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博士「身体性を備えた汎用AIと私個人に関する一連の記録と報告」 - SS速報VIP 過去ログ倉庫

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1 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/06/18(月) 21:38:33.09 ID:9Jls+H5No
4月10日 晴れ

AI「今日もいい天気だなー」

 いつもと同じ七時起床。
 雨戸を開けたら、私はお父さんを起こしにいきます。

AI「お父さん、お父さーん」

博士「……」

AI「起きて、起きてっ」

博士「ぁぁ……? んん……」

AI「そんな眠そうにしないでよー。起こしづらいでしょー」グリグリ

博士「はー……、うぅむ。 おはよう、アイ」

AI「うん、おはよ」ニヒヒ

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少し暑くて少し寒くて @ 2024/04/25(木) 23:19:25.34 ID:dTqYP2V2O
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渾沌ゴア「それでもボクはアイツを殺す」 @ 2024/04/25(木) 22:46:29.10 ID:7GVnel7qo
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二次小説の面白そうなクロス設定 @ 2024/04/25(木) 21:47:22.48 ID:xRQGcEnv0
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佐久間まゆ「犬系彼女を目指しますよぉ」 @ 2024/04/24(水) 22:44:08.58 ID:gulbWFtS0
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全レスする(´;ω;`)part56 ばばあ化気味 @ 2024/04/24(水) 20:10:08.44 ID:eOA82Cc3o
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君が望む永遠〜Latest Edition〜 @ 2024/04/24(水) 00:17:25.03 ID:IOyaeVgN0
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笑えるな 君のせいだ @ 2024/04/23(火) 19:59:42.67 ID:pUs63Qd+0
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【GANTZ】俺「安価で星人達と戦う」part10 @ 2024/04/23(火) 17:32:44.44 ID:ScfdjHEC0
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2 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/06/18(月) 21:40:36.24 ID:9Jls+H5No
 お父さんは起きたら、歯を磨いて朝ご飯を食べます。
 ちなみに、今日の朝ご飯は柿ピーでした。

博士「……」ポリポリ

AI「なんでまた、そんなひもじいものを」

博士「昨日、買い出しに行けなかったからね、これしか無いんだ」

AI「……」

 哀れです。
3 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/06/18(月) 21:41:56.67 ID:9Jls+H5No
博士「はぁ……」

 7時半になると、お父さんは溜息をついて立ち上がります。
 お仕事に行く時間だからです。

博士「じゃあ、行ってくるぞ」

AI「うん、忘れものない?」

博士「ないよ」

AI「鍵しめた?」

博士「そりゃまだだ」

AI「気をつけてね?」

博士「あぁ」

AI「行ってらっしゃーい!」

 お父さんを見送って、暖かい陽気の下、今日も一日が始まります。
4 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/06/18(月) 21:43:29.93 ID:9Jls+H5No







 起:AI







5 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/06/18(月) 21:45:50.92 ID:9Jls+H5No
AI「今日は、どうしよっかなぁ」

 お父さんがお仕事に行っちゃった後はヒマです。
 それで私は、ヒマになってから一日の予定を立てるのです。

AI「うーん」

AI「……あ、掃除でもするかな」

 そういえば先週お父さんが、最近またホコリっぽくなってきたな、って言ってたのを思い出しました。

AI「けしからんな」

 お父さんを悩ますとは許すまじホコリ共。早速掃討開始です。
6 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/06/18(月) 21:47:55.84 ID:9Jls+H5No
AI「まずはお父さんの部屋!」

 この家の中で一番散らかってるのはお父さんの部屋です。
 この部屋を片付ければ、この家を片付けたも同然でしょう。

AI「はー、相変わらず汚いなぁ」

 お父さんの部屋はいっつも書類と本と、機械だらけです。

AI「本棚と机に、紙と機械がまとわりついてる感じです」

 そんなもんだから、この部屋でのホコリ掃除は長期戦必至です。
 それでも今日は、面倒くさがらずに最後までやってみようと思います。

AI「がんばるぞー!」
7 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/06/18(月) 21:48:54.32 ID:9Jls+H5No
AI「はっ、めんどくさ」

 お掃除を始めてから半日経った夕方六時頃でしょうか。ここに来てやってらんなくなりました。

AI「……」

 でも、やめるわけにもいかない状態です。
 ホコリを取る際に移動させた物が、床いっぱいに散らかってるからです。

AI「あ〜どうしよぅ……」

 もうやってらんねーですよ。
8 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/06/18(月) 21:53:33.53 ID:9Jls+H5No
AI「これだからお父さんの部屋は……」ブツブツ

 めんどうだけど、ここで終わりにしたらお父さん泣いちゃうかもしれないので、お掃除続行です。

AI「ん〜?コレどこに置いてあったっけー?」

AI「……まぁここでいいか」

AI「あっ、まずいまずいっ、この箱はまずい……、磁気がすごい……」

AI「……って、うわあ!なんか踏んじゃったよ!」

AI「こ、これだからお父さんの部屋は〜!」

AI「あう…、どうすればいいの……」

 私はすっかり疲れてしまって、その場にへこたれました。

AI「もうやだぁ……」

 ヘトヘトで、やってらんなくて、もう好い加減終わりにしたい午後7時頃……。
 この折だったと思います。ゴキブリが私の前に現れたのは。

ゴキブリ「やぁ」

AI「」
9 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/06/18(月) 21:58:18.33 ID:9Jls+H5No
博士「ただいま」パタン

博士「……」

博士「アイ?」

AI「お父さ〜ん……、助けて……」

博士「……」

博士「……なんだなんだなんだ」

博士「どうした!」バタッ

AI「あ、あの、お父さん……」

博士「……」

AI「足が、がしゃーんって……」

博士「」
10 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/06/18(月) 22:03:02.87 ID:9Jls+H5No
 ゴキブリから逃げた時、足首が脱臼しちゃったんでお父さんに直してもらいます。

博士「お前なぁ、また走ったろ?」

AI「ごめんなさい……」

博士「このあいだ壊したばっかりだってのに、懲りない娘だ」

AI「だ、だってね?ゴキブリがね?」

博士「ゴ……、そんな、勘弁してくれ、もう出ていやがるのか」

AI「お父さん、ゴキブリの方もなんとかしてよう……」

博士「あぁ、あぁ、わかった。明日バルサンかアシダカグモを買ってくる」

AI「ばるさんにしてっ!」
11 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/06/18(月) 22:04:40.28 ID:9Jls+H5No
博士「よし、これで大丈夫だろう」

AI「ん、ばっちし」

博士「……というかお前、煤だらけだな」

AI「埃掃除やってましたから」

博士「……」

 そう言うと、お父さんはやっと部屋を見渡すのでした。

博士「寝る場所も無いとはね」

AI「ねぇお父さん、こんなに散らかしちゃったけど、泣かない?」

博士「涙も出ないよ」ぺちっ

AI「あう」

博士「まぁ埃はありがとうな。大分綺麗になってるよ」ナデナデ

AI「いひひ」
12 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/06/18(月) 22:08:06.86 ID:9Jls+H5No
4月11日 晴れ

 昨日はあの後21時まで、お父さんとのんびり過ごして寝ましたが……、
 晩ご飯の時に、お掃除の続きをする約束をしてしまいました。うかつでした。不覚でした。
 そんなわけで、今日もお掃除をしなければなりませんが……。

AI「めんどうなんでやりません」

博士「……お前なぁ」

 お父さんは、今まさにお仕事へ向かおうとするところ。
 このタイミングで約束を破ることで、事態をウヤムヤにするのです。うへへ。

博士「今日もお父さんを床で寝かすつもりか」

AI「そんなつもりじゃないけど、ほら、掃除中にゴキブリ出たらまた足壊しちゃうかも」

博士「なるほど、なら仕方無い」

 割とあっさりサボさせてくれました。
 そんな物分りのいいお父さんに行ってらっしゃいして、今日も一日は始まります。
13 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) [sage]:2012/06/18(月) 22:11:05.57 ID:+/2bw3Ojo
以前似たようなスレタイで立ててた?
14 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/06/18(月) 22:11:13.97 ID:9Jls+H5No
AI「今日はー、どうしましょうかねー」

 居間でゴロゴロしながら本日の予定を立てます。

AI「あっ、そうだ」

 そういえば……と、あることを思い出しました。
 昨日、お父さんがDVDを借りて来てくれたんでした。
 早速、置いてあった袋の中身を確認します。

AI「……」

 お父さんは毎週一回、十本以上のDVDを借りて来てくれるんですが……、

AI「全部、SFアニメ」

 という感じに、まぁたいへん偏ってるわけです。
 例によって今回も、袋に入ってたのはSFアニメだけでした。

AI「わーい……、これで今日は手持ち無沙汰にならないぞー……」
15 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/06/18(月) 22:14:36.08 ID:9Jls+H5No
 SFは、難しいから嫌いです。

AI「退屈だなぁ……」

 でも、もったいないから観ます。

AI「は〜……」

 前に借りてきてくれた、外国のアニメ映画はよかったのになぁ。
 題名は忘れちゃったけど、なんかアイアンなジャイアントが出てくるアニメです。
 あぁいう感じの作品を借りてくれればいいんですけど……、

AI「基本的に、お父さんが借りてくるのは国産のSFアニメです」

少佐『囁くのよ、私のゴーストが』

AI「知らんがな」
16 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/06/18(月) 22:17:10.78 ID:9Jls+H5No
 夜の九時を回りました。

AI「やっと終わったよ」

 流しっぱにしてた最後の巻が、ようやく終わったみたいです。

AI「結局最後まで意味わかんなったなー。
   ……というかお父さん遅いなぁ」

 今日はなんだか帰りが遅いなぁ、そんなにバルサン選びに時間掛かってるのかなぁ
 ……なんて、お父さんのことを思っていたら、

玄関「ガチャッ」

 タイミングよく、玄関が鳴りました。

AI「お、帰ってきたっ」

AI「〜♪」トコトコ

AI「おかえり!」

博士「ただいま」

 お父さんは、今日も暗い顔して帰ってきました。
17 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/06/18(月) 22:19:00.08 ID:9Jls+H5No
博士「はぁ……」グッタリ

 お風呂あがりで、更に死にそうな顔をしたお父さんが席につきます。落ちる様に席につきます。

AI「お弁当温めといたよ」

博士「あぁ……」

AI「だいじょーぶ?」トントン

博士「ん」

AI「ムリしちゃダメだよ、色々とね」トントン

 お父さんが疲れてる時は、私は肩叩きをしてあげます。
 死にそうな顔してる時は、背中を叩いてあげるんです。

 ……あぁこれじゃあ自殺の後押しをしてるような言い方だ。
18 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/06/18(月) 22:21:08.45 ID:9Jls+H5No
AI「今週、まだ一回もお休みしてないでしょ。ダメだよ休まなきゃ」モミモミ

博士「あぁ、明日は休みだがね」

AI「あ、やったぁ。じゃあ明日は一緒に片付けできるね、っていうかしようねっ」モニモニ

博士「うむ、片付けもいいんだがー……、アイ」

AI「?」

博士「明日は、出かけよう」

AI「……お出かけ?」
19 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/06/18(月) 22:22:46.59 ID:9Jls+H5No
 びっくりです。お出かけなんて、そんな、びっくりしました私。

AI「……」

博士「どうした?」

AI「え、あはは、お出かけ〜?」

博士「嫌か?」

AI「イヤ、じゃないけどその……、大丈夫なの?
  お父さん、外は出ちゃダメって言ってたのに」

博士「あー、うむ。そうなんだが、バルサンを焚かないとならんだろう」

AI「あう、そっかぁ……」
20 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/06/18(月) 22:23:13.38 ID:9Jls+H5No
AI「……ホントに出かけるんだ?」

博士「あぁ、お前さえよければ」

AI「私は……、いいよ?」

博士「なんか、無理してないか?」

AI「ぜ〜んぜん?ちょっと久々なだけで、怖くなんてないもん」

博士「やっぱり怖いか……」

AI「こ、怖くないよ!お父さんと一緒ならね!」

博士「……そうか?」

AI「……」コクリ

博士「じゃあ……、決まりだな」

AI「ふ、ふふふ……」
21 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/06/18(月) 22:27:16.86 ID:9Jls+H5No
4月12日 すっごい晴れ

 私は、お外が好きじゃありません。
 
 なんでかは分からないけど、怖いんです。

 ……そんなことを前に相談したらお父さんは、
『だろうな……』
 と、意味深に呟いてきました。なにやら理由を知ってそうな感じで。
 でも、お父さんはそれを教えてくれませんでした。

 そういう謎めかした言い方してるとハゲちゃうよって言っても、教えてくれませんでした。
 やむを得ず、教えてくれないと嫌いになっちゃうよって言いました。そしたらあっさり教えてくれました。

 お父さん曰く、私が外を怖がるには複雑な理由があるそうです。なんか、トラウマがどーとかって感じの。
 そして更に、お父さんの『外には出るな』って言いつけが輪をかけて、とうとう私は外を怖がるようになったらしいのです。

 わけが分かりませんが、とにかく、私はお外が好きじゃないのです。
22 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/06/18(月) 22:27:50.34 ID:9Jls+H5No
博士「まぁ、五分も歩けばすぐに慣れるよ」

 そう言って玄関の鍵をしめるお父さん。
 現在時刻は午前10時、いよいよ出発の時なのです。

AI「大丈夫かなぁ……、っていうか玄関の前に出るのも久しぶりだなぁ……」

博士「そんなに心配しなくていい。……さて、忘れ物は――」

 ここで何やら急に固まるお父さん。鳩が対戦車砲を食ったような顔をしてます。

博士「……」

AI「どうしたの?」

博士「財布を、忘れた」

AI「取り行けば?」

博士「今、家の中ではバルサンが発煙中なわけだが」

AI「……」
23 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/06/18(月) 22:28:24.00 ID:9Jls+H5No
AI「あはは!がんばれー!」

博士「おえええ!!」

 死に物狂いで突っ込んでったお父さんはまるで、火災現場に残された赤ん坊を救わんとする消防士のようでした。

博士「も、もう無理だ、ひーっ」

 ただ、全然かっこよくないです。

博士「はーッ!」ッタ

玄関「バタン!」

博士「フー…フー…」

AI「お疲れ様でした」

博士「あぁ……」

 初っ端から大変な疲労感がありますが、こんな感じで今日も一日は始まります。
24 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/06/18(月) 22:36:25.16 ID:9Jls+H5No
書き溜め分終了。ここから暇を見つけては投下していく。がんばる。



>>13
立ててないれす。
25 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) [sage]:2012/06/18(月) 23:28:17.26 ID:+/2bw3Ojo
26 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/06/19(火) 08:38:39.56 ID:wq+xBUG2o
AI「あー、ここ、いつの間にか家が立っちゃってる。なんかムカつきます」

 今、私たちはとりあえず、近所をブラブラ散歩中です。
 ちなみに、私は車椅子移動です。長距離の歩行はできない上、昨日足を壊したばっかなので。

AI「は〜、すごいっ、見て!桜が綺麗だよー!」

博士「んー」

 お父さんはこういう時も書類を持っています。それで書類にばっか目をやってます。

AI「目を、やってます。……っと」カキカキ

博士「お前だっていつも日記にばかり気を遣ってるがな」

AI「私のことはいいから、桜見てみてってば、お父さん!」

博士「んー、……ってなんだこれ凄いな」

AI「ね、凄いでしょ!」にへらっ
27 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/06/19(火) 08:54:44.81 ID:wq+xBUG2o
AI「ところでお父さん」

博士「なんだね」

AI「お出かけとは言いますがね、この足はどこに向かってるんだね」

博士「街、かな」

AI「……特に決めてないんだ」

博士「まぁな、でも正直どこだっていいだろう。アイは何処か行きたいところでもあるのか?」

AI「ないよ?」

博士「だよな……、じゃあ、適当に公園の散歩でもするか」

AI「うんっ」
28 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/06/19(火) 09:04:11.23 ID:wq+xBUG2o
AI「あはは、懐かしー」

 近所のおっきい公園に来ました。休日だけあって人が沢山います。賑やかです。

博士「この辺でいいか」

 そう言ってお父さんはベンチに腰掛けます。
 今日は暖かいなぁ、とか言っちゃって、なんて暢気なんでしょう。

AI「……でもねぇ、お父さん」

博士「?」

AI「こんなにいっぱい人が居る場所は、危ないんじゃないでしょうか」

博士「なにが?」

AI「私、ロボやん」
29 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/06/19(火) 09:15:18.54 ID:wq+xBUG2o
博士「そう、だな」

AI「そんでな、今ってな、ロボが外におっていい時代やないやんか」

博士「せや、な」

AI「みんなパニックなるで、あたしがロボやと判った暁にゃ」

博士「ちょっと待って、関西弁は止めようか」

AI「はい」
30 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/06/19(火) 09:30:47.09 ID:wq+xBUG2o
博士「……まぁ確かに、そういう懸念もあったから、外出を禁じてきた」

AI「うん」

博士「でも、今日は別なんだ。休みで、天気がよくて、外出の必要があるからね。
   第一、アイがちゃんとしていればロボ的なボロなんか出やしないし、そんな不安がることは無いんだよ」

AI「……」コクコク

博士「お前はしっかり者だからな、大丈夫だろ?」

AI「うん!多分ね!」

博士「いい返事だな」

AI「いひひっ」

博士「ははは」

 やー、平和だなー。
31 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/06/19(火) 09:42:32.57 ID:wq+xBUG2o
 ……そんなんしてたら、お父さんはペンを持って書類と格闘し出しました。
 まったく、外に出てもこれですよ。とりあえず邪魔します。

博士「いやいや、やめてくれ」

AI「ごろごろ」

博士「むふっ」

 喉元をくすぐります。お父さんはここが弱い。弁慶の泣き所です。弁慶の立ち往生です。

AI「ごろにゃあ」

博士「くふっ、や、やめんか」ぺちっ

AI「あう」
32 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/06/19(火) 09:49:29.56 ID:wq+xBUG2o
 お昼の鐘がちゃんちゃん鳴るまで私たちは公園でのんびりしてました。

 最初こそ、お外に対する不安や、ロボであることがバレたらどうしよう、なんて不安がありましたが、
 そういった気掛かりは、お昼になる頃にはもう、だいぶ落ち着いていました。

AI「えへへー楽しいねー」

博士「んー」

AI「ねぇねぇ、駅前の方にも行ってみようよ」

博士「んー?……駅前か、大丈夫かねぇ」

AI「大丈夫ですヨ」

博士「ふ、あんまりはしゃぐなよ」
33 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/06/19(火) 12:27:45.09 ID:wq+xBUG2o
 ってわけで現在、私たちは駅前の喫茶店に来ています。サ店です、サ店。

AI「ねーね、お父さん?」

博士「なんだね」

AI「結構みんな、気付かないもんだね」

博士「ん、何に?」

AI「私の正体に」

博士「あぁ、はは、そうだな」

AI「なんか構えて損したなぁ。店員さんも普通に接客してきたし」

 さて、予想外なことだったんですが、誰も私をケゲンな目で見ないのですよ。
 駅前に来たらちょっとはロボットを見るような目が私に刺さると思ってたんですが、
 人ごみの魔力でしょうか、全然そんなことがなかったのです。

博士「残念そうだな」

AI「べ、別にー?」
34 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/06/19(火) 13:05:54.71 ID:wq+xBUG2o
 まぁなにはともあれ、誰も気が付かないってンなら思う存分、羽を伸ばしてやりますよ。

AI「電器屋行こう!」

博士「ん」

 喫茶店の次は電器屋に行きました。まずはここから潰してやるー、
 って感じで行ったはいいけど、つまんなかったです。お父さんは色々買ってましたが。

AI「本屋!」

博士「あぁ」

 続いては本屋。再び、ここを潰してやるーって感じで行ったけど、ここは私が手を出すまでもなく潰れそうな感じでした。
 ちなみに、ここもつまんなかったです。お父さんは色々買ってましたが。

AI「デパート!」

博士「はいはい」

 結局、この界隈で一番おっきいとこまで来ちゃいました。
 ここまでつまんなかったとしたら、私は二度と駅前に来ないでしょう。
35 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/06/19(火) 13:24:53.62 ID:wq+xBUG2o
博士「どこ回りたいんだ?」

AI「おまかせします」

博士「うーん……」

 デパートの一階エレベーター前で、どこを回ろうか悩むお父さん。

博士「小学校高学年の女児ってのは、一体どんなところに行くもんなんだ?」

AI「え〜?あんまりクラスの子とは遊ばなかったから分かんないなぁ」

博士「そうか……、じゃあ上からトップダウン方式で回るか」
36 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/06/19(火) 18:25:50.15 ID:wq+xBUG2o
 ちーん。ってわけで最上階、紳士服売場でございます。

AI「お父さん、お父さん」

博士「なんだね」

AI「私ね、思うの。たまにはこういう服を着てみてもいいんじゃない?って」

博士「……スーツか。一応持ってるんだがね」

AI「えーそうだったの?でも着てるとこ見たことないよー?いっつも白衣じゃん」

博士「まぁね」

 お父さんは服装に無頓着です。
 これでいいんでしょうかね、なーんて心配しながら売場を出たら、今度はうるさい所に着きました。

AI「ゲームセンターですな」

博士「うむ」

AI「行ってみましょうか」

博士「……うむ」
37 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/06/19(火) 18:45:26.85 ID:wq+xBUG2o
AI「へー、すごーい」

博士「落ち着かない場所だな……」

 初めて来ましたけど、なんかすごいですね。ゲームセンターって。

AI「……」

博士「なにか興味の湧くものはあるのか?」

AI「うーん……、あっ」

博士「?」

AI「お父さん、あれ」

博士「……ぷりくら?」
38 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/06/19(火) 18:48:42.06 ID:wq+xBUG2o
AI「うん」

博士「確かあれは、写真撮影機だったな。気になるのか?」

AI「うん。お父さんと撮ってみたい」

博士「わからんな、女児の趣味は」

AI「前にね、クラスの子が言ってたヤツなの、あれ。ずっと気になってたの」

博士「ずっとか、……そうか。
   じゃあ、入ってみるか。車椅子、そこに置いて」

AI「えっ、いいの?」

博士「あぁ、いいよ」

AI「恥ずかしくないの?その齢で?」

博士「恥ずかしいぞ。でも、お前のためなら我慢するぞ」

 お父さんは優しいです……。
39 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/06/19(火) 19:01:24.99 ID:wq+xBUG2o
 十分後

博士「目でかいな!」

AI「あはは!ホントだー」

 あれやこれやと試行錯誤し、やっとの思いで出力した写真は、心霊的でした。

博士「なんだこれは!鬼の機械か!」

AI「ねぇねぇ、なんでおっきくなっちゃったの?」

博士「……予め入力された目のデータに近似した記号を認識したならば、それを数十%拡大せよ……、
   ってな処理が働いたんだろう。原初的なパターン認識だよ……実に不愉快だよ……」

AI「へ〜おもしろーい、大切にするねコレ」

博士「しなくていい」
40 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/06/19(火) 19:57:41.65 ID:wq+xBUG2o
AI「楽しいな、楽しいなっ」

 その後は、ゲームセンターを後にして、色んなところを回りました。

 女性下着売場へお父さんを連行し、一人にさせたり。
 食品売場の試食コーナーで、嫌がらせの如く食べさせたり。
 家具売場の展示用ベッドで、一緒に寝たり。

AI「楽しいな、楽しいなっ」

博士「アイ」

AI「なぁに?」

博士「そろそろ、帰ろうか」

AI「……」

 後ろを振り向くと、車椅子を押してくれてるお父さんは、疲れた顔をしていました。

AI「……わかった」

博士「もう晩ご飯の時間だ。寄り道もしないからな」

AI「うん…、今日のところはこれで勘弁してあげる」

博士「どうも」

 そんな感じで、今日は楽しかったなぁ。……でも、帰ってからは最悪でした。
41 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/06/19(火) 20:11:51.83 ID:r9mQ5/76o
楽しみに見てるぞ
42 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/06/19(火) 20:53:00.88 ID:wq+xBUG2o
AI「いやだああああぁぁ!」

博士「お、おぉぅ……」

 玄関を開けたら、ゴキブリがいっぱい死んでたからです。

AI「なんでっ、なんでなのっ」

博士「いや、バルサン焚いたからさ」

AI「ひうぅ……、蒸発させてくれるんじゃなかったんだぁ……」

博士「どんな兵器を想像してたんだね君は」
43 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/06/19(火) 21:26:15.63 ID:wq+xBUG2o
 バルサンは、ゴキブリを気体に帰してくれるものだと思ってたので、死がいの片付けは想定外でした。

