このスレッドはSS速報VIPの過去ログ倉庫に格納されています。もう書き込みできません。。
もし、このスレッドをネット上以外の媒体で転載や引用をされる場合は管理人までご一報ください。
またネット上での引用掲載、またはまとめサイトなどでの紹介をされる際はこのページへのリンクを必ず掲載してください。

高木「昔話は小洒落たバーで」 - SS速報VIP 過去ログ倉庫

Check このエントリーをはてなブックマークに追加 Tweet

1 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府) [sage]:2012/05/28(月) 23:29:44.35 ID:/I28LKnko
室内は薄暗く、ボトルやグラスが並んでいるカウンター正面の棚の背中は、薄い水色のライトが光っていて、顔を覚えてしまった初老のバーテンダーは、いつもの様に仏頂面だった。

室内の中央壁際には年季の入ったグランドピアノと、薄汚れたキックドラムが目に付くドラムセットがおいてあり、その前には演者を迎えるスタンドマイクがある。

背もたれのない固い丸椅子に腰掛け、ひじをカウンターに預け、私は横に座る、つい先日全治数ヶ月の重体から帰ってきた、期待の敏腕プロデューサーとグラスを打った。

背の低いグラスに注がれたウイスキーをちびりと呷り、私は彼に言った。
「お疲れ様」
彼は口を付けていたグラスをカウンターに置くと、顔をこちらに向け、「社長もお疲れ様です」と労い返してくれた。


SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1338215357(SS-Wikiでのこのスレの編集者を募集中!)
【 このスレッドはHTML化(過去ログ化)されています 】

ごめんなさい、このSS速報VIP板のスレッドは1000に到達したか、若しくは著しい過疎のため、お役を果たし過去ログ倉庫へご隠居されました。
このスレッドを閲覧することはできますが書き込むことはできませんです。
もし、探しているスレッドがパートスレッドの場合は次スレが建ってるかもしれないですよ。

寝こさん若返る @ 2024/05/11(土) 00:00:20.70 ID:FqiNtMfxo
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/aa/1715353220/

第五十九回.知ったことのない回26日17時 @ 2024/05/10(金) 09:18:01.97 ID:r6QKpuBn0
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/aa/1715300281/

ポケモンSS 安価とコンマで目指せポケモンマスター part13 @ 2024/05/09(木) 23:08:00.49 ID:0uP1dlMh0
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1715263679/

今際の際際で踊りましょう @ 2024/05/09(木) 22:47:24.61 ID:wmUrmXhL0
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/aaorz/1715262444/

誰かの体温と同じになりたかったんです @ 2024/05/09(木) 21:39:23.50 ID:3e68qZdU0
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/aa/1715258363/

A Day in the Life of Mika 1 @ 2024/05/09(木) 00:00:13.38 ID:/ef1g8CWO
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/aa/1715180413/

真神煉獄刹 @ 2024/05/08(水) 10:15:05.75 ID:3H4k6c/jo
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/aa/1715130904/

愛が一層メロウ @ 2024/05/08(水) 03:54:20.22 ID:g+5icL7To
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/aa/1715108060/

2 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府) [sage]:2012/05/28(月) 23:31:55.15 ID:/I28LKnko
今日は我が765プロダクションの皆を集めて、彼の退院祝いを兼ねたささやかな花見をした。
弁当を持ち寄った娘もいて、料理に舌鼓を打ち、皆で騒いだ。
空が薄紫になったあたりで、宴は終わり、私と彼は二人だけで男臭い二次会に来たのだ。

「久々に皆で集まって、騒げたのはとても楽しかったです」
いまだ、花見の興奮が残っているのだろう。彼は口元を緩めてそう言った。
「今日は君の退院祝いも兼ねていたからね。楽しんでくれて何よりだ」
「他の皆よりはしゃいでしまった気もしますけどね」
照れくさそうに笑い、頬をかいていた。

「なに、主賓が楽しまなくては意味などないよ」
微笑み、持っていたウイスキーをまたちびりと呷る。
「そういうことにしておきます」
彼も倣い、グラスを傾けた。からんと小さくなった氷が音を立てた。

3 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府) [sage]:2012/05/28(月) 23:33:41.86 ID:/I28LKnko
店内の他の客がにわかに騒ぎ始めた、と思っていた途端に静かになる。
彼は何事か、と丸椅子をぎぃと回し、店内の中央に体を向けた。私も体を回す。
今でさえ暗い照明が、もう一段階落とされる。店内を照らすのは、テーブル席の中央に置かれている赤いキャンドルだけだった。

ぱっ、とグランドピアノにライトが当てられた。
タキシードを着た初老の男性が、艶のあるピアノを前に座り楽譜を立てた。
ぱっと、マイクスタンドにライトが当てられる。
かつかつ、とヒールを鳴らし黒いドレスを着た若い女性がライトで作られた円に現れた。
テーブル席から薄く拍手が上がる。

「あぁ、歌うんですね」
彼は得心したようで首を縦に振った。
「そうみたいだね。音無君も連れてきてあげればよかったかな」
「そういえば、音無さんって歌、上手でしたね」
彼女の歌を思い出しているのだろうか、彼は言った。
4 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府) [sage]:2012/05/28(月) 23:35:15.80 ID:/I28LKnko
ピアノが旋律を奏でる。
ハンマーから伝わる振動は、細い音に変わり私達の耳元でささやいた。
女性が歌う。伸びやかで力強い声だ。

