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魔法少女計画 マドカ - SS速報VIP 過去ログ倉庫

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1 : ◆tUNoJq4Lwk [sage]:2012/06/04(月) 21:21:48.57 ID:BSY6sXo4o
 お久しぶり、私です。

 当スレは、Magica Quartet原作『魔法少女まどか☆マギカ』と大友克洋原作『アキラ』の設定

を混ぜたものです。


 ちなみに『アキラ』がベース。



 同一筆者による過去スレはこちら


● まどか☆マギカシリーズ


 魔法少女まどか☆イチロー

http://ex14.vip2ch.com/news4ssnip/kako/1302/13023/1302346747.html


 孤独の魔法少女グルメ☆マギカ〜井之頭五郎と魔女の物語〜

http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1306497755/


魔法少女とハリマ☆ハリオ

http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1323598624/


● その他

 IS大戦

http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1312022058/


 はりおん!〜播磨拳児はうんたんに恋をする〜

http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1325588400/


 男子高校生のスマイルプリキュア

http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1331897941/

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1338812508(SS-Wikiでのこのスレの編集者を募集中!)
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もし、探しているスレッドがパートスレッドの場合は次スレが建ってるかもしれないですよ。

旅にでんちう @ 2024/04/17(水) 20:27:26.83 ID:/EdK+WCRO
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/part4vip/1713353246/

木曜の夜には誰もダイブせず @ 2024/04/17(水) 20:05:45.21 ID:iuZC4QbfO
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いろは「先輩、カフェがありますよ」【俺ガイル】 @ 2024/04/16(火) 23:54:11.88 ID:aOh6YfjJ0
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【MHW】古代樹の森で人間を拾ったんだが【SS】 @ 2024/04/16(火) 23:28:13.15 ID:dNS54ToO0
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こんな恋愛がしたい  安部菜々編 @ 2024/04/15(月) 21:12:49.25 ID:HdnryJIo0
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【安価・コンマ】力と魔法の支配する世界で【ファンタジー】Part2 @ 2024/04/14(日) 19:38:35.87 ID:kch9tJed0
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アテム「実践レベルのデッキ?」 @ 2024/04/14(日) 19:11:43.81 ID:Ix0pR4FB0
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エルヴィン「ボーナスを支給する!」 @ 2024/04/14(日) 11:41:07.59 ID:o/ZidldvO
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2 : ◆tUNoJq4Lwk [sage]:2012/06/04(月) 21:23:59.55 ID:BSY6sXo4o


   プロローグ

 学校のすぐ近くにある店、青木屋で少年はタブレット型のパソコンをいじりながら何かを
待っていた。

 半地下になっているその店は、内装も店につながる階段も汚く、およそまともな青少年が
出入りするような場所ではない。

 少年が外から持ち込んだミネラルウォーター(いろはす)に口を付けたところで、携帯電話が鳴った。

(来たか)

 少年は思った。同じバイクチームに所属する山形からのメールだ。

 クラウンと名乗る暴走族チームがこちらに喧嘩を売ってきたことはすでに知っている。

 この日、旧市街に追い込んで連中を叩きのめす計画を彼は立てていた。

「よし、行くか」

 そう言って立ち上がった時、

「こらー! 金田アアア!」

 店の出入り口の扉が勢い良く開き、甲高い声が店中に響いた。

「ぶふぉ!」

 客の一人が水を吐き出す。

「おいお嬢! ここには来るなって言ってんだろが」

 ひげを生やしたマッチョでハゲな店長がそう言いながら客の吐いた水を布巾でふき取る。

「固いこと言わないでよ。それよりマスター。金田はここにいるんでしょう?」

 青い髪を短く切りそろえた活発そうな少女がそう言ってハゲ店長を見据える。

「アイツならそこにいるよ」

「こら、金田!」

 金田と呼ばれた少年は、見つからないようにテーブルに身を隠していたのだが、
簡単に見つかってしまった。
3 : ◆tUNoJq4Lwk [sage]:2012/06/04(月) 21:25:13.64 ID:BSY6sXo4o

「よ、よう。さやか」

 金田はひきつった笑顔でそう挨拶した。

 そんな少年に、さやかと呼ばれた少女はつかつかと歩み寄る。

「金田、今夜どこ行くのよ」

「うっせえな、関係ないだろ」

「関係ないことないでしょ。和子おばさんも心配してるでしょうが。今日、ウチに来るって
約束したよねえ」

「ああ、男には色々とやることがあるんだよ。フォッフォッフォッフォ」

「どうせ喧嘩でしょう? いい加減にしてよね」

「喧嘩じゃねえ。正義のための戦いだ」

「何が正義よアホらしい。大人になりなさい」

「なんでお前にそんなこと言われなきゃならねえんだよ」

「幼馴染として、アンタの面倒は見ないといけないし」

「誰も見てくれなんて言ってねえだろう」

「なんですってえ!?」

「おいおい、二人とも。痴話げんかなら外でやってくれねえか」

 うんざりした様子でハゲの店長は言った。

「わったよ、すぐに出ていく」

 金田はそう言ってさやかの二の腕を掴むと店を出ることにした。

「おい金田、お前もたまにゃ何か飲んでけ。ここは待ち合わせ場所じゃねえんだ」

 店を出ていく金田に、店長は言った。

「だったらまともな物を出してよ。臭いんだよ、アンタんところの飲み物は」

「バカッ!」

 金田がそう言うと、隣にいたさやかが素早く頭をはたく。

「いってえな、何すんだよ」

「アンタこそ掴んでるその手が痛いのよ、レディには優しくしなさいよね!」

 店長たちに苦笑いが金田の耳にも届き、彼は少しだけ恥ずかしくなった。
4 : ◆tUNoJq4Lwk [sage]:2012/06/04(月) 21:25:50.02 ID:BSY6sXo4o





  魔法少女計画 マ ド カ


    第一話 前 奏
5 : ◆tUNoJq4Lwk [sage]:2012/06/04(月) 21:26:46.49 ID:BSY6sXo4o


 集合場所――

 時間は夜の八時を過ぎ、空もすっかり暗くなっている。

「遅えぞ金田!」

 チーム内でも比較的常識人の一人、山形が金田の姿を見るなりそう言った。
すでに集合場所にはチームのメンバーが十人ばかり揃っていた。

「フォッフォッフォ、ちょいと野暮用でね」

 金田は言葉を濁す。

 だが、

「どうせ、さやかちゃんだろ?」

 山形に比べて比較的小柄な甲斐がそう言って笑う。

「ヒューヒュー」

 周囲の人間がそう言って冷やかした。

「うるせえよ、あいつは関係ねえだろ!」

 金田は少し照れながらもそう言って怒る。

「その様子だと、またお前の所にさやかが来たのか? 
確か今日はさやかちゃんの家でメシを食う約束してたみてえだし」

 さやかのことは山形たちも知っている。

 知りすぎていると言ったほうがいいか。

「心配ねえ。キッチリ家に送り届けた」

「ほう、なかなかやるね」

「あいつはほっとくと危ない場所にもガンガン足を踏み入れるからな、酷いったらねえぜ」
6 : ◆tUNoJq4Lwk [sage]:2012/06/04(月) 21:27:21.27 ID:BSY6sXo4o

「ケッ、ノロケかよ。もうウチのチームも解散かなあ」

 甲斐はそう言って両手をあげた。

「うるせえな。行くぞ」

「ああ」

「クラウンの連中は?」

「環七に集結してやがる」

「こっちの準備は整ってるな」

「ああ、問題ねえ」

「行くぞ。ヤク中のジャンキー共は俺たちが成敗する」

 そう言うと、金田は再び自分の乗ってきた赤いバイクにまたがる。

 限界までチューニングした大型バイクを走らせ、彼は夜の国道を走りだした。




   *
7 : ◆tUNoJq4Lwk [sage]:2012/06/04(月) 21:28:57.69 ID:BSY6sXo4o



 帝都内某所――
 
「ハアッハアッハアッ……」

 光り輝くネオン街の中を一人の男と、それに手を引かれる少女が走る。

「こっちだ」

 男の髪の毛は長かったものの、既に艶を失っており健康状態もあまり良好ではないようだ。

 一方、手を引かれて走る少女はフードを目深にかぶり、顔が見えない。

 ただ、わずかに見える口元から中学生くらいで、まだ幼さの残る少女であることがわかる。

「……もうすぐだ、もうすぐ」

 男は独り言のようにつぶやく。

「……」

 しかし一緒にいる少女は何も言わない。

 少しは知ってから、男はまたビルの隙間に隠れて外の様子を伺う。

 息が整ったところで、あらためて隣りにいる少女のことを見た。

「本当に感情が欠落していやがるな。まあ、実験動物に感情は不要か」

 男はそうつぶやいた。彼の手には、大き目のコルトガバメントが握られており、
周りに見つからないよう上着の中に隠している。

 パトロールカーのサイレンを聞き、とっさに身を隠した。

 そして周囲を見回すと、汚い路地裏でバイクを見つける。

「いいね、まだ運はあるようだ」

 男はそう言って少女とともにバイクへと向かった。




   *
8 : ◆tUNoJq4Lwk [sage]:2012/06/04(月) 21:29:49.87 ID:BSY6sXo4o



「行くぞオラアアアアアア!!」

 気合を込めてバイクを走らせる金田。

 前方には数人のクラウン構成員が同じようにバイクを走らせていた。

 クラウンはほぼ全員が麻薬を常習している異常者集団だ。

 構成員の一人が火炎瓶を投げつける。

 ボンッという音とともに道路の真ん中には火がともった。

 しかし金田は大型バイクをいとも簡単にそうさしてその炎を避ける。

「ここは任せろオラア!」

 鉄パイプを握りしめた山形が金田を抜かし、先ほど火炎瓶を投げたばかりの
構成員を叩き潰す。

「ぐほあ!」

 一瞬遅れてバランスを崩した構成員はそのまま転倒。

 時速百キロを超えるスピードの中での転倒、ただで済むわけがない。

 しばらく進むと、今度は鉄パイプを携えたクラウンの構成員が金田の両側を挟み込む。

「けっ、やるか?」

 金田はそう言うと一気にバイクを加速した。

 一瞬遅れて加速するクラウン構成員のバイク。しかし、今度は急減速。

 減速と加速を交互に繰り返すことで、相手側は多いに狼狽しているようだ。

 そして、素早く逆方向に回り込んだ金田は一気に相手の単車の横腹を蹴りこむ。

「おりゃあ!」
9 : ◆tUNoJq4Lwk [sage]:2012/06/04(月) 21:32:11.44 ID:BSY6sXo4o

「!!!」

 バランスを崩したバイクは隣のバイクと接触、そして二台とも転倒!

 それを確認した金田は減速してバイクを止めた。

 そこに山形や甲斐たちが集まる。

「残党は?」

「あいつら旧市街に突っ込んで行きやがった」

 と、山形の報告。

「どうする金田」

 そう聞いたのは甲斐だ。

「やっとモーターのコイルが温まってきたところだぜ」

 金田はニヤリと笑い、再びバイクを発進させた。




   *
10 : ◆tUNoJq4Lwk [sage]:2012/06/04(月) 21:33:40.29 ID:BSY6sXo4o




 政府軍の保有する可変式垂直離着陸機、V−22J、通称オスプレイの機内で女性と男性が
向かい合うように座っていた。

 女性のほうは、落ち着いたまるで良家の子女のような白のブラウスを着ており、
男はガッチリとした筋肉質の体格をダークスーツで包んでいる。

 男の髪の毛は短く刈り込まれており、その髪型だけでも官僚やビジネスパーソンでないことは
明らかであった。

「……西よ」

 白いブラウスの少女はそう言った。

「西か。旧市街だな」

 決して静かとは言えない環境の中、彼女の言葉をしっかりと聞き取った男は、
近くにいた戦闘服の男に指示を出す。

「これから旧市街に向かう。下の連中にもそう伝えておけ」

「ハッ、了解しました」

 軍服の男はそう答え、操縦士や別の部署の人間に指示を出す。

「イヴはそこにいるんだな、マミ」

 男は低い声で少女に問いかける。

「ええ。間違いないわ。でも……」

 マミと呼ばれた少女はそう言って外を見た。

「どうした」

「“彼女”の力は、とても不安定です」
11 : ◆tUNoJq4Lwk [sage]:2012/06/04(月) 21:34:19.39 ID:BSY6sXo4o

「不安定?」

「ええ、クスリで抑えるには少し限界があったみたいですね」

「……そうか」

「最悪の事態を想定したほうがいいと思うわ」

「そうなのか」

「ええ、確かあの子の生き残りが“もう一人”いたと思うけれど」

「ああ、確かにいる」

「……」

 少女は男の言葉を聞くと、そのまま押し黙った。

(最悪の事態か)

 男は彼女の言葉を反芻する。

 恐れていたことが今起ころうとしていた。ただ、彼の心の中は不思議と穏やかであった。

「大佐!」

 しかしそんな穏やかな心をかき乱すように部下からの報告が入ってくる。

「どうした」

「旧市街で怪しい二人組を発見したとの情報が入りました」

「そうか」

 大佐と呼ばれた男はそう言うと、窓の外を見る。

 不気味なほど明るく広がる夜の街並みが、旧市街との境界線で一気にドス黒い闇に染まっていた。




   *
12 : ◆tUNoJq4Lwk [sage]:2012/06/04(月) 21:35:02.42 ID:BSY6sXo4o



 旧市街でクラウンの残党を狩った金田たちは、誰もいない道路を高速で飛ばす。

 とある事故で爆心地となった旧市街は未だに立ち入りが制限されているので、
制限速度を気にせずにぶっとばすには良い場所だ。

(今日はこのくらいにするか。アイツも心配しているだろうし)

