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「子供ができた、って言ったらどうします?」 - SS速報VIP 過去ログ倉庫

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1 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2012/06/15(金) 23:31:51.92 ID:inAvTtUD0

 プロデューサーは事を終えたベッドの中で、音無小鳥にこう問われた。

「もしもの話か、実際の話か?」

 先程の情事で昂っていた頭も果ててしまえば直ぐに冷える。至って冷静に、彼女の質問には答えず問返す。
 小鳥は微かに眉を動かしたが、直ぐに何ともなしに、

「もしもの話、あくまで」

と補足を加えた。

「そうだな…責任は取るだろうな」

 プロデューサーは自分の中では偽りなく、それを答えとした。が、小鳥は、

「わざわざ確認してからの答えじゃ信用ならないですね」

と、どこか冷笑の匂いを纏いながら言った。

「嘘じゃないさ」

 言ってはみたが、彼自身にもその言葉に説得力を得られていないのが判った。とはいえ、何故自分があんなことを聞き返してしまったのかが解らなかった。自分の小鳥への愛はそんなものだったのだろうか?

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俺の遺伝子白濁汁をくらえっ @ 2025/06/17(火) 17:40:37.60 ID:q3DDvkJnO
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スイカバー @ 2025/06/16(月) 23:54:53.05 ID:7An/VCwoo
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全レスゾーンゼロ @ 2025/06/16(月) 17:23:39.88 ID:/JulHR0so
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バームくんへ @ 2025/06/11(水) 20:52:59.15 ID:9hFPsRzXO
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秘境 @ 2025/06/10(火) 00:47:53.81 ID:BDVYljqu0
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【安価】上条「とある禁書目録で」鴻野江「仮面ライダー」【禁書】 @ 2025/06/09(月) 21:43:10.25 ID:qDlYab/50
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ツナ「(雲雀さん?!)」雲雀「・・・」ビショビショ @ 2025/06/07(土) 01:30:36.87 ID:AfN9Rsm0O
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【安価コンマ】障害走を極めるその5【ウマ娘】 @ 2025/06/06(金) 01:05:45.46 ID:RaUitMs20
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2 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/06/15(金) 23:33:42.08 ID:8o/Dj18Bo
スレタイで何のスレだか分からんな
開いた結果アイマススレで俺得だったけど
3 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2012/06/15(金) 23:39:29.70 ID:inAvTtUD0

「解ってますよ、何でかなんて」

 小鳥はプロデューサーの心を読んだかのように言った。
 その声にはまだ冷笑の匂いが残っていた。
 彼女は自分だに解っていないことが解っている。それは女の持てる能力だろうか、それとも小鳥の持てる能力だろうか?
 どちらにせよ、プロデューサーは空恐ろしい心地がした。
 お前のことなら全てお見通し、そんな文句は創作の世界では腐るほど見てきたが、現実ではそうは無かった。しかし、今自分は脇に横たわる女性にそんな事実を突きつけられている、それがえならず恐ろしかった。

「一応訊いてもいいか? …何で?」
「言わないです。言わないですけど、ね」

 小鳥は、言わないですけど、を強調した。そこには微塵の怒気が含まれているようにプロデューサーには聞こえた。
 自分の知らないところで怒りを抱かれ、自分が解らないように非難を受けている、これは是が非でも口を出さねばならぬ。

「小鳥、怒ってるのか? 何か気に障ることでもあったか? さっきのことなら…」
「怒ってなんかないです、怒ってなんか…」

 “す”にアクセントを置いて小鳥はプロデューサーの言葉を遮った。
 それは何かを自分に言い聞かせているようだった。
4 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2012/06/15(金) 23:42:59.10 ID:inAvTtUD0
―――――――――――――――――――――――――

 セックスをした翌日は出勤時間を意図的にずらす。
 そうしないでも普段から出勤時間は他の者より早い二人であるのだが、一緒に出勤などしてしまっては、昨夜の出来事を大声で知らせてしまっているような気がして、多感な時期の、その上アイドルの少女たちにはあまり良い影響は与えないだろうと判断し、誰に言われるでもなく双方そうしている。
 二人の関係は既に事務所の皆には知れているし、それについて訊かれればある程度までは正直に答えていた。

「おはようございます、小鳥さん」
「おはようございます、プロデューサーさん」

 一歩事務所に足を踏み入れれば恋人から同僚に関係は変わる。
 プロデューサーも小鳥も、なるべく仕事にプライベートは持ち込まないようにしていた、というより二人でそう決めていた。

「おはようございます、プロデューサー殿、小鳥さん」
「おはよう、律子」
「おはようございます、律子さん」

 職員組が出揃った。
 それ自体の発生は機械的だが、機械には不可能な親しみを込めて朝の挨拶が為される。
 まだ765プロダクションが弱小に位置していた頃からのプロデューサー仲間であり、今では親友と――少なくとも彼はそう認識していた――呼べる秋月律子への、プロデューサーの情が顕れる。
 それは恋愛感情ではない、自然と湧き出ずる家族愛に似ていた。彼にとっては、まさしく律子は家族に限りなく近しかった。
5 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2012/06/15(金) 23:49:14.25 ID:inAvTtUD0