これはなんの曲だろうか。ジャズということしかわからない。
どうも、社長なんてポストについてからは音楽関連が疎くなってしまった。

彼の顔を窺う。先ほどまでの年相応の酒を嗜む若者の顔ではなく、仕事をしているときのしっかりした顔になっていた。
彼のことだ、あの女性がアイドルになったらどうプロデュースしてやろうと考えているのだろう。
私は仕事熱心な彼にほとほと感心しながら、また一口ウイスキーを飲む。

すると彼は、おもむろにこちらを振り向き私に問いかけた。
「そういえば、社長と音無さんって結構昔から付き合いあるみたいですね」
どうやら仕事とは関係ないことを考えていたようだ。
「そうだね。彼女とはそこそこの付き合いになるね。吉沢君とも同じ位かな」
「ということは」
彼はまだ求める答えを得ていないようで、私に続きを促した。
5 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府) [sage]:2012/05/28(月) 23:36:31.37 ID:/I28LKnko
「あぁ。黒井とも同じだよ。元々黒井とは同じプロダクションだったからね」
「そうなんですか。じゃあ音無さんはなんだったんですか。事務員?」
「君は音無君に気があるのかね?」
「えぇ!? そういうわけじゃないですよ! ただ気になっただけで」
彼をからかうと面白い反応が返ってくる。これは真美君と亜美君に教えてもらった。
「冗談だよ」
彼の肩を叩き、笑いながら言う。

「そうだね。彼女の話をしようと思うと少し長くなりそうだ」
ちらり、とそれでも構わないかと目で問う。
「聞かせてください」
間髪入れずに彼は返した。
「そうか。なら少し昔話をしようか。これは、そうだね。天海君や我那覇君が生まれた辺りの、私と黒井と音無君のちょっとした話だ」

私はカウンターにひじを付き、残りのウイスキーを一気に呷ると、無愛想なバーテンダーに同じのをと注文した。
一曲目が終わったのだろう、店内に小さな拍手が響き渡った。
6 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府) :2012/05/28(月) 23:39:24.09 ID:/I28LKnko
「そうだな。あれは君が入社した頃と同じ春先だったかな」
私はあの当時を思い返し、言葉を選びながら話す。


「私はあるプロダクションに入社してから、何年か経っていた。業界では黒井と揃って敏腕なんて呼ばれていてね」
「えぇ! そうだったんですか」
彼は驚いていた。何について驚いたのかはわからないが、失礼な反応だ。給料を下げてやろうか。
「あぁ。そこそこ実績のあるアイドルを輩出して、黒井とともに切磋琢磨しながら日々競っていたよ」
「そんなある日、事務所に新しいアイドル候補生が二人入ってきた」
「二人ですか?」
「あぁ。一人は、君も知っている音無小鳥くんだ。当時の彼女は如月君ぐらい長い髪で、すこし垢抜けていないところが初々しくて、そうだな、今の萩原君みたいでとてもかわいらしかったよ」
「へぇ。雪歩みたいにですか」
彼はどうも信じられないようだ。まぁ今の彼女だったら仕方ない気もする。

7 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府) [sage]:2012/05/28(月) 23:44:41.70 ID:/I28LKnko
「もう一人は君もこの業界にいるのなら知っているだろう、日高舞だ。彼女は音無君とは違い、候補生の時から貫禄が違っていたよ」
「日高舞!? あの日高舞ですか?」
「そうだよ。あの日高舞だ」
日高舞は芸能界にその名を轟かせた――アイドルにこんな表現を使うのはおかしいのだが、実際に言葉の通りなのだ――お騒がせアイドルのことだ。


「私と黒井はちょうど、担当していたアイドルのプロデュースが終わってね、私達は二人を任されることになった」
一息ついて、グラスを傾ける。からんと氷とグラスが打ち合う。

触りを話したらあの時の靄がかっていた記憶が鮮明になってきていた。
8 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府) :2012/05/28(月) 23:53:31.13 ID:/I28LKnko
「おい! 黒井、聞いたか? 久々に新しいアイドルがプロダクションに入るみたいだぞ」
入社した時の汚い、まるで倉庫の様だった事務所よりも広く綺麗になった事務所で、興奮冷めやらぬまま、俺は、資料の角を机で揃えている黒井に詰め寄った。

「聞こえている。それと唾を飛ばすな。汚らしい」
デスクに備え付けられているティッシュペーパーを一つまみし、資料に付いたらしい唾を拭いている。
そんなに飛んでいたのか、気をつけよう。
9 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府) [sage]:2012/05/28(月) 23:54:14.62 ID:/I28LKnko
「あぁ、すまんな。そんなことより、新しいアイドルだぞアイドル!」
今回のプロデュースでは、アイドルとしての実績で黒井が育てたアイドルに負けてしまった。
アイドルを黒井との勝負の道具にしている様で心苦しいが(もちろん道具なんて思ってはいない)、俺はプロデュースで黒井と勝負するのが楽しくて、好きだった。

「ふん。またお前が負けることになるだろうがな」
黒井は鼻を鳴らし、にやりと笑った。
「へっ、言ってろ。今回はそう簡単にいかないからな」
ふんっ、と顔を横に向けて目だけで椅子に腰掛ける黒井を見下ろす。

