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恒一「“ある年”の3年3組の追憶」 - SS速報VIP 過去ログ倉庫

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1 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 20:20:26.57 ID:J50IFg0x0
※注意 このSSは本編準拠のため、ネタバレになる部分が多数あります
    また、原作・漫画版準拠の設定を取り入れている他、
    人物造形や人間関係については、オリジナル要素を含んであります
    AnotherのSSの中では、かなり長めです。
    一度に全部読み終えるのは大変なので、ご注意下さい

Introduction  Kouichi Sakakibara

夜見山にやってきて2度目の春を迎えた3月のある日のこと、
ぼくは、夜見山北中学校を卒業した。
心配されていた肺のパンク、気胸も手術のおかげで再発も起こらず、
そして、あの合宿を最後を災厄も止まり、生き残った18名は誰一人欠けることなく、
無事に卒業式を終えられたのである。

かつて千曳さんが・・・いや、千曳“先生”がこう言っていた。
3組で起こった数々の忌まわしい出来事は、
洪水でどこがどのように水びたしになったのかが曖昧になってしまうように、
誰が亡くなったかは覚えていても、どのような惨劇が起きたのか、
クラスのみんなは、もうほとんど覚えていない。
かく言うぼくも、桜木さんや久保寺先生がどうして死んだのかあやふやになっており、
千曳先生から見せてもらった死因を加筆したノートを見せてもらっても、
漠然としか思い出せないのが現状だ。
それは、いつまでも恐ろしいトラウマが残るより、
ある意味ずっと幸せなことなのかもしれない。

けれども、その中でぼくと鳴はある2人の死が、
今でも鮮烈なまでに記憶として残っている。
1人は今年の“死者”にして、ぼくがこの手で自ら死に還した怜子さん。
そしてもう1人は、誰よりもクラスのために災厄と闘い続け、
儚く散っていった赤沢さんだった。

卒業式を終えたぼくは、一度家に帰ると制服のまま再び家を出て、
紅月町にある古いお寺に向かった。そのお寺の中にある墓地・・・
そこに赤沢さんが眠っている。
「赤沢家之墓」と記されたそのお墓の前に、先客がいた。
鳴だった。

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旅にでんちう @ 2024/04/17(水) 20:27:26.83 ID:/EdK+WCRO
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木曜の夜には誰もダイブせず @ 2024/04/17(水) 20:05:45.21 ID:iuZC4QbfO
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いろは「先輩、カフェがありますよ」【俺ガイル】 @ 2024/04/16(火) 23:54:11.88 ID:aOh6YfjJ0
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こんな恋愛がしたい  安部菜々編 @ 2024/04/15(月) 21:12:49.25 ID:HdnryJIo0
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【安価・コンマ】力と魔法の支配する世界で【ファンタジー】Part2 @ 2024/04/14(日) 19:38:35.87 ID:kch9tJed0
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アテム「実践レベルのデッキ?」 @ 2024/04/14(日) 19:11:43.81 ID:Ix0pR4FB0
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2 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 20:21:59.64 ID:J50IFg0x0
「見崎・・・?どうしてここに・・・?」

「榊原君もやっぱり来たんだ。私、赤沢さんに伝え・・・
ううん、謝らなければいけないことが、沢山あったから・・・」

「謝る」という鳴の言葉が少しひっかかったが、ぼくはお墓に水をかけると、
ここに来る途中で買ってきた新しい花に交換し、線香に火を付けてあげた。
鳴の話によると、勅使河原もさっきまで来ていたらしく、
鳴と入れ替わりに墓地を後にしたらしい。
ほとんど燃え尽きた線香は、あいつがお供えしたものだろうか?

横の墓碑を見ると、赤沢和馬という名前の左隣に、
「赤沢泉美 享年十四歳」と真新しい墓銘が記されていた。
いつか東京へ行くことを夢見ていた赤沢さん。
その夢を叶えることもできず、短い一生をあのような形で閉じるなんて・・・

おととし、怜子さんの葬儀で一度夜見山を訪れたことのあるぼくは、
夜見山川沿いの土手で、赤沢さんと出会った。
怜子さんを死に還したことで記憶の改竄が無くなり、
あの時の思い出が蘇ってきたのである。
短い間だったけど、確かにあの時ぼくと赤沢さんは
大切な人を失うという悲しみを共に抱えながら、心を通わせていたのだ。
けれど、ぼくはその大切な思い出を忘れてしまった。

「まったく・・・嫌になっちゃう・・・
嘘でもいいから『覚えているよ』くらい、言いなさいよ・・・」

覚えていないと赤沢さんに言った時の、彼女の悲しげな顔が、
そして僕の目の前で命の灯火が消えていった赤沢さんの姿が、
今でもまぶたに焼き付いて離れない。
3 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 20:22:27.21 ID:J50IFg0x0
赤沢さんが死んだ後に、ようやく記憶を取り戻したあの思い出。
でも、あまりにも遅すぎた。
どうしてあの時、思い出せなかったのだろう?
覚えていると言えなかったのだろう?
記憶が現象で消されたなんて、いいわけに過ぎない。
“死者”を死に還すために、母のように慕った怜子さんを殺したのと同様に、
自分の薄情さと、赤沢さんへの悔いが、ぼくの胸を締め付ける。
そして今も尚、風化することなく、こうしてぼくの記憶に刻み込まれたのだろう。

「赤沢さん・・・ぼくは・・・くっ・・・、うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

ぼくは赤沢さんのお墓にすがりつくようにして、大声を上げながら泣いた。
これほど感情を爆発させて泣くのは、どれくらいぶりだろう?
そうだ。ぼくが退院して間もなく、怜子さんのお墓参りに行った時も、
おばあちゃんが話した怜子さんのことを思い出して、涙に暮れた。
その時は、泣き崩れたぼくの後ろで、鳴が見守っていた。
そして今、同じようにうちひしがれたぼくを、
鳴が優しく抱き起こしてくれる。

「榊原君、落ち着いた・・・?」

「あぁ、ありがとう。ごめんね、恥ずかしいところ見せちゃって・・・」

鳴は首をわずかに横に振ると、2人で改めてお墓に手を合わせ、
僕たちは墓地を後にした。
4 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 20:22:59.36 ID:J50IFg0x0
夜見山での学園生活が再開した、二学期の始業式を思い出す。
B号館の3年3組の教室に入り、クラス全員が揃って
千曳先生のホームルームが始まった時、何とも言えない寂寥感がクラスを包んだ。
今年の災厄で犠牲となったクラスメイトは12人。
元々30人いたのだから、実に3分の1以上が命を落としている。
これに加え、クラスメイト以外では、おととし既に死んでいた怜子さんを除き10人。
合計22人という、あまりにも多すぎる犠牲であった。

そしてこの教室も、多すぎる空席がより一層喪失感を煽る。
なにしろぼくの机の周りにいる8人の中で、
生き残ったのは望月、江藤さん、和久井君の3人しかいないのだから。
勅使河原とは席を移動しなくても話せるようになったが、
それは間にいた王子君がいないからであり、
赤沢さんのいた席に視線を向けると、
綾野さんと中尾君も、もういないのだという虚しさも同時に胸をよぎる。
廊下側を見ると、後ろの方は誰もいないのが改めて犠牲者の多さを感じる。
どこか多々良さんの後ろ姿が、寂しそうなのは気のせいではないはずだ。

千曳先生もホームルームの始めに、クラス全員と共に犠牲者の黙祷を捧げた。
長年、3年3組の悲劇を見つめ続けた千曳先生も、
今年は赤沢さん、綾野さん、小椋さんと演劇部の教え子を全員失ったのだ。
しかも、合宿を主催したのは千曳先生ということにされているため、
死んだクラスメイトの遺族からの、風当たりも厳しいと思われる。
その辛さも並大抵の物ではないだろう。
それは、ぼくや千曳先生に限らない。こうして生き残った18人全員が、
様々な思いを胸に抱きながら、犠牲者に祈りを捧げたのだろう。

さらに言えば、災厄で命を落とした者、奇跡的に生き残った者関係なく、
夜見山北中の3年3組クラスメイト30人には、
それぞれ異なる、30通りの生き方や想いがあったに違いない。
そこには、ぼくが関わったり、知ることも全くなかった、
様々な人間模様が交錯していたと思われる。

ぼくのことは、既に語り尽くしたと思うし、今更、改めて話すつもりはない。
ぼくの身に起こった一連の出来事は、そのわずか一部分に過ぎないのだから・・・
5 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 20:23:33.48 ID:J50IFg0x0
No.11  Yukari Sakuragi

4月26日、日曜日。
私と、風見君、赤沢さんの3人は夕見ヶ丘の市立病院へ向かっている。
今日は、来月から転校してくる、榊原恒一君のお見舞いの日だ。
なんでも榊原君は、肺の病気で一ヶ月遅れの転入ということになったらしい。

問題は彼が3組に転入することだ。
座席が一つ足りない。それが「ある年」の条件となっている。
これまで3年3組に転校生が来ることはなかったため、
先週になって、この話が久保寺先生から出た時の、
クラスの動揺はただ事ではなかった。

まだ見ぬ榊原君に対して、失礼なのは重々承知しているが、
今回のお見舞いはその偵察も兼ねていた。
当初は私と風見君の2人で行く予定だったが、
話し合いの途中で、急遽赤沢さんも行くこととなった。

対策係は私たち3人と杉浦さんの4名で成り立っているが、
私と風見君は、委員会の仕事も兼任して何かと多忙なため、
自然と、赤沢さんが中心となって話し合いが進んでいる。

また、対策係ではないものの、小椋さんと中尾君が
私たちをサポートする形で、積極的に手伝ってくれている。
もっとも、2人は赤沢さんの意見にいつも賛同しているので、
日増しに、赤沢さんの発言力が強くなっているのだが・・・

閑話休題。
お見舞いに行く前、親睦を深めるためにも、
何をプレゼントしようかという話が出てきた。
6 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 20:24:14.44 ID:J50IFg0x0
「僕はそういうの、あまり詳しくないから・・・」

と風見君が言うので、赤沢さんと何をあげようかと色々話し合った結果、
私の意見が通って、お花をプレゼントすることに決まった。

「私は最初、お菓子がいいかなと思ったんだけど、
ゆかりは、どこかいいお店とか知ってるの?」

「昔、おばあちゃんが入院した時に、私が持ってきたお花を
とても喜んでくれたことがあって・・・
今も、そのお店があればいいんだけど」

そうして辿り着いたのは、夕見ヶ丘のはずれにある小さな花屋さんだった。
どんな花がいいか、3人とも真剣に迷っているのだが、
赤沢さん、その花は中学生が買うには高すぎるんじゃ・・・

「風見君。これなんか、どうかな?私、昔からこの花が好きだったの」

私が手に取ったのは、色とりどりのチューリップ。
なんと言っても、夜見山市のある富山県はチューリップを県花にしているし、
地元に相応しいプレゼントになると思う。

「チューリップか・・・花言葉は『思いやり』に『博愛』・・・
うん、いいんじゃないかな?」

風見君は、いつもの癖である眼鏡のブリッジを指先で上げながら呟いた。

「風見君、すごーい。よく知ってるんだね」

「本を読んで知ってただけだよ」

少し照れくさそうにしながら、風見君はうつむいてしまった。
7 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 20:25:43.81 ID:J50IFg0x0
風見智彦君。
まだ出会って2ヶ月も経ってないが、真面目でしっかり者の男の子だ。
ホームルームで委員長を選ぶ時に、私と風見君が選ばれた時は、
勅使河原君から、

「いかにも、ありきたりな委員長コンビだな」

と茶化されて、風見君が少しムキになったのを覚えている。

風見君は初めて会った時は、ちょっと子供っぽい感じがして
実際にはいないけど、弟みたいだなと思ったのが第一印象だった。
けど、一緒に仕事をし続けていると、彼の細かな気配りに
何度も助けられたような気がする。
私は、少しぼーっとしてうっかりミスをしやすいタイプなので、
そこを欠かさずフォローしてくれたことが何度もあった。

いつ頃からだろうか?
風見君と話をしたり、彼が笑顔を向けると
なぜか正視することができなくなってしまう。
自分でも時々、顔が火照ってしまう感触を実感する。

子供の頃から女の子の友達は多かったけど、
異性に対する免疫がほとんどなかった私は、どう接すればいいのかわからない。
ましてや、今の私は3年3組の対策係だ。
いわば、同志である風見君にそんな私情をはさむことなんか許されない。
そんなことも露知らず、微笑む風見君が
時々、小憎らしいと思うことさえあった。
8 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 20:26:12.81 ID:J50IFg0x0
会計を済ませた私たちは、夕見ヶ丘の市立病院に到着した。
自分たちとあまり年の離れていなそうな看護婦さんに案内され、
私たちは、榊原恒一君との出会いを果たしたのだった。

「じゃあ、後はよろしく〜」

看護婦さんが行ってしまうと、沈黙を破るように風見君から自己紹介を始めた。

「僕たち、夜見山北中の3年3組の生徒です。僕は風見。風見智彦」

「は、初めまして。桜木ゆかりです」

「こっちは・・・」

「赤沢泉美」

少し遠慮がちな私たちとは対照的な、赤沢さんの直球的な物言いに、
また沈黙ができてしまった。

「えっとですね、僕と桜木さんはクラス委員長で、
赤沢さんは対策係で、今日は3組の代表としてきたんです」

再び風見君が説明をはじめ、私と赤沢さんも更に自分たちの紹介をした。

「えっと、本当は月曜から出てくるはずだったのが急な病気でって聞いて、
クラスの代表でお見舞いに行こうと話になったんです
・・・あのこれ、みんなから」

そう言って、私はチューリップの花束を榊原君に手渡した。

「あ、ありがとう」

榊原君の返答もどこかぎこちなかった。
9 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 20:26:39.73 ID:J50IFg0x0
当たり障りのない言葉を選ぶのに必死で話が進まない私と風見君に対して、
赤沢さんはその後もズバズバと質問攻めにした。
赤沢さんとは、去年同じクラスになってからの大切な親友だ。
体育祭の時に一緒に撮ってもらった写真の笑顔のように、
赤沢さんは本当は心根の優しい人だってことは、友人の私ならよくわかるけど、
口調が激しいのでしばしば誤解されやすい。
彼女の積極的な姿勢は見習いたいけど、
もう少し角が取れればいいのになと、時々思うことがある。

そして、かねてからの打ち合わせ通り、
風見君が、榊原君と握手する用意を始めた。
「死者」は手が冷たいからすぐ見分けが付く・・・
そんな単純な方法で分かるわけもない迷信だが、
藁にもすがりたい私たちは、それすら信じざるを得なくなった。

「えっと、その・・・」

だが、やはり風見君も怖いのだろう。どうしてもためらってしまう。
私だって、死者かもしれない人間に触れるのには躊躇してしまう。

その時、赤沢さんが一瞬風見君を睨み付けた後、
榊原君に笑顔を向けて、こう言った。

「榊原・・・恒一くんよね。恒一くんって呼んでいい?」

「えっ、どうぞ」

「これからもよろしくね」

「こちらこそ、よろしく」
10 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 20:27:13.51 ID:J50IFg0x0
手を伸ばした赤沢さんと、それに答える榊原君の握手。
この数秒にも満たない時間が、どれだけ長く感じられただろう?
私と風見君は、固唾をのんで2人を見守るしかなかった。
やがて手が離れて、赤沢さんは

「恒一くん、本当に夜見山に住んだことない?」

「それはないと思うよ・・」

と榊原君とのやり取りを再会した。
赤沢さんの表情に曇りがなかったということは、
彼の手は死人のように冷たくはなかったのだろう。
私たちは思わず、ほっと安堵のため息をついた。

面会時間が終わり、帰路についたその最中、
私たち3人は大切なことを忘れていたのに気がついた。

「しまった・・・、榊原君に“いないもの”の話をしていない!」

風見君の叫びに、私と赤沢さんは顔を見合わせる。
そして、赤沢さんの顔色が青ざめていくのが手に取るように分かった。

「私が・・・!対策係なのに、私がしっかりしていなかったからこんなことに!」

「そんな!赤沢さんだけじゃないの。
3人もいて誰も気がつかなかったから、そんなに自分を責めないで」

私はそう言って、赤沢さんをなんとか落ち着かせようとした。
普段は気丈に振る舞っているが、一度崩れると脆いところがある。
それが赤沢さんの致命的な欠点でもあった。
11 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 20:27:44.25 ID:J50IFg0x0
「ありがと・・・、それにごめんね・・・ゆかり・・・」

赤沢さんも少しずつ落ち着きを取り戻したようだ。
さっきは欠点と言ったが、こうした放っておけないところがあるから、
赤沢さんは口調が厳しくても、周りが見放さずに支えてくれてるのかもしれない。

「恒一くんが学校に来たら、今度こそきちっと話すわ。
だから、ゆかりも風見君も協力してね。
もちろん、多佳子や由美にも話しておくから」

今日の反省を踏まえつつ、赤沢さんは一足先に帰って行った。
あとに残ったのは、私と風見君ただ2人。とても気まずい。

「桜木さん、その・・・。贈り物のチョイスがとても良かったよ。
あのチューリップ」

「えっ・・・そんな、私なんて今回役に立てなかったし」

話を中心に進めたのは風見君と赤沢さんで、
私は2人の後ろからついて行くばかりだった。
なのに、風見君は

「そんなことないよ、桜木さん。これからもよろしくね。
今日はありがとう。1年間、いっしょに頑張ろう」

「は、はいっ・・・!」

恥ずかしさのあまり、声が裏返っていたかもしれない。
だけど、今日一日の緊張が瞬時にほぐれるくらいの、嬉しさも同時に感じた。
長くも短くも感じられそうなこの1年、彼とならどんな困難にも立ち向かえる。
そんな気がした、ある春の一日だった。
12 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 20:28:42.77 ID:J50IFg0x0
No.1  Izumi Akazawa

5月6日。大型連休、いわゆるゴールデンウィークが明けた初日。
まだ休みボケが残る中、皆が会社や学校に重い足取りで向かう中、
私はまだ自室のベッドの中にいた。

『39.2℃』
情けないことに、風邪で寝込んでしまった。

病院で風邪をうつされたのかもしれない。
ここのところ、気候の変化が激しかったから体調を崩したのかもしれない。
今更、原因を突き止めようとしても仕方の無いことだったが、
私は後悔に苛まれ続けている。

榊原恒一君という名を聞いて、そして直接会ったあの日、
初対面のはずなのに、私は懐かしさを感じずにはいられなかった。
恒一くんとは、以前どこかで会った気がする。
握手をした時の、手と手の温もりも覚えている。
それがなんだったかは、未だに思い出せない。

そんな思い出に浸っていたせいで、
私は恒一くんに3年3組の決め事、現象、そして“いないもの”の話を
切り出す機会すら、頭の中から吹き飛んでしまっていた。

ゆかりは慰めてくれたが、対策係に専念している私がこの有様では、
無能の誹りを受けても仕方がない。

体に異変を感じたのは、おとといの国民の休日だった。
3連休の中で唯一祝日ではない、微妙なこの日の朝に、
私は喉に違和感を感じた。
熱を測ってみると、『37.6℃』の微熱。
連休中で我が家のかかりつけの医者も休んでおり、
家にあった常備薬で何とか凌ごうとしたが、焼け石に水だった。
13 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 20:29:12.93 ID:J50IFg0x0
食欲もなく、時々目眩もする。
それでもすぐ治ると思った私の読みが甘かったのか、
病状はどんどん悪くなる一方だった。

ふらふらする躰に活を入れ、一度は制服に着替えて出かけようとした
私だったが、母はそれを許さなかった。

「あなたは、こんなに熱があるのよ。周りの人にうつしたらどうするの!
お医者さんに連れてあげるから、今日はゆっくり休みなさい」

クラスの実情を母は知らない、いや知らせてはいけないため、
私は反論の余地も出せず、ベッドに逆戻りする羽目となった。

「なにやってるのよ、私・・・あなたそれでも対策係の自覚あるの!」

そう自分に言い聞かせるうちに、目から熱いものがこみ上げてくる。

「私は、やっぱり何もできない弱い子なんだ・・・あの時みたいに・・・」

思い返せば1年半前、家庭の事情で一つ屋根の上で暮らしていた
『おにぃ』こと、私の従兄の赤沢和馬。
おにぃは、おととしの対策係だった。

途中までは“いないもの”のおかげで、誰も死ぬことなく、無事に終わるかに見えた。
ところが、“いないもの”が孤独に耐えられず、
自分はここにいると言い出したことで、おまじないは解けてしまった。
おにぃは10月の初めに事故で命を落とし、
役目から逃げ出したことを恨むべき相手も、
正気を取り戻すことがないまま、年が明けてすぐに命を絶ってしまった。
14 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 20:30:32.71 ID:J50IFg0x0
まだ3組の事情を知らなかった私は、ただ嘆き悲しむことしかできなかった。
だが翌年度末に、3年3組に進級する際、
このクラスの忌まわしき呪いを知った、私は決意した。

「私が3年3組になったら、絶対にこの馬鹿げた災厄を止めてみせる!」

それが、おにぃへの供養であると同時に、
私を実の妹同然に可愛がってくれた、おにぃへの一番の恩返しになるのだ。

同時に、これは復讐ではないと自分の中に言い聞かせた。
憎しみに囚われてダークサイドに堕ちる、なんて映画が昔あったが、
同じような過ちを味わいたくなかった。
私自身、物事がうまくいかなくなると、
イライラして怒りが露わになり、言葉が刺々しくなってしまう。
この性格でどれだけ損してきたも、充分なまでに分かっている。

だけど、今日もその自制ができなくなりそうである。
ゆかりに励まされた後、私は、

「恒一くんが学校に来たら、今度こそきちっと話すわ」

と大口を叩いてしまった。
にも関わらず、当の本人が「風邪が原因で来られません」という状態では、
ゆかりと風見君に合わせる顔がない。
おまけに2人も携帯電話を持っていないので、
おそらくもう登校中であろう2人に伝える手段もない。

焦って苛立ちする中、最後の頼みの綱は多佳子だった。
多佳子は携帯電話を持っている。
私はだるい躰をなんとか起こしながら、子機から電話を掛けた。
15 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 20:31:19.66 ID:J50IFg0x0
「あっ、もしもし。泉美!躰は大丈夫なの!」

「多佳子!・・・ごめん、今日は学校に行けそうにない。
学校に着いたら、すぐゆかりと風見君に、
クラスの事情を恒一くんに伝えるように連絡して!
病院の時より、説明するのが難しくなるのはわかってるけど・・・」

焦って、どうしても早口になってしまう。

「落ち着いて、泉美。わかった。後は私に任せて。
泉美はちゃんと養生するのよ、いい?」

登校中だったのか、電話が足早に切れた。
とりあえず、伝えられることは伝えた。
が、とても納得できることではない。

なぜ、お見舞いに行った時にちゃんと伝えられなかったのか?
今回の風邪のようなアクシデントにも備えて、
対策係たるもの、日頃から未然に防ぐ努力をするべきではなかったのか?
様々な悔いや心残りが改めて浮かび上がってくる。

「おにぃ・・・こんな私なんて、対策係として頑張ってきた
おにぃの名前に泥を塗るだけだよね・・・」

惨めな思いに囚われながら、私の目から涙がまたこぼれ落ちた。
ここなら誰にも自分の姿を晒すことがない。
私は泣くに任せて、子供のように泣いた。
そして泣き疲れたのか、次第に眠気が全身に広がっていく。
私は睡魔にも抗おうとしなかった。
16 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 20:31:54.83 ID:J50IFg0x0
私が再び登校したのは、5月11日の月曜日。
治った途端、第2土曜で休日になってしまったため、
学校は10日ぶりのこととなった。

学校の授業は、一通り遅れを取り戻せるだけの自身はあるが、
そんなことより、恒一くんの方が気になって仕方なかった。
国語の時間、久保寺先生の退屈な俳句の説明を適当に聞き流しながら、
私は恒一くんの方に何度も視線を向けた。
恒一くんがそれに気づいたかどうかはわからないが・・・

放課後、下校しようとする恒一くんを捕まえることに成功した私とゆかりは、
お見舞いの時に言えなかった分、矢継ぎ早に質問攻めを始めた。
この時も、たぶん私は焦りで苛立っていたのだろうと思う。

「そう、生まれたのは夜見山の病院なんだ」

「すぐ東京に戻ったみたいだけどね」

「それからずっと東京?帰省とかで戻ったりは?」

「母さんは僕を産んですぐに死んじゃったから」

「そう」

「なんで、そんなことを」

「どこかで会った気がするのよ。どこかで・・・」

「人違いじゃないの?」

「それも含めてね、確かめたいの。苛つくのよ」
17 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 20:32:30.69 ID:J50IFg0x0
私の苛立ちは二重のものだ。あの時のことを思い出せない自分。
そして目の前に気になることに囚われ、本題になかなか入れない自分。
腕を組みながらぶつぶつと呟く私を見て、ゆかりはきょとんとしている。

「ご、ごめんなさい。あなたのことじゃないの。
はっきり思い出せない、自分のふがいなさにね・・・」

「赤沢さん、あまり思い詰めても」

「これも対策係の仕事だし、私がちゃんとしないと」

「対策係?」

やっと本題に戻れた。私はさっそく自分の仕事と
恒一くんに守って欲しいことを説明しようとしたその矢先、
突然、ゆかりが待ったをかけた。
一緒にいた、女の子のような男子生徒、望月も慌てて止めようとする。

「ちょっと、人がせっかく説明しようとしてるのに・・・」

「実は・・・」

ゆかりと望月の説明に、私は頭を金槌で殴られたような感触に陥った。

多佳子は登校してすぐに、ゆかりと風見君に事情を説明しようとした。
しかし、ゆかりは足を挫いたために遅れて登校し、
風見君は、恒一くんを質問攻めして取り囲む男子生徒たちを
まとめるのに必死でそれどころではなかった。
そして多佳子が2人にやっと話した時には、恒一くんは既に接触、
つまり、もう手遅れになってしまったのだという・・・
18 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 20:33:01.00 ID:J50IFg0x0
「何それ!ったく・・・!一日休んだだけでこのざまか!」

まただ。また私は感情をコントロールできずに怒鳴ってしまう。
ゆかりと望月が、思わず震え上がっている。
そして自分自身は、こんなことを口にしたことをすぐに恥じた。

「体調管理もできず休んだお前が、何を偉そうに言えるのか」
「対策係失格だね」
「もし誰か死んだら、みんなあんたのせいよ」

そんな幻聴が私の周りを埋め尽くす。

やめて、やめてよ。私は誰よりもクラスのために・・・!

「じゃあ、また」

そんな私のこともつゆ知らず、恒一くんは校門に向かって走り去ってしまった。
よりにもよって、後を追いかけるように。
そう、今年の“いないもの”、

『ミサキ・メイ』を

「くっ・・・」

唇から血が出そうになるくらい、私は悔しさを噛みしめた。

もう後戻りはできない。
3年3組の中で辛うじて保ってきた均衡が、崩れようとしていた。
19 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 20:33:33.44 ID:J50IFg0x0
No.19  Junta Nakao

中間試験の日程が張り出され、クラスの空気が重くなるのが
手に取るようによくわかった。

放課後、俺は杉浦と小椋、そして赤沢さんと共に、
転校生の様子を窺っていた。

きっかけは、勅使河原と風見の話だった。
あの2人は小学生からの幼馴染だというのは聞いていたが、
時々あの凸凹コンビがうらやましくなる時がある。

「杉浦、お前はいつから赤沢さんと一緒にいたのかよ?」

「幼稚園の頃からよ。小学校は別だったけど、
わたしたちは家が近所だったから、かれこれ10年近い付き合いかな・・・」

そういう俺は、古い付き合いの友達はいない。
そもそも、昔のことをあまり思い出したくないのだ。

小学生の頃、俺は肥満体型だった。たぶん、おやつの食べ過ぎとかだったろう。
勉強も運動も特に秀でたものがなく、見た目も成績も平均以下だった俺は、
悪質ないじめこそなかったものの、周りに引け目を感じていた。

そんな俺が変わるきっかけとなったのが、誰だろう赤沢さんだった。

中学に入ってすぐ、初めてのクラスで一緒になった時、
俺にとって、赤沢さんはまさに高翌嶺の花だった。
容姿端麗、才色兼備。
自然とその周りにはクラスメイトが多数集まってきた。
日陰者の俺とは大違いだった。
20 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 20:34:03.24 ID:J50IFg0x0
ところが、秋になってから、赤沢さんは時々、
ふと寂しげな表情を見せることが多くなった。
話によるとお兄さんが何かの事故で亡くなったらしい。

いつも太陽のように明るく、
俺たちを照らしてくれる赤沢さんの悲しい顔を、俺は見たくなかった。
赤沢さんは赤沢さんのままでいてほしい。
でも、今の俺は何もすることができない。
そう思った俺は、自分を変えることを決めた。

まずはこの見た目を何とかしたかった。
図書館でやせる方法を色々探したが、結局は体を鍛えることで結論が出た。
半年以上遅れて陸上部に入った俺を、部員たちは変な目で見てたに違いない。
しかし、どうだろう。それでも元からの素質が多少はあったのか、
ランニングなどを続ける内に、俺はみるみる痩せていった。
ぜい肉が見事なまでに筋肉になり、顔も別人のように引き締まった。
昔の俺を知る人が見たら、誰か気づかない奴も多いだろう。

年が明けてから、俺は少しずつではあるが、
赤沢さんの小間使いのようなことを続けて、手助けするうちに、
その信頼を勝ち取ることができた。
杉浦はその頃からの腐れ縁である。

昔の俺を知ってる連中の中には、「哀れっぽい」とか「駄犬」とか言って
陰口を叩いている奴もいたが、言わせておけば良かった。
俺はこの通り、体型まで別人のように生まれ変わったのだから、
充分見返してやれるのだ。

ところが、そんな俺が積み重ねてきた努力を全否定するような存在が、
今のクラスにはいるのだった。
21 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 20:35:37.75 ID:J50IFg0x0
勅使河原と風見の腐れ縁の話は、いつしか進学する高校の話になり、
勅使河原はあの男にも、その話題を振った。

「で、サカキはどうすんだ高校?東京に戻るのか?」

「うん、来年の春には父さんが帰国するし」

「あっちの私立に?」

「うん、たぶんね・・・」

と、その時

「その手があったか・・・」

赤沢さんがこの話に乗ってきた。

「なんだよ、その手って?」

「私も東京の私立に行こうかな。恒一君はなんて学校に行くの?」

「え、K高だけど」

「K高か・・・」

「あ、赤沢さん、東京へ行くの?」

話を聞いていた俺は、思わず冷や汗を浮かべた。
顔も青ざめていたことだろう。
そんな俺に気づくこともなく、赤沢さんは少し顔を上げて嬉しそうに呟いた。

「東京なら、一人暮らしかなぁ・・・」
22 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 20:36:07.54 ID:J50IFg0x0
俺はそいつを思わず睨み付けた。
もっともそいつは全然気づいていないようだが。

例の転校生、『サカキバラ』恒一。

東京の有名な大学教授を親に持つ、いいところの坊ちゃんで、
自身もエレヴェーター式の私立の中学校に通っていたらしい。
おまけに人当たりが良く、話によると料理も得意だという。
しかも、ジャニーズのアイドルのような美形だけあって、
女子生徒も興味津々だった。

『天は二物を与えず』なんてことわざは、
恵まれない奴が思いついた、ひがみじゃないのかと時々思う。
赤沢さんは二物以上与えられているけど、別に嫌な思いをしたことはないのに、
榊原に当てはめてみると、どうしても納得いかない。
俺が血のにじむような努力を重ねて得た物の何倍もの要素を、
榊原は生まれながらに持っているからだった。
どこで、こんなに差が付いたのか。
やっぱり神様は不公平だと思う、神様なんて信じてないけど。
と、そんなことを考えている間に、

「聖心なんとかって女子校、行くんじゃなかったんかよ」

「行きたいなんて、一言も言ってないんだけど」

「お前も無駄に苦労してんな・・・」

ああ、赤沢さんが不機嫌になってしまった。

同時に俺も気落ちしてしまう。
赤沢さんと一緒にいられるのも、
中学校で終わりなんだという現実に引き戻されてしまったから。
俺にとって、赤沢さんの存在が青春そのものなのだ。
23 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 20:36:56.81 ID:J50IFg0x0
それに、勅使河原が言ってた聖心女学園とかいう高校は、
閉鎖的で校則がやたら厳しいお嬢様学校だと聞く。
おまけに、数年前には生徒が大勢殺されたという噂もあり、
ある意味、うちのクラス以上に物騒な所らしい。
そんな危ないところに、赤沢さんは行ってほしくなかった。

でも、榊原のヤツと一緒に東京に行ってしまうというのも、
なにか腑に落ちない。
赤沢さんの幸せが、俺にとっての幸せなんだから、
何とかしてあげたいのは、山々なんだが。
もし俺に金も才能も実力もあったら、迷わず一緒に東京に行ったのに。
所詮平凡な俺にとって、赤沢さんは決して届かない存在でしかないのか?

「はぁぁ〜」

と情けなく、ため息をついた俺に

「中尾君、どうかしました?」

と声をかける人がいた。赤沢さんの親友の、桜木だった。
席もすぐ右前と近くて、対策の話し合いで時々一緒になることはあるけど、
こうやって、直接会話したのは初めてかもしれない。

「い、いや・・・別になんともないっすよ」

俺はそう言って、足早にその場を去った。
なんか、今の会話の後で突き刺すような鋭い視線を感じたし、
何より、赤沢さんがあの男に惚気る姿を見たくもなかったからだ。
24 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 20:37:28.30 ID:J50IFg0x0
桜木が死んだのは、そのわずか6日後だった。

中間試験も終わりに迫ったラストスパートの中、
母親が事故に遭ったという知らせを聞いた桜木は、
慌てながら教室を出て行った。
それが彼女を見る最後の姿になろうとは、誰も思っていなかっただろう。

死因は階段からの転落と聞かされたが、
すぐに、傘が喉が刺さって絶命したという衝撃的な真相が明らかになった。
普通だったらあり得ない尋常じゃない死・・・

「ゆかりが、そんな・・・」

「まさか、本当に起きてしまうなんて・・・くっ・・・」

「どうするの、泉美?」

小椋の言葉に、俺は小声で耳打ちした。

「小椋、今はそっとしてやれ。
赤沢さんにとって、桜木は大切な親友だったんだ。今話すのは酷だぞ・・・」

「風見の奴も、相当堪えたみたいね・・・
中尾、これからは私たちが泉美を支えて、対策を練るしかないわ」

杉浦が眼鏡のブリッジを持ち上げながら、そう呟いた。

俺たちは遂に、呪われた3年3組の直面せざるを得なくなった。
そして、これが長きにわたる地獄の始まりだった・・・
25 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 20:38:10.38 ID:J50IFg0x0
Interlude I  Shoji Kubodera

こんな酷いことが、本当にあっていいのか?
信じられない惨状が、目の前で広がっていた。

私のクラスの委員長を務めている、桜木のお母さまが、
事故に遭って病院へ搬送されたことを、宮本先生から伝えられたこの時、
既に私の中では、胸騒ぎがしてならなかった。
しかし伝えないわけにもいくまい。
桜木にその旨と、後日テスト改めて行うことを告げると、
足早に廊下へ出た彼女から視線を外し、再び試験の見回りに戻った。
と、不自然な物音と、鋭く短い悲鳴と教室に響いた。
試験中であるため、どよめきこそ起こらなかったが、
少なくとも生徒の皆からは、動揺の色が見える。

「すみませんが、少し見てきます。皆さんはそのまま試験を続けて下さい」

努めて冷静な口調で告げると、私は悲鳴が聞こえた方へ足を早めた。

「大変だ。救急車を!」

宮本先生の野太い声が聞こえる。
既に4組や5組の先生方も何事かと、私よりも先にその場へ駆けつけていた。
彼らはある一点を見つめたまま、氷のように固まったまま動けずにいる。
嫌な予感がした。

ようやく辿り着いた私が目にしたのは・・・
ある一点・・・そう、2階から1階へと下る西階段の踊り場。
ひしゃげた傘、床を紅に染めるおびただしい血だまり、そして・・・
虚ろな目を浮かべながら、虫の息で血の海に沈む桜木の姿があった。
私は、全身の血が引いていくのをひしひしと感じた。
26 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 20:38:50.92 ID:J50IFg0x0
「先ほど、桜木さんが事故に遭いました。ただ今、病院へ向かっています。
皆さん、どうかくれぐれも取り乱さないようにして下さい」

クラスの皆には、できるだけ簡潔に、そしてパニックにならないように、
言い方には充分気をつけながら、その旨を告げた。
また、今の話が焼け石に水であることは重々承知している。
しかし、できる限り皆を落ち着かせるためのことをする他なかった。
それに私だって、本当ならば落ち着いていられるわけが無い。
だが、私はこのクラスの担任だ。
生徒を指導する立場の私がうろたえてどうする。
先ほど話した際、感情を抑えて淡々と説明することはできたはずだ。

この時、校内ではどこも中間試験最後のテストを行っていたが、
事故の一件が各教室に伝わり次第、次々に中断。
全生徒を中断下校させ、警察の調査が一段落付くと、
緊急の職員会議が行われた。
病院へ搬送された桜木が、その途中で亡くなったという
知らせが入ったのは、その最中のことであった。

今年度から赴任してきた新校長は、3年3組の事情を全く知らない。
学校の安全管理について話し始めていたが、
一昨年度から、わが校で教鞭を執る先生方は皆、
そのような問題では済まないと思っているだろう。
一昨年度の10月から続いたあの悲劇の再来、
3年3組の死の連鎖が、再び始まってしまったのだと。



これから、我がクラスはこのような惨劇が、
来年の3月まで、立て続けに起きるのだろうか?
教え子が死ぬのをただ黙って見続けるのは、どうしても避けたい。
教師として、これほど辛く悲しいことはないからだ。
しかし、クラスの一員という意味では、私が死ぬ可能性も充分あり得る。
死にたくない。
が、自分自身が死ぬという恐怖は、不思議と起こらなかった。
27 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 20:39:23.66 ID:J50IFg0x0
私が死を恐れる理由。
それは寝たきりの母のことが気にかかるからだ。

私の母は長らく不妊に悩まされており、私を生んだのは42歳の時。
現在でもかなりの高翌齢出産だから、当時とすれば異例のことだっただろう。
私が生まれて間もなく、父は急な病で亡くなり、
私は母に女手一つで育てられた。
大正生まれの母は、戦前の家風をそのまま残したような昔気質の人間で、
とにかく厳しい人だった。
いたずらをすれば、真冬でも外に放り出されたり、
米一粒でも残せば「お百姓さんの罰が当たって目が潰れる」と言って怒り、
1時間近く正座させられたこともあった。
しかし、家庭が苦しい中でここまで私を育ててくれた母には感謝している。

そんな母が脳梗塞で倒れたのは、今から5年前のことだ。
母は気むずかしく、病院も信用できないと言って、行くことすら渋る人間だ。
老人ホームやホームヘルパーもまっぴらゴメンだと言って、
私がたった1人で介護し続けている。
幼い頃、あれほど恐ろしかった母が、今では驚くほど小さく感じられる。
食事から排泄まで、何から何まで私が面倒を見ないと、
何もできなくなってしまった母を見るのが忍びない。

もし私が死んで、誰も面倒を見る人がいなくなってしまったら・・・
それならば、いっそのこと私の手で・・・

ふと、我に返る。
私は何を考えていたのだ?なんと恐ろしいことが、脳裏によぎったのか?
私は疲れている。
長年にわたる母の介護に加え、3年3組の担任となったために重なったストレス。
そして3組の災厄が始まった以上、
これからの精神的な負担は、更に増えていくことになるだろう。
明日、クラスの皆に桜木の死を伝えなければいけない。
そう考えるだけで、帰り道の足取りは重さを増していた。
28 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 20:40:08.48 ID:J50IFg0x0
No.8  Tomohiko Kazami

ゆかりが、死んだ。

信じられなかった。
たった今、目の前を足早に通り過ぎたゆかりが、もういない。
これは夢だ。恐ろしい悪夢に違いない。
頬を何度、引っぱたいても痛みが残る。

事件が起こったのは、C号館の2階から1階にかけての西階段。
普通なら、下駄箱に近い東階段を下りていくはずなのに、
その時だけなぜかゆかりは、西階段を使ったのだという。
そして、その死因は聞きたくもなかった。
メンタルの弱い僕にとって、それは想像を絶するものだったからだ。

現場に近づいてはいけないという宮本先生の厳重な警備が敷かれ、
僕たちであってもその場には近づけなかった。
ただ階段から落ちたのではない、
滑り落ちた拍子に、持っていた傘の先端が喉を突き破ったなんて。
だから、これほどまでに近寄らせないようにしたのである。

そのあまりに酷たらしい最期を聞いて、
僕は口を両手で塞ぎ、沸き上がってくる吐き気をなんとか堪えた。
その気持ち悪さは今なお胸の中にくすぶっている。
なぜ、ゆかりがあんな死に方をしなければいけなかったのか。
なぜ、こんな時に限って悪いことが続けざまに起こったのか。
なぜだ、なぜなんだ・・・!

校庭から、ゆかりを運ぶ救急車のサイレンがけたたましく鳴り響き、
周りがざわめいたり、すすり泣く声が聞こえる中、
僕は委員長であることも忘れて、頭を抱えながら机に突っ伏した。

こんなの嘘だ。嘘に決まっている!
まだ僕は、その現実を受け入れられずにいた。
29 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 20:40:35.45 ID:J50IFg0x0
翌日、3年3組そのものが、お通夜状態だった。
榊原君の姿が見えないのは、あの現場を見てしまい、
持病の肺のパンクを起こしかけたから、という話を後で聞いた。

「短い間でしたが、クラスで共に学んだ桜木さんのご冥福をお祈りしましょう」

そう言いながら、久保寺先生はどこか上の空で、
どこか棒読みっぽく、心ここにあらずと言った状態だった。
先生の目は、疲れの色がありありと見えていた。

「なお、葬式は近親者だけで執り行われますので、
告別式への参列は予定しておりません」

なんだって。告別式にすら行けないのか?
ホームルームが終わった後、僕は先生にその理由を尋ねた。
先生によると、

「今回の事故では、桜木さんのお母様も一緒に亡くなられました。
お母様の方は関係者も多い上に、合同での葬儀となると、
どうしても規模が大きくなってしまうために、このような形となったのです。
お母様の妹さんも事故で予断を許さない状況ですし、
奥様と娘さんをお父様の悲しみを考えますと、今はそっとしておいて下さい」

先生の言葉に頭では納得しても、心の中ではどうしても納得いかなかった。
最後のお別れすら許されないのか?
このまま、終わらせるのだけはどうしても嫌だった。
30 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 20:41:07.21 ID:J50IFg0x0
2日後、僕は学校を無断で欠席した。
そして僕は今、斎場に向かって自転車を走らせている。
カゴには通学カバンと、新聞紙で包んだチューリップの花束・・・
先月、榊原君のお見舞いに行った時に買った、
あの店のチューリップが入っている。

手向けには不釣り合いだということはわかっている。
それでも、やっぱりこの花をゆかりに捧げたかった。
花言葉の通り、思いやりと博愛に満ちた彼女へ。

斎場の場所は聞かされていた。
夜見山は小さな町なので、自転車でも充分行ける距離にある。
朝早くから準備が始まっているので、
着く頃には果たして間に合うかどうか。

斎場に辿り着いた時は、なんとかまだ始まる前であった。
花束を手に、僕は職員たちをかいくぐりながら、棺のある会場内へと向かう。
と、僕は後ろから声をかけられた。

「君は、夜見北の生徒かい?」

「はい。桜木・・・ゆかりさんのクラスメイトで、
共に学級委員を務めていた風見と申します」

この人が誰かすぐにわかった。
この葬式の喪主である、ゆかりのお父さんだった。
そしてゆかりのことを、口に出して名前で言ったのは、これが初めてだった。
今までずっと「桜木さん」と呼んでいたから。

「すみません、許しもなく、勝手に出向いてしまって・・・」

慌てて頭を下げる僕に、ゆかりのお父さんは半ば無理して微笑みながら、

「いやいや、こちらこそ勝手に身内だけで行うと言ってしまったからね。
にも関わらず、こうして娘の死を悼んで来てくれるとは、むしろ感謝しているよ」
31 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 20:41:35.56 ID:J50IFg0x0
「いえいえ、こちらこそ突然お伺いして・・・」

と、互いに謙遜の言葉を交わし合う内に、
ゆかりのお父さんは、僕が持っている花束に気づいたようだ。

「これは・・・」

「は、はい。この場に相応しくないことは重々承知してますが、
どうしても・・・あ、本当にすみません」

「チューリップか・・・。ゆかりはこの花が好きだったからね。
きっと、天国のゆかりも喜んでいると思うよ」

そう言って、ゆかりのお父さんは快く、その花束を受け取ってくれた。

「ありがとうございます」

本当ならば、愛する妻と娘を一度に失った彼の方が、
僕なんかよりずっと辛い思いのはずだ。
にも関わらず、こうして僕一人のわがままを聞いてくれたゆかりのお父さんに、
お礼の言葉だけでは、とても感謝しきれないだろう。

「娘の顔を見てやってくれないか。ゆかりも待っていただろう」

ゆかりのお父さんに促されて、僕は棺の中に納められたゆかりの顔を拝見した。
苦しんだ表情はもう見られない。
しかし、首元に何重も巻かれた包帯が、あの惨劇をいやが上にも思い出してしまう。
そして、笑顔を浮かべた遺影とは異なり、そこに生の色はどこにも感じられなかった。
やるせない思いで一杯になりながら、僕は席に戻った。
32 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 20:42:11.03 ID:J50IFg0x0
告別式が始まり、僕にも焼香の番が回ってきた。
ゆかりの家族とその身内で固められた中、僕はかなり目立っていただろう。
式が終わり、ゆかりの棺を乗せた霊柩車が火葬場へと去って行く。

ここからは本当に限られた親族だけとなるため、
僕は重い足取りのまま、自転車を漕いで帰路についた。
今頃、ゆかりはもう骨と灰だけになってしまったのだろうか?
そう思った瞬間、式中は耐えていた涙腺が、
ダムが決壊するかの如く崩壊した。

「ゆかり・・・、ちくしょおぉぉ・・・!!!」

涙がとどめなく流れながら、そして泣き叫びながら、
自転車を猛スピードでかけぬける僕を見て、
すれ違った通行人は、絶対不審に思ったに違いない。
周りからどう見られようともかまわなかった。

僕が愛したゆかりとは、もう二度と会えないのだから。
33 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 20:43:03.80 ID:J50IFg0x0
天井も窓も、床も全てが深紅に染まっていた。
いや、それだけではない。空も地もありえない位、真っ赤な世界だった。

「ここはどこだ・・・」

奥の方はどす黒くて、何も見えない。しかし、うなるような声が聞こえた。

「憎いだろう、災厄を・・・」

「誰だ!」

思わず返事した僕にかまわず、声の主はなおも語りかけてくる。

「殺された。ゆかりは殺されたんだ・・・」

「なっ!!!」

いきなり何を言うか、と思った矢先
僕は何かにつまずいて転びそうになった。
慌てて足下を見ると、
そこには首だけではない、
全身血まみれになったゆかりの死体が転がっていた。

「ひぃっ!!!」

慌て目をそらすと、目の前には
同じように血まみれで倒れた勅使河原がいる。
こちらも断末魔を上げたままの如く、
とても言葉では表せない形相で死んでいた。

改めて見ると、そこには何十もの死体が山のように積み上げられていた。
その顔にはいずれも見覚えがある。
全員、僕のクラスメイトだ。
皆、躰の至る所から血を流したまま、息絶えた姿で。
34 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 20:43:47.24 ID:J50IFg0x0
「何が起きたんだ・・・って、誰がこんなことを!?」

また奥から声が響き渡る。

「教えてあげようか、みんな殺されたんだよ・・・
災厄を呼び寄せた、“死者”にねぇぇ!」

語尾を強く荒げた声の主は、片手に血が滴る包丁を持ち、
後ろ姿で死体の山の頂点に立っていた。
その顔が振り向いた時、僕は愕然とした。
他でもない、返り血を浴びたその顔は僕そのものだったのだ。



「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

僕はがばっと跳ね起きた。
なんと言うことはない。ここは僕の寝室だ。
真っ赤な世界など、どこにもなく、暗さで周りはよく見えない。
全身から汗が吹き出て、上半身は肩から胸にかけてぐっしょり濡れている。
息切れと動悸はまだ収まらなかった。

「夢だったのか・・・?それにしては・・・」

妙な質感を持った、リアリティのある悪夢だった。
これが何を意味するのか、今の僕にはわからなかった。

力が抜けて、僕は布団に倒れ込んだ。
全身にどっと疲れが重くのしかかる。
その晩、遂に僕は一睡もできなかった。
35 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 20:44:13.80 ID:J50IFg0x0
No.2  Aya Ayano

桜木さんが亡くなった数日後のある日のこと、
私は学校をずる休みした。
お母さんには、桜木さんの事故現場を警察が捜査するから、
急遽学校が休みになったと嘘をついた。

でも私は、ここ最近のクラスの空気が耐えられなかった。
桜木さんがあんなことになってから、
クラスの空気がピリピリして、いるだけで息苦しくなってくる。
そんな訳で私は、現実逃避したという訳だ。

とは言っても、家にいたって孤独で不安になるし、
気分転換に外に出かけて、ちょっとおしゃれしてみた。
黒い帽子にネックレス、途中で暑くなったから上着を腰巻きにして、
うん、我ながらなかなかのコーディネート!

こういっちゃんと会ったのは、本当に偶然のことだった。

「あ、お仲間はっけーん!」

こういっちゃんが振り向いてくれたので、思わず顔がほころんでしまう。

「えへへ。やっほー!こういっちゃんもバックレ?」

「いや、病院の帰りなんだけど」

確かに、こういっちゃんは学校をサボるようなタイプではない。
てっしーなら、やりかねないが。
36 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 20:44:48.47 ID:J50IFg0x0
「ア、アハハハ・・・そうか、そうだよねぇ」

「綾野さんは、風邪でも引いたの?」

こういっちゃんは、私がずる休みしたとは、まだ気づいていないらしい。

「あー、そうそう。ゲフンゲフン」

「ははは。綾野さん、演技うまいね」

オーバーすぎたせいで、すぐにバレてしまった。
でも、演技がうまいと褒めてくれたのは、ちょっと嬉しかった。

それから私は、自分が演劇部に所属していることを、
ハムレットの有名なシーンの演技を交えながら、
こういっちゃんに説明した。
思えば、私が演劇部に入る過程や、部活での出来事は色々あったなぁと、
ふと、これまでの出来事を顧みてしまう。

走り幅跳びで顔から突っ込んだり、授業でもよく居眠りしたり、
私は勉強も運動も苦手で、これといった取り柄のない子だった。
おまけに背は低いし、胸はちっとも大きくならないし、
お先真っ暗だな〜と思っていた私を変えたのが、
小6の時に、学校の講堂で見た演劇教室だった。

まず座長さんらしい人が簡単な説明をしていたけど、
その後の舞台では、まるで別人のような迫真の演技を見せ、
私は思わず身を乗り出してしまった。

ステージの上では、誰もが変わることができる。

もっと小さい頃はアイドルも本気で目指してたけど、
見た目や歌だけじゃない。演技力で私はトップを目指すぞ!
と、そう思ったのだ。
37 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 20:45:31.98 ID:J50IFg0x0
中学に進み、演劇部に入った私を待っていたのは、
小学生の時には決して体験できなかった、新しい出会いだった。
部活では毎日が充実したものになっている。
だがそれよりも、そして役者を目指す夢以上に、
私は大切なものを得たのかもしれない。

顧問の千曳先生は、黒ずくめの服装にぼさぼさした白髪頭と、
「図書室の主」のあだ名らしく、見た感じ近寄りがたいし、
初めは不気味で話しかけづらかったけど、
実際話すると、別に怖くもなんともなく、案外気さくなところがある。
話によると、昔この学校で少しは名の知れた熱血教師だったらしい。
確かに言われてみれば、その面影は少し残っている。
演技のすばらしさはさすがに目を見張る物があり、
この前、古畑任三郎の物真似をしたら、ものすごくそっくりで、
部員一同、大盛り上がりだった。
おまけに、合気道を心得てるために、殺陣もできるのだから恐れ入ってしまう。
あと、実は料理の腕前も天下一品で、部活の合宿時には、
先生の作った豪勢な料理には、誰もが目を丸くした。
あの時の先生の普段からは想像できないしたり顔は、
一生忘れることないだろう。

由美は私よりも背が低いし、胸もぺったんこで
初めて会った時は、思わず「勝った」と呟いてしまった。
でも、舞台の演技は私なんかとは比べものにならず、
特にシリアスな場面での狂気を見せた熱演は、
アカデミー賞も狙えると本気で思ったものだ。
性格も対照的だけど、かえってそれが原因ですぐに意気投合した私と由美は、
いつしか、登下校の行き帰りも一緒になって現在に至っている。

泉美は「うわ、キツそうあな。この子」と感じて、初めは敬遠したけど、
付き合ってみれば、人一倍頑張り屋だから、
演技も普段の言動もついつい過激になってしまうだけで、
本当はとても優しい女の子ということが、わかってきた。
今はクラスの対策係として、3年3組を災厄から守ろうと
部活と掛け持ちで、毎日一生懸命に努力している。
38 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 20:46:17.42 ID:J50IFg0x0
こうして、同じクラスとなった今でも大切な親友のことを思い出しながら、
私はこういっちゃんに、泉美のことを中心に教えてあげた。
“いないもの”の説明はできないから、
せめて、泉美の力となってクラスでもうまくやってあげたかった。

「だから、なるべくこういっちゃんも、協力してあげて欲しいな」

泉美のことを、まだあまり知らないのか「う、うん・・・」と
こういっちゃんが少し戸惑ったその時、
私たちが話していたすぐ隣のトラックから、突然ガラスの板が倒れてきた。

「うわぁっ!」
「危ない!」

驚く暇も無い私を、こういっちゃんは庇うように抱きかかえながら、
地面に倒れ込んだ。
ガッシャーン!と耳をつんざくようなガラスが割れる音がして、
私とこういっちゃんが目をやると、
私たちがさっきまで会話していた場所は、
何百ものガラスの破片が飛び散らかっていた。

ふと、桜木さんの身に降りかかったあの惨事が頭の中をよぎる。
もし、こういっちゃんが素早く気づかなかったら、私たちはもしかして・・・

「嫌だ、嫌だっ。ヤダヤダ!死ぬのは嫌だーっ!いやぁぁぁぁぁ!」

恐怖が頂点に達した瞬間、私は子供のように泣き叫んだ。
怖かった。死ぬのが恐ろしくて仕方なかった。
しばらく呆然としていたこういっちゃんも、

「綾野さん、落ち着いて。ほら、しっかり!」

と何度も声を掛けてくれて、
ガラスの割れた音と私の叫び声が聞こえたのか、
付近の家の人達も、駆けつけてきた。
それでもなお、私は泣き止まなかった。
いや、泣くのを止められなかった。
39 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 20:48:21.73 ID:J50IFg0x0
どれだけ私は、泣き叫び続けていたのだろうか。
パトカーもやって来て、警察官まで姿を見せている。
そして、目の前には幼子をあやすように、心配するこういっちゃんがいた。

ふと自分の状況がどうなっているかと言うと、
肩を上下に揺らしながら、今でも息切れが止まらず、
喉はカラカラに涸れて痛みすら感じる。
顔も涙だけでなく、鼻水までズルズル流していて、
格好悪いと言ったらありゃしない。
こういっちゃんの前で、こんな無様な姿を見せた自分が恥ずかしかった。
それこそ、穴があったら入りたい心境だった。

「もう大丈夫だよ、綾野さん。僕が警察の人に、訳を話したから・・・」

「あじがど・・・ごういっひゃん・・・」

涙声と鼻声でろれつも回らない私に、どこまでもこういっちゃんは優しかった。
ふと、こういっちゃんが手を差し伸べてくれたので、
座り込んだままだった私は懸命に立とうとするが、
腰に力が入らず、なかなか立てない。
まるで、生まれたての子鹿のようだ。

「立てる?僕が支えてあげるから」

「ふぇっ?ぞんな、恥ずがひいよ・・・」

立ち上がるだけでもこんなに苦戦するのは、正座で足が痺れた時以来だろうか?
何とか立ち上がれた私を、こういっちゃんはガラスの破片もない、
安全なところまで連れて行ってくれた。

「ごめんね、こういっちゃん。私が呼び止めたりしたから・・・」

「ううん、綾野さんが無事で良かったよ。それより、家まで送ってあげようか?」

「大丈夫だよ、もう平気だから・・・」

こういっちゃんはまだ心配していたみたいだけど、私は無理に笑顔を作った。
40 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 20:48:47.22 ID:J50IFg0x0
「そっか。じゃあ、気をつけてね。あ、そうだ。僕も明日から学校に行くから。
僕の方こそ、ずっと休んで心配かけてごめんね。それじゃ」

そうだった。こういっちゃんは、先週の事件の直後、
肺が危ないとか言って、ずっと病院通いだったんだ。
あれっ?こういっちゃんはどこ行くんだろう?
あっちは私やこういっちゃんの家の方向じゃないんだけど・・・?