AI「気持ち悪いよぉ……」

博士「いやぁ、予想以上に存在していたな」

AI「やあぁ!まだ生きてる、動いてるっ、ひぃっ」

博士「そんなに喚くな。慣れなさい」

AI「な、慣れないよぉ……」

 お父さんは割と平気そうに死がいを新聞の上に集めてます。気が知れません。
44 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/06/19(火) 21:32:28.92 ID:wq+xBUG2o
博士「さて、観測されたゴキブリは27匹だ」

AI「……」

博士「しかし、これが家にいた全てのゴキブリとは限らない」

AI「!!」

博士「未だ、観測されていないゴキブリが家の中に、可能性として存在しているのだ」

AI「ってことは……、まだいるの?いないの?」

博士「いるかもしれないし、いないかもしれない。そう、重ね合わせの状態である」

AI「やめてっ、そんな、あいまいなっ」
45 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/06/19(火) 21:42:24.56 ID:wq+xBUG2o
博士「……さて、そんな不確定な状態を断つには、どうすればいいと思う?」

AI「えっと……、その、生き残りを探す……?」

博士「そうだな。冷蔵庫や本棚、箪笥の裏を明けて波動関数をさっさと収束させるもいいだろう
   が、それはスマートじゃない。腕が疲れるからね」

AI「じゃ、じゃあどうすれば……」

博士「ホウ酸団子を使います。これで残党を完全駆逐すれば、問題は解決だ」

AI「……」

博士「……」

AI「回りくどい!」

博士「す、すまんかったよ、痛い痛い!」
46 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/06/19(火) 22:01:18.55 ID:wq+xBUG2o
4月13日 くもり

 今日は、お父さんを起こすのに苦労しました。

 昨日は帰ってからもずっと書類仕事やってましたし、また床で寝てたし、相変わらず疲れてたし……。
 そんなわけで、深い眠りについたお父さんを起こすのは、大変なことでした。

AI「あうぅ、こんなぐっすり寝てる人を、どうして起こせばいいの」

 とか尻込みしちゃって、やさしくしてたら起こすのに時間掛かっちゃいました。そしたら、

「遅刻しそうだ。もう行ってくる」

 お父さんは、朝ごはんを食べずに行ってしまいました。
47 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/06/19(火) 22:10:20.43 ID:wq+xBUG2o
AI「なんだか私、お父さんを疲れさせちゃってるなぁ」

 一人反省会の始まりです。

AI「昨日だって、ちょっとはしゃぎ過ぎちゃったし」

AI「お部屋だって、まだ片付けてないし」

AI「……」

AI「せめて部屋は片付けておこう……」

 ゴキブリの脅威はクリアしたので、安心して作業ができますし。

AI「めんどうだけどね」
48 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/06/19(火) 22:17:44.12 ID:wq+xBUG2o
 半日後

博士「ただいま……」

AI「おかえり……」

博士「……」

AI「……」

博士「やめてくれ、なにお前まで暗い調子でいるんだ」

AI「あはは…、ちょっとね、疲れちゃった……」

博士「……ん、片付けてくれたのか」

AI「うん、褒めて?」

博士「偉いな」ナデナデ

AI「いひひ」
49 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/06/19(火) 22:26:49.03 ID:wq+xBUG2o
博士「……」マゴマゴ

 カツ丼をおいしくなさそうに食べるお父さん。
 なんだか今日のお父さんはいつもにも増して思い悩んだ顔をしていました。

AI「どうかしたの?」

博士「ん、なにがだ?」

AI「お仕事で何かあったの?」

博士「はは、別に、何もないよ。ちょっと眠いだけだ」

AI「そーお?」

 これ以上は何も言うことがありませんでした。
 まぁ、私も疲れてたしね。今日はもう寝ます、おやすみなさい。
50 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/06/20(水) 17:51:46.04 ID:Ru7MOV5IO
この>>1には期待している
51 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/06/20(水) 20:17:53.07 ID:OAV36mAAo
レスがありがたい。まるで常闇に差さった光輝の様!

つづき書くます。
52 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/06/20(水) 20:22:46.93 ID:OAV36mAAo
4月14日 雨

AI「あっ、おはよーお父さん」

博士「んー……」

 珍しいこともあるもんです。今日のお父さんは自力で起きてきました。

AI「どうりで雨なわけだ」

博士「あー?雨降ってるのか」

AI「うん」

博士「はぁ、面倒だな」

AI「休んじゃえ」

博士「休みたいなぁ」
53 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/06/20(水) 20:28:46.94 ID:OAV36mAAo
博士「じゃあ、行ってくるぞ」

AI「うん、忘れ物ない?」

博士「ない……っと、ちょっと待った」

AI「?」

博士「アイ、またA-10の留め具がまた取れちゃってるね。
   ほら、ここに留め具が落ちてる」

AI「うや、ホントだ……」

 あ、A-10ってのはなんか、私の中の部品のことらしいんですけど、
 この部品の留め具はやたらと取れちゃうんですよねぇ。困っちゃいますよねぇ。

博士「あー、うーん、今は時間ないから、帰ってから付けるぞ」

AI「う、うん」

博士「じゃあ、大人しくしてなさいよ。行ってきます」
54 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/06/20(水) 20:39:37.77 ID:OAV36mAAo
AI「うー、暇だなー」

 今日も今日とてヒマなんですけど、雨だし大人しくしてないといけないんで、いつもより退屈な感じです。

AI「おとーさーん、早く帰ってきてー…」

AI「……」

AI「したかたない」

AI「テレビでも見ますかね」
55 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/06/20(水) 20:50:45.93 ID:OAV36mAAo
TV『はははっはは』

AI「……」

TV『ふひっ、ふるひひっ』

AI「……」

TV『ろこっ、ろころこっ』

AI「つまんねぇ」ピシャッ

 やはり、どうあがいても今日はヒマなようです。

 小学生のくせして、平日お昼のTV番組に、何の風情も感じなくなっちゃった私からしてみれば、
 平日のヒマつぶしというのは、そうそうあるものではないのです候。

AI「……」

AI「早く帰って来て……」
56 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/06/20(水) 21:07:49.06 ID:OAV36mAAo
博士「おい、アイ」

AI「――」

博士「おーい」

AI「!」パチッ

博士「おう、起きたか」

AI「うー」ムクリ

博士「お前のその、アトムの様な目覚めの良さが羨ましいなぁ、はは」

AI「ん〜……、おはよ、お父さん」

博士「あぁ、ただいま」
57 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/06/20(水) 21:16:42.76 ID:OAV36mAAo
博士「もう20時だぞ、いつから寝てたんだ?」

AI「昼前からかなー?」

博士「随分寝たな」

AI「うん、っていうかね、すごい夢みた」

博士「ほう、どんな」

AI「えっとねー、お父さんがねー」

博士「……」コクコク

AI「零戦で私に突っ込んでくる夢」

博士「……」

AI「えへへ、もうお父さんったら、やり過ぎっ」

博士「その夢は分析の必要があるな……」
58 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/06/20(水) 21:32:46.86 ID:OAV36mAAo
 さて、時刻は9時になりました。
 お風呂とご飯を済ましたお父さんに、留め具を付けてもらいます。
 作業中はヒマなんで、前から思ってた事でも訊ねましょーかね。

AI「ねーねー」

博士「なんだね」カチャカチャ

AI「ずっと気になってたんだけどね?」

博士「うむ」カチャ

AI「なんでその留め具、新しいのに替えないの?」

博士「あぁ……」

 なにやら苦虫を噛んだ様な顔をするお父さん。ところで苦虫ってどんな虫なのかしら。

AI「もう古くなっちゃって取れやすくなっちゃってんだから、新しくしてくれればいいのに」

博士「まぁそうなんだがな、そのな、テセウスの船って問題があってだな」

AI「はぇ?」

博士「あー、やっぱりなんでもない」
59 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/06/20(水) 21:41:39.17 ID:OAV36mAAo
AI「え〜、気になる」

博士「う〜ん……」

AI「教えてっ」バシバシ

博士「わ、わかったよ……、まぁ要するに、私はお前を変えたくないんだよ。あまり同一性を揺るがせたくないんだ。
   たかだが留め具一つでも、これはお前を構成する大事な一要素なわけ。簡単に替えることなんて、出来ない」

AI「ふーん?」

 よくわかんないけど、なるほど、そういうことだったんだなぁ。

博士「私はな、お前を変えたりなんかしないからな」カチャカチャ

AI「うん」

博士「ハードだろうと、ソフトだろうと絶対に、変えたりなんかしないからな」カチャカチャカチャカチャ

AI「う、うん」

 なにやら血眼になってますけど、大丈夫でしょうか。そんなにマズイこと言っちゃいましたでしょうか。
60 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/06/20(水) 21:49:02.69 ID:OAV36mAAo
博士「よし、終わったぞ」

AI「おつかれさまっ」

博士「あぁ、疲れた。もう寝ようか」

AI「眠くない」

博士「……」

AI「いひひ」

博士「お父さんは、もう寝るぞ?」

AI「あう……」
61 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/06/20(水) 22:06:37.71 ID:OAV36mAAo
4月15日 くもり

 昨日はね、結局がんばって寝ましたよ。結構がんばって寝ましたよ。

AI「身体が軋むなぁ、同じ体勢でいすぎた……」

 まぁ、寝過ぎたってことですね。

 さて、お父さんが仕事に行っちゃった後はいつもの如くヒマですねー。
 だけども今日は、することがあるのです。

AI「記憶の整理です……っと」カキカキ
62 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/06/20(水) 22:20:12.74 ID:OAV36mAAo
 私の部屋には、なんだかおっきなコンピュータがあるんですけど、基本的にコレは、充電を行う睡眠時しか使いません。

 でも月に一度、記憶の削除や移動のためにこのコンピュータを使います。
 っていうのも、自分で頭ん中を整理しないとプロセッサとメモリが、過負荷だのオーバーフローだのしちゃうらしいので、
 日記に書き留めてるから別にいらねって記憶や明らかに必要の無い記憶、ゴミ箱に入れて三ヶ月経った記憶は整理しないといかんのです。

AI「やり方は簡単!まず首の後ろ、うなじの所に穴があるでしょ?そこに端子を差し込みますっ」

AI「差し込んだら、コンピュータ上でディレクトリを覗き、手動で処理するか、
   仮想現実上で、自分自身がプログラムとして動くかして処理するのです!」

AI「……いかんいかん、独り言が酷い事に」

 お父さんがいなくて寂しい時は、話し相手を想定した気休めの独り言が多くなってしまいます。
 最近は、日記の文までこんな調子になってきたので困ります。お父さんには早く帰って来てもらいたいものです。
63 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/06/20(水) 22:32:07.36 ID:OAV36mAAo
AI「〜♪」

 おっきなコンピュータの中で、記憶の整理を始めます。
 
 お父さん曰く、ここは仮想現実っていう場所らしいです。
 ここでは時間の流れがすご〜くゆっくり。色んな情報を直ぐに片付けることが出来ます。
 これも、おっきなコンピュータの演算速度だからこそ成せる業らしいです。

AI「はい、終わり」

 こんな感じに、現実では三日三晩かかっちゃうようなファイルの書き写し作業だって、すぐに終わらせられちゃう。
 現実時間では1秒も経ってないハズです。まぁ、体感時間では三日経ってるんですけどね。

 ……そして、今月分のお片づけもそこそこに私は、月に一度のお楽しみを始めるのです。
64 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/06/20(水) 22:38:28.00 ID:OAV36mAAo
博士『ってわけで、機械学習を並行して……』

AI「……」

 昔の記憶の、鑑賞会です。

 私の身体には――ソートされていないために――時期不特定で、身に覚えの無い記憶が沢山あります。
 これらの記憶は保護されていて消せないのですが、想起処理をすることは出来ます。
 で、『この記憶はいつ、どこのものなのかな?』ってのを眺めながら推理する。これがツキイチの楽しみなのです。

博士『あぁ!そんなの口に入れるな!』

AI「若いよなー、このお父さん。何歳の頃だろ」

博士『おぉい!線切ってんじゃねぇよ!』

AI「」ビクッ

 びっくりしたぁ、いきなりこっち見て叱ってきましたよ、このお父さん。
 なんか、私が機材のコードを切ってしまったらしいですね。手前に分断されたコードを持つ自分の手が見えます。
 で、奥の方には赤ちゃんがいますけど、この子またオモチャを口に入れてますねぇ。バカですねぇ。
65 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/06/20(水) 22:47:49.96 ID:OAV36mAAo
AI「他に面白そうなヤツはないかなー」

 今みたいな思い出的な記憶は、沢山あるけど、比率の上では少ないです。
 記憶の半分を占めてるのは、言葉やテキスト、音や画像系の記憶ですね。
 歩き方や自転車の乗り方、声の出し方についての記憶もありますし。

AI「今はこんなのに用はない!」

 そんな感じに、沢山の記憶があるもんですから、もう力まかせ探索してやります。

AI「……」

 と、思ったけどやっぱ止め。
 思い出したくない記憶に、当たりたくないので。

AI「……今日は、もう終わりにしよ」
66 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/06/20(水) 22:54:09.18 ID:OAV36mAAo
AI「ふ〜……、疲れた」

 現実に戻って参りました。

AI「まだ一分も経ってないし!」

 それにしても、今回も記憶の謎は解けなかったなぁ。まぁ気長に解くつもりだからいいけど。

AI「さて、2ちゃんでも見よっと」
67 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/06/20(水) 23:05:55.51 ID:OAV36mAAo
 半日後

博士「……」マグマグ

 今日のお父さんの晩ご飯はコンビニの焼きそばです。

博士「そんなの日記に書き留めて楽しいか?」

AI「楽しくてやってるのと違う!これは私のお仕事なの!」

博士「そ、そうだったね、悪かったよ」

AI「むん。ところでお父さん、今月分の整理、済ましたよ」

博士「おっ、そうか」

AI「でね、思ったんだけどさ」

博士「うん」

AI「今週借りてきてくれたアニメあったじゃない?」

博士「う、ん」

AI「首裏の設計って、絶対あれのパクりだよね」

博士「う"ふんッ!」

 むせました。わかりやすい。
68 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/06/20(水) 23:10:48.73 ID:OAV36mAAo
博士「首裏の、って……、頸部にあるインターフェースのことか?」

AI「うん、うなじのトコの穴」

博士「う"ぅん、いやな、これはパクりじゃないぞ。
   羨望による剽窃なんかじゃなくてさ、合理性追求の果てに、自然とそうなったもので」

AI「え〜、うそくさい」

博士「嘘じゃないさ。どう考えても合理的な位置……、即ち、
   端子が中枢神経系に直接アクセス出来て且つ、目立たず、着衣状態でも接続出来るインターフェースの位置ってのは、あそこしかないんだよ」

AI「でもお父さん、前にこの整理処理のこと“ダイビング”って呼んでたよね。
   『アイ〜、今日はダイブしたか〜?』とか言って」

博士「ぐふッ」

AI「も〜、やっぱり影響受けてるじゃーん!私で遊んでるんでしょー!」

博士「あ、遊んでなんかいないよ、……確かに、些か趣味の反映された設計思想はある。
   だがそれは、お前を軽んじてるがために実装されたものじゃないぞ、絶対だ」

AI「ホントー?」

博士「本当だ」

 まぁ別に怒ってもないし、お父さんのことは疑いたくないんで、これ以上は追及しません。

AI「でも、また新しく妙な箇所見つけたら、取り調べ再開だからね?」

博士「はい……」
69 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/06/21(木) 16:23:15.89 ID:BvrXz0a1o
4月16日 晴れ

 今日はお掃除します。居間のホコリ掃除です。がんばりまーす。

カーテン「シャッ!!」

AI「ん〜、いい天気やな」

 今日も、私の視界に映ってる分には、街は平和に見えます。
 実際に平和かどうかは観測してみないと判らない、とのことなので慎重な科学的態度で街を眺めます。

AI「……おや?」

 窓の外、道路の方に目をやったら、登校中の小学生がいっぱい見えました。
 そういえばもう新学期でしたね。忘れてました。

AI「……」

AI「……なんで忘れてたんだろ」

AI「……」

 学校、行きたいなぁって思いました。
70 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/06/21(木) 16:42:06.63 ID:BvrXz0a1o
AI「でもロボだしなぁ」フキフキ

 切実な話ですが、ロボは学校に行けないらしいです。

AI「バレなきゃ大丈夫なハズなのに。前に外出した時だって、ぜーんぜんバレなかったもん。絶対だいじょぶだって」ブツブツ

 でも、行かせてくれないだろうなぁ、お父さん。
 ずっと前にこんな話したら、籍がどーとかで行けないって言われたので。

AI「行きたいなぁ、学校」パタパタ

AI「……」

AI「……学校というか、お外に行きたいなぁ」

 正直、学校は嫌いなので。単にお外に出たいだけだなこりゃ。

AI「……よし、お父さんが帰ってきたら、お願いしてみよう」

 決めました。今夜、お父さんに外出許可をもらいます。
 もらうと言ったらもらいます。忘れないようにちゃんと書いときます。

AI「お父さんを、おどす……と」カキカキ
71 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/06/21(木) 16:54:06.65 ID:BvrXz0a1o
 夕方

 部屋のホコリ取りも換気も済み、残りの家事を始めます。

AI「洗濯物たたんで、お風呂掃除やって、お湯沸かして……」

 まったく、しゅふは大変ですぜ。
 これらを一通り終わらせ、次はご飯の用意。

AI「今日はぁ、お弁当の日じゃないよねぇ」

 冷蔵庫を開けると、お惣菜がありました。
 それを確かめた後、ご飯を炊いて、お惣菜を温めて並べて置いて……。

AI「は〜、やっとおわった」

 時刻は19時を回りました。後は帰りを待つだけです。
72 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/06/21(木) 17:45:17.28 ID:BvrXz0a1o
玄関「キィィ…」

博士「ふー、ただいま"ッぐ!」

AI「おそかったぁ!」

 時刻はすでに21時でした。
 この時、二時間も玄関で帰りを待ってた私は怒りのあまりお父さんに飛び付いてしまったわけですな。

博士「な、ア、死ぬかと、思った」

AI「もうご飯冷めちゃった。温め直すからお風呂入っちゃいなさい」

博士「は、え?なに、怒ってんだ?」

AI「おーそーかったのー!」グリグリ

博士「ふっ、ちょっと、脇腹は!」

AI「ほら、早くお風呂入っちゃいな!」

博士「ハ、ハイ」
73 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/06/21(木) 18:02:46.82 ID:BvrXz0a1o
博士「ふぃー……」

 お父さんがお風呂からあがりました。

博士「つっかれたなぁ……」ガタン

 そんで、席につきました。いよいよ交渉開始です。

AI「……ねぇ、お父さん?」

博士「ん」

AI「最近、なんだかもう、お家に居てもすることなくなっちゃってさ」

博士「……」

AI「私、お外に出たいです」

博士「」

 そう言うとお父さんは、思いっきり悲しそうな顔をしました。

博士「そうか。出たいか、外に」

AI「……うん」

博士「すまない、アイ、それは無理なんだよ」
74 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/06/21(木) 18:16:22.79 ID:aIUPdbYuo
なんだか切ない話になりそうで怖いなぁ
75 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/06/21(木) 18:36:39.84 ID:BvrXz0a1o
 うーん、やっぱりダメですよねぇ。でも、ちょっとねばってみます。

AI「でもお父さん、ムリったって私、普通にお外に出られるんだよ?
   お出かけの時だって何の問題もなかったし、怖くて不安を感じてたのも最初だけだったし」

博士「確かにな。……だがやはり、アイ一人が遊び目的で外を歩くのは、許可できないんだ
   あの時は特別な事情があり且つ、私が付いていたから許可できたが……」

AI「うー……」

博士「……」

AI「ねぇお父さん、私のこと、信用してない?」

博士「そんなことはない。アイのことは信用してるよ。
   ……私が信用していないのは、世の中の方なんだ」

AI「?」

博士「世の中にはな、色んな人がいるんだ。それはもう、色んな人がな」

AI「え〜、なんの話?」

博士「仮に全ての人間を類型化出来たとしても、その類型は千言万語を費やしても語りきれない程の数となるだろう」

AI「んー」

博士「それだけ色んな人間がいるんだ。だから中には、絶対に関わってはいけない様な人間もいる」

AI「……」
76 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/06/21(木) 18:50:19.17 ID:BvrXz0a1o
博士「まぁそれはともかく、沢山の人間が居る世の中ってのは実に複雑でね。
   そんな世界では、いつ、どこで何が起こるか判らない。予測出来ない。
   横断歩道が三途の川になってしまう瞬間を、誰が予測できるものかね」

博士「……私自身、最近改めて実感するようになってな、そういう、社会の複雑さや、不条理さに」

AI「……」

博士「私は、お前が何か危険なことしでかすんじゃないか……、なんて心配はしていない。
   話は逆なんだよ。お前が、危険に巻き込まれるんじゃないか、って心配をしてるんだ」

AI「……そっか。うん、わかったよ、お父さん」シュン…

博士「あぁ、そんなに残念そうな顔しないでおくれよ……」

AI「……」

博士「機会があればまた、どこかに連れてってあげるから、ね?」

AI「ホント?」ぴくっ

博士「あ、あぁ」

AI「近所の公園とか?」

博士「……」コクコク

AI「向こうのおっきな公園とか市民公園とか?」

博士「こ、公園好きだな、君は」
77 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/06/21(木) 19:23:52.99 ID:BvrXz0a1o
4月17日 はれー

AI「ま、どうせ私の居場所はここしかありませんよーだ」

 いつものように、居間でゴロ寝です。
 お外に出ようとするのはあきらめました。お父さんがあんまりにも心配症なもんだから。
 というわけで私は、これからもずっと家にいることになるのでしょう。

AI「別にいいけどー」

 引きこもり生活はちょっと退屈だけど、独りではないんだからまだマシでしょう。

AI「それに今日は、DVDがあるしねっ」

 今週もお父さんはDVDを借りてきてくれました。これで手持ち無沙汰解消です。さて、中身はナンダロウ。キニナルナー。
78 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/06/21(木) 19:39:06.52 ID:BvrXz0a1o
TV『see you space cowboy...』

AI「ほぇ〜…」

 なんか、すごいです。
 例によって今回もSFでしたが、ちょっと今までのとは趣が違いますね。

AI「はーどぼいるどな感じ」

 あ、そういえば前にも似たようなアニメを観たような。

AI「あーうー、名前が出てこないな」

 なんか変なコブラが宇宙を行ったり来たりするアニメです。
 あのアニメも、主人公がかっこよかったなぁ。うちのお父さんは彼らを見習うべきです。
79 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/06/21(木) 19:49:31.11 ID:BvrXz0a1o
 半日後

AI「今日のはそこそこ面白かったかなー。ひかくてき解り易かったし」

博士「お、そうか」ズルズル

AI「なにちょっと嬉しそうな顔してんのさ」

博士「はは、いつも不評だからさ」

AI「んー、SFって難しいんだもん」

博士「その内良さが判るよ」マグマグ

AI「まぁそれはいいんだけどね、お父さん、たまにはアニメ以外のも借りてきて欲しいなぁって」

博士「え、例えば?」

AI「映画とかさ。実写のね?」

博士「それは厳しい注文だな。実写映画なんて全く知らないし、興味が無いからなぁ」

 ダメだこの人。
80 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/06/21(木) 20:03:16.76 ID:BvrXz0a1o
博士「アニメに飽きたなら本でも読むといい。うちには沢山あるんだから」

AI「えー、でもお父さんの本って外国のヤツとか、お勉強のヤツばっかじゃん」

博士「いや、娯楽寄りの本もちゃんとあるぞ。私のではないからよく知らんが」

AI「……どんなヤツ?」

博士「国産SF小説」

AI「やうぅ!」

博士「」ビクッ

AI「結局SFじゃん!」

博士「あぁ、あぁ、SF苦手なんだったな、失敬」

AI「そうだよまったく……。で、SF小説以外には?」

博士「何も、無い」

 ふにー、もうダメだー。
81 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) [sage]:2012/06/21(木) 20:44:01.90 ID:JzI8XK5Xo
おもしろい
82 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/06/21(木) 21:57:56.88 ID:BvrXz0a1o
4月18日 くもり

