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 GAランブル! 〜播磨拳児と芸術科アートデザインクラス〜 - SS速報VIP 過去ログ倉庫

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1 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/08(日) 21:20:10.87 ID:cxhfbohlo

  【キサラギのキモチ】

 私立彩井学園工業大学付属、彩井高等学校。

 四学科十二クラスあるこの学校には、県内の高校では珍しい芸術科、アートデザインクラスが存在する。

 通称GAと呼ばれるこのクラスはビジュアル・テキスタイル等の様々なデザインを勉強するのだ。

 そのため、制服のある学校にも関わらず個性的なスタイルの生徒も多い。

 この春、GAに入学した生徒、山口如月はやたら大きなメガネ以外はそれほど個性的とは言えないけれど、
彼女の視線の先にいる男子生徒はとても個性的だと思えた。

 やたら体格の大きいその生徒は、長めの前髪をカチューシャで押さえ、サングラス、そしてヒゲ。

 そしてなぜか学ランで、ペルソナ4の主人公のように前のボタンをすべて外している。

「ああ、やっぱり芸術家を目指しているだけあって、個性的なんですね」

「いや、あれはただの不良だろ」

 隣にいた神の短いボーイッシュな女子生徒、友兼(トモカネ)がすかさずツッコミを入れる。

 播磨拳児、と呼ばれるその生徒は個性的な生徒たちの中でもさらに異彩を放っていた。

 なんというか「話しかけるな」オーラを常に出しているような感じだ。

 そのため、入学してから同級生と談笑している姿はほとんど見たことがない。

 ただし、例外もいた。

 一人の小柄な女子生徒が彼に話しかける。

「オッス、はりまっち」

「お、オウ。野田か」

「今日も元気かい?」

「ああ、元気だぜ」

「そうかあ、よかったねえ。昨日も『三匹が斬られる』見たの?」

「ああ、もちろんだ」

(さ、三匹が斬られる……!)

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1341750010
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2 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/08(日) 21:22:20.73 ID:cxhfbohlo

 それはキサラギも大好きな時代劇であった。

(私も播磨くんと時代劇の話をしてみたいな……)

 キサラギの同級生、『ノダちゃん』こと野田ミキは、人見知り気味のキサラギと違って誰とでも
気兼ねなく話せる人種だ。

 例え相手が総理大臣だろうがアメリカ大統領だろうが、「オッス」と言ってしまう、
そんな少女であった。

 というか、見た目も小学生っぽい。

 髪型も毎日違うし、気分屋でよく先生に怒られている。

 でも見た目も性格も可愛いので、皆から好かれているお得なキャラクターだ。

 しばらくすると、ノダミキはテレテレと歩いてこちらにやってきた。

「おはようキサラギちゃん」

「ノダちゃんおはよう。今日も播磨くんとお話してたんだね」

「そだよー」

「なあ、播磨ってなんか怖くねえか? 不良だぞ」

 そう言ったのは隣にいたトモカネだった。

 彼女は播磨とあまり話をしたことがないので、少し警戒しているようだ。

「そうかな? 全然怖くないよ。凄く優しいもん」

「へえ、人は見かけによらないっていうアレか?」

「むしろ先生とかナミコさんのほうが怖いよね」

 ノダミキはそう言って笑った。



「ほう、私が怖いって?」
3 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/08(日) 21:23:24.44 ID:cxhfbohlo

「ぎゃっ!」

 背後からノダミキの頭を鷲掴みにする女性生徒。

 ナイスバディが特徴の野崎奈美子(通称ナミコさん)であった。

「痛い痛いよナミコさーん」

「朝っぱらから私の悪口言ってるからでしょうが」

「悪口なんて言ってないよお。ナミコさんは怒るから怖いっていう事実を言ったまでだもーん」

 その時、

「恐怖とは、その対象をよく知らないから感じる、ということもある。知らない街に行ったら不安になるようなもの」

 不意に顔を出す黒髪ロングの美少女。

「おはよう、キョージュ」

「おはようございますキョージュさん」

「おはようみんな。キサラギ殿も」

 どんな時も平常心を失わないちょっと不思議な優等生、大道雅(おおみち みやび)。

 仲の良い友人からはキョージュと呼ばれている。

「雅(マサ)はハリマのこと怖くねえのか?」

 ちなみにナミコだけは、彼女のことを雅の音読み、マサと呼んでいる。

「別に、怖くはない。彼、少しお茶目なところもあるし」

「お茶目なところって?」

「それは自分で調べなさい。他人のプライバシーをとやかく言う気はないから」
4 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/08(日) 21:24:13.03 ID:cxhfbohlo

「ちぇっ、変なところで生真面目だな、雅は」

「あれあれ? もしかしてナミコさん、はりまっちのことが気になるのかなあ?」

 悪戯っぽい笑みを浮かべながらノダミキは言った。

「ええ!?」

 思わず声を出すキサラギ。

「なんでキサラギが驚くのさ」

「ああ、いえ。別に。そういう話題には疎いもので」

「別にそんなんじゃないよ。折角同じクラスになったんだし、同級生のことは知らないより
知っていたほうがいいだろう?」

「そ、それもそうですね」

「キサラギちゃんははりまっちのこと、怖くないの?」

 と、次にノダミキはキサラギに聞く。

「え? 私ですか……」

 大きなメガネを触って、少しだけ考える。

「全然、怖くないですよ」

 そして笑顔で答えた。

「そっかあ。そうだよねえ」

「おらー、お前ら席につけえ」

 そうこうしているうちに、担任の外間が入ってきた。

「野田、朝のホームルームくらい真面目にしとけよ」

 頭をかきながら外間は言う。

「やだなあ、ソトマ先生。あたしはいつでも真面目だよ」

「どの口が言うか」

 笑いに包まれる教室。

 問題児ではあるけれど、ノダミキの存在はいつも教室の雰囲気を柔らかくしてくれる。

 キサラギはそう思っていた。




   *
5 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/08(日) 21:25:09.84 ID:cxhfbohlo




        GAランブル! 



  播磨拳児と芸術科アートデザインクラス



   第一話 それぞれの気持ち
6 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/08(日) 21:26:33.25 ID:cxhfbohlo


  【播磨のキモチ】


 一方、播磨はこの日いつになく上機嫌であった。

 といっても、不良らしくサングラスをかけて無表情を貫いているので彼の真意を知る者は少ない。

(やったぜ、今日もノダちゃんに話しかけられたぞ……! こりゃ間違いなく脈アリやで!)

 興奮のあまり、心の中の口調もおかしくなる播磨。

(ああ、ノダちゃんはやはり天使だ。彼女にふさわしい男は俺以外にはありえねェ)

 彼、播磨拳児は言うまでもなくノダミキに惚れていた。

 心酔しているといってもいいほどだ。

 この日も、朝のほんの短い時間、彼女と会話をした。

 それだけでも彼の心は天にも上る気持である。

(いかんいかん、俺は不良だ。にやけた顔などしていたら周りの連中に舐められる)

 そう思った播磨は顔を引き締めた。

 傍から見れば、怒っているようにも見えるかもしれない。

 ツンツン――

 そんな時、後ろからペンか何かでつつかれた。

「ん?」

 振り返る播磨。

「播磨殿」

「大道?」

 彼の後ろの席には、大道雅という髪の長い女子生徒が座っている。
7 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/08(日) 21:27:32.28 ID:cxhfbohlo

 常に冷静沈着で無表情。

 表情豊かなノダミキと違って何を考えているのかよくわからない生徒だ。

 ただし、他の生徒と違って播磨に対しても気がねなく話しかけてくる。

 その点はノダミキと同じだった。

「どうした」

「今日は随分と上機嫌に見えるけど」

「!!」

「何かあったの」

「……何もねェよ」

 播磨は努めて平静に返事をする。

 しかし、心の中は動揺しまくっていた。

(なんだこの女は。どうして俺の心の中がわかったんだ)

 しかし、外面上の冷静さと裏腹に播磨の心の中は動揺しまくっていた。

(はったりだ、はったりに違いねェ)

 播磨は前を向きなおり、目を伏せる。




   *
8 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/08(日) 21:28:23.12 ID:cxhfbohlo


 【キョージュのキモチ】

 播磨は、別に異性に興味がないわけではない。

 ただし、彼が関心を持つ者は特定の異性だけだ。

 この日、朝から別の教室(第二美術室)での授業となっていた。

 テレテレと播磨の前を歩く女子の仲良しグループ。

 その中でもひと際小さな少女、ノダミキの姿に播磨は心を奪われていた。

(廊下を歩くノダちゃんも可愛いな)

 そう思いながら後をついて歩いていると、不意に彼女が立ち止まる。

「どうした?」

 やたら背の高い女がノダに聞く。

 ぴとっ。

 すると、ノダミキは廊下の柱の隅に頭をくっつけたのだ。 
 
「何してんの、ノダ?」

「んー、こーゆー隅っこを見るとー」

「……」

「はさまってみたくならない? 落ち着くよ?」

「先行くぞ」

 そう言って彼女たちはノダミキを残して歩き始めた。

(くー、やっぱ可愛いぜノダちゃん!)

 そんな彼女の姿を見て、播磨は拳を握りしめるのであった。




   *
9 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/08(日) 21:29:29.34 ID:cxhfbohlo



 その日の放課後、播磨が廊下を歩いていると。

「……」

「何やってんだ大道」

 ゴミ袋の大道雅が、廊下の隅に頭をくっつけていた。

「ノダ殿は落ち着くと言っていたが」

「野田の真似か」

「やはり私にはわからない」

「だろうな」

「播磨殿もやってみる?」

「やらねーよ!」
 
 大道雅。

 仲の良い友人からはキョージュと呼ばれてる優等生。

 しかし彼女のことは、つくづくよくわからないと思う播磨なのであった。
10 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/08(日) 21:30:06.38 ID:cxhfbohlo




 【仲良くなるには】


「ねえねえはりまっち」

「どうした、野田」

 朝のホームルームまでの少しの時間、ノダミキは時々播磨に話しかけている。

 それは、彼女を密かに慕っている播磨にとっては至福の時間であった。

(ああ、このままずっとノダちゃんとこうしていてェなあ)

 頭の中でそんなことを思いつつ、表情は平静を保っている播磨。

「はりまっちはあんまり他の人とは仲良くしないんだね」

「そうか? まあ別に馴れ合うつもりはねェけどな」

「せっかく同じ学校で同じクラスになったんだから、楽しまなくちゃ損だよ」

「損ねえ」

「はりまっちは恥ずかしがり屋さんだから、何かキッカケがあったほうがいいのかな?」

「いや、別にそういうのは――」

 そう言いかけた瞬間、

「へいターッチ」

 不意に邪魔が入った。

「うにゃ」
11 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/08(日) 21:31:28.45 ID:cxhfbohlo

 トモカネと呼ばれる髪の短い、男子みたいな女子生徒がノダミキの後頭部にタッチしたのだ。

「ノダミキが鬼なあ」

(この男女。俺とノダちゃんの至福の時間を邪魔しやがって)

 播磨は見えないところで拳を握る。

「あ、やったなトモカネー」

「ど、どうしたんだ?」

 と、播磨は聞いた。

「鬼ごっこだよ。ここに来る途中までやってたから、まだ続いてたんだ」

 先ほどタッチされた頭を押さえながらノダミキは答える。

「鬼ごっこ?」

 高校生にもなってガキくせえ、と一瞬思った播磨だが、別の考えが頭をよぎる。

(アレ? もし俺も鬼ごっこをやったら、合法的にノダちゃんに触れるんじゃね?)

 普通に考えればセクハラ的な思考なのだが、頭の悪い彼にとってはナイスアイデアに思えた。




   *
12 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/08(日) 21:32:15.84 ID:cxhfbohlo



 喧騒の続く朝の教室で、ノダミキとトモカネの二人が何やらバタバタやっている。

 どうやら登校中にやっていた鬼ごっこの続きをしているらしい。

「ノダちゃんバリアー!」

「効くかああー!」

 この二人が騒ぐのはいつものことなので、他のクラスメイトたちは何事もないように過ごしている。

 こうして二人が騒ぐと、いつもクラスの姉御的な存在であるナミコさんが出てきて注意するところ
だけれど、今日はまだ登校していない。

(ナミコさん、早くこないかなあ)

 キサラギがそんなことを思っていると、

「はい、キサラギちゃんターッチ!」

 不意に肩を叩かれた。

「え? え?」

「今誰がオニ?」

「キサラギちゃんだよ」

 どうやら鬼ごっこの鬼にされてしまったらしい。

「ほらキサラギちゃん、早くウチらを捕まえないと」

「へへへ、捕まる気はねえけどな」

「あ、あの」
13 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/08(日) 21:33:00.67 ID:cxhfbohlo

 キサラギの脳裏に暗い過去が蘇る。

 大きなメガネをしている彼女は、見た目どおり動きがトロい。

 ゆえに、鬼ごっことかドッジボールなど、身体を使う遊びではいつも苦い思いをしている。

 鬼ごっこをしていると、足が遅い彼女は友達を捕まえられず、ずっと鬼を続けてしまう。

 皆と一緒にいるのに、一人でいるときのような寂しさに苛まれたあの頃。

(ど、どうしよう……)

 見るからにすばしっこそうなノダミキとトモカネの二人は、到底捕まえられそうもない。

 キサラギがやや涙目になっていると、ふっと彼女の頭を誰かが優しく触る。

「え?」

 一瞬大道雅(キョージュ)かと思ったけれど、彼女の手にしては大きくて温かい。

 ふと、顔を上げるとそこには見覚えのあるサングラスの男子生徒がいた。

「播磨……、さん?」

「安心しろ山口。この鬼ごっこは俺が責任を持って収めてやる」

 そう言うと、彼はゆっくりと二人の元に向かった。

「おお、ハリケンも参加するのか? 意外とノリがいいんだな」

 トモカネは楽しそうに言う。

「はりまっち、手加減はしないよお」

 周りの生徒たちも、意外な人物の参戦に驚いて注目していた。

(もしかして、私のことを心配して……?)

 不意に心臓が高鳴るキサラギ。
14 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/08(日) 21:33:47.57 ID:cxhfbohlo

 そして、播磨はその大きな身体に似合わない素早い動きでノダミキの捕獲に入った。

「とりゃ!」

 播磨の手を寸でのところでかわすノダミキ。

 しかし播磨も諦めない。

 どうやら彼は、身体能力だけでなく運動神経もいいようだ。

「おお、スゲー」

「頑張れ播磨―」

 ノダミキと播磨に攻防に、なぜか声援を送るクラスメイトたち。

「ふん」

 無理な体勢でもバランスを崩さずに、踏みとどまる播磨。

「こっちだよー、はりまっち」

 楽しそうに逃げるノダミキは、教室の出入り口に向かった。

 その時である。

「貰った!」

 播磨が手を伸ばしたその時、ノダミキが一瞬屈んだため、彼の右手は空を切る――

 と思われた、

「ん?」







 むにゅっ






「あ……」
15 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/08(日) 21:36:23.02 ID:cxhfbohlo

 一瞬静まり返る教室。

 播磨が手を伸ばしたその先には――

「え?」

「いや、これはその」

 播磨の大きな右手には、おそらくクラスで一番大きいと思われる野崎奈美子
(ナミコさん)のバストが掴まれていたのだ!

 すぐに状況を理解できていなかったと思われる彼女だが、次の瞬間、

「いやああああああああああああああああ!!!!」

 教室内の静寂をぶち破る馬鹿でかい声が学校中に響き渡った。

「落ち着け野崎! これは事故だ」

「事故で済ませられる事態かアホー!」

「おいバカやめろ!」

「おい何の騒ぎだあ」

「おっしゃー、やれやれ!」

 鬼ごっこから、急きょナミコと播磨のプロレスショーに変わった教室は、
異常な盛り上がりを見せていた。

「死ね死ね死ねええ!!」

「バカ、本当に死んだらどうすんだ! 痛い痛い痛い」

 そんな二人を眺めながらノダミキとトモカネがキサラギの元に戻ってきた。

「いやあ、はりまっちもすっかりナミコさんと仲良しになったねえ」

 ノダミキは満足そうに言う。

「あれが仲良しなんですか?」

 と、キサラギが聞くと、

「喧嘩するほど仲がいいっていうだろ?」

 そう言ってトモカネも笑顔を見せた。

 播磨にとっては散々な経験だったけれども、この「事件」がきっかけとなり、
近寄り難かった彼が同級生たちと仲良くなるきっかけになったことは事実である。




   つづく  
16 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/08(日) 21:43:24.34 ID:cxhfbohlo

 GAを読みながら、ここに播磨がいたら面白くなりそうだな、と思ってやりました。

 今更ですが、GAの良さを再認識していただければ幸いでございます。

 前半は原作のネタをいくつか消化しますけど、後半以降はオリジナルも入れていきます。


 追伸

 当初はひだまりスケッチの予定でしたが、イメージが固まらず没。
17 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/07/08(日) 21:45:25.63 ID:9zTDKqXP0


………ひだまりも見たかった!
18 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/08(日) 21:58:29.04 ID:8Sr/8daDO
乙!

ナミコさんには是非ともシャイニングウィザードを!!
19 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/08(日) 22:02:57.93 ID:Wm1kUgWSO
GAとか珍しい
SSだとマイナーなのかね?
20 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) [sage]:2012/07/08(日) 23:05:09.13 ID:gh5f+obFo
等身や絵柄は全く違うのに普通に想像できる
21 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/09(月) 20:06:12.22 ID:tfltNeWUo
 そういえば、ナミコさんの中身はお嬢でしたね。

 というわけで、今日もいきまする。
22 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/09(月) 20:06:40.18 ID:tfltNeWUo




    第二話 ナミコさんの誕生日
23 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/09(月) 20:07:32.54 ID:tfltNeWUo


 【木炭画とパン】

「今日のデッサンは木炭画ですね」

 教室移動をする前に、キサラギがトモカネに言った。

「そっか、めんどくさいなあ」

 そう言って頭をかくトモカネ。

「木炭とイーゼルがいりますよ。それから――」

 キサラギがそこまで言いかけると、

「あとは消しゴム替わりのパンだね!」

 小柄なノダミキがまるで子猫のように飛び出してきた。

「ノダちゃん、その手に持ってるのは?」

「パンの耳だよ。木炭画といったら、食パンでしょ」

 そう言って、ノダはパンの耳を揺らす。

「パンの耳は美術室に置いてあるはずですよ。どうしてここに」

「はりまっちから貰ったんだ」

「え? 播磨さん?」

「おいおい、野田。そいつは消しパンじゃねえぞ」

 噂をすれば、播磨拳児の登場である。

「は、播磨さん。どうしてパンの耳を持っているんですか? 家で練習とか?」

「あン? んなもん決まってンだろ」

「……?」

「今日の昼食だ(夕食もです)」

 そう言うと播磨は袋からパンの耳を取り出して食べはじめた。

 ちなみにまだ二時間目である。

「ハリケン、何かつけて食ったほうが美味いだろ」

 と、トモカネは注意する。

「あの、トモカネさん。ツッコミどころがちょっと違うような」

「マヨネーズおいしいよ」

 と、ノダミキは言言いながらパンの耳をかじる。

「ばっか、そこはピーナッツバターだろ?」

「ンなもの買ってる余裕はねェよ」

 密かに播磨の食生活を心配するキサラギであった。




   *
24 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/09(月) 20:08:16.38 ID:tfltNeWUo




 【仲直りのきっかけ】

 
 ※前回までのあらすじ※

 鬼ごっこを名目に、ノダミキを合法的に触ろうとした播磨。

 しかし、彼は間違えてナミコの(大きな)胸を鷲掴みしてしまったのだ。

 この「事件」のおかげで、教室内では孤立気味であった播磨は、次第に周りに溶け込んで
いくことになる。

 だがそれ以降、播磨とナミコとの関係は微妙になってしまったのだ。




 
 あの“事件”から数日後――

「おはよう」

「おっはよー」

 彩井学園高校の制服を着た生徒たちが次々に登校してくる。

 いつもの登校風景だ。

 同校の生徒であるキサラギも、ノダミキと一緒に登校していた。

「今日もいい天気だね、キサラギちゃん」

「そうだね、ノダちゃん」

「お、あそこにいるのはナミコさんではありませんか」

「そうですね」

 ノダミキの視線の先には、平均よりも身長が高めの女子生徒、野崎奈美子がいた。

「ナミコさーん」
25 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/09(月) 20:08:45.67 ID:tfltNeWUo

 ピョンピョンと小動物のようにナミコに近づくノダミキ。

(ノダちゃんカワイイ……)

 キサラギは彼女の動きが密にお気に入りであった。

「おう、ノダか。あ、キサラギも。おはよう」

「おはようございます」

「おはようナミコさーん。今日も元気?」

「ああ、普通だけど……!」

 その時、ナミコは何かを発見した。

「どうしました? ナミコさん」

 と、キサラギは聞く。

「悪いけど、あたし先に行くわ」

 そう言うとナミコは足早に校舎へと向かった。

「どうしたんですかね?」

 キサラギは訳が分からずキョトンとしていると、

「おー、はりまっちオハヨー」

 不意にノダミキが声を出す。

「え? 播磨さん?」

「オハヨ」

 そこには眠そうな顔をしたサングラスの男子生徒、播磨拳児がいたのだ。

「もしかして……」

「どうした、山口」

「いえ、何でもありません」

(ナミコさんが先に行った理由って、やっぱり播磨さんと顔を合わせ辛かったからでしょうか)

 そんな心配が彼女の脳裏をよぎる。




   *
26 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/09(月) 20:09:28.37 ID:tfltNeWUo


 その日の休み時間、ナミコがいなくなったのを見計らってキサラギは朝のことをとある友人に
話す。

「なるほど、確かにあの日以来あの子は播磨殿を避けているようにも見える」

 大道雅こと、キョージュはそう言って頷いた。

 ノダミキやトモカネよりもナミコのことを知っている人物。

 彼女なら頭もいいし、何かいいアイデアを思い付くかもしれないと、キサラギは思った。

「しかし、キサラギ殿。どうして播磨殿とナミコの仲直りをさせようと思ったのか?」

「ああいえ、別にそんな大したことじゃないんです。でも、ちょっとしたすれ違いを
きっかけにして、そのまま疎遠になってしまうのは、とっても悲しいことだと思って……」

「……」

 キサラギのその言葉にキョージュは考え込む。

 そして顔を上げた。

「なるほど、キサラギ殿らしい。親しい友人同士が不仲なのは、見ていても気分のいいものでは
ないからな」

「キョージュさん」

「ちょうど明後日、仲直りにおあつらえ向きのイヴェントが発生する」

「イベント? なんですか、それ」

「皆で祝おうではないか」

「祝う?」

「いいかなキサラギ殿、この先のことはあの子には絶対に内緒にしてほしい」

「わ、わかりました」



   *
27 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/09(月) 20:10:40.48 ID:tfltNeWUo



 【プレゼント】

 そして二日後。

 この日もナミコはいつものように登校してきた。

(ああ、やっぱり気分が重いな……)

 理由ははっきりしている。

 同じクラスにいる播磨拳児だ。

 あの事件以来、彼とは顔を合わせ辛い。

 別に彼もわざとではないし、謝っていたので許してもよかったのだが、
しばらく顔を合わせなようにしていたら、許すタイミングを失ってしまった。

 ノダミキやトモカネたちなら、いつも話をしているので、仲直りをする切っ掛けも
作りやすいのだが、播磨とはほとんど話をしたこともなかったし、
この先もあまり話す機会もないだろうから、どうしていいのかわからない。

(この先同じ班とかになったらどうしよう)

 そんな不安だけが心の中に滞留していた。

(まあ、気にしててもしかなないか。キサラギとかに心配かけちゃまずいし)

 そう思い、ナミコは大きく息を吸ってから教室に入る。

「おはよー」 

 教室に入ると、

「おめでとー! ナミコさーん!」

 いきなりノダミキが叫んだ。

「は?」

 唐突な祝福に困惑するナミコ。
28 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/09(月) 20:11:39.45 ID:tfltNeWUo

「あなたはこの教室に入ってきた五百人目のお客様でーす」

 トモカネが笑いながら言う。

「なワケないだろ。ってか、何なんだよこれは」

「お誕生日おめでとうございます。ナミコさん」

「え? ああ。そういえば今日だったな」

 ここ数日はとある男のせいですっかり忘れていたナミコなのであった。

「おめでとうございます。ナミコさん。これ、プレゼントです」

 そう言って、キサラギはキレイにラッピングされた袋を渡す。

 形や大きさから見てスケッチブックだろうか。もしそうならGAらしい贈り物と言える。

「おめでとー」

「オメデトー、ナミコサーン」

 いつしか教室中が拍手に包まれた。

「ナミコさん! これやるよ」

 そんな中、トモカネが折り目の入った長細い紙をナミコに手渡した。

「なんだこれ」

 よく見ると、トモカネの汚い字で「何でもする券」と書かれている。若干「肩たたき券」も混じっていた。
29 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/09(月) 20:12:32.20 ID:tfltNeWUo

「生ものだから早めに使ってくれよな。今日一日有効だから」

「これ、本当に何でもやってくれるのか?」

 ナミコは紙を見ながら聞く。

「犯罪とか以外なら、何でもやるぜ!」

「はあ……」

「播磨がな!!」

「なに!?」

 ナミコよりも先に驚いて立ち上がる播磨。

「この『何でもする券』は、播磨(ハリケン)がナミコさんのために何でもしてくれる
魔法の券だ」

「トモカネ! どういうことだ!」

「いいからいいから〜」

「よくねェよ!」

「は、播磨くん……。何で怒ってるんですか……?」

「は!」

 見ると、教室の入り口で教員の宇佐美真由美(教職二年目)が震えていた。

 ちなみにこの日、担任の外間が出張だったため、副担任の彼女がホームルームを
する日だったようだ。




   *
30 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/09(月) 20:13:13.64 ID:tfltNeWUo

 
 その日、播磨はトモカネの作った「なんでもする券」によって、ナミコの要求を色々と
受け入れることとなった。

 たとえば、教室移動する時に荷物を持つなど。

「なんで今日に限って教材がこんなに多いんだよ」

 播磨は二人分の教材を抱えてナミコの前を歩く。

「ほらハリケン、ブツクサ言わずにさっさと歩く」

「頑張れはりまっち」 

 そんな播磨の後ろを、トモカネとノダミキが続いた。

「別にそこまでしなくてもいいのに、結構律儀なんだな。ハリマって」

 播磨たちの後ろ姿を見ながら、ナミコはつぶやく。

「ああ見えてノリはいい人ですからね。時々ノダちゃんと一緒に遊んだりしてますし」

 隣のキサラギが嬉しそうに言う。

「そういえばキサラギって、ハリマの話をするときは凄く嬉しそうだよな」

「そ、そうですか?」

「あたし、あんまりあいつと話をしたことないから、あいつのことよくわからなくて」

「私だってそんなによく知ってるわけでもありませんよ。男の人の知り合いも少ないですし」

「ハリマのこと好きなの?」

「ち、違います! そういうんじゃなくて」

「そういうんじゃなくて?」

「その、上手くは言えないんですけど、せっかくこうして出会うことができたんだから、
皆にも有意義な関係を作って欲しくて」

「有意義ねえ」

「私、播磨さんもナミコさんとは、とっても仲良くできると思うんです」

「そ、そうかな」

「そうですよ。それに、お二人の気まずい関係を見ているのは、こっちも心苦しいですし」

「……そっか。いい子だねキサラギは」

 そう言ってナミコは彼女の柔らかい髪の毛を撫でる。

(別に播磨も、それほど悪いやつでもなさそうだしな)

 廊下を歩きながら、ふとナミコは思った。




   *
31 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/09(月) 20:14:03.51 ID:tfltNeWUo


 【パーティー】

 そして放課後――

 大道雅(キョージュ)の発案により、ナミコたちは美術室で誕生日パーティーを
開くことになった。

「別にそこまでしてくれなくてもいいのに」

「折角の誕生日なんだよ。皆で祝わなきゃ」

 はしゃぐノダミキ。

「ノダ、お前は騒ぎたいだけだろ」

「えへ、わかっちゃった?」

 美術室に集まったのは、仲良しのキサラギ、キョージュ、ノダミキ、トモカネ、そして――

「なんで俺も参加してるんだ?」

 播磨拳児である。

「いいじゃんいいじゃん。はりまっちも一緒に祝おうよ。ナミコさんの十六歳を」

 ノダミキは楽しそうに言う。

「まあ、パンの耳以外の物が食えるのは嬉しいがな」

 播磨はさっそくポテチの袋を開ける。

 そういえば、こいつの普段の食生活はどうなっているのか。

 この日、トモカネが作った「何でもする券」を消化するために一日の大半をこの播磨と
過ごしたナミコ。
32 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/09(月) 20:15:18.46 ID:tfltNeWUo

 色々と文句は言いながらも、彼女の要求はすべて受け入れてくれた。

(律儀にもほどがあるよな。相当なお人好しか、それともバカか)

「はい、播磨さんどうぞ」

「おおすまねえ」

 播磨はキサラギにジュースを注がれていた。

(男って、やっぱりわからん)

 そう思い、ナミコはリンゴジュースの入ったコップを手に取る。

「それでは、ナミコさんの十六回目のバースデーを祝して」


「カンパーイ」


 こうして、美術室においてささやかな誕生日パーティーがはじまった。

「いやあ、ナミコさんも十六歳かあ」

 なぜかノダミキがしみじみとした感じで言う。

「ほんの数か月の違いじゃないか」

「もう結婚もできる年だし、彼氏とか作らないの?」

「喧嘩売ってんのか?」

 ノダミキは、五人の中ではこういう恋愛話が一番好きだ。

「だってナミコさんモテるじゃん。この前もクラスの今鳥くんにデートに誘われてたし」
33 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/09(月) 20:16:11.28 ID:tfltNeWUo

「別に今鳥みたいなチャラいタイプは好きじゃねえ」

「じゃあさ、じゃあさ。ナミコさんはどういうはりまっちが好み?」

「何でハリマ限定なんだよ! 別に今は恋人作ろうとも思わねえよ」

「ええ? 寂しいじゃーん」

「あたしなんかより、ノダや雅のほうが先にできそうな気がするけど」

「!!」

 なぜかピクリと反応する播磨。

「どうしました? 播磨さん」

 隣にいたキサラギが聞いた。

「いや、何でもねェ」

「カレシねえ。私はさっぱりだよ。このノダちゃんの魅力がわかってないのかなあ」

 不思議そうに言うノダ。

「お前はもうちょっと大人っぽくしたらどうなんだ」

「ノダちゃんは大人っぽいよ」

「つうか、見た目も行動も、全然子供っぽいだろう」

「そうかなあ。あ、キョージュはどう?」

「キョージュさんはほかのクラスの方にも人気があるそうですね」

 と、キサラギが補足する。

「交際相手はいない」

「へえー」

「婚約者ならいるらしいが」

「そうなんですか」
34 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/09(月) 20:17:22.08 ID:tfltNeWUo

「ええええ!!!??」

「いや! 今サラッと凄いこと言ったぞ!」

「どういうこと?」

「そんなことより、かくし芸大会やろうぜ!」

 そう言い出したのは、一番恋愛話とは縁のなさそうなトモカネであった。

 キョージュにはまだまだ謎が多い、と思うナミコなのであった。

「一番トモカネ、ナミコさんのモノマネやりまーす!」

「折角の誕生日にあたしを不快にさせたいのかー!」

「二番大道雅。苗字が『大道』だけに大道芸を一つ」

 そう言うと雅は数個のボールをポンポンと投げ始めた。

「え? ダジャレ? いや、普通にスゲー」

「キョージュさん凄いです」

「うん、こりゃお金取れるね」

 そんなこんなでパーティーは進んでいく。

 そして、

「あ、ジュースなくなっちゃった」

 若い力は物資をどんどんと消化していく。

「トモカネー、買ってきてよー」

 ノダミキが空のペットボトルを持っていう。

「やだよ面倒くさい。そうだ、ナミコさん。まだあの券が残ってなかった?」

「いや、残ってることは残ってるんだが……」

 ナミコは最後の一枚を見せる。

「か、肩たたき券……」



   *
35 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/09(月) 20:18:51.13 ID:tfltNeWUo


 結局、ジュースはトモカネに買いに行かせ、ナミキは最後の一枚を使って播磨に肩の
マッサージをさせていた。

 ゴツゴツしたその手は痛いのかと思ったけれど、力の入れ具合は絶妙で気持ち良かった。

 痛かったら文句を言ってやろうと思っただけに、ちょっと悔しかった。

「……」

「……」

 気まずい、とナミコは思う。

 考えてみれば、今日一日播磨はナミコのために色々と手間をかけていたのだけれど、
ナミコは彼とほとんど口をきいていなかったのだ。

(これはチャンスかもしれない)

 そう思ったナミコは意を決する。

「は、ハリマ」

「あン? どうした」

「きょ、今日はありがとうな」

「別に、大したことじゃねェ……」

「いや、でも」

「野崎」

「うん?」

「この前は悪かった」

「この前?」

「ちょっと調子に乗っちまったからあんな事故になっただけで、別にわざとじゃ」

「いいよ、もう。あたしこそごめん。色々酷いことしちゃって」

「ああ、酷ェな」

「ちょ、そこは寛大な気持ちで許そうよ」

「ああ動くな動くな。つか、寛大な気持ちで許せるレベルか? 滅茶苦茶痛かったぞ」

「あたしだって痛かったんだから、あんな強引に掴まれたことなんてないし……」

「……」

 自分で言ってあの時の感触を思い出したナミコは顔が熱くなる。

「と、ともかくさ。その、もう気にしないことにしない?」

「お、おう」




   *
36 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/09(月) 20:19:20.30 ID:tfltNeWUo


 マッサージをしている播磨と、それを受けているナミコの二人をキサラギと雅は遠くから眺めていた。

「よかったですね。お二人が仲直りできて。これもキョージュさんのアイデアのおかげです」

「頑張ったのは皆の成果。私は大したことはしていない」

「誰かと喧嘩した、嫌な気分のまま誕生日を迎えるなんて、嫌じゃないですか」

「そうかもしれない」

 そう言うとキョージュは手を伸ばし、キサラギの頭を撫でた。

(あれ? どうしてだろう)

 播磨とナミコが仲直りできた。

 それはそれでハッピーエンドの筈だ。

 でも、キサラギの心の中には少しだけ悲しみが滞留していた。



   つづく
37 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/09(月) 20:23:44.90 ID:tfltNeWUo
 喧嘩もいいけど、仲直りは大事だよ。そんなお話。

 基本的に播磨は適応能力が高いので、月が二つある世界とか戦国時代に飛ばされても
上手くやれそうな気がします。

 ただ、頭にドクロを付けた悪魔とだけは契約しないほうがいいな。
38 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/09(月) 20:32:23.99 ID:dkuqefSSO
乙です
トリ見て気づいたけど、貴方でしたか!

前のSS教えて貰って楽しませていただきました
39 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(田舎おでん) [sage]:2012/07/09(月) 23:50:36.00 ID:v1IklQWe0

スクランあんま知らないから播磨がどんなキャラかわからないけどなぜか妙にしっくりくる。
40 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/10(火) 05:59:42.02 ID:/SH3xAYyo
 播磨をあんまり知らない、という人は(くそ、何て時代だ)前作の『はりおん!』を

読んでもらえれば何となくわかると思います。短いのでサラッと読めると思います。

 ちなみに、はりおん!は、『魔法少女とハリマ☆ハリオ』から派生したものです。

こっちは少し長い上に、播磨が終始イケメンなので好き嫌いがあるかな?


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  ↓

 はりおん!〜播磨拳児はうんたんに恋をする〜

http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1325588400/
41 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/07/10(火) 07:31:54.20 ID:nGFo60cB0
播磨はイケメンだよ
42 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(中国・四国) :2012/07/10(火) 12:24:53.58 ID:hl7CjFoAO
イケメソだけどバカ
43 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/10(火) 20:37:10.93 ID:6nLkCtlio
 最近アフリカの本ばかり読んでいるので頭の中が漆原。

 さて、はじめるか。
44 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/10(火) 20:38:10.99 ID:6nLkCtlio




   第三話 今の私
45 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/10(火) 20:38:46.46 ID:6nLkCtlio

 【名前を呼んで】


 あのパーティーの件以来、播磨とナミコは普通に話をすることができるようになっていた。

 そしてとある昼休み。

 ノダミキとキサラギが話をしていると、播磨が話しかけてきた。

「なあお前ら。野崎知らねェか」

「ノザキ?」

「え?」

「誰?」

「転校生?」

 一瞬誰のことかよくわからなかったキサラギ。

 しかし、

「ああ、ナミコさんのこと?」

 と、ノダミキが思い出したように言う。

「だから野崎だよ。7Hの鉛筆借りてたから返そうと思って」

 ナミコの苗字は野崎である。

「そっか、あたしらいつもナミコさんって下の名前で呼んでたから一瞬わからなかったよ」

「そういえばそうですね」

「ンだよそれ」

「ねえねえはりまっち」
46 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/10(火) 20:39:15.27 ID:6nLkCtlio

「どうした、野田」

「はりまっちもナミコさんのこと下の名前で呼んであげたら?」

「はあ?」

「だって、ウチらは下の名前で呼んでるのに、はりまっちだけ苗字で呼ぶってなんかおかしいじゃん」

「別におかしくねェだろうがよ。俺は男なんだし」

「呼んであげてよ。ナミコさん喜ぶかもよ」

「知らねえよ」

「お願いだよはりまっちぃ」

「……」

 そうこうしているうちにナミコが教室に戻ってきた。

「お、ノダ。何やってんだ?」

「よ、よう」

「あ、ハリマ。どうしたよ」

「こ、この鉛筆返すぜ、奈美子」

「!!!!」

 一瞬で真っ赤になるナミコ。

「何いきなり下の名前で呼んでんだよ!」

「いや、だってノダが……!」

「バカ、誤解されたらどうすんだ!」

 そんな慌てる二人を見て、ノダミキが一言。

「なんか夫婦みたいだねえ」

「!!」

 それ以降、播磨はナミコを下の名前で呼ぶことはなくなった。

 ちなみに、

(はあ、私も播磨さんに下の名前で呼ばれたいなあ……)

 この光景を見ていたキサラギはそんなことを思っていた。



   *
47 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/10(火) 20:39:56.30 ID:6nLkCtlio





 【キョージュの誘い】

 とある放課後、いつもと変わらぬ無表情のキョージュが播磨の机の前に立つ。

「どうした、大道」

 と、播磨が聞くと、キョージュは答える。

「播磨殿」

「ああ」

「付き合って欲しい」

「ぶほ!」

「ぎゃあ!」

 あまりの驚きに、思わず椅子から転げ落ちてしまうナミコとキサラギ。

 ざわつく教室、喜ぶノダミキ。居眠りから目覚めるトモカネ。

「ど、どういうことだそりゃァ」

「実は――」




   *
48 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/10(火) 20:40:28.44 ID:6nLkCtlio



 教室の混乱が収まり、改めて説明するキョージュ。

 どうやらこの日、県立美術館で展示されていた自分の作品を取りに行く予定であったのだ。

 しかし、彼女の作品は大きいため、誰かに手伝って欲しかったというのである。

「んだよ、なら最初からそう言えよ。付き合うってのはその、美術館まで付き合って欲しいってことか」

「いきなりキョージュさんがそういうことを言うからびっくりしました」

 キサラギは胸をなでおろす。

「回りくどい言い方ではなく、はっきり言ったほうがいいと思って」

「略しすぎだろ雅、あれじゃ誰だって誤解するっての!」

 なぜか播磨以上に怒るナミコ。

「それで、お願いできないだろうか播磨殿」

「やだよ面倒臭ェ」

 即答である。

「おいおい、そりゃないだろう播磨」

「だったらお前ェが行けよ野崎」

「あ、あたしは今日ちょっと親戚が来る予定があって」

「ナミコ殿に予定があることは知っていたので、播磨殿に頼もうと思った」

「トモカネは?」

「補習」
49 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/10(火) 20:40:56.82 ID:6nLkCtlio

「……」

「じゃああたしが行くよキョウジュ!」

 そう言って手を上げるノダミキ。

「あの、私も行っていいですか?」

 と、キサラギも軽く手をあげた。

「ありがとう二人とも」

 そう言って頭を下げる雅。

「……」
 
 それを見て播磨は少し考える。

「大道」

「どうされた、播磨殿」

「やっぱり俺も行く」

「ほほう……」

「山口や野田たちに重い物を持たせるわけにはかねェからな」

「播磨さん」

「はりまっち男前ー!」

 こうして、播磨、キョージュ、キサラギ、そしてノダミキの四人は絵画を取りに県立美術館に
向かうのだった。



   *
50 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/10(火) 20:41:32.43 ID:6nLkCtlio
   


「ここが県立の美術館なんですねえ」

「去年、新しく建て直したようだ」

「あたし、新しくなってからここに来るのはじめてかもー」

 普段訪れない場所に来たからか、三人のテンションは高かった。

 ここにトモカネがいると、更にうるさくなるのが、今日は補習で不参加である。

 播磨が県立美術館(ここ)に来た目的は、大道の絵を運ぶためなのだが、
それ以上に播磨には期待があった。

(そういや、学校以外の場所でノダちゃんと会うのは初めてかもしれねェ。
これってもしかして、デートというやつなのでは……)

 当然ながら播磨の視界にはキサラギとキョージュは入っていない。

「野田、よかったらその……」

「あーキサラギちゃん! あそこに面白そうなオブジェがあるよー」

「あ、まってよノダちゃん」

 そう言ってノダとキサラギは走って行った。

「あ……」

「何をしている播磨殿。こっちだ」

 取り残される播磨に追い打ちをかけるように雅は彼の襟首を掴んで、彼女の作品が
展示されている場所へと向かった。




   *
51 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/10(火) 20:42:15.84 ID:6nLkCtlio



 いつも以上にテンションの上がったノダミキとはぐれてしまったキサラギは、
しばらく美術館内をウロウロと歩くことにした。

 建物自体を大幅に改装したため、中も広くなってよくわからない。

 ただ、芸術科の高校に入っているので、展示されている絵画や彫刻のレベルの
高さはわかるようになっていた。

(昔はただ単純に、凄いなあとかキレイだなとか思っていたけれど、
こうして改めて見ると、自分の作品のレベルと比べてしまいますね……)

 キサラギは、ノダミキたちのことを一瞬忘れて、展示されている絵画をぼんやりと
見つめていた。

「……グチ」

「……」

「ヤマグチ!」

「ふえ?」

 振り返ると、そこにはサングラスをした大柄な高校生が立っていた。

「何やってんだ、ボーっとして」

 播磨は少し心配そうにしている。

「ああいや、大丈夫です。それより、キョージュさんの作品は」

「ああ、問題ねェ。もう外しておいた。あとは運ぶだけだ」

「そうですか。ごめんなさい、お手伝いできなくて」
52 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/10(火) 20:42:50.70 ID:6nLkCtlio

「いや、構わねェよ。お前ェらにあんなデカイもん持たせるわけにはいかねェからな」

「はあ」

「それより、お前ェのほうこそ大丈夫か。気分でも悪いんじゃねェのか」

「ご、ご心配なく。ちょっと思うところがありまして」

「思うところ?」

「その……、作品のことです」

「作品?」

「ええ、キョージュさんとか響さんの作品が、プロの人とか大人の人たちと同じような
作品として飾られるのを見てて――」

「……」

「凄いなあって気持ちとか、羨ましいって気持ちとか。あとやっぱり……」

「ん?」

「……くやしい気がします」

「悔しいか……」

「す、すいません。生意気なこと言ってしまって」

「いや、別にいいんじゃねェの?」

「いいんですか?」

「だってよ、お前ェが一番製作時間長かったじゃねェか。それだけ、力入れてたんだろ」

「でも、ダメでしたから」
53 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/10(火) 20:43:46.67 ID:6nLkCtlio

「俺はよ、お前ェの絵、結構好きだぜ」

「はい?」

「そりゃまあ、技術的には大道や大人たちには勝てねェかもしらんけど」

「……」

「だがよ、そういう未熟だったり、未完成な部分を含めて、今のお前ェだろ」

「今の私……」

「最初から何でもかんでも出来上がってちゃつまんねェよ。だから今は、
未熟な部分も含めてそれを受け入れて行けばいい」

「播磨さん」

「誰も評価しねェっていうんなら――」

 そう言うと、播磨はキサラギの頭の上にポンと手を置く。

「俺が評価してやるよ」

「……っ」

「悪い。俺なんかが褒めても嬉しくねェよな。スマンスマン」

「そ、そんなことないです」

「山口」

「私、とっても嬉しいです」

「そうか」

「播磨さんには、また救われましたね」

「また?」

「ああいえ、何でもないです」

 キサラギはハンカチを取り出すと、メガネをずらして自分の目元をそっと拭った。



   つづく
54 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/10(火) 20:45:19.89 ID:6nLkCtlio
今回は若干短めだけんども、これでおしまい。

次回は小ネタが多めでお送りいたします。
55 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) [sage]:2012/07/11(水) 01:19:33.38 ID:vH0KbBw70
乙!

スクランもGAも両方好きな俺にとっては神スレだ
56 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/11(水) 21:15:30.79 ID:BDHwuIVXo
 やっちゃうよ。今日は一日中雨で、除湿器の水槽が満杯だぜ。
57 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/11(水) 21:16:01.75 ID:BDHwuIVXo




   第四話 出会いと理由
58 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/11(水) 21:17:08.71 ID:BDHwuIVXo

 【苦手なもの】


 教員、宇佐美真由実には苦手な生徒がいる。

「あン……?」

 GA一年、播磨拳児だ。

 百八十センチ以上の巨体に加え、ヒゲ、サングラス、そして黄色いカチューシャ
(これはちょっとカワイイ)。

 ずっと美術畑の学校で過ごしてきたため、彼女の周りにいる男性はどちらかといえば
中性的な人が多かった。

 このため、いかにも男っぽい男である播磨が苦手なのだ。

「宇佐美先生、一年生の生徒を恐れているようでは指導になりませんよ」

「すみません」

 先日もそのことで学年主任から怒られてしまった。

「宇佐美せんせー! はりまっちは怖くないよ」

 そう言ってくれたのは、彼と同じクラスの野田ミキだ。

 彼女は親切にも、授業の合間に播磨を宇佐美の前に連れてきてくれた。

「何か用っすか」

「ヒッ!」

 他人を威嚇するようなオーラは、未だに慣れない。

「大丈夫ですよせんせい。怖くないよ」
59 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/11(水) 21:17:44.69 ID:BDHwuIVXo

 そう言って、野田は播磨の頬を後ろから引っ張る。

(野田さん! やめてください! 殺されてしまいます!!)

 宇佐美の心配をよそに、播磨は無反応であった。

 それどころかちょっと嬉しそう。

「ほらほら。ね、大丈夫でしょう?」
  
 そう言って野田は笑う。

 すると、別の生徒が横から入ってきた。野田と仲の良い友兼という生徒だ。

「先生もやってみたら、ほらハリケンふにー」

 そう言って、トモカネは播磨の髭を引っ張った。

「痛ェ! トモカネ! 何しやがる」

「うわあ! 何で俺だけ!」

「うるせえ! 痛かったぞ」

「ぎゃああああ!!!」

「ひいい……」

 怯える宇佐美を見て野田は一言。

「トモカネとはりまっち、仲良しでしょ?」

「仲良し……?」

 宇佐美教諭の播磨に対する苦手意識は、もう少しだけ続く。


   *
60 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/11(水) 21:19:52.00 ID:BDHwuIVXo





 【入学試験】

 これは、キサラギたちがこの学校に入学する少し前のお話である。


 彩井学園入学試験当日――

 この日、キサラギはいつも以上に緊張して入学試験会場である学校に向かっていた。

 まだ寒い冬の日、コートに身を包んでも刺すような冷たい風が吹いてくる。

「うう……頑張らなくちゃ……」

 ただでさえ緊張していたキサラギの身体は、寒さのためにさらに固くなっていた。

 バスを降りて学校へ。

 人の流れに沿って彼女は試験会場の受付へと向かう。

(皆さん歩くのが早いですね)

 普段からスローペースなキサラギにとって、受験で足早になる人の流れに合わせるため、
いつもより早く歩こうとする。

 しかし、

「あっ」

 いつも以上に緊張して固くなっている彼女の身体がバランスを崩してしまう。
 
 一瞬世界が反転した。

 そしていつの間にか目の前にはアスファルトの地面が。

「オイ、大丈夫か」

 後ろから誰かから声をかけられた。

「あ、大丈夫です」

「立てるか」

「すいませ――」
61 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/11(水) 21:20:36.61 ID:BDHwuIVXo

 そこまで言いかけたところで、ふわりと身体が浮き上がった。

「え?」

 まるで魔法にかかったような感覚だった。

 さっきまでうつ伏せに倒れていたのに、誰かに腕を引っ張られてその場に立つ。

 よく見ると、キサラギの二の腕を大きな手が掴んでいた。

「あの、ありがとうございます」

 顔を上げると、黒い学生服が見える。

「え? あれ」

 どうやら大柄な男子生徒のようで、彼女はさらに顔を上げた。

「……ああ」

 そこには、サングラスをかけたヒゲの大男がいたのだ。一瞬先生かと思ったけれど、
学生服を着ているのでおそらく受験生だろう。

 力が強そうな人だと、キサラギは思った。

 片手で自分の身体を持ち上げるくらいだから、相当な力持ちだろう。

 その男子生徒に対しては、怖いというよりは恥ずかしかった。

「平気か」

「あ、はい。すみません。大じょ――」

 大丈夫、と言いかけた瞬間、右手首に鋭い痛みが走る。
62 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/11(水) 21:21:22.65 ID:BDHwuIVXo

「痛っ」

「どうした」

「すみません、こけた時にちょっと捻ったみたいで。た、大したことありませんから」

「右手か? そしたらお前ェ、鉛筆握れねえんじゃ」

「あの、大丈夫です。今日一日だけなら我慢すれば」

「ちょっと右手出せ」

「はい?」

「昔柔道の漫画で見たことがあるんだが」

 そう言うと、ヒゲの男子生徒はポケットから黄色いハンカチを取り出すと、
キサラギの右手に鉛筆を持たせる。

「ほれ、こうすれば少しは違うだろ」

 そう言うと、彼は鉛筆を持った右手をハンカチで縛って固定する。

「あの」

「受験頑張れよ。まあ、俺もだが」

 男子生徒はカバンを持つと、大股で歩きだした。

 お礼を言おうとしたが、いつの間にか彼は人の波の中に消えて行った。

 それにしても、まだ試験会場にも入っていないのに、鉛筆を持って、
しかもそれをハンカチで縛っている姿は、よく考えなくても恥ずかしかった。

 ただ、ハンカチの力が働いたのか、その日はほとんど右手の痛みを感じることもなく、
キサラギは入学試験に無事合格することができたのだった。




 *
63 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/11(水) 21:21:51.66 ID:BDHwuIVXo



 【睡 魔】

 キサラギには困った癖がある。

 人一倍居眠りをしやすいことだ。

 いつでもどこでも眠ってしまう。しかも一度眠るとなかなか起きない。

「お昼を食べた後のビデオ授業は危ないです」

「視聴覚室は暗いから余計に眠たくなるからなあ」

 と、トモカネは言った。

「任せてくれ、キサラギ殿。私が眠らないようにしっかり処置をしておく」

 そう言ったのはキョージュであった。

「あれ? キョージュ。何かいい考えでもあるの?」

「我に秘策あり」

 そう言ってキョージュは親指を立てる。

 


   *

 
64 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/11(水) 21:22:28.61 ID:BDHwuIVXo

 

 そして授業開始。

 案の定、開始十分もしないうちにキサラギは睡魔に襲われた。

 目の前に素猫が通り過ぎる。

「ああ〜、可愛いにゃあ〜」

 彼女が夢の中に片足を突っ込んだその瞬間――


「痛ってえええええええええ!!!」


 強烈な男性の叫び声とともに、キサラギは現実世界に引き戻される。

「何があったんですか?」

 ふと横を見ると、播磨が頭を押さえて机の上に突っ伏していた。

「は、播磨さん? どうされたんですか」

 キサラギが播磨にそう聞くと、代わりに後ろの席に座ったキョージュが答える。

「キサラギ殿」

「キョージュさん」

「キサラギ殿が眠りそうになったら、代わりに播磨殿が痛みを感じることになる」

「ええ?」

「播磨殿を苦しめたくなければ、起きていることだ」

「は、はい」

「おい大道! 俺は関係ねェだろ」

「播磨殿、『われわれは皆、他人の不幸には耐えていく力を持っている』」

「なんでそこでラ・ロシュフコーが出てくるんだよ」
 
「ごめんなさい播磨さん。私、眠らないように頑張りますから」

 こうして、キサラギの眠り癖はほんの少しだけ改善されたようである。



   *
65 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/11(水) 21:23:02.51 ID:BDHwuIVXo



 【仕返し】


 昼休み――

 お弁当がひと段落したところで、ノダミキが何かを取り出す。

「何だそれ」

 一緒に食事をしていたトモカネが聞いた。

「デザートだよ、皆が戻ってきたら食べようと思ってたんだけど、先に食べる?」

 そう言って彼女は弁当とはまた別のタッパーを開ける。

「じゃーん、マフィンですよー。チョコバナナのね」

「え!? マジ!? これお前作ったの!?」

「そうだよー」

「い、いつの間にこんな乙女チックな能力を……」

「これくらいなら普通に作るよー」

 そんな二人の様子を見ていた男が一人。

 ノダミキLOVE100%の、播磨拳児である。

(ノダちゃん凄いぜ。料理までできるとは、さすが俺の嫁)※違います 

「ねえ、はりまっち」

「ん!? どうした」
66 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/11(水) 21:24:01.96 ID:BDHwuIVXo

「はりまっちも食べない? マフィン。美味しいよ」

「い、いいのか?」

「勿論だよ。パンの耳ばっかりじゃあ飽きちゃうでしょう?」

「お、おう」

 正直、甘いものはあまり好きではないのだが、ノダミキが作った物となれば話は別だ。

「めしあがれー」

「おう、サンキューな」

 そう言ってマフィンを一つ手に取る播磨。

「……」

「どうしたの?」

「いや」

(も、もったいなくて食えねえええ!!! ノダちゃんの作ったマフィンなら、例えタバスコ一本
丸々入ってても食える自信がある。

だが、それを一口で食べるのはもったいねェ。

味わって食いてェ。でもチマチマ食ってたら小さい男と思われないだろうか)

 播磨がマフィン片手にグズグズと考えていると、

「食わねえんだったら俺が貰うぜ」

 そう言ってトモカネが横からかっさらう。

「あ! 待てトモカネ!!」

「へへーん、ここまでおいでー」
67 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/11(水) 21:25:07.31 ID:BDHwuIVXo

「待ちやがれ!」

「うおわ!」

 本気を出した一瞬でトモカネの腕を掴む。

「うわ、播磨! 何をするだあ!」

「大人しくしろ、こら!」

「どこ触ってんだよ!」

「うるせえ! 返せ早く」

「はあああん!!」

 播磨とトモカネが取っ組み合いをしている間に、食堂で昼食を済ませたキサラギや
ナミコたちが戻ってきた。

「ったくトモカネのヤロー。油断も隙もあったもんじゃねェ」

 そう言いつつ、播磨はトモカネから奪い返したノダミキ手作りのマフィンにかぶりつく。

「う……」

「どうしたの?」

「いや」

(うーまーいーぞおおおおおお!!!!)

