかと思案していると、

「あー! 太守様と秀吉様がいちゃいちゃしてるー!」
648 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 01:37:58.37 ID:1U/RiEmE0
と、どこかからそんな声が聞こえてきた。
 振り向くとそこにいたのは、警邏で回ってるとよく会う子供達。よく鈴々(ボス的な存在である)の後ろにくっついてとっとことっとこ走り回ってる子達だ。それも、5、6人集まってる。あちゃあ、何だか騒がしいのに見つかったなあ。
「いや、いちゃいちゃも何も、男同士でその表現はないと思うのじゃが……」
「気にしない気にしない。あはは、みんなもお祭り楽しんでる?」
「「「うん―――っ!」」」
 見れば手に手に砂糖菓子や飴細工、肉まんなんかをもっていて、軽く縁日気分なのが見て取れる。ほほえましいなあ。
「太守様は何してるのー?」
「逢い引きー?」
「やれやれ……ただの警邏じゃ警邏。邪推するでない」
 溜め息混じりにそう言っている秀吉。まあ、仮にも『太守様』なわけだし……デート1つするにもお忍びにしなきゃいけないわけか。少し窮屈だなあ。
「邪推をしとるのはこやつらだけではないのが困りもんじゃのう……」
ん? 秀吉、僕の顔に何かついてる? そ、そんなに見つめられると僕……
「太守様―? お顔赤いよー?」
「照れてるー?」
「て、照れてない照れてない!」
「あはは、真っ赤っかー!」
「やーい、太守様真っ赤っかー!」
 そこかしこからそんな感じの笑い声が上がる。そして、子供たちほど派手なそれじゃないけど、周りにいる大人たちの口からも、控え目なくすくすという笑い声が聞こえた。
 このあたりからも、僕らがすっかりこの街になじんでることがわかったりする。
 太守、なんて大げさな呼び名がついてるくらいだから、『文月軍』が旗揚げして最初のうちは、僕を見かけても気軽に話しかけて来てくれる人なんてほとんどいなかった。
 子供たちは比較的早くなじんで、気軽に僕らに話しかけてくるようになったんだけど……以前だったら、こんな風に子供たちが僕ら『天導衆』を指さしてからかいでもしようものなら、真っ青になった親がすっ飛んできて土下座されたもんだ。いくら『気にしてないから』って言っても聞かなかったりして。あの状態からここまで来るのに随分かかったけど……その甲斐はあったように感じる。居心地いいもの。
 デート中に他者の干渉……っていうのはあまり好ましい事態じゃないのかもしれないけど、隣でおかしそうにわらってる秀吉の顔を見てると……そんなことどうでもよくなるなあ……。
 これなら、ちょっとくらい邪魔されても許容範囲、いやむしろこれはこれでいい演出ととれるかもしれな……

「あらぁん? 何だか人込みが出来てると思って来てみれば……ご主人様じゃなァい!」

649 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 01:38:31.76 ID:1U/RiEmE0
 と思ってたら、ちょっとどころじゃなくシャレにならない阻害剤が湧いて出やがった!?
 聞き間違えようのない野太い声が聞こえたと同時に、子供たちと僕らを微笑ましく見つめていた人達の人垣がばっと割れる。無論というか、その先にいたのは……
「ご主人様ァ、1刻ぐらいぶりねっ♪」
 視界に入れるのも思わず躊躇してしまう、筋肉の権化。鉄人以上の暑苦しさで定評の貂蝉は、あいかわらず吐き気を誘うポージングを取りながら僕らの方へ近づいて来る。
 何でだ……何で僕らのデートには必ずと言っていいほど邪魔が入るんだ……!?
 僕&秀吉のみならず、子供達の間にも目に見えて動揺が走る。半分ぐらいは即座に反応し、僕と秀吉、それに自分より年上の体の大きい子の後ろに隠れた。反射のごとき素早さだったのは……彼らの危機回避本能が正常に作動した証拠と見て間違いあるまい。
 全く、何と言うか……つくづく平穏とかそういうのから縁遠い奴だな……。
「む、貂蝉ではないか、奇遇じゃの」
「あら秀吉ちゃん。ご主人様と仲良く露店巡りかしら? うらやましぃ〜」
 全く……折角のデートなんだから、こんなイレギュラーは放っておいて逃げればよかったのに、秀吉は律義にもきちんと貂蝉に声をかけて挨拶。無視できなくなっちゃったなあ。
「うぅ……」
「いやあぁ……」
「怖いよぉ……太守様ぁ……」
 後ろから聞こえるそんな声が、僕の感覚は正常であって、今すぐにでもMRIかCTスキャンにかけられるべきなのはアイツの方だということの裏付けをしてくれる。てか、すでに何人かは泣きそうになってるっぽいし……。
 ……と、どうにかしてこのモンスターを遠ざけられないかと思って見てみると……ん?
 ここで、僕はちょっと妙なことに気付いた。
 人込みをかき分けることなく突破して僕らの前に立った貂蝉の左腕。そこには……法被と思しき服が一着抱えられていた。何だろうアレ? 露店で買ったのかな?
 まあ別に聞かなくてもいいかな、なんて思ったんだけど、どうやら僕の横にいる1人の子供もそれに気づいたらしく、貂蝉にこんなことを訪ねた。
「あれっ? その法被……おじさんも『行幸(ぎょうこう)』に出るの?」
「『おじさん』!? 今、おじさんって言った!?」
「ひぃっ!?」
 と、何やら聞き慣れない単語を含むセリフで訪ねた少年は、奴にとってタブーとも言える『おじさん』発言に反応した貂蝉に顔を寄せられ、かわいそうに涙をにじませていた。
「貂蝉、やめておけ。子供たちが怖がっておる」
「だぁってぇ! こんな華奢で可憐な乙女をつかまえて『おじさん』だなんて、失礼しちゃうじゃない! しかも、赤くなって照れるならともかく、ご主人様達の後ろに隠れるなんてっ!」
 それ以外にどう反応しろってんだよ。
 というか、一言目の日本語の使い方が何1つ合っていないのには驚いた。辞書で調べてみろ、お前を構成する要素とは間逆の意味が連なっているはずだ。
 気味悪く『よよよ……』なんて泣き崩れた貂蝉は、ここで少しでも構うと下手な油汚れより厄介なので完全に無視し、先程気になった点を少年に尋ねる。
「ねえ君、今『ぎょうこう』とか何とか言ってたけど……それ何?」
 と、僕の声に安心してくれたのか、少しだけ顔色が戻った少年が口を開いた。
「太守様知らないの?」
「うん、だから教えてくれる?」
「うん! えっとね……」

650 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 01:39:21.61 ID:1U/RiEmE0
 少年の説明を要約すると、
 その『行幸』っていうのは、いわゆるパレードみたいなものらしい。
 大型の神輿みたいなのに人を乗せて、街中を練り歩くっていう、祭の締めくくりの……今風に言えば、フィナーレのイベントってわけだ。結構盛大にやるらしく、みんなそれを見るのを楽しみにしてるらしい。
 で、貂蝉が小脇に抱えていたのは、その大型神輿を担ぐ要員が着る法被らしい。なるほど……力仕事ならこいつは何でもござれだから、人選としては正解と言える。この前なんか、庭の邪魔な位置に置いてあった、大きさが鈴々の背丈よりもあろうかという大岩を持ち上げて、庭の隅まで軽々運搬してたし。
 誰がこいつを推したのか知らないが……担ぎ手の依頼のためにこいつに接触・交渉を行っただけの度胸および覚悟と合わせて賞賛の言葉を贈りたい。
 と、いつのまにか嘘泣き(案の定である)をやめたらしい貂蝉が、僕の近くに来て言った。
「それなんだけどね……ちょっと困ったことになったのよ」
「困ったこと?」
「そうなの。神輿……まあ、神輿って呼べるほどちっちゃくないんだけどね……それに乗るはずだったお兄さんの内の何人かが、さっき喧嘩に巻き込まれて怪我しちゃったのよ」
 えっ、そうなの?
 はあ〜、と似合わないため息をついて言う貂蝉の周りには、ちょっとしたざわめきが広がりつつあった。子供たちだけでなく、周りの野次馬の大人たちの間でも。
 無理もない。この祭りで一番の目玉として認知されている『行幸』(僕知らなかったけど)……その主役を担うはずだった人員が、怪我で動けなくなった……という情報なのだ。もしかしたら『行幸』が中止になってしまうんじゃないか……なんて不安がよぎるのも当然だ。
 どうやら子供たちもそれを危惧したらしい。先程まで抱いていた恐怖感すら最早気にならなくなった様子で、口々に貂蝉に尋ねる。
「ねえ、行幸、中止になっちゃうの〜?」
「え〜! そんなのやだ〜!」
「う〜ん……私もそう思うんだけどね……。でも、なかなか代役が見つからないのよ」
 指を顎に当てて、悩む素振りを見せる筋肉ダルマ。
「用意されてる衣裳……何通りかあるんだけど……その大きさに会う人が見つからないのよ。ガタイのいい人なら何人か『やってもいい』って言ってくれてるんだけど……その人達じゃ衣裳を着れないのよね……」
「? 予定されていた服はそんなにも寸法の小さなものなのかの?」
「まあ、極端に小さいってわけでもないんだけど……そうね、丁度ご主人様ぐらいの背丈かしら。そのぐらいの背丈で、神輿に乗ってもいいっていう度胸のある人が見つからないのよ」
 神輿に乗る……ってまあ、人が担ぐのに乗るわけだから、度胸ある人じゃなきゃだめだろうしね……。かといって、衣裳の問題もあるし……度胸があってもあんまり体格が良すぎる人はだめってことか。
 なかなかいないだろうな……今から予定空いてて、みこしに乗って街の中練り歩くだけの度胸がある、ちょうど僕ぐらいの背丈の人なんて……

 ………………ん?

 何だ……? 今何だかものすごく嫌な予感が……
と、それが何なのか考える暇もなく、その予感は早々と現実になった。

「だったら、明久兄ちゃんが乗ればいいんじゃない?」

「えぇ!?」

 不意打ちだったからどの子が言ったのかわからないけど……確かに聞こえたそんな声。
 そしてそれを皮切りに……事態は目に見えて良からぬ方向へ進み始めた。
「そっかー! それならばっちりだよね!」
「太守様暇そうにしてるもんねー!」
「決まりー! 長老様(主催者か何かだろうか?)に、太守様が代わりにやってくれるって言ってこよー!」
「ちょ、ちょっと!?」
 何勝手に決めてんの!? 僕の意見を一言も聞かないで!?
 って……なんでか知らないけど周りの大人たちまで何だか納得したみたいなそぶりだし! 無理だって! みこしに乗って街中回るなんてそんな大役、僕に務まるはずないでしょ!? 第一、『度胸がある』って前提条件にそもそも適合してないし!
「あら、そんなことないし、みんなもそうは思ってないわよ。かつての名家『袁家』や、大国『魏』を相手に激戦を繰り広げ、その全ての戦に自ら推参したっていうのは国中の誰もが知ってることですもの」
「そうそう、みんな言ってるよ?」
「『怖がることなく自ら戦勝に赴かれる太守様はご立派だ』って」
「「「ねー!」」」
 それは選択の余地が無いだけ!
 って……ちょっと待って! 何だか僕らの周りにいた子供の人数が少し足りないような……まさか!? もう長老さんとやらの所に走って行っちゃった!?
「こ、こうしちゃいられない! 早く行って伝言を止めないと!」
「なぁに殺生なこと言ってるのよご主人様? あの子たちは、そうするのが一番いいと思って走って行ったんだもの、その思いを無下にするのはいけないんじゃない?」
 その言い方……しっかり伝令の子供たちが走って行くのを確認してたな!?
 と、ともかくこのままだとまずい! 幸い僕は足には自信がある……今すぐにでも走って子供たちを追いかければ、まだ追いつけるはず! さっさと追って伝言が長老さんにわたるのを阻止しないと!
 ……しないといけないんだけど……僕の目の前に明らかに故意に立ちはだかってる筋肉ダルマが、それを許してくれていない。くっ……こいつ……!
 こうなったら……
651 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 01:40:03.68 ID:1U/RiEmE0
「ひ、秀吉も何とか言ってよ! このままだと多分……秀吉も巻き込まれるかも知んないよ!?」
「む、なぜワシが巻き込まれるのじゃ?」
「だってそうでしょ? さっき貂蝉は『何人かが』って言ってたんだから……たまたま僕と一緒にいた秀吉も、同じ理由で借り出されるかもしれないじゃない!」
「むう……そうか……」
 今からじゃ、さすがに伝言を止めるのは無理かもしれない。となれば……どうにか味方を増やして、伝言を受け取ってしまったであろう長老さんを説得してなかったことにしてもらうしか手はない。というわけで、これだ。
 神輿の上に乗ってそんなの、秀吉だって嫌に決まってる! どうにかこれで秀吉が味方になってくれて、一緒に説得を……
「やれやれ……仕方ない、覚悟を決めねばならんようじゃの」
「!!?」
 ええっ!? ちょ、秀吉……それでいいの!?
「あらあら、ご主人様より秀吉ちゃんの方がよっぽどきまりがいいみたいね?」
「わしとて乗り気というわけではないが……それがこの子らのためになると言うのであれば、それも悪くはあるまい。何、人前に立つのには慣れとるしの」
 ああっ、そうか! そう言えば秀吉は……演劇部じゃないか!
 観衆の注目が集まる中で演技をするのが日常と化している秀吉だ。よく考えれば、少しフィールドが派手になって、少し騒がしくなったところで……いまさらこんなことを躊躇するほど秀吉は肝っ玉が据わっていないわけじゃないんだ!
 いや、むしろその……久々に似たようなことをやるせいか(演技とかないけど)、むしろ張り切ってるような気も……?
 ってことは、自動的に……
 この場に僕の味方は……ゼロ……?
「明久よ、こうなったら覚悟を決めた方がよさそうじゃの?」
「そういうこと。コレもお仕事と思って、納得するしかないわね♪」
「うう……そんな……」
 できれば『NO』と答えてほしかった問いを完全に肯定している秀吉の言葉に、涙がわき出して来そうになるのをこらえつつ、僕は脱力して地面に膝をついてうつむいてしまう。その僕の目の端に、やれやれ……とでも言いたげに秀吉がため息をついてるの姿がちらりと入ってきた。
 あ……あんまりだ……、僕らのデートが……邪魔されるどころかこんな……

652 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 01:40:49.10 ID:1U/RiEmE0
……で、流されるままに事態が運び、今僕らがいるのは長老宅。
 なんだか顔をしわくちゃにして喜んでる(喜んでるんだよね……?)長老が色々と感謝の言葉らしきことを延々述べてくれたんだけど……結構な数の歯が抜け落ちてるせいで、終始ふにゃふにゃとよくわからないこと呪文のごとし。
 その後で、祭用に用意されてた……っていう衣裳が置いてあるらしい衣裳部屋に連れて行ってもらったんだけど……
 そこで僕らを襲ったのは……痛烈な違和感だった。
 いや、違和感なんて生易しいもんじゃなかったな、この衝撃は。
 何せ……そこに用意されている衣裳ってのが……
「あのさ秀吉……これって……」
「ああ……紛れもなく……」

「今年の衣裳はですね、『天導衆』の土屋様が自ら意匠を手掛けて下さったんですよ?」

 僕らの着替えを手伝うためについて来たお手伝いさんの一人が、そんな説明をつけてくれた。……やっぱりか。まあ、聞かなくてもコレはわかるけど……。
 何せ、そこに並んでたのは……和服、巫女服、キャビンアテンダント制服や果てはスクール水着(材質何だ?)といった……この時代の祭の民族衣装としてはおおよそあり得ないものばかりだったからだ。
 こんな衣裳を提案・設計できる者で、かつこういった衣装を提案するという発想自体を持てる者といったら、ムッツリーニ以外にあり得ない。作りこみが相当細かく、リアルにできているあたり……作るのも手伝ったな?
 男物の服もちらほら見られるけど、それも手を抜かずにきちんと作ってあるあたりはちょっと意外だ。てっきり女の子のコスチューム以外はどうでもいいとばかり……ああ、そういえばいつだったか、『いい写真を撮るには脇役や背景もまた重要な存在』って言ってたっけ。なるほど、男物の衣裳もきちんと作ってあるのはそういうわけ……ておい、男性はお前にとって背景でしかないのか。
 しかも、数が半端じゃない……大方、まずは作ってみてそれから選ぶ、っていう方式を取ったんだろう。数人分どころか、数十人分あるかもしれない。
 というかそれ以前に、アイツはこのパレードのことを知ってたのか。太守である僕も知らなかったことなのに、なんて地獄耳だ。……まさかアイツ、直属の隠密部隊にこういうイベントのこととか調べさせてるんじゃないだろうな……?
「ともかく、この中から選ばねばならんのじゃな?」
「はい、私達は天の国の意匠はわかりませんので、恐縮ですが……できればお2人で選んでいただけると……」
 うーん……そう言われてもなあ……。
 この4,50着は下らない衣装の中から着るものを選ぶのか……大変だし、しかも心なしか、まともなものが見当たらないんだけど……。
 これは……タキシード。まだいい。
 でもってこれは……甲冑かな? 重いからパス。
 そしてこれは……RPGのラスボスを彷彿とさせる魔術師風。NG。
 で、こっちは……ナース服か。
「秀吉、これどう?」
「……何の違和感もなくワシにそれをすすめるでない」
 気にいらないか。似合うと思うんだけどなあ。
 まあ、秀吉は秀吉で自分の服を選んでるみたいだし……僕は僕自身の服選びに集中した方がいいかな。
 それにしても……この数はあり得ないだろ……。妥協したくないのはアイツらしくて立派かもしれないけど、この中で僕らが選んだ2着しか選ばれない=使われない、っていうのは、正直もったいない気がするなあ……。長老さん達の話だと、これからも大切に保管して各種行事で使う、って話だったけど……それでも何だかなあ……。
 せっかくこんなにあるんだし……他に使う人とかいればなあ……なんてことを考えながら、僕と秀吉はたっぷり30分ほどもかけて服を選んでいった。

653 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 01:41:16.94 ID:1U/RiEmE0
その頃、街の一角……

「ええっ!? そんなイベントがあるの!?」
「そ、それに明久君と……木下君も出るんですかっ!?」
「うん、何だかすごいうわさになってたのだ」
「うう……油断した……。木下……まさかここで抜け駆けなんかしてくるなんて……こうしちゃいられないわ! 瑞希!」
「はい美波ちゃん、私達も! 鈴々ちゃん、案内お願いします!」
「りょーかいなのだ!」

                       ☆

 同時刻、別の場所……

「ははははは! 何だ明久の奴、そんなイベントに巻き込まれてやがんのか」
「ボクも聞いたときはびっくりしたよ。なんだかなし崩し的に決まったみたいなんだけど、吉井君も大変だよね〜」
「……御苦労さま」
「あ、そうだ代表、実はボク、ちょっと面白いうわさ聞いたんだけど……(ひそひそ)」
「……………………」
「? 何だ翔子、工藤も、何をお前らひそひそ話なんか……」
「……雄二」
「あ?」
「……私達も出る(ガシィッ!)」
「は? お前何言って……ていうか何で突如腕関節をいだだだだだだ!? 何しやがる翔子!? そして俺をどこへ連れて行こうとしてんだ!? 工藤、お前何吹きこんだ!?」
「あははっ、ちょっとね〜♪」

                        ☆

「…………計画通り(にやり)」

                        ☆

 水面下で、けっこう誰も予想していないことが起ころうとしていたり、していなかったり……。


654 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 01:43:10.72 ID:1U/RiEmE0
文月祭編
第98話 神輿と仮装と急展開
 服を選んだあと、僕と秀吉はそれぞれ別々の部屋で着替えをすることにしたため、名残惜しくも一旦別れた。
 しかし、さっきはびっくりしたなあ……。秀吉ったら何を血迷ったのか、僕と同じ部屋で着替え出そうとするんだもの。全く……秀吉は不用心すぎるよ! いくら仲がいいからって……その……そういうことはもっと親密になってからやることで……。
 結局僕らの説得に、秀吉は渋々応じて部屋を後にしたのだった。
 ちなみに、楽しみを後に残す意味で、あえて僕は秀吉がどの服を選んだのかは見ていない。まあ、秀吉なら何を着ても似合うだろうけど……やっぱり楽しみにしておきたいし。
 そんなことを考えながら、お手伝いさん達に手伝ってもらって僕の着付けが終わった。
 威厳はたっぷり……になっていると信じたい。まあ、なるべくそう見えるように選んだつもりだけど、何せ用意されていた選択肢の数々の中に、まともなものがおよそ無かったからな……。
 この世界の礼装らしき服に加えて、タキシードや白スーツ、燕尾服や紋付き袴などの元の世界の礼装、さらには明らかに悪ノリの産物と思われる、RPGの大魔王のごとき衣裳や、アニメキャラの着ているような衣裳(というか最早コスプレ)……。
 ともかく、イオ○ズンとかギガデイ○とかが使えそうになりそうな????な衣裳や、世界唯一の超大国を相手に赤い左目を武器に戦う仮面のテロリスト仕様の衣裳は無視して(ちょっと着てみたかったけど)、一番威厳を出せそうな『これ』を選んだ。まあ……太守としてこのくらいが無難かな、ってのを。
 で……今僕は、同じく着替えが終わっているであろう秀吉に合流しに、秀吉が待っている長老宅前の広場に向かっている所。
「ほらほら太守様! 秀吉おねーちゃんまってるよー!」
「ちょ……ちょっと待ってって、これ動きにくいんだから……」
「もー……何でそんなのにしたのー?」
 いやだって……威厳と言えばまあコレかな、って思ったし……。
 歩行困難なことこの上ないこの衣装で、なんとか女の子の走る速度について行くと、ようやく広場についた。
 そして、そこには……

「おお明久、待っておったぞ」
655 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 01:44:13.98 ID:1U/RiEmE0
「OK Hideyoshi, I had been stanbied. Let’s go my honey!!」
「明久、落ち着くのじゃ、日本語を失っとるぞ」
 呆れるような口調だけど、そう諭してくれる秀吉の心遣いは普通にうれしい。
 けど……それはちょっとできない相談だ。今の秀吉の姿を見たら。
 レース地の薄く柔らかい、しかし透けて見えるようなことはない上品な服。色は白く、形状はワンピースに近いけど……ふわふわとした印象が強いその見た目は、そんな一言では言い表せないほどに……美しいデザインだ。その上に似たような生地の、薄い上着のようなものを重ね着し、さらにストールタイプの羽衣(ヴェール)をまとっている。こちらは……桃色で極薄、透けて見える。
 カチューシャのような形状の髪飾りには、金糸と思しき飾りが、派手でも地味でもない見事な加減でついている。
 それに秀吉の愛らしい顔が合わさって……もうコレ、僕の語彙力じゃ誉める言葉が見つからないよっ!!
 この美しさ……この神々しさ……枕元に立たれたら、天使と言われようが天女と言われようが信じてしまうだろう。というか、仮に天使なら、そのまま天国でもあの世でもどこへでも連行されたい。
 胸を張って言えるよ秀吉、世界三大美女と言われた小野小町も楊貴妃もクレオパトラも(会ったことないけど)、今の君という宝石の前ではくすんだガラス玉でしかない!
「明久、いい加減に反応せんか」
 と、ハッとした僕の目に飛び込んできたのは、少しジト目気味の秀吉。ああ、これもかわいい……っていかんいかん、どうやら呼びかけられてたのに気づいてなかったみたいだ。
「あ、ご、ごめん。見とれちゃって……。そ、その……可愛いよ、秀吉……?」
「むう……まあ、今回ばかりはその言葉に素直に喜んでおこうかの」
 顔を赤らめ、少し恥じらうようにする秀吉。
 ぐあぁーっ! か、かわいすぎるっ! これ以上僕の理性を追い詰めないでくれ秀吉、まだ明るいんだからっ!
「ところで……そういうお主のその服は何なのじゃ?」
「え、これ?」
 と、今度は僕の衣装に注目したらしい秀吉。ああ、コレは……
「どうかな? 一応太守だし、威厳が出そうなのを選んでみたんだよ。まあ……若干歩きにくくはあるけど……」
「それはいいが……なぜよりによってその『遠山の金さん』仕様の服なのじゃ……」
 僕の着ている服……そう、正に遠山の金さんが奉行所で悪人を裁く時に着る、あの江戸時代の偉い人が着る仕様のこの服を見て、秀吉はため息。まあ……見た目より結構な数重ね着する上に、裾が足の長さより明らかに長い服だから、移動は確かにしづらいんだけど……それに目をつぶれば、けっこう威厳はあるんじゃないかというのが僕の見解ですけど。
 ちなみに、カツラは無かったので髪型は元のままだ。あってもいらないけど。
「奇をてらいすぎて独特のセンスじゃの……」
「そうかな? あ、そうそう、折角だから職人さん呼んで桜吹雪も描いてもらったんだよ。見る?」
「いや……結構……」
 なぜか疲れたような顔で『いいから』のジェスチャー。むぅ……遠慮することないのに。まあ、何もしないのにいきなり伝家の宝刀『金さんの桜吹雪』出すのも無粋かもだし、いいか。それにアレ、意外ともう1回着直すの大変だし。
 脱ぐ準備のつもりで袖の中にしまいかけた腕をもう一度出していると、
「あらあ、2人ともすっかり変身しちゃったみたいね、見違えたわよ」
 と、秀吉の華麗な姿で目の保養をしてる今現在、聞きたくない声No.1であるバケモノボイスが聞こえてきた。やれやれ……貂蝉か、今度は何うおっ!?
 声のした方を振り向くと……そこには予想外の光景が広がっていた。
 神輿……なんて可愛いもんじゃないよコレは。確かに形は神輿だけど……大きさにしてその3〜4倍はありそうだ。この日のために特注で作った……っていう話は聞いてたけど、目の前にして改めてその気合の入れようがわかる。豪華な装飾、広い鎮座スペース、立派な玉座……リオのカーニバルでもこんなの出てこないんじゃなかろうか。
 どうやら2人乗りらしいんだけど……どう考えてもコレ、僕と秀吉が乗るんだよね……?
 そしてその周りには、貂蝉ほどではないものの、筋骨隆々のたくましい肉体をした若い衆が集まっている。恐らく神輿の担ぎ手だろうけど……ていうか、神輿とか比べ物にならなそうな超重量級の物体な気がするんだけど……コレホントに担げるの?
 僕の隣で、どうやら同じ懸念を抱いたらしい秀吉が、若干の不安と後悔が感じ取れる顔で、眉をひそめて言う。
「これは……担ぐには少々大きすぎはしないかの? 一瞬……輿車かと思ったぞい」
 輿車って……偉い人が乗って、象とか牛とかに引かせるアレ? ああ……確かに。大きさ的にはちょっと小さいけど、そんな感じかも。
 が、貂蝉以下若い衆はそれを聞いても全く気にする様子はなく、
「大丈夫よ、ほら早く乗って乗って」
 がしっ、ぐおっ! ×2
「おわっ、ちょっ……!?」
「うおっ!?」
 あろうことかこの筋肉ダルマ、僕と秀吉の腰の部分をつかみ、軽々と持ち上げおった!? な……何ちゅう馬鹿力! 気が付いたら神輿の上に放り出されてた!
 そして僕らが起き上がるのを待ってすぐに、

ぐおっ!
656 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 01:44:53.03 ID:1U/RiEmE0
「「うわぁっ!?」」
 神輿が持ち上がった!?
 エレベーターの到着時に感じるのに少し似た、あの浮翌遊感。体が一瞬不安定な感じになった次の瞬間、僕と秀吉は眼下を見下ろす高さに立っていた。人の肩の高さの床に立ったぐらいの位置だ。
「ほらほら2人とも、早く席について。立ったままは流石に危ないわよ」
 暑苦しさとすがすがしさをブレンドさせたある意味見事な笑顔で言う貂蝉。ひ、他人事だと思って……の予告もなく乗せて持ちあげたくせに……。
 けどまあ……ここで何か言ってももはや変わらないだろうってのは、悲しきかな僕にもわかる。それに……心なしか、担ぎ手の人達すごく楽しそうっていうか、光栄そうな顔してるし……。ええい、乗りかかった船だ、もうどうにでもなれっ!
 と、恐らくは野生の勘と思われるそれで僕の覚悟を察知したらしい貂蝉が、
「ふふふ……ご主人様も秀吉ちゃんも、準備はいいみたいね……。それじゃあお待ちかね……お祭の開始だ野郎共ォ!!」
「「「うおおぉぉぉ―――――っ!!」」」
 気合を入れるためか、今までのオネエ口調を一時的に完全放棄した貂蝉の特大の咆哮に続き、それに負けないくらいの気合と勢いのこもった若い衆の掛け声。
 それと時を同じくして、いやむしろ少し逸るくらいのタイミングで、僕と秀吉を載せた巨大神輿は、ぐらぐらと若干のゆれを伴って前進を始めた。
 このルートは……街の中心街か……。やれやれ……長老連中、本気でかつ全力で僕を見世物にするつもりらしいな……。
 恐らく祭の趣旨は街中に触れこみ済みなのであろう。遠くに歓声が聞こえてきたのを感じながら、揺れる神輿の上で僕は短くため息をついた。

657 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 01:45:55.71 ID:1U/RiEmE0
期待と楽しさ、嬉しさからだろうか。こころもち、若い衆の足取りも軽やかというか早く、程なくして僕と秀吉を乗せた大型神輿は大通りにたどり着いた。
 そして、そこで僕らを待っていたのは……

『太守様―!』
『きゃー、こっち向いてー!』
『うおおーっ、吉井様―!』

 耳をつんざかんばかりの大音量で響き渡る、人々の声援。
 大通り両脇に設けられた見物スペースは人で埋め尽くされており、もはや石の床は米粒ほども見えない状態。それが見渡す限り続いている。
「すご…………」
「うむ…………」
 あまりのド迫力に圧倒されるばかりである。人々の声援は音量的にかなりのもので、普段なら耳をふさいでいるレベルだっただろう。でも……そんな気にはならなかった。
 恥ずかしさも、うるささも、押し寄せる声援のパワーに全部吹っ飛ばされてしまったから……だ。

                       ☆

 一方その頃、その近くの比較的開けた位置にて

「全く……報告を受けて来てみれば、何なのだこの騒ぎは……?」
 遠くに見える、何やら見慣れない衣装で着飾ったご主人様と秀吉殿を見て、私はため息をこらえきれなかった。他の連中……鈴々、朱里、翠、紫苑、星は笑っていたが。
 やれやれ……祭を回るとは聞いていたが、ああいった形で参加するならするで、報告くらいしてくれればいいものを……。いつもふらふらとしているご主人様はともかく、実直な秀吉殿まで……。しかも、なんだってあのような妙にひらひらした格好でご主人様の隣に……
「あぁら、愛紗ちゃんったら、もしかして自分がご主人様の隣に座りたかったのかしら?」
「……っ!?」
 と、いきなり野太い声が後ろから響いて……誰だ!?
 ……いや、こんな声とも思えない声を出す奴は一人しかいないので、わかってはいるが。
「あ、貂蝉なのだ」
 鈴々の反応の通り、そこにはいつの間にかご主人様が嫌ってやまない巨漢が立っていた。い、いつの間に……いやそんなことはどうでもいい、それよりも今のセリフについて!
「バカを言うな! だっ、誰がそんなことを……」
「愛紗ちゃん、妬いてますって顔に書いてあるわよ?」
「紫苑!? お前まで!」
 そんな事実無根な……というかそういうことを言うな! お前が言うと現実味が増して、また厄介な奴が食いついて来……
「愛紗よ、妬いていないのならば、そう目くじら立てることもあるまい?」
 遅かった。
 嬉しそうに半開きの目で(ご主人様の世界の言葉で、『ジト目』というらしい)楽しそうに言ってくる星。全く……
 一方でこやつらは、
「愛紗―、そんなのどうでもいいから、早く鈴々に肉まん買ってー?」
「おっ、いいな! 愛紗、あたしもあたしも!」
「はぁ……」
 こいつらは花より団子か。
 というか2人とも、一方は料亭で、一方は屋台で、ご主人様と坂本殿にさんざん食わせてもらったのではなかったのか? もう腹が減ったと?
 ため息の止まらない私を見て、星は、
「おいおい愛紗、この輪の中でため息などついているのはお前ぐらいのものだぞ?」
「つきたくもなるだろう……。全く……どうしてこう……」
「主の隣に座れなかったのがそんなにも残念か?」
「だから違うと!」
 ええい、いつまで引きずる気だこいつは!
 と、ここで意外にも残る一人までもが、
「でも、ため息なんかついちゃダメですよ愛紗さん。こうして皆さん楽しんでいらっしゃるんですから、ため息なんてこの場には不釣り合いです」
 朱里か……。
 まあ……守るべき民が平和を喜び、その主たるご主人様への感謝を示しての行幸とあれば……たしかに笑って見守るべきなのか……。
「そうよ愛紗ちゃん、今はこの平和を楽しまないと!」
 ……これは貂蝉。
658 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 01:46:27.65 ID:1U/RiEmE0
「そうだ愛紗。この怪物の言うとおり、今はこの平和を楽しもうではないか」
「怪……物……?」
「もう、失礼よ星ちゃん。貂蝉はナリはこうでも、中身は一応乙女なんだから」
「ナリは……こうでも……?」
「し……紫苑さんもですよっ! だいぶ残念な要素が積み重なってできてるんですから、そのあたり触れないようにして話さないと……」
「朱里……お前一番失礼じゃね?」
「だいぶ……残念……?」
 さりげなく交わされているひどい内容の……しかし実に的を得ている……会話に、貂蝉はいちいち反応しつつ、何やら言いたそうにしていた。まあ……気持ちはわかるが。
 そしてこちらは、
「ねー、早く肉まーん!」
 横で行われている会話を、すがすがしいほどに気にしていない奴もいる。
「やれやれ……わが軍は誰も彼も、そろってのんきなものばかりだな」
「何を今更、それがあたし達の真骨頂じゃないか」
「そういうことだ。愛紗、お前は、玉座に腰掛けて、冗談の1つも無しにまじめ一辺倒に談義を交わしている我々の姿が思い浮かぶのか?」
「浮かばん」
「はわ、即答です……」
 それを言ったらそれまでなのだが……まあ確かに、わが軍はこれでいいのかもな。今までも、このやり方と気の持ち方でやってきて、ここまで来たわけだから。
 ふっ……ならば私も、少しは楽しんでみるとするか。無論、警邏の任もきちんとこなしつつ……な。
「愛紗―! 肉まん肉まーん!」
「わかったわかった! 今行くから待っていろ!」
 待ち切れずに走りだしそうになっている鈴々が見えなくならないうちに、私もその後を追いかけることにした。やれやれ……相変わらず元気がいいな……。
 それにしても……

(何故木下殿が、あのようにご主人様の隣に……?)

 やれやれ、我ながら呆れる。結局のところ……気になるのはそこか……。

659 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 01:47:13.92 ID:1U/RiEmE0
ん? どこかから聞き覚えのある元気娘の声がしたような気がしたけど、この人込みの中で探すのは無理だろう。諦めよう。
 しっかし……すごい数だな……僕んとこの街、こんなに人いたんだ。こんな人数……普段どこに隠れてたんだろ?
 そしてその全員が、僕らに感謝の意を表すためにこのパレードに集まってくれたわけだ……熱気と人込みを微塵も気にすることなく。こりゃ光栄だね。
 で、まあ、そんな感じだから、ちょっとでも僕が、手を振りでもしようものなら、それを6割くらい増したかのようなのが街路に響く。喉……大丈夫?
「不思議なもんじゃのう……」
 と、隣に座っている秀吉がいきなり口を開いた。
「ただの学生だったワシらが、これほどの国の頂に立ち、戦いによって平和を形作り、こうして民衆たちに感謝される立場に立っているとは……」
「ははっ、ホントだよね。夢にも見そうにないよ」
 秀吉のそんなつぶやきに賛同し、僕も思わず遠い目をしてしまう。思えば……この大歓声の原点は、僕が愛紗や鈴々とはじめて戦った、啄県防衛のためのあの戦に遡るわけだ。
 たしかあの時は、傷ついた街の人達を、そして街そのものを守るために、僕が『天の御使い』だなんて大ウソでっちあげたんだっけ。その大ウソも、その当時はせいぜい1000ちょっとだった僕らの軍も、シャレにならないくらい大きくなったもんだ。
 戦って、勝ち取って、ここまで大きくなった僕らの国……。ちょっと規模は変わったけど、貫くべき信念も方針も、何も変わっちゃいない……。こうして僕らをほめたたえてくれる彼らを見てると、あの時の、初勝利した時のことを思い出すよ……。
 ……って、やれやれ、僕としたことが、何か昔を思い出して(そんなに昔じゃないけど)、ガラにもなくしみじみしたこと考えちゃったよ。
 とにかく、今間違いなく言えることは。
 今この瞬間は……この平和を楽しむべきだ、ってことだ。そのために、彼らはこのパレードを企画したんだから。この場で暗いこと考えるなんて、無粋もいいとこだろう。
 隣を見てみれば、秀吉も楽しそうに嬉しそうに、顔をほころばせている。うんうん、この100万ドルの笑顔、こっちも見てるだけで癒されるなあ。

「きゃー、秀吉様―!」
「きれーっ!」
「結婚してくれー!」

 ……こんなセリフからも、秀吉の人気がうかがえたり。
 うーむ。やっぱり秀吉、大人気だな……。欲を言えば、この天女姿の秀吉は僕が独占してたいくらいの可愛さなんだけど……まあせっかくの祭だ、固いことは言うまい。
 おまけに、時には、

「太守様―! 秀吉様―!」
「2人ともお似合いですよーっ!」
「夫婦みたーい!」
660 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 01:48:09.22 ID:1U/RiEmE0
こんなうれしいことを言ってくれたり。
 むう……思わず顔がに焼けてしまいそうになる。ぼ、僕と秀吉が夫婦……か……。
 大概なぜか、こういう話題が上ると秀吉が機嫌が悪そうになるんだけど……
「……最近……少し、嬉しいから困る……」
 ? まんざらでもなさそうな……気のせい? そうでないことを全力で祈りたいけど。
 まあいいや! せっかくこうして秀吉と2人でこういう席にいるんだ、この場はめいっぱい楽しもう!
 演出も乗り物もちょっと派手だけど、たまにはこういうのもいいだろうし、そうだ……デートの続きをしてるんだと考えれば嬉しい状況以外の何物でもない! ちょっと派手だけど、それはもう演出演出! どうってことない!
 何より何が嬉しいって、現時点でも若干騒がしくはあるけど、これならだれにも邪魔される心配がない……

「「その神輿、ちょっとまったぁーっ!!」」

「「!?」」
 ……ない……はず……だけど?
 何だか超聞き覚えのある声がどこかから聞こえたような……?
 声がしたと思われる方を向くと……そこにはなんと、もう1つの神輿がいた。
 すぐそばに来ているわけではない。丁度僕らの神輿が、大通りが他の少し狭い道(十分広い道だけど)と交わる交差点の所に差し掛かっていて、その狭い道の方から神輿……僕らのと同型……がこちらに向かって前進してきているのだ。
 ああ……そういえば、もともと神輿は数台動員してパレードにする予定だったんだっけ。ってことはアレは、僕らのこの神輿と一緒に回るはずだった神輿で……別の場所からスタートしてきたのか。僕らと合流するって手筈で。
 でも……たしか人員が足りなくて使わないことになってたはずじゃなかった? となるとあの神輿の玉座、一体だれが座ってうそぉっ!?

「楽しいデートはそこまでよ……お2人さん……♪(ジャキン!)」
「明久君、勝手に木下君を誘っちゃダメです!」

 なっ……み、美波に……姫路さん!? そんな……何で2人が神輿にっ!?
 それなりの高さにあるはずの神輿、その上で2人は怯える様子の一つも見せない。姫路さんはまっすぐ前を見据えてるし、美波にいたっては……立って剣構えてる。てかアレ……城の蔵にしまってあるはずの訓練用模造刀? 何でそんなの持ってんの!?
 そして……その服装がまたすごい。
 美波のは……おそらくムッツリーニシリーズから選んだのであろう、軍服。
 いつも美波の召喚獣が来てるタイプとどことなく似てるけど……それよりも若干豪華な装飾が多いような気がしなくもない。例えるならそう、『ベル○イユのばら』の登場人物とか、宝塚歌劇団の男装女優とかが着てそうな感じの服。ご丁寧に金糸装飾のマントまでしっかり着てるし、凛々しい顔とスレンダーなバストも相まって、余計に似合ってる。
「アキ! 今何か変なこと考えなかった!?」
「何にも!」
 恐ろしい……。美波の感知能力が徐々に探査範囲を広げてきている。迷惑な成長だ。
 一方、姫路さんの服(こちらも仮装)はアレ……平安時代とかに貴族が着てるような……もしかして、十二単(じゅうにひとえ)!?
 長く柔らかい髪と愛らしい顔立ち……うーん、さすがは姫路さん。(多分)一度も着たことなんか無いであろう古代の衣装をあそこまで見事に着こなすなんて。凄く似合ってる。顔の前に掲げてる扇子がまた優雅で……まるでかぐや姫みたいだ。ただし……こっちのかぐや姫は、月に帰ったりすることなんて絶対にないけどねっ!
 その2人はというと、
「木下! お祭に乗じて抜け駆けなんて絶対にさせないわよ!」
「そうです木下君! 私達だって時間さえ……時間さえ合えば……っ!」
「お主らは……また何を勘違いしておるのじゃ……」
 いつも通りというか……いつも通り意味不明というか……。
 全くもう……そんなに張り合わなくても、3人とも十分に可愛いのに。ホント、誰も彼も魅力的で甲乙つけがたいよ。
 徐々に近づいて来る美波達の神輿。その上のVIPになんて声をかけたもんかな、なんて考えていると……

「あははははっ、盛り上がってるねー!」
661 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 01:49:49.05 ID:1U/RiEmE0
と、今度は反対側の斜め後方からそんな声。見れば……
「くっ……工藤さん!?」
 その方向から例によって神輿が走ってきて、その上には……バニーガール姿の工藤さんがっ!?
 何で!? どうして!? Why!? この状況何!? 何で祭にバニースーツでご登場!? ムッツリーニの用意した衣装の1つだってのはわかるけど……よりによってそれを選ぶ!?
 や、まあ似合ってるけどね!? あのピンクカラーのスーツにウサ耳、ぴったりとした網タイツ……そりゃもう魅力的だってのはわかるけど……そこではないどこかに突っ込みどころがある気がする! というかむしろそれしかない気がする!
 工藤さんの足元は、そりゃもう盛り上がってた。担いでる若い衆から周りの観客まで、テンションと熱気がもう異常。まあ、上に乗ってる人の服装とテンションがああだからなあ……なんなら僕もあの中に混ざりたい気も……ってのは内緒で。
 当の工藤さん本人も、リオのカーニバルばりの、サンバだかなんだか良くわかんないけど激しいダンスを披露してノリノリ。練習でもしたんだろうか。おおよそ国賓とは思えない感じのパフォーマンスだけど……そこは祭、楽しければ何でもいいスタンスの民衆たちは気にしない。
 ……それよりもむしろ気になるのは、その後ろにいる……
「…………っ!(パシャパシャパシャ!)」
 バニーの後ろからカメラを構えて写真を撮ってる……おかしなダースベ○ダーだったり。
 いやまあ……アレが誰かなんて想像するまでもないんだけど……何でよりによって真っ黒の鎧に真っ黒のマントに真っ黒の仮面で完全武装して現れる!? 仮装するにしたって、もっと普通のを選べば……
「大方、工藤のバニーガールで鼻血を出して、ティッシュを鼻に詰めとるんじゃろう。それを隠すための仮面……そう見るのが妥当じゃな」
 ああ、なるほど……。確かに、ムッツリーニがあの姿の工藤さんを前にして鼻血をこらえられるはずがない。その鼻血を止めてるティッシュを隠すための仮面か。そうまでして写真を撮ろう……っていう君の根性は認めるけども。
 そんなことを考えているうちに、その黒騎士は工藤さん以外の被写体にもレンズを向けていた。しかもいつに間に取り付けたのか……望遠レンズと逆行補正用のフィルターまで装着してる。その先には……あ あ、やっぱり美波と姫路さんか。
 2人とも、一応ムッツリーニには一応気付いてるみたいだけど、気にしている様子はない。そしてその興味の対象は……なぜか依然として僕と秀吉だったり。
「さあ、聞かせてもらうわよアキ! なんでアンタが木下とそんなことになってるわけ?」
「そうですっ! 私も美波ちゃんも、何も聞いてないですよ!」
「え? や、そりゃあだって……」
 いきなりその場面に遭遇して、なし崩し的にこうなったんだし……。その意味で言えば、一番予想外で戸惑ってたのは僕らだもの。まあ、現在進行形で堪能している今はそんなに悪い気分はしないけど。
 だから、これは全部不可抗力であって、何も怒られるようなことは……
「もしかして……木下とのデートの最中にそういうイベントに巻き込まれたとか言うんじゃないでしょうね……?」
662 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 01:50:42.47 ID:1U/RiEmE0
やばい、根本的なところに落とし穴があった。
 思えば……前に秀吉と買い物に出た時も、まるでそれが最大級の重罪であるかのような反応をされて、粛清されたんだっけ……。どういうわけか全然わかんないんだけど、美波と姫路さんは僕と秀吉が一緒にいるのが許せないらしい。ま、まさか……2人まで秀吉を狙って……っ!?
「なんか……すごい誤解をされてる気がします……」
「気にしてる場合じゃないわ瑞希。アイツのあの、ひじの所のつねっても痛くない皮膚のような鈍感さは、今更気にしたって仕方ないんだから」
 なんだか微妙かつ独特な言われ方でけなされている気がする。
 ともかく、デートのことについて言及されるのは避けないとな。さもないとまた……ん?
 ……何だろう。今度は斜め前の通りの方から、何か音楽が聞こえてきたような……って、あれっ!? この曲……もしかして結婚式行進曲!? 披露宴とかでよく流れるアレ!?
 そして、その喧騒の中から姿を現したのは……

「翔子貴様! こんなところで仮装パーティーなんぞにつき合わせて何のつもりだ!?」
「……仮装パーティじゃない、未来予想図」

 タキシードの雄二と、ウエディングドレスの霧島さん(ブーケ、ヴェール完備)。中睦ましそうに、腕なんて組んじゃってる。
 そして、その2人が乗ってる神輿には……ムッツリーニから借りたのであろうと思われる、スピーカーが装着されていた。なるほど……妙に電子音ちっくだと思ったら……あの結婚式行進曲、あのスピーカーから流れてたんだ。
 しかし霧島さん、目聡いというか、千里眼というか……あの数の衣装の中から、的確にその2着を選んだか。流石というべきだろう。神輿の上に洋式スタイルの新郎新婦が乗ってるってのもけっこう見ない光景だけど……まあ、そんなことは気にしないでいいよね。
 ……それにしても……ちょっと変だな。
 あの雄二が……や、まあこういう派手なことは好きそうではあるんだけど……よりによってあの霧島さんと、しかもあんな究極のペアセットコスチュームで参加するなんて……。さっきからの雄二の態度を見てる限り、進んで参加した、って解釈するのには少し無理がありそうな……?
「……雄二、楽しい?」
「俺が楽しいはずがあるかバカ! 何だってこんなカッコでさらしものにされにゃあならんのだ!!」
「……雄二は照れ屋」
「気絶させられてる間に着替えさせられて神輿に乗せられて、楽しいもへったくれもあるか! お前いつからスタンガンなんぞ常備するようになった!? ムッツリーニじゃあるまいし!」
「…………失敬な」
 ぼそっと響いた黒騎士のそんな声はスルーされたが、本人も別に気にするつもりもなさそう。変わらず4枚/秒の高速でシャッターを切ってる。
「……いい女は常に夫を困らせないように、何事も万全にしておくべきって本で読んだ」
「黙れ! 困らせてる以外のお前なんぞ見たこともないわ! というかさっさと帰らせろ! 俺の両脚を神輿につないでる鎖を外せ!」
 ああ、さっきから雄二の足元でじゃらじゃら言ってるあの黒いの、鎖だったんだ。さすが霧島さん、抜け目ないなあ……黒い部分で。
 そして、一目見た分にはわかりにくいけど……あの腕の組み方、手首関節、肘関節、肩関節を同時に完全掌握でき、いつでもサブミッションに移行できる高難度の拘束技術だ。それを理解しているからこそ、雄二も一応口以外は大人しくしてるんだろう。さもないと、昭和のブリキのおもちゃも真っ青の変形が腕に起こることになるから。……あんまりうらやましくなくなって来たような……。
「……あ、土屋、記念写真お願い」
「…………了解」
 
663 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 01:51:22.36 ID:1U/RiEmE0
 お、その言葉に反応した黒騎士が2人に向けてシャッターを切り始めた。どうやら霧島さん、折角の冠婚葬祭スタイルのツーショットだから写真に残したいらしい。なるほど、いいチョイスだ。ムッツリーニの技術なら、さぞかし綺麗に撮ってくれることだろう。
 雄二は一枚でもまともな写真を撮られまいとしてせめてもの抵抗をしていたが、霧島さんが何やら耳元で囁いた所、顔色が青くなったと同時に大人しくなった。おそろしや。
 すると……何やら足元付近から、こんな会話が聞こえてきた。

「おうおうおう、何だか盛り上がってきやがったな!」
「いっそ競争にしないか? どの神輿が一番につけるかってよ!」
「いいなそれ! 祭の千秋楽にゃうってつけだぜ!」

「「「……え?」」」
 なんか……すごく物騒なセリフが聞こえたような?
 そしてその談義が冗談などではないことを証明するかのごとく、足元の揺れが一瞬大きくなり……神輿が加速した。うおっ、ゆ、揺れる揺れる!
加速って言っても、そんなスプリントみたいな速度になるわけじゃなく、わりとゆっくりで、ちゃんと街 路の皆が騒ぐだけの余力を残した早さだ。けど、乗物が乗りものだから十分迫力があるっていうか……それ以前に揺れるっていうか……。
「ちょ……あ、危なくないですか!? こんな……」
「そ、そんなに無理などせんでも、ゆっくり回っていればよかろう!?」
「ははは、大丈夫ですよ太守様、秀吉様。このくらい何でもないですって、鍛えてんすから!」
 いや、君達の肉体強度じゃなく、普通に安全上の問題というか……ていうか神輿でレースなんて、そんな危険なこと漫画でしか見たことないよ!
 と、ともかくこれ止めなくちゃ! 若い衆の皆さん、祭の熱気に比例してヒートアップして判断力が低下してるとしか思えない! 仮にも王様乗せてんのにこの展開は無しでしょ!?
「そんなことしなくてもみんな盛り上がってますから、競争なんかしなくたっていいですって! 何もそんな危ない……」

「コラアキっ! 何で逃げるのよ!?」
「明久君! まさか本当に木下君とデートしてたんですかっ!?」
「何ですって!? そうか、それで逃げてたのね……!」

664 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 01:52:08.01 ID:1U/RiEmE0
……あ、あった。危険なこと。
 ってちょっと待ってよ美波、その誤解は流石にひどいよ、これは僕が個人的感情で加速したんじゃなくて若い衆の皆さんが勝手に……っていうか今そんなこと言ってる場合じゃない!
「美波、待って! 落ち着いてこの状況を……」
「全員加速! 前のアキの神輿に追い付くのよっ!」
「「「よっしゃあっ!!」」」
 だめだ、聞く耳持ってらっしゃらない!
 さてはまさか……美波も祭の熱気に!? あ、ありうる……そしてまずい……美波がヒートアップしてるとなると、いつものオシオキなんかじゃ済まない予感が……。
 美波のことだ、きっと互いの神輿が横に並んだ瞬間、何のためらいもなく跳躍して僕の神輿(の上の僕)を襲撃してくるだろう。追いつかれて捕まったら、秀吉とのデートなんて知られたら、(理由はわからないけど)僕の命が危ない!
「全員加速っ! 後ろからくる神輿に絶対追いつかれるな!」
「あいよっ!」
「合点だ!」
「あ、明久!? お主何を言っておるのじゃ!? コレ以上速度を上げると流石に危険じゃぞ!?」
 僕の奇行に驚いた秀吉が、信じられないといった様子で僕の方を見る。うん、わかってるよ……自分が何を言ってるかってことくらい……。でも……
「すまない秀吉、耐えてくれ! 僕には……まだ失うわけにはいかないものがあるんだ……っ!」
命という名の。

「コラアキっ! ここに来て更に加速なんてどういうつもり!? さてはアンタ……やっぱり何か後ろめたいことがあるのねっ!?」
「明久君! もしそうなら……潔く自首してくださいっ!」

 やばい、さらに向こうの怒りを買う結果に! というか自首って……そうすでに無事で済ます気ないじゃん!
 い、いや、そもそも元々捕まったら終わりだったんだ! 今更向こうが怒りだしたからって気にしてる場合か! ええい、こうなったら逃げ切るのみ!
「明久君! どうして木下君なんですかっ! 衣装だったら……私達だって負けてないですっ!」
「そうよアキ! ウチ達、アキに見てもら……じゃなくて、お祭を盛り上げるために、衣装が似合うように色々と工夫したのよ! ウチなんてその……軍服着付けるために、胸にサラシまで巻いて……」
「いや、美波にサラシいらないでしょ」
「……死にたいらしいわね……」
 うおっ、美波の背後に百鬼夜行が見える!!
「加速加速加速―っ! 何が何でもアキの神輿に追い付いて破壊しなさいっ! アキごとっ!」
「はははっ! 合点です、島田の姐さん!」
「『破壊しなさいっ!』なんて、意気がいいっすねえ!」
 本気だから! その人少なくとも僕に関しては本気で破壊する気だから!
「加速だぁーっ! 絶対に後ろの神輿に追い付かれるなぁーっ!」
「「「御意っ!!」」」
「本当に……いつもいつも騒がしいのう……」
 すでに何も言う気が無くなってしまったらしい秀吉は、振り落とされないようにイスにしがみついてため息をついていた。うう……ごめんよ秀吉……。せっかくのデートが、またこんな終わり方を……。
「アキっ、待ちなさぁ――いっ!!」
「明久君―っ! 少しは……私達のことも見てくださぁーいっ!」
 江戸町のお奉行様と見目麗しい天女様が、フランス革命期の騎士とかぐや姫チックな貴族の女の子に、馬でも馬車でもなく神輿で追いかけられるという奇妙な光景。当人たちの必死さが伝わらないから祭の雰囲気を害すことはないけど、やっぱり何か癪だ! くそっ……死んで……たまるかぁー!

665 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 01:52:53.29 ID:1U/RiEmE0
「あはははっ、いつもながらあの人達(雄二、霧島含む)は見てて楽しいな……ってアレ? ムッツリーニ君、どうしたの? なんだか難しい顔して」
「…………てない」
「え?」
「…………この神輿レース……ゴールを決めてない」
「……あ」

 ゴールが無い……当然、レースは終わらない……。
 そのことに明久達が気付くのは、美波達の怒りも冷めてしまうほどの長きを走りきって、日もすっかり沈んでしまった後のことだった……。

                        ☆

 現在時刻、午後9:00。
 結局あの御輿レースは日が完全に暮れてしまうくらいまで続き、ゴール不確定のために全機引き分けに終わった。まあ、楽しかったから別によかったけど……美波達もすっかり疲れてて、お仕置きする気もなくしてくれてたし。でもやっぱり『こんな時間まで何やってたんだろ』感は否めない。
 けど、やっぱり気にしないことにしよう。なんだかんだで街の人達も楽しそうにしてたし、こういうイベントの後の疲れって……何て言うかこう、すがすがしい感じするしね。
 というわけで、仕事全般が無事に終わり、これ以上遅くなる前に、こうして城に、自室に帰ってきたわけである。祭自体はかがり火がたかれて続いてるし(そのせいでまだ明るいんだこれが)、屋台も軒並み開いてるけど……僕はもうさすがに限界。
「は〜……疲れたぁ……」
 背もたれつきの椅子に寄りかかり、ギシギシと音を立てる。
 今日1日色んなことがあって、濃い1日だったな……。おみくじで落胆したり、夏候惇達と食事したり、華蝶仮面という名の星に会ったり、最後には御輿に乗って街中を練り歩いて……ははっ、今思うと、下手に政務に追われるよりか忙しかったかもね。
 久しく実感する、後濁りのない爽やかな疲労感。それに続いて、必然的にというか、休息を求める体が眠気に包まれていくのを感じた。まだ9時過ぎなのに。
 はあ……参ったねこりゃ。机に向かったところで、10分かそこらでブラックアウトは目にみえてる。……仕事はまだ少し残ってるけど、2、30分のお説教くらいは覚悟の上で、今日はもうゆっくり寝させてもらおうかな……。
 今の僕の服装は、帰ってきてから着替えた、文月の制服(仕事着)のままだから、寝間着に着替えないと……いや、いいか、このままで。そろそろというか、瞼に重みを感じ始め、僕はおぼつかない足取りで、寝室に向かって歩き出した。
 やれやれ……足がすっかり棒だ、力がろくに入らない。頼むから、ベッドに着くまで倒れてくれるなよ……?
 と、

 コンコン

「?」
 唐突に響いた、部屋の扉を叩く音……って……何だ? こんな夜遅くに。ああ、そうでもないけど。
「誰……」

666 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 01:53:38.29 ID:1U/RiEmE0
パタン

「…………明久、悪いが寝るのはもう少し待て」
 返事を待たずに扉が開き、顔を出したのは僕の悪友だった。
「ムッツリーニ……?」
 君も疲れてる1人だろうに……こんな時間に何だい? あ、もしかして……今日撮った写真を売りに来てくれたとか? ああ……そりゃ嬉しいけど……さすがに今はいいや。情けないことに、眠気の方を優先したい気分なんだよね。
 そう思って言おうとした、『明日にしてくれない?』……なんてセリフはしかし、のどの奥に引っ込んでしまった。
 開けた扉にもたれかかり、腕組みをしてこちらを見据えるムッツリーニ。彼のそのやや小柄な体からは……ふざけて訪ねてきたとはとうてい思えない、静謐な気迫が漂っていた。
 何かあったの、と訪ねるより先に僕の目は、ムッツリーニがその手元に持っている、ある一枚の写真をとらえた。そこに写っているのは……っ!!
 その瞬間、僕の目は瞼の重さをはねのけて見開かれた。写真であからさまに高笑いしている……忘れようもない金髪縦ロールの女の顔を見たその瞬間に……。
 僕の反応を面白がってか、はたまた別の思惑か、ムッツリーニはその口元に薄い笑みを浮かべて、

「…………支度しろ明久、袁紹(コイツ)の居所が割れた」

 眠気? 疲れ? 忘れたね、そんなもん。
667 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 01:54:26.16 ID:1U/RiEmE0
文月祭編
第99話 闇夜と賭博と共同戦線


 時刻は午後7時。つまり……依然として神輿レースを繰り広げる明久達の疲労が、そろそろ限界に近付いて来たころである。
 場所は……祭が行われている町から北に数十キロほどの平原。そこに……女性が1人、ぽつんと立っていた。
 歳は、20代前半に見える。豊満な体つきとかわいらしい顔が特徴的で、美女と言っていいいでたちだ。
 どうやら道に迷っているらしい彼女は、見渡す限りの荒野を、広がる地平線を見て、ため息をついた。

                        ☆

 にわかに騒がしくなった城内。兵が、将が、突然の出陣の準備のためにせわしなく駆け回っている。
その中心たる『司令部』が設けられた部屋にて。
「郊外の古城?」
「はい。霞より、そのように報告が入っております、ご主人様」
 僕は、愛紗たち将軍全員(恋除く。就寝済み)を一堂に集めた部屋にて、報告を聞いていた。
 予想外に疲れた祭を終え、天導衆一同眠りに就こうとしていた所に舞い込んできたのは……『袁紹発見』の知らせ。この事態に、全員の眠気と疲労が一斉に職務放棄し、僕らは再び集まった。
 しかもその知らせ、なんと霞がもたらしたものだというから驚きである。
「何だって霞が、袁紹を目測出来るようなとこにいたんだよ?」
 雄二のもっともな疑問。僕もそれ気になる。それに答えたのは星だった。
「うむ。霞の奴は、城下で行われた武道大会に参加していたようなのだが……」
 ああ……そう言えば霞、それに出るために僕に外出の許可出してくれって泣きついてきたんだった。捕虜の身分もあるし、偽名で登録してたみたいだけど……よかった、出られたんだね。
「で、それが何で?」
「その大会、当然の如く霞の優勝で終わったらしいのですが……それを見ていた1人のごろつきに、『裏』の試合に出ないかと誘われたらしいのです」
「『裏』……?」
「例の……賭け試合か」
 雄二のセリフに、昼間に聞いた話題が思い出される。ああ、そういえばそんな話もあったな。
 チンピラ連中が中心になって開催されてるっていう、違法賭博の格闘試合。勝てばファイトマネーが手に入り、負けれは大怪我だけが残る。死ぬことも珍しくない。そして……その勝敗に、観客もまた金を賭けるっていう。
 星の言葉を受け継ぐ形で朱里が言うことには、
「その賭け試合……どうやら、袁紹さんが元締めらしいんです」
「「「は!?」」」
 思わずそんな声が出た。ちょ……何だって!? 袁紹が書け試合の元締め!? 主催者!?
「それ……本当なの、朱里!?」
「はい、それでその……面白そうだからって理由で参加しちゃった霞さんが、その開始準備のために試合会場に姿を現した袁紹さんを見たらしいんです」
「人相書きで袁紹の顔を見ていた霞はそれを不審に思い、こっそりと後をつけて会話を聞いた所、只今報告した事実が明らかとなったとのこと。どうやら……こういったことを取り仕切るのが(凡人よりは)上手い袁紹を頭に祭り上げた盗賊の一味が主催となっているようですぞ」
「なるほどな……」
 雄二が顎に手を当てて呟く。
 霞の奴が裏の試合に参加登録しちゃってるのは、結構な問題行動な気がするんだけど……この際目をつぶろう。手柄だし。
 しかしこのチクワ頭め……戦で僕らに迷惑かけただけじゃ飽き足らず、今度はこんなどーしようもない面倒事まで持ち込んでくれやがって……。ふっ……だが好都合……来てくれているなら……今度こそとっ捕まえてやるぜっ!
「してご主人様、いかがなさいましょう?」
「もちろん、とっ捕まえる方向で」
「御意」
 認識が共通なだけに、会話に引っかかりが無くて助かる。
668 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 01:55:23.68 ID:1U/RiEmE0
「そういうわけであのバカチクワとっちめに行く方向で軍議進めたいんだが……朱里、例によって何か策とかあったりするか?」
「あ、はい。まず、袁紹さんの城なんですけど……兵力は大したことない上に、盗賊上がりの人がほとんどです。このへんの心配はいらないかと」
「そうか……となると、むしろに逃げられることの心配をした方がよさそうな感じだな」
 机に広げられた城の見取り図を見ながら、翠がそう呟く。
 袁紹たちが格闘試合の開催場所にしている城と、その周辺の見取り図には、かなり詳しいデータが乗っている。これは、戦略を練る上で役に立つだろう。
「それで朱里―、つまりどうするのだ?」
「あ、はい、ここは単純に、城の周囲の包囲を完成させてから突撃し、混乱した所に第2陣、第3陣を突入させて追い打ちをかけ、外に出てきた者たちは包囲網にかける……という方法でいいかと」
 なるほど……合戦に備えて準備してるわけじゃないんだし、向こうは油断しきってる。シンプルな策で大丈夫……ってわけか。
 正論だな……あのバカに策なんていらないし。どうせまた向こうは『突撃』1択だろう。いやそもそも、戦いに出てくるかすら疑わしい。
「じゃ……作戦はこれでいいな。部隊編成の後、各作戦を実行する部隊を配分して、朱里が今言ったやり方でぶっ潰す、と」
「はい。それで問題ないと思います」
「そうか、それじゃさっそく……」
 と、僕が言おうとしたところで部屋の戸が開き、軍に出向いて隊の編成を指示していた紫苑が入ってきた。お、作業終わったのかな?
「あ、紫苑さん、お帰りなさい」
「ええ、ただいま、朱里ちゃん。ご主人様も」
「お帰り紫苑。準備できた?」
「はい。小隊の編成は完了……あとは誰に割り振るかを決めるだけですわ。手伝ってくれていた愛子ちゃんと翔子ちゃんも……じき戻るかと」
「そっか、御苦労さま」
 僕がねぎらいの言葉をかけると、紫苑は夜の闇も退きそうな笑顔で応えてくれた。
 さて……これでもう、残るは出撃を残すのみ……か。
 その後30分ほどかけて議論し、どの隊を誰の指揮下に置くかという話し合いは終了した。うん、さすがは朱里。素人目にも見事な編成具合だ。さすが文月軍の軍師、君に丸投げして良かったよ。
「『丸投げ』なんて単語が出て来てる時点で、あんまり胸張れないけどね……」
「言ってやるな島田、どうせ我らにはほとんど何もできんのじゃ」
 そうそう、開き直ってた方が楽だよ、美波。
 さて……と。
 時刻は午前2時。編成も済んで……後は出撃を待つのみかな……?
「ええ。今すぐにでも出立しますか?」
「それがいいと思います。今が必ずしも突撃の好機ではないと思いますが……城の包囲に多少なり時間がかかると思いますから」
 そっか……そうだね……。
 と、ここで星がこんなことを言いだした。
「では主、どうです? 闇夜の奇襲作戦ということで、兵達もまだ眠気でやや士気が低いでしょう。ここで1つ、閲兵などしてみては?」
669 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 01:56:23.24 ID:1U/RiEmE0
直後、
(((あ……!)))
 玉座の間が、そんな声が聞こえそうな空気に変わった。
「?」
 と、その空気に不自然さを感じたのであろう星は、きょとんとした顔をしている。
 ……対象的に、愛紗、鈴々、翠、朱里、白蓮が『うわちゃあ……』とでも言いたげな顔をしていることに、どうやら気付いているみたいだけど……理由まではわからないようだ。
 ……ま……いいか、すぐにわかるし……。
「……そうだね……ひとつ、気合を入れてこようかな」
「? ええ、そうなさいませ、主」
 何の疑いも迷いもなく、閲兵台へと向かう僕についてくる星。その後ろから、同じく事情を知らない紫苑、華雄が続き……ちょっと遅ればせ気味の足取りの愛紗達がついて来る。雄二達は、その後ろからだ。
 ほどなくして僕は閲兵台にたどり着く。
 台に上る寸前、『どんなふうに閲兵をこなすのかしら?』なんて期待の視線を向けてくれてる紫苑の横で、
(あ……愛紗……これお兄ちゃん、やっぱり……)
(う、うむ……恐らく……そういう展開だと……)
(はわわ……)
(ほ、ほら! 来るぞ! 気引きしめろ!)
 なんて声が聞こえた気がした。
 そんな挙動不審気味の愛紗達が気になったらしい星。どうしたのかと彼女達に声をかけようとしたその時、

『聞こえるか野郎共ォ―――!!?』

「「「!!?」」」
 ムッツリーニから借りていた拡声器を介し、数倍音量に膨れ上がった僕の咆哮が響く。
 恐らく星の、紫苑の、華雄の、そして眼下に見下ろす兵士達の『何だぁ!?』的な心の声が聞こえた。
「で……でた……」
 予想通りの展開に、予想できていても驚きを隠せなかったらしい愛紗のそんなセリフが聞こえてきた。
 ははは……思い出すなあ……あの日のことを……!
 これじゃあもう……テンション上がっちゃうじゃないかっ!!
『これより僕らが討伐に向かう袁紹は、かつてふざけたことに奇襲でもって僕らの領土に踏み込んでくれやがった大バカ者である! 腹立たないかぁ!?』

670 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 01:57:20.18 ID:1U/RiEmE0
『『『立つぞォ――――ッ!!』』』

『僕らに負けてなお、往生際悪く賭け試合なんてことをやって不当な金を稼いでいる恥知らずの小悪党である! ムカつくだろぉ!?』

『『『ムカつくぞォ――――ッ!!』』』

『ならば剣を取れ!! この文月の領地において! 勝手をしたら我ら文月軍が許さないってことを、こんどこそあの脳無しのバカチクワに教え込んでやるんだ! 民の敵は文月軍の敵! 文月軍の敵は天の敵だ! これより、文月の平和を乱す大バカ者の成敗に向かう! 野郎共気合入れてけオラァ――――ッ!!!』
 どこから取り出したとかは聞かないでほしい剣を天高く掲げて僕がそう声を張ると、

『『『うおおおおおぉぉぉぉぉお―――――――っ!!!』』』

 兵士達が集まっている広場に、大地をも震わせんばかりの鬨の声が響き渡った。人場の扉の向こうに人がいたら、爆発でも起こったのかと思うだろう。
「な…………何……だ……?」
 そんな星の声。目の前で突如豹変した僕のハイテンションについていけないらしい。おそらく、紫苑と華雄も動揺だろう。戸惑いつつも、星は隣に立っている愛紗の耳元に口を寄せ、
(あ、愛紗? 主は一体どうしたのだ!? このような主……初めて見るのだが……)
(ああ……袁紹のことになると……な……)
 疲れた様子の愛紗がそう答える。星の後ろでびっくりしていた紫苑と華雄も、『そうなのか……?』って顔。
 思えば……3人ともこのモードの僕を見るのは初めてだっけ。袁紹追撃の時には華雄は城で留守番、星も紫苑も加わってなかったし。
 秀吉奇襲の報を受けた時にこのモードになった覚えがあるけど……その時は星と紫苑は秀吉と一緒に先遣隊だったし、華雄は相変わらず留守番だったし。戸惑うのも無理ないか。
 でも時間的に……詳しく説明とかしてる余裕もないので、
『朱里!』
「は、はいっ!?」
『各部隊に今決めた分割を伝達! 各隊集合して出撃準備に書活用に伝えて! それから……愛紗! 鈴々! 星! 翠! 紫苑! 華雄!』
「「「はいっ!?」」」
 ぎくっと身を振るわせて返事をする将軍たち。全く、朱里といい君たちといい……そんなに驚かなくてもいいじゃないか。
『荷物まとめて出撃準備! 兵と合流したら、朱里の指示に従って配置ついて!』
「「「御意!」」」
 うん、いい返事だ。あとは……
『雄二! 秀吉! ムッツ……』
「明久、もう拡声器はいい」
「あ、ごめん」
 いけないいけない、兵たちへの合図で使ってそのまんまこっちにも呼びかけしちゃった。さぞうるさかったことだろう。彼女達が過剰にびっくりしていたのはコレが原因か。
「いや、そうじゃないと思いますけど……」
 と、遠慮がちに言ってくる姫路さん。何で?
「しかし、さすがっていうか……アレが絡むと気合の入り方が違うわね……」
「ともかく! 僕達『天導衆』は……」
 そこまで言ったその時、

 ばたぁん!

671 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 01:58:22.11 ID:1U/RiEmE0
「ちょっと! うるさいわよ! 眠れないじゃない!」
「あァ!?」
「ひぅっ!?」
「「華琳様!?」」

 出会いがしらのセリフから考えて、睡眠妨害(暴音)の抗議に訪れたらしい華琳は、袁紹戦直前でちょっとだけ興奮している僕の剣幕に一瞬でビビらされていた。なんだよ、人の顔見てそんな化け物見たみたいなリアクションして……いくらびっくりしたからって失礼な。
「無理ないと思うのだ……」
「い、言うな鈴々、今のご主人様なんかヤバいから」
「な……何なのよ一体……」
 と、夏候惇と荀ケに解放されていくらか落ち着いたらしい華琳が、再び僕の方を見ていた。
「えっと……吉井……よね?」
 じゃなきゃ誰だってんだ。
「何?」
「(な……何なのこの豹変具合……?)お、おほん。あのね、何なのこの騒ぎは? うるさいし明るいしで全然眠れないんだけど!」
 お、いつもの感じを取り戻したらしい。それを見て後ろでほっと胸をなでおろした夏候惇&荀ケが、その後に続いた。
「そうよ。いくらなんでもこんな夜遅くに非常識じゃない? 華琳様の安眠を邪魔するなんて、万死に値するわよ!」
「そうだ吉井! せっかくこれから華琳様に寝床でかわいが……もとい、いぢめてもらおうと思っていた所に、何だこの大騒ぎは!?」
「姉者、それでは言い直した意味が無いぞ」
 お、夏候淵もいたんだ。2人の後ろから冷静な突っ込みが入った。
 というか……寝るんじゃなかったのか?
「雰囲気の問題だ!」
「胸を張って言わないの、春蘭。それで吉井、昼間はあんな化け物を連れて来たと思ったら、今度は何? 私に何か恨みでもあるのかしら!?」
 言いながら、貂蝉のボディラインを思い出してしまったらしい曹操は顔色が悪くなっていた。自分でダメージ受けるんなら忘れときゃいいのに。というか、意外と根に持つね。
 説明をせんと口を開いたのは、秀吉。
「ああ、実はの、」

672 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 01:59:37.86 ID:1U/RiEmE0
 かくかくしかじか

「何っ!? 袁紹だと!?」
 と、意外にもこの話題に過剰に反応したのは夏候惇だった。どういうわけ?
「やつら……ここでも賭け試合などを……くっ、全く懲りていないのか!」
「!? ちょっと待つのじゃ。今の言い方じゃと……袁紹が前にも賭け試合を行っていたかのように聞こえるのじゃが?」
「やっていたのだ。それも……魏領でな」
「「「え!?」」」
 予想外の返答に、僕ら文月勢全員の口がそろう。ぎ……魏領に!?
 って……あ、そうか……そういえば……夏候淵は顔良ちゃんと、季衣は文醜ってのと知り合いだったんだっけ。その時に、いや、正確にはその時『から』、袁紹の奴、賭博試合の元締めやってたんだな。
 その予想を裏付ける形で、夏候淵が口を開いてくれた。
「賭試合の摘発で袁紹一味を見つけたのはいいが……顔良・文醜両名の奇策でまんまと逃げられてな。それ以来行方知れずだったのだ」
 へー……そうだったんだ。
 それにしても……知将として知られる夏候淵をあざむいて逃げるなんて……顔良ちゃんとその文醜って奴、意外とやるのかも。どんな策を使ったんだ……?
「策というか……無謀というか……」
「やることがありえな過ぎて、対応しきれなかったんですよね……」
 ? どういうことだろ?
「ああ、わかるわかる。一種のビギナーズラックみたいなもんか。たまにバカの考えてることってのは読めなくなるからな」
 雄二、なぜそう言いながら僕の方を見る?
(城壊してその混乱にまぎれて逃げるなんて、もう博打もいいとこですよね……)
(ああ……可愛い顔をしてやるものだ……。あの時は一杯食わされた)
 ほー……それは手強い。まあ知将かどうかはともかく……いざという時の度胸はあるとみていいようだ。
と、

「袁紹……あのぐるぐる頭がァッ!!」

「「「!?」」」
 何だ!? 今まで黙っていた夏候惇が突如吠えた!?
「あ、兄ちゃん、春蘭様ね、何かこの前の摘発の時に袁紹に何か言われたらしくて、それ以来すんごい勢いで目の敵にしてて……」
「あ、そうなの?」
 びっくりしたなあもう……いきなり剣幕が変わるんだから。何かあったみたいだから怒るのは仕方ないかもだけど、今の豹変はちょっと心臓に悪いって……。
「ご主人様がそれをおっしゃるんですか……?」
 ? 朱里、なんでそんな愛紗の後ろに隠れながら言ってくるの?
 それを聞くより先に、夏候惇の2度目の咆哮が響いた。
「あの女ぁーっ!! ……賭博試合などを開いて洛陽の治安を乱したばかりか、挙兵の準備まで進めておって……おまけに、私のことを『直情バカ』などと言い、挙句の果てには言うに事欠いて華琳様を『くるくる髪の生意気小娘』などと言いおってぇーっ!! あああああ今思い出しても腹が立つ!!」
 恐ろしく具体的かつ説明的な独り言だ。
 でも……何でだろう、今の夏候惇とは仲良くなれそうな気がする。
「決めたぞ! あの女……今度こそ私の手で引導を渡してくれる!」
「「「は?」」」
 と、夏候惇がおかしなことを言いだしたのに気づいた他の魏メンバーの皆さんが目を点にした。無理もない、夏候惇、虜囚の身で打って出るなんて言い出してんだから。
673 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 02:00:37.94 ID:1U/RiEmE0
「華琳様、何とぞ出陣の許可を! 今宵こそは、あのふざけた太巻き頭(具無し)の首を華琳様にささげる絶好の機会です!!」
「や、それ以前にできるわけないでしょう?」
 至極当然のセリフを述べる華琳。
「何故です!? なぜご許可をいただけないと!?」
「いや春蘭様? その……ボクら一応ここの『捕虜』なんですよ? 将じゃなくて」
「そうだ姉者。というか、なぜそうできると思える」
「そ、そんな……」
 悲壮感すら漂う夏候惇の表情。それを見て、荀ケは呆れて何も言えない様子。代わりにと言うわけではないのだろうが、華琳が口を開き……
「あのねえ……ちょっと考えれば、いや別に考えなくてもわかるでしょう? 買い物目的の外出とはわけが違うの、虜囚が武器を持たせての外出などさせてもらえるわけが……」

「よぉーし夏候惇ついてこいっ!」

「「「いいの(か)!?」」」
 華琳が淡々と説いた常識を真っ向からぶち壊す形で発せられた僕の言葉に、夏候惇以外の魏メンバーの目が再び点になる。
 いや……魏だけじゃない。文月メンバーの内の数人の目も同じようになった。
 代わりに……と言っていいのか、夏候惇の目はきらきらと輝いた。
「吉井! 許可を出してくれるのか!?」
「ああ、もちろんさ! 君のその気持ち察するよ、存分に暴れてくれ!」
「これまでの暴言の数々……全て詫びよう! 吉井……恩に着る!」
「ちょ……ちょっと待って下さいご主人様!」
 と、ここで僕の衝撃発言から我に返ったらしい愛紗が割り込んできた。何だろ……って、何となく予想つくけどね。
「何を言っているのですかご主人様!? か、買い物ならともかく(それも十分反対ですが)、捕虜を、しかも夏候惇のような者を武装させて出兵に同行させるなどと……正気ですか!?」
「そ、そうですよご主人様、いくら何でも……その……」
 と、朱里も加わって僕の説得(多分)にかかった。
 が……そこに意気揚々と夏候惇が割り込んで、
「心配無用だ関羽! 天地神明に誓って、吉井の期待を裏切るようなことはせん!」
「貴様に聞いておらん! というかそんな溌剌として希望に満ち溢れた目で言うな!」
 おお、こんなにさわやかで、それでいて熱い感じの夏候惇を初めて見た。同様の感想を抱いているんであろう愛紗が若干気味悪がってる。
「何をバカなことを……捕虜を戦力に数えるなどと、前代未聞ですよ!? いつ寝首をかかれるか……」
「大丈夫だって、そうでしょ夏候惇?」
「応!」
「何でそんなに仲良くなってるんですか!? つい先日まで噛みつかんばかりの勢いだったのに……み、皆からも何か言ってくれ! このままではご主人様は本当に夏候惇を連れ出しかねんぞ!?」
「いいんじゃねーのか、別に?」
「「「えぇえ!?」」」
 あれ? 雄二ってば……てっきり反対してくると思ったけど、案外あっさり承諾してくれちゃった?
驚いたのは僕だけではないだろう。愛紗、朱里のみならず、翠や星なんかの文月軍将軍メンバー達が、そして、
「さ……坂本!? 何言ってんの!?」
「そ……そうですよ坂本君! い……いくらなんでも危ないですよ!」
 美波や姫路さんなんかも驚いていた。
「そうか? 大丈夫だと思うけどな」
「ほう……それはまたなぜ?」
 と星。すると、雄二は視線を秀吉の方へ向けて、
「今のが嘘八百なら……とっくに秀吉が看破してんだろ」
 ああ、そりゃそうだ。自白剤いらずの人間嘘発見器なら、夏候惇みたいに直情タイプの女の子の表情を読み取るくらいわけないはず。その秀吉が何も言ってこないということは……嘘は言ってないってことだ。
「で……でも……」
 と、
「そうまで言うならば、この夏候惇元譲……我が主、曹猛徳の名にかけて! この戦いにて吉井の好意に背を向けんことを誓おう!」
「「「!?」」」
674 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 02:01:12.05 ID:1U/RiEmE0
おぉー……コレは強力だね。まさか華琳の……曹操の名前を出すとは。
 コレを言っちゃあ……愛紗達も嘘じゃないと認めざるを得ないだろう。夏候惇見ないな人にとって、主の名前に誓うなんてのはもう覚悟の中の覚悟だから。
 愛紗はまだ何か言いたそうだったけど……真っすぐに見据えてくる夏候惇の目を見て、層やらいうことが無くなったらしい。釈然としないような素振りを見せつつも、半歩下がった。
 他のみんなは……やれやれ、って顔だな。
 どうやら……一応は理解されたものと見てよさそうだ。
「決まりだな。まあ、強力な将が手伝ってくれるのはこっちとしても助かる。よろしく頼むわ、夏候惇」
「ああ、任せるがいい!」
「うん、よろしく! じゃあ朱里、裏切りの心配もなくなった所で、部隊を3つ増やしてくれる? 夏候惇と、夏候淵と季衣の分も」
「え!?」
「わ、私達も出るのか!?」
「? 行かないの?」
 顔良や文醜がいるんだし……行きたいと思ってたんだけど?
 少し遅れて、2人もそれに気付いたらしいリアクション。ちょっと考える様子を見せた後、
「……わかった。毒を食らわば皿までだ、姉者と共に行こう」
「ボクも言っていいですか、華琳様!」
「やれやれ……騒がしい夜になるものね。いいわ、いってらっしゃい」
「「はい!」」
 手の焼ける子供を見るような目で2人を一瞥した後、華琳は一瞬だけ僕に視線を向けてきた。目で『この子たちのこと頼むわよ?』なんて言ってるような……気のせいかな? まあ、安心して。ちゃんと活躍してもらうし、ぞんざいに扱ったりしないよ。
 しかし嬉しいね、僕のことを信頼して部下を任せてくれるとは。
 じゃ……意見もまとまった所で、
 僕と雄二は一瞬だけアイコンタクトを交えると、再びみんなに向き直り、2人揃って腹に力を入れた。
 まずは、雄二から……!

「野郎共および女性諸君! これから俺らはあの調子こきの脳なしのバカチクワをふん縛りに行くっ! 過去のしがらみやら何やらいろいろあるだろうが、今この時だけはそれを忘れて、共通の敵を持つ同志として前を見ろ!」
「これより、違法賭博によって魏領と文月領の治安を乱したチクワ頭の討伐に向かう! 全員気合入れろォ――――ッ!!」
「「「おぉ―――――っ!!」」」

 魏も、文月も入り乱れた、気合のこもった声が玉座の間に響く。何て頼もしいんだろう!
 ははははははっ!! 袁紹……今度こそ決着つけたるぁ――っ!!
675 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 02:01:59.09 ID:1U/RiEmE0
文月祭編
第100話 バカと摘発と9番目の御使い
 現在時刻、午前3時57分
 文月軍による違法賭博場一斉摘発まで……3分

 ここは、町の郊外にある古城。袁紹を頭領とするならず者集団による、違法賭博試合が開催されている会場である。
 先程まで、4つある闘技場では、大陸各地から集まった腕自慢の者たちによる、よく言えば格闘試合が、悪く言えば殺し合いが行われていた。1対1とは限らず……数人でのいわゆるバトルロイヤルもある。
 勝った者が賞金を手にし、負けた者は死んでも文句は言えない。そして観客もまた、どちらが、もしくは誰が勝つかに金を賭け、予想が当たれば金を手にできる。
 そして……今、度重なる熱戦に会場が湧き、いわゆるハイライトとなった所で、

「ほーっほっほっほっほっ! 今宵は皆さま、私の主催するこの武闘会に感謝していただき、感謝の言葉もありませんわ!」

「おー……出てきよったやんけ、主催者が……」
 と、第4闘技場で戦いの順番を待っていた、出場登録名『遼』という名の女は、歓声を浴びつつ会場に姿を現した金髪に縦ロールの女……袁紹を目に、ぽつりと言った。
「で、その隣にいるのが……顔良と文醜……か。一応……はできそうやな……」
 そしてその視線は、袁紹の双方を守っているらしい2人の少女に向く。

「いや〜……盛り上がってんな〜……。いつ来てもここは」
「でしょう? うふふっ、私の手腕をもってすれば、このように催し物を成功させて莫大な利益を得ることくらい、造作もないのですわ!」
「ホント、姫って自分が好きなこと『だけ』はとことん得意だよな〜……」
「猪々子さん、何か言いまして?」
「何でもねーですよ、麗羽様」
 耳聡く悪口を聞きつけた袁紹がじろりと、緑髪の活発そうな少女……文醜を睨む。
 と、その反対側に立つ黒髪の少女……顔良が口を開いた。
「でも姫、あんまりここにも長居はできないと思いますよ?」
「え? 何でさ?」
「何か……ぼちぼち、文月軍に目つけられはじめてるんだって……。近いうちに摘発に乗り出そう……って動きもあるみたいだよ?」
 それを聞いた袁紹は、はん、と鼻を鳴らしてその不安を卑下する形を取った。
「何を弱気な言っておりますの? それならそれで、来たなら来たで蹴散らすまでですわ! 顔良さん、あなた……我々の崇高な目的をお忘れになって?」
 聞いた途端、顔良が何とも疲れた顔になり、それに代わる形で文醜が声を上げた。
「えっと……『このまま文月の裏社会に君臨して、いずれは『天導衆』を倒してこの国を乗っ取って、美少女だらけの楽園を築く』……でしたっけ?」
(ホンマかい……。ていうか、ここにおる勢力だけでご主人様と戦える思とるんやろか?)
 聞こえてきたそんな会話に、遼もまた疲れた表情になった。
「ま、ええか……言えるうちは言わせといて。それより……そろそろやな……」
 そんな考えが彼女の頭をよぎった瞬間、

 ドガァァン!!

「「「!?」」」
 轟音とともに、城の正門の扉が吹き飛んだ。
 大半の者がその衝撃で驚愕し、硬直している中、遼は……否、張遼は……
「お! 来た来た来おったぁ♪」
676 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 02:03:12.04 ID:1U/RiEmE0
「な……何ですの!? このうるさい音は……一体何が起こったんですの!?」
「げほげほげほっ! 何コレ、煙っ……」
「え!? ええ!? こ……これってまさか……」

 そう……そのまさかである。
 煙の中から姿を現したのは……数百人の構成兵隊からなる部隊をいくつも背負った……黒髪に挑発の凛々しき女将軍であった。

「我が名は関羽! 『天導衆』筆頭、吉井明久が一の家臣! 文月は幽州の平穏を乱すこの賭博場の粛正に参った! この城は既に包囲されている……悪党共、潔く縛につけい!!」

                         ☆

 城内に突入した瞬間に視界に飛び込んできたのは、驚きに戸惑う悪党達。観客から参加者にいたるまで、どいつもこいつも人相の悪い奴ばかりだ。
 そして……それらを見下ろすかのように高台に立っているのは……忘れもしない、金髪に螺旋の髪型の、態度の偉そうな女……。その傍らにいる二人は……ともに袁紹軍の2枚看板として名をはせた、顔良と文醜か……。
 彼女たちは、以前に袁紹軍との戦で戦ったことがある。あの時と変わらず、顔良の方は慎重な姿勢だが……文醜、相も変わらず威勢だけはいいな。
 黒髪の方……顔良が、あからさまに慌てた様子で、
「ちょ……ちょっと姫! 吉井さん達の軍、来ちゃいましたよ!? 早く逃げないと!」
「はぁ……何を情けないことを言ってるんですの? 何故私達が逃げる必要があるのです?」
「はぁ!?」
「そうだよ斗詩! こんなにワクワクするのに、逃げるなんてもったいないじゃんか!」
「えぇ!? わ……ワクワク!?」
 文醜の口から飛び出した、およそこの状況にはあり得ないと考えられるセリフ。正常な反応と言えるだろう、顔良の顔が『何言ってるの!?』的なそれになる。
「そうそう! 折角強い奴と戦(や)れる機会なんだから、ここで逃げたりしたら絶対後悔するって!」
「後悔するのなんて文ちゃんだけだから! ここにいる兵力だけで吉井さん達の兵力に勝てるわけないし、その皆さんだって散り散りになっちゃってるんだから、早く……」
「貴様ら……随分と余裕だな」
「ひっ!?」
 と、突如会話に割り込まれ、びくっとした顔良が震えながら振り返った。
「か……かかかか関羽さん……?」
「あーもう、何関羽何かにビビってんのさ斗詩! あたいと斗詩がいれば、関羽だろーと文月軍だろーと敵じゃないって! 勝てる勝てる!」
「こないだあの人達より多い軍隊動員して完敗しちゃったじゃん! 関羽さんにいたっては、私と文ちゃん2人がかりでも手も足も出なかったしっ!」
 やれやれ……頭が痛くなるやり取りだな……。さては、いきなり城に突入されて気が動転しているのか(そうでなかったらかなり頭の方が残念なのだが……)……だとしても、こちらも仕事だ。悪いが……落ち着くのを待ってやるつもりはない。
「あーもうわかった! どの道あの魏の時とおんなじで、姫を逃がす時間稼がなきゃならないしね! じゃあ文ちゃん、関羽さん任せていい? 私は麗羽様を守るから!」
「おっ、あたいに関羽譲ってくれんの!? うっわ斗詩ありがとぉー! さすがはあたいの嫁!」
「この際認識はどうでもいから早く! 早くしないと逃げられなくなっちゃ……」
 と、文醜が顔良のツッコミを受けつつ、私に対峙する形で大剣を構えたその時、

「逃げられると……思うなぁ―っ!!」

 バキャァッ!!

「「!?」」
 向かって右側の木の扉を粉々に粉砕し、凄まじい闘気をまとった夏候惇が飛び込んできた。なんと……他の部屋の連中を一掃してからここに合流する予定だったはずだが……なんという早さだ!?
「あり? あれって……」
「か、夏候惇さん!? な……何でここに!? 何で関羽さんと一緒に!?」
 当然の驚愕と言えるだろう。何せ夏候惇は、先の戦いで我らに完敗を喫した魏の武将。捕虜となったばかりか、一部では曹操ともども処刑されたという噂すら流れた女だ。それが生きていたばかりでなく、敵であった我らとともにここに攻め込んできているとなれば……驚かない方がおかしいと言える。
 と、ここで黙り続けていた(会話に入る機を逃していたのか)袁紹が、
「あらぁ? 誰かと思えば、文月のお猿さんなんかに負けてしまった哀れな曹操さんの部下の、夏候惇さんじゃありませんこと?」
「ふん……耳が腐りそうな品格のない減らず口……相変わらずだな、袁紹!」
「……っ! あなたこそ相変わらず口が悪いですわね! というかあなた……何でこんな所にいらっしゃるのかしら? もしかして……力を失った曹操さんから吉井さんに乗り換えたのかしら?」
「何ィ!?」
677 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 02:04:41.86 ID:1U/RiEmE0
と、見事に夏候惇の逆鱗に触れたらしい。
 曹操への忠義を疑われ……けなされたとなれば、この猪武者が怒るのも然りというものだ。しかし……袁紹はそれに気付いている様子はない。愚かな……
「あぁーら、あなたの忠誠心とやらも大したことありませんわね! おーっほっほっほっ!」
「……貴様……っ!」
「あわわ……」
「あらら……」
 この場にいて袁紹だけが、夏候惇の殺気が膨れ上がっているのに気づいていない。その高笑いしている顔が……もうすぐ青ざめることになるだろうが。
 しかし、まあ仕方ないとは思うが……夏候惇も夏候惇だ。そんな虎も逃げ出しそうな殺気、恐らく理性を保てていまい。全く……主をバカにされて怒るのはわかるが、もう少し知性というものを保った上で……
「それにしても、よりによってあの文月のおバカなお猿さんの所につくなんて……やはりおバカの所にはおバカが集まるのですわね!」

 ………………何だと……?

「吉井さんにしても、もうじき私の軍隊によってケチョンケチョンにされて王の座を追われることになるでしょうと言うのに! 全く、本当にどーしようもありませんわねぇ? おーっほっほっほっほっ!」
「「……………………」」
「ぶ……文ちゃん、なんか……夏候惇さんだけじゃなく……」
「ああ……関羽の方からも……何か……」
「まあ? 今回は見逃して差し上げますがら、そこのしっとりつやつやの関羽さんと一緒に、あなたの新しい、おバカなご主人様の所へお戻りになればよろしいんじゃありませんの? ああ、なんなら今この場で、あんな自己中心のクルクル小娘や学のないブサイクさんなんかよりもよっぽど主として優秀な、私の所へいかが? あんなおバカさん達の所なんかより、よっぽどいい生活を……」

 この瞬間――――私と夏候惇の中で何かが切れた。

「「貴様もう黙らんかぁ―――っ!?」」

「「「ひっ!?」」」
 この時ばかりは、顔良のみならず文醜、袁紹の顔にも驚愕が浮かんだが……そんなことは気にしていられん!
 この女! 言うに事欠いてご主人様のことをバカにしおって! もう許さんぞ!
「貴様ぁーっ! 一度ならず二度までも華琳様の悪口をォー! 生きてこの城から出さんぞォ――ッ!!」
 どうやら夏候惇も怒りが限界を突破したと見える。ふっ……奇(くす)しきことよ、コイツの胸の中が……今の私には手に取るようにわかる。
「夏候惇! 貴様のことはまだ良く思えんが、小競り合いは一旦やめだ! 手を組むぞ!!」
「了解した関羽! 互いと互いの主の誇りのため、ここは手を貸してやる!!」
「ちょっ……な、何ですかいきなりそんな殺気立って!」
「いや、割と前からこんな感じでした!」
「どうでもいいですわ! そんなことより……近衛部隊! 私を守りなさい!」
「「「へ……へいっ!」」」
 と、どうやら袁紹直属の、顔良らとは指揮系統を異にする私兵らしきものたちが反応し、我らの前に立ちはだかった。
「おらぁ女ァ! それ以上こっちに来ると……」
「「やかましい!!」」

 ズバドガザシュッ!!

「「「ぐああーっ!!」」」
「弱っ! 近衛部隊弱っ!」
「違うよ! 関羽さん達が強すぎるんだって! ていうか……なんでこの2人こんなに息ぴったりなの!?」
678 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 02:05:32.73 ID:1U/RiEmE0
そう言えば……こやつとの共闘、妙にやりやすいような……。よもや……同じような戦い方、同じような考え方だから……か……?
 と、どうやら夏候惇も同時にそんなことを考えたらしい。一瞬だけ互いに向けた視線が交錯し……自然と口元がゆるむ。ふっ……不思議なこともあったものだ。
 これも……ご主人様の采配ゆえの奇事か。
 しかし、それも一瞬のこと。2人とも瞬殺した雑魚どもには目もくれず、袁紹に向き直る。
「い……猪々子さん、斗詩さん、なんとかなさい! あの人達目がイってますわ!!」
「何とかって言われても……私たちじゃあの2人相手じゃ時間稼ぎも満足には……」
「とりあえず姫、あっちの扉ならまだ出られるみたいだから、あそこから逃げ……」
 と、文醜が指さしたその扉が、

「おりゃあーっ!」
「とりゃあーっ!」

 ドバキャァッ!!

 鈴々と許諸率いる第2陣の突入によって吹き飛んだ。
「「「えぇ!?」」」
 と、今日何度目かとなる驚愕を体全体で体現する3バカ。その中で、驚愕からいち早く復帰したのは……意外にも文醜だった。
「あれ!? きょっちー!」
「あ、いっちー……。やっぱりいたんだ……」
 2人の間に気まずそうな雰囲気が流れる。ああ……そう言えばそんなことを言っていたが……本当に知り合いだったのか……。
「え? え? 何コレどーゆーこと!? 文月が攻めてきたって報告が届いたと思ったら、関羽と一緒に夏候惇が出てくるし……きょっちーは変なチビと一緒に遅刻して攻めてくるし……」
「チビって言うな! 鈴々は張飛なのだ!」
「そうだよ文ちゃん! あの子、文月の将軍の張飛ちゃんだよ! それと、多分遅刻じゃなくて機をずらして突撃をかけるっていう戦略だよ!」
「おー、そーかっ! ……ってそこはどうでもいいんだって。何できょっちー達魏の武官が文月の軍勢と一緒に攻めてくるのさ? 捕虜じゃなかったの?」
「あー……なんていうか……兄ちゃんのノリで出撃の許可貰っちゃった。兵隊も」
「「は?」」
 ……まあ、反応的にはそうなるだろうな。こたびのご主人様の決定……大分常軌を逸しているわけだし。彼女らは戦力としては特一級の活躍をしてくれている……というのは間違いないが。
「そーゆーわけだから……つまり今、魏と文月の共同戦線で袁紹の軍をぶっつぶそう、ってことになってるんだよ……」
「うっわ、それマジ!? やばいじゃん!」
「そう、やばいの、この前の比じゃないくらい。それとさ……外に出ても、秋蘭様と黄忠さんの部隊が待ち構えて包囲してるから……逃げると余計危ないよ?」
「ええっ!? 秋蘭さんも来てるのぉ!?」
 と、今度は顔良が知り合いの名前が出たことに驚いていた。ああ……夏候淵はこういうことに一番加わりそうにないからな。無理もあるまい。
 いや……驚きと同時に、絶望も感じているようだな。袁紹軍唯一の頭脳派(消去法)とされる顔良のことだ、知将として名を馳せる夏候淵の恐ろしさくらいはわかっているのだろう。……顔見知りなら、尚更だ。
「ど……どうしよう文ちゃん……これもう逃げ場ないよ……?」
「大丈夫だって! 包囲って言ったって、四方八方十六方完全に埋めつくされてるわけじゃ人だから、少数精鋭でなら何とか突破できるよ! てか、外に出ちゃえば何とかなるって!」
「その自信はどこから出てくるの!? ついでに聞くけど、関羽さん達武将が4人もいるこの城からそもそもどうやって脱出するの!?」
「あ、いっちー、斗詩ちゃん、4人じゃなくて7人だよ? 部屋の外で馬超さんと趙雲さんと霞ちゃんが暴れてるから」
「もうだめじゃん!」
 顔良が半泣きで頭を抱えてしまったその時、
「諦めるのはまだ早いですわよ!」
 と、今まで黙っていた袁紹が何やら自信ありげに声を張った。
679 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 02:06:20.38 ID:1U/RiEmE0
「「姫!?」」
「上を御覧なさい! この城には、2階にも出入り口がありますわ、幸い兵たちは1回の郎党の検挙で手いっぱい……今まだあの扉に手が及んでいないうちに逃げるのですわ!」
 と、袁紹が指さした先には……2階の、使われていないほこりをかぶっている観客席のところの、比較的小さな扉があった。なるほど、あれか……。
「おお、姫がまともな意見を!?」
「で、でも言ってること正論かも……ぶ、文ちゃん! 戦ったらもう全滅確実だから逃げよう!」
 そう言うやいなや、袁紹以下3名は我らに背を向けて逃げ出そうとする。
 なるほど……賢明な班だと言えるだろう。確かに2階に兵隊は見当たらず、2階への階段は我らに侵攻を阻まれる位置にもない。今必死で逃げれば、どうにか外に出るくらいはできるかもしれない。
 ……が……それは不可能だ。
 なぜなら……

「「だぁーらっしゃあぁ―――っ!!!」」

 ドッゴオォオン!!

「「「っ!!?」」」

 それを初めから警戒していたご主人様と坂本殿が……その向こうから『召喚獣』で強襲する手はずだからだ。

680 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 02:07:39.27 ID:1U/RiEmE0
景気づけの意味で、召喚獣を召喚して扉を吹き飛ばし、手はず通りに乱入する。
 そして一番に目に入ってきたのは…………とうとう見つけたァッ!!
「あ……あなたは……」
「吉井……さん……」
 横であわあわとしている顔良ちゃんの様子から、僕らのたてた作戦はことごとく上手く行ったのだと推測できる。城の急襲も、残党の一掃も、そして……袁紹の確認も。
 まあ、確認も何も……目の前にいるんだけどね。
 忘れようと思っても忘れられないインパクトの縦ロール髪(ヘア)に、本当に逃亡生活を送ってたのかってぐらいに派手な金ピカの鎧の女を前に、先に口を開いたのは雄二だった。
「よぉ……久しぶりじゃねえか、連合軍の総大将さんよ」
「あ……あら……そうですわね、吉井さんに坂本さん。ご機嫌いかが?」
「普通に最悪ですが何か?」
 アンタの顔見たおかげでね。
 今でもまざまざとよみがえる、連合軍時代、まだ力が無かった僕らを言いように利用してくれたばかりか……無茶な作戦(とも最早呼べないそれだった)に付き合わせてくれて、おまけに連合軍が解散して比較的すぐに手のひら返して領地に攻め込んできやがって! ほんっとアンタには恨みたらたらだからな!
「そ……そうですか……(お……おちついて……。堂々としていれば、どうどうとしていればいいのですわ……! あんなお猿さんごとき、恐れることはありませんもの……)」
 袁紹、なぜか深呼吸。深く吸った息をきちっと吐ききって……
「お、おほん。よく私の所まで来ましたわね、吉井さんに坂本さん。門地の低い敵ながら、あっぱれと言って差し上げても……」
「「殺れ」」
「「御意」」
「ちょっと!? いきなり何ですの!?」
 何の予告もなしに僕らが下した命令に、袁紹はがぁん、とでも描き文字効果が出そうな驚き方をした。何だ? そんなに意外か、この対応が?
 剣を構え直す愛紗と夏候惇を必死で手で制しつつ袁紹は、
「何いきなり殺そうとしてるんですの!? ここはもっとこう……大将同士色々と深い所まで語りあったりして、それから徐々に戦いが始まってくるものじゃありません!?」
「黙れチクワ頭! そんな特に必要もなく無駄なことに時間を割くほど僕らは酔狂じゃない!」
 ついでに言うなら必要があってもお前が相手ならむしろ積極的に無視してやろう!
「チク……っ!? 何ですって!? 三国一の名家の出である私に何て無礼なことを!」
「お前こそいつまで家柄がどーたらこーたら言ってやがる、俺らに負けてもう袁家は没落しただろーが。南皮も制圧されてるしよ」
「違いますわ! 南皮など、あえてあなた方に差し上げてやったのです! あんまりあなた方が貧乏軍隊でかわいそうだったですから!」
681 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 02:08:15.83 ID:1U/RiEmE0
ここまで苦しい言い訳を思いついて、なおかつ口に出せる奴ってのもそういないんじゃなかろうか。微妙に日本語変だし。
 隣では、呆れて顔良ちゃんと……おそらく文醜だと思われる女の子が2人の女の子がそろって呆れてため息ついてたり。君らも大変だな、こんなののサポートに回されて。
 でも大丈夫、それも今日で終わるからね。
 と、その呆れからいち早く立ち直った顔良ちゃん、
「あ、あのさ文ちゃん……姫も……もうこれ……降参して投降した方がいいんじゃないかな、って思うんですけど……?」
「ええ!? な、何言ってんのさ斗詩、そんなことしたら捕まって処刑でしょ!?」
「い、いやその……吉井さんって結構優しい上に、甘い所とかあったりするから……その……捕虜にはなるだろうけど……案外処刑とかされないかもしれないよ? 現にほら、夏候惇さんや季衣ちゃんだって生きてるし……」
「あ、ああ〜……それはそうかも……」
 と、どうやら僕の真意を測りたいらしく、顔良ちゃんと文醜ちゃんはそろって僕に視線を向けて来ていた。隠すつもりもなかったのであろう今の相談の内容からも……その答えを求めてるのは明らかだ。
 十分そうわかってるんだけど、ご丁寧に顔良ちゃんはおずおずと口を開き、
「あ、あの〜……つかぬことをお伺いしますが……吉井さん……?」
 質問を言い終えるより早く、僕は答えを教えてあげることにした。確認がてら。
「そうだ雄二、火葬場の予約ってちゃんととってくれた?」
「ああ、問題ない。ちゃんととってあるぞ」
「全然だめじゃん! [ピーーー]気満々じゃん!」
 顔良ちゃんが漫画的な泣き顔になる。あ、何か誤解させちゃったみたいだ、失敗失敗。
「あ、大丈夫だよ顔良ちゃん、文醜ちゃんも」
「ああ、火葬場に厄介になるのは袁紹だけだからな」
「え? そうなの? なんだ、ならよかった」
 文醜ちゃん一息。うんうん、わかってもらえたようでなにより。
「よくありませんわよっ! なんで私だけちゃっかり処刑されることが決まってるんですの!? というかあなた、そういうの嫌いじゃありませんでしたっけ!?」
 や、そうなんだけどさ。
 不思議とアンタに関しては……そういう決断を下すのに全く抵抗を感じないんだよね。むしろ、何か僕の中の悪魔あたりが後押ししてくれる気がするというか。
 それに顔良ちゃんや、雄二の話だと文醜ちゃんも、そんなに悪い奴じゃなさそうだし……夏候淵や季衣の友達でもあるから、[ピーーー]のは忍びない。でもあんたは……ねぇ?
「何なんですか!? まるで私があなた方に恨まれているみたいじゃありませんこと!?」
「「「………………」」」
「何ですその『今更?』とでもいいたげな反応は!? この人望と大器の象徴と言ってもいい私が、そんな状態になるはずが無いでしょう!!」
「いや、人望だの大器だのって……」
 あんたほどそーゆーのに縁が無い人物もいないだろうに、むしろ。
「そーゆーこった。そんなの明久に『お前はもしかしてバカなのか?』って聞くくらい今更なことだからな、何言っても無駄だ」
 ……今は最優先で排除すべき敵が目の前にいるゆえに、今のは聞かなかったことにしてやろう。命拾いしたな、雄二。
「ああもう! あなたたちみたいに学がなく雅も理解しないおバカさん達に何を言っても無駄なようですわね! 猪々子さん、斗詩さん、ここはさっさと逃げますわよ!」
「逃げるって……どーやって?」
「こうやってですわ!」
 と、何を思ったのか、袁紹は2人を引き連れて壁に向かって走り出す。何だ? パニックでおかしくなったのかな?
 その壁には……意味なくでかい、袁紹の肖像画(恐らく自画像)がかけてあった。……悪趣味だ……。でも、それに手をかけて何を……ん!?
 と、その肖像画の向こうには……隠し通路!?
 驚く僕たちを尻目に、袁紹たちは素早くその中に消え、肖像画で蓋をする。と同時に、なにやらその向こうで『ガシャン』という重く金属質な音が……まさか、錠!?
 駆け寄った夏候惇と愛紗が肖像画を(原型が無くなるくらいズタズタに切り裂いて)どかすと、そこには……おそらく向こうから作動させた仕掛けによって出現したと思われる、重厚な鉄の壁があった。この形状だと……上から落としたな?
 夏候惇はそれを拳でこんこんと叩いてみて、
「……破るのは無理だな。厚すぎる」
 と、悔しそうに一言。それに愛紗も続く。
682 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 02:08:56.75 ID:1U/RiEmE0
「なっ……何か方法はないのか!?」
「方法と言っても……この厚さの鉄の壁ともなれば……我らの得物でもどうにもなるまい。季衣の鉄球なら何とか破れるかもしれないが……」
「時間……かかるでしょうね〜……」
 はぁ、と、ため息交じりの季衣。
「別の通路で回り込むしかないな……」
「でも、どこに出口があるかなんてわかんないのだ! もしかしたら地下通路とかかもしれないし……」
「だったらこの通路から追うしかないですよ春蘭様! 早くしないと逃げられちゃうし、下手に外に出たら秋蘭様達の矢に狙い撃ちに……」
 どうやら季衣は、文醜ちゃんが逃走に失敗して死んでしまう展開が怖いようだ。多分、逮捕することでそれを阻止するためについて来たようなもんだろうし……。
 ……とまあ、そんなこんなでわたわたしてる皆さんに向かって、

「愛紗、夏候惇、鈴々、季衣、どいて!」

「「「え?」」」
 と、突然響いた僕の声に、その全員が頭の上に疑問符を浮かべて僕の方を見る。その目には……僕と雄二が並んで、召喚獣を操作する体制を取っている様子が見えたはずだ。
「よ……吉井? 一体何を……」
「つべこべ言ってねぇでどけ夏候惇! 袁紹に逃げられちまうだろ!」
「愛紗、ほら、虎牢関虎牢関!」
「え……あ!」
 と、その一言で愛紗は、次いで鈴々も僕達がやろうとしていることを理解したらしい。大慌てでその場を離れ……それにつられて夏候惇達も離れたのを確認して……僕と雄二は召喚獣に指示を出した。
 それを受けた召喚獣は……愛紗達がいなくなってはっきりと目視できる、鉄の壁に向かって力強く床を蹴った。このあたりで、どうやら夏候惇と季衣も理解したようだ。
 そんなことに構わず、僕と雄二はある種ノリノリで、

『『バカ・マーブルスクリュー!!』』

 即興の技名なんか叫んでたり。
 だいぶ前の日曜朝8時30分からのアニメの必殺技を想像した皆さん、鋭い。
 黒い改造学ランの僕の召喚獣、白い改造学生服の雄二の召喚獣。2体は黒白の旋風となり、息の合った全く同時のタイミングでその攻撃を鉄の壁にたたきつける。
 直後、

 バキバキバキバキ……ドシャァン!!!

「「「おぉ―――っ!!」」」
 愛紗達のいる方から上がる歓声。それに見合った光景が……僕らの目の前で展開されていた。
683 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 02:09:57.93 ID:1U/RiEmE0
熱さ30cmはあろうかという鉄の壁は、砕けるとまでは言わなくとも大きくひしゃげ、前衛的なデザインの帽子のごとき形状に変貌、余剰分のエネルギーの矛先は周囲の壁に向けられ、鉄壁の代わりに粉々に砕け散っていた。
 結果として……扉を破壊するというより、そっくりそのままくりぬいたに近い形で、突破不可能と思われていた壁には特大の大穴があいた。
 うん、このくらいの大穴なら、僕らどころか、部隊をも中に入れることも可能だろう。
「すっごーい! お兄ちゃんすっごーい!」
「ホントだよ! 兄ちゃんも、その召喚獣ってのもすごいね!」
 目をキラキラさせてそう言ってくる季衣と鈴々。見たことないからわからんけど、おそらくヒーローショーの後の観客の子供たちはこんな目になるんだろう。
「よし、追うぞ関羽!」
「ああ、だが気をつけろよ夏候惇、ここはいわば奴らの縄張り……どんな迷路、どんな罠が仕掛けられているか……」
 そうか……そりゃそうだ。向こうの3人はここの構造なんか完全に熟知しているはず、罠をよけつつ、全速力で逃げられる。対して僕らはそれらを警戒しつつの進行が必要……。く……この戦い、予想外に苦戦を……

『ああっ、姫だめ! そっち行き止まり!』
『え!?(ごんっ!) 痛ぁっ!!』
『文ちゃん! そこはダメ!』
『え? 何が……(ヒュヒュヒュン!!)おわぁっ! か……壁から矢が!?』
『あぁっ! 姫ぇ! そっちはもっとだめ!!』
『え!?(カチッ) きゃあっ!? て、天井が落ちてきますわーっ!?』

「「「……………………」」」
 向こうも同じ条件……? いや、気のせいか……より苦戦しているような気も……?
 ま、まあいい。とりあえず……
「突撃―っ! 3人ともとっ捕まえてふん縛れーっ!!」
「「「了かぁ――――いっ!!」」」
 さあ……クライマックスと行こうじゃないかっ!!

侵入が可能になった通路は、地下通路というわけではなかったけども、それなりに広い迷路構造をしていた。が、愛紗や夏候惇を中心として構成された追撃部隊は、以外にもすいすいと進むことができた。
 ……それが、先ほどからほとんど絶え間なく(外まで聞こえそうな音量で)聞こえてくる悲鳴によって彼女達が居場所を教えてくれていることと、その際に同時にトラップにかかってくれているであろうために、行く手にあるトラップがことごとく解除もしくは破壊されているためであることは言うまでもない。 今だけは連中のドジっぷりに感謝かな。
 結果として、トラップにかかって身動きが取れなくなっていた文醜と、完全に迷っていた顔良ちゃんの2名を捕らえるに至った。……が、
 驚いたことに、袁紹だけは逃げ延びていたのである。しかも、隠し通路のみならず、混乱に乗じる形で、紫苑と夏候淵の包囲網すらもすりぬけて。なんつー悪運だ。
 ムッツリーニの使者からその情報を受け取った僕たちは、ひとまず捕らえた2人を紫苑達に任せ、袁紹を追って街へ向かった。どうやら……支度をして旅に出るつもりのようだ。そのまま逃げればまだ少し早く逃げれたろうに、全く……。
 で、街に入ってみると、

「待て待て待て待てぇ――――っ!!」
「きゃああぁぁあ――――っ!!」

 探すまでもなかった。騒がしくて。
 逃亡隠密には程遠い服装(鎧・金ピカ)の袁紹は、街に入った瞬間に巡回中の華雄に見つかり、追い回されているのであった。
「待たんかこの腰抜けがぁ―――っ!!」
「待てと言われて待つバカはいませんわぁ――っ!!」
「くっ……逃げ脚だけは早い……貴様それでも武人かぁーっ!!」
 ホント、なんだか袁紹……逃げ足メッチャ速い。まあ、火事場の馬鹿力的なものもあるんだろう、後ろから戦斧持って[ピーーー]気満々の華雄が追ってきたら、恐怖感ハンパないだろうし。
 ……で、そこに愛紗と夏候惇が加わるわけで……
「「「待てぇ―っ!!」」」
「いやぁ―――っ!!」
 いや……別に袁紹に情けとか書ける気これっぽっちもないんだけど……さすがにあの、バーサーカーも かくやって感じの3人に追われてるってのは気の毒に見えるもんだな……。
 しかし、あの剣幕の3人が町を疾駆してるとなると、混乱も結構なことになるだろう。ぶっちゃけ、一般目線からみたら、愛紗たちの帆が迫力がある……というか、怖いし。うーん……もうちょっと自粛してもらった方がいいのかもしれないし、それとなく誘導しようかな。
 なんて思ったその時、

「はーっはっはっはっはっはっ!!」
684 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 02:10:58.25 ID:1U/RiEmE0
 混乱をさらに助長する存在が現れた。
 ちょ……このタイミングで君なの!?
「天が呼ぶ地が呼ぶ人が呼ぶ……悪を倒せと我を呼ぶ! 美と正義の使者、華蝶仮面、再び推ッ参!!」
 どうやって手配したのか、夜の闇を押しのけるライトアップ(多分ムッツリーニのだろう)までひっさげて、出来れば二度と見たくなかったにもかかわらずたったの12時間くらいで再会することになった星に、僕はため息をつくしかない。
 あのさ……せめて星のまま出てきてくれたら何の問題もなかったんですけど……。もともと君にはこの町を守るためのいろんな権限を既にだね……。
 現れた謎の戦士(同僚)に、愛紗が驚きの表情を見せる。
「なっ……貴様は……」
「噂の変態仮面か!?」
「誰が変態仮面だ!?」
 華雄が予想外にかました天然ボケに、さすがに見過ごせなかったらしい星が鋭くツッコむ。
 ……悪いけど、間違ってないと思う。
「ともかく! 私が来たからにはもう大丈夫だ! 大船に乗ったつもりでいるがいい!」
「バカなことを言うな! 貴様なぞの手を借りる気はない!」
「そうだ! 関羽の言うとおりだ! 第一貴様、何を妙なことを言っている!?」
 ? 何だろう、夏候惇が妙な発言を……
「どこにも船などないではないか!」
「「「…………………………」」」
 えっと……うん、華琳とか夏候淵とかがいなくてよかったね。
 ともかく今の発言には触れないことにしてあげて……

「船!? 船がどこにありますの!?」

 前の方からそんな甲高い声が聞こえた。

 さて、その後もこのトンデモ逃走レース、華蝶仮面やら他の警備隊やら、ようやく起きてきた恋やら配置すっぽかしてきた霞やらの乱入で激化した。
 まあ……僕たちも黙ってたわけじゃなくて、召喚獣でリヤカーやら何やら障害物を投げて袁紹の行く手をふさいだり、途中ちょこちょこ出てくる袁紹の兵士たちを瞬殺しては召喚獣で邪魔にならないところまで投げ飛ばしたり、召喚獣そのものを投げたりして直接的な攻撃を加え痛い! ちょ、僕の召喚獣は投げちゃだめだってば! 感覚共有してるんだから……さてはお前わざとだろ、雄二!?
 追いかけっこはしばらく続き、 そろそろ火事場の馬鹿力も限界らしい袁紹は、ふらりと大通りをそれ、やや細い脇道に入っていくのが見えた。
「逃がすかっ!」
 と、ここで愛紗がさらに加速。路地を利用して見失うなんて展開にならないようにだろう、自分もそこを曲がって入ろうとしたその時、

 ヒヒィーン!!

「なっ!?」
「「「え!?」」」
 と……今まさに愛紗が入ろうとしていたその路地から、なんと馬に乗った袁紹が飛び出てきた!?
「え!? 何!? どういうことアレ!?」
「多分……その辺につながれてた馬かっぱらったんだな。あれに乗って逃げる気だ」
「えぇ!?」
「くっ……そうはさせん!!」
 と、雄二の推理を聞いた夏候惇が意気込む。
 が、袁紹はというと、先ほどまでの狼狽した様子とは対照的に、勝利を確信したかのような得意げな表情がよく見える。
「ほーっほっほっほっ! 馬ってやっぱりいいですわね、楽に移動できますし、人よりもはるかに速く走ってくれますし……何より、あなた方を本来私がいるべき位置からすべからく見下ろせるんですもの!」
 年中宙ぶらりんで調子のいいやつであるという意味を当てはめればその減らず口も言いえて妙なんだけど、やっぱそれでも腹立つ。
「おいこらチクワ頭、他人の馬置き引きしといてえばってんじゃねえ」
「黙らっしゃい! いずれこの大陸ごと私のものになるのだから構わないのですわ! 前借りです前借り!」
 何言ってんだか。今から立て直しなんぞ無理だろうに。2枚看板はこっちで逮捕したし。
 そんな僕の考えをを知ってか知らずか、
「それではみなさん、ごきげんよう!」
 と、袁紹は馬を操り……しかもあろうことか後夜祭で人が密集してる広場のど真ん中を突っ切って逃走を始めた!? 何してんだあのバカ、危ないにも程がある!
 当然、
「うわっ!?」
「きゃあ!」
「な……何だ危ねえ!」
685 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 02:13:18.99 ID:1U/RiEmE0
なんて感じになる。幸いというか、みんながよけてるおかげで怪我人は出てないけど……あのバカ女っ! 相変わらず人の迷惑とか考えないんだから! そんなんだから僕らが統治するようになった途端に南皮の街が活気づくんだよ! ついでに言うとお前、国全体からまんべんなくすごい嫌われ方だったぞ!
「くそっ、逃がすか……行くぞ夏候惇!」
「待て関羽! このまま追っても馬の速度には勝てん、ここは……あ−、その……そこの銀髪の女!」
「華雄だ華雄! わかっている、今すぐこちらも馬を」
 おそらく『馬を手配する』って言いたかったんだろうけど、その瞬間、

「きゃああぁぁあ――――――っ!!」

「「「!?」」」
 逃げたと思っていた袁紹(on馬)が全速力で戻ってきた。何事!?
「な……な……何なんですのあれは!? 化け物―――っ!?」
 ……言動から察するに、何かに追われてるみたいだけど……?
 半泣きで馬を駆る袁紹は、どうやら僕らが見えていない様子。このままこっちに走ってくれば100%捕まるだろうに、とにかく今はその『何か』から逃げたくて頭がいっぱいらしい。てか……化け物って何?
 警備の連中をゾンビかなんかと見間違えたのかな、なんて思ったその時、

 パッパァ―――――――ッ!!

「「「!?」」」
 甲高いような、それでいて腹に響くような爆音が鳴り響いた。同時に……おそらく袁紹が『化け物』と呼ぶそれであろうと思われる『何か』が姿を現す。

 そいつは……

 白く、金属のごとき光沢のある体。
 角ばっているようでどこか丸みを帯びている、直方体の体。
 足はどうやら4本らしい。タイヤのように丸い、というかほぼタイヤそのものといった感じの足。
 前方についた1対の目から強力な光を放ち、『パッパァ―ッ』と『ブウゥーン』という2種類の鳴き声を上げながらこっちに走ってくるってちょっと待った!!
 いや……あれよく見たら……
 よく見なくても……
 どう見ても……

「「ワゴン車ぁ!?」」
 この場にいた2人の現代人……僕と雄二……が、簡単にその正体が思い当たる、しかしこの世界、この時代ではまず見ることのないであろう物体の出現に驚きを隠せない。
 同時に、その眼の端に、とうとう落馬して『ぐえっ』という断末魔とともに動かなくなった袁紹が映ったけど……ごめん、超どうでもいい。どうせ後で警備兵の連中にふん縛らせるし。
 ……それより今はこっち。
 減速し、広場の真ん中あたりに停車した車(袁紹の迷惑行為のおかげで、結構広いスペースができていた)の周りを、武装した兵士たちと、愛紗たちが取り囲む。いきなり得体の知れないものを目にしたせいだろう、こころもち体が震えているものがちらほら。
 袁紹を追いたてたその車は……どこかで見たことがあるようなタイプだった。マイクロバス一歩手前の、キャンピングカー位にならなりそうな大きさ。運転席が右側についているところからして、おそらく日本製だろう。ナンバーも日本語だし。ライトがまぶしくて、乗ってる人の顔までは見えない。
「くっ……な……何なのだこいつは……」
 武器を構え、おそらくこれを生き物か何かと勘違いしているんであろう愛紗。その横を通って、僕は包囲網よりも一歩手前に出る。
「ご、ご主人様!? き……危険ですから戻……」
 愛紗が『戻ってください』と言うより前に、変化が起きた。運転席のドアががちゃりと音を立てて開き……中から運転手が姿を現したのだ。
 愛紗たちが息をのむ中、僕はそのドライバーをしっかりと視界にとらえた。
686 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 02:13:56.18 ID:1U/RiEmE0
短めに切りそろえられた黒い髪。
 白い半袖のカッターシャツに、黒いベスト。
 七分丈のパンツに、動きやすそうなスニーカータイプの靴。
 おそらくこの状況を、ドッキリかもしくはアトラクションの類だと思っているんであろうその人は……彼女は、周りをきょろきょろと見渡し、やがて……僕に視点を合わせたところで、首を止めた。
 そして……言った。


「あら、誰かと思えばアキくんではありませんか。なぜこんなところに?」


 ……………………………………………………いや、



「何ッッッッで姉さんがここにいるのさぁ――――――――っ!!?」



「「「ええええぇぇぇええ―――――っ!!!?」」」


 頭を抱えて叫んだ僕の言葉に、その場にいた兵たちが、民たちが、愛紗たちがもれなく驚愕の声を上げた。
 しかし言わせてくれ、今一番驚き、そして絶望しているのは……間違いなく僕だ!!
「……どこだかわかりませんが、ここはずいぶんと賑やかですね、アキくん?」
 キョトンとした顔でそんな事を言う姉さんを前にした僕にできるのは、これが夢だと全力で信じることだけだった。


687 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 02:14:37.95 ID:1U/RiEmE0
幽州・日常編(4)
第101話 姉と荷物とターミネーター

バカテスト 日本史
問題
 鎌倉幕府初代将軍・源頼朝の弟であり、幼名を『牛若丸』や『遮邪王』として知られる歴史上の人物の名前を答えなさい。

姫路瑞希の答え
『源義経』

教師のコメント
正解です。大河ドラマにもなっており、有名ですね。



土屋康太の答え
『源正宗』

教師のコメント
誰ですかそのミックス武将。



吉井明久の答え
『牛老丸』

教師のコメント
名前を成長させてもダメです。




                     ☆




 まだ頭が痛い。寝不足? 違うね、これは人災だ。
 まあ寝不足ってのも多少はあるかもしれない。祭で騒いで体力をほぼ使い果たした挙句、袁紹たちを逮捕するための大捕り物に参加したんだから。その労働量でしかも徹夜じゃ、頭も痛くなるだろう。が……そんなものはせいぜい理由の10%程度でしかない。
 そんなものを笑えるくらいのどぎつい理由が残りの90%を占め、そして僕の頭を悩ませている……っていうのが夢でも何でもなく事実なわけで。
 しかし、今思うと……

『待ち人……呼んでもいないのに来る』

 ……あのおみくじ、やっぱ当たるんだなあ……。
688 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 02:16:04.68 ID:1U/RiEmE0
「するとこの御仁は……本当に主の姉君であると?」
「………………うん…………」
「「「………………」」」
 時刻は午前6時。場所は玉座の間。
 もともと袁紹の逮捕に際して、その処遇を決めるために用意された軍議の席なんだけど……どう考えてもそんな空気じゃない。
 なぜかっていうと、僕のちょうど真正面に当たる位置(距離的には大分遠いけど)に、ここにいる人たちの半分ぐらいは初対面となる、それでいてとんでもないプロフィールを持つ人物が鎮座していらっしゃるからだ。
 ……ってまあ、誰かって、姉さんなんだけど。
「皆さんはじめまして。わたくし、そこにいる吉井明久の姉で、玲と申します。以後お見知りおきを」
 唖然としているみんなに配慮してか、こころもちゆっくりな口調で自己紹介をする姉さん。周囲の人達(愛紗とか)とは対照的に、緊張している様子は全くない。
 一足先に城に帰っててもらった星や紫苑達のところに、僕を乗せた姉さんのワゴン車が到着したのが大体1時間前。いやー、みんなビビってたビビってた。ナビも兼ねて愛紗と雄二を先行させてなかったら、矢の掃射にあってたかもしれない。
 広場での僕の爆弾発言(不審者=姉)のあとにひと悶着あったのはどうにか鎮めたんだけど、突如現れた姉さんをこのまま街に放置しておくわけにもいかないので、姉さんには一緒に城に来てもらうことにしたわけだ。その際、簡単にでもこの世界についての、そして今の僕らの状況を説明するために、僕も車に乗ってきたわけ。こっちの世界に来てからずっと馬か馬車での移動だったから懐かしかったし、心地よかったかと聞かれればそうだった。その車内で一通り、すごく端折って説明したけど……理解してもらえたかどうかは謎だ。
 ……でまあ、今。
 成り行きで姉さんが玉座の間の軍議の席にいる……からこそのこの微妙な空気。
「ほ……本当にご主人様の姉ちゃんなのか!?」
 と、驚きを隠そうともしない翠が目を見開いてそうたずねてくる。
「まあ……あなたたちが『ご主人様』と呼んでいる人が、そこのアキくんを指すのであれば……そうですね」
「はわわ……ご、ご主人様、お姉さまがいらっしゃったんですね……」
「はじめて聞いたのだ……ね、愛紗!」
「い、いや……私は……」
 と、口ごもる愛紗には……いつだったか、姉の存在をほのめかすようなことを言ってたかもしれない。
 玉座の間のメンバーは、『天導衆』を除いて全員が姉さんに好機の視線を向けている。まあ、自分たちが主と慕っている人の『姉』が現れたんだから、そりゃ当然と言えばそうなのかも。普段は冷静沈着な星 も、大人びている紫苑もその中の一人で、
「主に姉がいるというところに驚いてもどうかと思うのだが……まあそれはこの際置いておこう。しかし、あまりに突然の来訪でしたな?」
「本当ね〜。ご主人様に連絡の一つもなかったのですか?」
「うん」
 世界が違うのに連絡ができるはずもないけど、たとえ連絡貰ってたとしてもこの人が来るのは嫌だ。
 ここでちょっと言っておくと、姉さんの来訪は決して忌み嫌われるようなものではなかった。むしろ、歓迎されたほどだ。
 街で暴れてた迷惑大王の袁紹を、妙な乗り物(誰かが『天の車』なんて言ってたっけ)で追いたてて蹴散らしたうえ、僕の『姉』っていうステータスだ。すぐさま人々に囲まれ、なんだかよくわからないうちに新たな英雄として祭り上げられそうになってた。一応「好意的」な歓迎を受けていたその時の姉さんのキョトンとした表情は推して知るべしだ。
 まあ、当然と言えば当然なのかもしれない。僕の姉……ってことはすなわち天界の人間(という認識)、すなわち新たな『天導衆』だ。街の人たちにしてみれば、国を平和にする救世主がまた1人増えてくれた……ぐらいの感覚なんだろう。
 ……みんなにとっては救世主なこの姉も、僕にとってはターミネーターに等しいんだけど。
 と、ここで朱里、
「ご主人様……なんだか浮かない顔ですね。お疲れですか?」
「え、あ、まあ……ちょっとね……いろいろと」
 精神面の疲労だってことまでは見抜けなかったらしいな。
「それはよくないですね、アキくん。顔色も悪いようですし、ちゃんと寝ていますか?」
「ああ、うん、まあ。少し休めばよくなるから、心配いらないよ」
「そうですか、ならいいのですが。何か助けてほしいことがあったら、何でも姉さんに行ってくださいね?」
 じゃあ今すぐ帰ってください、とは言えない。
 でも疲れてるのは確かにだな……どうしたもんか、とまあそんなことを考えていると、
「それはそうとアキくん、2つほどいいですか?」
「? 何、姉さん」
「先ほどからここにいる皆さん……アキくんのことを『ご主人様』などと呼んでいる方が多いような気がするのですが……」
689 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 02:17:12.03 ID:1U/RiEmE0
やっぱりというか、そこ突っ込んできますか。
 だからね、それはさっき説明したように、ここでは僕がかくかくしかじかで王様なの。
「わかりました、姉さんよくわからなかったので、後でアキくんのところへ行きますのでぼっきりと聞かせてください」
「なんか日本語が矛盾してる点がある気がするけどそんなことどうでもよくなるくらい物騒なセリフ聞こえたよ!? 擬音が明らかにおかしいよね!?」
 家庭内暴力を堂々と予告。相変わらずというか、愛紗たちの前でも容赦ない物言いである。これ……誰か信用してもらえそうな人連れてきて一緒に説明してもらうとかした方がいいかも。
 それで……もう1つは? あんまり聞きたくないけど。
「2つ目ですが……私とアキくんの席に問題があります」
「へ?」
 なんかよくわからないことを言い出した。どういうこと?
「あ、『上座』とか『下座』の問題……ってこと?」
 それだったらその……一応僕が王様だからこの上座(玉座)で、一応部外者である姉さんが下座……っていう並びはあってるんだけど……。
「そうではなく、わたしとアキくんの席が遠すぎます」
 なんのこっちゃ。
 と、ここでこの人の問いに答えたのは、愛紗だった。
「その……玲殿? これはその……理由があるのだが……」
 つまりだ。
 ゲストを下座……武官たちを挟んで玉座から最も近い位置に座らせるというのは、謁見に乗じての暴行や暗殺なんかの防止のためである。それはたとえ姉さんであっても例外にはできず、現時点で部外者である以上従ってもらう以外になくて……
「では私なら、アキくんに暴行なんて物騒なまねはしないとわかっていただけているのですから、大丈夫でしょう?」
そこはむしろ確信を持って『危険です』と言えるんですが。
 この人の場合、直接的なそれだけでなく、僕を自殺に追い込みかねない精神性の追い込みをかけてくる危険性があるから余計に怖い。頼むからこのみんなが見てる状況下でそれだけはやめてよ……?
「それはわかるんですけど……玲さん。まあ形式的なものですから、そこはまあ勘弁してもらうしか……」
 申し訳なさそうに言ってる美波。これで頼むから引っこんでくれると……
「わかりました、では折衷案を出しましょう」
「ほう、折衷案と?」
 と、星が言うのを待たず、姉さんがすたすたと歩き出す。愛紗たちが止めようとしてたけど、僕の姉だっていうのと、あまりにも堂々と動くもんだから出あぐねてるらしい。
 そのまま姉さんは無駄に軽やかな足取りで僕のところに来て……
「私がここに座ります」
 僕が今現在座っている玉座に手をかけてそういってのけた。
 いやあの……あんた折衷案の意味わかってる? どこをどうつついたらそんな案が出てくるんですかね? これじゃあ何の解決にもなってないよ?
 そんなモノローグも知らずにこの人は
「ですから、ちょっといいですかアキくん。アキくんがいったんここをどいて、」
「え?」
「私が座って」
「うん」
「ここにアキくんが座ります」
 と、言って玉座に座った姉さんは、僕をその膝の上に乗せた……ってちょい待ち!
「これなら姉さんもアキくんとの距離も近いし、ついでに2人とも上座に座れるし、すべて解決でしょう?」
690 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 02:18:40.76 ID:1U/RiEmE0
「全然解決してないからね!?」
 あ……相変わらず僕らの予想なんかものともしない人だ……。上座問題を『ついで』などととんでもない発言をする姉さんに、
「「「………………」」」
 部屋中の視線が集まる。ま、まずいっ! 早くも誤解されかねない状況に!
「姉さん! まずさっさと離れて! とりあえず席のことはごめん! ほかの方法探すからはふぅ」
 何の前触れもなく(そんなもん関係ない状況ではあるんだけど)後ろから腕をからめて抱きしめられ、力が抜ける。くっ……条件反射で……!
「またまたアキくんはそんなにわいわいと騒がしいですね。ほら、ギュッとしてあげますから落ち着いてください」
「何言ってんの! 全面的にあんたのせいではふぅ」
「「「………………」」」
 飛んでくる視線の数々が痛い! 違うんだ、僕はいつも向こうの世界で姉さんにこんな風にされてるんじゃなくて、この姉さんがちょっとばかし人類のインテリジェンスとは別ベクトルの何かに侵されてるだけで……。
 誤解されてないかと思って、おそるおそる耳をすましてみると、

「な……なあ……もしかして、天の世界って……」
「あ、ああいうのが流行ってるんでしょうか……?」
「ほお……これは参考になるな……」

 いやその……世界そのものを誤解されてもあんまり……まあ僕がシスコンだと思われるよりはいいか……。
 というか、この人はホントどこ行ってもやることが同じだな……。いくら僕の城に来てるとはいえ、右も左もわからないとこにいきなりワープしたんだ(その辺の話も後で聞かなきゃな)。もっとつつましやかとまでは言わないけど、せめてもうちょっと慎重になってもいいのに……。おかげで僕は嫌な懐かしさでいっぱいだよチキショー。
 と、ここでさすがに見るに見かねたと見た。隣でため息をついていた雄二が、ようやく口を出してくれた。
「あー……玲さん?」

                       ☆

 雄二になんとか姉さんを説得してもらって、とりあえず軍議終了まで別室待機してもらったんだけど、
 姉さんの登場で変な空気になった玉座のまでは、本来の議題である袁紹の処遇に関しての話が進まず……結局あんまり何も決まらないままに『後日改めてやろうか』なんていう前代未聞な結果に終わってしまった。
 ちなみに袁紹は、とりあえず留置所代わりの座敷牢に入れてある。
 捕虜の華琳たちと同じ扱いにしてると、勝手にそこらへん歩きまわったり、脱走しようとしたり、華琳たちと会ってひと悶着もふた悶着も起こすだろうから問題がある……っていうのが主な理由だけど、
 実のところ……もう半分は憂さ晴らしだったり。
691 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 02:19:14.65 ID:1U/RiEmE0
……で、今僕らが何をしてるのかというと、

「確か……中庭に停めたんだっけ? 車」
「ええ。アキくんに言われたので、兵士の人に案内してもらいました」

 とまあ、姉さんが乗ってきた車に向かっている。
 ここに来るのに乗ってる途中で気づいたんだけど……姉さんが乗ってきた車、なんだか異常に荷物が多かった。
 運転席と助手席以外のすべてのスペースに何かしらのものが置いてあって、後部座席はおそらくシートを倒してあるんだろうけど、積まれてる荷物に埋もれて何も見えない感じ。
 その荷物すら、おそらく崩れないように計算して積まれてるんだろうけど……あまりに多すぎてもはや何が積まれてるのやら。
 その荷物を降ろして、部屋(紫苑に手配してもらった)に運ぶ作業の手伝いを頼まれたわけで。メンツは僕とムッツリーニ、雄二と秀吉、さらに恋、星、貂蝉と、姉さんを入れて8人だ。
 愛紗は『そのような雑務、兵たちにやらせれば……』と言ってはいたけど、姉さんが、しかも現代から持ってきたものだ。もしかしたらとは思うけど……精密機械とかもあるかもしれないし……勝手がわからない人たちに任せるのは不安がある。
 まあ、姉さんが自分で積んだわけだから、頭数さえあれば僕らで十分だよ。
 念のために、力仕事担当の貂蝉と恋もつれてきてるし。まあ……星は興味本位で勝手についてきたんだけど。
 というか、何であんな量を……とか考えていたら、いつの間にか中庭についた。姉さんが先行し、トランクを開けると……
「これはまた……何が積まれているのか全く分かりませぬが……大した量で」
「ほぉんと、すごい量ね……」
「………いっぱい」
 3人がそろってそう言うのもわかる。いや、ホントに。
 何せ、トランクを開けて向こう……フロントガラスや運転席の影も形も見えない。積み荷が多すぎて、しかも隙間がなさ過ぎて……壁じゃないかって思うくらいだ。10人中7人くらいは『夜逃げですか?』って言うんじゃなかろうか、この量は?
 というか……この量の荷物積んでよく動いたよな、この車。
「さて! では、早速降ろしていただけますか、アキくん」
「りょーかい。やれやれ……何から降ろしたらいい?」
 といっても、あらためて見ても何が積んであるのかよくわかんないんだけど。
「いろいろ積んでありますからね。とりあえず見えてるものから降ろしてください。おおざっぱに扱って大丈夫ですよ、精密機械はもっと奥のほうにまとめておいてありますから」
 積んでるのか、精密機械。まあいいけど。
「では、我らも働ける……と見てよろしいのか、玲殿」
 と、言ったのは星。
 なるほど、機械類の扱いがわからない星たち(特に恋なんかは繊細さとは無縁の作業をするから)だけど、この段階でなら活躍できる、と。
「んじゃ、俺らもはじめっか」
「…………了解」
「ホントにいいの? 雄二とムッツリーニはともかく……秀吉まで」
 こんな力仕事、秀吉にやらせたくない、ってのが本音なんだけど……。
「……純粋に心遣いから来る言葉じゃと信じるが……まあ任せるがよい。これでも演劇部の大道具の設営をやらされたりしとるからの、この手のことは慣れておる」
 ふーん、そうなのか。じゃあまあ、ここまで言ってやる気を出してくれてるのに断るのもなんだ。せっかくだし……手伝ってもらおうか。
 さてと、じゃ、とりかかりますか。
 まずはこれ……何だ?  よいしょ……っと。

692 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 02:19:56.03 ID:1U/RiEmE0
がたっ  ←  オーブンレンジ登場

 いきなり妙なのが出てきた。
「姉さん……何これ?」
「オーブンレンジですが」
「それは見ればわかる」
 何で車に当然のように、しかもこんな大型の家電製品が搭載されてるのか聞きたい。
 下取り店にでも行く気だったんだろうか? コレ、まだ新しいのに……。
「やれやれ……お前の姉さんは相変わらずアクティブだな……っと、重っ!?」
 そう言いながら雄二は、僕の次に積み荷に手をかける。全く……他人事だと思って。
 まあ、そのまま他人事であればいいんだけどねえ……なんて思いつつ僕が見てる前で、その雄二の手が車から引き出したものは、

 ごとっ  ←  洗濯機

 あのさ……ホントに夜逃げの途中だったんじゃないだろうね?
 オーブンレンジほどじゃないけど、これも新しい。それに、ついこないだ洗浄剤で丸ごと洗ってリフレッシュさせたばかりだ。売ったり、捨てるとは考えられない。
「ねえ姉さん、これいったい何をしようとして……」
 と、そこまで行ったところで、ムッツリーニの手元からがらがらと何だか派手な音がした。何だ? まるで鉄鍋でも落としたみたいな……。
 ……って、その足元には、土鍋や鉄鍋、圧力鍋、それにシュウマイを蒸したりするときに使う蒸籠(せいろ)や、僕の家で最も特殊と言っていい鍋……パエジェーラが散らばっていた。
「…………一度に持ちすぎた」
「そんなのはいいんだけど……」
 土鍋も割れてないようだし。
 でもこれ、いよいよ引っ越し色が強くなってきた気が……。
「あ、貂蝉さん、その奥の業務用クーラー(小型)は慎重に扱ってくださいね」
「ぎょうむよ……? あら、これのこと? わかったわ、何かのカラクリみたいだし……丁寧に運ぶから安心してね。……よいしょっと」
「待つんだ姉さん! あんた何するつもりでこんな大荷物積み込んだ!?」
 夜逃げにしたって業務用クーラーなんていらないぞ!? というかそんなものは家にはなかったはずだ!
 それらしき大きな箱を頭上に掲げ、軽々と運んでいる貂蝉が視界の端を横切る。そんな筋肉ダルマのモンスターアビリティが全く眼中になくなるほどの動揺を弟に与えておきながら、わが姉の顔色には一縷の陰りも見られない。なんて人だ。
「見てわかりませんか?」
「わかるか! なんなのさこのラインナップは!? シャーロック・ホームズだってこんなの見て何する気だったかわかりゃしないよ!」
「それはそうでしょう。シャーロック・ホームズの時代にはクーラーはありませんから」
「そういう問題じゃない! こんな外出とは縁遠い荷物ばっか車に積み込んでどこ行く気だったの!? おまけに業務用クーラーなんてどこから……」
「………ご主人様、これ……何?」
「え!?」
693 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 02:22:05.63 ID:1U/RiEmE0
そう言って恋が持ってきたのは……段ボール箱×5。中身は……全部カロリーメ○ト!?
「ホントに何なの!? 夜逃げ!? それとも秘境にサバイバルにでも行く気だった!?」
「惜しいですね」
 惜しいの!?
「キャンプです」
「キャンプ!?」
 よ……余計に姉さんの考えが分からなくなった。
 キャンプ……テントを張り、野外で野営すること。それに際して行われるレジャー系活動全般のこともまたそう呼ぶ。僕の認識では、キャンプという単語が内含する意味はせいぜいこのくらいだったはずだ。
 決して移住に近い大荷物をマイクロバスもどきのワゴン車に詰め込んで遠出するような意味ではない。うん。
 つのる苛立ちをこのままつのらせっぱなしにしとくと頭がパンクしかねない気がなんとなくしたので、気を紛らわせるために作業を進めつつ話に耳を傾け……
「この夏休みは補習授業やら皆さんで海に旅行やら、それに姉さんも仕事でそれなりに忙しかったですし……兄弟2人、水入らずの時間が作れませんでしたからね」
「ちょっと待ったぁ! それまさか僕もつれてく気だったってこと!?」
「ええ、助手席が開いていたでしょう?」
 あそこに僕を乗せる気だったのか……そしてどこに連れていく気だったんだ。そしていった先で何をする気だったんだ。
 どこか満足そうな、『行けなくて残念だった?』とでも言いたげな姉さんの笑顔が腹立たしい。
 すると、横からこんな声が。
「明久、どうやら玲さんはお前を本気で連れて行く気だったらしいぞ?」
「は?」
 そんなことを言う雄二は、恋のよりも少し小さめの段ボール箱を持っていて……そこからはみ出しているのは……

 ・荒縄
 ・手錠
 ・スタンガン
 ・麻袋(人1人が入れそうな大きさ)

 犯罪臭しかしないんですけど。
 というかこのアイテム一式を見る限り、僕は『招待』されるのではなく『拉致』もしくは『誘拐』される予定だったらしいとわかる。小学生以下の読解力でもそうとわかる姉の準備の良さに震えが止まらない。
「でも残念でした。せっかくアキくんと二人でキャンプを楽しむ予定でしたのに、気が付いたらこんなところにいたんですから。そんな場合ではなくなってしまいました」
「キャンプって……あんたね……」
 事前にネットとかで調べてれば、もっとマシなの揃えられただろうに……とも言い切れないのがこの姉の恐ろしいところだ。もしかすると今回のこの大荷物も、これもあったほうがいい、あれも、それも、なんて感じでここまで膨れ上がった可能性がある。
 にしても……肝心のテントがなくない?
「車中泊の予定でしたからね」
「寝るスペースがどう見てもないんだけど」
 車中泊ってのは今割と流行ってる遠出の裏技のこと。
 読んで字のごとく、車の中に寝泊まりするわけだけど……それはそうするに十分な環境(食べ物の店なんかがそろってるサービスエリアなんかは最高)と、寝るのに十分なスペースが車内にあって初めて実現できるもののはず。
 荷物全部降ろせばあるにはあるだろうけど、外にオーブンやら洗濯機やら出した状態で寝るなんてのも物騒な話だし、夜露で壊れかねない。座席シートを倒すだけのスペースもなさそうだし……そのまま椅子で寝ろと?
「運転席と助手席を両方使えば、何とか横になれます」
「それだと1人しか寝れないでしょ」
 僕は外で寝ろと?
「いいえ、アキくんはシートに寝ている姉さんの上に寝るのです。そうすれば2人とも横になれます」
「あんたはアホか!!」
 どこをどうやったらそんな発想が出てくるんだ!?
 つまり僕はこの世界に来るのがもう少し遅かったら、どこぞの秘境に軟禁されて姉さんという名のベッドで寝る羽目になっていたのか!? 寝ている間に弟に(性的な)いたずらを敢行しようとする姉と!? 冗談じゃない!!
「何を言っているのですアキくん、冬山で遭難したら人は肌を寄せ合って互いを温めるものです、知らないのですか?」
「向こう今夏でしょ夏!」
「万年雪の積もっているところに行きますから心配ありません」
「マジで遭難するって! 絶対2学期までに帰ってこれないよ! ていうか雪山に行くなら行くで装備が足りなすぎるし!」
「何ですかそんなにごねて。アキくんが下、姉さんが上のほうがよかったのですか?」
「どっちでもいいわそんなこと! いやどっちもよくないわ!」
 そんな自分でもうんざりするやり取りを続けている間にも、着々と荷降ろしは終わっていく。
 ほかにも姉さんの車からは、小型のテレビ(中古っぽいけど……一応デジタルのようだ)ノートパソコン、仕事用具と思わしき書類や文房具の数々、さらには信じられないことに、家に置いてあったはずのテレビゲーム機やそのソフトまでも積み込まれていた。
 姉さんいわく『暇つぶしや楽しみは多いほうがいいでしょう?』とのことだが……オーブン然り、洗濯機然り、これらを動かすのに絶対必要な『電源』というものを計算に入れていないあたり、この人の頭の中身を疑う。ホントにハーバード出たんだろうか?
 と、
「主よ、これは主のものですかな?」
 ? なんだか星が妙なことを言ってるような……ってせ、星!? ちょ、そ、その手に持ってるのは……!
694 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 02:23:04.09 ID:1U/RiEmE0
「ああ、何やらこの箱にまとめて入っておりましてな、持ち上げた拍子に開いてしまったのですが……はて、何やら、女の裸がずらりと……」
 にやり、と確信犯の笑みを浮かべながら僕に視線を送ってくる星の手にあるのは……ま、間違いない! あれは僕が姉さんの監視の目を逃れて隠しておいた秘蔵のコレクション!? ば、バカな……まさか全部見つかったというのかっ!?
「ほー……明久、お前ずいぶんと持ってたんだな?」
「…………っ!!」
 わずかにからかいの響きを込めて感心したように言う雄二と、表紙を見ただけで鼻の頭が赤くなってきているムッツリーニ。頼むからそのままオーブンレンジに噴射してだめにしてくれるなよ、それまだ新品だぞ。
 ……ってそれはどうでもいい! 姉さん、なぜそんなものを持ってきてるんだっ!?
「ええ、暖をとるのにいい燃料になるかと」
「焼却処分するってか!? 弟の目の前で!」
「雪山で凍りつくような寒さの中、ほかに燃やすものがないとなれば、いかに異性に関して異常な興味をもつアキくんといえど、これらを燃やす決断をしないわけにはいかなくなるでしょう?」
 なんて陰湿な! この人は僕に、自分で、これらのお宝を燃やさせる気だったのか! まさに聖典と呼ぶにふさわしいこの参考書(エロ本)達を!? 涙を流しながらこれらを灰にする僕の姿を見て満足げに笑っている姉さんの顔が想像できてしまう!
「ほう……主は異性に対して異常に興味がある……と」
 なんか星のいる方から変なセリフが聞こえた気がしたけど、気にしてる場合じゃない!
「ふむ、左様か……ではこれは不要物ですかな?」
「ええ、今となってはそうなりますね」
 正規の持ち主を前にしてする会話か!?
「ならば、これは私の方で処分に出しておきましょう。ちょうど今日の午後、焼却炉に火が入るはずだ」
「助かります、お願いしましょう、えーと……」
「趙雲です。真名の『星』で結構」
「わかりました、では星さん、お任せします」
「あいわかった」
 ちょっとまってよ! なんかとんとん拍子に話が進んじゃってるけど、それはもともと僕の本で……と主張しようとしたら、
 おもむろに星が僕のところに歩み寄ってきて……耳元でこう告げた。
(安心召されよ、主。後できちんと主の部屋にでも届けますゆえ)
 ……星……君という仲間がいて本当によかった……。


 かくして、僕のよき理解者たる星のおかげで聖典(エロ本)を失う危機は去り、
 その他いろいろの荷物を運び出し、急ごしらえの車庫に車を入れた。さて……ようやく荷物を運びこむ段階だな……。
 無理なく抱えられるだけの荷物を持って、世間話なんかしながら廊下を歩いていると、話題は姉さんがここに来た時のことへとシフトした。
「何、朝ごはん食べてたらいつの間にかここにいた?」
「ええ。覚えてるかどうかわかりませんが……姉さんは前の日の夜にかなり夜更かしをしまして、ちょうどそうですね……アキくんが補習のために学校に行ったすぐ後、再度睡眠をとることによって体力の回復を図ったのです」
 なるほど。つまるところ二度寝した、と。
「そのあと、目が覚めたら昼過ぎでしてね。さすがにお腹が空きましたので、朝食と昼食を兼用した食事をとりました。メニューは、トーストにベーコンエッグ……アキくんが朝作った残りですね。それに……」
 ……それに?

「姉さん手作りのジャムを少々」

 …………おい、まさか…………
「玲さんの……手作り、っすか?」
 と、雄二が恐る恐る聞く。
「ええ。我ながらよくできたと思っていたのですが、そのあとから記憶がなく……気がつくと、前日に荷造りを済ませた車とともにこの世界に」
 ……つまりアレか。
 姫路さんレベルの料理(ジャムだけど)を作って食べたために、姉さんまでこっちの世界に来たってわけか。
 僕ら8人の来訪を予言した何とかっていう占い師も、姉さんのこの奇行……すなわち、9番目の『天の御使い』の来訪までは予知できなかったんだろうか。天の御使いは8人、なんて言われてたのに姉さんが更に来た理由ってのも、なんて言うか無理ない気がしてきた。
「味を覚えていないのは残念です。せっかく、金属光沢付きの銀色のジャムなんて革新的なものを作り出せたと思ったのに……」
 あんたよく食ったな。
 本来食品にはいられないはずの特徴を言ってのける姉に何度目かの戦慄を覚えた。怖くて原材料が聞けない……!
 と、姉さんがこんなことを言い出した。
「そういえば……ここに来てから気になったことがあるのですが」
「来る前に積み荷に気になるものを覚えて欲しかったって突っ込みはこの際置いといて、何?」
「ええ、実は姉さんは昨日の昼ごろにこの世界に来たらしいのですが……不思議なことに、走っても走っても車のガソリンが減らないのです」
 それを聞いて、僕ら文月メンバーがはっとする。
 僕らのケータイ然り、ムッツリーニのパソコン然り……この世界ではあらゆる家電製品のバッテリーが無限大固定になる。それ……実体のあるガソリンでも同じだったのか……。
「まあ見たところガソリンスタンドもこのあたりにはないようですし、お金もかからないから助かると言えば助かるのですが」
 そんなことをつぶやいている姉さんである。あんまり深く考える気はないみたいで何より。
 それに……それよりもさらに気になることがある。
 聞く限り、時間差は多少あるみたいだけど……姉さんが向こうの世界で必殺料理に倒れたのは、僕らがそうなった日と同じ日だ。なのに……姉さんがこの世界に来たのは昨日の昼。僕なんかずっっっと前にこの世界にきたってのに……この差はどこで生まれたんだ?
 もしかしたら……向こうとこっちで時間の進み方が違うのかも。それか、姉さんだけ違う料理だったから僕らとずれた……とか? うーん……謎だ……。
 そんな感じで歩いていると、
 あ、ここだここ。ようやく姉さんの部屋とやらに到着して嘘でしょおっ!?

「ちょっ……どういうことこれ!? ここ僕の部屋の隣じゃない!? 何でここが姉さんの部屋になってるの!?」
695 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 02:23:39.62 ID:1U/RiEmE0
「ああ、先ほど紫苑さんに『部屋はなるべくアキくんの部屋の近くにお願いします、姉弟ですので』と言っておきましたので、多分それを考慮してくれたのでしょうね」
 ば……バカな……
 姉さんが……姉さんが隣の部屋に越してくるなんて……
「そういうわけですから、至らぬこともあるかとは思いますが、これからよろしくお願いしますね、アキくん……いや、太守さま♪」
 とどめとばかりに放たれた姉さんのウインクは僕の心をえぐり、僕は手に持っていた荷持を危うく取り落としそうになった。


 まずい……国がうんぬんの前に、僕の生活そのものが真っ先にまずい……。
 こ……これから……どうなるんだ……!?


 絶望にくれる僕には目もくれず、雄二や恋達は荷物を姉さんの部屋に運び込み、
 姉さんは嬉々として、いつの間に用意したのか『吉井玲』と書いてある紐付きの表札を自室の扉にカランと吊りかけていた。
696 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 02:24:22.40 ID:1U/RiEmE0
幽州・日常編(4)
第102話 面会と罪と意外な知らせ

「………………」
「おはようございます、アキくん」
「何してるの? 姉さん」

 戦国時代のような、というかほぼ戦国時代そのものの戦いが繰り広げられているこの世界に来てから、自分にとって好ましくない者の接近を気取る能力がいつの間にか鍛えられていたのかもしれない。
 珍しく愛紗とかが起こしに来てくれるより前に目が覚めたと思ったら……上体を起こした瞬間、なぜか両腕に女物の服を(一着や二着ではない)抱えた姉さんが視界に飛び込んできた。
 というか、バッチリ目が合った。
 爽やかな朝を、希望に満ちた一日の始まりを一瞬で台無しにするその光景に、僕はしばし言葉を失った。
そしてその口で何を言うかと思えば、
「見てのとおり、アキくんを着せ替え人形にして遊ぼうと思っていました」
「開き直ってサラッと言わないで!! 言っとくけどそれかなり問題発言だからね!?」
 さっきまでの時間を返してほしい。まったくこの人は……こっちの世界に来てまでそうなのか!
 というか、何でそんなもの積んでるんだよ!? 雪山に行くつもりで用意した荷物に必要ないだろ! そんなサバイバルの最中でさえ僕で遊ぶつもりだったのか!?
「全く…アキくんは朝から騒がしいですね」
「姉さんこそ朝っぱらから人のモラルから逸脱するようなことをしないでよ!!」
「わかりました。では今度から」
「夜もだめだよ。時間帯を変えればいいってもんじゃないからね」
 屁理屈な返答をあらかじめ予想して釘を刺す。この姉相手にはこれくらいできないとだめだ。
「着せ替えるのは下半身だけで我慢しましょう」
 甘かった。この姉相手に時間帯ごとき指定したくらいでは、塩コショウと間違えて砂糖と黒砂糖を入れた料理くらいに甘かった。
「行為自体をやめてよ!! ていうかどうしてよりにもよって下半身をチョイスするのさ!! まずいでしょどう考えても!!」
 というか、それなら全身着せ替えられたほうがまだましだ。いや、それならやってもいいとかいう話じゃないが。
 しかし、朝から何なんだこの疲れるやり取りは……
 もう爽やかな朝もヘッタクレもない程に一日の出鼻をくじかれた僕に、姉さんが当然のように声をかけた。
「ではアキくん、着替えをここに置きますね」
「待つんだ姉さん、それらは今僕を着せ替え人形にするために持ってきた衣服だと堂々と言ってのけてなかったかな?」
 さりげなくベッドの上に置かれたセーラー服&ナース服&CA制服。
「そんなもの用意してくれたところ悪いけど、普通にいつもの制服を着るから。それは片づけてね」
「それは無理です。つい今しがたタンスにしまってあったアキくんの服はすべて侍女の人に言って洗濯に出してもらいましたから」
「あんたは最低だ!」
 既に洗ってある服を何でわざわざ洗濯に出す!? そうまでして弟を女装させたいのか!?
 というか何なの、この城に来てまだ1日だっていうのにそのやりたい放題っぷりは!? 仮にも異世界に飛ばされてるんだからもうちょっと不安がれよっ!
「くっ……仕方がない、こうなったら隣の部屋に置いてある予備の服で……」
「わかりました、姉さんがとってきましょう」
「嘘つけ! 何だ手に持ってるその急須は!? お茶かけて汚す気だろ!」
 言ってる間に姉さんは隣の部屋に消え、続いてどうやらいろいろな引き出しを開けて探し物しているらしい音が聞こえてくる。確認しようとして扉を開けたけど……どうやら入った瞬間につっかい棒か何かを立て掛けたらしい。開かない。くっ……周到な!