 金田の脳裏に幼馴染の顔が浮かぶ。

(くそっ、何を考えてんだよ俺)

 心の中の雑念を振り払うようにバイクのスピードを上げる。

 その時だった。

「え?」

 誰もいないはずの旧市街の高速道路に二つの人影が横切る。

 クラウンの連中、まだ残っていやがったか。

 そう思って彼は目を凝らす。

 しかし、そこにいたのは一人の男と、少女。

(あれは……)

 フード付きのパーカーを着た髪の短い少女の横顔に見覚えがあった。

(さやか……)

 暗がりの中でよく見えなかったけれど、あれはさやかだ。そんな奇妙な確信がそこにあった。

「さやか!?」

 金田はバイクを急減速させる。

(まさか……)
13 : ◆tUNoJq4Lwk [sage]:2012/06/04(月) 21:36:22.33 ID:BSY6sXo4o

 金田は方向を変えると、これまで来た道を引き返そうとした。

「おい! どうしたんだ金田」

 彼につられて止まった仲間たちが呼びかける。しかし金田は聞かない。

 しばらく戻ってから、再びバイクを止める金田は二つの人影に呼びかける。

「おい! お前ら!」

 しかし、

 パンッと乾いた音が暗闇の中に響き渡る。

「な……!」

 さやからしき少女を連れた男は拳銃を持っていたのだ。

「何しやがるんだお前!」

 金田は叫ぶが、男はそれに反応せず少女の手を引いて再び走り出す。

「待て!」

 バイクに乗って再び追いかけようとする金田。

 だが次の瞬間、彼の目の前が光に包まれる。

「な!?」

 そして吹き荒れる激しい風。

「くそっ!」

 激しい風圧に金田は目を開けていられなくなっていた。

 それでも彼は辛うじて前を見る。
14 : ◆tUNoJq4Lwk [sage]:2012/06/04(月) 21:38:19.14 ID:BSY6sXo4o

「金田あ!」

 仲間たちが遅れて彼の元にやってきた。

「どうしたんだ!」山形が叫ぶ。

「さやかが」

「さやかちゃん!? こんなところにいるわけねえだろ!」と叫んだのは甲斐だった。

「そんなことよりやべえぞ、ありゃアーミーのヘリだ」

「アーミー?」

 いつの間にか高速道路の上には多数のヘリやオスプレイが着陸していた。

 そして小銃で武装した戦闘服姿の軍人が出てきて周囲を警戒する。

「動くな!」

 兵士の一人が叫ぶ。

「いや、俺たちはその……」

「動くなと言っている! 腹這いになって手足を広げろ!」

 兵士たちは銃口を向けて金田たちに命令する。

 軍人らしく威圧的な声だった。

「だからその――」

「腹這いになって手足を広げろ!」

 聞く耳を持たない。

 金田たちは渋々手を頭の後ろに回し、アスファルトの上に腹ばいになる。

 アスファルトの中に微かに残る昼間の温もりが気色悪い。

 兵士たちは素早く金田たちの後ろに回り込み腕をねじりあげた。

「イテテテ! 俺の腕はそっちにゃ曲がらないっての!」

「甲斐!」

「大人しくしろ!」

「何すんだよ! 俺ら何にもしてねえだろ!」

 少年たちの抗議ににも関わらず、兵士たちは彼らに手錠をかけた。




   *
15 : ◆tUNoJq4Lwk [sage]:2012/06/04(月) 21:39:18.06 ID:BSY6sXo4o



「くそっ、ここまでか……!」

 男は完全武装の兵士たちに囲まれていた。

 右手には拳銃、左手には髪の短い少女の腕を持っている。

 脇腹に被弾したらしく、先ほどから赤黒い血がどくどくとあふれている。

「ガハッ」

 口からも血液があふれる。

「武器を捨てて投降しろ!」

 拡声器から声が響いた。

「断ると言ったら」

 男はそう言うと少女を抱き寄せる。

「我々の要求に従わなければこの場で射[ピーーー]る!」

「やってみろ」

 男はそう言うと傍らにいる少女を見た。

「すまんな、第三号。いや、“あやか”と呼んだほうがよかったか」

「……」

 少女は何も言わず抱き寄せた男の顔を見つめている。

 次の瞬間、痛みや衝撃を感じるまでもなく男の視界は闇に染まった。

 7.62ミリ弾で頭を狙撃されたのだ。

 だが、彼の持っていた武器は拳銃だけではなかった。

「待て! 近づくな!!」

 指揮官の一人が少女を保護しようとした兵士たちを止める。

 一瞬、兵士たちがたたらを踏んで立ち止まったところで彼らは理解した。

 彼が上着の下に隠し持っていたもう一つの武器を。




   *
16 : ◆tUNoJq4Lwk [sage]:2012/06/04(月) 21:40:09.46 ID:BSY6sXo4o



 激しい光が見えたと思ったら、一瞬遅れて巨大な爆発音が鳴り響いた。

 道路が揺れる。

 ヘリの向こう側で激しい爆発が起こったようだ。

「何があった!」

 指揮官の一人が叫ぶ。

「はっ、テロリストが自爆した模様です」

 と、部下は答えた。

「それで、イヴは無事なのか」

「それは……」

「イヴ? どういうことだ?」

 兵士たちの会話に反応した金田が顔を上げる。

「大人しくしろ」

 しかし近くにいた兵士が金田の頭を押さえつけた。

「何しやがるんだこの! イヴってなんだよ!」

「うるさい! お前らには関係のないことだ!」

「まさかあの女、本当に死んだのか……」

 金田は頭を押さえられながらも、立ち上る煙と炎を眺めてそうつぶやいた。




   *
17 : ◆tUNoJq4Lwk [sage]:2012/06/04(月) 21:41:00.82 ID:BSY6sXo4o



 翌日、訳もわからないうちに警察による尋問を終えた金田たちは、昼前には解放された。

「今回は随分あっさりしてたんだな」

「警察も今は反政府分子狩りに忙しいんだと」

「んだよソレ」

 臨時の取調室となっていた公立の体育館を出る金田たち。

 反政府組織の取り締まりに忙しい警察は、金田たちを単なる暴走族と見て簡単に解放した。

 そんな状況の中、金田は昨夜からずっと、旧市街で見たあのさやかにそっくりな少女のことを
考えていた。

「どうしちまったんだよ金田。昨日からおかしいぞ」

 考え込む金田に対し、甲斐が声をかける。

「ああいや、何でもな――」

「かーねだああああああああああああああ」

「は!?」

 顔を上げると、見覚えのあるショートヘアーの女子。

「さやか!」

「きゃっ!」

 殴りかかろうとしてきた幼馴染を金田は手で抑えて、彼女の顔をまじまじと見る。

「さやか」

「な、何よ」

 機先を制されて戸惑うさやか。顔が真っ赤だ。
18 : ◆tUNoJq4Lwk [sage]:2012/06/04(月) 21:42:12.56 ID:BSY6sXo4o

「お前、本当にさやか?」

「は? 何言ってるの。当たり前じゃない」

「そうか」

「それよりアンタ! この前無茶はしないって言ってたのにまた警察の厄介になって!」

「ああ、いや。それは」

「あと手を離しなさいよ! 一発ぶん殴ってやろうと思ったのに」

「はいはいストップ、お熱いねえ二人とも」

「詢子さん」

「か、母さん」

 金田がさやかの後ろを見ると、そこにはとても××歳には見えないナイスバディの女性、
詢子がいた。どうやらさやかと一緒に金田を迎えにきたらしい。

 鹿目詢子。彼女はさやかの《養母》でもある。

「母さんからも言ってやってよ。金田のやつ本当に無茶ばっかして」

「はいはいわかってるよ。お疲れ金田くん。また派手にやっちゃったみたいだねえ」

「あ、はあ……」

 警察官にも平気で悪態をつく金田も、詢子にはかなわない。何というか、オーラが違うのだ。

「キミのバイク、回収しておいたから」

「すみません。ありがとうございます」

「何よ、バイクなんて捨てちゃえばよかったのに。どうせ暴走するだけなんだから」

「んだとさやか! 遅刻しそうになったお前を送り届けてやってるのは俺のバイクだろうが」

「はあ? アンタが心配かけなけりゃあ、あたしはもっと早くお休みできるのよ」
19 : ◆tUNoJq4Lwk [sage]:2012/06/04(月) 21:42:44.92 ID:BSY6sXo4o

「ハイハイ、仲がいいことはわかったから、二人とも車に乗りな」

「はーい」さやかは明るく返事をした。

 しかし金田は、

「あ、いや俺は……」

「ん? どうしたの金田くん」

「おい、お前らはどうする」

 金田は振り返り、山形たちを見る。

「俺たちは寄るところあるから、お前らは仲良くやってな」

 山形は吐き捨てるように言う。

「けっ、せいぜいさやかちゃんと幸せに暮らしなリア充ボーイ」

 と、甲斐も言った。

「何だよあいつら」

「金田くん、行くわよ、来ないの?」

「いや、行きます行きます。じゃあなお前ら」

 金田は詢子の運転するシルビアの後部座席に乗る。隣りにはさやかがいた。

「なあさやか」

「何よ」
20 : ◆tUNoJq4Lwk [sage]:2012/06/04(月) 21:43:29.29 ID:BSY6sXo4o

 車の窓を少しだけ開け、外から入ってくる風に前髪を揺らしながらさやかはそう返事をした。

「昨日の夜、お前はどこにいた?」

「どこって、家に決まってるでしょう? アンタが送り届けたのよ」

「でもさ、夜中にアイスが食べたくなってコンビニに出かけたとか」

「ないわよ。最近は」

「じゃあ、旧市街にも行ってないな」

「はあ? 旧市街? 何でそんなところに行かなきゃならないのよ。ってか行ったこともないし」

「そうか。それならいいんだ」

「どうしたのよ急に」

「いや、何でもない」

 あの時、道路で見たさやかにそっくりな少女。

 あれは他人の空似だったのか。

 それとも、ただの勘違いだったのか。




   *
21 : ◆tUNoJq4Lwk [sage]:2012/06/04(月) 21:44:39.98 ID:BSY6sXo4o



 
特殊能力研究所、正式名称は「独立行政法人特殊能力開発研究機構」

 表立った看板は出ていないが、この巨大な建物の中で何重ものセキュリティが施された
場所がある。

 軍の中でもごく少数の者しか立ち入りを許されないその場所に、敷島大佐はいた。

「お疲れ様です大佐」

 ディスプレイの前に座っていた白髪で小柄な老人は、敷島の存在に気付くと立ち上がり
軽く会釈をする。彼の名は大西。敷島が指揮する研究チームの主席研究員だ。

「ドクター、マミの様子は」

「脳波、血圧、脈拍等異常は見受けられません」

「昨夜の外出の影響はないようだな」

「突発的な事態でしたので、我々にも予想はできかねますが、まずこの程度であれば
問題はないと思われます」

「そうか。マミに会えるか」

「はい。ですが――」

「わかっている。無理やり起こすような真似はしない」

「はっ」

 大西がコンピュータを操作し、敷島は自身のIDカードを使って奥の部屋に入る。

 そこは無駄に広い空間だった。少年時代、貧しかったために狭い部屋で生まれ育った
敷島にとっては落ち着かない空間だ。

 その部屋の中央のベッドで眠る一人の少女。

(美しい)
22 : ◆tUNoJq4Lwk [sage]:2012/06/04(月) 21:46:08.60 ID:BSY6sXo4o

 敷島は彼女の寝顔を見るたびに思う

(まるで眠り姫だな。十五年前から、全く変わっていない)

 彼は足音を立てないようにゆっくりと彼女に近づく。

 ふと、少女の目が開いた。

「御目覚めかな」

 普段部下に対して使う厳しい口調とは違い、できるだけ柔らかい声で敷島は呼びかける。

「少し前から起きておりました。敷島さん」

 少女はそう言って笑った。

 その笑顔を見て安心した敷島は彼女に近づく。

 彼女の寝ている大きなベッドはまるでゆりかごのようにも見える。
 
「手を」

 そう言って少女は右手を伸ばす。

「ああ」

 敷島は彼女の手を握った。ここに来る時にはよく行う挨拶のようなものだ。

 大きな彼の手を通じて少女の柔らかい感触が伝わっていた。

「マミ、体調はどうだ」

「順調ですよ大佐」

 マミと呼ばれた少女はそう言って再び笑う。

 最近、彼女の笑顔が多くなってくれたのは喜ばしいことだと敷島は思う。

「昨日はすまなかったな。辛い思いをさせてしまった」
23 : ◆tUNoJq4Lwk [sage]:2012/06/04(月) 21:46:51.61 ID:BSY6sXo4o