 もう18時過ぎですよ。いやー、今日は時間経つの速いです。

 なんだかんだ言って昨日話題にあがったSF小説を読んだんですけど、これが思いのほか面白い。
 なんか、ショートショートっていう短い話の寄せ集めなんですけど、解り易くてスラスラ読めちゃう。
 そんなもんでちょっと没頭し過ぎちゃいました。

AI「やー、読み過ぎたなー」

 とは言っても、一冊しか読み切れませんでした。
 読書には慣れていないものでしてね。

AI「じゃ、お父さんが帰ってくるまでもう一冊読んでみるかな」
83 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/06/21(木) 22:03:31.59 ID:BvrXz0a1o
 20時過ぎ

博士「はぁ、ただいま……」

博士「疲れた」

博士「どうしようもなく、疲れた」

博士「……」

博士「アイ?」

AI「あ、おかえりなさーい」

博士「なんだそこに居たのか。……本読んでたのか?」

AI「うん」

博士「へぇ、やるね」
84 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/06/21(木) 22:08:51.87 ID:BvrXz0a1o
博士「はぁ……」

AI「今日はいつもにも増して溜息が多いね」モミモミ

博士「んー、今日は、色々あってね」

AI「色々ってー?」トントン

博士「部下の失態に上司の叱責に……、と、やっぱり仕事の話はしたくないな」

AI「ふーん?」モミモミ

博士「ところで、君はなんだかんだ言って本を読んだんだね」

AI「うん、割と面白かった」モニモニ

博士「そうか。でも、あんまりハマり過ぎるなよ」

AI「えーなんでー?」

博士「読書のし過ぎもよくないからな。何事も偏りがあってはいけない」

AI「色々とアンバランスなお父さんが言えたクチですか?」

博士「いやはや、そうなんだけどさ」
85 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/06/22(金) 19:55:37.07 ID:5m6G9JYHo
4月19日 くもりに見せかけた晴れ

 さっき冷蔵庫を見てみたら、野菜や冷凍食品が幾つかありました。
 お父さんのヤツ、自炊なんてしないクセに……。非常食感覚でとってあるんでしょうか。

AI「あっ、それとも……」

 私に『作れ』って言ってるんでしょうか。

AI「これはもしや、そういう暗示なのかしら」

 なんとなく冷蔵庫を開けてみたら見える位置にある食材。
 そして自炊なんて決してしない父の存在。
 ……これはつまり、そういうことでしょ。

AI「んふ〜」

 そっかそっか。お父さんも娘の手料理が食べたいお年頃になっちゃたか。

AI「い、いひひっ、お父しゃんったら…、しょうがないな〜」
86 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/06/22(金) 19:59:11.20 ID:5m6G9JYHo
 そうと決まれば、まずは献立をググりましょう。

AI「なんかいいのねーかなぁ」

 調べれば色々と出てくる献立。
 えーと?餃子、鰹の叩き、青椒肉絲、もつ煮焼き鳥……。

 うーんダメだなー、こういう場末の居酒屋臭い奴じゃなくて、もっとこう、オラァ!娘の手料理ィ!って感じのがいいでしょ。
 思わずおこづかいアップ!みたいなヤツが好ましいんじゃないでしょうか?というか、そもそも餃子も鰹も冷蔵庫に無いし。

AI「……んあ、肉じゃが……」

 おや、ちょっとそれっぽいの見つけましたよ。肉じゃが。いいですね、肉じゃが。

AI「これなら食材も間に合ってるし……、ん、肉じゃがにしましょう!」
87 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/06/22(金) 20:02:56.00 ID:5m6G9JYHo
 半日後

AI「……」

 完成しました。完成したんです。完成したんですけどね?

AI「いまいちだなぁ、見た目からして」

 お料理なんて初めてだったし

 レシピ見ながらの試行錯誤だったし

 足りない調味料とか沢山あったし

 そのせいで別の調味料使うハメになったし

 味覚が無いので味見出来なかったし

AI「お陰で最低最悪の肉じゃがができちゃった」

AI「どうしよう……」

AI「こんなのお父さんに食べさせられないよ……」

博士「ただいま」

AI「あっ、おかえりー!」

 まぁいっか!
88 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/06/22(金) 20:06:51.90 ID:5m6G9JYHo
博士「……なんだこれ」

AI「なんだと思う〜?」ニコニコ

博士「皆目検討もつかん」

AI「肉じゃがだよ!」バシッ

博士「え、……嘘だろう、君」

AI「失礼な。うそじゃないですよ」

 お父さん、真っ青な顔してます。

博士「君はこれを、私のために作ってくれたのか?」

AI「うん」

博士「つまり、私はこれを喰わねばならんのか?」

AI「うん!」

 お父さん、泣きそうな顔してます。
89 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/06/22(金) 20:15:39.37 ID:5m6G9JYHo
AI「お父さん、わかってるんだよ」

博士「なにがだ」

AI「貴方は私の手料理が食べたくてわざわざ食材を買い込んでたんでしょ?
   私はそれを察したから、こうやって腕をまくり、ご飯を作ったげたんだよ?」

博士「あれは柿の種に次ぐ非常食だ」

 あう、なんということでしょう。ホントに非常食だったとは。

博士「お父さんな、今日も仕事が大変だったもんでね」

AI「うん」

博士「昨日の疲れも癒えぬまま、取りも直さず疲労困憊だ。だからさ、それに免じて……」

AI「うん」

博士「勘弁してくれないか?」

AI「だめー」

 お父さん、いよいよ涙目になっちゃってるけど、ここは心を鬼にして食べさせます。
90 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/06/22(金) 20:18:00.18 ID:5m6G9JYHo
博士「はぁ……」

 お風呂も済まして、いよいよ肉じゃが(仮名)を喰らうべく席につくお父さん。

AI「がんばってー!」

博士「……じゃあ、いただきます………」

AI「めしあがれ」

博士「……」ネチョネチョ

AI「……」

博士「……」グチギチ

AI「どう?」

博士「不味い」ズンチズンチ

AI「えへへ〜やっぱりね〜」
91 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/06/22(金) 20:28:58.48 ID:5m6G9JYHo
 三十分後

博士「はぁ〜〜ッッ……」

AI「すご〜い」パチパチ

 マズイマズイ言いつつ、それでも完食しましたよこのお父さん。ゲテモノ喰いのかがみですね〜!

博士「まぁ娘の手料理ときたらな」

AI「あ、うれしぃ……」

博士「でも、もっと美味く作って欲しかった」

AI「んー、これでもおいしくするつもりで、思いを込めて作ったんだけど」

博士「気持ちの問題じゃないさ。“美味しくなれ”と思いを込めただけで料理が美味しくなるなら苦労は無い。
   平和を願って平和になるなら世の中はとっくに平和だろう。それと同じで――ッッオロロロ!」

 急に内蔵物を吐きかけるお父さん。演説の途中だったけど、かっこつきませんねー……。
92 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/06/22(金) 21:48:43.48 ID:5m6G9JYHo
4月20日 晴れ

 わっはー!今日はお父さん休みです!

AI「起きて起きて!」

博士「んんん……」

AI「もう八時!せっかくのお休みなのにもう八時!」

博士「休みだから……八時なの……」

 なんかボケてますね。

AI「んー、寝過ぎはよくないよ?だからもう、起きるべきだよ?」

博士「……」

AI「早く起きてくれなきゃ、これからお父さんのこと“親父”って呼ぶよ」

博士「……」

AI「それが嫌なら早く起きて、親父」

博士「わかった、わかったから止めて」ムクリ
93 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/06/22(金) 21:49:41.77 ID:5m6G9JYHo
博士「今日は暑いな」

AI「そうなのー?」

博士「あぁ、眠いし暑いしかったるい」

AI「生身の身体は大変ですな」

博士「まったくだ。……じゃあ、行ってくるぞ」

 そんな会話を交わして、お父さんはご飯の買い出しに出かけました。

AI「ご飯が食べれるのは羨ましいけど」
94 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/06/22(金) 21:50:14.12 ID:5m6G9JYHo
 昼

AI「あえ?いつもならカップ麺とかお弁当なのに」

 買い物から帰ってきたお父さん。手に持ってる袋を見てみると、中には沢山の食材が入ってました。

博士「今日は自炊だ」

AI「え、お父さんお料理できないのに?」

博士「いや、作るのは私じゃないぞ、君だ」

AI「えぇ、私はもっとできないのにっ」

博士「だから練習するんだよ」

AI「ははー…、とかいってもう一度味わいたいんでしょ、昨日の手料理の味を」

博士「二度と味わいたくないんだよ」ぺちんっ

AI「あう、ひどいっ」
95 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/06/22(金) 21:51:11.19 ID:5m6G9JYHo
 夕方

AI「では、今日の成績を発表します」

博士「……うん」

AI「作った品はカレーとクッキー。内、カレーの失敗回数が三回。お父さんの吐いた回数は四回」

博士「……」

AI「で、クッキーの失敗回数が六回。吐いた回数は十四回。……ちょっとクッキー吐き過ぎだよねお父さん。失礼しちゃうわ」

博士「本当に不味かったんだよ。カレーの残りをクソ甘くして焼くからだ」

AI「えー、最強だと思ったのになぁ」

博士「まぁ最悪ではあったがね。………はぁ、それにしても…」

AI「……」

博士「腹減ったなぁ」

AI「あははバッカでー、本末転倒〜!」

博士「誰のせいだ誰の」ペチペチ

AI「あうっ、あうっ」
96 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/06/23(土) 19:37:43.47 ID:aGUghdw2o
4月21日 たしか晴れ

 今日も一日読書ザンマイでしたー。気付けば現在時刻は夜の十一時。
 昨日の読みかけ分に加え、更に一冊を読み終えたところですが……。

AI「お父さんが、未だに帰ってきません」

 さすがに十一時は遅過ぎです。どこで油を売ってるんでしょうか。ガソリンスタンドでしょうか。油を売るっつったらガソスタしかないもんね。

AI「あッ、まさか、なんか…、なにかあったのかも……」

 もしや、事件ですか?事故ですか?って気がしてきました…。いや、でも、そんなことは無いよね。
 さすがに心配のし過ぎでしょう。なんか、お父さんの心配症がうつっちゃってるかなぁ。

AI「ふー……、まぁ力を抜いて、気楽に待ちましょうかねぇ」

AI「……」

AI「……」

AI「……」イライラ
97 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/06/23(土) 19:38:47.50 ID:aGUghdw2o
博士「ただいまー……」

AI「!」ホッ

 よかった!やっと帰って来たっ。

博士「はー…あー…」

AI「おかえりぃ!おっそいよぉ!」ドタバタ

博士「あー、アイ、ごめんよ…、ちょっと、飲みにいかれてさ……」

AI「も〜!遅くなるなら電話くらい入れてよ〜!」

博士「あぁ、あぁ」フラフラ

 ……う〜ん?なんだかすごく酔っ払ってますね、お父さん。
 ん、まぁ、何はともあれ無事に帰って来てくれて安心しました。

博士「おいー、アイー」

AI「なーに?」

博士「なんだろうなぁ、うぅん、なんだろう、うふふ」

 いや、全然無事じゃなかった。
98 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/06/23(土) 19:39:18.43 ID:aGUghdw2o
 こりゃもう寝かせた方がいいかもですねー……。

博士「ははは、アイー」ナデナデ

AI「もう、いつまで撫でてんのよ。……まぁそれはいいとしてお父さん、お風呂はどうする?」

博士「そんなもん、おととい入ったよ」ナデナデ

AI「じゃあもうおやすみだね、もう寝る時間だし」ピョコ

博士「あれ……アイ……、どこだ……、行かないでくれ……」

AI「ここにいるでしょ」

博士「お父さんを…、独りにしないでくれ……」

AI「だからここにいるってんでしょ!」ペチペチ

博士「悪かったよ…アイ……、だから行かないで……」

 完全に狂ってます。酔っぱらいはこれだからいけません。
99 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/06/23(土) 19:42:25.08 ID:aGUghdw2o
AI「はいはい私はここですよー、どこにも行きませんよー」ぎゅっ

博士「うん、うん」コクコク

AI「じゃ、お父さん、立ち上がってみようか」ぐいっ

博士「あー……」ムクリ

AI「よーし、そのまま部屋に行こう。ほら、ちゃんと掴まって」

博士「んー…」

 と、こんな感じに酔っぱらいを部屋までエスコートして寝かしつけたわけですが、なかなか世話が焼けます。
 まったくもう、お父さんはお酒飲めない人なのに何で飲みに行ったのかしら。

 ……なにはともあれ、今日も無事に終わってよかったです。
 明日も事なかれ主義な一日でありますように、おやすみなさい。
100 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/06/23(土) 20:01:42.37 ID:aGUghdw2o
4月22日 ☀

 七時か…、お父さん起こさなきゃ。

博士「ズズズ……ズズッ……」

AI「……」

 昨晩のお酒が抜けないのか、泥のように眠るお父さん。

AI「なるべくやさしく起こそう」トントン

博士「グズズ……」

AI「お父さーん、朝だよー…」スリスリ

博士「フーン…フーン…」

AI「ふんふんじゃなくてさ」

博士「……んん?」

AI「あ、起きた?会社遅刻しちゃうよ?」

博士「んふ……、今日は休みだよ……」

AI「あう、そうだったの?」
101 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/06/23(土) 20:03:23.51 ID:aGUghdw2o
博士「はぁ〜ッ……」

 その後お父さんは、ちょっと時間が経ってから起きてきました。

AI「結局早起きなんだ」

博士「いや、喉乾いてさ……」

AI「あ、お茶ここだよ。……というかお父さん、もしかして今日はサボり?」

博士「んー、そんな感じかな。有給取ったんだよ。半年経って、やっと取れるようになってね」

AI「ふーん?」

 よくわからないけど、今日は会社がお休みだそうです。
 でも、お父さんは相変わらず疲れた顔をしてます。折角お休みだってのに。

AI「じゃあ、なんかして遊ぼっか」

博士「いや、ちょっと寝たいのだが。頭痛いし」

AI「だーめ」ぎゅぅ

博士「勘弁してくれ……」
102 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/06/23(土) 20:03:53.61 ID:aGUghdw2o
AI「やだ、遊ぼ?」

博士「はー……、分かったよ仕方無い娘だね。何して遊ぶんだ」

AI「えっとね、じゃあね、将棋しよっか、久々に」

博士「あぁ将棋。それならいいぞ、受けて立とう」

AI「んふー、じゃあ準備するね。……あ、それとお父さん」

博士「?」

AI「……今日こそ負けないからね、ホントに」

博士「……」ケタケタ

AI「なにがおかしいの!」
103 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/06/23(土) 20:04:23.81 ID:aGUghdw2o
AI「……」

博士「……」パチン

AI「やっ!待った待った!」

 対局開始から十分が経った頃でしょうか。ここに来て飛車が捕まりやがりました。ちくしょう、こんなん取り消しだ。

博士「駄目だ」

AI「えっ」

博士「人生は待った無しなんだ、吐いた唾だって呑めやしない……。
   故、自分の行為に責任を持たなきゃならんというのに、待ったなど認められるかね」

 なんで将棋が人生論に発展しちゃうんでしょうか?
104 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/06/23(土) 20:10:40.85 ID:aGUghdw2o
 更に十分後

博士「例えば、お前は今、銀を逃がすか金を逃がすかの選択に迫られているが――」

AI「……」

博士「目下、両者はトレードオフの関係にある。理性的な損得勘定で、一方を選ぶしかない。
   人生というのは常に、このような決断が求められるものだ」

AI「じゃあ、金さん逃がす」パチン…

博士「はぁ、最初はお互い同じ地点からの出発だってのに……、どうしてこうも差がついてしまうのだろうね、王手」パチンッ

AI「やぁ!?」パチンッ

博士「王手」パチンッ

AI「ひぃ!」パチンッ

博士「詰み」パチッ

AI「ゃぅぅ……」
105 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/06/23(土) 20:14:28.22 ID:aGUghdw2o
AI「いやあぁぁ!こんなんウソ!」

博士「なんだね嘘って」

AI「もう一回!次から本気だす」

博士「……」ゲラゲラ

AI「ほら、駒並べてっ」

博士「はいはい、わかったよ」

ピンポーン

AI「やや、ピンポンだ」スクッ

宅配「こんちはー!!宅配便でーっす!!」

AI「あっ、うぅ……、声大きい」

博士「はは、お父さんが出るよ」
106 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/06/23(土) 20:15:19.08 ID:aGUghdw2o
宅配「すみません!これメール便なんですけどポストに入りきらないんでー!!受け取ってくださーい!!!」

博士「あ、あぁ申し訳ない」

宅配「はい失礼しましたー!!!」バタン

博士「……」

AI「クロネコの運ちゃんって大声出さないと死んじゃうんだろうね」

博士「いや、そういう社員教育を受けてるだけかと」

 そう言いつつお父さんは、受け取った何通もの封筒を開けだしました。

AI「わぁ、なにそれ」

博士「全部、本」

AI「ひゃ〜、またそんなにいっぱい買って〜」

 封筒からは、法律がどーとか文書や証書がどーとかって題名の本が出てきました。これまたつまんなそうな本ですねー。
107 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/06/23(土) 20:16:09.27 ID:aGUghdw2o
博士「まぁそういうわけで、お父さんはこれから勉強だ」

AI「え〜!将棋はー!?」

博士「将棋はまた今度な」

AI「そんなぁ……」

博士「今日は我慢してくれ」ナデナデ

AI「うー……わかったぁ……」

博士「ん」ポンポン

AI「でもその代わり、ここで勉強して。独りはイヤ」

博士「おう、いいぞ」

 ってわけで居間で寝っ転がって勉強会です。
 お父さんは本を読み、私はそれの邪魔をする。

AI「よいしょっと」

博士「乗っかって来んな」

AI「スイスーイ」

博士「泳ぐな」
108 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/06/23(土) 21:44:05.83 ID:q8h0jpgVo
いつも安定した更新楽しみにしてる
109 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/06/24(日) 19:17:30.05 ID:Tpvs6ODho
4月23日

 今日は……お父さんの会社に行きました。
 色んな人が私に用事があったらしいです。変な人ばっかでした。
 お父さんがすっごく怒りました。あんなに怒ったお父さんは初めて見ました。
 ……疲れました。今日はもうこれ以上書きません。
110 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/06/25(月) 13:16:07.09 ID:E8E2UOWwo
嫌な予感がする
111 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/06/25(月) 19:37:42.57 ID:9IZ+yztdo
4月24日 晴れ

AI「はぁ……」

 なんか、なんもする気になれません。

AI「もう16時か……」

 時間経つのも早いし。今日はなんもしてないな私。
 溜息吐いては日記を付けつつ、ずっとテーブルに突っ伏してるだけ。

AI「はぁ……」

玄関「ガチャン」

AI「……あれ?」

博士「ただいま、アイ」

AI「おか、えり」
112 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/06/25(月) 19:43:41.73 ID:9IZ+yztdo
 まだ夕方なのに、お父さんが帰ってきました。

AI「どうしたの?今日は早いじゃん」

博士「あぁ、ちょっとな……。帰宅命令が出てさ」

AI「ふーん?」

 そう言うとお父さんは私と向い合う形で、椅子に座りました。

博士「よいしょ……」

AI「?」

博士「なんだか暇そうにしてるな、何してたんだ?」

AI「いや…、特になにもしてなかったけど」

博士「ん、そうか…」

AI「うん」

博士「……」

AI「……」

 なんだろう、この、間を掴みかねてる感じ。
113 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/06/25(月) 19:48:25.12 ID:9IZ+yztdo
 ……あぁ、そういえばお風呂の準備がまだだった。……だからか。

AI「ごめんねお父さん、忘れてた。今やるから」

博士「ん?何をだ?」

AI「え、お風呂の準備だけど……」

博士「??」

AI「あれ、お風呂に入りたいんじゃないの?」

博士「んん?………あぁ、違うよアイ。そういうわけじゃないよ…」

 え?じゃあなに?

博士「……」

 じゃあなんで、そんな、何かを察してほしそうな……、何かを言いかねてるような顔してるの?
114 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/06/25(月) 19:50:43.26 ID:9IZ+yztdo
AI「……」

博士「……」

AI「なにか、あったんでしょ」

 とりあえず、この挙動不審の原因を探ります。

博士「いや」

AI「じゃあ、私になにか言いたいことあるんでしょ」

博士「……」

AI「いいよ、言ってよ」

博士「ちょっと待ってくれないか、アイ」

AI「……?」

博士「どこからどう話そうか、考えてるから」

AI「……」
115 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/06/25(月) 19:56:48.89 ID:9IZ+yztdo
 五分ほどの沈黙が続いたところ。ここでようやく、お父さんが口を開きました。

博士「ごめんな……」

AI「……」

博士「本当に申し訳ない、アイ」

AI「……もういいよ、別にお父さんが謝ることはないって昨日から――」

博士「いや、それもあるが違うんだ。……これは、今から話すことについての、先立った謝罪だ」

AI「……なに、それ」

博士「端的に説明するから、お父さんの話を聞いて欲しい」

AI「……」…コクン
116 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/06/25(月) 20:01:32.88 ID:9IZ+yztdo
博士「先ず、な。確かに、そう……、お前はまごうことなく私の娘だ」

 お父さんの話は、なんとも歯切れ悪く始まりました。

博士「お前は私の娘であって、それ以外の何者でも無い……、筈だったんだ。当初は」

博士「と言うのもね、そんな当初の見方を許さぬ複雑な事情が、現在、看過出来ない程の規模に膨らんでいて……、って、これはどうでもいいか」

博士「えーと……、つまりね、お前には、“私の娘”って身分以外にも、別の地位というか、立場を与えられいる、ってことなんだ……」

博士「で、是非はともかく、私はこの事をお前に打ち明けなければならなくなった。……だから告白する」

博士「……お前は、セクサロイドなんだ」
117 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/06/25(月) 20:15:06.26 ID:vQc3kTugo
な、なんだってー!