 …………でも…………かかったな、姉さん。

697 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 02:25:02.75 ID:1U/RiEmE0
 確かに隣の部屋には僕の予備の服がある。でも……予備の服は隣の部屋にある1着だけとはだれも言ってないんだ。
 開けるのをあきらめたふりをして扉を離れると、僕は寝間着のまま仕事場に行き、机の上に置いてあるハンドベルを手にとってチリン、と鳴らす。

 たたたた……がらっ

「あ……お呼びですか、ご主人様?」
 お、今日この時間帯の当番は月か。
 月のフリフリのメイド服にかわいい顔、つつましやかなしぐさが、朝っぱらからの姉さん来襲という最悪の事態によって傷ついた僕のハートを癒してくれる。うーん、やっぱりメイドっていいなあ……。
「えっとね、昨日月に預けておいた……僕の予備の服あるでしょ? あれ、大至急一着持ってきてくれない?」
 こんなこともあろうかと、月に頼んで僕の服を何セットか預かってもらってある。姉さんが来てるんだ、僕が衣服に関して細心の注意と用心を払っていないはずないだろう?
「はい、わかりました……」
 たたた……と走っていく月。その後ろ姿を見ている僕の背後では、相変わらず姉さんが僕の予備服を探している音が聞こえていた。
 全く……いい加減に弟離れしてほしいよ。なんでああなんだろ、僕をいじめてたのしいんだろうか。
 姉さんは来てからずっとこんな調子。他の『天導衆』に輪をかけて異常なその行動は、盛大に愛紗たちを驚かせていた。まあ具体的には、平然と僕を平手で打ったり、グーで殴ったり、肘で殴ったり……。
 愛紗たちがそういういやらしい関係の人じゃなくて、ちゃんとした仲間、友達みたいなもんだ……って説明して納得してもらうまでが大変だった。だってみんなして、僕を『ご主人様』とか『主』とか呼ぶんだし。鈴々に至っては『お兄ちゃん』だから、ある意味一番危ない。納得してもらってからは、3割ぐらいは減ったけど……。
 全く、仮にも『天導衆』として新規登録したんだから、奇行はたいがいにしてほしいよ。
 でも……ちょっといまだに気になってる。
 たしか……最初の予定では、僕ら文月メンバーこと『天導衆』は8人だったはず。なんで今になって9人目……姉さんが……? ま、気にしても仕方ないか、どうせ占いだ。
 ちなみに姉さん、その知識を買われたようで、雄二に頼まれて『新兵器開発部門』の名誉顧問に任命されてた(まだ何か作る気らしい)。暇つぶしがてら、姉さんも協力してくれてる。まあ、大学出て知識だけはあるからね、あの人。
 ……って、そんなモノローグの最中に手際よく服を選んできてくれた月が帰還。
 空になった急須を手に姉さんが部屋から出てくる頃には……僕は月の持ってきてくれた服に着替え終わったところだった。
 悪いな姉さん、今日はちょっと……付き合ってる暇はないんだ。

                      ☆

「ちょっとそこのブ男さん!? 何でこの私が座敷牢なんかに閉じ込められてるんですの!? さっさと出しなさいこの無礼者!」
 やれやれ……一晩経ってもこの人のこの態度は変わらないというか。
 その後ろでは……顔良ちゃんが顔を青くして袁紹を抑えてて、文醜は……なんか椅子に座って昼寝してるし。
 言うのが少し遅れたけど、ここは座敷牢。留置所とかみたいに殺風景な場所でなくて、生活用具が一通りそろってるちょっと親切な牢屋のことだ。ここに……昨日捕らえた袁紹一味(3人)を入れてある。
 で、何でここにいるかって言うと……

「やれやれ……牢の中でも態度は変わらずか、ある意味大物だな」
「いっちーもね……おーい、いっちー!」
698 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 02:26:23.89 ID:1U/RiEmE0
と、ため息混じりの夏候淵と、親友が無事そうなので安心している季衣。この2人を、顔良ちゃんと文醜に面会させるため、そして僕自身、直接いろいろと話を聞くためである。
 そして僕の目的のために、雄二とムッツリーニが同行してきている。さらに、護衛として恋も一緒だ。
 今の季衣の呼び声で、どうやら安眠していた文醜が起きたらしい。
「あれ、きょっちーじゃん! 何でこんなとこに居んの!?」
「えへへへ……兄ちゃんに頼んでさ、面会させてもらえないかな〜……って」
「それで許してもらえたんだ〜。よかったな、きょっちー!」
「ま、まあよかったけどその……いっちーの状況は必ずしも良くはないよね……?」
「やれやれ、相も変わらず緊張感とは無縁の連中だな。変わりないか、斗詩?」
「あ、はい、おかげさまで」
「斗詩さん! 猪々子さん! 何を和んでるんですか! そんな暇があったらわたくしをここからさっさと出すように言いなさい!」
 がたがたと鉄格子をゆすってわめく袁紹だが、恋が『方天画戟』を軽くふるって鉄格子をガシャンと鳴らすと、驚いておとなしくなっていた。
 やれやれ……取り調べになるのかなコレ? 今から心配だ。

 まあ必然的にというか、袁紹に何を聞いても罵声が返ってくるだけであった。
 これではムッツリーニが構えてくれてるレコーダーの容量の無駄、ということで、ぼくらは取り調べの相手を顔良ちゃんに変更したところ、それまでの凸凹感が嘘のようにとんとん進んでくれた。まあ、夏候淵に同席してもらったのが吉と出たのかもしれないけど。
「なるほどね……。あのあと、偶然袁紹と合流できて、その後は日雇いの仕事や用心棒なんかをこなしつつ、渡り歩いてきた……と、そんな感じで間違いない?」
「はい、間違いないです……。秋蘭さんに会ったのも、その道中で……」
「ああ、飲み屋で働いていたな」
 こころなしか、最初に僕たちが来たときに漂っていた気まずい……というか緊張に空気が張り詰めた感じはしない。今方が僕としては感じがいいし、好きだけどね。
「雄二、他に聞きたいこととかあったかな?」
「今ので大体終わりじゃないか? まあ、他にっつっても、文醜が知ってることを顔良がしらねーってことはね―だろうし……季衣とのことは季衣本人から聞いてるし……袁紹は……話してくれそうにねーしな」
 恋の威嚇でひるんだ後は目立った抵抗はしなくなったけど、袁紹の態度は相変わらずだ。さっき言った通り、何か聞いても罵声を浴びせてくるか、首が間後ろを向きそうな勢いでそっぽを向くだけ。得るものはないのは明白である。
 そうなると、取り調べはこのぐらいで終わりかな……とか考えていると、顔良ちゃんがおそるおそる、といった感じで話しかけてきた。
「あの〜……よ、吉井さん?」
「? 何?」
「その……ぶっちゃけ私たち、どうなるんですか……?」
 上目遣いで聞いてくる顔良ちゃん。なるほどね、処遇が知りたいと。
 と、これは夏候惇も気になるらしい。一応立場は同じ様なもんだからか。
「そうだな吉井殿……私も聞きたい。こやつらも、我らと同様に現状維持か?」
「うーん、そうだね…………袁紹」
「何ですの!? やっと私をここから出す気になったのですか!? さっさと……」
「いやさ、遺言とかあれば聞いとこうかなと思って」
「吉井さん!?」
 顔良ちゃんがガーン、とでも効果音がつきそうな驚き方をしていた。
「ちょ……何言ってるんですかあなたは! それじゃまるで私が死ぬみたいじゃありませんの!」
「いや、普通にそう言ってるんだが」
 と雄二。
「なぜです!? 私が何か悪い事でもしたというんですか!?」
「…………むしろ悪いことしかしてない」
「何ですって!? と、斗詩さん! あなたからも何か言っておあげなさい!」
「いやあの……あんまり認めたくないですけど、多分正論じゃないかと……」
「あなたまで何言ってるんですか! ええい、猪々子さん……」

699 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 02:27:19.51 ID:1U/RiEmE0
「え!? マジで!? そんな店見つけたの!? うわ〜、今度食べに行こうよ!」
「いいよ〜! 兄ちゃんに頼んどいてあげる! ね、呂布!」
「………楽しみ」

「何ですかその食い意地の張った会話は! 食べに行きたいんだったらそうできるようにあなたも何かしら弁明なさい! というか何でそんなに仲良くしてるんです!?」
 己の現状をすっかり忘れて外食の約束なんかしてる文醜ちゃんに、袁紹の檄が飛んでいた。恋まで参加してるし……。
 と、ここで夏候淵が頬をかきながら、困ったような顔で言ってきた。
「まあ、戦犯に対しての処分としては正論だが……本気か吉井殿? 貴公にしては……珍しい気もするが」
 夏候淵、どうやら僕がきっぱり死刑宣告したのが意外なようだ。
 まあ、彼女にしてみれば、自分も同じような立場なのにこうして生かしてもらってるどころか、華琳の命まで含めて丸ごと助けてるわけだからね。そう感じても当然だろう。そう言われると……自分としてもそうなんだけど、
「まあ……多少勢いで言った部分もあるけどね」
「やはりか」
「え、じゃあ死ななくていいんですかっ!?」
 暗闇の中に一寸の光明を見つけたかのような声で顔良ちゃんが反応。
「まあ、勢いはそうなんだけど……袁紹の場合、華琳と違って最初から最後まで僕らに敵意むき出しだったし……」
「奇襲かけてきたり、公孫賛の領地滅ぼしたり、璃々を人質にとったり、結構アレな真似してくれたからな……。それに今じゃ、璃々の母親の紫苑……黄忠はうちの将軍だ。さすがにここまで因縁があると……いくら明久でもかばうのは難しいぞ?」
「…………愛紗たちにも、大反対食らうと思う」
「あぅ……そうですよね……」
 しゅんとしてる顔良ちゃんが若干かわいそうになるけど……こればっかりはなあ。
 結果的に自主降伏してきてくれた華琳たちと違って、袁紹の場合は全面的な落ち度が袁紹側にある。まだ情状酌量の余地のある華琳のときでさえ、僕の助命の提案に、特に愛紗はすさまじい勢いで反対してたし……これが袁紹となると……
「まあ、頑張れば何とか……顔良ちゃんと文醜ちゃんは助けられるかもしれないけど……」
 璃々ちゃんがさらわれた時、2人は既に袁紹軍にいなかったから、そこは何とかできるかもしれないけど……全ての主犯格である袁紹の助命はちょっとな……。
 僕としても、死刑なんて寝覚めが悪すぎる真似したくないんだけど……こればっかりは……。
「ところで兄ちゃん、『頑張れば』……って?」
「ん? そうだね……3時間……じゃ足りないかな」
「……また関羽に説教か?」
「あの……吉井さん? 部下の人にお説教されてるんですか……?」
 もういい加減この反応にも慣れたな。華琳の外出を頼んだ時のことを話したときも、夏候淵たちが似たような反応をしてたし。
 呆れと驚きが混ざった微妙な表情をしてる顔良ちゃん……は置いといて、
「おーっほっほっほっ! 何ですのそれはだらしない! 部下にお説教されるなんて、あなたそれでも一国の君主ですか? 全く、やっぱりブ男はブ男、情けない限りですわね(ガシャン)何でもありませんわ」
 僕への悪口を聞いて静かに怒った恋の一撃(鉄格子に)で、袁紹はすんなり引っこんだ。
 ……これも置いといて。
 話の切れ目を見極めて、代わりに口を開いたのは雄二。
「まあ、明久が言うとどうしてもわけがわからなくなる部分があるが……はっきり言って、袁紹の行為の悪質性が曹操たちのとはちと違いすぎるんでな……。おれたち個人としても、袁紹のことはよく思えないし……顔良、文醜のことはなんとかなっても……」
「麗羽様の助命は難しい……ですか……?」
「ま、簡単に言っちまうと……な」
 なんかひどい言われ方をした気がしたけど……この際どうでもいいか。
 どう言い方を変えても、結論は変わらない。あちこちから恨みを買ってる上に、反省の色も全くなし。逃げ出す気、逆らう気満々。これじゃあ……仮に檻の中に入れっぱにするとしてでも、袁紹の命を助けるのは僕だって難しいだろう。
 冗談めいた響きの感じられないこの状況に、さしもの袁紹も本格的に命の危機を悟ったらしい。
「い……嫌ですわよっ! い、いずれはこの3国を統一するこのわたくしが、こんなところで死ぬなんて認めませんわっ! 何とかならないんですの!?」
とっくにそんな野望は断たれてるんだと、素で気づいていないあたりやや不憫だ。
「えっと……ああ言ってるんですけど……」
「そう言われてもな……。せめて何かこう、恩赦でもかける余地があれば変わってくるんだろうが……」
700 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 02:28:58.76 ID:1U/RiEmE0
「「「恩赦?」」」
 それって確か……国家とかにとって有益な働きをした人の罪を軽減したりする……っていうあれのこと? まあ、確かにそういうのがあれば、命だけは助けるくらいできるかもだけど……考えるまでもなく、袁紹にそんな殊勝な真似をされた覚えはない。
 むしろ迷惑なら、ちょっと考えるだけでいくらでも湧き出で来るまてまて、考えるな。今あのモードになると抑えが利かなくなる。
 しかし……だ。
 連合軍の時とか、攻め込まれたときとか……あの時はいくらでも『袁紹ぶっ[ピーーー]!』的な気持が満ち満ちてきてたけど……いざこうして殺せる立場になると、当然ながらそんな真似はしたくないもんだな……。
 むしろ、当初の予定通りバリカンで頭ツルッパゲにしてニス塗ってキノコ植えて……ってな感じの罰ゲーム的なアレの方がしっくりくるし、ためらいなくやれるんだけど……仮にも重要な戦犯に対して、ちょっと量刑的にも態度的にもどうなんだ、ってストップをかけてきたのが華琳だった。やはり元覇王、こういった事柄には私怨や私的感情を入れずに毅然とした態度で臨むべき、というのが信条らしい。……仮にこの人に判決任せてたら、速攻で袁紹死刑になってたんだろうな……。
 そんな華琳の提案は、『中途半端で大人げない、というか太守にふさわしくないことをやるよりは、ひと思いに首をはねる方がいい』……とのこと。まあなんというか……予想どおりである。
 が……さすがにそれはちょっと……全く、我ながら肝が小さいとでもいうのか。
 かといって、今の袁紹に情状酌量の余地はないし……なんてことを考えていたら、

 ばたんっ!

「お兄ちゃん! ちょっといい!?」

「「鈴々?」」
 どうしたの? こんなとこに、ノックもせずに。
 肩で息をして……はいないけど、雰囲気からなんだか急いでるらしいことが伝わってきた。何か用事があるとみたけど……何だろう?
「ん、あれ? あんときのおチビじゃん! よお、元気してる?」
「ちびって言うな……って、そんな場合じゃなかったのだ。お兄ちゃん、大変だよ!」
「大変?」
「…………何かあった?」
 レコーダーをいったん止めたムッツリーニが反応する。
「えっとね、実はさっき、呉の国から来た使者だ……っていう人が来て……」
「呉だと?」
 雄二が意外そうな反応を返すが、鈴々はそれにさして反応することなく報告を続ける。その内容とは……


「「「何ィッ!?」」」


 同刻
 呉領・王宮……

「しょ……正気ですか孫権さま!? 一体……何を思ってそのような真似を……!?」
 ここは、呉王宮。どこともいわれぬ……廊下である。
 普段は冷徹で知られる氷の軍師・周瑜の、滅多に上がることのないであろう怒声が響き渡っていた。
 その矛先は……何を隠そう、この私だ。廊下を歩いていたところを後ろから呼び止められ、何事かと思って振り向いてみれば……こうだ。
「……不満があるか、周瑜」
「ございますな。私の進言を無視し……文月に使者を送るなどと……しかも、その内容が……」
「お前は内政と軍務により、この問題にかかずらう余裕がなかった。内容が内容であるし、これを知れば……他の業務に差し支える恐れもあったためだ」
「だとしても……っ!」
 周瑜はそこで一息入れ、
「文月に……あの吉井に『不可侵条約』の使者を送るなど……あなたは、孫呉の覇道を、誇りをお忘れになってしまったのですか!?」
 久しく見ない、声を荒げる周瑜の顔。
 悲しきかな、大方の予想通りだったその光景に……私は、目を細めることしかできなかった。
 その憤怒の動機はわかりきっている。私が独断で……甘寧と穏には一応相談したのだが……文月との和平を目的とした条約の締結を申しこむための使者を、吉井の元に送ったからだ。それはそれは……この先永久に、吉井の『文月』およびその傘下の小国と、戦争の刃を交えることがなくなることを意味する。
 すなわち……呉の国による3国の統一を果たし得ない状況になる……ということだ。



701 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 02:31:15.02 ID:1U/RiEmE0
幽州・日常編(4)
第103話 和平とねじれと似非導師

 呉王宮・玉座の間

 やはりというか、今日の軍議の議題はこれだった。
「すると周瑜、お前は……此度の申し出を今からでも撤回せよというのか?」
「ええ。このような呉の覇道を自ら閉ざしかねない協定など、結ぶ必要性が見当たりませぬ。即刻撤回すべきです」
 自分で言うのもなんだが……議論は白熱していた。
 と言っても、白熱させているのは実はこの場で2人である。
 1人は周瑜。もう1人は……若干熱気は劣るものの、私である。他の2人……穏と思春は、隣で静かにやり取りを聞いている。
「そもそも、一体何をお考えか? ここで文月と、あの吉井とそのような条約を結ぶなど……孫呉の王として下せるような判断とは思えませぬ」
「何の問題がある? 文月とは既に同盟協定を結んでいる。結果として曹魏の領土の大半は向こうに譲渡される結果となったが、それを踏まえても、戦後処理は我らに対しての利潤も保証される形で取りまとめられている。十分に信頼に足るのではないか?」
 孫呉・文月連合と曹魏との戦いの終結後、曹操の意向により曹魏は『文月に対して』全面降伏、領土全てを移譲する形をとった。
 そのままを受け入れるならば、戦争は終われど、曹魏の領土も資源も全ては文月のものとなり、孫呉に対して何も帰ってくるものはない。無論、いい気分はしなかったが、曹操がその誇りのために下した決断……しかも、私は謝儀の場に証人として立ち会った身……文句を言うのは野暮というものだ。
 ……本来ならばそうなのだが。
 驚いたことに、なんと吉井がそのことに納得しようとしなかった。その理由がまた驚きのもので、『だって、せっかく一緒に戦ってくれたのにそんなの、変じゃん』……って子供か貴様は。
 そしてさらに驚いたのは、文月の方の坂本や諸葛亮は、反対しないどころかその吉井の考えを読んでいたらしいということだ。(吉井が)提案した時既に、領土割譲以外の方法で孫呉に対しての利潤を保証する政策を打ち立てていた。具体的には、一部の港の共同運営や使用権の無償譲渡など……それこそ、釣りがくるほどの、だ。
 全てを自分たちの利益にすることもできたはずなのに、いや、むしろそうするのが当然とさえ言えるだろう。なのにあの男は義を重んじ、身銭を削る形になっても我らへの恩を返す形をとった。……誰にでもできることではない。
「そういう問題ではないのです。お分かりでしょう? 今ここで文月と和平の条約を結ぶということは……今後、文月と戦う機会がなくなることを意味します」
「それが?」
「孫呉3代の悲願をお忘れか! 今現在、大陸の半分以上を手にした文月と今後戦わないということは、大陸統一の道が閉ざされるという意味でしょう!」
 ……予想できた反論ではある。
 孫呉筆頭軍師・周瑜。彼女は……先代の王であり……私の姉、孫策とともに天下統一へ向けて夢を掲げた仲だ。彼女にとって、この大陸全土を巻き込んだ乱世の終焉は、孫呉による3国統一と同義であり、彼女はそれによってのみ終焉を迎えるべきだ、と信じて疑わない。
 無論……私もそれに異論をはさむつもりはない。が……
「周瑜……お前の言いたいことはわかる。孫呉の悲願もだ。だが……私は無駄に争いを起こすことを望むわけでもない」
「無駄……っ!?」
 傍目にはほとんど表情の変化は見られないだろうが……長年付き合ってきた私にはわかる。今の周瑜のこれは……信じられない……といった雰囲気の驚愕の表情だ。
 周瑜の耳には、前置きなど聞こえていなかったに違いない。ただ……私が言った、孫呉の悲願を否定するような部分だけが糸を引いただろう。
 ……だからといって、私は譲る気はないが。
「文月の頭は……吉井は戦いを嫌う性分だ。おそらく、放っておいても我ら呉に牙をむくことはあるまい」
「……曹魏には、自分たちの方から攻め入ったと聞きましたが?」
「曹操があからさまに文月への敵対心を燃やしていたからであろう。関羽のことを露骨に狙っていたとも聞くし……それではいかに吉井といえど、やられる前にやるしか思い浮かぶまい。だが……」
 そこで一呼吸置く。
「我ら呉は、そのように文月を必ずしも攻めようとは思ってはいない。文月の存在によって……我らの国が脅かされん限りはな」
「現状維持ですか。されば今後は……文月と手を取り合って、大陸の平和を作り上げる……とでも?」
「必要ならばな。わざわざ戦って統一する必要性こそ見当たらん」
 私のセリフを、周瑜は何も言わずに聞いていた。
 言うことがなくなった我らの間に、気まずい……としか言いようのない沈黙が流れる。目の端には、この険悪な空気におろおろしている穏の姿と、何でもない、とでも言いたげに直立不動で立っている思春が映っている。
 思春はともかく、穏が若干かわいそうというか、そういう雰囲気なのだが……すまん、今は『気にするな』という言葉はかけてやれん。
 そういえば……小蓮は今日も会議の場に顔を出していないな、などと思ったその時、
「そうですか……わかりました」
 そう言い終わらないうちに、周瑜は席を立った。……やれやれ、目を合わせる気もないと見える。
「納得は……していないようだな」
「ええ。今日この場は引き下がりますが……なにぶん、孫呉の今後を左右しかねんことでございますからな。今後の会議にて、なにとぞ、私を納得させて説き伏せた上で調印に臨まれますよう」
 返事を聞くつもりもないらしい。足取り軽やかに、周瑜はその場からすたすたと歩き去って行った。器用にも、一切振り返ることなくあの分厚い扉を開けて閉め、玉座の間を後にした。
 ……こうなることは予想していたが……やはり、つらいものはあるな……。
702 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 02:32:29.64 ID:1U/RiEmE0
「あ、あの〜……」
 と、軍議中収支黙っていた(仕草は賑やかだったが)ここでようやく穏が口を開いた。まあ、あの空気の中で何か言えというのも酷ではあるが。
「い、いいんですか、蓮華様?」
「……穏も反対か? 文月との和平に」
「い、いやいやいやそんなことないですよ。でもその……周瑜さまと、あんな険悪な……」
 準筆頭軍師である穏は、周瑜の直属の部下でもある。まあ……上司と王が険悪では……心配になるのも当然か。我ながら、まだまだ未熟だな。部下に心配をかけてしまうとは。
 しかし……考えを曲げるわけにはいかん。
「思春、文月からの返事が到着次第、次の使者の手配を。ぬかるな」
「はっ!」
 別の理由で終始黙っていた思春の、この日最初で最後のセリフがそれだった。
 返事……か。
 吉井の奴……受けてくれればよいが……。

                       ☆

 その頃、文月。

「そーいうわけで、君らのとこと仲良くすることになったから(ずずず……)」
「ちょっと、さりげなくしかも当たり前のように言わないでくんない?」
 と、テラスで一緒にお茶してる二喬ちゃんのツリ目のほうがぴしゃりと返してきた。
 久しぶりに会うような気がするけど……相変わらず勝ち気って言うか強気って言うか……まあ別にいいけどね。
 ……となりであわあわしてる大喬ちゃん(姉)見てると、ちょっと大丈夫なのかな……って気にはなるけど。

 まあ何してるのかって言うと、話は単純。

 昨日孫権からとどいた『なんとか条約』のお誘い、受けることになったんで、一応いまだに『人質』という立場にいるこの2人に知らせておこうと思って、まあ交流も兼ねてお茶に招待した、とそういうわけ。 
 特別に許可を出して、僕の部屋から近いほうのカフェテラスで、一緒にくつろげるようにしたけど……その辺別にどうでもいい感じだな、これは。
 いつもどおりの服装で僕と雄二の向かい側に座っている大喬ちゃんと小喬ちゃん。今日もアクセサリーの首輪をちゃらちゃらと鳴らしている。
「つ、つまりその……文月は、呉と戦わなくていように同盟を……ってことですか?」
おそるおそる……っていう感じで訪ねてくるのは大喬ちゃん。詳しく知りたいと見た。
「うーん……同盟、っていうとちょっと違うみたいなんだけど……どう言ったもんかな、雄二?」
「『自分はわかってますよ』とか聞こえそうなセリフ言ってんじゃねえ。お前もよくわかってねえだろうが」
 一言も二言も多いんだよ。
 黙って内容教えろっての、ホントに知らないんだから。
「あー……まあ条約締結の相手国の王がこんなアンポンタンですまん。まあ大喬が言ったことで間違ってねーが……前に結んだ同盟はあくまで『曹魏を相手取っての』っていう条件付きだったからな。でも今回のは、これ以降文月・孫呉間にいざこざが生まれねーように、戦争しねえように、ってのをきちんと保証するために、書面に出して確認するんだ」
「そういえば、同盟はあくまで口約束だったもんね」
 まあこんな時代だし、書類に起こしたところであんまり変わらない気がするけど……今も昔も、こういうのはキチンと明文化しておいた方が安心感あるんだろう。
「まあそんなわけで、そんな感じのことが今朝の軍議で決まったんだよ」
「軍議……ですか?」
「うん。えっと―――――

703 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 02:33:42.65 ID:1U/RiEmE0
今朝、

「いいんじゃない?」
「ああ、いいんじゃねーか?」
「…………特に問題なし」
「そうじゃな」
「ん、そうね」
「そうですね」
「そーだね」
「…………じゃあ、決定で」


―――――こんな感じで」
「軍議って言うのそれ?」
 それは言いっこなしで。
 ともかくまあ、そういうことになったんでよろしく。
 すると、それを聞いた2人は何やら、

「ね……ねえどう思う大喬ちゃん? これってその……私たち帰れるんだよね?」
「重要なのはそこじゃないでしょお姉ちゃん! 文月と呉が正式に組むってことは……冥琳さまの『吉井 明久を手駒にする』っていう戦略が成り立たなくなっちゃうわけじゃない!」
「えっ? で、でも……呉と戦争にならないんならそれでいいんじゃ……?」
「何言ってんの!? つまるところ対等の関係でしょ!? まあ戦うにせよそれ以外の方法をとるにせよ、呉の悲願はあくまで文月を制してその上に立つことなんだから、このままま仲良しこよしで終わられちゃだめなんだってば!」
何だか僕の方をちらちら見ながらひそひそ話してるみたいなんだけど……?
「えっと……どうかした?」
「え!? い、いえいえ何でもないですわ? おほほほ……」
 隠せてないんですけど。
「明久、お前はこの光景を見て何とも思わないのか?」
「え? いやだってひそひそ話ぐらい誰だってするじゃない?」
 それに女の子のそんな話に聞き耳立てるほど僕は無粋じゃない。
 まあ不可抗力で、僕の名前が聞こえたような気もしたんだけど……もしかしてほめてくれてるとか? いや、照れるなあ……。でもそれなら、なおさら聞くわけにもいかないよね。
「……お前、最近鈍いのはそっちだけじゃなくなってきてないか……?」
「え、なんか言った雄二?」
「んにゃ、何でも」
 そう言ってカップのコーヒーに口をつける雄二。
 といっても、上品な飲み方なんぞせずに一気飲みである。やれやれ、もっと味わえよ。
「まあこいつの話は置いといて、だ」
「え!? べ、べべ別に吉井様の話なんかしてないでございますわよ!?」
「あせりすぎだ。ともかく、そういうこった。呉との国交もそんなにかからずに友好的なもんになるだろ。そうなったら……お前らも呉に帰してやれるからよ」
「それまでの辛抱だから……もうちょっと『人質』で我慢してくれるかな?」
 と、ちょっと丁寧に言ってみたけど……実はそう言っても言わなくても何も変わんないだろうっていうのはわかってたり。
 2人とも呉の一員として立派に『人質』を務めるつもりでここにきてるわけだし、いまさら何言ったところで。何かが変わるわけでもないだろう。今まで通りおとなしくしててくれるはずだ。
 そういえば、2人は呉の軍師の周瑜ってのが選んだ使者なんだっけ。さすが筆頭軍師が目をつけるだけあるなあ、ふるまいから何からキチンとこころえてるよ。とても年齢的に小中学生とは思えない。
 まあ、まだ年相応に感情的だったり、おっちょこちょいだったり、そういう部分は若干見られるけどね。
「晴れて任務完了……ってわけだ。よかったな」
「は……はい……」
 ほっとしたような、気が抜けたような……って感じの大喬ちゃんの返事。
 でも……ちょっと気になるのが、その横にいる小喬ちゃんの方。なんだか納得してないような……?
「このままじゃまずいでしょ……冥琳さまには『吉井を手駒にするように』……って言われてきてるんだから……失敗もいい所よ?」
「え? で、でも……そんなこと言ったって……対等の関係を結ぶ条約を提案してきたのは呉の方なんでしょ? だったら別にいいんじゃ……?」
「そこが一番不思議なの。冥琳様は文月も征服する気満々だったのに……何で今になって和平なんか……もしかして、本国で何かあったんじゃ……?」
 何だろう……? さっきから2人が不安そうな顔に……?
 何か考えることでもあるんだろうか、もしそれが2人の、もしくは呉の身内ごとなら、僕らがかかわることじゃないんだろうけど……。
「……何にせよ……私たちがやるべきことは1つよ」
「1つって……ろ、籠絡?」
704 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 02:34:26.17 ID:1U/RiEmE0
「そうしたいところだけど……時間が足りないわ。籠絡とまではいかなくても……こいつに気に入られるなり、情報を聞き出すなりして……少しでも呉に有利な状況を作り出さないと……」
と、どうやら内緒話が終わったらしい二人。何かな? 僕に向き直って……
「あの、吉井様……」
「…………明久」
「「ひゃぁっ!?」」
 と、後ろからいきなり近付いてきていたムッツリーニに驚いて飛び上がる双子。
 っていうか、今のわざと?
「…………失敬な」
「何でもいいから要件を言えムッツリーニ。その書類に関係あることか?」
 と、雄二が指差す先……ムッツリーニの手元には、3,4枚の書類が抱えられていた。しかも、なんかちらっと『至急』って文字が見えたような……。
「…………明久に」
「え、僕?」
 ムッツリーニは黙ってうなずいた。
「…………ここだと人の目がある。部屋に」
 そういって、立つように目で促してくる。
 う〜ん……お茶会の途中だったんだけど……『至急』じゃしかたないか。愛紗がらみの案件だったりしたら後で怒られるし。やれやれ……多分また政治関連の申請書類だろうけど、最近、そういう書類多いよなあ……。
「えっと……そういうわけだから……その……」
「あ、はい……」
「えっと、お、お仕事がんばってくださいね……」
 何か聞きたいことがあったみたいだけど、さすがに仕事を遮ってまで聞こうとはしないらしい。さすがは二喬ちゃん、大人の事情もきちんとわかってる子だ。
 僕としても何だか後ろ髪を引かれる空気だけど、仕事じゃ仕方ない。
 また機会があれば、とだけ言って、僕と雄二はお茶会の席を後にした。
 やれやれ……戦後処理もひと段落したと思ったのに、最近また忙しくなってきたよ。呉と条約結ぶって決まったら決まったで、大変だなぁ……。
 きっとこれから、まだまだ日に日に書類は増えていくんだろうと思うと、ため息をつくことしかできなかった。

 でも……これだけ苦労させられるんだから……
 今回の条約、上手くいくといいなあ……。

                        ☆

 同日、夜

 ここは呉領、周瑜の邸宅。
 その庭先、月がよく見えるテラスのようなところに、周瑜は1人たたずんでいた。
 1人になってものを考えたいとき、周瑜はよくここに来る。ここにくると、自然と心が落ち着き、軍務でも政治でも、いい手が思い浮かぶのだ。
 ……しかしながら、今回ばかりは心落ち着けど、釈然としないものがその胸にあった。
(孫権様……いえ、蓮華様……なぜ、このようなことを……?)
 筆頭軍師である自分に相談もせずに決められた今回の事柄。もしかすると……自分に言えば反対されるのが目に見えていて、その意見が邪魔であるがために……? と、そんなことを、落ち着いた頭で考えてしまうのだった。
 しかし、そう言っても頭は一応落ち着いている。孫権の思うところ、その決断に至るまでの覚悟……それらも、周瑜はちゃんと考えていた。
 ……そして、落ち着いているがゆえに

「……こんばんは、呉の柱石・美周郎殿」
705 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 02:35:02.18 ID:1U/RiEmE0
背後の暗闇から、そんな声とともに一人の男が姿を現しても……取り乱すことはなかった。
「……誰だ?」
 後ろを捕らえれているというのに、この堂々とした態度と隙のないたたずまい。まるで頭の後ろに目が付いていて、それで侵入者をきちんと見据えているかのようである。
 まあ実際にはそんなことはなく、周瑜はただ単に振り向くだけの興味も持っていないだけなのだ。そして……その声の響きから、自分を暗[ピーーー]るために来た、というわけではないこともわかっていた。
 しかし、一応周瑜は振り向いた。
 そこに立っていたのは……導師風の白い装束に身を包んだ、背の高いメガネの男だった。
「おや? 突如現れた私に驚きもしないとは、なかなかに剛毅なお方で」
「ふ……似非(えせ)導師の類など見飽きているだけだ。去れ、さもなくば兵を呼ぶ」
 挑発ともとれる男のセリフに、冷淡な口調で返す周瑜。
 が……男の方も、それを聞いても大して動揺した様子は見せない。逆に笑みなど見せて、
「まあそう焦らず。そんな似非導師のたわごとにつきあってみるのも……一興では?」
「興味がないな。似非導師は不老不死だの神通力だの、くだらんことしか言えん。しかもそのすべてが似非導師らしく、まがいものと来ている。時間の無駄だ」
「いえいえ……仮にも美周郎殿に会うというのに、そのようにつまらない話を持ってきてはいませんよ。私が懐に携えてきたのは……」
 男はそこで一呼吸置くと、

「吉井明久……あやつについての話です」

「……ほう?」
 と、ここで初めて周瑜はその言葉に興味を示した。
 今、孫呉の行く手を阻む者のうちでもっとも邪魔な存在……孫権はそうは思ってはいないが……その名前に、否が応でも反応せざるを得ない。もっとも、冷静さは保ったままであるが。
「……よかろう、話してみよ」
 周瑜の唇の動きが止まったのを確認すると、男は大仰な態度で一礼して見せた。
「お許しを頂き、お話ししましょう……と、これは失敬。私としたことが、名前を名乗るのを忘れておりました、申し訳ない」
 あまり気にはしていない様子だが、再度礼をしてから男は名乗った。

「于吉……と申します。以後、お見知りおきを……」

706 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 02:37:48.26 ID:1U/RiEmE0
孫呉編
第104話 奇襲と証拠と裏切り疑惑
バカテスト 国語
問題
 次の空欄を埋め、ことわざを完成させなさい。
1、渡る世間に(      )
2、棚から(      )



姫路瑞希の答え
『1、渡る世間に( 鬼はなし )
 2、棚から( 牡丹餅 )    』

教師のコメント
正解です。さすが姫路さん、ぼた餅を漢字で書けるとはお見事です。



土屋康太の答え
『1、渡る世間に( 鬼ばかり )』

教師のコメント
なんとなく予想はつきました。



吉井明久の答え
『2、棚から( [たぬき] )』

教師のコメント
彼が出てくるのは棚ではなく机です。



                      ☆



 突然だった。
 そりゃもう、マジで突然だった。

「も、申し上げます! ただいま、国境の出城より早馬が到着し、そ……孫呉の兵が攻めてきたとの報告がっ!」

「「「はぁ!?」」」
 毎朝恒例の軍議……何だか姉さんも参加してるけど……にノックもなしに飛び込んできた伝令兵が、愛紗に怒られるより前に口走ったのは、そんな報告だった。
 ちょ……何だって!? 呉が……攻めてきた!?
 驚きのためだろう。一瞬反応を遅らせて反応したのは……愛紗。
「どういうことだ!? 孫呉が同盟を破って攻めてきたというのか!?」
「は、はい!」
 できれば肯定してほしくなかったんだけど……どうやらそういうことらしい。
 玉座の間にいるほぼ全員が……あのクールな霧島さんまでも……驚きに目を見開いている。そうなってないのは……おそらく来たばかりで事情をよく理解してない姉さんくらいのもんだろう……と思いきや、それなりに驚いていた。
 ここ数週間の間に、朱里にもらった書類だけで情勢を把握していたとみえる。全く、頭だけはいいな……。説明いらなくて助かるけど。
 というか、この人言語学習能力高すぎ。
「なんたることだ……ようやく平和が訪れたと思えば……卑怯な裏切りによってまた戦争が始まるというのか……!」
 歯噛みして、絞り出すように言う愛紗。その他のみんなは……何も言えないでいる。ショックがあまりに大きすぎるからだ。
 ただ、どこぞの隣国が攻めてきた……っていうんなら、まだ『またかよチキショー!』ぐらいのもんだろう。けど……今回の報告は相手が相手だ。なんたって……呉だもの。
 呉とは、曹魏戦で共同戦線を張ったのみならず、流通・公益面でも有効な関係を築いている。曹操との戦い以前はほとんど考えられなかったことだけど、今では輸出入のつながりもあって、互いに利益を上げあっているくらいにだ。この前食べたけど、呉から輸入される魚、おいしいんだよね。
 おまけに来月中には、ようやくまとまりかけていた『文呉和親条約』と『文呉修好通商条約』(命名・雄二。パクリ丸出し)の調印・締結も控えていた。調印ってよくわかんないけど……何か読んで、サイン書いて、ハンコ押せばいいんだよね? 要は。
 そこ、笑うな。
 ともかく、呉とは今後戦争なんてしなくていいように、友好的な関係を気づいていく準備が進んでて、それが実現される一歩手前……って状態だったんだよ。
 それだけに、今回のこれは……ショックが大きいどころじゃない。
 いや、その前にちょっと……
「あの孫権さんが裏切り……ですか?」
 と、朱里がもっともな疑問を述べる。どうやら……ピンとこないのは僕だけじゃないみたいだ。あちこちに衝撃と困惑の入り混じった顔が見える。
 いやだって、孫権って……そんな雰囲気の子じゃなかったと思うんだけど……?
「確かに……変ですよね。孫権さんが……」
「なんて言うのかな、こう……武士道精神? みたいな堅苦しい物の塊……っていうイメージあったんだけど……」
 と、姫路さんと南も眉間にしわを寄せている。続くは工藤さん&霧島さん。
707 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 02:38:43.58 ID:1U/RiEmE0
「雰囲気の問題になっちゃうけど、あの人に『裏切り』とかいうのって思い浮かびそうにもない気がしない?」
「……同感」
「やっぱり……みなさんそう思われます?」
 紫苑もそう思うか。
 孫権……僕の中では、この世界に来てからあった有力者の中では、もっとも……と言っていいほど話しやすい子だった。まあ、堅苦しさは正直あったけど……それでも、不必要に威張ったりしようとしないあのまじめさや、誇りを重んじる実直さなんかは見ててどこか安心できた。……他のが華琳とか袁紹だったから……ってのもあるかもしれないけど。
 ともかく、あの孫権が裏切りって……一番やりそうにないと思うんだけど……?
 それに、こっちには何より『人質』の大喬ちゃんと小喬ちゃんがまだいるんだけど。ここで裏切るってことはつまり……彼女たちを見殺しにするってことで……
「しかし、警備隊の報告では、現に呉の軍が攻めてきているのでしょう? 見過ごすことはできん」
 みんなほど驚いていないように見えるけど……普段から冷静で、感情を表に出すタイプではない星のことだ。心の中では、僕らと同じようなことを考えているんだろう。でも、それを押し殺しての正論だった。
 国境の警備隊から直接届いた報告事項だ。いたずらでそんなことするなんてまず考えられないし……ということは、何かがあったのは確かなんだろう。だとしたら……確かめないわけにもいかない。
「追っ払ってから、どうして裏切ってから問い詰めるしかないのだ」
「そーだな。今ここで何か言ってても……らちがあかねーや」
 鈴々と翠の率直な意見がもっとも、と言えるだろう。何でこんなことになったのか、そもそも本当に呉が攻めてきたのか気になるけど……何かが起こってるのは事実みたいだし、もしそれが悪いタイプのものなら、手をこまねいて被害を広げさせるわけにもいかない。
 ……行くしかないかな。
 と、ここでようやく、誰よりも注意してこの話を聞いていたであろうこいつが口を開いた。
「……もしかすると……呉は呉でも、孫権は関わってねーのかもしれねーな……」
「? どゆこと?」
 一瞬、雄二の言ってることが分からなかった。けど……すぐに1つ思い当たる。
 つまりそれは……孫権以外に呉の軍隊を動員できる奴の仕業……ってことになる。そんなことができるやつって言ったら……よほどの高官だろう。
 となると、そういう人物の中でもっともよく知られているのは……
「…………周瑜」
 別名・美周郎……呉の基盤を作ったとまで言われる、最古参の一人にして呉の最高幹部。
 聞いた話だと、孫権とうまくいっていない……って話だし、それが原因で孫呉は一枚岩じゃないんだっけ。
「保守派の孫権さんと違って、周瑜さんは強硬派……。ありえなくはないですね……」
 朱里がそう言って顎を抱えたけど、
「詮索は後だ。今は一刻も早く出兵して、民と兵たちを助けなければ!」
 と、愛紗が一喝。今回のこれは焦りじゃない、正論だ。
「愛紗に賛成だな。ここで考えてても何もわからねー。明久、行くぞ!」
「言われなくてもわかってるって! じゃ、全員出陣準備! 速攻で国境まで行くよ!」
「「「御意!」」」
 将軍全員と軍師の元気のいい返事が帰ってくる。あ、でも……
「えっと、華雄と恋は……」
「わかっている。留守は任せてもらおう」
「………ご主人様、頑張って」
「政治面は私が面倒みるけど……どうする? 今回も城に『天導衆』残してくのか?」
 と、白蓮のそんな疑問に、雄二はどうやらあらかじめ考えていたらしく、即決で答える。
「ああ、俺と明久とムッツリーニは出るが……そうだな、秀吉も一緒に来てくれ。残りは待機、携帯の電源は24時間入れとけ。翔子、留守は任せるぞ」
「……わかった。気をつけて」
 雄二の指示に、何の反論もはさむことなく是で返す霧島さん。雄二と離れることになるというのにこの思い切りの良さはちょっと意外だけど、さながら気分は夫の留守を任せられた妻あたりなのかな。そりゃやる気出るかも。
 まあ、言える雰囲気じゃないから言わないけど。すると雄二は続いて姫路さん達に向き直り、
「姫路は、翔子たちと協力して開発を進めてくれ。すぐに必要になるかもしれん、急いでたのむ」
「わ……わかりました!」
 ああ、そういえば……また何か作ってるんだっけ。今度はどんな『新兵器』なのやら。
「島田と工藤は、このことで城下とかがパニックにならないように対応。白蓮の指示通りにやってくれてれば間違いないだろーから、頼むわ」
708 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 02:40:08.06 ID:1U/RiEmE0
「うん、OK」
「りょーかい」
「ははは、責任重大だなこりゃ」
「ムッツリーニは直属部隊に召集かけとけ。情報も重要だからな、出撃の際に一緒に連れてく」
「…………了解」
 ……と、ここでようやく口を開いた人が。
「あの〜……私はどうすればいいのでしょうか?」
「ああ、玲さんは戦場でやることもないだろうし……知識提供をお願いしたいから、城に残ってもらえます?」
 そっか、姉さんも開発に一枚かんでるんだった。にしても……姉さんが知識提供って……今度は何作ってるんだろう? 前にもまして予想付かないな……。
 けど、この人頭がいい上に、けっこう知識とかも膨大な量ためこんでるから、すごいのができそうな気がする。期待……していいいのかも。
 ……それで、なんで日常生活に最低限必要な知識(というか常識)がわからないのかっていうと答えられないんだけど……。
「わかりました。ですが……アキくん?」
「? 何、姉さん」
「愛紗さん達が一緒とはいえ、もし旅先で不純異性交遊に及ぶようなことがあれば……わかっていますね?」
「イエス・ユア・ハイネス。誓ってそのようなことはいたしません」
 こんなときでも僕にくぎを刺すのを忘れないのが姉さんである。全く、いつもいつも心配症なんだから。僕はそんなことする甲斐性も何もないっていつも……。
「おや主、そうでしたのか? せっかく旅先では私に夜の世話をさせていただけるものと思っていましたが」
 いつも言ってるけど悪乗りしてくる奴はいるんだった。やめようね星、ここでその手の冗談は笑えないよ、姉さんの顔に攻撃色が浮かんできてるから。
 そして……その後ろに見える美波と姫路さんの視線が鋭いから。
「あ、あの……冗談だからね? 星が言ってることは冗だふぎゃあっ! な、ちょ……姉さん! 花瓶はそういうことのために使うものじゃ……」
 陥没する! 僕の大事な頭蓋骨が陥没する!
「やれやれアキくん、冗談でもそういうことは言ってはいけませんよ」
「僕何も言ってないじゃん! ていうか冗談とわかってやってるんならそりゃあんたこそ最悪だよ!」
「おい明久、その辺にしとけ。呉の軍と戦う前に死んじまうだろ」
「そう思うなら僕じゃなく姉さんに言ってよ雄二!」
その頃……呉

「文月が軍を率いて領内に侵入しただと!?」
 玉座の間にもたらされたその報告に、私はもちろん、穏も思春も驚愕せざるを得なかった。冷徹でいられたのは……周瑜ただ一人。もっとも……その報告自体、周瑜の放った斥候がもたらしたものであるから、既に知っていたのかもしれないが。
 それはともかく……聞き捨てならん事態だ。
「バカな……条約締結を目前にして、奴が裏切ったとでも言うのか!?」
「裏切ったのかどうか……今この時点では調べようがありません。確かなのは、文月が軍を率いて孫呉の領内に侵入したという、この一点です」
「で……でもそれが事実なら……こちらも兵を出して国境を守らないと……」
 と、いつもに増してあわてるかと思いきや……さすがに軍師と言ったところか、穏は比較的落ち着いた様子で(十分あわてているのだろうが)、そう進言した。
「後手に回っては戦況の挽回が難しくなる。蓮華さま、ご決断を」
 淡泊……というか、事務的な口調で思春も言う。
 確かに……本当に攻めてきたのなら、国境を、そしてそこに住む民たちを守るために、こちらも兵を出さなければならんが……しかし……
「し……しかし……私には、奴が裏切るとは到底思えないのだが……」
 私の脳裏には、緊張感のない笑いを浮かべる、文月の王……吉井の顔が浮かんでいた。
 男らしさがある……とは、残念なことに言えない。しかし、奴の真価は、もっとべつのところ……底抜けの明るさと人の良さ、そして、何者に対しても等しくある、その優しさと甘さにあったはず。
 それゆえに、部下からは主君として見るには少々軽い扱いを受けていた気もするが……あの空気は、見ていて気分の悪いものではなかった。むしろ……好感すら覚えた。
 その奴が……裏切りなど……。
「事実は事実です」
 どうやら周瑜は、聞く耳を持つつもりのない様子だ。冷たい目で、決断を渋る私を……呉の王を見据えている。
709 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 02:41:06.62 ID:1U/RiEmE0
「しかし……あの吉井が……」
「人はみかけによらぬものです。それに……お忘れか? 吉井殿は人当たりがいい性格やもしれませぬが……文月には、あの『紅い悪魔』もおります」
「ああ……坂本さん……でしたっけ?」
「……奴か……」
 坂本雄二……周瑜が口にしたその名には、何度も聞き覚えがあるし、実際に会って顔を見たこともある。
 天導衆の一員にして、時に諸葛亮をもしのぐ知略を持って敵を滅[ピーーー]る、悪魔の頭脳の持ち主。主に曹魏側からの噂であるがゆえに『悪魔』などという二つ名がついたようだが……やっていることは事実。知略・奇策によって曹魏を幾度もはねのけたと聞くし、容赦が無かったのも事実だ。一説には、吉井が文月の光なら、坂本は影……とまで言われている。
 奴なら、文月による大陸統一のため、吉井をそそのかしてそういう出方に出ないとも限らない……そう言いたいわけか。
「環が主よ、王としてのご決断を」
「し、しかし……」
 吉井と坂本の顔が交互に浮かんでは消える。私が、その狭間で悩んでいると、

「もぉ〜っ! お姉ちゃんが命令しないんなら、私が言って文月の連中を追っ払っちゃうよ!?」

 玉座の間に響いたのは、普段の穏といい勝負の幼げな声。……というか、実際に声の主は幼いのだが。
 見ると、珍しく軍議に出席していた私の妹……孫尚香(そんしょうこう)こと小蓮(シャオレン)が、頬を膨らませてそこに立っていた。肌の色とともに私に似た薄桃色の髪……頭の両側で束ねられている……が、身を乗り出した勢いで揺れている。表情を見るに、じれているのか怒っているのか……。
「何で決断を渋ってるの? 私たち孫呉の領土が侵されようとしてるなら、戦うしかないでしょ!」
「そ、そうではなくてだな……あくまでも慎重に……」
「あーもうじれったいなあ! そんなことしてる暇がないからこう言ってるんじゃない! お姉ちゃんが 私より大きいのは背とおっぱいだけ!? 王としての器はどうしたの!?」
「さりげなく会話の中で下品なことを言うな! 今それは関係ないだろうが!」
「何よ、ホントのことでしょ!? それとも何、まだ穏や冥琳に大きさでかなわないこと気にしてるの?」
「ばっ……そんなわけがあるか! 大体『まだ』も何も、私は一言もそんなことを言った覚えは……って待て! 話が脱線している!」
 いつから戦と信条の話が我らの胸の話に!? くっ……わが妹ながら油断ならん……。そもそもそんなことを私が気にしていたのは3年前までだ! 今はもうあきらめて割り切って……ってだから違う!
「と・に・か・く! 孫呉の領土は、お母様とお姉さまが命をかけて戦って勝ち取った土地なんだから! その土地を侵そうとするやつらは、おてんとさまがが許してもこのシャオさまが許さないのっ! じゃーねっ!」
 と、小蓮は『命令しないなら』どころか、返事すら聞かずに走りだして……って待て待て! 『じゃーね』て! どこへ行く気だ!? まさか本当に軍を率いて国境へ……
「ちょ、ま、待ちなさい小蓮!」
「勝利の報告、待っててね〜♪」
 やっぱり!
 た、たしか小蓮には『尚香様親衛隊』とかいう私兵が結構な数いたと思うけど(もう少しいい名前は思いつかなかったものか)……それにしたって無茶と言うか無謀というかその両方と言うか……何を考えてるのあの子は!?
 と、私が小蓮を止めようと席を立とうとしたところで、
「ふ……小蓮さまの方が、孫呉の領土が何でできているのか、それを理解していらっしゃるようだ」
 嫌みたっぷりな声がその行く手を阻む。誰のものか……考えるまでもない。
「……どういう意味だ、周瑜」
「孫呉の地は、先々代、すなわちあなたのお母様に加え、千代国王・孫策が……あなたの姉君が作り上げた土地。あなた一人のものではない」
 周瑜の目は、私を見ているようで見ておらず……おそらく、『王』としての私を見ているように思えた。孫呉の『王』としての私を。
 そしてそれは、どうやら当たっていたようで、
「あなたは女ではない、王なのだ。呉の民を、兵を、我々を導き、覇道を進む王なのだ。先代から受け継いだそれを……お忘れとは言わせませんぞ」
「っ……わかっている!」
 売り言葉に買い言葉、とでも言うべきか。ついつい語気が荒くなってしまった。
 ……しかし、だ。冷静に考えてみれば、周瑜や小蓮の言っていることは正論と言えば正論……。ここで立たなければ、もし襲撃が本当だった場合……あまり考えたくはないが……孫呉に未曽有の危機が訪れることになる。
 されば……
「ならばご指示を、孫呉の王よ」
「……穏!」
「はっ、はいぃ!?」
 いきなり名前を呼ばれて焦ったのだろう、椅子につまずき、目を白黒させながら、準筆頭軍師の穏が私の前に進み出る。
「小蓮を追え。軍師として小蓮を補佐し、状況を判断。もし本当に文月の軍が国境を超えていた場合……小蓮とともに、文月軍を殲滅せよ!」
「わ、わかりましたぁ!」
 言うが早いか……おそらくこの場の空気は居心地が悪いのだろう……あまり速くない駆け足で穏はその場を後にした。
 私は次に、思春と周瑜の方を向く。
「思春!」
「はっ!」
「孫呉全軍、戦闘準備。小蓮と穏の報告次第では、私が直接、全軍を率いて出る!」
「御意!」
「周瑜はこの城を守れ。その分の兵と、指揮権限は残していく。城でわがふるまいを見ておけ、私は必ず……この国を守りきって見せる!」
「……御意」
 嫌みとも取れそうな笑みを浮かべて周瑜は答えた。相変わらず、何を考えているか読めん奴だ……。
710 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 02:42:15.98 ID:1U/RiEmE0
「その勇ましきお姿……今のあなたこそ、まぎれもなく孫呉の王でございましょう」
「……ふん」
 周瑜のそのセリフに言葉を返すことなく、私は思春を従え、玉座の間を出た。
「私自ら準備を指揮する。行くぞ思春」
「はっ!」
 ……大変なことになったな……しかし、こうなってはもはや、こうするのが一番の策であろう。あまり考えたくないが……本当に吉井が敵にまわっていた場合は……蹴散らさねばなるまい。孫呉の……未来のために。
 ふ……これしきのことを『つらい』などと感じているようでは……まだ私も、王として未熟か……。
内に沸く自虐の念を抑えながら、私は廊下を歩く足を早足にした。

                      ☆

「ええ……あなたは王ですとも、孫権さま」
 誰もいなくなった玉座の間で、周瑜は一人、ぽつりとつぶやいた。

「しかし……覇道を求めない王は、それだけで孫呉の王として失格なのですよ……」

 ……とも。

                      ☆

 文月領・国境付近

 ここに僕らが着いたのが、一昨日のこと。
 なんて名前だったか忘れたけど……国境の町。そこに広がっていたのは……ひどい光景だった。
「……何度見ても、この光景には慣れませんな」
「慣れるもんじゃないでしょ、こんなの」
 星の独り言に、僕はそう返すしかない。
 惨劇……と言っても過言ではない。街は建物から何からさんざんに破壊され、あちこちから黒煙が立ち上っている。どの家にも、破壊工作の跡と思われる、明らかに人為的な破損があり、時には血しぶきが飛んでいるところもあった。街のあちこちに、負傷者が力なくうずくまってたり、親とはぐれたらしい子供が泣いてたり……。
 この光景……どこかで見たと思ったら、僕がこの世界に来て最初に立ち寄った町……今はすごく活気づいた城下町になってる、僕の本拠地のあの町のことだ……そこがこんな感じだったんだ。黄巾党に攻められて、人は傷つき、ものは奪われ、人心は荒んでいた。
 ここも、あの町のあの時と同じ……いや、それ以上……って感じもする。
 とりあえず僕らは、補給部隊に用意させた食糧で炊き出しをしたり、待ちの人たちの怪我を医療班に看せたりして、被害者たちの救援に努めた。それでも、心の傷は相当に深いらしく、やっぱりテンションは低い。
 その光景を見て、血が出るほど強くこぶしを握りしめている愛紗はと言うと……
「……許さんぞ……孫呉どもめ……!!」
 さっきから、ほとんどこれしか言わない。
 僕と同じように、あの時の啄県の町と、今のこの町の惨状を重ね合わせているんだろう。漂っている怒気が尋常じゃない。
「待て愛紗、落ち着け」
「何だ星、まだ『孫呉の仕業と決まったわけではない』とでもいう気か?」
 こんなやりとり……昨日も見た。
 ところで、今愛紗が『まだ』と言ったのには……理由がある。
 昨日のこれと似たやりとり、その最中に、鈴々と翠がちょっとした証拠物件を見つけてきたのだ。具体的に言うと……孫呉の旗や、孫呉の特徴的な赤い鎧、帽子なんかを。
 というか、街をもう少し中心部に行くと、探すまでもなくそれらは見つかる状況だった。あちこちに、結構な数が捨ててあったからだ。
 愛紗はそれで、孫呉のしわざだと半ば確信してるけど……ここで待ったをかけたのが
「……あからさま過ぎやしないか?」
 とまあ、星である。
 確かに……言われてみると、そんな風に見えた。
 まあ、旗とか剣とかはまだわかるけど……鎧まで捨ててくかな? それってほら、つまり、略奪と破壊の最中になぜかわざわざ鎧を脱いだってことだよね、何だってそんなめんどくさい真似……?
 それに、さっき『旗や剣はわかる』って言ったけど……それもちょっと正直怪しいし。こんな、いかにも孫呉です、みたいな感じで置いてくかな? 剣とかはともかくとして、旗なんか破壊した家にご丁寧に立ってたりするし……。
 しかも、これは悪ふざけとか極悪さ加減のアピールだろうか? 墨で壁にでかでかと、

『孫呉参上』
711 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 02:43:17.91 ID:1U/RiEmE0
……いや、ヤンキーじゃないんだから。何なのこのひねくれた自己主張は?
 イタい自己表現のことはともかくとして……えっと、こういうの確か……証拠過多っていうんだっけ?
 あまりに証拠が多すぎて、逆に疑いにくくなるっていうあれだ。鎧にしろ旗にしろ、あの荒んだ時代的なメッセージにしろ、まるで『孫呉がやりました、よろしくね』とでも言いたげなこの有様。
 テレビドラマとかで殺人事件が起こった時、表立って恨みを抱いている人が本当に犯人であるケースは少ないのと同じように、ここまで証拠が多いのもやっぱり不自然。他の可能性を疑いたくもなる。
「2時間ドラマ的な感覚で物事を見るのもどうかと思うが、まあ正論だな」
 と、街の視察に出ていた雄二と、護衛の鈴々&翠が返ってきた。
「あ、お帰り雄二。どうだった?」
「どこも同じような感じだ。建造物は不必要なまでに破壊されてて、そこかしこに孫呉の旗やら剣やら鎧やら散らばってる」
「左様か……」
 これは星。
「ああ……でもさ、やっぱおかしい気がしたぜ?」
「おかしい……って、何が?」
 と、今の翠のセリフに疑問を感じた紫苑が聞く。
「今、坂本も言ってたけど……あれ、ただ街を攻めるだけじゃ絶対ここまでにはならない……って壊れ方してたんだよ。まるで、破壊そのものが目的……って感じだった」
「うっぷん晴らしにしても……あれはちょっと……。仮に鈴々と翠がやろうとしても、あそこまでてってー的に壊そうとすると、逆に疲れると思うのだ」
「破壊そのものが……目的……?」
 朱里は、その言葉が引っ掛かったようで、顎に手を当てて長考に入った。
「何にしても、今は救済活動を優先しなくちゃ。紫苑達は、引き続き被害者の人たちの医療面・食糧面でのケアをお願い」
「御意です」
「御意ですわ」
 思わず使っちゃった『ケア』の意味がわかったのかどうかはわからないけど、紫苑と朱里はそのまま補給部隊の方に走って行った。昼食の分の炊き出しの準備だろう。
「さて……とりあえずムッツリーニ、雄二たちが集めてきてくれた証拠物件、全部写真に収めてくれる? あと、街の外観も何枚か」
「…………わかった。斥候が返ってきたら、情報は?」
「まず、雄二と朱里に。2人の方が有益な判断を下せるだろうしね。僕が聞くのはそのあとでいいや」
「…………了か」
 い、と言う前に、

『……雄二、電話。……雄二、電話』

「「「!?」」」
 何だぁ!?
 今のって……え? 霧島さんの声!?
 突然響いた彼女の声に、何事かと驚く僕らの前で……何かに気づいたらしい雄二がポケットをまさぐる。呼ばれた張本人だけど……まさか……
「くそっ、やっぱりか! 翔子の野郎、いつの間に俺の携帯の着メロを自分の着ボイスに変えやがったんだ!?」
 どうやら霧島さんの一途さは、雄二の携帯までも浸食しだしたらしい。まさか、自分の声を雄二の携帯の着ボイスにするとは……霧島さんの一途さという名のプレッシャーが割と本気で恐怖心を誘う。
 って、そうじゃなくて。仮にも電話が鳴ってるんだから、出なきゃ雄二。
「……っと、そうだった。くそ……電話終わったら速攻解除してロックしてやる!」
 これで電話の相手も霧島さんだったら面白いんだけどな、と思ったけど、どうやら違ったらしい。
「あ、もしもし秀吉か? 何だ一体……」
 と、その瞬間。
 不機嫌かつブサイクな顔のまま電話に出た雄二の顔色が……みるみるシリアスモードに変わる。え、何? 秀吉は何を言ってるの!?
 と、おもむろに雄二は携帯を耳から放し、スピーカーボタンを押した。
「秀吉、今の……もっかい。みんなにも聞こえるように」
『了解じゃ』
 電話の向こうから聞こえたのは秀吉の声。たしか、街の外にやぐらを立てて、見張りをしてるはずだけど……!
 ま、まさか……

 洛陽然り、曹魏国境線然り、最近、秀吉からの電話って、とんでもなく衝撃的な内容が多いから、ちょっと嫌な予感はしたんだけど……あたりだったらしい。
 全員がかたずをのむ中……秀吉は落ち着いた声で言った。
 できれば……一番聞きたくなかったであろう知らせを。

『まだ小さいが……孫呉の軍勢が見えた。赤い鎧に、旗印は『孫尚香』に『陸』……間違いなく、正規の 呉軍じゃ。あまり信じたくないんじゃが……全速力で……この町に向かっとる』

 そう、淡泊に告げた。
 そうする他に、なかったんだろうけど。

                       
712 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 02:44:27.51 ID:1U/RiEmE0
「おかしいな……」
 と、ちょうど呉の国境にまで来た陸遜は、孫尚香の強行軍にへろへろになりながらも声を絞り出した。それに気づいた孫尚香は、怪訝な顔をして、
「何よ穏、何か気になることでもあった?」
「いや、ほら……報告だと、もうすでに文月軍は領内に侵入してる……って話だったでしょ? でも、あれって……まだ入ってきてないみたいなんですよ……」
 確かに周瑜の部下は『文月軍が領内に侵入した』と言っていた。
 が……今現在、文月軍が駐屯しているのは……どう見ても文月の領内。孫呉の領地に、一歩たりとも入ってきてはいない。明らかに不自然……そう言って差し支えない。
 が、この先遣隊の総大将である孫尚香はそんなことを微塵も気にしていないらしく、
「休憩してんじゃないの? どっちにしろ、同盟国……そっれもこれから和平条約を結ぼうとしてる国との国境に、何の連絡もなく軍を引っ張ってくるなんて、裏切りもいいとこでしょ?」
「いや、それはその……」
 陸遜が何か適当な言葉を見つける前に、
「つべこべ言わない! ああいうことをする人には、お仕置きするしかないんだから! ほら、全軍戦闘準備!」
「え? ちょ、小蓮様うかつすぎますよ! まだ距離があるんですから、ここは向こうの出方をうかがってからでも……」
「そんなの必要なーし!」
 馬耳東風という言葉は彼女のためにあるのでは、とでもいえそうな思い切りのよさである。陸遜のセリフなど、葬式のお経のごとく聞き流したことだろう。
 と、兵の一人がよってきて
「孫尚香様! 全軍、戦闘準備完了しました!」
「早っ!!」
 孫呉の兵のポテンシャルの高さに別の意味でめまいがする陸遜。
「それじゃあみんな! 突撃するよーっ!!」
「「「オオオォォオ――――ッ!!!」」」
「ああああああああ、だ、ダメですってばーっ!!」
 陸遜のもっともな意見は、荒野に上がる砂煙にかき消され、誰ひとりの賛同も得られなかった。

「秀吉! どう!?」
 物見やぐらのある場所に移動した僕らは、その上に登っている秀吉にそう問いかけた。
「……土煙が大きくなりおった。加速したか……」
「どうなのだ木下殿!? 孫呉で間違いないか!?」
「ああ……パターン赤、孫呉じゃ、間違いない」
 んな、エヴァじゃあるまいし。青だったら魏か?
 ともかく、ムッツリーニから借りた長距離用望遠レンズから目を離し、こちらに視線を向けた秀吉はきっぱりとそういったのだった。
 パターンうんちゃらはともかく、秀吉がそうまで言うんなら……今、ここに向かってるのは呉軍なのか……。となると、その目的はやっぱり……
「くっ……孫呉共め、性懲りもなく、この町を襲いに来たか……!」
「じょーとーなのだ! 街の人たちを傷つけた落とし前、たっぷりつけさせてやるのだ!」
 敵を前にしたとなっては……これも武将として自然な反応だろう。それ以前にこんな町の姿を見ているからなおさらだ。愛紗と鈴々のボルテージが加速度的に上がっていく。
「よっしゃあ! 街のみんなの仇を取ってやらねーとな!」
「ああ……腕が鳴る!」
 翠も星もやる気十分か……。
 どの道……ここで手をこまねいてても向こうは止まってくれそうにないし……あまり気は進まないけど、やるしかないんだろうな。
 一瞬雄二に視線を送ると、雄二も目で『やれ』と合図。決まりだ。
「来るってんなら仕方ない……全軍戦闘準備!」
「「「御意!!」」」
 来るべくして来た、呉軍との戦い……。あんまり気分のいいもんじゃないけど……これ以上好き勝手してもらっちゃあさすがに困る!
 悪いけど……ちょっと痛い目見てもらうよ。
713 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 02:45:05.70 ID:1U/RiEmE0
「ムッツリーニ、星、ちょっと」
「? 何だ、坂本殿」
「…………何?」
「いや、ちょっとな……星に頼みごとだ。今回の戦……どうも不自然な点が多すぎだろ? だから……ちと情報を集めたいと思ってな」
「ほう? まあそれはもっともな考え方でしょうが……さすがに戦っている最中に情報を盗むというのは……無理があるのでは?」
「いや、盗むのは戦いの後だ」
「「?」」
「まあ聞け。まず…………」

 時間を見つけて、雄二が星&ムッツリーニとそんな密談を交わしていたことに気付いた者はいなかった。

714 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 02:46:08.59 ID:1U/RiEmE0
孫呉編
第105話 誤解と疑念と亀甲縛り
 文月軍本隊VS孫呉先遣隊・孫尚香軍
 開戦より数時間が経過

 戦況は……誰の目にも明らかな状態になっていた。
 孫呉の陣営に響くのは……軍師・陸遜のあわてた声。
「しゃ、小蓮様ぁ! このままここにいたら危ないですよ! 早く逃げてください!」
「う〜……やだ! まだ負けてないもん!」
「もう負けですよ! どう見てもぉ!」
 その叫びの通り、孫呉の軍の敗北は明らかだった。
 もとより、先遣隊の役割として、孫尚香の私兵部隊と陸遜の軍の一部のみを動員した少数編成の軍の上、孫尚香の号令のままに陸遜からのさしたる指示もなく……まあ、雑に言えば何だかよくわからないうちに、気合だけを頼りに敵軍に突撃したわけである。それも、諸葛亮の指示のもと、完璧に陣形を整えて待ちかまえていた文月軍相手に。
 後から陸遜が配置変更の伝令を出したところで、ヒートアップした軍の全体に伝えるのも、それを実行するのも非常に困難。その際の混乱がさらに呼び水となり、戦局は完全に崩壊。
 結果的に呉軍は大きな隙を作り、その隙を見事に突いた文月軍に大打撃を受ける羽目になった……というわけである。
 もうここからの立て直しは不可能に近い……と、陸遜は確信していた。確信……出来てしまえる状況だった。
 ゆえに先ほどから退却を勧告しているのである。が……それを聞かないのがこの身長150cm弱のお姫様であって……
「逃げるなら穏1人で逃げなさいよ! 私はここに残って、呉軍の勝利を見届けてから行くから!」
「そんな無茶ですよぉ! 第一、小蓮様を残して私だけ逃げた……とか報告でもしたら、私が蓮華さまと思春ちゃんに殺されちゃいますよ!」
 もっともな言い分である。が……以外にも孫尚香は、落ち着いた口調で反論を返した。
「それは違うの、穏」
「ふぇ?」
「ここで逃げるべきなのは……私じゃなくて穏なの。私よりも、穏が生き残ってた方が……蓮華お姉ちゃんの役に立てるでしょ? 軍師として……」
 自分の半分と少ししか生きていないであろう彼女のそのセリフに……穏は言い返せなかった。……その理屈は、悲痛なものではあったが……正論であったためである。
 確かに、ここで逃げかえることで、よりこれ以降の戦いに貢献できるのは……軍師として優秀な陸遜の方だ。孫権のもとへ戻り、策を練った上で戦うことで、孫家に勝利を運ぶことができる。が……孫尚香に は、それだけの頭脳はない。
 だが……いかに年上とはいえ、そんなことで納得できるほど陸遜は大人ではなく、
「だ、だったら、小蓮様も……」

 とんとん

 誰かがその肩を叩く。
「後にしてください! 小蓮様も一緒に逃げましょう? その方が蓮華さまも喜びますよ! 絶対!」
「ダメだよ……仮にでも殿(しんがり)を作って戦線を維持しないと、追撃を受けちゃうじゃない。それこそ全滅しかねないよ」
「だったら、その殿を私が……」

 とんとんとん

 また叩く。
「だから報告は後にしてください! その殿を私が勤めます!」
「それじゃさっきと変わんないでしょ! この場合、生き残るのは私じゃなく穏じゃなきゃいけないの!」
「そんな悲しいこと言わないで下さいよ! 私は……」

 とんとんとんとん

「あーもうしつこいですねっ! 今大事な話をしてるんだから後にしてって……え?」
 と、先ほどから肩を叩いて自分を呼ぶ誰かに対し、陸遜は憤慨して振り向いた……
 ……と同時に絶句した。
 何せ、自軍の伝令兵だと思っていたその手の主は……

「それはすまん。だが、貴公が一度で振り向いてくれればいい話であったろう?」

「ぎゃー! で、出たぁっ!?」
 明らかに……敵将だった。
715 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 02:46:50.57 ID:1U/RiEmE0
ぎゃーとは失礼な、人を化け物か何かのように。武人が敵将のいるところに斬り込むなど、当然のことであろうが。
 さて、このあわあわ女……たしか陸遜だったな、前に軍議に出ているのを見たことがある。土屋殿の……そう、『ばそこん』とやらを介して……この泡食っている軍師は放っておくとしよう。問題は……その奥にいる、この褐色肌の少女だ。
 会うのも見るのも初めてだが……その容姿や、この場にいるという事実から、こ奴が誰なのか、大方の予想はつくというもの。
「そこな御仁」
「!」
 呼ばれて、その少女がぴくっと反応した。
「孫家の末娘……孫尚香殿……だな?」
「……そのとおりよ。私の首を取りに来たの?」
 ほう……。堂々と肯定した上、おまけに挑発とも取れるそのセリフ。なるほど……まだ幼くとも孫権の妹か、なかなか剛毅であるらしい。
「ふむ……いかにも、と言っておこうか。私は文月軍将軍・趙子龍。お相手願おう、孫家の姫よ」
 私の名乗りを聞いて、先ほどから議論していた『撤退命令』に、どうやら拍車がかかったらしい。少女の顔が、意を決した……というそれになる。
「……穏、早く逃げなさい」
「で、でもぉ!」
「命令よ! 私を置いて早く逃げなさい!!」
 私よりも遥か年下とは到底思えない有無を言わさぬ強い言い口に、もはや陸遜は言い返す言葉が見つからないようだ。体を震わせ、目にウルウルと涙を浮かべつつも、
「は……はい! で、でも約束ですよ! 小蓮様も、絶対、ぜーったい戻ってきてくださいねーっ!」
 おそらく、背を向けた直後に我慢できなくなったのだろう。陸遜が護衛兵に囲まれて走り去った後、後々まで尾を引いたその声は……震えていた。今奴の正面に立てば、涙でぐしゅぐしゅになったその顔を拝めるに違いない。
 私なら追いつけるだろうし、見てみたい気もするが……今はこっちだ。
「……追うか[ピーーー]かするかと思ってたんだけど……黙って逃がしてくれるなんて、ちょっと意外ね」
「まあ、軍師の1人や2人、取るに足らん。まして、敵将を見た程度で金切り声をあげるような奴はな。それよりもあなたの方が……首としても人質としても価値がある」
 それに……
 坂本殿の『用』も済んだからな。あの軍師にはむしろ……無事に逃げかえってもらわねばならん。
「言ってくれるわね……そう簡単にこの首、渡さないわよ!」
 言うが早いか、少女は背中に手を回し……輪のような武器を2つ取り出す。変った形をしているが……あれは……戦輪か? それにしては……刃も何も見当たらんが。
 金属製であるようだから、叩けばそれなりに痛いのだろうが……正直、子供のおもちゃにしか見えん。
「『弓腰姫(きゅうようき)』の名は伊達じゃないんだから! 甘く見てると、痛い目にあうわよっ!」
 聞いたことないが。
 どういう意味で広く知られているのか(そもそも本当にそんな二つ名があるのか)は知らんが……私の目で見る限り、その可憐な装束にその武器(?)を手にして、これから始まるものなんぞお遊戯会ぐらいしか浮かばん。剛毅は見事だが……ここで私が普通に槍で戦ったら……弱い者いじめになりかねんな。
 さて……どうしたものか……! ああ、そうだ。

「あんたをぶっ飛ばして、さっさと帰らせてもらうんだから――――ぁ?」

 と、ここで孫尚香殿、私が槍ではなく、縄を構えなおしていることに気づいたらしい。『え? 何それ? 何で縄?』とその視線が言っている。
 まあ……今にわかるさ、お姫様。
 にやり……と笑った私の顔を見て、こころもち別種類の恐怖が姫殿の顔に浮かんだ。

                       ☆

「ふむ……撤退していっとるの。わしらの勝ちじゃな」
 物見やぐらの上の秀吉から、そんなうれしい報告が聞こえてくる。
 少し遅れて、人の外から勝鬨なんかも聞こえてきたり……おお、ホントだ。勝った。
 いや〜、よかったよかった。一時はどうなるかと。
 愛紗たちを信頼してなかったわけじゃないけど、今回の戦……ちょっと連れてきてた兵が少なかったからなあ。
 何せつい最近、もう孫呉との戦はないもんだとばっかり思って、今いる軍の半分以上を各地の平定のための遠征に出しちゃってたから、実は孫呉襲来の報が来た時点で、城にいた動員できる戦力がかなり限られてたんだもの。急な出撃だったし、そのせいであんまり兵の頭数は集まらないし、いや〜焦った焦った。
 でもまあ、結果オーライだよね。呉の連中も追っ払ったし。
 けど……なんか攻めてきたって割に、向こうさんも兵が少なかったような……?
「先遣隊……ってことでしょうか……?」
 朱里が不安そうに言う。まあ……その可能性も大だな。
 けど、それはそれで不安。だってつまりそれは……
「あとから、本隊が来る……ってことか」
「ああ……多分そうなるんじゃねーかな……。そうなると、今のままの兵数じゃちとやばいぞ?」
 雄二&翠の言うとおりだろう。戦は戦略とかも戦局を左右する要素にはなるけど、兵士の数って言うのは何にも勝る大前提中の大前提。これで劣るってことは、圧倒的に不利な状態で戦が始まる……ってことだし。
 こうなると……遠征に言ってる部隊のうち、間に合いそうな部隊全部集めて組み込むしかないだろうな……。
 と、そんなシリアスげな空気の中に斬り込むかのように、

「主よ、わが功名をほめてもらおうか!」
716 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 02:47:57.77 ID:1U/RiEmE0
……はい?
 そんなセリフとともに、なんか鼻歌まで歌いながら星が入ってきた。……ってあれ? 誰か引っ張ってきてるような……?
 みんながぽかんとしてる中、僕と同じくその、星が連行してる『誰か』に気づいたのは愛紗だった。
「星、誰だそれは? 孫呉の武将を捕虜にでもしたのか?」
「そういうことだ、それ」
 とん、と、その連行してきた人の背中を押して、地べたに座らせる。えーと……

「う〜〜〜っ……」

 あの……この子、誰?
 僕らの目の前にちょこんと座っているのは……まだ小さな、鈴々と同じくらいの年と思われる女の子だった。捕まって不機嫌らしく、ほっぺたを膨らませてる。
 髪は薄桃色で、頭の両サイドで束ねたツインテール。ただし、そのおさげの先をもう一度同じところにとめていて……なんていうか、顔全体が蝶結びの結び目みたいな形状になってる。変わった髪型……。肌の色は褐色で、目は強気そうなツリ目。
 けっこう特徴的な見た目といえばそうなんだけど……星がやったと思しき拘束方法のおかげでかすんで見える。いや……星? 亀甲(きっこう)縛りってあなた……。

 ※亀甲縛り
SMとかでよく用いられる特殊な縛り方。洋の東西裏表を問わず、決して軍関係者によって一般的に使われている拘束方法ではない。

 ムッツリーニの鼻の頭が赤くなってきたのが目の端に見えたけど……まだ大丈夫みたいだからこの際ほっとこう。
 さて、膨らんだほっぺたのせいでわかりにくいけど……このSM縛りの餌食になっている子、かなりの美少女(美幼女?)、と言っていいかも……ってあれ?
 この顔……この特徴……最近どっかで見たことあるようなそうでもないような……?
 と、そんな疑問は、次の星のセリフでまとめて吹き飛んだ。
「孫家の末娘にして、呉王・孫権の妹……孫尚香(そんしょうこう)殿だ」
「「「はぃ!?」」」
 何ですと!? ちょ……この子が孫権の妹!?
 あ、そっか……どおりで見覚えあるわけだよ。ちょっと雰囲気似てるもん、孫権に。
「孫家の姫だと!? ということは……先ほどの軍の総大将ではないか!」
「だから言ったであろう? 褒めてもらおう、と」
 驚きに珍しく狼狽している愛紗と、得意顔の星。こういう展開は予想済みだったと見える。
 と、ここで黙ってないのはやっぱりこの2人で、
「お前星! さては抜け駆けしやがったな!」
「ずーるーいーのーだーっ!!」
 いつの間にか超弩級の大手柄を打ち立てていた星に、どうしても納得がいかないと見える翠と鈴々。顔いっぱいに不平不満を出して抗議しているが……当の星はどこ吹く風。
「抜け駆けとは人聞きの悪い。機を見るに敏、と言ってもらおうか」
「一緒のことじゃんか! あーもう、あたしも抜け駆けすればよかったーっ!!」
「す、翠ちゃん、そんなこと言わないで、ね? 次に頑張ればいいじゃない」
「おい、お前らその辺にしろ。当のこのチビが蚊帳の外だろ」
 と、雄二の声でみんなはっとする。あ、そうだった。
 星の功績(一部抜け駆けを主張)に焦点がいってて、つい孫尚香ちゃんのことを忘れてた。その当人は……忘れられて蚊帳の外だったからか、それとも雄二に『チビ』なんて言われたからか、ますます機嫌が悪化していて。
「えっと……せっかく来てくれてるんだし、この子にいろいろと聞いた方がいいんだよね?」
「だな。そら、さっさとやれボス」
 誰がボスか。全く、こういうときだけ……まあいいけど。
 さて……気を取り直して、と。
「あー……孫尚香ちゃん? えっと、自己紹介しとくけど……」
 簡単な自己紹介。してみたはいいけど、この子ったら終始機嫌が悪くて、聞いてんのか聞き流されてんのかわかりゃしない。まあ、気にしてても仕方ないし……さっさと質問にうつろっか。
「まずその……なんで孫権は僕らを裏切ったの?」
 できればこの質問には、それなりの。それこそ正当化できそうな理由というか回答がほしいな……っていうのが僕の個人的な意見である。だってその……まだ、孫権のこと悪い奴だって思えないし……。
が、
 この質問にやたら過敏に反応した孫尚香ちゃんの答えは……意外なものだった。
 いや、何せ、

「何言ってんの! 裏切ったのはそっちでしょ!?」
717 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 02:48:59.62 ID:1U/RiEmE0
………………………………は?
 孫尚香ちゃんの回答は……納得できる理由でもなければ、開き直りでもない。言い訳ですらなかった。
 ちょ……いきなり何言ってんの? 裏切ったの僕らって……何それ?
 と、このセリフをかなり否定的な意味にとらえたらしい愛紗が、眉間にしわ寄せて反撃に出た。
「しらばっくれるな! 何の断りもなく同盟を破棄し、この町を襲ったのはそちらではないか!!」
 あまりの威圧に、強気だった彼女もさすがにひるんで体をちぢこめた。しかし愛紗は加減せずに続ける。
「襲撃されたあとからは、孫呉の旗や武具も見つかっている! 言い逃れはできまい!」
「そ……そんなこと知らないわよ! 私たちは、あんたたちが攻めてきたって報告を受けたから、ここまで迎撃に出てきただけだもん!」
 と、絞り出すように孫尚香ちゃんは言った。

 ……ってちょっと待った。

「ちょ、ちょっと待ってください!」
 と、僕と同じ疑問を抱いたらしい朱里が、あわてて両者の舌戦に割って入る。その眼は、困惑に大きく見開かれていた。まあ……無理もないけど。
「そ、孫尚香さん!? あなたたちのところに、わが軍……まあ文月軍ですけど……が国境を越えて進行してきた、って報告があったんですか!?」
「? そうよ、さっきからそう言ってるじゃない!」
 と、当然のように怒鳴る孫尚香ちゃん。こころなしか、最初の勢いが戻ってきた気がする。雰囲気に慣れたからか……相手が朱里だからか……(失礼か)。
 そんなことは悪いけど置いといて。
 今……かな〜り聞き捨てならないセリフというか、証言が聞こえた気がしたんですけど……?
 孫尚香ちゃんの話だと……もちろん、それが本当ならの話だけど……呉の王宮に『文月軍が攻めてきた』との知らせが来て、それで彼女がここに来たらしい。
 ……僕らのところに来た知らせと……思いっきり逆……?
「えっとコレ……どういうこと?」
「どういうことも何も、はめられてんだろ」
 呆れたような口調で雄二が言う。妙に落ち着いている……まさか、予想してた!?
 というか、『はめられた』って……まさか……!
「そういうことでしょうね……。あまりに話ができすぎてて、逆に偶然じゃないか、って思えちゃいますけど……」
「ふむ。流れを見るに……そう考えるのが自然なのだろう」
 冷静さを取り戻した朱里と、熟考から明けた星がそう言う。
 2人のこの態度に、悔しそうな顔……つまり、これってやっぱり……そういうことなんだろう。僕もわかった。
 と、ここでまだ状況がわかっていないらしい孫尚香ちゃんが、さっきみんなの気迫に当てられた時のとは違う種類の困惑を浮かべている。
 ため息混じりに彼女の疑問に答えたのは……秀吉。
「つまりの、ワシらもまた、『孫呉が攻めてきた』という報告を受けて、わざわざここまで来ておったのじゃ。そして,あの町に来てみれば……」
「…………惨劇」
 お、ムッツリーニが耐えきったみたいだ。復活した。
「…………現場には、孫呉の防具や武器、旗、落書き……」
「そ、そんなの知らないもん!」
 心のそこから驚いた様子で彼女……孫尚香ちゃんが言う。僕らが見る分には、何も嘘をついているようには思えないけど……?
 秀吉にちらりと目を送ってみると、秀吉は首を横に振る反応を返した。嘘じゃない……か。
そうなると……つまりこういうことか。

 僕らのところには『孫呉襲来』の報告が届いた。現場に行ってみると……そこには孫呉が攻めてきた……とわざとらしくも象徴する破壊工作の山。
 時を同じくして、呉には『文月襲来』の報告。その防衛&迎撃のため、孫呉は兵を出した……。で、国境付近にいる僕たちを発見。そこで、『文月が攻めてきたっていうのは本当だったんだ!』と盛大に誤解。
 僕らは僕らで『また来やがった!?』と誤解。
 ……で……激突か。

「おーいおいおいおい……何だかまたえらくあくどい策略だな……」
 ため息交じりに翠がそんなことをつぶやいた。いやまったく。
「にしても……誰だろうな? こんなマネしやがったのは……」
「ひきょーなのだ! 自分で戦わないでこんな手を使うなんて!」
 憤慨している翠と鈴々。
 と、その隣で、戸惑っていたと思えば、さっきから静かにしていた孫尚香ちゃんがおもむろにつぶやいた。
「……もしかして……」
「? どうかしたの?」
「……わかったかもしれないの。なんとなくだけど……今回の戦いの仕組みが……」
「「「!?」」」
 その衝撃発言に、僕ら全員の視線が孫尚香ちゃんに集中した。
 ちょ……わかったってどういうこと!?
「それはつまり……この計略の首謀者が、またはその目的がわかった……ということか? 孫呉の姫よ」
「両方よ。多分……だけどね」
718 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 02:50:08.88 ID:1U/RiEmE0
「周瑜が……?」
 孫尚香ちゃんの話に、愛紗がしぼり出すような声で反応した。その顔は、驚きにゆがんでいる。
 その証言主であり、『絶対逃げない』という約束をした上で拘束用の縄を解かれ、現在自由の身の孫尚香ちゃんは、こっちはこっちで驚いている……というよりは、何だか落ち込んでいるというか、ショックを受けているというか……そんな微妙な表情。
 けどまあ……その理由もわからなくもなかったり。
 なんたって……たった今孫尚香ちゃんがいった理由って言うのが……呉軍筆頭軍師・周瑜の裏切り、っていうとんでもない説だから。
「それってつまり……その……」
「その周瑜ってのが、呉を裏切ろうとしてる……ってことか?」
 僕のセリフをさえぎる形でそう口を挟んできたのが、どうやらうすうす感づいていながらもあえて口に出さなかったらしい雄二。まったくこいつの頭には驚かされるというか、その前に言わなかったことに文句言ってやりたいというか。
 まあそれは後にして、今は孫尚香ちゃんの話を聞かないと。
 雄二の問いに答える形で、彼女は口を開く。
「裏切るとか裏切らないとか、その辺はよくわからないの。冥琳が呉を大切に思ってるのは確かだから。でも……この件に関して、冥琳は絶対に何か一枚噛んでると思う」
 冥琳? ……ああ、周瑜の真名か。
「いや……こういう事態を引き起こすというのは、裏切り以外の何物でもないような気がするのじゃが……?」
「確かに。その周瑜が首謀者なのか、はたまたコレを立案した者と内通しているのかはわかりませんが……少なくとも何らかの形で関わっているようですしな……」
「そんなことより、それなら早く呉に使者を送って、そのことを教えてあげるのだ!」
 と、秀吉と星の問題提起を断ち切って発言した鈴々。でも、その発言内容は一理も二理もある。
 せっかくこういう事実がわかったわけだし……ここは一刻も早く孫権の所に使者を送って、このことを知らせてやるべきだ。まず、この戦が勘違いの産物だということ。それに……周瑜に謀反の疑いがあること。そうすれば、全面対決、なんていう最悪の事態はまず回避できると……
 と、思ったら。
「無駄だよ、そんなことしても」
「「「!?」」」
 意外にも……そこに反論してきたのは孫尚香ちゃんだった。無駄?
「あら……それは、どういうことかしら?」
 不思議そうに紫苑がたずね、その回答に皆の視線が注目する。悲痛な面持ちの孫尚香ちゃんは、そんなことで緊張している暇も余裕もないといった感じで、それに答えた。
「……さっきの戦いで、孫呉の兵が傷ついちゃったもの。死者も大勢出たし……それを水に流せるほど、お姉ちゃんは薄情じゃないから……」
「つまりそれって……その報復のために、また大きな戦いを起こすってことか? あたし達と!? 孫権が!?」
「…………(コクッ)」
 孫尚香ちゃんの首肯。
 ちょ……ちょっとまってよ!? この戦いの発端はたれ華の策略がもともとの原因だったんでしょ!? 町の襲撃も偽の孫呉軍の仕業、誤報もそいつらの仕業、どっちも悪くないってわかったんだから、そんな必要ないんじゃ……
「それでも……無理。お姉ちゃんは……絶対、文月に戦いを挑むわ」
「いや、何で!?」
「これは理屈とか、数勘定とかそういうのじゃないの……。孫呉の国って、『仲間を傷つけられたら、全身全霊で復讐する』って、そういう国だから……言ってみれば……」
「プライド、いや……意地とか、誇りとかの問題……ってことか?」
「ん……多分、そんな感じで考えてもらって大丈夫……」
 僕ら以上に沈んだ雰囲気をかもし出している孫尚香ちゃん。その表情を見るだけで、それが冗談とか誇張表現じゃないってことがわかる。かける言葉も見つからない。
 つ……つまり、孫権は確実に攻めてくる、と……? や、厄介なことに……。
「…………戦うしかない?」
「えっと、説得が出来ない以上……そういう方法をとるしかないでしょうね……。仮に使者を送ったとしても、今のこの状況では、信じてもらえる可能性は絶望的ですし……」
「そりゃまあ……孫権にしてみりゃ、軍を返り討ちにされた上に、妹が捕虜にされちまってんだしな……。あたしらがここで何言っても、多分聞いてくれねーよな……」
 そりゃそうか……。
 そういえば、孫権って誇りとかそういうのを人一倍重んじてるような印象があったっけ……。そりゃあ、今の状況……怒るわ……。
「だったら、こっちとしても相応の対処をしなきゃならねーだろうな」
 と、何だか割り切ったような響きと共に雄二が言った。
「だまされてるとわかっててそのシナリオどおりに動くってのも気にくわねーが……そうでもしねーとこれ以降の自体が同動くのかわかったもんじゃねえ。孫権が攻めて来るんなら、ここで迎え撃つしかねえだろう」
「だよね……でも雄二、なるべく……」
「被害を出さないように……だろ?」
「正解」
「やれやれ……おぬしの考えそうなことじゃの」
 ため息交じりの秀吉の声には、少し納得したかのような響が含まれていた。どうやら……秀吉もこの事態を振っ切ったらしい。決戦を納得したってことか。
 それに触発されてか、皆も次々とそんな様子を見せた。
「賛成ですな。ここで手をこまねいては、それこそ泥仕合になる。戦って、実力で説得する他ありますまい」
「ええ……。それが正しい方法とは思えないけれど……今はこの急場をしのぐことを考えなくては」
「……決まりだな」
 雄二はそうつぶやいて、みんなを見回す。皆が頷いたのを確認すると、僕に目線で合図を送った。やれやれ……わかったよ。
「じゃあ……戦(や)る方向で。場所は……ここでいいかな?」
「だな。わざわざ俺らの領地の深部まで進攻を許す必要はねーし……かといって孫呉の領地に入ったら、孫権のヤツますますキレるだろーしな」
「はい、ここに陣を張って、孫権さんの軍を迎え撃ちましょう」
「じゃあ……紫苑、兵站の準備を頼む。本国からの援軍とか……そろそろ地方に散らばってた連中が戻ってきてる頃だしな……十分な量を頼む」
「ええ、了解よ」
 紫苑が穏やかに頷くのを確認してから、次に雄二が顔を向けたのはムッツリーニだった。
719 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 02:51:40.35 ID:1U/RiEmE0
「ムッツリーニ、呉領各地に斥候を放ってくれ。孫権の軍の動向もそうだが……周瑜がコレに乗じて何かやらかす可能性もある。見張っときたい」
「…………わかった」
 言うやいなや、ムッツリーニは走り出した。指示を出しにいったんだろう。
 さて……あとは……
「残るは……こやつのことじゃな」
「え? わ……私?」
 と、急に秀吉に話を振られて驚いている孫尚香ちゃん。
「わ……私が何だっていうの?」
「おぬしをこのまま返すわけにはいかんのでな」
 と星。
 そりゃそうだ。いくら誤解だとわかったからって、それはちょっと無理があるもんね……。仮にこのまま開放したとしても、孫尚香ちゃんが引っ張ってきた郡はもう帰っちゃったし……。万に一つ無事に呉に帰れても、何か文月の罠だって勘ぐられる恐れもあるし、『真相を知ったから』ってんで、周瑜あたりに狙われるかもだし……。
 ここはやっぱり……
「えっと……しばらくは、ここにいてもらえると助かるんだけど……?」
「……? まあ、捕虜なんだし、かまわないけど……」
「ああもちろん、名義上は捕虜ってことになるけど……別にそんな監禁とかしないし、ある程度なら自由にしてくれていいし、侍女とかもこっちで用意するからさ」
「……? いいの、そんなにその……至れり尽くせりで?」
 あくまで自分は『捕虜』、何されてもいい、覚悟は出来てる……とか思ってたらしい孫尚香ちゃんは、僕が提示した破格の条件に、ちょっと戸惑っているようだった。まあ……普通に考えてみたら、捕虜には似つかわしくない条件だしね。
 けどまあ……僕としては、捕虜として扱うことも正直抵抗があるわけでして……。
「……そんなに自由にさせて……逃げ出すかも、とか考えないわけ?」
「ん〜……逃げ出さないでもらえると嬉しいんだけど」
「それだけ?」
「それだけ」
「…………?」
 ハトが豆鉄砲食らったみたいな顔の孫尚香ちゃん。どうしたもんか、と反応に困っているらしい。
まあ……戸惑うのもわかるけど、今は後回しにしてもらおうかな。この際だし、今のうちに色々と準備を進めておこうか。
「とりあえず……そうだね、紫苑、孫尚香ちゃんの部屋と……あと必要そうなもの一式用意してもらえる? 一応肩書きは捕虜になっちゃうけど……なるべく客と同じ扱いで」
「心得ましたわ」
 優雅に一礼しつつ、紫苑は歩いていった。紫苑はこのことの他にもやることがいっぱいあるしな……ちょっと心苦しいけど、がんばってもらわないと。
 この後僕は何すればいいのかな、なんてことを雄二に聞こうとして振り返ろうとすると、

「……ふーん……」

 と、そこで僕は、孫尚香ちゃんがさっきから僕の顔をじっと見つめている……というか、覗き込むようにして見ているのに気づいた。気のせいか、かすかに笑みなんかまで浮かんでいるような……? 何だろ?
「えっと……何?」
「……ふふっ、いい男ね、あんた」
「?」
 何、いきなり?
 きょとんとした表情になっているであろう僕にかまわず、何だかこころもち元気になったようなしぐさを見せる孫尚香ちゃんは、ぴょんと飛び跳ねて後ろに下がると、
「うん、決めた! じゃあ逃げ出さないどいてあげる!」
「え? あ……うん、ありがと……」
 …………? 何だかいきなり機嫌がよくなったような……? というか、何でこのタイミングでそんな……?
 ま、いいか。大人しくはしてくれるみたいだし……これなら、まあ、愛紗とかに多少文句言われるかもしれないけど、彼女に対してお客様クラスの待遇くらいならつけられるかもしれない。
 いずれは孫呉とも仲直り(できるといいなあ……)するつもりなんだし、いざとなったら孫権を説得してもらうためにも、彼女にいやな思いはしてほしくない。軟禁なんてしたら後味悪いにも程があるもんね。
720 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 02:52:16.58 ID:1U/RiEmE0
「あんたにも、ちょっと興味が出てきたしね……ふふっ♪」

 ……? 最後に何言ったのかいまいち聞き取れなかったけど……ま、いいか。
 ともかく、まあ激しく不本意だけど、今はとりあえず来たるべき孫呉との決戦に向けて準備しないとな……。
 色々な疑問や不安が交錯する中、僕らと孫呉の第一戦はひとまず終わりを告げた。
 さて……これから大変そうだな……。

                       ☆

「ところで……星?」
「? 何だ、坂本殿?」
「ああ、例のアレだが……うまくやってくれたか?」
「無論だ、何の問題もない。後は結果をご覧頂くのみだ」
「そうか……わかった。助かるぜ」

721 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 02:53:14.26 ID:1U/RiEmE0
孫呉編
第106話 姉と妹と国の雰囲気

 小蓮が率いてきた軍を撃退して数日。今日も今日とて、我が文月軍はやはり忙しい。
 今後の展開が小蓮の言っていた通りなら、後にさらに大きな戦いが待っているからだ。
 もちろんそれが、恐らく孫権自らが率いて来るであろう、孫呉の軍との決戦であることは、言うまでもない。
 愛紗達はもちろんのこと、部隊長達や兵士達の間にも感じられる緊張感。周辺の街では戦いが飛び火することを恐れて疎開する人も出始めたと聞く。
 この事態に備え、本城に残してきた残りの天導衆4人を呼び寄せたけど……さして変わった様子は無い(姉さんは連絡要員ということで向こうに残した。ほっ)。
 一番深刻なのが、人質の二喬ちゃん。万一の時のために、美波達と一緒に本城からこの戦線近くに張ったキャンプに呼び寄せたんだけど……いつ倒れるかわからないくらいに連日顔色が最悪。まあ……もともと『そういうことになったら報復に殺せ』って条件で引き渡された人質だし……今はまさにそんな状況だ。何よりも、2人もまだ子供。いつ処刑されるのかも知れない中、怖くなるのも無理ないだろう。そんなことしないけど。
 もちろん、僕達『天導衆』も例外ではない。矢面にこそ出ないとはいえ、戦場に顔は出すわけだし。それに……呉の国も、面積を除けばかつての魏と同等に近いくらいの力を持つところまで来ているからだ。皮肉にも……僕ら『文月』との外交政策の利益のおかげで……。
 最高幹部から一兵卒に至るまで一様に緊張感に包まれたこの状況。個人的にあんまり好きな空気じゃないんだけど……多分これが自然なんだろう。仮にも、大陸を2分する大国同士の戦いなわけだしな……。

 ……だというのに……

 バタン!

「やっほー、明久ー! 遊びに来たよーっ!」
 この子だけ何でこんな感じなんだろう? 当事者もいいとこなのに。
 満面の笑顔で戸口に立っている小蓮(しゃおれん)(孫尚香ちゃんの真名らしい。呼んでいいって言われた)の顔を見て、政務の波状攻撃に追われている僕の口からは自然とため息が漏れる。
「も〜、何ため息なんかついてるの? せっかく私がこうして来たんだから、もっと嬉しそうな顔しなきゃでしょ?」
「ははは……できたらよかったんだけどね」
「? 何でそんな暗いの?」
 それはね、これから君のお姉さんと戦うからです。
 と、小蓮はいかにもわかったかのような顔になって、
「あ、そっか〜、なるほど……。政務で疲れてるんだね?」
 や、まあ……それもあるけどさぁ……いや、考えるのはやめにしよう。
 しばらく小蓮と一緒に(陣地に)住んでみてわかったんだけど、どうもこの子鈴々系のにおいがするんだよね……。

  ・鈴々系
 明るく元気で天真爛漫な子の総称。いつも変わらず元気で、場を盛り上げる能力を持つ。
 が、少々暴走気味になる傾向があり、話を聞かずに周りを疲れさせることもしばしば。
 活発さやテンションに身体的発育が伴わない場合が多い。

 なので、何か言っても恐らく受け流される。
 おまけに他の鈴々系……鈴々や季衣なんかと違って口も達者らしく、先日舌戦を挑んだ愛紗が見事に言い負かされていた。本人いわく、『戦の口上とかがきちんと出来るように勉強させられたの』だそうだ。またなんか低次元なフィールドでその力を発揮してるけど。
 そしてその小蓮、やはりというかそんなことはミジンコほども察しておらず、何を思ったのか僕の袖をとってくいくいと引っ張ってくる。
「あんまり根を詰め過ぎても上手く行かないよ? ここはほら、一度気分転換でもしよ? ね?」
「気分転換?」
「そ! 町……はまだ復興途中だからダメだけど、遠乗りとか、狩りとか、釣りとか……」
 どれもアウトドア系、体を動かすタイプの案だ。活発そうな雰囲気のある小蓮らしいな。
 鈴々とかだったら喜んでそうするんだろうし、体を動かすのは嫌いじゃないんだけど……さすがに遠乗りとかはなぁ……。時間を相当取られるから、余計政務がきつくなりそうだ。
 何より、この会話の流れ……小蓮自身もついてくる気まんまんと見て間違いあるまい。けど……小蓮はあくまで捕虜、そう簡単に外に出すわけにも行かないわけで……。
「ん〜……その顔は……ダメって感じ? 明久、遠出は嫌いなの?」
「いや、そうじゃなくて……」
 と、

 ガラッ

722 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 02:54:06.09 ID:1U/RiEmE0
「誰と話してんのかと思ったら……お姫様だったのね」
「美波?」
 小蓮の背後を取る形で戸口に立っていたのは、手に書類の束を2つ3つ抱えた美波だった。
「どしたの? こんなとこ来て……」
「コレよコレ。アキ宛の書類がウチのに混じってたの。書いてる内容からして……なんか重要書類っぽいわよ?」
 あ、それで届けに来てくれたんだ。普通の決済とかならともかく、重要書類とかはむやみやたらと侍女の人達の目につけちゃいけないものだしね。ところでそれ考えると、小蓮がここにいるのもちょっと問題なんだけど……
「? あんた確か……明久の部下の人? 天導衆の」
 と、美波に気づいた小蓮が口を開いた。
「部下違うけどね。ほら、昨日自己紹介したでしょ? 島田美波よ、よろしくね、孫尚香ちゃん?」
「ふーん……」
 本城から美波達が到着したのが昨日のことだけど、その際に小蓮への簡単な自己紹介を済ませてある。それで小蓮が覚えたかどうかは微妙な所だけど。
「それはそうと、何で孫尚香ちゃんがここにいるの? 捕虜って一応行動エリア制限あるわよね?」
 そうそう、そこ僕も気になってたんだけど、聞くの忘れてた。小蓮、衛兵とかに止められなかったのかな?
「ああ、そういえばなんか『ここから先は立ち入り禁止だ!』って言って立ってるのがいたっけ」
 ああ、やっぱり止められたんだ……ってあれ? じゃなんで来れたの?
「なんか色々言ってきてムカついたから、『私を困らせたら明久が怒るよ? 何たって真名で呼び合う仲なんだから!』って言ってやったら、青い顔してどいてくれたよ?」
 人はそれを脅迫と呼ぶ。
 なるほど……さすがは小蓮、孫家の威光が通じないとなれば僕をバックにちらつかせて、か……。そりゃ衛兵さん、どかざるを得ないわ……かわいそうに。というか、僕は別に真名とかそういうのないんだけど。
 それはそれとして美波、何で当然のように僕の隣に着席してるの?
「ん? ああ、いつも通り仕事手伝ってもらおうと思って」
「んな、恒例みたく言われても……」
 今はただでさえ忙しいんだけど……っていっても無駄なんだろうな、既にペンとかインクとか用意し始めてるし。
 けど……美波も最近は姫路さんの猛特訓のおかげでけっこう漢字読めるようになったんだよね? 美波にも読める難易度の書類を回してもらってるはずだし……僕のところに来なくても大丈夫なんじゃない?
「ね、念のためよ念のため。わからなくなってからわざわざ来る……っていう感じにすると非効率的でしょ?」
 まあ、そりゃそうだけど……なんでほんのり顔赤くするの?
「……最近は忙しくて、こういう時しか一緒にいられないんだから……」
「何か言った?」
「何でもない」
 ならいいけど……。
 と、なんだかわずかながら機嫌が悪くなったらしい小蓮がここで発言。
「ねえ明久〜、シャオとのお出かけは〜?」
 いつの間にそんな予定を?
「う〜ん……仕事もあるし……やっぱ今日は無理かな」
「そっか〜……お仕事じゃ仕方ないね、明久の邪魔をするのは嫌だし……」
 さすがに日常的に政務をこなす姉を見てきた小蓮、そのあたりはきちんとわかってくれてる。これが璃々ちゃんとか恋だとそうは行かないんだけど……。
 と思ったら、小蓮が何か思いついたらしい。口を開き、
「そうだ! シャオが手伝ってあげる!」
「「へ?」」
 唐突にそんなことを言い出した。

723 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 02:54:56.30 ID:1U/RiEmE0
てっきり、代わりに書類にサインしてくれるとか、代わりにハンコ押すとか、そういうこと言い出すんだとばっかり思ってたけど、意外なことに小蓮の申し出は違った。
 や、別にその方がよかったんだけどね。前に似たようなこと(ハンコ係)を璃々ちゃんにやらせたら、愛紗に『国王の認印を手伝いとはいえ子どもに押させるなど何を考えて……』って軽く1時間説教食らったっけ。どうやら威厳とか責任とかそういうものの問題上、そういうのはアウトらしい。
 で、小蓮は何をやってくれるのかというと……一言で言えば、ゴーストライターである。
 この大変な中だから、周辺の小国や傘下の小国に色々と指示を出す手紙を書かなきゃいけないんだけど、それを書くのはやっぱり僕の役目。でも僕が書くともう漢字ガチガチで、欠片も達筆とかそういうのが無い。なので、僕が文面を考えた後、字が上手い月か詠に頼んで清書してもらって、それをその小国の代表達に渡すんだけど……その手間を、小蓮は今一気に省いてくれてるわけ。
 孫家の姫としてしっかり教育されたんだろう、さすがの達筆で、内容も貫禄があるものだった。それでいて、僕でもギリギリ読めるから内容のチェックもしやすい。無いとは思うけど、この国に不利なこととか、内部情報とかが書かれてないかとかはすぐわかるし。
 まあ……王様直々の手紙をゴーストにやってもらう……ってのもどうかと思うんだけど……実質、僕が書く時だって雄二に泣きついて内容とか考えてもらってるわけだし(愛紗に内緒で)、それを月か詠に頼んで清書してもらって……って、僕がやってることって雄二が考えた文面僕の字で紙に書き直すだけだしね。
 あとで雄二と月と詠、それに美波に口止めしておけば問題ないだろ。
 そんなわけで、小蓮のおかげで思いの他早く政務が終わるかも……ってとこまで来た。雄二に骨子を作ってもらうとはいえ、手紙の内容考えるのって結構大変だからね……。
「ふぅ、こっちの国にはコレで十分かな……。明久、確認してくれる?」
「あ、ごめん、今ちょっと……美波、お願い」
「あ、うん。えーと、どれどれ……?」
 さながらオフィス。仕事がさくさく進むなあ……意外だったけど、小蓮の加勢はホント助かるよ。
「……うん、いいんじゃない?」
「ホント? よかった! じゃあ、コレはここに積んで……と」
 そういいながら、小蓮は脇によけてある紙の束の一番上に今書いた手紙を置く。
 うーん、僕の政務もそろそろ終盤だし、美波もそんな感じだし……これなら、早く片付けて遊びに行くとかも可能かもしれない。
 しかし……ホントにすごいな……コレだけの量をこなして、疲れの一つも見せないなんて……小蓮、やっぱりちっちゃくても孫呉のお姫さまだけあるのか。英才教育っていうか、そういう風に育てられたんだろう。立派なもんだ。
 と、そう言ったら、
「コレくらい普通だよ。お姉ちゃんはもっとすごい速さで政務とか片付けてるし」
 だそうだ。恐るべし孫家。
「それにしたってすごいわよ、アキなんかそのくらいの厚さの問題集やるのに、夜中になっちゃうでしょ?」
 美波が小蓮の積んだ手紙の束を指差して言う
「ん〜……教科にもよるけど、それでも無理かも。最悪、次の日の昼ごろまでかかる可能性が……」
「あははっ、面白いこと言うね、明久!」
 けらけらと笑うお姫様。
 ……冗談とかじゃなくてマジなんですけど……。い、言いづらい……。
「教科にもよるって、何なら大丈夫なの?」
「そうだな〜……世界史と日本史は他の科目よりは得意だし……あとは……」
「あとは?」
「保健体いたぁっ!!」

 スパァン!

「やめなさい、土屋じゃないんだから。小蓮ちゃんが見てる」
 不可視の速さで美波の掌が僕の頭に命中した。ツッコミという意味だからか、いつもよりは痛くないけど。
 ま、まあ……確かに今の発言は教育上ちょっとだけよくなかったかも……失敗失敗。でも、いくらなんでも殴らんでも……。
 ……と、

「……くすくすっ」

724 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 02:55:34.47 ID:1U/RiEmE0
「「?」」
 声を出来るだけ押し殺してだろうか、小蓮が笑っているのに気づいた。ん、何?
「ううん、何でもない。ただ……こんな楽しいの、久しぶりかもしれないな〜……って」
 そんなことを口走る小蓮。イスに腰掛けなおして、窓の外の少し遠い空を見ている。
「昔は、お姉ちゃんや穏とこんなふうによく話してたんだけど……今はもうほとんどそういうことなくなっちゃって。政務に軍務にてんてこまいで、穏もおねえちゃんも時間ないんだ、って……」
こころなしか……小蓮が寂しそうに見えるような見えないような……?
「そんなに大変そうなの、今の孫権?」
「うん……乱世だからいつもそうだったんだけど……魏が無くなってからは、特に。文月との外交はもちろん、周辺の小国への対処やらなにやらで、あちこち駆け回ってる。ここで油断すると、ほころび一つから孫呉の国が瓦解しかねないから……って。おまけに……」
 おまけに?
「お姉ちゃん、雪姉(しぇねえ)と考え方が違うから……冥琳と上手くいってないし……」
 ?
 聞き覚えの無い名前が出てきたな……冥琳は周瑜の真名だけど……シェネエって誰だろ?
「明久は、この地上に来てからそんなに経ってないから知らないかもだけどさ、私とお姉ちゃんにはもう 一人、雪蓮……あ、いや、孫策っていう名前の姉がいて……」
「あ、聞いたことある。周瑜と仲良かったんでしょ?」
「え、うん。そうなの……。もう……死んじゃったけど……」
 ああ……孫策……たしか、孫権や小蓮のお姉さんだっけ……。その真名が『雪蓮』だから、雪姉、ね。
 乱世に突入して戦いが始まって間もなく……そう、丁度僕らがこの世界に来るより少し前に、戦死した……って聞いたけど。孫権はその後をついで、若くして王になった、とも。
「王になってからお姉ちゃんはその役目を立派にこなしてるけどさ……そのかわりに、あんまり笑わなくなった気がして……」
「王様としての重圧がきつい……ってことかしら?」
「うん……だからね、お姉ちゃんを否定するわけじゃないんだけど……私はどっちかっていうと、この文月の国のほうが好きかな……もちろん、孫呉も好きだけど……今の孫呉はとても危ういの。現に、今回みたいなことが起こってるし……」
 複雑そうな顔でそんなことを言う小蓮。
 う〜ん……これは隙とか嫌いとかじゃなく……単に呉が、孫権が心配……って顔だな。もともと間近で孫権と周瑜のいざこざをみてただけに、ここでのアットホームな感じを見てびっくりしたんだろう。まあ、これほどアットホームな環境で政務こなしてる王様って僕ぐらいだろうしね。
 そして多分……孫権にも、僕ぐらい型の力を抜いてやって欲しいんだろうな……。王様として無理してる、ってのがわかるからこそ、孫権がかわいそうに思えるんだ、この子は。
「アキはもうちょっと無理してもいいくらいだけどね」
「ははは、厳しいなあ」
「当然でしょ。でもまあ……幸せ者ね、孫権さん。小蓮ちゃんにこんなに心配してもらえてさ」
 と、おもむろに美波は、小蓮の頭をなでてそう言う。
「……?」
「あ、ごめん、嫌だった?」
「いや、別にそうじゃないけど……お姉ちゃんが私なんかに心配されて、そんな嬉しくなんか……」
 と、卑屈気味になる小蓮に対して、美波の反応は優しかった。
「ううん、そんなことない。嬉しいものよ、妹がそんなふうに姉を心配してくれるのって。ウチも……わかるもの」
「え……?」
 あ、そっか。そういえば……美波も『お姉ちゃん』なんだっけ。
 こっちでの暮らしが長いからついつい忘れそうになるけど……美波には葉月ちゃんって言う妹がいる。丁度小蓮より少し年下かな、って感じだけど……そうか、重ねて見えるのも無理ないかも。
 そういえば美波、日本に来たばっかりで元気が無かったころに、それを心配した葉月ちゃんからノイちゃんのぬいぐるみを貰った、っていう実体験があるんだっけ。
 その一件は僕も一枚噛んでて、最終的に鉄人の鉄拳制裁を食らった上に『観察処分者』い認定される原因になった事件なんだけど……あの時の葉月ちゃんの笑顔はすごくかわいかったから、まあプラマイゼロで。
 どうやら美波も同じことを思い出しているらしく、
「そうやって、妹が自分のことを思ってくれてる……っていうのは、お姉さんはすごく嬉しいの。自分は自分のことで精一杯なのに、この子はそんな自分をしっかり見てくれてるんだ、心配してくれてるんだ……ってね。もちろん……」
 と、一瞬だけ僕に視線を向けて、
「ウチが嬉しいのは……葉月だけのおかげじゃないけど……」
 とかつぶやいていた。? どういう意味だろ。
「何でもない何でもない! さ、早く終わらせちゃいましょ? ウチも手伝ってあげる」
「え? どういう風の吹き回し?」
「なんとなくよ。ほら、小蓮ちゃんも、早く終わらせて外で遊びたいでしょ?」
「うん!」
 と、元気に返事をする小蓮。
 それをみて、美波がふっと自然な笑みを浮かべる。
 忘れもしない。テスト勉強で美波の家に言った時に見た、あの優しい顔。普段の元気で、明るくて、ちょっと怖い美波とは少し違う……『姉』としての顔だ。
 ……もしかしたら、ホントに小蓮を葉月ちゃんと重ねてみてるのかも。いつも元気だけど、実は少し心配性でけなげな彼女を励ましてあげたいのか……もっと彼女のことを知りたいのか……。
 いや、どっちでもいいし、考えるのも野暮だろう。
 今は僕も……この小さなお姫様を、思いっきり楽しませてあげたい気分だし。出来ればゆくゆくは……孫権も一緒に。
 そこに僕が一緒にいることはないかもだけどね。姉妹水入らずのほうが嬉しいだろうし。
 そんなガラにも無くまじめなことを考えながら、僕は書けなくなったペンにインクを足した。さて……いっちょ仕上げてやりますか!
「よーし、張り切って行こーっ!」
「「おーっ!」」

725 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 02:57:11.36 ID:1U/RiEmE0
孫呉編
第107話 盗聴と理解と大方針

 文月領・国境付近の出城

 玉座の間に集合しているのは、天導衆に大将軍、軍師の朱里、それに……
「ふーん、やっぱり立派な所ね〜……」
 小蓮。
 この状況は何なのかというと……今後孫権と、呉と戦うに当たって、その大方針を決めるための軍議を開くためである。
 いつものメンバーに加え、小蓮までもがここにいるのは、一応敵ではないことだし、色々なことの実況解説を頼んであるから。まあ、愛紗は反対してたけど……小蓮、別に僕らに敵意とかないしさ、いいじゃない。
 とまあ、それよりも問題なのが……
「あの……小蓮?」
「ん? なぁに、明久?」
「いやあの……なんで僕のひざの上に座ってるの?」
 そう、小蓮が自分のために用意された座席を無視して、玉座に座る僕のひざにちょこんとその小さな体を乗っけているところである。や、別に小蓮軽いし、僕は気にしないし、こうやって好感を持って甘えてきてくれるのは純粋に嬉しいんだけど……。
 当然ながら、愛紗の視線はジャベリンのごとき鋭さを持って僕に突き刺さってきているわけで……。正直落ち着かない……。
「……おほん、孫呉の姫よ、いったいどういうおつもりか」
 と、愛紗。すると愛紗は僕への答えも兼ねてこんなことを言い出した。
「え? いいじゃない、だって私は明久の妻だもん♪」
「「「はぁ!?」」」
 いろんな人の声がそろった。
 いやちょっと、何言い出すのいきなり!? 妻って!?
「あ、アキっ!? どういうことよ今の!?」
「明久君! 聞いてないですよ!?」
「僕だって聞いてないよ!」
 初耳にも程がある、そんな話、今まで出てきたことも無かったのに!
 雄二たちも『何言ってんの?』的な視線で僕のほうを見てるし……ち、違うって! 僕別にロリコンとかそういうんじゃないし、そもそもそんな話ここではじめて聞いたんだってば!
 説明を求めて(美波たちの手が動く前に)、小蓮のほうへ視線を向ける。すると、その小蓮は楽しそうに笑って口を開く。
「別におかしなことでもないでしょ? なんたって私、孫呉のお姫様だもん。政略結婚とかも全然アリだし」
「せ……っ……?」
 な……何言い出すのさこのお子ちゃま! その歳で政略結婚がどうのこうのなんて……なんてマセた子……。こ、これも孫家の英才教育の賜物なのか!? だとしたらあんまりいい効果を挙げてるとは言いがたい……。
 ってそんなこと言ってる場合じゃなくて! なんとか誤解解かないと、戦争が始まる前に僕の命の灯火が消えちゃうよ!
「ほー……なかなか達観した考えを持ってるんだな、お姫様」
「…………明久、式には呼べ」
「うむ、衣装合わせなら手伝ってやるぞい」
 あああっ! 面白がって火に油を注ぐ連中が! こいつら……ここぞとばかりにからかってきやがって……っ!
 雄二とムッツリーニは悲しきかな予想通りだったけど、秀吉まで……そんな男共の影響なんか受けちゃダメだ秀吉! 元の清純な君を取り戻せ……ってまた論点がずれたし!
「あら、話がわかるわね、坂本参謀。なんならそうね……あなたの結婚相手もこっちで手配しよっか? かわいい子選んであげる」
726 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 02:57:58.13 ID:1U/RiEmE0
「訂正、政略結婚なんて手段は断固としてとるべきではないと俺はここに宣言しよう」
 一瞬で掌を返す雄二の瞬発力は見事といえる。
 まあ、雄二が当事者になったとたんに、微笑を浮かべていた霧島さんの目から光が消えうせてどこまでも暗い無限の闇が広がったのが原因であるのは……想像に難くないけど。その目で睨まれ続けている雄二の冷や汗の量たるや、気温35度の熱帯夜でもこうはなるまい。
 ともかく、誤解を解かないと……と、僕が口を開く前に、愛紗が意気を荒げて小蓮に食って掛かった。
「そっ……そんなことは許さんぞ! 外交面での利があるとはいえ、そのような形でご主人様を……」
「あら、一家臣にそんなこと言われる筋合いは無いわよ? これは若い2人の問題なんだもん。ね、明久?」
 あの……できればこっちに話を向けないでいただけると……。
「まあ、さすがに今は呉と文月は緊迫状態だし、無理かもしれないけど……ゆくゆくは、って可能性は高いでしょ? 明久だって、呉とは仲良くしたいと思ってくれてるみたいだし……両国の王家が親戚同士になるなんて、最良の方法じゃない?」
「ふざけるな! 何だろうと、そんなことになれば……この関雲長、全身全霊で妨害することを神に誓うぞ!」
 何かカッコいいこと言ってるようで全然そんなこと言ってない愛紗である。威勢はいいけど口下手だからなあ……この子。
 そんな愛紗に対して、小蓮の毒舌(?)はさらに加速するのであった。
「あら、関雲長って、横恋慕するのも大げさなのね、みっともなぁーい♪」
「なっ……よ、横……」
「そんな自分の私的感情だけで、なーに君主の身の振り方まで決めようとしてるの? 保護者でもあるまいし、そんなんじゃ愛想尽かされちゃうわよ?」
「くっ……き……」
「ああでも〜……そこまで言うんなら、明久と私の子どもの名付け親ぐらいはさせてあげよっか? どうする? 今なら私機嫌いいし、許してあげてもいいけど」
「ばっ……おっ……子ど……」
「ま、ともかくそういうことだから、私と明久の未来のために、この戦いなんとしても勝たないとね、がんばってね、関羽将軍♪」
 と、ここで愛紗、戦法を変える手に出た。
「星! お前からも何か言ってやれ!」
「口で負けそうだからと私を巻き込むな」
 そして失敗。
 いや、今の……悪いけどすごくかっこ悪い……。そりゃ無理があるって……。
 や、そんなことより、もっと注意すべきなのは……この舌戦に参加してない残りの2人……。
 と、思ったら、何だか呆れたような、疲れたような表情……? あれ、てっきりジャベリンがナノスライサーか何かに変わって、息が苦しくなるような視線が向けられてるとばかり思ってたんだけど……。
「やれやれ……葉月といい小蓮ちゃんといい、最近の小学生は……」
「そ、そうですね……そんなこと無いってわかってるのに、びっくりしちゃいます……」
 あ、そうか。葉月ちゃんのパターンで、冗談とか勢いっていうことだとばかり思ってたんだ。ははは、助かった……小蓮がもうちょっと大きかったらどうなってたか……。
 いやまて、案外小蓮もそんなつもりなのかも。政略結婚とかもっともらしいこと言ってるけど、歳が歳だし。なぁんだ、びっくりして損した。葉月ちゃんと同じパターンか〜……。
 愛紗をからかってるのもおそらくノリだろうしね。よかったよかった。ようやく僕もこの場面を笑顔で見渡す余裕ができたよ。
 ……霧島さんの目に光が戻ってないけど。
 と、
「…………そろそろ始まる」
 ムッツリーニがそんなことを言った。え、そろそろ『始まる』……って? 軍議『始める』じゃなく?
「ああ、説明してなかったな……今日何するか」
 と、ここで雄二が立ち上がった。自然とそこに皆が注目する。
「今日の軍議の議題は他でもない、孫呉との戦いを前に、大体の方針を決めるのが目的だが……それにあたって重要な資料が間もなく手に入るんで、このタイミングでの開会となった」
「資料? 資料って……ムッツリーニ君の斥候?」
 と、工藤さん。
「いや、ムッツリーニに関連なのはそうだが……斥候の情報じゃない。もっと有意義な、リアルタイムの内部情報だ。ムッツリーニ、準備いいな」
「…………できてる」
 見ると、ムッツリーニの前に置かれているのは……連合軍のときに使った、盗聴マイクの受信装置? 何でそんなものをここに……
「この前の戦いで、陸遜……相手の軍師を逃がしたわけだが、星に頼んで、そいつの服に盗聴器をとり付けておいてもらった」
「「「なんと!?」」」
 り……陸遜さんの服に盗聴器取り付けたって!? こいつ、いつの間にそんな指示を……。ってことは、資料ってもしかして、その盗聴器から……
「ああ……リアルタイムで、孫呉の連中の軍議を盗聴する」
「や……やっぱり……」
 こいつ……相変わらずとんでもないこと思いつくな……。
 けどまあ、確かに有効な手段ではあるかもしれない。相手がどう出るかがわかれば、こっちとしても断然対策が立てやすくなるし、ましてや今回は『極力相手方の被害を抑える』戦いだから、相手の策がわかるっていうのは非常に助かる。あんまりいい気はしないけど、GJと言うべきなのかもしれない。
「……雄二、それはいいけど……」
「? 何だ翔子」
「盗聴器の信号……受信できるの?」
「ああ……どういうわけか知らないが、出来るみたいだ。孫呉の帝都とは、かなり離れてるから、無理かなとも思ったんだがな……」
 まあ、確かに盗聴器の電波の有効範囲はそう広くは無いんだけど……そこはこう、ご都合主義、っていうの? いいじゃん、できるんなら。
「っと、そろそろ始まるな」

 ザ……ザザ……ザ……

 ムッツリーニの手元の受信機から、そんなノイズ音が聞こえた。
 それに反応し、全員の視線が集まったその瞬間、ノイズ音が途切れて、

『穏! 貴様……小蓮様を見捨てておめおめと逃げ帰ってきたというのか!?』
727 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 02:58:41.09 ID:1U/RiEmE0
「ええっ!? し、思春の声!? な、何コレ!? どうなってるの!?」
 依然として僕のひざの上にいる小蓮が口走った言葉に、僕らは作戦の成功を悟った。思春……たしか、甘寧の真名! やった、孫呉の本城の会話だ!
 悪いけど小蓮への説明は後にさせてもらって、今はこの会話をじっくり聞かせてもらうとしよう……。

                      ☆

「穏! 貴様……小蓮様を見捨てておめおめと逃げ帰ってきたというのか!?」
 小さな子どもなら泣き出す前に気絶してしまいそうな迫力で怒鳴る思春。その気迫に穏は一瞬気圧されていたが、すぐに口を開いて反論を返した。
「み、見捨てるなんてことするわけないじゃないですか! でも、だって、小蓮様が1人で逃げろって言うから……私……私……」
 震える声で反論する穏は、今にも泣きそうだ。
 国境付近、文月領内で吉井たちの軍と交戦し、敗走した穏が戻ってきたのがついさっきのこと。その顔ぶれに、総大将として出撃したはずの我が妹の姿が無いのはすぐに知れた。ゆえに、こうして着替える間もなく緊急軍議が開かれる次第となった。
 案の定、小蓮は『自分よりも穏のほうが役に立つ』という理由で戦場に残った。情報によれば……捕虜になったらしい。全く……歳のわりに考えることは立派に私の妹ということか……。
 とはいえ、君主を見殺しにしたという罪の意識が穏をどれだけ追い詰めているかは……想像に難くない。よく……泣かずに耐えているな……。
「穏……」
「……! 蓮華様……!」
「小蓮の事は……もういい。気にするな。それよりも……穏、よく、戻ってきてくれたな」
「れん……ふぁ……さまぁ……っ!」
 ここで、どうやらとうとう我慢できなくなったらしい。の雲はぽろぽろと大粒の涙をこぼして泣き出し、その場に座り込んでしまった。
 慰めてやりたいが……今は逆にしないほうがよかろう。言葉で言って清算できるような問題でもない、泣きたいだけ泣かせて、自身で立ち上がるのを待つ他にあるまい。
 それよりも……今はこっちだ。
「……小蓮の捕縛をよしとするわけではないが……ことがこうなった以上、小蓮よりも穏のほうが我が軍にとって有意の人材だ。やつの判断は正しい」
「ええ……しかし……困ったことになりましたな」
 と、ことの始終を黙ってみていた周瑜が、ここでようやく口を開いた。
 相変わらずん無表情で私のほうを見返してくる。……ここで私が同出るか、量っているつもりか……?
 その意図はよくわからんが……困ったことになったというのは事実だろう。
 情報に若干の食い違いはあったようだが……まさか、本当に吉井が敵に回るとは……。
 もっとも恐れていた事態だ。やつの国は国力・財力・軍事力ともに我ら孫呉よりも格上、できることなら、戦いなどしたくはなかった。吉井もそれを考えていたからこそ、平和条約の締結を承諾してくれたものとばかり思っていた……。
 ……そこへ来ての、これか……。まさか、あの男が裏切るとは……。
 やつは、好感を覚えるほどに温厚かつ明るい、天然とも呼べるような性格で……とてもこのようなまねをする男ではない、私の目にはそう映った。威厳に満ち溢れているわけではなかったが、そう信じられる、雰囲気のようなものがあった。
 そうして信じた結果が、これか……。私の目が、曇ってしまったということか……? それとも……前に周瑜が言っていたように、坂本雄二が……あの『紅い悪魔』がそそのかしたか……? もしくは、坂本の独断……?
 いずれにせよ……こうなってしまっては、最早とるべき道は一つしかあるまい。
「やれやれ……私の情報を早くに信頼し、正規の軍を出していただけていれば、このようなことにもならなかったと……」
「言うな周瑜、わかっている。それに……やるべきこともわかった」
 周瑜の言葉をさえぎる形で、私は口を開いた。言うべきことがある。孫呉の……王として……。
「思春!」
「はっ!」
 いつもどおりの……しかし、心なしか気合が入った声で、思春が返事を返す。
「我が孫呉を愚弄した罪がどれほどのものか……裏切り者にわからせてやるぞ! 先鋒を取れ!」
「御意!」
「穏……お前は軍師として、私のそばにいろ!」
「はっ……はい!」
 ようやく泣き止んだらしい穏は、顔中をぬらしている残り涙を袖でぬぐい、背筋を伸ばした。やはり、いつもはへらへらしているように見えて……こやつも強いのだ。
 さて、あとは……
「周瑜、お前には防衛の全てを一任する。曹魏との戦で我が軍の足を引っ張った兵站作業……失敗に2度目は無いぞ」
「……御意。しかし、いかがなさいます?」
 と、周瑜が妙なことを言い出した。いかが……とは?
「防衛のことは好きにしろ、お前ならいちいち私に……」
「そうではありません。小蓮様のことです。小蓮様が敵の捕虜となっているのでは、我が軍の取れる行動にも当然制限が……」
「小蓮の存在いかんによって作戦に変更は無い」
 周瑜のセリフを再びさえぎり、私はぴしゃりと言った。
728 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 02:59:42.31 ID:1U/RiEmE0
小蓮の身柄を盾に何を要求されようが、我々は無視する。あれも孫家の人間……自分が人質になった時の身の振り方など、とうの昔にわかっている」
「……お見捨てになるか? それとも、小蓮様が自ら死を選ぶと?」
「どちらでもかまわん。それが……孫家の人間のあるべき姿だ」
 言いながら……私は罪の意識が無いわけではなかった。
 やつは……小蓮はまだ幼い。成長した暁には、ゆくゆくはこの孫呉を治めるに足る女へとその器を昇華させたはずだ。私の……後任として。
 それも……その夢も……おそらくはこの戦で潰えることになるだろう。
 私があの時、全軍を率いて出撃していれば……いや、もう考えるのはよそう。いくら嘆いた所で、やつのたどる運命は……おそらく変わらない。ならば、私は……やるべきことをやるだけだ。孫呉の……王として。
「私自ら準備を指揮する! 皆のもの、孫呉の未来のため、小蓮の犠牲を無駄にしないため、奮励努力せよ!」
「「「御意!!」」」
 その言葉と同時に、穏や思春を含めた軍の高官たちは、蜘蛛の子を散らしたように一斉に散開した。来るべき戦いの……準備のために。

 ……と、思ったのだが、

「周瑜……何故行かん?」

 なぜか、周瑜1人が私と共にこの玉座の間に残り……じっと私を見つめていた。
「……なんだ、私の顔に何かついているか?」
「……蓮華様」
「?」
「蓮華様は……この国を……呉を愛していらっしゃいますか?」
「当たり前だ」
 即答する。
 ……一体何だ? いきなりそんなわかりきったことを聞いて……相変わらず、こいつの考えは読めん……。
「そうですか……なら、いいのです……」
 表情に寸分の変化も見せず、周瑜は振り向くと、玉座の間を後にした。何だ一体……? ……気にはなるが、そこを気に掛けているときでもないな。
 残念だが……こうなってしまった以上、吉井を倒すしかあるまい。できることなら、お前とは、文月とは、恒久の平和の下に付き合いをしたかったが……ことがこうなっては最早互いに退くことはできん。
 その首……この戦にて、この孫仲謀が貰い受ける……! 覚悟しろ、吉井!!

「……孫権たちの声が聞こえなくなった」
「ああ……軍議はここまでみたいだな。ムッツリーニ、もう止めていいぞ」
「…………了解」
 以上を持ちまして、盗聴タイム修了、と。
 やれやれ……また物騒な会話だったなあ……ま、そういうもんなんだろうけどね、軍議なんて。
 少なくとも今の僕たちみたく、茶菓子をパクつきながら話すような感じではない。ま、それはおいといて、
「しかしまあ……面倒なことになったなあ……」
「たしかに……孫権のやつ、やる気まんまんじゃったのう……」
「止まりそうに無いわね、アレは……」
 僕の独り言に、秀吉と美波が丁寧に肯定で返してくれた。
 はあ……盗聴で決して音質がいいとは言えなかったんだけど……そんなの全然気にならないくらいの熱気が伝わってきた。もう、向こうさんボルテージMAX。これもう、何言っても止まらないかも……。
「これではっきりしましたね、ご主人様……孫権は、戦って実力でねじ伏せるしかなさそうです」
「ですな。裏切りの戦が始まるのみならず、兵を損ない、妹が人質に取られたとあっては……その怒りは推して知るべき、といったところですかな」
 愛紗も星も、同じ意見。まあ、わかりきってたことだけどね。
 そして、もう一つわかったことが……。
「ねえねえ、やっぱりこれ……周瑜さん怪しいよね?」
 と、工藤さんのもっともな発言。
 だよねえ……なんか聞いてたら、孫権をあおってるみたいなセリフが目立つし、まるでさっさと文月と孫呉を戦わせようとしてるみたいな……第3者視点で見ると、こんなにわかりやすいんだなあ……。その場にいた皆さんは、ヒートアップして気づいてないんだろうけど。
 それに聞いたら、なんとまあその『文月襲来』の報、周瑜が持ってきたって言うし……。
「もうこれ、決まり……ですよね……」
 姫路さんのため息交じりのセリフは、おそらく正解だろう。
 周瑜……どうやらやっぱり、この事件に何らかの形で絡んでるな……。孫呉が大陸を統一するための戦いの口実を作りたかったのか、はたまた別の目的があるのかは不明だけど……どっちにしろ、孫権との激突は避けられそうにない。
 説得……も無理だろう。小蓮見捨てるとか堂々と言ってたし。
 その小蓮は……ある程度予想してたみたいで、そんなにショックは受けてないみたいだ。
 しかしまあ、となると……
「戦うしかない……か……」
 ……しょうがない、腹くくろう!
「よし、皆! こうなったらもうどーしようもない、極力被害を抑えて孫権をねじ伏せて、それから誤解を解こう!」
「それがいいな……朱里、策あるか?」
「あ、はい、考えてありますけど……その前に一ついいですか?」
「「「?」」」
 と、朱里はみんなの視線が集まったのを確認するより先に、雄二の方を向いていった。
729 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 03:00:09.79 ID:1U/RiEmE0
「その……今回の作戦なんですけど、以前から坂本さんたちが開発していた第3、第4の新兵器が使えそうな気がするんですが……あれ、完成してるんですか?」
 ! だ……第3、第4の新兵器!?
 それってもしかして……その存在は知ってたけど、結局完成しなくて曹魏戦では使われなかったアレのこと!?
 それを聞いた雄二は、『ああ、そーいえば……』みたいな顔をしたと思うと、姫路さんと霧島さんの方に視線を向けた。それを受けた2人の反応は……
「「(コクッ)」」  ←  首肯
 てことは……できたの!?
「はい、玲さんが参戦してくれたことで、思いのほか作業がはかどりまして……」
「……予定より早く、完成度も高く仕上がった」
 そうか、姉さん、常識には疎いけど知識だけはあるからな……これは思わぬところで活躍してくれた! これでもう帰ってくれたら文句なし!
 とまあそんなわけにはいかないからこれはもう考えないことにして、
「よっしゃ、それじゃあ方針はこれで決定! 敵味方に関わらず極力被害を抑えて、さっさと誤解解いて黒幕をとっちめるぞ!」
「「「おぉ―――――っ!!!」」」
 文月勢のみならず、小蓮まで参加して気合の入った声が玉座の間に響いた。
 さーて……いよいよだな……。
 今までに経験したことのない戦争だ。敵を『助ける』ための、『極力敵を殺さない』戦争なんて……。
 頼りは、今まで共に戦ってきた仲間達と、朱里の策と……そして、姉さん主導で作り上げた第3、第4の新兵器! こんだけそろってれば……なんだろうが上手くいくさ!
 やってやる、必ず孫権と仲直りするぞっ!!

730 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 03:00:54.62 ID:1U/RiEmE0
孫呉編
第108話 口上と策と子供だまし
 某日
 孫呉・文月国境付近の荒野

 いやー……またえらい大軍だこと……。
 攻めて来てくださった孫権の軍勢を一目見て口から漏れるのはそんな感想。まるで花咲か爺さんがずっこけて灰ばらまいて、バラかカーネーションが荒野に百花繚乱したみたいな感じの真っ赤な光景が広がる。展開している呉の軍隊だ。
 赤い鎧に赤い軍服……孫呉の皆さん、気合入ってますねえ……全然感心できないけど。
「城とその周辺にいる兵全部引っ張ってきた、って感じだなこりゃ」
「でしょうね……。我々の準備が整う前に攻めてくるつもりでこうしたんでしょうけど……この短時間でここまで大量の兵をかき集めるなんて、すごい手腕です……」
 そう、僕たちが(リアルタイムで)孫呉の皆さんの軍議を盗聴してからまだ10日もたってない。そのわずかな時間にこれほどの大軍隊を集め、準備を整え、ここまで進軍してきた……って、マジで言葉も無いよ。孫権、やっぱすごいなあ……。
 敵に回すと一番怖いタイプだってのはわかってたけど……やっぱり敵に回したくなかったな……。
兵数のこともそうだけど……こっちはこの戦いが誤解の産物だってわかってるわけだし……正直、別に悪くないのに罪の意識があるというか。
 それに一番問題なのが……孫呉は前の戦いで、技術提供でこっちが渡した『弩』を使える、ってことだ。あの凶悪な威力と射程は、魏相手の戦いでは頼りになったけど……的に回ってるのかと思うと正直気が思い。まあ、それの対策もこっちにあるにはあるんだけど……やっぱり怖いよね……。
 ま、今更言っても仕方ないか。さて、それよりも……
「ムッツリーニ、どう?」
「…………盗聴した通り。『甘』の旗が……ない」
「ふむ、やはりか……」
 秀吉の今のセリフの根拠というのは、おとといの夜に盗聴して聞いた軍議の内容にある。
 孫呉の皆さん、甘寧に先鋒を取らせると入ったものの、その『先鋒』っていうのが、どうやら伏兵のことらしい。牙門旗に『孫』、他にも色々と旗があるんだけど……その中で『甘』の旗が無いのが、その軍議の内容が実行されてる証拠。おそらく甘寧、どこかで兵を伏せて、機会を見て攻撃に加わるつもりなんだろう。
 やれやれ……面倒な作戦立ててくれるよな……ま、筒抜けだからいいけど。
 と、
『主、主。こちら星、応答願います』
「あ、星。どうしたの?」
 本部備え付けの受信機から、トランシーバーを介して聞こえてくるのは、星の声。何だろう、何か報告事項でもあるのかな?
『はっ、敵陣最前線より、孫権と思しき人影がこちらに向けて突出してきます。兵を幾人か連れて……どうやら口上を述べるものと』
 口上、か……。僕らも戦の前にとか、試召戦争の前とかによくやってる、味方を鼓舞するためのアレ……ん? どうして突出する必要が?
『おそらく……こちらの士気も同時に下げるつもりでいるのでしょう。何を言うつもりなのかは……予想しかねますがね』
 と、これは愛紗の声。
 なるほど……一挙両得を狙うと。それ、まずいな……こっちも何か行ったほうがいいんじゃない?
そう朱里に言ったら、
「いいえ、ここは何も言わず、何も返さないほうがいいでしょう」
「え? 何で?」
 このままだと、士気下げられちゃうかもしれないんですけど……と、それに答えてくれたのは、間もなく本陣をはなれて配置につこうとしている紫苑。
「必ず下がるとは限りませんし、この舌戦を受けて、下手に言い負かされたりしてしまえば……士気の低下は免れませんわ。ここはぐっとこらえるべきでしょう」
「言い負かされなきゃいいんでしょ? 雄二、GO」
「バカ言うな、俺にそんなこと勤まるわけねーだろ」
 何弱気になってんのさ、口から生まれてきたのかって思えるくらいに悪口に特化した才能を持つ男だろ? 舌戦の一つや二つ……
「ジャンルが違うんだよアホ、戦の前の口上なんてのは俺の専門外だ。それに引き換え孫権は生粋の王様で指揮官肌、俺は自分を無能だとは思ってねーが……正直相手が悪すぎる」
「……言われっぱなしになってしまうけど、ここは聞き流すのが得策」
 と、フォローする形で霧島さんが割ってはいる。あれ、霧島さんがここにいるってことは……
「お、翔子、準備済んだか?」
「(コクッ)配備終わった。もうすぐ、瑞希たちも戻る」
「そうか……準備は完了だな」
 霧島さんの帰還、それすなわち、この戦いに備えて用意した数々の罠やら何やらが配備完了したことを意味する。無論、その中には……例の『新兵器』も含まれている。
 全てはこの戦いで犠牲者を一人でも減らすため……。
「さて、では準備も完了したことじゃ、敵の大将の口上でも聞いてみようではないか」
 秀吉の言った通りに、そろそろ口上が始まろうとしていたので、僕らは耳を澄まし、ムッツリーニは高機能集音マイクを構えた。同時に、遥か遠くに、孫権らしき声が響き、ここまで伝わってくる。
 そして―――――



『同盟の誓いを穢し、虎狼の野望をあらわにした文月軍に告げる!』

731 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 03:02:02.33 ID:1U/RiEmE0
 どうしよう、早くもわからない単語が出てきた。何、『コロウ』って?

『我ら孫呉の領土を土足で踏みにじり、汚らわしき牙によってそれを食いちぎらんとするその諸行、正に言語道断!』

 いやあの、いいこと言ってるとこ悪いんだけど……ここまだ僕らの領土ですけど? むしろ進行してるのはあんたがたの方で……いや、別にいいけどね。うん。

『さらには、我が孫家の血族、孫尚香を楯とするために捕虜にするなど、悪鬼羅刹にも劣る非道の行い、これまさに許し難し! その悪行に対して、我ら孫呉の軍勢は、正義の鉄槌を下す!』

 え、小蓮? 天幕でお菓子食べてくつろいでるよ?

『天よ見よ、地よ見よ、正義は我ら孫呉にあり! そして孫呉の兵たちよ、我が剣の元、孫呉の誇りを胸に抱き、命を捨てて悪しきを駆逐せよ! 皆の命……この孫仲謀の剣が預かる!! 死してその名を、その血を、孫呉の大地に刻み込め!』

 だからここまだ『文月』……。

 すごくいいこと言ってるし、それが十分心に響いて、兵たちを鼓舞するものなんだろう、ってこともわかった。わかったけど……所々矛盾が見え隠れしてましたけど……。
 気にしたら負け、っていうアレだろうか?
「まあ明久のどーでもいいモノローグはともかく……見事っちゃ見事だな」
「確かに……弾劾と鼓舞……上手く同時にやってのけおったわい」
 雄二と秀吉が口をそろえて言うのはそんなこと。なるほど……やっぱり優秀な、効果のあるものだったんだ。さすがは孫権……言葉一つとっても、孫所そこらの連中とは違うってことか……。
「言われて見れば確かにね……ピストルの弾みたいに威力のあるセリフだったかも……」
「? どういうことじゃ明久?」
「明久、『弾劾』な。『弾丸』じゃなくて」
「「「………………」」」
 あれ、僕何か変なこと言った? 雄二、秀吉、朱里、何でそんな目で僕を見るの?
「ともかく、厄介だな……今ので連中の士気、相当上がったぞ?」
『だよな〜……命を惜しまなくなった連中が相手となると……まともに当たったら気迫負けするかもだぜ?』
『ふむ、それは避けるべきでしょうな……やはりここは、当初の作戦で?』
『ああ、それが得策だろう。敵が伏兵を作っているともなれば……尚更だ』
 当初の作戦、ね……。
 たしかに、もともと被害を減らすために練った作戦なんだから、こういう場面ではよく効くだろうし……直接当たるのも避けたい所だしね。
 そう、指示を出そうと思ったその時、
「ねえ……明久」
「? 小蓮?」
 天幕にいたはずの小蓮が、どういうわけか本陣に入ってきていた。
 ……って、『どうしたの?』って聞くのも野暮だろうな……何てったってこれから実の姉と戦うんだから、不安になって当たり前だろう。落ち着いてお菓子なんか食べてられるはすないか。
「あの……あのね、明久、私……」
「ここにいる? 小蓮」
「え……?」
 ちょっと驚いたような様子を見せたけど、すぐにその迷いを消して、小蓮は力強く頷いた。駆け足で僕のところに来て……隣に立つ。
「お姉ちゃん……助けられる?」
「……がんばるよ。応援して?」
「うん……!」
 ぎゅっ、と、
 僕の袖を小蓮がつかむのがわかった。そのわずかに潤んだ目は……『期待してる』とでも言ってるのか、はたまた別の何かを訴えかけてるのか……何にせよ、大変なもの背負っちゃったなあ……責任重大だ。
 まあ、いいか……どの道、譲れない戦いなんだしね!
「よし! 全員準備いいね!? これより文月軍は、孫呉の軍との決戦に突入する! 全員気合入れろ! 絶対孫権と仲直りするぞぉ―――――っ!!」
『『『おおおぉぉお―――――っ!!』』』
 朱里と雄二が考えてくれた策を、姉さんに協力してもらって作った兵器を、そしてこの意思を引っ提げて、
 いよいよ、戦いが始まった。

                      ☆

「報告します孫権様! 敵前曲、前進を始めました! しかし、その速度は遅々としたもので、陣形から判断して、どうやら迎撃の態勢をとるものと!」
「そうか……ならば乗ってやろう。全軍に突撃命令を出せ! 正面突破で文月軍を粉砕する!」
「御意!」
 伝令兵に指示を託し、私は陣地の中央で再び黙った。
 決戦だというのに、不思議と落ち着いていられるものだ……ふっ、慣れとはおそろしいな……。
 しかし、その『慣れた』戦いも……おそらくはこれで最後だろう。幸か不幸か、文月が倒れ、その領土全てが孫呉のものとなれば……この大陸は我が孫呉によって統一されたも同然。もう2度と、このような戦いも起こるまい。いや……起こすまい。
 ……発端となった事件はあまりいい気のするものでもないが、そこに注目したとして何か代わるわけではあるまい。ここまできたら、後は結果を出すのみだ……。
 吉井……お前のことは嫌いではなかった。ともすれば、手を取り合って大陸の平和を作っていけるのではないか、などと期待もした……。しかし……こうなっては最早そう願うも、後悔するも、懐かしむことすら栓無いこと、
 悪いが吉井……我が信念と正義の礎となれ!
「穏……用意はいいな、始まるぞ」
「はい! 絶対……絶対勝って、小蓮様を取り戻しましょうね!」
「……生きていれば……な……」
「生きてますっ!!」
 自分に言い聞かせる意味もあるのだろう。珍しく穏が声を張った。少し驚いたが……その後逆に安心した。これは頼もしい。
 穏の一礼を確認し、私は前線に向き直った。駆け足で進む最前線の兵たちは、間もなく……もう4分の1里ほどで、敵軍の最前線と衝突するだろう。こちらは突撃、向こうは迎撃、しかし……我ら孫呉の精兵たちの前にはそんなもの無意味だ!
 もうまもなく、始まる……そう感じ、私は一層気を引き締めて前線を見据えた。
 と、その時、

「「「おおおぉぉおぉ―――――っ!!!」」」

 ずぼぼぼぼぼぼぼぼぼっ!!

「「「あああぁぁあぁ―――――っ!!?」」」
732 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 03:02:40.27 ID:1U/RiEmE0
(……ん!?)
 ……何だ!? 今前線から、妙な音と声が聞こえたような……?
 と、少し遅れてなにやらあわてた様子の伝令兵が本陣に飛び込んできた。
「で……伝令です! ぜ、前線部隊が……進軍を停止され……混乱状態に……」
「進軍を停止だと!?」
 バカな! あれほどの士気を持って、悪鬼を討ち取らんと猛進する者達が何故こうも簡単に止まる!? 何かの策か!?
「一体何があった!? 敵の攻撃か!? それとも伏兵か!?」
「い、いえ、それがその……」
「は、早く報告してください〜っ!」
 私と穏の催促に、ようやく落ち着きを取り戻した兵士は……

「そ……それがっ! 前方に、異常な数の『落とし穴』がありまして……」

 ………………………………

「「は!?」」

                       ☆

「おーおー、また見事にしっちゃかめっちゃかになってやがんな」
 楽しそうに戦場を見る雄二の口からはこんな言葉が漏れていた。言わずもがな……第1の作戦『ten thoutsand pithole(テン・サウザンド・ピットホール)』によるものである。
 ……うん、読んで字のごとく、落とし穴を10000個作って敵をそこに落とすっていう作戦。英語にしただけ。
 工兵部隊のみなさまに大活躍していただきました。
 聞く限りだと子供だましのちゃっちい作戦だけど……この作戦、ヒートアップして逆に周りが見えなくなってる兵士の皆さんには地味に効果的。次々に引っかかってくれる上に、たとえ止まっても後ろから突進してくる人たちに押されて落ちてくれるから、しばらくの間効果が続く。
 穴は深さが平均2m超ある上に、その穴の淵も崩れやすく作らせてあるから、登ろうとするとまた落ちる。他の人が穴の上から引き上げようとしてもまた落ちる。そうこうしてるうちに他の兵士達も落ちる。騎馬なんかも落ちる。もうめちゃくちゃ。
 おまけに『はずれ』を引くと、底がなんと2重底になってて、ある程度の負荷がかかるとさらに底が抜けてさらに下へ落ちる。しめて深さ4m、脱出不可能でリタイアです。
ホントは全部その仕様にしたかったんだけど……時間の都合上3分の1ぐらいしかそうできなかったんだよね……ま、十分か。
 ともかく、呉の皆さんの出鼻をくじくにはぴったりの作戦というか、ある意味かわいそうで仕方ないというか。ぶっちゃけやったこっちも複雑な心境になる作戦である。
 ま、結果オーライ。悪く思わないでね。
 さて……
「じゃあ雄二、次の作戦だけど……」
「ああ、『lotion field(ローションフィールド)』『adhere stop(アドヒヤーストップ)』『marbles trippe(マーブルズ・トリッパー)』……全部用意してあるぞ」
 ……いや、『油でぬるぬるですっ転ばせる作戦』と『粘着性の鳥もちで動けなくする作戦』と『大量のビー玉(みたいな丸くて小さい玉)ですっ転ばせる作戦』なんですけどね……。
 ……ってもうやめようかなこれ。せめて名前だけでもかっこよくと思って姫路さんに頼んで英訳してもらったんだけど、何か余計ダサくて切なく聞こえる気がする。
 ちなみに、姫路さんに頼む前に僕がビー玉を『B-boll』って訳して雄二に呆れられたのはナイショ。正しくはmarbleなんだね。
 何? スペルが『boll』じゃなくて『ball』? 知らん。

 さて……と、孫権。

 悪いけど僕ら、こっからこういうセコい策じゃんじゃん使っていくんで。
 気分よくはないだろうけど……そこんとこよろしく。
733 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 03:03:56.91 ID:1U/RiEmE0
孫呉編
第109話 旗と伏兵と秘密兵器

「孫権様! 6番隊と7番隊が敵のばら撒いた油で滑って進めず、立ち往生です!」
「孫権様! 4番隊と9番隊が歩兵、騎兵共に地面にくっついて勧めません!」
「孫権様! 13番隊と15番隊がなにやら鉄製の球体に滑って転んで腰を強打して動けなくなる者が続出しております!」
「もっとまともな報告は無いのか!?」
「いや蓮華様、伝令兵さんに怒っても……」
 わかっている! しかしおさまらん!
 文月との雌雄を決する戦いのためにここにこうして赴いてきたにもかかわらず、敵……吉井たちが使ってくるのは子供だましにも見えるが地味に痛い策ばかり。おかげで我が軍は、この段階で負傷者多数。しかも『打ち身』だの『ぎっくり腰』だの『捻挫』だの、戦場に似つかわしくない理由で戦闘不能になる者ばかり……。
 せめてもの救いといえば、死者数が予想をはるかに超えて少ないことぐらいか……まあ、それらの罠をどうにかこうにかくぐり抜けて敵陣に突入した連中が、例の『弩』にやられている程度のものだしな……。
「現段階での負傷者数はどのくらいだ、穏?」
「そうですね……総兵数の1割……って所でしょうか。戦闘不能な方とそれ以外の方合わせてだと、もうちょっと増えるかもです」
「この時点でこれか……やはり強いな、吉井……」
 だが……私は負けん、小蓮の無念を晴らし、この国を守るために!
 というか、こんな策の数々で撃退されるのは純粋に嫌だ!
 あの人をおちょくるかのような罠の数々は残念に強力だが、効果は無限ではあるまい。一刻も早くそこを突破して、敵の最前線と交戦状態に入れば……我々の土俵だ!
 幸い、敵の将軍達の旗は、『関』『張』『趙』『馬』『黄』『華』『呂』……全て本陣近くに布陣している。敵左翼の馬超が少し離れているのが気になるが……思春の横撃に対応できるのはその馬超隊くらいのものだろう、圧倒的に火力不足だ。そのまま混乱状態になった本陣を、我らとの一斉攻撃で突き崩せば……
「報告です、孫権様!」
「何だ!」
「敵右翼に新たな落とし穴が次々……」
「もういい!」

                      ☆

「うわぁ〜……お姉ちゃん、怒ってるね……」
「まあ、こんな感じの戦は初めてだろうしね……」
 依然として陸遜さんの服に取り付けられたままの盗聴器からは、そんな感じで孫権が憤慨する声が絶え間なく流れてきてる。
 まあ、正統派の戦のつもりでここにきたら、こんな子供だましのオンパレードで、しかも地味に効いてるってんだからそりゃ怒るよね……。
 でも、多分孫権がここで怒ってても、現場のテンションはおそらく違う。
 こういう戦いって、命を惜しまないぐらいに士気が高いほど、やる気が空回りした時に士気が落ちやすいんだ。自分達がそういうちゃっちい罠にはまっているという劣等感、敵の攻撃が予想外にしょぼいという期待はずれ感、そして周りの者が次々無残(?)に散っているという恐怖感(?)が、今頃は最前線の兵士達を包んでいる。
 申し訳なさとか、絶望感とか、その他いろんな感情がごっちゃになってる兵士も多数いるはず。もっとも危惧すべきだった最前線の勢いを殺し、勝勢はこっちに傾きつつある。
 とはいえ、この策も長くは続くまい。あと残ってるのは……『落とし穴(左翼)』と、『底なし沼風(底あるけど)足取りエリア』と、『爬虫類たっぷりエリア』だったな。それが終わったら……いよいよ本格的に戦いだ。
 英語? やめたよ、逆にかっこ悪いし。
 と、
「報告します吉井様! 我が軍左翼に、敵伏兵と思しき軍団が! 旗印は『甘』!」
「あっそれ……思春の部隊だ!」
 小蓮が反応した。なるほど……ここで出てきたか……。
「ま、タイミングとしては正しいだろ。ここで奇襲が上手くいけば、孫権たちがトラップを突き破って交戦状態に入るタイミングと一致するからな」
「でも、そうさせるつもりも無いんでしょ?」
「当たり前だ。向こうさんの出方くらい、盗聴して全部知ってんだからな」
 言いながら、雄二はトランシーバー(据え置き型)の所へ歩いていき、その周波数を変えた。わずかなノイズのあとで、トランシーバーの持ち主である『ある者』の声が聞こえる。
「……明久、準備、整ってるってよ」
「そっか、じゃ、お願いしよっかな。ここでミスると途端に大ピンチだし」
 小蓮をその場に残し、僕も雄二の隣に立つ。そして、トランシーバーに接続されたマイクを手にとり、
「じゃ……作戦通りに頼むよ。翠、華雄、恋、それに……霞!」

『おう! まかせなご主人様!』
『心得た! ……ほら、お前も何か言え』
『………行ってきます』
『うっしゃあー! 久々の戦や! やったるでーっ!』

 うんうん、頼もしい。
734 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 03:04:42.93 ID:1U/RiEmE0
思春の部隊が動いたと報告があってから間もなく、伝令兵が一人、我が陣に飛び込んできた。
 てっきり、奇襲成功・敵軍混乱の報かと思ってわずかに期待したが……なにやら違うような気配が……?
「ほ、報告します!」
「ど、どうしたんですかぁ〜……?」
「て、敵陣の横撃に向かった甘寧将軍の部隊ですが……どうやら敵に読まれていたらしく、四方から囲まれて集中攻撃にあっています!」
「……何だとっ!?」
「えぇ〜〜〜っ!?」

                       ☆

 文月軍左翼、甘寧隊

「くっ……ぬかった……。謀ったな、坂本雄二……」
 守りの薄い本陣強襲を狙った甘寧は、相手方のすばやすぎる反応に歯軋りしていた。奇襲のつもりが完全に防がれたばかりか逆に奇襲を受け、部隊は大混乱である。
 敵陣に横撃をかけて混乱させ、本軍の攻撃の機会を作り、最終的に本隊と協力して文月軍を壊滅するというものであった。そのために機会をうかがい、今の今まで兵を伏せていたのである。そして、時は来た……と思った。
 文月の将軍全ての旗が本陣近くに集中している、すなわち敵は守りに徹しているとばかり思っていた。しかし……それがそもそも敵の罠だったのである。
 どういうことかというと、本陣近くに立っていた『華』と『呂』の旗、これが偽物……囮だったのだ。ただ旗が立っているだけでそこに華雄、呂布の部隊はおらず、本物の両部隊は、自軍の遥か後方に回っていた。
 そうとも知らず横撃に回った甘寧隊は、はなからそのつもりで構えていた馬超隊と正面衝突、しかも直後に、後方と右翼から本物の華雄隊・呂布隊が突撃してきたのである。
 おまけに、唯一突破口を見出せるかと思っていた自陣左翼には、なんとあの『神速』張遼が回り込んでいた。他の部隊に比べて圧倒的なスピードを誇る張遼隊であれば、確かに大回りしてこちらに回りこむこともこの短時間のうちで可能だ。適材適所……といわざるを得ない。
 結果的に、甘寧の部隊は猛攻で呉軍本隊の突破口を開くどころか、逆に見事な返り討ちにあっているのである。四方を馬超、華雄、呂布、張遼に囲まれ、最早逃げ場はほとんど無く、これによって本隊が攻めやすくなった……などということも無い。というか、本隊はまだまともに交戦状態にすら入っていないのだ、あの数々のトラップのせいで。
 ちなみに……甘寧の部隊の一部も、なりを潜めていたそのトラップ(落とし穴)の餌食になっていたりする。
 このまま何の役にも立てずにここで終わるなど、甘寧の『王族新鋭隊隊長』としてのプライドが許さなかった。
「こうまで攻められてはこちらが危うくなる……くそっ、作戦失敗か!」
(この状況下で4部隊を撃破して本陣を攻めるのは不可能……ならばせめて、本隊と合流して蓮華様の援護に回るか!)
「あー、こらまてそこっ! 今更逃げようとすんな!」
「せやせや、往生際が悪いで!」
「……っ!? 馬超に……張遼か!」
「お、ウチのこと知っとるん? そら光栄やね」
 目に見えて機嫌の悪い甘寧に対しても、張遼の軽口は変わらない。挑発というわけでもなく、地でこうなのが長所か短所か。
「ここの大将はあたしが任されてんだ……ちゃんと勝負してもらうぜ!」
 言いながら馬超は、刃が十字をした特徴的な形状の槍を構える。本気だ……と悟った甘寧もまた、紺色の髪をなびかせ、腰の刀を抜いた。
 逆手に構える特徴的な持ち方。しかしそれは威嚇でも何でもなく、本気で2人を殺しにかかる構えだということは……その鋭い視線と、纏っている静謐なオーラが物語っている。
「厄介な……邪魔をするなら、斬っていくぞ!」
「斬れるものならな」
「「「!?」」」
 と、その瞬間、
 声より少し送れて、周りの兵を蹴散らしながら華雄がその場に躍り出た。
(……っ! 新手か……)
「お、華雄ちん、よくここまで来れたな〜」
「時間はかかったがな……呂布はまだそのあたりで暴れている。じきに来るさ」
(そうか……呂布も……)
 甘寧の前には、文月の猛将としてその名を大陸に轟かせる3人の武将。いかに甘寧が孫呉最強の実力を誇っているとはいえ、3対1では部が悪いにも程がある。しかももう少しすれば、あの呂布が合流する危険性がある……というのだから。
(ここで私が倒れるわけにはいかん……しかし、ここをどう抜けるか……)
「さて……いっちょやるか!」
「せや……ちゃっちゃと始めよや!」

「「いざ勝負………………ん?」」
735 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 03:05:26.99 ID:1U/RiEmE0
と、ここで奇妙な沈黙。
 張遼と馬超の声がきれいにそろい、その瞬間、2人の間になにやら気まずそうな雰囲気が漂う。
「あー……翠ちん? えっと、その〜……」
「ま、待てって! ここはほら……な?」
「せ、せやかて、ほら……2対1とかその……嫌やん?」
(まさか……)
 どういうわけか甘寧は、このあと何が起きるか予想できた。
 そしてそれは……現実となる。

「「あたしが(ウチが)やる!!」」

 戦いたがりの猛将2人がそろってどうなるかと思えば、やはりこうなるか、というのは甘寧の心の叫び。
「なっ……何だよ霞! あたしは迎撃(ここ)の大将をご主人様から任されてんだぞ! あたし自らが相手をするってのがスジってもんだろ!」
「せなことゆーたかて、ウチはこの戦が文月来ての初陣やで!? ここは先輩として後輩に花持たせるべきとちゃうん!?」
「知らねーよ! あたしここんとこいいとこ無しなんだから、この辺で目立っときたいんだよ! てかむしろ先輩に譲れ!」
「なにゆーてんの!? ウチかてご主人様に褒めてもらいたいんやねんもん! こいつの首とって持ってけばご主人様にも喜んでもらえるやろ!?」
「バカ! んなことしたらご主人様吐くわ!」
「ああそっか……。せやったら……女やし、猛ちゃんみたく『献上』って形にすれば……」
「そしたら愛紗と姫路と島田がご主人様を殺しにかかるからダメだ! あと、あたし的にもなんかイヤだ!」
「お前らいい加減にしろ! なんで毎度毎度そうなるんだ!」
 と、ここで見かねた華雄が止めに入る。
 ついでに、甘寧も呆れていた。
「だってしゃーないやん! 敵を見たら戦いたい、って思うんは武人の性やろ!?」
「そうそう! たまに強い敵将と戦ってないと鈍るんだって!」
「わかったわかった……じゃ、ここは間を取って私が……」
「「それは無い!!」」
「……冗談だ……ん?」
 と、ここでようやく華雄が、自分たち3人に背を向けてすたこらさっさと退散していく甘寧の背中をとらえた。
 ……どうやら、今のこの言い争いを好機と見たのか、はたまた付き合いきれなくなったのか、この隙に逃げ出したらしい。
「だーっ! 逃げんなこらーっ!」
「待たんかぁーい! 戦えーっ!」
「断る! 貴様らなどに付き合う道理など無い! それに……」
「それに……何だ?」
 と、これは華雄。
「ここにいると……何というか、馬鹿が伝染りそうだ」
「うおぃっ!? ちょ、待……せめて最後のセリフを取り消せー!」
 馬超の叫びも空しく。そのまま甘寧の背中は洗浄の砂埃の向こうに消えた。
 ……のを確認してから、

「えっと……これでよかったんだっけ?」
「ああ、ここで仕留めるかとらえてもよかったのだが……やはり的はまとまっていてくれたほうが手っ取り早いからな」
「ま、作戦通りやね。ほな、呂布ちん呼んでこな」

 そんな会話が展開されたことを、軍を率いて孫権の元に合流するため離脱した甘寧は知らない。
「予定通りだな。んじゃ、あたしらも次の作戦の準備に移るか」
「せやね」
「ああ……しかしさすがだったな霞、翠」
「「ん?」」
 と、華雄の唐突のセリフに、馬超、張遼2人の目が点になる。
「先ほどの演技だ。あそこまで迫真的に先鋒争いを演じるとは……中々の千両役者だったぞ? 私もあそこまでの演技はさすがに……」
「「いや、あれは素でやってたんだけど」」
((逃げなかったら戦う気だったし……))
「…………そうか」
 一瞬頭が痛くなったのが気のせいだと自己暗示をかけつつ、華雄は2人と、まだそのあたりで暴れている恋を率いて文月軍本隊に合流するため、その場を後にした。
736 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 03:06:07.65 ID:1U/RiEmE0
『蓮華様! 甘興覇、只今戻りました!』
『あっ、お、お帰りです、思春ちゃん』
『ご苦労……無事で何よりだ。して、戦果は?』
『本陣強襲を狙いましたが……申し訳ありません。敵の4部隊に阻まれ、失敗しました。それと、報告が、敵伏兵に、華雄、呂布の他、張遼がおります』
『あの『神速』か……厄介だな。わかった。ならば、疲れているところ悪いが……合流してくれ』
『御意! あなたのためならば……この命、喜んでささげましょう。甘興覇、前曲に移動します!』
『ああ……頼む』
『はっ!』

「やれやれ……作戦失敗にも関わらず、士気は微塵も低下しておらんようじゃの」
「みたいだね……。まあ、愛紗とかもそうだから今更驚かないけど……敵がこうだと厄介なんだろうな……」
 盗聴セットから流れてくる敵陣の音声が、これから甘寧が戦線に加わることを教えてくれる。ふむ……ついさっき、ついに前曲同士が激突した所だけど……まあ、僕らは依然として迎撃姿勢だけど……ここに甘寧が加わるとなると……かなり苦戦するだろうなあ……。何度かトラップにかかったみたいだけど、あの辺の部隊は依然として士気高いし……。
 ここからは、本来の戦としての戦いになるんだろう。敵さんもそのつもりで、陣形を攻撃型に変換してくる、って朱里も予想してたし……
 と、
「…………明久、報告」
「お、ムッツリーニ、お帰り」
 戦況観察に出てたムッツリーニが戻ってきた。その手に持ってるのは……おそらく報告事項のメモだろう。
 それを開くかと思ってたんだけど、どうやら中身は頭に入ってるらしい。そのままで、
「…………牙門旗のそばに『甘』の旗が立った。もう30分ちょっとで最前線に来ると思う。それと……その通り道を作るために、周辺の部隊に展開の動きがある」
「つまり……一旦ばらばらになって、甘寧の部隊を前に出す準備をしてる、ってこと?」
「…………そういうこと」
 なるほど……。
 つまり、もう少しすれば甘寧が本格的に戦線に参加する、と。そうなるとさすがに厄介だ。敵の士気も回復するだろうし……。
 となれば……今しかないな。
「雄二……いける?」
「ああ。準備なら出来てるからな……いつでもいけるぞ」
 こっちをみて力強く頷いてくれる雄二。よし……今こそ最後の作戦を実行する時だ。
 そう、この作戦こそ……可能な限り戦での犠牲者を減らし、孫権以下目ぼしい敵将を生け捕りにして戦いを終結させるために朱里と雄二が考えてくれた作戦。『新兵器』も配備完了して、華雄たちも位置についてくれた。準備万端……ここが勝負どころだっ!
「よし、やるよ雄二! 皆、用意はいい!?」
『もちろんですご主人様! 関羽隊、張飛隊、趙雲隊、既に展開完了しております!』
『なのだ!』
『うむ。馬超隊と華雄隊も、配置完了を確認したぞ、主』
『張遼隊も呂布隊もバッチリや! いつでもええで!』
「うっし……じゃあ作戦開始だ! 黄忠隊の斉射を合図に、全軍でかかる! 紫苑、まず両翼の連中をつぶせ、そしたら愛紗たちが一気に真芯を崩す!」
『御意ですわ。黄忠隊、『閃光矢』『催涙矢』の斉射に入ります! 準備!』
『『『はっ!!』』』
 トランシーバーの向こうから、紫苑の指示と兵たちの返事が聞こえる。よし……いよいよだ……。



『3,2,1……斉射!!』

 ヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュン!!

