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綾野「綾野彩、15歳」恒一「榊原恒一、31歳」 - SS速報VIP 過去ログ倉庫

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1 :以下、名無しに変わりましてGN雨傘がお送りいたします [sage saga]:2012/07/16(月) 15:24:10.88 ID:cmZP5otm0
女子生徒「それでは、最後に榊原先生からのお言葉です」
 つい先程までクラス委員長を務め上げた女子が、いたずらっぽい顔で僕に最後のあいさつを振る。
 しかし、困ったことに僕は背広の内ポケットに卒業のこの日のために用意したスピーチ原稿と言うものを入れていない。仕方ないと僕はその場で考えついた言葉を紡ぎだすことを選ぶと、委員長に変わって教壇の前に立ち、手をついた。
恒一「皆さん。今日まで本当によく頑張ってきてくれました。夜見山北中学校三年三組は皆さんも御存知の通り、四〇年前から『現象』と言う名の業を背負い、今までに多くの生徒がまだ未来ある人生を散らして行きました。その中には先生の友人もいます」
 三年三組担任をはじめて務め上げてから、何度目の言葉。
恒一「それでいて、今年。このクラスは一人の死者も出さないままに卒業の日を迎えることが出来ました。これも全て、特に聡明で、特に強い皆さんのお陰であったと思います」
 そこで僕は教卓から手を離すと、僕は教室の中ほどまで歩いてゆき、おとなしそうな長い髪の少女の前で立ち止まった。
恒一「相田和心(あいだ・なごみ)さん。四月から今日までよく平成二三年度の三年三組の『いないもの』を勤めてくれて、ありがとうございました」
 机に頭がつくのではないかと思うほど、僕は頭を下げる。当の相田は困惑した様子だが、このクラスは彼女一人の孤独との戦いによって救われたのだ。教室中からは歓声が上がり、この日三年三組を巣立つ生徒たちは相田と僕を囲んで喜びをあらわにしている。
恒一「(ああ。今年も終わったのか)」
 この歓声。盆地の町に早咲きの桜がちらほらと芽吹く時期にこの教室で響き渡るこの歓声を聞いて、僕は毎年ほっと胸を撫で下ろすのだった。
感極まった男子が相田を胴上げしようと言い出し、相田の小柄な体が教室の宙に持ち上がり、天井からぶら下がった蛍光灯にまで彼女の特徴的な長い黒髪が届かんとしている。緊縛感の後のお祭り騒ぎにまた毎年のようにやれやれとため息をつき、僕は相田を更に高く上げようとした男子を静止するのであった。



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少し暑くて少し寒くて @ 2024/04/25(木) 23:19:25.34 ID:dTqYP2V2O
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渾沌ゴア「それでもボクはアイツを殺す」 @ 2024/04/25(木) 22:46:29.10 ID:7GVnel7qo
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二次小説の面白そうなクロス設定 @ 2024/04/25(木) 21:47:22.48 ID:xRQGcEnv0
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佐久間まゆ「犬系彼女を目指しますよぉ」 @ 2024/04/24(水) 22:44:08.58 ID:gulbWFtS0
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全レスする(´;ω;`)part56 ばばあ化気味 @ 2024/04/24(水) 20:10:08.44 ID:eOA82Cc3o
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君が望む永遠〜Latest Edition〜 @ 2024/04/24(水) 00:17:25.03 ID:IOyaeVgN0
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笑えるな 君のせいだ @ 2024/04/23(火) 19:59:42.67 ID:pUs63Qd+0
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2 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/16(月) 15:33:23.64 ID:z1sA7o/DO
また綾野が死者のSSかよ
3 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/16(月) 15:34:06.42 ID:VIonslTD0
とりあえず読みにくい!改行を所望する!
4 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) [sage]:2012/07/16(月) 15:45:20.02 ID:7Q2hZgiq0
>>2
またって他にもあるのか
5 :以下、名無しに変わりましてGN雨傘がお送りいたします [sage saga]:2012/07/16(月) 15:52:34.01 ID:cmZP5otm0
女子生徒「それでは、最後に榊原先生からのお言葉です」

 つい先程までクラス委員長を務め上げた女子が、いたずらっぽい顔で僕に最後のあいさつを振る。

 しかし、困ったことに僕は背広の内ポケットに卒業のこの日のために用意したスピーチ原稿と言うものを入れていない。仕方ないと僕はその場で考えついた言葉を紡ぎだすことを選ぶと、委員長に変わって教壇の前に立ち、手をついた。

恒一「皆さん。今日まで本当によく頑張ってきてくれました。夜見山北中学校三年三組は皆さんも御存知の通り、四〇年前
から『現象』と言う名の業を背負い、今までに多くの生徒がまだ未来ある人生を散らして行きました。その中には先生の友人もいます」

 三年三組担任をはじめて務め上げてから、何度目の言葉。

恒一「それでいて、今年。このクラスは一人の死者も出さないままに卒業の日を迎えることが出来ました。これも全て、特に聡明で、特に強い皆さんのお陰であったと思います」

 そこで僕は教卓から手を離すと、僕は教室の中ほどまで歩いてゆき、おとなしそうな長い髪の少女の前で立ち止まった。

恒一「相田和心(あいだ・なごみ)さん。四月から今日までよく平成二三年度の三年三組の『いないもの』を勤めてくれて、ありがとうございました」

 机に頭がつくのではないかと思うほど、僕は頭を下げる。当の相田は困惑した様子だが、このクラスは彼女一人の孤独との戦いによって救われたのだ。
 教室中からは歓声が上がり、この日三年三組を巣立つ生徒たちは相田と僕を囲んで喜びをあらわにしている。

恒一「(ああ。今年も終わったのか)」

 この歓声。盆地の町に早咲きの桜がちらほらと芽吹く時期にこの教室で響き渡るこの歓声を聞いて、僕は毎年ほっと胸を撫で下ろすのだった。

 感極まった男子が相田を胴上げしようと言い出し、相田の小柄な体が教室の宙に持ち上がり、天井からぶら下がった蛍光灯にまで彼女の特徴的な長い黒髪が届かんとしている。緊縛感の後のお祭り騒ぎにまた毎年のようにやれやれとため息をつきながらも、僕は相田を更に高く上げようとした男子を静止するのであった。
6 :以下、名無しに変わりましてGN雨傘がお送りいたします [sage saga]:2012/07/16(月) 16:00:38.43 ID:cmZP5otm0
僕が美術準備室の扉をくぐったのはまだ卒業式の余韻まっただ中といった午後三時のことだった。

望月「榊原先生。先程は随分盛り上がっていましたね」

 大正時代の紳士のような口髭を生やした望月優矢美術教諭は、からかうように僕に聞いてくる。

恒一「ええ。クラス総出で相田を胴上げして、今頃女子達でカラオケ大会だそうですよ」

 そうですか。と望月が目を細める。

 彼は四月からの一年間、僕の代わりに『いないもの』である相田の面倒を見ていたのだ。望月にとっての相田は名しか知
らぬ担当教科の生徒ではなく、最も親密な教え子だ。この反応も当然といえば当然のものだろう。

望月「今年も無事『現象』を回避できて、あの歓声を聞くことが出来ましたね」

恒一「そうですね」

 僕と望月が教師としてこの中学校に戻ってきてから早いもので八年になる。その間に僕たちは何度も代わり番で三組の担
任を勤め続けた。

それまでにある程度のノウハウが蓄積されていたことや、僕たちが現状わかりうる中で最悪にして最良のパターンの『現
象』を経験した一九九八年度の卒業生だったということもあってか、僕たちは考えうるあらゆる対策を行い、その八年の『現象』を封じ込めようとしていった。

しかし、それでもやはり自然現象が突然意外な形でやってくるように、『現象』がおかしな形でやってくることもある。そ
うやって何人かの生徒が命を落とした年もあった。

 今も僕たちは自分の不備で殺してしまった彼らの名前を覚えている。

望月「でも、今年で全部終わりなんだね」

 望月のトーンが教師同士の敬語から、プライヴェートのフランクな口調に切り替わる。

恒一「うん。県知事さまさまといったところかな」

望月「現象がこれで消えるんじゃないかって安心する反面、少し寂しいね」

 僕は窓の外に視線を向けると、既に校庭にはトレーラーによって運び込まれた学校に不釣り合いな黄色に塗られた恐竜のような重機と、ワニが口を開けたような形状のアスファルト敷設車の姿、そして水色の作業服の作業員たちの姿があった。

 この重機どもは、明日にもその姿を消す夜見山北中学校を作り変えるべく送り込まれたものだ。
7 :以下、名無しに変わりましてGN雨傘がお送りいたします [sage saga]:2012/07/16(月) 16:21:18.42 ID:cmZP5otm0
 夜見山北中学校の閉校は突然の知らせだった。

 メディアの申し子のようなタレント議員がこの県の知事として就任し、生徒数の減少傾向にあった地方の小中学校の大統合案をぶちあげたのを職員室のつけっぱなしのラジオが垂れ流すニュースで聞き流したのが三年前。

 当時の僕はどこか他人ごとのようにそのニュースに相槌をうっていたはずだ。

 そして、その統廃合に夜見北の名前が入っていると判明したのはそれから一年の後。

 伝統ある夜見北をタレント県知事の無粋なる統廃合などで潰させてたまるかとの市民の声も無いことはなかったが、統合は誰の目から見ても当然だろうと思われていた。

 夜見北の若年層は僕が中学最後の年を過ごしたころよりもずっと、急激に減っている。今年の三年生だって男女あわせて二一人から二三人のクラスが三クラス。という体たらくぶりだ。

 それに加えて夜見山市は長年の財政難と言う持病を抱えている。老朽化した水道管を直すのにも喘いでいる市の様子を市民が知らないはずも無い。

 こうしてタレント県知事の意向と財政難の緩和を目論む市の思惑が見事に合致した結果、この夜見北は今年度をもって夜見南に統合。

 来年度からは夜見山中央中学校と言う名で、比較的新しい夜見南の校舎で生徒たちは学ぶこととなり、この夜見北の校舎はそっくりそのまま、バス会社の営業所と車庫になるのだ。
8 :以下、名無しに変わりましてGN雨傘がお送りいたします [sage saga]:2012/07/16(月) 16:49:58.49 ID:cmZP5otm0
望月「あの県知事さんも、これで支持率落としたろうね。夜見北OBの結束力は強いから」

