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さやか「大嫌いの裏返し」 - SS速報VIP 過去ログ倉庫

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1 : ◆qE9xJWndOc [sage]:2012/06/11(月) 22:32:07.68 ID:HcrsvSLY0
※書き溜め無し(ラストまでの構想はあり)のぐだぐだ亀更新
※百合っぽいものが許せないという方はお引取りを

二ヶ月以上放置で過去ログへいってしまっていたスレの立て直し
以前待ってくださっていた方は申し訳ありませんでした

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1339421527(SS-Wikiでのこのスレの編集者を募集中!)
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佐久間まゆ「犬系彼女を目指しますよぉ」 @ 2024/04/24(水) 22:44:08.58 ID:gulbWFtS0
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全レスする(´;ω;`)part56 ばばあ化気味 @ 2024/04/24(水) 20:10:08.44 ID:eOA82Cc3o
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君が望む永遠〜Latest Edition〜 @ 2024/04/24(水) 00:17:25.03 ID:IOyaeVgN0
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笑えるな 君のせいだ @ 2024/04/23(火) 19:59:42.67 ID:pUs63Qd+0
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【GANTZ】俺「安価で星人達と戦う」part10 @ 2024/04/23(火) 17:32:44.44 ID:ScfdjHEC0
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トーチャーさん「超A級スナイパーが魔王様を狙ってる?」〈ゴルゴ13inひめごう〉 @ 2024/04/23(火) 00:13:09.65 ID:NAWvVgn00
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【安価】貴方は女子小学生に転生するようです @ 2024/04/22(月) 21:13:39.04 ID:ghfRO9bho
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ハルヒ「綱島アンカー」梓「2号線」【コンマ判定新鉄・関東】 @ 2024/04/22(月) 06:56:06.00 ID:hV886QI5O
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2 : ◆qE9xJWndOc [sage]:2012/06/11(月) 22:36:03.27 ID:HcrsvSLY0
さやか「要するに、あんたはどうしてほしいわけ?」

あたしの問い掛けに、まどかは首をかしげた。
どうしたいもこうしたいも、初めから答えは一つしか無い、とでも言うように。

まどか「だからね、さやかちゃんとほむらちゃん、仲良くしてほしいなって」

まどかの顔も声も真剣そのもの。
なんとも断り辛い。

さやか「でも、突然なんで……」

まどか「さっきも言ったでしょ?ほむらちゃんとさやかちゃん、いつも険悪なんだもん」

さやか「そりゃあだって、仕方ないじゃん」

向こうから噛み付くようにあたしを見てくるわけだし?
あたしもあの転校生が気に入らないし?
お互い、嫌いあってるわけなんだから。
3 : ◆qE9xJWndOc [sage]:2012/06/11(月) 22:36:47.31 ID:HcrsvSLY0
まどか「仕方なくないよ」

さやか「仕方ないって。ていうかあんたこそなんであんなのと仲良くしてんのよ」

まどか「友達だから」

どうやら、まどかはそう言い切れるらしい。
少し、悔しい。
あたしのことも「友達だから」と言いきってくれるのだろうか。

さやか「あ、そ」

まどか「だから、さやかちゃんにも仲良くしてほしい」

さやか「とは言ってもさあ……」

溜息。
どうにもあの転校生とは馬が合う気すらしない。
絶対無理だろ、なんて思っていたりするくらいなのだから。
4 : ◆qE9xJWndOc [sage]:2012/06/11(月) 22:37:24.74 ID:HcrsvSLY0
まどか「無理にとは言わないよ?出来るだけでいいの」

さやか「うーん……」

大切な親友のまどかからの頼みだ。普段、この子が人に何かを頼むなんてこと、
滅多にないんだからできる限り応えてやりたい。
けれども――

人間関係となると、さすがのさやかちゃんも上手く行くかどうか保証しかねるわけで。

まどか「きっとほむらちゃんはさやかちゃんと仲良くしたいって思ってるよ」

さやか「そりゃどうだか」

あの冷たい視線を思い出し、思わず身震いしてしまう。
あの目をしながらあたしと仲良くなりたい?とんだ笑い話。
5 : ◆qE9xJWndOc [sage]:2012/06/11(月) 22:43:54.71 ID:HcrsvSLY0
まどか「きっとそうだって!」

さやか「あー、はいはい」

まどか「お願いだよ、さやかちゃん……」

不意に、まどかの声が沈んで。
どうやら、本気で悩んでいたらしい。あたしと、転校生の関係について。
今朝、仁美が学校を休んで二人だけで登校していたとき、やけに真剣な顔で「放課後相談があるんだけどいいかな?」と言ってきたからてっきり。

さやか「あんたからの告白だったら受けたのになあ」

まどか「告白っ!?私がさやかちゃんに!?」

さやか「ははっ、冗談だけどさ」

真っ赤な顔をしてうろたえるまどかが可愛い。
どうして転校生はこの子だけ特別扱いするのか気になってはいたけれど、こういうところを同じく可愛い、なんて思ったりするのだろうか、あの子は。
6 : ◆qE9xJWndOc [sage]:2012/06/11(月) 22:44:49.90 ID:HcrsvSLY0
そんなことを考えてみて、「まさかね」なんて。
そういえば、今までどうしてあの子にこんなに苦手意識を持っているのか考えたことなかったけど。

さやか「……」

まどか「さやかちゃん?」

人間じゃ、ないみたいで。
たぶん、きっとそう。だから、あたしはあの子が――怖い。

さやか「ん、何でもない」

まどか「それじゃあ明日から、さ」

さやか「……あー、一緒に学校?」

まどか「ほむらちゃんにも言ってあるから」

わかった、と一応の返事。
仲良くなれるような自信はまったくと言っていいほどないけれど。
まああれだ。何も知らずに勝手に苦手だとか嫌いだとか思ってるのも、それはそれで変だしおかしいし。
……お試し期間、という奴だ。

まどかのためにも、やれるだけやってみなきゃ。
あたしはそう、決意して。
7 : ◆qE9xJWndOc [sage]:2012/06/11(月) 22:45:48.23 ID:HcrsvSLY0


翌日。
なんとなく、早く目が覚めてしまったあたしは、少し憂鬱な気分で制服に腕を通した。

さやか「あーあ……」

思いっきり溜息。
本当、昨日はまどかの手前、頷いてしまったけど。
正直言ってしまえば、あたしは転校生の近くにいることさえ嫌なのだ。

なんとなく、こう……。
苛々してしまうというか。

そこまで考えて、あたしははっとする。
いつのまにか、朝の準備はすっかり終わってしまっていた。
何か考え事をしているとあたしの動きはいつもよりも早くなってしまうらしい。

暇、だった。
まどかたちとの待ち合わせ時間までまだ、ある。
けれど家にいたって何もやることがなくって――

さやか「……行って来ます」
8 : ◆qE9xJWndOc [sage]:2012/06/11(月) 22:46:54.81 ID:HcrsvSLY0
家を、出た。
まだ早い時間だけど家族は皆、いない。
母親も父親も、この時間からもう出勤しているのだ。

だから、誰もいない家に「行って来ます」と言って外に出るのも、すっかり慣れてしまった。

朝、テンションが低いのは別にそのせいじゃなくって。
きっとあたしは低血圧だからで。

自分に言い訳。
寂しいとか寂しくないとか、そんなことを考えたらよけいにあたしの気分は沈んでしまう。

出来るだけ明るいことを考えなきゃ。
そんなことを思っていると。

さやか「……あれ?」

いつもの待ち合わせ場所に、もう誰かの姿。
それも犬の散歩のおじさんでも、通勤途中のお姉さんでもなく、見たことある後姿。

さやか「……転校生」
9 : ◆qE9xJWndOc [sage]:2012/06/11(月) 22:47:37.11 ID:HcrsvSLY0
ほむら「……」

呟くと、朝の澄み切った空気のせい。
聞こえてしまったのだろう、転校生が。驚いたように振り向いた。

ほむら「美樹、さやか……」

どうしていつもフルネームなのか。
まずそこからだめなんだ。
あたしたちの間にある溝の原因第一はきっとこれ。

かといって、すぐに名前で呼んでよ、なんて言えるわけでもなく。

さやか「……おはよ」

ほむら「……えぇ」

気まずい。
ひたすらに、気まずかった。
10 : ◆qE9xJWndOc [sage]:2012/06/11(月) 22:48:45.33 ID:HcrsvSLY0
さやか「……早いんだ」

ほむら「あなたこそ」

ぽつりぽつりと会話。
けど、流れが途切れそこから先が続かない。
自分で言うのもなんだけど、あたしは初対面の子でもそれなりに話せるタイプだと思う。
要するに、人見知りしないのだ。けれど、この子の場合はそうもいかなくて。

さやか「……」

ほむら「……」

沈黙ばかり。
まだまどかたちがここへ来るのにはだいぶ時間があるというのに、何も話題が浮かばない。

だめだ、変な汗までかいてくる。
そっと汗ばんだ手をスカートに押し付けたそのとき、あたしはようやく自分が緊張していることに気がついた。

変に意識してしまうせいなのだろう、まどかが変なこと言うから。
――と、勝手に誰かのせいにしてしまう。

さやか「……」

時間が、ゆっくりゆっくり過ぎていく。
何となく、いっそこのまま時間が止まってしまえばいいのに、と思う。
11 : ◆qE9xJWndOc [sage]:2012/06/11(月) 22:49:29.82 ID:HcrsvSLY0
さやか「あ、あのさ」

それでも。
やっぱりこの時間はあたしには辛くて、つい何でもないのに口を開いてしまう。
無理して話そうとするのが私の悪い癖なのかも知れない。

黙っていられる性格ではないのだ。

ほむら「……なに?」

さやか「あ、いや……」

慌てて、話題を考える。
さっきは「早いんだ」と話して。それなら、「どうして」と訊ねるのが妥当か。

さやか「どうして今日こんなに早いのかなって、転校生」

ほむら「それはあなたもでしょ、美樹さやか」

さやか「ま、まあそうなんだけどさ……」
12 : ◆qE9xJWndOc [sage]:2012/06/11(月) 22:51:11.32 ID:HcrsvSLY0
>無理して話そうとするのが私の悪い癖なのかも知れない。
訂正
無理して話そうとするのがあたしの悪い癖なのかも知れない。
13 : ◆qE9xJWndOc [sage]:2012/06/11(月) 22:51:55.61 ID:HcrsvSLY0
本当、そう。
どう考えたって、これじゃあ転校生との距離は縮まらない。

後でまどかに謝らなきゃ、なんて既に諦めモードに入るあたし。
けれど、だからこそ突然転校生が。
「美樹さやか、好きな色……は?」なんて口を開くものだから。

さやか「へ?」

ほむら「……私、あなたのこと何も知らなかったから」

さやか「……」

そりゃそうだろう。
今まで碌に話したことも無いのだから。
でも、こうして話題を振ってきてくれたということは、確かにまどかの言う通り距離を縮めようとはしてくれているのだろうか。
14 : ◆qE9xJWndOc [sage]:2012/06/11(月) 22:52:55.63 ID:HcrsvSLY0
仲良くなる方法としての話題で女子中学生が好きな色を訊ねるというのはどうかと思うけれど。
きっと、転校生なりに必死で考えてくれたということはその声を聞いてすぐに伝わった。

さやか「好きな色ねえ?転校生は?」

ほむら「私は別にないけど」

さやか「……あたしは、青とかそんな感じかな。自分のイメージカラーっぽいし」

ほむら「そう」

さやか「うん」

……とは言っても。
結局話は繋がらないらしい。もしかして、転校生は会話することが苦手なのだろうか。
人付き合いが苦手そうにも見えるけど、ここまでとは思わなかった。

さやか「……まどかたち、早く来ればいいのにね」

それを言ってから、あたしはしまった、と思った。
今のではまるで「あんたと一緒にいたくない」とアピールしているように聞こえたかも知れない。
たとえそうは思わなくてもあまりいい気分にはならないだろう。

ほむら「……そうね」

そっと少し離れて隣に立つ転校生の横顔を伺う。
その表情は、長い髪に隠れて見えなかった。
15 : ◆qE9xJWndOc [sage]:2012/06/11(月) 22:53:39.19 ID:HcrsvSLY0
さやか「あー、うん」

大した様子の変化は見られない。
「私だってそう思ってるわ」なんて心の中で呟いているのだろうか。

チッ、チッ、チッ、チッ......
ゆっくりゆっくり。
時計台の針の音が聞こえるほど静かな朝。時間がのろのろと過ぎていく。

不意に、かさこそと目の前の緑が動いた。
生い茂る草むらから、猫の丸い瞳が覗く。

さやか「かわいっ!」

思わずそう叫んで駆け寄ろうとしたあたしより先に動いた奴がいた。
「エイミー!」
転校生。

さやか「この猫、知ってんの?」
16 : ◆qE9xJWndOc [sage]:2012/06/11(月) 22:54:25.97 ID:HcrsvSLY0
転校生が猫に構うなんて意外だ。
しかも「エイミー」なんて名前までつけて。これこそ猫可愛がりという奴だろう。

ほむら「……少しだけ」

さやか「あたしが触っても大丈夫かな?」

ほむら「わからないわ。でも、人なつっこいから」

さやか「へえ。猫好きなの?」

ほむら「……えぇ」

ぺろぺろと猫に手を舐めさせる転校生は、目を細めながら頷いた。
やっぱり、かなり意外だと思ってしまう。転校生には悪いけど。
この子はこんな可愛い動物も冷淡に殺せそうなイメージがあったから。

さやか「あたしも」

あまりに気持ち良さそうに猫が撫でられるものだから、あたしもそう言ってそっと手を伸ばしてみた。猫のふさふさな毛並みが指先に触れたとき、けれど慌てて手を引いた。
噛み付かれそうになってしまって。
17 : ◆qE9xJWndOc [sage]:2012/06/11(月) 22:55:17.65 ID:HcrsvSLY0
さやか「ひっ」

ほむら「大丈夫よ、本気で噛み付いたりしないわ」

さやか「いや……」

絶対本気だったって。
そう心の中で呟く。猫の鋭い瞳があたしをじっと捉えて離さなかった。

嫌われるようなことをした覚えはないんだけど。

……嫌われるようなこと。
ふと、転校生のほうに視線を向けた。未だに猫の頭を楽しそうに撫で続けるこの子を、あたしも確かに嫌っていた。この子があたしに何かしたわけでもないのに。最初の出会いが強烈だっただけで。
もしかして、転校生も今のあたしと同じような気持ちだったり――するのだろうか。
18 : ◆qE9xJWndOc [sage]:2012/06/11(月) 22:56:25.42 ID:HcrsvSLY0
だとしたら少し申し訳ないような、そんな気分になる。
朝日がそろそろ眩しかった。時計に光が反射して、目に刺さる。
あたしは立ち上がると小さく伸びをして、やっぱりまだ猫を撫で続ける転校生を見下ろした。

ほむら「……さっきから、なに?」

さやか「えっ?」

突然、転校生があたしを見上げて。
どうやらじろじろと見ていたことに気付かれてしまったらしい。
あたしは苦笑を浮かべ、慌てて首を振る。

さやか「……何でもない」

もしもこの子が魔法で今のあたしの心を読み取っていたとすれば――この子はあたしをどんな目で見ただろう。少なくとも、今のように穏やかな視線ではなかったはずだ。

さやか「……」

遠くの方でどこかの学校のチャイムが鳴り始める。
それと同時にまどかと仁美の姿が見えた。

ほっとする。
転校生も気付いたように腰を上げた。猫が再び繁みの中へと帰って行く。

まどか「おはよう、さやかちゃん、ほむらちゃん!二人とも早かったんだね」

ほむら「……えぇ」

さやか「あはは、まあね」

仁美「羨ましいですわ、早起きできて」

まどか「仁美ちゃん、朝苦手だもんねえ」

仁美「本当に……」

自然と一塊になって歩き出す。あたしの横には仁美。
ようやく、いつもの朝が戻ってきたような気がした。まどかと転校生が前に並んで歩いていること以外。
19 : ◆qE9xJWndOc [sage]:2012/06/11(月) 22:59:33.56 ID:HcrsvSLY0
ぼちぼち訂正しながら前スレ分貼っていきます
今日は時間がないのでこの辺りを区切りにする、次からはもっとまとめて貼って続き書こうと思う
それではー
20 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/06/11(月) 23:14:30.37 ID:/BJmiy2mo
あの嘘つき[ピーーー]よみたいなスレタイのやつ?
おかえり
21 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) [sage]:2012/06/11(月) 23:46:49.47 ID:jJA7uRfAO
スレタイは前も同じじゃなかったかな
今度は完結までがんばってくれ〜
22 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/06/11(月) 23:51:06.58 ID:LscI3fEIo
別のSSを想像してたすまん
でもここも前見てたから復帰は嬉しい
23 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/06/12(火) 17:20:56.11 ID:O4d7KdvI0
前スレ貼って続きから書けばいいんじゃないか
24 : ◆qE9xJWndOc [sage]:2012/06/12(火) 19:43:44.86 ID:KnNzZKVK0

さやか「……あー、疲れた」

あたしは自分の席に崩れ落ちるようにして着くと、机に突っ伏した。
朝っぱらから精神的に疲れた、それもかなりだ。
まどかが「さやかちゃん……」と言ってあたしの前の席に座った。どうやらまだあたしの席の前のクラスメイトは来てない様だった。

まどか「ほむらちゃんとは話せたの?」

さやか「んー、まあね」

まどか「……いい子だったでしょ?」

さやか「……うん、たぶん」

いい子だとは思う、確かに。
あたしが思っていたほど怖そうな奴でも冷酷そうな奴でもなかった。
けれど、それで仲良くなれるかどうかはどうにも別な気がする。

まどか「……やっぱり無理?」

さやか「……どうだろ」

ただ、昨日のように絶対に仲良くなれない、仲良くなんてなりたくないとは思えなかった。
仲良くなれるのなら、それはそれでありかな、なんて。
25 : ◆qE9xJWndOc [sage]:2012/06/12(火) 19:46:29.20 ID:KnNzZKVK0
さやか「それよりさ」

あたしはふと思い立って顔を上げた。
まどかの可愛い顔がすぐそこにあって思わず吃驚してしまう。まどかも同じらしく、薄く頬を染めて身を引いた。

まどか「あ、えっと、どうかした?」

さやか「あぁ、うん」

まったく、本当になんて可愛い奴なんだ。
ついあたしは笑ってしまう。こんなに可愛い子、中々いないぞと思いながら。

まどか「もう、笑わないでよう」

さやか「あー、はいはい。それで、さ。昨日からずっと思ってたんだけど、どうしてそんなにあたしと転校生を仲良くさせたいわけ?」

頬を膨らませるまどかが、突然真剣な顔をする。
けれど「うん」と頷き、それっきり何も言わない。

さやか「まどか?」

まどか「あ、あの……なんていうか、私にもよくわかんないの」

さやか「……何それ」

まどか「……うん。けど、どうしてかな。たまにほむらちゃんもさやかちゃんもお互いのこと、見てたりするでしょ?」

さやか「……あたしが、転校生を見てる?ていうか転校生があたしを?」

うん、とまどかが頷く。
確かにあたしは見ていた気もするけど……。ただし、それは変な意味ではなく、敵対の意味。
まどかに変なことをするなよ、というガン飛ばし。ただそれも最近では殆どしなくなってはいたけれど。
それよりも、転校生があたしを見ていることがありえない。あの転校生は見ている限りまどかばかり。寧ろまどかしか見えていないような感じなのに.
26 : ◆qE9xJWndOc [sage]:2012/06/12(火) 19:51:04.68 ID:KnNzZKVK0
さやか「……ないな」

まどか「そんなことないよ」

ふと転校生の後姿に目をやる。もしあの子があたしを見ていたとしても、それはまどかのほうじゃないのかな、と思う。
まどかが転校生の視線に気付くのもあたしと一緒に居るときのはずなのだから、まどかへの視線をあたしへの視線だと勘違いしているんじゃないだろうか。

というよりもそもそも第一に、だ。
どうして女の子同士が「気になってるみたい」とか「いつも見てるよ」みたいな会話しなくちゃいけないんだ。

別にあたしは、そっちの気があるわけじゃないんだし……。

ただ、そんなこと言われると変な意識をしてしまうだけ。
あたしだってそれなりに乙女なのだからどうにもそういう話題には敏感になってしまう。
だからこそ、まどかの口調や転校生の視線が別の種類のものに思えてしまったり。

今朝だって、転校生の前であんなふうに緊張してしまって。
思い出すとなぜだか恥ずかしくなってくる。
27 : ◆qE9xJWndOc [sage]:2012/06/12(火) 19:52:22.65 ID:KnNzZKVK0
だめだ、やっぱりあたしにはこんなこと考えるのは似合わない。
仲良くなるならないだって今はまだわからない。

あたしは転校生から目を逸らすと、ふっと息を吐いた。
まどかの心配そうな視線とかち合いそうになり、その視線からも逃れて。

さやか「とりあえず、さ」

言いかけたとき。
チャイムが鳴った。まどかが「また後でね」と自分の席へと戻っていく。
その代わりきっとまた男子に呼び出されていたんだろう、仁美が後ろの席に戻ってきて。

結局今日、前の席のクラスメイトは来なかった。
ぽっかり空いたそこから、転校生の姿がいつもよりもよく見えて何となくあたしは目のやり場に困ってしまった。
28 : ◆qE9xJWndOc [sage]:2012/06/12(火) 19:52:56.16 ID:KnNzZKVK0
―――――
 ―――――

ふと目を覚ますと放課後だった。
気が付かないうちに授業中、眠ってしまっていたらしかった。
朝、変に早く起きてしまったせいだろう。

周囲を見渡す。
教室には誰一人、いなかった。

さやか「誰か起こしてよ……」

自分で寝てしまったことは棚にあげそう呟くと、とりあえずあたしは立ち上がった。
椅子を引いた音がやけに大きく教室に響き、少し怖くなる。
窓の外からは運動部の大きな掛け声が聞こえるので逃げ出すほどではないけど。

けれど、まさか先生まで起こしてくれないなんてどうかしてる。
早乙女先生のことだからまた彼氏がどうとかであたしなんか眼中になかったのだろう。

まどかたちももう帰ったのかな。
教室を見渡し、机を確認。やっぱりまどかの席にも仁美の席にも鞄はなかった。
29 : ◆qE9xJWndOc [sage]:2012/06/12(火) 19:53:37.89 ID:KnNzZKVK0
さやか「まどかと仁美の奴ぅ……」

裏切り者、と暴れてやりたい。
携帯を開いてメールを確かめると、『ごめんなさい、先帰ります』と仁美からのものが一件。
まどかからはメールさえ来ていない。
仁美と一緒だろうから別に構わないけどさ。そう思いながら携帯をポケットにしまい、あたしは何も入っていない軽い鞄を持つと教室を出ようと後ろの扉へ。

丁度、開けようとしたときだった。

ガラッ

前の扉が勢いよく開いて。
あたしは思わずおかしな声を上げてしまった。

ほむら「……」

さやか「……あ、あれ?転校生?」
30 : ◆qE9xJWndOc [sage]:2012/06/12(火) 19:54:07.33 ID:KnNzZKVK0
転校生の視線が、あたしに注がれる。あたしがここにいることに対しては、何も疑問に感じていないようだった。
もしかして、転校生はあたしが起きるのを待っててくれた……?
そんなバカなことが一瞬頭の中に浮かび、あたしは慌てて頭を振ってその考えを追い払った。

ほむら「起きたの?」

さやか「あぁ、うん……」

「そう」
転校生はそう言って小さく頷いてみせると、教室に入ってきた。
無駄の無い動きで自分の机に近付くと、横にかけてあった鞄を取り上げ肩に提げる。
そのまま後ろの扉の前で固まったまま動かないあたしの前に来ると、何食わぬ顔で。

ほむら「じゃあ帰りましょう」
31 : ◆qE9xJWndOc [sage]:2012/06/12(火) 19:54:42.92 ID:KnNzZKVK0
一瞬、何を言われたのかわからなかった。
とりあえず「うん」と頭を縦に振った後。ギャグ漫画でもあるまいのにずざざざっと思い切り後ろに後ずさってしまった。

ほむら「なに?」

さやか「あ、いや……」

言葉に詰まっていると、転校生はそんなあたしを特に気にする様子もなく後ろのドアから廊下に出て行く。そのまま振り向きもせずに歩き出すので、あたしも慌てて追いかける。
数センチ後ろの距離まで追いつくと、あたしはふっと息を吐いて肩からずれた鞄を持ち直した。

さやか「……待ってたの?」

小さな声で、訊ねる。
聞こえてなくてもいいや、と思っていたから。それでも気になって、つい。
きっと転校生のことだから「いいえ」と答えるのだろうけど。
32 : ◆qE9xJWndOc [sage]:2012/06/12(火) 19:55:10.02 ID:KnNzZKVK0
ほむら「誰を?」

さやか「……あたしを」

ほむら「いいえ」

案の定、そうだった。
まあそりゃそうだよね、とあたしは自嘲気味な笑みを浮かべてみる。
まどかがおかしなことを言うから、正直言うと期待してしまっていた自分もいた。

けど、今日初めて一緒に登校したほどの遠い関係なのだから、期待するまでもなかったわけだ。

さやか「じゃあ先生に呼び出しとか?」

そう思うと、自然と力んでいた肩の力が抜けていった。
どうしても転校生の前だと力んでしまうらしかった、あたしは。今だって、力が抜けたとは言ってもやっぱりまだ少し、手汗がひどい。
33 : ◆qE9xJWndOc [sage]:2012/06/12(火) 19:55:57.49 ID:KnNzZKVK0
ほむら「そういうわけでもないけど」

さやか「ならなんで学校に残ってたの?」

ほむら「……」

そう訊ねると、突然転校生は黙り込んでしまった。
転校生があまり話さないことは知っていたけど、突然こんなふうに何も話さなくなることは珍しいと思う。

さやか「あ、別に答えなくてもいいんだけどさ」

もしかして、誰かに告白されてたりとか?
仁美みたいに。

それなら転校生のこの反応も納得がいく。
転校生の外見はそりゃあもうマイナス点なんてつけられないくらいなんだから、男女問わず人気があるんだろう。
34 : ◆qE9xJWndOc [sage]:2012/06/12(火) 20:00:19.42 ID:KnNzZKVK0
ほむら「……なら答えないわ」