帰り道、私の足取りは重かった。
事故に出くわした恐怖もあった。
でも、それ以上に私は恥じ入る思いでいっぱいだった。

こういっちゃんはあんな恐ろしい事件を前にしながら、
危険だらけの学校やクラスに戻ろうとしている。
私がこういっちゃんに説明した、泉美だって今でもクラスを守るために、
災厄と真っ正面に向き合っている。

それにひきかえ、私はどうだろう。
災厄に巻き込まれるのが怖くて、一人逃げ出した。
今思えば、ガラスが倒れたあの事故も、大切な友達を見捨てた
罰が当たったのかもしれない。

このままじゃいけない。
明日からではもう遅い。今日から変わらなければ!
そう思いながら、自分に活を入れて、私は帰路についたのだった。

ちなみに帰った後、
私がお母さんにこっぴどく叱られたのは、言うまでもない。
41 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 20:49:26.66 ID:J50IFg0x0
No.25  Takeru Mizuno

最近、姉貴の様子がおかしい。

事の起こりはうちのクラス委員長、桜木ゆかりの死から始まった。
俺たちのクラスに代々伝わる3年3組の呪い。
当初は席が足りないという事態もないことから、『ない年』と思われたが、
転校生が3年3組に来たことによって事情は変わった。
念のため、事前に決めた“いないもの”を作ることによって、
呪いから逃れようとしたが・・・、結局はダメだった。

おかげで、クラスは桜木が死んでからというものの、
前にも増して、重苦しい空気で充満している。
無理もない。
今度は自分じゃないか?という恐れや不安で、
俺も含めて、クラス全員が既に押し潰されそうになっている。
そんなが中、よりにもよって、
姉貴がうちのクラスについて、首を突っ込むようになったのだ。

俺の姉、水野沙苗は3人姉弟の一番上で、末っ子の俺とは5つ違い。
今は夕見ヶ丘にある市立病院で看護婦として働いており、
毎晩帰るのが遅く、最近ではほとんど顔を合わせることがない。

いや、それ以前に姉貴とはろくに会話すらしていなかった。
姉貴は人の命を救う仕事をしているくせに、
登場人物がバタバタとグロく死んでいく、ホラー小説が大好きなのだ。
看護婦なのに、それでいいのか?姉貴は?

加えて、バスケ部に入って毎日躰を動かしている俺と、
インドア派の姉貴は、仲が悪いという訳じゃないが、
水と油のように相性がまるで合わず、
お互いの接点すらない状態がここ2、3年は続いている。
42 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 20:49:53.97 ID:J50IFg0x0
ところがだ、
それまで、俺の周りに興味すら示さなかった姉貴が、
桜木が死んでからというものの、
なにかとクラスのことについて質問ばかりしてくるようになったのだ。
例えば、

「あんたのクラスでこの間死んだのって、桜木さんって人だっけ?」

「事故って聞いたけど、何があったの?」

とか、いちいち余計なことを思い出させるようなことばかり尋ねてくる。

「別に姉貴には、関係ねぇことだろ。やめてくれよ、そんな話」

と、言って何とか振り払うのだが、
こんなやり取りするだけでも、後から不安が押し寄せてくる。

“いないもの”を始めた時、すぐ前の席の米村が久保寺先生に質問していたが、
3年3組の呪いについて、家族には絶対話してはいけない。
他言無用ってやつだ。
もしこれを破ったら、家族にまで被害が広がるらしく、
卒業生の話によると、実際に前例もあったらしい。

だからこそ、俺は具体的な答えは一切しなかった。
俺自身が具体的に話さなければ、大丈夫だろう。
そう信じていた。

そんな俺の心境を知ってか知らずでか、
姉貴の質問攻めは激しくなる一方だった。

そして、桜木の死から1週間経った今日、
姉貴はより踏み込んだ質問を始めてきた。
43 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 20:50:25.25 ID:J50IFg0x0
俺が家に帰ってきた時、姉貴は夜勤明けとかで
昼前には家に戻っていたらしい。
夕飯を済ませた後、姉貴はいつもの通り、俺の部屋に入ってきて、
26年前に起きたミサキの七不思議や、
桜木の事故について、より詳しく問いただしてきた。

「あんなの、ただの噂だよ。ウ・ワ・サ」
「だから言っただろう、事故だったみたいだけど、俺たちはよく知らねぇって」

なんとかごまかし続けていたが、
姉貴はとうとう、俺たちにとって一番デリケートな問題を切り出してきた。

「ねえ猛、あんたのクラスにいる見崎鳴って子・・・」

『話してはいけない。家族にも秘密を漏らしたらただじゃすまない』

やばい、その話はマジでやばい。俺の全身から血が引いていく。

「何だよ、それ」

「でも、サカ・・・あなたのクラスの子が、見崎鳴って子が」

「はぁ!?そんな生徒、俺のクラスにいねえんだっつーの!
俺、部活で疲れてんだから、ほら戻った戻った!」

「でも・・・」と不満げな姉貴を追い返してドアを閉めると、
俺はベッドに倒れ伏した。

「勘弁してくれよ、まったく・・・」

翌朝、俺が目が覚めた時は、姉貴は欠勤が出たとかで
休日を返上して、もう病院へ出かけていた。
結局、昨日のやり取りが、姉貴を見た最後の姿となった。
44 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 20:50:52.95 ID:J50IFg0x0
昼休み、前島や川堀とだべっていた俺のところへ、
榊原が血相を変えてやって来た。

転校生の榊原恒一。
昨日、姉貴が言いかけていたが、やっぱりこいつが絡んでいたのか・・・
今朝からなんとなく、注意しておこうと思った矢先、

「水野君、君のお姉さんが大変なんだ!なんかあったみたいで・・・」

「何言ってんだよ、お前。わけ分かんねぇ」

「そ、そうだ。電話していたら急に・・・」

案の定、榊原と何かあって、姉貴はこの間からなにか探ってたのか。

「お前さ、姉貴に余計な話、吹き込むなよ。迷惑してんだよ、俺」

俺は思わず、声を荒げてしまった。
後からやって来た、赤沢と勅使河原も俺の剣幕にたじろいでいる。

その直後、まだ5時限目まで時間があるのに、
久保寺先生が教室に入るなり、俺を呼び出した。

嫌な予感しかしない。

「水野君、君のお姉さんが病院で・・・」

やっぱり、何かあったんだ。
さっきの話からある程度覚悟はしていたが、
心の中で落ち着けと言い聞かせながら、先生からの話を聞いた。

病院デ事故ガアッタ。
午後ノ授業ハイイカラ、スグ病院ニ行クヨウニ。
45 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 20:51:44.64 ID:J50IFg0x0
その時、俺が思い出したのはあの桜木の事故だった。
桜木は母親の事故を聞いて、急いで教室を飛び出したその直後、
階段から足を踏み外して、その拍子で傘が喉に刺さり、そして・・・

自分も、連鎖するように死ぬんじゃないかという恐怖が全身を包んでいた。

そのため、これほど周りに注意して、慎重に行動したことは後にも先にもないだろう。

急がなきゃいけない、けど絶対に慌てず周りに注意を払って。
俺は病院へ向かった。

「なんだよ・・・姉貴が、事故だなんて・・・!」

俺はホラー小説は読まないが、漫画でよくこんなシチュエーションを目にする。
探偵漫画の主人公より、先に真犯人の手がかりを知ったせいで、
口封じのために殺される被害者の話とか・・・

「やめやめ!死んだって決まったわけじゃないだろ!」

そう自分に言い聞かせながらも、どんどん気持ちも足取りも重くなっていく。

「ったく、姉貴もどうしてこんなことに首突っ込むんだよ!バカ野郎・・・」

悔しさがこみ上げてくる。
例え鬱陶しくても、俺にとってたった一人の大切な姉貴なのだ。

なんとか事故やトラブルにも巻き込まれることなく、
俺は病院へ到着した。でも、油断はできない。

玄関をくぐり、受付や待合室は騒然となっていた。
患者さんたちも、ただ事じゃないと不安な面持ちでいるため、
職員が彼らに大丈夫だと言い聞かせている光景が、色んな所で見られた。
46 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 20:52:20.63 ID:J50IFg0x0
「兄貴!」

ロビーには、3人姉弟の真ん中。高校生になるすぐ上の兄貴がいた。

「兄貴、姉貴はどうしたんだよ!」

「なんかエレヴェーターが落ちたらしいっていうが、とにかく落ち着け猛!」

そう言ってなだめてはいるが、兄貴も激しい動揺の色を隠せなかった。
間もなく、両親も仕事などを中断して駆けつけ、
家族全員が、手術室の前で待機することとなった。

「沙苗は・・・、あの子は大丈夫ですよね!」

鬼気迫るお袋の問いかけに、医師も

「後は本人次第です」

と答える他無かった。

間もなく、手術中のランプが消え、自動ドアから主治医が現れた。
お袋が恐る恐る、顔を上げると彼は首を横に振り、

「お気の毒ですが・・・」

その言葉が終わらないうちに、
お袋は廊下全体に響くような叫び声を上げながら泣き崩れて、
親父がそれを必死に抱き留めた。
兄貴も愕然としている。
俺もまた、へなへなとその場にしゃがみ込んでしまった。

水野沙苗。享年20。
俺の姉貴が「六月の死者」、そして“2人目”の犠牲者となってしまった。
47 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 20:52:55.86 ID:J50IFg0x0
No.9  Kyoko Kaneki

桜木の代わりとなる新しいクラス委員長を決める予定だった今日、
朝から不穏なニュースがクラスに行き渡った。

「水野のお姉さんが事故で死んだらしい・・・」

わたしは彼女のことはよく知らないし、水野とは直接話したことすらない。
けど、桜木に続くクラスとその関係者からの犠牲者ということで、
教室からは、戸惑いと動揺の声があちらこちらから出ている。

朝のホームルームが始まる直前になって、
桜木が死んで以来、ずっと欠席していた榊原がやって来た。
榊原とも話したことはないが、すぐ隣の席なので、
嫌でも目に付く(別に嫌ってるわけじゃないが)。
東京からの転校生ということで、皆の注目の的となっていた榊原だが、
今日、その彼を見るクラスメイトの目は、どこかよそよそしかった。
まるで榊原が転校した直後、皆の前で自己紹介した時のように・・・

そして、このクラスは点呼を取ることはしないが、
水野が登校していないことにはすぐ気づいた。
3時限目に久保寺の話で、水野で身内の不幸による忌引きで休んだと話すと、

「やっぱり・・・」

「本当だったんだな・・・」

など、皆がひそひそと話を始めた。
久保寺は静かにするよう注意もせず、
わたしの後ろからドアが開く音がしても、何も言わなかった。
わたしも、“それ”が何なのか振り向いて確かめようとも思わなかった。
48 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 20:53:35.64 ID:J50IFg0x0
6時限目、委員長を決めるホームルームが始まった。
榊原は何か話があるらしく、この場にはいなかった。

「ではこれから、女子のクラス委員長を決めたいと思います・・・」

もう一人の委員長である風見は、例の事件後、どこか覇気がなかった。
久保寺のように、何かに怯えたり無気力になっているわけではない。
何か引き摺っているような・・・そんな感じがする。

「ねぇねぇ、やっぱりそうなのかな」

「あの様子だと・・・だよねぇ」

そんな噂を最近よく耳にする。
風見本人は気づいてるのか、こっちは知ったこっちゃないが。

そしてその脇では、遅れてやって来た久保寺が、
まるで自分が“いないもの”であるかのように、存在感を消して座っていた。
消したではなく、元々存在感が無いと言った方がいいかもしれない。
副担任の三神先生は、ここしばらく休んでいて姿を見かけていない。

「立候補したい人は挙手を」

「「はい」」

2人同時に手を上げた。
1人は予想通り赤沢、そしてもう1人は意外なことに・・・
綾野だった。
49 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 20:54:06.12 ID:J50IFg0x0
「え、マジで・・・」

「何で綾野が・・・」

ざわざわとクラスがどよめく中、風見が

「静かにして下さい!周りのクラスに聞こえますよ」

と言って、何とか場を鎮めた。

そして無記名投票が行われ、名前を記した紙切れを回収するために
歩いて回る風見に手渡した。
私は赤沢に投票した。
そもそも、万場一致で対策の中心となる赤沢が新しい委員長に決まると、
誰もが思っていただろう。
なぜ、綾野が名乗りを上げたのか、正直わからなかった。

結果は『赤沢泉美・24票 綾野彩・2票』

赤沢の圧勝だったが、綾野に2票入ったことでまたクラスがざわめき、
風見がそれを収める事態が繰り返された。
誰が綾野に票を入れたのか?
小椋は綾野の親友だが、同時に赤沢の子分的存在でもあるので考えられにくい。
わたしには見当も付かなかった。

委員長に決まった赤沢は、就任早々、対策の提案を出した。

「災厄から逃れるために、“いないもの”に決めたにも拘わらず、
今年の3年3組は、既に2人も犠牲者が出てしまいました。
そこで、“いないもの”を2人に増やしたいと考えています」

またしても教室がざわめき出すが、今度は風見が出る幕もなく、
赤沢の鋭い視線が聞いたのか、ヘビに睨まれたカエルの如く、
すぐに静まりかえった。
50 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 20:55:20.54 ID:J50IFg0x0
「“いないもの”を2人にするのは、今回が初めての試みです。
過去に前例がないのは重々承知しています。
しかし、このまま手をこまねいて犠牲者が増えるのを黙って待つよりは、
少しでも被害を食い止めるために、具体的な対策を行うべきだと思うのです」

赤沢の説明は、立て板に水が流れるように、すらすらとしたものだった。

「と言うわけで、これについて意見のある人はいませんか?」

「はい、質問ー」

と勅使河原が尋ねた。

「で、赤沢は誰をもう1人の“いないもの”にするつもりだよ?」

すると、

「私は、榊原くんを2人目の“いないもの”にしたいと思います」

またざわめきがして、赤沢が(以下略)。
なんかいちいち説明するのもややこしくなってきたな。それはさておき、
すると、意外な人物が更に質問を重ねた。

「“いないもの”を2人にするんだったら、仲の良い2人組にした方が良くない?
例えば、キョウコと松井とか、辻井と柿沼とか」

そう言いながら、彼女は小さく手を合わせながら
わたしに「ごめんね」と謝った。
その人物はナオこと、藤巻奈緒美だった。
51 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 20:55:55.25 ID:J50IFg0x0
わたしの家は、自慢じゃないがちょっとした格のあるところで、
いわば私はその家のお嬢様だった。
小学生の頃はいくつも習い事に通わされ、窮屈な日々を送っていた。

その反動から、わたしは中学に入ってから親に反発して、
校則もおかまいなしに破って、夜中まで遊び歩くなど、色々やらかしたものだ。
とは言っても、所詮は小さな田舎町である。
ヤンキーもチーマーも特にいるわけでもない。
都会の子が聞いたら、笑ってしまうようなレベルの、
ささやかな反抗だったのだろう。

ナオやナベこと渡辺珊は、その頃に知り合った仲間だ。
ナオはテニス部に入って足を洗い、
ナベはデスメタルバンドを組んで、校外で色々やってるらしい。
そしてわたしは、亜紀との出会いをきっかけで、
荒れた生活から抜け出すことができた。

あれは9月に入って間もなくのことだ。
1年目の夏休みを無為に過ごして、けだるい気分が抜けない私の前で、
数人の女子生徒がなにかを取り囲むのが見えた。

「ったく、男子に媚び売ってんじゃねーよ!」

「そ、そんな私は・・・」

「あん?今時ぶりっ子なんて、流行らねぇんだって言ってんだろうが!」

「うううっ・・・」

そいつらは、わたしらとは別に悪さをしている不良グループだった。
あいつら、弱い者虐めするなんて絶対に許さない。

「ちょっと待ちなさい!」

わたしの威勢のいい声に、いじめっ子たちは一斉にこちらを振り向く。

「なんだ、1年の金木か・・・」

「相手は1人だ。やっちまえ!」
52 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 20:56:37.28 ID:J50IFg0x0
例え相手は大勢でも、わたしの敵ではなかった。
小学生の頃まで稽古で通わされていたていた護身術が、
こんなところで役に立つとは皮肉なものだ。

「覚えてろ!」「今日はこのくらいで勘弁してやる」など
そいつらがお約束の捨て台詞を残して逃げていくと、
取り残されていた、例の虐められていた少女が、怯えた目で私を見つめていた。
この少女こそ、亜紀だった。

「もう大丈夫よ。怪我してない?」

まだ、わたしを警戒している。
あいつらと同じような、なりをしているから、無理もないか。

「あいつらが仕返しするかもしれないから、
しばらくはわたしの側にいなさい。平気よ、私が守ってあげる」

「あ、ありがとうございます・・・」

こうして出会った私と亜紀は、2年になってから一緒のクラスになり、
私も更正して、まともな中学生に戻った。
今でも左耳につけているピアスは、その頃の名残である。

昔のことをふと思い出していると、ナオはさらに続けてこう言った。

「アタシ前聞いたんだけど、“いないもの”が1人は嫌だって言って、
おまじないが効かなくなったことがあるらしいじゃん。
今の“いないもの”がいつ耐えきれなくなるかわかんないし、
1ヶ月たった1人で頑張ったんだから、そろそろ新しい人に交代させた方が良くない?
新しい“いないもの”同士が仲良しなら、あんまりリスクもないと思うんだけど」

へぇー。ナオも結構いいこと言うじゃない。
それに、わたしはナオの意見が通って、
仮に私たちが“いないもの”になっても別にかまわなかった。
亜紀と2人だけの学園生活は、今に始まったことではなかったから。

これに対して、赤沢の言い分はこうだった。
53 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 20:57:10.13 ID:J50IFg0x0
「たしかにその案も悪くないわ。でもこれは、榊原くんのためでもあるの。
このクラスの決めごとを知らないのは、榊原くんただ一人。
なぜなら、榊原くんが転校した時には、もう“いないもの”を実践していたら、
クラスの事情を説明すると、“いないもの”の存在を認めてしまうことになる。
本来なら、対策係の私がお見舞いに行った時に説明するのが最良だと思ったけど、
この場合は、まだクラスの一員ではない部外者に話してしまうことにもなるから、
話せることができなかった。
これは私の不手際でもあるから、批判を受けても仕方のないことね。
そこで、榊原くんに事情を理解してもらう最後の切り札がこれなの。
これは・・・が自主的に教えてくれるかどうかもわからないから、
半ば賭けに近いものだけど、こうする他に恒一くんが決めごとを知る手立てはないわ。
・・・と、榊原くんを信じてあげましょう」

口に出して“いないもの”の具体的な説明ができないため、
会話がところどころ欠けてしまっているが、何となく事情はわかった。

「それじゃ、榊原くんを2人目の“いないもの”にすることに賛成か反対か、
もう一度票を入れて下さい」

いつの間にか、“いないもの”を2人とするのは既に決定事項となってしまったらしい。
わたしも票を入れたが、賛成に入れたか、反対に入れたかは亜紀以外には秘密だ。

結果は『賛成・17票 反対・9票』

委員長選に比べて票は割れたが、2倍近い差を付けたことで、
赤沢の意見が、そのままクラスの新しい決めごととなった。

「では、『明日』から榊原くんを“いないもの”とします。
クラスを災厄から守るために、みなさんも守って下さいね」

やはり赤沢も心苦しいのか、少し声のトーンが抑え気味だった。
54 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 20:57:43.43 ID:J50IFg0x0
帰り道、いつものように亜紀と一緒に下校して、
校門を出ようとしたその直前、ナオが声を掛けてきた。

「悪かった、キョウコ!
勝手にあんなこと言っちゃって、怒ってるよね。その・・・ゴメン」

語尾は呟くようで、あまり聞き取れなかった。

「あんただって、みんなのこと考えてたんでしょ。
わたしたちが“いないもの”になっても別に悪くなかったし、気にしないで」

そう言うと、ナオはばつが悪いのか「ありがと」と一言返して、
そのまま先に校門を抜けて、行ってしまった。

ナオの姿が見えなくなると、亜紀が私の腕をひしっと握りしめた。

「杏ちゃん・・・私たち、この先どうなるんだろう。大丈夫かな?」

亜紀はかすかに目を潤ませて、私をじっと見つめている。

「平気よ、亜紀。いざとなったら、またわたしが亜紀を守ってあげるから」

自分だって、全然心配ないと言えば嘘になる。
でも、不安に押し潰されそうな亜紀の手前、
そんな思いを顔に出せなかった。

「ありがと・・・杏ちゃん」

どんなことがあっても、この子だけは絶対に守らなきゃ。
わたしたちは手を固く握りしめ合ったまま、
夕暮れ迫る夜見山の街を、再び歩き始めた。
55 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 20:58:22.23 ID:J50IFg0x0
No.15  Ikuo Takabayashi

クラス委員長の選定から、榊原君を“いないもの”とするまで、
ホームルームは赤沢さんの独壇場だったと言っても過言ではない。
赤沢さんの言い分も筋が通っているので、
決して間違っているわけではないが、何か腑に落ちなかった。

「また話し相手がいなくなってしまう・・・」

僕にとって、この結果を受けて止めるにはまだ時間がかかりそうだ。

僕は生まれた時から心臓の病気という、大きな欠陥を抱えていた。
医師からは、移植手術をしない限り、20歳まで持つかどうかも分からない、
と言われており、家族の辛さは並大抵の物ではないだろう。

幼い頃から、自分の命が長く持たないことについて、自覚はあった。
ましてや、今の日本では心臓の移植なんてできる環境も整っていない。
自然と、死に対してどこか諦めみたいなものも持っている。

そんな僕が少しでも長生きできるように、家族は大切に育ててくれた。
それこそ、模範となるような正しい愛情の注ぎ方を、両親は熟知していると思う。
ただ一人、沼田のお婆ちゃんはやたら過保護なところがあった。
母さんや沼田のお爺ちゃんは、甘やかせすぎだと何度も注意していたが、
どうもあまり効果はないようである。

リスクが大きすぎるため、走ることも禁止されていた。
体育の授業はいつも見学、走るのが嫌だというクラスメイトもいるが、
僕には羨ましい限りだった。
いつか丈夫な躰を手に入れ、みんなと一緒に走りたい、競争したい。
叶わぬ夢とわかっても、どうしても諦めきれなかった。

躰を動かさない教室内でも、一人でいることが多かった。
おまけに席順は、最後尾の一番右端。
隣の席の勅使河原君は、あまり自分の席におらず、
風見君のいる席ばかり行ってしまうので、あまり話す機会がないのが残念だ。
56 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 20:58:58.44 ID:J50IFg0x0
望月君は同じ地区に住んでおり、家も近いので登下校も一緒になることが多く、
僕も美術は嫌いじゃないので、学校で話すことも多い。
しかし3年生になってからは、望月君は今まで以上に三神先生のところへ
行ってしまうことが多くなり、最近はやや会話も少なめになってしまった。

和久井君は同じ病弱で苦労している者同士、最初から気が合った。
ただ彼は喘息持ちで、本人が『万が一うつしてしまうと迷惑がかかる』と言って、
あまり話せる環境でない。
そもそも和久井君はしゃべるだけでも辛そうなので、
こっちも彼の負担を考えて、長い会話は避けるようにしている。

躰を動かせない関係上、僕は小説など本を読むことが多く、
席も近い辻井君や柿沼さんが、話し相手になってくれればいいなと思う時もあった。
けど、この2人は単なる読書仲間ではない、何か特別な結びつきがあるように思える。
第三者が間に割って入るのがはばかれるような雰囲気を感じて、断念した。

そんな中、5月から転校してきた榊原君は、気胸を患っていた。
治療のため、1ヶ月遅れての転入となった彼だが、
体育の見学の際、お互いの身の上を話す内に意気投合し、
どんな本を読むのかとか、話が尽きることはない。

だから、榊原君が“いないもの”になって
今までみたいに会話できなくなってしまうのは淋しかった。
赤沢さんへの反発は、彼女の時に独断的な行動もあったが、
こうした僕自身の私情があったことも否めない。

私情と言えば、“いないもの”を2人にして、その2人目を榊原君にすることにも、
どこか個人的な考えを持ち込んでいるという気もしてくる。
赤沢さんが榊原君を“いないもの”にする理由を説明した時、
中尾君が「うんうん」とオーバーに大きく頷いているのが、
遠く離れた席の僕からでもよく見えた。

赤沢さんは、何となく榊原君に対して特別な感情を持っている。
その赤沢さんにいつも付き従っている中尾君にしてみれば、面白くないはずだ。
だからと言って、榊原君を“いないもの”にして
赤沢さんから近づけないようにするのは、どうだろうか?
私情を対策にすり替えるなんて、フェアじゃないねとつくづく思った。
57 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 20:59:32.58 ID:J50IFg0x0
ホームルームが終わって、望月君と一緒に下校しようとした時、
ちょうど綾野さんも帰るところだった。

「綾野さん、残念だったね・・・」

僕は思わずそう言って、ため息をついてしまった。

「え?アハハハ、確かに落ちちゃったけど、私そんなに落ち込んでなんかないよ?
・・・もしかして、私に票を入れたのは高翌林君?」

「ハハハ、やっぱりバレちゃったか」

僕が苦笑していると、隣で聞いていた望月君は1人で合点していた。

「綾野さんはどう思う?今日のホームルームで決めたこと?」

「う〜ん、実は私が委員長に立候補したのも、ついさっき決めたことなの。
わざわざこういっちゃんがいない時にホームルームをやろうと言い出すなんて、
泉美らしくないな・・・と言うか、ちょっとカチンと来てね。
泉美への抗議って意味が強かったかな?立候補したのは」

僕以外にも、赤沢さんのやり方に不満を持ってる人はいたんだ。
そう思うと、自分だけじゃなく、共感する人がいてくれて少し嬉しかった。
それが赤沢さんと同じ部活の綾野さんだったのが、意外だったけど。

「こういっちゃんは優しくて親切だし、それをのけ者にした挙げ句、
勝手に“いないもの”にするなんて、可哀想だもん。
おまけに卒業するまで会話もできないなんて、そんなの嫌だよ・・・」

「そうだよね・・・。ボクだって、せっかく友達になれたのに、
今になって無視するなんて、悪い気がするよ。勅使河原君も反対してたし・・・」

他にも結構、反対意見は多かったのか。確かに9票は多かった気がする。
58 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 20:59:58.92 ID:J50IFg0x0
「でも綾野さんは凄いよ、後になってグチグチ言ってる僕と違って、
真っ向から赤沢さんに挑んだんだから。見習いたいな・・・」

「ううん、私だって別に深く考えたわけじゃないし。
でも、色々話せてちょっとすっきりできたかな?
あ、そうだ!“いないもの”は明日からなんだし、
今日ならまだ話ができるかも。あ〜、でも私は部活があるからなぁ」

そうだ、まだ間に合う。今日はまだ榊原君は“いないもの”じゃない。
僕は大切なことを見落としていた。

「じゃあね。高翌林君、望月君」

そう言って綾野さんは部室へ向かっていった。
僕も今のうちにできることをしなければ・・・!
そして都合がいいことに、下駄箱でちょうど榊原君が待っていた。

「やぁ、帰ろうか」

戸惑う望月君に対して、僕は「うん」と頷いた。



帰り道、川の土手で僕と望月君は、榊原君から色々質問を受けた。
今日のホームルームこと、このクラスの決めごとのこと・・・

「榊原君さ、転校してきてからこっち、色々と変に感じてることあるよね」

「分かってるなら、教えてくれる?」

「ごめん、やっぱり言えない。
ただ、これから榊原君にとても不愉快なことがあると思う。
でもね、嫌な目に遭うことがあっても我慢して欲しいんだ。
みんなのためだと思って、お願いだから」
59 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 21:00:41.14 ID:J50IFg0x0
「みんなのためって?」

「それってクラスの決めごとってやつ?」

「うん」

「何だかなぁ」

望月君は、榊原君に対して伏し目がちであまり目を合わせようとしない。
何より、懇願はしているが、具体的な内容には触れないため、
榊原君もいぶかしんでいる。
そして、榊原君がクラスの名簿すらもらっていないことを知った僕は、
クラスからハブられた挙げ句、明日から“いないもの”にされる運命の
榊原君が不憫でならなかった。
同時に、改めて赤沢さんへの不信感が持ち上がってきた。

「やっぱりフェアじゃないね」

もう腹をくくった。今日までしかできないことを、ここで今やらなければ。

「僕はあまり賛成できないんだよね、赤沢さんのやり方。
勝手に決めつけたことを押しつけるのって、フェアじゃない」

「えっ・・・」

僕の突然の行動に、望月君は明らかに動揺している。

「榊原君。知りたいこと、いっぱいあるよね」

「そりゃあ、もう・・・」

「じゃあ一つずつ聞いてみて?僕の知ってる範囲で教えてあげるよ」

「ちょっと、高翌林君!本気!?」

望月君にかまわず、僕は続けた。
60 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 21:01:41.01 ID:J50IFg0x0
「じゃあ、見崎鳴って子はいるの?」

久々に聞いたその名前は、懐かしさすら感じられた。
僕と反対側の席に座っている、ボロボロの机と椅子を使わされて、
ずっと孤立せざるを得なくなった“いないもの”・・・

「ミサキメイは・・・」

僕が真相を話そうとしたその瞬間、
ずぅぅぅんと重い響きを伴って、胸に矢が深々と刺さったような痛みが僕を襲った。

「うっ・・・・!ぐっ・・・!ぐはぁっ・・・!」

視界がぐるりと回転し、横倒しになる。
いつかこんな時が来ると思っていた。
心臓が悲鳴を上げて、僕の一生が終わるその時を。
恐怖はなかった。
だが、死ぬ瞬間がこんなに苦しく痛みを伴うものだったとは、思いもよらなかった。

「高翌林君!高翌林君!」

望月君の叫び声も、もう遙か遠いものに感じられる。
死ぬ覚悟はできていても、なんでこんな時に限って突然やって来るのか。
早すぎるんじゃないか?
せめてあと1分、榊原君に少しでも教えてあげなければ・・・

突き刺すような痛みは、やがて胸を締め上げるような苦しさに変わっていった。
言いたいことは山ほどあるけど、声が出ない。
それじゃ、意味がないじゃないか。
悔しい、こんなところで何もできない自分が悔しい。

何かが毀れる音がする。視界も聴覚も、消えていた。
61 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 21:02:06.33 ID:J50IFg0x0
Interlude II  Mr. Miyamoto

6月も終わりに近づき、その日は梅雨の時期にしては珍しく、
晴れ間が広がる心地よい天気だった。
周りを山に囲まれた盆地にある夜見山は、
どんよりとした曇り空になることが多く、こうした晴れの日は貴重だ。
もうすぐ6時限目も終わり、掃除が始まる頃だ。
校内の見回りを一段落付け、0号館からB号館へ戻ろうとしたその時、
2つの人影が裏門をくぐるのが見えた。
こんな時間に外へ出歩くとは、全くもってけしからん。

「こらあっ!この時間にお前ら、どこへ行って・・・」

叱り飛ばそうと私が駆け寄ると、校外へ抜け出した2人の正体がわかった。
あれは3年3組の見崎と榊原・・・
向こうも気づいたのか、榊原が軽く頭を下げる。
たしか、今の3組でこの2人は“いないもの”にされているはずだった。

「大変だな、おまえらも。
・・・しかしまあ、校外に出るのはあまり感心できんな。ほどほどにしとけよ」

「すみません。これからは少し気をつけます」

そう言って榊原が会釈すると、見崎も軽く一礼して、
2人はB号室の校舎に、吸い込まれるように入っていった。

「まったく、最近の中学生は昼間からデートとは、時代も変わったものだな」

私はそう独り言を呟いて、肩をすくめた。
62 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 21:02:43.78 ID:J50IFg0x0
私がこうして、3組の事情を色々知っているのは、
この学校に長年勤めているからというだけではない。
私は去年の3年3組の担任だったからだ。
おととしの年度末、私が来年度の3組の担任になるという人事が決まると、
その年の3組の担任だった先生から、このクラスの内情を色々伝えられた。
にわかには信じがたい。
しかしこの年の3組関係者が、次々と亡くなった実情を知っているため、
私は覚悟してそれに臨むことを決めた。

が、昨年度初日にその心配は杞憂に終わった。
机や椅子が、一つ不足しているという事態が起こらなかったからだ。
つまり、私の年は災厄が起こらない「ない年」だったのである。
私と、去年の3年3組は本当に運が良かったということだろう。

そう思うと、「ある年」の3年3組の担任である
一昨年度の三神先生と、今年度の久保寺先生の苦労が
並大抵のものではないことが、尚更伝わってくる。
私もできうる限りの協力はしていきたいが、
自分だけ「ない年」で難を逃れたことが申し訳なく思ってしまう。

その久保寺先生だが、ここ数日前から、様子が明らかにおかしい。
元々浮かない表情をしていることが多い彼だが、
最近はとみに目線が定かでなかったり、
職員室で一人、ぶつぶつ呟いている光景をよく目にする。
先日も、クラスの高翌林が突然、心臓発作を起こして亡くなっており、
久保寺先生のストレスが、相当溜まっていることは間違いないだろう。

この日の晩。間もなく午後7時になるが、
先日、夏至を迎えたばかりということで、まだ外は明るい。
職員室で帰る支度をする途中、外で人影が見えた。
見ると、久保寺先生がたたずんでいた。
この煙たい臭い、タバコか?
久保寺先生は酒もタバコも嗜まないはずだが・・・
63 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 21:03:29.69 ID:J50IFg0x0
「久保寺先生、いかがしました?」

「ああ・・・宮本先生ですが。
いや。こうでもしないと、毎日やってられなくて・・・」

やはり相当、参っているのだろう。タバコに手を出すとは重症かもしれない。

「そうだ、今晩飲みに行きませんか?私がおごりますよ」

「いえいえ。お気持ちだけでも、ありがたく受け取らせていただきます。
家族も待っていますし、では今日はこれで・・・」

近くの灰皿にタバコを押しつけると、久保寺先生はそのまま帰ってしまった。
彼は公私混同を決してしない真面目な人間だが、
誰にも相談せず、自分一人で問題を抱えてしまうきらいがある。
なにやら家庭も複雑な事情があるらしいが、直接知る人はほとんどいない。
もう少し、我々同僚にも悩みを打ち明けてくれてもいいと思うのだが。
一方、この人は・・・

「親父ー!生中ジョッキもう一杯!」

「先生、それ以上は躰にさわりますよ」

ここは飛井町にあるバーの「イノヤ」。
騒がしい居酒屋とは趣を異にする、静かで小洒落た店なのだが・・・
彼女にとっては、そのようなことなど、どうでもいいのかもしれない。

「ひっく。だいたい今の校長はさ・・・
私たちがどんなに苦労してんのか、全然わかってないのよ!
それも『知らぬが仏』だから、余計腹立たしいの。ねぇ、良子。聞いてる!」

「もう、それは姉さんの名前だって、何度言ったらわかるんですか?
私は優子ですってば。ユ・ウ・コ!
いくら酔っているとは言え、いい加減覚えて下さい。三神先輩!」
64 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 21:04:03.04 ID:J50IFg0x0
先ほどから泥酔して色々愚痴をこぼしているのは三神先生だ。
学校では凛とした雰囲気を崩さない彼女だが、実はかなりの酒豪だったりする。
一旦飲み始めると、もう誰にも止められない。
普段からは想像もできないこのような姿を、とても生徒には見せられない。

「くしゅん!」と誰かが、くしゃみをしたような気がしたが、
たぶん気のせいだろう。

しかし、三神先生の気持ちも、分からなくはない。
彼女もおととしに続いて、今年は副担任という形で3組に関わっている。
しかも、甥の榊原がその3組のクラスメイトなのだから、
その精神的な疲労は、並々ならぬものがあるだろう。
その三神先生を介抱しているのは、音楽教師の秋山先生。
セミロングの髪と、少しボーイッシュな雰囲気で、
顧問を務める吹奏楽部の女性部員の間では、人気が高いらしい。
彼女は三神先生と同じく夜見北のOGであり、確か三神先生より2歳年下のはず。
時々その頃の癖が出て、今でもたまに「先輩」と呼んでしまうらしい。

そもそもこの2人がここにいる理由。
それは先ほどの久保寺先生との会話を、三神先生が立ち聞きしていたようだ。
久保寺先生を見送って振り向くと、そこには、
何か物欲しそうな目をした三神先生がいたのだった。
かわいい。不覚にもそう思ってしまった。
同席している秋山先生は、さしずめ彼女のお目付役と言ったところか。
どうやら、私は秋山先生に警戒されてしまったらしい。

「宮本先生、そろそろお開きにしましょうか?
三神先生は私が家まで送っていきます。ほら、三神先生。立ってください」

「うーん、お姉ちゃん・・・」
65 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 21:04:38.12 ID:J50IFg0x0
秋山先生は三神先生を抱えるように支えると、
外に停めた車に乗せて、三神先生の自宅へ向かって走り出した。
後に残された私が、約束通り3人分の代金を支払うこととなった。
会計で精算を済ませたが、財布がまた寒くなる。
しかし、これも3年3組の副担任として頑張っている三神先生のためだ。

正直、今の私にはこれくらいしか助けてあげられることがない。
それすら断ってしまう久保寺先生にも困ったものだが、
生徒より先に、教師がダウンしては話にならない。
ここは長年、3年3組の相談役を務める千曳先生に力を貸して欲しいところだが、
あいにく千曳先生は、北海道にいる奥様のご実家の元におられ、
しばらくはこちらに戻ってこない予定だ。
千曳先生は災厄の対象からは外れているが、ご家族に災いが及ばないように、
こうして、夜見山に単身赴任という形で住んでいるのだと言う。

幸いにも、見崎と榊原の2人が“いないもの”となって以来、
新たな犠牲者は出ていない。
千曳先生が夜見山に戻ってくるまで、
いや、3月の卒業式まで何事もなければ良いのだが・・・
今はそれを願うばかりである。

私は「イノヤ」を出て、
まだ蒸し暑くならない、少しひんやりとした夜の街の空気に触れた。
この辺りも、前に比べて淋しくなったような気がする。
運良く、すぐにタクシーが見つけられるだろうか?
とりあえず、少し車の行き交いが多い大通りへ向かうことにした。
66 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 21:07:52.89 ID:J50IFg0x0
No.10  Kenzo Kawahori

“いないもの”が2人になって、1ヶ月以上が過ぎた。
ホームルームで赤沢が新しい委員長になり、
翌日から“いないもの”を増やす直前、高翌林が心臓発作で急死した。

サッカー部に入って、外で躰を動かしてばかりいる俺は、
高翌林とは話すこともなかったが、それでもクラスメイトが
また1人死んでしまったことは、クラスに衝撃と喪失感を与えた。

せめてこれが最後であって欲しい。もう二度と犠牲者が出てこないで欲しい。
誰もがそう切実に思い続けたこの1ヶ月。
幸いにも、クラスメイトだけでなく、その家族からも、
1人も死者が出ることなく、クラスは平穏な日常を取り戻しつつあった。
けどそれは、いつ惨劇が再開するかもしれないという
恐怖に耐えなければならない、見せかけの平穏だったかもしれない。

見せかけでもいい。
このまま誰も死なずに卒業式まで終わったら、万々歳じゃないか。
そう言い聞かせながら、心の中では誰もがまだ不安を抱いていたに違いない。
そして、そんな期待が空しいものだったということを、
俺たちは嫌と言うほど、思い知らされることとなる。

夏休みも間近に迫った、7月13日の早朝。
こっちも滅入ってしまう位、じめじめした梅雨がようやく明けて、
雲一つない、いい天気になった。
日差しは強いがからっとした陽気で、
何事も無ければ、絶好のサッカー日和になるはずだった。

また、長かった期末試験の苦しみからようやく解放されたばかりである。
単に勉強が嫌だっただけでなく、テストはある種のジンクスだった。
そう、全ての始まりだった桜木の死は、中間試験の真っ最中であり、
テストをやってる間に同じような事件が起きるのではないかと、
心配していたのは、俺だけじゃないはずだ。
そのジンクスを乗り越え、俺たちが安心した油断を突くかのように、
あのおぞましい事件は起きたのである。
67 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 21:08:27.28 ID:J50IFg0x0
この日のホームルームに現れた担任の久保寺は、
なんかいつもと様子が違っていた。
ドアを開けてから教卓に着くまで、やたらと動きがクネクネしたいたのである。
おまけに、今日はなんかでかいカバンを持っている。
あんなカバンを持って来るのを見たのは、今日が初めてだ。

そして最も違和感を覚えたのは、何かに取り憑かれたような表情だった。
一番後ろの席の俺からでも、それははっきり読み取れた。
元々印象が薄く、根暗っぽい感じがするうちの担任だったが、
今日はいつにも増して、この快晴にまるで似合わない、冴えない顔をしていた。
目線も明後日の方向を向いていて・・・
いや、目が泳いでいた、と言った方がいいかもしれない。
久保寺は、いきなりドスン!と大きな音を立ててカバンを教卓に置いたので、
クラスのみんなは一斉に、久保寺へ視線を注いだ。

「みなさん・・・おはようございます・・・
今日は私・・・謝らなければなりません・・・」

そうは言ってるものの、久保寺は俺たちのことを見ようともせず、
視線が宙にさまよいながら、なにやらぶつぶつ独り言を言ってるように思えた。

「この場で・・・どうしても・・・
来年の3月には・・・卒業できるように・・・
そう願って・・・頑張ってきたつもりだったのですが・・・
この後のことはもう・・・みなさんの問題です・・・
始まってしまった以上・・・どうあがいても無駄なのか・・・
あるいは・・・わかりません・・・わかるはずがない・・・!
と言うか、そんな話はもはや、どうでもいいと私は・・・
うぅぅ・・・!」

所々聞こえない部分はあったが、謝っていることだけは何となくわかった。
が、次第に早口に、かつ声のトーンが上がっていき、
なんか変だということを、みんなも感づいたようだ。
そしてその直後、
68 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 21:09:14.54 ID:J50IFg0x0
「ひぃやぁぁぁぁぁおぅぅぅぅぅん!!!」

久保寺はとても人間の声とは思えない雄叫びをあげたかと思うと、
カバンから、どう見てもホームルームには不自然な物体・・・
銀色に怪しく光る、出刃包丁を取り出した。

俺たちが驚く暇もなく、久保寺は相変わらず奇声を発しながら、
めちゃくちゃに包丁をぶんぶんと振り回した。

俺は思わず後ろにたじろいだ。
後ろ姿ではよくわからないが、周りも同じような反応だっただろう。
思えば、この時にでも俺たちは逃げ出すべきだったのかもしれない。
だが、みんな金縛りに遭ったかのように逃げることができなかった。
なぜなら、逃げた人に向かって斬りつけたり、
包丁を飛ばしたりするんじゃないか?などと思ったからだ。

だが、次に取った久保寺の行動は、俺たちの予想を遙かに超えるものだった。
自分の首に包丁を、勢いよくブスリと刺したのである。

『ぐしゃぁ』とトマトが潰れたような鈍い音がして、
久保寺の口からは、血が塊のように飛び出すのが見えた。
首だけでなく、顔もシャツも血まみれになった久保寺は、
包丁を刺したまま、しばらくふらついていたが、
黒板にもたれかかっと思うと、
最後の力を振り絞るかのように、首を一文字に切り裂き、
包丁が首から離れた次の瞬間、

『ブシャァァァァァァ!!!』

まるでスプリンクラーのように、血しぶきが教室一面に飛び散った。

逃げる用意を始めていたのか、
それともよせばいいのに、怖いもの見たさで様子を見ようとしたのか、
今となっては俺自身よくわからないが、立ち上がっていた俺は、
血しぶきを避けるようにして、座り込んでしまった。
69 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 21:09:41.13 ID:J50IFg0x0
せめてもの幸いか、最後尾の俺の所までは届かなかったが、
血の雨が教室全体に降り注ぎ、2つ前の席にいる水野や望月の頭には、
べっとりと血がこびりついていた。
もっと前の席は、もっとひどいことになっていただろう。
天井にも血の跡が付いてるのだから、よほど凄まじい勢いだったに違いない。

そして、自らの血で真っ赤に染まった久保寺は、
糸が切れた操り人形のように、ぐにゃりと倒れながら、
俺の視界から姿が消えた。

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!」

誰の悲鳴だったのかわからないが、これがきっかけで
固まったまま動けなかったクラスのみんなは、
呪縛から解き放たれたかのように、我先に教室から逃げ出した。
出入口に近かった俺は、前のめりになりながらも、
真っ先にこの地獄と化した場所から脱出することに成功した。
俺が出入り口の方を振り向くと、辻井や杉浦など、
比較的席の近い連中から順に、続々と廊下から飛び出してくる。

だが、廊下に無事避難したクラスメイトを数えてみると、
半分くらいしかいない。残りはまだ教室に残ってるのか。
まさか、久保寺はまだ生きていて、取り残されたやつらは襲われたんじゃ・・・
怖さを懸命に堪えながら、俺は恐る恐る出入口から教室を覗いてみた。
すると赤沢と望月が、
それぞれ机に伏したまま泣いている綾野と江藤を介抱しているのが見えた。
クラスの女子が他のクラスメイトを助けてるのに、
大の男の俺は、さっさと逃げ出して何やってるんだ・・・
70 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 21:10:06.24 ID:J50IFg0x0
「俺たちも行くぞ!勅使河原、お前も付き合え!」

「お、おう・・・」

同じく最後尾だったためか、割とショックも少なく落ち着いてた勅使河原と一緒に、
俺は教室へと戻っていった。

教室の惨状は、とても言い尽くせないほどひどいものだった。
前の方を見れば見るほど、机は鮮血で真っ赤に染まり、
ところどころ机や椅子が、皆が逃げた拍子なのか、なぎ倒されていた。

「勅使河原!あんたは由美を見てやって!」

「わかった!」

赤沢の声に、勅使河原は窓側で床に座り込んだまま動かない小椋を助けに向かった。
中尾も赤沢の手伝いを色々と行っている。
俺はなにをすれば・・・と思って前方を見ると、
床に嘔吐物を吐いて倒れ込んだ和久井の姿が見えた。

「やべぇっ・・・!」

先月に死んだ高翌林の一件をどうしても思い出してしまう。
喘息で病弱な和久井が、このままじゃ危ない。
前列の方には、風見と中島が血まみれのまま動かないが、
今はまず、和久井を何とか救助しなければいけなかった。
そう直感した俺は、急いで和久井の元へ駆けつけた。

「和久井!ほら、行くぞ!よっと・・・」

意識はあるらしく、首を小刻みに縦に頷いた和久井を背負って、
俺は教室を後にしようとした。
すると、もう一人。ロッカーの前でうずくまっている女子の姿があった。
有田だった。
71 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 21:10:40.39 ID:J50IFg0x0
俺は同じ運動部で体育会系の水野・前島・米村と、
昼休みや放課後は一緒にいることが多い。
中尾も運動部だが、あいつは赤沢にべったりなので、あまり話したことがない。
さすがにこんな面々が4人でしゃべっていると、女子が見ると暑苦しいらしい。
誰が言ったか知らないが、俺のことを「男が好きなんじゃないか?」
と噂する女子もいるらしいが、冗談じゃねぇ!
俺だって、コンビニで雑誌のグラビアアイドルを立ち読みしたりする、
年相応の健全な男子だ。もちろん女にモテたい。

俺たちのクラスの男子の間で、人気のある女子と言えば、
一番が死んだ桜木、次いで赤沢、綾野らしい。
しかし俺は、有田が可愛いなと思って、いつしか視線がいくようになった。
赤沢は美人だが性格がちょっときついし、あまりに敷居が高すぎる。
綾野は少しボーイッシュで、友達ならいいが、
あまり女の子っぽくなくて、彼女というイメージがしない。
多々良がランク外なのは少し意外だが、同じ部活に名前の通り“王子”がいるためか、
それとも、彼女にするにはあまりに恐れ多いからなのかもしれない。
有田は格別スタイルが良いわけでも、クラスの中で選りすぐった美人でもないが、
なんとなく庶民的で、親しみやすい感じがした。
笑顔を見せると、結構可愛いし、俺の好みのストライクゾーン直球だった。

そんな有田が苦しそうにしているのを、俺は放っておけなかった。

「有田!こんなところで、なにやってんだよ!」

有田がハンカチを手に当てながら、俺の方を見つめる。
放っておけない。守ってやりてぇ。
そんな思いを口に出すのを堪えながら、

「ほら、いくぞ・・・!」

有田が教室を出るのを促して、俺は和久井を抱えて教室を後にした。
72 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 21:11:07.71 ID:J50IFg0x0
廊下に出て和久井を下ろすと、有田もしっかり後に付いてきた。

「ちゃんと保健室に連れてやるから、今はゆっくり横になってろ」

そう言って和久井を寝かせると、廊下側に視線を移した。
綾野と小椋は、それぞれ赤沢たちが無事に連れてきたようだ。
辻井が体育座りになったまま顔を伏せて震えており、
望月が助けたらしい江藤も、顔が蒼白になって呆然としていた。
辻井に声を掛けて、大丈夫かどうか様子を見ていると、
教室から2つの人影が現れた。
“いないもの”となっている見崎鳴と榊原恒一・・・
本来ならば、目を合わせることも、その存在を意識することも禁止されているが、
最後に教室を出た2人を、俺だけでなく赤沢や杉浦も、2人に視線を向けた。

榊原は肺に気胸を患っていることもあって、
少し息苦しそうにしており、その表情も青ざめていた。
だが、見崎はあんな大惨事があったにもかかわらず、
動揺する様子も全くなく、普段と全く変わらない無表情だった。
まるで、自分の意志がない人形のように・・・



翌日、あんな事件があったために欠席した俺の元へ、辻井が電話をよこしてきた。
今日のホームルームで、赤沢が榊原と見崎を“いないもの”から
解除することを決定し、連絡網で水野に伝えるようにとのことだった。
登校した生徒は半分にも満たなかったが、誰も異存はなかったらしい。

俺もこの決定に反対はしなかったが、まだ心の中では納得していなかった。
惨劇が起きても平然としている見崎への不信は、
考えてみれば、この時から生じていたのである。
73 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 21:11:36.27 ID:J50IFg0x0
No.26  Yuya Mochiduki

久保寺先生がボクたちの目の前で自殺したあの日、
校内の混乱は、並大抵のものではなかった。
教室が隣の2組や4組の生徒の中には、先生が止めるのを振り切って廊下に出て、
ボクたちの惨状を見て、衝撃を受ける人も幾人か見られた。
千曳先生や宮本先生、そして三神先生もあちこちの対応に追われて
校内を目まぐるしく動き回り、
救急車やパトカーがけたたましくサイレンを鳴らしながら何台も来るなど、
校内はどこもかしこも騒然となった。

当然、ボクたち生徒は全学年問わず全員下校させられた。
階数も違って、事情をよく知らない下級生の一部は、
学校が休みになってラッキーと思ってる子もいたらしいけど、
同じ3年生は皆、不安な表情を隠せなかった。
同時に、3組に対して好奇の目で見る人もちらほら見られ、
その視線がボクにはとても辛かった。

ボクが家に帰ると、そこには知香姉さんが待っていた。

「おかえりなさい、優矢君」

「姉さん?そっか・・・今日は『イノヤ』の定休日なんだよね」

口には出さないが、学校で何か大変なことが起きたことを、
姉さんは既に察したようである。

「何か飲み物を用意してくるから、座って待っていてね」

しばらくすると、姉さんは2つ分のマグカップをトレイに乗せて戻ってきた。
この真夏に熱い飲み物?と一瞬思ったが、冷房もガンガン効いたこの部屋の中、
キーンと冷える冷たい物より、暖かい飲み物の方が、
気分的にも落ち着くのかもしれない。
姉さんの気の利いたチョイスには、脱帽する限りだ。
74 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 21:12:02.52 ID:J50IFg0x0
カップに入ってるのはコーヒーだった。
飲んでみると、苦みと酸味の後に心地よい甘みが口の中に広がる。
なんだか、ほっとした気分になってきた。

「おいしい・・・」

「ウフフ、うちの自慢のハワイコナ・エクストラファンシーよ。
お店から少し持って来ちゃった」

「え・・・?いいの?そんなお店の大切なものを・・・」

「いいのいいの。優矢君が喜んでくれれば、あたしだって嬉しいわ。
優矢君のクラスの泉美ちゃんも、このコーヒーがお気に入りみたい」

姉さんの笑みが眩しくて、なんだか照れくさくなってしまった。



知香姉さんはボクの家の近くにある喫茶店「イノヤ」のウェイトレスで、
昼間の間は実質上店長もしている。
この「イノヤ」は、元々姉さんの旦那さんである猪瀬さんが経営するバーで、
今は昼間が姉さん、夜は猪瀬さんがそれぞれメインとなって、店を切り盛りしている。
姉さんは職場でも「望月」の旧姓を使っているが、
戸籍上は「猪瀬知香」となっている、れっきとした既婚者なのだ。