「今日の皆の仕事の確認だ、まず竜宮小町は…」
「まずは9時から10時迄あずささんのグラビア撮影、11時から15時迄新曲のPV撮影です。今回のはドラマ仕立てになってるので、もしかしたら今日だけじゃ終わらないかも。17時からは『竜宮小町のオールナイトニッポンR』の収録で、こっちの仕事は終わりです。そっちは…」

 プロデューサーは律子に確認を促し、彼女も答える。そして同じくプロデューサーにも問返す。

「えっと、まずは美希の『ふるふるフューチャー☆』発表・発売記念のインストアライブがこっちも11時からだな。何故か美希は俺に絶対その現場には来てほしいらしいからまずはこれに着いていく。それから13時からゲロゲロキッチンの収録、これはそれぞれ千早とやよい、真と雪歩チームで出てもらう。」
「やよいの起用を提案したのって、千早なんですよね? なんだか意外」
「千早ちゃんがですか?」

 律子の返した言葉に小鳥が反応した。律子と同じく、思いもよらぬことだったらしい。その頬は随分上気していた。

「ええ、まず千早が丁度空いてて、誰と組みたいか訊いたら是非やよいと、って。やよいの家庭的な面も出せるし、こっちとしても異存は無かったのでそれで通しました。因みに、真と雪歩も空いてたんでね、二人の仲もいいし、真は大分張り切ってるよ。僕の新境地が見せられますよ! って」

 プロデューサーは小鳥に答え、さらに補足を加える。

「新境地…、プロデューサー殿はどう思います?」
「そうだな…見せられ、そうだな」
「たとえばどんな?」
「例えば……もこみち、みたいな?」

 プロデューサーは最近テレビ番組で料理の腕を披露している俳優の名を出した。彼自身は半ば冗談のつもりだったが、律子はニヤリと笑みを浮かべ、

「それもありですね」

と言った。
6 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2012/06/15(金) 23:58:22.35 ID:inAvTtUD0

「最後に貴音のドラマ撮影で、今日俺が現場までついて回る仕事は全部だ。これ以外にも響のグラビア撮影とか春香と真美それぞれのイベント出演とかがある、それと…」

 プロデューサーが淀みなくアイドルたちの仕事を口に出していくのを、律子は静かな驚きと感心を持って耳に入れていく。彼が全てを言い終わってから彼女は、

「流石ですね、プロデューサー殿は」

と言った。

「何がだ?」

 彼は聞き返す。

「私の仕事が竜宮小町中心だからっていうのもありますけど、あの人数のアイドルの子たちを一人で捌いてるんですから。私に出来るかって言われたら、ちょっと自信がないですよ」
「そんなことない。俺は、律子は俺より優秀な人間だと思ってるからな、屹度出来るさ」
「そんな、謙遜しないで下さいよ。正直、私はプロデューサー殿みたいになりたいと思ってる部分もあるんです」
「邯鄲の歩み、だ。律子は律子のままでいい」

 この二人の会話を、小鳥は優しげな笑みを浮かべながら聞いている。
 その表情からは傍目に見る分には誰もが、年下の睦まやかな男女を近くで見守る年長者という認識を持つ。実際それも含まれていた。
7 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福岡県) [sage]:2012/06/16(土) 00:10:45.61 ID:QzzVFMIzo
アイマス臭いと思って開いたらビンゴ
スレタイで損してる感半端ないな…
8 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2012/06/16(土) 00:43:35.69 ID:BeVPOxrr0

「そういえば」

 プロデューサーが話頭を転じる。

「なんだって美希は俺に今まで秘密にしてきたんだろうな」

 これは今日のインストアライブについてである。
 世間一般の芸能プロダクションではあるまじきことであろう、実際765プロでもこんな例は無かったのであるが、彼は美希から今日発表される新曲についての情報を殆ど知らされていない。曲自体の発注や選定は律子に任されていた。これは美希たっての希望である。
 曲以外のことに関しては何の変わりもなく彼にプロデューサー業が託されている。しかし曲そのものについては秘密裏に進められたのだ。彼が知っているのはまだカラオケ段階だったトラックと曲名だけだった。
 別にそのことが不満だったわけではない。しかし自ずから何故かという疑念は生まれる。
 
「聴けば解りますよ、それはもう、すぐに」

 律子は愉快げな笑みを口元に浮かべ、そう言っただけだった。

――――――――――――――――――――――――

「ハニー、こっちなのー!」

 インストアライブ会場となる店舗の入り口に開店前から既に大勢の人が集まっている光景を横目に、プロデューサーは関係者入り口前の星井美希と合流した。

「悪いな、俺の方が待たせちゃって」
「いいの、来てほしいって言ったのはミキの方なの」

 入ればそこには誰もいない廊下、それを確認すると美希は恋人の如くプロデューサーの腕に抱き付いて歩く。常日頃からのこと故、今更彼も敢て拒むことはしていなかった。
9 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2012/06/16(土) 00:47:20.50 ID:BeVPOxrr0

「それにしても今日はやけに来て欲しがってたな。俺に曲のことも隠し通しだし、一体どうしたっていうんだ?」
「今回の曲は特別なの! ミキ、ハニーに内緒で作詞の人にリクエストしちゃったの!」
「なんだって? そりゃ…」