 播磨の頭の中は、まるでミスター味っ子であった。

 しかし、ノダミキの前ではそれがバレないよう冷静に振る舞う。

「うめェぞ、ノダ」
68 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/11(水) 21:25:44.90 ID:BDHwuIVXo

「よかった」

 そう言ってノダミキは笑う。

「ハリマ、何食ってんだ?」

 播磨がマフィンを食べていると、それをナミコが不思議そうに覗き込んでくる。

「マフィンだよ。たくさん作ったから皆にも分けてるの。キサラギちゃんも食べる?」

 播磨の代わりに、ノダミキが答える。

「いいんですか? いただきまーす」

 甘い物好きなキサラギは、すぐに飛びついた。

 しかし、ナミコは一瞬躊躇する。

「どうしたのナミコさん。体調でも悪いの?」

 不思議そうな顔をしてノダミキは聞く。

「いや、あたしはその……」

「体重が気になるのか?」

「ああ? 今なんつった、ハリマァ!」

「待て野崎! 俺は何も言ってねえぞ」

「胸だけでなく、ケツもデカくなったのか」

「なんだとお……?」

「は!」

 播磨が振り返ると、自分の真後ろで声真似をしていたトモカネがいた。

「トモカネ、手前ェ」

「へへん、この前のお返しだよ」

 そう言ってトモカネはニヤリと笑うと、全力でその場から退避する。

「おい待て」

「待つのは手前だハリマァー!」

「落ち着け野崎いいい!」

 ナミコとの乱闘で、マフィンの味をすっかり忘れてしまった播磨なのであった。



   つづく
69 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/11(水) 21:28:38.52 ID:BDHwuIVXo
さめちゃん先生は可愛いですね。

メインヒロインではないのですが、これからも時々出てきますよ。

さて次回は、髪サラサラで裏表のない素敵な人がメインヒロインっぽい。
70 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/12(木) 20:53:42.71 ID:Cw+zkcoOo
ここで男上げろ〜 打つぞバット響かせて 明日のカープ担うは〜

ンフフ〜フ フフ〜フフ〜♪


はじめます
71 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/12(木) 21:03:04.84 ID:Cw+zkcoOo





   第五話 命の重さ
72 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/12(木) 21:03:47.81 ID:Cw+zkcoOo


 【眠り姫】

 その日、キサラギの身体は揺れていた。

(あれ? どうしてだろう)

 目を開けて周囲を確認すると、いつも以上に視線が高い。

(え? え?)

 そして視線の先には、

(馬?)

 馬の頭が見えたのだ。

(ど、どういうことでしょう)

「気が付いたか?」

 不意に背後から声がした。

「はい?」

 ここでやっと、キサラギは自分の状況を理解する。

 ここは馬の上で、自分は馬に乗っているということを。

 そしてそして、自分のすぐ後ろで馬の手綱を操っているのは――


「はっ!」


 再びキサラギは目を開いた。

(あれ?)
73 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/12(木) 21:04:16.34 ID:Cw+zkcoOo

 そこは天気のいい野原、ではなく学校の廊下だった。

 そして、視線がいつもより高く、身体がふわふわと揺れている。

「気が付いたか?」

 また声が聞こえた。しかし、今度は後ろではなく前からだった。

「え? 播磨さん?」

 どうやら自分は、播磨におんぶされていたようなのだ。

「こ、ここは!?」

「到着だ」

 そこは自分たちの教室の前だった。

「おーっす、帰ったな」

 教室の中でナミコが手を振っていた。

「ど、どういうことですか?」

「お前ェが揺すっても叩いても起きねェから、こうして教室まで運んだんだよ」

「そ、そうなんですか? すいません」

「別にかまわねェよ」

「あ、ありがとうございます」

「礼なら野崎に言いな。アイツはお前ェの教材運んだんだから」

「は、はい」

 キサラギは自分の眠り癖のせいで迷惑をかけたので、申し訳ないという気持ちを持つ一方で、
播磨におんぶされたことを思い出し、悪くないかな、などと思ってしまった。




   *
74 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/12(木) 21:04:48.43 ID:Cw+zkcoOo



 【動 物】

 不良っぽい外見で人を寄せ付けない播磨だが、なぜか動物には好かれている。

 この日も昼休みで校内を歩いていたら、学校内をウロウロしているアヒルやブタが、
彼の周りに集まっているのを発見した。

 そして、播磨は時々ベンチに座りながらブタと何か話をしている。

「播磨さんって、動物の言葉とかわかるんですか?」

 気になったキサラギは、ふとそんなことを聞いてみた。

「あんまりわかんねェよ」

「あんまり……?」

「動物は人間みたいに複雑なことを考えてるわけないからな」

「はあ……」

 どこまで本当でどこまで嘘かわからない。

 もしかしてからかわれているのだろうか。

 そして昼休みも終わりごろ、播磨とキサラギが教室に戻ると、大道雅(キョージュ)が
大きなオニギリを一つ持って待っていた。

「播磨殿、これ食べないか」

「どうした大道。こんなの」

「ヨシツネ殿から話を聞いた。今日、昼食を持ってきていなかったのだろう?」

「う……、アイツ。余計なことを」

「ナポレオン殿を食べないでもらいたい」
75 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/12(木) 21:05:21.97 ID:Cw+zkcoOo

「食わねェよ」

 そう言うと播磨は奪い取るように、キョージュからオニギリを受け取る。

「サンキューな」

 時間がないので、急いで食べはじめる播磨。

「あ、あの。キョージュさん」

「どうした、キサラギ殿」

「その、ヨシツネさんって誰ですか? 他のクラスの人です?」

「ああ、キサラギ殿は知らなかったな」

 そう言うと、キョージュは窓際に向けて歩いた。

「あそこにいるのがヨシツネ殿だ」

 キョージュは向かい側校舎の屋上を指さす。

「あ……」

 そこには、一羽のカラスが止まっていた。




   *
76 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/12(木) 21:06:06.68 ID:Cw+zkcoOo


 【鳥の雛】

 この日、播磨は資料室でスケッチ用の鳥のはく製を片づけていた。

 はく製が気持ち悪くて触れないという女子生徒もいるらしく、また身体も大きかった
播磨は、はく製片づけ係に任命されたわけである。

「なんだよ『はく製片づけ係』って」

 ぶつくさ文句を垂れつつもはく製を片づける播磨。

「おはよう播磨殿」

「うおっ!」

 急に背後から声をかけられたので、播磨は驚いてしまう。

 振り返ると、そこには長い黒髪の女子生徒、大道雅が立っていた。

「大道、いつの間に」

「キミが入る前からずっといたわけだが」

「ああ、確かにカギはかかってなかったな。いや、そんなことより、ここで何してたんだ?」

「ヂイ、ヂイ……」

「何変な声だしてンだよ」

「私ではない」

 よく見ると、雅の背後には小さな小鳥の雛がいた。

 羽毛もまだ生えそろっていないような小さな鳥だ。

「おい、これどうしたんだ?」

「校内で拾った」
77 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/12(木) 21:06:42.48 ID:Cw+zkcoOo
 
「拾った……?」

「そう、たまたま拾った」

「たまたま……」

 どうやら雅は校内で、鳥の雛を拾ったらしい。巣から落ちた雛は、大分弱っているようだった。

 授業中は資料室に置いておいた雛に、彼女は休み時間ごとに様子を見に来る。

 そして昼休み、購買で鳥のエサを買った雅は、それを雛に与えていた。

「大丈夫なのか」

 播磨も心配で見に来てしまった。

(何やってんだ俺は……)

 柄にもないことをやっている自分に困惑しつつも、雛の様子を確認する。

「大分、弱ってきてるな」

 朝見た時よりも、雛は確実に弱っていた。

「エサも食べない」

 彼女の手元には鶏のエサが散らかっていたけれど、ほとんど減っていない。

「なあ大道。そいつはもう――」

 播磨がそこまで言いかけた瞬間、雅は振り返り人差し指を立てた。

 言わないでくれ。

 言葉はなかったけれど、播磨にはそう訴えかけているように感じた。

「わーったよ。俺にできることはなんかあるか」

「珍しいな。播磨殿が進んで人の手伝いをするとは」
78 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/12(木) 21:08:01.73 ID:Cw+zkcoOo

「鳥に関しては別だ」

「できれば、食べないでいてくれたら嬉しいのだが」

「食べねェよ!」

「……」

 雅は懐からハンカチを取り出した。

「どうすんだ?」

「震えているようなので、懐の中に入れておこうと思った」

 そう言って雅はハンカチを広い、それで雛を優しく包む。

「大道」

「何?」

「お前ェ体温低そうだな。平熱はどれくらいだ?」

「34.5度くらい」

「低っ!」

「……」

「ちゃんと朝飯食ってるか?」

「大丈夫だ、問題ない」

「……」

「……そいつ貸せよ」

「どうして」

「俺が温めとく」
79 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/12(木) 21:08:54.21 ID:Cw+zkcoOo

「……」

「お前ェが温めるよか、いいだろう」

「……わかった、頼もう」

 こうして、播磨は授業中鳥の雛を温めることにした。

 これにどれだけの意味がわからない。

 恐らく大道雅もわかっているだろうけれど、この雛鳥の運命を――

「ん……!」

「どうしました? 播磨さん」

 素描の途中、播磨は懐の中の異変に気付いた。

「悪い山口、ちょっと保健室いってくる」

「どこか体調が悪いんですか?」

「まあそんなとこだ」

 播磨はそう言って美術室を抜け出し、中庭に出る。

「早かったな……」

 ハンカチに包まれた雛を取り出す。

 雛が紡いでいた微かな生命の鼓動は、既に消えていた。

「……播磨殿」

「大道か」

 後ろから声をかけてきたのは雅だった。

 今度は気配を感じていたからわかる。

 播磨が不自然に教室から出たのを見て、後を追ってきたのだろう。

「すまねェな」

「……」

 播磨は、そっとハンカチに包まれた雛を雅に見せた。




   *
80 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/12(木) 21:09:41.75 ID:Cw+zkcoOo


 放課後、学園内の人目のつかない場所に播磨と雅は穴を掘って、雛鳥を埋める。

「最初、この子を見つけたときから、こうなることはわかっていた」
 
「……」

「ただ放っておけなかった。それだけだ……」

「……そォか」

 気をつかっているのか、播磨はそれだけしか言わなかった。

「播磨殿」

「なんだ」

「悪いのだが、先に行っていてくれないだろうか」

「ああ、わかった」

 そう言うと、播磨は立ち上がり、その場を立ち去った。

(本当はもう少しここにいて欲しかった……)

 雅は、自分の表情を彼に見られるのが少し恥ずかしく思っていたのだ。

「……」

 空を見上げると、そこには青空ではなく重苦しい曇り空が広がっていた。

 今日は午後から雨が降ると天気予報で言っていたのだが、はたしてその通りになる。

 雛が埋められたその場所に、ポツポツと雨粒が落ちる。

 早く校舎に戻らないと濡れてしまう。

 そう思ったけれど、すぐに体が動かなかった。

 ぐずぐずしているうちに雨が強くなっていく。

 その時、不意に影ができて雨粒が消えた。

「播磨殿?」

 そう言って振り返ると、そこには特徴的な大きなメガネをかけた女子生徒が傘を持っていた。
81 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/12(木) 21:10:13.44 ID:Cw+zkcoOo

「ごめんなさい、私で」

「キサラギ殿」

「オレたちもいるぜ」

「マサ、あたしらに黙ってるなんて水臭いぞ」

「そうだよキョージュ」

 よく見ると、後ろのほうにトモカネやナミコ、それにノダミキもいた。

「みんな」

「小鳥さんのこと、残念でしたね。播磨さんから聞きました」

「……」

「ごめんなさい、差し出がましいとは思ったんですけど」

「いや……」

 キサラギの言葉を雅は否定する。

「とても嬉しい」

 そう言うと、彼女は口元に微かな笑みを浮かべた。




   つづく
82 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/12(木) 21:11:40.76 ID:Cw+zkcoOo
 今日は一日中打ちこみ作業をやっていたので目が痛い。腰が痛い。

 目薬をさそう。

 目薬は目のための薬であって、決してお酒にいれるものではありませんよ。
83 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/12(木) 21:12:27.02 ID:Cw+zkcoOo
次回は、アレです。調理実習やります。
84 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/12(木) 22:23:47.72 ID:sC9RleeSO
乙!

GA買おうかな?
棺担ぎのクロは持ってる
キサラギとクロはパッと見、区別つかない
85 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2012/07/13(金) 08:17:50.33 ID:AVUNF7g20
面白い
86 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/13(金) 12:27:19.13 ID:m62qxe2oo
棺担ぎのクロは一巻だけ持ってます。

主人公のクロはキサラギに似ていますが、正確は大道雅(キョージュ)っぽいですな。

あと、ノダキミっぽいのとか、ナミコさんっぽいのも出てきていますね。

GAを知らなくても楽しめますが、知っていたらより楽しめる気がします。
87 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/13(金) 21:19:50.19 ID:m62qxe2oo
 私事ですが、先日受けた資格試験に合格してました。

 でははじめます。
88 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/13(金) 21:20:16.69 ID:m62qxe2oo
 




  第六話 料理は愛情
89 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/13(金) 21:20:46.16 ID:m62qxe2oo


 【入学動機】


 昼休み。

 この日は、珍しく播磨も雑談に加わっていた。

「ねえねえはりまっちぃ」

 そこで早速ノダミキが播磨に質問する。

「どうした、野田」

「前から気になってたんだけどさあ、どうしてはりまっちはGAに入ったの?」

「ああ、それ俺も気になるな」

 と、トモカネが身を乗り出した。

「やっぱり絵が好きだからですか?」

 そう聞いたのはキサラギだ。

「少し違うな」

 しかし播磨はそれを否定した。

「じゃあ、御兄弟や親戚がGAにいたとか」

「それも違う」

「だったらなんなんだよ、はりけーん」
90 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/13(金) 21:21:19.76 ID:m62qxe2oo

「大した理由じゃねェよ。単純に勉強するのが嫌だったってだけだ。ここなら授業の半分は美術だしよ」

「え?」

「……」

 一瞬黙り込む一同。

「だったら工業科の自動車整備クラスとかでもよかったんじゃないの?」

「!?」

「ああ、そうだな。そこなら手に職も付くし、就職にも有利だ」

 トモカネは嬉しそうに言う。

「で、でも播磨さん。わざわざ芸術科を選んだってことは、美術のほうが好きだったんですよね」

 キサラギがフォローするように言うと、いつの間にか播磨は頭を抱えていた。

「播磨さん?」

「その手があったかあ……!」

(もしかして播磨さんって)

「バカなのか?」

 キサラギたちが播磨に対する認識を改める瞬間であった。



91 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/13(金) 21:22:35.29 ID:m62qxe2oo

 
 【調理実習】

 GAにも家庭科で調理実習が存在する。

 しかし、普通の学校の調理実習に比べればその内容もアバウトだ。

 なぜなら、基本的に美術科以外の教科はアバウトだから。

「ぜってー、たらこ。もしくはペペロンチーノまでなら許す」

 料理の教科書を持ったナミコが怒りながら言う。

「カルボナーラ、カルボナーラ!! だんっっぜんクリームソース」

 牛乳パックを持ったノダミキも譲らない。

「何言い争ってんだ? あの二人は」

 別の班になった播磨がキサラギに聞いた。

「いえ、作るメニューに関して争っているんですよ。ノダちゃんはスパゲティの
カルボナーラ、ナミコさんはたらこスパがいいと」

「そんなに好きなのか?」

「いえ、そういうわけじゃなくて……」

 キサラギは困ったようにノダミキとナミコを見る。

「740キロカロリーって、一品分の数値じゃねえだろ! ふざけんな!」

「つーん!」

「は、播磨さんはどっちがいいと思いますか?」

「うーん、カルボナーラか」

 どうでもよさそうに播磨は答えた。
92 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/13(金) 21:23:02.03 ID:m62qxe2oo

「くそう、こうなったら別々の班を作るぞ! キサラギ!」

 怒ったナミコはキサラギの元に行く。

「ナミコさん。でも班は最低三人までという決まりですので」

 慌てたキサラギが止めようとすると、

「ここにいい人間がいる」

「は?」

 そう言うとナミコは播磨の制服を掴んだ。

「野崎、何しやがる!」

「な、ナミコさん?」

 そしてキサラギの肩も引き寄せた。

「これで三人だ」

「もう好きにすればいいじゃねえか」

 ナミコたちの争いを傍から見ていたトモカネはそう言って諦めた。



   *
93 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/13(金) 21:23:29.48 ID:m62qxe2oo




 【理不尽】


「どうでもいいけどお前ら」

 無理やり二人の班に入れられた播磨はキサラギとナミコの二人を前に正対する。

「はい」

「なんだよ」

「料理の経験はあるのか?」

「いえ……」

「中学校の調理実習くらいで」
 
「ちなみに腕前のほうは……」

 キサラギ曰く、

「料理界の『立体派(キュピズム)』とか……」

 ナミコ曰く、

「もしくは『超現実主義(シュールレアリズム)』」
  
「おいどうすんだよお前ら! 俺だって料理の経験なんてねェぞ!」

「何で経験ないんだよ! ダメだな播磨は」

「そうですよ! 男の人だって料理をするべきです」

「何で俺が責められてんだ!?」

 この世の理不尽さを改めて感じる播磨であった。



   *
94 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/13(金) 21:24:00.83 ID:m62qxe2oo


 【基本は大事】

 
「いいかお前ェら」

 改めて播磨はキサラギとナミコの前に立つ。

「料理に大事なのはまず基本だ」

「はい」

「……」

「それは美術と同じだ。わかるだろ? いきなりピカソやゴッホみたいな絵を描けるやつは
いねェんだ。

 まずは地道にデッサンを重ねて技術を磨く。

 それは料理も同じことだ。

 まずはしっかりと基本通り、レシピ通りに調理をする。

 変なアレンジとかはいらん。そういうのはもっとうまくなってからだ。

 味付けもしっかりグラム単位ではかれ」

「カッコイイです播磨さん」

「ああ、確かにお前の言うことは正しいよ播磨」

 ナミコも観念したように言う。

「でも、雅(マサ)から貰ったメモを見ながらでなければもっとかっこよかったんだけどな」

「うるせえよ、お前ェらがしっかりしてりゃあ、こんなメモを読む必要はなかったんだ」

「そんなことより、早く調理をはじめましょう」

「わかってる」




   *
95 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/13(金) 21:24:36.08 ID:m62qxe2oo


 【空飛ぶナス】

 無理やりにナミコとキサラギの調理班に加えられた播磨は、料理に関してまったく
頼りにならない二人のために、自ら慣れない包丁を扱っていた。

「危ない!」

「ふごっ!」

 いきなりナスが飛んできて、播磨の顔に当たる。

「ご、ごめんなさい播磨さん!」

 平謝りのキサラギ。

「なんじゃこりゃ!」

「野菜洗ってたら飛んでしまって」

 どこの世界に野菜を洗ったら飛ばしてしまう人種がいるのか。

「あちゃあ! こりゃまずい。キサラギ! 布巾取って!」

「ああ、はいはい」

「ああこぼれた。またかあ」

「ナミコさん! 大変です」

「ぎゃああ」

「播磨さんすいません、これ」

「おい! そっちはいいから片付けしろ」

「野崎! アレ持って来い」

「アレじゃわかんねえよ!」
96 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/13(金) 21:25:08.49 ID:m62qxe2oo

「ナミコさんナミコさん! 玉ねぎですよ」

「丸ごと入れる気かコラ!」

 そんなこんなで調理終了。

「お疲れ様、播磨殿」

 雅がそう声をかける。

「悪ぃな、手伝ってもらっちまって」

「何、時間が余っただけだ。気にしなくていい」

 播磨は支援してくれた他班の有志に礼を述べてから自分たちの料理が配膳された
テーブルに戻る。

「……」

「疲れた」

 テーブルには疲れ顔のキサラギとナミコが座っていた。

「慣れねェことはやるもんじゃねェな」

 そう言いつつ、皿を見る。

 見た目はやや悪いけれど、なんとか食べられそうなタラコスパゲティができていた。

 他のテーブルの料理と比べても、見た目の悪さは歴然としている。

「すみません播磨さん。こんなことに巻き込んでしまって」

「いいってことよ。完成したんだからよ。んじゃ、いただくか」

「……はい」

 播磨は一口食べる。

「どうですか?」
97 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/13(金) 21:25:35.52 ID:m62qxe2oo

 不安そうな顔で彼の顔を覗き込むキサラギ。

「うめェぞ。ちょっと焦げ臭いけど」

「……よかった、のかな?」

「お、食べて大丈夫なのか」

 そう言ってナミコは箸に手を付けた。

「おい野崎、俺に毒見をやらせたのか」

「いやあ、そういう意味じゃないけど。あ、意外とイケるな」

「美味しいです。時々変な味しますけど」

「ま、最初はそんなもんだ」

「ハリマだって出来ていなかったじゃん」

「うるせえよ。お前ェらよりはマシだ」

「確かに」

「食べるってのは生きるための基本だから、それを覚えておいて損はねェな」

「そうですね」

 キサラギは頷く。
98 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/13(金) 21:26:12.93 ID:m62qxe2oo

「誰だって最初からできる奴はいねェ。だが、一番怖いのは、自分が出来ねェと
思い込んで何もやらないことだ」

「その通りだと思います」

「今度は誰の受け売りだ? 播磨」

 悪戯っぽい笑みを浮かべながらナミコが聞いてきた。

「……忘れた」

 料理は愛情。

 だが気持ちだけでは足りないものもある。

「それが基本だよね、はりまっち」

 いつの間にか、播磨の左隣に立っていたノダミキが言った。

「くっ、ノダに基本を説かれるとは、あたしもまだまだだね」

 そう言ってナミコは苦笑する。

「今度、ちゃんと教えてあげようか? 料理の作り方」

 ノダミキには自分が教えてもらいたい、と思う播磨だったがそんなことは
絶対に口に出せないのだった。 




   つづく
99 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/13(金) 21:28:00.77 ID:m62qxe2oo
 水彩画と料理は少し似たところがある。

 最初は薄い色(味)からつけていって、少しずつ濃くしていく。

 一度濃くなりすぎたらもうダメですね。
100 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/07/13(金) 22:15:11.11 ID:khjE+d5S0

そしておめでとう
101 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/14(土) 20:25:18.17 ID:ZHEncIkxo
今日は一日中雨降ってて大変だった。

除湿器の管理とか雨漏りの処理とか。

はじめます。
102 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/14(土) 20:25:55.18 ID:ZHEncIkxo





   第七話 お見舞い
103 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/14(土) 20:26:43.11 ID:ZHEncIkxo


 【連絡先】

 播磨拳児は時々授業からいなくなる。

「アイツまたサボりか? しょっちゅう姿を消すなあ」

 呆れたような口調でナミコは言う。

「雅、ハリマ知らねえか?」

 ナミコは近くにいた雅に聞いてみる。

「わからない。食糧を確保するとか言ってたけど」

「そうかい。またパンの耳でも買いに行ったか」

「……」

「携帯電話でもありゃ呼び出せるのに。アイツ貧乏そうだから、
携帯とか持ってないかもね。あはは」

「持っている」

「へ?」

「播磨殿は携帯電話を持っている」

「そ、そうなのか。見たことあるのか?」

「番号とアドレスも知っている」

「!」

「……知りたい?」

「べ、別にハリマの携帯番号なんて知りたくもねえから。
つか、何で雅があいつの連絡先知ってるんだよ。番号よか、
そっちのほうが気になるわ」

「それは秘密」

 そんな二人のやりとりに聞き耳を立てている者が一人。

「キサラギちゃんどうしたの? 気分でも悪い?」

 いつもと様子が違うキサラギのことを心配してノダミキが声をかける。

「いえ、何でもないですよ」

 慌てて取り繕うキサラギ。

(播磨さんのアドレス自体もそうですが、どうしてキョージュさんはそれを
知っているのでしょうか。私、気になります)



   *
104 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/14(土) 20:27:16.55 ID:ZHEncIkxo




 【ありがたみ】

 この日、キサラギの携帯電話にナミコからメールが入っていた。

(朝からメールなんて珍しいですねえ)

 そう思いながら、文面を読むと、そこには体調が悪いから休む、という内容が書かれていた。

(た、大変です)

 そして学校。

 キサラギは朝、ナミコから貰ったメールの内容を皆に伝える。

「ああ、それでナミコさんまだ来てなかったんだあ」

「なるほどなあ」

 ノダミキとトモカネが心配そうな顔をしていた。

 しかし次の瞬間、

「これはチャンスですぞトモカネ氏」

「フヒヒ、そのようですなノダミキ氏」

 と、不敵な笑みを浮かべ始めた。

「あの、お二人とも何を考えているんですか?」

「キサラギちゃん、そんなの決まってるじゃん」

 ノダミキはそう言うと片目を閉じて、いわゆるウインクをした。

「病気と言えばお見舞い!!」
105 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/14(土) 20:28:16.02 ID:ZHEncIkxo

 そしてトモカネは力強く親指を立てる。

「でもでも、病気の人の家に大勢で押しかけるのは迷惑なんじゃあ」

「チッチッチ。甘いぜキサラギちゃん」

「そうだぜ、病気の時だからこそ尋ねるんだ」

「なぜか、わかるかい?」

「いえ、よくわかりませんけど」

「病気で弱っている時のほうが、寂しいから好感度が上がりやすいのだ」

 ノダミキは両手を上げて宣言した。

「は?」

「お見舞いイヴェントってのはやっぱ重要だよな」

 ノリノリな二人。

 すでにトモカネとノダミキは行く気満々だ。

「キョージュさん、助けてください」

 キサラギは残った常識人陣営のキョージュに助けを求める。

「面白そうだから行ってみよう」

 なぜかキョージュもノリノリであった。

「せっかくだからはりまっちも誘おうよ」

「お、いいな。アイツ喜ぶぜ」

(播磨さんまで……!)

 止める役がいない。

 キサラギは、今日ほどナミコの存在の重要性を認識したことはなかった。




   *
106 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/14(土) 20:29:16.52 ID:ZHEncIkxo

 
 【見て舞う】


「んで俺まで行くことになったんだよ」

 結局、ナミコへのお見舞いには(荷物持ち)として播磨も参加することになってしまった。

「すみません播磨さん。一応は止めたのですが」

 申し訳なさそうに謝るキサラギ。

「まあアイツらを止めるのはお前ェじゃ無理だな」

 迷惑そうな顔をしながらも、一緒に来てくれた播磨の存在はキサラギにとっては唯一とも
言える救いであった。

「お、見えてきたぞ」

 そう言ったのはキサラギの半歩後ろを歩いていたキョージュである。

 周りの家に比べても大きな一軒家。

「野崎の家って、結構デカいんだな」

 ナミコの家を眺めながら、播磨はポツリと言った。

「ええ、見た目も大きいですけど、中も広いんですよ」

「知ってるのか?」

「あ、はい。一度泊まりに来たことがありますから」

「そうなのか」

「はい。闇鍋をやりました」

「闇鍋……」

「きょ、今日はやりませんよ」

「当たり前だろ」

「ははは……」

「しかし今更いうのもなんだが、いいのか、俺なんかが一緒にいて。邪魔じゃねェか?」

「いえ、そんなことはないと思いますよ」

 気を使う播磨に、キサラギは否定した。

「ナミコさんも口ではああ言ってますけど、播磨さんのことはキライではないと思います」

「そうか」

「はい……」

 キサラギは自分で言っていて、少し胸が痛くなった。

(播磨さんは、ナミコさんのことをどう思っているんでしょうか)

 密に気になるところでもある。



 
   *
107 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/14(土) 20:30:07.19 ID:ZHEncIkxo



 真っ先にドアのチャイムを鳴らしたのはトモカネだった。

「トモカネずるーい。あたしもチャイム慣らしたかったのにい」

 何だか子供っぽい理由で抗議するノダミキ。

 しばらくすると、少し年を取った感じのナミコが出てきた。

「あら、あなたたちはナミコのお友達ね」

 ナミコの母親だ。

「はい、ノダです! お見舞いに来ました」

「トモカネでーす。ウチのナミコがいつもお世話になってます」

「相変わらずね」

 大人数で押しかけてきたにも関わらず、ナミコの母親は嫌な顔一つせずに出迎えてくれた。

「あら、そちらの男の子は初めましてね」

 ナミコ母は播磨にも目を向ける。

「あ、どうもッス」

 播磨は軽く会釈をした。
108 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/14(土) 20:30:35.79 ID:ZHEncIkxo

「彼は播磨拳児っていいます。娘さんの未来の旦那さんです」

「あら、そうなの?」

「はあ!? 何いってやがんだトモカネェ!」

「播磨さん! 落ち着いて」

「そうだよはりまっち、ケーキが潰れちゃう」

「ノダ殿、気にするところが少し違う気もするが」

 しかしナミコ母はそんなドタバタにも動じる様子はなかった。

「まあ、立ち話も何ですから」

 そう言って五人を招き入れる。

「お邪魔シマース」

 こうして、五人は居間に通された。



   *
109 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/14(土) 20:31:23.03 ID:ZHEncIkxo




「ナミコは今部屋で休んでいますので。今、呼んできますね」

 ニコニコしながらナミコ母は言う。

「ああお構いなくお母さん、私たち渡すものを渡したらすぐに帰りますので」

 それに対し遠慮がちにキサラギは言った。

「ええ? そんなのつまんなーい」

 ノダミキは足をバタつかせる。

「そうだぞー。せっかくここまで来たのに、ナミコさんの部屋漁りとかしたいしぃー」

「お前ェら、病人を気遣う気ゼロだな」

 播磨はあきれたように言う。

 しばらくすると、夏前だというのに寝間着の上に袢纏を着たナミコが現れた。

「あんたたち、来なくていいって言ったのに、本当に来ると――」

 そこまで言ってナミコの言葉が止まる。

「よ、よォ」

「な、何でここに播磨がいるんだよ!」

「いや、野田に誘われてその……」

 元々赤かった顔をさらに赤くするナミコ。

「ちょっと待ってて」
110 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/14(土) 20:32:09.04 ID:ZHEncIkxo

 そう言うと、ナミコは早足でどこかへと向かった。

「……やっぱ、俺が来たのは不味かったかな」

 播磨は少し寂しげにつぶやく。

「そんなことないよはりまっちー」

 そんな播磨にノダミキは声をかける。

「だってあいつ、嫌そうだったじゃねェか」

「ノンノン、違うよはりまっち。嫌だったのははりまっちが来たからじゃないんだよ」

「どォいうことだ」

「風邪を引いてノーメイクでぼさぼさ髪の姿をはりまっちに見られるのが嫌だったんだよ」

「はあ?」

「わからないかなあ、もう。はりまっちは乙女心を理解しなきゃダメだぞ☆」

「乙女心……」

「俺にはわからねえなあ」

 両手を後頭部に回したトモカネが言った。

「お前ェにゃ聞かねェよトモカネ」

「なんだとー!」

「ほらほら、家の方の迷惑になりますので静かにしましょう」

 しばらくしてナミコが戻ってきた。
111 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/14(土) 20:32:44.72 ID:ZHEncIkxo

 髪は櫛でかきつけられ、ヘアゴムで横に束ねている。そして上着も袢纏からトレーナーに
変わっていた。

 いずれにせよ、学校では見られない格好だ。

「悪いね、待たせて」

 そう言ってナミコは座った。
 
 顔の紅潮は収まったものの、少しムクんでいた。これも風邪の影響だろうか。

「すみませんナミコさん。お休みのところ」と、キサラギ。

「いいっていいって。午後には熱も引いたし、体調も大分よくなってきたから」

「そうですか」

「ナミコ殿」

 不意にキョージュが声を出す。

「ん? 雅(マサ)、どうした」

「今日の授業のノート、取っておいた」

「お、サンキュー。さすが雅だ」

「ナミコさんナミコさん」

 今度はノダミキだ。

「なんだよ」

「ナミコさんのために色々とお見舞いの品を買ってきたんだよ」
112 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/14(土) 20:33:28.35 ID:ZHEncIkxo

「そうなのか? ありがとう」

「こっちがケーキで」

「あと、これがプリン。それから風邪と言ったら桃缶」

 播磨が持っていた袋から、色々と取り出すノダミキとトモカネの二人。

「おいおい、買ってきてくれるのはありがたいけど、どんだけカロリー高いんだよ」

 ナミコは体重を気にする年頃の女の子だ。

「お、カロリー気になりますか。仕方ありませんな。我々で処分しますかトモカネどん」

「そうですな、ノダミキどん」

 そう言ってお見舞いの品に手をつける二人。

「ってか、あんたら自分が食べたい物持ってきただけじゃんか」

「ナミコさん。低カロリーのヨーグルトとかもありますので、よかったらどうぞ」

「ありがとうキサラギ。まともなのはアンタと雅くらいなものだよ」

 ナミコはやや涙目になりつつ言う。

「……」

 そして、播磨はなぜか黙ってナミコを見つめていた。

「何だよハリマ。あたしの顔になんかついてる?」

「いや」

 そこで彼は一息ついて言った。
113 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/14(土) 20:33:56.64 ID:ZHEncIkxo

「お前ェのその髪型、なんか新鮮だなと思ってよ」

「……!」

 次の瞬間、元々赤らんでいたナミコの顔がさらに赤くなる。

「バカ! ななな、何言ってんだ。これはただ、頭がぼさぼさだから勝手にその……」

「何焦ってんだお前ェ」

「焦ってないし。ちょっと熱が高いから頭クラクラするだけだし!」

「落ち着いてくださいナミコさん。また風邪がぶり返してしまいます」

「ナミコ殿。スポーツドリンクを飲もう」

「うう……」




114 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/14(土) 20:34:59.86 ID:ZHEncIkxo

 【変 化】


 翌日、何事もなかったかのようにナミコは登校してきた。

「ナミコさん、風邪治ったんだね」

 と、ノダミキ。

「ああ、またあんたらに家に来られちゃ大変だからね。気合いで治したよ」

「さすがナミコさんだ」

 ナミコの元気な姿にトモカネも嬉しそうだ。

「昨日はごめんなさい。ご家族にも迷惑をかけてしまって」

「いや、いいよ。母さんも喜んでたし」

「そうなんですか?」

「ああ。ちょっと騒がしかったけど、風邪ひいてると寂しくもなるし、嬉しかったよ」

「よかった」

「でもまあ、でもあんな騒ぎは近所迷惑にもなるし、これからは風邪をひかないように気を付けるさ」

「そうですね」

「さて、たまった課題でも片づけますかね」

 そう言ってナミコは伸びをした。

 ナミコはあの日以降、特に変わったところはない。

 いつもの彼女だ。

 ただ一つだけ変わったことがあるとすれば、時々彼女の家で見せた“あの髪型”を
するようになったことくらいだろうか。




   つづく 
115 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/14(土) 20:36:13.03 ID:ZHEncIkxo
 原作では実際にお見舞いには行ってないのですが、あえて行かせました。

 予想通り、カオスになりました。
116 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/14(土) 20:41:29.15 ID:ZHEncIkxo
お色気(パンチラ)でも入れたら人気出ますかね。

やりたくはないんですが。

あとちょっとだけネタバレすると、トモカネヒロイン回も、実はあります。

需要があるかどうかはわからないけど。
117 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/14(土) 22:31:12.95 ID:l6uvUVSso
GAもスクランもだいぶ古い作品だしなー
でも俺はこのSS好きだから、無理せず続けたいように続けて下さい
118 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/14(土) 22:32:12.55 ID:l6uvUVSso
あ、おつでした
トモカネヒロイン回も楽しみにしてます
119 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/14(土) 23:03:01.09 ID:JLubDM0IO
美術部は出す予定あるのかな?
あーさん魚住と播磨の絡みは割と見たい
120 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/15(日) 02:41:56.78 ID:9h+4LCLK0
GAは別に古くはないと思うが・・・
121 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2012/07/15(日) 03:07:50.47 ID:lnEjLHg6o
トモカネヒロインってどうせ兄のほうだろww 
妹?ありゃヒーローだ
122 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/15(日) 03:29:37.71 ID:Y73b2bd70
両作品の雰囲気が出ててとても面白いです。
キサラギいじらしすぎる可愛いー!
123 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/15(日) 20:59:19.59 ID:Kp5A/HLTo
 昨日、ついトモカネの名前を出してしまいましたが、今日はあの人が主役です。


 では。

 
124 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/15(日) 21:00:11.04 ID:Kp5A/HLTo



  GAランブル!



   第八話 心の目で見ろ!
125 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/15(日) 21:01:08.74 ID:Kp5A/HLTo


 【白の世界】

 
 その日、キサラギは登校してから教室に向かうまでの間、少しだけ校内を散策していた。

 というのも、来週の課題は「風景画」であり、副担任の宇佐美教諭は学校内の風景を
描くように言ったからだ。

 このため、彼女は来週に備えて学校内を「下見」しようとしていた。

 この時空を見上げた際に、誤って太陽を直視してしまい目を閉じる。

 次の瞬間、世界が変わった。

 すべてが白に包まれていたのだ。

 最初、目がくらんだためかと思ったけれど、なかなか視力が回復しない。

(ここはどこだろう)

 よくわからなかった。

 しばらくすると、目の前に大きなパンダが現れる。

 白熊かと思ったけれど、目の周りが黒いのでパンダだろう。

 なぜこんなところにパンダがいるのだろうか。

 自分は学校に来ていたはずなのに。

「どうした、何やってんだ」

 不意にパンダが話しかけてきた。

 どうも聞き覚えのある声だったけれど、パンダに知り合いはいないので多分空耳だろう。

 そして彼女は一つ結論を導き出す。

(これは夢だ)

 そうおもったキサラギは、輪郭がはっきりしないタンポポの綿毛のようなパンダに
抱き着いてみることにした。
126 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/15(日) 21:02:54.99 ID:Kp5A/HLTo

(どんな感触だろうか)

「えい!」

 キサラギは思いっきり抱き着く。

 しかし思ったよりもホワホワしていない。

 それどころかゴツゴツしており、なぜかわからないけれど胸がドキドキしてくる。

「おい、山口! 何やってんだ!」

「へ?」

 パンダは彼女の苗字を呼ぶ。

「キサラギ! 何やってんの」

 別の方向から聞き覚えのある声が聞こえてきた。

「この声は、ナミコさん?」

「何言ってんだよ。ってか、何でコイツに抱き着いてるんだ?」

「へ?」

 キサラギは目の前のパンダをじっと見つめる。

 よく見ると、そのパンダにはヒゲが生えていた。

「山口お前ェ、メガネはどうした」

「メガネ?」

「キサラギ、もしかしてメガネ無くしたのか?」

 そう言うナミコの声に、彼女は自分の異変を認識する。

「ええええ???」



   *
127 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/15(日) 21:03:34.84 ID:Kp5A/HLTo





 【メガネのないキサラギ】

 教室――

 やっとのことで教室にたどり着いたキサラギ。

 どうやら朝、校内を散策している途中にどこかでメガネを無くしたらしく、
そのことをクラスメイトに説明した。

「困りました、メガネが無いと全然見えないんです」

 しょんぼりとした表情でキサラギは言う。

「しっかし朝見た時はビックリしたよ。だっていきなりハリマに抱き着くんだから」

 冗談っぽくナミコは言ってみる。

「違います、あれはちょっと間違えたというか」

「何に間違えるんだよ」

「おお、キサラギちゃん大胆だね」

 隣りにいたノダミキが嬉しそうに言う。

「だからノダちゃん、違うって」

「っていうか、俺はあのメガネがちゃんとメガネとしての機能を持っていたということに驚いたぜ」

 そう言ったのはトモカネだ。

「メガネとして機能していましたよ。というか、メガネがないと私……」
128 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/15(日) 21:04:01.95 ID:Kp5A/HLTo

「予備のメガネとかはないのか」

 と聞いたのはキョージュだった。

 準備万端な彼女らしい質問である。

「いえ、そういうのは今日は持っていないんです」

「そうか」

「すいません、ご迷惑をおかけして」

 キサラギは頭を下げる。

「いや、そうでもないぜ。メガネのないキサラギは結構可愛いな」

「え? そうですか??」

「ああ、何か意外な一面っていうか」

「トモカネさん……」

 一瞬、鋭い目つきでトモカネを睨むキサラギ。

「あ、ゴメン」

 トモカネはその眼光にビビってしまったようだ。

「つうか、前もよく見えないんだろ? それって困るな」

「そうですね。やっぱり私、探してきます」

 そう言うとキサラギは立ち上がる。

「おい危ないぞ」
129 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/15(日) 21:04:56.90 ID:Kp5A/HLTo

 と、注意するも、

「ふにゃあ!」

 何かにぶつかった。

「おい、山口。またお前ェか」

 播磨だ。

 キサラギは播磨にぶつかっていた。

「すいません播磨さん」

「何教卓に謝ってんだ。俺はこっち」

「はっ、ごめんなさい」

「おーいキサラギー。お前わざとやってんのかー?」

 ナミコは呼びかけてみる。

「ち、違います。本当に見えないんです。ってか、私乱視もあるから方角もよくわらなくて」

 それは単なる方向音痴ではないのか、と思ったけれど、面倒なのでナミコは何も
言わないことにした。

「しかたない」

 そう言うとナミコは立ち上がりキサラギの元に向かう。

「メガネ探しはあたしらに任せろ。キサラギは、いつものように授業を受けるんだ」

「でも、そしたら」

「ウチらに任せろ。仲間だろ? 困った時はお互い様」
130 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/15(日) 21:05:50.05 ID:Kp5A/HLTo

「すみません。ナミコさん。本当にありがとうございます」

「キサラギちゃん、あたしらはこっちこっち」

 ノダミキが呼びかける。

 キサラギは播磨に頭を下げていたのだ。

「ま、お前ェらで頑張れよ」

 そう言って播磨は自分の席に戻ろうとする。

「何言ってんだよハリマ」

「あン?」

「あんたも協力するんだよ」

「俺にもメガネを探せってのか?」

「いや、メガネは探さなくていい」

「ん?」

「メガネはウチらで探すから、その間にキサラギの世話をしてやってくれないか」

「何で?」

「いや、だってキサラギが一番信頼しているのが播磨かなって思って」

「は?」

「だって朝ね、あんな熱い抱擁を見せられたら」

「むうう! 何を言ってるんですかナミコさん!」

 顔を真っ赤にして怒るキサラギ。

 だが、

「落ち着け山口! 野崎はこっちだ」

 相変わらず別方向だった。
131 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/15(日) 21:06:54.81 ID:Kp5A/HLTo

「ともかく、ウチらは実際に探したり(メガネを)見た人がいないか聞き込みをして回るから、
その間の世話は任せた」

「いや、別に俺はかまわねェけどよ」

「何?」

「山口(こいつ)はそれでいいのか?」

 そう言うと、播磨はキサラギの頭の上に右手を乗せる。

「ふえ? 私ですか?」

 キサラギは少し困ったような顔をしたけれど、

「播磨さんがご迷惑でなければ」

 まんざらでもない顔をしていた。

(やっぱりそうか……)

 そんなキサラギの顔を見て、ナミコは確信めいたものを感じていた。

(でも肝心のコイツは、鈍いのかバカなのか、全然意識してないみたいだけどな)

 そう思いながら、ナミコは播磨の顔を見る。

「ん? どうした」

 案の定、播磨はナミコの視線の意味を理解していなかったようだ。

「何でもないよ。さ、ホームルームはじまるよ。姫をエスコートしろよ、ハリマ」

「ああ」

「もう! ナミコさん! 姫とか言わないでください」

「山口さんごめんなさい。私、ナミコさんじゃないから」

 別の女子生徒がそう言って謝った。


   *
132 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/15(日) 21:07:33.94 ID:Kp5A/HLTo



  
 【移 動】


(だいたい、運の悪い時には悪いことが重なるもんだよな)

 播磨は時間割を見ながらそう思った。

 もともとGAは教室移動が多いクラスだが、この日は特に移動が多い。

「山口、早めに準備しろよ。次は第二美術室だ」

「は、はい」

 キサラギをせかす播磨。

 ただでさえ動きの遅いキサラギだが、目がほとんど見えないのでその行動は
慎重にならざるを得ない。

「きゃあ!」

 物凄い音。

 どうやら机にぶつかったらしい。

「ほら、こっちだ」

 机を元に戻し、今度はぶつからないように播磨はキサラギの手を引いた。




   *
133 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/15(日) 21:08:14.78 ID:Kp5A/HLTo


 
「なにあれ?」
 
「有名な一年生だよ」

「あの子誰だろう」

 クスクスという笑い声やヒソヒソ話が聞こえてくる。

 キサラギと播磨は手を繋いで歩いていたので嫌でも注目されるのだ。

 不良なだけに、そういう陰口や悪口には慣れていた播磨だったが、
やはり恥ずかしいものがある。

(これで変な噂になったら、ノダちゃんとの関係がダメになってしまうのではないか)

 などと、いらない心配までする播磨。

「不味いな。時間がねェ」

 ちなみにGAでは、普通に授業を受けていても走らなければ間に合わない教室移動も存在する。

「播磨さん。私のことはいいですから、先に行ってください」

「んなことしたら野崎たちに何されるかわかんねェよ」

「でも、このままじゃあ播磨さんも授業に遅れてしまいますよ」

「走れば間に合う」

「でも」

 当然、キサラギがこの状態で走れるわけがない。

 仮にメガネをかけていたとしても、何もないところで転ぶような奴なのだ。

「しかたねェ」
134 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/15(日) 21:08:49.77 ID:Kp5A/HLTo

 播磨は腹をくくる。

「ほえ? 播磨さん、何を……!」

 播磨はその場でキサラギを抱え上げると、お姫様抱っこの状態で第二美術室へと走った。




 そして次の休み時間――

「はりまー! お前学校内で何やってんだああ!」

 担任の外間が教室に怒鳴り込んできた。

「事態がさらに悪化してしまった……」

 播磨は頭を抱える。

「お前はバカか」

 そんな播磨に、ナミコは言い放つ。

「バカだな」

「バカだね」

「バカ……」

 他の三人も概ねそんな感じだった。







   *
135 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/15(日) 21:09:58.34 ID:Kp5A/HLTo

   【発 見】

 昼休み、メガネの探索が続く。

 早めに昼食を食べ終えたキサラギ一行は、今朝彼女が回った辺りを中心に探すことにした。

「一応事務所に落し物の照会をしたんだけど、それらしきメガネは届いていなかったって」

 と、ナミコは言った。

「すみませんナミコさん。お手数おかけしまして」

「別にいいよ。キサラギには色々と世話になってるし。この前お見舞いにきてくれたしな」

「はい、ありがとうございます」

「ちなみにそいつはトモカネ、あたしはこっちだから」

「は、すいません」

「つうか、早く見つけようぜ面倒くせェ」

 播磨はうんざりした調子で言う。

「すみません、播磨さんにまでご迷惑を……」

「まったくだ」

「おいハリケン! そんな言い方はねえだろ」

 と、トモカネは抗議する。

「いいんですトモカネさん。悪いのは私なんですから」

「キサラギちゃん。それはトモカネじゃなくてハニワだよ」

 本当にわざとやっているようにしか見えないナミコ。

「ほら、行くぜ」

 そんなキサラギに播磨は呼びかけた。

「あ、はい」

 さすがに校内で手つなぎは不味いと思ったのか、キサラギは先ほどから播磨のシャツの
裾を握っている。
136 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/15(日) 21:10:50.92 ID:Kp5A/HLTo

 二人の歩幅がいつの間にか揃っていた。

 いや、多分播磨がキサラギの歩幅に合わせているのだろう。

(あいつ、そんな気遣いもできるんだ)

 そう思うと、ナミコは少しだけ胸が締め付けられるような気がしてきた。

(何考えてんだあたしは、アイツが誰を好きになろうと、あたしには関係ないことじゃない)

 少しイライラしながら、ナミコは頭をかく。

(それにしても、こんなんで見つかるのか――)

「あったあ!」

「早っ!」

「見つけたぜ!」

 どうやらトモカネが見つけたようだ。

「本当ですかトモカネさん!」

「ああ、本当だ。あと、そいつは俺じゃなくて自動販売機だ」

「じゃあ、渡すよキサラギちゃん」

「きゃああ! 私のメガネが毛だらけにいいい!」

 ノダミキがメガネではなく猫を手渡していた。

「後でやれ後で」

 その後、キサラギのメガネは無事に元に戻った。



   *
137 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/15(日) 21:12:06.09 ID:Kp5A/HLTo



「皆さん、本当にありがとうございます」

 そう言ってキサラギは何度も何度も頭を下げる。

「そんな気にしなくていいよキサラギちゃん」

 ノダミキはキサラギの背中をポンポン叩いた。

「そうだぜ、コイツなんていつも迷惑ばかりかけてるし」

「酷いよナミコさん! いつもじゃないよ、たまにだよ!」

「結局迷惑かけてるじゃねえか」

 と、トモカネも同調した。

「お前ェら、早くもどらねェと午後からの授業遅れるぞ」

 ポケットに手を突っ込んだ播磨がそう言った。

「そうだな。メガネも見つかったことだし、早く戻ろう」

 と、制服を汚したキョージュも言う。

 何気に彼女が一番一生懸命に探していたのだ。

「はい、わかりました。では行きましょう」

 教室に戻るとき、キサラギは無意識のうちに再び播磨のシャツを掴んでいた。



   つづく
138 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/15(日) 21:19:25.65 ID:Kp5A/HLTo
 あのデカイメガネに、メガネとしての機能があることが未だに信じられない筆者です。

 今回も、原作のネタを元に作ったんですけど、キサラギの視力は生活に支障をきたすレベルですな。

 お風呂とかどうすんだろ。
139 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/15(日) 21:23:12.44 ID:Kp5A/HLTo
 次回は、雨が降るお話です。

 そしてヒロインは……、
140 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/16(月) 00:41:02.49 ID:Ffikvv2Ro
乙乙、ナミコさんのヒロイン力上昇が止まらんな。かわいい
次のヒロインも楽しみ
141 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2012/07/16(月) 08:13:40.02 ID:/vKXZIR1o
ナミコさんもいいがマサヒロインがもっとみたいです
142 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/16(月) 21:12:11.96 ID:or0uNGtEo
特に何もない三連休だった。

とても蒸し暑かった。そして金がない。

はじめます。
143 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/16(月) 21:13:06.71 ID:or0uNGtEo






   第九話 梅雨の終わりに
144 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/16(月) 21:13:48.16 ID:or0uNGtEo



 【いつものこと?】


 六月の後半。

 季節は梅雨の真っただ中で、その日も雨が降り続いていた。

 ジメジメした気分の悪い日の休み時間、

「あ、あの。播磨さん」

「どうした」

 キサラギが神妙は顔をして播磨を訪ねてきた。

「実は相談したいことがあって」

「何だ。絵のことか?」

「いえ、そうではないのですが。というより、私のことじゃないんです」

「あン?」

 キサラギの要望によって廊下に移動した播磨は、そこで彼女の話を聞く。

 一体、何をそんなに悩んでいるというのだろうか。

「で、話ってなんだ?」

「キョージュさんのことです」

「教授? ああ、大道のことか」

「え、はい」

「そいつがどうした」

「最近のキョージュさん、何だか変なんです」
145 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/16(月) 21:14:21.54 ID:or0uNGtEo

「変なのはいつものことだろ」

「いや、でも違うんです」

「何が」

「その、ボーっとしたり、全然動かなかったり、変な場所をじっと見つめていたり」

「やっぱりいつものことじゃねェか」

「ええ、あれ? いや、でも違うんです!」

 珍しく声を上げるキサラギ。

「本人には聞いたのか?」

「いえ、それが聞いても教えてくれなくて……」

「だったら俺の出る幕じゃねェだろう」

「でも、播磨さんだったら何かわかるんじゃないかと思って」

「買い被りすぎだ」

「でも私、気になるんです」

「……ったく」




   *
146 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/16(月) 21:15:37.50 ID:or0uNGtEo


   【聞き込み】

 キサラギが気になるというのなら、他の友人たちはどうなのだろう。

 そう思い播磨はナミコに話を聞いてみることにした。

「はあ? 雅(マサ)のことか?」

「ああ」

「確かに、最近変なところがあるかもしれんなあ」

「やはりわかるのか」

「でもいつものマサだって言われたら、そうかもしれない」

「どっちだよ」

「というかハリマ。何でマサのこと気にしてるのさ」

「山口のやつが気になるっていうからョ。でも本人はあまり語りたがらないみたいだし、
あいつと仲がいいお前ェなんら何か知ってるんじゃねェかと思ったんだよ」

「まあ、確かに雅とは仲がいいつもりだけど」

「けど?」

「未だにわかんないこともあるんだよな」

「例えば?」

「服の中にはどれだけのアイテムが隠されているのか、とか」

「確かにそれはわからねェな」
147 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/16(月) 21:16:38.46 ID:or0uNGtEo

「もしかしてマサは宇宙人なんじゃないかって」

「お前ェ、意外と酷いこと言うな」

「まあ、それは冗談だけど。確かに友人の異常は気になるよね」

「結局わかんねェのか」

「でもさ、悩みとかって時間が解決してくれることだってあるし」

「時間か」

「あたしも、それとなく聞いてみたりはするよ」

「ああ。わかった」

 そう言うと、播磨はナミコの前を去ろうとした。その時、

「ああ、待ってハリマ」

「どうした」

「お前自身も、雅(アイツ)のこと、気になるか?」

「どういう意味だ」

「いや……、何でもない」

 そう言うと、ナミコは目を伏せる。

「……?」





   *
148 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/16(月) 21:17:45.12 ID:or0uNGtEo


 【聞き込みその2】


「キョージュ? 別にいつも通りだろ」

 トモカネは言い放つ。

「やはりお前ェに聞いた俺がバカだった」

「待て待て、焦るな。そう結論を焦るなよハリケン」

 そう言ってトモカネは播磨の肩を掴む。

「確かに、最近おかしい部分もあったかなあ」

「無理しなくていいぞ」

「べ、別に無理なんてしてねえし」

「本当かよ」

「キョージュ、確かに最近元気ないなあ、とは思った。まあ梅雨のせいもあるだろうけど」

「梅雨?」

「ほら、雨が降って気圧が低くなると気分が憂鬱になるだろう?」

「そうなのか?」

 そう言って播磨はトモカネの顔を見てみる。

「俺は別に雨なんかへっちゃらだけどさ」

「だろうな」

「でもキョージュって平均体温とか低いだろ? 菱沼聖子並に(※注)」
149 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/16(月) 21:18:34.68 ID:or0uNGtEo