ボクと姉さんは10歳以上も年が離れていて、
共働きのために家を留守にすることが多い母に代わって、
ボクが物心が付く前から、よく面倒をみていたらしい。
小さい頃から背が低く、華奢で女の子とよく間違えられるボクは、
幼稚園から小学校低学年の頃は、よく周りにからかわれて
泣きながら家に帰ったことが何度もあった。
そんな時、いつも優しく慰めてくれたのが姉さんだった。
三神先生のような年上の大人が好きになったのも、
ボクがいつも姉さんの後を追いかけていたからだという自覚はある。
75 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 21:12:32.90 ID:J50IFg0x0
ボクと姉さんが母親の違う腹違いの姉弟ということを知ったのは、
小学校に上がったばかりの頃だっただろうか?
お盆にお墓参りに行った時に目にした、
赤字で書かれたボクのお父さんの名前に記された妻という漢字。
お母さんはいるのに、なんでだろう?と思ってお母さんに尋ねて、
ボクは知香姉さんの事情を知った。

確かに言われてみれば、姉が弟に「○○君」と言うのも今思えば不自然だったし、
年があまり離れていないお母さんと姉さんは、
まるで姉妹のように仲が良かったが、
お互いに必要以上に気を遣っているところも窺えた。

数年前に姉さんが話してくれたことがある。

「実はね。新しいお母さんができるってお父さんから言われた時は、
本当言うと嫌で仕方なかったの。結構くずったみたいだし。
お父さんを、新しいお母さんに取られるんじゃないかなって思ったのかな?
でもね。お母さんはあたしを本当の子供のように可愛がってくれたわ。
それこそあたしと優矢君を分け隔て無く、育ててくれたし・・・
あたしはこの家に生まれて育ったことを誇りに思ってるわ。
だから結婚しても、こうして『望月』の名前を使ってるのよ」

望月家の人間であり続けることが、お嫁に行くまで育ててくれた、
お父さんと今のお母さんへの恩返しの一つなのだろう。

そして今、コーヒーを飲んでいるボクに、姉さんはこう言った。

「優矢君。もし何か辛いことがあっても、あたしは優矢君の味方だからね。
一人で思い詰めて苦しんでる優矢君の姿は見たくないし、
悩みがあったら、このお姉ちゃんが相談に乗ってあげるわ。
嬉しいことは二倍分、悲しみは半分こ。それが姉弟でしょ?」

ああ、聞いているうちに、目の前の姉さんがどんどんぼやけて見えた。
今日の辛くて恐ろしい出来事で、氷のように凍てついたボクの心を溶かしてくれる。
姉さんの言葉は、このコーヒーの何百倍も温かかった。
76 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 21:13:09.56 ID:J50IFg0x0
「ぐすっ、姉さん・・・ボクは・・・ボクはっ・・・!」

緊張の糸が一旦解れたら、後はもう涙が出るに任せる他なかった。
うつむいたまま泣いているボクを、姉さんは黙って抱きしめた。
後で思えば、むちゃくちゃ恥ずかしい思い出である。
でも、その時は姉さんの温もりが、ただひたすら愛しかった。

「優矢君、落ち着いた・・・?」

しばらくして姉さんはそう言って、そっと離れた。
まだ泣き止んだばかりで気持ちが高ぶりが残っていたボクは、
首をこくんと縦に振ることしかできなかった。
まだ、目が腫れぼったくて、少し鼻をすすってしまう。

「姉さん、あのね・・・ボク、実は・・・」

言いかけて、ボクは止めた。
ボク自身の悩み、それはこのクラス全体の悩みでもあった。
次々にクラスの関係者が死んでいく災厄の恐怖・・・
今度は自分や三神先生の番じゃないか?という不安に、卒業式まで耐えられるのか?
とにかく打ち明けて、胸の奥にある苦しみを吐き出したかった。
アドバイスとか打開策とかが、なくてもいい。
少しでもボクの中の不安が和らぐのならば。
そんな囁きをボクに吹きかけてくるのは、ボク自身の心だ。

そんな願望は自分勝手だと言って釘を刺す、もうひとりのボクもいる。
ボクは榊原君に真実を話そうとして、
目の前で苦しみながら死んだ高翌林君のことがいまだに頭から離れない。
それに、噂で聞いた話だけど、高翌林君の少し前に亡くなった水野君のお姉さんも、
ボクたちのクラスの実情を知ろうとしていたらしい。
クラスの秘密をばらしてはいけない。
話したら、自分だけじゃなく、その相手までも被害が及ぶと言う。
腹違いでも姉さんは二等親だから、災厄の対象に充分なり得る。
77 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 21:13:36.63 ID:J50IFg0x0
「大好きで大切な姉さんを、こんな恐ろしい出来事に巻き込んでいいのか?」

「いや、元々お前の姉さんだっていつ危ない目に遭っても
おかしくないんだから、話しても話さなくても同じだよ」

決めた。姉さんにこのことを打ち明けよう。
もし黙ったまま、姉さんの身に何か起こったら、その時後悔しても
もう遅いのだから・・・

「姉さん、実は・・・」

ボクは意を決して、姉さんにクラスの事情を話した。
3年3組を苦しめる呪い、既に何人も死者が出た現状、
そして今日、久保寺先生も災厄で自殺してしまったこと・・・
一旦しゃべり出したら、堰を切ったように伝えたいことを思い切り話した。
こうなったら、もう後戻りはできないのだから。

「その話、本当だったのね・・・。あたしは3組じゃなかったけど、
3組の生徒が何人も死んで、うちのクラスの中でもなんか変だぞって
噂になって・・・でも、教えてくれてありがとう」

「ごめんなさい。姉さん・・・これで姉さんも巻き込む形になっちゃって・・・」

「心配しないで。それよりも、勇気を出して話してくれたのね。えらいわ」

姉さんがボクの頭をよしよしとなでる。
もう子供じゃないよと思ったけど、悪い気はしなかった。

「あたしの店には、学校のOBやOGも結構来てるみたいだから、
心当たりのある常連さん辺りに目星を付けてみるわ。
何かいい情報があったら、電話で連絡するね」

「本当に・・・本当にありがとう。姉さん!」

姉さんにはこれからも頭が上がらないな。
そう思いながらも、ボクは姉さんに感謝の気持ちでいっぱいになった。
78 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 21:14:07.47 ID:J50IFg0x0
翌日、これまでの教室はもう当分使えそうにないため、
3組はB号館の空き教室に移転した。
やっぱり・・・と言うべきか、あちこちで空席が目立っており、
後で確認したら、いたのは12人、つまり半数以上が欠席していた。
無理もない。あんな事件が起こったのだから、
学校に行くのが怖くなってもおかしくない。
正直、ボクも行くかどうか朝までかなり迷ったのだ。

ホームルームの始めに、三神先生から色々連絡事項があった。
久保寺先生の代わりとして、三神先生が担任代理務めることとなる。
本当だったら涙が出るくらい嬉しいことなのだが、
昨日のことがある以上、とても喜ぶ気にはなれない。
それに、この呪われた3組の担任という重責がのしかかった
三神先生の辛さを懸命に隠した表情を、見るのが辛かった。

そして、赤沢さんが主導のもと、ホームルームが滞りなく進み、
これ以上“いないもの”が無意味だとして、
榊原君と見崎さんの“いないもの”が解除された。
中尾君は不服そうな面持ちをしていたが、
赤沢さんに睨まれると、あっさり引っ込めた。

とにかく、これでやっと榊原君と見崎さんに謝ることができる。
クラスの決めごととはいえ、2人にはひどいことをしてしまったから、
許してもらえなくても、きちんと謝りたかった。
けど、ホームルームが終わった途端、さっそく勅使河原君が2人に話しかけて、
ボクの入る余地もなく、移動教室が重なったこともあって、
直接話せたのは午後になってからだ。

「えと、その・・・榊原君、見崎さん。今まで不愉快な思いさせちゃったよね・・・
特に榊原君は事情も知らせてなかったから・・・本当にごめんなさい・・・」
79 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 21:14:46.43 ID:J50IFg0x0
「勅使河原から聞いたよ。別に嫌な思いもしてないし、気にしないで。
それに“いないもの”になったおかげで、見崎のことも“いないもの”も
だいたいわかったから、あのまま何もわからないまま過ごすより
ずっと良かったと思ってるし」

「そっか・・・あと見崎さんも、色々迷惑かけちゃったみたいで・・・」

「いいの。家にも美術道具は沢山あるから、わざわざ美術室に行かなくても
家で描けば済むことだし」

見崎さんとは、同じ美術部で3年間一緒だったけど
どうも、未だにその真意を読み取ることができない。
ちょっと苦手意識があると言うべきなのか・・・

「そ、そうだ。見崎さんの描きかけの絵は、ちゃんと美術資料室に
保管しておいたよ。後で取りに来てね。よかったらボクが・・・」

「いい。自分で持って帰る」

「・・・」

そう、見崎さんとは会話が続かないのだ。
これが三神先生のように、間に第三者がいれば、特に問題はないのだけど。
見崎さんは榊原君といつも一緒だから、これからは榊原君を通して話せば、
少しはお互いにわかり合えるのかもしれない。



ところでこの日、ホームルームの前にちょっとした事件が教室で起こったのだけど、
それはまた別のお話。
80 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 21:15:16.91 ID:J50IFg0x0
No.4  Yu Eto

夏休みに行われる県の総体に向けて、
プールでは今日も水泳部のみんなが、練習に余念がない。
わたしも今は余計なことを考えずに、とにかく少しでも記録を縮めようと
泳ぐことにただひたすら打ち込んでいた。
一時はどうなることかと思ったけど、やっぱりわたしの居場所は水の中にあるんだ。
と、つくづく思うようになる。

夏休みまであと1週間を切ったあの日の朝、
久保寺先生が、突然クラスのみんなの前で自殺した。
それも、包丁で自分の首を切り裂くという信じられない形で。

目の前で何が起きたのか、わたしは一瞬わからなかった。
いや、わかりたくもなかったと言った方がいいかもしれない。
おびただしい量の鮮血が教室中に飛び散り、
自分の躰から出た血の海に倒れ伏す先生の惨状を見て、
平常心を保てるわけがなかった。

親友である、彩の悲鳴で我に返ったわたしは、
恐怖が一挙に押し寄せて、金切り声を上げながら号泣した。

「嫌だっ・・・ヤダヤダ!こんなの嘘だっ!」

今この場で起こった惨劇から必死に逃れたくて、
耳を防ぎ、激しく首を横に振りながら、
周りがみんな教室から逃げる中、わたしは机に伏したまま動けなかった。

「・・・江藤さん、江藤さん!大丈夫!?」

当初はその呼びかけにも怯えて、拒絶反応を示したわたしだったけど、
その穏やかな声を聞いて、はっとその声の主がいる方向を見上げた。
わたしのすぐ前の席にいる望月君だった。
制服のシャツに、返り血がいっぱいかかっているにもかかわらず、
わたしの心配をしてまだ教室に残っていたのだ。
81 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 21:15:57.42 ID:J50IFg0x0
「ここは危ないよ、早く廊下に避難しよう」

「・・・うん」

望月君にエスコートされるようにして、わたしはようやく教室を後にした。
だが、まだわたしの中ではこの事実を受け止められたわけではない。
廊下に出たわたしは、望月君にお礼を言うのも忘れ、
ただ呆然とへたりこむことしかできなかった。

その翌日は、まだ学校に行くことへの恐怖が頭の中から離れず、
ようやく登校できるようになったのは、4日後の17日になってからのことだ。

「望月君。この間は本当にありがとう。
・・・ごめんなさい、こんなに遅くなっちゃって」

「ううん。それより、江藤さんが元気に学校に来られるようになって良かったよ」

「望月君・・・」

ホームルーム前に望月君にお礼を言った時、少し彼にときめいてしまった。
望月君は華奢かつ童顔で、まだ変声期前の子供っぽい声をしており、
本当に男の子かと疑いたくなるくらい、中性的な容姿をしている。
女子の席にいるし、わたしとほとんど背が変わらない上に、
ショートヘアのわたしより髪が長いため、余計そう思えてしまう。
現にわたしと並ぶと、どっちが女の子でどっちが男の子なのか、
時々自分ですら、わからなくなってしまう。
でも、こうしてみると望月君も頼もしくて
やっぱり男の子なんだな・・・ふと、そう感じるようになった。

ホームルームで、突如三神先生が言い出した夏休みの合宿に戸惑いつつも、
放課後、今日最大の目的を果たすために、わたしはプールに向かった。
入り口の扉を開けると、プールサイドにいた仲間や後輩達が、
一斉にわたしの元へ駆け寄ってきた。
82 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 21:16:24.19 ID:J50IFg0x0
「江藤、あんた大丈夫なの?」

「先輩、躰のお具合悪かったんですか?」

みんなが心配してくれたのは嬉しかった。が、どこか気を遣いすぎて、
腫れ物に触るように、恐る恐る接しているような感触も見受けられた。

それはともかく、競泳水着に着替えたわたしは、準備運動を済ませると
約1週間ぶりのプールへ、思い切り飛び込んだ。

『パシャーン!!!!!』

水を切る心地よい響きを聞く暇もなく、わたしはバタフライを泳ぎ始めた。
ああ、やっぱり水の中は気持ちいい。
4日前の事件以来、躰にまとわりついていた不安や煩悩が、
水の中で綺麗に流れ去っていく。
無我夢中で泳ぐ中、わたしは泳ぐことの歓びを躰全体で感じていた。

わたしが水泳と出会ったのは4歳の時だった。
昔のわたしを知らない人は信じないかもしれないが、
実は幼い頃、喘息を患っていたことがある。
入院するほどの重い症状ではなかったけど、
吸入器を口に入れると、シューシューと音が出ていたのは覚えている。

このまま病弱な躰になってしまうのを、両親は心配したのだろうか。
両親が勧めるのに任せて、わたしは市内のスイミングスクールに通い始めた。
初めは25mの巨大なプールの中で、水面に顔を付けるのも、
深い水の中に吸い込まれるようで怖かったらしいけど、
ゆっくりと、でも少しずつ泳ぐことに慣れていった。
夏はもちろん、寒い冬でも一年中泳ぎ続けていったせいか、
肺も丈夫になっていき、小学校1年生の時を最後に、
喘息の症状は全く起きなくなった。
これも水泳を続けた賜物であることは間違いない。
うちのクラスでは、和久井君が今でも喘息で苦しんでいるが、
彼も水泳をやっていれば、丈夫な躰になれたのにと、時々思うことがある。
83 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 21:16:56.82 ID:J50IFg0x0
健康な体になるために両親が勧めた水泳だったが、
いつしか、わたしは泳ぐことそのものが好きになっていった。
重力やしがらみに縛られることなく、
魚のように、自由自在に動き回れる水の中に心地よさを覚えたのだ。

泳ぐ邪魔にならないため、わたしは昔から髪をショートカットにしている。
外に出て遊ぶことも好きだったことから、
男子と一緒にいることも多かったわたしは、
小学校の頃は男の子と間違われたり、
「男女(おとこおんな)」と呼ばれてからかわれたりすることもあった。
クラスの男子がふざけて馬鹿にした時に、怒ってコテンパンにやっつけて、
その男子と一緒に、先生に叱られたのは今となってはいい思い出だ。
あの男子は今頃どうしているのだろうか?

だけど、そんな時間も長くは続かなかった。
自分が女の子の日を初めて迎えた時、自分はもう男の子と一緒に走り回ったり、
遊び続けることができなくなったと痛感した時は、悔しくて仕方なかった。
お母さんはお赤飯を炊いて喜んでいたが、
わたしはその晩、悔しさのあまり泣き明かして一晩中眠れなかった。

それでも中学生になった今も、わたしの友達の多くは、
男の子のように活発なタイプの子が多い。
彩と奈緒美はアクティブで少年っぽい印象を受けるし、
珊は一見大人の女性みたいだけど、ヘビメタをやっているなど、
ワイルドな部分にどこか憧れを持っている。
わたしが珊と親しくなるきっかけを作った松子と、2人といつも一緒にいる和江ちゃんは、
女の子らしいタイプだけど、それはそれで良いと思う。

こうしてみると、さっきまで話していた望月君は、
これまでわたしが会ったことのないタイプの子である。
男の子なのに運動より芸術を好み、柔和で繊細、それでいて頼りになる。
わたしは先生の一件があった通り、意外に逆境に脆いところがあるので、
そうした点からも、望月君は外見だけでなく
内面においても、わたしと正反対の人間に感じられた。
望月君を何となく意識してしまうのは、
自分に無いものに惹かれるからなのだろうか?
ただ、望月君は三神先生一筋だから、
わたしのことなんて、ちっとも気づいてないだろうけど。
84 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 21:17:30.60 ID:J50IFg0x0
こうしてわたしが水泳部に復帰して10日あまり経ち、
夏休みに入って、わたしたちの練習も一段とハードになった。
久保寺先生の事件の恐怖も少しずつ薄らぎ、邪念に惑わされることもなく、
一心不乱に、泳ぐことに集中する環境が整った。

その日は、朝からかんかん照りの強い日差しが照りつける猛暑だった。
プールサイドも鉄板のように熱く、
みんなも早く冷たいプールの中に入って、頭も躰も冷やしたいと思っていただろう。
それでも全速力で泳ぎ切ると、水の中でも熱気がこもって
不思議な感触が起こる。それもある意味、心地よかった。

が、午後2時を回った頃から、少しずつ曇り空になっていき、
太陽の光も遮られて、辺りも次第に暗くなってきた。
今日は夕立の危険があるとは天気予報でも言ってなかったが、
雷が鳴るとプールは危険なので、練習もお開きにしなければならない。
今日はこれで最後だろうと思いつつ、飛び込んでバタフライ100mを泳ぎ始め、
60mあたりにさしかかったその時、足が急に鉛のように重たくなった。

右足が棒のように固まって動かない。
バランスを失ったわたしは、水を思い切り飲み込んでしまった。
躰がプールの底へ引かれていく錯覚に襲われる。
水泳部のわたしが溺れる、そんな馬鹿な?
いや、昔こんな体験をしたことがある。
そうだ、スイミングスクールで幼児向けの足台エリアから出て、
当時の私の身長より遙かに深い、1m20cm近くもある
本来のプールの深さの部分に、初めて足を踏み入れた時のことだ。
足が付かない、深い底に引きずり込まれていくような恐怖。
あの時は先生がすぐに助けてくれたが、今とは事情がまるで違う。

ふと、わたしは死の恐怖に戦慄した。
これが災厄なの?
わたしはこんなところで死んじゃうの?
泳ぎの得意な自分が溺れ死ぬという、
普段だったら絶対に起こりえないないような事故が起きる。
それが3年3組には、立て続けに起こるのだから充分あり得る。
必死に抗おうとするも空しく、わたしは水の底へと引き込まれていった。
85 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 21:18:00.47 ID:J50IFg0x0
意識が戻った。目の前には心配そうに顔を浮かべる後輩の顔が映る。

「先輩・・・江藤先輩!良かった・・・先生、江藤先輩が気づきました!」

そう叫んだの2年生の後輩である。
少し顔を赤らめているのは、安心して泣いているからだろう。
人工呼吸もしたのだろうが、この緊急時に口移しを恥ずかしがる暇なんて
なかったのだろうし。

「びっくりしたよ、突然足つって溺れたんだから」

「でも本当に無事で良かった・・・」

みんなの驚きや戸惑いは、やがて安堵の声に変わった。
わたしは危うく、久保寺先生と同じく「七月の死者」になるところだった。
九死に一生を得たが、同時にわたしは
久々に水の中の恐ろしい一面を思い出してしまった。
先生の件のトラウマとは全然違うけれど、
これからはしばらくこの恐怖を克服するのに苦労しなければならないだろう。
そう思うと、少し気が滅入ってしまった。

家に着いてしばらくして、松子からいきなり電話がかかってきた。

「悠ちゃん、綾野さんから今連絡が来たんだけど、中尾くんが・・・!」

赤沢さんといつも一緒にいる中尾君が、
海水浴でモーターボートに轢かれて死んだのだという。
事故が起きたのは今から3時間前、ちょうどわたしが溺れた時だ。

「連絡網で回ってるから、王子くんに伝えといて!」

そう言うと電話が切れてしまった。
もしかしたら、わたしもあと少しで死んでいたかもしれない・・・
今頃になって、得体の知れない恐怖が再びこみ上げてきた。
86 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 21:19:12.11 ID:J50IFg0x0
No.6  Yumi Ogura

兄貴が死んだのは、7月も終わりに近づいた、ある雨の日のことである。
彩と別れた時にはまだ小雨だった天気も、次第に本降りとなっている。
もう走って帰っても、どのみち、びしょぬれになることには変わりない。
そう思ったあたしは早々に諦め、彩との別れで重い足取りのまま、
家のすぐ近くまで戻ってきた。

ふと目の前の光景を疑った。
2階の窓に、ショベルカーが突っ込んでいる。
一瞬、何が起きたのかわからなった。
手の力が抜け、カバンが濡れた地面に落ちる。
いや、今はそんなことなんてどうでもいい。
ショベルカーが突っ込んだあの部屋には・・・!

「兄貴・・・!」

嫌な予感がした。
カバンも置き捨てたまま、家に入ったあたしを待っていたのは、
電話機の前で、呆然としたまま動かないお母さんだった。

「由美・・・あの子が、敦志が・・・」

お母さんが全て言い終わる前に、
あたしは家具や食器が散乱して足の踏み場もない廊下を何とか通り抜け、
焦る気持ちを懸命に抑えて2階へ続く階段を上った。
まだ死んだと決まったわけじゃない。
そう自分に言い聞かせるのも空しく、部屋はめちゃくちゃに荒らされていた。
そして、ショベルカーの機体の真下に重なるように、兄貴の右手が見えた。
パソコンのマウスを離さないまま、その手は血にまみれていた。
右手以外は、その姿を確認することができない。

あたしは全身から力が抜け、ただ座り込むことしかできなかった。
更に激しさを増す雨の音と、どこからか聞こえてくる救急車やパトカーのサイレン、
そして目の前の信じがたき惨状しか、五感で感じられるものはなかった。
87 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 21:19:37.50 ID:J50IFg0x0
兄貴は救急車が到着するや否や、速攻で夕見ヶ丘の市立病院へ運ばれた。
我が家があの有様なので、あたしとお母さん、
知らせを聞いて駆けつけたお父さんを加えた3人で、
共に病院へ向かうこととなった。
ふと、車の中であたしは昔の兄貴のことを思い出した。

今でもクラスの中で一番背の低いあたしだけど、
生まれた時はお母さんが早産だった未熟児で、
しばらくは保育器に入れられたほど虚弱だったらしい。
そのせいかわからないけど、幼い頃から同年代の子より一回り小さかったあたしは、
いつも周りに後れを取って、時々いじめられることもあった。
そんなあたしを昔から守ってくれたのが兄貴だった。
4歳違いの兄貴は、子供の頃から運動も勉強も得意で、
あたしに何かあるとすぐ助けに来てくれる、まさにヒーローのような存在だった。
あたしがお兄ちゃん子になったのも、ある意味自然の成り行きだったのかもしれない。

小学校の高学年になった頃からは、
いつまでも兄貴に頼ってばかりいたらダメだと思うようになったあたしは、
兄貴の力や助けを借りずに、1人で学校生活を頑張って過ごせるように努めてきた。
周りから弱々しく思われないようにするため、強気な姿勢を見せることで、
少し見栄を張ってしまうこともあったが、何とかうまくいくものである。
こうして今では、いじめられたりすることもなく、
学校でもみんなの輪の中にに溶け込めるようになった。

ところが、それに反比例するかのように
兄貴の人生は、次第に暗い影を落とすようになってきた。
兄貴は夜見山から少し離れた進学校の高校に入学したが、
周りは自分よりレベルの高い生徒ばかりで、徐々に引き離されてしまったと言う。
昔から成績優秀で親からの期待も並大抵のものではなく、
また自分でも頭が良いことを、自分の長所と自負していた節がある。
それまで苦労もほとんど味わったことがなかった分、
遅すぎた初めての挫折は、兄貴に相当なダメージを与えたのだろう。
88 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 21:20:15.98 ID:J50IFg0x0
せめて大学はちゃんと入れるよう頑張ろうとした兄貴だったが、
本命はおろか、滑り止めさえ全部落ちてしまい、
兄貴はとうとう浪人になってしまった。
そして希望を失った兄貴は、就職も予備校通いもせず、
部屋に籠もりきったまま、パソコンばかりいじる生活になってしまった。

巷でよく言われる家庭内暴力などが無かったのはせめてもの幸いだが、
トイレと数日に一日だけの風呂以外は、部屋から出ることもせず、
ゴミで散らかり放題の部屋に入ろうとすれば、怒鳴り声を上げて激しく拒絶する兄貴。
どうしてこうなってしまったのだろう。
昔の頼れる優しい兄貴はどこへいってしまったのか?

病院へ辿り着いたあたし達にかまわず、
兄貴を運んだ担架は瞬く間に、手術室に吸い込まれるように去って行く。
ずっと手術室の前にいるわけにもいかないので、
あたし達はロビーへ戻ろうとしたその時、
救急入口から、兄貴と同じように担架で運ばれていく患者の姿が3人見られた。

「危ないですから、どいて下さい!」

救急隊員の声にあたしはさっと廊下の壁によけたが、
運ばれる3番目の患者を見て、あたしは、はっと息を呑んだ。

「彩・・・?どうして、彩が!?」

一瞬、見ただけである。
だけど、頭からおびただしい血を流しながら、苦しそうに荒い息を吐いている、
ショートカットのその子は間違いなく彩だった。
なぜ、彩はさっき夜見山から出たばかりなのに?
まさか・・・!?
頭が混乱してきた。兄貴が事故に遭って、それに続いて彩も?
手術はまだ終わりそうにない。疲れがどっと溜まってきたのか、
あたしはロビーの椅子に倒れ込むと、そのまま意識が遠のいていった。
89 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 21:20:46.41 ID:J50IFg0x0
目が覚めた時には、既にあたりは真っ暗だった。
誰かが持ってきてくれたのだろうか、シーツがかかっていた。
時計を見ると、短針は12時を回っている。
家に着いたのが6時近くで、病院に着いたのが7時前ということは、
5時間近くも眠っていたと言うことなのだろうか?
こんな時によく寝られたとも思ったが、
もしかしたら躰がこのまま現実の世界に戻るのを拒み、
夢の世界に逃げていたかったのかもしれない。

お母さんもまた、そばで眠っている。やはり疲れ切っているのだろう。
お父さんはどうしたのか。いや、それより兄貴は・・・?
2つの人影が近づいてくる。
1人はお父さん、もう1人は格好からして医師に間違いないだろう。
あたしが起きていたのに気づいたらしく、お父さんはうつむいた。
じゃあ、兄貴はやっぱり・・・
最悪の事態を覚悟してもまだどこかしら希望を捨てられずにいた。
だが、お父さんの口から出た言葉は、

「由美・・・、敦志は・・・ダメだった・・・」

全身から悔しさをにじませて、お父さんはその場でうずくまった。

「嘘・・・嘘だよね・・・お父さん。ねぇ、嘘だと言ってよ!」

お父さんにつかみかかるあたしを、隣にいた医師の先生が必死になだめる。
それに気づいて目が覚めたお母さんも、話を聞いた途端、泣き崩れた。

地下2階にある霊安室。そこに、兄貴の亡骸が安置されていた。
躰も顔もミイラ男のように包帯でくるまれ、その白い包帯も血にまみれていた。
頭の骨も折れたのか、あり得ない形に凹んでいる。

「こんなの嫌だ・・・ねぇ、また昔の兄貴に戻ってよ・・・
あたしを助けてくれた兄貴に戻ってくれよ・・・ねえってば!!!」

必死に揺り動かしても、兄貴はピクリとも動かなかった。
後に出てきたのは、言葉にならない嗚咽だけだった。
90 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 21:21:15.94 ID:J50IFg0x0
ふと、彩のことを思い出す。
彩はどうなったのか?まさか死んでなんかないよね?
彩なら無事だ。いや、そうに決まっている!

1階に戻ったあたしは、受付に半狂乱になって彩の安否を確かめようとした。
お父さんたちは困惑するスタッフに詫びを入れ、あたしを叱りつけた。
結局あたしたちは、一旦家に戻ることとなった。
ショベルカーは撤去されたが、
2階が破壊され、1階も中が散乱した変わり果てた我が家で、
一睡することなどできなかった。

翌日、沈鬱な気持ちを抱えたまま再び病院を訪れたあたし達だったが、
あたしは陰気な霊安室をすぐに出て、彩が治療を受けている部屋へ向かった。
死んだ兄貴を悲しんだって、兄貴が生き返るわけでもない。
それより、一刻も早く彩の無事を確かめたかった。
彩の病室には医師が待機していた。予断も許さない状況だという。
自分が患者の親友だということを必死に説明して、
あたしは彩の元へ駆け寄った。

「彩・・・あたしだよ、由美だよ。ね、目を覚まして・・・彩」

頭には包帯が何重にも巻かれて、口には人工呼吸器が、
そして躰には何本もコードのようなものが繋がれている。
ふと、彩の口元が開きかけた。あたしに気づいている!?
首をかすかに揺らし、一瞬だけど彩のまぶたが開いた。

「彩!あたしがわかる?見える?あたしだよ。ねぇ、返事してよ!彩!」

繰り返し、彩に必死に言葉をかけるあたしに、彩は頷いたように見えた。
だが、その後まぶたを閉じると、モニターの心拍数が急激に低下し始めた。
あたしは、体中から血の気が引くのを感じた。
91 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 21:21:47.86 ID:J50IFg0x0
「嘘、やめてよ。お願いだから、彩まで連れて行かないでよぉ!」

私の願いも空しく、心拍数はどんどん減り続けていく。そして、
『ピーーーー』という無機質な音と共に、モニターの心拍数は0を表示した。

「彩、あやぁ・・・ううっ・・・うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

ここが病室であることも忘れて、
あたしは、地の底まで届くような叫び声を上げながら泣いた。
最後の最後に、彩は力を振り絞ってあたしに答えてくれたのか?
そして、最後の力を使い果たして、
命の炎を燃やし尽くしてしまったのだろうか?

彩の死に顔は、どこか笑みを浮かべた安らかなものだった。
だが生の色を感じさせない、まるで彩の姿をした人形のように感じられた。

つい昨日の、雨の中の別れを思い出す。

「元気でね」

私の言葉に、彩は一瞬泣きそうになりながらも、

「うん・・・電話、するから・・・またね」

と答えた。
榊原や勅使河原には「さよなら」と言ったが、あたしには

「またね」

と答えてくれた。そして私も

「またね」

と言って、再会を約束して別れたのだった。
92 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 21:22:13.98 ID:J50IFg0x0
そう、あたし達はお互いにかけがえのない親友だ。
夜見山を出さえすれば、少なくとも彩は死の危険に晒されずに済むはず。
あたしがこの1年を無事に乗り切れば、
また一緒に笑い会える日がくると信じていた。
その約束が、たった1日で破られることも、
あのY字路が、彩との今生の別れになることも露知らずに・・・

そして半日前まで、いつもと同じように仲良く語り合った親友が、
こうして今、冷たい骸(むくろ)となってあたしの前で横たわっていることを、
あたしはまだ認めることができなかった。

その日、彩の家族は誰も来なかった。
なざなら彩の両親も、彩もろとも死んでしまったのだから。
彩の祖父母は遠くに住んでいるため、こちらに来るのはまだ時間がかかりそうだ。

数時間後、泉美が病院を訪れた。
顔に白い布がかけられた彩のなきがらを目の当たりにして、
泉美は「くっ」と口元を強く噛みしめる。

「彩も・・・、私は守れなかった・・・!」

泉美は強い子だ。対策係という辛い立場に立たされても、
決して人前で涙を見せない。本当はあたしと同じくらい、
泣きたくなるような悲しみが、のしかかっているというのに。

そして、あたしは兄貴と彩の未来を奪った災厄が、憎くて憎くてたまらなかった。
あと約1週間に迫った合宿で、絶対にこの馬鹿げた災厄を止めてみせる。

二重の死。これを悲しみだけで終わらせやしない。

「兄貴・・・、彩・・・、あたしが絶対に仇を取ってやる!」

そう心に誓った。
例え、それが修羅の道であろうとも。
93 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 21:22:43.01 ID:J50IFg0x0
No.20  Sachiko Nakajima

また、あの赤き血肉の夢を見る。
それは世にもおぞましき悪夢であった。
しかもただの悪夢ではない。
私のまさに目の前で起きた、地獄のような光景がありありと蘇ってくる。
私は懸命に吐き気を堪えて、口を両手で覆った。
それでも喉からわずかな胃液しか出てこない。
吐き出したいものは、もう躰の中に残っていないのだから。

ここは夕見ヶ丘の市立病院の一室。時刻は午前2時を回った辺りか。
私の左腕には点滴の針が刺さっている。
なぜこんなことになったのか。
それは言うまでもなく、あの惨劇から全てが始まった。

私の席は中央の列の前から2番目。桜木さんのすぐ後ろだった。
桜木さんが5月に死んで以来、前に誰もいなくなってしまったため、
私は授業やホームルームを、真正面で受けることとなった。
私は勉強が得意な方なので、隣で時々居眠りをする猿田君のように
注意を受けることもなく、桜木さんが死んだ虚無感を除けば、
特に問題なく学校生活も送っていた。あの日までは。

そう、既に江藤さんたちの手で語られた、久保寺先生が自殺したあの事件。
私は、傘が喉に突き刺さって死んだ桜木さんにも劣らぬ苦しみと恐怖を、
生きながらにして目に、そして躰全体に、深々と刻み込まれたからである。

久保寺先生がカバンから包丁を出して振り回した時は、すぐさま

「殺される・・・!」

という危機感を抱いた。
現に、桜木さんがあの場にいたら、
包丁がかすっていたかもしれない位の近距離であった。
だが、少し前に川堀君が話していたように、
誰もが蛇に睨まれた蛙のように動けず、私もその一人だった。
けど、本当の恐怖はこれからだった。
誰が、クラスの目の前で自分の首を掻き切ると思っていただろうか?
94 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 21:23:25.87 ID:J50IFg0x0
久保寺先生は自分の喉をを突いてしばらくは、
徐々に首元が赤く染まりながら、ふらふらと揺れ動いていたが、
突然、まるでイカかタコが墨を吐くように、
赤黒いものを私の方へ向かって吐き出した。
『べちゃっ』と鈍い音がしたかと思うと、
赤黒い液体が机にペンキのように貼り付き、
何より私の服、腕、そして顔にこびり付いた。
間違いない、先生の血だった。

「ひぃっ・・・!」

私だけじゃない、右隣の風見君からも同じような呻き声が聞こえたが、
久保寺先生は包丁を喉に突き立てたまま、顔を正面に見据えると、
こちらをギロリと睨み付けた。
先生の双眸は、恨みや怒りといったあらゆる負のオーラに満ち溢れ、
肩で息をしながら、腹の底からうなり声のようなものが聞こえてくる。
そして先生は、断末魔を上げながら包丁で首を深々と切り裂いた。

次の瞬間、久保寺先生の首からまるで別の生き物のように、
鮮血が凄まじい勢いでほとばしった。
文字通り血の雨が、スコールのように降り注ぐ。
風見君や猿田君は必死に腕で防ごうとしたが、
先ほど血が躰全体にかかって茫然自失の私は、
もはや避けようとする気力すら失われていた。
机に手をかけていた両腕の力もなくなり、ぶらーんと両腕を下がったまま、
私は大量の血をモロに浴びる羽目となったのである。

先生が床に倒れて血の海に沈み、誰かの悲鳴声が聞こえると、
後ろの方はドタドタと騒がしくなった。
私はと言うと、未だに目の前で起こったことを認識できず、動けないままだった、
ふと力が緩み、やっと逃げ出さなければと思った私は、
腰に力が入っていないのを無理して立ち上がろうとしたためか、
『ガッシャーン!』と大きな音をたてて、無様にも、床に転がり落ちた。
95 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 21:23:53.56 ID:J50IFg0x0
転んだ拍子に、正面を見上げると、
まだ座ったまま、ガクガク震えている風見君の姿があった。
あの様子じゃ、とてもこちらを見ている余裕はなさそうである。
運の悪いことに、教室にまだ残っていた人を助けていたクラスメイトは、
ちょうど皆、廊下へ連れて行くところだったので、
誰も私を助けられる状況ではなかった。

血だけではなく、先日の掃除で塗り替えたばかりの
ワックスとわたぼこりまみれになりながら、
わずかに残された最後の気力を振り絞った。
下半身を引きずるように、まるでアザラシの如く這いつくばりながら、
私はどうにか廊下に辿り着くことができた。
それまで藤巻さんを介抱していた恵ちゃんが私に気づき、
私を抱きしめたその瞬間、
私は全ての力を使い果たしたのか、意識が遠のいていくのを感じた。



気がつくと、私は車の後ろ座席に寝かされていた。

「幸子、目が覚めた・・・?」

お母さんの声が聞こえる。
あれ?私はさっきまで教室にいたんじゃ・・・

「ちょっと待ってね、もうすぐ家に着くから」

そう言って、母さんは車のスピードを少し上げた。
あの直後、救急車やパトカーが何台も到着し、
血まみれのまま意識を失っていた私は、怪我人と勘違いされたらしい。
返り血を浴びただけだと判断されて、
和久井君のように病院に運ばれることはなかったけど、
特に返り血がひどかった生徒は、この姿で帰るわけにも行かず、
保護者が順々に連れ帰るということになった。
家の仕事を休んでまで、迎えに来てくれたお母さんには感謝の言葉もなかった。
96 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 21:24:25.81 ID:J50IFg0x0
家に着くなり、私はすぐにシャワーを浴びるために浴室へ向かった。
濡れタオルなどで顔に付いた血は、いくらか拭き取ったらしいけど、
こびり付いた血が全部取れるわけもない。
血の付いた服を脱ぎ捨て、シャワーのお湯をかけると、
髪や顔に付いた血と混じって、たちまち床のタイルが赤くなった。
何度も何度もシャンプーやリンス、ボディソープで躰を念入りに洗っても、
血の感触とさびた鉄のような臭いは、完全には落ちなかった。

そしてその晩、お父さんはまだ会社から帰ってこないため、
お母さんと2人で夕食を食べていた時のこと。
おかずを口にした瞬間、
あの血が飛び、肉が裂かれる瞬間の光景が生々しく脳裏に浮かんだ。
腹の奥から、酸っぱいような苦いような感覚が湧き上がってくる。
驚くお母さんを尻目に、私はトイレへ急いで・・・そして吐いた。
今まで躰の中で貯まっていた恐怖や苦痛が
一挙に爆発したかのように、躰全体が悲鳴を上げていた。
喉を絞るように吐ききっても、まだ気持ち悪さは収まらなかった。

翌日になっても、私の体調は芳しくなかった。
いや、日が経てば経つほどどんどん悪化していったのである。
食べても食べても、忘れた頃にあの惨状を思い出しては、
ショックで吐き気を訴え、戻してしまう。
当然ながら学校は欠席を続けたまま、夏休みを迎えてしまった。

そしてあの事件が起きてから10日後、私は居間で目まいを起こして昏倒、
救急車で運ばれ、そのまま入院することとなった。
医者による診察の結果、過度の嘔吐による脱水症状と診断された。
さらに、この炎天下の暑さが体調悪化に拍車を掛けたのである。
拒食症のように食欲が著しく低下しているわけではなかったけど、
今の状態では躰、特に胃が食べものを受け付けないため、
点滴治療が行われて、今に至っている。
97 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 21:24:55.04 ID:J50IFg0x0
治療のかいがあって、体調は取り戻しつつあったが、
それでもこうして時々悪夢を見てはトラウマが蘇り、
心も躰も不快な気分に襲われることがある。
また、この病院の陰鬱な雰囲気がどうしても馴染めなかった。
なぜならば、先月にはこの病院の中で、事故が起こって死者が出たのだから。
そう、水野君のお姉さんが災厄に巻き込まれて死んだ事故は、
この建物の中で起きたのだ。
これで居心地が良いと思う方がおかしいだろう。

また入院生活が退屈極まりないというのも、地味に辛かった。
相部屋の患者さんは高翌齢のお婆ちゃんだけで、
いつも寝ていることが多く、あまり話相手になることができなかった。
美容院を経営しているお母さんの影響で、私は部活でも手芸部に入っているが、
暇つぶしになるような本が意外に少ないのが痛かった。
その多くが雑誌なので、すぐに読み終わってしまうのである。
これが柿沼さんあたりだったら、入院している間に沢山の文学作品を
読みふけっていたんだろうなと思うと、
読書週間を身につければ良かったかなと、少し後悔してしまう。

そんなこんなで時間だけが過ぎていき、ようやく点滴治療だけでなく
食事も取れるようになったのは、8月に入ってからのこと。
それに伴い、精神的にもだいぶ安定してきたため、
家族以外の面会もようやく許可が下りた。
8月3日の月曜日、恵ちゃんと松子ちゃんがお見舞いに駆けつけた。
実に21日ぶりの再会である。
2人は私の顔を見て、一瞬ぞっとしたような表情を浮かべた。
無理もない。
頬は無惨にも削げ落ち、目は窪んでクマができている。
点滴で針の刺さった腕は、骸骨のようにやせ衰えて骨が浮き出て見える。
そして肌の色も、長いこと日に当たっていないせいか、
見崎さんや和久井君のように真っ白になっていた。
自分では毎日鏡を見ているので変化は気づきにくいが、
半月も会っていなかっただけに、2人の衝撃は大きかっただろう。
98 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 21:25:32.10 ID:J50IFg0x0
「だ、大丈夫・・・」

「松子ちゃん、そんな言い方、幸子ちゃんに悪いでしょ」

小声で松子ちゃんに注意する恵ちゃんに私は、

「まあ・・・元気になったと言えば嘘になっちゃうけど、
だいぶ前より良くなったわよ。とりあえず、座って」

私は慌ててフォローし、2人をベッドの側の椅子に座るよう促した。

「あの後、みんなどうしてる?やっぱり心配だし・・・」

質問が悪かったのか、2人の表情が曇ってきた。
顔を見合わせながら、恵ちゃんは今のクラスの状況を伝えた。

「綾野さんと中尾君が・・・!」

綾野さんと中尾君は、直接会話する機会こそ少なかったけど、
席がそれぞれすぐ後ろと左隣ということもあって、
2人がもういないこと対する喪失感は大きかった。
綾野さんは事故でこの病院に運ばれたが、治療の甲斐無く
翌日に亡くなってしまったと言う。
私はそんなことがあったのも全く知らなかったが、今思えば、
体調面でも精神面でも不安定だった私に考慮して敢えて伝えなかったのだろう。

松子ちゃんはこれに加えて、
小椋さんのお兄さんも事故に巻き込まれて亡くなり、
昨日告別式があったことも話した。
松子ちゃんは小椋さんとも仲が良いから、彼女のことをえらく心配しているみたい。
久保寺先生が死んだ後も、あのような惨たらしい災厄はまだ続いている。
その現状に私は言葉も出ず、沈黙が続いてしまった。

「はいはい、この話はもうやめ!いつまでも悲しんだって、
綾野さんたちが生き返るわけでも、本人たちが喜んでくれるんわけないんだから!
・・・由美のことを話したのは私だけど、気にしないで」
99 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 21:26:07.56 ID:J50IFg0x0
松子ちゃんが話を切り替えてくれたおかげで、暗い気分から少しは解放された。
その後、見崎さんと榊原君が“いないもの”から解除されたこと、
そして5日後に、クラスで合宿が行われるという話が伝えられた。

「合宿・・・?」

「そう。15年前に三神先生が3組の生徒だった時、
合宿で山の神社にお参りしたら、災厄が途中で止まったことがあったらしいの。
だから今回もこれ以上被害が出ないうちに・・・というわけ」

「私は家の都合で、とても行けそうにないから、
松子ちゃんが私たち3人の代表として行くことを決めたの」

「大丈夫なの・・・もし向こうで何かあったら・・・」

「平気平気。2人の分まで頑張っていくから、心配しないで、ね」

そうは言うものの、松子ちゃんが少し無理して笑顔を作ってるのがわかる。
でも私は、何も言うことができなかった。

しばらく話をしている内に、2人が帰る時刻となった。

「何かの暇つぶしになればいいんだけど・・・これを良かったら聞いてね」

恵ちゃんがくれたのは、吹奏楽の曲を沢山収録したCD。
『翼をください』とか『もののけ姫』とかメジャーな作品や、その他にも
私が密かに好きな加山雄三のメドレーがあったのが嬉しかった。
実は私、今時のJ−POPよりも昔の歌謡曲がお気に入りで、
ジュリーのような、昭和のアイドルの方が好みだったりする。
恵ちゃんはクラシック以外にも、ブラスバンドで色んな曲を演奏するので、
音楽の知識に関する造詣が、かなり深かった。

松子ちゃんは『パブロフ』という雑誌をプレゼントしてくれた。
中を見ると、愛くるしい子犬の写真が沢山載っている。
病院の中ではペットは当然御法度なので、
しばらくはこの写真を見て、和むことができそうだ。
改めて私は、2人の温かい気遣いに感謝した。
100 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 21:27:00.14 ID:J50IFg0x0
「あ、もうこんな時間か・・・」

「ごめんね、2人ともこんな時間まで引き留めちゃって」

「いいのよ。私たちだって久々に会って、積もる話があったんだし」

「ねー。合宿から帰ったら、また土産話持ってくるから」

恵ちゃんが少し不安そうな顔で松子ちゃんを見たけど、
私は松子ちゃんの気持ちを素直に受け取り、

「楽しみにしてるからね」

と返事した。

2人が帰り、私はまたひとりぼっちになってしまった。
でも、ここしばらく辛いことばかり起きた苦しい日々から、
ようやく明るい日差しが見えてきたような気がした。
まるで引きこもりのように、1人でくよくよ悩んでばかりいたから、
こんなに体調を悪化させたのかもしれない。
やっぱり持つべき物は、腹を割って話せる親友である。そう思った。

夜になった。病院食は薄すぎて味はほとんどなかったけど、
消化に良い食べ物を少しだけ食べた後、ふと睡魔に襲われた。
これまでは悪夢ばかり見続けたけど、
今日は半月ぶりに、心地よい眠りにつけそうだ。
夜の病院は早い。
まだ9時前だけど、寝る準備は完全に整った。

「松子ちゃんが、無事に帰ってこれますように・・・」

そう呟きながら、私はそっとまぶたを閉じた。
101 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 21:27:28.20 ID:J50IFg0x0
No.21  Naomi Hujimaki

8月7日、金曜日の晩のこと。
明日はうちの部の浅倉が、ソフトテニスの全国大会に出場するため、
部活のみんなで、東京に一緒に行って応援することとなっている。
その準備に大わらわだった。

「着替えもちゃんと用意したし、時間があったらどの辺りを回るか、
ガイドブックも入れといたし・・・」

浅倉はテニス部のエースで、市内はおろか県でも指折りのテニスプレイヤーで、
将来はプロ入りも考えてるのだという。
実力がごくごく平凡なアタシとは大違いだ。

そう言えば、以前同じ苗字の先輩がいたような気がする。
2年前のことがうろ覚えというのも変なので、
本当に気のせいだけなのかもしれないが。

ソフトテニスを始めたのは
それこそ今の部活を入ってからで、全くの素人である。
それまでアタシは中学で少し荒れていた。

アタシは小さい頃からモデルの雑誌を読みふける少しませた子で、
109でスカウトされて、いつかファッションモデルになる夢を持っていた。
でも、牛乳を毎日飲んだにもかかわらず、
小学校5年生の時に身長が止まってしまい、
ファッションモデルの夢が絶たれてしまった。
目標を見失った私はやけになって、
今のクラスでも一緒のナベやキョウコと共に、悪さばかりしていた。

そんなアタシを当時のテニス部の先輩が、アタシのすばしっこい動きを見て
うちの部に入らないかと薦めてくれた。
面白いこともなかったし、興味本位で入ったソフトテニス部で、
アタシは一心不乱に打ち込むこのスポーツが気に入り、
気がつけば、飽きっぽいアタシが3年間もよく続けてこられたのだと思う。
102 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 21:28:04.39 ID:J50IFg0x0
3年生になって、今のクラスでもマイペースに過ごしてることには変わりない。
すぐ後ろの席の恵との出会いは、ある種のカルチャーショックだった。

多々良恵。
チビで色黒、おまけにショートヘアを茶髪に染めたアタシに対して、
恵はすらっとしたお嬢様って感じで、色は肌白く、
長い黒髪も一度も染めたことはおろか、基本ドライヤーは使わず自然乾燥という、
アタシとはまるで正反対のタイプだった。
おまけに男子にもモテるらしく、ぶっちゃけ最初は

「お高くとまっちゃって、気にくわねえな」

と、内心嫌っていた。今思えば劣等感丸出しで、情けない話だけど。

ところが、新入生歓迎会で、アタシの恵に対する印象は一変する。
吹奏楽部の簡単な紹介が終わった後、
恵が王子や猿田と一緒に演奏する曲目を聞いて、アタシは驚いた。
中学生が『ディープ・パープル』なんて演奏するのかよ!
しかもステージにナベがベースを持って、ちゃっかり出てるじゃねぇか!