「あなたのせいではありませんよ」

「だが、お前が忠告してくれていたのに防げなかったことは私の責任だ」

「敷島さん……」

「無理をさせてしまったな」

「それより」

「ん?」

「夢を、見ました」

「夢?」

「あの街が大きな光に包まれて、人がたくさん死んでしまう夢です」

「どういうことだ」

「私たちは、またまどかさんに会うかもしれない」

「まどかに……」

「そのカギとなるのが、最後のイヴ……」

「マミ、イヴはもう」

「まだもう一人残っているはず。彼女を早く保護してください。他の人の手に渡ったら
大変なことになるかもしれない」

「第七号か」

「お願い、早く……」

 そう言うとマミは再び眠りにつく。
24 : ◆tUNoJq4Lwk [sage]:2012/06/04(月) 21:48:25.22 ID:BSY6sXo4o

(まどかの復活だと。まだ早いだろう……)

 マミの言葉を反芻しながら、敷島は嫌な予感を抱きはじめる。

 その時、出入口の自動ドアが開いた。

「失礼します大佐」

 先ほど敷島に挨拶をした白衣姿のドクター大西であった。

「なんだ」

 彼はゆっくりとマミの手を放すと、それを布団の中に入れた。

 そして彼女から離れ、部屋を出た。

 眠っているとはいえ、彼女の前で政治の話はしたくはなかったのだ。

 部屋を出ると、すぐに大西は言った。

「美国官房長官との面会のお時間が迫ってきていると、先ほど副官の方より言われまして」

「わかっている」

 大西に言われた彼は、足早に研究室を後にする。

「政治家か……」

 常に第一線で戦ってきた彼にとっては、最も苦手な人種でもあった。




   *
25 : ◆tUNoJq4Lwk [sage]:2012/06/04(月) 21:49:40.85 ID:BSY6sXo4o



 首相官邸――

「内通者? 最高幹部会議の中に?」

 バラの花をいじりながら美国官房長官は言った。

「そうとしか考えられません」

 誰よりもキッチリと髪をセットしているのが特徴の美国は敷島の言葉を聞いて酷く狼狽する。

 そして、部屋に飾られている白いバラを見ながら、彼は心を落ち着かせるために大きく息を吸う。

「今回のイヴ誘拐事件では、第三号が東大病院に移送された際に発生した。
現場でも最高機密だったこの情報を持っているメンバーは限られている」

 来客用の高級ソファーに浅く腰掛けた敷島は、はっきりと言い放つ。

「いやしかし大佐、一応話はしてみるけども、冒険だよこれは」

 敷島の前のソファに腰掛けながら美国は言った。

「どういうことです」

「責任逃れと言われても仕方ない」

「それが事実だとしても」

「事実かどうかなんて関係ない。用は駆け引きと根回しだよ。キミは嫌いなようだけどね」

「学校では習いませんでしたがね」

 敷島のその言葉に、美国は一息ついてから再び話始める。

「とにかく、次の幹部会ではキミの進退問題が問われることになる。今のうちに身辺の整備を
しておいてほしい」

「……」
26 : ◆tUNoJq4Lwk [sage]:2012/06/04(月) 21:52:48.84 ID:BSY6sXo4o

「わかったかね」

「わかりました」

 憮然とした表情で官房長官室を出る敷島。

 そんな彼に軍の情報官が話しかけてきた。

「E事案のことですが」

「早いな」

 敷島は周囲を見回す。官邸内は新聞記者もウロウロしているからだ。

「E事案」とは今回のイヴ誘拐事件の隠語である。

 イヴの存在も、それに繋がる研究の真相も現在のところ一般には公開されていないので、
声に出して話す時はなるべく隠語を使うようにしている。

 情報官は一段と声を低めた。

「第七号の身元が判明しました。対象者の名前は『鹿目さやか』。帝都内の学校に通う生徒です」

「そうか」

「確保の時期は」

「なるべく早くだ。だが」

「はい」

「家族との別れの時間も必要だろうから、その点は配慮してやれ」

「わかりました」





   つづく
27 : ◆tUNoJq4Lwk [sage]:2012/06/04(月) 21:57:19.31 ID:BSY6sXo4o
 第一話終わり。

 アキラは原作も映画も両方好きです。映画にしろアニメにしろ、これに影響を受けた作品は
多いはず。まどかも例外ではないと思います(第一話見た時ピンと来た)。
 ではまた次回。
28 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東) [sage]:2012/06/04(月) 22:01:21.76 ID:hJqcPZOAO
この展開は映画版準拠なのかな。鉄雄らしき奴いないし。

なんにせよ胸熱というか期待

29 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東海) [sage]:2012/06/04(月) 23:52:22.75 ID:vOb0yCqAO
乙!

両方とも好きな作品だから期待してる
30 : ◆tUNoJq4Lwk [sage]:2012/06/05(火) 21:09:34.04 ID:JbLVX0/Do
身体が痛い。そして地味に更新
31 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/06/05(火) 21:11:26.75 ID:JbLVX0/Do


 
   第二話 別離


 金田たちが警察に捕まってから翌々日、彼はいつものように学校に行っていた。

『もうすぐ帰る』

 彼の携帯電話にはさやかからそんなメールが入っていた。

 さやかと金田は幼馴染だが、高校は別々だ。しかし、何だかんだで今も交流は続いている。

それは彼女の養母である鹿目詢子が色々と金田の世話もしているからだろう。

 金田とさやかは同じ施設の出身である。

 さやかの両親は十五年前に帝都で発生した巨大な爆発事故、東京インパクトによって死亡してしまった。

約百万人が太死傷したその《事故》で両親を失った子供たちのことを《ロストチルドレン》と呼び、
彼女もその一人だと金田は聞いている。

 金田自身はロストチルドレンではなかったけれど、父親がアルコール中毒で母親も蒸発したため
施設に預けられた。そしてその施設にいたのがさやかだった。

 喧嘩っ早い金田と男勝りのさやかは妙にウマが合ったため、中学を卒業するまで何をするにも
一緒にいたわけだ。

 そしてそれが自然なことだと思っていた。

 中学二年の時、さやかは鹿目詢子の養女となり施設を出て行く。

 詢子は金田も一緒に預かりたかったようだが、金田自身がそれを辞退し、今は職業訓練校で
寮生活をしている。

「金田、これからマスターんとこ行かね?」

 授業終わりに携帯電話を眺めていた金田に甲斐は聞いた。

「悪い、今日はちょっと」

「さやかちゃんとこ?」

「何か嫌な予感がするんだ」

「かあ、過保護だねえ」

「何とでも言え」

「急げよ、姫様待たせんじゃねえぞ」

「姫とかいう柄か? あいつが」

「山形には俺から言っておくから。ほら、行った行った」

 甲斐に促されるように校舎を出た金田は、自慢のバイクでさやかの通う高校へと向かった。



   *
32 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/06/05(火) 21:12:21.81 ID:JbLVX0/Do

 
 妙な日だ、とさやかは思った。

 長年付き合いのある幼馴染の様子が、昨日からどうもおかしい。

 何かを考え込むようなしぐさを見せている。

 あれは何かを隠している時の顔だ。十年以上見てきたのだから間違いない。

 そして今日、さやかの携帯電話に『迎えに行く』というメールが入っていた。

 金田のほうから迎えに行くと告げてきたのは今日が初めてだ。

 いつも、彼女のほうから迎えに来いちか送ってくれと要求してばかりいたのだから。

(そこのところアイツに聞いてみよう)

 さやかはそう決意して携帯を握りしめた。

「鹿目さやかさんですね」

「え?」

 ふと、見覚えのない大人が彼女の前に現れる。

 一見するとホスト風で、学校の近くでは妙に浮いている格好だ。

「“我々”と来ていただけませんか」

「は?」

 いきなり何を言っているのだろうか。

「ごめんなさい。人違いじゃないですか」

「いいえ、間違いありませんよ。鹿目さやかさんですよね」

「あの、ちょっと」
33 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/06/05(火) 21:13:33.03 ID:JbLVX0/Do

「急ぎましょう、車を待たせております」

「待ってくださいよ」

「早く」

「え?」

 男が腕を掴む。

 強い力だ。

 その時、

「うおおおおおおおおおおおお!!」

 風を切る音とともに聞き覚えのある叫び声が近づいてきた。

「な!」

 反射的に手を放すホスト風の男。

 さやかの目の前に、真っ赤なバイクが急停車した。それを避けるために、佐川急便のトラックが
急ブレーキをかけて曲がり、そのまま電柱に衝突した。

「金田!?」さやかが叫ぶ。

「乗れ!」

「うん!」

「ま、待て、誰だお前!」

 ホスト風の男を置き去りにするように、さやかは金田のバイクの後ろに乗り込んだ。

 ヘルメットはしていないけれど、緊急事態なので仕方がない。




   *
34 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/06/05(火) 21:14:20.34 ID:JbLVX0/Do



「一体なんのアイツ!」

 金田のバイクの後ろに乗ったさやかが彼の耳元でそう叫ぶ。

「知らねえよ!」

「かなりヤバい奴だよ!? アタシを狙ってたよね」

「そうだな」

「アンタの知り合い?」

「俺は知らねえぞ!」

 金田は少し考える。

 自分に恨みを持っている不良が、幼馴染を狙うというケースも考えられなくはない。
しかし、さやかを連れて行こうとしていたホスト風の男は自分の知らない男だ。
しかも、相手のほうも金田を知っているようなそぶりは見せなかった。

 だとしたら奴らの狙いはさやかである。

「何であたし狙われてるの?」

「知らねえよ!」

「金田後ろ!」

「何!?」

 バックミラーを見ると、見るからに怪しいワゴン車がこちらに向かってきた。

「奴らか」

「金田、どうしよう」

「よく掴まってろ!」
35 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/06/05(火) 21:15:09.26 ID:JbLVX0/Do

「うん」

 さやかは後ろから力を入れて金田の背中に抱き着く。

(柔らかいな)

 ほとんど意識していなかったけれど、さやかは確実に女の身体になっていた。

(バカ、今はそれどころじゃねえだろう)

 心の中の邪念を振り払い彼はバイクのスピードを上げる。

「金田、車が」

「何?」

 金田は大型バイクにも関わらず、交通量の多い道路をスイスイと進む。しかし、相手の怪しいワゴン車も、
大きな車体にも関わらず車と車の間を縫うようにこちらに接近していた。

 並みのドライビングテクニックではない。

「くそっ」

 金田は小さな路地に逃げ込む。

 さすがにここには入ってこれないだろう。

「きゃああああああ!」

 ゴミ箱を弾き飛ばし、ホームレスの寝床をぶっ潰しながら彼は路地を抜けて再び広い道路に出る。

 ここから郊外に抜ければいくらなんでも……。

 そう思った瞬間、目の前に例のワゴン車が現れる。

「何!?」

 ぶつかりそうになった瞬間、金田は素早く原則して、ギリギリの所で曲がってワゴン車を避ける。
36 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/06/05(火) 21:16:20.22 ID:JbLVX0/Do

「あいつら何なの?」

「喋るな! 舌噛むぞ!」

 普通なら、衝突事故を恐れてやらないことを相手は平気でやってくる。こいつは普通じゃないな。

 金田はそう思った。

 再び追いかけてくるワゴン車。

 信号無視も構わず突っ込んでくる。

(くそ、本当に何なんだあいつら)

 金田は更にスピードを上げる。

 もう一度路地に入ることも考えたが、路地の出口で待ち伏せをされたら危ないかもしれない。

(どうして俺たちの位置がわかるんだ)

 そんなことも考えた。

「金田……」

 さやかの腕の力が一瞬強くなった気がした。

「さやか、大丈夫だ」

 金田はそう言って右折した。

(ついてこれるものならついてきやがれ)

 金田は全速力で走りながら考える。

 昔から彼は机に座ってじっとしている時より、走ったり動いたりしている時のほうが頭が良く回るタイプであった。

(よし、ここだ)

 金田は確信の中でスピードを上げる。
37 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/06/05(火) 21:17:24.64 ID:JbLVX0/Do

 追いかけてくるワゴン車も案の定スピードを上げる。

(こちらの動きを読めるのなら、このまま相手を撒いて帰宅したとしても、家を突き止められたら
終わりだ)

 だったら、ここで始末する。

 金田はそう思い、とある道路に入った。

「金田、すぐ近くに!」

 さやかが叫ぶ。

 手を伸ばせば届くほどの距離までワゴン車は迫っていた。

「わかってる。口閉じとけ」 

「え?」

「どりゃああああああああああああ!!!」

 気合とともに彼は急停車する。しかし、ワゴン車のほうはワンテンポ遅れる。

「ここって……」

 金田が入って行った道路の先にあったものは、予算の不足で建設が中断した橋だ。

 ワゴン車は急ブレーキをかけたものの、車は急には止まれない。

 粗末な通行禁止の標識を突き破って、ワゴン車はダイブした。そして、川には大きな水柱が立つ。

「はは、ザマーミロ」

 金田はその様子を見ながら笑った。




   *
38 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/06/05(火) 21:18:50.67 ID:JbLVX0/Do