さやか「りょーかい」

そうは答えつつも、「じゃあ答えない」なんてわざわざ言うこともないんだけどなと思ったり。
自分で自分がよくわからなくなってくる。仲良くなりたいと思っているのか、なりたくないと思ってるのか、転校生の嫌なところばかり粗探ししたり、かと思うといいところを見つけてはっとしていたり。
不安定だった、あたしの転校生に対する気持ちがどうにも。宙ぶらりんなのだ。地に足がついていない感じ。

さやか「そういえばまどかとかはどうして先に帰ったんだろ」

また静かになった廊下を盛り上げるために、あたしはそう尋ねた。
けれど吹奏楽部の練習音が聞こえるから無理して話題を作らなくても良かったのかも知れない。

ほむら「……」

……沈黙。
ここは何か答えてくれてもいいだろうに。そう思っていると、「知らないわ」
35 : ◆qE9xJWndOc [sage]:2012/06/12(火) 20:02:32.94 ID:KnNzZKVK0
ほむら「用事でもあったんじゃないのかしら」

さやか「朝は何にも言ってなかったけどな。明日なんか奢らせなきゃ」

ほむら「……まどかが悪いわけじゃないわ」

は?と思わず窓の外に向けていた目を転校生にやった。
相変わらずすっと伸びた後姿――ではなく、真直ぐな転校生の視線と交じり合う。
薄暗い廊下、あたしたちは立ち止まった。

さやか「……いや、まあそうだろうけどさ」

ほむら「だから……」

一体どうしてここまでムキになるのだろう、この子は。
「奢らせる」と言っただけなのに。冗談か本気かは置いといて。
それの何が悪いのかわからない。大体どうしてここでまどかを庇う発言なんてしたのか。
36 : ◆qE9xJWndOc [sage]:2012/06/12(火) 20:03:12.20 ID:KnNzZKVK0
『だから』
転校生はその後、何を言おうとしたのかわからない。
あたしが耐え切れずに視線を逸らすと、転校生はそれっきり、何も言わずにまたあたしに背中を向けて歩き出した。

さやか「……まあ、そりゃあまどかは悪くないよ、理由が何であれあたしが寝てたのが悪いんだし」

転校生の後姿に、なんとなくそう話しかける。
「えぇ」と転校生はさも当たり前のように頷いて。
そりゃ転校生があたしを庇うような発言をするとは思えないけど、もう少し「そんなことないわ」くらいは言って欲しい。

さやか「……」

そういえば、と思う。
あたしはいつも、この子の後姿ばかりを見ているような、そんな気がする。
きちんと真正面から向き合ったことは少なかったはずだ。
37 : ◆qE9xJWndOc [sage]:2012/06/12(火) 20:03:42.74 ID:KnNzZKVK0
だから今だってつい、視線を逸らしてしまった。
もしこの子ときちんと目を合わせたままだったら。少しは変わったんだろうか、転校生との関係も。

ほむら「美樹さやか」

突然、名前を呼ばれた。
「なに?」と返事。また驚いて変な声を発さなかったあたし自身を褒めてやりたい。

ほむら「……雨、降りそうだけど」

玄関口。扉越しに外を見ると、確かに空は真っ黒だった。ただ日が沈んだだけではなく、雨雲が空を覆っているのだろう。道理で廊下がやけに薄暗かったはずだ。普段はこの時間帯、あそこまで暗くはなかったから。

さやか「傘、持ってきた?」

ほむら「いいえ」

転校生が首を振る。
あたしも念のため鞄の底を探りながら、けれど溜息と共に「あたしも」
38 : ◆qE9xJWndOc [sage]:2012/06/12(火) 20:04:21.75 ID:KnNzZKVK0
とりあえず靴を履き替え、扉の外に出てみる。
活動していた運動部が、次々と校内へと戻ってくる。雨から逃れるためだろう。

さやか「まだあと少しは降らないと思うけど」

あたしは振り向くと、まだ靴を履き替えている転校生に言った。
あと何分持つかわからないけど、とりあえず今から急いで帰ればびしょ濡れにはならないかも知れない。どうする?と目で問いかけると、転校生はあたしの隣まで歩いてきた。

ほむら「ここで待っててもいつ止むかわからないんだから帰ったほうがいいんじゃない?」

さやか「あたしもそう思う」

転校生と同じ意見だったことに安堵。
もしここで待っていようなんて言われたらどうしようかと思ってしまっていた。
けれど、そうと決まれば早く帰らないと雨に降られてしまう。
39 : ◆qE9xJWndOc [sage]:2012/06/12(火) 20:04:54.69 ID:KnNzZKVK0
さやか「よし、走るか!」

ほむら「えっ?」

そういえば転校生の家がどこにあるのか、あたしは知らない。
そう思いだしたときにはもうあたしは走り出していて。
どこか遠くで、稲妻が光ったのが見えた。後ろから転校生の足音がついてくる。

さやか「ねえ!」

あたしは走りながら振り向くと、転校生に呼びかけた。
ほどなく追いついてきた転校生が「なに?」といつもより少し大きい声で訊ねてくる。
あまり走ってはいないのに、転校生の息はもう乱れている。

さやか「いや、転校生の家ってどこなのかなって。もし反対方向とかだったら悪いなって」
40 : ◆qE9xJWndOc [sage]:2012/06/12(火) 20:05:32.46 ID:KnNzZKVK0
後ろ向きで走ったまま、あたしは言う。
かく言うあたしも息が切れてきたわけで。

少しスピードを緩めると、ぽつぽつと少し雨粒が落ちてきた。
頬についたそれを拭う。

ほむら「心配要らないわ、近くはないけどあなたと一緒の方向だから」

さやか「あ、そうなの?」

あたしは頷くと、再びちゃんと走ろうと前を向き――
そういえば、どうして転校生はあたしの家の方向を知っているのだろう、と。
もう一度転校生のほうを振り向こうとしたときだった。何かに躓き、あたしは思い切り転んでしまった。幸い後ろ側からだったので、尻餅で済んだわけだけど。

さやか「……っ痛ぅ」

ほむら「……何してるのよ」

呆れ顔で転校生があたしに近付いてくる。それでも結構早足で。
相変わらず息切れしているところを見ると、案外体力はないらしかった。
41 : ◆qE9xJWndOc [sage]:2012/06/12(火) 20:06:17.91 ID:KnNzZKVK0
運動神経は良さそうだし魔法少女としてだって強いと聞いたことがあるのに。
けれどあまりの痛さにそんなことを言っている暇はなかった。
お尻を擦っていると、雨が段々と強くなってきた。

ほむら「……どうする?」

さやか「……今、かなり痛いんだよね」

平気そうな顔をしてはいるけど、どうにも歩ける気がしない。
なんともダサいこけかたをして痛みもダサいくらい鈍い痛み。

さやか「家、近いの?ここから」

ほむら「どうして?」

さやか「いや……近いなら先に帰ってもいいって言おうと思ったんだけど」

そう話しているうちにも雨はますますひどくなる。
ざあざあと。
通り雨なのかも知れない。けどそれでもここでじっとしたままだとずぶ濡れになってしまうだろう。
42 : ◆qE9xJWndOc [sage]:2012/06/12(火) 20:06:50.85 ID:KnNzZKVK0
ほむら「……」

さやか「転校生?」

とりあえず、せめて立ち上がろうとしたときだった。
転校生は「わかったわ」と言って今直ぐにでも走って帰りたそうな顔をしていたくせに。
手を、差し出される。

ほむら「……立てるの?」

さやか「……」

地面につきかけた手を、転校生の手へと伸ばす。
初めて触れた転校生の手は、雨に濡れているせいか酷く冷たかった。

さやか「……貸してもらう、あんたの手」
43 : ◆qE9xJWndOc [sage]:2012/06/12(火) 20:07:36.83 ID:KnNzZKVK0
転校生は何も言わずにあたしの手を掴むと、あたしの身体を引っ張りあげた。
思わず強い力だった。

ほむら「それより、どうするの?」

ありがと、そうお礼を言おうとすると。
あたしの声を遮るように転校生が言った。離した手でファサッと髪を後ろに流しながら。
何となくおかしな格好になってしまった手を元に戻しながら、あたしは苦笑する。

さやか「もう結構濡れちゃってるけど、走る?」

ほむら「今更走ったって遅いわよ、雨宿りできる場所を探した方が早いわ」

これならやっぱり学校で止むのを待っていたほうが良かったかな。
あたしはそう思いながらもとりあえず頷いた。まだ痛むお尻を出来るだけ気にしないようにしながら、雨の中、早足で歩き出す。
この辺りは公園くらいしかなかったはずだ。雨宿りできる場所といえば滑り台の下くらいかもしれない。けどこのままずぶ濡れになるよりはマシだろう。

ほむら「どこか場所、知ってる?」

さやか「狭いだろうけど」
44 : ◆qE9xJWndOc [sage]:2012/06/12(火) 20:08:06.28 ID:KnNzZKVK0
あたしは頷きながら少し先を指差した。
雨の中見え難い視界の先に狭い入口が見えた。

さやか「公園の滑り台の下」

ほむら「……そこしかないなら行ってみましょう」

転校生は一瞬迷うような表情をしてから、そう言って歩みの遅くなったあたしの先に立って歩き出した。

――――― ――

さやか「……はあ」

ほむら「……結局濡れちゃったわね」

さやか「ごめん……」

流石にこうなったのはあたしのせいだろう。
とりあえずそう謝罪の言葉。
公園に辿り着き、確かに滑り台の下、雨は凌げた。けれどちょっと動けばすぐに身体が外に出てしまい濡れてしまう。だから転校生と思い切り身体を密着させなければいけなかった。
45 : ◆qE9xJWndOc [sage]:2012/06/12(火) 20:08:33.74 ID:KnNzZKVK0
ほむら「……どちらにしても濡れたとは思うけど」

背中合わせの状態で。
少し腕を動かせば、転校生の腕にぶつかってしまう。あたしは身動ぎもせずに息を吐く。

ほむら「通り雨だろうから、すぐに止むわ」

さやか「だといいけど……」

そっと後ろを振り向くと、普段見慣れない転校生の横顔が見えて慌てて顔を逸らす。
どうやらまた、あたしは変な意識をしているらしかった。
こうやって転校生に触れるなんてこと、今までなかったのだから仕方無い。いくら女の子同士だとはいえ、雨の中このシチュエーションは意識せざるを得ないんじゃないかと思う。
46 : ◆qE9xJWndOc [sage]:2012/06/12(火) 20:09:24.96 ID:KnNzZKVK0
ほむら「……」

さやか「……」

また、沈黙。
けど今日一日で随分とこの沈黙にも慣れてしまった気がする。
今日はそれだけ転校生と一緒に居た時間が長いということなんだろう。実際、まどかや仁美といた記憶よりも転校生と一緒にいた記憶のほうが鮮明なようにも思う。

さやか「風邪、引かない?」

公園の前、一台の車が通っていった後、背後で転校生が小さく震えたのを感じてあたしは尋ねた。
もちろん前を向いたまま。後ろを向いて尋ねる勇気はなかった。

さやか「あたしはこういうので風邪引くような性質じゃないけどさ」

ほむら「……平気よ」
47 : ◆qE9xJWndOc [sage]:2012/06/12(火) 20:09:58.97 ID:KnNzZKVK0
少し間を置いて、転校生が答えた。
そんなこと言いながら、やっぱり転校生は震えていた。一応転校生の身体に触れてしまっているからそんな嘘を吐かれたって気付いてしまう。ただ、気付いてもあたしはどうすればいいかわからない。これがまどかや仁美や、恭介なら――たぶん、何も考えずに動いている。

さやか「寒くないの?」

ほむら「……えぇ」

さやか「今日帰ったらあったかくして寝なよ」

こんなことを言うくらいしか出来ない。
いつのまにかお尻の痛みはなくなっていた。その代わり、どうにも転校生に対していつもの“さやかちゃん節”を発動できないのが歯痒いというか、悔しいというか、そんなよくわからない気分になって胸の辺りがキリキリした。
48 : ◆qE9xJWndOc [sage]:2012/06/12(火) 20:10:28.88 ID:KnNzZKVK0
ほむら「言われなくてもそうするわ」

さやか「ほら、やっぱり寒いんじゃん」

ほむら「……そういうわけじゃない」

変なところで意固地。
思わず笑ってしまう。転校生が「なに?」と尋ねてくるけど答えない。
意外と子どもっぽいところもあるんだな、なんて。そんなこと思ったと言ったら今直ぐにでもこの雨の中放り出されてしまいそうだ。

さやか「……あ」

ほむら「……あ」

そんなことを考えながらふと空を見上げると。
声が、重なっていた。
まだぽつぽつと降ってはいるけれど、雨の強さはさっきよりもだいぶ弱くなっていた。

ほむら「……帰れるわね」

ほっとしたような転校生の声。
49 : ◆qE9xJWndOc [sage]:2012/06/12(火) 20:11:05.91 ID:KnNzZKVK0
「うん」とあたしも頷く。背中に感じていた温もりが、簡単に離れていってしまう。
振り向くと転校生は滑り台の外に出て、ほっと空を仰いでいた。
まだ少し残る雨粒も気にせずに。

さやか「よけいに風邪引くよ」

あたしもそう言いながら鞄を肩に掛けなおし濡れた滑り台の外に。
転校生が、「引かないわよ」とやっぱりそう言って。

本当に不思議な子。
そう思う。それでもやっぱり、あたしの中はまだ不安定なままだった。
いっそこのままほって帰りたい気もするし、まだもうちょっと一緒にいてみたいとも思っている。
白黒つけられない自分が嫌になってくる。

ただ今は。
あたしのせいのようなものなのだ、転校生までもびしょ濡れになってしまったのは。

さやか「送る」
50 : ◆qE9xJWndOc [sage]:2012/06/12(火) 20:11:42.23 ID:KnNzZKVK0
随分と冷たい言い方になってしまった。
転校生が不思議そうな表情をしてあたしを見た。

ほむら「送る?」

さやか「あんたん家まで送るよ。もう遅いしその辺りでぶっ倒れられても困るし」

ほむら「……あなたこそ魔女に襲われでもしたらどうするの?平気って言ったでしょ、もうここで別れましょう」

転校生は、どうやらあたしの提案が気に入らないようだった。
不思議そうな表情から、少し苛立ったような、そんな表情になって。

さやか「けどさ……あんたに借りがあるみたいで嫌だし」

あたしは転校生のほうを見ずにそう言って。
結局あたしはまだ一緒にいたい、のかも知れない。今更そんなことを思う。
とりあえず、どうしてもここで「また明日」は嫌だった。

ほむら「構わないわ。私だってあなたに借りがあるのは同じよ」
51 : ◆qE9xJWndOc [sage]:2012/06/12(火) 20:12:40.05 ID:KnNzZKVK0
あたしに借り?
尋ねる前に、だけど転校生はもうあたしに背を向けてしまっていた。
振り向いても見慣れた転校生の背中。

ほむら「それじゃあ、また」

さやか「あ、ちょっと……」

転校生が歩き出す。
随分と颯爽とした歩き方だった、まるで無理しているようにも見えて。
けれどあたしは追いかけなかった。もしかしたら家を知られたくないのかも知れない。

きっと、そうなんだろう。
自分に言い聞かせる。

あたしにブレーキをかけていたのは一緒にいたいと思う気持ちのまったく正反対の気持ちだった。
転校生の背中が見えなくなる。
随分と長い間、ぼーっとしていたのかも知れない。雨はいつのまにか完全に止んでしまっていた。

―――――
 ―――――
52 : ◆qE9xJWndOc [sage]:2012/06/12(火) 20:13:07.10 ID:KnNzZKVK0
次の日、いつもの待ち合わせ場所に転校生は来なかった。
まどかと仁美とあたし、今までの三人。けれど、転校生はたった一日いただけだったのに、何だか物足りないような気分になって。

教室に着いても転校生の姿はない。
やがて早乙女先生が教室に来て、「今日の欠席は中沢くんと暁美さんね」と出欠確認をして。

まどか「今日ほむらちゃん、休みだったね」

さやか「うん……」

何だか、随分と長いような短いような一日だった。
というより、殆ど何も頭に入っていないのかもしれない。ずっと転校生のことが気にかかって仕方がなかった。昨日のことが頭から離れなかったのだ。もしかして、本当にあの後倒れていたりしたのかも知れない、なんて思ってしまい。

まどか「仁美ちゃんも今日習い事だし……大人しく帰る?」

さやか「ん、そうだね」

とりあえず、帰って恭介の好きなCDでも聴いて気分転換でもしよう。そう思い、あたしは頷いた。
違うことを考えると自然に足は早くなってくる。
まどかが「急に早く歩かないでよー」と追いかけてくる。
53 : ◆qE9xJWndOc [sage]:2012/06/12(火) 20:13:40.37 ID:KnNzZKVK0
さやか「あー悪い悪い」

くるっと振り返る。
まどかが「もう……」と言いながらあたしに追いついてきて。

さやか「……あ、そういえばさ」

無意識に別の話題を探していたのかもしれない。
けれど、それと同じように無意識に昨日のことを思い出していて。

さやか「昨日、どうして先に帰ったの?」

まどか「あっ、ごめんね」

さやか「いや、いいけど……」

まどかはあたしに「ごめん」のポーズをとりながら、けれどすぐに不思議そうな顔をした。
「でもほむらちゃんと一緒に帰ったんじゃないの?」と。

さやか「え、そうだけど……」

まどかは転校生が昨日残っていたことを知っていたのだろうか。
昨日の雨のせいで溜まった水たまりの水が車にはねられあたしたちのところまで飛んでくる。
靴が知らず知らずのうちに泥だらけ。

まどか「私は昨日、ほむらちゃんに先に帰ってって言われたから」
54 : ◆qE9xJWndOc [sage]:2012/06/12(火) 20:14:34.97 ID:KnNzZKVK0
ぴちゃぴちゃ。
歩くたびに泥水がはね、汚れの上にさらに汚れが降り積もる。

まどか「さやかちゃんに話したいことがあるから、私たちは先に帰って欲しいって」

「待ってたの?」
そう尋ねたとき、転校生は確かに「いいえ」と首を振った。
けれど、そういえばどうして転校生はまだ学校に残っていた理由を言わなかったのだろう。
それにそもそも、あの転校生があたしに「じゃあ帰りましょう」と。
そこから既に、普段のあの子ならありえない。

さやか「……何よそれ」

もしも本当に、「先に帰って」なんてことをまどかに言っていたのだとすれば。
まどかをあそこまで庇う転校生の気持ちもわからないでもない。

まどか「……何も、話してないの?さやかちゃん、今日一日中ほむらちゃんのこと、気にしてたよね?何かあったの?まさか喧嘩でも……」
55 : ◆qE9xJWndOc [sage]:2012/06/12(火) 20:15:05.68 ID:KnNzZKVK0
さやか「……ううん、違う」

そうじゃない。
あたしは首を振る。そういえば、と今更思いだす。転校生は、確かに何かを言おうとしていた。それがいつ、どこでだったかは忘れてしまったけれど。確かに転校生は。

さやか「……あたし、何も聞いてないんだ」

まどか「え?」

さやか「転校生、何も言ってなかった」

もしもあの転校生があたしに何かを伝えようとしていたのなら。
昨日の雨の中、一緒に居てくれた転校生の温もりを思い出す。

やっぱり借りは、返さなきゃいけない。
56 : ◆qE9xJWndOc [sage]:2012/06/12(火) 20:15:43.53 ID:KnNzZKVK0
そう思うと、急にすっきりしたように感じた。
あぁ、そうだ。あたしはきっと、ただやっぱり何か借りを返したかっただけ。
転校生が気になっていたのはそのせいだ。

まどか「さやかちゃん……」

さやか「ねえ、まどか。転校生ん家って知ってる?」

転校生があたしなんかにどんな用があるのかなんてわからない。
ただ、けれどきっと大切なこと。それがどんなバカなことだったとしても、転校生にとっては。
それならあたしも借りた借りを返すためにそれを聞いてやるくらいはしてやらなくちゃ。

まどかは一瞬、「え?」と。
ほんの少しの間だけ、泣きそうな表情になったように思えたのは気のせいだろう、すぐにいつもの笑顔になって、「仲良くなれたのかな?良かった」

さやか「そういうわけじゃないけどさ……」

まどか「へへっ、ほむらちゃん家、こっちだよ、さやかちゃん」

仲良くなったとか、そういうわけじゃない、たぶん。けれどそれでも、だ。
まどかがあたしの手を握ってきた。いつもよりも強い力。
嬉しそうな横顔を見せながら、歩き出す。
あたしは慌ててまどかを追いかけた。

57 : ◆qE9xJWndOc [sage]:2012/06/12(火) 20:16:17.47 ID:KnNzZKVK0
まどか「じゃあさやかちゃん、頑張って」

さやか「へ?まどかは?」

慌てて振り向くと、もうまどかはあたしに背を向けて走り出していた。
まどかに着いて辿り着いた先、「暁美」と書かれたプレートのかけられている紛れもない転校生の家。
あたしはてっきりまどかも一緒に居てくれるのかと思っていたからしばらく呆然。

けれど。
よく考えてみれば、転校生の話はあたしだけじゃなければだめだったのかも知れない。
まどかが大好きらしい転校生が、そのまどかに「先に帰って」と言うほどなのだから。

そう思いなおし、あたしは大きく息を吸い込んだ。
ずっとこの前で何もせずに立っているわけにもいかない。気のせいか、あたしの指は小さく震えていた。しかしそれを意識すればさらに緊張してしまうのはわかっていたから、何も知らない振りをしてインターホンを押す。

ピンポーン
錆びれたチャイムの音がして。
58 : ◆qE9xJWndOc [sage]:2012/06/12(火) 20:16:48.79 ID:KnNzZKVK0
そろそろ暗くなってきたせいで、少し肌寒かった。
転校生の家の中からは、何も反応が無い。

さやか「……いないのかな」

もう一度だけ押して出なかったら帰ろう、そう思ってまたインターホンに指を伸ばしかけた時だった。「そう何度も押さないで、うるさいわ」と。
ドアが音もなく開き、転校生が顔を覗かせる。

さやか「……あ」

ほむら「……美樹さやか」

転校生は、当たり前だろうけどパジャマ姿。それが新鮮で、しかもその柄が意外にも可愛い感じのものだったからつい驚いてしまう。
59 : ◆qE9xJWndOc [sage]:2012/06/12(火) 21:21:32.96 ID:KnNzZKVK0
あたしの視線に気付いたのか、転校生が引っ掛けていたカーディガンを胸の前で隠すようにして寄せた。そんな女の子らしい仕草も珍しい。

ほむら「……どうして来たの」

さやか「お見舞い」

迷惑そうに問う転校生にそう言いながら、あたしは勝手に門を開けると中に入った。
「帰れ」と言われる前の予防線。

ほむら「いらないわ、そんなの」

さやか「でも、あんたが風邪引いたのって、少なくともあたしのせいでしょ?」

風邪なんて……転校生はそう言い掛けて、こほこほと咳き込んだ。
随分と弱っているらしかった。
身体を苦しそうに折り曲げてふらりと傾きかける転校生に、あたしは慌てて駆け寄る。
60 : ◆qE9xJWndOc [sage]:2012/06/12(火) 21:22:19.13 ID:KnNzZKVK0
ほむら「……離して」

さやか「一人で立てないくせに」

ほむら「立てるわよ……」

はいはい、と適当に返事をし、あたしは転校生の身体を支えてさも当然のように家の中に。
転校生の身体はひどく熱っぽかった。

さやか「熱、何度あるの?」

ほむら「……計ってないわ」

さやか「何やってんのよ」

溜息。転校生はもう、あたしに帰れと言う元気さえないようだった。
大人しくあたしに支えられている。
61 : ◆qE9xJWndOc [sage]:2012/06/12(火) 21:22:53.65 ID:KnNzZKVK0
さやか「とりあえず寝なよ」

ほむら「誰のせいで起き上がったと思ってるの……」

それはまあ、あたしのせいだろうけど。
重そうに足を引きずる転校生の姿が少し痛々しく感じる。
今日一日の暗い気分、それに「昨日何を言うつもりだったのか」
それを転校生にぶつけるつもりだった。けれど今はそれどころじゃない、ここまで弱っているとは思わなかった。

さやか「部屋、どこ?」

ほむら「……そこ」

転校生の綺麗な人差し指が、正面の扉を指す。
薄く開いたドアの隙間から、たった今まで転校生が寝ていたらしいベッドが見える。
62 : ◆qE9xJWndOc [sage]:2012/06/12(火) 21:23:25.72 ID:KnNzZKVK0
熱のせいで熱い転校生の息が手にかかる。転校生の部屋は随分と殺風景だった。
対照的なまどかの部屋を思い出す。暗い色で統一された、というよりは物自体が少ないのだ。
必要最低限のものしか置いていないらしい。ベッドと机と、棚と少しの荷物のようなものだけ。
女の子の部屋にしては珍しい感じだった。しかもパジャマの柄と部屋の景色がアンバランス。

ほむら「あまりじろじろ見ないでくれない?」

さやか「あぁ、ごめん」

あたしは慌てて謝ると、部屋の前で立ち止まっていた足を前に踏み出した。
転校生の身体をベッドに下ろすと、ほっと息を吐く。転校生も同じだった。お互い重い息を吐き出して。

さやか「……」

ほむら「……」

さやか「……大人しく寝てなよ」
63 : ◆qE9xJWndOc [sage]:2012/06/12(火) 21:23:53.53 ID:KnNzZKVK0
転校生の肩を押し、寝転ばせる。
大した力でもないのに簡単に転校生の身体は傾いた。
掛け布団をきちんとかけてやり、あたしは腕を捲くった。