後でナベから聞いた話だと、今回の曲目を決めたり、
ナベに演奏の手伝いを頼んだのは恵本人だと言う。
恵は吹奏楽部の部長で、年々部員が減っている現状を打開しようと、
ブラバンに対する印象を大きく変えて、部員を集めようとしたのだと言う。
確かに去年はマーチを演奏してたらしいから、退屈だったろうし、
今年は明らかに、インパクトに強く残っただろう。
現に、今年は新入部員が大量に入ったらしい。
うちのクラスの王子に惹かれたって奴も結構いるみたいだけど。

ちなみに、吹奏楽部の直後に紹介された軽音楽部って名前の
ロックバンドみたいなことをやってる部活に、ナベは入っている。
とは言っても、ナベのホームグラウンドは校外のデスメタルバンドだし、
校内ではそんなにはっちゃけたこともできないので、
いまいち力を入れてないように見えるのだけど。
103 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 21:28:32.33 ID:J50IFg0x0
まあ、そんな感じで恵に興味を持ったアタシは、話してる内に
恵がステレオタイプのお嬢様ではなく、
色んなことに好奇心旺盛な女の子であることを知って、すっかり意気投合した。
今のテニス部は気に入ってるけど、高校に入ったら、
今度はブラスバンドをやってみるのも悪くないかもしれないと言ったら、
しきりに吹奏楽の面白さを熱弁して、CDまで貸してくれた。
ブラバンってやつはロックやポップスみたいな今時の曲も結構やるみたいで、
結構、恵は話に引き込むのが上手いなと、感心してしまった。

アタシは別に孤独を好む一匹狼って訳じゃないけど、
特定のグループでなれ合いするよりは、
自由に1人で、好き勝手にやってる方が性に合っていた。
恵の他にアタシと仲が良いのは水泳部の江藤悠だ。
昼飯を一緒に食べる間柄の悠だが、
あいつはちっちゃい頃、喘息の発作があって色々大変だったらしく、
それで水泳を始めて克服したらしい。

そんなことを思い返してみたら、母さんの呼ぶ声が聞こえた。

「奈緒美ー、大輔君から電話よー」

「へーい」

噂をすればなんとやら。
大輔と言っても分からん奴もいると思うから説明するけど、
うちのクラスにいる、喘息持ちでのっぽの男子生徒・和久井大輔のことだ。
背が低く、いわゆるコギャルってキャラのアタシと、
反対にクラス1番の長身で、流行ものにいかにも鈍感そうな大輔では、
一見無縁で、関連性が全くないと思うだろう。
住んでるところだって、別にそんなに近くという訳ではない。
じゃあなんで、電話する程の仲なのかというと、
大輔とは、母親同士が親友の幼馴染だったりするのだ。
104 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 21:29:05.03 ID:J50IFg0x0
アタシと大輔の母さんは、学生時代からの親友で、
アタシたちは物心ついた頃には、母親同士が会うことも多かった関係で、
昔から、お互いのことはよく知っていた。
また、大輔には桜子という名前の双子の妹もいて、
子供の頃は、よく3人で仲良く遊んだものだ。
正反対のタイプであることも含めると、アタシと大輔は、
うちのクラスの風見と勅使河原の関係に似ているのかもしれない。

あの2人と違って、小中学校とクラスがずっと同じ訳じゃなかったけど、
躰が弱くていつ発作を起こしてもおかしくない大輔のことは、
昔から放っておけなかった。
あいつの躰の異変が起きる前兆をアタシはよく知っていたため、
体調を崩した大輔を保健室に連れて行くのは、いつだってアタシの役目だった。
大輔の持病をクラスメイトもよく理解していたため、
アタシらをからかう奴が誰もいなかったのは救いだった。
悠も言っていたが、大輔の奴も小さい頃にスポーツで躰を鍛えとけば、
今もこうして、ゲホゲホ咳き込むこともなかったのにと思ったりする。
妹の桜子は病弱じゃないけど、常におどおどしていて、とにかく打たれ弱い。
一人にしておくと心配なので、いつも目を離すことができない。
まったくあのバカ兄妹は、いつまでアタシを心配させるんだよ・・・

「オッス。どうしんだよ、こんな夜遅くに」

「ああ、奈緒ちゃん。明日、東京に行くんだっけ?」

「そだよ。んで、わざわざそんなこと聞くために、電話したのかよ?」

「実は僕も、明日合宿に行くことになったから、それを伝えようと思って」

「はあっ!?あんたバカじゃねぇの?
てか、あんた自分の躰のことわかってんのかよ?」

マジかよ、大輔。
いかにも危なそうな合宿に自分から行くと言い出すなんて、
これはなんだ?天変地異の前触れか?
思わず声を荒げてしまい、
遠くから「うるさいわよ」とどなる母さんの声が聞こえる。
いや、母さんの方が声大きいんだけど。
105 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 21:29:32.85 ID:J50IFg0x0
「あんたねぇ・・・高翌林のこと忘れたのかよ?
何かあったら、あんたが一番危ないのよ?わかってる!?」

「うん・・・でも家に引きこもってた小椋さんのお兄さんの話を聞いて、
決めたんだ。家で大人しくしてるだけじゃダメだって。
何もしないまま災厄に巻き込まれて死ぬよりは、
合宿で災厄が止まる糸口が見つかれば、それに越したことは無いよ。
それにさ、ほら。合宿をする咲谷記念館は
山の麓の森の中にあるから、きっと空気もおいしいし・・・」

大輔の奴、結構自分なりに考えていたんだなぁ。
あいつは、アタシが伸びる分までの身長を吸い取ったんじゃないか?
と思うくらい、にょきにょきと背ばかり伸びやがって、
今じゃ、頭一つ分まで身長差ができてしまった。
そのくせ、いつ躰をこわすかわからないから、
アタシがいなきゃ何もできないと思っていたけど、
それが大きな間違いだということを思い知らされた。

むしろ面倒を見るという名目で、
アタシの方が依存していたかもしれず、
そろそろこっちが卒業しなきゃいけないのかな・・・
なんてちょっと感傷的な気分になってしまった。

「まあ、そこまで言うなら無理強いはしないけどさ。
でもさ、向こうで何があるか分からないんだから、
あんたは吸入器と薬を絶対に忘れるんじゃないわよ!
ストックもちゃんと持って行きなさい!
いい?分かった!?」

「ああ・・・うん、分かった。ちゃんと確かめておくよ」

「よし。じゃあ、こっちも遅いから切るわよ」

ガチャンと電話を切ると、アタシは「やれやれ」と言いながら
小さくため息をついた。
106 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 21:29:59.82 ID:J50IFg0x0
電話している時のしゃべり声が大きいと、母さんが小言を繰り返していたが、
アタシはそれにかまわず自分の部屋に戻り、
また、明日の準備を始めた。

大輔の面倒ばかりをみるのも子離れできない親みたいだなと思いつつも、
物心着いた頃からの腐れ縁なので、やっぱり気になってしまう。
そう言えば、ナベとキョウコも合宿に行くはずだ。
いっそ2人に頼んで様子を見てもらおうと思ったが、やめた。
そんなことしても、2人にも大輔にも迷惑だろうと思ったから。

悠は先月、水泳の練習中に溺れたことを引き摺ってるためか不参加、
恵もなんか家庭の事情で行けないらしい。
かく言うアタシも、無事に東京に着けるのかなと不安になる。
噂で聞いた話だと、修学旅行が3年生じゃなく2年生の時にするようになったのは、
十数年前に、修学旅行のバスの事故で3年3組の生徒が大勢死亡したからだという。
綾野や中尾の事件もあって、夜見山市から出ても
いつ災厄が襲ってくるんじゃないかと気になって仕方ないのだ。

まあ、そんなことをいつまでもウジウジ悩んだってしょうがないし、
その時はなるようになれ、当たって砕けろ!と
開き直って考えるようにしたら、少しは気分的にも楽になった。

とりあえず、明日は浅倉がどのくらいまで勝ち進めるか、
お手並み拝見しようじゃないかと思いながら、
アタシは再び、支度の準備を始めた。
107 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 21:30:31.72 ID:J50IFg0x0
No.5  Makoto Ohji

運命の8月8日当日。
僕たちは、合宿場となる咲谷記念館に向かって足を進めていた。

合宿の参加者は、僕の他にも猿田、風見君、勅使河原君、
榊原君、見崎さん、望月君、赤沢さん、杉浦さん、小椋さん、有田さん、
前島君、和久井君、川堀君、辻井君、柿沼さん、渡辺さん、金木さんと松井さん、
そして引率の三神先生と、第二図書室の司書である千曳先生の合計21人。
同じ部活の多々良さんは、家の事情でここには来ていない。
学校前に集合して、夜見山市内を回る市営バスに乗ったが、
うちの学校は比較的夜見山に近いため、すぐに最寄りの停留所に着き、
後はひたすら、なだらかな坂を上っていくだけである。

三神先生が提案した今回の合宿は、
かつて山の中腹にある夜見山神社にお参りしたところ、
災厄がぴたりと止まったことから、今回もあやかろうとしたのだろう。
でも、もしお参りの御利益で呪いが消えるのなら、
3組では毎年行われているはずだし、
本当に効くのかな?という疑念を、僕だけでなくみんなも抱いたはずだ。

その証拠として、学校で集まった時、クラスのみんなは
修学旅行の時のような、独特のテンションの高さが全く見られず、
誰もが黙り込んだままである。
これから行くというのに、むしろ修学旅行の帰り道のような静寂に包まれ、
なんともおかしな気分だった。
バスの中でも、こうして今歩いている時でさえも、
よほど仲の良い友達同士でない限り、目を合わせようともせず、
ずっと気まずい空気が流れている。

「しっかし、なんか辛気くさくて、背中がかゆくなるのう」

そんな中、猿田はいつもの通りだった。
いや、わざと陽気に振る舞って、沈鬱なこの場を
なんとか明るくしようとしたのかもしれない。
108 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 21:31:01.71 ID:J50IFg0x0
僕と猿田は吹奏楽部で知り合った。
クラスで一緒になったのは今年からだけど、
同じクラリネットのパートなので、チューニングなど一緒にいる機会が多く、
今では良き相棒といった存在だ。
ここにはいないけど、多々良さんとは2年生の時から同じクラスで、
猿田ともども、部活で親しくしている。

ここ最近の僕は、後悔ばかりの日々だった。
先月に起きた久保寺先生の自殺は、僕の心にも大きな影を落とした。
あまり感情を表に出すことがないのでそうは感じられないかもしれないが、
結構僕は怖いもの、恐ろしいものが苦手だったりする。
もちろんホラーやスプラッタなんてとてもじゃないけど、受け付けられない。
それを生身で体験させられた今回の事件は相当応え、
僕はしばらく学校を休んでいた。

県のコンクールがあるので、部活にはしばらくして復帰したが、
それでも数日間のブランクは大きかった。
クラリネットはメロディーを担当することが多い演奏の要で、
最上級生と言うことで、演奏自体にも影響が大きい。
遅れを取り戻そうと必死に練習を重ねたが、
あの事件の恐怖がどうしても脳裏から離れず、
しばしば集中力を妨げてしまう。

そしてコンクール当日、僕たちの結果は、銀賞だった。
ここ数年、金賞が続いていたため、
表彰式を聞いていた僕たちの動揺と落胆も大きかった。
「ゴールド、金賞」と聞いて
歓声を上げる他の学校の女子の叫び声が、より敗北感を強めていた。
ホールに上がっている多々良さんの姿が、少し小さく感じられる。

「ま、こんなことだって、たまには起こるもんよぉ。
アシらの演奏が、1番最初だったこともあるんじゃろ?」
109 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 21:31:57.81 ID:J50IFg0x0
ロビーに出て部員一同が集まる中、猿田はそう言って僕や後輩達を励ましていた。
猿田の言う通り、演奏順が1番手だと、
この演奏が判定の基準となって、他の学校との比較になりやすい。
早く演奏が終わるため、プレッシャーが少ないように思えるが、
このジンクスを痛感した人も少なくないはずである。

と、表彰状を持って戻ってきた多々良さんを見て、
僕も猿田も驚きを隠せなかった。
誰にでも優しく、朗らかで気丈な多々良さんが・・・
泣いていた。
大粒の涙をポロポロ流して。

「みんな・・・ゴメンね・・・部長の私の力不足で・・・」

信じられなかった。こんな多々良さんの姿を見るのは、
部員の誰もが、初めてだったろう。

「先輩!」「部長!」「多々良さん!」

女子の部員たちが一斉に、しゃっくりを上げて泣く多々良さんの元へ
駆け寄ってくる。

「先輩と一緒に演奏できて良かったです!」

「自分を責めないで下さい、部長!」

いつしか他の部員たちも涙を浮かべ、もらい泣きがどんどん広がる中、
僕は複雑な気持ちだった。
銀賞になってしまったのは、少なくとも僕にだって原因がある。
そうに違いなかったから。
110 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 21:32:30.85 ID:J50IFg0x0
先月の事件で僕が休み続けていた間も、
猿田と多々良さんは翌日にはもう部活に復帰して、練習も再開していた。
2人とも、僕よりずっと前の席だったし、
血しぶきが飛んだ時は、返り血を相当浴びている。

それに引き換え、自分はどうだろう。
後ろの方は割と安全だったが、
廊下に逃げ出すとすぐに、僕は腰が抜けて動けなくなってしまった。
当然、周りを心配する余裕すらなくなっている。
近くにいた勅使河原君や川堀君がクラスメイトを助けて戻ってきたのに対して、
自分がなんと情けなかったことか!

部活の練習にも中々腰を上げず、家でふさぎ込んでいた僕を
両親はあんな事件が起きたから仕方ないと、
学校へ無理に行かせようとはしなかったけど、
そんなのは、僕の単なる甘えだったのだ。

もし僕がすぐ部活に戻ってちゃんと練習していれば、
ゴールド金賞も取れたのではないか・・・
長年続いた金賞の記録が途切れた責任、
そして、あの多々良さんの悔し涙が、いつまでも頭から離れない。

そのため、僕はコンクールが一段落するとすぐに、
合宿に参加するプリントを書いて、提出した。
僕が今まで後悔してきたことは、思えば災厄が怖くて
周りのことを避け続けていたことが原因だ。

今度こそ逃げ出したりしない。
正面から向き合って、悔いの残らぬ学校生活にしたい
そう改めて僕は決意した。
111 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 21:32:58.85 ID:J50IFg0x0
数日前、部活の後片付けで多々良さんと少し話をする機会があった。

「ごめん、多々良さん・・・
僕の方こそ、ちゃんと演奏の練習を続けていれば、
みんなの足を引っ張らなかったのに、僕は・・・」

「ううん。王子君も、猿田君や私と同じように色々大変だったもん。
王子君は全然悪くない。私がそう保証する」

そう言ってくれると、余計に自分が恥ずかしくなってしまう。

「ありがとう・・・」

そう言うのが精一杯だった。

「あ、あと・・・王子君」

部室を出ようとする僕を、多々良さんが呼び止めた。

「私も、今度の合宿に行けなくてごめんね・・・
王子君も猿田君も行くのに、私だけ逃げるみたいで・・・」

何を言ってるんだ。逃げたのは僕の方だ。
そんな風に自分を責めないで欲しい。
多々良さんをこれ以上見るのが、いたたまれなかった。

「多々良さんは心配しないで。
合宿が終わってまた部活が始まったら、その時また話すから」

心配そうな多々良さんから目線を外し、僕は音楽室を後にした。
112 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 21:33:24.52 ID:J50IFg0x0
「王子ー、着いたぞな!」

猿田の声に、はっと意識が戻った。
長いことぼんやり考えている内に、目的地の咲谷記念館に到着した。
レンガ造りの門を入ると、そこには森の中を切り開くようにしてそびえ立つ
巨大な洋館が建っていた。
そびえ立つと言っても、2階建てだが、包み込むように横に広がっているため、
巨大でそして威圧感が与えられ、実際以上に大きく感じられる。

「しっかし、ガイじゃのう!」

猿田が少々オーバーに感嘆の言葉をあげたが、誰も反応を示してこない。
それどころか、すぐ隣にいた小椋さんにキッと睨まれ、
猿田は決まりが悪そうに、うつむいてしまった。

「そ、そうだ。写真を撮ろうよ。
中学旅行の最後の夏休みなんだから・・・ね?」

望月君がこの重々しい空気を何とかしようと、記念写真を撮ることを提案した。
さすがにこれは反対の声もなく、
1枚目を望月君、2枚目が勅使河原君、そして3枚目を前島君が撮った。
僕と猿田は咲谷記念館の立て札をバックに、真正面に映ることとなった。

ふと違和感を覚えた。
恐らくみんな浮かない表情をしているが、
隣の辻井君はその中でも特にしょげかえっている。
写真ができたら見ようと思うが、これではまるでお通夜のようだ。
違和感の正体はすぐにわかった。
いつも親しくしているはずの柿沼さんと一緒じゃない。
考えてみれば、今日の辻井君と柿沼さんはバスでも歩いている最中でも
かなり遠く離れており、1度も会話しているのを見たことがない。
113 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 21:33:53.60 ID:J50IFg0x0
写真を撮り終えた後、猿田に

「あの2人、なにかあったの?」

と尋ねると、

「・・・まあ、色々あってのう。部屋に着いたら、後で話すけん」

と小声で返事した。

建物に入ると、管理人夫妻が来て、奥さんが建物の簡単な説明をした。
ご主人はぎすぎすとやせ細って、幽霊じゃないかと思うくらい顔色が悪く、
奥さんはそれに不釣り合いなほど、ぺらぺらよくしゃべる、
恰幅の良いおばさんという感じであったが、
こちらは人相の悪いご主人と違って、あまり印象に残らなかった。

案内された部屋は、ホテルのようになかなか豪華な作りである。
老朽化が進んでいるためか、ところどころ年季が入っている。
が、あまり居心地の良い感じはしなかった。
夕方とはいえ、あまりにも薄暗く、
鈍い赤紫色や薄茶色のカラーリングが多い壁や家具のせいで、
どこか落ち着かない。
何よりこうした古い洋館は、去年の修学旅行で遊びに行った
遊園地のお化け屋敷を彷彿させて、正直怖かった。

いかんいかん。怖がってばかりじゃダメだと思って頬を叩いたが、
やっぱり気分は晴れなかった。

明日は神社にお参りするため、今日は早めに休む予定である。
あと1ヶ月もすれば彼岸になるためか、
また、周りが山に囲まれているだけあって、
陽が落ちるのも早かった。

夜の帳が降りてくる。
いつもと変わらぬ夜なのに、どことなく不吉なものを僕は感じていた。
114 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 21:34:54.51 ID:J50IFg0x0
No.22  Manabu Maejima

その晩の食事ほど、味気ないものはなかった。
管理人さんが持ってきた料理が、まずかったわけではない。
それなりに豪勢だし、これが普段だったらおかわりだっていけたかもしれない。
千曳先生は、

「少し味付けが濃いな」
「ここの焼き具合が今ひとつだ」

と、なぜか料理評論家のように、いちいち不満点を挙げては、
管理人さんに聞かれるのを心配したのか、三神先生にたしなめられていたが。

誰も一言も喋らず、ただ静かにボソボソと食べ続けるという、
どこかの禅寺か修道院にありそうな奇妙な光景が浮かんだが、
そんな中、突然赤沢さんが口を開いた。

「ちょっといいでしょうか、先生?
この際ですから、言っておきたいことがあるんです」

「・・・そうね。どうぞ赤沢さん」

三神先生が戸惑いながら了承すると、
赤沢さんはまず自分が対策係として不手際があったことを謝った。
「何を突然」と皆がざわめくなか、赤沢さんはいきなり見崎さんを詰問し始めた。

「これまでの災いの数々については、見崎さん、あなたに責任の一端があると思うの。
見崎さんが決まり通りに“いないもの”の役割を全うしていれば、
誰も死なずに済んだはず・・・」

その言葉に、赤沢さんの子分的存在である杉浦さんと小椋さんが強く頷く。
同じ席の有田さんだけは戸惑っていたが。
榊原君が「どうして・・・」と言うと、
赤沢さんは一瞬驚いて、怒りを堪えるように口を噛みしめた。
続けて勅使河原も反論するが、赤沢さんはそれを遮るように話を進めた。
115 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 21:35:20.69 ID:J50IFg0x0
赤沢さんは見崎さんが“いないもの”の役目を徹底せず、
榊原君と接触したことを批判し、見崎さんに向かってこう言い放った。

「謝罪を。一言も私たちは見崎さんから謝罪の言葉を聞いてないの。
なのに、“いないもの”じゃなくなった途端、何事もなくなったみたいに・・・」

見崎さんがクラスの決めごとを中途半端に守らず、平然としていることに
赤沢さんは怒っているようだ。
まあ、たしかに見崎さんが榊原君と話しかけているのをまずいとは思っていたが、
そこまで非難されるものかなと思う。
榊原君だって周りの忠告を聞かなかったし、
赤沢さんがなぜ見崎だけを責めるのか、少し不自然なものを感じる。
何というか、怒りでもなければ苛立ちとも少し違う、
別の感情が赤沢さんから見崎さんに向けられている、そう思えた。すると、

「不毛ね」

見崎さんが立ち上がり、まるで人形のように感情の一切こもっていない表情を浮かべ、
事務的で淡々としたしゃべり方で話を続けた。

「して、意味があるの?あるのならするけど」

どこまでも冷たく、同時に皮肉めいた言い方に、
皆は赤沢さんの反応に固唾をのんだ。
が、赤沢さんは動かず、「謝罪しなくてもいい」という榊原君の言葉を無視して、
見崎さんは赤沢さんに頭を下げた。

「違う!」「やめてよ!」「意味ねぇよ!」

榊原君、望月、そして勅使河原の3人が同時に声を荒げる。
3人は久保寺が死んだ後、見崎さんと親しくなっており、
見崎さんの味方だ。

険悪な空気が流れたその時、
『ガラガラガッシャーン!!』と食堂中に響き渡るような音を立て、
先ほどからしきりに喉を気にしていた和久井君が、
崩れ落ちるようにして、テーブルにうつ伏した。
116 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 21:35:53.02 ID:J50IFg0x0
「ちょっとおい、和久井。大丈夫か?」
「苦しいのか?」

言われなくたって、どう考えても苦しそうで大丈夫に見えないが、
風見と僕はほぼ同時にそう言って、肩で激しく息をする和久井君の背を必死にさすった。
風見が千曳先生に和久井君が喘息の発作を起こしたことを説明し、
しかも予備の吸入薬もないという緊急事態であることを、
和久井君が苦しい中で首を横に振って示した。

「三神先生、すぐに救急車を!」

「昨日から電話の調子が悪くて・・・」

「繫がるものはいないか!?」

「アンテナ立ってるのに繫がらねぇ!」

なんてことだ。ここの電話も携帯もPHSも全滅なのか。
そうこうしている間に、和久井君の容態は予断を許さないものになっている。
このままでは高翌林君の二の舞に・・・!すると千曳先生が、

「私の車で病院に運ぼう。三神先生はここに残って他の生徒たちをお願いします」

そう言うと、レスキュー隊員さながらの敏速な動きで、
悪寒を訴える和久井君を毛布で包み、後部座席に乗せると、
あっという間に、市立病院へむかって年代物のセダンを走らせた。
食事の最中は料理にケチつけてばかりいたが、
こうして緊急時になると、おろおろしていた三神先生より
ずっと頼もしい存在に感じられた。

しかし、予備の薬を忘れ、電話がどこにも繫がらない悪い事態ばかりが続く。
これも普段だったらあり得ない事態が、立て続ける起こる災厄の影響なのか。
正直言うと、三神先生や赤沢さん率いる対策係が頼りなげに感じて、
徐々に不安を感じる自分がいる。
千曳先生がいない今、頼れるのは自分の力だけ。
そして周りを守るのにも、僕が頑張らなければいけない。
そう思えてきたのだ。
117 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 21:36:22.57 ID:J50IFg0x0
僕は小さい頃から、背が低いことがコンプレックスだった。
いつも背の順は最前列、周りの男子や女子を見上げなければいけない。
おまけに童顔なので、いまだに小学生と間違えられることがある。
中3の男子にとって、これはある意味屈辱だ。
変声期も遅く、去年やっと声変わりしたばかりだ。
中性的な容姿なら、うちのクラスには望月がいるが、
あいつがある程度そんな自分を受け入れているのに対して、
どうしても僕は今の自分が嫌で仕方なかった。

そんな僕を変えるきっかけになったのが、姉ちゃんがやっていた剣道だった。
市内はおろか、県有数の腕前だった姉ちゃんは、
県大会3位にまで上り詰めた凄腕だ。
僕はそんな姉ちゃんに憧れて、小学校4年生の時から剣道教室に通い始めた。
姉ちゃんは男の僕よりも背が高く、僕はいつもその後を追いかけていた。

ところが、姉ちゃんは中学を卒業すると、
剣道をあっさり捨ててしまう。
そして、今までの剣道少女のイメージをかなぐり捨てるように、
濃い化粧をしてルーズソックスを履き、
夜通し遊び回るコギャルに豹変してしまった。
姉ちゃんを問い詰めると、こんな返事が返ってきた。

「強い女はモテないもん」

その答えに僕は愕然とした。
それこそ、頭をトンカチで叩かれたような衝撃を伴って。
僕は剣道を続ける意味を失いかけた。
姉ちゃんに憧れた道を、その姉ちゃんがあっさり否定したのだから。
しばらく悩む日が続き、部活にも行けなくなってしまった。

が、ある日のこと。
偶然、路地で姉ちゃんが不良に絡まれているのを見かけた。
相手は3人。よりによって、姉ちゃんの胸を触ろうとして、
姉ちゃんはそれに必死で抵抗している。

「よくも・・・お前ら、姉ちゃんに何をした!」
118 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 21:36:54.31 ID:J50IFg0x0
気がつくと、僕は地面に倒れていた。鼻から血が出ている。

「まさか・・・!」

慌ててみると、姉ちゃんは不良の1人を踏みつけながら、手を払っている。
やっつけてくれたのか。かすり傷一つ、ついていなかった。

「おっ、目が覚めたか。アタシもちょっち油断したかなー。
あんたも結構強くなったじゃん。2人もたたきのめしたんだからさ。
ま、最後の1人には敵わなかったみたいだけど、
アタシに本気を出させるなんて、こいつらもご愁傷様ね」

どうやら姉ちゃんは、僕が不良を倒すのを高みの見物していたらしく、
僕を倒した最後の1人にとどめを刺したらしい。

剣道を辞めた姉ちゃんにとって敵じゃ無かった奴らに、
最終的に僕は負けた。悔しくて目が潤んでくる。
これは悔し涙なんかじゃない。そう言い聞かせても、止まらなかった。
姉ちゃんはふと笑みを浮かべて、こう言った。

「あんたは、アタシよりずっと良い素質を持ってるんだからさ、
もっと強くなりなさい。剣道を投げ出したアタシなんかより、もっと・・・ネ」

決めた。とことん強くなってやる、そして姉ちゃんを見返してやる。
そう決意したのが、小6の冬だった。

それから僕はひたすら剣道に打ち込む日々を続けた。
相変わらず躰は小さいままだった。
それでも、躰のハンデをという逆境にめげず努力し続けた結果、
僕は夜見山中の剣道部のエースに成長した。
まだ道のりは遠い。
それでも今は、ひたすら己の腕を磨き続けるだけであった。
119 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 21:37:46.14 ID:J50IFg0x0
ふと我に返る。なんで今になって昔のことを思い出したんだろう?
ここは咲谷記念館1階のフロント。
みんなが自分の部屋に戻ってしばらく立った後、喉が乾いてた僕は、
1階にある自販機でジュースを買って飲み、
2階の部屋に戻ろうとしていたところだった。
と、食堂のドアが半開きになっており、中から、肉が焦げるような匂いがする。
こんな時間に、誰か夜食でも作ってるのだろうか?

そう思ってドアを開けると、明かりは消えているが、光は見える。
いや、あれは照明じゃない。まさか火事か!?
まさに今から、火が燃え広がり始めている。
消火器は、消火器はどこだ?すぐ消さなきゃと思って探そうとしたその時、
火元を見た。いや、見てしまった。そこにあるおぞましい物体を。
人が床に座り込んでいる。
が、その人の顔から躰の至る所までには何本もの金具が突き刺さっている。
その人はそこら中から血を吹き出して、断末魔を上げたまさにそのままの表情で、
死んでいた。
原型を半ばとどめていないが、あの顔は間違いなくここの管理人だ。

「嘘だろ・・・、うっぷ・・・」

あまりに凄惨な現場を見てしまった僕は、
喉元からこみ上げてくる吐き気をなんとかこらえ、すぐにも逃げようとした。
一刻も早く、この事態を伝えなければみんな危ない。
火事になるだけじゃない、管理人が殺されているのだから。

その刹那、
背中が割れるような衝撃が走った。
僕は斬られたのか・・・?
そう思った瞬間、背がじわりと湿り、同時に強烈な痛みが襲った。
床に崩れ落ちる僕を尻目に、何者かの足音が聞こえ、
僕の前をそのまま通り過ぎていく。
痛みで視覚もままならない。かすかにぼやけたその人影が、
ドアを出ると2階に登っていくのだけが分かった。
120 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 21:38:13.74 ID:J50IFg0x0
もはや立つこともできず、
僕はほふく前進のようにはいつくばりながら、やっと食堂を脱出した。
その時、2人フロントを通り過ぎるのが見える。
ぼやけてよく見えなかったが、
僕より少し背が高い少年と、眼帯をした小柄な少女。
榊原君と見崎さんだった。
見崎さんはそのまま玄関を出て、榊原君はふと足を止め、食堂へ向かう。
まずい、あそこは火の手が上がっている。
僕は最後の力を振り絞り、榊原君の足首を掴んだ。
一瞬ひるんだ榊原君が、僕の姿を確認して驚く。

「前島君、どうしたの?ああっ!」

べっとりと血まみれになった僕の背中の傷を見て、ショックを受けたのだろう。
こっちは血と共に、あらゆる力が流れるように躰から抜け出していく。

「だめだ、もう・・・」

「まさか、刺されたの?」

正確には斬られたのだが、そんなことはどうでもいい。
せめて今は、伝えられることを・・・

「食堂・・・のぞい・・たら・・・、か、かんりにんが・・・」

「行くな」と言おうとしたが、もう喉から言葉が出てこない。
届かないまま、榊原君は食堂に行き、すぐにUターンして戻ってきた。
ドアが閉まる音が、辛うじて聞こえる。

「前島君、逃げないと!」

榊原君が僕を背負って運ぼうとしたその時、
別の声が聞こえた。もはや目もよく見えず、正確には分からないが、
1人は赤沢さん、もう1人は勅使河原か。もう1人は小声でよく分からなかった。
121 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 21:38:39.99 ID:J50IFg0x0
榊原君は僕が怪我したことと、食堂が火事になって、
管理人が殺されたことを手短に、でも的確に伝えてくれた。
榊原君と勅使河原が何かボソボソ話していたその時、

「うなぁぁぁ!!!」

2階の方からすさまじい絶叫が聞こえてくる。

「今のは・・・多佳子!?」
「杉浦さん!?」
「アンタは前島君を安全なところまで運んで、119番!」
「・・・はいっ!」

赤沢さんたちは、どうやら2階に向かったらしい。
待て、2階は危ない!赤沢さんたちまで殺される!
でも、声も出ない僕にはどうすることもできなかった。

「しっかりしろ、すぐ助けてやるからな!」

また背負われる。声の主は勅使河原らしい。

「くそっ・・・!」

僕は何もできなかった。
さっきの悲鳴を聞く限り、杉浦さんも襲われたのだろう。
何のために剣道を続けたんだ!?
一方的にやられた挙げ句、誰も助けられなかったじゃないか!?
これも、剣道部の後輩に3組の秘密をバラした罰が当たったからなのだろうか?
痛みはとうに失われ、もはや麻痺している。
残ったのは悔しさだけだった。

「姉ちゃん・・・やっぱり、ダメだったよ・・・」

声に出たかどうかも分からない。言い終えた直後、僕の意識は途切れた。
122 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 21:39:40.96 ID:J50IFg0x0
No.14  Takako Sugiura

対策係として、毎日災厄の恐怖と戦い続ける中
せめて1日だけでも日頃の辛さを忘れ、遊びに行った海水浴。
しかし、あの日起こった悲劇によって、
私の目に映る世界から、あらゆる色彩が失われた。

中尾が死んだ。
その最期はフェリーに轢かれて、腕を切り刻まれるという無惨なものだった。
あいつがビーチボールを取りに行くのを止めていれば・・・
今でも、後悔の念に苛まれる。

中尾とは中1の冬からの付き合いである。
最初は、泉美に媚びる小太りな変な男子というイメージが強く、
お世辞にも第一印象は最悪だったが、年が明けた頃から
中尾はまるで別人のように精悍な姿になった。
一度試しにどうして痩せたのかを聞くと、答えはこうだった。

「赤沢さんに相応しい男になるため、体を鍛えた。それだけだぜ」

その言葉と意気込みが、中尾に対する私の考えを一変させた。
私が中尾に対して抱いた感情が、好意程度のものか、それとも片想いだったのか、
どのくらいのものだったかは、自分でもよく分からない。
ただ一つ言えることは、共に泉美を守ろうという同志であり、
良き相棒だったことは間違いない。
だからこそ、私は中尾を失ったことによる喪失感が、
心にぽっかりと大きな穴を開けて、
心の均衡をも揺るがせていることは、自分でもよくわかっている。
でも、どうすることもできずにいた。

そして中尾の死に直面したことで、私は死の恐怖に怯え続けるようになった。
自分が死ぬ危険に晒されるのを実感したのが、恐ろしいわけではない。
これ以上、私の大切な人を喪うのが、何よりも怖かった。
123 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 21:40:25.22 ID:J50IFg0x0
私が泉美と出会ったのは幼稚園の時である。
泉美はその頃から、みんなの中でいつも中心にいた。
家が近所だったため、小学校で一度は別々になっても、
学校の外ではいつも一緒だったし、
中学で同じ学校、そして同じクラスになってからも、
学校の行事では、必ずみんなを引っ張っていた。

けど、泉美は一生懸命なあまり、時々心ないクラスメイトの反感を買うこともあった。
そして彼女は、華やかな外見とは裏腹に、
人一倍傷つきやすく、一旦崩れると脆くて毀れやすいところがある。
自分で自分を追いつめて苦しむ泉美を見るのは、いつも辛かった。
いつしか私は、泉美の影となって、泉美を助け、支え続けるのが
使命にして生き甲斐だと思うようになった。
泉美の笑顔を絶対に失わせない。そう固く誓った。

それは同時に、私が泉美に依存しているという裏返しでもある。
私はお世辞にも性格は明るくないし、容姿も胸以外は自信がない。
そんな自分が存在する意味を見つけてくれたのが、泉美の存在だった。
泉美が太陽なら、私は間違いなく月だ。
月は太陽に照らさなければ、単なるクレーターだらけの丸くて巨大な岩だ。
太陽の光があって、月は初めて美しいと感じられるような姿を見せる。
泉美がいなければ、私はただの根暗女にすぎない。
泉美なくして、杉浦多佳子という存在は語れないのだ。
中尾と気が合ったのは、そういうところで自分と重なったからというのもあるだろう。



私が自分は影にいて、人を立てる性格になったのは、
泉美と出会うもっと前、もしかしたら、物心着いた頃からだったかもしれない。

私には少し年の離れた姉が一人いる。
望月の家と少し似た事情だが、姉さんは母こそ同じだが父親が違う。
姉さんのお父さんは早くに亡くなり、
母さんが再婚相手、つまり今のお父さんとの間に生まれたのが私である。
姉さんと私は、本当に姉妹なのかと言われることもあるくらい、
外見も性格もまるっきり正反対だった。
124 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 21:41:27.51 ID:J50IFg0x0
姉さんは連れ子という複雑な境遇にもかかわらず、
いつも笑顔を絶やさぬ明るい性格で、とにかくポジティブシンキングである。
彼女が怒ったり泣いたりする姿を、私は生まれてこの方見たことがない。
その笑顔に惹かれるのか、姉さんの周りには人がいつも集まっていた。
この辺りも、無愛想で人付き合いが苦手な私と大違いである。

そんな姉さんにとって玉に瑕とも言える短所は、
とにかくみんなが心配するほど、おっちょこちょいドジなところである。
何も無いところですっ転ぶのは当たり前、早とちりでミスしたり、
料理で火事を起こしかけたり、見ていてハラハラすることが何度あったか。
それでも無邪気で天真爛漫な笑顔を見ると、何でも許せてしまうのが不思議だ。
何もかも優れた姉を持つと嫉妬したくなりそうだが、
不思議と私は一度たりとも、そう思ったことがなかった。
私がしっかり姉さんをフォローしなければ。
こんな姉を持ったからこそ、私は今の性格になったのかもしれない。

ちなみに、このことをついつい泉美に愚痴ってしまったことがある。
すると泉美は、

「でもアンタの気持ち、ものすごくよくわかるわ・・・」

と激しく同意してくれた。
泉美には和馬さんという従兄がおり、何度か会ったこともある。
彼も、実はそんなタイプなんだろうか。

閑話休題。
その姉さんが夜見山に戻ってきたのは、8月に入ってすぐのことだった。
姉さんはおととし結婚して、今は東京で暮らしている。
たしか、もうすぐ子供が生まれるはずだ。

「あの子、故郷のここに戻って子供を生みたいんだって。
あんたもお姉ちゃんが帰ってくるんだから、部屋片付けなさい」

なぜ、今このタイミングで帰ってくるのか。
私は全身の血の気が引くのを感じた。
125 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 21:42:16.45 ID:J50IFg0x0
それは先月末、海水浴の数日前のこと。
私と泉美は資料を探すために、第二図書室を訪れていた。
その最中、泉美は一冊の古いアルバムを棚から出した。
ただでさえカビ臭いのに、より一層つんとした臭いを放ちながら、
泉美はある写真を見てふと呟いた。

「三神理津子・・・千曳先生、この人ってまさか・・・?」

「そうだ。私の3年3組の担任だった時の教え子の一人で、三神先生のお姉さんだ。
そして、君たちと同じクラスの榊原君のお母さんでもある」

「この人が恒一くんの・・・」

泉美は「三神先生の姉」よりも、「榊原の母親」という点に注目したようだ。
少し不快に思えたのは、この蒸し暑さとカビ臭さのせいだけではないはずだ。

「理津子君は、三神先生が3年3組の生徒だった時に、夜見山に戻り、
榊原君を生んで間もなく、産後の肥立ちが悪くて亡くなったそうだ。
・・・恐らく災厄に巻き込まれたのだろう」

「恒一くんにそんなことが・・・」

泉美が榊原に特別な感情を抱いていることは、見え見えである。
榊原に心奪われた泉美の姿を見るのに堪えられず、私は顔を背けた。

その時は泉美の想いに嫉妬ばかりしていたが、
今こうして姉さんが、榊原の母親の時と全く同じパターンで戻ってきたことを、
私は単なる偶然だとは思えなくなっている。
あり得ない事態が起こる3年3組の災いに引き寄せられて、
姉さんはわざわざこの時に帰ってきたのではないか?
そして芋づる式で泉美までも・・・

嫌だ、中尾に続いて泉美や姉さんの命まで奪われるのは絶対に嫌だ。
焦りの色が濃くなっていくのが、自分でも手に取るように分かった。
126 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 21:42:49.08 ID:J50IFg0x0
そして合宿当日、泉美はかねてから不審を抱いていた見崎鳴を糾弾した。
見崎の協調性のなさには私も苛立っていたため、
泉美の意見には激しく同意である。小椋も同様に頷いた。
その小椋から、榊原と勅使河原が望月と一緒に、災厄を止める手がかりを
探すという話を聞いたのは、今日の合宿で集合した時である。
勅使河原はクラスの皆に話すと言っていたが、一向にその気配はない。
なにか隠し事をしている、そう思った私は、
千曳先生が和久井を病院まで送って、皆が各自の部屋に戻った後、
泉美と一緒に望月の部屋を訪れた。
望月を選んだのは、勅使河原はロビーの反対側の部屋だし、
彼は相部屋ではないから好都合だった。

私と泉美が揃って突然やって来たのを見て、望月は明らかに動揺していた。
対策係の義務を掲げて半ば脅すように説得すると、
望月は怯えた小動物のようになって、
意外と素直に、事件解決の鍵を握るというカセットテープを出してきた。
その内容は、私たちにとってあまりにも衝撃的なものであった。

自室に戻った後、私たちはしばらく無言だった。
『“死者”を殺せば、災厄が終わる』
あまりにも単純と言えば単純。だが同時に、重すぎる内容だった。
しかし、ここまで来たのならば、後は“死者”が誰なのかを探せば良いだけのことだ。
問題は誰が“死者”なのかだ。
これまでの犠牲者を整理してみると、いずれもある共通点が浮かび上がった。
ある人物が関わって起きた事件が大半を占めている。
その人物は、見崎鳴と榊原恒一に絞られた。
桜木さんが死んだ時、彼女は西階段を下りようとしたが、
2人を見て慌てて東階段へ向かったのを、廊下に近かった私は直接見ている。
さらに泉美や望月の証言によると、見崎の話が出た直後に
水野のお姉さんと高翌林は死んだという。
そう言えば、久保寺と中尾が死んだ時も、本来いるはずのない彼女の姿があった。

思い出した。私は昔、見崎を目にしたことがある・・・
私は泉美にその話を切り出した。
127 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 21:43:41.20 ID:J50IFg0x0
「小学生の時、あの子にそっくりな子がいたの」

私の話に、泉美は雨が降る外の景色を見つめたまま返事した。

「見崎さん?」

「そう」

「見崎さん、一人っ子のはずだけど」

「同じクラスになったことないけど、ミサキって呼ばれてた」

「おかしいじゃない?見崎さんの住所だと、あなたと同じ学校には行かないはずよ」

「でしょ?だから変だなって?」

「眼帯は?左目の」

「・・・してなかった」

私の言葉に、泉美がかっと目を見開く。

「彼女、左目なくしたの4歳の時だって」

「え?じゃあ、あの子・・・」

その直後、バタンと物音がして、泉美は様子を見るために部屋を出ていく。
後に1人残った私は、もう1度情報をまとめ直す。
やっぱりあいつが・・・まだ結論は出せなかったが、ほぼ確証した。
コンコンとドアをノックする音がした。
泉美が戻ってきたのか、そう思ってドアを開けた瞬間、
額を割れるような感触が走った。

「つっっっ・・・!」

髪の毛の根元辺りから、何かべっとりとしたものが流れ出てくる。
それを拭った私の手は赤く汚れていた。
人間とは思えない化け物じみた姿と奇声を放ちながら、
凶暴な光を目に宿したそいつは、私を包丁で斬り殺そうとする。
完全な不意打ちに私は後ずさりすることしかできず、ベッドまで追い詰められた。
そいつはベッドに仰向けで倒れた私の上にのしかかると、
肉を断ち割るように、包丁を振り下ろした。
間一髪逃れる。だが、左手首をかすった。また血が流れてくる。
するとそいつはエプロンにしまってあったのか、金串を左手に持ち、
まさに刺し殺さんと、振りかざした。
128 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 21:44:21.68 ID:J50IFg0x0
こんなところで・・・ここで殺されてたまるか!
一か八か、私はまだ力の残っている右腕で金串を掴むと、
渾身の力でそれを奪い取った。
一瞬ひるんだそいつを蹴り飛ばして、ベッドからたたき落とす。
そいつは転げ落ちても再度立ち上がり、飛びかかってくる。
私はその隙を突いた。

「うなぁぁぁ!!!」

懐に潜り込むようにして、金串をそいつの脛に思い切り突き刺した。
けだもののようにそいつは雄叫びを上げると、包丁をかざして威嚇する。
だが、こっちも奪った金串を武器に持っているため、勝負は五分五分だ。
観念したのか、そいつはじりじり後退すると、廊下へ逃げ去った。
すぐ後を追おうとして、私はズキズキと左腕が痛むのを思い出した。
まだ血は止まっていない。
万一のために用意していた包帯で左腕を巻くと、
私はあいつが逃げたと思われる2階の奥を追いかけた。
まだ潜んでいるかもしれない、何かあったらこの金串でとどめを刺してやる。

鍵の開いている部屋を片っ端から開ける。
松井と金木、望月、そして榊原の部屋には誰もいなかった。
ふと望月の部屋に置いたままのカセットテープに目が行く。
私は躊躇せず、それをポケットに忍ばせた。
1階に降りても、まだあいつは見つからなかった。
血の跡で分かるはずだが、照明が落ちていたのか、暗すぎて見えない。

「くそっ・・・あのババア、どこへ逃げやがった・・・」

もたもたしている間に泉美に何かあったら・・・
必死にその悪い予感を頭の中から払いのけ、
廊下を通り過ぎ、フロントに辿り着いた。ちょうど丸1周したということか。
2階に人影が見えた。あの長い髪は間違いない、泉美だ。
廊下の方からなにやら叫び声が聞こえたけど、
今は泉美の無事を確認する方が先だ。
不安を堪えながら、階段を一歩一歩上っていく。
そして泉美は

「いた・・・」
129 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 21:44:48.10 ID:J50IFg0x0
「多佳子!大丈夫なの?」

満身創痍の私を見て、泉美が駆け寄る。泉美はどこも怪我していない。

「よかった・・・泉美まで死んじゃったら、私生きていけない」

一瞬驚く泉美の後ろで、泉美に災いをなす忌まわしき奴の姿が見えた。
そいつを消しさえすれば・・・口元が自然と、緩んでくる。

「泉美は私がいないと・・・」

戸惑う泉美にかまわず、私は奴を狙って金串を振り上げた。

「“死者”を死にぃっっっ!!!死に還すっっっ!」

止めようとする泉美を振り払い、奴を刺そうとした瞬間、
横から突き飛ばされた。手に持った金串が外れ、宙を舞いながら地面に落ちる。

「邪魔するなぁ!」

榊原恒一、どこまでも私の行く手を阻む憎い奴め・・・!
榊原を2人目の“いないもの”にしようと泉美に提言したのは、実はこの私だ。
“死者”と最も近い立場にいるあの男は危険だ。
泉美の心だけでなく、泉美の命まで奪っていきそうな気がする。
泉美から引き離そうと、我ながらいいアイデアだったが、
久保寺の野郎が死んだせいで、水の泡となってしまった。
そして今、榊原は自分の母親の件で、姉さんにまで不吉な影を落としている。

憎しみを込めて、私は榊原を思いきり蹴り上げてやった。
が、榊原は金串を私から奪い取ると、奴を庇い出す。
丸腰になってしまった私は、一転して不利な状況に追い込まれた。

「ちぃっっっ!!!」

一旦引き下がることにした私は、ふとカセットテープのことを思い出した。
そうだ。今こそ、これを使う他に手立てはない。
130 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 21:45:15.50 ID:J50IFg0x0
「ふふっ、ははは・・・アハハハハハハハハハハハハ!!!」

階段を降りる途中から、私は笑いが止まらなかった。
これで奴を消せるじゃないか!?
奴に皆の憎しみと殺意の矛先が向かえば、私が出るまでもない。
何、心配はない。
“死者”が[ピーーー]ば、その存在も記憶もすっぽり消えてしまうのだから、
忌まわしい思い出も全て失われる。

問題は決定的な証拠に欠けるところだが、
理由なんぞ後から付ければいい。
奴は小さい頃に片眼を失っているはずなのに、
昔私が見た奴には両目があった。これは絶対おかしい。

「不完全な復活をした」

よし、これでいこう。
これで皆も、奴への不信感を募らせるに違いない。
事務室のドアを開け、私はカセットテープを差し込み、
マイクのスイッチをオンにした。

今度こそケリをつける。
中尾たちを死に引きずり込んだ、あのふざけた災厄を終わらせてやる。
これ以上無駄に犠牲者を出すのなら、
どうせ消えてしまうたった一人の“死者”を[ピーーー]なんて、造作もないことだ。
これでもう、泉美も姉さんも、誰もがもう死の恐怖に脅かされることもない。

対策係に名誉なんていらない。
クラスのみんなと、その家族が無事であり続ければそれで充分だ。
そう自分に言い聞かせながら、私は館内放送のチャイムを鳴らした。
131 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 21:45:47.21 ID:J50IFg0x0
No.17  Yukito Tsujii

「まさか、君も・・・!」

合宿の集合場所である学校に着いた時、
ぼくは、なぜ彼女がそこにいたのか一瞬分からなかった。
こういう話題を最も嫌っていた君が、参加するなんて・・・
家にいても、市外に出ても死の危険からは逃れられないのはわかっている。
それでもなお、彼女がこの場にいることに対して、
まだ気持ちの整理が付くには、もう少し時間がかかりそうだった。

ぼくの父は、書斎がちょっとした資料室になっている位に本があるほどの
大の読書家であり、僕がミステリー小説にはまったのも、
子供の頃から、父の本を借りて読みふけったのが原因である。
ミステリーは面白い。どんなトリックやどんでん返しが隠されているのか、
それを探そうとする時のわくわくした探求心や、
読者の予想を良い意味で裏切る結末への驚きなど、とにかく止められない。
ぼくが好きなミステリー作家の小説の中には、
自分と同姓同名の人物が出てきたこともあり、その時の衝撃は計り知れなかった。
もっとも最後まで読むと、複雑な心境になってしまったが・・・

柿沼さんとの出会いは、おととしまで遡る。
クラスこそ違ったが、同じ図書委員として、委員会を通じて親しくなった。
彼女が好きなジャンルは、芥川龍之介や太宰治といった純文学が中心。
語り口が、ぼくの好きなミステリー小説と似ているため、
ぼくも彼らの作品は嫌いじゃない。
本当を言うと、最近太宰は敬遠し始めているのだが・・・

ぼくたちは3年間通して図書委員を務めながら、
お互いに面白そうな本を探しては、読書談義に花を咲かせた。
2人が読んだ本を全て合わせると、
第一図書室の書庫の半分近くに上がるのではないか?
132 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 21:46:13.18 ID:J50IFg0x0
そして3年生に上がり、初めてクラスも一緒になったぼくたちは、
今まで以上に、本を読み合うようになって会話も増えた。
だが、この頃から微妙なズレを感じるようにもなってきた。
元々好みのジャンルが違うからなのだろうか?
その違和感が、取り返しの付かないあの事件を起こしてしまった。

久保寺先生が死んだ翌日、今までの教室は当分立ち入り禁止のため、
B号館の空き教室に移された。
新しい教室になった初日、あんな事件が起きたためか、
出席したのはクラス全体のほぼ3分の1に留まった。
柿沼さんも相当落ち込んでいたらしく、ぼくは気晴らしに本を薦めたが、
これが彼女の地雷を踏むことになってしまったのである。
『ドスン!』と手を机に叩きつけて、柿沼さんが叫ぶ。

「いいかげんにして!」

3年間通して、大人しく物静かな柿沼さんが、
こんな大声で、しかも強い口調で喋ったのは初めてだ。
クラスのみんなも、一斉にぼくたちの方に視線を向ける。

「えっ・・・?柿沼さん、どうしたの?急に・・・」

「私、もうミステリーとかサスペンスとか嫌で嫌で仕方ないの!
これ以上、自分の趣味を押しつけないで!」

押しつけたつもりなんて、毛頭ないのに。
無性に腹が立ってきたぼくは、カーッとなってこう言い返した。

「君こそなんだよ!純文学が好きとか言っておいて、
最近はライトノベルとか言う、イラスト付きの小説ばかり読んでるじゃないか!
あんなの漫画と同じで、小説なんかじゃない!」

売り言葉に買い言葉。柿沼さんは怒りでわなわなと身を震わせ、

「辻井君がそんなこと言う人だったなんて・・・もう知らない!」

ぷいっと、顔を背けてしまった。
133 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 21:46:53.09 ID:J50IFg0x0
しまった。と思った時にはもう遅かった。
興奮して、肩で息をしてしたのも止まり、謝ろうと声を掛けようとしたその時、
チャイムが鳴ると同時に、三神先生がやって来たため、
ぼくは話す機会を失ってしまった。
ホームルーム後も、柿沼さんは終始目を合わせてくれず、
話を切り出せないまま、下校の時間になってしまった。

翌日から、彼女は学校を欠席したため、
遂に会話ができないまま、夏休みに入ってしまった。
僕は相変わらず第一図書室に通っているが、読書をしても少しも面白くない。
やっぱり、柿沼さんと一緒に、お互いの好きな本について
色々話していたから、読書が楽しかったのただと、やっと気づいたのだった。

そして話は一挙に、合宿当日まで飛ぶ。
遂に柿沼さんとは一言もしゃべれないままでいる。
咲谷記念館に着いた時も、写真を撮る時も、
僕と柿沼さんがかなり離れていたことについて、
あの日欠席したクラスメイトの中には、
少なからず疑問を持っていた人もいたようだ。

そして、千曳先生が喘息の発作を起こした和久井君を病院へ搬送した後、
各自、自分の部屋へ戻る途中、ぼくは川堀に少し相談をした。
すぐ後ろの席の川堀は体育バカで、読書なんかさらさら興味がないと言っていたが、
気のいい性格なので、時々良き話し相手になる。

「そりゃあんなことあったんだから、
人がバタバタ死ぬミステリーとかなんて読みたくねぇだろう。
お前だって、あの時怖がってじゃんかよ?」

そうだ。あの時、僕が薦めたのは切断された死体をめぐって、
双子の兄弟が活躍するサスペンスミステリーだった。
今思い返せば、なんて空気の読めない馬鹿なことをしでかしたんだと後悔する。
殺人事件が起きた次の日に、サスペンスものを紹介したって、
心臓に毛が生えていない限り、どん引きするに決まってる。
134 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 21:47:25.95 ID:J50IFg0x0
「それによ、このでかい家だって。お前の好きなミステリーとかだと、
いかにも殺人事件が起こりそうじゃん。
例えば、部屋の番号順に次々に殺されていって、俺と前島の次に、お前が・・・
とかさ。お?窓に人影が・・・」

「ひぃっ!」

情けないことに悲鳴声を上げてしまった。それを聞いた川堀は、

「ほれ見ろ。柿沼のやつが嫌がるのもわかっただろ。
ま、少しは頭冷やして反省するんだな」

そう軽口叩いて、川堀は自分の部屋へ戻ってしまった。
正論過ぎて、ぐうの音も出ない。
ぼくは重い足取りのまま、自室へ戻った。
同室の和久井君が病院へ運ばれたため、
今この部屋にいるのはぼくしかいない。

ミステリー小説のような、連続殺人事件なんて起こるわけがない。
しかし、呪われたこの3年3組では、そんなことを言っても空しいだけだ。
何しろ、サスペンスであり得そうな怪奇事件が、
実際に立て続けて起きているのを、目の当たりにしているのだから。
周囲の音ひとつひとつに対して、過敏に反応してしまう。
時々遠雷が混じって聞こえる、ザーザーと降る雨音、
ドアを叩きつけたり、悲鳴のような叫び声も聞こえたような気がする。
防音対策はばっちりしてあるとは聞いたものの、
いつ何が襲ってくるかもわからず、ドアの鍵は閉めたままだった。

そんな中で突然、
「ピンポンパンポーン」と今の心境に不釣り合いなチャイムが聞こえた。

「対策係から、3組の皆さんに大事なお知らせです
これからお聞かせするテープは、
15年前、途中で災厄が止まった年に残されたテープです」

話しているのは赤沢さんではない。
どこまでも冷たい杉浦さんの声だった。
135 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 21:48:43.09 ID:J50IFg0x0
ノイズが混じった男性の声は、「“死者”を死に還せ」と話していた。
そして杉浦さんは、その今年の“死者”が見崎鳴であると断言する。
その理由は、見崎さんは4歳の時に片眼をなくしたにもかかわらず、
杉浦さんが小学生の頃会った時は、両目がちゃんとあった。
この矛盾は、見崎さんが不完全な復活をしたからだという。

「今の見崎鳴は偽物です。ですから・・・殺せえええええええええ!!!」

よく考えれば、めちゃくちゃな屁理屈である。
だが、恐怖で我を見失ったぼくは、
部屋にあったモップを片手に、部屋から飛び出してしまった。

「“死者”を死に・・・」

「「「「死に還せ・・・」」」」

ぼくの声とハモるように、死に返せという言葉が重なって廊下にこだまする。
目の前にはちょうど、見崎さんの姿をした“死者”(?)がいる。
これからも恐怖に怯え続けるよりはいっそ・・・という思いもあったが、
それ以上に杉浦さんが怖かった。
あの放送を聞いても無視していれば、自分が杉浦さんに殺されるのではないか?
という、強迫観念があったからだ。

「やめなさい!!!」

という痛切な叫びが廊下に響き渡る。
見崎さんと榊原君の後ろから、いつの間にか三神先生が姿を現した。

「クラスメイトを[ピーーー]なんてダメよ!」

そう言って、ぼくたちの方に向かってくる先生に怯みながら、ぼくと川堀は

「“死者”を死に還せば、誰も死ななくなるんですよ!?」

「見崎を殺せば、災厄は止まるんです!」

と必死で反論する。
136 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 21:50:34.55 ID:J50IFg0x0
それでも否定する三神先生に、ぼくたちは

「じゃあ、“死者”は誰なんですか!?」

と訴えると、先生は凍り付いたようにびくっと震え、何も言い返せずにいる。

「ぼくは・・・死にたくないんだぁ!!!」

恐怖で頭の中は既にパンクしていた。とうに理性は吹っ飛んでいる。
ぼくは見崎さんめがけて、モップを叩きつけた。

鈍い音と共に、飛び散った血が壁にこびりつく。
見崎さん・・・?いや、彼女は榊原くんの隣で立ち尽くしている。
じゃあ、まさか・・・
頭から血を流して、崩れるように倒れたのは・・・三神先生だった。
倒れた先生の頭から出てくる血が、廊下を染め上げていく。
ぼくは・・・三神先生を殺してしまったのか?

愕然としたまま立ち尽くすぼくは、次の瞬間、

「こいつ!」

という怒りのこもった叫び声が聞こえたかと思うと、
殴られた。

モップが飛び、尻餅をついたぼくの目の前を、
川堀が立ちはだかるように榊原に向かっていく。

「てめぇ!」

「やめろ!」と言いかけたが、声が出なかった。
榊原君は三神先生の甥だ。ぼくが殴られたって仕方がない。
しばらく2人のにらみ合いが続く。
と思ったら、榊原君は見崎さんの手を握ると、
ぼくたちをそれこそ“いないもの”のように無視して
目の前を通り過ぎてしまった。

※(>>135の訂正「クラスメイトを[ピーーー]なんてダメよ!」)
137 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 21:52:45.82 ID:J50IFg0x0
※(>>135の訂正「クラスメイトに危害を加えるなんてダメよ!」)

「大丈夫か、辻井?俺たちも後を追うぞ!」

幸い鼻血は出ていなかった。

「でも、先生が・・・」

「今はあいつを死に還す方が先だ!」

川堀がそう言って駆け出すと、ぼくもその後を追うように走り出した。
その途中、今までの経緯をずっと見ていた柿沼さんが、
有田さんと一緒に、恐怖に震えているのが見えた。

終わった、何もかも。

よりによって先生を手に掛けるなんて、ぼくは最低だ。
もう柿沼さんにも合わせる顔がない。

惨めな思いで胸がいっぱいになりながら、
一度ぼくは倒れて動かない先生に顔を向けて、

「ごめんなさい・・・先生」

と一言告げると、逃げる見崎さんを追いかけ始めた。

「いた、“死者”だ!」

廊下の奥からも叫び声が聞こえてくる。
ぼくと川堀も、自然と走るスピードに力が入っていた。
138 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 21:53:27.81 ID:J50IFg0x0
No.13  Noboru Saruta

アシが夜見山に引っ越したのは、
それこそ中学校に入ると同時のことじゃった。
アシの生まれ故郷は、夏目漱石の「坊っちゃん」や、
道後温泉などで有名な、愛媛県松山市。
穏やかで静かな瀬戸内海と温暖な気候で、アシはのびのびと育った。
じゃけど、アシのお父はサラリーマンで、
アシが子供の頃から単身赴任とかで、家を留守することが多かったもんじゃ。

そして小4の時、住み慣れた松山を離れ、
家族全員で、和歌山へ引っ越すことになった。
太平洋の荒波と、毎年のようにやって来る台風と、
穏やかな松山の暮らしが当たり前だったアシにとって、
和歌山の生活に慣れるのは、少しばっかり骨が折れたけんど、
豪快で温かみのある地元の人達や、学校で一緒になったクラスメイトのおかげで、
それはそれで楽しいものじゃった。

じゃけんど、小学校を卒業するとまたしてもお父の転勤で、
今度は夜見山というずっと北の方へ行くことになってしもうた。
せっかく仲良くなったクラスメイトたちとの別れを惜しみながら、
新しい生活の場となる夜見山は、
温暖な松山や、開放感のある和歌山とはまた違い、
なんちゅうか、重苦しくて窮屈な感じがしちょった。
周りは山ばっかりで、微妙に古い建物が多く、
どんよりとした曇り空にいつも覆われてるような、
そんな全体的に暗い雰囲気がしとるところじゃった。

何より、海のない所に住むのがアシにとって初めてで、
夜見山に入る少し前には日本海の海が広がっておったが、
日本海もまた太平洋とは違った意味で荒々しく、
波にさらわれたら二度と帰ってこわれへんような、
そんな怖さを感じよった。
ほうじゃけん、アシはこの夜見山が今でも少し苦手ぞな。
139 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 21:54:24.29 ID:J50IFg0x0
じゃけんど、学校生活自体はこれまで通り、
マイペースに、やっちょっとたら、何とかいくもんじゃ。
小学校高学年の時、クラス全員が参加した学内のトランペット鼓笛隊におかげで、
楽器を演奏するのが好きになったアシは、吹奏楽部に入る道を選んだんじゃ。

王子と出会ったのは、この時じゃった。
王子に対する第一印象は、ちょっとばかりいなげな奴と思ったもんよ。
苗字そのままの、日本人離れしたウェーブヘアーで、
おまけに美形で入部早々、同級生や上級生の女子部員からモテモテじゃった。
とは言え、アシも猿田という苗字の通り、
小柄でちょこまかとしたところがあるのは、自分でもわかっておったから、
人のことは言えんけどのう。
アシが楽器選びで本命だったトランペットは倍率が高く、
結局クラリネットになってしもうた。王子も同じパートになっとった。
じゃけん、同じ楽器を練習しとるうちに、
王子は見た目だけでなく、嫌みのないええ奴ちゅうことが、
ようわかってきた。
もともとアシはひょうきんなキャラでこれまで友達作りをしとったけど、
王子とは本音で裏表なく語り合える、いつしかそんな仲になれたんじゃ。

そして3年生になった今年。
アシはようやく王子と一緒のクラスになった。
また、フルートを担当している部長の多々良さんも、
同じクラスになったのはこれが初めてじゃ。
けんど、アシらが所属する3年3組、これがくせ者じゃった。
何でも、毎月クラスメイトとその家族が不幸な事故に遭って
じゃんじゃん死んでいくという、
そりゃ恐ろしい呪いがかかっちょるそうな。
とても、信じられんものじゃろ?