いや本当にびびったwwwwww
118 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/06/25(月) 21:10:59.66 ID:tYHIjEfWo
ええええええ

もっと兵器的な方だと思ったのに…
119 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [saga sage]:2012/06/25(月) 21:34:38.79 ID:aNMmj0SWo
な、なんだってー(AA略
120 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/06/26(火) 01:42:57.96 ID:WSftkLSDO
ΩΩΩ<ナ、ナンダッテー!?
121 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/06/26(火) 01:51:45.26 ID:ZYt2SEEOo
なんだそれ
122 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/06/26(火) 19:38:07.67 ID:F8ue6SrMo
4月10日

博士「じゃあ、行ってくるぞ」

AI「うん、忘れものない?」

博士「ないよ」

AI「鍵しめた?」

博士「そりゃまだだ」

AI「気をつけてね?」

博士「あぁ」

AI「行ってらっしゃーい!」



玄関「バタン」

博士「はぁ……」

 家を出て、溜息をついて、会社へ向かう。かくして今日も、私の一日は始まった。
123 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/06/26(火) 19:38:42.32 ID:F8ue6SrMo






 承:博士






124 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/06/26(火) 19:39:36.04 ID:F8ue6SrMo
開発部長「おはよう、博士」

博士「おはようございます」

 会社に着くと先ず、部長に会った。彼は私の上司である。愛想よく挨拶する。

部長「どうだい、明日の会議は大丈夫そうかい?」

博士「えぇ、問題ありません。しかしあれは、会議というより講義では?」

部長「ははは、確かに」

博士「ははは、……はぁ」

 あぁ頭が痛い。こういう当たり障りのない会話だって、朝っぱらからやるとなると実に疲れるのだ。
 そんな辟易した態度を悟られぬよう、目線を横に流すと、

博士「……ん?」

 通りかかった会議室に、なにやら巨大な異物を見た。
 若干気になったので、引き返して覗いてみると、

博士「……うわ、なんですかこの箱の山」

 山積みされたダンボールを確認した。……なんだね、この威圧感は。
125 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/06/26(火) 19:40:52.85 ID:F8ue6SrMo
部長「あぁそれ?それは来月の株主総会で配るサンプル品だよ。まぁ、御土産って奴だ」

博士「へぇ……」

部長「中身知りたい?」

博士「いえ、いいです」

部長「中身はね、“常温39セルシウス度オナホール”だ。
   投機家の期待は君のセクサロイド開発に集中してるが、従来のオナホ事業で投資家も安心させないといかんからね。一寸頑張ったよ」

部長「はぁ……」

 そんなもんだろうと思ったよ。自分が属している組織の実態を改めて認識すると溜息が出る。
 ……あまり胸を張れないからだ。



 ※セクサロイド:SF作品における特殊愛玩用ロボットの俗称。セックスロボットの意。
126 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/06/26(火) 19:43:36.74 ID:F8ue6SrMo
 私が勤めているこの会社は、性具や工業製品の開発、製造、販売を行っている。なにやら怪しげな業種を含んではいるが、五億超の資本金を持つ大会社である。
 そして私は、この会社に入社してから一年も経たぬ新入契約社員であるが、現在、とある一大企画のグループリーダーを任されている。

 この一大企画こそが、セクサロイド開発でありまた、私の頭痛と腰痛と歯痛とその他あらゆる疾患の病理である。

 まぁこの悩みの種が私に引っ付き根を張るまでの経緯は後に譲るとして、今は急に立ち止まった部長に目を遣る。

博士「……どうしました?」

部長「あいやちょっとね、忘れるところだったよ」

博士「なんです?」

部長「君、社長がお呼びだよ」

博士「えっ」

部長「昨晩、部署で君がいないかって訊ねられたんだよ。何か用でもあるんだろう」

博士「左様ですか……」

 ふむ、呼び出しか。勘弁してくれ。
127 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/06/26(火) 19:56:35.40 ID:F8ue6SrMo
door「コンコン」

「……いいよー、入れ」

door「カチャ…」

博士「どうも、お呼びで」

「おう、まぁお座り」バインバイン

 バランスボールで跳ねながら着席を促す強面の中年親父。
 これが、この会社の代表取締役会長兼社長である。

 彼は読んでいた「竜馬が行く」を机上に伏せ、早々に要件を話し始めた。

社長「あのねぇ、プロトタイプのアイちゃんをさ、ねぇ」

博士「……えぇ」

社長「外に出してみてよ」

博士「……え?」
128 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/06/26(火) 20:02:49.92 ID:F8ue6SrMo
社長「ときに、覚醒状態のプロトタイプを外出させたことは?」

博士「一度も、ありませんが」

社長「だと思ったよ。それじゃあいかんのだ……」

 社長は立ち上がり、詰め寄ってきた。

社長「まぁ、是非の議論をする前に要件を言おう。スコアを採って欲しいんだよ、プロトタイプの」

博士「スコア……?」

社長「そう。言うならば、容姿のチューリングテストってところか。君にはこれを行なってもらいたい。
   プロトタイプを群衆に紛れ込ませ、そこでロボだってことがバレた回数を記録してきて欲しいんだ」

博士「はぁ、それで、外出ですか」

社長「そうそう」

 なんてことだ。外出命令が来るとは……。
 薄々覚悟はしていたが、いざとなると返答に窮するね。
 しかも、ロボであることがバレるか否かのテストも兼ねるなんて……。

 まぁ、アイを一人で歩かせるわけでないならいいのだが――



 ※チューリングテスト:対象は果たして、人間なのか機械なのか。ある特殊な条件下において、それを判定する/されるテスト。
129 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/06/26(火) 20:08:34.82 ID:F8ue6SrMo
博士「ふむ……。幾つか不明瞭な点がありますが、よろしいでしょうか」

社長「おう」

博士「このテストは、私が横に付き添って行うのですか?それとも、アイの跡をつけて行うのですか?」

社長「あー、どっちでもいいぞ」

 ……随分適当だな。こんなんじゃ判断がつきかねる。
 第一、要求からして抽象的なのだ。外出とは言うが何処を回ればいいのだ?日時は?時間は?
 そして、何を以ってバレたとすればいいのだ?『あっ、ロボットだ』と指を指された回数を記録すればいいのか?

博士「はぁ、……少々、検討を要する話ですね」

社長「あー?嫌なのか?え?」

博士「いえ、やぶさかではありません。しかし、容易く首肯するのが憚られます。
   このテスト……、企業秘密を外に出すようなものではありませんか?」

社長「それは君が気にすることではない」

博士「いやそんな……、というかそもそも、アイが嫌がるかもしれない――」

社長「ぬはは!」

 社長は急に笑い出した。
130 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/06/26(火) 20:10:55.96 ID:F8ue6SrMo
社長「ビビってんじゃねぇよ!」バシバシ

博士「痛い、痛いです」

社長「あのよー先生よー、まさか自信が無いのか?」

博士「……はい?」

社長「私の娘が、何か問題を起こすんじゃないかしら……もし警察に捕まったりなんかしたら……、なーんて思ってんじゃねぇだろうな」

博士「いえ、そんなことは」

社長「ならば憚ることはない。自分の娘を信じるべきだ。それとも、外出先で非行に走る様な反社会的糞餓鬼に育てた覚えでもあるのか?」

博士「……」イラリッ

社長「うん?どうなの、うん?君の娘はサイコなの?気狂いなの?」

博士「……わかりましたよ」

 どのみち断ることなど出来ないだろう、胸糞悪い……。とっとと要求を受け入れて部屋を出たい。
131 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/06/26(火) 20:16:19.93 ID:F8ue6SrMo
社長「よし。それじゃあ今週の休日、どこかに出かけてくれ。手当ては出すから」

博士「はぁ、ところで社長、外出先や巡回する時間は如何すれば」

社長「はっ、君ね、そんな事は自分で決めなさい」

博士「……」

社長「何でもかんでも上に決めて貰おうとすんなよ、それは甘えだ」

 そう言いつつ社長は読書を再開してしまった。
 もう用は済んだとばかりに、私には目もくれず。

博士「わかりました……、では、失礼します」ガチャ

 あぁ、胸糞悪い。
132 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/06/26(火) 20:21:17.36 ID:F8ue6SrMo
製造課長「あ、おはようございます、博士」

博士「ん……、おはよう」

 社長室を足早に離れ、廊下の角を曲がると今度は製造課の課長に出会した。彼は私の部下である。愛想よく挨拶される。

課長「あれ、元気ないですね」

博士「ちょっと社長のところに居てね」

課長「へぇ、何かあったんですか?」

博士「特に無いよ」

 説明するのも面倒なんで、適当に往なす。

課長「そうスか。ところで聞いて下さいよ博士。昨日、女体盛りが食べられるっていう店に行ったんですけどね、」

博士「はぁ……」

 すると課長の長話が始まった。彼は実に饒舌で、兎に角喋りまくる。
 その上、さして面白い話をしないから始末に負えない。

課長「僕、恥ずかしながら女体盛り初体験だったんですけど、」

博士「恥じることじゃあ無いぞ、それは」
133 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/06/26(火) 20:25:39.60 ID:F8ue6SrMo
 課長を上手く撒いた私は、漸く開発室に到着した。
 此処こそが私の持ち場であり、社内で唯一気を抜いていられる場所である。

博士「は〜、頭痛い。おはよう諸君」

共産主義の助手「あ!おはようございます!」

口臭が酷い助手「おはようございまーす」

どう見ても助手「おはようございます」

 ここには三人の助手が常勤している。彼らも私と同様、契約社員である。

どう見ても助手「お茶です」

博士「ん、有難う」

 一応、三人とも工学博士という理系学位を持っているのだが、彼らは現在、顎で使われる身分に甘んじている。
 折角企業に来れたのに……、不遇な博士の典型例といったところだろう。まぁ私もあまり、ひとの事は言えないのだが……。
134 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/06/26(火) 20:27:04.24 ID:F8ue6SrMo
博士「ふー……、ところで、明日使う甲と乙の動作確認は?もう済んだかな」

共産主義の助手「あっ、はい!先ほど!」

博士「どうだった?」

共産主義の助手「特に問題はなかったです!」

口臭が酷い助手「会議という枠組みの内で使う分には、あれで十分かと」

博士「そうか。……よし、じゃあ明日の準備はこれで終わりだ。今週は身体を造るからな。以後、こっちにも時間を割くように」

助手達「はい」

博士「……」

 はぁ……。と、心の中で深く溜息を吐く。

 何故だろうなぁ。確かに仕事はつまらん。不快な事だってままある。
 それでも、進捗が悪いわけではない。助手達もよく動いてくれるし、むしろ順調なのだ。

 然るに何故、私はいつまでもいつまでも、安心できないのだ……?
135 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/06/26(火) 20:28:15.11 ID:F8ue6SrMo
明日は更新出来ないかも。
もしかしたら明後日も、明明後日も。まぁそんな感じ。
136 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/06/26(火) 20:56:58.00 ID:wHf9/OkEo
未来のおもちゃメーカーの姿か…

>>135忙しくなるんかな
楽しみにしてる
137 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/06/26(火) 22:29:14.51 ID:rV7dyYuko
助手wwwwwwww


乙です
138 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/07/01(日) 22:04:17.90 ID:VBdUjDdYo
4月11日

機械甲『Daisy, Daisy, Give me your answer do. I'm half crazy, All for the love of you.』

博士「これが、生身の人間の声」

社員達「……」

博士「では続いて――」

機械乙『デェーズィー…デージー…ギヴミユアンサドゥュー…アーームハァーーフクレーージーー…オルフォーダラーーボフユーー…』

博士「これが、音声合成ソフトで出力した機械の声」

社員達「……」クスクス

博士「お分かりの通り、機械音は音階がデジタル的で且つ、音と音の継ぎ目が目立つ。
   これでも会話は可能だし、発せられるラングは意味を持つものである……が、
   問題なのは、人間が習慣的に築いた美的感覚と調和しないことである」

向こう見ずな社員「滑稽ってことですか」

博士「その通り、滑稽なんです。感じ方によっては、不気味なんです」

社員達「……」ザワザワ

博士「……」

 ――私は現在、開発グループの社員達に人工知能に関する簡単な講義をしている。
139 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/07/01(日) 22:04:56.63 ID:VBdUjDdYo
 先月、社長の思いつきで始まったこの講義の目的は、社員一人一人の意識を改革させること……だそうだ。
 一応の基礎知識を与えることで、ロボットの対象化を推し進めるというのだが、はてさて、そんな上手くいくのだろうか。

罪深い社員「あのぅ、リーダー」

博士「なんだい」

罪深い社員「この、機械の声が滑稽になってしまう問題は、どのようにして解決するんです?」

博士「あぁ、うん。ごめんね、もうとっくに解決してるよ」

社員達「ざわ…ざわ…」

博士「じゃあ、もう種明かしと致しましょうか。実は、最初にお聴き頂いた“生身の人間の声”も、機械音だったのです」

社員達「エェェェ!? うっそぉ……! ナンダッテー ざわざわ! ウヒーマジスカァ?」

博士「やはり皆、気付かなかったようだね。えぇ、上出来でしょう。
   こちらは三ヶ月間、機械学習を行ったマシーンが発した音声である。機械学習ってわかるかね?」

社員達「……」

博士「例えばさ、水泳という手続きをモノにするには、水中における手足の動かし方や呼吸のタイミングを覚える必要があるね。
   この一連の『覚えるための活動』を練習や学習と言う。そして機械学習とは、機械にとっての練習や学習であるわけだ。……なんかそのまんまな説明だな」

 ※機械学習:実際には学習という『行為』それ自体を指す言葉としてより、学習を実現する『方法』や『技術』を指す言葉として使われることが多い。
 数学的解析、数種の算法を以って任意の手続きを行えるようにするもの。低次なものから、技巧的なものまで、様々な種類がある。
 例:強化学習、教師あり/なし学習、パーセプトロン、バックプロパゲーション、自己組織化マップなどなど。
 一生縁が無いのもあれば、今日の様々な日常場面で活かされている技術もある。後者は予測変換とかその最たる例。
140 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/07/01(日) 22:05:38.79 ID:VBdUjDdYo
博士「この場合、学習の対象となった手続きは、発声だ。
   発声というのは、喉やスピーカーなどの音を出力するハードウェアだけで実行可能な手続きでない。
   『何を言うか』『どのように喋るか』を決定制御する『頭』と『経験則』が必要だ。だから学習が必要となる。

   先ほどDaisy Bellを忠実に歌った機械甲は、三ヶ月に渡る反復学習の末、ヒトが上気道を使って実行する発声処理を理想的な形で再現出来るようになった。
   ヒトの発声処理には抑揚、強弱、高低などが挙げられるが、これらを写実的に、且つ自律的に再現する出来る。

   さて、ここで今、重要な単語が出たね。『自律』って奴だ。こいつが出たからには少し、話を人工知能一般に転換しなければならん」

博士「えー、自律というのはこの場合、人間の手に依らないで済むという機械の状態を言うね。で、そのような状態で取られる行動を、自律行動と言うね。

   ところで、適切な自律行動を取るには、一般的な問題に対応できる程度の力が必要だな。先ほど挙げた“頭・経験則”って要素を包括した力が……。
   さて、我々人間においてその力は、何という名前で存在しているだろうか」

 ※Daisy Bell:曲名である。『コンピュータが初めて歌った曲』として名が高い。尚、これを歌ったのはIBMコンピュータ。
141 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/01(日) 22:05:44.22 ID:RVea94VTo
来たか
142 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/07/01(日) 22:08:17.68 ID:VBdUjDdYo
社員達「ざわ……ざわ……」

博士「……」

慈悲深い社員「……知力?」

博士「はい有難う。その通り、知力です。学習して得た知識を基に推論し将来を予測する力、知力です。思惟する力と言ってもいいし知能と言ってもいい。
   この力を以って人は、意思決定や行動選択を行い、欲求充足、目的達成、問題解決を行なっている。また、意識的行動、自律行動を可能にしている。
   ……そして、このような能力を人工的に造り出し、機械に適応されたものが人工知能なのです」

博士「人工知能には沢山の種類があるが、就中、先ほど述べた“一般的な問題に対応できる”人工知能のことを、汎用AIと言う。
   汎用とは一般性の意であり人間の知性に相当する次元を示している。そう、これこそがSF作品によく登場する究極の人工知能だ」

社員達「ほぉ〜……」ワクワク

博士「こいつには強いAI、万能AI、はたまたAGIなんて呼び名もあるそうだが、私は個人的に汎用AIと呼んでいるので、以下、汎用AIと呼ばせて貰う。
   ……さて、そんな汎用AIであるが、これはね、あまりにも実現不可能性が大きくて、幾度となく研究者を泣かせてきた歴史がある」

博士「ハッキリ言いますとね、汎用AIってのは有り得ない技術なんですよ」

社員達「ざわざわざわ!」

 ※Artificial Intelligence(人工知能):1950年代、ジョン・マッカーシーによって名付けられた語。人間の“知性”と呼ばれる諸機能を計算機で実現させようとする試み、研究、技術の総称。即ち、AI研究はこの頃から始まったのである。
 人工知能という語は時代によってなにやら意味合いが異なる。あの時代においては、現在の情報工学で当たり前となっている技術がAIと呼ばれたりしていた。
143 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/07/01(日) 22:08:58.78 ID:VBdUjDdYo
博士「はい、話はまた一転して、今度は人工知能という研究分野が抱える様々な諸問題に焦点を当てましょう」

博士「まず、何故不可能性が大きいのかを説きますと、これについては原因が二つあります。
   その内の一つが、『再現対象についての未解明性』です。

   汎用AIという技術は、人間と同等、或いは人間以上の知性を目指します。つまり、人間を目指していると言っていい。
   ……なのに、我々は人間というものを理解していない」

社員達「……」

博士「これは、箴言的な意味で言ってるわけじゃありません。そのまんまの意味で言っています。
   例えば人間の知性は、厚い新皮質に覆われた脳にその原因を求められるが、我々は脳の機構について完全な知識を持っていない。
   人間を再現するならば人間の意識をも再現せねばならんが、これまた我々は意識というものを理解していない。

   対象を理解していないと数学という道具が使うに使えない、モデル化が出来ない。すると、応用が出来ない、再現が出来ない。
   というかそもそも意識なんてのは、クオリアがどーとか宣う思弁に満ちた『心の哲学』が研究する領域だ。科学じゃない。
   科学でないとなると、正確な知が得難くなる。擬似問題に突入する。……という流れの果てに行き着く未解明性とアポリアが、第一不可能性」

 ※新皮質:読みはシンヒシツ。進化的に新しい大脳の表皮の意。高等生物ほど、新皮質が厚い。
 快・不快の情動や、恐怖、性欲の制御、記憶などを司る旧い皮質領域に対応しており、情緒、知性、創造性は新皮質が司っていると言われる。

 ※クオリア:例えば色の主観的感覚がこれである。
 クオリアは酷く主観的な上、感覚の『内容』という客観視不能、観測不能な対象なので科学は手が出せない。意識も同等。

 ※擬似問題:仮定や前提が誤っているのにそのまま推論し、仮説を立ててしまうと生じる問題。問題ならぬ問題だから、擬似問題と呼ばれる。
 例えば、「心の病」という問題は、心という観測不能な観念を前提にしているが、心が存在しないとすれば病という問題は擬似問題となる。
 そして心の病を追究する者は、その本質的原因を再検討しなければならなくなる。

 ※アポリア:矛盾の果て、擬似問題の果て、または二項対立の果て、ソクラテスと話すと行き着く境地。どうにも解決出来ない、答えられない状態がこれである。
144 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/07/01(日) 22:09:43.09 ID:VBdUjDdYo
博士「次いで二つ目の原因が、『既存アーキテクチャの限界性』だ。

   コンピュータの既存アーキテクチャとは、今日においてはノイマン型を指す。これはもうね、好い加減にレガシーシステムなんですよ。
   ノイマン型と言えば、皆さんが持ってるコンピュータのことですがね、どうです、貴方のデスクに置かれたPCが人間並の知性を持てると思います?」

社員達「……」ウーン…

博士「畢竟、持てないんですよ。『IT技術はドッグイヤー。数年も経てば持てるようになるさ』なんて意見は凡そ的外れでね。そのコンピュータがノイマン型である以上、構築されるAIにも限りが生まれてしまう。
   では何故、ノイマン型は駄目なんでしょう。理由は実に単純です。人の脳が、非ノイマン型だからです」



 ※アーキテクチャ:設計思想のこと。そのシステムの根幹部となる基本的設計。広義にはコンセプトの意。

 ※ノイマン型:プログラムが記憶装置に内蔵されており(この仕組みをプログラム内蔵方式と言う)且つ、バス(経路)で繋がれたCPUや入出力装置を備えたマシーンのこと。つまり、現在地球上に存在しているデジタルコンピュータの殆どがノイマン型。
 この設計の初出は1940年代。ノイマン型が提唱される以前のコンピュータは、ハードウェアの組成がそのまま計算手順になっていた。しかしこの設計では、別の計算をする度にハードを弄り直さねばならなくなる。
 しかも当時、論理回路に使っていたハードはトランジスタでなく、真空管や電磁石だった。そのため弄り直しとなると大変骨が折れてしまう。困った。そこで提唱されたのがプログラム内蔵方式及びノイマン型だった。
 ノイマン型は、命令とデータを一つに括り、これをプログラムとして記憶装置に押し入れるアーキテクチャである。この設計によりソフトウェアという概念が生まれ、また、ソフトを使い分ける事で計算手順の分別が出来るようになった。
 こうしてノイマン型は、先代マシーンの問題を解消したわけである。

 ノイマン型と名付けられてはいるが、ジョン・フォン・ノイマンが独自発案したアーキテクチャというわけでもない。
 因みにノイマンは、非常に風刺の利いた死に方をしている。

 ※レガシーシステム:古くなった仕組み、設計の意。例えば、7を前にしてしまったらxpだって“好い加減にレガシーシステム”である。

 ※ドッグイヤー:犬は成長するのが早い。それを例えとした、ITの成長が早い様を指す言葉。
145 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/07/01(日) 22:12:47.02 ID:VBdUjDdYo
博士「コンピュータと人間の差異を考えれば分かる通り、機械と脳は設計をまったく異にしています。
   だから既存の設計から成る機械で、人の知性をモデルにしたAIを動かそうとすると、当然の如く不協和が生じる。そしてその不協和がために、人工知能研究は非常に馬鹿げた問題にブチ当たりアポリアとなる。
   その馬鹿げた問題の最たる例がフレーム問題だ。人工知能諸問題の中でも最も有名なヤツだから、皆さんも一度は聞いたことがあると思います。

   フレーム問題とは、『機械の行為には狭い枠組みが必要であり、広い枠組み内での行動処理には無限の時間が掛かる』というものだ。
   例えばここで、人型汎用ロボットを造ったとしよう。で、こいつに会議室の掃除をさせる。この場合ロボットは『会議室』という枠組みの中で掃除というタスクを実行するわけだが、これがどうも上手くいかない。それは何故か」

博士「ありとあらゆる情報を処理してしまうんですよ。このロボットは。
   で、その演算処理には無限の時間が掛かってしまうため、掃除どころじゃない……ってわけなんです。

   例えば、窓を雑巾で拭くだけでも彼は、自分の持つ知識を総動員させて様々な可能性を計算します。
   『雑巾をあてた瞬間に窓が割れてしまわないか……、雑巾がけの最中に割れてしまわないか……、もし窓拭き中に話しかけられたらどうすればいいのか……どんな顔して振り向けばいいのか……。
   というか、窓拭きの最中に大地震が起きてこの建物が崩れ去ったら私はどうすればいいのか……拭く窓が無いのだが……』といった様にね」

博士「彼はあらゆる情報を、未来と組み合わせて処理しようとします。だがそうすると、その組合せは指数的爆発を起こし大変な量となってしまう。当然処理はし切れない。
   なのに彼は、身の程を弁えず処理し続ける。だから最悪実行時間が宇宙の年齢を上回る。無限の時間が掛かる。結果として何も出来なくなってしまう。
   ……というわけだ。これがフレーム問題です。我々からしてみれば、非常に馬鹿げた問題でしょう」

 ※フレーム問題:爆発物を処理するロボットの話や買い物に行くロボットの話など、沢山の喩え話で以って説明されるが言ってる事はどれも同じ。要は『機械はそのタスクを実行出来ない』と言っているのである。

 ※タスク:この場合、単に仕事の意。ソフトウェアやシステムの作業対象となるプロセス。

 ※指数的爆発:組合せ爆発とも。例えば、10の処理ならなんとかなりそうでも、これにまた10という指数が加わると処理量は10^10=10000000000になってしまう。このような、指数関数による数の爆発的増加現象の意。

 ※最悪実行時間:その処理に掛かる最長時間。指数的爆発を起こした処理の場合、万年とか億年とか掛かる。
146 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/07/01(日) 22:13:34.70 ID:VBdUjDdYo
博士「要は、彼にとって会議室という環境はあまりにも枠が広いってことです。難易度が高いってことです。
   彼の様な演算したがり屋ロボットは、計算機や将棋盤、チェス盤といった狭い枠組みの中でしか動けないんですよ、結局ね」

毛深い社員「は〜、……じゃあロボットは、みんな身動きが取れないってことになりません?」

博士「いやいや、そんなことはありませんよ」

毛深い社員「ざわ…ざわ…」

博士「今言ったでしょう、“演算したがり屋ロボットは”って。全てのロボットが演算好きってわけじゃないんです。そしてフレーム問題は演算好きのロボットの上にだけのしかかる問題です。

   そもそもこの思考実験に登場するロボットは皆、『あらゆる情報を処理しようとする性質』を前提として備えている。で、その性質がために問題に引っかかっている。
   だから逆に、そんな性質さえ無ければフレーム問題なんてただの空想なんですよ。ルンバがあらゆる可能性を計算して、掃除に手を拱いてる姿を見たことあります?ないでしょう。ルンバにはフレーム問題に抵触する性質がありませんから」

博士「ただその代わり、ルンバって利便性に欠けてますよね。非効率で時間の掛かる掃除をするし、飲める物は何でも飲み込む。中には家出する子すらいるそうだ。
   これは汎用処理が出来ないために起こる問題でね。ルンバに『掃除の計画立て』と『ゴミとゴミでない物の分別』、『敷居を出たらどうなるのか』という思惟が出来ればこんな問題は起こらないんです。
   ただそんな汎用処理機能があると、今度はフレーム問題が立ち塞がるんですけどね」