ほむら「……そのつもりよ。けど……」

さやか「お母さんとかお父さんは?」

ほむら「いないわ……」

そうだろうな、とは思っていたけれど。
この部屋へ来る前から思っていたけど、この家は生活感に欠けていた。

今日一日中、転校生は一人この家で苦しんでいた。
そう思うとこの子の潤んだ瞳が別の潤みに見えてしまう。
お節介だとはわかっている。けれど、どうせお節介するようなつもりで来たのだから。

転校生の家族構成や、そんな踏み込んだことは尋ねない。
尋ねたって意味のないことだとわかっている。
とりあえず今のあたしがすべきなのは――

さやか「台所、借りるよ」
64 : ◆qE9xJWndOc [sage]:2012/06/12(火) 21:32:12.48 ID:KnNzZKVK0
ほむら「……何するつもりなの?」

さやか「何か食べなきゃ治るもんも治らないっての」

転校生のこの様子じゃ、朝も昼もまともに食べていないはずだった。
その証拠に、「おかゆとかでもいいからさ」と食べ物の名前を具体的に出すと、転校生のお腹は正直に鳴ってくれた。

ほむら「……っ」

さやか「あー、あとその間にちゃんと熱、計っとくこと!」

机の上にあった体温計を手に取ると、あたしは部屋を出て行く前に転校生に言いつける。
さっき計ってないなんて言っていたけど、それも嘘なのかもしれない。
きっと早く治したくて必死だったんだろうな、なんて思う。

体温計をひょいっと投げると、転校生は渋々ながら受取って頷いた。
――――― ――
65 : ◆qE9xJWndOc [sage]:2012/06/12(火) 21:33:05.78 ID:KnNzZKVK0
ごそごそと人の家の棚や冷蔵庫を探りながら、あたしは密かに溜息を吐いた。
ここ最近、ずっと溜息を吐いているような錯覚を覚える。実際、それだけ多く溜息を吐いているのだろうけど。

どうしてあたし、こんなことしてるんだろうなあ、と。
暗い台所。そんなことを考える。
つい数日前までは大嫌いだとか、もう近寄るなとかそんなふうに思っていた子の家にいて、しかもその子のために何か作ろうとしている。おかしな感じだった。

やっぱり仲良くなりたいのかなあ、あたし。

棚の中は、ほとんどインスタント食品ばかりで冷蔵庫にも冷凍食品ばかりが並んでいた。
これじゃあ身体が弱ってしまうのも無理はない。
けれど幸いにも、冷蔵庫に冷ご飯を見つけて取り出す。仕方無い、これで作るか。
これだけなら本当におかゆくらいしか作れないけど我慢してもらうしかない。

勝手に探って取り出した新品に近い鍋でぐつぐつと煮ながら、あたしはふと部屋の奥に目をやった。台所とリビングが繋がっているらしく、奥にはテーブルとソファーと、それから。

さやか「……魔女?」
66 : ◆qE9xJWndOc [sage]:2012/06/12(火) 21:35:37.10 ID:KnNzZKVK0
そこには、魔女の絵や、何語かわからないような文字で書かれた説明書きのようなものが大量に吊るされていた。つい気になって、近付いてしまう。

さやか「もしかしてこれ全部、転校生が戦った相手とか……?」

いや、まさか。
けれども、どれもはっきりと詳しく描かれていて。魔女博士にでもなるつもりか、と突っ込みたくなるくらいに。
もしこれを全部一人で倒していたのだとすれば――転校生の強さの理由も、わかる気がする。

さやか「……」

転校生の目的は一体なんなんだろう。
こんなにも、あんなにも、魔法少女に拘る理由。まどかに、拘る理由は。その目的は。

ぐっ、ぐっ、ぐっ……

さやか「!」

火を止めるのを忘れていた。
あたしは慌てて台所へ戻る。少し焦げてしまったかも知れない。
67 : ◆qE9xJWndOc [sage]:2012/06/12(火) 21:40:10.87 ID:KnNzZKVK0
―――――
 ―――――

ほむら「……!」

ガチャッ
ノックもせずに扉を開けると、転校生がびくっと肩を震わせてあたしに背中を向けたのが見えた。

さやか「……なにやってんのさ」

後ろ手でドアを閉め、転校生に近付く。
持っていた皿を机に置き、転校生の背後から手元を覗き込んだ。

ほむら「……」

さやか「……爆弾っ!?」

転校生はむっとしたように黙り込んでいる。
いつも魔女を倒すときに使っているこれが自家製だったことよりもまずあたしを驚かせたのは、熱がありしんどいくせにこんなものを作っていたこと。
呆れを通り越して怒りが涌いてくる。
68 : ◆qE9xJWndOc [sage]:2012/06/12(火) 21:41:00.47 ID:KnNzZKVK0
さやか「はい、没収」

ほむら「あ、ちょっと……!」

バカじゃないの。
そう言いたい気持ちを抑え、無理矢理転校生の手から爆弾を抜き取る。
まだ試作中だったのだろうか、色々な線やらなにやらが見えていた。

さやか「あんたは早く食べて寝てなさい」

ほむら「……もう平気よ」

また、そんなこと。
一瞬だけ触れた手はまだ熱かったのに。
あたしはおかゆの入ったお皿を代わりに転校生に持たせ、ベッドの下に落ちていた体温計を拾い上げた。
69 : ◆qE9xJWndOc [sage]:2012/06/12(火) 21:41:44.54 ID:KnNzZKVK0
さやか「39、8度……」

ほむら「……」

さやか「これのどこが平気なのよ」

ほむら「慣れてるわ」

そんな変なことに慣れたと言われても。
あたしは溜息を吐き、転校生のベッドの淵に腰を下ろした。

さやか「ほら、さっさと食べて。冷めちゃうから」

ほむら「……」

さやか「食べるまで帰らない」
70 : ◆qE9xJWndOc [sage]:2012/06/12(火) 21:42:10.57 ID:KnNzZKVK0
その言葉は転校生には効果抜群だったらしい。
転校生はさっき体温計を受取ったときと同じように渋々とスプーンを握っておかゆを口へ運んでいく。
それを眺めながら、とりあえず安堵する。
これでちゃんと眠れば明日には学校に出てこられるだろう。

さやか「今日は外にも出ないこと。とは言ってももう夜だけど」

ほむら「……」

さやか「返事は?」

もぐもぐと食べる振りをしながら、転校生はさりげなくあたしから顔を逸らした。
「……魔女が出たらわからないわ」と。
71 : ◆qE9xJWndOc [sage]:2012/06/12(火) 21:42:36.14 ID:KnNzZKVK0
さやか「あんたねえ……今日くらい休んだって誰も怒らないわよ」

ほむら「けど……」

さやか「この街にはマミさんもいるんだし。休むっていうこと、知らないわけ?」

知らず知らずのうちに、声が尖ってくる。
どうしてあたしは転校生相手にこんなにも熱くなっているんだろう。好きにさせればいいのに。

ほむら「……」

ぱくっ。
もう転校生は何も言わない。ただ俯いて、機械的にスプーンを口へ運び。
その姿はまるで、しょげているようにも拗ねているようにも見えた。
そんな姿をふと、意外だと思ってしまった。
72 : ◆qE9xJWndOc [sage]:2012/06/12(火) 21:43:06.29 ID:KnNzZKVK0
さやか「……風邪こじらせたって知らないから」

ほむら「……そこまで弱くないわ」

やっと、転校生の声。
あたしは「あっそ」と。何がこんなに苛立つのか、何がこんなに。

ほむら「……ご馳走様」

ことっと。
転校生の手が伸びて、お皿が机に置かれる。
言葉通り、お皿は空になっていた。

さやか「お粗末様」
73 : ◆qE9xJWndOc [sage]:2012/06/12(火) 21:43:38.85 ID:KnNzZKVK0
ほむら「……これでもう、帰ってくれる?」

さやか「作ってやったんだからそんな言い方するな」

ほむら「頼んだわけじゃ無いわ」

あぁ、と思う。
どうしてあたしがこんなに苛立ってしまうのか。
さっき見た、あの魔女の絵やまどかの写真がずっと、心のどこかで引っ掛かっているから――
尋ねられない自分への苛立ちとどうしてそんなことを気にするのよという思いと、そして転校生の態度があたしの苛立ちに火を注ぐ。

お節介なんて、するもんじゃなかった、なんて今更。
仲良くなりたいというのも、きっと何かの間違いな気がしてくる。

けれど、それでもまた咳き込み始めた転校生がこうなってしまったのはあたしのせい。
最初からするつもりのお節介だけでよかったのかも知れない。
あたしは部屋の端に置いてあった自分の鞄に手を掛けると、立ち上がった。

転校生があたしを見る。
74 : ◆qE9xJWndOc [sage]:2012/06/12(火) 21:44:05.80 ID:KnNzZKVK0
ほむら「帰るの?」

さやか「ご迷惑でしょうから」

どうしても嫌味っぽい言い方。
転校生が小さく顔を顰めた。

ほむら「……そう。なら早く」

さやか「けど、その前に」

ほむら「まだ何かあるの?」

転校生が警戒するようにあたしを見た。
あたしも負けじと転校生を見返す。

さやか「昨日」

ほむら「……昨日が、どうしたの?」

さやか「あんた、やっぱりあたしを待ってたんだよね。あたしに何か言いたくて」
75 : ◆qE9xJWndOc [sage]:2012/06/12(火) 21:44:38.97 ID:KnNzZKVK0
転校生ははっきりとわかるくらいあたしから目を逸らした。
肯定しているようなものだった。

さやか「……今日、それを聞きに来たの。なに?」

ほむら「……何でもないわ」

何でもないなんてこと、ないはずだ。
それに、結局何も聞かずに帰るだなんてここへ来た意味がない。
あたしはただこの子の世話をしにやってきたわけじゃないんだから。

さやか「そんなことないでしょ。なに?まどかにも言えないことなんでしょ?」

転校生は何も答えなかった。
あたしも、暫く黙り込む。時計すらないこの空間には、あたしと転校生が息をする音だけ。
静かだった、ただ不気味なほど静かな時間。けどいくら待っても転校生は何も言わない。あたしは痺れを切らし、口を開いた。

さやか「転校生――」



ほむら「美樹さやか。私と無理矢理にでも仲良くなって」


76 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/06/12(火) 21:47:35.76 ID:KnNzZKVK0
意外と前スレ分が多くて中々貼れない、今夜はここまで
>>23で前スレ貼ればいいとあったが、ちょこちょこ訂正いれてたりするから最初から貼りなおさせてほしいです
それでは
77 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/06/12(火) 21:59:51.90 ID:yeOOJpW10

期待してます
78 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(兵庫県) [sage]:2012/06/12(火) 22:35:40.41 ID:nUJ3FOIAo
面白いから今のまま続けて欲しい。
79 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage]:2012/06/13(水) 00:43:34.09 ID:6J+PTwbMo

前スレ読んでなかったし、この投下は嬉しい
この雰囲気すごく良い。続きも楽しみにしてる
80 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/06/13(水) 02:41:31.52 ID:gSML9vdDO
復ッッッ活ッッッ

久々にSS速報来てみたら驚きだ
おつ!
81 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/06/13(水) 17:19:43.08 ID:h6qO0IdF0
転校生の声が、あたしの声に被って。
はっきりした口調だった。今までその言葉を言うことを躊躇っていたようにはとても思えない。
いつのまにか真直ぐな視線があたしを射ていた。

そのせいなのかも知れない。
こんなにも転校生の言葉が、心の奥底に刺さったように痛いと思ったのは。

さやか「……なんの冗談よ」

あたしは笑った。
けれど引き攣った笑い。

ほむら「冗談じゃないわ」

さやか「……そんなの本気で言ってるわけ?」

ほむら「えぇ。本気よ。私は昨日、ずっとこれを言うつもりだった」
82 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/06/13(水) 17:21:38.95 ID:h6qO0IdF0
「あなたに」と。
転校生の視線があたしを捉えて離さない。さっきまでの弱気な態度とはまったく違っていた。
それがまた――あたしに怒りを覚えさせる。

さやか「あたしがあんたと無理矢理にでも仲良くなる?」

ほむら「そうよ。そうでもしなきゃ私とあなたは近付けない。違う?」

いちいち勘に触る言い方だと思う。
あたしは視線を逸らすことはせずに、転校生を睨めつけた。

さやか「あぁ、そうだよね、あんたとあたし、仲良くなれるわけないもんね?」

もし転校生が今の言葉を本気で言っていたのだとすれば。
あたしはたぶん、やっぱり転校生と仲良くなんてなれないしするつもりもない。
「無理矢理にでも仲良くなって」「そうでもしなきゃ私とあなたは近付けない」?
バカにすんな、とそう言ってやりたい。吐き気がしてくる。
83 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/06/13(水) 17:25:09.89 ID:h6qO0IdF0
ほむら「……えぇ。昨日、確かに私はそう確信した。だから言わなかったの、今のこと」

さやか「じゃあわざわざ追いかけてきて、転校生はそりゃあさぞ嫌だったでしょーね?」

ほむら「……そうね。邪魔だったわ、鬱陶しいくらい」

転校生の視線が、ようやく離れた。
もう転校生は、あたしのことすら見ていない。

頭の中がぐちゃぐちゃになってしまうくらいに、あたしは腹が立っていた。
立っていたんだと……思う。
泣きそうになるくらいに、腹が立っていた。悲しいとか、そんなわけじゃない。
たぶん、悔しいんだ。悔しくて悔しくて仕方無い。

「無理矢理にでも仲良くなって」なんて、そんな言い方――
84 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/06/13(水) 17:26:04.14 ID:h6qO0IdF0
まるであたしの気持ちも何もかも、踏みにじられたような気分だった。
だって、そんなふうに言われてしまったらあたしはあんたと……。
そう、決まっているようなものなのに。

何よりも、少しは近付けたと思っていた。
そんなあたしは一体どうなるんだ。仲良くできるかななんて思っていた自分は。
あたしは。

さやか「……バカみたい」

あたしって、ほんとバカ。
ぐっと鞄を握り締め、あたしは転校生に背を向けた。
転校生は何も言わなかった。歩き出しても、乱暴にドアを開けても、外に出ても何も。
転校生の声は聞こえてこなかった。

さっきまで見えていた夕焼けなんて、どこかへ行ってしまったらしい。
外はもう空が真っ暗で、また今にでも雨が降りそうだった。

85 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/06/13(水) 17:27:10.08 ID:h6qO0IdF0
side:ほむら

バタンッ
手荒く閉まる扉の音。

頭がズキズキと痛かった。
捨てたはずのあの子への良心なんて、痛くなんて無い。胸の奥のこの感覚は、きっとまどかへの想い。彼女への罪悪感や、そんなものなんかじゃ決して、ないはずだった。

ほむら「……」

また咳き込んでしまう。
部屋のドアが開けっ放しだった。玄関のドアだけでも閉めていったことは感謝する。
私はふらふら立ち上がると、壁伝いにドアまで辿り着き、弱弱しい力で扉を閉めた。
そのまま、閉めた扉を背にし、私はずるずると座り込んだ。

苦しかった。

美樹さやかの最後に見せた表情が、頭から離れない。
86 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/06/13(水) 17:28:44.87 ID:h6qO0IdF0
いつかも見たことのある顔だった。
それがどんなときだったのか、私ははっきりと覚えている。
彼女を――傷付けてしまった日。もう、いつの時間のことなのかなんてことは忘れてしまったけれど。

『美樹さやか。私と無理矢理にでも仲良くなって』
あんなことを言えば、美樹さやかが怒り出すことはわかっていた。
けれど、あんなふうに傷付けるつもりなんて、なかった。それだけは本当で。

どうしてあんな顔をしたのか。

そこまで考えて。
私は結局、美樹さやかへの気持ちも何もかも、捨てきれていなかったことに気付いた。
それでも、だからこそ私は言わなきゃいけなかった。
私のためにも、美樹さやかのためにも、誰よりも――まどかのために。あの子を、守るために。
87 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/06/13(水) 17:29:13.91 ID:h6qO0IdF0






『ねえ、ほむらちゃん。あのね、相談があるんだけど。相談っていうかお願いなのかな』

『その……良かったらね、さやかちゃんと仲良くしてあげて欲しいの!私、ほむらちゃんもさやかちゃんもどっちも大好きだから。二人が嫌い合ってるの見るのなんて、嫌だよ』






88 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/06/13(水) 17:30:22.24 ID:h6qO0IdF0












『今日帰ったらあったかくして寝なよ』
『あんたねえ……今日くらい休んだって誰も怒らないわよ』
89 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/06/13(水) 17:32:12.08 ID:h6qO0IdF0
まどかが笑顔になってくれるのが嬉しかった。
私と一緒にいても、時々見せる暗い影。それよりも、たとえ私に向けられている笑顔じゃないとわかっていてもまどかの笑顔を見られることが。

だから私は美樹さやかに言うつもりだった。
ほんとはもっと、違う言葉。たぶん、嫉妬に近い、憎悪の言葉。
今の私もあの子も、きっと傷付けあうような言葉を交わすことで繋がっていられる気がしていた。
まどかを笑顔にさせるために――私は美樹さやかを利用しようとした。

なのに。

昨日のこと。
私はこのままじゃ、また以前のように彼女を犠牲にすることが出来なくなってしまいそうで。
もう、彼女は捨てたのだ、とっくの昔に。諦めてしまったのだ、彼女の命を。
だというのに――

私はまた……違う、きっともうずっと、彼女を――美樹さやかを嫌いになれなくなっていた。
90 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/06/13(水) 17:33:02.34 ID:h6qO0IdF0
それならいっそ、嫌われればいい。
私は思った。嫌いになれないのなら、向こうが私を嫌うように。

昨日の私、今日の私、今の私。
もう自分でも、どれが本物なのかわからなくなってくる。

『美樹さやか。私と無理矢理にでも仲良くなって』
昨日言えなかった声が鋭い刃物のような言葉になって私の口から飛び出した。
彼女が怒っても仕方ないと思った。それで嫌われればいいと思った。
ただ、傷付くとは思わなかった。

私は一体、何を間違えてしまったというのだろうか。
もう何も、わからなかった。

頭が重い。
身体も、何もかも重い。
91 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/06/13(水) 17:33:34.53 ID:h6qO0IdF0
ただ、わかっているとすれば――

きっと私は、少しだけ。
後悔していた。
美樹さやかにあんなことを言ってしまったこと。

「ありがとう」も「ごめんなさい」も言えずに。
せめて、お礼だけでも言えばよかった。

ほむら「……まどか」

たった一人の、愛しいあの子の名前を呼ぶ。
それでも今日は、私の心は満たされなかった。

ああ、けど。
きっとこれは熱のせい。
明日になれば、この熱が下がってしまえばきっと、こんな気持ちも――

いつもの冷たい“転校生”に戻らなきゃ。
92 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/06/13(水) 17:35:56.76 ID:h6qO0IdF0

まどか「……あのさ、さやかちゃん」

控えめなまどかの声がして、あたしは立ち止まる。
振り向くと少し後ろで歩いていたまどかがあたしを心配げに見ていた。
そんなまどかの様子にあたしは自嘲気味な苦笑を浮かべる。

さやか「あー、ごめんごめん」

まどか「ほむらちゃん、今日は来るかな」

そんなあたしに、まどかにしては珍しく、強い声で言った。鎌をかけたつもりなのかもしれない。
あたしは出来るだけ表情を変えないように気をつけて、「さあ」と首を傾げる。
昨日の間ずっと降っていた雨はようやく止んでいて、水たまりに朝日が反射して眩しかった。

昨日、結局転校生は学校に来なかった。
93 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/06/13(水) 17:44:45.07 ID:h6qO0IdF0
ほっとしたような、落胆したような、それとも別の思いがあたしの中を駆け巡ったのを思い出す。
もし今日もまた転校生が来なかったら。
あたしはまた、同じような気分になるのだろうか。

あの日の夜からあたしはずっと、眠れないほどに転校生のことが頭から離れなかった。
嫌いだった、それは確か。嫌いだったし、今でも嫌い。あんなふうに言ってくる転校生が。
それでもやっぱり気にはなってしまうのだ、よけいに。
決して好きとかそういうわけじゃない、きっと転校生の弱い一面を垣間見てしまったから。

恐い。
いつのまにか、そう感じていた気持ちは消えていた。代わりにもっと嫌いという気持ちが増えてきたけれど、それに比例するように「あ、人間なんだな、この子も」なんて。
そんなことを思うようになって、あたしはたぶん、転校生が気になるんだろうと思う。
94 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/06/13(水) 17:45:30.79 ID:h6qO0IdF0
いっそ、もっともっと嫌いになる要素を探すのだっていいかもしれない。
それで思い切り、「あんたなんかと仲良くできるわけないでしょ」と言ってやる。
そうしたらすごくすっきりするだろうな、と思う。

もしそんなことが出来たら。

まどか「……仲直り、できなかったの?」

さやか「仲直りとか、もともとそういうんじゃないし」

まどか「喧嘩じゃなかったとしても……でも、ほむらちゃんとちゃんと話せなかったでしょ?」

いつになく、まどかはあたしに食って掛った。
あたしは返事をせずに歩き出す。まどかも迷うように間を置き、それからあたしを追いかけてくる。
95 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/06/13(水) 17:46:31.91 ID:h6qO0IdF0
あたしは少し歩く速度を落とし、まどかが隣に並ぶのを待って言った。

さやか「話したよ」

まどか「……え?」

さやか「転校生とさ、話した」

話して、それで結局だめだった。
まどかの言っていたことは叶えられそうに無い。無理矢理仲良くなるとか、そんなこと言う奴なんてあたしは大嫌いだ。それでちゃんと仲良くなるなんて無理に決まってる。
大嫌いだし、そうは思うけど……。

また同じような考えがあたしの頭の中を駆け巡る。
嫌になってくる、いっそすぱっと転校生のことを意識から切れればいいのに。
96 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/06/13(水) 17:47:18.34 ID:h6qO0IdF0
さやか「けどあの子さ、やっぱあたし、無理かなって」

まどか「……そっか」

さやか「そ。だからごめんね。ただ絶対あんたの前じゃ悪いようには言わないから」

「そんなつもりでああやって言ったわけじゃないよ」と。
まどかの小さな声が聞こえた。
あたしは聞こえない振り。まどかの思いが違ったにしろ、仲良く出来ないことには代わりないのだから。

並んで同じ速度を歩いているのに、重なる足音が聞こえない。
まどかとあたし、別の速度で、別の場所で歩いているような気分だった。
97 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/06/13(水) 17:48:08.09 ID:h6qO0IdF0
あたしたちの間に、沈黙が下りる。
今日は仁美は遅刻するといなかった。けれど、二人だけだとしても、あたしたち二人ともが黙り込むなんてこと、今まであまりなかったからどうしても居心地が悪くなる。

さやか「……」

まどか「……」

つい最近も、同じような経験をした。
あぁ、そうだ、転校生――
こんなときにも、また転校生との事を思い出す。嫌いなはずなのに、思い出してしまう。考えてしまう。

どうにかして、あの子とまた話せないか、なんて。
どんなことでもいいから、話したかった。話したいというより、たぶん訊ねたいんだろうと思う。
どうしてあんなことを言ったのか、どうしてあたしとあんたは仲良くなれないんだろうと。
98 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/06/13(水) 17:48:39.35 ID:h6qO0IdF0
まどか「……さやかちゃん、私ね」

不意に、まどかが口を開いた。
あたしはけれど、視線をまどかに向けることが出来なかった。
まどかもあたしの視線を辿って気付いたのか、「……ほむらちゃん」と。

ほむら「……」

何一つおかしいところなんてない。
いつもどおりの隠した表情に、綺麗な黒髪を風になびかせて。
転校生が、背筋を真直ぐ伸ばし、あたしとまどかのまえに立っていた。

まどか「……おはよう」

搾り出したような、まどかの声。
転校生が小さく身体を震わせ、それから同じように小さな声で「おはよう」と返す。
それだけのことなのに、あたしはひどく嫌な気分になった。
99 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/06/13(水) 17:49:30.23 ID:h6qO0IdF0
さやか「……ごめん、あたし保健室行ってくるわ、頭痛くて、昨日から」

それは本当だった。
自分は何もしてないのに、転校生の前から逃げ出したくなったことも本当。
どちらかといえば、後者のほうが大きいのかも知れない。とりあえず、あたしは転校生の姿を見たくなかった。

今まで気になっていたくせに、こうして顔を合わせてみれば何も言えないのだ。
まどかがいるからなのかも知れない、それともただ単にあたしが恐いだけなのか。
いつもの恐怖とはまた別の恐怖が、あたしを襲っていた。

バカだ、本当に。
これ以上何か言われることが恐い。嫌われることが恐い。自分はもう充分、この子のことが嫌いなはずなのに。あたしがこの子に嫌われることが恐かった。

まどか「大丈夫?着いていこうか?」

さやか「ううん、大丈夫。まどかは早乙女先生に言っといて、一時間目は保健室で寝とくって」

まどか「……うん」

心配そうにまどかが頷いた。
その間、転校生は何も言わなかった。けれど、あたしからわざとらしいほどに視線を外しているのはよくわかった。その態度が気に食わない。
100 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/06/13(水) 17:51:37.13 ID:h6qO0IdF0
さやか「じゃ、宜しくね」

あたしもわざと明るい声でそう言ってやる。
転校生には何も声をかけない。もちろん、転校生も何も言わない。
その間にいるまどかが、ただおろおろとあたしたちを見ているだけで。

あたしはまどかに小さく手を振ると、転校生の隣を通り過ぎた。
僅かに、転校生の身体にあたしの身体がぶつかって。
その瞬間、「ごめんなさい」と聞こえたのはきっと気のせいだ。
101 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/06/13(水) 17:53:41.57 ID:h6qO0IdF0


がやがやと声が聞こえる。
どうやら一時間目は終わってしまったらしい。眠っていた身体が重かった。
もともと寝起きのいいほうではないけれど、この重さは異常。
頭痛もさっき保健室に来たときよりもひどくなっていた。風邪が移ってしまったのかも知れない。