じゃけん、委員長の桜木、高翌林が次々に死に、
そして先月には久保寺センセまでが、みんなの目の前で
自分の首を包丁で刺して死ぬという考えられへん死に方をしよった。
アシもこの時、返り血をぎょうさん浴びて散々な目におうたぞな。
140 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 21:54:53.83 ID:J50IFg0x0
翌日、クラスの教室がB号館になっとったが、
あんな事件が起きたせいで、半分近くが欠席しよった。
多々良さんは出席したが、王子は出てこんかった。大丈夫じゃろか?
アシも正直怖かったけんど、一人家の中で籠もる方がもっと嫌じゃった。
元々アシは、周りのみんなと一緒におる方が、どうも居心地がいいようじゃ。
やがて王子も部活には復帰して、中学最後のコンクールを迎えた。
結果は残念ながら銀賞、ほんに惜しかった。
アシは初めて見た多々良さんの悔し涙が、今も目に焼き付いて離れとらん。

そして迎えた、災厄を終わらせるための合宿。
多々良さんは家が色々忙しいらしく不参加やったが、
王子は直前になって、参加を決めたそうな。
やっぱりアシ一人だけより、王子と二人一緒の方が心強いぞな。

けんど、この合宿は初めから不穏な空気が流れておった。
夕食になって早々、赤沢と見崎がケンカを始めよって、
その最中に和久井が発作を起こして倒れ、千曳センセに運ばれてしもうた。
アシはここに来るまで明るく振る舞って、
みんなを盛り上げようとしたけんど、
こんな調子じゃ、逆に空回りし続けそう気がしよる。

部屋に戻ってから、王子が突然アシに尋ねてきおった。

「なぁ猿田・・・」

「どげしたん?」

「なんかこの屋敷、少し不気味じゃないか?古いから仕方ないけど、
ほら、見た目が去年修学旅行で遊びに行った遊園地のお化け屋敷みたいだし、
さっき電話が繫がらなかったのも・・・」

「そうじゃのう、アシもなんかこの洋館はいかにもワケありって
感じがして、どうもきな臭い感じがするけん」
141 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 21:55:34.41 ID:J50IFg0x0
「やっぱり猿田もそう思う・・・?」

「ふーむ」

王子はああ見えて、意外に小心なところがある。
さっきの話にあった、遊園地のお化け屋敷や絶叫マシーンに乗った時も、
いきなりアシの手を繋いできおって、
その時の王子の手は、死人のように冷たかった。
けんど、部活ではそんなそぶりを見せたことは一度もなく、
結構無理しとんだな・・・と勝手に感心してしまったもんじゃ。
ほやけん、いざとなったらアシが王子をしっかりフォローせんといかん、
時々そう思うようになったぞな。

そうして色々無駄話をしてる最中、突然榊原が部屋のドアを開けてきおった。

「火事だぞ、逃げろ!」

「え?」
「火事?」

そう言い残すと、榊原は風のように去ってしもうた。

じゃけん、火の手は特に上がっておらん。
半信半疑でとりあえず避難の準備だけでもしようとしたその時、
「ピンポンパンポーン」と、拍子抜けしそうなチャイムが鳴り響いた。

「殺せえええええええええ!!!」

杉浦の凄みの入った叫び声に、アシも王子も怯んでしもうた。
見崎を殺せば災厄が止まるとゆっちょったが、そんな単純なもんじゃろうか?
そうこうしてはおられん。
アシと王子はとりあえず部屋を出て、1階のフロントまで辿り着いた。
2階の方がなにやら騒がしいが、
まさか皆、見崎を襲いだしてしもうたんやろか?
142 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 21:56:00.21 ID:J50IFg0x0
「本当に見崎さんなのかな?」

王子は杉浦のいっちょることを初めから、信じちょらんようじゃ。

「あの女は怪しいぞな」

「そうだけどさ・・・」

アシも、見崎が“死者”だとは本気では思っちゃおらん。
じゃけんど、見崎は周りにペースを合わせんというか、
一人だけ妙に浮いちょる感じがしよる。
久保寺センセが死んだ時もやけに冷静やったし、
いなげな所をさがせば、ぎょうさん出てくる。
疑われても、しゃあないかな?と思うところはなくもない。
せやからと言っても、アシは見崎の命を狙おうなんて
これっぽっちも思っちょらんが。

と、どこからか異臭が漂ってきおった。

「うん?なんか焦げ臭いのう」

「火事だって言ってたよね?」

「火は見えてねぇけんどなぁ・・・」

ふと、アシと王子は振り向いた。

「食堂か?」

すると王子は、食堂の方に向かっていく。

「王子、なんか煙が出とるし、ドアなんか触ったら火傷するぞな」

と思いながら、王子がドアを開けたその時、
143 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 21:56:35.54 ID:J50IFg0x0
『ドゥゴォォォォォォォォォン!!!!!』

目の前が一瞬光り出したかと思うと、耳をつんざくような爆音と
地震が起きたかの思わんばかりの地響きがきよった。
そして王子は、あっという間に火柱に取り囲まれてしもうた。
熱風で吹き飛ばされそうになる。
アシは間一髪のところで逃れたが、王子はどがいしたならや?
ふと熱風が通り過ぎるように消えてしもうた。
じゃけんど、次にアシは信じられんものを見てしもうた。

プスプスと音を立てて、細長くて真っ黒いものが崩れ落ちる。
まさか・・・あの消し炭みたいなもんが、さっきまで王子やったものか?
無惨にも変わり果てた王子の、その惨状を目の当たりにしたアシは
全身の力が抜け、ガクガク震えたかと思うと、

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

気がついたら、その場から一目散に逃げ出しておった。
嘘じゃ、あんなの嘘じゃ!!!
これは悪夢じゃ、アシは悪い夢を見とるに違いないぞな!!!

迷うことなく、アシは外へ出た。
こんな所にいつまでもおったら、今度はアシが焼き殺される番じゃ。
外はいつしか雨が本降りになっちょる。
少しでも館から遠く離れようと闇雲に走るアシは、
雨で濡れたタイルに足を滑らせ、盛大にすっ転んでしもうた。

「イテテ・・・」

なんとか立ち上がると、目の前で人が仰向けに倒れとる。

「大丈夫かいな?」

そう言って見上げると、アシは愕然とした。
頭から血を流して、ぐったりしておるのは小椋じゃった。
ピクリとも動かない。まさか死んじょる・・・?
144 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 21:57:39.36 ID:J50IFg0x0
「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!」

小椋は殺されてしもうたのか、それはわからん。
またアシは逃げた。とりあえず屋敷から離れた雨宿りできる場所に。
やっと木の下に潜り込むようにして、腰を下ろしたのもつかの間、
またしても目の前が光ったと思うと、鼓膜が破れんばかりの
巨大な轟音が鳴り響いてきおった。

「こ、今度は雷かいな?アシはどうすればいいんじゃあ!」

ふと、古びた青い車が見える。
あれはさっき、和久井を病院へ運んだ・・・千曳センセの車じゃ。
やっと、千曳センセが戻ってきたんじゃ!
助かったぞな。アシはふらふらになりながら駆け寄ると、
そこには勅使河原、望月、有田が震えながら車の側に座っていた。
ようわからんが、車の中にも誰かおるようじゃ。

「みんな、無事じゃったのか!」

「うん・・・勅使河原君は少し足を怪我したけど、もう大丈夫」

「私はなんとか助かったけど、一緒にいたみんなはまだ・・・」

「イテテ・・・まだ痛ぇ。おう、そうだ。猿田、王子はどうした?」

そうじゃ。アシはいつも王子と一緒におるから、
みんなはアシを見れば、王子がどうなっちょるのか気にするはずじゃ。
けんど王子は、王子は・・・

「王子が・・・死んでもうた・・・」

「嘘っ!」「あいつが!」「そんなっ!」

3人がほぼ一斉に驚きの声を上げよる。
145 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 21:58:07.30 ID:J50IFg0x0
「王子は・・・火事で丸焦げになって、死んでしもうたぞな・・・
けんど、アシだけが生き残ってしもうた・・・
アシは・・・王子を見殺しにして、逃げたぞなぁぁぁ!!!」

なんちゅうことじゃ。
もし、アシが榊原の言うことを素直に聞いて、すぐ外に出ちょれば、
もし、アシが食堂の異変を不審に思わんとけば、
もし、王子が食堂のドアを開けようとするのを止めちょれば、
そのどれかを一つでもしとけば、王子は死なずに済んだはずじゃ。

アシには後悔ばかり残っちょる。
王子があんな悲惨な最期を迎え、
おめおめと自分太りだけ、こうして生き残った我が身が浅ましいぞな。

言葉にならない咆哮をあげ、アシは慟哭しちょった。
その間にも、アシらの合宿所は、
王子の命を奪った、地獄のように燃えさかる炎がさらに勢いを増し、
館全体を灼熱の火炎で包み込もうとするところじゃった。
146 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 21:59:01.41 ID:J50IFg0x0
No.23  Aki Matsui

私と杏ちゃんが、杉浦さんの館内放送を聞いたのは、
お手洗いを済ませて部屋に戻ろうとするところだった。

見崎さんを殺せば災厄が止まるとは言っていたけど、
私はどこか腑に落ちなかった。
喉に小骨が刺さったような、妙な違和感を覚えたのだ。
一方、杏ちゃんは、

「くっ・・・まさか見崎さんが“死者”だったなんて・・・、
亜紀!わたしから離れるんじゃないよ!」

ああ、杏ちゃん、まさか真に受けてしまったの?
私を守ってくれるのは嬉しいけど、何かが違う。
張り詰めた表情の杏ちゃんが、少し恐く見えてしまった。

廊下に出ると、ちょうど渡辺さんが奥にある階段から向かってきた。
渡辺さんは、髪が雨で濡れており、少し息を切らしていた。

「ナベ、どこいってたのよ!」

「ちょっと前島が大変なことになって・・・」

「前島?なんでアイツが?」

「後で話すわ。それより今は・・・」

「そうね、“死者”を探さなくちゃ!」

渡辺さんは、私より杏ちゃんと古い馴染みの仲であるためか、
ツーカーで会話が通じ合うことがある。
私の知らない杏ちゃんのことを知っているのは、
素直に羨ましいし、少し嫉妬してしまう。
147 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 21:59:51.49 ID:J50IFg0x0
「いた、“死者”だ!」

廊下を曲がると、見崎さんと榊原君がこちらに向かって走ってくる。
ふと、少し奥の部屋から、人影が飛び出してきた。
あの私より小柄な姿は・・・小椋さん?

「兄貴の仇ぃぃぃっっっ!!!」

必死に否定する榊原君にかまわず、カミソリを振り上げた小椋さんに対して、

「ごめん!」

榊原君がその言葉を言い終わるや否や、
小椋さんの小さな躰が、私たちのいる方向にはじき飛ばされた。
あ、危ない!
そう思ったその直後、よろけた小椋さんが杏ちゃんにぶつかる。
小椋さんが、お腹の底から絞り上げるような呻き声を上げているが、
私はその拍子に壁に激突した杏ちゃんを優先して抱き起こした。

「杏ちゃん、杏ちゃん!大丈夫?」

「キョウコ!おい、しっかりしろ!」

「つっ・・・わたしは平気よ。ありがと、亜紀」

そんな私たちを横目に、見崎さんと榊原君が走り去っていく。
小椋さんと同じようにとても小柄で、
眼帯とシャギーショートボブが特徴の見崎さん・・・

思い出した。

私は眼帯をしていない、“両目の”見崎さんを見たことがある!
いや、それだけじゃない。その時、“眼帯をかけた”見崎さんも一緒にいた。
だから、見崎さんが不完全な復活をしたなんてあり得ない。
なぜそれに、もっと早く気がつかなかったのか?

そうこうしている間に、見崎さんたちを追うように川堀君と辻井君も通り過ぎ、
最後に有田さんと柿沼さんが、私たちの元へ駆け寄ってきた。
うずくまっている小椋さんに、このことを早く伝えなければ!
148 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 22:00:24.23 ID:J50IFg0x0
「あの・・・、その・・・、小椋さん・・・」

「なにっ!?」

私がまどろっこしいのに苛立ったのか、小椋さんがすごい剣幕で睨み付ける。
鼻から出た血がボタボタと床に滴り、先ほどぶつかった衝撃からか、
口元もよだれまみれで、ひどい有様になっている。

一方、その間にも見崎さんたちはある部屋に入ると、
誰も入れないように、鍵をかけてしまったようだ。
川堀君と辻井君が、無駄だと分かっていても「開けろ!」と言いながら、
ドアをこじ開けようと四苦八苦している。
すると、小椋さんが鼻血やよだれを拭おうとせず、
そのドアの方へ向かっていった。

「どけぇぇぇっっっ!!!」

なんとたった3発のキックで、小椋さんはドアを蹴破った。
あの小さな躰のどこに、そんな力が秘められているのだろう?
と、感心している場合ではない。
待って、違うの!見崎さんは・・・

自分の中で言いたいことは分かっていても、うまく言葉にできない。
そんなもどかしさを覚えるうちに、
小椋さん、川堀君、辻井君、渡辺さんが部屋へ入っていく。
残った私たちも後を追おうとしたその時、

「小椋ぁ!」

川堀君の野太い声が響き渡った。
一体に何事かと、私たちも部屋に入る。すると辻井君が、

「小椋さんが・・・窓から落ちた・・・」

有田さんの顔色が、一瞬にして蒼白になる。
すると、彼女は小椋さんが外へ落ちた窓へ向かい、下を覗き込んだ。
149 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 22:00:52.02 ID:J50IFg0x0
「そんな・・・」

有田さんは全身を震わせたか思うと、すぐさま部屋を飛び出していった。

「バカ!どこへ行くんだよ!」

川堀君の言葉にも応えず、有田さんは奥の階段を降りて行ってしまった。
と、後ろから見崎さんと榊原君が隣のドアから出て走り去っていく。

「廊下に出たぞ!」

再び川堀君と辻井君が、そして渡辺さんも見崎さんを追いかける。
ああダメだ、みんな勘違いしている。見崎さんじゃないのに・・・
勇気を振り絞り、私は大声で叫んだ。

「待って!」

皆が一斉に足を止め、こちらを振り向く。
視線が鋭くて恐い。でも、頑張って言わなきゃ。

「見崎さんは違う・・・。見崎さんは“死者”じゃないっ!!!」

「「嘘っ!!!」」「「マジかよ!!」」「そうなの!?」

杏ちゃん、辻井君、渡辺さん、川堀君、柿沼さんの5人全員が驚愕した。

「ちょっとどう言うこと、ちゃんと説明してよ!」

渡辺さんが私の肩を揺らしながら、必死に聞き出そうとする。

「やめなさいよ、ナベ!・・・ほら、亜紀がこんなに怯えてるじゃない?
・・・さあ、亜紀。ゆっくりでいいから、私に教えて、ね?」

杏ちゃんが庇うように、そして幼子をあやすように優しく問いかけた。

「う、うん・・・」
150 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 22:01:37.29 ID:J50IFg0x0
「あのね・・・今年の春、杏ちゃんと遊園地でデートした時、
私、“2人の”見崎さんをを見たの」

「2人?それって、どういうことなの?」

柿沼さんの質問に私は続けた。

「1人は眼帯をかけたいつもの見崎さん、
もう1人は眼帯をかけてない両目のある見崎さんだったの。
何かの見間違いとかじゃない、だって2人は楽しそうに喋っていたもん」

「そっか。あの時、言われてみれば・・・」

杏ちゃんも思い出してくれたようだ。
それまで見崎さんを血眼で追いかけていたみんなも、
憑きものが取れたように、正気を取り戻していく。
良かった・・・、勇気を出して伝えられて、本当に良かった。
のろまでクズで、いつもみんなの足を引っ張ってばかりの私でも、
みんなのために役立てた。それが一番嬉しかった。



その後、渡辺さんからこの合宿所の異変を聞き、
私と杏ちゃんは奥の階段を降りて1階に向かい、
運良く有田さんが見つかったら回収しつつ、外へ避難。
渡辺さんをはじめとする他の4人は、フロントを抜けて外へ出る手筈となった。
1階に下りようとした頃から、辺りは恐ろしい勢いで炎に包まれ始めた。
急がなくでは。

さっき小椋さんとぶつかった時に足を挫いたのか、
杏ちゃんは、右足を引き摺っている。

「杏ちゃん、私が支えてあげる」

「亜紀・・・ありがとう」

杏ちゃんの左腕を肩に乗せ、二人三脚のようにしながら、
私たちは燃え広がる廊下を、杏ちゃんが無理しない程度に先を急いだ。
151 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 22:02:12.61 ID:J50IFg0x0
「ごめんね・・・亜紀。わたし、亜紀を守るって言ったのに、
今日は亜紀に迷惑かけっぱなしで・・・」

「ううん、そんなことないよ。今まで杏ちゃんが助けてくれたおかげだもん。
私だって、杏ちゃんの役に立ちたいよ」

「そっか・・・、ありがとう。今度こそ、わたしが亜紀を守・・・」

杏ちゃんの言葉が途切れた。
よろめく杏ちゃんの目が突然カッと見開いたかと思うと、
口から紅いものを吐き出し、そして・・・前のめりになって倒れた。

「あぁっ・・・!、杏ちゃん!?」

杏ちゃんの背中に突き刺さっているもの、それは・・・
包丁!?
嫌でも、久保寺先生が死んだ時の忌まわしい記憶が蘇る。
その包丁に向かって手が伸び、捻るように抉り取ると、
杏ちゃんは掠れるような声を上げて痙攣したかと思うと、
・・・動かなくなった。

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

目の前で起きたことが信じられなかった。
杏ちゃん。紅く染まった躰。倒れたまま動かない。
死んだ?そんな、あの杏ちゃんが簡単に死ぬはずがない。
これは何かの間違いだ。夢なら早く覚めて欲しい。
お願い、覚めて。お願いだから・・・

私は無我夢中で走っていた。
杏ちゃんを置いてきてしまった。
どうして?
一緒に脱出すると約束したのに、なぜ私1人だけなの?
わからない。
今、私がどこを走って、どこへ向かっているのかもわからなかった。
152 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 22:02:43.05 ID:J50IFg0x0
部屋、ダメだ。炎に包まれて、窓まで行けそうにない。
また長い廊下に出る。果てしなくどこまでも続く長い道。
こんなに延々と続く通路だったろうか?
いた、人影が見えた。こちらに向かってくる。
杏ちゃんが刺された時も、人影が映った。
その人とは違う。別の人なら助けてくれるに違いない。
そうだ、杏ちゃんも助けてもらわなきゃ。
やっとのことで、その人影まで辿り着いた。

「松井さん!」

この声は聞き覚えがある。たしか・・・
ふと、喉元がひんやりする。冷たい。
氷のように冷たい何かが、喉を貫いた。
その喉から、鉄の味が口の中全体に広がった。
口の中では満たしきれず、外までこぼれていく。
目の前の人影が視界から消えた。いや、私の視界が上を向いただけなのか。
宙を舞っている。それにしては空を飛ぶような心地よさは微塵も感じられない。
私の身に何が起きたのだろうか?
杏ちゃんが動かなくなって、私はひたすら逃げて、それから・・・
それ以上、何も考えられなかった。

天井が写る視界が歪む。
黒と紅に入り交じった、得体の知れないものが私を覆い尽くそうとしている。
それは私を貫いた何かよりも遙かに冷たく、
辺り一面に燃えさかる炎の熱さが吹き飛ぶくらい、凍えるものだった。

「嫌だ・・・やめて・・・来ないで!杏ちゃん・・・助けて!
初めて会った、あの時みたいに助けてよ・・・ねぇ・・・杏ちゃん・・・」

必死に払いのけようとしても、声が出ない。躰も動かない。
口から飛び散ったものとは違う何かが、瞳からこぼれ落ちてきた。

得体の知れないものが、私の中で暴れ始める。
黒と紅に染まった何かが、私の躰を呑み込んでいった。
153 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 22:03:14.41 ID:J50IFg0x0
No.29  San Watanabe

「ちょうど良かった、前島を頼む!」

「どういうことだよ・・・っておい!」

夕食後、喉が渇いてたあたしは、
自販機で買ったコーラを一気に飲み干すと、自室へ戻ろうとした。
その時、上から突然、悲鳴声が聞こえた。
あたしがフロントへ向かうと、勅使河原が何かを抱えている。
その何かを見てあたしは驚きを隠せなかった。
背中が赤黒く染まっている。血が出てるじゃねぇか!

勅使河原から半ば押しつけられるように、
あたしは血を流してぐったりしている前島を外へ持ち運んだ。
なんでも管理人が殺されて、前島もそれに巻き込まれたらしい。
何だよそれ。あたしは信じられなかったが、
勅使河原の狼狽ぶりと、前島の現状を見たら、そうも言ってられなかった。
外は雨が降っている。駐車場の前のロータリーは木陰になっており、
雨宿りできそうな場所に前島を寝かせた。

「前島、死ぬんじゃねぇぞ。後でちゃんと助けに来てやるからな!」

かすかに、前島が頷いたように見えた。
大丈夫、まだ息はある。死んではいない。
そうだ、さっきの悲鳴が気になった。
あたしの部屋には小椋が残っている。そっちは大丈夫か?
あたしは急ぎ足で合宿所に戻った。

「ったく・・・、意味わかんねぇよ」

思わず愚痴が出てしまう。
あたしは、元々この合宿に行きたいわけではなかった。
154 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 22:03:43.65 ID:J50IFg0x0
3組の関係者が次々に死んでいく中、
新担任の三神先生は突然、夏休みに合宿をすると言い出した。
なんでこんな時にするのか、ちっとも理解できなかった。
だいたいうちのクラスに降りかかった呪いが理不尽だった。
あたしは迷信なんて信じないけど、こればかりはどうしようもない。

「大体さ、あの転校生が見崎さんに話しかけたりしなかったら・・・」

そう言って、和江に不満をこぼしたこともあった。
このまま何もなければ、あたしはこの場にいなかっただろう。

ところが、引きこもりだった小椋の兄貴が死んだことで、
そうもいかなくなった。家にいても死ぬ時は死ぬ。
部屋の中で災厄に怯え続けるなんて、あたしはまっぴらゴメンだ。
あたしの周りのクラスメイトの中では、
まず、松子が一緒に参加することとなった。
和江は家族で旅行に出かけると行って不参加。
綾野の一件があるから、正直不安だ。
綾野で思い出したが、悠も合宿の参加を見送った。
親友だった綾野の死が相当堪えたらしい。仕方ないだろう。
そして、キョウコは松井と一緒に参加、
ナオはテニスの試合があるため、和江と同じく夜見山にはいないはずだ。

手には前島の血がべっとり付いている。
服に付いたものはどうしようもないが、洗面所で手を洗っていると、
杉浦の館内放送が聞こえた。
見崎が“死者”・・・?
確かに見崎はどこか胡散臭いところがある。
“いないもの”になる前から、クラスのみんなと馴染もうとせず、
どこか人間離れした感じがする。そんな奴だった。
でも、もし“死者”だったら・・・
あたしは急いで2階に駆け上がり、キョウコと合流した。
155 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 22:04:10.30 ID:J50IFg0x0
その後の一連の出来事は、ご存じの通りである。

見崎を見つけた小椋が斬りかかるも、例の転校生・・・
榊原に手痛い反撃を喰らってしまった。キョウコもひどい巻き添えだ。
しかし小椋は持ち直すと、見崎たちを追いかけ、そして・・・
あたしたちの目の前で、窓から姿が消えた。
この部屋はヴェランダがない。下を覗き込むと、小椋が仰け反っていた。
が、間もなくバランスが崩れて『パシャーン』と音を立てると、
小椋は大の字のように、仰向けのまま倒れた。
動かない。頭から血が流れていくのが、2階からでも見える。

後から来た松子も、中庭を見下ろす。
止めようとしても、もう遅かった。
松子は瞳孔が開いたかと思うと、いきなり部屋を飛び出して
そのまま奥の階段へ走り去ってしまった。

それよりまず“死者”を・・・と思った矢先、
今度は松井が「見崎が“死者”じゃない」言い出してきた。
逸る私をキョウコが抑えて、松井はゆっくりと事情を説明した。
杉浦の言っていたことは矛盾している。
じゃあ、あたしたちはとんだ無駄足だったのか。
無駄足どころじゃない。最悪、小椋は・・・

と、『ドスン!』と大きな音が2階の廊下に響き渡る。
何事かと、あたしたちが松子と反対側の方へ向かうと、
フロントに繫がるドアが閉められていた。
ここには鍵がかかっていない。けど、何かに塞がれているみたいで、
川堀が力任せにこじ開けようとしても、ドアはびくともしない。

一方、辻井が辺りをキョロキョロ見回していた。

「三神先生がいない・・・!」
156 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 22:04:44.08 ID:J50IFg0x0
柿沼に話を聞くと、さっき辻井がモップで見崎を倒そうとした時に、
三神先生がそれを庇って、倒れてしまったらしい。
頭から血を流していたため、かなりの大ケガと思われるが・・・

「ここにいないってことは、たぶん外へ逃げたんだろう。
大丈夫だ、心配するな。それよりもだな・・・」

「ナベ。わたし、亜紀と一緒に奥の階段使って降りるわ」

突然、キョウコが口を開いた。

「さっき降りていった有田が気になるでしょ?
もしかしたら1階をまだうろついてるかもしれないし・・・」

確かにそうだ。しかし、ここで別行動は危険じゃないだろうか?すると、

「金木!じゃあ、俺も付いていくぜ!」

川堀が会話に割り込んできた。

「ダメよ!あんたは男でしょ。
ドアを何とかする力仕事は、男のあんたがやらなきゃ・・・」

「でもよ!俺だって、あいつがどうなったか不安なんだよ!」

記念写真を撮った時からだいたい予想が付いていたが、
川堀のやつ、まさか本当に松子に惚れていたとは・・・
しかし、いつまでも水掛け論にかまってる暇はなかった。

「川堀!ここはキョウコに任せておけ!
あいつは護身術とか色々やってるから、何かあっても大丈夫だ。
それより、あんたがいなくなったら、このドアを誰がどかすんだよ!」

辻井と柿沼には悪いけど、
もやしのように、ひ弱そうなあの2人はとても戦力にならない。
あたしも一応女だから、体力にだって限界がある。
川堀くらいしか、このドアをなんとかできるやつしかいないのが現状だった。
157 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 22:05:20.49 ID:J50IFg0x0
「しゃあねぇ・・・じゃあ、金木。頼んだぜ!」

「わかった。ナベ、それじゃ行ってくる」

川堀はまだ心残りがありそうだったが、しぶしぶ承知すると、
キョウコは私に軽く返事して、松井を連れたまま奥の階段へ向かった。

キョウコが視界から消えていくのを見届けたあたしは、

「さてと、このドアをなんとかしなければ・・・」

そう言い終わらないうちに、突如、地面が激しく揺れ動いた。
地震か!?
天井の照明の一部が崩れ落ちるなど、相当な揺れだった。
皆立っていられるのが精一杯である。
ふと、何かが焦げる臭いがした。
嫌な予感がする。

すると、今度は後ろから
耳をつんざくような凄まじい轟音が、廊下に響き渡った。
振り向く。火柱が噴き上がっていた。
さっきまでキョウコたちがいた場所だ。
まさか、あの炎に巻き込まれて・・・
違う、2人はもうとっくに1階に降りているはずだ。

「火事だ、逃げろ!」

辻井の裏返った声が合図になったのか、
あたしと辻井、柿沼、川堀の4人は急いでドアへ向かう。
後方はあんな火柱が上がった以上、迂闊に近づいたら丸焦げになってしまう。
あたしと川堀が渾身の力を込めて、ドアに体当たりする。
ドアは呆気なく開いた。思わず、フロント側へ転びそうになる。
さっきの衝撃で抵抗が和らいだのか。
ふと、脇にソファーが置いてあるのが見えた。
そうか、これがバリケードになっていたのか。
あたしたちが、見崎を殺そうと追いかけから、
こんなもので塞がれていたなんて・・・
158 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 22:05:54.43 ID:J50IFg0x0
今更、そんなことを思い返す暇もない。
一刻も早く、外へ逃げなければ。
フロントは惨憺たる光景が広がっていた。
壁の装飾は剥げ、階段の手すりはところどころ崩れ落ち、
あちこちに火が回って、焦げ付いていない部分はどこにもない。
夕方ここを訪れた時の、古風な美しさをたたえていた面影は
どこにも見当たらなかった。

「出口はあそこだ!」

階段を転ばないように、急いで、でも慌てずに、
小刻みな歩きで降りていく。
やっと階段を下りきった。出口は目の前にある。
その安堵が油断を生んだのか、
もはや出口以外に誰も視線を向けていなかった。
今までにない不気味な音が聞こえる。
するとその刹那、天井から信じられないものが降ってきた。
いち早く柿沼がその異変に気づいたようだ。でも、もう遅い。
あたしたち4人全員が、
天井から落ちてきたシャンデリアの下敷きになってしまった。

あたしの躰を、なにかが突き破っている。
生きたまま串刺しにされたような、想像を絶する痛みが躰を貫いた。
その痛みがあたしの意識を辛うじて保っている。
ふと、隣を見ると川堀がシャンデリアから這い出ようとしていた。
いち早く抜け出した川堀が、まっすぐ出口へ向かうのが見える。
いや、待て。
その左にある柱がぐらぐらと揺らぎ始める。

「ダメだ、行くな!」

声が出てこない。
聞こえるわけもないあたしの叫びが届くはずもなく、
まるで川堀めがけて倒れだした柱は、巨大な音を立てながら
彼をそのまま押し潰した。
断末魔すら聞こえない、一瞬の出来事だった。
159 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 22:06:30.35 ID:J50IFg0x0
「あのバカ野郎、ここまできて・・・」

再び意識が朦朧としてきた。あたしもこんなところで死ぬのか。
視界が暗くなっていくのがわかった。



またしても、意識が戻った。これで二度目か。
手の自由が効かない。何かに縛り付けられている?
一瞬「離せ!」と抵抗しようとしたが、その必要がないことがすぐにわかった。
あたしは、両腕を辻井と柿沼の首を抱えるような形で、
半ば2人に担がれていた。

「目が覚めました?」

この声は辻井か。

「あ、あぁ・・・あたしはまだ生きてるのか?」

「渡辺さんは大丈夫です。でも川堀が・・・」

そうか、あいつは助からなかったのか。
既に私の視線に火の手は上がっていない。
すると、もう屋敷を脱出した後なのか?
それまでの熱さから一転して、冷たい雨が全身に染み渡っていく。
ここはもう屋外か?今度こそ、窮地は脱出したみたいだ。

「おまえらが、あたしを助けてくれたのか・・・
ふっ・・・なかなかできるじゃんか?ありがとな・・・」

辻井と柿沼の2人を見た目だけで、ひ弱だと内心侮っていた、
あたしの目が節穴だったようだ。
もっと2人を信じてあげれば、あたしがこんな大ケガすることも、
川堀が死ぬこともなかったかもしれない。
心の中に後悔の念がこみ上げてきた。
160 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 22:06:57.26 ID:J50IFg0x0
視線を向けると、青い車が見える。
あれはさっき、和久井を運んだ千曳先生のマイカーだ。
肝心の千曳先生はここにはいない。
だが、車の脇には、勅使河原、望月、猿田、それに松子がいた。
そうか、松子は無事だったか。良かった。
緊張の糸が切れたのか、あたしはまた意識を失いかけた。

「珊ちゃん、しっかり!」

辻井と柿沼の疲労も限界まで来ているはずだ。
崩れ落ちそうになったあたしを、松子と望月がなんとか支えてくれた。
視線を下に向けると、腹から血が出ている。
ここに来るまで、血が少しずつ躰から失われていたということか?
それに気づいた皆は、あたしを車の中に収納した。
中も、もう1人呻き声をあげながら横に伏している奴がいる。
前島だった。

「お前も無事だったか・・・、あたしが助けに来てやれず、悪かったな」

声になったかどうかは、わからない。
血が出ている部分を、備え付けの包帯で巻いてもらったおかげなのか、
躰の中を突き破るような痛みはある程度治まってきた。
天井が低い。立ち上がったらぶつかりそうなほど、近い場所にある。
車の中だから、当たり前だ。

ふと、キョウコはどうなったのか、不安になり始めた。
窓から落ちた小椋の生死も気になって仕方ない。
そういや、あたしのすぐ前の席にいる、
この合宿を事実上仕切っている赤沢とか、どうしたのだろうか?
合宿に来なかった和江は?悠は?それにナオは?

「やれやれ、あたしも心配性だな・・・
それより、自分の躰をもっと心配しろよ・・・」

自虐的な思いにかられながら、あたしは再び低い天井を見つめた。
161 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 22:07:40.79 ID:J50IFg0x0
Interlude III  Tatsuji Chibiki

発作を起こして倒れた和久井くんを病院に無事送り届け、
私は再び咲谷記念館へ向かって、愛車のボルボ240を走らせた。
対向車がギリギリすれ違う程狭く、照明灯もほとんど見当たらない暗くて危険な山道、
ましてやこの雨でスリップの危険も充分伴う悪路である。
それでも、できうる限りの早さで私は急いだ。
先ほどから胸騒ぎがしてならない。
私がいない間に、合宿所が何事も起きていなければよいのだが・・・
果たして、その期待は踏みにじられた。

咲谷記念館が近づくにつれ、赤い光がぼやけて見える。
フロントガラス越しでもはっきり見て取れる、異様なまでに鮮明な輝き。
その正体は、館全体を覆い尽くさんとばかりに燃え広がる紅蓮の炎だった。
11年前の修学旅行の悪夢が蘇る。
いや、そんな昔のことを思い出している暇などない。
一刻も早く、一人でも多く生徒たちの命を救わなければ。
駐車場にセダンを停めると、すぐ側の木陰に1人の男子が倒れていた。
背を染める紅の血。深い。が、まだ間に合う。
私はこのような時のために常備している救急具を取り出し、
彼の背を包帯できつく縛ると、後部座席に乗せてシーツを掛けた。
とりあえず、彼は大丈夫だろう。
誰かの叫び声がする。私はすぐさま、声のする方へ走り出した。

異様な光景である。
窓から飛び出そうとする男子生徒を、何者かが押さえつけている。
と、もう1人の男子生徒が、2人を引っ張り出す。
宙を舞うように、3人がもつれ合いながら中庭に落ちた。
幸いにもここは1階だ。全員無事なようだ。
が、男子生徒ではない3人目・・・血にまみれたその人物は
跳躍するや否や、うち1人の男子生徒にまたがり、手にした鈍く光るもの・・・
包丁を振りかざした。

「死にたくねぇー!!!」

その叫び声が止まぬうちに、私の躰は動いていた。
162 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 22:08:21.54 ID:J50IFg0x0
包丁を持った、その人物・・・管理人の右手首を押さえつける。
管理人は、一瞬呆気にとられたかと思うと、
熊のようなうなり声を上げて私に襲いかかってきた。
とても中年女性とは思えない俊敏な動き。
が、勢いに任せるだけでどこも隙だらけだ。
私は即座に急所を打った。
一瞬呻き声を上げたかと思うと、管理人は地面に崩れ落ちた。
管理人・・・奥さんの方である。まさか彼女が館に火を・・・
呆気にとられる2人の男子生徒・・・勅使河原くんと望月くんの方に目をやり、
私は呟いた。

「尋常ではないね」

気絶した管理人を木に何重にも巻いて縛り付けると、
足に傷を負った勅使河原くんを抱えながら、駐車場に向かう。
車に収容した重症人・・・前島くんに比べれば、ずっと軽い傷だ。
2人を駐車場まで避難させると、黄色いキャミソールの少女がうずくまっていた。
この女性とは、確か有田くんだったか。まだ彼女しか逃げてきていないのか?
望月くんと有田くんに勅使河原くんを任せると、
私はまだ合宿所の中に残っているであろう、逃げ遅れた生徒達の行方を追った。

しかし、玄関に入って早々、私は目の前の惨状に愕然とする。
柱に潰されて動かない者、全身が黒焦げになって崩れ落ちた者、
その中で辛うじて生き残った3人の生徒・・・
傷を負った女子生徒を、2人の生徒が背負っていたのだが、
彼らに早く逃げるよう促すと、私は廊下へ入った。
そこでも次々に絶望的な光景が広がった。
何者かによって首を刺されて、苦しみの表情のまま死んでいる者、
少し奥には、心臓をひと突きにされて倒れている生徒の姿も見える。
これもあの管理人に殺されたのだろうか?
ふと、人影が見えた。生きている。
あの長いツインテールは、間違いなく赤沢くんだ。
が、様子がおかしい。黒くて長いもの・・・鉄パイプを高らかと持ち上げて・・・

「ゆかりの所へ逝きなさい・・・」

どこまでも冷たい声が響き渡った。
163 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 22:08:55.82 ID:J50IFg0x0
その振り上げようとする右手首を、私は押さえつけた。
さっきまで赤沢くんの視線にあった方を見ると、
風見くんが頭から血を流しながら倒れている。
ああ・・・まさか赤沢くんまでこんなことになってしまうとは。

「級友同士で殺し合うなどと、馬鹿な真似をするものではない」

私も長年、3年3組を見守ってきたが、
生徒同士がこのようなことになるなど前代未聞だ。

「綺麗事ね・・・死ぬのが恐くて、傍観者に逃げ込んだあなたには、
何も言う資格はない!」

やはり赤沢くんも、内心では私を恨んでいたのか。それも仕方ない。
夜見山岬くんの死を認めないことに同意するどころか、
私がそれを助長したばかりに、現象が始まってしまったのだから。
いわば、赤沢くんにとって私は、お兄さんの和馬くんや綾野くんの仇でもあるのだ。

「確かに私は逃げた・・・
だが、目の前で理不尽に死んでいく生徒を救うことくらいはできる」

償いと言ってしまえば簡単である。が、
何もしないで手をこまねいているより、少しでも悲劇を食い止めること。
それが生き残った私に課せられた使命だ。
が、赤沢くんはさらに怒りで顔を歪めながら叫んだ。

「傍観者のあなたにはなにもできない!何もなせない!
状況を動かせるのは、死地に留まる当事者だけよ!」

鉄パイプを振り回そうとする赤沢君を避けつつ、私はその凶器を取り上げた。
力が余って廊下に吹き飛んでしまった赤沢くんは、
猫のような身のこなしで身を伏せ、私をきっと睨みつけると、
立ち上がって、そのまま飛び出して行ってしまった。
164 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 22:09:46.65 ID:J50IFg0x0
部屋の更に奥を見る、榊原くんが呆然としたまま動けずにいた。

「榊原くんも外へ!」

「赤沢さん・・・、そうだ風見君が!」

微かに彼は息がある。が、弱々しい。果たして間に合うかどうか・・・
彼の手にもまた、血に濡れた包丁があった。
では、先ほど廊下で倒れていた2人の女子生徒は・・・

エントランスを出る。ここまで来れば、火に巻かれることもない。
冷たい雨が躰に刺激を与えたのか、背負った風見くんの意識が戻った。

「さか・・・きばらくん?」

「風見君!?」

私は彼を下ろし、話しやすいように半ば寝かせてながら、
2人が話しやすいようにする。

「赤沢さんの言う通りだ・・・僕は・・・金木さんと、松井さん・・・
関係ない2人を殺した・・・そして榊原君、きみも・・・
僕なんか・・・、死んで当然だ・・・すまない・・・」

「そんな・・・勅使河原が風見君を突き落としたのも、
君があんなことになったのも、みんな現象のせいなんだ!」

風見くんは首を微かに振ると、

「もう僕は・・・みんなに顔向け・・・できない・・・
あの2人にも・・・てし・・・がわら・・・にも・・・ぐっ・・・!」

まずい、風見くんの呼吸が荒くなってきた。しかし、彼は続ける。

「ゆ・・・か・・・・・」

そこで言葉が途切れた。
手首の脈をとり、呼吸と心臓の動きも確かめる。
・・・が、彼は既に息絶えていた。
165 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 22:10:33.09 ID:J50IFg0x0
なんということだ。
本来ならば力を合わせて災厄に立ち向かうはずのクラスの仲間達が、
お互いに殺し合うとは。
しかもクラスの委員長にして対策係でもある赤沢くんと風見くんが、
2人とも死に引き込まれていたなんて・・・

これが、死の扉を開いてしまった私への罰なのだろうか・・・
いや、天が私に罰を与えるとするのならば、
なぜあの年とは本来ならば関係ないはずの、
代々の未来ある3年3組の生徒に災いが降りかかるのか。

罪を受けるのは私一人で、もう充分だ!
もし願いが届くならば、これ以上無駄な犠牲を出さないでくれ!

分かっていても、毎年こう願わずにはいられない。
冷たい雨が私たちの躰を冷やしていく。
風見くんの躰も、あと少し経てば本当に冷たくなってしまうのだろう。
私は見開いたままの風見くんの目を閉じさせた。

一方、榊原くんは、何かを決意したようだ。
その目は、災厄によって我を失ったものではない。
何者にも惑わされない、固い意志が秘められていた。

見崎くんと、理津子くんの子供である彼の2人にしか、
もはやこの悲劇を止めることはできない。
そう、私は確信した。
166 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 22:11:44.01 ID:J50IFg0x0
No.3  Shoko Arita

話は少し遡る。
合宿の集合場所である校内で、私はその子を呼び止めた。

「由美・・・大丈夫?元気出してね?」

「・・・ありがと」

由美は無表情に呟くと、そのまま立ち去ってしまった。

「由美・・・」

やっぱり言い方が悪かったのだろうか?
お兄さんと綾野さんが相次いで死んでから、由美の様子がどこかおかしかった。
久保寺先生のようにぼーっとしてる訳でも、心ここにあらずという訳ではない。
目力はしっかりしているのだが、何もかも寄せ付けない、
心を閉ざしたような感じになってしまった。
夏休み前までは、もっとはきはきした笑顔の似合う子だったのに・・・

気を取り直して、私は別の少女に声を掛けた。

「柿沼さん・・・?同じ部屋だよね。
あんまり話したことないからといっても、改めて言うのも変だけど、
私は松子、有馬松子。“まつ”って書くけど、“しょうこ”だよ!」

「は、はい・・・有田さん」

「うん!あ、そうだ。松子でいいからね、よろしく!」

努めて、私は明るく彼女に返事した。
167 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 22:12:33.96 ID:J50IFg0x0
私はこれといった特徴のない、ごく普通の女子中学生だ。
通知表は、4や2も含めて平均するといつもオール3。
運動神経だって得意でもなければ、苦手でもない。
身長もうちのクラスの女子ではど真ん中、
唯一、胸だけは下から数えるくらい慎ましいけど、
そんなことを言ったら、由美や悠ちゃんに怒られそうだ。

そんな平凡を絵に描いたような私だけど、和江ちゃんに言わせると、

「松子ちゃんは、すぐ友達ができて羨ましい」

らしい。自分では自覚はあまりないけど、
私は交友関係がやたら広く、他の人に比べて友達が多いというのだ。
言われてみれば、そうなのかもしれない。

珊ちゃんと和江ちゃんは、家もご近所さんで幼稚園の頃からの幼馴染。
恵ちゃんと幸子ちゃんは、中1の頃からずっと同じクラスの仲良し3人組だ。

今年に入ってからは、由美と悠ちゃんがその仲間入りをした。
由美は私のすぐ前の席で、休み時間に時々話したり、
美術の授業で一緒に絵を描くなどして、すっかり意気投合した。
由美だけ「〜ちゃん」付けではなく呼び捨てなのは、
「由美ちゃん」と呼ばれるのを本人が嫌がったため、敢えてそうしている。

悠ちゃんは出席番号が隣同士で、
体育の授業で一緒になったことを機に仲良くなった。
悠ちゃんは水泳だけでなく、あらゆる運動が得意なスポーツ万能少女で、
体育の時の生き生きした彼女を見ると、いつも輝いて見える。
友達の友達ということでは、綾野さんや藤巻さんともそれなりに親しくなった。
そのため、先月末に綾野さんが亡くなった時は、私もショックだった。

昔「友達100人できるかな?」なんて歌があったけど、
実際に毎年の終わりに年賀状を書くと、その多さに我ながら感心してしまう。
クラスが離れ離れになっても、ほとんどが電話とか手紙で色々やり取りするため、
疎遠になってしまう事例は、ほとんど見られない。
また、年賀状を書くのが面倒くさいと思ったことだって、一度もなかった。
巡り会ったクラスメイトは、私にとってかけがえのない宝物だ。
168 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 22:13:35.87 ID:J50IFg0x0
そして今日も、同じ部屋になった柿沼さん改め小百合ちゃんとも、
すっかり打ち解けた。
小百合ちゃんは一件内気で人見知りしそうな印象を受けるけど、
本のことになると饒舌になり、その知識量に圧倒されそうになる。
私は色んな本を広く浅く読むタイプなので、話題にもついていける。
どうも、この合宿は気が沈みやすくなってしまうため、
好きなことを色々話し合えば気が紛れる。
お互いに、そう思ったのかもしれない。

と、隣から謎の悲鳴声が聞こえた。その直後には『ドスン!』と大きな音もする。

「ど、どうしよう!小百合ちゃん・・・」

「松子ちゃん、落ち着いて。本とかだと、
うかつに外へ出ると危ないから、中で待ってましょ。
こんな時のために、鍵もかけておいたし・・・」

しばらくすると、物音も消え、辺りはもとの静寂を取り戻したかに見えた。
しかしほっとしたのもつかの間。

「殺せえええええええええ!!!」

スピーカーから、杉浦さんの鼓膜が破れそうな叫び声が響き渡った。
すっかり気が動転した私たちは、堪えきれずに部屋から飛び出してしまった。

「“死者”を死に・・・」「死に還せ・・・」

辻井くんと川堀くんにつられて、死者を死に返すことがよくわからないまま、
私と小百合ちゃんもペースに乗せられてしまった。
しかし、その直後に辻井くんが誤って三神先生をモップで叩いてしまうと、
私たちははっと我に返った。
「死に還す=殺害する」なんて、そんなの恐い!できないよ!
その時、

「兄貴の仇ぃぃぃっっっ!!!」

由美の絶叫が耳に入った。
169 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 22:14:25.15 ID:J50IFg0x0
由美!ダメだよ!
三神先生も心配だけど、私と小百合ちゃんは、辻井くんと川堀くんの後を追った。
廊下の突き当たり。珊ちゃんが、金木さんを介抱している。
曲がる。1つだけドアが開いている。

「小椋ぁ!」

あれは川堀くんの声だ。部屋に入る。由美の姿はどこにもいない。
いったい・・・嫌な予感がした。

「小椋さんが・・・窓から落ちた・・・」

辻井くんの言葉に、私は一瞬動きが止まった。が、そのまま窓に向かう。

「見るな!」

珊ちゃんの叫び声。聞こえたけど無視した。それがいけなかった。
雨に濡れた、中庭に敷き詰められたタイル。
仰向けに倒れた由美。頭から赤い血が流れている。
目を見開いていた。憤怒の形相に満ちて、瞬き一つしない。

「そんな・・・」

全身の血が凍りついたような気がする。視界がぼやけ始めてきた。
貧血?いや、違う。これは・・・

私は脇目もふらず、部屋を飛び出した。
誰かがまた叫んだような気がしたが、今はそれどころではなかった。
廊下の奥に階段がある。早く、早く由美を助けなきゃ!
頭からあんなに血が流れて・・・このままじゃ由美が死んじゃう!
大切な友達が一人でもいなくなるなんて、私には堪えられなかった。
1階に下りて、異変が起こった。
この焦げたような臭い。
たちまち廊下が鉄板の上にいるかの如く、どんどん熱くなっていく。
あちこちで火の手が上がっている。火事だ!
170 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 22:15:27.42 ID:J50IFg0x0
あまりの煙たさに、私は何度も咳き込んだ。
躰の中の酸素がどんどん失われていく。
正常な判断ができない。私は今どこにいるのかすら、わからなくなってきた。
フラフラと彷徨う内に辿り着いたある一室。ここは・・・?
次の瞬間、凄まじい爆音と共に私は吹き飛ばされた。
視界が、何度も目まぐるしく変わる。

私、このまま死んじゃうの?
合宿に行けない恵ちゃんと幸子ちゃんに「2人の分まで頑張る」と約束した。
まさか、あの約束が逆効果になって・・・?
久保寺先生の一件以来、見るのも痛々しいくらい衰弱した幸子ちゃん、
コンクールが終わって以来塞ぎがちな恵ちゃん、2人が帰りを待っているのに。
それに由美は?由美はどこへいっちゃったの?
クラスのみんなの顔が頭をよぎる。
そして、視界が消えた。



目が覚める。ここは・・・、まさか天国?
いや、辺りは暗い。じゃあ、地獄に落ちたの?
と、意識が徐々に戻ってきた。
雨が降っている、ふと右を見ると燃えさかる建物。
確か私は爆発に巻き込まれて・・・
と言うことは、生きてる・・・?
地面に倒れたせいでところどころ汚れているが、
躰にはかすり傷一つ付いていない。私は助かったのだろうか?