 初耳だな、と言いかけて、そういえば何を言われても初耳になり得るのだから、そんなことを言う必要がない、そう気付き、代わりにこう言った。

「リクエストってのはどんなのだ?」

 美希は少し口を開きかけたが、直ぐに思い直したように、

「言わないの。ハニーが聴くまでのお楽しみなの」

と言って、悪戯っぽく笑った。

―――――――――――――――――――――――

「歌い出しから面食らったな…」

 プロデューサーは楽屋で美希に切り出した。『お楽しみ』を聴いた感想だった。

「でしょ? ねぇ、どうだったハニー?」

 美希は椅子に座りながら体を軽く跳ねさせ、勢い込んでプロデューサーに訊いた。
 彼は苦笑しながら、

「そうだな、月並みな表現だけど、凄く可愛い曲だったよ」
「そうじゃなくて、ミキは?」
10 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2012/06/16(土) 00:50:22.30 ID:BeVPOxrr0

 間髪を入れず彼女は問いを重ねる。その顔はどこか怒っているようにも見える。

「美希は、ってのは…」
「歌ってるときのミキはどうだったの、って訊いてるの、ハニー」

 彼は少しその威勢に気圧されそうになったが、直ぐに気を取り直して、

「美希も、凄く可愛かったぞ」

と、正直な所感を述べた。そこには、あくまでも自分がプロデューサーとして見て、美希をアイドルとして見て、という気持ちが言外に多分に含まれていた。

「良かったぁ、可愛くないなんて言われたらどうしようかと思ったの」

 彼女は心からの安堵を言葉と共に吐き出す。その様子からして、プロデューサーの言葉を“男”としてのものと捉えている感触があった。
 彼も遣り取りの後、重大な齟齬を感じた。

「あのさ、美希…」
「解ってるの、小鳥にはまだ敵わないんでしょ? でも、ミキ敵ってみせるの。ハニーの一番になってみせるんだから」

 そういう問題ではないのだが、と彼は困った。美希は以前からプロデューサーへの好意を隠そうとしていない。少なくとも彼の前では彼の気を引こうとする努力を欠かさない。
11 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2012/06/16(土) 00:56:23.34 ID:BeVPOxrr0

 プロデューサー自身、決して悪い気がしなかったが、彼女はまだ男女の仲となるにはあまりに幼い。初潮は既に終えていることは管理の上で確認済であるし、その身体の発育も年齢とは不釣り合いに進んでいる。
 だが、まだ15歳だ。
 彼にとって年齢差は非常に大きな壁であった。そして、その壁を乗り越えるより前に、音無小鳥という恋人を得た。これでさらに確固たる壁が出来た。
 しかし、それに反比例して、美希の想いもまた確固たるものになっていった。
 今では、将来的なことではあるが、プロデューサーを自らの生涯の伴侶にせんと言って憚らない。彼はそれを最初は思春期の、恋に恋する、一過性のものだと思っていた。
 しかし、どうやらそうではないと気付いたのは最近のことではない。彼女は本気であった。
 最初は携帯電話の着信が増えた。内容は多岐に渡ってはいたが、次第にプライベートなことの割合が多くなった。そしてその遣り取りは美希の手で途絶されることはなかった。
 次には、プロデューサーへのボディタッチやスキンシップが増えた。それは時にさりげなく、時にあからさまに場所と状況を変えて行われた。彼も最初は戸惑っていたが、今では諦めを以てそこまでは受け入れるようになっていた。
 斯くの如き感情の発露とアプローチを、アイドルの仕事の時間外に繰り返し、時間内には何事もないような顔を見せる。このアイドルの笑顔の奥底に、彼と小鳥との関係を引き裂かんと劃す心が潜んでいるのではないか、彼はそう思うと途端に美希が恐ろしくなった。
 彼女はアイドルである。星井美希というアイドルである。闇は見せぬ。それはアイドルだからだ。彼女は絶対の光でなければならぬ。彼女自身そのことを自覚し、絶対の光として振舞っている。
 だが、その肺腑の内には黒き血が通っているのではないか。
 恐ろしい。
 それは女の恐ろしさだ。
 女は実に自由に仮面を被る。それでいて素顔を忘れることは無い。
 プロデューサーはここまで考えを至らせたとき、美希が悩みの種になった。考え過ぎを考慮に入れても、恐ろしさが拭えなかった。
12 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2012/06/16(土) 00:59:24.11 ID:BeVPOxrr0

「ねえ、ハニー」

 美希がプロデューサーに声をかける。

「ん? 何だ?」
「もう別の仕事に行っちゃうんでしょ? 誰の現場に行くの?」
「次は千早とやよいと、真と雪歩のゲロゲロキッチンの現場だ。多少怪我の心配もあるから、ついててやろうと思ってな」
「そう、解ったの」

 美希はプロデューサーと現場を異にする際は、その相手を訊ねる。
 直接的な束縛行為をすることはなかったが、その動きを少しでも知ろうとしている、そのことは彼も気付いていた。