 最高幹部会議。そこでは国防に関する議論がなされる。

 与党の代表者クラスや政府の高官がここに集う。

 今回の議題は、「E事案」に関することだ。

 E事案は政府内の隠語で、正式名称は「イヴ誘拐事件」である。

「今回の事件におきまして、大佐の管理責任に対して問題があったという意見がございます」

 開口一番、議長役の男がそう言った。

「警察(こっち)は交通課や総務課の職員まで総動員して捜索に当たったんだ。現場からはガンガン苦情がきている。
軍の尻拭いをどうして我々がやらなければなないのかと。しかも情報は入ってこない」

 公安委員長が憎しみを含んだ目で睨みながら言い出す。

 そこから、まるで堰を切ったように軍への批判が噴出した。

「しかも今回の事件がありながら、それでも軍は魔法少女関連の予算増額を要求している」

「一体軍は何を考えておるのかね」

「陸軍は未だに新式小銃の更新も済んでいないというのに、これ以上特定の部署に予算を集中することには
問題があるのですよ」

「党のほうには何の連絡も入っていなかったじゃないか。君たち役人はどれだけわが党を蔑ろにすれば気が済むんだ」

「今国会で再び増税に関する議論を始めるというのに、これ以上の予算増額を含む話をするのでは、
国民にどう説明すればいいのか」

 各々が好き勝手言っている状況で、敷島は大きく息を吸ってから発言する。

「あなた方は、魔法少女の恐ろしさをわかっていない」

 軍で鍛えたドスの利いた声に、一瞬会議の場はしんと静まり返る。
39 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/06/05(火) 21:20:35.32 ID:JbLVX0/Do

「今ここで、我々が適切に対処しなければ東京は、わが日本は守れなくなるのですよ」

 そんな彼に小柄な財務大臣が反論する。

「しかし、そうは言いますけど大佐。今更魔法少女が我々の脅威となるのですか?」

「何ですか?」

「ひっ!」

 敷島が一睨みすると、財務大臣はすぐに縮こまってしまった。

「大佐、落ち着いてください」

 そう言ったのは、会議ではかなり若い男性議員であった。三十代で防衛政務官となった、
与党の出世頭である。名を上条という。

 五十代か、早ければ四十代で首相就任が噂される若手実力派の政治家だ。

「失礼」

 そう言って敷島は椅子に腰かけた。

「大佐、財務大臣の意見もご理解ください。自分は防衛政務官として魔法少女計画については
理解しているつもりです。ですが、財務省としては国民にはっきりとした形で説明する必要がある。
しかし、現段階で魔法少女計画について国民に対して適切に説明することが可能でしょうか」

「それは……」

「今や軍ですら、適切な広報によって国民の支持を得ることが重要になってきます。
もちろん、魔法少女計画や、今回のイヴ誘拐事件について国民に公開しろ、
などと言っているわけではありません。
ただ、政府内に混乱をもたらしたことについての責任をですね」

「自分の首ならばいくらでも差し出しましょう」

 敷島はそう言い放つ。

 そして言葉を続けた。
40 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/06/05(火) 21:21:44.43 ID:JbLVX0/Do

「ですが、今この計画を止めるわけにはいかない」

「政府としても、これ以上不確かな分野への予算配分は限界にきていることで……」

「情報管理を徹底してもらいたい。最近の政府の情報管理の甘さは目に余るものがあります」

「話を逸らさないでくれ大佐。これは最高幹部会としてのな――」別の委員が口を挟む。

 その時、

「失礼します」

 警備員の一人が敷島に近づき言った。

「どうした」

「至急報告したいことがあると、情報担当者が。E事案について。緊急事態だそうです」

「わかった、すぐに行く」

 そう言うと敷島は立ち上がる。

「緊急事態です。失礼する」

「待て大佐。話はまだ終わっていないぞ」

「最高幹部会議をバカにするのか大佐」

「大佐」

 E事案についての対応は現在のところ、敷島にとって最優先事項である。

 だから、どんな仕事よりも優先しなければならない。ただ、それ以上にあの政治家たちの
顔を見るのが嫌だった。特にあの上条という若手の顔を見るのは癪にさわる。

 廊下に出ると、いつもの情報官が待っていた。

「大佐、緊急事態です」
41 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/06/05(火) 21:22:20.70 ID:JbLVX0/Do

「どういうことだ」

「第七号に関してです。反政府組織の一部がすでに拉致を試みております」

「本当か? どういうことだ」

「しっ、お静かに。聞かれてしまいます」

「すまない。それで、七号はどうした」

「組織による拉致は失敗した模様です。現在地元の警察署で保護しております。
ここまで情報が漏れたということは、もはや一刻の猶予もありません」

「……しかたない。すぐにこちらで保護しろ。部隊を回すんだ」

「はっ」

「俺もすぐに行く」

「了解しました」





   *
42 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/06/05(火) 21:25:07.44 ID:JbLVX0/Do


 

 
「どういうことなんだよ! こっちは被害者だぞ!」

 警察では金田の声が響き渡っていた。

「あいつら何者なんだ? お前ら知ってんじゃないのか。ってか、なんでさやかが出てこないんだよ」

「そんなこと、私に言われましても」

 中年の警官はそう言って困惑した。

 被害届を出しにきた最寄りの警察署で、さやかは身柄を拘束されてしまったのだ。

 どうも上からの命令らしく、警察官は言われるがままにさやかの身柄を拘束しているらしい。
金田との面会も叶わない。

「ねえ頼むよ。さやかに会わせてくれよ。ちょっとだけでいいからさあ」

「しつこいぞお前」

 その時、正面玄関から制服姿の軍人や黒服たちが入ってきた。

「アーミーだ」

「おい、アーミーだぜ」

 警察署員が口ぐちに言う。

 銃こそ持っていなかったけれど、迷彩服姿や半袖の制服姿は間違いなく軍の人間であった。

「どうしてアーミーがこんなところに」

 しばらくすると、軍人たちは警察署の奥から出てきた。

 その中心にはさやかがいた。

「金田!」

「さやか! どうしたんだ! なんでアーミーと」
43 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/06/05(火) 21:25:58.63 ID:JbLVX0/Do

「近づくな」

 金田の前に黒服が立ちはだかる。身長百八十センチ以上はあろうかと思われる体格の良い男だ。

「何だテメー。どけよ、俺はあいつに用があるんだ」

 金田が黒服を押しのけてさやかに近づこうとしたその時、

 黒服の大きな手が金田の身体を吹き飛ばす。

「どわあ!」

 そして彼は警察署内で転倒してしまった。

「何すんだよ!」

「金田あ!」

「お前ら、さやかをどうするつもりだ! ああ!?」

「……」

「おい何とか言えよクソが!」

 しかし、金田の抗議もむなしく、さやかは大型の車両に乗せられてしまった。

「ちょっと、何するのよ」

「おい待て!」

「おいやめろ小僧」

 軍人に殴りかかろうとする金田を地元の警察官が止める。

「おい、一体何なんだよ! さやかが何をしたっていうんだ!?」

「俺たちにだってわからん。とにかく、今のアーミーには逆らうな」

「畜生! 何なんだよ一体!」





   *
44 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/06/05(火) 21:27:13.88 ID:JbLVX0/Do



 わけもわからぬまま、金田は警察署から解放され、家路につく。

「詢子さんにどう説明すりゃいいんだ」

 重い足取りで鹿目家に向かおうとしたその時、夕闇に染まる住宅地の坂道に一人の少女が立っていた。

 さやか?

 一瞬そう思った。だが髪の色も長さも、そして服装も違う。

「よう、アンタが王子様かい?」

「何だお前」

 赤く長い髪の毛を後ろで束ね、そして薄い青と緑の混じったような上着とショートパンツ、
それにブーツを履いている。

 ここら辺では見ない顔だ。

 手にはポロツキーと呼ばれるスティック状のチョコ菓子の箱があり、何本かポリポリと食していた。

「昼間の活躍凄かったな。見てたよ」

 赤髪の少女はそう言って笑う。

「お前、何で知ってるんだ」

「どうしてだと思う?」

「さやかのこと知ってるのか」

「そういや、あいつの名前もさやかだったな」

「はあ?」

「まあいい。それよりアンタ、名前は」

「金田」

「金田か」

「お前の名前は」

「あたし? あたしは杏子。佐倉杏子だ」

 そう言うと、杏子は持っていたポロツキーを差し出す。

「食うかい?」

 夕闇の中で菓子を口にくわえたままの少女は、そう言うと少し笑った。

 その笑い顔は、なぜかさやかに似ていると思った。




   つづく
45 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東) [sage]:2012/06/05(火) 22:09:08.10 ID:hX8b0phAO
乙。

原作1巻最後近くで金田が鉄雄に言うあの屈指の名台詞は聞けるのだろうか…楽しみ
46 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/06/07(木) 19:49:33.69 ID:dCsT2RmDo
昨日は死ぬほど疲れてたけど、今日は余裕があるのでいきます。
47 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/06/07(木) 19:50:19.93 ID:dCsT2RmDo



   第三話 過去


 幼馴染のさやかを軍隊(アーミー)に連れて行かれてしまった金田。

 わけがわからないまま、失意のうちに帰宅しようとしたその時、彼の前に一人赤髪の少女が現れた。

 彼女は佐倉杏子と名乗る。

「お前、何者だ」

「どうしてさやかがアーミーに連れて行かれたかわかるか?」

「そんなの、わからねえよ」

「アタシについてきな。そしたら教えてやる」

「なに?」

「もっとも、軍隊相手に怖気づいたっていうんだったら、無理強いはしないけどね」

「んだと?」

 中学生くらいの女子にバカにされて引き下がる金田ではなかった。

 しかし、杏子の連れられて来た場所はとある飲み屋である。

 店内は薄暗く、怪しい雰囲気が漂っていた。

「邪魔するよ」

「あ、はい」

 幼さの残る赤髪の少女相手に、ヤクザ風のバーのマスターはやけにかしこまっている。
そして彼女は店の奥にズンズンと入って行く。

「お前、どうして」
48 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/06/07(木) 19:50:54.08 ID:dCsT2RmDo

「いいから来いよ」

 杏子に言われるがまま、金田は店の奥へと入って行った。

 そして細い階段を降りて重たそうな扉を開けると、そこには狭苦しい部屋があった。
微かに音楽もかかっている。

(隠し部屋?)

 一瞬、そう思った。

「帰ったよ」

「おかえりなさいませ、杏子さま」

 ホスト風の男が立ち上がって言う。

「え?」

「あ!」

 その男に金田は見覚えがあった。

「お前は、さやかを誘拐しようとしたやつ!」

「ちょっ、失敬な! あれは協力を求めただけで」

「腕掴んで何言ってやがる」

 そう言うと金田はホスト風の男の胸座を掴む。

「ああ、待てよ金田」

「ああ?」

「そいつにさやかを連れてくるように言ったのはあたしだ」

「なに?」

「なるべく紳士的にしろってことで、元ホストのそいつを行かせたんだが、逆効果だったな」

「どういうことだ杏子」
49 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/06/07(木) 19:51:41.31 ID:dCsT2RmDo

「おい、失礼だぞ!」

 別の男が立ち上がる。手には何やら黒い物が握られていた。

「それって、銃」

「おいケン。客人の前で物騒なモンだしてんじゃねえぞ」

「すいません」

 ケンと呼ばれたヤクザ風の男はそう言って引き下がる。

「一体どういうことなんだ、杏子」

「怒るなよ金田。今から説明するからよ」

 そう言うと杏子は上座にある大き目のソファにどっしりと座る。

「どうぞ」

 彼女が座ると、先ほどのケンが素早くポテトフライを差し出す。

「ん」

 杏子はまるでタバコを口にくわえるようにポテトを食べると少し息をついた。

「どこから話せばいいかな」

「どうしてお前たちがさやかをさらおうとしたんだ。それよか、お前たちは何者だ」

「あたし個人の自己紹介は終わったからね。今度はあたしの組織の自己紹介をしようか」

「組織?」

「ウチらの組織名は『壊れた矢(ブロークンアロー)』今流行りの反政府組織ってところだな」

「反政府組織?」

「ああ、とある力を独占している政府と戦う組織さ」
50 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/06/07(木) 19:52:51.54 ID:dCsT2RmDo

「その反政府組織さんがどうしてさやかを? あいつは普通の女子だぞ」

「実はあいつには重要な秘密がある」

「秘密?」

「そうさ。彼氏のお前も知らない秘密がな」

「か、彼氏じゃねえよ!」

「あ? 違うのか」

「つうか、まだ付き合ってもねえし。あいつとはただの幼馴染だ」

「ククク……」

「?」

「『ただの幼馴染』か。アハハ。おもしれえ、こういうところも遺伝するんだな。ほんと」

「何が面白い」

「ああ、悪い悪い。話を戻そう。あいつの、鹿目さやかの秘密だ。たぶん本人も知らない秘密だけど、
知りたいか」

「どういうことだ」

「金田、一つ注意しておく」

「何だよ」

「これを聞いたらもう後には引けねえぞ」

「引けない?」

「元の、平凡な生活には戻れねえってことだよ」

「は?」
51 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/06/07(木) 19:53:29.11 ID:dCsT2RmDo