とりあえず辺りを見回す。合宿所は炎に包まれて今にも崩れそうだ。
すると、目の前に水色の車が一台止まっている。
あれは千曳先生の車・・・と言うことは、戻ってきてくれたのか?
私は車の元へ辿り着いた。千曳先生はいない。
中を見ると、前島くんが横になっていた。時々苦しそうな声を上げている。
私は体育座りになって、じっと耐えていた。
先ほどの熱さから一転して、冷たい雨がキャミソール一枚の薄着に染み渡る。
とても肌寒く、躰の震えが止まらない。
まだ誰も来ない。みんなどうなってしまったの?
不安で恐怖で仕方なかった。
ふと、3つの人影が目に入った。あれは・・・
171 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 22:16:06.80 ID:J50IFg0x0
「あっ・・・、先生っ!」

千曳先生だ。隣には望月くんもいる。
そして先生が抱えられながらぐったりしているのは、勅使河原くんだ。

「誰も逃げてきてないのか?」

千曳先生の問いかけに、わたしはコクンと頷くことしかできない。
勅使河原くんの怪我は軽いみたいで、本当に良かった。
望月くんも胸をなで下ろしている。

「君たちはここから動かないように。いいね、わかったかい!」

そう言うと、千曳先生は燃えさかる合宿所へ再び飛び込んでいった。
先生は大丈夫だろうか?
そんな心配をしていると、入れ替わるように猿田くんが
足元がふらつきながら、どうにかここまで辿り着いた。
あ、でももう1人・・・・
私がそう思う間もなく、勅使河原くんが尋ねた

「おう、そうだ。猿田、王子はどうした?」

その問いに、猿田くんが一瞬固まる。
ここに王子くんがいないということは、まさか・・・

「王子が・・・死んでもうた・・・」

「そんなっ!」

勅使河原くんや望月くんとシンクロするように、私は驚きの声を上げた。

「王子は・・・火事で丸焦げになって、死んでしもうたぞな・・・」

そう言うと、猿田くんはうずくまりながら慟哭した。
この合宿でも犠牲者が出てしまうなんて・・・
でも、悲報はこれだけに止まらなかった。
172 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 22:16:46.18 ID:J50IFg0x0
それから間もなく、玄関からまたしても3人の影が見える。
両脇にいるのは小百合ちゃんと、眼鏡がないので一瞬分からなかったが辻井くん、
そして2人が抱えているのは・・・

「珊ちゃん、しっかり!」

ずるりと崩れ落ちそうになる珊ちゃんを、私と望月くんが何とか受け止めた。
珊ちゃんの傷は、勅使河原くんよりはるかにひどい。
急いで車の中に寝かせると、中にある救急箱から包帯で取り出し、
珊ちゃんの制服を少しだけはだけると、包帯を巻いて血止めした。
車から出る。小百合ちゃんたちも、疲労困憊だった。

「よかった・・・、小百合ちゃんとせっかく友達になれたのに、
もし何かあったら・・・」

と、やっぱり何か足りないことに気づいた。

「ねぇ・・・他のみんなは・・・」

恐る恐る尋ねると、小百合ちゃんは

「松井さんと金木さんはわからない・・・川堀君は柱に潰されて・・・」

言葉を詰まらせる小百合ちゃんに、私は悟った。
川堀くんも災厄の犠牲に・・・
でも、どうしても実感が湧かない。
死んだといってもこの場にいないし、もしかしたら、王子くんも川堀くんも
ひょっこり元気な姿で戻ってくるのではないか?
まだそんな希望を捨てきれずにいた。
が、その次に起きた悲劇が、
いやでも災厄によってクラスの仲間の命が奪われたことを、痛感させた。

千曳先生が抱えているのは、眼鏡の男子生徒。
今は眼鏡がないが、辻井くんはここにいるので、風見くんに間違いない。
榊原くんも一緒にやって来た。
けど、2人の表情が曇っている。まさか・・・
173 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 22:17:14.90 ID:J50IFg0x0
千曳先生が風見くんを横たえた。
頭から血を流したままぐったりしている風見くんを見て、
勅使河原くんが足を引き摺りながら駆け寄る。
が、いくら揺すっても、風見くんは動かなかった。

「風見!おい・・・ちくしょう!ちくしょう!!」

勅使河原くんは地面に拳を叩きつけると、雨空に向かって咆哮を上げた。
あまりの激しさに、拳から血が流れ始める。
望月くんが止めようとしても、それを振り払い、勅使河原くんはなおも叫び続ける。

その間に榊原くんは、
杉浦さん、金木さん、そして松井さんが亡くなったことを皆に伝えた。
私たちが愕然とする間に、榊原くんはいきなり携帯電話を掛けると、
再び炎に包まれた合宿所へ入っていった。
そして、千曳先生は猿田くんとなにやら話をすると、
榊原くんとは別の方向へ向かっていく。

それからしばらく後、千曳先生と猿田くんが何かを抱えながら戻ってきた。
風見くんの時と同じように、そっと地面に寝かせる。

「由美!!!」

雨でずぶ濡れになった小さな躰。紛れもなく、由美だった。
私は迷うことなく、その場へ駆け寄る。
2階から見た時と違い、由美は目を閉じており、
表情も眠っているかのように、どこか穏やかに見えた。
でも、彼女の手を取った時、私は言葉を失った。
生のぬくもりをどこにも感じられない、
由美の躰は、恐ろしいくらい冷たかった。

「由美、こんなの嘘だよね。ねぇ、由美・・・」

その時だった。
174 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 22:17:48.31 ID:J50IFg0x0
『ガラガラガシャッッッーーーン!!!!!』

空が割れんばかりの轟音を伴った雷が、咲谷記念館の玄関の真上に命中した。
一瞬周りが明るくなったと思うぐらいの閃光と、耳が潰れそうになる雷鳴が、
駐車場にいた私たちにも襲いかかった。

「みんな、落ち着くんだ!大丈夫!」

千曳先生が声を張って皆を落ち着かせようとする。
さっきまで叫んでいた勅使河原くんも、はっと我に返り、
望月くんと猿田くんも、お互いに無事を確認し合う。
小百合ちゃんは、辻井くんにひしとしがみついていた。
驚いた拍子に、わたしは由美から手を離してしまった。
再び、雨で濡れた地面に由美が叩きつけられてしまう。
由美はやはり動かなかった。

「ああっ・・・由美・・・ぅあああああーーーーー・・・・・・・・・!!!」

冷たい由美の躰を抱きかかえながら、私は子供のように泣きじゃくった。
由美の躰と同じくらい冷たい雨は、まだ止まない。

悲しみ、怒り、苦しみ、悔しさ、そして嘆き。

みんな雨と共に、全部全部流れ去ってしまえ。

あらゆる負の感情が入り交じったそれを吐き出すように、
私はわんわんと、いつまでも泣きわめいた。

合宿所は紅蓮の炎をあげて、遂に骨組みまで崩れようとしている。
それでも私の涙は、止まることを知らなかった。
175 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 22:18:21.17 ID:J50IFg0x0
No.24  Mei Misaki

辺り一面、火の海に包まれた咲谷記念館。
私はまだこの近くにいるはずの“死者”を探していた。
時間がない。
建物が崩れ始めているということもあった。
しかし、私自身が“死者”だと思われ、命を狙われていたという理由も大きい。
私はこの“人形の目”があるおかげで、自分が“死者”でないことを知っているが、
そんなこと、誰に言っても信じてくれないだろう。
榊原君を除いて・・・

“死者”を見つけられないまま、フロントまで戻ってきた。
シャンデリアをはじめ、柱や天井が崩れ落ちている。
2階の手すりもところどころ欠けており、下手したら1階に真っ逆さまだ。

と、私の目の前に彼女が姿を現した。
赤沢泉美・・・思えば私にとって、いや、
寧ろ彼女にとってこそ、私はまさに因縁の相手だろう。
メラメラと燃える炎や崩れる建物の音とは対照的に、
私と赤沢さんの間で、嵐の前の静けさというべき静寂が舞い落ちる。
その沈黙が破るように、赤沢さんが向かってくる。
手には例の金串・・・、
榊原君を刺し殺そうと、杉浦さんが振りかざしたあの凶器だ。

「やめろ!」

2階テラスの反対側から、榊原君の声が聞こえる。

「お願いだ、やめてくれ!」

「この子を殺さないと、みんな死んじゃう!恒一くんだって死ぬかもしれない!」

「違うんだよ、見崎は“死者”じゃない!」

「この子を殺して、災厄が止まらなければ、認めてあげる!」

「やめるんだ、赤沢さんっ!」
176 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 22:18:49.45 ID:J50IFg0x0
必死で止めようとする榊原君を無視するどころか、
赤沢さんは榊原君に斬りかかった。
引き留めようとする榊原君を赤沢さんが払いのけ、
バランスを崩した榊原君が、手すりに頭をぶつけて倒れる。

「榊原君・・・!」

気絶しただけだろう。今はそう信じるしかない。

標的を改めて私に狙い定めると、赤沢さんが飛びかかってきた。
手にした凶器が迫る。突き刺した。
首を左に振って、辛うじて避ける。
次、爆音が轟いた。
その隙に逃げる。が、後ろ髪を捕まれた。
また金串が首元を狙う。再び爆音が鳴り響く。
厨房のガスが引火して爆発を起こしたのか?
足元が揺らぎ、2階のテラスが崩れ落ちる。
私と赤沢さんはもつれあったまま、そして倒れたままの榊原君の3人全員が、
一斉に1階の玄関入口まで落ちていった。

怪我はない。立ち上がる。急いでここから出るべきだった。
しかし、なぜかこの時の私は歩みが妙に遅かった。
すぐさま赤沢さんに捕まり、首を絞められるように押さえつけられる。
そのまま、赤沢さんもろとも登りかけた階段を転げ落ちる。
再び、起き上がろうとしたその瞬間、一瞬顔を斬りつけられた。
肌に痛みがない、わずかにかすっただけだったのか。
その直後、私の顔面に蹴りが入った。
眼帯、ない。飛ばされてしまったか。義眼が露わになる。
一瞬、赤沢さんに影が差した。いや、影じゃない。これは・・・
その一瞬の隙が命取りになった。
胸元から赤沢さんに馬乗りにされる。
腕も足で踏まれて、身動きができない。
さらに赤沢さんは、右手で私の頬を押さえつけた。

殺される・・・!

小椋さんや杉浦さんに殺されかけた時にも起こらなかった恐怖が私を覆う。
177 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 22:19:23.92 ID:J50IFg0x0
「ごめんね・・・止まれっ!」

憎しみと哀れみが混ざり合った言葉と共に、凶器が再び迫る。
ここまでなのか?目を閉じた。
ふいに、押さえつけていた力が弱まった。身を起こす。
榊原君が、赤沢さんに捨て身の体当たりを仕掛けた。
再び私を襲おうとする赤沢さんを、榊原君は背後から捕らえて呟いた。

「違うんだよ・・・」

赤沢さんの動きが止まる。
横目で見たその表情は、驚愕から、呆然、やがて悲しみへと変わり、
そして・・・凄まじい憎悪となって榊原君に降りかかった。
赤沢さんにはね飛ばされた榊原君が、私にのしかかる形でぶつかる。
立ち上がろうと四つん這いになっていた私は、再びバランスを崩して倒れた。
私は躰ごと振り向き、赤沢さんに視線を向ける。

「どうしてよ!こんなに・・・
こんなに守ろうとしているのに・・・どうしてよぉ!!!」

私と榊原君に向かって、赤沢さんがきっと睨み付ける。
その目には涙が浮かんでいた。
それこそまさに、血の涙を流しているような・・・

私は、やっと気づいた。
赤沢さんが私たちに向けた感情は、ただの憎しみではない。
恋慕、嫉妬・・・赤沢さんの中に潜む女の情念が、
この場で一挙に爆発して、私と榊原君に向けられているのだ。

それだけでない。
赤沢さんが私を憎む理由・・・
私にはあって、赤沢さんにはない。
いや、かつて赤沢さんにもあったが、
私が原因で赤沢さんが失ったもの。それが、あまりにも多すぎた。
先ほどの情念はその一部に過ぎない。
もっと大きな何かが・・・
178 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 22:19:53.07 ID:J50IFg0x0
赤沢さんは声を震わせ、そして一見凍てつくように聞こえながらも、
感情を爆発させて、こう叫んだ。

「そんなに死にたいなら・・・、一緒に殺してあげる!!!」

赤沢さんの冷たい表情の裏では、ありとあらゆる憎しみと悲しみの感情が、
せめぎ合うようにその心を乱している。
私も、榊原君も覚悟を決めた。
目を閉じることなく、赤沢さんをじっと見据える。
凶器が、空から降ってくる。
いや、その直前。

一瞬、周りが青白く光った。
すぐさま天と地を裂くような凄まじい轟音が目の前で鳴り響く。
窓ガラスが一斉に、粉々に砕けながら割れ、
何十何百もの破片が、赤沢さんの躰に吸い込まれていった。



光が消える。
倒れた私に、特に大きな傷は付いていない。
榊原君も、杉浦さんに刺されたところ以外に、出血は見られない。
赤沢さんは・・・

赤沢さん。
立っていた。
躰全体が、これ以上ないくらい鮮やかな紅に染まっている。
壁に打ち付けられたまま、硝子の破片が体の至る所を貫いていた。
その姿は立ち往生とはまた違う、
これは、十字架に磔にされたイエス・キリストのような・・・

「ああっ・・・」

息を呑んだ。
“人形の目”に映ったもの。
あの忌まわしき“死の色”が赤沢さんを覆い尽くしていた。
179 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 22:21:06.73 ID:J50IFg0x0
“死の色”
どんな絵具や染料を使って混ぜ合わせてもできない、
この世に決して存在しないような色・・・
それは実際に死んだ人や、瀕死の重体の人に見える呪われた色。
幼い頃に何度も目にして、それを見るのに耐えられず、
私は眼帯を付けるようになった。

そして4ヶ月前、家に泊まりに来た未咲にも“死の色”が見えた。
なぜ、元気な未咲に“死の色”が・・・
未咲が観覧車から落ちそうになった時、私は観念した。
けど、この時は奇跡的に未咲は助かった。
これで未咲は災厄から逃れられた・・・・
そう思った矢先、未咲は突然に病に倒れ、
信じられないほど呆気なく命を落とした。

“死の色”が見えるからって、死を未然に防げるわけでもなく、
もうすぐその人が死ぬを、黙って見届けるしかない。

「こんなものがあっても、何の役にも立たない。
未咲一人すら、救えない・・・!」

未咲が死んだ晩、私は鏡に映る自分の左目を呪った。
怒りにまかせて鏡に拳を叩きつけ、私はその場で泣き崩れる。
もう一人の私、短い命だった可哀想な私の半身。
藤岡の家は貧しいけれど、私の分まで幸せな生活を送っていた未咲が、
なぜ、こんな目に遭わなければいけないのか・・・
私が3年3組になったばかりに、未咲が災厄に巻き込まれて死んだ。
いや、こんな馬鹿げた呪いのせいで未咲が死ぬなんて、信じられない。
信じたくもない。

その晩から、“人形の目”じゃない本当の右目に映る世界は、
“死の色”ではないけど、どこか色褪せたものに感じられた。
私を時々からかったり、困らせたりしたけど、
いつも笑顔で微笑んでくれた、あの未咲はもういない・・・
そんな世界に、興味も関心もなかった。
180 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 22:21:33.40 ID:J50IFg0x0
元々人付き合いの苦手だった私は、
未咲の死を引き摺ったまま、クラスの中で一向に馴染もうとしなかった。
“いないもの”になることが決まった時も、
学校生活が今までと大して変わるわけでもないのに、

「『いやです』と言ったらやめてもらえるんですか?」

と、一度は拒否するそぶりを見せた。
その後、榊原君と学校で再会した時も、
わたしは彼が既に3年3組の一員になっているにもかかわらず、
すぐに榊原君と話をしてしまった。
未咲が死んだのは災厄のせいじゃない。
そう信じたくても、榊原君に、

「もう始まってるかもしれない」

と言い残した私は、
はじめから、もう“いないもの”なんて無駄だと、心の中で思っていたのだろう。
それに、未咲を失った私は、
どこかやり投げになっていたところがあったのだと、今になって思う。
赤沢さんたちが必死になって災厄を防ごうと対策を練っても、
私は少し冷ややかな目でそれを見ていたのかもしれない。
今更対策を始めたって、未咲はもう帰ってこない。
現象が止まっても、未咲が生き返るわけでもない。
そんな考えを持つ私が、クラスに対して非協力的だとみられても仕方ない。
赤沢さんが謝罪を要求するのも、寧ろ当然のことだろう。

でも、榊原君との交流をきっかけに、
私は閉ざしていた心を少しずつ開き始めたような気がする。
未咲の代わりにはなれないが、
榊原君と一緒に屋上でお弁当を食べたり、川辺でつかのまのひとときを過ごす内に、
人と触れ合い、語り合う生活もやっぱり悪くないなと、
再び、思い始められるようになった。
181 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 22:22:26.14 ID:J50IFg0x0
久保寺先生が死に、私と榊原君が“いないもの”を解除されると、
美術部の仲間だった望月君や、
榊原君を通して知り合った勅使河原君とも、親しくなれた。
偶然榊原君と出会った海水浴では、初めて榊原君以外のクラスメイトとも、
嫌なことも忘れて、遊ぶことができた(あの事件さえなければの話だけど)。
松永さんのテープを探しに行った時は、
勅使河原君をちょっとからかってみたり、
久しぶりに子供の時みたいな冒険心がわきおこった気がする。

そんな私と対照的に、周りの大切な人達をどんどん失ったのが赤沢さんだ。
桜木さん、中尾君、綾野さん、小椋さん、そして杉浦さん・・・
災厄によって、赤沢さんと近しい人はみな死んでしまった。

赤沢さんにとって、私ほど憎くて仕方ない存在はいないだろう。
災厄で人が死ぬ時は、大抵私の影がちらつく不吉さ。
真っ向から反論するわけでもなく、ひたすら消極的な私に対する苛立ち。
孤立していた私の周りには、いつの間にか人が集まっていくのに対して、
それに反比例するかのように、赤沢さんの周りからは
櫛の歯が抜けるようにまた一人、また一人と仲間が減っていく理不尽。
そして何もかも失った赤沢さんが、縁(よすが)とする榊原君は、
自分ではなく、仇である私を選んだ。
そんな負の連鎖が重なり、赤沢さんは憎しみの全てを爆発させ、
私を殺そうとしたのに違いない。

玄関まで辿り着いた。
振り向き、フロントの方を見やる。
榊原君が、静かに赤沢さんの躰を横たえていた。
“いないもの”になっていた時に、
私と榊原君の間には、2人だけの深い絆が生まれた。
それと同じように、赤沢さんと榊原君の間にも
誰にも侵すことのできない、特別な繋がりがあるに違いない。

遠目から見ても、赤沢さんと榊原君の瞳は
深い悲しみをたたえていた。
182 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 22:22:52.76 ID:J50IFg0x0
「・・・!」

これは、涙・・・?
未咲が死んだ時に、涸れ尽くすまで泣き明かして以来、
一度も流れることのなかった涙が、今この時になって再び瞳を濡らしていく。
私の流した涙は、悔恨の涙だった。

もし私が、未咲の死によって厭世的になるのを引き摺ることなく、
赤沢さんに協力し、いや、一緒に力を合わせて現象に立ち向かっていたら、
どうなっていたのだろうか?
もしかしたら、被害を最小限に抑えることができたのかもしれない。
赤沢さんが、あんなに仲間を失うことはなかったのかもしれない。
そして、赤沢さんに“死の色”が見えることも・・・

今になってやり直すことはできない。
けれど、赤沢さんの悲劇を止める未来、赤沢さんとわかり合える未来、
あり得たかもしれない未来を私が捨てた結果、
こうして最悪の結末と迎えたのではないか。

「ごめんなさい・・・赤沢さん。ごめんなさい・・・」

やっと言えた。
形だけでない、心から言えた謝罪の言葉。いや、懺悔と言うべきか。
でも、あまりにも遅すぎた。赤沢さんに直接伝わることもなく・・・

私は燃えさかる合宿所を後にした。
これ以上、悲しみと憎しみの連鎖を繰り返させないために、
赤沢さんの死を無駄にしないために。

“死者”を死に返さなければ・・・
“死者”が誰なのかを知ったら、榊原君をさらに苦しめることになる。
そうなる前に、私は降りかかる火の粉を物ともせず、先を急いだ。

いた。“死者”を見つけた。
榊原君から電話がかかったのは、その時だった。
183 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 22:23:39.31 ID:J50IFg0x0
Interlude IV  Reiko Mikami

どうやって、ここまで辿り着いたのかはよく覚えていない。
見崎さんを庇って、辻井君にモップで殴られた後、
意識を何とか取り戻した私は、ふらつきながらもどうにか、
炎に包まれたこの合宿所を脱出した。
ふと、気づいた。
まだこの中には、逃げ遅れた生徒が沢山いるというのに、
どうして私は、たった一人で逃げ出したのだろう?
そもそも、私が合宿を実施すると言わなければこのような惨事には・・・
私は後悔で頭が一杯になった。

いたるところで雑草が生い茂っている。景色も夕方来た時と違う。
まさか、裏庭に出てしまったのだろうか?
どうやら、崩れた壁から抜け出して、ここに着いてしまったらしい。
咲谷記念館は紅蓮の炎に包まれ、今にも焼け落ちそうである。
遠回りしないと、正面玄関には戻れそうにない。
早く戻って、皆の無事を確かめなければ。
そう思ったその直後、雷が合宿所を直撃した。
地震が起きたかと思うくらいの激しい揺れを感じる。
地の底から轟くような音が聞こえた。
振り向く。
何本もの丸太がガラガラと音を立てながら、こちらに迫ってくる。
避けようと思った時には、もう遅かった。
私の躰は、押し寄せる丸太に呑まれていった。



意識が戻る。辛うじて、どうにか生きていた。
早くみんなの無事を!
こんな所で足止めを喰らっている場合ではない。
動けない。下半身が角材の下敷きになっている。
引き摺るようにしながら、躰を少しずつ前へ動かす。
これほど前へ進むのに、体力が要るだなんて・・・
184 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 22:24:12.20 ID:J50IFg0x0
「・・・が、怜子さんが!もう一人なの?」

聞こえる、あの温かく、優しい声が。

「恒一君・・・」

恒一君、それに見崎さんの姿が見える。
二人とも、顔や制服が灰や泥だらけになって・・・
恒一君は肩から血が流れている。大変!
自分のこの事態より、心配になってしまう。
けど、

「この学校で、他のクラスに副担任の先生なんている?
机が一つ足りなかったのはね、職員室なの」

先ほどから見崎さんが話している内容を聞くと、
今年の“死者”は、そんな・・・私!?

「嘘、嘘よ!!!」

「榊原君。そこ、どいて・・・」

いったい、見崎さん何を・・・それは、ツルハシ?
そんなっ!私を殺そうとするの?
私は死んでなんかいない。だって、こうして生きてるじゃない!

恒一君が見崎さんの前に立ちふさがる。
よかった・・・恒一君ならわかってくれる。
見崎さんの勘違いを止めてくれる。
そう信じていた。ところが、

「ぼくが、やるから・・・“死者”を、死に還す・・・
これが災厄を止める唯一の方法なんです・・・
ごめんなさい、怜子さん・・・」

なんてこと・・・
私に向かってツルハシを振り上げる。
185 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 22:25:04.45 ID:J50IFg0x0
「やめて、やめてよ・・・!」

躰に力が入らない。途切れそうになりながら、
持てるだけの力を振り絞って叫ぶ。
恒一君の動きが止まった。
お願い、私を信じて・・・!
その時、寡黙な見崎さんが信じられないほど大声で叫んだ。

「三神先生が殺されるのを、1年半前に見たの!」

私も恒一君も、動揺を隠せなかった。
私は、おととしに死んでいる・・・?
そんな馬鹿な!
あの頃私は、“いないもの”を放棄して狂乱した佐久間君を宥めたり、
和馬君が事故に巻き込まれて最初の犠牲者になってしまうなど、
皆が正気を失っていた3組の混乱を止めようと必死だった。
にもかかわらず、その後も次々に犠牲者が・・・
あれ?その後誰が亡くなったのか思い出せない。
そもそも、次に死んだのは・・・

夜見山を2つに分けるような川の土手、
帰宅する途中の私を、1人の3年3組の男子生徒が呼び止めた。
彼は、誰が“死者”なのか問い詰める。
当然、私は知らないし、そんなことを止めるよう説得する。しかし、

「“死者”のせいで、和馬の奴が・・・!
和馬が死んだのは、佐久間とそいつのせいだ。殺してやる!
・・・はっ、まさか先生はあいつらを庇い立てしやがって・・・」

その後のことはよく覚えていない。
その男子生徒がどうなったかも、記憶が曖昧だった。
186 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 22:25:37.57 ID:J50IFg0x0
父さん。
頑固で厳しかった昔の面影はなく、いつも悲しげな顔を浮かべていた。

「葬式はもう堪忍、堪忍してほしいなあ・・・
可哀想になあ。理津子も、“怜子”もなあ」

私が、可哀想・・・?
姉さんは仕方ないにしても、どうして私が?
家にいた頃を思い出す。母さんとは母屋にいた時は、毎晩話をしていたけど、
最近、父さんと面と向かって話したことがあっただろうか?
いや、なかった。
痴呆症が進んでいるとはいえ、父さんは母さんや恒一君と結構喋っているのに、
私にはそれが一度もない。

見崎さんの言葉を思い返す。
仮に、私が既に死んでいたとしよう。
父さんはその事件で私が可哀想だと言い、衰弱してああなってしまった。
そして今年、私は“死者”となって蘇ったため、
職員室の机が足りなくなってしまった。
確かに副担任は他のクラスにもいない。なぜ気づかなかったのか。
じゃああの時、私はあの男子生徒によって殺されていたの・・・!

海水浴の時、マツが「最近会わなかったか?」と言っていた。
けど、私はマツとここしばらく会った覚えがない。
マツが会ったのは、もしかして生身の私じゃなくて、まさか・・・?

ああ・・・なんて言うことなの・・・
私が“死者”として蘇ったせいで、桜木さんを皮切りに
今年の3年3組は大勢の犠牲者が出てしまった。
恒一君に色々尋ねられる内に思い出した、15年前の記憶を頼りに、
私は災厄を止める祈願をするために、合宿を敢行した。
それがこうして、クラスメイト同士の殺し合い、
そして、この大火事になってしまうなんて・・・
187 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 22:26:05.22 ID:J50IFg0x0
私のせいで、次々にクラスのみんなが死んでいく。
それは私が、みんなを殺し続けるも同然ということではないか?
このままだと、恒一君だって命を落とす危険が生じる。

理津子姉さんの忘れ形見である恒一君。
これまで会った機会こそ、それほど多くはなかったけど、
私にとって恒一君は、単なる甥ではない。
それこそ我が子のような大切な存在だ。
もし、恒一君のお父さんである陽介さんが、家庭を顧みないような酷い人だったら、
それこそ私が引き取って育てたいくらい・・・

そんな恒一君が、もし災厄で死んでしまったら、
理津子姉さんに二度と顔向けできない。
顔を見上げる。
これ以上ないくらい、恒一君が顔を歪めていた。
恒一君がぼやけて見える。
私が涙を流しているのか、それとも恒一君が泣いているのかわからない。

この4ヶ月、短い間だったけど、
恒一君と一つ屋根の下で暮らせて嬉しかった。
暗闇の中にあったような我が家に、まるで明かりが灯ったような・・・
そんな感じがする。
でも、それももう終わり。
偽りの自分が居座り続けることで、恒一君を苦しめるような真似なんてできない。
観念した。
私は後ずさりして抵抗しようとする力を緩めた。
涙に濡れた恒一君の顔が、理津子姉さんに重なる。
これ以上恒一君の辛そうな顔を見るのに耐えられず、頭を垂れた。
188 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 22:26:33.55 ID:J50IFg0x0
「さよなら・・・怜子さん・・・」

目を閉じる。
自分が、この世から消える覚悟はできた。
そう思うと、いささか気が楽になった気がする。
懐かしい顔が浮かぶ。
生死なんて関係ない、今年や一昨年に受け持った3年3組のみんな・・・
そして私が3年3組の生徒だった頃の人達・・・
良子、有紀ちゃん、まだ子供っぽさが残っているマツ、若かりし頃の千曳先生、
そして・・・姉さん。

「さようなら・・・“おかあさん”・・・」

恒一君の声。
こんな私でも、恒一君は母親のように思ってくれたのだろうか・・・
理津子姉さん・・・
私、姉さんの代わりになれたのかな・・・

背中を、鋭い何かが心の臓を貫いた。
痛みは微塵も感じられなかった。
視界が広がる。
目の前には、ただ真白な世界がどこまでも続いていた。
189 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 22:30:05.08 ID:J50IFg0x0
No.28  Daisuke Wakui

その日のことはあまり覚えていない。
もとい、あまり思い出したくないと言うべきだろうか?

赤沢さんと見崎さんの口論によって、険悪な空気が次第に食堂を包み、
榊原君や望月君の悲鳴に近い声が飛び交う中、
僕は首から胸にかけて、締め付けられるような痛みに襲われた。
目の前に出されてあった料理を払いのけて、僕はテーブルに打つ伏した。
ヒリヒリした感触が僕を襲う。
先月の久保寺先生が死んだ時の悪夢が蘇ってきた。
けど今回は違う。あの時のような、単なる気持ち悪さではない。
持病である喘息の発作。
しばらく治まっていたのに、こんな時に限って・・・

前島君に背中をさすってもらえたおかげである程度和らいだが、それでも苦しい。
吸入薬を・・・早く・・・
手探りで探そうとしたところ、ない・・・?
いつ起きてもおかしくないように、ポケットに入れておいたはずの
吸入薬がどこにも見当たらない!
その間に風見君が、千曳先生に事情を説明していた。

「そうです!いつもこの薬を・・・」

テーブルに伏しているので直接は見えないが、
千曳先生に吸入器を渡したようだ。
千曳先生は、予備はないのか尋ねた。
僕は辛うじて残された気力を振り絞り、首を横に振る。
次々に、耳へ嫌な知らせばかり入ってくる。
誰も電話が繫がらない。救急車も呼べない。
そうこうしている間に、僕の発作の苦しみは限界まで達していた。
190 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 22:30:52.21 ID:J50IFg0x0
こんな時に限って、どうして常備しているはずの薬を忘れたのだろうか?
前日、奈緒ちゃんからも口が酸っぱくなるほど言われていたのに。
苦しくて意識が朦朧とする中、
もしかしてこれも、災厄のせいなのだろうか?
一度そう思ったら、それしか考えられなかった。
桜木さんの時も、その時に限って西階段を降りた結果、あの事故に繫がったし、
それ以外でも、普段と違った行動が重なって起きた大惨事が、
このクラスではもはや当たり前になりつつある。

同じく病弱繋がりで親しかった、高翌林君の件を思い出す。
彼だってここ最近は、病状も良くなってきたというのに、
ある日、何の前触れもなく死んでしまった。
ということは、僕もここで死んでしまうのだろうか?
合宿に行く際、ある程度の覚悟はできていたつもりだった。
それでもやはり死というものが身近に迫ると、
ただならぬ恐怖に、体中の震えが止まらなかった。

結局、千曳先生の車で直接搬送されることになった。
車の後部座席で臥す僕に、毛布が掛けられたが、
凍り付くような寒さがなったと思えば、焼け付くような熱さになるなど、
自分の感覚がどんどんわからなくなっていく。
おまけに悪路なので、先生が普通に車を運転しても、
上下に激しく揺れるたびに息が詰まりそうになる。
真夜中である。
夕見ヶ丘の市立病院に着いた際には玄関が閉まっており、
救急入口から運ばれたことは、なぜかよく覚えている。
しかし、それ以降の記憶はほとんどない。
病棟に着くまでなんとか持ちこたえられたため、
もしかしたら、安堵で緊張の糸が切れてしまったのかもしれない。
最後に見たのは、担架で搬送しながら僕を励ます、
救急隊員の姿であった。
191 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 22:31:24.73 ID:J50IFg0x0
目が覚めると、周りは既に明るくなっていた。
一瞬、ここはあの世か?という錯覚に囚われたが、
見上げると、心配そうに見上げる母さんと妹の桜子の姿がある。

「お兄ちゃん・・・、本当に無事で良かった・・・」

「ほら、桜子。中学生なんだから、子供みたいに泣くんじゃないのよ!もう・・・」

桜子は意識を取り戻した僕を見ると、安心したのかその場で泣き崩れた。
そう言う母さんの目にも、光るものが見える。

そうか、僕は助かったのか・・・
喜びよりも、ほっとして疲労が目に見える形で再びのしかかってきた。
まだしばらくは、このまま横になっていたい。

医師によると、既に峠は越したらしく、
吸入や薬物治療を行って、特に異常がなければ、
早ければあさってにも退院できるとのことだった。
4歳の時に半年近く入院していたこともあり、
二度とあのような辛い経験はしたくないと思っていたため、
正直助かったという思いがする。

「お兄ちゃんは助かったから良かったけど、合宿所が・・・」

桜子が何か言いかけたところ、母さんがそれを制した。
母さんは一瞬うろたえたが、取り直して、

「とりあえず、今日はゆっくり休みなさい。
暇だと思うから、あんたが読みそうな本を持ってきたわよ」

と、横の机に、どっさりと本を置いた。
日本の様々な観光名所や史跡について書かれたり写真が載った本ばかりである。
躰が弱くて、あまり外出できない僕は、
こういう本を見ることで、色んな所を旅行した気分になれるのだ。
192 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 22:32:05.60 ID:J50IFg0x0
とりあえず本は置いといて、まずは朝のニュースでも見ようとしたが、
母さんから今日はあまり見る番組がないと言われたので止めた。
どうも、2人の様子がおかしい。
何かまずいものがあって隠しているような・・・
僕は病弱ということで健康管理にも気を遣っており、
基本10時半頃には就寝し、6時半頃にはもう目が覚める。
いつも朝のニュースを一通り見てから、登校するのが日課だ。
とは言え、テレビを見るのにも病室ではお金がかかるので、
ここは素直に、持ってきてくれた本でも読むことにした。

「じゃあ、お兄ちゃん。奈緒美ちゃんには、私から無事だったと連絡するから、
心配しないで、ゆっくり休んでね。また明日も、お見舞いに行くから・・・」

桜子はそう言って、母さんと一緒に帰っていった。
双子の妹・桜子は、3年3組ではなく3年2組の生徒だ。
故に3組の危険に直接晒されることはないけど、二等親なので災厄の対象にはなる。
しかし、それ以上に気がかりだったのは桜子の性格である。
桜子は僕と違って病弱ではないが、少し神経質でメンタルが弱いところがあり、
躰の弱い兄の僕が言うのも変だけど、心配になる時が度々ある。

そんな時、いつも守ってくれたのが奈緒ちゃんだった。
髪を染めたり、派手な印象のせいで誤解されやすいけど、
奈緒ちゃんは、本当はまっすぐな気性で心優しい性格だ。
病弱な僕だけでなく、どこか頼りない桜子に何かあった時は
いつでも飛んできて助けに来てくれるのである。

僕とは今年同じクラスになるまでしばらく疎遠だったけど、
桜子と奈緒ちゃんは、今でも親しく家を行き来したり、
電話をかけてしゃべったりする。
うちのクラスにいる柿沼さんみたいな外見と雰囲気を持ち、
ひとりで静かにしていることの多い桜子にとって、
奈緒ちゃんは大切な友達なのだ。
奈緒ちゃんは僕が合宿に行く前からも、たびたび心配してくれた。
桜子が連絡すれば、まずは一安心するだろう。
193 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 22:32:48.62 ID:J50IFg0x0
母さんと桜子が帰り、父さんも単身赴任中でしばらくこちらに戻れないため、
暇になった僕はずっと吸入と読書の繰り返しだったが、
そうこうしている内に、空腹を覚えた。
あの時もほとんど食事に手を付けないまま倒れてしまったため、
胃の中はもう空っぽのはずだ。
相変わらず味の薄い病院食を食べた後、
僕は腹ごなしに、少し外へ向かった。
そう言えば、みんなはどうしているのだろうか?
少し年寄り臭いかもしれないが、売店へ向かって、
富山新聞の朝刊を買って読むことにした。

一面を開いて、僕は目を疑った。
咲谷記念館が全焼・・・?
昨日、僕がいた合宿所が火事に遭った!?しかも10人以上の死傷?
火事の原因は放火とある。
犯人はあの管理人のおばさんという、にわかに信じがたいもので、
ご主人を殺して火を付けた後に捕まり、連行される途中で自殺してしまったという。
そして、火事の犠牲者で見覚えのある名前が次々に記されていた。

なんてことだ・・・
発作を起こして苦しんでいたところを助けてくれた風見君や、
そのもっと前に、詳しくは覚えていないが、
教室で倒れた時に介抱してくれた川堀君が死んでいたなんて。
このショックでまた発作が・・・と嫌な予感がしたが、
今度は何ともならずに済んだ。
そうか。
両親が、僕がテレビをつけようとしたのを止めたのは、
このニュースを知って、ぶり返すのを危惧したためだろう。
けど、こうして知ってしまうとやっぱり不安になる。

今回の合宿の参加者の中で、
恐らく僕が体調面などで、一番心配されていたかもしれない。
元々体調に不安があるのに、わざわざ何が起きるか分からない合宿に行くなんて、
ある意味、死にに行くようなものである。
そして実際、僕は死にかけた。
194 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 22:33:15.20 ID:J50IFg0x0
ところがだ。
もしあの時、吸入薬をちゃんと持っていたらどうなっていただろう?
とりあえず発作を未然に防ぎ、部屋に戻ったとする。
しかし新聞の記事を見る限り、あっという間に火が燃え広がり、
その混乱の中で火に巻かれたり、犯人に襲われて多数の犠牲者が出たという。
この躰でそんなに活発に動くことのできない僕が、あの場に残っていたら?
恐らく高確率で、命を失っていたのではないだろうか?
そうなると、病院へ搬送されたことがきっかけで、
僕は命拾いをしたと言うことになる。
何という皮肉だろう。
死にかけるどころか、それが原因で命を繋ぐことになるなんて。
恐ろしいくらいに運が良すぎて、かえって不気味なものを感じる。

死傷者とあるのだから、助かったクラスメイトもこの病院の中で、
色々治療などを受けていたりするのだろう。
新聞に名前が挙がっていないクラスメイトが、逆に言えば助かったのである。
今は死んだ級友を悼むのも大切だけど、
無事だった級友の躰を安否する方がもっと大事だと思った。

しばらくすると、千曳先生が見舞いに来てくれた。

「体調の方がどうかね。
私も色々後片付けがあって、なかなか来られなくてすまない・・・」

「おかげで、何とか助かりました。
先生こそ、忙しい合間を縫って来てくれて、ありがとうございます」

「元々私がこんな合宿を企画しなければ、こんなことにはならなかったはずだ。
犠牲が出たのも全て私の責任だ・・・」

「そんなこと言わないで下さい、千曳先生がいなかったら
僕は死んでいたかもしれません。先生は僕の命の恩人です」
195 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 22:33:50.51 ID:J50IFg0x0
「命の恩人か・・・私がそんなことを言われるのもおかしな話だが、
新聞が置いてあるということは、今回の件は大体知ってしまったのか。
安心してくれ。他のみんなは全員無事だ」

「そうですか・・・、それだけ聞いても胸のつかえが取れました。
ありがとうございます」

僕が軽く一礼すると、千曳先生は足早に病室を出てしまった。
そうだ、奈緒ちゃんにも自分が無事だということを連絡しなければ。
いや、それは母さんが既に奈緒ちゃんのお母さんを通じて伝わってるはずだろう。

と、僕は千曳先生に大切なことを聞くのを忘れた。
怪我したみんなはどこにいるのだろうか?
大ケガだった場合は、僕と同じように入院しているかもしれない。
でも、今は自分の躰を早く治す方が大事だと言うことに気づいた。
無理して体調を崩したら、またみんなに迷惑を掛けてしまう。
それより、今回の症状を治してから、
改めてみんなを見舞う方が、結果的に早い。
僕が見舞いに行くというのも変な話だけど。

今頃、この病院はクラスメイトで一杯なのだろうか?
先月から、中島さんもこの病院に入院しているし、
もっと前になると、榊原君も転校するまでここにしばらく入院していた。
榊原君は、僕の喘息とは少し違うが、気胸を患っているので、
同じ合宿参加者の中では特に心配だ。
彼は“いないもの”になった時、しばらく無視しなければいけなかったので、
榊原君にはまだ罪悪感が残っている。
とにかく今は養生して、元気な躰を取り戻すこと。
そして心配かけたみんなに、ちゃんと無事を報告しなければ。
それが今の僕にできる、一番の責務だろう。そう思った。
196 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 22:34:35.71 ID:J50IFg0x0
No.12  Kazue Sato

合宿に参加したクラスメイトたちが、
災厄によって過去に例を見ない悲劇に見舞われた8月8日。
この日私は、両親と小学生の幼い弟の家族4人で、
夜見山から遠く離れた、東京に程近い遊園地でレジャーを楽しんでいた。
最近では、遊園地じゃなくてテーマパークとか言うみたいだけど、
ここでは、長年呼び慣れた遊園地とする。

実はこの遊園地、去年の修学旅行で一度行ったことがあるのだけれど、
その時は近くのリゾートホテルで一泊した後、
午前中に数時間遊んだだけで切り上げ、
午後は東京タワーを見学して、夕方から夜にかけて夜見山に戻るという、
とんでもなく忙しいスケジュールだった。
そのため、ほとんど楽しむ暇もなかったため、
今回はそのリベンジも含めて、じっくり遊ぼうということになったのである。

家族旅行とは言え、みんなが合宿に行くのに、
自分の家だけ遊びに行くのは、少し後ろめたさもあったし、
綾野さんの一件があったため、車で夜見山市を抜けるまでは生きた心地がせず、
これから遊びに出かけるのにどうかしたのか?と両親に不審がられた。
まだ夜明け前の出発だったため、災厄の恐怖がより増していたと言える。
しかし、いざ夜見山から脱出し、
電車や新幹線を乗り継いで目的地の遊園地に到着すると、
今までの心配事が嘘のように晴れ晴れとした気分になった。
ここは夢と魔法の世界。現実の嫌なこともみんな忘れて、
家族4人は思い切り楽しい一日を過ごしたのである。

遊園地に着いたのは、お昼近くになってからのこと。
夏休みということもあって、入園制限が心配されたが、
案外色々な観光施設にお客さんがばらけたのか、無事入ることができた。
初めてこの遊園地を訪れた弟は、
絵本やアニメ映画に登場したキャラクターたちに大興奮している。
長蛇の列でも文句を言わず、記念写真まで撮れて大喜びしていた。
こんなに幸せそうな弟の笑顔は、今まで見たことがない。
197 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 22:35:21.39 ID:J50IFg0x0
それにこの遊園地が素晴らしいのは、
従業員さんの細やかなサービス精神である。
夜見山にも一応遊園地はあるが、どことなく重苦しい市内同様、
寂れてうらぶれた感じがする。
従業員にもその傾向があり、仕事をほったらかしでぺちゃくちゃしゃべっていたり、
観覧車の監視員は、ぐうぐうといびきをかいて寝ている有様だった。
とてもじゃないが、月とすっぽんのレベルじゃない。最悪だ。
それに比べると、ここの従業員は格が違う。
お母さんが、園内を掃除している人にお土産屋さんの場所を尋ねると、
その人は、すぐ丁寧に質問してくれた。
他にも、レストランやら乗り物やらで親切な応対をしてくれた人ばかりで、
とても気持ちよく過ごせたと思う。

とは言え、この遊園地はさすがにどこも混んでいる。
やっぱり、オープン15周年のイベントを開催していたからなのかな・・・
絶叫マシーンやお化け屋敷は待ち時間がとんでもなく長く、
弟が私に似て怖がりなのでみんなパスして、
パレードやショーといった、乗り物より見る物中心であった。
遊んでいた時は忘れていたとは言え、
いくら夜見山市外であっても、絶叫マシーンで振り落とされたり、
災厄の呪いに引き込まれなくても、
お化け屋敷で本当に1000人目の幽霊にされたらたまったものではない。
そんなことを本能で感じ取ったのだろうか?

夕食は修学旅行の時に食べ損ねたカレーをおいしく頂き、
夜のパレードや花火を満喫した私たちは、
ファミリールームの客室でゆったりと過ごしながら、眠りに就いた。
ちょうど同じ頃、夜見山であのような大惨事が起きたことも露知らずに・・・・

翌朝、起きて早々に朝食のバイキングを終え、
2日目のメインである上野動物園に出発する準備を始めようとしている最中、
たまたまつけた朝のテレビニュースを見て、私は凍り付いた。
198 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 22:35:51.76 ID:J50IFg0x0
「あら、これって和江の通ってる中学校のことじゃない?」

お母さんの言葉すら、耳に入っていなかった。
火事で無惨に崩れた建物。
画面には、担任代理の千曳先生がテレビのインタビューを受けていた。

「私が駆けつけた時には、既にあちこちで火の手が上がっていまして、
これは尋常ではないねと、すぐに感じました・・・」

どことなく、いつも以上に千曳先生がやつれて見えた。
県内ではない。全国区のニュースで報道されているのだから、
相当な大惨事になったのだろう。
そして、テロップには10人以上の死傷者という、信じられない情報が飛び込んだ。
合宿には、珊ちゃんと松(しょう)ちゃんが参加しているはず。
もしあの2人、いやそれだけじゃない。みんなの身に何かあったら・・・!

「お父さん、お母さん。やっぱり帰る!私のクラスのみんなが大変なの!」

「帰るって、あんた・・・。ありゃ、えらい騒ぎじゃない!」

「珊ちゃんと松ちゃんが・・・ど、どうしよう・・・」

「落ち着くんだ。仕方ない、上野動物園はまた今度だ。帰るぞ!」

「えー!いやだー!パンダ見たいのにー!」

ぐずる弟を説得するのに30分かかり、
慌ただしくリゾートホテルを出たのは午前9時頃のこと。
行きと同様に、交通機関を乗り継ぎ、
夜見山に戻ったのは、夕方になる少し前のことだった。
その足で私は夕見ヶ丘の病院へ向かい、職員さんに2人の安否を尋ねる。
半ばパニックになってしまった私に戸惑いながらも、
その職員さんに珊ちゃんが入院している病室を教えてもらうと、
私は逸る気持ちを抑えてその部屋へ向かった。
199 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 22:36:18.61 ID:J50IFg0x0
扉を引く。いた!
珊ちゃんはベッドで横になっている。
それを取り囲むように、松ちゃんと江藤さんが座って話していた。

「良かったぁ・・・珊ちゃーん!!!」

私は脇目もふらず、珊ちゃんのベッドへ駆け寄る。
瞳はとうに濡れていた。

「バカ!そんな大声だすんじゃないの!他の患者さんがびっくりするでしょ」

「珊ちゃんの方が大声だよ・・・」

珊ちゃんたちの無事をこの目で確かめると、
それまで溜まったものが一挙に決壊して、涙が止まらなかった。
それくらい、彼女たちは大切な友達なのだから・・・

珊ちゃんや松ちゃんとは、小学校に上がる前からの幼馴染である。

珊ちゃんはいつも強気で、幼い頃から私たち3人のリーダー格だった。
周りから恐そうに思われることもあるけど、本当はとても面倒見が良く、
曲がったことが大嫌いで、何かあると、私と松ちゃんをいつも守ってくれる。
一時期グレた時は心配になったけど、
それでもまっすぐな気性は、今も昔も変わらない。

松ちゃんは明るくはきはきとしていて、私たちのムードメーカーだ。
いつも周りに友達がいて、必ず人の輪の中にいる。
他の子と親睦を深めるケースは、大抵、松ちゃんが仲良くなった子を連れてきて、
私たちと知り合うというパターンが多い。
松ちゃんは、人の気持ちをくみ取るのがとても上手いと思う。
だから少しも馴れ馴れしいところがなく、
みんなが彼女の元に集まるのではないだろうか?

珊ちゃんも、松ちゃんも、もし男の子だったら、絶対モテただろう。
200 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 22:36:45.63 ID:J50IFg0x0
それにひきかえ、私は昔から内気で、人前に出ることも苦手だ。
自分からなにかすることも得意じゃなくて、
いつも珊ちゃんと松ちゃんの後をついて来ている。
このクラスになって松ちゃんを介して知り合った江藤さんとも、
珊ちゃんや松ちゃんが間に立って会話したことはあるけど、
直接一対一で話したことはない。
彼女だけ悠ちゃんではなく、まだ江藤さんとしか呼べないのも、
私が、人付き合いやコミュニケーションが苦手だと言うことを物語っている。

「そうだ。他のみんなはどうしたの?」

3人が急に沈黙してしまう。
まさか、まずいことを言ってしまったのだろうか?

「キョウコが火事に逃げ遅れて・・・」

・・・え?

「由美が窓から落ちて・・・」

・・・ええっ!?

江藤さんが小声で私に耳打ちした。

「あのね・・・、昨日の火事で、クラスのみんなも大勢亡くなったの。
他にも委員長の赤沢さんや風見君が揃って死んじゃって・・・」

江藤さんから詳しく話を聞いて、私は愕然とした。
朝テレビで見た時は10人以上死傷と報道してたけど、
8人もクラスの仲間が死んだなんて・・・

地雷を踏んでしまった。
どうして私は、いつもこう要領が悪いのだろう?
だから一向に人付き合いが上手くなれないんだ。
いけない。またネガティブな考えになり始めた。
でも、一旦そうなってしまうと悪循環が止まらない。
201 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 22:37:14.70 ID:J50IFg0x0
そうだ。江藤さんだって、親友の綾野さんを亡くしたばかりだ。
みんな大切な友達を失って辛くないはずがない。
それなのに、なぜ私はこんなにのうのうとしていたんだろう。
松ちゃんも、そしてあれほど合宿を嫌がっていた珊ちゃんも
意を決して合宿に行ったのに、私だけ結局参加しなかった。
それどころか、私一人遊びに出かけ、どこ吹く風だった。
そんな自分が情けなくて腹立たしくて、
それこそ穴があったら入りたい心境になってくる。

「・・・ごめんなさい」

まずい。また涙腺が緩くなってくる。

「みんな辛かったのに、私だけ・・・ごめんなさい」

もうダメだ。涙が次々に製造されて止まらない。
泣き顔を見られたくなくて、私は両手で顔を覆ってしゃがみ込んでしまった。

「和江ちゃん。私たち本当に運良く助かったけど、
もし和江ちゃんが合宿に行ってたら、死んでたかもしれないんだよ。
和江ちゃんが死んじゃうなんて、そんなの嫌だよ・・・
だから、ね。そんなに自分を責めないで・・・」

松ちゃんが、私を抱きしめながら頭を優しくなでる。
お母さんが我が子をあやすように・・・

「ったく・・・和江は私より背が高いのに、赤ちゃんみたいなんだから」

そういう珊ちゃんも、少し鼻声になっていた。
そして私を慰めるうちに、いつしか松ちゃんも泣いているようだった。

ごめんなさい。本当にごめんなさい。

まだ私は、謝りながら泣き続けることしかできなかった。
202 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 22:38:07.56 ID:J50IFg0x0
No.27  Shigeki Yonemura

俺がその悲報を知ったのは、やっぱり朝のニュースだった。
いつも通り、朝ご飯を食べていたの度肝を抜いた衝撃的な内容。

「夜見山市で放火による火災発生、10人以上が死傷」

そのテロップが目に入るや否や、
俺は危うく、ご飯を喉に詰まらせるところだった。

「馬鹿もん!だから、テレビを食べながら食事するなと言っとるだろう!」

「まあまあ、お義父さん。少しくらい、いいじゃないですか?」

爺ちゃんの怒声が居間に響き渡る。
うちは最近では珍しい三世帯家族で、
いまだに爺ちゃんが家長として、家の中を仕切っている。

「でも爺ちゃん、俺のクラスが大変なんだよ!
頼む!もう少しだけテレビ見させてくれてもいいじゃん!」

「ダメだ。食べ終わった後に新聞でも見ろ!
だいたい、テレビばっかり見ると馬鹿になるぞ!」

そう言うと、問答無用でテレビのスイッチを消されてしまった。
仕方ないので朝ご飯をさっさと済ませ、
いつもはテレビ番組表くらいしか見ない富山新聞に目を走らせる。
あった。2ページ目に詳しく書かれていた。
無惨にも焼け落ちた建物の写真に、
恐らく千曳先生が答えただろうコメントが記されている。
そして被害者の名前の中には・・・

「川堀・・・お前、死んじまったのかよ・・・」
203 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 22:38:53.42 ID:J50IFg0x0
俺たち運動部4人でいつもわいわいやっていた中の1人、
川堀健蔵の名前が犠牲者一覧に記されていた。
まだ実感が湧いてこない。
信じられない。いや、信じたくない。そういう気持ちがまだ強いのだろう。

新聞を更に読むと、小椋も死んでいたことがわかった。
俺が直接話すことはほとんどなかったが、
俺を間に挟んで、綾野といつも楽しそうに話していた。
あいつらは、たしか演劇部で前から仲良かったからなあ。
でも、俺にお構いなくしゃべっていたということは、
俺の存在なんて、全然気にしていなかったということでもあるのか?
そう考えると、少しむなしくなってきた。
俺の立場っていったい・・・

その綾野も、前の席の中尾も死んでしまったため、
俺の上下左右の席は、水野以外全滅ということになってしまった。
赤沢も死んでしまったため、周りがすごく淋しくなるな・・・
そうだ。前島の奴は大丈夫なんだろうか?
ここに名前が載っていないことは、無事なはずだが・・・

お昼少し前に、俺は水野と電話した。
あいつも、今日は部活の練習がないはずだ。
そして明日の午後、俺たちは前島の見舞いに行くことが決まった。
水野が、一度病院に連絡したところ、前島は手術を行い、
無事に命を取り留め、今は安静にしているという。
明日になれば、面会もできるということで、
電話を終えた後、俺はその準備を始めた。
204 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 22:39:39.29 ID:J50IFg0x0
夕見ヶ丘の市立病院。
夕陽が綺麗に見えるからという理由で名付けられた、
東の外れにある高台にある見晴らしのいい場所だ。
一方、俺の住んでいる朝見台は、だいたい想像が付く通り、
朝陽が綺麗に見えるというネーミングで、夜見山市の西の外れにある。
だから、夕見ヶ丘と朝見台は同じ夜見山市内でもかなり距離があり、
バスを使っても少し時間がかかる。
俺はここ最近、特に病気や怪我もしていないため、
ここを訪れるのは何年ぶりになるだろうか?

水野とは最寄りのバス停で落ち合った。
正直、色々準備をしてくれた水野には、色々悪いと思っている。
この病院は、あいつにとって鬼門だ。
水野の姉ちゃんが、この病院の中で事故に遭って亡くなったばかりだから・・・
教えられた通りに、病棟と階数、部屋番号を確認して、
俺たちは前島が入院している病室に入った。

そこには先客がいた。
ちょっと派手なメイクをしてるが、よく見ると結構美人じゃねぇか?
前島め。結構隅に置けねぇなと・・・と思っていたら、

「じゃ、学。ゆっくり休んでるんだぞ」

「わかってるよ、姉ちゃん」

なんだ、あいつにも水野みたいに姉ちゃんがいるのか。
俺は一人っ子だから、姉弟なんてよくわからないけど。
前島の姉ちゃんは、俺たちと目が合うと、
意外に礼儀正しくお辞儀をすると、逃げるように去ってしまった。

「やばいところ見られちゃったかな」

前島はベッドに臥したまま、きまりの悪そうな顔をする。
205 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 22:40:52.60 ID:J50IFg0x0
「それよりも、本当に無事で良かったな。背中斬られたって言うから、驚いたぜ」

「ああ・・・まだ背中が疼くんだ。これが。
それに当分風呂もシャワーも無理そうだから、躰がかゆくてさ・・・
痛いわ、かゆいわで、ダブルパンチだよ」

前島が嘆息する。
軽く言ってはいるが、その辛さは俺が想像できないほどのものだろう。

「水野、米村。お前ら、合宿に行かなくてホントに正解だったぞ。
あの日、俺たちがどんなに大変な思いをしたことか・・・
正直、お前らだって行ったら、川堀みたいに死んだかもしれないんだぜ」

おいおい、マジかよ。と言いかけたが、
前島の言葉には、妙に説得力があった。
仮に、俺が合宿に行ったらどうなっていたか?

悲鳴声を上げながら、何者かに斬り殺される自分。

周りを炎に囲まれ、火だるまになって焼け死ぬ自分。

そんな自分の末路が容易に、しかも妙なリアリティを伴って想像できる。
今になって背筋が凍る。暑いのに鳥肌まで立ってきた。
前島の言う通り、少し後ろめたくても
やっぱり行かなくて正解だったんだな・・・改めてそう思った。

前島から、他の負傷者の状況も聞いた。
渡辺が肋骨を折る重傷で、こちらも手術済。
榊原はまた気胸を起こして入院し、明日手術するらしい。
和久井は火事の少し前に喘息の発作で倒れたが、今日の午前中には退院したと言う。
それ以外は、無傷か軽い怪我で済んだという。
これに加え、前から中島が体調を崩して療養しているというから、
昨日はうちのクラスが5人も入院していたということになる。
やはりただ事じゃない。
206 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 22:41:26.08 ID:J50IFg0x0
前島も手術したばかりだ。面会時間はそれほど長くない。
手ぶらだったけど、今動けないからお見舞いの品を渡しても
かえって困るということで、
少しばかり話すと、俺と水野は病院を出た。
外はまだ明るいが、秋になるとそれこそ綺麗な夕焼け空が見えるんだろうなぁ。
なんでいきなり、そんなことを考えたんだろう?
時々、俳句を詠む趣味を持つ案外風流な爺ちゃんの癖が、
孫の俺にも移ったのかな?