「確か、そんな話もしていたな」

「そんだけ体温低いんだから、多分血圧も低いんだよ」

「それが何だ?」

「そういう人間って、天気が悪い時は血圧が上がらずに、ずっと憂鬱な気分のままらしいぜ」

「なるほど。つまり大道の様子がおかしいのは」

「ああ。雨が続いているから、血圧の低いキョージュには辛い時期なのかな、と思って」

「しかし、血圧とかよくそんなこと知ってるな。考えたこともなかった」

「ウチは兄貴が病弱だし、父ちゃんも高血圧だから、その手の話はよく聞かされてたんだ」

「お前ェは健康そうなのにな」

「そうなんだ。家族で俺だけが病気知らず……って、うるせえよ。誰がバカは風邪ひかないだ」

「そこまで言ってねェだろ」

 確かに身体的なことはあるかもしれない。

 ただ、あの大道雅が低血圧ごときで様子がおかしくなるか、という疑問は心の中に残っていた。











 ※注:菱沼聖子(ひしぬま せいこ)
 佐々木倫子原作『動物のお医者さん』に出てくる大学院生(後に社会人の研究者)
 博士号を持つ秀才だがその動きはトロく、平均体温も水銀体温計では表示されないほど低い。
150 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/16(月) 21:19:26.48 ID:or0uNGtEo


 【聞き込みその3】

「ははーん、それは恋だね」

 ノダミキは目を輝かせた。

 ある意味予想通りの答えだ。

「だってさあ、十代の悩みって言ったら恋以外にありえないっしょ」

「それが大道(あいつ)にも当てはまるっていうのか?」

「うーん、それを言われるとちょっとわからないかなあ」

「……」

「はりまっちはどう思う? ねえどう思う?」

「女の考えることはわからねェ」

「まあ、男の子と女の子の考え方は違うっていうしね。まあ、キョージュは男とか女とか、
そういうカテゴリーでくくっていいのかわからないけど」

「他に何か可能性はねェのか」

「でもさあ、私思うんだ」

「何を?」

「皆キョージュのこと特別に見過ぎだってこと」

「特別に、見過ぎ?」

「そうだよ。キョージュだって普通の女の子なんだから、そういう目で見てあげないと可哀想だよ」

「普通の女の子……」
151 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/16(月) 21:20:07.16 ID:or0uNGtEo

「そうだよ。キョージュはあんな正確でつかみどころなさそうだけど、女の子なんだから」

「いや、まあ確かに」

「髪もサラサラだし、顔も肌もキレイだし、オッパイだってナミコさんほどじゃないけど、結構大きいよ」

 そう言うと、ノダミキは自分の(小さい)胸を触る。

「あたしの胸が何だって?」

「わっ、大きい人!」

 いつの間にかナミコがノダミキの後ろに立っていた。

「別にあたしだって好きで大きくなったわけじゃないわい」

 そう言って彼女はノダミキを後ろから羽交い絞めにする。

「きゃー、ナミコさんに襲われるー。助けてはりまっちいー」

 助けを求めてはいるが、彼女の表情は嬉しそうだった。

「なあ播磨、まだマサのことを調べているのか?」

 ナミコは暴れるノダミキを無視して播磨に話しかける。

「ん? ああ」

「だったらさ、こんな回りくどいことせずに直接話してみたらどうだ?」

「直接?」

「ああ、直接」

「でもお前ェらでも話してくれなかったことを、俺なんかに話すか?」

「なんか、ハリマなら大丈夫な気がする」

「……」

「悪い、なんかそんな気がしただけ」


「わかった」




   * 
152 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/16(月) 21:20:48.54 ID:or0uNGtEo




   【約 束】


 その日、終わりのホームルームが終わったにも関わらず、大道雅は帰り支度もせずに
ぼんやりと窓の外を見つめていた。

(確かに、ちょっと変かもしれねェ)

 ぼんやりしていたら見過ごしてしまいそうな、そんな変化だった。

 雨の降る外を眺める雅に、播磨は声をかける。

「大道」

「……どうした、播磨殿」

 まるで作業量が多くて“重くなった”パソコンのように彼女の反応は鈍い。

 こうして向かい合ってみると、彼女の変化ははっきりしていた。

「なあ大道、最近お前ェ、変じゃねェか」

「変とは?」

 雅は表情を崩さずに聞く。

「いや、なんというか、ぼんやりしているというか」

「……」

「何か悩みでもあるのか?」

 普段の播磨だったら絶対に言わないような言葉だ。
153 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/16(月) 21:21:36.85 ID:or0uNGtEo

 次に彼女が言う答えは何となくわかっていた。

『別に何でもない』

 そう言って播磨を拒絶することは可能だったはずだ。

 しかし次の瞬間、予想外の言葉が聞こえてきた。

「播磨殿、今度の日曜日予定はあるだろうか」

「は?」

「予定を聞いているのだが」

「俺の?」

 雅は頷く。

「まあ、別に予定は無いが」

「テスト前に風景画の課題が出されていたと思う。やっているだろうか」

「……いや」

 課題は期限ギリギリに出すのが彼のポリシーだ。

「ウチの地元を描いてみないか?」

「なにい?」




   *
154 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/16(月) 21:23:02.36 ID:or0uNGtEo



   【出 張】


 日曜日、播磨は画材道具一式を持って電車に乗っていた。

 大道雅の家、というか正確に言うとその近所に行くためなのだ。

(結構長いんだな)

 彼女との約束が無ければ、絶対に自分からはいかないような場所である。

 電車を降りて駅を出る。

 駅員はいなかった。

 薄暗い駅の建物を出ると強烈な太陽光線が差し込んできた。

 梅雨の最中であるにも関わらず、今日の天気は異常なほどの晴天だ。

「播磨殿」

 不意に聞き覚えのある声が聞こえてくる。

「ん? おわ!」

「どうした、播磨殿」

「いや、お前ェ」

 そこには、和服姿の雅がいたのだ。

 黒髪の雅に和服はしっくりときている。

 あまり和服に縁のある生活をしていなかった播磨だったけれども、相手が和服を着慣れているか
くらいはわかる。

「これは私の普段着だ」
155 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/16(月) 21:24:19.25 ID:or0uNGtEo

「お前ェ、普段は和服で生活しているのか」

「ああ」

 雅の身のこなしがどことなく洗練されているのはこれが原因だったのか、
と播磨は少しだけ納得する。

「では、行こうか」

「ん? ああ」

 この日の目的は、播磨の課題を済ませるため。

 だがそれは一つの名目に過ぎなかった。

 早くも鳴き始めた蝉の声を聞きながら画材を持った播磨と和服姿の雅が並んで歩く。

 何だか絵になるな、と播磨は柄にもなく思う。

「そういやお前ェも画材持ってるけど、課題は終わったんだろ?」

 ふと気になったので播磨は聞いてみた。

「絵は描かないと上達はしない。播磨殿も、しっかり練習したほうがいい」

「へいへい。優等生だね」

「この先に過ごしやすい場所がある。そこで描かないか」

「ん、そうだな。日陰か?」

「そうだ」

「わかった、そこへ行こう」

 日向で描き続けられるほど、今日の日差しは親切には思えなかった。




   *
156 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/16(月) 21:25:05.97 ID:or0uNGtEo


 【お気に入り】

 しばらくすると石段が見え、そこを上る。

 すると大きな神社が見えた。

「ほう、こんなところに神社があったのか」

「年末年始や七五三には賑わうものだが、普段は人が少ないので私はよくここに来ている」

「お前ェは人が多いの苦手そうだもんな」

「そうでもないが」

「ああ、そうかい」

 木陰の多い場所。

 神社に参拝した播磨と雅の二人は、ここで絵を描くことにした。

「何か虫が多そうだな」

 と、播磨が言うと、

「……」

 雅は無言で虫除けスプレーを用意する。

「用意周到だな」

 時々彼女はどこに収納しているのかわからないものを出すことがある。

 遠くに聞こえる虫の声をBGMに、播磨と雅は腰を下ろした。

 下書きのために鉛筆を走らせ、それから色を塗る。

 淡々とした作業はしばらく続いた。
157 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/16(月) 21:26:04.60 ID:or0uNGtEo

 水彩画はあまり得意ではない播磨だったけれども、静かな場所で気持ちの良い場所で
描いていると筆がよく進む。

 こんなに黙々と絵を描いたのはどれくらいぶりだろうか。

 そんなことを考えていると、不意に腹が鳴った。

 そういえば昼食を食べていなかったのだ。

「そろそろ昼食の時間」

 と、雅は言う。

 遠くから変な音楽が聞こえてくる。

 どうも、公民館で正午と午後六時に流れる音楽らしい。

「そうだな。近くにコンビニとかあったか?」

 播磨がそう聞くと、

「ない」

 雅は即答した。

「げ、それじゃ定食屋とかは?」

「今日は弁当を持ってきた」

「は?」

 そう言うと、鞄から包みを取り出す雅。

 播磨たちは神社の手水舎で手を洗ってから近くの木陰で昼食をとることにした。

 何だか遠足に来た気分だ。
158 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/16(月) 21:26:45.80 ID:or0uNGtEo

「すまねェな、大道。昼飯までごちそうになって」

「別にこれくらいならついでだから」

 この日の昼食は大きなオニギリだ。

 播磨の食べるオニギリは大きく、そして雅の持つそれは小さい。

 彼女が播磨用にオニギリを用意したことは間違いない。

 中の具は、シャケと梅と昆布。

 特にシャケは、スーパーで売っているような鮮やかな色のシャケフレークではなく、
塩鮭の身をほぐしたものであった。

「うめェよ大道」

「そうか」

「お前ェが作ったのか?」

「そうだ」

「お前ェの作るオニギリって、本当にウメェよな。前にも食ったことあるけど」

「ありがとう」

「いや、礼を言うのは俺のほうだ」

「そうか……」

 昼食を食べてからしばらく休憩。

 太陽は高く、空を見上げると木漏れ日が差し込んでいた。

 もうすっかり夏の光だ。
159 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/16(月) 21:27:32.68 ID:or0uNGtEo

 青い空と白い雲もわずかだがはっきり見える。

 一瞬風が流れた。

 強い日差しにもかかわらず気持がいい風だ。

「ここは――」

 不意に雅が口を開いた。

「ここは、私のお気に入りの場所なんだ」

「いい場所だな」

「播磨殿なら、そう言ってくれると思ってた」

「そうかい」

「うん」

「どうして俺をここに連れてきた」

「ん?」

「お気に入りの場所なんだろ? そこにどうして」

「それは……、お気に入りの場所だからだ」

「?」

「わからない?」
160 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/16(月) 21:27:59.48 ID:or0uNGtEo

「いや……、おう」

「じゃあ、それは宿題にしておこう。それより、課題は済ませなくていいの?」

「ん、そうだったな」

 昼食後に再び絵筆をとる播磨。

 数時間して、絵は完成した。

 しかし、周りを見ると何となく暗くなっているように思えた。

(おかしいな、日が暮れるのにはまだ早いはずだが)

「播磨殿」

 すでに絵を描き終えた雅が名前を呼ぶ。

「どうした」

「急いで片づけたほうがいいかもしれない」

「ん?」

「雨が降る」

「お、おう」




   *
161 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/16(月) 21:28:59.81 ID:or0uNGtEo



   【 雨 】

 天気予報では午後から雨が降るなんてことは言っていなかったので、恐らく通り雨の類だろう。

 播磨が絵具などを片付けた瞬間に、ポツポツと雨が降り始め、そしてすぐに本降りとなった。

「ああ、しまったなあ」

 その日はあまりに天気がよかったので、傘は持ってきていなかった。

 ゆえに、雨が止むまでしばらく神社の軒先で雨宿りをして過ごすことにする。

 幸い強い風は吹いていなかったので、神社の軒でも十分に雨が防げる。

「なあ大道、お前ェ、傘は持ってきてなかったのか」

「残念ながら」

「そおか」

 準備万端で何でも持っていると思っていた雅にしては、少し珍しいと彼は思った。

「すまない播磨殿。この時期、こういう事態も想定しておくべきだった」

「いや、いいさ。今日は休みだし、急ぎゃしねェよ」

「そう言ってもらえると助かる」

 雨の中、播磨と雅の二人は並んで待つ。

 昼間に聞こえていた虫の声はすべて雨音と、軒先から流れ落ちる水の音に塗り替えられていた。
162 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/16(月) 21:30:11.26 ID:or0uNGtEo

「天気一つでこんなにも変わるもんなんだな、風景ってのは」

 ふと、播磨はそんな言葉を口にする。

 だが言ってすぐに、自分には似合わない言葉だと思って後悔してしまった。

 それを聞き流すように、雅は話をはじめる。

「播磨殿」

「ん?」

「以前、私に婚約者がいる、と言ったことを覚えているだろうか」

「あン? ああ、そういやそんなことも言っていたような、いないような」

「実は今月、その婚約者と会う予定だったのだ」

「今月……?」

「今は県外の大学に通っている。名前だけは知っているが、顔も知らないし、
まだ会ったこともない相手だ」

「そうか」

 播磨には信じられないことだ。

 顔も知らない相手と婚約する。

 それで納得できるのだろうか。

(あ……)

 播磨は教室で見た雅の顔を思い出す。
163 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/16(月) 21:31:06.89 ID:or0uNGtEo

(そうか。今日まで様子がおかしかったのは、これが原因だったのか)

「それで、会ったのか?」

「いや――」

 ここで一旦、雅は言葉を切る。

「彼の実家の近くで、土砂崩れが起きて、それで中止になった」

「中止か」

 長雨による土砂崩れのニュースは、何件か見たことがある。

「実は、少しほっとしているのだ」

「……」

「もちろん、予定が先延ばしになっただけなのだが」

「……そうか」

 播磨はどう答えていいのかわからず、そう言うしかなかった。

「播磨殿は、将来どうする予定で?」

「あン? 俺か」

「そう」

「いや、特に決めてねェなあ」

「やはり絵を描く仕事をしたいと思っているのだろうか」

「わからん。だが、デザイン関係で仕事があれば、いや、無理だな」
164 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/16(月) 21:31:55.41 ID:or0uNGtEo

「今のうちに無理と決めてかかるのはどうだろう」

「そういう大道はどうなんだよ。美大にでも行くのか?」

「私……」

「ああ」

「私は……、わからない。将来のことはわからない」

「意外だな」

「意外?」

「ああ、意外だ。優等生のお前ェのことだから、てっきりもっと先のことをしっかりと
考えてるのかと思ってたけど」

「それは買い被りというものだ」

「そうか? 絵だってあんな上手いのに、いくらでも進める道はあるだろうがよ」

「私は、一度だって自分の絵を上手いだなんて思ったことはない」

「ん……」

「もっと上手になりたい。そう思うから、今まで私は絵を描いてきた」

「へっ、優等生は言うことが違うね。お前ェのレベルで上手くなけりゃ、俺なんか落書きレベルだ」

「播磨殿」

「なんだ?」

「私の絵は、好きか?」
165 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/16(月) 21:32:34.22 ID:or0uNGtEo

「……正直に言っていいのか」

「ああ、頼む」

「いや、確かにお前ェの絵は上手いと思う。ただ……、俺はあんまり好きじゃねェ」

「……」

「いやまあ、これは好みの問題っつうか、そりゃ凄く上手いぞ。俺なんかの何倍も、
ただ、好きか嫌いかって聞かれたら……」

「ありがとう」

「だから、本当に。別に俺なんかの好みなんか、全然気にしなくていいから」

「いや、いいんだ。正直に言ってくれた、それだけで私は嬉しい」

「大道」

「もうすぐ雨が止む」

 そう言うと雅は空を見上げた。

「ん?」

 はたして、雅の言うとおり雨は小降りとなり、そして止んだ。

 しばらくすると青空まで見えてくる。

「帰ろうか、播磨殿」

「ああ」

 播磨たちは荷物をまとめ、神社を出ることにした。




   *
166 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/16(月) 21:33:21.60 ID:or0uNGtEo

  【 虹 】

 
 神社の長い石段を下りて、広い道に出るころにはすっかり空は晴れ渡っていた。

 道端の草についた雨のしずくが、太陽の光に照らされて輝いている。

 休んでいたセミたちも、再び活発に鳴き始めた。

 遠くで走る電車。

 そして田圃の上を飛び回るナツアカネと呼ばれる赤とんぼ。

 すべてが夏の到来を告げているようだ。

「昼飯、サンキューな、大道」

「播磨殿、今日話したことは」

「誰にも言わねえよ。安心しろ」

「そうしてくれると助かる」

「弁当作ってもらったし、何かお礼をしねェとな」

「気にすることはない。それより恩を変えそうと、あまりに急ぎ過ぎるのは一瞬の忘恩だよ、
播磨殿」

「そうかよ」

 駅までの道を、静かに歩く二人。

「播磨殿」

 今度は雅のほうから話しかけてきた。

「ん?」

「頼みがあるのだが」

「どうした」
167 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/16(月) 21:33:56.85 ID:or0uNGtEo

「手を、つないでくれないだろうか」

「ん? なんで急に」

「いや、最近繋いでないなと思ったので」

「なんか子供みたいなこと言うなお前ェも」

「嫌なら別に」

「嫌じゃねえよ。ほれ、手ェ出しな」

 播磨は、手に持っていた袋を左肩にかけると、自分の右手を雅のほうに差し出す。

 彼女の差し出した手を握ると、それは思った以上に冷たくそして華奢であった。

「冷てェな……」

 雅の手を握った瞬間、播磨はつぶやいた。

「ああ、私の手は冷たい。小さい時からずっと」

「で、でもよ。今の時期は、冷たくて気持ちがいいぜ」

「あ……、ありがとう」

 雅はそう言って、少し顔を伏せる。

「お、虹だ」

 駅舎の向こう側、雨上がりの山の上の青空に、大きな大きな虹がかかっていた。




   つづく 
 
168 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/16(月) 21:36:53.71 ID:or0uNGtEo
 今回ちょっと長かった。

 原作でも好きなエピソードだったので、少し気合が入ってしまったか。

 小ネタもいつもより多めに盛り込んでおります。

 いかがだったでしょうか。
169 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2012/07/16(月) 21:39:36.59 ID:qKZevjNQo
マサかわいいよマサ 今日も乙ですぜ!
170 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/16(月) 21:42:01.57 ID:or0uNGtEo
 キョージュの戦闘力(バスト)については、GA原作第四巻19ページをご参照ください。



 さて、次回ですが、お待たせしました。いよいよ、スパッツヒロイン回です。
171 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/16(月) 23:21:21.99 ID:ihxEgl0SO
播磨〜 もげろ〜 そして乙!

菱沼さんの名前をこのスレで見るとは。
172 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/17(火) 21:43:15.82 ID:e72LuMQ4o
久しぶりに坂本冬美の歌を聞いたけど、なかなか。

少し遅いがはじめませう。
173 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/17(火) 21:44:09.39 ID:e72LuMQ4o






   第十話  兄 妹
174 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/17(火) 21:45:09.36 ID:e72LuMQ4o

 【聞きたいこと】

 ある日の休み時間、播磨が廊下の掲示板に貼られたポスターを見ていると、
不意に誰かが話しかけてきた。

「ハリーマ」

 少々変な発音。こんな呼び方をするのは人間は少ない。

「マリか。どうした」

 マリ、と呼ばれた金髪の外国人はフランスからの留学生だ。

 本名をマリアンヌ・ファン・ティエネンと言い、某女子高校の軽音部でキーボードを弾いている
生徒によく似ているような気もするが、それは気のせいである。

「何を見ているのデスカ?」

「いや、浴衣のデザインコンテストってのがあってな。まあ俺には関係ねェけど」

「ハリーマ、マリは聞きたいことがアリマス」

「何だ?」

「ユカタとキモノって、どう違うのデスカ?」

「あン?」

 そういえば、一口に和服と言っても色々な種類があると聞いたことがある。

 ただ、播磨にそんなことがわかるはずもない。

 だがしかし、日本人としてのプライドもある。

 播磨が周囲を見ると、見知った顔が歩いていた。

「おい! トモカネ」

「どうしたハリケン。マリと一緒にいるなんて珍しいな」

 同じクラスのトモカネだった。

「ちょっと知りたいことがあってな」

「何だ?」

「大道知らねェか」

「ちょっ、俺にも聞けよ」

「だってお前しらねェじゃん」

「決めつけよくない!」

 結局、トモカネも知らなかったので、わざわざ大道雅(キョージュ)を
呼んで説明してもらった播磨(とトモカネ)であった。





   *
175 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/17(火) 21:45:50.57 ID:e72LuMQ4o



 【武士は食わねど】


 昼休み――

 ノダミキとトモカネは教室で弁当を食べ、ナミコやキサラギたちは食堂で昼食を
とる予定であった。

 そこでナミコが気づく。

「あれ? マサ、今日は弁当を持ってきたんじゃないのか」

 マサこと、大道雅(キョージュ)は学食組の列に加わっていた。

「どうして?」

「ああいや、今朝弁当の包みを見たからてっきり」

「あれは違う」

 そう言うと、彼女はスタスタと早足で歩いて行った。

「?」



   *



 教室――
 
「ったく、あのチビババアめ……」

 播磨は服飾デザイン担当の教師に呼び出されて、少し昼食時間が遅れていた。

 彼の昼食は相変わらず質素だ。

 この日も、賞味期限ギリギリのアンパン一個で済ませている。
176 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/17(火) 21:46:35.59 ID:e72LuMQ4o

(これじゃあ全然足りねェなあ。しかし今月、バイト代入るまでまだ時間もあるし)

 そんなことを思ってると、不意に誰かが話しかけてきた。

「ハリーマ」

「ん? マリか」

 留学生のマリだ。

 外国人らしく、いつも独特の香りを漂わせている。

「ハリーマ、マリ気になりマス」

「その言い方流行ってんのか?」

「ハリーマ、身体が大きいのにアナタの昼食はそれくらいで足りるのデスカ?」

「は?」

 播磨は少し考えた。

 普通に「金がない」と答えるのは何だかかっこ悪い気がしたからだ。

「マリ、いいことを教えてやる」

「ふん?」

 マリは首をかしげる。

「日本には『武士は食わねど高楊枝』という諺がある」

「コトワザ? ああ、proverbeのことですね。どういう意味ですか」

「武士、つまりサムライだ。サムライは貧しくて食事ができなくても食べたふりをして爪楊枝を
悠然と使い、貧しさなんて微塵にも見せないことだ」

「オー、ということはハリーマは今、貧しいのデスか?」
177 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/17(火) 21:47:25.62 ID:e72LuMQ4o

「いや、確かに金はねェけど、一時的なモノだ。例え腹が減っても武士ならば我慢する」

「ナルホド。ハリーマは武士なのデスネ」

「おうよ」

「立派デスハリーマ。マリ感動しました」

「ふっ、大したことはねェぜ」

「ほう、ではこれは必要無いな播磨殿」

「ん?」

 顔を上げると、そこにはハンカチに包んだタッパーを持っている雅がいた。

「オー、キョージュさん。どうされたのデスか?」

「弁当が余ったので播磨殿に進呈しようかと思ったのだが、なるほど。
武士は食わねど高楊枝。ナポレオンにでもやってこよう」

「ちょっ、待て」

 播磨は立ち上がる。

「播磨殿は武士なのだろう?」

 雅は振り返らずに言った。

「いや、腹が減っては戦はできぬとも言うだろうが」

「播磨殿の武士道とはその程度か」

「いやいやいや……」

「ハリーマはキョージュさんとも仲良しデスねえ」

 二人のやり取りを見ながら、マリは笑っていた。

  


   *
178 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/17(火) 21:48:00.85 ID:e72LuMQ4o


 【 兄 】


 太陽がまぶしい。

 そのあまりの眩しさに、彼は今空の色がわからなくなっていた。

 ここ最近身体の調子がよかったから、少し調子になってしまったか。

 ぼんやりした頭の中で、彼はやけに冷静に考えてきた。

 このまま休んでいたら体力が回復するだろうか。

 それとも、誰かが――

 そこまで考えたところで彼の視界が一瞬暗くなる。

「大丈夫か」

 男の声が聞こえた。

 高く上がった太陽の光が逆光となってよく見えないけれど、誰かが自分の顔を
覗き込んでいるということだけはよくわかる。

 この学校の体操服を着ているようだ。
 
「お前ェ何やってんだ。昼寝するにも場所がわるいぞ」

「はは、すみません。少し動けなくなったもので」

「熱中症ってやつか?」

「まあ、そんなところです」

「立てるか」

「いえ……」
179 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/17(火) 21:48:47.14 ID:e72LuMQ4o

「手を出せ」

 そう言うと、体操服姿の男子生徒は彼の手を引いて起こす。

 急に起こされて、少しだけ血のめぐりが悪くなったけれど、
すぐに意識を取り戻した。

「どうも」

 そう言って彼は前を見る。

「あ」

「あン? どうした」

「もしかして、キミが播磨くんかい?」

「なんだ?」

 サングラスに髭、長めの髪を黄色いカチューシャで止め、やたら体格のいい男子生徒。

 校内ではすでに有名人であったけれど、彼がこうして近くで見たのは初めてだった。 

「ああごめん。僕はGA二年の友兼っていいます。知っているかな。確か君と
同じクラスに妹がいると思ったんだけど」

「おお、トモカネ。そうか、あいつか。確かに兄貴がいるとか話していたような。
ああそうか、先輩だったか。そりゃすまねェ」

「妹から話は聞いてるよ。とっても面白い奴がいるって」

「アイツめ」

「それで、どうしてここにいるの? 今は授業中だけど」

「そりゃ先輩もだろ」

「ハハハ。言えてる」
180 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/17(火) 21:49:34.55 ID:e72LuMQ4o

「今は体育の時間だからな。GA(ここ)の体育はヌルいから、こうして抜けてきた」

「そうなんだ」

「したら変なもの見つけちまって」

「いや、よかったよ。キミが体育をサボってくれなかったらどうなっていたか」

「保健室行くか」

「いや、いいよ。しばらく休んだら教室に戻れると思うし」

「遠慮すんな。何かあってからじゃ遅せェ」

「でも」

「どうした」

「足がしびれちゃって」

「ったく、しょうがねえなあ」

 播磨はぶつくさ言いながらも友兼を背負い、歩き出した。

「妹の言った通りだね」

「何が」

「いや、超が付くほどのお人好しだって」

「ンだよそれ」

「でも感謝しているよ」

 保健室に向かうまでの時間、友兼(兄)は播磨と少しだけ話をすることにした。
181 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/17(火) 21:50:29.02 ID:e72LuMQ4o

「しっかし、なんであんな場所で寝てたんだ? サボってた、ってわけでもなさそうだが」

「いやあ、ちょっと運動でもしようかと思って」

「運動?」

「そう。僕はこう見えて身体が弱くてね」

「こう見えてって、見たまんまじゃねェか」

「アハハ」

「トモカネの兄貴とか言われても、一瞬信じられなかったぜ」

「よく言われるよ。でも本当なんだ」

「妹は体が丈夫だったな」

「僕と違って身体は丈夫に育ってくれたよ」

「俺がコブラツイストをかけても平気だった女子はアイツがはじめてだ」

「ハハ……。彼女も一応女の子だから、お手柔らかにね」

「先輩は身体が弱いんだろ。なんであんな場所で運動なんか」

「人が見てたら止めると思って」

「まあ、止めるわな。実際にこんな事態にもなっちまったし」

「面目ない」

「……でも理由はあるんだろ」

「まあ、いつまでもこんな風に病弱じゃあいられないと思ったから」

「色々困るわな」
182 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/17(火) 21:51:04.76 ID:e72LuMQ4o

「それと、妹のことがあるんだ」

「妹?」

「うん。僕はこんな身体だから、妹と一緒に遊んであげることができなかった。
それで、最近身体の調子が良くなってきたから、密に身体を鍛えて、
妹と一緒に遊んであげられるようになりたかった、という」

「……そうか」

「まあ、結局こんな風になってしまったんだけど」

「俺にも弟が一人いるが」

「うん?」

「年が離れているからな、一緒に遊ぶとか、そんなことは考えたことはなかったな」

「そうなんだ」

「先輩よ」

「ん? 何」

「妹のこと、好きなんだな」

「そうだね。色々と困ることもあるけど、僕の大切な妹だから」

「大切な……か」




   *
183 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/17(火) 21:51:33.18 ID:e72LuMQ4o



 【 妹 】


 播磨が着替えを終えて教室に戻ると、こちらも着替えを終えたトモカネたちが待っていた。

「ハリケン、お前また体育サボってただろう」

 運動した後で、少し赤くなった顔のトモカネがそう言って怒った。

「トモカネよ」

「なんだよ」

「お前ェは頭使う遊びと、身体使う遊び、どっちが好きだ?」

「はあ? いきなり何言ってんだよ」

「やっぱ、身体使う遊びだよな」

「決めつけるなよ!」

「じゃあ頭使うほうか」

「いや、身体使うほうだけど」

「なるほど」

「何だよハリケン。バカにしてんのか? 勝負ならいつでも受けてやるぞ」

「やめとけトモカネ。お前ェじゃ俺にはかてねェ」

「んだとお?」

「トモカネ」

「なに」
184 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/17(火) 21:52:01.36 ID:e72LuMQ4o

「野球とバスケ、どっちが好きだ?」

「どっちって、やっぱバスケかな。野球はやったことないし、ルールとかよくわらないし」

「バスケはどうして」

「そりゃ、中学の時やってたし」

「よし」

「?」

「今日の放課後、体育館でバスケやろうぜ」

「は?」

「どうせテスト週間で部活の奴はいねェんだ」

「いや、勉強しろよ」

「じゃあやらねェか」

「やります」




   *
185 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/17(火) 21:53:01.95 ID:e72LuMQ4o

 【1on1】


 テスト期間に入ると、部活動が禁止になるので放課後の学校は静かだった。

 体育館の中ともなれば人もいないので猶更だ。

 体育倉庫から持ってきたバスケットボールをつく音が響き渡る。

「なあハリケン、何だって急にこんなことを」

「さあな、気紛れだ。遊びってそんなもんだろう?」

 そう言うと、彼は片手でバスケットボールを投げてよこした。

「よっと」

 それを受け取ると、懐かしい感触が両手から伝わってきた。

「ハンデつけるか?」

 いつの間にかタンクトップ姿になった播磨がそう言う。

 太過ぎず、それでいて細すぎない彼の腕はスポーツをするには理想的とも言える。

 これでなぜGAに来たのか不思議なくらいだ。

「バスケの経験は?」

 トモカネは逆に聞いてみる。

「いや、体育でやったくらいか」

「だったらいらねえ」

「何だって?」

「いくら男でも、素人相手にハンデなんていらないって言ってんの」
186 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/17(火) 21:53:56.85 ID:e72LuMQ4o

「そうか」

「まあ、アンタが欲しいならやってもいいぜ」

「俺だっていらねェよ」

「そォか。先攻、俺でいいか?」

「好きにしろ」

「じゃあ、そうさせてもらう」

 トモカネはバスケのドリブルを始める。

「……!」

 播磨は守備(ディフェンス)のために身構える。

 その瞬間、

 トモカネは膝を柔らかく使ってシュートを決めた。

「お……」

 ボールはパサリというあっけない音とともに、リングの中心へと吸い込まれていった。

「へへ、まずは二点」

 トモカネは播磨に接近される前にシュートを放ち、そしてゴールを決めたのだ。

「面白ェ、手加減は不要ってのか」

「最初から本気で来いよハリケン」

 トモカネのほうが経験者なだけに、中長距離のシュートにはそれなりのアドバンテージがある。
187 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/17(火) 21:55:38.96 ID:e72LuMQ4o

 しかし、そこは男と女。それも、日本人男子の平均身長よりも高い播磨が相手だ。

 ゴール下の競り合いでは歯が立たない。

 リバウンドを取るためにスクリーンアウト(自分の背中を使って相手を外側に
押し出す行為)をしようとしてもビクともしないのだ。

 それどころか後ろから易々とボールを取られてしまう。

「んにゃろ!」

 激しくぶつかるトモカネ。

 女子同士だったら相手が転んでファールになってしまうところだが、今の相手は播磨だ。

 ほとんど効果がない。

 近づくと見せかけて後ろに回り、シュート。

「いよしっ!」

 何とかゴールを決める。

 しかし、攻守が交代するとキツイ。

 最初のうちはドリブルカットをしてボールを奪うこともできたが、播磨も学習してきたので、
何度かやっていると容易に取れなくなる。

 それどころかフェイントを使って抜こうとするのだ。

(いかせるか!)

 そう思って付いていくトモカネ。

 だが、それは播磨の思うつぼだった。

(しまった)
188 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/17(火) 21:56:25.64 ID:e72LuMQ4o

 ジワジワとゴール下まで詰め寄られてしまう。

 長距離からのシュートなら外す可能性もあったけれど、ここまで近くになると、
さすがの播磨も外さない。

 仮に外したとしても自分でリバウンドを取ってしまう。

(んな!)

 播磨はゴール下のシュートを決める。

「どうした、その程度か?」

「まだまだあ」

 悔しかった。

 男女差があることがこれほど悔しいと思うことはなかった。

 でもそれ以上に……、楽しかった。

「ハアハアハア」

「はーはーフー」

 数十分やったところで双方とも息が上がってきた。

「だらしねえぞハリケン、はあ、はあ……」

「そっちこそ、ハアハア、息上がってるじゃねェか……」

 さすがに、今のトモカネは中学時代ほどの持久力はない。

「三十対三十、イーブンか」

「ちょっと待てハリケン。俺は前のスリーポイントが入ったから三十一だ」
189 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/17(火) 21:56:57.84 ID:e72LuMQ4o

「待て、アレは線を踏んでただろうが」

「踏んでませんー。入りましたー」

「いや、踏んでたから」

「素直に負けを認めろハリケン」

「お前こそ、インチキ言うな」

「何だと? だったら延長戦行くか」

「おう、望むところだ。だが」

「ん?」

「少々疲れた、延長戦はアレにしねェか」

 そう言うと、彼はゴール前にある円を指さす。

「フリースロー」

「いいぜ」

 フリースローなら、経験者のトモカネが圧倒的に有利だ。

「おっと、俺もう疲れたんで、ちょっと代理を呼んでいいか?」

「は? 何言ってんだ」

「ちょうど、お前ェと勝負してェって奴がいるんだよ」

「俺と?」

 体育館の出入り口に、一つの人影が見えた。
190 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/17(火) 21:57:29.78 ID:e72LuMQ4o

 見覚えのある制服姿の男子生徒。

「兄キ!?」

「よっ、妹よ」

 透けて見えそうなほど白い肌の男子は、間違いなくトモカネの兄であった。

「ハリケン、一体どういうことだ」

「どうって、代役だよ。俺はもう帰る」

 そう言うと、播磨は脱ぎ捨てた開襟シャツを拾いあげ、出入口へと向かう。

「じゃ、後は頼んだぜ」

 そして、トモカネの兄にバスケットボールを渡した。

「兄キ、どうして」

「一度勝負してみたかったんだよ。運動でね」

 そう言うと、彼はバスケのシュートの真似をして見せた。




   *
191 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/17(火) 21:58:59.01 ID:e72LuMQ4o



 【距 離】


 翌日の放課後、播磨はトモカネに呼び出されて校舎の屋上へ来ていた。

「昨日はありがとうな、ハリケン」

「どうってことねェよ」

「ウチの兄キはあんなんだから、一緒に遊んでも中途半端になってストレスたまるだけだけど、
お前が開いてしてくれて楽しかったよ」

「そんで、結果はどうだったんだ?」

「6対5で俺の勝ち」

「結構ギリギリの勝利じぇねェか」

「しょうがないだろ? 兄キと勝負する前に、あんだけ走り回ったんだから。
疲れて腕上がんなかったよ」

「ははは、それはしょうがねェ」

「でも……、嬉しかった」

「勝てたことが?」

「いや、勝ったこともそりゃ嬉しいけど、なんていうか、俺の好きな分野で兄キと勝負できたことが」

「……」

「いつもさ、兄キの得意なゲームとか将棋とかで勝負してたからさ、兄キがこっちに来てくれて、
それで勝負してくれたことが嬉しかったんだ」

「そうだな」
192 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/17(火) 21:59:45.60 ID:e72LuMQ4o

「俺は、兄キに近づきたくてGA入って、デザインを勉強して。そしたら兄キのほうも、
俺に近づいてくれて、それが嬉しかった」

「……そうか」

「そういや、兄キとは勝負ついたけど、ハリケンとはまだ勝負がついてなかったな」

「何なら、今からでも決着つけるか」

「お、いいな」

「体育館つかえねェけど」

「外のゴールを使えばいいよ」

「んじゃ、行くか」











「どこへ行くんですか? 播磨さん」




「へ?」

 振り返ると、そこにはやたらニコニコしたキサラギと、無表情な大道雅(キョージュ)の姿がった。

「トモカネ殿、テスト期間中です。しっかり勉強をしなければ」

 そう言ってキョージュは素早くトモカネの横に行くと、彼女の腕を掴む。

「わっ、ちょっと待てよ」

 どうも武術に通じる握り方をしているようで、抵抗しても雅の手は離れない。
193 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/17(火) 22:00:42.77 ID:e72LuMQ4o

「播磨さんも、遊んでないでしっかり勉強しましょうね」

 ニコニコ顔のキサラギも、播磨の横に回り込んで彼の腕を掴む。

 やたら力が強かった。

「痛っ、なあ山口。お前ェ怒ってるのか?」

「え? 何でですか? 全然怒ってませんよ?」

 そう言いつつ播磨の腕を握る手の力を込めてくる。

「いや、痛いし。お前ェこんなに力が強かったっけな」

「何言ってるんですか播磨さん。私、全然力は強くありませんから」

(俺なんか悪いことでもしたか?)

「なあキョージュ、ナミコさんたちはどうしたんだ?」

 播磨と同じように掴まっているトモカネは聞いた。

「図書館でノダ殿と一緒に待たせてある」 

(ノダちゃんと一緒か)

 そう思うと少しだけ嬉しくなる播磨。

 ギュッ

「痛いって。わかったから山口、俺は逃げねえよ!」

 ただ、キサラギの不機嫌の理由は最後までわからなかった。



   つづく 
194 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/17(火) 22:02:37.49 ID:e72LuMQ4o
トモカネが中学時代にバスケ部だった、という設定は公式にはありません。

沢城みゆき繋がりで、あの人の設定を流用しました。

ちなみに、腕に包帯は撒いていないのであしからず。
195 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/17(火) 22:03:42.31 ID:e72LuMQ4o
トモカネの下の名前は未だに明らかになっておりませぬ。

ミントでいいかな。友兼ミント。GAだけに。
196 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/17(火) 22:10:31.54 ID:e72LuMQ4o
あー、そういえば予告忘れてた。あー、次はあー、あーの人がメインヒロイン予定です。

あー、名前は言えないのですが、あーとっても素敵なあーの人です。

ちなみに関西弁やのうて中部弁や。
197 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/17(火) 22:25:42.05 ID:zEKkby1Uo
おつおつ、播磨はモテモテだなぁ
次のヒロイン隠す気ゼロじゃないかwwwwww
198 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/17(火) 22:38:34.59 ID:8QT29l4SO
腕に包帯って、モンキーのことか。
わからなかったから調べちったい。

乙でした。
トモカネ兄妹、良かったな!
199 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2012/07/18(水) 00:35:03.70 ID:zEav99lqo
語尾が女言葉に変わるぐらい嫉妬してるキョージュが素敵
次のえらい人たちにも期待
今日も乙
200 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/18(水) 20:38:27.73 ID:QW6TPZeao
 今朝新聞を見たら、沢城みゆきが出ていてビックリした。

 でもよく見たら、直木賞を受賞した辻村深月さんという方でした。

 角度によっては凄く似ていると思った今日この頃。
201 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/18(水) 20:39:59.66 ID:QW6TPZeao




 
 第十一話 彩井学園高校美術部の日常

     ※今回播磨は出てきません。
202 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/18(水) 20:40:51.56 ID:QW6TPZeao


 【新入部員】


 四月のある日、小柄な髪の長い女子生徒が廊下を全力疾走していた。

 彼女の名前は芦原ちかこ。

 GA3、つまり芸術家アートデザインクラスの三年生だ。

 自分の所属するGA三年のクラスのドアをブチ破りそうな勢いで開け、
そして目的の人物を見つけて叫ぶ。

「ちょいとぶちさん! 大変やあ!」

「あら、どうしたのあーさん」

 この、ちょっぴりおっとりした女子生徒は水渕、通称ブチさんだ。

「新入部員、新入部員が入ったでえ!」

 ちかこはこう見えて美術部の部長なのである。

「そうなの? よかったじゃない」

「それがそうでもないんよ」

「どうしたの?」

「だって、全員男やもん」

「あらあら。ちなみに何人?」

「三人や。全員一年生」

「よかったじゃない」

「はあ、心配やなあ」

「どうしてよ」

「だって、うちを巡って男たちが争ったらどないしようかと考えて」

「あーさん、多分それはないと思うわ……」




   *
203 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/18(水) 20:41:20.39 ID:QW6TPZeao




 【自己紹介】

 あーさんこと、芦原ちかこに頼まれて美術部に向かう水渕。

 彼女は校内で色々とヘマをやる芦原の保護者的存在である。

 ゆえに、こうして美術部の初顔合わせにも付き合うことになった。

「それでは、自己紹介をしてくださいね」

 本来は部長の芦原がするところだが、意外と人見知りする彼女に代わって
水渕が司会進行を勤めることにした。

 一人目は、メガネをかけたやせ形の男子生徒だった。

「GA一年の冬木武一です。趣味はカメラです。この学校には写真部がないので、
それに近いかなと思って美術部に入ってみました」

「あら、カメラが好きなの?」

「ええ」

「カメラと言ったら光画部やなあ、ぶちさん」

「あーさん、ちょっと黙ってて」

「GAにも写真の授業はありますけど、あくまで補助的なもので」

「そうね。でもあなたもGAなんだから、他の勉強もがんばりましょうね」

「冬木くん、冬木くん」

 ここで部長が声をかける。

「はい、なんでしょう」
204 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/18(水) 20:41:47.69 ID:QW6TPZeao

「盗撮は犯罪やよ」

「え……!」

「ここは可愛い子もたくさんおるけど、もしやるんやったらバレへんようにやるんよ」

「こらあーさん。何てことを。ごめんね冬木くん」

「い、いやあ……」

 二人目は、太っていて眉毛が太く、西郷隆盛のような風貌の男子生徒であった。

「自動車整備科、西本願司ダス」

(ダス……?)

「趣味はビデオ鑑賞ダス。家はレンタルビデオ屋を営んでいるダス。美術には、
色々と興味があるダス」

「そうなの。美術にも絵とか彫刻など、色々あるけれど、どういうものが好み?」

「どちらも好みダス。主に見る方が」

「西本くん、西本くん」

 再び声をかけるあーさん。

「なんダスか、部長」

「美術部って言っても、裸婦のスケッチはないよ」

「!!」

「まあ、今時そんな期待をしている奴もおらへんと思うけど」

「……帰るダス」

「えええええ!!?」
205 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/18(水) 20:42:22.09 ID:QW6TPZeao

 立ち上がった西本は、さっさと部屋を出ようとした。

「待って待って待って、待ってえな西本くん。せっかくここまで来たんやし、
試しにやてみたらどうやの」

 西本の肩を持った芦原は言う。

「しかし、エロスの無い芸術に興味はないダス」

 見事なゲス野郎だ、と水渕は思ったが、心優しい彼女はそれを口には出さない。

「ちょっと待って。ハダカはないけど、あそこにいるぶちさん。キレイやろ? 
頼んだら水着くらいにはなってくれるかもしれへんよ」

「な!!」

「聞こえてるわよ、あーさん」

 結局、二人は一発ずつ殴られてから席についた。

「ごめんなさいね、最後の方、自己紹介を」

「あ、はい」

 恐縮した少年が立ち上がる。

 まったく特徴のない生徒だった。

 多分街で目が合っても三秒で忘れてしまうほど普通の少年だ。

「普通科一年の奈良健太郎です。絵を描くことがわりと好きなので、美術部に入りました」

 普通だった。

 見た目も普通だが自己紹介も普通。

「ごめんな奈良くん」
206 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/18(水) 20:42:54.68 ID:QW6TPZeao

 そしてまたあーさん。

「文化部なら女の子と出会えるかとおもったかもしれんけど、女の子はウチらだけやのよ」

「いや、別に……」

(図星だったか)

 奈良は明らかにテンションが下がっていた。

 そこで、思い出したように芦原が立ち上がる。

「ああ、そうや。もう一人女の子がおったわ」

「本当ですか?」

 芦原は立ち上がると、隣の用具室の中に入る。

「うぎゃあ!」

 何かが崩れ落ちる音がした。

「大丈夫ですか?」

「ああ、大丈夫よ皆」

 と、水渕は止める。

「隣の部屋は難易度が高い場所だから、素人がホイホイ入る場所ではないわ」

「はあ……」

 水渕を含む四人が待っていると、部長の芦原が何か大きなものを抱えて出てきた。

「これが五人目の刺客、早苗ちゃんや!」

 それは学校指定のジャージを着せられたマネキンであった。

「早苗ちゃん?」

「そうや! 皆仲良うしたってえ」

 何はともあれ、笑顔が眩しい。

 そう思う水渕であった。




   *
207 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/18(水) 20:43:27.89 ID:QW6TPZeao




 【創作意欲】


 ある日、西本願司は紙粘土をこねて何かの形を作っていた。

「西本くん、何作ってるの?」

 それを興味深そうに覗き込む部長のあーさんこと、芦原。

「人類の神秘ダス」

 彼はそう言ってから一つの形を生み出す。

 それは明らかに、女性の身体であった。

「ほう、西本くんって見かけによらず手先が器用なんやねえ」

 芦原は関心する。

「ちなみにこれは誰がモデルなん?」

 彼女がそう聞くと、西本は少し考えてから言った。

「水渕先輩ダス」

「なるほど。確かに近いかもしれへんなあ」

「あの制服の下に隠された神秘、興味あるダス」

「うむむ。でも西本くん」
208 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/18(水) 20:44:02.91 ID:QW6TPZeao

「何ダス?」

「ぶちさんは、胸のあたりがもっとこう、肉付きエエよ」

「ほほう、さすが部長ダス。脚のほうはどうダスか」

「そうやねえ。ムッチリしたところが魅力ではあるんやけど、最近はちょっと――」


「何の話をしているのかな、二人とも」


 見てはいないけれど、芦原は親友の水渕が物凄い笑顔であることを感じていた。


 グチャッ


 ちなみに西本の粘土細工がその場で壊されたことは言うまでもない。




   *
209 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/18(水) 20:44:34.26 ID:QW6TPZeao

 【記念に】

 新入部員冬木武一は写真が趣味である。

「うーん、何かいい被写体はないかなあ」

 そう言いつつ、今日も学校内をウロつく。

 そのうち通報されるんじゃないかと芦原辺りは思っているが、今のところその兆候はない。

「あーさん部長。記念に一枚どうですか」

 カメラを持った冬木が聞く。

「ウチはええよ」

「どうしてですか」

「ウチ、写真写り悪いし」

「そんなことないですって。どうですか」

「それならぶちさんのほうがええんとちゃう?」

「ぶちさん、水渕先輩ですか」

「そうそう」

 噂をすれば影、水渕がやってきた。

「こんにちは。あーさんいる?」

「お、来たねぶちさん」

「どうしたのよあーさん」
210 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/18(水) 20:45:01.46 ID:QW6TPZeao

 親友の目の輝きに身構える水渕。

「先輩、一枚どうですか」

 そう言って冬木はカメラを構えた。

「何よ急に」

「記念ですよ、記念」

「記念? どういうこと?」

「まあ、ぶちさんが美術部(ここ)に訪ねてきた記念?」

 と、芦原は言った。

「何よそれ」

「先輩先輩」

 そう言ってカメラを構える冬木。

「やめてよ」

 シャッターを押す。

 その瞬間、

 キラッ☆

「……」

 水渕は写真に写る瞬間、ポーズを取ったのであった。




   *
211 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/18(水) 20:45:43.38 ID:QW6TPZeao



 【普 通】


 奈良健太郎は普通だった。

 見た目も普通なら、美術の腕前も……。

「どうですか、部長」

 自分のスケッチブックを見せる奈良。

 芸術の道は一日にしてならず。

「普通……?」

「……」

「待って待って奈良くん。別に下手とか言ってるわけやないんよ」

「それはわかりますけど、もっと別の表現はないんですか」

「別の表現」

 芦原は考える。

 そういえば、彼女の現国の成績はあまりよくなかった。

「ああーん、どう言えばええんやろおおおお」

 髪の毛をぐしゃぐしゃさせながら考える芦原。

(ぶちさんやったら、もっと洒落たこと言ってくれるかもしれへんけど。
いやあ、いつまでもぶちさんに頼ってたらあかんわ)
212 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/18(水) 20:46:16.38 ID:QW6TPZeao

 そう思った彼女は再び奈良のスケッチブックに向き合う。

(そうや、ええ所を見つけて褒めてあげればええんや。褒めて伸ばす。うちにぴったりやんか)

 芦原はじっと見つめる。

(難しいわ)

「あの、部長。あまり無理しないで」

 奈良が気を使ってきた。

「ああわかったあ!」

「はい?」

「個性がないのが個性なんや」

「は、はあ」

「これからも没個性で頑張っていこうやないか」

「……」

 後で水渕がフォローを入れたことは言うまでもない。



   *
213 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/18(水) 20:46:44.85 ID:QW6TPZeao



 【写 真】

 ある日、冬木が部室で写真を広げていた。

「冬木くん、おっす」

「あ、部長。お疲れ様です」

「何してるの?」

「写真の整理ですよ。ここに入学してから大分たまったもので」

「おわっ! うちの写真がある」

「はは、美術部の写真も結構撮れました」

「やめてえなあ、うち写真写り悪いんやから」

「これなんかいいですよ」

「ひゃああ! これいつのまに撮ったん!? 酷いわ」

 芦原と冬木が写真のことでもりあがっていると、この美術部の実質的な顧問にして
あーさんの保護者、水渕がやってきた。

「ぶちさんおーっす」

「あーさんこんにちは。冬木くんもいるのね」

「あ、どうも。お疲れ様です」
214 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/18(水) 20:48:54.59 ID:QW6TPZeao

 冬木は水渕に一礼する。

「何をやってるの?」

「写真の整理やてえ。いっぱい写真やるよ。ほれ、ぶちさんのも」

 そう言って芦原は写真を一枚手に取って見せる。

「ぶちさん、どの写真も結構カメラ目線やな」

「はは、そうですね。僕としてはもっと自然な感じの写真が撮りたかったんですけど」

「あら、こっちはクラスの写真?」

「はい? ああ、そうです。部室の写真と混ざってますね」

「この子……」

「知り合いですか?」

「うん。幼馴染なの。年は二つ下なんだけど」

「そうなんですか」

「ええ? 誰? 誰え?」

 芦原が水渕の持った写真を覗き込む。

「このメガネの子、誰? 冬木くんの彼女?」

「ち、違いますよ」

「キサラギちゃんって言うのよ。彼と同じGAの一年」冬木の代わりに水渕が答える。

「へえ、そうなんや」

「冬木くん」

 水渕は言った。

「はい」

「これ、よく撮れてるわね。キサちゃんの良さがよく出てるわ」
215 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/18(水) 20:50:32.64 ID:QW6TPZeao

 彼女は何枚かある写真の中の一枚を手に持っていた。

「そ、そうですか」

「なんやそのキサちゃんって子の写真ばっかやなあ」

 何枚か写真を持った芦原が言った。

「え? そ、そんなことは」

「あらあら」

 水渕は何かを察したように笑顔を見せる。

「あーさん、そういうのは無粋よ」

「何が?」

「うふふ」

「ああいや、その……」

 冬木は二人から目を逸らし、一枚の写真を見つめる。

 長い髪を後ろで束ねた、メガネの大きな女子生徒の写真だ。

 彼女の名前は山口如月。GAの一年生である。



   つづく
216 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/18(水) 20:53:24.13 ID:QW6TPZeao
冬木は前作、はりおん! 以来の登場。

意外と使い勝手がいいメガネ。前作では脇役だったが、今作ではわりと重要人物に?

