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少女「変身…? 魔法少女…?」 - SS速報VIP 過去ログ倉庫

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1 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/18(水) 18:49:13.25 ID:f+xlHmLf0
オリジナルの魔法少女系長編小説です。

残虐表現などを多く含みます。
R−18指定程度と思っていただければ幸いです。


「もう誰も殺したくない! 殺さずにすむ未来に行きたいだけなの!」
――少女の叫びは虚しく空を切った。


不定期更新です。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1342604953
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少し暑くて少し寒くて @ 2024/04/25(木) 23:19:25.34 ID:dTqYP2V2O
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渾沌ゴア「それでもボクはアイツを殺す」 @ 2024/04/25(木) 22:46:29.10 ID:7GVnel7qo
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1714052788/

二次小説の面白そうなクロス設定 @ 2024/04/25(木) 21:47:22.48 ID:xRQGcEnv0
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1714049241/

佐久間まゆ「犬系彼女を目指しますよぉ」 @ 2024/04/24(水) 22:44:08.58 ID:gulbWFtS0
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全レスする(´;ω;`)part56 ばばあ化気味 @ 2024/04/24(水) 20:10:08.44 ID:eOA82Cc3o
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君が望む永遠〜Latest Edition〜 @ 2024/04/24(水) 00:17:25.03 ID:IOyaeVgN0
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笑えるな 君のせいだ @ 2024/04/23(火) 19:59:42.67 ID:pUs63Qd+0
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【GANTZ】俺「安価で星人達と戦う」part10 @ 2024/04/23(火) 17:32:44.44 ID:ScfdjHEC0
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2 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/18(水) 18:52:35.09 ID:f+xlHmLf0
列車の音。

人の声。

人の気配。

しんしんと降りしきる雪は、止むことがない。

降り続ける、雪。

揺すられて目が覚めた。

「降りろ」

端的に言われ、少女はまどろみの中から覚醒した。
3 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/18(水) 18:53:31.34 ID:f+xlHmLf0
十二、三ほどの幼い外見。

痩せた体、細い腕、足。

栗色の豊かな髪だけが生気を纏っている。

ダッフルコートの下はジーンズとシャツ。

遊びのない格好だ。

理解できずに、ぼんやりと自分自身の様子を見回した少女に、
肩を揺すった男はもう一度口を開いた。

「怪訝そうな顔だな」

「…………」
4 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/18(水) 18:54:02.09 ID:f+xlHmLf0
目深にかぶったハッチング帽子に、加えた煙草の煙。

五十代ほどの壮年男性。

見覚えがない人だ。

無言を返した少女を覗きこんだ姿勢のまま、男は続けた。

「車から降りろといったんだ。分からないか?」

そこで初めて少女は、自分が車内にいることに気がついた。

促されるがままに、よろけながら外に出る。

ジャリッ、と踏みしめた、凍った雪が音を立てた。

心細げに道端に立った少女の上から下までを見回し、男は

「ふむ」

と一言呟いた。
5 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/18(水) 18:54:52.74 ID:f+xlHmLf0
そしておもむろに息をついて喋り出す。

「どうして自分がここにいるのか、
自分が誰なのか、いや、名前さえも思い出せないと言った顔だな」

指摘され、少女は唾を飲んで硬直した。

名前……?

名前なんて、ほら……。

ほら……。

……思い出せない。

自分の名前。

自分自身を表す単語。

思い出せない。
6 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/18(水) 18:55:27.68 ID:f+xlHmLf0
そうだ、ここはどこだろう。

慌てて顔を上げて見回す。

見覚えのない住宅街。信号。人の波。

知らない建物、見慣れない気配。

どこ。

……ここ。

呆然とした少女の頭にポン、と手を置いて、
男は、どこか不自然な張り付いたような笑顔で彼女を見下ろした。

「お前の名前はアリス。不思議の国のアリスだ。
名前くらいは聞いたことがあるだろう?」

「アリス……?」

蚊の鳴くような声を発する。
7 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/18(水) 18:56:09.87 ID:f+xlHmLf0
「そうだ。私のことは『ラビット』と呼んでくれ」

ラビットと名乗った男は、少女に軽く笑いかけると手を離し、
胸の前で腕を組んだ。

アリスと呼ばれた少女は、ポカンとした顔のまま男を見返した。

その間抜けな表情に特に感想を言うでもなく、
ラビットは懐からコピー用紙を取り出し、アリスの前に広げた。

「この男だ」

「…………」

何のことか分かっていない風の少女に、男は繰り返した。
8 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/18(水) 18:56:52.32 ID:f+xlHmLf0
「この男が、第一のターゲットだ」

「ター……ゲット?」

「そうだ、アリス。お前は今からこの男を殺さなくてはいけない」

ころす?

殺す?

一体何を言ってるんだろう、この人は。

しかしラビットは真面目な顔で
アリスの目の前に数秒間コピー用紙をチラつかせ、
そしてたたんで懐にしまった。

「今から『ルール』を説明する。死にたくなければ聞いていた方がいい」
9 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/18(水) 18:57:35.82 ID:f+xlHmLf0
「待って……殺す? 私が? どうして?」

小さな声でそう問いかけると、ラビットは面倒くさそうに鼻を鳴らした。

「殺したくなければ殺さなくていい。だがその場合、死ぬのはお前だ」

「……え?」

「この男は、お前を殺しにここに来る。
今から十分後だ。時間がない、説明を続けるぞ」

ラビットはそう言って、懐から水晶玉のようなものを取り出し、
アリスの手に握らせた。

「『核』だ」

「…………」

「これを使って身を守れ。これを無くしたら、
猛獣の檻の中に丸裸で入ることと同じだと思え」
10 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/18(水) 18:58:24.79 ID:f+xlHmLf0
「意味が分からないの……お願い、詳しく説明して……」

すがるように聞くと、男は口の端を吊り上げて不自然に笑い、
アリスに言った。

「私は『傍観者』だ。お前をただ見守って、傍観するだけの存在。
個人的感情や贔屓は挟んではいけない。それがルールだ」

「意味が……」

「整理しろ。簡単に言う。今からさっき見せた男が、
お前を殺しにここに来る。
お前はその核を使い、男を迎撃し、殺す。
それができなければお前は死ぬ。それだけの話だ」

「…………」

愕然とした。

男の言葉に、からかっているような調子はどこにも無かった。
11 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/18(水) 18:58:57.64 ID:f+xlHmLf0
そこにあったのは、ただ単なる虚無的な傍観意識と、
つまらなそうな無関心そのものだった。

敏感にそれを感じ取り、黙り込んだアリスに、
ラビットは笑いかけて続けた。

「状況認識力は良いようだな。話が早くて助かる」

「私……人を殺すことなんてできない。
それに、こんな玉で何が出来るっていうの……?」

小さな声で拒否の意思を示す。

それをラビットは

「お前に拒否権はない」

と鉄のような声で一蹴し、口を開いた。
12 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/18(水) 18:59:41.02 ID:f+xlHmLf0
「またお前にも分かるように簡潔に言おう。
その玉は『アラマシ』……それを使えば、お前は変身することが出来る」

「変身……?」

「そうだ、変身だ」

また不気味に笑い、彼は車に寄りかかって息をついた。

「それ以上のことは『ルール』だから教えられない。
しかし、一つだけ教えてやろう。
それは使えば使うほど脆くなっていきやがて壊れる。
もしかしたら一回で壊れるかもしれない。
そんな不確定的な代物だ」