「さやかのことはキッチリ忘れて、何も考えずに生きたいっていうのなら、このまま何も
聞かなかったことにしてここを出て行きな」

「意味わかんねえよ」

「あいつの、鹿目さやかの秘密を知ったら、あいつを今までと同じ目で見られなくなるってことだよ」

「何言ってんだ杏子。俺はガキのころからさやかと一緒にいたんだぞ。あいつのことなら
何でも知ってる。背中と胸元にほくろがあることだって知ってんだ」

「そういうことじゃねえんだよな。さやかの秘密は」

「じゃあ、何なんだよ。どうして軍やお前たちはさやかを狙う」

「ケン、あれ持って来い」

「いやしかし」

「いいから」

「わかりやした」

 杏子はケンに何かを命令し、命令されたケンは渋々ながら別の部屋に行った。

「いずれはウチらが公表しようとしたことだからね、知る時期が遅くなるか早くなるかの差でしかない」

「??」

「杏子様、どうぞ」

「ん」

 ケンはタブレット型の端末を杏子に手渡す。

「ここだな」

 そう言うと、端末を数回タッチした後に金田に差し出す。
52 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/06/07(木) 19:53:59.32 ID:dCsT2RmDo

「なに?」

「これがさやかの“真の名前”だよ」

「え?」

 金田はディスプレイを見る。

 そこには、赤ん坊の顔とその名前が書かれていた。

《名前:イヴ 第七号》

「どういうことだ。この赤ん坊は誰だ?」

「そいつがさやかだよ。アンタの幼馴染の」

「でも、名前が……」

「ああ、それがさやかの“本当の名前”だ」

「は?」

「彼女は実験室で生み出された人工的な存在」

「それって……」

「簡単に言えばクローンだな」

「クローンって、あのクローンか?」

 金田がそう言うと、杏子は立ち上がり金田の持っていたタブレットを手に取り、少し操作した。

「あいつはイヴと呼ばれた七番目のクローンだ。だから第七号。そしてコイツが」

「!!」

 画面に映し出されていたのは、さやからしき女性の横顔。
53 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/06/07(木) 19:54:31.42 ID:dCsT2RmDo

「イヴの第三号だ」

「こいつは」

「おや、知っているのか?」

 さやかにそっくりだが、金田の知っている彼女と比べて落ち着いた雰囲気があり、大人っぽい。

 さやかの姉だと言われたら納得してしまいそうだ。

 そしてそれは、見覚えのある顔であった。

「俺が旧市街で見たさやかだ」

「そうかい。旧市街で走っていた暴走族ってのはアンタだったんだな。ってか、つくづくさやかに
縁があるねえアンタは」

(そうか、あの場所で見たさやかはクローンのさやかだったのか。それなら納得がいく)

 だがしかし、

「どういうことなんだよ。どうしてさやかがクローンなんだよ!」

 金田が立ち上がったその時。

「!」

 一瞬の静寂。

 いつの間にか金田の喉元には鋭い槍が現れていた。

(いつの間に……?)

「落ち着けクソガキ」

「な……」

 そしてすぐに消える槍。
54 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/06/07(木) 19:55:14.24 ID:dCsT2RmDo

「手品?」

「まあ、近いかな」

「どういうことだ」

「あたしさあ、こんなナリしてるけど、アンタよりもかなり年上なんだぜ」

「年上……? もしかしてお前も」

「アタシはクローンじゃねえよ。純正品だ」

「純正品」

「そ、魔法少女の」

「魔法少女?」

「聞いたことねえか? 魔法少女」

「そういう話はちょっと。いや待てよ。政府が超能力開発していたという話を昔矢追純一が
言ってたっけな」

「超能力か。確かにそれに近いかもしれないな」

「近いって」

「研究してたんだよ。政府は。アタシらの能力を使おうと思ってさ」

「研究?」

「そう。魔法少女はまれにしか誕生しない。だがそれでは役に立たない。
使いたい時に生み出せなきゃ意味がないからな」

「養殖のようなものか」

「養殖? ハハ、おもしれえな。確かにその通りかもしれん」

「……」
55 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/06/07(木) 19:56:11.09 ID:dCsT2RmDo

「そして政府は一人の魔法少女の“養殖”に成功した。そいつがさやかだ」

「ちょっと待てよ。今までさやかは普通に生活していたじゃねえか。どうして今更」

「確かにな。実は魔法少女の養殖も完全に上手く行ったわけじゃねえんだ。
さやかのクローンは合計七人作られた。そのうち生き残った者は先日死んだ第三号と、
今のさやか、つまり第七号だ」

「……」

「予算の都合上、当時はクローンを一人しか管理できなかったので、残った第七号は
普通の少女として育てることにした。だからさやかは施設に預けられて、
その上一般人の養女になったんだ」

「そんな今更」

「だからよ、ウチらで魔法少女計画をぶっ潰すんだよ」

「潰す?」

「そうさ。魔法少女を国家のワンちゃんにしてたまるかっての。ウチらの力でさやかを奪還して、
魔法少女計画そのものを潰す」

 そう言うと杏子は拳をグッと握る。

「アタシ自身の力も回復してきたし、今がころあいと思うんだけどさ」

「はあ……」

「お前も行かねえか?」

「へ?」

「さやか奪還作戦」

「な!」

「杏子様!」
56 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/06/07(木) 19:57:17.77 ID:dCsT2RmDo

 杏子のその提案に驚いたのは、金田よりもむしろ彼女の側近たちであった。

「お前のバイクテクは凄いもんがあるからさ。さやかを連れて逃げるなら、
お前のテクニックが一番かなって思ってさ」

「……杏子」

「ま、無理にとは言わねえよ」

「連れてってくれ」

「え?」

「さやかを救出する」

「ほう、話が早いねえ」

 杏子はそう言ってほくそ笑んだ。

 クローンとか魔法少女とかよくわからないけれど、さやかがとんでもないことに
巻き込まれている。それだけは金田にもわかった。





   *
57 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/06/07(木) 19:58:06.87 ID:dCsT2RmDo


 
 鹿目さやかが多数の軍人に連れてこられた場所は、巨大なビルの中。

 わけのわからないまま連れてこられたその場所は、何重ものセキュリティシステムと警備員に
守られた場所であった。

 自分にはおそらく一生縁が無いであろうと思われた政府研究機関の中枢。

 そこに彼女はいた。

 しかも周りからの説明は一切なし。

 最初は抗議したものの、さわごうが叩こうが一切反応しない兵士たちを相手にすることに疲れた彼女は、
言われるがままにビルの中枢まで歩いていくことにした。

(ここはどこなのか)

 太陽の光が一切入ってこない建物の中で、今が昼なのか夜なのか、西を向いていのか
東を向いているのかすらわからない状態になっていた。

 そして、ある一つの部屋に到達する。

 二重のロックが解除されて中に入ると、そこはやたら広い部屋であった。

 体育館は言い過ぎだが、普通の人が暮らすにはあまりにも広すぎる部屋。

 その中心に一人の少女が座っていた。

「あの……」

 気が付くと、周りにいた兵士たちはいなくなっていた。

 その広い空間に、さやかは少女と二人きりになっている。

「あなたは……」

「はじめまして」

 そう言って少女はお辞儀をする。
58 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/06/07(木) 19:58:45.29 ID:dCsT2RmDo

 まるで良家の娘のような上品な色のブラウスとスカートを履いたそのちょっとタレ目な女性は
こちらを見て言った。

「あなたが鹿目さやかさんね。あの子にそっくりだわ」

「そっくり?」

「私の名前は巴マミ。あなたと同じ、魔法少女よ」

「え? 魔法少女?」
 
「何も知らされていないのね。まあ無理もないわ」

「魔法少女ってなんですか」

「神に選ばれた力よ」

「神に?」

「ええ。実際に見たほうが早いかしら」

 そう言うと、マミは右手をかざす。

 すると、彼女の袖口からクリーム色のリボンが伸び離れた場所にある花瓶を持ち上げる。

「なんですかそれ!」

「この力があなたにもあるのよ。さやかさん」

「私に? 信じられない」

「それも無理ないわ。でもね、魔法少女の力は誰にでもあるの。
私はたまたま、それが上手く覚醒しただけに過ぎないわ」
59 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/06/07(木) 19:59:11.36 ID:dCsT2RmDo

「そうなんですか」

「でもこの力はとても危険なものよ」

 そう言うとマミは手の中から小さな刃物を取り出した。

「危険……」

「そう、危険なもの。だから政府が適切な管理をしなければならないの」

「はあ」

「政府があなたを保護したのは、あなたの力を誰かに悪用されないためでもあるわ」

「悪用って」

「ほら、あなたを狙った奴らがいるでしょう?」

「……」

 確かにさやかは誘拐されそうになった。

「さやかさん」

「あ、はい」

「この世界の平和のためにも、あなたにはこの力を適切に制御できるようになってもらいたいわ」

「私にできるのかな」

「できるわよ」

「……」

「先輩として保障するわ」

「はあ……」




   *
60 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/06/07(木) 19:59:54.29 ID:dCsT2RmDo

  



《女神様の復活は近い! 円環の理に導かれ、我らが新しい世界を創造するのだああ!》

《この地区での集会は禁止されています。至急解散しなさい。繰り返す、この地区での集会は
禁止されています》

 都内では今日も新興宗教の団体が無許可集会を開き警察から排除されている。

《恐れてはならぬ、女神様の御加護のもとにいいいい》

 軍人、敷島大佐はドクターたちとともに、とある場所へと向かっていた。

 旧市街再開発地域に建設中のオリンピック会場である。

 東京インパクトによって壊滅的な打撃を受けた地域の復興のシンボルとして建設されているそれは、
また別の目的も持っていた。

 ただの工事現場にしては厳重な警備が施されているその場所には、地下へ続く道があった。

「……」

 この場所に来るたびに敷島は苦虫を噛み潰すような表情になることが自分でもわかっていた。

「大佐、防寒着です」

「ああ」

 夏にも関わらず、分厚いコートを渡されたのは、これから入る場所が寒いからだ。

 最深部の温度は摂氏マイナス273度。いわゆる絶対零度に近い温度に保たれている。

 しばらく動かしていなかった設備だが、電源を入れると作動した。

 腐っても日本の技術である。

 エレベーターに乗っている間、敷島は先日ドクターと交わした会話を思い出す。
61 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/06/07(木) 20:00:55.56 ID:dCsT2RmDo



『先日、若い研究員がこんなことを言うんですよ』

『ん?』

『魔法少女の力は、今は過大でもいつかは我々の手でコントロールできる日がくるのではないかと。
そして、それが制御できたあかつきには、人類はまた新しい段階に到達すると』

『随分とロマンチストなんだな。科学者というのは』

『そうでしょうか……』

『我々軍人はまずリスクから考える』

『リスク、ですか』

『十五年前、あの時の悲劇をもう一度繰り返すわけにはならない』

『しかし、あのころよりも我々の技術は進歩しておりますが』

『例え技術が進歩しても、それに合わせて人類が懸命になるとは限らない』

『と、申されますと』

『少なくとも私は、科学者や政治家たちほど人類の理性について楽観的に考えていないということだ』

『……・』
62 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/06/07(木) 20:01:52.78 ID:dCsT2RmDo


 エレベーターが止まる。どうやら最深部に到着したようだ。

「着きました、大佐」

 目の前の扉が開くと強力な冷気が入り込んできた。

 数名の部下が耳を抑える。

 敷島はその寒さにもひるむことなく先頭に立って奥へと進んで行く。

「照明OK。この先」

 研究員が制御室へと入る。

「確認作業開始」

「了解。計器類は良好。制御盤も異常なし」

 研究所の職員や軍人たちが最深部の計器類を次々にチェックしていく。

「第10室、148度ケルビン」

「第9室、118度ケルビン」

「第6室、62度ケルビン」

「第5室、42度ケルビン」

「第3室、20度ケルビン」

「第2室、2度ケルビン」

「第1室、0.005度ケルビン」

「各壁のデュワー壁にも異常は認められません」

 この場所はごく限られた人間しか入ることが許されない。しかも、存在自体が秘匿されている場所だ。

 敷島は目の前にある巨大な扉の前に立つ。

 彼がここに来たのは、魔法少女担当官になったばかりのころから二回目となる。
63 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/06/07(木) 20:02:52.78 ID:dCsT2RmDo

「ここを開けろ」

「はい。あの……」

「コントロールルームだ」

「了解しました」

 そう言うと、部下の一人は制御室(コントロールルーム)に行って中にいた職員と話をする。

 しばらくすると扉の一部の計器が作動し、ゆっくりと扉が開いた。およそ二年ぶりの解放だ。

 霜で足を滑らさないように気を付けながら敷島は奥へと入って行く。

 そして顔を上げる。

 薄明りのなかで、“それ”は姿を現した。

「大佐……」

 先ほどまで制御室にいたドクターが遅れてやってきた。

 二人の視線の先には巨大な球体がある。

 何重ものデュワー壁に守られ、その中心は摂氏−273度の世界だ。

 球体の中心には、こう書かれていた。


《 MADOKA 》


「見てみろ……この慌てぶりを……」

「……」

「怖いのだ……。怖くてたまらずに覆い隠したのだ」

 敷島は独り言のように話を続ける。

「恥も尊厳も忘れ、築き上げてきた文明も科学もかなぐり捨てて……、自ら開けた恐怖の穴を、
慌てて塞いだのだ」




   *
64 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/06/07(木) 20:03:30.91 ID:dCsT2RmDo




