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妹「なぜ触ったし」. - SS速報VIP 過去ログ倉庫

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1 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/12(木) 16:57:08.99 ID:00tcio17o
妹「なぜ触ったし」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1337881798/
のつづき

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1342079828
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小テスト @ 2024/03/28(木) 19:48:27.38 ID:ptMrOEVy0
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満身創痍 @ 2024/03/28(木) 18:15:37.00 ID:YDfjckg/o
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【GANTZ】俺「安価で星人達と戦う」part8 @ 2024/03/28(木) 10:54:28.17 ID:l/9ZW4Ws0
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1711590867/

旅にでんちう @ 2024/03/27(水) 09:07:07.22 ID:y4bABGEzO
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/part4vip/1711498027/

にゃんにゃん @ 2024/03/26(火) 22:26:18.81 ID:AZ8P+2+I0
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/gomi/1711459578/

にゃんにゃん @ 2024/03/26(火) 22:26:02.91 ID:AZ8P+2+I0
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/gomi/1711459562/

にゃんにゃん @ 2024/03/26(火) 22:25:33.60 ID:AZ8P+2+I0
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/gomi/1711459533/

2 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/12(木) 17:04:02.89 ID:poDxRa6IO
スレ立て乙

前スレはどうする?雑談でもする?埋める?
3 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) [sage]:2012/07/12(木) 17:36:10.40 ID:XS347CGVo
久々に.がついたww
4 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/12(木) 18:04:58.03 ID:00tcio17o
>>2
どちらでもかまいませんが、埋めてもらった方が楽ではあります
雑談に使ってくれてもかまいません
5 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2012/07/12(木) 19:45:00.22 ID:8xTS1yXCo
ふう
6 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2012/07/12(木) 20:57:45.89 ID:Nf/gclB3o
俺が大ファンの>>1先生はどこだー
7 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/12(木) 21:38:11.61 ID:ydA+kmXw0
結婚はしなくても永遠の愛を誓うことは出来ますよ
8 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/13(金) 00:16:10.54 ID:kL7oaBiD0
乙です
9 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/13(金) 19:51:31.34 ID:ap/kcNQmo
10 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/14(土) 00:36:20.89 ID:84HTH4qk0
乙です
それにしてもこの妹鮮花で変換されるな・・・
11 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [sage]:2012/07/14(土) 00:43:49.45 ID:a2x0p+32o
>>10
再生厨も型月厨もいらんよ
12 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2012/07/14(土) 09:35:35.23 ID:50nkpLclo
>>11
そんなのに反応するでない
13 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/14(土) 13:26:48.42 ID:NVT6uihDO
追い付いちまった!

妹の健気さがカワエエ
14 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/15(日) 13:30:01.87 ID:Hnia8WO7o

 翌朝、俺はすっきりとした気持ちで目を覚ました。
 部屋の中はしんと静まり返っていて、少し肌寒い。
 床は冷たい。俺は部屋を出て、キッチンの冷蔵庫の中のレモンウォーターに口をつけた。

 どうでもいい話だが。
 
 普通の人間は、飲み物に何かの性質を見出したりしない、らしい。
 ポカリスエットに「まともさ」を、レモンウォーターに「異端さ」を、スプライト(というか炭酸)に「自暴自棄」を感じたりはしないらしい。
 
 どうでもいい話だ。

 さて、と思う。問題は時間が経てば経つほどややこしくなるものだ。
 だから、とっとと話を終わらせてしまおう。
 手段は対話だけ。結局話し合うしかない。

 振られたら拗ねて寝てよう。

15 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/15(日) 13:30:29.87 ID:Hnia8WO7o

 まず、出かける準備をしてから、携帯に電話を掛けた。出ない。仕方ないので早々に諦める。

 俺は、暗誦して間違いがないかどうか確認してから、幼馴染の家に電話を掛けた。 
 時間は九時半。うん。まともな時間だ。

 電話には幼馴染の母が出た。俺は少し怖気づく。

 名乗ると、「ええっ!」と声をあげられた。

「ひさしぶり! 元気にしてた?」

 忘れられてるんじゃないかと思うようなことも、大人はちゃんと覚えている。
 すごく嫌だ。

「それで、あいつどうしてます?」

「あの子ならまだ寝てる」

「……あ、そうすか」

 無視されたわけではないらしい。……仮に起きていたら無視されているのだろうけど。
 それだったらいっそ着信拒否にでもすればいいじゃないか。

 半端だ。たしかにモスの言う通りなのかもしれない。

16 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/15(日) 13:31:31.61 ID:Hnia8WO7o

「起こしてもらえます?」

「ちょっと待っててね」

 幼馴染の母はそう言って電話を保留にする。俺は溜め息をついて動きを待つ。
 妹がリビングに起き出してくる。彼女は俺を見て気まずげに俯いた。
 俺が着替えていることに気付くと、「どこかに行くの?」と言った。

「まぁね」

 と俺は答える。

「ふうん」

 と彼女は頷いた。何かを察したようだった。

 電話の向こうから声が帰ってくる。

「なんか出たくないって。変に拗ねてる」

「……はあ」

「喧嘩でもしたの?」

「ようなもんです」

「ふうん」

 と、幼馴染の母もまた、何かを察したような声を出した。

17 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/15(日) 13:31:58.80 ID:Hnia8WO7o

「ちょっと待ってて」

 と言って、幼馴染の母はもう一度電話口から離れたようだった。
 俺は言葉の通りちょっとだけ待った。ちょっとだけ待っていると、耳に小さく口論を交わすような声が聞こえる。

「だから出たくないんだってば!」

「じゃあ自分で出てちゃんとそう言いなさい!」

 母は強し。

 やがて、幼馴染が諦めたような声音で電話に出た。

「……もしもし」

「おう。今日暇?」

「暇じゃないです。めちゃくちゃ忙しいです。今日はクリスマスですから」

 彼女は「クリスマス」を強調した。皮肉のつもりか。

18 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/15(日) 13:32:24.74 ID:Hnia8WO7o

「そっか。じゃあ、用事があるまで時間はあるか?」

「そろそろ出ないと間に合わないんです」

「……さっきまで寝てたじゃん」

「しゃらっぷ」

 なんだというのか。

「いいですか、もうわたしは昨日までのわたしとは違うのです。いわばわたしゼロツー。ブランニューわたし」

 頭がかわいそうなことになってしまったらしい。

「そんなに思いつめていたのか……」

「……すっごく不名誉なことを考えられている気がしますが」

 冗談はひとまずおいておいて、電話を切られる前に用件を伝えねばならない。

「あのさ」

「はい?」

「今から告白しにいくから、準備しといて」

「は」

 何かすごく馬鹿にされる気がしたので、そこで電話を切った。

19 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/15(日) 13:33:02.83 ID:Hnia8WO7o

 会話の内容を横で聞いていた妹が、聞こえよがしに溜め息をつく。

「思うんだけど、兄さんって言動だけ見るとただの勘違い男だよね」

「言動だけじゃなくて中身もそうだと思う」

「いつも思うけど、自虐、似合わないよ」

「そうすか」

 俺は溜め息をついた。今更のように緊張が襲ってくる。

「さて、じゃあ行ってくる。逃げられるとあれだし」

「かんぺき、ストーカーですね」

「……まぁ、そうな」

 俺は肩をすくめる。

20 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/15(日) 13:33:38.11 ID:Hnia8WO7o

 外は雪が降っていた。冬の空気。街中は白くかすんで見える。
 吐く息は白くて、なんとなく心細い。
 
 "心細い"という言葉が胸にすとんと落ちる。心細いのだ。

 たった少しの距離を歩くにも、足元がおぼつかない。
 俺はちゃんと目的地まで歩いていくことができるんだろうか。

 なんだかずっとこうだ。なんとなく不安。
 ただ歩くことさえ、立ち止まることさえ上手くできている気がしない。 
 ひとりぼっちじゃ不安なのだ。

 ずっと前からこう。なんとなくだけれど。
 大丈夫なんだろうか。やっていけるんだろうか。

 それを考えるのは、あまりに馬鹿らしいという気もするのだけれど。
 というよりは、「いまさら」だという気もするのだけれど。

 まぁそんなのはどうでもいい。比較的どうでもいい。

21 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/15(日) 13:34:10.01 ID:Hnia8WO7o

 問題は、と思って、俺は立ち止まる。
 また通り過ぎるところだった。

 幼馴染の家は城塞のように見えた。気分の問題だろう。
 インターホンを押す。

 幼馴染の母が俺を家にあげてくれた。ためらわずに靴を脱ぐ。

「部屋にいるから」

 頷くと、彼女は変な顔をした。
 後ろめたさが沸く。

 俺はなんとも思っていないふりをして彼女に頭を下げた。
 そうするほかない。

22 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/15(日) 13:34:42.09 ID:Hnia8WO7o

 階段を昇って幼馴染の部屋に向かう。
 彼女の部屋の扉の前で、一度立ち止まる。

 と、声がした。

「入らないでください」

 なんだか昨日も似たようなことをしたんだよなぁと俺は思った。
 どうしたんだろう。最近は扉越しに話すのが流行りなのか? どうでもいいことなんだけど。

 本当に、どうでもいい。

「なんか怒ってんの?」

「そうじゃないです」

「……ふうん」

「なんでいつも通りに話すんですか」

「いや、緊張してるよ」

「……どうして?」

23 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/15(日) 13:35:15.05 ID:Hnia8WO7o

 さて、どう話したものか。

「……」

 よくよく考えたら本当にどう話せばいいんだろう。俺はこいつとどうなりたいんだっけ。
 自分が誰を好きなのかは分かった。でも俺はふたりとどうなりたいんだ。
 まさかホントに二股か? いや、したいんならまぁそれでもいい。最低だけど。
 
 そんな状況を俺は許せるんだろうか。

 でもとりあえずそんなことを考えたって仕方ないんで、話を進めることにした。

「うちの妹がな、俺のこと好きなんだって」

「……はあ」

 幼馴染の声はそこでこわばった。まぁ、そりゃそうなるのだが、この話を先にしないことには、うまく説明がつかない。

「それで、付き合うことになったんですか?」

「うん。え、あ、いや」

「……え、どっちです?」

「なってない。なってなかった。よく考えると。別に」

 ていうか、そもそも「付き合う」って言葉自体、何か不似合な気がするが。

「……あ、そうですか」

 困ったような声だった。

24 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/15(日) 13:35:41.63 ID:Hnia8WO7o

「で、俺もあいつが好きなんだよね」

「知ってます。見てれば分かります」

 今度は拗ねたような声。こんなに考えていることが分かりやすい奴だったっけ?
 それとも俺が、今まで見ないようにしてきただけか。何かに目隠しをされていたのか。
 心当たりはあるんだけれど。まぁ、それも今はどうでもいい。

「うん」

 けっこう突拍子もない話をしているのに、幼馴染は一切驚いたりする様子がない。
 ……おかしい。俺の認識がおかしいのか? 家族を好きになるのって社会的にまずかったんじゃないっけ?

「それで、だ」

「はい」

「お前のことも好きだ」

「……」

 息を呑んだようだった。
 追って、

「……はあ」

 理解しかねるというように、呆れた声を、彼女は漏らす。

25 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/15(日) 13:36:13.33 ID:Hnia8WO7o

「ええ、っと」

 彼女はしばらく答えに迷っていたようだったが、やがて言葉を吐いた。

「いったい何を言ってるんです?」

 たぶん正直な感想だったろう。

「だから、言ったじゃん。告白しにいくって。したよ、俺」

「たしかに言ってましたけど。……言ってましたけど」

 俺だって頭の中で整理しきったわけではないのだ。説明を求められても困る。
 だからといって、こいつと今ここで話せなくなるのも困るのだ。
 困るというか、嫌なのだ。

26 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/15(日) 13:36:45.86 ID:Hnia8WO7o

「つまり、きみは、何をどうするっていうんです?」

「知らん」

「……無責任な」

「俺は自分がどうなりたいのか、さっぱりわからない。でも、お前と話せなくなるのは嫌だ」

 子供の我がままみたいなことを言っていた。
 実際、子供の我がままみたいなことしか考えてないんだけど。

「お前と会えなくなるのは嫌だ」

「……あの」

「お前が好きだ!」

「下に人がいるんで大声で言わないでください!」

 叱られる。

27 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/15(日) 13:37:21.81 ID:Hnia8WO7o

「わたしだってそりゃ、話せなくなるのは、嫌ですけど」

「……うん」

 ……それで。
 このあと、どんな話をすればいいのか。

「……ちょっと待ってください」

「はい」

「なんというか、わたし、今、怒ってもいいタイミングだと思うんです。すごく。というかですね」

「はい」

「昨日から、なんなんです? わたしを泣かせたいんですか? クリスマスの朝に電話をよこして告白するなんて言わないでください」

「実際したじゃん」

「ぬか喜びさせるなって言ってるんです。内容を考えた言い回しをしてください」

「……喜んだのか」

「分かってましたけどね。どうせろくな内容じゃないし、勘違いしたら損するだけだって。でも期待しちゃうじゃないですか。日が日だから」

 すごく真剣な説教を受けている。

28 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/15(日) 13:38:02.53 ID:Hnia8WO7o