「…………」

「変身したお前は魔法を使うことが出来る。
魔法だ。心踊らないか? 
魔女……と呼ぶには幼すぎるな。
さしづめ『魔法少女』と言ったところか」
13 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/18(水) 19:00:20.85 ID:f+xlHmLf0
クックと笑い、ラビットは車のドアを開けた。

そして運転席に乗り込んで、バタムと扉を閉める。

「え……」

呆然としたアリスに、ラビットは窓を開けて手を振った。

「それでは、精々頑張ってくれたまえ」

「待って、行っちゃうの?」

「もうじき『男』がここを通る。巻き込まれたら大変だからな」

ニィ、と不気味に顔を歪めて、彼は急発進で車を走らせた。

猛スピードで高級な外車が道路に飛び出していく。

クラクションの音を聞きながら、しんしんと降りしきる雪の中。

アリスは水晶玉を手に、ポカンと立ち尽くしていた。
14 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/18(水) 19:01:19.09 ID:f+xlHmLf0
1.ティラノサウルス


人の波。

雪の雨。

ぼんやりと立ち尽くすアリスを、誰も気にしない。

空は薄暗く、灰色の光化学スモッグと雪雲に覆われている。

寒い。

さむい。

ブルッ、と震えてアリスはブーツの踵を鳴らしながら歩き出した。

……警察に行こう。

ラビットとかいう男の話は、半分も理解できていなかった。

最も、アリスのような幼い少女に理解しろという方が
無理な状況ではあった。
15 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/18(水) 19:01:55.97 ID:f+xlHmLf0
自分は……そう、人さらいに遭ったらしい。

こういう時には警察だ。

守ってもらうしかない。

お父さんも、お母さんも心配して……。

そこでふと、アリスは足を止めた。

お父さん、お母さん……?

…………誰?

思い出せない。

何も思い出せない。

頭の中に靄がかかったみたいに曇りが広がっていて、
何も分からない。
16 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/18(水) 19:02:34.84 ID:f+xlHmLf0
お父さんの顔も、お母さんの顔も。

むしろ、自分には本当にそんな存在がいたのか?

分からない。

分からない。

深く思い出そうとしたところで、
いきなり頭に抉り込むような痛みが走った。

悲鳴を上げてしゃがみこむ。

膝から雪に倒れこんだので、黒タイツを履いた膝小僧に雪が染みこむ。

冷たい。

周囲の怪訝な目。

しかし誰も立ち止まろうとしない。
17 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/18(水) 19:03:05.29 ID:f+xlHmLf0
アリスは頭を抑えて頭痛を振り飛ばした後、
荒く息をついて立ち上がった。

そして足元に、先ほどラビットから渡された水晶玉が
転がっているのを目にする。

「何……これ……」

呟いて覗きこむ。

そこでアリスはゾッとした。

心臓だった。

三角形がかった心臓のようなオブジェクトが埋め込まれている。

赤い。

時折光を反射して煌めいているのが、更に不気味だ。
18 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/18(水) 19:03:39.89 ID:f+xlHmLf0
しばらくそれを見つめた後、
放り投げようとして……アリスはそれを自制した。

今ここでこれを無くしたら、何だかとんでもないことになる。

そんな気がしたのだ。

水晶玉をダッフルコートのポケットに放り込んで、息をつく。

とにかく警察だ。

交番の場所を聞こう。

「あの……」

アリスは小さな声で、消極的に言葉を発した。

道端の街路樹、そして時計台。

ここは公園だ。

時計は夜の八時を示している。
19 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/18(水) 19:04:14.41 ID:f+xlHmLf0
街燈のお陰で明るいが、
アリスの心を、心細さがきゅぅ、と締め付けた。

怖い。

怖い。

「あの……」

誰も立ち止まらない。

子供が一人で雪の中、傘も差さずに立っていることに
怪訝そうな顔をするものの、
通行人達は無慈悲なほどに無関心だった。

「すみません、交番は……」

ドンッ、と背が大きい男に突き飛ばされて、
アリスの小さな体が脇の植え込みに倒れこんだ。

そのまま尻餅をついて、彼女は呆然と目の前を行き交う人々を見た。
20 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/18(水) 19:05:30.07 ID:f+xlHmLf0
「交番は……」

そう言葉を発した途端だった。

バチィンッ! と指先を激痛が襲った。

まるで感電したかのように、痺れが腕を駆け巡る。

「きゃっ!」

小さく悲鳴を上げて、ポケットから手を出す。

水晶玉が転がって、雪の上をコロコロと滑った。

それから電気のようなものが発せられたのだ。

「あ……」

慌てて転がる水晶玉を追いかける。
21 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/18(水) 19:06:02.88 ID:f+xlHmLf0
そしてアリスは水晶玉を掴んだと同時に、
目の前の人影に頭から突っ込んだ。

小柄な体が跳ね返されて、再度尻もちをつく。

立っていた少年と思しき男は、
転がったアリスを見下ろして、口を開いた。

「大丈夫?」

「ご……ごめんなさい。前よく見てなかったです……」

萎縮して、慌てて立ち上がってお尻についた雪を手で払う。

傘を指していた少年は、
片手をポケットに突っ込んだまま少女の顔を覗きこんできた。

「あの……」

思わず拒否の意思を示そうとしたところで、
少年がいきなりアリスの腕を掴んできた。
22 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/18(水) 19:06:39.39 ID:f+xlHmLf0
そして軽く捻り上げる。

「痛っ……痛いです……」

泣きそうな声で呟いたアリスの手に握られていた水晶玉を見ると、
彼は満足したように言った。

「共振作用を辿ってきたら、まさかこんな無防備に、
何の準備もせずに出てくるとはね。余程の馬鹿か、それとも罠か」

年の頃は十四、五位だろうか。

アリスよりも少し大きな少年は、黒い髪をざんばらに首まで垂らしていた。

傘を脇に放り投げ、人ごみの中で彼はアリスの腕を掴む手に力を込めた。

そこでアリスはハッとした。

この人の顔、見たことがある。

……この人。

ラビットが言っていた、「私を殺そうとする人」だ……!
23 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/18(水) 19:07:07.42 ID:f+xlHmLf0
慌ててアリスは体を捻って、必死に少年の腕を振り払った。

そして腕を抑えて後ずさりをする。

少年は、わざと手を離したらしく、
怯えた顔のアリスを見て楽しそうに笑った。

「ほーら逃げろ逃げろ。じゃねぇと……」

背負っていたリュックサックを降ろし、
彼は中から鞘がついた長大な「何か」を抜き出した。

サバイバルナイフ。

見たことがある。

どこでだかは分からないが。

「殺しちまうぞ?」

その瞬間、アリスの恐怖が爆発した。
24 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/18(水) 19:07:44.81 ID:f+xlHmLf0
訳の分からない声を上げて、
泣き出すよりも先に、少年と逆方向に向けて走りだす。

刃を抜き放った少年を見て、通行人達が口々に悲鳴を上げ、
蜘蛛の子を散らすように道を開く。

「誰か……! 誰か!」

アリスは必死に言葉を絞り出した。

「誰か助けて! 誰か……! あっ……」

子供がよくやる事故。

自分の足に躓いて、アリスは盛大に転んだ。

おでこを地面にぶつけてしまい、目の前に星が散る。

あっさりと少女に追いついてしまった少年は、
つまらなさそうにサバイバルナイフを弄び、
遠巻きにこちらを見ている通行人達に怒鳴った。

「見せもんじゃねぇぞ! 何見てやがる!」
25 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/18(水) 19:08:25.07 ID:f+xlHmLf0
ひくっ、とアリスの喉に熱いものがこみ上げてきた。

どうして私がこんな目に。

怖い。

怖いよ。

どうして誰も助けてくれないの?