 と、空を切って幾千もの矢が飛ぶ音がしたその次の瞬間、

 ピカアアァ――――――ッ!!

「「「うわあぁ―――――っ!?」」」
 と、ここからでも見えるくらいの強烈な閃光が戦場に走り、今正に突っ込んでこようとしていた連中の目を一時的に使い物にならなくした。
 また一方では、

「「「うわあああっ!? 目、目が痛てぇ―――っ!?」」」

 催涙ガスをモロに食らった連中が同じような状況に陥っていた。
『合図だっ! 者共……かかれぇーっ!!』
『『『おおおぉぉお―――っ!!』』』
 通信機を介して聞こえる愛紗の声と兵士達の怒号が作戦開始を僕たちに知らせた。
 雄二たちが、最終的に姉さんの知識提供を受けて作り出した新兵器……その名も『閃光矢』と『催涙矢』。呼んで字のごとく、催涙ガス弾と閃光手榴弾(スタングレネード)の弓矢バージョンだ。殺傷力は低いが、こういう敵を『制する』戦いにはもってこいの武器。
 ここからは、敵を片っ端から麻痺させて、抵抗させる暇も与えず速攻で敵本陣に攻め入り、無傷で孫権を、あと、出来ればその周りの皆さんも捕獲する作戦。

 言うなればそう……電撃戦だっ!!


737 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 03:07:32.19 ID:1U/RiEmE0
孫呉編
第110話 王と決着と最終兵器

「伝令です、敵戦線、総崩れとなっております!」
「ご苦労様! 雄二、そろそろラストスパートかな?」
「ああ、朱里! 指示頼む!」
「はい! 愛紗さん、鈴々ちゃん、星さん! 道は開けました、一気に孫権さん達の捕獲に向かってください!」
『『『応(なのだ)っ!!』』』

 閃光&催涙弾、大活躍。雄二発案の電撃作戦は、見事なまでにハマっていた。
 まずは両翼がその威力にやられて進軍を停止し、行動不能に陥った。続いて、移動を開始していた前線の部隊が閃光で止まり、続いて打ち込まれた催涙弾であえなくダウン。その後方の連中も、隙間から同じように攻撃して仕留めた。
 それを止めようと捨て身で突っ込んできた予備部隊も同じ運命をたどった。いや、閃光で目が見えなくなってるんだから、スピード出して突っ込んできたらそりゃ余計に危険ってもんでしょ。しかも雄二のヤツ、意地の悪いことにタイミングずらして第2波を撃ち込ませるもんだから、おさまったと思って目を開けた連中も漏れなくその餌食になってたし。で、その後催涙ガスでダウン、と。
「いや〜、それにしてもすごい威力だね、閃光弾と催涙弾。さすが現代でも暴徒鎮圧に使われてるだけあるよ」
「だな。しかしまあ今回は、純粋に玲さんに感謝すべきだろ。あの人のおかげで随分完成が早くなったし、完成度も上がったからな」
 聞けば、もともとは文月領の山奥で、マグネシウムを多く含む鉱石が採掘されることがわかったために閃光弾の、催涙成分を含む山菜があると聞いたために催涙弾の開発が始まったらしい。
 後に、魏領を併呑した後で、魏のほうにもさらに良質な鉱脈が見つかったために、大量生産が可能になったんだとか。あ、採掘の許可はちゃんと華琳にとったよ。
 そこに姉さんの知識が加わって、最終的に今の完成度になったんだとか。まあ、現代で正規の軍隊とか特殊部隊が使ってるやつの性能には遠く及ばないけど、こんだけの性能があれば十分だろう。
 現に、最早敵軍の半分以上はそれらのおかげで機能してないし、もう半分は張遼や華雄、恋の部隊が大暴れして押さえ込んでくれてるから。
 一番の懸念だった相手方の『弩』も、少々荒療治だけど対処が出来た。
 これも姉さんの入れ知恵で、重量・威力はそのままに、射程をさらに延ばせるようにこっちの『弩』を改良できたからだ。そして、そこにつがえる矢に、新開発した『弩』専用の『煉獄矢』……すなわち爆弾を取り付けて撃てるようになったし。
 というわけで、相手の『弩』が届かない位置からこっちの『弩』改良版を撃って、その矢に取り付けた爆弾で相手の『弩』を全部ぶっ壊して無力化できたので、こっちの突撃を阻むものはほとんど無くなった。まあ、煙がはれるまでの間待たなくちゃならなかったけどね。
 そんなこんなで、今現在、孫呉の実質的な兵力は4割を切ってる。残るは本陣の周囲にいる親衛隊各隊。こいつらを蹴散らせば孫権のところに届くんだけど……
「これが中々そうもいかないんでしょ? 朱里」
「はい。親衛隊の皆さんの士気は特に高いですから……催涙弾でも、下手をすれば抵抗されて孫権さんを逃がされてしまうかもしれません……なのでご主人様、その……」
 なにやら言いあぐねている朱里。まあ……予想はつくんだけど。
 多分……
『そこにいる連中はいっそのこと殲滅してでも、本陣突入を優先すべき、という見解か、朱里?』
 と、その答えを愛紗が代弁してくれた。それに少し遅れて、控えめに朱里が首肯。
 まあ、そう考えるのが普通だよなあ……。いくらこれが『なるべく殺さない』戦いとはいえ、そのせいで目的(孫権捕獲)を達成できなかったんじゃあ意味が無くなる。うーん……僕もそれは考えたんだけど、いまいち決断できないというか……
 それだけじゃなく……

「…………(ぎゅっ)」

 小蓮がすがるような目で僕のほうを見てるから、号令出しづらいというか……。
 あーでもこうしている間に孫権は逃げるかもしれなくて……どーすればいいんだろう……?
 と、この空気を両断するかのごとく、雄二が口を開いた。
「心配いらねーぞ明久。それに関して、こっちは最終兵器を使う」
「「「最終兵器?」」」
 何だ!? 雄二の口から耳慣れない単語が……何、最終兵器って!? 聞いてないよ!?
「悪いな、機密事項中の機密事項だったもんでな……まあ、もう配備は完了してるし、紫苑に頼んであるから心配要らないぞ、結果が出るのをじっと待ってろ」
「いや、ちょ、心配いらないって……無理だって!」
 超心配ですけど!? ていうか、紫苑に頼んでるってことは……弓矢系?
 全然予想つかないけど、この状況を打開できるような兵器って一体……?
 隣では朱里も目を白黒させてるし、どうやら新兵器開発に携わってた彼女すら、それの存在を聞かされてなかったらしい。朱里にまで秘密なんて……
 一体何なんだよ、とさすがに雄二を問いつめようとした、
 その時、

『『『ぐぎゃあああああああああぁぁぁぁ―――――――っ!!!!!』』』

 と、
 孫呉軍の本陣のほうから……そんな感じで、戦場をつんざき、(多分だけど)親衛隊各隊の皆さんの断末魔の悲鳴が聞こえてきた。
 …………え、何?
 きょとんとする僕たちの元に、続いて、

『うぎゃあああああっ! 目が! 目が!』
『い、息が! 息ができねぇえ―――っ!!』
『た、たたた助けてくれ! それが出来ないならせめて殺してくれ!』
『嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だぁ――――――っ!!』
『いv;おっびlヴぃうろ;fぼゎv――――!?』
『うええぇーん、お母さあぁぁ―――――ん!!』
738 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 03:09:15.25 ID:1U/RiEmE0
ちょっとぉ!? ホントに何!?
 親衛隊って呉軍最強の戦闘力と強固な精神力を持ち合わせた方々だったのでは!? 何であんなことになってんの!?
 敵でありながら同情を誘うそのあまりにも凄惨な悲鳴の数々。ここにいる僕や朱里、小蓮はもちろん、通信機の向こうにいる愛紗達すらも唖然として沈黙している。
 いや……理由を聞くのが怖くて……と言ったほうがいいのか。
 おそるおそる首をまわすと……雄二は死刑台に登る殉教者を見つめる神父のごとき穏やかな視線で、遠い空を見ていた。何だろう……聞きづらい……。
 と、その視線の先に……おそらくは親衛隊の直上だろう……見たことも無い紫色の煙が立ち昇っているのが見えた。あれか、『最終兵器』ってのは!
 よく見ると……戦線のそのあたり、親衛隊が配置している周辺にも、砂埃でよく見えないけど、その紫色の煙が溜まっているような……どうやら、あれがこの悲鳴を作り出してる……ってのは確かみたいだ。
よ……余計に気になる……。
 火薬や閃光弾を作り上げたこいつだ。今更何が出てきても驚かないけど……この惨状はただ事じゃない。もしかして……毒ガス? それも、世界大戦とかで使われたような……かなり凶悪な類の。
「ね……ねえ雄二……アレ何? ……毒ガスとか?」
「いや、アレは……姫路特製の粉チーズだ」
 ああ、納得。

 ……………………………………

 ……って納得しとる場合か!
 粉チーズ!? 紫色ですけど!? 拡散してますけど!?
 ってことはなにか、お前……姫路さんの料理を……本来火薬とかを入れる矢筒に入れて敵陣に打ち込んだのか! その結果があの阿鼻叫喚の光景か!!
 た、確かにまあ、姫路さんの手料理は化学兵器ランクの危険度を誇ってるけども……それを知ってて敵の皆さんにご馳走したって!? 何て非人道的なことを!! あ、いや、そうじゃないな。
 相変わらず恐るべきは……姫路さんのその手腕。死をも恐れない呉軍の、しかも親衛隊ランクの方々の心をあそこまで完璧にへし折るなんて……原材料に何を使ったのかが非常に怖くて聞けない。
 そして何故か、親衛隊の皆さんに対しての強烈な罪の意識が僕の胸の中に……。
 でもまあ……拡散してるわけだから、一人当たりの吸収量も少ないだろうし……命だけは助かるだろう。後遺症が残る可能性を否定できないけど……これは本気で呉軍の皆さんに同情するな……。
「……ともかく、これで連中は総崩れだ。愛紗、鈴々、星、今のうちに孫権をとっ捕まえてくれ! 右翼はまだガスが残ってるから避けて……左翼から突入しろ!」
「あ、みんな、孫権は生け捕りで! 出来れば他の皆さんも!」
『『『お……応!!』』』
 あの惨状を見てさすがに若干しり込みしている愛紗たちから、一応了解の返事が返ってきた。まあ……そうなるよね。
「…………それと」
 と、何故かムッツリーニがここでわって入った。
「何だ、ムッツリーニ」
「…………敵陣に、囮(ダミー)と思しき布壁がいくつかある。おそらく……孫権の居場所を探らせないための、偽の『本陣』だと思う」
『何っ!?』
『なら、全部調べればいいのだ!』
『しかし……はずれの所を調べている間に、逃げられてしまうかもしれんぞ?』
「いや……どうせその心配はないんだろ、ムッツリーニ?」
「…………(コクッ)誘導する」
『ほお、そんなことが可能なのか……わかった、ならが頼む』
「…………わかった」
 ムッツリーニがキーボードを叩いているノートパソコンの画面には『GPS』の文字……なるほど、例の盗聴器に発信機もつけてやがったな、抜け目の無い……。
 ともかくみんな……気をつけて!
 しかし……相変わらずだな、必殺料理スキルの恐ろしさは……。姫路さんといい、姉さんといい、よくああいうものを作り出せる……ん?
 何だ、今すごく気になるフレーズが頭の中に!
「あ、あのさあ雄二……?」
 ま、まさかとは思うけど……
「その……姉さんの料理とかも、そういうのに使ったりしてる……?」
「いや」
 そ、そっか……よかった。まだあの姉はそういったものを作るには至ってないか……
「いやな、使おうとはしたんだが……玲さんの七味唐辛子は空気に触れた途端に自然発火するから、こういう作戦にはむかねーんだよな……」
739 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 03:10:01.95 ID:1U/RiEmE0
何作ってんのあの人!? そんな起爆剤みたいな物騒なのを……。
 と、ともかく!
 親衛隊の方々については心の中で深くお詫びするとして……ここがラストスパートだ! この隙に呉軍の中枢を突いて孫権をとらえられれば……全ての決着がつく! もうここまできたら結果オーライの方向で!!
 愛紗、鈴々、星、頼んだぞ!

                        ☆

 雪蓮姉さまの代から続く、孫呉王族親衛隊。
 思春を筆頭に、屈強な肉体と堅固な精神の持ち主達によってのみ構成される彼らは、幾千の矢の雨にも、槍の壁にも怯むことなく突き進み、敵を粉砕し、王族を、呉を守ってきた。彼らにいまだかつて、敗北の2文字は無かったのだ。
 その伝説が……今、粉々に打ち砕かれようとしていた。

「報告します! 前線崩壊、各部隊とも敵の謎の兵器によって動きを封じられ、抵抗できない状態です!」
「こちらもです! 親衛隊2〜4番隊ほぼ全員行動不能! 敵の素通りを許す形となっています!」
「報告! 最終防衛戦突破されました! 間もなくここにも文月の軍が……」

 途中から、報告は最早耳に入ってこなかった。おそらく……穏が私に代わって全て処理してくれていただろう。
 思春が奇襲に失敗したのはあまり好ましい事態とは言えなかったが、それでも彼女が無事に戻り、戦線に合流してくれたのは助かったし……何より、嬉しかった。
 そしてその後、思春は前線に向かった。
 彼女が参戦すれば、呉軍の攻撃翌力は一気に増す。相手のちゃちな策もいい加減に尽きた頃合い、ここで一気に勝負をかけるつもりでいたし、勝てるつもりだった。そうするだけの力が、私や思春には、親衛隊には、呉軍にはあった…………はずだった。
 しかし、突如として敵が取り出した、あのまばゆい光を放つ矢と、咳と涙が止まらなくなる矢。情報に無いそれら謎の兵器を戦線に投入され、一気に戦場は大混乱。
 傷ならば、痛みをこらえて兵士達は戦っただろう。しかし、咳や涙といった動きそのものを妨害する敵の兵器の威力の前に、逃げることも戦うことも出来なくなった兵士達は、苦しさのあまり戦場に座り込み、のた打ち回っていた。今までのどんな戦でも見たことの無いその姿に臆した他の兵士達は、士気の全てをそぎ落とされて戦場を逃げ回る。戦線は見事に崩壊した。
 最後の砦だった親衛隊も……それまでのどの武器とも違う紫色の凶悪な煙に呑まれ、地獄の苦しみと共に戦う力を、いや、それどころか心の強さをも奪われ、へし折られていた。
 全く予想だにしなかった……文月は、吉井は、こんな恐ろしい兵器を隠し持っていたのか……!?
 投入からわずかにまだ半刻のさらに半分(約30分)で……呉軍の戦線が壊滅するほどの……!
 そして……この惨状が示すもの……それすなわち……

「我々の……負けだというのかっ!?」

 負ける……孫呉が……?
 誇り高き孫呉が……裏切り者などに……っ!?
 わなわなと震えているのが自分でも感じられる。私の顔は今、冷や汗にまみれていることだろう。目の前にいる穏の慌てぶりがそれを教えてくれる。
 と、布壁を潜り抜け……前線に言っていたはずの思春が帰ってきた。
 帰ってきた……つまり、戦線を維持できなくなった、ということだ。思春の、親衛隊たちの力をもってしても……。
「蓮華様! 遺憾ながら、戦線がもう保ちません! 敵は私が食い止めますゆえ、穏と共にお下がりください!」
「嫌だ! 私は呉の王だ、兵たちを逃がす前に、自分だけが逃げるわけにはいかない!」
「それは違いますよ蓮華様! ここで兵よりも、蓮華様が逃げなかったら、呉が滅亡しちゃうでしょう!?」
 珍しく強気の口調で返す穏。その目には……確固たる意思と同時に、不安が宿っていた。おそらく……この状況、似ているのだろう。小蓮がつかまった時に……。そう考えれば、あの時は小蓮よりも穏を逃がす方が我々にとって有益だった。しかし……今回は穏と思春の言うとおり、私が逃げるべきなのだろう。呉を……滅亡させないために。
 しかし……
「いやだっ! 逃げるなんて卑怯なまねはしたくない! 私は……姉さまと母上の名をけがすようなまねはしたくない!」
「蓮華様! 退却は苦渋の選択かもしれませんが、蓮華様さえ生きていらっしゃれば、再起ははかれるのです! 幸い、ここに来るまでにはおとりの陣をいくつも敷いてあって、時間は稼げます。今のうちに……」
「そうはさせんぞ!!」
「「「!!?」」」

 ☆

 孫権に、陸遜、甘寧……3人とも、見覚えのある顔だ。確かに、ここが本物の『本陣』で間違いないと見える。なるほど……さすがは土屋殿だ。
「かっ……関羽……! なぜ、こんなにも早く……!?」
 狐につままれたような顔の甘寧。やはり意外か、我らがこうも早くここにたどり着けたことが。しかし、驚くのはまだ早いぞ……?
「こらこらー! 鈴々もいるぞー!」
「ええぇ〜っ!? ちょ、張飛までいるのぉ〜!?」
「ご、ご報告申し上げます! た、只今、おとりの陣を全て無視して、関羽率いる文月の先方部隊が一直線にこちらへ……ってもう着いてぐふぅっ!?」

 どさっ

740 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 03:11:00.77 ID:1U/RiEmE0
「「「!?」」」
 と、どうやら状況を伝えにきたらしい伝令兵が、その情報が既に遅かったことに驚くと同時に、何者かによって気絶させられ、崩れ落ちた。
 その背後には……
「おや、見知った顔がずらりと」
「げぇーっ! 趙雲!」
「……やれやれ、ぎゃーだのげーだの、相変わらず騒がしい上に失礼な軍師だな」
 逃亡を防ぐために別方向から陣に突入した星だった。
「ふ……文月の猛将が3人も1度に……」
 孫権を背中に守り、逆手に剣を構える甘寧の顔に、たらりと一筋の汗が流れているのが見えた。ほう……やはりこやつでも焦ることはあるのか。
「でもすごいねー、ホントに真っ先に本物の本陣に来れちゃったのだ」
「ああ。大したものだな、土屋殿の千里眼は……」
「土屋さん、って……あの青白い顔の人ですかぁ!?」
 陸遜がそんなことを言いながら自分も顔を青白くする。ああ、こやつは何度か土屋殿とも面識があるのだったな……。
 ちなみに土屋殿の顔が青白くなるのは、決まって鼻血を出した後なのだが……まあ、こやつのこの容貌なら……それで覚えてしまっても無理は無いか。土屋殿は毎回会うたびに鼻血を出していたことだろう。
 しかし、本当に見事だ……『じーぴーえす』とかなんとか言っていたが、やはり『天導衆』の力は底が知れんな。そういえば、土屋殿に関する様々な隠密技能を褒めると、決まってご主人様たちは気まずそうな顔になるのだが……なぜだろうか。今度聞こう。
「ど、どーしよう思春ちゃん!? 蓮華様、まだ逃げてないのにぃ……」
「うるさい穏! お前は脇を固めろ!」
「は……ひゃいぃ!」
 陸遜もまた、孫権を守る形で甘寧の隣を固める。むう……これだと攻めづらいな……囲えば逃げられることはなくなるだろうが……無傷でとらえるのも難しくなる……か。
 ではひとつ……挑発でもしてみるかな。……おほん。
「我が名は関羽! 呉王、孫権よ。既に兵は逃散し、抗う力も失せたであろう。大人しく……我が主のもとに来ていただこうか」
 その言葉に、孫権の目が鋭く光る。ほう……これは意外、まだ微塵も諦めてなどいない目だ。
「例え兵がおらずとも、私は呉の王だ! そうやすやすと敵の縛は受けん! わが身を欲するのなら、実力でとらえて見せろ!」
「なっ……いけません蓮華様! 相手は猛将関羽なのです! ここは私に任せて……」
「思春、私も一角の武人だ……堂々と名乗りを上げた敵に、背を向けることなどせん!」
 甘寧の制止を振り切り、孫権は腰の刀を抜いて私の眼前に立った。なるほど……さすがの剛毅だ。ご主人様が賞賛するだけのことはある。
 それだけに惜しい……何者かの知謀に騙され、このように無意味な戦を立ててしまうとは……。
「……それでこそ孫呉の王よ。その誇りに答え、この関雲長、全力でお相手つかまつろう!」
 私のセリフに、甘寧の顔が青くなる。
 馬鹿にするわけではないが……そこにいる孫権の腕では私に勝つことはおそらく不可能だろう。それをわかっているからこその、甘寧のその冷や汗だ。一瞬考えた後、甘寧は動いた。
「そんなことは……させんっ!」
 疾風のごとき速さで、孫権の静止を受ける前に私の前に飛び出し、中段に構えた剣を振るう。自分が代わりに戦い、あわよくば私を仕留めるという算段か……。
 だが、そうは問屋が卸さん。
「それっ!」

 ガギィン!!

「何ッ!?」
 突如横から割り込んできた蛇矛の一撃に、甘寧の刃はあえなくはじかれ、甘寧はたたらを踏んだ。犯人はといえば、もちろん……
「へへーん、ダメダメ、甘寧お姉ちゃんの相手は、鈴々なのだ」
「くっ……邪魔をするな、張飛!」
「無理。だって、ここどいたら甘寧お姉ちゃん、愛紗と戦っちゃうもん。一騎打ちの邪魔はさせないのだ♪」
「貴様……っ!」
 憤怒の形相で歯軋りをする甘寧の後ろで、陸遜はまだあわあわと慌てている。
「わ……わわわ、私はどうすれば……!?」
「ああ、そこな乳軍師。お前の相手はもちろん私だからな?」
「どひゃあ!?」
 星の一言に飛び上がる陸遜。
 情報では……こやつは多節棍の使い手だったな……まあ、胸が大きすぎてうまく使えんという話だったが……。こいつは星に任せておいて問題なかろう。
 ……また妙な縛り方をせんようにだけ気をつければ。
 さて……私は孫権だな。
「さて……呉王、孫権よ。あなたのその誇りがどれほどのものか……見せていただこう!」
「減らず口を……! はぁぁああああ――――っ!!」
 大上段に剣を構えて、孫権が私を両断せんと地を蹴った。
 なるほど、一応武の心得はあるようだ。だが……その程度では私を[ピーーー]ことはかなわん!
 しっかりとその刃の行く末を見、私は青竜偃月刀を握りなおした。
741 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 03:13:03.23 ID:1U/RiEmE0
「やぁーっ!」
「ほれ」

 がきん ちゃらん

「あああーっ! か、返してください、私の武器―っ!」
 私の槍にからめとられた己の武器(多節棍)をとろうとぴょんぴょん跳ねている陸遜。……この軍師……やはり大して強くなかったな……。
 確かに、思ったよりは戦えるようだったが……いかんせん胸についている過剰に肥大した障害物のせいで、動きが鈍い上に腕の稼動領域が狭い。おまけにもう息が上がっているな……運動不足と見える。
 大方、いつも書庫かどこかにこもって本でも読んでいるのだろう。よくもまあ……それでこの私に挑んできたものだ。度胸だけは認めよう。
 さて……これ以上こやつと戦って得るものはなさそうだな。
 鈴々のほうはどうなっているか……

「くっ……どかんか張飛っ! 私は……一刻も早く我が主の下へ……」
「だからダメだって。お姉ちゃんの相手は鈴々! 相談してそう決めてたし……鈴々は前から、甘寧おねーちゃんと戦ってみたいと思ってたのだ」
「何、私とだと……!?」
「うん」
 ほう、それは始めて聞いたな……意外だ。
「はた迷惑な……なぜ貴様が私に興味を持つ!?」
「うん、だって……」
 だって?
「甘寧お姉ちゃん、鈴々と同じでおっぱい小さいから」
「何だその理由はぁァ!?」
 お、甘寧の斬撃がわずかに早くなった。
「だってだって、愛紗も星も翠も、みんなみんなおっぱい大きいんだもん! たまには、鈴々よりも年上で、かつ鈴々とおんなじくらいの大きさのおっぱいの人と戦いたいのだ」
「ふざけるな! それで私に白羽の矢を立てたというのか!? 嬉しくもなんとも無いわ!」
「そして、鈴々と甘寧お姉ちゃんとあの春巻き頭とで、ちっちゃくても強いんだぞー! ってことを皆に教えてやるのだ! うん!」
「『うん!』じゃない! 何だその残念な集まりは! というか私は別に胸のことなど気にせん! むしろあんなもの、戦う時には重くて邪魔なだけだ! 穏を見ろ!」
「思春ちゃん! 巻き込まないで!」
 陸遜の抗議も空しく、怒りの度合いが上がった甘寧と、ますますやる気になった鈴々との打ち合いは続いていた。

 一方で、愛紗のほうは……。
「はああぁーっ!」
「ぬるい!!」

 ガギィン!

「く……っ!」
 剣の軌道に変化をもたせて何度も切りかかる孫権と、それを難なく打ち返す愛紗。ふむ……呉の王は一応考えて戦っているらしいが……正直、話になっていないな。まあ、当然か……。
 この戦い……残念ながら愛紗に負けは無いな。

「あぁ〜〜〜ん! そろそろ返してくださぁ〜い!」
 ……と、そろそろこっちの乳軍師がうるさいな。
「わかったわかった。ほら(ぽい)」
「あ、ありがとうございますぅ〜……」
「ああ。気をつけて帰れよ?」
「は〜い……って違いますよ! 9節棍(コレ)であなたを倒すんですっ! とりゃあーっ!」
 ……やれやれ。

 がきん ちゃらん

「ああああ〜っ、返してぇ〜!」
 ……もうコレで5回目か……いい加減飽きたな。
 と、

 ガギィン!! カランカラン……

「! くっ……!」
「……勝負ありだ、孫権殿」
 全霊を込めて放ったのであろう、孫権の最後の一撃。その一撃は……愛紗の青竜刀の一振りにより、いとも簡単に粉砕されていた。
 おそらく今もしびれているのであろう、震える孫権殿の手元に剣は無く、その足元に力なく転がっている。愛紗の一撃を受けて折れんとは……なかなかに強い剣のようだな。
 鈴々と刃を交えている甘寧もそれに気づいた様子だが……いかんせん立ちふさがっている鈴々のせいで前に進めない。あせっている分、むしろ一撃一撃が雑になっているような印象すら受けるな……。
 さて……これで最早勝負はあった。後は孫権を……
 その時、

「こうなったらあぁーっ!!」
742 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 03:13:45.29 ID:1U/RiEmE0
「「「!?」」」
 突如として陣に響いたしたったらずな声に、全員の視線が注目する。
 見ると、その声の主はやはりというか、軍師の陸遜……おや、獲物を取り戻すのはいよいよ諦めたか? どういうわけか陣の後方に向かって走っていって……なにやら大きな物体の隣で停まる。そして、その物体に駆けられた布を取ると……

「「「!!」」」

 その下から……何を隠そう、文月が開発した脅威の威力を持つ遠距離攻撃兵装『弩』が姿を現した。なっ……あの乳軍師、あんな隠し玉を……!
 さては、こういうときのための最終防衛兵器に、全てを戦場に出さずに陣に残していたか! まずい……あの威力と速度は、いくら我々でも……
「あ、あれは……!?」
 同じ感想を抱いた愛紗の、そして孫権の動きが一瞬だけ止まる。
「蓮華様! そこ動かないで!」
「やれ、穏!」
 甘寧の号令に答えるように、陸遜はその照準を愛紗にあわせ……やはり君主を守るためであろう、我々全員が息を呑む中……何の躊躇も無く、引き金を引いた。

 ……矢がまだつがえられていないというのに。

「……あれ? 何も出ない……」
「阿呆! 矢を番(つが)えなければ何も出るはずが無かろうが! さっさとやれ穏!」
 この乳軍師は……とことん詰めが甘いというか、期待にこたえてくれるというか……。
 甘寧の一喝でようやくその失敗に気づいた軍師は、あわててその横に置いてある、『弩』専用の矢の入った箱を開けにかかる。非常用なのだから最初から開けておけばよいものを……全く……。
 まあ……運がいいとも取れる。もしも矢を番えることを忘れず、愛紗を射ようとしていれば……その前に私の投げた槍に串刺しにされていただろうしな。
 さて、本当に撃たせるわけにもいかんわけだし、とっとと気絶なり何なりしてもらおうか、と私が陸遜に近寄ろうとした瞬間、

 キュボッ

「「「……え?」」」
 赤い閃光が陣地を走ったかと思うと……愛紗に照準が合わせられていた『弩』が跡形も無く消し飛んだ。
「!? !? !? な、え、何!?」
 目を白黒させる陸遜。
 こんなことが出来るのは……

「あ、あの〜……そろそろいいでしょうか……?」

「姫路殿!」
「あ、瑞希おねーちゃん!」
 やはりか……天導衆の1人にして、可憐かつ豊満な外見と、灼熱の炎で全てを焼き尽くす力を持つ少女……姫路瑞希がそこに立っていた。
「てっ……て、ててっ……」
「『天導衆』……っ!? 」
 陸遜、甘寧共にその顔に驚愕が浮かぶ。と、そこで一息つく暇も無く、

「……余所見禁物」

 ヒュガガガガッ! カラカラカララァン!

「!?」
 いつの間にか接敵していた霧島殿の召喚獣の剣が一閃し……甘寧の剣が刺身のごとくバラバラに切り下ろされ、無残な残骸となって地面に転がった。
 不意打ちもそうだが……鍛え上げられた鋼の剣を一瞬で砕くか……いつもながら、天導衆最強を誇るこの2人の力は底が知れんな……。
「……これでおしまい」
「そんな、バカな……」
 目の前で起こったことが未だに信じられない様子の甘寧は、柄の部分だけになった剣を手に立ち尽くし、その横に立っている鈴々はむっとして霧島殿にくってかかっていた。
「もーっ! 何するの翔子お姉ちゃん! 甘寧お姉ちゃんは鈴々の相手だったのにー!」
「……ごめん。でも、早く終わらせてこい、って雄二に頼まれたから」
「それに、けが人は出ないほうがいいでしょう? ね?」
「む〜っ……」
 鈴々を諭しつつも、甘寧、陸遜両名が妙な動きをしないように気を配っている霧島殿はさすがだな。ところで、2人がここまで来れたということは……
「あ、はい。陣の外は文月軍が完全に制圧してます。親衛隊の人たちも、全員捕らえましたよ。安全に本陣まで帰れます」
「な……っ!?」
 孫権を逃がすための最後の砦である、親衛隊布陣の完全陥落。
 その報告は、孫呉の完敗を決定付けるものであり……しばらく経ってその現実を認識したらしい孫権の手は、力なくだらんと体側に垂れた。
 その孫権に、先ほどまで死闘を演じていた愛紗が声をかける。
「あなたは、兵を失いながらも幾人かの将のみで勇ましく戦った。ここで投降したとしても、あなたの誇りを汚すことにはなるまい。あなたは……立派に戦った」
「……面目を施すというのか……」
「そのようなことはない、心からの本音だ。だが……」
 と、そこで愛紗は一拍置いて、
「……この戦いの裏を見抜けなかった罪は……重いと言わざるを得ない」
「……何……?」
 と、ここで孫権の、他の2人の顔にも、同様の困惑が浮かんだ。やはり、今愛紗が切り出したセリフが気になるらしい。
 懐疑と困惑の入り混じった視線を受けて、愛紗は続ける。
「短い話ではない。もし全てを知る気があるのなら……ここで投降していただきたい。我が主が全てお話くださるだろう」
 それを聞いて……孫権の困惑はさらに深まったようだ。
 愛紗の澄んだ目は、でまかせやごまかしを言っているものの目とは違う。それを心のどこかで感じ取っているのだろう。そして、この戦いそのものに『裏』があったなどという予想だにしないことを告げられ……孫権は返答に詰まっている。
しかし、最後には……
「……わかった」
 そう、小さくつぶやいた。
743 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 03:15:54.69 ID:1U/RiEmE0
「兵で負け、武でも負けたのだ。最早抗いはせん……」
「「蓮華様!」」
 その後ろで悲痛な表情を浮かべた甘寧と陸遜の声に、孫権が振り返る。
「思春、穏、すまん。今聞いたとおりだ。我が命……このものたちにゆだねる」
「ならば……私もお供いたします!」
「わ……わわ、私もです!」
「……ありがとう、心強い」
 予想通りではあるな、孫権に続く形で、陸遜も甘寧も下ったか。やれやれ……任務完了だな、3人とも生け捕りに出来た。
「さあ、関羽。連れて行ってもらおうか……吉井の所へ」
「心得た。その誇りと剛毅を信じ、拘束はすまい。自らの足でついてこられよ」
 孫権は小さく頷くと、愛紗の後に続いて歩き出した。側近の2人がその後に続く。
 それを見届けた上で、私と鈴々は霧島殿と姫路殿を先に返し、兵たちに号令を出して戦の修了を告げた。この分だと……孫呉の兵たちも、大した抵抗なども無く、大人しく従ってくれそうだな……さすが、潔い。
 では私も、鈴々と共にこの戦場の後始末をつけた後で、陣に戻るとしよう……全てを明らかにして、誤解を解くために……な。

                       ☆

 そのころ、文月軍後曲

「し、島田さん! 大変大変大変!」
「え、な、何、工藤さん!? こんな時に」
「こ、コレ見て! たった今斥候の人から届いた報告書なんだけど……」
「コレって何……はぁっ!? ちょ……どういうこと!?」
「ボクもよくわかってないんだけど……どういうことも何も、多分書いてあるとおりの意味だよ! ムッツリーニ君の直属の斥候だし、多分間違いない……」
「で、でもだとしたらこれ一大事よ!?」
「うん! 早く吉井君や坂本君に知らせないと!」
機器系統の操作に駆り出されているムッツリーニの代役として、斥候関係を管理していた2人のもとに、とんでもない知らせが届いたのを知る者は、この時まだ誰もいなかった。
744 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 03:17:34.28 ID:1U/RiEmE0
孫呉編
第111話 裏と真実と急展開
「お姉ちゃん!」
 武器を預けたうえで関羽たちに同行し、文月軍の陣地の布壁をくぐったところで、聞き覚えのある、それでいて一番聞きたかった声が私を呼んだ。
 私がはっとして顔を上げると、目に飛び込んできたのは……
「……っ! 小蓮!」
 先の戦いで消息不明となっていた妹……孫尚香こと小蓮だった。
 一瞬目を疑うが、いくら目をこすってみてもその姿が消えることはない。そうしている間にも小蓮は元気よく走り、人との真ん中を突っ切って私の所にかけてきた。
 よかった……無事だったのね……。
 見る限り、体に傷のようなものはないし……服も破れたりしている様子はない。捕虜として収容されていたと考えられるが、尋問されていたということもなさそうだ。
 自然と安どのため息が漏れ、口元が緩んだのが自分でわかった。
「しゃ……小蓮様ぁ……、ご無事で……よかったぁ……」
 先遣隊での戦で、結果的に小蓮を残して逃げかえる形をとってしまった穏は、元気な彼女を見るやいなや、ぽろぽろと涙を流しながらその場に座り込んでしまった。思春が一瞬『敵陣の真ん中で何を……』とでも言いたげな顔になったが、飲み込んだようだ。それに……思春は思春で、小蓮の無事を喜んでいるようだし。
「そんな、穏、泣かなくても……」
「泣きますよぉ……だって、だって……私……小蓮様のことがずっと心配で……。こうしてまたお姿を聞けて、お声を見れて……うぅ嬉しいんですぅ〜……」
「逆、逆」
 小蓮のツッコミは穏には聞こえているまい。
 と、苦笑を浮かべているであろう私に対して、小蓮はこんなことを言い出した。
「でもよかったぁ〜……私心配してたんだよね、お姉ちゃんが暴走したりしないか」
「暴走?」
 何だそれは?
「うん、お姉ちゃんのことだから、負けて捕虜になるのが嫌で、自害したりするんじゃないか……って」
 ……やれやれ、どうしようもない姉だな、私は。撤退を拒んで穏や思春を困らせるのみならず、捕虜として拘束されている身の妹にまで心配をかけるとは……。
「そうしたいところなのだが、少々気になることを聞かされてな、その確認のためにここへ来たのだ」
 と、そこまで言って私はおかしなことに気付いた。
 小蓮……おそらく捕虜として捕まっていたはずだが……その割にやけに普通にというか、楽しそうに構えているな……? 先遣隊の敗北の後に拘束されてから、それ相応の時間を経て私は決戦のために出兵した。その決して短くはない間を小蓮は捕虜として過ごしたはずだが……疲弊している様子がかかけらもない。
 まあ、吉井が甘い考えの持ち主だというのは知っていたが……よもや食客として扱われていたなどということは……。
「そっかー……なら、早いとこ明久に会って話を聞いた方がいいかもね。こっち来て。明久に会わせてあげる」
 そう言って小蓮は、私の手を引いて歩きだしたいやまてまて、今何と言った? 『明久』? 何で小蓮が吉井のことを呼び捨てにしているのだ……?
745 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 03:18:16.49 ID:1U/RiEmE0
そのことを聞く前に、小蓮はたまたまそこにいた侍女らしき女を捕まえて、
「これからお姉ちゃんたちを連れて明久に会いに行くから、明久の天幕にお茶とお菓子持ってきて。いつものやつね?」
「かしこまりました」
 ……???
 何で小蓮が文月軍の女官に上役面で命令を出しているのだ……? しかも、茶だの茶菓子だのをいつも用意させているような言い方を……。
 捕虜であるはずの小蓮の態度に痛烈な違和感を感じつつもそのあとについていくと、ほどなくして大きな白い天幕が姿を見せた。おそらく……あの中に吉井がいるのだろう。
 ……いよいよ奴と会う時か。この戦いの『裏』とかいうものを聞かせてもらうために……。
「さ、入って入って? 自分の家だと思ってくつろいでくれていいから」
「そ、孫尚香殿。いくらなんでも、そのような緊張感のなさは……」
「かたいこと言わないの関羽将軍。明久だったらいいって言ってくれるでしょ?」
 ……できれば、わが妹のこの捕虜ならざる余裕な態度のわけも。
 小蓮の先導のもと、遠慮なくその天幕の中に入らせてもらうと、そこで私たちのめに飛び込んできたのは……


「バカ雄二! お前のせいでまた食卓に化学兵器が並んじゃうじゃないか! 責任とって前全部食え!」
「アホ明久! お前が姫路に茶なんか頼むから悪いんだろうが! お前こそ食え!」


 ……文月軍の頂点に立っている(はずである)2人の男の、取っ組み合いの喧嘩だった。
「何言ってんのさ! 雄二が『腹減った』なんて言いだすから悪いんでしょ!? 豪快に腹まで鳴らして!」
「それに賛同してただろテメーも! そんでお前なんで姫路にそれを頼むんだよ!?」
「いやだってそりゃ、『コーヒー』を入れるのは姫路さんが一番うまいし……」
「そんなこと頼んだらあの姫路のことだから茶菓子の1つや2つ気ぃきかせて用意するに決まってんだろ! どーすんだお前コラ!」
「なんだと! お前こそ……」
「主よ、先ほどから何の喧嘩かわからんが……今はそれどころではないのでは?」
「「ん?」」
 と、腕を組んでその傍らに立っていた女武将……おそらくは趙雲にそうぴしゃりと言われ、やっと取っ組み合いを中断した2人の視線が私たちを捕らえた。同時に、その顔が『あ』といった感じのそれになる。
「ホラ明久、お姉ちゃん来たよ? 早く準備準備!」
「あ、うん、ごめん。わかった」
 小蓮の言葉で、ようやく事態の収拾に取り掛かる吉井と坂本。何と言うか……この2人は本当に相変わらず独特だな……。
 ますますもって……裏切って攻めてくるような男には見えん……。

                       ☆

「あー、すまん。見苦しいものを見せた」
 雄二のそんなセリフを皮切りに、ようやく孫権を迎えての軍議?みたいなものが始まった。
 孫権たちの『逃げ出したりはしない』という言葉を信じ、拘束なんかはしていない。もっとも、武器を没収してあるうえ、わが軍の誇る武将たちのうち、戦後処理で外に出ている数人を除く全員がここに集ってるわけだから、逃げようと思って逃げられるもんじゃないけど。
 さて……と、ホントは何か軽く雑談でもしてから本題に入りたいとこなんだけど……孫権相手にそういうのが通じるかどうかは愚問も愚問なので、早々に本題行くか。
 小蓮が勝手に注文していたお菓子を口に運びながら、軍議スタート。
「それでは聞かせてもらおうか。お前たちの言い分とやらを」
 警戒心と敵愾心を隠そうともしない孫権の鋭い視線。心臓の弱い人が見たら心臓麻痺でも起こすんじゃないかってくらいに威圧感が半端ない。正直貫禄バリバリで怖いのでさっさと始めよう。
「わかった。朱里! ムッツリーニ!」
「はい!」
「…………了解」
 2人は返事をすると、それぞれの持ち場についた。朱里は指揮棒を手に、壁にスクリーン代わりに張った白い布の前に。ムッツリーニは、プロジェクタに接続したノートパソコンの前にそれぞれスタンバイ。
 そしてムッツリーニが何事かいじると……ノートパソコンから出力された『Power Point』の画面が布壁に投影された。
 さて……じゃあ、ことの経緯を呉軍の皆様に説明するプレゼンテーションでも行いますか。
「そ、それではこれより説明させていただきます。えっと、まず……」

746 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 03:19:29.24 ID:1U/RiEmE0
「ど……どういうことだそれは!?」
 朱里とムッツリーニの、ところどころ僕や雄二も説明に加わったプレゼンもようやく終わり……そこで今まで沈黙したまま、目も口も見開いて僕らのプレゼンを聞いていた孫権の終了後第一声がこれである。
「つ、つまり……我々は『文月が攻めてきた』とう情報のもと小蓮が、しいては私が全軍を率いて出撃したが……」
「こっちはこっちで、おたくらが攻めてきたっつー情報が入ったんで軍を出したんだよ。んで、誤解を解く暇もなく激突……ってわけ」
「そういうこと。この戦……誤解の果ての最悪の結果なんだよね」
 内容が内容だけに、孫権や陸遜さんはもちろん、いつもクールフェイスの甘寧までもがはっきり驚いていた。
 無理もない。自分たちは裏切り者(僕ら)の処断のために軍を出したって言うのに、その文月では『自分たちが裏切った』ことになってりゃ。
 そして、
「し、しかし……お前たちのその主張が真実だという証拠はあるまい?」
 孫権のこの反応も、予想通りっちゃ通りか……。うーん、どう言ったもんか。
 と、僕が何か言うより前に、おとなしい陸遜さんが珍しく口を開いた。
「で、でもそうすると、全ての点が一つの線につながりますよ!? 報告と違って、文月軍が呉の領内にまだ入ってなかった事とか……こうして蓮華さまが拘束も処断もされずに普通に自由にさせてもらえてるのとか……」
「た、確かに……呉を併呑するのが目的なら、私を殺してしまった方が後々有利だ……」
 ああ、そういう見方もあったんだ。まあ、僕たちにしてみたら当たり前すぎて気付かなかったけど。
「しかし……手順そのものは簡単とはいえ、大国2つをだますような策略……一体誰がこんなことを?」
 と、甘寧。
「だれか……って言われるとな……」
「まあ、この2陣営を戦わせて漁夫の利を得ようとしている者のしわざか、あるいは……」
「ご主人様か孫権さん、どちらかの命を奪おうと画策する者……」
 うーん、星と紫苑の予測はそんな感じか……。
 でも、星のそれの方はちょっと考えにくいかも。だって、僕らと呉を戦わせたところで、そこで乱入して漁夫の利……ってほど強い国、この大陸にある? 魏、もうないし。
 で、紫苑が言ってたのは……おそらく、国一つ丸々動かして戦わせることで、その戦に勝たせて目当ての敵(僕か孫権)を[ピーーー]ってのが目的ってか……。こっちはこっちで目的が分からないうえに、なんて回りくどい……っていうか面倒くさい……。

 …………ん?

 何だろう、今何か引っかかるものが……。
 そのことについて考えてみようとしたとき、ぱんぱん、と天幕の中に響く大きな音で雄二が柏手(かしわで)を打った。
「いろいろと考えるのは結構だが……孫権?」
「何だ?」
「ぶっちゃけ、これを画策した犯人を探すのはまだあとでいい。それよりも俺らとしては、アンタんとことの国交正常化を図りたいんだが」
「?」
 孫権が眉を寄せる。
 けどまあ……雄二の言うとおりだ。犯人探しは後からでもできるけど……いまはこの戦いの真実を一刻も早く公表して、誤解を解かないと。若干まぬけな話だから公表はちょっと恥ずかしいけど、さっさとやっちゃわないと民衆レベルでも対立が始まっちゃうから。
「……お前たちの言いたいことはわかった。しかし、あまりに突然のことで……私にはまだ……このことが事実だと信じることが……」
 ん〜……やっぱりか……。まあ、予想通りではある(雄二の)。陸遜さんのさっきの説明も、状況証拠ばっかりだもんね……。
 さて、どうしたもんかと考え始めたその時、

「「ちょっとすいませーんっ!!」」

「「「!?」」」
 のれん状になってる入口から、魚雷みたいな勢いで工藤さんと美波が突っ込んできた。え、何!? 何かすごい慌ててるみたいなんですけど……何事!?
 その場にいた全員がぽかんとして見ている中、全力疾走してきたらしい2人は、とりあえず息を落ち着けるためにか空いている席に着き、美波はさらに僕のカップのアイスコーヒーを当然のごとく飲み干した。遠慮一切なしかい。
 ……でも、ホントに何だろ? 美波はともかく、いつもあっけらかんとしている工藤さんまでもがこんなに慌ててる息を切らしてくるなんて……はぁはぁ言ってる姿がなんか新鮮で、色っぽい……じゃなかった、不自然だ。
 それに2人とも、ムッツリーニの代役でスパイ関係の統括をやってくれてたはずなんだけど……! もしかして、そっち方面で何かあった!?
「えっと、2人とも、どうしたの? 何かあった?」
「Ach du Schreck! In der Hauptstadt fanden die großen politischen Ereignisse statt!」
 あ、だめだ美波パニクって日本語飛んでる。
「……愛子?」
「あ、だ……代表。えっと……緊急事態! エマージェンシー!」
 いつもがいつもだからか、こちらは幾分かマシそうな工藤さん。こっちに聞いた方がいいかも。
「そ……それがさ……」
 それが?
747 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 03:20:23.85 ID:1U/RiEmE0
「さっきムッツリーニくんの斥候の人が返ってきて報告あったんだけど……まずいことになったよ! 呉の国……周瑜って人に乗っ取られたかも!」

「「「はぁ!?」」」
 工藤さんの口から唐突に飛び出したとんでもないセリフに、僕ら全員の口がそろう。しかし、それを気にかける余裕も工藤さんにはどうやらないらしく……
「クーデターだよクーデター! 孫呉の……孫権さんの本拠地で、旗が……ああもうめんどくさい! ムッツリーニくん! この中身スクリーンに出して!」
 と、そう言って工藤さんがムッツリーニに差し出したのは……SD? あ、そういえばムッツリーニは直属部隊の者のうち本当に優秀な者に、小型の隠しカメラを持たせてたって聞く……もしかしてその画像?
 それを受け取ったムッツリーニがノーパソにそれを差し込んで何やらいじると、少し経ってウィンドウが1つスクリーンに映し出された。そこには画像が……あれ?
「し、小蓮! ここどこ? 周瑜の家?」
「違うよ明久! ここ……孫呉の王宮だ!」
 小蓮の、できれば外れてほしかった予想通りの答え。やっぱりか……国の最高幹部の家とはいえ、やけに豪華だと思った……。
 しかし、僕がこの家を周瑜の家だと思いたかったその理由。それは、その王宮に掲げられてる旗が……『周』の1文字だったからである。
 つまりこれは……本来掲げられていたであろう『孫』の旗が降ろされて、『周』の旗に挿げ替えられたことを意味している。
「こ……これは一体どういうことだ!? これは本当に今現在の孫呉の本城の様子を描いたものなのか!?」
「え、あ、えっと……」
 と、不測の事態にすごい剣幕になっている甘寧は大慌てで工藤さんに詰め寄っていた。
 ちなみに、『描いた』違います。
 たじろいでいる工藤さんは、一応敵軍だし、ということで話していいものかどうか迷ってるみたいだけど……僕が『いいよ』と目で合図したのを確認すると、
「今言ったけど……斥候部隊から届いた報告なんだよ。それも……6部隊も同時に」
「それに、そのうちの1つは土屋直轄の直属部隊よ。ほら、このフォトが証拠」
 と、ようやく落ち着いたらしい美波が、スクリーンに映っているフォトを指差した。たしかに……この時代のみなさんにはこれは『上手い絵』くらいにしか映ってないかもだけど……これは『写真』、風景をそのまま切り取ることができる、証拠としてかなり有用なもの。となると……今の孫呉の状況はこれで間違いないのか。
「それだけじゃないのよ。その6部隊とは別に……常に放った状態の斥候の連中からも情報が届いてるの。本拠地だけじゃなくて、他の呉領の町や村の多くでも似たようなことが起こってるらしいわ。それがえっとその……『しょうゆ』だっけ?」
 周瑜です。
「……それは私と雄二の子供の名前第一候補「ちょっと待てお前どさくさにまぎれて何を(ブスリ、ビクンビクン)」……ともかく、周瑜」
「そう、周瑜さん。それでね、それ全部ざっと整理すると、全体の60%超ってとこ。孫呉の6割以上が、謀反を起こした周瑜さんについた……ってことになるよ!」
 その報告を聞いて、
「め、冥琳さまが……謀反……?」
「くそっ! あの女め……やはり餓虎の野望を持っていたのか!」
 陸遜、甘寧がそれぞれの反応をとっている。やはりというか、孫呉メンバーは尋常じゃないくらいのショックを受けている様子だった。
 それはこっちも同じだけど。
 しかし、やられたな……まさかこんなことになるなんて。周瑜が何かしらの形で一枚かんでるのは知ってたけど、朱里と雄二、それにみんなの予測だと、そんなに目立つ行動には出ないだろう、ということだった。少なくとも、僕か孫権のどちらかが死ぬような字谷ならない限りは。
 だから僕らのプランは、できるだけその周瑜を刺激しないようにして逃亡されるのを避けつつ、戦の後処理と証拠集めを進めて……っていう方針だったんだけど……まさか自ら呉を乗っ取るなんてド派手なやり方に出るとは……予想外にもほどがあるってもんだ。
 氷の軍師、なんて呼ばれるくらいだから、こっからは『コードギ○ス』とか『デスノ○ト』みたいな頭脳戦パートに入るもんだとばかり……や、誰かに死なれても困るんだけどね。
 と、ここでワンテンポ遅れて孫権が絞り出した言葉は……。

「……そうか……やはり起ったか、周瑜……」

 聞き捨てならないんですけど!?
「どういうことだ孫権殿!? まさか……あの女が蜂起するであろうことが分かっていたのか!?」
 僕と同じ疑問を抱いたらしい愛紗が孫権に詰めよった。それでも孫権は何らあわてた様子などは見せず、目を伏せたままで答える。
「いつかこうなるかもと……そんな予感はしていたのだ。周瑜は……冥琳は……」
 そして、孫権は、天幕の天井で遮られていて見えないであろう遠い空を眺めるように視線を宙に走らせて言った。

「冥琳は……雪蓮(シェレン)姉さまの親友で、雪蓮姉さまの意思を受け継いだ者だから……な……」

 ……………………雪蓮(シェレン)?


748 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 03:21:25.38 ID:1U/RiEmE0
孫呉編
第112話 覇道と平和とそれぞれの信念

「……もともと、周瑜という人間は、わが姉……『江東の小覇王』と呼ばれた、孫策と断金の契りを交わした仲なのだ」
 孫権の説明はそんな感じで始まった。
「孫策は、『江東の虎』とまで呼ばれたわが母、孫堅と同様に、天下統一を夢見ていた。それを信じ、常に傍らから支えていたのが……姉の右腕であり、現在も古参として呉を支えている軍師、周瑜だ」
 ああ……そういえば、そんなこと聞いたことあるかも。たしか、いつだったかの軍議で。
 でもたしか、その孫策って人はもう……
「ああ……覇道も半ばにして、戦死してしまった……。そのあとを継いだのが、私だ」
 そっか……そういえば、僕らがこの世界に来た時にはすでに呉王は孫権だったっけ。ということは、それよりも結構前に……ってことになるな。お姉さん……孫策さん(おそらく、雪蓮さんってこの人だろう)が亡くなったの。
「周瑜は私が、孫策と同じように覇道を歩むのだろうとばかり思っていたようだ。しかし…………」
「お姉ちゃんは、そういうのに興味がなかったの」
 と、口を閉じてしまった孫権に変わり、小蓮が受け継ぐ形で口を開いた。
「お姉ちゃんは……いや、私もそうなんだけど……孫呉の人たちがみんな幸せに暮らせればそれでいい、っていう感じの考え方だったの。だから、別に無用な戦いをしてまで大陸の統一とかしたくないし……話し合いで済むならそれで解決したいと思ってた。そもそも天下統一とかどうでもよかったしね……みんなで平和に暮らせさえすれば……」
「ああ……だからこそ私は……お前が『和平条約』の調印に応じてくれた時、本当にうれしかった。無駄な争いを避けて、2国間の協力による平和を大陸にもたらし、この戦乱の世を終結させることができると……そう思った」
「なんか……お兄ちゃんにすっごく近い考え方なのだ」
 確かに……思えば、孫権の呉って、周辺の国を威圧して戦争しかけてこなくするだけの国力が蓄えられてからは、むやみに他の国を併呑したり……ってことも特にしなくなってた気がする。華琳の魏にいつの間にか国力で差がついたのは、その辺の姿勢が原因の一端なのかな?
「しかし……周瑜は、お前たちのその姿勢をよしとしなかった、か」
「先代から受け継いだ夢ですものね……言い方が悪いようだけど、裏切り、と取られても仕方ないかもしれないわ……」
 と、愛紗と紫苑。あー、確かに……。
 孫権の考え方は立派だし、僕とどこか似てるし、好感持てるんだけど……華琳とか周瑜とか、天下を目指して頑張ってる人たちから見たら『ぬるい』の一言で切り捨てられる内容なんだよね……日頃華琳から言われてるからわかるんだけど。
「やがて私たちの間では意見を異にすることが多くなり、衝突が増えていった……しかし、私はそんな周瑜のことが嫌いではなかった。奴のその覇道を歩もうとする姿勢は……純粋に呉を、姉・孫策を愛してくれているが故のものだと……わかっていたからな……」
「ほー……ま、『純粋』なんて言うには若干濁ったやり方で自己主張してる気がするが……まあ、俺にはその周瑜の腹ん中は見えないしな、気にしたって仕方ないか」
「私にもわからんさ。ゆえに、周瑜がこのまま私についてきてくれるのか……それとも私を見限って、孫策とともに歩んだ覇道を再び歩もうとするのか……わからなかった。私は、その判断を周瑜にゆだねて来た。今までは私と並んで歩んでくれていたが……どうやら今回のことで、見限られたらしいな」
 ふっ、と、ため息をついて、
 孫権は少しさびしそうな、しかしあきらめがついていっそ清々しいとでも言いたげな表情を見せていた。……周瑜に裏切られたのは少しさみしいけど、周瑜が望むとおりの道を行くと決めたのならそれでいい……て感じかな。
「えっと……ごめん」
「お前が謝ることではない。平和条約の締結は、私が独断で決定したことだ。……今思えば、それ自体が周瑜への最後の問いかけだったのかもしれん……すまんな吉井、どうやら私のせいでお前たちをも巻き込む結果になってしまったようだ……」
「あ、いや、そんな……」
 いきなりそんなこと言われても……
「そんなことを今ここで誤ってもらったところで栓無かろう? それよりも孫権殿、周瑜はこれからどうするつもりなのか……は火を見るよりも明らかじゃが、お主はどうするつもりなのじゃ?」
 と、秀吉が孫権に訪ねた。どうするつもり……って?
「……そうだな……。周瑜が謀反というん道を選んだということは……大陸全土に、そして私に対して……自分は戦友・孫策の目指した覇道を行くと宣言したということだ。ならば私は……潔く舞台から降りたい」
「なっ……蓮華さま!? 謀反を認め、周瑜に王権を譲り渡すというのですか!?」
 甘寧がショックを受けたように孫権に詰め寄ったが、孫権は大した動揺も見せず、ゆっくりと首を縦に振った。
 いや……孫権さん? 周瑜の気持ちを大切にしたいのはわかったけど……それはいくらなんでも……
 孫権のセリフに不安を覚えた姫路さんと美波は、
「あの……そんなことされたら、正式に周瑜さんが呉の王様になっちゃって、また呉が一丸になって私たちと戦うことになっちゃいませんか?」
「そ、そうよね……なら『おーけん』は孫権さんのままにしておいた方が、周瑜ってやつの力がそんなに大きくならなくて済むんじゃない?」
 それがもっともな意見だろうと僕も思う。けど……
「……そうなると、当然呉の内部が『周瑜派』と『孫権派』に分かれて、最悪の場合内戦が起きる。犠牲者も……」
「半端じゃない数になる……か。多分孫権さんはそれが嫌で……」
「ああ……民が巻き込まれて犠牲になるのは、私の望むところではない……王位など、くれてやればよいのだ」
 自暴自棄……とは違うと思うけど、沈んだような、諦めたような声で言った孫権。優しいなあ……やっぱり、これが本来の孫権なのか。民のことを、平和のことを第一にかんがえて、戦いや権力は2の次……。
「しかし蓮華さま! それではあまりにも……」
「好ましい手段ではないことはわかっている、思春。周瑜のことを、民のことを思ってとはいえ……勝負もせずに勝ちの目を投げ出すような真似だ。だが……」
「……?」
「今の我々に、他に何かできることがあるか……? 我々は今、敗北して軍を失い……吉井の捕虜となっているこの状況で……」
「…………っ!!」
749 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 03:22:14.77 ID:1U/RiEmE0
痛いところを突かれてか、甘寧が黙ってしまう。
 確かに……まあ、僕らの捕虜って言うこの状況下じゃあ、できることは声明を出すくらい。そこで『私こそが呉の王だ! 周瑜の横行を許すな!』なんて声明を出せば、呉はえらいことになるし……そうなると確かに一番被害が少なくすむ方法は、潔く負けを認める……ってことだろう。いくら周瑜の、民のことを考えると言っても、孫権にとっても苦しい決断のはずだ。
 その孫権は、一瞬だけ顔を伏せると、真っすぐ僕の方を見て言った。
「吉井明久……お前たちはどうするつもりだ?」
「え?」
 真剣な目。ごまかしとかそういうのは聞きたくない、どんな答えであっても、どうするか正直に聞かせろ……っていう目だ。高校生になってからはたまに……この世界に来てからはよく、こういう目をしてる人に出会う。
 ……僕はどうするか……ね。
「そりゃまあ……周瑜がその……孫策さん? の目指してた天下統一を目指すっていうんなら……当然僕らにケンカふっかけてくるでしょ……? だったら……」
「ああ。普通に考えて……こっちも相応の対応をしなきゃならね―だろうな」
 と、雄二も続けてくれる。
「文月併呑目的で俺らの首を取りにくるってんなら、黙ってるわけにもいかねえし……どの道周瑜には、今回のこの騒動の原因を作った責任もある。まあ、確実に……ひと勝負交えることにならぁな」
「や……やっぱりこの謀策も、冥琳さまのものなんでしょうか……?」
「…………断定はできないが、可能性は高い。周瑜には街の襲撃に使える私兵が十分な数いるし、文月襲来の報を孫権に持ってきたのも……周瑜だ」
「なるほどな……わかった。ならば、周瑜との今後は好きにするがいい。もはや私は何も言わん」
 まだ後ろ髪を引かれるような感じはあるみたいだけど……一応納得してくれたらしい。孫権はそうだけ言って、黙ってくれた。
 さて……そうなると残る問題は……
「雄二、ことがこうなっちゃうと……このまま孫権達を開放する、ってのはまずいんだよね?」
「だろうな。本国でクーデターが起こってんだ、言い方悪いがこいつらに帰る場所はない。このままここで捕虜……って形で拘束させてもらうことになる」
 そっか……やっぱそうだよね。
 まあ、一応戦犯でもあるし……捕虜として拘束させてもらうことになるんだな。彼女たちは最初からそのつもりだったみたいだからよさそうだけど……。ま、まあ、肩書きが捕虜でも、華琳たちや小蓮みたいに食客待遇にすることぐらいならできるしね。ちょっと申し訳ないけど……それで勘弁してもらおうかな。
 と、そういう感じのことを伝えると、
「そうか……それは純粋にありがたいと思う。だが吉井……王位を追われたとはいえ、私は呉の王だ。それだけで済ませるわけにはいかない」
「へ?」
 あの……まだ何かご不満でも? 外出なら交渉しますけど……。
「そうではない! その……お前の行為を拒んだり、待遇を批判したりするつもりはないのだ。だが……呉王がただ敵に降ってむざむざと生き延びたというのでは、民たちに示しがつかん。ゆえに吉井明久……私に、敗者としての屈辱を与えろ」
「は!?」
 なんか唐突にそんなことを切り出された。
 あの……言ってる意味がよく……
「わからない、という顔ですな、主よ?」
「あ……うん……」
 星、鋭い。
 でも、ホントにそうなんだよ、何でこの場面で孫権が屈辱……罰を受ける必要性があるのか……全くわかんない。だって、孫権悪くないじゃん。
 と、ここで星が説明役を買って出てくれた。
「よいですか主、周瑜が謀反に成功したとなれば、本城および領内にいる呉軍のほぼすべてを制圧し……まあ中には従わないものもいるでしょうが……ともかく、それらを用いて領内の平定に乗り出しましょう。そうなれば、さすれば、呉の全体が多少なりとも一時的にでも混乱に陥ります。おそらく……戦争に携わることのない民たちを含めた……呉の民全てを巻き込んで」
 うんうん。
750 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 03:23:10.70 ID:1U/RiEmE0
「そんな中、ただ1人、敵にむざむざ降ることでその騒乱から脱出して何のおとがめもなしに生き延び、高みの見物をするような真似を、孫権は自分で許しがたい……と言っているわけです」
 ああ、そういうことか……いや、それにしたってちょっと気負いすぎなんじゃ? 敵に捕らわれの身……ってこと自体、もう罰みたいなもんじゃん。
 まあ……僕はそこで不自由させる気はないから、そこちょっと問題ありかもしれんけど。
 けどこういうのって……理解しようとしない方がいいんだろうな。この時代特有、もしかしたら孫権特有の考え方なのかもしれないし。
 しかしまあ、なんて潔さと高潔さだろうね、孫権。全く……詰めのアカ煎じてFクラスの連中に飲ませてやりたい……いやまてよ、あいつらの性格と孫権のこのスタイルだと……むしろご褒美になってしまう可能性が無きにしも非ず……。
 まあ、それはおいといて。
 さて……そうなると華琳の例もあるし、ここはそうしておいた方がいいのかな……とも思うんだけど……その……。
 その『屈辱』って……ようするにその……『そういうこと』だよね……?
 ふと見てみると、案の定とでも言うべきか、孫権、赤くなってらっしゃる。
 後ろの陸遜さんと甘寧もそんな感じで……小蓮は……むくれてる? 何で?
 ともかく、呉のみなさんはまあ多少恥ずかしがってはいるみたいだけど、それなりに孫権の意向を理解し、一様に『………………まあ、どうぞ』的な視線。
 うーん……その、その気持ちは分からなくもないんだけど……。まあ、孫権は孫権で、他にも色々と考えるところがあってこの申し出をしてきたんだと思うし……華琳もそうだったからこういうのは受けるのが礼儀だ、ってことまではわかるんだよ。わかるんだけど……僕としてのモラルと、あともう1つ、
 ……首を縦に振れない理由がありまして……

 ギロッ  ×3

 左斜め後ろにいる愛紗。
 左斜め前にいる美波。
 僕の右側にいる姫路さん。
 この、僕を3方向から囲む形で立っている3人の『不純異性交遊厳禁』のオーラが……痛い……。僕の反応・返答次第では、この3人が形作る3角形は、捕らえた獲物を逃がさないバミューダトライアングルへと変わるはず。
 そうなったら……僕の命はない。
 この最強布陣に封殺されている限り、僕の答えは『無理です』しかないんだけど……それだと孫権のメンツがつぶれる上に気が楽にならない……うう、中途半端にこっちの世界の人の気持ちがわかるようになってきたおかげで余計に決断しづらい……。あーもうどうしたらいいんだよっ!?
 あ、そうだ! 華琳の時みたいに(あの時は失敗したんだけど)、代替案でどうにか……っていうのはどうだろ? 納得さえしてもらえれば……それでも……。
 ……うーん、この場合、どうなるんだろ?
 たしか華琳のときは『魏の国を救った大恩と釣り合わない』ってんでことごとくボツ食らったはず……でも今回孫権がお望みなのは……純粋に孫権個人に対してのお仕置き。となると……まだ望みはあるかも……。
 うーん……孫権を納得させるだけの苦痛もしくは羞恥がありつつ、僕があの3人によって無残な肉塊に変えられないだけのお仕置きとなると……?

・18禁系……論外
 ・仕事手伝ってもらったりとか……軽くこなしそうだな。何より愛紗に怒られる。
 ・思い切ってメイドやらせてみたり……ああ、月と詠がいるから駄目だ。

 だめだ……思いつかない……。
 というか、孫権もそうだけど呉のみなさんって普段からコスプレじみた服着てるし……あれが既に一種の羞恥だしな……声に出したら殴られるかもだから言わないけど。だから、何やってもちょっとやそっとじゃ……

 …………………………………………まてよ?
751 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 03:23:44.82 ID:1U/RiEmE0
そうだ……それなら……だけじゃなく……うん、これならいける!
「よし、天導衆集合! 円陣作って!」
「「「?」」」
 突然の号令にみんなきょとんとしていたけど、言われるままに集まって肩を組んで円陣を作ってくれた。
 そして僕はそこで、僕が考えた「その案」を発表すると……

「「「あぁ〜……」」」

 一様にそんな反応が返ってきた。
「なるほどな……まあ、安直ではあるが……」
「うむ。たしかに一線は超えておらん。ワシらの道徳的にも……セーフじゃろ」
「…………それでいて、おいしい(グッ)」
「あーまあ、好感は持てない方法だけど……面白そうではあるか……」
「そうですね。そのくらいならまだ……明久君も……」
「……ギリギリセーフ」
「いいじゃんいいじゃん、面白そう! やろやろ!」
 とまあ、天導衆女性陣まで満場一致で賛成してくれた。よし……これでいこう!
 これなら、孫権に対しても十分に『罰』だし……僕も美波たちの刃にかかることが無い。そして何より……いろいろとおいしい。
「さて……この問題はここまでにするとして……決まったんだから、とっとと街に帰らなきゃならねーだろ?」
 と、雄二。さすがだ、もうスイッチを切り替えたらしい。
 そしてそれは正論だ。早く戻って準備に取り掛からないと、いつ周瑜が軍隊まとめきって攻勢に出てくるかわからないもんね。時間があるうちにやった方がいい。
「そうだね、戦いの準備もあるし……朱里!」
「はい! 軍議の続きは街に戻ってから……そして、必要なら一度本国に戻ってからでも軍備を再編成しましょう。まずはここの後処理を済ませて、街に帰還します。愛紗さん、星さん、翠さん、鈴々ちゃん!」
「「「応!」」」
「紫苑さんは私と一緒に……」
「兵站の補充ね? わかったわ」
 にこりと笑って紫苑が言う。
 さて、役割分担が終了したみたいなので、

「よしみんな! いったん街に戻って体勢を立て直して、それから周瑜の相手だ! 戦いが終わったばかりだし、次の戦いまでどのくらいあるかは分からないけど……気ぃ抜かないで、締まっていこうっ!」
「「「お―――――っ!!」」」

 何か話している時間ももったいないくらいに、僕自身焦っていた。
 それは多分、華琳以上に手段を選ばない周瑜という敵に対して、この先、今までで最大の激戦が待ち受けているのかもしれない……と、頭のどこかで悟っていたからだろうか。わからないし……考えても仕方ない。
 裏ボス的な展開を遂げたVS孫呉の戦い。この予想外の延長戦に何としても勝つべく、僕らは街に戻って準備に取り掛かることにした。

752 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 03:24:32.35 ID:1U/RiEmE0
孫呉編
第113話 罰と衣装と羞恥心

 孫権との戦いの決着、そして周瑜のクーデターというとんでもない事件が起こってからしばらく。
 孫権およびその腹心2人の誤解は解けたけど、代わりに(?)もっと厄介なのが敵に回ったということで、忙しかった政務・軍務はさらに忙しくなってきたわけで……。
 僕らは結局街にとどまらず本拠地までいったん戻り、周瑜戦の準備を始めた。
 まず、決戦に備えて軍備を前にも増して万全なものにするための手配。そのために各地に散らばってる平定作業用の兵力の一部を呼び戻し、本体に加えるなどの作業を行った。そうしないと兵の数がとてもじゃないけど足りないしね。それももうすぐ終わるけど。
 それに、手回しが速かったおかげで、文月領の領民たちが抱きかけていた孫呉への反発感情も抑えることができた。さすがに事が事だし、ちょっと僕的に考えがあったからそのままを明かすわけにはいかなかったけど……そこはさすが白蓮というべきか、見事な手腕で民衆の不満を抑え、満足いく(お茶を濁した形ではあるが)説明をしておいてくれた。感謝感謝。
 今は孫呉の国は『色々あって内乱中。その中の一部に、反文月を唱える勢力あり』……ってことになってる。これで決着の後、国交正常化に乗り出したときにかなりスムーズに事が運ぶはずだ。……そこまで行ければだけど。
 一番問題だった孫権達の処遇だけど、彼女たちも一応だまされた側だし、戦争ふっかけてきたとはいえその罪はそれほど大きくはないということで、小蓮と同様に超ゆるゆるの捕虜待遇ということでおちついた。孫権とか甘寧とかが想像してた『捕虜』の待遇とは大きく違ったもんだから戸惑ってたみたいだけど、陸遜さんは思いのほか早く順応してたな。
 軍師つながり、読書家つながりで朱里と早くもうちとけてたし、書庫にも気兼ねなく出入りしてたし、数日後には僕のこと『ご主人様〜♪』とか呼び始めてたし……なんていうか、たくましい人だな、意外と。
 まあ他の2人も、なじむのにそう時間はかからない……とは自信持って言えないけど、捕虜として先輩(?)の小蓮も付いてるし、なんとかなるだろ。
 そして……政務やら何やらが立て込んでてやる暇がなかった孫権への『罰』。

 その時が、ようやく来たりして。

                       ☆

「ここを右に曲がって突きあたり……あそこか」
 昼間にもらった見取り図をみながら、私は吉井明久の部屋へと歩みを進めていた。
 なぜ? いわずもがな……ふがいない自分自身に罰を与えてもらうためだ。あ、いや、決して変な意味ではなく。
 吉井の軍門に下ってから早数日、期日が決まらぬままに日がすぎるというのはかえって不安をあおるものとは聞いたことがあったが……ここ数日私もそれを痛感していた。自分から言い出したこととはいえ……やはり改めて考えると体がこわばるな……。
 吉井たちは何やら話しあって、どういう風に私を罰するのか決めたようだったが……結局教えてはくれなかった。しかし『私が提案したそれに準ずる方法』というものだったからには……決して軽くはあるまいし、軽くても私が困る。……予想は無駄だな。
 そうこうしているうちに……吉井の部屋の扉は目の前に来た。
 一瞬だけ不安で腕が止まったが……私はそれを振り切り、その扉をとんとん、と2回たたいた。
『あ、どーぞ?』
 舌っ足らずな男の声。……吉井だ。声にも緊張感が無いか……これからその……そういうことを私にするというのに……。
 呆れと不安が混じった深刻な心境を抱えて中に入ると……そこには……
(…………っ!?)
「お、もう来たのか、早いな」
「…………ようこそ」
「ふむ、時間に律儀なようじゃの。余裕を持って伝えておいたのじゃが……ま、よかろう」
 そこには、吉井のほかに……坂本雄二、土屋康太、木下秀吉の3人もいた。
 な、なぜこの3人が……これから何をするのかわかっているのか!? ま、まさか複数人で私を……!?
 さすがに抗議しようと思ったが……やめた。私は敗者だ。何を言ったところで……負け犬の遠吠えにしかならんだろう。吉井の好きにさせるほかあるまい。
 ……それにしても……仮にそういう方法だとしても、坂本と土屋はまだわかるが、なぜ木下が……? まさか……そういう趣味嗜好の奴なのか?
「何やら早くも勘違いされとる気がするのじゃが……」
 何か聞こえた気がした。
 と、
「あれ? 孫権さんもう来たんだ?」
「えっ!? じゅ、準備まだできてないんですけど……」
「……私がやっておくから大丈夫」
「やっほー、孫権さん、いらっしゃーい♪」
「!?」
753 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 03:25:23.52 ID:1U/RiEmE0
ふと横を見ると……残りの天導衆、島田、姫路、霧島、工藤までもがそこに……。
 ……? ? さすがに不自然ではないか……?
 方法が何であろうともう講義はせんが、これでは私を入れて9人……むしろ『そういう方法』の方の線が薄くなってきた気が……。一体こいつらは私に何をするつもりなのだ……?
「………………?」
 相変わらず何を考えているかわからん顔で、何やら設備のようなものを組み立てるこの男……吉井明久の頭の中が、私には何一つわからない。

                        ☆

 困惑してる感じの孫権の顔が僕の目の前にある。服はいつものまんまで……ご丁寧に王冠もきちっとかぶってる。けど……やっぱり表情は困惑気味。
 う〜ん……まあ、そりゃそうだろうな。この部屋に並んでる気具の数々……全部始めてみるものばかりだろうし……。でも、1つ1つ説明してる時間もないんだよね……。
 なので、
「えっと……じゃ、はじめよっか?」
「…………っ!?」
 不意の発言だったからだろうか、孫権の体が一瞬だけこわばった。あ、やっぱり緊張してるんだ……。こういう場合、なんて声をかければ……なんて思うより早く、孫権は自力で立ち直っていた。おお、さすが王。
 腕組んで、足は肩幅。『覚悟はできている』とでも言いたげなたたずまいだ。
 まあ、層まで自己主張してくれるんであれば、下手に待たせるのもあれだろうし……じゃ、始めますか。
「(パチン)美波、工藤さん、お願い」
「「らじゃーっ!」」
 ノリで鳴らした僕の指パッチンに、ノリでやったんであろう敬礼(ビシッ!)とセリフで答えてくれる工藤さんと美波。……この2人、ひょっとして結構楽しみにしてた……?
 2人はそのまま、孫権の腕を引いて、あらかじめ打ち合わせしておいた通りの行動に出てくれた。
「それじゃ、孫権さん?」
「ちょ〜っとこっち来てもらえるカナ〜?」
「え? あ、ちょ……」
 戸惑う孫権を無視して美波と工藤さんは彼女を物陰の、僕らからは見えない位置に連れ込み……
「はい、じゃそれ脱いで?」
「で、これも。大丈夫大丈夫、ウチら女だから、ね?」
「ちょ、あっ……そんな……」
 ……それは……始まった。

                       ☆

「あ、孫権、もうちょっと足開いて?」
「う……こ、こうか……?」
「あ、うん、そんな感じ。うんうん」

 僕の注文に、孫権は恥ずかしがりながらも応え、足をほどよい感じにまで開いてくれる。うんうん、これで見栄えいいし、やりやすい。

「あー、こっちにも頼むぞ、孫権」
「うう……」
 と、雄二のリクエストにもこたえ、雄二の方にも。

 と、ここで秀吉が気になったらしく、
「これこれ、恥ずかしがってそんなところ隠すでない。もっと堂々と」
「…………いや。むしろそれがいい」
 ムッツリーニはまあ……いつも通りだな。

「……瑞希、濡れてきちゃったから……タオルをとって?」
「あ、わかりました。はい、孫権さん、これでふいてください」

「ねえ、工藤さん。次使うのは……これでいいのかしら? ちょっと太すぎない? こんなの使ったら……壊れちゃうかもしんないわよ?」
「大丈夫大丈夫、そんなんじゃ壊れないようにできてるんだから、アレは」

「…………っ…………!」

「あー、孫権、こっちもほら……」
「なっ……何で……何で私が……」

 と、ここで、



「何で私がこんな恰好をしなきゃならんのだ―――っ!!?」
754 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 03:26:14.65 ID:1U/RiEmE0
「(パシャ)あーもう動かないでよ、ブレちゃったじゃん」



 バニースーツ(withウサ耳)の孫権が吠え、その際に微妙に動いたことによって僕が構えていたデジカメに映った孫権の写真にはブレが起こってしまっていた。
 そして孫権、今しがた汗でぬれてしまった体を拭いたタオルを投げ捨て、肩幅ちょうどいいくらいに開いていた足を閉じ、再び体を手で隠してしまった。
「ぜー……ぜー……」
 なんか……息上がってる? さすがに恥ずかしいかな?
「おーい孫権、こっちにも1枚……ってそんな状況でもないか」
「……雄二、あまりのめり込みすぎたら……」
「わかってるわかってる。ちゃんとムッツリーニから借りたデジカメでだけ撮って個人所有はしないから、安心して戻れ、レフ板係に」
「ねえ工藤さん……やっぱりこの装着型レンズ大きすぎるし重すぎるし太すぎるわよ? 絶対これつけたらカメラ壊れちゃうって……」
「大丈夫だってば、それでも壊れないようにできてるんだから、このカメラ。だよね、ムッツリーニ君?」
「…………愚問を」
 ……そう、僕が提案した孫権へのお仕置き。それは……『コスプレ写真の撮影会』。
 孫権が想像していた『罰』……ていうのはもちろんそういうことの方なんだけど、僕の立場上そういうことをするわけにはいかない。姉さんまでここに来てしまっている今、姫路さん、美波、愛紗の最凶カルテットがいる中でそんなことをしたら、明日の朝には僕は樹海の奥か湖の底だろう。悪いけど却下だ。
 そういうわけで、他の方法で孫権の期待(?)に応える必要があるんだけど……どうも華琳のときにそうだったことから考えて、僕が提示する『妥協案』というのは他の国の王様には不評らしい。さすがに前回みたく(3人の乱入)あやふやになってくれるとは思えないし……けど、孫権は頑固さで言ったら華琳以上だからなあ……。
 そこで僕が、孫権達のコスプレじみた衣装を見て思いついたこの策である。
 これなら孫権も一応恥ずかしいし、それでいて僕に命の危険もギリギリ及ばない。当然孫権の体が傷つくこともない。さらに、煩悩に正直に言ってこう言うのは僕的にも嬉しいものであって……っといかんいかん、美波あたりに察知されたら大変だ。最近の美波は妖気アンテナばりの精度で僕のよからぬ考えを察知するからなあ……。
 ともかくそういうわけで、僕と雄二、ムッツリーニ、工藤さんの4人をカメラマンに据え、霧島さん、秀吉、美波、姫路さんの4人がサポートスタッフに回っての撮影会である。
「……さっきからお前たち何をやっているのだ? カシャカシャとうるさい上にまぶしいし……服は恥ずかしいし……何がしたいのか全く分からんぞ?」
 赤くなりながらそんなことを言っている孫権は、その痴態がカメラという名の風景記録用ハイテク気具によって次々写真に収められているという大変な状況に気づいていない。まあ、カメラ自体知らないんだから無理ないんだけど……。哀れというか、幸せというか……。
 ていうか……もしかしたら普段の服が服だし、あんまりこの手の罰は効かないかな……って危惧してたんだけど、予想以上に効果は抜群。やっぱり、巨乳童顔の未来人に限らず、バニースーツってのはほとんどの女子にとって本能的に恥ずかしいものらしい。
 その後も何枚何十枚か写真を撮って、バニースーツの撮影は終了した。
「よし……こんなもんでいいかな」
「よ……ようやく終わったか……」
(やれやれ……ただこんな妙な服を着せられただけだというのに……予想がに恥ずかしいものだな……。ま、まあ、このくらいで済んだのは……)

「じゃ、次いこっか」

「え゛!?」
 と、孫権の口からそんな反応。あれ、もしかしてもう終わったと思ってた? やだなあ、そんなことあるはずないでしょ。
 罰としての意味もまああるけど……何せこの日のためにムッツリーニに頼んで、衣装からカメラ、設備まで全部準備してもらったんだから。ちょろっと取って終わりなんてそりゃもったいないよね。
「というわけで、次ね」
「どういうわけだ!?」
「いいからいいから(パチン)」
「「らじゃーっ!」」
「あっ、ちょ……お前たち、また……」
 と、割とノリノリの美波&工藤さんに連行され、僕ら男子勢からは見えないように衝立で隠された着替えスペースに孫権は隠れた。
「……雄二、覗かないように」
「んなことするかバカ」
 霧島さんが雄二に釘を刺しているその横では、ムッツリーニがレフ板係の姫路さんと秀吉に何やら指示を出していた。
 そんな間に着替えが終わったらしく、
 衝立の向こうから出てきた孫権は……
 ……バニーガールから白衣の天使(ナース)にジョブチェンジしていた。
(((おぉおー……)))
 に……似合う……。スタイルの良さもそうだけど、恥じらうような態度に清楚な雰囲気、そして小道具の注射器と聴診器、『そんけん』となぜかひらがなで書かれた名札がその魅力をさらに引き立てている。か、かわいい……。
 こんなナースが応対してくれる病院があったら、男性客の9割はリピーターになるだろうなあ……若干、それは病院とは違う気がするけど。
 とまあ、みんな感心してシャッターを切り始め、孫権は再び恥ずかしそうに顔を伏せた。……これもまたよし。

 その後も、ムッツリーニの衣装と設備をフル稼働した撮影会は続いた。


755 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 03:28:17.59 ID:1U/RiEmE0
  コスチューム03  セーラー服
「妙な意匠の服だな……よくわからんがこう、その……」
 何か言いたいけど、どう表現していいのか困る、といった感じだ。もしかして……どういう服なのかわからなくても、雰囲気的・本能的に感じる恥ずかしさがあるんだろうか? うーん……セーラー服、偉大なり……。
 さて、
「あ、孫権、こっちにも目線お願い」
「え? う、うむ……」
 ともかく撮らないと。


 コスチューム04  メイド服
 結局着せちゃいました。うん、王道。
 月や詠でメイド服は見慣れてるけど……孫権のスタイルの良さが加わってまた違った良さというものがあるなあ……。これで小道具の金属トレーを持たせて……うんうん、絵になるなあ。
 ちなみに、メイド服はムッツリーニの手作りだ。
「な……なにやらフリフリのがやたらついていて恥ずかしい服だな……何というか、落ち着かん……」
「大丈夫大丈夫、似合ってるよ?」
「そうじゃ、自信を持つがよかろう」
「罰で『似合ってる』というのはどうなんだ……?」
「(パシャパシャパシャ)…………いい」


 コスチューム05  スーツ(女教師風)
 おお……これはいい……。
 もともとの気の強そうな雰囲気に加えて、このスタイルの良さ……そして小道具のメガネが何とも言えない調和を……。
 こんな先生が生活指導担当だったら、いくらでも補習室行くのになあ……。
 欲を言うなら担任になってもらえたり……Fクラスでも成績3割増しは堅いだろう。


「おい待て! 一体いつまでこれを続けるつもりだ!?」
 通算6度目、巫女のコスプレをさせられて写真を撮られている途中で、ついに孫権が吠えた。ちなみにすごく似合ってますのでご安心を。
「どうしたの孫権?」
「どうしたもこうしたもあるか! 全く意味がわからんし、お前らが何をしたいのかもわからん! た、確かに、珍妙な服を着せられてまじまじと見られて恥ずかしくはあるが……一体これのどのあたりが罰なのだ!?」
 見られるどころかその姿が記録されているとは知らない孫権のそんなセリフは、ちょっと哀れに聞こえた。
 とはいえ、十分恥ずかしそうにしている孫権は、『いい加減に長いぞ!』とでも言いたげ。確かに……撮影が始まってからもう2時間以上たってるな……。プロのモデルさんでもないのにこんなことされてた ら、少しずつでもそりゃ疲れるわ。
 でも、ムッツリーニによると……
「…………むしろこれからが本番なのに」
 らしい。
「何ぃ!?」
 がぁん、とでも効果音がつきそうな孫権のリアクション。お気持ちお察しします。
 でも確かに……このままだと夜中通り越して朝になりかねないな。やっぱペースアップするしかないか。
「でも、それもそうね。さすがにあんまり遅くなるのは……」
「はい。そうですね」
「夜更かしはお肌の大敵……って言うしね。ま……ボクはあんまり守れてないけど」
 工藤さんはどうして守れてないのか激しく気になるけど、ここで何か一言でも言及しちゃうと眠れる獅子×2が目覚めるから黙っておこう。
「よし、じゃあ急いで残りを片付けよう! 無論、ペースアップを理由に写真の質が落ちるとか無しだよ!」
「「「応!」」」

「……ここで終わるっていう選択肢は既に無いのな」
 終わり? 何それ? 寝言は寝て言えよ、雄二。


 コスチューム07  チャイナドレス
「む……これなら、まだ……」
 あ、そうか。中国の服だからまだなじみがある方なんだ。
 ふむ……さすがに似合ってるなあ……スリットの間から見える脚が何とも……。まあ、なじみのある服のせいで恥じらいが少し減っちゃったのはちょっと残念と言えば残念か。

 コスチューム08  体操服(下ブルマ)
 こ……これは破壊力が高い……ムッツリーニなんかとうとう鼻血が抑えられなくなって救護室に走って行ったし……。そうでなくても、現在は既に絶滅種とされているブルマに加え、胸のところの『そんけん』の刺繍がもう……。おまけにその胸のサイズのせいで横に広がってるからさらに……。
 ……と、ここらへんでだんだん女子の視線が鋭くなってきたから……これ以上きわどいのは無理だ。
 ムッツリーニにそのことを打診した結果、しぶしぶそのあとの項目から『ビキニ』『レオタード』『エプロン(単体)』を削除していた。
 ……いや、最後のは普通にアウトだろ。見たいけども。
 ともかく、そうなるとこの後のは……おお、ここからはいわゆるアレだな。
 趣旨変えだ。


「こ、これは……!? さ、さっきのに似ているが……その……裾が短い……」
「…………それがデフォルトだから」
「でふぉ……?」
 ある服に身を包んだ孫権が、先ほどまでにも増して恥ずかしそう抗議する。が……さすがに恥ずかしさ が先行してか、はたまた疲労ゆえにか、その抗議自体がもう弱弱しい。
756 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 03:29:00.27 ID:1U/RiEmE0
「まあまあ、ともかくほら、教えた通りにポーズとって?」
「う、うむ……こうか?」
「そうそう……ああほら、手はそうじゃなくてこう! さ、決め台詞どうぞ!」
「うぅ……つ……つ……に……」
「声が小さい! もっと堂々と!」
 工藤さん、楽しそう……こういうの好きなのかな? それとも……単純に孫権が恥ずかしそうにしてるのが楽しいのか……。
 と、そんな工藤さんに発破をかけられた孫権は、意を決して、

「つ……つ……『月に代わって、お仕置きよ!』…………………………」

「「「おぉお〜……」」」
(何なの一体……本当に……っ!)
 街を歩いてたら一瞬で補導されそうなほどに丈の短いスカートに、普通の女学生はまず身につけないであろう金色のティアラ、そして……よくわからない髪飾りでくくられた、ツインテールの髪型。
 ……というわけで、コスチューム09、セーラーム○ン。


 コスチューム10 プラグスーツ(エヴァン○リオン・白)
「な……何なんだ、このやけにぴったりした服は……」
「うわ〜……すごい再現度。あれもムッツリーニ君が作ったの? すごいね」
「確かにそうね……デザインはかなりいかがわしいけど……」
「そ、そうですね。体のラインがくっきり出ちゃっててすごく恥ずかしい服ですけど……作り込みはすごいです」
「…………俺に作れない衣装はない」
「ふむ。では孫権よ、ポーズは問わんから、決め台詞を」
「わ……わかった……。わ……『私は……3人目だから』」
「「「おぉお〜……」」」
「貴様ら何に感心しているんだ!? 頼むからわかるように話せ!」


 コスチューム11  初音ミ○
「『みっくみくにして』……何なのよ一体これは!? 何『みっくみく』って!? 何このネギは!?」
「さあ……?」
 正直……僕ボーカロイドは詳しくないから……。それに、ムッツリーニが用意してたものだし。まあ、黒いベストに緑色の髪(ウィッグだけど)、ネギを両手に持ってる孫権はかわいいから別にいいんだけど。
 それはそうと……孫権、いつの間にか高飛車口調が飛んで普通の女の子口調になってるけど。こっちが地だろうか?
 さて……と、
 うーん……時間的に考えて、次がラストだろうか? うーん、残念だけど、これ以上夜更かしさせるのは罰のためとはいえアレだしなあ……。
「…………だったら、お勧めはこれ」
「え? あー……うーん……どうだろ……?」
 これは、まあ、涙が出るほど魅力的ではあるけど……これはさすがに女性陣の検閲に引っかかっちゃうんじゃないかな? 少なくとも……霧島さんはアウトだろう(雄二的に)。
 そう思って聞いてみると……予想外なことに、
「まあ……いいか。せっかく用意してあるんだし」
「そうですね……結構かわいくなりそうですから、孫権さん」
「いいんじゃない? ボクは大賛成だよ?」
 ええっ、予想外の好答! やった、まさか通るとは思ってなかった!
 比較的ノリがいい美波はまだ何とかなるかなとは思ってたんだけど……まさか姫路さんまで首を縦に振ってくれるなんて! こ、こうしちゃいられない! 早く準備を……

「「ただし、アキ(明久君)は外にいなさい」」

「えぇっ!?」
 天国から地獄。そ、そんな殺生な!
 ちょ……何でそうなるの!? それじゃ何の意味もないじゃん! いや、そりゃ『罰』……って意味で考えれば、僕がいる居ないにかかわらず孫権が恥ずかしいからそれでもいいのかも知んないけど……そりゃないよ! 一応僕太守だよ!? 王だよ!?
「明久君にはまだ早すぎます」
「そうよアキ。今までのだって、孫権さんの意思を尊重してギリギリ見逃してあげてたんだからね。……でなきゃとっくに指の骨ごにょごにょ」
 何だ!? 今のセリフの最後にとんでもなく物騒な何かが混ざっていたような!?
 そ……それにしたってそんな……ここまで来て最後の最後の……
「……雄二は外」
「は? 翔子お前な、下心を出すわけじゃないが、あのくらい別に何とも」
「(チャキッ)……外に出て」
「イエス・マイロード(バタン)」
 霧島さんの手元に金属光沢を放つ何かが見えた瞬間、雄二はスプリンターも真っ青の瞬発力でこの部屋を後にした。
 ……霧島さん、ついに暗器まで使えるようになったんだろうか?
 いつもは学年全体に羨望と嫉妬を誘発するその勤勉さが恐ろしい。
「ほら、坂本ももう行ったわよ?」
「明久君も早く出てください」
「い、いやでも……そんな……」
「いいから出なさい。土屋ももう出てったわよ?」
「え!!?」
757 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 03:29:38.39 ID:1U/RiEmE0
な、今なんて!? あのムッツリーニが!? これから起ころうとしている最後にして最大のコスプレ画像を前に敵前逃亡だって!? バカな、そんなことあるはずが……
「正確には、鼻血が止まらなくなって木下に肩借りて救護室に行ったわ」
 奴は想像だけでもう限界だったか。
 なるほど、その意味でいえば、撮影を前にムッツリーニを退去させるべきという発想は適切と言えるのかもしれない。
「で、でも僕は大丈夫だよ! ムッツリーニみたいに鼻血で倒れたりしないから!」
「そうじゃなくて、だから明久君にはまだ早すぎます」
「大丈夫だって、ちゃんと予習してるから!」
「何よ、予習って?」
「それはもちろん年齢せ……はっ!」
「……アキ、何か余計なことを口走るか、ウチが思わず手を出しちゃうか、どっちかする前に逃げた方がいいんじゃない?」
「…………………………はい」
 思わず『年齢制限のある保健体育の参考書も読んでるから!』なんて言いそうになったけど、ギリギリで踏みとどまることができた自分に称賛を送りつつ、僕は命があるうちに部屋を出た。
『お、おい? 何で吉井が外に……というかなぜ私は……』
『いいんです、気にしないでください』
『そうそう。さ、最後の一枚すませちゃいましょ』
『え? ちょ……え!?』



 数分後、
『もういやぁああ―――――っ!!』
 コスチューム12(FINAL)、スクール水着を装着させられたと思しき孫権の悲鳴が、事情を話して姉さんの部屋を間借りさせてもらっている僕たちの耳に響いてきた。
 あ、ちなみに今日姉さんにはきちんと事情を話してあるから大丈夫。……お説教は前払いで食らったけど。
 うぅ……何でバニースーツはよくて、スクール水着はダメなんだろう……? どっちも露出度は似たようなものなのに……。……まあ、バニースーツとスクール水着の間に一線を画するだけの大きな『差』があるっていうのは、男として否定しないけどさ。
 こうして、予想よりはるかに疲れたであろう孫権の『罰ゲーム』は、日付が変わってさらに1時間ほどしたかしないか、ってな感じの時刻になってようやく終わった。

                   ☆

 ちなみに、

 今日とった写真が原因で、別のところでもうひと騒動かふた騒動起こったりするんだけど……
 それらはまた別のお話。

758 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 03:30:17.01 ID:1U/RiEmE0
孫呉編
第114話 軍議とメイドと敵幹部

「現在の孫呉の状況ですが……やはり、周瑜さんの政治力は驚異的、と言わざるをえませんね。現段階で、呉の約8割の州都が周瑜さんの新政権についたようです」
「残りの2割は? 中立か?」
「おそらくそうでしょう。この先の情勢を見極めて……という意図と思われます」
 孫権への『お仕置き』からさらに数日。
 軍備がほぼ整ったところで、僕らはVS周瑜に向けての全体軍議を開いていた。
 出席者は姉さんを含む天導衆全員に、大将軍全員、政治部門から白蓮、そして孫呉の皆様に、コメンテーターとして華琳と荀ケ。
 出席してる面子がバリエーションに富みすぎなんだけど、それに関する愛紗の異論も含めてスルー。意見は多い方がいいからね。
 で、なるほど……呉の8割ねえ……。
「数的にはどのくらいになるのかな? 僕らより多い?」
「それはないだろ。俺らは元々の兵力に加えて、魏の兵力を吸収して、おまけに孫権との戦で生き残った分の呉の連中の兵力も入ってるからな」
 なるほど、そりゃそうだ。
 確か……魏との戦の前に朱里が言ってたことには、『魏:呉:文月:その他全部 = 4:3:2:1』だったんだっけ。そうなると……単純計算で今は『文月:呉:その他 = 6:3:1』か……。まあ、そのあとに結構な勢いで呉が発展したから、それより結構増えてるとは思うけど……さすがに2倍もの兵力差。そう簡単に覆せるもんじゃない。まして、その『3』の8割なんだし……。
 ちなみに、今雄二がサラッといった通り、僕らのところには、孫権が前の戦で動員した孫呉の兵のほとんどが生きたまま残留している。
 何でかってのは言わずもがな、僕らが催涙弾だの何だの使って、極力孫呉の兵を殺さないように、『捕らえる』戦いをしていたからだ。その方が後々、孫呉との仲直りがやりやすいし。結果、そのほとんどが生存して負傷捕虜となっている。
 ……姫路さんの粉チーズを食らった親衛隊だけがいまだに昏睡状態だってのは内緒。
「ですが……油断していい相手ではないでしょう。何せ奴は、『氷の軍師』とまで言われた程の女。どんな策を使ってくるかわかりませんからな」
 と、星が釘をさす。う……やっぱりそうなんだ。
 それを受けて、朱里も顎に手を当てて思考の構えをとり、
「はい、そうですね……。それに、確かに我々の方は総兵士数では勝っていますが、そのすべてを動員できるわけではありません。本城の守りはもちろん、各地の統治・治安維持……その他、大小の有事に備えていくらかの兵を残しておく必要があります」
「けどさ、それは周瑜の奴も同じだろ? だったら……あんまり考えなくてもいいんじゃないか?」
「まあ……考えたところでどうにかできることでもないしね。ひとまず兵士の数からは離れて、策とか情報の話しましょうよ?」
 確かに、翠や美波の言うとおりだ。今はそっちの方が効率がいい気がする。
 さて……と。でも、策ねえ……。
「そうは言っても……相手の情報が何もわからないんじゃ、対策の立てようもないですから……先にムッツリさんに斥候からの情報を報告していただきましょう」
「…………了解」
 と、今まで大人しかったムッツリーニが立ち上が……ってもらったところ悪いんだけどちょっと待ておい。
「…………何か?」
「『何か?』じゃねえだろバカ。何だお前その輸血用血液の点滴は?」
 我らが隠密部門総司令官は、会議に出席している陸遜さんと甘寧のレッドゾーンファッションによってすでに一度血に沈み、自前の点滴セットに血液パックをセットして、それをからからと引きずっているという入院患者のごとき様相を見せていた。あの……出血のせいで青白い顔色が合わさって、軽くホラーなんですけど……。
 とにかく、朱里が軽く泣きそうだから、一度安静にするなり何なりして何とかしてほしいというか……。
「…………俺のことなど……構うな。それよりも……重要な情報がある」
「何だ、街娘のパンチラ画像でも偶然撮れてたか?」
「さ、坂本君。それはいくらなんでも……」
「…………その話は後で」
「「「撮れてたんかい」」」
 つくづく正直な奴だ。ということは……今とっさにポケットの中に隠したSDカードの中身がそれか? つーか、なんて目的に直属部隊を使ってるんだ君は。
 ……ところで、
「あー……ムッツリーニ? その写真だけど、後で資料として僕のところに」
「届けたらわかってるわね、土屋」
「明久君、まだわからないんですか?」
「は、ははは……やだなあ、冗談だってば、2人とも」
「…………っ!!(コクコク!!)」
 僕とムッツリーニの顔にどっと嫌な汗が噴き出る。やめておこう、愛紗や姫路さんや秀吉のならまだしも、パンチラ程度と天秤にかけるほど僕は命を軽んじてはいない。
 さて、気を取り直して、
「とりあえずムッツリーニ、報告を。僕らの命に危険が出ない範囲で」
「…………了解」
 そう言ってムッツリーニは、ようやく震えが止まった手でキーボードをたたき始めた。それが出血によるものか、はたまた今の恐怖感によるものかは分からない。
 数秒の後、スクリーンに呉の地形図や軍勢力の分布図などが映し出された。同時に、テキストで現段階での情報が示しだされる。無論、姉さんら頭脳派の協力のもと、漢文と日本語の2ヶ国語(?)同時表記で。
「…………斥候部隊の連中によると、周瑜の軍は……およそ65000。ただし、その他にまだ伏兵がいる模様」
「なるほど……呉の8割がついたにしては、65000じゃ確かに少ないものね。伏兵には相当数の兵力を割いている……というわけかしら」
 紫苑の洞察力が敵の策を見抜く。
 そうなると……伏兵への備えがいるな。でも、このあたりは前の戦いと似てるし……何とかなるんじゃなかろうか?
「うーん……それだと、戦い方もこの前と似たような感じになるんじゃないか?」
 と、翠。続けて美波と華雄も、
「そうね……確かに、孫権さん達と戦ったときと同じような対処法が使えるかも」
「さすがに、こちらが用意した伏兵による『奇襲』は無理だろうが……まあ、対処としてはこちらも伏兵を用意するという方向で問題ないだろう。問題は、それをどこにどう……」
 やっぱりその方向で間違ってないみたいだ。心なしか、いつもよりかなり会議がスムーズに進んでる印象がある。この分なら、戦略その他全部話しあっても今日中に全部終わるんじゃ……
 と、やはりというかそうはならなかった。
 思いもかけないところから、妨害因子が飛んできたのである。

「はぁ……どうしてこの国の連中ってこう単細胞なのが多いのかしらね」

759 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 03:31:01.65 ID:1U/RiEmE0
「「「……?」」」
 呆れたような、というかまんま心から呆れている声で、そんな遠慮のかけらもない意見というか罵倒を飛ばしているのは……
 やはりというか、僕からかなり遠い位置に席が用意されている金髪ドリル娘だった。
「な……何だと貴様……っ!?」
「おいこら曹操! テメェなんつった!?」
「ちょっ……どういう意味よこのツインドリル!?」
 美波、横文字、横文字。多分悪口として認識されてない。
「あら、耳まで遠いの? 全く……あのおばさんじゃないんだからしっかり聞いてなきゃだめじゃない、文月の大将軍さま?」
 なぜか全然関係ない袁紹がナチュラルに『バカの見本』として挙がった。
 とまあ、それは真実なうえに、その当人の存在も含めてどうでもいいからおいといて。えっと……華琳? 何だっていきなり喧嘩腰?
 その問いには、相変わらず小悪魔じみた微笑を浮かべている荀ケが代わって答えた。
「言った通りよ。華琳さまはあなた達の単細胞ぶりに呆れて声も出ない……って言ってるのよ。そんなこともわからないのかしら?」
 回答というか、楽しそうに火に油を注いでいる。
 と、ここで『売られたケンカはオークションしてでも買う主義』の愛紗に火がついた。
「貴様……っ! ご主人様の計らいで、捕虜であるにもかかわらず特別に軍議の席に出席させていただいている身でありながら、何だその口のきき方は……!?」
「そうだ曹操! 第一お前、声なら出てるじゃないか!」
 あのね翠、荀ケの『声も出ない』ってところを曲解してそんな形で突っ込みを入れないように。また色々言われるよ?
「ま、まあまあ……みんな、ひとまず落ち着いて」
「ご、ご主人様! また……なぜこの者をかばうような真似をするのですか!?」
 それは君の手が青竜偃月刀に伸びかけているから。
 全く……愛紗は華琳相手だと常に臨戦態勢なんだから……。特に最近、華琳が僕のことを『明久』って呼び捨てするようになってからは特に。
「いや、ともかくさ、いったん話を聞こうよ。華琳はそもそも、何の理由も無しにこんなこと言ってくるような娘じゃないんだからさ」
「い、いや、それは……」
 何か言いたそうにしてる愛紗だけど、僕の命令(だと受け取っているんだろう)に逆らいたくないらしく、葛藤の真っ最中だ。その横では、星が『なるほど』とでも言いたげな顔をしている。よかった、こっちは変わらず冷静みたいだ。
 さて、
「えっと……華琳? 何か意見があるなら……聞かせてもらえる?」
「ふっ、バカを言いなさい吉井明久。華琳さまはあなたごときに話すことなんて」
「あるからちょっと黙って、桂花」
「…………………………」
 ぴしゃりと制された荀ケは、あからさまに僕を睨みつけながらしぶしぶ黙った。……この子の反応、なんだか向こうにいたころの清水さんを思い出す……。
 ふと見ると、その様子を見ていたらしい孫権が、
「驚いたな……まさか曹操が吉井に真名を許しているとは……」
 とか何とか言ってたけど、今はスルーで。
 で、華琳?
「じゃあお言葉に甘えて。まず、あなたたち読みが浅すぎるわ。この前の戦の策がそのまま使えそうだなどとぬか喜びする前に、あの美周郎ともあろうものがなぜ『孫権と同じ作戦』を取っているのかを疑問に思うべきではなくて?」
「「「あ……」」」
 と、その発言に何人かの武将の声がそろった。僕もだけど。
 確かに……セオリーとはいえ、あまりにセオリー通り過ぎて、対策が取られるであろうことが目に見えてるのに……ちょっと変だな。
「答えは簡単よ。『常套手段』の作戦によって、相手方の『常套手段』の対応を誘発するため……錦馬超、華雄、島田美波、あなたたちみたいにね」
「「「う……」」」
 あ、3人とも悔しそうな顔。
 華琳は、いい表情ね、とでも言いたげな満足そうな顔を見せると、続けた。
「そうなれば、周瑜の策で警戒すべきは、伏兵の存在よりもむしろその後……さらにそこに何かの策を、二重三重に張ってくる可能性があるわ」
「そうですね……それに、伏兵が1つとは限りませんし……」
 と、朱里。顎に手を当てて、頭を高速回転させているモードだ。すると、呉の方からも陸遜さんが手を挙げた。
「そういえば……冥琳さまは火計を得意としています。今の時期はそれなりに風もありますから……そこに注意した方がいいかと」
「火計か……厄介じゃな」
 火計……たしか、火を使って一気に敵を殲滅したり、撹乱したりする戦い方だ。
 風向きに左右される上に使いどころが難しい作戦だけど……上手くいけば、その効果は絶大そのもの。レ○ドクリフとかの、赤壁の戦いあたりからもそれがよくわかる。まあ……あの戦いの敵は曹操なんだけど。
 ともかく、それにはまっちゃうと危ないな。決戦の場所には、火計に有利そうな草原なんかは選ばない方がいいかもしれない。
 しかし危なかったな……今華琳が発言してくれなかったら、危ないまま軍議が進むとこだった。まあ……朱里や雄二なんかはなんとなく気づいてそうだったけど。
 とりあえず……策やら何やらについては、『決戦の舞台をどこにするのがいいか』なんかも含めて、慎重に話し合っていく必要があるな……。とりあえず、今の段階で決められるところまで話し合って……
 と、
「…………ちょっと待った」
「ムッツリーニ?」
 と、そこで思わぬところからストップが入った。えっと……ムッツリーニ? 何か用?
760 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 03:32:05.69 ID:1U/RiEmE0
「…………それを話し合う前に、全員に認識しておいてもらいたい事柄がある」
「あら、この流れを中断して話さなければならないくらい重要なのかしら?」
「…………無論」
 しっかりとうなずくムッツリーニ。どうしたんだろう……まだ何か情報があるのかな?
 そういやさっき、ムッツリーニの発表の途中に斬り込む形で話し始めちゃった印象もあるな……まあ、重要なこと見たいだし、聞いておこう。
 それは何……と聞く前にムッツリーニはキーボードをたたく。
 スクリーンに映ってるウィンドウの中のファイルの1つが開かれた。そして、ムッツリーニの操るマウスポインタがその中の1つを選択すると、次の瞬間、フォトウィンドウが開き、スクリーンに……

『月に代わって、お仕置きよ!』

 ……セーラーム○ンのコスチュームの孫権のフォトがでかでかと映し出された。しかも……展開と同時に流れる仕掛けだったらしい音声付きで。

「「「!!?」」」

 ぶほぉっ!!

 孫権がお茶を盛大に吹き出し、他のみんなは驚愕のあまり目を皿のようにした。
 あの……ムッツリーニ? 何で軍議の場で孫権の極秘コレクションを……?
「…………間違えた」
 ああ、展開するファイルを間違えたのか。それなら仕方ないよね……ってそれで済むか。
 絵にしては精巧過ぎる孫権の姿をまざまざと見せられたみんなが、そのフォトが今まで表示された資料画像と同様の『真実の風景』であるということに気付くのにそう時間がかかるはずもなく……ほどなくして、全員がこの絵は実際の孫権なのだと気づく。
 そして……気まずそうな顔になった。
「な、なあ……何だ今の?」
「わからんが……孫権殿であるのは確かなようだぞ?」
「あらあら……何かつらいことでもあったのかしらね……?」
 文月勢からはそんな声。加えて、天導衆一同の『あちゃ〜……』な顔に、孫権は、
(吉井ぃぃいぃ〜〜〜〜〜〜〜!!)
 顔を真っ赤にして、親の仇を見るような眼で僕を睨みつけてくる。ちょ、な、何で僕!? 今ミスって画像を出したのはムッツリーニで……ってそんなこと聞く余裕なさそうだなこの人。し、視線が怖い……。
 そして、その奥で割と本気の殺意のこもった鋭い視線を送ってくる甘寧がもっと怖い……。
 そしてそして、その逆側に座ってる陸遜さんと小蓮は……なんだか目を輝かせてるし。
 孫権が見てなかったら、『もっと見せて!』とか言い出しそうだな、あれは。
 しまいには、
「あの……孫仲謀?」
「なっ……何だ、曹操!?」
「その……医者なら、紹介するわよ……?」
「な、待っ……違……ご、誤解だ!」
 華琳さえもこうなる始末。しかも、悪口でも冷やかしでも何でもなく、真顔で、むしろ憐れむような目でそんなことを言ってるからたちが悪い。
 完全に誤解したらしいな……や、無理ないんだけども。
「ま、まあ……しかたないわよね。周瑜に……信頼していた腹心に裏切られたんだもの、心の1つや2つ……」
「か、華琳さま……こんなとき私たちはどうすれば……?」
「桂花、私たちができることはね……、孫仲謀を信じて、静かに見守ってあげることよ……」
「待て曹操! 頼む、待ってくれ! 誤解だ!」
「いいのよ仲謀! この曹操……人の心の繊細さはわかっているわ。大丈夫……たとえこれが、あなたがこのことで苦しんでの結末だとしても……あなたを咎める気はない!」
「だから違うと!」
 ああ……かわいそうに。
 曹操の誇り高い精神が見事に逆作用し、孫権はさらに追い詰められる結果となった。
 ところで……そろそろいいかな?
「えっと……ムッツリーニ? 本来見せたかった画像ってのは?」
「…………これ」
 と、ムッツリーニが別のファイルを開く。
 みんなが「一応」気を取り直して(約1名取り直せずに打ちひしがれてるのがいるけど)その画像に目を向ける。
 すると、そこに映っていたのは……

 純白のナース服に身を包んだ孫権……ではなく、

「「「ああああぁ―――――――っ!!」」」

 純白の怪しい服に身を包んだ……例の白装束だった。
 誰が見間違うものか。洛陽で僕らを襲い、魏軍を曹操ごと乗っ取って僕らを叩こうとした奴らだ。何でこいつらが呉に……!? ま、まさか今回の周瑜の謀反って……!
「…………他にも」
 と、ムッツリーニが他の画像を映し出す。呉の各地の画像。その景色の中に、白装束の連中がいる様子が写っていた。そして中には……周瑜の邸宅も……。
「…………斥候達が、こいつらが周瑜の邸宅に出入りするのを何度も見てる」
「……ということは、つまり……」
「こいつらが……この白装束共が、周瑜の謀反の黒幕だというの……!?」
 と、華琳と荀ケが衝撃を受けた様子でつぶやいたその時、

 バタァン!!
761 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 03:32:51.76 ID:1U/RiEmE0
「白装束だとぉっ!?」
「姉者、いきなり中に……」
「あれ!? 夏候惇に、夏候淵!? 季衣も!?」
 華琳たちの部屋で待機しているはずの夏候惇と夏候淵と季衣が、なぜかすごい勢いで扉を開けて部屋に乱入してきた。全員の視線が当然のごとく集中する。あの……何でここに?
 ……っていうか、もしかして……
「春蘭、あなた……軍議を盗み聞きしていたのかしら?」
「そ、それは、その……」
「……申し訳ありません華琳さま。止めたのですが……」
「あ、あはは……」
 ……どうやら、気になって仕方なかった夏候惇が主導となって、扉の向こうでこの軍議を聞いていたらしい。まあ……この3人じゃ衛兵も対応に困るよねえ……。
 まあ、隠すようなこともないし、どの道後で華琳が話すだろうから、別にいいけどね。
 といっても、華琳はやはりその部下の愚行に呆れているらしく、
「やれやれ……春蘭、私は『部屋で待っているように』と言わなかったかしら?」
「そ、そうですが……その……やはり気になってしまって……」
「仕方のない子ね……あとで部屋まで来なさい。お仕置きよ……♪」
 ミニスカセーラーの美少女戦士より数段色っぽいトーンで言う華琳に、夏候惇は、
「は、はい! 喜んで!」
「姉者、返事がおかしい」
 ホントに。
 あの、できればその……そういう話はここじゃなくどこか別のところで……小さな子ども(鈴々、季衣、小蓮、朱里)もいるんだし……。……その中で朱里だけが、『お仕置き』の意味がわかったのか、赤くなってた。
「おい、そろそろいいか?」
 と、ため息混じりに雄二が割り込んだ。
「盗み聞きについては別に不都合も何もねーから気にしねーが、さっさと再開したいんだが?」
「あ、そのことなのだが、吉井!」
「ほぇ?」
 何だろう、いきなり夏候惇に呼ばれた。夏候惇は華琳にひざまずく姿勢から一点、礼儀正しく僕のほうに顔と体を向けて、
「頼む、この軍議、私も参加させてくれ!」
「はい!?」
「この戦いに例の連中が関わっていると聞いた。ならば……黙ってはおれん! ヤツらには、千回殺しても足りんほどの借りがあるのだ!」
 ああ……華琳の件ね。なるほど……そりゃ血も騒ぐだろうな。
 まあ、どうせ華琳経由で内容が伝わるなら……意見は一人でも多くから聞けたほうがいいかな。ちらっと雄二に視線を送ると、『やれやれ』って顔をされたけど、どうやら反対する気はないらしい。なら、やることは1つだ。
「よし、じゃあ衛兵さん、もう3人分いすと机用意してくんない?」
「3人……? それは吉井、私と季衣も参加していい……ということか?」
「うん、そりゃもちろん」
 意が言いそうな顔をしていた夏候淵も、すぐに考えるのをやめたらしい。うんうん、ようやくこの軍の基本的な方針がわかってきたね。
 さて、夏候淵も納得した所で、
「じゃ、3人分机といすを……」
「5人分よ」
「「「!?」」」
 と、また別の声が玉座の間に響いた。あれ、というかこの声は……
「詠!? 月も!?」
「あ……お……お邪魔してます……ご主人様……」
 開け放たれたままの正面扉のところで、腰に手を当てて仁王立ちになっている詠と、その後ろで小さくなっている月の姿が目に入ってきた。
 えっと……何? 5人分って……その、もしかして……
「話は聞いたわ吉井明久、その軍議、私たちも参加させなさい」
「おい詠! いくらなんでも、そんな無茶を言うな!」
 と、夏候惇のほうは見逃してたけど、さすがに侍女のこのでしゃばりようには耐えかねたのか、愛紗がすっくと立ち上がって声を張った。やはりというか……いくら元軍師とはいえ、今はメイド。軍議に参加させるつもりはないらしい。
 ……が、そこでこの詠が黙るはずもない。即座に反撃に移る。
「あんたに聞いてないわよ、怪力女、黙ってて」
「なっ……」
「それで吉井? さっさといすと机、用意して欲しいんだけど」
「え、あ、いや……」
 まいったな……どうやら詠もこの話題に興味津々みたいだ。
 まあ、当然といえば当然か。白装束の連中っていえば、月を暴君に仕立て上げて自分たちの目的に利用し、列強と戦わせ、挙句に殺そうとしたにっくき連中。その恨みの強さは夏候惇と同等以上だろう。まさか戦場に出られるとは思ってないだろうけど……軍議には出たいらしい。
 と、ここでさすがに不審に思ったらしい華琳と孫権が口を挟んだ。
「ちょっと明久、なんなのその子達? たしか……あなた付きの侍女でしょう?」
「なぜ侍女が軍議に参加しようとするのだ? 立場をわきまえるべきではないのか?」
「あなたたちに話す必要はないわ、こっちにはこっちの事情があるの」
 と、誰が相手だろうとあくまで強気の詠に、夏候惇が反応。
「なっ……貴様! 華琳様に何ということを言う!? そこに直れ!」
「何よ、捕虜のあなたがそんな勝手なことしていいのかしら?」
「貴様こそ侍女の分際で華琳様に何を言う! いくら吉井の側近でも聞き捨てならん!」
「姉者落ち着け! このメイドなる侍女、何やら思惑が……」
「え……詠ちゃん……詠ちゃんもあんまり乱暴なことは……」
 と、

「はいはいそれまで! 元ちゃんも妙ちゃんも董卓ちゃんも賈駆っちも一旦落ち着きぃや! 軍議止まってもーてる………………あ」
762 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 03:33:34.13 ID:1U/RiEmE0
「「「…………!!?」」」
 …………あーあ……。
 霞がやらかした盛大なネタバレに、魏陣営と呉陣営から、無音の驚愕が伝わってきた。
 そして次の瞬間、
「「「董卓!!?」」」
 まあ……そりゃ驚くよねえ……。『董卓』は死んだことになってたんだし……それがこんなとこでメイドやってたら……。
「ちょっ……あ、明久!? 今のはどういうこと!?」
「吉井、まさか、お前……」
 華琳も孫権も、やっぱりというか慌ててる。いや、違うんだって。本当は董卓……月は無実で、彼女達も白装束に……

「「わざわざ殺さずに変な服を着せて侍女をさせて……?」」

 いや、あの……ちょっと……それ、違う意味で困る誤解……。

 〜説明中〜

「なるほど……それで参加を申し出たのね、軍師・賈駆」
「まね」
 懇切丁寧な説明と説得により、どうにか月と詠と僕の名誉を保つことに成功。あぶなかった……また変な認識が増えるとこだ……。
 ちなみに、説明の間に指示を出して、机といすは既に5人分増量してある。夏候惇たちを許可したんだし、この2人を断る理由はないしね。
「全くもう……もうちょっと迅速にやりなさいよね」
「え……詠ちゃん……。あの……ありがとうございます……ご主人様……」
「いいのいいの。じゃ、軍議再開しよっか? 時間もったいないし」
 愛紗や夏候惇など、まだ何か言いたそうな面々もいたものの、軍議が重要なのは事実。これ以上遅延が起こるのはよろしくないと考えたのだろう。それ以上何も言わなかった。
 今のうちに……
「…………続ける」
 と、ムッツリーニが残る白装束たちの画像を次々映していく。
 しっかし……見事に皆同じ服装だな……。誰も彼も白、白、白……全く代わり映えしない……と、その時、

「「「ん?」」」

 不意に、今までとは違う『白装束』の絵が映し出された。
 いや、相変わらず白いんだけど……今までの覆面連中とは違った様相だ。背は……結構高いな。顔を隠しておらず、眺めの黒髪と眼鏡をつけた顔がばっちり出てる。ま、ばっちりって言っても、写真の隅に偶然写りました……って感じだけど……。
 ……こういう連中って……パターン的に、顔を隠してないやつって幹部的っていうか、偉いポジションにいることが多いんだよね……? ひょっとしてこいつ……
 と、その時、
「……っ!!(がたっ)」
「華琳様?」
 と、唐突に華琳が席を立ち上がった。いきなりのことだったので、視線が集まる。
 ……何だろう。華琳には珍しく、なんだか慌ててるというか、驚いてるような顔だけど……どうかしたのかな?
 心配した夏候惇が語りかけると、
「あの……華琳様?」
「……こいつだわ……」
「え?」
 何? よく聞こえなかった。

「こいつよ……。魏の城に現れて、私に術をかけたのは……間違いない、この男だわ!」

「「「はぁ!!?」」」
 今日はよく驚声が響く日だ。
 いや、でも今のは仕方ない。いやだって……そりゃ……
「こいつが……華琳を操ったっていう……?」
 みんなの視線が、スクリーンに映っているその男に集中した。
 すぐさまムッツリーニが部分拡大した男の顔。こいつが……催眠術で華琳を……?
「ええ……。確か、『于吉(うきつ)』……そう名乗っていたわ」
「于吉……か……」
 憎憎しげに華琳がつぶやいたその名前を僕は無意識に復唱していた。
 とうとう出てきたな……あの蹴り少年以外の、白装束の幹部クラス……。
 新しい敵の登場を前にして、文月陣営はもちろん、魏・呉の陣営も危機感を募らせ、眉間にしわを寄せていた。

763 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 03:35:26.23 ID:1U/RiEmE0
孫呉編
第115話 月と動機と仲直り
 某日、呉領・周瑜邸

 涼しげな風の吹く夜。そこには、2人の人物がいた。
「呉の8割があなたについたようですね。さすがは美周郎……恐るべき政治力をお持ちだ」
 やや低めの声で、からかいとも感嘆ともとれる言葉をつぶやくのは、その庭に立つ一人の男。名は于吉、白装束とメガネが特徴的な、いわゆる導師と呼ばれる存在だ。
 そして、その于吉にそう言われた女……美周郎こと周瑜はというと、今のセリフにいささかの感情ものぞかせない。夜空に輝く月を背に、静かにたたずんでいる。
「ふん……大したことではない。あのような奴ら、所詮は目の前に吊るされた餌にどうにかありつこうとしている獣と同じなのだ」
「獣に、餌……ですか。では、状況が変われば裏切ると?」
「ああ……だからこそ奴らは今、私とともにいるのだ。大国・呉の古参であり、最早実質の『先代』となった孫権よりも狡猾かつ非情、そして何より野心を持つ私のところに、な」
 この呉の国に、呉による天下統一を願うものは、決して多くはないが少なくもない。その大半は、呉が大権を握ることによる自分たちへの利の還元を望む者たちだ。
 ゆえに、確かに今『文月』がいかに強大であれど、それを打ち勝つだけの力を持つ、と豪語する美周郎についていこうとする者たちが多いと言えるのだ。
 もっとも、それらが全てというわけではなく、確かに彼女に永遠の忠誠を誓っていたり、もしくは『呉』そのものを愛するが故……という者も少なからずいるが。
「だが……そういう者たちは3割にも満つるまい、奴らが寝返ったり、怖気づいたりすれば、戦況は一気に最悪のものとなる。それゆえに私は勝たねばならぬ……絶対にだ」
 もし文月に一敗でも喫すれば、それに恐れをなして見方から降伏するものが出てくるだろう。それは……ただでさえ兵力で向こうに劣るこの状況下、好ましくない。
 順調でこそあれ、決して良好とはいえないその情報を聞いても、于吉の顔に浮かんでいるその微笑が消えることはなかった。
「ならば我々は……全力を持ってあなたを支援させていただきましょう。ゆえあって直接戦場には出られませんが、兵の補充、敵情の偵察……何なりとお申し付けを」
「なるほど……お前も何やら吉井明久には意趣があるようだからな。わかった、その時は存分に頼む。だが今は下がれ、一人になりたい」
「御意……」
 その瞬間、于吉は霧のようにその場から掻き消えた。
 それを目にしても、周瑜は何ら驚くことはない。いや……驚く意味もなからこそなのかもしれない。
 周瑜は振り返り、ふと上を向いた。満月をわずかに過ぎ、欠け始めた月が、しかしその十分すぎる明るさの光であたりをを照らしている。
「見事な月ね……この月の光、あなたにも届いているのかしら……雪蓮?」
 その思いは……月から、それが浮かぶ天へ、そして、今はもう天に行ってしまった彼女の戦友へと向けられていた。
「……とうとう立ってしまったわ、雪蓮。あなたの妹を裏切ることになってしまったけど……ごめんなさい、こうするしかなかったの」
 謝罪ともとれる静かな言葉を、周瑜はその月に向かってつぶやく。
「あとほんのわずかで、奴は……吉井明久は、天をその手につかんでしまう。もう……止められるのは今しか、そして……私しかいないの……。奴を止めて……この呉に天下の光明をもたらすことができるのは……」
 悲しげな、といっても過言ではないその口調。聞くものは……己と、見上げている月だけだった。
「待っていて……雪蓮。私……必ずこの大陸を呉の国の名の下に統一する。そして……それらすべてをあなたに捧げてみせるから……」
 自分に言い聞かせるような響きが含まれたそのセリフを、周瑜はしっかりとかみしめた。そして……浮かびかけた涙をしまい、寝室に戻っていく。
 来るべき戦に向けて、休息をとるために……。

 ……その、たった今まで周瑜が見上げていた月を見上げていた者が、もう1人いた。
764 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 03:38:14.74 ID:1U/RiEmE0
「…………冥琳……?」

 文月領・本城のとある渡り廊下にて、
 なかなか寝つけず、夜風で涼みに出ていた孫権は、天空に浮かぶ見事な月を見てぽつりとつぶやいた。
「……冥琳も、この月を見ているのかしらね……」
 文月の捕虜となって、すでにかなりの時が流れた。
 捕虜と言っても、その待遇は破格のものだった。豪勢な部屋に専属の侍女がつけられ、食事も好きなものを頼むことができ、なんと申請すれば外出までできるという考えられない待遇だ。小蓮が捕虜として生活していたにもかかわらず、むしろ生き生きとしていた理由は、この吉井の甘いにも程がある方針のせいだったのか……。
 いや……それだけではなかろう。
 ここには……我々の国にあった、閣僚同士の権力抗争や、王家と政官らとの間にあった確執のようなものが一切見られない。みな仲良くしており……関羽ら将軍階級や『天導衆』に至っては、まるで旧知の友のような関わりあい方だ。敬語も、使う使わないは本人の自由と来ていて、呼び方も『ご主人様』から『お兄ちゃん』までさまざま。……はっきり言って、とても国の最高権力者たちには見えなかった。
 が……そんな吉井達だからこそ、こうして平和で、なおかつ発展した『文月』をつくり上げることができたというわけか……ふっ、我々が勝てないのも当然か。
 そしてその負けた呉は……今、冥琳の手によって、疲弊したその軍事力に鞭打つ形で、再び文月と事を構えようとしている。……私を倒した、吉井と……
 さっき感じた、妙な気配のようなものが再び感じられた。……やっぱり、冥琳もこの見事な月を見ているのかしら……私と同じように……。だとしたら……
「……月が、鏡だったらよかったのに……。もしかしたら……冥琳に会えたかも……」
「? 鏡なら洗面所にあるけど?」
「あ、いや、そうじゃなく……ん?」
 と、
 いきなり割り込んできた声に驚いて私が振り返ると……そこには?

「……ふぉんへん?(孫権?)」

 何か食べ物が入っていると思しき大きな袋を片手に、その『何か』をほおばりながら歩いてくる吉井明久が目に入った。
 ……こいつは、こんな時間にこんな所で何を……?
「……何をしている?」
「(ごくん)ちょっと夜食。おなかすいちゃって」
 相も変わらず緊張感のない笑みでそう言ってくる吉井。……こいつはいつもこうだな……。
「全く……一国の王が、見間違いかと思いたくなるほどにだらしがない姿だな。こんな夜更けに、食べ物目当てで護衛も付けずに出歩くなど……」
「だって、みんなを起こしちゃうのは悪いじゃない? それに、愛紗とかだと怒られちゃうし……鈴々や翠だと『わけろ!』って言って騒ぐだろうしさ」
「私はそういうことを言っているわけではなくてだな……」
 そこまで言って、私はとうとうため息をこらえきれなくなった。やれやれ……。こいつは本当に……王としての自覚がないというか……

                      ☆

 ? 何でさっきから孫権、ちょくちょく呆れたようにため息ついてるんだろ?
 夜中まで政務が長引いて、やっと終わったものの……空腹がちょっとアレな感じで、寝床に入っても寝付けそうにない。仕方がないので、ちょっと何か腹に入れることにした。
 で、姉さんが持ってきていた『ホットケーキミックス』の存在を思い出したわけである。
 調理用の器具を何一つ(ホットプレートすら)持ってきていないのに、どうやってキャンプ先でこいつを活用するのか……なんて呆れていたところだけど、せっかくだからこいつで夜食を作らせていただくことに決めた。
 普通にホットケーキを作ってもよかったんだけど、今回はちょっとひねってバームクーヘンを作ってみた。前にテレビで見たやり方で。
 作り方は簡単、生地にしたミックスを麺棒にまとわりつくようにかけて、それを火にかざして焼くだけ。焼けたらまたかけて、そして焼いて……それを繰り返すことで、麺棒の周りに、マンガ肉みたいな形でバームクーヘンが出来上がる、というわけ。
 市販のものとはだいぶ違うけど……コレ結構おいしいんだよね。
 そしてその帰り道、さすがに作りすぎたから、パックにでも入れて残りは明日食べようかな〜……なんて思ってたら、廊下のところでぼーっとしてる孫権にあった。
「ところでさ……孫権はこんなとこで何してるの?」
「……寝付けないものでな、少々涼みに来ていただけだ。何もお前に用はない」
「ふーん……まあ別に僕は気にしないけどさ……あんましこういうことしない方がいいかもよ?」
 捕虜の夜間外出は原則禁止だしね……。まあ、特別待遇の孫権たちなら、禁止エリアから出なければOK……ってことにはなってるけど、愛紗あたりに見つかったら文句言われるのは確実だ。
765 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 03:38:55.69 ID:1U/RiEmE0
「わかっている。……もう少し涼んだら、帰る。放っておけ」
「あ、孫権、よかったらこれ食べない?」
「話を聞け……」
 ふと、これを孫権におすそ分けすることを思いついた僕は、文脈を無視して孫権に問いかけた結果、こんなことを言われてしまった。
 はぁ……とため息をつく孫権。……? どことなくさびしそうな……?
「まあ、いらないんならいいけど……でもさ、孫権。休めるときに休んでおいたほうがいいよ? 出陣まで、そう長くないんだ(って雄二が言ってた)から」
「言われなくてもわかって……ん?」
 と、ここでなぜか孫権が反応。
「ちょっとまて吉井、お前まさか……私を戦場に連れて行くつもりか!?」
「……? そうだけど……どれがどうかした?」
「どうかした?ではなかろう! お前……私は捕虜で、敵だぞ!? 戦場に連れて行って、背後から襲われでもしたら……」
「いや、だって孫権そんなことしないでしょ?」
「断言するな! ま、まあ、確かにそんなことするつもりはないが……だからといって、なぜ私をそんなに簡単に戦場に連れ出す!?」
 呆れと戸惑いの入り混じった声でそう言う孫権。
 いや、そんなの……決まってるじゃないか。だって……
「だって孫権……周瑜と話したいでしょ?」
「……!?」
 そこで孫権は、意外そうな顔になった。当たってた……と見ていいんだろうか、この反応は?
「なっ……お前……」
「ん〜……なんかさ、孫権……周瑜のこと特に嫌いでもないみたいだし……周瑜が寝返ったって聞いた時も、別に責める様子とかなかったからさ。ひょっとしたら……周瑜ともう一度話して、わかりあいたいんじゃないかな……って思って」
「……お前…………」
 そのまま孫権は何も言わなかった。
 今気づいたんだけど……今日、結構月大きいな。そのせいで……夜なのにかなり明るくて、本くらいなら読めそうだ。開発が進んでないところって、こんな感じなんだな……今の東京じゃ考えられないよ。
 その、結構明るくて周りがよく見えるこの月の下で、今の僕のセリフに落ち込んでいるというか、自分で自分を責めているように見える孫権は、肩をすくめて少し小さくなっているように見えた。
 なんか……肝試しの後に、屋上で会ったときの姫路さんに似てる感じだな……。自分が情けなくて、そのせいで他の人に助けられてばっかりで、迷惑をかけて、そして……その状態でなおかつ自分に優しくしてくれることが、逆につらくて……。
 そのせいで……ますます自分が分からなくなって、ますます自分が嫌いになる。今の孫権は、そんな感じに見えた。
(………………えっと)
 こういう時、なんて声をかけたらいいんだろう……と、僕が迷っていると、
「吉井」
「ん?」
「……座れ」
 そう言って孫権は歩き出し……近くにあったテラスの椅子に腰かけた。
 そして、『座れ』と言われたのに動こうとしない僕の方をキッとにらみつける。えっと……じゃあ、お言葉に甘えて。
 僕は、孫権の向かい側の席の椅子に座った。
「えっと……それで?」
「……聞きたいことがある」
 対面式(になるように座ったのは僕なんだけど)のこの状況で、孫権は真っすぐに僕の方を見ながらそう言った。
766 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 03:39:59.55 ID:1U/RiEmE0
「お前は……一体何がしたいのだ?」
「はい?」
 えっと……それが質問?
「それはその……とりあえず周瑜を何とかして……」
「そうではない」
 と、孫権にぴしゃりと制された。どうやら……求めていた答えと違ったらしい。
「私が聞きたいのは……吉井、貴様が何を思って、この大陸を統一しようとしているか……ということだ」
「ほぇ?」
「『ほぇ?』ではない。いいか……私が聞きたいのはだな、お前が何を思って、この乱世に大陸に覇を唱えんとしたか……という目標のことだ」
 やや呆れが混じったしぐさを見せた後、孫権は続ける。
「曹操ならば、この大陸のすべての美少女を手にするため……。袁紹ならば、それが当然であり、全ての人民は自分をあがめたてまつるべきだと考えていたため……。そして私は……姉の遺志を受け継いでのことだ。もっとも……それらはすべて、お前の覇道のもとに打ち砕かれたわけだがな……」
「えっと……」
「そしてお前は、天下統一を目前として立ちはだかった最後の敵……冥琳……いや、周瑜を前に、どんな大義をその胸に刻んで戦おうというのだ? ……答えろ」
 言ってから、孫権はその口を閉ざし、瞬きすらほとんどせずに僕を見つめなおした。
 うーん……何か見た感じ、真剣に僕の答えを待ってくれてるみたいだな……だとしたら、真剣に答えるべきなんだろう。
 ……真剣に答えたいんだけど……その……。……えっと……。
「…………なんで……だろうね……?」
「は?」
 その……理由が見つかりません。
 と、憤慨した様子で孫権は食ってかかってきた・
「どっ……どういう意味だ、それは!? 私には言いたくないのか!?」
「え、いや、違うって! そういうことじゃなくて……その……」
「正直に話せ! お前の動機がどんなものだったとしても、私は何も言わん! たとえ……そう、曹操のように、大陸中の美少女を愛人にするためだったとしても何も……」
「違うから! それ違うし、そんなこと思ってない!」
んなこと言ったらあの最凶カルテットに瞬殺されてしまう。
「じゃ、じゃあ……」
 と、孫権はここでなぜか、わずかにおびえるような様子をみせて……?
「……お……男か?」
 誰か教えて、彼女は一体何を言っているの?
 何か遠いものを見るような目で僕を見ている孫権の視線が痛い。この視線は……ヤバい、冗談とかじゃなく本気でそう思ってらっしゃる!
「ちょ……何言ってんのさ! そんなことあるわけないでしょ!?」
「そ……そうなのか……?」
 そこで意外そうに聞き返さないで!
 いや、ていうかその……何でそういった可能性が出てきたわけ?
「そ、それはその……」
 と、そこでなぜか孫権は顔を赤くして、
「あー……前に、天導衆の島田と姫路がそんなような話をしていたような……」
「………………」
 い、嫌な予感はしたんだけど……やっぱりか……。あの2人はもう……。
 近いうちにあの2人の誤解を解いておく必要がありそうだ……全く、貂蝉じゃあるまいし、僕にはそっちの趣味はこれっぽっちもないってのに。
「で、では話せ! お前の目的とは何だ!?」
 と、そこで孫権、まだ微妙に赤い顔で話題を無理矢理もとに戻す。
 一体どういう経路であそこまでひどい脱線が起こったんだっけ……ってことについてはもう考えないことにして、えっと……そうだな……なんて答えたものか……
「そうだな…………なんて言うか、その……成り行きだったからな……」
「成り行き……?」
 不思議そうな声で聞き返す孫権。
 えっと……説明難しいんだけど……。
767 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 03:42:03.35 ID:1U/RiEmE0
「その……僕、ここじゃない別の世界からこの世界に来たんだけどね?」
「ああ……天の世界から来た……と聞いている」
「天……かどうかは正直僕も微妙なんだけど……」
 そこからの僕の話は……ちょっとした回想録みたいな感じになった。

 今思えば……僕のこのトンデモ三国志演義は、あの日に始まったんだった。
 姫路さんの料理を食べて気絶して……転生(?)して……気がつくと、だだっ広い荒野にいて……。そこでへんな連中に襲われてた(……って当時は気づいてなかったんだけど)ところを愛紗と鈴々に助けられて、そのまま街の人たちを束ねて盗賊と戦った。そして……その功績が認められて、僕はこの町の県令……ボスになった。
 その後、雄二やムッツリーニ、朱里……そこから続々仲間が増えて、襲いかかってくる敵を倒していくうちに僕らの国も強くなって……
 月たちとも会って……仲間になって……ついには曹操……華琳の『魏』までゲットして……
 ……そこまで考えて、僕の頭の中にふと何かが浮かんだ。
 ……ああ、僕の動機って、多分……これだな。
「とりあえず……『人助け』ってことにしといてくれる?」
「人助け……だと?」
 その真意を測りかねる……とでも言いたげな目で、孫権は聞き返してきた。
「どういうことだ? 人助けとは……一体何の比喩だ?」
「比喩って言うかまあ……実際にそうなんだよ」
「?」
 えっと……わかってない顔だな。あー、どう言ったもんか……。
「最初さあ……僕の『軍隊』、街の自警団みたいな小規模な感じで始まったんだよ。あくまでその……黄巾党に対抗するのが主な目的だったから」
 いやまあ、4000とか5000って十分大軍だと思うんだけどさ。
「……それが?」
「それで、当時からその……僕や愛紗が戦う目的っていうのは……そういう一般の人たちを守ることだったんだよね。まさに『自警団』って感じでさ。そして……だんだん仲間も増えて、規模も大きくなってきたんだけど……その考え方は変わってないんだよ。僕も、愛紗も。だから……『人助け』かな……って」
「……この国の民衆を助けるためだけに……ということか? 全く別の世界から来たお前が……わざわざ……『人助け』のためにここまで?」
「うん。まあ、結果論だけど……大きな力を持ってた方が、助けられる人も増えるし。そんな感じで助けられる人を助けて保護して戦ってきて……後はまあ、他の国からケンカ吹っかけられたのを除けば、大体そんな感じかな」
「……そのような理由で……ここまで……」
 あっけにとられている様子の孫権だけど……やっぱりこの理由って、この戦国時代に生きる孫権には結構理解しがたいことなのかな?
 それでも……実際そうである以上、質問の答えとしてはこれで納得してもらうしかないんだけど……。
 と、
「……か?」
「え?」
「……我々との戦も、そうなのか?」
 と、孫権の問い。
 その目は……どこかすがるような光を帯びているようにも見えた。
「お前は、いつも誰かを助けるために戦ってきたと言う。思えば……初めて出会った時もそうだったな、お前は、洛陽の民を救うために連合軍に参加していた。他の戦いでも、市民を守るため……曹魏との戦いは、部下を……関羽を助けるためか」
 ああ……まあ、そういやそうか……。
 華琳との戦いは若干違う気がするけど(愛紗はそりゃもう敵意むき出しだったけどさ)……まあ、確かにそう言われてみればそうだ。『言ってみれば』も何も、実際にそういう戦いになってたんだ。
 でも……孫権、『今回の戦いも』……って?
「お前は今回の戦で……何を守ろうとしている? 国か、民か、将か……私にそれを推し量ることはできん。だが……」
「?」
 と、そこで孫権は言葉を切ると、
「……もし、頼めるなら……その守るべきものの中に、冥琳を入れてもらうわけにはいかんだろうか……?」
「え!?」
 正直……予想外だった。
 冥琳って……周瑜だよね? ここに来てから、孫権はなるべく周瑜のことに触れないようにしてた雰囲気があるから、ここでその名前が出たことにも……なんだけど、
 それ以前に……僕にこんなことを頼んでくることが、意外だった。
「……吉井、お前の言うとおりだ。私は……冥琳と和解もできぬうちに、こうして会う機会すら失ってしまったことを悔いている。だが……最早こうなった以上どうしようもない」
「………………」
「最早私は翼をもがれた鳥だ。戦うことも、冥琳を止めることもできなければ……また会って話すこともできんだろう……だが……」
「仲直りしたい? 周瑜と」
「!?」
 不意を突かれた様子で、孫権は一瞬驚いていた。
768 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 03:43:16.88 ID:1U/RiEmE0
「わっ……私は……」
「周瑜と、こんな形で死にわかれちゃうのが納得できない……っていうんでしょ? でも、いまいちその具体的な中身を説明できない。自分自身わかってないような気がして」
「……っ!? お前……人の心を読めるのか!?」
「まさか、そんなことできる奴いないよ」
 ただ……そういう考え方を持ってる人が、身近にいるだけ。
 まあ、厳密には違うんだろうけどね。自分に素直じゃない、自分に厳しすぎる……っていう点では同じだ。
 自分の悪いところにばっかり目を向けて、感じる必要のない疎外感に悩んだりする姫路さんや……自分にも周囲にも素直になれなくて、結果誤解を呼んでしまう姉さん(本心のことも多いからタチ悪いんだけど)、それに、自分に、信念に素直すぎるあまりに突っ走ってしまって、結果後から公開してしまうタイプの愛紗。みんな……難儀な性格してるよ。
 そして……孫権もね。
「確かに孫権は、ここで周瑜が死んじゃっても仕方ない……って思ってるのかもしれない。けど……それじゃ、個人的に納得できてないんでしょ? 周瑜と……仲直りしてないから」
「な、何を言う! 私は王だ、そんな私情で……」
「周瑜のやりたいことも、貫きたい信念も理解してるつもり。けど……そのせいで周瑜が、自分とわかりあうことなく死んでしまうことが我慢ならない」
 悪いけど……反論をはさむ隙は与えない。
「まあ、この時代……もとい、この世界の人間の孫権のことだから『殺さないでくれ』……っては言わないんだろうけど……せめて死ぬなら、お互いの思ってる事やら何やら、全部ぶつけた上で……はっきりさせたい、ってことでしょ? もしかしたら……わかりあえるかもしれないから」
「………………!」
「それなら……存分にそうしたらいいよ」
「!?」
 うつむき加減になっていた孫権が、いきなり、勢いよく顔を上げた。
「吉井……それは、どういう……?」
「僕もさ、そんな感じで、お互いにすれ違ったままで終わり……っていうの、嫌いなんだ。このまま終わっちゃったら、孫権……一生後悔すると思うし。だから……」
 そこでいったん切って、
「だから……目いっぱいケンカして、言えること全部言っちゃいなよ。周瑜と……孫権のために」
「……! 私……!?」
 あーあ、やっぱり気づいてなかったよ。
 大変な立場に立ってるのは……周瑜だけじゃない、自分もだってことに。
 まあ、無理もないか、姫路さんとかもそうだったしね。他人のこと、大切なもののこと、信念のこと……それらに目を向けすぎるせいで、自分のことがおろそかになっているってことに気付かない。
 孫権なんかいい例だ、周瑜の信念を尊重して王権を譲り渡すことにしたはいいけど……そのせいで周瑜に重い枷を背負わせることになった〜……って、責任感じて押しつぶされそうになってるじゃんか。
 ホントに……世話が焼けるなあ……。
「わかった……引き受けるよ。孫権が言うように……周瑜もちゃんと守る」
「……吉井、それは……!」
「ただし」
 と、孫権の言葉を止めて割り込む。ただ……ってわけにはいかないんだよね……。
「た、ただし……?」
「何が何でも周瑜に合わせてあげる。でも孫権、君は……ちゃんと周瑜と話し合うこと。討論になっても、口げんかになっても、取っ組み合いに発展してもかまわないから、自分の言いたいこと全部言って、なあなあでお茶濁しました……なんてことが無いように!」
 今、孫権が悩んでいるのは……周瑜に自分の本当の気持ちを伝えていられないから、そして、周瑜の本当の気持ちを知ることができていないからだ。
 軍議の場で何度もバトってきたのかもしれない。けど、それでも本当に分かりあえたと思ってないから……まだわかりあえる可能性があるから、そう信じたいから、孫権はまだ苦しんでるんだ。
 なら僕は、今までと同じように、その手助けをしてあげたい。ただ……この問題を完全に決着させられるかどうかは、彼女に……孫権にかかってる。僕にできるのは、その準備をしてあげることだけ。だから……
「だから約束してもらえる? その時がきたら……どんな結末になろうと、絶対に周瑜から逃げないって」
「………………」
 孫権は口をポカンと開けたまま、固まっている。
 あっけにとられているのか、驚いているのか……いずれにせよ、返答に窮しているというのはわかる。
 しかし……その数秒後、孫権は口を閉じ、決意したような表情になると、
「わかった……約束しよう。私は……もう逃げない。たとえどんな結末になろうとも……私はもう二度と、姉さまの存在を理由に、冥琳から目をそむけるようなことはせん!」
「……うん、わかった」
 それを聞いて……安心した。やれやれ……頑張りがいが出てきた……というものだ。
 さてと……これはまた愛紗あたりに頼むしかないかな、甘いって言われるかもしれないけど……周瑜を生け捕りにしてもらわなくちゃ。それには策がいるだろうから……雄二と朱里にも頼んでおかないと。
 ……孫権の覚悟、何が何でも無駄にはできないからね!
 と、その提案が承諾された……と悟って緊張感が解けたのだろうか、孫権の顔に……笑みが浮かんだような気がした。
769 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 03:44:04.97 ID:1U/RiEmE0
「すまんな、吉井。子供でもあるまいに、わがままを聞いてもらって……」
「別にいいよ、どんどん言って? それが仕事みたいなもんだからさ。それに……」
「それに?」
「……孫権には、もう我慢してほしくないからね」
「……?」
 今まで、孫権は『王』だった。
 その肩書き一つのせいで……いろんなものを我慢してきたんだろう。楽しいことも、悔しいことも、つらいことも、いろいろと……自分は王だから……そう言い聞かせて、自分も納得させて。
 でも……それは確かに利益を生むかもしれなくても、同時に孫権を、ほんの少しずつでも不幸にする。今まではそれでよかったとしても……この文月に来た以上、そんなことはこの僕が許さない。孫権も、周瑜も、甘寧も、穏も、小蓮も、みんなそろって幸せになることを前提条件にして物事を考えるべきだ。
 そして僕は、そうするつもりでいる。だから……
「だから……僕と出会ったことがきっかけで、孫権が少しずつでもそういう考えを持てるようになって……それで、幸せになってくれたら嬉しいかな」
「………………!」
 ただ、それだけの理由。
 でも……それが一番大事じゃないかな、って思えるから。
 甘くなる理由なんて、それで十分だ。少なくとも……僕は。
「ふ……おかしな奴だな……お前は……」
 ? 何か言った……と、言おうとしたところで気づいた。
 そういえば……そろそろいい時間だな。これ以上夜更かしすると……さすがにまずいんじゃなかろうか。僕もそうだし……孫権も。
「それじゃ孫権、そろそろ僕は行くから……孫権も早めに寝……」

「……『蓮華(れんふぁ)』でかまわん」

「え?」
 今……何て?
「お前は……私ともわかりあえるようになりたい……といってくれたな。そのために今、私ができることと言ったら……このくらいだ。だから……私のことは、『蓮華』でいい」
「…………それって……」
「わ……わかったな? その……あ……明久!」
 そう、恥ずかしそうに言って……彼女は柔らかに、赤い顔のまま笑った。
 月の光に照らされて見えた、若干緊張気味のその笑顔……僕は、多分一生忘れないだろう。初めて……彼女が僕に素顔の自分を見せてくれたような気がしたから。

 ……ちょっとだけ……仲良くなれたかな? 孫権……いや、蓮華(れんふぁ)と……。
770 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 03:45:03.15 ID:1U/RiEmE0
孫呉編
第116話 火計と灰とレッドク○フ

 僕が孫権を蓮華と呼ぶようになってからさらに時間が流れ、ついに準備が整い……周瑜との決戦の時がやってきた。
 ムッツリーニの斥候部隊の報告によれば、周瑜は呉の国のほとんどの兵士を結集させて僕を待ちかまえているらしい。すでに山の向こう側の大草原で陣を張っているということだ。
 ……となれば当然、僕らも出ていかないわけにはいかない。すでにこちらも準備ができていた兵士たちを結集させて、呉へと進軍を開始した。
 官界の戦いは、今までと違う点がいくつかある。
 1つ目、戦いのフィールドが呉の国であること。本来なら、今までの2回と同様に自分のとこの領地で戦う方が補給とかの観点で便利なんだけど、どうやら周瑜もそう言う考えのようで、僕らを待ちかまえて戦うつもりのようだ。対する僕らは、遠征して呉の内部まで行かなきゃならない形に。
 もうちょっと待って周瑜が文月領内に入ってくるのを誘う手もあったんだけど、それだと領民に負担がかかる可能性があるうえに、白装束が向こうにいる以上、何をしてくるかわからないので、さっさとこっちから出向くことにしたわけだ。
 次に……これはさらに厄介なものなのだが、季節風の関係で、僕らの分に対して向かい風なのだ。
それが何? と思う人も多いだろうが……向かい風ということは、僕らにとって大きなマイナス点なのである。なぜかっていうと……火薬を使えないから。
 弓矢の飛距離が落ちるのももちろんだけど、黒色火薬は爆発する時に猛毒の煙を出す。爆発で敵にダメージを与えられても、その後で煙がこっちに流れてきたらとんでもないことになる。ゆえに……無理。同じ理由で、催涙弾(矢)も使えない。
 しかも、向こうの周瑜の得意な戦略が火計だって聞くし……草原だから燃えるものも結構あるし……対策をできる限り雄二や朱里で考えてくれるって聞くけど……。
 そして、3つ目は……
「とまあ……こういう感じになると思うんだ。その後のことを頼めるか、白蓮?」
「ああ、任せてくれ。だが……ここまでの御膳立ては頼むぞ?」
「そこはやってみなけりゃ、何とも言えねえんだがな……。ま、とりあえず準備しといてくれ。こっちの指示と同時に作戦に移れるようにな」
「おう、わかった」
 ……とまあ、白蓮が一緒に進軍に来てる……ってことだ。
 この理由については、なんだかややこしい作戦だかで説明後回しにされたんだけど、まあ、何か考えあってのことだろうし、深く言及はするまい。白蓮が戦そのもので力を発揮するタイプじゃないってのは、みんな知ってるし。
 ちなみに城の方は、白蓮が選んだ頼りになる副官の人たちと、詠に任せてある。
しかし……今回の戦はいつにもまして不安要素が多いな……遠征軍ってのは別に慣れてるけど、風向きやら何やらで戦い方が制限されると……。
「それだけ、周瑜という人物が油断ならん、ということでしょうな」
 一言でそうまとめた星に、それほどの動揺は見られない。予想済み……といったところだろうか。
「最後にして最大の敵……といったところでしょうね……。こちらも万全の態勢で臨まなければいけないでしょう」
「朱里の言うとおりだ。この戦い……いくら警戒したって足りねーってことはねーぜ?」
「ああ……それに、最後……だといいんだがな」
「え? 何か言った雄二?」
「いや何も」
 何か雄二がポツリと言った気がしたんだけど……気のせいかな?
 少し気になるけど……まあいいや、軍議に戻ろう。
「土屋、報告はこれで終わり?」
「…………(コクリ)」
 小さくうなずくと、ムッツリーニは腰を下ろした。何をって……冒頭部分の情報を。
「しかし……こうしてあらためて見てみると、やはりきびしい戦いのようじゃの」
「そうですね……。これまでの戦いを徹底的に研究されてる……って感じがします」
 実際そうなんだろうな……『氷の軍師』とか何とか言われてる周瑜のことだから。いや、ひょっとしたら白装束の連中が何か入れ知恵した……って可能性もある。あいつら、得体がしれないし……。
 特に火薬の使用不可能は痛い。今までこれに頼りすぎたせいだろうな……うう、例えるなら、現代社会でケータイを無くして連絡一切とれなくなってる状態だ……。なくなって初めてその重要さに気付くよ。
 さて……そういうわけで、普通にこの時代式の叩き方で戦うしかないんだけど……
「朱里、何か策とかあるかな?」
「いくつか考えてはありますが……どれも確実、というわけではありませんね……」
 いつもは自信たっぷりの朱里も、眉間にしわを寄せている。ホント……難儀だ……。
「でも、希望もありますわ。兵数差を考えれば、相手は初戦にほとんど全ての兵力を投入せざるを得ないはず……その戦いで勝てれば、それ以降の抵抗はもはやありません」
「なるほど、周瑜の軍はただでさえ急造だ、それは言えていることかもしれん」
 紫苑に続き、愛紗も肯定する。まあ、確かにそうだ……けど、そこに至るまでが大変なんだよな……。どうにか、戦況を傾かせる策だけでも欲しいな……。
「ん〜……蓮華の時と同じ策は無理かな?」
 あの子供だましシリーズ、地味に有効だったんだけど。
「えっと、それは無理だと思います〜……」
 と、今度は、呉メンバーの穏だ。無理って言うと?
771 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 03:45:50.10 ID:1U/RiEmE0
「えっと……冥琳さまが陣を張ってる草原なんですけど、この草原は……この時期かなり草が生い茂ってて、小さな玉や油を撒いても、草の弾力のおかげで荒れ地ほどの効果は発揮できないと思います。それに……油なんか撒いたら、冥琳さまの火計で……」
「ああ……文字通り火に油……ってことになるな」
 無理だ。ただでさえ火計は厄介で警戒が必要なのに、可燃物質を味方で用意しちゃシャレにならなくなる。
「待ちかまえられてるんだから……到着と同時に戦いになるだろうし……落とし穴も無理だね」
「……爬虫類も切らしてる」
 工藤さん、霧島さんも特にいい考えは浮かんでいない様子。やれやれ……この軍議、長くなりそうだな……。
 見渡す限り、この軍議の場で頭の上に電球(点灯中)が浮かんでそうな人は一人もいない。うーん、見事なまでにみんな困り顔だ。違うのは……ああ、のんきに机に突っ伏して寝てる鈴々と恋くらいか((ごん!))お、愛紗と華雄のゲンコツがいい角度で入った。
 う〜ん……進まない……ダメもとでこの人に声をかけてみるか。
「姉さん、何か思いつかない?」
「そうですね……全く、というわけではないのですが」
「「「!」」」
 おっ!? 予想外の好答! 姉さん何か思いついたのか!? この辺はやっぱり年の功……っていうとシャイニングウィザードが飛んで来るだろうから心の中だけで感心しておく。
 それで姉さん、その秘策とは?
「ええと……うろ覚えなのですが、昔、実際に行われた策だったはずです。確か、どこかの国で……この策を使って圧倒的劣勢の戦場を一気に勝利に導いたものでした」
 な、何か聞いてる限りだとずいぶんすごい作戦だぞ!? 早く早く!

「えっと……この軍には諸葛亮孔明さんがいらっしゃいますよね?」

「「「は?」」」
 ……え? 何でここで朱里?
 いきなり自分の名前を出されて、朱里が相当びっくりしていた。
「はわわっ!? あ、あの、私が何か……ですか? 玲さん?」
「ああ、それならもう全て解決ですね」
 どういうこと!? 何で朱里がいるとすべて解決なの? ムダに責任感は強い姉さんだから、まさか朱里に丸投げなんてことないだろうし……。
 ……何だろう、嫌な予感がしてきたんだけど……。
「諸葛亮さんがいるのであれば、諸葛亮さんに頼んで風向きを逆にしてもらえば……」
「他ない!? 他!!」
 真顔でとんでもないことを言っているこの人が僕の姉であるという事実に涙が出た。
 姉さんそれ三国志! 実際の三国志であったやつ! 確かにそれやったの諸葛亮だけど、それはたまたまだから(多分)! ここにいる朱里にそんな魔法じみた真似は出来ないから! というかそれ赤壁の戦いで、その時の敵曹操! 華琳!
 そういや、ここに来る前に姉さんと『レッドク○フ』見たっけな……なんて思いだしつつふと見ると、姉さん以外の『天導衆』全員がかなりの衝撃で脱力してしまっていた。みんな……ごめん……ハーバード出といてこんな常識知らずで本当にごめん……。
「アキくん、なんですか。人が話しているというのに、非常識ですよ?」
 あなたにだけはそう言われたくない!
 くっ……ウニとタワシ、ザリガニと伊勢エビの区別がつかないなんてまだいい方だったんだ……まさかフィクションと現実の区別がつかない人だったなんて……。
「? ですが、確かに諸葛亮公明さんはこのようにして敵を……」
「それはお話の上だけ! 実際にはそんなことできる人はいません!」
「できないことをできるようにするのが策士というものでしょう?」
「風向きの変換なんてのは策でも技術でもなくて魔法だよそりゃ!」
「これは驚きました、朱里さんは魔法使いだったのですか?」
「できる前提で話すのをやめろーっ!! というか魔法使いの存在を受け入れるなーっ!!」
 つ……疲れる……久々に姉さんの暴走にあてられてツッコミがフル稼働だ。うう……この人に振るんじゃなかった……。
「あ、あの……ご主人様? その……私がどうかしたんでしょうか……?」
「朱里って風向きを変えられるんだ!? すごーい!」
「はわっ!? り、鈴々ちゃん、私そんなことできませんよぉ〜!」
「それはそうでしょう、天候を操れる人間など、いないでしょうしな。ですがそうなると……今の玲殿の発言には一体どういう意味があるのでしょうか?」
「むう……申し訳ありませんご主人様。この関羽、玲殿の言葉を理解するのに、己の読解力ではあまりに……」
「違ったのか? てっきりあたしは、玲さんの神通力はそういうたぐいのものなんだとばかり……『召喚獣』ってのを呼びだすところも見たことないからさ」
「まてまて翠、話がずれている。何かするのは玲殿でなく朱里だったであろう?」
「あの……華雄ちゃん、ずれてるのは多分それ以前からだと思うのだけど……」
「………zzz……」
「おーい、恋ちーん? ……アカン、また寝とるわ」
 ああもう! いつの間にかカオスが伝染して軍議全体が大変なことに!
 進まないどころかまともが議論の一つも出てきていない軍議の惨状に、蓮華はため息をついていた。うぅ……なんか申し訳ない……。
 さっさと戻して軍議を再開……したいんだけど、どうしよう? これをどうにか沈めたところで……誰の頭の中にも作戦が浮かんでないことには変わりないんだよね……。
 ……しょうがない、今日のところは……ここまでにするか。
 ぱんぱん、と甲高い音で手を鳴らしてみんなに注目を集める。
 全員が黙ってこっちを向くのに1分弱もかかった。全くもう……休み時間終わりの中学生でも、もうちょっと早いだろうに。
「とにかく……今話し合っても意見出そうにないから、この場はいったん解散にしよう。明日また同じ日程で軍議に入るから、それまで各自考えておいて、以上、撤収!」
「「「応」」」
 やっぱり疲れて……だろうか? 軍議用の天幕を出るみんなの足取りは心もち重かった。
 はあ……それにしても、周瑜との戦いまで1週間あるかないかだってのに、ここまで先が見えない状況だとは……何かないもんかなあ、一発逆転の秘策。
 とりあえず……ゆっくり考えよ。
772 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 03:46:48.21 ID:1U/RiEmE0
とは言ったものの、
 朱里や穏、雄二でさえも何もいい案が思いつかなかったってのに、僕なんかがいくら考えたってそんないい案なんか出てくるはずもなく、
 なのにそれを考えてたせいで眠れなくなってしまったので、前に蓮華がこうしてたな〜……ってのを思い出して、夜風に当たってみることにした。
 そしてそこで、僕がばったり会ったのは……
「えらいね朱里は、こんな遅くまで考えててさ」
「そ、そんな……私はこれが仕事ですから……」
 月の光……だけでは足りないので、篝火を焚いて明かりにして地形図とにらめっこしてる朱里だった。どうやら……何が何でも明日までに策を考えるつもりだったらしい。その心構えは立派だけど……
「でもさあ朱里、あんまり根を詰め過ぎるのもよくないよ? 休む時はちゃんと休んでおかないと……」
「だ、大丈夫ですっ! このくらいへっちゃらで……ふぁ……」
 とりあえずその半開きの目を何とかしてから言うべきセリフだと思う。
「そ、それにほら、私の分まで鈴々ちゃんとかが寝てくれてますから! 軍議のときとか……」
 いや、それ何の解決にもなってないから。
 うーん……やっぱり何というか、朱里の思考能力も鈍ってきてるみたいだな……。夜更かしのせいか……はたまた案が浮かばなくて焦ってるからか……。
 それを考えて、やっぱりここがいちばんの難所なんだな、と改めて思う。
 雄二が言うには、この草原での一戦をしのいだ後のプランはもうあるらしいんだけど……それはやはりここで僕らが勝って初めて意味をなす作戦だとのことだ。うーん……やっぱりどこをどうどこから考えても、結局はここに帰着しちゃうんだな……。
 シンプルに全面衝突……っていうやり方は仕方ないとしても、火計だけはどうにか回避したいな。アレはもう、味方がソッコーでパニックになるから、下手するとそのまま負けになったり、取り返しのつかない大損害をこうむりかねない。
 けど……草だらけの草原で、火をよける場所なんてどこにもないしなあ……。
「すいません……私、軍師なのに……」
 と、僕はどうやら考えるうちに渋い顔になってしまっていたらしく、負い目を感じた様子の朱里がしゅんとしてしまった。
「気にしないで、朱里は頑張ってくれてるよ」
「でも……現に対策を立てられてないですし……結果が出なければ私なんて……」
 ……あーもう。
 蓮華といい姫路さんといい、僕の周りってどうしてこう、自分の悪いところばかり見て悲観的になっちゃう人が多いんだろうか?
「そんなに思い悩むことないよ朱里。僕らみんな、朱里がすごい軍師だってこと知ってるんだから」
「でも……現にこうして何も案を提出できないし……風向きも変えられないし……」
「いや、それは忘れてってば」
 あの人の戯言でそんなに真剣に悩まれるとこっちが申し訳ない。
 全くもう……あのバカ姉、朱里のピュアな心に変な傷がついちゃってるじゃないか。
「いやその……あの人の言うことをこれ以上気にしても脳内メモリーの無駄遣いでしかないからさ、その……よかったら一緒に考えよう? 僕も頑張るから」
 と、朱里は意外そうな顔になって、
「ふぇ? ご主人様がですか? でも……」
「………………?」
「………………」
「「…………………………」」
 ……………………ああ、そういうこと?
 自然と僕の顔が上を向いた。
「はわぁっ!? ご、ご主人さま! ち、違います! そ、そういう意味じゃなくて、その……こんな夜遅くまで付き合わせてしまうのは申し訳ないと思っただけで、あの……」
 あれ? 月がなんだか歪んで見えるな……や、やだな、僕は泣いてなんか……
「はわわわわ……げ、元気だして下さいご主人様〜……わ、私も元気出しますから……そ、そうだっ!」
 と、何か思いついた様子の朱里は、すっくとその場を立ちあがると、
「……ん、しょっと」
773 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 03:47:35.34 ID:1U/RiEmE0
ぽふっ

 なぜか……勉強会の時の葉月ちゃんよろしく、僕の膝の上に座ってきた。
 ……えーと……何ゆえ?
「え、えっと……星さんが、元気のない殿方にはこうしてあげるとたちまち元気になるから……って」
 ? 星が?
 まあ……朱里みたいな小さな女の子が甘えてきてくれるのは、確かにうれしいけど……それは子供嫌いでない限り、男女問わず同じなんじゃなかろうか?
「んしょ……んしょ……」
 おまけに、何だか朱里がしきりにもぞもぞと体を動かして僕のほうに身をすり寄せてくるし……むぅ、ホントに小さな子が甘えてるみたいだ。
 星の解釈はちょっとわかんないけど、まあ、これはこれで微笑ましいからいいかな。
「あ、えっと……ご主人様? 元気……でましたか?」
「うん、おかげさまでね」
「そうですか、よかったです〜……」
 ほっとした様子の朱里。こっちはこっちで落ち着いたようなので、気を取り直して、
「じゃあさ、せっかくだからこのまま一緒に考えようか? 策」
「あ、えっと……じゃあ、そうします……」
 何か言おうとしたけど、これ以上何か言っても話が平行線だと悟ったのだろう。朱里は大人しくなって、僕に見えるように地図を広げなおした。

                       ☆

「やはり、唯一にして最大の課題は……周瑜さんの火計でしょうね」
「どこからどんな感じでくるかわからないもんね……可能性のある区域全部を常に警戒してる、なんて無理だし……」
 地形図には……広々と広がる大草原が簡略化されて描かれている。その周囲は、東西南北順に、荒野、草原、また草原、小高い丘……の順だ。そのうち、僕らが攻め込むために通るのは、山1つ越えて小高い丘経由で草原……うーん……やっぱり燃えるものだらけの中を通ってくることになる。途中の斜面に草が生えてない荒地地帯があるから、キャンプを張るとしたらそこかも。
 周瑜と戦うとしたら、草原を突っ切って行くのが最短ルートだけど……そうなるとそのど真ん中で戦うことになるから、いざ火計を使われたら逃げ場がない。荒地から回り込もうにも、すっごい遠回りになるし……下手したらその間に何かけしかけられる可能性だってある……時間と火計、両方が敵か……。
こうなるのをわかってここを決戦場所に指定したんだろうけど……周瑜ってやつ、やっぱスゴい頭脳してるなあ……。
「今更だけど……火計を封じるとしたら、普通はどういう手段があるのかな……?」
「そうですね……火計自体が普通は使われる機会が少ない策なんですけど……いったん使われてしまうとどうしようもない策でもあるんです。燃え盛る火を前に、人は簡単に平常心を失ってしまいますから……」
「まあ、赤壁の例もあるしね……」
「? 赤壁……ですか?」
「あ、いや、こっちの話」
 この時代には消防車も放水用ホースも何もないから、いったん火計を使われると逃げるしかない、ってのが現状みたいだ。
 そうなると、事前に『使わせない』ってのが最も有効な手段なんだけど……敵陣に密偵を放って油とか全部だめにする……って多分無理だろうなあ……。周瑜がそんなザル同然の警戒態勢だなんてことないだろうし……。
「うーん……やっぱり警戒しつつ普通に戦うしか……へくちっ」
「? 朱里?」
 と、かわいいくしゃみ。あれ、朱里……風邪?
「あ、いえ、大丈夫です。ちょっとだけ寒くなっちゃって……」
「寒く……? あ、ホントだ、火消えかかってるや」
「あ、ホントですね」
 ゆっくりだったし、月の光も弱いわけじゃないからなあ……いつの間にか篝火の火力が弱まってきてるのに気付かなかったみたいだ。でも、そういわれてみると、たしかにちょっとだけ寒いかも……。
「ご主人様は寒くないんですか?」
「ん? ああ、僕は……うん、大丈夫だったみたい」
「そうですか……ご主人様は寒さに強いんですね」
「ああいや、そうじゃないんだけど、」
「え?」
「ほら、その……朱里があったかかったから、あんまり気にならなくて……」
「……はわ!?」
 と、一瞬でぼん! と朱里の顔が赤くなった。
「ご、ごごごごご主人様!? そそそそそれはそのななな何よりででででで……」
 ? なんでそんなにテンパってるんだろ?
 朱里がさっきから僕の膝の上に座ってるおかげで、僕は火が消えそうになってる肌寒さを感じなかった……ってのはホントのことである。
774 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 03:48:24.35 ID:1U/RiEmE0
「そ、それはその……よ、よかったです……」
「? うん」
「あ、あの……そんなにあったかかったですか? 私……」
 なぜか恥ずかしそうにそんなことを聞いてくる朱里。
「ははは、そうだね。僕の部屋に持って帰って一緒に寝たいくらいだよ」
「…………はへ!!?」
 と、さらに赤面が5割増しになった。何ゆえ?
「ご、ごごごごしゅじゅんしゃまっ!? そそそそれはその! め、めめめ命令とあらば私はその、えと、喜んで……」
「え? あ、いやいやそんな、冗談だってば」
「……ふぇ? あ、冗談……ですか……そう、ですか……」
「?」
 さっきから朱里がテンパったり落ち込んだり忙しいなあ……何をそんなに慌ててるんだろ? そんなにビックリしたのかな、僕のセリフ。
 まあ……そんな人を湯たんぽか何かの代わりにするようなセリフは若干失礼だったかな、とは思うけど。
「……ホントに命令してくれていいのになあ……」
 ? 何か聞こえたような気がしたけど……まあいいか。
 それより、だ。
「ともかく、火、つけ直さないとね。このままだと明かりが足りなくなっちゃうし」
 と、僕は篝火の下に置いてあった火打石を手に取った。うーん……上手くできるかな……コレ……? 未だに結構苦労するんだよね……。
「あ、ダメですよご主人様。そのままやっても火はつかないです」
「え?」
 と、立ち直ったらしい(何から?)朱里の制止が入った。
「ほら、火の勢いが弱まったの、中の薪が全部燃えちゃったからみたいですから、新しく薪も足さないと……」
「ああ、そうか。燃やすものがなきゃ火はつかないよね」
 見れば、篝火台の籠の中に入っていた薪はほとんど全て燃え尽き、灰と化してしまっていた。あーあ、見事に完全燃焼だわ。朱里が一声かけてくれてよかった。火打石打つだけ無駄になるところだったよ、こんなのに火なんてつくわけないもん……

 ………………………………待てよ?