恒一「そうか? 三組の呪いが消えて万々歳。って奴もいるんじゃないかな」

 夜見北とともに『現象』が消える。などの噂が上がったのも閉校の頃だ。

 『夜見北の三年生の三番目のクラス』のみを襲い続ける現象は、あるいは裏を返せば夜見山中央中学のクラスを襲うことは無いんじゃないか? という噂は誰ともなく広がりを見せていた。

 これまで数十年もこのクラスを苦しめ続けた『現象』がそんな簡単にくたばるわけがない。と噂が出回った頃は僕や望月はどこか心の底で思っていた。

 と言うより、信じたくなかったのだろう。あれほどに僕達を苦しめた『現象』がそんなにあっけない原因で終わるなんて―――。

 しかし、話の影響というのは怖いもので、僕達の中にもいつの間にか「ひょっとしたら統合で『現象』が終わるのではないか?」と言う不確かな希望は芽生え定期、今にいたってのは、僕はこれで終われとまで願うほどになってしまっている。

望月「それはそうと、同窓会の件どうなってる? 幹事さん」

恒一「いつものメンバーには声をかけてる。みんなオーケーだって」

恒一「それと、無駄だと思って電話したら見崎がオーケー出してきてびっくりしたよ」

望月「NYから来るっていうの?」

 望月が驚愕を隠せず裏返った声で聞き返してくる。

 無理もない。日付変更線をまたいだ世界の首都に暮らす『あの』見崎鳴がわざわざ同窓会でこんな田舎に帰ってくるなんて、思ってもなかったのだろう。

恒一「そろそろ帰りたいって言ってたからな。昨日成田に着いて、今日の夕方までには駅に来るから迎えに来いって言ってたよ」

望月「そう……じゃあ、会場は八時からイノヤって教えておいて。あと赤沢さんと杉浦さんはどこかに車置いてから来てって。夜見山は代行無いからね」

恒一「わかってるよ。それも電話済みだ」
9 :以下、名無しに変わりましてGN雨傘がお送りいたします [sage saga]:2012/07/16(月) 17:23:55.92 ID:cmZP5otm0
 見崎からの電話が来たのは午後五時を回った頃だった。

 夜見北最後の日だけあってか僕たちはいつの間にか思い出話に火がつき、あれよこれよと懐かしい話題で盛り上がっていた頃に突然僕の家ポケットの形態が震えた。

 見崎は「今駅についたよ。迎えに来て」とあの頃と大して変わらない声で、あまりにもそっけなく告げると、すぐに電話を切ってしまった。どうやら彼女の携帯電話嫌いは今もあまり治ってないらしい。

恒一「それじゃあ、見崎を迎えに行ってくる」

望月「じゃあ、また三時間後に」

 美術準備室を出ると、茜色の陽光差し込む無人の廊下を革靴の音を鳴らしながら歩き、職員玄関で靴を履き替え駐車場へと向かう。

 思い出話に夢中になりすぎていたためか、すでに職員用駐車場には車らしい車は残務整理の先生のものを除けば僕のメルセデスと望月のフィアットぐらいしか残っていなかった。

 鏡のように燃えるような色を映すメルセデスに向かって、ポケットの中に忍ばせたリモコンのアンロックボタンを押し込んだ。

 キュッキュッと小気味良い音を立て、ドアロックは外れる。それこそ洋画や海外ドラマのワンシーンのように。

 そして、その時だった。メルセデスのフロントガラス越しに、校舎の中を駆ける複数の影を見たのは。
10 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/16(月) 18:16:08.04 ID:R8GC0NJ6o
期待してます!
11 :以下、名無しに変わりましてGN雨傘がお送りいたします [sage saga]:2012/07/16(月) 18:27:03.88 ID:cmZP5otm0
恒一「……まさか、まだ生徒が残ってるのか?」

 いつもならこの時間まで部活で残っている生徒も多いが、今日は完全下校日だ。生徒がこんな時間まで残っているなどおかしい筈だろう。

 しかし、たった八年とは云え中学校の教師という仕事をしていると、いろいろな生徒を見てしまう。夜中に学校に忍び込もうとした生徒。立ち入り禁止の〇号館の二階に度々入り、怪しげな笑い声をあげていた生徒……。

 僕は学校に残って卒業パーティでも開こうとしている不埒者だろうと勝手な犯人像を仕立てあげると、すぐさま耳打ちに向かうべく再びメルセデスにリモートロックをかけて職員玄関へとんぼ返りした。

 校内はいつにもましてしんと静まり返っており、より深く傾いた夕日のせいでところどころに大きな闇が発生している。

 まさに逢魔が刻と云う言葉にふさわしい情景だ。

 僕はその魔が今まさに闊歩すしてるのかもわからぬ、遮音物すら無い寂しい空間で極力足音を立てないよう、靴を擦るようにして歩いてゆく。もちろん、魔が怖いのではなく、生徒に存在を悟られないようにするためにだが。

 さっき影が見えたのは二階。僕の時代の三年三組の教室を含む、空き教室群の辺りだと頭の中で描いた校舎の断面図を確かに陰影のはっきりと浮き出た階段を登り切って、すぐさま教室群の方を振り向く。

 いた。

 生徒は三人、いずれも女子だろうか。ちょうど闇が出来てシルエットしか見えないがカバンは見当たらない。

恒一「お前たち! 何をしに来てる!」

 いつものように声を張り上げながら僕は生徒の方に近づいてゆく。一応だが何をするつもりだったのか聴きだすためだ。もしこれが忘れ物を取りに来た生徒ならば、とんだ濡れ衣にしかならない。

恒一「今日は完全下校だぞ! 忘れ物を取りに来たのでないなら早く帰れ!」

 かつかつと、わざとらしく革靴の音を響かせて近づいてゆく。女子たちは何故か逃げもせずに、その距離が詰められるたびにすっかり悪くなってしまった僕の眼にも全体像が掴めるようになってゆく。

??「こう……いっちゃん?」

 女子の一人が、僕をあだ名で呼びかけてくる。

 僕が担任を持つと、そのあだ名で呼ぶ生徒は意外に多かったりする。きっと彼女らも僕をあだ名で呼んでいた生徒の一人なのだろう。

恒一「三組の生徒か? 誰だ? 松沢か? 北見か?」

 かつかつと鳴る靴音。詰まる僕達の距離。

 その距離がおおよそ一メートルほどを切った辺りで、僕の足は止まった。

 いや、止まってしまった。

 なぜかって、眼前にいたのは、そこにいるはずのない少女だったからだ。
12 :以下、名無しに変わりましてGN雨傘がお送りいたします [sage saga]:2012/07/16(月) 18:30:03.53 ID:cmZP5otm0
綾野「やっぱり……こういっちゃんだ……」

 闇の中から夕日の中に影の一つが歩み出てくる。流行遅れのソバージュがかった色素の薄い茶色の短髪。人懐っこい大きな瞳。その少女は僕の忘れられかけた記憶の中の一人の少女の像を呼び出す。

 それは、もはやこの世にはいないはずの存在。

 僕の三年三組時代のクラスメートにして、初めて僕をこういっちゃん。と呼んだ少女。綾野彩だった。

綾野「こういっちゃん……そのメガネ、全然似合ってないよ」

 目頭に浮かべた大粒の涙を夕日にきらめかせながら、彼女は僕の四角いフレームのメガネを指さす。嫁からも娘からも、生徒からも似合ってない。と酷評されたメガネだ。

恒一「……悪かったね」

 そして、やがて他の女子もぽつぽつと夕日の前に姿を表した。

 ふわふわの髪をリボンで止め、今ではめったに見ることの出来ない丸フレームメガネの奥に幼さを残す垂れた眼を持つ少女。あの年の三組の委員長にしてあの年の二人目の犠牲者、桜木ゆかり。

 もう一人は……僕には面識がなかったが、誰なのかすぐに解った。地球の裏側で暮らす僕の親友そっくりの姿形の、一人だけ夜見南の制服をまとっている少女。おそらく、藤岡未咲。

 何故ここに彼女たちがいるのか? 彼女たちは死者なのか? そんなことを考えるよりも早く、僕の口からは無意識で言葉が漏れていた。

恒一「おかえり。三人とも」

綾野「うん。ただいまだね」
13 :以下、名無しに変わりましてGN雨傘がお送りいたします [sage saga]:2012/07/16(月) 21:03:21.44 ID:cmZP5otm0
綾野「こういっちゃんベンツなんか乗るんだ。実は成金趣味なの?」

 僕と三人の少女たちを乗せたメルセデスは駅の方向へと県道を走らせていた。

恒一「違うよ。長く乗る車ならこれかボルボがいいって赤沢さんに云われたんだ」

恒一「それで最初はメルセデスは成金趣味だからってボルボを選ぼうとしたら、今度は嫁にボルボは千曳さんとかぶるからやめろって云われて、結局これを選んだだけ」

 泉美らしいや。と綾野さんと桜木さんが後部座席でくすくすと声を上げる。未咲ちゃんだけが話についていけてないのか、こくこくととりあえずの相槌をうっていた。

恒一「というか、そんなことはどうでもいいよ。なんで君達はあそこにいたの?」

桜木「それが、よくわからないんです。気づいたらあそこに……」

未咲「そうそう。急にふわって体が軽くなったと思ったら、他の二人と一緒に二〇一二年に来ちゃったの」

恒一「体がふわっと……軽くなってね。ふうん」

 ふうん。と適当な返事で答え手は見せたが、その裏では僕は彼女たちが何ものなのか。と考え続けていた。

 そもそも彼女たちは『現象』の死者なのだろうか?