私何か悪いことをした……?

神様……。

「泣くなよ。痛いのは一瞬だから」

少年が泣きじゃくっているアリスを見て、歪んだ笑顔で笑う。

そしてサバイバルナイフを振り上げた。

その瞬間だった。

風を切る音とともに、何かが飛んできて少年の脇腹に突き刺さった。

凄まじい速度で回転しながら飛んできたそれは、
少年を吹き飛ばし、もんどり打って地面を転がしてなお勢い止まらずに、
ゴロゴロと彼をアリスから十数メートルも引き離した。
26 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/18(水) 19:09:03.95 ID:f+xlHmLf0
「何だ……魔法……?」

呆然と呟いた少年の脇腹から、ボトリとマネキン人形の頭部が落ちる。

少し離れたショーウィンドーの中のマネキン人形。

その頭部が五体、消えていた。

「どこだ! どこに隠れてやがる!」

口の中を切ったのか、血反吐を吐いてから少年が怒鳴る。

そして彼は、どこからともなく飛んできたマネキン人形の頭部を、
地面を跳ねるようにしてかわした。

アスファルトに残り四つが突き刺さって止まる。

「不意打ちか……やっぱこれは罠か!」
27 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/18(水) 19:09:31.52 ID:f+xlHmLf0
彼は怒鳴ると、水晶玉を右手に持って天に掲げた。

「俺をハイエイトのジャバウォッキと知ってのことか!」

少年の手の平から、水晶玉が浮いた。

重力に逆らうように浮かび上がったそれが強い黒色の光を発する。

「アロアレオ、ラウラレオ……!」

良く分からない言葉を呟きながら、
ジャバウォッキと言った彼は、次第に光を増していく水晶玉を掴んだ。

途端、彼の体を黒色の光が包み込む。

「アレオ……!」

フラッシュのような光が周囲を走った。
28 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/18(水) 19:10:04.74 ID:f+xlHmLf0
ポカンとしているアリスが、目を覆っている手をどけて薄目を開ける。

そして彼女は、引き絞るような悲鳴を上げた。

ズゥン、とまるで重機のような巨大な肉厚の物体が、
街路に停めてあった車を踏み抜いて抜ける。

地響き。

獣臭。

影。

それは、知識が乏しいアリスにも一目見て分かる程の狂気と、
そして恐怖だった。

恐竜、ティラノサウルス。

体長八メートル近いそれ。

総重量6トン以上のその肉の塊が、
真っ赤に覗いた口の端から糸状の涎を垂らし、
アリスを見下ろしていたのだ。
29 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/18(水) 19:10:41.06 ID:f+xlHmLf0
ティラノサウルスは足を振り上げると、
手近で逃げ遅れていた通行人を、頭から、
まるで虫でも踏み潰すかのように
……先ほどの車のように踏み抜いた。

絶叫。

断末魔。

飛び散った肉片と血液、髄液の破片がバシャッ、とアリスの顔にかかる。

それが何なのか分からずに、しばし静止する。

ティラノサウルスが吼えた。

衝撃で空気が揺れる。

慌てて立ち上がったアリスの前で、
振られた巨大な尻尾に薙ぎ払われた通行人達が、
バラバラと車道に転がるのが見えた。
30 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/18(水) 19:11:21.84 ID:f+xlHmLf0
足や腕が変な方向に曲がっている者。

首がありえない方向に曲がっている者。

もう動かない者。

ベキメキバキボキとありえない音を立てながら、
数秒前まで唖然として携帯電話を取り出そうとしていた
通行人達を踏み潰しながら、
血にまみれた巨脚を、ティラノサウルスはアリスの方に踏み出した。

転んだ子供の一人。

その頭があった場所を、猛獣の口が通り過ぎる。

咀嚼音。

頭のなくなった体がグラグラと揺れ、
一拍遅れて噴水のような血液を噴射して倒れる。
31 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/18(水) 19:11:53.19 ID:f+xlHmLf0
それをまた踏み潰し、髄液混じりの涎を吐き散らしながら、
巨体とは思えない速度で恐竜が向かってくる。

声にならない絶叫を上げて、アリスは転がるように走りだした。

何も考えられなかった。

そんな余裕はなかった。

死ぬ。

殺される。

幼い少女の頭にも、それはよく理解できたことだった。

何が起こってるの?

一体何が……。

ティラノサウルスが口を裂けんばかりに開いた。

その中央に、黒い光の塊が浮き上がる。
32 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/18(水) 19:12:40.05 ID:f+xlHmLf0
「え……」

それが、まるで弾丸のように撃ち出された。

アリスの方に。

狙いが外れたようで、黒い光はビルの三階程に突き刺さると、
周囲にガラスの破片をまき散らして、次いで大爆発を起こした。

頭を抱えてその場に丸くなる。

訳が分からなかった。

ティラノサウルスはアリスに追いつくと、血まみれの脚を振り上げ……。

『――水晶玉を天に掲げなさい』

アリスはハッとして顔を上げた。

脳を直接揺らすかのように、この喧騒の中、
ハッキリと女性の声が聴こえたのだ。

『早く』

もう一度聴こえた。
33 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/18(水) 19:13:12.59 ID:f+xlHmLf0
幻聴ではない。

どこか不思議な感覚。

耳から聴こえるのではない。

文字が直接頭に入ってくるような、そんな感覚。

『唱えなさい、アレシオ、ウル、アラオ』

「ア……アレシオ……ウル、アラオ……!」

ブルブル震える手で、自分に向かって振り下ろされる巨獣の脚を見ながら、
アリスは水晶玉を突き出して、殆ど本能的に叫んだ。

一拍遅れて、六トンの踏み潰しが、体重三十キロ前後のちっぽけな少女を襲った。

死ぬ。

そう思った時だった。

彼女の水晶玉が白く輝いた。
34 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/18(水) 19:13:44.65 ID:f+xlHmLf0
その光が、ティラノサウルスの脚を包み込み、
一瞬後、全長八メートルの巨獣が、
まるでトランポリンで跳ねたかのように、空中に飛び上がった。

「え……」

『変身しなさい。アラマシに。唱えなさい。『ウル・アラオ』……』

「ウル……アラオ……」

水晶玉が眩いほどの白い光を発し……。

そして、ビルを倒壊させながらティラノサウルスが崩れ落ちた先で、
アリスの体をその光が包んだ。

フラッシュのような光の中、アリスの服が光の中に溶けて消える。

そして体をピッシリと包む光が形を作り、代わりに薄い光に彩られた、
淡くピンク色に輝く羽衣のようなゆったりとした服が現れた。
35 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/18(水) 19:14:23.86 ID:f+xlHmLf0
水晶玉にも光が集まっていき、白い鎖を形成する。

それが首にひとりでにかけられて落ち着いて、
アリスは先程までと打って変わったヒラヒラとした
場違いな服でその場に立っていた。

『アラマシは、その人の心のイメージを具象化します。
あなたのイメージは若干幼稚ですが、歳相応、仕方がないでしょう』

呆れたような声。

アリスは震えながら後ずさりをした。

『戦いなさい』

しかし、声が無情にそう告げる。

『殺されたくなければ、戦いなさい。あなたの魔力を使って』
36 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/18(水) 19:15:02.64 ID:f+xlHmLf0
起き上がったティラノサウルスが地面を滑り、
尻尾を大きく振りながら口を開いた。