ちなみに、もう一人のメガネは……
217 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/19(木) 03:25:01.93 ID:rChoo9bDO
ハナーイ…

218 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/19(木) 21:15:54.15 ID:0rzsfQNXo
 小説はあんまり読まないっすね。最近はノンフィクションばかりや。


 でははじめまする。
219 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/19(木) 21:16:32.59 ID:0rzsfQNXo



   第十二話 ファインダーの向こう側




    ※ 今回も播磨は(略)
220 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/19(木) 21:17:06.95 ID:0rzsfQNXo



 【課 題】

 ある日、クラスメイトの山口如月がカメラを持ってウロウロしていた。

「あれ? 山口さんどうしたの。カメラなんて持って」

「ああ、冬木さん。あの、今度写真を使った課題があるんですが」

「ああ、アレね。ボク向きの課題だ」

「冬木さんは写真がご趣味でしたよね。いいですね、センスがある人は」

「いや、僕だって別にずば抜けてセンスがあるわけじゃないよ」

 数日前に、授業で写真を使った画面構成という課題を出された。

 ようは、いかにしっかりと写真を撮るか。一枚の写真でどれだけ的確に状況を写すことができるか、
という課題でもある。

 絵を描いたりモノを削ったりすることが多いGAでは、こんな風にカメラを使う授業は稀だ。

「私、昔から写真とかすごく下手でセンスとかも無くて」

「見せてごらん」

「え? はい」

 冬木はキサラギのデジタルカメラを受け取り、中の画像を見る。

 するとそこには、クラスメイトの大道雅の姿があった。

 しかし、再生を進めていくと、表情の変わらない大道がどんどんと現れていく。

 モデルは変わらず、背景だけが変わっていくという。

「これは……、連続写真?」
221 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/19(木) 21:17:38.52 ID:0rzsfQNXo

「だからセンスないって言ったじゃないですかあー!」

「いやいや待って待って」

 どこで写しても一切表情を変えないモデルにも問題があるんじゃないか、
と思ったけれどそれは黙っておくことにした冬木であった。

「とにかく、そんなに力む必要はないよ。ほら、山口さんっていつも絵を描いてるでしょう?」

「え、はい」

「それと同じ感覚で撮ればいいんだよ」

「同じ感覚」

「確かに腕とかセンスも大事だと思う。でもそれは絵でも一緒だろう?」

「はい」

「それと一緒。心に残った風景をこう、写真で切り取る」

 そう言うと、冬木は両手の人差し指と親指で長方形を作って見せる。

 その四角の中心にはキサラギがいた。

(彼女を撮ったら、どんな風になるんだろう)

 ふと、冬木はそんなことを思う。



   *
222 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/19(木) 21:18:38.69 ID:0rzsfQNXo


 【人の目とカメラの目】

 小さいころからカメラ小僧だった冬木は、カメラ初心者のキサラギに色々と教えていた。

「山口さん、カメラと人間の目との違いはなんだと思う?」

「え? レンズがある、でしょうか」

「レンズなら人間の目にもあるよ」

 そう言って冬木はメガネをはずして見せる。

「水晶体って言ってね、これがレンズになる」

「そういえばそうですね」

「カメラっていうのは、シャッターを押せば対象を全部写してしまうんだ、それが人間との違い」

「人の目は全部写さないんですか?」

「よく考えてみてよ人間っていうのは、知らず知らずのうちに自分の見たい物と
そうでない物を分けてしまうんだ。

たとえば、気になるものならそれをずっと見てしまうけれど、気にならないものだったら、
目の前にあっても気付かない」

「そうですか?」

「携帯電話のメールを読んでたら、目の前の柱に気が付かないとか」

「アハハ、それはやったことがあります」

「そうか、危ないよ」

「はい。反省してます」

「話を戻そうか。それで、人間は目で見たものは直接脳で処理するでしょう? 
でもカメラは、撮ったものをそのまま写真にする」
223 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/19(木) 21:19:26.52 ID:0rzsfQNXo

「はあ」

「その時、全部写してしまうんだ」

「全部?」

「そう、全部だ」

「でもカメラのファインダーって、人の目よりも視界が狭いですよね」

「そうだね。でも、視界を狭くしても人間はそんなに多くのものを見ていない」

「あ……」

「わかった? それでさっきの話だ。人間は目の前に色々なものがあっても、それを選別する。
一方カメラはそれをしない。ピンとのズレとかはあるけれど、基本的に同じ距離にあれば、
同じように写してしまう」

「なるほど」

「ちょっと理屈っぽくなってしまったね。とにかく、カメラは機械だから人の目のように、
自分が撮りたいものだけを撮ってくれるような構造にはなっていないんだ」

「わかったような気がします」

「そう考えると、どういう風に撮影したらいいか、わかってくるんじゃないかな」

「根本的な部分は、スケッチと変わりなんですね」

「うん、そう思う」

「何だか楽しくなってきましたよ」

「はは。カメラに対する苦手意識が減ってくれれば、僕も嬉しいね」

「カメラさんは、私たちのように何を見たいかは選んでくれない。

だから、私たちが見たいようにカメラさんを誘導する必要があるんですね」
224 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/19(木) 21:19:57.37 ID:0rzsfQNXo

「わかってきたね。スケッチとはやり方も表現方法も違うけど、写真も立派なアートだよ」

「凄いですね、冬木さん」

「いや、これは親父の受け売りなんだけど」

「でも凄いです。お父さんもカメラを?」

「ああ、うん。僕がカメラを始めたのも、父親の影響。父さんがカメラ好きじゃなかったら、
こうしてカメラをやっていなかったと思うよ」

「そうなんですか。家族の影響ってありますからね」

「友兼さんとか野崎さんなんかも、上のお兄さんやお姉さんがGAに入ったから、
こっちに来たっていう部分もあるみたいだね」

「私も幼馴染がここに来たから」

「でもそういうのもいいと思うよ。きっかけなんて些細なものさ。問題はどう続けていくか」

「そうですねえ。私も続けていければいいんですけど」

「まあ、まずは実践だね。実際に撮ってみよう」

「わかりました」




   *
225 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/19(木) 21:20:42.71 ID:0rzsfQNXo



 【モデル】

 冬木とキサラギは、とりあえず学校の風景を写真に収めるようにしてみた。

 自分の見た風景とカメラで写された画像。

 そこには歴然とした差があった。

「これが技術の差ってところだろうか。どんなにセンスが良くても、それを発揮できる技術がないと
目に見える形では現れない」

「はい。絵でも同じことが言えます」

「僕だってまだ自分が納得できる写真は撮れることは稀さ」

「へ? そうなんですか?」

「うん。低レベルで満足してたら先には進めない」

「そういうことですか。でも少し気が楽になりました冬木さん」

「よく『好きなように撮れ』っていうけど、技術が伴っていなかったら、全然意味がないからね。
ピアノとか、楽器だってそうでしょう? せっかく頭の中にキレイなメロディが浮かんでも、
それを適切に表現できなければただの騒音だ」

「絵もそうですよね」

「うん。絵だけじゃなくて、彫刻とか生け花にも言えるよね」

「何だか一気にハードルが高くなってきたような」

「ああ、でも今回はあくまで『構図』の勉強だからね。そこまで気負う必要はないと思うけど」

「でもせっかく撮るんですから、キレイに撮りたいと思いません?」

「そりゃ、そうだ」
226 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/19(木) 21:21:18.16 ID:0rzsfQNXo

「あ、おにわとり様だ」

 そう言うとキサラギはカメラを構える。

「……んぐぐぐ」

 冬木はその姿をじっと見ていた。

 数分後――

「上手く撮れませんでした」

 撮影に失敗したキサラギはすごすごと帰ってきた。

「動物の撮影って結構難しいからね。言うこと聞かないし、動くし」

「今まで無意識に猫の写真とか撮ってましたけど、構図を意識するとなかなか上手く
いきませんね」

「意識し過ぎると、上手くいかないのはスポーツとかでも同じ」

「はあ」

「最も、動物は言うこと聞かないし動くから、そうだな。人に頼んでみたらどう?」

「人、ですか?」

「そう、モデルだよ」

「なるほど」

 そして、



   *
227 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/19(木) 21:21:51.12 ID:0rzsfQNXo


「呼ばれて来ましたノダちゃんです!」

 いつもジャージ姿で小柄な女子、ノダミキが現れた。

「キサラギちゃんもこの私をモデルにしたいなんて、わかってるじゃない」

 そう言ってノダミキはポーズをとる。

「モデルとしては申し分ないね……アハハ」

 冬木もノダを見て苦笑した。

「じゃあ撮りますよノダちゃん」

 キサラギはデジカメを構える。

「キレイに撮ってね」

「自信はありませんけど」

 ベンチに座るノダ。花壇の前でポーズをとるノダ。校内を歩くノダ。ジャンプするノダ。

 色々なノダミキを撮った後で、その画像を再生してみる。

「……」

「……」

 無言で見つめる冬木とキサラギ。

「ねえねえ、どうだった? ノダちゃんキレイに撮れてる?」

「何と言いますか」

「モデルが前に出過ぎている感じがするね」
228 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/19(木) 21:22:28.60 ID:0rzsfQNXo

 冬木は言った。

「ええ? どうしてさあ、可愛く撮れてるじゃん」

 再生した画像を見ながらノダミキは言う。

「確かに可愛いけど、ちょっと前に出過ぎている感じがするよ。
今回は構図を学ぶための課題だから、ノダさんだけが出てきたら意味がないんだ」

「そうなの? 可愛ければいいじゃん」

(出た、女の子理論)

 私生活ではそれでもいいかもしれないけれど、学校の課題ともなるとそうもいかない。

「例えるなら、メインディッシュが多すぎる食事みたいな」

「すき焼きでお肉ばかり食べてるみたいな感じですね」とキサラギ。

「上手いね。そういう感じだ」

「でしたら、もう一品おかずをふやしてみましょう」

 というわけで、

「トモカネ参上!」

 今度はトモカネを呼んだキサラギ。

「なるほど、モデルを二人に増やして対象への集中を分散させるか。上手く考えたね」

「素人の考えですけど」

「でもさっきよりは撮りやすくなったと思うよ」

「あんまり邪魔しないでよ」と、ノダはポーズをとりながら言う。

「お前こそ前に出過ぎだぞ」

 ノダとトモカネ。この二人は反発しあうこともあるけれど、とてもいいコンビだと冬木は思う。

 そんなこんなで、ノダミキたちの協力もあってキサラギの課題撮影は無事に終わった。



   *
229 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/19(木) 21:22:55.04 ID:0rzsfQNXo



 【視線の先に】

「今日はありがとうございます。おかげでいい写真ができました」

 キサラギは深々と頭を下げて言った。

「いや、僕も楽しかったよ。色々と発見もできたし」

「そうなんですか?」

「人に教えると、自分も理解が早まるっていうじゃない?」

「ああ、それはありますね」

「私も何か協力できればいいのですが……」

「いや、そんな気にしなくていいよ」

「すみません」

「あ、そうだ」

 不意に冬木は思いつく。

「なんですか?」

「あの、山口さん。よかったら、僕の写真のモデルになってくれない?」

「え? 私ですか? でも、私なんか」

「いやあ、課題とかじゃなくて、純粋に撮ってみたいんだよ」

「でも、私なんかよりノダちゃんやナミコさんとかのほうがいいんじゃないですか?」

「いや、山口さんを撮りたいんだ。いいでしょう?」

「……はあ」



   *
230 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/19(木) 21:23:31.32 ID:0rzsfQNXo



 渋るキサラギを連れて、冬木は放課後の校内で写真撮影をすることにした。

 手には小遣いをためて買ったニコンの一眼レフがある。

「凄いカメラですね」

「いや、これでも安いやつだよ。カメラはこだわったらいくらでも高くなるからね。
三十万四十万はすぐに飛ぶ」

「そんなにするんですか」

「いつかもっとお金を貯めていいのを買うよ。今は修行中」

 そう言うと、冬木はカメラを構える。

「ど、どこで撮ります?」

 緊張しているのか、キサラギの動きはぎこちない。

「ああいや、どこで撮るとか、そういうのを意識しないでほしいな。もっと自然な感じで撮りたいから」

「そう言われましても」

 冬木は適当な場所に立ってもらうことにする。

「ここでいいんですか?」

「あ、うん。そんなに意識しないでいいよ。ほら、無理に笑わなくてもいいから」

「は、はい」

 冬木はキサラギに向かってカメラを構える。
231 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/19(木) 21:23:58.55 ID:0rzsfQNXo

 そういえば、こんな風にしっかりとカメラ越しに彼女を見たのははじめてかもしれない。

 カメラを構える彼には人にはない特殊な能力がある。

 ファインダー越しに見ると、その人が恋をしているかどうかわかるのだ。

 冬木の見たキサラギの恥ずかしそうな笑顔は――


「……」


「どうしました?」

「いや、何でもない」

 一度カメラをおろし、もう一度キサラギの表情を見る。

(恋、しているんだな)

 冬木はそう考えると、少しだけ切ない気持ちになった。



   つづく
232 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/19(木) 21:26:41.98 ID:0rzsfQNXo

 今回は、ちょっと理屈っぽい話になってしまった。

 次回は播磨が帰ってきます。といっても、原作のように旅に出ていたわけではないよ。

 ちなみに次回も若干理屈っぽい。
233 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/19(木) 23:01:35.44 ID:KdpQnFsSO

播磨なしはクロスとして良いのか疑問だがww
ま、いいか!
234 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/20(金) 20:50:34.78 ID:AonNERw4o
さーて、やるか
235 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/20(金) 20:53:41.47 ID:AonNERw4o








   第十三話 ファッションデザイン
236 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/20(金) 20:54:28.77 ID:AonNERw4o

 【天 敵】

 播磨にも苦手な者はいる。

「あのクソババァ……」

 上級生はおろか、教師陣でもビビってしまうほどの播磨だが、
それでも彼が苦手とする者はいるのだ。

 越廼淑乃(こしのよしの)――

 通称“GAのマイクロデビル”。

「テキストスタイル・ファッション」担当教員。小柄な体とは裏腹に、
全学年のGA生徒に恐れられる存在だ。

 その驚異は播磨とて例外ではない。

「またこんなデザイン持ってきて、あなた。今まで何を習ってきたの?」

「いや、それは……」

「センスがないならないで工夫しなさい! 資料集は読んだ? 
今までのレポートは復習してるの? 基本が全然なってないじゃない! 
雑誌は読んでる?」

「……」

「いいこと? 一学期中に課題を合格させなければ、今学期の単位は無しよ!」

「うぐ……!」

 小さな身体にも拘らず鋭い目つきは、絶対的な自信に裏付けされた強さである。

そこいらの不良などとは比べ物にならないほどの眼力だ。

「ハア……」
237 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/20(金) 20:55:18.90 ID:AonNERw4o

 一通り説教を食らった後、教室に戻った播磨は頭を抱えていた。

「随分落ち込んでますね播磨さん」

 遠くからキサラギとナミコの二人が心配そうに見つめる。

「そりゃあ、あの鬼でも恐れる越廼先生だからな。さすがの播磨も参ってるよな」

 ナミコは苦笑しながら言った。

「越廼先生には私も何度も泣かされましたし……」

 口にしただけで辛かった日々が蘇ってくる。

「毎年、特に男子生徒は苦労しているらしいからねえ」

「男子には厳しいんですかね」

「どうかな。今年は播磨だけみたいだし、元々播磨のセンスがマイクロデビルには
合わないのかもしれないけどさ」

「そうなんでしょうか……」



   *
238 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/20(金) 20:55:50.98 ID:AonNERw4o



 【苦 悩】

 播磨は頭を抱える。

 モノマネはダメ。

 奇をてらうだけではダメ。

 基本を踏み外すようなデザインはダメ。

「どうすりゃいいんだクソが!」

 机を叩くと、周囲の生徒たちが驚いてこちらを見る。

 だが今のの播磨に周囲の視線を気にしている余裕はなかった。

「どうしたんだいはりまっち」

「はっ!」

 顔を上げると、そこには彼にとってのエンジェル、ノダミキが立っていた。

「越廼の婆さんの授業でな……」

「ああ、あのデザインの。キサラギちゃんたちも苦労してたっていう」

「ああ。だいたい、服のデザインと考えたこともねェっての。しかもまだ入学して半年も
経ってねェってのに」

「はりまっちは服とか帽子とかは好きじゃないの?」

「別に嫌いじゃねェが」

「私は大好きだよー」
239 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/20(金) 20:57:12.38 ID:AonNERw4o

「……俺はあんま得意じゃねェからな。ノダみたいにセンスないし」

「え? 私そんなにセンスあるかな」

 そんな二人の会話に割って入る者が一人。

「センスの問題ではないぞ、播磨殿」

「キョージュ」

「大道、どうした」

「服飾のデザインで苦労していると見たが」

「まあ、そんなところだ」

「播磨殿は、黄金比と白銀比の話を覚えているだろうか」

「……聞いたような、聞いてないような」

「授業で言っていたことだ。

黄金比が正五角形の一辺の対角線の比率が1:(1+√5)/2≒1:1.618。

一方白銀比は正方形の一辺と対角線の比率が1:√2≒1:1.414となる」

「ああ、何か言ってたような言ってなかったような」

「数字は苦手だよキョウジュー」

 ノダミキは頭を抱えていた。

「この黄金比や白銀比は建築や工業デザインなど様々な分野で多く使われている。
それはなぜだかわかる?」

「好かれてるから?」
240 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/20(金) 20:58:14.64 ID:AonNERw4o

「その通りだ」

「マジか」

「先人が積み上げてきた美の形式。その中に黄金比や白銀比がある」

「つまりどういうことだってばよ」

「デザインにはある種のパターンがあり、そこを踏襲すればまとまったデザインとして通用するということだ」

「自由な発想ではなくて?」

「自由というものは常に秩序から成り立っている。秩序なき自由は対象を認識できない」

「相変わらず大道は難しいことを言う」

「少し例を見せよう。キサラギ殿、ナミコ殿。こちらに」

「へーい」

「はい」

 雅に呼ばれ、キサラギとナミコの二人が播磨の前に来た。

「こいつらがどうしたんだ?」

「播磨殿から見て、キサラギ殿とナミコ殿。この二人はどちらがよく制服を着こなしているだろうか」

「着こなし?」

「……」

「うう……」

 恥ずかしそうに顔を伏せる二人。
241 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/20(金) 20:58:53.30 ID:AonNERw4o

(制服の着こなし)

 播磨は二人をじっと見つめて、

「わかった」

「どちら?」

「着こなしについては、野崎だな」

「なるほど」

 そう言って雅は頷く。

「やっぱりそうですよね」

 キサラギは露骨にガッカリしていた。

「いや、山口。別にお前ェがダサいとか言ってるわけじゃねェよ」

「あ、いいんです。自分でもセンスないのはわかっていますから」

「だからよお」

「話を続けていいだろうか、播磨殿」

「……おう」

 今はキサラギのフォローよりも課題のほうが大事だと判断した播磨は、雅の言葉に従う。

「播磨殿。今、どうしてナミコ殿のほうが着こなしのセンスがいいと思ったのだろうか」

「いや、よくはわかんねェけど、野崎のほうが服が身体に合っていたというか、
違和感がないというか」

「そう。その感覚だ」
242 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/20(金) 20:59:31.73 ID:AonNERw4o

「どの感覚?」

「ナミコ殿は自分の体形や姿勢が、着ている服に合っているか常に気を付けている。
だから彼女の制服はしっくりくるのだ」

「はあ……」

「じゃあ山口は自分の体形とかを気にしてねェのか?」

「ふえ!?」

「コラコラハリマ。キサラギを泣かすんじゃない」

 隣にいたナミコがキサラギを抱き寄せて頭を撫でていた。

「悪い……」

「別にそうとまでは言わないけれど、ナミコ殿のほうが見た目や服のバランスに気を
つかっているということが言いたいだけだ」

「そうか」

「髪型も気にしているから、セットに時間がかかって遅刻しそうになることもある」

「ちょっ、雅! 何言ってるんだ!」

 キサラギを抱いたままナミコは叫ぶ。

「しかもくせ毛だから余計に」

「やめろコラ!」

「まあそれは置いておいて」

「え? 無視?」
243 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/20(金) 20:59:59.20 ID:AonNERw4o

「デザインにはある種の法則性があることをわかってもらいたい」

「今の話のどこに法則性があるんだよ」

「独創性とか個性というのは、もう少し上の段階だ。今は基礎を固めることが大事だと
先生もおっしゃっている」

「何度も言われたぞ」

「基礎を知るためには、基礎のできている人間をよく観察することが大事だと思う」

「観察?」

「俗に言うオシャレな人間だな。そこに法則性が導き出されるはずだ」

「ウチのクラスで一番オシャレに気を使ってる人間と言えば……」

 その場にいた全員の視線が一人の女子生徒に集中する。

「あれ? 皆どうしたの?」

 ノダミキだった。




   *

 
244 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/20(金) 21:00:25.73 ID:AonNERw4o

 

 【神 判】

 第二服飾準備室――

 別名悪魔の巣と呼ばれるそこは、越廼淑乃のオフィスでもある。

「まあ、いいんじゃないかしら……」

 スケッチブックを持った越廼はそう言った。

「本当か」

 おもわず表情が明るくなる播磨。

「調子に乗らない。まだデザインとしてはお子様レベルよ。私の授業、ちゃんと聞いてたの?」

「……ぐぬぬ」

「でもまあ、要点は押さえてるわね」

 越廼はそう言って小さく頷く。

「……」

「ところで」

「はい?」

「このモデルは、野田さん?」

 そう言うと、彼女はスケッチブックを播磨に見せる。
245 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/20(金) 21:01:02.40 ID:AonNERw4o

 普通、ファッションモデルと言えば背の高い痩せた女性だが、
播磨の描いたモデルのスケッチは、少し小柄で元気の良さそうな女性だった。

「いや、それは……」

「違うの?」

「ああいや、クラスメイトが、センスのいい奴を観察していれば法則がわかるみたいなことを
言ってたもんで、野田のことを……」

「ふふ。彼女、センスはいいものね」

「はあ」

「もう少し努力してくれれば申し分ないけど」

「え?」

「何でもないわ。はい、これで課題は全員ね」

「どうも」

「後は期末試験頑張りなさい」

「そういやそうれもあったか……」

「いいこと、実技で点が取れても、試験で赤点なら落第よ」

「わかってるっす」

「播磨くん」

「はい?」

「デザインというのは、人に見せるためにあるの。それはわかってるわね」
246 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/20(金) 21:01:34.80 ID:AonNERw4o

「ええ、まあ」

「芸術は人と人との繋がりの中で成り立っているの。それもわかるわね」

「どういうことですか」

「独りよがりじゃダメってことよ」

「……」

「美術も普通の仕事も、もちろん友情や愛情も、根本は同じことなの」

「同じ」

「それがわかれば、もっとマシになるんじゃないかしら」

「どうっすかね」

「どんなに自分が思っていたとしても、それが伝わらなければ意味がないのよ」

「うっす」

「では行きなさい」

「失礼するっす」

 何だか、途中から課題以外の話をされていたような気もするけれど、
とりあえずスケッチブックを受け取った播磨は悪魔の巣を後にした。

「ん?」

 廊下に出ると、見覚えのある何人かの生徒たちが立っている。

「お前ェら」
247 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/20(金) 21:02:08.92 ID:AonNERw4o

「どうだった? はりまっち」

 そう言ったのはノダミキだった。

 キサラギやナミコたちも無言でこちらを見つめている。

「ああ、問題ねェ」

 そう言って、播磨は右手でノダミキの頭をポンと叩く。

「やったね」

「おめでとうございます播磨さん」

「へっ、手間かけさせてんじゃねえよ」

「遅いなあ、ハリケンは」

「そういうトモカネ殿も提出は遅かったような」

「言うな!」

(人との繋がりか)

 彼は、芸術とは何かをほんの少しだけわかったような気がした。

 ほんの少しだけ。



   つづく
248 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/20(金) 21:03:54.48 ID:AonNERw4o
 今週の土日は、九州の熊本県に行って一人災害派遣をやってくるので、投下はありません。

 その代わりと言ってはなんですが、緊急企画を用意しました。
249 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/20(金) 21:06:41.89 ID:AonNERw4o



 【特別企画】

 第一回(多分二回目はない)GAランブル総選挙。

 さて、本編では一通りキャラクターが出そろったところですが、
ここでキャラクター総選挙(と言う名の人気投票)を行いたいと思います。


 GAR総選挙。はい、AKBの真似です。はい。


 支持率の高いキャラクターがメインを張るのが、自由主義社会に
おける原則ではないかと、勝手に思ったので実施いたします。

 とはいえ、ストーリーはすでに出来上がっているので、投票の結果によって
話の結末が変わるということはないのですが、何か特別なことが起こるやもしれません。

 それでは、以下のエントリーキャラクターの中から選んでください。

 一人一票、番号もしくは氏名ででお願いします。
250 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/20(金) 21:08:30.26 ID:AonNERw4o


 @ 山口如月/キサラギ(声:ナギ様)

 「抱っこするにゃ〜」

 言わずと知れたメインヒロイン。大きなメガネと丁寧な口調が特徴。


 A 野田ミキ/ノダミキ(声:徳永愛)

 「あんまり可愛すぎて ココロ奪われるなよー?」

 播磨の思い人。本来のメインヒロイン。中の人は福岡出身。

 男女関係の噂には敏感だが、播磨の気持ち限定で鈍い。


 B 野崎奈美子/ナミコ(声:沢近愛理)

 「喧嘩売ってんのか?」

 初回でオッパイを掴まれた人。戦闘力(バスト)はトップクラス。

 ダイエット中らしい。

 C 大道雅/キョージュ(声:裏表のない素敵な人)

 「今は授業中」

 髪がサラサラ。不思議系優等生。ヒロイン力は、意外と高い?

 D 友兼/トモカネ(声:神原駿河)

 播磨にとっては悪友といった感じ。忍者のコスプレが好き。とにかく、元気いっぱい。

 ちなみにヒロイン力は未知数。  

 E 宇佐美真由美/サメちゃん先生(声:ホシノ・ルリ)

 「栄養補助(サプリメント)です!!」

 同僚の外間って奴に気があるらしいぜ。よく知らないけど。

 F 芦原ちかこ/あーさん(声:加藤 麗愛)

 「関西弁やない、中部弁やあ!」

 GA三年にして美術部部長。怪しい関西弁(中部弁)が特徴。

 高3とは思えないほど小柄。だがそこがいい。


 G 水渕/ぶちさん(声:北条響 / キュアメロディ)

 同じくGA三年であーさんの保護者。また、キサラギとは幼馴染でもある。

 この人を見ると、なぜか『ぽてまよ』の高見盛京を思い出す筆者。


 H マリアンヌ・ファン・ティエネン/マリ

 原作四巻ゲストキャラ及びPSP版キャラクター。

 フランスからの交換留学生。金髪碧眼、それでいて日本語ペラペラ。


 I その他

 だれでもOK。ただし、ヒロインを対象とした投票なので、播磨はNGの方向で。
251 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/20(金) 21:13:09.98 ID:AonNERw4o
好きなキャラでもいいし、これから活躍して欲しいと思うキャラでもOK。

投票してください。お願いします。

あと、普通の感想もお待ちしております。



 ※ここから予告

さて、来週からはいよいよ夏休み編です。

なんと、水着回!? 

スクランで有名になった“あの伝説のシーン”がGARでも再現されるかもしれない……かも。
252 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/20(金) 21:38:17.13 ID:8OKa2LsSO
キョージュに一票

乙でした
253 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/20(金) 21:54:39.62 ID:3bM9Kc4Mo
8
254 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) [sage]:2012/07/20(金) 22:13:39.86 ID:o73/8yo00
キョージュ
255 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2012/07/20(金) 23:37:05.90 ID:Nk6iXsXl0
乙です
ノダミキに一票で
256 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/20(金) 23:49:23.04 ID:+lVy5+fPo
キョージュ人気高いな!

ぼくもキョージュ
257 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/21(土) 02:28:49.67 ID:bGp2nM8Lo
ナミコさん!
258 :sage :2012/07/21(土) 02:34:27.98 ID:noJ8JEsk0
ならばナミコさんに!
このスレほんと大好きなんでこれからも頑張って下さい
259 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/07/21(土) 02:35:02.59 ID:SrzgHkIT0
ナミコさーん!
260 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2012/07/21(土) 05:18:08.61 ID:mlZ5LLHAO
ナミコさんだ!

ああ、でもキサラギもキョージュもかわいいっ!
261 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/21(土) 08:00:00.26 ID:S+Wz2EpIO
キョージュだろjk
262 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2012/07/21(土) 11:03:38.17 ID:sccdxpaG0
ナミコさんで
263 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/21(土) 11:43:02.45 ID:4/to3Seeo
ナミコさんに幸せになってほしい
264 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府) [sage]:2012/07/21(土) 11:44:51.95 ID:9Fd8fqP2o
俺もナミコさん!
265 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/21(土) 12:03:43.53 ID:69/aw9zMo
キサラギいねぇwwwwww

キョージュで
266 :名無しNIPPER [sage]:2012/07/21(土) 12:31:19.29 ID:Xg6lknaU0
ナミコさん
267 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2012/07/21(土) 13:39:28.50 ID:hsqwUDiYo
マサに一票
268 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/21(土) 13:45:02.64 ID:et4nRtlDO
ナミコさんに一票
269 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/21(土) 15:19:51.21 ID:pPNOEIubo
ぶっちゃけ連投してるやついるよね
270 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/21(土) 15:36:40.15 ID:69/aw9zMo
>>269
どうなんだろうね。もし連投がいたとしても見分け様がないしなぁ
271 :名無しNIPPER [sage]:2012/07/21(土) 16:20:14.54 ID:hhbhWPl00
ナミコさんに一票
272 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福岡県) [sage]:2012/07/21(土) 18:08:02.19 ID:Z5MeMmgVo
じゃあ俺はキョージュに一票で
273 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/07/21(土) 20:20:43.90 ID:rDWhEpTa0
じゃあナミコさんで
274 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/21(土) 20:21:52.51 ID:q1ILsTGDO
雅ちゃんに一票!
275 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) [sage]:2012/07/21(土) 23:00:02.52 ID:ruX9gX6AO
キョージュをお願いします
276 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/22(日) 14:53:33.04 ID:xnwZHW91o
キョージュお願いします!
277 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/23(月) 09:16:58.33 ID:xVjJVzevo
期間は次の投下まで?
278 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/23(月) 09:17:36.97 ID:xVjJVzevo
誰か書いてなかった。
ナミコさんでお願いします
279 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/23(月) 16:15:55.90 ID:87m7b/+DO
懐かしいな……派閥抗争…あれ目に汗が…
いけね、そんな事はいいや

細々とキサラギを応援する
280 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/23(月) 20:36:06.69 ID:8slz/FIvo
投票終了――

ここまで。たくさんの投票ありがとうございます。遠い九州の土地から見ておりましたよ。

投票結果については後程。では、投下と参りましょう。
281 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/23(月) 20:37:20.88 ID:8slz/FIvo


   GAランブル〜夏休み編〜




   第十四話 GA合宿(前編)
282 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/23(月) 20:37:56.80 ID:8slz/FIvo


 【毎年恒例】


 面倒だった期末テストも終わり、学園はついに夏休みに突入した。

 しかし、特にやることもない普通科一年の奈良健太郎は、今日も部活動のために
制服を着て学校に来ていた。

「おはようございます」

 奈良が美術部の部室に入ると、

「おはようダス」

「おはよう奈良くん」

 同じ美術部の西本(KJ・工業科自動車整備クラス一年)と、部長の芦原(GA三年)が
軍人将棋をやっていた。

「ちょうどよかったわ奈良くん。審判やってくれへん?」

「朝から軍人将棋ですか。まあいいですけど」

「いやあ、今朝何かないかと二人で漁ってたら、こんなのが出てきてねえ」

 美術部の部室のすぐ傍にある奥部屋(またの名を魔窟)には先輩たちが置いて行った
色々なアイテムが眠っている。

「この前なんて河童のミイラが出てきたもんねえ」

「あれはリアルだったダス」

(この美術部は一体何を目指していたんだろうか)

 何代か前の先輩の話なので、まったく想像ができない奈良であった。

「おはよう。あーさんいる?」
283 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/23(月) 20:38:30.82 ID:8slz/FIvo

 手にファイルか何かを持った水渕(ぶちさん)が訪ねてくる。

「おー、ぶちさん。どうしたん?」

「ちょっと生徒会のことで用があってね。ついでにあーさんの顔を見に来たの」

「ぷりちーなウチの顔を見て癒されにきたんやねえ。いくらでも見ていいで。ダスくんは有料やで」

「酷いダス」

 どうやら西本は「ダスくん」と呼ばれているようだ。

「おはようございます、水渕先輩」

 奈良は入ってきた先輩に挨拶する。

「おはよう奈良くん。そういえば、冬木くんがいないわね」

「何言うとんのよぶちさん。冬木(メガネくん)はアレに行ったんよ」

「アレ? ああ、アレね」

 芦原の言葉に水渕は納得した。

「そういえばアレってなんですか?」

 奈良が聞くと、それに水渕が答える。

「フフフ、毎年恒例の合宿よ。GAの希望者が出席するんだけど」

「通称GA合宿よ」

「合宿か、いいなあ」
284 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/23(月) 20:39:06.10 ID:8slz/FIvo

 奈良は本気で羨ましそうにつぶやく。普通科には一学期に宿泊イベントはなかったからだ。

「そういえば、ぶちさんと仲良うなったんは、GA合宿がきっかけだったわなあ」

「そうね。懐かしいわ」

「意外ですね。二人とも、彩井学園(ここ)に入る前から仲良しだと思ってましたよ」

「あーさんってねえ、こう見えて人見知りなのよ」

「そんなん言わんといてよ」

「今もちょっと人付き合いが不器用だけど、あの合宿で彼女のことがよくわかったわ」

「そうなんですか」

「本当、楽しかったわね。大変だったけど」

「そのGAの合宿って、何をやるんですか?」

 奈良は気になったので二人に聞いてみた。

「何をやるかって?」

「そうやねえ」

 芦原と水渕の二人は、顔を見合わせる。

「そりゃ、色々や」

「色々よ」

 二人の笑顔が妙に眩しいと感じる奈良であった。




   *
285 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/23(月) 20:39:39.01 ID:8slz/FIvo



 【合 宿】


 なぜか夏休みに入ってから行われる芸術家Aクラスの合宿である。

 一泊二日の合宿。

 基本的には希望者のみの参加となるけれど、毎年ほぼ全生徒が参加する。

 場所は海辺の宿泊施設。

 バスの窓から青い海が見えてくると、生徒たちのテンションが上がってきたようだ。

「楽しみだねえ、ナミコさーん」

 行きのバスの中ではしゃぐノダミキ。

「お菓子食い過ぎんなよ。腹痛くなってもしらんぞ」

「わかってるよお♪」

 テストが終わった直後ということもあって、参加者の表情は明るい。

 一学期中は覚えることがたくさんあり、忙しいためこうした宿泊イベントは夏休みに
ズレこんだのである。

 せっかくの夏休みなのだが、誰も面倒くさそうな顔一つせずに参加している。

 それは播磨とて同じであった。

(ノダちゃんと一緒にお泊り。ノダちゃんと一緒に、ムフフフ)

 顔は険しいけれど、心の中はお花畑。

「珍しいね、播磨くんがこういうのに参加するなんて」

 隣に座ったメガネの男子生徒がそう言う。
286 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/23(月) 20:40:23.89 ID:8slz/FIvo

「そういやお前ェ、名前なんだっけ」

「冬木だよ、冬木武一。一学期終わったんだし覚えてよ」

「ああ、そうだったな」

 基本的に興味のない人間の顔と名前は憶えない播磨である。

「ま、皆参加するしな。夏休みなんて、バイト以外はすることねェし」

「そうなんだ。僕もバイトしないとねえ、新しいカメラ欲しいし」

 そう言うと冬木は大きな一眼レフのカメラを撫でる。

 カメラ小僧の彼は、この合宿にもカメラを何台か持ち込んでいるようだ。

「そういやお前ェ、ここでも写真を撮るのか?」

「え? うん。もちろんだよ。こうして学校以外の場所で皆の表情を撮れる機会は
少ないからね。しかも海だよ? 水着だよ」

 そう言って冬木は笑う。

 どんなにさわやかに笑ったところで、頭の中がエロスで満ち溢れていることは
見え見えである。

(しかし、ノダちゃんの写真あったら売ってもらおうかな)

 ふと、そんなことを考えてすぐに自分で打ち消す播磨であった。



   *
287 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/23(月) 20:40:57.75 ID:8slz/FIvo


 【隔 離】

 GAに男は少ない。

 ゆえに色々な面で少数者として差別されることは否めない。

 しかしながら、男としてのプライドが不満を封印する。

「だが今回ばかりは酷いぞコレ!」

 生徒の一人が抗議する。

 宿泊場所は、それなりに立派な建物であった。

「仕方ないだろう、今年に限って部屋の予約が埋まってたんだから」

 担当教諭の外間は言った。

「そんな……」

 GA所属男子生徒、約十数名の宿泊場所は四つのテントなのだ。

「まあ、こういう事態は例外的なんだけどな。盗られた困る貴重品は宿舎で預かろう。
あと、着替えは女子が終わった後、宿舎の部屋でやっていいぞ」

「ふざけやがって……」

 不満たらたらな男子生徒たち。

 その中で、播磨と同じくらい身体が大きく顔も若干怖い響大鉄は冷静であった。

「ここで不満を言っても仕方がない。事態が好転するわけではないんだから」

「ったく、仕方ねえな」

 大鉄は播磨と違って顔が怖いだけで基本的に心優しい少年だ。
288 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/23(月) 20:41:37.02 ID:8slz/FIvo

 しかも絵の才能はずば抜けており、男子では唯一大道雅に匹敵する能力の
持ち主だと言われている。

 女子がキャピキャピ着替えを実施している間、男子陣営は汗を拭いつつテントを
設営していた。

 そして一時間後、天幕(テント)完成。

 といっても寝るだけの場所だ。昼間は荷物を宿舎に置いて、合宿の行事に参加する。

「雨、降らないといいな」

 大鉄は空を見上げながら言った。

「大丈夫だろ。こんだけ晴れてりゃ」

 空は腹が立つほど快晴であった。

「おーい、お前ら早く着替えに行こうぜ」

 今鳥が遠くから呼んだ。

 女子はとっくの昔に着替え終えているので、女たらしの今鳥も早く海に行きたいのだろう。

「拳児、行かないのか」

 大鉄が呼びかける。

「先行っててくれ、俺は疲れたからしばらく休んでいく」

「集合時間には遅れるなよ」

「どうせ午前中は自由時間なんだし、ゆっくりするさ」

 そう言って彼は設営を終えた全員を見送る。
289 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/23(月) 20:42:09.09 ID:8slz/FIvo

 時間は昼前。太陽はすでに高々と上がっていた。

 一応学校行事ということもあって、様々な行事が準備されているらしいのだが、
予習が嫌いな播磨はほとんど把握していない。

(面倒なことがあったら逃げよう)

 そんな不埒なことを考えつつ、彼は一人の女性に思いをはせる。

(ノダちゃん。どんな水着を着ているのだろう)

 夏の海。

 いつも以上に開放的になった気分の中で、一気に関係を進展させて。

 播磨は足りない頭で色々とシミュレートする。

 しかし、悲しいかな。童貞の思考には限界があった。

 ノダミキと二人きりで砂浜を歩くところまでは想像できるのだが、そこから先を考えると、
いつもトモカネ辺りが邪魔しにくるのだ。

(くそっ、やっぱり考えてるだけじゃダメだ。行動あるのみ!)

 しばらく休んで体力も回復してきた播磨は立ち上がり、着替えのために宿舎へと向かった。




   *
290 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/23(月) 20:42:41.37 ID:8slz/FIvo




 【ダイハード2】

 普段静かな人間も、一人になると急にテンションが上がる時がある。

 播磨もそんな状態であったのかもしれない。

 誰もいない宿泊施設の大部屋に案内された彼は、そこで着替えることにした。

 すでに他の男子生徒は着替え終わって海に行っている。

 昼食までのわずかな時間、少しでも海に行きたいのだろう。

 播磨も水着に着替えるために服を脱ぐ。

 誰もいなかったので、ついでに全裸になってみた。

(そういや、一回やってみたかったんだよな)

 播磨はゆっくりと立ち上がり、空手の型をやってみせる。

 しなやかな筋肉から繰り出される突き、そして蹴り。

「スチュワート大佐ごっこ……」

(何バカなことやってんだ俺は……)

 そう思い大人しく鞄の中の水着を探す播磨。

 しかし、

「あれ? 確かここに入れておいたはずが」

 なかなか見つからず、全裸状態でカバンの中の探索を続けていると、

「お、あった」
291 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/23(月) 20:43:21.80 ID:8slz/FIvo

 やっと発見した。

 しかしその時であった。

「なあ雅(マサ)、どこだ?」

「あン?」

 急に襖が開き、そこに水着姿のナミコが。

「いっ……」

 ナミコと目が合う播磨。

(まずい! この状態は非常にまずい! もしここで大声でも出されたら!!)

 ここまでの思考0.1秒。

 火事場の馬鹿力というか、全裸のバカスピードを発揮した播磨は素早くナミコの後ろに
回り込み、そして口を塞いだ。

「……!」

(しまった、思わず腕の間接を決めて口を塞いでしまった!)

「ん……! ん……!」

 暴れるナミコ、抑える播磨。

(まずい、このままじゃ明らかに俺は犯罪者だ。どうにか野崎(こいつ)落ち着かせなければ)

 そう考えた播磨は、努めて落ち着いた声でナミコの耳にささやく。

「静かにしろ」

「ん〜〜〜……!!!」
292 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/23(月) 20:43:50.74 ID:8slz/FIvo

 抵抗が余計に酷くなった。

(まーずーいー! これは非常にまずい〜!! どうすりゃいいんだあ!)

 その時、

「あ……」

 水着の上にTシャツを着た、キョージュこと大道雅がそこに立っていた。

「お、大道これは」

「んん……! ンンッ……!」

 サーッと播磨の血の気が引く。

(終わったかもしれん。俺の合宿……)

 そう思った瞬間、雅は手をポンと叩いた。

「なるほど。着替えようとして全裸になった播磨殿だが、そこへナミコ殿が入ってきて、
騒がれないように口を押えてしまったと」

「……!」

 播磨は若干涙目で大きく頷いた。




   *
293 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/23(月) 20:44:40.04 ID:8slz/FIvo


 【不機嫌】


「おい待てよ野崎」

「うるさい! ついてくるな!」

 水着の上にTシャツ姿の野崎奈美子ことナミコは早足で砂浜を歩く。

 後ろからは、水着に着替えた播磨が追ってきた。

「悪かったっつってんだろ。お前ェがいきなり入ってきたことは不問にしてやるんだからよ」

「だからっていきなりあんなことされて許せると思う?」

「だからすまんかったって、さっきから何べんも謝ってるだろうが」

「ああもういいから、あたしに近づかないで! けがらわしい」

 本当は腹が立っていたというよりも、

(あんな姿を見てしまって、しかもあんなことまでやられて……)

 ナミコの顔が熱くなる。

(恥ずかしくてあいつの顔がまともに見られない)

 彼女は恥ずかしさと戸惑いを覆い隠すように砂浜を歩く。

 サンダルと足の裏の間に砂粒が入ってきて、妙な感触だ。

 しばらく歩くと、不意に二人の男が声をかけてきた。

「お姉さん高校生? 友達と来てるの?」

 メガネをかけた、同い年くらいの男性であった。
294 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/23(月) 20:45:21.71 ID:8slz/FIvo

「俺は真田北高のヒデノリ、んでこいつはモトハル」

 もう一人はアゴの辺りに髭の生えたオールバックの少年である。

 ヤンキーっぽかったけれど、播磨に比べると中途半端に見える。

 ナンパだろうか。

 いや、間違いなくナンパだ。ナミコはそう確信する。

(面倒くさい)

 彼女は心の中でそう思う。

「あの、友達待たしてるんで」

 ナミコは目を伏せてやり過ごそうとするが、

「ねえ、ちょっと話だけでもさ」

「そうだよ、せっかく海に来たんだし」

 連中も諦めない。

 それはそうか。

「あのすいません。急いでる――」

 なるべく穏便に済ませようとしたその時、


「おい、小僧ども。何やってんだ」


「ひっ」
295 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/23(月) 20:45:48.55 ID:8slz/FIvo

「え?」

 播磨だった。

「コイツは俺のツレなんだが、何か用か」

「いや、何でもないです」

 そう言ってメガネは後ずさる。

「失礼しました」

 ヒゲもそう言うと、どこかへ行ってしまった。

 本気を出したときの播磨の迫力は凄まじいものがある。

 最近普通に接していたから忘れかけていたけれど。

「あ……」

 ありがとう、と言いそうになるが、先ほどの出来事を思い出して言葉を飲み込むナミコ。

「どうした」

 と播磨は聞く。

「何でもない」

「おい野崎」

 ナミコは再び歩き始めた。

 時刻は既に正午を回ろうとしている。




   *
296 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/23(月) 20:46:35.81 ID:8slz/FIvo


 【イヴェント】

 昼食終えたGAの面々は、とある砂浜に集められていた。

 ここから午後のイベントがはじまるらしいのだが、播磨たちは何も聞かされていない。

 そこへ、見慣れぬ女性が二人登場した。

 二人はマイクを持っている。

《さあGA一年の諸君、御機嫌よう! 長旅の疲れはないかあ?》

 メガネをかけた、やたらテンションの高い女性であった。

 躁病か?

 播磨はぼんやりとそう思う。

《私はGAのOGで、現在大学生のキムラです》

《同じく、オオコウチですわ》

 隣りにいる女性は大人しそうな外見で、喋り方もおっとりしていた。

《さあ、GAの合宿ということでタダでは済まないことはわかっているな?》

(マジで)

 播磨の不安は高まる。

《今回も二人一組のチームを作り、そのチームで争ってもらいまーす!》

(な、なにいいいい!?)

 播磨は驚いたが、それは他の生徒たちも同様であった。
297 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/23(月) 20:47:03.89 ID:8slz/FIvo

《今回様々なGAに関する勝負を行ってもらい、優勝者には豪華景品、そして二学期からの成績優遇もあるそうです!》

「うおおおおお!!」

「マジでえ?」

「おい、どういうことだ」

 ざわつく関係者。

《しゃらあああっぷ! 静かにしなさい。それではこれからチーム分けを発表します》

「好きな者同士じゃダメなんですか?」

 誰かが聞いた。

《そんなことしたらボッチになる子が出てくるでしょうが!》

《タカコ、はっきり言い過ぎですわ》

 隣の女性がポツリと言う。

《ああゴメン。ウソウソ。戦力に差が出ないように、個々人の一学期の成績を元に
先生たちがチーム分けをしてくださいました》

「ええええええ!?」

(だ、誰だ。できればノダちゃんがいい!)

 播磨は密に期待する。

 ここでコンビになれば、相手と仲が良くなることは必然。

《それじゃあこれから、パートナーを発表しまーす! 相手は、こちらに書かれていまああす!!》

 そう言うとキムラはA4の紙を持ち出した。

 そこには――




   *
298 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/23(月) 20:47:52.06 ID:8slz/FIvo



 【ナイスコンビ?】


「播磨……」

「お前ェか」

 ナミコの目の前には、先ほど全裸を目撃したサングラスの男が一人。

「何でよりによってアンタなんだよ」

「じゃあ代えるか」

「なに!? あたしじゃ不満なの?」

「どっちだよ……」

 播磨は戸惑っているようだ。

 それもそうだろう。

 ナミコもあんなことがあった後なので、どう接していいのかわからなかった。

(このままの状態じゃ気まずいよな)

 とりあえず、話をしてみることにした。

「な、なあハリマ」

「なんだよ」

「あんた、その、あんなこと……、他の人にやったことあるの?」

「ぶっ、あるわけねェだろ! 何言ってんだ。アレは緊急事態だから」

「そ、そうだよな」
299 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/23(月) 20:48:33.46 ID:8slz/FIvo

「まだ怒ってんのか」

「当たり前だろ、あんなこと……」

 再び思い出す。

 思った以上に筋肉質だった播磨の身体……。

「ああもう」

 記憶を振り払うようにナミコは首を振る。

「あたしも女だ。犬にかまれたと思って吹っ切る」

「俺は犬かよ」

「それよか、他のメンバーは……」

 そう言って、ナミコは他の生徒たちを見た。

 キサラギは大道雅(キョージュ)と組んでいるようだ。

 これは順当なコンビか?

「が、頑張りましょうキョージュさん」

「うむ。やるからにはトップ」

 トモカネは留学生のマリと一緒だ。

「トモカネさん。マリ楽しみです」

「そうだな! 体力勝負なら任せろ」

 勝負事は好きなトモカネなら、こういうイベントも大好きだろう。
300 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/23(月) 20:48:59.39 ID:8slz/FIvo

 他のメンバーは、

「ノダさん、よろしくね」

「よろしく冬木くん」

「写真撮ってもいい?」

「ノダちゃんは高いよー!」

 カメラ小僧の冬木はノダミキとコンビを組まされたようだ。

 基本的にGAには男子生徒が少ないので、男女ペアになる例も多いのだが、

「何で俺と大鉄なんだよ!」

「すまん今鳥」

「いや、大鉄は悪くないけど」

 今鳥と大鉄。なぜか男同士で組まされている例もある。

(注意すべきは雅とキサラギのコンビかな。体力勝負ならトモカネに警戒か)

 ふとナミコが播磨のほうを見ると、彼は冬木とノダミキのコンビを見ていた。

(ノダミキか。勝利のために何でもするって感じだから、あいつも注意しておいたほうが
いいかな)

 こうして、GA内におけるチーム対抗戦が始まるのだった。


 

   *
301 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/23(月) 20:49:45.30 ID:8slz/FIvo



 【クイズ】


 チームの顔合わせが終わったら、さっそく行事が開始された。

《さて、最初の勝負は、『ビーチフラッグクイズ大会』いいーえーいいい!!》

「ビーチフラッグクイズ?」

 全員が顔を見合わせる。

《ルールは簡単、先ほど決まったコンビで、片方が答える役、そしてもう片方が砂浜を走って
旗を取る役をやってもらいます。

この旗(フラッグ)を取った人のチームが回答権を得ることができます》

「よっしゃあ! 体力勝負ならこっちのもんだ」

 と、はりきるトモカネ。

《ただし、公平を喫するために回答者と旗を取る役の人はずっと同じではいけません。交代してください》

「ええ? めんどいなあ」

《ルールは通常のビーチフラッグスと同じです。ただし、男子は二十メートル、女子は十五メートルで行います。

また、旗を取ったチームが間違えた場合は、その先に用意してある青い旗を取ったチームが回答を引き継ぐ
ことができます》

 そんなわけではじまったビーチフラッグクイズ。

 ナミコと播磨のコンビは、最初にナミコが走ることになった。

《では第一問、オランダ出身の後期印象派の画家で、『ひまわり』などの作品で知られる画家の名前は》

(もらった!)
302 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/23(月) 20:51:08.49 ID:8slz/FIvo

 そう思いナミコは駆け出す。

 トモカネほどではないけれど、彼女も運動は得意だ。

 胸が大きいので、長距離走などは苦手だが。

「せりゃあ!」

 飛び込んで最初の赤いフラッグをゲット。

《最初の旗を取ったのは、ウサギさんチーム、野崎選手! 

さあ、チームメイトの播磨くん。答えをどうぞ》

「え、ええと。岡本太郎?」

《不正解!!!》

「おいちょっと待てハリマァ!」

 砂まみれになってしまったナミコが播磨に詰め寄る。

「うわ! やめろ野崎」

 そして播磨のTシャツの衿の辺りを掴んだ。

「お前、ゴッホなんてGA以前に一般常識レベルだろうが」

「んなこと言われても、外国人の話とか知るかよ」

「そんなんでよく合格できたな。くそっ」

 ナミコは手を離す。

「次はハリマだから。一位とれよ」

 知識の点で播磨は当てにならない。

 そう思った彼女は自分が答える番に全部正解するつもりでいた。

《それでは第二問、1881年にスペインで生まれ、フランスで創作活動をし、
キュビズムなどを創始した芸術家の――》

(今度こそもらったあ!)

 ナミコはそう思った。

 フラッグスタート。
303 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/23(月) 20:52:39.53 ID:8slz/FIvo

 播磨の身体能力は非常に高く、五メートルのハンデなどものともせずに第一位の
赤いフラッグを奪い取る。

《それでは野崎さん! 答えをどうぞ》

「パブロ・ピカソ」

《残念!!!》

「ええ? 嘘だろ?」

《野崎さん、問題はちゃんと最後まで聞きましょう『芸術家の本名はなに』です》

「本名?」

《それでは第二位チーム、大道さんどうぞ》

「パブロ・ディエーゴ・ホセ・フランシスコ・デ・パウラ・ホアン・ネポムセーノ・マリーア・デ・
ロス・レメディオス・クリスピーン・クリスピアーノ・デ・ラ・サンティシマ・トリニダード・
ルイス・イ・ピカソ」

「わかるかああ!!」

 その後も奇妙な問題は続く。

《第四問、彩井学園高校の屋上にある風見鶏、実は犬なんですが、なぜ鳥ではなく犬なのでしょう》

「はあ!?」

《はい! フラッグ第一位は大道さんです。それではチームメイトの山口キサラギさん! 
答えをどうぞ!》

「学園長の干支が戌年だからです!」

《正解いい!!!》

「この問題作ったやつ誰だよ!!」

 ナミコの叫びがビーチに響く。



   *
304 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/23(月) 20:53:26.31 ID:8slz/FIvo

 【犯 人】


 彩井学園美術室――

「ここでリーチやあ!」

「残念あーさん。通さないわ」

「ええ? ここでかあ」

「また水渕先輩のアガリ」

 美術部の三人と水渕を加えた四人で麻雀をしていた。

「そういえば、合宿と言えばクイズやねえ、ぶちさん」

「そうね、あーさん。懐かしいなあ」

「クイズなんてやるんですか、GA合宿」

 ダントツで最下位の奈良は聞いた。

「そうや。毎年な、上級生がクイズ問題を作る伝統になってるんや」

「へえ」

「今年はうちが作ったんよ、奈良くん」

「え」

「どないしたん」

「大丈夫なんですか」

「どういう意味やねん。うちの問題は簡単やで! GAの生徒なら解けて当たり前や。
今頃下級生たちは喜んどるわ」

「はあ……」



   * 
305 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/23(月) 20:54:15.23 ID:8slz/FIvo


 【戦いは終わらない】


《織田信長や豊臣秀吉などの天下人に仕えた、唐獅子図屏風や洛中洛外図屏風
などで知られる安土桃山時代の画師といえば!》


「狩野永徳!!」

《おーっと! ここで播磨くん正解!!》

(何でコレは知ってるんだ?)

 日本史関係の問題には強い播磨の活躍もあって、何とかポイントを稼ぐことができた
ウサギさんチーム(ナミコ・播磨コンビ)。

 しかし大道雅の活躍もあって、順位はかなり離されてしまった。


《はい、ここで第一ラウンド終了おおおおおおお!》

 終わりのブザー(?)が鳴り響いた。

「やっと終わったか」

 そう言うと播磨は大きく息をつく。

「体中砂だらけだよもう」

 ナミコはTシャツの中に入った砂を払い出す。

「ん?」

「見るなよ」

「水着を着てんだろ?」

「でも見るな」
306 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/23(月) 20:55:05.65 ID:8slz/FIvo

「恥ずかしがってんのか?」

「うるさい」

「ったく……」

 何だかんだいいつつ、二人は背中合わせの状態で砂の上に座り込んでいた。

(こいつはバカで不器用でムカツクやつだけど)

 Tシャツ越しに感じる播磨の体温と息遣い。

(一緒にいると、ちょっと安心できるかも……)

 そこまで考えてナミコは昼前のことを思い出す。

(危ない危ない。危うく気を許すところだった。男は狼。油断しちゃダメだナミコ)

 そう言うとすっと立ち上がった。

「おわっ!」

 バランスを崩して砂の上に倒れる播磨。

「どうしたっつうんだよ」

「いつまでも座ってるんじゃないぞ、ハリマ」

「もう回復したのか、早ェな」

「はいはい、次の集合だぞ」

「わーったよ」

 そう言って播磨も立ち上がった。



   *
307 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/23(月) 20:55:45.55 ID:8slz/FIvo


《続いてのステージは、お絵かき当てクイズー!》

 メガネの司会者が、この暑さにも関わらず元気いっぱいに叫ぶ。

《わー、パチパチパチ》

《お絵かき当てクイズとは、実に簡単、こちらに用意したホワイトボードに、
こちらが用意したテーマで絵を描いてそれを当てるというクイズです!》

《あら、よくバラエティ番組でもやってますわね》

《時間制限があるので、限られた時間の中でいかにそれを絵で表現することができるか、
というのがこのクイズのポイントです》

《まさにGAにぴったりのクイズですわね》

《それでは第一回戦、パスは三回までOKでえーす!》

「あわわわ……」

 キサラギは緊張した面持ちでホワイトボードの前に立つ。

「よ、よろしくお願いします」

 彼女はそう言ってペコリと頭を下げた。

「キサラギ殿、落ち着いて」

「わ、わかってます」

 目の前の大道雅が励ます。

《それでは、第一問のテーマはこれ。ヒントは、歴史上の人物です》

(こ、これなら何とかなるかもしれません)

 キサラギは時代劇が好きなので、歴史上の人物の顔も多少知っている。
308 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/23(月) 20:56:26.09 ID:8slz/FIvo

(さあ、誰でしょう)


〈 山縣有朋 〉

 ※ 明治の軍人、政治家。陸軍大臣、第三代内閣総理大臣などを歴任。


(ええええええ!!)