 まず『僕は彼女たちが何者かであるかを知っていたし、彼女たちは僕が何者かを知っていた』。

 双方の記憶が一旦リセットされ、いつの間にか生徒として紛れ込んでいる『現象』の死者だったならば、綾野さんが僕を初対面でこういっちゃんと呼ぶわけもないし、僕自身も綾野さんを知らないはずだろう。

 それに時期。今日は三月十五日。平成二十三年度の三年三組が終わって、平成二十四年度にはまだ突入していない空白の時間だ。年度の初めに現れる『死者』が何故こんな時期に現れるのだろう。

 それに、今年の『死者』は僕自身が消えたのを確認した後だった。

 深山祐介と云う名の男子生徒。僕と望月が顔と名前だけは覚えていたが、いつの間にかクラス名簿とクラス日誌から消えていた生徒。その後調べたところ平成十三年度の死者ということが判明している。

 と言うよりも、それ以前に彼女たちが『現象』の死者ではないと疑える大きな要素があった。

 『彼女たち』があそこにいたことだ。

 『現象』の死者は夜見山岬同様、始まった年から今までいつもたった一人しかいない。なのに彼女たちは三人で現れた。

 しかし、そんな推理をしたところで未だに仮説は実証の領域には達していないし、何故彼女たちが現れたのか、そして彼女たちが何者なのかは依然として謎のままなのには代わりはない。
14 :以下、名無しに変わりましてGN雨傘がお送りいたします [sage saga]:2012/07/16(月) 22:10:56.53 ID:cmZP5otm0
恒一「(これは、対策係の出番かもな)」

 黒いスーツに身を包み、赤みがかった髪をなびかせる夫婦共通の友人を思い浮かべる。彼女なら、この状況にどんな言葉を上げるだろうか。

桜木「そう言えば……榊原くん、結婚してるんですね。その指輪……」

 桜木さんはシフトレバーの上に添えられた左手を指さす。その左手の薬指には白金製のあまり飾り気の無い指輪がはまっているのを見落とさなかったのだろう。

恒一「うん」

綾野「ねえ、相手誰?」

恒一「綾野さんのよく知ってる人。まあ、そのうち会えるはずだよ」

 彼女は八時の同窓会に参加するし、見崎をあの『夜見のたそがれ』に送り届けてから一度メルセデスを置きに家に帰る。その時には会えるはずだ。

未咲「子供いるの?」

恒一「娘が。今年三歳だよ」

 シャッター商店街を走りぬけ古びた夜見山の駅舎が見えてくると、ウィンカーを上げてメルセデスは速度を落としながら駅前ロータリーに乗り入れる。

 待ち人はすぐに見つかった。あの頃と変わらないショートボブに、あまり目立たない、落ち着いた暗い色のワンピース。そこから覗く病的に白い肌。

 そしてあの頃と違うのは左目を覆っているのが見覚えのある白い眼帯でなく、一昔前に流行った映画の海賊のような黒い眼帯なこと。彼女、見崎鳴は折りたためば子供一人は入りそうな巨大なトランクを手に、駅前のベンチに腰掛けていた。

未咲「あ……鳴?」

 未咲ちゃんが見崎に気づいたのか声を上げた。

桜木「見崎さん……全然変わってませんね」

綾野「でもあの眼帯、なんか海賊みたいだよね」

未咲「でもあれもかわいいかも」
15 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/17(火) 08:39:36.50 ID:R19fOcIFo
おつ
16 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/17(火) 09:24:09.23 ID:9FyNuuJDO
嫁が気になるな 続き期待
17 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/17(火) 10:32:28.80 ID:xxHW8nfho
小椋どんだけ人気なんだよww
18 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/17(火) 10:34:16.47 ID:XQPMV0h4o
小椋さん一回も出てきて無いんだけど
19 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/17(火) 10:40:48.81 ID:4ZcYM5hDO
小椋は初登場の時から人気高い
言っとくけどTOP3に入るぞ
20 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/07/17(火) 10:44:55.18 ID:FOgOfOqCo
期待
21 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) :2012/07/17(火) 13:21:03.99 ID:WVBhg/1Yo
おもしろい
22 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/17(火) 18:17:43.35 ID:R19fOcIFo
まだか…
23 :以下、名無しに変わりましてGN雨傘がお送りいたします [sage saga]:2012/07/17(火) 21:29:24.88 ID:Wsftyvqf0
 方方に見崎の印象を次々と口に出す三人に、待ってて。と声をかけると僕はメルセデスを降りて駅の方へと歩き出す。もう太陽はすでに山の向こうでくすぶり、空には紺色の夜闇が流れていた。

 見崎も僕に気づいたらしく、がらがらとその大きなキャリーバッグを引いて、僕の方へと足を進めてきた。

鳴「五年ぶりね。恒一くん」

 見崎は年を経た人間特有の、柔らかな笑みで僕を迎えた。

恒一「ああ。待たせて悪かったね」

鳴「そのメガネどうしたの?全然似合ってない」

恒一「君の眼帯こそ。どうしたんだ?」

鳴「向こうじゃこれしかなかったの」

 これ。と黒い眼帯を指さす。軍人や海賊といった戦うものの象徴のような黒い眼帯は、しかし暗色系の色を好む見崎によく馴染んでいた。少なくとも、昔の白い眼帯よりはこちらのほうがよほど似合っている。

鳴「でも意外にウケいいんだよ、これ。マネージャーの息子さんからはこっちのほうがかっこいいって」

 かっこいい。か。

 確かに、こちらのほうが格好いいと云うのある意味では間違い無いだろう。

 ただし、それは見崎に求められる物かといえば、また話は別だが。

恒一「まあ、募る話は車の中ででもしようか」

鳴「ええ」
 僕はリモートでトランクを開けて、見崎から巨大なキャリーバッグを受け取る。

 その一瞬でちらりと見崎の左手を見ると、薬指はまだ何のリングもはまっていなかった。既婚者の僕が云うのも何だが、少しほっとした。
24 :以下、名無しに変わりましてGN雨傘がお送りいたします [sage saga]:2012/07/18(水) 01:38:11.82 ID:NZhf5EBC0
って、よく考えればこういっちゃんのトシ29歳でした……前に見たなんかのSSで31歳と刷り込まれていたんだろうな。

 がぱん。

 美咲の細い腕によってメルセデスの重厚なドアが開かれる。

 どさっ。

 見崎の持っていたハンドバッグが地に落ちる。

 その間、約十秒。

鳴「恒一くん。これは何の冗談?」

 先ほどと違う、明らかな憎悪むき出しの声見崎が僕に云う。

 トランクルームを閉めると、僕はその憎悪の意味を理解せざるを得なかった。見崎は、後部座席の三人を見てしまったのだ。

恒一「僕がこんな悪趣味な冗談を思いつく人間に思えるかい?」

 確かに今でもホラー小説は好きではあるが、僕には死人の仮装で古い友人を迎えるような悪趣味な趣味は持ちあわせていない。

恒一「今日の放課後、学校にいたんだ……」

鳴「そんなことあるわけ無いでしょ。なんで死んだ人間が三人も生き返っているの」

 普段の感情の起伏に乏しい見崎では絶対に想像できないような剣幕で、見崎は僕に詰め寄る。その眼には怒りの色がありありと見られた。

 綾野さんと桜木さんは百歩譲るとしても、彼女の『半身』こと未咲ちゃんがそこにいたことが見崎のめったにつかない怒りの火を付けたのだろう。
 見崎はハンドバッグを拾い上げると、僕の方へと歩み寄ってくる。その足取りは重く、確かなものだ。
25 :以下、名無しに変わりましてGN雨傘がお送りいたします [sage saga]:2012/07/18(水) 11:25:53.01 ID:NZhf5EBC0
 突然メルセデスのドアを開けて未咲ちゃんが僕と見崎の間に割り込んできた。

鳴「あなたも……誰だかは知らないけれど、下手な未咲の真似はやめなさい」

 見崎がなおも不機嫌そうに未咲ちゃんを睨みつける。

未咲「わたしは正真正銘わたしだよ! 藤岡未咲だってば!」

鳴「あの子は死んだわ! 十四年も前に!」

未咲「じゃあこれは!? 観覧車のコト! 鳴がわたしをを助けたようとしたコト!」

 未咲ちゃんの言葉に、見崎の眉がぴくりと動いた。

未咲「わたしののこと守るって言ってくれた! こんなのわたしと鳴以外知らないよ!」

 見崎は、明らかに動揺していた。

 どうやら、観覧車のこととやらは、本当に彼女たちだけが共有していた秘密だったようで、見崎は先ほどまでの剣幕が嘘だったかのようにいつもの調子で、未咲ちゃんに語りかけた。

鳴「……ええ。そうね」

 そして見崎は僕の方を振り返る。

鳴「……取り乱して悪かったわ」

恒一「僕も彼女たちに会った時、自分自身どうなってるのかわからなかった。君だけが悪いわけじゃない」

鳴「そうね」

 見崎を助手席に乗せると、僕は再びメルセデスを発進させた。ここから『夜見のたそがれ』までは車なら十五分もあれば着くはずだ。
26 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/18(水) 18:16:04.95 ID:UiGR12Nio
こういっちゃん浮気は駄目よん 期待
27 :以下、名無しに変わりましてGN雨傘がお送りいたします [sage saga]:2012/07/18(水) 20:55:36.40 ID:NZhf5EBC0
桜木「あの……見崎さんって今夜見山の外に住んでるんですか?」

 桜木さんが見崎に恐る恐る聞く。彼女の間接的な死因にもなった見崎にはまだやはり抵抗感を覚えているのか、声も少し怯えてる。

恒一「市外どころか国外、アメリカだよ」

 僕の言に見崎が素早く指摘した。

鳴「今住んでるのはニューヨークの二十八丁目のちょっと立派なアパート。その前は一二二丁目のボロボロの安アパートだったわ」

 ええっ! と後部座席で一斉に声が上がった。市外、県外とまでは考えていたようだが、さすがに国外とまでは思いつかなかったようだ。

 だがそれも無理もない。見崎は九八年度の三組一番の出世頭なのだ。

 見崎は東京の美大を二年目の夏に急に中退したと思ったら、その足でふらりとニューヨークに渡って、僕がしがない教師をやってるうちにアメリカですっかりやり手のイラストレーターになっていたなんて、いまどきドラマのネタにもなりはしないような突拍子もない人生を見崎はまさに送っているのである。