 火……
 燃える……燃えた……
 燃やすもの……燃やす……燃える……燃えた……つかない……

「これだっ!」
「はわっ!?」
 今度は何!? といいたげな朱里の視線を感じる。驚かせてゴメン、でもちょっと待って。もう少しで……もう少しで上手いことまとまるから……

 こう来るとやられるから……先にこうしておけば……もう何も……よし行けるっ!

「朱里! ありがとう! おかげで浮かんだよ!」
「はわ!? わ、私が何か……何も特に…………え? 浮かんだ……?」
「うん!」

 そう……浮かんだんだよ、この窮地をしのぐ策がねっ!
775 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 03:49:26.00 ID:1U/RiEmE0
その数日後

 呉、中央大草原、周瑜軍陣営

 陣の中央にて、あくまで冷静に時を待つ周瑜のもとに、斥候兵から『敵影確認』の報告が入った。
「敵軍は丘の向こうの荒地にて、陣営を張っているようです。距離はまだありますが……おそらく明日の朝、もしくは今夜にでも夜襲をかけてくる心づもりかと……」
「夜襲はないだろう、あの数では、奇襲という夜襲本来の目的が果たせんからな。しかし……いよいよ明日か……」
 翌日に決戦が差し迫ったにもかかわらず周瑜の声に、戸惑いのようなものは見られない。まるで、最初からその先にあるものしか目に映っていなかったかのようだった、と、居合わせた兵士の多くは思ったらしい。
 周瑜はしばし物思いにふけるように視線を泳がせると、顔を引き締めて兵士達に向き直った。
「ではこれより、戦闘開始にそなえ、軍を2つに分ける。一方はこの陣を守り、もう一方は遊軍として動け。作戦に関しては……軍議で伝えた通りだ。……ぬかるなよ」
「「「はっ!」」」
 聞くが早いか、伝令兵はその場を後にした。

「……吉井、悪く思うな。お前にうらみはないが……私と覇道を妨げる以上、お前達には……ここで消えてもらう」

 そして、声を張る。
「全員、戦闘準備にかかれ! この戦いこそ、功名の場と心得、命を的にして未来をつかめ! 功ある者には、大将軍であろうと、太守であろうと、望みの褒美を取らせるぞ! 自らの手で、栄光を勝ち取るのだ! 全員、奮闘せよ!」
「「「応ッ!!!」」」
 周瑜の言葉に、兵士たちは夜明けとともに始まる戦いに思いをはせ、腹の底から返事を返した。



 ……その戦が始まるであろう夜明けの刻に、文月軍が予想を裏切る行動に出ることを、彼らはまだ知らない……。

776 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 03:50:04.00 ID:1U/RiEmE0
孫呉編
第117話 火と熱戦と全面衝突

 決戦当日早朝・周瑜陣営

「どういうことだ、それはっ!?」
 今しがたもたらされた予想外の奇報に、周瑜は冷静さを保ちつつも、返答を急かした。
「火の手が上がっただと!? まだ火計決行の命令は出していないぞ!」
「い、いえその……どうやら、文月軍の方でやったようでして……」
「!? 何だと……?」
 その返答は、さらに予想外のものだった。
 ただでさえ火計による損害を危惧しているはずの文月軍が、自ら草原に火を放ったというのだから。
 詳しく聞くと、この朝方の暗闇にまぎれて呉軍の見張りに気付かれるぎりぎりの距離まで接近し、薪や油など燃えやすいものをばらまいて火をつけたということだ。気づいた時には、轟々と火柱が立ち上っていたという。
 そしてその火柱は、季節風にあおられて徐々に北上を始めている。すなわち……文月軍の陣地に向かって、だ。これでは……自分で自分に火計をかけているようなものである。
(……何を考えている……?)
「あの……よろしいでしょうか、周瑜さま?」
 と、1人の兵士が挙手した。
「何だ?」
「はっ。その……もしや文月軍は、先に草原の草を丸ごと燃やして、こちらの火計を防ぐ手に出たのではないでしょうか? 草を燃やしてしまえばもう火はつきませんし……」
「阿呆。そうだとしても、十分な量の草を焼いたところで火を消すことができなければ、その火にやられるだけであろうが。奴らの軍は既に草原に入っているのだぞ?」
 確かに……燃えるものを無くすのは、火計を防ぐうえでの常とう手段の一つと言える。しかし、それは燃えるものを燃やす際、それによって自軍への損害がないことを前提として……だ。
 この場合、草を燃やすまではいい。しかし……その後で火を消せなければ、その火にやられてしまうだけだ。この、水か砂をかけるくらいしか消化手段がない時代では……あのごうごうと燃え盛る火柱を消し鎮めるだけの方法はないのだから。
 しかし……そうなると余計に、向こうが考えていることがわからなくなる。
(一体……何を考えている……文月軍……?)

                       ☆

 同時刻・文月軍陣営

「用意はいい、姫路さん、霞?」
「はい! いつでもオーケーですよ!」
「まっかしときー! パッと行ってパッと帰って来たるさかいな!」
 陣地に備え付けのトランシーバーの向こうから、そう頼もしい声が聞こえてくる。どうやら向こうは、既に準備万端のようだ。
 その様子は……護衛の兵の1人に持たせている簡易型ビデオカメラの映像(ムッツリーニのNPCで視聴中)からも確認できる。
 2人は今、ある作戦のために、先ほど隠密起動の人たちが燃え上がらせた火柱から風下、の、まだ煙も届かない安全な、しかし本陣からそれなりに離れている位置にいる。前方には火柱をはさんで周瑜軍、後方にはまだ大分遠いけど僕らの軍がいる。
 そして、その実行のために……雄二の号令が飛ぶ。
「よし、じゃあ……ミッションスタートだ! 行け姫路!」
「はい! 試獣召喚ですっ!」
 ディスプレイに姫路さんが召喚獣を召喚した様子が映し出され……そして次の瞬間、その特殊能力である『熱線』を眼前の草原に向けて、滑らせるように放った。熱戦によって地表をなでられたそのエリアは、すぐさま全ての草が焼き払われ、灰と化す。
「霞さん、お願いします!」
「おう! しっかりつかまっときや!」
 そんないい返事とともに、霞は後ろに姫路さん(とその召喚獣)を乗せて馬を走らせた。その馬は、戦場となる草原を横切るように駆け、姫路さんの召喚獣はタイミングを見計らって熱線を放ち、広範囲を一気に焼き払い、目の前に広がる草原をまんべんなく灰にしていく。
 そう……これが僕らの作戦である。
 朱里との会話で、僕は草原の草を焼き払ってしまうことで、周瑜が燃やすものを無くし、火計を防ぐ作戦を思いついた。灰になってしまえば……もう火はつかないからだ。
 しかしこの策には問題がある。必要な分だけ焼いた後にすみやかに消化しないと、そのまま流れてきた炎にこっちがやられてしまう……という欠点が。しかし、この時代にはそんな大規模な火柱を消化できるだけの設備とかはないから、普通ならこの策はボツになる。
 そこで僕が考えたのは、その火柱が燃やすものをさらに無くしてしまうことで火の進行を止めると言うもの。
 今、姫路さんと霞がやってくれている『僕らと火柱の間にある草原を広範囲にわたって焼く』という作業がこれに当たる。こうしておけば、火柱はある程度進めば姫路さんが焼き払った『灰』だけの区域にさしかかり、燃やすものが無くなって消える。
 そして、姫路さんの召喚獣は火力・威力ともにあまりに強すぎるがため、草を焼いてもそのまま燃え続けるだけの余裕が残らないのだ。炎が上がる暇もなければ、草原に火種の1つも残らない。文字通り、一瞬にして全て消し飛んでしまうというわけ。これなら、姫路さんの作業によって火が新たにつく……なんて心配もない。
 ……それに、いざという時には姫路さんには撤退してもらって、霧島さんの真空波で全てを斬り払う……っていう非常手段もあるしね。もっとも、その出番はなさそうだけど。
 ここで、『最初から姫路さんが草全部焼けばよかったんじゃない?』って思ったそこの君、甘いな。全トッピング乗せたデラックスプリンアラモードより甘いな。
 この作戦の決行は決戦開始に合わせた、明け方のまだ暗い時間帯だ。姫路さんの熱線は強烈な発光を伴うから、それだと周瑜軍の見張りに『何か変なことやってるぞ?』って一瞬でばれて、対処するための迎撃部隊を出されて、姫路さんが危険にさらされる。
 それを防ぐために、間に炎と黒煙の壁をはさむことで、相手が姫路さんと霞の存在そのものに気付けなくし、なおかつ手も出せないようにする必要があるのさ。
 そしてそれは成功のようだ。ここからでも見えるくらいに明らかに草原の草が消えていき、黒い不燃物が一面に広がっていく。向こうの火柱が消える頃には……決戦を執り行うのには十分すぎる広さの不燃のバトルフィールドが出来上がっているはずだ。
 さて……と、じゃあそろそろこっちも動かないとね。
 僕はトランシーバーに向き直り、『全員へ』と説明書きの札がついたダイヤルを回す。
「あーあー、テステステス……。みんな、姫路さん達が戻り次第始めるよ! 準備はいい?」
『問題ありません、ご主人様!』
 スピーカーの向こうから聞こえた愛紗の頼もしい声を確認し、続いて口を開いたのは……姉さんだ。細かい計算なんかを頼んである。
777 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 03:50:39.96 ID:1U/RiEmE0
「計算通りにいけば、瑞希さんが本陣に戻ってくるまでおよそ840秒です。その後さらに1010秒後に前方の火柱も消えるでしょう。それに間に合うよう、陣形の調整を終え、進軍の開始にかかってください」
 続いて、朱里が具体的な指示を出す。
「張飛隊、馬超隊は前曲を担当してください。火柱が消えると同時に突撃をかけます!」
『応なのだ! 久々に暴れるぞーっ!』
『よっしゃあ! 燃えてきたぁーっ!』
 いつも通り、元気のいい2人の声が響く。
『では、関羽隊・黄忠隊は右翼を担当する。紫苑、援護を頼むぞ?』
『ええ、任せておきなさい』
「お願いします。では左翼は星さんが。早さをいかして、敵陣を撹乱してください」
『心得た、徹底的にやらせてもらおう』
 両翼も心配ないな。星1人が守る左翼にも、紫苑の分隊がいるから、どっちにどんな攻撃が来てもへっちゃらだろう。
「華雄、恋、聞こえるな? お前らの部隊は遊軍だ。恐らく周瑜はどこかに伏兵を隠してる。そいつらが姿を見せ次第蹴散らしてくれ。戻り次第、霞も合流する」
『承知した、そいつらは我々に任せてもらおう。他は存分に戦うがいい!』
『………がんばる』
 遊軍担当の2人も、相変わらず頼もしい。ここに霞が加わるとなれば……頼もしいったらないや! これで守りも鉄壁だ!
 まあ、多分……見つけ次第、恋が勝手に突撃して、それを華雄と霞でフォロー……って形になるんだと思うけど……いいか、どうせ勝てるんだし。
「諸葛亮隊・公孫賛隊は本陣を形成し、ご主人様を守ります。いいですね?」
「あいよー……って言っても、指揮とかはお前に任せるけどな、朱里。私は軍事に才能はないから」
 と、肩をすくめて言う公孫賛。彼女もまた、今回の戦では将の一人だ、一応。
 本当はここで、甘寧に遊軍、穏に本陣の部隊に加わってもらおうかな〜……とか思ってたんだけど、誘ってみたところ、『我々が出しゃばるべき戦ではない』と辞退されてしまった。うーん、味方してくれてれば心強かったんだけど……ちょっと残念。
 まあ、穏は知恵なら貸してくれるらしいし、いざ本陣がやばくなったら甘寧も戦ってくれるって言ってたから、まあいいか。
 ところで……
「それはそうと白蓮、お前にはこの後に役目があるからな、その準備しといてくれよ?」
「ああ、わかってるさ」
「あ、坂本、たしかそれって……ウチと工藤さんも手伝うのよね?」
「なら、ボク達も準備から手伝おっか。その方が事前にいろいろと話聞けるかもだし」
「そうだな。じゃあ愛子、美波、ついてきてくれ」
「「おーけー」」
 と、白蓮は美波と工藤さんを連れて天幕に下がった。この戦では……実質やることもないし、大丈夫だろう。
 今言った通り、白蓮にはこの戦の後にやってもらうことがある。そしてそれは……美波と工藤さんも手伝うことになる事柄だ。それが何なのかは……またあとで話す。
「…………俺達も仕事がある。これで」
「ワシもじゃ。迅速な作業が要るじゃろうからの」
「ああ、斥候・情報関連は一任するぞ、ムッツリーニ、秀吉」
 小さくうなずいて、2人は後曲に下がった。
「……雄二、私は?」
「お前はここで俺らの補佐だ、翔子。戻って来次第姫路もだがな。情報の整理に4人は欲しい」
「ん? 4人って……もういるじゃない?」
 僕でしょ、雄二、霧島さん、それに朱里。戻って来る姫路さんを入れたら5人だ。
 まあ、人数は多い方がいいわけだし、別に何ってわけでもないけど……
「お前を人数に入れてどうすんだ」
 もっと他に言い方あるんじゃなかろうか?
 そ、そりゃ僕は人と比べてちょっとだけそういう効率が悪かったりするけどさ、別に全くの無能ってわけじゃあ……っていうか、よく考えたら、今のメンツだと僕以外の4人が突出してすごいメンバーなんだから、比べられても仕方ないような……?
 雄二の頬骨にストレートを叩きこみたい衝動を抑えつつ……
「……えっと、蓮華?」
「……何だ?」
778 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 03:51:30.53 ID:1U/RiEmE0
人の後方で待機している形の蓮華・穏・甘寧そして小蓮の方を向く。
 周瑜の支配下とはいえ母国の軍隊と戦うんだ。つらいなら無理して見てなくても、終わったら呼ぶから、後曲の天幕で休んでてもいいよ……って言ったんだけど、『王位を追われたとはいえ、私と手呉の王。この戦いからめを背けるわけにはいくまい……』って、やっぱりここにとどまる覚悟らしい。……実は、ちょっとだけ予想はついてた。
「その……きつくなったらいつでも言ってね?」
「……ああ、ありがとう、明久」
 一瞬だけ気丈な笑みを見せると、蓮華はまた元通りまじめな顔に戻った。
 と、
「あ、ただ今戻りました、明久君」
「あ、お帰り、姫路さん」
 ちょうど戻ってきたところの姫路さんが目に入った。
 霞は……いないな。どうやらまっすぐ自分の部隊のところに戻って、さっさと恋達に合流するつもりのようだ。行動も決断も早いな。それでいて適切だ、さすが神速。
 さて……と
「よし……シメだ明久、そら」
「はいよ」
 そう……最後を締めるのは僕だ。雄二に促されるまま僕はトランシーバーに向き直り、モード指定を『スピーカー』にした後、接続してあるスピーカーの電源を入れ、音量を最大にする。全軍に聞こえるように。
 そして、

『これより、周瑜軍との決戦に移る! この戦いが、文月の、大陸の興廃を左右する戦いだ! その剣で、その弓で、その槍で、栄光の明日をその手につかめ! 総員、気合入れて行くぞぉ――――っ!!』

『『『オオオォォォオオ―――――――ッ!!!』』』



 火柱が消えると同時に、火計実行不可能な漆黒のフィールドが解放され、
 ついに……文月軍と周瑜軍との戦いが幕を開けた。

                       ☆

 知略同士がぶつかり合い、裏をかき、裏をかかれを繰り返す激戦だった。
 さすがは周瑜というべきか、雄二、朱里、穏、詠まで参加して考え出された計略の数々にことごとく対応し、こちらの思い通りに行かせない。もっとも……こっちもこっちで、向こうの連中の思い通りにはさせなかったけど。

 先方の鈴々と翠が攻撃主体の『釣り野状陣形』で攻め込めば、周瑜軍は防御主体の『方円陣』で守りを固め、カウンターを狙う。

 周瑜軍が左翼を動かして正面部への横撃をこころみれば、こっちの右翼を担当している愛紗と紫苑が出てきてそうはさせない。

 左翼の星が敵陣の横撃と撹乱を兼ねて奇襲まがいの攻撃を仕掛ければ、周瑜軍は層状に構成した右翼でそれを防ぐ。

 本陣強襲を狙って敵伏兵が姿を現そうものなら、かぎつけた恋が(勝手に)現場へ急行してそれを蹴散らし、華雄がフォローに回る。そしてその攻撃でできた隙を霞がついて、相手を一気に突き崩す。

 隙を突いたりつかなかったり、裏をかいたりかかれたり、やると見せかけてやらなかったと見せかけてやったり、動くと見せかけて動かないと見せかけて動くなんてことはないわけでもなくもなくもないでもないごめんなさい僕もう何だかわかんないです。
 とにかく、あちらこちらで繰り広げられる『信長の○望』も真っ青の大激戦。その戦いは時間がたつに連れて互いに戦略を使い果たしたためか、数で、武器で、設備で勝る僕らの軍に勝勢が傾いていく。
 防御からのカウンターを主体に、兵数差を感じさせない健闘を見せていた周瑜の軍も、やがて限界に近付いていたようだ。


 ……そして、そこからさらに時間が過ぎて、
 ついに……待望の知らせが本陣に舞い込んできた。



『報告ですご主人様! わが軍前曲が、周瑜軍前曲および敵防衛線を突破! これより、敵本陣に総攻撃をかけます!』

 トランシーバーごしに愛紗がもたらしたその報告に、僕らは思わずガッツポーズを決め、蓮華たちはあくまで静かに、軽く首肯などを入れる形でそれを聞いていた。


779 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 03:52:19.51 ID:1U/RiEmE0
孫呉編
第118話 横暴と策と白装束

 周瑜軍本陣

「報告いたします! 敵前線、わが軍の防衛線を突破! 大挙して本陣の方に侵攻を開始しました!」
「……我が剣、天に届かず……か……」
 報告を受け、周瑜は、他の誰にも聞こえそうにないほどに小さな声でポツリとつぶやいた。不思議なことにその目には、悔しさのようなものはほとんど見受けられず、穏やかなものだった。
 それも一瞬だけであり、本陣強襲の危機に焦っている兵士たちの中に、それに気付いた者はいなかったが。
 そして周瑜は、すぐにその目を獰猛かつ冷徹な輝きを持つそれに変える。
「全軍を終結させろ、本陣を守れ」
 その、未だに戦いを諦めていないことが見て取れる強い口調を、そしてその鋭い眼光を前にした兵士たちは、一様に何色を示した。そして、そのうちの1人が、
「あの……周瑜さま」
「何だ?」
「その、ですが……このまま本陣を守っても、わが軍のこの劣勢な状況、いかんともしがたいと言いますか……」
「……本陣を守っても無駄だと言うのか?」
 周瑜の目がわずかに細くなったことに気づかないその1人の兵士は、そのまま続ける。
「はい。やはりここは、全軍で降伏を……」

 ズドッ!!

「「「!?」」」
「……次に私の前で惰弱なセリフを吐いたら、この剣は貴様の喉元に刺さると思え」
 兵士の進言を最後まで聞かずに、周瑜は腰に差していた長剣をその兵士の足元すれすれの地面に突き刺した。彼も含め、その場にいたすべての兵士は、この軍の総大将・美周郎の強硬かつ冷徹なその振る舞いに、1人残らず戦慄を覚えていた。
 有無を言わさぬ迫力の眼光のまま、周瑜は委縮しきった兵士たちを見渡して言う。
「我に策あり! その準備が整うまで、しばし本陣を死守せよ! 降伏だ何だと惰弱なことをいう輩は、その場で斬り捨てる! よいな!」

                        ☆

「……って言ったのか、その女」
「は。降伏してきた部隊の隊長からは、そう聞いております」
 本陣で報告され得る情報の処理をしている僕らのもとに、そういった内容の報告を携えて星が戻ってきた。
 戦況が完全に僕らの勝利に傾いた後、周瑜はしばらくの間本陣を死守させて時間を稼いだ後、撤退してその場を後にした。朱里の見解だと……逃げて行った方角から考えて、行った先は、恐らく呉の本拠地の方角だろうとのことだ。
 この状況を絶望的と見た敵軍の部隊のうち、いくつかが既に自主判断で降伏してきていた。まあ……無理もないだろうな、周瑜の政治力でまとまってたとはいえ、基本は利益目的でつながってた連中だ。自分が死んだら元も子もない……って考えるだろう。
 それに……今聞かされた周瑜のやり方ってのがまた……。
「何つーかもう……末期症状だな」
「……往生際が悪い」
 雄二と霧島さんの呆れかえったような声。
 確かに……逆らったら問答無用で[ピーーー]とか……せめてもうちょっと理論立てて説き伏せるなり何なりすればいいものを……。
 トップがそんな横暴な態度を取り始めたら、そりゃ降参したくもなるよね……。
 ちなみに、降参してきたやつらの処遇は、元・呉王の蓮華に一任することにしてる。
「でも……策って何かな?」
「……私の知る限り、あの冥琳がハッタリを言うとは思えんが……」
 蓮華も、どうやら想像もつかない様子。氷の軍師って呼ばれてるくらいだしね……。それに続いて、穏と甘寧も眉をひそめる。
「でも……あれ以上、冥琳さまに動員できる軍隊がいるかって言われると……ちょっと想像つかないですね……」
「本城の守りに置いてきたであろう軍隊でも、それほど多くはあるまい……何をする気だ、周瑜……?」
「何にしても……今、周瑜さんに時間を与えるのは危険です。周瑜さんが何を考えているんかわかりませんが……向こうが軍備を整える前に、こちらも追いかけないと」
 と、朱里の鶴の一声。
「そうだね。でも……追撃をかけるにしても、ちょっとは待たないといけないんでしょ?」
「ああ。白蓮の作戦があるからな、こっちも少し間を開ける必要がある」
 と、今の会話の通り……僕らは、追撃の前に少し間を開けて、前々から計画していた『作戦』の完了を待つ予定がある。
 戦いが始まる前、ムッツリーニは呉の主要な都市に斥候を出し、とある『噂』をそこらじゅうに流していた。
 それは……都市によって違うが、『近くの○○の街が、どうやら周瑜を裏切って文月につくつもりらしい』という内容の噂だ。
 この噂を、口が軽い女性や子供を中心に流し……当然のように、それは瞬く間に街中に広まる。そしてそれはその街の支配者の耳に入る。
 そうなれば、その支配者たちは誰もかれも、いつ隣の都市が裏切って攻めてくるかわからない……と、疑心暗鬼に陥ってどうしようもないことになる。
 そんな中、僕ら文月軍が、草原での戦いで周瑜を破った……って噂も舞い込んでくる。するとどうなるか。
 支配者たちは一様に『周瑜についている自分達はこのままじゃ危ないんじゃないか!?』という恐怖観念に襲われる。何せ、その周瑜が負けたうえに、隣の都市は文月につきそうな雰囲気……このままだと、いずれこの近くに来る文月軍と、隣の都市が結託してこの都市に攻めてくるんじゃないか……という不安に、統率府ぐるみで包まれる。
 そのタイミングを狙って、白蓮を始めとする文月の特使のみなさんが『裏切らない?』と誘いに行くわけ。
780 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 03:52:55.30 ID:1U/RiEmE0
当然、このままじゃ滅ぼされると思ってるそいつらは簡単に裏切るだろう。もともと利益目当ての連中だしね。
 ちょっとでも渋ってみたところで……交渉に向かっているのはあの白蓮だ。軍事系統は十人並みだけど、政治・統率においては周瑜と比べても見劣りしない技術と論術を兼ね備えている白蓮の実力をもってすれば、説得には1日もいらないだろう。
 おまけに、そこには連絡要員も兼ねて『天導衆』の美波と工藤さんも同席する。向こうさんにしてみたら、威圧感パないだろうな。迷っている暇すらあるまい。
 そういう感じで作戦を遂行するために、白蓮の部隊を含む5つの特使部隊(残り4つは白蓮推薦の凄腕交渉人つき)が既に出発している。恐らく4,5日で、呉の主要な都市が根こそぎこっちに寝返るだろう。
 それまでは……待つ必要があるわけだ。
「大休止と兵站の時間も考えて……出発は5日後といったところでしょうね」
 と、資料を見ながら紫苑。5日か……暇だな……。と思ったら、
「いえ、それはかえって好都合ですね」
「? どういうこと、姉さん?」
 と、僕の隣に立っている姉さんが一言。好都合?
「ええ、その空き時間を利用して……これらを作ってもらいたいので」
 と、唐突に手に持っていた何枚かの何かの図面を目の前に広げる姉さん。
「何これ? ……設計図?」
「はい、前々から考えていた新兵器です」
「新兵器?」
「はい、『技術開発局』の皆さんに命じて、秘密裏に研究を進めていました」
 ……『技術開発局』?
 あの……いつの間にそんなの作ってらしたんですかね? 僕聞いてないよ?
 まあ、姉さんには確かに、『弩』の威力アップとか、火薬の威力アップのための知識提供を頼んだりしてたけど……この人いつの間にかそんな部門を新設してらっしゃったと言うのか。僕に内緒で。……で、しかも姉さんが『局長』とは……。
 まあでも、戦闘に貢献してくれそうな部分もあるから、よしとするけど……どれどれ、設計図って何の設計図かな………………おぉう、また結構な……。
「これはまた、すごいの作ろうとしてるのね、玲さん。可能なのかしら?」
「はい。これらのうち……これとこれは、既に試作品ができていますし、テストも終わっています。工兵部隊の方々に手伝ってもらって、次の戦いまでに量産できれば、戦いが幾分楽になるかと」
「本当ですね〜……でも、間に合うでしょうか?」
「全部を必要数作るのは……おそらく無理かと。しかし……」
「ええ。ある程度戦いに貢献できそうな数なら……十分作れそうよ?」
 と、姉さん、朱里、紫苑の間で交わされるインテリ軍団サミット。うーん……ハイレベルでよくわかんないけど、とりあえず結構大変なことになりそうだ。
 ともかくまあ、そういうことならこの空き時間も有効に使えるみたいで何よりだ。次の戦いに備えて……今は休むとしようか。トランシーバーのスイッチを入れて、
「じゃあみんな、戦後処理が終わり次第、陣地に戻って休憩! 次の戦いに備えて、じっくり休んで」
『『『御意!』』』
 みんなの返事を確認してから、僕と雄二、霧島さんと姫路さんも天幕に戻る。もう少しすれば、ムッツリーニと秀吉も戻って来るだろう。
 周瑜軍との第1戦を制した僕らは、そのまま作戦の完了を待つため、補充を済ませるために、その場でじっと待つことにした。



 ……そして、数日はあっという間に過ぎ……


                        ☆

 ……で、周瑜が陣を構える本拠地に来たわけだけど……

「……………………………………うわぁ」
「……おいおい……策ってコレかよ」

 そこに待ちかまえていたのは……本城前の平原を埋めつくさんばかりに広がっている……毎度おなじみ白装束の皆様方。どうやら周瑜の秘策ってのは……こいつらの援軍のことらしい。
 まあ、確かに、残存と思しき孫呉の兵達(比較的少ない)この前の戦いと同じくらいの数に戻ってるから、強力と言えば強力だけど……。
「こらまた……ずいぶんと大軍だな……」
 呆れ口調の雄二がため息をつく。まあ……気持ちわかるけど……。それに続くは、憤慨している様子の愛紗。再び目にしたこいつらの存在に、やはり憤りを隠せないと見た。
「奴らはいったい何者なのだ? 曹魏をあやつり、孫呉をけしかけ、我らの邪魔ばかりする……」
「何でもよかろう……とは言わんが、今は気にしている時ではあるまい」
「そうじゃな、これだけの大群が周瑜のもとにあるとなると……また厄介なことになりそうじゃ」
「でもさ、ここは特に燃えそうなものとかないし……火計の心配はいらないんじゃない?」
 確かに、工藤さんの言うとおりだ。この前のフィールドと違って、今度の戦場が草木の少ない荒地。ここなら……燃やせるものもそうない。
 けど……それを差し引いても、周瑜の知略は厄介そのものだ。これだけの数の兵士がそろっている今……どんな策でくるか想像もつかない。
 おまけに、白装束が絡んでるとなれば……これで全軍とも思えない。恐らく、どこかに伏兵がいる。その対処もしないといけないわけだ。
 どうしたもんかな、とその時、
「…………出てきた」
 と、物見やぐらの上のムッツリーニが一言。……出てきたって……?
 すると、同様に何か見えたらしい星が、
「ああ……どうやら総大将のお出ましのようですな。軍勢の中から……単騎で進み出てきた者がいる」
781 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 03:53:45.23 ID:1U/RiEmE0
 総大将……ってことは周瑜か!
 そう言われれば……何やら敵の最前線が動いているような気もする。急いで僕はムッツリーニから事前に借りていた双眼鏡を取り出し、その部分にピントを合わせる。
そして……そこにいる周瑜の姿をついに見た。ああ、よく考えたら……周瑜見るのこれが初めてだったんだっけ。
 背は高く、長い黒髪に褐色の肌。髪の色がなければ……パッと見、蓮華や小蓮の姉にも見えそうだ。そしてそれ以上に……メガネの奥に見える、あのすごく鋭くて冷たい目が印象的だ。もしかすると……華琳と同等かそれ以上かもしれない。
 ……で……服は……案の定というか、蓮華たちと同様、すごく刺激的というか……露出が多い。いやむしろ……呉メンバーの中で一番露出多いかも。腰とかはまあそれほどでもない(この大陸基準では)んだけど……胸の部分がやばい。もうあれ、スリットとかそういうレベルじゃないもん。あまりに開けすぎてて、隠すべきところがギリギリにしか隠れてない。しかもその開き具合のままへそのあたりまで続いてるもんだから……(ぽたぽたぽたっ)ん?
 何だろう、急に双眼鏡のレンズ部分に何か落ちてきた。しずく? でも雨なんかふってないのに何でうおぉあ!?
「うおっ!? 土屋殿が案の定というか凄惨な姿に!?」
「あー……やっぱりこうなっちゃったか……」
 華雄の驚く声と工藤さんの呆れる声。
 やぐらに登って、同じく双眼鏡で敵情観察をしていたムッツリーニは、やはりというか周瑜のあのレオタードも鼻で笑えるくらいの露出具合のヤバい服の前にグロッキー。物干しざおに干された布団のごとき2つ折りの姿勢で物見やぐらの手すりから力なくぶら下がり、変死体と化していた。
 ああ……何かと思ったら、双眼鏡のレンズに落ちてきたのはムッツリーニの鼻血だったのか。
既にピクリとも動かない彼のその手には、さすがというべきかデジカメが握られていた。あっぱれだよムッツリーニ……そのエロ根性は。
「やれやれ……あのまま落ちると怪我するな、助けてやるか」
 そう言ってる雄二は……なぜか周瑜のいる敵陣の方角から回れ右をして、体ごと真後ろを向いていた。何してんの?
「先に言っておくが、俺は全然全く何も見ていないぞ? 後ろを向いているからな」
「……いい心がけ」
 ああ、霧島さん対策ね……確かに、あんなものを直接見たら眼つぶしは確実だろうし。
 ちなみに、今現在姫路さんと美波は後曲に下がって、情報整理の手伝いをしてる。僕はこれ、命拾いしたかも……。
「ところで……何でこんなとこまで出てきたのかな?」
「恐らく……目的は私だろう」
「蓮華?」
 と、周瑜の姿を確認してから目を細め気味になっている蓮華が静かに言った。
 ……蓮華が目的? どういうこと?
「まあ簡単にいえば……戦の前の口上の一種だろう。見ていればわかる」
 なるほどね……士気を上げるためっていうアレか。前に孫権が似たようなことやってたっけ。孫呉との第2回戦の時に……内容は難しくて半分くらいしか理解できなかったんだけど。
 ともかく、それを今度は周瑜がやろうと……って言っても、『蓮華が目的』ってどういう意味だろ?
「主、始まるようですぞ」
 と、星の知らせに、とりあえず聞いてみようと僕は視線を前に戻した。


『孫仲謀よ! 呉を裏切り、国を売ったお前を私たちは断じて許さん!』

 いきなりそんなフレーズで周瑜の弁舌は始まっ……ってちょっと待った!
 え!? 何その内容!? 孫権が裏切り者って……何でたらめ言ってんのあの人!?
「主よ、騒ぎなさるな。予想どおりです」
 ため息交じりに星がそう一言。ちょ……予想通りって!?
「黙って聞いていなされ」

『そしてその売国奴に手を貸し、呉を併呑せんとする『天導衆』の悪魔たちよ! この周公謹がいる限り、呉は貴様らには屈しない!』

 公謹? 周瑜の字だっけ?
 それにしても……何か立て続けにすごいこと言ってるけど……

『我らの土地を奪いたければ、力ずくで手に入れてみせよ! だが忘れるな、我らは貴様の暴虐な振る舞いに、命をかけて反抗する! 呉の勇士達の猛々しさを、とくと味わうがいい!』

 それに続いてとどろく、呉軍の兵士達の雄叫び。声の音量からして……白装束は叫んでないみたいだけど、それでも残りの兵士たちは結構なやる気を出してると見える。今の演説で、か……?
 それにしても……とんでもない内容だったな。まさか……蓮華を『売国奴』呼ばわりするなんて……。
「ふっ……私を売国奴に仕立て上げることで、中立・反対派を吸収したか。上手い手だ」
 それって……蓮華を本質的な悪者にすることで、国内の『様子見』のグループに戦う動機とやる気を与えて差し向けた……ってこと!?
 なるほど、たしかに……今までは彼らは蓮華こと呉王・孫権は負けて捕虜になった……っていう情報を聞かされてたんだ。そして、自分達に戦いの火の粉が飛んでくることが嫌だったから、極力関わるのを避けたくて『戦闘不参加』を貫いてきたり、参加してもやる気がなかったりした。
 けど……そこに『実は孫権は裏切って文月に呉を襲わせてる』なんていう誤報を流せば、怒りでその中立および戦争反対の人達も立ち上がるだろう。戦力は増強する。
 でも、そのために蓮華を……考えが違うとはいえ、もとは主だった蓮華をこんなにもあっさり裏切って(とっくに裏切ってはいたんだけど)悪者にするなんて……そこまでして天下を取りたいのかあの人は!?
 でもって……僕らが悪魔か。さすがに腹立ってきたな……! 悪魔は雄二1人で間に合ってるってのに。
 すると、秀吉がこんなことを言い出した。
「しかし……長くは保たんじゃろうな、この作戦も」
「どういうこと、秀吉?」
 長くは……って、何が?
「それはそうじゃろう。何せ……孫権が先の戦いで本気でわしらと戦って敗北した……というのは事実なのじゃ。いくら今生かされているとはいえ……あまりに証人が多すぎるその事実、長くは隠し通せん」
「……加えて、私たちは各地に情報網を張って、そういう情報戦略対策を立ててある。その裏切りの噂が嘘だとわかるのは時間の問題」
 と、霧島さん。と、それに続いて、
「それに……それ使う心配すらないかもしれないわよ?」
「あれ、美波? 姫路さんも、情報処理終わったんだ」
「はい」
 そっか、にしても、やけに早かったな……。
782 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 03:54:11.88 ID:1U/RiEmE0
「ところでアキ、なんかウチ、さっきあんたの視力を奪わなきゃいけないような気配がしたんだけど……何か心当たりない?」
「気のせいです」
 物騒な虫の知らせが美波のもとに届いていたという事実に、僕の背中にどっと冷や汗が浮かんだ。それでか、こんなに早かったの。
 しゅ、周瑜が演説終わりで引っこんだ後に戻ってきてくれてよかった……。
 ところで、心配がないって何?
「はい、さっきまで私たち、そういう情報の報告を整理してたんですけど……どうも、その『孫権さんが裏切り者』……っていう誤報は、この帝都周辺でしか確認されていないらしいんです」
「え? それって……ここから離れた地域には広まってないってこと?」
「そゆこと。ま、急ぎだったし……そこまで手回す余裕なかったのかもね。国内の反対派を吸収したにしちゃ数が少ないのも、そのせいでしょ」
 なるほど……時間がなかったから、嘘の情報で援軍を集めるにしても、このあたり一帯の連中しか集められなかったんだ。
 もし僕らが、例の『白蓮の主要都市裏切らせ作戦(大成功)』でそこらの都市全部味方につけてなかったら、噂の影響でもっと集まってたかも。危ない危ない。けど、この辺にある都市も含めてほとんどはもう周瑜を裏切ってる、ゆえに、あんだけ白装束が呉軍を占める割合が多いんだ。
 ……にしても、あんだけの数どこから引っぱってきたんだか……?
「こういう作戦に出たってことは……後先を考えてないわね」
「? どゆこと、紫苑?」
「だってそうでしょうご主人様? ここでまあ勝てれば、周瑜は文月を制して天下人になれるかもわかりません。ご主人様を、その軍勢を倒したとあれば、その人気はウナギ登りでしょうし、仮に嘘がばれても、力で抑え込めます」
 う……あんまし考えたくないな。
「けど、もし負けでもすれば、嘘の情報を流して国内を混乱させた挙句、孫権さんを裏切ったということまで一気に広まり……周瑜さんは人望を無くしますわ。そうなれば、失脚は必然……周瑜さんが、そこまでわかっていないはずがありません」
「……つまりそれって……」
 霧島さんの言う先は、僕でも予想がつく。
 つまり……それは、そうなってどうしようもなくなった場合の覚悟もできてる……ってことだ。そして、周瑜の性格からして(蓮華や小蓮に聞いた限りだけど)……大人しく捕まってくれるとも考えづらい……。
「つまり俺らは、もたもたしてると負けちまうが……」
「…………勝ったからって、そこでもたもたしてると……」
「今度は周瑜に、あの世に逃げられかねん……そういうことじゃな」
 あーもぉ! これまでで1番めんどくさいなやっぱり!
 敵なんだからそりゃ自然なのかもしれないけど……今回ばかりは違う! こちとら蓮華に『ちゃんと会って話させる』って約束してるんだ! 死なれてたまるか!
 こうなると、若干事情は違ったけど……当初の予定通り、超速攻でケリをつけるしかない!
「よし……話してても始まらないよ、こうなったら、さっさと決着をつけよう! みんな、用意はいい?」
『『『応!』』』
 トランシーバーの向こうからそんな声。うん、準備万端と見た。
 朱里もそれを認識し、気を引き締めて指示を出す。
「では、予定通り速攻の作戦で攻めます! 皆さん、作戦は頭に入っていますね?」
 もちろん! 当たり前だ! ……などといった荒々しくも頼もしい声がトランシーバーの向こうから聞こえる。うんうん、これは頼もしい。
 さて……部隊の配置も作戦もよし、残る確認事項は……2つ。
 1つは……
「姉さん、例の武器は?」
「心配いりません、すでに配備は済んでいます。使い方も……教えましたね、紫苑さん?」
「ええ、ばっちりですわ。では……私も配置についてまいります」
 と、紫苑も軽く会釈すると、そのまま駆け足で陣を出た。
 で……もう1つ。僕的には、こっちが一番心配というか……気がかりというか……
「ねえ、雄二……大丈夫なの? その『作戦』……?」
「ああ、不安要素がねえわけじゃねえが……まあ、ここで裏切ったところで連中に何か得があるわけでもねえし、大丈夫だろう。一応……誇りはあるみたいだしな」
「まあ……それはそうだけどね、一応いいていあんではあるし、向こうにとっても」
 ……正直、この前の軍議でコイツが提案してきた作戦を聞かされたときは、度肝を抜かれた。なんてことを考えるんだこいつは……って思ったね、正直。
 でもまあ……合理的と言えば合理的だ。かなり無茶してるけど……成功した暁にはそりゃもう得るものは大きい。
 まあ、乗りかかった船だ、こうなったら任せてやろうじゃないか!
 そうときまれば!

「よし……みんな! 用意はいいね? これが正真正銘、呉との決戦だ! これですべてが終わるから、 作戦通りやって速攻で片づけるよ! 気合入れて行こぉ―――――っ!!」

『『『オオオォォォォオオ―――――――ッ!!』』』

 兵士たちの雄たけびとともに……開戦を知らせる銅鑼が鳴り、その音色が戦場全体に響く。
 いよいよ……周瑜とのラストバトルだ。待ってろよコラァ!!

783 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 03:54:53.62 ID:1U/RiEmE0
孫呉編
第119話 知略と兵器と隠し玉

 周瑜軍、本陣

「戦況はどうなっている?」
「はっ、現在、拮抗状態にあります。敵軍の攻撃翌力は侮れないものですが、こちらの精兵たちも周瑜さまのご指示のもとに一致団結して壁となり槍となり……」
「結果だけ聞けばよい」
 周瑜は、本城まで後退しての再戦……そしてこれが、恐らくは正真正銘の最終決戦……の最中で、斥候の兵士たちからの報告を受け……特に感情がわかるような反応を示してはいなかった。
 現在は、両軍ともに拮抗した状態……その報告だけで、眉をひそめるには十分だったからだ。
「残る策は……あと3つか……」
 これまで周瑜は、伏兵、簡易的な火計、さらに伏兵……と、何重にもめぐらせた計略で、文月軍を混乱に陥れようとした。幸い、孫呉の兵ほど情もわかない白装束のよくわからない連中がいてくれたおかげで、多少危険な作戦はそっちに回してしのぐことができた。
 明らかに自分たちが死ぬとわかる作戦でも文句ひとつ言わず、むしろ感情1つ見せずに躍り出ていく白装束の連中は……どこか不気味だった。死を恐れず、誇りの一つも叫んで散って行くのなら、まだ納得もできたが……。
(……まあよい、肝心なのは……勝てるかどうかだ)
 その都合のいい白装束たちを大量に犠牲にし、周瑜は数々の策を繰り出した。
 が……それらはすべて防がれた。恐らくは、敵の軍師に看破されたことによって。
 しかし……それらは全て、微妙な陣形変化ぐらいしか判断要素がないものだった。にもかかわらず、文月は見事に周瑜軍の次の手を読み、的確な対抗策をぶつけ、これを無効化した。既に……伏兵を含めて用意した10の策のうち、7つを使いきっていた。
(こちらの兵数はもう芳しくないところまで来ている……もう、出し惜しみはしていられんな)
「第8作戦、第9作戦を同時に実行にうつせ。そしてその直後……その成功・失敗にかかわらず、第10作戦を発動せよ。一気に勝負をかける」
「はっ!」
 伝令兵は返事をするとすぐに踵を返し、走って本陣を去った。

                      ☆

 文月軍、本陣

「報告! 敵軍右翼に展開の兆しが見られます! 諸葛亮さまの予想通り、突出している部隊の包囲に出たものと見られます!」
「やはりそうですか……その奥の方に、『弩』は?」
「はい、確認されています! 出てきたところを一気に……というのが敵の狙いかと!」
 そうか……また朱里の読みが当たったようだ。
 大戦力を当てている、敵軍右翼の展開。それは必然的に、僕らの軍の左翼をターゲットとした作戦だ。一旦左右に開いて挟み撃ちにして、そして両側から攻めて殲滅……か。一見すると普通の作戦だけど……ここで僕らが、『よけきれないから大戦力をぶつけて蹴散らせ!』っていう作戦に出ると……その展開した部隊の奥に控えている敵の『弩』の部隊の的にされるというわけだ。これは乗るわけにはいかない。
こっちの左翼というと……星がターゲットだ。知らせないと。
 すぐに僕らは、トランシーバーをつかって星を呼び出す。
「星、こちら本陣、こちら本陣、聞こえる?」
『聞こえていますぞ、主。何かありましたかな?』
 星の返事が返ってきたのを確認して、僕は朱里に交代する。
「今すぐに後退してください、星さんの部隊を包囲する動きが見られます。そこは退いて……代わりに、紫苑さんの部隊の分隊を前に出します。『弩』に加えて『双弧(そうこ)弓(きゅう)』を配備した部隊ですから……射程では勝ることができるはずです。その攻撃で敵軍が混乱したら、戻って逆撃を!」
『承知した! では、一旦退いて援軍を待とうか』
 うん、さすが朱里、見事な対処だ。
 ちなみに今の説明にあった『双弧弓』っていうのは、姉さんが開発した兵器の1つで、通常の弓には1つしかない『弓なり』が2つあるおかしな形の弓のことだ。
 かなり奇抜な形をしている上に、すんごく硬くて引くのにえらい力が要るんだけど……その威力は普通の弓のそれ以上であり、加えて射程距離が通常の3倍以上という恐ろしい弓だ。姉さんのその発明により、僕らは敵の『弩』の射程よりもさらに先から弓矢で攻撃できるようになったわけだ。威力はそれには劣るけど……十分にも程がある。
 それを配備した紫苑の部隊の分隊が、星の援護に向かう……うん、ここはこの戦い方で大丈夫だろう。
さて……次はどう来る……周瑜……?
784 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 03:55:31.53 ID:1U/RiEmE0
周瑜軍、本陣

「なるほど……まだ隠し玉があったか……」
「はっ、我が軍右翼、敵軍を攻めきれずに膠着状態です」
 作戦失敗の報告にもかかわらず……周瑜は落ち着いていた。なぜなら……恐ろしいことに、彼女にはそれも想定の範囲内だったからだ。
 もともとこの作戦は、相手の隠し玉をおびき寄せる……という意味をはらんでいた。
 分月軍の『天導衆』の恐ろしさは、奇策や『召喚獣』もそうだが、次々と姿を現す予測不可能な『秘密兵器』の数々にあることを周瑜は知っていた。何も知らずに大戦力でただ挑めば……魏のように城ごと爆炎に焼かれるか、孫権の軍のように猛毒の煙にもだえ苦しむ羽目になる。
 兵士たちの士気にかかわるそれらの問題に対して、周瑜は慎重だった。
(まだ何か隠している可能性を否定できんが……これ以上手をこまねいていてはこちらが危なくなる。しかたない……)
 周瑜は『あれ以上の兵器はない、あっても『弩』くらいだろう』と読み、伝令係の兵士に向かって声を張った。
「ならば……次の第9作戦をただちに実行せよ。戦力が前曲〜右翼に偏りつつある今が好機だ」
「はっ!」
 周瑜は取り乱さずに、次の策の指示を出す。

                        ☆

 文月軍、本陣

「報告です! 我が軍右翼前方より、炎をまとった騎兵隊が接近してきます! 周瑜の火計と思われます!」
 今度はそんな報告だよ。
 炎をまとった騎兵って……荷台に藁か何か積んで、それ燃やして突っ込んでくるってこと……? もうそれ特攻じゃん。全く……ムチャクチャやるな、周瑜……。
「とはいえ……そんなことされちゃあ厄介だな。玲さん、ここはやはり……」
「ええ、そうしましょう」
 と、雄二の視線を受けて姉さんがうなずき、僕に『ちょっとどいて』と指示してトランシーバーの前に立った。
「えー、玲です。紫苑さん、聞こえますね?」
『ええ、聞こえていますわ。でも、玲さんが私に……ということは……?』
「はい。どうやら右翼前方が火事になりそうなので……対処をお願いできますか? 先ほどお渡した……あれを使って」
「心得ましたわ、では……行ってまいります」
 と、迫りくる炎の軍勢にも別にビビることなくあっさりと会話を終了する紫苑と姉さん。やっぱりというか、この辺は大人の余裕かな……?
 それってこんな物騒な戦場でも発揮されるんだろうか、なんて的外れな考えを抱いている僕の横で、朱里は筆を動かして今の報告にあった敵軍の動きとこちらの対処を軍分布図に書き入れている。
 ……もうすでに、僕には何が書いてあるのかわからない。線があまりに多すぎて、文字があまりに達筆過ぎてもうわかりません。
 あまりに意味不明すぎて……爆弾の設計図だと言われても信じるかもだね。
「ま、ここまで来ると俺にもわからねえや、大人しく口頭の指示だけ出してる方が利口だな、こりゃ」
「雄二にも? だったらわからないはずだよ、僕になんか」
「お前は小学生がわかってもわからないかもしれんがな」
 コイツは僕への悪口なしに会話ができないんだろうか?
 お、落ち着いてください〜……なんてかわいく手を振ってる朱里に免じて許してやろう。命拾いしたな、雄二。……っとまあそれよりも、だ。
 改めて朱里の図面を見ると、新しく書き込まれたらしい、まだ反射できらめきを放っている文字の中に……奇妙なものがあった。……ひょっとしてこれが、今しがた配置された姉さんの新兵器かい? えーと……

『架陀春斗(大型投石機)』

 ……なんだこりゃ? 漢文表現……じゃあなさそうだけど……。ええと、音読みで、か? か……た…………あ。
 ……ああ、何だ、ただの当て字か。

 架  →  か
 陀  →  た
 春  →  はる  で、多分  →  ぱる
 斗  →  と

 ……『カタパルト』ね……。おーこわ。

 姉さんが作った武器、もう1つは……大型の射出式投石機。カッコよく言って……カタパルトだ。
 まるで某カードゲームで亀の背中に乗ってそうな形の砲台みたいな何か。試作品を見せてもらった時は、こんなもんよく作ったな……っていう驚きと呆れと感嘆が入り混じってなんて言っていいのかわかんなかったのを覚えてる。
 使い方は意外と簡単。あらかじめ作っておいた、槍にも見える大型の弾丸をセットし、弓の要領で引いておいた弦の留め金をはずせば、凄まじい勢いで弾丸が飛んでいくというわけ。その威力も射程も、『弩』とすら比べ物にならない。
 ただしその代わり、移動がすごく大変だから……ある程度使いどころを読んで設置する必要がある。今回は……朱里の読みがずばり当たった。
 そして一番驚きなのが、その『弾丸』の中に色々入れるものを選べるということだ。火薬を入れれば破壊力抜群の榴弾、マグネシウム粉末を入れれば閃光弾にも信号弾にも、姉さんの手作り七味唐辛子を入れれば灼熱の炎を放つ焼夷弾に早変わり、というわけだ。
 ……最後の1文が弟として情けなくてたまらないんだけど。
 で、今回入ってるのは……消火用の砂。着弾と同時に炸裂して炎にかぶさり、その大部分を消してくれる。さらに鉄の破片なんかも入ってるから、威力も結構あるし……突進を止める力もある。止まらなくても……それだけ威力を殺しておけば、こっちの『弩』で倒せる。
 と、

『3……2……1……発射!』

 ヒュガガガガガッ!!

785 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 03:56:02.89 ID:1U/RiEmE0
さて……紫苑の声と同時に、カタパルトの発射音も聞こえてきたみたいだし……さあどうする、周瑜? お得意の火計は破ったぞ!

                       ☆

 周瑜軍、本陣

「防がれたか……まあいい、予想しないではなかったからな」
 恐ろしいことに、ここまでやっても焦る様子のない周瑜は、会いまわらすの冷徹な瞳で分布図を見ていた。むしろ……作戦通り、とでも言いたげだ。
 腕のいい軍師同士の書き込みというだけあり、武器の名前などの細かい書き込みを除けば、その分布図は文月の陣地にあるものとよく似ていた。敵軍と自軍の分布、進行速度、規模、戦闘状況などの様々なデータが事細かに記されている。
 ただし……2か所だけ、この周瑜軍の分布図にはあり、文月軍の分布図には無い『ある表記』があった。それも……普通に考えて、あまり文月軍にとって好ましくないであろう表記が。

『伏兵部隊4(待機中)』
『伏兵部隊7(待機中)』

 まだ存在していた、まだ動かしていない、最後の伏兵部隊の位置を示す図である。
 それも……最悪の位置にいた。1つは、現在周瑜軍右翼と戦っている趙雲の軍隊の横。
 もう1つは……火計によって攻めている部分よりも文月軍側から見て後方に当たり、別の伏兵と交戦中の華雄・呂布・張遼の3部隊がどう急いでもかけつけられそうにない位置にある。
 周瑜は分布図を見て……やはりというか、こう思った。
(……好機!)
 今2つの部隊を動かせば、完全に敵が対応不可能な2か所を突ける。
 1つの部隊は趙雲隊の横っ腹に襲いかかって、前曲を大いに混乱させることができるであろう。しかも、奇襲を防いだ例の射程の長い弓矢とその伏兵部隊との間に趙雲隊がいるわけだから、防御面の心配も消える。
 そしてもう1つの部隊で……がら空きになった本陣の横っ腹をつけるはずだ。旗印のある位置を見ても……関羽隊、張飛隊、馬超隊……その他全ての隊が、ここを守ることができる位置にはいない。今ここを突けば、誰かが駆け付ける前に本陣を崩し、吉井明久の首をとれるかもしれない。
 周瑜の攻撃すべてに、敵は完全に対応した。それは……見事と言わざるを得ない。しかし、たった今できているこの一分の『隙』……これは、攻撃全てに対してあまりにも完璧に対応してしまったがために、周瑜の思惑通りに必然的に誕生してしまった隙だった。
 最初からコレを狙っていたのだ……と考え、周瑜の傍らに立つ伝令兵はその知謀に味方ながら戦慄を覚えた。
 そして、
「ただちに第4、第7部隊に出撃指令を出せ! 向こうの連中はバカではない、いずれ気づく! そうして対策を打たれる前に、がら空きになった横っ腹2つを叩くのだ!」
「御意!」

                        ☆

 文月軍、本陣

「かかったなバカが」
 底意地の悪そうな笑みを浮かべ、雄二は今しがたもたらされた『敵伏兵2部隊、一気に襲来』の報告を受け、逆に得意げだった。
 ……こいつは……ホントに恐ろしい頭脳だな……。最後の最後で朱里が見落としそうになったこの隙をいち早く発見して、対策を打った。結果……僕らは慌てる必要がない。
 むしろ……慌てるのは周瑜の方だろう。何せ……とんでもない作戦で迎え撃たれることになるんだから。
 いや、作戦、っていうよりは、単なる伏兵なんだけど……でもでも……
786 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 03:56:33.42 ID:1U/RiEmE0
周瑜軍、本陣

「何……だと……!?」
 最後にして絶対だったはずの作戦、それは……完全に失敗に終わっていた。
 言わずもがな……『文月の赤い悪魔』こと、坂本雄二の策によって。
 まず第1に、がら空きの本陣の横っ腹を突くはずだった、第7部隊の作戦。周りに何も邪魔ものがいるはずのないこの状況で……突如として、両サイドから華雄と張遼の部隊が突っ込んできたのだ。
 その場の兵士たちも目を疑ったことだろう。何せ、その2部隊……呂布隊とともに伏兵の相手をしているはずだったのだから。
 しかし、そこには2つの誤算があった。
 1つは伏兵相手の戦闘がわりと速く終わっていたこと。混戦だったがゆえに連絡が届かず、残り少ない残存兵で抵抗する周瑜軍を追いたてるのに、最早呂布1人で十分なほどなのである。乱戦ゆえに連絡が行きとどかず、周瑜軍は早くに伏兵部隊が全滅したことに気付かなかった。
 そしてもう1つ……それは、華雄と張遼の2人が、その『旗』があるところにいる……と思ってしまったことだ。
 周瑜軍は、各部隊の位置をそれを率いる将軍の『旗』によって判別するしかなかった。ゆえに、呂布隊のすぐ近くに華雄と張遼の『旗』があるのを確認し、安全だと判断して敵陣を狙えるベストポジションに軍を置いてしまった。
 そして実はこの作戦……先の戦で甘寧がはまった罠と全く同じものである。同じ策を二度は使うまい、という周瑜の予想は逆に利用されたわけだ。
 しかし、それは坂本雄二によって看破されていた。残存の掃討を呂布に任せて、華雄と張遼は、とうの昔に戦線を離脱して、『伏兵が来るであろう位置』に回り込んでいたのだ。そして、呂布隊の近くに置きっぱなしにした2人の『旗』は……ただのおとりにすぎなかった。そうとも知らずのこのこやってきた周瑜軍は、両サイドにいた本物の2隊に挟み撃ちを食らったのである。
 そして……もう1つの伏兵部隊も……同じく敵の伏兵によって迎撃されていた。
 しかも、その伏兵というのは……完全に周瑜の裏をかくものだった。全く、可能性すら浮かんでいなかった、超Aランクの隠し玉だったのである。
 しかし、周瑜が、そしてその側近たちがそのことを見破れなかったことを……誰も攻められまい。無理もないのだ。

 何せ……その伏兵というのは……

                      ☆

 文月軍、本陣

「敵伏兵、完全に虚を突かれ、混乱状態です! やりましたねご主人様! 坂本さん!」
「あー……まあ、そうなるだろうね……」
「ふん、俺らの作戦勝ち……ってこったな」
 いや……ホント、今回はそういうことになるんだろうね……。こんな手、周瑜でも思いつきようがないだろうし。
 まあ、華雄と霞の『旗は囮で本物はこっち作戦』もそうだけど……僕がむしろ感心してるのは、もう1つの伏兵を相手にした方……
 しかしまあ、最初に雄二のその作戦を聞いた時は、『んな無茶な……』と思ったもんだけど……見事にはまったな……。確かに、あの2人は基本有能だし……ちゃんと指示さえ出せば動いてくれるし……利害も一致するし……。
 それに……基本いい子だしね。2人とも。
 実を言うと……僕も前から思ってはいた。いい子だし、強いし……味方してくれたら、それなりに心強いんだろうな、って。
 なので、僕もトランシーバー(据え置き)に向き直り、指示を出し終えた朱里に続いて、伏兵を相手に大暴れしている『その2人』激励の1つも飛ばすことにさせてもらった。この戦いの勝敗に……大きく貢献してもらったわけだしね。
 と、いうわけで……

「頼んだよ顔良ちゃん! それに文醜も!」

『おうよっ! 任せな吉井の兄ちゃん! ひっさしぶりに大暴れしてやっからよ!』
『はいっ! 任せてください!』

 トランシーバーの向こうからは、そんな感じで、僕んとこの女の子たちにも負けない元気な返事が返ってきた。
 ホント……袁紹にはもったいないくらいのいい子たちだよね……。
787 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 03:57:18.43 ID:1U/RiEmE0
孫呉編
第120話 城と思いと周瑜大捜査線

 僕らと周瑜軍との戦いは、互いの戦略と戦略がぶつかり合い、一進一退の攻防が続いた。
 前曲VS前曲、左翼VS右翼、伏兵VS遊軍、弩VS双弧弓、火計VSカタパルト……目まぐるしく戦局が変わり、文月・呉双方にとって史上最大となる激戦は……周瑜の切り札である2つの伏兵部隊が、こちらの切り札である遊軍と伏兵に、しかも、顔良と文醜という、絶対に向こうのデータベースに無かったであろう 隠し玉の参戦によって打ち砕かれたことにより……
 ……ついに、決着の時が訪れようとしていた。

                       ☆

 周瑜軍、本陣

「報告! 5方向からの敵の総攻撃により、我が軍の前線崩壊! 最早保ちません!」
 全ての策を使い果たした周瑜のもとに届いたその報告。それは……今度こそ本当に周瑜の敗北を示すものだった。
 それを聞いた周瑜は、以外にも、不思議なほど落ち着いてつぶやいた。
「進退……ここに極まる……か……」
「最早戦線は崩壊し、組織だった抵抗はできません! 何かご指示を……」
 迫りくる敵兵に焦っている兵士たちとは対照的な落ち着きの周瑜は、ゆっくりとあたりを見回し、考えた。
 最早策はなく、使える兵士も、伏兵も、今の周瑜にはもうない。すなわち……この戦、この分布図に示されている内容こそが真実だ。である以上……彼女に策はない。
 そして……逃げる場所も、周瑜には無い。周瑜の後ろには、本来『逃げ帰るべき場所』である本城があるが、そこに入ったところで文月軍の侵攻から逃れることができないのは、10までしか数えられない子供でも分かること。袋の鼠となり、とらわれるのを待つだけだ。
 そして……ここから逃げおおせても、最早国内に周瑜を受け入れてくれるであろう勢力はない。呉のためと銘打って反旗を翻したにもかかわらず敗北し、呉を文月に渡してしまう結果になったのだ。加えて……孫権を悪人と偽証したことへの反発もある。国内の有力な勢力は、そろって文月につき……周瑜をはねつけるだろう。
(……この戦場で、まだ烈昂の意思を持って戦える者は……周家に代々使えてくれている者たちだけだろうな……。金と権力目当てについてきた連中は……最早あてにならん)
「我が覇道の夢も、ここまでか……」
 ぽつりとつぶやいた周瑜の声を、兵士は聞きとっていた。この者は……周家に仕えている者の1人だ。
「いえ! 周瑜さまさえ逃げ延びていただければ……再起ははかれます! ですから、今は一度後退を……」
「いや……もういい。心遣いは嬉しいが……長年周家に仕えてくれた者たちを、地獄への道連れにするのは忍びない。……私はこのまま城にこもる。そして、城から火の手が上がったら……全軍で降伏しろ」
「……御自害……なされるのですか……?」
「……案ずるな。雪蓮の……友のところへ行くだけだ」
 穏やかな笑みを浮かべて周瑜は言った。個々が戦場であると言うことを考えると……あまりにも不釣り合いと言えるほどに、だ。
「それがすむまで……しばし時間を稼いでくれるか?」
 その声に……静かながらも確固たる意志が込められていることを、兵士は悟った。
「わかりました……この場は我々にお任せください! 我らが主の最後……華々しく飾ってみせましょう!」
「ああ……では、頼む……」
 そう言うと……周瑜は踵を返し、城の方へ向っていった……。

                        ☆

 文月軍、本陣

「周瑜が城の中に?」
「…………(コクリ)」
 たった今、そういう内容の報告をしたムッツリーニは、僕の聞きなおしに首肯で答えた。周瑜が……城の中に入ったって? 確かなの?
「…………部下が撮影した映像を確認した、間違いない」
「ばっちり映っておった……というわけか」
 秀吉がうんうんとうなずく。なるほど……ムッツリーニは部下からそう報告を受けた際に、一緒に証拠のVTRも見たわけか。城に入る……周瑜の姿を。
 ……それで、ムッツリーニの鼻には真新しいティッシュがつまってるんだ……。
 しょっぱなの出血もあってフラフラ、押したらそのまま倒れそうな感じの隠密起動総司令官は、どうにかこうにか僕らの目の前で立っている。戦ってもいないのにムッツリーニをここまで追い込むなんて……むむむ、周瑜……恐るべし!!(違)
「ま、これはいつものことだから置いといて……」
 朱里の『いいんですか!?』的な視線を無視して、雄二は分布図に視線を戻す。
 先ほど、僕らの軍勢の伏兵として、文醜と顔良ちゃんの2人が参戦した。
 何で2人がこんなところで戦ってくれてるのかというと……それは、雄二が2人に、いや、正確には2人の主である袁紹も交えた3人に対して、『バイトしねーか?』という誘いをもちかけたのが発端なのだ。
 バイトの内容とは、無論この戦線での加勢。そして、その報酬は……袁紹の助命。
 2人とも、こころよく応じてくれた。この辺は……さすが忠臣って感じだな。
 で……こちらの指示に従って戦ってくれてる2人は、現在周瑜軍にダメ押しの総攻撃をかける部隊の一角を担って奮闘中だ。
 さっき通信を入れたけど……
788 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 03:57:52.37 ID:1U/RiEmE0
『どう? 順調?』
『順調も順調! っか〜〜〜! 最近なまってたから戦えてあたいも嬉しいよ! おまけに麗羽さまも助かるってんだから一石二鳥だよな〜! あんがとな、吉井の兄ちゃん!』
『ははは……まあ、無事でやってくれてるんならいいよ。じゃあ引き続き……』
『……ぐすっ……えぐっ……』
『ん? あれ、斗詩? どしたの?』
『えっ!? が、顔良ちゃん!? どうして泣いて……何かあった!?』
『え、あ、や、何でもないんです、何でも。ただ……』
『『……ただ?』』
『その……こんな風にきっちり立てられた作戦のもとで戦ったりするのって初めてで……その……戦って本来こんな風に運ぶものなんだな〜……って感激しちゃって…………』
『『…………………………』』


 ……うん、所々、バトルマニアの私念や袁紹軍の悲惨さがにじみ出るような会話が混じってたけど……2人とも元気でやってるってことで。
 ともかく、話を戻そう。その2人の活躍もあって、現在の戦況は僕らが圧倒的有利。その状況をそのまま表す分布図を見て、雄二が思うこととは……?
「まずいな……。この、城に逃げてもまず助からないことが明白なこの状況で、あえて城内に入って袋のねずみになるってことは……」
「……助かるつもりが、ない?」
 霧島さんの問いに、雄二は無言の首肯を返す。
「だろーな……十中八九、自決する気だろーぜ」
「やはり……か、冥琳……」
 あーもー、やっぱりこうなったっ!
 今の蓮華の発言を皮切りに、目に見えてテンションが下がる呉の皆さん。できることなら何か言ってあげたい気分なんだけど……敵の総大将さんの行動があまりにも予想通り過ぎてて何も言えない……。つくづくB級小説みたいな展開なんだから……。
 ともかく! そうとわかれば話は早い! 部隊を動かしてさっさと周瑜を捕まえないと、今度は永遠に手が出せないところに逃げられる!
「そうは言ってもな……」
「言っても……何?」
「ああ……分布図を見る限り……門の前に何か敵の軍が集結してて、通れそうにねえんだよな……こいつらどかさねえことには」
「しかも……旗印が『周』って書いてますよね、この人達。これってもしかして……」
 と、姫路さんが蓮華に質問的な意味の視線を投げかける。蓮華は……それに答えた。
「ああ……周家に……冥琳の家に代々仕えている者たちだ。おそらく……主の最後を邪魔させんとして抵抗しているのだろうな」
 なるほどね……大した忠誠心だこと。けど……
 悪いけど……自分の主が死ぬのを手助けしてるなんて行為は……これっぽっちも共感も理解もできないね……。
 ともかく……あんたたちがどうしたいかどうかにかかわらず、僕らは周瑜を捕らえなきゃいけないんだよ。
「力ずくでどいてもらうしかないかの?」
「いや、それだと多分間に合わねえ。だから……ちょっと強引な手で行くか」
 強引な手、ね……となると、あれか。
 開戦前に、軍議の席であらかじめ話し合っておいた、非常事態に周瑜を捕らえるための最終作戦。それを……実行しなきゃあならないようだ。
 門の前には……屈強な兵士たち。他に出入り口はなく、城壁が広がっているのみ。
 この状況で……内部に突入しなければならない……か。なるほど……。
 どこかで聞いたような状況だ……と思っているのは、恐らく僕だけじゃあるまい。

 ……というわけで、

「よし、朱里! 翠と恋と霞に集合指令をかけろ! それと、残りの部隊で門前の周瑜の兵士たちを完全に包囲して身動きが取れないようにしろ!」
「さっきあらかじめ決めたメンバーは出撃翌用意! 姉さん、車出して!」

 作戦開始に向け……僕ら『天導衆』は動き出した。

                        ☆

 呉・本城、城内

「……最早、誰もいない……か……」
 塀の外から聞こえてくる戦闘音を除けば、静かなものである、本城の城内。その庭園を、周瑜は1人歩いていた。
 孫権の母と孫権の姉……孫堅と孫策によって強大な国家へと成長したこの国が……今、終わりを迎えようとしている。周瑜が……自分自身で仕掛けた戦の結末となる形で。
 もしかしたら……大人しく文月との和平条約を受け入れていたら……何か変わっていたのかもしれない……。後の祭であるのはわかっていたが、周瑜はそんなことを考えていた。
 しかし……そんなビジョンを描いたところで、もう手遅れ……呉は文月に併呑される運命だということは、もう抗いがたい事実なのである。
「願わくば……生き残ったと聞いている孫権さまに、今一度王座に君臨し、新たな呉を築き、守って行っていただきたいものだが……ふっ、身勝手な願いだな。自分で滅亡の原因を作っておいて……」
 呆れたようにため息をつくと、いつの間にか歩みが止まっていたことに気付いた周瑜は再び足を動かして歩き出す。
 目的地に行く途中……さまざまな場所を通って、周瑜は色々な思い出を頭の中に描いていた。まるで……少し気の早い走馬灯のように。
 茶席……孫尚香が、暇な時に訪れて茶を飲み、茶菓子をぱくついていた。
 書庫……ここは陸遜の縄張りだった。陸遜がまだ未熟だったころに、軍略のいろはを周瑜が叩きこんでやった場所も……ここだった。
 鍛練場……ここでは、甘寧が汗水流して日々鍛錬に励んでいた。たまに孫尚香が甘寧に稽古をつけてもらっていたが……加減を知らない甘寧に毎度たじたじにされていた。

 そして……言わずと知れた、『玉座の間』……

 ここでは……多くの時間を、孫権とともに過ごした。互いを磨き、軍議では火花を散らして議論した。まだ未熟だったころに、孫権を叱責したりもしたし……最近では、衝突が多くなって激論を交わすのもここだった。
 しかし……その次に、
(ふっ……今このときになって……思いだしているなんてね……)
 最後の最後に……周瑜は孫権に続いて……ある人物を、その玉座の間の玉座と重ね合わせて思い出していた。
 ……今まで思い出さなかったのが不思議なくらいの……1人の王を……。

「……雪蓮……」
789 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 03:58:30.83 ID:1U/RiEmE0
そのころ……
 呉・本城城門からずっと左側の壁にて

「姫路さん、君に決めた! 『はかいこうせん』だっ!」
「はいっ! 姫路瑞希……行きまーすっ!」

 キュボッ!!  ドゴオオオォォオン!!

 色々とツッコミが飛んできそうな今のやり取りは盛大にスルーさせていただいて、
 何も知らない人が見たらゴジラが放射能熱線でも吐いたんじゃないかと思う、姫路さんの召喚獣が放った最大出力の熱線は、僕らの眼前にあった城壁を消し飛ばし、大型バス2台が十分すれ違えるだけの大きさのトンネルを作り出した。
 ということで……
「ゴー、姉さん!」
「はいはい、せっかちですね、アキくんは」
 せっかちにもなるっつの、早くしないと周瑜死ぬもん。
 姉さんをせかして車を発進させ、僕、雄二、姫路さん、ムッツリーニ、蓮華、甘寧、小蓮、そして運転役の姉さんの総勢8人を乗せた車は、そのトンネルを通って城内にまんまと潜入成功した。
 そしてその後ろからは、護衛のために部隊を率いて僕らに合流した、翠、恋、霞の3人が馬で追いかけてくる。
 ちなみに……残りの天導衆、秀吉、霧島さん、工藤さん、美波は、指揮系統やら何やらの管理のために本陣に残ってもらった。頼むよ!
 よし……ここまでは順調だ! あとはさっさと周瑜を見つけてとっつかまえれば……
「……って! 周瑜がどこにいるかわかんないじゃん!」
「落ちつけ明久、そのためにこの人数連れてきたんだろ」
 面倒くさそうに言う雄二。どうやら何か考えがあるらしい。
 と……僕は後ろの席で、未だに蓮華が覚悟の決まらない顔でうつむいているのを見つけた。……陣地からずっとこう。まだ、周瑜に会うことを渋ってるみたいだ。
「いいのだろうか……私が……冥琳のところなどに行って……?」
「蓮華さま、もしご気分がすぐれないようでしたら、玲殿とともに『車』とやらで……」
「ダメ、蓮華も来るの」
「「…………っ!」」
 僕の言葉に……蓮華は不安そうな目で、甘寧はちょっと怒った目で見返してくる。あ……ごめん、ちょっとこわい、甘寧。
「でも……明久……。私には……冥琳に直接会って話すことなんて……」
 孫権は、沈んだ小さな声でそう聞いてくる。余裕がなくなったいるのだろうか? 口調も……地の女の子口調の方になってるし。
 でも……
「それでも、蓮華は一緒に来なきゃダメ。ちゃんと顔を合わせて話して……わかりあわなきゃ何も変わらないんだから」
「でも、それなら明久達が連れ帰ったところを、陣地で待っていてそれから……」
「いいえ、現地でお互いに適度な緊張感を持っていた方が、下手に心の準備などをして待っているよりも素直になれるものなんですよ? 人間というのは」
 お、姉さんナイスフォロー。珍しい。
 確かに……そう言われればそうかも。下手に時間置いちゃうと……人は色々と答えとか用意しちゃうもんだし。
 けど蓮華、まだ決めかねる様子で、
「でも……私は……」
「あーもぅ! いい、蓮華……?」
 そこで、

「事件は会議室……じゃなくて……事件は軍議室で起こってるんじゃない、現場で起こってるんだ!」

 ……何か違う気がしたけど……とりあえずノリと勢いで僕の口から飛び出したセリフがこれだった。えっと……なんかごめんなさい。
 ……うん、若干、まあ……使う場面とか、用語とかが違う気がしなくもないんだけど……まあ、でも、
「……そうね……。遠く離れた天幕でうんうん唸っていてもはじまらない、か……。わかった、私も行くわ、明久」
 納得してくれたみたいだからいいか。
 うんうん、人生万事塞翁が馬、結果オーライ!
 その様子を止まりで見てた雄二がため息をついたころ、僕らは城内の通路のうち、大きく開けた道に……城の大通りのところにさしかかった。お、もう着いたか。
 そして事前に穏からもらっていたこの城の見取り図を見て位置を確認し、蓮華たちに聞いてみた。ともかく、周瑜の居場所を特定しないと!
「ねえ蓮華、周瑜が行きそうなとこってわかる?」
「ここでなら死んでもいい、とか思うところだから……思い入れがあるところ、だな。心当たりあるか?」
 その問いに、蓮華は……
「となると……恐らくは、奥の庭園か、玉座の間だろうな……」
「え!? 2か所!?」
「ああ……庭園も、玉座の間も……彼女にとっては、我が姉・孫策と多くの時を過ごした思い出の場所だ……。恐らくそのどちらかだろうが……それ以上に絞ることはできん」
 ま、マジすか……。場所が絞れたのは収穫と言えば収穫だけど……ただでさえ時間ないのに、2か所……?
 女の子口調がいつの間にか元に戻ってるのも気にならないくらいにきつい状況……。
「そ、それにお姉ちゃん、その2つ……思いっきり逆方向なんだけど……」
「…………マジ?」
「……マジだ」
「しゃーねーな……2手に分かれるぞ」
 と、雄二が困ったように頭をかきながらそう言ってきた。
 なるほど……確かに、それしか方法はないな。戦力が分散しちゃうのは若干不安ではあるけど、もう今はとにかく時間がない。幸い、城には兵士の1人もいなくなってるみたいだし……。
 それに……こんなこと言いたかないけど、周瑜がどんな死に方を選ぶのか……ってのも意外とキーポイントの1つなんだ。切腹か……服毒か……あるいは火を放ったりとかも考えられる。そしてそれによっては……時間の猶予はさらになくなる。
 他のみんなも同じようなことを考えてるみたいで、険しい顔になっている。雄二はそれを、提案の承諾と独自に解釈して、
「なら行動開始だ。俺と孫権と翠と甘寧、それにムッツリーニで庭園に向かう。明久、お前は小蓮と恋と姫路を連れて玉座の間へ行け。玲さんはいつでも動けるように、エンジンをかけたままで広場で待機、霞は当初の予定通り、連れてきた部隊を率いて内部から門を突き崩せ!」
「「「応!」」」
「「「了解(です)!」」」
 さすがは雄二だ。それぞれのメンバーに、護衛や案内役を考えた上手い配分になってる。この一瞬でよくもまあ考えられるよ……。
 でも、今はその高速回転の頭に感謝しておこう、あと、僕と姫路さんを一緒のグループにしてくれたことにも。
 さて、それじゃあ……

「よし、行くぞテメーら! ミッションスタート!」

 雄二の掛け声を皮切りに(蓮華たちは横文字の意味がわかったかどうかは正直微妙であるが)、僕らはメンバーわけに従って散った。雄二たちは庭園を、僕らは玉座の間を、それぞれ蓮華と小蓮の案内を頼りに、全速力で目指して駆けていく。
 さて……これで周瑜との戦いも正真正銘のクライマックスだ! 絶対に……周瑜を助けてみせるぞっ!!

790 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 03:59:18.10 ID:1U/RiEmE0
孫呉編
第121話 バカとケジメと涙の本音
 本城城内 雄二サイド(雄二、翠、孫権、甘寧、ムッツリーニ)

「しっかし……広いなこの城! 自然公園2つ3つ入るんじゃねーか?」
「自然公園? 何だそれ?」
「国が運営して草木やら野鳥やら守ってるだけの退屈な公園だ!」
 翠の素朴な疑問にはそう返しておく。
 しかし……マジで広すぎだろ……幽州にある明久の城よりさらに……だ。ったく……お偉方ってのはどーしてこう無駄に広い家作りたがるのかね……。
 広い家を走り回るのは翔子の家で慣れてたつもりだったんだが(あの時はおもに逃走目的だったんだが)……この城、広い上に作りが必要以上に複雑だ。恐らくは敵の侵入・進行を防ぐためなんだろうが。
 一応孫権と甘寧が案内として先行してくれているし、どうやら近道らしいルート選んでショートカットできてるものの、そのせいでかえって複雑でわかりにくい道を通ることになってて、一瞬たりとも2人とはぐれるわけにはいかねえ……。
「…………ちなみに、最近の自然公園には森林浴目的の軽装の女性が多く訪れるから、意外と良質な撮影スポット」
 と、ムッツリーニが豆知識を披露。ほほぅ……そうなのか、今度行ってみよう。
 ともかく今は周瑜の庭園だ! さっさと行って自殺とめねーと!
「おい、まだ着かねーのか孫権!?」
「もうすぐそこだ! そこの扉を開けて……」
「ここだな!? おりゃあっ!!」

 どっかん

 翠が目の前に姿を現した扉を、その槍の一閃で破壊した。
 ……いや、普通に開ければよかったんじゃねーか……?
 そのツッコミはとりあえず心の中にしまっておくとして、翠に続いて扉の残骸を踏み越え、俺たちはその『庭園』に入り……

 入り……

 ……………………おい、何だこれ?
「も……森……!?」
 そこに広がっていたのは……本当に自然公園か何かかと思うような、あまりに広く……あまりに木やら何やらが多い…………森だった。
 ……おい、まさかとは思うが……
「よし、着いた!」
「「「『着いた』!?」」」
「このどこかにいるはずだ! 探してくれ!」
 奥行きが見えないほどの広さの森の奥の方を指さして……孫権はそうはっきりと言い切った。
 おいおい……マジか……!? ここから探すのかよ……!

                        ☆

 同城内 明久サイド(明久、小蓮、姫路、恋)

「明久、こっち!」
「こっちか! よし……って、行き止まりなんだけど……」
「え? 違った? じゃ、じゃあ……こっち!」
「しゃ、小蓮ちゃん!? 道がないですよっ!?」
「あ、あれ!? そ、そんな……どっちだったかな……」

 ……とまあ、僕たちは……案内役の小蓮の案内に従ってきて……余計に困っていた。
 ちょっと待ってよ! 自分の家でしょ!? 何で迷うのさ!?
「だってだって、こういう非常事態に備えて王族だけが知ってる隠し通路とか、私が時々抜け出して街にいくために使ってた抜け道とか、そういうの使った方が早いと思ったんだもん!」
「いや、その割には隠し通路全部うろ覚えだったし……」
「………罠、いっぱいあったし……」
「抜け道……全部ふさがれてましたよね……?」
 多分……正しく使えてれば早いんだろうけど……小蓮の場合、その案内で迷うわ、罠にかかるわ、行き止まりになってるわでさんざんだった。ていうか……ご自慢の抜け道、あっさり周瑜にばれてるじゃん。
 はー……小蓮は小蓮で一生懸命案内してくれてるんだから、こんなこと言いたくないけど……蓮華か甘寧こっちに回してもらえばよかった……。
「でも……ここまでわからないとなると、普通に地図通りに行った方が早いんじゃないでしょうか……?」
「それがいいかもね。幸い、今の位置はわかるし……」
「でもでも、今から走ったんじゃ間に合わなくなっちゃうよ! やっぱり隠し通路を使わないと……」
 だからそれに失敗してありえないタイムロスしたんでしょうが!!
 ともかくだ、話してる時間ももったいないから、さっさと地図通りに……
791 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 04:00:52.84 ID:1U/RiEmE0
「………におう」
「「「え?」」」
 と、いきなり恋。……え、何? 『におう』?
「あの……恋さん? 『におう』って何が……」
「………焦げ臭い」
 焦げ臭い……? それってもしかして……
「「「火!?」」」
 恋の証言から、最悪のシナリオが頭に浮かぶ。まさか周瑜……火つけた!?
 やばい……やばすぎる……! この城、土造りや石造りの部分も多いけど……主には木造だ。火なんかつけられたら……あっという間に燃え広がる! これじゃ周瑜助けるどころか、早く逃げないと僕らも死ぬ!
 ていうか……多分玉座の間にいる(かもしれない)周瑜がつけたんだろうけど……だとしたら周瑜が死ぬまでもう時間がない! 炎が玉座の間を焼きつくす前に助けないと!
 こうなったら……最後の手段だ!
「えっと……玉座の間はこっちの方角だよね?」
「え?」
 姫路さんが見取り図をのぞき込み……周りの作りとそれを見比べる。そして、僕が指差している方角を見て……
「そう……ですね。直線方向的には、この階のその方向であってます」
「でも……どうするの明久、そこには隠し通路はないよ?」
 いや、隠し通路はもういいから。あっても使わないし。
 ともかく……普通に道筋通りに行ったら間に合わないんだ、これしかない!
「姫路さん!」
「はっ、はい!?」
「ビームでこの方向の壁全部ブチ抜いて! こっから直で玉座の間行くよ!」

                       ☆

 自らが火を放った、そして徐々にそれが燃え広がりつつある玉座の間。その中央部……玉座を眼前に見ることができるその位置で、周瑜は静かにたたずんでいた。
 このままここにいれば……この部屋もろとも彼女は炎に焼きつくされることになる。
 しかし……彼女は動こうとはしない。それが……彼女の理由だからだ。
「このまま、炎が私の体を焼きつくしたら……雪蓮、私はあなたのもとへ行けるかしら……?」
 じりじりと迫って来る熱気に包まれて……周瑜は昔のことを思い出していた。
「……あのころがなつかしいわね……何も怖いものなどなかった、あの頃が……」
 その脳裏に……若き日の戦友との日々がよみがえる。

792 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 04:01:30.37 ID:1U/RiEmE0
そう……それは今から12年ほども前のこと……

「はぁ? 天下ぁ?」
「そう、私の夢なの! お母様の後を継いで、天下に打って出るの、冥琳と一緒にね!」
 書庫帰りの周瑜を捕まえてそう嬉々として語る孫策は……いつもながらのハイテンションだった。
 孫権に似た、しかし長い髪とそのテンションで区別をつけられる容貌の彼女は、楽しそうに周瑜に腕をからませている。
「そして、冥琳と一緒に天下を取るの! そして、平和になった世界で、みんなで仲良く暮らすの! 私や冥琳、大喬ちゃんに小喬ちゃん、蓮華に小蓮、思春に穏、みーんなみんな……」
「ちょっとちょっと! ちょっと待って一回!」
 苦笑しながら、周瑜は一旦そのマシンガントークにストップをかける。
「あのねえ……、天下とか何とかさらっと言うけど、そんな簡単にできることじゃないんだからね?」
「え? そう?」
 その目はピュアそのものである。
 付き合いの長い周瑜である。その声のトーンから、孫策が今、天気の話でもするかのように言った『天下取るよー!』という大口が、正真正銘本気だということに簡単に気付き、ため息をついた。
「大丈夫よ〜! 冥琳はすごい女の子なんだから!」
(なんか……何言ってもわからなそうね……)
「? どうしたの? 何言っても聞かない子供見る保母さんみたいな目になって」
 大体そんな感じよ、とは周瑜は言えなかった。子供どころか、いい大人だと言うのだから余計にタチが悪い。
 そんなことはつゆ知らずの孫策は、相変わらずのピュアな瞳で続けた。
「冥琳の知謀があれば、天下なんて緒ちょいのちょいでしょ?」
 周瑜はまだ何か言いたそうにしたが……ふっ、と小さく笑って、
「仕方ないわね……いいわ、手伝ってあげる。あなたひとりじゃ……天下なんて夢のまた夢なんだものね」
 そう、孫策が一番聞きたかった答えを返した。その時の孫策の笑みは……周瑜にとって、一生忘れることのないものだった。
 孫策は、一層強くその腕を抱くと、
「一緒に頑張ろーね、冥琳!」

                       ☆

(……今思えば……あの時から私たちの夢は始まったのね……)
 徐々に思い出の中に沈んで由来でいた感覚が戻り、周瑜の肌にじりじりとあたる熱気が、玉座の間に充満する炎が迫ってきているのがわかった。
 ……その炎が、あと数分もせずに自分に届くであろうことも。
(ひどいじゃない……『一緒に』なんて言っておきながら……私をおいていってしまうなんて……)
 それでも……周瑜は閉じたままの目を開けようとはしない。まるで……まぶたの裏に焼きついた、その在りし日の残像が消えるのを惜しむかのように……。
「雪蓮……私は後悔していないわ……。ほんの少しの間でも、あなたと同じ夢を見て、あなたの歩んでいたそれと同じ道を歩んでいけたんだから……」
 周瑜はふっ、と笑ってしまった。
「ひどい話よね……自己満足のために、あなたの守ってきた国を壊して……あなたの妹たちを捕らわれの身にして……あなたに土産話の1つもろくにできないんだもの。こんな愚かな私を……あなたは受け入れてくれるのかしら……?」
 答えを求めるかのように……周瑜は開けるのを渋っていた目を開いた。……まぶたの裏に残った孫策の残像が消えるのを惜しみながら……。

「……………………?」

 ………………消えない。
793 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 04:02:11.17 ID:1U/RiEmE0
 目を開いても……その孫策の姿は、消えることはなかった。
「…………ぁ………………」
 はっきりと見開かれた周瑜の目には……玉座に座り、自分のことを見下ろしている……孫策の姿が映っていた。どれだけ目を見開いても……消えることなく、あまりにもリアルなその姿に……周瑜は硬直した。
「見える……雪蓮…………あなたが…………」
 周瑜の目からはいつの間にか涙があふれ、頬を伝って流れていた。そんなことを気にすることもなく……周瑜は瞬きすらも忘れてその姿に食らいついていた。
 この孫策が、死が迫った周瑜に見えた亡霊なのか、周瑜の想念が作り出した幻覚なのかは分からない。しかし……周瑜にはもうどうでもよかった。
 ただひたすらに……孫策がその姿を見せてくれたことが嬉しかった。
「もう……私に悔いはないわ……。最後の最後に……こうしてあなたに会えたんだもの……こんなに幸せなことってないわ……!」
 火が迫り、流したそばから涙が蒸発するほどの熱気が充満しても……周瑜はその幻影を見続けた。まるで、その場には自分と孫策の2人しか存在しないかのように……。自分の心を……体を……命を……全てそれにゆだねるかのように……。
「今から……あなたの所へ行くわ……。それがきっと、私の運命だから……私の……」

 その時、


『ダウトオオオォォォォオ――――――ッ!!!』


 ドゴオオォォォン!!!


「!!?」
 背後から響く突然の轟音。そして一瞬遅れて……その背中に、明らかにこの玉座の間の熱された空気とは異質な、強烈な涼しさが吹き付ける。
 驚く周瑜が振り返ると……その目に、今しがた吹き飛ばされた木造の扉と……
 …………会ったことのない……1人の男がいた。

「や……や……やっと着いた! てか……熱!」

                       ☆

 ギャグ漫画でよく見る、壁やら障害物やらをぶっ壊しながらの直線全力疾走。その後にできる、一直線上にできる壁の穴の数々。
 それらより幾分整った感じの数々の穴を通り抜けて……その先にあった扉を、今度は中の周瑜に当たるといけないから僕の召喚獣の打撃で破壊して侵入した。
 そしてそこにいたのは……
 ……見覚えのある、色黒にメガネ、黒髪の女性だった。
 突然燃え盛る部屋の中に飛び込んできた僕を見て、あっけにとられているのがよくわかる。冷静さ、冷徹さが似合うんであろう彼女……周瑜には、悪いけど似合っていない表情だ。
「っていうか熱っ! この部屋マジ熱っ!」
 そりゃそうだ、だって燃えてるもん! まるでオーブントースターだよこれは!
 周瑜の後ろには……防災ビデオとかでしか見たことない大きさの火柱が上がって、そこら中を焼いている。あ……危ない……本当にギリギリだったんだ……。
 と、扉から流れ込んできているはずの冷気にあてられて若干頭がさえたんだろうか、周瑜ははっとした様子で僕の方を見て言った。
「だ……誰だお前は……?」
 え? ……ああ、そういやそうだ、僕ら……厳密には初対面なんだっけ。
 首脳会談にはもっぱら蓮華や穏が出てきてたし……僕自身、彼女の姿をついさっきの口上で初めて見たんだ。当然の反応だろう。
 えっと、自己紹介したいけど……どう考えてもしてる場合じゃないよねコレ……?
 と、僕の後ろから、

「あーっ! 冥琳いたーっ!」
「……っ!? しゃ……小蓮様!?」

 燃え盛る炎に全くひるむことなく、小蓮は僕の目の前に躍り出るなり……目の前の人物を指差してそう叫んだ。
 一方、周瑜は周瑜でこの状況に驚いている。そりゃまあ……死のうとしてたところにいきなりこんな乱入されて、しかも小蓮が出てきてるんだし……そりゃまあ、驚くよね。
「何だ……一体これは……!? 夢なのか……!?」
「いや夢じゃないから! 現実だから!」
 逃避しないで! その誤解を解く時間がもったいない!
「どういうことだ……夢でないのならこの状況は一体……そもそも、お前は一体誰だ!?」
「冥琳! そんなことはどうでもいいから、早くシャオ達と一緒に逃げよう!」
「逃げ……?」
 無理ないけど……周瑜、状況が飲み込めてない。まあ、そんなに長くパニックが続くとも思わないけど、今は1分1秒が惜しいから、迅速に行動を!
「あ、明久君!? 大丈夫ですか!? 周瑜さんは!?」
「あ、うん、大丈夫みたい! そうだ姫路さん、このこと一応雄二に連絡入れといて! 周瑜いた、って!」
「あ、はい、わかりました!」
 この会話に……周瑜が反応した。
「『明久』だと……? その名前に……その妙な服……まさか貴様、天導衆の……!?」
「わかってもらえたんなら早く! ここいると死ぬから!」
 どうやら自己紹介の手間が省けたらしい。結果オーライ……って言ってる時間もないんだった。状況が分かったんなら早く逃げないと!
 周瑜に『こっちへ!』という合図もこめて手を差し伸べようとして、

 ジャキン!
794 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 04:03:39.92 ID:1U/RiEmE0
「来るな!」
「「は!?」」
 思わず僕と小蓮の声がそろう。いや、周瑜さん!? 何でここでそんなナイフなんか持ち出しなさるんですか!?
 どっから取り出したのか、刃渡りが文化包丁くらいある長めのナイフを準手に構えた周瑜は、威嚇するようにその切っ先を僕と小蓮に向ける。
「……一度だけ言う。今すぐにここを去れ、吉井明久」
 その声は……さっきまでのパニックが感じられない……冷徹なものになっていた。どうやら完全に状況を理解し、なおかつ落ち着きを取り戻したらしい。
 そして……自分の目的をも。僕らにとってあんまりいい状況ではない。
「ちょっ……何言ってるの冥琳!? ここにいたら死んじゃうよ! シャオ達は助けに来たんだから……あ、明久なら大丈夫だよ! 何もひどいことしないから……」
「でしょうね。文月の吉井は……甘い男だと聞いています」
 周瑜の態度にショックを受けた様子の小蓮の言葉にも、周瑜はいささかの反応もしめさない。
「じゃ、じゃあ早く逃げようよ! わかってるでしょ!? ここにいたら死……」
「そういうわけにはいきません、小蓮様」
 小蓮のセリフを遮り、冷たくはねのける形で周瑜は言った。
「な、何で!?」
「……もう、ご存知なのでしょう? 私が……あなた方をだまし、利用し……裏切ったことを……」
「……! やっぱり……あの報告、冥琳が……?」
 小蓮のその言葉に、周瑜は少しだけ動揺したように見えた。
 報告……例の『文月が攻めてきた』っていう、この戦いのGOサインになった報告のことだろう。今更、って感じはするけど、罪の意識か何かだろうか。
 その動揺もすぐに引っこんで、
「ええ……私は、あなた方に嘘の情報を流して、文月と戦わせた……。そして、それに乗じて謀反を起こし、呉を乗っ取り……文月と戦った……。蓮華さまに小蓮様、穏に思春を見捨て……敵の捕虜とまでして……その罪は、償わなければなりません」
「よく言うよ、勝ったらそんなつもりなかったくせに」
「……口をはさむな、吉井明久」
 あ、僕に対してはやっぱりというか、冷たいんだ?
「……お前の言うとおりだ。私はこの戦いに勝って文月を併呑し……天下の全てを呉の旗の下に統一するつもりだった。私と……雪蓮の、戦友の悲願のために……」
「雪姉(しぇねえ)の……?」
 雪蓮……確か、蓮華が前に言ってた……2人の姉、孫家の長女の名前だ。そして……周瑜の親友の名前。
 そうか……やっぱりこの戦い、その雪蓮さんのために起こしたものだったんだな……。
 蓮華のお母さん(孫堅……っつったかな?)が起こしたこの呉の国を、そのお母さんから受け継いで守って、戦って大きくしてきた……っていう、蓮華の姉、孫策。たしか……だいぶ前に戦で戦死したって聞いた。そのせいもあって、妹の蓮華が若くして王位を継いだ、とも。
 周瑜にしてみれば……孫呉による天下統一は、孫呉建国以来の悲願。それを……僕なんていうよくわからない新参者のせいで邪魔されるのは、しかも蓮華がそれを受け入れちゃったのが我慢ならなかったんだろう。周瑜にとっての孫家の夢は……かつて孫策と誓い合った、天下統一ただ一つだったはずだから。
 その孫策さんがどんな人だったのか、孫策と周瑜がどれだけ仲が良かったのか、残念なことに、僕はそれを知らない。
 それでも……今、周瑜が僕の目の前にさらしてるこの悲しげな顔を見てれば……すごく仲が良かったんだろうな……ってことはわかる。
 何せ……供養のために戦争起こすくらいだもんね……。その妹たちや、自分の部下を裏切ってまで……。
 そして周瑜は……無論勝つつもりだったんだろうけど……そうできなかった場合の覚悟もできてたんだ。国を、蓮華を、小蓮を裏切った自分が……もうこれ以上生きているべきではないって、そう思ってるんだ。
 だから……この状況(超セルフの火葬場)を作り出した……と。そして今まさに、周瑜はけじめをつけようとしている。負けた以上は……潔く、その命で。
「大陸の統一も……完成した呉も……吉井、お前の首も……雪蓮に捧げるつもりでいた……。しかし……もはやそれも叶わない……ならば最後くらいは、私は潔くこの世を去ろう……」
「だめだよ冥琳! そんな、死ぬなんてダメ! せっかく助けに来たのに……」
「では……とんだ無駄足になってしまいましたね、小蓮様……」
 涙目の小蓮に、周瑜がかけた言葉は冷たかった。それも……恐らくは小蓮をここから逃がすためのものなんだろうけど。できれば……そうであってほしい。そう信じたい。
「このような大事を起こし……国を滅ぼし……あなた方を裏切った……。私には最早戻る場所などありませんし……仮にあったとしても、あなた方に、そして雪蓮に向ける顔がない……。ですから……吉井の陣に行って捕虜となることも、それ以外のいかなる方法で生き残ることもできません。これが……私の役目ですから……」
 そう言い終えると……周瑜は、すっとその手を、構えていたナイフを下ろした。
「吉井……今一度頼む。小蓮様を連れて……早々にここを離れろ。さもなくば……お前たちも巻き添えになってしまうだろう」
795 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 04:04:37.38 ID:1U/RiEmE0
そう、周瑜は……今度はどこか真摯な雰囲気をまとわせて僕に言ってきた。
 彼女なりの、小蓮への最後の思いだろう。自分の思惑で捕虜にしておいて、こんな所で自分と心中させるなんてのはあまりにも忍びない。だから……仇敵であるはずの僕に頼んででも、この場から逃がしてほしい……ってことか。
 そしてあくまで……自分は、助かるつもりはない……と。
 気づけば……小蓮はぽろぽろと涙を流している。何と言われようと……裏切られようと……小蓮にとって周瑜は大切な存在なんだ。今のこの状況を……いくら大人びているからって、小蓮がそのまま耐えられるはずがない。
 でも……周瑜の意見はやはり変わらず、
「今すぐわかってくださいとは言いません、小蓮様……。ですが……今はお逃げください。いつかきっと……わかっていただける時が来ます……」
「そんな……そんな……」
「そして、願わくば……蓮華さまに……穏達に……お伝えください。不忠の家臣で……申し訳ありませんでした……と……。私はこれから……雪蓮のもとに行きますゆえ……」
 そして……小蓮から視線を外し、僕に戻す。
「吉井……この周公謹、最後の……後生の頼みだ……。小蓮様を頼む。そしてできるならば……蓮華さまや穏達を……どうか、よくしてやってくれ……全ての責任は……私にあるのだから……」
 懇願するような、周瑜の頼み。
 この状況下で、そしてこれから先……蓮華たちを助けてやれるのは、僕だけなんだ。当然だろう。最後の最後に……小蓮たちに対して忠義でも通したいのか……。
 そして、自分はここで死ぬ……それが、自分の死にざまであり……生き様である……そう、決定づけてるわけだ……。小蓮にもそう言ってたし……。
 どこをついても変わることの無さそうな、周瑜の、見方によって滑稽とも高潔とも映る姿勢。

 1人の武人としてのそれを間近で目の当たりにして……僕は……


「却下!!」

……………………すっっっっっごく、腹が立った。



「………………は?」
「ほぇ?」
 と、予想外にも程があるであろう答えに……小蓮と周瑜の素っ頓狂な声が聞こえた。
「よ……吉井? 一体何を言って……」
「『何言ってんの』ってこっちのセリフだっての! あんたこそ何言ってんのさ!? バカ!?」
「は!?」
 どうやら僕の言ってることの意味を測りかねるらしい。周瑜は変わらず、不思議そうな目で見返してくる。
 ……あーもぅ! 武将ってどいつもこいつもどーしてこう妙ちきりんな考え方する奴ばっかりなんだろ!? いつものことだけど全ッ然わかんないよッ!!
「あ、明久……?」
「小蓮は黙ってて!」
 恐る恐る聞き返してくる小蓮にくぎを刺し、僕は周瑜に向き直る。
「周瑜さん、あんた何にもわかってないよ! 小蓮より、よっぽど!」
「な……どういう意味だ!?」
「どうもこうもっ!」
 ついつい語気が荒くなる。頭に血が上る。こんなこと……もしかしたら、Dクラスとの試召戦争で清水さんと一騎打ちをして以来かもしれない。
「小蓮がどんな気持ちでここまで来たかわかってんの!? 蓮華や甘寧がどんな気持ちで走り回ってあんたを探してるか……穏が、二喬ちゃんがどんな気持ちで待ってくれてるか……あんた何一つわかってないんだよ!」
 僕にだって……わかるとは言えない。でも……考えるまでもないくらい真剣で、必至だ……ってことくらいわかる。……僕にだってわかるそれを、一番近くにいたはずのこの人がわからないなんて、わかろうともしないなんて、大問題だろ!
「こんな炎の中で、そんなことかまわずここまで助けに来たんだよ!? こんなまだ小さな小蓮が! それなのにあんた、何も聞かずに会うなり帰れだのほっとけだの言うし、挙句の果てに、その必死で助けに来てくれた小蓮に向かって自殺宣言!? 『これが私の役目』!? ちっちゃい子に何ろくでもないこと言って聞かせてんだよバカ!!」
「……だが! 私はこれでも一角の武人で……」
「武人もヘッタクレもない! あんたが自分のことをどう考えてるのかなんて知ったこっちゃないよ! けじめとか誇りとかそういうの知らないけど……少なくとも小蓮や蓮華は、そんな理由であんたがいなくなるなんてことはこれっぽっちも望んじゃいないんだ!!」
 2人にとって……いや、穏達にとっても……周瑜はそういう武人とか上官とか、そういう垣根を越えて大切な存在だったはずだ。だからこそ、こうして必死になって助けようと頑張ってるし……周瑜が、この人が裏切ったって聞いた時……怒りよりも悲しみが先に出てきたんだ!
 そんなこともわからないなんて……わからないまま死ぬなんて……おてんとさまが許してもこの吉井明久が許さない!!
796 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 04:06:22.95 ID:1U/RiEmE0
「断言してあげるよ周瑜! 今のあんたは……その孫策っていう友達さんに顔向けできるほど立派じゃない! 自分のことを好きになってくれてる人に背を向けて死ぬなんてことをする奴はね! あんたは、誇りを貫き通そうとしてるわけでも、何かを守ろうとしてるわけでもない! ただ無責任に……逃げてるだけだ!」
「わ……私は……」
「はっ! バカには何言ってもわかんないかな!? 全くもう……僕にバカって言われるなんてどんだけバカなんだろうねあんたは。この分だと……バカなあんたがそこまで崇拝してるその孫策って人も、あんたににて考えなしのバカなのかな?」
(明久!?)
 と、僕のこのセリフに……周瑜の顔が変わった。
 今までの追い詰められて何を言っていいかわからない表情から一転……冷静な表情が似合うその顔からはおおよそ想像できない、憤怒の形相へシフトした。
「貴様! それ以上我が戦友を……雪蓮を侮辱するようなら……許さんぞ!」
「何? どうするっての?」
「口を閉じろ! さもなくばお前を道連れに……いやいっそ、お前から先にあの世に送ってくれる……!」
「……じゃあ、そうしなよ」
「何!?」
「え!?」
 周瑜と小蓮の驚きの声が耳に残る。
 ……なるほどね……この辺にまだ、人間臭さが残ってたか。よかったよ、心の底まで武人とかそういうよくわからない観念に浸食されてはいないみたいで。
「そのかわり……僕、全力で逃げるよ? 城の外とか、平原とか、幽州とか……僕を[ピーーー]んなら、追いかけてくるんだね。ここから出て……さ」
「何を……言っている?」
「よかったじゃない、もうちょっと生きる理由ができてさ」
「!」
 僕の考えを理解したのか……周瑜は驚きに目を見開いた。
 ホントは……こんなことする必要ないんだ。人が生きる理由なんて……『もっと生きたい』って、それだけでいいんだから。月と詠の時も、そうだった。
 他にも……周瑜は、いっぱい生きる理由を持ってる。今回の責任追及もそうだけど……蓮華や小蓮に必要とされてること……甘寧や穏が会いたがってること……自分で人質に選出した、大喬ちゃんと小喬ちゃんをまだ取り戻してないこと……。後は今の、孫策さんを悪く言った僕を[ピーーー]ことでもいい。や、殺されたくはないけど。
「償いって言ったって、そんなの結果的には逃げることにしかならないって言ってんの! 僕はそういうの一番嫌いなんだ! 償いとか誇りとか……何でもいいからとりあえず生き残ってから考えろ! ちょうどいい理由もできたんだから!」
「バカを言うな! 私に今更世に戻る資格など……生きる資格などない!」
「死ぬ資格はもっとないだろ! 小蓮を、蓮華を、穏を、二喬ちゃんを悲しませたまま死ぬなんて、僕も甘寧も絶対に許さない! 何よりその孫策って人が許さないだろ!!」
「……ッッ!?」
「役目とか誇りとか……ケジメならきっちり自分の手でつけてからそういうこと言え! そんなボロボロ泣いてまでカッコつけようとして……今までずっと無理してきたんだろ!? いくらみっともなくたって、いくらカッコ悪くなったって……そんな悲しい顔して死ぬぐらいなら、最後ぐらい自分に素直になって、大恥かいてでも笑って生きてみろ!!」
 おそらく……自分でも気づいていなかっただろう……。周瑜のその目から……小蓮に負けないくらいの大粒の涙が流れていることに……。
 そんな顔で誇りだの何だの言われたって……悪いけど説得力無い。
 今、僕の前にいるのは……冷酷非情な氷の軍師でも、国を、君主を裏切った非道の暴君でもない。ただの……素直になれない女の子だ。
 最早……声を出す気力もそげ落ちてしまったように見える周瑜の手は……力なく体側に垂れている。恐らく、僕から指摘されて初めて、自分で抑圧していた本心に気付いたんだろう……混乱するのも無理はない。
 でも……それでいい。落ちつくのは……混乱して、葛藤して、さんざん悩んだ後だ。それが……普通の人間なんだ。
797 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 04:06:49.25 ID:1U/RiEmE0
と、
「……も…………」
 周瑜が、蚊が鳴くような声でぽつりとつぶやく。
「それでも……私には……」
「…………冥琳……?」
「私には、蓮華さまと同じ世を生きる資格はないっ!」
 言うが早いか、周瑜は体側に垂れていた刃物持ちの手を振り上げ、ナイフを……自分の喉に向けた。なっ……コイツ……!!
「冥琳!!」
 その光景に、小蓮が悲鳴を上げる。
「さようなら……小蓮様……蓮華さま……っ!!」


 あーもー……このバカは最後まで世話が焼ける!!


「あ、蓮華だ」
「何!?」


 と、僕が唐突に言ったその言葉に周瑜は過敏に反応し、僕の指が示した明後日の方向を向く。追い詰められているせいか、反応がすごく早い。そこには……

 ……………………何もなかった。

「…………は?」

 周瑜、硬直。

「今だ恋!」
「何!?」
「(ひゅん)………隙あり」

 ごん!

「ごはっ……!?」
 と、僕の合図とともに恐ろしい速度で飛びだした恋は、その得物『方天画戟』の腹(刃でも峰(みね)でもない真ん中の部分)で周瑜の脳天を強打。
 命中の瞬間、コントのタライ落としのような結構響くいい音がして……

「ひ……卑怯な……(ガクッ)」

 周瑜、あえなくKO。
 卑怯……ね。卑怯でも外道でも、僕のことは何とでもご自由にどうぞ。
 ……あんたに死なれて蓮華たちに泣かれるより、1000倍マシってもんだ。
 さて……と、
「あ、明久……」
「小蓮、ここはひとまず逃げよう! もうこの部屋もたない!」
 既に炎が部屋全体に燃え広がっている玉座の間。ここも……時期に炎が来るはずだ。いや……もしかしたら、天井や壁が瓦解するのが先かもしれない。っていうか熱い! 今の今まで何か雰囲気で気になってなかったけどここメチャクチャ熱い!
「明久君! こっちです!」
 あ、姫路さん、離れててくれたみたいで、この暑さの影響をあまり受けてないみたいだ、よかったよかった。それに……ああ、熱線で一足先に出口まで作ってくれてたみたいだ。これは助かる!
「恋! 周瑜持って! 速攻でここから出るよ!」
「……わかった」
 恋はうなずくと、ひょい、とその体を抱えて肩に担ぐ。さすがは貂蝉に次ぐ怪力。
 こうして……紆余曲折の末に僕らは周瑜の救出に成功し、多いそぎでその場を後にした。さぁとっとと逃げよう! 生きて城から出るまでがミッションなんだ!


798 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 04:07:38.05 ID:1U/RiEmE0
孫呉編
第122話 黒幕と飛び降りと人身事故

 時は少しさかのぼり、明久達が玉座の間で周瑜を発見したその頃、である。

「何、冥琳が!?」
「ああ、明久達が見つけたってよ」

 連絡用に全員に渡しておいたトランシーバーで召集をかけ、俺は今し方姫路から入った『周瑜発見』の報告をメンバーに伝えた。
 なるほどな……玉座の間の方だったか……つまりこっちはハズレだったわけだ。まあ無駄足は無駄足だが、到着してそんなに経たない内に報告が入ってくれたことが不幸中の幸いだろう。
「見つかったのだな!? ならば、我々も急いでそこに……」
「いや、それはダメだ。俺達はもう逃げる」
「なっ……!?」
 孫権が驚いたような表情になる。おそらく、自分も周瑜の救出に加わるつもりでいた……いや、ただ単に周瑜に会いたかったんだろう。提案を一蹴されたことに対して、動揺を隠せていない。
 しかし……今から俺達が向かったところで、間に合わないだろう。何せ玉座の間は、広場をはさんでここから反対方向だ。仮に今から走ったと仮定しても、俺達が到着する頃にはそこにあるのは炭と灰と瓦礫の山だけだろう。出来立てホヤホヤの木炭以外に何か得るものがあるとも思えない。
 第一、周瑜ならとっくに明久達が助け出してその場から逃げてるはずだ。そうなる以上、俺達が今からそこに駆けつけるのは、言い方は悪いが無駄でしかないだろう。
 そう説明すると、どうやら孫権も渋々ながら納得してくれたようだ。
「……わかった、戻ろう」
「よし、じゃあ帰り道の案内も頼めるか?」
「わかった、ついてこい」
 そう言って、甘寧が先行して駆け出した。納得はしたものの、未だに動くのを渋っている孫権を急かす意味もあるのだろう。俺達も続いて走りだそうとしたその時、

『……雄二、電話。……雄二、電話』

 携帯を空の彼方に放り投げたくなるような恐怖の着ボイスが鳴り響いた。
「「「!?」」」
 驚いた皆が、声のする方……俺の懐に目を向ける。つーかあのバカまたやりやがったな!? 
 せっかくこの間修正してロックしてパスワード変更までして守ってたってのに、もうかよ! 翔子のヤロォ……どこまで俺を追い込めば気が済むんだ!? 何だって俺は着信がある度に幼なじみにそれを教えてもらわなきゃならんのだ!?
 パスワード変更のスパンを一日置きにしようかと思い悩みつつも、一応電話は電話なので出てみる。ったく……これで大した用がなかったらこの先着信拒否も考えるか……。
「(ピッ)俺だ。何か用か?」
 無かったら許さん。
『……雄二、本陣からそっちを見てたんだけど……』
 と、電話に出た翔子の声のトーンは、どうやらあの気味の悪くなるラブコールとは違うようだが……。
「どうした? 敵軍が全面降伏でもしたか? まあ、周瑜の出方からはそうするかもとは……」
『……それはまだ。でも……』
 と、俺のセリフを遮る形にして、翔子はその『報告』を俺に伝えた。
『実は、今……』
「………………何だと!?」
 その内容に……俺は耳を疑った。
 まさか、そんなにも都合よく……!? いや……だが翔子が今そんな嘘をつく理由は特に……だとするとこれは……
799 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 04:09:00.93 ID:1U/RiEmE0
「……わかった、行ってみる」
『……気をつけて』
「おい、坂本雄二、何かあったのか?」
 翔子との通話が終わると同時に、気になったらしい甘寧がそう訪ねてくる。俺は、携帯電話を折り畳んでポケットにしまった後で、
「……甘寧、ちょっと聞きたいことがあるんだが?」
「? 何だ?」
「ここから……城壁の上に行ける階段とか、ハシゴみたいなのあるか?」
「? あるにはあるが……」
「そうか……じゃ、行くぞ」
「「「え!?」」」
 全員が声を揃えて聞き返す。
「さ、坂本!? 何を言って……逃げるのではなかったのか!?」
 ああ、そのつもりだったんだが……
「予定変更だ、今から……」
 そこで俺は一拍入れて、

「……黒幕に会いにいく」

                       ☆

「あ、明久君ダメですっ! こっちももう燃えてますっ!」
「ぅええっ!? そんな!」
 あーまた行き止まりなのかっ! これじゃロクに逃げられやしない!
 今になって思い出す。そうそう、小学校の頃の避難訓練で、『火事の時は窓を開けるな』って習ったっけな……。たしか、窓を開けるとそこから酸素が入ってきて余計に火が燃えるから……。
 見てごらん、これがその結果だよ?
 灼熱の火葬場と化していた玉座の間に、僕らは(鍵がかかっていたので)扉を破壊して侵入した。そのせいで酸素が大量に玉座の間に流入、一気に火が燃え広がって、瞬く間に城の半分ほどを包んでしまった。
 姫路さんがせっかく作ってくれた抜け道も、そのせいで途中から使えなくなってしまった。そのため、僕らは現在見取り図を頼りに城を脱出せんと走り回っているわけだけど……火の回りが思ったよりずっと早くて、逃げ道がほとんどなくなってる。
 今からまた姫路さんの熱戦で壁を貫いて……っていうのも考えたんだけど、火のせいであちらこちらの耐久性が弱くなってて危険だ。下手に穴を開けたりしたら、天井やら床やら崩れ落ちかねない。なので、むやみやたらと壊せない。
 でも……そろそろ道そのものが無くなってきてるような気が……。ま、まずい……このままだと逃げられなくなる……!
 あと行けるのは……目の前で分岐してる2つの道。1つは階段に続く道だけど……隣接する3つの部屋が既に燃えてて、途中で立ち往生する可能性大。ハッキリ言って……ハイリスクが過ぎる。
 で、もう1つは……普通に行き止まりの道。ただし、さっきの道と違って……窓がある。そして……ここは2階だ。
 よし……決めた。階段があるとしても、左に行くのは危険すぎる。だとしたらもうこれしかないだろっ! ……とまあここまで思考0.3秒。
「よし!行くぞみんなっ!」
「あ、明久君!?」
「ちょ……明久!? そっち行き止まりだよ!? 窓しか……」
 慌てる姫路さんと小蓮。説明したいけど、この結論に至った経緯まで説明してるほど時間無いので、簡潔に……
「その窓から飛び降りる!」
「「えぇえっ!?」」

所変わって、呉の本城、城壁の上。そこには……白装束と眼鏡が特徴的な、1人の男が立っていた。
「ふむ、これで呉までもが終焉を迎えましたか……天下の美周郎がたかが高校生を相手に、情けないものですねぇ……」
「こらまた無責任なのがいたもんだな、けしかけといてのん気に批評かよ」
「おや……?」
 と、背後から狙って放たれた俺のぶっきらぼうなセリフに、その白装束の男は、それを受けてかゆっくりと振り向く。
 その視界には……並んで立っている俺と孫権が入ったはずだ。そして逆に……俺と孫権の視界には、今まで背を向けていたそいつの顔が入ってきた。
 ……やっぱりな、翔子の連絡が入ったときはまさかと思ったが……明らかに見覚えのある顔だ。この戦場に来る前の軍議で、ムッツリーニの斥候が撮ってきたフォトに映っていた男……。そう、名はたしか……
「貴様……『于吉』だな?」
「おや……私のことなどご存知で? これは恐縮ですね」
 と、孫権の威圧するような口調のセリフにもさして反応せず、その男……于吉は笑う。
「そういうあなた方は……どちら様でしょうか?」
「下手な芝居はやめろ。名乗る必要なんざねーだろうが」
「やれやれ……ノリの悪い」
 テメェに合わせる気はねェんでな。
 そもそもコイツが俺達の顔を知らねーはずがねえ。片や何度も殺そうと狙った異分子、片や今回利用した哀れな若き国王だ。俺がふいに声をかけたときも驚いた様子はなかったし……どうせ気付いてたんだろうが。
800 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 04:09:44.63 ID:1U/RiEmE0
「鋭すぎる相手というのも、からかいがいがありませんね」
「そりゃ失礼、だがな、俺に茶目っ気を期待するだけムダってもんだ」
「ふ、違いない……さすがは『悪鬼羅刹』……あぁ、若干呼び方が古かったですか?」
 ……コイツ……
 と、
「わけのわからん雑談はそこまでだ!」
 業を煮やしたらしい孫権が、腰の剣を引き抜いて割り込んできた。
「その舌が動く内に答えてもらおう! 貴様は何者だ!? 冥琳をそそのかし、呉と文月を戦わせたのはお前か!?」
 宝剣を手に凄む孫権には、それなりの迫力がある。だがこのスマシ面、それにも怯む様子は皆無だ。
「ふふっ……そんなに殺気立たなくともお答えしますよ。事態がここまできた以上、隠しておくことでもない」
 そしてその男……于吉は、わざとらしく眼鏡を直すと、
「私は于吉(うきつ)……夢と現(うつつ)の間を漂う哀れな人形……といったところでしょうか。お察しの通り、この一連の戦の手引きは、私がさせていただきました」
「! やはり……」
 歯ぎしりする孫権がコイツに斬りかかる前に、必要なことを聞いておく必要がありそうだ。俺達の存在に気付いてなお逃げ出そうとしないコイツの余裕からして、すんなり殺されるような奴とも思えないが。
「んじゃ俺からも。洛陽で月を、魏では曹操を利用して俺達を襲わせたのもテメェだな」
「ええ、もちろん」
「何だってそんな真似をした?」
「答えるとは言いましたが、すでに答えの見えていることを聞くものではありませんよ? 無論、あなた方を[ピーーー]ためです。『天導衆』……いや、私立文月学園第2学年の皆さんを」
 しれっとそう言ってのけるコイツは、どうやら自分が何者であるかを隠すつもりはないらしい。
こちらからの反論がないことを確かめると、于吉は続ける。
「あなたほどの知将ならばもう予想はついているでしょうが、あなた方『天導衆』はこの世界にとって明らかなイレギュラーだ。そこを考えれば、あなた方が狙われる理由くらいわかりそうなものです」
「ま、雑に言えば不純物だからな。で……そういうお前はタイムパトロールか?」
「おやおや、あなたにしては稚拙な例えをなさる。ですがまあ……的を射ていますね」
 ……なるほど、また1つ仮説が現実になったか。
 そしてもう1つわかった。こいつらはどうやら……問答無用で俺らのところの情報を得られるわけではなさそうだ。てっきり何か妙な能力を使って遠見してるのかと思ったが……今の『タイムパトロール』発言が明久のものだと知らないあたり違うようだな。もっとも、俺達が現実世界にいた頃のことは色々と知ってるようだが……下調べでもしたのか?
 それを知る由もないこの男は……まあ、知ってもかわらない反応をしそうだが……気のせいかやや饒舌になったようにも感じる。もう隠しておく気はないということか……
 それとも……コレに乗じて俺らの情報でも聞きだす気なのか……
「まあ、厳密には違いますがね。我々は複数の時代、世界を行き来しているわけではありません。この時代に限って存在する者で、他はまあ……そうですね、その通りです」
「天の世界の住人を[ピーーー]のが貴様らの使命だというのか?」
 と、孫権。
「まあ、その発言についてはあなた方の認識そのものの問題と言えますから、言及は避けましょう。[ピーーー]……まあ、そうですね、この外史からの削除が、あなた方を狙う目的と言えるでしょう。それが我らの存在理由なのですから」
 外史……確か、通常の歴史とは異なるパラレルワールド的なアレか。
 となると……この世界はやっぱり、武将の設定が違うだけのパラレルワールド……そしてこいつらはその番人で、俺達はそこに入り込んで来た異分子か……。
「そのために我々は董卓を、曹操を、そして孫家と美周郎を利用しました。ですが、あなた方はこちらの予想を遥かに超える活躍を見せ……それを許さなかった。結果、ここまで至ってしまった……というわけです。この答えで満足できましたか?」
「出来るとでも思ってんのか?」
「ほう?」
「やり方が回りくどすぎる。テメーんとこの兵力のとんでもなさや、曹操の意識を乗っ取った得体の知れなさはこっちもよく知ってる。そんだけの力がありながら……なんで俺達の都を直接攻めようとしなかった? 建国直後の兵力も装備もしょぼい時期を狙えば、簡単だっただろうに」
 わざわざそんなド派手なまねをして大軍を動かす必要性が見当たらない。何かそうしなければならない理由があると考えるのが順当だ。
 例えば……直接手を下すと何かまずいことが起こるとか……
801 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 04:11:13.26 ID:1U/RiEmE0
そう言ってみると、
「ふ……あなたは本当に賢い方だ。やはり野放しにしておくのは危険ですね……」
「ほー、ならここでテメェ自身の手で殺しとくか?」
「意地悪ですねえ……できないのを知って言っているのでしょう? 彼にそっくりだ」
 彼? 誰のことだ?
 何故か今『彼』の発音に若干、俺の知ってる残念な学年次席に通じるものがあったんだが……気のせいだと思っておこう。やぶ蛇はゴメンだ。
「そもそも私は格闘は得意ではありませんので、喧嘩慣れしているあなたに勝つ実力は多分ありませんし……それにここで下手に動けば、そこに隠れている彼女達に殺されてしまいそうだ」
 そう言って、于吉はちらりと後ろに目をやる。……なるほど、気付いてたか。
 隠れていても意味は無いと悟ったのだろう。一瞬間をおいて……于吉の後方の柱の影に隠れていた、翠と甘寧が姿を現す。まあ、この2人なら隠れていようがいまいが、その強さに変わりはないだろうしな。
 特に甘寧、こいつが自分達を利用したと知ってだろう、殺気が膨れ上がっている。
 が……于吉はそれに怯む様子も無い。
「ふふっ、そういうわけですから……あなた方には黙って美周郎殿に殺されていてほしかったのですがねえ……上手くいかないものだ」
「いってたまるか。んなことになったら善良な高校生8人+αの命がねーんでな。そりゃ抵抗もする」
「『+α』……ああ、吉井玲氏のことですね。いやはや……あなた方といい彼女といい、どうやってこの世界に来たのかは知りませんが、我々をつくづく悩ませてくれます」
 俺達だって来たくなかったとか、犯人は姫路の料理だとか、言いたいことは多々あるが……まあ言わないでおこう。ややこしくなりそうだ。
 と、于吉は話題を切り替えるようにこんなことを言ってきた。
「そうそう、知らないと言えば……私の方からもあなた方に聞きたいことがありましてね? 坂本代表」
「あ?」
「ふふっ、そう怪訝なお顔をなさらず。まあ、参考程度ですが……あなたがこの所、過剰なまでの近代兵器を作成なさっている理由ですが……あれは勝つための他に、我々への挑発も混じっていたのでは?」
 探りを入れるような、腹の立つ視線で問いかけてくる于吉。
 ……ほぉ……でもまあ、鋭いじゃねえか。その通りだよ。
 まあもっとも……お前がそれに反応した時点で、俺たちがこの世界に無茶な歴史を付け加えることがお前らにとって好ましくないことだ……っていう事実もわかったから、気付かれた所で別にいいがな。
 それにそうして、お前らのほうに何らかの動きがあれば……その目的なんかも読みやすくなる。
 沈黙を肯定と受け取ったらしい。于吉は満足とばかりに、しかし眉を寄せて、少しだけ困ったような笑みを浮かべる。
「やれやれ……やはりそうでしたか。全く……本当に困るのですから、百歩譲ってこの世界での生存を黙認するとしても、もう少し地味にやっていただけないものでしょうかね」
「こうでもしねーと命の保障がねーもんでな」
「さいですか。まあ、期待はしていませんでしたがね。では我々は諦めて、今までどおり地味かつ大仰な方法であなた方の殺害の努力を続けるとしましょう」
 おーおー、言ってくれるじゃねーか。本人の前で堂々と殺害予告か。
 と、ここで反応したのは甘寧だった。
「残りの仲間にでも希望を託すか?」
 それを受けて、于吉はわざとらしく首をかしげる。

「はて……どういう意味でしょうか? まるでここで私が死んでしまうかのような口だ」
「お前こそふざけたこと言ってんじゃねーよ、この状況で逃げられるとでも思ってんのか?」
 そういって翠は、同時に甘寧、孫権も獲物を構えなおす。逃がす気はない、という意思表示と同時に……威嚇もかねているらしいな。そりゃそうだ、こんな敵幹部との邂逅の機会なんぞ、そうあるもんじゃない。殺しはしないだろうが……捕縛する気満々だ。
 俺も何かしたほうがいいのかも知れないが……あえて静止で。このほうがボスっぽい。
 それに……こいつのこの余裕。できるかどうかも微妙なもんだ。
「やれやれ……哀れなものだ。私のことを殺せると思っていらっしゃるあたりが特に」
「何だと? 貴様……武で我々と渡り合えるつもりか?」
「いえいえそういう意味では。……と、そういえば……」
 と、ここで于吉はこんなことを口走り始めた。
(ふむ……いい機会です。こちらも調べておくとしましょうか……)
「哀れといえば……美周郎殿もそうでしたねえ……」
 と、于吉がいきなり妙なことを口走りだした。当然、孫権がそれに反応する。
「何だと……」
「何か適当な理由を付けて呉を裏切っていただくつもりだったのですが……まさか既にその理由どころか考えを胸にお持ちで、しかもその動機が、まさか親友のためなどというものだとは……」
「貴様……何が言いたい?」
 今のは甘寧のセリフだが、そのセリフは明らかに孫権の心を代弁した形になる。孫権の怒気、というか殺気は、さきほどからストップ高だ。
 そんなことにもかまわずこのすまし顔は、
「そうでしょう? 何せ当の孫策殿はもう死んでしまっているというのに。まあ故人をしのぶのを悪いとは言いませんが、そのためだけに、今生きているあなた方を裏切り、死んだ人のことだけを考える政権を樹立するなど、何とも滑稽ではありませんか」
「…………!」
「天下を統一し、それを捧げるなど、なんと非生産的なことを言うのでしょうね。やれやれ……完全に目的そのものが迷走している上に、氷の軍師と歌われた当人はそれに気付いていない……考え方に視点に、奇特な方がいたものですねえ」
「それは…………んの…………!!」
 ……何だ一体? この挑発に……何か意味があるのか?
 突然考え方が読めなくなった于吉に、わずかながら俺は戸惑いを覚えた。
 そして孫権は……おそらくコレが挑発だと言うことに気付いていないに違いない。まあ、仮に気付いているとしても……冷静になる気はないだろう。内容が内容だ。
802 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 04:12:37.64 ID:1U/RiEmE0
「……冥琳の……っ!!」
「まあもしかしたら、その孫策さんが戦死した時点であの人は頭が終わっていたのかもしれませんね、この謀反の無意味さに気付かないとは。むしろそのかわいそうな頭でここまでよくやってこれたと褒めるべきなのでしょうか? となるとまあ、こうして人知れず火の中で[ピーーー]るのもむしろ幸せと言うもので……」
 と、ここでついに堪忍袋の緒が切れた……どころか袋そのものが破裂四散したらしい。

「冥琳のことかぁ―――っ!!!」

 どこからそんな声が出るのかという疑問すら抱かせる咆哮と共に、激昂した孫権が剣を中段に構えて于吉に斬りかかった。
 ……『クリ○ン』? とか思ってしまった不謹慎な自分は忘れることにしよう。
 髪色こそ変わらなかったものの、目に見えてブチ切れている孫権はそんなことはお構い無しに于吉の胴体めがけて剣を振るう。が、その于吉はというと……
「おっ……と」
「何ッ!?」
「「「!?」」」
 ひらり、と、
 孫権の剣での一撃を飛んでかわす。そして空中で一回転し……
 ……なんと、一歩間違えば地面に向けて真ッ逆さま確定の、城壁の端の手すりに降り立った。太さにして10cmもないであろう、しかも金属製の滑りやすいそれに、だ。
 おいおい……なんつーウルトラCだよ……。ホントに弱いのか? オリンピック余裕で出れるぞ?
 いや、もしかすると……身軽であって強くはない、とかいうやつなんだろうか?
 驚きのあまり動けないでいる俺達を見渡し、于吉は悠然と……と思いきや、何やら重苦しい感じの表情を一瞬だけ見せた。
「……やはり、あなたもですか……孫権……。たったこれだけの短期間で……やっかいですねえ、吉井明久……」
 ? 何だと?
 孫権かどうしたって? というかこの展開で……どうして明久の名前が出てくんだ?
「やれやれ……ますますのんびり出来なくなってしまいましたよ。彼が舞い降りてからというもの……糸が切れた傀儡が多すぎる……」
 と、何やら意味ありげにつぶやくと、于吉は俺達に背を向けた。
 ……何度も言うが、一歩踏み外せば滑り落ちてしまう、細い手すりの上で。
「おい、てめェどこ行く気だ!?」
「逃げる気か!?」
 と、声を張る翠と甘寧に続く形で俺も、
「おいコラ! まだ質問に答えてもらってねーぞ?」
 今の傀儡発言の意味に……さっき聞きっぱなしの、何で俺達を直接攻めないか……ってとこもだ。

しかし于吉は、俺達のそんな怒号に腹の立つ笑みで返すと、
「今はまだ知るには早い……と言っておきましょう。では……いずれまた」
 そういい残し……なんとその手すりから…………あァ!? 飛び降りた!?
「「「………………っ!?」」」
 全員が息を呑む中……いち早く冷静さを取り戻したのは俺と甘寧だった。すぐさまその手すりの所から下を覗き込む。まさか……下に仲間か、離脱のための装置か何かあるのか!?
 そう思ってみてみると……
「…………バカな……!?」
「……おいおい……マジかよ……?」
 そこには……仲間や、救命用の装置どころか……于吉の死体すらも影も形もなく……ただ、今までと同じ戦闘音が鳴り響く、荒野が広がっているだけだった。
 それを知り……孫権も翠も、あっけにとられて動けないでいる。
 俺だって同様だ。全く……テレポートでも使えんのか、あのヤローは? やれやれ……まんまと逃げられたか……。やってくれるぜ。
 まあいいさ……確かにイラつくが……聞きたい情報の多くは聞けた。
 それに……

「で……どうだった、ムッツリーニ?」
『…………バッチリ撮った。全体像も、顔のアップも。声も録音した』
「そうか、ご苦労さん」
『…………男の写真なんて、撮っても楽しくないけど』
803 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 04:13:10.73 ID:1U/RiEmE0
と、トランシーバーの向こうから聞こえる、ムッツリーニのぶっきらぼうな声。ここからかなり遠く離れた木の上に、見つからないように潜伏して盗撮・盗聴を行ってもらっていたのだ。
 そう言うなって。これまでまともな敵幹部の写真がなかった分、今回お前が撮影に成功したのは収穫だ。これで……まともな手配書が作れるしな。
 とまあ……ムッツリーニが于吉の写真の盗撮に成功したわけだ。さすがのあのメガネヤローも、コイツの潜伏には気付けなかったらしいな。
 と、ここで甘寧、
「坂本雄二! ヤツを追……もとい、探さなくてもいいのか!?」
「いや、おそらく無駄だ。それより……」
 今は……周瑜の方だ。
 そろそろ明久たちが助け出してくる頃だと思うんだが……?

                        ☆

「だらっしゃぁあ――――っ!!」
「………えい」
 とまあ、片方は派手、片方は地味なかけ声と共に、僕と恋は2階の通路の窓を蹴破り、間髪入れずに外に跳んだ。
 自慢するわけじゃないけど、僕ぐらいの運動能力があれば、2階くらいならうまく着地できれば無傷で済む。加えて……下はどうやら芝生になっているようだから、石床やコンクリート(この時代にないけど)なんかよりはクッション性がある。

 ズダダンッ!!

 実際より長く感じられた浮翌遊感の後……足の裏から衝撃が突き抜ける。
 くぅっ……やっぱり結構くるなあ……。でも……どうにか無事に済んだようだ。節々に鈍痛が感じられるけど、気になるほどじゃないし。
 ふと横を見ると……やはりというか、恋は余裕綽々で着地していた。しかも……周瑜を抱えたままで。さすがは三國無双の武人、汗一つかかずにこれか。雄二の人選もあながち……ってところだな。
 さて……問題は……
「姫路さん! 小蓮も早く!」
「えぇえっ!? で、でも……」
「む、無理ですっ! と、飛び降りなんてできないですよっ!」
 残りの2人か……。
 改めて窓の下をのぞいてみて、普通に考えて跳ぶには高すぎるその高度に、姫路さんも小蓮も目に見えてビビっていた。まあ……2人とも女の子なんだし、当然だけどさ……。
 恋なら、この2人のみならず僕も周瑜も全員抱えて動けるだろうけど……さすがに『飛び降り』という体全体での衝撃緩和を要する事柄において、他人を抱えた状態で……のはかなり無理がある。まして、2人以上抱えるってことは抱えるの片手になるから、抱えられてる方が体を痛めかねない。極めつけに、周瑜、気絶してるし(起きてても飛べるかどうか……)。だから……恋は周瑜を抱えて跳んで、残り2人は自力で跳ぶ必要があるのだ。
 けどまあ……窓枠(粉々)にしがみついて震えてる姫路さんを見てると……それも相当無理がある。
が、あまりのんびりもしてられない。あの位置が炎に飲まれるまで、もう何分も無いはずだ。それまでに2人を跳ばせないと……!!
804 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 04:14:04.74 ID:1U/RiEmE0
「姫路さん、小蓮、早く!」
「……受け止める」
 と、恋は周瑜を一旦地面に寝かせて、某ジブリ映画の1シーンを思わせる構えをとる。
 空から振ってくる女の子を受け止める……って点では、似てるといえば似てるか。ただし、こっちの女の子2人は残念ながら飛行石は持っていないので、受け止める側の肉体強度が問題になるけど……それは大丈夫だろう、恋だし。
 まあそうは言っても、そう簡単に覚悟なんて決められやしないし……と思ったら、
「行くよっ、明久!」
「え!?」
 と、あっさり覚悟を決めたらしい小蓮が跳んだ。
 おわっ、マジで!? 早っ! さすがは『弓腰姫』……言葉の意味は実はわかんないけどすごいな。いくら運動神経はいいとはいえ、こんなにあっさり覚悟を……って…………あれ?

 え、今『明久』って言った……?

「え!? 僕!?」
 まさかと思って見上げると……うわ! やっぱり僕の方に落ちてきた!?
「明久ぁー! 受けとめてぇーっ!」
「ちょ……違うって! 受け止めるのは僕じゃなくて恋で……」
 なんて言ったところで遅いわけで、

 ずどっ!!

「ぐふぅっ!?」
 と……おそらく狙ってだろう、文字通り僕の胸に飛び込んで来た小蓮は、その小柄な体で僕の鳩尾(みぞおち)に的確に巨大な衝撃を叩き込む。
 同時に、それをどうにか受け止めた僕の背骨から『コキュッ』って変な音が聞こえたような気がしたんだけど……あの……今のは人体から聞こえてはいけない音では……?
 そんなことを知る由もない人間砲弾はというと、
「ふー……怖かったぁ。あんな高いとこから飛び降りたの初めてだよ〜……」
 未だに全体重を僕にかけたままでのんきにそんなことを言っとる。
「あ、でもね、明久が受け止めてくれるって信じてたから大丈夫だったよ。えへっ♪」
「そ、そう……よかったね……」
 できればその……せめて僕に一声かけてから飛び降りて欲しかった……かな……。アレ以前に。
 小蓮は僕の胸にしがみついたまま、よほど安堵したらしく、僕の胸に笑顔ですりすりと体を寄せている。ま、まあ……いいか……。けどその……小蓮?
「えっと……小蓮? そろそろ降りてくれると嬉しいんだけど……」
「え〜っ? 何よ明久ぁ、未来の妻が甘えてるんだから、そこはむしろ抱きしめるとか抱き寄せるとかするべきじゃないの?」
「いや、明らかにそんな場合違うって」
 なんて微妙に緊張感に欠ける会話を繰り広げていると、

「明久君――――っ!」

805 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 04:14:39.14 ID:1U/RiEmE0
あら、なんか既視感(デジャヴ)。
 反射に近い反応で僕の首が上を向き、
「明久君ーッ!!」
「バカなっ!?」
 何で姫路さんまでこっちに!?
 僕の目に映ったのは、髪とスカートを閃かせて一直線に落下してくる姫路さんの姿。いや! 跳ぶ勇気を出してくれたのは純粋に嬉しいけど、だから受け止めるのは恋で、僕じゃないの! ていうか今は小蓮が抱きついてるんだから手がふさがっててそんな姫路さんを受け止める余裕はあれ? 何で目の前に姫路さんの靴の裏がぐふぅっ!?

 ばきっ!!