さやか「……はあ」

思い切り、息を吐く。
手にかかった自分の息が転校生のときのように熱かった。
こりゃまずいな、と思う。丁度その時保健室の先生が入ってきて、「調子はどう?」

さやか「……まだよくないかも」

出来るだけ悪く見せないようにあたしは言う。
先生が「うーん」と唸って額に手を当てた。「ちょっと熱あるわね」と手を離し、「どうする?」と訊ねてくる。

さやか「もうちょっと寝とく」

どうしても早退はしたくなかった。
しかし、朝からどうも少し調子がおかしいと思っていたらこのせいだったのか。
先生が、「あと一時間寝てだめそうだったら早退ね」と出て行った。

あたしはほっと再びベッドに寝転んだ。
しんどいのに、眠くはなかった。眠れない。
102 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/06/13(水) 17:56:29.77 ID:h6qO0IdF0
やがて二時間目のチャイムが鳴り、廊下もまた静かになる。
先生が「ちょっと出かけてくるから寝てて」と保健室を出て行った。

時間の流れが遅かった。
ちくたくちくたく。
いつかの朝の風景と重なってしまう。

と、突然。
ガラッとドアが開く音がした。誰かが保健室を利用しに来たらしかった。
先生がいなくても誰かは保健室へ入ってくると、椅子に座る音がした。ギシッと学校椅子特有の軋む音。
常連か、それともただのサボりか。あたしは重い身体を起こすと、カーテンの隙間から外を覗いた。

さやか「……」

目が合う。
慌てて逸らした。
103 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/06/13(水) 17:58:34.83 ID:h6qO0IdF0
けれどそれじゃまずい。
あたしは気付かれないよう深呼吸すると、「先生いないよ」と。
すると、「わかってるわ」と当たり前の答えが返って来た。

さやか「……風邪、治ってなかったの?」

ほむら「あなたには関係ない」

たぶん、あたしもそうなんだろうけど転校生の顔色は思わしくなかった。
完璧には治りきっていなかったらしい。
転校生が顔を逸らし言ったのを、あたしも「そーだよね」と思い切り顔を逸らして言ってやった。

どうしてこんなときに、誰もいないのよ。
しかもこういうときに限って嫌いな奴がやってくる。お約束じゃないんだから。

思い切りそう言ってやりたい気分。

ほむら「……それよりあなたこそ、もう休んだんじゃないの?」
104 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/06/13(水) 17:59:52.08 ID:h6qO0IdF0
珍しく、転校生が話を振ってきた。
丁寧に「あたしはあと一時間」と答えようとして、何となくそうするのが癪で「あんたには関係ない」そう言ってみる。

さやか「悪かったわね、まだあたしがいて」

保健室の利用は基本一時間と決まっているのだ。
だから転校生もあたしが教室に戻ると思ってここへ来たのだろう。とは言いつつも、二時間目が始まってからなのだけど。

ほむら「……」

あたしの皮肉に、転校生は何も言わなかった。
また具合でも悪くなってきたのだろうか、そんな心配さえしてしまうほど。
けれど転校生はただあたしをじっと見た後。

ほむら「……私がいたら眠れない?」
105 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/06/13(水) 18:04:47.33 ID:h6qO0IdF0
さやか「……いや、別にそういうわけじゃ」

転校生の言葉が意外で、あたしはなんと答えるべきか分からずに曖昧な答え方になってしまった。
すると、転校生は立ち上がりベッドに近付いてきていつかあたしがしたように肩を押し、あたしを寝転ばせた。不意をつかれたせいで、身体は抵抗する暇もなかった。

さやか「……ちょ」

ほむら「言ってたでしょ、あなた。風邪を引いたときは眠るのが一番だって」

そんなこと、言ったっけ。
転校生の手が、あたしの額に触れる。つい、声を漏らしてしまう。

さやか「転校生――」

けど、転校生の手は冷たくて心地よかった。
振り払うことなんて、出来ない。

ほむら「……私よね、あなたに風邪を移してしまったのは」

さやか「……わかんない、そんなの」
106 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/06/13(水) 18:07:06.75 ID:h6qO0IdF0
いつもよりも転校生の声が温かくて、いつもよりも冷たい転校生の手が気持ちよくて、あたしはうとうとしだす。
あたしの声まで、丸みを帯びてきたように聞こえる。

さっきまでの恐怖だったり苛立ちだったり嫌いとかそういう感情は、ぼーっと霞む頭が遠ざけていた。
もしかしたらあの時熱のあった転校生がいつもと違う反応を見せたのはあたしと同じような風だったからなのかも知れない。

だとすれば、勝手に勘違いして勝手に怒って勝手に嫌うあたしのことを、この子だって嫌うのは当たり前。仕方の無いことじゃない。

うとうと、うとうと。
目蓋が、閉じかかる。

今なら自分に、転校生に、素直になれる気がして。
あたしは離れかかった転校生の手を掴んだ。
107 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/06/13(水) 18:08:26.52 ID:h6qO0IdF0
ほむら「……美樹さやか?」

さやか「ねえ、転校生」

あの言葉が本気だったとしたら、あたしはどうすればいい?
転校生の手を、力任せに掴んだまま。

さやか「……どうしてあの時、あんたはあんなふうに言ったの?」

ほむら「……」

転校生の瞳が、小さく揺らいだ。
あぁ、けどだめだ。眠くて眠くて仕方が無い。転校生の手には何か、誰かをいとも簡単に眠らせる魔法でもあるのだろうか。実際この子は魔法少女なのだからありえるかもしれない。そんなことを考える。

さやか「だってあんなの……あんただって好きじゃないでしょ?もしあれが本気なら、あんたはどうしてそこまでしちゃうの?」

どうしてあたしとあんたは仲良くなれないなんて。
どうしてあんたはあたしを突き放すの?

転校生の瞳が、さらに揺らぐ。
あたしは目を閉じた。もう、眠気が我慢できなかった。
108 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/06/13(水) 18:09:44.62 ID:h6qO0IdF0












「――――――まどかが、好きだから」









109 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/06/13(水) 18:10:58.23 ID:h6qO0IdF0

キーンコーンカーンコーン
チャイムの音が頭にガンガン響いてあたしは目を覚ました。そっと起き上がってみるけど、頭の痛みは止まらないし熱だって下がっていないようだった。

そっと辺りを見回す。
もちろん、転校生の姿はなかった。だから一瞬、夢だったのかと思った。
さっき聞いたことも見たことも、全部。

けれど、ぼそぼそとした話し声が聞こえて、その声が転校生のものだということに気付く。
クリーム色のカーテンからそっと覗くと、転校生のしんどそうな後姿と戻ってきた保健室の先生の心配そうな表情。

開けるときにしたシャッという音に気付き、先生があたしを見た。
「起きた?」と近付いてくる。転校生は一切こちらに顔を向けようとはしなかった。
110 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/06/13(水) 18:13:47.01 ID:h6qO0IdF0
先生「どう?やっぱり無理そう?」

さやか「……んーっと」

あたしは先生から顔を逸らすと、けれど無理矢理渡されてしまった体温計を脇に挟んだ。
このまま授業に出ても倒れるのがオチだというのは経験上わかっていたから大人しく帰ったほうがいいのかも知れない。

すぐにピピピッと音がして体温計があたしの体温を示す。
先生がそれを見て、「やっぱり帰りましょうか」とあたしの肩に手を置いた。
あたしは渋々頷く。それを見て、先生が転校生のほうに顔を向ける。

先生「暁美さんと美樹さん、同じクラスだったわね?二人ともこの時間、保護者の方がいないって聞いてるから二人一緒に帰ってくれない?」
111 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/06/13(水) 18:14:59.76 ID:h6qO0IdF0
――――― ――

さやか「……」

ほむら「……」

この時間、体育だったのか教室には誰もいなかった。
先生に教室に戻って鞄を取って帰りなさいと言われて保健室を出された。転校生と二人で。
何でも、保護者の迎えか教師が送らなければ早退はさせられないらしいが、手の空いていない保健室の先生が二人同時に帰せばいいという無茶苦茶な理由で無理矢理一緒に行動させられていた。
一人で帰らせるのは危険だけど二人いれば安心だなんて、どっちも病人なのに安心も何もないんじゃないかと思ってしまう。
112 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/06/13(水) 18:16:57.25 ID:h6qO0IdF0
さやか「転校生、鞄、持った?」

ほむら「……えぇ」

ちらっと転校生に目をやると、転校生はこくりと頷いた。
表情こそ辛そうに見えるけれど、顔色もあの風邪の日よりは充分マシだった。
それでもたまに咳き込んでいる様子を見れば、やはり完璧には治っていないらしい。

二人揃って教室を出る。
授業中の、誰もいない静かな廊下が新鮮だった。時々通り過ぎる教室から聞こえてくる声も何もかも。ふと窓の外を見ると、まどかたちがリレーの練習をしているところが見えた。

まどか……。

『――――――まどかが、好きだから』
113 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/06/13(水) 18:18:50.89 ID:h6qO0IdF0
朦朧とした頭で聞いていた、転校生の言葉。
夢と現実との区別がつかなかったあの時、けれど確かにあたしはそう聞こえた。
転校生の声も表情も、何もかも真剣だった。もっとも、転校生が冗談であんなことを言えるような奴じゃないとは思うけど。

さやか「……」

隣を歩いていた転校生の手に、あたしの手が触れる。あたしは慌てて手を避ける。
夢じゃなかった、あの時のこと。
手の感触だって、はっきり覚えてしまっているのだから。

ほむら「……」

転校生の小さな息遣いが聞こえてくる。
あれは――あの言葉は、一体どういう意味なんだろう。どういう意味の『好き』で、その『好き』でどうしてあたしと無理して仲良くなろうとするの?
114 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/06/13(水) 18:19:22.27 ID:h6qO0IdF0
黙り込んだまま、校舎を出る。
校門を抜けて、いつもの通学路。時間が時間だから人通りが少ない。

身体が重いせいか、歩くスピードが遅くいつのまにか転校生の後ろを歩いている。
このまま距離が開くかと思った。けれど、転校生が意外にも立ち止まってあたしを待つ。

ほむら「……」

さやか「……いいよ、先に帰っても」

追いついて、そう言ってみる。
あぁ、でもこう言ったらまた転校生が風邪引いちゃうフラグかも、なんて考えて。

ほむら「だめ」

さやか「だめって……」
115 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/06/13(水) 18:29:25.11 ID:h6qO0IdF0
ほむら「先生に言われたでしょ、一緒に帰りなさいって」

確かに転校生は真面目な子だろうとは思うけど、そんな言いつけまでいちいち守るような子には思えない。あたしと一緒にいたくないのならすぐにでも先に帰って行きそうなのに。
それとも気にしていたりするのだろうか、転校生も。

さやか「あたし、今日歩くの遅いよ」

ほむら「そうでしょうね」

さやか「ていうかあんたはどうして早退したのよ」

ほむら「しんどいから」

さらりとした表情。
あたしは苦笑すると「あぁ、そう」と言って再び歩き出す。ゆっくりな歩調でも、転校生は着いて来る。

さやか「……」

聞きたいことがあった。沢山というほどでもないけど。
だけど、あるはずなのになんて聞けばいいのかわからずあたしを黙らせる。
116 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/06/13(水) 18:48:30.46 ID:h6qO0IdF0
ほむら「美樹さやか」

暫く歩いたときだった。
遠くの方で、交差点が見える。ちょうど信号が青になったばかりの。

さやか「信号……」

ほむら「少し、休まない?」

えっ、という間もなかった。
転校生があたしの腕を掴み、近くにあったベンチに無理矢理座らせた。
座ってからあたしははっとして、上のほうにある転校生の顔を見た。相変わらずの無表情。
けれど、その表情が少しだけ崩れているように見えるのは気のせいだろうか。
117 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府) [sage]:2012/06/13(水) 20:20:02.41 ID:jxFe9MS4o
復活したのか
118 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/06/13(水) 20:30:12.92 ID:h6qO0IdF0
さやか「転校生……」

突然、さっきのように額に手を置かれる。
冷たいはずの転校生の手が、もっともっと冷たく感じて思わず身震いする。

ほむら「……熱、上がってるんじゃない?」

転校生に言われて、あたしは初めて気が付いた。
そういえば、確かにさっきよりも歩くのがだるかった。
自分でも気が付かなかったというのに、転校生が気付くなんて。

さやか「……そうかも」

ほむら「……」

転校生は何も言わずにあたしの隣に腰を下ろした。
119 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/06/13(水) 20:31:09.36 ID:h6qO0IdF0
本当に休んでいくつもりらしかった。

さやか「……帰っていいって言ったでしょ」

ほむら「だめ」

さやか「……あんたもしんどいんなら早く帰って休んだほうがいいじゃん」

こんなところにいつまでもいたって治るわけではないのだし、寧ろ悪くなる一方ではないか。
そうは思うものの、確かにこうして座ってしまえば立てる気がしなかった。
転校生の行動が、あたしには時々理解できない。けれど、今だけはこうして一緒にいてくれることに感謝する。一体どんな意図で帰らないのかわからないけど。

……それとも、もしかしてあたしが何か言うのを待ってるの?
120 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/06/13(水) 20:32:35.49 ID:h6qO0IdF0
ほむら「……平気よ」

まったく、何が平気なのか。
思わず苦笑する。以前も似たような会話をした覚えがある。やっぱり転校生は変なところで意地を張るらしい。

さやか「……あー、喉痛い……」

勝手にしたら、の変わりにあたしは呻くように呟いた。
そういえば、あたしと転校生ってほぼ喧嘩別れみたいなもんだったんだよね、と熱いような冷たいような頭の中でぼんやりと考えながら。

それなのにどうして一緒に居ることになるのか。
熱のせいなのかも知れない、こうしてちゃんと転校生と話せるのは。熱にも少し、感謝したくなる。
121 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/06/13(水) 20:33:12.76 ID:h6qO0IdF0
ほむら「何か飲み物、買ってくるわ」

さやか「え……いいよ別に」

止める間もなく、転校生とは突然立ち上がると行ってしまった。
本当に、何もかも行動が唐突過ぎる子だと思う。

いったいここ数週間で、何度転校生の後姿を見たんだろう。
最近なんてずっと見ている気がする、転校生の背中ばかりを。

『まどかが好き』

さやか「……」

頭に手をやると、あたしは大きく溜息。
転校生の気持ちが、わからなかった。今何を思っているのか、何を考えているのか、どうしてあたしと一緒にいるのか。あの子は何をしたいのか。
122 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/06/13(水) 20:34:15.50 ID:h6qO0IdF0
霞む視界の先、遠くの方で転校生が戻ってくるのが見えた。
不意に、 まどかの顔が思い浮かんだ。

さやか「……好き?」

呟く。
まどかのことが、好き。
誰が?……転校生が。

いつもまどかを追いかける転校生の瞳は、たぶん誰よりも優しかった。
きっと触れる手も、掛ける言葉も、「まどか」と呼ぶ声さえも。
転校生にとって、まどかは特別な存在だった。それは誰の目からも明らかで。
123 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/06/13(水) 20:58:39.36 ID:h6qO0IdF0
じゃああの「好き」の意味だって――
もし、もしもだ。仮に、転校生が友情的な意味ではなく、恋慕的な意味で言っていたのだとすれば。

さやか「……」

転校生が近付いてくる。
突然缶ジュースを投げられ、あたしは慌てて冷たいそれを胸の前で受け止めた。
以前まどかが好きだと言っていた会社のオレンジジュース。

ほむら「お金、また今度返して」

さやか「……奢りじゃないんだ」

ほむら「当たり前よ」
124 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/06/13(水) 21:00:51.17 ID:h6qO0IdF0
小さく音をさせて転校生は缶を開けると一口中身を口に含んだ。
この時期に熱い缶コーヒー。しかもブラックだ。

ほむら「それでも頭に当てて冷やしといたら少しはマシになると思うわ」

さやか「……そうかな」

ひたっ
缶ジュースを額に当てる。すーっと身体が冷えていく。

ほむら「……」

さやか「……ねえ、転校生はさ」

さりげない口調で、あたしは言葉を吐いた。
転校生の表情は動かない。それでもあたしは、転校生の顔を見れずに訊ねる。

さやか「さっきまどかのことが好きとか言ってたじゃん?」
125 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/06/13(水) 21:02:16.26 ID:h6qO0IdF0
『――――――まどかが、好きだから』と。
あれは確かに転校生の言葉。
あの目も、あの声も、全部転校生のものだった。

ほむら「……えぇ」

さやか「……それって、さ」

ほむら「……えぇ」

友達としてって意味だよね?
そうは訊ねられなかった。違う、訊ねようとした。けれど転校生があたしの声より先に。


ほむら「……まどかが、好き。友達としてじゃなくって、一人の女の子として、好き」

126 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/06/13(水) 21:02:55.16 ID:h6qO0IdF0
まどかが、好き。
友達としてじゃなくって、一人の女の子として、

好き――?

さやか「……それって」

それって、まるで恋。
まるで、じゃない。それって恋だ、間違いなく。
転校生は、まどかのことを、恋愛対象としてみている。

ほむら「……」

静かな目で、狼狽するあたしを転校生は見詰める。
あたしは気まずくなって目を逸らした。
127 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/06/13(水) 21:32:32.21 ID:h6qO0IdF0
もしかして、とは何度か思ったことがある。
明らかに違うのだ、転校生がまどかを見る目。
明らかに、他の女の子とは違う。あぁ、そうだ。確かにあの目は――想いを寄せている人に向ける目。

ほむら「……どう思う?」

え、とあたしは間抜けな顔をして転校生を見た。
逸らした目がまた、かち合ってしまう。

さやか「どう思う……って、言われても」

途切れ途切れに、あたしは答えた。
あたしだって、知らなかったわけじゃない。異性じゃなくって同性に恋する人の存在を。
けれど、まさか近くにいる誰かが、しかもあたしの親友に――
混乱して、上手く言葉が出てこない。
128 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/06/13(水) 21:33:25.99 ID:h6qO0IdF0
ふっと、転校生が笑った。自虐気味な、笑み。
背筋がぞくっとした。それがなぜなのかは、わからないけれど。

ほむら「……気持ち悪いでしょ」

やっぱり静かな声。いつもの、転校生の突き放すような冷たい声。
けれど、少し震えていた、声。

今まで、同性が同性を好きなんてことは考えたことがなかった。
それが当たり前だったんだろうし、だから当たり前じゃないことにあたしは混乱している。
でも、きっとそれは転校生が言うように「気持ち悪い」とかそういうことじゃない。そんなふうには、感じない。もしこれが別の友達や他の誰かだったら、それはわからないけど。少なくとも、転校生に嫌悪やその他の暗い感情は涌かなかった。
129 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/06/13(水) 21:34:44.91 ID:h6qO0IdF0
まどかのことを誰よりも愛おしそうに見るあの瞳を、あたしは知っているから。
たぶん、そうなんだろうと思う。きっとそうだから、あたしはまどかが好きな転校生に何も思わない。ただ、驚くだけで。

転校生はそう、あたしには似合わない言葉だけど。
恋する乙女って表現がぴったりだと思う。

人を好きになるのは自由なんだし、それをとやかく言う権利なんてない。少なくともあたしには。
それに。
震えた転校生の声が、あたしの喉も、震わせた。咳き込みそうになるのを堪え、私は言う。

さやか「……ううん、気持ち悪くなんて無い」
130 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/06/13(水) 21:37:30.78 ID:h6qO0IdF0
ほむら「……え?」

予想外の答えだったのだろうか、転校生はあたしに罵られるのを待っていたような表情を驚きのものに変えた。あたしは構わずに続けた。

さやか「そりゃあ、その……ちょっと、っていうかかなり驚いたけどさ。でもあんたが本気なのはわかるし、別に性別なんて関係ないと思う。どうしてあんたがあたしにそんなこと言ったのかはわからないけど……でも、恋するのって素敵なことだし、だから、別に全然悪いことじゃない」

転校生に、出来るだけ嫌な思いをさせないよう、言葉を選びながら。
普段のあたしなら、そんなこと考えずに物を言っていたはずなのだろうけど。これはたぶん、熱のせいには出来ない。
転校生の切れ長の瞳が一度、小さく閉じ、また開かれる。あたしを捉えるその瞳が、少し濡れているように見えたのは気のせいだろうか。

ほむら「……どうして」

小さく声が、聞こえた気がした。
「ん、なに?」と聞き返そうとすると、ふいっと顔を逸らされた。
131 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/06/13(水) 21:39:04.37 ID:h6qO0IdF0
ほむら「……おかしいのね、あなた」

さやか「なっ。べ、別にあたしはあんたみたいに女の子が好きとかそういうわけじゃないから」

むっとして滑った言葉が、転校生を侮辱しているようにもとれる言葉だったと気付き、あたしはすぐに「ごめん」と謝った。転校生は長い黒髪を揺らしながら、ゆっくりと首を傾げる。

ほむら「……何謝ってるの」

さやか「いや、だって……」

額にあてたままの缶ジュース。
それがそろそろ、ぬるくなってくる。
132 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/06/13(水) 21:39:40.15 ID:h6qO0IdF0
ほむら「……おかしいわよ、あなた」

同じような言葉が聞こえたと思うと、転校生はあたしに背を向けた。
怒ったんだろうか。
あたしは慌てて立ち上がる。ほうっておけばいいものの、ほうってはおけなかった。
ふらり、と身体がよろめく。

あたしが聞いたから転校生はまどかが好きだと答えた。けれど、普通そんなことは明かせないはずだ。
もしかしたら、転校生があたしにあんなことを言ったのは自分の胸に隠しているのが限界になったからかも知れない。誰かに受け止めてほしかったというのなら、いくら相手が転校生でもそれを無視することはあたしの性に合わなかった。

さやか「あ、あのさ」
133 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/06/13(水) 21:40:21.34 ID:h6qO0IdF0
缶ジュースの、お礼もある。
他にも色々貸しがあるのだから、別に転校生のことが気になるとかそういうわけじゃないけど。

さやか「……あたしさ、協力する」

転校生の背中が固まった。
あたしは、ベンチの背に手を置きながら、なおも続ける。

さやか「あんたがまどかと上手くいくように」

お節介さやかちゃんの登場ってやつだ。
恋する乙女を見ればお節介を焼かずにはいられない。たとえそれが転校生でも。
しかも相手は女の子で親友のまどかだったとしても。それにどういう理由で転校生とつるむようになったのか知らないまどかも喜ぶはずだ、あたしと転校生が一緒に居ることを。

今はそう、休戦だ。
休戦状態なら、問題ない。

さやか「――これ決定事項ね、転校生」

にっと笑って人差し指を突きつけてやる。うん、決まった。
その後すぐに身体がよろめいたけれど。
134 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/06/13(水) 21:41:57.55 ID:h6qO0IdF0
◇side:ほむら

『――これ決定事項ね、転校生』

有無を言わさない言葉と。

『……ううん、気持ち悪くなんて無い』

優しい言葉が重なって。
私は思わず、美樹さやかの言葉に頷いてしまっていた。

泣きたいくらいに嬉しかった。
泣きたいくらいに悔しかった。

ここ数日間、どうやったら美樹さやかに嫌われるかを考えていた。
嫌われることが怖くて、けれど嫌われなきゃいけなくて。
そんな私が思いついたのが、私の気持ちを暴露してしまうこと。

まどかを好きだと――
そんな、普通はありえないようなことを美樹さやかに言ってしまうこと。
135 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/06/13(水) 21:43:38.81 ID:h6qO0IdF0
普通の人間ならば、きっと気持ち悪いと思うはずなのだ、私のことを。
だって、同性のことが本気で好きと言っているのだから。
それなのにあの子は――

嫌われなくて良かったとほっとして。
どうして嫌ってくれないのと怒って。
受け止めてくれる人がいることに安堵して。
私の気持ちが間違って無いことが嬉しくて。

そんな気持ちが混ざって、ごちゃごちゃになって。
悔しくて、嬉しくて仕方がなかった。
136 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/06/13(水) 21:44:15.70 ID:h6qO0IdF0







私は昔から、美樹さやかには敵わない――
137 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/06/13(水) 21:45:12.00 ID:h6qO0IdF0



誰よりも私の心を弄ぶ。
誰よりも私の心をかき乱す。

誰よりも、誰よりも。

だから私は彼女が苦手だ。
彼女と一緒にいれば、また昔の私が戻ってきそうで――怖い。




138 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/06/13(水) 21:46:46.59 ID:h6qO0IdF0
まどか。
まどか、まどか、まどか。

繰り返す、恋しい名前。
あなたのためだけに強くなってきた。あなたのためだけに全てを捨ててきた。

それなのに私は。
私は今、一体どうすればいいのかわからない。
139 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/06/13(水) 21:47:51.17 ID:h6qO0IdF0
区切りがいいので今日はこのくらいにしておきます
思い出しながら貼ってってるのでだいぶ時間かかってるすみません
それではー
140 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/06/13(水) 23:13:39.45 ID:znZI/DXFo
初見だからこれだけのものがこんなに読めてうれしい
こういうしっとりしたの好きだ
141 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/06/13(水) 23:23:08.83 ID:G0SiDg9yo
おつ
142 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage]:2012/06/14(木) 00:48:14.79 ID:eYeFcq8mo
143 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/06/14(木) 21:42:58.48 ID:fH5+KaRI0
◇番外編

「あれ、暁美さん?」

突然声をかけられ、私はびくっと肩を震わせた。
長い三つ編みが合わせたように背中で揺れた。少しこそばゆい。私は一度、深呼吸すると振り向いた。そこにはクラスメイトで学級委員、それから鹿目さんと仲のいい――美樹さんの姿があった。

「美樹さん……」

「どしたの、こんな時間まで?」

人懐っこい笑顔を浮かべながら、美樹さんは私に近付いてくる。
靴を持ったまま突っ立ている私に、「履かないの、靴?」とさらに重ねて質問してきた。
144 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/06/14(木) 21:45:40.31 ID:fH5+KaRI0
「履きます」と慌てて言い、靴を落とすとそのまま足を滑り込ませる。
もともと人と話すことが苦手な私は、いまだクラスに馴染めずにいた。鹿目さん以外は。
だから誰かクラスメイトと話すことは珍しく、そして緊張した。しかも今はいつも上手くフォローしてくれる鹿目さんはいない。早く帰りたくて仕方がなかった。