そんなどうでもいいことを考えながら、
俺たちは「イノヤ」に向かって歩き出した。
病院からだけでなく、学校にもほど近いこの喫茶店は、
アクセスもいいことから、時々俺たち夜見北の生徒のたまり場になっている。
ウェイトレスの姉ちゃんも結構美人だし・・・

もう「イノヤ」が目の前に来たところで、
俺たちは歩道で誰かうずくまっているのを見つけた。
女の人だ。お腹を押さえて苦しそうに呻いている。
これってまさか・・・

「米村!お前、公衆電話探して119番しろ!
その間に、この人の面倒は俺が診る!
・・・さ、大丈夫ですよ。落ち着いて深呼吸して下さい」

その女性の背をさすりながら、水野は手慣れた手つきで介抱し始めた。
一方、こんな時に限って他に通行人がいない。
いきなり、公衆電話って言ったってどこにあるんだよ・・・
そうだ!目の前に「イノヤ」があるじゃないか。
背に腹は代えられない。
俺はカランカランとベルの音が鳴る「イノヤ」のドアを乱暴に開けると、

「すみません、道ばたで人が倒れているんです!」

と言い、例のウェイトレスさんに頼んで、迷惑を承知で電話を貸していただいた。
飛井町の「イノヤ」というだけで、電話の相手も分かったらしい。
病院からさほど離れたところではないため、救急車もすぐに到着し、
その女性を乗せると、すぐに病院へ向かって走り出した。
207 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 22:42:53.69 ID:J50IFg0x0
あっという間の出来事だった。
俺はしばらく突っ立ったままだ。と、水野に視線を移す。
なんでこいつ、あんなに慣れてるんだ?
オロオロ慌ててばかりいた俺とは大違いだ。

「イノヤ」からの帰り道、俺はその訳を水野に聞いた。
すると、あいつはこう返事した。

「ああ・・・、前はよく姉貴の特訓に付き合わされたからな。
まさか、こんな所で役に立つとは思ってもみなかったけどな・・・」

そうか、看護婦だった水野の姉ちゃんの影響か。
また、辛いことを思い出させちまって悪いことしちまったな?
すると、水野はさらに続けた。

「俺さ。姉貴みたいに看護士を目指そうかな?
別にバスケの選手になろうと思ってなかったし、
それよりちゃんと、人の役立つ仕事をしたいと思うんだ。
いつも夜勤明けで帰ってくる姉貴を見ると、辛い仕事だってわかるけどさ・・・」

水野、おまえ・・・
俺たちはクラスメイトの仲間の死を嫌と言うほど見てきた。
そして俺たち2人が参加しなかった合宿で、大勢の犠牲者が出た。
人の命を救う仕事をしていた姉の後ろ姿を見ていた水野は、
何もしなかった、何もできなかった自分に、
激しく後悔しているのではないだろうか?
単に姉の夢を受け継ぐだけじゃない。悔いを残さぬ生き方をしたい。
水野の言葉には、そんな意志が込められているように感じた。

「おまえ、将来のことをちゃんと考えてるんだな。
俺なんて、高校だってどこ行くか決めてないのによ・・・」

災厄が起きても何もせず、今でも毎日惰性に流されて生きてる自分。
そろそろ、そんな自分を変えなきゃいけないのかな・・・?
そんなことを考えながら、
俺は名前の通り綺麗な夕焼け空を見つめながら、帰路に就いた。
208 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 22:43:36.79 ID:J50IFg0x0
No.18  Naoya Teshigawara

風見が、死んだ。

小学3年生の時から同じクラスで、いや、近所づきあいだから
正確には小学校に上がる前から、それこそ物心ついた頃からの幼馴染を・・・
俺は、殺した。

「風見?おい、風見!?ふざけんなよ・・・おい・・・
ちくしょう!ちくしょう、ちくしょう!うわぁぁぁ!!!」

頭から血を流して動かない風見。
俺は拳を地面に叩きつけ、声が潰れるまでひたすら叫び続けた。
望月は、俺が風見を2階から突き落とした後、
一度自分の部屋に来て俺を探していたと言う。
サカキも、さっきまで歩き回る風見を見たけど、
“別の事故”に巻き込まれてこんなことに・・・と話していた。
でも、そんなの信じられなかった。
あんなことをした俺を庇うために、わざと嘘を言ってるに違いない。
現に、2人とも目を伏せていた。千曳先生も何も語ろうとしない。

やっぱり、俺があいつを疑わなければ、あいつを突き落とさなければ・・・
災厄で頭がおかしくなっていたから、そんな理由じゃない。
俺は、最後の最後であいつを信じてやれなかった。
心許し合った友にまで、疑いの目を向けた俺が最低の男だったんだ。
思えば、松永さんのテープを探す時から、
自分1人で、3年3組を災厄から救うつもりになっていた。
とんだ思い上がりだ。
千曳先生に相談していれば、違う方向に話が進んだかもしれない。
けど、宝探しのような気分を味わいたくて、
俺とサカキ、望月、それに見崎の4人だけで事を進めた。
そして、関係ない綾野と小椋も巻き込もうとしたから・・・
小椋があんなことになったのも、俺が話したせいだからじゃないか?
今になって、そうも思えてくる。
209 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 22:44:06.10 ID:J50IFg0x0
あの事件の3日後、犠牲になったクラスメイトの告別式があちこちで行われた。
俺は、風見のそれに参列した。
あいつは俺が原因で死んだも同然、本来なら顔を見せる資格なんてない。
けど、家族ぐるみの付き合いだった俺とあいつだから、
参列するわけにも行かなかった。

「智くん・・・どうして死んじゃったのよ・・・!」

喪服を着た、俺の2人の姉ちゃんが揃って涙に暮れる。
俺が生意気だったせいか、よく遊びに来る風見を姉ちゃんたちは可愛がっていた。
もし姉ちゃんたちが、俺のせいであいつが死んだと聞いたら、
どんな顔をするだろう。
叩きのめされ、一生口も聞いてくれなくなっても、おかしくはなかった。

棺の中に納められている風見は、血も拭き取られ、
それこそ眠っているかのようだ。
これが死んでいるなんて、信じられない。
けどあの時、徐々に体温が失われて冷たくなっていく風見の躰が、
あいつの死を如実に物語っていた。

出棺の時が来た。
もう風見の顔を直接見ることもできない、会話することもできない。
アルバムなどに写った写真の中でしか、もうあいつを見ることしかできないのか。

『パァーン!!!』と電車が出発する時のようなサイレンを鳴らしながら、
霊柩車が火葬場へと向かっていく。
俺は自分の右手をじっと見つめた。
血が出るまで地面に叩きつけた拳は、俺の心のように今も黒ずんでいる。
この手が、あいつの命だけじゃない、未来さえも奪い去った。
そんな手が呪わしくなる。今すぐ、この拳を切り落としたくなる。
そんな衝動にもかられた。
210 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 22:44:41.83 ID:J50IFg0x0
この後、俺はどうすればいいのだろう。
災厄が終わると、やがて忌まわしい記憶も風化していくという。
何食わぬ顔して、二学期からの3年3組の授業に出る・・・
そんなことだけは絶対したくなかった。
忘れたくない、嫌な記憶でも忘れてはいけない。
けど、災厄によって強制的に記憶は消されてしまう。
どうすりゃいいんだ・・・

そうだ。たった一つ、いい考えがあるじゃねぇか。
サカキが持ってきた松永さんのテープは、あの火事でなくなってしまった。
今の松永さんに、当時の記憶はほとんど残っていない。
だから、未来の3年3組に災厄を止める手段が失われてしまったのだ。
それならば、まだその記憶を残っているうちに、その詳細のMDに録音すれば、
いつか記憶が失われても、俺の記憶はMDの中に残る。
“死者”を死に返す方法と、俺の罪の告白・・・
松永さんに倣って、未来の3年3組に俺たちのクラスで起きた出来事、
そして俺の過ちを伝えるべきではないだろうか・・・?
未来の3年3組の生徒が、俺の二の舞を演じることがないためにも・・・

けど俺は、はたと気づいた。
この考えも、俺の独りよがりなものじゃないか?
松永さんの時は、災厄が止まっただけで済んだからいい。
けど、俺たちの時は、全員がテープの内容を耳にしたせいで、
みんな疑心暗鬼になって、あんな悲劇を呼び起こした。
風見だけじゃない。
見崎は杉浦の館内放送のせいで、何人にも襲われたと聞いた。
無事だったから良かったけど、
運が悪かったら見崎だって殺されていたかもしれない。
こんな重大なこと、軽率な俺1人で決められるようなことじゃない。
皆の命がかかっているのだから・・・
ここはやはり、記憶を共有する仲間に相談するのが一番だろう。
211 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 22:45:10.36 ID:J50IFg0x0
翌々日、俺は市立病院を訪れた。
夕見ヶ丘に住んでいる俺にとっては、目の鼻の先にある所だけど、
こうして足を運ぶ機会は極めて少ない。
馬鹿は風邪を引かないというけど、
俺が馬鹿だから、ほとんどお世話にならないと言うべきなのだろうか・・・?
が、合宿で火事が起こったあの晩、俺のように軽い怪我で済んだやつも、
望月や有田のように特に怪我をしなかったやつも、
事情聴取が済むと一旦、病院で診断を受けた。
もっともあの時は、風見や赤沢が死んだショックでそれどころじゃなかったが・・・

今日来たのは俺だけじゃない。望月と見崎も一緒だ。
本来の目的は、肺の手術が無事に済んだサカキのお見舞いだ。
これであいつも気胸を再発することもない。
災厄は終わったとは言え、もしサカキの身にまでなにかあったら・・・
これ以上、大切な親友を失いたくない。
そのため、サカキの手術が成功したと聞いた時、俺は安堵して力が抜けてしまった。
望月も、そして何より見崎も、同じような気持ちだっただろう。

あと少しでサカキの病室に辿り着きそうになった時、
どう考えても、病院に似つかわしくない丸顔のおっさんとすれ違った。
俺たちの制服を見ると、そのおっさんは軽く一礼をするとそのまま去ってしまった。
いったいなんだったんだろう・・・?
部屋に付いた。病室はかなり高い階にあるため、夜見山の景色が一望できる。
サカキは、もう半袖でラフな格好だった。

「よっ!無事治ってよかったな、サカキ」
「「榊原君・・・」」

「見崎、勅使河原、望月・・・ああ、なんとか命を繋いだかな」

「ったく、縁起でもないこと言うんじゃないぜ!」

サカキによると、さっきのすれ違ったおっさんは夜見山警察署の人だったらしい。
クラスでサカキを“いないもの”にする会議をした時、
サカキは水野の姉ちゃんの事故の事情聴取を、あの時受けていたらしく、
今回も、その刑事さんから事件の顛末を聞いたのだと言う。
212 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 22:45:49.31 ID:J50IFg0x0
サカキは、俺たち3人とまんべんなく話をしていたが、
やはり見崎に目を向けることが多い。
ああ、やっぱりサカキと見崎は、俺たちにはない何か深い繋がりがあるんだな・・・
2人だけで色々話したいこともありそうだし、
俺たちは早く本題を話したら、先に帰った方が良さそうだ。

「でさ・・・サカキ、見崎。カセットテープの件だけどさ・・・」

俺はMDに新しく記録を残すことをどう思うかを尋ねた。
望月とは、既に話し合って賛成はしてくれている。

「そうね・・・悪いことじゃないと思う。
私もいつまで記憶が残っているかわからないし・・・」

見崎は何か含みを持った言葉ではあるが、特に反対はしていない様子だ。

「けど、あのテープをみんな聞いたせいで見崎が危ない目に遭ったから、
ぼくは正直賛成はできないかな?でも松永さんのテープもなくなって、
このままだと、災厄を止める手段を知ってる人がいなくなるとね・・・
どれだけデメリットがあるかを、充分説明すれば・・・」

やっぱりそうなるだろう。
俺たちは、テープのもたらした功罪の両方を嫌と言うほど味わったのだから。
けど、サカキも全面的には反対ではなさそうだ。

「あと1週間もしないうちに退院できると思うから、その時また連絡するよ」

「そうか、じゃ俺と望月は帰るわ。じゃあな」

見崎を残して、俺と望月は病室を後にした。
廊下で今度は有田とすれ違ったが、
お互い軽く会釈しただけで、特に会話することはなかった。
213 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 22:46:35.11 ID:J50IFg0x0
「じゃあ、望月。あの2人も了解してくれたし、
明日、録音するのにおまえん家に行っていいか?」

「いいよ。けど、録音するんだから、先にどんなことを言ったらいいか、
紙に書いてまとめた方がいいと思うけど・・・」

それもそうだ。俺は勉強嫌いだから、こういうのは苦手だけど、
支離滅裂な中身だったら、未来の後輩に伝わるものも伝わらない。
今晩は、まとめを文章に書くのに四苦八苦しそうだ。



「・・・これが災厄を止める方法だ。
これをどう解釈するかは、君達しだいだ。ただ、よく考えて行動してほしい。
ちゃんと考えて・・・周りの友達と相談して、後悔しないように・・・」

録音を終えた俺と望月は、数日後、適当な理由を付けて校内に入り、
3年3組の教室にある掃除用具入れの天板の内側・・・
松永さんと同じ位置に、MDを入れてテープで何重にも巻いた箱を、
またテープで厳重に貼り、掃除用具入れのドアを閉めた。

これは大きな賭けだ。
何度も、このMDが役に立つ以前に、
俺たち以上の新たな災いを呼ぶのではないか?という懸念が何度も頭に浮かんだ。
それでも、何もしないまま災厄が1年続くようでは、
みんなの精神状態が大変なことになってしまう。
これは万策尽きた時の最後の手段だ。
そう言い聞かせて、俺と望月は録音に臨んだ。

テープの内容は、まず松永さんの話。つまり“死者”を死に返した成功例だ。
その後に、俺の犯した過ち。
すなわち、“死者”じゃない人間を手に掛けてしまった俺の罪。
そして“死者”を死に返す部分だけを流して、
クラスメイトの同士討ちが起きたという事の重大さ、
その危険さを、耳にたこができそうなくらい、俺は繰り返し説明した。
できればこのMDを手にした生徒は、クラス全員でこの内容を一部だけでない、
全部聞いて話し合って欲しい。
そうすれば、俺たちのような悲劇は防げるのではないだろうか?
214 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 22:47:07.69 ID:J50IFg0x0
「勅使河原君、あの今のMDでさ『後悔しないように』って、
勅使河原君はやっぱり後悔してるの?」

望月が口を開いた。俺はうつむく。

「そりゃ・・・元を正せば、だいたい俺のせいだし」

「あのね、ボクも後悔してる」

「ヘ?なんて、おまえが?」

「ボクもあの時、杉浦さんたちにテープのことを1人で勝手に話したから、
あんなことになったんだと思ってるし・・・それにね、千曳先生が言ってた。
『お互い助け合って、一緒に頑張って』って。
ボクね、この災厄ってこの後悔も含めてだと思うの。
だから、今年の災厄を一緒に乗り越えていこう。勅使河原君」

「お、おう・・・」

そうだな。生き残ってしまった俺たちに残された役目。
風見をはじめ、死んでしまった仲間の分まで、
俺たちが頑張って生きていかなきゃいけないよな・・・。
あいつだって、いつまでもウジウジしている俺なんて見たくもないだろうし、
そんな俺に対して、どこかで憎まれを口叩いてるかもしれない。

「ありがとな、望月。俺たちは生きてるんだもんな」

一時はどん底にまで落ちた俺の心に、光を差したのは、
サカキや望月といった3組の仲間だった。
もう二度と、そんな大切な仲間を疑ったりしない。
今度こそお互いに信じ合って、残りの学校生活を悔いのないものにしたい。
改めて、俺はそう思った。
215 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 22:47:43.53 ID:J50IFg0x0
No.16  Megumi Tatara

「皆さんの中には、既にニュースなどで知ってる人もいるかもしれませんが、
先日起こった火災事故で、クラリネットパートの王子君が・・・」

部活が始まる前、秋山先生の大事な話を聞いた部員のみんなから、
一瞬どよめきが起こったかと思うと、静まりかえり、
間もなく、あちこちですすり泣く声が辺り一面に広がった。

「先生・・・」

「多々良さん、私も辛いの。
私の姉さんも3年3組に在学中に事故で亡くなったし、
おととしも、3年3組の担任だった三神先生があんなことに・・・
どうして・・・この学校は、いつまでこんなことが続くのかしら・・・」

私の隣で立つ秋山先生の瞳にも、一筋の涙が流れていた。
秋山先生も、美術の授業で教わったことのある三神先生も、夜見北のOGである。
3組に起きた悲劇を知るものにとって、これほど長きにわたって、
辛い思いしてきた秋山先生の悲しみは計り知れない。

王子君は容姿端麗で、性格も温厚。
女子部員、特に下級生にとっては、まさに白馬の王子様のような憧れの的だった。
その王子君の死を誰もが悲しんだ。見渡すと、中には声を上げて泣く子もいた。

誰もが、悲しみが癒えぬまま部活を終えると、
猿田君が後片付けをするのが、目に入った。
肩を落とした猿田君の後ろ姿が、今日はどこかしら小さく見える。

「ああ、多々良さん・・・」

「大丈夫、猿田君?」
216 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 22:48:12.91 ID:J50IFg0x0
自分で何を言ってるのだと後悔した。大丈夫なわけがない。
3年間、同じクラリネットのパートを務め、
部活でもクラスでも、いつも王子君と仲の良かった猿田君は、
当たり前のように、合宿でも一緒だった。
火事で王子君が亡くなったことが、彼の心に大きな傷を与えたのは言うまでもない。

「いつまでもアシが悲しんだって、王子も喜ばんぞな。
それよりもアシをわざわざ気遣ってくれて、多々良さん、だんだん・・・」

猿田君は笑顔で答えたが、やはり寂しさを拭い切れていない。
無理して明るく振る舞う猿田君が不憫でならず、
私の方が辛くなってしまった。

家に戻り、私は3年間の思い出が詰まった写真を眺めた。
コンクールの時に全員が演奏しているものもあれば、
楽器パート別に集合写真を撮ったものもある。
フルートとクラリネットは同じ木管楽器同士なので、
2つのパートが合わせて写っているものもいくつかある。
懐かしい思い出が次々に蘇ってくる。
と、写真が急に歪み始めた。
いや、写真ではない。目元が潤んでいるのだ。

「王子君・・・」

私は声を殺して泣いた。
顔を両手で覆ったが、もう遅い。一旦涙が流れたら、もう止まらなかった。
漫画とかでよくあるシチュエーションと違い、
私は、別に王子君と恋仲だったとか、別にそのような関係ではない。
けど、私たちは猿田君も含めてこの3年間、苦楽を友にした仲間だった。
今年になってからは、共に災厄に立ち向かうという意味でも戦友だった彼。
王子君の死を知らされた時も、朝に部活で話した時も、私は涙が出なかった。
まだ実感が湧いてこなかったからとも、その死を信じたくなかったからとも言える。
けど、写真を目にして、もう二度と帰らない友を改めて思い出した時、
悲しみが堰を切ったように、一挙に溢れ出てしまったのである。
217 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 22:49:46.61 ID:J50IFg0x0
私が合宿に参加しなかった理由。
それは合宿2日目になるはずだった8月9日が、祖母の一周忌だったからだ。
お婆ちゃんは戦前の若い頃、鼓笛隊の指導も行っていた音楽教師で、
戦後から退職するまで、夜見山市に吹奏楽を普及させた偉大な人だった。
その息子、つまり私のお父さんも学生時代は吹奏楽部に所属し、
現在も、お婆ちゃんが設立した夜見山市の吹奏楽団、
通称「夜見山市吹」の団長をしている。

お父さんとお母さんはこの吹奏楽団で知り合い、生まれたのが私である。
つまり、我が家は家族全員が吹奏楽と深い縁があり、
お婆ちゃんが吹奏楽に関わっていなかったら、私は生まれていなかったのだ。
物心着いた頃から、楽器をいじったり、馴染んでいた私は大のお婆ちゃん子で、
私が吹奏楽を始めるようになったのも、両親よりお婆ちゃんの影響が大きい。

話が少しそれてしまったが、
そのお婆ちゃんが亡くなったのが去年の夏。
まだ3年生になる前なのでもちろん災厄とは全く関係なく、
眠るように、息を引き取る大往生だった。
それでも、私にとって初めて身近で味わった家族の死ということで、
私のショックは大きかった。今でも、時々お婆ちゃんが懐かしくなることがある。
そのため、合宿の日程が決まった時、私は早い段階から不参加を決めた。
中学で知り合った親友2人のうち、幸子ちゃんは入院していたため、
松子ちゃんが代表して行くこととなった。

松子ちゃんは無事に帰ってきた。嬉しい。
でも、同時に王子君の死を知った私は、素直に喜べなかった。
法事でも合宿で起きた惨事などが頭から離れず、
お婆ちゃんも王子君、2人それぞれの死の悲しみを悼むことも、
中途半端と言うべきか、どっちつかずになってしまったことが、
2人に対して申し訳ないと思ったのである。
悲しみだけでなく、嘆き、悔いなどの様々な感情が入り乱れて、
私はただ、涙に暮れることしかできなかった。
218 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 22:50:37.08 ID:J50IFg0x0
数日後、悲しみがまだ完全に癒えたわけではないけれど、
ある程度気力を取り戻した私は、
松子ちゃんと一緒に、幸子ちゃんのお見舞いに行った。
いつも明るい松子ちゃんも、親友だった小椋さんを失い、
立ち直るのには少し時間がかかったという。

合宿の少し前にあった時、信じられないほどげっそりやつれていた幸子ちゃんは、
しばらく見ないうちにだいぶ血色が良くなり、
体力も、だいぶ入院前まで戻ってきたという。

「私ね。最近どうしてこんなに何日も、入院しているのか、
分からなくなる時がたまにあるの」

松子ちゃんの生還を喜んだ後、幸子ちゃんはそう言った。
確かに、夏休みの少し前から、幸子ちゃんは1ヶ月近くも入院しているけど、
考えてみれば、どうして長引いたのか私も思い出せなかった。
ちょうどこの頃、久保寺先生が亡くなって、
千曳先生が代理になったけど、なにか関係しているのだろうか・・・?

「それよりも、あの子を見た?赤ちゃんってすごく可愛いわよね」

「うんうん、わかるわかる。お母さんが美人だもん。
きっと将来、可愛くて綺麗な子になるよ。間違いない!」

幸子ちゃんと松子ちゃんが話題にしているのは、
すぐ向かいのベッドで生まれて間もない我が子を抱いている、
若くて美人な女性の姿だった。

その人は、合宿で命を落とした杉浦さんのお姉さんだった。
顔つきも全然違うので最初は信じられなかったが、
言われてみれば、確かにどこか面影がなくもない。
219 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 22:51:07.84 ID:J50IFg0x0
杉浦さんのお姉さんがこの病院に運ばれたのは、
合宿の事件が起きた翌々日のことだった。
その数日前に、相部屋だったお婆さんが退院したため、
それこそ、ほとんど入れ替わり同然だったらしい。
妹の死でショックを受けていた彼女は、歩いている途中に陣痛を起こし、
ちょうど通りかかったこの学校の生徒に助けられて、搬送されたと言う。
その翌日、杉浦さんのお姉さんは無事に元気な女の子を出産した。
赤ちゃんは生まれて間もないため、まだ赤くて皺だらけだけど、
泣き声も人一倍大きく、さっきまでお乳をたっぷり飲んで、
今は母親に抱かれてぐっすり眠っている。

「私ね、多佳子が死んだ時、幸せなんて、どこにもないんだと思って絶望したの。
無理して、ポジティブに振る舞おうとしても、全然笑顔が作れなくて。
でも、病院に運ばれる途中で、夢枕って言っていいのかな?
意識が薄れ行く中で、あの子が現れて、少しぎこちない笑顔でこう言ったの。
『私がいなくても、姉さんはいつも明るく前向きな姉さんのままでいて。
私が、姉さんの赤ちゃんを絶対守ってみせるから』って」

「「「・・・」」」

杉浦さんのお姉さんの話を、私たち3人は
呼吸が止まるくらい真剣な眼差しで、じっと聞いていた。

「目が覚めた時、私、だいぶ泣いちゃってたみたい。例え夢だとしても、
多佳子が、私とこの子を守ってくれると言ってくれて、本当に嬉しかったわ。
もしかしたら、この子は多佳子の生まれ変わりかもしれないわね・・・」

そう言う彼女の瞳から、一筋の滴がこぼれ落ちた。
220 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 22:51:49.70 ID:J50IFg0x0
「でも杉浦さんの生まれ変わりかぁ。
ミニマムサイズの杉浦さんを想像したら・・・ぷっ」

「ち、ちょっと松子ちゃん!せっかくいい話だったのに、想像させないでよ!」

「ごめんごめん。悪かったら、引っ張らないで!」

幸子ちゃんが、失礼な(?)想像をした松子ちゃんの襟元を掴んで離そうとしない。

「うふふ・・・無理もないわ。あの子、昔からあんな感じだったから」

「私の連れが、本当にすみません・・・」

私はただただ恥じ入るばかりである。
そうだ、せっかくいい話なんだから、話題を戻さなくては。

「でも、この赤ちゃんの名前・・・私、とっても好きです」

「ありがとう。私もこの子を産むまで、悲しい出来事とか色々あったけど、
この子には、“どんなに辛い時でも、幸せを見つけられる子”になってほしい。
そう思って、この名前にしたの。
漢字そのままだと女の子っぽくないから、ひらがなにしたんだけどね」

「そうだったんですか、私もよくわかります。
この恵って名前を付けてくれたのは、去年天国に行ったお婆ちゃんなんです。
周りの人を慈しんで、思いやりのある子に育ってほしいという意味で、
私が、そんな人に本当になれるかどうかわかりませんが・・・」

「立派なお婆さまだったんですね。素敵ですよ、その名前」

「ありがとうございます」
221 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 22:52:29.58 ID:J50IFg0x0
「恵ちゃんの名前の由来、私初めて聞いたわ。
私はそのままズバリ、幸せになるように『幸子』って付けたらしいの」

「2人ともいいなぁ、私なんて『松竹梅』が縁起がいいからという理由で
松子なのよ。なんかちょっと残念・・・」

「あら、いいじゃない。ご両親はきっと古風で教養がある人なのよ。
いい名前だと思いますよ」

「そ、そうですか・・・。エヘヘ、ちょっと照れちゃうなぁ」

こうして私たち4人はしばらく談笑して、私は一足先に帰路に就いた。
松子ちゃんは渡辺さんの様子を見るため、途中で別れた。
幸子ちゃんはあと数日で退院できるという。本当に元気になってよかった。
杉浦さんのお姉さんもあと数日したら、
お子さんや旦那さんと一緒に東京に戻ってしまうため、
出会ったばかりなのに、今日でお別れである。
でも、私はまたいつかこの人たちと会える時が来る。
特に根拠はないけれど、心の中でそう確信していた。

もうすぐ、お盆休みになる。
今年はあちこちで、悲しい新盆を迎えるのだろう。
友達や家族、みんなが大切な人を失った今年の夏。
でも、杉浦さんのお姉さんが言っていたように、
私も気持ちを切り替えて、前向きに生きていこう。
亡くなった王子君も、それを望んでいるはずだから。
そうだ。明日はまだ部活の練習がある。
猿田君も、早く元気になってほしい。
私たち3人は、固い絆で結ばれた仲間なんだから。
222 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 22:53:20.40 ID:J50IFg0x0
お婆ちゃんの送り盆を終え、部活動も再開した。
猿田君も、秋山先生も、そして他の部員たちも少しずつではあるけれど、
みんな悲しみを乗り越えようと頑張っている。
私も、2年生に部長を譲って一線を退いたけど、
文化祭や3月の定期演奏会に向けて、まだまだやるべき事は多い。

問題は、どんな曲を選ぼうか迷っているところである。
お婆ちゃんは色々な楽譜を持っていたため、
今、私は何かいい曲がないかと、お婆ちゃんの書斎で譜面の捜し物をしている。
ふと、ある曲が目に入った。

私の名を冠した、祈りの曲。
作詞者の罪の悔いと、それを赦した神への感謝を捧げたこの曲は、
今の私たちの心境、そしてこの災厄で命を落とした人々への鎮魂と重なる。
その日から私は、お婆ちゃんの持っていたこの古い譜面を、
吹奏楽に編曲する作業に取りかかった。
まだ中学生だから素人レベルかもしれないけど、
音楽一家で育ったこともあって、多少は自信がある。
私が全精力こめてアレンジしたこの曲を、部活で初めて演奏したのは、
もう秋も深まった頃。まだ先の話である。
亡くなった人たち、そして生きているみんな全員に捧ぐ、
私が全てを注ぎ込んだ、思い入れのある曲。
その曲の名は・・・
223 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 22:54:06.30 ID:J50IFg0x0
No.7  Sayuri Kakinuma

あの合宿の事故から、十日あまりが過ぎた。
地獄のような業火から逃げ惑い、その中で沢山のクラスメイトの命が失われた、
あまりにも恐ろしく、そして悲しすぎた出来事。
衝撃が大きすぎたせいか、まだ半月も経っていないにもかかわらず、
記憶が飛び飛びになってしまい、遥か遠い昔の出来事のようにすら思えてくる。
私にとってあの合宿は、私自身の運命を大きく変えた事件でもあった。

私は幼い頃から引っ込み思案で、人付き合いがはっきり言って苦手である。
他人と関わり、話すだけでも一苦労の私は、1人でで本を読む方がずっと性に合っていた。
内向的で感受性が強いとでも、言うべきなのか、
私は本を読んで、空想の世界に浸るのが好きな子だった。
それはおそらく今でも変わっていないと思う。
ロマンに満ちた物語や古き歴史の世界に、現実にはあり得ないような未知の領域、
それを想像するだけで、私は心が豊かになる。
でも、端から見ればそんな痛い子に近づく同級生もなかなかおらず、
自分自身も本があれば別にいいと思い続けていたこともあって、
私はずっとひとりぼっちだった。

そんな私にとって大きな転機となったのが、辻井君との出会いだった。
初めて会話したのは、図書委員会の打ち合わせの時だったろうか?

「柿沼さん・・・でいいんだっけ?
クラスのみんなに薦めたい本を色々探してるんだけど、なにかいい本はない?」

「あ、あの・・・芥川龍之介の『藪の中』なんてどうでしょう?
黒澤明の映画『羅生門』の原作で・・・」

「あぁ、この話は名作だとぼくも思うよ。まさに、日本のミステリー小説の原点だね」

「そ、そうですか・・・気に入ってもらえて嬉しいです・・・」
224 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 22:54:51.17 ID:J50IFg0x0
これがきっかけで、私と辻井君は意気投合し、
図書委員としてだけでなく、同じ趣味を持つ仲間として、
私は暇さえあれば、彼と色んな本について語り合うようになった。
辻井君は私以上に、ジャンルの引き出しが多く、
今まで私が読んだこともないような本も色々薦めてくれて、
私にとって毎日が新鮮だった。
こんなことは、1人で本を読みふけっていた時にはなかった経験だ。

しかし、初めて同じクラスになった3年生になり、
3年3組のクラスメイトが次々に亡くなると、私はそれどころじゃなくなった。
死ぬのが恐い。そんな恐怖が頭から離れず、
まるで現実逃避するかのように、本の世界に没頭するようになった。
そんな中で、なぜか辻井君は最近ミステリー小説ばかり薦めてくるようになった。
リアルタイムで、連続殺人事件のような血なまぐさい惨事が起きているというのに。
辻井君の気持ちが分からなくなってしまった私は、
夏休みが間近に迫ったある日、教室で大喧嘩してしまった。

思えば私も、あまりにも大人げない対応である。
子供のようにかんしゃくをおこして、
その後に辻井君が声をかけようとしても、一切耳を貸さなかった。
事実上、辻井君と絶交してしまった私は、
久保寺先生があんなことになった学校へ行くのも嫌になり、
それからずっと家の中で閉じこもっていた。

「犬も歩けば棒に当たる」「雉も鳴かずば撃たれまい」

家にさえいれば安全だ。
そう思っていた私だったが、そうもいかなくなってしまった。
7月も終わりに近づいたある雨の日、
図書館から本を借りた私は、あともうすぐで家に着こうとしたその時、
鼓膜が破れそうになるくらい大きなクラッシュ音を耳にした。
何が起きたんだろう・・・まさか私の家で何かあったら?
そう危惧した私は、音のした方向へ足を急いだ。
225 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 22:56:10.87 ID:J50IFg0x0
間もなく、トラックの荷台に載せられたショベルカーが、
ある家の2階を突き破るという、信じられない光景が目に入った。
すると、後ろから聞き覚えのある声がする。
私の存在におかまいなく走り去っていく、セミロングの女の子・・・
クラスの小椋さんだった。

翌日私は、ニュースで彼のお兄さんが亡くなったことを知った。
ふと、得体の知れない恐怖に襲われた。
家に閉じこもっても、安全どころか死ぬ事態が起きてしまった。
私の家は両親が共働きで、平日は私ひとりで留守番していることも多い。
もし、私が家で災厄に巻き込まれたら・・・
誰にも助けられずに、苦しみながら死ぬ自分を想像してしまう。
嫌だ、絶対死にたくない。いや、それだけじゃない。
これまで私は、例えひとりぼっちでも、本さえあれば別に苦痛でも何でもなかった。
それが最近は、たった1人になると、それだけで不安になってくる。
本を読んで気を紛らわそうとしても、孤独感に耐えられなくなってしまう。

思えば、こんな気分になるのは中学生になってからだ。
今と、小学生だった頃の大きな違い・・・
やっぱり辻井君の存在が大きかったのだ。
同年代の子で、初めて私の趣向や話を理解してくれた大切な人を、
どうして私は、自分の手で断ち切ってしまったのだろう。
辻井君には、川堀君や王子君など話し相手になる友達が他にもいる。
けれど、本ばかり読んでいてクラスメイトとの交流がなかった私は・・・
今になって私は、事の重大さに気づき後悔したのだった。

家の中で恐怖に怯えながら毎日過ごすよりは、
そう言う消極的な考えで、私は合宿に参加することを決めた。
締め切りの日は過ぎてしまったが、駆け込みでもなんとか間に合った。
もしかしたら、私が最後の申込者だったのかもしれない。

合宿当日、あいかわらずひとりぼっちの私に、
声を掛けてくれた1人の少女がいた。
有田松子さん。
いつも周りに人が集まる、元気で明るい女の子。
根暗でぼっちの私とは、まるで正反対だ。
226 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 22:57:01.05 ID:J50IFg0x0
「松子でいいからね、よろしく!」

「き、今日はよろしくお願いします・・・」

その勢いに少し気後れしてしまったけど、
バスの中や合宿の相部屋で、私は有田さんと色々と話ができた。
自分の趣味である小説の話に話題が移ると、
私は好きな本についていっぱい語り出した。
しまった。私は後悔する。
普段はまともな会話すら成立しないのに、
自分の好きな話になると、一旦べらべら喋りだしたら止まらなくなってしまう。
こんな私に、きっとドン引きしてしまうに違いない。
でも彼女は、

「へぇ〜面白そう。ね、ね。もっとその話聞かせて!」

一度も不満そうな顔をせずに、私の話にきちんと耳を傾けてくれる。
彼女は話し上手にして、聞き上手だった。
向こうからも質問をたくさんしてくるけど、
矢継ぎ早に畳みかけてくることをせず、
ひとつひとつ私が話し終えるまで待ってくれる。

その話し方も、ずけずけ心の中に入ってくるのではなく、
暑い夏に冷たい水が爽やかに染み渡るような、
不快どころか、話してほっとするような心地よさを覚えた。
有田さん、いや松子ちゃんは、人を惹きつける天性の才能を持っている。
それは、いつも相手の気持ちを常に考えながら行動しているからだろう。
私にはない、円滑なコミュニケーション力を、松子ちゃんは備えている。
打ち解ける内に、私は彼女を心の底から見習いたいと思った。

一方、辻井君は校庭に集合した時から目に入った。
でも今更、どんな顔をして謝ればいいのだろうか?
私は目を合わせることもできずに、今日一日ずっとすれ違ったままだった。
松子ちゃんと話をしている時でさえ、
この悶々とした気持ちを心の中のどこかで引き摺っていた。
227 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 22:58:11.32 ID:J50IFg0x0
ここからは記憶がところどころ飛んでしまったが、
合宿所が例の火事になり、私は松子ちゃんともはぐれ、
ひたすら出口を目指して逃げ出した。
けど、玄関で私たちは落下したシャンデリアの下敷きとなってしまう。
身動きすらとれずパニックしかけた私は、圧迫された力が急に消えていくのを感じた。
目の前に映る青年・・・眼鏡がなかったので一瞬分からなかったけど、
それは辻井君だった。

「柿沼さん、今助けるからね・・・ぐっ・・・!」

辻井君が崩れたシャンデリアの一部を持ち上げてくれたおかげで、
私はどうにか抜け出すことができた。

「辻井君・・・私・・・、恐かったよぉ・・・!」

助けられた今になって、間近まで迫った死の恐怖による緊張の糸が切れた私は、
辻井君に抱きついて、子供のように泣きじゃくった。
涙や鼻水が一向に止まらず、しゃっくりすらあげる始末だった。
あまりにもみっともない自分の姿に、我ながら情けなくなってくる。

「か、柿沼さん!今はそれより、ここから早く出なきゃ。それに渡辺さんも!」

そうだ。現にこの状態でも、まだ危機を脱出したわけではない。
まだ完全には止まっていない鼻をすすりながら、
私と辻井君は協力して、シャンデリアに潰されたままの渡辺さんを救い出した。
渡辺さんはぐったりとしまま動かない。
でも息はしているので、まだ助かる!
女子の中でもかなり背の高い彼女を、辻井君と2人がかりで持ち上げる。
渡辺さんが重いわけではないが、非力な私では引き摺るように運ぶのがやっとだった。
そうだ、もう1人川堀君もいたはず。彼はどうしたのか。
辻井君に尋ねると、首を微かに振りながら、

「あいつは、ダメだった・・・」

悔しそうに声を上げた。玄関まで辿り着く。
背中を柱に潰されて、うつぶせになったまま動かない川堀君の姿があった。
私は直視できず、そのまま燃え広がる合宿所を後にした。
228 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 22:58:44.86 ID:J50IFg0x0
フライパンの上にいるような燃えさかる炎の熱さから一転して、
外に出ると冷たい雨が私たちの体力をじわじわと奪っていく。
千曳先生の青い車に無事到着すると、
渡辺さんを支えていた力が急に抜け、彼女を落としそうになってしまう。
それを助けた望月君をはじめ、その周りには無事逃げ延びたクラスのみんながいた。
松子ちゃんも無事だった。やっと得られた友達が助かって本当に良かった。
私は、松子ちゃんとお互いの生還を、手を取り合って喜んだ。

けど、それからは絶望的な知らせが次々に舞い込んできた。
風見君が、小椋さんが、物言わぬ冷たい躰となって、無言の帰還を遂げた。
勅使河原君や松子ちゃんの、あまりに悲痛な叫び声が胸を締め付ける。
長らくぼっちだった私は、交流があったのは辻井君と松子ちゃんだけである。
皮肉にも友達が少なかったせいで、
こうした友の死という辛い出来事を私は味わうことはなかった。
けど、私は少しも運が良かったとは思わなかった。
かえってそれが妙な疎外感を生み、
この場から逃げたくなるような辛さを覚えたのだった。



その翌々日、私は図書館で辻井君とばったり再会した。
図書館がもうすぐ盆休みでしばらく閉まってしまうため、
今のうちに本をいくつか借りておこうと思ったのだ。
たぶん、辻井君も同じだろう。

「や、やぁ・・・柿沼さん」

「辻井君・・・あれから元気にしてる?」

私は何を馬鹿なこと言っているのだろう。元気なわけがないに決まってる。
と、

「それよりも、あの・・・先月のこと、本当にゴメン・・・
柿沼さんの気持ちも全然知らないで・・・」

辻井君が深々と頭を下げた。
229 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 22:59:10.29 ID:J50IFg0x0
「そんな・・・私こそ、辻井君にあんな酷いこと言って・・・」

私も謝ると、辻井君は更に詫びて、それに応えるかのように、またも私が・・・
このままでは、いつまで経っても埒があかない。そうこうしているうちに、

「そうだ、ぼくはこれから他にも用事があるんだ。
ここの図書館は8日後になれば、また開館するからその時にまたゆっくり話さない?
柿沼さんのことだから、1週間経てば借りた本を全部読み終わっちゃうでしょ?」

「うん・・・わかったわ。じゃあ、来週火曜日の10時半にまたここで」

「ありがとう。こっちも呼び止めてごめんね。それじゃ」

辻井君は足早に、図書館を出て行った。

果たして、お盆が明け、図書館で辻井君と落ち合う日になった。
先に待っていた私を見て、駆けつけた辻井君は目を丸くした。

「柿沼さん、その髪は・・・」

「どう?少しイメチェンしてみたんだけど」

「・・・あぁ、柿沼さん。とっても綺麗だよ。まるで、天女みたいだ・・・」

少し間があった後、辻井君のその言葉に、私はここが図書館であることも忘れて、
「ふぇっ!?」と素っ頓狂な声を上げてしまった。

天女だなんてそんな・・・
文学少年の辻井君らしい例えなのかもしれないけど、やっぱり恥ずかしい。

私はひどいくせっ毛で、雨の日になるとぼわっとしてしまうため、
お手入れするだけでも一苦労だ。
そのため、あまり目立たないようにするため三つ編みにしていたけど、
そのせいでただでさえ目立たない私は、余計に地味な印象を与えてしまった。
あの事件を引き摺らないためにも、そして過去の自分と訣別する意味を込めて、
私は思い切って、ウェーブヘアーにしてみた。
校則に引っかからない程度の大人しめのものだけど。
230 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 22:59:40.22 ID:J50IFg0x0
「辻井君・・・そんな気恥ずかしいこと、よく言えるね・・・」

「い、いや。だって柿沼さんが見間違えるくらい美人になってるんだもの。
惚れたというか、惚れ直したというか・・・あわわ」

そんな「惚れた」なんて、顔から火が出るくらい恥ずかしくなってしまう。

「と、とにかく立ち話もなんだし、まずは本を返そう。ね?」

司書の人にお互いの本を返した時も、
私たち2人は、顔が完熟トマトのように真っ赤っかだったに違いない。
いつも利用しているから、私たちとは顔なじみであり、
彼女は怪訝そうな顔をしていた。
新しい本を借りた私たちは、この場の居続けることに耐えられず、
逃げるように図書館を出てしまった。
まだ空いていてほとんど人がいなかったから良かったけど、
誰かに見られたら、たまったものではない。

「・・・ところで、柿沼さんが返した本はなんだったの?
さっきは慌ててたから、ちらっと見る暇もなかったよ」

お互いに喋ることもなく、黙々とただ道を歩いて行く中で、
この沈黙を破るかのように辻井君が尋ねてきた。

「永井路子の『山霧』だけど、そう言う辻井君は?」

「ぼく?司馬遼太郎の『最後の将軍』を読んでみたんだ。
すぐ読み終わったから、他に船橋聖一の『新・忠臣蔵』も借りて読んでるところさ。
ん?もしかして・・・」

「「辻井君(柿沼さん)って、大河ドラマ見てる・・・?」」

思わずハモってしまった。
231 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 23:00:29.89 ID:J50IFg0x0
「・・・っぷ、アハハハハ」

「もう、笑わないでよ。辻井君ってば・・・」

そう言う私も、可笑しさのあまり、すっかり吹き出してしまった。
なんだ、考えてることも一緒じゃないか。
2人とも、最近大河ドラマの原作本にはまっていたなんて。

「柿沼さんに言われて反省したんだ。
ミステリーとかサスペンスに偏らないで、もっと色んな本を読んでみようと思ってね。
と言うより、当分サスペンスとかはこりごりってのが本音だけど」

「私もライトノベルは、しばらく止めようかなと思ったの。
絵付きばかりだと、読む時の想像力が削がれちゃうし、
活字本は読む人によってみんな違う印象を持つから、面白いかなって・・・」

「じゃあ、これからしばらくは、
大河ドラマの原作になった歴史小説を、お互いに読んでいこうか。
ただ30作以上あるし、長編も多いから、中学の間に全部読み終えられるかな・・・」

「もし読み切れなかったら、高校生になっても、こうしてまた会おうよ。
高校だって、もしかしたら一緒かもしれないし」

「そうだね。楽しみにするよ」

そんなこんなで話をする内に、
歩道の反対側に見慣れた人影が2つ見えた。
あの眼帯は間違いない。見崎さんと榊原君だ。
2人は私たちの存在に気づかなかった様子で、そのまま通り過ぎていった。
ふと、私は辻井君をからかってみたくなった。

「あの2人は、付き合ってるのかな・・」

「ど、どうだろうね。2人は“いないもの”同士だったから、
その間にすごく仲良くなったことは間違いないみたいだけど」
232 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 23:02:14.22 ID:J50IFg0x0
「辻井君、私ね。私もあの火事の時、もしかしたら惚れ直したかも・・・」

「なっ・・・!何を急に!」

「なんてね。うふふ・・・」

でも、それは本心だった。
あの時手を差し伸べてくれた辻井君は、
それこそ私の中では王子君以上に王子らしかった。

「でも、あの時眼鏡をかけてない辻井君って初めて見たの。
眼鏡を外すとあんな顔になるんだって・・・」

「うーん、自分じゃよくわからないんだけど。そうだ!
柿沼さんも髪型変えたんだし、僕もイメチェンしてコンタクトにしようかな・・・」

「ダメ!それだけは絶対ダメ!」

「え?どうして?」

「・・・やっぱり眼鏡をかけた辻井君も素敵だなって・・・」

今度は半分は本当、でももう半分は嘘だった。
眼鏡を外した辻井君があんなに美形だったなんて、思いもよらなかった。
うちのクラスはいわゆるイケメンが揃っているけど、
お世辞抜きで眼鏡を外した辻井君の凛々しさは、半端じゃない。
あれでは、他の女の子が黙ってはいないだろう。
ライバルが増えては困る。
眼鏡を掛けていない辻井君は、私が独り占めしたかった。

ぎゅっと辻井君の手を握る。
あの時、辻井君に抱きつくという大胆なことをしたくせに、
手を握っただけで、頭の中が真っ白になるくらい、恥ずかしくなってしまう。
そんな私に対して、辻井君は私よりずっと優しく手を握り返してくれた。
お互いの片手を握りしめて、私たちは共に歩き出した。
233 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 23:02:48.59 ID:J50IFg0x0
見崎さんの話によると、5月から始まった災厄は、
あの火事を最後に終わったのだという。
沢山の人が犠牲になり、生き残ったクラスメイト達も、
誰もが心に大きな傷を残した。
それでも皆、少しずつではあるが悲しみを乗り越えて、
前を向いて歩き始めている。

私も、髪型だけじゃない。
「災い転じて福となす」と言ったら、犠牲になった人たちに失礼だけど、
内面も少しずつ一歩一歩変えていこうと思うようになった。
合宿で親しくなった松子ちゃんとは、今も時々電話したり、
直接会って、色々取り留めないおしゃべりをする間柄となった。
共に逃げ延びて、今も入院中の渡辺さんとも何度か見舞いに行くうちに、
だいぶ打ち解けるようになった気がする。
一見恐い印象を受ける彼女も、話してみると案外気さくで、
頼りがいのあるお姉さんみたいな存在だった。
また、渡辺さんや松子ちゃんの幼馴染の佐藤さんも、
病院で何度も会う内に親しく会話するようになった。
彼女も私と同じように、元々引っ込み思案な性格なので、結構馬が合いそうである。

そして、一度は修復不可能なくらいの大喧嘩をしたけど、
炎の中をくぐり抜けて、一緒に生還を果たした辻井君。
これからも、様々な困難が私たちを待ち受けることだろう。
でも、私たちは文字通り生死を共にした仲である。
もう誰が相手であろうとも恐くはないし、誰にも邪魔はさせない。
私たちはそれだけ固い絆で結ばれたのだから。

まだ蒸し暑い夏はしばらく続く。
でも、暦の上ではもう秋になっているだけあって、
夕方になると、時々涼しい秋風が通り過ぎていく。
間もなく秋が来て、あっという間に冬、そして中学最後の春を迎えるのだろう。
波乱に満ちたこの夏も、間もなく終わろうとしていた。
234 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 23:03:20.73 ID:J50IFg0x0
Outroduction  Kouichi Sakakibara (Reprise)

3月21日、日曜にして春分の日であるこの日。
夕見ヶ丘の中腹にある市立病院より、さらに丘を登った先にある夕見ヶ丘総合公園。
その中にある、2年半前に完成したばかりの夜見山文化ホールで、
夜見山北中吹奏楽部の定期演奏会が行われた。
去年まで部長をしていた多々良さんが、
クラス全員に招待券をプレゼントしてくれたので、
夜見山での最後の思い出にと、ぼくは鳴や勅使河原、望月と一緒に
あの病院以上に、この夜見山市内を一望できるこの公園を訪れたのだった。
市内でも屈指の吹奏楽が盛んな学校だけあって、
ブラスバンドに憧れる小学生や、OB・OGと思われる高校生の姿も多数見られた。

けたたましいブザー音ではなく、
チャイムのような柔らかい音色の時報がホールに鳴り響くと、
客席が暗くなり、逆に明るくなった舞台から、拍手と共に、
多々良さんや猿田君が楽器を持って現れ、着席した。
そして音楽担当の秋山先生が壇上に立つと、演奏が始まった。

ぼくもたまに家で音楽を聴くことはあるが、
吹奏楽を学校の行事を除いて実際に聴くのは、これが初めてだ。
ホールの響きが良いこともあるけど、音が聞こえるのではなく、
音が降ってくる。それくらいの衝撃であった。
1部ではクラシック系が中心で、
「アルなんとかダンス」という曲の華々しいファンファーレで幕が開いた。
3部では、ぼくだちでも知ってるようなポップス系の曲が色々演奏され、
大ケガを完治した渡辺さんもベースギターを持って参戦し、
アンコールは皆で「ディスコ!」と叫びながら、
会場全体が熱狂的な雰囲気に包まれた。

そんな中で、最も印象に残ったのは2部の後半、
演奏前に多々良さんが、司会者からマイクを受け取り、
静かに客席へ語りかけた。
235 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 23:04:06.14 ID:J50IFg0x0
「ご存じの方も多いと思いますが、昨年は夏に起こった火災事故をはじめ、
我が校の沢山の生徒がお亡くなりになりました。
わたしたち、吹奏楽部も例外ではありません。
この火事で、クラリネットを担当していた
3年生の王子君も犠牲になってしまいました。
このような悲劇が二度と起こらないことを、私たちはただ願うばかりです。
次に演奏するのは、昨年に無くなった人たちへの鎮魂と祈りをこめた曲です。
それではお聞き下さい。曲は『アメイジング・グレイス』」

照明を落とした薄暗いステージの中、
スポットライトを浴びた多々良さんのフルートソロに、
厳かな伴奏が入る形でこの曲が演奏された。
曲名は知らなかったけど、なんとなく聞いたことはあったし、
『夜見のたそがれの、うつろなる蒼き瞳の。』の館内でも耳にしたことがある。
後で猿田君に聞いた話によると、
多々良さんがこの曲をリクエストし、自らブラスバンド用に編曲したのだと言う。
澄み渡ったフルートの音色に耳を傾けると、
鳴の反対側のすぐ隣の席に座っている望月の目から、一筋の涙が流れていた。

「おい、望月・・・どうしたんだよ?」

望月を挟んで僕と反対側にいる勅使河原が小声で話すと、

「うん・・・この曲を聴いていたら、昔の悲しいことを思い出したの。
おととし、ボクも大切な人を亡くしたから・・・」

怜子さんのことだろう。すぐにわかった。
3年3組の副担任という記憶は消えても、
美術部だった望月とって、怜子さんは部活の恩師であり、
記憶の改竄のあるなしに関係なく、やっぱり憧れの人だったのだろう。
おととしに怜子さんが死んだ時、さぞや望月は辛い思いをしたに違いない。
考えるだけで、こちらも悲しくなってきてしまった。
怜子さん、赤沢さん、そしてクラスのみんなに、
この祈りの曲は届いているのだろうか・・・
236 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 23:04:38.04 ID:J50IFg0x0
そして演奏が終わると、観客の誰もが聞き惚れていたのか、
一瞬辺りは沈黙に支配され、その直後に割れんばかりの拍手が起こった。
おそらくこの演奏会で、一番大きな拍手の嵐だったであろう。
遠くから見ても、多々良さんや猿田君をはじめ、
演奏者の誰もが、達成感に満ちた表情をしていたのだった。



演奏会の終了後、ホールを出たぼくたち4人が帰り道を歩む中、
勅使河原が口を開いた。

「そうだ、サカキ。まだ数日は夜見山にいるよな?
東京に戻る前に、サカキんちでお別れ会をしないか?
お菓子とかは、ちゃんと俺が持ってくるからさ!」

「ああ、いいよ。あさって、おばあちゃんがおじいちゃんを連れて
家を留守にするから。見崎と望月はどう?」

「私は大丈夫・・・」

「ボクもいいよ。こうしてみんなが揃うのもあと少しだからね」

「にしても、サカキがこっちに来てから1年か・・・あっという間だよなぁ。
俺たちいつも話しているから、逆にサカキと会ってからまだ1年しか経ってない、
という感じもしないけどさ」

それは、ぼくも同じことを思っていた。
辛く悲しい出来事も沢山あったけど、
中学最後の1年間を過ごした夜見山での暮らしは、
何でもあるけど、人との繋がりが希薄だった東京での生活とは
比べものにならないほどずっと濃いものだった。
この1年はある意味、それまでの東京で過ごした14年間より、
遙かに凝縮されたものだったと思う。
237 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 23:06:26.91 ID:J50IFg0x0
「でも榊原君がいなくなると、また淋しくなるよね。
ボクと見崎さんは同じ高校に進学するけど、
勅使河原君は別の高校に行っちゃうし・・・」

「まぁ、俺もまさか高校に行けるとは思わなかったけどな。
何とかなるもんだよなぁ、案外」

勅使河原と望月が話している間に、鳴がぼくに話しかけた。

「榊原君、新しい高校の暮らしが落ち着いたら、
東京に遊びに行くから、いつか・・・」

「いつか、ね・・・ありがとう、見崎・・・」

鳴と約束した美術館巡り。それが実現するのはいつだろうか?
今年中かどうか、それもわからない。
でも、ぼくは必ず東京で見崎とまた会えることを確信していた。

その名前の通り、夕見ヶ丘から見た夕暮れの夜見山の景色は、
どこまでも美しかった。
1年前、夜見山に来て早々入院した時と変わらぬ景色のはずなのに、
今では全く違う印象を受ける。

間もなく終わりを告げる、夜見山で過ごした1年間、
そして3年3組で出会ったクラスの仲間たち・・・
この景色と共に、目に焼き付けて一生忘れずにいたい。
ふと見上げた、間もなく日の沈む夜見山の町並みを見て、
ぼくは、そう思った。



238 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 23:06:54.91 ID:J50IFg0x0
◇あとがきと解説

まずは、ここまで筆者の長々とした駄文を最後まで読んで下さった皆さん、
本当にありがとうございました。
なにぶんSSを書くこと自体、初めての挑戦でしたので、
(それでいながら、この無駄に長いことといったら・・・)
読みづらいところも多数あるかとお思いでしょうが、どうかご了承下さい。

筆者がAnotherという作品に出会ったのは意外なところでした。
筆者は子供の頃から大河ドラマを見るのが好きで、毎年視聴しているのですが、
今年(2012年)の「平清盛」も、もちろん見ております。
ドラマ同様に、清盛のオープニングテーマ曲の完成度の高さが光る中、
某動画サイトで、この曲にAnotherの映像を合わせた動画(sm17464002)を見たのが、
Anotherとの運命的な出会いでした。
あまりアニメを見ることのない筆者ですが、それこそ曲との尋常ではないシンクロ率に、
「なんだこのアニメは!」と衝撃が走りました。
(この動画のせいで、初めは小椋が主人公と思ってました・・・)