「あ、明久君っ!?」
 なるほど……手、要らなかった。
 姫路さんはものの見事に……僕の顔面に足から着地していた。なるほど、これなら2階から着地までの距離もさほど遠くないし、衝撃も少なくて済むから比較的安全だ。
 ……その代償として、僕は顔面を踏み蹴られた上に、転倒して後頭部を地面に強打したわけだけど。
「あ、明久君っ!? 大丈夫ですかっ!?」
 いやその……それ今聞く……?
 てか、小蓮も姫路さんも、何でそろって僕の方に……?
 小蓮はまだわかる、ちっちゃいし。でも……それより大人で良識もある姫路さんがどうしてこんなハチャメチャな……? ていうか……的確に僕に蹴りを入れたこのポジションのよさといい……
「姫路さん……。もしかして……狙った……?」
「い……いえまさか! そんなことないですっ! …………多分……」
 何だろう、最後に何か聞こえた気が。と、ともかく……(僕以外は)無事に脱出できたわけだ。若干何か納得行かない部分があるけど……今はとにかく、この館モノゲームのクライマックスのごとく大炎上する城から離れよう。じゃないとここにもじきに炎がくるし。
 ということで僕は、色々痛い体に鞭打って、恋、小蓮、姫路さん、そして周瑜と一緒にその場を後に……
「あ、明久君!? まっすぐ歩けてませんよ!?」
「だ、大丈夫、大丈夫だから……」
「大丈夫じゃないって! えっと……呂布! 明久も運んであげて!」
「………わかった」
 ……後にしようと思ったんだけど、思ったよりダメージが深刻だったらしい。仕方なく……僕の身柄は周瑜共々恋に運ばれて城を出た。
806 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 04:15:26.94 ID:1U/RiEmE0
孫呉編
第123話 周瑜と蓮華と未完の戦
「どうしてお前がボロボロになってんだ?」
「まあ……色々あってね……」
「あ、あはは……」
 いや、僕もホント予想外でまあ……。
 大怪我が危惧されていた周瑜が少しの火傷と頭部打撲(恋による)だけで済んだのに対して、全身各所の打撲に腰関節損傷、軽く鼻血が出てておまけに顔面には靴跡という謎な状態の僕。そりゃまあ不自然さはMAXだろうな。
 その横で、姫路さんが何やら気まずそうにしてるからなおさら。
 とりあえずまあ……色々とあったけど、僕らは無事に自陣に戻って来れたのでした。
 雄二達は一足先に、しかし時間的にはほぼ同時に陣地に戻っていた。向こうのルートは結果的にハズレではあったものの、どうやら何かあったらしいんだけど……
「長くなるから後でな」
 だってさ。まあどの道、後で色々と話し合うために軍議開くだろうから別にいいけどね。
 ともかくつもる話は後にして、僕達は簡単に戦後処理に取りかかった。
 周瑜の捕縛によってようやく敵の兵隊達は降伏してくれて、城の門は開かれたものの………肝心の城が周瑜に焼かれちゃったもんだから、入城……っていうわけには行かなかった。その周瑜はというと、今は天幕に入れて休ませてる。軽傷とはいえ、手当ては必要だろうし。で……そこには蓮華と甘寧、監視役に星と華雄、それに姫路さんと工藤さんについてもらってる。甘寧の武器は一応取り上げてあるし……大丈夫だろう。
 さて……後はもう、周瑜の目覚めを待つのみだ。他のことは朱里達がやってくれるし。
「それで朱里、今後の政策とかはどうなりそう?」
「あ、はい、そうですね……」
 天幕(周瑜のとは別の)の中で白蓮と一緒に今後の計画を立てていた朱里は、筆を止めて考えてくれる。
「結論から言いますと……そんなに苦労はしないと思います」
「そうなのか?」
 と、雄二。
「はい。もともとがかなり無茶な運営の政権でしたし……その上、戦に関連して多方面かなり無茶をしていたようなので」
「統治府から何から、大分嘘で己の基盤を固めてたからな……。呉国民のほとんどは孫権らを信頼してた奴らだし……周瑜のメッキが剥がれた今、ほぼ全ての国民の心は孫家と、周瑜を倒した私達に向けられてる。平定には……交渉だけで十分だと思うぞ?」
 ぱらぱらと資料をめくりながら言う白蓮の手元には、すでに各都市の代表者宛てにしたためられた親書が何枚か積まれている。相変わらず政治関係においては朱里より要領がいいな。何日かかるか……なんて聞くまでもないだろう。その他の戦後処理についてもおそらく問題はないはず。
 それと、今回の戦いで切り札として動いてくれた2人がそろそろ帰還する頃だと思うんだけど……。
と、
「うぃーっす、たっだいまー!」
「ただいま戻りましたー!」
 お、噂をすればなんとやら。
 天幕の外に出てみると、伏兵として活躍してくれた顔良ちゃんと文醜が陣に入ってきていた。
「お疲れさま、2人とも。怪我はない?」
「あっははははは! 平気平気、逃亡生活で修羅場には慣れてっから、このくらいどうってことなかったぜ?」
 カラカラと笑いながらあんまり笑えないことを言う文醜の顔は本当にすがすがしいものだった。う〜ん……やっぱりこの子、霞と似た感じでバトルマニアの気でもあるのかな? 対して顔良ちゃんは『あー疲れた……』みたいな表情だったけど、すぐにそれは引っ込め表情と姿勢を正す。
「降伏した敵軍の統率は、関羽さん達がやってくれています。数もそんなに多くなかったですから、もうすぐ終わると思いますよ」
「そうか、ならもう心配なさそうだな」
 礼儀正しい上に、すごく要領がいい子だ。作戦と具体的な指示はこっちでやったとはいえ、ホント、2人とも袁紹にはもったいないと思うよ。
 と、会話が一段落したところで顔良ちゃんが、
「えっと……それで、例の件は……?」
「例の件?」
「ほら、麗羽様の……」
 ああ、そうだった。今回彼女達には、袁紹(アレ)の助命を条件に戦ってもらったんだった。
 超勝手な理由で攻めてきた上に白蓮の領地を滅ぼして、おまけに今度は僕らの国で違法賭博の格闘試合なんか開きやがって、挙兵の準備なんかもしてたって聞くし……挙げ句の果てに逃亡の際には危険行為だ。このままだと、いくらなんでも処刑は免れない。
 僕らとしても[ピーーー]気バリバリだったんだけど……我ながら肝っ玉が小さいというか何というか……いざ『殺せる』段階に来るとそんな命令出せないもんだ。これが華琳とかだったら迷わず処刑するんだろうけど。
 それに、健気につくしてる顔良ちゃんや文醜が若干かわいそうでもあったし……。まあそういうわけで、今回加勢してもらったわけ。兵士はこっち持ちだけどね。
「うん、そりゃもちろん。大丈夫だよね、雄二?」
「ああ、天下分け目の決戦の正念場で勝利に貢献したってことなら、減刑も通るだろ」
 袁紹は何もしてないんだけどね。その知らせを聞いて、2人は嬉しそうに顔を見合わせて、文醜はさらにガッツポーズまで。よっぽど主の命が助かったのが嬉しいと見える。
 うーん……この後『引き続きこの軍に残らない?』ってな感じのヘッドハンティングやるつもりでいたんだけど……この分だと誘っても袖にされそうだな。
「じゃあ、2人とも鎧脱いで楽にしててよ。食事の時間も近いからさ」
「おうよっ! くー、思いっきり暴れた後のメシって最高なんだよなー! 楽しみだー!」
「もう、文ちゃんったら……じゃあ私達、これで失礼しますね?」
「おう、お疲れさん」
 顔良ちゃんはそう言って行儀よく軽く会釈すると、テンション上がり気味の文醜の背中を押しつつ、天幕を後にした。
 さて……あの2人は素直で何も問題無さそうだからいいとして、それよりも問題は……
と、
「ご報告申し上げます! 先ほど救護用天幕から連絡が入り、敵将・周瑜が意識を取り戻したとのことです!」
 唐突に天幕に入ってきた兵士により、また唐突に待ちわびていた報告が告げられた。
807 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 04:16:24.31 ID:1U/RiEmE0
「入っていい?」
「どうぞ?」

 そう返事を返してくれたのは、穏やかな響きを持つ蓮華の声だった。失礼しまーす、と。
 のれん状の扉をくぐって中に入ると、そこには……救護用の簡易的なベッドの上で上体を起こしている周瑜の姿があった。
 声をかけるまでもなく、周瑜は気配を察してこちらを見る。……なるほど、さしてあわてている様子がないところを見ると、状況説明やら何やらは既に済んだと見える。
 それにしても……改めて見ると、やっぱり露出が多い服だなぁ……。首の所から胸のスリットがへそまで続いてるもん。しかも寝起きで若干着崩れてるから特に色っぽい……何の意味があるのかわからないくらいだよ。
 ぼんやりと開いた目で僕をとらえた周瑜の表情に、変化らしい変化はなし。代わりに『眼鏡を』ってな感じで蓮華に目配せ。で、寝てる間は危ないからって預かってた眼鏡を受け取ると、
「……やれやれ、どうやら死に損ねたらしいな……?」
 と一言。
 うん、開口一番に聞くセリフとしては赤点もいいとこだけど、無事に意識を取り戻してくれたことに免じてよしとしようじゃないか。
 さて……それじゃあ、寝起きで悪いけど……話を聞かせてもらおうかな?
「ふっ……非道な行いで王位を奪したにもかかわらず、持てる全てをかけた戦に負け……自害すらも阻まれた……このような哀れな負け犬に、これ以上何を望む?」
 半ば自暴自棄……というか、何もかもあきらめ捨てた雰囲気の周瑜。誰にともなく、そう呟いた。
 それを聞いて、僕や蓮華は反応に困って口をまごつかせたけど、代わりに饒舌になったのが、
「貴様……悲劇の女侠にでもなったつもりか?」
「そうだ周瑜、潔く話せ!」
 とまあ……甘寧、華雄といった武闘派のみなさん。
「何を話せと? 調べはついているはずだ。私が今更話すことなどあるまい?」
「ないわけがなかろうが!」
 と、武器無しでも十分すぎる迫力の甘寧である。静止が特にないことをよしとし、周瑜の寝るベッドの側に立った。
「なぜ蓮華様を裏切った? 目的は何だ? 話せ!」
「……知れたことを……我が野望の実現のためだ。他に何がある」
「貴殿の野望……すなわち先代・孫策殿の野望……大陸統一か?」
 ここで初めて星が口をはさんだ。
「ああ……いや、孫策だけではない。先々代呉王・孫堅に始まり、多くの兵や将、民草に至るまでの数知れぬ犠牲の元に今日まで歩まれた、孫呉の悲願……それも、ここまでとなったが」
 そこで、周瑜は皮肉げともとれる視線で僕を、そして蓮華に目を向けた。
「吉井明久……そして蓮華様、あなた方の手によって」
「ほぅ、これは異なことを。自分で起こした戦ではなかったのか?」
「戦など起こさなくとも……いや、起こさなければ、とうの昔に終わっていた。蓮華様、あなたが……恒久の平和を約束する条約などを文月と結ぼうとした時点で、です」
 蓮華の条約……近々呉と文月との間に結ばれる予定だったアレか。なるほど……蓮華が予想してたけど、やっぱりそれが動機というか、トリガーだったみたいだ。
「文台様の代からの悲願であった、孫家による大陸の統一……私はそれを忘れることはできなかった……それだけのことです」
 文台……ああ、蓮華のお母さんだったっけ。
「……それが理由か、周瑜?」
「ああ、それだけだ」
「他に言うことは?」
「ない」
 周瑜と甘寧、クールタイプ同士の論戦だけど……どちらのどの言葉にも重みというか、凄みというか、そういったものが感じられる。僕や雄二、姫路さんや工藤さんはもちろん、華雄や星、蓮華さえも口を挟むことは出来なかった。一応コレ、僕ら『文月』の尋問なんだけど……完全に甘寧に主導権握られてるし……。
「……貴様の思いはわからんでもない。だが……そのためとはいえ、蓮華様を裏切っておいて、謝罪の一つもないのか?」
「必要性が見あたらんな。確かに、このような目に遭わせて悪かったとは思っている。だが……間違ったことをしたとは思ってはいない」
「…………っ!?」
「私はあくまで……己の道を通したまでだ」
「貴様……っ!!」
 と、ここで甘寧が我慢の限界を超えたらしい。
 反射的に腰の剣に手を伸ばし……それがないことに気付く。
808 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 04:17:11.43 ID:1U/RiEmE0
「華雄! 趙雲! 刀を貸せ!」
「おい、藪から棒に何を言う?」
「知れたこと! こやつの頭と胴を斬り離して、その血で罪を償わせてくれる!」
「ちょ……ちょっと甘寧! 待って待って!」
「そ、そうですよ! まだお話終わってないじゃないですか!」
「いや、終わっている」
 と、僕と姫路さんの静止を振り切る発言を飛ばしたのは、意外にも周瑜本人だった。驚く僕らに構わず、相変わらず無表情というか無愛想の周瑜は、さらにこんなことを言い出した。
「私を[ピーーー]なら、いいことを教えてやろう」
「いいこと?」
 いきなり何? 嫌な予感しかしないんだけど……。
 周瑜は蓮華でも甘寧でもなく、僕に視線を移して続けた。
「どうせ[ピーーー]なら、私の命は喧伝に利用するがいい」
「けんでん?」
「ああ……喧伝だ」
 けんでん……駅伝の親戚だろうか?
 いやでも、利用って言われても……駅伝で処刑って何だろ? 死ぬほど過酷な駅伝をさせろってこと? いやでもそんなのどうすればいいか見当もつかないし……そもそも駅伝なら周瑜の他に対戦選手やチームメイトを用意しないといけないし……事前に申請して使う道路の交通整理とか……あ、でも単純に距離だけを過酷レベルにするんなら大丈夫かも。ってアレ? でもそれだと駅伝じゃなくてマラソンになっちゃうんじゃ……いやそもそも僕は『けんでん』っていうのがどういうスポーツか知らないわけで、もともとがどのくらいの距離をどんなルールで走る駅伝なのかどうかもああ怪しいんだった困ったなどうしよう?
「えっと……吉井君? なんか明後日の方向に目が泳いでるケド?」
「あの……明久君? また何かおかしな想像をしていませんか?」
「あ、ちょうどいいや姫路さん、工藤さん。やっぱオーソドックスに42.195kmかな?」
「「やっぱり……」」
 なぜか姫路さんと工藤さんが疲れたため息を? むう……それだとやっぱりこの時代の人間には走破される可能性があるか……なら芸人とかがよく走ってる24時間のやつにするかな? と、今のやりとりに微塵も興味を向ける様子はないらしい周瑜はさらりと流して続ける。
「私の処刑に際して、今回の件の首謀者が私であること、蓮華様達が無実だということを、孫呉・文月双方に大々的に発表するといい。そうすれば、咎を負い、蔑まれることになるのは私だけだ。無実の罪の蓮華様達の名誉は、すぐにでも回復する。何も罰を受ける必要も無くなる」
 実は蓮華はすでにドぎつい罰(コスプレ写真撮影大会)を受けてるんだけど、ってのはこの際置いといて。
 やれやれ……この人の結論というか、行き着く先は結局こういう系なのか。まあ、あの炎の中で言ってたことよりは幾分生産的な内容かもしれないけど、それでも自分の死は前提(しかもなるべく早く)に、っていう考え方はちっとも変わってないと来た。
「それに……そうなった状況下で上手くやれれば、多少なりとも孫呉を復興させることも可能でしょう。蓮華様達には何ら落ち度もないわけですし……まあ、そこにいる吉井明久が許可しさえすればですがね」
 そう言って周瑜、こちらに視線をちらり。……多分、甘い甘いって評判になってる僕だから、小国くらいでの規模でなら復活を許可するかもなんて思ってるのかも。や、まあ……確かにそれだけの状況を作れれば可能だろうし、蓮華にやる気があるなら僕も許可してもいいかもだけど……肝心なところが変わってないんだよな……。全くもぉ……どこのゼロレクイエムだよそれ?
「貴様の命を礎に、蓮華様に花を持たせようとでも言うのか?」
「さあ……どうだろうな。私はただ……呉という国を無くしたくないだけかもしれん。しかし……現状思いつく政策の内では、最も生産的なものだろう?」
「そのお情けで黄泉返った『呉』で、蓮華様にまた覇道を歩めとでも?」
「まさか。最早期待してはいないさ。まあ、やって頂けるのなら嬉しいが」
「土台無理だな。普通に考えて、我々文月が許さん」
 と、主に周瑜、甘寧、華雄、あと時々星あたりが主導でなんだか物騒な会話が続けられ、そこにいまいち加われない蓮華、姫路さん、工藤さんが気まずそうにしている中―――
 ―――僕と雄二は、とある内容のアイコンタクトをとっていた。
(でさぁ……周瑜、考え方変える気配無いよ? どーしよ?)
(『どーしよ?』って、お前どうせ[ピーーー]気ねーんだろ?)
(まあ、少なくとも蓮華達がきちんと周瑜とケリつけるまではね)
(ケリ……か……。仕方ねぇ、若干古典的な手だが……コレで行くか)
(お、何か手あるんだ? 頼むよ性悪参謀!)
(一言多いんだよバカ太守)
 やや不毛な視線ゲンカを含んだアイコンタクトを終えると、雄二は動いた。
「あー周瑜? ちょっといいか?」
「何だ……坂本雄二?」
 周瑜、ジト目で雄二を睨む。雄二はまだ周瑜に自己紹介してないはずだけど……まあ通り名が『紅い悪魔』だし、わかるか。
「お前の望みってのは、とにかくさっさと処刑してほしいってことだろ?」
「……ふっ……雑に言えばそうだな。ここまでのことをしたのだ、覚悟は出来ている……生き恥をさらす気もない」
 で、ついでに、孫権達に少しでも償いができたら万々歳……ってとこだろう。雄二は一度ため息をついて、
「わかった、お望みならそうしてやろうじゃねーか」
「「「っ!!?」」」
 僕ら『天導衆』の性格を考えれば、おおよそ出るはずが無いであろう裁定に、その場にいたほぼ全員が息を呑むか、あるいはそれに準ずる反応をした。しなかったのは……僕と、周瑜くらいか。
809 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 04:18:29.46 ID:1U/RiEmE0
反応した中でも一番ショックを受けた様子の表情を見せる蓮華は、
(あ、明久ぁ……っ!)
 とまあ、これからまだまだ色々と話をしたい周瑜が処断されそうになってるこの状況に、悲壮感ただよう顔で僕の方を見る。大丈夫大丈夫。あいつのことだ……何かとんでもなく意地の悪いどんでん返しが用意されてるから。
「ふっ……物分りがいい参謀がいてよかった。これで私も……」
「ただし」
 と、雄二が何やら周瑜をさえぎった。
「ただし?」
「……尋問して、知ってる情報を全部教えてもらってからだ」
「…………何?」
 周瑜のいぶかしげな返事が返ってくる。
 けどまあ……これはもっともな提案と言えばそうだ。
「情報……だと?」
「ああ……そうだ。それが全部済むまでは、処刑はおあずけだ。異論は聞かねーぞ」
 一瞬だけいぶかしげな表情に変わった周瑜だけど、次の瞬間それは解かれ、納得したかのようにため息をつく。
「なるほど……あの白装束の連中の、か」
 それを聞いて、姫路さんや蓮華以下、残りのグループが『あ、それか』といった感じの顔になる。
 確かにそうだ。あんだけの数の支援軍隊を出してもらえてるところから見ても、周瑜は多分、白装束と直接の関わりがある。もしかしたら……あのメガネの幹部クラスのことも知ってるかも。誰が聞いても、しばらくとはいえ周瑜を生かしておくには十分の理由だろう。この場にいる全員が、おそらくは納得できたに違いない。

 ……ただ1人、この僕を除いては。

 違う……そんなはずはない……。あの雄二が、こんな程度の言い訳で終わるはずがない……!
 何もかもすべて看破したかのような表情の周瑜に対して雄二が放った言葉とは、
「いや、それだけじゃねえ……孫権やら何やら、呉のことについてお前が隠してること全て……だ」
「「「は!?」」」
 予想外だったのであろう、唐突にもたらされたそのセリフに……その場にいたほとんどの人間が聞き返した。
 いや……雄二? 孫呉について隠してることって……? 特に何もなさそうだし、本人もそっちの方に何かちょっかい出したようなことは言ってなかったけど……?
 どうやら僕(だけじゃないだろう)の予想は当たっていたようで、周瑜もまた、訝しげな表情で雄二に問いかける。
「何を言っている? 私は、白装束のことはともかく……まあ、それも聞かれれば答えるつもりだが……呉のことについて隠し事など何も……」
「いいや、してるね」
「なっ……」
 言い終える前に雄二がそれをさえぎって断定する。
「な、何を言う!? 私が嘘をつく理由などなかろう、私は……」
「いや、お前はまだ何かを隠してる。まだ話すべきことがある」
「……っ!? だから……」
「あ、あの……坂本クン?」
「え、えっと……私にも周瑜さんは、何も隠してないように見えるというか聞こえるというかですね……」
 と、工藤さん&姫路さんの主張に対しての雄二の返答は、
「いいや隠してる。たとえ隠してなくても、隠してるっつったら隠してんだよお前は」

 ………………ああ……なるほど……。

瞬間……僕にも雄二の考えが読めた。
「そうだね雄二、隠してるね、完全に」
「あ、明久!?」
 と、今度は蓮華が驚いたような声。
 僕と雄二、2人ともが一兼用量を得ないことを行っているこの状況を誰一人理解できず……皆その場であぜんとしている。そんな中……一番に僕らの思惑に気付いたのは……周瑜だった。
「…………っ…………まさか貴様ら……」
「ま、そういうこった。お前が俺たちを納得させられるだけの答えを開示するまでは、絶対にお前は処刑しねーで拘束しとくからそのつもりでな。じゃ、あばよ」
「じゃーねー……」
「「「……あ……」」」
 と、ここに至ってようやく皆が自体を察したらしい。
 つまり……雄二の主張どおりにやれば周瑜は、『こちら側が納得するだけの情報を吐いた』と判断されるまでは処刑されない。そう……判断基準はこっちで。
 ゆえに早い話が……こっちで周瑜の尋問でもう聞くことはない、と判断しないかぎり、周瑜はいつまでたっても捕虜のままなのだ。そう、1週間でも、1ヶ月でも、1年でも、10年でも……いくらでも。周りにどう見えようが……王様である僕と、参謀である雄二が『ダメ』って言っておけば……周瑜は何を話した所で死なない。[ピーーー]ない。例え実際にもう話すことがあろうとなかろうと……そんなもんはこっちのサジ加減一つだ。
810 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 04:19:00.78 ID:1U/RiEmE0
というわけで……まあ、口には出さないけど、
 蓮華と仲直りするまで……あんたには是が非でも生きててもらうんでよろしく。
 みんなの唖然とした視線を背中にうけつつ、何やら周瑜が『おいふざけるな! 私は……』とかなんとか騒いでるのを盛大に無視しつつ、天幕を出る僕ら。
 その直前に、
(そういうわけだから、蓮華……がんばってね?)
(……あ……う……うん…………)
 他の誰にも聞こえないような声で、一言言っておく。
 後のことは一切合財全部無視して、僕らは天幕を出た。
 ……若干無理やりだけど、とりあえず一件落着。あとは保留……ってことで。
 そして、僕らが去った天幕の中からは、

「……っ! 何なのだ……一体……! 私は……」
「…………くすっ」
「! れ、蓮華……様……」
「やれやれ、やられたわね……冥琳」
「蓮華様、わ、私は……私には……」
「大丈夫よ、冥琳……大丈夫……。時間なら……たっぷりあるから…………少しずつ、全てを見直して…………ね?」
「…………………………」

 そんな感じで、周瑜が動揺している、そして、蓮華が心穏やかに周瑜を諭して、安心させようとしているかのような雰囲気が伝わってきた。その声は……気のせいか、自分自身に向けられているようでもあった。
 多分……蓮華にとっても、長い、茨の道になることだろう。今までの長い時間をかけて作られた溝を埋めて、そこからさらに新しい関係を作るんだから。でも……蓮華なら出来るだろう。彼女はもう……逃げないって誓ってくれたから。
 ……ははっ、改めて思うけど……僕、マジで周瑜[ピーーー]気ゼロだ。

 ま、そんなことわかりきってるんだけどさ。
 ともかく今は、1つだけ確かなことがあるから……それだけ考えて……幽州に帰ろう。

 戦いが、ようやく本当に『終わった』……っていう、そのことだけ考えて……ね。

                        ☆

 不運な誤解と、悲しい決意と、すれ違う思いから始まった、この戦い。
 曹魏の時に勝るとも劣らない激戦と、それを遥かに上回る心理的・道徳的な葛藤を交えたこの『文月・孫呉戦争』は……ある意味で勝利、ある意味で和解、ある意味で未完という……今迄で一番あやふやな、しかし、それでいて納得できる結果に終わった。
 見える部分も、見えない部分も、まだ見えてない部分も、結局見えなかった部分もあった……その戦い。
 まだ多くの……決して無視できない問題を残したままで……今日、一応の終幕となった。

 多分、本当にこの戦いが……本当の当事者達の間で『決着』を迎えるのは……まだ先の話だろう。でも……それはそれ、時間がかかっても仕方ないことだし、むしろ時間をかけなくちゃいけないことだ。それでいい。

 いつかきっと……皆そろって笑える日が、彼女達にも、きっと来るから。



 だから……今は、これでいい。


811 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 04:19:50.63 ID:1U/RiEmE0
幽州・日常編(5)
第124話 遷都と真名と憂鬱な日々

 孫呉との戦争が終結してから、しばらくたった。
 朱里と白蓮、それに蓮華や穏が加わっての戦後処理の手際はもぉ見事と言うに尽きるもので、ちらほらと見られた反乱やら反抗の動きも、たった数日をかけただけの対応で全くと言っていいほど見られなくなった。
 穏は『私なんか、冥琳様に比べたらまだまだです〜』なんて言ってたけど、十分すごいって。マジで。
 呉の国は、本来ならば勝った僕ら『文月』が併呑、ってことになるんだろうけど……もともと誤解から始まった戦いだし、なんかそうすると後味悪いので、『合併』して第1主導権は文月……っていう形をとることにした。とってもらった。
 なので、呉の領地の統治には蓮華が指名した人にあたってもらっている。一応……そんなに早く蓮華を公の場に復権させるのもまずい……ってことで、蓮華たち自信は今はまだ捕虜扱いのままだ。まあ、いずれは完全復活してもらう予定なんだけど。
 そして、その戦いの首謀者(おおっぴらに知られてるわけではない。公式には『真の首謀者』は闘争中のままで、周瑜も手下の一人という設定)である周瑜は、一応公には『尋問のために拘束中』っていう風に発表してある。処刑は未定、とも。
 つってもまあ、蓮華たちと仲直りしてもらうために引き伸ばしてるだけだし、『拘留』って言ったって扱いは蓮華たちと基本同じだから(ただし面目もあるので、行動可能範囲は蓮華たちや袁紹よりもさらに狭い)そんな大仰なことはしてないんだけど。仲直りしてくれたら……蓮華と同じような感じにするつも りだ。いずれは復権も……うーん。難しいか。
 まあ、周瑜がやったことのうち、いくつかを『偶然』とかなんとか上手く言ってはぐらかしてトゲを折って、処刑しないで済むかな〜……っていうぎりぎりのラインにとどめてるから、望みは捨てないけどね。

 さて……以上が呉の皆さんの処遇なわけだけど……
 僕ら文月陣営、『天導衆』を取り巻く環境も、それに伴って変化しつつあった。

                       ☆

「…………明久、追加」
「ぅええっ!? ま、またぁ!?」
 どさどさどさっ、と。
 ムッツリーニが僕の仕事机の上に無造作に置くのは、『ハリー・ポッター』くらいの厚さがある書類の山。……ま、また追加……これにも全部ハンコ押すのか……。
 やれやれ……もう夕方だってのに……今日中に終わるかな……?
 戦が終わってから、ずっとこれだよ。戦後処理が大変なのはいつものことだけど……今回のは今までで一番だ。
 何せ、孫呉に勝った(公式には『和解』だけど)ことで、僕ら文月は三国の頂点に立ったことになり、ほぼ大陸の全てを統一した形になったわけだ。晴れて僕は、大陸全体の王様で、文月の幹部は、大陸を統べる最高権力者集団に早変わりだ。いろいろと調整しなきゃならないことが多すぎて、しかもその1つ1つが大変で、もう……。この前なんか、あの白蓮ですら弱音こぼしてたくらいだよ?
 そして当然、その魔の手は僕のところにも……と。
 毎日毎日、読書感想文が書けそうな位の厚さの書類の数々をいくつも処理している。まあ、ほとんどちゃらっと見てサイン書いてハンコ押すだけのそれなんだけど、それでもまあ大変でさあ……腱鞘炎になりそう。
 今日もまた……夜中就寝の予感……。
「はぁ〜……食事、部屋に運んでもらおうかな……」
「やれやれ、これはまたいい具合に疲弊しとるのう」
 あ、秀吉だ。
 天導衆の中では庶務的な立場の秀吉だけど、彼女の仕事の量も確実に増えている。僕や雄二ほどではないにせよ、一般の高校生なら悲鳴上げて逃げ出すであろうレベルに、だ。
 それでも秀吉がちゃんとそれをこなせてるのは……そしてそれ以上の量の仕事を僕がこなせてるのは……やっぱり『慣れ』なんだろう。何だかんだで随分と長いことこの世界にいるからなあ……。
 で……その秀吉が、何の用だろう? まさか……ムッツリーニ同様、また追加かな?
 自然と声にため息が含まれてしまう。
「どうしたの秀吉、また追加?」
「いや、安心せい……とも言えんが、まあとりあえずは安心してよかろう。追加というよりは……相談じゃからな」
「? 相談?」
 僕に? 何だろ?
 一応『追加』ではないようなので、多少ほっとした僕。秀吉がこっちに向かって何やら書類を差し出しているのに気付き、それを覗き込む。
 相談って、この書類のことかな……? えっと、何々……?
「大陸統一に伴う、『かんと』の必要性……?」
「『遷都(せんと)』じゃ」
 あら、これは失敬。それで……その『遷都(せんと)』ってのは?
812 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 04:21:33.45 ID:1U/RiEmE0
「ったく……少しはものを覚えろよ、オメーは……」
 と、誰かが悪態をつく。
 まあ……自画自賛だけど、今の僕にそんな口の聞き方するやつなんていったら……限られるしね。当然こいつだった……というべきだろう。
 見れば……いつの間に入ってきたのか、呆れた表情の雄二が秀吉の後ろに立っていた。
「仮にも王様なんだからよ……どっかで一度くらい聞いたことあんだろ?」
「無茶言わないでよ。セントだかユーロだか知らないけど……初耳なんだから仕方ないじゃない。同音異義語で聞き覚えがあるって言ったら……『せ○と君』くらいだし……」
「いや、その『せんと』なんだけどな」
 あれ、そうなの?
 面倒そうに頭をかきながら、雄二が説明を始めてくれる。
「つまりだな……」

                       ☆

 そして……場面はその翌日の軍議へ。議題が、その『遷都』である。

「やはり、我々がこれ以降大陸全体を統治していくことになる以上……このまま本拠地をこの幽州に置きっぱなしにするのは効率が悪いと思うんです」
 と、投影される地図に指揮棒を当てつつさらさらと説明する朱里。
 そしてそれを見る僕ら首脳陣。手元には資料。
 つまり……簡単に言うと『引越し』である。

 三国志とかに詳しい人ならわかると思うけど、僕らがいる『幽州』っていうのは、大陸のかなり北のほうにある地域だ。
 今までは、袁紹の南皮とか、白蓮の遼西郡とか、近くにある地域の統治だけでよかったからこの位置に僕らが住むこと=首都をおくことに何の問題もなかったし、きちんと運営してこれた。
 が……今は状況が違う。違うったら違う。
 文月が大陸全土を統治する立場に立った今、大陸北端に位置するこの幽州から統治するのでは、もはや規模的・効率的にきついのである。
 そこで必然的に持ち上がったのが……『みんなで引越しましょう!』という提案。
 曹魏に勝ったとき辺りからちらほら出てきてたらしいんだけど、孫呉にも勝ってその領土をゲットして以後はもっと増えた。まあ……いくら現地で統治するのは代理人だからって、大陸南方を中心に広がってる孫呉の領土を統治するのに、ここじゃあねえ……。

 そういうわけで、こうして正式な議題として軍議の場で話し合うことになったのである。
 一応『引っ越すかどうか』っていうのも議題と言えば議題だけど……それは状況的にほぼ決まってることなんだよね。だから、予定としては速やかに『どこに』に移りたいんだけど……。

「え〜?何で引っ越すの〜?」

 ……まあ、ある程度は予想出来たんだけどね……こういう反論があるかもって。そしてその音源は……やはりというか、鈴々である。
「何でってお前、今説明があっただろうが! 大陸全体を統治するに至った我ら文月にとって、いつまでもここにいるのは最早勝手が悪いのだ」
 ぴしゃりと愛紗。それでも、鈴々に納得した様子はない。あからさまに『え〜』という感じの表情を浮かべたまま、
「だって〜……鈴々はこの町が好きなのだ……」
「まあ、気持ちはわからなくもないけど……」
「あたしだって、名残惜しいけどな……」
 紫苑と翠は、鈴々の言うことを擁護するようなセリフを。が、最後まで言おうとはしないあたり、2人はこの遷都の必要性がわかっているらしい。
「でも〜……」
「いい加減に聞き分けろ鈴々。大体、ここに来てご主人様に会うまでは、私とお前はもともと流浪人(るろうに)の身だったろうが」
「でも、ここには美味しい点心屋も、美味しい屋台も、たまにお兄ちゃんが連れてってくれる美味しい料亭もあるし……」
 結局そこか。
 鈴々、どこまでも食い下がる。やはり、今まで慣れ親しんだ街と、そしてそこで幾度となく舌が世話になった味の数々が味わえなくなるかの瀬戸際、簡単に折れてくれる気はなさそうだ。でも……こればっかりはどうしようもないからなあ……。僕らの引っ越しに合わせて、店から何から全部移動させるわけにもいかないし。この鈴々は、これからちょっとずつ地道に説得していくしかなさそうだ。
 愛紗にとうとうと説かれ、しぶしぶながら鈴々は(一時的に)静かになった。
 と、ここで頃合いを見計らったように、
「それで……その遷都の話にどうして私が呼ばれているのかしら?」
 僕から大分遠い位置に、荀ケと共に座っている華琳がそんなことを聞いた。
 華琳だけではない。その反対側、向き合う形で、蓮華と穏も、さらにその奥には、月と詠までもが軍議の席についている。
 まあ……違和感も当然だろう、彼女達もまた、真意を謀りかねる表情を浮かべ、こっちを見ている。……穏だけはあんまり気にしてないっぽいけど。
 それについては朱里から。
「あ、はい。実はこの遷都に際して、洛陽を始め、元曹魏・孫呉領の都市のいくつかが候補に挙がってるんです」
「あら、そうなの?」
「それで……われらに意見を求めるために、こうして軍議の場に集めたのか?」
「月や華琳が住んでたとこだもんね。やっぱりじょーほうは、実際に住んでた人に聞くのが一番なのだ」
813 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 04:22:15.05 ID:1U/RiEmE0
そういうこと。ちなみにコレ、僕発案。当然愛紗に反対されたけど、無理言って聞いてもらった。
「ああ……それで……」
 華琳、蓮華、月……納得したようで何より。……って、アレ? 今……
「あれ、鈴々ちゃん? いつの間に曹操を真名で……」
 と、どうやら僕と同じ疑問を抱いたらしい美波が鈴々に聞く。疑問に思ったのは、どうやら美波だけじゃなく、そこにいるほぼ全員みたいだったけど。
 が、鈴々は逆にきょとんとした表情で、
「にゃ? 季衣を遊んでやってたら、呼んでいいよ、って言われたから……ダメだった?」
 なるほど、鈴々と華琳の間のコネクションが謎だったけど……季衣経由か。それならわかる。そして、表現があくまで『やってた』であるあたり、いつも通りというか……。
 ところで、いつのまにやら季衣も真名か。2人が直接会うと、いつも2人称が『チビ』と『ぺったんこ』になるから気付かなかった。昨日も一昨日も口ゲンカしてた気がするけど……少しは仲良くなったのかな?
「それに、遊びにいくとお菓子とかもくれるし」
 ……餌付けされとる?
 と、ここで、
「あ、私も華琳さんや桂花ちゃんは、真名で呼んでいい、って言われてますよ?」
「私もです〜……。それとたしか……」
「あ、はい、私もそう言われました」
「朱里? 穏? 姫路さんも!?」
 なんとなんと、意外に曹操を真名で呼ぶ人多いぞ?
 鈴々に始まり、朱里、穏、姫路さん……あと僕も合わせて、魏メンバー以外に5人もいたんだ。随分増えたな……?
「まあ、最近の華琳ちゃんは前より親交的になった気がするものね?」
「んー……やっぱ紫苑さんもそう思う? ボクも、華琳ちゃんにそう言われたときは意外だったよ」
 訂正。7人だった。紫苑に、工藤さんもか……。
 しかし、増えすぎじゃなかろうか? 鈴々みたく餌付けじゃないだろうし……一体、何を媒介に仲良くなったんだろ?
「はい、華琳さんが、孫子の兵法書の注釈をしているということを聞いたので……」
「私たち、頼んで時々見せてもらってるんですよ〜」
 と、軍師2人。へえ、そんなことしてたんだ……言ってる意味全然わかんないけど。
 そして聞けば、姫路さんも同じような理由らしい。兵法書じゃないけど、オススメの本を見せてもらっているとのことだ。……こんな漢字しかない世界の本によく興味もてるな……さすがだ姫路さん……。
 そして一方、工藤さんと紫苑の方はというと……
「うん、華琳ちゃんとは、何ていうか……すごく話があうんだよね」
「ええ……でも、さすがに熟練……とでも言うべきなのかしら? 私が論破されてしまうなんて……色々と勉強になるわ……」
 ……『何の?』って聞いたらまずいんだろうか?
 どうもこの3人、同じような分野に造詣が深いと見える。
 と、ここで会話が途切れた(今の紫苑と工藤さんの発言に誰も言及できなかったためと思われる)のを見計らって、
「頭の痛くなるやり取りはそのくらいにしておけ。それよりも……今は移転先を決めるのだろう? どうするのだ?」
 と、蓮華が脱線した話題を元に戻す。
 そうそう、それだった。候補がいくつかあるから……それに詳しい、もともと住んでた華琳たちを呼んで話を聞いて、最終的にどこに引っ越そうか決める、っていうのがこの軍議のテーマなんだ。
「なるほど……つまり私たちにプレゼンテーションをさせようというわけね?」
「そういうことになるかの……む? 横文字?」
 と、華琳のセリフに『プレゼンテーション』という明らかな横文字が出てきたことに秀吉が反応した。まあ、それはそうだろう。横文字なんてこの世界の人が知るはずもないし。
 けど、華琳は……
「そのくらい覚えるわよ。あなた達が毎日のように使っているのを聞いてればね」
 そういうこと。彼女、僕らの会話やら何やらから、日々現実世界の知識やら何やらを学習していっているのである。横文字の単語に、現実世界における統治システムの概念やらなにやら、たまに難しいことを霧島さんや姫路さんあたりと話してるのを見かける。そうやって華琳は、水を吸うスポンジのごとき要領で知識を我が物としているのだ。
 実際に話してみるとわかるんだけど……固有名詞を出さない日常会話くらいならなんとかついてこれるんだよ、この子。学習能力で言ったら……霧島さんや姫路さんと同等か、それ以上かもしれない。
 ……それを僕が知っているのは、人よりも華琳と会って話す機会が多いからであるわけだが、それは交流を深めて仲良くなろうと思ってのことであって、決して政務に飽きてサボっているわけではないことをここに明言しておく。
「それはいいとして、それならそれで事前に言っておいて欲しかったわね。そうすれば、資料なりなんなり用意できたのに」
「ああ、そっか……ごめん」
「私も同感だな……今すぐにやれと言われても、出来ないことはないが……満足いくものに出来るとは思えん。準備期間をもらえないか?」
814 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 04:23:57.04 ID:1U/RiEmE0
なるほど、もっともだ。
 プレゼンなら、ぼくらの世界でも普通はそれ相応の時間をかけて準備するもの。資料を集めたり、原稿を作ったり……この時代では無理だけど、プレゼン用のデータファイル作ったりとか。まあ、ホントは質疑応答形式でやろうとか、軽く話してもらうだけでいいやとか思ってたんだけど……確かに、言われてみればそっちの方が理想的といえばそうだ。
 見渡してみると、皆も思うことは同じらしい。
 ということで、若干時間はかかることになるけど、華琳たちにプレゼンの準備の時間を与えることにして、今回の軍議はそこまでとなった。
 なお、やはりというか、鈴々の主張が覆ることはなく、最後まで駄々をこねていたのだが……華琳が『洛陽や他の都にも美味しいものはたくさんあるわよ』といったところ、すんなりと折れてくれた。さすが華琳。

                       ☆

「やれやれ、終わったら終わったで大変だな……」
 コキコキと首をならしながら廊下を歩く。
 しかし……本当に大変だ。大陸を統一して平和を作れたのはよかったけど……まさか仕事がここまで増えるとは。蓮華や華琳が仕事『する側』に回って来てくれてるから、僕がやる量はかなり減ってるはずなのに……なめてた。
 王様って……大変なんだな……。
 もちろん、前の漢王朝時代みたいに、全部部下に丸投げして自分はただひたすら豪遊……って王様もいるんだろうけど、そんなのはさすがに気が引ける。愛紗達だけに大変な思いをさせるのなんて絶対にやだし。
 ただ……その中間ってもんが存在しないから、こういう思いをしてるわけでして……。
「はぁ……」
 誰に文句言う気もないけど、ため息ばっかりが口をついて出るなあ……。
「そんな間の抜けた溜め息ばかりつかないの。部下に呆れられるわよ?」
 ん?
 そんな声にふと振り向くと、
「あれ、蓮華?」
「気分はどう……って聞こうと思ってたんだけど……やめておくわね」
 玉座の間からつけてきてたんだろうか、少々呆れたような様子でたたずんでいる蓮華の姿が目に入った。苦笑いで応えつつ、何て返したもんかと悩むより先に、僕の脳裏にふと奇妙な違和感が走る。
 けど……それも一瞬のことだった。だって、だんだん慣れてきたから。
 ……蓮華が、普通の『女の子』としての面をつくろうと努力していることに。
「あら、今日は驚かないのね」
「さすがにね。だんだん慣れてきた」
「そう……ふふっ、私も進歩したかしらね」
「ははっ、かもね」
 実際、蓮華はずいぶん変わったと思う。
 以前はこんな風に、僕にでも『女の子口調』で話してくれるなんてことなかったし……そのことを考えなくても、今の蓮華は前に比べて随分といい顔してる。捕虜になって政治の場から遠ざかったことで、結果的に周りを見渡す余裕ができたのかもしれない。
 今では、前までの心労が嘘のようだ……なんて言ってたし。
 この分だと……予想より早いかもしれないな。復権してもらうのも……。その準備も進めておいた方がいいかもしれない。
 とまあ、それはいいんだけど……
 呉の陣営と言うと……どうしても最後に1つ、解決しなければならない問題があるわけで……
「さて……蓮華はもう大丈夫として……」
 一拍おいて、
「周瑜の方は……どう?」
 その質問に、ちょっとだけにが笑いを浮かべて蓮華は答えた。
「うーん……正直……まだね。そう簡単に立ち直れるとは……もとから思っていなかったけど」
 なる……やっぱりか。
 何せ、失敗したら全責任を取って死ぬ覚悟で今回の反乱を起こしたんだ……。それなのに、こうしてここで生きてて、しかも拘束・監視されているとはいえ、自分が裏切った蓮華たちと普通にまた一緒に暮らしてるんだから……その心中は、想像できないくらいごっちゃごちゃになっていることだろう……。
 それこそ、死んだ方がましだ……ってくらいに。
 それでも……周瑜には生きててもらわなくちゃいけない。だって……まだ双方ともに言ってないことがいっぱいありすぎるんだから……。
 蓮華に小蓮、甘寧に穏、大喬ちゃんに小喬ちゃん……残りの呉のみんなの腹割って話してもらってからでないと、こっちとしても処遇を決める気にはなれない。
 少々気が咎めるというか、こっちも見てて&聞いててつらいんだけど……そこは、おそらく周瑜にしか解決できない問題がからんでるからなあ……。
 自力で……きちんとケリつけてもらわないと。
「ちょっとは落ち着いたとか、気が楽になったとか……そういう様子もない?」
「ないわね……。落ちついてはいるみたいなんだけど……私たちと一緒に暮らしていることで、余計に追い詰められてる気すらするの……」
 そう言って、蓮華はちょっとだけつらそうな顔になる。
「…………蓮華?」
「時々ね……思ってしまうの。冥琳は……このままここにいても、つらいだけなんじゃないか……って。あのまま、姉さまのところに行かせてやった方が……楽だったんじゃないか……って……」
 伏し目がちにそんなことを言ってくる蓮華。はぁ……全くもう。
「……ねえ、明久。私……」
「却下ね」
「……聞いてもくれないのね」
「わかってるもん、言いそうなことくらい」
 誰が何と言おーと周瑜は殺しません。殺させません。
 そりゃまあ、その言い分がわからないわけじゃないけど……そうならないためにこうしたんでしょうが。死人に口なし、このまま周瑜に死なれたら……永遠に敵同士のままなんだから。僕的には、そっちのがよっぽど後味悪い。
 それに……周瑜のことを一番考えて、一番心配してた大喬ちゃんと小喬ちゃんさえ、まだ周瑜とろくに口聞けてないんだから。今この段階で周瑜死なせたら、あの2人ショック死しちゃうってば。
「うん……わかってる。わかってるの。でも……」
 そして蓮華は……やっぱり受け入れられなそうに、
「それでも……冥琳を見てると、思ってしまう……。彼女の心の声が聞こえてくるの。とても悲しげな……まるでわた……」
「私には……生きている資格など……」
「そう……そんな風に言って………………え?」

 ……………………………………ん?
815 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 04:24:54.62 ID:1U/RiEmE0
あれ? 今の声って……
 周瑜のしの字を言うより前に、蓮華と僕の首がとっさの反応で向こうを向く。
 そこには……………………いた。
 今しがた話題に上がっていた……周瑜が、カフェテラスに座って遠い目をしていた。うわあ……噂をすれば影が差す……ってホントらしいな。
 と、まずいまずい!


 ……………………で、


「……明久……何で私達、隠れてるの……?」
「さ……さあ……何でだろうね……」
 体が勝手に動いた結果がこれであります。
 なんというか、こういう時のお約束というか、そういう感じで……僕と蓮華は、周瑜を視界にとらえてから一瞬ののち、手近にあった茂みに隠れてこっそり周瑜の方を見ていた。
 ……や、理由聞かれると……さっきのセリフを繰り返すのみなんだけど……。
 こういうときって、なぜか隠れたくなるよね。そして見ていたくなる。
「気づいて……ないみたいだね」
「ええ……。普段の冥琳なら気付いたかもしれないけど……今は……」
 言わなくてもわかる。そんな余裕ないくらいに、精神が不安定……と。
 どうやらモロその通りらしい周瑜、戦場で見せたあの堂々とした……というか、恐怖感すら感じられそうなあの威圧感は今はなく……精神の不調が体にまで現れているかのような、どこか弱弱しい雰囲気だけが感じられる。
 どうやら本当に僕らに気付いていないらしい周瑜は、空の雲を見上げながら、なにやらぶつぶつと独り言。
「なぜ……今、私はここに生きているのだろうな……雪蓮……。本当なら……お前の隣にいるはずだったのに……」
 ……独り言……でもないのか。
 雪蓮……蓮華のお姉さんの名前。その人に……死んで会うはずだったその人に、思いをはせている……ってところなのか。
 ちょっと隣を見ると……やはり蓮華も、複雑そうな表情をしていた。
 自分を追放し、国を乗っ取った相手に向ける視線ではない……ただ、旧知の戦友を心配している目だ。まあ……あの様子じゃあ、心配にもなるか……。
 目の焦点ははっきりしてるから、正気を失ってるってことはないんだろうけど……。それでも……そうとう参ってるな、これは。蓮華が心配になるのも当然か。
「なあ雪蓮……どう思う? 私は……ここにいるべきなのだろうか……。裏切り、陥れ、傷つけたかつての仲間たちとともに……いや、最早私ごときが仲間達などと呼ぶべきでもないが……」
 周瑜の口元に、自嘲するかのように浮かんでいる笑みが逆に寂しい。
 こっちまでつらくなってくるなあ……。やっぱり、たとえ話なんかじゃなく、本当に色んな意味で追い詰められてる人を前に……僕なんかが言えることは何もない。ここ自虐しても仕方ないとこだけど……我ながら人生経験が希薄だなあ……。
「もう……私は疲れたよ……。何を賭けて、何を覚悟して、何をしても結局、結果が変わることはなかった。ただ……人を傷つけただけだ。なのに、全てを失ったこの世界で、私はのうのうと生きている……自らの過ちを償うこともできずに……あろうことか、蓮華さまたちの前で……。なあ……今からでも、お前に会いに行けるだろうか、雪蓮……」
「まだお綺麗なのに、そんなこと、独り言でも言うものではありませんよ?」
「「「!?」」」
 と、突然割って入ったそのセリフに、周瑜のみならず僕と蓮華(潜伏中)も驚いて、声のした方に視線を向けた。
 そこには……

「お前は……吉井玲!?」

(姉さん!?)

 にっこりとほほ笑んで立っている……姉さんがいた。
816 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 04:26:01.31 ID:1U/RiEmE0
幽州・日常編(5)
第125話 周瑜と蓮華と絆のパエリア
 昼下がりのカフェテラス。
 お茶をたしなむでもなくぼーっとしている周瑜に、それを茂みから覗き見ている僕と蓮華(なりゆき)。
 そして、その膠着状態に変化が……。

「どうも。さわやかな昼下がりには似合わないネガティブなセリフが聞こえたもので、一体全体どこの誰かと思いまして。それで来てみれば……呉の美周郎さんでしたか」

 何の前触れもなく現れた姉さんは、周瑜に何を断ることもせず、いきなりその向かいの席に座った。周瑜のこめかみがぴくっと機嫌悪そうに動いたが……全く気にせず(見た目だけは)素敵な笑顔を返す姉さん。
(あれって……明久のお姉さんよね……? 何でこんな所に……?)
(僕が聞きたいよ……)
 何であの、この陣営で一番の危険問題人物である姉さんがここに……? しかも、堂々と周瑜に絡んできて……あの、頼むから何か変なこと言って事態をややこしくしないでよ?
 僕の緊張感……というかぶっちゃけ不安感が一気に高まったことなど知る由もない姉さんは、持ってきたお茶菓子の包みをほどいていた。
 目で周瑜に『食べる?』と尋ねていたようだが……周瑜、無視。まあ、それで姉さんが答えた様子はないが。
「……何か御用か、吉井玲殿」
「玲で結構ですよ、長いでしょう?」
「そうか……では玲殿、何か御用か?」
 不機嫌そうな、そうでもなさそうな……相変わらず感情を[ピーーー]のがうまい。
 周瑜のそんなプレッシャーを含んだ問いに、姉さんはしかしひるむ様子も見せない。
「そうですね……用があるかと聞かれると……特にありませんね」
 やっぱり……。
 やば……すごく不安になってきた。
 姉さんはこういう厄介事において、火に油を注ぎこむ天才だ。その手腕は、僕に対しての名誉棄損やら破廉恥行為やら何やらの数々からも容易に想像できる。
 あの……ホント何度も言うけど……余計なこと言って周瑜を下手に触発しないで……
 と、その返答にさして感情を出す様子のない周瑜は、
「そうか……ならば玲殿、私の方から1ついいだろうか?」
「「?」」
 周瑜が姉さんに? 何だろ?
「? 何でしょう?」
「貴公はこの文月の王、吉井明久が姉だ。当然……多少なり吉井明久に対して影響力を持っているのであろう?」
「……? まあ、多少はそうですね」
「なら……話が早い」
 周瑜はそこで一拍置いて、
「……吉井に、速やかに私の処刑を執行するように進言してはいただけんか?」
「大却下させていただきます」
 おお、姉さん、一刀両断。
 何と言うか……ここで何を言うべきかのチョイスが間違っていないのはいいことだ。ちょっとだけ安心した。
 しかし……やっぱりそういうこと言うのか、周瑜。何と言うか……僕らが安心して蓮華たち呉メンバーを見ることができるのはまだまだ先だ……っていうか、ホントにそんな時が来るのかすら、悪いけど疑わしくなってくる。
 本気で期待していたとは思えないが、あまりの即断ぶりにちょっと不機嫌そうな周瑜。
「……貴公もまた、私に生きて地獄の責め苦を味わえと?」
「地獄とは……大げさですね、周瑜さん」
「大げさなものか。裏切り、見捨て、見殺し、陥れたかつての君主と同じ屋根の下に住み……自分にけじめをつけることすら許されない……地獄と言わずして何という?」
 言って再び周瑜の目は伏せられてしまう。
 ……重症だこりゃ。
 が、そんな悲痛なまでの周瑜の弁明を聞いても……姉さんは眉の一つも動かさない。
 そしらぬ顔で茶菓子を食べて、お茶を飲んで、時折『ふぅ』と一息ついて……。周瑜とはまるで対照的な、緊張感ゼロの空気をまとっているのがここからでもわかる。
 ……もしかして周瑜がいること忘れてるんじゃなかろうか、なんて思ったその時、
「少なくとも……そう思っているのはあなただけでしょうね」
「…………?」
 おもむろに口を開いたかと思えば……姉さんが言ったのはそんなセリフ。
「……何が言いたい?」
「言ってほしいんですか?」
 逆なでするようなセリフ。そして周瑜の返事を待つことなく、姉さんは口を開く。
「呉の皆さんに限らず……私達文月陣営の者は、皆さんあなたがこのまま死ぬことをのぞんでいない……こうして生きていていただけてよかった、と思っていますよ」
「……全員が全員、私に生のうちに罰を与えることを望んでいるわけか」
「なるほど……そのあたりの考え方が、そういう発言につながっているようですね」
 さっきから言ってる意味がわからない……。
 ……姉さん……一体何のつもりだろう?
「世迷言を……自国を攻めた主犯格に生きていられて『よかった』? なぜそうなる?」
「逆に聞きたいですね……なぜそうならないのですか?」
「問い返しの問答は好きではない」
「そうですか……では質問を変えましょう」
 と、姉さんはティーカップを置いて、

「周瑜さん、あなた……蓮華さんが好きですか?」

「「「は?」」」
817 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 04:26:38.15 ID:1U/RiEmE0
やばっ、思わず声でちゃった!
 僕に限らず……蓮華や、直接顔を合わせている周瑜もそんな素っ頓狂な声をあげていた。よ……よかった……そのおかげで、気付かれてないみたいだ……。
 蓮華とお互いに『しーっ……』ってまあちょっと遅い気がするけど確認して、
 じゃ……覗き再開。
「いきなり何を聞く? そのような……」
「真面目に答えてください」
 姉さん、ぴしゃりと一言。
 そして何と次の瞬間
「これからしていくいくつかの質問に全て『正直に』答えていただけたら……あなたのその『死刑にしてほしい』という望み……私からアキくんに打診してもいいですよ?」
「「!?」」
(姉さん!?)
 そんなとんでもないことを言ってのけた。
 ちょっ……何言ってんの!? 質問に答えたら、望み通り周瑜[ピーーー](ように僕に言う)!?
 あまりの衝撃に、僕も蓮華も、周瑜もあっけにとられて声が出ない。この人……一体何のつもりでこんなこと……!?
(あ……明久……!? 一体これは……)
(わ、わかんにあよ、僕にも……)
 あまりの動揺で朱里ばりの噛み噛みなセリフが出てしまった。いや、今のは仕方ないって! 驚くって! 隣で蓮華なんか、錯乱一歩手前だし。
 一体全体姉さん、何でこんなことをいきなり言いだしたんだ!?
 全く思考回路の読めない姉は……今までと同じ、さわやかスマイルで周瑜と相対している。何を考えてるんだよ……!?
 徐々に冷静さを取り戻した周瑜が、目を細めて姉さんを睨む。
「……貴様……何が目的だ?」
「私の意図するところなど、これから死ぬ人が気にしても仕方がないのでは?」
「なるほど……な……。その言葉に偽りはないか?」
「ええ。正直に話しさえしてくれれば、きちんとあなたの望みを聞きましょう。なんなら……火刑でも斬首でも、好きなものを選んでいただいて構いませんよ?」
「…………よかろう」
 その一言で完全に目がマジになった周瑜が、姉さんに向き直る。それを確認して、
「では改めて。蓮華さんが好きですか?」
「……嫌い、だな」
 と、周瑜は間をおいて言った。
 蓮華は……予想済みだったのだろうか、ちょっとだけショックを受けた様子だったけど、何も言ったりしようとはしなかった。
「孫呉の血族として……民を治める王として……尊敬はしている。しかし、軟弱な考え方を持って孫呉3代の夢であった覇道をついえさせたということは……賛同しかねる。ゆえに……あの方を完全に好きになることはできんな」
「そうですか……」
 言いきった、とでも言いたげな周瑜。
 確かに……嘘をついた様子はないな。周瑜はまあ、仲が悪かったと言っても、蓮華の王としての能力自体は認めてたわけだし。だからこそ……孫策さんが亡くなった後も、蓮華をそばでサポートし続けてきたんだろう。
 でも……その方針には賛同しかねる……か。さすがというか、恐ろしく正確かつ的確な説明だ。異論をはさむ余地がない。
「……この答えで満足か?」
「うーん……もう少しですね?」
「もう少し?」
 何だそれ……?
 姉さんはお茶のお代わりをカップにそそぎつつ、
「あなたは……王とか、覇道とか、そういうのを一切考えないことにしたうえでは……蓮華さんをどう思っていますか?」
「……?」
 周瑜の眉間にしわが寄る。姉さんの質問の意図をますます理解しかねるらしい。それは……僕らも同じだけど。
 もしかして姉さん……なんやかんやなん癖付けて『納得できない』ってことにして、周瑜の死刑宣告をしないつもりなのかな? まあ……それはそれでいいけど……どの道、僕が待ったかけるし……。
 とまあ、その問いに周瑜は、
「……考える必要性があるまい? 私にとって蓮華さまは、孫呉の王……孫伯符の後継者以外の何者でもない。その『呉王』としての蓮華さまを好きになれん以上……」
「なるほど……わかりました」
 と、唐突に姉さんが割り込んだかと思うと、姉さんはティーカップを受け皿に置き、
「思った通り……周瑜さんは自分で自分のことを少しもわかっていらっしゃらないようですね」
「「「…………!?」」」

 ………………は?
818 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 04:27:13.88 ID:1U/RiEmE0
声こそ出なかったものの、そんな感じの擬音が似合いそうな感情が僕ら3人の胸に同時に生まれた。
 えっと……姉さん? それ、どういう意味……?
 同じ疑問を抱いたらしい周瑜もまた、尋ねる。
「私が……私のことをわかっていない?」
「ええ、そうです。なぜなら……」
 一呼吸おいて、

「周瑜さん、あなたは……蓮華さんのことが大好きだからです。」

「「「!?」」」
 周瑜の、そして蓮華の驚愕がはっきり伝わってきた。
 無論、ビックリしたのはその2人だけじゃない。僕もだ。
 ちょ……それ、どういうこと!? 周瑜が蓮華を大好きって……何それ!?
 目の前で驚愕に目を見開いている周瑜が何か言うより先に、姉さんは……
「全くもう……難儀な性格ですね……つんでれ、というやつですか?」
 違うと思うけど。
 と、今度こそ口を開く周瑜。
「どういうことだ玲殿、私が……蓮華さまをお慕いしているだと?」
「そうですね……おおおおおお慕いしている、くらいだと思いますけど」
「ふざけたことを言ってごまかすな。意味のわからんことを……」
「そうですか、では説明しましょう。つまりそれは、心情的および身体的に、保護欲もしくは一緒にいたいなどと言った好意的な感情を……」
「誰が『慕う』の言語的意味を説明しろと言った。ふざけるな」
 すいません……ふざけてないです……その人それで多分大真面目です……。
 気を取り直して、とは言わなかったけど、周瑜が再び開口。
「そんなはずがあるまい。この手で蓮華さまを呉から追放し、王位を奪取し、挙句に売国奴に仕立て上げ……慕っている者のすることか。最早私の心は、とうの昔に見限……」
「では聞きますが」
 姉さん、更に遮る。
「あなたはなぜ……ここにこうしているのですか?」
 その質問に、僕らの思考がさらにこんがらがる。あの……どういう意味?
「……聞いていることの意味がわからんぞ。私がなぜここにいるだと?」
「ええ、そうです」
 3杯目のお茶を注ぎながら姉さんは、
「聞く限りでは……あなたは今は亡き孫策さんの野望を……天下統一を夢見て、断腸の思いで蓮華さん達を裏切り、呉を乗っ取って私達『文月』に戦いを挑んだとか……」
「…………ああ」
「そして敗れ……自害しようとしたところを私の弟に阻まれ、ここで捕虜となっている」
「……そうだ。それがどうした」
「ここで質問です。どうして……我々に敗北した後、残存兵達を連れて逃げて、再起を図らなかったのですか?」
「!?」
819 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 04:30:36.28 ID:1U/RiEmE0
何だ? 今一瞬……周瑜の顔に驚きが浮かんだような……?
「簡単ではないでしょうが……あなたの手腕なら不可能でもないはずです。大陸各地に散らばっている有力者たちのうち、我々文月を快く思っていないものを集い、それを元手に裏で動いて戦力の充実を図る……まあ、三十路、四十路は覚悟しなければいけないでしょうが……あなたには、そう言う選択肢もあった。にも関わらずそうしなかったところを見ると……ずいぶんと孫呉という国に、愛着があるようで……?」
「…………………………」
「あなたが天下統一をするのは……いや、させるのは『呉』でなければならない……と……。他の、あなたが適当に作った新興の国ではダメということのようですね」
「当たり前だ。先々代の大連様や、先代の伯符が作り上げた呉こそ、私の居所……その『呉』以外に栄光の光を当てることなどに興味はない」
「そこにあなたの勘違いがあります」
「?」
 ……勘違い……?
 何だろう……さっきから、姉さんの考えがまるで読めない。勘違いって……周瑜が? 何を?
「あなたは……孫家に、孫呉の血族に……蓮華さんに覇道を歩んでほしかった……しかし、そうしてくれないからすねているのです」
「言い方が稚拙だが……まあよかろう。して、それのどこが悪い? 私が謀反を起こした理由はもともとそこだと、最初に言ったはずだ」
「いいえ、そうではなく……」
 一拍、

「あなたは大好きな蓮華さんに、天下を取らせてあげたかった……それだけなのですよ」

「………………?」
「『勘違い』というのはここです。あなたは決して、蓮華さんや呉をないがしろにしたかったわけではないのです。あくまで蓮華さんに、呉に、天下をささげたかった……しかしあなたは、自分でその感情に気付いていないのです。呉も、蓮華さんも、天下統一も、あなたのとても大切な夢……しかしながら、あなたの中で3つで1つであったその『大好きなもの』が分裂し始めたということに気付き……あなたは焦ってしまったのですね。結果的に……自分の本当の本音を見失ってしまった」
「何を言う!? 私はあくまで、先代の伯符が目指した天下統一の夢を……」
「それ『だけ』が大事なのなら……もっと手ひどい方法を使って蓮華さんも見限って放りだして、もっと効率よく呉を手中に収める道もあったでしょう? 私にだって、1つや2つ思いつきますよ?」
「……………………」
 気のせい……じゃない。
 周瑜が……だんだん押されてる? 論戦で!?
「蓮華さんも、伯符さんも、天下も、呉も、何も捨てたくなかったのに……それが今まさにバラバラに分裂してしまいそうになっているのが我慢ならなくて、想像を絶する葛藤の末にやむなくこういう手段に出た……といったところでしょうか。そこにあったあなたの考えは、言葉で表すには、この世に存在する言葉ではあまりに足りないでしょう……」
「……………………」
「最終的に、あなたは身を斬り裂かれるような思いで蓮華さんを斬り捨てた。それに関しても……あなたはいつも自分を責めていたでしょうね……」
「違う……私は……」
「違うはずがありませんよ。そこまで蓮華さんを大切に思っていなければ……あんなに蓮華さんに優しい策で、呉を乗っ取ったりしないはずです」
 聞いているうちに……だんだんわかってきた気がする。
 たしかに……言われてみればそうだ。呉を乗っ取って文月との決戦をするのが目的なら……確かにもっと効率的なやりようがある。
 例えば、まあ僕が思いつく程度のだから単純だけど……国内で策を使って蓮華の評判を徹底的に落とした後で、『真の呉の意思を守る!』っていう名目ででもクーデター起こして、蓮華を完全に悪者にしたままで堂々と乗っ取ったりとか……。
 そう考えると……わざわざ蓮華を国外に誘い出して、そのすきに……って策は、蓮華を傷つける必要もないし、これを選ばなければ、蓮華率いる本隊を僕らと戦わせて勝てるかどうかなんていう賭けの要素も入って来ない。
 極めつけとして……僕の甘さは周瑜もよく知ってる所だろうから、仮に負けてつかまって捕虜になっても、蓮華が殺される確率は低い……そのくらいのこと、周瑜なら1秒で思いつくはずだ。言われてみると……すごく蓮華に安全性が傾いた作戦だ。
 ……対して自分は、ちょっとでも采配をミスると国内の兵達・有力者たちにそっぽむかれて自滅しかねない危険かつ不安定な状況に置かれることになるのに……。
 ……っていうか、こんな周瑜自身ですら気づいていなかったかもしれないことに、あの姉さんが気付いてたのか……!?
「……そのような事実、ただの結果論だ」
「結果論だろうと事実は事実です。それに……思いが無ければ、結果はついてこないものですよ」
「なぜ……そのようなことが言える……なぜ、わかるのだ……」
「私自身……そうですからね」
 ……どういう意味だろう? まあ、いいけど……
 完全に言い負かされた調子になって、反論もろくに飛んでこなくなった周瑜。それに対して、姉さんの笑顔は最初と変わらない。
 つまり……完全な自然体……と。弟が言うのもなんだけど……この人、マジで色んな意味で底知れない……。伊達にハーバード出てないってことか……。
「何かを大好きで大好きでどうしようもなくなると、それに目を奪われるばかりで、その周りの大切なものを見失いがちになるものです。あなたは、蓮華さんのことが大好きでなければ……あなたが最善だと思っていた『天下』を諦めようとした時、心配も叱りもしなかったはずですよ。あなたが、本当に蓮華さんを大切に思っている証拠です」
「………………私は…………蓮華さまを…………」
「……もう一度、たずねましょう」
 そして姉さんは、質問を繰り返した。
「あなたは……蓮華さんが好きですか?」
820 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 04:31:33.14 ID:1U/RiEmE0
周瑜の答え? そんなの……聞かなくてもわかる。

「……ああ……好きだ」

(冥琳……………………)
 今まで静かだった蓮華が、そうぽつりとつぶやく。しかしそのたった一言、とも言い難い一言には、色々な感情がこもっている。
「ゆえに……私は呉に……できるならば、蓮華さまとともに、栄光をもたらしたかった……。いや、できるならば……穏や甘寧、小蓮様、大喬と小喬も……ともに、統一されて平和になった世界で…………」
「では……もう1つだけ」
 そして姉さんの、その最後の質問とは……
「今でも……あなたは、死刑になることを望んでいますか……?」

 答え……? 決まってるでしょ。

「……いいや……まだ[ピーーー]んな。少なくとも……蓮華さまにこの胸の内を全てさらけだすまでは……な……」

 やれやれ……やってくれたよ、姉さん……。

 まさか姉さんにあんな技能があるなんて思わなかった。伊達にハーバード出てるわけじゃない、ってことか……。
 周瑜の顔には、脱力こそ感じられれど、他の何か大変そうな様子は微塵もなくなっている。どうやら……踏ん切りがついた、とまでは言わないけれど、かなり気持ちの整理がついたらしい。
 神策奇謀・冷酷非道で知られる氷の軍師も……年がら年中頭の中が春爛漫の姉さんの陽気にはかなわなかったか。
「すごいわね……冥琳を言い負かしちゃうなんて……」
 と、隣で蓮華がそんなセリフを。
「さすがね……玲さん。やっぱり、あなたの姉だわ」
「? あ、えっと……うん、ありがとう」
 どうして『僕の姉』っていうステータスが強調されたのかいまいちわかんないけど……まあ、今回の姉さんの活躍が見事だったのは事実だし、まあ身内のことってことで、一応喜んでおこうかな。
「……鈍いようでするどかったり、肝心なところで鈍かったりするところとか、そっくり」
「? 何か言った、蓮華?」
「何でもない」
 ……さっきから聞こえそうで聞こえない独り言が多いなあ……。
 と、
「だそうですよ、蓮華さん?」
「「えっ!?」」
「なっ!?」
 いきなりこっちに姉さんの声が飛んできた!?
 ちょ……まさか姉さん……最初から気づいてたんじゃ……?
 同時に周瑜の視線もこっちに向いた。うう……周瑜(常人に比べれば気配とかに敏感)がこっちに注意を払ってきたとなると……隠れ通すのは無理、か……。
 観念して、僕と蓮華は生け垣の外に出る。開けた視界で、にこにこ笑っている姉さんと、滅多に見れなさそうな表情で驚いている周瑜を見ることができた。
「あ、えっと……蓮華さま……」
「あ、うん、冥琳、その……」
「ほらほらお2人とも、硬くならないで。お見合いの席の若い2人じゃないんですから、座ってお話しなさい」
 その例えは正直どうかと思うんだけど……まああえて突っ込むまい。
 ここが正念場。自分の心に正直になった周瑜と、仲直りしたくてもできなくてモヤモヤしてた蓮華の意地の見せ所……ってやつだ。どっちか話しかけるにせよ、この一席に2人の仲直りがかかって……
 とはいっても、まあ……簡単に何か言える雰囲気でもない、ってのが本当か。
 なんかちょっと長くなりそうだな、なんて思った時、
「さて……問題解決のために必要な当人である蓮華さんはいいとしても、アキくんがこうして覗いていたことに関しては、何かしらの罰が必要ですね?」
「え、罰!?」
 ちょ、いきなり何を!?
 割と体全体を使った僕のリアクションを綺麗にスルーして、姉さんは顎に手を添えてちょっとだけ考えると、
「そうですね、ではアキくん……」

                        ☆

「全く……お腹すいたんならそう言えばいいのに」
「いいえ、私は2人の仲を取り持つのに何かきっかけでもあればと思っただけで、決してそのような他意はありませんよ。たまたまお昼時だっただけです」
 嘘ばっか。完全に目的と手段が逆だったくせに。
 僕の目の前には、同じ円形のテーブルに腰かけた姉さんと周瑜、蓮華がいる。そして僕の手には……パエリア専用鍋・パエジェーラが抱えられている。
 無論、空なんかではない。中身は、姉さんに『罰』と称されて今さっき作ってきたばかりの、僕特製のできたてパエリアだ。食材は、姉さんがこっちに来た時に持ってきたものと……この世界に存在するもののうち、代用して使えるものを使って僕なりにレシピを考えた、三国志世界仕様のオリジナルパエリアとなっている。
 お腹が空いたってだけで、何を作るかは僕に任されたんだけど……どうせなら自信のあるものってことで、パエリアにしたわけだ。蓮華と周瑜もいるしね。
 テーブルの上に鍋が置かれると……猛烈な湯気の向こうに見える、オレンジ色に色づいた米が蓮華たちの視界に飛び込む。2人とも驚いているというか、あっけにとられているようだ。
「こ、これ……明久が作ったの!?」
「……食べられる……のか?」
「失敬な。これでもけっこう、料理には自信あるんだよ?」
「そうですね、姉の私が言うのもなんですが……アキくんの料理の腕はそこらの家庭料理ではちょっと比較になりませんよ?」
 主にあなたと母さんにやらされてたからなんだけどね。
 まあ、パエリアは僕も好きだし、ちょうどおなか空いてたから……何も言わないけど。
 用意した小皿にパエリアをさっと取り分けて、蓮華と周瑜にも配る。オレンジ色のご飯なんてチャーハンでもないだろうから戸惑ってるみたいだけど、まあそんな緊張しないで。別に絵の具で着色したわけじゃないんだし。
 戸惑いつつも2人は、僕がみんなの小腹を満たす目的で作ってきたパエリアを一口ほおばり……そして驚愕していた。へへーん、どうだ参ったか。
 そして食べながら、
「……よもや、このようにまたあなたと卓を囲むことがあろうとは思いませんでしたね……」
「そうなの? 私はそんなことなかったけれど……」
 ……うーん……どうやら僕がパエリアを作ってた間に、何かしら話が進展したらしいな。その場に居合わせられなくて、ちょっと残念だ。
 でもまあいいか。結果的に2人は仲直りできた……いや、できたのかは分からないけど、かなり打ち解けられた様子だから。見ればわかる。
 だって今まで……蓮華と周瑜が微笑みあってるところなんて、見たことないもん。
 その打ち解けたところで、間髪いれずに一緒の食事……それでさらにフランクさを、ってわけだ。我欲が先行したにしては、いい作戦じゃない、姉さん。なんかレストランでの外食みたいな雰囲気で、自然と場がなごむ。
「……礼を言うぞ、吉井」
「ほぇ?」
 と、唐突に周瑜。
821 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 04:32:09.85 ID:1U/RiEmE0
「お前に助けられなければ……こうして蓮華さまとともにいることはできなかったからな……。一度捨てた命だ、自分に正直になって、恥も外聞も捨てて、みっともなく生きてみるというのも……いいかもしれん」
 炎上する玉座の間で会った時の周瑜からは考えられないセリフだ。
 そのまま周瑜は、蓮華にちらりと視線をやる。蓮華はちょっと気まずそうにしつつも、しっかりとその視線に笑みで返した。
 うん、この分なら……和解もそう遠くないだろう。
「楽しみね……今まで見れなかった冥琳が見れそうで」
「これはこれは手厳しい……しかし、私はもう十分すぎるほど、呉にいたころには見れなかった蓮華さまのお顔を拝見しておりますが?」
「もう……変わらないんだから。やっぱり冥琳は冥琳ね」
 つい1時間くらい前までは、お互いにどう接していいのか全く分からず、歩み寄れず気まずかった2人が、今は同じテーブルでパエリアをつついている。うーん、ちょっとだけ不思議で……ぞれでいて、そんなことが気にならないくらいに微笑ましい。
「さあ、おしゃべりは食べながらにしましょう。パエリアは熱いうちがおいしいですからね」
 この食事会(?)を始め、周瑜の本心を見抜き、2人の仲直りのきっかけとなった姉さん。このMs.天然の鶴の一声で、僕らはまたスプーンを手に取った。
 うん、姉さんのセリフはほぼ勢いだろうけど……今はこれでいい。今はとにかく、この時間を楽しむことにしよう。そうした方が、この場の空気的には上策だ。
 大丈夫、今はまだ、表面的にお互いに本音を見られて安心してるだけの段階だけど……これから少しずつ、お互いに本音をぶつけ合って、理解していけるだろう。根拠とか特にないけど……そんな予感がする。時間とともに……ごくごく自然に。
 もちろん、蓮華だけじゃなく……穏や小蓮、大喬ちゃん小喬ちゃんとも、だ。甘寧は……あー……ちょっと時間かかりそうかもだけど。
 だからとにかく、今は焦らずに、ただこの会食を楽しんでてくれていればいい。パエリアを食べることに、そして他愛もない話題に笑うことだけに集中しよう。
 この時間を、2度と来ないかもしれないと思ってた……みんなが笑顔でいるこの時間を楽しんで、それから……


 ………………まあ、後のことは後々、かな?
822 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 04:33:03.06 ID:1U/RiEmE0
幽州・日常編(5)
第126話 チビと外食とメイド喫茶

 ここは城を出て少し歩いた所にある、開けた広場の一角である。
 そこで、

「……で、どうしてこういうことになっているのかしら……?」
「「うぅ…………」」
「「……………………はぁ……」」
「にゃ?」
 目の前には……苛立ちを隠そうともしない華琳と、見るからにしゅんとしている季衣&夏候惇と、呆れ顔でため息をついている秋蘭&荀ケと、きょとんとしている鈴々が立っていた。
 そしてそれをつっ立って見ている、僕と美波である。
 この状況は何なのかというと……話は少し前にさかのぼる。


 華琳のところから『たまには5人で外食がしたい』という希望を記した申請書が僕のところに秋蘭経由で回ってきたのが、一昨日の話である。
 大陸統一後、不自然に思われないくらいのペースを保ちつつ、徐々に華琳は表舞台に復権しつつある。魏領を統治するのに、華琳たちほど頼りになる人物はいないからね。
 最終的には……独立とまでは行かなくとも、あくまで文月の内部でなら、以前と同様に構えてもらって執政に携わってもらえるようになるかも。華琳なら信用できるし。
 とまあそういう傾向のおかげで、最近では徐々に規模の大きめのお願いも僕のところに回ってきて、可能な限りでそれをかなえられるようになった。で、今回のこのお願い……ってわけ。
 当然、監視は必要なんだけど……僕だけ、ってわけにもいかないので、鈴々と美波に同行してもらっている。鈴々クラスの手練に、美波と僕の召喚獣2体(腕輪使用で3体)がいれば……何が起きてもどうにか対処できるはず。
 それとあとは……星と朱里とムッツリーニが、どこかから見えないように監視している手はずだ。まあ、監視体制としては上出来だろう。
 さて、話は戻って、今日は華琳たちは食事に行きたい……ってことで出てきたんだけど……どうも曹操、最近出来たある料亭の料理が食べたかったらしく、既に予約も済ませてあるとのことだ。
 ……まだ捕虜の身でありながらどうやって予約なんかしてたのかはわからなかったけど、とりあえずその料亭っていうのに行こうとして、

「それじゃあ、案内してちょうだい、春蘭」
「はっ! よし、頼むぞ、季衣!」
「はいっ! じゃ、よろしくね、おチビ!」
「にゃ?」

「「「…………………………???」」」

 はい、ここで冒頭に戻る。
 えっと……つまりこの状況は……?
「春蘭……一体コレはどういうことなのかしら……?」
 見るからにいらだっている華琳の視線に冷や汗をたらしつつ、夏候惇は視線を、自分の隣にいる季衣へと向ける。
「えっと……はい、華琳様に『予約しておけ』と言われましたので……私は季衣にそう言っておいたのですが……」
 と、季衣は季衣で、一瞬だけ夏候惇と華琳をそれぞれチラ見して……鈴々を見た。
「でも、ボク1人じゃ外に出られないから、おチビ……鈴々に頼んだんですけど……」
「えっと、それで……鈴々ちゃん……?」
 と、おそるおそる聞く美波であるが……無情にもその返答は余りに予想通りだった。
「予約……した?」
「鈴々が季衣の命令なんか聞くはずないのだ! そもそもお店とか知らないし!」
「「「………………」」」

 つまり……予約とかされてない……と。

「……あなた達に頼んだ私がバカだったわ……」
「「そ、そんな、華琳様!」」
823 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 04:33:46.33 ID:1U/RiEmE0
心境が同じ2人の声がそろうが、華琳は頭を抱えるのみである。
 店の予約と言う大命は、夏候惇に、季衣に、鈴々にたらい回しにされた挙句……実行されずじまいだというわけか。あーあ……
 ……と、何故か季衣と夏候惇が僕のほうを見ているのに気付いた……ってちょ、何? いや、そんな目で見られたってどうにもならないよ?
「何よ、使えないわね、このくらいしか利用価値のない男の癖に」
 いや、荀ケさん、そんなこと言われましても。
 まさか王様権限で、今日予約入れてる人の予約を無理やり取り消して入れるってわけにもいかないしさ。いや、出来ないことは無いんだろうけど……そういうの、なんかやだ。
 と、この光景にため息しか付けなかった秋蘭が、
「華琳様、この手のことは、つぎからは私か桂花、もしくは……吉井殿ら『天導衆』の者に直接言っていただくようにお願いします」
「か、華琳様! 次こそは、次こそはきちんと予約をやってみせますので! どうか今一度私に挽回の機会を!」
 予約程度でここまで必死になる夏候惇である。まるでリストラ候補の窓際社員が管理職に頭下げてるかのような光景だ。うーん……人の価値観っていうのはそれぞれだな……。
 どうやらこの反応に慣れているらしい華琳は、さして目立った反応などは見せない。……つまり……夏候惇たちのこれは結構よくあるのか……?
「それ以前に……あなたには罰を与えなくてはね、春蘭?」
 と、その言葉に……夏候惇の顔色が変わった。
 …………赤く。
「ば……罰……ですか…………♪」
 いや、何でそこで嬉しそうにするの? なんだか聞いてはいけない気がする。
「ええ、今夜……楽しみにしておきなさい?」
「は、はぃ…………♪」
 思うに、罰って言わないんじゃなかろうか、それ? 明らかに喜んでるし。
 ……まあ、当人達がそれでいいなら……僕は何も言うまい。
 と、ここで美波が、
「で、実際どうするのよ? 結構大所帯だけど……予約無しに入れるようなお店なの?」
「そうだな……正直、難しいかもしれん」
 不本意ながら、秋蘭はそう返した。
「何やら、かなり人気のある店らしいのだ。普通予約席は当面は予約でいっぱいで……庶民にはとても届かない、『松・竹・梅』の上等席ですら、予約には骨が折れるらしい。予約の権利が店側主催の競りで決められるほどなのだ。特にその更に上の貴賓席は……客を選ぶ上に、全て合わせた値段が兵卒の棒給の5倍を超えることもあるらしい」
「予約無しの人のための一般開放席もあるにはあるらしいのだけど……いつも1刻、2刻待ちは固いらしいのよ。ましてや、華琳様をそんなに並ばせるわけにもいかないし、庶民の食事で満足していただけるはずもないわ」
 荀ケも続けて苦言を呈する。
 うーん……僕もその店のことは知らないんだけど、よっぽど人気がある店なんだなあ。
 この2人が納得して、華琳が食べたいって言う店なんだから、どうやって確認したのかは知らないけど味は確かなんだろう。けど……そこまで人気となると、僕でも席の奪取は難しいぞ?
 おまけに、何かすっごく高級そうな話だし……。まあ、普通の人の来店もある辺り、あるていどリーズナブルな値段の料理もあると見えるけど……秋蘭の言ってた感じだと、その最上級貴賓席とやらの値段って……現代で換算したら100万円くらいだろうか?
 なんつーところだ……そこで華琳たちは食事する気だったのか……。
824 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 04:35:26.05 ID:1U/RiEmE0
「でもまあ……いつまでもここにても仕方ないし……秋蘭? その店の場所はわかってるの?」
「ああ……行くだけ行ってみるか?」
「ここにいたって始まらないでしょ? 行けば何とかなるかもしれないし……まあ、自信はないけど……」
 と、ここで、さっきから夜の『罰』とやらに思いをはせていい意味で遠い目をしていた夏候惇が反応した。
「お、おいちょっと待て吉井!?」
「どうしたの夏候惇?」
「春蘭、いつまでもここにいても何も華琳様は満足されないわ。行くだけ行ってみましょう?」
「いや、そうではなく……」
 と、ここで夏候惇は僕と秋蘭を交互に見て、
「秋蘭、お前……いつから吉井に真名を!?」
「ん? ああ……姉者は知らなかったか」
 と、今まで散々スルーしてきたけど、今は僕と秋蘭はもう真名で呼び合ってる仲である。
 もっぱら華琳からの用件は秋蘭や荀ケを通して僕のところに来るんだけど(夏候惇や季衣に頼むと今日みたいなことになる)、それを繰り返してるうちに仲良くなったわけだ。季衣と遊んでると通りがかることもあるし。
 で、最近では『真名で呼んでかまわん』ってことで、華琳、季衣に続き、魏陣営で僕が呼ぶ真名3人目ということになっているのである。
 と、いうことを話したら夏候惇が、
「………………ずるい……」
「え? 何か言った?」
 よく聞こえなかったんだけど。
「……っ、何でもない! というか秋蘭、お前そんなに、真名で呼び合うほどに頻繁に吉井と会っているのか!?」
「そうなの、アキ?」
「え? いやその……大概は華琳の用事の時にだから、そんなにでもないと思うよ?」
 まあ……夏候惇や荀ケよりは多いかもね。ちなみに荀ケの場合、用件だけ告げてとっとと走り去っていくから、仲良くなる暇もないけど。
「ホントに? それだけ?」
「ホントホント」
 だから美波、僕の手首を離して? 公序良俗に反するやましいことはなにもないから。
 と、ここで痺れを切らしたのか

「ほら、行くんならさっさと行くわよ! こんな所にいつまでもいたって何も面白くないわ!」
 と、華琳の檄が飛ぶ。それに反応し、魏メンバーは迅速にそこに集合した。
 やれやれ……まあ、たしかにそうか。じゃ、行きますか。
「ほら、行くわよ明久。太守として、私が楽しく食事できるように奮励努力なさいな」
 太守の扱い方違うと思うけど……もうなれたからいいや。はいはい、善処しますよ。

825 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 04:36:35.05 ID:1U/RiEmE0
その300mほど後方にて、

「星さーん……あの、これ……ホントにつけなきゃだめですかぁ……?」
「我々は隠密の任務をたまわっているのだぞ? ならば、それらしい格好をせねばなるまい?」
「それはその……でも……」
「…………どこがそれらしいのかわからない」
 隠れて監視の任務についている、星、朱里、ムッツリーニの3人は、それとなく物陰に隠れつつ、街中を闊歩する明久たちを尾行していた。
 ……なぜか、顔に見覚えのあるパピヨンマスクを付けて。
 紫色のパピヨンマスクで、恥ずかしそうに小さくなっている朱里が、
「あ、あの……それらしい格好って……余計目立ってると思うんですけど……」
「何を言う? 皆、我々に気付いていないではないか」
 おなじみの黄色の『華蝶仮面』マスクの星は、心のそこから疑問に思って聞くのであるが……いや、確かにこの状況は、町の人が誰一人その3人のことを見ていないものなのであるが……。
 ……お察しの通り、『気付かれていない』のではなく『見られていない』のである。
 いや、正しくは……『見てもらえない』のである。余りにアレなので。
 と、ここで、その髪と同じ寒色系のマスクのムッツリーニ、
「…………動き出した」
「何っ? よし、追うぞ、華蝶仮面3号、4号!」
「せ、星さん、その呼び方はちょっと……」
 心のそこから嫌そうなトーンで言う朱里を華麗に無視して、
「私のことは1号と呼べ、3号!」
「…………2号が抜けてるけど」
「2号と5号はあとから合流する手はずだ、いいからいくぞ!」
「ご、5人もいるんですか……?」
「…………何レンジャー?」
 色々とツッコミどころ満載なのを、いっそ清清しいほどに気にせずにずんずんと進んでいく星……もとい、華蝶仮面1号。その後ろから、かなり嫌々ながら3号と4号はついていっていた。

                        ☆

「? 何だろあれ?」
「何か……もめているみたいね……?」
 ダメもとでその『店』の前まで来てみた僕らの前には……何やら奇妙な光景が広がっていて、野次馬も集まっていた。あっと……あれは……?

「あぁん!? 俺達はお客様だぞ! 何か文句あるのか!?」
「そうだそうだ! ちょっとくらい触ったっていいだろ!」
「い、いやその……当店はそのようなお店ではなくてですね……」

 店員……らしき人が、数人のガタイのいい不良風の男達に、入り口で詰め寄られている光景だった。
 会話の内容からして……店の女性店員になにやらちょっかいをだそうとしたところ、つまみ出されたため逆ギレしているようだ。やれやれ……いつの時代にも、こういう人いるんだなあ……。
 で、よく見ると、その相手をしている店員(?)らしき男の人も、それなりに体格はいいんだけど……なんというか、相手が悪そうだ。さらにゴツイ上に、複数人いるし。
 う〜ん……あんまり係わり合いになりたくない連中だけど、このままここにいられても迷惑だしなあ……。店、入れないし。
 それに、店の人が困ってるわけだから……見過ごすわけにもいかないだろう。
「鈴々、頼める?」
「春蘭、季衣、あなたたちも行ってきなさい。見ていて不愉快だわ」
「「「御意(なのだ)!」」」
 ……で、まあ、ここから先はいうまでもないので、簡略的に。

「あぁん? てめえら一体何だ!?」
「結構な上玉じゃねーか、酌でもしてくれんのか?」
「なんだったら今晩とめてやってもいいけどな、ん?」

 ……なんて、夏候惇と季衣と鈴々相手にいきまいていらっしゃる皆さんですが……
826 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 04:38:14.32 ID:1U/RiEmE0
20秒後……


「「「すいませんっしたぁ―――――――!!」」」
 見事なまでの逃げ足でそこを後にする不良の皆さん。やれやれ……パターンだなあ。
「ふん、他愛もない」
「弱いんだから、ボクらに喧嘩売るなんてやめとけばいいのに」
「全くなのだ!」
 まあ、君たちが強すぎるんだけどね……。
 けどまあ、そのセリフには一理なくもない。夏候惇も季衣も、鈴々なんて地元だから、それなりに顔が知られてる有名人なのに……それを知らないで突っ込んでくる彼らも悪いっちゃ悪い。
 文月の大将軍たる鈴々も、元・魏の大将軍だった夏候惇や季衣も知らないってことは、呉か、その他の小国の出身かな……? それにしたって、もっと社会に目を向けて生きていればよかったものを……。
 ま、何はともあれ、一件落着ということで。
「あ、ありがとうございました……おかげで……って、張飛将軍?」
 と、ここで気付いたらしい店員さん。鈴々の方を見て、次に僕らが控えていることに気付く。
「た、太守様! それに、島田様も……」
「あ、うん、こんにちは」
 あ、そうそう、そういえば……今日、予約ないけど食べられるかどうか聞かなきゃいけなかったんだっけ。まあ、ダメだとは思うけど……ちょうどいい、一応今聞いてみよう。
 顔を上げた店員さんに、そう尋ねようとすると、

「ようこそ、お待ちしておりました、太守様!」

「「「え?」」」
 ……ん? どういうこと? 『お待ちしておりました』?
「どういうこと? 予約を入れていたの?」
「え!? いや、僕知らないよ!?」
 鈴々たちは失敗したって、さっき聞いたばかりだし……そもそも、僕この店知らないし……。
 ふと、あらためてそれを見上げてみると、

『亭料者従』

 ……変わった店名だな……。何て読むんだろ? 聞いたことない。
 と、そんな不思議そうな雰囲気の僕たちにかまわず、店の人は扉に手をかける。
「ささ、どうぞ太守様。お連れ様たちも。最上階の貴賓席をご用意させていただいておりますよ!」
 ……!? ますますわからない。
 夏候惇たちが予約に失敗したって聞いたばかりなのに……よりによって一食150万円の貴賓席が予約されてるだって……? 何で? 一体誰が……。
 疑問と疑念を感じつつ、店内に入った僕らを待ち受けていたのは……

 ガチャッ


「「「お帰りなさいませ! ご主人様! お嬢様!」」」

 ずこぉっ!

 目の前に飛び込んできた光景に度肝を抜かれ、必然的に僕はずっこけた。
 いやあの……店員のみなさまの制服……その……どう見ても……

「め……メイド喫茶……!?」

 と、横で唖然としている美波もポツリと一言。
 ……そう、なんとこの店の中は……どこからどう見ても、メイドさんだらけの典型的なメイド喫茶だったのである。ピンク系の色で統一された内装に、キャラクター系の食器の数々……うん、完璧なまでに、完膚なきまでにメイド喫茶だ。いや……ここは喫茶店じゃなくて料亭だから、正しくは『メイド料亭』か……ってそんなことはどうでもよくて!
 何コレ!? 何なのコレ!? 何でメイド喫茶!?
 ちょ……華琳!? 君が来たかった店って……メイド喫茶なの!?
 と、とっさに僕は店を出て、再び看板を見る。
 えーと……さっき見たとおり、『亭料者従』だな…………まてよ? この世界ってたしか、まだ古い時代だから……右から読むんだ。
 そうなると、『亭料者従』は…………『従者料亭』かっ!
 従者……つまりメイド……。そこを加味して訳すと……みごとにメイド料亭だ!
 ちょ……待った! そもそも、何だってこんな店が出来てるんだ!? この内装といい、メイドの衣装といい、接客システムといい……この時代にそんな文化なんか1つもなかったはず! なんで!? 誰が!? 誰がこんな……
 ……と、そこまで考えて、
 僕は……あることに気付いた。

 店員(メイド)の人たちの服装が、一様でないことに。

 いや、一様って言えばメイド服で一様なんだけど……そのメイド服のデザインが、一人一人微妙に異なるのだ。
 髪型や慎重なんかに合わせて、スカートの長さやリボンの位置、フリルの規模やニーハイの色……何から何まで、と言ってもいいくらいの小さな違いがいくつもある。この様子だと、おそらく……同じ服の人は1人としているまい。
 そして……ここまで細かい、丁寧な、適切な、そして明らかな下心が感じられる気配りが出来るやつを……僕は世界に一人しか知らない。
 まさか、この店……
 と、ここで店員さんが(あとで聞いたんだが、この人は店員というよりは警備員みたいな人だったらしい)、
827 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 04:38:47.94 ID:1U/RiEmE0
「本日は、当方の支配人より『吉井様たちがいらっしゃる』と連絡を受けていましたので、皆様のお好きな料理をお出しするように言われております。ささ、こちらへどうぞ」
 あの……店員さん?
「はい?」
「その『支配人』の人って……誰? 今日いるの?」
「あ、いえ。当方の支配人は、普段は経営を代理顧問経営者に任せておられますが……誰かと申されますと……」
 と、そこで彼は一拍置いて、

「吉井様と同じ、『天導衆』の土屋様と工藤様でいらっしゃいます」

 ……………………やっぱり………………。
 あの2人…………いつの間にこんなサイドビジネス立ち上げてたんだ…………!?

 華琳たちがこよなく来たがっていた店とは、なんと悪友がオーナーを勤めるメイド喫茶。
 正直、工藤さんまで加わってるのは予想外だったけど……まあ、普段ムッツリ商会を営んでいるアイツと、Aクラスの頭脳を持つ工藤さんのコンビなら、経営ぐらいこなせるか。
 とんでもない事実に脱力しつつも、まあせっかくムッツリーニが(おそらくこうなることを察して)予約入れててくれたんだし……さっさと入ろうということで、僕らは華琳たちを先導しつつ、店の階段を上ることにした。
828 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 04:39:45.03 ID:1U/RiEmE0
幽州・日常編(5)
第127話 真名と戦隊と大乱闘

 意外に、いや、さすが、と言うべきなのだろうか、


「うんま―――――ッ!?」
「ええ……見事だわ……」

 僕の絶叫はともかく、その後に続く形で華琳が呟いたのが今のセリフである。美食家(秋蘭談)の華琳の舌を唸らせるほどの料理とは……。
 ふと、前にムッツリーニが『料理は紳士の嗜み』とか自慢げに言ってたのを思い出す。間違いなく『下心の産物』の間違いなんだろうけど、起点がどうあれこれは見事というものだ。目の前に並んだ色々な中華料理の数々を前に、さっきまで怪訝そうだった華琳も満足げな顔になっている。さすがはムッツリーニ……エロに関係ない事柄でも余念がないな……。
 その横には、華琳同様おごそかかに品良く食べている秋蘭&荀ケと、そうしようとして結果的に失敗している夏候惇の姿がある。
 で、僕の隣には……遠慮ゼロでガツガツ食べてる鈴々と季衣(おかわり5回目)。反対側の隣には、普通に食べている美波だ。
 うんうん、食べ方は十人十色だけど、みんな満足してくれているようで何よりだ。
「ふぅ……」
 と、手元の小皿の料理を食べきった華琳が一息入れ、僕に視線を向ける。
「これは正直予想以上だったわ。後で土屋康太に、おいしかった、と伝えなくてはね」
「はは、確かに。伝えとこうか?」
「いいえ、私が直接言うわ。代役を出すなんて無粋な真似、したくないもの」
 言い終えると、華琳はお猪口(ちょこ)に注がれた酒を口に含んで幸せそうな顔。
 う〜ん……何て言うか、今の華琳の顔……新鮮な感じのかわいさだな……。年相応……もとい、見た目相応というか、食べ物をほおばる時に見せる顔が、普段のワガママ全開な華琳とギャップのあるかわいさを見せてくれている。やば、写メ撮りたい……。
 まあ、そんなことしたら『何してるんだ』って夏候惇にかみつかれるだろうからよすけど。上手いごまかし方考えておかないと。
 とにかく、華琳が楽しんでくれたみたいでよかったよかった。この前……そう、祭りのときに外食に連れてった時は、あるモンスターの乱入(や、まあ仕方ないと言えば仕方ない状況だったんだけど)のおかげで、華琳に御馳走できずじまいだったからなあ……。
 すると横から、
「でも兄ちゃん、よかったね、華琳様に『美味しい』って言ってもらえてさ」
 と、季衣が、なぜか華琳に聞かれたくないかのような小さな声で語りかけてきた。
 ……はい? いや、そりゃまあ……
「えっと、そりゃあ華琳が喜んでくれるなら……」
「違う違う、そうじゃないの!」
「!?」
 と、またしても聞こえないように小さな声で季衣。 ? 何でそんなひそひそ話ちっくに?
「どしたの、季衣?」
「あのね兄ちゃん、ここだけの話……」
 うんうん。
「前にさ……魏で、ボクがお勧めの店を華琳さまに紹介したことがあったんだけど……まあ、ボクってそこまで味にうるさいわけじゃないんだ」
「まあ……華琳って、いかにもな感じするしね」
 さっきなんか、数口食べただけで使ってた調味料全部当ててたっけ。いるんだな……あんな風にリアル『美味しんぼ』できる人……。
「うん。で……その店、ボク的には最高だったんだけど……華琳さまからすると、味付けが雑だとか、火加減が最悪だったみたいで……。で、そのことをおっちゃんの前ではっきりズバッと言うもんだから、すごい勢いで口喧嘩になっちゃってさ……」
 うわ……華琳らしいというか、なんというか……。
 ちょ、待てよ? 口喧嘩!? そ、そんなことになったら、夏候惇が黙ってないんじゃ……まさかそれで、何人もその大剣の餌食になったとか、そういう話じゃないだろうな……?
829 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 04:40:22.16 ID:1U/RiEmE0
「いや、違うんだけど……」
「あ、な、なんだ……」
「いや、安心もできないんだよ。華琳さまその時、『だったらあなたがどれだけ下手なのか教えてあげるわ』って、厨房に入って行っちゃって……」
 ………………はい?
「それで、おっちゃんと同じやり方で料理を作ったんだけど……その料理、おっちゃんのより数段おいしくできちゃったんだよね……」
 ……ああ、そういう展開……。
 ホントに『美味しんぼ』みたくなったな、なんて感想を抱く僕の前で、季衣は続ける。
「その後、トドメに『出直してきなさい』なんて言っちゃうもんだから……」
 その先、言わなくてもわかる。
 大方……その店に行けなくなったんだろう。まあ、そりゃそうだ。自分が自信を持って作ってた料理を全否定された上に、その料理で完膚なきまでに叩きのめされたとなれば、誰だって頭に来る。出入り禁止も当然だろう。
 それが……出入りできる飲食店が減ると言うことが、この食べること大好き少女にどれだけこたえるかなんてのは、考えるまでもない。
 そして同時に、それは……僕自身もこの店に出入り禁止になる可能性があったということだ。つまり……季衣はそれを危惧していたわけだな。まあ今回は、ムッツリーニの徹底した指導が功を奏して、そういうことはなかったけど。
 しかし、そうなるとこの先要注意だな……。華琳を下手なとこに食べに連れて行かないようにしないと……。
 これからの生活に一抹の不安が残りつつも、その日の食事は何事もなく終わりを告げた。

                       ☆

 ……と、思ったのは甘かった。
 凄まじい額になったであろう食事を終えて店を出て、

「やい、ちょっと待てテメェら!」
「ん?」

 外出のタイムリミットまでまだあるし、買い物にでも行こうか、なんて話してた僕らの耳に、そんな声が届いた。
 振り返ってみると、何だかガラの悪そうな方々が、結構な人数で展開し、僕らの周りを取り囲むところだった。
「あら、何あなた達? 私達に何か用?」
 と、さもこの集団のリーダー格が自分であるかのような華琳の発言に対し、
「しらばっくれんじゃねえ! テメェら……さっきはよくもやってくれたな!」
 と、ヤンキーの皆さん。
 ? さっき……ああ、よく見たらこの人達、さっき鈴々たちが吹っ飛ばしたチンピラの皆さんじゃないか。店員にいちゃもんつけてからんでた。
 えっと……何やら手に手に武器持って取り囲んでらっしゃる上に、人数も増えてるんだけど……何か?
「てめえら……よくもひとをさんざんコケにしてくれやがったな!」
「何よ、低俗なまねをしていたのはあなたたちでしょう? 何も文句を言われるような覚えはないのだけれど?」
 華琳、遠慮ゼロ。
「うるせえ! ともかくてめーらはムカつくんだよ!」
「痛い目見てもらうぞコラァ!!」
 リーダー格と思しき男のそのセリフに、男たちは手に持った武器を構える。うげ、めんどくさいことに……
 が、それを見ても、華琳は驚く様子もおびえる様子も見せない。むしろ、呆れたようにふかぶかとため息を1つ。
 と、その代わりに一歩前に進み出たのは、やはりというか夏候惇である。
「華琳さま、この場はわたくしにお任せを。即刻掃除して見せましょう」
「あら、そうね……こいつらつまらないことしか言わないし。せっかく極上の料理に舌鼓を打ったところだというのに、気分を害したわ。片づけて頂戴」
「はっ!」
 元気のいい返事を返すと、夏候惇は獰猛な笑みを浮かべるとともに、バキバキと物騒な音を立てて指を鳴らした。そして、視線だけを季衣の方に向ける。
830 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 04:41:00.83 ID:1U/RiEmE0
「季衣、まさか……腹が張って動けんなどということはあるまいな?」
「とぉーぜんですっ! ボク、まだまだ腹八分目にもなってませんから! これから屋台を回って食べ歩きしようかと思ってたくらいです!」
 あんだけおかわりしといてそれもどうかと思うんだけど、ってツッコミは置いといて。
「ちょ、ちょっとまって2人とも!」
 バリバリ臨戦態勢になってるところ悪いんだけど、そんなことされちゃ困るから!
 いや、確かにさっきはチンピラ連中蹴散らすの容認したけど、それは市民を守るためとか、規模の問題ってのもあって……。けど、今回は十数人の武器を持った連中が相手であって、そんなの相手にケンカして騒ぎを……なんてことになったらさすがに問題になる。
「吉井、お前はさがっていろ」
「そうそう、危ないよ兄ちゃん? 大丈夫、すぐおわるから!」
ってなことをこの2人が理解しているはずもなく!
「守りは任せるぞ、秋蘭!」
「やれやれ、わかった。存分に暴れるといい」
 秋蘭まで!
 いやそりゃ、華琳に結構な悪口言ってたから、部下として腹立つ部分もあったのかもしれないけど……それでもここで問題行動起こされると、今後君たち外出禁止にされかねないから!
 でも、秋蘭もそう考えてるんだろうけど……あの2人、言って聞くような奴じゃないし……あーもう! こうなったら僕らが彼女たちの代わりにこの場を収めるしかない!
「美波! 鈴々!」
「はいはい、わかってるわよ」
「うん!」
 と、その時、

「はーっはっはっはっはっ!!」

「「「!!?」」」
 と、今にも始まろうとしていたケンカの当事者たちが、突如割り込んできた笑い声に何事かとぴたりと動きを止める。
 ……まさか…………?
 おそるおそる声のした方を……斜め上に民家の屋根の上を見ると……
「な、何だあれは!?」
「ひ……人ぉ?」
(………………あぁ……やっぱし…………)
 最後の、僕ね。

「そこの悪党どもに会えて聞こう! 無抵抗な民草を虐げて、何が楽しいっ!?」

 いや、凄まじい勢いで抵抗してますけど……ってツッコミもおいといて。
 白い服に、赤い槍、青い髪に、パピヨンマスク……そんな格好の『誰か』が、『びしっ!』とでも効果音がつきそうな感じで、屋根の上に立っていた。
 いや、誰ってまあ……星なんだけど。
 長い袖を風になびかせ、トレードマークのパピヨンマスクの黄色は逆光であまり映えないのはやや残念か。そのたたずまいはムダに堂々としており、立ち振る舞いの1つ1つに微塵の迷いもうかがえない。いやぁ……いつもながらこの人は生き生きしてるなあ……。
 大方、騒動を防ぐために割り込んできてくれたんだろうけど……それならそれで、もうちょっと普通にお願いしたかった……。計良の途中を装うとかして。
「おい、何だテメェは!? こいつらの仲間か!?」
「ふっ……無知は幸せだな……。よかろう、問われれば名乗ろうではないか!」
 待ってましたとばかりな星である。
 ポーズを変えると、雲がかかっていい具合になった陽の光を背に、
「正義の華を咲かすため……凛々しき蝶が悪を討つ! 美と正義の使者・華蝶仮面……推ッ参!!」
 『ドォーン!!』とか後ろで爆発が起こるんだろう、テレビだと。
 一瞬の間を置いて、集まってきていた野次馬達からワッと歓声が沸き起こる。

「華蝶仮面だ!」
「華蝶仮面が来てくれたぞ!」
「華蝶仮面ーっ!」

831 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 04:42:07.73 ID:1U/RiEmE0
 なるほど。華蝶仮面、相変わらず民衆達の間では人気があるらしい。さすがの知名度だ。
 ……こんだけファンがいるんだから、1人か2人くらい正体に気付いてもいいと思うんだけどなあ……。将軍・趙雲だって、この国じゃ知らない人がいないほどの有名人なんだし。
 とまあ、お約束に、誰も彼女の正体には気付いていない。野次馬達はもちろんのことながら、
「へぇ……あれが今噂の『華蝶仮面』ね? 初めて見たわ」
 ……まさか華琳まで気づかないとは……。
 これはもうご都合主義としか言えないんだろうか……? やれやれ、この余りにそのまんまな変身も、『正義の味方』である以上気づかれないってことか。やはりこれに気付けるのは、普通に一般的な着眼点を持つ僕ら『天導衆』だけだと……

「な、何なのアレ? 『カチョー仮面』? 誰?」

「バカなっ!?」
 美波!?
 ちょ……マジで!? 君もなのか!? 君もあのプリキュア並みにそのまんまな変身に気付かないというのか!?
 驚愕の事実に目を見開いて驚愕し、周りの観衆に混じって僕が硬直していたその時、

「ぅぉ同じく! 華蝶仮面2号、参上よん♪」

 ……………………………………は?
 そんな野太い声と共に……さっきまで星1人しか居なかった屋根の上に……もう一つ、巨大な人影が姿を現した。
 丸太のような腕に、筋骨隆々な褐色の体、聞き間違えようのないその声に……ピンクのビキニパンツ。……いや、何で!?

(貂……蝉…………!?)

 何してんのあいつ―――――ッ!?
 何で!? 何であいつまでパピヨンマスクなんかつけて変身(?)してんの!? しかも全然似合ってないし顔の半分も隠せてないしそもそもお前にはもっと他に隠すべきところがオエッ吐き気が……。
 そして、突如として姿を現したその自称・華蝶仮面2号という名の変態の出現により、

 すー…… すとん   ←   華琳気絶

「「「華琳様ぁあっ!?」」」
 音もなく、声もなく、華琳の小さな体がその場に崩れ落ちた。まあ……華琳にとってコイツは色々な意味で天敵、というか最早アレルギーの対象……無理もあるまい。
 慌てて華琳に駆け寄る夏候惇達を感知することもなく、屋根の上にいる4人の華蝶仮面は今にも……ん?
 ……4人!?

「…………華蝶仮面4号見参」

(何してんだよムッツリーニィィィイ―――ッ!?)
 何で!? 何であいつまで華蝶仮面名乗ってるの!? ていうかこの面子、貂蝉は違うけど、今回隠れて僕らを(正確には華琳たちを)監視するために組まれたチームじゃ……?
 普段、自分の召喚獣が着てるような忍者装束に身を包んでいる、華蝶仮面3号ことムッツリーニは、両手にスタンガンを構えている。一応戦意はあるようだけど……多分星と貂蝉で全部カタつくだろうな……。
 そして……屋根の上にいる最後の一人は……
 何やら桃色の……現実世界の美少女アイドルグループが着てそうな装束を身にまとったその人は……

「華蝶仮面5号! 見参……じゃ!」

 …………秀吉?
 一瞬遅れて、

「「「おおおおおぉぉぉぉお―――――っ! かわいいぃ――――っ!」」」

 ギャラリーからはそんな声。
 いや、まあ……同意するけど……何で秀吉までそんな格好を!?
 よく見てみると……フリルがついてたり、杖持ってたり、何に使うかよくわからない装飾が服のあちこちについてたりと……アイドルというよりは魔法少女に近いその装束。確かに……この面子の中では、一番『変身ヒーロー』に近いかもしれない。……日曜日の朝8時半からやってそうな類の……だけど。
 しかし……本家の華蝶仮面より半端ない歓声だな……主にその発生源は男性だけど。
 ……いや、まてまて、今あまりに凄まじいこのヒーローものの流れにのまれそうになったんだけど、驚きも呆れもしてる場合じゃなかったっけ。
 何で貂蝉と秀吉とムッツリーニが参加してるのかとか、3号だけいないとか、言いたいことは色々あるけど……ここでそんな風な形で参戦されると余計面倒なことになるような……。
 唖然としている僕らを見下ろしながら、星は決め台詞に取り掛かったようだ。
「我ら5人全員そろって……」
「4人しかいないぞ!?」
「うるさい」
 と、夏候惇の突っ込みを無理やり流して、星は気を取り直して、
「5人そろって……」
 その時、

「貴様らぁッ!! 何だこのバカ騒ぎは!?」
832 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 04:42:54.38 ID:1U/RiEmE0
この場にいちばん来てほしくなかった人が来たぁ―――――っ!!?
 鳴り響く怒号と同時にさっと人垣が割れ、その奥から青竜偃月刀を手に怒り心頭の様子の愛紗が駆けてきた。やばっ! け、警邏の途中か!?
「! 関羽か?」
「夏候惇! 貴様ら……やはりこのような騒ぎを起こしおって……ええい、天下の往来で一体何だこれは!? 説教してやるから全員大人しく縛につけ!」
「何を言う!? 我々には一部の非もなかろう!?」
「どの口がそんなことを……なっ!? 華蝶仮面までもいるのか!?」
「おい! 勝手に割り込んできておいて勝手に離れるな! 人の話を聞け!」
 まずい……夏候惇(同種の突っ走り系)や、星(悪ノリの達人)がいるこの状況下で愛紗が参戦するのは非常にまずい……! すでに自体は僕の手に余るものとなって……。
 と、そこで何やら僕の袖を後ろから引く感触が。 ?
「ご、ご主人様……、ここは危険ですから、華琳さん達を連れて下がりましょう?」
「朱里?」
 そう、他の連中の注意が華蝶仮面や愛紗に向いている隙に、星と行動を共にしていたはずの朱里が僕の所へいつの間にか来ていて……って、

「………………3号?」
「はへ? …………はわわっ! つ、つけっぱなしでしたぁ……」

 ……そうか、華蝶仮面3号は朱里だったのか……。
 おそらく星に無理やり押し付けられたんであろうそのパピヨンマスクは、朱里の小さな顔を隠すためにつけられたままだった。僕の指摘でそれに気付いた朱里は、慌ててそれをはずす。
 と、愛紗たちの方に目を戻すと……
「華蝶仮面! 今日こそ貴様もひっとらえて説教してくれるぞ! 覚悟しろ!」
「はっはっはっはっ、貴公にそれができるかな?」
「ほぉ……よくわからんが、あの妙な仮面は相当な使い手なのだな? よし関羽、手伝ってやろう!」
 ……またカオスなことになりつつある……。
 ていうか夏候惇、君の本来の目的は、絡んできたチンピラ連中をぶっ飛ばすことだったのでは? すでにそれ忘れてらっしゃいますけど。
 しかも、そこに加えて、

「じゃあ春蘭さま! ボクは向こうの筋肉の相手をしますね?」
「あらあら、じゃあお姉さんが手伝ってあげようかしら?」
「お、おいおい、何だ!? 喧嘩か?」
「昼間から一体何なのだこの人だかりは……仕方ない、喧嘩の収拾も警邏の仕事のうちか」
「何やなんや、喧嘩かー? ウチも混ぜろーい!」

 …………もともといた季衣はともかく……何でここに紫苑と翠と華雄と霞が来るの……っ!?
 何!? 野次馬!? それとも警邏!? いや、華雄と翠はそんな感じだったけど……霞は完全にバカ騒ぎに便乗して暴れる目的で参戦してきたよね!? それでいいのか神速張遼!? ていうか仕事はどうした!?
「あ、ご主人様? 璃々お願いできます?」
「あー! ごしゅじんさまだー!」
 ……子連れで喧嘩の現場に来るなよ紫苑……。てか、君今日非番でしょうが……。
 とまあ、そんなやりとりを交わしている間にも向こうはさらに混沌極まりない状況になってきており……。

「ほーっほっほっほっほっほっ!!」
「く……華蝶仮面が4人も相手では仕方がない! 行くぞ夏候惇!」
「関羽、私のとこは春蘭と呼べ! その声で夏候惇などと呼ばれると、お前のことが敵に思えて仕方がないからな!」
「わかった! ならば私も愛紗でよい! 行くぞ鈴々、春蘭!」
「「応(なのだ!)」」
「よぉーっし! 行くよおばさん!」
「お、おば……っ!?」
「あれ? おかーさん、どうしたのー?」
「うう……どうせ私はおばさん……愛紗ちゃん達とはちがうのよね……よよよ……」
「ま、まあ元気出せって紫苑。人間歳だけが魅力じゃないからさ」
「あのー……どーでもええけど、ウチは誰と戦えばええん?」
「いや、お前は別に引っこんでいてくれてかまわんのだが……」
「え〜!? 華雄ちんのいけずぅ〜!」
「…………いい(パシャパシャパシャ)」
「やれやれ……こんなときでも撮影とは、お主はある意味たくましいのう」

833 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 04:43:41.66 ID:1U/RiEmE0
……何これ?
 最初に夏候惇たちが喧嘩始めようとしてた時より数段しっちゃかめっちゃかなことになってるんですけど。
 と、ともかく……このままここにいると危険だから、朱里の言うとおり、ここはやはり気絶した華琳を連れて逃げて……
「ああ! あなた華琳さまに何を!?」
「え!? いや、ちょ、避難させるだけだってば!」
 と、僕が華琳のちっちゃな体を抱きかかえたのを見逃さず反応したのが1人!
「そんなこと言って、華琳さまのあんな所やこんな所を触るつもりでしょう! このスケベ! 変態! 外道!」
 言いたい放題だな〜……荀ケ。この子、あんまり絡んだことないけど、どうやら初期の華琳以上に僕を……というか、男そのものを敵対視してるようだ。
 言われてていい気分じゃないけど、まあ状況が状況だから無視で。後で聞こう。
 と、ここでなぜか唐突に夏候惇が、
「ああ、それと吉井」
「? 何?」
「その……お前も私のこと、春蘭、でかまわんからな?」
 ほぇ? 何いきなり?
「い、いやその……特に深い意味は……」
「!? おい夏……じゃなかった、春蘭! いつの間に貴様、ご主人様とそんな親密な関係に……!?」
「い、いやそんな、親密というわけでは……ただその……悪い奴ではないなあ、とは思うわけで……」
「しゅ、春蘭!? あ、あなた、華琳さまという者がありながら……まさか! その男にもういろいろと捧げて親密というか破廉恥というか卑猥な関係に……!?」
 ちょ! 何顔を赤くして『そうか!』みたいに言ってんですか荀ケさん!?
「おい桂花!? あることないこと邪推するな!」
「だって、あなただって奴のことなんかこれっぽっちもよく思ってなかったのに……」
「それはその……まあ、色々とあって……」
「やっぱりあったのね!?」
「ち、違う! そういう『色々』ではない! 第一……秋蘭だって普通に吉井に真名を呼ばせているだろうが! 別に私だって……」
「なっ……ま、まさか秋蘭まであの男に……信じられないっ!」
「だからなんでそっちに話を持っていく!?」
「「………………はあ……」」
 こっちはこっちでまた……ていうか、喧嘩始まらないし。いや、始まってほしくないけど。
 と、どうしようもないことになっている彼女たちに、秋蘭とともにため息をついて呆れながら見ていると、

 ちょんちょん

「?」
「えい」

 ごすっ!

「ぐぎゃああああああっ!? じ、人中(じんちゅう)にっ!? 鼻の下にある人体の急所にっ!?」
 なぜいきなり美波の拳が!?
 強烈な痛みによろけて、危うく抱えている華琳を取り落としそうになった。ちょ、一体何を!?
「全くもう……いつの間にか敵将の女の子とまで仲良くなってるんだから……」
「み、美波……僕が一体何を……!?」
 と、そこまで言ったところで、

 どしゃあっ!?

 おわ!? 人飛んできた!?
 ……見れば、さっき僕らにケンカ売ってきたチンピラの一人だったか……。うん、やっぱり瞬殺されたようだ。まあ、あの面子がにらみ合ってる中にただのチンピラが割り込むなんて、パジャマで雪山登山するのと同じくらい無謀なことだから、こうなるのはわかってたけど。
 ……で、そもそもの発端を作ったチンピラは速攻で片づけられたにもかかわらず……

「ほぉーっほっほっほっほっ!」
「くっ……待つのだー! 華蝶仮面―!」
「はぁーっはっはっは、遅い遅い!」
「霞! 何でお前が華蝶仮面の側について戦っているのだ!?」
「えー、だってこっちの方が人数少ないっぽいし……喧嘩やったら同じくらいの人数でやってなんぼやん?」
「だからお前は……何でもかんでも喧嘩にして介入して楽しもうとするその癖をなんとかしろ。董卓軍時代から何も変わっておらんな」
「そういう華雄はずいぶんまるくなってんじゃん。その分、あたしたちが補ってやればいいんだよ。な? 紫苑?」
「うぅ……おばさん……」

834 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 04:44:11.18 ID:1U/RiEmE0
 …………騒ぎそのものは収まる気配がなく……いやむしろ悪化しとる。
 だ、だめだ……この紛争地帯より危ないバトルフィールドにいたら、色々と流れ弾が飛んできて体がもたない……。
 すでに人体急所に食らった一撃で弱った体をどうにか動かして、僕は歩き出す。とにかく、離れないと……。
「明久、こっちじゃ。こっちから抜けられる」
「あ、秀吉……ありがとう。でも……何で華蝶仮面なの?」
「うむ、星に『犯罪抑止に効果があるから』と誘われての」
 そ、そう……まあ、癒しにはなるか。
 その辺への色々な突っ込みは後にすることにして、僕は朱里と秀吉の先導のもと、新手の地獄絵図と化したその一帯からそそくさと離れたのだった。



 ……やれやれ……今日はなんて日だ……。

835 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 04:45:28.17 ID:1U/RiEmE0
幽州・日常編(5)
第128話 姉妹と服と意外なセンス

「ほぉら明久、早く早くー!」
「あ、ちょっ……待ってよ小蓮!」
「待ちなさい小蓮! 監視役の明久を置いてきぼりにしてどうするの!」

 とまあ、日曜日のデパートに買い物に来た子供よろしくはしゃぐ小蓮であり、それをさながら保護者のごとく(実際そうなんだけど)追いかける僕と蓮華である。
 戦後処理もだいぶ済んで、割とまとまった休みがとれた僕。
 それを餓犬の嗅覚で嗅ぎつけた小蓮にせがまれ、今日の日のこのお出かけとなったわけである。
 一応まだ二人とも捕虜の身であるし、監視役は僕だけということもあって、羽目を外しすぎないように……とは注意しておいたんだけど……その意味がわかってるのかすらも疑問なくらいの小蓮は、すでに豆粒くらいの大きさに見えるほど遠くにいた。やれやれ。
「ごめんね明久、言うことを聞かない妹で……」
「いやいや、子供はあのくらい元気な方がいいんだってば」
 ……ホント、すっかり保護者の会話である。
 なんだかんだで……戦乱の世の中にあっても、この世界、子供に触れる機会多いなあ……。小蓮はもちろん、鈴々や季衣、璃々ちゃん。
 あとは……若干名、精神年齢がまだ子供なのもいるけど……(恋とか)。

 あれからずいぶん、蓮華は丸くなった気がする。
 まず、口調。普通の女の子口調で話してくれることが多くなった。誰にでも……ってわけじゃないみたいだけど、僕と話すときは9割方そうだ。
 元々かわいい女の子なんだし、こういう風に考え方を変えてくれたのは、僕としても純粋にうれしいというか、和むと言うか、である。心を開いてきてくれているようでなによりだ。
んでもって、小蓮は……まあ、最初からこんな感じだっけな。
 が、最近は前にもまして遠慮が無くなった気がするかもしれない。仕事が無い分、鈴々なんかよりよっぽど積極的に『あそびたーい!』なんて言ってくるからね。まあ、一言で言っちゃえばわがままな性分だから、愛紗なんかは頭を抱えてるみたいだけど。

 そんでもって今日は、『もうすぐ引っ越しちゃうんだから(小蓮談)』ってんで、引っ越す前にいろいろと買い物したいんだそうだ。
 久しぶりの外出とあって、そりゃもう小蓮、元気全開である。あっちへこっちへ忙しいったら。
「ほら明久! お姉ちゃんも早く!」
「そんなに慌てなくても、商品は逃げないんだから……」
「逃げなくても売れちゃうでしょ! 早く早く!」
 そう言って激しく手招きする小蓮が立ち止まった先にあるのは……服屋か。
「服屋に入るみたいだね」
「そうみたいね、大丈夫?」
「大丈夫、お金なら持ってるし」
「ホント!?」
 うお、地獄耳!?
 見ると、さっきまで店の前にいた小蓮が、いつの間にか僕の目の前にまで引き返してきていた。す、すごい行動力……期を見るに敏、とでもいうのか。
「え、あ、まあ、ホントだけど……」
「やった!」
 飛びあがって喜ぶ小蓮である。うんうん……そんなに喜んでもらえると僕も嬉しいや。
 横で蓮華がこころもち心配そうにしてるけど、幸い今はお金もあるし、ちょっとくらいのワガママや贅沢な買い物なら多めに見て……
「じゃあ、お城から馬車を呼ばなくっちゃね!」
 前言撤回。
「しゃ……シャオ!?」
「ちょ……小蓮!? どんだけ買う気!?」
 馬車って……何そんなものに載せなきゃ運べないくらい買おうとしてるの!? 買うとしても僕せいぜい5,6着くらいだと……
「どんだけって……せっかく明久が許可出してくれたんだし、店ご……くしゅん!」
『店ご』!? ちょ、何言おうとしたの今!?
 今の小蓮の一言で真っ青になったらしい僕の顔を見て、慌てて蓮華がそのかわいい妹をいさめにかかってくれた。
「シャオ! いくらなんでも、あなた少しは……」
「冗談だよ、冗談。いくらシャオでも、そこまでしないってば」
 な、何だ……冗談か……。
 呆れ気味の口調で放たれた小蓮の言葉に、本当は起こるところなんだろうけど安心してしまった。いや、だって……店ごととか馬車とか、シャレになってなかった分、安堵感がさあ……
「あ、でも、馬車はホントに呼んでほしかったんだけど……」
「「こらこら!」」
836 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 04:46:19.48 ID:1U/RiEmE0
とまあ、あやうく本当に馬車を手配するほど買い物しそうだった小蓮を再度いさめて店に入った僕たちである。
 ところが……僕らの目に飛び込んできたのは、ちょっと異様な光景だった。

「なんか……やけに空いてるわね」
「ホントだ〜……何、このお店人気無いの?」
「いや、そんなことは……。城の人間の服を発注するくらいの店だし……いつもはすっごく人がいっぱいいるんだけど……」

 僕もひいきにしているこの店、今日に限って……店内に客がほとんどいないのである。
 デザインも抜群、値段も手ごろとあって、庶民から富裕層までまんべんなく大人気なこの店は、いつ来てもそれらの理由で満員御礼。いつもは常に店員が対応に追われて嬉しい悲鳴をあげてる感じなのに、今日は見渡してみても、客と思しき者は5,6人。しかも、何やらオドオドしてるっていうか……居心地が悪そうっていうか……。
 開店以来の付き合いのこの店で、こんな状況は初めて見る。一体何が……?
 ただならぬこの事態に、僕がなぜか背筋に正体不明の悪寒を覚えたその時、

「あらぁ〜ん、ご主人様じゃなぁい!」

「「「…………っ!?」」」
 原因判明。
 バリトン歌手の歌声のごとく腹に響く声に驚いた僕たちが振り返ると……そこには、今ちょうど試着室から出てきたところの、褐色の筋肉ダルマがいた。
 ……なるほど、犯人はお前か、貂蝉。
 それならすべて説明がつく。こんなサイクロプスもかくやって感じのモンスターが入店してきた日にゃ、客の皆さん同じ店の中にいたくないだろう。むしろ、今残ってらっしゃる皆さん、勇者。
 残りの、恐らくコイツの襲来まで買い物を楽しんでいた人達は……さっさと済ませて帰ったに違いない。
「何してんの、こんな所で?」
「おかしなことを聞くわね? 服屋に来てるんだから、することは1つでしょう?」
 ま、そりゃそうだ。服やなんだから、目的は服の購入以外の何物でもないだろう。ちょっと考えればわかることだ。
 ……それでも僕がそれを信じたくなかったのは、この怪物の手に、かなりきわどい感じのビキニパンツが大量に抱えられていたからである。……あんまり考えたくないけど……履くのかそれ? ……おニューか? おニューなのか?
「あーらもぉ、ご主人様ったらそんなにこれが気になるのかしら? 大丈夫、お披露目会には呼んであげるわよ♪」
 全身全霊で拒絶したい申し出である。
「明久〜、貂蝉はいいから、買い物しようよ〜!」
 と、小蓮。とと、ごめんごめん、あまりにインパクトがあるのが現れたもんで、すっかり頭から抜け落ちてた。
 どうでもいいけど……小蓮と蓮華、この2人……貂蝉が平気みたいだ。
 初めて顔を合わせた時は多少びっくりした様子はあったけど……取り立てて避けたり、嫌悪感をむき出しにしたり……って様子はまず見られない。むむむ……気骨たくましい姉妹もいたものだ。
 これが華琳だったら……このまえの外食からもわかる通り、即卒倒だからなあ……。
 ……っとと、それよりも買い物だったね、ごめんごめん。
 じゃ、早速選ぼうか、服。
「ほら、蓮華も」
「え!? い、いや、私はいいから、小蓮に……」
「気にすることないって、小蓮だけに買ってあげるっていうのもホラ、なんかあれだからさ、2,3着くらいなら好きなの選んでもらっていいよ?」
「で、でも……」
 やれやれ……気骨はいいけど、こっちの融通の利かなさというか、過剰なまでの気まじめさの方も何とかしたいもんだな……。この辺、まだ『王』としての蓮華が見え隠れする。
「お姉ちゃん、せっかく明久が言ってくれてるんだから、断っちゃ悪いよ? 言うでしょ? 据え膳食わぬは〜……って」
「なっ、しゃ、小蓮!? 昼間っから何そんなこと……っていうか、それはこういう場面で使う言葉じゃないでしょ!?」
「ほぇ、そうだったっけ?」
「あんらやだ、大胆なのね? お姉さんびっくりしちゃったわ」
「茶々を入れるな貂蝉っ! 呼称に関しての突っ込みは保留してやるから黙っていろ!」
「? ねえ蓮華、今何言ってたの?」
「えっ!? あ、いやその、ちが……何でも無くて……」
「スウェーデンが何とかって聞こえたんだけど……」
「「「は?」」」
 あれ、3人そろって頭の上に疑問符が。僕何か変なこと言った?
「ともかく、殿方がせっかくかけてくれている好意を無下にするのはダ・メ・よ? こういうときは素直に受け取っておきなさい。男の子がかわいい女の子の前でカッコつけたがってるんだから、女の子はそうさせてあげなきゃだめでしょ?」
 お、貂蝉、ナイスフォロー。たまにすっごく役立つよね君。
「う……そ、そこまで言うなら……」
 と、貂蝉の言い回しにか、僕らの熱意にか、どうにか蓮華は納得してくれた。
 さてさて……それじゃ、選んでいきますか!
837 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 04:46:54.05 ID:1U/RiEmE0
……とかいったものの。
「ん〜……決まらないね……」
「服を選ぶのがこんなに難しいとは……」
 とは、孫呉姉妹の弁。
 蓮華、今までずっと王としての生活を続けてきただけあってか……こういう、似合った服を選ぶって言うことに無頓着。というか、自分にどんな服が似合ってるのかわからない、というのが本音であるらしい。
 服も鎧も、侍女に用意させたものばかり着ていて……自分で買うものを選ぶなんていうことは全然と言っていいほどなかったらしいのだ。そのせいで……さっきから全然進まないというわけ。
 一方の小蓮、こっちはこっちで厄介だ。
 蓮華よりはそういうセンスは断然磨かれているみたいなんだけど……そのセンスというかストライクゾーンがだいぶおおらかで、あれもこれも全部買いたがるのである。『暫定的な候補』として選んだ服がどさっと山積みにされ……ホントにまあ、馬車とまでは言わなくとも、人を呼ばないと持って帰れないような量の服が。
 コレ全部買うわけにはいかない……ってことで絞ってもらってる途中なんだけど……『コレもいい』『アレもいい』……まあ、決まんないというわけでして。
 それで、時々僕が呼ばれて、『どう?』と感想を聞かれるんだけど……
 2人くらい素材が優秀になると……何着ても凄まじく似合っちゃうんだよなあ……。どれでもいい……とは言わないけど、どれ着てもすごくかわいいから、甲乙つけがたい。
「何よ、明久も決められないんじゃない」
 とまあ、小蓮に言われてもしかたないわけだ。
 とはいうものの……コレ全部買うわけにはいかないから……どうにかして絞らないと。
 そして、蓮華の方はどうにか欲しい服を見つけないと。……ここまで来て何も買わずに帰りました、ってカッコ悪いし。
「しかし、どうしたものか……」
「「う〜ん……」」
 と、僕らが頭を抱えていると、

「ぬっふっふっふ……ここは、私の出番のようねいっ!」

 あれ、コイツまだいたのか。
 試着室の前で仁王立ちになってる貂蝉がそんなことを言い出した。
 出番……? 何、貂蝉がその……手伝うっての? 服選ぶの。
「「「…………………………」」」
「あら何ぃ? その疑心に満ちた瞳は?」
「いや、それはその……」
 蓮華がコメントに窮する理由もわかるというもの。いや、そりゃあんたにいちばん相談したくないでしょ……。買うの、婦人服だよ?
 第一、あんた自身、ファッションセンスとは別次元の遠さのカッコしてるんだから……。そんなビキニパンツ一枚で惜しげもなく肉体美をさらしてるやつの助言から得るものなんて、毛の先ほどもなさそうなものである。
 どう断ろうか(『ためしに頼んでみようか』などという選択肢はない)、僕ら3人が知恵を絞って考えていると、
「そうね、まずは孫権ちゃんの方から決めようかしら?」
「え? ちょ、何を……わあっ!?」
「蓮華!?」
 貂蝉は蓮華の腕をひっつかみ、ぐいっと引っぱって婦人服売り場に連れて行ってしまった。慌ててそれを追う僕と小蓮。
 というか貂蝉、もうちょっと気使って動けよ……。善意でのことなんだろうけど……お前のその恰好(ビキニパンツ一枚)が恰好だから……はたから見てみると、完全に婦女暴行直前の変態だよお前……。
 可憐な美少女がほぼ全裸の筋肉ダルマに腕を引かれて連れて行かれているという、犯罪臭しかしない光景に心の中でツッコミを入れつつ、僕らはその後を追う。追うったら追う。
 すると貂蝉、何やらすさまじい速さで手を動かして、棚にハンガー(らしきもの)でかけられている服を見ていく。時折、傍らに立たせた蓮華と見比べつつ……
「そうね……孫権ちゃんはこういうのよりも……性格を考えると……それに、ご主人様は……」
 ん? 今何で僕の名前出てきた?
 色々と意味のわからない事柄があるなかで、貂蝉は棚から素早く何着かの服を取り出し、その中からさらに数着を選び、蓮華に押しつけていた。
「じゃ、孫権ちゃんコレ着てみて?」
「え? で、でも……」
「いいから早く、ね?」
 と、半ば強引に服を押しつけると、試着室に押しこんでしまった。
「さて、と。じゃ、私たちは待つのみね、ご主人様」
「? う、うん……」
 自信たっぷりにそう言って腕組みをする貂蝉。
 ……何だ、コイツのこの自信は……? まさかコイツ、ファッションコーディネートの心得でもあるのか……? いや、まあ有り得なくはないかもしれないな。デザイナーの人って、結構個性的な人多いし……。
 いや……でも、そいつのこの服装(といってもいいのか正直微妙)がその仮説をかげらせる……。
 しかし、あんな短い時間で、蓮華に似合った服を選べるもんだろうか……?
 と、待つこと数分。

「え、えっと……着てみたけど……」

 と、試着室の中から、蓮華のか細い声。
 それに続いて、声からも感じ取れた恥ずかしさを体現したかのようなスローペースでカーテンが開き、中から貂蝉コーディネートの服に身を包んだ蓮華がってマジでっ!?
838 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 04:47:43.82 ID:1U/RiEmE0
「れ、蓮華……か……か……!」
「お姉ちゃん……すごい……!」
「あっらあぁん! すっごくかわいいわよ、孫権ちゃあん!」

 三者三様の、しかし統一して『似合っている』という反応である。

 すごい…………かわいい…………!

 恥ずかしそうにしている蓮華が身にまとっているのは……主にピンク色の生地であしらわれた、ツーピースタイプの服。白い襟と、首元のリボンがアクセントになってて、りりしくも程よい柔らかな感じを出している。
 これはまた、なんというか……すごい……! すごく似合ってる……!
 よく見るとややゆったりめな感じも、蓮華の雰囲気とかにぴったりマッチしていて、蓮華自身もまんざらでもなさそうな感じ。動きにくいこともなさそうだし……。
 そして、この服……着る側だけじゃなく、見る側にも優しい。その抜群の『似合ってる感』が動きの一つ一つを優雅に見せて、見ているだけでこっちの心を癒してくれる感じだ。もう……似合ってるとか、そういうレベルで考えるべきものじゃない気すらする。
 何より驚きなのは……この服を選んだのが貂蝉だという事実だろう。うーむ……万が一とも思ってはいたけど……まさかこのギガンテスにこんなセンスが……。
「孫権ちゃんは着ていてゆったりするし、動きが制限されることもないわ。それに……見ている方も、このふわっとした感じは見ていて癒されるもの。そうでしょ? ご主人様!」
「そう……なの? 明久……?」
「えっ!? あ……うん……」
 思わずそんな風に答えてしまい、僕も蓮華も顔が赤くなる。
 いや、でもそれ仕方ないって……。こんなに似合っててかわいいなんて思わなかったもん。
「ご主人様、反省したかしら? 私が似合う服なんて選べるわけないなーんて、失礼なこと思ったこと」
「うえっ!?」
 ばれてた!? いやホントごめんなさい! 見くびってました!
「ぬふっ、いいのよ、わかってもらえれば」
「でも……ちょっと意外だなー。貂蝉って、ホントにこういうの選ぶの得意なんだね」
 小蓮のその疑問はもっともと言わざるを得ないだろう。我が軍(?)で一番、こういうことがわからなそうなこいつが……ここまで見事なコーディネートをやってのけるとは。
「別に何も驚くことはないわ。伊達に男だったわけじゃないもの、私はね、男の心も、女の心も、両方持ち合わせてるのよぅ。その二つの視点から見て、着ている方も見ている方も幸せになるような似合った服を選ぶことぐらい朝飯前なんだからぁ♪」
 親指を立ててびしっと決める貂蝉を、僕は初めて心の底から尊敬したかもしれない。
 なるほど……そういう考え方もあるのか。確かに、コイツはまあ、外見と中身で判断したら変態以外の何物でもないんだけど……言われてみればそれも至言だろう。全然うらやましいとは感じないけど、案外便利かもしれない。
 それに、まあ乙女心……っていうのは首を縦に振りかねるけど、何だかんだで、コイツが女の子に悪意を持って嫌なことをしてるのは見たことないからなあ(ナチュラルで嫌がられてる存在っていうのはそれだけでまずい気がするけど)。やっぱりというかコイツ、本質的にはいい奴なんだろう。うんうん、認識を改めるべきかもしれない。
「足が1本多いだけ、って考えて頂戴?」
 その後の最悪のジョークさえなければ完璧だったのに。
 ともかく、貂蝉の思わぬ活躍により、蓮華の服は予想よりもかなり早く決まったといえるだろう。蓮華自身も、まんざらじゃなさそうだし……。
「ねえねえ貂蝉! じゃあシャオの服も選んでくれない?」
「いいわよ? そうねえ……尚香ちゃんは……」
「もー。小蓮、でいいよ? なんか貂蝉、いい奴っぽいし」
「あっら、真名なんて光栄だわね。ありがと、お姫様♪」
 とまあこんな調子で、貂蝉の参戦によって服選びはとんとん拍子で進み、20分もたつころには、僕らはそろって満足そうな顔になり、店を後にしていた。やはり、小蓮に貂蝉が選んでやった服も、蓮華のそれに負けず劣らずかわいいものだった。
 ちなみに、小蓮の後でなんと蓮華までもが貂蝉に真名を許していたのは、今までの展開に輪をかけて意外だった。でもその……なぜか納得できてしまう。
「できれば、あっちにいる子にも選んであげたいんだけど……まあ、出てきたくないなら、無理に呼ぶのも野暮ってものかしらねえ……。ご主人様達も気づいてないみたいだし……」
「え? 何か言った、貂蝉?」
「いいえ、何も?」
 ? まあいいか。
 いやしかし、今日はなんかホントに意外に助けられたもんな……やっぱり、あいつ頼りになるんだ。見てくれだけ我慢すれば気さくないい奴だしな……。『ついでだから』って、荷物持ちまで引き受けてくれてるし。うんうん、華琳には悪いけど……人はみかけで判断しちゃいけない生き物なんだろうと、改めて思う。
 今度、お礼も兼ねて食事にでも誘おうかな、なんてことを考えながら、蓮華と小蓮、それに予想外ながら貂蝉とも相互に仲良くなれた気がする僕らの休日は終わりを告げた。
839 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 04:48:23.88 ID:1U/RiEmE0
「……ほぉ……なるほど。ただ軟弱なだけの男かとも思ったが……蓮華さまと小蓮さまがあそこまでなつくとは……なかなかどうして、只者ではなさそうだな、吉井明久……」

 店の外で、そんなふうにぽつりとつぶやいていた人影に……実は今日一日、護衛の意味で絶えず明久達を見守っていた彼女……甘寧の存在に、明久・蓮華・小蓮は終始気づくことはなかった。
 その唇に……普段はめったに見ることができない、笑みが浮かんでいたことにも……。
 が、その笑みはすぐに消えて……甘寧はふと、笑顔の明久達を……否、その横にいる怪人物を見ながら、神妙そうにつぶやくのだった。

「しかし、あの巨漢……何者だ? 確か、名は『貂蝉』……どうやら私の存在に気付いているようだが……ふざけているようで隙も全く見せんし…………本当に一般人なのか?」

840 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 04:49:12.26 ID:1U/RiEmE0
幽州・日常編(5)
第129話 メイドと天と世継ぎの噂


「おーい、そっちまだかー?」
「もうちょっとだー! それより角材足りないぞー!」
「こっちにあるぞー!」

 あちらこちらから聞こえてくるのは、大工仕事に精を出す人々の声。うんうん、活気あっていいなあ。
 ついこの間までは、このあたりは土地も何もかも硬いだけの荒野だったんだけど、今、僕の目の前には、まだ建設途中とはいえだいぶ大きな建物と、その建設のためにせかせかと働いている人たちが見える。
 どういう状況なのかというと、僕は今、郊外にある流民・難民受け入れ施設の建設現場に来ているのである。
 戦いそのものがあらかた終わりを告げたとはいえ、これまでの戦乱の世で住む場所を失った人は数多くいるわけで。そんな人たちのために国内各地に生活スペースを提供するための施設を作ってるわけ。
「それだけじゃなくて、その建設のための人員にも、難民の人達を雇ってるんですよね?」
「はい……そう言ってました……」
「へー、やっぱり考えてあるんだ、色々と」
 僕と一緒に視察に来ている姫路さんと月、そしてもう1人、
「当然よ。ボクにかかればこのくらい朝飯前なんだから」
 とまあ得意げに言って、この視察ツアーの案内役にして、この現場の開発総責任者を務めている詠があんまりない胸を張った。ちなみに、今日はメイド服でなく軍師服である。
「とはいえ、まだまだ途中よ。資材の追加手配や人員の確保、それにともなった土地の開墾や生活線の確保まで、やることはまだまだあるわ」
 ため息交じりにいいつつも、詠の口調にはどこか満足しているような感じが感じられる。やっぱり、自分の力量を存分に生かせる現場っていうのはやりがいがあるんだろう。
 そして、そのままの口調で言うことには、
「……もうじきここにも直接は来られなくなるんだし……何とかしないとね」
 そう、もうすぐ、詠が直接この現場に視察および指揮にくることはできなくなるため……というのも、やる気を出してる理由の1つだろう。
 理由は言わずもがな、今持ち上がってる、大陸中央部へのお引っ越し計画のためだ。
 会議の結果、移転先は『洛陽』に決まった。なんとなんと、月と詠の古巣である。軽い里帰りに近いな。これについては、また後ほど詳しく。
 ともあれそのために、詠がこの現場に来るのは今日で最後。そのため、この段階でできる最大限のアドバイスを残していかなければならないのだ。
 同時に、僕らがここに来れるのも今日が最初で最後ということで、僕と姫路さんが、責任者の詠、護衛役の鈴々、そしておまけでついてきた月と一緒にここに来たわけだ。
「おまけ言うな!」
 と詠。はいはい。
「でも、思ったより皆さん生き生きしてますね」
「そうですね……。難民……っていう風には……とても見えないです……」
 それは僕も思った。生きる場を追われて来てるくらいだもん。なんて言うかこう……すっごくどんよりした空気が漂ってるもんだと思ってたんだけど……いざ来てみると、まるで中学生が部活やってるみたいなこの活気である。意外としか言いようがない……。
「ああまあ、この現場には明るい人を優先して配置してるからね」
「そうなの? 何でまた?」
「辛気臭い人ばっかりの職場で、労働意欲がわいてくる人なんかいるわけないでしょ? 人は心で動くものなの。このくらいの配慮は当然よ」
 サラッと言ってみせるけど、そういうことを思いついて言ってのける詠はホントにすごいと思うよ? 僕だったらそんなこと絶対思いつかないし。
 と、ここで鈴々があるものを見つけた。
「あー! お兄ちゃん、屋台! 屋台が出てるよ!」
「え?」
 鈴々の嬉しそうな声に反応して振り向いてみると、たしかに、そこには小さいながら、立派な屋台が開店していた。
 しかも……1つや2つではない。色々なものを売っている屋台が5〜6店舗。そのほかにも、地べたに布敷いて市みたいなことをやってる人も結構な数いる。
 難民の中に、商人みたいな人もいたんだろう。あの一角、まるで普通に市場みたいだ。けっしていい条件ともいえない場所だけど……国の外の荒野よりは安全だっていうことで、ここでひと儲けしようって考えか。たくましいなあ。
 しかも詠に聞けば、労働者諸君や巡回の兵士たちとか、けっこう彼らの世話になってるクライアントは多いらしい。そういう意味では条件いいのか。
「商品が売れれば商人たちは活気づくし、それについて回る形でこのあたり一帯での金銭の回りもよくなるのよ。だから……このあたりでは例外として、買い食いなんかも容認してるの。あの怪力女を説得するのは大変だったけどね」
 なるほど、それはそうだ。
 兵士たちは労働でおなかがすいてるから、こういうところでの食料品販売店は嬉しいだろう。それに……悪条件下であるためか、1つでも多く売ろうと値段も安めだし。
 巡回中に買い食いなんてのは愛紗が怒りそうなことでもあるし……その意味でも納得できる。
「さて、今の話だと……僕らがあそこで買い食いしてもOKってことだよね?」
「言うと思ったわ。全く……意地汚い王様だこと」
「やた―――――っ!」
841 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 04:51:18.41 ID:1U/RiEmE0
と、詠の肯定を確認するやいなや走りだした鈴々。早い早い。
 僕らがその後を追いかけてそこに着くころには、鈴々は既に屋台のおっちゃんに肉まんを注文した後だった。
 できたてのそれを袋入りで10個(多い)即買い。それを渡している最中で、屋台のおっちゃんはその後ろにいた僕らに気付いて、
「おぉ! これはこれは太守さま! よくいらっしゃいました!」
 うやうやしく……とまでは言わないけれど、愛想良く一礼してくれた。
 もうすでに僕らのフランクっぷりは大陸に知れ渡ってるのか、はたまたこの人達はナチュラルでこれなのか、あたりがやわらかくて逆にいい。変に敬われると帰って緊張するし。
 その声に気付いたのか、周りにいた人たちが野次馬とばかりにワラワラと集まって来る。

「太守さま! わしらを助けていただいてありがとうございます!」
「私ら、太守さまがいなかったら飢え死にしてましたよ!」
「兵士の皆さんにもよろしくと! おかげで商売繁盛です!」

「すごーい……みんなご主人様にお礼言ってますね……」
「はい! 皆さんすごくうれしそうですね」
 月と詠がそんな感じで嬉しいことを言ってくれる。うんうん、確かに、褒められて悪い気はしないかも。
 けどまあ、実際は僕じゃなくて、何から何まで朱里とか白蓮ががんばってくれたんだけどね。警備とかに関しても、愛紗とか華雄とか、ここにいる鈴々とかが。僕は対して何もしてないし……。
「ちょっと、誰か忘れてない?」
 おっほん、と咳払いとともに総責任者からそんな声が。はいはい、ちゃんと忘れずに覚えてますよ。もちろん、詠にも感謝してるってば。
 そんなことを言ってる間にも、難民の皆さん集まってきてるし。
「まあ、そんなお礼とか、別に気にしなくていいからさ。それよりも、今は大変だろうけど、ここ乗りきれば楽になるだろうから、みんな頑張ってね」
「体には気を付けてくださいね? この時代、体が資本ですから」
 と、何気なくかけた僕と姫路さんとの一言に、難民の皆さんの反応はというと、

「やっぱりここの太守さまは最高だ!」
「ああ! 太守さまは、いや『天導衆』は、ちゃんと現場の人間のことを見てくれてる!」
「口先だけで、搾取するだけのよそとは大違いだ!」

 そんな嬉しいこと言ってくれてる。
 と、そんな中……何の脈絡もなく、群衆の中からこんな声が。


「太守さま! 太守さまはその大陸を平和にしたら……天に帰ってしまうのですか?」


 その質問に、にぎやかだったあたり一帯がいきなり静かになった。
 いきなり飛んできた予想外の質問に、僕も姫路さんも黙ってしまう。
 え……っと……帰る? 天……元の世界に?
 そういえば……そんなこと、久しく考えてなかったな……。

 そうだ……『天の御使い』なんて言われてるくらいだし、もともと僕ら、この世界の人間じゃないんだった。
 そう……忘れもしないあの日(いや、どのくらい前だったかは忘れたけどさ)、僕ら『天導衆』は、何を隠そうここにいる姫路さんのサンドイッチという名の死神に連れられて臨死体験をしたのち、この世界に来たんだった。そこから、愛紗たちと会って、何だかんだで県令になって、雄二たちと合流して、朱里たちも加わって、戦いに勝って……ってな感じでここまできてるんだ。
 いつのまにか三国統一の英雄みたいな位置に来ちゃってるけど……もともと僕、普通の高校生で……ただのバカなんだよね……。
 それ考えると……今度は逆に、何で僕はここにいるんだろう、なんて感じに思えてくるから不思議だ。本来なら僕、今頃夏休み終わって、学校に行って、みんなとワイワイ騒いだり、鉄人に追いかけまわされたり、Aクラスと試召戦争して見事に勝ったりしてたはずなのに……。
 ……誰だ、今『無理無理』って言ったの。
 ともかく……今思えば僕、本来ここにいること自体が異常なんだよな……。ここが死後の世界なのかすら、未だはっきりしてないし……いや、こんなにリアルな戦いやら友情やらがある死後の世界とかないと思うけどさ。
 それらを考えると……そうか、いつかは来るのかもしれない……元の世界に戻る日が。
 もちろん、そんな方法は知らないし、そんなことできるのかってことすらもわかんないけど……。いきなり向こうからこっちに来たのと同じように、こっちから向こうに帰るのもいきなりかもしれないんだ。あるかもしれないんだ。
 と、

「太守さま、帰ってしまうんですか?」
「そんな……ずっとこの世界にいてください!」
「せっかく太守さまたちが戦乱をおさめてくれたんですから!」
842 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 04:52:18.19 ID:1U/RiEmE0
まあ……こうなるよね……。
 向こうの世界でただの悪ガキでも、この世界では関羽ら英雄たちを率いて戦乱をおさめたヒーローだ。しかも、『天の御使い』なんていうよくわからないにも程がある通り名までついてる。信頼もとい、信仰されても当然というものだろう。
 当然、そんなヒーローが帰ってしまうともなれば、全力で止める。彼らにしてみれば、この平和は僕らが作ったもので、僕らは大陸に平和をもたらした英雄以外の何者でもないんだから。
 さて……どう答えたもんかね、と僕が迷っていると、

「ちょっとあんたら、何弱っちいこと言ってんのよ!」

「「「!?」」」
 と、意外なところから飛んできた一喝に、その喝を飛ばした本人……詠を除く全員の目が点になった。……?
 えっと……何?
「おい、そこのチビ、何だよお前?」
「バカお前! ここの責任者で、吉井様の側近だぞ!」
「うえっ! マジか!?」
 と、詠の正体を知った一人の流民がおののいているのにも、自分がチビ呼ばわりされたのにも別段興味がなさそうな詠であった。
 何だか詠……怒ってないすか?
 何が詠をあそこまでな感じにさせているのかと考える暇もなく、再び詠が口を開く。
「いい!? あんたたちがコイツに頼りたくなるのもわかるわよ。何せこいつはこの戦乱をおさめた張本人なんだしね」
 ……君主を『コイツ』呼ばわりしてるのはとりあえずスルーしとこうか。剣幕のあまり、連中も特に気にする余裕がなさそうな感じだし。
「けどね!」
 続きます。
「やれ帰らないでくれだの、ずっとここにいてくれだの、もっともな願いかもしれないけど……ちょっとはあんたら気概ってもんがないの!? コイツに頼ることしか考えてないじゃない! 今は仕方ないとしても、そうやっていつまでも、子供みたく甘えている気じゃないでしょうね!?」
 そこまで聞いて、ちょっと違和感。
 なんか詠……僕らのために怒ってくれてるように聞こえるんだけど……?
「こいつらだってね……天の御使いだの選ばれし勇者だの色々言われてるけど! たしかに戦乱をしずめたけど! ここまで来るのに、コイツが苦労1つしなかったとでも思ってるわけ!? こいつだって、こいつらだって、ここまで来るのにすごく大変な思いしたのよ! そういう思いして、ここまで来て、お人よしにもあんたらを助けようとしてるの!」
 なんか……正直意外だ。こんな風に、詠が僕らのために本気で怒ってくれてるなんて……。てっきり嫌われてるもんだとばかり……。
「もう……ご主人様……鈍感です……」
「? 何か言った、月?」
「いいえ……なんにも……」
 ? まあいいか、何でもないって言ってるし。
 で、その間も、詠の演説は続いてる。
「ボク自身、コイツに『助けられた』身だからあんまり偉そうなことは言えないけど……だったらあんた達、世話になるだけじゃなくて、コイツに恩の1つも返そうとしてみなさいよ! こういう形であんたたちを助けられる体制を作るまで頑張ったコイツの苦労に、少しでも報いるためにさ!」
 凄味の利いた詠の演説にしんとなった聴衆たち。
 砂に水が染み入るかのごとく、その演説は徐々に彼らの心の中に浸透したらしい。
 そして……
843 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 04:53:54.06 ID:1U/RiEmE0
「そうだ! 俺達、甘えてばっかりじゃだめだ!」
「ああ、早く立ち直って、太守さまに恩返ししないと!」
「そうよ、お世話になりっぱなしなんて、罰が当たるわ!」

 ……お見事、というに尽きるな。
 しかしまあ……舌一枚でここまで見事に人の心を打つとはね……さすがは名軍師。
 いっそのこと、王様権限ですぐにでも軍務に復帰してもらおうかな。まだ小国いくつかの平定も残ってるし……。

「全くもう……明久くんったら……」
「ホントに……わかってないんでしょうか……? 何で詠ちゃんが、今のすごい演説できたのか……」
「多分……なのだ」

 ? さっきから女子勢の方から聞こえるひそひそ話の内容がいい加減知りたいな……。
 よく見てみると……

「そ、そうよ……別にボクはコイツのために言ったんじゃなくて、単純にコイツらがムカついたから言っただけで……。べ、別にこいつのこと何とも思っちゃいないんだから……」
 ……なんか詠まで顔赤くして『や、やだ私何言っちゃったんだろ!? 勢いに任せて……』みたいな表情でぶつぶつ呟いてるし……。何なんだ?
 まあともかく、見事にみんな活気を取り戻して……否、今まで以上の活気につつまれた。うんうん、色々と気になることはあるけど、これはいいことだろう。
 僕も姫路さんも思わず顔を見合わせて、にこりと笑ってしまう。
 すると、それに気付いたのだろうか、群衆の中から、子供と思しきこんな声が。
「たいしゅさまー、その女のひとだれー?」
「え? わ、私ですか?」
 と、いきなり指名されたためだろうか。姫路さん少々びっくりしていた。
 あ、そっか。この中にはだいぶ遠くから無理してここまで来た人もいるから、僕ら『天導衆』の顔を知らない人も多いんだ。子供なんかは特に、噂話にも無頓着な子もいるだろうし。
 それならそうで、この人は……姫路さんは、僕と同じ『天導衆』のメンバーで、大切な友達だってことを教えてあげないと……

「おきさきさまー?」

「「は!?」」
 超弩級の予想外セリフに、僕と姫路さんの声がそろう。いやマジ。
 ちょ……何言い出すの!? 違うって!
 横で姫路さんも赤くなっちゃってるし……さっさと訂正しないと……

「そうなのか?」
「そういえば……着てる服も似てるような……」
「ということは……あの人がお世継ぎを?」
844 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 04:55:05.13 ID:1U/RiEmE0
ほらぁー! 変なこと言いだしたぁー!
 この手の民衆って噂話好きだから大変なことになるって……。ていうか『お世継ぎ』って! なんてこと言い出すんだこの人達! まるで姫路さんと僕が夫婦みたいなこと言い出した挙句そんな……そんな話題出したら姫路さんが気分を害して、僕のいろんなところの骨が姫路さんに……
 ……と思ったら、関節を極めるでもなく、目をつぶすでもなく……姫路さんは顔を赤くしてうつむいているだけだった。……?
「お……お世継ぎって……私と明久君の……」
「……姫路さん?」
「はえっ!? い、いやその、な、何でもないです!」
 ……よくわからないけど、最近は姫路さんといい秀吉といい、そういう僕を無駄に期待させるようなしぐさを……ってこんなこと考えてるってばれたらマジでお仕置きだ!
 と、僕が必死で煩悩と格闘していると、

「えー? でも私は、吉井様のお妃は、関羽さまだって聞いたけど?」

 なんか変な会話がっ!?
 ちょ、何そのお話! 何で関羽!? 何で愛紗!?
 いやその……姫路さんといい、愛紗といい、そういうかわいい娘と噂にされるのは嫌じゃないんだけど……
 なんてちょっとでものんきなことを思ったりすると、

「え? 僕は趙雲将軍だって聞いたんだけど」
「俺は馬超将軍だって……」
「私は『天導衆』の島田様だって……」
「あれ? 呂布さまちゃうの?」
「わしは黄忠さまだと……」
「あたしゃ諸葛亮さまだって聞いて……」
「あっしは、呉から迎え入れた孫権さまだって……」
「おいおい、じゃあおいらの聞いた曹操さまだってのはガセか?」
「な、なんだ……坂本様だ、っていうの嘘だったんだ……」

 ちょっとぉ!? なんなのこの状況!?
 平和になったと思ったら何!? 戦乱の話題からいとも簡単にお世継ぎ問題にシフト!? 領民のみなさんどんだけそっち方面の噂話好きなの!? 星に翠、紫苑に朱里、美波に恋、華琳に蓮華まで……いつのまにそしてどんだけ噂になってるのさ!? しかもどれもこれも根も葉もない……っ。
 大体、華琳や蓮華とそんな噂になってるなんて知られたら、春蘭や甘寧に殺されかねないぞ僕! 春蘭は相変わらずの華琳命だし……甘寧は甘寧で蓮華命で、この間3人で買い物行った時も影から監視(警護)してたって話だし……。
 ていうか100歩譲って彼女達はいいとして(全然よくないけど)、最後に出てきた1人は聞き捨てならないにもほどがある! 何で雄二が出てくるんだ!! なんでこんなパラレルワールドに来てまでそんな不名誉な噂を……畜生っ!! 涙出てきたっ!!


「へっきし!!」
「……雄二、風邪?」
「っとと……いや、そんなことはね―と思うが……あのバカがまた何か俺の悪口でも言ってんのかもな。ったく……仕事仕事」
 ま、何言おうとあいつの勝手だから気にしねーけどな。
 それにしても……なんだかやけに寒気を伴うくしゃみだったな……?

                       ☆

 ともかくっ! そんな噂は根も葉もないでたらめだってどうにかして早急に領民のみんなに知らせる必要がある。後で朱里あたりに相談しよう。
 ちなみにその最中、

「もしかしてさ、今なんか演説してたあの人がお妃なんじゃない?」
「あ、それありうるかも! さっきの演説、すごい説得力だったもんね」
「責任者任される位だし……さっきなんか吉井様を『コイツ』呼ばわりしてたしね」

 なんて会話まで。
「なっ!? あ、ああああんたら何を……」
 いかん、さっきまでいい感じだった詠が、今の衝撃発言で元通りのコワレモードに!?
 顔を真っ赤にして、腕をブンブン振り回して反論にかかる。さっきまでの冷静さ、ゼロ。
「ばばばばバカ言うんじゃないわよ! 誰がこんな奴と……」
「え、詠! この手の噂は無駄にひっかきまわすと余計悪化するから! さっさと行こ!」
「は、話せバカ太守―!」
「姫路さん、月、鈴々、行……」
 じたばたする詠を背中から羽交い絞めの要領で抑えつつ、残りのメンバーを連れてここから早急に退散しようとすると……
「へぅ……ご主人様にそんな噂が……?」
「わ、私が明久君と……明久君の……その……」
「ああもうこっちはこっちで壊れてるしーっ!!」
 仕方ないので、鈴々と分担して2人の手を引き、走ってその場を後にする。
 これ以上ここにいると調子に乗った民衆の皆さんに、あることないこと根掘り葉掘り聞かれそうだからなあ……。全く、フライデーとかパパラッチとかあるし、有名になるってことは多少なりそういう噂も立つもんだとは思ってたけど……何で僕ばっかりこんなに……。やっぱり、みんな気になることなのかなあ、王様の妻っていえば王妃、子供ともなればお世継ぎなわけだし……。
 はあ……そんなこと、当の本人は考えたこともないってのに、変な話だよ。
 やっぱりというか、未だなれない『王』という立ち位置への心労でこらえきれないため息をつきつつ、僕は終始顔を赤くしたままだった姫路さん、月、詠をひっぱり回しながら、超ハイペースで視察を終わらせて帰路についた。

845 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 04:55:44.29 ID:1U/RiEmE0
「……にゃ? 鈴々だけ、お兄ちゃんと噂にされてないような気がするのだ……?」



 そんな疑問と、鈴々の頭の上に浮かんだ?マークは華麗に無視して。
 いやその……年齢的に……もう5,6年くらいしたら……じゃないかな、多分……。……ほとんど同い年の朱里が噂になってるのは……その、わかんないけど……。
846 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 04:56:45.17 ID:1U/RiEmE0
洛陽・日常編
第130話 寝起きと謎とセキト失踪
 ここは幽州・啄県……ではなく、
 数週間前に引っ越してきた、僕らの新しいホーム……そう、『洛陽』である。引っ越しの全ての準備を終えて、僕らはようやく引っ越しを完了することができたわけだ。
 民衆の皆さんの名残を惜しむ声援を受けながら住みなれた幽州の城を出て、かつて月が暮らしていたもっと大きな洛陽のお城に引っ越してきたというわけである。まあ、幽州の城も十分大きかったんだけど……こっちのはさらにレベルが違う。何せ王朝が健在だった時代は、大陸全土を統括するお偉いさん達が住んでたところなんだから。やれやれ……地図持ち歩かないと迷うなこれは。
 もっとも……その王朝だのなんだのは董卓討伐戦争のあとすぐに崩壊して、スポーツ漫画の初期のライバルキャラのごとく歴史から綺麗にフェードアウトしちゃったんだけど。今、頂点に立ってるのは……なんとなんと、僕らであるわけで。
 そんなわけで、大陸中央部に引っ越して統治もやりやすくなった。どこに行くにもほぼ同じくらいの労力で済むしね。ちょっと南方が広いけど。
 と、同時に、
どさくさにまぎれて……とか、ついでだから……ってわけじゃないけど、統治する僕らの所のシステムにも色々と変更が加わったりして。
 まあ、具体的には……例えば、現実世界で言う『国会』みたいなの作ったりとか。
 一応、最高権力は僕らの所……ってことでまとまってるんだけど、政治とかであつかう範囲がさらに広がったのに伴って、各地方ごとの意見・要望をできる限り生の声で聞きたいから、っていう目的で造られた機関だ。代表者を一手に集めて、話し合いの場を設ける。無論、僕ら最高統治メンバーにじゃんじゃん意見とか言ってもらって構わないし。
 ちなみに、その『国会』の議長は白蓮。はりきってやってくれるそうだ。
 2つ目、それに伴って、そのさらに上の、閣僚とでも言うべきメンバーも新たに選出することになった。いや……さすがにここまで来ると僕は詳しいことはさっぱりで、えらい人が集まって会議する集団、くらいしかわからない。なので、その辺は雄二と朱里に一任してるんだけどね。
 その雄二と朱里は、白蓮や霧島さん、姫路さんや紫苑なんかと協力して、見事にそのシステムを完成させてくれた。やっぱりというか……僕、つくづく仲間に恵まれてるなあ。
 その閣僚のユニット名決めるにあたって、いろんな案が出たけど……結局まだ決まってない。
 どんなのが出たのかっていうと……

『内閣』……悪くはないんだろうけど……なんか普通すぎるし。
『元老院』……威厳はあるけど、なんかこう……どっかから持ってきた感じが……。
『フロンティア』……だから横文字使うなって。
『SOS団(三(S)国を治(O)めるためのす(S)ごい団)』……まじめにやろうね、姉さん。

 こんな感じだったので。
 そしてなんと、そのメンバーの中には、復権した華琳や蓮華、さらには詠(非常勤だけど)なんかも入っている。さすがに本国(があった場所)に直接戻して統治させるわけにはいかないから……ってことで、帝都・洛陽に滞在したままその手腕をふるってもらうことにしたわけ。お約束のごとく『甘い』とか『何考えてるんだ』とか言われたけど、僕の目で見た感じだと……3人とも、まんざらでもなさそうな感じだったけどなあ。
 特に、その中でも『議長』に抜擢された華琳。一応報告と申請が必要になったとはいえ、今までよりもはるかに外出がしやすくなったというだけあって、わりかしノリノリで務めてくれてる。
 そんなこんなで、新しい統治体制を確立した僕らは、平和な大陸の構築に向けて、洛陽という新しい都にて精進しているのでした。

 ……そして、これはそんな日々のうちの1ページであるわけで。

                        ☆

 ここの所、いろいろと政務がムチャクチャ多くて……朝がつらくてかなわない。夜遅くまでずれ込むことも珍しくなく……朝起きれなくて愛紗に怒鳴られることもしばしば、だ。
 が、
 今日はなんと、昨日政務を頑張ったおかげで、午前中に限り非番というご褒美ができた。いやー、これは嬉しい。今日は久しぶりに、2度寝3度寝して昼ごろまでゆっくり寝させてもらおうかな。
 布団はオール羽毛ですごく気持ちいいし……あったかいし……いやあ、極楽極楽。
 ここんとこ睡眠時間少なくなってきてたからなあ……いくらでも寝られる……よ…………。
 うう……なんて言ってる間にも、眠気……が…………

847 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 04:57:50.15 ID:1U/RiEmE0
こんこん

 ばたん   ←   扉が開く音

「……………………」
「……んぅ……むにゃむにゃ……」

 すたすたすた

 ゆさゆさ

「………ご主人様」
「………んぅ……あと5分…………」
「………起きて、ご主人様」

 ゆさゆさゆさ

「……ん……zzz……」
「………起きない」
 何だろう? 何か、意識のはるか遠くで誰かがしゃべってるような……まあ、いいか。今日は非番なんだし、誰にも何も文句言われる筋合いはないね。
 寝よ寝よ…………。
「zzz……」
「…………起きない」

「恋さーん……ご主人様……起きましたか?」
「………起きない」
「にゃ、ホントだ、寝てるのだ」
「全く、もう9時過ぎだってのに……」
 ん…………?

「お兄ちゃん、起きてよー。大変なのだー」
「…………zzz……」
「む〜……起きないのだ……」

 何だろう……騒がしくなったような……?
 全くもう、人が寝てる最中だって言うのに……

「ご主人様……あの……起きてください……」
「……んぅ……ん…………zzz…………」
「へぅ……起きないです……」

 んぅ……何だ何だ? 夢にしてはやけに…………

「………ご主人様、起きて(ゆさゆさゆさゆさ)」
「ん〜…………!」
「………起きない…………」

 もう! 誰だか知らないけどうるさいなあ! 今日は午前中だけとはいえ、僕は非番なんだから、ゆっくり寝かせておいてよ!
「全くもう……仕方ないわね……」

 ごそごそ……

 ? 何だ? 誰かが僕のベッドのわきに……いや、僕の耳元に顔を近づけたような気配が……?

「ほら、ア〜キ♪ 起・き・て?」
「敵襲ッ!?」

 ばっ!   ←   何かの気配を感じた僕が顔面をガードしつつ飛び起きる音

 ずどっ!   ←   美波の貫手(ぬきて)が僕の鳩尾にめり込む音

 どさっ   ←   僕が布団に倒れ込む音

「あ、明久君!?」
「ご……ご主人様……!?」
「………生きてる?」
「全くもう……誰が敵よ、失礼ね!」
「おいおい島田、もう一回寝かせてどうすんだ」
 ほ……本当に何なんだ、一体…………(ガクッ)!?

848 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 04:58:30.37 ID:1U/RiEmE0
「セキトがいなくなったぁ?」
「………うん」
 寝起きドッキリのごとき襲撃をかけてくれた恋達が、どうにかこうにか意識を取り戻した僕に聞かせてくれたのは、そんな報告だった。
 セキトがいなくなったって? どういうこと?
「………起きたら、いなかった」
「ふーん……探してみたの?」
「………(コクッ)」
 ひとまず外に出てもらって着替えた後、僕は食堂で朝食をとりつつ、その事件(?)のあらましを聞くことにした。で、今聞いてる。

 恋によると、今朝起きてからセキトが見当たらないそうなのである。他の動物は1匹としていなくなっていないにも関わらず、セキトだけが何の痕跡も残さずに忽然と姿を消した……というのだ。
 ……あんだけいる動物たちを、数のみならず各個体を全部把握してる恋のポテンシャルにも驚くところなんだけど……それはどうしたことなんだろう。セキトはあの中でも特に恋になついてて、どこへ行くにも、それこそ戦場以外は全部……警邏にだって同行してたくらいなのに(多分散歩兼ねてると思う)。
 それ考えると……それは確かに気になるかもしれない。
「心当たりとかは? 無いの?」
「………全部探してみた。けど……どこにもいなかった」
「ふぅん……」
 ラスト1個のシューマイを口に放り込んだところで、事情聴取終了。
 うーむ……確かに、それはちょっと引っかかる。
 恋に限らず、僕らみんなが知ってることなんだけど、セキトはかなり頭がいい。だから、行って帰って来れなくなるような危険な所には行かないはずだし、食事の時間に遅れたり、ましてや来ないことで恋に余計な心配をさせることは絶対にしない。
 そのセキトがいなくなる…………?
「確かに、気になるね……」
「でしょでしょ? それで、鈴々たちも恋に相談されて一緒に探してたんだけど……」
「どこ探しても、見つからなかったのよ」
「それで、そろそろお前が起きたかと思って、かりだそうとけしかけたっつーわけだ」
 なるほど……ね。セキト探しの要員としてか。
 ここにいるのは……雄二、美波、姫路さん、鈴々、月、そして……飼い主の恋か。メイドで比較的自由がきく立場の月以外は、今日非番をとってるメンバーだ。なるほど、このメンバーなら、セキト探しにはもってこいってわけだ。
 ……鈴々は警邏の当番だった記憶があるけど……大方サボってぶらついているところを恋に呼び止められて参加した、ってとこか……?
 ま、それはおいおい聞くとして……このメンバー、悪くない布陣だな。
 行動力のある鈴々と美波と恋、頭脳派の姫路さん、そして両方兼ね備えた、オールラウンダーの雄二、さらにはもともとここに住んでいたために、この城のどこに何があるかっていうことが全て分かっている月も、だ。朱里や紫苑が、城の見取り図作成の手伝いを依頼してたくらいだし。このパーソナリティは、捜索任務にはもってこいだろう。詠も誘おうとしたけど、運悪くこの時間は軍務だったらしい。
 さてと。じゃ、シュウマイと餃子と麻婆豆腐でお腹もこなれたことだし……
「ともかく、行ってみよっか」

                       ☆

 さて……そうはいっても、結局はしらみつぶしに探すしかないわけで。
 月の話を参考に、この城の中でセキト……犬が独力で行けそうな場所を、そしてそのうち恋がまだ調べていない場所を探して回ることにした。
 さてさて……どこにいるのかと探して回って、まず一ヵ所目。

「セキト……ああ、恋の犬か?」
「………(コクッ)」
 野外鍛練場で弓矢の訓練を監督している華雄にそれを聞いてみた。
 今朝の早朝からずっと訓練に立ち会ってるはずの華雄だけど、疲れ一つ見せない。やれやれ……頼もしくて助かるけど、無茶はしないでよ?
「どう華雄、見てないかな?」
「うむ……いや、残念ながら見ていないな」
「そうですか……」
 しょんぼりした感じの姫路さんの声。むう、ここははずれか。
「いつも散歩している道から近いから……もしかしたらいるかな……って思ったんですけど……」
「まあ、確かにそうかもしれんが……ここはなにぶん弓矢や、摸造刀とはいえ刀を扱う場所だ。関係者以外が入るには危険もあるし……出入りする門の管理には徹底させているからな。犬が迷い込んだのなら、すぐに知らせが入る」
 そりゃそうか。弓矢の練習中に乱入されたら危険だしね。
 実際、僕らが入る時にも、ずいぶんと厳重に注意されたし……。
「他にここに来た者と言えば……土屋殿くらいだ」
「え? ムッツリーニ?」
「ああ、といっても、私が見たわけではないし……部下の話だと、来て、すぐに出ていったらしいがな。大した用でもなかったのかもしれん。それも、ずいぶん朝早くの話だ」
 へー……そうなのか。気にはなるけど……セキトの件とは関係なさそうだな。それはおいとこ。
 うーん……そうなると、ここははずれみたいだ。
「じゃあ華雄、セキトが行きそうなところとか、心当たりないかな?」
「そう言われてもな……セキトに関して恋がわからんことを私に聞かれても……」
 ああ、そりゃそうだ。
 となると……残念ながらここで得た情報はなし、か。うーん……残念。

849 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 04:59:10.81 ID:1U/RiEmE0
その2。
「セキト……? なんだそれは?」
「姉者、たしか呂布の飼っている犬がそんな名前だったはずだ」
「……ああ! あの首に赤い布を撒いているアレか!」
 華琳&春蘭&秋蘭のところ。段差が少ししかないし……時々秋蘭とか華琳が料理作っててすごくいいにおいが漂ってくるところだから、もしかしたらいるかも。
 で、着てみると、2人はちょうど鍛練を終えたばかりのようで、完全武装でやや汗をかいていた。……ちょっとビビっちゃったこと、内緒ね。
 ……って、華琳がいないみたいだけど……?
「華琳さまは少々取り込み中でな、残念だが面会はできん」
 と、秋蘭。むう、そうか……。
 でも、この2人の様子からしても、どうやらセキトのことを知っている様子はなさそうだ。うーん……あてがはずれたか……。
「ここにも……いないみたいですね……」
「………残念」
「よくわからんが……見つかるといいな、その犬」
「ああ、ま、もう少し探してみるわ」
 ここもダメ……か。
 ため息をついて、わかりにくいけど徐々に心配になって落ち込んできている恋を励ましつつ、この場を去ろうとして……

「あら、どうしたのあなた達?」
「華琳?」

 と、どうやら『取り込み中』から戻ってきたところらしい華琳とはち合わせた。
 復権してからは軽鎧なんかも身に付けられるようになって、前までの覇王としての風格や覇気をとりもどしつつある華琳は、今日も今日とて見事なツインドリルである。
「どうしたの、こんな所で?」
「ああ、ちょっと……」
 と、そこまで言って……僕は、否、僕たちはフリーズした。
 華琳の後ろに……軍師の荀ケが一緒についてきていた。
 いや、荀ケがついてきていること自体は別に問題でも何でもないんだけど……その、えっと、その恰好が実に問題ありというか……。
 ていうか、着ている服がどことなく乱れてて、頬がほんのり赤く染まってて、首元になぜか首輪(鎖つき)がついてるこの状況って一体……? しかもその鎖の先端は華琳の手に握られてるし……。
 その荀ケは、やはりというかすごく嬉しそうなほわわんとした雰囲気。天敵である僕が目の前にいるにもかかわらず、その存在に気付いていないほど……だ。完全に夢の中。
 その様子に、月、姫路さん、美波は顔を赤くして震えてて……春蘭はハンカチを噛んでいた。うーん……反応がバラエティに富んでいるにもほどがあるな。
 ……てかその……『取り込み中』って……そういうこと? 政務とかじゃなくて。
「あの程度の政務、1刻半もあれば終わるでしょう? 朝一番でちゃちゃっと済ませてしまえば、あとは自由時間も同然よ。残りは午後にでもやれば片付くわ」
「やれやれ、あいかわらずのハイスペックだな」
「それはどうも。そういうわけで、空いた時間をどう使おうと勝手でしょう?」
 それはいいけど……できればもうちょっと人目をはばかってくれると……
「あら、それが逆にいいんじゃない」
 さいですか。
 というか、雄二の『ハイスペック』という横文字さえも既に理解しているのか、華琳。
 で、華琳にも一応セキトのことを聞いてみたけど、やっぱり知らないようだった。
「そう……見つかるといいわね、その子」
「………(コクッ)」
 そう声をかけてくれる華琳の顔は優しかった。うん、やっぱり華琳、ホントのところはいい子なんだ。
 ……このシーン、鎖で繋がれた荀ケがいなければ、果てしなくまともに見えるのに。
 ともかく、ここもはずれだったということだ。次行くか。

                       ☆

「セキト……ああ、あの犬か? 私は見ていないが……」
「シャオも見てないよ? こっちには……きてないんじゃないかな?」
 とまあ、今度は庭園である。
 偶然そこにいたのは、政務がひと段落したところで休憩している蓮華と、そのついでと思しき小蓮。そして……

 ぐるるる……
 がるるるる……

「「「………………(汗)」」」
 小蓮のペット×2。
 ただし、犬や猫なんていうかわいげのあるものではなく……子供が1人2人乗れるくらいに巨大なホワイトタイガーとパンダである。
 や……やっぱり……何度見ても慣れない……。
 呉の城から回収して初めて見たときには、そりゃもうびっくりしたもんだ。まさか、こんな速攻で猟友会のターゲットにされそうな猛獣を小蓮が飼ってるなんて思わなかったもん。ホワイトタイガーはもちろんのこと……パンダだって、いくら見た目がかわいくて愛嬌があって動物園の人気者だといっても……分類上はれっきとした『熊』なんだし。
 護衛兵いらずのこのペットたちに餌の干し肉と笹を上げながら笑っている小蓮。……この2匹がなんとなんと意外に人懐っこい性格だということを知った(信じられた)のは、回収してから数週間後のことだった。……それでも、積極的にさわって行こうって気にはいまだになれないんだけど。
「にゃはー、ふかふかなのだ〜!」
「………かわいい」
「でしょでしょ? 時々、一緒に散歩行ったりしてるんだよ、いいでしょ?」
 ……このわんぱく娘達以外は。
 パンダに思いっきりだきつく鈴々と、何の躊躇もなくホワイトタイガーをなでている恋には、マジでかなわないというか。
 ちなみにどちらも基本雑食で、ホワイトタイガーは虎だけど野菜や果物も食べるし、パンダは笹だろうが竹だろうがキノコだろうが喜んでたいらげるんだとか。……さすが中国、不思議な事がいっぱいだ。
「まあ、それはそうと……ここにはそのセキトという犬は来ていないな。庭園とはいえ中庭、広くはないから、入ってくれば気づくだろう」
「そっか……蓮華も小蓮も知らないか……」
「うん、ごめんね、明久」
 ここもはずれ、と。仕方ない、他を当たるか……。
 余談だが、蓮華、どうやらまだ雄二達の前では王様口調になってしまうらしい。うーん、まだ慣れ親しむには時間がかかるかな……なんて思ったりするけど、ちょっとだけ背徳感があるな。僕の前でだけ、あの女の子口調&フランクな雰囲気になってくれるんだと考えると……
「アキ、今何か変なこと考えなかった?」
「明久君、顔がにやけてますよ?」
 いかん、煩悩もろとも粛清くらうとこだった。
 うん、背徳感も捨てがたいけど……やっぱり蓮華にはみんなになじんでもらえるように僕も頑張ろう。協力しよう。
 さて……ここには何もないとわかったし、さっさと……行こうとしたところで、
「あ、そうだ。その犬と関係ないかもわからんが……」
「え?」
 と、唐突に蓮華。何?
850 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 04:59:59.08 ID:1U/RiEmE0
「関係……あると思う?」
「さあな……正直、どうとも言えねえ」
 ため息交じりに雄二がそう返す。
 依然としてセキトは見つからないものの……さっき蓮華から聞いた奇妙な証言が尾を引いていた。
 話によれば、今日の朝、小蓮がホワイトタイガーたちにあげようと餌として用意した干し肉と果物が、ちょっと目を離した隙に、全部ではないけれどわずかな量、無くなっていたというのである。
 うーん……セキトがつまみぐいなんてするかな……? でも推理マンガとかだと、こういう何気ない証言が確信に結びついたりするんだけど……考えすぎか。
「………セキト…………」
 それよりも、今は捜索捜索。
 とはいっても、そろそろタイムリミットが近い。僕と雄二の自由時間も残りわずか……午後になったら僕らは政務に戻らなきゃならないし……。どうしたもんかな……
 と、その時

 わんわんっ!