 いきなり壁にぶち当たるキサラギ。

(なんで伊藤博文さんとかじゃないんでしょうか。いや、顔は知ってますけど、
凄く記憶が曖昧。誰ですかこんな問題出したのは)

 そうは思いつつ、彼女はホワイトボードにペンを走らせる。

 時間が無いのだ。

(確か髭が生えてて、軍人さんの格好をしていましたね)

《はい時間切れええ!》

(……)

 出来は微妙なものであった。

(ごめんなさいキョージュさん)

《さあ、大道さん。答えは?》

「山縣有朋」

《正解!!》

「何でわかったんですかキョージュさん! 私でも微妙なのに」

「何となく。軍人っぽかったし」
309 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/23(月) 20:57:51.01 ID:8slz/FIvo

「それだけ?」

《さあ続いては大道さん!》

 攻守交代、ではなく答える側と描く側の交代だ。

(キョージュさんの絵なら安心ですね)

 キサラギはそう思った。

 周りの生徒たちも、雅の実力は認めておりこれは楽勝だろう、という雰囲気は漂っていた。

 しかし――

「こ、これは……」

《ヒントは、『△△で〇〇をする××』です!》

「……」

 ルール上、描き手は喋ってはいけないので、雅は描き終ってからずっとこっちを見ている。

(だ、誰なんでしょう。っていうか、いきなり難易度が上がっているじゃないですか。
私の時は人物名を答えるだけだったのに)

《さあ、山口さん答えを》

「あ、あの。パソコンでインターネットをしている、オジサン……?」

《ざんねーん!! 惜しかったあ!》

「え? 惜しいんですか?」

《惜しいね。正解は『パソコンでデイトレードをするなぎら健壱さん』でしたああ!!》

「何ですかそれはー!」

 一瞬、なぎら健壱の顔が思い出せなかったキサラギであった。




   つづく
310 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/23(月) 21:01:17.00 ID:8slz/FIvo
 夏休みということで、少し多めの投票です。

 伝説のあのシーン、いかがだったでしょうか。スクラン屈指の名シーンの一つですよね。

 それでは
311 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/23(月) 21:09:18.91 ID:8slz/FIvo
 第一回GAR総選挙結果発表


 第一位 野崎奈美子(ナミコさん) 12票




 第二位 大道雅(キョージュ)    10票




 第三位 水渕(ブチさん)       1票

 第三位 ノダミキ            1票

 第三位 山口如月(キサラギ)    1票



 激しいデットヒートの末、栄えある第一位に輝いたのは、ナミコさんでした。

 確かにナミコさんは魅力的ですよね。オッパイ大きいし。

 たくさんの投票ありがとうございます。

 この結果、どうなるかわかりませんが、何かが起こるやもしれません。

 今回は実質ナミコ回だったので、次回はあの人がヒロインでございます。

 では、また次にお会いしましょう。
312 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/23(月) 21:17:24.59 ID:OBh58ulSO
乙でした!
くっ、キョージュはダメだったか
無念なりぃ……
313 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) [sage]:2012/07/23(月) 22:24:02.53 ID:teDXTO910
キョージュ10票だったのか…
314 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/24(火) 20:30:51.97 ID:RDHyYT7Ro
扇風機を分解して修理して、また組み立てたらネジが一つ余った。


まあ、気にしない。

ちょっと変な音がするけど気にしない。

やろうか。
315 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/24(火) 20:31:18.39 ID:RDHyYT7Ro




   第十五話 GA合宿(後編)
316 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/24(火) 20:31:48.63 ID:RDHyYT7Ro


 【夜のお楽しみ】


 狂乱のクイズ大会が終わり、少し早い夕食を終えた播磨たちは、完全に疲れ切っていた。

「おいい、全員八時に集合だとよ!」

「んだそれは……」

 鬱陶しいことに、入浴を終えてからもゆっくり休む機会はなかった。

 一瞬、体調不良を理由にテントで寝ていようかとも思ったけれどふと思いとどまる播磨。

(待て待て、これは風呂上りのノダちゃんを見られるチャンスではなかろうか)

 そう思った彼は俄然やる気を出す。

「元気だな、播磨は」

 顔が赤く日焼けして、さすがに疲労の色も隠せない大鉄。

「まあ、泣いても笑ってもあと一日だ」

「そうだな」

 播磨はノダミキのことを思いながら、宿舎へと戻って行った。



   *
317 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/24(火) 20:32:14.62 ID:RDHyYT7Ro

 【降霊、ではなく恒例行事】


「はい、では皆さん! ちゅーもーく!」

 昼間司会をやっていたメガネ女が叫ぶ。

 マイクは使っていないけれど、夜なので声がよく通った。

 あと、どうでもいい情報だが彼女たちは浴衣を着ていた。

「それではこれから、毎年恒例の肝試し大会を行いたいと思いまーす」

「毎年」

「降霊?」

「おい、野田。字が違わねェか」

「そっかあ」


 肝試し大会。

 それは臨海学校や林間学校では確かに恒例の行事だ。

 ルールは簡単、宿舎の裏手にある山の上の祠に置いてある紙に名前を書いて戻る。

 ただそれだけのことだ。

 別に怖くもなんともない。

 皆も楽しそうである。

 しかし、

「えええ? ど、どうしましょううう……」

 キサラギだけは顔を真っ青にして震えていた。
318 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/24(火) 20:32:46.25 ID:RDHyYT7Ro

「ああ、そうそう。この辺りにはね、昔から神隠しの伝説があるから。気を付けてね」

「神隠しいい」

 余計に怖がっていた。

 だが、キサラギ以外の生徒たちはそんな怪談話には興味は持っていなかった。

 彼らや彼女らが一番関心を持っていたことと言えば、そう肝試しの組み合わせだ。

 これは勝負ではないので、昼間と同じコンビである必要はない。

「肝試しの組み合わせについては、厳正なるくじ引きで行われます」

「ええー!」

 またしてもブーイング。

 しかし、

「……」

(まあいいか)

 播磨は思った。

 仮に好きな人とペアを組みたいと思ったとしても、直接ノダミキを誘うだけの自信も勇気も、
今の播磨にはなかったからだ。

 仮に変な奴と一緒になったら、無理やり今鳥辺りと交換させよう。

 そんなことを思いつつ彼はクジを引く。

(もし、ここでノダちゃんとペアになったら)

 播磨はそんな幸せな未来に思いをはせた。
319 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/24(火) 20:33:25.30 ID:RDHyYT7Ro

 一説によると、宝くじの一等を当てる確率は、宝くじを買いに行く時に交通事故に遭う
事態よりも確率が低いという。

 それでも人間とはバカな生き物で、買った時点では自分が特別だと思い込むものだ。

(頼む、ノダちゃん)

 そう思って振り返ると、

「播磨殿か」

「大道……?」

「ああ、私だ。今日は頼む」

「そ、そうだな」

 正直、知り合いで助かった部分はある。

 だが、彼女と一緒にいると、見えないものまで見えてきそうで正直怖い。

 その後、どう見ても意図的に組まれたと思えるペアが次々に完成していく。

「こ、今度こそ女子と組めると思っていたのに……」

 今鳥は泣いていた。

「ちょっと待て! 俺は女だぞ」

 そしてトモカネは怒っていた。

 播磨は別にこの二人には関心がなかったので、すぐに視線を外す。

「よ、よろしく響くん」

「お、おう。よろしく野崎さん」

 響大鉄はナミコと組まされたようだ。
320 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/24(火) 20:33:53.82 ID:RDHyYT7Ro

 何だか初々しいペアである。

 そして、播磨が目当てのノダミキは、

「ううう……」

「落ち着いてキサラギちゃん」

 怖がるキサラギを宥めていた。

「で、でも神隠しとか怖くないですか? ノダちゃん」

「そんなの迷信だよ」

「ったく」

 播磨と雅は、そんな二人の元へ向かう。

「あ、はりまっちとキョージュ」

 二人を見てノダミキは言った。

「大丈夫か」

 と、播磨は声をかける。

「キサラギちゃんがさっきからずっと怖がっちゃって。何とか言ってよ」

「何とかっつってもなあ」

「大丈夫だキサラギ殿」

 そう言って雅が一歩前へ出る。

「キョージュさん」

「大丈夫、浮遊霊は普通の人には見えない。現にここにも何体かいるが――」

「ひいいいい!!」
321 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/24(火) 20:34:23.07 ID:RDHyYT7Ro

「おい大道、お前ェは黙ってろ」

 そう言うと、雅を押しのけて播磨がキサラギの前に出る。

「山口」

「は、はい」

「こいつを貸してやろう」

 そう言うと、播磨は自分の持っている鍵からキーホルダーを外す。

 チャリンと金属音が鳴った。

「これは、鈴ですか?」

「ああ、鈴だ。古来より鈴は邪を払う法具とされていた。神社にもでっかい鈴があるだろう?」

 そう言うと彼はもう一度鈴を鳴らす。

「コイツを持っていれば平気だ。しっかり鳴らしとけ」

 播磨はキサラギの小さな手に紐の付いた鈴を握らせた。

「あ、ありがとうございます」

 心なしか、青ざめていた顔に赤みが差した気がした。




   *
322 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/24(火) 20:35:07.59 ID:RDHyYT7Ro

 【闇の道】
 

 裏山へと続く暗い夜道。

 肝試しのルールは簡単で、二人一組で山の頂上にある祠へ行き、
そこに置いてあるノートに名前を書いて帰る簡単なもの。

 別段驚かせる役がいるわけでもない。

 ただひたすらくらい道を歩くだけだ。

 そして、足元が悪いから気を付けるようにも言われた。

「大丈夫かな播磨殿」

 ぼんやりとした提灯の光が大道雅の顔を照らす。

「大道、お前ェはローソクの光が似合うな」

「そうか」

 別に褒め言葉でもないが、黒髪と微かな光が何とも言えない雰囲気を漂わせていた。

「……」

 ただ、今播磨が感心のあることは、隣にいる雅ではなく自分たちのすぐ後に
出発したノダミキたちのことである。

「気になるの」

「え、何が?」

「キサラギ殿たちのこと」

「いや、別に」

「そう……」
323 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/24(火) 20:35:46.76 ID:RDHyYT7Ro

「……」

 会話が続かない。

 雅と歩いている時はいつもそうだ。

 だからといって、別段困ったことはない。

 沈黙の時間も苦痛ではない。播磨にとっての雅は、そういう人間であった。

「時に播磨殿――」

「ん? どうした」

「キサラギ殿とナミコ殿、どちらが好きかな」

「はあ?」

「勿論恋愛的な意味で」

「何でいきなり」

「少し気になったもので」

 逃げ場がない。

 友人とか仲間とか、そういう曖昧な表現は許されそうにない。

「別に、どっちがどうってことはねェよ」

「それはどういうことだろう」

「いやだからよ、どっちも嫌いではねェが、恋愛的な感情はねェってことだ」

「そうか」

「ああ」

「だが二人とも可愛いとは思わないか?」
324 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/24(火) 20:36:22.71 ID:RDHyYT7Ro

「可愛い?」

「そうだ。キサラギ殿は小動物のような可愛さがあり、ナミコ殿は胸が大きい」

「……」

「どうした」

「んなこと言ったらお前ェだってそうだろう」

「私?」

「お前ェも結構人気があるぞ。GAでも美人の部類なんじゃねェの」

「は……、播磨殿は、どう思う?」

「ん?」

「私のことを」

「どうって」

「好きでもない相手に、どう思われても意味のないことだ」

「そうだな」

「だから、キミは私のことをどう思っている?」

「え、そりゃあ――」

 播磨が答えようとしたその時、

「ん」

 雅は何かに反応する。

「どうした」
325 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/24(火) 20:36:48.16 ID:RDHyYT7Ro

「しっ」

 闇の中で耳を澄ます。

 虫の声や、風で揺れる木々の音以外に、何かが聞こえる。

 それは、

「はりまっち! キョージュ!」

「なに?」

 それは、暗い山道を全力で走ってくるノダミキの姿であった。

「おい! どうした!」

「ああ、はりまっち! はあはあ……」

 息を切らしながらノダは喋る。

「どうした、何があった。キサラギは?」

 播磨がノダミキの両肩を掴んで聞く。

「それが、キサラギちゃんが」

「おう」

「神隠しにあった」

「何!?」



  *
326 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/24(火) 20:37:15.08 ID:RDHyYT7Ro



 【神隠し】


 ノダミキの話だと、一緒に歩いており少し目を離したすきに彼女がいなくなっていたのだという。

「いなくなった場所は」

「多分、この辺り……」

 涙目になったノダミキが言った。

 彼女はいつも明るく楽天的なだけに、その深刻な表情から事態の重要性を理解する播磨であった。

「しかし本当に神隠しなんてよ。携帯は?」

「すまない播磨殿。ここいらは電波が届かないらしい」

 そう言って雅は「圏外」と表示された自分の携帯電話のディスプレイを見せる。

「くそ、俺のもか」

 そう言って播磨が携帯電話をジャージのポケットに押し込むと、

「あ、あれ」

 ノダミキが何かを発見した。

「ん?」

 彼女が懐中電灯で照らすその先に、何か光るものが見えた。

 近づいてみると、

「こりゃあ……」
327 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/24(火) 20:38:00.34 ID:RDHyYT7Ro

 それはキサラギがかけていた大きなメガネであった。

「キサラギちゃんの」

「間違いねェな」

 こんな大きなメガネをかける人間はキサラギ以外にはありえない。

「ってことは、やはりこの近くか」

 播磨は周囲を見回す。

 よく見ると、山道のすぐ傍が傾斜になっている。ここから転がり落ちた、
と考えるのが妥当なところか。

「大道、野田。俺はこっから下におりて調べてみる。お前ェらは先生とか他の生徒に
知らせてくれ」

 メガネが無くなったキサラギの状況がまずいことは、播磨も雅たちも経験上知っている。

 早く見つけなければ。

 そう思った播磨が道を外れようとすると、

「播磨殿!」

 雅が呼び止める。

「どうした」

「懐中電灯、持って行ったほうがいい」

 彼女は懐からLEDの懐中電灯を取り出し、それを播磨に渡した。

「持ってるなら最初から使えよ」

「私はローソクの光のほうが好きだったもので」
328 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/24(火) 20:38:41.76 ID:RDHyYT7Ro

「まあ、俺も好きだけどよ」

「そうか。あとそれと」

「ん?」

 袖から取り出したのは、小さ目のフェイスタオルである。

「これは?」

「恐らく必要になるだろう。持っていてほしい」

 播磨はなぜ必要なのか、その時すぐにはわからなかったけれど、
雅のことだから何か考えがあるもの、と思いそれも受け取った。

「よし、行くか」

 そう言うと、彼はキサラギの大きなメガネを首元の衿に差し込み、
そして傾斜を下りはじめた。

 かなりの傾斜だ。

 途中で木々にぶつかってけがをしている可能性もある。

 それに場所がわからない。懐中電灯はノダミキが持っていたので、
光で場所を見つけることは難しいだろう。

 だったら、音が。

(音?)

 不意に彼は思い出す。

 ついさっき、自分が彼女に渡した鈴のことを。

(まさか本当に役に立つとは)
329 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/24(火) 20:39:07.83 ID:RDHyYT7Ro

 そう思い、彼は耳を澄ませた。

 虫の鳴き声が響く山の中。

 遠くに車の音も聞こえる。

 だがそれではない。

 彼は脳をフル回転してノイズをそぎ落とし、必要な音だけを抽出しようと神経を集中した。

(もし、途中で落としてなきゃ、あの音が聞こえるはずだ)


「……!」


 そして、彼の耳はわずかな音を拾った。




   * 
330 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/24(火) 20:40:36.50 ID:RDHyYT7Ro



 【闇の中の光】


 ここはどこだろう。

 目の前は暗かった。

 微かに、草のようなものが見えるけれど、はっきりとしない。

(メガネ? そうか、メガネが)

 自分のメガネが外れていることに気が付くキサラギ。

(どうしよう)

 昼間なら、何とか安全な場所にたどり着けるかも知れないけれど、
この闇の中では致命的であった。

(怖い……)

 まるで真綿で首をジワジワと締め付けるように恐怖が襲ってくる。

 虫の声も風の流れも感じない。

 ただ、自分の中の鼓動が耳の奥で鳴り響く。

(どうしよう)

 泣きたくなる。

 でも、ここで泣いていても仕方がない。

 助けがくるまで大人しくするしかないのだ。

(誰か)
331 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/24(火) 20:41:23.84 ID:RDHyYT7Ro

 手が震える。

「そ、そうだ」

 キサラギはあることを思い出して、ポケットの中に手を突っ込んだ。

(播磨さんに貰った鈴……)

 古来より鈴は邪を払う道具として使われていたと彼は言ったが。

 キサラギは、藁をもつかむ気持ちで鈴の紐を持って、それを揺らす。

 小さな、しかし高い音が鳴り響いた。

 少しだけ、ほんの少しだが心が落ち着く気がする。

(よかった、これがあって)

 そんな風に思っていたら、不意に足音が聞こえてきた。

 動物? 違う、人間の足音だ。

「だ、誰かいますか?」

 恐怖を押し殺しながら、必死に声を出すキサラギ。

「山口! そこか!」

 聞き覚えのある声が聞こえてきた。

「播磨さん!?」

「そうだ、そこだな! よし、動くな」

 不意に目の前が明るくなる。

 懐中電灯か何かで照らされたようだ。
332 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/24(火) 20:41:52.83 ID:RDHyYT7Ro

 そしてその光の中から大きな影が出てくる。

「播磨さん、あの」

「いいから、じっとしてる」

 そういうと、顔に何かを着けられた。

 驚いて一瞬目をつぶったが、次にゆっくりと瞼を開くと、

「どうだ、見えるか」

 そこには、見覚えのある播磨拳児の顔がしっかりとあった。

「あ、うわあああああ!!」

「お、おい!」

「怖かった! 怖かったんですよおー!」

「おい、わかった。わかったから落ち着け」

 キサラギは久しぶりに鳴いた。
 
 播磨拳児にしがみつきながら、脳の血管が切れるんじゃないかというくらい
泣きわめいてしまったのだった。




   *
333 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/24(火) 20:42:27.64 ID:RDHyYT7Ro


  
 【後始末】


 随分高い傾斜から転落したにも関わらず、幸いキサラギにはほとんど怪我は無かった。

 播磨がキサラギを背中に抱えて宿舎に戻ってくると、多くの生徒たちが寄ってきた。

「大丈夫? キサラギさん」

「けがはない?」

「キサラギちゃん! 無事でよかった」

「山口さん」

 皆彼女の心配はしていたらしい。

 結局、肝試し大会はそこで中止となり、その夜は解散となった。




   *
334 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/24(火) 20:42:53.91 ID:RDHyYT7Ro



 そして翌日、GA合宿らしくその日の課題は海の写生であった。

 できた者から自由行動と言われたけれど、その日は午後から帰ることになっていたので
ほとんど時間が無い。

 当然、画力の欠ける播磨は時間ギリギリまで描くハメになってしまった。

「くそお、折角海にきたのに何もできねェじゃねえか」

 悔やんだところで何もはじまらないことはわかっていたので、彼は筆を進めた。

 そして、正午。

 簡単な昼食を終えた彼らはバスで帰宅することになる。

(やっぱ、一泊二日じゃあ何もできねェよな)

 そんなことを思いながらバスに乗り込もうとすると、

「播磨殿」

 雅が話しかけてきた。

「どうした大道」

「帰りの席なのだが、少し変えてはくれないだろうか」

「ん? どういうことだ」




   *
335 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/24(火) 20:43:37.53 ID:RDHyYT7Ro

 【勇 気】


 帰りのバスは大道雅(キョージュ)の取り計らいによりキサラギは播磨と
隣同士になることができた。

 昨夜は色々あって、彼とまともに話をすることができなかったから良い機会だと
彼女は思った。

「あ、あの。昨日はありがとうございました。本当に」

「別に大したことじゃねェよ。お前ェが無事ならそれでいい」

「播磨さんだけでなく、皆に迷惑をかけてしまって」

「別に迷惑かけてるのはお前ェだけじゃねェし、それに騒ぎが起こるのは今にはじまったわけじゃ
ねェだろ」

「でも」

「いつまでも気にしてんじゃねェぞ」

「あ、はい」

「……」

「……」

 会話が途切れる。

 キサラギも言いたいことを言ってしまったので、この後何を喋ればいいのかわからなかった。

「でもよ」

「はい?」
336 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/24(火) 20:44:27.59 ID:RDHyYT7Ro

「折角海にきたのに、時間も無かったし行事がたくさんあって全然遊べなかったな」

 窓の外に広がる青い海を見つめながら播磨は言う。

「そ、そうですね」

「疲れた」

「……あの、播磨さん」

「あン?」

「もしよかったら、また皆で遊びに行きませんか? 海に」

「海か……」

「今度はしっかり、海を楽しみましょう」

「そうだな」

 そう言って播磨は笑顔を見せる。

 それを見たキサラギはホッとしたと同時に、大きく胸が高まるのだった。




   つづく
337 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/24(火) 20:46:32.01 ID:RDHyYT7Ro
夏休み編はまだまだ続きます。

もちろん、人気上位のナミコさんやキョージュの活躍も……、あると思うよ。
338 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2012/07/24(火) 21:14:39.56 ID:t5lYoL6AO

播磨ご都合かっけェ
339 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/24(火) 22:49:21.14 ID:vQ7ICtZSO
やっぱりもげろー
340 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/25(水) 02:55:21.35 ID:4T/kimNDO


夏休み話ってスクランの中でやっぱ一番印象深いわ。この機会に読み返してみたら懐かしくて胸がもう
341 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/25(水) 20:43:15.62 ID:mFsRJlzko
GARはスクランと違って、夏休みもしょっちゅう登校してるから、あんま夏休みっぽくないかな。

では投下。
342 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/25(水) 20:44:13.93 ID:mFsRJlzko





      第十六話 総合芸術


 科白は矢である。文字を起こす作業=弓をひくこと。グーッと弓を引く。その姿がステキなのだ。

弓を引くパワー。できれば狙ったところに当てる。

 役者は役に応じて弓を持ちかえる。丈夫な弓を自分のなかに何種類も持っていなければならない。

それは生き方の問題だ。

                                     草野大悟(1939〜1991年)俳優
343 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/25(水) 20:44:53.50 ID:mFsRJlzko


 【決め事】

 時間は少し前後するけれど、期末テストが終わってから夏休みに入りGA合宿が行われる直前、
つまり夏休み前にクラスでは「とある議題」が話し合われた。

 それは、彩井学園で一年に一度行われる文化祭、彩井祭で行うクラスの出し物を何にするか、
ということである。

 学園には進学クラスもあるので、夏休みが終わってからすぐに文化祭が行われる。

 つまり、そこで何をやるのかはすでに一学期のうちに決めておかなければ間に合わない。

 GAでは、芸術科ということもあってクラス展示にもそれなりのクオリティが求められる。

 ただ、夏休みは休み明けにコンクールに出品したり、個人作品の出品も義務付けられているため
それほどクラスの出し物だけに時間を割くわけにはいかない。

「例年、巨大壁画や大きな彫刻などが出されているわけなのですが――」

 クラス委員の大塚舞が意見を求める。

 しかし、思うように話が進まない。

 夏休みを前に浮かれる者、自分の作品のことで頭がいっぱいの者。将来を不安がる者。
腹が減ってしょうがない者(播磨)。

 元々個性の強い面々が集まったGAなので、まとまるのは難しい。

「お化け屋敷なんてどうですか」

「それは去年美術部がやったって」

「マジっすか」

「だったら何? 釣り堀?」

「なんじゃそりゃ」
344 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/25(水) 20:45:43.42 ID:mFsRJlzko

 非生産的な言葉が飛び交い、時間だけが無駄に過ぎようとしていた。  

 その時、一人の少女が出した小さな意見が大きな波紋を広げる。

「演劇を、やってみませんか」

「は?」

 全員が黙り込んだ。

 GAである。

 主に美術を学ぶ生徒たちが集まるクラスで、なぜ演劇という提案をすること事態意外であった。

 そして、その意見を言った生徒もまた意外であった。

 山口如月――

 一見すると大人しそうな少女。

「あ、あの、山口さん。どうして演劇なのかな」

 委員長が恐る恐る聞く。

「あの、前にテレビで見たことがあるんです。舞台演劇っていうのは、その、総合芸術だって」

「総合芸術……」

 ざわつく教室。

「だから、皆さんは色々な分野の藝術家を目指していると思うので、それらを一気にやってみたら
面白いのではないかと」

「一気にやる?」
345 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/25(水) 20:46:14.51 ID:mFsRJlzko

「小道具とか舞台装置なんかは、確かに芸術(アート)だよな。いいんじゃないか?」

 そう言って真っ先に賛成したのはトモカネであった。

「ああいいかもね。GAの演劇って、あたしも見てみたいかも」

 ナミコがそれに続いた。

「可愛い衣装とか作ったりできるかな」

 ノダミキも、そんなことを言ってみる。

 彼女の意見は少しずつ支持を伸ばし、やがてクラス全体の意見としてまとまっていった。

 こうして、GA一年のクラスでの出し物は「演劇」と決まった。

 だがそれはGAにとって、その中でも播磨拳児にとっては苦難の始まりでもあった。




   *
346 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/25(水) 20:46:40.95 ID:mFsRJlzko


 【キャスト】


 合宿の疲れがまだ完全に抜け切ってはいない夏休みの午後、播磨拳児は学校に来ていた。

 というのも、夏休み中に仕上げておかなければならない課題があったからだ。

 GAはとにかく課題が多い。

 それは夏休みとて例外ではない。

 というか、夏休みだからこそ、ここぞとばかりに課題を出されるのだ。

(普通の高校に入っときゃよかったかな)

 そんな後悔をしつつ、実習室に入るとすでに午前中から数人の生徒が登校していた。

 中には今鳥もいる。

 チャラい風貌とは裏腹に、意外と真面目なのだなと思う播磨。

 ふと、見覚えのある鞄を見つけた。

「よう。大鉄、来てるのか?」

 播磨は今鳥に聞く。

「ああ、来てるよ」

 ダルそうに絵筆を動かしながら今鳥は答える。

「ここにいねェみてェだが、便所か」

「いや、なんか劇の打ち合わせらしい」

「劇……、ああ演劇か」
347 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/25(水) 20:47:15.16 ID:mFsRJlzko

「おう。よくやるよな、俺たちよりも課題を抱えてるくせによ」

「そうだな……」

 播磨はカバンを置いて、早速自分も課題に取り掛かろうとしたその時、
不意に誰かが声をかけてきた。

「あの、播磨さん?」

「あン?」

 見ると、見覚えのあるメガネの女子生徒がいた。

 山口キサラギだ。

「どうした山口」

 播磨は聞く。

 何だか面倒事になるような予感はしていたけれど、無視するわけにもいかない。

「お願いがあるんですけど」

「あン?」



   *
348 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/25(水) 20:48:02.54 ID:mFsRJlzko


 実習室から出て廊下。

 播磨はキサラギと二人きりで向かい合った。

「何の用だ?」

 播磨が聞くと、キサラギは恥ずかしそうに眼を伏せる。

(まさか愛の告白。しかし俺にはノダちゃんが……って、んな訳ねェか)

 待っている間、彼は心の中でボケとツッコミをしていた。

「その、お願いなんですけど」

「ああ」

「文化祭でやる演劇の」

「おう」

「主役をやってもらいたいんです」

「はあ?」

「まだちょっと脚本は出来上がっていないのですが、原作はこの絵本です」

 そう言うと、キサラギはちょっと暗めの表紙の絵本を前に出す。

「絵本が原作……」

「え、はい。絵本なら、作品のイメージがしやすいって羽根川さんが」

「そうか」

(羽根川って誰だ?)

「それで、主人公がこの旅人さんなんです」
349 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/25(水) 20:48:41.17 ID:mFsRJlzko

 薄汚れた服を着た青年。

 いや、中年と言ったほうがいいか。

 挿絵だけでは年齢はよくわからない。ただ、髭が生えていたので男だということだけは
わかる。

「この人をやってほしいんです。播磨さんに」

「どうして俺なんだよ。俺は劇なんてやったことねェぞ」

「それは、皆同じだと思います」

「確かに」

「お願いします」

「大鉄に頼んだらどうだ? 体格なら似たようなもんだろう」

「響さんは舞台装置の設定や演出方面をやってもらうことに決まりました。
だから役者との兼任はその……」

「だがよ、俺は……」

 人前で演技するような人間ではない。

 何より、頭が悪いので台詞が覚えられない。

「それ、私も出るんだよはりまっち」

「ん?」

 キサラギの背中からひょっこりと顔を出したのは、小柄なキサラギよりも更に小柄な
ノダミキであった。

「ノダちゃん」
350 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/25(水) 20:49:31.65 ID:mFsRJlzko

「ノダ。どうしたんだ」

「実はこの劇、私も出る予定なんだ。妖精さん役でね」

(ノタちゃんの妖精……)

 播磨はノダミキの妖精姿を一瞬で想像する。

(うん。イケる!)

 そして心の中で拳を握った。

「つまり、ノダと共演ってことか」

「そういうことになるね」

「お願いします播磨さん。こういうの頼める人って、播磨さんしかいなくて」

 そう言ってキサラギは頭を下げる。

「私からもお願いするよはりまっち」

 ノダもそれに続く。

「……」

 播磨は考える。

 ここでノダミキと一緒の舞台に立てば。

(ノダちゃんと仲良くなれるチャンスか!)

 ドラマや舞台で共演した役者同士が付き合ったり結婚したりするケースは枚挙にいとまがない
(同様に離婚したケースも多いが、今の播磨にマイナスの情報は入ってこないのだ)。
351 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/25(水) 20:49:58.97 ID:mFsRJlzko

「わかった、キサラギ。頭を上げろ」

 そう言って播磨はキサラギの肩を軽く叩く。

「播磨さん」

「やってやるぜ、主役」

「本当ですか?」

 キサラギの笑顔が花開く。

「やったねキサラギちゃん!」

 ノダミキも喜んでいるようだ。

(文化祭で男女が仲良くなる。学園ドラマでは定番じゃねェか)

 播磨は、課題のことを忘れて心の中でほくそえんでいた。




   *
352 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/25(水) 20:50:43.63 ID:mFsRJlzko



 【稽 古】

 演劇に稽古はつきもの。

 今回は一か月弱しか期間もないし、同時に舞台装置なども作らなければいけないので、
スケジュールはいっぱいいっぱいだ。

 午後六時過ぎ、ジャージ姿の出演者たちが集められた。

 急造の脚本を持ち、演出全体を統括するのは響大鉄、小道具などは野崎ナミコ、
大道具や拝啓などの製作は大道雅などが担当していた。

「播磨さん、これ脚本です。遅くなりまして申し訳ありません」

 七月の終わり、その日はじめて播磨は劇の台本をキサラギから手渡される。

「おう、サンキューな」

「原作の本はもうお読みになられましたか?」

「まあ一応な。絵本だからすぐに読めたぜ」

 これが『戦争と平和』みたいな回りくどい作品だったらどんなに苦痛だったか。

「前にも言ったように、播磨さんの役はここの旅人です」

「ああ」

「セリフ、多いかもしれませんけど」

「台詞……。そういや」

 播磨はモノを覚えるのが苦手だ。

 普通の役よりも台詞の多い主役など勤まるのだろうか。

「頑張ろうねはりまっち!」
353 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/25(水) 20:51:41.51 ID:mFsRJlzko

 下がジャージで、上がTシャツ姿のノダミキが言った。

「お、おう」

 ジャージ姿も可愛いと思う播磨であった。

 稽古初日は、全体的な説明と時間がないので本読みの稽古も入る。

 本読みとは読み合わせとも呼ばれ、台本を持った状態で台詞を言う稽古のことだ。

 本を読むくらい楽勝だろうと思っていた播磨だが、読めない漢字や読みにくいセリフ回しに
苦労してしまい、終わったころにはクタクタになっていた。

(くそ、芝居がこんな難しいなんて思ってもみなかったぞ)

 ノダミキの前でカッコイイところを見せるどころか、逆にかっこ悪いところを見せてしまう。

 極度の疲労もあって、彼のプライドはボロボロになってしまっていた。




   * 
354 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/25(水) 20:52:43.06 ID:mFsRJlzko


 【沈 痛】


 努力して結果が出れば嬉しいものだが、それで結果が出なかった時ほど悔しいものはない。

 播磨拳児は今まさにそんな状況であった。

 昨晩、出演者全員の前で無様な姿をさらしてしまった彼は、早くも辞めようとすら思っていた。

 だが、彼は負けず嫌いの性格である。

(もしここで俺が辞めたら、誰か他のやつがノダちゃんとラブラブちゅっちゅしてしまうことに
なるじゃねェか。そんなのは許せねェ)※ そんなシーンはない。


 彼は寝室にも台本を持ち込み、赤鉛筆でルビをふりながらセリフを覚えていく。

「よう播磨、早いな」

 課題を済ますために学校に行った播磨だが、終日台本を読んで過ごす日々であった。

 そして二回目の本読み稽古。

「ああ、拳児。すまないがもう一回」

 演出の大鉄がやり直しを要求してきた。

 普段おとなしい癖に、なぜか演劇に関しては妥協を許さない性格のようで、播磨に対しても
初日から厳しい要求をしてきた。

「おう……」

 ここでキレても仕方がないので彼は我慢して稽古を繰り返す。

 だが上手くいかない。

 稽古も数日続いてくると、共演者も段々上手くなってくる。

 あの、キサラギですら恥ずかしがっていたのが、かなり上手く声を出せるようになってきた。

 そのことがより一層、彼を焦らせることになっていた。



   *
355 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/25(水) 20:53:29.87 ID:mFsRJlzko



 【湿気た面】

 数日後の正午。

 空はアホみたいに晴れ渡っていた。

 ほんの数週間前までは雨雲でじっとりしていた空気も今は、太平洋高気圧の
影響ですっきりとしている。

 見上げると飛行機雲が一本の線を描いていた。

 播磨はその日も課題のために学校へ来ていたのだが、どうにもやる気が起きずに
実習室から屋上へと出た。

(暑い。やはりここに来たのは失敗だったか)

 気分を変えようと場所を移動したことを軽く後悔する播磨。

 身体も気分も重い。

 その原因は明らかだ。

(演技が上手くいかねェ……)

 何か一つのことが引っかかると、他のことも停滞してしまう。

 東大に行くような秀才なら切り替えも早いのだろうけど、播磨はそこまで器用ではない。

「お、ここにいたか」

「あン?」

 不意に聞き覚えのある声が聞こえた。
356 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/25(水) 20:54:29.21 ID:mFsRJlzko

 振り返ると意外な人物がそこに立っている。

「野崎……」

 野崎ナミコだ。

「何やってんだ? ハリマ」

「昼休憩……」

「手ぶらでか?」

「……いや」

 そういえば昼食を用意していなかったことに気づく播磨。

「メシか……」

 播磨がゆっくり立ち上がろうとすると、ナミコは呼び止める。

「なあ、ちょっと待ってくれないか」

「どうした」

「弁当、作ってきたんだ」

「は?」

 ナミコはハンカチに包まれた弁当箱を播磨に見せる。

「作ったって、お前ェが?」

「そうだよ、悪い?」

「いや、それは」

 播磨の頭の中に、一学期の調理実習の様子が蘇る。
357 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/25(水) 20:55:11.97 ID:mFsRJlzko

「今調理実習のこと考えただろう」

「確かに」

「ちょっと、まあ座ってよ」

「……」

 播磨とナミコは、屋上のやや影になる場所に腰を下ろす。

「何で俺に食わそうと思ったんだ? 実験台か?」

「失礼な、味見はしたさ」

「いや、腹減ってるからまあ嬉しいけどよ」

 そう言って彼は弁当箱のふたを開ける。

 すると、不格好な卵焼きやおひたしなどが入った、典型的(スタンダード)な
弁当が顔を覗かせる。

(見た目は、ちょっと悪いけど普通か)

 そう思いつつ、箸をつける播磨。

「……」

「どうだ?」

「……美味いな」

「そうだろ?」

「ちょっと塩味が効きすぎてる気もするが」

「な、夏なんだからそれくらいが調度いいんだよ」
358 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/25(水) 20:56:07.16 ID:mFsRJlzko

 弁当が少しひんやりと冷たかったのは、痛まないために保冷剤で冷やしていたからだろうか。

「なあ、野崎」

「なに?」

「何で急に弁当なんて作ってきたんだ? しかも俺に食わせて」

 播磨がそう聞くと、

「はあ……」

 ナミコは大きく息をついた。

「どうしたよ」

「そのさ、アンタの湿気た面、見たくないのよ」

「俺の? 湿気た面?」

「そうだよ。梅雨はもう終わったんだよ? 夏なんだよ。なのに、そんなウジウジした顔を見たら、
こっちだってやってられないっての」

「俺が?」

 心当たりは……、ありすぎる。

「調理実習の時、あんた言ったよね。本当に怖いのは、できないことじゃなくて、
自分ができないと思って何もやらないことだって」

「……」

「あたしは料理が苦手だったし、だから全然やらなかった。でも、あれから家で
練習とかしてたんだよ」
359 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/25(水) 20:56:48.76 ID:mFsRJlzko

「そうだったのか」

「それで、まだ全然ダメだけど、一応人が食べても大丈夫なものも作れるようになってきた」

「ちょっと塩味キツイけどな」

「そこは我慢しろ!」

「ハハッ」

「あんたがさ、何で悩んでいるのかだいたい想像できるけど、きっと解決できるよ」

「解決……」

「あたしもさ、料理のことを勉強するとき絵のことを考えたんだ。どちらも、上手くやるための基本は同じ。
そしたら、少しずつイメージできるようになってきた」

「……野崎」

「なに?」

「サンキューな」

「どういたしまして」

 そう言うと、ナミコは満面の笑みを見せた。

 まるでヒマワリのようだな、とその時の播磨は思ったのだった。





   *
360 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/25(水) 20:57:17.70 ID:mFsRJlzko




 【本 物】

 昼食後、彼は早足で実習室に戻り自分のスケッチブックを開く。

 そして、削ったばかりの鉛筆を取り出してスケッチを始めた。

「どうしたんだ、急に」

 周囲に生徒たちは驚いているようだったが、播磨はあえて無視する。

「コイツでもいいか」

 目の前にはスケッチ用のプラスチックで出来た果物が見える。

 彼はそれを描く。

(演技というのが、何かを演じるということなら、それはスケッチにも似ているかもしれねェ。
なぜならスケッチは似せて描くことだから)

 彼はそんなことを考えつつ、鉛筆を走らせた。

 そして、途中まで描いたところでピタリと鉛筆を止める。

(ダメだ。偽物(イミテーション)をいくら模倣したところで、本物には近づけねェ。だったら、本物を描くべきか)

 そう考えた彼は、スケッチブックと鉛筆をしまい、再び実習室を出る。

 彼の向かった先は図書室だ。

「ホシノ、開いてるか」

「え? 播磨くん?」
361 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/25(水) 20:57:53.87 ID:mFsRJlzko

 この日は運よく図書室の開館日で彼はずんずんと中に入って行く。

 そして、目的の絵本を見つけてそれを開いた。

『灰色の国と旅人』

 ストーリを概観した程度だった播磨は、改めてそれを読む。

 それまで彼は、セリフを言うことばかりに気を取られており、自分の演じる人物が
どんなことを考えているのか、とかどんな性格なのか、ということをほとんど考えていなかった。

 元々演劇は素人の連中ばかりなので、その点の指導は期待できない。

 だから、自分で見つけるしかない。

(本物を描くように、本物を演じる。これしか手はねェ。これでダメだったら本当に諦めよう)

 播磨はそう思い本を読み返した。

 何度も、何度も。




   *
362 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/25(水) 20:58:47.52 ID:mFsRJlzko



 そして夕方――

「凄いな、播磨」

「播磨さん素敵です」

 この日の読み合わせの稽古では、周囲の反応が明らかに違っていた。

「まあ、こんなもんよ」

 播磨はそう言って胸を張る。

「やるねえはりまっち。こりゃあたしも負けてられないよ」

 ノダミキはそう言って片目を閉じる。

(カワイイな、ノダちゃんは)

 そう思いつつ、教室の外を見ると数人の生徒たちが見物に来ていた。

 他のクラスの生徒もいれば、同じクラスでも役者ではない生徒たちがいる。

(野崎……)

 その中にナミコもいた。

 播磨は無意識のうちに親指を立てて彼女に見せる。

 それを見たナミコは、ちょっと照れながら口を開いた。

 声は聞こえなかったけれど、おそらく「ばーか」と言ったのだろう。

 あいつらしいな、と播磨は思った。



   つづく
363 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/25(水) 21:02:14.56 ID:mFsRJlzko
ナミコさんの嫁スキルが高くなってまいりました。

次回は、夏の定番お祭り回。ついに浴衣姿解禁か。絵はないけどね。
364 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) [sage]:2012/07/25(水) 23:10:17.77 ID:fKKsoo3AO

播磨らしさが伝わってくるぜ
365 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/26(木) 01:14:11.50 ID:ydB3m9990
シレッと舞ちゃんがいて地味に驚いた
366 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/26(木) 21:28:27.11 ID:WlxvzYdjo
二次面接で落ちるタイプの私です。


はじめます。
367 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/26(木) 21:28:55.61 ID:WlxvzYdjo




   第十七話 それぞれの視線
368 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/26(木) 21:29:38.82 ID:WlxvzYdjo

 【休 み】

 夏休みといっても播磨はほぼ毎日学校に行っているので、それほどの意識の違いはない。

 ただ違うのは、登校時間が遅くなったことだろうか。昼から夕方にかけて課題をこなし、
夕方からまるで部活動のように演劇の稽古をする。

 そして家に帰ってから遅くに寝て、朝も遅くに起きる。

 一日の時間のサイクルがかなり夜にズレてしまったので、新学期からは辛いだろうことは
容易に想像できたけれど、かといって自身の生活を改めるほど彼も意識が高いわけでもない。

 それよりも、朝の涼しい時間はできるだけ寝ていたいというのが正直なところであった。

 そして日曜日。

 学校の校舎自体が閉まっているので、この日は課題も稽古もお休みである。

 夏休みなのに、一学期の時以上に忙しい日々を送っていた播磨にとっては、
好きなだけ惰眠をむさぼれるいい日だ。

 ただ、こういう日に限って身体の調子がよかったりするから、人生とはうまくいかないもの。

(さて、今日は何をするか)

 降ってわいたような暇な時間に心が躍る一方で、何をしたらいいのかわからない不安が彼を襲う。

 もっと寝ていたかったが、この日は朝から太陽さんがエンジン全開な上に妙に目が冴えていたので
結局起きることにした。

「ったく、何すっかな」

 本当なら新学期に向けて宿題なり予習復習なりをするべきなのだろうが、
今の彼にそんな選択肢は、当然ながらない。
369 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/26(木) 21:30:06.24 ID:WlxvzYdjo

「ん?」

 不意に彼の携帯電話が鳴る。

 こんな朝に誰だろう。

 彼の携帯は、大道雅くらいしかかけてこないのだが。

「もしもし」

 通話ボタンを押した彼は、電話に出る。

『もしもし、播磨くん? 俺、冬木だけど』

「誰だよ、お前ェ」

『酷いよ! クラスメイトの名前くらい憶えてよ。ってか、このやり取りまたやったね』

「冬木? ああ、エロカメラマンか」

『エロは余計だよ。それより、今いい?』

「ん? 構わんけど」

 播磨はTシャツの中をかきながら答える。

『そっか。いいんだね。今日は学校にも行かないだろう?』

「学校自体が閉まってんのに、どうやって行けっつうんだよ」

『そうだね。それで今夜さ、学校近くの神社で祭りがあるんだけど知ってる?』

「あったかな、そんなのも」

『その祭りに行かないかい? 花火大会もあるんだ』

「なんで男と祭りに行かなきゃならねェんだよ」

『別に男同士とは言ってないよ』
370 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/26(木) 21:30:59.41 ID:WlxvzYdjo

「ん?」

『実は山口さんとか野崎さんたちも来るんだ』

「なん……だと……?」

 その時、播磨の頭に浮かんだのは、キサラギでもなければナミコでもない――

『もちろん、トモカネさんやノダさんも来るよ』

(マジか!!!)

 播磨にとってのラブリーエンジェル、ノダちゃんことノダミキも来る。

 これは播磨にとって千載一遇のチャンスと言ってもいい。

『もし、暇だったら来たらいいかなって思ってたんだけど、忙しいな』

「行くぜ」

『え?』

「行くって言ってんだよ」

『そうか。よかった。皆も喜ぶよ』

「場所はどこだ」

『えーと、そうだねえ……』

 播磨は冬木から場所や待ち合わせ時間などを聞いて電話を切った。

「……いょおおし……!」

 播磨は極力声を押し殺しつつ、気合を込める。

(待ってろよノダちゃん。今度こそ、忘れられない夜にしてやるぜ)

 播磨はここ最近では一番燃えていた。



   *
371 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/26(木) 21:31:42.35 ID:WlxvzYdjo



 【祭 り】

 夏の祭り。

 それは心躍るイベント。

 やや薄暗くなってきているけれど、まだ明るさの残る夏の夕方。

 昼間の暑さが残る空気。

 微かに感じる涼しい風、そして虫の合唱が昼の部から夜の部へと交代していく。

 近所で打ち水をしているせいか、神社までの道はかなり涼しかった。

 遠くから聞こえてくる祭囃子と、そこへ吸い寄せられるように歩いていく家族連れ。

 その流れの中に播磨はいた。

(待っていてくれノダちゃん。夏祭りといえば心が開放的になるイヴェント。俺はやるぜ)

 まったく根拠のない自信を胸に、彼は突き進む。

 播磨が約束した相手は冬木なのだが、今の彼に冬木のことを考えている余裕はない。

「おおーい、こっちだよー」

 その考える余裕のない男が遠くから声をかけてきた。

 メガネにTシャツ姿の冬木である。

 手にはやはり、ニコンの一眼レフがあった。

「おう、メガネか、他の奴は?」

 露骨にテンションを下げる播磨。

「そんなガッカリした顔しないでよ、播磨くん」
372 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/26(木) 21:32:09.23 ID:WlxvzYdjo

「け、拳児……」

「ん?」

 よく見ると大鉄も来ていた。

「よう、大鉄。すげえな、浴衣か」

「お、おう。親戚のおさがりなんだけどな」

 大鉄は藍色の浴衣を着ていた。

 体格がいいので彼は何を着ても目立つ。

 ただ、浴衣姿の彼はどう見ても高校生には見えない。

「おい、冬木ー。ナミちんどこだよおー」

 ちゃらい感じの男、今鳥もいた。

「おいメガネ。何でコイツがいるんだ」

 播磨は冬木に顔を近づけ、低い声で聞く。

「いやあ、野崎さんたちが来るって言ったらどうしても来たいっていってさあ」

「早く行こうぜえー」

 今鳥はノリノリだ。

「うるせェな、大人しくしろや。高校生にもなってよ」

 さっきまで、彼も心の中ではノリノリだったのだが、それは秘密である。

「んじゃ、行こうか。今日はお祭りだし、いい写真が撮れそうだ」

 冬木はそう言って満面の笑みを浮かべた。

 ノダミキのいい写真があれば、それを譲ってもらおうと、播磨は密に思った。





   * 
373 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/26(木) 21:32:40.07 ID:WlxvzYdjo


 【浴 衣】

 冬木達と合流した播磨は、本当の待ち合わせ場所へと向かった。

 そこには、

(て、天使だ)

 何と、浴衣姿のノダミキがいるではないか。

「あ、播磨さん」

 そう言ってキサラギが手を振る。

「おっす」

「よう、ハリケン」

 ノダミキだけでなく、キサラギもナミコも、そしてトモカネまで浴衣姿であった。

「すごい、可愛いよナミちん!」

 今鳥は大喜びでナミコの元に駆け寄る。

「ああ、ハイハイ。ありがとう」

 そんな彼をナミコは軽くあしらった。

「冬木さん、今日はお誘いくださいましてありがとうございます」

「いやあ、こっちこそ来てくれてありがたいよ」

 冬木は照れながら言う。

 普段見慣れない女子生徒の浴衣姿に気分が高揚しているようだ。

 顔も赤い。
374 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/26(木) 21:33:17.69 ID:WlxvzYdjo

「どうだ、大鉄。俺の浴衣姿は。ちょっと動きにくいけどわざわざ着たんだぜ。夏だから」

「よ、よく似合ってるぞ、トモカネ」

「そういう大鉄もすげえ似合ってるな、その浴衣」

「そうか」

「お父さんみたいだ」

「う……」

 大鉄は顔が更けていることを気にしている。

 見た目に反して硝子の心(グラスハート)なのだ。

 そんな光景を見て播磨は思った。

(くそっ、ここは俺も自然にノダちゃんの浴衣姿を褒めた方がよさそうだな。よ、よおし)

 彼は腹をくくる。

「の、ノダ……。その浴衣……、似合ってるな」

 乾燥機にぶち込んだ雑巾をさらに絞ったような声で播磨はノダミキを褒めたのだったが……、

「おーいはりまっち! 早く行こうよー」

 すでに目的のノダミキは十数メートル先に進んでいた。

(ちっくしょおおおおお!!!)

 播磨は涙目になりながら一行の後を追った。
 


   *
375 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/26(木) 21:33:45.65 ID:WlxvzYdjo




 【不参加?】

 全員でぞろぞろと歩いている時播磨はとある人物がいないことに気が付く。

「なあ山口」

「なですか? 播磨さん」

「大道はいねェのか?」

「あ、キョージュさんですか」

 ほんの少しだけ寂しげな表情を見せるキサラギ。

「キョージュさんも誘ったんですけど、今日は家の事情があってこられないと言われまして」

「そうか。ま、家庭の事情ならしかたねェな」

 播磨はその時、ふと以前雅と話をしたことを思い出す。

(確か前に、婚約者に会うとか……。いや、今は別にいいか)

 播磨は雅のことを頭から追い出し、目の前の目標(ノダミキ)に照準を合わせる。

「ほら! 皆ヨーヨー釣りだよ! ヨーヨー」

 ノダミキはゴム風船のヨーヨーを発見してはしゃいでいる。

「ったく、ノダはお子さんだなあ」

 それを見てトモカネは笑っていたのだが、

「ぬお! あれは射的じゃないか!」

 彼女も射的を見て元気が出てきたようだ。
376 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/26(木) 21:34:19.43 ID:WlxvzYdjo

「ヨーヨーか、懐かしいな」

 播磨がそう言ってノダミキに近づこうとすると、

「ハリケン! 射的やろうぜ射的! ほら、大鉄も!」

 トモカネが播磨のシャツを掴んで引っ張る。

「おい待て! 伸びるだろ」

「ほら、やろうぜ」

「後にしろよ後に」

「ハリケン射的得意だろ?」

「そうでもねェよ」

 結局、トモカネの執拗な要求に根負けした播磨は、大鉄と一緒に彼女の射的に
付き合うことにした。

(くそ、トモカネめ)

 コルクを使った典型的な射的。

「よっしゃ! ってあれ?」

 トモカネは、どうも狙った目標が獲得できなかったらしい」

「ダメだ、全然当たらん」

 大鉄は一発も当たらずにギブアップ。

 そして播磨は、

「……」

「ギャハハハ、何だよハリケンそれ。可愛いなあ! ははは」
377 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/26(木) 21:35:02.70 ID:WlxvzYdjo

 トモカネは播磨が獲得したぬいぐるみを見て笑っていた。

 茶色っぽいトラ猫のぬいぐるみである。

 男子高校生が持つには、少々子供っぽい。

「くそっ、戻るぞ」

 本当は悔しかったので、もう少しやっていたかったのだが、ノダミキとはぐれるのが
嫌だったので足早に戻ることにする。

「ったく、これどうすりゃいいんだ」

 播磨は右手に握られたぬいぐるみを見てつぶやく。

 別にこういうぬいぐるみを集める趣味はないので、家に持って帰っても邪魔になるだけだ。

「……」

「あン?」

 不意に、キラキラと輝く視線を感じる。

「……」

「山口」

「……は、はい?」

 キサラギであった。

 どうもさっきから、彼女は播磨の持っている猫のぬいぐるみをじっと見てたようだった。

「これがどうかしたか?」

 播磨はぬいぐるみを彼女に見せながら聞く。

「ああいえ、何と言うか、可愛いなと思って」
378 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/26(木) 21:35:31.27 ID:WlxvzYdjo

「可愛い?」

 確かに年頃の女の子ならそう思うかもしれない。

「あのよ、山口」

「はい」

「よかったら貰ってくれねェか」

「え?」

「折角獲ったのに、こういうのは何だけどよ、俺には似合わねェっつうか」

「あの」

「だったら、本当に欲しがっている奴にあげたほうがいいんじゃねェかって思ってよ」

「いいんですか?」

「当たり前ェだろ」

「あ、ありがとうございます!」

 このまま持って帰っても、家の押入れの隅のほうに詰められることは目に見えている。だったら、誰か欲しがっている人にあげたほうが、この猫のためになるだろう。

 播磨はそう思った。

「はあ〜」

 キサラギは嬉しそうに猫のぬいぐるみを眺めていた。

「おーいはりまっちー!」」

 ノダミキの呼ぶ声が聞こえる。

 どうやら播磨たちが射的をやっている間に、彼女もゴム風船のヨーヨー釣りが終わったらしい。
379 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/26(木) 21:35:57.73 ID:WlxvzYdjo

「おう、ってはあ!?」

 普通に返事をしようとノダミキのほうを向いた瞬間、彼は度肝を抜かれる。

「見て見て、ナミコさーん」

 そう言ってノダミキは胸を張って見せる。

 巨乳だった。

「何バカなことやってんだ!」ナミコの声が響いた。

「ふぎゃあ」

「……」

 どうやらノダミキは浴衣の下にヨーヨーを入れていたらしい。

「バカなことやってんじゃねえよ!」

 当然、すぐにナミコの制裁がくわえられたことは言うまでもない。




   *
380 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/26(木) 21:36:24.43 ID:WlxvzYdjo



 【ナイスアイデア】


さて、一息ついたところで冬木からとある提案がなされた。

「花火大会にはもう少し時間があるから、ここいらで自由行動といかないか?」

(なに?)

 全員がメガネ男子に注目する。

「でも、折角みんなできてるわけだし、ほら、ちょうど男女が四人ずついるから、
二人一組になって行動してみない?」

「……!」

 播磨は密かに興奮する。

(ナイス、ナイスアイデアだメガネ! それはいい。その提案はいいぞお!)