「それに通算勝利だったら俺のほうが勝ち越してるんだからな」
「んなっ!? 通算の成績など持って来るな! 大事なのは今だろう」
俺の言葉に過剰に反応した黒井は、乱暴に机から立ち上がると、クリップで留め忘れていたのだろう、机から先ほど角を整えていた資料が落ちる。
10 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府) [sage]:2012/05/28(月) 23:54:40.22 ID:/I28LKnko
「これは?」
「前のアイドルのプロデュースが終了したといっても、あの子のアイドル人生が終わったわけではないからな」
資料を拾い上げて黒井に渡す。黒井は感謝もなく資料を受け取ると、手で資料の汚れを払う。

「ふーん。俺はそんなことする必要ないと思うけどな。アイドルとの関係なんて、会ってから作ればいいじゃないか」
「脳筋め。そんな非効率的なことをして無駄な時間を作るくらいなら、資料に起こしてでも進めやすくするほうが良いだろう」
「そんなもんかね」
こいつは割とアイドルや事務員の間から評判がいい。
表面上は冷静で人間関係に無関心に見えるが、その実、中身は自分の追い求めるアイドル像を持っていて、その理想を追い求めて邁進している。
長い付き合いをしていて、酒の席でぽろっとこぼした話を聞いて以来、こいつのやり方はともかく理想には好感を抱いている。

11 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府) [sage]:2012/05/28(月) 23:55:19.90 ID:/I28LKnko
「お前とは反りが合わんな。で、いつ新しいアイドル“候補生”は入るんだ」
こうして軽口を叩く間柄にもなった。なんだかんだ言って、新しいアイドルについて気にしているらしい。

「おぉ、社長から聞いたんだけどな、来週には候補生で入るらしい」
「来週か。そのときこそ、お前に引導を渡してやろう」
妙に様になっている悪役の様な高笑いをしながら、黒井は資料を持って後任のプロデューサーの下へ向かっていった。
表面的にはつっけんどんなくせに、実は優しいところがアイドルや事務員に人気なんだろうか。
12 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/05/29(火) 14:37:21.17 ID:vRFJeBGa0
雰囲気バッチリだな。
読み応えありそうだわ。
期待
13 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東) [sage]:2012/05/30(水) 18:31:01.96 ID:EoiMD5rAO
期待!
14 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府) [sage]:2012/05/31(木) 23:17:57.00 ID:AG48E/nCo
ちょっと文章が気に食わないので書き直します。
15 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府) :2012/05/31(木) 23:21:50.56 ID:AG48E/nCo
室内は薄暗く、ボトルやグラスが並んでいるカウンター正面の棚の背中は、薄い水色のライトが光っていて、顔を覚えてしまった初老のバーテンダーは、いつもの様に仏頂面だった。

室内の中央壁際には年季の入ったグランドピアノと、薄汚れたキックドラムが目に付くドラムセットがおいてあり、その前には演者を迎えるスタンドマイクがある。

背もたれのない固い丸椅子に腰掛け、ひじをカウンターに預け、私は横に座る、つい先日全治数ヶ月の重体から帰ってきた、期待の敏腕プロデューサーとグラスを打った。

背の低いグラスに注がれたウイスキーをちびりと呷り、私は彼に言った。
「お疲れ様」
彼は口を付けていたグラスをカウンターに置くと、顔をこちらに向け、「社長もお疲れ様です」と労い返してくれた。
16 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府) [sage]:2012/05/31(木) 23:23:28.62 ID:AG48E/nCo
今日は我が765プロダクションの皆を集めて、彼の退院祝いを兼ねたささやかな花見をした。
弁当を持ち寄った娘もいて、料理に舌鼓を打ち、皆で騒いだ。
空が薄紫になったあたりで、宴は終わり、私と彼は二人だけで男臭い二次会に来たのだ。

「久々に皆で集まって、騒げたのはとても楽しかったです」
いまだ、花見の興奮が残っているのだろう。彼は口元を緩めてそう言った。

「今日は君の退院祝いも兼ねていたからね。楽しんでくれて何よりだ」
「他の皆よりはしゃいでしまった気もしますけどね」
照れくさそうに笑い、頬をかいていた。

「なに、主賓が楽しまなくては意味などないよ」
微笑み、持っていたウイスキーをまたちびりと呷る。

「そういうことにしておきます」
彼も倣い、グラスを傾けた。からんと小さくなった氷が音を立てた。
17 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府) [sage]:2012/05/31(木) 23:24:18.66 ID:AG48E/nCo
店内の他の客がにわかに騒ぎ始めた、と思っていた途端に静かになる。
彼は何事か、と丸椅子をぎぃと回し、店内の中央に体を向けた。私も体を回す。
今でさえ暗い照明が、もう一段階落とされる。店内を照らすのは、テーブル席の中央に置かれている赤いキャンドルだけだった。

ぱっ、とグランドピアノにライトが当てられた。
タキシードを着た初老の男性が、艶のあるピアノの前に座り楽譜を立てた。

ぱっと、マイクスタンドにライトが当てられる。
かつかつ、とヒールを鳴らし黒いドレスを着た若い女性がライトで作られた円に現れた。

テーブル席から薄く拍手が上がる。

「あぁ、歌うんですね」
彼は得心したようで首を縦に振った。

「そうみたいだね。音無君も連れてきてあげればよかったかな」
「そういえば、音無さんって歌、上手でしたね」
彼女の歌を思い出しているのだろうか、彼は言った。
18 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府) [sage]:2012/05/31(木) 23:25:09.22 ID:AG48E/nCo
ピアノが旋律を奏でる。
ハンマーに叩かれて伝わる弦の振動は、細い音に変わり私達の耳元でささやいた。
女性が歌う。伸びやかで力強い声だ。