「「「!!?」」」
 ……どこからか、聞き覚えのある鳴き声が聞こえた。
 え? 今のって、もしかして……?
 すぐさま、その声が聞こえた方向に向かって、瞬時に反応した恋を筆頭に僕らはかけ出した。えっと、確か、この茂みの奥から聞こえたような……?
 そして、その茂みの向こうにあったものとは……

「………………………………何これ?」

 異様な光景だった。
 そこには……声の主と思われるセキト本人がいた。
 しかし、その後ろには……
 …………どういうわけか、大量の鼻血を出して倒れているムッツリーニがいて、その傍らには死者を弔うための供え物でもするかのごとく、干し肉と果物らしきものが置かれていたのだ。
 ……えーっと……何この状況?
「………セキト」
 僕らを唖然とさせている他の要素に一切構わず、恋はセキトに駆け寄ってその小さな体を抱き上げ、頬ずりした。うんうん、見つかってよかったよかった。
 よかったけど……今度はより大きな謎が生まれたぞ?
「ね、ねえ……何? この惨状は……?」
「なんで康太お兄ちゃんがセキトと一緒にいて、血まみれで倒れてるのだ?」
「つ……土屋さん……? だ……大丈夫なんでしょうか……?」
「あ、明久君、坂本君、これは一体……?」
 …………………………どういうことなんだろう、ホントに。
 行方不明のセキトが見つかったと思ったら、そのセキトは鼻血の海に沈んでいるムッツリーニと一緒にいて、その傍には干し肉と果物……。
 うーん、何なんだ一体……ムッツリーニが鼻血に沈むのはいつものことだし、そこに不思議はないんだけど……なんでよりによってセキトがここに……
 と、

「なるほどな……謎はすべて解けた」

「「「!」」」
 横で突如雄二がつぶやいたそんな言葉に、全員の視線が集まる。
「雄二? 謎が解けたって……どういうこと?」
「この状況の、だ。そしてセキトがどうしていなくなったのかも……な」
 何だって!?
 僕らの驚愕を無視して、雄二はまるで名探偵のごとく、ムッツリーニの傍らにしゃがむ。そして、説明を始めた。
「覚えてるか? 華雄が『訓練場をムッツリーニが通って行った』って証言してたの」
「ああ、うん」
「恐らくムッツリーニは、こっち側に来る用事が何かあったんだろう。それで、華雄のいた訓練場を近道として通過したんだ。棟の裏の道から回り込むより、早いからな」
 ああ……それは確かに。
 このへんに来るには、途中、立地の関係で回り道をしなきゃいけない所がある。兵たちは普通に回り道してくるんだけど……それがめんどくさいと感じた時、たまに抜け道……というか近道として、訓練場を通って行くルートがある。そうすることで、所要時間が5,6分は縮まるのだ。
 もっとも……華雄が言ってたように、あまり好ましいやり方じゃないから、見つかるとこっぴどく怒られるんだけど……ムッツリーニくらいの権力者なら、一部を除けば誰に咎められることもなく通過できる。なるほど、華雄の目撃情報はそれだったんだ。
「んで、だ。これ見ろ。向こうに落ちてた」
 と、雄二が掲げてみせたのは……スカーフ?
「あれ? それ……桂花ちゃんのスカーフじゃないですか?」
 と、姫路さん。え? 荀ケの?
 ってことは、もしかして……荀ケと華琳は……
851 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 05:00:44.98 ID:1U/RiEmE0
「ああ、このあたりの草むらで『そういうこと』してたんだろう」
「「「……………………」」」
 まぶたの裏に、衣服がはだけ、首に鎖付きの首輪をつけた荀ケの姿がフラッシュバックする。……うわぁ、な、生々しい……
 女子勢(鈴々、恋除く)が赤面してるのにもかまわず、雄二は続ける。
「で、偶然ここを通りがかったムッツリーニは、それを見たか、もしくは声を聞いてしまい……」
「鼻血で倒れた?」
「ああ、多分な」
 目に浮かぶ……。
 まあ、あのムッツリーニが、そんなものの生ライブ、声だけでも耐えきれるはずがない。速攻でこうなって……
「んで、最後にコレだ」
 そう言って雄二は、お供え物(?)の干し肉と果物を指差した。
 多分これ……小蓮の所から紛失したっていう話のアレだよね? 何でこんなとこに?
「おそらく、これはセキトが持ってきたものだ」
「………セキトが?」
 どういうこと?
「血のにおいをかぎつけて現れたセキトが、倒れているムッツリーニを発見。災害救助犬の要領で、手近にあった食べ物を持ってこようと思ったんだろう。たまたまこの近くに、小蓮が用意してた虎とパンダの餌があったから、そこから一部拝借して、ムッツリーニに救援物資のつもりで持ってきた……んでそれ以降、コイツが目を覚ますまで傍についてたんだろうな。怪我を負った仲間を1人にしておかない、治るまで傍で守ってる……ってのは、一部の野生動物にはよくある話だ」
「「「おぉ〜…………」」」
 そ、そうだったのか……。
 つまり……セキトが恋の所から姿を消したのは、怪我をした(ように見えた)ムッツリーニを助けて、んでもって守ってたから。
 おいおいおいおい……優秀にも程があるだろ……。中堅ハチ公もびっくりだよこれ。
「………セキト、えらい」

 わん!

「………でも……勝手にいなくなっちゃだめ」

 くぅん……

 そんな感じの微笑ましいやり取りを見ながら、僕らはタイムリミットぎりぎりにしてセキトが発見でき、事件が無事解決したことに安堵していたのだった。
 うんうん、これにて一件落着!

 ちなみに、



「…………俺への心配は……無しか……?」



 と、息も絶え絶えなムッツリーニが発したその言葉は、綺麗に流された。
 いや、だっていつものことだし。干し肉でも食べとけば?
 まあ……衛生兵くらいは呼んどくか。
852 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 05:01:38.07 ID:1U/RiEmE0
洛陽・日常編
第131話 バカと始末書と信賞必罰

「で!? この状況は一体何なんですの!?」
「いや、姫。何、ってそりゃ……」
「事情聴取……ですよね?」

 そんな会話を交わしていらっしゃる、袁紹+二枚看板。

 とまあ、斗詩が今言ってた通り、ここは袁紹の取り調べの現場である。
 我ながらマジで甘いなとは思うんだけども、前回の戦……すなわち周瑜との最終決戦での斗詩と猪々子の活躍が認められ、晴れて袁紹は無罪放免……ってな感じにはさすがになるわけないんだけど、一応は恩赦によって助命処分、ってことになった。
 とはいえ、コイツが今までさんざんやってきてくれたのは事実であるし、僕らにしてみてもそれらの横暴まで許すつもりはない。拘留棟から出られないし外出も不可能。おまけに魏と文月の両領で色々としでかした分の始末書を書いてもらう、という超ヘビー級の罰則付きである。
 本当なら死罪か、少なくとも丸坊主+ニス+永久脱毛その他もろもろに処す所だったのをここまでにしてやったんだから、むしろ感謝してほしい所であって、待遇としては恵まれている方だということを自覚してほしい。
 もっとも……丸坊主以下に関しては僕ら全員マジでやる気だったんだけど、斗詩と猪々子が『許してください!』って涙ながらに懇願するもんだから(正確には涙を流したのは斗詩だけだけどね)、なんというかこう……なし崩し的にこういうことになった。
 いや、その……しまいには秋蘭と季衣まで『まあ、ちょっとはおおらかにしてもいいんじゃない?』とか言ってたしね……。
 まあそんな感じで、一時は2人の働きを理由に、以前の華琳や蓮華と同じような捕虜待遇にしよう か……ってところまで行ったんだけど、そこにストップをかけたのが華琳。『信賞必罰』がモットーの華琳は、行いに対してあまりにも幅がある減刑には反対だという意見を出してきた。ということで、今の『禁固刑+始末書』に落ちついたわけだ。まあ、僕らとしてもそこまでしてやる気にはならなかったし。
 まあ、それ以外にも一点、袁紹にとってマイナスとなるペナルティ(?)が用意されてるんだけど……それはまたあとで。
 さて、こんなところで始めますか。


「取り調べですって!? 私が一体何をしたとおっしゃいますの!? 何も問題になるようなことなどしていないはずですわ!」
「どの口がそんなことほざきやがる、バカチクワ」
 と、雄二。
 ホントに、素でこういうこと言えるんだからコイツはある意味大物であろう。
 今日の取り調べの内容は、今までの悪行の数々(1日2日で裁ききれる数ではない)のうちのいくつかに加え、袁紹に科している始末書刑について不備が見つかったのである。
 そのため、僕らは今、袁紹一行を軟禁している『拘留棟』の中に設けられた尋問室にて、彼女たちを取り調べしているところである。
 しかも、その場にはなぜか、僕と雄二の他に……

「し・か・も! 何であなたがそこにいるんですの、曹操さん!?」
「あら、そんなこともわからないの? 相変わらず頭の中が空なのね、おばさん」

 ……この上機嫌の華琳を始め、春蘭、秋蘭、季衣までもが来ているからである。あと、監督官代わりに白蓮も同席。
 そんなことはお構いなしに、鉄格子をはさんでギャーギャーと華琳に食ってかかる袁紹。しかし、当の華琳は気にする様子もなく、何もかもを戯言とばかりに聞き流している。
「おば……っ! きぃ――――っ! 相も変わらず口の減らないチビですわね!! 私に対してそんな口のきき方を……」
「身の程がわかっていないのはあなたの方じゃなくって? あなた……自分の状況が分かっているのかしら?」
 袁紹のギャーギャー声にうんざりするような口調の華琳であるが、やはりどこか得意げと言うか、嬉しそうと言うか……。
「状況ですって!? 何のことを言ってるんですの!?」
「この状況にどこかおかしい点でも思い当たるのか……と聞いてるのよ」
「思い当たるも何も……問題だらけではありませんか! どうしてこの三国一の名家の出身である私がこんなせせこましい座敷牢に押し込められていて、たかが宦官の娘程度であるあなたが牢の外で私を見下してるんですの!?」
 ……人ってここまでバカになれるんだろうか?
 10までしか数えられない子供でも、今の大陸の情勢の大まかなところくらいはわかる。
 曹魏・孫呉共に文月との戦に敗れ、しかしながらどちらも『併呑』ではなく『合併』という形をとっているために、一応は健在。まあ、文月の統治下には置かれてるんだけども。
 他の小国のうち、規模の大きなところいくつかは今と同じような感じに、あまりに小さいところはまあ、さすがに『併呑』……って形になってるんだけども、それでも敗戦国に対しての待遇としては破格のものだ。
 が、そこにただ一つ例外として存在するのが袁家の統治領……南皮である。
 袁家は無能な君主のおかげで没落、もともとグダグダな統治体制だったせいで内側もボロボロだったということもあり、ここに関しては大勢力だったにもかかわらず完全に『併呑』という形をとらせてもらった。
 というわけで、今現在領地やら何やらが完全に吸収され、かつての栄光を思わせるものがなくなったここで今更『袁家』なんて肩書きを出されても、『はぁ?』っていう返事を返す他にないのだ。
853 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 05:02:17.36 ID:1U/RiEmE0
そしてもう一つ、袁紹が知っておくべきことは、
「仮にそうだとしても、曹操さん! あなたとて私と同じ文月に負けた敗戦国の戦争犯罪者でしょう!? なんでそんなに偉そうにしてるんですか!?」
「あ、それあたいも気になってた。アニキ、きょっちー、何で?」
「え? ちょ……2人とも知らないの!?」
 と、素で聞いてくる袁紹と猪々子に、この3人の中で一番の常識人……というかきちっとした常識人の斗詩が驚きを見せる。
「え? 斗詩、知ってんの?」
「知ってるも何も……2人が知らないことの方が驚きだよ……」
「何ですか!? 何か理由があるとでも言うんですの、この不当な待遇に!?」
「やれやれ……相変わらず、部下よりも全てにおいてはるかに無能なのね、あなた」
「何ですってぇ!? 誰が無能ですかそこのチビさん!」
 あーもう、と疲れた様子を見せながら、先ほどの袁紹の質問に対しての説明に、喧嘩を(厳密には突っ走ってる袁紹を)止める目的も兼ねて、斗詩がそこに割り込んできてくれる。
「曹操さんは今、文月の政治・軍事統一最高決定機関『元老院』の議員の1人に任命されてるんですよ。それに伴ってもう『捕虜』じゃなくなってるし、さらに同時に夏候惇さんや秋蘭さん、季衣ちゃんに……ここにはいないけど荀ケさんまで捕虜の身分から脱却してるんです。復権して……っていうか、魏の王だった頃よりもむしろ権力は強大ですよ?」
「そういうこと……。優秀な部下の説明で、少しはわかったかしら、チクワ頭さん?」
「なっ……だ、誰がチクワ頭ですかァッ!! 本ッッッ当に失礼なおチビさんですわねっ!!」
「失礼というならむしろそっちのことだということがまだわからないのかしら? あなたは投獄中の身の罪人、私は文月国最高機関『元老院』議員……ここにいる明久と坂本……王と参謀長に次ぐ、『天導衆』や大将軍らと同等とも呼べる力を持つ私に対して、あまりに口が過ぎるのではなくて、乱世の落ち武者さん?」
 ぴしゃりと一言。しかし、事実なのだから仕方がない。
 華琳の……『元老院議員』の持つ権力は、彼女が言うとおり他の『天導衆』や『大将軍』と同等だ。そしてその大将軍っていうのは、愛紗や鈴々らのこと。将軍ではないけれど、一応朱里もそれにあたる。そしてちなみに、華琳は『議員』でなく……『議長』だ。
 つまり華琳は、軍議の場に置いて愛紗らと同等の発言権をもっているわけである。だからって好き勝手できるわけではないが。
 まあ、華琳は何事においても誇りとかが先行するから、そういう心配もない。
 ちなみに、同時に復権した春蘭たちにもそれなりの権力があるけど、独断で動かせる部隊みたいなものは与えられていない。説明するならば、ちょっと扱いのいい客将……とでもいったところか。
 そんなわけで、今まで着々と進められた復権制作の甲斐があったのがこの結果、である。晴れて華琳は、敗戦国の王から再び大陸に返り咲いたということだ。ちゃんちゃん。
「へー……それってもしかして、昔の麗羽様より偉いの?」
「もしかしなくても偉いの!」
 とまあ、ようやく理解できた様子の猪々子と袁紹……
「何なんですのそれは!? ますます不満ですわ!」
 ……は、まだ荒れ狂っていた。
 あのー……まだ何か?
「まだも何も、それならなぜ私の所にはその『元老院議員』のお誘いが来ていないんですの!? おかしいじゃありませんか!」
「おかしいのは貴様の頭だ」
 これは春蘭。
 まあ、僕も同感である。何であんたを『元老院』に入れなきゃいけないの。
「なぜって……私ほどそういった執政・軍管理に秀でた人材もいないでしょうに……どうしてあなた達は私に相応の力を与えるという発想が……」
「驚いたな、起きたまま寝言がいえる奴がいるとは」
「バカにしてますの!?」
 してますよ?
 むしろ逆に聞きたい。あなた、どうしたらそんなおめでたい発想が頭の中に出てくるんですかね?
というか……
「あのさ、そろそろいい加減に取り調べ始めたいんだけど……いい?」
 ここで僕、ようやく今日初めての発言である。
「お待ちなさい! まだ話は終わってませんでしょう!? 私は断固としてモゴモゴ……」
 まだ何か言いたそうな袁紹を斗詩と猪々子に抑えてもらって、僕は無理矢理本題に入ることにした。
 だって……このままだとホントに華琳と袁紹の口げんかだけで面会時間終わっちゃいそうなんだもん……。
854 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(空) [sage]:2012/05/28(月) 05:02:36.85 ID:aQUxLeej0
これなろうに投稿されてた奴じゃん。
二重投稿か?
855 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 05:04:10.68 ID:1U/RiEmE0
「それで吉井さん、今回の議題……っていうのは?」
 と、すっかりへそを曲げてしまった袁紹の代わりに応答してくれる斗詩。うんうん、いい子だ……秋蘭が気にいるのもわかるというもの。
「えっと、いつも通り今までの罪状の聴取と、それに加えて……ああ、コレか」
「始末書の件だな」
「「始末書?」」
 と、聞き返すは斗詩と猪々子の2人。
 始末書……っていうのは、さっきも言った通り、袁紹が南皮在任中および敗戦後の逃亡中にやらかしたゴタゴタに関してのもので、まあ言ってみれば反省文である。それを、ゴタゴタの一軒一軒に関して、しかも3人それぞれ個別で書いてもらっているのである。日付、サイン、母印付きで。
 何で労働系とかにしなかったかというと、どうせサボるのが目に見えているから。他の2人だけに頑張ってもらっても、コイツに確実に相応の罰を受けてもらわないといけないわけだし。
 大小合わせてその数1000件超。普通の喧嘩とか営業妨害から、彼女らを逮捕するきっかけになった『賭博試合元締め事件』みたいな大きな事件に至るまでさまざま。全くもう……粗探ししたとはいえ、よくもまあこんなに出てくるよ。
 そしてその始末書は、罪状の大きさや悪質性に応じて枚数も変わる。ちなみに、営業妨害など軽い罪なら原稿用紙1,2枚。この前の賭博試合は50枚だ。
 当然、書き方が悪ければ最初から書きなおし……である。
 そして、チェックをかけるのは雄二、愛紗、華琳、詠、冥琳の5人。全員一致で初めてクリア。赤ペン先生もびっくり、端から見ても可哀想なほどの最凶布陣である。
 なので、一見楽そうに見えるこの『始末書の刑』、実はものすごく大変。斗詩は大体一発でクリアするけど、猪々子は書くのは早いけど色々と雑なため、けっこう書きなおし。袁紹は記体や文章使いはいいもの、内容に問題がありすぎるため(どんな? 察してくれ)、9割オーバーで書きなおしとなる。
 そのため、始末書の終了率が斗詩45%、猪々子18%、袁紹3%……って感じだったんだけど、そのパーセンテージに、最近変動がみられたのである。
 ジト目で袁紹を睨む雄二と華琳にならう形で、白蓮がその『問題点』を読み上げる。
「あら、いたんですの?」
「いたっつーの! ったく、失礼な……」
 気を取り直して、白蓮。
「ここ数日で……袁紹の始末書の終了率が、3分から7分(3%から7%)に激増してるっていう……ここのことだな」
「そういうこった」
「そういうことね」
 ぎくっ、と、
 そんな効果音が聞こえてきそうなリアクションが袁紹チーム3人に見られる。
 さらに、
「で、それに伴って、顔良と文醜の始末書処理が微妙に遅くなってきてる……と」
 ぎくぎくっ、と、以下省略。
 さて……こんな事実から導き出される答えなんてのは1つである。
 全員が呆れた表情になる中、ため息交じりで白蓮が核心を問いかける。
「あのさあ袁紹……お前、自分の分の始末書、2人に書かせてただろ?」
「な、な、何をおっしゃいますの!? わ、わた、私がそんな真似をするわけないじゃありませんか……」
「声が裏返っているように聞こえるのだけど、本初(ほんしょ)」
856 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 05:05:14.84 ID:1U/RiEmE0
と、びしっと華琳。『本初(ほんしょ)』ってのは確か、袁紹の字だったはずだ。
 その口調には明らかなとげとげしさがあった。まあ……この問題を発見した『チェック係』の1人であるわけだから、それも当然か。
 いままでいくつもの袁紹の始末書を『不合格』にしてきた華琳は、続ける。
「とぼけようとしても無駄よ。あなたが母印と署名だけ引き受けて、文章全てを部下2人にかかせて提出していたという事実……もう調べはついているわ」
「な、何をでたらめなことを言うんですの!? 何の証拠があって……」
「1つ1つ並べろと? いいでしょう……秋蘭!」
「はっ」
 と、呼び声に応じて、華琳の後ろに控えていた秋蘭が資料をとる。
 それは、以前に袁紹が提出した始末書のうち、数枚を抜粋したものだった。
「これが、ひと月ほど前に袁紹が提出した始末書」
 と、行って1枚を見せる。
「そしてこれが、数日前に提出された始末書から、2枚を抜粋したものになります」
 もう2枚見せる。しかし……その計3枚は、どれもあまりに違うものだった。
 何が違うって……何もかも。
 字……1枚はただただ達筆。1枚は、達筆……というよりは綺麗、で丁寧。最後の1枚は……比べるのが躊躇われる位に雑。
 内容……1枚は文体は整ってるけど……色々と問題あり。1枚は、特に問題なしの見本例。最後の1枚は……雑だけど、一応誠意あり。
 文字の大きさ……1枚は中ぐらい。1枚はちょっと小さめ。最後の1枚は……でかい。
 ……とまあ、目に見えて違うのである。最後に書いてあるサインと母印の形以外は。
 各回の『最後の1枚』以外は、一方が一方になんとかして筆跡を似せようとしたかのような痕跡が見られるような気がするんだけど(多分斗詩だ)……それでも、僕ですら違和感を感じるようでは、先に述べた最強赤ペン五重奏(クインテット)をだますことなど絶対にできない。
 というわけで、発覚したというわけだ。替え玉作戦。
「筆跡も、字の大きさも、内容も、何もかもまるで違うのに、最後の署名と母印だけは同じ……これで違和感を覚えるなという方が無理というものでしょう、袁本初?」
「い、言いがかりはやめてくださる!? そんなもの……ちょっと私の手元が狂っただけじゃありませんの! よくあることですわ!」
「あなたこそ言い訳はやめなさい。そもそも……私とあなたは幼年学校時代の同期生だということを忘れているんじゃないかしら? あなたと衝突しながらの数年間、ずっと見てきたあなたの文字……私が忘れるとでも?」
 と、華琳。ああ……そういやそんな話あったな……。たしか、女の子取り合って喧嘩してたとか……まあ、そこに感じる痛烈な違和感はもうこの際無視することにして、
 そのころから仲が悪かった、しかしそれゆえに互いに干渉することも多かった。それが今回、完全に裏目に出たか……
「あのさ……一応、私も同期だったんだが……忘れられてないよな?」
 ぽつりとつぶやいた白蓮のそのセリフは、いっそ清々しいほどきれいに無視された。
「この、太すぎず細すぎず、つややかでしかも可憐にまとめられた字体……幾度も見直され、洗練された内容……こんな書をかける者はそういないわ。……そう思わない?」
 と、華琳のこの褒め言葉に、単純バカの耳が素直すぎる反応を。
「あ、あら、わかってるじゃありませんの……ふふ、やはり斗詩さんと猪々子さんには無理があったかしら……?」
「自白したわね?」
「ふふふ…………? !? はっ!!」
 あーあ……この人、マンガの登場人物より単純だな……。


自分がたった今、思わず、モロに口走った内容に痛烈な違和感を感じた袁紹は、僕らを、そして次に華琳たちを、最後に、苦笑いしている斗詩と猪々子を見て、事態を悟る。
「ひひひひ卑怯ですわよ! 誘導尋問に載せましたわね!?」
「黙りなさい愚か者。今の話の運びを誘導尋問なんていったら、『誘導尋問』という言葉そのものに失礼だわ」
「そ、そんな……そ、それでもあなた、私の書がきれいで美しいと……それは本当なのでしょう!? それは認めますわね!? 嘘じゃないですわね!?」
「ええ、それは本当だけど……誰があなたの書のことを褒めたのかしら?」
「は?」
「私が褒めたのは……顔良の書よ」
「な―――――――――――っ!!」
857 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 05:06:22.06 ID:1U/RiEmE0
袁紹、ドツボである。
 華琳の手に握られているのは……確かに、斗詩が書いた(代筆した)始末書。確かに斗詩の書は、綺麗だし、読みやすいし、内容もよくまとめられてる。嘘はない。だって華琳は、『袁紹の始末書が……』なんて一言も言ってなかったのだから。
 つまり……何事も自分に都合のいいようにしか聞こえない耳があだとなったわけだ。
 さて……ともあれ、これで決まりだな。
「さて……容疑が固まりましたね、華琳さま」
「そうね。明久、坂本、どうする?」
「そーだね……んじゃ、華琳に一任してもいいかな?」
 こういうことは得意そうだし。頼むよ、ミス信賞必罰。
「わかったわ、あなたがそう言うなら、従いましょう」
「ふ……ふん! かつて敵だった男に命令されて従って……元・魏の覇王が今は無様なものですわね、猛徳さん?」
「何だと貴様っ!? 華琳さまに……」
 と、袁紹の精いっぱいの嫌みに反応して凄味を利かせた春蘭を華琳は手で制して、『気にしてないわ』と一言言うと、再び袁紹に向き直った。
 春蘭の剣幕にビビっている袁紹、その後ろで心配そうに見ている斗詩と猪々子に華琳は、
「たった今聞いたように、私は国主たる明久からあなた方に対しての処罰を一任されました。よってこの場にて言い渡します」
 妙に形式ばってるような気がするけど……華琳の目が覇王モードなので。何も言わないでおく。まあ、これがデフォルトなのかもしれないし。
「文醜、顔良両名に、替え玉を引き受けた罰として、今回の替え玉事件に関しての始末書を追加する。各自最低10枚の始末文書を書いて提出すること。期限は天導衆時間基準で、明日の正午まで」
「うへぇ……」
「あう……」
 2人とも『あっちゃあ……』みたいな顔。
 いやぁ……こればっかりは自己責任だからなあ。部下なら、上司が間違った方向に行こうとするのを止めないと。いくら僕でもかばうわけにはいかない。罰は罰だ。
 見ると、季衣と秋蘭も『気の毒に……』とか『がんばれ』的な視線を2人に送っていた。
ち なみに『天導衆時間基準』っていうのは、おそらく『僕らの時計を基準にして』ってことだろう。けっこうシビアに決めるな。
「提出が遅れた場合は、罰則を追加する。さて……次は、袁本初」
 ため息とともにうつむき加減になる2人に裁定を下したうえで、今度は華琳は袁紹の方を向いた。袁紹が一瞬たじろぐ。
「2人に偽造させた始末書、総数39件を全て返却するから、自らの手で書きなおすように。さらに、今回の一件に関しての始末文書を最低20枚と、始末文書を『偽造させた』こと、そしてそれにより部下に負わなくてもいい罪と罰を負わせたことに関しての反省・謝罪文章を、文醜、顔良それぞれに対して10枚以上作成して提出すること。期限は……」
「ちょ……厳しすぎません!? それでは私は……」
 黙って聞きなさい、とぴしゃりと制し、華琳は続ける。
「期限は、謝罪文と偽装の始末文書においては明後日の正午とする。書き直しの方に関しては特に指定しないが、その39件全てを再提出するまで、あなたの拘留棟居住区からの一切の外出を禁止、謹慎処分とする。いいわね?」
「――――っ!!?」
 声にならない声でショックを受ける袁紹だが、華琳の本気の貫禄が反論を許さない。さすが覇王、バリバリ現役じゃん。見事なお裁きだ。
「本来なら鞭打ちにでもすべきところを、明久の管理下である手前妥協しているの。感謝してほしいくらいなのよ?」
「くうぅ……っ、し、仕方ありませんわ……ならまた、今度こそばれないように斗詩さんと猪々子さんに手伝ってもら……」
「再犯が発覚した場合は、始末書50枚追加した上で地下牢に放りこむわよ」
「……………………」
 最早、言い返す気力もなくなった……わけではなさそうだけど、言い返せなくなった袁紹。一瞬体をこわばらせて……けど、言い返すのを諦めて脱力した。
 代わりに、
「あーもうっ、とんだ災難ですわ! 斗詩さん、猪々子さん、あなた達がばれるからですわよ!」
「ぅええっ!?」
「ちょ、そんな、姫ぇ!?」
 ……最悪だこの人……八つ当たり始めたよ……。
 予想外の飛び火を食らってたじろいでいる2人と、その光景に呆れているこっち側。白蓮が『やれやれ、何にも進歩してねーんだから……』とか言ってるそばで、明らかに1人だけ温度差がある袁紹は2人に食ってかかる。
「もう少し私の筆跡と書き方に似せて書いてくれていれば、こんなことにはならなかったんですのよ!」
「いや、筆跡はともかく、書き方似せたらボツ食らうでしょ」
 おお、猪々子、至言。
「何ですってぇ!? ああもう気分が悪いですわ、私は今日はもう寝ます! お2人とも、今日はもう私に構わないように! 顔も見せないように! いいですわね!?」
 とまあ、言いたい放題言うと……袁紹はそのまま奥の部屋に……寝室に消えた。あーあ……全く懲りた様子ないな……。
 ていうか、この時間利用して始末書少しでも書けばいいのに。要領悪いんだから。
「バカは死ななきゃ治らない、っていうくらいだからさ〜……」
「あはは……いっちー、結構ひどいこと言うね……」
 猪々子のセリフにやんわりと突っ込む季衣、である。それに続いて、というわけではないけど、今度は秋蘭が、
858 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 05:06:52.36 ID:1U/RiEmE0
「さて……斗詩、この後どうする?」
「そうですね……姫がおへそ曲げて引きこもっちゃいましたから、夜、姫が寝るくらいまでまでどこかで時間つぶす必要があるかもです……」
「そうか、ならば……」
 そこで一拍置いて、
「昼食でも食べに行くか? いい雰囲気の料亭を見つけたのだが」
「え? いいんですか?」
「あ、じゃあいっちー、ボクらもご飯食べに行かない? 昨日見てきたんだけど、東地区、新しい屋台が増えてたよ!」
「マジで!? うわっ、行きたい行きたい!」
「そうか……やら吉井、頼めるか?」
「あ、うん、了解」
 とんとん拍子で話が進むと、僕はポケットに入れていた鍵を取り出して鉄格子の所の扉を開け、中から斗詩と猪々子を出した。何でって……そりゃ、お昼を一緒に食べに行くため。
 何が起こっているのかというと、別に不思議なことではない。
 実は、この袁紹軍捕虜3人のうち、外出を全面禁止しているのは袁紹だけで……外部に仲のいい知り合いがいる斗詩や猪々子は、ちょくちょく外に出て買い物やら外食やらに行っているのだ。監視付きだけど。
 そしてこの待遇の差が、『あてつけ』という意味での、冒頭で僕が言った『袁紹へのマイナスペナルティ』であることは言うまでもない。部下2人が普通に町に外食に連れて行ってもらえている中で、袁紹は管理地区からの一切の外出を認められていないのだ。許可証とかも関係なく。
 ふふん、いい気味だ。若干陰湿だけど……気にするまい。
 さて……と、
「んじゃ、行きますか。僕は秋蘭の方についてくよ」
「ならおれは季衣の方だな。その屋台、片っ端から食っていくか!」
「「「おー!」」」
 と、ひきこもってこんな事態を知る由もない袁紹のことは綺麗に忘れて、僕と斗詩、秋蘭、華琳、白蓮は料亭に、雄二と猪々子、季衣、春蘭は屋台巡りに、それぞれ昼時でいい具合に空かせたお腹を満たすために歩き出した。

859 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 05:07:31.59 ID:1U/RiEmE0
洛陽・日常編
第132話 お化けとシーツと大弱点
 えー、それでは、

「ではこれより、第1回『洛陽城七不思議を解明しようツアー』を開催しまーす」
「「「わ―――(棒読み)」」」

 ぱちぱちぱち

 夜の中庭に集合しているのは僕と雄二、美波、姫路さん、愛紗、星、蓮華、甘寧、詠の9人。これから城内をめぐって、今噂になっている『怪奇』を解明していくのを目的に集まったメンバーである。ぶっちゃけ……多い。
 さて、まずはなんでこういうことになっているのかという説明を……

                       ☆

 ことの発端は、今日の昼食の席での月と詠の報告。

「お化け?」
「はい……そう聞きました……」
 珍しく大人数で昼食を食べている僕らのところに、月と詠が持ってきた報告がこれ。ちょっと、いやかなり意外な内容に、僕は驚かざるをえなかった。
 同時に大食堂で一緒に中華をつついてる雄二らも、同じような表情を見せている。正確にはここにいるメンバーは、僕と雄二、愛紗と星、美波と姫路さん、朱里と白蓮、蓮華、そして今話してる月と詠である。
「どういうこと、それ?」
「侍女や兵士たちの間でも、今、けっこうな噂になってるの。おばけ……かどうかはわからないけど、この城、あっちこっち変なこと……怪奇現象が起こる……って」
「怪談……みたいなものだと思います……」
 怪談、というフレーズに、そっち系が苦手な美波と姫路さんの顔色が変わる。
 ……そうそう、前に肝試しやったときもこんな感じだっけな。どうやらこの世界に来て、戦争やら政治やらいろんなことに慣れてきていても、依然としてこの手のものは苦手らしい。
「複数あるんだけど……まあ、どれもうさんくさそうなのばかりだし、ボクらが洛陽に住んでた頃にはそんなの聞かなかったから……」
「面白半分で誰かが流した噂、ということか?」
 と、ラーメン(メンマ十割増し)に舌鼓を打っている星。
「ボクらも最初はそう思ったんだけど……それにしては、目撃者が多すぎるのよね……」
「あー……そういや、似たような報告がこっちにも入ってた気がするな」
 え? 白蓮の政治部門にも?
 聞いてみると……意外や意外、案外目撃者多そうだ。詠と白蓮の報告を合計して……12人ってとこか。
 そうなると……誰かの気のせい、ってことじゃなくなってくるのかな……? と、僕がちょっと真面目に頭をひねろうかとしたところで、やはりというか決まったところからドライな意見が。
「ば、バカバカしい。そんなの、嘘に決まっています」
 やはりというか、こういった話題が嫌いそうな愛紗がぴしゃりと切り捨てる。
「で……でも……現に……」
「いもしない幽霊などの話にうわつくな、軟弱な。我らにはそれよりも、やるべき大切なことがあるはずだ」
「そ、そうよ! そんな、幽霊なんて何かの間違いなんだから……」
「そうです! だからその……何も怖くなんかないんですっ!」
 そしてそこに、怖がりコンビの後押しが続く……と。3人のうち2人のその『でたらめ説』を擁護する理由が違うんだけど、そこはまあ、言わないでおこう。
 それに、姫路さんのセリフが既に語るに落ちてる気がしなくもないんだけど……。
 でも……お化けうんぬんはともかく、これだけ目撃翌例があるっていうのは……ちょっと気になるなあ……。
「だな。お化けじゃなくても……何か別のものを間違えてるってことも考えられるが……」
「全員が全員見間違えるもの……ってことでしょうか……?」
「そうなるが……簡単には思いつかんな……」
「……! だったらさ……」
 と、そこで明暗を思いついた僕は、学校の授業よろしく手を挙げて発言した。
「実際に確かめてみない?」
「「「え?」」」

 はい、回想終わり。

860 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 05:08:07.38 ID:1U/RiEmE0
というわけで、その時食堂にいたメンバーのうち、仕事を理由に不参加の朱里と白蓮、月を除き、護衛のためについてきた甘寧を加えたメンバーがここにいるのだ。
 無論、実際にその真相を目で見て確かめる……というツアーのために。
「全く……何でこのようなことに……」
「そう悪態をつくな愛紗、これはこれでなかなか楽しい余興ではないか」
「そんなことにうつつを抜かしている時ではないと何度も……」
 僕が案を出した直後から反対していた愛紗は、未だにこんな感じである。まあ……予想はできたんだけど、できればもうちょっとノリがよかったらな……。
 ところで、意外にもこっちの方からは反対意見が出なかったんだけど……
「ああ、私は賛成だからな」
 と、蓮華。これにはみんな驚いたものだ。
「以前、呉でも似たようなことがあったのだ。しかもその正体は、幽霊に扮して金品を奪う野盗だった。この城にそのような輩が忍び込んでいるとは考えにくいが……」
「なるほど、不測の事態になる可能性がある事柄なら、今のうちに対処しておくべき……ということか」
「ああ」
 こんな意見を出されては、いくら僕と雄二が遊び半分暇つぶしでもコレも立派な公務になる。やらないわけにはいかない……というわけだ。それに蓮華、超まじめだし。
「仕方ない……それは了承しましょう。ですがご主人様」
「?」
「あくまでもコレは不足事項の調査、幽霊なんてものはいないんですからね!」
「……うん……?」
 ……さっきから愛紗、こればっかり強調するんだけど……何か違和感が……?
 そう、まるで……
「あうう……暗いです……何でこんな……」
「だ、大丈夫よ瑞希! お化けなんて、そんなの……出るわけないんだから……」
 ……こっちの女子(最早パターンである)と同じ感じのような……いや、まさかねえ。愛紗が。
「まあ、あんまし遅くなってもあれだ、さっさと始めようぜ?」
 と、雄二の鶴の一声により、僕らは歩き出した。
 しかし……確かに、夜の学校に似て、不気味っちゃ不気味だな……。しかも、学校じゃなくて城だから余計に雰囲気出るし……ホントに何か出そうだ。
「あ、アキ、そういうこと考えないの!」
「おかしくない今のセリフ!? 『考えないの』って何!? 心読んだ!?」
 ……お化けなんかより最近の美波の超直感の方が僕は怖い。
 ていうか……まだ別に何も出ても、話してすらいないのに2人のこの怯えようは……
 何というか……からかいたくなるなあ……
 そう思って、何かちょうどいいネタはないかなと脳内の話題メモリを検索していると、偶然としか言いようのないことが起きた。
「あ」
「「「!?」」」
 ふと上を見た僕の目に映ったのは……恐らくは……上階の物干し場に掛けられていたのであろう一枚の白いシーツ。多分、取り込むのを忘れたのだろう。
 それが……風に乗せられてか、上の階から飛んで、ひらりひらりとこちらに落ちてきたのである。そう……まるで、中空を飛ぶお化けのように……
 僕に続く形で上を向き、全員がその姿を視認する。
 そして1秒後……

「「「きゃああああああああああああああああああ!!」」」

 あー……やっぱりこうなったか。
 予想通り、絹を裂いたような3人分の悲鳴が夜の城に響き渡り…………ん?
 3人? 美波と姫路さんと……あとは……
 と、次の瞬間、

 ひゅひゅん!!

 はらり……

 …………………………え?

 何かが凄まじい速さで閃いたと思ったら……僕の前髪が何本か断ち斬られて宙を舞い、そして、落ちてきた白いシーツ(お化け役)が……
 ……まな板の上の魚のごとく3枚に斬りおろされた!?
 そして、それをやってのけたのは……

(愛……紗…………?)
「はー……はー……」
861 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 05:08:46.18 ID:1U/RiEmE0
僕の目に飛び込んできたのは……恐らく今、凄まじい速さで唸らせたのであろう青竜偃月刀を手に、オーバーリミッツ状態になっている愛紗。背後に黒いオーラが見える。
 いやあの……もしかしなくても……コレ、愛紗さんが……?
 その愛紗はというと、
「す……済まなかった済まなかった済まなかった! 決して我らも好んで他者を傷つけて刃にかけていたわけではなくだな、この乱世をおさめるために仕方なく戦場ということで私は決してもうホントに今までとは私たちはこの大陸に平和を……」
 なんか、青竜刀握りしめながら超早口で何か言ってるんですけど……
 ていうか、超意外なんですけど……

 愛紗ってもしかして、お化けとか苦手……?

 えっと、あ、愛紗さぐあああああああ――――っ!!
「こ、怖くない怖くない怖くない怖くない…………」
「ううう―っ! な、何もいない、何もいないんです……っ!! 怖くないんです……っ!!」
 ワンテンポ遅れて僕に抱きついてきた美波と姫路さん。それを『役得』などと感じるよりも前に、僕の背骨に激痛が走った。ま、毎度毎度思うんだけど……君達なんでこういう時にこういう危険な抱きつき方を……っ!?
 いつかに感じた、背骨に明らかな異常が発生した時に起こるこの感覚に、僕はなすすべもなく床に崩れ落ちる。それをみて2人は、
「あ、アキっ!? どうしたの!?」
「明久君っ!? ま、まさかお化けのたたりで……そ、そんな……ああ……っ!」
 いいえ、物理的な攻撃です。
 そして犯人はあなた達2人です。
 その錯乱状態の2人は、僕の腰が不自然な方向に曲がっていることに気付かないらしい。お化けの仕業だと勝手に悟り、顔が青ざめる。
 一方で、こっちはこっちで錯乱状態の愛紗はというと……
「やだ、逃げ……っ! 嫌……うう……来ないで……っ!!」
「「「……………………」」」
 その様子に、唖然とするしかない僕以外の平気なメンバー。当然ながら……僕には、物理的な理由で『平気』でいる余裕はない。
 ちょ、色々と思うところはあるだろうけど……まずこの状況何とかしないと……。七不思議だのお化けだのの前に、ここで僕が死にそうだ……。
 さすがに見るに堪えないと思ったのか、ここで雄二と蓮華が事態の収拾に乗り出してくれた。
「おい、愛紗」
「島田、姫路、お前たちも落ちつけ、明久が死んでしまう」
「ええっ!? し……死……っ!?」
「そ、そんな、明久君……っ!! まさか、たたりで……」
「ご、ご主人様……っ! そんな……わ、私は、もうダメ……で……」
 いやいやいや、だから違うっての。しっかり、3人とも。

                     ☆

 ようやく美波の死の抱擁から解放された僕は、風のいたずらで舞い降りてきた白いシーツを怨みつつ、甘寧に元に戻してもらった腰の具合を確認していた。うう……まだ何か違和感が……。

 それにしても……

「………………」
「な、何ですかご主人様?」
「いや、何でも」
「むう……」
862 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 05:10:06.06 ID:1U/RiEmE0
僕に限らず、さっきまでとは明らかに違う、愛紗がみんなを見る視線。いや、そりゃあまあ……あんなの見せられちゃあ……。
「ふむ……しかしまあ、これは予想外にいいものを見せていただけましたな、主」
 と、ここで黙っていないのがこの悪ノリの達人であるわけで。
 星の薄笑いを含んだ視線に、愛紗の顔に恥ずかしさと怒りが同時に浮かんだ。
「な、何だ星!? わ、私が何だというのだ!?」
「何か、とな。この状況下でこれほど無意味な質問もあるまいに」
 あーあ……エンジン入っちゃってるよ。
「いや何、ずいぶんとかわいいものを見たなあと、それだけだ」
「なっ……き、貴様……」
 愛紗の顔がますます赤くなる。
「貴様っ! いくら島田殿と姫路殿があられもなく怖がっていたからと言って、そんな言い方は失礼というものであろう!」
「いや、お主の今の切り返しこそ失礼であろう」
 何でこの流れで姫路さん達に対象をシフトさせられるなんてことを思いつくんだ。そりゃたしかに怖がってたけど、一番怖がってたのは他でもない愛紗だろうに。
 そうは言っても、断固として認めないのがこの人であり、さっきからあの手この手でごまかそうとしているのである。歩きながら、ある時は話題をそらし、ある時は武者震いと雄叫びだと言い張り、ある時は僕が怖がっていたことにし……って、無理あるでしょ。
 いやでもまあ、正直な話、僕としてもコレはいいものが見れたなあ、と。
「ご主人様! 何を笑っていらっしゃるのですか!? 誤解ですからね!? 私はその……全てはご主人様の身の安全を思ってこその……」
「あーはいはい、わかったから」
「何ですかそのいい加減な返事は!? ほら、ちゃんと私の目を見てください!」

 ぐいっ!

「……………………」
「……………………(ぷっ)」
「笑いましたね!? 笑いましたねご主人様! ですから誤解です! 私は本当に……」
「そのくらいにしておけ愛紗。もはや周知の事実となったのだから、今更何か言うことでもあるまい」
「よくない! このように誤解されたままでことを終えるなど、武人としての恥というものだ!」
 虚偽の事実を説明してごまかすのは恥とは言わないんだろうか?
「そ、そうよアキ! 私たちは別に怖がってなんかいないんだからね! ただその、怖がって抱きついてくるかもしれないアキが抱きついてくる前にこっちが抱きついて手間を省いてあげようとしただけで……」
 と、こっちはこっちで無理やりにも程があるいいわけ。美波、それは無理があるって……。これなら、自分は怖がりであると自他ともにしっかり自覚している姫路さんの方が、2人よりいさぎよいというものだろう。
「うぅ……わ、私、もう早くも後悔しかけてるんですけど……」
「硬くなるな姫路殿。今のとて結局物の怪ではなかったのだから」
 と、他にいいからかい対象があるせいか、こっちには普通に接して励ましている星がちょっと意外だった。おお、まともだ。
「仮に何か出たとしても、凶刃がその身に及ぶ前に私と甘寧が斬り伏せますゆえ、心配は御無用。そうであろう?」
「無論だ」
 と、甘寧、見事なまでに感情を殺しての返事である。確かに頼もしい。
「ちょ、ちょっとまて星! なぜその中に私が入っていないのだ、バカにしているのか!?」
「おや、わざわざ理由が聞きたいのか?」
「なっ……り、理由だと!? 何を……」
「愛紗! 後ろに……」
「「「…………っ!!?」」」

 ばっ!   ×3

「主が」
「「「……………………」」」
 愛紗、美波、姫路さん、ジト目。それを気にせず、星は満足げな表情を浮かべる。
 ……タチの悪い……。でも、気持ちはわからんでもない。
 と、いい加減にこのやりとりに飽きが来たのかうんざりしたのか、
「あのさ……あんたら、こうして集まった目的忘れてないでしょうね?」
 詠がため息交じりにそう言う。
 ああ、そうそう。忘れるところだった。あまりにインパクト(無双乱舞)が強いことが起こったせいで完全に頭から抜け落ちてたよ。
 僕らもともと、この城で起こってる怪奇現象を確認して、場合によっては対処を打ってどうにかする……っていう、今のこの状況からは思いもよらないまじめな理由のためにここに集まってたんだっけ。
 さて、じゃあ、これ以上愛紗をいじってても何も……いや、確かに面白そうではあるんだけども、今はさっさとその目的を完遂するのを優先しようか。一応、公務であるわけだし。

「ご、ご主人様、聞いてますか!? 何度も言いますが、誤解ですからね!? 私は本当に、怖いとかそういうのではなくて……ちょ、聞いてますか!? ご主人様!?」

 悪いけど……この愛紗の言い訳の嵐はまた今度、ってことで。
 僕らは気を取り直して、忘れかけていた『お化け』の調査に戻ることにしたのだった。
863 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 05:11:49.81 ID:1U/RiEmE0
洛陽・日常編
第133話 バカと怪奇と七不思議

「わかってますかご主人様!? 誤解ですからね」

 まだ言うか。

「あーもう、それは前回散々やったから、ね?」
「は? 前回?」
「いや、何でも」

 気を取り直して。
 今回こそ調査に行きましょう。

                        ☆

 さて、改めて詠から聞いてみたところ、
 どうやらその噂になっている『怪奇現象』は全部で7つあるらしい。まさに7不思議だ。
 そして、それを1つ1つ、場所と名前を挙げていってもらうと、次の7つらしい。

  1、見下ろす妖魔(内門)
  2、厨房の魔法使い(小厨房)
  3、城壁の唸り声(城壁の上)
  4、畑に出る幽鬼(畑)
  5、徘徊する人狼(中庭)
  6、池から出(い)づる鬼(中庭の池)
  7、怨念の玉座(玉座の間)

 ……の7つか。なるほど。
「うさんくせー……」
「確かに……それらしくはあるが、やや稚拙にも思えるな」
 雄二と星の感想ももっともであるが……一方でチーム怖がりの3人は、それなりの緊張感に包まれているようだ。
 ともかく、何か異常が起こっていて、それで侍女たち兵士たちに心配事が発生してるんは事実なんだから、さっさと調査してしまおう。
 さて……ここから一番近いのは……
「1つめの『見下ろす妖魔』……城門だね」
 じゃ、行こうか。

                        ☆

 七不思議その1、『見下ろす妖魔』。
 毎日……というわけではないが、時折城門のところで見られる怪異。城門の上の高いところにしがみついた物の怪が、その大きな目でこちらを見下ろしてくる……というものらしい。
 見下ろしてくるだけで実害はないらしいけど……夜にそんなのがいたら確かに不気味だ。
 さて、その調査のためにここに来たわけだけど……。

「どう? 何かいた?」
「……特に何もいないように見えますな、主」
864 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 05:12:24.62 ID:1U/RiEmE0
星の言うとおり、どこにもそれらしきものは見受けられない。門の上の方はもちろん、その周りの壁や物見やぐらにもそれらしき生命体の存在はない。
 念のため役割分担して方々を探してみたけど……誰も、チーム怖がりの3人ですら1つの声を上げる気配もない。この面子で、この人数で、これだけさがしてるんだから、ここは異常なしとみていいだろう。
 まあ、毎日じゃないってところが気になるけど、それでもこれは……。
 やっぱり、誰かが面白半分で流した噂に過ぎなかったんだろうか、なんて考えがみんなの頭をよぎったその時、

「静かに!」

 ………………え?
 息を短くして甘寧がいい放ったセリフに……場が凍りついた。え、な、何?
 その甘寧は素早く蓮華をかばう位置に立つと……きょろきょろと周りを見回している。……冗談、って雰囲気じゃない。目がマジだ。
「……上だ!」
「「「!?」」」
 その声に反応して、僕ら全員が上を向く。
 城門のてっぺんが見えるけど……時に何もおかしなところはない。さっきも言ったけど、特に何もいないし…………ん!?
 ちょ、今何か動いた! 城門の上で!
 みんなもその異変に気付いたらしい。その視線が集まる一か所で……ああっ! いた! 
 確かに……暗くてよく見えないけど、何か人型の……素早く動いてる何かがそこに……
 確認するやいなや、星がマジモードになった。
「主、お下がりください!」
「え? あ、うん……」
「愛紗! お前も構え……」
「な……な……そ、そんな……お化け……」
「ええいこの役立たずが!」
 さっきは散々からかってたくせに、とは言わない。現に、愛紗はお化けの疑いがあるという可能性からすっかり戦意喪失気味だ。
 星は愛紗の加勢をきっぱりと諦めて、甘寧と2人で僕らをかばって前に立ち、槍を構える。甘寧も、一応蓮華も剣を抜いた(『南海覇王』とかいったっけ?)。
 アレが化け物なのかってのはむしろ問題じゃない。けど……もしも他国の密偵とか暗殺者とかだったら一大事だ。狙われるかもしれないこの状況下、一分の油断も許されない。
 僕らも召喚獣を召喚すべきかと迷っていると、唐突に上空の雲が途切れ……月の光があたりを照らした。

 そして僕らは見た! その怪異の正体を!

 月明かりは夜の闇に映し出したその姿とは……あれ?
865 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 05:13:13.51 ID:1U/RiEmE0
「…………何してる?」


いや、君が何してるんだ。

「……ムッツリーニ?」

 だった。
 城門の上に用意された足場伝いに移動しながらこっちを見下ろしているムッツリーニの姿を確認した僕らは、一様にフリーズする。
「あれ? あれって……あんたらの仲間の……」
「何でそんなとこにいんだよお前?」
 詠と雄二の気の抜けた声を受けて、ムッツリーニは、
「…………カメラの整備」
 そう言って指差した先には……この城に引っ越してきた時に、防犯用に各所に設置したムッツリーニのデジタルビデオカメラ(の1つ)があった。
 あ、なるほど。その映像データの回収のために、数日に一回カメラからメモリーカードを抜き取る必要があるんだっけ。そのほかに、カメラの視点がずれてないかとかのチェックも一括してムッツリーニがやってるんだ。メモリーの解析も兼ねて。
 ちなみに、その中から色々と役得なハプニングショットが僕らムッツリ商会のバイヤーの所に流れて来てるっていうのは一応秘密だ。
 まてよ? ……ってことは……1つめの七不思議って……
「…………どうした?」
 今の証言によって、七不思議その1の真相を思いがけない形で知り、唖然としている僕らを見下ろして、ムッツリーニが不思議そうに言った。
 いやあ……何も言えない。

                       ☆

「まさか……怪異の正体が土屋殿だったとはな……」
 いや、ホントにびっくり。まさか僕らの悪友だとは。
 1つ目の意外な結末に嘆息しつつも、僕らは2つ目『厨房の魔法使い』の真実を見極めるために、厨房に来ていた。
「次の、どういうのだったっけ、詠?」
「『厨房の魔法使い』? えっとね……」
 いわく、『夜な夜な悪い魔女が、魔法薬を作ろうとしてる』……なんだそれ?
 魔法薬……また何だかうさんくさいというか、よくわかんないのが出たな……。
「また変な話が……っ!?」
 と、厨房にある程度近づいたところで、雄二が、そしてそれに続く形で僕らも歩みをとめた。
 何だ……この刺激臭は……?
 明らかに厨房の中から漂ってくると思えるその刺激臭。……まさか、第2の七不思議の……?
 さらに近付くと、

 コトコト……コトコト……
 グツグツ……グツグツ……

 そんな感じで、何かが煮立つ音なんかも聞こえてくる……。いよいよ怪しい……。
 魔法薬という、妖怪なんとかに比べればホラーチックじゃない事柄であるせいか、いくらか愛紗たちも冷静さを保っている。とはいえ、何が出てくるかわからないという意味では危険度は一緒。みんな、慎重に進み……
 先陣を切る星が、視線で合図を送って、一気に扉を開ける。
 そこには……


「……姉さん?」


866 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 05:14:02.00 ID:1U/RiEmE0
「おや、どうしましたアキくん? 皆さんもお揃いで……つまみ食いは感心しませんよ?」
 いや、僕としてはあなたが煮立てている鍋の中身がよっぽど感心できないんですけど。
 エプロンをつけたその後ろ姿を見て、僕の脳内にふと、いつも人に見えないところで(成果が出ているかはともかく)努力はしている姉さんの姿が浮かぶ。向こうの世界でも……こんな感じで、夜遅くになってから……。
 ……もしかして姉さん、夜な夜なここで料理の練習してるんじゃ……?
 姉さんがかき混ぜている寸胴鍋の中では……嫌な刺激臭を放つ『何か』がぐつぐつと煮込まれていて。しかも……味噌汁でも中華スープでもない、不思議な色をしているような……あれ?
「ちょ、姉さん? 今何か金属光沢のある何かを鍋に入れなかった?」
「? 確かに光沢は出ていたかもしれませんが、今のはただの味噌ですよ?」
「味噌!?」
「はい、栄養バランスを最重視して作られた、姉さん特性の手作り味噌で……アキくん? 皆さんも、どこへ行くのですか? せっかくですから味見などしていってくれても……」

 ばたん

 他のみんなが要らん興味を抱く前に、厨房から全員をとっとと連れ出す僕。
 ……また、こんな感じの結末かい。
 1件目がムッツリーニのカメラメンテナンス、2件目が姉さんの料理修業……どちらも、2人には悪いけど、ちょっと拍子抜けするような結末だ。まあ、危険はないという意味ではよかったのかもしれないけど。あ、いや、姉さんの料理は危険か。
 しかし……
「おいおい……もしかして、7不思議全部こんな感じじゃねーだろうな?」
 力の抜けた、嘆息ものな空気の中でぼそりと雄二がつぶやいたそのセリフは、嫌な現実感のあるものであるように思えた。
 そしてそれは……立派なフラグだった。

                       ☆

 3つ目『城壁の唸り声』を調査すべく、城壁に向かった僕ら。
 内容は、城壁の上で何かの唸り声がどこからともなく聞こえてくるっていう、そのまんまのそれ。一説には、魔界の獣が人間界の人間を襲おうと品定めをしてる……って説も飛び交ってるみたいだけど……これはさすがに脚色だろう。
 そしてそこに向かうにつれて、確かに何かうめき声というか、唸り声みたいなのが僕らの耳に届くようになってきて……


 くかー……くかー……


 ……………………………………………………寝息?

「「「……………………」」」
 ほどなくして、昼寝をしてそのまま寝過したのか、って感じの霞の姿がそこに。
 隣には酒瓶も転がっている。どうやら仕事終わりで昼間から酒飲んでたら、そのまますとんと落ちてしまったらしい。昼寝……とは違うか。
 ったく、星じゃないんだから……
「どういう意味ですか、主」
 そういう意味です。
 と、ここで元気になったのは、今までお化けに怯えて大人しかった愛紗。
 その反動もあるのか、はたまた職務怠慢は見過ごせない委員長的スキルの発動か、
「起きんか軟弱者ォ!」
「ふえっ!? あ、愛紗!? ご主人様達も……何で!?」
 唸り声の正体であった霞を叩き起こして軽く説教をかまし、寝床に帰らせたのだった。
 間が悪かったな……哀れ、霞。
867 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 05:14:32.47 ID:1U/RiEmE0
で……4つ目、『畑に出る幽鬼』。
 夜な夜な畑に現れ、野犬や野良猫を殺してその屍肉をむさぼる餓鬼たち……って言う話だったんだけど、実際にそこに行ってみると、

 くちゃくちゃくちゃ……がつがつ……

 そんな音を響かせて、畑に座り込んで何かを食べている3つの小さな影。
 しかし、それは決して六道を抜け出した餓鬼なんかではなく、


「んふ〜! おいしーのだ〜!」
「ホント、コレ、すっごくおいしい! ほどよく甘酸っぱくて、癖になりそう〜!」
「でしょでしょ? へへ〜ん、この穴場を見つけたシャオに感謝しなさいよね?」


 …………はぁ、

「「何をしているかバカ者どもォ!!」」

「「「きゃうっ!?」」」
 畑で試験的に育てられている木イチゴ(『さわるな、とるな、食べるな』の立て札つき)を隠れてつまみ食いしていた鈴々、季衣、小蓮のちびっ子三人娘は、身内の愚行に怒り心頭の愛紗と蓮華の逆鱗に触れ、その怒鳴り声に一発で委縮していた。
「あ、愛紗……!? 何で……」
「お、お姉ちゃんに、思春まで……どうして……」
「どうしてもこうしてもない! 誇り高き孫家の人間が、夜中に隠れて盗み食いなど……あなた少しは自覚というものを持ちなさい!」
「鈴々、お前もだ! 大部隊を率いる将軍でありながらこのようないやしい真似を……説教してやるから2人ともそこに正座しろ!」
「「ひぅ〜〜……」」
 あわれ鈴々と小蓮はその場に正座させられ、僕らを待たせてまでの愛紗&蓮華のお説教フルコースを食らう羽目になったのでした。
 いやまあ、自業自得もいいとこだから、かばう気にはなれないけど……
 あ、ちなみに
「季衣。呼ばれなかったからって安心してるとこ悪いけど……」
「お前も後で曹操に叱ってもらうからな」
「ひぅ〜〜……」
 天国から地獄。季衣、当然のごとく涙するのであった。
 因果応報、信賞必罰。1人だけ助かるなんてそんなことはありません。

                       ☆

 さらに5つ目……『徘徊する人狼』を確かめるべく中庭に行くと、そこには……。
 噂にあった、得物を求めて狼男が庭を徘徊しており、見つかってしまったものは生きては帰れず、骨までしゃぶられてしまう……なんてものではなく。


「………あ、ご主人様」
「恋?」
868 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 05:15:57.00 ID:1U/RiEmE0
何の目的でか知らないが、中庭の生け垣の所をうろうろさまよっている恋だった。
 えーと……何してんの、こんな夜更けに?
 狼男と間違えられている恋に、簡潔に尋ねてみると、恋は黙って生け垣の根元の少し割れている部分を指差した。するとそこには
「「「!」」」
 こころもちお腹が大きくなっているメスの犬が……あれ? この犬もしかして……
「………赤ちゃん」
「お腹の中に?」
「じゃあ、恋がこの辺うろうろしてたのは……」
「………心配」
 どうやらそういうことらしい。
 恋の『友達』の犬の1匹にもうすぐ子供が生まれる。そしてそれがいつ生まれるか、無事に生まれるかが心配で、夜な夜なこうしてお見舞いに来ているわけか……。
 狼男って言う噂も、時折この犬があげる唸り声に起因するものなんだろう。
 7不思議……という割には、思いの外ほんわかしたその真相に、僕らの口元も自然と緩んでしまう。
 うーん……まあ、これはこれで悪くない……な。うん。いい話だ。
 僕らからも、この犬の安産を祈らせてもらうとしよう。
 さて……次、6つ目か。

                      ☆

 6つ目……僕らはここで本物の恐怖を知ることになった……。

 その名も『池から出づる鬼』……あまりの恐怖に見たものが皆失神し、そのせいで情報が一切ないこの怪奇の真相を探るべく、中庭の池に来た僕ら。
 そして……水をしたたらせ、そこに……池の中にいたものとは……


「あらぁ? ご主人様じゃない。やぁーねえ、そんなにぞろぞろひきつれて……覗き?」

 ほぼ全裸に近い恰好で水浴びにいそしんでいる、貂蝉という名の妖怪だった。


「「「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ―――――っ!!!!」」」


 男も女も武官も文官も問わず、僕ら全員が長い悲鳴を上げた。しかも、普段から冷静で隙を見せないタイプの星や甘寧までもが……だ。
 しかしそれも……この光景を前には必然の反応と言えよう。
 ていうか!! お前かよ!! 鬼!!
 どうやら、池の水で水浴びをしているらしい貂蝉。いつものビキニパンツは、水泳用?のねじり褌(ふんどし)に変わっていたが。ま、まあ……ヌードでなかっただけマシか。
 というか、普段からテカり気味の黒光りする暑苦しい肉体が、水が滴ってしかもそこに降り注ぐ月の光のせいで嫌な輝きを放ってて……ぐああキモい!! キモ過ぎる!!
 この状態のこのモンスターが夜光の中に浮かびあがったら、そりゃもう普通の人間なら気絶するよ! だれも直視できないよこの肉体美は! 多少慣れている僕でもこの演出効果のせいでだいぶ精神的なダメージが……うえっ、ヤバい、本格的に気持ち悪くなってきた……。目が……。
 見るとやはり、他のみんなも、
「ち、畜生……この脳の奥にずんと来る感じ……お化け屋敷の時の坊主野郎のゴスロリ以上か……!?」
「さ、さすがにコレは私でもきつい……な……」
「う……む……。同感だ、星……」
「あぅ……あぅ……わ、私もう、水場に近づけないかもしれません……」
「し、しっかり瑞希……って……う、ウチもやっぱり励ませるほどの気力は……あうう……泣きたい……泣いていいかな……?」
「ゆ……月を連れてこなくてよかったわ……! こんなの見たら……月の目が……!」
「く……目が……頭が重い……! この孫仲謀も、ここまでか……」
「れ、蓮華さま! お気を確かに!!」
 見ただけ。見ただけなのに、みなさんこんな感じにグロッキー。どこまで凶悪なんだ、この筋肉核弾頭は。
 というか、他のメンバーに加えて貂蝉がある程度平気だったはずの蓮華でさえこの反応とは……。
869 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 05:16:39.18 ID:1U/RiEmE0
仮に華琳がこの場にいようものなら、失明もしくは心臓麻痺を起こしかねないこの光景。僕ら一行がすべからく、ある意味では鬼よりも恐ろしいこの巨神兵の存在そのものに浸食されかけている中コイツは、
「そんなに私の水浴びが見たかったの? もぉ。ご主人様達ったら欲望に素直なのね? それならそんなところで見てなくっても、一緒に入ってくればいいのにっ!」
 例えこの地球上に水浴び場がそこしかなくなったとしても拒否する。
 さっきの恋の一件で心の中に芽生えたほんわかした感じが一瞬で消し飛ばされ、この上なく嫌な後味が広がる中で、僕らはこれ以上のヤブ蛇をさけるため、貂蝉のセリフの一切をシカトしてその場を去った。
 さ……最悪だ……たった数分の間に、最悪の夜になってしまった……。

                        ☆

 最後の七不思議、『怨念の玉座』の調査に向かう途中で、僕らのメンバー構成に若干の変化が起きた。
何かというと、

「妙に騒がしいと思ったら……そんなことになっていたのね?」
「起こしちゃったか、ごめんね、華琳」
「構わないわよ。どうせ眠れなくて退屈してたところだったから」

 とまあ、華琳がメンバーに加わっていたことである。どうやら眠れなくて何か暇つぶしはないかと思案していたところ、先ほどの僕らの悲鳴を聞きつけ、丁度いい暇つぶしの気配を悟ったらしい。
 そして、てっきり一緒に来るかと思っていた春蘭&秋蘭がいなかったからちょっと意外だったんだけど、理由を聞いたら、
「あら、わざわざ聞くの? なかなか積極的なのね……?」
 ……ああ、そういうこと?
 どうやら2人とも『疲れて』寝ているらしい。それで華琳は妙に目がらんらんとしてたのか……。というか、こればっかりだな、この娘は。
「アキ、何か変な妄想してるんじゃないでしょうね?」
「明久君?」
「いやいやいやいやいや、滅相もございません」
「鼻血出てますよ、ご主人様」
 ジト目の美波たちの視線がきつい……。ホント、困った娘だ……。
 そんな事態を察している様子もない華琳はというと、まだ少し残念そうにしていて、
「全く……そんな面白いことになっているのなら、私にも声をかけなさいよ。昼間に聞いていたら、付き合えたかもしれないのに」
「ちなみに、もう少し早く俺たちと合流していたら、貂蝉の行水シーンを拝めたかもしれなかったんだが……」
「前言を撤回するわ」
 賢明であると言えよう。
 言いつつも同時に華琳は、何か吐き気を催すようなしぐさをわずかに見せた。おそらく……反射的に想像してしまったのだろう。だがむしろ想像ですんでよかったというべきだ。直に見た僕としては。
 とまあ、そんな感じで、楽しい(?)おしゃべりで貂蝉の時にくらった最悪の後味を浄化しつつ、僕らは玉座の間に到着した。
「ここがその『怨念の玉座』の?」
 華琳が詠に尋ねる。
「そうよ。確か、『いままでこの玉座を求めつつも、権力争いに敗れて血に沈んできた幾多の王達の怨念が玉座に宿っており、夜中になるとその怨念が形をなして玉座に座り、満足げにけらけらと笑う……』そんな感じだったはずね」
「うええ、気持ち悪……僕毎日その玉座に座ってんのに……」
 おっくうになるような都市伝説作らないでくれよ……と僕が思ったその時、

 ……! …………!
870 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 05:17:57.53 ID:1U/RiEmE0
「「「……っ!?」」」
 玉座の間の扉の向こうから…………笑い声!?
 その瞬間、全員が一斉に緊張感をまとって扉に向き直る。
「あ、あ、明久君……っ!」
「な、何……? 今度こそ、お化け……」
「そんなわけがないでしょう、落ち着きなさい天導衆」
 ぴしゃりと制する華琳は、やはりマジモード。お化けは信じていないにしても……この異常事態は見過ごせないと見える。
「当然よ。玉座とは、ただの椅子にあらず。王の、そして国の誇りと力の象徴なのよ。何物かは知らないけれど、その『玉座』をないがしろにするものを許すいわれはないわ」
 そう言う華琳の目はすごく真剣だ。しかも、どこから取り出したのか……ご自慢の武器である折り畳み式の大鎌を構えている。ま、まあ……言ってることわからなくもないけど……
 ……これ、犯人死ぬんじゃないかな? 下手したら。
 イタズラでもイタズラで済まなそうだ……と、そんな考えを胸に、扉を開けると……
 そこにいたのは……


「おーっほっほっほっほっ! 玉座、玉座、玉座! わたくしの玉座ですわーっ!!」


「「「…………………………」」」


 僕らは何を見てるのか……?
 何のつもりなのか、僕がいつも座ってる玉座に座って高笑いしている袁紹の姿に、一同唖然である。
 あの……こんな夜中に、こんなとこで、何を……?
 と、沈黙(高笑い以外)も一瞬のことで、

「何をしている貴様ァ―っ!!」
「おーっほっほっ……ほっ……ほぉおぉ―――――っ!!?」

 ギュルン  ズダァン!!

 ミサイルのごとき勢いで飛びだした愛紗が袁紹の胸ぐらをつかみ、玉座がらひっぺがし、柔道の『一本背負い』のごとき流麗なフォルムでその体を床にたたきつけた。
「…………っぉ…………」
 息の詰まっているらしい袁紹に、今度は華琳が歩み寄る。怒り半分、呆れ半分、って感じの顔だ。
「げほっ、げほっ……!? なっ、も、猛徳さんに、関羽さん!? い、一体これは何事ですの!? しかも、何でこんなに背中が痛い……」
「全面的にこっちのセリフよ袁本初。な・ん・であなたこんな夜更けにこんなところでこんなバカげたことをやっていたのかしら……?」
 袁紹がやっていたこと。

 夜中にこっそり玉座に座る  →  それで1人王様気分。

 ……なんてむなしい1人遊び……ていうか、あんた幾つだ。そんなことして楽しいか?
「な、何って、この玉座はもともと私のもの……ひっく」
 ん?
今なんて言った? 『ひっく』?
 まさか……酒入ってるのか?
871 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 05:18:37.91 ID:1U/RiEmE0
「そのようですね。近づくとよくわかるのですが……かなり飲んでいるようです。大方、それでタガが外れてこのような愚行に……といったところでしょう」
 袁紹を見下ろしている愛紗が肯定の返事を返す。
 なるほど……ってことは『怨念の玉座』の正体は、ただの酔っ払いの迷惑行為だったってことか……。しかも、飲むたびにやってたってことだよね……?
 なんて言うか……もう何も言う気になれないや……。
 一同、ため息。全く……この女はどこまで僕らの前で醜態をさらせば気がすむんだか。 ていうかアレ? 袁紹、今たしか謹慎中じゃ……?
 と、呆れからようやく立ち直ったらしい華琳が、除々に殺気を膨らませ始めた。ん? あれ? ちょ、これ袁紹やばくない?
「ちょ、猛徳さん? なんか怒って……ど、どうしましたの?」
「……これ以上何か話しても得るものはなさそうね……。ともかく、この愚行の罰は受けてもらうわよ……誰かある!」
「「はっ!」」
 と、華琳の気合の入った声に、夜勤と思しき2人の兵士が駆け付けた。
 華琳はその兵士たちに一瞥を向けると、手に持った大鎌で袁紹を指して、
「この大バカ者を地下牢に放り込みなさい! そして酔いがさめて正気に戻り次第、この愚行に対しての反省文書50枚を提出するように通知せよ! 書き終えるまで地下牢暮らしだ、とも! よいな!」
「「はっ!」」
 言うなり、兵士たちは袁紹の両脇を固め「玉座ぁ〜……」そのまま袁紹を連行した。哀れ袁紹、酔いがさめた時の顔が目に浮かぶようだ。
 というか、ずいぶんと思いきった真似したね……まさか地下牢とは……。
「コレでも十分妥協したのよ? 酒が入っていることと、あなたの前であることを考えてね。仮に全権が私の所にあったのなら、即刻首をはねていたところだけど」
「怖……」
 ……むしろ命拾いしたってことか。
 まあ、事態は決していいとは言えないそれなんだけど……死ぬよりはいいでしょ、ね?
 見ると、どうやら考え方に通じるものがあるらしい蓮華が『うんうん』とうなずいていた。うーん……王様クラスの考え方って言うのはわかんないなあ……。
「全くもう……今のですごく疲れたわ……。悪いけど寝るわね、明久」
「あ、うん。ていうか僕らも……」
「ああ、七不思議全部洗ったしな……解散すっか」
「「「賛成〜……」」」

 とまあ、すっごく疲れる結末になったわけだけども。
 目に見えて疲労(バイタル、メンタル問わず)している僕らからは、一分の反対意見も出ない。
 結局、僕らの七不思議探索ツアーは、その全て身内の何らかの行為による勘違いされたものであるという、嘆息ものというかお約束な結果によって幕をとじたのであった。
 ちゃんちゃん。
872 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 05:19:19.56 ID:1U/RiEmE0
……と、思ったんだけど、


 この夜は……それだけでは終わらなかった。……僕に限って言えば。


 みんなと解散した後、トイレに行ってから寝ようと思った僕はそのまま僕の部屋の近くにあるトイレに直行。そして用を済ませ、その帰り道のことである。
「は〜……何か今日はすごく疲れたなあ……」
 ちょっと楽しみな部分を持ちつつも、侍女たちがおびえる怪奇ということでそれなりに緊張感みたいなものを持って行ってみれば、
 その正体はカメラのメンテと、料理の自主練と、昼寝の延長線上と、つまみ食いと、安産祈願と、筋肉ダルマと、酔っ払い。……いや、1つはモノホンの怪物が見れたんだけどさ。
 ともかく、下手に政務で一日つぶれるよりもどっと疲れた体を引きずって部屋に向かう。
 体が重い。まぶたはもっと重い。これなら……布団に入った瞬間に眠れそうだ。
 今日の分の政務全部片付けといてよかった……この状態で政務とか、全然やる気になれないし、やったとしてもミスだらけになって愛紗に大目玉食らうのは目に見えてるもん。あとはもう、寝るだけ……明日寝坊しないようにだけ気をつけよう。姉さんが家から(なぜか)目覚まし時計持ってきてくれてたから、それ使おう……。
 涼しい夜風を感じながら、僕は渡り廊下にさしかかった。
 その細さ、そして壁がないという理由から……月がよく見える。
 ……綺麗だなあ……元の世界じゃ、ビルやらマンションやらが乱立してて、こんな綺麗なつきも、星空も、見ることはできなかった。だから……余計に新鮮に見え……
 ……って、こんなこと、前にもあったっけな。
 そう、たしか前は……夜空を酒の肴に、星が1人で飲んでたんだっけ。屋根の上に登って、とっくりの酒をちびちびと……あの時『主も酒を飲めるようになっていて下され』なんて言われて……ははっ、未だに飲めないけどね。
 姉さんが来た今となっては特に、そんなお仕置き級の真似はできない(お仕置きと称して何されるか……)。
 見てみると、今日は満月。確か星、『これで月が満ちていれば……』なんてことも言っていた気がする。それを考えると……今日は絶好の寝酒日和……ってことになるんだけど、
 もしかして、また屋根の上に登って飲んでたり……?
 ははっ、無い無い。だってさっき別れたばっかりじゃん。あの後星もすぐに自分の部屋に帰ったはずで、酒蔵に行く気配はなかったから。
 まあでも、これで本当にいたら笑えるな……なんて考えながらくるりと振り向いてみると……


 …………………………………………あれ?


 振り向いて、屋根の上に……誰かがたたずんでいるのが見えた。
 一瞬、『おいおい……また星かな?』と思ってため息をつきそうになったけど……すぐに気付いた。

 …………違う。

 星じゃ……ない……?
873 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 05:19:53.94 ID:1U/RiEmE0
徳利を持っていないとかそういう理由じゃなくて、シルエットが違いすぎる。屋根の上の『誰か』が着ているのは、星の白い、振袖かと思うようなデザインの服ではなく、チャイナドレスタイプの服だ。それも、暗くてよく見えないけど……甘寧とか春蘭とかが着ているのとはだいぶ違うデザインの……。
 髪は腰くらいまである長髪。星みたいな髪型ではなく……もっとはらりと広がってる感じ……
 そのシルエットの主は、暗闇でよく見えないけど……僕の方を見下ろして、何やらにっこりと笑った気がした。どうやら、僕の存在に気付いていた……というよりは、最初から僕を見ていたような雰囲気だ。
 そして、


「こんばんは。えーと……吉井明久君?」


 そんな感じで、親しげに声をかけてきた。
 ……えーと、こんばんは……じゃなくて!



 ………………………………この人……誰?
874 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 05:20:53.73 ID:1U/RiEmE0
洛陽・日常編
第134話 夜と既視感と笑顔の『本物』

 僕と月の間に、その光を遮って影を作る形でたたずんでいる女性。
 見覚えのない顔のその女性が、好感のもてそうなさわやかな、それでいて妖艶な笑顔で僕に微笑みかけてきたのを見て、
 僕は……


「誰か来むぐぅっ!?」
「ちょ、さ、騒がないでってば! 大丈夫大丈夫大丈夫、怪しい者じゃないから、ね?」
「むぐ―――――っ!?」


 大声をあげて誰か呼ぼうとした僕の口を、その女の人が慌ててふさいだ。
 いや、無理があるから!
 夜中にいきなり人の目の前に、華蝶仮面ばりの怪しいやり方で登場しといて、怪しくないとか無理があるから……ってか今の速さ何!?
 あなた今まで屋根の上立ってましたよね!? なんで一瞬でこんな近くまで跳んで来れてんの!? 速くない!? 愛紗レベルだよ下手したら!!
 こんな動きができて、なおかつ警備が敷かれているこの城に何の騒ぎも起こさずにしのびこめる人が、そこらの一般人であるはずがない。暗殺者……でも不可能な芸当だ。おまけにこの人……腰に剣さしてるし。
 ともかく、ヤバい状況であるっていう点には違いないんだけど、口をふさがれてるせいで召喚獣を呼べない! まずい、今剣を抜かれたら……
 すると、その女性が何やら困ったような顔をして、
「あーもー……これ絶対手離したら声あげられちゃうわよね〜……信頼されてないんだな〜……ちょっと悲しいな〜……」
 初対面でしかも武装してひとんちに忍び込んでくる人をどう信頼しろと!?
「あ、ひどーい! こんなに澄んだ瞳の美女を見て、そんなよこしまな感想を抱くなんて、あなた血何色?」
 心読まれた!?
 ていうか瞳見る余裕もないし、そもそもそんなこと言ってる場合違うし……。
「仕方ないな〜……えい!」

 びしっ!

「ぐむっ!?」
 突如として首の後ろに走る鋭い衝撃。
 わずかに目を動かすと、手刀を構えている謎の少女の姿があった。手刀……ってことは……あ、当て身……?
 ま、まずい……意識が…………
「えっと、その、ご、ごめんね? その……不可抗力だから……」
 ……日本語の使い方、おかしいと思う……ていうか、あんた誰……?
 そんな感想を抱いたのを最後の記憶に……僕の意識はブラックアウトした。
875 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 05:21:43.29 ID:1U/RiEmE0
「あら、冥琳?」
「……蓮華さま、ここにいらっしゃいましたか」
 私が自室に戻ろうとすると、渡り廊下の向こう側から冥琳が歩いて来るところだった。
 う……眉間にしわが寄ってる……。にっこり笑って歓迎してくれる……って雰囲気じゃないわね?
「昼間に話していた『怪奇』なるものは解明できましたか?」
「え、ええ……まあ……」
「そうですか、それは何よりです」
 笑えてない……目が笑えてないわ、冥琳……。
 と、ここで思春が一歩前に出た。
「公謹(冥琳の字ね)、そんなに心配する必要などない。例え何があろうとも、蓮華さまの安全は私が守る。第一、遅くなることは事前に話しておいたはずだろう」
「そ、そうそう、思春が守ってくれるから……ね?」
 それは実際そうだ。
 思春は今夜の冒険(?)でも、危険の可能性がある区域では、趙雲と並んで率先して一番前を歩いてくれた。常に緊張感と警戒心を保ったままで。それは、一番最初の土屋の一件からもわかるとおりだ。
 が……それでも、冥琳の機嫌はよくなったようには見えない。
「それはわかっているし、興覇(こっちは思春の字ね)の強さもよく知っている。だが……万一ということもあろう。現に今の時刻は、帰還予定よりも伸びているではないか」
「予定通りに行かないこと多くある。それに……」
「そしてもう一つ」
 思春のセリフを遮って、冥琳は重々しく言う。
「こんなことを言いたくはありませんが……あらぬ噂を立てられても困りますからな」
「「は?」」
 思春と私の目が点になる。
 えっと……冥琳、それ、どういう……
「いいですか、蓮華さまは今や復権し、大陸でもっとも権力を持つ『元老院議員』の1人としてその名をとどろかせている……ここまではわかりますか?」
「……? え、ええ」
「その蓮華さまが、大陸の支配者であり、しかもまだ若く、まだ未婚の王、吉井明久と夜中にこっそりと出歩いている……などと」
「ちょ、ちょっと冥琳!?」
 話がすごく脱線したんだけど!?
「脱線していません。うわさ好きな警備兵などの間では、もうすでに吉井殿が誰と結婚するかという噂が多々飛び交っているほどなのです。その今、あらぬ誤解を招きかねない行動には気を配らなければなりません」
 そ……それはそうかもしれないけど……そんな飛躍した……。
 第一、別に今夜の七不思議調査隊は私と明久だけじゃなくて……島田や姫路、関羽、趙雲、貫駆、途中からだけど曹操、それに坂本だっていたんだから、何も私とだけ噂になるなんてことは……
 ……その中の、私以外の誰かと噂になるのも嫌だけど……
「それに、何があったかは知りませんが、皆であのように大きな声で悲鳴を上げては……一体何があったかと思いましたよ」
 そこだけは反論させてもらうけど、あの場にいたらあなただって悲鳴を上げてたわよ、冥琳。間違いなく。
 あんな光景、初めて見たわ……ううっ、まだ気持ち悪い……。昼間光の下で見るのと夜見るのとで、あんなに違うなんて……。
「……ところで蓮華さま、そこでなぜ坂本殿の名前がその面子と同位置で……?」
「聞いてやるな興覇、吉井が泣く」
「吉井殿が?」
「そう、吉井が」
 なんだか冥琳と思春の方から不思議な会話が聞こえた気がした。
「ともかく、そういうことです。今は大陸の統治を盤石なものにするための大事な時期。あらぬ噂に足を取られるようなことがあっては困りますから、このようなことは以後気を付けてくださいますように」
「わ、わかったわ……」
 冥琳は変わらず、厳しい口調で私をさとしてきかせた。ふぅ……仲直りはできたにしても、この辺はあいかわらず容赦ないみたいね……。まあ、昔に戻ったような気がして、叱られているところ以外は悪い気はしないけど。
 ふふっ、冥琳のありがたいお言葉を心に刻んで、これからはちょっとだけ気をつけようかしら。

「……それで公謹、本音は?」
「あの4人のお守りを私一人に押しつけて……寝かしつけるのがどれだけ大変だったと思っているのですか……?」
 ああ、そこなの……。

876 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 05:22:20.62 ID:1U/RiEmE0
確かにまあ、小蓮、穏、大喬、小喬のちびっ子組(内1人は精神年齢がちびっ子)の世話は一人じゃ大変かもしれない。ああ……ちょっと悪いことしたかも……。
 おまけに……穏は今日新しい本を買ってきたって話だったし……小蓮は抜け出して木イチゴ食べに来てたし……。
「では……私はこれで失礼します」
「どこへ? 寝ないの?」
「厠です。お気になさらず、先にお休みください」
「そう……ならそうするわね。おやすみ」
「はい、おやすみなさい」
 そう一言言葉を交わして、私はその場を離れた。

                      ☆

 えっと……人は見た目によらない……のかな?
 気絶させられ、その間に城壁の上に連れ去られた僕……であったが、
 別に拘束などされたわけではなく、ただ無造作に石の床に転がされただけで、
 その女の人も……それ以上何かしてくる様子もなければ、腰の剣を抜く様子もなかった。

 ……で……

「うんうん、それでそれで?」
「それでその……まあ、結局は勘違いされたまま……裏に……」
「あはははははっ! 何それ? 面白ーい!」

 ……意外と気さくな方でした。
 何だか最初のうちは緊張してたけど、話してみるとそんな感じはなくて、むしろ楽しく世間話できそうな、そんな感じの人だった。
 着てるものから来そうな印象とも、だいぶ違う。
 月明かりの下でよく見えるような位置に来て初めて見えたんだけど……やっぱり、普通の服装とは違う。いや、この世界の『普通』で考えても、だ。
 何というか……豪華。袁紹みたく金ピカの過剰装飾……ってわけでもないけど、要所要所に手の込んだ細工ものとかがついたチャイナドレス。髪飾り……みたいなものも、そんな感じに見える。
 顔も、髪の毛も、ここにきてようやく見えた。暗くてよくわからないけど、褐色に近い肌に、薄い桃色がさしてみえる髪の毛。その容姿で浮かべる妖艶な笑みは、警戒心が解けかけている今では、見とれてしまいそうなほどだ。
 さっき自分で言いだしたときは正直どんなだと思ったけど……美人、といってさしつかえあるまい。うん。
 にしても……

 この人……どっかで会ったことあるような気が……?

 いや、こんな美人な、そして結構ハチャメチャな性格の人、あったら忘れられそうにないんだけどなあ……。となるともしかして、似たような雰囲気の人に会ったことがあるとか……?
 いや……考えても仕方なさそうだな。思い出せそうにない。
「でも、若いのに大変ね? おっかないお姉さんたちに混じって、こんなだだっ広い大陸の王様やってるなんて」
「ははは……いや、僕は何もしてないですよ。彼女たちが頑張ってくれてるだけですし」
「ふーん…………噂どおりなのね、謙遜というか、つつましいというか……」
「え? 何か言いました?」
「ううん、何でも?」
 そういってその人は、城壁に座りなおした。……笑顔のままでポーカーフェイスっていうのもすごいな……さっきから考えてることを1つも僕に気取らせない。
 ……というか……
「えっと……」
「? 何?」
「その……名前、教えてもらえます……?」
 このまま『彼女』とか『この人』とかいう呼び方だと、呼びにくいし。
 すると、その人は少し考えて、
877 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 05:24:19.44 ID:1U/RiEmE0
「そうね……じゃあ、『伯符(はくふ)』って呼んで?」
「『伯符(はくふ)』?」
「うん、よろしくね? あなたのことは……明久、でいい?」
「あ、はい。いいですけど……」
 僕のことはもう遠慮なしに呼び捨てか……まあいいけど。
 にしても……『伯符』……? どこかで聞いたような……コレも思い出せないな……。
 すると彼女……伯符さんは、唐突に話題を変えた。
「ところでさあ……明久って、今、蓮華と一緒に住んでるのよね?」
 え? 何いきなり?
 というか……真名? あの……あなた蓮華の知り合いだったの? 真名で呼ぶくらいの。
 蓮華からは、他にもそんな人仲いい人が(しかもこんなにあっさり不法侵入してくるような人が)いるなんて話、聞いてないんだけど……。
 聞こうとすると、その前に伯符さんの方から話を振ってきた。
「蓮華も、小蓮も……どんな感じにしてる? 不自由とか……してない?」
「んっと……多分、大丈夫じゃないかな? もう捕虜じゃなくなってるし、みんなそれなりの所まで復権してるし……」
「違う、そうじゃないの」
 唐突に遮られ、僕も言葉に詰まる。
 と、そこで僕は初めて気付いた。
 さっきから声のトーンが変わってないにもかかわらず、彼女の表情は……いや、まだ微笑んだままではあるんだけど……何だろう、すごく真剣……なものになっていた。
 顔色や、口元の微笑は変わっていない。しかし、その目に浮かんでいる威圧感……みたいなものが違う。この変化……おそらくは、蓮華の話が始まったところからだろうか。
「ちょっと昔の話になっちゃうんだけどね? あの子……わた……じゃなかった。お姉さんの孫策さんを亡くしてるじゃない?」
「え? あ……はい……」
「その時から、若くして孫呉の王位を継ぐことになったわけだけど……その頃から結構無理してたのよね……。国が大きくなってきてからは、特に仕事も大変になってきたし……乱世に突入してからは、ほとんど休む暇もなかったでしょうし……」
878 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 05:24:53.02 ID:1U/RiEmE0
ぶつぶつと呟いている伯符さんの言葉、何ていうんだろう……僕に向けられている、っていうよりは、自分でかみしめてるみたいに聞こえるような……
 そんな感想を抱いている僕の視線にも気付かない様子の伯符さん。
 ……さっきから思ってたんだけど、この『伯符』っての、本名でも真名でもなさそうだし……字(あざな)じゃないかな……いや、別にかまわんけどね。
「変な話だけど、呉が文月に負けて合併されてから、あの子の負担も色々な面で減ったみたいだし……結構安心してたの。でもね、あくまで噂に聞く程度でしかなかったから……実際に自分の目と耳で確かめてみたくて、ここに来ちゃったのよ。こんな時間になっちゃったけどね」
 何でそこで『夜が明けるまで待つ』って選択肢が出てこなかったのかな……?
 真名を呼ぶくらいの友人なら、謁見って形になるけど、最優先に近い形で会いに来れるだろうに……。
 と、ここでようやくというか、伯符さんが僕に目を戻した。
「それでさ、あなたに聞きたいことがあるんだけど」
「え? 僕に……ですか?」
「そう。蓮華じゃなくてね。」
 そして一泊置いて、
「蓮華は……今、大丈夫?」
 そう、聞いてきた。今度は口元の笑みすらも消えた、真剣そのものといった表情で。
「あの子の肩にのしかかっている、孫家の継承者という名の重荷……それを捨てることなんて、あの子にできるはずがない。なら……その重荷を逆に利用しつつ、なおかつそれに押しつぶされないように……上手く渡って行かなきゃならない。吉井明久、あなたの目から見てあの子は……あの不器用な子は、それができてるかしら?」
 その表情からは……本気で蓮華のことを心配している、伯符さんの強い気持ちが読み取れた。これは……半端な答えを返すわけにはいかない、とも。
 伯符さんが何者なのか、何を考えてるのか未だにわかんないけど……だったら……僕も真剣に答えるべきだろう。
「……ん〜……」
 悩んでる間、僕の顔にはずっと伯符さんの視線が向けられていた。
 それが若干気になりつつも、僕は考えた。
 蓮華……確かに、そうかもしれない。
 以前の蓮華は、たしかに『孫家かくあるべき』みたいな感じの、言い型悪いけどちょっと引いちゃうくらいに堅物だった。……うん、確かにあのころの蓮華は、伯符さんじゃなくても、端から見たら心配になるくらいに自分を追い詰めてた感じがあったっけ。すごく無理してて……小蓮や穏を少し見習ってもいいんじゃないか、って思えるくらいにだ。
 そのせいで、色々と限界が来てて……自分で自分を追い詰めてるのがよくわかった。実の所、甘寧もその頃は正直心配していたらしいし。
 でも……

879 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 05:25:44.71 ID:1U/RiEmE0
「今は……大丈夫じゃないかな?」

「へえ……それはまたどうして?」
 表情を少しだけ緩ませて、しかしやはり声に含まれた緊張感はそのままに、伯符さんは聞き返してきた。
 けど、僕にひるむ要素はない。
「うん、何て言うか……今の蓮華に、そんな自分を追い詰めるだけの考え方が残ってるかな……って思えてさ」
「? どういう意味かしら、それ?」
「まあ、簡単に言っちゃうと……この国、そんな風に鬼気迫る感じで執政するような感じの空気じゃないからさ」
 今度こそ表情がきょとんとした伯符さんに説明。
 言った通り、この『文月』では、みんな真剣でこそあれど、そんな過度に自分を追い詰めるような政治に没頭している人は1人もいない。むろん、蓮華もだ。
 何でかっていわれても……それがデフォルトなんだから、それ以外に言うようがないよね。
 何せ、国のトップである僕がこんなで……他の『天導衆』……文月メンバーもそんな感じだ。まじめに仕事はする。けど、その中でふざけあったり、助けあったり、時には脱走して起こられて、他の人がそう言う目に会ってるのを見て笑って、余裕ができたら一緒に食事なんかに出かけたりして……ってな感じで、日々の生活に楽しみを取り入れて癒されることを忘れない。
 そもそもがこういう空気だから、呉では超まじめオンリーの姿勢だった蓮華も、覇王として名を馳せた華琳も、順応(浸食?)してみんなと一緒に笑いあえるようになった。
 しかし、それでどこかがおろそかになってるとかいうことはなく、むしろ効率から何からよくなってるくらいだ。直下の帝都周辺に限らず、地方に至るまで。
 それも当たり前というものだろう。何せ今は、魏・呉・文月の文官・武官が知恵を出し合って協力し合って、よりいい形での統治をやってるんだから。色々な分野で相互に助け合って、この『文月』を作っているわけだから。
 そんな中で生活してれば、まあ、自然と丸くもなるわ。いい意味で。
「何て言うか……蓮華も今は、上手に、大変な時には遠慮なく人に頼るってことを理解したっていうか……雑に言って、すごくみんなと仲良くなれたっていうか……ともかくさ、しっかりみんなで助け合う中に入れてるから、今までみたいなことでの心配はいらないかな〜……って」
「ふ〜ん……そんなに? あの子が?」
「うん、そこは自信持って言えるよ? 最近はそうだな……穏とか、小蓮とか、冥琳や甘寧なんかも一緒に、ご飯食べにいったりとかするし。あ、もちろん、愛紗……関羽とか、僕らの方の仲間も一緒にね。あ、でも、華琳達とはまだだな……」
「へえ…………」
(あの蓮華が……ねえ……。しかも、穏や冥琳まで真名か……)
 ……っとと、つい話すのに夢中になっちゃったかも。
 ふと隣を見ると……いつの間にか、伯符さんの顔は最初の、いや、それ以上にやわらかくて優しい微笑みに戻っていた。
 ……どうやら、満足いく答えを返せたみたいだな。
880 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 05:26:59.34 ID:1U/RiEmE0
「……うん、安心した。変な言い方だけど……あなたの所に行って、よかったかもね、あの子」
 そう言って、満面の笑顔。
「ふふっ、でも……一緒にお食事に行くなんて、仲いいのね、蓮華と」
「え? あ、まあ……はい……」
「ふふっ、どぉ? 何なら、あの子お嫁に貰っちゃってくれてもいいけど?」
「や、ちょ……何いってるんですか」
「あははははっ!」
 すっかりご機嫌になってくれた様子の伯符さん。歯が見えるくらいの満面の笑みを見せて笑ってくれる。あははは……何だか、いきなり元気な人だなあ。
 さっきまですごくシリアスモードだったのに、変わり身……って言ったら失礼だけど、何て言うか、切り替えが早いというか、見事というか……
 というか、『お嫁に』なんてそんな美波たちに聞かれたら制裁級の冗談をさらりと……しかもそれ蓮華の話だし。全くもう……話の内容は微笑ましいっちゃあそうだけど、いやいや、あなた保護者ですか……って……

 ……………………あれ?

 何だろ……今、何か違和感が……『保護者』……?
 そのフレーズが気になって、僕は今一度よく『伯符』さんの顔を、不審に思われない程度によく見てみる。
 ……何だろう、この感じ。さっきも感じた、何だか……どこかで会ったことがあるようなこの感覚は…………? ていうか、誰かに似てるんだよなあ……
 でも、何で一体…………


「…………雪…………蓮…………?」


「「ん?」」
 と、
 突然の声に僕らが振り返ると、そこに立っていたのは……
「冥琳?」
「……………………」
 城壁の上で、涼しい風に黒髪をたなびかせて……今まで見たこともないくらいに唖然とした表情で立ち尽くしている冥琳の姿があった。
 ? こんな時間にこんな場所でどうしたんだろ……? 城壁の上で僕らが話してるの聞いて、『誰だろ?』って感じできたのかな?
 あれ? ていうか、今、何て…………?

「あらら……見つかっちゃったか、さすが冥琳、勘がいいわね」
「ちょっ……ど、どういうことなの!? 何であなたがここにいるの、雪蓮!? あなたは……」
 お、ラッキー。今度ははっきり聞こえた。
 えっと、雪蓮(しぇれん)さんね………………………………ん?
881 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 05:27:36.06 ID:1U/RiEmE0
………………『雪蓮(しぇれん)』?


 ……あれ? それって確か…………。
「どういうことなの? あなた、生きて……」
「やーねえ、生きてるわけないでしょ? あの時あなたの腕の中で死んだのに。ただ……ちょっと妹たちが心配になったから、ちょろっと来ちゃっただけよ。住所変わってたから、探すのに苦労したけどね」
「あ、あなた……」
「何、泣く?」
「……っ、泣くもんですか!」
「えー? さびしいな〜、こんなときくらい泣いてよ〜」
 ……あの、ちょっといいですかね?
 お2人で大変盛り上がってらっしゃるところ悪いんだけど……すいません、今あなた方、とんでもない会話してませんか?
 それ以前に、僕の記憶だと……『雪蓮』ってたしか、その……蓮華のお姉さんの名前じゃなかったっけ? VS孫呉戦の最中に、あと、冥琳を助けに行った時にも聞いた名前のような……
 でも、冥琳が死のうとしてたことからもわかるように……その……


 …………その人、死んでた……よね?


 改めて、その『伯符』さんを見る。
 ……ヤバい……今まで気づかなかったけど…………この人、蓮華に似てる。ていうか、髪型以外激似だし……。
 と、いうことは……だ。
「呆れた……心配して損したわ。あなたは死んでもあなただったのね」
「当然でしょ、私を誰だと思ってるのよ」
「お調子者で誰にも手綱が取れない自由人……ってところかしら?」
「うわ、ひどっ」
「ふふっ……事実でしょう?」
 いつの間にか、互いに笑いあう展開に変わってしまっている2人。最初泣きそうだった冥琳も、何かこう……シリアスでいるのが無駄だと痛感したのだろうか。笑ってる。
 と、ここで伯符さん、僕の方に目をやって、
「それじゃ明久、冥琳にも会えたし……私、もう行くわね?」
 どこに……って聞いていいですか?
「あら、もう行くの? 蓮華さまに会っていけばいいのに……呼ぶわよ?」
「遠慮するわ。死んだ人間が出しゃばるもんじゃないし……冥琳に会ったのだって、実は予定外だったしね」
 そう言うと、伯符さんは僕の目を見ながらにっこりと笑った。
 ……今、もう今生に悔いはない、とでも言いたげな笑い方に見えたのは……もしかして、僕の気のせいじゃないんだろうか……?
882 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 05:28:12.73 ID:1U/RiEmE0
「明久、あなたに会えてよかった。蓮華が上手くやれてるってことが、あなたの話からも、そして、冥琳の顔色からもわかったしね」
「え? ああ、そう……ですか……」
 も、もしかして、さっきから蓮華を呼び捨てにしてるのも……
「それとね、もう『伯符』じゃなくて、『雪蓮』でいいよ?」
「あら、ずいぶんとお気に入りになっちゃったのね? 初対面で……珍しいじゃない」
「ふふっ、そうかもね。残念だな〜……私がまだ生きてたら、私も狙ったのに」
「あの世にお持ち帰り、なんてことはやめてよね?」
「わかってるわよ。じゃあ冥琳、明久」
 会話がほとんど右耳から入って左耳から抜けていってる状態の僕は、その声でようやく現世に戻ってきた。
「じゃあね、蓮華たちをよろしく!」
「え? あ、はい、伯h……じゃなかった、雪蓮さん!」
「うん、いい返事!」
 次の瞬間、


 ふっ、と


 雪蓮さんの姿は……その場から掻き消えた。
 走って行ったとか、城壁から飛び降りたとかじゃなく……ホントに消えた。

『できれば、次会う時までに『雪蓮さん』の『さん』取っといてね〜♪』

 そんな能天気な言葉を残して。
「やれやれ……思いもよらん奴に会えたものだ。夜更かしもしてみるものだな……。今夜は美味い酒が飲めそうだ。では、私は失礼するぞ、吉井」
 そんな冥琳の声も耳に届かないくらい、僕の頭はパニックでいっぱいだった。
 ……わかったことがある。
 僕は、肝試しの時に、ゾンビとか、狼男とか、ヴァンパイアとか、清水さんとか、色々とこの世のものとは思えないくらいの怖いものを見てきた。しかも、Fクラスという特殊な環境のおかげで、並の人間以上には心臓に毛が生えてる自信がある。
 ……それでも、
 今まで上げ連ねたもののどれよりも誰よりも、美しくて可憐なその姿。であるにもかかわらず……今、僕の背中に伝う冷や汗の量は、過去最高レベルだった。


 …………まさか……本物の幽霊……とは……


 怖いわけじゃないけど(むしろ会えて光栄だし)……背筋が問答無用で寒い。……威力あるなあ……。
 僕がいつの間にか膝をついていた、と気がつくのは、その数分後のこと。
 結局僕はその事件のインパクトがあまりにも強すぎて、その夜、部屋に帰った後も一睡もできずに朝を迎えた。


 ……パラレルワールド、恐るべし…………
883 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 05:29:07.10 ID:1U/RiEmE0
洛陽・日常編
第135話 本と知識と禁断症状
「えっと、ここはこうなってますから……」
「ああ、そうか! じゃあ、同じ理由でこのあたりも?」
「はい、そうした問題点が浮かび上がりますね」

 がらがらがら

「お、吉井に朱里か? 何やってんだ?」
「あ、白蓮」
 書庫にまた一人、利用客が入ってきた。白蓮だ。
 その眼前では……僕が朱里に、色々と教わってるまさに真っ最中だ。言ってみれば、勉強会みたいなもんかな。

 ほとんどの仕事を文官……朱里とか白蓮とかに任せていた今までだけど、最近はもう僕の権力が有り得ないことになってるということもあって、どうやら僕には今まで以上に勤勉な姿勢が求められるらしい。『強大な国を治める者としては当然のこと』だそうだ。……華琳いわく。
 それで、最近僕はこうして、時間を見つけて朱里や白蓮にこう言った感じで政治学の基本を習ってるわけ。まあ、行政にかかわってるわけじゃないし、最近は冥琳や詠も加わってくれてるから余裕なんだけど、基本的なことぐらいは知っておいて損はないしね。
 2人ともこころよく応じてくれて、しかも教え方が抜群に上手いから助かってる。いや〜……こんな授業、学校でしてもらえたら、成績もうウナギ登りだよ。全く……そう考えると、うちの学校(文月学園)の教師陣は融通が利かないよなあ……。没収と監禁と鉄拳制裁しかやり方知らないんだから。
 ああいう学習体制が、Fクラスのようなスラムのごとき無法地帯を作り出してるんだ……って、そろそろ彼らは気づくべきだろう。正しいのは僕達生徒であり、僕らから没収したマンガやゲームやエロほ……参考書は即時返却されるべきだ、ということに。
 それはさておき、入ってきた白蓮は、どうやら仕事関係の調べ物のために来たらしい。両手にいっぱいの書類に、筆とすずりを持参か。さすがだなあ。
「今日も大変そうだね、白蓮」
「なに、もう慣れたさ」
 そう言いつつ荷物を紐とき、さらさらと紙面に筆を走らせる。本当に手慣れたものだ。
 軍事面においてはやや苦手なものの、政治面においては分野によっては朱里以上の手腕を発揮する白蓮の統治能力のおかげで、巨大化した文月の統治機構も何の問題もなくしっかり機能しているのだ。さすが……と言う他ないだろう。
 ほんと……尊敬するなあ。世の中には与えられた課題をこなすだけでもいっぱいいっぱいの人だっているのに。
 誰かって? 聞くなよ。
「ご主人様、筆が止まってますよ?」
「っとと、ごめんごめん」
 朱里に言われて、慌てて僕は朱里の用意してくれた『教科書』に視線を戻す。
 僕ら『天導衆』の政治勉強のために特注で造られたその教科書と朱里の解説とのコンビは、僕らを間違いなく理解へと導いてくれる。うんうん、助かるなあ。
 さて、この調子で今日の分のノルマ全部終わらせちゃおう、と意気込んだタイミングで、

「すいませぇ〜ん、ちょっといいですかぁ〜?」

「「「?」」」
 閉じかけられていた書庫の扉の向こうからそんな下っ足らずな声が聞こえると同時に、その扉が音を立てて開かれた。
 そして姿を現したのは……あら、
「穏?」
「あ、ご主人様、お仕事ですか、ご苦労様です〜」
 にっこり、そしてぺこり。
 元呉軍の準筆頭軍師・陸遜こと穏。今日もたった今述べたプロフィールが信じられないくらいの、のほほんとした笑顔で闊歩していた。
「ありゃ、諸葛亮さんに公孫賛さん、ここにいたんですか〜」
「何だ、陸遜か。書庫に何か用か?」
 目をそっちに向けて話しながらも政務を進める白蓮が本気ですごい。アレでミスしないんだもんな……。
「おい吉井、筆、止まってるぞ」
「……っとと、ごめんごめん」
 ……って、いや、今のは仕方ないでしょ。穏の方見てたんだから。
「それでその……陸遜さん、どうかしたんですか? ご用件は?」
「あ、はい〜。蓮華さまに頼まれまして、ちょっと報告書をまとめないといけないんですけど……その、えっとですね〜……」
 そう言って、なぜか穏は恥ずかしがるように人差し指をたわわな胸の前でつんつんさせる。……どうしたのかな?
 僕は、その胸に目が行くのを一瞬だけにとどめて、なんとかきっちり穏の顔を見る。
「それでですね、その……諸葛亮さんか公孫賛さんを探してたんですけど……」
「え? 私たちを……ですか?」
 きょとんとして穏の目を見る朱里。
「はい〜。その書類の作成に必要な情報を教えていただきたくて〜……お二方なら、そういったこともわかるのではないかと思いまして」
 ばつが悪そうに肩をすくめる穏。
 それを聞いて、返事を返したのは白蓮だった。
884 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 05:30:09.60 ID:1U/RiEmE0
「ん〜……まあ、私たちなら大概のことはわかるだろうな。でも……」
「え? なんですか?」
「その……みての通り、私らも忙しくてな、今」
 白蓮はそう言って、自分の、そして僕と朱里の前に置かれている書類の束を指差す。
 そのとおり、2人とも今仕事中だ(しかも朱里は僕に教えながら)。だから……残念だけど、穏にその知りたい情報とやらを教えるほどの時間をとるのは難しそうだ。
 白蓮ならもしかしたら片手間で可能かもしれないけど(さっきやってたし)……いくらできるからって、いつもそれ、ってのはアレだしなあ。万が一にでもミスができたら困るし。
「あぅ……困りました……」
 穏、あからさまに落ち込む。
「蓮華さまに頼まれてるのにぃ……」
「ん〜……こればっかりはな……」
「あう……じゃあ、お2人のほかにそういうことがわかりそうな人はいませんか?」
 方法を変えて打診してくる穏だが、ここでふと気付いたように、白蓮が訪ねた。
「いや、探せばいると思うけど……でもさあ陸遜。そのお前が知りたがってる情報っての、書物とかに載ってるもんじゃないのか?」
「え゛っ!?」
 ? あれ、何その反応?
 今の白蓮の『書物』という単語に、なぜか穏がびくんっ、と体全体で反応した。……どうかしたの?
 なぜか顔まで赤くなっているように見える穏は、またもやもじもじとした仕草を見せる。
「その……多分、そうです。出納帳とか、風土記録帳を見れば、載ってるかも……」
「なら、それを借りて調べればいいじゃないか。手続きすればすぐだぞ? ちょうどここ書庫だし……」
「そうですね。場所なら……お教えしますよ?」
 そうするのがいいだろう。文官であり、軍師やってる穏なら、そういうのから必要な情報を探し出すのとかも手慣れたもんだろうし。
 ……と、思ったのに、
「うう〜……それはその……でも……」
 ……何で気まずそうにするんだろう?
 ていうか、変だな……。顔が赤いのは何でだかわかんないから流すけど、何でさっきから穏、かたくなに『人に聞く』ことにこだわって、本読みたがらないんだろう?
 まさか、文官なのに本読むのが苦手、なんてことも無いだろうし……。
聞いたら、
「とんでもないっ! 本が嫌いだなんて……とんでもないですっ! 誤解です! 大好きです! 愛してますっ!!」
 いや、愛してますって……そこまでいわんでも。大げさな。
「……別に、誇張表現ってわけでもないんですけど……」
 何か小さい声で何か言ってたけど、聞こえなかった。
 でも、それならなおさら解せないぞ? なんで本を読もうとしないんだ? 本アレルギー……ってこともまさかないだろうし。
「『あれるぎぃ』……ですかぁ?」
「何だそれ?」
「あ、うん。向こうの言葉なんだけど……そうだな……特定の食べ物とか花粉とかを受け付けない体質のことだよ。花粉症とか、この時代にもあるでしょ?」
「ああ……そういうことか」
「それで『本アレルギー』なんですね」
 うんうん、とうなずく3人。すると穏、
「と、いうことは……荀ケさんは『男性あれるぎぃ』ですか?」
「あー……まあ……そうかもね」
 真顔でそんなことを言っとる。
 本人が聞いてたら……いや、怒らないかもな。実際そうだし。華琳だったら、横文字がわかる分何か言ってきそうだけど。
 と、続く形で白蓮が口を開くことには、
「ということは……鈴々や孫尚香は……」
「『勉強あれるぎぃ』?」
「紫苑は……」
「『年齢あれるぎぃ』?」
「でもって、坂本は……」
「『霧島さんあれるぎぃ』?」
 それ、本人の前で言うのやめようね? 超ケンカ売ってるから。
「でも、事実ですよね〜?」
 そうですけど。
ともかく、そういうわけじゃないみたいだから……この話はここまで。このままだと『僕=姉アレルギー』とか出てきそうだし。
 でも……だとしたら何でだろう? 理由が見つからない……。
885 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 05:30:59.89 ID:1U/RiEmE0
「うう、その〜……ちょっと話しづらい事情がありまして……」
 聞いても、穏はさっきからそういうことを繰り返すのみ。すると朱里、
「でも……そこまで言うなら、こうしますか?」
「「え?」」
 ? どうするの?
「えっと……陸遜さんがなぜか本に手をつけたがらないので「そういうわけじゃないんですけど……」、その調べたい内容を聞いて私が探しますから、陸遜さんは、ここでご主人様に勉強を教えていただきたいんです」
「ああ、なるほど」
 それはいい考えかもしれない。それなら穏の用事も達成されるし、僕の勉強も滞りなく進む。本を避ける理由がわからないままなのが若干気になると言えば気になるけど、まあそこだけ目をつぶればあとはよしとできるな。
 穏はそれを聞いて、少し考えると、
「ええと……ご主人様ぁ、その本、見せてもらっていいですか?」
「? いいけど」
 渡された本をぱらぱらとめくると、
「あ、これなら大丈夫です! 知ってることばかりですから!」
「「「……?」」」
 よくわからないけど……それはよかった。
 まあ、政治学の入門編みたいな内容のそれだから、当然と言えば当然だ。それを知ってることがなんで『安心』なのか、気になる謎が増えていくばかりだけど、まあいいとしよう。
 というわけで、双方の利益を間違いなく獲得するため、その作戦でいくことにした。
 うんうん、これなら万事無事に解決だよねっ!

                      ☆

 ……と、思ったのは甘かった。

「えっとですね、ここはこうして考えるとわかりやすいですよね〜?」
「え? あ、うん、その……そうだよね……」
「でしょでしょ〜? 頭に知識がすぅ〜っと入ってきますよね〜」

 いえその……ごめんなさい、入って来ないです。
 何でってそりゃ……

「どうですかぁ〜? 穏の説明、わかりやすいでしょ〜?(ぷにゅっ)」

 この凶悪すぎる兵器が、僕の勉強への集中をすべからくさまたげるのでありましてですね……。
 距離的には、さっきまでの朱里と同じ位置で教えてくれてるんだけど、人体のあるパーツの規模が違いすぎるせいでもう……。しかも、本人は気付いてないのか、はたまた気にしてないのか……。
 視界の隅にちらつくし、ちょっと体を寄せると(ぷにゅっ)ま、また……。ちょ、うれしいんだけど、刺激が強すぎだって……。
 ともかく、てんで頭に入って来ないっす。
「? ご主人様、どうかしましたかぁ?」
「え、いや、な、何でも……うん! すごくわかりやすくて助かるなあと!」
「でしょでしょ〜? 私ぃ、小蓮様や蓮華さまにも教えてるんですよぉ? えへへ〜♪」
 ま、まあ……同じ女の子ならそりゃ平気だろうけど……。
 穏は、基本的にはもうホントに優秀だ。軍師としての能力も、政治面での能力もかなりのもので、華琳や荀ケも一目置いているほどだ。朱里や詠と比較しても遜色なく、冥琳と並んで呉の2大軍師なんて言われてるのも十分うなずける。
 ただその……ぶっちゃけ『天然』な所がある。うん。
 他にも、かなりマイペースというかおっとりしてて、他の人や場の雰囲気を読むということに長けていないというか……その要素のせいで、しばしば周りをひっかきまわしたりすること多々。
今回のこれも、恐らくそれによるものだろう。
 男子高校生の煩悩を容赦なく攻め立てるこの猛攻(自覚ゼロ)に、既に僕の脳内は勉強どころではなく、この無邪気過ぎる女の子に対しての自制心をコントロールすることに必死です。むしろそこ褒めてほしい。
 姉さんのセリフじゃないけど、油断するともうすぐにでも狼でも野獣でも何にでもなれそうな状態の僕の心中を1%も察することなく、穏は次のページへ進む。
886 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 05:32:09.47 ID:1U/RiEmE0
……ところで、
 さっき言ってた、『全部知ってることだから大丈夫』……っての、今更だけどどういう意味なんだろう? まるで、初めて見る内容・知識の本を読めないみたいに聞こえるんだけど……。
 や、ちがうよ? これはあくまでちょっと気になったからであって、他のこと考えてないと僕の煩悩がすぐにでも新世界への扉を解き放ってしまいそうだというわけでは決してなくて……ごめんなさい、嘘つきました。
 でも、気になるかって聞かれたらホントに気になってることだからね。
 なんて事を考えて必死に理性を保っていると、
「えへへ……穏も、ご主人様に喜んでもらえて嬉しいですよ〜?」
「? 何でまた?」
 突然の穏のセリフにキョトンとした顔になってしまっているであろう僕は、思わずそう聞き返した。
「当たり前でしょお? だってご主人様は、穏や蓮華さま、思春ちゃんや小蓮様、それに冥琳さま……みんなの命の恩人ですから〜」
 にっこりと笑ってそう言う穏。
 いや、命の恩人ってそんな大げさな……僕らはただやらなきゃならないこととやりたいことを普通にやっただけであってだね……。
 と、
「いいえ、そんなことないんですよ?」
 ?
 こころなしか……ちょっとだけ穏の声にまじめな感じの響きがさしたような?
 見ると……穏は、相変わらずの穏スマイルだったけど……どこかこう、真剣な感じを前面に押し出しているような印象があった。
「考えてもみてください。今までの戦いの中で、私達……何度も何度もご主人様に助けられてるんですよ?」
「何度も……何度も?」
「はい。えっと、細かいところからあげれば……曹操さんの『魏』と戦った時。呉と文月……どちらか一方だけの力では、曹操さんには勝てなかったでしょ? まずそこで一回」
 ああ、なるほど……って待て待て。そこはむしろ僕らが感謝してるところじゃないか。
 もともと僕らだって華琳と戦うつもりで、そのために呉と仲良くできたらな……なんてことは思ってたわけだし。むしろ、そっちから手を差し出してくれた分、感謝してるくらいだ。おまけに、最終決戦では盛大に助けられたしさ。
「次に、文月と直接戦った時。私たちの首なんて、号令一つでいくらでも飛ばせたはずなのに……助けてもらったでしょ?」
 またまた……何言ってんのかねこの娘は。
 全部誤解だったのに……[ピーーー]なんて選択肢、元々ないっての。
「その後、そっちの方がかえって大変なのに、呉の奪還に協力してもらえて」
 それも普通だっての、人として。
「冥琳さまも助けてもらって、処刑もしないでもらって」
 さっきと同じ。
「そしてその一連の取り計らいのおかげで、呉の兵や、呉の民たちも無要な犠牲を払わずに済んで、当初の予想より圧倒的に少ない被害者数のうちにこの動乱が治まりました〜。しかもその後、このように私達全員を表舞台に復権させていただけて……これぜぇんぶご主人様のおかげでしょ? 大恩と呼ばずして、どう呼ぶんですか〜?」
「そんなこと言われても……」
 長々としゃべってもらったところ悪いんだけど……ぶっちゃけ、僕らとしては『やりたいようにやっただけ』という回答を繰り返すのみであって……。
 そう答えを返すと、穏は困ったような顔に。
「あう……どうしたらわかってもらえるんでしょうか……?」
「諦めろ陸遜、わかってもらおうとするだけ無駄だ」
「白蓮?」
 と、ここで書類仕事を既にあらかた終わらせていた(早し)白蓮が口をはさんだ。
 きょとんとする穏と僕に一瞥ずつくれてから白蓮は、
「こいつはもう根っこがこういう性格でこういう解釈なんだから、この大陸の価値観を語ったところでわからんよ。まあ、お礼だけ言っとけば十分だろ。あんまししつこく説いても、うっとうしいだけだしな」
「ん〜……そういうものなんでしょうか……?」
「そういうもんだ。そして……吉井、お前も」
「はい?」
 僕?
「お前は……まあ、何言ってもわかりそうにないからいいや」
 ひどっ!? 何ですかそれ!?

「だまって納得しとけ、わかろーがわかるまいが、一応褒められてるんだから」
 あ、そうなの? 何だ……よかった。白蓮までいきなり向こうにいたころの教師連中と同じようなこと言い出すもんだから、何かと思った……。
 まあ、穏が言ってたことは確かにそんな感じだったしね……それならそれで、ありがたく褒められておこうかな。
887 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 05:33:14.72 ID:1U/RiEmE0
と、
 横を見てみると、どうやら穏も彼女なりに納得したところらしく。
「うん、まあ……そうですね、ご主人様はそういう人なんでした。ご主人様はこれでいい気がします」
そして……ふと僕の方を見て、
「穏は〜……」
「? 何?」
「そんなご主人様が……大好きですよ〜♪」

 むぎゅっ!

「な!?」
 ちょ……穏!? い、いきなり抱きついてこないで……っ!
 まるで猫か何かのように、抱きついてくっついてほっぺたをすりすりしてくる穏。いや、ちょっ、や、やばいって! さっきまではあくまで『拍子に』ちょっとだったからよかったけど、そんなモロにくっつかれたら君のその2発の核弾頭がモロに当たっvfヴィppvはおfgぷ……
「吉井……」
「はっ!? ち、違うんだ白蓮! これはその、穏が……」
「あー、わかったわかった、愛紗には黙っててやるから」
 ほっ……さすが白蓮、物分かりがよくて助かった。
 そのまま離れようとしない穏をどうにか離したところで、ちょうど書簡の捜索に出ていた朱里が戻ってきた。選びかねたのか、はたまた参考になりそうな他の本を見つけたのか、朱里の手には数冊の本が積まれていた。
「あ、おかえり朱里」
「はい、ただ今戻りました。陸遜さん、その探してる情報が載ってる書物……このあたりで大丈夫ですか?」
 と、その声に反応して振り向いた穏が、
「え? あ、はい諸葛亮さん、ありがとほわあああああああああああ!?」
「「「!?」」」
 な、何だいきなり!?
 突如気勢を上げて飛び上がる穏。あまりに突然のことだったので、僕ら3人ともビックリして顔をポカンとさせている。
 その視線の集中する先に、体をわなわなと震わせてどうにか立っているような印象の穏は、
「しょ、しょ、しょ、諸葛さん……そ、そ、そ、その本は……その本の束の一番上に乗っている本は……」
 本? 一番上の……?
 えっと……朱里の抱えてる本の束の一番上のは……ん? 『猛徳新書』?
 これってたしか、最近華琳が書いた『孫子』(何かは知らない)っていうのの解釈を書籍化した奴じゃなかった? 華琳の出版の。
 もっとも……書いた途端にヒットして、三国で引っぱりだこのベストセラーだって話だ。その数少ない初版本が、この城の書庫に入ってるってきいたことがあったけど……ここにあったんだ。
 でも……それがなにか……って聞こうとしたらこの人、
「ああああああダメですダメですダメです、こここここここで誘惑に負けたらそんな、その、ご、ご主人様達に多大な迷惑が……ああでも、こ、こんな機会が生きているうちに何度あるか……」
 ……大丈夫だろうか、この人。
 さっきから……けいれんでも起こしてるのかってくらいに震えてるけど……
888 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 05:33:52.91 ID:1U/RiEmE0
……もしかして……読みたいの?

 と、朱里もそれを察し、
「あの……もしよろしかったら、お読みになっていただいてもかまいませんよ?」
「はぇ!?」
 穏、超オーバーリアクション。いや、そんなに飛び上がらんでも。
「一応、れっきとした城の書庫の蔵書なわけですし、もともと、これも参考になるかなと思って持ってきたものなので……陸遜さんが興味があるのであれば」
「で……でも……」
「遠慮しなくてもいいですよ? はい!」
「ひゃわぁ!」
 すっ、と朱里が『猛徳新書』を穏に差し出す。
 穏はやはりというか、マトリックスばりにのけぞっておののいてたけど……やがて、その朱里の笑顔での親切心がトドメになったらしく、
「じゃ、じゃあ、お言葉に甘えて……」
 ついに折れ、その憧れの(?)本を手に取ったのだった。
 すると……すぐさま机に戻り、すごく幸せそうな顔で、時折『はわぁ……』とか『ああ……』なんて恍惚の声まで上げて読み進めていく。……よっぽど嬉しいんだなあ。
 でも……それなら何で最初から読もうとしなかったんだろう?
 考えてみれば、穏は最初から、本は好きだけど、まるで自分が関わっちゃいけないものであるかのような振る舞いを見せて、ことごとく本から自分を遠ざけようとしていた。
 ん〜……依然として謎だ……。何だって穏は、本を……?
 まあ、最後にはこうして『はわぁあ……』読んでるわけだし……大した理由じゃなかったのかもね。たとえばそう……読み始めると周りが見えなくなっちゃうとか。
 まあ、別にそんなのはよくある話だし、僕らは気にしないから。
 そんな感じで自分の推理に納得しつつ、僕らはまた元通りに勉強と仕事に戻り、穏を加えた4人で机についてしばらく作業を続けた。
 そして、終盤に差し掛かってきた……その時、

 ばたぁん!

「失礼する! 穏は……陸遜はここにいるか!?」

「「「!?」」」
 書庫の戸が勢いよく開けられて、その向こうから……
「蓮華?」
 何やらひどくあわてた様子の蓮華が姿を見せた。後ろには、甘寧もついてきてる。
「あ、明久? ごめ……すまない、少々急いでいたもので……っ!!?」
 と、その顔が突如として驚きに歪む。
 どうやら、僕の後ろに何か衝撃的なものを見たらしい。えっと、僕の後ろにあるものって言えば……読書中の穏くらいだけど……?
「の、穏……あなた……っ!?」
「穏! 貴様、あれほど書物には手を出すなと……」
 ? 何を言ってるの、二人とも。
 まるで穏が本を読んでることが罪であるかのような言い方の蓮華と思春。しかも……何か冷や汗書いてるような……?
 若干の不自然さを感じつつ、僕が振り返ると……

「あぁ……蓮華さまぁ……思春ちゃんも……」

 ……? 気のせいだろうか? 本から視線を上げた穏の目が……何やらすわってるような……?
 朱里と白蓮も同様の違和感を感じたようだ? 何と言うか、穏の、なぜかほんのり赤く染まって情気した穏の頬。その全身から、よくわからない威圧感みたいなものが感じられるような気がした。
889 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 05:34:21.06 ID:1U/RiEmE0
と、
「明久! 今すぐここから逃げて!」
「え!? 何それ!?」
 いきなり蓮華が僕の背中を押して、書庫の外に出そうとする。ちょ……いきなり何!?
 なんか、あせってるような……? 口調も、いつもは僕だけにみせる女の子バージョンのが思わず出ちゃってるみたいだし……。そして見ると、朱里と白蓮も同じように思春に外に誘導され……というか、よくわからないうちにつまみだされていた。
 何!? 何事!? 穏がどうかしたの!?
 その穏は……まるでアンデッドのようにゆっくりと立ち上がり、これまたゆっくりと僕の方に歩いてきて……
「蓮華さま! ここは私が! 蓮華さまもお逃げ下さい!」
「無茶だわ思春! こうなった穏をあなたが足止めするなんて……実力の差がわかっているでしょう!?」
「ですが……蓮華さまを危険にさらすわけにはいきません! しかも読んだのが『猛徳新書』とあっては、昏倒してもおそらくは無駄……どうかっ!」
「わ……わかったわ……なら、せめて冥琳を呼んで来る……それまで持ちこたえて、思春……っ!」
「待って蓮華! 甘寧も! さっきから何この会話!? 色々おかしくない!? 何なのこの状況は!?」
 何、実力の差って!? 甘寧って穏より強いはずじゃ……ていうか戦うの!? 何で!? というか何でここで冥琳呼ぶ!? というかマジで穏どうしたの!?
「説明してる時間はないわ、明久、あなたも急いでここから離れるのよ! 早く!」
「ちょっ、まだ仕事が……ねえってばぁ――――――っ!?」
「思春……生き残って……っ!」
 なぜか涙目の蓮華に腕を引かれ、僕と朱里と白蓮は、なにやら怪しい雰囲気の穏と、戦でもないのに覚悟を決めた雰囲気の甘寧を残し、その場から全速力で立ち去った。
 な、何だったんだ、一体……?

                       ☆

 その後。
 1時間くらいして、だろうか。
 甘寧と、どうやら後から応援(何の?)に駆け付けたらしい冥琳が、両者ともかなり疲れた様子で廊下を歩いて戻ってきたのを見た。
 そこで『何があったの?』って聞いてみたけど……2人ともまるで思い出したくないかのように返事は『何でもない』の一択。
 そしてさらに謎なのが、その後ろから満足そうな笑顔で穏が闊歩してきたことだったり……。『えへへ〜……』なんて満足げに、なんだか肌がつやつやした感じだけど……何この差? この『使用前・使用後』みたいな肌のつややかさの差?
 ……ホントに、何だったんだろう……?
 また何か、この城に僕のよくわからないゾーンを見つけた勉強会だった。

890 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 05:35:21.44 ID:1U/RiEmE0
洛陽・日常編
第136話 女と世継ぎと懸念事項

 とある昼下がり、城の中庭に用意された茶席にて、
 この文月の国を支える重要人物のうちの幾人かが、全くの偶然で顔を合わせ……そしてそのまま、午後のひと時を共にしていた。
 円卓を囲んで、私の右側にいるのは……曹操。相も変わらず、その小柄な体躯に似合わぬ強烈な覇気をまとい、傍らには軍師の荀ケを控えさせている。
 一方左側には……孫権だ。部下の甘寧と穏を従え、散歩をしていたところでこの席にでくわし、そのままこうして席を共にしている。
 そしてその間に位置するところに……この私、関羽と、軍師の朱里、そして星がいる形になる。必然的ではあるが……午後のなごやかな時間帯には似合わない、妙な緊張感のようなものがしんしんと漂っていた。
 そんな沈黙の中、初めにそれを破ったのは、
 偶然出会った我々を、どういうつもりでか『ちょうどいいから、みんなでお茶にしない?』の一言でまとめ、この茶会を作り上げた、曹操だった。その『ちょうどいい』の意味は、まだ明かされていない。
 全く……ただでさえこの面子で神経を使うと言うのに……。のらりくらりとかわせる星はまだいいが、朱里など先ほどから緊張で小刻みに震え続けていると言うのに。そして私も私だ……食った気がせん。そもそも曹操、この女、散々『狙っている』などと豪語していた私の前でよくもまあ……
「……時に関羽、孫仲謀」
「「何だ?」」
 一応にらみを利かせて返してみたが……動揺は微塵もなし、か。
 そのまま曹操は続ける。
「あなた達……この国の現状に満足しているかしら?」
「……? どういうことだ、それは?」
「文月の現状に問題があるということか?」
 私と孫権の、意味を測りかねるという疑問の声に、曹操はゆっくりと首を縦に振った。
 この国……文月に問題がある……だと?
 正直……どういうことだかわからん。政治面も経済面も軍事面も、確かに激務と言っていい状況ではあるが、これは戦後処理の1つでもあるわけだし、一過性のものだろう。そう長くは続くまい。それにむし ろ、大陸が平和になった証……嬉しい悲鳴とでも呼ぶべきものだ。
 元・魏王に元・呉王、更にその部下達までもが参加して事態の収拾にあたっているわけだし……そのほかにも、特に問題などなさそうに見えるが……?
 朱里や星にもちらりと視線を送ってみるが……どうやら2人も心当たりはないらしい。朱里は首を横に振り、星は肩をすくめた。
「まあ、まだ地方の盗賊やや何やらの細かい問題はあるにはあるが……私には、そこまで神妙な面持ちになるような事柄はないように思えるぞ? 穏、思春、お前たちは?」
「えっとですね〜……穏もそうおもいますよ〜?」
「私も、これといって。治安も安定しているようですし……」
 ……どうやら、呉の陣営にも思い当たるようなことはないようだ。
 しかし……仮にも乱世の英傑と呼ばれた曹操だ、冗談か何かでこのような奇妙なことを言うとは……考えにくい。しかし、だとしたら一体……?
「やれやれ……本当にわからないのね。まあ、こんな緊張感も何もない、アットホームな空気の所にいれば……無理もないけれど」
 ……『あっとほーむ』……? 天界の言葉だろうか?
 曹操は最近、ご主人様達からどんどん天界言語を学習していっているようで、しばしば我々がわからない言葉を使うから少し困る。
 その意味を聞こうとすると、その前に曹操が口を開き、
「わからないなら言わせてもらうとするわ。よく聞きなさい、私が言いたいのはね……」
 そこで一拍置いて、


「いったい明久はいつ、誰と結婚する気なのかっていうことよ」


 ぶほぉっ!!
891 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 05:36:11.80 ID:1U/RiEmE0
私、孫権、朱里の口から茶が吹き出した。
「……ちゃんと拭いておきなさいよね」
 派手に茶が拭きこぼされた卓上で、自分の分の菓子をその水たまりから非難させながら曹操は呆れたように言った。
 そ……曹操!? ちょ、まて、今何を言……いやその、そもそも今の反応は内容的にしかたないというか必然というか……
「ちょ……曹操!? な、何を言って……あ、あああああ明久がその、えっと……」
「蓮華さま、落ち着いてください」
 錯乱状態一歩手前の孫権を冷静になだめようとしている甘寧。星といい、一体なぜそんなにも平常心でいられるのか……。
 まあ、それはこの際いいとして、
「い、一体どういう意味だ曹操!? ご、ごごごごごご主人様にそんな、えと……」
「お主も一旦落ちつけ、愛紗」

 〜閑話休題〜

「それで、先ほどの発言の真意をご説明いただけるかな、曹猛徳殿」
 星のそんなセリフで再開された茶会で、曹操は改めて口を開いた。
 ちなみに、先ほど卓上に広がったお茶は全て拭きとってあるので心配は不要だ。
「真意も何も、言った通りよ。未だに明久のところに浮いた噂の1つも出てこないのが、不自然……というよりも、危惧すべき事態だ……と言っているの」
 本心、もう少し何かこう、婉曲表現であることを期待していたのだが……そうではなく、曹操は先ほどと同様の言葉を繰り返すのみだった。
 な、何だ一体それは……? そんな唐突に……
「唐突なものですか。あのね……あなた達はこの現状に慣れ切ってしまっているから気にも留めていないようだけど……そろそろこの問題、本気で考えないといけないわよ?」
「「「…………?」」」
「やれやれ……何もわかってないって顔ね……。桂花!」
「はっ!」
 と、その呼び声に応え、控えていた軍師、荀ケが一歩前に踏み出した。……説明でもさせる気か?
 傍に寄った荀ケに、曹操はすっと手をかざし、
「お菓子の粉が指についてしまったわ、綺麗になさい」
「はぁい……♪」
 ……………………違ったらしい。
 反応に困る我々の目の前で、荀ケは恍惚の表情を浮かべながら曹操の手についたお菓子の粉をなめとっていた。
 ……人前で堂々とそういうことをさせるか、普通……。
「ほぅ……そういう奉仕の仕方もあるのか……ふむ」
 ふむ、じゃない! 星、お前一体何を考えている!?
「いや何、主にしてさしあげたら喜ぶだろうか、と思ってな」
「真顔で言うな! しゅ、羞恥心というものがお前には無いのかバカ者!」
「さて、続けるわよ」
 と、なめ終えたらしい荀ケの服でついた唾液を拭きとりながら、曹操は円卓に向き直った。ここでも荀ケは恍惚の表情だ……何でもいいらしい。
 続けるも何も、貴様の奇行のせいで始まってもいなかったのだが……という突っ込みが喉の所まで出かけたが、話の内容がどちらかと言えば気になるので、黙っておいた。
「まあ早い話が……王権の樹立のことを言っているのよ」
「王権……?」
「そういうこと」
 王権……すなわち、今後末永きにわたってご主人様がこの地を治めていくための、更に頑強な土台作りのことだ。
 ご主人様を正式なこの大陸の支配者とし、その権力を、威光を決定的なものとすることで権威と力を一点に集め、大陸の統治を行う。そうすることで……今までの軍事を中心としていた統治方法よりも、何倍も頑強な国家を形作ることができるのだ。
 確かに……そろそろ、そういったことに目を向け始めてもいい頃合いかもしれない。
「そろそろどころの話ではないわ、全く持って遅いくらいよ」
「ふむ……何やら手厳しい発言が目立つな、曹操殿」
 と、呆れ気味の、しかしとげのある曹操のセリフに星が一言。……まあ、確かに違和感はあるかもしれん。遅すぎる……というのは……?
「遅いことは無かろう? もとより王権を樹立は我々の基本方針の1つであるし、いずれは取りかかろうと思っていたことだ。だが、それをするとなれば……まずは国内の平定や良好な状態の完成が先行するべきであって……」
「そうそう、そのために今は私達で内政に力を入れて……って方針でしたよね〜?」
「方針は間違っていないわ。あまり速くそのための交付活動に取り掛かるにしても、マイナスの影響が多いし……」
892 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 05:36:52.94 ID:1U/RiEmE0
……その『マイナス』というのは、『負』か何かの意味だと受け取っておくか。全く……またよくわからない単語が口を突いて出て……。
「問題はその方法なのよ。漢王朝が崩壊・消失した今、現存する威光によってもたらされる類の威光は最早この大陸には無いわ」
「あ……確かにそうですね」
 朱里がなるほど、とでも言いたげに手を打ち鳴らした。
 かつて漢王朝が健在だった頃には、そこに君臨する『皇帝』によって国の全土が統治され、各地方を軍事的・政治的に支配する権限もその皇帝によって与えられる形だった。
 しかし、それはその『皇帝』が全体に比して絶対的な力と威光を持っていたからこそ成立した形式である。威光はそもそも、王朝事態が成立していない今の大陸で、そういったわかりやすい形式で『威光』を示すものはないのだ。だからこそ、諸侯は『武』によって自らの力を示し、人々の畏怖を集めてきた。
 今現在、その『武』によるご主人様への威光は頂点にまで達している。これ以上のそれを求めるとなると……他の方法が必要だ。
 例えば、民が安心できるような政策を行ったり……そういう民草にもわかりやすい形で、ご主人様への求心をつのる必要がある。
 しかし……その実行も、やはりもとの地盤が固まってからということで先延ばしにしていたはずだが……というかそもそも、何でそこで結婚うんぬんの話が出てくるのだ!?
「威光を与えてくれるものが無いなら、自分たちでどうにかするしかないわ。そしてその方法として挙げられるもののうち、今の私たちが即刻取り掛かるべきもの、それは……」
 そこで一拍、

「王の結婚と、そして……世継ぎよ!」

「「「!!?」」」
 がぁん! と、聞こえたような気がした。
 ちょ……待った! 待った曹操! な……え!? ちょ、結婚はまだしも……何、世継ぎ!? 何だ一体それは!?
「お、おい曹操!? い、一体何をそんな吹っ飛んだことを……」
「どこが吹っ飛んでいるというの? 至極単純なことじゃない」
 ……どうやら……冗談で言った雰囲気はない。や、それはそれで余計に問題というか、そうなのだが……。
「いい? よく聞きなさい。この国は現在、強大な軍事力と、天の御使い『天導衆』の風評によってその求心力の大半を担っているの。その状態にほころびが出てきているわけではないけれど、その他にも、この国に住む領民を安心させる、国の基盤を盤石にすることができる方法があるのなら、残らずやっておくべき。これは、大国とはいえまだまだ新興国家である我々『文月』にとって重要なことよ」
 それはまあ……そうだ。間違ったことは言っていない。
「減税や治水もそうだけど……調査させたところ、民たちの中には『早く世継ぎを作って自分達民を安心させてほしい』という意見が多く見られた……言いなりになるわけではないけれど、世継ぎ……血を引く子供の存在が民達に与える安心感は確かに大きいわ」
「なるほど〜……確かにそうですね。ご主人様はまだお若いですし……」
 と、呉の軍師の陸遜も、どうやら曹操と同じ考え方に行きあたったらしい。孫権殿の驚きと困惑の入り混じった視線を受けつつ、話を続ける。
「ましてや、ご主人様は天の国から来たお方で、この大陸の出身ではないわけで〜……民の皆さんにしてみれば、大陸を平和にして役目を終えたご主人様が、いつ天に帰ってしまうか……心配な部分もあるんでしょうね〜……」
「あっ……!」
 と、その言葉に反応したのは、孫権殿だった。
 今まで考えていなかったのだろうか、『帰る』という言葉が陸遜の口から出た瞬間、明らかに反応していた。……まあ、我々もそういうことを考えて悩んだ時期があったから、何とも言えんのだが……。
 というか、今まで戦いやら政務やらで考える暇がなくなっていただけで、端的に言ってしまえばその疑問というか問題はまだ解決していない。
 ご主人様達は……いつか、天に帰ってしまうのだろうか……?
「…………気になってしまって仕方なさそうなところ悪いけれど、もう少し現実的な部分まで話を進めるわね……。まあ、今言った通り、世継ぎを作って人心の安定を図るのも、我々が果たすべき急務の一つなのよ」
 と、陸遜の一言で暗い方向に傾きかけた空気を、曹操は無理やり……というか流れとして必然的に元に戻し、話を進める。
「にもかかわらず……明久達の所からは、誰1人として浮いた噂の一つも聞こえてこない……これを問題と言わずして何と言うの?」
「し、しかし曹操……たった今、自分でも『急ぐことではない』と言っていたではないか?」
「そ、そうですよ華琳さん」
 と、孫権殿と朱里。
「だ、第一その……それを論じるにしても、地盤がまだ固まっていない現在は、その……」
「まだ固まっていない今だからから……よ」
「ふぇ?」
「諸問題の全面解決にはあと半年もあれば十分だわ。今からこっちの問題に取り組めば……上手くすれば、情勢が安定してきたころに、世継ぎができた……っていう知らせを出せるかもしれないじゃない?」
 ……なんだか、ものすごく生々しい会話が繰り広げられている気が……。
 い、いやまあ、言っていることが正しいのはわかる。大陸の平定に、世継ぎの誕生。立て続けに嬉しい知らせが舞い込めば、領民たちの心も穏やかになるというものだし。
 顔色一つ変えずにこんなことを言える曹操をある意味尊敬するが……とりあえず今は、言っている『話題』に集中することにした方がよさそうだ。
「ま、取っ組みにくいネタだっていうのはわかるけど……まじめに考えてもらわないと困ること、っていうのも確かなのよ」
 ……曹操も曹操で、我々をこの話題から逃がすつもりもなさそうであるし……。
「そういうわけで、至急……とまでは言わないけれど、アレの結婚相手を決めなくてはね」
「そう……ですか……」
 なんだかすごい勢いで(勝手に)進んでいく……。
 しかしまあ……これで『ちょうどいい』という言葉の意味もわかったな……。
 この場に誰かほかの天導衆……島田殿や姫路殿あたりが居でもしたら……その瞬間話が進まなくなりそうだ。あの2人は、我々にもましてこういった話題に敏感で……事態によっては、実力行使(腕力的な意味での)も辞さないたちであるし……ご主人様の生命維持に関してもやや不安があるし……
 確かに……この『世継ぎ問題』に関しては、2人がいない方が潤滑に進むかもしれない。
 ただ……
893 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 05:38:10.72 ID:1U/RiEmE0
「「「………………………………」」」
 …………2人がいないからといって潤滑に進むかどうか問われれば……それはまあ、否であるのだが……。
 いや、何せ内容が内容で……
「ふむ……しかし実際問題、その世継ぎうんぬんをどうこう話す前に、誰が主の子供を授かるか、というところから決めねばなるまい?」
 つくづく思った。こんなことをためらいもなく言えるのは、曹操とコイツくらいだ。
 困惑の1つもなく、いやむしろ楽しそうな笑みすら浮かべながら話す星は、じろりと周囲を見渡し、
「まあ……この陣営の者たちはほとんどが主に絶対の信頼を寄せているゆえ、主が相手を選ぶ分には、全く問題はないのでしょうが……」
「選べないでしょうね、あの男は……」
 確かに……ご主人様はこういった事柄に関してはかなり奥手……というかこういうことそのものに関して鈍いというか鈍感というか……。このまま待っていても、恐らく進展は……得られまい。この認識は恐らくこの場の全員に共通のものだろう。
 そうなると、必然的にこちらからご主人様に働きかける形になるのだが……はたしてそんな手法をとっていいものか……?
 というかその、そもそもそういった事柄に関しては、双方の合意というか、双方が愛し合っていることが重要というか、気持ちがその……一番の問題であってだな……。こういった感じで話し合っていること自体、その……不自然であって……。
 そ、そうだとも! や、やはりこのような問題、今の段階で、しかもご主人様の預かり知らぬところで話す内容でもない! や、やはり、これからゆっくりと時間をかけて……。
「落ちつけ、愛紗」
「なっ、お、おち、落ち着いている!」
「どの口が……どうせ錯乱して『まだ早い』とか『気持ちが重要』とか何とか考えていたのであろう?」
 ひ、人の心でも読めるのかお前は!?
 ともかく、焦って決めたって何もいいことなどないのだ! その……こっちにだって心の準備というものがあってだな! その、ほら……極端な例かもしれないが、曹操や孫権殿とて、いきなりご主人様と結婚しろなどと言われても困るであろう?
 と、思ったら、
「あら、私は別にかまわなくてよ?」
「「「えぇえ!?」」」
 曹操の口から、気風(きっぷ)がいいにもほどがあるセリフが飛び出した。
「ほぉ……これは思い切った宣言をなさる。よもや曹操殿が、そこまで主に入れ込んでいるとは?」
「まあ、初めのうちのただ甘いだけの男……という認識からはだいぶ進展したかもね」
 曹操、周囲で口をあんぐりさせている我々に気付く気配もない。いや、単に無視しているだけかもしれないが。
 そして……その後ろで怨嗟やら嫉妬やら悲哀やらが入り混じって壮絶な表情で手ぬぐいをかじっている軍師・荀ケにも……何の反応もツッコミも返す気配がない。
「それに……極めて効率的かつ生産的な考え方だと思わない?」
「と、申されると?」
「わからない? 私が吉井明久と結婚して、その子供を産めば……その子はまぎれもなく、明久の嫡子。言いかえれば……大陸全体を支配する覇王の継承者よ?」
 不敵な……というよりは、単に底意地の悪そうな笑みを浮かべる曹操。
「そうなれば、将来的には領土も兵も全てはその子のものとなる……その時は、私が幼いその子に代わって執政を行いましょう。王妃となった時点で、私の扱いも『元老院議員』どころのものではなく、更に上の位になっているだろうし。私が結婚し、妊娠すれば……労せずしてこの大陸の全てを掌握する絶好の機会となるのよ」
「ほう……それは恐ろしい」
 きっ、貴様……まだそのようなことを言っているのか……っ!?
 潔さと誇り高さで定評のある曹猛徳のこと、まさか本気だとは思えんが……いや、そうなるとその、ご主人様に対する思いが本物という一点のみが残ってしまうわけで……それはそれでその、都合がよろしくないような……?
 と、ふと孫権殿の方をふと見ると、
894 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 05:38:47.08 ID:1U/RiEmE0
「わ……私が明久と……で、その……私が……お、お母…に……私が……」
「れーんふぁーさまー? …………ダメですね、混乱しちゃってます」

 …………こっちはこっちで警戒が必要だな……。野心やら裏表やらが無い分……直線的である可能性が……。
 何やら先までの緊張感が、逃げ出したくなるほどの微妙な空気に代わりつつある中……動揺していない組にあてははまりそうな最後の1人が口を開いた。
「しかし、実際問題として、対応を急いで解決できる事柄とも思えんが? 当の吉井殿は……あの鈍さだぞ?」
 甘寧のセリフは至言と言えるだろう。
 ご主人様は無欲で、純粋で、優しい方だ。ただ、それゆえに……我々が共通してご主人様に抱いている感情に関して……微塵も理解できている節が見られない。
 おそらく、というか確実に……気づいていない。
 仮に気づいていただけたとしても……あの初心さと奥手さでは……結婚・妊娠はおろか、そういう目的で部屋に招いてもらうことすら絶望的であろうし……。
「そうだとしてもやるしかないの。遅くなれば遅くなるほど、絶好の好機を逃すことにつながるのだから」
「で、でしゅけど! ごごぎょご主人様はその、そういったことには応じてくだしゃらないと……美波さん達もいますし……」
 朱里、落ちつけ。狙ったのかと思うほどに噛み過ぎだ。
 と、
 曹操が一瞬、まるでそのセリフを待っていたかのような笑みを浮かべた。
「それについて……少し考えがあるの」
「考え……だと? もしや……明久の奥手さを補える案でもあるのか?」
 いぶかしげな様子で孫権が聞き返す。
 無論……私も気になる。他の連中も含めて、全員が曹操につめよった。
 それに緊張する様子などまるで見せず、曹操は口を開いた。
「こっちから誘っても恐らくはダメ……なら、向こうに本気になってもらうほかないでしょう? 要は……そのためのきっかけか何かがあればいいのよ」
 きっかけ……か。なるほど、言えている。
 ご主人様とて男……女人に興味が無いわけではあるまい……と信じたい。いや、一部ではその、坂本殿とのうわさが流布されていたりするのだが……まあ、今はそれは忘れて。
「しかし……どうすると?」
「私たちの『女』としての魅力を再認識させればいいのよ。普段明久は、ほとんど戦場に立って刃をふるい、政務においては厳しい目でことにあたっている私達しか知らない。その明久に……あらためて、私たちが年頃の乙女であるということを教えるの」
「なるほど……しかし、言うほど簡単なことではないのでは?」
 と、星。
「欲もない、酒も飲めん、女も抱かんし煙草も吸わん……結果的にではあっても、品方行正そのもののような生活を送っている主たちのことだ……。おまけにこちらから多少強引に迫ってみれば、はぐらかされるか気付かんか、島田殿達の制裁が飛んできておじゃんになるかであるし……いかにして主に『女』というものを教える?」
「直接そこにつなげる必要はないわ。……最終的にそうなりさえすればいい。そのためのトリガー……きっかけが重要なのよ。さっきも言ったけどね」
 途中で天界の言語らしき単語が出てきたが……文章を通しての意味がわかるところからすると、気にする必要もなさそうだ。
 そ、それでその……その『きっかけ』を作る方法とは……?
「長からず短からず一緒に暮らしているわけだから、明久は私たちの内面はよく知っているわ。だからむしろ訴えかけるべきは、奥手な彼の背中を押すための、単純なインパクト。それを刺激するのにピッタリな天界の催し物を……工藤愛子から聞いたことがあるわ」
 そ、その催し物とは……?
 視線が集中する中、曹操は、


「こっちの世界での訳語がわからないけど……『ミスコン』というものよ」


 ………………みすこん?

895 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 05:39:29.71 ID:1U/RiEmE0
洛陽・日常編
第137話 バカとミスコンと女の戦い
 唐突だった。
 まー唐突だった。

「ではこれより! 第1回『三国一の美少女は誰だ! 文月美王(ビューティーグランプリ)杯』を開催しまーすっ!」

 ……あの……何これ? 僕何も聞いてないんだけど。

 今現在開演されているこのイベント……どうやらミスコンのようなものであるらしい。
 いや……まあ、みんなで楽しいことやろうっていう精神がみんなの心に根付いてくれてるのはすごく嬉しいし、こういう賑やかな、みんなでワイワイ騒げる系のイベントも好きだ。眼福要素も含まれてるし、なおのこと。
 ただ……あまりにも急だったんで……。聞いたの、今日の朝だったし。
 隣に座っている雄二に視線を送ってみるけど……目で『知らん』と帰ってくるだけだ。
 むぅ……てっきり今日もまたコイツが一枚かんでるものだとばかり思ってたんだけど……違うのか。
 そもそも、そんな雄二と僕が一緒に座らせられてるこの席は……何? 『審査員席』?
 と、そんな僕らの困惑を知ってか知らずか、ステージ上に躍り出た3人娘が声を張った。

「はいはーい! さあさあついに始まりました、三国一の美少女を決めるこの『美王杯』!! 司会進行は私、『天導衆』の工藤愛子と」
「江東の生ける宝石こと、大喬・小喬がお送りしまーす!」
「し、しまーす……」

 ……ノリノリですね。
 まさに水を得た魚。こういうイベントが大好きな工藤さんに、久々の出番……もとい、活躍の場に生き生きとしている二喬ちゃん。ムッツリーニからレンタルしたのであろうマイクを手に、スーパーテンションで職務を全うしている。
 ……とまあ、ここまでぶっ飛ばして進行してきたので、そろそろ詳しい説明をば。
 要はこれ、どうやら普通にミスコンの類のようだ。
 エントリーをつどい、その中から選出したメンバーで行うという形式のものらしい。
 ……で、この大会……発案が華琳ってあたり……何か裏を感じるんだけど(目の保養とか夜の相手の物色とかその他いろいろ)……。
「ではでは! ステージを始める前に大会規定の発表に入りましょうっ! 二喬ちゃん、よろしくっ!」
「はいはいはーい! お姉ちゃん、そっち持って」
「あ、うん」
 と、二喬ちゃんが協力して広げていく横断幕のようなバカでかい紙には……ああ、どうやらルールブックのようだ。えーと、なになに……?


1.この大会は、参加者10名それぞれのセンスをもって選んだ服や装飾品で着飾ってステージに立ち、その立ち振る舞いなどを含めた、総合的な美しさを競うものである。
2.身につける服や装飾品は市販品・手作り問わず何を用いてもよいが、過度な露出は厳禁とする。
3.服や装飾品の選定は、他の出場者および審査員でない限り、他者に相談したり手を借りてもよい。着付けも同様である。
4.アピールの一環としてセリフや身振り手振りを用いてもよい。前述の規定に抵触しない程度であれば、アピール中の衣服の着脱なども許可する。
5.審査は、審査員5名による採点形式で行われる。審査員1名の持ち点は10点ずつで、5名の合計得点で競う。
6.規定に背いた場合、また、参加者として品位を問われるような行いをした場合、失格とする。
7.優勝者には賞金とトロフィー、副賞を進呈する。
896 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 05:40:04.67 ID:1U/RiEmE0
「えっと……以上が大会規定の説明になります!」
「そしてそして! その厳正なる審査をしていただく審査員の皆様がこちらになります! 皆さまどうぞ向かって左側をご覧ください!」
 そう言って大喬ちゃん&小喬ちゃん、僕らが座っている方の机を指差す。
 5つ連なって置かれた机には、僕と雄二、それに……秋蘭、冥琳、恋の5人が座っている。どうやら……この5人が審査員ということらしい。
 なるほど……各陣営でも、冷静かつ客観的に状況判断ができる冥琳と秋蘭、それに直感と感覚で物事を判断する恋か。そこに加えて、中枢部の僕ら2人……。
「なるほど……冷静に物事を判断できて、中立の姿勢で審査を行える布陣なんですね」
「そういうことっ! お姉ちゃんわーかってるー! じゃ、以上で審査員紹介は終了、カメラをお返ししまーす! ……ところでカメラって何?」
 意味も知らんと使ってたんかい。
 ま、まあ、この時代にカメラとかないし……多分打ち合わせ段階で工藤さんにでも聞いたんだろう。
 さて、それを受けて……ステージの上で立っている工藤さんが再びマイクを握る。と、いつの間にか舞台袖に、

「…………!(カチャカチャカチャカチャ)」

 超本気(マジ)の表情でカメラの調整をしているヤツがいた。
 ……まあ、カメラ撮影の担当としては適材適所だろう。ヤツならファッション誌顔負けのハイスペックな写真を撮ってくれるはずだ。……後で裏ルートで始まるであろう密売……もとい、マーケットを逃さないようにしないと。
 唯一の心配は……衣装にもよるけど、撮影中の鼻血で会場をパニックに陥れかねないことか……。まあ、規定に露出を抑えるようにってのもあるし……大丈夫じゃないかな?
 一通りトークをつないだ後、ムッツリーニから『準備完了』のサインが出たのを確認して、
「それではさっそく始めましょう! まずは1人目の選手を紹介しますっ!」
 言うと同時に、舞台中央から外れてスペースを開ける工藤さん。いよいよ開幕か。

「ではっ! エントリーナンバー1! 文月軍で恋さんと並ぶ癒し系キャラ! いつでもどこでも一生懸命、甲斐甲斐しいご奉仕でみんなの心をやわらげる! 文月城のメイド長、月ちゃんですっ!」
「へぅ……よ……よろしくお願いします……」

 やや弱々しい声と共に出てきたのは……紹介のあった通り、月だった。いつにもまして恥ずかしそうに、しかし頑張って一歩一歩を踏み出してステージ上に乗る。
 引っ越しと同時に、城内の全てのメイド、侍女の頂点である『メイド長』に昇格した月。そしてその衣装は……おお!?
「おーっとエントリーナンバー1・月選手、これはまた予想外の服装! 華やかな気品漂う装束を身にまとい、さながら気分は貴人か王族か! とにかくすんごく似合ってますねー!」
 月が身に纏っていたその装束は……そう、僕らが初めて月と詠に出会ったあの時……まだ月が『董卓』だったころの装束だった。おお……当たり前だけど、すごく似合ってる……。
 もともと彼女のためにデザインされた服であるためだろう、いつもとは違うタイプの服であるにも関わらず、おしとやかな癒し系という月のメインポテンシャルを遺憾なく発揮している。各所についた金の飾りも、華やかさだけを見せ、お金持ちの卑しさとかそういった印象が全くないあたりもすごい。というか、まだアレとってあったんだ……?
 観客席(兵士達)からはいきなり喝采。いやまあ……激しくわかる。あんな美少女、町歩いてても、遊郭行ってもなかなか会えるもんじゃない。
 ちなみに遊郭っていうのは、この時代におけるキャバクラみたいなものらしい。行ったことないけど。
 会場のテンションがいきなり上がってそこら中から歓声が上がる中、それを盛り上げつつもそれに呑まれない調子で工藤さんが司会を務める。
「いやー1人目からいきなりレベルが高いですねー! 月ちゃんかわいすぎっ! まるでどこかの国のお姫様みたいっ♪」
 ホントにそうなんだけどね。
897 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 05:40:39.60 ID:1U/RiEmE0
「へぅ……」
「さて、では一通り野郎連中が盛り上がっちゃったところで、そろそろ審査員の方からご意見いただきましょうか!」
 と、工藤さんにならうテンポで小喬ちゃん。そして、僕ら審査員の席を振り返り、『えーと……』とちょっと迷って、
「では審査委員長の吉井明久さん」
 うあ、いきなり僕かい。
 少し遅れて、大喬ちゃんがアシスタントのごとくマイクを持ってきてくれた。むむ……しかたない、頑張って呆れられない程度にはいいコメントを……っていうか僕、審査委員長だったの?
「あ、うん。えっと……すごく可愛いですね、似合ってます」
「あ……ありがとうございます……」
 と、僕のセリフを聞いて、月がかあっと赤くなる。うん、かわいさ6割増し。
「では他の方にも聞いてみましょう。それでは……夏候淵さん!」
 お、次は秋蘭か。
 秋蘭はマイクを受け取ると、さして緊張した様子もなく、立て板に水のごとく流麗な調子でコメントを述べていた。マイクの使い方は……工藤さん達を見て覚えたのかな。
「ああ、私もよく似合っている印象を受けるな。服や装飾品の雰囲気が、それを身につける本人の雰囲気によく合っている。違和感もなく、見事だ」
「うむ。ゆったりした基調の服がかなり調和を生んでいるな。欲を言えば……装飾品を、もっと軽さのあるものにしてみてもよかったかもしれん」
 続ける形で言ったのは冥琳である。
 おお〜……。2人ともお見事。現代のファッションデザイナーみたいなコメントだ。さっき単純に『可愛い』ってだけだったのが地味に恥ずかしくなってきたよ。でもまあ……喜んでくれてはいたし、気にしない方向で。
 しかし、1人目からまたハイスペックなのがでてきたなあ……この大会、ひょっとしたら、いやひょっとしなくても、すごく期待できるのかも。
 と、審査員トークもいい感じに盛り上がったところで、
「それでは好評批評出そろいまして、そろそろ審査員の皆さんの方から得点を発表していただきましょう! 審査員のみなさん、得点のご用意を!」
 ここでルールの確認を。得点は、僕ら審査員の判断によって決められる。1人あたり持ち点は10点、5人あわせて50点満点で何点とれるか……って仕組みだ。僕らの手元には1〜10点のプラカードがあり、それで点数を客席とステージに示す……というわけ。
 細かい判断規定なんかもあるんだけど……そのへんの説明は省略。
「では審査員の皆様、エントリーナンバー1・月ちゃんの得点はっ!?」
 恐らくムッツリーニの演出であろう、某全国的漫才日本一決定イベントを思わせるシンキングミュージックが流れ……それが止むと同時に、僕ら審査員は一斉に得点を表示した。

僕 雄二 恋 秋蘭 冥琳

『8』『8』『9』『7』『7』

「合計で……39点! これは1人目から結構な点数だーっ!」
「あ……う……うれしいです……」
 工藤さん&二喬ちゃんの声と観客席の歓声をBGMに、月はにっこりと100万$の笑顔。
 うーん、眼福眼福、こっちまで嬉しくなってくるなぁ。
「いやー何度もいいますが1人目からこの得点、この大会のレベルの高さがうかがえますねー! というわけで、エントリーナンバー1・月ちゃんでしたっ!」
 喝采を浴びつつ、月は観客席にむかって手を振りながらステージを後にした。

                      ☆

 さて、次の選手はだれだろう? 僕が予想する前に工藤さんが口を開いた。
「さてさて、次に行かせていただきましょう。続いてはエントリーナンバー2! 愛らしい外見におしとやかな性格! そこに兼ね備えるは殺人級のFカップ! ふわふわの髪をなびかせて、今宵も行きます限界(ギリギリ)ライン! 『天導衆』姫路瑞希ちゃんですっ!」
 おお、次は姫路さんか。
 どんなコスチュームで出てくるんだろう? 月がああだったから……これは期待できそうだよなあ……。制服でも十分魅力的なところだけど……そうだな、夏祭りの時の浴衣とか、学祭の時のチャイナドレスとか……ああ、この前着てた十二単(じゅうにひとえ)なんかも魅力的だとうそぉっ!?

「あ……あの……よろしくお願いしますっ!」

 かなり緊張気味にステージに現れた姫路さんの体を包んでいたのは……時代劇なんかの女忍者『クノイチ』を思わせる忍者装束だった。

898 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 05:41:34.74 ID:1U/RiEmE0
オオオォォオ―――ッ!!

「あ……あの……」
「おーっ! これはすごい! かわいらしくてちょっぴりエッチな感じのこのコスチューム、いやはや男性陣には嬉しいサービスですねっ!」
 工藤さんのどストレートな、しかし横文字入りまくりで恐らく伝わってないであろう実況。そこに、現代人であるがゆえに理解できた姫路さんが間髪いれずに赤面する。
 いやまあ……実際そうなんだけどさ。
 ピンク色の生地に、胸と脇の深く鋭いスリット。そこからのぞく肌は……さらに網目模様の『鎖かたびら』に覆われていて見えて、ただ見えるだけよりも俄然刺激的だ。さらにそこに、手甲に脚甲、地下足袋に鉢金という武装が程良いアクセントになっている。
 ……ここまでの説明でよくわからなかった人は、『水戸黄門』のかげろうお銀の服か、『忍たま乱太郎』のクノイチ装束を思い出そう。
 そして極めつけは……その髪型がポニーテールになっていることだった。
 こ、これは……なんて破壊力があるコスチュームなんだっ!?
 客席からのなりやまぬ歓声と、ステージ端でキャーキャー騒いでいる工藤さんの様子からもそれがわかる。ただ……
「うぅ……大っきいよう……」
「くっ……どうして誰もかれもこう……い、いえ大丈夫よお姉ちゃん! 気にすることない、アレは脂肪の塊なんだから……!」
 ……何だか、アイドル双子のいるあたりから黒々としたオーラが発せられてる気がするようなしないような……?
 まあ気のせいだと思うことにして、どうやら姫路さん、やはりというか完全に無茶してるらしい。恥ずかしくて顔が赤くなって、若干うつむきがちになっているのが見える。
 ……それがまたいい、なんて言ったら不謹慎だろうか?
 恐らくそう思っているのは僕だけではあるまい。客席はもちろん、司会進行の3人や、審査員席の5人も残らず……

 ……と思いきや、

 審査員席の5人のうちの2人……秋蘭と冥琳が、なにやら眉間にしわを寄せていた。? どうかしたの?
 そして、そんな疑問を抱いたままに行われた得点発表にて、

僕 雄二 恋 秋蘭 冥琳

『9』『9』『8』『6』『5』

 あれ!? 秋蘭と冥琳……点数低い……?
「おぉーっと? これは意外や意外……凄まじくキュートに見えた姫路選手ですが、一部審査員の反応が芳しくない様子……これは一体どうしてだー?」
 工藤さんの疑問を受け、二喬ちゃんが冥琳と秋蘭のもとへマイクを持っていく。
 受け取って、まず最初に口を開いたのは……冥琳だった。
「うむ。確かに素材も着こなしも見事だ。露出の位置や程度も絶妙、かなりの出来栄えと言って差し支えあるまい。ただ……」
「ただ……ですか?」
「本人の特性に合っていない服を着るのは……評価しかねるな」
 ……特性……?
「うむ、確かに可憐であるし色気も出ているが……姫路殿は本来、おだやかな雰囲気が基調であり、魅力の1つであろう? それを考えると、本来は戦闘服であるその忍装束は、どうしても違和感が出るのだ」
 続いて秋蘭。
「同感だな。色気を出すために安易に露出の高さを選び、そういった服を選ぶよりは……やはり、自分の特性に合致した服を選ぶ方がいいだろう。月がいい例だ」
「ああ。それに……合わない服を着て恥ずかしさのあまり、うつむきがちになっているという点も評価しかねるな。逆効果といってもいい」
「あう……」
 ううむ……な、なるほど……そういう見かたもあるのか……。
 まあ、僕はむしろそっちの方が好きだし、ギャップがあってかえっていいな……とか思ったりするタイプなんだけど。
899 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 05:43:00.92 ID:1U/RiEmE0
しっかし、2人ともすんごい辛口評価だな……一見こういうイベントには縁遠そうなイメージだけど、実はすごく適材適所……なのかもしれない。辛口コメンテーターって感じだ。
「なるほどなるほど、ためになるご意見でしたねー! というわけで、エントリーナンバー2の姫路瑞希さん、得点は37点! 惜しいっ! 月ちゃんにあと一歩及びませんでしたっ!」
「あうぅ……勉強します……」
 褒められて嬉しそうではあるものの、ちょっと悔しそうといった感じの姫路さん。そんな雰囲気のまま、しかしきっちりと笑顔を作ってその場を後にした。
 こ、この大会……意外と本格的かつシビアだ……。

                       ☆

「続きまして、エントリーナンバー3!」
 どうでもいいけど……ホントに横文字多くないかな? 僕ら『天導衆』のぞくと、華琳くらいしかわかる人いないと思うんだけど……?
「笑顔はキュート! 拳はハード! それが彼女のスタンダード! 男勝りな純情乙女は、男女を問わず大人気っ! 天導衆の神風ガール・島田美波さんですっ!」
 ……なんか前の2人とは若干違う感じの紹介だったけど……まあ気にしないことにして。
 歓声に応える形で、美波がステージ上に姿を現した。
 おお……美波は夏祭りの時と似た感じの……浴衣か! うーん……やっぱり似合ってるなあ……。
 美波はそこにうちわを持って、足元は靴ではなく草履(ぞうり)をはいている。それがさらに和風というか、いい雰囲気を醸し出していた。僕以外の審査員たちもまた……そんな印象を受けているようだ。
 ……ちょっとだけ、あの悪夢の夏祭り(の、ミスコン女装参加の悲劇)を思い出したけど……それでもお釣りがくるくらいに魅力的な浴衣姿だ、美波のは。
 工藤さんがあの時言ってたこと……ホントなのかもなぁ……。
 そんな美波の点数はというと、

僕 雄二 恋 秋蘭 冥琳

『8』『8』『9』『8』『8』

「おぉーっと!! 合計で……41点!? 美波選手、ここにきて暫定1位に躍り出たーっ!」
 美波、39点の月を抜いてトップだ。うーむ……さすが見た目だけなら美少女……とか思ってるとまた察知されかねないのでやめとこう。
 ともかく、お見事。美波、トップである。
 ……しかし、なぜかそんな美波は納得行っていないかのようなご様子で……?
「何でアキの奴……瑞希は9点でウチは8点なのよ……!」
 ? 何か今ぼそぼそ言ってたような……?
「はーい! それじゃあ講評をいただきましょう! 大喬ちゃん! 小喬ちゃん!」
「はいはーい! じゃあまず……呂布さん!」
「………かわいい」
「はいありがとうございますすいませんでした! 次、冥琳さまお願いしますっ!」
 と、恋の一言で終わった講評を流れるようにいなして、今度は小喬ちゃん、冥琳にマイクを渡す。さて……辛口コメンテーターの反応は……?