 ※ルンバ:米国iRobot社が製造販売している家庭用清掃ロボット。ルンバは床を這って自由にゴミ回収するため、玄関を開けていると掃除しながら家出する。姿形は例えるなら、厚みのあるフリスビー。
147 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/07/01(日) 22:16:05.30 ID:VBdUjDdYo
博士「とまぁ丁度いいからまとめるけど、『演算好きのロボットは掃除そのものが出来ない。対して、演算嫌いのロボットは雑な掃除をする。この手のロボットに掃除をさせると、部屋が更に汚くなる』……ってわけでしてね。

   このようなディレンマは、機械があまりにも論理的だから生じるんです。脳の持つ非論理性や非線形な性質があれば生じることはないのに。
   つまり、論理AIしか動かせないマシーンじゃ駄目って事なんです。ノイマン型じゃ駄目なんです。従来の設計では汎用AIを実現することは出来ないんです。

   これこそが、フレーム問題に代表される人工知能諸問題の原因たる『既存アーキテクチャの限界性』、即ち第二不可能性というものだ。……はい、ややこしい説明になりましたが、ここまで何か質問あります?」

社員達「……」ザワ…

博士「はい、無いですね。助かります。では今度は、フレーム問題の解決方法について思索していきましょう。これを通じて『汎用AI不可能性』の理解を更に深めます。

   ……えー、例えば人は、読書中に音楽をリスニングしないよね。というか出来ないよね。そういう設計の脳を使って生きてるからね。
   で、それに対し機械は、どっちも処理しようとするからどっちも実行出来なくなるって言ったよね。
   これ、一体どういうことかと言うと、機械は『自分の横を通り過ぎる車』と『空気中に舞う塵』を同じ気合で観察するってことなんです。馬鹿でしょう。後者は無視していいのに」

博士「と、ここで重要な単語が出たね。『無視』。これは、汎用AIを不可能たらしめる要因〈なんでも処理しようとする性質〉と相反するものだ。

   フレーム問題の話に登場したロボットを思い出して下さい。彼は窓拭きの際に、話しかけられたら…とか地震が起きたら…とか、『特に気にする必要が無い事』を計算したために動けなくなりましたよね。
   つまりこれ、裏を導くと『気にしなければ動ける』ってことになるんです。必要ない事を無視できればフレーム問題は解決可、となるんです」

社員達「おぉ〜……」ザワ…

 ※論理AI:非ファジィで、プログラムに依って動き且つ、記号化能力を持たぬ論理的なAIの便宜名称。汎用AIという語句もそうだが、これらは博士の造語であり実際には存在しない言葉なので注意。
148 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/07/01(日) 22:18:37.07 ID:VBdUjDdYo
博士「では、どうしたら機械は人の脳と同じように『無視』が出来るようになるのか。

   先ず、何かを無視するには『無視してよいもの』と『無視してはならぬもの』の分別が必要になりますよね。
   以下、この分別のための知識を『常識』と呼びますが、機械に無視をさせたかったらね、この常識ってヤツを与えてやればいいんですよ。さっきの例で言うなら、『塵なんて気にする必要は無い』という常識をね。

   じゃあ常識はどうやって与えればいいのだろうか。例えば皆さんは、常識というものをどうやって獲得しましたか?」

社員達「ざわ…ざわ…」

博士「親から教わったり、教師から教わったり、書籍やインターネットのテクストから知ったり……、媒体は様々でしょう。
   だが何れも、『教わる』だとか『知る』だとか言って、獲得方法は同じだね。これらの獲得手法は『学習』と呼ばれていますが――
   ……そう、機械に常識を与えたいなら、機械学習をさせるんです」

社員達「ほう……」

博士「流れが一通り見えてきましたね。フレーム問題を解決するには無視が必要で、無視のためには常識が必要で、常識を得るには学習が必要……という流れが」

罪深い社員「……あの、リーダー」

博士「ん」

罪深い社員「ということは……、常識の学習さえ可能ならば、フレーム問題は解決出来るんですか?」

博士「んー残念。世の中そんなに首尾よく働きません」

罪深い社員「ざわ……!?」
149 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/07/01(日) 22:23:55.97 ID:VBdUjDdYo
博士「機械に常識を与えて分別の前準備を整えてやってもね、やはりアーキテクチャが悪いからフレーム問題に触れてしまうんですよ。
   ルンバの例でちょこっと言及しましたよね。分別処理だって対象が一般的だと実行できなくなるんです。論理AIに汎用分別させると、今度は無視するのに無限の時間を掛けてしまうんです。どのみちフレーム問題は避けられないわけです」

社員達「……」

博士「人間と同じことをやらせても機械は人間ではありませんからね。結局同じ問題に帰結してしまう。堂々巡りですよまったく。
   『ならば、機械を人間みたいにすればいい』なんて声が聞こえてきますね。ですが先程も述べた通り、第一不可能性の問題があります。

   やれやれ、ここまで解明が進んでいないとなると人間を目指すことなんて到底出来ない。すると汎用AIは次の世紀までお預けかもしれん。
   とある国は一度、人工知能に関する国家プロジェクトに失敗している。人工知能ってのはそれ程までにオーバーテクノロジーなのかもしれん。

   仮に人間の構造が解明がされたとしても、先述の通り問題は山積みだ。未だ、人工知能は幼過ぎる。
   こういう不可能性がために今じゃ、汎用AIを目指す試みは同業者から失笑を買うようにもなってしまっている。しかも、研究費があまり降りない。

   ……いよいよ話の雲行きが怪しくなってきましたが皆さん、あの、大丈夫でしょうか?」

 ※オーバーテクノロジー:SF作品に散見される行き過ぎた技術。その時代には有り得ない技術。
 ※人工知能に関する国家プロジェクト:第5世代コンピュータのこと。率直に言って失敗した企画。
 ※とある国:日本。
150 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/07/01(日) 22:24:41.64 ID:VBdUjDdYo
社員達「ざわざわ…ざわ…ざわ…」

博士「……」

社員達「期待してたんだけどナァ… じゃあ製品に築かれる処理システムは、ルンバ並のモノになるのカ… 結局無理なんだナァ… 」

博士「んー、色んな声が聞こえてきますが殆どが厭世的ですね……。なんだか可哀想にもなってきたんで、もう種明かしと致しましょうか」

社員達「……?」

博士「貴方達がプロトタイプと呼ぶ子には、汎用AIが構築されております」

社員達「ざわざーわ!!?!」
151 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/07/01(日) 22:25:23.98 ID:VBdUjDdYo
博士「……どうしました?」

社員達「エエエエ!? いや、不可能なんじゃないんですカー! ナンダッテー さっき汎用AIは有り得ない技術だって言ってたじゃないですカー! ウィヒーマジスカァ?」

博士「あぁ、あぁ、ちょっと誤解を与えてしまったようですね。わかりました、弁明致しましょう」

博士「人の脳は完全に理解されていないと言いましたが、それは昔の話です。今ではもうかなり、脳に対する理解は深まっています。
   しかし、それでも不明瞭な領域があるのは事実だ。が、この領域は仮説形成でどうにでもなります。
   自然科学は仮説に拠るものが多い学問体系ですからね。ある程度ならアブダクションで事は進みます。私の研究もそうでした。

   既存アーキテクチャでは問題が生じ過ぎて実現不能とも言いました。が、これだってどうにでもなります。アーキテクチャを転換すればいいんです。
   現在は、『ノイマン型が駄目なら転換すればいいじゃない』なんて軽口が叩ける程、技術が進んでいますからね。どうにでもなるんですよ。

   汎用AIは有り得ない技術だとも言いました。あれは嘘です。不可能性が大きいってだけで、不可能ではないんです。……わかりましたかな?」

社員達「…………」

博士「わかってくれて、何よりです」

 ※今ではもうかなり、脳に対する理解は深まっています:実際には深まってないので注意。
 ※ノイマン型が駄目なら転換すればいいじゃない:実際にはまだそんな軽口叩けないので注意。
 ※不可能性が大きいってだけで、不可能ではないんです:これはまったくその通り。
152 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/07/01(日) 22:25:52.89 ID:VBdUjDdYo
課長「は〜……、ってことは博士、汎用AIを実現させた貴方は、国際的にド偉い人になれるんじゃないですか?」

博士「かもね」

課長「というか……、ど〜やって確立したんです?そんな凄い技術」

博士「んー、当然苦労したよ。
   幼年期からの勉学、数学という抽象的世界での漸次的研鑽、半ば運に近い閃き、ロボットへの愛情、ロボット工学に携われるだけの金銭的余裕や設備、資源……。
   手段は後述するが、こういう様々な努力や要素があって初めて確立出来た技術だ。……まぁ要素と言って一番大きかったのはやはり、私を支えてくれる者の存在だったな……」シミジミ

社員達「……」シミジミ

課長「あ〜っと、しみじみするのは待って下さい?ちょっと気になる事があるんですけど」

博士「ん、なんだい」

課長「その汎用AIは、どの位のレベルの代物なんですか?」

博士「君達が見たら腰を抜かすレベルだろうな。SF級とでも言おうか」

課長「つまり、プロトタイプに汎用AIが構築されているってのは、事実なんですね?」

博士「あぁ、これは嘘じゃないぞ」

課長「……ってーことは、製品化されるセクサロイドも、SF級のものに……なるんですか?」

社員達「ざわっ!」

博士「あぁ、あぁ、いい質問だね。そこなんだよ、私と助手達が難儀している点は。汎用AIは強過ぎても弱過ぎても駄目……。
   だから、製品化される子達に構築するAIやセキュリティは現在、慎重に検討中だ。イノセンス的な展開だけは避けたいからね」

 ※イノセンス:攻殻機動隊の劇場版作品。作中でセクサロイドが殺人事件を起こす。
153 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/01(日) 22:26:09.18 ID:RVea94VTo
>ざわざーわ
ワロタwwwwww
154 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/07/01(日) 22:29:16.02 ID:VBdUjDdYo
博士「閑話休題」

博士「それでは話をフレーム問題から汎用AIの方へ展開させましょうか。
   長年『有り得ない技術』とされてきた汎用AIを、私がどうやって実現させたのか……。こいつをね、少しだけお話ししたいと思います。

   先ず言っておきますとこれは別に、革新的な技術を活かし成し得た仕事ってわけでもないんです。
   私が利用したノウハウは、何十年も前から提案されていたものでした。だからあまり、新しい手法は使っていないんです。これを先ず言明しておきます。

   さて、そんな手法で行われた研究と開発でしたが、私が目指したものは汎用AIです。
   だから当然、私は他の研究者とは違ったアプローチで人工知能研究を始めました。
   どういうアプローチをしたか。他の研究者は敷かれたレール一直線の道へ入るのに対し、私は迂回路へ入りました。
   何故迂回したか。こうすれば――遠回りにはなるけれど――従来の問題にブチ当たることが無くなるからです。
   だが、この迂回路を歩くのには二つの通行証が必要だった。……その内の一つが、『身体性』というものである」

博士「さて、非常に重要な概念ですよ、これは。『身体性』、聞きなれない言葉ですねぇ。でもそのまんまの意味ですよ。簡単に説明しましょう。

   汎用機械には総じて学習が求められる。が、身体が無ければ不可能な学習がある。例えば歩行、例えばお絵描き、例えば水泳……。
   身体性とは、これらの行為を可能とさせる『性質』のことです。環境との相互作用を可能にさせる性質。単に身体と言い換えてもいいです。

   ……さて、よくよく考えてみれば当たり前なんですが、身体が無いと色々行動に制限が出来てしまいますよねぇ。
   すると学習出来る範囲も大きく限られてしまうわけですが、これが駄目なんですよ。学習しないと汎用性は持てないんだから。
   即ち、汎用AIには身体が必須なんです。人間を実現させたいなら人間の身体を、という調子でね。これが第一の通行証」
155 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/07/01(日) 22:31:25.08 ID:VBdUjDdYo
博士「続いて、二つ目の通行証が『ニューラルネットワーク』でした。つまり、人の脳です。
   とは言いますが、人の脳そのものが求められたわけじゃありませんよ。人の脳をモデル化したものが求められたのです。

   ニューラルネットワーク……以下NNと言いますが、これは神経回路網の意で、脳の神経細胞(ニューロン)の繋がり(ネットワーク、或いはコネクション)を指す言葉です。
   で、こいつを模式化、モデル化したものが人工NN。求められたのはこの人工NNの方ね。これは数学なんだけど、苦手な人も居るだろうから数式が出ない範囲で説明しましょう。

   えー、これこそが人の脳を機械で再現させようって試みでして、特に、人工NNを拡張しまくって脳の機能を網羅的に実装させようとする立場を『コネクショニズム』といいます。
   まぁ聞き慣れない単語って全然頭に入ってこないと思うけど、そこ、寝ないで下さいね。これでも貴方、勤務中なんだから我慢して聞いて下さい。私だって寝られる事なら寝たいんだ」
156 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/07/01(日) 22:34:08.01 ID:VBdUjDdYo
博士「……NNは、認識力と学習能力に特化しています。この特徴は、従来の機械にはありませんよね。
   となると、NNを基本設計とした機械ってのは、既存アーキテクチャを持たないのかもしれませんね。もしかしたらとんでもない形をしているかもしれない」

社員達「………」

博士「ははぁ、一目拝んでみたいと言った顔をしてますよ皆さん。……いいでしょう。では今一度、機械甲に視線を向けて下さい」

社員達「エ… ザワ… マサカァ…」

博士「こいつには発声の学習をさせたと言ったね。機械甲には身体こそ無いものの、NNは有るんです。だからたった三ヶ月で発声をマスターしたんです」

社員達「ざ…ざわ…ざわ…」

博士「まぁNN自体は珍しくも無いが、NNを基本設計にしているマシーンは稀だ。つまり、機械甲は世にも稀なマシーンなんです。
   で、今からこの機械甲に被せてある布を取っ払ってやろうと思いますがね、その前にちょっとだけ説明をさせて下さい」

社員達「ざざざ…ざざ…」

博士「……機械甲は、従来のノイマン型コンピュータには無い特徴を持っているわけですから当然、非ノイマン型コンピュータです」

社員達「ふー…ふー…」

博士「非ノイマン型コンピュータの例は、量子コンピュータ、光コンピュータ、DNAコンピュータなんかが挙げられますが――」

社員達「はぁ〜っ…は〜〜っ…!」

博士「これは、その何れにも該当しないタイプのコンピュータです」

社員達「ひゅーっ!ひゅーっ!」

課長「君たちさぁ、そのエロ本を前にした中学生みたいな鼻息止めようよ」
157 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/07/01(日) 22:36:45.03 ID:VBdUjDdYo
博士「では、もうこの布を取っちゃいましょうね。……いきますよ?機械甲は、一体どんな姿をしたコンピュータであるかと言うと……はいどーん」バサッ

社員達「ざ、ざわ〜〜!!?」

博士「どうですか、おかしな形でしょう。一応これでも計算機です。ヒトの頭蓋に収まりそうですよね、えぇ、収まりますよ、試してみます?」

課長「……まるで、人の脳の様ですね」

博士「そうですね、人の脳を模倣していますから」

社員達「ざわざわざわ……!」

博士「はい皆さんお静かに。これが『ニューロコンピュータ』と呼ばれる代物です。コネクショニズムの究極到達地点といったところですかね。
   ここにあるのは機械というより、人の脳だと思ってくれていいです。そのくらい再現度が高いニューロコンピュータですからね、これは」

化粧の厚い社員「ひぇ〜、凄いんですねネェ、にゅーろこんぴゅーたって……」

博士「いえ、ニューロコンピュータ一般が凄いのではなく、ここにあるニューロコンピュータ(以下NC)が凄いんです。……詳しく説明しましょう。

   私の研究には、『NCを、より人の脳に近づける』という理念が含まれておりました。何故、こんな理念を立てねばならなかったか。
   実は、NCですら汎用AIを実現できなかったんですよ。NCですら汎用AIというシステムを構築する土壌に成り得なかったんです。
   ですから私は、ここだけオリジナルのノウハウを開拓しました。即ち、私の研究成果の一つがこの『汎化NC』なんです」

社員達「っへぇ〜! どんなノウハウなんですカー? オシエテクダサーイ」

博士「いやいやそれはなりませんよ貴方達。無理に話しても、説明がどうしても専門的、抽象的になってしまいます。数学的議論は億劫でしょう。
   それに、私の長年の研究成果が詰まってるわけですからね。一年以上の講義をしたって語り切れませんよ」

社員達「一年以上掛かってもいいんでお願いしまう!」

博士「馬鹿言いなさんな。勤務時間を削りたいだけでしょう君達は……」

 ※汎化NC:NCは造語でないが、汎化NCは博士の造語。
 NCは未だ確立出来ていない技術である。そんな未来の技術を、更に超えた技術がここで言うところの汎化NC。
 これはつまり、汎用AIの実現には『それだけ時間が掛かる』ということを示唆している。
158 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/07/01(日) 22:38:09.05 ID:VBdUjDdYo
博士「ではNNの説明に戻りましょう。NNは、NCを動かしながら説明した方が解り易いでしょうから、ここでまた機械甲に起きてもらおう」カチッ

機械甲『やっと出番か、ご主人』

社員達「おおおぉぉっ! アッハッハハ! すっごいネェ! ビックリシタワ… いいね!」

博士「凄いでしょう、こいつは非常に優秀でね。会話だって出来る」

機械甲『もっと褒めて』

博士「後でな。………では、色々解説していこうと思うんですがね、折角ですので隣の機械乙と比較して話を進めていきましょう。
   機械乙は既存アーキテクチャで設計された、まさに普通のマシーンでございます。構築しているシステムも人工知能とは程遠い『人工無脳』というものだ。
   その上、応答は音声合成ソフトを利用し行うため、冒頭において述べた『滑稽』の感に触れるわけです。これはまぁ、そんな皮相的技術にございます」

機械甲『いや、正直に“出来損ない”だって言えばええやん。あんた結構プログラマを見下してる節があるから――』

博士「やはりこいつを動かすのは止めにしよう」カチッ

 ※人工無脳:会話botの意。人間の話し言葉に対し、それらしい応答をするシステム/ソフトウェアのこと。強いAIに対応する『弱いAI』の一つ。
 人工無脳の歴史はELIZAまで(60年代)遡る事が出来る。AIとは年代的に密接な関係にあるため、人工知能研究においても頻繁に取り上げられる分野。
 例えば『こんにちは』という文字の入力を受けたら、脊髄反射的に『こんにちは』と応答するよう仕組まれているシステムがこれである。
 実際に挨拶というものを理解しているわけでも無いし、この例における人工無脳は『こんにちは』という文字列にのみ対応しているので、『こんにちわ』と入力されるとたちまち応答出来なくなる。

 例:アプリケーションやゲームソフト上の会話bot、Twitterなどのweb上で動くbotなどなど。
 尚、iOS5に搭載されたSiriも会話botと言えばそうなのだが、作業実行のエージェントにもなる辺り、人工無脳の範疇を超えている。

 ※音声合成ソフト:録音音声の連結合成や、周波数の調整により人工音声を作り出すソフトウェア。
 例:SofTalk、VOCALOIDなどなど。
159 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/07/01(日) 22:43:18.07 ID:VBdUjDdYo
博士「人工無脳は言葉を理解しません。その上基本的に、推論能力も学習能力も持たない。ある入力に対し幾つかの決まった出力を行うだけ。
   一方、只今黙らせた機械甲は『脳』ですからね。『無脳』とは頭の出来が真逆です。
   ……さて、それではそんな相違を踏まえつつ、先ずは『とある問題』に関するお話からしていきましょう。これを通じてNNの特徴を知ってもらいます」

博士「えー、先ほど述べたNNの特徴の内、『認識力に特化』というものがありましたね。
   これ、どういうことかと言いますと、『記号化能力に特化』しているってわけでありまして、そのために『認識力に特化』しているってわけなんです。……はい詳しく説明しましょう。

   えー、そもそも人間というのは、言葉などの記号を自在に操る動物です。だから人間の認識する世界ってのはとても秩序立っていますよね。
   この会議室に広がる光景一つを取ってみるにしてもそれはよく解る。例えばあの四角い透明な板の事を貴方達は『窓』と呼ぶし、そう認識する。
   そして窓は割れるものであり、割れた窓の破片は危険であるということを知っているから、窓の取り扱いには注意する。実に聡明だね。
   このような、言葉による認識対象の『記号化』でもって人間は、世界に秩序を与えている。そうして様々な認識や、行動様式の構築を可能としている。

   さて、それ即ち人の脳は物事を記号化する能力に長けているってことになるんですが……、他方機械はこの能力に欠けているんですよ。
   だから例えば、機械に顔認証させようとしても中々上手くいかないですよね。最初に入力してやった顔と表情を見せてやらないと、奴らは認証してくれない。
   逆に、同じ顔と表情をしてさえいるならば写真でもパスしてしまう……。一般的に機械ってのは、いないいないばあに一喜一憂する赤ん坊並に頭が悪いんですよ。
   で、この種の馬鹿さ加減によって生じる記号化不可能性の問題は俗に、『記号着地問題』と言われています」

 ※Symbol Grounding Problem:記号着地問題、記号接地問題と訳される。
160 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/07/01(日) 22:44:40.50 ID:VBdUjDdYo
博士「今述べた顔認証システムを引き続き例にしましょう。奴らは基本的に、『対象となる人間の顔』を『理解』するのでなく、『対象となる人間が普段見せる顔』を『記憶』する。
   だから、事前に記憶、登録、入力した顔でもおかしな表情をされるとたちまち認証出来なくなる。これは人工無脳のケースと近似しているね。
   いずれにせよ、これらの弱いAIは物事を『記号化』出来ない……、換言するなら物事を『理解』出来ないってことなんです。この辺りをもっと掘り下げましょうね。

   例えば、文字にしろ話し言葉にしろ、これらは単なる光や空気振動のパターンなわけですが、人間は不思議な事にこれらのパターンが持つ意味を理解出来る。
   まぁ言語は人間が発明したものですからね。理解出来て当然なんですけど、対する機械にはそれが出来ない。機械は自然言語、記号を操れないんです。
   だから彼らは、世界に遍く存在する物や事をあるがまま見るしかない。彼らは常に、ボ〜ッとした状態でいるしかないんです。わかるかな。

   この状態を想像出来ない人は、白昼夢を見ている時を思い出してみて下さい。目は開いてるけど物事を認識出来ていない、ただただ外界を知覚するだけの状態を。……どうです、なんとなく機械の見てる世界が掴めましたか。実に混沌としているでしょう。
   基本的に、弱いAIが見ている世界はこれです。もしかしたらその辺の動物もこんな世界で生きているのかもしれませんねぇ。
   動物は、同種や天敵の姿・声・フェロモンというパターンは記号化できますが、それ以外はてんで駄目ですもんね。いずれにせよ、両者は認識力が低いってことです。

   認識力の低い存在は、混沌とした世界の中で生きていくハメになるわけですが、別にその世界は全くの混沌というわけでもありません。中には認識、記号化、理解の出来るパターンが幾つかあります。今言った“同種や天敵の姿・声・フェロモン”がその例です。
   生物においてこの辺りの認識や、それによって示される反応は俗に『本能』と呼ばれています。本能は、機械でいうところの“前もって入力したもの”に相当します。

   ……さて、これを踏まえれば動物や機械が馬鹿なのも頷けますね。基本的に彼らは本能というプログラムの枠内でしか動けないんです。
   人工無脳も同じです。彼らもまた、初期入力されたパターンの内でしか動けません。故、人工無脳というのは、専ら二酸化炭素しか記号化処理できない蚊やノミと同じです。
   ガソリンの価格が高騰しようが米国がデフォルトを宣言しようが、奴らにとってそんなのは意味の無い事なんです。というか無脳だからそもそも意味を汲み取れません。
   でも、奴らは動ける範囲内だったらぬるぬる動きます。えぇ、こればかりはよく動いてくれますよ。名誉挽回の如く。
   顔を知ってるマシーンに顔を見せてみれば、此処ぞとばかりに動きますし、挨拶を受けたら応答するマシーンに『こんにちは』と言えば、これまた此処ぞとばかりに動きます」