「もしかしてまどかを待ってたの?」

そんな私に何も気付かず、美樹さんはのんびりとした調子で言いながら上靴を下駄箱に戻す。
私は「はい」と曖昧に頷いた。
別れるタイミングがわからない。

「へえ、そっか。今日まどか、先生に呼び出されてたからなあ。早乙女先生に掴まっちゃうと長いんだよねえ。ご愁傷様だよほんと。暁美さんも先に帰るほうが懸命だと思うよ」

そう言って美樹さんが笑う。私も笑う。引き攣っていないか心配になったけれど。
美樹さんは、クラスの中でもかなり目立つ存在だった。
特にこれといった特徴はないのに、人を惹きつける力があると、いつか鹿目さんが言っていた気がする。私にはその理由がわからなかった。それにこんなふうにただ明るく笑っている人のことを正直好きにはなれない。

ようやく靴を履き終えた美樹さんが、「うーん」と伸びをした。
それから徐にドアに向かって歩き出すので、私はそれを追いかける形になってしまう。
145 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/06/14(木) 21:46:41.47 ID:fH5+KaRI0
これじゃあ一緒に帰るみたい、と思いながら外に出る。
私は今日、とことんついていないらしい。いつのまにか空はどんより曇り空だった。
どうりで暗いと思った。

「あちゃー、雨降りそう」

隣で美樹さんがぼやくのが聞こえた。
私も小さく頷く。
傘は今日、鞄に入っていないはずだ。このまま走って帰っても、いつ降ってくるかわからない雨に濡れてしまうかも知れない。雨が降って止むのを待つしかない。バカみたいな気もするけれど、鹿目さんと一緒に帰れるかも知れないし、「こんな時間まで待ってなくても良かったのに!」と言われれば「雨宿りしてたんです」と言い訳できる。

私はそう考え、そんな自分の考えに満足する。

「暁美さん、帰らないの?」

先に屋根の下から出た美樹さんが私を振りかえった。
「雨、降りそうなので」と小さな声で答えた。
美樹さんが「えぇ!?」と素っ頓狂な声を上げる。

「でもまだ降ってもないよ!?」

「帰ってるときに、降ってきたら傘、持ってない、から……」

美樹さんの声に私はしどろもどろになってしまう。
あぁ、早く帰ってくれたらいいのに、とそんなことを考えてしまう。
146 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/06/14(木) 21:52:17.70 ID:fH5+KaRI0
「傘持ってないからって降ってからまた止むの待ってたら明日になるかもなのに」

それは流石に大袈裟か、と美樹さんは自分の言葉に笑った。
けれどすぐに真面目な顔になると、「暁美さん、身体弱いんでしょ?」と聞いてきた。
その聞き方が少しだけ、私の胸に刺さった。

「……そう、ですけど」

確かにまだ心臓が普通の人よりは弱いけれど。でも、普通の生活がやっと戻ってきた。
だから「弱い人」というイメージが嫌だった。
美樹さんが私の表情に気付いたのか気付いていないのか、「あたしも昔弱くってさあ。雨の日とかすぐに風邪引いちゃったんだよ」と苦笑する。その言葉に、私の胸は少し軽くなる。
自分でも思っていた以上に、私は単純なのかも知れない。
147 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/06/14(木) 21:56:28.46 ID:fH5+KaRI0
「だから暁美さんも風邪、引いちゃうんじゃない?」

「雨に濡れたほうがよけいに風邪引いちゃうだろうから……」

控えめに私が言うと、美樹さんは「まったくもう」というような顔をした。
呆れられるようなことを言ったのはわかっていたけれど。

「じゃあ雨降る前に帰っちゃえばいいんじゃん」

けれど、その後の美樹さんの言葉は予想外だった。
私が返事をする前に、美樹さんに手を掴まれる。そのまま、屋根の下に引っ張られて次の瞬間には私は曇天の空の下にいた。

「あの、美樹さ……」

「もし途中で雨降ってきたりしたらそのときはそのとき。あたし傘持ってるしさ。一緒に帰ろ、暁美さん」

やっぱり人懐っこい笑みが、今だけは本当に私だけに向けられているような気がして。
「……はい」と無意識のうちに頷いていた。
148 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/06/14(木) 21:57:40.42 ID:fH5+KaRI0
頷いてから、すぐに後悔した。いつもそうだ。場に流されて、結局後悔するのは私自身なのに。
そんな自分を守るため、些か強引過ぎるような美樹さんの言葉に頷かされたような気さえしてくる。私はまったく、嫌な子だと思ってしまう。自分に自信が持てないのだって、きっとここからなのだろう。

「ほーら、行くよ暁美さん」

頷いてからすぐに固まった私に何を思ったのか、美樹さんはまた私の手を掴むと引っ張った。
よく人の手を掴む人だと思う。スキンシップを取るのがきっと上手な子なんだろう。だから上手くクラスにも馴染める。
私の悪い癖の一つ――一度マイナス思考をしてしまうとそれが続いてしまう癖――がまた出てきたことを感じながら、それでも私はそんなふうに考えてしまう自分を止められなかった。

「……」

どうして美樹さんは私なんかに構うのだろう。
鹿目さんが私を構うから?それじゃあそもそもどうして鹿目さんは私に構うの――?
あぁ、きっと鹿目さんは優しいから。だからいつまでもクラスに馴染めない私を心配して。でも、それでも内心そんな私に呆れているのかもしれない。もしかすると嫌がっているかも。

「暁美さん?」

美樹さんが、私の手を引っ張るのをやめるとじっと探るような目をして見てきた。
知らない間にぐっと唇を噛締めていたらしい。これも私の癖だと、最近気が付いた。
149 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/06/14(木) 22:00:20.87 ID:fH5+KaRI0
「あの、私……」

今更先に帰るなんて言えないし、どうしようと迷っていると美樹さんは「帰りたくないの?」と訊ねてきた。帰りたくないというのは当たっているけれど、それは「美樹さんと」だということはわかっていないのだろう。もちろん言えるわけもない。

「家で何かあったりする?」

そういうわけじゃないけど。
口の中でぼそぼそと否定の言葉を口にしたけれど、美樹さんには聞こえていなかったらしい。美樹さんは勝手に納得して、勝手に「よし!」と何か決めた。

「美樹さん?」

「帰りたくないなら帰らなくてもいいじゃん!あたしも付き合うよ」

「え……?美樹さんも付き合うって、あの……」

「あたし、ちょうどこの時間帯、あんま人のいない場所知ってるんだよね。転校生人の多そうな場所苦手そうだし、そこでならゆっくりできると思うよ。雨降るまではだけど」

人の多そうな、というよりもあなたのような人が苦手なんです。
心の中でそう言いながら、それでも私はやっぱり口には出せずに美樹さんの手に引かれるがままになった。

――――― ――
 ――――― ――
150 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/06/14(木) 22:02:29.40 ID:fH5+KaRI0
そうして連れて行かれた先は、確かに人の居ない公園だった。
雨が降り掛けなせいか、小さな子一人さえいない。

「まあ雨宿りできるような場所はないから今日のとこは帰ったほうがいいと思うけどさ」

私を連れてきてくれながら、美樹さんはそう言って苦笑した。
「暁美さんが帰りたくないんじゃ仕方ないか」と。公園の奥にぽつんと置いてあったベンチに腰掛ける。私が突っ立ったままでいるのに気付くと、「ん」とすぐ隣をぽんぽんと叩いた。

「座りなよ、とりあえず」

にっと笑い、美樹さんは私を手招いて。
それに引き寄せられるように、私は大人しく美樹さんの隣に収まった。
151 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/06/14(木) 22:03:05.10 ID:fH5+KaRI0
「何か暁美さんってちょっと猫っぽい」

そんな私の様子に美樹さんがくすくすと笑いながら言った。
確かにそれはよく言われるけれど。鹿目さんにも、言われたことがある。
空はもうすっかり暗く、今にも雨粒が落ちてきそうだった。

「可愛いよね、仕草一つ一つが」

「へ?」

「いやあ、まどかとは違う可愛さがあるっての?なんかすっごい可愛いと思っちゃう。あたしにはないもの持ってるっていうか。まどかも暁美さんも」

美樹さんの口からすらすら出てくる「まどか」という言葉に、少しだけ胸の奥が軋む。
けれど、「可愛い」と言われることに慣れていない私はそんなことさえ気にならないほどかあっとわかりやすく耳まで赤くなってしまう。
152 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/06/14(木) 22:03:51.82 ID:fH5+KaRI0
「可愛くなんて……そんなこと」

もぞもぞと口の中で言葉を漏らすも、もちろん美樹さんには聞こえていない。
こんなことで照れていることがはれたらきっともっと恥ずかしい。美樹さんのことだからすぐにからかってくるに決まっている。私は慌てて下を向き、けれどそれが逆効果だったのか「あれ?もしかして照れてる?」と顔を覗きこまれた。

「ひっ」

「えっ」

「……あ、えっと、ご、ごめんなさ」

「まさかそんなに驚かれるとは……」
美樹さんはそう言って、わざとらしく傷付いたような顔をしてみせた。曇り空が、どんどんと暗く染まっていく。
153 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/06/14(木) 22:04:56.67 ID:fH5+KaRI0
「まあ今のはあたしが悪い……かもだから、ごめん」

私がもう一度謝ろうとすると、その一瞬前に美樹さんが小さくそう言った。
どうして自分が謝られるのかわからずに、私は「あの……」と口篭る。
思えば、自分が誰かに謝ることはたくさんあるのにこんなふうに謝られたことなんて、一度もない。だって、全部自分が悪いのだから。

「美樹さんは悪くなんか……」

「だって暁美さん、泣きそうな顔してる」
154 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/06/14(木) 22:08:55.01 ID:fH5+KaRI0
「……え?」
言われて、私はきょとんと目を瞬かせた。

ぽつん。

何か冷たいものが、手の甲に落ちる。
美樹さんと同時に空へと顔を向けた。
雨が、落ちてくる。

「降ってきちゃった」

美樹さんが言った。
155 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/06/14(木) 22:09:21.82 ID:fH5+KaRI0
「……帰りましょうか」

熱くなった目蓋は、雨の冷たさのせいか、今はもうすっかり冷めている。それにほっとしながら私はそっと、ベンチから立ち上がる。
美樹さんは「ん、そうだね」
そう言ったきり、動きを止めた。

「美樹さん?」

「……ねえ、暁美さん」

呼びかけると、そう、言葉が返って来た。
美樹さんはまだ空を見上げたまま、雨粒が彼女の額に、頬に、瞳に、唇に、落ちては滑って地面へと流れていく。
156 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/06/14(木) 22:10:08.58 ID:fH5+KaRI0
私は美樹さんが何を言おうとしているのかわからずに、ただ美樹さんの次の言葉を、ひたすらに待つしかなかった。雨の勢いはだんだんと強さを増していく。

「……暁美さんはさ」

ようやく、美樹さんが一つ、息を吐いて声を押し出すようにして言った。
「はい」
私は、小さく返事。ずっと黙っていたせいか声が出にくい。それとも雨に濡れているせいか、もしかしたら風邪を引き始めているのかもしれない。

帰れば良かった。
このままこの人を放って、「帰ります」と帰れば良かったのに。

私はなぜか帰れなかった。
美樹さんの表情がよく見えなかったからかもしれない。もっと話していたいとか、そんなことを思っているわけでもない。なのに、私は動けなかった。


「暁美さんは、女の子同士って変だと思う?」
157 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/06/14(木) 22:10:35.37 ID:fH5+KaRI0
鹿目さんの優しい笑顔が浮かぶ。

私は何も、答えられなかった。
女の子同士が変だとか、おかしいとか、そんなのは自分自身がよく知っていること。
だからこそよけいに、何も言えなかった。

「……あぁ、ごめん」

私が返答しないのを見て、美樹さんは苦笑する。
「変なこと聞いちゃった」
そう言って立ち上がる。私の隣に立つと、「なんとなく、聞いてみたかっただけ」
158 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/06/14(木) 22:11:17.63 ID:fH5+KaRI0
雨に濡れたまま、柔らかな笑顔で美樹さんは言った。
そしてそんな彼女の様子を見て私がもしかして、と思ったことに気付いたのか気付いていないのか、「あたしが女の子好きとかそういうわけじゃなくって」と前置きをして。

「あたしの友達に、もしかしたら女の子が好きなんじゃないかって思う子がいて」

ドキッとした。
美樹さんは「大丈夫」と言うように私の頭に掌をぽんっと載せる。

「その子は自分の気持ちがおかしいってすごく不安がってる」
「……はい」
「で、誰にも何も相談できなくっていつもつらそうな顔しててさ。あたしすっごい心配」

誰も変だとは思わないよ。
好きな気持ちって仕方ないことだし、好きになることは素敵なことなんだから。

美樹さんはそう言って、濡れた私の頭をごしごしと撫ですぐに照れたように手を離した。
「まあ、そういうこと」
159 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/06/14(木) 22:42:32.51 ID:fH5+KaRI0
知られていたんだ。
私はかあっと顔が熱くなっていくのがわかった。けれど、恥ずかしさだけで知られてしまったという恐怖は感じなかった。

もしかして、受け入れてもらえたのかもしれない。
なんだかそう思うと安堵して、すっきりして、泣きたくなった。

「雨も本降りになってきたし、帰ろ!」

雨が降っていてよかったと、そのとき初めて思った。
一番言われたい人は鹿目さんで、美樹さんに言われたってちっとも嬉しくなんて無いのに、泣いてしまっている自分の姿を見せたくはなかったから。

突然、手を引かれた。
美樹さんの手も冷たいのに、不思議と温かかった。

「風邪引いちゃやばい!」と美樹さんが私の手を握ったまま走り出す。
私はもたもたと美樹さんのあとを追っていく。泣いたまま、けれどなんだかおかしくなって一人笑いながら。
気持ちが楽になって、雨に濡れたはずの身体でもなんだか軽くなって、このままずっと走っていてもいいような気分だった。

番外編/了
160 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/06/14(木) 22:45:55.10 ID:fH5+KaRI0
明日第二章から残り貼っていきます、週末には新しいところからスタートできるはず
それでは
161 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage]:2012/06/15(金) 00:19:11.44 ID:WZgwFkLQo

続きがすごく読みたくなるな
162 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/06/15(金) 00:27:42.59 ID:4QVOkPeDo
おつ
163 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/06/15(金) 17:31:42.74 ID:4f5mG7pX0
つい、勢いで。
協力する、とか言っちゃったわけだけど。

◇第二章

さやか「……具体的に何すればいいのやら」

あたしは盛大に溜息をつくと、ぐしゃぐしゃになったシーツの上で寝返りをうった。
時刻は既に夜の一時をまわっている。
けれどあたしは中々寝付くことが出来なかった。このままでは熱なんて下がらないに決まっているし、身体はしんどくてしかたがないのだけど。

考えることは苦手。
いつも口から言葉が先に出て、身体が勝手に動いてる。

休戦状態とは言ってもやっぱり相手は転校生でしかも仲をとりもつ相手は親友で。
第一、女の子同士の恋愛事情やらなんやらなんてまったくもって知っていない。
164 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/06/15(金) 17:35:20.50 ID:4f5mG7pX0
言うべきじゃなかっただろうかと、今更後悔する。
時計の音がやけに部屋の中で大きく響いていて、あたしはなんだか突然、転校生のことを思った。
転校生のこと、というよりも転校生と一緒に過ごした少ない時間のこと。

あたしは何も転校生のことを知らなかったし、きっと転校生だってそうだ。
もっと知りたいとか、もっと話したいとか。
そういうことを思ったわけじゃ無いけど、転校生の声を聞けば何か名案が浮かぶかも、とあたしは暗い部屋を立ち上がった。
ふらふらと机に近寄り、携帯を開ける。

そこではたと止まってしまった。
そういえばあたし、転校生の電話番号って知ってただろうか。
165 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/06/15(金) 17:38:48.89 ID:4f5mG7pX0
さやか「……」

記憶を探ってみても転校生の電話番号を聞いた覚えはないしかけた覚えも無い。
明日も会わなきゃいけないんだし、別に今電話しなくたって。
そう思っても、なぜか携帯は離したくなくってなんともなしにメールを開けた。まどかに宛てて、文字を打つ。

『転校生の電話番号って知ってる?』

こんな時間に非常識だとは知りつつ、けれどこのまま眠ることなんて到底無理そうだと思いメールを送った。
メールが送信されたのを確認して、あたしはもう一度ベッドに横になる。
横になってすぐ、携帯が震えてついびくっとしてしまった。今送ったばかりのはずの、まどかからのメールだった。
166 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/06/15(金) 17:41:58.14 ID:4f5mG7pX0
さやか「はやっ」

とつい突っ込みつつ、メールを開けた。
そこには電話番号と、『さやかちゃんとほむらちゃん、仲良くなれたみたいで良かった』という文面。仲良くなったというよりあんたのためでグルになるだけ、なんてことはもちろん言えず、あたしは『さんきゅー』とだけ返した。まさかこんな時間に即行返事が来るとは思わなかった。
まどかはメールの返信は基本はやいけど、この時間帯はさすがに眠ってると思っていたから。

さて。
あたしは一旦横になった身体をもう一度起こした。
画面に映し出される転校生の電話番号と睨めっこ。

何やってるんだろう、あたしと自分に呆れつつ、押そうとして躊躇って押そうとして――の繰り返し。これじゃあまるで好きな人に電話しようと頑張る恋する乙女ちゃんみたいじゃない。

さやか「……寝よ」

そう自分に対して呟いてみたが、それでも携帯は手放せない。
時間も時間で転校生が起きている可能性は低いし知らない番号に出てくれるタイプでもないかもで。
167 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/06/15(金) 17:42:29.93 ID:4f5mG7pX0
すー、はー。すー、はー。
あたしは深呼吸すると、一回だけ、と決めた。

一回だけ、電話をかけてみて、そしてすぐに切っちゃえばいい。
きっと熱のせいで、電話をかけたくて仕方無い病にでもなっているのだ。
だとしたらさっさとかけてさっさと切ってさっさと寝ちゃおう。

初めて電話をするときは誰にだって緊張する。
あたしはもう一度深呼吸すると、その勢いで通話ボタンをプッシュした。

出て、出ないで。
矛盾した二つの気持ちが一気に駆け巡って、そんなあたしの思いは露知らず、電話の向こうではプルルルルと呼び出し音が鳴って――

『はい』

ガチャッ
切れた。
呼び出し音が。そのかわり、いつもの無愛想な声が。
168 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/06/15(金) 17:45:23.54 ID:4f5mG7pX0
あたしはまさか転校生が電話に出るとは思わなくて、驚いて声を出すことができずに電話を耳にあてたままぱたんとベッドに倒れこんだ。

ほむら『……美樹さやか?』

いぶかしむような転校生の声。
電話線を通しての転校生の声は、確かに無愛想で冷たいけど、なんだか安心できた。

さやか「……そうだけど」

あれ?
だけどどうして転校生は何も言っていないあたしをあたしだとわかったんだろう。
その疑問に答えるように、くぐもった声が『まどかから連絡が来たから』と言った。

もしかしたらまどかがあたしに番号を教えて良いかと了承をとっていたのだろうか。
思えばまどかは勝手に人の番号やアドレスを教える子ではないのだから。

さやか「……あぁ、そなんだ」
169 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/06/15(金) 17:48:54.25 ID:4f5mG7pX0
沈黙。
転校生の声を聞きたかったわけで、だけど別に一言声を聞いただけで満足したわけでもないのにとりわけ何も話す事もなくって。

あたしはカーテンの隙間からちらちら漏れる月の光をぼんやり見詰めた。
この電波と電波で離れた転校生と繋がっていると思うと、なんだか不思議な気分だと思った。
ついこの前まで険悪だった相手とこうして繋がっていることに、だけど違和感こそはあるもののそれほど嫌だとは感じない。休戦中だからかもしれないし、あたしは転校生を「ただの転校生」以外の――たとえば、友達、として認識し始めているのかも知れない。

ほむら『どうしたの』

長い沈黙の後、吐息と共に転校生が訊ねてきた。
あたしから電話したのだからあたしが話すのが普通なのだろうけど、転校生が先に口火を切ったのは意外だった。

さやか「いや、えっと……」

ほむら『特に用事もないんだったら切ってもいいかしら』

この前までの転校生なら本当にこのまま切ってしまいそうだけど、今日の転校生はそうはしなかった。あたしが返答に困っていると、『熱は、引いたの』と控えめに。
170 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/06/15(金) 17:51:40.33 ID:4f5mG7pX0
さやか「あんたの好きなものや嫌いなものってなに?」

あまりに突然だったか、転校生が息を詰めるように黙り込む。
あたしは「あんたに協力するために少しくらいは知っておいたほうがいいかなと思ってさ」と言い訳するように付け足した。

ほむら『好きなものも嫌いなものも特にないわ』

さやか「えぇ!?それはないでしょ。好きな本とか好きな音楽、嫌いな食べ物とか」

ほむら『特にない』

歩み寄ろうとするあたしとは反対に、転校生はするするとあたしを避けてしまう。
あぁ、あたしなんでこんな奴に。
そう思い掛けたとき、『だけどまどかが貸してくれる本や音楽はどれも好き』と小さな声で付け足されたのが聞こえた。
171 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/06/15(金) 17:52:52.68 ID:4f5mG7pX0
別にあたしと話すことが嫌なわけじゃないらしい。
そう思ってもいいのだろうか。

さやか「ほー。まどかに貸してもらった本とかCDってなに?」

ほむら『……』

さやか「まああまり口では言えないよね、特にあんたみたいなやつは」

ほむら『……どういう意味』

さやか「いやだって、まどかの持ってるのってすっごいキャピキャピしてるっていうかさー」

ほむら『似合わないって言いたいの』

さやか「そうなる」

ほむら『それならあなたの好きなものってなんなの』

さやか「好きな音楽ならクラシック」

ほむら『……』

さやか「似合わないって思ったな」

そんなどうでもいいような会話を続けているうちに、あたしはやっと眠くなり始めた。
気が付けばもう30分は話していて、あたしが静かになり始めたのを感じ取ったのか『そろそろ切るわ』と声が聞こえた。
172 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/06/15(金) 17:53:45.58 ID:4f5mG7pX0
さやか「ん……」

静かなおやすみなさいのあと、唐突に電話は切れた。
それからしばらく、あたしはツー、ツーという音が途切れ途切れに響く携帯を呆と見詰めた。
それから頭までふとんをかぶると、ふうと溜息。熱はまた上がってしまったようだけど、身体はそこまで負担を感じていない。

普通に話せてたな、と思い返す。
まどかや仁美と話すときのように、変なトゲトゲはなしで。
あくまで休戦状態なだけで協力し終えればまたあんなふうにお互い嫌悪しあっちゃうようになるかもしれないのに。けれどあたしはまあいっか、と目を閉じた。

今はとにかく、眠い。
やっと気持ちよく眠れそうだった。
173 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/06/15(金) 17:57:50.28 ID:4f5mG7pX0
―――――
 ―――――

翌朝、目が覚めるとまだ少し身体はだるかったが熱はすっかり下がっていた。
熱が冷めた頭で考えると、やっぱり昨日のあたしは変だったと頭をかきむしりたくなる。

転校生に協力、かあ。
支度を済ませ、家を出ながら思った。
開けた携帯の通話履歴を眺めながら深々溜息。がっくりだ。
電話したって結局なにをすればいいかわからなかったわけで――

まどか「あ、さやかちゃん来た!」

待ち合わせ場所に着くとまどかの声がした。
携帯を仕舞ってまどか達に駆け寄ろうとしたところでぴたりと静止。

ほむら「おはよう」

――けどまあ、無意味ではなかったのかも。
174 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/06/15(金) 18:00:41.42 ID:4f5mG7pX0
さやか「おはよ」

挨拶を返すと、まどかはとびっきり嬉しそうな顔をしてあたしを見た。
「仲直りできたんだね」と小声であたしに囁いてくる。

仁美「それじゃあ行きましょうか」

仁美が先に立って歩き始め、あたしたちも各々後ろを着いて行く。
転校生が仁美の後ろで、その後ろにあたしとまどか。

さやか「まあ仲直りっていうか……」

まどか「良かった、さやかちゃん、昨日すっごい辛そうな顔してたから」
175 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/06/15(金) 21:30:33.49 ID:7xUxgzdT0
そうかな、とあたしは首を傾げた。
仮に本当にそうだったとしてもきっと熱のせいだ、と言えないのは前を歩く転校生と、隣を歩くまどかのことが気になってしまうから。

あたしは必死に頭を回転させ、とりあえず自分から動いてみることにした。
にこにこと笑うまどかの身体に腕をまわし、「さやかちゃん!?」と驚くまどかを無視して前へ押し出した。

まどか「わわわっ」

ほむら「!?」

どんっ、と後ろからまどかが転校生の身体に体当たり。
ごめん、まどか!と心の中で謝りつつ、転校生に頑張れとエールを送ってみる。

まどか「あ、ご、ごめんねほむらちゃん!」

ほむら「……まどかのせいじゃないことはわかっているから」

むっ。
なんだその言い方。というかなんだその見方。
176 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/06/16(土) 13:24:34.91 ID:JnqyUw5E0
まどか「さやかちゃん、どうしたの?」

戸惑ったようにまどかがあたしを振り返る。
あたしは「ごめんごめん」と軽く手を合わせると、「遅れますわよ」とあたしたちを待っている仁美に駆け寄った。

仁美「さやかさん?」

さやか「ほら、行こ、仁美」

仁美「まどかさんたちは」

さやか「いいからいいから」

ちょっと、というよりかなり無理矢理な感じがするけど、今のあたしにはこうすることしか方法が無い。ちらっと後ろを振り返り、転校生にもう一度頑張れを伝えようとしてやめた。
うまくいくかどうかはわからないけど、ちゃんと近づけたらいいなと思う。
なんとなく、まどかがあたしと転校生を仲良くさせたがった理由がわかった気がした。
177 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/06/16(土) 13:25:55.08 ID:JnqyUw5E0
それからのことはあたしはよく知らない。
教室に着いたのはあたしのほうが早かったし、まどかたちが着く前にあたしは先生に呼び出されてしまったから。昼休みもそんな感じで、ろくにまどかとも転校生とも話せる時間なんてなかった。