「…気を付けて行ってきてね、ハニー」
「大丈夫だ、いくらなんでも俺が怪我するような現場じゃない」
「うん…」

 その声には些か勢いがなかった。別れるときには何時もこうである。

「すぐ会える。とりあえずまずはちゃんと事務所に帰れよ」
「…はーいなの」

 この元気のない返事もいつものことと、プロデューサーは美希を一人楽屋に残し、次の現場に向かった。

「浮気はダメなの、ハニー」

 美希はプロデューサーが出ていった後の扉を見ながら呟いた。
13 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2012/06/16(土) 01:03:44.87 ID:BeVPOxrr0
―――――――――――――――――――――――

 ゲロゲロキッチンのディレクターは、意味の解らないオノマトペで注文をつけてくる。この日もそうであった。現場に到着したプロデューサーに会うと開口一番、ディレクターは相変らずの調子でプロデューサーにアイドルへの指示を出す。不思議なことに、あまり彼女たちに直接言うことはないらしい。
 プロデューサーは彼なりにディレクターの指示を汲み取り、アイドルたちが居る筈の楽屋に向かった。
 楽屋の前まで来た。扉をノック、後、どうぞー、と言う声が聞こえる。誰のものかは判然しないが、その醸す雰囲気は高槻やよいのそれに感ぜられた。
 扉を開けると、果たしてそこにはやよいと、菊地真と、萩原雪歩の三人が居た。それぞれ既に各チームの衣装に着替えていた。やよいがアマガエルさんチーム、真と雪歩がガマガエルさんチームだ。

「うっうー、プロデューサーです!」

 やよいは彼の姿を認めると、喜ばしげな声を上げた。

「あっ、こんにちは、プロデューサー!」
「こ、こんにちは」

 真、雪歩もそれぞれやよいに続くように顔を綻ばせた。

「待たせたな皆、千早は今どこに?」
「千早なら、ちょっと前に出て行きました。直ぐに戻ってくるとは思いますけどね」

 プロデューサーの問に真が答えた。
 彼には少し危惧するところがあった。
 如月千早は元来あまりバラエティ番組に出たがらない。今回の様にオファーを受けて、少々の条件付き――やよいとチームを組む――とはいえ、二つ返事でOKを出す方が珍しいのだ。近来は理解を示し、そういった番組への出演機会も増えてはいるが。
 プロデューサーが少し不安を抱いたすぐ後、後ろの扉が開いた。
 振り向けば千早が居る。

「あ、プロデューサー、来たんですね」

 その表情は笑顔、彼は少しホッとする。

「どこに行ってたんだ?」
「ちょっとトイレに…、流石に歌いには行ってないですよ」

 真面目な彼女には珍しく冗談を言った。プロデューサーは内心少し驚いた。
14 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2012/06/16(土) 01:06:50.98 ID:BeVPOxrr0

「そんなことより、プロデューサー」

 真が彼に言った。

「この衣装、すっごく可愛いですね! こんなのライブのとき以外滅多に着ないから、何だか新鮮です。持って帰っちゃだめなんですか?」
「貴音みたいなことを…」

 プロデューサーは呆れ気味に言う。
 ゲロゲロキッチンの衣装はチームによって異なる。アマガエルさんはコックの服、ガマガエルさんはメイド服をそれぞれアレンジしたものだ。
 真はそのうちのメイド服の側を纏っている。彼女はその衣装を甚く気に入ったようであった。
プロデューサーはここでふと思い出した。貴音と言えば…。

「もう着ぐるみ撮影は終わったのか?」

 彼は誰にともなく訊ねた。

「もう疾っくですよ、プロデューサー。それにしてもあんなに暑苦しいモノなんですね、着ぐるみって」

 真が答えた。プロデューサーは、水瀬伊織がこの場にいたら、『あんたも十分暑苦しいわよ』とでも口をはさむだろうと想像したが、別に口に出すことはしなかった。

 「初めてだったから、凄く大変でしたぁ。暗いし、暑いしで、何だか怖いなーって」とやよいが言う。
15 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2012/06/17(日) 15:38:10.96 ID:y+54uXmI0

「でも、高槻さんの着ぐるみ姿、凄く可愛かったわ」

 千早はやよいに言った、ところで、

「千早、それ褒めてるの?」
「褒めてるわ、勿論」

 真が少しばかり苦笑を浮かべながら千早に口を挟み、彼女はそれを愚問だとでも言いたげに言葉を返した。

「雪歩はどうだった?」

 プロデューサーは雪歩にも質問する。

「そうですね…、暗かったり狭かったりは普段から結構慣れてるので、あんまり気にはなりませんでした。暑いのは流石に大変でしたけど…」
「ん? 慣れてる?」
「ホラ、雪歩よく穴掘って埋まっちゃうでしょう」真が補足する。
「あぁ、そういうことか…、ってそういう問題なのか?」

 雪歩は、そんなものです、と言った。そして後から自身無げに、たぶん、と付け加えた。
16 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2012/06/20(水) 00:11:23.00 ID:iugIrB0j0
―――――――――――――――――――――――――――