「うむ、よくできた組み合わせだと思うぞ。意匠も着付けも雰囲気も、本人が持っているそもそもの魅力をいかんなく発揮できている」
 おお、すごくいい感じの評価じゃん!
 辛口コメンテーターにここまで言わせるってのも相当じゃないかな? いや〜何にせよ、これなら美波も大満足だと……

「特に、胸が小さいという点を気にさせない着付けや意匠の巧みさが感じられるな」
900 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 05:44:10.06 ID:1U/RiEmE0
…………あら?

 何か今……超弩級の蛇足が右耳から左耳に抜けて行ったような……?
 気のせいか冷や汗がにじんできた僕の心中を察することなく、冥琳はずばずば続ける。
「見たことのない意匠であるから、恐らくは天の国のそれであろうとは思うが……やはり見事という他にないな。ここまで見事に、胸が無い体型の魅力を引き出せるというのは」
「ああ、これはむしろ胸が無いからこそ他の部分を輝かせるためにある意匠なのだろう。そしてそれは成功している。決して露出も多くなく、胸も大きくないにもかかわらず、うなじや首元のあたりの色気が最大限かつ健康的に引き出されているな」
 ああっ、秋蘭まで!
 確かに言ってることは正しいっちゃ正しいんだろうけど……よく聞いてみると2人ともかなりの頻度で『胸が小さい』ってニュアンスの言葉を使ってる。あの……ですね、それがその……できれば控えていただきたいと言うか……その……。
 ……すでに僕の肌が感じ取っている美波のオーラが痛いので……その……
 やばい……美波が攻撃モードに入りつつある……。ここは一刻も早くこの場所を離れ……いや、今は本番中だ、そんな逃走なんて真似は出来ない。
 いやでもまてよ? 別に僕は何も言ってないし、肯定も否定もしてないじゃないか! だったら何も怖がることはない。きっちり彼女の発表が終わるまでただ待ってれば……。
「では次の講評は……吉井明久さんお願いしますっ!」
 絶望に涙が出そうだ。
 今まさに僕の手元に回ってきたマイクが、僕には爆弾の起爆装置に見えるから不思議だ。さっきから冷や汗がマジでとまらない。
 というか……マジでまずい。マイクを受け取ってしまった今、何らかのコメントをしなければならないわけだけど……秋蘭と冥琳による連撃で荒んでいるであろう美波に、今下手なことを言ったら……確実に殺られる。
 何を言ったもんかと悩んでいると……

「……あ、アキ?」
「はぃ!?」
 美波の方から声をかけてきた。
 僕の返事が裏返っていることをさして不審に思っていない様子の美波は……自分の服装と、僕の顔……恐らくは反応……を交互にチラチラ見つつ、訪ねてきた……。
「その……正直に言ってくれていいから……」
「う、うん……」
「ウチ……どう見える?」
 落ちつけ吉井明久……。こういうときはアレだ、何か下手な言い訳とか難しい言い回し考えるよりも、シンプルに頭の中に浮かんだフレーズをそのまま言った方がかえって上手くいくものであって、そうなると僕の本音をそのまま……うん、別に失礼なことでもないし、これでいいはずだ!
「えっと、かわいい……と思うよ?」
「……ホント?」
「うん、手も足も胸もバストもほっそりしてて、スレンダーで凹凸が少ないから浴衣がよく似合っててすらっとした体のぐはぁっ!!」

 スパコォン!!

 一瞬だった。
 美波の履いていた草履の片方が空を切って飛んできて、気がつくと僕は仰向けにどう、と倒れていた。
「アンタ今……私の胸のこと何回言ったのよ……!」
 とまあ、足を思いっきり振り切った姿勢で怨嗟のセリフをつぶやいている美波。
「あ……えー……審査員席への直接攻撃はおやめ下さい、島田選手」
 鼻息荒く僕を睨みつける美波を諭す工藤さんだが、その言葉が聞こえているかどうか非常に微妙なところである。
 うぅ……やっぱりこうなった……。
901 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 05:44:56.90 ID:1U/RiEmE0
「えー……続きましてエントリーナンバー4!」
 何事もなかったかのように司会進行を務める工藤さん。司会者としてはプロと言えるし正しいんだろう けど、眉間に残る鈍痛の原因を思い出すと何だか悔しい思いが残る。
 まあ、悲しきかなよくあることだし、ここは大人なところを見せて我慢だ。
 さて、それはともかく……4人目はだれかな?
「呉陣営より、若き孫呉の王にして文月国の『元老院』議員! 不屈の闘志と純情な乙女心の両方を兼ね備える彼女が、今日は1人の女の子としてステージに立ちます! 呉王・孫権さんです、どうぞっ!」
 アナウンスとともに……

 ……なぜかパジャマ姿の蓮華がステージ上に上がった。

 ……って、なぜに!?
「「「……………………」」」
 一同騒然の中、蓮華は赤くなって、
「よ、よろしく……」
 瞬間、

 オオォォォオオォ――――――ッ!!

 会場全体を揺るがす歓声。ボルテージから何まで、いままでの3人に負けず劣らずだ。
 もちろん、予想だにしない驚異の展開に僕も興奮を隠しきれない。
 改めて確認してみよう。蓮華のファッションは……現実世界で広く用いられている、長袖長ズボンのパジャマだ。寝間着にふさわしいゆったりめの感じにに加え、ピンクと水色を組み合わせた癒し系の柄がなんとも和やか。いつものバトルドレスの蓮華とはまた違った、それでいてとてつもないかわいさをかもし出している。頭の王冠もないから、余計に新鮮だ。
 そして何よりすごいのが……その胸元に抱えられている、巨大なリラ○クマのぬいぐるみ。パジャマといい、どっから入手したんだかわからないけど(ムッツリーニあたりだろうか)璃々ちゃんくらいの大きさはありそうなそれをよっこいさ抱えて立っているその姿は……何というかこう……すごい。
「こっ……これはすごいダークホースですっ!! 正直ボクもどう誉めたらいいのかすぐには出てきませんっ!」
「「蓮華さまステキ――――ッ!!」」
 この会場のテラボルテージ、司会進行の3人娘も例外じゃないようだ。むしろ、大喬・小喬の2人は会場の連中に負けず劣らずの私的な盛り上がりを発揮していた。
 というかそういえば……相互関係上、2人って確か蓮華の姉にあたるわけで……。
 ……たった今頭をよぎった痛烈な違和感(主に年齢面・発育面における)に関しては……なかったことにしよう。
 審査員席の方もまた、驚きと感動でざわついていた。猫背になって前に乗り出している僕と雄二はもちろん、恋は目を輝かせ、辛口の冥琳と秋蘭も感心したようにうなずいているんだからすごい。……恋のは……若干ぬいぐるみリラッ○マの方に目が行ってるような気がしないでもないけど……まあよしとしよう。
 そんな感じで、今のままでも十分な好評価の蓮華なわけだけど……
 ……依然として蓮華が、まるで戦場に行く直前の兵士のような緊張感を漂わせているのはなぜだろうか?
「…………っ!」
 その思考を計りかねていると、蓮華は意を決したように短く息を吐き、
 そして、

 ギュッ   ←   リ○ックマのぬいぐるみを抱きしめる蓮華

 じっ   ←   上目遣いでこっちを見る蓮華

 刹那、

 バタバタバタッ!!

 観客席の方からそんな音が。
 いや、無理ない、今のは。かわいすぎ。兵士諸君の卒倒もうなずけるというものだ。
 ていうかヤバいって! 僕も軽くトリップしそうになったし! 今のパフォーマンスは破壊力ハンパじゃないってホントに!
 巻き起こる歓声の中、当の蓮華は相当にはずかしかったらしく、赤くなってうつむいていた。よっぽど勇気出したんだなあ……こんな突然の、よくわからないイベントにも全力で望める姿勢がすごいよ蓮華。
 ……その仕草自体が更に会場のボルテージを上げてるっていうことに気づいてないあたりが特に。
「これは……見事だな……」
「ああ……服といい仕草といい、まさか蓮華さまがこれほどにとは……」
「………かわいい」
 とまあ、当然ながら審査員一同にも絶賛だった蓮華。冥琳の少々の批評が入ったものの、目立ったクレームがつけられることもなく、結果は……

僕 雄二 恋 秋蘭 冥琳

『10』『8』『9』『8』『9』

 合計して…………44点。
 暫定首位だった美波を3点も引き離し、蓮華がトップに躍り出た。
 すごい……このミスコン……ある意味戦場だ……!

                       ☆

 その舞台裏にて

「き……緊張した……」
「お、お疲れ様です、孫権さん!」
「すごいわねー……あそこであんなことができるなんて……」
 舞台裏にて、乙女たちはそんな会話を繰り広げていた。
 彼女たちの間には、出番がまだか終わったか、勝ったか負けたかを問わず、奇妙な緊張感が今も漂っていた。通常なら……出番が終わった、得点で抜かれた者に対しては、そういったものはないからである。
 それはなぜかというと……
 ……この大会の裏で乙女たちが定めた、この大会の『真の目的』に起因する。
「ふふっ……素晴らしかったわよ、仲謀」
「曹操か……見ていたのか、お前」
「当然よ、この大会は私の目の保養も兼ねているのだから。まあでも……」
 そこで曹操はふっ、と笑って、
「この大会の本来の目的……明久に好みの女子を見つけさせる、『オーディション』であるということを考えれば、あなた達の張り切りようもうなずけるというものだけどね……」
 そう……それが、曹操がこの大会を発案した真の目的である。
 明久の前で魅力的な姿を見せることで、明久の『男』としての本能を刺激し……先のステップにいざなうというもの。参加している女子のほとんどは、そのために全力で自分を着飾って明久の前に立ったのだ。
 そして……その意味では、彼女達には優勝よりも、いかに明久の心をつかむか……が重要だったりするという裏事情があるのである。

 そして……
902 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 05:45:24.09 ID:1U/RiEmE0
 ここにも1人……そんな感じに悩む乙女がいて、

「し、しかし紫苑!? こ、この服はあまりにも、私にはその……」
「似合わないわけないでしょう? 愛紗ちゃんは可愛いんだから」
「だ、だがそんな……でも……」
「もう……『いつもの戦闘服なんかで十分」なんて、そんなはずないでしょう? 愛紗ちゃんの可愛さを表現するには、もっとこうして……そうね、髪もこう……」
「あっ、ちょ、やめ……」

 ……何やら、色々な意味で予想外の事態が起こったりしていた……。
903 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 05:46:48.63 ID:1U/RiEmE0
洛陽・日常編
第138話 覇王と真打と美髪公
僕 雄二 恋 秋蘭 冥琳

『9』『10』『8』『7』『7』

「合計して……41点! んー惜しいっ! エントリーナンバー5霧島翔子さん、暫定首位の孫権さんにあと一歩及ばず!しかし、すばらしい健闘でした! みなさん拍手ッ!」
 と、純白のウェディングドレス(ヴェール、ブーケ完備)に身を包んだ霧島さんへ、観客席及び審査員席から拍手が巻き起こる。うーん、ホントに惜しい。
 工藤さんの言う通り、霧島さんのドレス姿はすごく綺麗で可愛かったんだけど……さっきの蓮華が凄まじかったからな……ぶっちゃけ、相手が悪かったというか、間が悪かったというか……。
 それでも2位なんだし、十分な健闘と言えるだろう。ところで、何気にポイントなのが、
「……何だ、明久?」
「いや、何だかんだ言って結局雄二は霧島さんなんだな〜……と思って」
 雄二が霧島さんにプレゼントした点数は、この回の審査員中で、および今日の雄二自身の最高得点である10点。うんうん、ようやくコイツも素直になるということを覚えたか。
 全くもう……ここにくるまでにどんだけ……
「バカヤロウ。ここで俺が10点入れとかねーと、後で血見ることになるのわかってんだろ」
 いやまあ……それもあるけどさ。
 雄二はこれまでも、自身のセンスと煩悩に正直に評価を下してるわけだし……ここでもし満点以外、万が一にも他の女の子より下の点数なんかつけた日にゃ、霧島さんが持っているブーケはスラッシュアックスに変わることだろう。
 けど、それにしたって、
「100%それが理由ってわけでもないんでしょ? 僕が言うのも癪っていうか変だけど……霧島さんのよさを一番よく知ってるのは雄二なんだしさ」
「……ふん」
 ……やれやれ……ホントこいつも難儀な性格してるよな……。
 如月ハイランドのウエディング体験(僕プロデュース)で見せたコイツのあの驚いた顔、誰が忘れようか。仮に恋愛感情を抜きにしても、霧島さんの幸せが喜ばしいのはコイツが一番だってのはみんな知ってるしね。……ちょっと癪だけど。
 というわけで、美波と並んで暫定2位の座についた霧島さんは、ぺこりと一礼してステージを降りた。さすが霧島さん、退場する姿まで優雅だ。

                      ☆

 コンテストもそろそろ折り返し。
 そして……ここにきていよいよ、真打ち登場……である。

「エントリーナンバー6! 城内・城外を問わず噂される稀代の美少女! 公式・非公式問わぬファンクラブ……もとい、愛好団体が三国各所に存在する超人気アイドルがついに登場です! 天導衆……木下秀吉ちゃんだぁ――――っ!!」

 オオオォォォオオ――――――――ッ!!!


「……最早ワシは、男として紹介すらされんのじゃな……」
 客席から響いてくる割れんばかりの大歓声に招かれて、なぜか若干テンション低めの秀吉がステージに上がる。
 その服装は……なんと、セーラー服!?
 しかも……いつか蓮華に着せたアレとは違う型だ。どうやら……この日のための特製品と見た。
904 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 05:47:44.47 ID:1U/RiEmE0
 白と水色を基調とした清楚かつ清潔感漂うデザインに、頭にはカチューシャのように同色のリボンが巻かれ、最早どう褒めていいのかすらわからない可愛さである。
 ただでさえ騒音ものだった歓声がさらにシャレにならないものになる。きっと今城の外にいる人には、内乱でも起こったのだろうかとさえ思えるものだったはずだ。
 しかし……今その原因を前にしている僕には、それも仕方のないものであるとはっきり言える。なんたって……この可愛さだもの。普段周りに男ばっかりで、悪く言うと飢えている感じの兵士の皆さんにはまさにオアシス、いやアガルタとも言うべき光景だ。
 ……在籍生徒の94%が男……担当教諭はトライアスロンが趣味のヒューマノイドモンスター……Fクラスというこの世の地獄で過ごしてきた僕にはそれがよくわかる。残りの6%……美波、秀吉、姫路さんだけが僕らのオアシスだったのだから。
 そしてその秀吉は……おそらくムッツリーニの手作りであろうセーラー服に身を包み、台風の目と化している。
「いやーもういつ見てもホントにすごいですっ! 相変わらずの美少女ぶり! これなら三国中にファンクラブができるってのもうなずけますよねっ!」
 工藤さんもテンション上がり気味。司会者としての方針もあるのか、最早秀吉を女の子として扱うことに何の抵抗もないと見た。うんうん、ようやく君も戸籍上の間違いに気付いたか、工藤さん。
 というか、さっきは流したけど……秀吉、ファンクラブできてるんだ? すごい……彼女のかわいさは時代を超えて人々の心を揺るがすものなのか……!
「では審査員の皆さんに講評をいただきましょう! ではまず吉井明久さん!」
「綺羅(きら)星(ぼし)っ!!」
「はい、後で聞きますから落ち着いておいてくださいねー」
 いかん、テンパった。
「じゃあお先に恋さん!」
「………いい」
「えー……すいません、秀吉ちゃんの可愛さに審査員の皆さんも呆然としておりましてですね……」
 僕と恋、2人続けてのダメ講評に工藤さんも若干焦り気味である。……申し訳ない。いや、まあ恋のアレは地なんだけどね。
 ともかく、言葉にしようのない美しさの秀吉である。
 そのあと冥琳と秋蘭が、辛口の2人にしてはかなりいい感じの批評を述べ、秀吉もまたまんざらでもなさそうな感じでそれを聞いている。女の子系の褒め言葉はもう気にならない……というか、演技に近いステージであるためか、嬉しそうですらある。
 ホント……向こうでもこの世界でも、秀吉の可愛さと人を虜にする才能は底が知れない。
「はい、ありがとうございました! ではそろそろ採点に移りましょう!」
 あれ、結局僕の講評は省略されるみたいだ。
 ま、いいけど。
 そして、全員が注目する中、秀吉の得点は……

僕 雄二 恋 秋蘭 冥琳

『10』『9』『10』『9』『8』

「おーっとぉ! 合計46点! ここにきて秀吉選手がトップだぁ―――っ!!」
 44点の蓮華を下し、秀吉がここでトップに立った! さすが秀吉……孫呉の姫君すらもものともしないこの可愛さは世界を救うよ!
 蓮華も相当に可愛かったけど……相手が悪かったかもね。お見事。
「む……ここは素直に喜んでおこうかの」
「おめでとうございます秀吉選手! さあさあここで更新されました最高得点! これを破る猛者は現れるのかーっ!?」
 心底楽しそうな工藤さんの声に占められる形で、鳴りやまない大歓声を聞きながら、秀吉のフェイズは終了した。
 しかし……ホントにこの後、秀吉を超える人なんて現れるんだろうか?

                         ☆

 さて、次の人は……?
 何だろう? 名簿を見て……かな? 工藤さんが苦笑いというか、渋い顔をしている気が……?
「えー……それではその、エントリーナンバー7……」
 と、その時、

「おーっほっほっほっほっ!」

905 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 05:49:06.12 ID:1U/RiEmE0
 ……え?
 工藤さんの紹介を待たずして、あんまり聞きたくなかった声が会場に響き渡った。
 いやあの……あなたなんですか? 次?
 そして、ステージにその姿を現したのは……
「エントリーナンバー7、今は無き元名家・袁家の末裔、袁紹さんでーす」
 今までと比較して明らかにやる気のない説明を受け……しかしそれでも何も気にしない様子で、チクワ頭はステージに登り……

 ……一同を絶句させた。

 この人は……何を考えてこうなったんだろうか……?

「おーっほっほっほっ、みなさん私の美貌の前に声も出ないようですわね!」
 いや、単に何て声をかけたらいいかわからないだけです。
 袁紹のスタイルは……一言でいえば、奇抜……というか奇怪というか……見た目、完全にネタだったから。
 何って、あれは……
(明久、あれは……)
(聞かないでよ雄二、僕も理解できないよ)


 何たって……袁紹の縦ロールが『横ロール』になってんだもん。


 長い髪を、どうやら一度ストレートにして、その後『横』に巻きなおしたらしいそれは……第98代ブリタニア皇帝か、某海賊マンガの女装趣味?の王族親衛隊長を彷彿とさせるシュールな姿を作り出していた。
 これは……本当にリアクションに困る……。
 そのまんま、背中回して巨大チクワいくつも張り付けたみたいな感じになってるし……髪で作った筒の中に、小物くらいなら入りそうだな……。
 そして
 ……服はいつもの金ピカの鎧にいつもの服。代わりなし。
 髪の重量的にこんな髪型が可能なんだろうかとか、どうしてこんな髪をカッコいいと思えるのかとか、斗詩と猪々子は止めなかったのかとか色々気になるけど、聞く気すらも起きない脱力感が審査員席を、否、会場全体を包む。
 依然として静寂が包む会場で、何の違和感も感じずに笑っていられる袁紹が逆にまぶしい。
 と、いち早く脱力から立ち直ったらしい彼女……工藤さん。
「えーと……それでは、審査員席より酷評(・・)をいただきたいと思います」
「ちょっとそこのあなた!」
 憤慨した様子の袁紹が驚いて工藤さんに叫ぶが、この会場で99.99%の人が違和感を覚えているのは袁紹の方であろう。
 微妙な視線の中、やや消極的なオーラを醸し出している二喬ちゃんが審査員席へマイクを向けるけども、
「あー……まあ、斬新なスタイルに挑戦する勇気だけは評価しておこう」
「うん、まあ……他の人には真似できないよね」
「……私には何も言いかねるな」
「同感だ。華琳さまと同門だったという事実が未だ信じられん」
「……正直、ない」
 恋にまで辛辣なことを言われる始末。
 何だか納得いかなそうな袁紹が、何やらキーキー言ってたけど……よく聞こえないし、正直聞く気にならないのでスルー。

 あ、でも、1つだけちょっと。
906 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 05:50:13.18 ID:1U/RiEmE0
「えっと……工藤さん」
「? 何、吉井君?」
「えっとね、袁紹に……ゴニョゴニョ」
「……ああ、うん、わかった。OK。袁紹さん、ちょっといいですかー?」
「? 何ですの?」
 そう言って袁紹は工藤さんに歩み寄ると、僕がリクエストしたあるセリフを袁紹に耳打ちする。袁紹はちょっとだけ不審げな顔をしたものの……審査員のリクエストということでか、素直に口に出して。


「オール・ハイル・ブリタニア―――ッ!」


 ……うん、思ったより面白くないな。

 で、どうなったかっていうと、

僕 雄二 恋 秋蘭 冥琳

『1』『0』『1』『0』『0』

「えー……というわけで、袁紹さん、2点でーす」
「な……納得いきませんわぁ―――――っ!!」
 いや、どこが?
 今の『オール・ハイル・ブリタニア』に免じて1点あげただけでもありがたく思ってほしい。

                      ☆

「えー、続きまして……あ、よかった、まともだ」
 工藤さん、思わず本音が漏れてたけど、ここはみなさん大人ということで何も言いません。で、誰?
「続きましてエントリーナンバー8! 見た目は子供! 中身は巨人! 大陸にその名を知らぬものなしの彼女が満を持してこの場に登場! 今宵は彼女も1人の女の子として舞台に立ちます! 文月元老院議会『議長』にして曹魏の覇王・曹操さんだぁーっ!!」
 おお……華琳か!
 さっきは予想外に仮装大賞だったけど、今回はまともなんてもんじゃないだろう。
 なんたって屋台の串焼きにすら文句付けるほどの完璧主義者で、その積極性&完全追及は折り紙つきだ。服選び、アクセサリー選び、メイクアップ、何から何まで至高のものを取りそろえていることだろうって何だとぉっ!!?

「さて……よろしくね、みなさん?」

 瞬間

 オオオオオオオォォォォぉォオオオオォ―――――――――ッ!!!!

ゴスロリドレスで着飾った華琳の登場に、鼓膜が破れそうなほどの爆発的な歓声が上がった。
 いや、ちょっとこれは凄すぎる! とんでもなすぎる!! 何なんだこのけた外れの似合い具合は!? さっきの袁紹がバクテリア以下に思えてきた!!
 戦の時の勝鬨なんかよりも上じゃないかって感じの大歓声の中、華琳は一切ひるむことなくステージ上をすたすたと歩く。途中でウインクしたり、くるっとターンしてみせたり、観客および審査員へのアピール(というよりサービス)も忘れない。態度も堂々としていて恥ずかしがる感じもなく、見ていて惹きこまれる感じだ。
 ホントにもう、お人形さんみたいというか……とんでもないその……あの……だめだ、褒める言葉が見つからない。
 これが華琳の本気か……服は恐らくムッツリーニのプロデュースだろうけど、着方に独特のアレンジが加えられてるあたり、この子の底知れない感じがありありと伝わってくる。もちろん、メイクもアクセサリーも細部に至るまで抜群のセンス。わかってたことだけど……ホントに華琳って完璧超人なんだ……。
907 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 05:52:48.88 ID:1U/RiEmE0
「これはすごい、凄すぎます! お聞きくださいこの大陸を揺るがさんばかりの大歓声! あなたの鼓膜が破れてなければですが!」
 そんな工藤さんの大絶賛を受けながら(二喬ちゃんはあまりの衝撃に硬直中)、華琳は悠々とステージ中央に立ち、トドメのスマイル&ポージング。僕の席からだけど……何人かの観客が崩れ落ちたのが見えた。蓮華の時にも見えた光景だ……うん、今回も無理ない。
 そしてその観客の中に……あまりの感動にだろう、狂喜乱舞している春蘭と桂花が見えた(アリーナ最前列席)。今だけは彼女たちを攻められない。逆の立場だったら僕だって恐らくあんな感じになってるはずだ。
 ステージの端には、一心不乱にカメラを構えてとり続けるムッツリーニの姿があった。連写モードに設定しているらしく、フラッシュがすごい速さで瞬いている。これは……後で発売されるであろう写真は相当なものになりそうだ。
 そして華琳は一瞬だけ、それこそ当人同士にしかわからないくらいの短い時間こっちをみて、
 ぱちっ……と、僕の方にウインク……ぅあ、何だ今の!? クラッと来た!
 恐るべし……覇王……。
「で、では審査員席の皆さんに講評をいだたきますが……まず、冥琳さま!」
「……うむ」
 ようやく我に返った二喬ちゃんにマイクを渡された冥琳。ちょっと考えて言うことをまとめてから、
「大変素晴らしい出来だと個人的には思う。服といい装飾品といい、よく考えて選ばれている。本人が本来持つ実力を遺憾なく発揮した形だな」
 続いて秋蘭。
「ああ、誓ってえこひいきなどする気はないが……やはり見事という他あるまい。容姿・体型・動作・癖……全てを考慮したうえで形作られた服装と演出だ」
 某デラックスさんも真っ青の辛口コメンテーターであるこの2人をしてこの評価。
 無論、残る3人……僕&雄二&恋の評価なんて聞くまでもない。
 さらりと話を進めた後、一向になりやむ歓声の中で迅速に行われた審査の結果は、

僕 雄二 恋 秋蘭 冥琳
『10』『9』『10』『10』『9』

「曹操選手何とここに来ての48点!! これはすごい! 最高得点で文句なしのトップだぁーっ!!」
 なんと、秀吉を抑えてのトップ。コレには正直驚いたけど……納得できてしまうあたりが華琳のすごさなんだろう。秀吉もかわいかったけど……どうやら今回はこっちに軍配だ。
 投票が終わっても一向になりなまない歓声の中、華琳は置き土産とばかりにウインクを飛ばすと(バタバタバタッ!)、再び優雅かつ可憐な足取りでステージを降りた。

 ……世界は……大陸は…………広い……!

                      ☆

 華琳が残していった熱気が冷めやらぬ中、工藤さんは素早く切り替えて進行表に目を戻す。

「えーと続きましてエントリーナンバー9……あれ? え?」

 ……?
 どうかしたんだろうか、なんだか工藤さんの様子がおかしいような……。
「あ、あの……え? でもコレ、何かの間違いじゃ……そう、そう……間違いじゃない……エントリーされてる……あ、そう……」
 ……何だかスタッフに確認取ってるみたいだけど……?
 どうにかこうにか、といった感じで気を取り直した様子の工藤さんは、何やら意を決したように進行表に向き直ると、
「えー、それでは、えんとりーなんばー9……人呼んで文月の核弾頭! 小麦色の肌に健康的な体つきは一度見たら忘れられないこと間違いなし! その名を聞けば誰もが震えあがる『黒バラの君』とはまさにこの人……」
 ……? 何だって?
 そんな人いたかな……小麦色の肌って……僕の知る限りじゃ、蓮華と小蓮、冥琳に思春、それに……恋くらいだ。そのうち2人は審査員席だし、1人はもう出た。のこり2人のうち、思春はこういう大会に参加しそうにないし……小蓮だったら……『誰もが震えあがる』ってどういうことかな……? 確かに小蓮はわがままで定評があるけど……そこまでじゃなかった気がする。
 でも、そうなると9番目って一体……?
「その名も……」
 と、その時
908 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 05:53:29.66 ID:1U/RiEmE0
「はあぁ〜〜い、みんな、お・ま・た・せぇ〜っ!!」

「「「…………………………………………!!?」」」
 何だか……野太い声が裏から……!?
 ま、まさか……
 その瞬間、

 ドバキャァッ!!

「「「!?」」」
 選手入場口を、その巨体でもって周囲の壁を破壊しながら……ステージの上にモンスターが姿を見せた。
「お・ま・た・せ! えんとりーなんばー9、美と健康と色気の御使い……貂蝉よん♪」

 当然、

「「「バカなああアァァァァ―――――ッ!!?」」」

 こうなる。
 何を隠そう、僕も叫んだ一人だ。
 何でコイツなんだ!? 何で美少女どころか女でもない、人間にすらカテゴライズしたくないコイツがここに!? 畜生、華琳の時に形づくられたいい雰囲気が一瞬にして消し飛んだ! 落差がある分むしろ目も当てられないことに!
 というか、何でこいつあんな格好なんだ!? 何であんな、『裸Yシャツ』なんて無駄に高度な服装を……華琳や蓮華がやってくれるんならまだしも、お前が着るとただの変態だろうが!! むしろ腹が立つだけだよ畜生!!
 せめてもの救いと言えば、下が完全な裸でなく、いつものビキニパンツをはいていることくらいか……。あれがなかったら……オエッ。
 しかも……それだけでは終わらなかった。
 くねくねと気持ちの悪い動きでステージ中央に至ったかと思うと、貂蝉はボディビルダーのような構えをとり、
 ……予想だにしないパフォーマンスを披露した。

「ふんぬっ!」

ビキィッ!!  ←  貂蝉が全身の筋肉に力を込める音

モコォッ!!  ←  貂蝉の全身の筋肉が膨れ上がる音

バァンッ!!  ←  貂蝉の着ていたYシャツが弾け飛ぶ音

「「「ぎゃああああああああああああ――――――――っ!!!?」」」
 なんてものを見せるんだお前はぁ――――――っ!!?
 今の凶行で更に会場全体の精神的ダメージが深刻なものに! くそっ……僕ももう……視界が暗転する……!!
 かいた汗が陽光を反射して煌めく体がどこまでも気持ち悪い。そしてその状態で、絶え間なく変化させてボディビルダーのポージングを繰り返すからなお気持ち悪い。もうこれ、大会の趣旨と関係ないだろお前それ!!
 どうやら流石の工藤さんも限界が近そうなので、さっさと審判を行ったところ……

僕 雄二 恋 秋蘭 冥琳

『殺』『滅』『非』『醜』『穢』

 うん。妥当だろう。



 ちなみに、

「か、華琳さんっ!? 大丈夫ですか!?」
「………………………………(意識不明)」
「だ、だ、だれか! 心肺蘇生! 人工呼吸! 救急車!」
「……私がやる」

 裏ではそんな感じで……表にもまして修羅場が繰り広げられてたりしたらしい。

                        ☆

 えー……次、ラストか……
 貂蝉の強制退場から数分、ようやく持ち直した会場で、僕はそんなことを考えていた。
 ちなみに、奴の影響はやはり小さくはなく、会場に残った観客(生き残り)は開始当初の60%弱で、残りは医務室に行ったか気分が悪くなって帰った。さらに、司会進行だった大喬&小喬ちゃんも、あまりのショッキング映像に耐えきれなくなり卒倒、医務室に運ばれ、今現在工藤さんが一人で進行をこなしている。
 ま、まあここは切り替えよう。次で最後だし……。
 さて、ここまで月、姫路さん、美波、蓮華、霧島さん、秀吉、袁紹、華琳、化け物と来て……最後の一人は誰だろう?
 星……じゃないはずだ。たしか、さっき客席で酒飲んでたのが見えた。大方、着飾ったみんなを肴に、ってところか。トイレにでも行ってるのか、今はいないけど。
 翠はこういう舞台には恥ずかしがって出そうにないし……鈴々は星の隣ではしゃいでるし……紫苑は璃々ちゃんと一緒に客席にいる。朱里もだ。となると……
「では、次がいよいよ最後の挑戦者です! いよいよ今大会の大トリとなりました! エントリーナンバー10……?」
 と、そこで工藤さんの口が止まり、同時に……舞台裏から、何やらもめるような声が聞こえてきた。? この声は……

『ま、待て! 待ってくれ! 本当に私はこんな……』
『ここまできて今更何を言う? 貴様らしくもない』
『し、しかしだな星。私にこんな服や、ましてこんな髪飾りは似合うはずなど……』
『己を卑下するな愚か者。そんなことをいったら、大陸の美に悩む乙女の9割9分を敵に回すぞお前は』
『そうそう、とっても可愛いわよ。女は度胸、行ってきなさい!』
『た、頼む後生だ! 放して……やっ! やめ……』
909 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 05:54:36.28 ID:1U/RiEmE0
この声は……そうか、やっぱり10番目は……いやまあ、ちょっと意外ではあるけど、正直楽しみだなあ。
 どうやら紫苑と星にムリクリ連れて来られようとしているらしい彼女の声がだんだん大きくなってくる。それを察知し……工藤さんがスピーチを再開。
「さて! 今大会大トリを務めますは、文月の将軍の頂点に立つこのお方! 品行方正・清純潔癖、まさに武人の鑑たる精神の彼女が、今宵限りのスペシャルコスチュームを披露します! 文月建国・三国平定・その他諸々の立役者の1人にして戦場にその名を知らぬ者なき『美髪公』!! 文月軍戦闘部門総司令官・関羽将軍だぁ――――!!」

『や、やめっ……あ!』

 と同時に、最後のひと押しを食らったらしい愛紗が、満を持して(?)ステージにその姿を現し…………………………


 現し…………………………


 あらわ………………



 あら………………あ………………………………



 ……………………………………………………え?



 瞬間、

 会場全体のざわめきが……時間が……止まった。



「くっ……だ、だからこんな服……私には似合わぬと……」
 何か愛紗がブツブツ言ってるのが口の動きから見えたけど、
 僕には……否、会場の人達全員には、そんなことを気にしている余裕はなかった。
 何でって、そりゃ………………

「綺麗………………」

観客席の方で、誰かがそんなことを言った。
 確かに……この光景を表現するには、僕が知る限りその言葉しかない。というか……他の言葉が思いつかない。というか、思いつくだけの余裕がない。

 それほどまでに……愛紗の姿は、衝撃的だった。

 愛紗がきているのは……ふわりと柔らかい感じの、青と水色を基調としたドレス。フリル……とまで言っていいかどうかはわからないけど、そんな感じの装飾が随所にあって、さらに薄手の布であるためだろう、すごく穏やかな雰囲気を作り出している。
 要所要所には、エメラルドグリーンのリボンやラインが入っていて、いいアクセントになっている。それでいて派手でなく、品位を微塵も損なわない。
 髪型はいつもと同じだけど……サイドテールの髪を束ねているのは、いつもの金属の髪留めではなく、花をあしらった髪飾り。紫色の……藤か、スミレあたりだろうか?
 長々と述べさせてもらったけど……まず、一言で言えることは

 ……かわいすぎる。信じられないくらいに。
910 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 05:55:53.36 ID:1U/RiEmE0
女の子の可愛い格好を見て、胸がどきどきしたり、鼻の頭が赤くなったり、目を奪われるなんてことは何度も経験がある。この大会中は特に多かった。
 しかし……背筋にぞっと寒気を感じ、体の奥底から震えが走るほどのかわいさ・美しさなんてのは……今まで生きてきて、間違いなくこれが初めてだ。
 ここまでくると、年頃の男子らしくいやらしい想像をしたりうんぬんなんていう発想自体が出てこない。ただひたすらに、自分の目の前に今存在している1つの『美しさ』そのものに圧倒されている状態だ。褒める言葉がないどころか、何か口に出して言う気にすらなれない。
 恐らく会場全体がそんな感想を共有しているであろう沈黙がしばらく続き、
 そして、

 オオオォォォォオオォオオォォォォオオォォォオオォオォオオオオオオォォオオォォォォオオォォォオオォオォオオオオオオオオオオォォォォオオォォォオオォオォオオオオオオォオォオオオオオオオォ―――――――――――――――――ッ!!!!!!

 今日一番の大歓声が会場を包み込んだ。
「これは本当にすごいっ!! この第一回『美王杯』、最後の最後に天使が舞い降りたぁーっ!! 遺憾ながら私・工藤愛子、最早どう褒めていいのかすら思い浮かびません!!」
「………愛紗、綺麗」
「あ、あぁ……こりゃ、ホントにすげぇ…………」
「これほどとは……馬鹿にするわけではないが、あの関羽と同一人物とは思えん……」
「ああ……私も同感だ……。姉者と同じような印象しかなかったが……よもや……」
 横の方で、工藤さんとか、僕以外の審査員の皆さんが何やら言っているのが聞こえたが、いかんせん状況が状況。耳にまるで入って来ない。
 と、
 恥ずかしそうにしている愛紗と……目があった。
 そのまますぐにそらしてしまうかと思いきや……僕ら2人は、逆にどちらも視線を外すことができなくなり、硬直してしまった。

「では……で……員の……に……講評を……」

 他の声が、歓声が遠い。まるで、この世界に僕と愛紗しかいなくなったみたいな感覚だ。

「では……瑜さん……」
「ああ……は……で……」

 つくづく……バカだったと思う。そういう服を着ているようなところを見ていなかったとはいえ……こんなに魅力的な少女だった、ってことに今まで気づかなかったなんて。

「……ました、夏…淵さ……。では次……」

 何て声をかけたらいいんだろう? いや、なんというか……僕なんかが声をかけることすらおこがましいような気すらしてきた。それほどまでに……愛紗は……

「次…………長…………井…………さん……」

 一分一秒が惜しい。生まれて初めて、このまま時間が止まればいいのに、なんて大真面目に考えた。

「……さん? 吉井……くん?」

 僕はもう……本当に……

「明久!!」
「吉井君!?」
「うわぁっ!!?」

 ガタァン!

 と、突然現実に呼びもどされ、僕は驚きのあまり椅子ごと後ろにすっ転んだ。
 どうやら頭を石の床に思いっきり打ちつけたらしく、痛みに意識が飛びかけたけど……何とかこらえて定位置に戻る。
 どうやら僕は……いや、考えるまでもなく……愛紗に見とれてたらしい。
「えっと、じゃあ吉井君、講評もらいたいんだけど……」
「あ、うん、えっと、その……」
 マイクを渡されたものの……今の今まで半分気絶状態だった僕に、気のきいたコメントなんて考える余裕はない。
 出てきた言葉は、これだけだった。
「えっと……かわいいです! すごく!」
 コメンテーターとしては0点だろう。でも……いいや。
 目の端に……一瞬だけ、嬉しそうに笑ってくれた愛紗が見えたから。

 そして、ほどなくして行われた愛紗の採点の結果は、

911 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 05:56:24.30 ID:1U/RiEmE0
「……まあ、当然かしらね」
「ああ……しかし、やられたな……まさか関羽がここまでとは」
「愛紗さん、すごいです……私も見習わなきゃ……」
「見習ってどうにかなるか、ってのも微妙よね……ここまでだと……」
「完敗じゃな、これは」


僕 雄二 恋 秋蘭 冥琳
『10』『10』『10』『10』『10』

「お見事っ! ブラボー!! エクセレントッ!!! 見事50点満点で、今大会優勝は……関羽さんで―――――すっ!!」
 工藤さんのアナウンスとともに、会場が再び超超超ド級の歓声に包まれる。
 その中で、意外そうに驚いて、しかしその後はっきりと満面の笑みを浮かべる愛紗が、僕の目に映った。
 これもまた……忘れられない笑顔だ……。


 ここに第一回『美王杯』は……愛紗の完全勝利で、大成功のうちに幕を閉じた。

912 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 05:57:28.12 ID:1U/RiEmE0
洛陽・日常編
第139話 バカとミッションとインポッシブル

カチ……カチ……カチ……カチ……

ドクン……ドクン……ドクン……ドクン……

 突然だけど、すごく緊張してる時って、やけに心臓とか時計の音が大きくなるよね?
 わかる人もわからない人も、今はとにかく静かにしておいてほしい。何でって、それは……今から僕らが、一世一代、男として譲れない大勝負に出るからだ。
 途方もなく危険かつ大変な任務であるということは、ここにいる全員が認識している。しくじれば恐らく、命はない……ということも。
 それでも、
「用意はいいな、明久、ムッツリーニ」
「雄二こそ、しくじるんじゃないよ」
「…………後は、度胸あるのみ」
 ……僕には、僕らには、この任務を放棄するという選択肢は残されていない。
 敵は強大、されど僕らの力は無限大。命寸分でもある限り戦い続けるだけの覚悟が、理由が、僕らにはあるんだ。誰でも来てみろ……今の僕達は止められないぜ!
 互いの目を見てその決意の固さを再確認したその時、

「いたぞ! そこだ!」
「逃がすな、我々でとらえろ!」

 灯篭の明かりが僕らの姿を照らしだす。くっ……敵兵か!
 しかしながら、そこに至っての雄二の反応は素早かった。
「ちっ……ムッツリーニ!」
「…………了解!」
 指令を受けたムッツリーニは懐から小さな玉を取り出し、駆け寄ってくる兵士たちに投げつける。直後、その玉は爆発し……あたりに煙が広がった。
「うわっ、何だ!?」
「ひるむな、ただの煙幕……ぐあぁっ!? 目が、目が痛い!」
「くそっ、一度退け! 催涙弾だ!」
「今のうちだ、行くぞお前ら!」
「「おうよっ!」」
 咳と涙に兵士たちがろうばいしている中、僕らは駆けだした。
 言ったはずだ……今の僕らは、何者にも止められないと! そして僕らは……目的立っていのためなら……手段は選ばない。そう、たとえ……

 たとえ……君達『文月軍』の兵士を相手取り、ねじ伏せることになったとしても!!

 舞台は僕の家こと、文月王宮・西区域。
 待ち受けるは警備の任に就いた数百の『文月軍の』敵兵!
 そして……それを率いる『文月軍の』敵将たち!
 途方もなく手ごわい相手だ……しかし、僕らはひるまない!
 そう、全ては……

「「「全ては、エロ本の脱却のために!!!」」」

 …………とりあえず、事情から話そうか。

 事の発端は、城下のとある本屋で、有害図書の摘発があったことだった。
 微量ながら、反乱やら危険思想をあおる内容の本が出回っているとの報告を受け、すぐさま警備部隊はこの調査に乗り出した。その結果、法令に違反して本を販売している業者を突き止めたので、販売を差し止め、有害図書を全て没収したのである。
 ただ……そこで1つ問題が発生した。
 その業者……僕のお気に入りでもあったのである。
 そこは儲けになるなら、危険思想だろうと世相批判だろうと、そして過激な艶本だろうと何でも取り扱ってくれる名店で、僕や雄二なんかは隠れてそこのお世話になっていた。以前はギリギリ合法なものを取り扱っていたんだけど……最近ちょっとやりすぎたみたいだ。摘発を受ける羽目になるとは。
 で……その際、顧客名簿から僕ら2人の名前が出てきたからさあ大変。
 玉座の間に呼び出され……雄二は出会いがしらに霧島さんにアイアンクローを食らって……二人並んで正座させられ、お説教されること2時間。
 更にその後、なんと部屋探しで僕らがこつこつと買いだめてきた、18禁小説や艶画集といった聖典達が愛紗の手により没収されてしまったのである。
 弁明してみるも、まさに馬耳東風。『聞くだけ無駄』とでも言いたげな愛紗のドライな対応に突っぱねられ、あえなく僕らの戦友は連れ去られていった。

 ……しかし……そんなことでへこたれるやつは男じゃない。
913 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 05:58:34.86 ID:1U/RiEmE0
文月学園Fクラスの行動力を甘く見てもらっちゃあ困る。返してもらえないんなら……実力行使で奪い返すまで!
 ……というわけで、冒頭に続く。
 すなわち僕らは……倉庫に封印され、焼却処分を待つ身である聖典達の脱却のため、警備部隊の包囲網を突破して倉庫に殴りこんで帰ってくるという特Aランクミッションに挑んでいるのだ……!!

                     ☆

 その頃、
 倉庫前、警備部隊本陣

「報告します関羽将軍! 敵部隊……吉井様、坂本様、土屋様は、第4部隊の追撃をかわして逃走! 第4部隊は全員が催涙弾をくらい、行動不能になったものと!」
「そうか、わかった。ご苦労、下がれ」
「はっ!」
 流石はご主人様……まさか、正規の警備部隊の1部隊をこうもたやすく……。なめてかかってはいけないようだな……。非戦闘系の方とはいえ、いざとなるとここまでの動きを披露するか……つくづく頭が下がる。
 ……動機が、艶本の脱却という邪(よこしま)な理由でなければ、素直に尊敬できたのだが……。
 ご主人様も殿方……お気持ちは察しないこともないが、節操というものを考えていなすぎる! 普通の艶本ならまだしも(正直個人的には嫌だが)、は、発売禁止となった内容の艶本にまで手を出して……部屋の隠し引き出しに、あのように何冊も……
 ……そ、そんなに女人の体に興味があるのなら、い、いつでも呼んでいただければ……私は……
「『……そ、そんなに女人の体に興味があるのなら、い、いつでも呼んでいただければ……私は……』といったところか?」
「っ!?」
 見ると、いつの間にか星が後ろに立ってにやにやと笑っていた。……っ、また下らん真似を……。というか、心を読むな!
「やれやれ……まあ、お主の気持ちも察するところだが、何もここまですることは無かろうに?」
「甘いな星。ご主人様のためを思えばこそのこれだ。絶対に再び、あれらの本をご主人様に帰してはならん。教育上よろしくない」
「全く……この堅物が」
 誰が堅物か。そもそも、お前はお前で奔放過ぎるのだ、星。
 有害図書というのは、読むことが害悪であるからこそ規制された書物であって、ゆえにその書物は人の目に触れるべきではない。いかにそれが艶本であって、いかにご主人様がそういうものに興味があるからと言って……例外はないのだ。
 ……決して……個人的に読んでほしくないなんていう私的な感情は……感情は……感情は……少ししかない!
 そういうわけで、今我々は、夜間警備部隊を総動員して、ご主人様以下3名を捕縛するために動いている。
 ただし、さすがにご主人様が『艶本目当てに倉庫を狙っている』などと兵達に言うわけにもいかないので、これは名目上『対工作員の抜き打ち夜間訓練』ということにしてある。こうすればご主人様の評判に差し支えることもなく、かつ『天の御使い自らが訓練に参加してくださっている』という光栄感のもと、兵達のやる気も上がるのだ。
 そして兵達を率いるのは……文月の将軍7名に軍師1名、そして……『天導衆』の3名。私と、星、翠、紫苑、霞、鈴々、華雄、朱里、それに島田殿、姫路殿、霧島殿だ。さすがに他国まで巻き込むわけにはいかないし、恋は起きなかった。白蓮殿は朱里以上の量の政務をこなして熟睡中。月と詠は一応まだ侍女であるし、どちらもわざわざ起こして巻き込むのは忍びない。
 玲殿は……何やら部屋にこもって繕いものをしていた。女物の服を作っている最中だったようだが……誰に着せるつもりなのだろうか?
 しかし、この人数がいれば十分だ! この11人の将の率いる布陣でもって、私は何としても、ご主人様の艶本奪回を阻止してみせよう!!
「して朱里! ご主人様が今後使ってくるであろう経路は?」
「はい。おそらく……正面は避けるはずです。使うとすれば……渡り廊下を使って忍びこむこの経路か、反対側の渡り廊下か、裏をかいて……この死角のあたりかと!」
「よし……総員配置につけ! この作戦……なんとしても成功させるぞ!」
「「「応っ!」」」
914 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 06:00:21.09 ID:1U/RiEmE0
この場にいる将軍全員の元気のいい返事が返ってくる。
 ちなみに、鈴々と華雄はここにはいない。理由は2つ。1つは……先鋒隊として部隊とともに捜索に当たらせているため。
 もう1つは……説明が面倒になりそうなので、兵達と同じ要領でだましたままで参加させているためだ。
 なにはともあれ……勝負です! ご主人様!

                      ☆

「それで……どう行く、雄二?」
「バカ正直に行くルートはおそらくふさがれてる。こことこことここ……ここもたぶん駄目だな」
 雄二の手で、城の見取り図に次々と×印がつけられていく。うーん……どんどん使えるルートが限られていっているぞ。厳しいなあ。
 しかし、朱里が向こう側にいる以上、このくらいの気構えで当たった方がいいのは事実だ。下手に甘い読みで行けば、手痛い一撃を食らいかねない。なんたって諸葛亮公明なんだもの。
 えっと、だとすると……僕らが使うべきルートは……
「ここを、こう……だな」
「…………過酷」
 雄二の指し示したルートを見て、ムッツリーニがポツリとつぶやく。
 確かに……並大抵のルートじゃないな。普通の奴なら、こんなルートは行きたくないだろう。警備の手が及びにくい分、僕らにも当然のごとく限界突破の努力を要求するルートだし。
 しかしそれがどうした? 僕らはもとより、大切な聖典のために命をかける覚悟でここに立っている。そんなもの知ったことか!
「……異論はないな? なら……これでいく。それと……どうやら、鈴々と華雄が先行して動いてるみたいだから……まずその2人を片付けるぞ。手筈通りに……いいな!」
「「おうよっ!」」

                      ☆

 その数分後、

「いたのだ! お兄ちゃん達……って、いたのは雄二お兄ちゃんだけ?」
「……っ! 鈴々か!」
 忍び足で歩いていた俺の目の前に、鈴々率いる部隊が姿を見せた。
 離れた位置でとはいえ鉢合わせする形となった。当然鈴々は大地を蹴り、兵達を従えてこちらを追ってくる。そして俺は……当然、逃げた。
「待つのだ雄二お兄ちゃーん! 鈴々が雄二お兄ちゃんを捕まえてやるのだー!」
「へっ、残念だな! 俺はそう簡単には捕まらねーよ!」
「むーっ! ぜーったいこの訓練、一番鈴々が活躍するって決めてるのだ! だから雄二お兄ちゃん、大人しく捕まるのだ!」
 そんなことを言いつつ、鈴々は蛇矛を振り回しながら追いかけてくる。
 訓練か……なるほど。大方愛紗の奴、俺達を追いまわす口実を『対工作員の訓練』とでも設定したんだろう。その方が何かと都合がいいからな。そして鈴々も……将軍にもかかわらず、本当の設定を知らされていないと。
 まあ……上策であるという点は否めないんだが。
 この分だと華雄もそうだな……と、ここで反対側の通路の向こうに何かが見えた。あれは……ムッツリーニか! ということは……
「くっ……待てえーい!」
 よし……向こうも華雄に追われてやがる! ここまでは作戦通り……すぐさま第二段階に移行だぜ!
(明久!)
(わかってるよ! ……えい!)
 と、次の瞬間、鈴々の後ろにいた部隊の兵達に……頭上から、大きな魚取り用の網が降ってきた。
「うわっ!? 何だ!?」
「あ……網!?」
「濡れてるぞコレ!? くっ、体にくっついて……しかも、しょっぱい!?」
 困惑する兵士達。

「にゃ、どうしたのだ、みんな!?」
「我々は大丈夫です、張飛将軍! どうぞお先に……」
「大丈夫じゃないんだな……これが」
 と、意地の悪そうなともに……明久はその網の端に、放電中のスタンガンを押しつけた。
 直後、
915 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 06:00:55.69 ID:1U/RiEmE0
バチチチチチチチチチッ!!

「「「ぎゃああああああああああ!!」」」
「にゃ!? み、みんな!?」
 塩水で濡れた網にスタンガンの電流が通電し、兵士たちを数万ボルトの高電圧が襲う。雷で撃たれたような衝撃とともに……兵士たちは全員気絶した。
 堂に入ったもんだな、対集団戦闘の対応法も。まあ……日々あのFクラスの連中と追いかけっこを演じてるし……今のやり方は本人いわく、前に異端審問会に追われた時にとったのと同じやり方らしいから……正直驚きはしないが。
 ともかく、これで鈴々の兵士たちは全滅。手筈通りなら……同じ手で、華雄の兵士たちも全滅させられているはずだ。
 明久の仕事はここまで……ここからは、俺とムッツリーニの仕事だ。
 走って走って2人を誘導し、ある部屋の大きな柱の近くにまで来る。そして、ここから……さあさあ、どうなるか……?

(にゃ……? 雄二お兄ちゃん……柱の陰に隠れたのだ?)
(土屋殿……? なぜ柱の陰に隠れる……?)

 鈴々は俺が逃げるのをやめ、柱の陰に隠れていると思っているらしい。実際には上手く身をひねって、その更に影の位置にある棚の裏に逃げ込んだのだが……それがわかっていないようだ。
 そして……柱をはさんで反対側で、ムッツリーニも同じようにして華雄をかわした。華雄もいま。鈴々と同じ状態のはずだ。
 何か考えでもあるのか、と勘繰って動けないでいる鈴々と華雄は……そーっと柱伝いに歩いていき……
 そして、

(! いたのだ、雄二お兄ちゃん!)
(やはり柱の陰にいたか……土屋殿! だがなぜ……?)

 四角い柱の反対側から、『お互いの』背中を見つけた鈴々と華雄は、それをそれぞれ俺とムッツリーニの背中だと思い込み……じわじわと近寄る。
 しかし、距離がつまらない。
 そりゃそうだ。一方が……例えば華雄が一歩進めば、その華雄の背中を俺の背中だと勘違いしている(暗いし、灯は前もって明久が消してある)鈴々は、『俺を』追うために一歩距離を詰める。
 そしてそれを受けて、小柄な鈴々の背中をムッツリーニのそれだと勘違いしている華雄も一歩踏み出す。
 そして鈴々がそれを追って、
 華雄も追って、
 鈴々、
 華雄、
 鈴々、
 華雄、
 ……とまあ、まるで自分のしっぽを追いかける犬のような要領で、2人は柱をはさんでループ状態に陥ったわけだ。はたから見ると、何と間抜けな光景だろう。
(上手くいったね、雄二)
(ああ……しばらくもつだろ。さっさとここを出るぞ、明久、ムッツリーニ。扉に鍵かけて閉じ込めておくのも忘れるな)
(…………愚問を)
 後々、気付いてしまった時のための『扉ロック』という2段構えの罠。これでしばらくこの2人の心配はしなくていい。
 第一関門……クリアだ。

                     ☆

「華雄と鈴々が行方不明だと!?」
「はっ! それと、どうやら吉井様達の計略により……華雄将軍・張飛将軍の両部隊はすでに全滅させられたようです!」
「……っ! そうか……下がれ」
 伝令兵を下がらせると、本陣には奇妙な緊張感が漂っていた。
 まさか……こうも早く、鈴々と華雄が、部隊ごとやられるとは思わなかった。
 鈴々も華雄も強い。私は何度も鍛練の時に手合わせをしているからわかる。仮に、百の敵兵を前にしたとしても……奴らなら蹴散らして見せるはずだ。
 それに、個人の戦闘能力だけでなく……兵達を率いる力も、我らほどではないとはいえ、持ち合わせている。まぎれもなく……この大陸で屈指の実力者。
 その2人が……こうも簡単に脱落するとは……。
「ほぉ……主たちもなかなかやりなさる。言っては悪いが、予想外だな」
「そ、そんなこと言ってる場合じゃないですよ星さん! ご主人様達……まさか鈴々ちゃんと華雄さんを倒しちゃうなんて……」
「あ、ああ……正直、完全に予想外だよな……」
 朱里と翠は、素直にご主人様の健闘ぶりに驚いている。逆に星や……霞や紫苑は、面白そうにしていた。
「ホンマやな〜……。てっきりご主人様達、鈴々や華雄ちんにあっさり捕まってまうんやろかとか思とったけど……なんや、個人戦でも意外とやるやん」
「そうね……一体どんな手を使ったのかしら?」
「どんな手かとかは分からないけど、アキをなめちゃダメ……って、わかったでしょ? 愛紗さん」
 と、本陣の微妙な空気を両断するのは……島田殿のセリフだ。
 後ろには神妙な面持ちの姫路殿、霧島殿が控え……いずれも、この事態に同様の一つも見せない。この3人……どうやらご主人様の底知れぬ実力の片鱗をかつて目にしていると見える。
「アキや坂本、土屋のこういう分野での実行力は、時として愛紗さん達以上なんだから、絶対に油断しちゃだめなの。愛紗さん達はまだまだわかってないわ」
「そうですね……明久君、こういうエッチなことには行動力すごいですから……それに坂本君も、すごく頭がいいですし……」
「……土屋も、こういう状況では油断できない人物の1人」
 一様の見解だ。
 なんと……ご主人様を始め、あの3人は本気を出すとそこまで違うのか……。
 改めて敬服する。天の世界では、その実力を生かしてさぞかし高尚な武勇を立てられていたことだろう……!
916 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 06:02:13.24 ID:1U/RiEmE0
「目的のためなら、躊躇なく学校の壁を破壊したり、命綱を使って屋上から降りて窓から侵入したり、学年の男子全体を巻き込んで女風呂の覗きに来たこととかもあったものね」
「直接学校を爆撃したり、女装して近づいて奇襲……なんてこともありましたね」
 聞かなければよかった。
 と、ともかく……ご主人様達の行動力が油断できないものだと言うことはわかった。だから……
「でも……あの時の明久君のメイド服……可愛かったですよね?」
「まあ、ね。嫌々着てたみたいだったけど……正直似合ってたわよね」
 ……少し気になるから困る。
 周りを見ると……他のほぼ全員が、視線を宙に泳がせていた。……どうやら、皆ご主人さまのメイド服姿(月たちが普段着ているアレだったはずだ)を想像して……まてまて! 今はそれよりも……そのご主人様を捕まえることだ! 女装についてはその後でじっくり……って違う違う!
「と、ともかくこちらも何らかの手を打たねばなるまい! 朱里!」
「は、はひ! わ、私は全然ありだと思います!」
「違う! ご主人様の女装の話ではない!」
「はわわっ、す、すみませ……あれ? 愛紗さん、何で私がそのことを考えてたって……」
 自分も考えていた……とは言えない。
「そ、そうですね、えーと……鈴々ちゃん達の部隊が撃破された地点、そして鈴々ちゃんと華雄さんの部隊の消息が途絶えた地点から考えると……」
 朱里の指がしばらく動き……地図上のある一点を指し示した。
「どう行くにせよ……恐らく、ここを通らずしては行けないはずです。翠さん! ここの防衛についてください! 他の皆さんは……敵の分散に備えて今まで通り見回りを!」
「「「応っ!!」」」

                      ☆

「敵は……どう来ると思う? 雄二」
「朱里のことだ……おそらくここに至るまでの俺達の通過経路は割れてるはず。そうなると……ここに誰かが張ってるとみて間違いないが……」
「…………今戻った」
「「ムッツリーニ!」」
 雄二と2人で軍議を行っていると、得意の隠密能力を生かして偵察に出ていたムッツリーニが帰ってきた。
「…………例の地点の防衛についてるのは……翠」
「翠か……」
 雄二が言うには、どのルートを通って目的地を目指すにしても、ここを通らなければならないという一点があるらしく……そしてそこの存在は恐らく朱里に割れているとのことだ。
 そしてそこに誰が構えるかがポイントだったんだけど……そこにいるのは、翠らしい。
 さて、その番人をどうクリアするか……翠が相手となると、前にもまして戦闘が手ごわいよなあ……。ムッツリーニの召喚獣にスタンガンを組み合わせれば何とかいけるかもしれないけど……偵察やら諜報やらで忙しいムッツリーニを縛るのは……。
「……よし、この手でいくか……」
 と、思ったら、何やら聞き逃しがたい一言をコイツがつぶやいた。何か策が!?
「ああ、ちょっと翠には悪いが……この手で行く」
 そう言って雄二の視線は……庭にある井戸に向いた。
 コイツが何をたくらんだのか、それを知るために……僕とムッツリーニは、雄二に耳を貸した。さて……あの錦馬超を向こう化できる作戦ってのは……どんなもんなのかな?

 ……この時僕らは、まだ知らなかった。
 その翠に……僕らの罠なんかをはるかに超えた、予想外の出来事が待ち受けていることに……。

数分後、

「くっ、くそ……こんな時に……で、でも今持ち場を離れたら……」
「申し上げます! 前方に人影を確認! 吉井様と思われます!」
「そうか! やっと来やがったな……坂本と土屋は?」
「いえ、いないようです。分散しているものと」
「そうか……まあいい、全員戦闘準備! この訓練、あたしらが一番手柄をあげるぞ! 気張って進め!」
「「「おおぉーっ!!」」」
「は……はやく終わらせないと……うう……」
 遠くの方でそんな声が聞こえたかと思うと……数秒置いて、翠の率いていると思わしき部隊が整列して進軍してくるのが見えた。
 その様子を柱の陰からうかがう僕は、じっと息をひそめてタイミングをうかがう。
917 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 06:03:00.20 ID:1U/RiEmE0
「全員油断するな! ご主人様は武では十人並みだが、策は全く予想がつかない! ましてや坂本と土屋が一緒だし……いざとなったら神通力だってあるぞ!」
「「「応っ!!」」」
 やれやれ……人をずいぶんと過大評価してくれちゃって……。
 けどまあ、それに準ずる働きはするつもりでいるけどね……!
「? 何だ……今何か踏まなかったか?」
「そうか? そういや何か……」
「これ……何だ? ……網?」
 敵部隊が予定の地点に差し掛かったところで、僕は……あらかじめ仕掛けておいたトラップを作動させた。
 やり方は簡単……僕が今手にしているこのカッターナイフで、僕のすぐ横に張ってある糸を斬るだけ……! よいしょっと!

 ブチ!

 その瞬間、

 ギュルッ! しゅるるるるるるる…………

「うわっ、何だ!?」
「足が……足元の網が……うわぁっ!」
 広範囲に張った網が、糸を切ったことによる仕掛けの作動で……具体的には、滑車の原理とおもりを使ったつるしあげ式トラップとして一気に持ち上がり、兵士たちを宙づりにする。さらに、隊の端っこにいたおかげでどうにかその難を逃れた兵士たちは……
「「「うわああああああ!?」」」
 もっと大きい網に時間差でからめ捕られ……そしてまたしても宙づり。
 これで動きは封じたけど……例によってもうひと押し。僕の目の前にある、このビチョビチョに濡れた網の端に……これまた例によってスタンガンを……

「「「ぎゃああああああああああああっ!!!」」」

 はい、脱落、と。
 これで……翠が率いてきた兵隊たちは全滅。この通路を守る者はいなくなった。
 ……ただ1人、

「あ、あっぶねーなー……なんて罠仕掛けてんだよ、ご主人様……」

 翠本人を……除いて。
「でも……残念だったなご主人様。どっちの網も……完璧にかわしたぜ?」
 突然のトラップと兵士たちの全滅に動揺していた翠だが、この状況(僕と翠、1対1)を見て次第に落ち着きを取り戻しつつある様子。
 まあ……小細工なしのバトルで負ける気はしない、ということだろう。広範囲殲滅型だった今のトラップから考えて……これ以上の罠はないと思っているのかも。
 こうなると手ごわいな……落ちついている翠は、いくらなんでも……
「さ、さっさと終わらせてもらうぞ。ご主人様!」
 ……?
 何だろう……そんなに『落ちついている』って感じでもないような……?
 まだトラップにビビってるとか……いや、考えにくいな。だったら、周りを警戒して余計に落ち着いているはずだし……。
「は、早く終わらせないと……れるん……だって……!」
 それに……何だろう? この、体のどこかがかゆくて仕方ないみたいな、もじもじしたよくわからない動きは……?
 ……よくわからない、けど……落ち着きがないならないで好都合だ。
「い、いくぞご主人様! さっさとあんたを捕まえて、あたしは……」
「待った翠。それ以上……こっちに来ない方がいい」
「何っ!?」
 ゆっくりとモーションをとって制した僕の動きに、翠が何事かと身構える。さっきの網の恐怖がフラッシュバックしているに違いない。
 その場を動かず、しかし空気は張り詰めさせて、翠は僕の次の言葉を待つ。
「まさか……また罠とか?」
「そのとおり……足元を見ろ!」
「足元……! これはっ!?」
 翠が今まさに踏み出そうとしている足元には……黒い石材の床に、水がたっぷりと満たされている光景が広がっていた。灯篭と松明の明かりだけがてらす広間に、けっこう不気味に見える。
「なんだ……こりゃ……? 床を水でぬらして……あたしをすっ転ばせようってのか?」
 少しビビって、しかし少し呆れたように翠が口にする。
「そう思う?」
「それなら無駄だぜ? 水で滑りやすいとはいえ……このくらいですっ転ぶほど、あたしは運動神経鈍くない! 悪いけど……無駄な策だったな!」
 そう言って、槍を構えなおす。
 自信と勢いを取り戻したところ悪いけど……
「……誰が、翠を転ばせるのが目的って言った?」
「…………へ?」
 翠、目が点。
918 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 06:04:21.97 ID:1U/RiEmE0
「どういうことだ? これは……水なんだろ?」
「水が床を濡らしてるとしても……それが翠を転ばせるためとは限らないだろう? もっと他の目的かも」
「他の……?」
「知ってる、翠? 水面ってさ……鏡になるんだよ」
「? まあ……明鏡止水、って言うくらいだしな。穏やかな水面なら」
「それで、そういう現象は……水底が黒かったりすると、より顕著に、より鮮明に起こってくれるんだってさ」
「それも聞いたことあるけど、それが何の関係が……………………っっっ!!?」
 お……気づいたようだな。翠。
 そうだ……今、僕が言った通り……今のこ部屋の床は――――黒い石材の床に水が張っているこの床は、さながら鏡。そして、床が鏡であるということは……
 一歩でも、翠が一歩でもこの濡れた床に踏み出せば……

「水面に映って翠の下着(パンツ)が丸見えになる!!」
「んなぁ――――――っ!!?」

 そう、これこそ我が策。
 気は強いのに人一倍恥ずかしがりやな翠だ。女の子として『可愛い』と褒められるだけでもテンパるのに、他の誰かに下着を見られるなんてことになれば……その恥ずかしさたるや計り知れない。
 翠は一歩踏み出して僕を追いかけることで、まさにそんな状態になってしまうのだ。
「う、う、う〜〜〜……!」
「さあどうしたの翠? 僕を捕まえるんでしょ?」
「ひ、卑怯だぞご主人様!」
「何とでもー」
 こんな状況では、翠、動けようはずが無い。結果……僕を見逃すしかないのだ。少なくとも……僕が見えなくなるまでは。
 ふふん……悪いけど、当分そこで待っててね、僕が行くまで。
 若干の罪悪感を何とか無視しつつ、悠々とその場を去ろうとすると……
「……んな……もの……」
 ……ん?

「こんなものぉ――――――――!!」

「い!?」
 なっ……翠、この『明鏡止水パンチラの陣』をものともせずに突っ込んできた!?
 あ、いや、ものとも……って感じでもないか。すっごく顔赤いし。
「構うもんかァッ! は、早くこの訓練を終わらせて、あたしは、あたしは―――っ!!」
 何だ!? 羞恥心以前に……何かが翠を突き動かしている!? 一体……あの恥ずかしがり屋の翠を何がここまで……?
 ……ってヤバい! このままだと僕捕まっちゃうよ! くそっ雄二、こんな欠陥策を……こうなったら走って逃げるしか……!
 と、思ったら

 つるん

「わあぁっ!?(すてんっ!!)」
 あ、こけた。ホントに。
 油を引いているわけでもないのに……翠が僕に接近する途中できれいにこけた。運動神経いいのに。
ばちゃん、と音を立てて、お尻から地面に着弾。あ、ちょっと痛そう。
 でも……翠がたかが水にぬれた床ごときでこけるなんて……どうしたんだろ?
 不審に思ってそこから動くのを忘れていると……
「うう……いたた………………っ!!」
 起き上がろうとしてうごめいた翠の表情が……突然変わった。え? 何だ?
 不思議に思う僕の目の前で、翠の表情からはみるみるうちに余裕がなくなって行き……
「ああ、もう……だめ……っくぅ…………」
「………………?」
 そして、


 しょわああああ〜〜〜っ………………


 ………………………………え?

 何だか……やけに気になる水音が、やけに気になる場所から聞こえてくる気が……?
 あの……翠……? もしかして…………
「〜〜〜〜〜〜………………」
 ダメだ、顔赤くしてうつむいちゃってる。
 どうやら図星……らしい。よっぽど我慢してたみたい……だなあ……。
919 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 06:05:22.41 ID:1U/RiEmE0
「えっと……翠?」
「…………ご主人様……」
「え?」
「このこと……誰にも…………頼むから…………」
「あ……うん、わかった……言わない……」
「…………絶対……だぞ……?」
 翠の周辺から漂ってくるお葬式みたいな空気。なんかもう……ここにいるのがいたたまれない。というか、一刻も早くここから……翠の目の前から消えた方がいい気がしてきた。その方がきっと、翠も……
「………………………………」
 うん、そうしよう。
 恥ずかしそうに真っ赤になって、目にいっぱいに涙をためて、震えながらうずくまっている翠から目をそらし……できる限り『何も見てません、気にしません』精神を前面に押し出しつつ、僕は歩き去る。

 まさか……翠、トイレ行きたいの我慢して布陣についてたとは…………。
 そして……我慢できなくなって、決壊するとは…………。それも、僕が見てる前で。
 なんというかこう……勝負に勝ったのに、なんか人としてしてはいけないことをしてしまったような気分になってる……。僕、別に何もしてないのに……。
 でも……なんか胸の中に広がる、この罪悪感。

 ……とりあえず……先に進もうかな……。

 微細動を除けば先ほどと同じ姿勢で微動だにしない翠を残し、僕は部屋を出た。

920 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 06:06:09.62 ID:1U/RiEmE0
洛陽・日常編
第140話 策と音速と動き出す大局
「そうか……翠までもが……」
 伝令からの訃報(戦略的な意味での)を受けて、私は眉間にしわが寄ったのを感じた。
 鈴々と華雄の回と同様、部隊ごと全滅。消息不明。どうやって撃破されたのかすらはっきり分かってはいない。
 これで……11人いた将も、残るは8人か……。そのうち武官は、私と星、霞、紫苑の4人……。これだけの将に兵がいれば敵軍小隊の1つ2つ壊滅できるほどのものだが……今となっては自信を持つにはあまりに頼りない。
 我々と同格の武将である鈴々と華雄、翠が既にやられているという現実は……それをありありと感じさせる。いよいよ……油断できんな。
「ん〜……もう兵も将も全員倉庫前に集めてもーて、一点集中で防御してもうた方がええんちゃう? どうせ最後はご主人様達、ここ来んねやろ?」
「それは危険ですね……。ご主人様達は一体どんな手段で攻撃してくるかわかりませんから……下手に兵と将をまとめると、相手方の手段いかんでは一網打尽で撃破されてしまう可能性も……」
 と、朱里。うむ……それは私も思う。
「ああ、それに、ここ以外の将と兵を全て取り払ってしまうと……その分ご主人様達に策をめぐらす余裕を与えてしまうことになる」
「確固撃破していくんが最上の策……っちゅうわけか……。でもその方策でいってて、もう放った4部隊中3部隊が壊滅してんねやろ?」
 確かに……鈴々、華雄、翠、星……この4隊を放って、今現在残っているのは星の部隊のみ……4人の中でも一番の冷静さと機転を持ち合わせている星に限ってとは思うが……やはり危険だ。
 とはいえ、ここに呼びもどすというのも……先ほどの朱里の進言通りの不安がある。どうしたものか……
と、
「……考えがある」
「「「!?」」」
 背後から厳かに聞こえた声は……霧島殿のそれだった。
 見ると、その後ろに……姫路殿と島田殿も立っている。
 ……何やら……ただならぬ威圧感を感じさせて……って、この御三方、普段このような威圧感を醸し出す方々だっただろうか……?
 なにやら闇を背負っていそうな印象をぬぐいきれない我々の視線を受けつつ、霧島殿は口を開く。
「……雄二は、多分……」

                      ☆

「そういえば、雄二」
「何だ、明久?」
「その……今更なんだけどさ?」
 道中、僕は忍び足で走りながら、雄二にちょっと気になっていた疑問を投げかけてみた。
「その……僕ら、エロほ……聖典を取り戻した後、どうすればいいんだろ?」
「取り戻した……後?」
 雄二は素っ頓狂な声で返すけど……コレ結構重要だ。
 聖典を取り戻すまではいい。いや、それが超大変なのはわかってるけども。
 問題はその後……僕らがそれを取り戻した後、元通りに僕らの部屋に隠したところで、また取り上げられるのがオチだ。かといってどこかに隠したりすれば、隠し場所を吐くまで美波と霧島さんの鉄拳制裁が続くだろうし……何とかしてその問題を解決しないと。
「それなら心配ない。スキャナを使ってムッツリーニに全てデータ化してもらって保存すればいい」
「…………任せろ」
 ああ、なるほど。それはいい考えだ。データ化してしまえば……たとえその後もう一度本そのものを没収されたところで、いつでも僕らは『閲覧』できる。必要なら、プリントしてもらって冊子にしたりすることもできるし。
 でも……霧島さんとかだと、容赦なくHDDの中まで調べてきそうだけど……。
「もともとそういう系統のデータがわんさか入ってるところだから大丈夫だろ。木を隠すなら森の中……ってことだ」
「…………1.5テラバイトのデータの中から、探せるものなら探してみろ」
 隠すのがとんでもない樹海なんだけどね。でもまあ、そうかも。
 というか、そんなとんでもない要領のデータをため込んでるのか君は? 1.5テラバイトって……据え置き型のHDDでも足りないんじゃなかろうか。
 ともかく、後顧の憂いはなし……ってことだ。
「じゃあ行くか……用意はいいな、お前ら」
「ああ……問題ないよ」
「…………いつでも」
「よし……じゃあ、行くぞ!」
 最終作戦……開始だ!
921 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 06:07:03.48 ID:1U/RiEmE0
「愛紗! 前方で動きや! 来よったで!」
「そうか……わかった! 全軍戦闘準備!」
「「「応っ!」」」
 艶本を保管してある大倉庫の前で、我々は布陣を敷いていた。遊軍に開放してある星を除いた、私、霞、紫苑の部隊が展開し、ご主人様達の部隊の到着を待っている。
 霧島殿の策に従い……この布陣をとった。秘策も授けてもらった。
 できることなら……その策に頼らず、ここで我らの手で決着をつけたい。なので、布陣と陣形は万全に整っているし、万が一突破された時に備え、倉庫の扉には頑丈な錠前を4つほどつけてあるが……安心はできん。
「はたしてどう来るか……予想がつかないわね」
 紫苑の言うとおり……と、私が戦慄した時、正面の太く黒い柱の陰で、何かが動いたような気がした。来たかっ!
 柱の陰に隠れて機会をうかがうか……はたまた、柱のほうに近づくことで罠が発動するのか……どちらかわからんが、油断はできんな……。
 様子をうかがいたいが、いかんせん柱が丸く太いせいで、その向こうの様子は全く何も見えない。うう……全く、視界を遮る邪魔な…………ん?

 …………気のせいか? 柱が……さっきより、太くなっているような気がああああああああああああ―――――――っ!?

「ちょ……あ、愛紗ちゃん!? あれって……」
「んなアホなぁ―――っ!?」
「ぜ……全員逃げろ! 柱が、柱が倒れてくるぞ!」
「「「おわぁーっ!?」」」

 ドガシャアアアアン!!!

 一瞬の後、
 ギリギリ兵士たちを巻き込まない角度で、さっきまで向こうに立っていた太い柱が……倉庫に向けて一直線に倒れ、二階の出窓の部分に斜めに突き刺さった。
 な、なんという真似を……ご主人様……って! これはまさか……
「今だ明久! ムッツリーニ!」
「了解!」
「…………いざ(バリィン!)」
「か、関羽将軍! 今、吉井様らしき人影が、倒れた柱の上を道代わりに伝って、窓から倉庫内部に侵入を……」
「くっ……やはり!」
 何という奇策……! ご主人様……柱を倒して我々を威嚇・牽制し、さらにその混乱の隙をついて、倒れた柱を侵入経路に倉庫に押し入るとは! なんと無茶苦茶な!
「我々も行くぞ霞! 紫苑!」
「無理や愛紗! 今ので瓦礫が降ってきて扉ん前に積もってもーて、あれ全部どかさんと鍵開けられへん!」
「なっ……! では、我々も柱伝いに窓から……」
「それもアカン! 柱の上から油がかけられとるみたいや。斜面になっとるし、つるつる滑ってもーてよー歩けへんわ!」
 く……次から次へと誤算が……これらすべてご主人様達の謀略か! 瓦礫を全部どけて鍵を開けるしか侵入方法が無い……!
 こうなったら……島田殿達の策に頼むしか……!

                       ☆

 その頃、倉庫の中。

「あった!」
 僕の目の前に『没収品』と書かれている箱が置いてあった。人が1人か2人入れそうな大きさの箱。まあ……僕ら3人のコレクションに、書店からの直接の没収品が合わさってるわけだし、このくらいにはなるのか。
 でもまあ、なにはともあれミッションコンプリートだ!
 やった……ついに……ついに僕らはここまで来たんだ! 引き離された聖典達よ……今助けてあげるからね!
 雄二とムッツリーニに急かされながら、僕はその、わが愛しの戦友たちが閉じ込められている箱のふた に手をかけた。
 さあ……いざ! 再会の時!
922 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 06:09:11.05 ID:1U/RiEmE0
かぱっ……

「ごたーいめーんぶほぉっ!?」

 バキィ!!

「「!?」」
 開けたとたんに……僕の顔面にキレのいいアッパーカットが入り……僕の体が宙に浮いた。……って、何で!?
 尻もちをつき、雄二達に助け起こされつつ、再び箱(開いてる)に目をやると……

「はぁーい、アキ……?」
「明久君、残念でしたね」
「……本物は、ここにはない」

「「「何ぃーっ!!?」」」
 箱の中から出てきたのは……見事に僕らの天敵たちだった。
 美波、姫路さん、霧島さん……3人とも、それだけで猛獣をも退散させられそうな凶悪な闘気をまとい、僕らの前に仁王立ちになっている。まさか……罠!?
「本のこと? 狙われるのがわかってるのに、こんな入ってきてすぐの所に置いておくわけないでしょ?」
「……本は全部、最深部に移送した」
 最深部だって!?
 そんな馬鹿な……け、計画が駄々狂いだ……。その最深部まで、僕らはさらに進まなきゃいけないのか……この3人の攻撃をかわしつつ!?
「さてアキ、一応聞くけど……降参する気、ない?」
 美波が指の骨をバキバキ鳴らしながら言ってくる。そういう体育会系のアクション……女の子が好んで見せる感じのそれじゃないと思う。
「降参……したら、許してくれるの?」
「そうね……今なら『10本』で許してあげるわ」
 世間一般でそれは『許す』って言わないと思う。
 というか何を? あの、まさかとは思うけど……指の骨とか、あばら骨とかじゃないよね? 髪の毛10本抜く……とかだったらまあ、お茶目かもだけど……ないんだろうな。そうなるとやっぱり……
「えっと……指? 肋骨? それとも……歯?」
「いいえ、神経よ」
「神経!?」
 ちょ……何する気!? 神経を何本どうのこうのって、僕の今までの人生で聞いたことない脅し文句だよ?
「安心しなさい。神経は神経でも、痛覚神経だから」
 そう言って美波は、その綺麗な手を、獲物を狙う猛禽類の爪のような形に構える。何する気!? 僕の体から痛覚神経を引きずり出して何する気!?
 前に読んだ格闘漫画で、相手の体内に指を突き刺して神経を斬るっていう技の使い手がいたのを思い出してしまい、僕の背筋がぞっと寒くなる。やばい……美波ならリアルで出来てしまいそうだ……。
 と、ともかく……
「雄二、ここはどうしたら……」

「ぐあああああっ! しょ、翔子……やめ……」
「……雄二、自重」
923 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 06:10:14.95 ID:1U/RiEmE0
しまった! 向こうでもすでに刑が執行されてる!
 唯一の望みはムッツリーニだけど……召喚獣を召喚して対抗しようとした刹那、同じように姫路さんが召喚獣を召喚したことにより、身動きが取れなくなっている。
 今、ムッツリーニが召喚獣を呼べば……出現した直後の身動きが取れない瞬間をねらって姫路さんの攻撃が飛んできて、一撃で葬られてしまうだろう……。くっ……。
 と、
「アキ! 覚悟!」
「おわっ!?」
 忘れてた! 僕の命……じゃなくて神経は美波に狙われてるんだった!
 相変わらずの速度で飛んできた美波の拳を、僕は呼び動作のうちに飛び退ることで何とか回避し……

 バァン!!

 はい!? 『バァン!!』!?
 ちょ……今の音って、物体が音速を超えた時に出るアレ……『衝撃波(ソニックブーム)』ってやつじゃ!? 美波!? 今君の拳、リアルなマッハパンチになって僕を襲わなかった!?
 たしかソニックブームって、強固な戦闘機の装甲も時として壊れるくらいの威力だったはず。にもかかわらず……美波の拳は赤くなってすらいないのが本気で怖い。あんなの食らったら怪我じゃすまないかも……!
 まずい……これは本当に……
 と、その時、

 ドカァン!

「よっしゃあ! 扉開いたで!」
「ご主人様! もう逃がしませんよ!」
「げっ! あ……愛紗!?」
 よりによってこのタイミングで扉が破られるなんて……!
 開け放たれた入口の扉から、愛紗と霞、紫苑に星、そして最悪なことに……どうやら戦線復帰したらしい鈴々と華雄までもがなだれ込んできた。こ、この場面で……!
 ちなみに、さすがに翠はいないみたいだけど……そんなのは毛の先ほどの慰めにもならない。
 雄二は動けない。ムッツリーニもだ。
 僕も……指一本でも動かせば、美波のマッハパンチの餌食になってしまうだろう。
 僕らは3人、相手は10人。しかも全員戦闘力がケタ違い。僕の頭では、この状況を脱却できるだけの策なんて思いつかない。
 もはや……これまでか……
 本能的に勝負を諦め、美波のマッハパンチ1秒間に何発くらい食らうんだろう……なんてどうしようもない興味が出てきてしまったその時、

「でぇやあぁ――――っ!!!」
「!!?」

 聞き覚えのある掛け声とともに、ふっと愛紗の頭上に影が差した。
「な……くっ!」

 ガギィン!

直後に振りおろされた刃を、愛紗は住んでの所で受け止める。な……何だ!?
 この場面での予想外にも程がある乱入者は一体どこの誰だろうと、僕らの視線が集中した先で、愛紗とつばぜり合いをしていたのは……
「春蘭!?」
「「「え!!?」」」
「ふっ……何て顔をしている、吉井!」
 まぎれもなく、魏武の大剣……夏候惇こと、春蘭だった。いつもと同じ獰猛な笑みを浮かべ……愛紗の青竜偃月刀を、自慢の剣で押し戻している。
 え!? いや……何で君がここに!? 何で愛紗と戦ってるの!?
「……っ! どういうことだ春蘭!? 貴様、なぜここに……」
「言っておくが……姉者だけではないぞ」
「!?」
 と、上階の窓の方を見てみると……そこには、春蘭と同じく完全武装で得物(弓矢)を構えている秋蘭が立っていた。そしてその真下では……
「とりゃとりゃとりゃあーっ!!」
「うりゃりゃりゃりゃあーっ!!」
 今度は鈴々と季衣が戦ってる!? 何で!? この状況一体何!?
 全員に共通のそれであろう疑問に答えてくれたのは……春蘭だった。
「吉井! 華琳さまの命により、助太刀いたす! お前はこのまま……手にするべき宝があるところへ走れ!」
 華琳が……僕達に援軍を!?
 一体何のために……
「それと! 華琳さまからこれを預かっている!」
「これって……」
 春蘭が渡して来たのは……小さな紙の切れ端。何だ? メモか?
 何が書いてあるのかと思って、開いて中を見てみると……

924 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 06:11:35.39 ID:1U/RiEmE0
『次の書物、上手く持ち出して私の部屋に届けてちょうだい     華琳』

 ああ……なるほど。
 どうやら華琳、摘発された有害図書の中に読みたい本があるらしい。それをこのままだと読めないから……僕らに協力する代わりに、リストにあげた本を一緒に持ち出して自分にも読ませろ……ってことか。ギブアンドテイクね。
 そういうことなら納得だ。つまり……春蘭たちは、この場では完全に僕らの味方だと!
「ありがとう春蘭! 行こう2人とも!」
「「おう!」」
 一瞬のすきを突いてアイアンクローと膠着状態から抜け出した雄二とムッツリーニとともに、僕は倉庫の奥へとつながる道を目指して走る。
「くっ……させないわよアキ……ってきゃあっ!?」
「吉井殿! 走れ!」
「秋蘭! ナイスアシスト!」
 秋蘭の援護射撃を受けて、僕らは美波たちを振り切り、奥へと走る。
 しかし……
「ふふっ……主よ! そう簡単には逃がしませんぞ!」
「くっ……星か!」
「ウチもおるでーっ!」
 さすがに……追っ手全員を止めることは無理だったらしい。
 星と霞、それに華雄が追って来てる。くっ……長くは逃げきれないぞ……! 最深部につくまで、間に合うか……!?
 と、その時、

 ちりーん……

 ……鈴の音?
 その瞬間、
「はぁああーっ!」
「なっ……!?」

 ガギギギィン!!

 突如として上空から思春が飛来し、3人の突進を止めた。……って、思春!?
「……無事か、吉井明久」
「思春……あ、ありがとう。でも……何で?」
 今度は呉の武官が味方してくれたよ……でも、例によって理由がわからない。思春からの説明を待っていると、その答えは……物陰から出てきた冥琳が答えてくれた。
「冥琳!」
「手短に言うぞ坂本。耳を貸せ」
 耳を? えっと……何だろう……って、雄二!? 僕じゃなくて?
「あ? 俺?」
「そうだ」
いぶかしがりながらも雄二が耳を貸すと、冥琳は、

(……噂に聞いたのだが……吉井の隠し撮り写真があるというのは本当か?)
(ああ……ムッツリーニの管理下だが、あるぞ? 欲しいのか?)
(蓮華さまがご所望だ。全種類1枚ずつでこの場、手を打とうと思うが)
(乗った!)

 何か知らないけど、雰囲気から察するに商談がまとまったらしい。首脳会談みたいなさわやかな笑顔で、雄二と冥琳が握手を交わしてる。
 つまりその……思春も味方だと!? これは助かる!
 ……助かるんだけど……何だろう? この釈然としない気持ち……なにか僕の知らないところで、僕のプライバシー的なものが色々と侵害されているような気がする。
 と、そこに更に、
 ゆらり、と暗がりから姿を見せたものがもう一人。何を隠そう……
925 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 06:12:44.75 ID:1U/RiEmE0
「「「恋!!?」」」
「………恋、ご主人様の味方」
 なんとなんと、天下無敵の呂奉先・恋までもが!! これでもう百人力だ!
「行け、吉井」
「ありがとう冥琳! 思春、恋も!」
「……ふん」
 思春が無愛想に返し、直後に星達との戦闘に入ったのを目の橋で確認してから、僕は雄二達とともに走りだした。
 みんなありがとう……みんなのその気持ち、僕は無駄にはしない!

                      ☆

 しない……はずだったのに……!

「バカな……!」

 みんなの助けを受けてたどり着いた、この最深部。そこに来て……僕と雄二とムッツリーニは、扉を開け放つと同時に愕然とした。
 そこには……押収した本なんて、一冊もなかったのだ。
「何で……? ここだよね、最深部って……?」
「! まさか、あいつら……!」
 雄二が何かを思いついたらしい。頭の上に電球がともった直後、
「追いついたわよ……!」
「「「!?」」」
 声に気付いて後ろを振り返ると……美波と姫路さんと霧島さん!? バカな!? 君達3人は、入り繰り付近のエリアで秋蘭たちが足止めしてるはすじゃあ!?
 第一、仮にそこを抜けたとしても……恋や思春が暴れているエリアを通って、ここまでこんなに早く来れるなんて、そんなことあるわけが……
 と、ここで僕は、その3人の背後に奇妙なものを見つけた。
 3人の後ろの壁が……綺麗な円形に切り取られ、外の景色が見えていた……ってもしかしてこれ、姫路さんの熱線で!? まさか君達、一旦外に出て……壁壊して直接ここに侵入してきたの!? 何て無茶なまねを!
「いや、柱を倒して侵入した明久君が言えることではないんじゃないかと……」
 何それ忘れました。
「んなことはどうでもいい! お前ら……最初からこの倉庫に本を隠してなかったな!?」
「「何ぃ!?」」
 しまった……その可能性を考えてなかった……。僕らが『倉庫に』来ると踏んでれば、当然、隠し場所を変える……ってのも最も有効な手段だったっけ……。
 くっ……そうなると、今度はその隠し場所の捜索から始めないと……ってその前にこの状況何とかしなくちゃ! 追手3人からどうにか逃げないと!
「雄二! 何か策……」

 ギャドッッッ!!

「……………………え?」
 聞いたことのない効果音とともに……雄二の声が聞こえなくなった。
「……雄二、だから、自重」
 霧島さん……あなた一体今、何した……?
 そして……ここで僕は知る。今の僕に、本の……そして他人の心配など……している余裕はなかったということに。
「さて……辞世の句は詠めたかしら……ア・キ?」
 美波のポニーテールが天を衝く角に見えたこの段階で初めて……ね。
 ……美波、いつの間に君、『辞世の句』なんて日本的かつ局所的な表現を使いこなせるようになったてたんだ……?
 そんなことをふと思い浮かべて……次の瞬間、

 バババババァン!!

 美波の超音速の拳が放たれたと認識する前に、僕の意識は無くなっていた。

926 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 06:13:47.55 ID:1U/RiEmE0
「全くもう……何回こういう目にあってもこりないんだから……」
「まあ……男の子として女の子に興味をちゃんと持ってるっていうことはわかるから、そう言う意味ではちょっと安心できますけどね……」
「ああ、まあ……それは……ね。坂本とのうわさもあるし……」
「……世の中には、両刀(バイ)というものがある」
「こ、怖いこと言わないで、霧島さん……シャレにならないから……」
「ところで……ここに収納してあった本、どこかに移動したんでしょうか?」
「ん〜……みたいね。まあ、いい作戦だったんじゃない? どこかは……聞いてないけど」
「……私も聞いてない」
「私もです」
「ま……後で朱里ちゃんにでも聞きましょ? どうせ処分する本だし」

 ☆

 やれやれ……我ながら、やることがあくどいな。
「上手くいったわね、趙子龍。さすがだわ」
 城のとある一室において、今夜、私と共に裏で動いていた黒幕……曹猛徳は、戦利品を手に微笑を浮かべた。無論、私もだが。
 何、どういう意味か? それは……我らが見下ろしている、この『押収品』と書かれた箱の中身を見ればわかることだ。
 無論、その中身は……本屋から押収した、『有害図書指定』の本の数々。そして……主たちが取り上げられた、艶本をはじめとする没収品の数々だ。
 つまりこうだ。倉庫最深部に運び込まれたこれらの品々、私と曹操殿は、主が起こした騒ぎを上手くおとりに使い、こっそり裏口から、愛紗たちはもちろん、主たちにも気付かれんように運び出していたのだ。
 裏口の鍵? ああ……倉庫の鍵を管理しているのは、朱里と紫苑、それに曹操殿だからな。当然、鍵の心配などいらなかったぞ?
 結果、我らは主たちと愛紗たち、両方を出し抜いてこれらの確保に成功した……というわけだ。
「有害図書とはいえ、書いてある内容は良書であるのは確かなのよ。それを、一読もせずに燃やしてしまうなんて……損失以外の何物でもないわ」
「ふむ、なるほど……覇王らしいお言葉だ。見習いたいものだな」
「あら、あなたは違うのかしら、趙子龍?」
 意外そうにしつつ、笑みを浮かべたままで曹操どのは尋ねる。
「まあ、少しは自分で読んでみたいという気持ちもあるが……主に、主のためか」
「明久の……? ……ああ、没収されたらしいわね、色々と」
「まあ、そういうことだ。何やらどこぞの堅物がおせっかいをしたようだが……私としては、主に何を読んでもらおうと構わんのでな。むしろそのほうが、大人の男として一皮むけるのが速そうで楽しみだ」
「主を思うよい心がけね。じゃあ……一足先に、私達はこの戦利品を堪能させていただきましょうか」
「うむ。主たちに本を返すのは……我々が読んだあとで十分だろう。そのくらいの権利は我々にあってしかるべきだ」

                     ☆

「全く……少しは節操というものを考えていただかなければ困ります」
「はい……すいません……」
 昨夜から顔を合わせるたびに飛んで来る愛紗のお説教。それは……一夜明けてここに至った警邏でも続いてたり。
 そして……この警邏に当たって、僕の気分を更に害している者がもうひとつ……。
「まあまあ愛紗ちゃん。仕方ないじゃない? ご主人様だって、立派な年頃の男の子なんだもの」
 ……フォローが入ってるのに気分が乗らないってのは初めての経験だ。
 僕の隣を歩くこの筋肉、タイミング見計らってたかのように城門の前で遭遇した。いや、案外……ホントにそうだった可能性も……。ぼ、僕一人で出てこなくてよかった……。
「しかしだな貂蝉、いかに本能的に仕方ないとはいえ、ご主人様はこの大陸全土を治めるお方だ。もう少し威厳というものを持っていただかないことには……」
 ……何だか獣か何かみたいな言われ方。
 そりゃまあ、エサ次第では獣にでも何にでもなれるくらいの気概は持ってるつもりではあるけどさ……って、こんなこと言ったらまたお小言が追加されるからやめとこ。
「そんなこと言って、愛紗ちゃんは素直じゃないんだから」
「なっ……どういう意味だ?」
 と、貂蝉は愛紗の耳元で、僕に聞こえないようにだろうか、小声で何事か話した。
「愛紗ちゃんが今やるべきなのは……ご主人様の興味の対象を、どうやって艶本から自分自身に動かすか……っていうことを考えることなんじゃない? ってことよ」
「なっ……ば、バカなことを言うな! そんな軟弱な……邪推はやめろ!」
「あらら、邪推だなんて失礼ね、女心を悟るに、私ほど敏感な女もいないでしょうに」
 セリフにとんでもない文法ミスがあるけど、まあ……残念なことに、その点に関してはコイツの言うことは正しい。意外なことに……コイツ、恐ろしく女心に敏感なんだこれが。
 前も、蓮華や小蓮にぴったり似合った服を選んであげてたし……伊達にそういうキャラやってるわけじゃない……ってことか。
 人は見かけによらないと言うか……ホント……こいつ、何者なんだろ。
927 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 06:15:43.26 ID:1U/RiEmE0
「全くもう……ご主人様もご主人様です! ともかく、もっと節度ある行動を心がけてください!」
「はい……」
 何だかとばっちりくさいけど、ここはまあ……素直に謝っておこう。間が悪い。
「全く……それだから、城内で軟弱な噂を立てられることになるのです」
「? 噂?」
「ええ……ご存じありませんか? 何でも……ご主人様が誰を正妻に迎えるつもりなのかという……」
 ああ……そういえば、いつだったか、詠の仕事場について行った時にそんな噂を聞いたことがある。たしか……愛紗、星、翠、朱里、紫苑、美波、姫路さん、恋、華琳、蓮華と噂にされてたんだっけ……うう、思い出したら若干恥ずかしくなってきた……。
 そういえば、あの噂聞いてから結構経つな……何か、進展とかしたんだろうか?
 まあ、どうせ全部根も葉もないでたらめなんだけど……話題にはなりそうだし、聞いてみても……
「現在、噂の中で急先鋒とされているのは……坂本殿だそうです」
 ショックで心がバラバラになりそうだ。
 何で!? 何で雄二!? 何で愛紗とか姫路さんとかじゃなくて、よりにも寄って雄二の名前が一番に出てくるの!? 神様はそんなに僕のことが嫌いなのか!?
 元の世界にいたころ、学校新聞で『同性愛が似合いそうな男子ランキングbP』に輝いてしまった時の記憶がフラッシュバック。畜生……また涙が……。
「で……本当なのですか?」
「なわけないでしょ! 僕は普通に女の子が好きなんだから!」
「あら残念ね、ご主人様にそう言う趣味があるなら、私にも有利かと思ったのに」
 黙ってろボストロール!!
「そういえば……噂っていえば、私もこんなことを聞いたんだけど……」
 と、おもむろに貂蝉が中空に目を流しながらそんなことを言い出した。……え? 何?
 何か嫌な予感がするんだけど……まさか、またそういう系統の噂じゃ……い、嫌だよ!? ムッツリーニとかと噂にされるのは……いや、まあ雄二に比べればマシだけど……。

「ご主人様、『アキちゃん』って知ってる?」

 ジャブかストレートに備えていたらサブマシンガンを取り出された時のような衝撃が僕の頭を打ちのめした。
「『アキちゃん』? 貂蝉、何だそれは?」
「なんか今、巷でちょっと話題になってる可愛い女の子なのよ。知る人ぞ知る……って感じなんだけど、一部ではすごく人気があってね。絵とかが売られてたりするの」
「ほう……」
「それで、その女の子……どうも、ご主人様に似てるらしいのよね」
 もうやだ……聞きたくない……!
 学園祭、試召戦争、コンテスト……ことあるごとに恥ずかしい思いをした挙句、隠れアイドルにまでされてしまった苦悩の記憶が、そして、学校新聞で『女装が似合いそうな男子ランキングbP』に輝いてしまった時の記憶がフラッシュバック。
 うう……何だってこの世界に来てまで……?
 ……まてよ……? 僕はこの世界に来てから、女装なんてしてないはずなのに……考えられる可能性としては、また姉さんが僕が寝ている間に……ってことと(あんまり考えたくないなあ……)、
 それともう1つは……

「何だか不定期に、『ムッツリ商会』っていうところで売ってるらしいんだけど……」
 割と本気で人に殺意を抱いた。
 あのエロの伝道師め……こんな所まで来て僕をおとしめるつもりか……! 商売するのは別にかまわないし、何を隠そう僕も常日頃からお世話になってたりするけど、よりにもよって僕を……!!
 とにかく……何とかして噂を払拭しないと……。
「はあ……」
「全く……常日頃から節操というものがないからこういう噂がたつのです!」
「うう……微妙に反論できない……」
 そりゃまあ……昨日はあんなさら議起こして悪かったとはちょっとは思うけどさ……なにもこんな手ひどい仕打ちってないじゃない!?
 噂の払拭……ホントに急がないとなあ……。僕の名誉の回復がまだ間に合ううちに……。
 男と噂にされたり……女装写真が流通したり……発売禁止の艶本に手を出してたくらいの罪の罰にしちゃ、重すぎるって……割と僕の心に一生ものの傷が……。
「ああもう……死んじゃいたい……」
「全く……」
「うふふっ、世間様の逆風に負けちゃだめよ、ご主人様♪」
 愛紗の呆れた声と、貂蝉のからかうような声に更に落ち込みながら、僕が今日何十回目かのため息をついていた……

 …………その時、



「だったら今すぐ殺してやろうか?」

928 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 06:17:05.49 ID:1U/RiEmE0
………………ん?
 何だか物騒な声が、僕らの背後から響き渡った。え? 何? 誰?
 突如として聞こえた声に、愛紗が一瞬で呆れ気味のそれから武官のそれにまとう空気をシフトし、僕に先駆けて振り向いた。
「誰だっ!?」
「ふん、誰か……か。そこのお前の主にでも聞いてみろ」
 え? 僕?
 何で僕に……っていうかアレ? この声……どっかで聞いたことあるような……
 引っかかりを感じながらも、声の主が誰かを確認するため、後ろを振り向くと、
 そこにいたのは……


「―――――――――っ!!!」


「よぉ……吉井。俺の顔……覚えてるよな?」


 いつか……市街地で割とホントに殺されそうになった記憶が脳裏をよぎる。
 誰が忘れるもんか。あの時、洛陽で、本気で僕を殺そうとしたそのスマシ面を!
 お前……あの時の蹴り野郎!! 何でここに!?
929 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 06:18:02.37 ID:1U/RiEmE0
白装束・外史総括編
第141話 蹴りとBLと急展開

 覚えてるかだって? 何言ってんだか、忘れろっていう方が無理だ。
 何てったって……自分を殺そうとした相手だぞ!

「久しぶりだな……本当に。洛陽で会って以来か」

 そう……忘れもしない。月や詠と出会ったあの洛陽で……白装束の軍団の包囲網をどうにか突破した僕の前に現れ、僕を殺そうとした男だ。
 ムッツリーニが束ねる諜報部隊があの時からずっと動いているにもかかわらず、身元や身辺情報どころか、未だ所在すらつかめなかった謎の敵。なんだか得体のしれないところもあるし……普通に調べてたんじゃ永久に見つからないのかも、何て思ってた矢先のことだ。
 そいつが……どういうわけか、ご丁寧にも、今僕の目の前にいる。
 そして、その理由なんてのは……考えるまでもない。洛陽の時と同じだろう。
 白装束の連中の、そしてこの白髪の少年の目的は……僕ら『天導衆』の命だ。そのために、魏を、呉を巻き込み、大陸に多大な動乱を起こした。しかしどういうわけか、自分で直接僕を狙うことはしなかったコイツら。
 そう、この少年……………………


 ……………………ん?


「洛陽だと……? 貴様何者だ!?」
「貴様は黙っていろ、関羽。さて……吉井、俺がここに来た用件だが……言わなくてもわかるな?」
「わからいでか! …………………………」

 ………………あれ?

 そこで少年に啖呵を斬ろうとした僕は、ちょっとした欠落個所に気付いた。えーっと、コイツ……


(こいつ………………名前なんだっけ?)


 あれ? 確か何か、名乗ってたような……うん、そう、最後の最後に名乗ってたんだよ。捨て台詞っぽく。で……何だっけな……。
 ……ダメだ、思い出せない。
 ああでもどうしよう、思わずノリと勢いで『覚えてる』みたいなスタンスで話しちゃったし……いやまあ、でもほら、顔はわかるけど名前は出てこないってよくあるし、正直にいえば…………
 ……怒られるだろうな……。なんたってもともと殺しに来てるんだし。
 そんな僕の精神世界での葛藤を知る由もない少年は、
「あの時からずっと、お前を[ピーーー]ことだけを考えてきた……」
 ……神妙な語り口に対して申し訳なさでいっぱいだ。
「[ピーーー]だと!? 貴様、さてはご主人様の話にあった……」
「そういうことだ。さて……覚悟はいいか吉井明久」
 やば、話振られた。
 えっと……とにかく、何とかごまかして、コイツが自分から名乗ってくれるのを……
「は……はははっ、殺したがってた割に、ずいぶんと遅かったね。カップラーメンが伸びちゃうじゃないか」
「……何だその変な言い回しは?」
 すごいさげすんだ感じの目でこっちを見られた。
「は……バカだとまともな言語表現も使えないらしいな」
 少年A、そう言ってため息一つ。いまのパニクった言い方、バカを理由に納得してくれたらしいけど……よかったのとみじめなのとが入り混じって僕の心中は複雑です。
「ご主人様、この者は敵なのですね?」
「え? あ、うん、そうだよ愛紗、彼は敵だ」
「ふん……まあいい。いい加減に死んでもらうぞ吉井。関羽、邪魔するならお前も[ピーーー]」
「やれるものならやってみろ下郎。この関雲長……貴様ごときに後れは取らん!」
「そうだ謎の少年! 愛紗はお前なんかに……」
 と、ここで少年A、いい加減に違和感に気付いたらしい。
 眉間にしわを寄せ、いままで張り詰めさせていた殺気を一旦緩める。
「……おい、吉井……」
「!? な、何かな、少年」

「お前……俺の名前……忘れてないだろうな?」

930 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 06:19:31.03 ID:1U/RiEmE0
「……………………………………………………オボエテルヨ」
「何でカタコトだ貴様。というか今の不自然な間は何だ。というか目をそらすな」
「気のせい気のせい。変身アニメの美少女戦士が普段の姿とよく似てて勘違いされそうになるくらい気のせいだよ」
「それはむしろ正解の例だろ」
 いかん、だんだん彼の目がさらに機嫌の悪そうなものに。
「……言ってみろ」
「……………………」
「覚えてるんなら言えるだろ? さっさと俺の名を言え吉井」
「…………………………」
 ますます増す彼の懐疑心。
 そしてそれに触発されてか……何やら愛紗も怪しそうな目で僕を見る始末。……どうしよう……一刻も早くコイツに名乗らせないと……そうだ! この手があった!
「…………………………言え」
「……………………僕の名前は吉井明久だ!」
「名乗らんぞ! お前が先に名乗ったからといって俺は名乗らんぞ別に! というか貴様、完ッ全に俺の名前忘れただろ!!」
「なっ、何て失礼な奴なんだ! 『人に名前を尋ねるときにはまず自分から名乗る』っていう言葉を知らないのか!」
「その言葉はそういう用法で使うもんじゃねえだろ! というか人の名前を忘れるような奴に礼儀を云々言われる筋合いはねえぞ!」
「忘れたんじゃない! 思い出せないだけだ!」
「それを忘れたって言うんだよバカ!! つかお前、普通忘れるか俺を!? 自分を殺そうとした男だぞ仮にも!」
 先ほどまでとは違う種類の怒りを僕にぶつけてくる少年。
 その……正直忘れてました。ごめん。
 いや、だってほら……名乗ったの一番最後にちらっとだったし……その後すぐにこの筋肉ダルマに会って超ド級のインパクト受けちゃったし……そりゃ記憶飛ぶって。
 ともかく、今ので怒り3割増しになった彼は、頭痛をこらえるように眉間を2本指で押さえつつ、
「く……話をしていることすら無駄だったとはな……お前を侮っていたよ、吉井」
 何て返せばいいんだろう。何を言っても呆れられる気がする。
「もう何も言うまい! 言っても疲れるだけだからな! [ピーーー]!」
「会話自体が疲れると言うことに否定はしないが、ご主人様は殺させん!」
 なんかひどい前置きと同時に愛紗が得物を構える。同時に少年は凄まじい速さで前に飛び、あの時と同じ必殺の蹴りを放とうとする。

 と、その瞬間、

「よいしょっと!」

 ガギィイン!!


「「「!!?」」」
 何者かが愛紗と少年の前に飛びだし……その行く手を阻んだ。
 視界を遮るほどの巨体を持つその『誰か』は……え!? まさかっ!
「くっ……邪魔するな! 貂蝉!」
「貂蝉!?」
 そう……貂蝉だった。
 その強靭な肉体でもって、あろうことか蹴りで蹴りを止めるという荒業を僕の前で展開している。すごっ……やっぱコイツ企画外だな……。
 ま、まあ助けてくれたみたいだし……別に気にしないけど……
 と、思った直後、非常に気にしないわけにはいかない会話が展開された。

「くっ……貴様……あくまでこの世界を肯定しようというのか、この裏切り者め!!」
931 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 06:21:29.80 ID:1U/RiEmE0
 ………………は!?

 ちょ、今何て言ったこの少年A!? 貂蝉に……『裏切り者』!? それってつまり……
「裏切り……!? 貂蝉貴様、こ奴の仲間だったのか!?」
 当然の疑問。僕も抱いていたそれを、愛紗が聞いてくれた。
 しかし当の貂蝉は悪びれる様子もなく、目配せだけをこっちによこしてこう返す。
「いいえ違うわよ愛紗ちゃん。私はご主人様のみ・か・た。だからこうしてご主人様を守ってるでしょ?」
「し、しかし今こ奴は……」
「話は後よ。今はとにかく、左慈ちゃんをとめないとね」
 あ、そうそう、左慈だった左慈、名前。貂蝉サンキュー。
 その……左慈と貂蝉は、互いに蹴りの構えを解くと、しかし緊張感は保ったままで向き直る。
 貂蝉は僕と愛紗をかばう形で立ってくれている。いつもは散々言ってるし、さっきの言葉の疑惑もあるけど……正直、何か頼もしい。
 ……と、そんなことには構わず、左慈は……何やら楽屋ネタと思しき、僕らには理解できない単語が満載の会話を始めた。

「なぜだ……なぜだ貂蝉! 貴様も俺と同じ、作られた存在だろう! なぜこんなハリボテの世界を……意味のない外史などを許容する!?」
「意味のないなんて寂しいこと言うじゃない左慈ちゃん。でもね……例えそうでも、この世界は既に1つの物語として存在しているのよ? それを今更否定して何になるの?」
「貴様こそ! 肯定して何になる!? こんな世界……あっても何の意味もあるまい!」
「意味がなければ最初から誕生などしないわ。この世界の存在によって、正史に存在するいくつかのコミュニティにとって、正史が更に豊かで有意義な世界になるじゃない。正史ただ1つの無機質な世界なんて、つまらないだけよ」
「そのために……俺達には人柱になれというのか! 延々と繰り返す世界で、世界の保持のために働けと!?」
「あら、『作られた存在』である私達にとって、それは別に苦痛でも何でもないんじゃないかしら? 私たちがきちんと仕事をすれば、それを喜んでくれる人間がいるもの」
「あいにく……お前の考えは俺にはわからんな。俺にはただ、この世界を破壊することしか思い浮かばん。1つのファクタによって身勝手にも創造されてしまったこの世界をな。俺と于吉にとって……それが最上の策だ」
「寂しい考えね」
「…………ふん」

 ……何だ? さっきから……わけのわからない単語がすごく連続して出てくる。左慈はともかく、貂蝉まで、なんか凄そうな感じ……
 それにさっきから、当然のように2人とも『ファクタ』だの『コミュニティ』だのって横文字を使ってる……何で!? 華琳じゃあるまいし……貂蝉が英単語の勉強をしてるなんて聞いたことないぞ!?
 一体……コレ、何が起こってるんだ!?
「……ふん、命拾いしたな、吉井」
「!?」
 と、悔しそうな表情で左慈は僕に背を向けた。……っておい! ちょ……待て!
「貴様、逃げる気か!?」
「[ピーーー]気が失せた。貴様も命拾いしたな関羽」
「何ッ!?」
 愛紗はさっきから烈火のごとき怒りのオーラで左慈を威嚇しているが、左慈はビビる様子のかけらも見せない。……隣にいる僕は凄まじくビビってるってのに。
「次に会う時まで……せいぜい死なないように気をつけることだ」
「あ、待てよ!」
「……ふん」
 僕の制止に構わず、左慈はその場を去ろうとする。おい待てって! お前にはまだ聞かなきゃいけないことが山ほどあるんだ!

「待てこらこのバカ!」
「…………(すたすた)」
「スマシ顔!」
「…………(すたすた)」

何とか振り向かせようとするも、一向に挑発には乗ってくれない。くっ……冷徹ってのはこういう奴のことを言うんだな。春蘭とはまさに対極に位置してる感じだ。

「バカ! ドジ! マヌケ! 中途半端イケメン! 若白髪! 天津飯! シンクー!」
「…………(すたすたすたすた……)」

「BL野郎!!」
932 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 06:22:33.11 ID:1U/RiEmE0
「………………………………………………(ピタッ)」


 ……あれ? 止まった。

「………………俺は違う俺は違う俺は違う俺は違う俺は違う俺は違う俺は違う俺は違う俺は違う俺は違う俺は違う俺は違う俺は違う俺は違う俺は違う…………」

 何だろう、立ち止まったと思ったら、読経みたいな感じで何事かブツブツつぶやいてるんですけど……。
 というか…………『BL』で立ち止まるって、何?
 隣にいる愛紗も、なぜか妙な変わりようを見せた左慈に疑念の籠った視線を送る。と、その左慈が何か他のアクションをするのを待たずに貂蝉が、
「あらぁ、BLだなんて魅力的な響きねえ。さすがのあなたも反応しちゃうかしら、左慈ちゃん?」
「…………戯言を抜かすな、この筋肉が……!」
 左慈の声が明らかにさっきと違う。何だろう、この地獄の底から響いてくるような凄いドスの利いた、心底嫌そうな感じの声は。
「そんなに毛嫌いしなくてもいいじゃない、ねえご主人様?」
「え?」
 何で僕?
「BLだって立派な愛の形よ。ご主人様にはほらぁ、雄二ちゃんっていう人がいるんだからわかるで……」
「わかるか!」
 誰があんな奴と! ていうかそこはついさっき否定したばっかりだろ!
 というかBLって話題を平然と僕に振るな! マジで僕そう言うのには興味ないし、向こうの世界でもそういう扱いだったから軽くトラウマになってるんだってば!
「もぉ……ご主人様も左慈ちゃんも閉殻的ねん。なんなら私が特別に、その道の素晴らしさについて教えてあげてもいいんだけど……」
「「断る!」」
 ハモった。
「誰がそんなもの聞くか! しかもお前に! 耳が腐る!」
「そうだこのイカレハゲ! うだうだ言ってると吉井より先にお前を[ピーーー]ぞ!」
 どうしてここで左慈と共同戦線を張れてるんだろう?
 ともかく……これ以上こんな話を続けても疲れるだけだし、早々に切り上げたいんだけど……ていうかそもそもどこでこんなBL話題が盛り上がったんだっけ?

「もう、そんな邪険に言って……左慈ちゃんってば、于吉ちゃん(♂)が悲しむわよ?」

「「…………………………」」

「誰があのバカのことを……ちょ、待て吉井! 関羽も、引くな! 誤解したまま目をそらすな! 俺にそっちの気はない!」
 …………なんか、触れてはいけない一面に首を突っ込んでしまったんだろうか、僕は。
 愛紗と一緒に、必死で左慈から目をそらし、極力見ないようにする。僕らの気分はもとより……彼自身のために。
「誤解だっつってんだろ! じゃあ聞くが、貴様は坂本とそういう関係か!?」
「バカ言うな!」
 誰があんなむさくるしいブサイクと!?
「そうだろう! 俺も同じだ! お前ならわかるはずだ!」
「そうかわかった! 変に誤解して悪かった! ごめん!」
「わかればいいんだ!」

 ガシィッ!!

 ……あれ? 何で僕ら握手してるの?
933 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 06:23:03.73 ID:1U/RiEmE0
「「……………………」」

 ……さっきまで散々言い争ってた手前気まずいので、お互いゆっくりと手を離して後退する。
 そして、
「……今日の所はこれで帰る! 次会った時は覚えてろ!」
「そっちこそ覚えてろ! 僕は負けないぞ!」
 何事もなかったかのように締める。打ち合わせもしてないのにこの呼吸の合った感じは何なんだろうか。まあ……いいけど。
「あ! 待て!」
 愛紗がはっとして叫んだときには、左慈の姿は裏路地に消えていた。すぐさま愛紗はその後を追って走って行ったけど……多分、追いつくのは無理だろう。
 ……というかここで追いつかれても何か困る気がする。展開的に。

 …………それよりも、今は……

「………………貂蝉?」
「わかってるわよご主人様。話を聞きたいんでしょう?」
 気のせいか、いつもよりは真面目そうな雰囲気で言ってきたように聞こえた。もっとも……仕草や面構えはいつもと変わらないけど。
 が、今はそんなことはどうでもいい。
 今まさに僕らの目の前で繰り広げられた、不可思議極まりない会話と、初めて耳にする……おそらく、この世界の固有言語というわけでもないんであろう妙な単語。
 そして……『世界』がどうのこうのって……おまけに、左慈と知り合いだったみたいだし……。これはいくらなんでも、見過ごすわけにはいかないだろう。時期に戻ってくるであろう愛紗も、同じことを考えているはずだ。
 そして貂蝉は、いつもみたいにはぐらかす感じは今回は見せず、笑顔だけはいつもどおり(ブサイク)に微笑んだ。
「そうね……そろそろこの物語も終盤……。ご主人様達にも話しておかないとね」
「何を?」
「それも含めて全部、みんなの前で話すわ。だから一度、お城に行ってもいいかしら? 愛紗ちゃんだけでなく……鈴々ちゃん達や雄二ちゃん達、それに蓮華ちゃん達も呼んでもらわないとね……」
「わかった……みんな集めるよ。そこで話して」
 理由とか、詳しく聞くことはしなかった。じきに……明らかになるような気がしたから。

 正直、わけがわからないけど……ただ一つ言えることは、


 今までになかったような……なんかとんでもない出来事が起ころうとしてる……ってこと……だろうか?

934 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 06:23:54.21 ID:1U/RiEmE0
白装束・外史総括編
第142話 正史と外史と最後の敵

 ところかわって、ここは玉座の間。
 僕を上座に据えて、両端に延びるテーブルには、荘々たる面子が顔を連ねていた。
 まず愛紗を始めとする、我が軍の誇る大将軍が全員。こんな光景、軍議でもなかなか見ない。たいていは誰か一人くらい、盗賊団とかの討伐でいないし。
 さらに、華琳や蓮華といった、元老院議員達……の中でも特に高い地位を持ってる者達。というか、魏と呉それぞれの代表……って感じだ。具体的に言うと、華琳と桂花、蓮華と冥琳。それに……月と詠。そして白蓮。他は部屋で待機か。
 そして……姉さんを含む『天導衆』が全員。
 この面子は……全員、貂蝉の指示で招集した面子だ。どうやら、僕だけに関係のある事柄……でもないらしい。
 そして今からまさに、貂蝉の証人喚問(?)を始めるわけなんだけど……

「…………あの、華琳?」
「いいでしょ別に、これで参加したって」

 ……貂蝉を見たくない、と最後まで会議出席を渋っていた華琳は、目隠しをして出るという微妙な妥協案のもとでここにいる。なので華琳は、アイマスクの要領で黒い手ぬぐいを巻いてイスに座って会議に参加しているというなんともシュールな姿だ。
 ……正直、すごく気になるんだけど……まあ、貂蝉を見るたびに失神されるよりはいいんじゃないかな……? うん、そういうことにしよう。
「うん……わかった。じゃあ貂蝉、始めてくれる?」
「わかったわ、ご主人様」
 そう答えると、貂蝉はみんなに向き直り……口を開いた。

                       ☆

「まず始めに言っておくとね……私はこの世界の住人じゃないの」
「……どういうことだ、それは?」
 と、愛紗。歩なのみんなも、目を丸くしている。
「ううん……住人じゃないと言うよりは、この世界の住人の名を借りて、この世界に存在している……と言ったほうがいいかしらね」
「その言い方……まるで、ここじゃない世界があるみたいな言い方ですね」
「ああ……主たちの住んでいる、天の世界のような……か?」
「そういうことね。でも……私が言っているのはご主人様のいた世界のことじゃない。そもそも、世界はその2つだけというわけではないし……ね」
 朱里と星の疑問に、貂蝉はどうもはっきりしない答えを返す。
 しかし、この答えで納得できてもらえるとは最初から思っていなかったようで、貂蝉は説明を続けた。
「今言った2つの世界のほかに存在する、さまざまな世界……私たちはそれを『外史(がいし)』と呼んでいるわ」
「外史……そうだ! 確か、そんな言葉をあの白装束の連中が使っていた気がするぞ?」
「そう言われれば……そうね。言ってたかも……」
 華雄と詠が反応。
 どうやら……董卓軍時代の記憶にあった単語みたいだ。なるほど……白装束の連中とわずかでも一緒にいたわけだから、聞いたことがあるワードだったんだ。
 でも……それがどうしたのかな?
 と、次に口を開いたのは雄二だった。
「確か外史ってのは……正式には採用されていない歴史のことをそう呼んでいた記憶があるんだが?」
 コイツは……本当に色んな事を知ってるな……。何でこれでFクラスにいるのかとか、時々不思議になる。ま、考えても仕方ないけど。
「まあ、それもそうなんだけど……まあそうね、このことについてはおいおい説明するとして、その『外史』に対応するもう1つの世界として、『正史(せいし)』というものが存在するの」
「正史?」
「そう。わかりやすく言って……『現実世界』とでもいうべき世界かしら?」
「! それって……」
 その言葉に、僕ら『天導衆』の全員が反応した。『現実世界』って、まさか……!
「そう……ご主人様達がいた世界のことよ」
「!」
「……天の世界のことか?」
「そう認識してもらってもかまわないわ。ただ、正史というのはご主人様達のいた『現実世界』であり……人がいて生活している、しかし魔法とかモンスターとか、そういうファンタジー的な要素が存在しない普通の世界のことよ」
 ファンタジー的な要素が無い『普通の世界』……なるほど、確かに僕らのいた世界だ。
 向こうにあるのは、普通に文明の進んだ社会と……機械類と……まあ、そんな感じで、現実味があふれると言うか、それが当然の『普通』の世界だ。魔法もなければドラゴンもいない、SFとかファンタジーなんていう要素は存在せず、存在するとすれば……人が作った架空の物語の中に……って程度の……

「そこなのよ、ご主人様」
「へ?」
935 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 06:24:55.85 ID:1U/RiEmE0
と、貂蝉が僕の独り言を聞きつけたのか(口に出してたかな?)、びしっと僕に指をさす。
「そうよ、正史は物語を『作る側』の世界。そしてそれを呼んで楽しみ、色々なことを想像する側の世界。存在し、その存在が存在するという、抽象的で普遍的で概念的な世界よ」
 ……あの、ちょっとわかんないんですけど。
 見ると……美波、ムッツリーニ、鈴々あたりも『?』って顔。朱里や姫路さんも何とかついて行ってるって感じだし……恋に至っては……あれ、もう3分もしたら寝るよ?
「そして『外史』は……その正史の人間によって書き記され、紡がれた観念と想念の中に存在する世界……行ってみれば、正史におけるあらゆるストーリーの1つ1つが、観念的な存在でありながら、1つ1つの外史を、世界を形作っている、というところかしら」
「待って待って! さすがにわかんないって!」
 何!? その入試問題でも見なさそうな全然意味わかんない文章!? 正史とか外史とか観念とか普遍性とか、もう途中から下手な英文よりかついていけてないよ僕!?
 いや、多分僕だけじゃなくて……他にもいるはずだ。もはやネイティブ発音リスニング問題のごとく、聞き流すしかない状態にいる人は。
 するとここで、意外なところから助け船が出た。

「簡単に言うと、外史というのは、フィクションの世界……ということですか?」

 そう要約を始めたのは……姉さん?
 みんなの視線が集まる中、姉さんは得意げに、というわけでもないけど、人さし指をピンと立てて説明を始めた。
「例えば……正史……私やアキくんがいた現実世界で、小説家や漫画家の先生が物語を作ったとしましょう。その物語……フィクション上のストーリーが、言ってみれば1つの、そして最初の『外史』」
 うんうん。なるほど。これはまあわかる。
「そしてそこから派生する……まあ、単純に言えば、二次創作とか、同人誌とか……そういう系統の、読む側がアレンジを加えるなどして独自に考えたストーリーや設定の、ある種新しい物語もまた、外史」
「そうね。まあ、形に起こさなくとも……頭の中で思い描くだけでも、外史は生まれるのだけれど」
「そうですか。ともかく……そういう形で、版権もののオリジナルストーリーを基盤として、同人作家さん達が新しく作ることで枝分かれ式に広がり、増えて行く世界のことを、外史と呼んでいる……この説明で間違いありませんか?」
 なるほど……この説明なら僕にもわかる。
 ようするに、正史……現実世界で造られた『物語』全部が、わざわざ『外史』っていう名前で呼ばれてるってわけだ。そして、それがアレンジされて作り出された奴も全部。
 そうなると……この世には、書籍とか、同人誌とか、ネットコミックとかケータイ小説とか……そういうのの数だけ『外史』が存在する……と?
「そういうことね。その世界全てが、こういう風に正史と似たような、しかし正史とは『独自性の有無』という点で決定的に異なった形で存在しているの」
「途方もない話だな……」
 と、雄二。
「そんなの全部が本当に存在するのかってところに突っ込みたいが……」
「それは考えても仕方のないことなのよ、雄二ちゃん。こういう、奥行きを持った形で存在するかどうかなんて、確かめようがないんだもの。外史は正史の中に、観念として存在するだけ……奥行きを持って表現できるとすれば、あくまで読み手の頭の中で、よ。正史と外史の間に……両世界を行き来するための道なんて存在しないんだもの」
「まあ、そうだな……。[たぬき]の道具の中に、本の中に入り込める靴っつー秘密道具があったが……そんなもんが実際にあるわけでもなし」
「そういうことよ。そしてそれゆえに……外史はとても儚い世界なの」
 儚い……っていうと?
「あくまで外史はフィクションもしくはファンフィクションの世界。人々にその物語そのものの存在を忘れられてしまうと……外史は消えてしまうの。まあ、もともと実在しない物語だったんだから……人の心の中にしか存在できないものね」
「その『消えたかどうか』を確かめる方法も当然……」
「ないのよ。ごめんなさいね」
 ……なんていうか、ずいぶん不安定な話し方だな。
 ノンフィクション正史の人間が物語を覚えているから『フィクション外史』が存在できて、忘れられると消える……そのまんま、物語そのものが歴史の中で淘汰されていくみたいな存在方式だな。
 人気のあるマンガは何年、何十年と語り継がれ、読まれているけど……人気の出なかったマンガは10週で打ち切りになり、スレで叩かれて忘れられて……文字通り『消える』。
 ……なるほど、若干歪んでるけど、そんなイメージか。確かに、想像上の物語である以上、それをみんなが知っていて、覚えていなけりゃ、物語は存在そのものが成立しない。
936 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 06:25:48.84 ID:1U/RiEmE0
「そして、その外史の1つ1つをつぶそうとする……もしくは、観念的に正史とリンクさせて、その概念を固定する、それが私や左慈ちゃん、于吉ちゃんみたいな、外史管理用ファクタの役目なのよ。『貂蝉』とか『左慈』とか、そういう名前を借りた……ね」
 于吉、という固有名詞に、蓮華と冥琳の眉間にしわが寄る。まあ、彼女達にとっては仇敵であるわけだし……どんな形で名前が出たとはいえ、当然の反応だろう。
 それよりも、今の……またわかんないんだけど……。
「姉さん……」
「全く……つまりは、さまざまな『外史』の中におけるトラブルブレーカーとして活躍するのが貂蝉さん達、というわけです。ファンフィクションの物語を、駄作だからという理由で存在を消そうとしたり、これはいい物語だからより長く残していこうとしたり、その他さまざまな方法で」
 なるほど。
 要するに……貂蝉もあいつらとおなじタイムパトロールもどき、しかし、方向性は違う……ってことか。
「ちょっと待て、今の説明だと……矛盾があるぞ?」
 と、ここで口を挟んできたのは雄二。
「あら、何?」
「貂蝉、お前の話だと……観念および存在として外史を認識するしかない正史からは、外史へアクセスすることはできない……っていうことになるんだが?」
「そう説明したわよ?」
「だったら、今の俺たちの状況はどうなるんだ?」
 と、雄二。そこに続けるのは霧島さん。
「……本来の『三国志』を知ってる私たちから見て、この世界は明らかに『外史』。だけど、私達は正史……現実世界から、この外史に飛んできている」
「そういうことだ。何で[たぬき]の道具使ったわけでもあるまいに、俺達は観念としてしか存在しないフィクション外史の中に来てんだ?」
「そうね……そこが問題なのよ」
 と、ここで貂蝉は、初めて困ったような顔になった。
「どういう理由でかはわからないけど……ご主人様達は超えられないはずの正史と外史の壁を突き破って、この世界に降り立ったのよ。何の前触れもなく……ね」
「へ〜……じゃあ、完全に予想外だったの? ウチ達がこの世界に来るのは」
「予想も何も、本来来れるはずがない世界なんだもの。あなた達が来た時、もりゃもう私達剪定者の集まり……まあタイムパトロールはパニックだったわね」
 なんか、タイムパトロール……って呼ぶことにしたみたいだ。名前が明確に決まっていないからだろうか。まあ、僕らとしてはわかりやすくていいけど。
「まあ、大昔……正史の人間の想念が強い力を持っていた時代は、銅鏡やら勾玉やら、そういう何かしらの強力な力を持っている神具を介して……っていう方法というか、抜け道があったみたいだけど……それもここ1000年以上はなかったっていう話よ?」
 それを聞いて、今度は姫路さん。
「じゃあ……私たちがこの世界に来たのは、そういう『しんぐ』のせい、っていう可能性は……ないんですか?」
「あんまり考えられないわねぇ……。神具はともかく、今の正史には外史と正史をつなぐだけの強い想念の力はないし……まあ、それを補って余りあるだけの神具かなにかが手助けをした……っていうのも考えられるけど……」
「……心当たり、ない」
「そうですね……第一、その『何か』が私とアキくん達に共通の何かである必要がありますし……心当たりないですね……」
「ウチもね」
「私もです……」
女性陣がそういうことを言う中……


「「「…………………………」」」



 僕ら文月男性陣の間では……非常に奇妙な沈黙が漂っていた。
 いや、まさかとは思うんだけどね……? そんないくらなんでも、神様か何かみたいな超常現象的な力を……人間が……。
 人間が……。

937 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 06:26:26.86 ID:1U/RiEmE0
人間の作った……料理が…………。


 ……でも、それくらいしか心当たりないんだよなあ……。僕らと姉さんの、あの日あの時の共通点……『必殺料理』ってとこしか……。
 これはいよいよ、姫路さん達の料理を特Aランクの危険物質に認定するしかないかもしれない。いや、まあ臨死体験ぐらいならまだしも……メニューによっては食べると異世界に飛ばされるなんて料理はさすがに……。そんな料理、喜ぶのは宇宙人・未来人・超能力者・異世界人と友達になりだがってる団長様ぐらいのもんだろう。
「ねえ、アキたちは心当たり……ある?」
「「「ないです」」」
 危険でも正直にはいえないのが僕らの心。
「まあ、ともかく……このことはこれ以上考えても仕方がないから、話を戻すわねん」
 うん、仕方ないよね……止めようがないもの。
 それはさておき。続けて?
「そんなわけだから、この外史にご主人様達が降り立ってから、この世界は新たな外史として歩んできたのよ。ご主人様達がいるとはいえ、これはこれで立派な1つの外史としてね。けど……それをよく思わない人も当然いたの」
「それが……あの左慈に于吉とかいう奴や、白装束の連中か」
 これは蓮華。
「そうね。彼らはご主人様達を、この物語を構成する登場人物として認めず、外史に入り込んだ異分子として排除しようとした」
 なるほど……それはわかる。確かにされたし。
「まあ、フィクションの中の出来事とはいえ、1つの外史のシナリオが強引に書き換えられているのは事実……正史に及ぼす影響を抑えたかったわけね」
「ひょっとして……あの人たちが直接手を下さず……私たちや曹操さん……孫権さんを利用したのも……そのせいなんですか?」
 と、これは月。えっと……どういう意味?
 今のセリフがわからずにキョトンとしている面子と、大方を理解してうなずいている2種類のメンツがいる中で、貂蝉は感心したように言った。
「鋭いわね月ちゃん。そのとおり、左慈ちゃん達はご主人様達を排除したいけど……直接手を下すことはできなかった……。だってそうよね? 自分たちだって、そういう役割を持っているとはいえ、部外者には変わりないもの」
「まあ……実際の『三国志』に、謎の白装束の連中がいたという話など、聞いたことが無いからの。『三国志』の世界の中、好き勝手に暴れるわけにもいかん……か」
「つまり、董卓達の陰に隠れて暗躍したり、曹操を操って魏をぶつけたり、私に接触してそそのかし、我ら孫呉を焚きつけたのは……」
「あくまで自分たちが『裏から』操って表に出ず、ご主人様達を始末するためね。そうしないと、正史に無用な影響が出るかもしれない……。既に立派な『登場人物』になってしまっているご主人様を[ピーーー]のは、同じ『登場人物』にやってもらうしかなかったの」
 『三国志の登場人物』でない白装束、好きに動けるわけではない……そういうことだったのか。
「でも洛陽の時は、その左慈ってやつが直接ご主人様を襲ったんだろ?」
「あの時はご主人様の勢力はまだ小さくて、『脇役』としても認識できる程度だったからよ……表立って動かなければ、いつの間にやら脇役が死んでた……って感じで物語は進む……そう思ったんじゃないかしら?」
 ふむ、嫌な認識だ。
 そこに、華琳が続ける。
「しかし失敗した。明久達はその後、勢力を確実に拡大。袁紹を返り討ちにし、私が率いていた曹魏を撃破し、孫権・周瑜が率いていた孫呉をも下した……ここまでくるともう、脇役程度では済まないわね」
「そういうこと……袁紹を倒した時点で、ご主人様は『主役』になっていた……だから、最早自分で手を下すことはできなくなってしまったのよ。それで、曹操、孫権、周瑜といった他の正当な『登場人物』をぶつけてみたものの……」
「俺らは負けなかった」
 そう、そして……今、こうして3国を統一し、文月なんていう巨大国家を立ち上げ、その頂点にみんなして君臨している。
 本来の『三国志』を考えれば、滅茶苦茶もいいところだろう。『レッドクリフ』で有名な赤壁の戦いもなかったし、病死すると言われていた冥琳……周瑜も生きてる。
 定軍山の戦いがなかったから秋蘭……夏候淵も生きてるし、三国が外部の強国『五胡』に攻め込まれることもなかった。
 というか……この世界に『五胡』という国の名前すら聞かない。僕らがストーリーを進める中で、いつの間にか消滅させてしまったのだろうか?
「私からすれば、こんなものどこの同人誌でもありうるオリジナルストーリー……何ら問題ないわ。むしろ、正史の人間もこの世界のこのハチャメチャ具合に喜んで面白がってくれるんじゃないか、ってくらいに。だけど、左慈ちゃん達はそれが許せないの。そして彼らは……最終手段を講じようとしている」
「最終手段……って?」


「そうね……雑に言ってみれば……『強制終了』かしら」
「「「強制終了!!?」」」
938 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 06:27:22.67 ID:1U/RiEmE0
 ちょ……何それ!? 嫌な響きしかしないんですけど!?
 ていうか……『終わる』ってどういうこと!? 何を!?
「読んで字のごとく……ってやつよ。左慈ちゃんたちは、これ以上正史への無用な影響を出さないために……この外史そのものを消してしまおうとしてるの。きれいさっぱり、何もかも……ね」
「つまり〜……どういうことなのだ?」
「伝染病に感染した家畜を処分して感染拡大を防いだり、強力なウイルスに侵されたパソコンを本体ごと廃棄処分にする要領で、左慈ちゃん達はこれ以上の正史への逆干渉を防ごうとしているのよ。この世界をご主人様や自分たちごと、消滅させて……ね」
「おいおい、殉職覚悟ってか?」
「…………無駄に仕事熱心?」
「どうかしらね……。正直左慈ちゃんは、外史が存在する限り続く自分の仕事に嫌気がさしてる部分もあったから……そのサイクルから自由になりたい、っていう私情も入っているかもしれないわね」
「何それ、もっと納得できないんだけど」
 というか、そんなことされてたまるか!
 ある日突然こんな世界に飛ばされた挙句、そんなよくわからない容疑で殺されそうになって、戦争に巻き込まれて、やっと戦争を終結させられたと思ったら……今度は世界そのものが終わる? 何なんだよこのとんでもない展開は!?
 世界が消えるってことは、僕らはここで死ぬ……というか、消えるってことで、当然愛紗たちもそういう運命をたどるってことだ。そんなこと……絶対納得いかない。
「確かに。正史だか外史だかしらねーが、向こうさんの都合で一方的に消されたんじゃたまんねーな」
「…………迷惑千万」
「うむ、このまま黙って見ておるわけにはいかんな」
「ウチらむしろ被害者なんだから、そんな難癖つけてらってもね」
「そうですっ! 第一……この世界を消すなんて許せません!」
「……自己中心主義は嫌い」
「だよね〜……いまどきそういう考え方、ないってのにね」
「ふふっ……皆さん、打ち合わせでもしたかのように意見がぴったりですね」
「やだなあ姉さん、打ち合わせなんかいらないよ、この程度のこと」
「ふふっ……そう言うと思ったわ。ならご主人様達……どうするのかしら?」
 どうするだって? ふっ、愚問を……そんなの決まってる!


「当然! 左慈と于吉をとっ捕まえて、ボッコボコにしてでもこの世界を壊すのをやめさせる!」


「「「賛成――――ッ!!」」」
 天導衆全員一致の意見。当然ともいえるだろう。いかに生まれ育った世界とは違うとはいえ、みんなこの世界のことが……そして、この世界で知り合ったみんなのことが大好きなんだから。
なら……やることは1つだ!
 左慈と于吉、そして奴らのもとに控えてるんであろう、白装束の軍勢……みんなまとめてぶっ潰す! 向こうの都合なんざ知るか!!
「愛紗! 鈴々! 朱里! 星! 翠! 紫苑! 華雄! 恋! 霞!」
「「「!」」」
 我らが誇る文月の大将軍達に向かって声を張る。
「僕らは……」
「心得ております、ご主人様」
 と、先に愛紗の方から言ってくれた。
 その目には……決意の光が宿っている。覗きこんだら炎とか見えそうだ。
「その白装束たちとの……戦いですね!」
「ああ……どうやらそういうことになりそうだよ。みんな、多分これが最後の戦いだと思う……僕らに力を貸してくれ!」
「「「応ッ!!!!!」」」
言ってもいないのに、将軍みんなが一斉に起立。普段はどんな会議でも対応がおっとりしている恋すらも、音を立てて立ち上がる。
「御意です! ご主人様のためならば!!」
「何だってやってみせるのだ!!」
「うむ。私でよければ……喜んで」
「はい!! 頑張っちゃいますよ」
「ああ、ご主人様のためだったら……命かけたっていいぜ!!」
「ご主人様のお傍にいることこそ……私達の喜びですわ」
「もとより吉井殿に救われた命……拒む理由などない!!」
「……恋も、本気でがんばる」
「今更聞く必要ないっちゅーねん、やったろやないかい!!」
 なんて頼もしいんだろう。彼女達の力があれば、絶対に負けることなんかない……そんな感じがありありとする。
 これなら、あの得体のしれない連中が相手でも……負ける要素は微塵もない!
 ふと目を向けると……貂蝉もまた、『やれやれ』とでもいいたそうな……しかし、どこか温かな目で僕らのことを見ていてくれた。こんな奴のこんな仕草だけど……すごく安心できる。僕らのきずなの強さを外部から認めてくれてるみたいで。
 よし……そうときまれば!
939 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 06:27:51.65 ID:1U/RiEmE0
「全員気合入れろ! 今度の敵は最後の敵! 因縁もいいところのあの白装束のゲス共に……今度こそ引導を渡してやるぞ!」
「「「おおぉ―――――――っ!!!!!」」」

940 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 06:29:02.21 ID:1U/RiEmE0
白装束・外史総括編
第143話 バカと準備と心の整理

 タイムパトロール……もとい、白装束との決戦。
 そう、僕らの最終方針を決めてから数日が経過した。
 ……が、すぐに行動を起こそうとしたものの、そうすぐに動けるものでもないことに気付いた。

 白装束の集団がどこにいるのか、さらには、その『この世界を終わらせる』というのがいつなのか……を僕たちは知らないのだ。
 貂蝉の話だと、世界が終わるのは、左慈と于吉がある一定の儀式を終了させた時らしい。何かまた……RPGかカードゲームみたいな設定だ。
 おそらくその儀式、形式はどうあれ、パソコンで言うところのデータ完全初期化処理みたいなものなんだろう。この世界……『外史』を安全に終了させて、かつ『正史』にいらない影響が出ないようにするための。多分その中には……僕らの『消去』も混ざっているはず。まったく……。
 その『儀式』にはまだ時間がかかる、と貂蝉は踏んでるんだけど、そう時間があるわけでもないらしい。対応は迅速さが求められる……ってことだ。そして、実際に何か起こる時には、必ず何か事前に兆候があるらしい。
 その対応は後で考えるとして、まずはそれが行われる場所……つまりは奴らの本拠地。それを調査する必要がある。その仕事には、ムッツリーニの最高精鋭部隊を筆頭に、魏と呉、両方の国の最高の調査機関を、さらに三国でも有名な調査会社……みたいなのに調査を依頼し、万全の体制を築いた。
 さらにそれと並行して軍備も強化。愛紗たちも、恐らくこれが最後の戦いになる + 今までの総決算ができるということだけあって、気合の入り方が半端じゃない。そしてさらに……兵の訓練や隊の振り分け、微調整なんかには、なんと春蘭や秋蘭、甘寧や冥琳が手を貸してくれてるからまたすごい。今まで文月の将軍だけでやってた時とは比べ物にならないくらいのスピードで進んで行くんだから。
 ……まあ、面子が面子だから、その分衝突は多いんだけど……。
 ともかく魏も呉も、『本戦には参戦できないから』……ってことで、サポートに全力で回ってくれているわけだ。
 ここで今言った『魏と呉は本戦には参戦しない』……っていうのは、朱里の提案。万が一僕らに何かあった場合、この国を代わりに統治する人材が必要……って意味だ。最初、華琳にも蓮華にも猛反発されたけど……いかんせん、この時点での正論は朱里だ。最終的には、2人とも理解して折れてくれた。
 その分、2国は軍事・政治的にすごい助けてくれてるから、僕としては十分感謝感激なんだけどね。

 そんなわけで……僕らは今準備段階。兵を鍛え、軍備を充実させ、情報を集める……それ以外にやることが無いわけだ。だから今は、じっと待つ時期……というわけ。
 正直言って落ちつかないことこの上ないけど……それでも仕方ない。来るべき戦いに備えて、今はとにかく休息の時期だ。

 ……でも、別に今すぐ戦いが始まるわけでもなく……かといって敵の情報が山ほど入ってくるわけでもない。
 そして、呉との戦いの時の戦後処理もほぼ終わりつつある。
 となれば……必然的に僕にも余暇ができてくるわけで。


「……で、ここに来た、と」
「まあ……ね。雄二も?」
「ああ……考えることは一緒だってこった」


 ここは城壁の上。
 久々にできた休み。街にでも繰り出そうかな……っていう気分にはなれなかったので、なんとなく城壁に登ったら雄二がいた。
 気にしても仕方ないので、2人ならんで石畳の上で日向ぼっこ中だ。
 多分こういうとこから僕らのBL疑惑が浮上するのかも……なんて考えはよぎったけど、ひとまずそれは考えないことにして、僕は寝た。

「…………あのさ、雄二」
「ん?」
「……僕達さ……この世界に来てから、結構経つよね」
「まあ、そうだな」

何でだろう、最近、そんなことばかり頭をよぎる。
 多分、ここが『異世界』であるということが、この前の軍議の貂蝉の話で久々に強調されたせいだろう。そして……その世界関係の事項が、今現在あの連中の手によって進行しているから。
 思い出すなあ……愛紗たちと初めて出会った時のこと……。


 今思うとあの時、僕……野盗のみなさんに殺されそうになってたんだっけ。そこに愛紗がきて、助けてくれて……で、その後『天の御使いさま!』だもんなあ……。あの時はびっくりしたよマジで。
 それから、もう一言じゃ語りつくせないくらい色々あった。

 雄二達と再会できたし、朱里達が仲間になった。

 国が豊かになって、人も増えていった。

 袁紹や華琳、蓮華達と戦った。

 お祭りでバカ騒ぎしたり、戦場で命がけの状況に陥ったりした(命が危うくなったのは何も戦場だけじゃなかったけど)。

941 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 06:29:40.55 ID:1U/RiEmE0
やれやれ……どれか1つだけでも、一介の高校生が体験するようなことじゃないよなあ……ホント、すごい経験したと思う。僕。
 天の世界……じゃなかった、文月学園じゃ学年最下位のバカだった僕が、今じゃ古代中国全土を支配する王さまで、Fクラス代表だった元・神童は、それを支える参謀長か……。
「本書けそうな体験したよね、僕ら」
「まあな。もっとも……この体験談を本につづろうとすると、エッセイとかじゃなくてファンタジー小説になっちまうだろうがな」
「確かにね……ホント、僕らみたいなバカには不釣り合いな体験だよね」
「何だ、お前自覚あったのか?」
「雄二よりはましだってことくらいは」
「はっ……ったく」
 それっきり、会話が切れた。
 正直……自分がここで何を話したいのかよくわからない。
 確実に、何か話したいことはあるんだけど、それが上手く言葉にならない。何て言うか……口に出した ところで、まず雄二に伝わりそうにないというか……
「……不安か? 明久」
「え!?」
 びっくりして飛び起きる。な……い、いきなり何だ!?
 唐突に、しかも……僕が言えそうで言えなかったことを的確に当てて……。

 ……あ、そうか……雄二も同じなのか。

 そう理解した僕は、再び横になって……極力肩の力を抜いた。
「……貂蝉がさ、言ってたよね。この世界、フィクションの世界みたいなもんだって」
「言ってたな。まあ、極端な例えだが……[たぬき]の道具とか使って、のび太がどっかの物語の中に入り込んだみたいな状態だってのは」
 あったね、そんな秘密道具。何とか靴っていう。
 でも……ってことはつまり、この世界……正史で誰かが想像した世界なんだよね? そこに、僕らがこうして、姫路さんと姉さんのデンジャラスクッキングのせいで来てると。
 そうなるとつまりはこの世界、僕らから見て……バーチャルリアリティのゲームみたいなもんなんだろうか? 映画『マトリックス』みたいな。
 貂蝉の話から考えれば、さしずめ愛紗たちはその世界の登場キャラクター、華琳達は敵キャラおよび敵ボス、で……貂蝉とか左慈とかが管理プログラム。現在、エラーにより強制終了処理中……って感じ?
「否定はできないのかもな。現に……貂蝉はそう言ってた」
「……不思議だね。今まで必死になって生き延びてきたこの世界が、ゲームか何かと同じだなんて言われると」
 なんていうか……戸惑う。
 愛紗たちと一緒に、この世界で一生懸命戦ってきた。
 愛紗たちだけじゃない。飯屋のおばちゃんや、本屋のお姉さん、駄菓子屋のおばあちゃんに、屋台のおっちゃん。この世界の人達の、確かに感じるぬくもりを感じながらここまでやってきた。
 けど……それを、貂蝉は『作られたキャラクター』だって言う。
 貂蝉は悪気があって言ってるわけじゃないんだろうけど……僕の心の中には、何か釈然としないものがわだかまっていた。なんたって……今まで触れ合ってきた人たちが、一介のキャラクターだなんて言われちゃあ……。
 この感じがどういう感情なのかすら、僕にはわからない。上手く言葉にもできない。
 けど……どこか納得いかない感じだけが悶々と胸に残る。
 と、

「やめとけやめとけ、考えるだけ無駄だ」

 ? どういうこと?
 唐突に雄二が言ったセリフの意味がわからず、僕はキョトンとした表情で(多分そうなってる)見つめ返した。
「お前のことだ。どうせ『この世界の人達はただの脇役なのか』とか『じゃあ自分はどうするのが正しいんだろう』とか考えてんだろ?」
「……………………」
 ……コイツ……時々本当にすごいよな……。
 自分でもよくわかってなかったことを、ぴたりと言い当ててみせる。ホント……神童って呼び名もふさわしいんじゃないかって思えてくるよ。
 そうだ……僕は、今いるこの世界がどうしても架空の、フィクションの世界だなんて風には思えない。住んでいる人たちも……笑って、泣いて、怒って……見ていて楽しくなるような生活を繰り広げてる。
 そしてそれは……愛紗たちももちろん同じだ。
 僕らのために戦ってくれて、何もない時には楽しく笑って過ごして、たま〜に一緒に出かけたりもして、仕事サボって怒られて……そんな愛紗たちが、架空の存在だなんて、僕には理解も納得もできない。
「だったら納得しなきゃいいだろ、お前らしくもない」
 呆れるような口調で、雄二はそう言った。
「納得……しない?」
「そういうこった。例えばお前……そうだな、『この世界に存在する人間は理論的に見て非現実的かつ非実在的な存在であり、そもそも正史の人間とのリンク自体が云々』とか何とか小難しい演説聞かせられてわかるか?」
「微塵も」
「ある意味清々しいくらいの自虐だな……まあいい。なら、そんなこと考える必要はないだろ」
 そこまで言うと、雄二は起き上がった。そして……雄二と同時に上体を起こした僕の目を見て続ける。
「左慈や于吉にとって、今『正史』に生きてる人間にとってこの世界がどんな物語で、愛紗たちがどんな存在なのかなんてのは関係ねーさ。俺たちはただ……俺たちがこの世界のことを気にいってるから戦ってきただけだろ?」
「……まあ、ね」
「だったらそのままでいいさ。少なくとも俺たちにとって、愛紗たちはバーチャルのキャラクターじゃねーし、この世界は架空の世界でも何でもねえ。そのまんまの認識で俺たちは世界を、愛紗たちを見て……それを守るために戦えばいい。それに……」
 そして、にやりと笑って。

「……俺たちみたいなバカに、そんなことわかれって方が無茶ってもんだ」

 ……………………瞬間、
942 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 06:30:19.83 ID:1U/RiEmE0
「………………ぷっ」
 笑いがこみあげてきた。
「あはははははははははっ!!」
 なるほど、そりゃたしかにそうだ。
 そんなエヴァンゲリオンか何かに出てきそうな、『何が正義で何が悪か』みたいな高度すぎる問題、高校のテスト問題も解けない僕らが考えたところで仕方ない。無駄だ。
 だったら……考えなくていいじゃん。
 少なくとも……『この世界を守りたい』『愛紗たちを失いたくない』『あの白装束をぶちのめしたい』この3点は僕の本音だ。そして、そこから先のことを考えようとしてもうまくいかない。だからもう、僕はこの3つだけ考えて戦えばいいわけだ。
 迷うのも悩むのも人生に必要なことだけど、それが考えるだけ不毛だとわかってることなら、いっそ思い切って決断するのがいいだろう。
 決断って言っても……今までどおりにするだけだけど。
 愛紗たちは僕の、僕らの大切な仲間だから、一緒に戦う! んで勝つ! 以上!
 そう……いままで通りこれでいいんだ。何がフィクションとか、『正史』がどうとか、そんなことを考える必要性はない。
 だって……どうせ最後に行き着く思いは同じなんだし、
 何より……

「そうだね、僕……バカだもんね」
「そういうこった。バカはバカらしく、単細胞な戦い方でやってやろうじゃねーか」

 やれやれ……今ほど自分が『バカ』だってことを誇らしく思ったこともないや。
 けど……今だけはこれでいいんだ。何てったって……その『バカ』のおかげで、僕は前に進めるんだから。
 サンキュー雄二、おかげで無用な悩みから解放されたよ。助かった。
 すっきりした胸の内に満足し、僕が城壁から戻ろうとすると、

「ん、ああ……そーいや、何か貂蝉が言ってたんだけどよ……」

「え?」
 思い出したように雄二が口を開いた。
「貂蝉が……何て?」
「ああ、何か、この世界の終末……まあそんなことさせる気はねえが……それに関してな、気になることがあるんだと」
 気になること……?
 何だろう、懸念事項なら、軍議の時に全部話してくれたはずだけど……追加とか?
「何でも……連中がその削除作業を進める段階で、一旦、こっちの世界と向こうの世界のつながりが生まれるらしくてな……もしかしたら、俺たちがその時、バックアップみたいな作用で、任意的にか強制的にか、向こうに戻ることになるかもしれないってよ」
「……………………え?」
 それってつまり……

「まあ、雑に言えば……下手するとその最後の戦いの時、俺たちは元の世界に帰ることになるかもしれない……ってことだ」

 可能性としては今まで何回も頭に浮かびつつも、最近は考えることもなくなっていた1つの『可能性』に……僕は直面することになった。
 …………帰る? 僕らが? 元の世界に……?

 この世界と……愛紗たちと別れて……?
943 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 06:31:31.64 ID:1U/RiEmE0
白装束・外史総括編
第144話 噂と頭突きと気合全開

 悪事千里を走る……とはまぁよく言ったもので。
 何、こんな始まり方前にも見た? 気のせいです気のせい。
 ともかくまあ、悪事かどうかに限らず、人の噂ってもんはそのくらい早く世界を駆けめぐるもんだよね。更に言えば、噂に限らず、気になる話題ってのは広まるのも早い……って結局何が言いたいのかというと、
 まあ……今日がすごく中身の濃い1日になりそうですね、って。

                          ☆

「ん?」

 朝っぱらから城壁の上で昼寝なんていう自堕落な過ごし方を満喫させていただいて、ついでに悩みも吹っ切れた……ってな爽快な気分の僕が城壁を降りると、階段の所に何か妙なものを見つけた。
 つま先にあたったちょっとの違和感に気付いてふと下を見てみると……
「……何だコレ?」
 今まで数々の異教徒に裁きを与えてきた僕の右足が蹴っ飛ばしていたのは……白くて、何かの破片みたいな形の物体だった。
 手にとって見てみると、薄くて、それでいて質感のありそうな何かだとわかる……コレ、もしかして陶器かな?
 ああ、間違いない。コレ……城で使われてる陶器の食器か何かの破片みたいだ。描いてあるこの花の柄、見覚えあるし。……でも、何でこんな所に?
 よく見ると……けっこうそこらへんに細かいのが散らばってるのがわかった。ビーズくらいの大きさの破片が、まるで食器落として割った後みたいにそこらへんに散在してる。いや、こんだけ派手に散らばってるんだから、多分ホントに何か割ったんだろうけど……でも、何だってこんなとこに?
 誰かの部屋に持って行くつもりだったんなら、わざわざこんなとこ通るはず絶対無いし……。こんな中庭の隅っこの、城壁しか行く先の無い階段のとこに一体何の用が……?

 ┣¨┣¨┣¨┣¨ドド…………

 ん? 何だ、この地鳴りみたいなの……?

 ┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨……

 いや、地鳴りって言うか……何だろう?
 コレ、まるで猪か何かが全速力で走ってこっちに来てるみたいな……


「ぉお兄ちゃあぁあ―――――――ん!!!」


「ん? 鈴りごぶるるぅあァッ!?」

 ズドォン!

 何だ!? 猪!?
 いや、性格的な面からみたら比較的似たような存在かもしれないけど、こっちは人間だ。獣じゃない。
 ただし、その獣以上の攻撃翌力・突進力をもってるからちっとも慰めにならないどころかより最悪なんだけど。
 恐らく勢いがつきすぎて止まれなかったのだろう。僕の鳩尾(みぞおち)に強烈なロケット頭突きを食らわせた鈴々は、そのまま僕を城壁と庭の境界線たる生け垣に叩き込む。人体急所に痛恨の一撃をくらった僕は、なすすべもなくボロ雑巾のように吹き飛んだ。
 な、何、今の…………? てか、鈴々……?
「な、何が……起きたんだ……?」
「お兄ちゃんどーゆーことっ!? 帰っちゃうの!? 何でここにいないの!?」
「り、鈴々……だから一体何……ん? 帰る?」
 あれ、今鈴々何言った?
 と、聞き返すより先に、

「「ごおぉ主人様ああぁあ――――――っ!?」」
「え!? また!?」

 しかもなんか2人分の声が…………って翠と霞!? 何、一体!?
 猪顔負けの凄まじい勢いで突進してくる2人に一瞬身構えるけど、さすがに2人は少しは考えているらしく、きっちり僕の直前で急ブレーキで止まってくれた。その際、馬が走るときよりすごい砂煙が上がったけど、上げたのがこの2人だから気にならない。
 で、その2人はというと……ぶつかってこそ来なかったものの、何だかテンションが鈴々と似たような感じだ。一体コレ、何が起きてるんだ……?
 動揺を各層ともしない彼女たちが言うことを聞いてみると、

「どーゆーことだよご主人様!? 帰んのか天の国に!?」

944 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 06:32:03.99 ID:1U/RiEmE0
……………………は?


 え、ちょ……翠? 今何て?

「せやせや! いきなりそんな話聞かされたかて、ウチら戸惑うっちゅーねん!」
「行っちゃ嫌なのだ―――――っ!!」
「ちょちょちょちょ、ちょっと待って3人とも!」
 何言ってんのか全然わかんないんですけど!? 『帰る』!? 何その話題!? てか、多分今一番戸惑ってんの僕!

「行っちゃ嫌なのだぁあ――――――っ!!」
「説明しろよご主人様ァ!!」
「急に決まったにしても限度っちゅーもんがあるやろがぃ!!」
「だからちょっと待ってってば! 落ち着いて! 話をまず聞かせてよ!」

 この3人を落ち着かせてひとまず対話に持って行くのに、およそ10分ほどを要しましたとさ。

                         ☆

 ……で、聞いたところには、

「僕が帰るって?」
「うん! 鈴々そう聞いたのだ!」
「あたしもだぞ!?」
「ウチも!」
 とまあ、何だかこの3人、どうやら僕ら『天導衆』が天の世界に帰るらしい……ってな感じの噂を耳にしたらしいのだ。いや、何をそんな唐突な……?
「で、そうなのかよご主人様!? 帰るのか!?」
「や、帰るのかも何も、僕そんなこと言った覚えは……」
 無いんだけど……と言おうとして、口が止まった。
 あ、もしかして……さっきの城壁での雄二との会話(の最後の方)、誰かに聞かれてたのかな? 確かに雄二の奴『その可能性がある』的なこと言ってたし……。
 でも、あそこにいた時、別に人の気配なんて……あ、もしかしてあの陶磁器持ってきた子かな? だとしたら、やっぱり誰か(階段の下で)聞いてたのか?
「ねえ3人とも、その話、誰から……」
「んなこたぁどうでもいいんだよっ!!」
「い!?」
 アンプリファイヤーもびっくりの大音量とともに、ずい、と顔を寄せてきた翠に気圧され、思わずセリフを中断してしまった。
「どーなんだよ!? 帰んのかご主人様!?」
 その剣幕のままで飛んでくる翠の怒号。後ろの2人も、『うんうん!』ってな感じの視線を送ってくる。やば、コレマジで答えるまでこのテンションでいく気だ……。
 いやまあ、先延ばしにして答えるようなことでもないし……別に困りもしないか。
「ご主人様ッ!?」
「いや誤解だって! 大丈夫大丈夫、帰ったりしないから……多分」
「「「多分!?」」」
 あ、プレッシャー3割増。リアルに酸素が薄くなってそうな息苦しさが僕をつつむ。やば、何か回答間違った?
 これを前に、ああ、彼女たちって一騎当千の武将だっけな、なんてしみじみ思う……ような余裕も残念ながらないのです。
「多分って何なん!? 多分って!?」
「やっぱり帰るの!?」
「だーもぅ! だから落ち着いて話を聞いてってば!」

945 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 06:32:31.99 ID:1U/RiEmE0
〜閑話休題〜

「そういうわけで、その『儀式』だか何だかの影響で、僕らが元の世界に強制送還されるような可能性があるかも……って話をしてたんだよ。だから……」
「つまり、ご主人様達が『天の国に帰ろう』って決めたわけじゃないんだな!?」
「そゆこと」
「「「何だ……」」」
 ほっと胸をなで下ろす、なんて表現がぴったり似合いそうなこの光景。翠も鈴々も霞も、どうにかこうにかようやく落ち着いたらしい。
「けど、安心してもいい状況じゃないよな?ご主人様が帰るかもしれない……って可能性自体は本当なわけだし……」
「せやな……」
 ああ、まあ、そこは確かにそうなんだよね。そこ考えると……心配の元凶自体は変わってないのか。
「なあ……結局一体どういうことなんだ? 軍議の時から聞いてはいたけど、世界が終わるだの、ご主人様達が帰るかもしれないだの……ぶっちゃけあたし、まだよくわかってないぜ?」
「ウチもや。何や難しい話しとるなーとは思って聞いとったけど、イマイチ理解でけへん」
「鈴々もなのだ! えっへん!」
 明らかに威張るところじゃないけど。
 けど、僕もぶっちゃけ僕もよくわかってないもんな……。
 一応、この世界がいわゆる架空の世界で、それが終わりそうになってる……ってとこまでは理解出来てるんだけど、その先となるとまだ全然わからないのが実状だ。
 何せ、(一応)当事者である貂蝉にさえ、その場合に何が起こるかわからないんだし。そもそも、昔はちらほら事例があったとはいえ、僕ら『現実世界』の人間がこの世界に来てること自体が異常事態だ……って話だしね。
 それに際して、世界が消えると同時に僕らも丸ごとデリートされるのか、はたまた消える瞬間に、RPGのゲームオーバーよろしく元の世界に強制送還されるのか、そしてもしくは……影響そのもののせいで、儀式の成功・失敗に関係なく送り返されるのか……。うーん、それ考えると、何て答えたらいいのか……
「っつーことは……何も言えること無いってこと?」
「ん……多分」
「何だよもう、わけわかんねーなぁ!」
 そんなこと言われましても。
「ん〜……まあ仕方ないんちゃう?どーせ連中、元からワケわからん連中なんやし……ご主人様達かて、よーわからんとこから来とるわけやし……」
「でも、お兄ちゃんがいなくなるのは嫌なのだ!」
「それはウチかて嫌やって。けど、何も情報わかっとらんに対策立てェゆわれたってなぁ……」
 ため息まじりに言う霞。
 そして、ふと思いついたように、なにやら神妙そうな面持ちで僕に訪ねてきた。
「なあご主人様、コレいっぺん聞いてみたかったんやけど……ぶっちゃけ……ご主人様たちって、『天の世界』帰りたいん?」
「え!?」
 ためたわりに恐ろしく直球である。
 しかし……僕にはやっぱり難しい質問だ。
 全然帰りたくない……っていったら嘘になる。向こうには、この世界にはない娯楽なんかもいっぱいあった。TVにゲーム、マンガにエロ本参考書……まあ、この世界に来て最初のうちは、生きることで精いっぱいだったから、そんなの考える余裕もなかったけど。
 それに、カレーライスやスパゲティといった、洋食の数々。ハンバーグとか、材料があるものなんかは再現できたけど……原材料がどうにもならないものは多いから。
 それらが恋しいと言えば恋しい。けど……だからといって、帰りたくてしょうがない、って感じもしないんだ。
 なぜなら……この世界でも、僕らは多くのものを得たと思うから。
 すると、まるで霞は僕の気持ちを察したように、
「……もうええよ、ご主人様。わかった」
「え?」
 僕まだ何も言ってないのに?
「言わんでもわかるわ。ご主人様も悩んでること、天の世界が恋しくないわけでもないこと……それに、まあ自画自賛やけど……ウチらのことも大切に思ってくれてるってこと」
 驚くほど的確だ。美波じゃないけど、霞は人の心の中でも読めるんだろうか?
 しかし見ると……翠や鈴々も、うんうん、って感じの顔。……何だ、コレはアレか? 野生の……失礼、女の勘ってやつか?
「やれやれ、アカンアカン。難しいこと聞いてもーたな。正直言って、ウチ……ご主人様がきっとそう思ってくれとるやろ……て半ば予想しとったんやけどね」
 ばつの悪そうに頭をかく霞。
 すると次の瞬間、霞はまるで吹っ切れたみたいに表情を一変させて、
「けどまあ、アレやな。悩んでも何もわからへんねやったら、ウチらがやることなんか1つだけやろ?」
「っていうと?」
「決まっとる! あの真っ白けの連中、全員まとめてボッコボコにしたるねん!」
 ばしぃん!と豪快な音を立てて、霞は拳を手のひらに打ちつける。……やれやれ、霞らしい。
 けど、この場に限っては、それは最も秀逸かつ明快な説明だったようだ。さっきまで眉間にしわが寄ってた鈴々&翠も、目に見えて『ああなるほど』な顔になる。
「少なくともご主人様達は、『ウチらと離れたくない』って思てくれとるんや。だったらウチらは、その思いに全力で答えなあかんやろ?」
「そっか……元はと言えば、あいつらが全部の元凶なんだもんな。あいつらぶっ倒して、その『世界を壊す』だのどーたらこーたらをやめさせちまえれば、全部解決するんだ!」
「だったら話は早いのだ!」
「おうよ! ウチらで落とし前きっちりつけたろやないかィ!」
「「おぉ―――――っ!!」」
 やれやれ……そう言ってくれる鈴々たちの頼もしいったら。
 これはまた、心強い味方の存在を再確認させられた……かな。
 元気200%オーバーの彼女たちの姿を前に、自然と口元がゆるんでしまう僕だった。

946 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 06:33:27.67 ID:1U/RiEmE0
白装束・外史総括編
第145話 拉致と涙と大切な人
 さて……と。
 さっき思いがけず鈴々達の直な思いを吐露されて、正直ちょっと感激している僕であった。うーん…… まあ、みんな慕ってくれてるのは何となく知ってたけど、あそこまでマジというか、気合い入れてくれてるっていうのを目の当たりにして、なんかこう、すごく嬉しくなった。3人共、すごい気迫だったもんなぁ……。
 これは僕も、本気で頑張らなきゃ失礼ってものだろう。
「よっし! いっちょ頑張りますか!」
 そう考えると、いつもは殴られても罵倒されても出てこない『やる気』ってものがすぐに出てくるから不思議だよね。何だか信じられないことに、自主的に仕事探してやりたくなってきた。うーん、珍しいこともあるもんだ。
「さて……朱里あたりに聞けば、何か仕事あるかな……」
 このやる気が消えない内に1つでも手をつけてみようか、なんて崇高な思いを胸に、朱里の部屋がある棟へと続く渡り廊下にさしかかったその時、


 ぐいっ!!