これはなんの曲だろうか。ジャズということしかわからない。
どうも、社長なんてポストについてからは音楽に疎くなってしまった。

彼の顔を窺う。
先ほどまでの年相応の酒を嗜む若者の顔ではなく、仕事をしているときのしっかりした顔になっていた。
彼のことだ、あの女性がアイドルになったらどうプロデュースしてやろうと考えているのだろう。

私は仕事熱心な彼にほとほと感心しながら、また一口ウイスキーを飲む。

すると彼は、おもむろにこちらを振り向き私に問いかけた。
「そういえば、社長と音無さんって結構昔から付き合いあるみたいですね」
どうやら仕事とは関係ないことを考えていたようだ。
「そうだね。彼女とはそこそこの付き合いになるね。吉沢君とも同じ位かな」
「ということは」
彼はまだ求める答えを得ていないようで、私に続きを促した。
19 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府) [sage]:2012/05/31(木) 23:25:36.87 ID:AG48E/nCo
「あぁ。黒井とも同じだよ。元々黒井とは同じプロダクションだったからね」
「そうなんですか。じゃあ音無さんはなんだったんですか。事務員?」
「君は音無君に気があるのかね?」
「えぇ!? そういうわけじゃないですよ! ただ気になっただけで」
彼をからかうと面白い反応が返ってくる。これは真美君と亜美君に教えてもらった。
「冗談だよ」
彼の肩を叩き、笑いながら言う。

「そうだね。彼女の話をしようと思うと少し長くなりそうだ」
ちらり、とそれでも構わないかと目で問う。
「聞かせてください」
間髪入れずに彼は返した。

「そうか。なら少し昔話をしようか。これは、そうだね。天海君や我那覇君が生まれた辺りの、私と黒井と音無君のちょっとした話だ」

私はカウンターにひじを付き、残りのウイスキーを一気に呷ると、無愛想なバーテンダーに同じのをと注文した。

一曲目が終わったのだろう、店内に小さな拍手が響き渡った。
20 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府) [sage]:2012/05/31(木) 23:26:33.85 ID:AG48E/nCo
「そうだな。あれは君が入社した頃と同じ春先だったかな」
私はあの当時を思い返し、言葉を選びながら話す。


「私と黒井は、あるプロダクションに入社してから何年か経っていた。業界では黒井と揃って敏腕なんて呼ばれていてね」
「えぇ! そうだったんですか」
彼は驚いていた。何について驚いたのかはわからないが、失礼な反応だ。給料を下げてやろうか。

「あぁ。そこそこ実績のあるアイドルを輩出して、黒井とともに切磋琢磨しながら日々競っていたよ」
「そんなある日、事務所に新しいアイドル候補生が二人入ってきた」
「二人ですか?」
彼が聞き返す。

「あぁ。一人は、君も知っている音無小鳥くんだ。当時の彼女は如月君ぐらい長い髪で、すこし垢抜けていないところが初々しくてね」
今とは違う彼女を想像しているのだろう、彼は目をつむりしきりに頷く。 

「それに、気心が知れるまではまともに目も合わせられない子でね。そうだな、今の萩原君みたいでとてもかわいらしかったよ 」
「へぇ。雪歩みたいにですか」
彼はどうも信じられないようだ。まぁ今の彼女だったら仕方ない気もする。
21 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府) [sage]:2012/05/31(木) 23:27:05.85 ID:AG48E/nCo
「もう一人は君もこの業界にいるのなら知っているだろう、日高舞だ」
「日高舞!? あの日高舞ですか?」
彼は思ったより大きな声を上げる。
初老のバーテンダーがいつにもまして顔をしかめていた。

「そうだよ。あの日高舞だ。彼女は音無君とは違い、候補生の時から貫禄があったね 」
日高舞は芸能界にその名を轟かせた――アイドルにこんな表現を使うのはおかしいのだが、実際に言葉の通りなのだ――お騒がせアイドルのことだ。


「私と黒井は、ちょうど担当していたアイドルのプロデュースが終わってね。私達は二人を任されることになった」
一息ついて、グラスを傾ける。からんと氷とグラスが打ち合う。

触りを話したらあの時の靄がかっていた記憶が鮮明になってきていた。
22 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府) [sage]:2012/05/31(木) 23:30:14.61 ID:AG48E/nCo
「おい! 黒井、聞いたか? 久々に新しいアイドルがプロダクションに入るみたいだぞ」
入社した時の汚い――まるで倉庫の様だった事務所は、広く綺麗になった。
俺は、重要な情報を耳にした興奮が冷めやらぬまま、資料の角を机で揃えている黒井に詰め寄った。

「そんなに大声を出さなくても聞こえている。それと唾を飛ばすな。汚らしい」
黒井はデスクに備え付けられているティッシュペーパーを一つまみし、資料に付いたらしい唾を拭いている。
そんなに飛んでいたのか、気をつけよう。
23 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府) [sage]:2012/05/31(木) 23:30:49.91 ID:AG48E/nCo
「あぁ、すまんな。そんなことより、新しいアイドルだぞアイドル!」
わかりやすく眉を歪めている黒井に構わず、俺は話を続ける。