「ていうか、それは結局どういう意味なんですか」

 彼女はほとんど泣きそうな声で言った。

「うん。うちの妹にね、二股でもいいよって言われたんだけど」

「そんなのはどうでもいいんです」

 いや、わりとどうでもよくない話だと思う。

「……って、まさか二股かける気ですか?」

「ダメかな」

 と、もちろん冗談のつもりで言ったのだが、幼馴染は真剣に考え込んでしまったらしい。
 慌てて訂正しようとすると、部屋の中から唸り声が聞こえる。

「……待て、冗談だ」

「冗談を言っていいタイミングくらい見極めてください!」

 彼女の言葉はいつになく切実だ。

29 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/15(日) 13:38:28.58 ID:Hnia8WO7o

「俺だって、そんなに都合の良い話になるとは思ってないし」

「……うん」

「というかたぶん、そんな状況は、俺自身が許せないというか」

 そんなのはあまりにも、ひどい。

「だから、なんとか話をつけなきゃならないんだ」

「待った」

「はい」

「やっぱり二股でもいいです」

「……はあ」

 どうしてそうなる。

30 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/15(日) 13:38:54.63 ID:Hnia8WO7o

「待ってください。ちょっと今試算しますから」

「試算って」

「いやだって、どちらか片方を選ぶとなったら、明らかにわたしが振られ役じゃないですか!」

 いや、そんなこと言われても困る。

「……それこそホントにぬか喜びですよ」

 幼馴染の声は泣き出しそうに聞こえた。

「……好きだって言ってもらえたのに」

 俺はなんだか居心地が悪い。

31 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(中部地方) [sage]:2012/07/15(日) 13:39:05.06 ID:PJxiRhKEo
親に聞かれたか?
32 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/15(日) 13:39:31.12 ID:Hnia8WO7o

「お前ってさ」

「はい?」

「ホントに俺のこと好きなの?」

「……なんです、それ」

 なんというか。どう考えても。
 そこまで好かれるような人間じゃない、と思うんだけど。

「ひょっとして、今日はわたしを怒らせに来たんですか」

「そのような意図は一切ない」

「じゃあどうしてそんなことを言うんですか!」

「なんでそんなに怒ってるんだよ」

「怒らせるからですよ!」

「……そんなに怒鳴るなよ」

 怒鳴り声は苦手なのだった。
 気を取り直すように咳払いをして、幼馴染は言葉を続ける。

33 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/15(日) 13:40:07.59 ID:Hnia8WO7o

「あんまり馬鹿なこと言わないでください。それから、何度も言わせないでください」

 彼女ははっきりと言った。

「きみが好きです」

 俺は言葉を失う。思考力も失う。あらゆる判断力、価値基準さえ見失う。
 たぶん、そういうものなのだ。

 なんというか、誰かに好きと言われることは、たぶん、そういうことなのだ。

 おそろしいほどに破壊的なものなのだ。
 それまでの一切の思考を奪ってしまうものなのだ。
 と、ふと思った。思っただけ。

 なんというか、無理かもしれない。
 すごくうれしいのだ。
 うれしいぶんだけ後ろめたいのだ。
 でも手放せない。

 俺は何をどう目指せばいいんだろう?
 身動きがとれる気がしない。
 俺はもうとっくに縛られていたのかもしれない。

 あるいは、ひょっとしたら、そもそもどこかを目指す必要なんてなかったのかもしれない。
 コンパスなんて壊れたままでかまわないのかもしれない。
 そう思っただけ。

34 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/15(日) 13:40:33.32 ID:Hnia8WO7o

「でも、やっぱり二股は、いやかも」

 と、彼女は前言を翻す。

「どうせだったら、わたしのことだけ見てほしいです」

 その声は、なんというか。
 甘かった。蕩けてた。
 頭の中身を溶かすようだった。

「だって、それってふたりきりになっても、絶対ふたりきりって感じがしないですよね。いつももう一人が気になって」

 ……別に本人たち了承のうえで二股をかけたかったわけではないんだけど。
 
「誰にはばかることなくふたりきりでいちゃいちゃしたいじゃないですか!」

 ……何言ってるんだろうこいつは。と思っていないとまずい。
 衝動が。

 俺の理性は衝動が高ぶるごとに高くそびえていく。
 もっと軽薄で刹那的な人間になりたい(現状棚上げ)。

35 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/15(日) 13:41:05.09 ID:Hnia8WO7o

「……保留だ」

「はい?」

「今は無理だ。正常な判断ができない。絶対、できない。無理」

「……わたしに都合の良い判断なら、正常じゃなくたってかまいませんよ?」

 だから。
 こいつも妹も、いったい何を考えてるんだ。
 おかしい。絶対おかしい。俺が言うのもなんだけど。
 ……ホントになんだけど。

「ドアを開けてもいい?」

「……だ、だめですよ」

 なんかどもってる。

「分かった、開けない」

「それがいいです」

 俺はドアを開けた。

36 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/15(日) 13:41:32.74 ID:Hnia8WO7o

「な……!」

 幼馴染が目を見開いてこちらを見た。扉に向かい合って、体育座りしている。

「……んで、開けるんですか!」

「鍵がしまってなかったから」

「しまってなければ開けていいんですか!」

「ダメって言われなかった」

「言いましたよ!」

「そうだっけ」

 俺は知らんぷりした。

 てっきりパジャマ姿だと思っていたのだが(そう思っていながらドアを開けたのは我ながらひどい)。
 普通に着替えてる。 
 というか、割合おめかし状態?

「……着替えてるじゃん」

「どうして残念そうなんですか!」

 普通に残念だろう。
 ……いや、おかしい。俺の頭が。たぶん上手く回ってない。カムバック理性。
 たぶん高いだけでハリボテだった俺の理性。
37 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/15(日) 13:42:14.81 ID:Hnia8WO7o

「……なんで着替えてるの?」

「だから、どうして残念そうなんですか。……というか、きみが言ったんですよ、準備しておけって」

「言わなきゃよかった」

「意味が分かりません……」

 頭が疲れている。
 昨日からいろいろあったしなぁ、なんてぼんやり考える。

 いろんなことが頭を巡った。アキの言葉とか、その他もろもろ。あの灰皿のこととか、父親のこととか。
 でもそんなものは今はどうでもよかった。本当のことを言うといつだってどうでもよかった。なんとなく振り払えなかっただけで。

 俺はこいつが好きで妹が好きでどうしたって気持ちがおさまらないんだ。そこは仕方ないんだ。誰にも変えられない。
 
 考え事をしながら、じっと彼女の姿を見つめていた。
 幼馴染は最初、まだ文句を言いたげにしていたが、徐々に表情が歪んでいく。
 
 泣き出しそうな顔をしていた。

38 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/15(日) 13:42:40.64 ID:Hnia8WO7o

「……あの」

「うん」

「ホントに、わたしのこと、好きって言いました?」

「うん」

「聞き間違いではなく?」

「うん」

「実はうそでした、とか、そういうのでは……」

「そういうのではなくて」

 俺は一拍おいて告げた。

「好きだって言った」

39 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/15(日) 13:43:06.68 ID:Hnia8WO7o

 小柄だから、彼女の身体は俺の胸の内側にすっぽり収まった。
 仕方ないや、と俺は思う。後ろから手を回して、俺は彼女の頭を撫でた。

 こんな状況、こんな状態で、なんらかの形で気持ちを返さないというのは、どう考えても卑怯だった。
 俺が彼女を好きだと言うのは事実なのだ。 

 俺は諦めたような気持ちだった。だってどうしようもない。仕方ない。
 こんな女の子を前にして、頭がうまく回る奴がいるわけがない。
 昔からずっとこうだ。

 こいつはいつだって、俺の思考力を奪っていく。
 何をしたっていいような気分だった。
 世界中を敵にまわしたってうまいこと逃げ切れそうな気分だ。
 
40 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/15(日) 13:43:32.85 ID:Hnia8WO7o

 今なら何をしたって楽しめそうな気がする。 
 でも、今はまだ保留だ。……考えてみれば、それってすごく俺に都合の良い状況じゃないか?
 俺は溜め息をつく。でもいい。仕方ない。他の手段を選べる奴がいるか?
 いない。

 いや、いるかもしれないけど、俺にはできなかったのだ。そうだそうだ。口だけなら誰だって好き勝手言えるんだ。
 俺は溜め息をつく。仕方ないや、という気持ち。だって俺はこういう人間なのだ。

「……あの」

「はい」

「……キスしていいですか」

 ……。
 さすがにそれは待て。

41 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/15(日) 13:44:04.27 ID:Hnia8WO7o
つづく

前スレ969-8 どこか → どこが


そろそろ終わる感じです
42 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(中部地方) [sage]:2012/07/15(日) 13:56:53.60 ID:PJxiRhKEo
乙!>>1よキスしていいですか?
43 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2012/07/15(日) 14:15:28.77 ID:npyI6MWMo
おう、どんどんしちまえ。

なんか知らないけれど、ハーレムになってムカつく主人公とムカつかない主人公っているよな。
なんでやろ。
44 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/15(日) 14:28:13.92 ID:03ZEjCfro
おつおつ
これはいいハーレム
45 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/15(日) 15:04:43.99 ID:oYo1MbZAO
>>43
全員均等に愛してるorきちんと順番がついてる、ハーレム構成員が皆納得済み、ハーレムで傷付く奴がいない(ハーレム構成員に片思いしてる奴とかがいない)

というのが条件な気がする
単にうちのSSとの共通点挙げただけだけど
46 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/15(日) 16:07:28.28 ID:okRHiBiQo
俺は幼馴染が幸せになってくれればそれでいいぞ
47 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/15(日) 16:44:10.28 ID:56AGlDrIO
おっつん
48 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/15(日) 16:57:55.53 ID:9JZjwY6IO
おっぱいもみもみー
49 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(埼玉県) [sage]:2012/07/15(日) 17:01:15.10 ID:Lj8YzwIto
ハーレムと言っても妹と幼馴染だけだけどね
Wヒロインって言った方がいいのかな?
とにかく>>1乙してもいいですか
50 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) :2012/07/15(日) 20:16:11.57 ID:MCu/6sOZo
>>43
モテモテなのにモテるわけないとか言っちゃいタイプはイライラするよな
つまり上条さん
51 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/15(日) 21:37:56.20 ID:wFsDyKxIO
>>1乙!

ここはスレタイ通り妹√希望
52 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) [sage]:2012/07/15(日) 22:37:09.72 ID:su05nW8xo
おめかしして扉の前で体育座りしてる幼馴染とか…
53 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2012/07/15(日) 23:03:39.13 ID:QKlKTT9ko
>>51
第三のハッピーエンドが見えたのにおぬしは何を言っておるのだ
54 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [sage]:2012/07/15(日) 23:06:25.36 ID:SiVpTtBLo
>>51
幼馴染が入っているスレタイで屋上さんとくっつけた前歴があるからなあこの>>1
安心はできん
55 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/15(日) 23:18:46.72 ID:okRHiBiQo
>>54

確かにww
油断大敵
56 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府) [sage]:2012/07/16(月) 02:34:54.31 ID:Rm3qba6lo
幼馴染かわぇぇぇぇええ
57 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/07/16(月) 03:32:00.45 ID:QnfVIEhNo
ブランニューわたし、かわええなぁおい!
58 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/16(月) 07:57:58.77 ID:+YdSvVx9o
>>38>>39の間抜けてました
59 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/16(月) 07:58:51.66 ID:+YdSvVx9o

「……あの」

「うん」

「……抱きついたりして、いいですか」

「う」

 ん、と答え切る前に、体に感触が伝わってきた。
 姿勢的に無理のある速度だった。超自然的な現象としか思えない速度で飛び込んできた。
 俺は彼女の背中に腕をまわして抱きしめるべきか迷って、やめておいた。
 
 不誠実な人間なりの誠実。……いや、いっそ。
 ここで彼女を抱きしめて、不誠実を貫くことこそがある種の誠実さと言えるのか?
 ここまで来て誠実でいようだなんて考えるのは、それがそもそも安全地帯に居続けたいだけの言い訳なのかもしれない。

 ――いや待て。だから今は保留なんだって。

60 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/16(月) 07:59:35.41 ID:+YdSvVx9o
これだけ。ごめんなさい

>>54
ごめんなさい
61 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) [sage]:2012/07/16(月) 09:12:59.75 ID:LWRtlbWEo
あやまることなどなにもないんだぜ
62 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(中部地方) [sage]:2012/07/16(月) 10:51:05.07 ID:gpilmfe5o
>>39で「抱きしめた」という単語を使わずにそれを表現した>>1すげえ!って勝手に思ってた
63 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(埼玉県) [sage]:2012/07/16(月) 10:59:38.15 ID:yNwGqDxfo
>>62
おまおれ
64 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/16(月) 13:11:49.78 ID:tsMHUip8o
結局レモンウォーターなんだろ

騙されませんよ、わたしは
65 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2012/07/16(月) 14:59:23.67 ID:c2N8Wx9Vo
>>54
あれまだ読み切ってなかったのに[ピーーー]
66 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/17(火) 16:52:57.88 ID:jSOqLTgNo

 不意に携帯の着信音が聞こえた。俺は息を呑む。幼馴染が俺の腕の中で、ごそごそと身じろぎした。

「わたしのです」

 と彼女は言う。俺は少しだけほっとした。
 俺が距離を置くと、幼馴染は気まずそうにこちらを見上げる。俺は目を逸らした。

 どうやらメールだったらしい。ディスプレイを眺めながら、彼女は何度かボタンを押した。

「……ん」

 と、顔をしかめる。

「誰から?」

「みーからです」

「……ああ」

67 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/17(火) 16:53:36.11 ID:jSOqLTgNo