放課後になり、ようやく帰れるとあたしは教室を出た。
下駄箱で靴を履き替えていると、「さやかちゃん」と控えめな声が聞こえた。

さやか「あ、まどか」

振り返って、それからあたしは「しまった」と心の中で呟いた。
今日は仁美は習い事で先に帰ってしまい、何も考えずにいつもどおりまどかに待っててもらったわけだけど、その後ろに転校生がいるところを見るとまどかか、もしくは転校生のどちらかが一緒に帰ろうと誘っていたのかもしれない。ここは気を利かせて、先に教室を出た二人に「先に帰って」とでも言うべきだった。

まどか「さやかちゃん?」

さやか「あー、えーっと」

今更先に帰ってと言うわけにもいかず、あたしが言葉を探していると、まどかが小さな声で「やっぱりだめだよね」と呟いた。
178 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/06/16(土) 13:26:22.00 ID:JnqyUw5E0
さやか「だめって?」

まどか「ごめんね、私先帰る」

突然の言葉に、あたしはすぐには反応できなかった。
けれど先帰るというのはきっと転校生と、という意味だと思っていたからようやく「わかった」と答えたあと、まどかが一人で玄関を出て行ったのを見て慌てた。

さやか「まどか?」

靴を履き終え、転校生の傍に駆け寄る。
だいたい、どうして転校生はまどかを追いかけないのだろうか。

さやか「ちょっと、何してんのよ。せっかく二人で帰るチャンスだったんじゃないの?」

ほむら「……」

さやか「転校生?」

声をかけると、転校生はあたしにふいっと背中を向けた。
そのまま、「あなたと二人で帰って欲しいと言われたから」と答えて歩き出す。
179 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/06/16(土) 13:29:07.77 ID:JnqyUw5E0
「だからって……」とあたしはその背中を追いながら言うと、ふいに、転校生はくるりとあたしを振り向いた。

ほむら「あんな顔されてそう言われて、それでもあなたは無理矢理にでもついていくの?」

さやか「あんな顔って……」

確かに、さっきのまどかの顔は泣きそうだった。
泣きそうになりながら、あたしに背を向けた。
けれどどうしてあたしと転校生二人で帰って欲しいなんて。
180 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/06/16(土) 13:30:36.76 ID:JnqyUw5E0
そりゃあまどかはあたしと転校生が仲良くなってほしいなんて言っていたけど、
今まで強引というか、あんなふうにあたしたちを置いて帰るなんてことはしなかったし。

ほむら「帰りましょう」

もう一度前に向き直ると、転校生は言った。
あたしは仕方なく頷く。
いくら相手が転校生でもここまで一緒で別々に帰るのはおかしい気がするし、まどかにも一緒に帰ってと言われたのなら一緒に帰るほかない。転校生から一歩ほど距離を置いて、歩き出す。

さやか「……まどか、怒ってたかな」

昇降口を出、校門をくぐる。
ぽつりと呟けば、転校生は「知らないわ」と。当たり前の答えだろうけど、少しむっとした。
少しは近付けたはずの転校生。けど根本的なところは変わってない。
まあそれで、いいんだけど。
181 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/06/16(土) 13:31:31.72 ID:JnqyUw5E0
さやか「……」

ほむら「……」

あたしは怒らせるようなことをした覚えはないものの、なんとなく自分が悪いんだろうという察しはついていたから、必然的に転校生と気まずい感じになってしまう。
相変わらずの距離を置いたまま、あたしたちは無言で歩いた。

さやか「……」

ほむら「……」

さやか「……あれ?ねえ、家の方向違わない?」

ふと立ち止まった転校生は、あたしに断りをいれるでもなく家とは反対方向の道へと曲がりかけた。慌てて転校生の腕を掴んで引き止める。
あたしがついていっていいものなのかもわかんないし。
182 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/06/16(土) 13:33:31.16 ID:JnqyUw5E0
ほむら「間違ってないわ」

さやか「間違ってないって……」

そりゃ間違ってはないんだろうけど。
あたしは返答に困りつつ、突然ぴんっときた。
転校生の家の、たくさんの魔女の絵のことを思い出す。

さやか「ひょっとして、戦いに行くの?」

そういえば、転校生だって魔法少女なのだ。
マミさんと同じくこの見滝原で魔女と戦っている――転校生は「えぇ」と無表情に頷いた――それも一人で、だ。

マミさんは、魔法少女は皆孤独なのだと言っていた。
孤独じゃなきゃだめなのだと。
けれど今のマミさんは私たちがついていて一人じゃないし、マミさんだってとっても嬉しそうに笑ってくれる。転校生だって、こんなふうに無表情ながらも不安がないはずなんてないのだ。
183 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/06/16(土) 13:35:51.49 ID:JnqyUw5E0
また私のお節介病が再発したみたいだった。
きっと少しだけ、今日まどかと二人でマミさんの魔女狩りを手伝う約束をしていたのが、気まずくて行き辛いという理由も心のどこか奥にあるのだろうけど。

さやか「あたしも行く」

ほむら「……何言ってるの」

転校生が露骨に顔をしかめた。
その理由はよくわかる。あたしみたいなただの人間が着いていったって足手纏いにしかならないことはマミさんと行動していてよく知っているから。それでも、あたしは着いて行きたかった。
184 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/06/16(土) 13:37:45.52 ID:JnqyUw5E0
ほむら「巴マミは」

さやか「まどかが着いてくから。あたしはあんたに着いてくよ」

ほむら「……私は重い荷物を背負う気はないんだけど」

重い荷物と言われてまたむっとしたが、堪えた。
転校生の言う通りだと言うことは重々承知していた。けれどこのまま家に帰ろうとは思わなかった。
病み上がりの身体がたとえいうことを聞かなくなったとしても、まどかのこともあって、おまけに一人だとわかっている転校生をあんな危ない戦場に行かせることなんて、できなかった。

さやか「どうしてもだめって言うんならどうしても勝手についてくからね」

魔女と戦う力も魔法もないけれど、それなりの体力と、そして足の速さには自信がある。
転校生は一瞬何かを言おうとした後――「勝手にしなさい」
結局そう言って、あたしに背を向けた。
185 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/06/16(土) 13:38:40.26 ID:JnqyUw5E0


転校生が向かったのは、いつもあたしがよく来る場所だった。
幼馴染である恭介が入院している病院の、すぐ近く――

ほむら「……どうかしたの」

あたしが思わず立ち止まると、転校生は特に興味なさそうに振り返った。
あたしはううんと首を振りながら、そっと脇に見える白い壁の建物を見上げた。

最近、恭介のお見舞いに来ることは少なくなっていた。
それでも恭介のことは心配だし、もし何かあったら――そう考えるといてもたってもいられない。
186 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/06/16(土) 13:39:22.17 ID:JnqyUw5E0
さやか「……ねえ、転校生」

ほむら「……」

転校生は何も言わなかった。
何も言わずに、険しい視線で白い壁を見詰めていた。
息が詰まるかと思うほど、長い時間。あたしはそっと、転校生の視線を追って。

さやか「……これって」

ほむら「グリーフシードね」
187 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/06/16(土) 13:39:56.18 ID:JnqyUw5E0
こともなげに転校生はそう言うと、すっと険しい視線をあたしに向けてきた。
「何があってもあなたを守れる自信はないわ」
それでもいいの?そう言うように、転校生はあたしを見る。

さやか「……自分の身くらい、自分で守る」

本当は、震えていた。
魔女のいる空間に行くことはすっかり慣れたはずなのに、今のあたしはひどく恐かった。
魔女が巣食っている場所が恭介のいる場所だからなのかもしれない。
だからといって、ここで引き下がるわけには行かなかった。

恭介を守らなきゃ。
あたしには、何も出来ないけど。

ほむら「そう」

転校生はふいにあたしから視線を逸らすと。
「邪魔にならないよう、私の後ろを離れないで」
188 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/06/16(土) 13:41:36.56 ID:JnqyUw5E0
さやか「……」

こくりと頷いた。
マミさんやまどかは来るのだろうか。
だとしたらあたしはどんな顔をすればいいんだろう。そんなことを考える余裕さえないほど、あたしの身体は力が入ってひどい状態。

魔女のいる空間がどうなってしまうかは、あたしはマミさんたちと行動するようになってから嫌というほど知ってしまった。
だったらもしかしたら、恭介は。

ほむら「……大丈夫」

突然、転校生が言った。
あたしが顔を上げると、転校生はもう一度、今度は強い調子で「大丈夫」と言って。

ほむら「まだ、魔女は孵化していないわ」

だから大丈夫。
あたしはもう一度、こくんと頷いた。
転校生の言葉なのに、こんなに心強く感じてしまうなんてあたしはもしかすると相当混乱してしまっていたのか。

あたしが落ち着いたことを確認した転校生は、「行きましょう」と一言。
歩き出す。
189 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/06/16(土) 13:43:23.19 ID:JnqyUw5E0
◇◇

結界内は、むっと甘い匂いでいっぱいだった。
いつもこの中に入ったとき、あたしはぞっとする。けれど今日はぞっとするというよりも、胃のあたりがむかむかと変な感じ。

さやか「転校生、どうするの」

ほむら「魔女を刺激しないよう慎重に奥へ向かう」

さやか「刺激したら」

ほむら「下手に刺激したら魔女が孵化するのが早まってしまう。もしそうなると、戦うことも難しくなるわ」

あたしはわかった、と出来るだけ足音を立てないように転校生の後ろを歩く。
奥へ向かうにつれて、だんだん甘い匂いがきつくなっていった。
結界内は色々なお菓子で溢れかえっていて。

さやか「なんなの、ここ……」
190 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/06/16(土) 13:44:44.05 ID:JnqyUw5E0
魔法少女の格好をして、一歩一歩を踏みしめるように歩いている転校生はなにも答えない。
ただ時折、あたしたちの周囲を浮遊している使い魔を銃を使って次々払い落としていった。

ほむら「……っ」

奥へ、奥へ。
あたしたちはひたすら進んで。そしてやがて、転校生が立ち止まった。

さやか「なに?」

ほむら「……魔女が、動き出した」

さやか「えっ」

あたしが焦ると、転校生はこそこそする必要はなくなったというようにさらに奥へと走り出した。
あたしも慌てて後を追う。現れるドアを次々と蹴破って。

一枚――
二枚――――
三枚――――――

突如、甘い匂いが掻き消えた。
代わりにもわっと他の匂いがあたしたちを包む。
191 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/06/16(土) 13:45:26.85 ID:JnqyUw5E0
さやか「……!」

目が合った。
あまりにも丸い魔女の瞳。可愛く見えなくも無いその目に捉えられ、あたしは足が竦んでしまった。

いつもならマミさんもまどかも、近くにいる。
だから強がらなきゃいけないと必死に自分を奮い立たせていたのに今は――

ほむら「美樹さやか」

名前を呼ばれ、あたしははっとした。
そうだ、今だって誰もいないわけじゃない。
信じられるかどうかは微妙だけど、転校生がいるのだ。

ほむら「ここから一歩も動かないで」

さやか「えっ、でも」

あたしに何か言う隙を与えずに、転校生はすっと飛び上がる。
魔女が不明瞭な声を発し、あたしから視線を外して転校生を追った。
192 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/06/16(土) 13:46:20.89 ID:JnqyUw5E0
あたしは息を詰めて空中を見上げた。
魔女の長い身体が伸びて、転校生に食いつこうとその大きな口を開けた。

――危ない!

声が出なかった。
転校生はその大きな闇に飲み込まれそうになって。

ドンッ

爆発音。
いつか見た、手作りの爆弾を、いつのまにかあたしの傍に戻ってきていた転校生は持っていた。
魔女は口から煙を吐き出しながら、尚もあたしたちに向かってきた。

さやか「こ、こっち来るよ!?」

今はバッドや(あったってこの場合なんの役にも立たないだろうけど)なんの武器も持ってはいない。あたしの前に立った転校生の背中が揺れた。
193 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/06/16(土) 13:47:04.82 ID:JnqyUw5E0


パンッ――!


だめ、殺される……!
そう思ってぎゅっと目を閉じたとき、聞きなれたその音があたしたちの間に降りた不自然な沈黙を引き裂いた。

ほむら「……巴マミ」

マミ「随分手こずってるのね、暁美さん?」
194 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/06/16(土) 13:47:37.18 ID:JnqyUw5E0
マミさんだった。
あたしたちの背後に立ってマスケット銃を上空へ向けていたマミさんが、にっこりとあたしたちに笑いかける。

マミ「美樹さん、平気?」

さやか「マミさん……!」

キュゥべえ「まったく、君が暁美ほむらと共に行動するなんて思ってもみなかったよ、さやか」

マミさんの足元には、白い尻尾をふるふると振ったキュゥべえもいた。
いつもあたしが見ている風景が戻ってきたような気がして、ちっとも安心できる状況じゃないのになんだかひどく安堵してしまった。

まどか「……さやかちゃん」
195 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/06/16(土) 13:48:04.63 ID:JnqyUw5E0
けど。
マミさんから少し離れた場所に立って、あたしの名前を呼んだまどかの声に、あたしは思わずびくりと身体を揺らしてしまった。

ケンカ中というわけでもないのに、何を話せばいいのかわからなかった。
それになにより、まどかはすぐにあたしから目を逸らしてしまって。

マミ「話はあとよ」

あたしの反応にマミさんは何かを察したのか、有り難いことにそう言って戦闘体制に入ってくれた。まどかがふっと身体を固くする。
転校生は不機嫌そうな表情で、「あなたは手を引いたほうがいいわ、巴マミ」と。
196 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/06/16(土) 13:49:03.00 ID:JnqyUw5E0
マミ「ここに来て強がるの?」

ほむら「強がりなんかじゃないわ」

ぴりぴりとした雰囲気があたしたちの周りを包み込む。
いつもならここでマミさんのほうに加勢するあたしも、今はどちらにつくこともできなかった。
まどかも困ったようにおろおろと二人を見る。

マミ「素直になったほうがいいんじゃないかしら。だいたい、一人で戦う主義だったんじゃないの?誰かを守りながら戦うなんて馴れないことしちゃって」

魔女の声が、マミさんの言葉を止めた。魔女はまたも不明瞭な声ともつかない声を発して、あたしたちを喰らおうとその身体を伸ばしてきた。
マミさんがぐっと身体を逸らす。けれど、狙いはマミさんでも転校生でもあたしでもなかった。

マミ「鹿目さん!」
197 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/06/16(土) 13:50:04.24 ID:JnqyUw5E0
動いたのはまどかを呼んだマミさんではなく、転校生だった。
固まったまどかの前に立った転校生が、弾き飛ばされる。

ほむら「……ッ」

さやか「転校生!」

ゴッと鈍い音がして、チーズのようなもので出来た壁に転校生の身体が叩き付けられた。
転校生の顔が痛みに歪んだのが見えた。
マミさんが、その場で態勢を整えなおすと、マスケット銃が一発二発、火を噴いた。

魔女の体が揺れた。
マミさんはすっと手を伸ばした。黄色いリボンが魔女を捕らえる。
198 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/06/16(土) 13:51:55.59 ID:JnqyUw5E0
ほむら「だ、だめっ――」

転校生のそんな声と、マミさんが必殺技を叫んだのは同時だった。

ティロ・フィナーレ――!

ドゴンッ
大きな爆発音がするはずだった。

けれど。

まどか「――……え?」
199 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/06/16(土) 13:52:52.32 ID:JnqyUw5E0
魔女の口からもう一匹――吐き出されるように出てきたどす黒い色の魔女。
その魔女が、鋭い牙をまどかに向けて突き刺そうと――

ほむら「まどかっ」

あたしは動けなかった。
その様子を、ただ遠くのような近くで、見ているしかなかった。

転校生はそう簡単には動けないはずなのに、もがくように身体を動かして飛ぶと、今にも噛み殺されそうなまどかの前に庇うようにして立った。

転校生、殺されちゃう――
200 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/06/16(土) 13:53:28.17 ID:JnqyUw5E0








どうして……。
呟いたのは、マミさんだった。キュゥべえがちらりとマミさんを見上げたのが見えた。






マミ「鹿目さん、暁美さん!」
201 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/06/16(土) 13:54:13.50 ID:JnqyUw5E0






ガリッ





202 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/06/16(土) 13:54:42.56 ID:JnqyUw5E0
ひっ、とまどかの漏れ出した声が聞こえた。
あたしは目を開けた。
呆然としているまどかと、ただそこに立っているだけの転校生と。

それから。

さやか「――マミさんっ!」

マミ「……へ、平気よ」

マミさんの片腕は、なくなっていた。
その代わり、その足元には赤黒い血が水たまりとなって。

ゴリッ
ゴリッ

きっと、マミさんの腕を噛み砕いている音。
それが不気味に響いた。あたしの背中をぞくりと何かが走り抜けた気がした。
少しの間忘れていた恐怖があたしを包み込む。
203 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/06/16(土) 13:55:34.89 ID:JnqyUw5E0
魔女の口の動きが止まり、じろりと。
どす黒い色が、今度こそあたしたちを飲み込もうと見下ろした。

ほむら「退がっていて」

転校生は静かな声で、誰にともなくそう言うと飛び上がった。マミさんが「あっ」と声を上げる。
すっかりぼろぼろになってしまった身体で、それでも転校生は痛みを感じている様子を見せることもなく小さな爆弾をいくつも取り出して。

魔女の開いた口に――本当の意味で開いた口が塞がらないんじゃないかと思うほど開いた口に、次々と投げ入れた。

ボンッ
ボンッ

ドンッ

最後に一際大きな音がして。
魔女の体がどすりと崩れ落ちた。
その体が、カランとグリーフシードに変わった。

◇◇
204 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/06/16(土) 13:59:48.33 ID:JnqyUw5E0
だいたいの貼り付け分はこれで終わり
今夜から新しい文も書いていきます
これから一気にペースダウンすると思いますがのんびり付き合ってくださると嬉しいです

205 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(兵庫県) [sage]:2012/06/16(土) 15:19:58.85 ID:Kruh+1IWo
楽しみにしてる。ゆっくりじっくりやってくれー。
206 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/06/16(土) 15:35:38.89 ID:D3hT7lrmo
おつ
207 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/06/16(土) 23:56:56.15 ID:JnqyUw5E0
さやか「……」

ほむら「……」

さやか「……」

ほむら「……どうしてついてくるのかしら」

あたしは何も言わずに、というよりも何も言えずに、ただ転校生の後ろを歩いた。
転校生の足元は覚束無い。
きっと、転校生も怪我をしてしまっている。

ほむら「巴マミのところには、行かないの」

さやか「……まどかがいるから」

こんなときにまで意地を張っているわけじゃない。
ただ、マミさんが片腕を失ってしまって。
あたしはどうすればいいのかわからなかった。
208 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/06/16(土) 23:57:37.18 ID:JnqyUw5E0
あたしが無理矢理転校生についていくって言ったからだ――

ぎゅっと、拳を握り締めた。
『だいたい、一人で戦う主義だったんじゃないの?誰かを守りながら戦うなんて馴れないことしちゃって』
マミさんの声。

転校生が怪我をしてしまったのも、マミさんがあんなふうになってしまったのも。
あたしがいたから。

あたしがついていきさえしなければ、転校生だってちゃんと戦えたのだ。
マミさんだって、あんなふうな怪我をしなくても済んだ。

今さらな後悔が、あたしを襲う。

ほむら「……どこまでついてくる気?」

冷え冷えとした声が、あたしを現実に引き戻した。
気が付くと、あたしはいつのまにか転校生の家までついてきてしまっていたらしい。
転校生は扉に手をかけながら、あたしを振り向いた。
209 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/06/16(土) 23:58:40.55 ID:JnqyUw5E0
さやか「……帰ったほうがいい?」

転校生は何も言わなかった。
ただ、怪我をした身体で無言のまま家の中へと消えた。
あたしは一瞬迷った後、転校生の後を追って、なんだか随分と久し振りに来たように感じる家の中に足を踏み入れた。鍵はかけずにいてくれたから、入っても入らなくてもどちらでもよかったのだろう。

暗い家の中。
前に来たときも感じたことだけど、転校生のうちは随分と薄暗かった。
だけど今のあたしにとって、この薄暗さはありがたい。

ほむら「……」

転校生はふらふらと靴を脱ぎ捨てて、家に上がり込む。
あたしもそのあとに続いた。転校生の靴と自分の靴を、丁寧に並べて。
そんなことをしている自分がなんだか滑稽に思えた。
210 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/06/16(土) 23:59:08.08 ID:JnqyUw5E0
ほむら「何も出せないけど」

さやか「……出すつもりもないんじゃないの」

ほむら「そうね」

片膝をついて、転校生を見上げた。
転校生はじっとあたしを見下ろしていた。その視線が普段よりも随分と優しい気がした。

憐れみだったりそんなのはいらないけど、憎まれるのだってあたしは嫌だ。
転校生に好かれているとは死んでも思わないけど、それでも心の底から憎まれるのも、あたしは恐かった。
でもそれくらいのことをされる原因を作ったのはあたしで間違いないし、むしろいつものように険しい視線であたしを見ていてほしかった。

さやか「……」

耐え切れずに視線を逸らすと、転校生は小さく息を吐いた。
なんだか以前とは随分と立場が逆転したように感じる。
211 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/06/16(土) 23:59:43.89 ID:JnqyUw5E0
転校生は奥へとのろのろとした足取りで向かった。
その背中が闇の中に消えていきそうで、さきほどの戦いのことを思い出してしまいそうで、あたしは立ち上がると転校生に「待って」と声をかけかけて。

さやか「……っ」

声が、出てくれない。
あたしはだから、代わりに手を伸ばした。

案外簡単に、掴まるものだ。
転校生はあたしに手を掴まれて、立ち止まる。そのまま振り向きもせずに「なに」と。

さやか「……ごめん」

あたしは言った。
勝手に言葉がこぼれ出てきたみたいだった。
まさかあたしが転校生に謝るなんて、思いもしなかった。

ほむら「……」

転校生はやっぱり振り向きもせずに、力のなくなったあたしの手からそっと、自分の手を引き抜いた。小さな温もりが途端に消える。
212 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/06/17(日) 00:00:13.37 ID:jYPIougM0
ごめん。
あたしはもう一度、言っていた。
何に対してのごめんなのかはわからないけど。

ずきずきと痛いのは転校生の身体のはずなのに、自分の身体まで痛んでいるような気がした。
転校生の痛みを感じてるわけじゃなくって、あたしの感じている後悔の念。
それがあたしの細部にまで痛みを染み渡らせていた。

さやか「……謝ったって意味ないと思うし、それにあんたに笑われちゃうかもしれないけど」

でも。
謝らなきゃあたし。

ほむら「そうね」

さやか「え?」
213 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/06/17(日) 00:02:33.24 ID:jYPIougM0
ほむら「謝られたってどうこうなるわけじゃないし、それで私や巴マミの怪我が治るわけじゃないわ」

あたしはただ言葉に詰まって、俯いた。
転校生の言う通りだったから。

ほむら「だいたい、この怪我は単純に私が弱かっただけ。あなたがいたから怪我をしてしまったわけじゃない。そんなの自意識過剰よ、美樹さやか」

突き放すような、転校生の声。
あたしは揺れそうになる視界を、ぎりっと廊下を踏みしめなんとか耐えた。

ほむら「……魔法少女になるって、こういうことよ」

転校生は、静かに言った。
じっと、暗闇を見据えたまま静かに。
214 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/06/17(日) 00:02:59.99 ID:jYPIougM0
ほむら「いつ、この命が尽きるかもわからない。誰も助けてなんてくれないし、助ける必要だってない」

さやか「……転校生は、それでいいの」

ほむら「私は、いつだって一人で戦ってきたわ。魔法少女は、孤独なの。巴マミも、孤独であるべきだった。自分の力を見誤って誰かを守ろうとして傷を負ったのは、ただ自身が愚かだっただけのことよ」

そんな言い方。あんただってまどかを守ろうとして。
そう言い掛けて、だけど自分の心が随分と軽くなっていることに気が付いた。

ほむら「あなたは、命を懸けて戦う代償を背負ってまで魔法少女になりたいと思う?願いを、叶えたいと思う?」

あたしはだらんと腕を下ろし、転校生の背中を見詰めた。
――けれど転校生は命懸けだとわかっていて魔法少女になった。一人で、戦う宿命を背負って。そうまでして、叶えたい願いがあったのだ。

さやか「……ねえ、それならあんたはどうして魔法少女になったの?」

あんたの願ったことは、いったいなに?
一人で戦わなきゃいけないって、どうしてそこまで頑なになるの?
あたしはともかく、あんたが好きなはずのまどかまで突き放すのはどうして?それなのに、危険なときは自らの身体を賭してまで守るのは?
215 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/06/17(日) 00:03:31.19 ID:jYPIougM0
こんなこと、訊ねるべきじゃないのかもしれない。
けれどあたしは訊ねていた。

転校生のことなんてどうでもいいはずなのに、あたしは訊ねずにはいられなかった。
転校生の声が、あまりにも頼りなげに聞こえてしまったから。

ほむら「……」

さやか「……転校生」

答えはなかった。
あるはずもなかった、転校生が答えてくれるはずなんてないのだ、わかっていたことだけど。
ただなんとなく、転校生はもしかしたらあたしが考えていた以上に背負っているものがあるんじゃないかとか。そんなことを思った。

軽くなった心に、代わりに転校生との間の沈黙が沈み込む。
今は無理でも、いつか聞かせて欲しい。
転校生が魔法少女になった理由。それをあたしが知ることで何か変わるわけじゃないのだとしても、少しでも転校生の背負うものが軽くなるように。一緒に背負ってやるなんてことは言えないし言いたくもないけれど、あたしはきっとまた、転校生に借りが出来てしまった。