そこに黒い光がいくつも浮かび上がる。

青くなったアリスの耳に、そこで子供の大きな鳴き声が聞こえてきた。

慌てて振り返ると、体中をガラスで切り刻まれた、
母親と思しき人の体の下で、まだ小さな赤ん坊が泣いていた。

母親は意識がないらしい。

それに意識をとられて、動くのが一瞬遅れた。

数発の黒い光が撃ち出され、アリスの脇をかすめて飛んでいく。

バァンッ! と異様な音を立てて、
赤ん坊ごと母親がアリスの目の前で塵になって砕け散った。

顔に、ヒラヒラの服に、ところ構わず血液が張り付く。
37 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/18(水) 19:15:45.37 ID:f+xlHmLf0
わななく手で顔を抑え、アリスは胃の中のものをその場に吐き散らした。

胃液しか、出て来なかった。

ティラノサウルスが近づいてくる。

猛スピードで。

それは口を開き、アリスの頭を噛み砕こうとして……。

アリスは本能的に右手を伸ばし、一言叫んだ。

「アル・アレオ!」

右手がティラノサウルスの口に吸い込まれるように消え……。

次いで、アリスの体が真っ白に発光した。

噛みちぎられる寸前で、ティラノサウルスの体に数本、
まるで刀傷のような「裂け目」が広がった。
38 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/18(水) 19:16:12.90 ID:f+xlHmLf0
巨獣の体にではない。

空間そのものにクレヨンで線を書いたように。

いびつな、真っ赤な線が巨獣の体に走った。

「ウルシオ……!」

アリスが、特に意識もせず、本能的な部分で怒鳴る。

ティラノサウルスの動きが止まった。

次いで、ズルッ……とその首が、「線」に沿って滑り、
轟音を立てて地面に転がった。

断ち切られていた。

まるで、鋭利な刃物に斬られたかのように。

腕、脚と次々と線に沿って巨獣の体が断裂していく。

そしてドサドサと肉の雨のように小山を作って崩れ落ちた。
39 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/18(水) 19:16:44.60 ID:f+xlHmLf0
アリスは流れ落ちてきた臭い血液溜まりの中に、
ベシャリと座り込んだ。

その白いヒラヒラした服が、パンッ、と音を立てて消えて、
光の粒子が集まり元のダッフルコートの姿を形成する。

それと同時に、バラバラになったティラノサウルスを黒い光が覆い、
アリスの服のように霧散して、そして体の各パーツをバラされた、
ジャバウォッキと名乗った少年のバラバラ死体を形成した。

舌を出した凄まじい断末魔の表情だった。

ひっ……と息を飲んで、アリスは震えながら後ろに下がった。

ジャバウォッキの半開きになった目が、睨んでいたような気がしたのだ。
40 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/18(水) 19:17:23.00 ID:f+xlHmLf0
『すぐにハイエイトが来ます。ここを離れますよ』

そこでトト……という足音が聞こえた。

サイレンと悲鳴、建物が崩れる轟音の中、
振り返ったアリスの目に、どこから現れたのか小さな白いシャム猫の姿が映る。

シャム猫は、アリスの前まで歩いてくるとその口を開いた。

「こんにちは。名前を教えてくれるかしら?」

先程からアリスの脳に響く、優雅な女性の声が直接耳を打った。

シャム猫の口がモゴモゴと動き、それ……「彼女」は続けた。

「私は『チェシャ』……あなたの、味方です」
41 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/18(水) 19:17:56.76 ID:f+xlHmLf0


「いいぞ……第一フェイズは成功だ」

押し殺した笑いの隙間から、ラビットはそう呟いた。

テレビには阿鼻叫喚の断末魔が映し出されている。

彼は手に持ったワイングラスを傾けて、中身を口に流し込んだ。

そしてクックと面白そうに笑ってから呟いた。

「この調子で残り七人、頼むよ……愛しいアリス」
42 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/18(水) 19:19:01.35 ID:f+xlHmLf0
次回へ続かせていただきます。

ご意見ご感想などいただけましたら嬉しいです。

蒸し暑い季節になってまいりましたが、
お体など壊されませんよう。

それでは、失礼いたします。
43 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/18(水) 19:21:58.09 ID:MTWDEzvL0
乙! 期待してる!
44 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/18(水) 19:22:37.25 ID:MpzuRMjDO
お疲れさまです。
45 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage]:2012/07/18(水) 20:56:48.55 ID:ivJ9BAMV0
いいね!
46 :三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga]:2012/07/19(木) 20:18:42.63 ID:8Lk8b6O00
こんばんは。

第二話の前半が書けましたので投稿させていただきます。

お楽しみいただけましたら幸いです。
47 :三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga]:2012/07/19(木) 20:21:36.83 ID:8Lk8b6O00
2.凍る時間

消防車のサイレン。

救急車のサイレン。

人々の怒号、か細い声、断末魔。

呻く声、苦しむ声、助けを呼ぶ声。

アリスはそれらに囲まれて、耳を塞いでビルの影に座り込み、
丸くなっていた。

体の震えが止まらない。

目の前で踏み潰された人。

爆散した人。

飛び散った血。

人間の血液だった液体。
48 :三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga]:2012/07/19(木) 20:22:16.18 ID:8Lk8b6O00
そして、凄まじい苦悶の表情で事切れていた、
ジャバウォッキと言う少年のバラバラ死体。

人間の死体を見るのも初めてだったアリスにとっては、
刺激が有り余るものだった。

怖い。

怖いよ。

「ハイエイトが来ます。早くここから逃げないと」

白いシャム猫がアリスの膝に手を載せて、顔を覗き込む。

アリスはいやいやをするように首を振って、全力で拒否の姿勢を示した。

動けない。

完全に腰が抜けてしまった。

私、もう動けないよ。

心の中で何度もそう呟く。
49 :三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga]:2012/07/19(木) 20:23:00.34 ID:8Lk8b6O00
しばらくして、頭の中に直接言葉が響いた。

『逃げましょう。折角ハイエイトの一人を倒したのに、
その行為が無駄になってしまう。
あなたが奪った核も、また奪い返されて終わってしまいます』

ハッとして、アリスは血にまみれた手の中を見た。

水晶玉が二つ。

どちらも心臓のようなモニュメントが埋め込まれている。

片方は、ジャバウォッキのものだった。

現場を離れる際、どうしてそうしたのか分からなかったが
持ってきてしまったのだ。

(こんなもの……!)
50 :三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga]:2012/07/19(木) 20:23:35.38 ID:8Lk8b6O00
それを地面に叩きつけようとすると、頭の中に声が響き、慌てて制止した。

『やめなさい。自分の首を絞めるだけです』

よく見るとシャム猫の首にも、水晶が嵌めこまれたペンダントがかかっていた。

(あなた……が、喋ってるの?)

戸惑いながら心の中で呟く。

シャム猫は頷いてニャーと鳴いた。

『ええ、私のことは「チェシャ」と呼んで下さい。あなたと同じ被験体です』

(ひけんたい……?)

『突然のことで混乱しているのは分かりますが、
すぐにここを離れなければいけません。私の誘導に従ってくださいますか?』

チェシャはそう頭の中で言うと、鳶色の瞳を上に向けた。
51 :三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga]:2012/07/19(木) 20:24:15.70 ID:8Lk8b6O00
そしてアリスの注意が自分に向いた隙を逃すまい、
と口でダッフルコートの裾を噛んで引っ張りはじめる。

『行きますよ、立ち上がりなさい』

(こ……腰が抜けて……)

『大丈夫、気合の問題です。いいですか? 
あなたの敵はさっきの男一人ではありません。あれは一角に過ぎません』

(他にもいるの……?)