黒井は俺の態度を見て、呆れたように息をついた。

「ふん。また懲りずに勝負か。どうせまたお前が負けることになるだろうがな」
黒井は鼻を鳴らし、にやりと笑った。

今回のプロデュースでは、俺の育てたアイドルは、黒井が育てたアイドルに実績で負けてしまった。

アイドルを黒井との勝負の道具にしている様で心苦しいが(もちろん道具なんて思ってはいない)、俺はプロデュースで黒井と勝負するのが楽しくて、好きだった。

これは多分、黒井もそうだと思う。
24 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府) [sage]:2012/05/31(木) 23:31:51.43 ID:AG48E/nCo
「へっ、言ってろ。今回はそう簡単にいかないからな。俺には秘策があるんだ」
ふんっ、と顔を横に向けて目だけで椅子に腰掛ける黒井を見下ろす。
もちろん秘策なんかない。

黒井は、ほう、と顎に指をかける。
きっと俺が言った嘘の秘策に頭を巡らせているのだろう。

黒井は頭は良いが、意外と冗談が通じない男なのだ。

「それに通算勝利だったら俺のほうが勝ち越してるんだからな」
「んなっ!? 通算の成績など持って来るな! 大事なのは今だろう」
俺の言葉に過剰に反応した黒井は、乱暴に机から立ち上がる。
クリップで留め忘れていたのだろう、机から先ほど角を整えていた資料が舞い落ちる。
25 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府) [sage]:2012/05/31(木) 23:34:19.03 ID:AG48E/nCo
「これは?」
スラックスの裾を上げ、屈みこんで資料を拾い上げながら聞いた。

「引き継ぎ資料だ」
黒井も資料を拾い上げながら、こちらの顔を見ずに簡潔に答える。

「引き継ぎ資料? 前のアイドルの子のか?」
「そうだ。前のアイドルのプロデュースが終了したといっても、あの子のアイドル人生が終わったわけではないからな」
拾い上げた資料を黒井に渡す。
黒井は感謝もなく資料を受け取ると、手で資料の汚れを払う。

「ふーん。俺はそんなことする必要ないと思うけどな。アイドルとの関係なんて、会ってから作ればいいじゃないか」
「脳筋め。そんな非効率的なことをして無駄な時間を作るくらいなら、資料に起こしてでも進めやすくするほうが良いだろう」
「そんなもんかね」
こいつは割とアイドルや事務員の間から評判がいい。

表面上は冷静で人間関係に無関心に見えるが、その実、中身には自分の追い求めるアイドル像があって、その理想に向かってて邁進している。

長い付き合いをしていて、酒の席でぽろりとこぼした黒井の理想を聞いて以来、やり方はともかく、こいつの理想には好感を抱いている。
26 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府) [sage]:2012/05/31(木) 23:34:55.45 ID:AG48E/nCo
「お前とは反りが合わんな。で、いつ新しいアイドル“候補生”は入るんだ」
初めて黒井と合ったときは、色々と馬が合わず衝突を繰り返していたが、今ではこうして軽口を叩く間柄にもなった。



「おぉ、社長から聞いたんだけどな、来週には候補生で入るらしい」
やっと本題に入れて少し声が大きくなってしまった。

「来週か。そのときこそお前に引導を渡してやろう」
まだ正式に任命されたわけではないのだがな。
黒井はそう言うと、妙に様になっている悪役の様な高笑いを上げながら、引き継ぎ資料を持って後任のプロデューサーの下へ向かっていった。

表面的にはつっけんどんなくせに、実は優しいところがアイドルや事務員に人気なんだろうか。

俺は奴の人気の訳が気になり、首を傾げた。
27 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山陽) :2012/05/31(木) 23:36:11.78 ID:gzPvzPnAO
いいな!
期待。
28 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府) [sage]:2012/05/31(木) 23:36:22.22 ID:AG48E/nCo
一旦終了
29 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/06/01(金) 02:44:49.09 ID:I+kTS72ko
一回立ててそれを消して、また立てて同じ部分繰り返して進みやしない。
30 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府) :2012/06/03(日) 20:57:02.85 ID:27ZeSEk3o
あれから一週間が経ち、ついに待望のアイドル候補生が入る日が訪れた。

社長がフロアのどこからでも見える位置でご高説を垂れている。
俺は、それを話半分に聞き流し、新しいパートナーを想像して心を躍らせていた。

まるでスポーツの大会などで、自分の順番を今か今かと待つ少年のような気分だった。
そして、その緊張感と高翌揚感が心地よく感じた。

「おい、ついに来たな」
耐え切れず、横にぴしっ、と立つ黒井にこそりと話しかける。

「放っておいてもいつかは来るんだ。そんなことでいちいちしゃべりかけるな。小学生かお前は」
しっし、とまるで飛ぶ虫を払う様に手を払われた。

「冷たいやつだね」
黒井の様にやれやれとわかりやすく首を振ると、黒井は不機嫌そうに鼻を鳴らした。
31 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府) [sage]:2012/06/03(日) 20:58:51.47 ID:27ZeSEk3o
「おい、高木。話はきちんと聞け」
「すいません」
社長の眼に留まってしまったようで、叱られてしまった。
周りからくすくすと笑い声が聞こえる。
ちくしょう。

ごほんと咳払いをし、その場の空気を整えると社長は待ちに待った話題に触れた。
「それでは、早速新しいアイドル候補生の子を紹介しよう。では入りたまえ」

そう言うと、社長は自分の拠点である社長室に向き直る。
他のスタッフもそれに倣うように、社長室に注目した。

わざわざ社長室に待機させて呼び出すなんて粋な演出をする。
32 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府) [sage]:2012/06/03(日) 21:02:07.55 ID:27ZeSEk3o
新事務所に移ってから社長が個人で手を加えていた、少し高級感のある社長室の扉が開かれる。
開かれた扉から室内の観葉植物が見えた。