鳴「ミサキ・メイといえばあっちじゃ少しは名の知られたイラストレーターなのよ」

 見崎はハンドバッグからスマートフォンを取り出し、何かを呼び出して後部座席に手渡した。相変わらずの携帯電話嫌いの見崎がスマートフォンなんて物を持ち歩いていることに驚いたが、見崎が自分からそんなものを持つはずもなく、きっとまた誰かに持たされているのだろうと考えると合点がいった。

綾野「これって……天使?」

桜木「すごい……綺麗です」

未咲「これって、もしかして私!?」

 黄色い歓声の上がる後部座席をよそに、僕は見崎に訊く。

恒一「天使の絵……例のやつ?」

 中学時代から何度も描き直し続け、美大をやめる直接の原因ともなり、そして、アメリカでやっと描き上げニューヨークのイラスト業界を震撼させたと云うあの天使の絵。

 僕も普段買いもしないような画壇雑誌を買い、切り抜いて自室に貼っている、あの独特の明暗と開放感に満ち溢れた、見崎そっくりの、優しい表情をした黒い髪の天使の絵だろう。

鳴「そう」
28 :以下、名無しに変わりましてGN雨傘がお送りいたします [sage saga]:2012/07/18(水) 22:53:16.41 ID:NZhf5EBC0
 見崎は続ける。

鳴「実はね、最近対になる絵を描こうと思っていたんだけど、どうしてもあっちじゃ描けなくて」

 それで夜見山なら描けると思ったの。と柔らかい口調で、見崎が歌うように云う。

 僕はその気持ちが、何となく分かるような気がした。繋がりすぎていても駄目で、離れすぎていても駄目。そんな見崎特有の微妙な距離の保ち方を僕は心得ている。

 やがてメルセデスは県道をそれて、御先町の狭い路地へと入り込む。ライフルの弾丸も通さないほど頑丈で長持ちするメルセデスはその反面、その巨体故に夜見山の狭い路地が大の苦手だ。

 僕は『夜見のたそがれ』へ向かう運転の不慣れな坂道を対向車と古いブロック塀に気を使いながら、マニュアルモードに入れているギアを落とし、軽くアクセルを吹かして登り切る。途中ではみ出し方の酷い路上駐車の軽自動車とすれ違ったときはヒヤヒヤしたが、なんとか傷の一つももらうこと無く行けた。

 『夜見のたそがれ』は数年前に見崎が帰郷した際にやってきた時より、さらに蔦が伸びて陰鬱な雰囲気を増していた。

鳴「ありがとう」

恒一「ありがとうございまして。それじゃトランクの荷物おろすから……」

鳴「恒一くん、未咲も一緒におろしてもらっていいかな?」

恒一「うん。別にいいけど」

 僕は未咲ちゃんを見る。確かに他二人と違って何の面識もない僕よりも『半身』こと見崎があずかっていたほうが二人共も安心するだろうし、僕も少しだけ肩の荷が下りる気がする。

恒一「それでいい? 未咲ちゃん?」

未咲「いいよ。鳴といっしょのほうが私も何かとやりやすいし」

 そして一拍置いて、未咲ちゃんがまた口を開く。

未咲「それよりここまで載せてもらった上に、鳴にも会わせてもらって本当にありがとう。恒一くん!」

 未咲ちゃんは手のひらを前に突き出して、ありがとっ。と念を押してもう一回礼を言うと、「あやっち、ゆかりちゃん。また後で会おう!」と歯切れよく別れを告げ、嵐のように外へと出ていった。

 綾野さんは手を振って、同類にしばしの別れをつげている。僕はすぐに再び見崎に視線を合わせた。

恒一「本当に君の血縁かい? あれは」

鳴「似てないって思った?」

恒一「外見以外全く似てないってね。待ってて。今トランク開けるよ」

 トランクレバーを引いて、僕は車の外に降りる。『夜見のたそがれ』は既に閉まってはいたが、二階の住居と三階の霧果さんの工房には電気が灯っており、そこに人がいることを示唆していた。

 何が入っているのか不明だがやたらと重い巨大なキャリーバッグを出すのは一苦労だったが、それさえ出せば。と言う感じで、僕は見崎姉妹にまたあとで。と告げるとメルセデスを発進させる。

 目指すは、古池町の祖父母から譲り受けた僕の家だ。
29 :以下、名無しに変わりましてGN雨傘がお送りいたします [sage saga]:2012/07/19(木) 19:12:34.53 ID:Ph/g44PD0
 家に着いたのは午後七時十分前。もう空には夕日の残影すら残らず、黒に限りなく近い濃紺の夜が落ちていた。

 僕は先に二人を車から下ろして、駐車スペースにメルセデスを入れようとするつもりだった。のだが、既に駐車スペースには先客がいた。

綾野「うわ、高そうなスポーツカー……あれもこういっちゃんの?」

恒一「そんなわけないよ。僕のはこれ一台きりだ」

 銀色のポルシェ・ボクスター。少なくとも僕が学校に行っている間に妻がこの車を買ったとは思えないし、ポルシェなど彼女の柄ではない。と言うよりも、メルセデスですら珍しい部類の車に入る夜見山界隈ではこんな車を乗り回す人間など一人しかいない。

恒一「あのポルシェは赤沢さんの車だ」

桜木「あ、やっぱりでしたか。そんな気はしてました」

 さすが親友。桜木さんは赤沢さんの趣味はお見通しのようだ。

綾野「でもらしいっちゃらしいけどね。ポルシェなんて」

恒一「どこかに停めてきてくれとは云ったが、わざわざこんな場所に停めるなよな」

 そう毒づいてはみたもののそれでポルシェが勝手にどいてくれるわけでもなく、仕方なしに路上駐車状態でメルセデスを停車させる。幸いにしてこの道路は見崎の家までの狭小路地と異なって広々とした道だ。メルセデスと言えどかわそうと思えばいくらでもかわせるはずだ。

綾野「こういっちゃんの家にお邪魔するのって、なにげに初めてじゃない?」

 門柱をくぐったところで綾野さんが呟く。

恒一「車の中で待たせるのも悪いからね。それに二人共うちの嫁や対策係さまにも一度合わせて話しておきたいから」

桜木「泉美、どんなふうになってるんでしょうか」

恒一「県警で今も対策係やってるよ。相手は『現象』じゃなく密輸業者らしいけど」

 また背後で泉美らしい。という声が上がる。どうやら赤沢さんは何年たってもどこまで行ってもやはり赤沢さんのままのようだ。
30 :以下、名無しに変わりましてGN雨傘がお送りいたします [sage saga]:2012/07/19(木) 19:16:54.02 ID:Ph/g44PD0
恒一「ただいま」

 時代錯誤な引き戸を開けて家の中に入ると、嫁がリビングの引き戸の向こうから声をかける。

「おかえり。遅かったのね」

恒一「見崎が帰ってきたんで、車で家まで送ってやった」

「そう。あ、でも浮気とかはしないでよね」

恒一「わかってるよ」

綾野「今のが奥さん?」

 突然綾野さんが僕の背後から声をかけてくる。

恒一「まあね」

 その時、リビングの引き戸が開いてしまった。

「恒一、誰か連れてきたの?」

 扉を開けて閉まったのは、綾野さんの声が気になってしまった嫁。

綾野「え?」

「……うそ? ……そんな」

綾野「由……美?」

由美「彩・・・ゆかり……なんで! そんな!?」

 二人の姿にどさり、と床に崩れ落ちる、かつての綾野さんの親友、小椋由美改め榊原由美。

赤沢「どうしたの!? いったい何が……!」

桜木「あ……?」

赤沢「……どういうこと……これって。ウソでしょ」

 由美の異変にリビングから飛び出した赤沢さんも既にこの世にいないはず二人を目撃し、目を見開き、パニック状態の頭でかろうじて思いついてるのだろう言葉をそのまま口に出し続ける。

恒一「ウソじゃないんだよ。僕も最初はウソだと思ったけど」
 
31 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鳥取県) [sage]:2012/07/19(木) 20:03:26.20 ID:jW3ZN/mO0
誤爆しやがったなww
やっぱ嫁はおぐりんか
32 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/19(木) 21:27:13.17 ID:ugyYX70po
どこに誤爆したんだろう… 私気になります!
33 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/19(木) 21:47:42.64 ID:PGLHgdpDO
投下しますとか投下終了だとか無いのかよ
34 :以下、名無しに変わりましてGN雨傘がお送りいたします [sage saga]:2012/07/19(木) 22:39:38.40 ID:Ph/g44PD0
鈴「プリキュア・ハッピーシャワー!」

綾野「ぬわー! やられたぁーっ!」

 日曜朝の女児向けアニメごっこで遊ぶ娘と適役を快く引き受けてくれた綾野さんを眺めながら、僕たちはテーブルで赤沢さん持参と云う例のコーヒーをすすっていた。

 赤沢さんの趣味人ぶりはここ数年でさらに加速したらしく、これもどこだかの良い豆だというのだが、正直僕達はあの泥水のようなインスタントよりは数段美味しいと感じる程度で、それがどういう豆のブレンドなのかは半分聞き流していた。

桜木「鈴って字で『れい』ちゃんって読むんですね」

恒一「由美がこの字を使いたいって云い出して、ちょうど僕が使おうと思ってた読み方と合うからっていって、ね」

由美「ほんとは恒一も別の字を使いたかったんだよね」

恒一「うん」

 だが、僕が使いたかった『怜』の字は僕にとっては特別な字だったが、それと同時に由美を含めた三組の生き残りの中では災厄の現況である不吉な字だ。それを思って僕はその字を使うのをやめ、由美の提案した『鈴』の字に落ち着いたのだ。