『はい。見つかる前に安全な場所に隠れます』

アリスはよろめきながら四つん這いになり、そしてやっとの思いで立ち上がった。

(どこに行けばいいの……?)

猫が喋っている。

それも、頭の中で。
52 :三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga]:2012/07/19(木) 20:25:02.55 ID:8Lk8b6O00
その事実に驚くよりも先に、心と体が激しく憔悴していた。

チェシャもそれを察したのか、無駄な問答は避けて簡潔に言う。

『ここから一キロ半ほど先にホテルがあります。そこに泊まります』

(でも私……お金も何も持ってない。
それに、子供は一人で泊まれないよ……)

『私が何とかします。ここを離れ……』

チェシャはそこまで言うと、弾かれたように顔を上げた。

そのヒゲがひくひくと動き、ピタリと止まる。

(ど……どうしたの?)

『声を立ててはいけません。こんなに接近が早いとは……』

チェシャの視線を追って、ビルの隙間から顔を出す。
53 :三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga]:2012/07/19(木) 20:25:44.60 ID:8Lk8b6O00
消防団員やレスキュー隊員が救助活動を行なっている中、
傘を差した男女がガレキに腰を下ろしているのが見えた。

沢山人がいるはずなのに、アリスの目に、
何故か一瞬でハッキリと二人が投影される。

何か異様な感じ。

どす黒いモヤのようなものが、
その二人の体にまとわりついているような不快感を感じたのだ。

(……あの人達……?)

押し殺した声を心の中で発すると、チェシャは小声でそれに返した。

『よく分かりましたね……あなたの潜在能力はかなり強力なようです』

(何だか、嫌な感じがする)

『こちらを見ても決して目をあわせてはいけません。
相手はあなたよりも格上で複数です。殺されます』
54 :三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga]:2012/07/19(木) 20:27:48.66 ID:8Lk8b6O00
断言。

その短い単語の意味を解することが出来ずに、
アリスは魂が体から抜け出るような感覚に襲われた。

(また……恐竜が出てくるの?)

『あれは先ほど殺した男の能力です。固有の魔法ですから、
他のアラマシには同じ能力が備わっているとは考えがたい』

早口でそう答えると、チェシャはアリスに言った。

『核を触らないようにして下さい。地面に置いて。
それは、体に触れていると魔力と反応して、
近づいてきた別の核に共振作用を引き起こします』

(きょうしん作用……?)

『近づかれると、相手に位置がバレてしまいます』

慌ててアリスは核を地面に置いた。
55 :三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga]:2012/07/19(木) 20:28:23.40 ID:8Lk8b6O00
『「ハッター」と「ハートの女王」です……! 
どうして幹部クラスが連続して……
ここは通り過ぎるのを待ちます。息を殺して』

チェシャも器用に核を首から外し、アリスの核の脇に置く。

男と女が立ち上がり、こちらに向かって歩いてくるのが見えた。

ただ歩いてきただけた。

しかしアリスは、破裂しそうな心臓の鼓動を
無理矢理に服の上から抑え、慌ててビルの脇に隠れた。

そしてしゃがみこんで小さくなる。
56 :三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga]:2012/07/19(木) 20:29:04.78 ID:8Lk8b6O00
男は二十代前半ほど。

長い黒髪を後頭部で一つにまとめている。

まるでモデルのようなスラリとした体型の人だ。

女はゆるりとした洋服に身を包んだ、十代後半程に見える人だった。

赤茶けた髪の毛に、目が見えていないのか白杖を持っている。

片手は男が掴んで補佐していた。

ハートの女王と呼ばれた女は、
アリスが隠れているビルの脇に立ち止まると、
退屈そうに大きく欠伸をした。

そしてふわりとした優しい声を発した。

「駄目ね。ジャバウォッキは死んだみたい。
役立たずにも程があるわ。下衆が」

口調は優しいが、発せられた言葉にアリスは凍りついた。
57 :三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga]:2012/07/19(木) 20:29:58.21 ID:8Lk8b6O00
ジャバウォッキ。

先ほどの少年だ。

「死臭も臭い臭い。関係ない人間まで大量に殺してるみたいだし。
あいつはあんまり好きじゃなかったから清々したよ」

「そう言うなよ、仲間だろ」

ボソリと呟くように、ハッターと呼ばれた男が言った。

鼻を鳴らして、ハートの女王が白杖をコツコツと地面に立てる。

「別に……仲間になったつもりなんてないし。
利害関係が一致したから一緒にいただけ」

「…………」

無言で女の手を引いて、ハッターは口を開いた。
58 :三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga]:2012/07/19(木) 20:30:36.73 ID:8Lk8b6O00
「核の反応は?」

「共振が起きない。
さっきまで妙な波動を感じてたんだけど、急になくなった」

「ジャバウォッキを殺したアラマシか?」

「ハッター、ちょっとは自分でやる癖をつけたほうがいいと思うな?」

苛立ったようにハートの女王が言うと、
ハッターは肩をすくめて黙り込んだ。

ため息をついて、彼女が白濁した瞳を周囲に向ける。

「まぁ……逃げたか。それとも核を手放して息を殺して
……このあたりに隠れてるか」

アリスの心臓が鷲掴みにされたかのように冷えた。

息を吸って、止める。
59 :三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga]:2012/07/19(木) 20:31:06.78 ID:8Lk8b6O00
ドキンドキンと心臓が飛び出すのではないか、
音が聞こえてしまうのではないかというくらいに激しく脈動する。

「ここらへん消す?」

端的にハートの女王が呟く。

その意味が分からずに硬直したアリスの耳に、
しかしそれを制止するハッターの声が聞こえた。

「いや……帰って報告しよう。
まがいなりにもジャバウォッキを倒すアラマシだ。
複数で徒党を組んで行動してるおそれがある」

「別に……何人で来ようと、あたしとハッターがいれば問題ないと思うけど」

馬鹿にしたように笑って、ハートの女王は足元の血だまりにブーツを突っ込んだ。
60 :三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga]:2012/07/19(木) 20:31:44.42 ID:8Lk8b6O00
そしてぬるぬるという感触を楽しんでいるのか、
しばらくその水たまりを弄ぶ。

「やめろよ、そういうの」

呟いたハッターからバツが悪そうに顔を離し、
ハートの女王は血だまりから足をどけた。

そして転がっていた、ガレキで潰されて圧死したと思われる通行人の頭を
白杖で探ってから蹴り飛ばし、笑顔で言った。

「じゃあ帰ろうか。何か面倒臭くなった」

「分かった」

「電車動いてるかな……」

「タクシーを使う。とりあえず大通りまで歩くぞ」

「うん」
61 :三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga]:2012/07/19(木) 20:33:13.27 ID:8Lk8b6O00
こんな状況でなければ、仲睦まじいカップルにしか見えないだろう。

しかし異様だ。

纏っている雰囲気というのだろうか。

それが、不気味すぎる。

アリスは二人が歩き去った後もしばらく、
体を抱いて小さくなって震えていた。

怖くて仕方がなかった。

しばらくしてチェシャが核の方に歩いて行き、
自分のものを首にかけてアリスの方を見た。

『二人は離れました。この隙にここを離れます。
核を拾って、後をついてきて下さい』
62 :三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga]:2012/07/19(木) 20:33:59.53 ID:8Lk8b6O00
「…………」

『しっかりなさい!』

頭の中で声を張り上げられ、アリスはハッとして、
慌てて二つの核を拾った。

そしてポケットに突っ込んで、
歩き出したチェシャの後をついて小走りで移動を開始する。

(あの二人は……?)