 ゲロゲロキッチンの収録が順調に進み、プロデューサーはほっとした。
 少女たちは皆それぞれ抜群の働きをしている。
 まず何より千早の表情が常と違った。彼女は開始から現在まで終始笑顔だ。初めて出演したときの仏頂面からは想像もつかなかった。彼女自身の大きな心境の変化が顔に現れたようだった。以前にこのスタジオで見せた笑顔には照れがあった。しかし今は無い。料理に臨む上での真剣さはあるが、心の底からその笑みは出ていた。
 コンビを組むやよいも、屈託のない笑顔を見せていた。彼女は冠番組として、『高槻やよいのお料理さしすせそ』を持ち、そこで料理の腕を披露している、そしてそれはこちらでも変わらない。高級食材を手にすることは出来なかったが、それでもその工程を見る限り、完成品の出来栄えが期待できた。
 このコンビが如何なる働きを見せるのか、他の機会でもあまり組ませたことのない二人なので、プロデューサーはそこが気がかりであったが、それはどうやら杞憂に終わりそうだ。少なくとも予想以上のチームワークだった。千早は彼の知らない間に料理の腕を伸ばしていた。大方、天海春香が教えたのだろう、と彼は想像した。
 真と雪歩のチームも負けず劣らずに思えた。プロデューサーはそれほど料理に心得があるわけではなかったが、その手際は素人目に見てもなかなか良かった。
 真が、僕の新境地が見せられる、と言った理由が理解できた。プロデューサーは彼女の女性的な面を心得ていたつもりではあったが、それを踏まえてでもイメージを軽く超えた。その手捌きには、平生彼女がステージ上で見せる凛凛しさとは違う、繊細さがあった。
 雪歩の顔はどこか浮かない。しかしそれはいつものことである。プロデューサーは収録前に彼女が、

『私なんかのお料理食べたらカエルさんが…番組からいなくなっちゃいますぅ…』

などと物騒なことを漏らすのを聞いたが、それでもさして気には留めなかった。雪歩は比較的何でもそつなくこなす、やれば出来る子だ、彼はそのことを誰よりも解っているつもりだ。実際目の前では危なげない調理が進んでいる。
17 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2012/06/22(金) 15:42:37.62 ID:Gg1rp+Wf0

 さて、今真と雪歩の2人は高級食材として登場した、ロブスターと格闘中である。双方にとって無情にもロブスターはまだ生きている。これを水槽から取り出さねばならぬ。

「いい、雪歩はそっちで待ってて! 僕が今から持っていくから…」
「でも、真ちゃんだけで大丈夫…?」
「何の問題もないね…、うわっ! い、意外と動くなぁ…」

 番組とこそ言え、アイドルの女の子にこれをやらせるのは、プロデューサーも平気な心地はしなかった。怪我でもしたら大変なので、2人から目は離せない。
 千早は、そんなプロデューサーの様子に気づいた。

(プロデューサー、菊地さんと萩原さんの方ばかり…。私たちの方は見てくれないのかしら)

 そう思うと、どうにも胸の奥がもやもやする。何だか面白くない。
 だがすぐ、彼女はその考えを打ち消した。視界の隅に、ロブスターに翻弄される相手チームが見えた。
18 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2012/06/23(土) 01:11:52.27 ID:/FB2bAP50

(なんだ、2人を心配してただけね。心配してはいけないなんてことは勿論ないけれど…。でももう少しくらいは心配そうな顔でもいいじゃない。そうでないと…)

 誤解する、そこまで来たとき、彼女は自分の思いにハッとした。何で私はそんなことを嫌がったのだろう。
 そう思い始めると、今度は自分自身にももやもやが募る。何故? 何故? 何故?

「千早さん、どうしたんですかあ?」

 やよいに声をかけられ、千早は我に返った。

「あ、いえ、なんでもないわ」
「大丈夫ですか? なんだかボーッとしてたんで」
「大丈夫よ。ごめんなさい、心配させちゃって」

 やよいは未だ心配げな顔を見せたが、すぐ気を取り直して、

「それなら安心しました! あんまり、ムリしないでくださいね」

と言って飛び切りの笑顔を湛えた。
19 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2012/07/10(火) 01:30:16.86 ID:vEjXX11A0

 千早もその笑顔に、自然と笑みが零れる。やよいは人を和やかな気持ちにさせる天才なのだ、とつくづく思った。
 そのときちょうど、司会のカエルの声がスタジオに響いた。

「高級食材ゲットチャァ〜ンス! さあ両チームのメンバー走れぇ〜!」

 見れば視線の先ではビーチフラッグの用意が為されていた。

「私行ってきます! お鍋見ててくださいね!」

 やよいはそう言い残して駆け出した。

「えっ!? ちょ、ちょっと待ってぇ!!」

 ガマガエルチームは菊地真が駆け出した。が、雪歩と真はロブスターとの格闘を終え一息ついたところであったから、殆んど不意打ちを喰らったような気分だったのだろう。そのスタートが少しばかり遅れた。
 身体能力の高い真を以てしても、この僅かな距離ではそのコンマの差を埋めることはできないようだった。旗の立った発泡スチロールの砂浜に先に飛び込み、旗を手にしたのはやよいの方だった。

「うっうー、取りましたぁ! …あっ、じゃなくって、取ったどー!!」
20 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/07/10(火) 02:18:42.97 ID:3V8i0e7Ao
面白いな
21 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2012/07/13(金) 02:04:03.52 ID:gFi58yfD0
―――――――――――――――――――――――――――――――――――