 播磨の狙いは当然ながらノダミキだ。

 花火大会まであと一時間近くあるので、その間一緒にいられれば色々な話もできよう。

 次のデートを約束できるところまで行けるかもしれない。

 播磨は打ち震える心を宥めながら一歩前に出ようとする。

 しかし、

「ハリマ、行くぞ」

「は?」

 そう言って彼の肩を掴んだのはナミコであった。

「何すんだ野崎」
381 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/26(木) 21:37:39.47 ID:WlxvzYdjo

「いいから」

「ちょっと待ってよナミちーん」

 今鳥の情けない声が聞こえた。

「一緒に行こうよ、ナミちん」

「そう言ってるけどよ」

 と、ナミコに言ってみる播磨。

 しかし、彼女は播磨に小声で言った。

「ああいうタイプは苦手なんだ。少しの間でいいから一緒にいてくれ」

「んだよそれ」

 播磨が視線を移すと、

「大鉄くん! 輪投げやろうよ」

「え? おう……」

 ノダミキはなぜか大鉄と一緒にいた。

(ああ、ノダちゃん……。でも大鉄なら安心か)

 不意にそんな確信が頭をよぎる。

「……」

 次にキサラギのほうを見ると、彼女は播磨があげた猫のぬいぐるみを抱えたまま、
何かを言いたげな目をしてこちらを見ていた。

「どうした、山口」
382 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/26(木) 21:38:06.22 ID:WlxvzYdjo

 気になったので、聞いてみる播磨。

「あ、いえ」

 キサラギがそう言った時、

「山口さん、僕と一緒に回ろうよ」 
 
 冬木が声をかえてきた。

「え? はい」

 どうやらキサラギは冬木(メガネ)一緒に回るようだ。

「じゃあ、また後でな」

「あ、はい」

 キサラギは目を伏せながら返事をした。

「うわーん、俺も女子と組みたかったあー!」

「俺は女子だつってんだろうがバカ今鳥」

 今鳥とトモカネが喧嘩をしているけれど、あれは放置していても大丈夫そうだ。

(やはり注意すべきはノダちゃんか)

 大鉄と一緒に行ったノダミキを気にしつつ、播磨たちもでかけることにした。




   *
383 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/26(木) 21:38:42.18 ID:WlxvzYdjo


 【本当の思い】

  
 キサラギは糊の効いた浴衣の衿を少し触りながら祭りの喧騒に耳を澄ます。

 手には先ほど播磨から貰った猫のぬいぐるみがあった。

「それ、気に入ってるんだね」

 一緒にいた冬木が言う。

「え? はい。可愛いですよね」

「播磨くんから貰ったんだよね」

「ええ。射的の景品みたいですけど」

 そう言うとキサラギは手に持ったぬいぐるみを眺める。

「……好きなんだね」

「え? いや、そういうわけじゃ、いい人だと思いますけど、その別に……」

「あの、猫が」

「へ? 猫? あ、はい。す、好きです好き好き」

 キサラギは顔を紅潮させながら答える。

「あの、冬木さん?」

「何?」

「ど、どうして私なんかと一緒に回ろうなんて思ったんですか?」

「え、どうしてって……」
384 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/26(木) 21:39:14.41 ID:WlxvzYdjo

「だって、他にも可愛い子はたくさんいるじゃないですか。私、ナミコさんみたいに
スタイル良くないし、ノダちゃんみたいに可愛くない、地味だし」

「そんなことないよ!」

「え?」

 不意に冬木が強い口調になったので、キサラギは驚いてしまう。

「いや、ゴメン。ちょっと熱くなってしまって」

「あ、はい」

「そんなことないよ、山口さん。キミは十分可愛いと思うし」

「気をつかってくださってありがとうございます。でもやっぱり」

「山口さん……」

「自分でも変わらなきゃなって、思う時があるんです。今のままじゃ、
多分前に進めないことはわかっているし」

「それは、勉強のこと? それとも――」

「多分、全部です」

「……」

「一学期は色々あったし、何かと忙しくてゆっくり考える暇が無かったんですけど、
改めて振り返ってみると、自分に何があったのかなって」

「山口さん」

「はい」

「僕は、山口さんがGA(ここ)にいてくれてよかったと思ってるよ」

「え?」
385 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/26(木) 21:39:48.22 ID:WlxvzYdjo

「いやだって、山口さんがいると皆勇気づけられるっていうか、元気になるというか」

「私、人に迷惑ばかりかけているし」

「でもそれは君が好かれているから、大丈夫だよ。君の友達だって、君のことを
迷惑だなんて思っていないから」

「そうでしょうか」

「そうだよ。僕が保証する」

「冬木さん」

「僕なんかの保証じゃあ物足りないかもしれないけど」

「そ、そんなことありません。ありがとうございます」

「いえいえ、それより山口さんはもっとこう」

「はい?」

「自信を持ったほうがいいよ」

「自信、ですか」

「だって凄く魅力的だから」

「そんなことはないですよ」

「いや、本当だって」

「だって、全然気づいてもらえないし」

「え?」

「ああいや、何でもないです。そ、それより綿飴食べたくありません?」

「綿飴」
386 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/26(木) 21:40:38.18 ID:WlxvzYdjo

「ええ、綿飴です。そんなに美味しくはないんですが、なんだかお祭りにくると妙に食べたくなって
しまうというか」

「山口さんって、意外と子供っぽいんだね」

「意外ですか?」

「ああいや、見た目通り可愛いと言ったほうがいいのかな」

「そ、そんなことはないです」

 そう言うとキサラギは口を膨らます。

 ふと、露天のほうを見ると金魚すくいの店の前でしゃがんでいる播磨とナミコの姿が目に入る。

「ハハッ、下手くそだなハリマ」

「ちょっと待て、もう一回、もう一回」

 楽しそうに笑うナミコ。

 少し苦戦しつつも挑戦する播磨。

 二人を包む空気は、とても明るくて暖かいように思えた。

「……」

 キサラギは目線を落とし、自分の胸元を見る。

(ナミコさんのように大きかったら、魅力的になるでしょうか)

「どうしたの?」

「はひゃっ!」

「ご、ゴメン」

「ああ、いや。いいんです」

 恥ずかしいことを考えているところに声をかけられて驚いた、などとは言えないキサラギであった。




   *
387 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/26(木) 21:41:20.76 ID:WlxvzYdjo




 【夏の花】


 祭りの時間はあっという間に過ぎ、すっかり暗くなった空を眺める人垣ができる。

 もうすぐ花火の時間だ。

「はりまっち、食べる?」

「お、おう」

 ノダミキからホットドックを貰い、彼は彼女にたこ焼きの残りを渡す。

「祭りの出店って高いよねえ。そんなに美味しいわけでもないのに」

「こらノダ、気分を壊すようなことを言うな」

 隣にいたナミコが注意した。

「そうだぞ、こういうのは気分なんだ。どうせ食べたものなんて数日後には出て行っちまうわけだし」

「汚ねェぞトモカネ」

 そんなトモカネの頭を播磨が抑える。

「何か微笑ましいな」

 それを見て大鉄が言う。

「何が微笑ましいってんだよ大鉄」

 と、トモカネを抑えたまま播磨が聞くと、

「野崎と拳児が夫婦で、野田と友兼が娘みたいな感じ」
388 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/26(木) 21:42:06.72 ID:WlxvzYdjo

「はあ!? 何言ってんだ」

 真っ先に怒ったのは、なぜかトモカネであった。

「播磨が俺の父ちゃんなんてゴメンだね」

「俺だってお前ェみてェな娘は勘弁してもらいてェな」

「んだと?」

「アハハハ、ナミコさん、お母さんだって。お母さん、私焼きそばも食べたいなあ」

 ノダミキは特に怒っている様子もなく、楽しそうだ。

 しかし、

「……」

 ナミコはぼんやりしていた。

「どうした、野崎」

 播磨が声をかける。

「いや、何でもない。ああ確かに嫌だよな、播磨みたいなのが夫だと苦労しそうだし」

「お前ェ、いきなり何を」

「もっとしっかりしてくれなきゃダメってことさ」

 目を逸らしながらナミコは言った。

「おやおや、ということはもっとしっかりしたら、ナミコさんははりまっちと結婚してもいいって
ことですかい?」

 悪戯っぽい笑みを浮かべながらノダミキは聞く。
389 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/26(木) 21:42:56.77 ID:WlxvzYdjo

「そんな訳ねェだろうノダ! 夫婦とかありえねェからな」

 ナミコの代わりに播磨が強く否定する。

「そうなの? ナミコさんって美人じゃん。胸も大きいし」

「女の価値が胸で決まるわけじゃねェだろ」

「お、男前発言」

「野崎の場合、見た目があれでも性格が」

「どういうことだハリマ」

「そういうことだよ! つか、シャツを掴むな」

「おー、やれやれー」

「トモカネ、応援してないで止めろよ」

「おーい皆。夫婦喧嘩もいいけど、そろそろ花火がはじまるよ」

 冬木が呼びかけると同時に、一筋の光が暗い夜空に飛び上がり、そして花開いた。

 少し遅れて音が響く。

「……」

「キレイ」

 不意に言葉が零れ落ちたのはキサラギだった。
390 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/26(木) 21:43:24.52 ID:WlxvzYdjo

 次々に打ち上げられていく花火。

 一同はしばらくそれを黙って見つめていた。

 こんな風に花火をじっくり見たのは随分久しぶりな気がする。

 播磨はふとそんなことを思う。

「キョージュさんにも見てもらいたかったですね」

 独り言のようにキサラギが言った。

「ま、キョージュの代わりに私らがしっかり見ておこうよ。来年は一緒に行けたらいいね」

 と、ノダミキは言う。

「来年ですか……」

 キサラギは、噛みしめるようにつぶやいていた。





   つづく
391 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/26(木) 21:45:59.36 ID:WlxvzYdjo
あー、お祭り行きてえええ。今週末は海に行こうかな。暑いし。

次回は残念ながら海ではない。
392 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2012/07/27(金) 12:27:20.60 ID:0V5hZQLAO
乙 祭いいなぁ
それにしても今鳥マジ今鳥
393 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/27(金) 21:15:20.78 ID:BXy34YeUo

 日焼けした。痛い。

 それはともかく、今回は前回欠席だったあの人がヒロイン。


 はじめます。
394 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/27(金) 21:15:56.41 ID:BXy34YeUo





   第十八話 白 紙
395 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/27(金) 21:16:34.56 ID:BXy34YeUo

 【距 離】

 ほんの数日しか会わなかったのに、もう何年も会っていないかのような気持ちになることがある。

 この日も播磨は課題をこなすために夏休みの学校に来ていた。

 すると、廊下でキョージュこと大道雅と担任教師の外間が話をしているのが見えた。

 別にそこだけなら大したこともないのだが、外間の深刻そうな顔が妙に印象に残っていたのだ。

 彼はそのまま外間たちを素通りして実習室に行き、課題をこなす。

「おっすはりまっち。今日も暑いね」

「お、おう」

 実習室にはTシャツ姿のノダミキが絵筆を持って何かを描いていた。

(今日も可愛いな)

 面倒くさがりの彼が毎日学校に来ている理由はこれなのだ。

 しばらくすると、先ほど外間と話をしていた雅が実習室に入ってくる。

「おはよーキョージュ。なんだか久しぶりだねえ」

 そう言って挨拶するノダミキ。

「おはようノダ殿。それに播磨殿」

 もう時間は昼近くなのだが、雅は普通におはようと言っていた。

「あれ? キョージュ。今日は描かないの?」

 周囲のクラスメイトたちに軽く挨拶を交わしていた雅は、しばらくすると荷物をまとめはじめる。
396 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/27(金) 21:17:01.95 ID:BXy34YeUo

「うむ、少し用があってな」

 そう言うと彼女は不意に播磨のほうを見る。

「……どうした」

 その視線の意味がわからず、戸惑う播磨。

「いや、何でもない。今日は先に失礼させてもらう」

「そっか。じゃあね」

 そう言ってノダミキは手を振った。

「キョージュ、どうしちゃったんだろうね」

「……」

 さすがの播磨でも、今の雅がおかしいことくらいわかっていた。

 ただ、夏休みに入ってからも色々なことがあって忙しく、彼女のことを考える余裕は
なかったのだ。

(別に大道のことだから放っておいても大丈夫だとは思うが……)

 播磨は心の中で引っかかりを残したまま、再び課題に取り組む。




   *
397 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/27(金) 21:17:47.31 ID:BXy34YeUo



 【舞台美術】


 その日の夕方もいつものように演劇の稽古であった。

 すでに稽古は、本読みから簡単な動作を入れて行う立ち稽古に移行しており、少しずつ
演劇らしくなってきていた。

 覚えの悪い播磨も、さすがに何度も台本を読んでいるうちに自然と台詞を覚えてくる。

「暑ぃなちくしょう……」

 温くなったポカリスエットを飲みながら播磨は座り込む。

 台本を朗読するだけでもわりと疲れるのに、さらに動作が加わってくるとさらにキツくなってくる。

 何度も読み返した、手垢や汗の染みついた台本を読んでいると、その先に女子生徒と話をする
大鉄の姿が見えた。

 彼は演出も担当しているけれど、演技だけでなく劇全体の進行もやっている。

 いわゆるプロデューサーのようなものだ。

「そ、そうか……」

 彼の表情から、あまりいい話でもなさそうだ。

「そりゃ」

 播磨はオッサンのように気合を入れて立ち上がると大鉄の元に歩み寄る。

「どうした、大鉄」

「ああ、拳児。実は……」

「ん?」
398 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/27(金) 21:18:30.58 ID:BXy34YeUo

「舞台美術のほうが、少し遅れているようなんだ」

「あン? どういうことだ」

 舞台美術というのは、演劇のセットを作る作業のことだ。

 現代の演劇では装飾的にも優れたものが多く、美術を専門とするGAでは演技と同じくらい、

いや、演技以上に注目されるところである。

「遅れているって、どういうことだ。セットはGA(ウチ)の目玉だろうが」

「舞台美術の全般の責任者は、大道がやっているんだ」

「大道」

「だけど、最近あいつの様子がおかしい」

「お、おかしいのはいつものことだろう」

「先生から聞いた話なんだが」

「あン?」

「最近大道は、自分の課題も手を付けていないらしい」

「はあ?」

 播磨は昼間のことを思い出す。

 この日も絵を描いたりするどころか、さっさと荷物をまとめて帰ってしまった。
399 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/27(金) 21:18:57.02 ID:BXy34YeUo

 夏休みに入ってからもう大分経つ。しかし一学期の時のように彼女が創作活動をしている
ところを、播磨はほとんど見ていない。

「しかし困ったな。まだ時間はあるが、大道(あいつ)は他にも色々と課題を抱えているからな……」

 個人の課題と違って、演劇にはたくさんの関係者がいる。

 どこか一つでも滞れば、そこで失敗していまう可能性もあるのだ。

「……」

「本番楽しみだねえ、キサラギちゃん」

 播磨が顔を上げると、そこには汗をふきながら稽古に勤しむノダミキの姿。

 それを見た彼は、一つの決心をした。




   *
400 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/27(金) 21:19:33.37 ID:BXy34YeUo



 【 家 】


 この駅を降りるのは二回目だ。

 翌日、播磨は学校には行かず、大道雅の実家があるあの駅に降り立っていた。

 あのころはまだ梅雨の季節だったので、辛うじてさわやかさも残っていたけれど、
今は完全に夏色に染められていた。

(日差しが痛ェ……)

 そう思いつつ、彼は歩き出す。

 今日は出向かえもなし。

 とある住所の書かれたメモ紙を持って彼は歩く。

 歩く、歩く、ひたすら歩く。

「ああ、大道さんの家ならこの先まっすぐ言って、右へ曲がったところだよ」

 麦わら帽子を被った老婆に道を尋ね、彼は再び歩いた。

(こんな場所から毎日通っているのかよ)

 そんなことを思いつつ彼は顔を上げる。

(デカイ……)  
 
 大地主なのだろうか。

 田舎らしい大きな家がそこにあった。

 表札には「大道」と描かれている。

 住所も恐らく間違ってはいないだろう。
401 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/27(金) 21:20:27.13 ID:BXy34YeUo

 ただ大きいだけでなく古い家に少し気後れしながら彼は門をくぐる。

「誰かいねェか!?」

 彼は少し声を張り上げて聞いてみた。

 しかし、帰ってくるのは蝉の声ばかり。

 敷地内を見回すと、中の屋敷は雨戸が開いており微かだが人の気配もする。

 とりあえず玄関に回ってみりゃ誰か出てくるだろう。

 そう思い、播磨は玄関らしき場所へと歩いた。

 すると、

 呼び鈴を鳴らすまでもなく、引き戸が開く。

「……播磨殿」

 少し意外そうな顔をした大道雅がそこに立っていた。

 もちろんあの時のように和服姿だ。



   *
402 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/27(金) 21:20:53.64 ID:BXy34YeUo


 【理 由】


「麦茶ですが」

「おう、助かるぜ」

 ガラスコップに入れられた麦茶。ガラスの表面は微かに汗をかいており、
それが見た目にもつめたそうだった。

 一口飲むと、やはり冷たい。

 庭から吹き込む風と、それに吹かれて音を奏でる風鈴のコントラストが外の暑さを忘れさせる。

「来るとわかっていれば色々と用意できたのだが」

「構わないでくれ。勝手に来た俺が悪いんだ」

「しかし、せっかくこんなところまで来たのに」

「何言ってんだ。いいところじゃねェか」

「退屈ではないだろうか、何もないし」

「まあ、確かにコンビニとかはねェけど……」

 ふと、彼は外を見る。

 苔の付いた岩や木々のざわめき、そして遠くから聞こえるセミの声。

「何も無いってことは、ねェだろう」

 そう言うと、彼はもう一口麦茶を飲んだ。
403 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/27(金) 21:21:20.02 ID:BXy34YeUo

「今日はどのような用件だろうか」

「お前ェもだいたいわかってんだろ」

「……」

 雅は播磨の目の前できちんと正座をして座る。

 対する播磨は胡坐をかいていたので、少しだけ背筋を伸ばして向きなおった。

「舞台の背景の件だ。全然進んでねェって大鉄から聞いたもんでな」

「……」

「それと、これは余計なお世話かもしれねェが」

「……」

「お前ェ、個人の課題も全然進んでねェみたいじゃねェか」

「……」

「一体どうしちまったんだ」

「播磨殿……」

「ん?」

「私は、描かないわけではないのだ」

「あン?」

「描けないのだ」

「描け……ない?」
404 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/27(金) 21:22:20.46 ID:BXy34YeUo

「そうだ。ここ最近、まったく描けなくなってしまった」

「お前ェ、体調でも悪いのか」

「いや、そういうわけでは無いのだが、何と言うか。まったく描けない」

「彫刻とか版画もダメか」

「……」

 雅は首を横に振る。

 小学校時代から天才と呼ばれ数々の入選作品を創作してきたという彼女が、まったく描けない。

「こんなこと、今まで無かった……」

 表情はあまり表に出さないけれど、気分的にも明らかに沈んでいるのがわかる。

 こんな不安そうな雅を見るのは、もちろん初めてであった。

(おいおい、天変地異の前触れかよ)

 ふざけてそんなこを言いそうになったが、真剣な顔の雅を見るとそんな軽口も飲み込んでしまう。

「描けねェのは、いつごろからだ」

「夏休みに入ってから少し経ったころ。いつものように鉛筆を持ったのだが、
真っ白なスケッチブックを見た時途方に暮れてしまった」

「……」

「どう描いていいのか、わからなくなっていた」

「わからねェ?」
405 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/27(金) 21:22:46.69 ID:BXy34YeUo

「不思議だと思うかもしれない。だけど、事実だ」

「その、スランプってやつか?」

「少し違うと思うのだが」

「うーん」

 スランプというのなら、播磨の場合は年中スランプだ。

「自分でも理由はよくわからない。ただ――」

「ん?」

「筆を握ると、自分が自分ではないような気がして不安になる」

「何言ってんだ。お前ェはお前ェだろう」

「そうなのだが……」

(コイツは……)

 自分ごとき三流ではどうしようもできない事態であることは、播磨にも容易に想像できた。

(くそ、この状況で俺には何もできねェのかよ)

 播磨に悔しさがこみ上げる。

 自分の無力さ、そして何よりまったく絵が描けなくなった級友の理不尽さに。

「播磨殿、その……申し訳ない。折角来ていただいたのだが」

 雅は気をつかって声をかける。

 その時だった。

 播磨の頭の中に一つの絵が浮かび上がる。

「そうだ、大道」

「ど、どうされた播磨殿」

「お前ェが描けねェなら、俺が描いてやる」

 そう言うと、自分が持っていたスケッチブックを取り出した。



   *   
406 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/27(金) 21:23:37.93 ID:BXy34YeUo


 

 【徳川家康】


 雅の懸念を余所に、播磨は居間でスケッチの準備を進める。

「大道、少し時間あるか」

「今日なら、大丈夫だが。一体何をするつもりなのか」

「今からお前ェを描くんだよ。お前ェのその姿を」

「え?」

 雅は意味がわからない、という顔をしている。

 無理もない。

 播磨も、自分がいきなりこんなことを言われたら意味がわからなくなるだろう。

「大道、三方ヶ原の戦いって知ってるか」

「確か徳川家康と武田信玄の」

「知ってるじゃねェか。元亀三年の師走(旧暦)、遠江の国の三方ヶ原という場所で、
武田信玄率いる軍勢と、徳川家康の軍勢が激突した戦いだ」

「それが、何か」

「まあ聞け。その戦いで、後に天下人となる家康は大敗した。名のある武将は討ち死にし、
家康自身も命からがら逃げだすほどの大敗だ」

「……」

「家康は失禁した情けねェ状態で浜松城に逃げ帰ったと伝えられている。
もう大恥も大恥だな。そして城に帰った家康は何をしたと思う」
407 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/27(金) 21:24:48.43 ID:BXy34YeUo

「……まさか」

「そう。失禁してボロボロになった状態の自分を絵師に描かしたんだよ。その後の戒めに
するためにな」

「それがどうして私の絵を描くことに?」

「んなもん決まってるだろ。今のお前ェが元気ねェからだ。それを俺が描いてやる」

 播磨は筆袋から鉛筆を数本取り出して準備を整える。

「大道、そこに座れよ」

 彼は場所も指定した。

 嫌がるかと思ったけれど、彼女は意外と素直にそれに従う。

「ほう、意外だな」

「ん?」

「もっと嫌がるかと思っていたけどよ」

「別に嫌ではない。確かに、今の私の表情は冴えないかもしれない。ただ――」

「ただ、何だ?」

「一度、キミには描いてもらいたいと思っていたのだ。このような形なのは少し残念だが」

「そおかよ。下手くそだけど勘弁してくれよ」

「なるべく努力して欲しい」

「わかった」

 雅は播磨の指定した場所に行くと、そこに座る。

「……」

 立ち姿もキレイだったが、座っている雅もまるで日本人形のように美しく見えた。

(こうしてみると、とても絵が描けずに困っているようには見えねェけどな)

 そう思いつつ、彼は鉛筆を走らせる。




   *
408 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/27(金) 21:25:38.96 ID:BXy34YeUo




 静かに時間が過ぎてく。

 普通のスケッチなら授業時間の関係もあって一時間程度で終るのだが、
その日は三時間近くかけて描きこむ。

 何度も鉛筆を変え、角度を調節しながら少しずつ描き進めていく作業は、
大変ではあったけれど決して苦痛だとは思わなかった。

(こいつ、こんな顔してたか)

 絵を描くために改めて雅の顔を見た播磨は、何度かそう思った。

 具体的に何が変わった、というわけではないのだが、スケブを持って
描きながら彼女の表情を見ると何かが違って見える。

 大道雅ではあるのだが大道雅ではない。

 それはまるで雨が降ったことで表情を変えたあの神社の風景のように。




   *
409 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/27(金) 21:26:18.85 ID:BXy34YeUo



「お疲れ」

 播磨は鉛筆を置く。

「終わったの?」

「ああ、すまねェな。随分長いことかけちまって」

「構わない」

 播磨も疲れたけれど、長時間何もせずにじっとしているというのは、決して楽ではなかっただろう。

 ふと外を見ると、いつの間にか日が傾いていた。

 強い日差しで白く染まっていた外の世界は、いつの間にか夕日で橙色に染まりはじめる。

「見せてくれないか」

「おう」

 雅の要求に従い、スケッチブックを渡す播磨。

 こうやって雅に自分の絵をじっくりと見せるのは初めてかもしれない。

 彼女はモデルをしていたときのキレイな姿勢のままで、播磨の描いた絵を見つめていた。

「私は、こんな表情をしているのだな」

「すまねェ、俺がもっと上手けりゃ、美人に描けていただろうに」

「……」

 冗談っぽく言ったけれど、彼女の反応は薄かった。
410 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/27(金) 21:26:49.50 ID:BXy34YeUo

「……」

 次に何を言っていいのかわからずに黙っていると、

「播磨殿」

 不意に彼女は口を開く。

「どうした」

「この絵、貰ってもいいだろうか」

「あン? どうして」

「どうしてと言われても、記念だ」

「いや、別にかまわんが……、いいのか?」

「いいのか、とは?」

「いやだって、俺の絵だぜ? どうせだったら大鉄とかに描いてもらったほうが」

「君の絵がいい」

「ん?」

「播磨殿の描いた、この絵がいい」

 まっすぐに、彼女は播磨を見つめて言った。

「わかったよ。持ってきな。そんな絵だったらいつでも描いてやる」

「次からはもう少し早く描いてくれるとありがたい」

「ククッ、善処するぜ」

 少し、ほんの少しだけ雅の言葉から力が抜けた気がした。




   *
411 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/27(金) 21:27:30.45 ID:BXy34YeUo


 【復 活】


 数日後、雅は学校に来ていた。

 それもかなり朝早くから来ていたようで、他のクラスでも話題になっていた。

「ああ、播磨くん」

 いつものように彼は昼近くに登校してくると、クラスの女子が寄ってきた。

「どうした」

「大道さんが来てるんだよ」

「それが?」

「なんていうか、朝からずっと実習室で絵を描いてるの。それも凄い勢いで」

「……そうか」

 実習室の近くでは、まるで珍しい動物を見に来ている動物園の客のように何人もの
生徒たちが、廊下から教室の中を覗いていた。

 播磨も同じように実習室の中を覗いてみると、絵画用のエプロンを着けた雅が黙々と
製作していたのだ。

(描けるようになったんだな)

 そう思うと安心する播磨。

「あ、はりまっち」

 聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 視線を下に向けると、体操服姿のノダミキが見えた。

「よう、ノダ」
412 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/27(金) 21:27:59.27 ID:BXy34YeUo

「はりまっち、見た? キョージュが絵を描いてるよ」

「ああ、今見たところ」

「声、かけないの?」

「別に、必要ねェだろう。お前ェは?」

「なんていうか、凄い一生懸命で声かけ辛くて」

「だよな」

「はりまっち、今日も稽古するんだよね」

「ああ」

「頑張ろうね。時間ないけど」

「おう、任せとけ」

 播磨はそう言って親指を立てる。

 播磨と会話を終えたノダミキは走ってどこかへと行ってしまった。

 一体どこへ行くのだろうか。

 しばらく歩いたところで、彼は振り返り実習室の方向を見た。

(何かわかんねェけど、元に戻ってよかった)

 彼はそう思い、自分も課題をやりに向かう。




   *
413 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/27(金) 21:28:35.24 ID:BXy34YeUo



 【安 堵】


 この日は、しばらく稽古ができていなかったので時間が少し長くなってしまった。

 夏の日は長いとはいえ、校舎の外はかなり暗くなっている。

 ただ、夏休みも後半になると、文化祭準備のために文化部が遅くまで残っている。

 そのため灯りのついている教室も少なくない。

「ん?」

 中庭越しに教室を眺めていると、実習室付近に灯りが残っていた。

 まさかと思いそこに向かってみると、微かに人の気配がする。

「おーい、誰かいんのか」

 そう言って播磨は教室の戸を開く。

「ああ、播磨殿」

 そこには絵画用のエプロンを畳む大道雅の姿があった。

「大道か。随分遅くまで残ってたんだな」

「今終わったところだ」

 少し疲れた感じだが、いたって元気そうな顔の雅。
  
「終わったのか」

「まだ製作予定の作品は多いが」

 そう言って、エプロンを机の上に置く雅。
414 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/27(金) 21:29:15.98 ID:BXy34YeUo

「見てもいいか?」

「構わない、ここで座って見てほしい」

 そう言うと、雅は絵の前に椅子を置いた。

「そうかい」

 播磨は荷物を別の机の上に置き、雅に指定された椅子に座る。

 目の前には、ついさっき描いたばかりの雅の絵があった。

 雅は、なぜか当然のように播磨の隣りに椅子を持ってきてそこに座る。

「……」

 気を取り直し、播磨はもう一度雅の絵を見た。

「春みてェだな」

 思わずそうつぶやく播磨。

 これまでの雅の作品は、青や群青色など、寒色系の色がよく使われていたけれど、
今目の前にしている作品は、どちらかと言えば赤やオレンジに近い暖色系の色が
多様されているように見える。

 播磨が春のようだ、と形容したのはそのためだ。

 何かが変わっていた。

 それも意図的に変えたものではなく、自然な変遷。

 言うなれば、冬から春に移行する季節のように。

「播磨殿」

「ん?」
415 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/27(金) 21:30:08.14 ID:BXy34YeUo

「私は、変わることが怖かったのかもしれない」

「そうなのか」

「ああ。常に上を目指していたつもりだが、いつの間にか守りに入っていた」

「それが、描けなくなった原因?」

「いや、多分そんな単純なものではないと思う。でも――」

「……」

「今はそれでもいいと思う」

 そう言うと、雅は播磨にもたれかかる。同時に彼女のサラサラな髪が播磨の腕に当たった。

「おい、大道」

「少しだけ――」

「ん?」

「少しだけこのままでいさせてくれないだろうか」

「……」

「疲れてしまった」

「……仕方ねェな。今日だけだぞ」

「ありがとう」

 播磨は、雅が倒れこまないよう気を付けながらその姿勢を保った。 




   つづく


 
416 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/27(金) 21:34:08.88 ID:BXy34YeUo
 これにて、夏休み編終了でございますー。

 みなさんいかがだったでしょうか。あっという間でしたね。

 スクランの夏休み編はわりと長かったのですが、今回はこれでおしまいっす。

 雅編はナミコさんやキサラギの時のよなドタバタはないのですが、落ち着いた雰囲気が出るので、

結構好きです。ま、好みは人それぞれですけど。

 次回からは、本格的な文化祭準備に参りますぞ。どうなることやら。
417 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/27(金) 22:17:41.06 ID:nD2Kyq/SO
乙です。
情景が想像できるSSって、いいもんです。
418 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2012/07/27(金) 23:23:26.27 ID:0V5hZQLAO

キョージュ見てると落ち着く
419 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/28(土) 19:56:47.58 ID:g+HpzqIuo
 暑いですね。朝凄い雨が降ったんですけど、昼間は晴れたから余計に蒸し暑くなりましたよ。


では、新学期にいきましょい!
420 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/28(土) 19:57:19.01 ID:g+HpzqIuo

 


  第十九話 準 備
421 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/28(土) 19:57:45.94 ID:g+HpzqIuo


 【夏休みボケ】

 八月も終わり、ついに新学期となる。

「おはよう」

「おはよー」

 朝の教室では口々に挨拶を交わすクラスメイト達。

「なんか、新学期って感じがしないな」

 と、ナミコは言う。

「毎日のように学校きてたからなあ」

 そう言ったのはトモカネだ。

 夏休みの課題を学校でやるため、彼らの多くは夏休みにも登校していた。

 しかも文化祭の準備もあったため、あまり夏休みという感じではない。

「今日は早く目が覚めてしまいました」

 キサラギは笑いながら言う。

「もうすぐ文化祭だからねえ。新学期からもうラッシュだよお」

 ノダミキも言う。

「こんだけ学校に来ていれば夏休みボケも皆無かなあ」

 そんな話をしていると、副担任の宇佐美が入ってきた。
422 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/28(土) 19:58:12.33 ID:g+HpzqIuo

「皆さんおはようございます。新学期ですね。夏休み気分からしっかり切り替えて行きましょう」

「先生、昨日もそんなこと言ってましたよ」

 笑いながらトモカネが言った。

「そうですね。新学期は今日から何ですけど、皆さんに休みボケは無縁かもしれません」

 始業式前のリラックスした空気の中で行われた朝のホームルーム。

 そこに、

 乱暴な足音が廊下に響く。

「どわっ!」

 どうやら全力疾走してきたらしい播磨の姿があった。

「すまねェ。寝過ごした」

「ああ……」

 夏休み中はいつも昼前に登校していた播磨は、どうやら寝過ごしていたようだった。

「やっぱり、気を引き締めて行きましょう……」

 宇佐美は自分に言い聞かすようにそう言った。




   *
423 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/28(土) 19:59:03.38 ID:g+HpzqIuo
 【苦手克服?】

 宇佐美真由美は播磨拳児が苦手だった。

 だがそれも一学期の話。

 二学期になってわりと慣れてきた彼女は、彼に注意をすることにした。

「は、播磨くん。ちょっといいですか?」

「あン? なんっすか」

 始業式の後、廊下を歩く播磨を呼び止める。

(こういう子は、プライドが高いので人前で叱らないほうがいいかもしれませんね)

「ちょっとこっちに」

 そう言うと、彼女は階段の隅の一目に着かない場所に播磨を連れて行く。

「どうしたんっすか」

「は、播磨くん」

(恐れてはダメよ真由美。彼、こんな見た目をしているけど課題もちゃんとやっているし、
いい子なのかもしれない)

「いいですか、今日から新学期なんです。いつまでもお休み気分でいてはダメですよ」

「はあ……」

「時間ギリギリはいけませんからね」

「わかりました」

(言った、言ってやったわ。彼もわりと素直な子じゃない)

「よかった。播磨くんならわかってくれると思ったわ」

 思わず嬉しくなった宇佐美は、播磨の手を握ってピョンピョンと跳ねる。




   *
424 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/28(土) 19:59:30.04 ID:g+HpzqIuo

 それからしばらくして。

「ねえ、知ってる? 宇佐美先生のこと」

「さめちゃん先生が何?」

「一年の播磨って生徒と付き合ってるんだって」

「ええ? それって禁断の愛?」

「さめちゃんって、押しに弱そうだから、ああいうタイプに心を開いちゃうのかな」

 学校で妙な噂が流れてしまう。

(しまったあああー!)

 職員室で頭を抱えた宇佐美は、播磨拳児のことを今までとはまた違う意味で怖いと
思ったのであった。
 

   *
425 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/28(土) 19:59:57.37 ID:g+HpzqIuo



【衣装合わせ】

 GAのクラス出展である演劇は、すでに通し稽古から舞台稽古ができるまでになっていた。

 その一方、劇で使用する小道具や背景の絵など、大道具も着々と完成していた。

 芸術科のクラスだけあって、舞台美術は演劇とう同等か、それ以上に期待されている。

「衣装合わせやるよー!」

 始業式直後にも関わらずノダミキは元気よく呼びかける。

「何を隠そう、舞台の衣装デザインはノダちゃんもかかわっているのです」

 いつの間にか体操服に着替えていたノダがそう言って胸を張る。

「作ったのはあたしらだけどな」

 そう言ってノダの頭に手を置いたのはナミコであった。

「ほら、ハリマも早く着替えてきてよ」

 播磨のほうを見てナミコは言う。

「お、おう」

 当然主役の播磨にも衣装はある。




   *
426 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/28(土) 20:00:44.20 ID:g+HpzqIuo


 
 演劇の内容にも関係するので、華やかな衣装ばかりではないのだが、
自分たちの作った衣装を着ることで生徒たち、とくに女子生徒たちのテンションは
上がっていた。

「うお、採寸通りだな」

「なんか素敵」

「ノダちゃん、回ってみて〜」

 教室の中で演劇用の衣装に着替え終わった生徒たちが集まっていた。

 着ている生徒も、それを作った生徒たちも皆笑顔だ。

「どうだ、ノダ」

「ピッタリだよナミコさん」

 ナミコは衣装担当の一人で出演者の衣装を作っていた。

「ノダさん、山口さん。記念写真どう?」

 カメラを持った冬木が写真を撮りに来る。

「は、恥ずかしいです……」

 案の定、キサラギは顔を伏せた。

「ほらキサラギ、折角なんだから撮ってもらいなよ」

 そう言ってナミコはキサラギをカメラの前に出す。

「その衣装かわいいね、山口さん」

「いえ、そんなことは」

「ノダちゃんも可愛いでしょう?」
427 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/28(土) 20:01:25.59 ID:g+HpzqIuo

 と、ノダミキはポーズをとりながら言う。

「うん。可愛いよ。本物の妖精さんみたいだ」

 本物なんて見たことないだろうが、とナミコは思ったけれど何も言わないことにした。

 GA合宿や文化祭の準備などを通じて、クラスは一つにまとまりつつある。

 これまで交流の少なかった生徒同士も同じ作業をすることによって、よく話すようになってきたのだ。

「そういえばはりまっちは?」

 ふと、思い出したようにノダミキは聞いた。

「まだ着替えている最中かな。あいつのことだから居眠りしてたりして」

 ナミコは笑いながら答える。

「じゃあ俺、呼んでくるよ」

 そう言うと冬木はカメラを持ったまま教室を出て行った。

「ところでナミコサン」

 不意に別方向から声が聞こえてくる。

「うおっ、びっくりした! なんだ、ツム……じゃなくてマリか」

 留学生のマリアンヌことマリである。

 彼女もナミコと一緒に衣装のデザインや製作を担当していた一人だ。

「どうした、マリ」

「ワタシ、気になることがありマス」

「な、なんだ?」
428 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/28(土) 20:01:52.49 ID:g+HpzqIuo

 また難しいことを聞かれたらどうしようかと不安になるナミコ。今は物知りの
雅(キョージュ)もここにはいない。

(まあ、わからなければわからないって言えばいいか)

 ナミコは腹をくくってマリを見据える。

 どんな質問でも来い、という覚悟だ。

 しかし、



「ナミコとハリーマは、付き合っているのデスか?」



「…………はあ?」

「えー、何なに?」

「誰と誰が付き合っているって?」

 うわさ好きの女子生徒たちが集まってきた。

 数人の男子生徒も気になるのか、遠巻きにこちらを見ているようだ。

「何を言ってんだよマリ」

「だって、最近ナミコとハリーマ、仲が良さそうだったから付き合っているのかと思いマシテ」

「えー!? そうだったのー?」

「野崎さんが?」
429 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/28(土) 20:02:30.80 ID:g+HpzqIuo

「やっぱりねー」

「ちくしょー! 俺狙ってたのにー」

「安心しろ、お前じゃ無理だ」

「……」

 パキッ、と音が鳴ったと思ったらキサラギが握っていたチャコペンを折っていた。

「ちょっとちょっとちょっと! マリ、どうしてそんな風に思うんだよ!」

 慌てたナミコはマリに詰め寄る。

「仲が良いから付き合うのではアリマせんか?」

「いや、だから付き合ってないから。というか、そんなに仲良くもないし」

「ホントウですか? でも、夏休みにハリーマのためにお弁当を作ってきたではアリませんか」

(しまった、見られていたか)

「おー、ナミコさんやるねー!」

 ノダミキが面白そうに手を叩いて煽る。

 彼女はこの手の話題が大好きなのだ。

(まずい、このままだとあたしとハリマが付き合っていることが既成事実化してしまう)

「あ、あのなーマリ! 誤解だなんだよ! 誤解」

「誤解?」

 マリは首をかしげる。
430 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/28(土) 20:03:05.04 ID:g+HpzqIuo

 このまま誤解が広がっては不味いと思ったナミコは彼女だけでなく、
周囲にも聞こえるように声を強めた。

「いいか? あたしはハリマのことなんて全然好きじゃないし、あいつとは
ただのクラスメイトなんだよ!!」

 ナミコが言いきった瞬間、教室の戸がガラリと開いた。

「あ……」

 クラスメイトの視線が一斉に集まる。

 出入口にいたのは、演劇用の衣装に身を包んだ播磨の姿であった。

「……」

 一瞬の沈黙。

「何言ってんだお前ェ」

 そしてその沈黙を破るように彼は言った。

「ああいや、な、何でもないよ。コイツらがさ、ウチらが付き合ってんじゃないかとか
言うもんだからさ」

 ナミコはノダミキの頭を掴んで言う。

「ンな訳ねェだろ……」

 播磨はあっさりと否定した。

 本人も否定したところでこの話は終わる。

 しかし、教室内に微妙な空気が残ったことは否めなかった。




   *
 
  
431 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/28(土) 20:03:49.00 ID:g+HpzqIuo
  

 【わだかまり】

 衣装合わせを終えた播磨は、すぐに実習室に行き自分の作品に取り掛かっていた。

 GAではクラス展示だけでなく、個人の作品を最低一つ文化祭に出すことが義務付けられて
いるからだ。

「……」

 播磨のいなくなった教室で、ナミコはノダミキのもう一つの衣装を見ていた。

「ねえ、ナミコさん」

 そんな彼女にノダは声をかける。

「なに?」

「ナミコさんは、“本当は”、はりまっちのことをどう思っているの?」

 彼女の言葉から冗談っぽい調子が消えていた。

 真剣に友を慮っている声。

 いつもふざけているノダミキだが、時々こうして真剣になるときもある。

 ただ、むらっ気があるのでそれが長続きしないだけだ。

「本当は、ってどういうことだよ」

「はりまっちのことだよ。好きなの?」

「いや、だから……」

 ノダミキの真剣な表情に、誤魔化すことを躊躇するナミコ。

「嫌いなの?」

「それはない」
432 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/28(土) 20:04:17.22 ID:g+HpzqIuo

 ナミコは即答する。

「けど……」

「けど?」

「好きとか付き合いたいとか、そういうのとはまだ……」

「でもはりまっちってアレだからさ、結構モテそうじゃない?」

「そうか? あんなのを好きになる奴なんてそうそういないだろう、ハハ」

「悠長なこと言ってると、誰かに持ってかれちゃうかもよ」

「別に、それならそれで」

「いいの?」

「いや、その――」

「……」

 いつの間にかノダミキはニヤニヤしていた。

「素直になりなよナミコさーん」

「うるさい」

 そう言うと、ナミコは軽くノダミキの頭をはたいた。

「いたっ」

「あたしはいつだって素直だ」

「じゃあはりまっちに対しても素直な態度でいいじゃない」

「何がどう素直な態度なんだよ」

「それはナミコさんが決めることよ」

「なんだそれ」

「そうだ!」

「ん?」

「あたしがちょっと協力してあげる!」

「……は?」




   *
433 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/28(土) 20:04:58.57 ID:g+HpzqIuo



 【期 待】


 実習室で播磨が出品作品の仕上げをしていると、後ろから誰かが声をかけてきた。

 振り返らなくてもそれが誰だか、彼にはその声の主がすぐにわかる。

(ノダちゃんが俺に声をかけてくるなんて! こりゃ脈ありやで)

 彼は飛び上がらんばかりの心の中を抑えつつ、ゆっくりと振り返った。

「どうした、ノダ」

「はりまっち、まだ演劇の練習までは少し時間があるでしょう?」

「おう、それが?」

「実はね、練習前に来て欲しいところがあるんだ」

「なに?」

 ここで普段使われない播磨の頭脳がフル回転を始める。

(ノダちゃんが会いたい? こ、これは。噂に聞く愛の告白というやつではないのか)

「あまり人には見られたくないから」

 恥らいながら言うノダミキの姿に播磨のボルテージは心の中で限界を振り切れる。

 ボイラーで言えば最高使用圧力(※注:構造上使用可能な最高のゲージ圧力)を
はるかに超えた状態だ。
 
(これは俺の時代だ)

 播磨はさっさと絵具などを片付けると、約束の場所へと向かった。




   *
434 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/28(土) 20:05:30.20 ID:g+HpzqIuo



 彩井学園は敷地がきわめて広いので、人目につかない場所も無数にある。

 日の傾きはじめた夕方、中央広場から少し離れた場所にある大きな木の下にナミコはいた。

 ちなみにこの学園には「伝説の木」は存在しない。

(くそう、なんか本当に緊張してきた。別にそんなんじゃないのに)

 虫の声を聞いていると、その中から人の足音が聞こえてきた。

 播磨だ。

 夕日に照らされながらこちらに歩いてくる彼の姿は、ある意味幻想的であった。

「は、ハリマ」

 そんな彼にナミコは呼びかける。

「野崎か、こんなところで何やってんだ」

 播磨は周囲を見回す。

 それもそうだろう。

 彼を呼び出したノダミキはここにはいないのだ。

「ごめん。あたしがノダに頼んで、あんたをここに来るよう言ってもらったんだ」

「はあ? なんでだよ」

「悪かったよ、忙しいところ」

「当たり前ェだ。これから芝居の稽古もあるってのに」
435 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/28(土) 20:06:10.32 ID:g+HpzqIuo

「ハリマ、あんたに言いたいことがあるんだ」

「何だよ」

 播磨はいかにも不機嫌そうに聞く。

「その、昼間はアンタのことを全然好きでもないとか言ったけど――」

「ん?」

(やばい、ドキドキしてきた)

 心臓が高鳴る。

 この先、どういえばいいのか。

(ええい!)

「べ、別に嫌いとかじゃないから」

「……は?」

「だ、だから。あたしはアンタのこと、嫌ってなんかないの。その、ちょっとバカだけど
いい奴だと思ってるから」

「そう、なのか」

「うん。だから、別にその……、いい関係でいたいとは思う」

「おう」

(何言ってんだあたしはー!!)

 ナミコは心の中で頭をぐしゃぐしゃかき回していた。

「別に――」

「へ?」
436 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/28(土) 20:07:18.88 ID:g+HpzqIuo

「別に俺もお前ェのことはキライじゃねェぞ」

「……」

「ちょっとガサツで乱暴なところはあるけどよ、面倒見もいいし、鉛筆とか貸してくれるし」

「……」

「弁当も食わしてもらったしよ」

「そう……」

「ちょっと塩味キツかったけど」

「……ハリマ」

「あン?」

「バーカ!」

「ンだよいきなり」

「おりゃ!」

 ナミコは播磨の肩を勢いよく平手打ちした。

「イテッ! どうしたんだよ」

「変に意識したあたしがバカみたいじゃん」

「何だって?」

「何でもない。それより、文化祭、絶対成功させような」

「あン? ったりめェだろ」

「早く稽古にいかないと、間に合わないぞ」

「んだよ、お前ェが呼び出してきといて」

「ほら、行こうよ」

 そう言うと、ナミコは播磨の背中をグイグイと押した。

 ワイシャツ越しに彼の体温が伝わってくる。

 大きくて、なぜか安心できる背中の温もりだと彼女は思った。




   つづく
437 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/28(土) 20:10:14.23 ID:g+HpzqIuo
 素直になれない、そして素直になりたいナミコさんでした。

 次回は、チャコペンをへし折ったあの人が主役。

 チャコペンとか懐かしすぎる。へんな、ブラシみたいなのが付いている色鉛筆ですよ。
438 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2012/07/28(土) 20:30:09.40 ID:Y7DImOvAO
乙ですの!