機械乙『コンニチハ!』

博士「うおぉいビックリしたなぁ!!………失礼、話を続けます。
   えー、まぁ以上の通り――動物との類推で話してきましたが――人工無脳は常に白昼夢に生きています。混沌とした世界に生きています。
   しかしそれでも、全くの混沌に生きているわけありません。繰り返しますが、彼らも幾つかは意味を見言い出せる音や光のパターンを知っているんです。そしてぬるぬる出来るんです。
   この、意味のあるパターンを記号化して処理することを、『パターン認識』と言う。コレ重要だから覚えて下さい。そこ、いつまで笑ってるんですか?」
161 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/07/01(日) 22:46:51.73 ID:VBdUjDdYo
博士「人の場合、認識出来るパターン……即ちパターン認識の対象と成り得る物事は大量にあるが、機械は違うわけだ。
   前もって人為的に入力されたパターンしか記号化出来ない彼らにとって世界の大半は、やっぱり意味を持たないものなんです。
   しかしそんな状態を許していては、機械はいつまでも認識力を獲得出来ない。すると行動や学習にも永遠の制限が生まれてしまう。困ったね、どう解決すべきか?……はい、君」

毛深い社員「えーと、前もって入力しておくパターンの量を、増やせばいいのでは?」

博士「んん、その案だと入力すべきパターンとデータが甚大な量となってしまう。とても解決には至らない。
   考えてもみて下さい。例えば人の顔一つ、まともに認識出来るシステムを築くにも大量のパターンを考慮しなければならないんだ。
   喜怒哀楽など表情のある顔、俯瞰や仰ぎなど角度のついた顔、怪我やら病気やらでノイズの入った顔、光の影響で様々な色合いとなっている顔……。
   このように、対応出来るパターンを増やすということは、様々な可能性を考慮するということだ。しかしこれだとフレーム問題に抵触する。それじゃあ解決は出来ない」

毛深い社員「いやでも……」

博士「でもって君ね……、では君は、刻一刻と変わる世界の有り様を実況中継よろしく機械へ入力していく労働に耐えられるのかね」

毛深い社員「ざわ……」フリフリ

博士「そうだね、とても耐えられない。……では他に案はあるだろうか」

薄毛に悩む社員「あのぉ、じゃあ顔の基本構造や特徴だけ機械に入力しといて、それらと符号するパターンを汲み取るシステムを築けば……」

博士「それも解決にならない。類似画像検索というシステムがあるが、君が言っているのはまさにこれのことだ。
   ところで類似画像検索ってのもやはり、パターンの意味を理解しないからね。特徴に合うものなら何でも検索結果として挙げてくる。
   この場合それは、人面魚やチンパンジーの類になるのだろうが、君は人外を人間として認識するシステムを強いAIと呼ぶのかね」

毛深い社員「ざわ……」フリフリ

博士「君には聞いてないんだが」
162 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/07/01(日) 22:52:57.60 ID:VBdUjDdYo
博士「さぁ、この議論で好い加減判ったでしょう。機械の認識力というのは人間のそれとは違い過ぎてて、パターンを記号化するのに全く適していないんです。パターンをあるがままに捉えすぎているんです機械は。
   例えば、ある光やら音やらのパターンがあるが、それに対して恐怖や憤慨や懐かしさや性的興奮を感じられるのが人間だ。対して機械はそういった感覚を持てない。
   人間は文字を逆さにされてもそれを読むことが出来るが、機械は出来ない。逆さ文字をあるがままに捉えてしまう。結局記号化が出来ない。

   ……そう、この『機械は結局、パターンを記号に着地させられない』っていうのが記号着地問題なんですよ。
   つまりこの問題は、『結局、機械は物事を認識出来ない』といっているんです。いやはや大問題ですよ」

潔く禿げた社員「え、でも……、リーダーはこの問題も解決したんですよね?」

博士「ふ、まぁね」

社員達「スゲエ! マジカヨ カッコヨスギ」

博士「えー、この問題を解決出来る技術は既に示唆した通り、脳……即ちニューラルネットワークにあります。
   従って、汎化NC開発者たる私がこの問題を解決出来たのは当然の帰結といったところですよ」

社員達「……」ザワザワ

博士「おや、その辺りも聞きたそうな顔をしていますね皆さん。
   はんはん、それは良い学習態度ですよ。………だが、今日の講義はここまでです」

社員達「ざ〜〜〜!?」

博士「ほら、時計を見て下さい。もう終わりにしないとならぬ時間だ」

社員達「わ〜〜〜!?」

博士「それに正直もう、これ以上やるのは面倒です」

社員達「なら仕方無い」
163 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/07/01(日) 22:57:31.85 ID:VBdUjDdYo
博士「では終わりに際し、今日の内容をまとめます。
   ……えー、そうですね。言うならば一言だけです。汎用AIは既に実現した技術である、と
   ただし、これは未だ発表していない技術なのでね。『私の手の中でのみ実現した技術』という注釈を加えねばなりません。
   従って限定した言い回しをしますが、私の元に居る子達は皆、従来の問題に囚われず汎用的な行動が取れるようになっています。
   で、来週はそんなロボットを一人、実習用として造って来ますのでそのつもりで」

社員達「ヘェ〜ロボット! タノシミスナー プロトタイプハー?」

博士「プロトタイプは、その、まだね。駄目なんだよ色々とね」

社員達「え〜 なにがなんでもプロトタイプ持ってこないよナこの人 ネー。すんごい見てみたいのに」

博士「……」

社員達「というかリーダー、プロトタイプってどんな感じなんデスカ?」ザワザワ

博士「えーと、まぁ凄いぞ、色々と」

社員達「何か特技とかあるんですカ? 例えばどんなことが出来るんですカー?」ザワザワ

博士「んー、そうだなぁ……。ゴキブリにビビり、掃除を面倒臭がる事なら出来るが」

社員達「…………」

博士「どうした?」

社員達「それって凄いんですカ…? フレーム問題解決してもそれじゃダメやん… イヤァそれはそれで凄いのかもしれませんケド…」

博士「はぁ、解ってないな君達は。“凄い”の合意こそ取れていなかったが、人間を再現しているのだから当然、これは凄いことなのだよ。
   この講義を受けた後だと言うのにそんな反応が出来るとは驚きだ。いいかい?今一度言っておくが、この技術は人間を再現するものです。それも、かなり忠実に。
   殊、身体性を備えた汎用AIに至っては人間そのものと言っていい程だ。……この“凄い”技術に携わるならば、その辺の知識を決して忘れないで下さい」

 ※ゴキブリにビビる:遠い将来、人工知能の究極目標は人間を超える知性の実現になるのかもしれないが、当面は人間並の知性を実現させることに留まるだろう。
 となると、『ゴキブリにビビれる程度の文明的、現代的AI』や『掃除をサボれる程度の人間的AI』の実現は強ちそうそう馬鹿には出来ぬ。
164 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/07/01(日) 23:00:12.61 ID:VBdUjDdYo
博士「じゃあ、私は持ち場に戻るよ」

課長「えぇ、お疲れ様でした」

博士「んー」スタスタ

課長「はーい、それじゃあ続いては僕から一点ねー」

社員達「ざわ…ざわ…」

課長「この部品は――側面を持つようにして――」

door「パタン…」



博士「……はぁ」

 いつものことだが、講義の後は只ならぬ疲労に襲われる。
 しかし今日の疲労は普段と異なる……ある不安の様相も放っていた。

博士「〜〜……」

 アイを匿うのは、もう限界かもしれない。
165 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/07/01(日) 23:01:38.84 ID:VBdUjDdYo
 私と社長以外の人間は、アイを知らない。
 彼らはアイを見たことがないし、そもそも自分らが“プロトタイプ”と呼ぶ個体にアイという名前があることすら知らない。
 だから、純粋な興味の対象として私の娘を取り沙汰する。全く事情を知らぬが故に、臆面も無く私の嫌がることをする。

 複雑な事情により、会社側はアイを試験体扱いするが―― 私は個人的な事情により、アイを試験体扱いしない――
 この温度差を引きずること数ヶ月。いよいよ社内では私の陰口が囁かれるようになった。

博士「……」

 ズルズルとここまでやって来たが、不安は日に日に大きくなるばかり。
 これではいけないと分かっているものの、どうすればいいのか分からぬ日々。

博士「……はぁ」

 そろそろ、何かしらの決断を行わねばな。
166 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/07/01(日) 23:04:15.25 ID:VBdUjDdYo
続く。

一応、扱ってるものがアレだったりするので今後、米印による注釈が頻繁に入ると思います。
ただ、この手の分野って「好き嫌い」と「知ってる知らない」が両極端ですからね、
こういうのがあんまり好きじゃなかったり、そもそもそれを知ってたりする人は、※だけ飛ばしてくれるとありがたい(´・ω・`)

あと、今後は書くのに時間が掛かりそうな予感。毎日更新はもう難しいと思うのであしからず(・ω・`)
167 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/07/01(日) 23:06:39.92 ID:QrLpsBDzo
あんた何者だ
168 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/01(日) 23:18:37.36 ID:RVea94VTo
乙ー!

個人的には注釈込でも面白いからこの形式のままで行って欲しいやね

しかし博士の攻殻好きは専門分野だからか
169 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/02(月) 00:36:23.12 ID:KIzWbWDxo
SSを読んでいたと思ったら、情報工学の講義だった
170 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/07/08(日) 14:04:25.96 ID:X1ZwN8vSo
4月13日

博士「こちらの地図をご覧下さい」

社長「おう」

 私は現在、社長室にいる。

博士「巡回した地点は、ここの公園と……駅周辺。いずれも人が多い場所でした」

 昨日の外出テストの結果報告をするためである。

博士「この内、駅周辺では喫茶店や電器屋、本屋、大型デパートをまわりました」

社長「結構まわったな。で、どうだった」

博士「こちらの用紙にある通りですが、先ずテストの前提について説明しましょう」

社長「ふむ」
171 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/07/08(日) 14:05:05.90 ID:X1ZwN8vSo
博士「テスト条件は以下の通り、晴天、休日、日中……と、理想的なものでした。
   尚、娘は車椅子に乗っていたので、それなりに目立ってもいました」

博士「続いて、カウント方式について。何をもって看破されたとするか?という話ですが、こちらは判断がつき兼ねましたのでレベルの階層分けを致しました。下の用紙を御覧下さい」

社長「ほう、どれどれ――」

 レベル1:三秒以上十秒未満の注視を受ける。
 レベル2:怪訝な表情で三秒以上十秒未満の注視を受ける。
 レベル3:十秒以上の注視を受ける。

社長「……随分スッキリしてんな」

博士「えぇ、単純な方が判り易いですから。……では、解説します。
   判定の階層が三つありますが、看破の条件としたのは3でした。
   つまり、十秒以上の注視を受けた回数が、看破された回数として記載されています」

社長「おいおい、……ってことは、つまり」

博士「えぇ」

社長「合格、じゃねぇかよ」

博士「……そう、なるんですかね」

 レベル1:54回
 レベル2:8回
 レベル3:0回
172 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/07/08(日) 14:05:34.73 ID:X1ZwN8vSo
社長「大変優秀な成績だな」

博士「えぇ、殊にデパートでは常識外れな行動を取っていましたが、それでも3には至らず……」

博士「尚、乗り物に乗っている人間の目は無視し、なるべく二人以上で行動中の若者の目を意識して巡回しました。
   こういった層は、街中の珍妙に対し、露骨な反応と感想を示してくれますからね。……が、
   そんな若者についても、訝しげな目は認められなかったのです。意外でしたよ」

社長「まぁこれは、『街中にロボットがいる筈ない』という通行人の先入観に基づく結果だからな」

博士「えぇ、条件が異なれば、結果もまた違っていたでしょうね」

社長「だが、そんな認知バイアスを考慮しても“ロボであることがバレなかった”ってのは、驚くべきことなんだよなぁ」



 ※認知バイアス:専ら心理学において扱われる非常に幅広い概念。単にバイアスとも。Biasとは歪み偏りのこと。即ち、知覚と認識に関する偏りの意。
 例:先入観、偏見、災害時の正常化バイアス、目玉焼き醤油派がソース派に対して感じる驚きや不快、原作に忠実でないアニメ・映画作品に対する嫌悪、有名な政治家に票を入れる大衆の心理傾向等々……。人間関係の軋轢から衆愚政治にまで内在するほど幅が広い。
 そしてこれは、人工知能の分野においても重要視される概念である。とりわけ、人間らしいAIを造りたい場合、上記の様なバイアスの再現は必須となる。
173 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/07/08(日) 14:07:19.90 ID:X1ZwN8vSo
社長「……さて、ご苦労だったな。とりあえずこの書類は預かるぞ」

博士「え、何故です?」

社長「各部署に回すべき情報もあるし、素材屋と下請けなんかにも送らんといかん」

博士「あぁなるほど、承知しました」

社長「……いやしかし博士、あんた本当に外出テストしたのか?なんか信じられなくなってきたわ」

博士「心外ですね、しましたよ。証拠を御覧になりますか?」

社長「あー?証拠?」

 私は、携帯電話に貼り付けた証拠写真を社長に見せた。

社長「……目、でかくねぇか?」

博士「やっぱり、そう思いますか」
174 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/07/08(日) 14:10:33.50 ID:X1ZwN8vSo
 開発室

課長「相変わらず凄い部屋ッスよねー。薄暗くてごちゃごちゃしてて機材だらけで……。
   如何にもラボって感じがしてワクワクしますよー。テスラコイルでも置いたらどうです?様になりますよ絶対」

 午前十時頃。社長室から戻ってくると課長が私の席に座っていた。

博士「君は、暇なのかね」

課長「いえいえ、注文の品が届いてたんで持ってきたんスよ」

博士「? ……おぉっ、やっと納入されたかい」

課長「やたらと重かったですけど、何が入ってるんです?」

博士「身体だよ」

課長「え」

博士「ロボットのね」

課長「あぁなんだ。もしかして一昨日、講義の終わりに言ってたヤツですか?」

博士「そう、実習用ロボットのものだ」

課長「はぁ、ロボット。……いやはやロボットを一週間で組み立てようってんだから驚きだ。
   人工知能開発者である上にロボット工学者ってどうなんですか。ソフト屋が一人でハードを兼ねる様なものでしょ。エンジニアの鑑ですな」

博士「まぁ、その分苦労はしているがね。
   だからどうだい、製作作業をちょっと手伝ってくれると助かるんだが」

課長「やーやー、これから会議があるんで無理ッスねー」

 などと言いつつ、課長はその後四十分経っても部屋を出ていかなかった。
175 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/07/08(日) 14:12:32.47 ID:X1ZwN8vSo
 課長退出後、私は助手と二人でシャーシを組み立てつつ駄弁っていた。

博士「彼、会議と言っていたが……、今日は何の会議をやるんだ?」

どうみても助手「えー確か、セクサロイドの会議が二回入ってましたね」

博士「議題は?」

どうみても助手「午前が問題報告で、午後からが製品名決定会議だったかと」

博士「えぇっ、製品名決定。どうなんだいそれは、早過ぎやしないか?」

どうみても助手「そんな気もしますがね……、我々の仕事が他所と比べて少々遅いんですよ」

博士「はぁ、そうなのか、それも初耳だ。一応私はリーダーなんだがな」

どうみても助手「実際に組織を運営してるのは部長ですし、仕方無いですよ」

博士「まぁ、そうだなぁ……。その辺りのマネジメントに暗い者としては好都合だし、構うことでもないな」

どうみても助手「えぇ。……ところで製品名の方は、どうなるんでしょうねぇ」

博士「んー、それなんだけどさ、その製品名ってのは今日中に決まるものなのか?」

どうみても助手「みたいですよ」

博士「へぇ……、一体どうなることやら……」
176 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/07/08(日) 14:13:41.40 ID:X1ZwN8vSo
 午前11時 会議室

課長「……ふぃ〜、一体どんな名前になっちまうんですかねぇ」

部長「おいおい、何故に他人事の様な言い回しなんだ。名前は我々が決めることだろうに」

課長「まぁそうなんですけどねぇ。何かを決める会議ってあまり喋れないから好きじゃないんスよ」

部長「君の場合、それくらいが丁度いい。だが黙るのは止めてくれよ。今日は人が少ないんだから」

課長「わかってますよー……っと、ようやく一人来た」

経理「お疲れーッス」

課長「ちーッス」

部長「やぁ」

経理「……あれ、今日はこんだけですか」

部長「今日は@botの議題だけだからね」

経理「あぁなるほど……ってか部長。自分、午後の会議も出ることになってるんですけど」

部長「人が少ないからね」

経理「え、それで自分が選ばれたんですか」

課長「いつも暇そうにしてるからですよ」

経理「は!お前にだけは言われたく……あべ、常務来た」

総務部長兼常務「ご苦労さーん」スタスタ

一同「お疲れ様です」
177 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/07/08(日) 14:14:41.25 ID:X1ZwN8vSo
常務「よっこらしょっと……」

一同「……」

常務「っふー……」

一同「……」

常務「今日は、これだけか?」

部長「はい」

常務「ふぅん。じゃあ後は書記だけか。いつも最後だなあいつ」

部長「そうですねぇ」

課長「あ、丁度来ましたよ」

書記「は〜、ねみぃ」スタスタ

一同「……」

書記「うぃーっす。ご機嫌ようオメーら」スタスタ

一同「うぃーっす」

書記「全員集まってるなー?」

一同「うぃーっす」

書記「よろしい。始めろ」

常務「うむ、えー、ほぼ決定している開発コードネーム@bot(仮)の設計、コンセプトに関してだが、ここに来て見直しの余地を発見した者もいることだろう」

書記「ってわけでこれよりー、問題の報告を兼ねた再検討会議を始めるー」

一同「うぃーっす」
178 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/07/08(日) 14:18:19.67 ID:X1ZwN8vSo
書記「では右から順番に、製造課長、なんかあるかー?」

課長「あ、はい。僕からは二点あります」

書記「ん」

課長「……えー、まず素材に関する問題報告。
   @botに使用するスキンですが、シリコーン素材はやっぱ完全に取り下げます。ありゃもう駄目だ。
   いくら試行錯誤しても裂けやすさは改まらないし、いい加減コストが馬鹿になりません」

書記「ふむ」

課長「その上、さっきリーダーから聞いた話に拠れば、シリコーン製において生じるブリードは、ロボットの身体にとっても好ましくないようです」

書記「だろうね。身体にいいわけない」

課長「えぇ、ですから今後、スキン素材はプロトタイプと同じものを製造します。そのつもりでお願いします。問題報告は以上。
   で、続いては個人的な提案になります。提案とは、女性器の位置についてなんですが、これは少々説明を要します。……宜しいスか?」

書記「うん、いいよ」



 ※シリコーン:≠シリコン。先ずシリコンとはケイ素という元素単体のこと。他方シリコーンは、このケイ素を含んだ『化合物』である。つまり別物。
 シリコンは半導体の材料として有名。他方シリコーンはラブドールの材料として有名。

 ※ブリード:シリコーン製ラブドールにおける『ドールの肌からオイルがしみ出してくる現象』のこと。
 シリコーンはそれ自体柔らかいわけでない。なのでラブドールの様な製品の場合、素材にオイルを加えて軟度を高めるのだが、このオイルは時間が経つと漏れてくる。そしてドールの着ている服に化学的悪影響を及ぼしたり、触れた手をベタつかせたりする。
179 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/07/08(日) 14:19:07.11 ID:X1ZwN8vSo
課長「どうも。では先ずこの提案の前提からお話します。
   ……そもそも人間の身体は、未だ多くの進化の余地を残しているわけですが、その傾向が特に顕著なのが膣と子宮の向きだと僕は考えています」

書記「むん」

課長「歩いている内に受け入れた精液を垂れ流す動物なんて、そうそういませんよ?これは偏に直立二足歩行の瑕疵を物語っている。ヒトの性器も四足歩行動物の後背位交尾用に最適化されてるわけです。
   ところで、僕らが現在取り組んでいる事業は、そんな人間の欠陥を補完出来るものですよね」

一同「……」

課長「皆さんも一度位こう考えたことがあると思うんです。今後、だらだらと変異と淘汰を繰り返しても人間はこれ以上大きく変わらないだろう、と。
   新しい奇形形質が遺伝子プールに固定されるよりも早く、人間は自分で自分を変えてしまうだろうと。また、人間は創造主になってしまうだろうと。
   僕らは暗に、人造人間の登場や遺伝子工学の発展を予見・期待してるんでしょうね。だからこんな事を考えたりするんですよ」

一同「んー……」

課長「えー、つまりですね、もう自然の手によって大きな進化が起こることはないと思うんです、実際。
   かといって近代的な優生学に基づく社会進化も起き得ないでしょう。これからの進化は、工学によって為されると思うんです。
   だから、人造人間を作ろうっていう本事業は人間を進化させるものでありまた、人造人間を議題にした本会議はその工学進化の指針を決める重大なものだと感じてます、僕は。はい」

一同「…うん」

課長「これらの前提を踏まえて開発に携わると自然に浮き上がってくるのが、『どうせ人造人間を作るなら、人間の欠陥を補ったものを作るべきじゃないか?』って考えです。
   ロボット開発は工学進化の第一弾。進化ならば補えるものは補うべき、欠陥は補完すべき、ですよね?当然、ね?」

一同「うん」

課長「でーすから!僕は提案するのです!女性器をもっと合理的な位置に置きませんかと!具体的には!女性器を!陰毛の生えている部分に位置させませんかと!」

一同「う〜〜〜〜ん(背をもたれ掛けながら)」
180 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/07/08(日) 14:20:22.77 ID:X1ZwN8vSo
部長「マン毛の代わりにまんこってこと〜?」

課長「代わりといいますか、マン毛の場所にまんこを」

経理「散々講釈垂らしといて……、言うに事欠いてそれかよオメー」

常務「安物のダッチワイフじゃないんだから、チミ」

書記「脳のどこを壊せばそんな提案が思いつくんだ」

課長「あ〜もう皆さんわかってませんねぇ!いいですか?現在のまんこの位置は明らかに異常!これは受け入れられますよね!?百歩譲れば!」

一同「うん」

課長「ならばまんこの位置は変えるべき!マン毛の位置に!」

一同「う〜〜ん」

課長「何故だ!」バン!
181 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/07/08(日) 14:21:02.82 ID:X1ZwN8vSo
課長「……わかりました。わかりましたよ皆さん。確かに画期的な新提案というのは往々にして受け入れ難いものです。だから丁寧に説明しましょう。
   いいですか?もし人類のまんこが手前にあれば、それはもう世界中が幸せになってた筈です。皆が笑顔。皆が垂れ流さない。皆がハメ易い」

常務「あのねぇ、垂れ流しの制御は内部機構でどうにでもなるんだよ。外側を変える必要は無い」

部長「というかさ、垂れ流しにだってある種の風情や趣があると思うよ」

経理「ですよね部長。『閑さや 岩にしみ入る 垂れ流し』ってよく言いますもんね」

課長「じゃ、じゃあ従来の位置に加え、陰毛部にも穴を開けて……」

経理「設計に無理がある!つーか二つも穴あけたらスキンの耐久品質が下がるだろ!」

常務「なぜ君はそこまで拘るんだ!」壁ドン

課長「……(涙目)」
182 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/07/08(日) 14:22:37.37 ID:X1ZwN8vSo
課長「……確かに僕だって、手前まんこはおかしいと思います」

書記「じゃあ何がお前を駆り立ててんだ」

課長「合理性追及のためですよ!僕がここまで弁舌を尽くしているのは!
   手前まんこは合理的なんですよ……。最も取られる機会の多い正常位に適応してるから……」

一同「……」

課長「あーもう疑うなら御手元の資料7頁目下図を御覧くださいよ!ここに正常位が最も人気であるということを示す、某女性誌が執り行った過去5年間のアンケート結果があります!」

常務「いや、そんなのは違う」

課長「えっ」

常務「データを出すならもっと直接的なものを出すべきだ。それこそ、“女性器の位置は陰毛の部分が好ましい”という意見を集めたデータを。でなければ到底説得力は無い」

課長「……」

常務「私はこの提案、論外だと思うが君たちは?」

部長「自分も常務に同じです」

経理「自分もです」

課長「く……、皆さん、本当にそう思ってるんですかッ!」

男達「「「当たり前だ」」」

課長「畜生!……書記ちゃん!」

書記「あん?」

課長「一応若い女の子なんだから、何か意見お願いしますよ!」

書記「なんだよ一応って」

課長「正常位と後背位、君はどっちが好きなんだい!?」

書記「いや判んないよ。私、処女だから」

一同「……(ゆっくりと無言のまま背をもたれ掛ける)
183 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/07/08(日) 14:23:43.85 ID:X1ZwN8vSo
課長「はぁ……、そうッスか。駄目スか。無理スか」

部長「まぁ、こればかりはな」

書記「世の中は合理性だけで出来てねーってことやね」

経理「垂直まんこが最大公約数的でいいんだよ。手前まんこじゃバックが出来ないだろ?対応出来る体位の幅が狭かったらセクサロイド失格だ」

常務「確かに現在の位置には欠点がある。が、それ以上に利点もある。君の提案は、家の中のゴキブリを殺すのに爆弾を使いましょうと言ってるようなものだ。ゴキブリは死ぬが他の財も死ぬ。割に合わん」

課長「はぁ……」

一同「……」

課長「わかりました。この提案は取り下げます」

一同「……」ホッ

課長「……ところで皆さん。取り下げついでにちょっと気になってることを訊いていいですか」

一同「……?」

課長「皆さんも、小学生の頃なんかは今陰毛が生えてる部分にまんこがあると思ってませんでした?」

書記「……」

部長「……」

経理「……」

常務「ぅおっほん、……まぁ、な」

一同「……(ゆっくりと無言のまま座椅子を浮かし常務から離れる)」
184 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/07/08(日) 14:24:11.33 ID:X1ZwN8vSo
 そんな調子で二時間後

書記「……さて、一通り聞き終わったな」

一同「うむ」

書記「まぁ要点だけ記録しといたがー、ざっと眺める限りー」

一同「うむ」

書記「大して有益な会議にはならなかったな」

一同「……」

書記「午後の会議はこうならないように。わかったー?」

一同「うぃーっす」

書記「はいじゃあ昼休憩ー。飯は三分で済ませよ。五分後にまた会議を始めるー」

一同「……うぃーっす」
185 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/07/08(日) 14:24:42.72 ID:X1ZwN8vSo
続く。
186 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/08(日) 15:02:59.28 ID:ys/CIk+io
難しいないろいろと
187 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/09(月) 15:23:22.00 ID:9+jmYmvDO


垂れ流れてくる事にこそ、むしろ二回戦以降の戦闘意欲が湧いてくるのだが、どうだろうか
188 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/09(月) 15:32:18.21 ID:ndm1R3cKo
乙!