「い!?」

 突然後ろから、すごい力で襟首をつかんで引っ張られた。な、何だぁ!?
 襟元が圧迫されて声が出ない……というか、あまりに突然の事態で体の反応が追いつかない僕を無視して事態は進行していく。僕の襟首を掌握した何者かは、僕に振り向く暇さえも与えず、そのまま力任せに僕を……何だ? 麻袋!? に放り込んだ。
 ……ってちょっと待って!! 何この状況!? 僕さらわれかけてる!?
『え!? あれ!? ちょ……誰!? 何これっ!?』
「………………」
 犯人から返事はない。沈黙が返ってくるのみだ。誰一体、こんな真似をするのは!?
 他国の刺客……ってのは正直考えにくいな、この城、警備はとにかく万全なはずだし。この前僕が………………………………………………………………………………左慈! そう左慈! ……おほん、 その左慈に襲われてからは特に。
 でも、そうなるとますます誰!? 左慈だったらコソコソせずに堂々と来るだろうし……というか、そもそも城内への侵入が困難なんだから、内部犯ってことに…………。
 もしかして、未だに僕をバリバリ敵視してる桂花がついに僕を[ピーーー]ために行動を起こしたとか!? この真名だって、華琳に『呼べ』って言われて呼んでるものだし、それに腹を立てて……いや、違うな。いくらなんでも桂花に僕をこんな風に袋詰めにする腕力は無いはずだ。
 すると……ホント誰だろう? 春蘭達とだって最近は上手くいってるし……思春も、まあ風あたりは強いかもだけど、前よりは馴染めているはずだ。……少なくとも、真名で呼んでも斬られない程度には。
 と、ともかく、それを確認するにも、さらわれないためにも、まずこの袋を出ないと!
 何だか伝わってくる振動の感じから考えると、どうも犯人は移動しているようだ。早いとこ出ないと!
となれば……手段はコレだ。

「試獣召喚!!」

 ポンッ!  ←  僕の召喚獣登場

 そして、

 ビリビリビリィッ!

 人1人が入っても大丈夫だった丈夫な布袋も、召喚獣の力には勝てずに音を立てて穴が開いた。その音に気づいただろう犯人が何らかの手を打つ前に、急いで僕は開いた穴から転がり出る。
 変なところを地面に打ちつけたらしい痛みが一瞬走ったけど、気になる程度じゃない。そして素早く体制を立て直した僕が、顔を上げた瞬間……
 誘拐犯の顔がついに、僕の目に飛び込んできた。
 それは…………


「……………………」
「……………………恋?」
947 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 06:34:20.91 ID:1U/RiEmE0
恋だった。
 いや…………何で? 何で君、今僕をさらおうとなさったの?
「…………………………」
 恋は無言で、片膝で身構えている僕を、その前で木刀を構えている僕の召喚獣を、そして破れた袋を見る。そして、

 がしっ

「………えい」

 ぽいっ どひゅんっ!!

「ああーっ!? 僕の召喚獣が何の説明もなく空の彼方に!?」
 恋によって城壁の向こうにまで投げ飛ばされた。ちょ……やばいって! あんな高い位置から落ちたらさすがにフィードバックが洒落にならないってば!
 慌てて僕が召喚を解除する間に、恋はどこからかもう1つ袋を取り出して……ってだからちょっと待った!! 何!? 何で僕をテイクアウトしようとするの!? 僕何か恨まれるようなこととかしたっけ!?
「恋ストップ! 待って! とにかく待って! そして話を聞かせて!」
「………暴れないで(ぐいぐい)」
「いやだから無言で誘拐しないでってば! ちょ……力強ッ! 待っ……頼むから話をホント……」

「……何をしている?」

「「あ」」
 ふいにそんな声が聞こえて、誰かと思って僕と恋が振り向くと……そこには、訳が分からなそうな顔でたたずんでいる華雄がいた。

                      ☆

 ……で、華雄に協力してもらってなんとか恋を落ち着かせて、話を聞いてみたことには……
「僕を監禁しようとした……ってこと?」
「………(コクッ)」
「何だそれは?」
 ホントに何だそれ?
 『僕を閉じ込めようとした』……ってその説明だと、ホントに誘拐・監禁目的になっちゃうんですけど?
「あの……恋? 何で僕を閉じ込めようとしたのかな?」
 意図が全く読めないので、慎重に聞いてみると、
「………だめ」
「え?」
「『だめ』……とは?」
「………ご主人様、帰っちゃ、だめ」
「え!?」
 出てきたのは、予想外の言葉。ちょ……何で恋の口からそのフレーズが!?
「……恐らく、情報源はあそこにいる2人だな」
「え?」
 わかったように言った華雄のセリフが気になって、彼女が指差した方を見てみると、

「げっ、見つかった!」
「……あ……」

 壁の陰に隠れている……月と詠?
 えっと……何してるの? 2人とも、そんなところで。
 おずおずと……といった感じで出てくる月と詠。心なしか……うつむき加減のような……?
 どうやら僕が何を聞きたいのかは2人ともわかっている様子。まあ、今華雄が言ってたしね。でも……それはそれでどういうことなんだろう? 情報源が月と詠の2人……ってのは。
948 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 06:35:02.90 ID:1U/RiEmE0
「……あ……あの……」
「ん?」
 言いにくそうに、しかし珍しく詠よりも先に、月が口を開いた。
「ええと……本当なんですか……? その……さっき……」
「? 殺気?」
「何が殺気かバカ。あんたが『さっき』性悪参謀と話してた『帰る』ってのがホントか、って聞いてんのよ」
 と、詠の補足……ん?
 ということは……ああ、つまりあそこでカップ割ったの、月と詠だったんだ? あの陶器類のかけらはその時のか。するとつまり……月と詠は、僕と雄二の会話を聞いてて、それに驚いてカップを落としちゃった……ってところかな。
 と、いつまでも僕が黙ってしまっているのを変な方向に勘違いしたのか、月が若干悲しそうな顔になる。
「ご主人様……?」
「え? あ、いや、あの……」
「そんな悲しいこと……言っちゃ嫌です……っ!」
 ふるふると首を振って、すごく悲しそうな感じでそうつぶやく月……ていうか、え!? あ、あれ!?  ちょ……月!? 泣いちゃった!? 何で!?
「ちょ、月!? 何!?」
「だって……だって、ご主人様がいなくなるなんて……!」
「ちょ、ちょっと月ってば! な、泣かないでよぉ!」
 僕だけでなく、詠までも一瞬でパニックモードに。な、なんだコレ!? こういう時どうしたらいいんだ……っていうか何でこんなことに!?
「ご主人様に出会えて……命を救ってもらって……私はここにいるんです……! こんなに楽しく、日々を過ごせてるのも……ご主人様のおかげなんです……! それなのに……そんなこと……」
 僕と詠の説得(?)も空しく、月は泣きやむ様子なし。というか、聞こえているのかどうかすらそもそも疑問なくらいだ。
「ご主人様がいなくなったら……私……生きて……いけ……ません…………!」
「ちょ、そんな大げさな……」
「大げさじゃありません!」
「「「!?」」」
 うお! ビックリした!
 悲鳴にも近いくらいの音量と迫力で響いた月の声に、僕も詠も、華雄もびっくりして一瞬固まった。ゆ、月ってこんな声出せたんだ……? どこから出たんだろ……?
「それぐらい……ご主人様のことが大切なんです……! なのに……そんな……」
 スカートの上からでも、月の膝あたりががくがくふるえてるのがわかる。ま、まいったな……こんなつもりなかったのに……まさかここまで大泣きされるとは……。
 おそらくさっきの鈴々たちの情報源も月だな、なんて考えが一瞬頭をよぎったんだけど、それらと同時進行で考えられるほど今のこの事態は単純じゃない。ていうか、月、泣きやませないと……。
 が、その気配全くなし。それどころか僕の上着を両手でつかんで離さない。
 まるで……離した瞬間に僕がどっかに行っちゃうとでも思ってるみたいだ。
 ……あ、なるほど。さっきの恋の行動もコレと同じ……ってことか。僕を麻袋に入れて、監禁して、どこにも行かせないように……
 ……何でこうまで印象というか手段というか、が違ってくるんだろう。一騎当千の武将と癒し系メイドの差だろうか。
 どうしたもんかと困っていると……月をあやしつつ、詠が僕の方に視線を向けた。
「ねえ、正直僕も聞きたかったんだけど……あんた、『天』に帰るの?」
「え? あ、いや……それはまだわからないっていうか……」
 そもそもいつわかるかとか、わかるかどうかも疑問なわけであって……
「そういえば……さっき霞が凄まじい剣幕で廊下を走って行ったな……。あれももしや、その噂によるものか?」
 と華雄。多分そうだ。
 その直後、鈴々と翠と一緒に僕の所に押しかけてきてるし。
「ふむ……なるほどな。危惧しない事態ではなかったが……ここにきて如実に問題が表面化したか……なら、この状況もいた仕方あるまい」
「あるまい……って、そんな言葉で片付けないでよ……」
「何を言うか吉井殿。片づけるなどと……というか、片付くとも思っていない」
 いやまあ、そうなんだけど……余計悪いような。
 と、詠が唐突にこんなことを言い出した。


「だったら……早いとこ帰っちゃえばいいのに」


「詠ちゃん!?」
 塩酸に水酸化ナトリウム垂らしたときみたいな反応で月が顔を上げた。信じられない、とでも言いたげな表情で、詠の方を見る。
 当の詠は……僕とも、月とも、目を合わせようとしない。
 というか僕、とことん詠に嫌われてるというか、ドライな感じに見られてるんだな……。月が泣きだしちゃった後だから余計にかもしれないけど、ちょっとショックかな……。
「どうして……どうしてそんなこと言うの……!?」
「う……」
 涙目、目の周り真っ赤の月にそう聞かれて、詠は一瞬たじろぐ。
「だ、だってさ……ほら、コイツってもともと、この世界の住人じゃないんでしょ? それだったらほら、コイツもこの世界のことが好きかどうかなんてわかんないし……それに……」
 で、一拍置いて、
「……コイツもさ、元の世界……『天』? に帰った方が幸せなんじゃない?」
 と、ちょっとすねたような口調で言った。
 ん……なんだただ嫌われてるだけかと思ったけど……詠、案外僕のことも考えてくれてたのかな? まあ、それが方便って可能性自体はまだあるけど、ちょっと意外というか、嬉しいというか……。
949 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 06:35:51.18 ID:1U/RiEmE0
ただ、『そうなんですか!?』とでも聞きたげな月の視線がちょっと痛いというかいたたまれないから、対応にはどの道困るんだけど……
 けどまあ……考える可能性としては、詠の言うことも一理あるのかな……。確かにまあ、僕はこの世界も、この世界で出会った人たちも大好きだけど……
 ……なんていうか、僕の元々の生まれは向こうなわけだし……うーん、さっきの霞達との会話でも、結局考え付かなかったしな……。
 向こうの世界……か。確かに思い出は多い。

 事あるごとに追いかけまわしてくれたFクラスの連中とか……

 ほとんど毎日追いかけまわして、補習室に監禁&鉄拳フルコースをプレゼントしてくれた鉄人とか……

 試召戦争で死闘を繰り広げたBクラスやDクラス、他の学年の面々……根本くんとか常夏コンビとか……美波関係で僕の抹殺をいつも狙ってた清水さんとか……

 どうしようもなく底意地の悪い陰湿卑劣迂遠な妖怪ババァとか……



……あれ、おかしいな。大して執着するポイントが無い。



 ま、まあ今のはほんの一部だしね。
 そんな、向こうの世界こそ異世界だと思えるようなこの感じはきっと気のせいだよ! うん!
 向こうの世界にも……きっと僕の居場所はあった……よね? 補習室意外に。
 ともかく、何だか悲しいビジョンを示唆してくるこの記憶からは目をそらして、詠達に帰すべき答えを模索する。
けど……そんな答えなんて、これ以外に思いつくもんじゃない。
「正直……わかんないや。まあでも……この世界もすごく楽しいし、気にいってるよ? 向こうの世界に負けないくらいに」
 ちょっと怪訝そうな詠の顔。今の答えが奥歯に物が引っ掛かったような感じだからか、若干納得行ってない様子だ。でも……コレしか言いようがないんだから仕方ない。
 僕の本心であることは確かなわけだし。
「でもさ、あの筋肉の話だと……それは結局、あんた達にとっては偽りなんじゃないの?」
「さあ……ちょっとわかんないな。僕、バカだし」
「へー、自分でバカとか認めちゃうんだ?」
 この場面に限っては抵抗が無いんだよね、恐ろしいことに。
「……変なの」
「変でごめん、でもさ……」
 一拍、
「僕も……この世界から離れたいとか、そういうことは思ってないから。できれば、月たちともずっと一緒にいたいと思ってるし」
「でもさ……そうできないかもしれないんでしょ?」
 否定はできないのがつらいところだ。
 でも……僕はそんなシナリオを肯定する気もないし、いざとなったらバカはバカらしく抵抗するつもりでいる。本位でなく、月たちと無理やり引き離される……なんてことは嫌だからね。
 偽りだろうとフィクションだろうと、月たちがここで僕を助けてくれて、支えてくれてた……っていうのは事実なんだからさ。
「……華雄さんや……恋さんは……?」
「ん? 私か? 私は……まあ……」
「………恋も、嫌」
 話を振られた2人。恋は即答だったけど……華雄は、返答に窮する様子だ。
「……ちょっと、華雄将軍?」
「急かすな。まあ……当然、いい気はせんさ。私の命も、月殿の命も……吉井殿に救ってもらったわけだからな。できることなら……」
「ほな、そうしたらええやん」
「「「!?」」」
 と、突然誰かの声が割り込んできた。
 声のした方を全員で一斉に振り返ると……そこにいたのは……霞?
 あれ、でもさっき別れたはずじゃ……
「あないな大きな声聞いたら、そら来るっちゅーねん。ご主人様の悲鳴はいつものことやけど、月っちがアレって、そうそう無いで?」
 ああ、つまり……さっきの月の悲鳴を聞いてか。まあ、月があんな声出すことなんて、姉さんたちがまともな料理作るくらい珍しいし(現在成功例:姫路さんのコーヒー)。
 正論すぎて、その直前の理不尽な言い回しを気にできなかった。
 その霞は、意図せずしてその場に集まっている恋、華雄、月、詠……そして自分と、元董卓軍のメンバーを見渡して言う。
「なんやなんや……古巣の連中がそろってからに、どいつもこいつもしんみりしよって……シャキッとせんかい!」
「そう言ってやるな霞。問題が問題だ」
「そうよ。あんただってその……戸惑うでしょ? コイツが帰るなんて噂になったら」
「まな。けど、もう済んだし」
「「は?」」
 と、あっけらかんと言う霞。
 その顔の余裕は……先ほどすでにそのことで悩んで、結果ふっ切った霞だからこそのものだ。不思議そうな目で見てくる月や華雄達に向かって霞は、
「あんな恋ちん、ええか? もしご主人様が帰ってまうかもしれんっちゅーことになったら、ウチらに何ができる?」
「………………………………(すっ)」
 
950 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 06:36:56.04 ID:1U/RiEmE0
 無言で麻袋を指差す恋。いや、だから君ね……
 若干顔をひきつらせつつも、霞は落ちついて返す。
「悩む必要もないんやけどな……。ウチらは武官や。できることがあるとしたら1つやろ? ご主人様渡したなかったら、ウチらが自分で守ったったらええねん」
 気風よく、はっきりとそう言ってのける。
「あ、あのね……あんた……」
「なんか変なこと言うてる? ウチ」
 ジト目の詠に、邪気のない笑顔で返す霞。
「さっきも考えたんやけど……天だのなんだの、何もわからへんウチらが何考えたって、打開策とか考え付くはずないやん。けどな、せやったら……ウチらにしかできないことを頑張ったったらええねん」
「……なるほどな。確かに私や貴様などは、武芸くらいのものか」
 と、華雄が納得したように言う。武人同士、通じるものがあったのだろうか。
「………?」
「わからんか恋?」
「そやな……究極にわかりやすくゆーと……」
 一瞬悩んで、
「白装束ぶっ飛ばしたったらええっちゅうこっちゃ」
「………わかった」
 おお、恋も納得。
 ひどく雑な理論に聞こえるけど、正論だ。向こうが何者かも正直よくわかっていない(タイムパトロールもどきってわかってはいるけど、あんまり関係ない)し、だったら……純粋に敵としての認識でいいはずだ。
 そこに至った時、霞達のとるべきであろう行動は1つなんだから。
「ちゅーわけでええか! ご主人様掻っ攫われたなかったら、ウチらで守れっちゅうこと! これでわかったか恋ちん?」
「………(こくこく!)」
「よし上等! ……で、詠っちも月っちもな」
「え……私達……?」
「ちょ、あんた、私たちをあんた達を同じ系列で考えないでよ! 私たちは武官でも何でもな……」
「ちゃうちゃう。せやから……自分ができることを一生懸命やってたらええっちゅうてんの」
 意外そうな顔で慌てる月と詠に、お姉さん的なテンションと空気をまとって話しかける霞。こういうとき……すごく頼もしいというか、背中が大きく見えるから不思議だ。
 やっぱりこういうおおらかな人っていうのは、そういう空気みたいなものがあるんだろうか。
「詠っちやったら軍師やし、戦略を立ててご主人様を助けられる。月っちだって、ご主人様の傍にいて支えてあげるのは得意やろ?」
「……そんなので……いいんですか……?」
「ええの。大事なんは、何かしてあげられる……っちゅーこっちゃからね。それがある限り……月っちはご主人様達と引き離されたりなんかせぇへんよ」
「……都合のいいこと言ってくれるわね。根拠もないのに」
「根拠なんていらんて、そんなもんに頼らんと動けんほど……ウチら弱ないやろ」
「乱暴な理論だな。だが……一理ある」
 華雄も、やや呆れながらも納得した……というか、ふっきれた顔だ。どことなく、霞に近いものを感じる。

「噂を聞いた時は正直戸惑ったが……それもそうだ。どの道思案など、私に似つかわしくもない、私はただやれることをやるのみ……か。ふっ、猪武者が要らんことを考えた」
「華雄ちんには、もーちょい思慮があってもええんちゃう?」
「はっ、言ってくれる」
 何か心なしか楽しそうな武官たちの会話。
 と、ふいに、僕の袖をつかんでいた感触が離れるのが感じられた。
 えっと……月?
「私も……」
「?」
「私も……頑張ります」
 そう、言ってくれた。
 その声には、さっきまでの弱弱しさがまだ残っていたものの、同時に強い意志も感じられた。
「がんばります……。自分にできることで……ご主人様に喜んでもらえるように……この世界にいて、よかった、って思ってもらえるように…………だから……」
 それっきり月は口を真一文字に結んでしまって、その『だから』の先は聞けなかったけど……なんとなく、それがわかるような気がした。
「……仕方ないわね……。あんたには恩もあるし……月の泣き顔なんて見たくないし……ボクもやってあげるわよ。できる範囲でよければ、だけど………………全力で(ぼそっ)」
 詠も、それにならう形でそんなうれしいことを言ってくれる。
「……ありがと、月、詠、みんなも」
「…………ふん!」
951 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 06:37:26.30 ID:1U/RiEmE0
しばらくそのまま、何をしゃべるでもなく時間が流れた後、月と詠は仕事に戻る、と言って、その場を離れた。
 その背中を見送りながら……僕は、月のすすり泣くような声がいつの間にかやんでいるのに気付いた。そして、さっき月が見せてくれたあるしゅの『決意』が、再び僕の脳内にフラッシュバックする。
 自分は大丈夫だから、と、僕を心配させないために手を離して、あんなことまでいってくれたんだから。そりゃ印象に残る。
 そして自然と……月が言おうとしていたであろうことも、頭に浮かぶ。自画自賛かもしれないけど、多分月は……

『だから……どこにも行かないでくださいね。ご主人様』

「やれやれ……」
 誰にともなくつぶやく僕であった。
 やっぱり……こんな風に僕のことを慕ってくれてる月たちが、架空だのの存在とか……絶対思えないや。改めて実感した。
 月達のためにも……僕がぼやぼやしてちゃだめだな……。
「にひひっ、責任重大やな。頑張りや、ご主人様」
 そう言ってぽんぽんと背中を叩いてくる霞の言葉は、皮肉かもしれないが、僕はそれを真摯に受け止めようと思った。
 本当だよな……がんばろう。僕も……僕にできることを、ね。
 じゃなきゃ……月に申し訳ないってもんだ。

952 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 06:38:32.96 ID:1U/RiEmE0
白装束・外史総括編
第146話 王と平和とアキちゃんパニック

 えーと……これは何でしょう?

「さて……正直に話してもらおうかしら、明久?」
「嘘はつくなよ? 隠し事は……身のためにならんぞ」

 ……なんか……取り調べ?
 右と左、2方向から飛んでくる凄まじきプレッシャーに、僕は今にも押しつぶされそうです。まあ、その発信源が誰かって……他ならぬ魏王と呉王、華琳と蓮華なわけだけど。
 どうしてこんなことになってるのかというと、月達と別れた後、突如として現れた春蘭と思春―――しかも2人とも凄まじい殺気を伴って―――により、連行もとい拉致されてここにいるわけ。
 案内された中庭のテラスには、華琳、秋蘭、桂花、蓮華、穏、冥琳がいて、そこに両陣営に挟まれる形で座らされた。なんかこう……尋問にしか見えないのは気のせいではあるまい。
 あの……僕何かしましたかね?
 2人が送ってくる視線には、疑惑や不安、怒りかと思えば悲観、それらが全部ごっちゃに入り混じったような不思議な感じがあった。……あれ?こんな感じの視線、最近どこかで見たような……?
「さて……」
 と、考える間ももらえず、華琳が口を開いた。
「無駄に時間を使っても何の益もないから、率直に聞くわ。明久……あなた、本当に『天』に帰るの?」
「え!?」
 あ……こういうことだったの? この尋問。
 驚いたな……直接聞いてた月や、偶然その近くにいた鈴々達はまだしも、華琳達までもうこの噂を聞いてたなんて……この人、城内各所に間諜でも放ってるんだろうか?
 ……ホントにやってそうで怖いな。
「どうなのだ吉井? 噂は本当なのか?」
 と、こちらは他の人達が見ているため、僕に普段使ってくれる女の子口調をオフにしてる蓮華。彼女も知ってたか……華琳に聞いたのかな?
 ともかく、口調や表情から察するに……2人とも……いや、後ろで待機してる春蘭達も結構本気で気にかけてくれてると見える。なら、きっちり話さなきゃダメだろう。
 あまり細かい、複雑なとこは割愛させてもらうとして、僕はとりあえず、さっき月達に話したのと同じ要領で説明をした。

                       ☆

「なるほど、ね……。つまり、まだあくまで可能性の段階、というわけ?」
「ん……まあ、そういうことになるかな」
「……………………」

 黙る蓮華と、ふう、とため息をつく華琳。それが落胆か安堵かはわからない。
「えっと〜……つまり、白装束の皆さんとの決戦の折、その『儀式』と同時に何か……ご主人様の帰還云々に関わる現象が起きる可能性がある、というわけで、必ずしも帰ってしまうわけではない、と。なぁんだ、よかった〜……」
「『よかった』でもないぞ、穏」
 と、ほっとした様子の穏にぴしゃりと冥琳がクギをさした。
「聞く限り、その儀式とやらの際に何かが起こる可能性自体は十分にあるらしいからな。それに乗じる形で、吉井が帰ってしまう可能性は無きにしも非ず、だ」
「だーいじょぶですよぉ。何とかなりますって」
 と、穏。

「少なくとも、ご主人様が決定事項として『天に帰る』って言ってるわけじゃない……ってことはわかりましたし。それだけでも収穫でしょ?」
「まあ、それも一理あることはあるわね……」
 と、華琳。ふぅ、と短く息をはくと、再度僕に向き直る。
953 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 06:40:40.52 ID:1U/RiEmE0
「なら……もういいわ。行っていいわよ」
「え、もう?」
 なんだ、やけに早いな。華琳のことだから、まだもう大分いろいろと何か聞かれると思ったんだけど……。
「聞くことがないもの。話を聞く限り……私達にその『儀式』に関する何かが出来るというわけでもなさそうだしね。それに、仮に……」
 仮に?
「あなたに『正直なところ、帰りたいのか』……なんて聞いた所で、答えは見えているもの。どうせ、『あっちの世界も好きだけどこっちの世界も好き』とか云々でしょ?」
 この娘ほど『海千山千』って言葉がよく似合う子も珍しいってもんだろう。
 それでいて、考えても仕方ないことはきっぱり割り切る……ホント、この子、すっごくよくできてるというか……。
「それよりも……吉井?」
「? 何、蓮華?」
「……今一度……聞いておきたいのだが、今回の戦い……本当に我らは参加させてはもらえないのか?」
 ……なるほど。まだ引きずってるみたいだ。
 今回の戦い、ホントのホントに敵の得体が知れない。だから、何が起こるかわからないし、僕らの不在中に中が何かが起こらないとも限らない(こっちはいつものことだけども)。
 だから、華琳と蓮華、そして魏&呉の皆さんには待機してもらって、もし僕らに何かあったら、代わりにこの大陸の統治を……っていう方向性で行くことになってるんだ。
 当然大反対食らった。2国ともあの連中には煮え湯を飲まされたわけだし、雪辱を晴らしたい気持ちはよくわかる。特に春蘭なんか『行かせろ―――!!』って玉座の間で大暴れしそうになったし、甘寧だってスタンド使いばりの凄まじい闘気を発して窓ガラスが割れそうになった。無口だから余計に怖かった。
 けど、今回はホントに言うこと聞いてもらう他ないので、3時間くらいかかって、文月軍総出で何とか説得できた。いや……あの時は大変だった……華琳と冥琳が早々に納得して説得側に回ってくれなかったら、説得に1日費やしても足りなかったかもしれない。
「しかしだな……我々とて、奴らには耐えがたいほどの意趣があって……」
「そうだ吉井! 行かせろ!」
 あーあ……蓮華に刺激されて、春蘭がぶり返しちゃった……。
「だからさ、今回はホントに……」
「それはもう聞いた! しかし吉井、貴様私に、華琳さまを愚弄した奴らを相手に我慢しろと言うのか!?」
「いや、そうなんだけど……っていうか、その借りは必ず僕らの方で返しとくから、春蘭たちはこの都の方を頼みたいんだってば! 僕らに何かあるかもしれないし……それになくても、また華琳の時みたいに敵の幹部が直接本拠地に来るかもしれないでしょ?」
「そ、それはそうだが……」
「明久の言う通りよ、春蘭。収まりなさい」
「は、はい……」
 と、華琳の一括で静かになる春蘭。さすがだ。
 今回といい前回といい、華琳の説得には助けられてばっかりだ。ありがとう、ホントに。
「いいのよ、正論だものね。けど……」
「けど?」
「『自分達に何かあった時のために』なんて、そんなつもりないんでしょう? あなた達に限って」
「ははは……そりゃまあね」
 当然だ。あんな連中に負ける気もないし、何よりこの世界を消滅させてたまるかってんだ。必ずあいつらに勝って、帰ってくる……軍のみんなが、その強い意志でいっぱいだってことを僕は知っている。
そして、それを理解してくれているからこそ……華琳も冥琳も、僕の側について説得に応じてくれたんだろう。その信頼には、答えなきゃね。
「ふん、せいぜい早く帰ってくることね。でないと……帰って来た時、この城に華琳さまの『魏』の旗がはためいているかもしれないわよ?」
「は、ははは……怖い冗談言わないでよ……」
「ふふ……冗談だといいわね……?」
「いや、ちょ……」
 いつも通りの桂花の憎まれ口。だけど……一応本気で実行可能な状況にはあるので、ちょっとだけ怖い。マジで。
 怪しい眼光の桂花に何て返したもんかなと考えていると、仲裁かどうかわからないが、華琳の思いがけないセリフが飛んできた。

「ああ、それならもう心配しなくていいわよ? そんなめんどくさいの、もうたくさん」


「「「え!?」」」
 ちょ、どうしたの!? 魏の覇王が。いや、そりゃされても困るけど……。
 僕よりも困惑してるらしい桂花が、目を見開いて尋ねていた。
「か、華琳さま!?」
「だってそうでしょ? あなたのとこの捕虜になって……まあ、捕虜ってほど過酷な環境でもなかったけれど……そこで暇つぶしに色々やってみて、よくわかったのよ。世の中って、王の仕事なんかより楽しいことが山ほどあったのね」
 そう言う華琳は、なんか生き生きとした顔になっていた。
954 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 06:41:47.62 ID:1U/RiEmE0
確かに……華琳、捕虜だったころから『暇』って理由で、色々やってたっけ……。

 たしか、料理やお菓子作りに始まって……花壇の一角を借りきってガーデニングしてみたり……家庭菜園で野菜作ったり……本書いたり……酒蔵作って酒造なんかもやってた。
 遊びに行く機会も増えて、芝居や演奏会、釣りや狩りにも行ってた。
 それに……璃々ちゃんと遊んでるのも見たことある。何を想像したのか、一緒にいたムッツリーニが鼻血を出してたっけ。全く不謹慎な奴だ。いくら華琳だからって、そんな璃々ちゃん相手に狙ってなんか…………ない…………といいね?
 挙句の果てには姫路さんや霧島さんから向こうの言語を習ったり、ムッツリーニから機械類の操作方法を習ったり、工藤さんと口に出せないようなことを話したりしてたっけ。

 そしてその全てで成果を上げてるんだからすごい。酒の味は星を驚嘆させてたし、書いた本はベストセラーになった。釣りに行ったと思ったら、何とかっていうメチャクチャ貴重な魚3匹も釣ってきたし(しかもデカイ)。いつだったか……向こうの世界で言うところの株取引みたいなのがやってみたいとかで僕がいくらかお金を出資したんだけど、数日後100倍になって帰ってきたっけ……。
 極めつけとして日常会話の横文字をほぼマスターして、さらにこの前はムッツリーニとの『あなたの所のハードディスクドライブに云々』なんて会話を聞いた気がする。ホント……この娘の成長速度ときたら、末恐ろしいったらない。

「だから、面倒なことは全部あなたにやってもらって、私は桂花たちともっともっと楽しいことを堪能するって決めてるのよ。おわかり?」
「ああ……なるほどね、うん」
「桂花も……納得できたかしら?」
「は……はい、華琳さま!」
 今のセリフで安心したどころか、これからの生活がより楽しみになったらしい桂花。今から至福の表情だ。
 しかし……華琳だって『元老院議員』、仕事が無いわけじゃないだろうにそれを大したことない量だって笑い飛ばせるところもまた、相変わらずすごいよなあ……。
「そういうわけだから、私の余暇を守るためにも……ちゃんと帰ってきてね、明久」
「ああ……がんばるよ」
「……信じているからな……」
 華琳も蓮華も、僕の目を見て嬉しいことを言ってくれる。
 改めて思えるなあ……この戦い、負けるわけにはいかない……って。

 と、

「ホントですよ、ご主人様〜……戻って来なかったら、お仕置きですからね〜?」

 と、この面子でただ一人僕を『ご主人様』と呼ぶ穏の口からそんなセリフが。えっと……何?
 戻って来なかったらお仕置きとかできないでしょ……なんてツッコミはとりあえずしまっておいて、珍しく意地悪っぽい笑みを浮かべる穏にその発言の真意を聞くと、
「そうですね〜……じゃあ、私たちを戦いに連れてってくれない八つ当たりも兼ねて……」
 と、何やらどこから取り出したのかもしれない大きな布を手に取った。……? 何だろうそれ?
「あら……陸遜、それは何かしら?」
「えへへ……とってもいいものですよ〜?」
「いいものって……っ!!?」
 と、その布を視界に入れた途端……蓮華の顔色が変わった気がした。何だ? その布がどうかしたんだろうか?
「の……穏! それはもしかして……私の……私の部屋の……」
「えへへ〜……ではでは、じゃじゃーん!」
「あ、ちょっ……!!」
 制止しようとした蓮華をかわして、穏はその謎の布を広げた。するとそこには……



 …………メイド服姿の僕がプリントされた抱き枕カバーがあった。
955 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 06:42:30.77 ID:1U/RiEmE0
「「「―――――!!!?」」」
「きゃあ――――――――っ!!!」
「ぎゃあ――――――――っ!!?」

 テラスを彩る3種類の反応。絶句する華琳達、悲鳴を上げる僕と蓮華、そして満足げな穏。……ってちょっと待った! ちょ……何それ!? どういうこと!?
 その抱き枕は……まぎれもなくムッツリーニが『ムッツリ商会』で販売している、誰が買うのか皆目見当もつかない商品だった。ちょっと! そんな人に見られるのも絶対嫌なあの黒歴史グッズが、なんでそんなところに!?
 しかもっていうか……それさっき蓮華が『私の』って言ってなかった!? 何で蓮華の部屋に!? 何で蓮華が!? 本来の使用方法で使用されるはずがないし……小蓮が面白半分で買ったのか!? それとも思春がサンドバック代わりにしてるの!?
 ていうか穏! そんなもの堂々とこの場で見せびらかさないでよっ!!
 か、顔から火が出そうだ……! 完全な不意打ち。まさかシリアスな話題から、こんな展開になるなんて……!!
 ……って待てよ!? こう来るってことはもしかして、僕らが万が一帰って来れなかった場合のお仕置きって……

「もしご主人様が帰って来なかったり、天の世界に帰っちゃったりしたら……コレよりもっときわどいご主人様ぐっず(女装)を国中にバラまいちゃいますからね〜?」
「ノオオォオオオオオオ――――――――――――ッ!!?」

 受け売りであろう『ぐっず』の意味がよくわかっているのかどうか不安な穏のセリフに心が折れそうだ。
 じゃあ何か!? 僕は失敗したら、3国中に女装写真を無料配布されて笑いものにされるのか!? オーマイガッ!!! なんて仕打ちだっ!!
 やばい、コレホントに速攻無事で帰らないと……!
 ――――と、今まで唖然として反応のなかった華琳が、
「やれやれ……呆れた。でも……びっくりしたわ」
 え? びっくり? 何が?

「あなた……意外な趣味……もとい、魅力があったのね」

「やめて華琳! 魅力とか言わないで! この現実を肯定して受け止めないで! それからコレ別に僕の趣味とかでも何でもないから!!」
「いいのいいの、気にしないわよ明久。それと……」
 ………………それと?
「今夜……私の部屋に来ない? よかったら……私が見立てた女物の服を用意して待っててあげる。なんなら……春蘭たちと一緒にかわいがってあげてもいいけど……?」
「だからそういう方向で僕を認識しないでってば! 本気で傷ついてるから今!!」
 何だよその僕を女みたいに見れるみたいな発言は!?
 冗談かもわからないし、普通に考えれば思春期男子には嬉しい誘いも混じってるんだけど……ガチ百合の華琳にそういうこと言われるのすごくクるから!! 主に僕の繊細な心に!!
 言われた内容そのものが結構ヤバいそれなんだけど、そんなの気にならないくらいに今の状況がヤバい。徹底的に僕を追い詰める。
 そんな時、地獄に仏とでも言うべきなのだろうか、
「…………よ、吉井明久……」
 と、桂花の声。ああもうこの際桂花でもいいや!
 というか、常日頃から僕に罵声を浴びせてくる桂花なら言ってくれるはずだ!! 女装していようが僕は僕、所詮は『男』であることは変わらず、憎むべき対象であると!
 罵倒でも何でもいいから、僕の女装を否定する天使の声を……



「…………ちょっとはあなたのこと……見直してあげようじゃないの」
956 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 06:43:03.88 ID:1U/RiEmE0
「嫌だあぁぁあああ――――――――ッ!!?」
 桂花まで!!
 男が大っ嫌いな桂花まで!!
 『空気妊娠するから近付くな!!』って言って他の男を半径3メートル以内に近づけたがらない桂花までそんなことをォ―――っ!!?
 何!? 何なの!? 僕の女装写真は君たちにとって何なの一体!?
「あらあら……モテモテね、明久」
「全然嬉しくないよもおぉお――――――――――――っ!!!!」

 何なのさ……これから頑張ろうって僕に、この仕打ちは……!!

 思いもよらない角度からの攻撃。名誉棄損と精神攻撃によって、出陣前に大ダメージを受けた僕の悲痛な声が、そしてその様子をおかしそうに笑うみんなの笑い声が、城の中庭で平和にこだましていた。

 ま、まあ……いい具合に肩の力抜けたと思えばコレも……ってよくないよっ!!

957 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 06:45:03.18 ID:1U/RiEmE0
白装束・外史総括編
第147話 政務と覚悟とみんなの本音

 ここは政務室。
 なんかこう……難しくは言えないけど、政治とか軍事関係の仕事を集中してやるための部屋。
 その部屋に、何ていうかこう……重苦しいっていうか、張り詰めたって感じの空気が漂っていた。それもこれも、さっき瑞希が持ってきた変な噂が原因なんだけどね。

「「「……………………」」」

 紫苑さんも、朱里ちゃんも、白蓮さんも、瑞希も…………そしてウチも、みんな無言。
 いや、仕事は集中してやるってのはいつものことなんだけど、今回のは何か、空気が違うなあ……。
「………………」
 いつもとは明らかに違う理由で眉間にしわが寄ってる朱里ちゃん。声かけづらい……けど……。
「あのさ……朱里ちゃん?」
「はい?」
「えっと、ここなんだけど……」
「あ、はい。これはこっちの書類を……」
「あら? 違うわよ朱里ちゃん。それはこっちのでしょ?」
「え? ……はわっ! そ、そうでしたぁ!」
「あー、それと朱里……この書類、次期補充時の要項が書いてないんだが……これだと下の連中が混乱するぞ?」
「はわわぁっ!! す、すいませんすぐ直しますっ!」
「珍しいですね……。朱里ちゃんが……」
 さっきから『はわわ』を連発してわたわたと慌てている朱里ちゃん。
 今日……ずっとこんな感じ。確かに瑞希の言う通り、こんな感じの朱里ちゃんは、進んで勉強するアキくらい珍しい。いつもは、どんな報告が入ってきて、どんなに慌てていても、仕事は完璧にこなす朱里ちゃんを見ているから余計に。
 まあ、理由は……わかりきったことなんだけど……。

                        ☆

「へっきし!」

 何だろ? 今すごく失礼な感じがよぎるくしゃみが出たんだけど。
 まあ……いいか。比較的いつものことだし……。

                        ☆

 ついさっき聞いた、あの意味わかんない噂。何よ? ウチ達が『帰る』って?
 話じゃ坂本が言ってたらしいんだけど……私達そんなこと1つも聞いてない。
 だから、それ聞いた瞬間朱里ちゃん達に質問攻めにされたんだけど、当然何も答えられるはずがなく。中でも朱里ちゃんの慌てようがハンパなくて、それからずっとこの状態……ってわけ。
 表面は落ち着いて見えるけど、内心全然集中できてない……と。
 けど……それを責める、ってこともできないのよね……。だって、ウチ達もそれは混乱させられてる所だし……。
 何も聞いてないし、何かの間違いだとは思うんだけど……アキじゃなく坂本が言ってたってのが気になる。あいつが言ってたってことは、どういう意味にせよ何かしらの根拠と内容があるってことだし。それに、今まさに意味のわからない事態が進行してる真っ最中なわけで……不安も現実味を帯びるわけ。
 万が一のことだけど、ホントだったら果てしなく困るしね……。
「……はぁ……」
 と、朱里ちゃんの口からそんな寂しそうなため息が出たところで、ついにしびれを切らした人が1人。
「だーもぅ、気になって仕事が進まないじゃないか!」
 白蓮さんが珍しく吠えた。
「はうあっ!? す、すいません、私……」
「あ、いや、朱里じゃなくて。この噂のことだよ。ホントんとこどうなのか気になって気になって……もう仕方ない、坂本あたりに聞いてくるかな……」
「それは私も気になるところだけど……聞こうにも、雄二君は郊外へ見回りに出ちゃったんでしょ? 探しに行ってると……政務が止まっちゃうわ」
 紫苑さんの言葉に、『そうだった』とがっくりする白蓮さん。
 次いで瑞希が、
「それに、使いの方を出して聞いてきてもらうわけにもいかないんですよね?」
 そう聞いた。
「ダメね。この噂が広まるのは好ましくないわ。さっき情報規制を引いて、対策ととったばかりだもの」
 ふぅ、と、紫苑さんまでため息。大人のように受け答えしつつも、やっぱり気にはなってるみたい。

 ところで、今の話はどういうことかと言うと……。
958 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 06:45:59.26 ID:1U/RiEmE0
さっき、瑞希がこの噂をこの部屋に持って来た時のこと。
 朱里ちゃんと白蓮さんがテンパる中、紫苑さんは冷静に動いていた。
 具体的に言うと、瑞希から事情を聴いて噂の発信源を調べ、すぐさま部屋を飛び出してその発信源(月ちゃん&詠ちゃん)の所へ急行。そこに2人と一緒にいた華雄さん、恋さんに口止めをした。噂を広げないように、他言無用だ、と。
 さらにそこで得た証言をもとに今度は道場へダッシュ。そこにいた鈴々ちゃん&翠さん&霞さんにも口止め。その後色々と事後処理をやって、兵の一人にもその噂を気づかれることなく全てを治めたのだ。
 流石は紫苑さん、文武両道はだてじゃないわね……。
 どうしてこうしたかっていうと、言わずもがな、こんなうわさが城内・領内に広まったら困るから。
 人心がやっと安定してきてるこの状況下で『天導衆が帰る』なんて噂が立ったら、城下にそれこそとんでもない大混乱が巻き起こる。何せ、ウチ達はこの大陸を統一して平和な世界を作り上げた、行ってみれば立役者(そんな自覚ないけど)。自画自賛は好きじゃないけど……この大陸の平和と調和は、ウチ達がこうして存在するからこそ……っていう部分が意外と大きい。だからこそ、こんなうわさの流布はまずい。
 それに乗じて、火事場泥棒よろしく悪さする連中も出てくるかもだし……せっかく今まで苦労してやってきた政策の数々がパーになりかねない。
 何より、今実際にウチ達は、白装束関連でなんだかよくわかんないことにまきこまれてる最中。こんなことで城内が混乱してたら、どうなるかわかったもんじゃない。
 だからこそ、紫苑さんはあの恐るべきスピードでの対処を披露したわけ。
 それでも、今まで我慢してた分、白蓮さんは引き下がりが悪かった。
「けどよ……紫苑や朱里だって気になるだろ? あんな……突拍子もない噂……。それに島田達だって、 この世界とお別れするかもって瀬戸際じゃないか、言ってみれば」
「それは、まあ……」
「そう、ですけど……」
 そう言われると……立つ瀬ないなあ……

 確かに……まあ、それがホントかデタラメかは別として考えても、この世界からいなくなる……なんて、ちょっとショックかも。
 最初は、瑞希とわけわからないところに放り出されて、元の世界に帰りたいって毎日泣きごと言ってたけど……そうそう、白蓮さんに拾われて、遠征について行った先でアキたちと合流してから、全てが変わったんだっけ。
 この世界のこと、戦いのこと、アキの国のこと……色々教えてもらった。そして、そこでたくさん仲間もできた。順番に上げれば……朱里ちゃん、恋さん達、翠さん、星さん、紫苑さん……もうキリないわね。
 そこで、いろいろ楽しいことも、つらいことも経験した。
 アキ(太守)のおかげでお財布にも余裕ができて、食べ歩きとかして、いろいろこの世界を違った角度から見て楽しめた。鈴々ちゃん、屋台のこと何でも知ってたな……。
 坂本達との漢文の勉強会、何度も脱走したっけ。あーあ、アキの気持ちが初めてわかったわね、あの時は。それと、アキと土屋の手慣れた脱走の仕方に衝撃受けたり。
 戦場に出たこともあった。人がリアルに死んで行くのを見るのはつらかったし、怖かったけど……まあ、貴重な経験になったと思えば。
 それに、それらを通して、孫権さんとかとも知り合えたんだし……最近では、白蓮さんに誘ってもらってご飯食べに行ったりもしてるのよね。
 そんな感じで、ここでの充実した生活を送ってるウチ達だから……いつの間にか、最初のうちは常にあったはずの『帰りたい』って気持ちが薄れてるのがわかった。
 ……そもそも……正直、どうなんだろう。ウチはまだ、向こうに帰りたいのかな……?
 瑞希も同じことを悩んでるみたい。おでこにしわ作って、すごい感じで悩んでる。
 すると、

「もしそうだとしたら……それはそれで仕方のないことなのかもしれないわね」
959 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 06:46:34.31 ID:1U/RiEmE0
「「「!!?」」」
 紫苑さんの口から飛び出した、意外すぎるセリフに……ウチ達は全員息をのんだ。
「え!? し、紫苑……さん!?」
「ちょ……おい!? 紫苑お前、吉井達が帰っちまってもいいってのかよ!?」
「そうは言っていないわよ。でもね、それが定めであり……ご主人様達にそのつもりがあるのなら……私はそれを受け入れる覚悟ができてる、ってこと」
 意外……としか言いようがない。
 何て言うか、まあ、そういう冷静なイメージは確かにあるんだけど……紫苑さん、けっこうドライ……。覚悟ができてる……っていうのかな……。
 一応、理想的な答えなんだろうけど……みんな、不思議そうな目で紫苑さんを見るばかり。考えに続こうとする人はいない。
 すると、
「私は……帰ってほしくないです……」
 横から飛んできたのは……何か弱弱しい、蚊の鳴くような声の朱里ちゃんのセリフ。
「朱里……ちゃん?」
「ただのわがままかもしれないですけど……私は、これからもずっと、ずっとずっとご主人様達とこの世界で暮らしていきたいです……。天には……帰ってほしくない」
 音量小さいし、誰に目を合わせようともしてないけど、朱里ちゃんは一言一言はっきり言っている。
「ご主人様の都合もあるのかもしれないですし……私なんかがどうにかできることなのかもわかりません。けど……今の私がいるのは、間違いなくご主人様のおかげです。つらい思いをしてる人たちの存在を知りながら、塾で勉強するしかできなかった私が……こうして、人を助ける力を持てるようになったのも、ご主人様達がいたから……。だから私は……ご主人様と一緒にいてこそ、私なんです……。もし、ご主人様が買えるような時がきたら、私……」
 そこで一拍置いて、
「そんな運命、到底受け入れられないかもしれない……。私、すねちゃうと思いますし、泣いちゃうかもしれないですし、もしかしたら……その妨害もしちゃうかもしれません」
 沈んだ声で言う朱里ちゃん。
 みんな静かに、それを聞いていた。何でって……他人事とは思えなかったから。
 もうウチ達、一緒にいるのが当たり前になってるんだもんね……。今更何か、帰るとかそういうこと言われたって……戸惑うだけだもん。たとえ……それが正論でも。
 そこ考えると……紫苑さん、大人だなぁ……。そんな時がきても、冷静に受け止められるなんて……。
 と、思ったら、
「そうね……私もそう思うわ」
「「「え?」」」
 紫苑さんの口からそんなセリフ。……あれ?
「あれ? 紫苑お前……覚悟はできてたんじゃ……」
「ええ。でも……納得はできないわよ、いくらなんでも」
 白蓮さんの指摘に、悪びれる様子もなくそう言う紫苑さん。え? それ、どういう……
 みんなの視線が集中する中、紫苑さんは、
「私はご主人様に、絶対の忠誠を誓った身ですもの。身も心も、必要ならば屍であれ、ご主人様のお好きに使っていただいて構わないと思っているし、どんな命令であっても喜んで従うつもりよ。でもね……」
 そこで一拍、
「それ以前に……私も女だもの。ご主人様が……恋焦がれる殿方がいなくなるかもしれないなんていう瀬戸際に、悲しみを覚えないはずがないわ。なんなら、朱里ちゃんよりもよっぽど嫉妬してみせる自身だってあるもの」
「それを押し殺して、吉井を送り出す……ってことか?」
「どうかしら? もしかしたら朱里ちゃんと同じように……行かないで、って泣きついてしまうかもね……。実際のところは私にもわからないの。ただ……残ってもらいたい、とは個人的に思ってる」
「それはまあ……ウチ達もだけどね……。紫苑さん達と、離れたくなんかないし……」
「はい、それはもう……」
「でも、そうはできないかもしれないです……」
 悲観的な面持ちでつぶやいた朱里ちゃんに、紫苑さんはにっこり笑って、
「そうね。なら私たちは……今できることをやるべきでしょう?」
 そう告げた。
「何が起こるかわからないのなら……それまでにやれることを全力でやっておきましょう? そうすれば……もしかしたら、何をするべきか見えてくるかもしれない。何より、その時に私たちは全力で立ち向かうことができるわ」
 淡々と述べられたセリフだったけど……驚くほどに正論だ。
 結局……何が起こるかなんて、何が真実かなんてわからないんだから、ウチ達にはそれをどうにかしようなんて考えることはできない。だから……それが起こるまでの間、何が起こってもいいようにきっちり準備しておくことしかできないんだ。
 そして……それが起こった時に、全力で取り組んでやればいい。ってことか……。
 よく考えると実はすごく雑なこと言ってるんだけど……それ、正論かもね。
 あの白装束の連中が何するかもわかってないんだし、何か企んでるんならそれごとぶっ飛ばしちゃえばいいのよ! 大丈夫、ウチ達には天下無敵の将軍さん達がついてるし、いざとなればウチ達も『召喚獣』で戦えるんだから!
 紫苑さんの言葉に、みんな次々と吹っ切れたように前を向く。そして……最後の一人、朱里ちゃんも顔をあげて、机に向かった。
「うふふ……じゃあ、やりましょうか、ご主人様達のために」
「はい! 私たちは……私達に今できることを全力でやりましょう! そして……もしその時がきたら……」
「来たら?」
 白蓮さんの問いかけに、朱里ちゃんは……
「その時は、皆さんで存分に暴れて、何にも遠慮しないでやっちゃいます! ご主人様にも、何もごまかさずに私達の思いを伝えた上で!」
「あら、大きく出たわね、朱里ちゃん」
「は……はひ! ちょっと恥ずかしいですけど……でも、頑張ります! 私……ご主人様のこと大好きですから!」
「うふふ……そうね。私もよ」
 そう言ってにっこり。それを横から見てた白蓮さんは、『かなわねーなぁ』とでも言いたげに肩をすくめていた。まあ多分……頭の中は同じなんだろうけど。
 けど……やっぱりすごいなあ、2人とも。あんなに自分の気持ちに正直になれちゃうんだもんね……
 いざって時が来たら、ホントになりふり構わず何でもやってくれちゃいそう……。
「やれやれ……ウチ達も負けてられないわね、瑞希」
「はい! 私たちだって……明久君のこと大好きですから!」
 ホントに……油断できないわ、この世界。


960 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 06:47:22.09 ID:1U/RiEmE0
白装束・外史総括編
第148話 飲み会と霊とカ○リーメイト

「……何だ? この集会」
 警邏の終わりどき、日も暮れかけたころ、水でも飲もうと思って立ち寄った川辺で……何だか、奇妙な光景が繰り広げられていた。

「何、ちょっとした酒宴さ、坂本殿」
「オブラートに包む気はなしか、星」
「ああ、『おぶらーと』というものが何かは知らんが、まあ率直に言っても婉曲して言っても、結局は変わらんのでな」

 面子は、星、周瑜、秀吉、玲さん、それに貂蝉。
 何やってるかっつーと……単に酒飲んでるだけ。ああ、秀吉はジュースみたいだが。
「今宵は満月……月を肴に飲むには絶好の日和だ。これで飲まないというのは、月に対して失礼と言うものだ」
 よく言う奴だ。単に飲みたいだけだろうが。
 星の手元には、人の頭ほどもあろうかという大きな酒瓶が3つも置かれていた。しかも……そのうちの1つが既に空らしい。そしてその傍らにはメンマ。やれやれ……。
 つーかお前ら、今夕方だぞ? 『満月』ってことは……月が昇るまで=夜まで飲んでる気だったのか? なんというか、怖いもの知らずと言うか……うわばみ。
「それに……ちょうどいい時期だったのだ」
「時期?」
「うむ、実は今朝、貂蝉が酒蔵に上物の老酒(ラオチュウ)を樽で入れてくれてな。さらに、玲殿も何やら天の国の酒を持っていると聞くし……」
「これはもう飲むしかないでしょ、ってことで、みんなで集まったわけなのよん」
「ああ、そう」
 まあ色々と説明してくれたところで……酒盛りには変わりないか。
 見れば、あちこちに空と思しき大小の酒瓶や、つまみが入っていたらしい袋や皿などが散乱していた。何時間飲んでたんだかな……こいつら。
「まだ1刻の半分ほどだが」
「逆にすげぇ!」
 それでこのありさま!? まあ、1つ1つの袋に入ってた量が少なかったのかもしれないが……それにしたって、鈴々たちもいないのに、この量か? 結構食うんだな、お前ら……。
「まあ、半分やけ酒だからな、この席は」
「やけ酒?」
 と、周瑜が言った言葉が気になって聞き返す。
 何だ、やけ酒って? 何か気に食わないことでもあったのか?
 すると周瑜、キッと俺の方を睨んで、
「ちょうどいい……当人も来たことだし……お前も座れ、坂本」
「は!?」

                        ☆

 なんてことはない。動機ってのは、あの噂だった。

 各所で噂を耳にした面々。しかし、面子が面子ゆえに、それでパニックになったり慌てるようなこともしなかった。
 周瑜に至っては、事前に明久と話もしていたらしい(孫権らと一緒に)。
 冷静にそれを分析し、真贋を判断。そして、どうするべきかを結論付けた。
 結論は2つ。
 1つは……今悩んでも仕方がない。できるときにできることをやるべきだ。それでこそ道は開けるだろう……という結論。
 で、もう1つが……酒盛り。『何が起こるかわからない=何もできない』、それが気に食わないから、飲んで忘れるってか。原始的だな。
 ちなみに、玲さんと秀吉はほぼ無理やり誘われたらしいが、まあたまにはいいだろうということでつき合っているらしい。
 玲さんは、現実世界から持ってきたらしい缶ジュースと缶カクテル、秀吉は姫路印の紅茶とコーヒーだ。さらにつまみとして、玲さんが焼き鳥の缶詰とカロリーメ○トを持参していた。……缶詰はともかく、カロリーメイ○ってつまみにどうなんだ……?
 他にも、貂蝉は話にあった老酒の他に、つまみに燻製の肉を、周瑜はクースー古酒とライチ酒、それにモモ饅を持ってきていた。……意外と乙女チックなチョイスだな、周瑜。
 そして星は秘蔵の酒に秘蔵のメンマ(どの辺がそうなのか全くわからんのだが)。やれやれ、気合入ってんな。
961 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 06:48:48.42 ID:1U/RiEmE0
「そうか、なるほど……つまり結局のところ……」
「やはり、わからない……ということか」
「そういうこった。明久も同じようなこと言ってなかったか?」
 そう、俺は周瑜に尋ねる。あいつと一緒に話してたんだ、俺の話の内容なんて、それと同じだってわかるだろうに。
 ちなみに俺は、玲さんのもってきたジュースをわけてもらって参加している。お、この燻製肉……意外にいけるな。脂のってら。
「言っていたが……お前なら、まだ何か違うことも知ってはいないかと思った」
「無茶言うなっつの」
「そういうな坂本殿。我らとて、情報源が無くて、藁にもすがりたいところなのだ」
 星はそう言って、杯になみなみと注いだ老酒を飲み干す。琥珀色の液体が星の口の中に消えていき、ちょっとだけ口の端からこぼれた。
「まだ何か知っているかもと思って貂蝉も誘ったのだが……対して情報は得られなかった」
「あら、そんな下心があったのね、失礼しちゃう」
 くねくねとキモイしぐさをして見せる筋肉ダルマだが……別段ショックを受けたような如実な様子はない。
「まあ、この私であっても、知ってることには限りがあるもの。言ってないことといえば……そうね……『鏡』のことくらいかしら」
「鏡? なんだそれ、聞いてないぞ?」
「うむ、ワシらも先ほど聞いたところなのじゃ」
 と、秀吉の相槌が入る。それより……何だ、『鏡』って?
「重要と言えば重要だけどね。恐らく左慈ちゃんと于吉ちゃんが、儀式の進行のために使うであろう道具なのよ。どこにあるのかは……わからないけど」
「それを使って、この世界を滅ぼす……というわけではないのでしたね?」
「そうね。言ってみれば……鏡は楔であり、絆なの。この世界という『外史』に、『外史』そのものに、左慈ちゃん達が介入するための……ね。恐らく儀式は、それを介して行われるはず……もっとも、それは儀式を遂行するその場に安置されているでしょうから、それを奪うことで儀式を止める……なんてことは考えない方がいいわ。それだったら、彼らを倒した方が早いし、効率的というものよ」
 相当飲んだ様子だが、やはりというか全く酔っている様子のない貂蝉。持参した燻製に醤油をつけて食べながら、説明を続ける。

「まあ、雄二君にわかりやすいように言ってみると……そうね……この『外史』を、あるコンピューター内部のプログラムだと考えて?」
「ほー、プログラム?」
「そうよ。そして……ご主人様達は、そのプログラム内に外部から入り込んだ異物……行ってみれば、コンピュータウイルス」
 おーおー、俺たちはウイルスかい。ったく、エレー言われようだ。
 けどまあ、実際外から侵入してきて、この世界(パラレル三国志)のシナリオを片っ端からしっちゃかめっちゃかに変更・上書きしてるのは本当だし……言い得て妙か。
「すると左慈達は……セキュリティソフトとでもいったところかの?」
「近いけど……どちらかというとコンピュータ内に存在する管理システムそのものに近いわね。ウイルスに直接手を下せないから、対抗するプログラムを作ってそれを駆除しようとする。それがまあ、操られた曹操ちゃんや、周瑜ちゃんたちね」
「耳が痛いな」
 ため息交じりに周瑜が一言。
「けど、どうやっても駆除できない。それで管理プログラム……左慈ちゃんは、そのウイルスをプログラムごと破棄しようとしてるの。言ってみれば……完全初期化。アンインストールね。そして、その作業を行うためのコネクタとなるのが、鏡……ってわけ」
「そのコネクトの力を利用して、コンピュータ内の他のプログラムまで総動員して、完全にウイルスに汚染されつつあるプログラムを丸ごと削除する……というわけですか?」
 と、玲さん。
「ま、そういうこと。トカゲのしっぽ切りね。他の『外史』や、『正史』……ここでいうコンピュータ内の他のプログラムや、コンピュータそのものに影響を及ぼすくらいなら……っていう最後の手段よ」
「よくわからんが……切り捨てられかけているわけか、この世界と、我々は」
 あまり神妙そうな様子もなく星が言った。
「向こうがその気なら構わん。だが……ただでは死んでやらんさ。精いっぱい暴れて、抵抗させてもらうとしよう」
「切り替えの早い便利な頭をもっているな、趙雲」
「悩んでも仕方がないというだけのことだ。それよりも……私には、主がいなくなるのかどうか、の方がほどの問題さ」
 周瑜に酒を注いでもらいながら、星はそんなことを言う。
 ようやく暗くなり始めた空を見上げて、ふと、少しだけ寂しげな表情になる。
「ふ……お前も寂しいなどと思えるか、趙子龍」
「無論だ。この身も心もささげると誓ったお方だからな……まあ、もし主が自ら『帰りたい』と仰せになるのならば……私は止めんだろう。しかし……」
「しかし?」
「その時は……たとえ噛みついてでも、私も主とともに『天』とやらについていくとしようか」
「あらぁ、星ちゃんってば、大胆に出たわねん」
 からかい半分、しかしもう半分で純粋に感心した様子で、貂蝉が言う。
 目線も、軽口とは裏腹に、真剣で……どことなく優しさなどを感じさせるようなものだった。まるで……子供を見つめる教師か何かのようだ。
 その視線の先で、『行くならついてく』とまあ凄い発言に出た星は、ふふん、と得意そうに鼻を鳴らして、さらになみなみと酒を注いだ。
962 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 06:55:28.55 ID:1U/RiEmE0
「ああ、惚れた男をみすみす逃がすほど……私は甘くはないさ。もし主が我らを置いて帰ってしまうようなことになれば、いかな手段を用いてでも私が愛紗たちを率いて、天界に殴りこみに討ち入りしてしんぜよう。ああもちろん坂本殿、貴君らも同様だぞ?」
 ははっ、ホントにやりそうだな。
 けどまあ……そう言ってもらえるのは純粋に嬉しいな。いや、まあ別に俺に向けられた言葉じゃねえのはよくわかってるが……そういう風に、大切な友としてでも見てもらえてるってのは。
「その時は貂蝉、貴様にも一肌脱いでもらうとしよう」
「もちろんよ。一肌でも一枚でも、いくらでも脱いであげるわん♪」
「やれやれ……下品じゃのう」
「まあいいだろ? こんなときくらいは……ん?」

 と、ここで俺はつまみのカロリーメイト(案外いける)に手を伸ばして……それが無くなっていることに気付いた。あ? 今さっき袋開けたばかりなのに……か?

 よく見ると……微妙に周りのつまみが減ってるように見える。燻製も、モモ饅も……ん? なんか酒まで、空き缶が増えてるような気が……
「おーい……誰か隠密スキル発動して食べてるか?」
「何だそれは?」
「む……? 隠密スキルはともかく……何やらつまみと酒が減っとるような気がするのう……誰か食べたか?」
 秀吉と星も不思議そうにその光景を見る。いや、まだあるから別にいいんだが……誰だとったの? 気付かなかったぞ?
 見回してみるが……貂蝉も、星も、周瑜も、玲さんも……

「うわっ、何これ? おいしー! 鶏肉? 焼き鳥? 何でこんな小さい入れ物に入ってるの?」

 ……秀吉も、何も知っている様子はない。? 最初からこんな感じだったか……?
 いやでも、この場には俺達しかいないし……うーん……

「ねえ、何みんなそんな難しい顔してるの? せっかくの宴会なんだからほら、飲もうよ? ね?」
「いや、待てって、その飲む酒が減ってるから全員変に思って手止めてんだから」
「え? だってそりゃ飲めば減るでしょ、お酒だもん」
「そういう意味じゃなくてだな……」
「ねえねえそれより、コレ何? 甘いようなぱさぱさしてるような変な感じで……けっこうおいしいんだけど? 何の乾物?」
「いやそれはどう見てもカロリ○メイト…………ん?」

 と、ここで俺はようやく違和感に気付いた。



……あれ? 俺……誰と話してんだ?



 一瞬だけぞっとした感じが背筋をよぎる。
 そして、全員で声がした方向を一斉に見た。すると……

「おっじゃまー♪」

「……誰、あんた?」

 見知らぬ女性が、上機嫌でバランス栄養食(メープル味)をほおばっていた。
 俺と周瑜の隣に腰掛けている彼女は、チャイナドレスに褐色の肌、薄い桃色の髪で……何だろう、どことなく、孫権とかに似ている雰囲気が……
 と、そんなことを考えている最中に、周瑜の口からとんでもないセリフが飛び出した。

「あら、なんだ……来たのね、雪蓮」
963 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 06:56:05.51 ID:1U/RiEmE0
「「「は!!!?」」」

 ちょ……周瑜!? お前今なんつった!? し……雪蓮!?
 それって孫策の真名……けど、その人もう死んでて……いや、まさかゆ、幽れ……

「ほぉ〜……すると、この方が孫策殿か? 周瑜殿」
「ん? ああ、そうだ趙雲」
「なるほど……自己紹介が遅れたな孫策殿。私の名は趙雲という。以後お見知りおきを」

 てオイ、普通に会話すんな! 星お前平気なのか!?
 だが見てみると……

「あらん、雪蓮ちゃんも来たのねん、流石は酒豪……ってとこかしらん」
「貂蝉も一緒だったんだ? もー、飲むなら誘ってって言ったでしょ?」
「ごめんごめん、でも……仮にも幽霊なんだし、あんまり進んで人前に出るのもあれでしょ?」
「気にしないわよ。それよりさ、これまだある? 気にいっちゃった!」
「カロリーメ○トですか? ええ、こちらに」
「おどろいた……幽霊でも飲み食いなどはできるのじゃな」
「そりゃまあね。でなきゃお供え物とか何のためにあるんだっての」

 ……何だ、このフレンドリーなの……?
 リアル幽霊にビビるってことをしない酒飲み連中。まあ、周瑜は竹馬の友だからいいとしても……貂蝉や星、玲さんなんかは……酔ってるせいか……それとも単に図太いだけか……。
 不思議なのは秀吉だ。もっとまっとうに驚くかと思ったんだが……ん?
 秀吉の足元にあるのって……『オトナのオレンジジュース』……酒じゃねーか! しかもどっかで見たことあるぞ!?
 そ、それでか……秀吉……酔ってんな。
「ほら坂本雄二くーん? そんなとこでボーっとしてないでこっちきなさーい! 王様ゲームするわよー!」
「ちょっとまった! えーと……孫策さん!? アンタ何でそんな単語……っていうかそんな遊び知ってんだ!?」
「今、玲さんから聞いたのよ?」
「ええ、日本では、モンスターハンター、萌え萌えじゃんけん、ベイブレードについでメジャーなゲームだと聞いていますが?」
「何すかそのランキング!? どう見ても違うでしょ! ていうか判断基準は!?」
「つべこべ言わない! ホラ、さっさとしないと始めちゃうわよー?」
「な、何、その遠慮無用な感じ……?」
 ブンブンと腕を振って俺を招いている孫策さん。これ以上騒がれてもかなわんし、仕方がないので……そこに行くことにした。

 結局その後、ハイテンション・ハイペースの孫策さんの活躍で、静粛なものになるはずの酒宴は見事にコンパの類へと変貌を遂げ、空が明るくなるまで続いたのだった。



 しかしビビった……まさか、マジの幽霊が出るとは……。恐るべし外史。
964 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 06:57:24.94 ID:1U/RiEmE0
白装束・外史総括編
第149話 僕と愛紗と原点回帰


 やれやれ……いつもながら、忙しいというかなんというか、な1日だったなあ……。
 鈴々が突撃してきたと思ったら、翠と霞に詰め寄られて、恋にさらわれかけて、月から泣かれて詠に怒られて、華雄に困られて……そして華琳と蓮華に尋問された。さらにその後……あんまり思い出したくない方法と内容で軽いトラウマを植え付けられた。
 その間、雄二や美波、その他のほとんどこ文月メンバーに一切出会わなかったことから考えても、やっぱり今日はみんな忙しかったんだろうと推測できた。この噂の拡大速度から考えても、多分みんな色々苦労したんだろうな……。
 あくまで予想だけど、朱里の尋問とか、星のやけ酒とかの餌食になってたりするかも……格好のネタだしコレ。いやまあ、予想だけどね。
 そうそう、酒といえば……そんな席があったら雪蓮さんも来てたりして。
 てっきりあの後、成仏したもんだと思ってたんだけど……冥琳の話だと、なんかちゃっかりこの城に居座ってるらしい。
 夜な夜などこかから酒持ってきて冥琳の部屋に押しかけ、酒盛りを強要してるって聞いた。死んでまで自由な人だな……まるでドラゴンボールの孫悟空だ。
 あと、今日唯一会った(雄二除く)文月メンバーのムッツリーニは、例の噂の収拾のために直属部隊の口の堅いのを動かして頑張ってた。その際、ムッツリーニの鼻の穴にはティッシュが詰まってたから、恐らく紫苑あたりに直接協力を要請されたんだろう。
 とまあ、状況説明ばりに詳しいモノローグも終わり、そろそろネタがなくなってきましたよ……ってタイミングで、僕は部屋に到着した。
 やれやれ、今日は疲れたよ……もう今日は残りの仕事は早めに切り上げて、さっさと寝ちゃお。明日愛紗に起こられるかもだけど……いいや。どうせこのコンディションじゃまともな仕事できない。
 あとどのくらい仕事残ってたっけな……なんて考えながら都を開ける。

 するとそこに……


「…………愛……紗?」


「あ、お、お帰りなさいませ、ご主人様」

 メイド服ではないけど、その系統の特殊喫茶店を彷彿とさせるセリフと共に、愛紗が部屋の入り口で出迎えしてくれた。
 いや……何で?

 何でこの時間は自室に戻ってるはずの愛紗が……僕の部屋に?
 しかも、いつものバトルドレスでなく……あの時の、そう……

 ……よりによってミスコンの時に着てた、あの青いドレス姿で。

 えっと……何?
「あ、す、すいません。どこを探してもお姿を認められなかったもので、このようにお部屋で待たせていただく形に……」
「あ、いや、そんなのはいいんだけど……」
 確かに帰ってきたら愛紗がいた、ってのは気にはなることだけど、他にも気になる点はあるし。
 えっと……まず見た目一発、その格好は何なんでしょうかね?
「あ、はい。ええと……以前、ご主人様にお褒めいただいた装束ですので……」
 と、彼女には珍しく僕から目をそらすようにしてそんな発言。
 いや、たしかにあのミスコンの時、彼女をほめた記憶はあるけども……何で今?
 戸惑う僕だが、それに負けず劣らず戸惑っている(なんで?)愛紗、顔を真っ赤にしたままで恐る恐る口を開く。
「その……立ち話もなんですので……少々お時間をよろしいでしょうか……?」
とりあえず、僕の部屋に備え付けられた談話スペースで落ち着いて話すことにした。
 その際、後ろから強烈な殺気を感じて振り返ると……愛紗がコーヒー(ブレンド)を淹れようとしていたので、慌てて阻止して自分で淹れた。危なかった……。
「全くもう……何もわざわざご主人様がお茶など淹れずとも、私がお淹れしますのに……」
「は、ははは、ほら、一応僕の部屋で、愛紗はお客様の立場だし、ね?」
「そんな……もう、丁寧でお優しいのは結構ですが、あまり過ぎてもご主人様の王としての沽券に関わりますよ?」
965 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 06:58:18.64 ID:1U/RiEmE0
君が淹れると僕の命に関わります。
 いつだったか……愛紗がオリジナルのお茶を入れる練習用にとつかったティーセットが、硫酸に浸されたかの如くとけてしまっていたのを偶然目撃したあの時を僕は忘れない。
 そんなわけで、飲んでも死なない普通のお茶を飲みながら、一旦落ち着く僕ら。程よく体が温まった所 で、愛紗の方から口を開いた。
「……先ほど、訓練の終わりに……妙な噂を耳にしました」

「…………噂?」

 その単語に、さっきからずっとこの身に降りかかってきたトラブリッシュな一連の出来事が頭をよぎる。
 その『噂』っての、もしかして……いや、聞くまでもなさそうだ。
 何せ、今の愛紗の……なんと言うか、寂しげなこの雰囲気を見たら……嫌でも想像つく。今日、さんざん鈴々たちを振り回して僕を困らせた、あの噂だろう……。
 愛紗も……その関係で、僕を心配してきてくれた……ってことだ。やれやれ、ホント……僕はいい仲間をもったなあ。
「愛紗……大丈夫だよ」
「え……?」
「その『噂』なら……僕も知ってる。でも、大丈夫……そんなこと、ないから」
 と、その瞬間、愛紗の表情に光がさしたように感じた。
「で、では……ご主人様……」
 ああ、いきなり向こうの国に返るとか……そんなことさせない、したくない。
 だから、愛紗も気にしないで安心して……


「ご主人様があの『左慈』なる白装束と過去に『ピ―――――』な関係にあったなどと言うあの噂は嘘なのですね!?」


 ぶほぉっ!!!?


 口に含んだコーヒーがブレスのごとき勢いで吹き出した。
「ご、ご主人様!?」
 いや、ちょ……あ、愛紗!?
 その……予想の540度斜め上を行く反応が聞こえてきたんですが……何だって!?
 僕×左慈って……なんなのその噂!? 僕全然聞いたことないんですけど!? てか、噂って僕らが帰るっていうアレじゃなかったんですか愛紗さん!?
「ぢょ……あ゛いしゃ゛……!? その噂、一体どこで……」
「い、いえその……たまたま耳にしまして……」
 たまたまでそんな噂が聞こえてきたと!?
 ちょっ……今、一体全体どんな噂が城内に飛び交ってるんだよオイ!? 十分『あの噂』よりひどい感じの話になってるじゃないか! 畜生、情報源誰だ!?

「ところでムッツリーニくん?」
「…………何だ、工藤?」
「あの、さ……例の噂の払しょくだけど……何であんな手段を使ったのカナ……?」
「…………厄介な噂は、より厄介な内容の噂で上書きするに限る」
「ははは……まあ、そうだけど……吉井君もその左慈さんも……可哀想に……」

966 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 06:59:19.60 ID:1U/RiEmE0
なぜだろう、ある男に2重の殺意が芽生えた気が。
 と、ともかく……
「ま、まあ、落ちつこう、愛紗……その話、根も葉もないデタラメだから……」
「そ、そうですか……よかった……」
 心の底から安心した様子の愛紗である。まあ……そりゃ心配にもなるよ……今現在敵対してる敵と僕が、過去に『ピ――――』で『ピ―――』で、『ピ―――――』うう……自分で言ってて気持ち悪くなってきた……。
 まったく……大変な時期とはいえ、何もそんな噂が……
「ご、ご主人様に関しましては、そういった類の噂がつきませんので……いささか心配になりまして……」
 待つんだ愛紗、聞き捨てならない証言が聞こえた。
「例えば……いつも跋扈している、結婚相手が誰か、などという話や……」
 ああ……それは聞いた。愛紗とか、朱里とか……色々噂が立ってたっけ。
 たしか、今現在その急先鋒って言われてるのがあーやめやめ、考えるのも思い出すのもやめよう。気分悪い。

「実はご主人様が女装趣味などという噂や……」
「え゛!?」

 早くも華琳的見解が広まってきていらっしゃる!?
 ちょ、その噂いつから!? ムッツリ商会の暗躍と合わさって、シャレにならない……

「坂本殿に愛の告白をしたなどという話や……」
「………………うぷっ」

 何で……何でそんな噂ばっかり立つんだ!?
 僕にそんな気はないのに……どうして現実世界にこの外史に、僕はそういうキャラクターがついて回るんだよ!? 僕が誰かと恋仲だったりするとかしないとか、そんな噂も事実も金輪際あったもんじゃ……

「果ては、木下殿を嫁に取るなどという話まで……」
「…………………………………………」

「いや、まあ、根も葉もない話だと言うのは重々承知しているのですが……ご主人様? なぜ顔を赤らめて黙られるのです?」
 ……いや、まあ……ちょっとだけ嬉しい噂があったもので……
 いやまてまて、考えるな。そんな下心を気取られたらまた大変なことになる。
 と、そんな心配通り……だろうか、愛紗がふいにハッとしたような仕草を……
「まさか……まさか本当に坂本殿に……」
「違うから! そこじゃないから!」
「……? 違うのですか? 今言った噂の中で一番よく耳にしますのでてっきり……ご主人様!? ちょっ……ご主人様!? 突然窓を開け放ってどこへ行かれるのです!?」
「放して愛紗! 僕もう……僕もうこの世にいられない!!」
「お……お気を確かに! というか……この世うんぬんと言いつつ、1階の窓からの飛び降りで何をどうなさるおつもりですか!?」
 はっ、僕は一体何を!?
〜閑話休題〜

 はぁ……疲れた……。
 何だか、例の噂でない噂を、しかもよっぽどタチの悪い奴を愛紗が大量に持ち込んでくれたおかげで、僕の心の疲労はピークです。
 うう……これ全部、なんとかして払拭しないと……人手足りるかな……?
「……ああ、ご主人様……噂と言えば、こんなものも耳にしたのですが……」
 まだ終わらんのかい!!?
「ええ、その……まあ、比較的どうでもいいものだと思うのですが……」
 ……どうでもいいものなら、内容もそういう下らないものであってほしいね……。
 僕がその内容を尋ねると、そこで愛紗は一拍置いて、


「ご主人様が天の国に帰られる……とかなんとか」


 はぃ!?
 あ、やっぱその噂も聞いてたんだ……ってあの〜……愛紗さん!?
 どうでもいい……って? いやあの……全くのデタラメだし……そういう意味では『どうでもいい』かも知れないけど……まさか、そんなきっぱり愛紗に言われるとは……
 すると愛紗は、
「……どうやら……何故私が『どうでもいい』などといったか……測りかねているようですね、ご主人様?」
 え?
 いや、そりゃそうだけど……。
 今まで、その噂を聞いた人達は……みんな動揺して、怒ったり泣いたり睨んだり……それこそ、僕が説明に神経を擦り減らすような対処をしなければならなかった。
 まあ、それはそれで僕を心配してくれてるってことだから、嬉しかったりもしたんだけど……愛紗、『どうでもいい』ってのは、どうして……
 すると愛紗は


「ええ、だってそれは……『考えても仕方がない』でしょう? ご主人様」
967 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 07:00:13.47 ID:1U/RiEmE0
「!!?」


 昼間……城壁の上で雄二とかわした会話がフラッシュバックした。
 先のことはわからない……どう転ぶかも予想できない……だったら……『考えても仕方がない』……と。
 そのことを、愛紗が聞いていたとは考えられないけど……
「ご主人様。確かに……その内容そのものは、私達にとって大変に危惧すべきことなのでしょう。しかし……おそらく、その展開は、白装束に関連する懸念からきているものではありませんか?」
「あ、それは……」
「でしたら……奴らが絡んでいる以上、何が起こるかなど考えるだけ無駄……それよりも、我々は我々にできることを精一杯やることが最善……と考えたまでです」
「……………………」
 驚いた。
 まんま……城壁の上で昼間、僕がたどった思考と同じじゃないか。
 考えてもわかりそうにないことは、考えるだけ無駄……それよりも、今やるべきことを、やりたいようにやる……それが、いい結果につながるから……。
 何せ、

「バカが何考えても無駄……か」
「ふふっ……ご主人様らしい納得のされ方ですね」

 そう言って、にっこり。正真正銘、愛紗の本物の笑顔。
 やっぱり……これほど励まされる、そして頼もしいものはない。
「ご主人様は今まで通り、やりたいようにおやりください。私はただ、それを全力で応援させていただきます。それが、私の望みをかなえることにつながる……と、信じておりますので……」
「うん……愛紗、よろしく!」
「ええ!」
 心配……か。
 そんなもの……根本的に要らなかったんだな。僕らの間に。
 今更ながら、とても重要なことを教えてくれた愛紗に、僕は改めて感謝するとこにした。


 …………ところで、


 さっきから1つ……気になってることがあったんだっけ。
 あのさ……
「そういえば愛紗……さっきも聞いたけど……何でその服なの?」
「はい?」
 そう、服装。愛紗を何よりも魅力的に見せる、鮮やかな青のドレス。
 まあ、さっき、『僕にほめられたから』って言ってたけど、何でわざわざ僕にほめられた服を着てくるのかわかんないし……。
「は、はあ……その……」
「うん?」
「し、紫苑が……」
 へ? 紫苑が?
「は、はい……私を最も魅力的に見せるなら、コレを着ていくべきだと……」
 ……? 余計わからなくなったけど?
 いやまあ、僕的にも眼福だからいいんだけども……なんでまたいきなり……

「万に一つ、ご主人様にそういった方向の趣味がおありでしたら……私が身を呈してでも戻して差し上げるべきではと思いまして……」

「やめようか愛紗、この話は!」
「そ、そそそそうですね!」
 話の流れを強引に切り上げさせ、僕らは気まずそうにははは、と笑いあった。
 せっかくいい感じの空気になったんだから……今更……僕×雄二云々の話題をぶり返したくなんか……ない。
 嫌な方向のベクトルが垣間見えた印象が強すぎて、僕は愛紗が言ったすごく魅力的な言葉の響きにも気づかないまま、その夜のお忍びでの邂逅を終えたのだった。
968 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 07:01:01.33 ID:1U/RiEmE0
そして……その翌日である。
 ムッツリーニの放った斥候部隊が、待ちに待った情報を引っ提げて戻ってきた。

 どうやら白装束の連中は集結を始めているらしく、そしてその先と言うのは……『泰山』という山らしかった。
 その頂上の神殿。そこに、左慈や于吉をはじめとする連中の拠点があるとのことだ。貂蝉の証言と総合して考えてみても……考えて至るのは、そこがいわゆる『儀式』……つまり、この世界の強制終了のための最後のプログラミングを行う場所だと言うこと。
 そしてすなわち……僕らとの最終決戦の場になる……ということだ。
 それをうけて今朝、収集した軍議は……報告を除けば、今まで乗せべ手の軍議で最短記録の短さとなった。
 そりゃそうだ。だって……やることもう決まってるんだもの。

 その軍議で、主に特筆すべき内容があったとすれば……


「野郎どもおよび女性諸君! とうとうこの時が来た! 長かった俺たちの戦いも、ここでいよいよラストバトル……もとい、最終決戦だ!」
「今までさんざん苦労させられてきたあの連中に引導を渡してやろう!! 全員……気合入れろォ――――――――ッ!!!」
「「「オオォォ――――――――――――――――ッ!!!!」」」

 簡潔でよし。みんなの心は1つだ!



 仲間たちから、激励も受けた。
 その思いも聞いた。
 後顧の憂いも……ない。
 もう……全部、準備はできた。

 いよいよ出撃……これが、最終決戦だ!
 絶対あの白装束の連中をぶっ倒して、この大陸をホントのホントに平和にしてやろうじゃないかっ!!
 いっちょ……やったるぁ――――――――っ!!!

                         ☆

 ………………余談だが、その前夜、

「くっ……『明久×左慈』ですって……っ!? なぜ、なぜこのようなフラグが……くっ、天導衆もとい、文月学園の黄金コンビは『明久×雄二』もしくは『明久×土屋』のはずでは……何より、左慈は……左慈は私のものだというのに……っ!! 私は……私はNTRは嫌いですからね、左慈!!」
「………………っ!? 何だ、この寒気は……おい于吉っ!? お前また何か変なことたくらんでないだろうな!?」

 白装束の陣地では……ムッツリーニが流した似非情報によって、余計な緊張感が流れていたとかそうでないとか。
969 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 07:01:50.51 ID:1U/RiEmE0
白装束・最終決戦編
第150話 名前と本音と最終決戦
 行軍して、休んで、また行軍して、
 1日とちょっと行ったところで、僕らの軍はその『泰山』のふもとに、到着した。
 そしてそこから少しのぼったくらいの地点に到達したところで、

 そこで待っていたのは……当然のごとく、白装束の皆様方。

 最早小細工も不要、とでも言うのだろうか。平野にずらりとあいつらが並ぶ。一面真っ白で……気味悪いったらないや。
 その後ろには、氾水関や虎牢関と同じような立派な『砦』があるにもかかわらず、なぜか平野部での決戦がお望みのようだ。何を考えてるのか……。
 まあ、別にその方がこっちとしても助かるけどね。
 雄二はやっぱりこのことに対して得心がいかないような様子だったけど……これ以上考えても無駄、と判断したらしい。ふっ切って戦いの準備に当たっていた。
 そして、それはみんなも同じ。
「さて……泰山頂上部への道ですが……言うまでもなく、あの砦の向こう側にあります。というか、それ以外に道がないです」
「なるほどね……。どうあがいても、避けては通れない道……っつーことか」
 と、翠と朱里。
 一本道か……まあ、ゲームとかにはありがちな話だけどね……。
 正直、最短ルートを塞いでくるであろうことは予想できてた。敵はこの世界を終わらせる『プログラミング』をしてるんだ。言ってみれば、この段階に来てやるべきことはむしろ、僕らの『打倒』じゃなく、『時間稼ぎ』。儀式とやらの終了まで、僕らをその神殿から、その『鏡』から遠ざけておくだけでいいんだ。
 そのためには、この『最短ルートの閉鎖』っていうやり方は最善だろう。
 でも、だからって僕らも引けない。最短ルートを使って、一刻も早くその『儀式』を終わらせる必要があるんだから。
 つまり……ここでやるべきことはただ一つ!

 ぶっとばして押し通る! 以上!

「なるほどな、わかりやすくていい」
 にやりと笑みを浮かべながら星が言う。
「確かにそうね。うんうん唸って考えたところで、やるべきことは変わらないものね」
「そうそう! 何か正史とか外史とかわかんないけど、あいつら倒さないとみんな悲しい、ってことはわかるのだ」
「なら、いつも通りでよし……か。なるほど、至言だな」
「………頑張る」
「にっしっしっし……こらまた腕がなるわなぁ!」
 紫苑に鈴々、華雄、恋、霞。みんな理解してくれている。
 そして、唯一まだ静かな愛紗も……だ。何も言わなくても、それがわかる。
 ホント……頼もしいや。彼女たちがいてくれたら、誰にだって負ける気がしない。
 それを察してか否か、朱里はにこっと笑う。
「そういうことですね。なら、ムッツリさんと斥候部隊達が戻り次第、最終軍議に入りましょう」
「む? 部隊への指示に行った霧島と工藤は待たなくてもいいのかの?」
「2人なら、土屋君より先に返ってくると思いますよ。部隊への指示って言っても、集合してる代表の人達に説明するだけですから」
「みたいね。ホラ来た」
 と、美波の言うとおり、その視線の先を見ると、天幕の外からすたすたと走ってくる2人がいた。確かに……早かったな。
 これで、全ての準備は完了……と。残るは……奴らとのバトルを残すのみ……。
 するとその時、まるでそれを待っていたかのように、


「お待ちしておりましたよ、文月学園の皆さん」


 敵陣の前方から……そんな声が響いた。不意の声に、はっとして全員が振り返る。
 注目したのは、白装束軍団の一番前。そこにいたのは……やっぱり、あいつらかっ !
 左慈と、于吉……白装束の幹部クラス(というか、奴ら意外に構成員がいるのか疑問だけど)の2人。案の定というか、ここに姿を見せた。
 片方は面白くなさそうにこっちを睨み、もう片方は薄気味悪い笑みを浮かべながらこっちを見ている。 見とけコラ、今からその顔、ほえ面に変えてやる!
 まさに慇懃無礼の見本ともいうべき感じの2人。その1人が口を開く。


「この妄想全開なパラレル三国志も、いよいよもってクライマックス……ふふっ、『それ何てエロゲ?』に劣らぬいかにも定番・まさにパターンといった形ですが……まあ、ありがちな性転換モノの純愛系同人ストーリーとしては、上等と言ったところでしょうかね。乙、とでも言っておきましょうか」
970 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 07:02:24.83 ID:1U/RiEmE0
「「「……………………?」」」


 ………………アレ?
 なんかいきなり俗物的なワードがそこかしこに出てきたんだけど……。

 あの……そんな某電気街っぽい演説されてもその……せめて僕ら『現代組』にはわかるくらいのボキャブラリで話してくれません?
 緊張感をちょっと思いっきりふっ切ってくれたメガネ男子くんのセリフに、もう1人の蹴り野郎の方は頭を抱える。
「……今のは気にするな」
 どうやら……なんか仲間がてらに大変な所もあると見た。
 な、なんか今までシリアスだっただけに不意打ちだったな……。
 ちなみに、そもそも意味がわからなかったらしく、美波、姫路さん、そして武将娘の皆さんは目を丸くしてた。いや……無理ないけど。
 仕切り直しとでも言わんばかりに、蹴りの方がすごむ。
「ふん……だがまあ、これで終わり……というところだけはあっているな。貴様らの武勇伝もここまで……よかったじゃないか、最後に3国統一なんていう土産話ができて」
「何が最後だ蹴り野郎! 勝手なこと言いやがって」
 負けじと僕も言い返す。しかし、それにも向こうはムカつく笑みを浮かべるのみ。
「言ってろバカ。お前らが何をしようともう無駄なんだよ。運命は1つだ」
「運命……ねえ。我々のような存在がそのような言葉を使うのもやや陳腐な気がしますが、まあ間違ってはいませんか」
「そういうことだ。吉井、お前たちはもう終わりだ」
 ぐぬぬぬぬ……黙って聞いてりゃ好き勝手言いやがってっ!!
「終わり終わりってさっきからうるさいんだよBL蹴り野郎! 絶対に……絶対にお前たちの思い通りに何かさせないからなっ! 于吉っ!」


「俺は『左慈』だぁあ――――――――――――――っ!!!!!」


 あ、いっけね、逆だった。


 途端に鼻息荒く反応してくる蹴り野郎……もとい、左慈。そう左慈。
「テメェコラ……何度も何度も人の名前を……っ!」
「ふ……ふん! 浅いな左慈! 今みたいな安い挑発に乗るなんて……」
「嘘つけバカ! むしろそう信じたいとこだがテメェ今明らかに素で間違えただろ!?」
 ち……違うねっ! 今のは挑発のために間違えたんだもんねっ!
 ふと周りを見ると……ああ、やっぱりというか、雄二や愛紗たちもそろって『あちゃあ』……って感じの顔。うう……せっかくカッコつけた感じでシリアスに進んでたのに、どこを間違ってこんな……。
 ちなみに、『BL』って単語を使った瞬間に、もう1人の方が何やら反応したように見えたんだけど……気のせいだろうか?
「ま、まあ……コレはコレでいつも通りだと思えば……ねぇ?」
 紫苑の優しい心づかいが逆に痛い。
 ため息をつきながら于吉は、
「やれやれ、バカ話をしに来たのではないというのに……」
「「お前だけは言うな!!」」
 ハモった。左慈と。
 それでもそしらぬ顔でメガネ男子……于吉は話題を進める。気持ちいいくらいに早く、強引に話を戻し、
「まあ脱線は置いておいて……と。しかし、残念ながらこれは既に決められたプロット。先ほどの言い方を使い回すわけではありませんが、もう決められた終末なのですよ」
 呆れ、『はあ……』とでも言いたげな于吉の言葉。
 僕がそれに言い返そうと喉に力を入れたその時、

「世迷言はそこまでだ! 白装束!」

「「「!?」」」
 突然響いた愛紗の声に、僕は声をのみ込んだ。
 振り返ると……そこには、仁王立ちになっている愛紗がいた。
 いや、愛紗だけじゃない。鈴々も、翠も、星も、恋も……みんな、武将らしく勇ましいいでたちでそこに立っている。その瞳には微塵も曇りなどなく、まっすぐ前を見ていた。
 今ここに至って思う。彼女達って……ホントのホントに、三国志の武将なんだ、と。
「何が『ぷろっと』だ! 何が『くらいまっくす』だ! わけのわからぬことをほざくな下郎!」
 怒号を飛ばす愛紗。そしてそれに、星が続く。
「お主が何を言っているのか、何をしようとしているのか……我らには関係ないことだ。ただ、主のため……その素っ首、貰い受ける!」
「テメェら倒せば全部終わるんだろ! それだけわかりゃ十分だ、やってやるよ!」
「覚悟しとくのだ! この性悪メガネ!」
「しとくのです! あなたなんて、みんなでギッタギタにしてあげるんですから!」
「そういうこと……今から泣いて謝っても、あなたの方こそ運命は変えられませんわよ?」
「………恋達、勝つ」
「討伐軍時代から今まで、よくもまあ散々やってくれたな……今日こそ逃がさんぞ!」
「ケンカ売る相手間違えとるんちゃうか? ゆーとくけど……遺言状書いとくんやったら今のうちやで」
971 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 07:03:07.16 ID:1U/RiEmE0
翠、鈴々、朱里、紫苑、恋、華雄、霞……みんな、すごい迫力で一言ずつ、しかし重い言葉を敵に投げかける。
 面白くなさそうな顔になる左慈と、逆にやっぱり笑みを浮かべる于吉。反応はしているようだが……別段何か、追い込まれたような雰囲気は出していない。
 やはり……スマシ顔の優男でも、一応本物は本物か……。
「ふむ……やはり傀儡とはいえ、吉井明久という名のファクタとともに歩んできた者達……。その意気やよし、とでも言っておきましょうか」
「ファクタ……ね、小奇麗な言い方してくれるじゃねーか。何とでも言ってくれていいんだぜ? ウイルスでも、バグでも」
 挑発するような雄二のセリフ。しかし、于吉はおかしそうにははっ、と笑うのみだ。
 しかし、それで終わりじゃない。やる気になってるのは……何も、愛紗たちだけじゃないんだ。その隣に控える……僕らだって、この戦いに全てをかけてる!
「まあでも、たまにはウイルスに花持たせてもらうとしようかね……Aクラスとの試召戦争の前哨戦とでも思って、存分に暴れさせてもらうぜ、この『外史』とかいう世界でな!」
「…………遠慮も手加減もする気はない。覚悟しろ」
「おイタが過ぎたようじゃの……お主らこそ、明日はないものと知れ!」
「こんな過酷な世界で過酷な物語を生きてきた乙女達に向かって……終わりとか言わないでよね! アキより無神経でムカつくその性根……叩き壊してやるんだから!」
「叩き壊すじゃなくて叩き直……いえ、どうでもいいですっ! 私も怒ってますっ!」
「……終わるのはどっちか……これから教えてあげる」
「そういうこと。どんなRPGでもね……最後は必ず正義が勝つんだよッ!」
「言いたいことみんなに全部言われたけど結果オーライ! これで全部決めてやるぞ、白装束!!」
 最後にちょっとカッコ悪く僕がまとめて、舌戦終了。
 どうやら向こうさんも、僕らが本気だってことがいよいよわかったらしい。于吉の顔からは笑みが消え、それがいよいよ本番だってことを教えてくれる。
 それは隣にいる左慈も同様だ。ちっと舌打ちをし、気合を入れるかのように、武器である足をねじり、ジャリッ、と地面を踏みつけてみせる。
 やっぱり、いざ戦うとなると相当手強そうだけど……相手にとって不足なし! 存分に……やってやろうじゃないかっ!
「ふん。ならばそろそろ始めようか……この外史の終末を飾る戦いを……!!」
「ええ、そうしましょう……。あなた方のその心意気、見上げたものですが……我々もまた、『剪定者』としてここに存在する……。作られた存在とはいえ、やるべきことはきっちりやらせていただきますよ。この外史の管理人として……誇りをかけて……!」
 そう言い残し、于吉と左慈は僕らに背を向けた。
 誇りをかけて……か。なるほど、やっぱりというか、あいつらにも貫き通すべきものは一応あるらしい。
 ちょっとだけ気が楽だな……やることが下衆でも、そういうのが相手だと。
 最早かわす言葉もない。あとは戦いで決めるのみ……。
 互いにそう認識し、いよいよ始まる戦いを前に……僕らは双方、堂々と陣地に戻った。




 ……………………………………で、




「本音は?」

「私と左慈の愛の巣を……これ以上土足で踏み荒らさせはしませんよ!!」


 バキィ!!


 お、いい角度でハイキックが入った。

「こんな時までくだらねェこと言ってんじゃねえこのガチホモ野郎!! あと吉井! てめえも、せっかくいい感じで収拾ついたんだから、煽るないちいちッ!!」

 先ほどまでのクールな感じはどこへやら。ぜーはーぜーはー言ってるし。
 左慈は鼻息荒く、失神した(?)于吉の足をひっつかんで引きずりながら、BL方向の疑惑を払拭するのも忘れて歩き去った。
 そしてそれを、ぽかんとしながら見送る僕達……そんな構図。



 えっと、その…………じゃあ、そろそろ開戦で。


972 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 07:03:55.45 ID:1U/RiEmE0
白装束・最終決戦編
第151話 苦戦と違和感と思わぬ援軍
 VS白装束。開戦から数時間。

「だーもぅ! 何なんだよ一体これは――――っ!?」
「うが――――!! 倒しても倒しても敵が減らないのだ―――っ!!」

 元気娘2人のそんな叫びが響き渡る今日この頃。けど、コレ本当だからたちが悪い。
 バトル開始から結構立つんだけど、一進一退……というか、もうホントこれ全然進まない感じだ。何せ、敵の数が多すぎる。
 今まで、魏や呉と戦った時からずっと疑問に思ってきたというか、気になってたことなんだけど……一体コレ、白装束の連中はどういう仕組みで組織されてるんだろうか。
 大陸最大規模を誇る僕らの軍団をして、数でさらに上。倍近い。
 彼らは何て言うか……ホントに人形みたいな動きで、対して『精兵』とかそういう感じはしない。練度で考えれば、明らかに僕らの軍の兵士が上だ。
 けど、やっぱり数で勝るっていうのは絶対的な有利条件だと思い知らされる。数の差も考えて、守備力重視の陣形で戦ってるってのに、全然先に光が見えない。
 というか……コレホントにどうしよう? 何とか朱里の戦略のおかげで均衡を保ってる状況だけど……こっからさらに何か起こったら、さすがに僕らの軍でもいかんともしがたい事態に……。
「それにしても……本当に数が減らないわね……。倒したら倒した分だけ、砦の中からわき出てくるみたいに見えるもの……」
 いつも親ごころでフォローに回ってくれる紫苑ですら、弱音をこぼす始末。
 そしてそれは……最初はもうフルアクセルでやる気まんまんだった他のみんなにしてみても同様だったりして。
「確かに……この敵の数、いかんともしがたいな……」
「ったく〜……うんざりするよな〜!! 何なんだよこの多さは!?」
「ええい貴様ら、揃いも揃ってふ抜けたことを言うな!! それでも文月を担う将軍かっ!?」
 ただ一人当初の気合を保って一喝する愛紗だが、それでも状況が状況である以上、将軍たちのボルテージはいかんともしがたい。
 いまだ変わらない勢いを持ってるのは……この人くらいか。
「相手が我らより多くの兵を従えているのなら、我らが1人1000人の敵を粉砕すればいいだけであろうが!」
「うわ、ムチャクチャ言ってるし」
「何がムチャクチャかぁ!? つべこべ言ってる暇があったら手を動かせ!」
「愛紗のオニ―――――ッ!!」
「あ、愛紗さん……星さんじゃないんですから……」
「どういう意味だそれは?」
『おいお前ら! 漫才はそのくらいにしろ!』
 見かねた(聞きかねた?)様子でトランシーバーの向こうから聞こえる華雄の突っ込み。と、それに続いて霞の声まで聞こえてきた。
『コラァ―! ウチがいない間に何おもろそうなことやっとんねん!? 漫才やったらウチも混ぜんかい!!』
『混ざるな!!』
「なんだ、意外に前線は余裕がありそうだな?」
『ない! コイツの言葉を真に受けるな!』
『あ、うん、それはマジやねん。なんちゅーかこっちも大変やさかい、何かノっからんとやってられへんっちゅーか……』
 とまあ、緊張感無いんだけど……実際はやっぱり大変なんであろう霞からはそんな返事。
 ちなみに恋は、休憩返上で敵をなぎ倒しまくってるらしい。ホントにすごいと言うか、頭が下がるなあ……。
 けど、コレやっぱり、本気でどうにかしないと、って感じだよなあ……。
「どう雄二? 何か……策とかないかな?」
「無茶言うな! ねーことはねーが、今コレ使える状況じゃねーっての! 後で手詰まりになっちまうだろ!」
 コイツですらこうなのか……!
 他にも、美波、姫路さん、秀吉、ムッツリーニ、霧島さん、工藤さん、姉さんにいたるまで……何かしらの仕事で出払ってる。まさに修羅場、文月旗揚げ以来のてんてこ舞いだ。
 朱里、雄二、紫苑……文月のブレーンがことごとく硬直というこの事態。こっちにはもう予備の兵力もないし……これ、ホントどうしよう……。
 最悪、撤退も考えなきゃいけないかも……。
 多分、僕らが撤退しても、奴らは追撃とかはしてこないだろう。あくまで奴らの目的は防衛、深追いはしてこないはずだ。だって……守りきればいいだけで、必要がないし。
 すると、ここで朱里が、

「まずいですね……これでもし、敵に伏兵がいたりしたら……均衡が崩れちゃいます……」

 あ、フラグ。
 ちょ、この場面でそんなこと言ったら、その……
973 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 07:06:18.88 ID:1U/RiEmE0
『ご主人様―! 報告―! 伏兵来たでー!!』

 こうなった。
 遠くの霞から届いたそんな報告に、全員が『うげ……』って感じの顔になった。
 ちょ……ここでその報告は本当にきつい……! ただでさえギリギリのこの状況で敵が増えたりしたら、ホントにどうしようもなくなっちゃうよ!?
「し……霞!? それマジ!?」
『アホ! 冗談でこないなこと言えるほど余裕ないっちゅーねん! ちゅーかマジ何なんアレ!? まるでワラワラ増えてってるように見えんねやけど……分身の術!?』
 何それ!? また例のおかしな『術』!?
 その言葉に驚いて前線を見てみると……な……ちょ……え!? ホントに何か、細胞分裂してるみたいに敵の軍団が増えて……何なの一体!? 魔法!?
「うがぁ―――――っ!! もうむちゃくちゃなのだ――――っ!!」
「こ、こうなってしまうと……本当に後退も視野に入れなくてはいけないわね……!」
 紫苑の額に冷や汗。なんて珍しい光景だろう。
 ていうかホントに何アレ!? 何、『白装束は仲間を呼んだ』→『白装束Bがあらわれた』!? どこのドラクエだどこの―――――っ!?
「く……得体が知れねえとは思ってたが……あんな反則技まで使えるのかあいつら……!?」
 ギリッ、と音を立てて歯噛みする雄二。こいつがこんな態度をとるっていうところからも、この状況のヤバさがわかる。ホントにその通りだよもう……仮にそうだとして、無限に生み出せる兵隊なんてそんなチート的な手を……


 ……………………あれ?


 何だろう、今一瞬、妙な違和感が頭をよぎったような……
 と、その時、

『報告だ吉井殿! 敵右翼、左翼後方より、砂塵を確認! 何か来る!』

 トランシーバー越しにそんな華雄の声。ちょ……何だって!? 何それ!?
 敵後方からって……この期に及んで援軍ってこと!?
「おい華雄、それどういうことだ!? 白装束か!?」
 飛ぶ雄二の怒号(質問)。ちょ、だとしたらマジで終わるよコレ!?
 朱里が考えてくれた防衛策も全部使っちゃったし……もしホントにそれが敵の援軍だったら、こっちが数で圧倒的に負けて総崩れになる!!
 息をのんで、というか息が止まった状態で返答を待っていると、今度はこんな声が聞こえてきて、

『ワシじゃ! 聞こえるか明久!?』

「秀吉!? 何で……秀吉って後曲にいて部隊に指示を出してるはずだよね!?」
『そうなのじゃが、早急に報告したいことができての。後ろより、砂塵じゃ! 2個体ほど確認できる!』

はぁ!?
「ちょ……どういうこと!? そっちにも伏兵がいたの!?」
「そんな馬鹿な!? 後ろの警戒は散々やっといただろ!?」
『ワシに言われてもわからん! ただ言えるのは……後ろから何かの軍が大挙して押し寄せて来とるということじゃ! 1万や2万ではないぞいあの数は!』
 そ、そんな……。もしそれが敵なら、もう逃げ場もろくにないってことに……!?
 驚愕のあまり何も言えない僕と雄二。そこに華雄が逐一報告を入れてくれる。ほとんど右から入って左から抜けてる状況だけど……僕らは一応それに耳を傾けていた。
『数は……合計して、約10万! 2方向から同時に接近! 旗は……』
 は、旗は……?
『旗は………………………………ん?』

 ………………? 華雄?
974 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 07:07:05.82 ID:1U/RiEmE0
『は……旗は……え? そんな馬鹿な……』
「華雄? あの……どうかした?」
『いやその……私のみ間違いでなければ、その……』
 ? なんかさっきから華雄の口調がしどろもどろなんだけど……なにパニクってるんだろ?
 と、その華雄の口から『旗は……』の続きが語られようとしたその時、

 トランシーバーの向こうから……信じられない声が聞こえてきた。



『やれやれ……全く世話が焼けるわね、あなたときたら』

『全くだ。だが、それでこそ……こうしたかいがあるというものだろう』



 ……………………………………………………え?


 ……………………………………ええ!?


 ええええええええええええええええええええええええええええ!?


 ちょ、その声は……


「華琳!? 蓮華!?」


 そう、本国に置いてきたはずの……華琳と蓮華の声だ。唐突に、陣地に置いてあるトランシーバーの親機から聞こえてきた。何で!?

『何よ、死人でも見たような声じゃない、明久?』
『言ってやるな、こうなることは予想できただろう』

 至って平坦な口調で話してるけど、聞いてるこっちはパニックです。
 ちょ……何でここにいるの!? 2人には本国任せてきたはずなのに……!? しかも、あんな大軍隊までひきつれて……どういうこと!?
 隣を見てみると、雄二も開いた口がふさがってない。すごい、激レアシーンだ、こんな状況じゃなかったら写メりたい。
 と、そんなこっちの雰囲気を察したのか、トランシーバーの向こうの華琳が、
『決まっているでしょう? この私を愚弄した不届きな輩を、地獄の底にたたき落としに来てあげたのよ! この曹猛徳自らがね!!』
 言ってる間に、華琳自身のボルテージが最高潮になったのが感じ取れた。
 そして、そこにいたって僕はようやく思った。ホント、ようやく。

 ああ……そっか。この子……言って聞くような性格じゃなかったっけ。
975 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 07:08:11.69 ID:1U/RiEmE0
 それにならう形で、蓮華も、
『そういうことだ。一度は援軍を断られたとは言っても、やはり放っておくわけにはいかないからな。何より……我らは明久達に、返しきれぬほどの恩を受けている』
『そうだ。そして……奴らにも意趣があるからな』
 蓮華のセリフを引き継ぐ形で聞こえてきたのは、冥琳の声だった。どうやら2人仲良く、陣営で指揮をとってるらしい。
 仲直り……できてるな。よかったよかった……。
「蓮華……冥琳……」
『吉井、色々と言いたいことはあるだろうが後にしてくれ。今は……ここを片付けるぞ!!』
 と、冥琳。たしかにそうだ。
 砂塵が見えたからって言うからあせったけど……その2つともが援軍だったんだから話は早い。今こそ絶対の好機、このまま反撃に……
 ……あれ? そういえば、砂塵ってたしか後ろにもあったんじゃ……
 その時、その答えとなる声が新たにトランシーバーから聞こえてきた。
『明久! ワシじゃ!』
「秀吉!?」
『先ほどの砂塵の正体が確認できた! 旗印じゃが……色々立っとるが、牙門旗は『袁』と『董』の2つじゃ!』

 ……………………え?

 『袁』に、『董』? そ、それって……その……
 と、

『ほーっほっほっほっほっほっ!!』

 ………………聞こえた。
 聞こえてしまった。
 あの……もしかして、あなたもいらっしゃったんですかね……?

『あ〜ら吉井さん? 私の援軍に感無量で声も出ませんの?』
『ちわーっす! 助けに来たよー、吉井の兄ちゃん』
『ど、どうも……』

 トランシーバーの向こうから聞こえる3バカの声。
 ……まさか……袁紹、斗詩、猪々子の3人まで来るとは……。
 ってそれはいいからちょっと待って! 問題はむしろもう一方の旗! 『董』って、その……もしかして……
 その直後に、回答として流れてきたのは……
『聞け、兵士たちよっ!! わが名は貫駆! 董卓軍元属の軍師にして、文月最高評議会『元老院』が一角! ボク……じゃなかった、我の一声は、文月の大号令と心得よ!』

 響き渡る詠の声。どうどうと名乗りを上げてるあたり……軍師・貫駆の完全復活を実感させる。そして恐らく……掲げてる旗から考えて、月も一緒にいるんだろう。
 まあ、実権も実績もあるんだし、今更正体を明かしたところで何の問題もないけど……詠、凄まじく気合が入ってるなあ……。普段も気が強いことはそうだけど、それとはさらに一戦を画してるあたりが声からもわかる。
 そりゃそうだ。なんたって彼女にとっても白装束は……月を軟禁して脅迫してた仇敵だもの。そいつらとの決戦ともなれば、やる気にもなるか……メイドの職務ほっぽり出して戦場に乱入してくるくらいに。
976 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 07:09:04.88 ID:1U/RiEmE0
 つまり、まあ……この戦場、曹魏、孫呉、董卓軍と、白装束と因縁がある連中がことごとく結集したわけだ! こりゃすごい、もう心強いったらない……

 ………………あれ? となると……どうして袁紹来てるんだろ?

『何なんですの、みなさんばかりわかったような感じになって!! その『白装束』とかいうのが話題に上るたびに、いつも私だけ置いてけぼりで……今までどれだけ私が孤独感と疎外感を味わったのかわからせてあげますわ!!』

 ……つまり、

『私を仲間外れにした罰を受けなさぁ―――――いっ!!』

 …………まあ、そんなとこだろうとは思ったけど。
 今までのボルテージがボルテージだっただけに、ちょっと場が白けた。いや、まあ、助かることは助かるから……いいんだけど。
『安心しなさい明久、袁紹には突撃以外はさせないから』
 と、華琳。まあ、賢い選択だろう。それ以外のやり方を知っているあいつじゃない。
 でも、そんなことトランシーバー上で言ったら、また文句飛んでくるんじゃ……?
『おほほほほ! 名誉ある正面からの突撃の任務は全て私に譲るだなんて、曹操さんにしては殊勝ないい心がけですわね!』
 便利な思考回路だな。
 その背後にいるんであろう2枚看板のため息が回線ごしに聞こえてきた。その……あいかわらずで何よりとしか。
 とまあ、色々と雑談も終わったころ、さっきから静かにしていた魏武の覇王がとうとう動いた。
 華琳は、ふっ、と笑うと、満を持したかのように口を開く。
『春蘭! 愚弄された魏武の誇り……今こそ取り戻すときよ! 最早誰も何も止めはしないわ、存分に暴れなさい!』
『御意ッ! 先鋒・夏候元嬢……行きます!! 皆の者、続けぇ――――ッ!!』
『秋蘭! 援護を!』
『御意!』
『桂花と季衣は本隊の指揮。白装束のその白服……1人残らず赤く染め上げておあげなさい』
『『はいっ!!』』
 そして、一拍間をおくと、今度はトランシーバーではなく、なんと…………戦場全体に直接華琳の声が響き渡った!?
 何だ!? 拡声器か!?
 まさか、いや、そんな……ムッツリーニに原理聞いて作ったとか……ないよね!? いくら華琳でも、機械だよ機械!?
 そんな驚愕をよそに、響き渡る華琳の大号令。


『魏武の勇者たちよ! これより魏武の大号令を発す! 穢された魏武の誇り、その痛み、我は断じて許すつもりはない! みな、その誇りを胸に、猛々しく戦え! 殺せ! そして[ピーーー]! その命をもって、白装束の外道どもを1人残らずあの世に送るのだ!!』


 オオオオオォォォォオォォォオオオオ―――――――――ッ!!!!!

雄たけびとともに聞こえてくる地鳴り。魏の兵士たちが一斉に突撃を始めたんだとわかるそれだ。その戦闘には……春蘭がいるんだろう。
 しかしまあ、何て荒々しい鼓舞だろうなこりゃあ……。性格が出てるというか……。いや、華琳らしいっちゃらしいんだけどね。
 そんでもって、その地響きはもうじき全方向から聞こえてくるんだろうな……ってことがわかる声が、今度は他の軍の方からも聞こえてきたり。
977 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 07:10:00.93 ID:1U/RiEmE0
『勇敢なる孫呉の戦士たちよ! 我らをだまし、文月と戦わせ、挙句に全ての罪をわが腹心、周公謹になすりつけて命を絶たんとした下衆共がいま、我らの目の前にいる! 受けた屈辱を思い出し、その怒りを剣に乗せ、正義の鉄槌を下すのだ! いまだ健在なりき、猛々しき孫呉の名、その命と誇りをもってこの天下に響かせよ!』

『全軍抜刀! 突撃ィ――――――!!』


 蓮華と、それに続く形での思春の号令が響く。
 続いて、


『袁紹軍の兵の皆さん! この天下に名を轟かすべき我らの剣に、迷いなどというものは不要ですわ! 何も難しいことなど考えなくて結構! ただその誇りを胸に持ちなさい! そしてその剣に、自らの思いを、希望をのせて、明日への道を切り開くのです!』
『よっしゃあ! 構えろ野郎共ォ!!』
『全軍構えっ! 突撃―――――っ!!』


 袁紹と2枚看板の号令が轟き、


『氾水関、虎牢関……それら全てにおける戦いを仕組んだ下衆が今、我らの目の前で頭を垂れている! 今こそ、積年の雪辱を晴らす時! 前線にいたりし呂布と、華雄と、張遼とともに、猛々しく吼えろ! そして、白装束共に我らの怒りをぶつけてやれっ!! 全軍、突撃ィ――――ッ!!』


 詠が吠えた。
 ここまできたら……もう状況なんて見なくてもわかる。
 おそらく、白装束たちは別に動揺とかはしてないんだろう。でも、それを考えても……こんなに心強い状況ったら他に考えつかない!!
 ついさっきまで絶望ムードだった戦場が、ここにきて一気に形勢逆転だ! この戦い……勝てるぞ!

 …………となれば、だ。
 最後は当然……この僕が締めるべきなんだろうな。

 雄二も、そんな感じでアイコンタクトを送ってくる。大丈夫……言われなくても、ちゃんとやるさっ!
やや乱暴にトランシーバーのマイクをひっつかみ、音量最大&拡声モードにして、



『全軍聞け―――っ!! これより、我ら文月軍は、戦いを決める総攻撃に移る! 曹魏、孫呉、袁、董卓の者たちに後れをとるな! 天下にその名を知らぬものなき、文月の真の恐ろしさ、その剣と、その誇りでもって奴らに刻み込め!! 全・軍・突・撃ィ―――――――――――ッ!!』



 オオオオォオォオオォォォォォォォオォォオオ――――――――――――ッ!!!!!!!

 ホントに地震とか起こるんじゃないかってくらいの、これまでで最大の怒号が飛び、僕らの軍の大反撃が始まったのが……その空気で感じ取れた。
 ここから本番だ……この戦い、絶対に勝つぞっ!!!!

978 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 07:11:14.14 ID:1U/RiEmE0
白装束・最終決戦編
第152話 兵とカラクリと形勢逆転
 

 文月・曹魏・孫呉・董・その他連合軍VS白装束軍
 連合軍結成から数時間経過

「曹魏に孫呉、そして文月……オマケは除くとしても、連携されるとここまで厄介だとはな……くそっ」
「ええ、このペースだと……削除プログラムの構成完了までは……とてもとても防ぎきれませんね……。何より、援軍が参戦してから、彼らの士気が異様なほどに高い……」
「ああ。こっちの兵士は明らかに減ってきてるってのに対して、向こうの損害が小さすぎる……このまま行ったとして、もってどのくらいだ?」
「一刻……はないかと。まずいですね」

 最前線から一歩引いた陣営にて、左慈と于吉はそんな会話を交わしていた。
 会話の通り、状況は彼らにとって芳しくないものだった。
 曹操・孫権達の軍が入ってきてからというもの、戦況は一気に逆転。白装束たちはすでに8割近くの兵力を削られ、目に見えて壊滅の危機に瀕していた。
「しかし……傀儡とはいえ、作られただけの存在がここまでやるとは……。やはり、彼は油断ならない存在でしたね……」
「今さらそんなこと言っても仕方ねえな。 それより于吉、さっさと代えのコマを投入しろ。まだいくらでも出せるだろ、数で押し負かせばいい」
 言うなり歩いていこうとする左慈。于吉はその背中に声をかけ、呼びとめて聞いた。
「可能ですが……絶対数的なストックがもうありません。一度キャンセルして、再度呼び出す形になりますが……下手を打てば、勘づかれますよ?」
「構わねーよ、やれ。この混戦だ、気付く余裕もねーさ」
「……だといいのですがね。では、そのように……」
 何か意味深な会話を行った後、于吉は何か悩むようなそぶりを見せた後、戦場の方を向いた。そして、まるでアニメの忍者のように手で妙な形を作ると……何事かつぶやく。
 そして、

 ☆

 ……その会話から、数秒後

『ちょ……おい!? また何かあいつら増えたぞ!?』
『かまわん! 増えた分だけ殺せばいい、それだけの話だ! 気合で何とかしろ!』
『あぅ……春蘭さまムチャクチャ……』
『愛紗と同じこと言ってるのだ……』


翠に春蘭、季衣に鈴々のそんな声。うーん、なんかコレ前にも見たような……。
 依然として戦況は僕らに圧倒的に有利だけど、それでも戦が長引くことでこうなるのはしかたない、か……。しかも、またなんか伏兵入れてきたみたいなこと言ってきたし……。
 あーもー……この戦いホントに終わらないな……。
 すると、僕の横にいる華琳が(作戦指示のためにこの陣に来てる)、ふと気になったようにつぶやいた。
「……これ、どうなってるのかしら……?」
「? 兵の多さのこと?」
「ええ。聞けば……少なくなるとその都度、砦から出てきている……というらしいけど?」
「うん、そうだけど……」
「……確かにおかしいな。これだけの数の兵隊……砦が大型とはいえ、入りきるか?」
979 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 07:12:30.67 ID:1U/RiEmE0
と、今度は冥琳。
 ああ……それは僕も疑問かも。なんか、戦場に出てきてる兵士の数が、今まで全部……死んだ分も合わせてだけど……合計すると、結構すごい数になる。その全てを、あの砦に隠してた……って……ちょっと無理があるような……?
 いや、入らないことはないんだろうけど……もし入ってたとすると、ワンルームのアパートに5,6人一緒に住んで住みたいな状態になるし……。不自然、だよね……。
 まあ、あの連中に感情とかなさそうだし、別に気にするところでもないのかな……。
 そんなことを考えながら、華琳や蓮華、冥琳がうんうん唸りながら見てる戦況報告図から目を離し、僕は戦場に目を向け……


 …………………………ん?


 あれ、何だろ……何か違和感が……

「? どうかしたか、明久?」
 と、僕の様子に気付いたらしい蓮華が訪ねてきた。
 いや、その……何て言うか、はっきり『おかしい!』って言えるほどじゃあないんだけど……。……僕の気のせいならそれまでだけどさ……
「何か……死体の数が少ないような……?」
「「「え?」」」
 華琳と冥琳も加わった3人のそんな声が返ってきた。いや、ホントにそうなんだよ。
 ここまで派手に戦って来たにしては……何か、白装束の連中の死体の数が少ないような気がする。
っていうか……アレ? さっきまで死体があったところに、死体が無くなってるようにすら見えるんだけど……。
「……どういうことだソレ? 死体が……回収されたってことか?」
 と、雄二。
「バカな……この混乱の最中、そんな余裕があるはずがない」
「そうね……明久、あなたの気のせいじゃない?」
「だといいんだけど……」
「変なこと考えてる暇があったら軍議(こっち)に参加しろ。こっちはバカの脳細胞も借りてーくらいなんだから。奴らの得体が知れねーことなんざ、今に始まったこっちゃねーだろ?」
「……そう、だけどさぁ……」
 気になる……けど……まあ、それもそうか……。
 あいつら、ホントに何でもありって言うか……この兵隊、『術』か何かで量産してるって言われても驚かない気がしてきた。いや、それはそれで……絶望的だけどね?

 けどさぁ……やっぱり変だよなあ……。

 いくら得体が知れないからってさあ……。戦争の最中に、死んだ兵隊が戦場からいなくなるなんて……それじゃまるで試召せ……


 ………………………………………………………………え?


 ……瞬間、

 僕の中で……全ての疑問点が1つにつながった。


 全然減らない、後から後から出てくる兵隊。
 影も形も残さず、戦場から消えた死体。
 一体どこに隠れてるのか全く分からない連中。まるでそう、何もないところからわいて出てるみたいに……。
 そして何より……曹魏戦に孫呉戦……それらにおいて、今までこの『兵隊無限』っていう手を使わなかったのか……っていう不自然なところも。


 あ、最後の1つ、今思いついた……っての、内緒ね?


 ともかく……それらの疑問全てが……
 …………僕の仮説だと、1つにつながる。
 予想は……簡単で、驚くほど単純だった。

 だって……それはごく自然に、普通に――――いや、『普通』かどうかは疑問だけど――――僕らの身の周りにあるものだったんだから……さ……。

「雄二!」
「何だ? 何か気になるもんでも見えたのか?」
「いや、そうじゃないけど……わかった! 奴らのカラクリ……わかった……かも!」
「あー、そうかそうか。カラクリ……………………………………あ?」
980 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 07:13:15.97 ID:1U/RiEmE0
さて……まあ、若干危なげなやり方ではありますが……傀儡が相手をする分には問題ないでしょう。それでは……数の暴力で粛清させていただきましょうか」

 神妙な面持ちの于吉が、眼下に広がる白装束の軍勢に合図を出した。
 それに応え、白装束たちは一斉に前進を始める。すでに全滅した、前陣の部隊がいたところに。その数は……この決戦が始まった得とほぼ変わらない数だ。
 どうやってか……于吉はこの短い時間のうちに、これの数の白装束の補充を完了していた。連合軍にとっては……絶望的な状況と言っていい。際限なく増えるこの敵兵たちが立て続けにぶつかれば……時間はかかろうとも、壊滅は必死だ。
 武器を構え、一斉にかけだした白装束の軍勢が、今正に連合軍の前曲と決戦状態に入ろうかと思われた、


 その時、


 連合軍の陣地で……ある男の声が響き渡った。




「『起動(アウェイクン)』ッ!!!」




 その瞬間、


 増員された白装束の軍勢が……一瞬にして、全て掻き消えた。

                      ☆

 連合軍陣地

「やっぱりっ!!」

 気付けば僕は……そんなことを叫んでいた。
 雄二の『白金の腕輪』の発動と共に……白装束たちの大半が消え去った、そんな光景を前にして。
 華琳たちは……まだ開いた口がふさがらない、といった様子だ。まあ、あんだけの大軍団が、雄二の掛け声一つで跡形も無く消え去ったんだから……無理も無いけど。
 どういうことかって……簡単なことだ。
 そもそも、ほぼ無限に増える兵士なんて、いくらパラレルワールドでも常識はずれが過ぎる。絶対に何かトリックがあるはずだ……そう思ってずっと考えてたけど……わからなかった。だってそうじゃん、兵隊をたくさん用意してるんならわかるけど、明らかに収納しきれない数の兵隊なんて。
 しかも、戦場から今まであった死体が消えている……というこの事実。このチャンバラMAXな戦場で、そんなことしてる余裕は無いはずだ。というかそもそも、一体何のために?
 っていうか、こんなことできるんなら……なんで今まで使わなかったんだろ? 周瑜の時とかに使ってれば、僕らを殺せたかもしれないのに。
 それらの疑問を……解決してくれたのが、この答えだった。
981 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 07:14:36.98 ID:1U/RiEmE0
『あの白装束……もしかして、『召喚獣』じゃないか……?』



 そう、閃いたから。
 召喚獣なら……今までその場にいなくても、事前に設定して用意しておくだけで、『試獣召喚(サモン)』の一言で呼び出せる。収納しておくスペースなんか要らない。
 死体が消えたのは……『召喚獣』が死ぬと消滅するものだからだ。ばれないように、すぐに消えるようには設定してなかったみたいだけど……さすがに数が少なくなってたら不自然に思うよ。
 そして無限に増える兵士のトリックも、一旦召喚を解除すると完治状態で復活するようにでも設定してあった……と考えれば得心が行く。まあ、その復活のために死体を消した=召喚を解除したせいで、僕に気付かれたんだろうけど。
 そして……今までなんでこれを使わなかったのか……それは、コレを使うのは戦力としては確かに有用だけど、2つ『弱点』があったからだ。
 1つは……あまりに手段がむちゃくちゃすぎること。この外史にひずみを持たせたくない奴らだから、歴史に残るような大きい戦いで、無限の兵士なんていう非常識すぎる技をつかったら、正史に影響が出ると思ったんだ。
 そしてもう1つ……これが、気付かれたらそこで終わりの、最大の弱点。


 そう、『召喚獣』は……召喚フィールドの『干渉』によって消滅する。


 すなわち、世界全体が召喚フィールドになっているこの外史で、雄二が白金の腕輪を発動させれば……白装束たちのうち、召喚獣であるものたちは……根こそぎ消え去る。
 このあまりに簡単で、かつ致命的過ぎる弱点を気付かれたくなかったがために……于吉たちは今まで出し渋っていたんだ。
 この戦いでは、どうせ最終決戦だと思って使ったんだろうけど……残念ながら、この僕に看破された、というわけ。
 いきなり敵兵がほとんどいなくなる……ほんとに生身の肉体として生存してる兵士を残して……っていう事態に、さすがに僕らの軍も混乱してたみたいだったけど……

「聞け者共!! 悪しき白装束の幻術は、『天導衆』の神通力によって消え去った! もはや残るは烏合の衆のみだ! 者共、最後の攻撃をもってこれを撃滅せよ!!」


 オオオオオオオオォォオオオオオォォォォオオオ――――――――ッ!!!!


 華琳の鼓舞によって一瞬で持ち直し……突撃を始めた。さすが華琳。
 そして……この戦い、決まったな。
「ふぅ……また、妙な力を使うものね……あなた達」
 一息ついた様子で、そんなことを言ってくる華琳。
「敵兵を消し去れるなんて……反則もいいところじゃない?」
「消し去るっつーか……まあ、相手がそういう風に設定してたからできたんだけどな。俺達の力じゃねーさ」
「それでも、今は誇るべきだろう。これによって、我々の勝利は確定となったからな」
 と、今度は蓮華。心なしか、声に安堵が見え隠れする。
 2人とも……今起こった『敵が消える』っていう異常事態に戸惑ってたけど……持ち直せたみたいで何より。さすがは魏王&呉王。
982 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 07:15:45.39 ID:1U/RiEmE0
「けどまあ……弊害もあるがな」
「? 何だ、弊害とは?」
 と、今度は冥琳。
 それに答えて、雄二は頭をかきながら言う。
「この『干渉』は……全ての召喚獣に対して平等に働くからな……。あいつらの兵士が増える心配はなくなったが……これで、俺達も一切召喚獣を使えなくなった」
 ああ、まあ……そこは問題と言えば問題だな……。
 フィールドの『干渉』が起こっている間は……その場にいる全ての人間に関して召喚獣が使用不可能だ。だから……接近戦で活躍できる僕と雄二の召喚獣も、超破壊力の姫路さんや霧島さんの召喚獣も……全く使えなくなった。
 これで正真正銘、僕らは無力だ。愛紗たちに守ってもらうしかなくなっちゃったな……。
 と、そんなことを考えていると、

『それがどうした、坂本殿』

 トランシーバーの向こうから……愛紗のそんな声が聞こえた。
『もとより、この刃をもって全ての敵からあなたを守ると決めた身です。そのようなこと、問題にはなりませんよ』
『同感だな』
 お、今度は星だ。

『結果的に、我らがやるべきことに変わりは無いからな。いやむしろ……我らにそのお命を預けていただけるだけ、光栄と言うものだ』
『そういうことなのだ! お兄ちゃんたち、なんにも心配しなくていいよ!』
『ああ! そんな心配全然いらねえくらい、敵の連中ボッコボコにしてやるからよ!!』
『ええ、ですからご安心を。例え召喚獣が使えなくとも、ご主人様は、大船に乗ったつもりでいて下さいませ』

 …………なるほどね…………。
 どうやら……僕も雄二も、てんで無用な心配をしてたらしい。機械の向こうから電子音チックに、しかし強い意志と力強さ、たのもしさをもって響いてくる彼女らのセリフが、それを教えてくれる。
 大船にのったつもりで……か、ははっ。大船どころか、戦艦ヤマト級だよ、君たちの頼もしさは(あ、宇宙戦艦の方ね?)。
 雄二と視線を交わし、『やれやれ』といった風に肩をすくめる。
 その様子を見て、
「くすっ……そういうことらしいですよ。ご主人様」
「ふふっ、言われてしまったわね、明久。あなたもまだまだ……ということかしら?」
「いいじゃない、明久らしくて」
 だってさ。朱里も華琳も蓮華も。
 そういうことなら……安心させてもらおうかな。
 ってまあ、でも、普通に見てるだけ……ってわけでもないんだけどね。僕らだって一応、この本人を『指揮』する立場にいるんだし。
 ましてや、この状況だ。一気に前進させて、残りの敵兵(本物)に畳み掛けないと! もう……時間も残り少ないしね!
 するとその時、後曲で調整を行っていたはずの姉さんが陣に入ってきた。
「聞こえましたよアキ君。どうやら……形勢逆転に成功したようですね」
「え? あ、うん。……姉さんはもう仕事はいいの?」
「ええ、調整が済んで……新兵器の投入用意ができたので、陣で指示を出そうかと。ちょうど今から最終局面のようですし……突破作戦なら、役に立ちますよ?」
 そうなのか! そいつはいいや!
 姉さんの新兵器が投入されると聞いて、陣のみんなが『おぉ〜……』という顔になる。まあ……今まで、『閃光弾』に『催涙ガス弾』、『カタパルト』に『双弧弓』とまあ、強力な兵器を作成・投入してきてくれた姉さんだから……それも当然だけど。
 今の今まで調整にかかずらってて……ようやく、この最終局面で使用可能になった武器。もうちょっと早く出来上がってればもっと戦いも楽だったかな……なんて思ったけど、まあ贅沢は言うまい。この先の戦いが楽になるってだけでも儲けものだ。
 そして、姉さんはトランシーバーのマイクの前に立つ。
 さて姉さん、この『敵全員なぎ倒して突破する』というこの破壊力と突破力の両方が要求される局面で、いったいどんな兵器を投入してくれるのかな?
983 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 07:16:21.33 ID:1U/RiEmE0
「それでは愛子さん、美波さん、瑞希さん、翔子さん、配置につき次第、さっき指示した通りに、『焼夷弾(しょういだん)』『ランチャーミサイル』『成形炸薬弾(パンツァーファウスト)』の用意をお願いします」

 本気で怖いんですけど!?
 いや、あの……あなた、何作ったんですかこの時代に!? そんな第二次世界大戦クラスのとんでもない兵器つくってまあ……!!
 あ、ちなみに、


※『成形炸薬弾(パンツァーファウスト)』……ロケットランチャーの親戚みたいなヤツで、火薬を詰めた大型の弾頭を砲身から発射する兵器。戦車とか壊せる。……とかいうやつだったはず。


 聞けば、いずれも擬似的なもので、焼夷弾は爆発と同時に発火剤がそこら中に散らばるだけのシンプルな拡散型の爆弾で、ランチャーミサイルは火薬入りの弾筒を箱から次々押し出し式に発射するタイプの構造で、成形炸薬弾(パンツァーファウスト)は火薬たっぷり+姉さん特性の七味唐辛子(発火剤)を少し混ぜた巨大弾丸だ、とのことだ。いずれも、この時代の技術で作れる簡易的なもの。
 ……内容的に全然簡易的どころじゃないけど。
 ま、まあ……頼もしくはあるよね、うん。
 しかし、ほんとにすごい……原理的に可能だとはいえ、本当に作っちゃうとは……姉さんを甘く見てたよ、いろんな意味で。
 と、ここで華琳が思い出したように、

「そういえば……吉井玲、この前言ってた『超電磁砲(レールガン)』はどうなったの?」
「ああ……あれはさすがに無理でした」

 ……もう、何も言う気になれません。

 そんなこんなで……舞台はいよいよ最終局面! 決着は近いぞっ!!

                       ☆


 その頃、

「やれやれ……予想しないではありませんでしたが……見破られてしまいましたか……。こちらの手勢のほとんどが『召喚獣』だと……」
 自軍の兵士達の大半が一瞬で消滅した光景を前に、頭を抱えて、于吉はそんなことをつぶやいていた。
 しかし……すぐに意地の悪い笑みを浮かべ、さらにポツリと言った。



「仕方ありませんね……。使う他にないようだ……最後の手段を…………」

984 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 07:17:07.85 ID:1U/RiEmE0
白装束・最終決戦編
第153話 罠と学園と最強の敵


 雄二の『白金の腕輪』による敵兵全員消滅、華琳・蓮華本気モード。姉さんの反則的新兵器による猛反撃……
 これでもかってくらいに僕らに有利なカードを次々と投入したこの戦い、いよいよ決着へ向かいつつあった。
 その最中、僕らの攻撃が功を奏し、ついに敵の防衛ラインを突破することに成功。
 それにより、華琳たちが『ここはあとは私たちが引き受けるから、あなた達は先に進みなさい!』との申し出。ちょっと人任せな気がしたけど、僕らはその言葉に甘えることにした。
と、いうわけで……

「それじゃみんな、行くよっ!!」
「「「おおぉぉぉおお――――――――っ!!!」」」

 目指すは泰山の頂上! んでもってそこにある神殿!
 その中で儀式という名のプログラミングをやってる左慈と于吉を止めれば僕らの勝ち!!
 途中までは部隊を引き連れていって、神殿に着いたら僕ら『天導衆』と愛紗たち将軍たちで突入、ってやり方になるだろうな。大勢で突入しても、建物内じゃ邪魔なだけだ。
 作戦も立てたし……いっちょ行きますかっ!!

                       ☆

 同時刻、泰山頂上の神殿、儀式の間

「どうですか左慈? 儀式の方は……」
 部屋の中央で鏡に向かい合っている左慈に、今さっき戦線から帰還した于吉はたずねた。
 左慈は機嫌悪そうに顔をしかめ、
「……プログラミングは済んだ。あとは情報の処理完了を待つだけだが……いかんせん容量が大きくて動作が重い。まだまだ時間がかかるな……」
「そうですか……。あと30分もしないうちに、吉井明久たちはここに突入してきますよ?」
「到底間に合わん。それまでに妙なことをされては困る。何とかしろ」
 その命令に、于吉は顎を抱えて少し悩むような素振りを見せる。
 そして、

「……では……あの手を?」
「ああ……それしかないだろう……」

 左慈の首肯を確認した後、于吉はゆっくりと自分も頷き、そして……何事か呪文のようなセリフをつぶやいた。

 瞬間、

                        ☆

 異変に気付いたのは……翠だった。

「な……何だコレ!?」

 神殿に突入した直後、
 後ろを走ってる翠からそんな声が聞こえたので振り返ると……え!? ちょ、何それ!?

「ちょ……翠!? 翠の体……青白く光ってない!?」

 いや、ホントに。幻覚とかじゃなく。
 言ったとおり、翠の体からポウッ……と、蛍火みたいな青白い(ちょっと緑の)光が立ち上っていた。えっと……何コレ? 蛍光塗料……なわけないし。
 って言ってる間に……

「あー! 愛紗も光ってるー!」
「そ、そういう鈴々ちゃんも光ってるけど……」
「あ、ホントだ。それに……紫苑も星も朱里も光ってるよ!」
「はわわわわっ!? ご、ご主人様たちまで!?」

 ちょ……ホントに何!? 何が起こってるの!? 僕たちの制服……っていうか、手とかも光りだしたよ!?
 みんなが混乱している中、美波がはっとしたように言った。
「こ、これってもしかして……敵の攻撃とか!?」
「ええっ!? ど、どうなっちゃうんですかっ!?」
「………死ぬ?」
985 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 07:18:22.49 ID:1U/RiEmE0
 恋! 縁起悪いこと言わない! 怖いからマジで!!
 とか言ってる間に……なんか僕らの体、薄く透けてきてるんですけど!? 手をかざしてみて、向こうの景色が見えるんですけど!?
 このまま薄くなっていって……え!? もしかして僕らマジで消える!? いや、何その反則技!? 最後の最後で何!? 無理ゲー!?
 その時、僕らの異変によりパニックからいち早く立ち直った愛紗が、僕のほうに駆け寄ってきた。その額には……大粒の汗が流れている。おそらく……冷や汗。
「ご主人様! 大丈夫ですかっ!?」
「あ、愛紗!?」
 しかし、その間にも、僕の、愛紗の、みんなの体はどんどん透けていく。
「ご主人様! お側に……」

 瞬間、

 最後までそのセリフを聞くことかなわず……僕らの体は空間にとけて消えた。


                       ☆


「……さ……」
「……………………」


「……ひさ……!」
「………………ん……?」

何だろう……? 誰かが……僕の声を呼んでるような気が……?
 というか、僕はどうしたんだっけ? なんか……体がふわふわして、意識がはっきりしないんだけど……
 っていうか、僕を呼ぶのは誰……?

「起きろ! 明久!」

 …………雄……二……?
「え……?」
「ったく……やっと起きたか……。寝すぎだボケ」
 目を開けた途端に飛び込んできたのは……毎度おなじみブサイクな雄二の顔。
 …………? どういう状況コレ? 何で僕の寝起きに雄二が……
 と、そこまで考えて、僕は全てを思い出した。
 そうだ! あの妙な光に包まれて……いきなり消されたんだ僕ら! 神殿に丁度入ったところの廊下で!
 いやでも……僕が、そして雄二がこうしてここにいるってことは……あの光、問答無用で僕たちを殺せるようなものじゃなかったらしい。よ、よかった……本気で安心した……。
 あ、いや、安心はできない。だって……今の状況がわからないもん。愛紗たちも一緒にいるのかな……?
 それを確認しようとして、僕は一気に体に力を入れて上体を起こした。


 そしてその瞬間…………絶句した。

「………………………………………………………………え?」


 ちょ……どういうこと……コレ……?

 僕の目の前に広がった光景……それは、明らかに異質だった。
 さっきまでの神殿じゃない……なんてもんじゃない。桁違いの違和感。
 場所どころか……時代が……いや、おそらく『世界』が違う、って言った方がいいかもしれない。
 どこが違うって、どこが変って……全部だよ、全部。

 石材じゃない、比べ物にならない滑らかな表面の……化学素材で作られた、さらにワックスまでかけられた床。
 鉄筋コンクリートの、耐震強度安全基準余裕で合格の頑丈な壁。
 天井には、あたりを明るく照らす蛍光灯がきっちりセットされ、
 ガラス張りの窓には……ステンレスのサッシによる固定がきっちりなされている。

 これ、どう見ても近代建築……

 ……っていうか、それ以前に、この景色……超見覚えあるんですけど…………
 っていうか、間違いなく……

986 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 07:19:17.67 ID:1U/RiEmE0
「ここ……文月学園じゃ……?」
「ああ。そう見える……よな?」




 何で……?
 僕ら、神殿にいたはずなのに……何で文月学園の廊下にいるんだ……!?

                       ☆

 同時刻、

「どこ……なのだ……ここは……?」

 奇妙な光に包まれ、ご主人様たちとはぐれ……気がつくと、ここにいた。
 神殿……ではないな。景色も、何もかも違いすぎる。
 幸い……鈴々たちとは、はぐれていないようだった。星も翠も、朱里も紫苑も、華雄も霞も恋も、突入した者達は全員無事のようだ。
 ただ……ご主人様たち『天導衆』の全員とは……はぐれてしまったようだが……。
 くっ……この関雲長、一生の不覚……まさかこんな形で、ご主人様と引き離されてしまうとは……!
「今言っていても仕方あるまい。それよりも……早く主たちと合流しなければならん」
 と、隣で同じように周りを見渡していた星が言う。
「そ、それはそうだが……」
「わかっているのなら落ち着け。丁度……鈴々たちも帰ってきたようだしな……」
 と、同時に……向こうから、付近の偵察に出ていた鈴々と翠、紫苑、それに華雄が帰ってきた。ここに陣取って、何か変化があるかどうか待っていた我々(私、星、朱里、霞、恋)と合流し、全員がそろう。
「ただいまなのだ、愛紗」
「ああ、ご苦労だったな鈴々。で、どうだった?」
「うん……ダメなのだ。どこにも……人っ子1人いないのだ」
「ああ、ここがどこかもわからずじまいだったよ」
 と、翠も渋い顔で続ける。
「ええ……窓の外も『これ』だし……不安ね……」
 そう言って、最寄の窓から外を見る紫苑。
 その視線の先には……何も無い。
 荒野とか、野原とかがあって、他に何もない……という意味の『何も無い』ではなく……本当に『何も』ないのだ。建物の外壁は見て取れるが……一歩玄関(だと思われる部分)を出た先の地面がいきなりなくなっており、ただ真っ白な空間だけが広がっている。
 泰山の神殿とは別の場所……どころの話ではないな。下手をすれば、貂蝉が言っていた、別の世界……という可能性も……。
「せめて、ここどこなんや、ちゅーとこだけでもわかればええんやけどな……あら?」
 と、ここで霞が何かを見つけたらしい。
 どうした、と聞くと、霞は通路の向こう側を指差して言った。
「あれ……なんか、看板みたいなのない?」
「看板?」
「うん、いや、ウチにそう見えた、ってだけやねんけど……看板ちゅーより、表札みたいに見えるかもわからへんわ」
 聞きながらその先に進んでみると……お、確かにあった。
 我々の身長よりも頭1つ分上の辺りの位置に、なにか文字のようなものが書かれている札のようなものが取り付けられている。ただ……その文字か、あるいは記号は……我々の知っているものではないな……。読めん。
 その下に……どうやら扉のようなものが見られる。
 ……入ってみるか。まあ……どうせ何の手がかりも無いのだ。罠にさえ気を付けていれば……問題ないだろう。
 扉(おそらく引き戸)に手をかけようとして、私はふと、何の気なしにもう一度その『表札』のようなものを見た。
 そこには……このような形の文字(記号?)が書いてある。


『Fクラス』


 ……本当に、何が書いてあるのか……?
 考えながら扉を開けると、そこには……

「……………………ッ!!」

                        ☆

 文月学園……じゃ、ないみたいだ。
 建物自体はそっくりだけど、外の景色が違いすぎるし……っていうか、外、無いし……。
 それに、人の気配が全く無い。どこの部屋も空っぽで、人っ子1人いなかった。あんまり寂しかったんで、ためしに2,3枚窓ガラス割ってみたけど……鉄人が走ってくる様子はなし。
 つまり……推察するに、ここは白装束たちが作り出した、人口の空間……ってことになるのか。そして、幸いなことに……おそらく僕たちは外の世界と隔離こそされているもののまだ無事で、この空間によって問答無用で[ピーーー]……なんてこともできないらしい。もしできるなら、とっくにやっているはずだから。
 つまり僕らがいますべきことは……状況を把握し、なおかつ他のメンバーを探して、可能なら合流、そしてこの状況の打開を図ることだ!

「……って気付いたの、俺だけどな」
「余計なこと言うなよ、雄二」
「バカ、何さらっと人の手柄横取りしようとしてるんだっつの」

 ……まあともかく、一刻も早くこの状況をなんとかしないと。もう、于吉たちがどこまで『儀式』を進めちゃったのかわからないし……。
987 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 07:20:20.38 ID:1U/RiEmE0
「しかし……意外だな……」
 ? 何だろ、雄二が何かぽつりと。
「何が?」
「この空間……多分于吉のヤローが何かして作り出しやがったんだろうが……こんな大規模な……」
「そうだね……。文月学園のコピーなんて……しかも、そこに僕らをとじこめるなんて……何のためにこんな……」
「いや、重要なのはそこじゃねえんだ」
 え? どういうこと?
「今まで……于吉のヤロー、俺達を[ピーーー]ためとはいえ、あまり派手なことはしてこなかっただろ? 自分らが露骨にストーリーにかかわると、正史に悪影響が出るとかで……それなのに、いきなりこんな『異空間の形成』だの、『召喚獣』の兵士だの、問答無用で俺らと愛紗たちを引き離すテレポートだの……」
 ああ……確かに……それはあるかも。
 今まで白装束は、極力この世界の法則・常識にそったやりかたで、かつ目立たないように僕らを殺そうとしてたんだっけ。
 それがこんな、今になって……物語の終了間際とはいえ、こんなムチャクチャな手を……。不自然といえば、やっぱり不自然だ。
 というか大体、何で『召喚獣』だとか、文月学園なんだろう? まるで今度は、この世界じゃなくて『僕らの世界』のルールや法則、それに設備みたいなのに乗っ取ってうごいてるみたいな……。でも、今更なんで?
 まさか……そうしなきゃならない理由があるとか……そうする以外の選択肢がなくなったとか……?
 いや、でも……

 と、その時

「待てよ、吉井」
「よぉ……久しぶりだな」

「「!!?」」
 その声に……僕らははっとして振り向いた。
 やっと僕ら以外の人間が見つかった、そう思ったからだ。誰か、なんてのも気になったけど、とりあえず後ろを……



 ……………………………………え?

「………………は?」
「な、なんで……あんたらが……!?」


 そこにいたのは……僕らの予想を覆す、予想外にも程がある人たちだった。


 いや、誰って…………

                       ☆

「おや、来ましたか……文月軍将軍のみなさま」
「貴様……于吉かっ!?」
「ええ、ご覧の通り、そうですが?」
「あーっ! 左慈もいるのだ!」
「…………ふん…………」

988 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 07:21:07.99 ID:1U/RiEmE0
表札に『Fクラス』と書かれた部屋に入ると……そこにいたのは、にくき仇たる2人だった。
 于吉に左慈……白装束の幹部格が、2人ともそろっているとは……しかも、まるで我々を待っていたかのような物言いだな……。
 畳と座布団、それに卓袱台だけが設備として見受けられる、なんとも貧相……というか、哀れな設備のこのよくわからない部屋の中央……黒板の前に、2人は立っていた。
「ほー……ええとこに居てくれるやないかい、白いの」
「やれやれ、もっと気の利いた呼称はないものですかね」
「貴様らなど今の霞の呼び方で十分だ。まあ、若干意匠に欠けるのは否定せんが」
「いらんこと言わんでええねん華雄ちん」
 今のやり取りはともかく。
「貴様ら……話せ! ご主人様たちをどこへやった!?」
 おそらく……さっきのわけのわからん光はこいつらの仕業だ。ならば……こいつらなら、ご主人様たちの居場所を知っているはず! 何をしてでも話してもらおうか!
「そう殺気立たずとも、彼らの居場所ならお話しますよ。なんなら、ここがいったいどこなのかも……ね」
「話しはするが、行かせる気は……無いのだろう?」
「おや、よくおわかりで」
 悪びれる様子も無く、星の問いに答える于吉。ふん、関係ないな。場所さえわかれば……貴様らを切り捨ててでもそこに行ってみせる。
 と、そこまで考えたその時、
 私の目に……左慈と于吉の奥……教卓のようにも見える高めの机の上に置かれた『鏡』に向けられた。しかも、なにやら彫り物が多く見受けられ、荘厳な雰囲気を感じる。
 まさか……儀式に必要だという、例の鏡か!?
 だとしたら……
 すると于吉は、また君の悪い笑みを浮かべ。さして感情のこもっていない声で言った。
「ふふっ、どうせ強行突破しようとか、もしくは鏡を奪おうなどと考えていらっしゃるのでしょうが、無駄なことです。それと……」

 それと……?

「あなたのご主人様たちは……こちらで用意したスペシャルゲストの皆さんと……それはそれは楽しく遊んでいらっしゃるでしょうから、ね……」

 何……!?

                        ☆

 文月学園(ただし、于吉が作成した擬似空間内のレプリカ)、
 愛紗たちが居る場所―――2年Fクラス―――とは別の場所。

☆ 2年D組前廊下

(なんで……なのよっ……!?)

 あのわけのわからない光に包まれて……ウチはアキたちと分断させられた。
 気がついてみれば……そこは、文月学園によく似た謎な建物の中。
 それだけでも、不安だし、アキたちが心配だし、十分にきつい状況なのに……!

 どうしてなの……!? どうしてウチが、こんな目にあうのよ……!!

 いきなり三国志の世界に飛ばされて、いろいろ大変&危険な目にあって……
 そして今、やっと全てが終わるって時に……
 ……ウチの目の前に……こんな……こんな最悪の敵が現れるなんて……
 涙目になりそうなのが自分でもわかる。けど……今目の前に居るこいつに、ウチはそんな顔……見せるわけにはいかない。

 何で……何で…………ッ!!




「何であんたがここにいるのよ美春――――――――ッ!!?」
「お姉さま! そんなにさけんで……それほどまでに私との邂逅が嬉しいのですかっ!?」

989 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 07:22:11.98 ID:1U/RiEmE0
 んなわけないでしょ!

 どうして!? どうしてあんたがこのパラレルワールドにいて、ウチの前に姿を現すのよ!? この世界……あんたに出くわさないことが何よりの救いだったのに!!
 このよくわからない空間に向ける注意が一切無いくらいに、ウチの心の中は荒れ狂っていた。
「ともかくお姉さま! このような場所で会えるなんて……美春は感激で涙が止まりませんっ!」
ウチは失意の涙が出てきそうよ! 勝手に状況を美化しないで!
 っていうか……今ちょっと流しそうになっちゃったんだけど、ホント、マジであんたなんでここに居るの!? ここ異世界よ!?
「ともかくお姉さま! 早く美春の家に来て一緒に夜をすごしましょう! 布団でもベッドでもハンモックでも寝袋でも何でも用意しますので!」
「何で寝具限定なのよ!?」
「他におもちゃも用意しましょうか!?」
 いらないっ! 何もかもいらないっ! 何ならあんたもっ!
 というか……あんたの口から『おもちゃ』とか聞くと、下手すると土屋とか工藤さんが言うよりも危険な香りがするから怖いわよ!
 ったく……久々ね、この感じ……つ、疲れる……。

 そして……ウチがこの場に居て居心地が悪いのは……理由がもう1つある。
 それは……


「姉上!? なぜここに……というか、なぜ出会うなり関節をぬぐあああああ!?」
「あんた……今度は何したの? 何で姉の私がこんなとこまでわざわざ呼び出されてんのよ……答えなさい秀吉……ッ!」
「あ、あああ姉上、やめ……っ! その関節はそっちには曲がらな……ッ!!」


 ……ちょっと離れた場所で繰り広げられてる、そんな木下姉妹の微笑ましくない交流の光景のせい……ってのもあったり……。
 2人ともせっかくかわいい女の子なのに、なんで再会するなりあんなスプラッタな光景が……?
「島田よ!? 今お主何か誤解をぐああああ!?」
 ? 何か聞こえたかしら?
 ていうか……今優子さん、妙なこといってたわね……?
 この場所に『呼び出された』……? 一体、どうして……?
 すると、美春の方に動きが。
「そんな……お姉さま、なぜそうまで見張るのことを拒絶なさるのですか!? 美春は……美春は何か失礼なことをいたしましたかっ!?」
 しなかったことがあるかしら? あったら教えなさい。

「それなら……仕方ありませんね」

 え?
 あの、美春? 仕方ないって……何?
 ふと見ると……いつのまにかサブミッションを解除していた木下優子さんも、一歩引いて木下(妹)の前に立ち、
「そうね……あんまり気乗りしないけど……これも仕事だものね」
「ええ……お姉さま、美春のこの愛……その身で感じてくださいっ!!」
 若干危なげなセリフと共に、美春はウチから一歩遠ざかると……

「「試獣召喚!!」」

「え!?」
「な、何っ!?」

驚くウチと木下の眼前で……美春と木下さんは召喚獣を呼び出した。
 ランスと鎧を纏った木下さんの召喚獣が、両刃剣と鎧の美春の召喚獣が姿を現し、召喚した主の意思に呼応して戦闘態勢をとる。
 ちょ……どういうこと!? 何でここで召喚なんか……ま、まさか……

「来るなら来なさい秀吉、1秒で殺してあげる」
「お姉さま……愛のために、勝負ですっ!」
「「ええっ!?」」
990 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 07:22:48.33 ID:1U/RiEmE0
☆ 保健室

「えっと…………どうしてこういうことになってるんですか? 小暮先輩?」
 彼女にしては珍しく、困惑気味の声を出している工藤愛子の目の前には……肝試しの際に、快進撃を続けたムッツリーニと彼女のペアを(正確にはムッツリーニ単体を)、『着物×レオタード』という凶悪なコンボで撃退した3年の女子生徒……小暮葵がいた。
 なぜか……肝試しのときと同じ服装で、ベッドの上でポージングを取っている。
 しかも、その(ベッドの)隣には……
「全く……工藤も、土屋も、お前たち……あまり羽目を外し過ぎるなよ?」
 保健科目の講師である……大島教諭が腰に手を当てて立っていた。
 そして……

「…………ひ……卑怯な……」

 工藤愛子の隣には……すでに出血で息も絶え絶えなムッツリーニが倒れていた。
「……相変わらずだな、土屋……」
 おそらく……この部屋の中で一番ベッドを必要としているのは彼であろう。ため息をついて『いつもの光景』を見ている大島教諭が、普通の生徒の目には理不尽に映ることだろう。
 召喚獣バトルどころではないこの状況が進展するのには、まだもう少しの時間がかかりそうであった。



☆ 体育館

「えっと……こ、これは何なんでしょう……?」
「……多分、罠みたい」

 そう呟く霧島翔子と姫路瑞希。
 その周りを……文月学園2年Aクラスの生徒達が、かなりの数で取り囲んでいた。全員ではないが……数十人はいる。
 その全員が召喚獣を召喚しているあたり……彼ら彼女らは間違いなく、両名をここで、召喚獣バトルでもって討ち取るつもりなのだ……ということがわかる。
 そのうちの1人……ボブカットの髪にメガネの女生徒が口を開いた。
 Aクラスの中でも上位の成績順位にランクインする生徒、佐藤美穂だ。
「代表、本日はこのような場を設けていただき、ありがとうございます」
「……どういうこと?」
「先生から聞いています。今回のこれ……抜き打ちの模擬試召戦争で、代表と、実質学年次席の姫路さんが、私たちの相手役をやってくれる……と」
「ど、どういうことでしょうか……?」
「……たぶん、白装束のしわざ」
 この状況も気になるが……つまり、こういうことだと霧島は推測した。
 この生徒達(本物かどうかもわからないが)を、白装束が騙して先導し、自分達と戦うように仕向けた……ということだ。
 上手いことを考えたものだ。規則違反をした生徒を止めるというのではなく、模擬試召戦争の相手役を買って出ている……という文句にするとは。これなら……2人とも模範生とであるがゆえに、誰も怪しまない。エロ本事件の時に愛紗が使ったのと同じ手だ。
「で、でもこれだと……何を言ってもシナリオってことにされちゃうんじゃ……」
「……雄二たちを探しに行くためには……全員倒すしかない」
「そ、そんなあ……」
 一般生徒に比べれば突出した力を誇る2人でも、さすがにAクラスの生徒ほぼ全員を相手に戦う……というのは無理がある。2人とも、一応構えは見せつつも……絶望的な状況であるということを察していた。

991 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 07:23:24.38 ID:1U/RiEmE0
☆ 補習室前廊下

「くっくっく……模擬試召戦争だか何だかしらねえが、こういう機会があってホントにうれしいぜ、吉井?」
「ああ、そうだな……肝試しのときの借り、返させてもらおうか!」
「吉井に坂本……試召戦争の時に、学祭の時……俺のこの恨み、晴らさせてもらうからな!」
「……そういうわけだ。若干急で、動機が不純なところがあるかもしれないが……相手をしてもらうよ、吉井君、坂本君」

 な、なんで……この人たちが……!?


「畜生……常夏コンビだと……!?」
「ね、根本君に……久保君……まで……!?」


 雄二と僕の、若干震えた声が廊下に響く。いや、仕方ないと思う。
 だって……この光景だよ? 3年Aクラスのバカコンビと、Bクラス代表のただのクズと、Aクラス所属・学年次席の久保君が……召喚獣を用意して僕らの前に立ちはだかってるこの光景だよ!?
「ちょっと待ておい!? 久保以外の紹介が酷すぎだろ!?」
「吉井てめえ! バカコンビか常夏コンビかせめて呼称どっちかに絞れよ! あ、いや、そんな呼称で呼ぶんじゃねえよ!」
「あ、すいません先輩。こんどから簡潔に『バカ夏コンビ』にします」
「俺の名前の要素がなくなってるじゃねえか!」
「まるで俺だけバカみたいだろそれオイ!?」
「ちょ……夏川! それ俺もバカって言ってるか!?」
「あ、いや、その……騙されるな! これは俺達の動揺を誘う吉井の罠だ!」
「おいおい先輩方、こいつにそんな高度な思考が期待できると思ってんのか?」
「「あ、悪い……」」
 あれ? ちょ、お2人とも? あなたたち……何で僕を哀れむような視線で見られるんですかね……?
 ちょ、やめて。僕がすっごく哀れな気分になるから。
「へっ、相変わらずのバカっぷりだな、吉井に坂本」
「「黙れクズ!!」」
「何で俺は集中砲火食らうんだよ!?」
 さえずるな外道。姫路さんをラブレターで脅迫するゴミにかける情けなどない。
 ……ってまあ、バカ3人はともかく……久保君まで居るなんてなあ……
 そして、4人全員が召喚獣を召喚していて……
 雄二の予想だと、何かの口車で4人とも踊らされているだけ、ってことだったけど……つ、つまり、どっちにせよ……


 ……僕ら2人で……彼らと戦わなきゃいけないってこと!?  しかも、(一応)学年上級ランクの実力をもってる4人と…………召喚獣で!?
992 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2012/05/28(月) 07:29:39.28 ID:1U/RiEmE0
Speed:28800Res/day http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1338157698/
993 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/28(月) 07:34:45.37 ID:DKspD+3Jo
こなあああああああああああああああゆきいいいいいいいいいいいいいいいいい
994 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/28(月) 07:35:36.60 ID:DKspD+3Jo
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995 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/28(月) 07:36:06.46 ID:DKspD+3Jo
こなあああああああああああああああゆきいいいいいいいいいいいいいいいいい
996 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/28(月) 07:36:33.32 ID:DKspD+3Jo
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997 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/28(月) 07:36:59.84 ID:DKspD+3Jo
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998 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/28(月) 07:37:26.07 ID:DKspD+3Jo
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999 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/28(月) 07:37:52.29 ID:DKspD+3Jo
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1000 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/28(月) 07:38:18.29 ID:DKspD+3Jo
こなあああああああああああああああゆきいいいいいいいいいいいいいいいいい
1001 :1001 :Over 1000 Thread
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1002 :最近建ったスレッドのご案内★ :Powered By VIP Service
バイクスレ @ 2012/05/28(月) 07:32:22.79 ID:LWcWS0YAo
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/part4vip/1338157942/

バカとキセキと恋姫†無双 2 @ 2012/05/28(月) 07:28:18.73 ID:1U/RiEmE0
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1338157698/

2で止まるスレ(予定) @ 2012/05/28(月) 06:32:03.32 ID:oFi24MK+o
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/aa/1338154323/

剣崎一真(ジョーカーになった後)「魔法少女?」 @ 2012/05/28(月) 04:24:14.21 ID:ybKv5qf00
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1338146654/

ハゲ隔離所 @ 2012/05/28(月) 03:23:51.55 ID:/Af9qudso
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4gep/1338143031/

レベル1の勇者 @ 2012/05/28(月) 02:52:23.41 ID:UG+EYdwG0
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岡部「記憶、時間、想い、その全てを――」 @ 2012/05/28(月) 01:55:11.67 ID:wqrbHYVVo
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嫁宣言して60分以内に嫁AAにお断りされなければ結婚避難所 @ 2012/05/28(月) 01:21:15.58 ID:n3M/Cf7IO
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