「いや、なんというか」

「なに?」

「タカヤくんと正式に付き合うことになったそうです」

「……なにそれ」

 俺は溜め息をついた。

 思わずディスプレイを覗き見ると、確かにそのような内容の文面だった。
 幼馴染が返信画面を呼び出した。

『( ゚Д゚).....』

 だからなんなの、この顔文字。

68 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/17(火) 16:54:22.84 ID:jSOqLTgNo

 そう間を置かず、タカヤから俺に連絡が来た。
 詳しい話を聞きたいような気もしたし、聞きたくないような気もした。
 
 そう思って無反応でいようとしたのだが、なぜだかあちらから会えないかと言われる。
 なぜ今日。仮にもクリスマスなのに。

「……みーの方も、同じこと言ってます」

「ばらばらに誘ってきてるんだよな、これ」

「ですよね、たぶん」

 うーん、と俺は悩んだ。めんどくさい。正直それどころじゃない。
 
「どうします?」

 と幼馴染が訊ねる。俺は肩を竦めた。

「どうしたい?」

 俺の質問に、彼女は拗ねたように俯いた。
 やがて幼馴染が長い溜め息をつく。部屋の空気が変わった気がした。

「今日のところは、どうせ保留らしいですし、話はここで終わりにしましょうか」

 皮肉っぽくこちらを見る。俺は目を逸らした。

69 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/17(火) 16:55:12.60 ID:jSOqLTgNo

「でも、それって結局のところ、これまで通りってことですよね?」

「……そう、なるね」

 俺は気まずい。

「しかも可能性としては、やっぱりこの話なし、となってあっさりわたしが振られるかもしれないと」

「そんなことは……」

「ないんですか?」

 俺は押し黙る。即座に否定できないのは、自分の行動がもたらす結果を想像するのがあまりに簡単だからだ。

「ない」

 でも答えた。無責任だったけど、仕方ない。
 仕方ない。

70 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/17(火) 16:55:46.94 ID:jSOqLTgNo

「さて、それじゃ、俺は帰る」

「ところで」

 と幼馴染は言う。俺は面食らった。

「きみの判断が保留でも、わたしがどういう行動を取るかは、わたしの勝手ですよね?」

「まあ、そうな。俺が偉そうに保留にしている間に、俺のことを嫌いになったってかまわない」

 悲しいけど。
 
「なるほど」

 しばらく神妙な表情で考え込んでから、彼女はぱっと表情を明るくした。

「つまり、きみがあれこれ悩んでる間にうまいこと誘惑して、わたしなしじゃいられないようにしてあげればいいわけですね」

「……何の話?」

71 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/17(火) 16:56:45.81 ID:jSOqLTgNo

「分かりました。そういうの得意です。あっというまにべたぼれですよ」

 と彼女は俺を指差して、

「めろめろですよ!」

 宣言した。

「お前、たぶん一回寝た方がいいよ」

「……自分でもそんな気がしてます」

 疲れてるんだろう。
 俺が部屋を出ると、彼女もいっしょについてきた。

「送ってきます」

「別にいいのに」

「玄関までですから」

72 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/17(火) 16:57:45.72 ID:jSOqLTgNo

 帰り際、リビングから顔を出した幼馴染の母に軽く挨拶する。

「話は終わったの?」

「ええ、まあ」

 俺は曖昧に答える。

「ふうん」

 と彼女は意味ありげに頷いた。

「そ。まぁ、よろしくね」

 と彼女は言った。『よろしくね』。俺は頭の中で反復する。
 どう答えればいいのだろう? でもどう答えたって同じことなのだ。
 どれだけ言葉の上で気を遣ったところで俺がやろうとしていることの言い訳にはならない。

 もし何か認められようとするなら、それは行動の上でしか示せないものなのだ。

 だから、

「――はい」

 と短く答えた。俺は別に誰かを不幸にしたいなんて願っているわけではない。
 誰かが不幸になったってかまわないと思っているわけでもない。

 俺は真面目でもないし、人のことなんて考えられない。
 でも、それでも、一生懸命にはなるべきなんだろう。それ以外に手立てがない。
 
 もちろんそんなのは、今のところ、ただ先走っただけの考えなんだけど。

 幼馴染は外までついてきて、玄関先で俺を見送った。

「それじゃ、また」
 
 と彼女は言う。
 次があるのはいいことだ。たぶん。きっと。
73 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/17(火) 16:58:20.34 ID:jSOqLTgNo

 タカヤとの待ち合わせ場所は近所のファミレスだった。その場には、既にタカヤと、モスがいた。 
 俺がモスの隣に腰を下ろすと、タカヤは緊張した面持ちで姿勢を正した。

「……いや、うん」

 タカヤは最初に、そんな声をあげた。いったいなんなんだろう。言いたいことがあるならさっさと言っちまえばいいのに。

「このたび、なんというかその」

「付き合うことになったんだろ?」

「……うん」

「それで、なんで俺たちを呼び出したりしたんだ?」

 モスが訊ねる。げんなりしていた。なんでかは知らない。街がクリスマスムードだからか。

74 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/17(火) 16:59:13.70 ID:jSOqLTgNo

「一応、ふたりには協力してもらったし――」

「したっけ?」

 モスが首をかしげる。俺が応じた。

「してないな」

「――一応、報告しておこう、と」

 タカヤは困ったような顔をしていた。

「それでなくても、先輩のこととか、いろいろ相談に乗ってもらったし」

「たいして役には立てなかったけどな」

 俺が言った。モスが神妙に頷く。

「まぁ、勝手に引っ掻き回した感じはするよな」

「さっきからうるさいな! 感謝してるんだから素直に受け取っておけ!」

 タカヤが吼えた。実際、感謝されるようなことなんてなにひとつしていないわけだけれど。



75 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/17(火) 16:59:41.80 ID:jSOqLTgNo

「そう思うならドリンクバーおごってくれ。喉が渇いて仕方ない」

「俺にも。……ところで。おい、マック」

 久々にそのあだ名で呼ばれた気がした。モスはメニューを開きながらこちらに声を掛けた。

「お前の方はどうなったんだよ?」

「どうって?」

「なんか、話ついたのか?」

「いや、何も」

「……あ、そう」

 話が終わってしまった。

76 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/17(火) 17:00:13.81 ID:jSOqLTgNo

 俺たちはその場で朝食を取ることにした。俺とモスは適度にタカヤをからかいながら話をした。
 モスは俺のことについて何かを問い詰めようとはしなかったが、何かがあったらしいことを察してはいるだろう。

 そういう奴なのだ。

「さて、この後どうする?」

 腹ごしらえを終えて、俺たち三人は時間を持て余した。
 タカヤの話は最初の十分で終わってしまったし、どうやら三人とも予定はないらしい。

「どこかに行きたい気分でもないんだよな」

 モスが俺を見た。

「……俺んち?」

「ダメか?」

 別にいいんだけど。……いいんだけど。

 なんか、こう、そういうごく平凡な学生っぽい日常を送ると、今の状況を忘れてしまいそうだ。

77 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/17(火) 17:00:48.02 ID:jSOqLTgNo

 結局、コンビニで食料を調達して、そのまま俺の家に集まることになった。 
 ジュースは適当に買った。ジュースはジュースであって、そこにそれ以上の意味を見出す必要はない。
 ごくあたりまえのことだ。飲みたいときに飲みたいものを飲めばいい。

 家につく。妹はコタツで旅番組を見ていた。

 一瞬警戒した表情を見せたが、モスがいることに気付くと安堵したように表情を緩める。
 まぁ、モスは何度もうちに来ているし。

「妹ちゃんもゲームする?」

「はい」
 
 ちょうど四人。パーティゲームには最適な人数である。
 昼過ぎまでスマブラで盛り上がる。
 でも飽きる。

「中学のときはさ、一日中やったって平気だったんだけどな」
 
 モスがぼやいた。俺たちも歳をとったんだろうか。

「どっかいく?」

「って気分でもないしなぁ」

78 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/17(火) 17:01:15.75 ID:jSOqLTgNo

 仕方ないので、他のゲームをすることにする。せっかくなので小学生時代に流行ったハードを持ち出した。
 ソフトもハードも押し入れにしまいこんでいた。
 起動するか分からないが、それも一興だろう。

 パーティゲームはろくなものがなかったので、昔楽しんだRPGを誰かがプレイするのを見ることにした。

 モスが線を繋いでいる間、タカヤはにやついてジュースを飲んでいた。

「どうした。ファンタで酔っ払ったか」

「んや、別に」

 機嫌よさそうににやにやしている。俺は呆れる。

「彼女ができて、ご機嫌か?」

「それもある」

 タカヤは大真面目に頷く。

「こういうふうに、休みを誰かの家で過ごすってさ、俺、めちゃくちゃ久し振りなんだよね」

 そうかよ、と俺は呆れる。なんだか申し訳ない気持ちにすらなる。

79 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/17(火) 17:01:59.23 ID:jSOqLTgNo

 不意に家の電話が鳴った。
 妹と目が合う。俺がさきに立ち上がった。

 受話器を取る。

「もしもし」

「もしもし」

 と応答があった。

「昨日ぶりだね」

 俺は舌打ちした。

「なんだって家の電話に掛けようなんて思ったんだ?」

「あなた以外の人が出るかと思って」

「悪趣味な奴」

 知ってたけど。

80 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/17(火) 17:03:33.16 ID:jSOqLTgNo

「どうだった?」とアキは言う。モスが言うのと同じような言葉なのに、こいつが言うとひどくいびつに聞こえる。
「どうせダメだったでしょう?」とでも言いたげな声。

「何の話?」と俺はとぼける。自分でもごまかしにしかならないと気付いていた。

「いいかげん気付いたでしょ。あなたには無理なんだって。結局そういう人間なんだよ」

「ああ、そうか」

「分かってるんでしょ、本当のところ。今度だってどうせ長続きしないんだって」

「へえ、そうなんだ。初めて聞いたな、その話」

「だってあなたは、本当のところ自分の気持ちを信じてなんていないんでしょ? だから真正面から向き合うこともできない」

「うん。そうだよな。そういえば。そうだろうとは思ってたんだけど」

「所詮、嫌われ者なんだよ。あなたも、わたしも。それ以外の道なんてないって、感じない?」

「ああ、分かるよ」

「――ねえ、その適当な相槌、すごく不快。やめてくれない?」

「うるせえな」

81 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/17(火) 17:04:47.18 ID:jSOqLTgNo

 アキは溜め息をついた。

「そっちは賑やかだね。誰かと一緒なの?」

「別に。いつも通りだよ。そっちは静かだな」

「ひとりぼっちだもん」とアキは言う。

「でも結局、あなただって似たようなものでしょ? 誰かと一緒にいても、ずっとひとりぼっち。人を信じてない」

「おいおい、勝手な想像で話を進めるなよ」

「だってあなたはそういう人間だもん。そんな人間が誰かを幸せにしたりできると思う?」

「さあね」

 俺はうそぶく。

「あなたは結局不誠実で、無神経で、無責任で、適当に他人の考えをかき乱して、自分の都合の良いように解釈することしかできない」

 そういう人間なんだよ、とアキは言う。まぁそうかもしれない。

「それで」と俺は言った。

「用事がないなら切るけど?」

 アキは笑った。

82 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/17(火) 17:06:13.31 ID:jSOqLTgNo

「ねえ、でも結局、あなたにも分かるときが来るよ。わたしの言っていることが正しかったって」

「なにそれ」

「結局ね、そういうふうにできてるの。だってあなたはすごく、いびつだもん」

「……そういうさ、なんつーの。肥大した妄想を他人に投影したり、カテゴライズしたりさ」

「なに?」

「ばかみたいだから、やめた方がいいよ」

 アキは何も言わなかった。
 代わりに鼻で笑う。俺は鼻で笑われたらしい。

「でも、覚えておいて。ひとつだけ。あなたに、普通に誰かを幸せにするなんて不可能なんだって」

 アキはこれで最後だとでも言いたげにまくしたてた。

「あなたにそんな判断は不可能なんだって。あなたはそういう人間なんだって。あなたといたって、誰も幸せになんか――」

 ――音が途切れた。

83 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/17(火) 17:07:33.84 ID:jSOqLTgNo

 怪訝に思って部屋を見回す。モスがコンセントをいじっていた。
 モスがこちらの視線に気付いて、顔をあげる。そして自分の手元を見た。

「あ、やべ。抜いちゃった。悪い」

 ぽかんとした。こいつはなんてことをするんだろう。
 俺はそのあと腹を抱えて笑った。妹がきょとんとした表情でこちらを見ている。

 その後、俺たちはタカヤがRPGをプレイするのをずっと眺めていた。二時過ぎまでそれは続いた。
 途中でモスが立ち上がった時、ハードに接触した衝撃で画面が硬直。そこで完全にゲームは終わった。

 そこでやる気を失い、しばらくだらだらしていたが、やがてモスとタカヤが帰る準備を始めた。
 どうせ休みはまだあるのだ。

84 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/17(火) 17:07:59.76 ID:jSOqLTgNo
つづく
85 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2012/07/17(火) 17:21:25.37 ID:dkUqfj+2o
乙!
やはり幼馴染は良い

ところでアキってかわいいのだろうか
86 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/07/17(火) 17:36:39.53 ID:bjXFHgz4o
アキなぞどうでも良い!