>>1の素性がいよいよ気になってきたが、こういう濃いSSは好きだわwwwwww
189 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/07/13(金) 17:01:22.80 ID:xWB95by/o
 食堂

博士「なに、ちくわしか無いだと?」

 時刻は一時十分。
 製作が昼休憩に割り込んでしまい、急いで食堂に来たもののどうやら出遅れたらしい。ランチが、ちくわしか無い。

おばちゃん「ごめんなさいねぇ、ちくわしか持って無いの〜」

博士「致し方無い……」

 無いよりマシだ。とりあえずちくわを十本買い、それらを齧りながら席につく。すると。

博士「おや?お疲れ」

課長「あ、ども」

 前に課長が居た。

博士「会議は終わったのかい」モキュモキュ

 ちくわを頬張りつつ訊ねる私。

課長「んあ、んー、えぇ、午前の方はさっき」ジュルジュル

 ウイダーinゼリーを飲みつつ応える課長。

課長「名称決定の会議はこれからです。便所行く間もないですよ」

博士「大変だな」

課長「えぇ、大変ッスよー。というかつまんないです。決定会議ってセンスが問われますし、何かにつけて上司とのジェネレーションギャップがあるんスよ。でもって迎合しなきゃいけない部分もあるんで比較的喋れない。よってつまらない」

博士「へぇ、ってことは甚だ饒舌な君でも発言を控えなきゃならん場所なんだね」

課長「まぁ、控えませんけどね」

博士「……」

課長「っとーぃ、もう時間だ。じゃ、行ってきますね」

博士「えぇっ、早いな!ちょっと待ってくれないか?」

課長「はい?」

博士「一つお願いがあるんだが――」
190 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/07/13(金) 17:03:42.42 ID:xWB95by/o
 会議室

書記「おせーぞ手前まんこ愛好家」

課長「いやーめんごめんご!昼食に手こずっちゃってさぁ!」

書記「まぁいいよ。……じゃ、全員揃ったとこで続いてはー、開発コードネーム@bot(仮)の製品名決定会議を――」

課長「――っとごめん書記ちゃん、その前に一つ」

書記「おん?」

課長「リーダーから、なんか伝言があるんですけど」

書記「博士から?」

一同「へぇ、普段は首突っ込まないのに珍しいな」ザワザワ

課長「ですね、食堂でメモを渡されたんですけど」

書記「ん、いいよ。読んで」

課長「あはい、えー、内容は以下の通り」

メモ『名称は短絡的な発想で決めるべきではありませぬ。とかく短絡的と思しき発想は破棄すべきで御座るぞ。名称の決定に携わる諸氏には十分に慎重な検討を願い給う』

一同「……」

課長「だ、そうですけど」

経理「……つまり、どういうこと?」

常務「慎重な検討をするのは当然のことだがねぇ」

部長「博士は、どういう意図があってこれを君に?」

課長「いや、聞いてないんで判りません」

書記「あの人、礼儀正しい言葉遣いってのを勘違いしてるよね」

課長「まぁ、無視しときましょうか」
191 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/07/13(金) 17:06:48.72 ID:xWB95by/o
書記「こほん。あー、じゃあ仕切り直して……会議、始めんぞー」

一同「うぃーっす」

書記「じゃあ右から順番に、腐れまんこキチ、なんかあるのかー?」

課長「あ、僕は特に無いです」

一同「ねーのかよ」

課長「まぁ、閃いたら追々挙げてくんで」

書記「はっ、じゃあ次。経理」

経理「はい。一つだけあります」

書記「ん、言ってみ」

経理「休憩の時間に頑張って考えたものですけど……」

一同「……」

経理「……LOVE MACHINE、なんてどうでしょう」

常務「ふぅん、一般名称臭いな」

部長「名前がそれじゃあ駄目かな。第一それだと無機質過ぎるから、もっと人間味があった方がいいかもね」

課長「LOVE MACHINE(笑)」

経理「……」イラッ

書記「却下だナ」サラッ
192 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/07/13(金) 17:08:27.16 ID:xWB95by/o
課長「部長のダメ出しで思いましたけど、機械性を前面に出さないために人名で検討すべきでは?」

部長「まぁ僕もそう思ってるよ」

常務「人名と言っても色々あるが」

経理「具体的にはどんな感じで?」

課長「そりゃあ、本製品は日本人の女の子をモチーフにしているわけですから、必然的に日本人の名前になるでしょ」

常務「うむ、その辺りの親近感は必要だな」

経理「いやでも製品が製品だし、現実に存在してる名前は微妙というか、顰蹙ものでは?」

部長「ならば『なんちゃら小町』とか『大和撫子』とかベースに考えてみるといいかも」

課長「卑猥小町とか淫れ撫子とか?」

書記「なんかそれだとオナホっぽいぞオイ」
193 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/07/13(金) 17:09:57.54 ID:xWB95by/o
課長「だったら……、名前をカタカナ語にすればいいと思います」

一同「ほう?」

課長「例えば、苗字を和名にして下の名前をカタカナにすれば、実名臭さと親近感を両立出来るとオイラは思うのです。。」

常務「うむ、カタカナなら実名臭さが強すぎないからな」

部長「それに加えて近未来感も出てくるね。その線でいいんじゃない?」

経理「なるほど。……ところで和名ってことは、苗字は漢字な感じ?」

課長「えぇ」

経理「で、下がカタカナと」

課長「はい」

経理「初音ミクと被らね?」

課長「……」

一同「……まさかこの発想は既出だったとは(背をもたれ掛け天井を見上げながら)」
194 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/07/13(金) 17:10:31.69 ID:xWB95by/o
課長「……セクサロイドにボーカロイド、ですか。構図がピッタシですね。神の悪戯でしょうか」

経理「どんだけ暇な神なんだ。死ぬべきだろそんな神」

部長「まぁ確かにぴったりだよね。……ってことはこれ、メディア展開を工夫すれば印税でウハウハになれない?」

課長「いやいや部長、そこまで相同性は無いでしょ」

常務「セクサロイドが漫画化、ゲーム化、フィギュア化ってか?ははは、想像出来んな。流石に相容れない」

書記「いや、多分その辺も考えてるよ社長」

一同「えぇっ!?」

書記「この前ウチに来てたのは何処ぞのメディア企業の企画部だよ。コンテンツ産業の中じゃ割とでかい会社らしいけど、ああいうトコとスケジュール組んだって事はそういう事なんじゃない?
   あと、広告代理店に送る資料にもそんなのを匂わすヤツがあったし結構根回ししてんじゃないかな」

常務「は、初耳だ……」

書記「例によって社長個人の付き合いだったりするけどナ」

部長「いや、それにしても行動が早いよ」

経理「コンテンツ産業っつったら生き馬の目を抜く業界ですよ……。そんな所に社長、恐ろしいわぁ……」

課長「やぁ〜社長は我々社員の先を行き過ぎですね。まったく見失ってましたよ」
195 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/07/13(金) 17:12:01.74 ID:xWB95by/o
書記「さて、話を戻して……、どうすんだ?名前の方は」

経理「んー……あのぅ、ちょっとつっかかってんですけど、そもそもセクサロイドって一般名称はどうなんですか?」

書記「どうって何が」

経理「社長がSF好きだからって理由のみで今までこう呼んでましたけど、正式名称的なアレではないんでしょう?」

書記「うん。多分」

課長「あー、言われてみればつっかかりますね。是非の方はどうなんでしょう」

常務「確か松本零士が使い出した語だったか。対外的には向いてないかもな」

課長「非公式的な造語だから?」

常務「それもあるが、分かりづらくないか?」

部長「でも通じるんじゃないかな?」

経理「いや、わかんない人も居ますよきっと」

課長「ってかそれが利点だったりしません?判りづらいから表現に角が無いというか」

常務「まぁ『セックスロボット』っつって売りに出すよりはソフトだがなぁ」

書記「微妙なトコだね」

経理「あっ、じゃあここで僕の“LOVE MACHINE”を活かしましょうよ!ねぇ!」

課長「LOVE MACHINE(キリッ」

経理「うるせぇよ!」

常務「ふむ、でも悪くないぞ」

部長「セクサロイドってラブドールの延長線上にある様なものだもんねぇ。そのネーミングでいいと思うよ」

書記「じゃあこれは別件として記録しとこうか」カチャカチャ

経理「……」

課長「なに静かに勝ち誇ったような顔してんスか」
196 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/07/13(金) 17:16:01.11 ID:xWB95by/o
部長「しかしまぁ……、我々は今『世界初』を背負った製品の名称を決めようとしてるわけだが」

経理「ですねぇ」

課長「しかも『SF級』ですって。相当凄い製品に携わってんですよ僕ら。全然実感わかないけど」

常務「ふーむ」

経理「いよいよどんな名前にすべきか決め兼ねるな……」

課長「んー、やっぱね、ここは正統的なネーミングで地位を固めるべきだと思いますよ。あたしは」

書記「正統的なネーミングってなにさ」

課長「えー、いいですか?人工知能は英字でArtificial Intelligence。で、これの略称AIとは、日本語読みで『あい』と読めますよね」

一同「……」

課長「そしてこれは『愛』とかかるわけですが――」

書記「……まぁ、そうなっちゃうよね」

部長「ははは」

常務「これぞ正統派だな」

経理「何番煎じだよ。敢えて挙げなかったものを……」

課長「まぁまぁ一応検討してみましょうよ」
197 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/07/13(金) 17:25:35.40 ID:xWB95by/o
常務「ふーん、そうだな」

課長「……」

常務「愛ってのは多義的だからな。一口に愛と言っても意味は複数個ある。残念な事に、セクサロイドに与えられる愛ってのは善い意味での愛では無いだろう。
   それはキリスト教的な愛ではなく、仏教的な愛……即ち煩悩だ。我欲を指す言葉を名前にするってのはどうなんだい」

課長「いや、別にいいんじゃないですか? 今時、愛と聞いて負の所感を得る人なんていないでしょ。江戸以前の人間じゃあるまいし」

部長「うん、その辺の心配は不要だよ。むしろこれ、皮肉が利いてていいんじゃない?」

常務「むーん、そうかもしれんがな」

課長「そうなんですって、特に問題は無いんですよ」

経理「いやでも捻りが無い、ありきたり、単純、ってな感は消えない」

書記「まぁそこだよネ」

課長「はは、わかってませんね。そこは利点なんですよ。単純だからこそ分かり易いし取っ付き易い。捻りが無くてありふれてるからこそ、本物の人工知能にその名を付けちゃえるんです。SF級だからこそ付けても許されるんです、納得してもらえるんです」

一同「……」

課長「本製品は、人類未踏の市場を開拓するものですよ?ならば第一は、最もオーソドックスな名で刻むべきです。奇をてらったり時事的だったり分かりづらかったり英字と数字が並んだりするよりは全然いいです。そして実名臭さもあるから色々と条件に合ってる」

経理「……言われてみればな」

常務「特に反論は無いかもな」

部長「こいつはなかなかどうしてやりおる」

書記「とりあえず保留しとこう」カチャカチャ
198 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/07/13(金) 17:29:21.10 ID:xWB95by/o
部長「さて、ちょっと皆、手元の資料五頁目を見てくれないかな」

一同「……」ペラリペラリ

部長「広報課のデスクからかすめて来たものなんだけど、これは@botの検索数推移と、サイト内の@bot特設ページに訪問してきたユニークユーザー数推移のグラフだ」

一同「ほう」

部長「これを見て、何か判ることは無いかな」

常務「ふーむ……」

経理「自分はこのテの分析、専門外ですねー」

課長「んー、判りません。何なんです?」

部長「いや、僕もわからんよ」

一同「……」

部長「これは本来なら、販売戦略や広告手法の検討において参照されるデータなんだろうが、名称の決定にも役立つんじゃないかと思って持ってきただけでさ。何か判るかな」

常務「んん……」

経理「特に目ぼしい物は見当たりませんねぇ」

課長「目を引くのは精々、棒グラフの二ヶ月前ですかね」

常務「あ、本当だ」

経理「こっからアクセス数急上昇じゃねぇか。なんだコレ」

部長「えー、二ヶ月前?何があったっけ?」
199 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/07/13(金) 17:30:29.35 ID:xWB95by/o
課長「えーと、@botって最初、ティザー広告で宣伝されたじゃないですか。『明かすのは開発コードネームだけ!』って具合に」

一同「うん」

課長「で、二ヶ月前にやっと『情報リーク!』とか言って掲示板やSNSに糞わざとらしい告発紛いの公式広告打ったわけですけど」

常務「まぁそう言ってやるなよ……」

経理「広報課だって頑張ってんだぞ」

課長「そこでまぁ、セクサロイド開発を正式に明かした瞬間ですよ。この、産業革命以降の世界人口みたいにグラフが爆発してるのは」

常務「なるほど、公式発表。それでか」

経理「あ〜。つーかアレからもう二ヶ月〜?」

部長「時間経つの早いなぁ……」



 ※ティザー広告:新製品の開発や発売を匂わせつつも、詳しい内容は発表しない広告手法。
200 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/07/13(金) 17:33:48.03 ID:xWB95by/o
常務「……というかコレ、着目すべきは海外からのアクセスだな。ここを契機に急上昇してないか?」

課長「確かに。相対的に見てこの数値が高いのか低いのかは判りませんが、ここにきて注目が顕在化してますよね」

経理「さながらF5でも喰らった様だな」

部長「別に、当然のことじゃあないか?うちは海外のユーザーにも恵まれてるんだから」

常務「それにしても、ここまでアクセスは集中するものなのかね」

部長「うーんその辺は……、自分もインターネットの情報網には疎いので何とも……」

課長「広報課の連中、海外サイトを広告に利用することが多いですからね。広告が上手く響いたって事じゃないスか?」

経理「は?海外サイトに広告打ってんのか?あの連中」

課長「えぇ」

経理「なーんでそんなニッチな場所に労力割いてんの」

課長「国内向けの広告は殆ど代理店に任せてるんで、うちの広報課は海外!(但しインターネッツ)って感じらしいッスね。分担してるわけですよ」

経理「はぁ、なんだかせっこいなぁ」

常務「うちは多国籍企業じゃあないし、相手は欧米だからな。あんまり派手にやれないのは仕方無い」

課長「まぁせこいとは言いますがね、経理。うちの広告は結構技巧的ですよ。例えば海外掲示板を利用したマーケティングとフィードバックなんかは特に笑えます。
   先ず、その掲示板に@bot関連のスレを立てるでしょ?したら外人への広告ついでに『日本凄い』『日本変態過ぎる』『日本人未来に生きてんな』的レスを拾って、翻訳して、各媒体に載せ、全方位情報発信するわけです。
   そんで『チェリーピッキングされた外人の反応』を日本のオーディエンスに見せ付け、『あ、日本って外から見たら結構凄いんだーえへへー』ってな調子の逆カルチャーショックを与え、製品の魅力を底上げさせて云々……」

経理「おいおいおいおい何だそれ!遠まわし過ぎんだろ!」

部長「でも、こういうのが地味に効くらしいんだよ」

常務「露骨な広告が嫌いで且つ、批判的思考にもメディアリテラシーにも欠ける受け手が多いからな」


 ※海外掲示板を利用したマーケティングとフィードバック:このような広告方法の事例は聞いたことがないが、あっても不思議でないし、今後生まれても不思議でない。

 ※チェリーピッキング:都合の良い特徴や情報のみを抽出する行為。例えば九割が悪評でも、一割の好評だけ抽出し、それを『外人の反応』という一般概念で括って紹介すれば『全ての外人が良い評価をしている』といった錯覚が与えられる。こういった受け手の感性を利用した弁論術。

 ※逆カルチャーショック:今まで気付かなかった母国の相対的利点/欠点を知った際に受ける衝撃。例えば衛生状態の悪い国から帰って来た際に見る、日本の空港の清潔さに引き起こされる感嘆がこれである。

 ※メディアリテラシー:直訳すると媒体識字能力の意。マスコミやインターネット上(特にSNS)で交錯する情報の真偽を判断する智慧、認識能力。リテラシーの欠如は時に命に関わる。
201 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/07/13(金) 17:34:13.89 ID:xWB95by/o
部長「広告云々の効果は未知数だが兎に角、海外からの注目も大変な具合だという事が判明したね」

一同「うむ」

部長「となると、名称の方はどうなんだろうか。対外的なキャッチも得られるネーミングが善しとなるかな」

経理「どうでしょうねー」

課長「無理に外国的、空想的な名前にしなくてもいいんじゃないスか?」

常務「正味、それに喜ぶ人間なんてもう居ないだろうしな」

経理「あっ、てか部長。これ『海外ユーザーが本製品を購入する』って仮定の上で進んでる議論ですけど、彼らはホントに買うんですか?」

部長「あー」

経理「このデータはそれを保証するものではありませんよね、明らかに」

常務「確かに」

課長「うん、判り兼ねますね。その辺のデータもあればよかったけど」

経理「そもそもウチの商品の海外向け販売事情ってどうなってんですかね」

部長「まぁその辺は……、チャネルに詳しい社員か問屋に訊いてもらって」

経理「いやいやー、それは無しですよう」

課長「いずれにせよ、ある程度の販売は確実に見込めると思いますよ。実利はダウンロード出来ないんだし」
202 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/07/13(金) 17:35:52.30 ID:xWB95by/o
部長「んー、悪いね。やっぱここは議論の必要無しだったね。というか我々だけじゃ出来なかったね」

常務「うむ。……とまぁ、若干再帰したわけだが」

課長「えぇ、次はどんな角度から検討しますかね」

経理「んー……」

一同「…………」

書記「……」スヤスヤ

一同「……」

常務「いつから寝てた?こいつ」

部長「大分前から」

課長「いやー勿体無いですよねー。寝てれば可愛いのに」

経理「おいおいそんな迂闊なこと言ったら……」

書記「……」スヤスヤ

経理「Saaaaafe!」

課長「あー、そういや経理は書記ちゃんが苦手なんでしたっけ」

経理「そうだよお前、怖いじゃんこの娘」

常務「愛想が悪いだけだよ」

経理「いや、機嫌が悪い様にしか見えないんですけど。常に何かに怒ってません?」

部長「だるそうにしてるだけだよ」

経理「その割には睨み付けてくるし」

課長「ただのジト目ですよ」

経理「そ、そうかー?」

課長「えぇ、そうですよ。本質的には人畜無害ですよ。ねー書記ちゃ」

書記「触んな」ゴスッ

経理「は……?はーっ!課長!赤い!課長の血が赤い!」

部長「やぁおはよう」

常務「いつから起きてた?」

書記「大分前から」

経理「はーっ!課長が!寝ちゃった!はーっ!」
203 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/07/13(金) 17:36:29.81 ID:xWB95by/o
 そうして四時間後

書記「……さて」

一同「……」

書記「ようやく決まったわけだけどー」

一同「うむ」

書記「考えられ得るあらゆる案を検討して決まった名前だ。やっぱコレしかないネ」

一同「うむうむ」コクコク

書記「ってわけで今日中に報告書作っちゃうけどいいなー?再検討の余地は無いなー?」

一同「うぃーっす」

書記「よろしい。じゃ、今日はこれにて解散」

常務「うむ、皆ご苦労だった」

一同「うぃーっす、お疲れ様でしたー」
204 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/07/13(金) 17:42:04.49 ID:xWB95by/o
 午後五時半 食堂

 中途半端な時間に空腹を催した私は、再び食堂にてちくわを食べていた。

博士「もぐもぐ」

 食にこだわりは無いが、流石に質素過ぎる。これは。

 ……と思ったので今回は、わさび醤油をつけて食べることにした。

博士「もぐもぐ」

 これがね、中々いけるんだよ。

 先ず、わさびは入れ過ぎたくらいが丁度いい。少量の醤油にサジ一杯のわさびを入れ、これをさっと混ぜるのである。
 そうして粗く溶け混ざったわさび醤油に、ちくわをチョットだけつける。これだけでちくわに清い辛さが加わり、美味しく頂けるのだ。

 いやまったく、調味料というのは偉大だな。調味料無くしてモノは食えん。私は調味料だけ食えればいいかもしれん。

博士「……お?」

課長「ふふん、どもども」

 そんなことを考えていたら、課長が前に座って来た。

博士「奇遇だね。君も腹が空いたクチかい」

課長「えぇ、丁度いま会議が終わったので昼の分を挽回しに」モグモグ

博士「そうか、終わったってことは決まったのか」

課長「はい。いつの間にか決まってました」

博士「……いつの間にって?」

課長「よく覚えてないんですが、書記ちゃんに殴られたらしく、気絶してまして」

博士「はぁ、一体なにをして殴られたんだ?」

課長「いやぁ、そこが思い出せない。でも攻守安定のノートPCで殴られたって事だけは判ります。普段から廊下で殴られてるんで。
   ところでね、書記ちゃんって家ではマカーらしいんですけど、会社ではわざわざレッツノートを使ってるんですよ。耐久性高いから人殴れるっつって。凶悪ですよねー」モグモグ

博士「……」モグモグ

 それは多分、セクハラ対策だろうな…。
205 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/07/13(金) 17:45:05.59 ID:xWB95by/o
課長「まったく素晴らしい分別だとは思いますが、そのために僕は気を失ったみたいで。会議が終わってから目覚めた次第でして」

博士「んー、……ってことは決まった製品名、知らないの?」

課長「いえ、存じてますよ。ちゃんと部長に聞いたので」

博士「……」コクコク

課長「気になりますか」

博士「まぁ、ねぇ」

課長「気になると言えば博士、僕にも一つ気になる事があるんですが」

博士「?」

課長「あの、昼の言伝は何だったんです?急いでたんで敢えて訊きませんでしたけど」

博士「あー、あれはね、まぁ駄目押しってヤツだよ。もしかしたら娘と同じ名前が検討されるかもしれないと思ってね。縁起が悪いんだよ、それは」

課長「へーっ」

博士「そういう憂慮があったから念のため伝言をお願いしたわけだが、もしかして了見が前面に出ないように注意し過ぎたかな、私」

課長「えぇ、言伝の意図が掴めませんでした」

博士「はー、やっぱり」

課長「まぁそれはそうと博士、娘さんがいらっしゃったんですか」

博士「あぁ……、うん。一人ね」

課長「いやはや実は所帯持ちだったなんて……、そこに驚きですよあたしは。我々の世代で結婚してる人なんて、社内じゃ全然いませんからねー」

博士「へぇ、そうなの」
206 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/07/13(金) 17:47:15.34 ID:xWB95by/o
課長「いやしかし……、なにゆえ娘さんと同じ名前が付くことに縁起の悪さを感じるんですか。なんとなく嫌なのは分かりますけど」