一人目が扉の向こうから姿を現すと、フロアの男どもがにわかに色めき立つ。

一人目の少女は、毛先に少しウェーブがかった亜麻色の長く美しい髪をたなびかせて姿を現した。

社長室から社長の居るデスクまでの短い距離を、自信に満ちた表情で――さながらキャットウォークを歩くモデルのように進んでくる。

歳にして、15、6辺りだろうか。
長い間、彼女と同年代と思われる少女達を見てきたが、ここまで存在感からして異なる子は初めて見た。

貫禄があるなぁ。俺が彼女に抱いた第一印象だった。
33 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府) [sage]:2012/06/03(日) 21:04:18.64 ID:27ZeSEk3o
「では、一人目だ」
彼女が社長の横に着いたのを見届けると、社長が彼女に自己紹介を促した。

彼女は頷き、こちらに向き直った。

スラリとした体躯。
顔に一つまみの幼さを残しながらも、大人の女性へと成長していこうとしている顔。
背中まである長い髪を今は下ろしているが、結上げた髪型も似合いそうだ。

さすが社長が見つけてきただけのことはある。ビジュアルに関しては満点だ。

歌やダンスは未知数だが、これは期待できる逸材ではないだろうか。と、顎に指をかけて、彼女のアイドルとしての可能性を考えていると、周りの男どもの歓声で我に返った。

彼女のことを考えていたら、彼女の自己紹介を半分以上も聞き逃してるじゃないか。

いかんいかん、と首を振り意識を彼女に向ける。

「舞って呼んでね!」

自己紹介の締めに入っていたのだろう、彼女――舞はばちりとウインクした。

フロアに割れんばかりの拍手が響く。指笛を吹いている者も居た。
34 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府) [sage]:2012/06/03(日) 21:11:59.95 ID:27ZeSEk3o
あの子のプロデューサーになれるかもしれないのか。
もしあの子のプロデューサーになれたのなら、きっと黒井なんか目じゃないな。

いや、それどころかトップアイドルも狙えるんじゃないだろうか。
そう考えると、胸が一際大きく高鳴った。

当の黒井はどう思っているのだろうか。気になり横目で黒井を見ると、腕を組み、感心したように舞を見ていた。

きっと俺と同じことを考えているのだろう。


興奮が冷め切らないフロアで、社長が一つ咳払いをすると、スタッフたちの音量が小さくなった。

さすが社長だ、と感心した。

「では、もう一人にも自己紹介してもらおうか」
 
社長が目をちらりと社長室に向ける。
社長の視線を追うと、中からもう一人の候補生が姿を見せた。
35 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府) [sage]:2012/06/03(日) 21:14:05.90 ID:27ZeSEk3o
もう一人の少女は、先ほどの舞とは打ってかわり、かちこちに身を固め、口を強く引き結びながら歩いてきた。

緊張してるなぁ。あれが新人のあるべき姿だよな、と心がほっこりした。

暖かい気持ちで彼女を観察していると、小さな違和感を覚える。

よくよく見てみると、彼女の手と足が同時に出ているではないか。

俺はその絵があまりにも可笑しくて、くすりと笑ってしまった。
それが聞こえてしまったのだろうか、もう一人の少女の顔がみるみる赤くなっていく。

「お、音無小鳥ですっ! 今日から精一杯頑張りますので、よ、よろしくお願いしますっ!」
自己紹介を終えた小鳥は、社長の横で後ろ髪の毛先が見える程、勢いよく頭を下げた。

舞の時と比べて控えめな拍手が上がる。
舞とは違い、小鳥はそれほど垢抜けていない。

化粧気の無い顔にしては整っているが、小鳥はどちらかと言うと、そうだな少し田舎臭い感じがした。
36 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府) [sage]:2012/06/03(日) 21:17:25.38 ID:27ZeSEk3o
社長はなんでこの子を? これがいいのだろうか。それとも、他に惹かれる所があったのだろうか。
「なぁ黒井。音無くんどう思う?」
社長が小鳥をスカウトした意図が汲めない俺は、たまらず黒井に意見を求めた。

「ふん。お前の目は節穴なんだろう。俺は音無小鳥の方が彼女より可能性を感じるがな」
黒井は社長の真意に気付いているようだ。

「どこらへんが?」
「お前は社長の下で何を学んできたんだ。それくらい少しは考えろ」
ばっさりと切り捨てられた。
何よりも、俺の中では舞の方が、小鳥よりも上に位置づけられた。
37 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府) [sage]:2012/06/03(日) 21:18:09.61 ID:27ZeSEk3o
「さて」
社長が仕切りなおしとばかりに切り出した。

「彼女たちのプロデュースについてだが、我がプロダクションが誇るエースと問題児に頼むとしよう」
云うと社長はこちら――俺と黒井を見た。

「おい、黒井。お前問題児って言われてるぞ」
可哀相に、社長も皆の前で言わなくてもいいのに。

「問題児はお前だ!」
社長と黒井の声がユニゾンした。

「おぉう」
どうやら可哀相なのは俺だったらしい。

フロアに笑いが生まれる。
見ると舞も小鳥も笑っていた。
38 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府) [sage]:2012/06/03(日) 23:27:26.54 ID:27ZeSEk3o
今回の投下は終了
39 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/06/10(日) 10:33:47.50 ID:RTOWwtTDO
はよはよ
40 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage]:2012/06/10(日) 11:21:37.98 ID:kHc34ITc0
どうでもいいですけど「小洒落た」は「ふざけた」って意味ですよ
41 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府) [sage]:2012/06/10(日) 11:29:56.71 ID:PpsRy29i0
>>40
最近はその使われ方はあまりしてなかったり。