裏路地を通ってサイレンの鳴る区画を背中に、
アリスは心細げにチェシャに聞いた。

『この街に巣食うアラマシ、ハイエイトの一角です。
あなたが殺したのは、同じくハイエイトの一人ジャバウォッキ。
有り体な言葉で言うと……アラマシとは、魔法使いのことです』

(魔法……使い?)

『はい。あなたもそうです』
63 :三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga]:2012/07/19(木) 20:34:32.45 ID:8Lk8b6O00
チェシャが頷いて、横目でアリスを見る。

『コードネームは? 何番をつけられているのですか?』

(コードネーム?)

聞き返したアリスを、立ち止まって怪訝そうにチェシャは見た。

『最初に教えられませんでしたか?』

(私……何も覚えてない……)

『……そうですか。あなたは番外個体なのですね』

アリスには意味がわからない単語をチェシャは呟いた。

そして歩き出して、押し殺した声で言う。

『十四番目のアリス……』
64 :三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga]:2012/07/19(木) 20:35:35.24 ID:8Lk8b6O00
お疲れ様でした。

次回の更新、第二話の後半に続かせていただきます。

今日明日と気温が下がるそうです。

油断して体調を崩されませんよう。

それでは、失礼いたします。
65 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/19(木) 20:45:06.37 ID:JVgq+cB00
お疲れ様ですー
66 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/19(木) 20:48:01.54 ID:E1HDPS9oo
もしかしてVIPで書いてたやつかしら
67 :三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga]:2012/07/23(月) 19:15:19.36 ID:pfokCxwu0
こんばんは。

続きが書けましたので、第二話の中編を投稿させていただきます。


>>66
一話の初期稿をVIPに投稿したことがありました。
お読みいただいたなら、おそらくそれだと思われます。


それでは、お楽しみいただけましたら幸いです。
68 :三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga]:2012/07/23(月) 19:20:43.68 ID:pfokCxwu0


チェシャが言うホテルについた時には、もう夜の十一時を回っていた。

こんな時間にチェックインができるのかも疑問だったし、
何より自分はお金も身分証も持っていないのだ。

とても泊めてもらえるとは思えない。

大きなビジネスホテルを前にして躊躇しているアリスを前に、
チェシャは悠々と歩いて行くと、小さく呟いた。

『ウル・バオト』

途端、シャム猫の体が白い光に包まれた。

瞬きをする一瞬で、今までチェシャがいた場所に、
二十代後半程の、銀色のショートヘアをたなびかせた女性が出現した。

灰色のピッシリとしたスーツを着ている。
69 :三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga]:2012/07/23(月) 19:21:30.86 ID:pfokCxwu0
彼女は唖然としているアリスの手を握り、そっと言った。

「さ、行きますよ」

「に……人間になった……」

「これが私の固有能力です。警戒しなくても大丈夫。
私もアラマシですから」

温かい手の感触。

アリスはそれをぎゅ、と握り返した。

小さな手を軽く引いて、
チェシャはポケットから取り出した眼鏡を顔にかけた。

エメラルドグリーンの瞳がその奥で光っている。

自動ドアをくぐる前に、チェシャはアリスのダッフルコートの、
血に濡れた部分を見た。
70 :三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga]:2012/07/23(月) 19:22:54.31 ID:pfokCxwu0
「汚れていますね……」

呟いて、軽くアリスの頭の上に手をかざす。

「ウルスド」

彼女が小声でそう言い、手で汚れを拭き取る仕草をする。

光が服を撫で、たちどころに汚れが落ちていく。

そのまま頬や髪を撫でると、アリスはすっきりとした綺麗な顔になり、
唖然とした表情でその場に立っていた。

「ど……どうやったの?」

どもりながら問いかけると、
チェシャは軽く肩をすくめてそれに答えた。

「魔法です。あなたも勉強すればこれくらいはできるようになります」
71 :三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga]:2012/07/23(月) 19:23:27.19 ID:pfokCxwu0
「あの……チェシャ、さん?」

「チェシャでいいですよ、アリス」

名前を呼ばれてアリスは安心したように息をついた。

「チェシャ、ここはどこ? 
私、ラビットって人にここに降ろされてから、何にも分からない」

そこで、グゥ、という音が鳴りアリスの全身を倦怠感が襲った。

お腹の中が空っぽだ。

胃液を吐いた後のため、気持ちが悪いがお腹が空いている。

「……とりあえず中に避難しましょう。
このホテルには私の結界が張ってあります。
簡単には見つからないと思います」

早口でそう言うと、チェシャはアリスの手を引いてホテルに入った。
72 :三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga]:2012/07/23(月) 19:24:21.39 ID:pfokCxwu0
自動ドアが閉まり、何かエアカーテンでも引いたかのように
空気の質が変わったのが、アリスにも分かった。

エアコンで空調しているせいかとも思ったが、それとは違う。

どことなく清涼感溢れるような空気の「色」に変わったのだ。

「もう核に触ってもいいですよ。
どの道近くまで来なければ共振は起きませんが」

言われて、アリスは手でポケットの中の二つの核を手で触った。

そこで、一つにヒビが走っているのを指先で発見し、
慌ててそれをつかみ出す。

「これ……」

青くなってそれを差し出すと、チェシャは横目で見て息を呑んだ。

「アリス……あなた、変身したのは一回目ですか?」
73 :三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga]:2012/07/23(月) 19:25:02.68 ID:pfokCxwu0
問いかけられて、アリスは小さく頷いた。

「うん……」

「確かに異常な魔力の放出でしたが
……まさか一回の変身で核が壊れるとは……」

「もう使えないの?」

「おそらくそのひび割れた状態では、
アラマシへの変身は二分も保ちません。
あなたはもう一個核を持っていますので、
魔力出力を調整すれば何とかいけると思いますが……」

言い淀んで、チェシャは指先で眼鏡の位置を直した。

「……とにかく、部屋で休んで何か食べましょう」

「そんな気分じゃない……」

「そうでしょうが、食べなければ力が出ません。
消化がいいものを頼みます」
74 :三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga]:2012/07/23(月) 19:27:09.45 ID:pfokCxwu0
チェシャはツカツカとヒールのかかとを鳴らして
フロントに近づいた。

そして眼鏡をずらして、受付の女性の目を真っ直ぐ見る。

『ウルバ・ダルト……』

心の中でチェシャが呟いたのが分かる。

その瞳が一瞬だけ真っ赤に発光した。

その光を受けた女性が一瞬よろめいて、
どこか焦点の合わない目をこちらに向ける。

「……おかえりなさいませ」

頭を下げられ、チェシャは頷いて女性から部屋のキーを受け取った。

「何か子供にも消化がいいものをお願いします。大至急で」

「かしこまりました」
75 :三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga]:2012/07/23(月) 19:28:18.33 ID:pfokCxwu0
「行きましょう、アリス」