>めろめろですよ!
めろめろにされてぇ!
87 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) [sage]:2012/07/17(火) 17:39:18.18 ID:G6YE7WG1o
>>86
もうされてる
88 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福井県) [sage]:2012/07/17(火) 19:17:12.83 ID:as7jDL/do
モスwwwwww

89 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/17(火) 19:17:49.11 ID:1+D5Wa+6o
おつおつ!
90 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(埼玉県) [sage]:2012/07/17(火) 20:10:48.16 ID:39OxSiaio
モスが目立たなくなるのは一番最初に出た主人公以外の主要キャラだからか…?
不憫だけど、久々に見れて嬉しい

幼馴染きゃわわ乙
91 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/17(火) 20:11:27.97 ID:1kTI60zZo
モスGJだwwww

幼馴染が幸せになれそうで俺は嬉しい
92 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(中部地方) [sage]:2012/07/17(火) 20:21:17.79 ID:5P3p4idBo
乙だ!
ずっと「前置きなく電話切れ!」って念じてたが通じたようだ
93 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/17(火) 22:10:16.85 ID:P9XtT9yIO
おっつん
アキはざまあないですね
94 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2012/07/18(水) 22:48:43.13 ID:RhoeMqLuo
モスぐっじょぶです
95 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/19(木) 15:59:50.07 ID:GMSQMV97o

 モスとタカヤが帰路につき、家には俺と妹がふたりきりになった。
 俺は気まずい。なぜか。いや、なぜかというか気まずくて当たり前と言う気もするのだが気まずい。

 なんせ昨日さんざんこいつに向かってとんでもないことを言ったのだ。
 
 こちらの態度など気にも留めていないように、妹はこたつにもぐっている。
 うーん。
 
「……ねえ」

 と、不意に妹が声をあげる。

「なに?」

「報告、してくれてもいいよ」

「……報告?」

「今朝のこと」

「えーっと……」

「正気?」

 いきなり正気を疑われた。

96 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/19(木) 16:00:18.06 ID:GMSQMV97o

「あの人と話してきたんでしょ? どうだったの?」

「……うーん」

 どう、と言われても。どう答えればいいのか。
 えーっと。

「……保留?」

「……上手くいったんだ」
 
 不機嫌そうに、妹は溜め息をついた。

「なにやら不穏なご様子ですが」

「そりゃあね、別にそれでもいいって言ったけど、それとこれとはやっぱり話が別だったりするの」

"どれ"と"どれ"の話だろう。

97 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/19(木) 16:00:59.34 ID:GMSQMV97o

「無理だろ、常識で考えろよ」

 なぜ俺が諭す側になっているんだろう。妹はどっちでもよさそうな顔をしていた。

「常識、きらい。いやなことばっかり言うから」

 分かるけど。

「じゃあ、どっちかを選べるの?」

「…………」

 待て。ここで口籠ったらだめだ。完全にダメな人間だ。
 現状だって二人の弱みに付け込んでるようなところはあるのに、ここで黙ったらだめだ。
 どっちも、がダメなら、どっちかを選ばなければ。偉そうに。傲岸不遜に。

「どうなの?」

「…………」

 選べませんでした。

98 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/19(木) 16:01:32.90 ID:GMSQMV97o

 俺って駄目人間だったのか、そうだったのかー。
 溜め息。

 妹はむすっとした。

「なんでわたしって言わないの?」

「なんででしょうねー」

 二週間前なら間違いなかったんですけどねー。
 茶髪が言ってた。男心と秋の空って。
 ……俺が言ったんだっけ?

「……わたしじゃないんなら、二股しかないじゃん」

 すごい、この子いま、ナチュラルに自分を選ばないという選択肢を無視した。 
 俺の頭にもなかったけれど。

「……いや、でもさあ、そんなの」

「無理だって思う?」

99 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/19(木) 16:02:12.69 ID:GMSQMV97o

 妹は真面目な顔で言った。

「逆に訊くけど、そんなの上手くいくって思う?」

 幼馴染はいやだって言ってた。

「分かんない」

 そりゃそうだろう。俺だって分からない。でも無理だろうそんなの。
 どうやったって上手くいきっこないんだ。構造からしていびつなんだ。
 そんなことで成立する関係なんてあるわけない。あったところで社会で生き残れるわけがないのだ。
 そんなものは。

「でも、じゃあ」

 どうせ、すぐに破綻する。

「他にどうするつもりなの?」

「――――」
 
 結局、そういう話になるのだけれど。

100 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/19(木) 16:02:41.87 ID:GMSQMV97o

「そんなの……」

 そんなの、なんだって言うんだろう。どうなんだよ、と俺は思う。 
 おいおい、どうする気だ? あれもこれもダメじゃあ話にならないのだ。
 
 どうなんだ。どうするのだ。俺は何も考えていないのか?
 ひょっとして俺が今やってることは、結局アキとのことの再現なんじゃないか?
 本当のところアキの言う通りなんじゃないか?

 いつか茶髪が言ったように、俺は人の気持ちを弄んでるだけじゃないのか?
 今更のように思う。結局俺は、何も変わっていないじゃないか。
 芯の部分じゃ相変わらず、人を拗ねて腐って人を見下しているだけなんじゃないか。

 結局あれは、状況に応じた自分の感情の変化なんかじゃなくて。
 俺自身の人間性だったんじゃないのか?

「兄さんは――」

 と、妹は言う。
 
「自信がないんだね」

「……は?」

 意外な言葉だった。

101 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/19(木) 16:03:13.27 ID:GMSQMV97o

「結局、そうじゃないの? 自分に自信がないんでしょ?」

「なんでそういう話になるのか、よく分からないんだけど」

「自分の気持ちに自信が持てないんだ」

「……おい、人の話を聞こう」

「心変わりするのが怖いんでしょ」

「……"されるのが"、じゃなくて?」

「"されるのも"」

 要領を得ない。何の話をしているんだろう。

「兄さんは本当のところ、わたしの気持ちを信じてないんでしょ」

 大真面目な顔で、妹は言った。

 ――誰かと一緒にいても、ずっとひとりぼっち。人を信じてない。

「いつか絶対に、心が離れるに決まってるって思ってるんだ」

「……そんなことは」

 ないとは言い切れない。

102 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/19(木) 16:03:53.03 ID:GMSQMV97o

 いや、普通そうじゃないのか?
 感情なんて、本人でさえ確約できるものじゃない。
 今がどうだとしても、未来までは分からない。
 
 だから、「今」確かな気持ちだけに従いたいと、俺は思っているのだけれど。
 
「自分なんかが、誰かに好かれ続けるわけがないって思ってるんだよ、兄さんは」

「……否定は、できないけど」

 なぜだか急に、アキみたいなことを言い出している。
 俺はこれをどう受け止めればいいんだろう。

「でもそんなの当たり前のことだろ。お前は今何歳だよ。十代のちょうど半ばか」

「それが?」

「一時の気の迷いなんていうのはな、そのときどうであったとしても、あとからじゃないと気付けないもんだろう」

「一時の気の迷いだって言いたいわけ?」

 ――そうだ。根本的には。
 こいつの言葉は正しい。俺はこいつの気持ちを信用してない。ひとかけらさえも。
 こんなのは一時の気の迷いにすぎない。すぐに心変わりするはずだ。

 だからいまのうちに、こいつが妙な考えに浮かされている間に既成事実を作ってしまおうと――俺は目論んでいるのかもしれない。
 そうすることにたいしても躊躇いがあるから、いまだに迷っているだけで。

 結局そういう人間性なのだ。言い逃れのしようもなく。

103 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/19(木) 16:04:18.86 ID:GMSQMV97o

「……ふうん」

 と心底不快そうに、妹は眉をひそめた。

「ねえ、わたし怒ってる。なんでか分かる?」

 俺は口を噤む。……俺の態度が曖昧だから? 行動原理が卑怯だから? 言い訳じみているから?

「兄さん、わたしの気持ちを侮らないで。ちょっと多感な思春期に教師に憧れてるような、そんな程度のものと一緒にしないで」

 人から見たらおんなじだよ。
 ……と、このタイミングで言ったらさすがに怒られそうだ。

「兄さんに対するわたしの気持ちはね、もう人格の一部なの。わたし自身の一部なの。それは決して消えたりなくなったりしないの。絶対に」

 やけにはっきりと、彼女は言う。その言葉をきいて、俺の中の不安は一層掻き立てられた。

「今現在どれだけそう思っていても、やっぱりいつかは消え失せてしまうかもしれない、そういう気持ちごと」

 彼女は柳眉を逆立てる。俺は溜め息をつく。こんなことを言いたいわけじゃないのだ、本当は。


104 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/19(木) 16:04:44.81 ID:GMSQMV97o

「……ふうん」

 と心底不快そうに、妹は眉をひそめた。

「ねえ、わたし怒ってる。なんでか分かる?」

 俺は口を噤む。……俺の態度が曖昧だから? 行動原理が卑怯だから? 言い訳じみているから?

「兄さん、わたしの気持ちを侮らないで。ちょっと多感な思春期に教師に憧れてるような、そんな程度のものと一緒にしないで」

 人から見たらおんなじだよ。
 ……と、このタイミングで言ったらさすがに怒られそうだ。

「兄さんに対するわたしの気持ちはね、もう人格の一部なの。わたし自身の一部なの。それは決して消えたりなくなったりしないの。絶対に」

 やけにはっきりと、彼女は言う。その言葉をきいて、俺の中の不安は一層掻き立てられた。

「今現在どれだけそう思っていても、やっぱりいつかは消え失せてしまうかもしれない、そういう気持ちごと」

 彼女は柳眉を逆立てる。俺は溜め息をつく。こんなことを言いたいわけじゃないのだ、本当は。


105 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/19(木) 16:05:12.61 ID:GMSQMV97o

 彼女はゆっくりとコタツから抜け出して、ソファに座りなおした。
 俺は立ち上がってコーヒーを入れる。

「だからためらってるんだ?」

 ぽつりと、彼女は言う。

「どうせいつかは冷める気持ちなのに、いろんなリスクを負うのはバカらしいって」

「そこまでは言ってない」

 ……たしかに、似たような考えは抱いているけど。
 だって彼女はまだ中学生で、俺はまだ高一だ。
 そんな人間が、未来のことまでしっかり見通せたりするだろうか?

 まだ結論を出すには早すぎる。

 こんなふうに考えるのはおかしいだろうか?  
 また彼女を傷つけている。


106 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/19(木) 16:05:38.55 ID:GMSQMV97o

「……一時の気の迷いなんかじゃないよ」

「そう思ってるだけかもしれない。お前はまだ子供だし、俺もまだ子供だ」

「じゃあ、大人になったら分かるの? 一時の気の迷いなんかじゃないって。あらかじめそういう判断がつくようになるの?」

「ならないだろうね、たぶん」

「それじゃあ」

 泣き出しそうな顔だった。

「どうしようもないよ。兄さんが言ってることはおかしい」

「そうかもしれない。でも、仮にこれが本当に一時の気の迷いだったら?」
 
 たとえばここで彼女を俺が抱いたとして、あとから彼女が、俺への気持ちなんて全然なんでもなかった、ただの気の迷いだったと気付いたら。
 そうしたとき、事実は決してなかったことにはならない。

「俺の存在がお前の未来を塞ぐ結果になるかもしれない」

107 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/19(木) 16:06:10.85 ID:GMSQMV97o

 妹は少しの間口を閉ざしていたが、やがて怒りを押し殺したように震えた声で呟いた。

「兄さんは何も分かってない」

 そうかもしれない。

「一時の気の迷いなんて言ってたら、そんなのどんな環境のどんな関係の人だって同じだよ。誰の気持ちも信じられなくなる」

 それもそうかもしれない。

「わたしは兄さんが好きだって言ってるの! どうして信じないの?」

 別に信じてないわけじゃない。
 いつかなくなるんじゃないかと懸念しているだけだ。
 ……ああ、まぁそれを、ある意味疑っているというのかもしれない。

 ――誰かと一緒にいても、ずっとひとりぼっち。人を信じてない。
 ――そんな人間が誰かを幸せにしたりできると思う?

 たしかに俺の言葉は誰かを傷つけてばかりかもしれない。
 結局、そういう人間性なのかもな、と思ったところで、

108 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/19(木) 16:06:37.96 ID:GMSQMV97o

「ていうか!」

 と妹は怒鳴った。沈黙とか雰囲気とか、その他もろもろのいろんなものを引き裂くような声だった。
 俺の鼓膜が震えて、それまで俺を覆っていた、なんというか、諦念めいた考えが吹き飛ばされる。

 俺の心は空っぽになる。そこに彼女が大声で何かを注ぎ始める。

「いまさらわたしのことを気遣ってるふりなんてしないで! だったらなんで胸をさわったりしたわけ?」

 ……。
 ……あ、うん。それを言われると困るんだけどね。

「そんなふうに言うくらいなら、わたしのことなんてなんとも思ってないふうに演技しててよ。中途半端はやめて」

「……うーん」

 まぁ、たしかにそういう話になるんだけど。

「わたしは兄さんが好きだって言ってるの。べつに二股されようがいいの」

 いいのか。

「兄さんと一緒にいられない未来なんて、わたしは最初からいらないの!」

 ……なんだそれ。

109 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/19(木) 16:07:04.01 ID:GMSQMV97o

「それ以外の未来なんてわたしには何の価値もないの。ぜんぜん。これっぽっちも」

 妹はそう言い切って、近くにあったクッションに顔を埋めた。
 俺は何を言い返すべきなんだろう?