あと>>39
上げんな
42 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府) [sage]:2012/06/10(日) 11:31:48.07 ID:Tv6QiKYYo
>>40
今の若者は「センスがいい」って意味で使ってるんだから、将来的に「センスがいい」的な意味に変わる可能性もあるだろう
日本語は日々変化してるんだから指摘するのも野暮
43 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/06/10(日) 12:41:57.38 ID:3NUgDDdRo
>>40
「戯れる」は落窪物語あたりに「洒落ている」の意味としてある。
44 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府) [sage]:2012/07/01(日) 21:58:49.10 ID:tglcIbDdo
事務所の一角にはミーティングルームがあり、その室内の中央には「0」の形を作るように長机が並べられている。

俺はそこの窓に背を向けられる席に座っている。

机と隙間を隔てた正面には、自分の膝下を見つめて、こちらに目をあわせようとしない音無小鳥が座っている。

俺は机に肘を立てて、顔を手のひらに置き彼女の挙動をじぃっと見つめた。

視線に気づいた小鳥は、顔を上げたと思うとあわあわと視線を泳がせている。

見ていて可愛らしくて飽きないのだが、正直、はずれを引いた気がする。

いや、はずれというのは彼女に失礼だ。
だが舞と比べてしまうとどうしても見劣りしてしまう。

社長は問題児に問題児を充ててどうするつもりなのだろうか。
45 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府) [sage]:2012/07/01(日) 21:59:42.84 ID:tglcIbDdo
「あ、あの」
彼女は意を決して、口火を切った、

「ん? どうした」
向こうから話しかけてきたことに、内心驚きながらも怯えさせないよう、棘のないように返す。

「こ、これからよろしくお願いします!!」

「おう! 任せとけ!」
彼女を不安がらせないように、自分の胸板をドンと叩く。少し力を入れすぎて咳き込んでしまう。

「だだだ、大丈夫ですか!?」
そんな俺を見て、小鳥はあわあわと上半身だけ忙しなく動く。

「お、おう。 大丈夫だ。心配しなくていいぞ」
少し咳き込んだだけでこの慌てよう、アイドルにはドッシリと構えるキモも必要なのだが(ドッキリとかで)。

「よ、よかったぁ……」
本当に安堵の笑顔を浮かべている。
よく見ると目尻に涙が溢れていた。

俺は、そんな小鳥を見て彼女の今後を考えていた
46 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府) [sage]:2012/07/01(日) 22:00:34.73 ID:tglcIbDdo
口では大口を叩いたが、実際の所小鳥のプロデュース方針は俺の中で固まっていなかった。

彼女の歌唱力やダンスを見ていないから、当たり前だと言えば当たり前なのだが。

つい先ほどまで俺の頭の中には、小鳥ではなく、舞をどういう風にプロデュースしようかとずっと考えていたからだ。

もちろん彼女のプロデュースを任されたからには、俺の持てる力を使って彼女をプロデュースするつもりだ。

ただ、どうしても彼女の将来のビジョンが見えてこない。
舞の時はあっさりと、何万人と人で埋めつくされたドームで歌う彼女の姿が見えていたのに、小鳥になると途端に靄がかったような、切れかけの電球のように明滅していて判別がつかない。

これでも社長からは慧眼だと言われていたのだが。
47 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府) [sage]:2012/07/01(日) 22:01:40.96 ID:tglcIbDdo
まあ、自分でまだ見えないことを無闇に模索するよりも、今は彼女の得意なところを先に伸ばしてやろう。

そうすればきっとアイドル活動が楽しくなってきてくれるだろう。

それにまだ彼女はデビューしていない。
オーディションに受かって、本当のアイドルデビューを果たしてから今後の方針を固めればいい。

何、急ぐことはないじゃないか。
俺はいつもこんな感じでプロデュースしてきたし、今回だってそれと変わらないはずだ。
48 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府) [sage]:2012/07/01(日) 22:03:03.91 ID:tglcIbDdo
「なぁ、音無君」
咳を抑え込み彼女に話しかけた。

「は、はい! なんですか」
未だに緊張が残るのだろう、彼女は今日一度も詰まらずに話せていない。
どうやら彼女とはまだまだ歩み寄れていないらしい。
いや、もしかしたら彼女は誰に対してもそうなのかもしれない。

「音無君は何が好きなのかな?」
歌だろうか、ダンスだろうか。
見た感じダンスをバリバリとこなすようには見えない。
そう思って、当たりをつけていたら、

「す、好きなことですか? どう――い、いえ、読書ですっ!」
49 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府) :2012/07/01(日) 22:03:58.96 ID:tglcIbDdo
「うん?」
どこか話が噛み合っていない。