綾野「と思っていたのかぁ!?」

 鈴の必殺技を受けて倒れていた綾野さんは、突然がばりと勢いをつけて起き上がり勝利の余韻に浸って油断していた鈴を威嚇した。

鈴「まだたおれてなかったのかー! このやろー!」

綾野「ぐわーっ !今度こそやられたーっ!」

 鈴の飛び蹴り攻撃に綾野さんは今度こそ倒されたらしく、勝ち誇る鈴のもとからゆっくりとこちらにやってきた。

綾野「いやー、鈴ちゃん強いわ。見た目も中身も小学校の頃の由美そっくり」

 いつもどおりのおどけた調子で綾野さんは困ったように口を開く。

由美「どういう意味よそれ」

綾野「だってそっくりなんだもん。あれこういっちゃんの血入ってるのってくらいに」

恒一「一応入ってるとは思うね。ああ見えて絵本好きみたいだし」

赤沢「それにたまに榊原くんっぽいところも見せるわよ、鈴ちゃん」

綾野「ならよかった。由美みたいになったら将来が心配で心配で」

由美「ちょっと彩、本気で怒るよ!」
35 :以下、名無しに変わりましてGN雨傘がお送りいたします [sage saga]:2012/07/19(木) 22:40:34.63 ID:Ph/g44PD0
>>33
基本不定期投下です
36 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/19(木) 22:51:47.29 ID:f+NRKuemo
鈴ちゃんかわえええええええ 参考画像はよ
37 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/19(木) 23:59:38.51 ID:3RZHeYHDO
パズル得意そう
38 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/20(金) 00:21:50.67 ID:1fAvDYkqo
なんかリアルで良いな
39 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2012/07/20(金) 19:52:58.14 ID:ssf/NbQe0
赤沢さんと由美さんが生きているって事は、最終回の分岐ルートか。

………ん? って事は、あの杉浦さんも…?
40 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/21(土) 13:43:35.17 ID:pLiDy7bRo
どういう分岐かわからんな 由美さんの落下助けてそこから暴走止めたのかな
41 :以下、名無しに変わりましてGN雨傘がお送りいたします [sage saga]:2012/07/21(土) 17:56:13.35 ID:LdobhROL0
綾野「ってかどうして由美がこういっちゃんとくっついたわけ? あんま仲いい感じじゃなかったじゃん?」

恒一「いろいろあったんだよ……僕達も」

 ほんとうに色々あったというしかなかった。僕達の間と、この一四年間の月日は。

恒一「桜木さんが死んだ後、夏までに水野のお姉さんと高林と久保寺先生、それに中尾が死んでね。それでもって」

恒一「綾野さんと、由美のお兄さんが死んだ」

綾野「うん……」

恒一「そして、そのあと『現象』を止める方法っていうのが見つかったんだけど。その方法っていうのが死者を殺すっていうなんともアバウトな方法でね……」

 二人の顔色が曇った。自分たちが死者なのかと疑っていること、それを除いてもその内容は根の弱そうな二人にはきついだろう。

恒一「クラス合宿の最中に、その『現象』の止めかたの入ったテープが原因で殺し合いゲームになりかけた。その結果がコレさ」

 僕は右の手のひらを開いて、二人にかざすように見せる。

桜木「榊原くん……これ……」

 また二人が絶句する。桜木さんなど顔を青くしているのが見て取れた。

 赤沢さんが目配せでそれを引っ込めなさい。と訴えてくる。まあ当たり前か。と僕は右手を引っ込めて、自分の前でかざしてみせる。

 僕の右手はまるでヤクザの指詰めが中途半端に失敗したような、痛々しい傷が人差し指から小指までのすべての指の第二関節のあたりに走っているのだ。
42 :以下、名無しに変わりましてGN雨傘がお送りいたします [sage saga]:2012/07/21(土) 18:12:12.51 ID:LdobhROL0
恒一「由美が見崎を死者と間違えて、カミソリ持って襲いかかってきたもんだからとっさにカミソリ持っちゃって、それでズッタズタだよ。その後見崎を逃がそうとしたところで窓から二人仲良く落っこちて、さらに複雑骨折と打撲も加わったかな?」

 僕は半分あの頃の無鉄砲な自分を嘲るように、自虐的な軽い口調で云う。

由美「もうあの時は本当にみんなおかしくなってたわ。管理人のおばさんが襲ってきたり勅使河原が風見を窓から投げ落とすし、多佳子がテープ流して見崎さんが死者だって云っちゃうし……管理人さん達以外に死人が出なかったのも奇跡」

 自虐的な僕と対照的に、由美が沈んだトーンで言葉を紡ぐ。彼女や杉浦さんのように実際に動いてしまった人間にとって、あの合宿は人生最大の汚点で、あまり思い出したくはないものなのであろう。今でも僕達の間では、あの合宿のことは極力触れない事というのが暗黙の了解になっている。

 しかし奇跡とはおこがましい云い方だ。単に事が大きくなる前に死者と疑われた見崎が雨樋のパイプを伝って建物の外に出ていったのを多くの人間が追いかけて偶然にも避難が早く進んだことがほぼ全ての原因だったのである。

恒一「でもって、複雑骨折と打撲の中で僕があの年の死者を殺して、すべてを終わらせた」

桜木「……どうやって死者を見分けたんですか?」

 桜木さんが青い顔のまま聞いてくる。彼女は対策係の仕事にも半分首を突っ込んでいたのだ。自分が二ヶ月かけて見抜けなかった死者の正体を僕が見抜いてしまった理由を知りたいのだろう。

恒一「見崎が思い出したんだ。死者の……三神怜子の殺されてた場面を」

綾野「え? そんな人いたっけ?」

 綾野さんが不思議そうに疑問を口に出す。その言葉を聞いて、僕と赤沢さんはお互いほぼ同時に顔を見合わせていた。

恒一「三神先生だよ。僕らのクラスの副担任で美術の先生だった……」

綾野「知ってる?」

 綾野さんに話題を振られた桜木さんがふるふると首を横に振る。

赤沢「死者の記憶が抜けてる……? でも死者が死に還る前に死んだのよ?この二人は」

恒一「現れた時に同時に改変作用が解けたのか……それとも」

 また一つ彼女たちの存在に謎が増えてしまった。
43 :以下、名無しに変わりましてGN雨傘がお送りいたします [sage saga]:2012/07/21(土) 19:13:27.94 ID:LdobhROL0
恒一「まあいいや。綾野さんはそういうことを聞きたいんじゃないんだろうし。まあ合宿の後に特に外傷のひどかった六人ぐらいが入院することになって、その中でも僕と由美が同じ病室で夏休みを過ごすことになったんだ」

恒一「あの頃の由美は綾野さんとお兄さんが死んだショックで沈んでてさ。僕も僕で死者だったとはいえ叔母さんの怜子さんを自分で殺して、それもあって多少沈んでた」

赤沢「榊原くんも多少どころじゃなかったでしょ。二人共あの夏休みはひどかったわよ」

 せっかく張った意地が無駄になってしまったじゃないか。と少し恨みがましい視線を赤沢さんに送ったが、哀れその視線は弾かれてしまった。

由美「話し相手も二人だけだったからね。ベッドの上半分傷の舐め合いみたいな形で仲良くなっていったのよ」

 由美は照れ隠しなのかどうなのか、不機嫌そうにかなりの部分を端折ってそう話した。


 実際のところ、僕自身あの夏の病室の情景はどの夏よりも鮮明に覚えている。

 病院特有のクレゾールの混じったすっとするような匂い。やかましいほどの蝉の声、開け放たれた窓から吹き込んでくる心地良い風と、それに揺れるカーテン。

 同室の他の患者が持ち込んだラジオからは、NHKのアナウンサーが熱のこもった様子で甲子園の激戦の様子を伝えていた。

 僕といえば祖母から持ってきてくれと頼んだ本を読もうとしたが、一ページ読んでは投げ出しの繰り返しで、ベッドに横になりながら甲子園の試合の様子をただ無気力に聞き流していただけだった。隣のベッドの由美もそんな感じで、誰かの持ち込んだ漫画で退屈を潰そうとしては、数分も経たずに投げ出していた。

 僕は自覚していなかったが、見崎や勅使河原や赤沢さん曰く、その頃の僕は本当にうつ病か無気力症の患者のようだったらしい。怜子さんを手に掛けたショックと、それまで抑えていた重圧が一気に解き放たれたことによるリバウンドだったんじゃないか? と云うのが赤沢さんの弁だ。
44 :以下、名無しに変わりましてGN雨傘がお送りいたします [sage saga]:2012/07/21(土) 22:39:59.27 ID:LdobhROL0
 初めて由美が僕に声をかけてきたのは終戦記念日の次の日。延長十五回などと信じられないような長丁場に伸びきった試合が、サヨナラボークと云う情けなさすぎる決め手で終わった直後だったはずだ。

小椋「なんか、すごいあっけない終わり方だったね」

 それが最初僕に向けられたものだと気づかずにいたが、周りには由美と話すような人間は誰もいない。サヨナラボークに納得がいかんと管を巻く向かいのオヤジ達に云ったわけでは、絶対にないだろう。

 そうなれば、相手は僕しかいない。合宿の惨劇からやっと一週間が経過し、僕の方も多少は楽になりかけた頃だったせいか、僕は数時間ぶりに上げた声でその言葉に答えた。

恒一「うん」

小椋「全部呆気無い。野球も、『現象』も」

恒一「うん」

小椋「何もしてないうちに、いつの間にか終わって、やりきれないまま。あんなに早く終われって思ってたのに、いざ終わったら嬉しいっていう気持ちも湧いてこない」

恒一「うん」

小椋「本当に、何だったんだろうね。こんなにあっさり終わっちゃって、彩も、兄貴も、なんのために死んじゃったんだろ」

恒一「うん」

小椋「さっきから『うん』しか云ってないね」

 事務的な口調でアナウンサーがニュースを読み上げ、清涼な風が吹き込み僕の肌をそっとなぞった昼下がり、由美は、くすりと笑った。

 それは、この夏僕が見た彼女の最初の笑顔だった。

 ひょっとすれば、僕が今彼女のそばにいる理由ははあの日見た笑顔に惹かれてしまったのが一番大きな理由なのかもしれない。
45 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/22(日) 02:30:53.15 ID:/RyktrYIO
おつ
46 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/22(日) 09:31:19.18 ID:AC1hXOnDO
おつ
47 :以下、名無しに変わりましてGN雨傘がお送りいたします [sage saga]:2012/07/22(日) 11:37:37.80 ID:JZe7gixr0
 それから僕達は病床の上で幾度か会話を交わすようになっていった。由美の云うように、綾野さんや怜子さんの話で同情しあう「傷の舐め合い」もなかったわけではなかったが、その手の話はどちらが云い出したのかある日を境に極力タブーとした。