チャコペンかぁ
あのブラシ?ってなんだったんだろう……
439 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/28(土) 22:39:03.08 ID:h2ICx9h+o
布とかに書けるイロエンピツもどき
440 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/29(日) 01:10:38.56 ID:eZy5/YvF0
ナミコさんの圧倒的ヒロイン力(ちから)ッ・・・!
441 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/29(日) 01:33:05.88 ID:+yvR72Mpo
なにか物足りないと思ったら播磨がノダに嫌われてきこう
442 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/29(日) 19:02:44.07 ID:Uy/agcVDO
久しぶりにきたらいっぱい更新来てた。
大鉄が自然に溶け込んでてワロタ
443 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/29(日) 19:25:50.88 ID:QhsMRVElo
 暑い。たぶんこの夏一番の暑さ。


 日焼跡がかゆいです。
444 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/29(日) 19:26:16.83 ID:QhsMRVElo





  第二十話 嫉 妬


 
445 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/29(日) 19:27:09.11 ID:QhsMRVElo

 【便利屋さん】

 彩井学園の文化祭、彩井祭が直前に迫り、忙しさもピークに達しようとしていた。

「播磨くん、これやって欲しいんだけど」

「わーったよ」

「播磨くーん、あれを運んできて」

「はいよ」

「はりまっち、打ち合わせなんだけど」

「あー、わかったわかった」

「拳児、舞台の時間なんだが」

「おう、ちょっと待て」

「播磨くん」

「はあ、はあ、はあ」

 播磨は若干オーバーワーク気味である。

「なんか俺ばっか動いているような気がするんだが」

 播磨がそう言うと、クラスの女子生徒がすまなそうに言う。

「ごめんね播磨くん。GAって男手が少ないからどうしても一部に頼っちゃって」

「そうだよね。重そうな荷物とか運べないし」

「だからって加減を考えろよ。やり過ぎだぞクソが」

 そう言って播磨が自分で自分の肩を叩いていると、

「邪魔するでー!」

 あまり見覚えのない小柄で髪の長い女子生徒が教室にたずねてきた。
446 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/29(日) 19:27:34.54 ID:QhsMRVElo

「ハリマくんってのは、このクラスにおるやろうか!」

 怪しい関西弁のような言葉づかいの女子生徒はそう言って教室中を見回す。

「播磨くんなら、彼ですが」

 よせばいいのに、同級生の一人が小さい女子生徒に播磨のことを教えてしまう。

「おー、キミが播磨くんかあ! なんか聞いた通りやなあ」

 小柄な女子生徒はそう言ってズンズン教室の中に入ってくる。

「何っすか」

「いやあ、ウチ実は美術部の部長なんやけど」

「それが」

「ちょっと力仕事があるから手伝ってくれへんかなあ」

「どーぞどーぞ」

 そう言ったのは播磨ではなくトモカネであった。

「こら、トモカネ!」

「いやー、資源は有効に使わねえとな、ハリケン」

「ほな行こうか!」

「おいちょっと待て」

 部長は播磨の腕を引っ張ってグイグイと進んでいく。

「頑張ってね播磨くん」

「頑張れよハリケン」

 クラスメイトはそう言って手を振る。

「ちょっと待てお前ら!」

「時間ないんやから早うしてよ」

「畜生」

 結局播磨はその日、美術部の手伝いまでやらされる羽目になったのだった。




   *
447 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/29(日) 19:28:46.90 ID:QhsMRVElo


 【気になること】

 夕方、演劇はほぼ最終段階に入り、出演者もジャージや体操服ではなく本番と同じ衣装で
稽古をしていた。

「ハリマ、ここの襟おかしいぞ」

「あン? どこだ」

 衣装担当のナミコが播磨の服をチェックする。

「ここ」

「ちゃんと作れよな」

「作ってるよ。それが衣装担当に言う言葉か。縫い針仕込むぞ」

「やめろ、洒落にならんから」

「こら動くな」

 播磨とナミコのやり取りを、キサラギは遠くからぼんやり眺めていた。

「播磨くんと野崎さんって、仲いいよねえ」

「付き合ってないとか言ってたけど、それなりに気があるんじゃないかな」

「あー、でも野崎さんモテるからなあ」

「スタイルいいもんね」

 女子生徒は恋愛絡みの話題が大好きなので、こういう話はよく出てくる。

「……」

 そんな話をキサラギは黙って聞いていた。

「キサラギちゃん」
 
「ふえ?」

 不意に声をかけられて驚くキサラギ。

「あ、ああ。ノダちゃん。どうしました?」
448 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/29(日) 19:29:14.92 ID:QhsMRVElo

 声をかけてきたのは、キサラギと同じような衣装に身を包んだノダミキだった。

「どうしたの? さっきからボーッとして」

「あ、いえ。何でもないですよ。まだちょっと暑いから、頭が変になったのかなあ」

 そう言うと、彼女は右手を団扇のようにしてパタパタ仰ぐ。

「ふーん。ポカリ飲む?」

「ああいえ、大丈夫です」

「そうかー」

 そう言うとノダミキはトモカネの所へ歩いて行った。

「うーん」

 思わず親指の爪を噛むキサラギ。

「あ……、いけない」

 キサラギは小さいころ、イライラしたり悲しくなったりすると親指の爪を噛む癖があった。

 長い年月をかけて克服したと思われた癖が不意に蘇ってきたことに、彼女はショックを受ける。

(なんで私、こんなにイライラしているんでしょう)
449 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/29(日) 19:29:40.97 ID:QhsMRVElo

 彼女の腹立たしさは、播磨の表情を見ると余計に増してきているようだった。

(なんで? 播磨さんは何も悪くないのに)

 イライラが、彼女の自己嫌悪をさらに拡大させていくことになる。

「山口、演劇の件だけどよ」

「え?」

 不意に声をかけてくる播磨。

 しかし、

「ごめんなさい、私ちょっと先生に用があって」

「おい、衣装のまま行くのか」

「失礼します」

 キサラギは逃げるようにその場を後にした。





   *
450 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/29(日) 19:30:29.78 ID:QhsMRVElo

 【態 度】


(あんな態度をとっていたら絶対に嫌われますね)

 暗くなった帰り道にキサラギは自己嫌悪に苛まれながらぼんやりと歩いていた。

(でもどうすればいいんでしょうか。ああいう気持ちになるくらいだったら、

いっそのこと嫌われてしまったほうが気が楽かも)

 そんなことを何度も考えていると。

「あら、キサちゃん」

「あ……」

 振り返ると、二つ年上の幼馴染でGA三年の水渕(通称ぶちさん)がいた。

「どうしたの? 空も暗いけど、あなたの周りは特に暗いわよ」

「う……」

 同級生もいない場所で、昔からの知り合いに出会ってしまったキサラギは……、

「ちょ、ちょっとキサちゃん!?」

 おもわず瞳から涙が零れ落ちることを止められなかった。




   *
451 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/29(日) 19:31:00.71 ID:QhsMRVElo


 近くの公園。ベンチに座ったキサラギは、水渕からしっかり冷えた缶コーヒーを手渡される。


「どう? 落ち着いた?」

「すみません」

 今まで我慢していたものが一気にあふれ出してしまったため、キサラギの胸中は恥ずかしさと
悔しさがごちゃ混ぜになって混乱していた。

 しかし、一通り泣くと落ち着いてくる。

「どうしたのよ。彩井祭はすぐそこよ。そんな浮かない顔をしていたら、楽しめるものも楽しめなくなるわ」

 そう言って、水渕は缶コーヒーのプルタブに指をかける。

「……」

 キサラギも同じように缶コーヒーのプルタブに爪をかけようとするのだが、

「あら、その親指」

「あ……」

 キサラギの親指の爪は、昼間に噛んだので少し傷ついていた。

「随分懐かしいわね、その癖。小学校以来かしら」

「これは……」

「お友達と何かあった?」

「そ、そんなことはありません……」
452 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/29(日) 19:31:31.72 ID:QhsMRVElo

 キサラギは言葉を濁し、

「ありません」

 もう一度言った。

「そう……」

 水渕は優しい笑顔を見せつつ、それ以上は聞かなかった。

 助けを求めれば常に受け止めてくれるけれど、必要以上には踏み込まない。

 それが彼女の、水渕の昔からのスタイルであった。

「あの、少し聞きたいことがあるんですけど」

「なあに?」

「好きな人を見てイライラしてしまうってことは、あるんでしょうか」

「どういうこと?」

「いえ、その深い意味はないんですが、別に嫌いでもない、むしろ好きなお友達を、
見ているだけでその、何だか腹が立つというか、心の中にモヤモヤが滞るというか……」

「キサちゃん」

「はい」

「どうでもいいと思う相手を見て、腹が立つなんてことはないのよ」

「……」

「気になるってことは、何かあったのね」

「それは……」

「何か嫌なことでもされた?」

「そんなことないです!」
453 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/29(日) 19:32:00.87 ID:QhsMRVElo

「?」

 思わず語気を強めてしまうキサラギ。

「ご、ごめんなさい」

 そして自分のしたことに気づいた彼女は目を伏せて謝った。

「その人には、その助けてもらってばかりで。感謝してもしきれないくらいです。
でも、その……」

「キサちゃん。その人のこと、嫌い?」

「いえ、全然嫌いじゃないです。でも」

「でも?」

「嫌いになれたら、楽になれたかも」

「そう」

 水渕はそう言うと、空を見上げる。

「ねえキサちゃん」

「はい」

「キサちゃんは、絵を描くのが好きだからGAに入ったのよね」

「え、はい。そうですけど」

 なぜ今更そんなことを聞くのか、キサラギにはすぐに理解できなかった。

「絵を描くことは楽しい?」

「はい、もちろんです」

「じゃあさ、ずっと楽しいことばかりだった?」
454 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/29(日) 19:32:47.57 ID:QhsMRVElo

「え……」

「いつもいつも、楽しいことばかりだった?」

「……」

「悔しい思いとか、悲しい出来事とか、いろいろあったんじゃないかな。私もそうだったし」

 キサラギは思い出す。

 GAの体験入学(オープンキャンパス)の日に、デッサン講習で酷評され「合格は難しい」
と言われた日。

 自信のあった作品が佳作にも選ばれなかったこと。

 上手く色が出せずに、何時間も悩んだこと。

 そして、同級生たちの活躍を見て悔しいと思ったこと。

 嫌な思い出は無数にある。

「それでもあなたは、絵を、美術を嫌いになれたら良かったって思う?」

「それは……」

 キサラギは言葉にならない言葉を飲み込む。

「そんなことはありません。嫌な思い出もたくさんあるけど、私、絵が好きでよかった」

「そう。それと同じことよ」

「同じ?」

「ええ。好きの反対は嫌いではなく無関心って、よく言うじゃない?」

「はあ」
455 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/29(日) 19:33:41.76 ID:QhsMRVElo

「何かを好きになるってことは、楽しいことばかりじゃないの。辛いこともあれば、
苦しいこともある。それくらいの覚悟がいるってことよ」

「……」

「それは、人も絵も変わらないわ」

「……はい」 

 キサラギは缶コーヒーに口をつける。

 握りしめていた冷たい缶コーヒーは、少しだけ温くなっていた。



   *
456 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/29(日) 19:34:17.06 ID:QhsMRVElo

 【心 配】


 彩井学園高校第二美術室。今は美術部の部室である。

 ここでは毎年恒例(?)のお化け屋敷建設のため、急ピッチで作業が進められていた。

「しかし美術部がお化け屋敷って、なんか変ですよね」

 道具を運びながら奈良は言った。

「何言うとんの! お化け屋敷言うたら美術部の花やで!」

 小柄な体ながら、人一倍動き回る部長の芦原。

 ただ、その動きに比べて作業量はそれほど進んでいない。
 

「いや、まあこのゾンビの顔とか凄いですけど」

「おーい部長、こいつはここでいいか」

 冬木とはまた違う、メガネをかけた三年生が段ボールに入った材料を持て来る。

「おー魚住。ご苦労やねえ」

 芦原はそう言って手を振る。

「わざわざすいません、魚住先輩」

 奈良はそう言って頭を下げる。

「ったく、俺はもう引退してんだから、あんまり駆り出すなよ」

 魚住と呼ばれた三年生(普通科特進クラス)は面倒くさそうに答える。

「何言うてんの。あんたの籍はまだ残っとるんやで。それに、最後の文化祭くらい協力せんかい」
457 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/29(日) 19:34:52.41 ID:QhsMRVElo

 魚住も美術部員だが、特進クラスは勉強や模試で忙しいためほとんど部活動には
顔を出さない。

「へいへい」

「へいへいちゃうわ! 返事は『はい』やで! やり直し」

「うるさいなあ、こいつはもう」

「こいつとは何やの!」

「アハハ、相変わらず仲良しだね、あの先輩二人は」

 奈良はそう言って笑った。

 それと同時に、少し羨ましいとも思う。

「夫婦喧嘩は犬も食わないダス」

 美少女フィギアの着色をしながら西本は言った。

「すいません、遅れました」

 そんな中、大分遅れて一年の冬木が入ってくる。

「遅いで冬木くん」

「申し訳ない、クラスの出し物も多くて」

「ああ、GAは個人とクラスの出し物が両方あって大変やもんねえ」

「お前はどうなんだ部長。お前もGAだろうが」

 魚住が言った。

「ウチはばっちりやで。伊達に美術部の部長をやっとらんし」
458 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/29(日) 19:35:37.02 ID:QhsMRVElo
 
「アハハ、自身満々ですね部長」冬木は言った。

「冬木君の個人出品はやっぱり写真やの?」

「ええ、まあ」

 冬木はカメラバックをテーブルの上に置きながら答える。

「ええよなあ、写真ならパッと撮って終わりやし」

 芦原はカメラを撮る構えをしながら言った。

「そんな単純でもないですけど」

「お前の絵だってぱぱっと描いて終わりじゃないのかよ」と、魚住。

「アホか! そんなわけあるか。最後の彩井祭やで。魂込めとるやが」

「魂なあ」

「ムカー、バカにしとんのか!」

「うわっ、ちょっと待て」

「待ってください先輩! せっかく作ったゾンビの山田くん壊さないで」

 いつもよりも更に激しくなったドタバタが繰り広げられている美術部の部室に、
芦原の親友であり実質的な顧問ともいえる三年生、水渕が訪ねてきた。

「こんにちは。皆揃ってる?」

「ぶちさん聞いてえな、魚住がウチのことバカにする〜」

 水渕が入ってくるなり、芦原は彼女の胸に飛び込んだ。

「ああよしよし。あーさん、早く片付けて準備済ませましょうね」
459 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/29(日) 19:36:03.45 ID:QhsMRVElo

 水渕は慣れた手つきで芦原を引きはがすと、部室の中に入ってきた。

 そして一人の人物に目を止める。

 先ほどから真剣に美少女フィギアに着色している西本……、ではなく、

「あら冬木くん。GA(クラス)のほうはもういいの?」
 
 美術部の一年生メガネ、冬木であった。

「ええ、演劇のほうは大体。今、通し稽古してますけど、大道具のほうはもうやることがなくて。
メイキングの写真もたくさん撮りましたし」

「そうなんだ」

 水渕は話し終った後も、冬木の顔をじっと見ていた。

「どうしました?」

「冬木くん」

「はい」

「あなた“も”元気ないわね」

「え?」

「心配ごと?」

「そんなことはないんですけど」

「けど?」

「……実力不足って、ところですかね」
460 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/29(日) 19:36:29.51 ID:QhsMRVElo

「あら」

 水渕は少し気にしている様子だったが、それ以上は聞かなかった。

 代わりに奈良が質問する。

「ねえ、冬木くん」

「ん?」

「クラスのほうで、何かあったの?」

「……いや」

 少し考えてから、冬木は否定した。

「何もないよ」

 そう言うと、力のない笑みを見せる。

「僕は、ロバート・キャパにはなれなかったのさ」

「え? どういうこと?」

「何でもない」

 彼はカメラセットを部屋の隅に置き、美術部の準備作業へと加わった。




   *
461 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/29(日) 19:37:01.31 ID:QhsMRVElo



 【表 情】


 芝居の練習後、誰もいない教室でキサラギは一人ため息をついていた。

 もう本番直前だというのにまったく演技に身が入らない。

 この演劇は脇役から照明、小道具、衣装、それに背景を描く大道具にいたるまで、
すべての参加者がいなければ成功しないものだ。

 にも関わらず、彼女は演劇とまったく関係のないところで心を見出し、
そして集中できないでいる。

 モヤモヤ、苛立ち、そして仲間に対する罪悪感。

 それらすべてのキモチが彼女自身の自己嫌悪となって跳ね返ってくる。

(ああ、どうしよう)

 もう何もかも捨てて逃げ出したくなってきた。

 こんな気持ちになったのは生まれて初めてだ。

 どんなに緊張していたとしても、彼女は逃げなかった。だから、この学校にも入学できたし、
今までやってこれたはずなのだが。

「おお、ここにいた」

 不意に教室の戸が開く。

「ひっ!」

 驚いて振り向くと、そこには播磨がいた。
462 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/29(日) 19:38:32.66 ID:QhsMRVElo

 廊下からの逆光で顔が影になってよく見えないけれど、間違いなく播磨だ。

「どうしたんだよ、電気もつけずによ」

「あ、あの……」

 播磨は手ぶらではなく、左手に大き目のスケッチブックを抱えていた。

「なあ山口」

「……はい」

 ここ最近、キサラギは播磨とまともに向かい合って話をしていなかったので、
どう接していいのかわからなくなっていた。

「これ、やるよ」

「え?」

 そう言うと、彼はスケッチブックの中の一枚の紙を取り出してキサラギに渡す。

「時間なかったからよ、あんま上手くはねェんだが」

「これは」

「……」

 廊下から差し込む微かな光の中で確認したスケッチブックに描かれていた絵は、

「私ですか?」

「ん? ああ。直接見てたわけじゃねェから、半ば想像になっちまったけど」

 播磨は恥ずかしそうに顔を背けた。

「播磨さん」
463 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/29(日) 19:39:09.85 ID:QhsMRVElo

「あン?」

「わたし、こんなに美人じゃありませんよ」

「いや、別にそこまで美化したつもりは……」

 キサラギが見ている絵、それは鉛筆で描かれたキサラギの似顔絵であった。

 しかし、絵の中のキサラギは今の彼女とは違い満面の笑みを浮かべていた。

「最近、お前ェ元気なかったからさ」

「あ……」

 自分のことを見ていたのか、と思うと胸が締め付けられそうになる。

「前にどっかで聞いたことあるんだけどよ、赤ん坊がなんで笑うかっていうと、
周りの大人たちが笑っているから、それを真似するんだと」

「……」
 
「だから、お前ェが笑っている絵を描いたら、それを見てお前ェも笑うのかなって」

「私は赤ちゃんですか?」

「すまねェ。俺バカだから、あんまりいい考えが浮かばなかった」

「でも……」

 不意に目の前がゆがむ。

 メガネが無くなったわけではない。

「お、おい山口」

 播磨の慌てる声が聞こえてきた。

「ご、ごめんなさい」
464 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/29(日) 19:41:25.66 ID:QhsMRVElo

 キサラギは両手で必死に抑えようとするけれど、涙が止まらなかった。

「どうしたんだよ」

「播磨さんは、ずるいです」

「はあ? 何でだよ」

「それは……」

 キサラギはハンカチで涙と鼻水を拭う。

 そして、少しスッキリした顔で絵の中と同じような表情で彼女は言った。

「教えてあげません」

「なんだよそれ」

「播磨さん。覚えていますか?」

「なにを?」

「県立の美術館で、播磨さんが私の絵のことを好きだって言ったこと」

「ああ、そんなこともあったかな」

「私も好きですよ」

「ん?」

「播磨さんの絵」

「……そうか」

 播磨は少し戸惑ったような顔を見せつつ、キサラギの笑顔に微笑み返した。



   つづく 
465 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/29(日) 19:44:46.04 ID:QhsMRVElo
 好きでいるってことは難しいものであります。


 さて、次回は文化祭当日でございます。長いので前後編でお送りします。

 なお、前編はGA一年の演劇のみをやるので、次回は読み飛ばしてもストーリー展開に

何ら支障はありません。

 でも、読んでもらえるとうれしいですがね。

 それでは。
466 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/07/29(日) 19:53:29.14 ID:sGyju/Mo0
467 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/29(日) 21:50:19.46 ID:IkQpS+KDO
ここのキサラギって見てて何か懐かしいな〜って思ってたんだけどあれだ
隣子ssの感じだ
468 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2012/07/29(日) 23:54:01.76 ID:noBjqIOAO

ロバート・キャパとはまた……
469 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2012/07/30(月) 06:17:00.08 ID:YT8u7Mayo
修羅場の凄惨さを撮りたかったのか
しかし最近圧倒的にキョージュ分が足りない!!
470 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/30(月) 21:00:05.59 ID:jZCNcaZMo
 何事も新しいことに挑戦することはいいこと……、だと思う。

 今回はちょっとばかし実験作。

 念のために書いときますが、スレは間違えてないですよ。
471 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/30(月) 21:00:33.56 ID:jZCNcaZMo
 




   第二十一話 彩井祭(前編)


    『灰色の国と旅人』
472 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/30(月) 21:01:04.14 ID:jZCNcaZMo


 今は昔のこと。ここから離れた遠い場所で、一人の旅人がいました。

 彼は長い年月をかけて多くの国々をまわり、そして様々な人たちと出会ってきたといいま

す。

 しかし、とある国に足を踏み入れた時、彼は奇妙に思いました。

「どういうことだろう。この国には色がない」

 彼の目の前には、見渡す限り灰色の景色が広がっていたのです。

 そこには、色という色がありませんでした。

 土も木々も、そしてその木についた葉っぱにも色がありません。

 それから旅人はどこまでもどこまでも歩きました。

 川を越えて山を登る。

 しかし、一向に色が見えない。

 途方にくれた彼が腰を下ろして休んでいると、一人の少女が目に入りました。

 ここ何日も孤独な旅を続けていた彼は、その少女に話しかけます。

「すまねェが、私は旅の者だ。キミは何者だろう」

 少女は答えました。

「私は花の精です」

「たまたまこの国に足を踏み入れたのだが、この国には色がない。どうしてだろう」

 そう聞くと、花の精と名乗る少女は一輪の花を見せました。

 その花の花弁も灰色に染まっており色らしい色がありません。
473 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/30(月) 21:02:06.97 ID:jZCNcaZMo

「花の精よ。どうしてキミにも色がないのか。花というのは色があるものではないのか」

 再び旅人は聞きます。

「この国にも昔は色がありました。しかし、度重なる戦争と災害の結果、人々の心は壊れ、

そして色が失われていきました」

「何ということか、それではこの国にもう色はないのか」

 旅人は再び聞きます。

 それに対して花の精は、

「いいえ。まだここにも色はあります」

 と答えました。

「それはどこにあるのか」

「この国のどこかにあると聞きました。しかし、どこにあるのかはわかりません」

 花の精は俯きながら答えます。

「旅のお方、お願いがあります」

「どうした、花の精よ」

「私の命はもう長くはありません。いずれ枯れてしまうでしょう。しかし、
花に生まれた以上は、一度色を見たいと思うのです」

「なるほど」

 旅人は少し考えます。

 ここで花の精の存在を無視することもできる。

 しかし、彼自身もう何日も色を見ていなかったので、この国の色を見たいと思うようにな

っていました。
474 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/30(月) 21:02:33.01 ID:jZCNcaZMo

「わかった花の精。私もこの国の色を見たいと思ったところだ」

「ありがとうござます」

 こうして、花の精と旅人は一緒に、国のどこかにある色を探しに出かけました。




   *



 旅人と色を探しはじめてからしばらくして、彼らは蝶の精に会います。

 ヒラヒラと羽ばたく美しい蝶の羽根を持つ妖精。

 しかし、彼女の色もまた灰色でした。

「やあやあ、珍しいね。こんなところに旅人がくるなんて、いついらいだろう」

 蝶の羽根を持つ妖精はそう言って旅人たちに話しかけました。

「私たちは色を探している。この国のどこかにあるという色を」

 すると蝶の精は答えます。

「私は生まれてからずっと色を見ていない。もうこの国には色がないのではないか」

「あなたは探したのですか」

 と旅人は聞きました。

「探してはいないけれど、私の周りには色がない。だから色はどこにもないのだ」

 蝶の精は答えます。

「ならばこの周りには色がないことがわかった。別の場所を探そう」
475 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/30(月) 21:03:00.26 ID:jZCNcaZMo

 と、旅人は言いました。

 こうして、旅人と花の精は別の場所を探すことになったのです。

「待ってください、旅の人。そして花の精」

 しかし、途中で蝶の精は呼び止めました。

「どうしたのですか」

 と、花の精は聞きます。

「私は生まれてからずっと、この辺りでしか暮らしていませんでした。そろそろ別の場所に

行ってみたいと思っています。ですから、あなたがたと言ってもいいでしょうか」

 花の精は旅人を見ました。

「構わないよ蝶の精」 

 と旅人は答えました。

「この先に、私も行ったことがない森があります。そこに住んでいる森の精ならば、
何か知っているかもしれません」

 旅人と花の精、そして新たに加わった蝶の精は、三人で森へと向かいました。




   *
476 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/30(月) 21:03:31.91 ID:jZCNcaZMo



 しばらく行くと、彼らの前に大きな森がありました。

 その森も、ほかと同じように灰色です。

 入口に行くと、森の精がいました。

「ここから先は森だぜ。旅の人、危ないから入らないほうがいい」

 森の精はいいます。

「ありがとう森の精。しかし、私たちはこの国から無くなった色を探したいと思っている。

もしかしたら、この森の中にあるかもしれない」

「うーん」

 森の精は少し考えてから言いました。

「だったら、この森の中央にいる泉の精に聞いてみるといい。泉の精は物知りだから、
何か知っているかもしれない」

「ありがとう、森の精」

 そう言うと、旅人は森の中に向かいました。

「待ってくれ」

 と、森の精が旅人を呼び止めます。

「森の中は危険だ。俺、じゃなくて私が案内しよう」

 そう言うと、森の精は旅人たちを森の中央にある泉へと案内しました。

 森の精の案内により、森の泉にたどり着いた旅人達一行。

 そこには美しい泉がありました。

 しかしそこにも色はありません。
477 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/30(月) 21:04:12.75 ID:jZCNcaZMo

 しばらく待っていると、泉の中央から美しい泉の精があらわれました。

「旅の人ですか。随分と久しいですね。何か用ですか」

 泉の精は聞きました。

「この国のどこかにあるという色を探している。何か知らないだろうか」

 と、旅人は答えます。

 すると泉の精は答えました。

「かつてこの国にはたくさんの人がくらし、たくさんの色がありました。長く続く争いと
それにともなう荒廃によって、この国から色が無くなってしまったのです」

 泉の精は話を続けます。

「一度失ったものを再び取り戻すことはできません」

「ではもう色を取り戻すことはできないのか」

 旅人は聞きました。

「確かに、失ったものを手に入れることはできないかもしれない。しかし、完全に無くなる

ということもありません」

「どういうことですか?」

「私はこの場所を動くことはできないので、何とも言えませんが、まだこの国にも色が残っ

ていると信じています」

 泉の精はいいました。

「ならば、どこに色があるのか」

 旅人は聞きます。

「それはわかりません。この国で一番高い場所に行けば、何かが見えるかもしれません」
478 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/30(月) 21:04:38.23 ID:jZCNcaZMo

「高い場所?」

「この国で一番高い山の上です。空に近い場所であれば、色が残っている場所がわかるでしょう」

「わかりました。泉の精、ありがとう」

 旅人は泉の精に礼を言うと、森を後にしました。

 すると、森の精が後を追ってきました。

「どうしたのか」

 と旅人が聞きました。

「私も色が見たいと思います。いずれ枯れ果てるのならば、その色を取り戻したい」

「わかった」

 風の精の熱意を感じた旅人は、彼らと共にこの国で一番高いと言われる山へと向かいました。





   *
479 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/30(月) 21:08:10.99 ID:jZCNcaZMo


 この国で最も高い山。

 そこに差し掛かると、風の精が行く手を阻みました。

「旅の人、どこへ行くのか」

「この国で一番高い山に登ろうと思う」

 旅人は答えます。

「山はとても危険だ。それなのにどうして登ろうとする」

「この国に残る色を探すためだ。森の中の水の精に教えられた。一番高い場所で探せば、
色のある場所がわかるのではないかと」

「もうこの国に色はない。わかったらさっさと帰るのだ」

 風の精は冷たく言い放ちます。

「無いというのならば、私はこの目でそれを確かめよう」

 強い意志を示す旅人に困った旅の精は、一緒についてきた妖精たちに目を向けました。

「花の精よ。お前も行きたいのか」

「はい、私も確かめたいと思います」

 花の精は答えます。

「だが山の上は風が激しい。お前の花びらがすべて散ってしまうかもしれないぞ。悪いことは
言わない。命が惜しければここから引き返すことだ」

 風の精は言いました。

 それに対して花の精は、

「私はこのままでもいずれ命が無くなってしまいます。

それならば、一度でいいのでこの国の色を見てみたいと思います」
480 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/30(月) 21:08:56.11 ID:jZCNcaZMo

 と、答えました。

 これはダメだと思った風の精は、蝶の精に話しかけます。

「蝶の精よ、山の上は風が激しい。お前のその小さく脆い羽根では吹き飛ばされてしまうだ

ろう」

 それに対して蝶の精は言いました。

「私は花の精の蜜をわけてもらって暮らしておりました。花の精がいなくなるのなら、

私がいなくなるのと同じです。だから、どんな危険があろうとも、花の精と同じように

色を見つけたいと思います」

 面白くない風の精は、今度は森の精に話しかけます。

「森の精よ、なぜ彼らについていく。この先は風が強い。お前の持つ葉っぱはすべて

吹き飛ばされてしまうぞ」

 森の精は答えました。

「色の無い葉は、やがて着て落ちていくでしょう。ならばすべての葉が落ちる前に、この国

に残された色を見たいと思います。どうか、山に登らせてください」

 彼らの決意の前に、とうとう風の精は諦めました。

「行きなさい。ただし、この先にどんな困難が待ち受けようとも、一度上ると決めたのならば

頂上まで登りきらなければならない」

「わかっています」

 と、花の精は答えました。

「私もわかっています」

 蝶の精は答えます。

「わかりました」

 森の精も元気よく答えました。

「では行こう」

 旅人はそう言って、山道へと入って行きました。




   *
481 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/30(月) 21:09:35.77 ID:jZCNcaZMo


 さて、風の精の言うとおり山はとても厳しいものでした。

 風が強く、吹き飛ばされそうになります。

 軽くて小さな妖精たちは、吹き飛ばされそうです。

「皆で手を繋ぐんだ」と、旅人は言いました。

 妖精たちは手を繋ぎ、風で吹き飛ばされないようにします。

 そしてゆっくりと上へ上ります。

「ああ辛い辛い。こんなことならば、地上でゆっくりとしておけばよかった」

 風で羽根をボロボロにした蝶の精が言いました。

 しかし花の精は言います。

「確かに地上にいれば、こんな辛い思いをすることはないでしょう。でもそれでは何も変わ

らない」

 旅人も言いました。

「一度踏み出した以上、上に行かなければ終わりはない」

「頑張れ頑張れ」

 森の精は励まします。

「行こう、後少しだ」

 彼らは互いに励まし合いながら山の上を目指します。

 その先に何があるか、誰もわからないにもかかわらず。

 こうして、彼らは激しい風の道を抜けて頂上へと到達しました。

 そこは視界が開けており、この国全体が一望できます。

「私たちの国はこんなにも広かったのか」
482 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/30(月) 21:11:07.02 ID:jZCNcaZMo

 森の精は言いました。

「素敵な場所です」

 花の精も興奮気味に言います。

「でも色がないよ」

 と、蝶の精は言いました。

 確かに、蝶の精の言うとおり、高いところから見てもその世界は灰色のままでした。

 長く続く戦争と自然災害によって荒廃した土地は、完全に色を失っていたのです。

「あれは」

 しかしその時、旅人はある光を見つけました。

 色のない世界で輝く光。

「色は光から生まれると聞いたことがある。あそこに行けば、色が見えるかもしれない」

「本当ですか?」

 旅人の傍に駆け寄った花の精は聞きました。

「色が見えるの?」

 と蝶の精も元気を取り戻します。

「行こう、行ってみよう」

 森の精も言いました。

 こうして、旅人が見つけた光を頼りに彼らはその場所へと行ってみることにしました。





   * 
 
483 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/30(月) 21:12:03.07 ID:jZCNcaZMo



 長い長い道のりを旅人と妖精たちは光を目指して歩きました。

 そして、道のりも半分を過ぎたところで彼は心配になります。

 厳しい旅の中で、花の精は花びらを散らし、蝶の精は羽根を傷つけ、そして森の精は

持っていた多くの葉を落としてしまっていたのです。

 日に日に元気を無くしていく妖精たちに、旅人は言いました。

「もうこれ以上歩くのは無理だ。お前たちはここで休んでいるといい。

色は、私が見つけてこよう」

 しかし花の精は言いました。

「ここまで来たのですから、最後まで見届けたいと思います。旅の人、どうか気になさらず、

進んでください」

 花の精の熱意に負けた旅人は、妖精たちを連れて歩き続けます。

 そして、彼らはついに目的の場所へと到着ました。


 そこには大きな湖があります。

 森の泉の何倍もある大きな湖です。

 しかし、

「ここに色なんて無いじゃないか」

 と森の精は言いました。

 確かに森の精の言うとおり、その場に色はありません。

 他の場所と同じように灰色の世界が広がっているだけです。
484 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/30(月) 21:12:30.02 ID:jZCNcaZMo

「もう疲れた」

 そう言って項垂れた蝶の精は湖の湖面を見つめました。

 すると、

「花の精! 花の精!」

 蝶の精が呼びます。

「どうしました、蝶の精」

 蝶の精に呼ばれた花の精がそこに駆け寄ると、

「これは」

 なんと、湖に映る自分たちは、見たこともない色をしているのです。
 
「これはどういうことでしょう」

 生まれて初めて見る奇妙な姿に驚く妖精たち。

「これが色だ」

 と旅人は答えます。

「色?」

 初めて見た色に、妖精たちは戸惑いを隠せません。

「しかしどうして、湖に色が映るのだろう」

 旅人がそう言うと、

「それがあなたたちの本当の姿だからです」

 どこからともなく声が聞こえてきました。
485 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/30(月) 21:13:01.30 ID:jZCNcaZMo

「誰だ」

 と、旅人が言うと、湖の中央に美しい妖精が現れました。

「泉の精? いや、違う」

 森の泉の精に似ているけれど、彼女の姿は灰色ではなく純白の光に包まれていたのです。

「私はこの湖を守る、湖の精です」

 湖の精はそう自己紹介をしました。

「なぜこの湖には色が映るのか」

 旅人はそう質問した。

 すると湖の精は答えます。

「色がうつっているわけではありません。色が見えるのです」

「色が見える?」

 旅人にはよく意味がわかりませんでした。

「この世の色というものは、そこにあるものではなく、そう見えるものなのです。

この国に色が無いというのは、色を見ようとしないからなのです」

「色を見ない?」

「この国では戦争、疫病、そして自然災害によって行くとし生けるものすべてが希望を

失ってしまいました。やがて、荒廃した心は色を見る気持ちを失ってしまったのです」

「つまりあれか? この国に色が無いのは、色が無くなったわけではなく、色があっても

それを見ようとしなくなったと」

「その通り。しかし、あの子たちは旅をすることで希望を見つけ、そして色を取り戻したようです」
486 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/30(月) 21:14:35.42 ID:jZCNcaZMo

 その時、

「旅人さん」

 旅人を呼ぶ声が聞こえました。

「な」

 彼が驚いたのも無理はありません。

 そこには、鮮やかな赤い花びらを持った花の精がいたからなのです。

「旅の人」

 そして、黄色い羽根を持った蝶の精、そして緑色の葉を持った森の精も出てきました。

 旅人は言います。

「私はここで悟った。この国に色がないと思い込んでいただけだと。色はあったのだ」

 次の瞬間、彼の周囲がまるで壁が剥がれ落ちるように崩れて行き、そして花の溢れた森が

姿を現しました。

 湖は空の色に染まり、穏やかな風が吹く。

 花が、多くの花が咲いていたのです。

「キレイですね」

 いつの間にか旅人の傍に来た花の精がそう言いました。
487 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/30(月) 21:16:30.59 ID:jZCNcaZMo

「キレイだな」

 と旅人は言いました。

「ありがとうございます、旅の人。おかげで色を見ることができました」

 花の精はそう礼を言います。

「私は何もしていない。色を見るのは自分自身だ」

「あなたがいなければ、色を見ることもなく消えて行ったでしょう。辛いこともありましたが、

動き出して良かったと思います」

 花の精はそう言うと笑顔を見せました。

「私も良いものを見せてもらった。ありがとう」

 そう言って、旅人は右手を差し出します。

「ありがとう」

 再び礼を言った花の精は旅人の手を握り、いつの間にか消えてしまいました。

「……」

 先ほどまでうるさいくらいはしゃぎ回っていた蝶の精や森の精も消え、

そこには旅人一人が残されます。

 気が付くと彼の手には、一輪の赤い花が握られていました。

 小さな小さな、赤い花でした。




  終わり
488 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/30(月) 21:17:30.13 ID:jZCNcaZMo



   キャスト

 旅 人:播磨拳児

 花の精:山口如月

 蝶の精:野田ミキ

 森の精:友兼

 風の精:今鳥恭介

 泉の精:大道雅

 湖の精:大道雅(二役)

 ナレーター:砺波順子


   スタッフ

 背景総指揮:大道雅

 脚本:大塚舞、響大鉄

 背景作画:冬木武一、菅柳平、梅津茂雄、他

 背景特別協力:外間巧真(教員)

 衣装デザイン:野田ミキ

 衣装製作:野崎奈美子、マリアンヌ・ファン・ティエネン

 メイク:吉川まりや、野崎奈美子

 衣装特別協力:宇佐美真由美(教員)
 
 照明:城戸円、鬼怒川綾乃、永山朱鷺

音響:三原梢

 小道具:石山広明、寄留野かおり

 小道具特別協力:芦原ちかこ(GA三年)

 スチール:冬木武一

 大道具アシスタント:GA一年全員



  総合演出:響 大鉄
489 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/30(月) 21:21:11.06 ID:jZCNcaZMo
 演劇の脚本風にしてみようかととも思ったのですが、脚本は書いたことないので

物語風にしてみました。

 ちなみに、筆者の好きな日本神話や北欧神話をイメージして書きました。

 なお、本当の原作は美術部が作った紙芝居の話を元に、筆者が再構成したものです。



 ちなみに次回は、文化祭編の後半。文化祭回りをする播磨の様子をお送りしたいと思いますん。

 主要ヒロインは全員登場予定ですよ。
490 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/07/30(月) 21:22:21.20 ID:7n+gY+aL0
乙!
491 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/30(月) 21:43:10.54 ID:3OcJxVjSO
乙!
てっきりレスに色がつくのかと
あれ、やり方判らないんだよな…
492 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/30(月) 21:48:41.19 ID:pZVzXJBDO
乙!

そして2-Cの絶妙な含有率ww
493 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/30(月) 22:24:40.88 ID:DFcJ5ABKo
俺が見たいのは播磨の話なんじゃ!と思いながら読んだら普通にいい話でワロタ
494 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2012/07/31(火) 06:44:16.48 ID:GL2ie1ZAO

旅人はこれからどこへ行くのだろうな
495 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/31(火) 20:23:46.64 ID:Ro7TKuT+o
こんばんは。

冗長な表現が好きな作家の先生もいますけど、私は簡潔にいきたい。

なお、投下後に重要なお知らせがあります。
496 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/31(火) 20:24:13.92 ID:Ro7TKuT+o



 


   第二十二話 彩井祭(後編)
 
497 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/31(火) 20:25:00.17 ID:Ro7TKuT+o


 【文化祭といえば】


「あの演出凄かったよね」

「背景の絵は大道さんが描いたんでしょう?」

「デザインだけ? でもすごく上手かったよ。ほんの少ししか出てなかったのが惜しいくらい」

「衣装も可愛かったよねえ」

 播磨たちGA一年の演劇は概ね好評のうちに終わることができた。

 しかし、文化祭はまだ終わりではない。

「さて……」

 舞台を終えたGAの生徒たちには、少しだけ余裕ができた。

 連日の準備で疲労困憊状態だった播磨だが、ここでとある決意をする。

(漫画とかだと、主人公が好きな女の子と一緒に文化祭を見て回るというシチュエーションが
よくあるな。よし、俺もノダちゃんを誘う)

 播磨は胸の中を下心でパンパンに満たしながらノダミキの元へと向かう。

 しかし、そう話がうまく行くはずもなかった。

「ノダちゃんならお友達と行くところがあるって言ってたよ」

「なん……だと……?」

 播磨の計画はのっけから躓くことになる。

(くそ、ノダちゃんのいない文化祭に何の意味があるというのか。だったらどっかで
寝ていようか)
498 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/31(火) 20:25:48.80 ID:Ro7TKuT+o
 そう思った瞬間背中に衝撃が走る。

「ハリケン!」

「ぐほあっ」

「だ、大丈夫ですか播磨さん」

 背中をさすりながら振り返ると、トモカネとキサラギがいた。

「くそ、トモカネ! 何しやがる」

「湿気た面してんじゃねえよ。文化祭だぞ。彩井祭。楽しまなきゃな」

 舞台の緊張感から解放されたトモカネの表情はさわやかだ。

「んなもん、勝手に楽しんで来いよ」

「ったく、ノリ悪いなあ。そんなんじゃ女にモテねえぞ」

「大きなお世話だ」

「そうですよトモカネさん。例え女の人にモテなくても、人の価値はそれだけで
決まるものではありません」

「山口、何気にお前ェも酷いな」

「え? そうですか?」

「そんなことよりさ、他の出し物見て回ろうぜ」

「だから勝手に行けよ」

「俺じゃねえよ。キサラギが見たいものがあるって言うんだ」

 そう言ってトモカネはキサラギの方を見た。

「山口が?」

「あの、美術部の展示なんですけど、私の幼馴染も関わっているんで」

「そうなのか。でも何で俺が」

「それがさあ、美術部に出し物ってのが――」

「ん?」




   *
499 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/31(火) 20:26:25.50 ID:Ro7TKuT+o

 【要注意】


 いや、文化祭では定番だとは思うが美術部がやるか普通。

「ウチのクラスの冬木も美術部なんだぜ」

 トモカネは得意気に言った。

「そうなのか」

「あとさ、今回の美術部の展示にはウチの兄キも関わっているらしくてさ」

「兄キ? ああ、あいつか」

「そ。身体弱いけど、工作とかは好きだから、美術部の手伝いをしたんだと」

「なるほど」

 だからトモカネも行きたいと言い出したのか。

 播磨は少しだけ納得する。

 しばらく歩くと、美術部が活動しているという第二美術室へ到着した。

 確かにあの場所には古い備品などが積み上げられた部屋があって、
普段からお化け屋敷っぽいところはあるのだが。

「すげェなあ、コレ」

「本当だ。大盛況だ」

 入口の前には長い行列ができている。

 普通、お化け屋敷ごときに、それも高校の文化祭のお化け屋敷にこんな行列が
できるだろうか。

「いやあ、楽しみだぜ」
500 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/31(火) 20:27:02.16 ID:Ro7TKuT+o

 そわそらしながら身体を揺らすトモカネ。

 まるで小学生だ。

「うう……」

 そしてキサラギはそんなトモカネの後ろへしがみつくようにしていた。

「山口。怖いなら無理しなくてもいいんだぞ」

「ああいや、だだ大丈夫です。どうせつつつ作り物ですから」

(声震えてるじゃねェか)

 キサラギはお化けや幽霊などの類が苦手である。それはGA合宿の時によくわかっていた。

「大丈夫だぜキサラギ。何があっても守ってやるから」

 そう言って胸を張るトモカネ。

「播磨が」

「俺かよ!」

「うう……」

 しかしキサラギは顔を伏せていたので、聞いていたのかよくわからない。

「さあ、早く順番こないかなあ」

 と、トモカネが言っていると、播磨はある張り紙を見つける。

「おいトモカネ」
501 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/31(火) 20:27:54.01 ID:Ro7TKuT+o

「ああ? なんだよ播磨」 

「これ」

 播磨は紙を指さした。

 そこには、

〈以下の生徒は入場をご遠慮ください



     GA1年 友兼

                美術部一同〉

「どーゆーことだあ!?」

「そういえば以前トモカネさん、美術部の備品を破壊したことがありましたね」

 と、キサラギは言った。

「お前ェ、そんなことを」

「あれは事故だあ!」

 結局、トモカネはお化け屋敷への入場が許されず、播磨とキサラギの二人だけが
入ることとなった。



   *
502 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/31(火) 20:28:47.84 ID:Ro7TKuT+o

 【ダメージ】


 時間は少し進み、文化祭終了後の美術部である。

「いやー今日は大盛況やなあ!」

 ジュースの入った紙コップを持った美術部部長、芦原ちかこは上機嫌であった。

 彼女たちは歴代の美術部員たちが残していった膨大なガラクタ、もとい、特殊な
作品を利用したお化け屋敷を作ったのだ。

 お化け屋敷は好評で、多くの見学者が訪れた。

「くそ、模試の勉強で疲れてんのにコキ使いやがって」

 芦原と同じ三年の魚住はぶつくさ言いながらスポーツドリンクを持つ。

 彼もお化け役としてその日一日中働いていた。

「何言うてんの、最後のご奉公やないの。それに、勉強で鈍った身体を動かすには調度ええ」

「準備も手伝っただろうが」

「あかんよ、美術部員としては本番もちゃんと迎えんと。いい思い出になったやろ」

「色々言いつつ、ちゃんとあーさんを手伝ってくれる魚住くんはいい子よね」

 手伝いに来た芦原の親友、水渕(ぶちさん)はそう言って笑う。

「いやー、しかしこんだけ受ける理由ゆうたら、新入部員の友兼くんのおかげかな」

「いえ、僕はそこまでしていませんけど」

 芦原の視線の先には、いかにも生命力が弱そうな男子生徒がいた。
503 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/31(火) 20:29:20.09 ID:Ro7TKuT+o

 彼の名は友兼。GAの二年生で、一年には一つしたの妹もいるらしい。

 二年生だが今年入部してきた新入部員である。

「友兼くんは、GAだけあってなんや化け物とか作るの上手いよなあ」

「あーさん、あなたもGAでしょう、一応」と、水渕はツッコミを入れる。

「いやしかし、こんだけ人が多いってことは、やっぱり宣伝の力は偉大や」

「そうですね。確か、水渕先輩が宣伝をしてくださったのでしょう?」

 と、友兼は聞く。

「ええ、まあ」

「どんな風に宣伝したんですか?」

「ああ、それウチも気になるわ」

 芦原はそう言って身を乗り出す。

「いえ、ちょっとした噂を流したのよ」

「噂?」

「そ、美術部のお化け屋敷に男女で行くと、その仲が良くなるという」

「は?」
504 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/31(火) 20:29:51.11 ID:Ro7TKuT+o

「あくまで噂としてね。本当に仲が良くなるかは、本人次第だけど」

「ぶちさん何言うとんの。おぬしもワルよのおー」

 芦原はノリノリだ。 

「ま、恐怖状態ってのは心拍数が上がるから、まんざら嘘でもないかもな」

 そう言ったのは魚住であった。

「確かジェットコースターなどの絶叫マシンでも同じことが言えますね。つり橋効果とかいう」

 友兼も続ける。

「訪問者にカップルが多いと思うたら、そんな裏事情があったんかあ」

 芦原は関心したように歩き回る。

 すると、一年生三人の姿が目に入った。

「ああー、カップルばっか」

「幸せそうだったなあ」

 恋人のいない冬木と奈良は明らかに落ち込んでいるようだ。

「お前たち、修行が足らんダス」

 そんな彼らを、西本は窘めるのであった。




   *
505 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/31(火) 20:30:43.35 ID:Ro7TKuT+o


 【クラスメイト】


 時間を戻そう。

 トモカネが入場禁止にされていたため、お化け屋敷は播磨とキサラギの二人で
入ることになった。

「……」

 もうすぐ順番が回ってくるのだが、明らかにキサラギの元気がない。

「なあ山口。嫌だったら別に入んなくてもいいんだぞ」

 播磨は気をつかって言ってみた。

「い、いえ。大丈夫です」

 明らかに無理をしているのがわかるのだが、キサラギは背筋を伸ばす。

「折角美術部の人が頑張って作ったお化け屋敷ですので、しっかり見て回ろうと思います。
何か参考になるものがあるかもしれませんし」

「そうか」

 播磨は其れ以上は何も言うまいと思った。

 自分たちの順番が来ると、受付に見知った顔が座っていた。

「お前ェは確か」

「やあ、播磨くん。お元気ですか」

「兄貴か」

「え? 播磨さんのお兄さんですか?」

 キサラギはそう言って驚く。
506 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/31(火) 20:32:14.17 ID:Ro7TKuT+o

「俺のじゃねェよ」

「はは。僕は友兼です。妹が君たちと同じクラスだと思うけど」

「トモカネさんのお兄さんだったんですか? 初めまして、トモカネさんのクラスメイトの
山口如月です」

「どうも」

「トモカネさんのお兄さんですか。ははーん」

 キサラギは関心したように、彼の顔をまじまじと観察していた。

「お前ェ、美術部に入ったんだな」

 と、播磨は友兼(兄)に言う。

「うん。色々とやってみようと思ってね。でも運動はキツイから、文化系で」

「なるほどな、そりゃいいかもしれねェ」

「ところで播磨くん」

「あン?」

「そちらのお嬢さんは、キミのカノジョかい?」

「ええ!!?」

 播磨よりも先に驚くキサラギ。

「いや、違う違う。ただのクラスメイトだから。ただのクラスメイト」

 播磨は念を押すように否定した。

「ああ、そうなんだ。仲が良さそうだったから」

「ただのクラスメイト。そうですよね、ハハ……」

 キサラギは遠い目をしてブツブツつぶやいていた。

「それより、もう入っていいんじゃねェの?」

「あー、そうだね。じゃ、お二人様ご案内ということで」

 そう言って暗幕の張られた第二美術室へと案内した。




   *
507 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/31(火) 20:33:00.25 ID:Ro7TKuT+o


 【荒ぶるキサラギ】

 お化け屋敷、ということもあって中は暗い。

 どうやら雰囲気を出すために入場を制限しているらしく、中に人は見えなかった。

「山口、大丈夫か」

「平気です」

「何怒ってんだよ」

「怒ってません」

 そう言ってキサラギはずんずんと前に進むが、

「ふぎゃあっ!」

 何かに引っかかって転んでしまったらしい。

「おい、大丈夫か山口」

「イテテテ、すみません」

 謝りながら起き上がるキサラギの目の前に、ヌーッと巨大な怪物の顔が現れた。

「ひゃああああああああ!!!」

 大きい顔の周りには木の車輪と炎を模した絵が描かれている。おそらくこれは火車だ。

 またマニアックな妖怪を作ったな、と播磨は関心する。

「立てるか山口」

「は、はい」

 先ほどまでの強気な態度は一瞬で消え失せ、キサラギは播磨にしがみついていた。
508 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/31(火) 20:33:45.85 ID:Ro7TKuT+o

「落ち着け山口、作り物だ。おっ」

「な、何ですか。ひゃあっ!」

 一瞬理科室の人体模型かと思ったが、よく見ると表面が“ただれて”いる。

 いわゆるゾンビであった。

 しかも動いている。

 中に人が入っている、というわけでもなさそうだ。

 そういう仕掛けのようである。

 別に怖くはないが、夜中に自分の部屋にこれがあると眠れそうにない。

「あひゃああああ!!」

「落ち着け山口! 作り物なんだからよ」

「気持ち悪いです!」

「ほら、こっちは普通の絵だぞ」

「目があ! 目が光ったああ!」

「ん? なんだ豆電球じゃねェか。もう少し努力しろよ」

「ひゃわわわ……」

 生まれたての仔馬のようにぶるぶると震えるキサラギ。

 ここまで驚いてくれたら作ったやつも嬉しいだろうなと播磨は思う。

「血をよこせえええ!」
509 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/31(火) 20:34:11.95 ID:Ro7TKuT+o

 今度は黒いマントをまとったドラキュラが現れた。

「きゃあああ!!」

 叫び声をあげたキサラギを強く目をつぶって播磨にしがみつく。

「おい、目を開けてねェとまた転ぶぞ」

「そ、そんなこと言ったってえええ」

 頑なに目を閉じるキサラギの首筋に、糸に吊るされた物体が。

「ひゃああ!」

 こんにゃくだ。

 こんな古典的な仕掛けもあるのか。

(にしても、ドラキュラにゾンビに火車に、あれはキョンシーか。和洋中の妖怪や怪物が
入り乱れてまとまりがねェな)

 播磨がそんなことを思っていると、彼にしがみついていたキサラギは、

「もう帰ります」

 と、涙目で言った。

「おいバカ。今戻ったら」

「もう進めません。帰ります!!」

 キサラギはそう言って、見学コースを逆走し始めた。

 そして、

「ふにゃ!」
510 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/31(火) 20:34:43.70 ID:Ro7TKuT+o

「おっと」

 どうやら、後から来た見学者とぶつかったようだ。

「す、すいませ――」

 しかし、ぶつかった相手の顔を見たキサラギは、

「きゃああああああああああああ!!!」

「お、おお……。山口さん?」

 大声で叫ぶキサラギ。

 彼女がぶつかった相手は、

「おお、大鉄」

「播磨か?」

 お化けではなくクラスメイトの響大鉄だ。

 暗がりで見た巨体の大鉄は、確かに不気味だと思う播磨であった。



   * 
511 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/31(火) 20:35:26.51 ID:Ro7TKuT+o


 【臨 時】


 何とかお化け屋敷を“脱出”したキサラギだが、叫び過ぎたためか
憔悴しきっていたので、保健室で休ませることにした。

「大丈夫か、山口さんは」

 大鉄が心配そうに聞いてくる。

「ああ、しばらく寝てれば問題ねェ」

 そう言って播磨は保健室を離れるのだが、

「お、ここにいたかハリケン」

 先ほどお化け屋敷の入場を拒否されたトモカネが声をかけてきた。

「トモカネか、どこ行ってたんだ」

「ちょっとな。キサラギはどうした?」

「保健室で休んでる」

「んあ? 何かあったのか」

「ちょっとお化け屋敷でハッスルし過ぎただけだ。問題ねェ」

「そうか。後で様子を見に行くか」

「今行けよ」

「それより、ちょっと来てくれよ。面白いもの見れるぜ」

「あン?」

 トモカネはそう言うと播磨の手をグイグイと引っ張った。
512 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/31(火) 20:36:53.46 ID:Ro7TKuT+o

「どうしたんだよ」

「こっちこっち」

 トモカネに案内されたその場所は、賑やかな教室の一つ。

 色々と装飾されていた。

「喫茶店?」

「ほら、一名様ごあんなーい」

「!」

「おかえりなさいませご主人さま」

 フリルの付いたエプロン(エプロンドレスのこと)を着た女子生徒たちが並んで挨拶をする。

 そこは、メイド喫茶であった。

 近年文化祭でも定番になりつつあるメイド喫茶。

 店のメニューよりも店員の服装が注目されるメイド喫茶。

「なンでこんな場所に連れてくるんだよ」

「いいから。お、こっちに来た」

「何が」

 播磨が振り返ると、

「おかえりなさいませ〜☆」

「な!!」
513 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/31(火) 20:37:42.99 ID:Ro7TKuT+o

 メイド、それもちょっと変わった色合いのメイド服を着た、

「ノダ……」

「どうかな? はりまっち」

 ノダミキであった。

「くっ……」

 播磨は口元を抑える。

(これは凄い戦闘力だ。ポテンシャルが計り知れねえ)

 播磨は心の中で欲望が暴れ回るのを感じた。

 別に彼はメイドなどには興味はない。

 しかしそれがノダミキとなれば話は別だ。

「ノダ、その格好は」

「うふふ。いいでしょう。実は私がデザインしたんだよ、この衣装」

 そう言うとノダミキはクルリと回る。

「なに? お前ェそんなことまで」

 彼女は演劇で使う衣装もデザインしていた。

 本気を出すと、雅(キョージュ)以上の才能を発揮する、という噂はまんざら嘘でもなさそうだ。

 しかし気分屋なので、なかなかその才能が学校の成績やコンクールの入賞に繋がらない。

「ささ、座って座って」
514 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/31(火) 20:38:48.93 ID:Ro7TKuT+o

「ああそうだ。俺、大鉄くんも呼んでくるから」

「おい、トモカネ」

「じゃあ、楽しんどけよ」

 そう言うとトモカネはどこかへ行ってしまった。

「ほら、こちらこちら」

「……」

 播磨は一つの席に座らされた。テーブルは授業用の机を組み合わせ、
その上にテーブルクロスをかけたものだ。

 実に文化祭らしい。

「しかし大盛況じゃねェか」

 よく見ると店の人は多い。

 廊下にも並んでいる生徒がいるようだった。
  
「演劇で頑張ったはりまっちに、プレゼントだよ」

(ああ、ノダちゃん可愛いなあ)

 播磨はそう思ったが、これを言葉にして伝える必要があると感じた。

「の、ノダ。その衣装……」

 しかし播磨が言葉を発しようとしたその時、

「ん? あ、もう準備できたみたいだね」

「は?」

「じゃあね、はりまっち」
515 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/31(火) 20:39:39.31 ID:Ro7TKuT+o

「お、おい」

 裏に引っ込むノダミキ。

(こんなところに一人取り残されて、俺がバカみたいじゃねェかよ)

 周囲を見ると、他校からの生徒や一般の人も多いようだ。

 確かにこの店の制服の可愛らしさは筆舌に尽くしがたい。

 ただ、播磨にはノダミキの可愛さしか頭になかった。

(くそ、早くノダちゃん来てくれねェかな)

 そんなことを思い、少しイライラしてくると、

「お、お待たせしました」

 声が若干震えている女子生徒が紙コップに入った水を差し出す。

(誰だ?)

 そう思い顔を上げると。

「野崎……」

「う、うるさい。あんまり見るな!」

 野崎奈美子であった。

「お前ェ、何やってんだ」

「手伝いだよ手伝い。演劇の時に衣装で協力してもらったからな」

「ほう」

「だからあんま見るなって!」
516 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/31(火) 20:40:21.88 ID:Ro7TKuT+o

「お前ェの服、ちょっとデザインが違うくないか」

「ノダのやつが細工しやがったんだよ」

「なるほど」

 ナミコの服は、胸の辺りがかなり強調されているデザインになっていた。

「しかもスカート短いし」

 恥ずかしがるナミコ。

 しかし客(男子生徒)には好評のようだ。

「うおおおお!! 野崎さんスゲー!」

「最高! 胸もいいけど足も(・∀・)イイ!」

「ヤバいよヤバいよ。これはヤバい」

「ぐっ、男子高校生には刺激が強すぎる……」

「タダクニ! しっかりしろタダクニ!」

 ナミコの登場で店内のボルテージは一気に上がったようだ。

「きゃあ、ナミコさん素敵」

「ノザキナミコ、やるわね」

「お姉さま?」

 女子生徒にも人気のようだ。

「お前ェすげえな」

「好きでこんな格好してるわけじゃないからな! そんなことよりもさっさと注文」
517 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/31(火) 20:41:05.71 ID:Ro7TKuT+o

「ん? ああ」

 播磨は机の上に置いてあるメニューに手を取る。

 しかし、

「お待たせしましたー!」

 注文を言う前にノダミキが何かを運んでくる。

「おい野田。俺はまだ何も頼んでねェぞ」

「サービスだよはりまっち」

「あン?」

 ノダが持ってきたそれは、他のメニューとは明らかに違うものだ。

 丸っこいガラスのコップで、縁にフルーツが添えられており、何よりストローが二本。

「なんで二本?」

「お箸の国ですから」

「いやいやいや」

「ほら、ナミコさんも座って」

「え? なんであたしが」

 播磨とナミコは向い合せに座ることになる。

「何がどうなってるんだよ」

「こいつはこの店のスペシャルジュース、これを飲んだら二人の仲も最高潮」

 ノダミキは親指を立てた。

「おい、ちょっとまてノダ」
518 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/31(火) 20:42:26.46 ID:Ro7TKuT+o

 この様子を見ていた外野が騒ぎはじめた。

「うおおお!!」

「何だあいつは」

「播磨が野崎さんの付き合っている相手なのか」

「勝手なことをするな」

「またまたナミコさんったら。これくらいしないと何もしないんだから〜」

「何もしないって、どういうことだよ」

「本当にもう」

 ノダミキが戸惑うナミコを見ながらニヤニヤしていると、外野から一人の生徒が飛び込んできた。

「ナミちーん! 俺と一緒に飲もうよ!」

「うわ、今鳥?」

 今鳥恭介(Dハンター)だ。

「ああー、いいところで邪魔しないでよ今鳥くん」迷惑そうにノダミキが言う。

「酷いよナミちん、俺という者がありながら播磨なんかと」

「うるせえ! あっち行け」

「あーあ」

 播磨はナミコと今鳥がドタバタやっているスキに、喫茶店から逃亡することにした。

 本当はノダミキをもっと見ていたかったのだが、これ以上騒ぎに巻き込まれるのは、
疲れた播磨にとっては本意ではなかった。




   *
519 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/31(火) 20:43:05.22 ID:Ro7TKuT+o


 
 【ベンチ】


 喫茶店のドタバタから逃げ出した播磨は、校内のベンチに座り込む。

 目の前には着ぐるみを着た生徒がヘリウムガスの入った風船を子供たちに渡している。

「しかし疲れた」

 落ち着いたところで、どっと疲れが出てしまったようだ。

 そんな彼に人影が近づく。

「誰だ?」

「播磨殿」

 顔を上げると、長い黒髪の女子生徒、大道雅が立っていた。

「おお、大道か。どうした」

「展示品のことで少し」

「ああ、お前ェはここいらじゃ一番の注目株だからな」

 彼女は県内外の教育関係者だけでなく、プロの画家からも注目されている、
という噂すらあるのだ。それほど彼女の実力は突出しているものがある。

「別にそれほどのことではない」

 しかし、雅自身はとりわけそれを意識しているようにも見えない。

「隣、座っていいだろうか」

「ん? ああ」

 播磨はそう言うと、ベンチの真ん中から少し左に寄った。
520 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/31(火) 20:43:34.49 ID:Ro7TKuT+o

「疲れているように見えるが」

「ん? まあ少し」

「無理もない。播磨殿はよく頑張った」

「あんま柄じゃねェけどな」

「そうか」

「……」

「……」

 静かだった。

 いや、違う。

 周りはお祭り騒ぎでやかましいはずなのだが、なぜか播磨と雅のいる空間は、
とても静かに感じた。

 そしていつの間にか、本当に音が聞こえなくなっていた。



   *
521 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/31(火) 20:44:04.10 ID:Ro7TKuT+o


「あ!」

「気が付かれたか」

「ん?」

 周りを見ると日が傾き、片づけをはじめている生徒たちもいる。

 そして隣には、相変わらず雅がいた。 

「大道」

「何か」

「俺、寝てたか」

「うむ」

「どのくらい?」

「二時間ほど」

「しまったあー! せっかくの文化祭が……!」

「……」

「いや待てよ」

「何か?」

「お前ェ、もしかしてずっとここにいたのか」

「……」

 雅は黙ってうなずいた。

「ウソだろ?」

「圧倒的事実」
522 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/31(火) 20:44:49.37 ID:Ro7TKuT+o

「いや、別に俺のことなんて気にしなくていいからよ、どっか別の場所に行けば
よかったじゃねェか」

「行きたかったのだが、播磨殿がもたれかかっていたので、動くに動けなかった」

「は?」

「起こすのも悪いと思ったから」

「いやいやいや、そこは起こせよ。迷惑だろうが」

「……別に」

「ん?」

「別に迷惑ではない。播磨殿と一緒にいられたから」

「おい大道。お前ェ――」

「ハリケーン!!!」

 播磨の言葉を遮るように、トモカネの声が響いた。

「あ! キョージュもここにいたのか」

「トモカネ」

「探しましたよ播磨さん」

「山口も一緒か」

 トモカネとキサラギであった。

「クラスの片付けとかあるから、早く来いよ」

「もうそんな時間か。まったく」
523 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/31(火) 20:45:32.59 ID:Ro7TKuT+o

 そう言って立ち上がる播磨。

「あの、播磨さん?」

 キサラギが一歩前に出た。

「どうした山口」

「ここで、何をしてらしたんですか?」

「いや、別に何もしてねェ」

「何もしてない?」

 そう言うと、キサラギは雅のほうを見た。

「確かに、私と播磨殿の間には何もなかった」

「おい大道。妙な言い方すんじゃねェ」

「播磨さん?」

「ここで休んでただけだっつうの」

「おいおい、早くしろよお前ら」

 トモカネが駆け足の動作をしながら急かす。

「わーったよ。行こうぜ大道」

「心得た」

 四人は、少し早足で自分たちのクラスへと向かう。

 高校生活最初の文化祭にしては、実にあっけない幕切れだと思った播磨だが、
決して悪い気分ではなかった。



   つづく
524 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/07/31(火) 20:48:41.79 ID:Ro7TKuT+o



 次回、ついに播磨がノダミキに告白!?