チェシャはポカンとしているアリスの手を引いて、
エレベーターに乗り込んだ。

「あの人……」

「何となく察しましたか? 催眠術です。
ちなみに、これは魔法の基本です。
私に出来ることは、殆ど敵にも出来ると考えて下さい」

「そうなんだ……」

チン、と音がしてエレベーターが止まる。

「奥の部屋です。万が一の時に逃げやすいように、
非常階段に一番近い部屋になっています」

「うん……」

何だか、めまぐるしく状況が変わりすぎて
気持ちが悪くなってきた。
76 :三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga]:2012/07/23(月) 19:28:55.91 ID:pfokCxwu0
よろめいたアリスを支えながら、
チェシャは部屋に入って鍵を閉め、
彼女をベッドまで誘導した。

コートを脱いで、アリスがうつぶせに倒れこむ。

ベッドの温かい感触。

疲れきった少女にとって、それは殺人的に温いもので。

アリスはくぅ、と小さく呻くと、そのまま一気に、
気絶するように深い眠りに落ち込んでいった。
77 :三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga]:2012/07/23(月) 19:29:25.66 ID:pfokCxwu0
チェシャはしばらくの間彼女を見下ろしていたが、
やがてそっと近づいて抱き上げ、
ベッドの上に仰向けに寝かせた。

そして毛布をかけてやり、息をつく。

「もしかして……成功作……?」

小さく呟いて、チェシャは物憂げな表情をアリスに落とした。

「……可哀想に」

小さな呟きは、空調の音に紛れて消えた。
78 :三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga]:2012/07/23(月) 19:29:59.61 ID:pfokCxwu0


アリスが目覚めた時は、
もう既に太陽は中天に差し掛かっていた。

頭がガンガンと痛い。

何か金槌で内側から叩かれているようだ。

小さく呻いて上半身を起こし、
頭を抱えベッドの上に丸くなる。

そこで、バスローブに着替えソファーに座っていたチェシャが、
立ち上がって近づいてきた。

「おはようアリス。気分は……あんまり良くないみたいね」

「頭が痛い……」
79 :三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga]:2012/07/23(月) 19:30:46.64 ID:pfokCxwu0
声を絞り出すと、チェシャは、
テーブルの上に広げられたハンカチの上に置いてあった
水晶玉を手に取り、一つアリスに放った。

それを受け取り、握る。

ひび割れた方の水晶だった。

「魔力が暴走しかけているのです。
体の中を混在する魔力が、行き場を失って体調不順を起こしています。
しばらく核を握っていれば、魔力に整理がついて頭痛は消えます」

彼女の言うとおり、しばらくすると頭痛が嘘のように消えた。

ヒビを指先で弄びながら息をつく。

「お腹がすいたでしょう? 
スープにやわらかいパンを用意しました。どうぞ」
80 :三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga]:2012/07/23(月) 19:31:27.04 ID:pfokCxwu0
備え付けの電子レンジから、
ラップがかけられた食事を引き出すチェシャ。

アリスはトレイを受け取って、パンを掴んで口に入れた。

チーズの味が口に広がる。

あまり食欲は沸かないが、確かにお腹が空いていた。

おとなしくチビチビとかじる。

チェシャはしばらくして料理があらかた消えたのを確認すると、
自分の核を指先で転がしながら口を開いた。

「大丈夫ですか?」

「ちょっと気持ち悪いけど……大丈夫」

「強い子ですね。良いことです」

頷いて、彼女は核を手に持った。
81 :三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga]:2012/07/23(月) 19:32:13.38 ID:pfokCxwu0
「しかし私は、あなたに絶望的なことを言わなければいけません。
聞いていただけますか?」

問いかけられ、アリスは表情を落として首を振った。

「嫌……聞きたくない」

「死んでしまうことになってもですか?」

「…………」

無言を返すと、チェシャはしばらく考えこんでから、
ゆっくりと喋り出した。

「この街には、『ハイエイト』と名乗る魔法使いの集団がいます。
全部で八人。あなたは昨日、そのうちの一人を殺しました」

頭の中にジャバウォッキのバラバラ死体がフラッシュバックする。
82 :三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga]:2012/07/23(月) 19:32:42.90 ID:pfokCxwu0
胃の中身を戻しそうになり、
アリスは口元を手で抑えて小さくえづいた。

「その代わりにあなたは生きながらえました。
殺したことに関する善悪は、この際どうでもいいです。
殺さなければ殺されていた。そのようにドライに考えなさい」

「私……私がやったの?」

「…………」

「人を、殺した? 私が……?」

呆然と呟き、手を広げて見つめる。

「嘘だ……」

「本当です」

しかし、チェシャの言葉は無情だった。
83 :三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga]:2012/07/23(月) 19:33:13.61 ID:pfokCxwu0
「受け入れなければすべてがはじまりません。
あなたは、自分の力でその生命を勝ち取ったことを
認識しなくてはいけない」

「チェシャがやったんじゃないの? 
私、恐竜を殺すことなんて出来ない」

「私には残念ながら、そこまでの魔力はありません。
私にできることは、あなたを助けたように、
精々マネキンの首を飛ばすことくらいです」

最初にジャバウォッキに襲われた時のことを思い出す。

アリスは小さく震える声で呟いた。
84 :三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga]:2012/07/23(月) 19:33:49.50 ID:pfokCxwu0
「助けてくれた……どうして?」

「ハイエイトは、自分達以外の魔法使いを
問答無用で殺しています。
奴らが徒党を組むのでしたら、
私達も徒党を組む以外ないと思ったのです」

「私も……殺される?」

「結界は万能ではありません。
逃げ続けることも可能ですが、
やはりじきに追いつかれて、殺されます」

「…………」

「殺される前に知恵を使って殺すしかありません。
それが、最善にして最良の生き残る術だと、私は考えています」
85 :三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga]:2012/07/23(月) 19:35:37.96 ID:pfokCxwu0
お疲れ様でした。

次回に続かせていただきます。

こちらは凄まじい雨が降っていますが
皆様のところはいかがでしょうか?

天候が変わりやすいですが、事故などに
気をつけて過ごして下さいね。

それでは、今回は失礼致します。
86 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/23(月) 21:11:27.20 ID:zRJPw6yK0
乙でしたー。
毎度楽しみにしてます。
87 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/23(月) 21:16:58.12 ID:/2lRNdUro
>>67
だよなー見てたのに途端に落ちて凄く残念だった
応援してますぞー
乙!
88 :三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga]:2012/07/27(金) 19:49:50.11 ID:NKXjHejh0
こんばんは。

続きが書けましたので、第二話の後編を投稿させていただきます。

>>86
ありがとうございます。
気長にお付き合いいただけましたら嬉しいです。

>>87
ご覧いただけていたのですか!
ものすごい勢いで落ちたので、誰も見ていないものだと思っていました。
ゆるりとお付き合い下さいー。

それでは、お楽しみいただけましたら幸いです。
89 :三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga]:2012/07/27(金) 19:54:40.78 ID:NKXjHejh0
チェシャはそこで息をつき、アリスをまっすぐに見た。

「死にたくなければ戦うしかありません。
殺すしかありません。残念ながら、それが事実です」

「ここは……どこ?」

「……私にもそれは分かりません。
ただ唯一言えることは、この都市は一定区画で外界と隔絶されています」

「かくぜつ……?」

「外に出れないようになっています。魔法の一種だと思うのですが……」

言い淀んで、彼女は立ち上がった。

そしてバスローブを脱いでスーツを着始める。

「教わるより見たほうが早いでしょう。ついてきて下さい」
90 :三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga]:2012/07/27(金) 19:56:19.59 ID:NKXjHejh0