 代わりに話題の中心となったのは、趣味の話。演劇に小説、それに映画。そのあたりの話題は特に弾んだ。

 由美が興味を示して貸したキングの『シャイニング』が、映画と全く違っていたと云う話になった時には、由美がキューブリックの映画を支持し、僕がキングの小説を支持して譲らない対決になったことさえあった。

 と言うよりもこの論争は今でもたまに俎上に上がってはちょっとした喧嘩の種になっていたりする。確かにキューブリックの映画の映像や演技は素晴らしいが、キングの良さを伝えきれていない何か別の映画としか思えないのだ。

 そして二学期を迎えて『現象』と例のカセットテープの残した爪あとによってどこかぎくしゃくした学生生活も、夜見山に雪が舞う頃には修復され、勅使河原と風見が、見崎が杉浦さんや由美と話しあう姿も見られた。

 もっとも本来被害者側に位置する見崎や風見らが、あの合宿のことは強迫観念のなかで起きた事故と割り切っていたのがその大きな理由だったのだが。

 僕達が夜見北を卒業するまで僕と由美の関係は『親しい友達』程度のもので、恋愛関係に発展することはなかった。その頃はむしろ見崎とのほうが仲が良かった気がする。

 話が進展したのは東京に帰って三年目のことだった。

 二一世紀の幕が開けても、結局人々が気軽に宇宙に行けず何も変わらず、それどころか二〇世紀の遺恨がまだ連綿と続いていたのを思い知らされてから一年も絶った頃。

 僕は人生二度目の受験になんとか辛勝に近い形で成功し、その名も名高い某私大への切符を手に入れて、正直ついていけるか怪しいレベルの授業に頭を抱えながらも、その一方で親父が入学祝いと云ってよこした中古のプラッツで遠出してはどこかで趣味の写生を行なっていた。
48 :以下、名無しに変わりましてGN雨傘がお送りいたします [sage saga]:2012/07/22(日) 19:27:06.32 ID:JZe7gixr0
 その年の夏休み、特に何の用事もなかった僕は夜見山でその休みを過ごすことに決めて、三神の祖父母と、まだ連絡を取り合っていた勅使河原や望月に簡単に電話をしてから僕は関越道と北陸道を乗り継いでやっと懐かしい夜見山にやってきたのだった。

 そして、夜見山にやってきて三日目、僕は怜子さんの墓参りの帰りの途で、由美と三年ぶりの再開を果たした。

小椋「来てたんだ」

 県道をまたぐ横断歩道で信号待ちをしていた僕を見つけたのか、いつの間にか後ろに立っていた由美は、三年前と同じ様な素っ気ない口調で訊いてきた。

恒一「来てたよ」

小椋「連絡くれなかったよね」

恒一「君のメールアドレスにもメールを送ったよ。宛先不明で帰ってきたけど」

小椋「あー。アド変メール送れてなかったんだ。ごめんね」

 信号が変わる。僕と由美の足はほぼ同時に踏み出した。

小椋「どこの大学入ったの?」

恒一「明治」

小椋「へえ。てっきり早慶にでも行ったかと思ったのに」

恒一「僕はそこまで勉強できないし、遊び人じゃないよ」

小椋「早稲田と慶応って遊び人なの?」

恒一「東京で一番遊び人のいる私大だよ。一緒にされるのはちょっと心外」

 ふうん。と口元に手を当てて考える由美。中学の頃に比べてだいぶ背は伸びたが、スレンダーな体型はそのまま。だがどこか大人っぽい雰囲気はあった。

小椋「私は金沢の看護学校」

恒一「じゃあ、お互い帰省ってわけか」

小椋「そうなるね」
49 :以下、名無しに変わりましてGN雨傘がお送りいたします [sage saga]:2012/07/22(日) 22:16:37.32 ID:JZe7gixr0
小椋「ねえ、今彼女っている?」

 古池町と紅月町に至る農道の途中で、由美がそう訊いてきたのは今も覚えてる。

恒一「いないよ」

小椋「見崎さんとは違うの? 同じ東京組だし、あんなに仲良かったのに」

恒一「あいつはいろいろ違う。ただ同類ってだけで、ね」

 確かに見崎とは付き合いは長いし、二週間に一階ほどは会うような付き合いだが、が、今の今まで四年間恋愛感情に至ることはなかった。

 東京の友人曰く彼氏彼女のようだとは良く云われるが、僕自身は彼女と僕の繋がりは彼氏彼女と云うよりはもっと異質な、恋愛感情とはまた違った仲間意識によるものだと思っている。

小椋「じゃ、さ。私が彼女になってもいいかな?」

 由美はくすりと、あの病室で見せたのと似た、どこかはにかんだ笑顔を浮かべていた。

恒一「……え?」

小椋「私も悔しいんだよね。看護学校でやれ彼氏がどうかとかの話になると、いっつも『ああ。由美は彼氏いないもんね』ってなって。だから明治の彼氏がいるぞって!」

恒一「自慢したいだけ? それならやめたほうがいいよ。僕なんて明大の底辺だし」

 そんなわけ無いじゃん。と云って、由美が歩を止めた。

小椋「恒一、相変わらずにぶすぎだよ」

 恒一。

 僕を呼び捨てにそう呼んでいたのは、三組では最後まで彼女だけだった。

小椋「ホントはね、来てたの知ってたんだよ。泉美の携帯から転送されてきてた。それで、私も今度こそ自分の気持ちに素直にならなきゃいけないなと思ったんだ……」

 由美はなおも続けた。

小椋「さっき交差点で会ったでしょ? あれ、私も恒一と同じとこに行ってたから」

恒一「墓場?」

小椋「彩にね、勇気もらってた。彩も恒一のこと好きだったし、それの許可取りに行くついでもあったけどね」

 綾野彩。彼女の言葉であの大きな目の、人懐っこい少女の顔が浮かぶ。彼女が僕に好意を寄せていたというのは初耳だったが、しかしそれに気づいてやらなかった僕はなんて間抜けだったんだと心のなかで自分を蔑んだ。

 由美の細い指が僕の右手に絡みつく。かつて彼女の持つ刃を素手で握って、傷のついた右手。その傷跡をなぞリながら、由美は口を開く。

小椋「この傷の分だって、彩の分だって、私には恒一を幸せにする義務があるの」

 そして、最後の一言。

小椋「私を、もらってください」

 僕は、黙って頷いた。それだけで十分だった。
50 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [sage]:2012/07/22(日) 22:22:05.84 ID:w2c6KbUTo
エンダアアアアアアアアアアアアアア
51 :以下、名無しに変わりましてGN雨傘がお送りいたします [sage saga]:2012/07/22(日) 22:56:31.97 ID:JZe7gixr0
由美「大学の夏休みにたまたま帰省したらお互い再開して、それで彼氏彼女の関係になって、恒一が教師として夜見山に赴任してから二年目の夏に結婚したってだけよ」

 由美はやはり照れくさいらしく、ぶっきらぼうに主だった出来事だけを羅列して綾野さんに語った。

綾野「へーえ。私は大恋愛を期待してたんだけど、まあ由美とこういっちゃんには無理だったか」

 からかう綾野さんにだからどういう意味よ。と突っかかる由美を苦笑気味に諌める。本当に少し機嫌の悪い時の由美というのは実に鈴そっくりで、綾野さんの弁もあながち間違いではなかった。

赤沢「はいはい。漫才はそこまで。そろそろ行かないと間に合わないわよ?」

 赤沢さんが慣れた感じで綾野さんと由美を抑えると、昔ながらのスライド式の携帯電話を取り出した。以前スマートフォンに切り替えないのかと切り出したところ、スマートフォンは電子攻撃に弱いからと云う、実に県警の赤沢警部補らしい答えを聞いて言い返せなくなったこともある。

 赤沢さんはタクシーを回すように手配してからものの数分もせず、やってきたであろうタクシー運転手が引き戸を叩いた。

由美「先に実家寄らせて。鈴を預けていきたいの」

赤沢「わかってるわ」

綾野「こういっちゃん。私達本当に行っていいの?」

 綾野さんが不安そうに切り出してくる。桜木さんもやはりどこか戸惑っている様相だった。

 無理もないだろう。こんな頃に突然蘇って、当時の同級生と会うたびに驚愕と誤解による不和を生み出しているのを、彼女達も自覚しているのだ。今まではなんとか収まったが、特に同窓会となれば、多くの級友が集まる。彼女らが原因のトラブルが起きないはずがない。

 僕はそんな気持ちを汲み取って、教え子にやるように綾野さんの肩にぽんと手を置く。

恒一「いいに決まっているだろ。綾野さんだって、桜木さんだって、僕達の同級生だ。同窓会に出たらダメなんて云うわけないじゃないか」

 それに『現象』と十四年の月日の間に失われた彼女たちの居場所をもしかしたら同窓会を通じて与えられるかもしれない。と云う僕の希望的観測もこもっていた。

 こういっちゃん。と綾野さんの喉から声が上がる前に、三人とも早くしなさいよ。と云う由美の呼びかけに遮られ、僕たちは思い出したようにそそくさと靴を履きタクシーに乗り込んだのだった。
52 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/22(日) 23:02:44.71 ID:vwV+SSgWo
いやあああああああああああああ
53 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/23(月) 23:36:52.64 ID:gLPzLqPLo
ISなんての続き書くときはこっちで宣伝してくれる?
54 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/24(火) 15:11:22.53 ID:rLR6hxpeo
待ってるでー
55 :以下、名無しに変わりましてGN雨傘がお送りいたします [sage saga]:2012/07/24(火) 15:48:24.97 ID:TTIFaxk40
 イノヤは本当に昔のままだった。変わったところといえば、望月と東京の美術商経由で購入したという『ミサキ・メイ』の天使の絵のレプリカがかかったくらいだ。