「アマガエルさんチームに贈られるのは、宮崎県産の高級フルーツ、マンゴー『太陽のタマゴ』と『完熟きんかんたまま』でーす! ねぇねぇやよいちゃん、『完熟きんかんたまたま』って言ってみてくれる?」
「えっ? かんじゅくきんかんたまたま…。これでいいですかぁ?」
「ハァイ、ありがとうございまぁす!」

 やよいに賞品名を言わせたカエルは、満足そうに司会席とされるスタジオ中心に戻る。
 やよいはなぜそんなことを言うように頼まれたのか理解していない様子で、キョトンとしていたが、プロデューサーにはその意図するところが解っていた。いつか意味が解るようになる頃にはすっかり忘れてしまっていて欲しいと切に願った。
 カエルは、各チームに何を調理しているのか訊いて回る。先ずは先ほどフルーツを手にしたアマガエルチームだ。
22 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西・北陸) [sage]:2012/07/13(金) 20:55:46.81 ID:pSGxI+BAO
これは面白い
珍しいアダルティックな雰囲気だ
続き楽しみにしてる
23 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2012/07/17(火) 02:24:42.17 ID:YELbiGlQ0
「どうも〜! さてさて、アマガエルさんチームのお二人は何をつくってるんですかぁ〜?」
「蒸し鶏のおろしポン酢ソースと、こん、こん…。千早さん、なんて言うんでしたっけ?」
「根菜、ね」
「そうそう、それです! こんさいのけんちん煮です!」
「それからデザートに、金柑ソースのマンゴープリンを」

 やよい、続いて千早が答えていく。

「成る程、いいですねぇ。やよいちゃんはお料理がとっても上手だと聞いてますし、千早ちゃんは二回目の出演ですから、楽しみにしてますよぉ」
「ええ、是非」

 リップサービスか本心か、千早は笑顔でそう言った。

「そして! 対するガマガエルさんチームはどうですか?」
「ボクたちはロブスターのグラタンと、ロールキャベツのトマトクリーム煮と、デザートは杏仁ジェラートです!」

 こちらは真が答える。

「ガマガエルさんチームは対照的に洋風ですねぇ。ところで先程はロブスターと白熱した戦いを繰り広げてましたが大丈夫でしたか?」
「えぇ、ボクこう見えても結構強いですから」
「こ、こう見えても…?」

 雪歩の戸惑いの呟きに気付いていない様子で、真は得意げに言った。
24 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2012/07/30(月) 00:32:03.88 ID:KHCl3Vom0

 カエルは更に続けて、

「両チーム、とても完成が期待できそうです。因みに…」

と来て、こう訊ねた。

「皆さんはこの料理、誰に食べてみて貰いたいですか?」

 それはなんでもない質問の筈だった。
 しかし一瞬、四人のアイドルが答えに窮したようにプロデューサーは覚えた。スタッフは全く気付いていない。それは彼女たちがプロである故か、全然気のせいなのか、或いは彼がプロデューサーである故判ったのか。
 だが僅かに感じた空気の変化は、真が口を開くとすぐに消え飛んだ。

「そうだなぁ…、ファンの人たちに食べて貰えたら嬉しいかも知れないですね!」

 彼女がそういうと、やよいが賛同の声を挙げた。

「うっうー! それいいですね! ファンの人たちに喜んでもらいたいです! 千早さんと雪歩さんもそう思いませんか?」

 言われた二人は、

「そうね、高槻さんが言うなら…」
「や、やよいちゃんなら良いかもしれないけど私なんかの料理じゃ…」

と対照的な返事をした。雪歩は例によって消極的だ。
 そんな雪歩を、

「なに言ってるのさ、雪歩の料理ならむしろきっと大喜びしてくれるよ」

と真が勇気づけた。雪歩は尚も不安げな表情であったが。

「いいですねぇ、ファンの方たちとお料理で繋がるイベント。もしかしたら近々そんなことが行われるかもしれませんねぇ。ファンの皆さんは是非お楽しみに!」
「もう、勝手に決めないで下さいよ!」

 そういう真の顔はどこか実現を期待しているようだった。
25 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西・北陸) [sage]:2012/07/30(月) 03:13:12.10 ID:gyCCq+UAO
お、来たか
26 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2012/08/09(木) 16:29:37.88 ID:g6D/CzOd0
―――――――――――――――――――――――――――

 結果としては、アマガエルチームの勝利だった。理由は審査員曰く、「『お袋の味』を思い出した」かららしい。
 何がともあれ、やよいと千早は勿論、ガマガエルチームの2人も、特に真は満足げだった。曰く、「男の人のファンが増えるかな?」
 収録が終わった頃には、既にプロデューサーは次の現場へ向かってしまって、居なかった。

「なんだ、もう行っちゃったのか」

 真が残念そうに声を上げる。

「仕方ないよ、プロデューサーも忙しいから」
「プロデューサー、お仕事いっぱいで少し可哀想ですね」
「でも仕事の虫みたいなところもあるし、大丈夫じゃないかしら」
「うーん、それはそれで楽観的すぎない?」
「前に比べれば大分マシよ。プロデューサーだってあれでもプライベートに余裕が出来てるじゃない」

 千早がそういうと、真は未だ些か腑に落ちないような表情を見せていたのをすっかり変えて、そっか、そうだね、と返しその場は収まった。
27 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2012/08/14(火) 22:43:50.29 ID:+V+EXS350