さやか「いつでもいいよ、話したいときでいいから」
216 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/06/17(日) 00:04:04.72 ID:jYPIougM0


翌日、まどかは学校に来ていなかった。
ただ一緒に登校した仁美が、「まどかさん、今日は付き添いしなきゃいけない人がいるとかで、お休みするそうですわ」と言っていたからきっとマミさんのことだろう。

さやか「……はあ」

あたしは小さく溜息。
机の下に隠した携帯には、まどかからのメールは昨日から一通も来ていない。
マミさんのことがあったからというのもきっとあるのだろうけど、その前からまどかの様子がおかしかったものだからどうしても気になってしまう。

ふと前を見た。
相変わらずの長い黒髪が目に入る。

転校生は今日も何食わぬ顔で登校してきて。
まどかがいないとわかっていたからなのか、待ち合わせ場所には現れなかったけど。
きっと転校生はつまらなさそうに先生の話を聞いているのだろう、なんとなくその表情まで想像できそうだった。
217 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/06/17(日) 00:04:38.16 ID:jYPIougM0
――昨日。
あの後すぐに、転校生は怪我の手当てもさせてくれずに、もちろんなんのおもてなしもせずにあたしを追い帰した。追い帰したというより、転校生は何も言ってくれなくなったから帰らざるを得なかったわけだけど。

怪我は大丈夫なのだろうか。
そんなことばかり、頭を過ってちっとも授業に集中できなかった。

転校生のことだから、きっと今日も魔女と戦いに行くつもりなのだろう。
そう思うと、あたしはどうすればいいのかわからずに、もやもやとした時間を過ごして。

何度も休憩中に声をかけようとしたけどその度に逃げて、どうして逃げるのかわからないけど逃げられて、結局ちゃんと話せたのは放課後だった。

ざわざわとした教室で一人、無言で帰り支度を済ませた転校生が出て行こうとするのを見つけたあたしは、一度躊躇ったものの、すぐに自分も鞄を持ち上げると転校生に近寄った。転校生がちらりとあたしを見たので、あたしは「えっと……」と口篭った。

昨日の今日。
なんとなく、いつも以上に話しづらかった。
218 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/06/17(日) 00:05:08.19 ID:jYPIougM0
さやか「今日はさ」

ほむら「……行くけど」

まだなにも言っていないというのに、あたしの言いたいことを察したのか転校生がさらりと言ってのけた。
あたしは驚いたものの、すぐに「大丈夫なの?」と。

さやか「あんた、まだ身体……」

ほむら「魔法少女の肉体は普通の人間に比べてかなりの強度だから。それに、あなたに心配される筋合いはないわ」

さやか「なっ……」

確かに心配はしてたけど。
心配してた自分が損みたいだ。
219 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/06/17(日) 00:05:37.79 ID:jYPIougM0
さやか「あんたねぇ……」

むしゃくしゃする。
だけど、あたしはマゾでもないはずなのに転校生に突き放されたようなことを言われることでほっとしていたりもした。昨日のことで転校生のあたしへの態度が変わるわけない。

ただ、あたしたちの関係が少し変わったのは確かだ。
少し前までのあたしと転校生なら、こんなやり取りさえなかったはずだ。

ほむら「言いたいことはそれだけかしら」

転校生は、そう言ってふっとあたしから視線を逸らし、そのまま背も向けた。
あたしは「あのさ」ともう一度。

ほむら「……」

さやか「……一緒についてくって、もう言えないけど」

一緒に行ったところであたしにはなにもできないし、一人で戦うことが寂しいんじゃないだろうかとかバカなことを考えてかえって危険になってしまった昨日。
だからあたしは、もうついていくなんてことを言えるはずもない。

それでも。

さやか「せめて、一緒に帰ろう」
220 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/06/17(日) 00:06:09.03 ID:jYPIougM0

side:まどか

まどか「……痛く、ないですか?」

訊ねると、マミさんは「もうすっかり大丈夫」とゆっくり微笑んだ。
いつもは指輪の形をしているソウルジェムが、今はベッドに横になるマミさんの枕元に置かれていた。わたしは片方だけになったマミさんの手を、そっと握る。
マミさんが「ごめんね、鹿目さん」と言って、俯いて見えなかったけれど申し訳なさそうな顔をしたのがわかった。

まどか「へ?」

マミ「学校、休ませちゃった」

まどか「そんな……」

わたしの、せいなのに。
声にはならずに、ただどうしようもない涙だけが、溢れてきて、視界をぼやけさせてしまう。だめ、マミさんの前で泣いちゃったらよけいに困らせちゃう。
「わ、わたし、お茶淹れてきますね!」なんてことを言って、わたしは急いでマミさんに背を向けた。飲みかけの、冷めた紅茶の入ったマグカップを持って。

マミさんから隠れるようにして、きれいに整理整頓されて、それでいて使い込まれたようなキッチンに飛び込んで。
わたしは、蹲るようにしてその場に座り込んだ。

まどか「……どうして」
221 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/06/17(日) 00:06:39.38 ID:jYPIougM0
昨日の放課後。

玄関で出会ったほむらちゃん。少しだけ、誰かを気にしているみたいだった。それはきっと、さやかちゃんのことだとわたしはすぐにわかってしまって。
『ほむらちゃん、今日はわたし、急いでるから……だからその、さやかちゃんと、帰ってくれないかな?』
そんなことを、ほむらちゃんに、言ってしまった。ほむらちゃんは「でも」と困ったように言ったあと、少しだけはっとしたように無表情だった表情を変えた。
振り向いて、さやかちゃんが下駄箱まで歩いてくるのを見つけたわたしは。思わず、声をかけてしまった。だけど。

さやかちゃんの戸惑った顔が、離れない。

昨日の戦い。

15分以上早く着いた待ち合わせのファストフードのお店で、マミさんと合流した。今日は美樹さんはいないのね、なんて言いながら、マミさんは座っていた椅子から立ち上がった。
早く終わらせちゃったほうがいいかしらね、なんて言いながら、見つけた結界に入ったわたしたちは、そこでさやかちゃんとほむらちゃんの二人に会ってしまって。
さやかちゃんと目が合って、離せなかった。マミさんにも言われていたのに。魔女の結界内に入ったら、絶対に別のことは考えちゃだめよ、と。それなのに、わたしの頭に流れたのはここ最近の二人のことばかりだった。

ほむらちゃんは、わたしを庇ってたたきつけられた。マミさんは、わたしたちを庇って、腕を、失った。
222 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/06/17(日) 00:07:15.63 ID:jYPIougM0
全部、全部、わたしが。
わたしは、こんなにも無力なのに。

寂しかった。
悲しかった。
悔しかった。

色んな気持ちがごちゃ混ぜになって。
涙となって、流れていく。
223 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/06/17(日) 00:07:44.07 ID:jYPIougM0
ほんとうは、こんなはずじゃなかった。
なにもできないくせに、自分の気持ちの正体を、探ろうとした。探ろうとして、ああでもきっと本当は気付いていた。気付いていたからこそ、嫌い合っている友達同士を、仲良くさせたかった。
自分の気持ちなんてものを、全部無視してしまって。みんなが仲良くなればそれでもう、大丈夫だなんて、そんなこと。

それなのに。

どうして、どうしてなんだろう。
みんなが、傷付いてしまった。取り返しのつかない怪我を、マミさんに負わせてしまった。
そしてなにより、戦いが終わって、わたしに、背を向けた、あの子のことを思う。
224 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/06/17(日) 00:08:16.75 ID:jYPIougM0







こんなにも、胸が痛い。
こんなにもわたしは。







225 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/06/17(日) 00:08:58.70 ID:jYPIougM0
今日の更新は以上
それではおやすみなさい
226 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage]:2012/06/17(日) 00:30:25.32 ID:saWdSmmCo
227 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/06/17(日) 01:34:52.58 ID:RDA2jV1Po
228 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/06/17(日) 05:06:19.90 ID:R34EwvLDO
おつ
229 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/06/19(火) 17:40:07.80 ID:kioaJQ/Q0


転校生の消えていったそこを見詰める。結界の入口。今まさに魔女と対峙し、戦っているところなのだろう。
時たま歪むそれが転校生の劣勢を意味しているように見えて気が気ではない。
ここまでついてきて、転校生は「ここから先は私一人で行くわ。あなたは帰って」と言った。けれど、あたしがそう簡単に帰るはずもないことは転校生もこれまでのことから学んだのだろう。
一度言ったきり、あとは勝手にしなさいというようにあたしを無視し、一人結界の中へ飛び込んでいったのだった。

もし、あたしが魔法少女になったなら。
ふとそんなことを思った。今までだって考えなかったわけじゃなかった。たとえば、恭介の腕を治すという願い事――けれどそれだって、踏み出せないままでいた。
それでも、もしあたしが魔法少女になったなら、こんなところで誰かが、転校生が、戦っていることを見ているだけなんてことにはならないだろう。それに、やっぱり昨日だって、そうだ。

そう思って、知らず握っていた拳に気付いたとき。
230 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/06/19(火) 17:41:25.25 ID:kioaJQ/Q0
さやか「……」

一歩だけ、後ずさった。恐くなったわけではなくって、「まどか」
顔を上げて、こちらへ歩いてきていたまどかは「さやかちゃん」と一言名前を呼ぶと、ぱっと踵をかえした。

さやか「まどか!」

そういえば、ここはまどかの家の近くだった。
いつもとは違う方向から来たということは、たぶんマミさんの家から帰ってきたのだろう。マミさんの怪我のことも心配だし、なによりまどかの様子が気がかりだったあたしはまどかを追いかけるのは
当たり前だと思うのに、まどかがどうして逃げるのかわからなかった。
231 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/06/19(火) 17:42:02.78 ID:kioaJQ/Q0
さやか「ねえ、ちょっと待ってよ!」

呼びかけても、まどかは振り向かなかった。家とは正反対のはずなのに。
あたしは途中で追いかけるのを諦めた。というよりも、これ以上、追いかけられなかったんだと思う。

さやか「……なんだってのよ、もう」

あたしはまどかのことがわからずに困惑した。
まどかのことが、わからない。
232 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/06/19(火) 17:42:50.02 ID:kioaJQ/Q0
ずっと、あたしとまどかは親友だった。転校生には悪いけど、まどかと現在進行形で一番仲がいいのもあたしだと、自負していて。
まどかのことはなんでも知っているつもりだった。なんでもわかるつもりだった。たとえば持っているリボンの数とか、数センチ切った前髪のことだとか。
それなのに。

避けられている。
そう直感的には感じて。

まどかのことだからきっと、あたしがなにをしていたってすぐに許してくれるのだから謝ればいい。
そう思うのに。
こういうとき、あたしはひどく腰抜けになってしまうのだと、今さら、そんなことを知った。
233 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/06/19(火) 17:43:21.93 ID:kioaJQ/Q0
短くてすまん
今日は以上
234 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage]:2012/06/19(火) 23:41:42.53 ID:th8YZ6c9o
235 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/06/20(水) 00:21:23.89 ID:iX+3eD7go
236 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/06/21(木) 03:21:21.87 ID:+EqDRxhDO
さやさや
237 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/07/03(火) 20:42:07.11 ID:Q15BlWnP0
ほむら「……」

結界のあった場所に戻ると、そこにはもうそれはなく、ただいつも通りの顔をした転校生がその手にグリーフシードを持ったまま立っていた。
終わったんだ、と声をかけると転校生はええとも当たり前よとも言わずにあたしを一瞥するだけすると、背を向けた。まさかまた怪我でもしたんじゃないかと思ったけど、そうではないみたいで。

さやか「ちょっと、転校生?」

今度はこっちかと思いながら声をかけると、意外にも転校生はすぐに振り向いた。「なによ」と問うと、「あなたこそ、なんなの?」と返されてしまった。
あたしは気が殺がれてしまって――というよりも、きっと安堵したのだと思う――もういい、そんな言葉でこの場を濁して転校生の横に並んだのだった。
238 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/07/03(火) 20:44:46.99 ID:Q15BlWnP0


マミさんのお見舞いに行こう、とも言い出せないまま別れた昨日。

その次の日にはもうまどかは学校に来ていて、一緒に着いてきていたキュゥべえに訊ねると「マミ?大丈夫もなにも、そもそも腕一本失っただけでどうにかなるはずなんてないじゃないか」なんてことを言われてしまった。
けれどあたしたち人間にとってみればその腕一本がなくなってしまうのはとても辛いことなのだと、どうしてこの生物はわからないのだろう。現に、マミさんは学校に来ているわけなんてなくて。いくら元気だからといって、精神的にはキツいに決まっている。今さらそんなこと考えてもしかたがないと、割り切るしか方法はないのだけど。

さやか「……」

そして、まどかとは朝一緒に登校することもなく教室でばったり会って。
気まずい雰囲気のまま「おはよう」と挨拶したっきり話をしていない。
仁美もそんなあたしたちになにかを感じ取ったのだろう、困ったようにあたしたちを見比べるばかりで、最初はおろおろあたしたちの間を行ったり来たりしていたのが、まどかのほうが重症とでも見たのだろうか、最終的にはまどかに付きっ切りになってしまった。
裏切り者!なんて言えるはずもなく、一人になってしまったあたしは同じく一人の転校生と一緒にいるしかなくて。
239 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/07/03(火) 20:47:26.89 ID:Q15BlWnP0
ほむら「……」

さやか「いつもここで食べてたの、お昼」

ほむら「鹿目まどかや志筑仁美はどうしたの」

昼休み。

学校の屋上に、人の姿はない。それもそうだろう、こんな曇っている日に外で食べようだなんて、誰も思わないだろうから。それなのにこの転校生は天気なんて関係なく毎日昼休みになれば教室を出て行ってしまう。まどかが何度か誘おうとしたって、いつのまにかいなくなっていたのはなるほど、ここに来るためだったのだろう。
転校生と微妙な距離を保ちながら訊ねると、転校生は地味なお弁当に黙々と手をつけながらあたしの質問には答えず別の質問を投げ返してきた。
240 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/07/03(火) 20:48:12.60 ID:Q15BlWnP0
さやか「あー、っと……」

あたしはタコの形をしたウインナーをつっついていた手を止めて、頬をかく。
「その、なんていうかさ」
そう言いかけて、はっとする。あたし、なに転校生に愚痴ろうとしてんのよ。もちろん、転校生がまどかのことを話題に出してどういう反応をするのかは気にはなったけど。
けれど転校生はというと、あたしがなにか言いかけたことを気にもかけずにやっぱり黙々とお弁当を食べ続けている。

規則正しく動く白い喉が、見ているだけで少しおもしろい。

ほむら「なにか」

あたしはなんでも、と答えるかわりに少し身体を横に滑らせて転校生に近付くと、その手元を覗き込んだ。いつもまどかや仁美にしているみたいに。
自分自身予想外の行動。けれど怯んだのは一瞬だけで、あたしは転校生のお弁当から一つ卵焼きを頂戴した。「あ、ちょっと」とさすがの転校生も驚いたみたいに声をあげる。
241 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/07/03(火) 20:49:36.35 ID:Q15BlWnP0
口の中に放り込んだ卵焼きは、形は少し不恰好だったものの味は中々だった。ただ。

さやか「……甘。砂糖いれてる?」

ほむら「ええ」

意外。てっきり転校生は甘いものは苦手だと思っていたのに。
また一つ、転校生のことを知ってしまったらしい。けれど、そのことが嫌ではないことにあたしは気付いていた。そういうとこ、まどかにも見せればいいのに。
そうぽつりと呟くと、転校生に華麗に無視された。
242 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/07/03(火) 20:50:04.24 ID:Q15BlWnP0
お久し振りです
今日の更新は以上
243 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2012/07/03(火) 20:52:34.10 ID:g8XlbLtmo
乙!
244 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/03(火) 20:53:26.70 ID:yQXNMtrDO
きたきた!楽しみにしてたおつ!
245 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage]:2012/07/03(火) 22:15:48.18 ID:QbOIf4IFo

待ってました!
246 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/03(火) 22:58:23.12 ID:MO1jTxT7o
なんか胸が苦しくなりますね!
247 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) [sage]:2012/07/04(水) 05:08:39.20 ID:aKOAKVcb0
乙!
すごく続きが気になる
248 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/07/14(土) 13:59:32.60 ID:eRtuyl+n0
本日投下分書き溜め途中という報告だけ
毎回遅くてすみません
例の如く短いとは思うが今夜には投下したいと思います
249 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/14(土) 14:38:50.97 ID:uojxslD1o
期待してまつです
250 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) :2012/07/14(土) 14:56:19.14 ID:BhBdn8uC0
気にせずゆっくりじっくり書いて下さいな
そして今夜の投下楽しみにしてます
251 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/07/14(土) 14:57:00.24 ID:LP+0tzwKo
ゆっくりでも問題ねぇ!
期待!
252 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/07/14(土) 23:34:19.24 ID:BEBURyNq0
―――――
 ―――――

お昼がすぎ、もうすぐで今日一日の授業が終わるという頃曇り空はついに泣き出した。
それまで我慢してきたものが一気に溢れてきたみたいに、大粒の雨粒が次から次へと空から降ってくる。

昼休みのあの後も、会話はぷつりぷつりと続いた。

あたしが一方的に会話を繋げていくだけで、転校生はほとんど面倒臭そうな相槌ばかりだったものの、お弁当を元通り包み終えてもどこかへ行こうとはしなかった。
あたしもだから、食べ終わったってずっとそこにいた。また少しだけ、転校生のことを知って。たとえば、お弁当は自分で作っているのだとか、まどかを好きになったのは随分と前なのだとか。(随分と前というのは、一体いつのことなのか気になるけど)

転校生はただ行く場所がなかっただけなのかもしれないが、そんなことを途切れ途切れに、電話越しではなく直接話せることがあたしは少し、嬉しくて。
そう素直に思えるほどには、もしかしたらあたしも、内心かなりまどかの態度に落ち込んでいたのかもしれなかった。
253 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/07/14(土) 23:35:09.87 ID:BEBURyNq0
さやか「……」

あたしは折り畳み傘を鞄から取り出しながら、そっと辺りを見回す。
玄関先、この天気のせいかいつもよりも多い数の生徒でごった返していた。そんな中でも、すぐに見つけてしまうのはきっとその髪型のせいだけじゃないはずで。

さやか「あ……」

まどか、と声をかけようとしたとき、あたしはまどかが途方に暮れたように暗い空を見上げていることに気がついた。
先ほどまで鞄を探っていたのだろう、微妙に口の開いたその中に傘はなかったに違いない。仁美は今日もまたお稽古事のために先に帰ったのだろう。
すると、まどかはこのままじゃ濡れて帰るか止むまでここで待つしかなくなるはずだ。いつもならすぐにでも駆け寄って、まどかの王子様さながらあたしの傘にいれることができるというのに。
254 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/07/14(土) 23:35:47.58 ID:BEBURyNq0
まどか。

ただ一拍、名前を呼ぶのが遅れただけで。
まどかはもう昇降口の屋根の下から飛び出していた。その背中が、雨のせいでおぼろげに見えた。

すぐにでも追いかけるべきだった。
だというのにあたしはこの間のまどかの背中が忘れられずに、ぐっと持っていた傘の柄を握ったまま、その場に突っ立って。

それなのに、なぜか別の背中が見えたとき。あたしの身体は無意識のうちに動いていた。
255 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/07/14(土) 23:36:22.15 ID:BEBURyNq0
さやか「転校生!」

呼びかけてすぐ、そのすぐ横を通り過ぎた身体と振り向いた転校生の身体がぶつかった。
転校生の身体を押したのはまどかだった。雨のせいでうまく前が見えていなかったのだろう、転校生とまどかは一緒に地面に倒れこんだ。
転校生の差していた傘だけが一瞬宙に浮いて、強い雨粒に押されるみたいにばさりと重い音をたて倒れた二人の真横に落ちた。

さやか「ちょ、二人とも大丈夫!?」

あたしは驚いて転んだ二人に駆け寄った。
「いてて……」と言いながらまどかが立ち上がり、そしてすぐに隣に倒れた転校生の姿を認めて目を丸くする。
256 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/07/14(土) 23:36:55.72 ID:BEBURyNq0
まどか「あ、ほ、ほむらちゃん……平気?」

ほむら「……ええ」

まどかに声をかけられた転校生は、ほんの少しだけ表情を変えて身体を起こした。
二人とも雨のせいですっかり全身が濡れてしまっている。「ほむらちゃん、私、ごめんね……」とまどかがおろおろと謝り、転校生は「別に」などと大して感情のこもっていないような声で。
あたしは転校生の気持ちを知ってしまっているから、その態度に腹を立てることもできずに、ただ、まどかがあたしを見ようとしないことにも気付いてしまって。

さやか「あんたたち、傘」

困ったようにお見合いしてるような二人に、あたしはまず転校生の傘を拾い上げ、そしてあたし自身の持っていた傘を開けたまままどかに渡した。
半ば押し付けるように。
257 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/07/14(土) 23:37:22.32 ID:BEBURyNq0
まどか「え、あの、さやかちゃ……」

今日初めてまどかがあたしの名前を呼ぶ。
小さな声でだけど、それだけが今のあたしにとって安堵できることだった。それだけでも、きっと喜ぶべきことなのだと、そう思うと悲しいけど。

さやか「あたしの貸すよ。まどか、傘ないでしょ?」

まどか「そうだけど、さやかちゃんは」

さやか「転校生の傘あるし」

あたしが言うと、まどかだけでなく転校生まで驚いたようにあたしを見た。
まどかは「そ、そっか……」
それだけ言うと、一瞬だけ転校生とあたしの両方に視線を送ったあと。
258 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/07/14(土) 23:37:55.73 ID:BEBURyNq0
まどか「……ありがとね、さやかちゃん」

落とした鞄をさっと拾い上げ。
あたしたちに背を向けた。まどかの小さい手が、あたしの傘の柄を、さっきのあたしみたいにぐっと握ったのが見えた。

転校生が隣で小さく息を吐いたのがわかった。
今さらになって、あたしは少し後悔した。あたしじゃなくって、転校生がまどかに傘を渡せばよかったのか。いや、違う。
いつものあたしなら、あたしがまどかと同じ傘に入るはずで。

それなのに。
転校生に協力すると言ったあたしがそんな状況ではなくなってしまって。しかも、まどかと気まずいからといって普段一緒にいることのない転校生をあたしは無意識に選んでしまっていたのだ。
259 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/07/14(土) 23:38:32.59 ID:BEBURyNq0
ほむら「……冷たい」

そんな転校生の声で、あたしは我に帰る。いつのまにか雨はさっきよりも強くなっていて、びしょ濡れになった転校生の手があたしの制服の裾を掴んでいた。
その様子がいつもの転校生らしくなくて、どこか胸の奥がドキリとした気がした。

さやか「あ……ごめん」

あたしは転校生の傍にいなくちゃいけないんだから、そんな勝手なことを、思った。それも、今だけの身勝手なこと。
今のあたしが転校生の恋路の役に立つはずなんてないのに、あたしがまどかから逃げるための、身勝手な理由だ。
いつもなら、あたしは傘の外を出るはずなのに、今日は。

さやか「もうちょっとこっち来たら。濡れるよ」

引き寄せた。きっと、まどかの、普段隣にいてくれる誰かの代わりに。
転校生もなぜだか抵抗しなかった。転校生がなにを思っていたのかはわからない。
ただ、普段よりも近すぎるくらい近い距離で、あたしたちはそのまま、雨の中無言だった。
260 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/07/14(土) 23:39:15.17 ID:BEBURyNq0
今日の更新は以上ー
いつも待っててくださる方ありがとうございます
それではまた
261 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/15(日) 00:08:00.05 ID:1yUtsZVDO
舞ってた貝があった
262 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage]:2012/07/15(日) 00:49:56.02 ID:AtXDZ1HVo

この空気感が堪らない。地の文がすごくいい
263 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) [sage]:2012/07/15(日) 06:40:11.03 ID:fkEhFro80
乙 続きが待ち遠しいわ
264 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage]:2012/07/16(月) 06:53:33.01 ID:qRpZo2Tv0
楽しみにしてる
265 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(空) [sage]:2012/07/22(日) 13:02:45.08 ID:xAPzXkFro

マミさん魔法で体が治せることは知らないんかね
266 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/08/07(火) 22:34:00.30 ID:U62oqD3K0
遅筆ですみません、まだ更新できそうにないのでとりあえず生存報告だけ

>>265
さやかの治癒魔法でなら治せそうだなあと思っていたけど、
魔法でどの辺りまで治せるのかがわからなかったからその辺りの描写いれられなかった
単純に自分の勉強不足です申し訳ない
267 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) [sage]:2012/08/08(水) 03:40:36.56 ID:ZguOFD0o0
待ってるよ
268 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/08/08(水) 20:53:50.49 ID:/NQ/Oz8DO
待つわ
269 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage]:2012/08/23(木) 08:59:56.46 ID:tJR0/v0d0
いつまでも
270 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/08/24(金) 23:43:38.03 ID:2fIH71300

side:まどか

逃げるように、背を向けた。
雨の音はいつまでだって私にまとわりついてくるみたいで、耳を塞ぎたくなった。
さやかちゃんの傘はなんだかいつもの私の傘とは違って、ずっしりと重く感じる。
濡れた制服も、それに包まれるこの身体も、全部が重たく感じて。

まどか「……痛い、よ」

さっきほむらちゃんとぶつかったときのように、くらりと重心が傾いた。
傘は、最早意味を為さなくなる。
大粒の雨に打たれて、私はただ、この痛みに耐えていた。ずきりずきりと疼く胸の痛みに、今はただ、耐えるしかなくって。

耐えるしか、ないのに。
271 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/08/24(金) 23:45:10.02 ID:2fIH71300
――ぽろ。
冷たい雨は、手にかかると熱かった。それが雨じゃないと気付いたのは、知らず知らずのうちに漏らしていた自分の嗚咽のせい。
ごしごしと何度目をこすったって、止まらない。何度も何度も、繰り返したけれど。