「そのくらい兄さんが好きなの。信じないだろうけど、どうせ疑うだろうけど……そのくらいの存在なの、わたしにとっては!」

 俺は息を呑んで、溜め息をついた。

「俺もお前が好きだよ」

 と俺は言ったが、たぶん妹にはごまかしのように聞こえただろう。何かを言われる前に言葉を続けた。

「でも、だから、待ってくれって言った。俺が経済的に自立するまでって」

 そのくらいの期間、彼女が俺を好きで居続けてくれるなら、俺はきっと彼女の気持ちを信じられる気がした。

「だから、誰も兄さんに甲斐性なんて期待してないってば!」

 ……それはそれで嫌なんだけど。

110 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/19(木) 16:07:34.01 ID:GMSQMV97o

 俺の中でも、とっくに結論は出てる。俺が口にしているのは全部ごまかした。
 俺が気にしていることはもっと他にある。
 そんなものより感情を優先して行動してしまっている。それは自分でも分かっている。
 理屈の上でどれだけ考えているふうを装っても無駄なのだ。

「兄さんは、自分は経済的に自立してないからダメなんだって言った」

「……言ったっけ?」

「言った。つまり兄さん的には、経済的に余裕さえあれば、義理の妹に手を出してもオッケーってことなんだ」

「……なんだろ、すげえ人聞き悪い」

「そう言ってたもん! 決めた。だったら兄さんは、好きにうだうだ考えてればいいんだ!」

「なにそれ」

「じゃあわたしは、ちゃんと兄さんが自立するまで待ってるよ。それでいいんでしょ?」

「……理屈の上では」
 
 それでいいんだけど。
 なんだろう、この妙な怖気は。

111 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/19(木) 16:08:00.34 ID:GMSQMV97o

「俺は……」

「なに?」

「いや」

 またうだうだ拗ねてたのかもしれない。

「いや、あのな。俺が怖がってるのはさ、お前の心変わりとか、自分の気持ちとかじゃなくてさ」

 妹は怪訝な表情を見せた。

「なに?」

「あの、つまりだ」

「早く言って」

 妹は不機嫌になっていた。俺は大きく息を吸う。

「つまり、お前の両親――おじさんとおばさんに、どう説明すればいいかって話でさ」

「……うん?」

 きょとんとしている。
 
112 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/19(木) 16:08:28.78 ID:GMSQMV97o

「どう、って?」

「……いや、俺が手を出したりしたら、普通に、追い出されても仕方ないって言うか、どれだけ悲しませるかとか」

「……どうして?」

「どうして、って」

 態度がおかしい。
 心底不思議そうにしている。

「……兄さん、知らないかもしれないけど、子供の頃から、わたしと兄さんは結婚できるんだ、とか、そういうことをさんざんわたしに吹き込んでたの」

 と、一拍おいて、

「うちのお父さんとお母さんだから」

 言った。

「はあ?」

 俺は戸惑う。

「……え、なんで?」

「わかんないけど」

 おいおい。

113 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/19(木) 16:09:22.23 ID:GMSQMV97o

「そういえばたしかに、兄さんのいる前だと二人とも真面目ぶってるけど、影では普通にそういうこと言ってる」

「そういうことっていうのは」

「ちゃんと捕まえておけよって」

 うそだろ。おかしい。そんな面白キャラじゃないはずだ。おじさんとかめちゃくちゃ怖いのに。

「……まじかよ」

「ママって呼んでほしいって言ってた」

「もうやめてくれ。俺のこれまでの苦悩はなんだったんだ? アイデンティティが崩壊しそうだ。なぜか」

 でもまぁ、きっと彼らなりの冗談なんだろう。うん。本気にして手を出したりしたら普通にまずい。
 ……うん。

「問題解決!」

「いやいやいや」

 何がどう解決したというのか。

114 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/19(木) 16:09:59.23 ID:GMSQMV97o

「……まだ駄目なの?」

 拗ねたような顔で妹はぼやく。状況は何も変わっていない。
 俺が黙っていると、妹は溜め息をついた。
 
 仕方ないなぁ、とでも言いたげな溜め息だった。ダメな子供を甘やかすみたいな。

 俺はダメな子供か。
 ……ダメな子供だった。

「じゃあ、待っててあげる。兄さんの覚悟ができるまで」

「……なにそれ」

「わたしの方はいつだって準備万端なんだって、分かったでしょう?」

「……おかしいって、それ。絶対」

 俺はうなだれた。

「兄さん、兄さんが自分で思ってるよりも、案外、世の中の問題って少なくて小さいのかも知れないよ」

「案ずるより産むが易しってこと?」

「そうそう」

 彼女は悪戯っぽく笑った。

115 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/19(木) 16:10:25.48 ID:GMSQMV97o
もう少しつづく
116 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/07/19(木) 16:25:24.13 ID:gGq6fLMpo
なんと言う素晴らしさ!

乙三昧!
117 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/19(木) 16:58:08.59 ID:xkWLlRKIO
おっつん
養子?
118 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2012/07/19(木) 17:25:31.99 ID:a8uswNjTo
119 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(中部地方) [sage]:2012/07/19(木) 17:59:32.43 ID:0DveZs8oo
乙!
120 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(埼玉県) [sage]:2012/07/19(木) 18:10:35.09 ID:uMYME4/Xo
すばらしいいいいいいい
おつんこ
121 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2012/07/19(木) 18:12:42.52 ID:V4pfTmtdo

なんか幼馴染に流れが向いているような気もする
122 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) [sage]:2012/07/19(木) 20:08:54.85 ID:rdn6hFbSo
うむ
123 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2012/07/19(木) 20:20:07.13 ID:pLi6BipNo
すばらしい
124 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/20(金) 03:30:29.25 ID:ApIN1psIO


結末が気になりすぎて明日提出の宿題が進まないorz
125 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/21(土) 00:05:12.59 ID:XnPSsp4Zo

 さて、今日は疲れたなぁと思ってベッドにもぐりこむ。
 今日という一日は長かった。本当に長かった。

 記憶を反復する。と、奇妙なことに気付く。
 いつのまにか俺の生活というものが根本からすり替わっている気がする。
 もっと言えば俺という人間を取り巻く環境すべてが。

 何もかもが肌の表面を薄く刺す針のように感じられた少し前までとは違う。
 なにが変わったのか。

 俺は少し疲れているのだろうか。

 考えようによっては、このまま保留し続ければ、俺の願望は叶い続ける。
 自分で何かを選びさえしなければ、世間に嫌われることもない。
 ただ漠然と、そういう状況に居続けることができる。

 俺は実際のところ、それを願ってもいるのだ。

126 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/21(土) 00:05:50.22 ID:XnPSsp4Zo

 現状は俺にとってとても都合がいい。ふたりとも、俺になにひとつ決断を迫っていない。
 それで。

 ――俺が感じている不安は、いったい何に起因しているのだろう?
 俺はどこかで致命的に間違ってしまった気がする。それがじわじわと日常の基盤を揺さぶっているのだ。

 ふたりのことが好きだ。
 ふたりも俺が好きだという。
 だからふたりと一緒にいたい。そうすることができる。

 それでいいのか?

 どうなのだ? その決断にはある種の致命的なひずみが潜んでいる気がする。
 具体的にどうとは言えないけれど、何かの矛盾が……あるような気がする。

 俺は溜め息をついて天井を見上げた。

127 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/21(土) 00:06:16.54 ID:XnPSsp4Zo

 きっと俺は疲れているのだ。頭がうまく回っていないのかもしれない。
 だから、なんだか暗い気持ちになっているのだろう。そうに違いない。
 いつもの悪い癖で、不安に思う気持ちを上手に消化できていないだけなのだ。

 ――兄さん、兄さんが自分で思ってるよりも、案外、世の中の問題って少なくて小さいのかも知れないよ。

 そうだ。ことさらに不安に思う必要はない。
 考えすぎるのは悪い癖だ。そんなことよりも、俺はふたりと一緒に遊んで暮らしたい。

 決断は先延ばししよう。それは決して誠実な行為ではないけれど、あくまでも先延ばしだ。
 無責任なことではない。……そう、思う。そうではないだろうか。

 ――つまり、きみがあれこれ悩んでる間にうまいこと誘惑して、わたしなしじゃいられないようにしてあげればいいわけですね。

 彼女はああいったけれど、俺にとって彼女は――彼女たちは必要不可欠な存在なのだ。 
 どう足掻いたってなくてはならない存在なのだ。そのことの、何が悪いだろう。必要なものを必要だと思うことが?

 ……この据わりの悪さはなんだろう?
 俺はまた何かを見逃してはいないだろうか?

 それとも、何かを見ないふりをしているのか?

128 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/21(土) 00:06:45.65 ID:XnPSsp4Zo

 まあいいや、と俺は思う。俺がどういう決断をしたって、そこに善悪の基準を持ち込む必要はない。
 問題は俺が何を望んでいるかなのだ。そして、それがどこまで受けいられるか、なのだ。
 
 それ以外のものさしなんて燃えるゴミの日に捨ててしまえばいい。
 そうではないだろうか?

 不意にノックの音が聞こえた。俺はなんとなく返事をしたくなかったけれど、扉は勝手に開いてしまった。

 パジャマ姿の妹が立っていた。俺が目を向けると、妹は気まずげに目を逸らした。

「なんで起きてるの?」

「起きてたら困るのか」

「……べつに」

 困るらしい。

129 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/21(土) 00:08:00.98 ID:XnPSsp4Zo

「ね、一緒に寝ていい?」

「……なにを言い出すやら」

「ほら、いいから」

 こちらの返事も聞かずに、ベッドにもぐりこんでくる。
 俺は壁際に身を寄せる。俺たちはちょうど向かい合うようにベッドの上に寝転がった。

「なにか考え事?」

「分かる?」

「割とね」

 と妹は言った。たいしたことじゃないと言いたげに。彼女がそんな顔をすると、本当にたいしたことじゃないように思える。

「わたしのこと?」

「お前のことも」

「ふうん」

 思うところもなさそうに相槌を打つと、彼女は俺の身体に顔を寄せた。

「……なに?」

「べつに」

130 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/21(土) 00:08:32.56 ID:XnPSsp4Zo

 猫のように、頭を擦りつけてくる。俺は困った。

「……キャラが違ってないか」

「うるさい、黙れ」

 言いながらも離れようとはしない。
 なんなのだ。

「どうせ嫌ってわけでもないんでしょ?」

「……そりゃ、そうなんだけど」

 こういうことをされると困るのだ。
 歯止めが利かなくなる。歯止めが利かなくなれば……言い訳が効かなくなる。

 俺の表情をちらりと見て、妹が悪戯っぽい笑みを浮かんだ。小悪魔的。
 蠱惑的とまではいかなくとも、色香のようなものを感じる。
 
 将来に期待である(現状まだまだ)。

「……なんか妙なことを考えてる顔をしてる」

 鋭い。

131 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/21(土) 00:09:25.15 ID:XnPSsp4Zo

 俺は目を背けて、また天井を眺めた。

 それからぼんやりと考え事をしていたけれど、その内容は、ふと気付くと分からなくなっていた。
 今まで自分は何を考えていたのだろうかと思った瞬間には、そのすべてが分からなくなってしまっている。
 まるで夢でも見ていたようだ。

「ね、昔もこんなふうにして、一緒に寝たことあったよね」

 顔を見ていなかったので表情は分からなかったが、楽しげな声で妹は言った。
 そうだ。たしかにこういうことがあった。俺の人生でもっとも安らかだった時間。
 
 妹が隣に居て、幼馴染が近くに居て、そういう時間。いつの間にか、そうじゃなくなっていたけれど。
 でも、今ふたたび、俺の隣には妹がいて、きっと幼馴染も近くにいる。
 
 おそらく、俺が願っていたのはあのときの安らぎを取り戻すことで……たぶん、今、それに近いものに手を伸ばしている。

 そうなのかもしれない。本当のところ、俺が抱えていた(と錯覚していた)問題なんて、たいしたものじゃないのかもしれない。
 そんなものなんてなくたって世の中はどうにでも運んでいける。なるようになるのだ。

 そりゃ、不誠実だろう。無責任かもしれない。でも俺は、ふたりと一緒にいたいのだ。
 できるものならば、モスやタカヤとも。みんなと一緒にいたいのだ。両親とだって。

132 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/21(土) 00:10:15.07 ID:XnPSsp4Zo

 逆に言えば、それ以外の人間なんてどうでもいい存在なのだ。そんな人間に嫌われたり軽蔑されたからって何なのだ?
 俺は俺の周りの人間が笑顔でいさえすればいい。そこには何の不足もない。

 俺の世界はごく狭い空間で完結できる。その程度のものでかまわない。
 ふたりがそれでかまわないと言うなら――今はこの曖昧な関係に浸ってもいい。

「またなんか考えてる?」

「べつに」

 俺の考えなんて、全部その場しのぎの思いつきた。一晩経てば忘れている。
 その程度のもので構わないのだ。

 ――そうだよな?
 俺は何の思い違いもしていない。何も忘れていない。何からも目を逸らしていない。
 そのはずだ。俺は頭の中でもう一度、自分を取り巻く状況について考えてみた。
 そしていくつかの可能性について考えた。でも、どれだけ考えようと結局同じだった。

 したいようにするしかないのだ。それ以外では、結局同じなのだ。

133 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/21(土) 00:10:43.31 ID:XnPSsp4Zo

「何か言ってよ」

 と妹が言った。

「何かって?」

「……べつに、いいんだけど。黙っていられると困る」

「そう言われてもな」

 何を言えというんだろう。

「ねえ、やっぱりまだ信じられない?」

「なにが?」

「わたしが兄さんをずっと好きだって」

「……さぁ?」

 どうなんだろう。俺は信じられているのか、信じられないのか。
 どちらにしても同じだという気がした。

134 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/21(土) 00:11:18.31 ID:XnPSsp4Zo