 どこだろう、ここ。

 時間も、場所もわからない。

 気が付くと彼女は検査台のような場所に寝かされて、彼女の横や上を奇妙な機械類いがはい回る。

『魔法少女?』

『ええ、それが私たち』

 巴マミと名乗るその少女はそう説明した。

 自分は魔法少女。

 子供のころから風邪一つ引いたこともなかったし、怪我の治りも異常に早かった。とはいえ、
そんな特別な体質だなんて誰も教えてくれなかった。それが普通だと思っていた。

 自分は普通の人間ではない。

 だとしたら、自分を引き取ってくれた詢子や、幼馴染の金田とも会うことができないのか。

 そんなのは嫌だ。

 薄れゆく意識の中で、さやかはそんなことを考えていた。

(会いたいよ、金田)

 そして、誰よりも長く一緒にいた幼馴染の顔が頭に浮かんでは消えて行った。




   つづく
65 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/06/07(木) 20:04:23.73 ID:dCsT2RmDo
次回は、前半最大の山場がやってまいります。さやか奪還作戦はどうなってしまうのでしょうか。

ではまた次回。
66 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/06/10(日) 18:54:47.46 ID:lCxEL54/o




   第四話 奪還



 特殊能力研究所、検査室――

 敷島はこの日、魔法少女計画の総合研究責任者であるドクター大西に呼ばれていた。

「お忙しいところお呼び立てして申し訳ございません大佐」

 ごちゃごちゃした研究室の一角は、あまり彼の好む場所ではない。

「今日はどうした」

「第七号の検査結果についてです」

「何?」

「先日“回収”いたしましたイヴ第七号につきまして、先日死亡した第三号の穴を埋めるべく、
全速力で検査を実施した結果、大変なことがわかりました」

「大変なこと?」

「ええ。この第七号は、以前の第三号よりも、いや下手をすれば美樹さやか(オリジナル)
よりも優秀な魔法少女になる可能性があります」

「どうしてわかる」

「どうぞこちらに」

 そう言って大西は研究室の隅にある小さな部屋に案内する。

「ご覧ください。これは魔法少女の能力値を具現化する機械です。大佐も何度かご覧になった
ことがあると思います」

「飽きる程な」
67 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/06/10(日) 18:55:31.29 ID:lCxEL54/o

 敷島たちの目の前には、円形の装置があり、そこから不思議な色の光がガスコンロの
炎のように揺らめいていた。この光が魔法少女の持つ魔力の強さを表しているらしい。
詳しい原理は敷島にもよくわからない。

「こちらが、今朝測定したばかりの第七号の能力値になります」

「……」

 そこには微かだが、小さな円形の光が見えた。

 光自体はそれほど強くはないが、はっきりと輝いて見える。

「ちなみにこれが比較のためにとった、同世代の女子中高生の平均的なデータです」

 大西が何かのスイッチを押して切り替えると、そこには微かな光が見えた。

 しかし、先ほど見た時のような円形の輝きは見えない。

「大佐もご存じのとおり、第七号はこれまでのところ、特別な投薬も訓練も行っておりません。
しかしながら、これほどまでに高い数値をはじきだした被検体は、純性の魔法少女以外では
はじめてです」

「まどかとの比較は」

「はい?」

「まどかとの比較はどうなのだ」

「ええ、それでしたら。こちらをご覧ください」

 大西は再び機器を操作する。

「これは寄せ集めのデータから構成した、第七号の成長予想図です」

「これは……」

 光り輝いていた輪は、少しずつ大きくなり、やがてバスケットボールのような黒い半球を形作った。 

「彼女のパターンは、わずかに残されていたまどかの実験データに非常に類似しております。
このまま成長を続ければ、あのまどか成長過程の謎を解き明かすカギになるやもしれません」
68 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/06/10(日) 18:56:02.57 ID:lCxEL54/o

「よし、進めてみろ」

「はい、ありがとうございます。きっとご期待に添える魔法少女に育ててみせます」

 そう言うと大西は一息ついて考えをめぐらす。

「いささか強引ではありますが、レベル3からのカプセル投与してみようかと」

「大丈夫か?」

「お任せを」

「違う!」

「……!?」

「もしお前の言うとおり、あの娘がまどかと同じような魔法少女の力を持った時、
それをコントロールできるのかと聞いておるのだ」

「それは……」

「任せられるのか」

「それは……、最新鋭の検査機を使い多角的に分析して、もっと多くのデータを
集めた上で能力を開発していけば、必ず」

 敷島は歩きだし、大きなガラスの前に立つ。

 ガラスの向こうには検査服姿の第七号こと、鹿目さやかが検査用のベッドの上に
横たわっている。

 それを見つめながら敷島はつぶやいた。

「あの力には触れてはならんのかもしれんな――」

「……神の、力ですか」

「だが我々はそれに触れねばならん。触れて制御(コントロール)せねばならんのだ」

「……」

「我々の手に余るようならば、即座に始末しろ」

「はっ」

「躊躇はいかんぞ」

「はい、大佐……」




   *
69 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/06/10(日) 18:56:32.87 ID:lCxEL54/o



 数日後。

 壊れた矢(ブロークンアロー)のアジト。

「情報は完璧なんだろうな」

「はい、政府内部からの情報です。八王子の研究施設に収容されております。
現地の情報員からの報告でも、一個小隊規模のアーミーが入っていることが目撃されております」

「そうか。決行するぞ」

「なあ杏子」

 仲間と打ち合わせをしている杏子に対し、金田は恐る恐る聞く。

「なんだ金田」

「この格好はなんだ?」

「ん?」

 金田を含む六人のメンバー全員が着ている服は、とある作業服上下であった。

「なんだって、変装だよ。決まってんだろ」

 帽子のかぶりを直しながら杏子は言う。

「変装って、これは掃除屋か?」

「ああ。八王子の研究所は軍の施設じゃないからな、民間の清掃業者が入っている。今回は、
その業者になりすまして、あたしたちが入るんだ」

「表から堂々と……」
 
「あたしはコソコソすんのが嫌いなんだよ」

「お前も行くのか?」

「ああ。あたしじゃないとできない仕事もあるんでね」

「杏子じゃないとできない仕事?」

「まあ、向こうで話すさ。よし、乗り込め」

「はい」
70 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/06/10(日) 18:57:03.52 ID:lCxEL54/o

 そう言うと、六人の作業服姿の男たちは二台の車に分乗して研究所へと向かった。

 しかし、ブロークンアローのメンバーは目的地の近くで一旦車を止める。

「どうして止めてるんだ?」

「しっ、杏子様が精神を集中しておられる。邪魔をするな」

「はあ……」

 金田の隣りで杏子が目を閉じて何かを考えている。

「ここだ、間違いない」

 そう言うと杏子は目を開く。

「え? 間違いないってどういうことだ」

「魔法少女は同じ魔法少女の存在を感じることができるんだ。ここの研究所に魔法少女が
運び込まれたという情報はあったけれど、それが本当かどうか確認する必要があった」

「もしかして俺が乗ったバイクを正確に追尾できたのって」

 金田は数日前の追いかけっこを思い出す。

「ああ、そうだぜ。アンタの後ろに乗ってるお嬢ちゃんの姿を捉えていたからさ」

 どこへ逃げても無駄だということか。

「でもそういや、あの俺たちを追っていたワゴン車は川に落ちたよな。お前は大丈夫だったのか?」

「あたしは別の場所にいて無線で指示していただけさ」

「ああ」

「いくら暑くても、あんな汚い川で水泳はゴメンだぜ」

「はは、そうだな」

「俺はお前のせいでその水泳をするハメになったがな」

 マサと呼ばれるホスト風の男がそう言って金田を睨む。

「はは、過ぎてしまったことはしょうがないじゃないですか」

 金田は笑ってごまかした。

「そんなことより、行くよ」

「へい」

 運転手のケンが勢いよく返事をする。

 こうして金田を含む六人のメンバーは、研究施設への潜入を決行した。




   *
71 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/06/10(日) 18:57:33.06 ID:lCxEL54/o


 研究室の中は薄暗く人通りもない。

(どうもおかしいな)

 金田は思った。

 軍の人間が出入りしたという話だが、そういった人種を見ることはない。

 それどころか、週末とはいえ研究所で働いているらしき職員の姿も見当たらない。

 せいぜい警備員や建物の管理人くらいのものだ。

「ここに魔法少女がいる。間違いない」

 杏子は独り言のようにつぶやく。

(さやか、待ってろよ。今助けだしてやる)

 しかし、

「待て、様子がおかしい」

「セキュリティは切っているはずだぞ」

 メンバーの一人が道具入れから短機関銃を取り出す。

 大きなフロアに出たところで、周囲の雰囲気が変わった。

「バカな、気配遮断!?」

 フロアの二階から、八九式小銃や9ミリ機関拳銃で武装した兵士二十人あまりがこちらに銃口を向ける。

 金田たちは一階にいるので、上から狙われる形になってしまったのだ。

「無駄な抵抗はやめ武器を捨てろ!」

 一人の兵士の声が建物内に響き渡った。

「クッ、罠だったのか……!」

 ケンが歯ぎしりしながら悔しがる。
72 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/06/10(日) 18:58:25.84 ID:lCxEL54/o

「おい杏子。これは」

 金田が動揺しながら聞くと、

「ククク……」

 杏子は肩を震わせていた。

「杏子?」

「アハハハ、そんな玩具でアタシを倒せるとでも思ってるのか?」

「黙れ! 武器を捨てろ!」

 銃口は確実にこちらに向けられている。

 しかし、杏子は怯まない。

「こんだけ重装備で守られてるんだから、相当好かれてるんだね、そのさやかって奴は」

「……どうすれば」

「安心しろ金田。こう見えてアタシ、魔法少女なんだぜ」

 そう言うと杏子は右手を高く上げた。

「動くな!」

 再び兵士が叫ぶ。

 しかし、

 次の瞬間眩しい赤の光が広がる。

「うおっ」

「坊主、こっちに来い!」

 金田は襟を掴まれて部屋の隅へと行かされる。

 まるで雷のような銃声が室内に響き渡る。

「ぐわあ!」

 あまりのやかましさに、両耳を押さえた金田。

「杏子!」
73 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/06/10(日) 18:58:52.69 ID:lCxEL54/o

 そして赤い光が見えなくなった杏子の身体は、奇妙な赤い衣装を身に着けていた。

 あの姿は……?

「撃て!」

「しかし、隊長」

「相手は人間じゃないんだ、撃て!」

 見た目は中学生くらいの杏子の姿に、兵士たちは一瞬発砲をためらう。

 しかしそのためらいが命取りになった。

「バカめ」

 杏子は吹き抜けになっている部屋を飛び上がる。

 人間とは思えない跳躍力。そしてその両手には、どこからともなく取り出された槍が握られていた。

(あの槍は、以前俺の首につきつけたものだ)

「どりゃああああああ」

 杏子は大きく勢いをつけて槍をふるう。

(あんな槍じゃあ届かないのでは)

 金田は一瞬そう思う。

 しかしその槍は普通の槍ではなかった。 

「な!」

 槍が伸びた。

 正確に言えば、柄と柄の継ぎ目に鎖があり、そこから鎖が伸びて遠距離攻撃用の武器となったのだ。


 質量保存の法則を無視したその攻撃は、鎖鎌のようで、離れた完全武装の兵士たちを一気に薙ぎ倒す。
74 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/06/10(日) 18:59:32.21 ID:lCxEL54/o


「ぐわあああああああ!!」

 予想外の攻撃に不意を突かれた兵士は一気に半分以上が倒されてしまった。

「こっちにも来るぞ!」

 サブマシンガンで残った敵を始末する杏子の部下たち。

「二階の連中は粗方片づけたぜ!」

 銃声の響く中、杏子の声が響く。

 彼女の赤い衣装の上に、更に血の色が上塗りされていた。

「杏子様! 外からも来ます!」

 銃で応戦するマサが叫んだ。

 入口の自動ドアや窓が割れ、ライフル弾が次々に建物内に飛び込んでくる。

「小僧! 身を伏せろ!」

 ケンは金田の頭を押さえつけてから拳銃を発射する。

 金田の眼前には真鍮の薬きょうがいくつも転がり、高い金属音を響かせている。

「まだまだ物足りねえな!」

「杏子様!」

 マサの叫び声に金田は顔を上げる。

 杏子は外に出て行ったようだ。その後を追う杏子の部下たち。

 金田も慌ててその後を追った。

「な!!」

 外に出てみると、そこには五十人くらいの完全武装の兵士たちが待ち構えている。

 奥には軽装甲車や高機動車が何台もとまっていた。

 ここまで来るまでに見えなかった車両。

 どうにも、事前に自分たちがここに来ることをわかっていたみたいだ。
75 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/06/10(日) 19:00:14.44 ID:lCxEL54/o

 金田はそう思った。

 しかし杏子は叫ぶ。

「例え罠だとしても、そいつを破っちまえば問題ない!」

 再び赤い光に包まれる杏子。

「うてええええええ!!!」

 部隊の指揮官が叫ぶ。

 だが、その叫んだん指揮官が一番最初にやられてしまった。

「次に殺されたいのはどこだ、犬コロども!」

 驚異的な跳躍で降り立った場所は、兵士たちがひしめく集団の中心である。

「しまった!」

 兵士は皆銃で武装しているので、集団の中止に行かれると射撃ができない。

「ちゃ、着剣!」

 誰かが叫ぶ。

 しかし、銃剣で攻撃する前に杏子の槍はまるで扇風機のようにグルグルとまわりはじめた。

「ぎゃああああああああああ!!」

 兵士たちの悲痛な叫び。

 先ほどよりも更に多量の血が飛び散ってしまう。

「めんどくせえ、一気に行くぜ」

 そう言うと、杏子はアスファルトの上に槍を突き刺す。

 すると、爆弾でも仕掛けられていたかのように別の場所の地面が爆発した。

「ああー」
76 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/06/10(日) 19:00:41.11 ID:lCxEL54/o

 金田はポカンと口を開ける。

 まるで人形のように吹き飛ぶ兵士たち。

 それは戦いと言うにはあまりにも残酷なものであった。

 ただの、一方的な虐殺だ。

 圧倒的な戦力を持っていながらなすすべもなく殺されていく兵士たち。

(これが、魔法少女の力……)

 だが、この虐殺は最後まで続くことはなかった。


「そこまでよ、佐倉さん」


「!?」

 女性の声が周囲に響く。

(どこだ?)