不意に雨の冷たさが、消えた。

まどか「……っ、マミ、さん……」

困ったような顔をして、マミさんが、いた。
長袖の私服姿、大人しい色の傘。傘を持っていないもう片方の腕は、もちろん空っぽで。

マミ「今日も、一人で帰ってきたのね」

こくりと頷いた。それがよけいに私の中のなにかを刺激してしまったのかもしれなかった。
もう、涙を止めることすら諦める。マミさんになら全部、吐露してしまってもいいと思った。けれど、そうする前にマミさんは全部を知ってくれているみたいに。
堪らなくなって縋りついた私を、マミさんはただ受け入れてくれた。勢いで揺れた空っぽの腕が悲しかった。
272 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/08/24(金) 23:45:57.37 ID:2fIH71300
マミ「帰ろっか、鹿目さん」

まどか「……は、い」

歩き出しかけたマミさんの空っぽの腕を、私は引きとめるみたいに引っ張った。後ろに倒れかけた身体をさすがのマミさんはその寸でのところで立て直し、「鹿目さん?」と名前を呼ぶ。
その声はあまりにも優しい。私は「なんで」と振り絞るような声で、そう言っていた。

まどか「マミさんは、どうしてそんなに、強いんですか」

マミ「……どうして、って?」

まどか「だって、腕だってこんなになっちゃって……それなのに」
273 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/08/24(金) 23:47:34.11 ID:2fIH71300
マミさんの手が、傘ごと私を引き寄せた。
その身体は思ったよりも冷たくて、マミさんの指に輝く指輪状のソウルジェムは少しだけ濁っているようで。ここに来るまでの間、マミさんはきっと戦っていたのだ。
このぼろぼろの身体で。

マミ「私、あなたには強く見えてる?」

静かな声で、マミさんが言う。
つよい、です。
私はこくんと頷いて。

マミ「ほんとはね、違うの。あなた達の前では無理矢理カッコつけて先輩ぶってるだけで。……独りになればいつも泣いてばかり。戦うのだって、怖くてしかたないわ」

まどか「じゃあなんで……」
274 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/08/24(金) 23:48:52.93 ID:2fIH71300
マミ「魔法少女だから、かな」

自分の願いと引き換えに、命懸けで戦わなくっちゃいけないけど、あなた達を助けられて本当に嬉しかったから。
清清しいほどきれいに、マミさんはそう言って笑ってくれた。

まどか「マミさ……」

マミ「……今度は、見滝原の人全員を守ってみせるわ」

雨に紛れて聞こえた声をもう一度聞き返そうとして、マミさんはそれより先に私を離した。
「ちょっと濡れちゃったね」と照れたようにまた笑うと、私に傘を持たせ、その空いた手で私の手をそっと包んだ。
275 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/08/24(金) 23:50:02.77 ID:2fIH71300
マミ「さ、今度こそ帰るわよ、鹿目さん」

まどか「はい……」

手を握られたまま、歩き出す。マミさんが先に立って歩くから、濡れないように必死で雨から私たち二人の身体を庇って後を追う。
ぴちゃぴちゃと水たまりに雨が落ちる音を聞きながら、マミさんはやっぱりかっこいいと思った。

私も、魔法少女になったらあんなふうにかっこよくなれるのかな。
――強く、なれるのかな。

この暗い気持ちも、胸の痛みも、別のものに代えられるくらい。
276 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/08/24(金) 23:52:03.58 ID:2fIH71300






好きな気持ちも、なかったことにしてしまえるくらい。
277 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/08/24(金) 23:54:31.15 ID:2fIH71300
この短いsideまどかだけで一ヶ月以上時間食ってた
今日は以上、それではまた
278 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/08/25(土) 00:30:56.33 ID:s/z8rp5no
279 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/08/25(土) 11:53:42.76 ID:QpzEWmSU0
乙乙
280 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/08/25(土) 14:41:51.26 ID:XqPpmBd40


魔女の耳を劈くような断末魔の叫びが結界全体を揺るがすように、目を見張るようにして見ていたその入口が激しく揺れ消えた。
ばっと顔を上げて、その次にあたしは真後ろに顔を向け、安堵の息をつく。転校生が何食わぬ顔であたしの後ろに立っていたから。

さやか「お疲れ」

ほむら「ええ」

怪我してない?今日はそう訊ねることもないようだ。
今日はもうこれで終わりなのだろう、転校生は手に入れたグリーフシードで自身のソウルジェムを浄化すると、指輪の形状に戻した。
服装もいつのまにか魔法少女のものではなく、学校帰りの制服姿。
281 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/08/25(土) 14:42:25.08 ID:XqPpmBd40
あの雨の日以来、まどかとは朝や放課後に挨拶を交わすことさえなくなっていた。まどかのことは仁美にまかせっきりになって、今じゃほとんど
転校生と行動している。少し前までのあたしには考えられなかったこと。

さやか「お腹減った。どっか寄ってく?」

ほむら「寄らないわ」

まあ、予想通りの答えだ。何度かこうして誘ったことはあるものの、転校生がイエスと答えたことはない。首を横に振るか「一人で行ったら」と言うだけ。
もっともあたしだって転校生がそう答えることはわかっているからいいのだけど、それよりなにより、あたしが転校生に対して軽く話せるようになっていることが問題だ。
問題というか、なんというか。問題ではないけど、こう、あたしの中でもぞもぞとするものがあって。

さやか「相変わらず付き合い悪いんだから」

そんなふうに、まるで照れ隠しみたいにぼやいてしまう。
282 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/08/25(土) 14:42:59.94 ID:XqPpmBd40
ほむら「私はあなたとは違って暇じゃないから」

さやか「あたしだって暇じゃないっての」

ほむら「毎日いいって言っているのについてくる人間のどこが暇じゃないのかしら」

その言い方にカチンときて、「なにおうっ」と転校生に飛びついて首に腕をまわす。そんなあたしを転校生は鬱陶しそうにしながらも押し返そうとはせずに、
「でも、感謝はしているわ」
思わず、「は?」と間抜けな顔をして固まった。腕から力が抜ける。あたしから解放された転校生はというと、ツンとした表情のまま先に歩き出す。
その横顔が少しだけ赤らんで見えたのは、夕日のせいだろうか。
283 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/08/25(土) 14:43:45.50 ID:XqPpmBd40

なににしても。

さやか「……調子狂うなもう」

ぽつり、と呟いた。
あたしたちは友達でもなんでもなく、敵同士のはずなんだけど。でもやっぱり、友達に限りなく近い、のかもしれない。それくらい、あたし達の距離は確実に変わってきていた。

相変わらず転校生はまどかばかりを追いかけている。そんな転校生の視線を追いかけるのが、今ではなぜだか当たり前になってきて。
まどかが少し羨ましかった。べつに、転校生に好かれているのが羨ましいわけではなくって、誰かにあんなに熱心に想われているまどかが、羨ましかった。きっとそのせいもあって、
まどかと顔を合わせるのが今は辛い。

あたしまでなんだか心拍数が上がった気がして、あたしはそれを振り払うように転校生の後を追った。
284 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/08/25(土) 14:44:45.88 ID:XqPpmBd40
この時間帯は以上
また夜に投下できたら投下しにきます
285 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/08/25(土) 15:18:41.17 ID:jp4/OWe5o
286 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage]:2012/08/25(土) 22:57:09.75 ID:4/Y2KeMEo

待ってる!
287 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/08/25(土) 23:49:44.55 ID:S4vTK5mT0
今夜中にまとまったところまで投下したかったのですが思ったよりも進んでないため投下できません
また夜にと言っていましたがまた後日になります、申し訳ない
それではまた
288 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) [sage]:2012/08/27(月) 17:39:29.91 ID:Q2pGZx1vo
乙乙
楽しみにしてる
289 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/09/13(木) 02:16:13.04 ID:AfWdkWc4o
マダカァ
290 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/09/21(金) 15:12:16.76 ID:55Lk+wgDO
待って…いる…んだ!
291 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) [sage]:2012/09/21(金) 18:43:01.85 ID:JL31SrHU0
私待つわ
292 : ◆qE9xJWndOc [sage]:2012/09/24(月) 18:24:24.49 ID:cSuaiFF/0
9月に入りだいぶ忙しくなったため、とりあえず今夜は生存報告だけ
投下できそうなときは必ず投下しにきます、お待たせしてしまってすみません
293 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) [sage]:2012/09/24(月) 20:28:21.22 ID:GhdCOLL60
報告カキコして貰えるだけで有難い
1の心理描写とかすごい好きなんでブクマ入れて気長に待ってる
294 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage]:2012/09/25(火) 01:51:20.94 ID:0+Ixlx2So
待ってます!
>>293同じくこのSSは地の文、心理描写がうまくて好きだわ
295 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/10/01(月) 22:05:45.63 ID:fejM2XUg0
―――――
 ―――――

ほむら「……」

さやか「なに?どうかした?」

いつもの別れ道(二人で決めたわけではないけれど、いつのまにかそんなふうになっている)がすぐそこまで見えてきたところで、転校生は突然、何かを見つけたように立ち止まった。
あたしは一歩先を進んだあとにそのことに気付いて転校生を振り返る。けれど転校生は黙ったまま前方を睨みつけたまま。
296 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/10/01(月) 22:06:44.21 ID:fejM2XUg0
さやか「おーい、てんこうせー?」

ほむら「……キュゥべえ」

ギリッと歯軋りする音が聞こえた気がした。唐突に走り出した転校生を、あたしは止める手立てなんてなくって。
ただわかったのは、転校生の視線の先にはキュゥべえがいることと、そしてそのキュゥべえはまどかの家のほうに向かっていっていることだった。
それを頭の中で確認すると、あとはあたしも迷う間がなかった。キュゥべえを追う転校生を、あたしは追っていた。

どうして転校生があんなに必死にキュゥべえを追っているのか、あたしにはまったく検討がつかない。
けれど、まどかのことだというのはなんとなく察しがついていた。あたしがしゃしゃり出る幕じゃないとわかっていても、転校生を一人で行かせるのはたぶん、嫌だったのだと思う。

さやか「ちょっと、待ってよ転校生!」

転校生って、こんなに足速かったっけ。
そう思っているうちにも、どんどん引き離されていく。もう一度、「転校生!」と声を張り上げようとしたとき、あたしはその違和感に気がついた。
297 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/10/01(月) 22:07:30.49 ID:fejM2XUg0
――結界だ。
いつのまにか、あたし……いや、あたし達は魔女の結界に取り込まれていた。

ほむら「こんなときにっ……」

転校生も囚われてしまったことにようやく気付いたらしく、肩で息をしながら走る身体にストップをかける。
度重なる魔女との戦いで、転校生の身体はいくら魔法少女といえど疲労困憊のはずだった。それでもすぐに魔法少女の姿になると、転校生は次々と使い魔たちを落としていく。

こんなとき、マミさんがいれば――そう考えている自分に気付き、あたしはハッとする。

マミさんはいまだに学校へは来ていなかった。マミさんの家に行きたくても、まどかがいるんじゃないかと思うと中々足が向かなかった。メールは送った。『平気よ』と返って来た。
それでもやっぱり、マミさんに甘えて頼ってばかりじゃいけないのだ。
298 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/10/01(月) 22:07:58.82 ID:fejM2XUg0
さやか「……っ」

けれど。

あたしは、なにもできない。
なにもできずに、ただ転校生の背中を見ていることしかできなくて――

だってあたしは、転校生のことをなにも知らなかった。
まどかでさえわからないのに、転校生のことなんてなにもわかるはずなんてなかった。
そう思うと、途端にあたしはどうしたいのかわからなくなって。よけいに、足が竦んだ。
299 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/10/01(月) 22:08:32.74 ID:fejM2XUg0
転校生の右腕に、左足に、そして白い首筋、上気した頬に。次々と赤い線が刻まれる。
それでも止まらなかった。転校生のことを知っているとすれば、わかるとすれば、今のあの子はまどかしか見えていないということだった。まるで全身で「まどか!」と叫ぶように、次々と現れてくる使い魔たちに戦いを挑んでいく。

動け、あたし。
転校生は先へ進んでいく。一人で全部を負って。今さっきまで一緒にいたあたしのことは、なにも振り返らずに。進んでいく。

――「でも、感謝はしているわ」

さっきの転校生の言葉がずっと、胸の奥に沈んでいる。近付いたと思ったらまた遠くなって。
頼られるはずなんてないのは知っている。あたしも転校生もお互いに助け合うなんて、そんなのありえない。だけど。
300 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/10/01(月) 22:10:13.37 ID:fejM2XUg0











ねえ、転校生。
あたしはあんたにとってなにで。あたしにとって、あんたはなんなの?
ふと、そんなことを思った。
301 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/10/01(月) 22:11:52.47 ID:fejM2XUg0
あっという間に10月です
なんだか一段と短いですが今夜は以上
それではまた
302 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/10/01(月) 22:12:26.05 ID:1MIkP/jxo
乙!
距離感が絶妙だっぜ
303 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage]:2012/10/01(月) 22:50:49.48 ID:GgAfFEo/o

続き読みたくなるね〜
304 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) [sage]:2012/10/03(水) 01:33:10.66 ID:fXSoix8f0
続きキテター!乙です
さやか契約フラグなのかなこれ
305 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/10/05(金) 12:15:50.18 ID:RcEOuQ/DO
さやっ
306 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) [sage]:2012/10/11(木) 19:49:12.48 ID:LvzIPdEv0
ほむぅぅ
307 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/10/13(土) 13:04:52.53 ID:sSHzJFQvo
はよ
308 : ◆qE9xJWndOc [sage]:2012/11/04(日) 20:47:33.37 ID:ZdMKn+Q10
生存報告
それぞれ二回ずつ劇場版を見てきました

今週中には投下する予定
相変わらずの亀で申し訳ないです。今年中には終わらせたいけど難しいかも
309 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/11/09(金) 22:42:00.93 ID:yKvTRLUZ0
いつの間にか生存報告がきてた

投下楽しみにしています
310 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/11/20(火) 13:00:03.21 ID:L/gLQ0RIO
待ってる
311 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(石川県) [sage]:2012/11/21(水) 22:25:28.99 ID:JNl6RxK4o
早く続きが読みたすぎる
312 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/12/02(日) 10:59:44.63 ID:cIn203iD0

side:まどか

もうすぐ、この街に最強の魔女がやってくるわ。

座り込んだベンチは冷たかった。それでも、降ってくる外灯の光はひどくふわふわとしていて、暖かく思えた。
隣には、白い身体がちょこんと座っている。
私はさっきのマミさんの話を、ずっとずっと、頭の中で繰り返していた。

もうすぐ、この街に最強の魔女がやってくる。とてつもなく強力な魔女が。
マミさんも、キュゥべえ伝手になんとなく聞いた話だと言っていたから、それがどれほどのものなのかは想像もつかないと言っていた。
今夜の戦いがすべて終わって、隣を歩いて帰っているときだった。薄暗い舗道を歩きながら、マミさんはぽつりと漏らした。


――鹿目さんが魔法少女になってくれれば、きっと心強いんだけど。

313 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/12/02(日) 11:00:54.60 ID:cIn203iD0
私が、魔法少女に。
魔法少女になれば。

まどか「ねえ、キュゥべえ。こんな私でも、誰かの役に立つことができるのかな。こんな私でも、魔法少女に」

魔法少女になるのは、怖い。少しなんてものじゃなくって、とてつもなく怖い、と思う。
魔女との戦いで負ったマミさんたちの傷を見て、私は、やっぱりだめだって、たしかにそう思った。
けれど、それでも、誰かに必要としてもらえている。そう思うと、自然と心は決まっていくみたいだった。

幼い頃から得意なことや自慢できることなんてなに一つなくって、私はずっと、こんな自分が嫌だった。
そんな私でも、マミさんが、必要としてくれている。
それが嬉しかった。
314 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/12/02(日) 11:01:35.10 ID:cIn203iD0
キュゥべえ「君は君が思っている以上に可能性のある子だよ」

まどか「見滝原のみんなを、助けられる?」

――今よりずっと、強くなれる?
マミさんみたいにかっこよくって強くなって、それで。

キュゥべえ「もちろんさ。ワルプルギスの夜に勝てるかどうかはわからない。それでも君なら、どんな願いでも充分叶えることは可能だろう」

さあ、教えてごらん。
君の願いを。

まどか「願いなんて、なんでもいいの。ただ、私は」

わたしは、魔法少女に――
315 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/12/02(日) 11:02:11.23 ID:cIn203iD0






赤い瞳が、瞬く間に消えてなくなった。
白い破片が飛び散って、視界を一気に染める。
聞こえた銃声が、どこか遠くのことのように思えた。自分から漏れそうになった悲鳴のようなものは、喉の奥に張り付いたまま、外に出ることはなかった。






316 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/12/02(日) 11:03:01.59 ID:cIn203iD0
カシャン

固いものが、石畳の上に落ちた乾いた音がした。
そちらに目を向けると、薄暗い中に、ほむらちゃんの姿があった。

まどか「あ……ひ、ひどいよ……なにも殺さなくても」

がくがくと膝が震える。
そんな私の声を掻き消すかのようにきこえたのは、「ちょっと、転校生!?」という聞きなれた声だった。
今追いついたというように暗がりの中から現れたのは、息を切らしたさやかちゃんで。

さやか「あんた一体なにして」

食いかかるようなさやかちゃんを無視するみたいに、ほむらちゃんはただ真直ぐに、私だけを見ていた。
刺すような目で、私を。
317 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/12/02(日) 11:05:15.78 ID:cIn203iD0
ほむら「あなたは……っ」

その目には、深い悲しみの色と、そして、涙が、浮かんでいた。
駆けてきたほむらちゃんに肩をつかまれ、揺すられる。

ほむら「あなたは、どうしてそこまで愚かなのっ!?もういい加減にしてよ!あなたは魔法少女にならなくったってあな
たのままなのに!あなたを失えば悲しむ人がいるってどうして気付かないの?あなたを守ろうとしてた人はどう
    なるの!?」

強い目で、強い言葉で。
ほむらちゃんは、私を射る。
318 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/12/02(日) 11:05:58.55 ID:cIn203iD0
膝の震えは止まって、だけど、今度は頭の奥がじんとなってくる。
ほむらちゃんはきっと、本気だった。
本気で私を見て、泣いている。これまでにも何度だって魔法少女になっちゃだめと忠告されていたことを、思い出す。

まどか「ほむらちゃん……それって」

私のこと?とは聞けなかった。
ほむらちゃんが泣き崩れる。自由になった身体は、さっきとはうってかわって重かった。
それでも、自然と足は、後ろへと退がる。

出ていた答えが、さっきのキュゥべえみたいにあっという間にぼろぼろに崩れ去っていく。
私が、わたし自身を見失っていくように感じた。
319 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/12/02(日) 11:06:33.45 ID:cIn203iD0
まどか「ごめん、ごめんね……私、わかんないよ、ほむらちゃん……」

ほむら「……っ」

まどか「……ごめんね」

逃げ出すように、その場を駆け出す。
ほむらちゃんの言葉を、どう受け止めればいいのか、わからない。
こんな私が、本当に誰かの役に立てるのか、こんなちっぽけな存在で、誰かを悲しませてしまうのか。
なにより、私自身、一度決めたことをこんなにも容易く、揺らがせてしまえるのが。

わからなくて、こわかった。
320 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/12/02(日) 11:09:52.74 ID:cIn203iD0
遅くなってすみませんでした、この時間は以上
いつのまにか師走です

ここからまたしばらくはさやかちゃんが続く、はず
ころころ視点を変えるのは読みにくいだろうか
321 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/12/02(日) 11:41:15.14 ID:4Q2zGpYso

今週どころか今月中ですらなかったが
続きが来てくれれば文句はないのぜ
322 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/12/02(日) 18:05:16.47 ID:xdyjvV8no

待ってる
投下間隔があいてるからか視点切り替えは今の所読み難くないよ
それに地の文が丁寧だから読み易くて好きだな

今年中にってのは期待せずに待ってた方がいいのかなww
323 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/12/02(日) 21:15:43.80 ID:xKjQTJfDO
きてたあー!
324 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/12/26(水) 07:29:20.19 ID:TQfd9WMIO
クリスマスが終わりました
325 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/12/27(木) 21:33:39.90 ID:k76aDvGa0

side:さやか

さやか「まどかっ」

呼びかけた声に反応もせずに、まどかの背中は一層濃くなった闇へ紛れて消えていった。
あたしはぐっと拳を握り締め、石畳の上に座り込んだまま動かない転校生の前へまわりこんだ。

さやか「あんた、なんであんなこと!」

転校生は、まどかのことが好きだ。
そして、まどかは。まどかだって、転校生のことが嫌いなわけなんてない。
まどかの気持ちが転校生と同じものでなかったとしても、向ける気持ちは好意であることは確かだった。まどかは優しい。転校生にどんな態度をとられたって、「ほむらちゃんは友達だよ」と笑っていた。そんなあの子が、はじめて、転校生に怯えの色を見せた。

まどかは、泣いていた。

けれど、あたしが許せなかったのはそれじゃなかった。
あの子の前でキュゥべえを殺したこと、まどかを強く責め立てたこと、なにより、まどかを、傷付けたこと。
326 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/12/27(木) 21:35:34.46 ID:k76aDvGa0
さやか「転校生!あんた、まどかのことが好きなんでしょ!?」

ほむら「……」

さやか「なのにあんたはどうして――」

そこまで言って、はっとした。外灯の光はチラチラとまたたいて、あたしたちのいる場所を曖昧に見せていた。
転校生の目はただ乾いていた。乾いた瞳を、ただただまどかが去っていった方向へと揺らしていた。
その目が、あたしを見る。ふらり、と転校生は立ち上がる。

ほむら「あなたには、関係ないわ」

はじめて、転校生だって傷付いていないわけではないのだと、気付いた。
まどか以上に傷付いているのは、もしかすると転校生なのかもしれなかった。
327 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/12/27(木) 21:36:23.77 ID:k76aDvGa0
さやか「関係ないわけないでしょうが!」

真直ぐに視線が合う。あたしたちは睨み合う。
関係ないわけなんて、なかった。いつかのように、引くわけにはいかなかった。引けるはずなんてなかった。
まどかが傷付いた。そして、目の前のこの子だって。なんともないとでもいうような顔をしながら、こんなにも。

気付きたくもなかった転校生の微妙な表情のその変化が、あたしの心を妙に燻らせる。

ほむら「……あなたは」

関係ないわけなんてなかった。
転校生のことを知りたいわけでも、ましてや非難したいわけでもない。
けれど、たぶんあたしは、転校生の、悲しい顔が、嫌いなのだ。
嫌いだから、こんなにもイライラする。
328 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/12/27(木) 21:37:19.49 ID:k76aDvGa0
ただ冷酷で人の血なんて流れていないようだと思っていた、最初の印象と、今は少し違う。
しばらく一緒にいて、転校生がよくなにかに耐えるような顔をすることに、気付いた。
悲しそうな表情だって、よく見る。

最初の印象のままでいてくれれば、あたしはきっと、容赦なく今のこの目の前の転校生をまどかのためだとケンカを吹っ掛けられただろうし、殴り飛ばしでもしていたかもしれない。
けれど、あたしの中で転校生の存在がたしかに変わってきていて。どこかでなにかが邪魔をする。あたしは、転校生を少し前のように、完全に敵視できなくなっていた。
それが、嫌だった。だから、嫌い。

さやか「あんたはなんでここまでするの?まどかだけじゃなくって、自分自身まで追い込んで――そんな顔、してまで」

ふっと、視線が逸らされた。
転校生の表情が、また少し揺らいだのがわかった。夜の冷たい風が、あたしたちの髪を撫で上げる。
329 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/12/27(木) 21:38:24.15 ID:k76aDvGa0









やがて、闇に舞い上がる髪をそっと手のひらでおさえつけ、転校生は言った。
ただ、冷ややかで、抑揚のない声で。

「私は、あなたたちとは違う時間を生きているの」










330 : ◆qE9xJWndOc [saga]:2012/12/27(木) 21:42:09.48 ID:k76aDvGa0
遅いけどメリークリスマス
とうとう年末です。時間はたっぷりあったのにずっと書けない状態が続いていたので結局こんな時期の投下
年明けてもこの状態を脱せられるかはわからないが、完結だけは、したい、と思う(断言はできない)

そろそろラストには近付いてきているので、できるだけのことはやります
今さらですが、今年中というのは期待しないでくださいw

それではまた
331 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/12/27(木) 21:44:18.23 ID:pKpptN+Wo


心理描写はこれが一番好きや
332 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/12/27(木) 22:12:01.93 ID:zfubcRPDO
待っていたあああ
おつ
333 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/12/27(木) 23:07:15.10 ID:qXKEe1i7o

完結まで待ってる
だから投下時期とかもう気にせずにね

2ヶ月ルールだけは気を付けてww
334 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/12/29(土) 14:41:58.27 ID:S6Z221hco
凄く良い!
実に良くなじむぞ!
335 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/01/10(木) 17:36:01.54 ID:Z5lKpKi0o
まだか
336 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/01/14(月) 21:26:59.43 ID:BV+caEXDO
待つ
337 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/01/31(木) 22:08:26.63 ID:oDzKLdnz0
私待つわ
338 : ◆qE9xJWndOc :2013/02/01(金) 20:42:21.53 ID:c5FQ6KwZ0
かなり遅いですがあけましておめでとうございます

年が明けて、ますます忙しくなり中々書く暇がなく、更新できません というよりも、この春から受験生のためにさらに更新頻度が低くなりそうです また一度落として来年立て直そうかとも考えたのですが、このスレ自体が立て直しなので、できる限りは続けようと思っています。(ただほとんど生存報告になりそうなので、落とした方がいいなら依頼しにいきます) 毎回毎回お待ちいただきすみません
339 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/02/02(土) 12:17:14.40 ID:6MUUNSV/o
まつぜー超まつぜー
340 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/02/21(木) 11:13:56.31 ID:A6zR4kYNo
ウェイトするぜー
341 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/03/29(金) 08:52:25.48 ID:k5eZZgPKO
そろそろ来い
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