「あのさ」

 少し緊張したような声だった。俺の意識はぼんやりとしてきた。
 鈍麻? 鈍麻していく。何か、そういう要素があった。

「わたしさ、兄さんになら……」

 たぶん、それは甘美な麻薬のようなもので、正常な思考も、常識も、理屈も弾きとばしてしまうものなのだ。

「兄さんになら、なにされたっていいよ」

 心臓の鼓動が高鳴ったのが分かった。それはほとんど痛みに近い感覚だった。
 おいおい、こいつはいったい何を言い出してるんだ? 保留なんだって言ってるだろ。

「べつに、どこ触られても、いいし……」

 俺が答えないでいると、妹は怯えるように唸った。

「……なんか言ってよ」

 何を言えるというんだろう。

135 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/21(土) 00:11:51.33 ID:XnPSsp4Zo

 俺は妹の顔を見つめる。頬は暗くても分かるくらい紅潮していた。
 目が合うと、逸らしてなるものかと言うようにこちらを見返してくる。

「なあ、お前、本当に俺のことが好きなのか」

「……うん」

 躊躇なく、彼女は頷く。

「本当に、本当か?」

「……どうして?」

『どうして?』。たしかにどうしてだろう。俺はなぜこんなに不安を感じているんだろう。
 
「……うん」

 それでも妹は、もう一度頷いた。

136 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/21(土) 00:12:22.10 ID:XnPSsp4Zo

「兄さん」

 何かを見透かしたように、彼女は口を開いた。
 
「大丈夫だよ、なんとかなるよ」

「……そう思う?」

「きっと」

 そうかもしれない。彼女の言う通りなのかもしれない。
 どうにでも、やっていけるのかもしれない。そしてこんな悩みを、いつか忘れてしまえるのかもしれない。
 やがて思い返すときがくるのかもしれない。ああ、あのころはあんなことで悩んでいたのか、と。
 過ぎてしまえばたいした問題じゃなかったのだ、と。

 ――昔、永井荷風の『祝盃』とかいう小説を読んだことがあったなぁ、とふと思った。
 ……だからなんだっていうんだ?

137 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/21(土) 00:13:08.50 ID:XnPSsp4Zo

 俺は手を伸ばして妹の頭を撫でた。何を考えようとも、結局こういうことなのだ。
 
「……なに?」

「うん」

 心が満たされていく。
 その感触だけでいい。他のものは、いい。
 俺はただ安心していたい。そしてこの状況ほど、安心できるものは、そう多くない。

「とっとと寝て、明日どこかに出かけようか」

「どこかって?」

「どこか。どうせ休みだし」

「……うん」

 妹は何かを言いたげにしていたが、やがて瞼を閉じてこちらに身を寄せた。
 俺はその温度を感じ取ることに集中する。

138 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/21(土) 00:13:44.44 ID:XnPSsp4Zo

 俺もまた瞼を閉じた。妹の呼吸の音がすぐ傍に聞こえる。
 もう何も考えたくなかった。
 体は疲労感からか、じんわりと痺れている。
 
 いますぐにでも眠ってしまえたら、きっとものすごく気持ちいだろう。
 実際には、緊張からか、なかなか睡魔はやってこなかった。

 それでも暗闇で瞼を閉じていれば、いつの間にか眠ってしまっているものなのだ。
 妹が眠れたかどうかは知らない。少なくとも俺は、いつのまにか眠っていた。

 今までになくぐっすりと眠った。とても心地よい時間だった。
 それだけで十分じゃないか?

 眠っている間、一度だけ携帯が鳴った気がした。俺は一度瞼を開いて、たしかに携帯が鳴っていることに気付いた。
 でも、結局無視した。電話になんて出たくなかった。そんなことよりも妹の体温を少しでも長く感じていたかった。

139 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/21(土) 00:14:45.53 ID:XnPSsp4Zo

 翌朝、意識がぼんやりと目覚める。夢の中にいるような心地だった。
 妹はまだ眠っていた。俺はベッドから上半身を起こしてカーテンを開けた。
 冬の朝の日差しが部屋に差し込む。少しだけまぶしかった。

 もういちどベッドに身を沈める。うーん、と俺は唸った。あくびをひとつして、瞼を閉じる。
 そしてもう一度開けて、時計を見た。朝七時。なんだ、と俺は思う。まだ眠っていられるんだ。

 もう一度目を瞑った。日差しが瞼をさして、視界を白っぽく染めた。

 妹の寝息が聞こえる。こんな朝にこそ、世界は滅ぶべきなのだ。こんな穏やかな朝にこそ。
 ……ちょっと考えてみただけだけど。

 妹が身じろぎをする。俺はまた瞼を開けた。

「起きた?」

「……うん」

 寝惚けたような声。彼女の方もぐっすり眠れたらしい。

140 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/21(土) 00:15:33.78 ID:XnPSsp4Zo

「まだ、寝てていいよ」

 俺が言うと、妹は心地よさそうに微笑んで瞼を閉じた。
 小さく体を丸めて、こちらに寄せてくる。
 こんな朝ばかりだといい。

 ――インターホンが鳴る。

 妹がゆっくりと瞼を開く。目が合うと、「どうする?」という顔がした。

 無視しよう、と俺は瞼を閉じた。妹もそれに倣ったようだった。
 
 インターホンは鳴り止まない。
 
「……なんだろ」

 妹が体を起こした。俺はその腕をつかんで引き留める。

「……なに?」

「……いや、なんとなく」

「なんなの」

 妹は機嫌よさそうに笑った。

141 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/21(土) 00:16:05.04 ID:XnPSsp4Zo

 俺たちはベッドに戻る。そして眠る。来客は無視。
 インターホンも電話も全部無視していい。ドアがノックされても、窓に石を投げられても。

 ただここにいればいい。

 ――ドアが開く音がした。

 階下から「おじゃましまーす」と声がする。誰の声かは瞬時に分かった。
 俺は聞こえないふりをした。

 妹が俺の身体に腕を回した。……こいつもなかなかタチの悪いことを考える。拒否する気にはなれなかった。

 階段を昇る足音。近づいてくる。俺は寝ている振りをした。
 ドアがノックされた。

「もしもし」

 という言葉の二秒後には、返事を待たずに彼女はドアを開けたらしい。

「おはようございます」

 という静かな声。幼馴染がきたのだ。

142 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/21(土) 00:16:30.84 ID:XnPSsp4Zo

「……ん?」

 状況を掴みかねる、という声だった。この状況に、なんて言うんだろう、こいつは。

「……うん」

 彼女は奇妙な声音で小さく頷いた。

 幼馴染は何も言わずにベッドから布団を引きはがそうとしたらしい。俺は寒くて抵抗する。

「なんで抵抗するんですか!」

「寒い。眠い」

「いいから起きてください! 朝ですよ!」
 
 そう、朝の七時だ。休みの。つまり寝たい。

「なんで一緒に寝てるんですか!」

「……成り行き」

 幼馴染は苛立たしげに唸った。

143 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/21(土) 00:17:02.39 ID:XnPSsp4Zo

「ずるい!」

 何が?

「なんでふたりだけ!」

「……一緒に住んでるから?」

「じゃあわたしもここに住む!」

 時間が経つにつれて幼馴染の幼児化が進んでいる気がした。
 彼女は引きはがした布団を引きずって、ベッドに飛び込んだ。俺と妹が慌てて避ける。子供じゃないんだから。普通に危ない。
  
 そして布団をかけ直す。三人で布団にくるまる。幼馴染は真ん中に入った。

「……いいのかなあ、こんなんで」

 俺が呟くと、妹が変な顔をした。

「何が?」

「いや」

 上手く説明できる気がしなかったので、口を噤む。

144 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/21(土) 00:17:28.33 ID:XnPSsp4Zo

 幼馴染は目を閉じて何かを取り返そうとするみたいに俺の手を握った。

「……」

 妹がそれに気付いてむっとした視線を向けてくる。どうしろっていうのだ。
 ……ああ、こういうことか。

 とふと思ったけれど、何がこういうことなのかは全く分からなかった。
 分からないことだらけだった。でもいいや。別に。そんなに小難しい話じゃない。

 俺は体を起こして、開いている方の手で瞼を擦った。

「今日、どこかに行く?」

「……どこかって?」

「どこか」

 何も思いつかなかったけれど、とりあえず訊いてみた。

「いいですよ」

 と幼馴染は頷く。彼女が小さく手のひらに力を込めた。俺はそれを握り返す。

「……うん」

 妹もまた頷いたが、視線は繋がれた手に向かっていた。俺は何を言えばいいんだ。

145 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/21(土) 00:17:59.04 ID:XnPSsp4Zo

 結論は、先延ばしだ。
 それで何か問題があるだろうか? 少なくともこの居心地のいい状態を楽しんだって、罰はあたらない。
 いや、あたるかもしれないけど、それは俺に必要なものなのだ。

 俺にはこうする以外に方法が見つからないのだ。
 ……いや、方法はあるけれど、それは取りたくないのだ。

 だから、これでいいんじゃないか?
 幼馴染がくすくすと笑う。

「何笑ってんの?」

 訊ねるが、答えはもらえなかった。
 妹が呆れたように溜め息をつく。
 窓から差し込む日差しはどこまでも透き通っている。
 冬の朝だった。

 こんな日がずっと続けばいい。

146 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/21(土) 00:18:25.75 ID:XnPSsp4Zo

 不意に、家の電話が鳴っているのが分かった。
 俺たちは居留守を決め込む。

 寝てたってことにしよう。

 しばらくすると電話の音は途切れた。そういえば昨日、携帯が鳴っていたんだっけ。
 たしかめるのが面倒だったから放置した。

 ふと気付くと八時を過ぎていた。俺たちはベッドを抜けだす。
 
 三人でリビングに降りて、トーストを焼いて食べた。

「で、どこに出かけるんです?」

「まだ早いだろ」

「ちょっとした散歩くらいならできるじゃないですか」

 どうも、幼馴染はどこかに行きたいらしい。

147 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/21(土) 00:19:00.97 ID:XnPSsp4Zo

 まぁ、いいだろう、と俺は思う。
 どこに行くにしても、この二人が一緒ならいい。
 それでいい。
 
 俺はこいつらが好きなんだと思った。
 そう思うと、それ以外には何も必要ない気がした。

 ……本当に、そう思った。

 十時を過ぎた頃、準備を終えて、俺たちは玄関を出た。
 十二月二十五日の朝。街も目を覚まし始めていた。

 何かを忘れているような気がしたけれど、きっとどうせ大した問題ではない。
 そのはずだ。

 冬の朝の空気はしんと冷たかった。そのかわりにとても澄んでいた。
 吸い込むと気持ちがいい。街の景色も透き通って見えた。

「さて、どこに行きましょうか?」

 どこでもいい、と俺は思った。

148 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/21(土) 00:19:35.80 ID:XnPSsp4Zo

 とにかく街の方にと、俺たちは歩き出す。
 途中で公園にたどり着くと、幼馴染は勝手に走り出して中に入っていった。
 
「朝の公園って、なんだか変な感じだね」

 妹が呟く。たしかに変な感じだった。
 俺たちは自動販売機で飲み物を買った。俺はコーヒーを、幼馴染はココアを、妹は緑茶を買った。

 俺は今、このふたりに何かを言うべきなのかもしれない。
 俺が考えていること。自分が不安に思っていること。すべて。
 でも今はやめておきたい。

 いつかは口に出さなければならないだろう。でも、今のところはこれでいい。
 妹がこちらを見た。

「なんか、考えてる?」

「なにも」

 と俺は答えた。妹はふわりと笑った。
 すると空気が静かに緩んだように思えた。引き伸ばされた糸のような冬の冷たさが、柔らかな気配をまとう。
 もちろんそれは錯覚だったのだと思う。

 幼馴染がうーんと伸びをする。

「気持ちのいい、朝ですねえ」

 そう、気持ちのいい朝だった。

149 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/21(土) 00:20:17.00 ID:XnPSsp4Zo

「――ところで」

 と幼馴染は言った。何かを切り裂くみたいな声だった。

「決めました?」

 俺は溜め息をつきかけて、やめた。

「……ええと」

 妹を見ると、彼女もこちらを見ている。
 言わなきゃならないのだ、結局。

「正直な気持ちを言っていいか?」

 ふたりは頷く。

「こんなこと言ったら嫌われるかもしれないけど、どっちかを選ぶなんてできない」

 我ながら最悪の台詞だった。どこかで聞いたような台詞だ。自分がこんな言葉を吐くことになるなんて思わなかった。
 でも正直な気持ちだ。仕方ない。おそらく誰かは俺を嫌いになる。でもそれはそれで構わない。

 問題は目の前のふたりがどう思うかだ。

150 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/21(土) 00:20:52.52 ID:XnPSsp4Zo

「選ばないことを選ぶって言ったら、悲しい?」

 思っていたよりもすんなりと、その言葉は喉を通って空気を揺らした。
 静かな冬の朝、公園にその声は染み渡った。

 幼馴染と妹は、困ったような顔で目を見合わせた。

「変なこと言ってるって言うのは百も承知なんだけど」

 そしてこれは、俺なりに一生懸命考えた結果なのだ。
 どちらを失ってもダメなのだ。何かが欠けてしまったら、そこで終わってしまうのだ。
 そういう種類の問題だ。

「無理なんだ、それ以外を選ぶのは」

 ……本当は無理じゃないかもしれない。俺は自分の考えを誘導している。卑怯だし不誠実だ。
 
151 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/21(土) 00:21:20.58 ID:XnPSsp4Zo