 楽屋に戻って一息ついているとき、珍しく雪歩が話を切り出した。

「収録のとき司会のカエルさんに、誰にお料理食べて貰いたいか訊かれたよね」
「そうだね、たしかあのとき、ボクがファンの人がいいですって言ったよね。どうしようか? ホントにそんな風なイベント開かれちゃったら」
「私はとってもやりたいです!もしそうなったらきょうだいの皆も呼んで、あとは他にも学校のお友達とか――」
「ご、ごめん。そういうんじゃなくて」

 雪歩がやよいの言葉を遮った。
 調子は遠慮がちであったが、平生の雪歩では殆んどあり得ないことであったから、他三人はこれは恐らくただごとではなかろうと容易に判断し、そこで口を噤んだ。

「どうしたの、萩原さん?」

 千早が先を促した。

「あのとき、皆ちょっと迷ってたよね? それがどうしてなんだろうって思って…。もしかしたら言えない人でも考えちゃったのかなとか、そんな風に思ったりして…」

 ここまで申し訳無げに言ってから、おずおずと雪歩は言葉を続けた。

「それで訊きたいんだけどね。…皆は誰にお料理作ってあげたいと思ったの?」
28 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2012/08/16(木) 15:52:01.79 ID:eSzFyAyt0

 雪歩が問いを投げかけてから、楽屋には暫し沈黙が流れた。皆返す言葉が無いのではなく、答えあぐねているような様子だった。
 そこに、

「私はプロデューサーです」

 やよいが言った。

「いつもお世話になってますし、お休みの日とか、たまにきょうだいの面倒も見てくれるから、お礼がしたいです!」

 その口調は平生の無垢なそれであったが、返事までにかけた時間を考えても、どこか違和感を禁じ得なかった。

「私もプロデューサーかしら」

 続けて千早がやよいと同じ名を口にした。

「私もやっぱりあの人には凄く感謝してるし…春香もいいかと思ったんだけど、結構普段から練習に付き合ってもらうようなかたちで、一緒に料理してるから、改まってそうすることも無いわよね。それに男の人限定で考えても、一番身近なのはプロデューサーだから」

と多弁に喋り通した後、まあ別に誰だっていいのだけれど、と付け加えた。

「当の萩原さんは?」

 千早は雪歩に尋ねた。

「私も…プロデューサーかな。でもきっと私のなんか…特に今のプロデューサーには…」

 雪歩がそう言うと、場の空気は一層沈んだ。皆等しく虚しさを飲み込んだように。

「真ちゃんは…?」

雪歩に問われ、真は少し答うるに逡巡を見せた。しかし直ぐに、

「ボクは…実は特別食べて貰いたい人はいないんだよね! 偶には女の子らしいところが見せられればなぁって、ハハ、ハハハハ」

 その笑いは渇いていた。
29 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府) [sage]:2012/08/20(月) 18:34:09.94 ID:byHcN2sio
見てるぞ
30 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西・北陸) [sage]:2012/08/26(日) 01:47:06.90 ID:mx2MC2YAO
楽しんでる
31 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2012/08/28(火) 16:51:27.88 ID:rvZTwice0
――――――――――――――――――――――――

「ただいまー」

 765プロ事務所に美希が戻ってきた。今日は演者としての報告を済ませ、先のスケジュールを確認すればそれで彼女の仕事は終りである。

「おかえりなさい美希ちゃん」

 小鳥が美希に声をかけた。

「今日のお仕事はどうだった? 美希ちゃんのことだから、それはもうお客さんいっぱいだったでしょう」
「勿論なの! 皆喜んでくれたし、ハニーだって」

 美希は、ハニーだって、を強調して言葉を断った。小鳥の反応を待つ。

「プロデューサーさんがどうしたの?」

 小鳥は顔色一つ変えずに、美希に続きを促した。平生の事務員音無小鳥と何等変わる所はなかった。
 内心美希は面白くなかった。彼女なりに小鳥の胸中を忖度したが、その結果は全て望ましいものではなかった。きっと自分のことなど眼中にない、そう思わずには居られなかった。
 しかし美希はそれを決して表には出さぬようにした。決して出すまいとその瞬間自分に言い聞かせた。

「ミキのこと可愛いって言ってくれたの! 嘘じゃないよ?」

 再び彼女は小鳥の反応を待った、といっても数秒もかからなかったが。

「そう、良かったじゃない。まあ美希ちゃんはいつだって可愛いから当然ね」

 変化なし。それどころか、どこか余裕すら感じられる。

「うーん、張り合い無いの」

 美希は稍わざとらしく言ってソファに向かう。その背中に小鳥は言った。

「それにあの人はいつも正直だからね」

 この言葉に美希は小さな喜びを覚えたが、一方で些かの苛立ちも起った。その両方を押し[ピーーー]かのように、彼女は大儀そうにソファに横たわった。
32 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/09/23(日) 03:34:54.62 ID:KKHGRrujo
<●><●>
33 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2012/09/24(月) 00:15:13.63 ID:4VCU/wLq0
――――――――――――――――――――――――――