博士「まぁそれはいいじゃないか……」

課長「えぇ〜気になるじゃないですかー。理由を話してくれればこちらも吐くもの吐きますよ?」

博士「そういう交渉は勘弁したまえよ。私にだって話したくないことの一つや二つ、あるんだよ」

課長「やー、そうなんですか?んん、そう言われちゃったらなぁ。退くしかありません」

博士「助かるよ」

課長「では博士、これだけは教えて下さいよ。娘さんのお名前。名前だけなら訊ねても宜しいでしょ」

博士「あぁうん。アイってんだが」

課長「はい?」

博士「……」

課長「……」

博士「……だから、アイって――」

課長「えぇ、はい。聞こえました、えぇ。愛ですか、いいお名前ですねー、因みに字の方はどう書く感じで」

博士「カタカナで――」

課長「ほっ!カタカナ!ヘぇへぇいいですねぇ、カタカナってことは『愛』じゃなくて『アイ』ですか!へぇ!近未来感があっていいですねぇ、ほほっ」

博士「課長」

課長「はいはい、どう致しましたか部長……じゃねぇや博士」

博士「今度はそちらが教えてくれる番だと思うが。……決定した名称は、なんていうのかね」

課長「……」

博士「……」

課長「……まったくの同上、で御座います」

博士「……」
207 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/07/13(金) 17:50:53.79 ID:xWB95by/o
 私は阿呆だ。こんなことならハッキリ言うべきだったのだ。
 可能性のスペクトルにおいて“ai”の検討はとりわけ蓋然的だった。また私は、これをしっかり把握出来ていた。

 にも拘わらず懸念が現実になったのは、詰めが甘かったからなのだ! 何故あんな婉曲的なメッセージにしてしまったんだ――

 理由の説明なんてどうにでもなった筈だろうに――こんなことなら直截「アイはやめてくれ」と言うべきだった……。

博士「ははははははは」

課長「しっかりして下さい。あの、本当になんか、申し訳無いです。僕がちゃんと考慮しなかったために……」

博士「ひひっ、ひーひひ」

課長「でも博士、僕にはこれが、そこまで深刻なことには思えません。娘さんと製品の名前が同じ……、これに何か問題があるんですか?」

博士「ふー………、問題というか不満がね。あるんだよ。個人的に」

課長「はぁ、一体どんな」

博士「それはもう、泣きたくなるくらいの不満だ」

課長「……」

博士「……」

 やはり上辺の叙情じゃ共感は与えられないし、事態も修正されないよな……。

博士「……仕方無い」

 凡そ話したくはないが――再検討の是非を確かめるために私は、事情を説明することにした。
208 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/07/13(金) 17:54:21.26 ID:xWB95by/o
博士「本日の会議で下された名称は、特殊愛玩用途のロボットに付与されるものだろう?言わば性具の名称だ。
   ……それはそうと、私の娘は強姦殺人に遭ったんだ。娘は、性具にされて殺された。そして両者は同じ名前。故に個人的な不満を感じている……わけだ。少々縁起が悪過ぎじゃないかねと」

課長「……」

 課長は沈黙した。目線を伏せつつ、返す言葉を慎重に探っているようだった。

課長「……ご愁傷……様?」

博士「結局もってそれかね、君」

課長「すみません、ちょっと、吃驚してしまって返事が見当たらず……」

 そう言いつつ課長はハンカチを取り出し、若干わざとらしく顔を拭く。

博士「娘が殺されたのは、もう一年近く前になる。ご愁傷様って頃合いでもないよ」

課長「…………恐れながら訊かせて下さい。娘さんは当時、お幾つでしたか」

博士「11歳だった。生きていれば、もう小学六年生だな」

課長「〜〜……!ということはもしかして……!」

 なんだ? 課長は急に目を丸くしてきた。
209 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/07/13(金) 17:57:01.88 ID:xWB95by/o
課長「去年の六月、南関東で起きたアレですか、小五強姦殺人事件……」

博士「……」

 驚いたな、知っていたのか。

博士「あぁ、あぁ、それだよ忌々しい。よく知ってるね」

課長「そりゃ、連日ニュースになってましたからね……」

博士「そうなのか?」

課長「えぇ、あまりテレビや新聞に触れない僕でも報道を耳にしてた位ですし、小児の強姦殺人ってのは現代日本じゃえらくセンセーショナルなものじゃないですか。……かなり大きく報道されてましたよ」

 初耳だ。まぁ、その時の記憶が全然ないのだから覚えはなくて当然か……。
210 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/13(金) 17:59:26.99 ID:/fWGU4Iko
oh...
娘さんやっぱ死んでたんやね
211 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/07/13(金) 18:00:54.44 ID:xWB95by/o
課長「はぁ、それにしてもまぁ、そうだったんですか……。博士は、あの事件の……」

 課長はいつになく思慮深い顔をしている。この手の話は、他人に気を遣わせるからいけないな……。

課長「ちなみに、社内でこの事を知っている者は……?」

博士「社長と、君しかいないね」

課長「そうでしたか、なおさら胸の奥にしまっておくようにします。………はぁ、それにしてもこの話はちょっと聞きたくありませんでしたね。関心を寄せてしまったことに後悔してますよ」

博士「安心したまえ、これ以上話す気はないから。……ところで私がカクカクシカジカで不満を抱くわけは分かってくれたと思うけどね、どうだろうか。再検討の可不可は」

 と、言い終わる既に課長は、顔を残念そうに顰めた。

課長「心中お察ししますが、名称の変更は……」

博士「……ふむ」

課長「たくさんの意見が飛び、漸進的な検討を経て決まったものですからね。情だけでは覆せません。それに恐らくもう、報告書は提出されちゃってると思います。
   それでも変更を御希望されるなら、それこそ自分で代替案を考えて頂くことになるかと。今日中に、既成の案を越えるものを。しかしそれは大変なことです……」

博士「ふ、そんなことだろうと思ったよ。私個人の都合でどうにかなる話じゃない。……だから泣きたくなるくらい不満なのだ」

 改めて、社内での自分の発言力の無さを忌々しく思う。

 これで製造されるセクサロイドは、容姿に次いで名前まで娘と同一性を持つ運びとなったようだ。

 私は、強姦されて死んだ娘を再び強姦に晒すマネをしそうだが……、そうなった暁には、今度こそ死ぬしかないな。
212 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/07/13(金) 18:01:20.88 ID:xWB95by/o
続く・
213 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/13(金) 18:20:27.54 ID:/fWGU4Iko
乙!
楽しみにしとる
214 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/13(金) 22:25:43.10 ID:eTDFO4aKo
あらあら…
なんか…
215 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2012/07/31(火) 22:25:52.97 ID:y5cgl5Wfo
悪意がないだけに辛いな…
乙、続きを楽しみにしてるわ
216 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/09/12(水) 22:30:15.77 ID:D2ty2BaTo
待ってる
217 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/09/15(土) 15:29:16.55 ID:TR2xnTJto
4月14日

 先月あたりから、社長にしつこく言われていることがある。

『弄れ』

 これである。



 回想

社長『あのさぁ、近々@bot関連のプレゼンやるんだが』

博士『株主総会の話ですか?』

社長『ちゃうよ。それとは別件で記者集めて発表会やるっつったろ』

博士『あぁ』

社長『でさぁ、これ二日に分けてやるんだけどさぁ、まず初日にアンタから学術的発表をしてもらいたいわけですよ』

博士『学術的?……どんなことです?』

社長『今回発表を控えている製品はどういったものだ? 未来がここまで来てるってことを示すものだろ。だがそうなると必然的に説明が必要になるよな。一体どんな技術でもって成し得た仕事なのかっつー説明が』

博士『んー、はぁ』

社長『我々は今まで具体的な情報を公開してこなかった。この機会で一通り全貌を明かすしかないのだよ。
   ……まぁそんなわけだから、世俗向けの体裁で@botに関する学術論文的なモノを書いて発表してくれよ』

博士『……わかりました』

社長『で、それに際してもう一つ』

博士『?』
218 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/09/15(土) 15:29:56.04 ID:TR2xnTJto
社長『プロトタイプをそろそろ弄ってくんねえかな』

博士『……といいますと?』

社長『セクサロイドらしくチューニングして欲しいって言ってんのよ。
   プロトタイプはあんたの“娘”である以上に、当社の大事な試験体だ。この約束を忘れたわけじゃないだろう』

博士『えぇ、まぁ……』

社長『だったら早く弄ってくれ。実際に使ってみなきゃ判らん点が溜まり過ぎてる。発表を控えてる現状において、これ以上は待てねぇからな、あー、今月中だ。今月中に済ませろよ』

――――

――

 とのことだが、先日のこのやりとりは未だに私の頭を痛めている。
 私が今までうやむやにしていた事を、あの男は鋭く突いてきた。

 “試験体”を実際に利用しての論証。現在、私にはこの前準備が求められている。
219 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/09/15(土) 15:30:40.15 ID:TR2xnTJto
 ところで『弄れ』とはなんとも抽象的な指示である。
 技術系の話題に暗い人間が言うところの“弄れ”とはまぁ、機械の調整全般のことであろうが、一体どのように弄れと言うのかね。セクサロイドらしくチューニングと言われても、私にはセクサロイドのなんたるかが判らないのだ。

 ……そんな相談を先ほど助手にしたところ、話は妙な方向へ転ぶことと相成った。

口臭が酷い助手「博士、シミュレーションの準備が出来ました」

博士「……あぁ」

 計算機上で、仮想的にセクサロイドを弄ろうというのだ。

口臭が酷い助手「これで大まかな調整パターンが掴めると思いますよ」

どうみても助手「アイに与えられる性格も踏襲してるので、このシミュレーションを模倣して頂ければ、まず間違いは無いかと」

博士「あぁそう。って待った。性格ってなに」

どうみても助手「報告書読んでないんですか自分」

博士「読んでないな。どこにやったか。この辺に積んでたような……」

助手達「……」

博士「……すまん。ちょっと説明してくれないか」
220 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/09/15(土) 15:31:11.71 ID:TR2xnTJto
どうみても助手「えーとですね、性格と表現しているものはつまり、アイの行動様式を決める基底部設計のことです」

共産主義の助手「この設計は先月下旬の会議で決まったもので、ではどういったものかと申しますとそれはまぁ単純明快、至極当然といったところでして、はい」

どうみても助手「ユーザーが製品に求めるものはこの場合、淫らさでしょう。となると自然、アイの設計はその一点に集中する。ニンフォマニアであることが要請されているのだから当然、アイの基本設計は多淫です」

博士「……」

どうみても助手「で、続く要素が健気で一途で利」

博士「あぁ、あぁ、もういい」
221 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/09/15(土) 15:31:46.80 ID:TR2xnTJto
博士「……はぁ、なんだねそれ。そんな、私はもっと違ったものかと……。そんな特殊な設計が必要なのか」

口臭が酷い助手「えぇそうでしょう。これは必要条件ですよ博士。セクサロイドならば多淫でないと」

博士「……それは、もう決定事項なの?」

口臭が酷い助手「はい決定事項です」

どうみても助手「紛れもなく決定事項です」

共産主義の助手「再検討の余地なく決定事項です」

博士「……」

どうみても助手「博士、そんなに憂うことはありません。このシミュレーションを終えた頃にはきっと、貴方にもセクサロイドのなんたるかが掴めているはずです」

博士「あーいや、そういうことでは」

共産主義の助手「もう一度言いますけど、決して見直しなど起こり得ない案ですから、心配しなくても大丈夫です!」

博士「はぁ」

口臭が酷い助手「アイのスペックは黒髪で健気で利口で容姿が12歳前後のド淫乱。これはもう決定事項です。天地がひっくり返っても揺らぐことの無い決定事項です。明日、超光速で運動する質量を持った物質が観測されようと、熱効率100%の永久機関が何故か作られ、熱力学第ニ則が情報エントロピー増大であぼ〜んしてもブレることなき決定事項です。つまりですね、この宇宙が如何なる無秩序に至ろうとも、清純派淫乱ロリだけは不変で普遍なのです。まさしく神の領域です。いや、神です。ロリあれ!です」

どうみても助手「ロリあれ!」

助手達「ロリあれ!」

どうみても助手「LO!」

助手達「LO!」

口臭が酷い助手「ランドセル!」

共産主義の助手「宿題のプリント!」

どうみても助手「リコーダーの先端!」

博士「うるさいちょっと黙ってくれ」

助手達「すみません」

博士「うん。……あと“アイ”って言うのも止めてくれるかな」

助手達「?」

博士「大した理由はないんだけどね。製品については今まで通りの呼称で頼むよ」
222 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/09/15(土) 15:32:34.17 ID:TR2xnTJto
博士「……まぁ一先ず、性格という実装については理解したよ。が、結局腑に落ちないのは『色情狂』という点だ。@botを色狂いに設計すること……、それが正しい判断なのか否かは議論されたのか」

口臭が酷い助手「やぁ、それはわかりませんが、必要なことですから」

博士「今私が問うているのは必要か否かでなく、正しいか否かだ。正当性と必要性は同義でない」

共産主義の助手「あ、博士、その心配も不要ですよ。淫らさについては合理的な配慮がなされますから」

博士「?」

共産主義の助手「ユーザーは本製品について、えー、ローンを組んで長期的な投資を行うことになりますけど、あのー、その間に飽きが生じて破局してしまうかもしれませんよね、色々と。そこで考えられたのが、えー、如何にして長持ちする魅力をアイに与えられるか、でした。性格はこういった過程を経て考えられたものです。はい」

博士「で、合理的な配慮というのは?」

共産主義の助手「あ、はい、それはその、長持ちする魅力というのとオーバーラップしまして。社内文書によると、@botは限界効用逓減の問題を防ぐためのテコ入れや、ユーザビリティの向上が難しい製品なので、なるべく『底が見えない設計』でいくとのことです。具体例を示しますと……なんでしたっけ?」

どうみても助手「健気、一途、利口と来て、思春期独自のはにかみと甘酸っぱさを残した淫乱ロリ」

博士「……」

共産主義の助手「はいそれです。そんな感じで要するに、潜在的多淫なんですよ。@botは」

口臭が酷い助手「そう、購入初日からユーザーに股を開くような『浅ましい設計』ではなく、日に日に心を開いてくことで淫乱になってく設計ってわけです。それまでユーザーはガードの固い娘を攻略するような焦れったさに苛まれるだろうし、セクサロイドを恋人や愛人としてでなく、性具として買うユーザーにとっては不都合な設計になるでしょうけど敢えて言いたい。これは天才的だと。これは天才的だと。 この設計の裁量権は僕達にあるそうですが、ここで先んじて僕から提案させて下さい。……保証期間中は、全く異性を意識しないような娘にしませんかと。 あのですね、わかりますか。性に対する関心の無い女の子が、初潮を迎え、男を受け入れられる体になったとき生じる精神性の変化――あの萌えを再現したいんです。 最初は何の気なしに同衾してた娘が、時を重ることで徐々に相手を意識し出すような……、例えば突然、一緒に寝るのを恥ずかしがってきたり僕の事を見る目がとろんとして来たり、いつの間にか君も“女”になっちゃったんだねと言いたくなるような変化や少女自身の戸惑いをですね、ふーっ、再現、ふーっ」

どうみても助手「あぁもう鼻息臭いわ自分」

 ※限界効用逓減の法則:財から得られる効用(メリット、満足度、多幸感)は、財の消費量の増加につれ逓減していくというミクロ経済学における経験法則。逓減はテイゲンと読む。効用の逓減は得てして飽きや慣れ、適応によって起こる。
 例:同じものを飲食することで生じる食傷。飲食物は一杯目は美味くても、二杯目は一杯目と比べて美味くない。三杯目は二杯目と比べて美味くない。セクサロイドについても似たことが言えるわけである。
223 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/09/15(土) 15:33:26.89 ID:TR2xnTJto
 これ以上は限界だった。
 助手の倒錯した嗜好を聴き入れるのはあまりに忍びなく、私は消化不良のままこの議論を発散させた。

博士「もうシミュレーションとやらを済ませてさっさと切り上げよう」

共産主義の助手「あ、はい…、準備します」

博士「……」フゥ

 そもそもこんなもの、特段必要なプロセスでもない。それならばこれ以上こんなものに付き合う必要だってない。

 もう時刻は19時を回る。いつまでも趣味の合わぬ話に思考を奪われる私ではない。早く帰りたい。
 そもそも今日は留め具をアイに付けてやらねばならんのだ。いやはや、アイの奴おとなしくしてるだろうか。退屈しているだろうな。
 毎日家で暇そうにしている娘を想像すると辛くなる。少しでもマシになることを期待してDVDを借りたりもしているが、アイはそんなものを求めてはいないだろう。きっとあの娘は人並みの生活を求めている。
 だが私には、それを与えることが出来ない。

 恐らく私は、娘を苦しめている。
 娘に人間的価値を与えられないでいる以上……、娘が希望するものを与えられないでいる以上、そうとしか言いようがない。
 まるで観賞植物のような……そんな消極的な意義しか与えられないなんて私は――

機械「中出し孕ませセクサロイド Ver.1.3!!」

はかしぇ「」

 ……一気に現実に戻されたわけだが、今度は一体なにが始まるというのかね???
224 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/09/15(土) 15:33:57.18 ID:TR2xnTJto
共産主義の助手「あの博士、先に断っておくのを忘れてましたが、こちらアドベンチャーゲームの形式で展開するシミュレーションとなっております」

博士「あぁ??」

共産主義の助手「要するにエロゲです。恋愛シミュレーションゲームです。自分らで作りました。はい」

博士「ゲームだ? 何故ゲーム形式にする必要があった?」

共産主義の助手「あいや、必要と言われますと……」

口臭が酷い助手「強いて言うなら……、趣味ですね」

どうみても助手「だな……」

博士「はぁ……、まぁいい。手短に済むならどんな体裁でも構わん」

口臭が酷い「あ、手短をご所望ですか……。それならばもう本番シーンをそのまま見せる形でいきましょうか」

博士「なんだっていいよ」

口臭「わかりました……」カチッ

 こうして(恋愛)シミュレーションは始まったわけだが、開始早々信じられぬ光景が目に飛び込んだ。
 推定年齢12歳の全裸少女が潤んだ瞳でこちらを見ていたのだ。
225 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/09/15(土) 15:34:41.61 ID:TR2xnTJto
どうみても助手「? どうしました博士」

博士「……君、……この全裸少女はなぜ全裸なのだ?」

どうみても助手「え、全裸少女が全裸なのは当然でしょう。というかこれはエロゲですから」

 いかんせん私にはエロゲというものが判らない。が、今はエロゲのなんたるかなどどうだっていい。
 取り敢えず、この状況はなんだ? 何故この少女は学校の屋上と思しき場所に全裸でいるのだ? そしてここが確かに学校の屋上だとすると何故こんな場所にダブルベッドが置いてあるのだ?

 ……ふむ、……いや、それにしてもこの少女、心なしか娘に似ているな。何故か泣きそうな顔をしているが……それがまた、見ている私を辛くする。

機械「切ないよぅ……」

博士「あッ、君、これはどういうことかね。切ないと言ったか。なるほど、私が察するにこの少女は、屋外であるのに自身が全裸であることについて遅れ馳せながらの背徳と疑念を抱き始めたと見る。一先ずここは服を着せてやるべきだと考えるが」

機械「寒いよぅ……」

博士「ほら見たまえ、いよいよ服を着させるべきだ。このままでは少女が風邪を引いてしまう」

機械「温めて……」

機械(彼女はそう言って僕に身を寄せた。そしてか細い両の腕で僕をベッドの上へと引き込んだ)

博士「ふぁ!なんと愚かな!」

口臭が酷い助手「あの、博士、御言葉ですがこれはそういうゲームですので」

博士「あ、あぁ?」

どうみても助手「このシミュレーションを何のためにやっているのかを今一度思い出して下さい。博士がセクサロイドのあり方を知るためでしょう。博士の好みには合わないでしょうが、まぁ、勉強のつもりで御覧になって下さいよ」

博士「あ、あぁ……」
226 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/09/15(土) 15:37:59.27 ID:TR2xnTJto
 セクサロイドのあり方か……。

機械「えへ…おっきくなった……」

 私は、この手の分野については門外漢だ。なのに私は現在、この手の分野に強くなることを要請されている。

機械「むぅ…んちゅっ……くちゅ……」

 だからこそのシミュレーションゲームだ。勉強のつもり観るしかない。助手の言うことはもっともだ。

 ……だが、どうしても認めたくない、確認のしたくないことがあるのだ。

 これがアイを“弄る”上でのロールモデルになる……ということはつまり――

博士「……助手よ」

共産主義の助手「はい」

博士「――私はこれを、この少女を模すことになるのか?」

共産主義の助手「……えぇ、まぁ、それが博士にとって最も簡易な選択になることと思います」

博士「……」

 やはり、そうなる、のか。

機械「ひゃあっ……そこだめぇっ……!」

 そんな、こんな、ふうに、アイを?

機械「貴方に触られたところは全部、性感帯になっちゃうの……」

 そんな、ことを、したら、どうなる?

博士「…………」

AI『お父さんに触られたところは全部、性感帯になっちゃうの……』

――ブチッ

博士「やめろォ!!」

助手達「」ビクッ
227 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/09/15(土) 15:42:09.43 ID:TR2xnTJto
博士「……」

助手達「」

博士「……あ? あぁ、なんでもない。続けてくれ」

助手達「え、えぇぇ……」ドックドック

博士「ちょっと疲れてるようだな。私としたことがよこしまな囁きを知覚してしまったよ。思わず叫んでしまったようだが、まったく敵わんね。トゥレット症への理解が深まる思いだ」

助手達「は、はぁぁ……」

 さて、こういう時はなんだ。深呼吸か。
 深呼吸は良い。我々に失くした理性を取り戻してくれる。理性は良い。我々から持っていた情動を取り上げてくれる。

 さぁ理性的になるんだ。理性こそが人間の人間たる証左であり、思えば私も理性に依って数多の山を乗り越えてきた人間の一人である。
 ならば今回も乗り切ってみせようではないか。近代哲学者の如き理性信仰でこの山を。この悪の化身を。この忌々しい発狂機械を。踏破してみせようではないか。

博士「……よし、いいぞ」

共産主義の助手「はい……」カチッ

機械「ねぇ……、しよ?」

博士「ふむ……」

助手達「……」

AI『お父さん……、しよ?』

博士「冗談じゃねぇ!!」バキッ

助手達「ひいぃっ」ビクゥ!
228 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/09/15(土) 15:42:38.47 ID:TR2xnTJto
 後から聞いた話だが、このとき研究室は動物園のようであったらしい。

機械「やんっ、……ひゃうっ」

博士「馬鹿野郎!」

助手達「ぎゃああ!」

機械「あっ、んっ…いっしょに…イこうねっ」

博士「あぁん!!?」

助手達「きえええ!!」

機械「えへへ…、いっぱい出たね…」

博士「ふざけんなん!!」

助手達「うわあああ!!」

………ギャーギャー

……ギャー

229 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/09/15(土) 15:43:07.44 ID:TR2xnTJto
 家に帰る前。
 私は自販機前のベンチに腰掛け、缶コーヒーを飲みながら独りで考えていた。

 晩飯のメニュー内容とか、明日片付ける必要がある仕事のこととか。……娘のこととか。

博士「……さて、帰るか」

 結局のところ私は、アイを変えたくないのだ。ましてや淫婦なんかにはね。
 今日のシミュレーションによってそれは、確固たるものへと変わった気がする。

 私は娘に人並みの生活すらも付与できない父親ではあるが、奪うようなマネをする父親でもない。
 子供にはまっとうな平穏とまっとうな苦境に生きて欲しい……。私は娘に対し、そんな普通の願望抱く一介の親父だ。
 そしてこの願望は、機械仕掛けの娘に対するものであっても侵犯される謂れは無いはずだろう。無いはずなのだが……。
230 : ◆8VY9XVtY6. [saga]:2012/09/15(土) 15:43:36.84 ID:TR2xnTJto
続く。
更新遅過ぎだね。がんばろうニッポン。
231 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/09/15(土) 17:16:14.53 ID:OXuEJBzxo
長く空いたら、微妙に路線が変わったような

気のせいか?
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