「いや、趣味じゃなくてな。歌とダンスだったらどっちが好きかって話なんだが」
彼女の回答に訂正を付け加えて返してやる。

すると彼女は、朝の自己紹介の時のように顔を赤くして、しまった、と開けていた口を手で覆う。

「すす、すみませんっ! さっきのはなし! 歌! 歌ですっ! 歌が大好きです!!」
今日一番の大きな声を聴いた。
思ったよりも声は通るようだ。

熱くなっているであろう頬を両手で抑えて、低くうなっている彼女を傍目に、俺は自分の予想が当たり少し満足した。

「歌か。よし! 今からスタジオに行こう!」
そうと決めたら早速行動に移そう。
俺は彼女に今日の予定を伝えた。

「い、今からですか?」
「そうだ。今から君の歌を聴かせてもらうんだ」
俺は、善は急げとパイプ椅子に座る彼女の隣に向かい、彼女の手首辺りをつかみ彼女を連れてミーティングルームを出た。
50 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府) [sage]:2012/07/02(月) 18:16:45.98 ID:ku++e2dD0
ちなみに公式設定(?)では舞さんがアイドル活動をしていたのは12,3のころからだったり
SSだしあまり気にしなくてもいいと思うが、一応
がんばってくれ
51 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府) :2012/08/17(金) 23:51:48.47 ID:c33SAZ8Co
新しく移転した事務所の近くには、俺も黒井も新人の時からお世話になっているレコーディングスタジオがある。

移転先を決める時の重要なファクターになったのは想像に難くない。
こちらとしてもスタジオが近いのはありがたいので、今の事務所にプロデュース活動においての文句はない。

強いてあげれば、事務所の周りがオフィス街で安っぽい定食屋がないことだろうか。
どうも高い料理はのどが受け付けない。

52 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府) [sage]:2012/08/17(金) 23:52:24.21 ID:c33SAZ8Co
「わぁ……」
俺の隣に立つ小鳥が、口を開けて気の抜けた声を上げた。
目の前にはコンクリートの外装にヒビが入っている少し古めかしい建物がある。

――レコーディングスタジオだ。

きっとレコーディングスタジオなど来たことがないのだろう、気圧されているようだった。

大体の新人アイドルは、初めてレコーディングスタジオやTV局に来たときは同じような反応を見せる。

我ながら悪趣味だが、彼女たちのそういう顔を見るのが俺は好きだったりする。

ここから始まる彼女たちのアイドル生活を共に見ることが出来ているのだと考えると、柄も言われぬ感覚に包まれる。
53 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府) [sage]:2012/08/17(金) 23:53:24.48 ID:c33SAZ8Co
未だに口を開けて呆けている小鳥に声をかけ、スタジオに入っていく。

ガラス製の重いドアを押し開ける。
扉に備え付けられているカウベルがチリンと鳴る。

中は変わらず少し埃っぽい。
設備上あまり窓を開放する機会がないとはいえ、もう少しどうにかして欲しいとも思う。
54 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府) [sage]:2012/08/17(金) 23:54:57.00 ID:c33SAZ8Co
木製の受付テーブルの内側にはいつもの若い女のスタッフが立っていた。
平日の昼間で客が少なく暇なのだろうか、俺たちに気づかずにボケッと突っ立っている。


彼女は、俺達がテーブルに備え付けられているベルを押そうとしているときに、こちらに気づいた。

「あ、いらっしゃいませ。高木さん」
と、感情少なく迎えてくれる。
可愛らしい顔をしているのに、この起伏の少なさはもったいないな、と彼女を見ていつも考える。

「開いてるスタジオがあったら使いたいんだが」
要件のみを伝える。

「どこも空いてますよ。平日の昼はあんまり人来ないですから」
彼女はそう言うと、書類を机の中から取り出して、少しよれたシャツの胸に差していたボールペンで何かを記入し始めた。
55 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府) [sage]:2012/08/17(金) 23:56:29.71 ID:c33SAZ8Co
「新しいアイドルですか?」
彼女はテーブルに顔を伏せている時に、小鳥を一瞥して聞いてきた。
興味からくる質問ではなく、業務の一環なのだろう。
毎度毎度のことなので慣れてしまった。

「あぁ。今日からの子でな。音無君って言うんだ。可愛いだろ?」

どうせまともに会話が成立するとは思っていなかったので、適当に返す。

「ぅえぇっ!?」
後ろの小鳥がやや大げさに反応した。
56 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府) [sage]:2012/08/17(金) 23:57:03.69 ID:c33SAZ8Co
「ここがスタジオ、ですか?」
小鳥が尋ねてきた。


スタッフの彼女に通されたブースはとても簡素なスタジオで、ブース内にはマイクやスピーカーなどの最小限のものしか置いていなかった。

小鳥はテレビて見るような音響家が居て、どでかいミキサーがあって完全に分別されたスタジオを想像しているのだろう。


「そうだよ。なんだ? 初めからスタッフが居るなんて思ってたのか?」
少し意地悪に聞いてみる。

「えっ! そういう訳じゃないですけど……」
慌てて両手を振り否定する。

「ただ、お、思ってたのとちょっと違ってただけです」
ブース内を見渡して小鳥は言った。

「まぁ、いずれは嫌でもそんな所に顔を出すんだ。それまではこことか他の所でボイスレッスンとかダンスレッスンすることになるからな」
改めて小鳥にこれからのことを説明する。

それを聞くと彼女は、少しばかり目を輝かせて強く頷いた。
35.98 KB   
VIP Service SS速報VIP 専用ブラウザ 検索 Check このエントリーをはてなブックマークに追加 Tweet

荒巻@中の人 ★ VIP(Powered By VIP Service) read.cgi ver 2013/10/12 prev 2011/01/08 (Base By http://www.toshinari.net/ @Thanks!)
respop.js ver 01.0.4.0 2010/02/10 (by fla@Thanks!)