 僕達は綾野さんと桜木さんを三人の影に隠れるようにして店の扉をくぐる。今宵は僕達だけの貸切にさせてもらったのか、店内に客の姿は無い。

勅使河原「おっせーぞ! サカキ! 小椋!」

 僕達が店に入った最後の人間だったらしく、奥の席では既に酒が入ってるんじゃないかと疑わしいような勢いで、いつもどおり趣味の悪い私服を組み合わせた勅使河原が叫んでいた。

 その横で職場からここに直行してきたらしいスーツ姿の風見が水を煽っている。奥にはこれまたスーツ姿の似合う杉浦さんが待ってたわ。と言わんばかりの表情でお冷のグラスをかざしていた。

望月「ほらほら。君たちが最後だよ。早く席についてよ」

 望月が大皿に入ったニョッキを持って、僕たちを座らせようと急かした。

恒一「ちょ、ちょっと待って。今日はみんなに紹介したい……と言うか、まあ紹介したい人がいるんだ」

勅使河原「なんだよ。早くしてくれよー」

風見「こっちはもう酒も用意してあるんだ。早く乾杯させてくれよ」

 勅使河原と風見が洋物ビールらしいジョッキと褐色のカクテルを持ち上げて、見せつけながら急かす。杉浦さんも無言のままだったが、淡い蛍光ピンクにさくらんぼの沈んだグラスをこちらに見えるように持ってみせる。

 望月も早くしたほうがいいよ、みんななんだかんだで飲みたいみたいだし。と背中を押す。

恒一「あのさ……驚かないでほしいんだけど……由美、赤沢さん」

由美「……オッケー」

赤沢「取り乱さないでよね。……特に多佳子」

杉浦「わかってるわよ。多少のことじゃ揺らがないから、紹介してみせてよ」
56 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/24(火) 15:54:29.28 ID:rLR6hxpeo
もう小椋じゃない…
57 :以下、名無しに変わりましてGN雨傘がお送りいたします [sage saga]:2012/07/24(火) 16:26:47.02 ID:TTIFaxk40
 さあさ。みんな座った座った。と望月は僕達を一番手前のテーブルの席につかせて、そのままご注文は? と慣れた口調で聞いてくる。さすが大学時代の四年間イノヤでバイトし続けてた経験は伊達じゃないようで、口髭も相まってさながら本職のバーテンダーのようだ。

恒一「カシスソーダお願い」

由美「私はカルーアミルク」

 僕達夫婦はカクテル類というのにはあまり慣れてないので、どうしても馴染みの深いリキュールばかりが口からスラスラと出てしまう。

赤沢「ブロンクスくれるかしら?」

 その点赤沢さんはと云えばまた何か僕達が知らないようなカクテルを頼んでいた。こういう店にもよく来るのだろうか? と思ったが、実際のところはどうなのだろう。

綾野「じゃ私はこの……」

 綾野さんがカクテルメニューの『青い珊瑚礁』なるカクテルを指差そうとしたところ、ほぼ同時に僕と赤沢さんが無言で綾野さんの指を退ける。

恒一「あんまり調子に乗らないでよ。綾野さん」

赤沢「同年生まれでもあんたはまだ未成年なんだからね」

 教師と警官の聖職者コンビにやり込められてたじたじな綾野さんに、望月は苦笑いを浮かべて、「未成年用はこっちってことで」と、昼用の喫茶店メニューを開いた。

桜木「私はクリームソーダお願いします」

綾野「じゃジンジャーエールでお願い」

望月「かしこまりました……恒一くん、手伝える?」

恒一「それが遅れてきた罰なら、甘んじて」

 そうして僕と望月が四人分の飲み物が持ってくるまでには五分もかからなかった。手伝いと云っても僕は単に未成年用の
グラスに飲み物を注いで少し物を載せるだけでだけで、カクテル作りは望月の仕事だった。

勅使河原「ああ、小椋! お前はサカキの向かいに座れ! 桜木はそっちじゃなく隣の席だ! あと風見! そこの席動け!」

 飲み物を注いでいる間にも勅使河原が座席割りをしきって、あそこに座れここに座れと遅刻組に指図していた。

 だが、お調子者ではあるが他人を仕切ることは滅多にしないような勅使河原がそうやって仕切る時というのは決まって理由がある。勅使河原が指図した席というのも見てみればなんとも彼らしい気遣いが見て取れた。

恒一「綾野さんと桜木さんがお誕生日席になってるね」

望月「しかも、桜木さんの隣に風見くんがいる……てっしー、サービス良すぎだよ」

 風見はまだアルコールを口に含んでもいないのに、少しだけ頬が赤くなっていた。

 初恋の相手というのは、やはり忘れられないものなんだな。とそれを見てしみじみ思った。
58 :以下、名無しに変わりましてGN雨傘がお送りいたします [sage saga]:2012/07/24(火) 17:40:33.81 ID:TTIFaxk40
恒一「持ってきたよ。四人分」

鳴「それじゃ乾杯だね。幹事さん、よろしく」

恒一「困ったな……じゃあ仕方ないけど」

僕はカシスソーダのグラスを卓の真ん中に持って行く。それに続くように、全員が卓の真ん中で円を描くようにそれぞれのグラスで囲んだ。

恒一「僕達が集まれたことと、夜見北閉校と、『現象』の最期と、綾野彩さん、桜木ゆかりさん、藤岡未咲さんの復活を祝して……」

全員「乾杯!」

 ちぃん、ちぃんと鳴り響くグラス。そして喉を鳴らす音。カルーアミルクの甘酸っぱくも独特のアルコールの味が口内にあふれてゆく。

勅使河原「っはーっっ! やっぱサイコーだわ!」

綾野「やだ、てっしーオッサンくさいよっ」

勅使河原「なんだと? 誰がオッサンだって?」

恒一「三〇過ぎたらみんなもうおじさんおばさんだよ」

由美「諦めなさい、『おじさん』」

勅使河原「サカキに小椋まで! お前らだって同じじゃねーかよ!」

 勅使河原は不満気に声を上げる。

綾野「っていうかなんでてっしーは由美のこと小椋って呼んでるの? もう由美はこういっちゃんの奥さんじゃん」

勅使河原「そりゃあれだよ。どっちも榊原って呼ぶのもなんだし、だからと言って俺がこいつのこと下の名前で呼ぶのも何だし、だから……まあ。暫定措置だよ」

風見「お前が暫定措置なんて言葉を知ってるとは、驚きだな」

勅使河原「さすがの俺も怒るぞ!」
59 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/24(火) 17:45:49.43 ID:4y/cB1ago
いつ3人を紹介したの?
60 :以下、名無しに変わりましてGN雨傘がお送りいたします [sage saga]:2012/07/24(火) 17:52:11.66 ID:TTIFaxk40
>>59
すいません……コピペミスで途中のとこ抜けてました。>>55の続きはこっちです……

 僕たちは顔を見合わせて神妙な表情で頷くと、由美と赤沢さんが肩に手を回して後ろに隠れていた二人を前に押し出した。

恒一「この二人……紹介は、いらないよね」

 さて、お決まりの驚愕タイムか? と僕は覚悟を決める。いったいグラスが幾つ落ちて、料理がどれだけだめになって、そして何人の気が動転するか。少し不謹慎だが、そう賭ける。

 退路は確保してある。死者を死に還そうと気の動転した誰かが襲い掛かってくるのももちろん想定済みだった。

 だが……

勅使河原「おー! 本当に蘇ったのかよお前ら!」

 僕達の緊張をよそに、二人を出迎えたのは勅使河原の古い友人と再開した時のような、全く警戒感の無い歓迎の言葉が二人を出迎えた。

 逆に面喰らったのは僕達三人の方だった。三人で顔を見あわせて何事かと言葉を絞ろうとするが、それよりも杉浦さんの言葉が早かった。

杉浦「云ったでしょ。あんたたちが『最後』って」

 杉浦さんの含みのある言葉に僕は店内を見回して、ああ。そういうことか。と合点する。

 照明の影になって気づかなかったが、勅使河原たちのテーブルのもう一つ奥のテーブル。照明と観葉植物で影になっているそのテーブルで、見崎姉妹が水色のカクテルとジンジャエールらしいグラスをかざしていたのだ。

望月「見崎さん達が一番最初に着いて、もう入るたびみんな腰抜かした後だよ。大丈夫。事情は全部見崎さんから聞いた後だから」
61 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/25(水) 00:18:36.03 ID:28fEDi0xo
乙待ってる
62 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/28(土) 19:06:25.00 ID:sCQTEqL5o
まだか
63 :以下、名無しに変わりましてGN雨傘がお送りいたします [sage saga]:2012/07/30(月) 18:20:15.49 ID:MOY2u/SU0
地の文書き込むのが段々めんどくなってきたので半SS形式にしてよいでしょうか?
64 :以下、名無しに変わりましてGN雨傘がお送りいたします [sage saga]:2012/07/30(月) 18:31:36.03 ID:MOY2u/SU0
桜木「そう言えば、皆さんは今何やってるんですか?」

 風見が勅使河原をいつもの調子で茶化しているところに、桜木さんが突然に訊いてくる。

 あ! それ興味ある! と綾乃さんもそれに続き、見崎姉妹もコクリと頷く。十五歳組は当然といえば当然だが、他人のことなど構わないと云った生き方を貫き、ここ数ヶ月マンハッタン島からすら離れることも滅多になかったといつか電話で豪語していた見崎もこの場にいる全員の今を知らない。

 最初に桜木さんの疑問に答えたのは勅使河原だった。

勅使河原「俺は地元の工務店だよ。家とかビルをぶっ壊すのとか、リフォームがお仕事」

桜木「風見くんは?」

勅使河原「こいつ? こいつはH鉄道だ」

 風見が躊躇いがちに口を開くよりも早く、勅使河原が告げる。風見が勅使河原に視線を向け、目を細めたように見えたが、勅使河原はそのときには既に赤沢さんの方に顔を向けていた。