「お待ちしておりました、あなた様」

 プロデューサーは四条貴音のドラマ撮影現場に到着していた。場所は郊外にある撮影スタジオ、そこにはマンションのリビングのセットが出来上がっていた。

「悪いな遅くなっちまって。どうだ、撮影進捗の程は?」
「今日の分は粗方撮り終えて居りまして、残りのていくが二三、それもじき終わりましょう」
「工程に変わったところはないか?」
「いくつか場面が最終盤に回りまして…、今からそれを撮るところなのです」

 貴音の表情は些か浮かない。プロデューサーもそれに気付いた。

「どうかしたのか?」
「い、いえ。どうも致しません」

 言葉とは裏腹にその面持は暗いままだった。
34 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(岡山県) [sage]:2012/09/25(火) 23:49:24.73 ID:8u7N+gDxo
はよ
35 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2012/10/07(日) 15:58:35.75 ID:1O7RKdmM0

「四条さーん、リハ入りまーす」
「は、はい、只今」

 ADに呼ばれ、貴音はセットまで向かう。その背中に、

「ところでどのシーンのどのカット?」

とプロデューサーはスタジオ外れのテーブルに置いてある貴音の台本を手に問うた。

 貴音は少し振り返り横顔を見せ、

「しぃん11の、かっと8からです」

と言った。

 プロデューサーはページを繰って当該部分を探した。中途で、随所に流麗な筆蹟の書き込みが目に入る。表情、発声、身振り、演技についてのあらゆる動作が事細かに、ページによっては所狭しと記されている。
 それを見て彼は感心と安堵の溜息を漏らした。彼女は自分の見ていないところで――或いは敢えてそうしているのかもしれない――彼女に与えられたことを遂行せんと、不断の努力をしているのだ、涼しい顔で。彼は身が引き締まる思いだった。そして、彼女にも一人前のプロ意識の根付いていることを再確認した。
 そして彼は目当ての箇所を探しにあちらこちらとページを繰り、ようやくシーン11のカット8に辿り着いた。
36 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2012/10/10(水) 21:42:51.66 ID:UnHBIY4g0

 プロデューサーがその内容に目を通さんとしたところ、耳に、

「リハーサルですから、今はフリでいいですからね」

と言う声が入ってきた。
 フリ? それってつまり…。
 彼はその言葉を理解する為に台本を読み始めた。



   和也、本に目を落としたまま、

 和也「次会えるのは…いつになるかな?」

   美月、洗い物をしている手を止め、蛇口を閉める。
   しばし、沈黙。

 美月「判らないけど…長くてひと月くらい先になりそう」

   和也、苦笑いを浮かべ、

 和也「そりゃなかなかに長いね…。早いとこ君を、親に紹介したいんだけど」

   美月、台所から出てくる。

 美月「…ごめんね。私も向こうに戻るのは先にして欲しいって、頼んだんだけど…、もっと食い下がったほうが」(和也、遮る)
 和也「ああ、大丈夫。美月は悪くないから」
 美月「でも…」
 和也「いいって」

   沈黙。
   美月、ソファの和也に近づく。そのまま隣に坐る。



 これから撮るのは大分シリアスなシーンのようだ。台本に書かれた《美月》が貴音、《和也》が相手役の俳優である。
37 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2012/11/13(火) 02:42:53.50 ID:aMxKk3Ov0

 プロデューサーが続きを読み進めようとすると、いつの間にかリハーサルは終わっていたらしく、本番の撮影に入るところだった。彼は、それならば読むにも撮影乃至演技と並行した方が良いだろうと思い、始めに戻って本番開始を待った。

「よーい、アクション!」

 監督の声がスタジオに響き、それが消え入る頃には、既にカメラの前の2人は動き始めていた。

『次会えるのは…いつになるかな?』
『判らないけど…長くてひと月くらい先になりそう』

 展開は台本の通り、淀みなく進んでいく。
 そのまま場面は未読の部分へと差し掛かった。

『美月…』

と俳優は言いながら貴音の手を握った。右に座る彼女の左手を、両手で包むように。
 貴音は一瞬驚いた表情を見せた後、

『何?』

と問うた。俳優の方はそれには何も応えず、暫し。
 すると突然グイと貴音を引き寄せ、そのまま彼の腕の中に抱き込んでしまった。貴音は小さく悲鳴を上げた。
38 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2012/11/17(土) 01:52:58.99 ID:i5RA2ThT0

 貴音は、

『ねぇ、和也、どうしたの?』

と半ば諦めているような声で言った。
 その間、俳優は彼女の首筋を唇で愛撫していた。彼はそれを止めると、

『本当はさ、俺はただ…』

と呻くように言った。

『和也…』

 貴音は自分の腕を俳優の身体にまわし、2人は抱き合う形になった。後、彼から身体を離すと、俯く彼の頬に手を添え、そしてそっと口づけをした。

「カット! OKです!」

 ひとたび声が響くと、先程迄の緊張した空気は一挙に弛緩した。
 ソファに座り身を寄せ合っていた2人は体をやおら離し、立ち上がって互いに軽く頭を下げた。そして二言三言言葉を交すと、貴音はプロデューサーの方に歩いてきた。
39 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/01/11(金) 23:05:03.92 ID:Qkg0ordEo
あと6日だぞ
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