 金田は周囲を見回した。

「あそこだ!」

 声の主は建物の上にいる。

「魔法少女の反応は、お前だったのか、マミ!」

「マミ?」

 そこには白のブラウスを着た、やたら大きな胸を持つ女性がいた。

 髪の毛が金髪で二つにまとめられており、ドリルのようにクルクル巻にされているのが
特徴的だと金田は思った。

「それっ」
77 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/06/10(日) 19:01:11.04 ID:lCxEL54/o

 可愛らしい掛け声とともに、彼女は屋上から地上へと飛び下りる。

 三階建ての研究室は、普通の人間なら足の骨を折ってしまうほどの高さだが、
マミと呼ばれた少女は難なく着地した。

「残念だけど、あなたたちが求めている“あの子”は、ここにはいないわ」

「あの子? さやかのことか!」

 思わず叫ぶ金田。

「さやか? そういえば、あの子もさやかという名前だったわね」

 懐かしそうに目を細めるマミ。

「よそ見してんじゃねえよ」

 一瞬で距離を詰めた杏子が槍をふるう。

 鋭い金属音が鳴ったものの、槍は柄のところで止められていた。

「不意打ちとは、卑怯じゃない?」

「ウソ情報でアタシらを釣っておいてそりゃねえぜ」

 マミは銀色のマスケット銃のようなもので、彼女の槍を受け止めていたのだ。

「魔法少女を止められる者は魔法少女しかいない」

 そう言うとマミは杏子から距離を開き、バレエの練習のように一度クルリと回転する。

 そして、黄金の光に包まれる。

 金田の予想通り、マミと名乗る女性も魔法少女だったのだ。
 



   *
78 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/06/10(日) 19:02:03.78 ID:lCxEL54/o


 杏子は大きく息を吸って相手を見据える。

 これまでの兵士たちと違って、今度のは本気でやらないとヤバい。

 黄色を基調とした衣装に身を包んだ巴マミ。

 両手には銀色のマスケット銃が握られている。

「自分自身を囮に使うなんて、何とも殊勝な心がけじゃないか、マミ」

「あなたこそ、部下ではなく自分から乗り込んでくるなんてね。おかげで探す手間が省けたわ」

「そうまでして国のワンワンになってどうするつもりなんだ?」

「あなたこそ、地下活動なんてやっても何の利益にもならないわ」

「彼奴らはお前らの能力(チカラ)を利用しようとしただけだ。それがわからないのかよ!」

「テロ組織にこの能力を使われるよりは、大分マシだと思うけど」

「結局、十五年経っても分かり合えねえな、ウチらは」

「分かり合えるなんて微塵にも思ってないわ。それに、私だって天下国家のため、なんて立派な
心がけはないし」

 そう言うやいなや、マミはノーモーションで銃を構え発射した。

 寸前でかわす杏子。

 マミのマスケット銃から発射される弾丸は普通の弾とは違う。魔法少女であろうとも、
当たればタダでは済まない。

 そこで、当たる前に接近して倒す必要がある。

 しかし、

「ふんっ」
79 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/06/10(日) 19:02:41.66 ID:lCxEL54/o

 マミが後方に大きく飛ぶと、一瞬のうちにマスケット銃で柵のようなものを作る。

 そして、それを一丁一丁持つと、次々に射撃してきた。

「でりゃああああ!」

 杏子は槍を回転させてマミから放たれる魔弾を一つ一つ防いでゆく。

 そして接近。

 再びバックステップをするマミ。

「逃がすか!」

 更に距離を詰めようとする杏子。

「甘いわね」

 杏子の突きを交わし、マミは彼女の横面に回し蹴りをくらわす。

「ぐわあああ!」

「接近戦ができないなんて、言ってないわよ。佐倉さん」

「クソがあ」

 再び槍を振るう杏子。

 しかし、少し距離を取ったマミが銃を構える。

「ぬわ!」

 至近距離で放たれたマスケット銃の銃弾が杏子の槍に直撃しいて折れる。
そして、彼女の背中が地面に叩き付けられた。

「ぐはっ!」

「降参しなさい。そうすれば、あなたの仲間も助けてあげるわ」
80 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/06/10(日) 19:03:24.72 ID:lCxEL54/o

「冗談は胸だけにしやがれ!」

「きゃっ」

 再び槍を生成した杏子は、それを投げる。

 マミはそれを正確に撃ち落とすが、一瞬杏子を見失ってしまった。

「お返しだあ!」

 マミの後ろを取った杏子が思いっきり右ストレートを彼女にくらわせた。

 うつ伏せの状態で地面に叩き付けられるマミ。

 しかしすぐに起き上がり、杏子と距離を取る。

 そうはさせまいと距離を詰める杏子。その手にはすでに新しい槍が握られていた。

 マミは地面に突き刺さったマスケット銃を取ると、それに銃剣を取り付けて杏子の槍を防ぐ。

「いい加減諦めたらどうなんだマミ」

「それはこちらのセリフよ佐倉さん。あなたたちに逃げ場なんてないわ」

「だからって、あんな刑務所みたいな場所に自分から閉じ込められようなんてことは思わないさ」

 ガキンガキンと、頭に響く金属音を響かせながら二人の接近戦は続く。

「政府があたしらに何をやったか、知らないとは言わせねえぞ」

 杏子は振りかぶり、マミに対して槍を振り下ろす。

「知っています」

 マミはそれを正面から受け止めず、横に受け流しながら答える。

「だからといって、政府を恨んでもあの子は、美樹さんは生き返らないのよ」
81 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/06/10(日) 19:04:00.95 ID:lCxEL54/o

「だったら紐で繋がれろっていうのか? 一生政府の実験動物(モルモット)として生きろっていうのかよ!」
 
「この能力(チカラ)が外に広まれば、どんなことが起こるかあなただってわかるでしょう」

 今度はマミが銃剣を持って杏子の腕を斬る。

 かすり傷程度だが、杏子の腕から鮮血が飛び散った。

「どんなに取り繕ってもウチらの力は人殺しの道具なんだ。結局そこなんだ」

「そんなことはないわ。この能力は、正しく使えば人の役に立つもの!」

 一瞬力むマミ。そこに出来た隙を杏子は見逃さなかった。

「きゃあ!」

 再びマミの叫び声が響く。

 彼女の右わき腹に血が滲む。

 そしての二人の動きが止まる。

「ハア、ハア、ハア……。ガス欠か? マミ」

「あなたこそ……」

 肩で息をする二人。

 莫大なエネルギーを消費する魔法少女の戦闘は、長い時間をかけただけ苦しくなっていく。

「そろそろケリをつけるわよ。あなたと長いこと遊んでいる暇はないの」

「奇遇だな、アタシもだ」

「敷島さん、お菓子を用意してくれたかしら」

「何言ってんだ?」

「何でもないわよ」

 マミがそう言うと、一瞬で周囲は煙に包まれた。

「な!!」
82 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/06/10(日) 19:04:40.28 ID:lCxEL54/o

「油断したわね、佐倉さん!!」

 マミの声が聞こえる。

「どこだ!」

 杏子が顔を上げると、そこには巨大な大砲のような太い銃を持った巴マミが空中にいたのだ

「さよなら」

「!!!!」

 杏子は周囲を見回す。ここで避けたら金田や仲間たちが――


「ティロ――」


(くそおおおお!!)


「フィナーレ!!!」


 目を開けていられないほど強力な光が研究所の敷地内を飲み込んだ。





   つづく
83 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東) [sage]:2012/06/10(日) 23:53:20.66 ID:HgrUtCyAO
おつおつ
84 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/06/11(月) 22:24:44.64 ID:c59xxh1Po



   第五話 挫折


 佐倉杏子が率いる反政府武装組織『ブロークンアロー』が八王子の政府研究機関の襲撃を
決行する前日。

 巴マミは敷島大佐と会っていた。

「本当にやるのか、マミ」

「ええ。ここでずっと寝ているのにも飽きてきましたし」

 マミはそう言いながら紅茶を飲む。

 テーブルの上には可愛らしいお菓子がいくつも並べてあったけれど、敷島は相変わらず
手を付けない。

「しかし、お前が出る必要はないんじゃないのか」

「魔法少女に対抗できるのは魔法少女しかいません。どんなに武装した兵士が束になって
かかって行ったとしても、街ごと吹き飛ばさない限りは勝ち目はありません。あの時みたいに」

「……」

 黙り込む敷島。

「それより、情報の件は大丈夫ですか?」

「ああ、その点は大丈夫だ」

「内通者の目星は」

「一応立っておる」

「そうですか。なら、安心ですね」

 マミはそう言って笑った。
85 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/06/11(月) 22:25:14.98 ID:c59xxh1Po

 しかし敷島の顔は浮かないままだ。

「敷島さん」

「何だ」

「私が自分からやりたいと申し出たのです。貴方の気に病むことではありません」

「だがその身体でどこまでやれるのか」

「心配無用です。最近はつとに調子がいいんですよ?」

「そうなのか」

「私が囮になって、佐倉さんやその部下の反政府組織をおびき寄せる。その間に、
大佐は組織内の内通者を炙り出す。一石二鳥ですよ」

「わかっている」

「ああそうだ、敷島さん」

「なんだ」

「この作戦が無事に終わったら、美味しいお茶菓子を用意してくださるかしら?」

 マミの表情をじっと見た敷島は頷いた。

「約束しよう。最高の菓子を買ってくるさ」

「ふふ、楽しみね」

 組織内、それも上層部に内通者がいるであろうことは前々からわかっていた。
しかし、文民統制(シヴィリアンコントロール)の観点から軍人である敷島が自分の上司の
情報管理についてとやかく言う立場にはない。

 ゆえに彼は罠を仕掛けた。

 反政府組織を打倒し、尚且つ裏切り者を処理する。

 偽の情報を流し、その通りに動けば情報の発信源を突き止めることができる。

 敵の行動が、何より証拠となるのだ。

 そして翌日、作戦が実行されることになる。




   *
86 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/06/11(月) 22:26:07.53 ID:c59xxh1Po


 巴マミの生成した巨大な“砲”から、光の弾が発射される。

(コイツ、仲間ごとやる気か!?)

 杏子は考える。

 避ける、避けない。

 一瞬の判断で、彼女は後者を選んだ。

 理由は自分でもよくわからない。

 完全に無意識だった。それでも後悔はない。

 魔力を込めて、限界まで攻撃を防ぐ。

 目の前の魔法陣が広がる。

「舐めんなあああああ!!!!!」

 だが、巴マミと戦う前から戦闘を続けていた杏子は、少しだけ彼女よりも魔力の消費が多かった。

「くそおおお!!」

 押し返すことはできない。

 もしできるとすれば、自分の魔力で衝撃を相殺することぐらいだ。

 その時、彼女の脳裏にとある人物の声が聞こえてきた。

『この力を何のために使うかって? 決まってるじゃないそんなの』

 ショートカットの元気な女の子。

 彼女にとって唯一とも呼べる友人。

『正義のためだよ』

 笑いながら“美樹さやか”は言った。

「さやか……」

 正直、彼女の正義感には初めから苛立ちを覚えていた。

 そしてその苛立ちは今も消えていない。

(あたしは最後の最後まで外道だよ)

『どうしたの、怪我してるじゃない』

「ガハッ」

 大量の血液が喉の奥からあふれてくる。息ができない。

「負けるか糞があああああ!!!」

 遠のく意識の中で、彼女は青空を見た。

 そこには、同じように魔力を使い果たし、ボロボロになった巴マミの姿があった。




   *
87 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/06/11(月) 22:26:43.46 ID:c59xxh1Po