桜木「と云うことは、バスの運転士さんですか?」

風見「……うん。そうなる」

 以前風見自身に云っていたが、H鉄道は鉄道と名乗って入るものの実際の鉄道部門は一九七〇年代の時点で廃止されており、現在その実態はただのバス会社なのだと云う。

 桜木さんが何のためらいもなくバスの運転士と云い切ったのもそれを知ってのことだったのだろう。

勅使河原「もったいないんだぜ。こいつなんてわざわざ国立大出たっつーのに、バス屋なんかになっちまってさ……」

風見「人が何を選ぼうと勝手だろう」

勅使河原「……違いねえな。で、赤沢は県警の警部補サマだっけか?」

赤沢「そうよ。県警密輸対策係室の赤沢泉美警部補サマ」

杉浦「あんたはいつまで対策係やってる気よ」

 杉浦さんが半分ほどに減った蛍光色のカクテルを揺らしながら云った。

赤沢「そう云う多佳子は確か電気機器会社で実質権力者だっけ? あんただっていつまで影の実力者やってる気よ」

杉浦「単に私より上にまともな奴がいないってだけよ。ボンボン社長や前社長の愛人のババアなんかに会社が任せられるわけないじゃない」

 もう半分ほどは女社長と云った風体で杉浦さんは、対策係のナンバー2だった時代と全く変わらない含みのある笑顔で答えた。杉浦さんもそれこそ芯の部分は昔のままだ。
65 :以下、名無しに変わりましてGN雨傘がお送りいたします [sage saga]:2012/07/30(月) 18:39:06.22 ID:MOY2u/SU0
望月「僕と榊原くんは一応今日まで夜見北で教師やってたよ。僕が美術で、榊原くんが英語」

綾野「え!? こういっちゃんはわかってたけどもっちーも先生だったの!?」

 驚嘆が隠せないとばかりに綾野さんが声を荒げる。

望月「バーテンダーと勘違いした?」

綾野「うん」

 心外だなあ。と苦笑する望月。望月も望月で相変わらずの童顔のために美術部の生徒のいいオモチャにされていたり(実はそれを気にしてヒゲを伸ばしたらしいのだが、生来の童顔のためにどうにも付け髭感が否めない)する辺り昔と根っこは同じだ。

綾野「で、由美はお嫁さんっと」

由美「プラス看護師ね」

綾野「カンゴシ?」

 看護師と云う言葉に首をひねる綾野さん。そう云えば、看護師呼称の広まったのは一九九八年よりも後だったはずだ。つくづく一六歳組といると一四年のギャップを感じざるを得ない次第だ。

由美「看護婦のことよ」

 えー!? 似合わない! と綾野さんの驚愕の言葉がまた飛び出し、テーブルからまた押し殺したような笑い声が広がった。


風見「……少しいいか? 外出て煙草吸ってくる」

 それまで料理をちょびちょびと口に含んでいた風見が、突然立ち上がる。

望月「別にここでもいいよ。普段から夜は喫煙オーケーの店だしさ」

風見「女性陣のせっかくの服に煙草の匂いつけても悪いだろ?」

 ああ、そう。と納得したのか、望月が頷く。風見はまっすぐに店のドアへ向かい、からんからんとベルの音を残して外へと出て行った。

勅使河原「わりい。俺も一服してくるわ」

未咲「なに? みんな煙草?」

勅使河原「そういうこった」

 そう云って勅使河原も店の外へとドアをくぐっていった。
66 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/30(月) 20:53:14.48 ID:neX2PjXXo
いいよいいよ 好きなように 面白いからつづけてくれさえすればいいよ
67 :以下、名無しに変わりましてGN雨傘がお送りいたします [sage saga]:2012/07/30(月) 20:56:12.73 ID:MOY2u/SU0
風見「どうしたんだ?」

 先ほど自分がくぐったばかりのドアから出てきた勅使河原に、風見はいたずらっぽく問いかける。

勅使河原「……お前、禁煙中だろ。ほら」

 勅使河原がズボンのポケットから煙草のパッケージを取り出すと、それを風見に投げつける。

風見「ラッキーストライクか……」

 今まで吸ったことの無かった銘柄に風見はどこか不満気な声を上げた。

勅使河原「これしか無いんだ、文句言わずに吸えよ」

 風見は渋々ラッキーストライクを慣れた手つきで一本取り出し、咥える。その隣に並んだ勅使河原も風見から返されたラッキーストライクを一本咥え、使い捨てライターで二人分の煙草に火を付けた。

勅使河原「……いとしのゆかり姫に会えたっつーのに、沈んでるな」

 風見はラッキーストライク特有のカラメルの甘さが含まれた煙を吐き出し、やっぱりか。と呟く。本人は騙せたとしてもどうやらこの腐れ縁の目はごまかせなかったようだ。

風見「昨日までは伝えたかった言葉ばかり浮かんでたのに、いざまた会えたら全部吹っ飛んで何を云えばいいのかわからなくなったんだよ」

勅使河原「唐突だったもんな。俺だってなんて言葉を綾野にかけりゃよかったとかって迷ったよ……」

風見「正直、今ゆかりにどう接すればいいのかわからないんだ。俺達はもうクラスメイトでも、男女の委員長でもない」

勅使河原「まあ、そりゃ三〇歳のバス屋と一五歳の中学生の組み合わせは犯罪だよな」

風見「そうそう、犯罪だよな」

 勅使河原の冗談に合わせるように、風見は乾いた笑い声を上げる。

風見「それに、怖いんだ。今までの距離がなくなって、俺の伝えたかった言葉が届くのかってな」

 風見は紫煙を吐き出す。煙はまだ肌寒い夜の街に立ち上っていき、ナトリウム灯の橙の明かりの下で四方へ散っていった。

勅使河原「ほんっと、三〇なっても変なとこで臆病なのは変わってないな。お前は中学生のガキかよ……」

 勅使河原は一気に煙を吸い込んで早足で煙草の残りを減らすと、溜まりに溜まった煙を吹き出して、そのまま地面に落とし、ごついブーツの靴底で踏み消した。

 田舎というのは都会ほどにマナーが行き届いていない場合も多い。煙草を靴底で踏み消す慣習もまさにそれで、夜見山ではまだこの悪しき風習は高年層や中年層に息づいている。

勅使河原「そんな事云ったらサカキと小椋だって大学までは赤の他人だったろ」

勅使河原「距離なんてのはあくまであったらいい程度のもんだ。肝心なのは、その言葉を伝えられるかどうかだろ」

勅使河原「またそのまま昔みたいに黙ってても、その内に桜木がどうにかなってもう一度後悔するだけだぜ」

 にやりと、勅使河原が得意そうな笑みを浮かべる。

風見「……まさか、お前に説教される日が来るとはな」

勅使河原「俺のほうが女性経験豊富だからな。ナンパ向かってっては玉砕し続けて、今まで見向きもしなかった高校の部活の後輩に告ってみたらあっさりOK貰ったりって……」

 風見は勅使河原同様に革靴の底でラッキーストライクを踏み消した。

風見「なあ、勅使河原」

勅使河原「なんだよ」

風見「ラッキーストライクも意外にいいかもな。禁煙やめたら吸ってみるよ」

勅使河原「そうしろ。メンソールなんかよりもずっといいぜ」
68 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/08/06(月) 22:26:06.43 ID:LdZXwEBIo
まだー
69 :以下、名無しに変わりましてGN雨傘がお送りいたします [sage saga]:2012/08/09(木) 22:40:49.93 ID:nnj+Thn30
作者の霊圧が尽きそうなのでここからは準SS風になります

未咲「で、鳴ったらその時鼻の頭にアイス付いてたの! かわいいでしょ!」

綾野「なにそれ! いっつもクール系だと思ってたみさきっちゃんがそんな可愛いキャラだったなんて!」

鳴「未咲! いい加減にしなさい!」

 勅使河原と風見が抜けたイノヤは、それでも尚賑やかだった。はじめは見崎のニューヨークでの近況話で三十歳組が盛り上がっていたはずが、話を重ねるたびにいつの間にか会話の主導権が未咲ちゃんに奪われて、今や見崎の暴露話へと話題は転がっていったのである。
 
 普段はめったに感情を出そうとしない感情の平坦な見崎も、未咲ちゃんが次々明かす事実に顔を赤くし、普段では滅多に聞けないような恥じらいを帯びた叱咤の声をあげていた。

赤沢「私は高校同じだったから薄々気づいてはいたけどね……いっつもほっぺたにご飯粒くっつけてたりとかどっか抜けてるとこあったし」

望月「あったあった」

鳴「……」

 見崎がついに耳をふさいだ。よっぽど聞きたくないらしい。

未咲「でもかわいいって云ったら鳴のオッドアイなんだけどね」

桜木「オッドアイ……ですか?」

未咲「うん。かわいーの」

未咲「ってわけでさ、鳴?」

鳴「……何?」

未咲「見せてあげて?みんなに」

鳴「……あんまり気分が乗らないの。それに……」

 見たくないものまで見てしまいそう……か。

 見崎の「人形の目」は死の色を映す。蘇った妹に死の色がもし見えてしまったら、と考えると、やはりためらいがあるのだろう。

未咲「じゃあ一生のお願い!」

鳴「……それ、前にも聞いたわよ」

未咲「蘇りサービスってことで!」

赤沢「いいんじゃないの? 見崎さん」

 珍しく、赤沢さんが見崎の肩を叩く。その表情は酒のちからでいつもよりやわらかなものに見えたが、その反面どこか翳りが見えていた。

赤沢「……いずれ、確かめるべきことよ」

鳴「……そうね」
70 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/09/14(金) 22:12:37.47 ID:SFtIuy2o0
生存報告だけでもしてもらえるとうれしいのですが
71 :以下、名無しに変わりましてGN雨傘がお送りいたします :2012/10/03(水) 23:16:24.62 ID:4oGwIbRC0
生きて帰りました。あすより少しづつですが書いていく予定です
72 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/10/04(木) 23:08:06.24 ID:SjO3yvyc0
p(^^)q
73 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(栃木県) [sage]:2012/10/09(火) 18:41:26.63 ID:l8EJaQado
続き期待
書き溜め中かな?
74 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/12/02(日) 00:48:28.05 ID:Rfh0BMFh0
2カ月
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