 ここまで読んでくださいましてどうもありがとうございます。

 突然ですが、GAランブルは全24話の構成をお送りしております。

 つまり、次々回が最終回ということですね。

 実質、次回が最終回のようなものですが。

 約一か月もの間、お付き合いいただきありがとうございます。

 あと少しばかり読んでいただければ嬉しいです。


   作者
525 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/31(火) 20:52:43.03 ID:jHmqdGdDO
な、なんだってー 乙。
526 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2012/07/31(火) 21:15:25.71 ID:GL2ie1ZAO
乙ゥ
なんだかあっという間だったな
527 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/08/01(水) 21:20:07.10 ID:7MRZSwDxo





   第二十三話 告 白
528 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/08/01(水) 21:20:52.66 ID:7MRZSwDxo
 

 【太平の眠りを覚ます】

 文化祭の興奮が冷めやらぬ中、秋の訪れとともにGAの学校生活も、日常に戻りつつあった。

 そんな中、一つの事件が起こる。

 ペリーの黒船が浦賀に来航した時、幕府要人はどんなことを考えたのか。

 播磨は一瞬だけそう思った。

「ノダミキが告白される?」

 突然の話に混乱する播磨。

「あ、相手は誰だ」

 なぜかこういう話題に一番疎そうなトモカネが食いついていた。

「いやあ、なんでも二年生の人らしいんだけどね。別にまだ告白と決まったわけじゃあ」

「だって、放課後に二人きりで話って、それ以外ありえないだろう」

「大丈夫なんですか、ノタちゃん」

 本人よりもキサラギが焦っている。

「フフフ、とうとう来ちゃったかな、私の時代」

「バカなこと言ってんじゃねえぞ、ノダ」

 そう言ってナミコがノダミキを窘める。

「いやだなあもう、嫉妬はよくないぞナミコさん」

「嫉妬なんてしてねないし」
529 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/08/01(水) 21:21:21.36 ID:7MRZSwDxo

「ああ、ノダが一番のりかー」

「トモカネさん、仮に告白だとしても、付き合うと決まったわけでもありませんし」

「……」

「あれ? どうしたのはりまっち」

 様子のおかしい播磨に声をかけるノダミキ。

「いや、別に何でもねェぞ」

 播磨は努めて冷静に返事をする。

「体調悪いの? 保健室行く? 連れて行ってあげようか? ナミコさんが」

「何であたしがハリマを保健室に連れて行かなきゃならんのだ」

「……」

「それにハリマだったら大丈夫だよ。殺しても死なない男だから」

「うるせェな」

 そう言うと播磨は立ち上がる。

「あれ? どうしたのはりまっち。もうすぐホームルームはじまるよ」

「ちょっと顔洗ってくる。すぐ戻る」

「そうなんだ」

「……」

 播磨はその後、無言で廊下に出ると顔を洗うのだった。




   *
530 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/08/01(水) 21:22:00.25 ID:7MRZSwDxo


 【悩み事】

 言うまでもなく播磨は焦っていた。

 本当ならもっと時間をかけて好感度を上げて行き、告白まで持っていく算段であったはずだ。

 しかし、もしここでどこの馬の骨とも知れない男に告白されて、あまつさえ付き合ってしまったならば、
彼の計画は破綻してしまう。

 好きな女の子を他の男にとられることを喜ぶ、そういう性癖の持ち主もこの世にはいるらしいけれど、
播磨はそうではない。

(汚らしい男にノダちゃんが汚されてしまう。そんなことが許されるだろうか、いいや許されない)

 一人で反語を繰り返しながら彼は考えていた。

 ない頭を必死に絞り出して考える。

 そこで彼は、以前ピザ屋でバイトした時にそこで先輩の女子が言ったことを思い出した。


『そうね、友達の娘が言ってた事なんだけど、好きって言われると好きになっちゃうらしいよ』


(くそ、女ってそんなもんなのか)

 言うまでもなく、彼は朝からそんなことばかりずっと考えていたので、授業に身が入らなかった。




   *
531 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/08/01(水) 21:22:44.26 ID:7MRZSwDxo
 

 【教師として】

 朝から様子のおかしい播磨。

 元々あまり授業に熱心なほうではないのだが、今日は其れ以上におかしい。

 何と言うか、心ここに非ずという感じだ。

 播磨の異常に気付いたのは、クラスメイトばかりではなかった。

 GA一年の副担任で絵画担当教員でもある宇佐美真由美は、彼の異常を素早く感じ取っていた。

「ね、ねえ播磨くん」

 授業終了後、宇佐美は恐る恐る播磨に話しかける。

 苦手は克服したとはいえ、いつになく厳しい表情を崩さない播磨に話しかけることは、
彼女でなくても勇気のいることであった。

「なんッスか」

 一応、返事はする播磨。

 だがやはり、授業中と同じく注意がこちらに向かない。

「何か心配ごとでもあるの? 先生で良かったら聞くわ」

 こんな白々しい科白を吐いたところで、拒絶されるのが関の山だ。

 それでも元来お人好しの彼女は聞かずにはいられなかった。

「宇佐美サンはその」

「なに?」

「意識してない相手に好きって言われたら好きになっちまうもんッスかね」
532 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/08/01(水) 21:23:23.66 ID:7MRZSwDxo

「ふえ!?」

 予想外の質問に宇佐美は動揺する。

 動揺せざるを得ない。

(そそそそそ、そんなこと聞かれても)

 自慢ではないが、彼女は今まで男と縁のない生活をしていた。

 そして、

(はっ、こんなことを私に聞くってことは)




『宇佐美センセイ。いや、真由美。俺はお前ェのことが』

『ダメよ播磨くん。私たちは生徒と教師』

『だけど俺、我慢できねェ』

『やめて、先生初めてなの』

『そんな、その年で……』

 突然開くドア。

『宇佐美先生!』

『そ、外間先生!?』

 デザイン担当教師にしてGA担任の外間拓真だ。

『僕というものがありながら、あなたは生徒と』

『ち、違うんです外間先生。これは』
533 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/08/01(水) 21:24:35.26 ID:7MRZSwDxo


「何が違うんッスか」

「ひゃあ!」

 脳内修羅場から一気に現実に引き戻される宇佐美。

「顔、赤いっすけど何か」

「何でもありません。あ……、あと質問の答えですけど」

「はあ」

「相手にもよるんじゃないですかね」

「ほう」

「あまり『いいな』って思わない人に好きと言われてもその」

「やはり顔っすか」

「べ、別にそんな。たしかに外間先生はカッコイイとは思いますけど、それとこれとは」

「ソトマさんがなんッスか?」

「しまった、心の声が」

「……」

「でもまあ、意識する、ということはあるでしょう」

「そうッスね」

「播磨くん」

「失礼します」

 そう言うと、播磨は荷物をまとめて教室へと戻って行った。

(頑張りなさい、青少年)

 そして、何かわからないけれど応援する宇佐美教諭なのであった。


   

   *
534 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/08/01(水) 21:25:43.45 ID:7MRZSwDxo

 【心 配】

 
 言うまでもないけれど、播磨の異変に最初に気づいたのは、宇佐美ではない。

(播磨さんどうしたのでしょう、朝から何だか様子がおかしい)

 同じクラスのキサラギである。

 ずっと考え込んでいるようで、かと思えばイライラしているように思えた。

 授業後に、先生と何か話しこんでいる様子もあったけれど、何を話していたのかは聞いていない。

(ここはやはり聞くべきでしょうか。でも迷惑じゃないかな)

 昼休み、早々に昼食を終えたキサラギは一人で悩んでいた。

 その時である。

「あら、キサちゃん」

「あ、どうも」

 GA三年の水渕(愛称ぶちさん)であった。

「こんなところで会うなんて珍しいわね」

「そうですね」

 場所は学園の中庭である。

「今日は友達と一緒じゃないの?」

「ああいえ、今日は」

「また、悩みごと?」

「え? わかりますか」
535 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/08/01(水) 21:26:17.63 ID:7MRZSwDxo

「そりゃ、長い付き合いだもんね。キサちゃんの考えることくらいわかるわよ」

「……」

「立ち話もなんだし、向こうで座って話そうか」

「はい」

 水渕とキサラギは、中庭のベンチに座って話をする。

 そういえば、こうやって学校で話をするのはキサラギが入学して以来初めてかもしれない。

 学年が違うので、こうして校内で会う機会も少ないのだ。

「あの、少し聞きたいんですけど」

「なに? 答えられる範囲で答えるわよ」

「友達が悩んでいる時に、それを心配するのは普通のことでしょうか」

「そりゃ当たり前じゃない。現に私はあなたのことを心配して、こうやって話をしているんだから」

「そうですよね。でも時々、迷惑じゃないかなって思うことがあるんです」

「……」

「その人にとって、もしそれが余計なお世話だったらって思うと、私」

「キサちゃん」

「はい」

「情けは人のためならず、って言葉は知ってるわよね」

「あの、他人を助けたら回り回って自分が助かるっていう、そういう意味ですよね」
536 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/08/01(水) 21:26:57.51 ID:7MRZSwDxo

「うん、その通り。でもね、そんな回りくどいことでもないと思うの」

「回りくどい、ですか?」

「ええ。自分の仲良しの友達が辛そうにしている、それを見てあなたはどう思う?」

「それは、嫌です」

「その通りね」

「つまりどういうことですか」

「だから、“あなたの辛そうな顔を見るのは嫌”それでもいいと思うの。相手のことを考えたって、
上手くいかないこともあるの。だったら、自分の思う通りにやってみたらどうかなって」

「自分の思うとおり」

「そうよキサちゃん。あなたは人に気を使い過ぎなの。もっと自分を全面に出してごらん」

「でも、私なんかじゃ」

「ほら、そういうところ」

「人は人と関わらずには生きていけない者なんだから、なるべくストレスはためないほうがいいでしょう?」

「はい」

「ぶちさーん、大変やあー」

 遠くから声が聞こえてきた。

「あら、呼び出しみたいね」

「そうなんですか?」

「ええ、友達がまた問題起こしたみたいねえ」
537 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/08/01(水) 21:27:23.31 ID:7MRZSwDxo

「……」

「ま、頑張ってキサちゃん。不安はあるかもしれないけど」

「はい」

「“彼”と上手く行くといいわね」

「え? べ、別に。その、ただのクラスメイトですよ」

 キサラギは友達が男とは一言も言っていない。

「そうだったかしら? じゃあね」

 にもかかわらず、水渕はそう言ってその場を後にした。

 一体彼女はどこまで知っているのだろう。

 よくわからないまま、キサラギは自分の教室へと戻るのだった。



   *
538 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/08/01(水) 21:27:59.09 ID:7MRZSwDxo


 【勇 気】

 キサラギは大きく息を吸い込んでから教室に入る。

 別に教室内が臭いというわけではない。

 そうでもしないと、中に入れそうになかったのだ。

(こんなことをするのは迷惑かもしれない。でも、あなたのそんな顔を見るのは嫌なの)

 キサラギは心の中でそうつぶやく。

 そして、一人の生徒の前に立った。

「あ、あの。播磨さん」

「あン? どうした山口」

 播磨は昼休みにもかかわらず英語の課題をやっていた。

「その……、いい天気、ですね」

「今日曇ってるぞ」

「アハハ」

「なんか様子おかしいぞ、お前ェ」

(様子おかしいのはあなたのほうですよ播磨さん!)

 心の中でムキーッと怒ってみたが、それでは話が進まない。

「播磨さん?」

「なんだよ」

「今日はちょっと、いつもと違う感じがします」
539 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/08/01(水) 21:28:25.81 ID:7MRZSwDxo

「んっ」

 播磨の眉がピクリと動く。

 疑問が確信に変わる瞬間だった。

「別に、何でもねェよ」

「ウソです。なんていうか、落ち着きがないっていうか、その」

「別に何でもねェよ」

 ここでキサラギは考える。

 今日はいつもと違う。

 では何が違うのか。

 今朝起こったことを、頭の中で遡った結果、

「ノダちゃんのことですか?」

「……あン?」

 播磨の動きが止まる。

「そういえば今日、ノダちゃんが二年生の人と会うとか」

「何でもねェよ」

「確か播磨さんもその話を聞いてましたよね」

「何でもねェっつってんだろ!!」

「……!」

 一瞬言葉を荒げる播磨。
540 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/08/01(水) 21:29:07.00 ID:7MRZSwDxo

 怖そうな外見をしている播磨だが、教室内で大声を出したのはこれが初めてのことだった。

 一瞬で静まり返る教室。

 全員がこちらを見ていた。

 そして、播磨のあまりの迫力に、思わず目に涙がたまってしまうキサラギ。

「……悪ィ山口。課題あるから」

 播磨はばつが悪そうに、椅子に座りなおした。

「……ごめんなさい」

 キサラギは一言そう言うと、播磨の席を離れる。

(ノダちゃんの話をした瞬間、スイッチが切り替わったような感じ。もしかして、
播磨さんってノダちゃんのことを……)

  


   * 
541 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/08/01(水) 21:29:53.32 ID:7MRZSwDxo

 【胸騒ぎの放課後(アフタースクール)】


 放課後――

 ついにノダミキが例の二年生と会う。

 今日一日ずっと落ち着かなかった播磨は、どうするか考えた結果、

(決めた! 俺も今日告白する)

 そう決意したのだった。

 確かにまだ心の準備はできていないかもしれない。

 だが、準備をしていたら、そのまま準備だけで終ってしまう可能性だってある。

 だったら玉砕覚悟で、いや、玉砕は嫌だが、それくらいのキモチで前に突き進む
必要性があるだろう。

 そう思った彼の行動は素早かった。

 放課後になったらさっさと身を隠してノダミキの姿を探す。

 これではまるでストーカーだが、今の彼にはそんな意識は微塵もないのである。

 待ち合わせの場所は、学園内でも人気の少ない場所。

 大学の敷地内にあるこの彩井学園は敷地も広く、人目の付かない場所は多くある。

 そのためか、そこで逢引き(デート)をするカップルも少なくない。

 いや、それはともかく事前に待ち合わせ場所の広場の位置を察知した播磨は、
待ち伏せしようと動く。

 しかし、ことはそう上手くは進まなかった。

「あ、ハリマ」
542 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/08/01(水) 21:30:34.70 ID:7MRZSwDxo

「野崎か」

「ちょっと頼みがあるんだけど」

「今忙しい」

「何言ってんだ。暇そうじゃんか」

「あンだよ」

「宇佐美先生から荷物運ぶの手伝ってって言われたんだ。ちょっとあたし一人だと
キツイから、手伝ってくれよ」

「悪いが他をあたってくれ」

 そう言って通り過ぎようとしたが、奥襟を掴まれる。

「すぐ終わるからさ、頼むよ」

「だから今忙しいっつってんでだろ」

「二人でやればすぐ終わるって。頼むよ。ってか何急いでるんだ? 
これから帰るってわけでもなさそうだし」

 播磨は思った。

(まずいな。確かコイツはノダちゃんが今日、告白されることを知っている。ここで俺が
怪しい行動をとれば、俺の告白ぶち壊し作戦がぶち壊されてしまうかもしれねェ)

「わかったよ、手伝ってやる」

「うは。頼もしいねえ。じゃあ、こっちの教室なんだけど」

「早くしろよ」

「わかったわかった」




   *
543 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/08/01(水) 21:32:36.07 ID:7MRZSwDxo

 【ちょっと待った】


 思わぬところで足止めを食らった播磨は、急いで約束の場所へと向かう。

(くそ、野崎のヤツ。すぐ終わるとか言いながら多すぎだろう。なんでキャンバスを
あんだけ持って行かなきゃならんのだ)

 近くに行くと、彼はバレないようにその場に隠れて現場の様子を伺う。

 そこには、見たこともない男子生徒が立っていた。

 恐らく、あれが告白しようとしている生徒だろう。

(あれ? まだノダちゃんは来ていない。もうこんな時間なのに。いや、むしろ好都合か)

 ここであの男をボコボコにしてしまうのも一つの手だ。

 そして気絶させた後に茂みに隠して、そいつの代わりに自分が待っている。


『あれ? はりまっち、なんでここにいるの?』

『野田、いや。ミキ。俺はお前ェのことが』

『拳児くん。実は私もあなたのことが――』


(そンな風に上手く行くはずがねェだろう)

 漫画じゃないんだから、短時間で人を気絶させてそれを草の中に隠すなんてことはできそうにない。

 割と現実的な考えの播磨。

 しかしその一方で彼は、自分の告白が上手く行かないとは微塵も考えてはいなかった。

(ここはヤナギサワ・シンゴじゃねェが、告白途中に割り込むしかねェ。あのチャラい二年生には悪いが、
俺の告白のための当て馬になってもらう)

 そんな黒いことを考えながら播磨は待つ。

 しばらくすると、人の気配を感じた。
544 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/08/01(水) 21:33:03.46 ID:7MRZSwDxo

(ついに来たか!)

 播磨は思った。

 胸がドキドキする。

 こんなに緊張したのはいつ以来だろうか。

 文化祭の演劇ですら、そんなに緊張しなかったというのに。

「お待たせしてしまってごめんなさい」

「いや、いいんですよ。こっちが勝手に呼び出したんだから」

 と、男子生徒の声が聞こえた。

 播磨はタイミングを見計らう。

「その、話っていうのは」

「ええ、実は――」

(ここだ!)

 そう思った播磨は一気に飛び出した。

「ちょっと待ったあ!」

「うえ!?」

 男子生徒は驚く。

 しかし播磨はそんなことを気にしている暇はなかった。

「ノダア!! 俺はお前ェのことが好きなんだ!!」

 播磨拳児、一世一代の大告白の瞬間である。




   *
545 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/08/01(水) 21:33:42.49 ID:7MRZSwDxo


   【心 配】


 放課後、ノダミキが例の二年生と会っている間、キサラギたちは教室で待っていた。

「大丈夫でしょうか」

 不安そうにつぶやくキサラギ。

「大丈夫だよ、ノダの奴はああ見えてしっかりしてるから」

 と、雅(キョージュ)と花札をやりながらトモカネは言った。

「うげ、また負けた。キョージュ、花札強すぎだぜ」

「いえ、そのこともあるんですけど……」

 キサラギにはもう一つ心配事があったのだ。

「あれ? まだ皆帰ってなかったの?」

 と、日直だったナミコが教室にもどってくる。

「ノダミキの告白の結果を聞くために残ってたんだよ」

 と、トモカネは言った。

「まったく、皆物好きだねえアンタら」

 ナミコはそう言いながら荷物をまとめていた。

「そう言うナミコさんだって気になるだろう?」 

 と、トモカネ。

「そりゃ、確かに気になるけど。あれ?」

 ふと、ナミコが何かに気が付いた。

「どうした」

「ああいや、まだハリマのやつ帰ってなかったんだと思って」
546 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/08/01(水) 21:34:08.71 ID:7MRZSwDxo

「ハリケン?」

「は、播磨さんのこと見たんですか?」

 キサラギが身を乗り出して聞いた。

「どうしたんだよキサラギ」

「あ、いや。ちょっと」

「先生に頼まれごとをされたんだけど、それを手伝ってもらったんだよ。
なんか急いでいるようだったから、もう帰ったかと思ったけど。まだ学校内にいるんだな」

(播磨さん)

 キサラギの不安が高まる。

(もしかして、ノダちゃんの告白を邪魔するとか)

 ふと、そんな予感が頭をよぎる。

「おいキサラギ。どこ行くんだ?」

「ちょっと気になることがあるんで」

 そう言ってキサラギは教室を出ようとすると、

「やっほー皆。まだ帰ってなかったの?」

「え?」

 ノダミキが戻ってきた。
547 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/08/01(水) 21:35:22.47 ID:7MRZSwDxo

「ノダちゃん、大丈夫ですか?」

 思わずノダミキの肩を抱いて問いかけるキサラギ。

「ん? 大丈夫だよ」

「なあノダ、ハリマ見なかったか?」

 と、キサラギが気になることを聞いたのはナミコであった。

「え? はりまっち? 見てないよ。もう帰ったんじゃないの?」

「いや、それは……」

 キサラギが口ごもっていると、

「それよりノダ。告白の件はどうなったんだよ。付き合うことにしたのか?」

 キサラギを押しのける様にしてトモカネがノダミキに聞く。

「いやあ、私も最初はちょっと期待したんだけどね、実は――」





   *
548 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/08/01(水) 21:36:02.34 ID:7MRZSwDxo


 【勘違い】


「勘違いねえ」頬杖をつきながらナミコは言う。

「そうなの。その人わたしとお姉ちゃんを間違えて呼び出したんだよ。びっくりしちゃうよね」

 と、ノダミキは言った。

 今日も彼女は元気だ。

「ノダミキの姉ちゃんって美人なの?」

「うん。私から見てもキレイだよ。モデルのスカウトもされたとか」

「妹はこんなチンチクリンなのにな」

「ちっちゃくないよ。これから大きくなるんだから。ナミコさんみたいに」

「どこ見て言ってんだよもう」

 翌日の教室。ノダミキとナミコは、昨日の告白騒動のことを話していた。

 しかし、クラスの噂話の主役は“そこ”ではない。

「播磨のやつ、ノダの姉ちゃんに告白して振られたらしいぜ」

「うそお。播磨くんって、ああいうのが好みだったんだ」

「いや、でもノダの姉さんって凄く美人らしいし」

「意外と面食い?」

 自分に関する話があちらこちらでささやかれている状態にも関わらず、当の播磨は
真っ白な状態で机に突っ伏していた。

「……」
549 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/08/01(水) 21:36:42.85 ID:7MRZSwDxo

「ほらほら、元気を出してよはりまっち」

 そんな播磨を励ますノダミキ。

 播磨にとって今はその優しさが二重の意味で痛かった。

「……」

「お姉ちゃんもさ、まだお互い何も知らない状態だから、お友達から始めましょうって
言ってるよ。ほら、完全に脈がないわけでもないし」

(違うんだ)

「え、何?」

「……」

(違うんだ、そうじゃないんだ)

 そう言いたかったが、それを言う気力は今の播磨にはない。

「あ、そうだナミコさん。はりまっちのためにデートしてあげるって」

「はあ? なんであたしが!」

「お断りだ」

 ムクリと起き上がった播磨がそう言った。

「なんだ、元気あるじゃない」とノダミキ。

「ハリマ、お断りとはどういうことだ」

 ナミコは播磨に詰め寄る。

「そのまんまの意味だ。暴力的な女とデートはできねェ」

「んだとコラ」




   *
550 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/08/01(水) 21:37:30.75 ID:7MRZSwDxo

 そんな彼らの様子を見つめるキサラギとトモカネ。

「しかしハリケンのやつ、ノダの姉ちゃんが好きだったとはねえ」

「はい、私も驚きました」

 とキサラギは言った。

「まあ確かに、あの姉ちゃんだったら仕方ないかな。俺も男だったら放っておかないかもしれないし」

「そうですね……」

「どうした、キサラギ」

「え?」

「何か様子おかしいぞ」

「いえ、何でもないですよ」

「そうか」

 播磨がノダミキの姉に告白して振られた。それで話は終わるはずであった。

 しかし、彼女の胸の内には、何かわからないモヤモヤが残るのだった。




   つづく
551 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/08/01(水) 21:40:28.64 ID:7MRZSwDxo
だいたいオチは予想通りだったかな。


次回、最終回っぽくない最終回。


最後のヒロインは誰だ。人気投票上位のあの人か?

それとも、まったくノーマークだったあの人か。

ちなみに、最後の最後で新キャラが出ます。
552 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2012/08/01(水) 22:13:27.78 ID:m2LzM3iAO
最後なのに!?

乙ですたい
播磨はやはりこれでこそ播磨ですなぁ
553 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/08/02(木) 00:36:15.43 ID:appF2bISO
おつ
やっぱり播磨なら何処までも一途なのに、マトモに告白出来ずに変な流れにならなきちゃなww
554 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/08/02(木) 20:23:32.13 ID:UVgucx6Co
最終回に書く内容ではないと思うけど、uniのボールペンは手が疲れないですね。

そいじゃ、行くか。
555 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/08/02(木) 20:51:00.63 ID:UVgucx6Co




   第二十四話 人 形
556 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/08/02(木) 20:51:51.19 ID:UVgucx6Co


 【報 告】

 それは一体の人形。

 泣きもせず笑いもせず、ましてや怒りもせず。

 文楽の人形ですら、その乏しい表情の中から喜怒哀楽を表現することもできたけれど、
その人形はそれすらしなかった。

 それでも彼女は幸せだった。

 わずかな自由の中で、大好きな絵が描けて、そして仲の良い友人ができる。

 喜びを顔に出すことは滅多になかったけれど、彼女は幸せであった。

 人形は人形なりの幸せを持っていたのだ。

 そしてその幸せの先に、一人の男性がいた。

「ん? どうした大道」

 播磨拳児。

 カチューシャでとめたオールバック、それとサングラスに髭という
およそ高校生らしからぬ風貌の彼は、彼女にとって大きな出会いであるとともに、
一つの希望でもあった。

 人形に魂を吹き込んだ者の一人。

 それもかなり熱く強い魂を。

「大道?」

「播磨殿に言っておきたいことがある」

「どうした」

「以前、私に婚約者がいると言っただろう」
557 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/08/02(木) 20:52:18.05 ID:UVgucx6Co

「ああ」

「今週の日曜日、会うことになった」

「ああそうかい……。ん?」

「……」

「それってあれか、土砂崩れかなんかで会えなくなっていたっていう」

「そうだ」

 梅雨の終わりに彼と交わした会話。

 彼は覚えていてくれたようだ。

「でも何でそれを俺に?」

「いや、一応言っておこうと思って」

「ふうん」

「では、これで」

「ああ。じゃあな」

 自分は何を期待しているのだろう。

 そんな戸惑いはあったけれど、何か言わずにはいられなかった。

 でも、何も期待していなかった、と言えばウソになる。




   *
558 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/08/02(木) 20:52:49.36 ID:UVgucx6Co

 【日曜日の予定】

 昼休み――

 キサラギたちは中庭で昼食をとっていた。

 ナミコの作った弁当を皆で食べていたのである。

 一学期のころ、調理実習で苦戦していたナミコだが、夏休みを境にそれなりに
料理をするようになったという。

「いやあ、もうすっかり秋だねえ」

 そう言いながらサンドイッチを頬張るノダミキ。

「ナミコさん、また上手になりましたね」

「いやあ、まだまだだよ」
  
 キサラギがそう褒めると、ナミコは照れながら笑う。

「俺はタダ飯が食えればそれでいいんだけどな」

 隅のほうで、播磨は言った。

「何だよ播磨。折角食わしてやってんのに」

「ああそうですか。ありがとうございます野崎さん」

「んで、味のほうは?」

「相変わらず濃い味」

「播磨……」

「でもまあ、この前よりは上手くなってんじゃねェの」

「……ならよかった」
559 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/08/02(木) 20:53:33.21 ID:UVgucx6Co

「まあ、そんな急に美味くなることはねェんだから、気長にやれや」

「そ、そうだな」

 ナミコは恥ずかしそうに、自分の分を食べ始める。

「まだちょっと濃いかな」

 そんなナミコをノダミキはニヤニヤしながら見ていた。

「なんだよノダ」

「ナミコさ〜ん、そんなお宝本を他の雑誌で挟むような真似してないで、
普通に誘えばよかったのに」

「何言ってんだ? あ?」

「イテテテ」

 ナミコはノダミキの柔らかそうなほっぺをつまむ。

 この日、彼女は久しぶりに後ろ髪を縛っていた。

「ウメーな大鉄」と、トモカネ。

「そうなのか」

「俺の半分食うか?」

「いや、大丈夫だ」

 隣では大鉄とトモカネが何か話をしている。

 そして、キョージュはいない。

「キョージュさん、今日は来られないんですね」

 と、キサラギは言う。
560 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/08/02(木) 20:54:00.18 ID:UVgucx6Co

「ん? 雅(マサ)なら来月からの展覧会みたいなやつについて話があるって言ってたな」

「そうなんですか、お忙しいんですね」

「そだな」

「芸術の秋だね、ナミコさん」

 割り込むようにノダミキは言った。

「お前は食欲の秋じゃないのか」

「失礼な、読書の秋もするよ」

「ファッション雑誌じゃねェか」

 そんな話をしている二人に、キサラギは聞く。

「それじゃあ、今度の日曜日に用があるっていうことは、どこか美術館にでも行くんでしょうか」

「ん?」

「なにそれ」

 ノダミキとナミコが一斉にキサラギの顔を見る。

「ですからその、今度の日曜にキョージュさん、用があるって言ってたんですよ」

「何の用?」

「それは」

「何かお見合いみたいなことするらしいぜ」

 話に割り込んできたのは、意外にも播磨であった。

「お見合い?」
561 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/08/02(木) 20:54:26.01 ID:UVgucx6Co

 全員が播磨の顔を見る。

「まあ、正式には顔合わせみたいなもんだけどよ」

「はい?」

「大分前に言ってただろう。婚約者がいるって。その婚約者と会うんだとよ」

「ええ?」

「何だお前ェら、聞いてなかったのかよ」

「えええ? 初耳ですよ!」

「え? 何々? 何の話? 面白いこと?」

 騒ぎを聞きつけて、トモカネが寄ってきた。



   *
562 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/08/02(木) 20:55:05.18 ID:UVgucx6Co



 【好きなこと】


 播磨の話によると、大道雅(キョージュ)は日曜日に、未来の婚約者、
昔風に言えば許嫁と会うということだ。

 その話を俄かに信じられなかったキサラギは、二人きりで彼女に聞いてみることにした。

 そして放課後、

「すみません、こんな場所で」

「構わない。人気のない場所は嫌いではない」

「それで、聞きたいことなんですけど」

「日曜日のことか」

「え、はい」

 相変わらず、すべてを見透かしたように雅は言う。

「播磨さんから聞いたんですが、その……、婚約者さんですか。その人と会う約束があると」

「ああ、その通りだ」

 雅はあっさりと首肯する。

「キョージュさんは、その人と結婚するんですか?」

「そうなるだろう」

 何か突き放したような言い方。

 普段の雅なら、そんな言い方はしないはずだ。
563 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/08/02(木) 20:55:43.93 ID:UVgucx6Co

 ほとんど表情の変化はないけれど、常に優しさのある行動をしていることをキサラギは
知っている。

「それでいいんですか?」

「……どういうことだ」
 
「いや、その。まだ会ったこともない人とけ、結婚するんですよね。まだ先のことかも
しれませんけど」

「そういう決まりになっている」

「キョージュさんは、それでいいんですか?」

「別にかまわない。家の決めたことだ。それに私は従う。それだけ」

「だ、だって。その、結婚って、好きな人とするものじゃないんですか? 家が決めたことが」

「キサラギ殿」

「はい」

「絵は好きか?」

「……好きです」

「私の知り合いに、絵の好きな人がいた。実際、才能もあった。おそらく努力していれば、
それなりの実力を獲得できていたかもしれない」

「……それが」

「だがその人は絵を辞めた。それでは食べていけないからだ。今は別の仕事をしている」

「……」
564 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/08/02(木) 20:56:09.58 ID:UVgucx6Co

「キサラギ殿、好きなだけでは何もやっていけないのだ」

「キョージュさん」

「どうしようもないことだって、ある」

「酷いです。キョージュさんがそんなこと言う人だとは思いませんでした」

「事実だ」

「そんな」

「……今週の」

「え?」

「今週の日曜日、午後二時に矢神国際ホテルで、私はその人と会う」

「……」

「今度は延期もなし。私はその人と会うだろう」

「……」

「以上だ」

 そう言うと、雅はキサラギとすれ違い、階段室へと向かった。

 一人屋上に残されるキサラギ。

 それを嘲るかのように、秋の風が吹き抜けて行った。




   *
565 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/08/02(木) 20:57:27.60 ID:UVgucx6Co

 【本人の意志】

 翌日、雅のいないところでキサラギは播磨と話をしていた。

「んだよ、昼休みだってのに」

 播磨は面倒臭そうな顔をしている。

「キョージュさんのことです」

「大道? あいつがどうした」

「キョージュさん、今週の日曜の二時に、矢神国際ホテルで婚約者の方と会うそうです」

「んなこと知ってるよ。だから何だ」

「何とか、できませんか?」 

「何とかって?」

「いやだから、何とかですよ。このままじゃ、本当にキョージュさんは、その家が決めたっていう
婚約者の方と結婚してしまうかもしれませんよ」

「別にいいんじゃねえのか」

「播磨さん?」

「あのさ、山口」

「はい」

 播磨は後頭部をかるくかきながら言う。

「その大道は、『嫌だ』って言ったのか?」

「え? 何がですか」

「だからよ、その婚約者と会うのを嫌がったのかって聞いてんだよ」
566 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/08/02(木) 20:58:10.74 ID:UVgucx6Co

「いえ、別にそれは」

「親の決めた結婚が嫌だって言ったか?」

「……それは」

「なら別にいいじゃねェかよ。俺たちがどうこう言う問題じゃねェ」

「で、でも。おかしいですよこんなの。私だったら嫌です」

「お前ェは大道かよ」

「いえ」

「大道のことは大道が決める。あいつが選んだ道を他人である俺たちがどうこう言う
問題じゃねェ」

「わかってますけど」

 正論だ。

 圧倒的な正論。

 大道雅の話もそうだが、播磨もまた言い返すことのできないくらい正論を述べる。

 それでもキサラギは納得できないでいた。

 例え不条理だと言われても。

「それでも私は嫌なんです」

「だったら勝手にしろ」

 そう言うと播磨は歩き出す。

「播磨さん」

「俺には関係のねェ話だ」

 そう言うと、彼は自分の教室へと戻って行くのであった。

 再び取り残されたキサラギはある決心をする。

(矢神国際ホテル、午後二時……)




   *
567 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/08/02(木) 20:59:08.47 ID:UVgucx6Co


 【スパイ大作戦】

 何をどうしたらいいのかわからない。

 そんな状況でキサラギは日曜日を迎えた。

(わからないなら、わからないなりに、何か行動を起こすべきです)

 そう思ったキサラギは、矢神国際ホテルに向かう。

 このホテルは駅前の寂れたビジネスホテルのような名前だが、実際は会議や結婚披露宴などに
利用される地元でもわりと有名なホテルなのだ。

 中でも広い日本庭園は、同ホテルの売りの一つでもある。

 キサラギはそんな日本庭園の外側にある茂みに隠れてホテルの中の様子を伺っていた。

(こんな場所からではわかりませんね)

 そう思い首を伸ばしたその時、

「おい、バレるぞ」

 大きな手がキサラギの頭を押さえる。

「ふえ!?」

 一瞬見つかったかと思ったけれど、その声には聞き覚えがあった。

「播磨さん?」

「しっ、静かにしろ」

 制服姿の播磨拳児であった。

「どうしてこんなところに。やっぱり播磨さんもキョージュさんのこと」

「勘違いすんなよ。俺はコイツらが行きたいっつうから、その監視のためだ」
568 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/08/02(木) 20:59:45.46 ID:UVgucx6Co

「こいつら?」

「わたしです」

 そう言うと、ノダミキが播磨の背中からひょこっと顔を見せた。

「ノダちゃん」

「俺もいるぜ」

 忍者姿のトモカネもいた。

「と、トモカネさんはどうして忍者なんですか?」

「そりゃあ、スパイと言えば忍者だろうが。目立たないようにするためにもな」

「余計目立つような気がするんですけど」

「そんなことよりも皆、今はアレだよ。キョージュだよ」

 ノダミキがズレかかった修正する。

「でも、ここからじゃあ中の様子が……」

 キサラギがそう言った時、不意に二つの影が見えた。

「あれは」

 一人は長身の男性、もう一人は黒髪で着物姿の女性。

 しかも女性のほうには見覚えがある。

「ノダちゃん、キョージュさんですよ」

「あ、本当だ。キョージュってば、和服着てるよ」

「すげえ、高そうな着物だな」
569 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/08/02(木) 21:02:00.42 ID:UVgucx6Co

「……」

 振袖と呼ばれる、華やかな柄と色の和服を着た雅。

 制服姿の時にはない気品に満ち溢れていた。

(キレイ……)

 ふと、そんな風に思ったキサラギは近くにいる播磨の顔を見る。

「……」

 播磨は無言だった。

 あえて何も言わないようにしているように見える。

「あの、隣にいる人が婚約者って人かなあ」

 ノダミキが言う。

「思ってたのと、違うな」

 と、トモカネ。

「そうですね」

 振袖姿の雅の隣りには、長身の男性がいる。

 スーツ姿で、長髪だ。

 キサラギのイメージだと、もっと細身の人かと思っていたが、上着の上から見ても
わかるほど、ガッチリとした体形であることがわかる。

 播磨に少し似ているかもしれない。

 雅と長身の男性はホテルの日本庭園を歩く。

「これは、『あとは若いお二人にお任せして』というやつではありませんかトモカネ殿」

「これからどうなるんでしょうな、ノダミキ殿」

 俄かに二人が興奮してきた。

「……」

 そして播磨は相変わらず無言である。

 雅と長身男性の二人はゆっくりと庭園を歩きながら、何か話をしているようだ。
570 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/08/02(木) 21:02:42.28 ID:UVgucx6Co

 特に会話が弾んでいるようには見えない。

 というか、彼女がトモカネやノダミキのように楽しそうに話をしている状況が
想像できないだけなのだが。

「キョージュ、あの人と結婚しちゃうのかな」

 ふと、ノダミキが寂しそうに言った。

 確かに見た感じでは悪い人ではなさそうだ。

 ただ、その人と結婚ともなれば。

 キサラギは目を凝らして、雅の表情を見る。

 相変わらずの無表情だが、不意に影のようなものが見えた。

(キョージュさん)

 キサラギは決意する。

「ねえキサラギちゃん、どうしたの?」

「ノダちゃん、私行きます」

「え?」

 そう言うと、キサラギは立ち上がろうとする。

「おい待て山口。今出たら不味い」

「はなしてください播磨さん」

 キサラギは播磨たちの制止も聞かず、茂みの中から飛び出した。





   *
571 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/08/02(木) 21:03:29.98 ID:UVgucx6Co

 【直 訴】

 いきなり茂みの中から飛び出す女子高校生。

 キサラギ自身もそれが異常なことはわかっていた。

 しかし、そうしないわけにはいかなかったのだ。

「キョージュさん!」

 大声で訴えるキサラギ。

 しかし、庭園の足元は不安定で上手く前に進めない。

 その上、苔で滑りそうだ。

「何者だ!」

「え?」

「不審者だ」

 不意に、どこからともなく現れた体格の良い黒いスーツ姿の男性二人組に、
キサラギは両腕を掴まれてしまった。

「痛っ……」

 どうやらこの黒服は男性のボディーガードのようだ。

 多少手加減はされているけれど、それでも強い力であることは変わりない。

「キサラギ殿?」

 彼女の存在に気付いた雅は少しだけ驚いた顔をした。

「何者だ?」

 隣の男性は言った。
572 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/08/02(木) 21:04:55.05 ID:UVgucx6Co

「私のお友達です」

「だ、そうだ」

 と、長身の男性は言う。

 しかし、黒服はキサラギの手を離さなかった。

「これ以上は近づかないでください」と、黒服の一人。

「キョージュさん、お話があります!」

「後ではダメか」

「今じゃないとダメです」

「何か」

 雅は無表情のまま返事をする。

「キョージュさんは、その人と結婚するんですか」

「……無論だ」

「それでいいんですか?」

「何を今更」

「キョージュさん! あなた言いましたよね。好きなだけではどうしようもできないって。
でも、私は諦めません。どんなに辛くたって、自分が選んだ道だから!」

「……」

「キョージュさん!」

「言いたいことはそれだけか、キサラギ殿」

「キョージュさん……」

「なら帰ってくれ、私の邪魔をしないでほしい」
573 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/08/02(木) 21:05:45.33 ID:UVgucx6Co

「そんな、本当にそれで、それでいいんですかキョージュさん」

「大人しくしてください」

 腕を掴む黒服の力が強くなる。

「イタッ……!」

 その時、


「――さっさと手を離せよ」

 
 不意に片手の圧迫感と痛みが無くなったかと思うと、黒服は手をねじられていた。

「播磨さん」

 播磨拳児。

「イテテ、くそ。誰だお前は」

「ふん」

 播磨が腕を振ると、百八十以上はありそうな巨体が宙を舞い、そして地面に叩き付けられる。

「テメー、何者だ」

 もう一人の黒服がキサラギから手を離し、彼に襲いかかる。

 しかし彼はその男の直進を受け流し、懐に潜り込むと、両手で強く押した。

 双掌打――

 何かの映画で見たことのある技だ。

「うわっ」
574 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/08/02(木) 21:06:35.97 ID:UVgucx6Co

 まるで魔法のように男の身体が浮き上がると、そのまま吹き飛んで庭園の池に転落した。

 大きな水柱が立つ。

「ほう、なかなかやるな」

 ボディーガードが一瞬で倒されたにもかかわらず、男性は余裕だ。

 むしろ感心している風でもある。

「うお、人間ってあんなに吹き飛べるものなんだな」

「キサラギちゃん、大丈夫?」

 黒服たちが排除されると、葉っぱだらけのトモカネやノダミキが出てきた。

「私は大丈夫です。それより――」

 キサラギの視線の先で、向かい合う播磨と雅。

「播磨殿……」

 キサラギの登場に、眉一つ動かさなかった雅の様子が変わる。

 そんな彼女の様子を見た播磨が言った。

「なあ、大道」

「……」

「俺は別にお前ェが誰と結婚しようが構わねェ」

「……」

「ただよ、一つ気に入らねェことがある」

「……何か」
575 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/08/02(木) 21:07:50.42 ID:UVgucx6Co


「思わせぶりな態度で悲劇のヒロイン気取ってんじゃねェぞ! お前ェが何考えてるかなんて、
こっちはわかんねェんだよ!」

「……!」

「助けて欲しいんなら助けてくれって言えよ! 今更そんな遠慮するような仲でもねェだろうがよ!!」

「……」

 雅は表情を崩さない。

 しかし、震えていた。

 そして、流れ出る涙。

「申し訳ない」

 そう言って雅は男性のほうを見た。

「ふん、構わんさ。俺も実際のところ、乗り気ではなかったからな」

「……」

 雅は大きく息を吸い、播磨たちのほうを見据える。

 そして、



「助けてください! 私を、ここから連れ出して!」



 日本庭園に、雅の声が響き渡った。

 彼女のこんな大きな声を聞いたのは、恐らくすべての人たちにとって初めてのことではなかったか。
576 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/08/02(木) 21:08:25.68 ID:UVgucx6Co

「アホが、最初からそう言えっつうんだよ。トモカネ!」

「あいよ」

 播磨はピョンピョンと身軽に庭園内を移動すると、雅のすぐ傍へ到着する。

「悪いな、アンタ。こいつは、俺たちが貰っていくぜ」

「なかなかやるな。名前を聞こう」

「播磨……、播磨拳児」

「なるほど、播磨拳児か。覚えておくぞ」

「そういうお前ェは誰なんだよ」

「東郷だ。東郷雅一」

「まあ、覚えてたら覚えておくぜ」

「それはいいがお前たち、早くしたほうがいいな。警備員がさっきの二人だけだと思ったか?」

「ん?」

 遠くのほうから声が聞こえる。

 とても一人や二人ではない。

「播磨さん!」

 キサラギが呼びかける。
577 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/08/02(木) 21:10:39.40 ID:UVgucx6Co

 これ以上ここでグズグズしていては大変だ。

「しっかし、この格好だとな」

 播磨が雅を見ながら言った。

 振り袖姿の雅に、早く走るのは無理そうである。

「どうすんだハリケン」

 トモカネが聞く。

「しかたねェ、今日だけだぞ」

 そう言うと、播磨は雅を抱え上げた。

「荷物とかねェな」

 播磨が聞くと、雅は少し顔を赤らめながら軽く頷く。

 何とも滅茶苦茶な話だが、キサラギたちはその後、麓のバス停まで駆け下りていく。

 夏も終わったというのに、バス停に着いた頃には雅以外、全員汗まみれになっていた。



   *
578 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/08/02(木) 21:11:13.13 ID:UVgucx6Co



 【変 化】


 あの事件以来、変わったことと言えるものはあまりない。

 いつもの日常が続くだけだ。

 ただ、

「拳児殿――」

「あン?」

「お弁当を作ってきたのだが」

「重箱?」

「拳児殿の好きなものを作ってきた」

 大道雅は、播磨のことを下の名前で呼ぶようになっていた。



   *



 昼休みの屋上。

 かつて、キサラギと雅が話をした場所だ。

 そこで再び二人は向き合っていた。

「キサラギ殿には色々と迷惑をかけてしまい、申し訳ない」

「いえ、いいんですよ。それより――」
579 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/08/02(木) 21:11:57.68 ID:UVgucx6Co

「拳児殿のことか」

「え、はい」

「彼には感謝している。もちろん、キサラギ殿やほかの皆もそうだが」

「いえ、そうではなく」

「何か」

「その、キョージュさんは、播磨さんのことが――」

 一瞬、躊躇するキサラギ。

 しかし、一度出た言葉は止まらない。

「好きなんですか?」

「……」

 雅はキサラギの目をまっすぐ見据えて言った。

「好きだ」

「え……」

「私は、播磨拳児のことが好きだ」

 はっきりと、女だけど男らしく彼女は答えた。

「で、でも。播磨さんには」

「それもわかっている」

「キョージュさん」

「わかっているけれど、それで諦めてしまうほど私の思いは弱くない」

「それって」
580 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/08/02(木) 21:13:18.29 ID:UVgucx6Co

「自分はどうなのだ、キサラギ殿」

「私は……」

「……」

「私も、諦めません。だって、その――」

 好きだから、その言葉はまだ出せなかった。

 それは、本人に言いたいからだと、キサラギは自分に言い聞かせる。




   *



 そんなキサラギと雅の会話を、偶然に聞いてしまった生徒が一人。

(やべえ、雅(マサ)のやつ、ハリマのことが好きだったのか。まあ怪しいとは思っていたけど)

 野崎奈美子であった。

(何かあの様子だと、キサラギも好きっぽいけど、これはどういうことなんだ? 修羅場?)

 突然のことで頭が混乱するナミコ。

 しかし、

(播磨のやつ、一体誰が好きなんだろう)

 そう考えると、胸の辺りが痛くなる。

(いかんいかん、何考えてるんだアタシは。ったく、顔洗ってこよ)

 頭の中のモヤモヤを晴らすように彼女は階段を駆け下りた。

(……ハリマか)

 一人の男子生徒の名前をチラチラと思い出しながら。




   *
581 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/08/02(木) 21:14:23.40 ID:UVgucx6Co



 【再 会】


 同じころ、播磨が学園内を歩いていると彼の前を一人の人影が立ちはだかった。

「誰だ」

 上級生でも彼の行く手を阻む者はいない。

「久しぶりだな、播磨」

「お前ェは」

 長髪でガタイの良い男。

「確か、大道と許嫁の」

「“元”許嫁だ。今は違う」

 東郷雅一であった。

 相変わらず長髪がウザい。あと喋り方も若干ウザい。

「つうか、お前ェ、その制服は」

「今日からこの彩井学園の特進クラスに編入することになった。

「なにい? お前ェ、高校生だったのか。見えねェな」

「お前には言われたくないぞ播磨」
582 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/08/02(木) 21:15:30.06 ID:UVgucx6Co

「で、何でわざわざこっちに編入してきたんだ?」

「わが愛しの天使に会うために決まっているだろう」

「大道とは、もう婚約者の関係じゃねェだろう」

「ふん、雅の話ではない」

「はあ?」

「奇跡の出会いというものもあるのだな。この東郷雅一、一目惚れをしてしまった」

「一目惚れ? お米か」

「この人だ」

 そう言うと、東郷は内ポケットから写真を取り出す。


「な!!」


 そこに写っていたのは、彼もよく知っている人物である。

「野田ミキ……」

 ノダミキの生写真。

「ふふふ、一目見た時から、運命を感じたものだ。ちなみにこの写真はフユキという男から
買った」

「なん……だと……?」
583 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/08/02(木) 21:17:00.32 ID:UVgucx6Co

 播磨は焦る。

(冬木の野郎、あんな写真を売ってたのか。畜生、これはもう買うしかないじゃねェか)

「雅のことはお前に任せた」

「……はっ、何勝手なこと言ってんだテメェ」

「俺も家云々ではなく、自分のために生きようと思う」

「東郷!」

「ではさらば」

「おい、ちょっと待て!」

 播磨の呼びかけもむなしく、東郷は普通科の教室へともどってしまった。

 どうやら彼も、まともに話を聞かない人物のようだ。

「どうすりゃいいんだこれは……」

 新たなライバルの出現に、播磨の心は穏やかではいられなかったという。

 彼の戦いは、まだまだ続く。








   おわり
584 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/08/02(木) 21:18:33.12 ID:UVgucx6Co




 
 ここまで読んでくださいましてありがとうございます。

 中途半端ですが、入学からちょうど半年経ったということでここで終ります。

 新たな恋のライバル、東郷の転校で播磨の学園生活はどうなってしまうのか。

 無事に告白まで行けるのか。

 雅とキサラギの気持ちを知ったナミコさんは?

 クリスマスは誰と過ごす?

 当スレはここで終りますが、物語はまだまだ続きます。
 
585 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福井県) [sage]:2012/08/02(木) 21:22:35.24 ID:alSgW9iFo
オリキャラかと思ったらまさかのマカロニwww
乙面白かったよ
586 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/08/02(木) 21:23:58.22 ID:UVgucx6Co

   反省会


 はじめはGAという“食材”に、播磨拳児というスパイスを加えただけだったのですけど、

キサラギやキョージュ、それにナミコさんと混ざり合うことでいい感じなラブコメになった

ような気がします。

 これを書き始める直前、キサラギは絶対に播磨みたいなタイプに惚れる、という確信が

ありました。しかしナミコさんや雅との関係については、実は未知数でした。

 それでも書いているうちに、自然に播磨と溶け合っていくのを感じたので、相性は悪くな
いなと思います。

 ナミコさんは性格的にもオッパイ的にも周防美琴的な立ち位置でした。

声が沢近だったので、ちょっとツンツン系のヒロインになってしまったのかな?

 つか、原作一巻の髪を縛ったナミコさんは可愛い。

 雅(キョージュ)に関しては、原作でもわりと優遇されていたキャラです。

そして書いていくうちに好きになったキャラですね。

 キサラギは言うまでもなくメインヒロインですけれども、人気投票の結果は……。

 とにかく、恋する乙女を描くのは楽しいですね。

 本物の女の人から見たら「フッ」って鼻で笑われるような内容かもしれませんけど、

男ってのはいつまでも女の中に幻想を持っている生き物ですよ。

 彼女たちは今後どうなっていくんでしょうか。

 この先播磨は誰を選ぶのか。初志貫徹か、それとも……。

 繰り返しますがここまで読んでくださいましてありがとうございます。

 またいつかお会いしましょう。

 これが終わったら、論文書きます。

 今度こそ書きます。

 では。


   平成24年8月2日

          作者
587 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/08/02(木) 21:30:00.88 ID:uQcWZlTq0
乙!
できたら続きとか番外編(サバゲ)書いて欲しいけど、でも乙!
588 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2012/08/02(木) 21:31:05.71 ID:iOzxaF5AO
お疲れ様でしたァアア!!

さて頭から読み返すか
589 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/08/02(木) 21:44:27.89 ID:S2HROo8DO
乙。ニヤニヤしたり笑ったり凄く楽しませてもらったぜ。
590 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/08/02(木) 21:55:51.88 ID:GHE5VmPk0


双掌打でエンジェル伝説思い出した
591 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/08/02(木) 21:56:47.94 ID:Gr8IvXxDO
前作も思ったが東郷好きなww

お疲れ!楽しませてもらいました
592 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/08/02(木) 22:43:40.17 ID:SwZBsheSO
乙っす!
いや〜楽しかった!
トモカネ兄妹にもっと出番が欲しかったな〜
593 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/08/03(金) 01:17:16.57 ID:obi70FJZo
乙!
面白かった!
これ読んですごくキョージュが好きになったわ
594 :名無しNIPPER [sage]:2012/08/03(金) 11:16:06.33 ID:1souVhCAO

次回作に期待してるぜ

よし、読み返すか
595 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(中国・四国) [sage]:2012/08/03(金) 14:57:37.78 ID:ob33wCzAO
デレキョージュ、ありだな
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