「杏子おおおおお!!」

 空中から落ちてくる佐倉杏子の身体を、何とか受け止める金田。

「杏子!」

 血まみれになった彼女の身体は、驚くほど軽かった。

「杏子様は無事か」

 マサが駆け寄る。

 右腕を抑えていた。どうやら撃たれたようだ。幸い金田はかすり傷程度で命に別状はない。

「まだ生きてる」

「金田、お前は杏子様を連れて逃げろ」

「でも、アンタらは」

「俺たちの代わりはいくらでもいる! だが杏子様の代わりはいない。この方が死んだら
我々の革命は終わりだ。さっさと行け!」

「わかったよ。行けばいいんだろ」

 金田は杏子を負ぶり、周囲を見回す。幸い、軍人の乗ってきたバイクが一台倒れている。
それを起こすと、キーもついていた。

「よかった。コイツはまだ動く」

「杏子様を頼むぞ」

「オッサン?」

 いつの間にか近くに来ていたケンが、杏子を金田の身体に紐で括り付ける。

「よしっ」

「後は任せた。生きろよ、小僧」

「オッサンたちも元気で」

 金田はそう言い、バイクを発進させた。

 周囲にはパトカーや軍のヘリが飛び交っている。





   *
88 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/06/11(月) 22:27:12.22 ID:c59xxh1Po



 金田はバイクを走らせたが行くあてがあるわけでもない。

 しかも夜中なら夜陰に紛れて逃げることも可能だが、昼間だから余計に逃げにくい。

 いたるところで軍の検問もあり、どうしようもない状態だ。

 都心ではデモ隊と警察の機動隊が衝突しており、こちらのほうまで取り締まりに手が回って
いないというのが不幸中の幸いであった。

(それにしても、これからどうすれば)

 そんな時、彼のすぐ近くに黒塗りのリムジンが止まった。

「!!」

(政府の手の者? 仕事早すぎだろ)

 金田は思った。自分一人だけならばともかく、背中には杏子がいる。

(どうする、くそ)

 武器は持っていない。絶体絶命か。

 しかし、車の中から出てきたのは一人の青年だった。

「安心してくれ、僕は警察でも軍でもない」

 金田よりかは幾分年上だが、それでもまだ幼さの残るスーツ姿の青年はそう言って両手を上げる。

「お前は誰だ」

「僕は暁美タツヤ。君たちを保護しに来た」

「保護……? 俺たちを?」




   *
 
89 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/06/11(月) 22:27:44.69 ID:c59xxh1Po



 地価の高い都内にも関わらず、異常に広い敷地を持つ施設がある。

 宇宙女神教団。

 通称「まどか教」とも呼ばれるその宗教団体は、およそ十年前からはじまった新興宗教の一つだ。

 しかし、格差社会の進行や政治の腐敗などが深刻化する現在において、その不安の受け皿として
近年急速に拡大していった宗教の一つである。

 最近では近隣の宗教団体をも吸収して巨大な組織力と資金力を蓄えつつある。

 刑務所かと思われるほど厳重な警備の行われているその場所に、金田と杏子は案内された。

「ここまで来れば大丈夫ですよ」

 スーツ姿の青年、暁美タツヤはそう言った。

 敷地も広いが、中に建てられている建物も大きい。

 中にほとんど人はいない。

 そして金田の服は杏子の流した血液で血まみれだ。

「開祖に会う前に、お召し物を着替えたほうがよろしいですね。こちらへどうぞ」

 タツヤはそう言って別の部屋に案内した。

 広い。

 一体いくつ部屋があるのか。

 そんなことを考えているうちに一つの部屋に案内された金田は、そこでシャワーを浴びて服を着替えた。

 与えられたシャツとズボンはピンク色であった。

(なぜにピンク)

 疑問を抱えつつも、彼は再び元の場所へと戻る。
90 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/06/11(月) 22:28:11.92 ID:c59xxh1Po

 すると、待っていたタツヤがまた別の場所へと案内した。

「ここは一般の信者も入ることはできないのですが」

「はあ」

 そう言いつつ、母屋から離れた場所にある、大きな建物へと案内される金田。

「どうして俺を、そんなところに連れて行くんだ?」

 金田は聞いた。

 朝から緊張の連続で、考えるのが億劫になっていたけれども、シャワーを浴びたら少しだけ
元気が出てきたからだ。

「開祖が金田様との面会を希望しておられますので」

「なぜ俺の名前を」

「失礼。後で話します」

 そうこうしているうちに、目的の建物の前に立つ。

 宗教施設らしい和風の建物だが、入口のセキュリティはかなり徹底していた。

 カードキーと指紋認証という二重のロックを解除して中に入るタツヤ。

 金田はその後ろに続いて歩く。

 大理石の床を歩くと、その先に大きな椅子が見えた。

 よく見ると、その椅子には誰かが座っている。

「開祖、連れてまいりました」

 建物の構造のためか、暁美タツヤの声が大きく響く。

「ご苦労タツヤ」

 上座に据えられた椅子に座った人影がそう言った。

「……」
91 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/06/11(月) 22:28:43.69 ID:c59xxh1Po

 金田の数メートル先には、椅子に座った長い黒髪の少女がそこにいた。

 少女の冷めた目が金田を突き刺すように見る。

 いつの間にか、案内していたタツヤはどこかへ消えてしまった。

「はじめまして、私が宇宙女神教団創始者、暁美ほむらよ」

「あの……、金田です」

「知ってるわ」

「へ?」

「幼馴染を助けるために反政府組織に身を投じた馬鹿者よね」

「いや、その……」

 間違ってはいないので、金田は何も反論できない。

「あの」

「何?」

「先ほど案内してくれた、暁美タツヤさんっていうのは」

「私の“息子”よ」

「は?」

「何か文句でも」

「いえ」

 どう見ても中学生くらいにしか見えない黒ストッキングの少女が、自分の息子だと。

「あの、暁美さん」

「ほむらでいいわ」

「ほむらさん」

「なに?」

「あなたって、もしかして魔法少女?」

「察しがいいわね。そうよ、私も佐倉杏子や巴マミと同じ、魔法少女」

「やはり……」




   *
92 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/06/11(月) 22:29:11.09 ID:c59xxh1Po



 首相官邸――

 敷島は完全武装の兵士を連れてそこに乗り込んでいた。

 漏えい元は官房長官。

 陸軍情報部の報告ではほぼ確実との報告を受け、彼は乗り込んで行く。

「お待ちください大佐! ここは首相官邸ですよ」

「美国官房長官に用がある」

「大佐! 面会の約束も無いのにいきなり長官の部屋に行かれるのは」

 秘書官の制止も聞かず、敷島はずんずんと官邸の奥へと進む。

「大佐、文民統制(シヴィリアンコントロール)の侵害です!」

「不測の事態だ。規則云々を言っている場合ではない!」

「大佐!!」

 秘書官の制止を振り切るように、敷島は官房長官室のドアを開ける。

「長官!」

「!!!?」

 部屋の中を見た時、その場にいた敷島、秘書官、そして副官たちは全員言葉を失った。

 頭のコメカミの部分を銃で撃ち抜き、血まみれになって倒れている美国久臣の姿がそこにあったのだ。

「遅かったか……」

 敷島は独り言のようにつぶやく。

 そんな彼に追い打ちをかけるような報告が部下から上がってくる。

 巴マミ負傷。それもかなりの重傷であることが。




   *
93 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/06/11(月) 22:29:41.99 ID:c59xxh1Po




「そんな、ウソでしょう……?」

 先輩魔法少女の変わり果てた姿をガラス越しに見たさやかは一言つぶやく。

 包帯が何重にも巻かれ、点滴や生命維持のための器材が何台も取り付けられている巴マミの姿。

 これが魔法少女の仕事。

 これまで平和に暮らしていた彼女にとっては、あまりにも衝撃的な光景であった。

「ここにいましたか、鹿目さやかさん」

「え?」

 振り向くとどこかで見たことのあるスーツ姿の男性が立っている。襟元には、金色の議員バッチが付いていた。

「あなたは確か……」

「はじめまして、ですかね。防衛政務官の上条と申します」

「……知ってます、テレビで見たことがありますから」

「それは嬉しいですね。少し場所を変えましょうか。ここにずっといると、お医者さんたちの迷惑になってしまう」

「そう、ですね」

 通常の政治家に比べて明らかに若いその男性に連れられて、さやかは別の部屋に来ていた。

 キレイに清掃してあるけれど、殺風景な部屋だと彼女は思う。

「どうぞ」

 そう言って上条は紙コップを差し出す。中には暖かいコーヒーが入っていた。
94 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/06/11(月) 22:30:09.81 ID:c59xxh1Po

「ありがとうございます」

「おや、気に入りませんでしたか?」

「ああいえ、そんなわけじゃ」

「紅茶のほうがよかったですか?」

「いえ、私はどっちかっていうとコーヒーよりはココアのほうが好きかなって。あ、ごめんなさい」

「いえ、いいですよ。自分の好みをはっきり言うのはいいことです」

「どうも……」

 不意にさやかの顔に暗い影が差す。

「ショックですか、あの姿は」

 上条はそう言った。言うまでもなく、巴マミのことだ。

「いえ、その……」

「無理もありません。あれが魔法少女の現実なのです。常に危険と隣り合わせ」

「誰がやったんですか」

 上条の話を遮るようにさやかは聞いた。

「誰、と申しますと」

「誰がマミさんをあんな風に」

「そうですね。普通の人間では魔法少女にあれほどのダメージを与えることはできません」

「それじゃあ」

「彼女と同じ魔法少女ですよ。ただし、政府の管理下にはない魔法少女ですけどね」

「そんな」
95 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/06/11(月) 22:30:40.30 ID:c59xxh1Po

「テロリストです。壊れた矢(ブロークンアロー)とかいう組織名だったと思います」

「テロリスト……」

「実は防衛省の隊員も五十名ばかりやられてしまいました。負傷者を含めると百人以上の損害です」

「……」

「それが魔法少女なんです。お分かりいただけたでしょうか」

 さやかは黙ってうなずく。

「正義無き力は暴力。昔の人はよく言ったものです。実はまだ、民間には我々の管理下にない
魔法少女がいくつかいるようです。彼女たちが、我が国の治安を乱し、
政府の転覆を謀っているとの情報もあります」

「それを、私に言ってどうするつもりですか」

「あなたにはわかっていてもらいたいのですよ。力を持つ者として」

「力を持つ者……」

「ドクターから聞いていたのですが、あなたの才能は巴マミと同等かそれ以上とまで言われていますね」

「そんな、私なんか」

「誰でも最初はそう思うものです」

「……私なんか」

「我々としましては、あなたの力が必要になってくる」

「どうしてですか?」

「考えてもみてください。現在巴マミは、戦闘による負傷で戦力になりません。
つまり、我が国を守る魔法少女は今のところあなたしかいないのです」
96 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/06/11(月) 22:31:13.47 ID:c59xxh1Po

「私しか?」

「ええ。魔法少女を人工的に作り出す研究はなされておりますが、まだ途上の段階。
もし、政府管理下ではない、つまり反政府組織などが魔法少女の力を使って
我が国を混乱に陥れたら、どうなると思いますか?」

「それは」

「平和な暮らしなどおぼつかない。わかりますよね」

「……はい」

「そして今、我々のところにいる魔法少女はさやかさん」

「はい」

「あなたしかいないのです」

「私しか」

「我々にはあなたが頼りなんです。あなたがいなければ、我々は、いえ、日本の平和は守れません」

「……」

「だからお願いですさやかさん。力を貸してください」

「政務官」

「名前で呼んでくださいますか。どうも、役職で呼ばれるのは苦手で」

「わかりました。上条さん」

「はい、なんですか」

「どうすればいいんですか」

「どうすれば、というのは」

「マミさんがいなくなった今、私はどうすればいいんですか?」

「あなたには、一刻も早く一人前の魔法少女になっていただきたい」

「私に、一人前の」

「はい」

「なります。私」

「いいんですか」

「はい。身体だけは小さいころから丈夫だったんですよ、私」

「そうですか。ありがとうございます」

「いえ」

 さやかは一呼吸置いてから言葉を発する。

「頑張ります」





   つづく
97 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/06/11(月) 22:31:54.45 ID:c59xxh1Po
無くしたと思っていたカサがでてきた。少しだけ嬉しかった。
98 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/06/11(月) 22:51:18.23 ID:c59xxh1Po
 おまけ

 夏とポロシャツと私

 齢参拾にしてオシャレを気にし始めた筆者。この日、押入れの奥に眠っていたポロシャツを発見した

 ポロシャツは、夏のオシャレアイテムとしては重宝している。

 エリが付いているので、カジュアルとクールビズの両方に使えるという優れものだ。

 というわけで、さっそく微かに防虫剤に臭いの残るポロシャツに袖を通してみた。

 すると、どうも違和感がある。

 なんだろう、ポロシャツなんだけどちょっとおかしい。

 具体的に言うと先日、お店で見たポロシャツと何かが違う。

 よく見ると、胸の辺りにポケットが付いているのだ。それも左右の胸に。

 胸ポケットは、確かに便利ではある。筆者は電車の切符を入れるのに使うし、タバコを吸う人は、箱を
胸ポケットに入れるだろう(ズボンのポケットだと、潰れてしまう危険性がある)。

 しかし、二つはいらないのではないか。

 最近の、というか先日筆者が店で見たポロシャツは、ほとんど胸ポケットがついていなかった。

 それはそれで不便だが、左右二つのポケットがついているポロシャツも何だかおかしい。

 利便性とファッション性との間で揺れ動く筆者の心。

 オシャレの道は厳しいと感じる初夏の日であった。


  つづく 
99 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2012/06/13(水) 18:50:29.61 ID:uyRcsYWxo
一回流し見しただけだからさっぱりお話憶えてないが期待
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