当時アニメの放送は既に終了しており、早い段階でネタバレを知ってしまったのですが、
さっそく原作を貪るように読み、アニメもBSの再放送を通して視聴し、
そして割と評価の高い漫画版や、OVA付き0巻も揃えるなど、
筆者はあっという間に、Anotherの世界に引き込まれてしまいました。

そんな中で注目し始めたのが、3年3組のクラスのキャラクターたちです。
近年のモブキャラブームでは、アニメ「けいおん!!」が有名ですが、
Anotherもそれに劣らぬ個性的な顔ぶれが揃っており、
誰が主役になってもおかしくないような群像劇としての側面が、
アニメ版Another最大の魅力だと思っております。

先人たちによるSSでも、様々な解釈でクラスメイトが生き生きと描かれており、
モブキャラ達の生みの親でもある、キャラデザの石井百合子さんにとっても、
感慨深いものがあるに違いありません。
それだけに、終盤の怒濤の死亡ラッシュには首をかしげたくなりました。
他のアニメでも、水島監督は脇役のことを
話を盛り上げるために[ピーーー]道具にしか、考えていないところがありますし・・・
239 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 23:08:56.77 ID:J50IFg0x0
本編をひと通り見た筆者は、いつしかクラスメイト全員に愛着を持つようになり、
彼ら全員にスポットを当てたSSを書いてみたいと思うようになりました。
それだけ30人の個性豊かなキャラクターに対して、思い入れが強まったのだと思います。
ひとりひとりのキャラ設定を詳しく知るために、
内容が矛盾して破綻しないように、筆者は思い切って設定資料集も購入、
値は張りましたが、良い買い物をしました。

正直この資料集がなければ、
このSSは作れなかったといっても過言ではありません。
モブキャラのプロフィールはもちろん、夜見山市内の地図は、
SSを書くのに欠かせませんでした。
その中でも、11〜12話の各モブキャラたちの動向はかなり複雑で、
部屋割りや廊下へ出てからの行き先や、各場面での配置などは、
独自にタイムテーブルを作って、それから矛盾しないように
各キャラの行動を決めたくらいです。

しかし、誤字・脱字の修正を兼ねて読み返すと、
自分で言うのも何ですが、このSSは会話文は少ないですね。
ほとんどのSSは会話文だけで成り立っているのに対して、
今回作ったのは視点となっている登場人物のモノローグが中心。
AnotherのSSでは異端と言っていいでしょう。

話は変わって、SSを作る上で参考にしたのは、これまた意外ですが、
北方謙三の「水滸伝」(所謂、北方水滸伝)です。
原作を大胆にアレンジしたこの超大作は、
108人の好漢+αという膨大な登場人物が緻密に描かれており、
原作では数合わせのために出てきただけのキャラが、
北方水滸伝では主役級の大活躍を見せる事例もあって、大変参考になりました。
ひとりひとりに、視点を代わる代わる入れ替えた語り口は言うまでもなく、
表記が体ではなく、「躰」だったり(「凶夢伝染」の歌詞もこちらでしたね)、
緊迫した場面で短い文節が連発する部分も、モロに影響を受けています。

また、内容はアニメ版をベースにしていますが、原作・漫画、
そして近日公開の実写映画と、いずれも設定が若干異なるので、
アニメ以外のAnotherの要素も少しずつ取り入れました。
ある種の並行世界(パラレルワード)とリンクした形ですが・・・

>>238
話を盛り上げるために死なせる道具にしか、考えていないところがありますし・・・
240 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 23:09:39.02 ID:J50IFg0x0
このSSを書くにあたって一番気をつけたことは、
あくまで3年3組の群像劇であって、恒一が中心の話にならないようにしたことです。
恒一を主役扱いしないと言ってしまうと、主人公(笑)や\アッカリ〜ン/みたいですが、
序盤で恒一に言わせたように、今回のSSでの彼は、
30人に及ぶ3年3組の一員にすぎません。
Another本編の恒一は主人公ですが、他の登場人物からして見れば、
赤沢さんや勅使河原重要の場合では脇役だったり、
Anotherモブキャラからだと、あまり関わりのなかった一生徒だったりと、
その役回りも様々です。

筆者は大河ドラマを昔から見続けているため、
同じ人物でも作品によって様々な描かれた事例を何度も目にしました。
具体的に言えば、大ヒットした「篤姫」では徳川慶喜が敵役になっていますが、
Anotherの時代設定となった10年前の「徳川慶喜」では、
反対に篤姫(天璋院)が敵役にされています。
ですから、様々なキャラクターの視点から多角的に見た作品は、
様々な発見ができて面白いと思っています。

もう一つはSSでの恒一の扱いに対して、一石を投じたいと思いました。
ほとんどのSSが恒一中心となっており、彼の行動に左右される話が大半です。
恒一とほとんど接触もなかったキャラまでが、みんな彼に惚れまくる
いわゆるハーレムものは、その極端な例です。
まあ、各作者が恒一に自分の理想を投影させた願望でもありますが、
ハーレムものでは登場人物が多くても、異口同音で恒一が好きという
画一的なものになってしまい、キャラの個性は活かされないと思ったからです。
アニメ本編でも、恒一に恋愛感情を抱いているのが確定しているのは、
実は赤沢さんだけだったりするので、皆にモテる恒一像に違和感を感じました。

恒一のみならず、Another本編の中心人物となった鳴や赤沢さんも同様です。
彼女たちも、全生徒と特に深く関わりがあったわけではないので、
このSSでは登場人物によっては、恒一や鳴の名前が一度も出てこない話もあります。
例え本編の主役たちが出てこなくても、3年3組の中の悲喜こもごもの物語は、
できるのではないか?というちょっとした挑戦でしたが、
これから先のAnotherのSSに何かしら影響を与えられればいいなと思っております。
241 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 23:11:38.66 ID:J50IFg0x0
ところが、書いている内にある事実に気づきました。
クラスメイトを描くのはいいけれど、
3年3組と深く関わった先生方の描写がおざなりになっている・・・
特に三神先生(怜子さん)は、本編の鍵を握る超重要人物にもかかわらず、
各キャラの視点上、当初の構想では辻井にモップで殴られて退場という有様でした。
これはあまりにもひどいということで、
まず、三神先生から見た“死者”を死に還す場面を付け加えました。
しかしこのシーンはやはり書いて辛いものがあり、どうせここまで来たならばと、
最終的には他の教師陣も追加させることになりました。

こうした様々な修正・改訂を経て、予想以上に長くなってしまったことから、
構想を考え出してから、実に1ヶ月半も経ってしまいました。
こうすると、産みの苦しみと言いますか、
各SSの制作者の創作力とアイディアには脱帽させられます。
自分も書いていて、膨大なエネルギーを使い果たし、
書き終わった時は呆然として、5分近くぼーっとしてしまったくらいです。
筆者がたった1作を作る間に、AnotherのSS制作自体ピークを過ぎてしまい、
どれだけの人が読んでくれたかもわかりませんが、
改めて読んで下さった皆さんにお礼を申し上げます。

ここからは、各キャラクターについて色々述べたいと思います。

◆榊原恒一

主人公である恒一ですが、初めは彼の視点で描かれる話を作らないつもりでした。
なぜなら原作が終始、彼の視点で話が進んでおり、
ここで素人の筆者が書いても蛇足になると思ったからです。
しかし、恒一ひとりのけ者にするのもあんまり・・・と思い、
本編よりはるか先である卒業式後の後日譚を、
プロローグとエピローグで書くことになりました。
アニメでは赤沢さんがあまりにも報われず不憫に思ったので、
本編で決定的に不足していた赤沢さんへの思いをプロローグで書きました。
お墓の前で泣くのは、漫画版のラストシーンを意識しました。
こちらも、当初はプロローグだけの予定でしたが、
原作がエピローグと対になっているので、同様にエピローグも付け加えました。
但し、こちらは恒一より多々良さんの話の補完的要素が強いです。
242 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/06(金) 23:12:03.65 ID:CdlZteFDO
多々良がモテる設定とかないけどな
243 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 23:12:34.30 ID:J50IFg0x0
◆桜木ゆかり

対策係視点の、1話冒頭シーンになります。
台詞が間違っていないかどうか、録画したアニメを何度も繰り返したのを
今でもよく覚えています。筆者はこういうのを結構気にするタイプでして。
まだ惨劇が起こる前なので、
緊張感とほのぼのとした雰囲気のバランスを取るのに苦労しました。
本編を見て、もう一つ気になったのが、桜木さんが風見君をどう思っていたか。
風見君の片想いという意見が多いでしょうが、
筆者は彼女も風見君もお互いに異性として意識し、淡い恋心を持っているけど、
初心でなかなか言い出せないという初々しさを前面に押し出してみました。
ありがちかもしれませんが、ラストになんか2人がいい感じになることで、
12話の風見君の狂乱まで続く、2人をめぐる悲劇と対比できたでしょうか?

◆赤沢泉美

鳴と並ぶメインヒロインだけあって、赤沢さんが主役のSSはとにかく多いですね。
それだけ皆から愛されているという証拠でしょう。
元々出番が多いので、どのタイミングで赤沢さんメインにするか悩みましたが、
本編では描かれていない、恒一の転校初日の赤沢さんの様子を中心にしました。
この辺りは既に、風邪の無理を押して出席したことで未来が変わった、
赤沢さんのif展開である「Akather…?」という先駆者があるので、
それを参考にしつつ、アニメ本編通りだった展開では、
欠席した赤沢さんがどんな心情だったのだろうと思って選びました。
赤沢さんは他人に厳しいですが、自分にも相当厳しい人なんだと思います。
そして怒りで負のエネルギーを使ってしまっては、
後で冷静になった時に、自己嫌悪に陥る・・・という悪循環が続いてしまう感じです。
最近耳にする「ツンしゅん」とは、少し違いますが。
早くもこの段階で、話を書くのが辛くなり始めてきました。
後半に比べれば、まだまだほんの序の口に過ぎませんが・・・
244 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 23:13:28.81 ID:J50IFg0x0
◆中尾順太

中尾は書いていて面白かったですね。話を作るのもサクサク進みましたし。
なんだかんだ言って中尾がここまで人気になる理由は、
2ちゃんねるで言うところの、所謂「おまいら」みたいな感じで、
凡人で特にスペックもないけど、美人に弱い人間くささと身近にいそうなところなど、
親近感が湧くところではないでしょうか?
漫画版の中尾が、それこそ哀れに見えるくらいメタボだったので、
アニメ版の中尾は、赤沢さんに振り向いてもらえるために、
血のにじむような努力をした結果、スリムになってそこそこ男前になったという、
やればできる子みたいな感じにしてみました。
私的には、同じ赤沢さんが好きな者同士、杉浦との相性は抜群だと思うのですが・・・
ちなみに、中尾が桜木さんと話した時に睨み付けたのは、もちろん彼です。

◆久保寺紹二

「マスター・クボデラ」と言われるなど、中尾と同様に、
すっかりネタキャラが定着してしまった久保寺先生ですが、
教師陣は当然ながらクラスメイトと違う立場にいるため、
その違いを出すのに苦労しました。
教職としてクラスを守らなくてはいけない義務と責任感、
どうして自分が3年3組の担任になった時に災厄が起きてしまったのかという憤り、
これに加えて、老母の介護という三重苦が、
あんな悲惨な結果となったのではないでしょうか?
そう思うと、とても可哀想な人物だったりします。
公務員だから資産はそれなりにあるはずなのに、
どうしてたった1人で介護しているのかという理由を考えてみると、
久保寺の母親はかなり年を取っていることも合わせて、
母親に頭が上がらない何かがあると思って、あのような設定にしました。
ちなみに、教師陣はあくまで幕間みたいなものなので(三神先生のみ例外)、
話自体は短めになっています。
その中でも久保寺先生のエピソードは3レス分しかなく、
最も長い柿沼さんのエピソードの3分の1もありません。
245 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 23:15:24.94 ID:J50IFg0x0
◆風見智彦

アニメ版最大の改悪として挙げられるのが、発狂した風見君による百合ップル殺害と、
原作・漫画で生き残った風見自身もまた、死んでしまったこと。
このせいで、怜子さんを死に還すクライマックスの大部分が割愛され、
風見君のみならず、赤沢・勅使河原・百合ップルそれぞれのファンに禍根を残す、
誰得で最悪の結末となってしまいました。
正直、筆者もあの展開だけは水島監督を許せずにいます。
漫画版の風見君は、死者殺しに最も反対していた良い子だったのに・・・
しかしアニメの結末を変えられないので、どうして彼がああなってしまったのかを、
その前兆として、桜木さんとの別れを描くことにしました。
このSSを書く上で、ここが最初の試練でした。
大好きな人を失い、葬式で永遠の別れをせざるを得なくなった彼の心境を思うと、
書いているこちらが辛くなってきて、心が折れそうになりました。
そして葬式後の悪夢が、彼がダークサイドに堕ちる前触れとなってますが、
ダース・ベイダーも母や妻を喪う悪夢が、転落の始まりだったので、
こういうのもありだろうと思いました。
女性視聴者に人気の風見君ですが、アニメの理不尽な扱いによる同情が、
よりファンを増やしているのは間違いないでしょう。

◆綾野彩

アニメ版のオリキャラながら、原作者である綾辻先生もお気に入りの綾野ちゃん。
出番はさほど多くありませんが、明るくはきはきしていて好感が持てます。
ぶりっ子でもありませんし、同性に嫌われるタイプとは思えないのですが・・・
それはともかく、学校をずる休みしていた彼女が、
なぜ委員長を決める時に候補者リストに上がって、票も入ったのか。
それに至る経緯は、やはり恒一に助けられて、何かが変わったのだと思います。
人物設定については、キャラデザの石井さんの解説が大いに参考になりました。
「アイドルとか女優を目指している女の子」なので、
前半のモノローグでその夢を語らせたのですが、
書けば書くほど、こんな子を無情にも死なせてしまう現象さんと、
水島監督はマジ外道と思ってしまいました・・・
246 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 23:16:44.45 ID:J50IFg0x0
◆水野猛

水野さんの弟というポジションでありながら、
アニメでは台詞もなく、かなり影が薄かったですね。
漫画版では恒一を敵視する一方、合宿で倒れた恒一を助けていましたが。
筆者には姉がおらず、しかも姉弟仲はあまり良くないと説明されているので、
どのように描くか、色々迷った結果、
昨年見ていたアニメ「日常」の桜井姉弟を参考にしました。
おっとりした姉と、普段は人当たりがいいのに姉に足してはぶっきらぼうな弟
のイメージとしてぴったりと思ったのですが。
しかし、デリケートな部分をわざわざ何度も質問されると、
水野弟が嫌がるのも仕方ないと思いますね。
刺々しい台詞が多かった分、そのフォローをかなり後になって描きました。
なんだかんだ言って、彼も姉のことが嫌いじゃないんですよ、たぶん。
なお、2人目の死者としたのは、言うまでもなく、
クラスの皆が藤岡未咲の存在を知らなかったからです。

◆金木杏子

百合ップルは2人セットで、1つのキャラクターを形成しているので、
安定感はあるのですが、いつも2人でラブラブな分、
周りのキャラとほとんど関わっていないため、その部分をどうするか悩みました。
そんな中で気づいたのが、設定資料集における彼女の外見。
ピアスは前から色々言われてましたが、
もう一つポイントとなるのが、リボンをわざと緩めていること。
このクラスで、同じようなことをしているのは藤巻さん・渡辺さんの両名。
そこでこの3人は中学に入った頃、色々やんちゃしてた仲間という設定にしました。
藤巻はテニス、渡辺はデスメタ、そして金木は松井さんと出会って更正し、
今のような感じになったのではないかというわけです。
(渡辺さんの場合は更正か?という突っ込みはなしで)
彼女はなんとなく気品もあり、松井さんが怯えるといけないので、
不良だった頃も、言葉遣いをあまり乱暴しないように気をつけました。
247 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2012/07/06(金) 23:17:33.06 ID:7ch2iYTE0
メール欄にsagaと入れてー
248 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 23:19:08.57 ID:J50IFg0x0
◆高翌林郁夫

「フェアじゃないね」の一言だけでキャラが確立し、
フェア林だの、高速死だの、まともな呼び方をされていない高翌林君ですが、
直接登場することもないままフェードアウトしてしまった原作・漫画版と異なり、
恒一と意気投合したり、赤沢さんの考えに反対して恒一に色々教えようとするなど、
実はかなり扱いが良くなっています。もし彼が死なずに生き残ったら、
貴重な戦力になったのではないでしょうか?
キャラブックで鳴が高翌林について、
「走ったことがないって、どんな感覚なんだろう」と言っているように、
身近なところに死の存在がある人は、やはり独特の死生観があるみたいです。
ですから、あまり彼は死ぬことに恐怖は感じていないという設定にしました。
ただ彼にとって予想外だったのは、秘密を打ち明けようとした途端、
心臓発作が起きてしまったこと。そのため、その最期も
大事なことを伝えられずに死ぬ無念さを強調したものになっています。

◆宮本先生

こんな人いたっけ?と思うかもしれませんが、
桜木の母親が事故に遭ったことを伝えたジャージ姿の体育の先生です。
恐らく彼がSSに登場することも、これが最初で最後になるでしょう。
三神先生の話を作った後、千曳・久保寺両先生も付け加えたのですが、
いずれも話が暗すぎて、幕間の意味があまりないということで、
3組の事情をある程度知っているこの人にも、スポットライトを当ててみました。
原作では学校の外を歩き回る恒一と鳴を注意して、2人を心配する役回りなので、
強面だけど実は結構いい人というイメージができてました。
そこで間もなく自殺してしまう久保寺先生の異変を感じ取ったり、
酒好きな怜子さんが、三神先生モードでも恒一がいない所だと実は・・・
みたいな感じで、教師陣の日常を描くことができました。
自分でも結構満足しています。
秋山先生という人物は、筆者のオリキャラですが、
0巻に登場した怜子の親友・秋山良子の妹という設定で、外見はほぼそのままです。
これにより、多々良さんのエピソードも少し加筆しました。
このエピソードが、一番最後に仕上がった話となります。
249 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 23:19:57.87 ID:J50IFg0x0
◆川堀健蔵

別に本編でそのような描写はないのに、SSではいつもホモにされてしまうなど、
川堀は風評被害のせいで、かなり酷い扱いを受けている気がします。
(それを逆手にとって、数少ないホモ扱いされないSSでは、
逆に中尾からホモと疑われ、警戒されていますし・・・)
合宿でも、出番がそこそこある割には中途半端で、柱に潰されて圧死にしても、
他のキャラのように、本編に何か影響を及ぼしたわけではない有様です。
そんな彼が輝いていた唯一の見せ場が、和久井と有田さんを助けた場面。
後ろの座席だったため、本人はさほど被害が無かったことから、
2人の救助を交えて、久保寺先生の自殺の実況みたいな役回りにさせました。
有田さんが好きと思える場面はいくつかあるので、
ホモよりずっと説得力あるだろうと思います。
中途半端とは言え、合宿では能動的に動いてくれたおかげで、
合宿に入ってからの話では要所要所で活躍できた気がします。
ちなみに、有田さんは川堀を別に意識しておらず、完全な片想いという設定です。

◆望月優矢

もっちー、望月きゅんなど様々な愛称で呼ばれる望月君。
漫画でも勅使河原の姉2人に可愛がられると、女性から絶大な人気を誇ります。
望月君と言えば、三神先生への淡い恋心ですが、
このSSでは彼女・・・もとい彼が年上好きになったルーツとなる、
姉・知香との話を中心に描きました。
なぜ三神先生ではなく、望月姉を選んだのかと言うと、
原作と異なり、アニメでは望月姓を名乗っていたこと。
アニメでは未婚、もしくは事実婚(内縁)、
さらに夫が望月家の婿養子になったとも考えられますが、
ここでは自分を育ててくれた家族に感謝して、
職場では旧姓を使い続けているという設定にしました。
加えて、望月君が3組の事情を打ち明ける話は、
原作だとほんの数行でまとめられてますが、
彼の中ではかなり葛藤があったはずです。
しかしこの話を書いていた時は、望月君のお姉さんが
災厄に巻き込まれることなくて本当に良かったと、心から安堵しました。
もし何かあったら、彼自身も悲劇に巻き込まれたかもしれません・・・
250 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 23:22:02.03 ID:J50IFg0x0
◆江藤悠

子供の頃喘息だったけど、水泳教室に通い始めたおかげで、
体が丈夫になり治ったというのは、筆者の実体験を元にしています。
もっとも筆者が水泳をやったのは小学生までで、
中学校からはブラスバンドに専念して滅多に泳がなくなりましたが・・・
水泳部という設定が明かされてから人気が急上昇した江藤さんですが、
多々良さん同様、台詞もなく出番が少なかったのが惜しい逸材であります。
このSSが仕上がる頃、ちょうど彼女を主役にしたSSが投稿され、
二番煎じになるといけないかなと思って、内容を変えようと思ったのですが、
結局そのままにしました。
溺れそうになって命拾いをしたのが、ちょうど中尾が海で死んだ時という設定ですが、
2人の明暗を分けたもの、それは本当にたまたま彼女が運が良かったという、
ぎりぎりのところという感じにしました。現象って、たぶんそんなものです。
また、SSではいつも恒一ばかりモテモテなので、
望月に惚れる子がいてもいいのではないでしょうか?片想い確定ですが。

◆小椋由美

最初に書いた通り、筆者がAnotherと出会ったのも、
この子がメインの動画を見たのがきっかけでしたので、思い入れのあるキャラです。
実は、最初の予定では合宿に行ってからの行動がメインで、
兄の死を回想に交えながら、足を滑らせて窓から落ちた直後、
親友の綾野たちのことが走馬燈のように蘇りながら、
亡き綾野の笑顔に手を伸ばした瞬間・・・という筋書きでした。
しかし、視点となった人物の死を極力描かない方針にした結果、
話の系列をずらして、兄と彩を一度に失った小椋の悲劇を中心とする話に変えました。
けど、その話をいざ書くと凄まじく辛いものがありました。
本編の綾野ちゃんの死があまりにも呆気ないため、
兄の死で病院にいたであろう小椋と、せめて死の間際に再会させてあげようとしたら、
余計悲しい話となってしまい、描き終えた直後は本当に鬱になりました。
せめて本編でも、「兄貴と“彩”の仇!」と言って欲しかったです。
綾野本人は、復讐に燃える親友を見ても、悲しむだけでしょうが・・・
251 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/06(金) 23:23:26.08 ID:J50IFg0x0
◆中島幸子

親友の有田さんと多々良さんが、Anotherモブキャラの中でも屈指の人気者なのに、
中島さんは、なぜか1人だけほとんど注目されることもなく、
唯一の見せ場が久保寺先生の血しぶきを浴びまくるなど、散々な目に遭ってますね。
鳴ちゃんが「ウェーブのかかった前髪がかわいい」と言ってくれているのに・・・
SSでも、結局この時の話を素材にしていますが、
合宿組に劣らぬトラウマをこの子は受けてしまったでしょう。
それこそ、相次ぐ災厄のショックで躰を壊してもおかしくないぐらいに。
ですからトラウマを少しでも和らげるために、ある意味ご都合主義ですが、
災厄が止まれば、これまで起こった惨事の記憶もどんどん消えていき、
合宿後は、久保寺先生の自殺の記憶がすっぽり消えたという設定にしました。
前半が色々悲惨なことになっているため、
話の後半は見舞いに来た多々良さんと有田さんのおかげで、
少しずつ元気を取り戻していく展開にしました。
ちなみに中島さんが、実家が美容室で昭和モノが好きという設定は、
Anotherモブキャラに定評のあるpixivの某絵師さんのイラストを参考にしております。

◆藤巻奈緒美

見た目とは裏腹に、Anotherモブキャラの中ではかなり地味な子ですが、
なぜ住所も全然違う和久井と関わりがあるのか気になった結果、
親同士が仲の良い幼馴染にしました(設定資料集でもページが隣同士だったりします)。
彼女は特定のグループに属してはいないものの、個々の親しい友人が幾人もおり、
他人との関わりに消極的な、あの鳴ちゃんが「少し羨ましいかも」と言うなど、
3組の中ではかなり特殊なキャラだと思います。
筆者としては、見た目は遊び人系だけど根は真面目な良い子というキャラは、
味があってなかなかお気に入りだったりします。
少しツンデレっぽい箇所もありますが、和久井とは、
あくまでも家族ぐるみの仲良しで、恋愛関係にはならない関係に留めました。
お互い、それぞれ結婚して家庭を持ち、年を取っても親しい間柄であり続けるような、
まさにそんなイメージです。
幼馴染の男女≠翌恋愛だって、充分ありだと思います。
また、和久井の話でも夜見山に戻って無事に再会を喜ぶ話を考えたのですが、
東京へ遠征に出かけているためにすぐに戻るのは無理と判断した結果、
この話を最後にフェードアウトせざるを得なくなったのが、少し勿体なかったです。
252 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/06(金) 23:25:35.05 ID:J50IFg0x0
◆王子誠

王子は容姿端麗にして性格も温厚、合宿でも杉浦の話に惑わされることなく、
最後まで鳴と恒一の味方であり続けた貴重な存在です。
非の打ち所がない彼ですが、それがかえってキャラを動かしにくく、
なかなかストーリーを作るのに苦労しました。
そんな中で、有志がまとめた、久保寺先生が死んだ後のクラスの状況を見ると、
実はしばらく学校を休んでいたことが判明しました。
この時期は吹奏楽のコンクールが近いのに大丈夫なのかな?と思ったのが、
話を膨らませるきっかけとなりました。
単に怖いものが苦手というだけではなく、自分がそれを自覚しており、
そのせいで結果的に練習に復帰するのが遅れて、
コンクールでいい成績を取れなかったのではないかと悩む、
責任感のあるキャラにしてみました。
結果的にそれが、悲惨な最期に繫がるとは皮肉な話ですが・・・

◆前島学

設定資料集で水島監督とキャラデザの石井さんが対談した際、
前島のキャラ設定の中で、石井さんが興味深い裏話をしており、
彼のエピソードはそれを膨らませたものにしてみました。
小椋がブラコンなら、前島はシスコン。
どちらも男女の中で、最も背が低いという共通点がありますね。
天才肌の姉への憧れと屈折が複雑に入り交じったところは、
アニメ「日常」の長野原みおと立花みほしを少し意識しました。
よく回想は死亡フラグと言われるので、襲われる直前に、
彼の昔の話を盛り込みました(アニメでは無事に生き残りましたが)
この辺りから、11話〜12話前半の各キャラクターの動向が
かなり細かく入り組んでいるため、
話の前後が矛盾しないように本編を幾度も視聴したり、
設定資料集に記された宿泊部屋の配置を何度もチェックしたりしました。
本当に資料集は役立ちましたね。
253 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/06(金) 23:28:20.14 ID:J50IFg0x0
◆杉浦多佳子

11話の立役者である杉浦さん。
福圓さんの大熱演で、強烈なインパクトを残しました。
合宿での見せ場も多いため、どこからどこまでを使うか悩みましたが、
館内放送は他のキャラと重複するため、その直前で止めました。
中尾が死んだことによる、赤沢さんを失う事への恐怖、
鳴と恒一への不信、そして管理人に襲われたことが決定打となり、
あのような暴走を起こしてしまった経緯を書くと、
どんどんアドレナリンが上がりまくってしまいます。
だからこれ以上書くと、筆者の身が持たない(苦笑)
赤沢さんへの想いだけでは、ただのヤンレズになってしまう恐れもあるため、
ベタかもしれませんが、実は妊娠中の姉がいるという設定で、
その姉を死なせたくないという思いが、悲劇を増幅させたという話にしました。
これにより杉浦にとって、恒一は鳴と同じように不吉な存在として、
憎むべき対象として描くことには成功したと思います。
北方水滸伝っぽい短い文章連発によるバトルシーンも、ここが初出です。

◆辻井雪人

設定資料集ではなぜか眼鏡をキラーンと不敵に光らせたり、
水島監督から柿沼さんとのカップリングは破局すると不吉なことを言われるなど、
微妙に扱いの悪いところがある辻井君。
しかし、単なる風見2Pと思いきや、眼鏡を外すとかなりの美男子になることが判明し、
生き残ったために、なかなか将来有望な子でもあります。
せっかくの生き残りカップリングにもかかわらず、
それを否定する水島監督の発言はないわーと思いました。
ちょうど7話で柿沼さんが途中から不登校になったことと、
合宿所に着いた時はなぜかこの2人が離れた場所にいるため、
いっそのこと、本編中で一旦趣味の違いで破局し、
合宿の騒動を経て仲直りして、前以上のラブラブな関係にしてやる!
という、半ば水島監督へ挑戦する形で、話を作り始めました。
このSSで活躍するのは渡辺さんや柿沼さんなど12話に相当する部分なので、
彼の視点となっている11話では、ヘタレっぽい印象を受けてしまいますね。

ちょっと文章にNGワードみたいなのが入ってしまい、
投稿している途中で、急遽訂正したりしました。どうか、ご了承下さい。
254 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/06(金) 23:31:10.09 ID:J50IFg0x0
◆猿田昇

ある意味、話を作るのに一番苦労しました。
話のプロット自体はすぐ思いついたのですが、
それを伊予弁にする作業がとにかく大変だったこと。
伊予弁自体は、ドラマ「坂の上の雲」で秋山真之や正岡子規が喋っていたのが、
特に印象に残っており、単純に語尾を全て「〜ぞな」とするより、
全編伊予弁に直そうとしたら、これがかなり苦労しました。
一時は、モノローグは標準語で会話だけ伊予弁と区分けしようとも考えたのですが、
やはり臨場感を出すために、全部方言で通しました。
素人なので、伊予弁も間違いだらけだと思いますが、
そこはどうか大目に見て下さい。
伊予弁の話ばかりになってしまいましたが、猿田は王子焼きの後、
風見が死んだ時には皆と合流していましたが、12話冒頭ではまだいなかったため、
外へ逃げ出した後、前庭あたりをうろうろしていたということにしました。
重い話でも、どこかコミカルな部分が抜けないのは彼のキャラのせいでしょうか?

◆松井亜紀

松井さんの第一印象は、「ひだまりスケッチ」のなずな氏みたいな子だと思いました。
大人しくて気弱、男の子が守ってあげたくなるようなキャラだけど、
本人は女の子の方が好きというところとか・・・
(ちょうど乃莉すけの中の人が、霧果さんでしたね)
SSを手掛ける途中で、0巻が発売され、
この2人が遊園地デートしたのをなんとか話に使えないかなと思い、
鳴ちゃんが死者ではないことに気づく大役にしました。
これでみんなの役に立てたという自信が付いた矢先、
悲劇に見舞われるというのは死亡フラグにありがちな展開ですが。
しかし多くのキャラが非業の死を遂げる中、
彼女ほど惨たらしい死に方をした子はいないでしょう。
自分でもその最期を書いていて、本当に心が折れそうになりました。
愛する恋人を目の前で失い、自分も恐怖で怯えたところを容赦なく惨殺される。
しかも犯人が、原作・漫画では闇落ちすることなく生き残った風見君だなんて・・・
これほどひどい改悪はないと思います。
もう一つ、SSだと金木&松井の百合ップルは、百合どころか
人目をはばからずベタベタするレズップルにされることが多く、違和感を感じました。
もっとこの2人は、プラトニックな関係の方が合ってると思います。
255 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/06(金) 23:32:40.88 ID:J50IFg0x0
◆渡辺珊

11話を見てひとつ気になった点。
それは怪我した前島を、誰が外まで運んで助け出したかということです。
勅使河原が「悲鳴を聞いて飛び出した奴に助けた」と言ってますが、
それが果たして誰なのか明らかにされていません。
ほとんどのキャラが部屋に残っている中、杉浦が館内放送をした時、
渡辺さんだけなぜか姿がありませんでした。
彼女は小椋と同室のはずなのに、なぜか小椋の遙か後ろの廊下の突き当たりで、
その姿を見せていることから、彼女が前島を助けて、
その帰りに放送を聞いて2階に上がってきたという設定にしました。
その後の話も、ほとんどが11〜12話の実況みたいなものですね。
この辺りも様々なキャラの言動が交錯するため、
何度も繰り返し描写されています。
話の展開上、仕方ないかもしれませんが、
個人的にはデスメタルバンドをやっていることを話に盛り込めなかったのが、
少し勿体なくて、惜しい気がしました。

◆千曳辰治

他の教職員同様、終盤になって追加したエピソードです。
ただ、12話冒頭の描写そのままになってしまうため、
風見君を救出するも、その甲斐なく死んでしまう部分を入れました。
よって、風見君の補完的要素が強いですね。
水島監督によって望まぬ殺人鬼の汚名を着せられてしまい、
このままではあまりにも救いがないので、
赤沢さんと同様に、せめて最期は正気を取り戻して、
恒一や殺した百合ップルに詫びながら死んでいくという筋書きにしました。
そうでないと、風見君も、そして彼を演じた市来さんも報われません。
(「マリみて」の福沢祐麒役で好きな声優さんの一人なので・・・)
千曳先生の心情もまた、辛いものがあります。
自分のせいで歴代3年3組の生徒達が死んでいくと思っているため、
それを見届けなければいけないのは、ある意味死ぬより残酷なことでしょう。
ちなみに、キャラブックでは管理人妻を刺し殺したとなってますが、
本編を見ると、とてもそうは見えません。
このSSでは体術で倒しただけで、管理人妻の死因は
捕まった後に舌をかみ切って自殺と、原作通りにしました。
256 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/06(金) 23:33:44.56 ID:J50IFg0x0
◆有田松子

キャミソール姿と、12話で見せた強運により、じわじわと人気を集め、
すっかりAnotherを代表するモブキャラのひとりになった有田さん。
中の人が「日常」のなのちゃんを演じた古谷名人ということもあって、
この子にも思い入れが色々とあります。
普通と幸運ばかり強調されがちな彼女ですが、最大のポイントはその人脈。
多彩な人間関係を見ると、彼女は何か周りを惹きつけるものがあると思います。
このSSでは、平凡だけど親しみやすく皆に好かれるキャラになってますが、
これは「マリア様がみてる」の主人公・福沢祐巳をイメージしました。
ところで有田さんは、自分も含めその大半が無事生き残ってますが、
ただひとり、小椋が犠牲になっています。
彼女のことですから、自分が生き残ったことを助かったと喜ぶよりも、
大切な友達を一人失ったことの悲しみの方がずっと大きいのではないでしょうか?。
小椋の死を悲しんで泣く場面は、
ちょうど綾野の死で慟哭する小椋の場面と対になる形にしました。
友が多いと、その分悲しい別れも多くなる・・・なんとも言えません。

◆見崎鳴

怜子さんを死に還す場面が原作・漫画のクライマックスならば、
アニメ版は赤沢さんの最期が、本編最大の山場となります。
多くの視聴者が涙したこの場面、筆者もいたたまれませんでした。
赤沢さん本人や恒一の立場で語られることが多いこのシーン、
実は鳴ちゃんにとっても辛い場面だったと思います。
きっかけはやはり0巻、かつてはそれなりに明るかった鳴ちゃんは
未咲の死によって、ひねくれてしまったところがあります。
それこそ自暴自棄になっていた部分もあったのではないでしょうか?
だからこそ、常に真剣な赤沢さんとうまくいくわけもなく、
恒一をめぐった三角関係も加わってどんどん悪化していき、
あのような悲劇へもつれ込んだと思っております。
前半はバトルシーンをいかに活字で再現できるか、
そして後半は赤沢さんと和解できなかった自分を責めると同時に、
後悔の涙を流して、災厄を終わらせようと改めて決意する筋書きにしました。
赤沢さんが助かるif展開のSSは多いですが、
鳴ちゃんと赤沢さんが、確執を乗り越えて和解するSSも見てみたいです・・・
257 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/06(金) 23:34:30.58 ID:J50IFg0x0
◆三神怜子

生徒視点だと、このSSではあまり出番のなかった怜子さん。
アニメ最終回では、赤沢さんの死が話の中心になった結果、
本来のクライマックスであるこの場面がおざなりにされていたので、
その補完も兼ねて、怜子さんの立場からその最期の瞬間を、
独自の解釈で書き下ろしました。
無論、漫画版を頭に置いたのは言うまでもありません。
これに伴い、怜子さんを殺したのは単なる通り魔ではなく、
“いないもの”が放棄されたことで災厄につけ込まれて、
正気を失った教え子という設定にしました。
しかし結果的に、ある意味もっと辛い展開になったかもしれません。
自分が“死者”と自覚したら、それこそ自責の念にとらわれて絶望するのではないか、
怜子さんの性格ならあり得ると思います。
それでも、原作やアニメのように、最後まで自分の死を認められずに抵抗するよりは、
自分の死を受け入れ、介錯に近い形で、
恒一の“死者”を死に還す行為を受け入れた方が、まだ救いがあったと思います。
死の間際に、恒一から「おかあさん」と呼ばれて逝ったこと。
それが彼女のせめてもの供養になったのでないでしょうか?

◆和久井大輔

合宿の惨事が終わってからの後日譚は、アニメでも簡略化されていたので、
その後のクラスメイトの動向もしっかり描こうと思いました。
始まりは一挙に10話まで遡りますが、病院で助かってからの話が中心となります。
藤巻の話でも少し出てきた、和久井桜子という人物は、
近日公開予定の実写映画に出てくる新キャラです。
どうして和久井が女性化?と思ったのですが、キャラ自体ほとんど違うらしいので、
ここでは双子の兄妹という設定にしました。
その外見も、実写映画で演じた今野真菜さんで脳内変換してください。
怜子さんの話まで怒濤の展開の上に、鬱になる話が多かったので、
やっと落ち着いた話に戻れると思うと、さくさく書けました。
やっぱり日常の話の方が、書いてて気が楽になります。
258 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/06(金) 23:35:14.26 ID:J50IFg0x0
◆佐藤和江

遊びに行った遊園地のモデルは言うまでもなく、某テーマリゾートです。
筆者は年パス保持者だけあって、よく足を運ぶのですが、
逆にここ以外の遊園地に行く機会は滅多にありません。
他の遊園地は、また行ってみようと思ったところはハウステンボスと明治村くらいで、
リピーターを呼ぶのに、従業員のサービス精神って大切なんだなとつくづく思います。
話が少し逸れてしまいましたが、以前佐藤さんは、
渡辺さんとの会話シーンで、どちらが彼女なのかという論議がありましたね。
(9話の「なのかな・・・」問題です)
当初は合宿不参加だった彼女が、恒一たちを批判する役回りと思われたらしく、
かつては大人しそうだけど実は毒舌という位置づけにされる事が多かったようです。
設定資料集の紹介によって、現在は、逆に渡辺さんが批判して
彼女がそれに応える受け身姿勢のキャラに定着しましたが。
この話では、引っ込み思案なせいでなかなか周りと馴染むことができず、
同じグループの中でも、江藤さんとはまだ打ち解けられなかったり、
自分だけ災厄から逃げたと思い込んで泣き出してしまったりと、
ヘタレキャラになってしまいしたね。ファンの皆さん、すみません。
その代わり、後で描かれる柿沼さんと親しくなったことがきっかけになり、
少しずつ前向きになったという設定です。

◆米村茂樹

原作・漫画版の死因となった合宿に初めから参加せず、
難を逃れて生き残った引き換えに、影が極めて薄くなってしまった子ですね。
設定資料集でも、周りのことばかりで本人について何も説明されていないと、
不憫にして、あまりにも謎が多いキャラであります。
運動部の面々と一緒に描かれることが多いですが、
そもそもアニメ本編では、そのような描写もあまりないので、結構怪しかったりします。
原作や漫画版との並行世界であることも意識しましたが、
この作品でも、彼自身が主体となって動くことはほとんどありませんでしたね。
後半の話は事実上、水野弟がメインでしたし。
キャラ設定が少なければ、自由に描けるというメリットもあるのですが、
逆に少なすぎると、どう扱えばいいのかわからないという、
デメリットにも繫がることをつくづく感じました。
259 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/06(金) 23:35:46.49 ID:J50IFg0x0
◆勅使河原直哉

本編では、もしかしたら赤沢さん以上に出番があったかもしれないのに、
このSSだと、てっしーは影が薄かったですね。
それはともかく、12話EDの後に勅使河原が残したメッセージで
アニメ本編が終わっているので、男子のラストは彼にしました。
水島監督は、勅使河原が後輩を救った気になっているけど、
MDが原因で余計な悲劇を生むと発言しましたが、これは納得しかねます。
アニメでは、和解することも叶わぬまま、風見君が死んでしまったため、
勅使河原にとって最悪の結末となってしまったと言えます。
それこそ、自分のこれまでの言動を激しく悔やみ、
取り返しの付かない過ちを犯してしまったと思っているなど、
相当苦しんだに違いありません。
ですからMDの内容から考えても、望月だけでなく恒一たちともよく熟考して、
当時の記録を残したのではないでしょうか?
願わくは、MDに託した勅使河原の願いが、
未来に起こる災厄をいい方向に解決してくれることを・・・

◆多々良恵

筆者が吹奏楽部のOGなので、
似た立場である多々良さんには、色々と思い入れがあります。
筆者はパーカッションでしたが、母が学生時代にフルートのパートだったため、
多々良さんのエピソードの多くは、母がモデルになっています。
実際に中学生の頃、部長を務めた年に金賞の連覇が止まって悔しい思いをしたとか、
高校生の頃に、我流でアンサンブルの編曲をしており、
ある意味、若き日の母の姿を多々良さんに投影しました。
あとがきでも書きましたが、
多々良さんはSSだといつも恒一のハーレム要員にされてしまうので、
純粋に吹奏楽部としての多々良さんを描きたいという思いが強くありました。
故に、このエピソードでは恒一の名前が一度も出てきません。
また、和久井と藤巻の場合と同様に、王子との関係もあくまで吹奏楽部の親友であり、
ベタな悲恋だけにはならないように、注意したつもりです。
260 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/06(金) 23:36:59.41 ID:J50IFg0x0
◆柿沼小百合

実は、クラスメイトの締めくくり(大トリ)を柿沼さんにしようという考えは、
かなり早い段階で決まっていました。
最初が桜木さんなので、眼鏡キャラ同士のカップリングという共通点から、
風見×桜木と辻井×柿沼を対比させる形にしました。
前者の2人が非業の死を遂げた分、生き残ったこの2人には、ぜひとも
桜木さんたちの分まで、ぜひとも幸せになってほしいと強く願ったのです。
それこそ、恒一の中の人風に言えば、
「その(水島監督の)ふざけた幻想をぶち壊す!」みたいな感じで(苦笑)
柿沼さんは鳴ちゃん以上に孤独な雰囲気を持っているため、
あの合宿が彼女の人生において大きな運命の分かれ目となったと思います。
いつもひとりぼっちだった彼女が、辻井との絆を取り戻し、
有田さんと仲良くなったり、渡辺さんを助け出したり、
実は主人公的要素をしっかり持ち合わせているのではないでしょうか?
去年、三つ編みお下げの大人しい眼鏡っ娘が大切な友達を守るために、
一人孤独な戦いながら、試練に立ち向かうアニメが大ヒットしたので、
柿沼さんは、ダイヤの原石のような魅力があると思って色々書くうちに、
全キャラでもっとも長いエピソードになりました。
これは筆者も予想外のことです。



最後になりましたが、5月下旬にこのSSを書き始めてから、
実に1ヶ月半の長丁場を耐え抜いて、なんとか完結までこぎ着けたのも、
様々な方々のおかげだと思います。
ひとえにAnotherという作品を生み出した綾辻雪人先生、
ビジュアル化することによってキャラクターの魅力を更に引き出した、
漫画版の清原紘さんとアニメ版キャラクター原案のいとういのぢさん、
モブキャラに至るまで命を吹き込んだ、キャラクターデザインの石井百合子さん、
そして、pixivでより一層、主役脇役に関係なく魅力的に描いた絵師の
輪廻さん、泉みりさん、泡沫唄さん、本当にありがとうございました。



(追伸)
登場人物が死ぬたびに、ウイスキーを飲んでその死を弔ったという北方謙三氏。
筆者もその真似事ですが、鳴ちゃんの話で赤沢さんの死を書き終えた時と、
このSSを書き終えた時に、カ○ディで買った、
ハワイコナエクストラファンシーを飲んで追悼しました。
願わくは、3組のみんなが平和な日常を描いた番外編Anotherが見たいです・・・
261 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2012/07/06(金) 23:39:35.73 ID:7ch2iYTE0
乙でした。
ざっと流し読みした程度ですが、3年3組一人一人をこれほど丁寧に描いたSSはおそらく他に無いでしょう。
個人的には中島・米村両名をきちんと描いていたところが高評価。この二人不参加組でも特にハブられがちなのよね……
それから元肥満児の中尾と和久井桜子にはニヤリとさせられました。
そしてまさかの柿沼さんほむほむ説……! この作者出来る!

それと>>1はSS速報は初めてなのでしょうか?
実はここ、フィルターがかかっていて特定の言葉は強制変換されます。
メール欄にsagaと打ち込んで書き込めば回避されるのですが……
実際にやってみましょう、この後すぐにsagaを入れて全く同じ内容を投稿します。

・[ピーーー]
・高翌林
・[たぬき]
・唐翌揚げ
・魔翌力
こなあああああああああああああああゆきいいいいいいいいいいいいいいいいい
・レイプ
・[田島「チ○コ破裂するっ!」]
262 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2012/07/06(金) 23:40:09.53 ID:7ch2iYTE0
乙でした。
ざっと流し読みした程度ですが、3年3組一人一人をこれほど丁寧に描いたSSはおそらく他に無いでしょう。
個人的には中島・米村両名をきちんと描いていたところが高評価。この二人不参加組でも特にハブられがちなのよね……
それから元肥満児の中尾と和久井桜子にはニヤリとさせられました。
そしてまさかの柿沼さんほむほむ説……! この作者出来る!

それと>>1はSS速報は初めてなのでしょうか?
実はここ、フィルターがかかっていて特定の言葉は強制変換されます。
メール欄にsagaと打ち込んで書き込めば回避されるのですが……
実際にやってみましょう、この後すぐにsagaを入れて全く同じ内容を投稿します。

・殺す
・高林
・ドラえもん
・唐揚げ
・魔力
・粉雪
・レイプ
・オナニー
263 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/06(金) 23:45:41.85 ID:J50IFg0x0
>>261-262
感想ありがとうございます。
それとSS速報に投稿するのも、まさに初めてでしたので、
一体どうしたのかと驚いてしまいました。
様々なSSサイトに転載される時、これは訂正できるのでしょうか?
264 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2012/07/06(金) 23:46:15.97 ID:7ch2iYTE0
と、このような感じです。
ありゃ、一つ勘違いだったようだ、失礼。

それからここは1000に到達する、もしくは作者が2カ月以上書き込みをしないという条件でスレが落ちます。
しばらく経ったらHTML化依頼スレに書き込んで過去ログ化してもらってください。

……もっともこのスレを使って新しいAnotherssを書くという選択肢もありますが。
265 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2012/07/06(金) 23:53:24.47 ID:7ch2iYTE0
>>265
うーん、それはまとめサイトの管理人さん次第ですね。
どうしてもというならば、訂正文と訂正箇所を明示した上で「掲載時に訂正お願いします」の一文を加える、とか。
こうすれば訂正した上で載せてくれるサイトさんもあるでしょう。あくまで管理人さんの裁量ですから確言しかねます。
とりあえず高翌林君は何としても訂正してあげてください。ネタSSでも無いのに……
266 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage saga]:2012/07/06(金) 23:55:57.52 ID:7ch2iYTE0
いやいや、高林君!
saga外してたんだった。
それと>>265>>263宛てです、念のため。
267 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(栃木県) [sage]:2012/07/07(土) 07:43:58.20 ID:9vU20mki0
感慨深いものが多数あったのでつい長文になってしまいました、返信なり通読なりはご自由にどうぞ


いやぁ、これは驚いた…
とにかく一言で直球に表すなら「負けた!」
色んなところを全て先に越されてしまった、そしてやられた!とでも言ったところです…

自分も現在全クラスメイトに焦点を当てた長編作品を製作しております
このままSS速報で全キャラ大長編モノを一番槍で投げ込んでやろうと、笑みを浮かべながら計画を練っていた訳ですが…越された!
特に宮本先生は自分が一番最初に出せるかなーと思っていたつもりでしたが、これさえも見事に先を越されてしまったようですな…

おまけに、本編はおろか資料集やキャラブックでも語られなかった本編の疑問点を見事に紐解いていくとは…!
付け加えて、漫画版中尾の[ピザ]設定や映画の和久井桜子さんを持ち出すセンスには脱帽でした
しかし何よりは猿田編、あの量を全て伊予弁に直すなんて…こればかりは、ただただ感服する他ありません…
こんなんじゃ此方で書いてるエゼ伊予弁の猿田なんて世に出すのが恥ずかしくなってしまう!

各キャラクターの後書き解説にも一人一人を際立たせる為の試行錯誤が叙述されている辺りは流石としか
「限定された状況でいかにキャラを光らせる」自分の考えと違い「キャラを光らせる視野を見つける」と、きましたか…!




しかしこのSS自体にも相当驚かされましたが、何より驚いたのは筆者様自身です
そうか、貴方だったのか…そういうことか…
いえね、貴方とは以前より兼ねて是非一度語り合いたいと思っておりまして
今まで様々なAnother関連サイトを廻り続けてきましたが、ちょっとしたものでも案外印象に残るものでした
某動画及び某掲示板のある一つのコメント、とあるサイトのキャラ説明内容、それに関する文章の構成具合…
これまで抱いていた疑問点の全てが、今ようやく丁度一本の線で繋がりました
この内容の濃さや宮本先生・桜子さんなどの人選も、貴方が書かれたものと知れば頷けます

それに伴い貴方が水島監督への怨ね――もとい不満をここまで抱いていたということにも衝撃を受けました…
あれでも、あっちでは実際かなり抑えていた方だったのですね…
自分は最終回も水島監督も含め全てのAnotherコンテンツ関係及び関係者を愛する者なので、こればかりは難しいものがありますね…

同じ考察者の一人として、現在制作している6話SHR前の座席会話考察や各キャラに対する性格分析考察をもっと早く上げていれば…
そうすれば、もう少しは内容考慮の手助けになれたのではないかと若干後悔気味です
とは言っても自分の考察結果とほぼ誤差のないキャラの予想設定は、さすが例の貴方様だと関心せざるを得ません

因みに私自身の正体に関しては、貴方も幾らか心当たりはあるんじゃないかなーとお察します
それも一人ではなく、複数人思い当たる人物を見かけているのではないでしょうか?
多分その心当たりの人物全員が、私と同一人物であるのではないかと思われますww
(貴方が関わった至る箇所において、私の足跡をご覧になったものと思います)
268 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/07(土) 18:53:48.26 ID:HlKo69Bp0
感想やアドバイスを下さった皆さん、ありがとうございます。
フィルターがかかった部分の修正の他、
見返すと水島監督への批判があまりに辛辣すぎて不快な思いをした方もいるかと思ったため、
そうした部分を中心に削除したいと思っております。

各まとめサイトの管理人の皆さん、お手数ですが、掲載する際に、
以下の部分の変更と訂正をどうかよろしくお願いします。

●それぞれの登場人物の副題の前に、◆の記号を追加
(新しい章と視点に移ったことをわかりやすくするため)

例を挙げると、
◆Introduction  Kouichi Sakakibara
◆No.11  Yukari Sakuragi
◆Interlude I  Shoji Kuboderaなど

該当レスは、以下の通り
>>1>>5>>12>>19>>25>>28>>35>>41>>47>>55
>>61>>66>>73>>80>>86>>93>>101>>107>>114>>122
>>131>>138>>146>>153>>161>>166>>175>>183>>189>>196
>>202>>208>>215>>223>>234

●「高翌林」「高翌林君」と誤記された箇所を、全て「高林」「高林君」に修正。

該当レスは、以下の通り
>>57-60>>62>>66>>70>>76>>105>>116>>139>>190>>248
269 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/07(土) 18:56:20.21 ID:HlKo69Bp0
●その他の修正部分
>>126
協調性のなさ→協調性の乏しさ
>>130
“死者”が[ピーーー]ば→“死者”が死ねば、
“死者”を[ピーーー]なんて、→“死者”を殺すなんて、
>>135
「クラスメイトを[ピーーー]なんてダメよ!」→「クラスメイトを殺すなんてダメよ!」
>>168
「死に還す=殺害する」なんて、→「死に還す=殺す」なんて、
>>241
但し、こちらは恒一より多々良さんの話の補完的要素が強いです。
→ この後に、以下の3行を追加
なお、赤沢さんの享年を十四歳と表記していますが、
これは中の人である米澤円さんの誕生日が8月30日であるため、
赤沢さんの誕生日も暫定的に、8月30日とした結果です。
>>245
正直、筆者もあの展開だけは水島監督を許せずにいます。
→ 正直、筆者もあの展開だけは納得できません。
に訂正
>>245
書けば書くほど、こんな子を無情にも死なせてしまう現象さんと、
水島監督はマジ外道と思ってしまいました・・・
→ 書けば書くほど、この子の夢や希望を打ち砕く現象さんは、
マジ外道と思ってしまいました・・・
に訂正
>>255
水島監督によって望まぬ殺人鬼の汚名を着せられてしまい、
このままではあまりにも救いがないので、
→ 殺人鬼の汚名を着せられるなど、あまりにも救いがないので、
>>257
赤沢さんの死 → 赤沢さんの最期
>>260
主人公的要素を → 主人公になり得る要素を、
>>260
主人公的要素を
登場人物が死ぬたびに、ウイスキーを飲んでその死を弔ったという北方謙三氏。 → 
北方水滸伝の作者である北方謙三氏は、
自身の作品の登場人物が死ぬたびに、ウイスキーを飲んでその死を弔ったそうです。

●削除する文章
>>136
※(>>135の訂正「クラスメイトを[ピーーー]なんてダメよ!」)
>>137
※(>>135の訂正「クラスメイトに危害を加えるんてダメよ!」)
>>238
それだけに、終盤の怒濤の死亡ラッシュには首をかしげたくなりました。
他のアニメでも、水島監督は脇役のことを
話を盛り上げるために[ピーーー]道具にしか、考えていないところがありますし・・・
>>239
話を盛り上げるために死なせる道具にしか、考えていないところがありますし・・・
>>253
ちょっと文章にNGワードみたいなのが入ってしまい、
投稿している途中で、急遽訂正したりしました。どうか、ご了承下さい。

本文ではない、>>242とこのスレを含めた>>261以降のスレを省略

以上の点をよろしくお願いします。
270 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/07(土) 21:50:50.52 ID:pYZG3OFdo
これはひどい作者様だなあ。
271 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/09(月) 22:20:38.72 ID:5/JPJQ8jo
日本語でおk
272 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/09(月) 23:07:08.19 ID:8wREqU4Ao
まとめサイトの管理人サマがそんな面倒なことすると思うか?
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