 俺が黙ると、二人も黙った。長い沈黙が下りた。俺は俯く。
 ふたりが俺に背を向けて去っていくイメージが、頭の中で何度も再生された。

 不意に、

「兄さん」

 と、声が沈黙を切り裂いた。
 それは柔らかな声だったけれど、たしかな鋭さを持っていた。

 その鋭さに、俺は怯える。
 けれど彼女は、それ以上何も言わなかった。

 顔をあげる。

 妹が、こちらに手を差し出していた。

 恐々と、その手を取る。彼女は満足げに笑った。
 妹が幼馴染を見た。

 幼馴染は戸惑ったように視線をあちこちに彷徨わせる。
 やがて仕方ないとでも言いたげに溜め息をつく。彼女の息は白く染まって空に立ち上り、やがて消えた。

 彼女もまた、こちらに手を差し出す。
 俺はその手を取った。

152 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/21(土) 00:21:47.09 ID:XnPSsp4Zo

「兄さんの手、冷たい」

「ですね」

 俺は何も言わなかった。
 ただ、なんだかすごく、自分がちっぽけな存在に思えた。

 これはきっと正解ではなかったのだ。なんとなく、そう思う。

「どこに行きましょうか」

 でも、少なくとも今、俺は彼女たちと手を繋いでいて、その事実は俺をたしかに喜ばせた。 
 怖さはあるけれど。

 俺たちは並んで冬の街が歩く。

「あ、雪だ」

「……ほんとですね」

 ちらちらと、白い空から雪が降ってくる。
 
153 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/21(土) 00:22:14.04 ID:XnPSsp4Zo

「……こんなことを言うのもなんだけど」

 と前置きして、俺は言った。

「お前らのこと、好きだよ」

「『ら』がなければ、素直に喜んでたんですけどね」

 幼馴染は口をとがらせた。
 それ以上のことは、俺は何も言えなかった。
 たしかに不安はあるのだ。こんなやり方で上手くいくのかと。
 でもそんな不安は、どんなやり方だってあって当たり前のものなのだ。

 じゃあ、このやり方で試してみればいい。
 ひょっとしたら案外、上手くいくかもしれない。
 
 少なくとも、それを試すことが、今はできるのだ。
 それは、正解ではないかもしれないけど。
  
「だいじょうぶだよ」

 と妹が言った。幼馴染はきょとんとする。

「なんとかなるから」

 彼女はこちらを見て笑った。
 俺はうまく笑えなかったけれど、彼女がそういうと、本当にだいじょうぶだという気がした。
 
「ね」

 妹は笑う。
 幼馴染は苦笑した。
 俺は溜め息をついて、二人の手を握り返した。 

 その手のひらのぬくもり以外は、なにもいらなかった。
 
154 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/21(土) 00:22:56.65 ID:XnPSsp4Zo
次でおしまい
155 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府) [sage]:2012/07/21(土) 00:23:30.76 ID:UvP34tK+o
おつ
遂にかー
156 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2012/07/21(土) 00:23:39.30 ID:mKoutBggo
おお、最終回か。
乙!
157 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) [sage]:2012/07/21(土) 00:27:40.97 ID:3D5Wq5P/o
もう次で終わりか…
乙!
158 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/21(土) 00:39:06.62 ID:mYqSOILXo
12月25日…だと…?
159 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/21(土) 00:42:37.11 ID:XnPSsp4Zo
>>158
どう考えても二十六ですね。……眠かったんですごめんなさい。

147-8 二十五日→二十六日
160 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/21(土) 00:45:03.09 ID:suWfYrQxo
マジか!

面白かったから寂しくなる。

が、とりあえず最終回期待!
161 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/07/21(土) 01:21:38.48 ID:zebpi1X0o
162 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2012/07/21(土) 06:29:49.06 ID:KTVbnJYQo
ついに最終回か
ちょっと寂しいな
163 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/21(土) 06:51:22.77 ID:JhjhhLwPo
最終回は600レスくらいか
楽しみだなああ
164 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/21(土) 06:58:16.48 ID:5j7bAC6Eo
あれ、チャーパーツは…?
165 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2012/07/21(土) 07:26:15.24 ID:BcoCkaVCo
はー、朝から堪能したぜ
おつんぱい
166 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/07/21(土) 10:39:04.55 ID:EfI2+gB0o
自分に酔ってるだけの男はアキに刺されればいい
167 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(中部地方) [sage]:2012/07/21(土) 11:33:59.21 ID:MMxyLzJQo
乙!
電話とか散歩とか、いつアキが現れるか心配だった
168 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/21(土) 14:09:59.79 ID:XnPSsp4Zo

 手のひらが弾けた。
 俺は唖然とする。

 何が起こったのか、一瞬、分からなかった。

 俺たち三人は今の今まで、冬の朝の街を手を繋いで歩いていた。
 そこには邪魔者はなかった。不安もなかった。破綻の影なんてひとつもなかった
 ただ安らかな空気だけがあった。ある意味では完成すらしていた。

 にも関わらず、幼馴染は俺の手のひらをはねのけた。
 唐突に。

 俺は驚いたけれど、彼女自身の方がもっと驚いているようだった。
 自分のとった行動が信じられないという顔をしている。
 わたしはどうしちゃったんだろう、という顔をしてている。

 息が詰まった。

169 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/21(土) 14:10:26.18 ID:XnPSsp4Zo

「……えっと、あの」

 彼女は取り繕うような笑みを浮かべたが、その笑みは何も生まなかった。
 俺たちをまとう空気は一瞬で凍てついた。寒々しい冬の冷気が急に攻撃的に肌を刺す。
 風が強くなる。雪の粒がまとわりつく。

「ごめんなさい」

 と幼馴染は言った。そこに何かを付け加えようとしたらしいが、次ぐ言葉は出てこない。
 でもきっと何を言われても同じだったと思う。彼女自身、自分が何を謝っているのか分からないだろう。

 彼女は目に見えて動揺していた。かわいそうなくらいに。
 俺はその動揺をどこか他人事のように眺めていた。

 彼女の声はガラス越しに聞くように遠くに感じられた。
 俺と妹は手を繋いだままだった。妹は何も言わなかった。
 
 気分が妙に乾いていた。
 
170 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/21(土) 14:10:52.49 ID:XnPSsp4Zo

「どうした?」

 と俺は訊ねた。訊ねたけれど、俺の気分がそうであるように、声もまた乾いていた。
 それでも、一応は訊ねてみなければならなかった。儀礼的に。

 そして手を差し伸べる。彼女がそれを受け取るように。
 けれど彼女は、受け取るどころか、怯えるように後ずさりをした。

「……ごめんなさい」
 
 幼馴染はその言葉を繰り返した。今度は続きがある。

「でも、なにか、これじゃだめだって気がするんです」

 俺は黙っていた。妹も黙っていた。幼馴染だけが気まずげに視線をあちこちに彷徨わせる。 
 言ってしまったからには戻れない。

 彼女はしばらく怯えたような視線をこちらに向けていたが、やがて俺に背を向けて走り去った。後ろ姿を見送る。

「いいの?」と妹が言った。

「どうなんだろう」と俺は答えた。自分ではなにひとつ分からなかった。
 
171 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/21(土) 14:11:19.63 ID:XnPSsp4Zo

「兄さん、また考えてる?」

「…………」

 妹は平然としている。さっきまでの親密な雰囲気は薄れてしまった。
 空気は鋭く尖っていたし、風は冷たく刺さってきた。

「わたしは、どっちでもいいよ。あの人がいても、いなくても」

 どうなんだろう?

 俺は自分が何かを振り払えたような気になっていた。
 自分が何かに向き合うことができたのだと思っていた。

 どうなんだろう?

「わたし、先に帰るから」

 妹もまた、俺に背を向けて去っていく。その態度は必要以上に冷たかった。
 よくよく考えれば当たり前の話だ。そうして俺はひとりきりで取り残された。

172 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/21(土) 14:11:59.14 ID:XnPSsp4Zo

 どうしてこんなことになったんだろうと俺は考えた。結果には何かの原因があるはずだ。
  
 やっと話がまとまりそうだと思ったのに。
 都合よく尾括されると思ったのに。
 
 結局破綻するのか?

 ポケットの中で携帯が震える。
 俺はディスプレイを見ずに電話に出る。

「よう」

 とモスは言った。
 俺は上手に返事ができなかった。

「……どうした?」

 とモスは最初に訊いた。その言葉はむしろ俺が使うべきものだったと思う。
 どうしてこいつはこんなタイミングで電話をかけてきたりするんだろう。

173 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/21(土) 14:12:25.38 ID:XnPSsp4Zo

 俺は溜め息をついて瞼を閉じる。そして朝の空気を吸い込んだ。
 何かを言うべきだという気もしたし、何かを相談すべきだと言うきもした。
 
 でも俺は半分くらい気付いていた。こうなった理由。原因。正体。

 だから、

「悪いけど、あとでかけ直す」

「は?」

 モスの声は途切れた。
 幼馴染をここから去らせたものがなんなのか。
 それは恐れとか悲しさとかではなくて、たぶん不安とか不満でもない。

 俺も妹も幼馴染も、全員ぼんやりと気付いていた。
 今の状況は、何ひとつ決定していない状態だ。曖昧なまま放置した状態だ。

 妹はそれでも(今のところは)構わないと思っているのだろう。
 そして俺は出来る限りその状態を引き延ばしたいと考えている。
 幼馴染はその状態に納得がいかなかったのかもしれない。

 だから「このままじゃダメだ」と思ったのだ。それは正しい。

174 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/21(土) 14:13:24.37 ID:XnPSsp4Zo

 俺は自分の頭がすごく回っているなと思った。さっきまでまったく何も思いつかなかったのに。
 つまり俺はわざと目を逸らしていたのだ。考えないふりをしていた。

 こうなることを見越した上で曖昧なまま放置したのだ。
 俺は何にも向き合ってなんていなかった。目を逸らしたままだった。

 俺は幼馴染が去って行った方向へと向かう。彼女を追いかけなくては、と思う。
 でも追いかけてどうするんだろう? 何を言うんだろう? その答えは思い浮かばなかった。

 道を走っている途中で茶髪とすれ違った。休みに入ってから姿を見るのは初めてだ。

 彼は俺の姿を見て一瞬顔をしかめたあと、憐れむように笑った。

 こいつはまたやってるよ、という顔だった。
 本当にそうなのだ。茶髪の言う通りだった。お手上げだ。全部こいつの言う通りだった。

175 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/21(土) 14:13:50.77 ID:XnPSsp4Zo

 携帯が鳴る。またかよ、と俺は思う。ディスプレイを見た。アキだった。
 俺は通話終了のボタンを押す。今はそんな状況じゃない。走らなきゃいけないのだ。お前もそこそこ正しかった。

 俺は結局責任を取りたくなかったのだ。
 自分が何かの責任を負うことが怖かった。

 あきらかに普通じゃない形の未来を望んで、手を伸ばしたにも関わらず、そこに生まれた責任は負おうとしなかった。
 俺は結局逃げていたのだ。

 そんな人間が誰かを幸せにできるはずがない。

 で、これからどうするのだ?
 幼馴染を見つけることはさして難しいことじゃない。そのあとどうするのだ?
 
 結局やることはこれまでと同じじゃないか? 俺はどちらかひとりになんて決められない。
 それでもどちらかに決めなければならないというなら、俺はどちらも選ばないことを選ぶだろう。

 選ばないことを選ぶ、と俺は言った。
 つまり俺は選んでいない。なにひとつ自分の手で選択していない。

176 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/21(土) 14:14:16.88 ID:XnPSsp4Zo

 自分の考えもよく分からないまま俺は彼女がいるだろうところに向かった。
 走っているうちに息切れしてきて、脇腹がじくじくと痛んだ。

 俺はなんだって走ってるんだ?

 第一だ。俺自身の願望自体、彼女たちの幸せだのさ将来だのその他さまざまなものを軽視してるってことではないのか?
 未来とかいろんなもの。そういうものを全部ぶち壊してでも俺は一緒にいたいと思ってるのだ。
 
 もちろんそれは他人に軽蔑されても仕方ない考えだし、誰かにとっては不愉快なことだろう。
 俺は彼女たちを幸せにできないけれど、彼女たちと一緒にいたいと思っている。
 それは俺にはあまりに都合のいい話だし、彼女たちにはあまりに絶望的な話なのだ。

 ――で。

 ここで「そういう人間性だから」と開き直ったら、結論は同じになってしまうのだ。
 それは全然仕方ないことなんかじゃない。
 俺が諦めるか何かしてしまえば終わる話なのだ。
 そうしたくないのに責任を負いたくないなんて卑怯だ。

 それを自覚した上で目を逸らすのはもっと卑怯だ。

177 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/21(土) 14:14:48.29 ID:XnPSsp4Zo

 つまり俺は言わなくてはならないのだ。
 彼女たちにはっきりと。

 神社についたときには頭は朦朧としていた。ここにいるという確信は持てなかった。
 見つけてほしくて隠れるのなら、彼女はきっとここにくる。
 でも、幼馴染は今でも俺に見つけてほしいと思ってくれているのだろうか?

 俺は神社に足を踏み入れる。踏み入れてから、やっぱりここに来るべきではなかった気がした。
 それは仕方ないことだ、と開き直ることもできた。

 幼馴染は前と同じようにそこにいた。

 そこで泣いていた。

178 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/21(土) 14:15:14.41 ID:XnPSsp4Zo

「……ごめんなさい」

 と彼女はもう一度謝った。

「謝るなよ」
 
 と言おうとしたが、上手く口が動かせなかった。

「わたしがおかしいんです。それでもいいって思ったはずなんです」

 でも、と彼女は続ける。

「どうしても、いつか、そのうち……」

 つまり俺は、結論を先延ばしにすることで、彼女の心境を置き去りにしていた。
 不安と期待の間に置き去りにした。

「わたしをいらなく思うんじゃないかって。だって、その方が形としてはずっとシンプルだし、理屈としても単純になるんです」

179 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/21(土) 14:15:41.34 ID:XnPSsp4Zo

「いらなくなんてならない」

 変な日本語だと俺は思った。そのまま続ける。

「ちゃんと言うべきだった。保留とか、先延ばしじゃなくて、お前らと一緒にいたいんだって」

 ただ単に一緒に居ればそれでいいというのではなく、

「選ばないことを選ぶんじゃなくて、どちらも選ぶって決めるべきだった」

 俺はバカだから、まだ怖がっていた。
 そのことを口に出したら軽蔑されると思った。
 あくまでも、いつかどちらかを選ぶという体を装わないと、嫌われてしまうと思っていた。

 その怯懦の埋め合わせが彼女に向かっていたのだ。

 嫌われたって仕方ない。
 俺が望んでいるのはそういうことだ。その怖さは俺が自分で引き受けるべきなのだ。今更だけれど。

「納得いかないかもしれないし、嫌なら嫌でもいいんだ」

 幼馴染はまだ泣いていた。たぶん俺には泣き止ませることはできないと思う。
 それでも。
180 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/21(土) 14:16:15.82 ID:XnPSsp4Zo

「わたしは、きみが好きです」

 幼馴染は泣きながら言った。

「きみも、わたしが好きなんですよね、本当に?」

「うん」

 と俺は頷いた。それは「それだけ」ではなかったけれど、嘘でもなかった。

「じゃあ」

 彼女は苦笑のような息を漏らして瞼をぬぐった。

「それでいいです」

 本当に? と訊きたかったけれど、それを聞くのは卑怯だという気がした。

181 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/21(土) 14:16:42.96 ID:XnPSsp4Zo

「でもわたしは、いつかそれ以上のものを欲しがるかもしれない。それだけじゃ満足できなくなるかもしれない」

「うん」

「そのときは、どうしますか?」

「説得する」

「……説得、するんですか」

「嫌われてもいいなんてもう言わない。いなくなられると困るんだ。どっちが欠けても」

 嫌になったらいなくなってもいいよ、なんて。
 いざとなったらお前なんていなくてもいいと言っているのと同じだった。

「それ、すごくひどいこと言ってるって、分かってます?」

「うん」

 と頷いたけれど、その彼女にとってその言葉がどれだけの意味を持つのか、俺にははっきりとは分からなかった。
 なんとなく想像できるだけ。

182 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/21(土) 14:17:12.89 ID:XnPSsp4Zo

「それでも、どうしても嫌気がさして、お前が俺のもとから去っていくなら、たぶん存分に悲しむ」

「……存分に、ですか」

「わんわん泣く。未練がましく」

 彼女は笑った。

「泣くんですか」

「泣くんだ」

「じゃあ、いなくなるわけにはいかないですね」

 心細いような声で彼女は言った。

「わたしは昔から、きみに泣かれると、どうしようもなくなるんです。泣き止ませなきゃって思うんです」

「……そうなの?」

「そうなんです」

 その微笑を最後に、会話が途切れた。俺は幼馴染に手を差し伸べる。

183 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/21(土) 14:17:39.07 ID:XnPSsp4Zo

「行こう。今の話、妹にもしなきゃならないんだ」

「……雰囲気ってもんがないですね」

「仕方ない。不公平なのはよくない」

「……うん」

 彼女は俺の手を掴んで、立ち上がった。
 ――そのままの勢いで俺の肩を掴み、口を塞いだ。

 心臓の鼓動が止まった気がした。
 感触はすぐに離れ、彼女の表情がすぐ近くに映った。

「不公平は、よくないです」

 一瞬、妹とのやりとりをどこかで見られていたのかと思ったが、違うらしい。

「でも、いまのは、妹ちゃんには内緒ですよ」

 ……今ので公平になった、とこのタイミングで言ったら、きっとすべてが台無しだ。

184 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/21(土) 14:18:05.42 ID:XnPSsp4Zo

 俺たちは手を繋いで家に帰った。彼女を連れ帰らなければならなかった。
 そして三人で話をしなければいけない。これからどうするか。俺がどうしたいのか。それを彼女たちがどう思うか。

 対話。

 幼馴染を連れて帰ると、妹は不服そうな顔をした。

「結局、きたんだ」

「だめでしたか」

「……べつに」

 上手く行く気がまったくしない会話だった。

「話があるんだけど」

「あとでいいよ」

 と妹は言った。

「それに、どっちにしろわたしの結論は変わらないから」

 彼女はそう言ったけれど、それがどういう態度を差すのかは教えてくれなかった。

185 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/21(土) 14:18:47.89 ID:XnPSsp4Zo

 妹の提案で話はうやむやになり、俺たちは何事もなかったように出かけることになった。仕切り直し。
 
 出かける直前に、俺はモスに電話を掛けた。奴はすぐに出た。

「悪いね。さっきの電話、なんだったの?」

「いや、別に大した用事じゃないんだけど。大晦日と元日って暇か?」

 暇か暇じゃないかで言ったら、まぁ暇だった。予定はない。

「どっかに泊まりで集まらない? 冬休みに入ってからやることなくてさ」
 
 悪くない提案だった。

 考えておくよ、と言って電話を切る。

186 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/21(土) 14:19:15.09 ID:XnPSsp4Zo

 電話が終わると、ふたりにせかされてすぐに出かけることにした。
 
 どちらとも手を繋がなかった。とりあえずは。
 たぶん俺にはまだ考えなければならないことがたくさんある。
 妹とももっとしっかりと話さなければならないし、幼馴染だって、決して完全には納得していないだろう。
 俺自身、まだ何か目を逸らしている部分があるかもしれない。

 でも今はこれでいい。
 とりあえず俺の態度は決まった。
 
 それは、これまでとあまり大差ない結論かもしれない。
 でもこれでいい。

 どう考えても振り払えていないし、折り合えていないけれど、でもまぁ今のところはいい。
 そのうちもうちょっと上手いやり方を考えよう。もっと現実的で地に足のついたやり方を。

 今度は保留じゃない。

187 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/21(土) 14:19:45.80 ID:XnPSsp4Zo

 さっきまで鋭かった風が穏やかに変化していく。それでも空気は相変わらず冷たかった。

「もう年末なんだよね」

 と、街の雰囲気を感じ取ってか、妹が呟く。
 その通り。そして来年が来る。正月があって、学校が始まる。
 
 そうなれば上手いことやらなくちゃならなくなる。
 俺たちは(もしこのまま上手くいったとするなら)、どのような態度で社会に臨むかを決めなくちゃいけなくなる。

 俺は不安を感じた。できるかぎり、このふたりに幸せらしきものを感じさせてやりたい、と思った。
 そんなふうに感じたのは初めてだった。どうせ幸せになんてなれっこない。諦めるしかない、と今までは思っていた。

 もちろん、実際無理かもしれない。
 それでも出来る限りはやってみたかった。
 今までみたいに、自分のダメさ加減にあぐらを掻いて開き直ってはいられない。
 俺は変わらなきゃいけないのだ。

188 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/21(土) 14:20:14.50 ID:XnPSsp4Zo

「……また考えてる」

 と妹は言った。

 じとっとした目をこちらに向けてくる。俺は視線を逸らす。逸らした先には幼馴染がいる。
 彼女と目が合うと、さっきの神社でのことが頭をよぎった。また逸らす。二人と目が合わないように視線を上向ける。

「大丈夫だよ」

 と妹がもう一度言った。その通りかもしれないし、そうじゃないかもしれない。
 でもこのままやっていくしかないのだ。俺がこのふたりと一緒にいることを望み続ける限りは。

「……うーん」

 と俺は唸った。何かを今すぐに考えるべきだと言う気がしたのだが、なかなか思いつかない。
 まぁいいや。と俺は思った。あんまり最初からあれこれ考えてると、息切れする。
 ペース配分を考えるのだ。長距離ランナーよろしく。先は長いんだから。

189 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/21(土) 14:20:53.62 ID:XnPSsp4Zo

「手、繋いでいいですか?」

 さっきふたりで帰り道を歩いた名残りか、幼馴染はいつもより甘えたがっているように見えた。
 
「いいよ」と俺が答えると、彼女はおずおずと俺の手を握る。

 反対側から妹が、何も言わずに俺の腕を取った。
 腕。

 初めてのパターン。

「うん」

 と納得したように妹が頷く。何が「うん」なのだ。神妙な顔をして。
 さて、と俺は思う。二人の顔を交互に見る。どちらも不思議な顔をしていた。
 幼馴染は照れくさそうに、妹は満足げに、微笑んでいる。

 DVDを借りたら、コンビニに寄って食べ物でも買おう。
 そして家に帰ってコタツにもぐって、三人並んで映画を観ればいい。
 
 コタツに三人入るのは少しつらいかもな、と俺は思う。
 でも、長い方の辺に三人で並んで座れば大丈夫だ。寝転がろうとしなければ、コタツの許容人数は案外多い。

 考えなければならないことは山ほどある。俺はこれから、そういった平穏な生活を自分の力で維持できるようにならなければならない。
 でも、今日のところは、とりあえず。

 先のことなんて考えずに、まったりと過ごすのも悪くないだろう。

190 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/21(土) 14:21:23.65 ID:XnPSsp4Zo
おしまい
191 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2012/07/21(土) 14:27:16.90 ID:7QXWFSI5o
おつんこ
たのしかった
192 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/07/21(土) 14:34:25.18 ID:ne6MFkTIo
楽しかったお

193 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2012/07/21(土) 14:36:06.03 ID:pOMGiX0Zo
乙乙
予想外だった

もう少し見たいところ
194 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府) [sage]:2012/07/21(土) 14:37:40.28 ID:UvP34tK+o
おつ
195 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2012/07/21(土) 14:39:19.80 ID:KTVbnJYQo
196 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(埼玉県) [sage]:2012/07/21(土) 14:41:22.96 ID:4nXNWns7o
そしてマックは考えることをやめたとさ
しょーとではなかったけどいいssでした
乙です
197 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/21(土) 14:50:38.87 ID:lmd/pEoIO
おわったか

楽しませてもらった
198 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/07/21(土) 14:52:47.74 ID:lQxsFU0Uo
面白かった
199 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(宮城県) [sage]:2012/07/21(土) 15:25:33.15 ID:iAGp2zWc0
200 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/07/21(土) 15:45:20.36 ID:UMGypzoyo
長らく乙!

楽しませて貰った、ありがとう。
201 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) [sage]:2012/07/21(土) 16:08:17.03 ID:pSPtEUzUo
乙2日に一回のたのしみだった
202 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/21(土) 17:04:41.20 ID:g53JW9hIO
乙!
203 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) [sage]:2012/07/21(土) 18:16:01.40 ID:YWg+BJkMo


更新の有無に一喜一憂する日々もおしまいか
嬉しくも寂しくもあるな
204 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(中部地方) [sage]:2012/07/21(土) 18:31:29.01 ID:MMxyLzJQo
乙!
手がはじけたっていうからまたアキが現れたのかと思ったぜ

205 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/21(土) 18:31:49.06 ID:zgH8VLjco
おつ!
206 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/21(土) 18:38:59.44 ID:z+q0jYTWo
乙乙
最高に楽しませてもらった
207 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/21(土) 18:48:17.21 ID:suWfYrQxo


結局アキなんかいなかったんだぜ

幼馴染がとりあえず幸せ(?)でよかったよ!
208 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/21(土) 22:30:55.33 ID:HBbkI2jIO
おっつん
次回作も根性で探す
209 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/07/21(土) 22:43:49.99 ID:MUsTxnu/o
アキが気になるが…乙
210 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/22(日) 00:26:46.62 ID:5HqSs49IO
乙乙

めっちゃおもろかった。
211 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2012/07/22(日) 00:36:25.94 ID:lX1J5yo/o
さてとこれからどうすっかね
212 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/22(日) 01:11:43.51 ID:cd6Ob63IO
おつ!いつもさわやかに終わらせるな
213 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(九州) [sage]:2012/07/22(日) 04:11:40.44 ID:P9vzmPdAO
アキや茶髪とか先輩がいろいろ消化不良気味な気がしてモヤモヤするが面白かった乙
214 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [sage]:2012/07/22(日) 06:05:04.97 ID:tEEudKWpo
よかった、乙です
215 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [sage]:2012/07/22(日) 16:22:48.81 ID:XYM8CImso
妹エンドだったら幼馴染はもらっていきますねとレスする予定だったんだが

乙でした
次も期待してます
216 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(埼玉県) [sage]:2012/07/24(火) 00:38:44.57 ID:LEilPKI/o
普通に小説化出来るレベル
217 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東海・関東) [sage]:2012/07/24(火) 09:34:00.47 ID:e9QRk7oAO
乙でした!

寂しくなるな
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