「何……これ……」

雪が降り積もったホテルの屋上に立ち、
アリスは呆然と呟いた。

目の前には、信じられない光景が広がっていた。

テントみたいだ。

最初にそう思った。

空に光のカーテンが伸びていて、
はるか上空で一つの点に集約している。

そして四隅がそれぞれ街の一角に伸びていて
……その先が「消えて」いた。

まるでそこだけクレヨンの黒で
塗りつぶしたかのように、真っ黒だ。
91 :三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga]:2012/07/27(金) 19:57:28.57 ID:NKXjHejh0
「あの黒い空間の外には、私達アラマシは出ることができません。
おそらく、何者かによる強力な結界魔法の一種でしょう」

淡々とチェシャがそう言う。

アリスはよろめいて壁に背中をつけると、
ずるずるとその場にしゃがみこんだ。

「……誰がこんなこと……」

「分かりません。ハイエイトの中の誰かが知っていることか、
もしくはハイエイトが行なっていることなのか
……それさえも私は……」

チェシャは俯いて息をついた。

そしてアリスの手を握って、そっと腰をかがめた。

「ですが、私はあなたの味方です。これだけは信じて下さい」
92 :三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga]:2012/07/27(金) 19:58:03.02 ID:NKXjHejh0
「うん……」

力なく頷いて、アリスはぎこちない顔で笑ってみせた。

「ありがとう」

それを受け、チェシャの顔が一瞬だけつらそうに歪む。

しかし彼女は優しく微笑み返し、アリスの頭を撫でた。

「いい子。これから、あなたに魔法の使い方を教えます」

「分かった。
私……どこまで出来るかわからないけど、出来るだけ頑張る」

「その意気です」

チェシャがアリスの手を引いて立たせる。

その途端だった。

バチィンッ! と二人の手に衝撃が走った。
93 :三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga]:2012/07/27(金) 19:58:45.27 ID:NKXjHejh0
二人がそれぞれ持つ水晶玉から、
電撃のようなものが発せられたのだった。

「……敵です! 隠れて!」

チェシャが引きつった声を上げて、
アリスを乱暴に掴んで非常階段の中に押しこむ。

悲鳴を上げて階段の踊り場に転がり込んだアリスの目に、
光がホテルの屋上に、いくつも突き刺さるのが見えた。

「アリス、逃げて!」

チェシャが声を張り上げる。

その彼女の腕を光がかすった。

もんどり打って吹き飛ばされた彼女が、
非常階段と反対側の給水塔に頭からぶつかり、
その場に崩れ落ちる。
94 :三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga]:2012/07/27(金) 19:59:36.73 ID:NKXjHejh0
「チェシャ!」

絶叫したアリスを、突き抜けた光がホテルの
反対側から抜けて大爆発を起こした衝撃が襲った。

チェシャは動かない。

ベットリと後頭部がぶつかった場所から血糊が垂れていた。

口元に手を当てて硬直したアリスの目に、
少し離れたビルの屋上。

その縁の部分に、無造作に腰掛けている男の姿が映った。

ゾクリ、と悪寒が走った。

ハッターとハートの女王を見た時のような、不快感。

圧倒的な邪悪の気配。
95 :三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga]:2012/07/27(金) 20:00:42.02 ID:NKXjHejh0
片膝を上げて座っている男性は、
指を天に掲げると、それを軽くアリスの方に向けた。

彼の上空に光の玉が出現し、
そこから幾重にも別れた光の帯が噴出する。

――見つかった。

敵だ。

そう思うよりも早く、
アリスは倒れているチェシャの方に走り出していた。

無我夢中でコートのポケットに手を突っ込み、
水晶玉をつかみ出す。

ひび割れている方だった。

それを確認するよりも早く、
アリスは水晶玉を握った手を前に突き出した。
96 :三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga]:2012/07/27(金) 20:01:33.38 ID:NKXjHejh0
頭の中に、チェシャが言った言葉がフラッシュバックする。

――唱えなさい。

「ウル・アラオ!」

悲鳴のような声を上げる。

光がチェシャに突き刺さる。

その瞬間。

刹那のことだった。

アリスの服が光の粒子に溶けて消え、
代わりにヒラヒラの白い羽衣のような
ドレスが体にまとわりつく。

白いブーツでホテル屋上のアスファルトを踏みしめる。

足元に黄色い光の輪が出現した。
97 :三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga]:2012/07/27(金) 20:02:13.04 ID:NKXjHejh0
「ゼ・セルディ!」

誰に教えられたわけでもないのに、知らない単語を絶叫する。

アリスの踏みしめたアスファルトが音を立てて砕け散った。

力の行き場そのままに、アリスの小さな体が宙を舞った。

目にも留まらぬ風のような速度で吹き飛んできたアリスが、
チェシャの服を掴んで貯水塔を飛び越える。

今まで彼女がいた場所を光が貫通し、大爆発を起こした。

広い屋上の上を、数メートルもスライドして、
もうもうと砕けたアスファルトの土煙を上げながら、
アリスは、浮いていたチェシャを抱きとめた。

不思議と、自分よりも体が大きな彼女のことは、
全く重く感じなかった。

まるで綿飴を持っているかのようだ。
98 :三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga]:2012/07/27(金) 20:03:18.45 ID:NKXjHejh0
「チェシャ! しっかりして、チェシャ!」

彼女を降ろして、その肩を揺する。

反応がない。

凄まじい勢いで頭をぶつけたのか、後頭部から血が止まらない。

チェシャの体が白い光に覆われ、
縮んでいった……と思った途端、シャム猫の姿に変わった。

ぐったりと雪の上に横になっている。

「加速魔法を使って俺の光刃を避けるとは、驚いた」

背後で、いきなりゆったりとした声が響いた。

慌てて振り返ったアリスの耳に

「ゼルガ・ウルオ!」

と叫んだ声と共に、異常な拳速で振りぬかれた拳が
風を切る音が聞こえる。
99 :三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga]:2012/07/27(金) 20:04:31.82 ID:NKXjHejh0
そう思った瞬間、アリスは鈍器で殴られたかのような
凄まじい衝撃を頬に感じ、
数メートルも吹き飛ばされて屋上の床をバウンドし、
転がった後、背中から貯水塔の中腹に突き刺さった。

小柄な体が貯水塔の壁を貫通し、
アリスは水溜まりの中に落下した。

不思議と、全く痛くない。

口の中に入ってきた水を吐き出しながら、
アリスは藻掻いて、自分の開けた穴から這い出た。

荒く息をつきながら、ブレそうになる視界を必死に前に向ける。

ポケットに手を突っ込んだ、三十代前半ほどの男が、
轟音を立てて崩れだしたホテルの屋上。

その縁に腰を下ろしていた。

先ほど、少し離れたビルの屋上にいた男だ。
100 :三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga]:2012/07/27(金) 20:05:07.73 ID:NKXjHejh0
いつの間に移動したのか。

それよりも、どうやってあの距離を移動したのか。

訳が分からなくなったアリスの目の前で、
男はポケットから出した右手をブンブンと振って吐き捨てた。

「……ゼルガ・ウルオでも砕けない……硬いな」

「…………」

「なんだそのふざけた甲冑は? 戦う気があるのか?」

一方的に問いかけ、男は倒れているチェシャを掴みあげた。

「この猫が邪魔をしていたのか……」

「チェシャ!」

大声を上げて、アリスは地面を蹴った。

そして必死に男に取りすがって、チェシャを掴み返そうとする。
101 :三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga]:2012/07/27(金) 20:05:54.06 ID:NKXjHejh0
その足に自分の足を引っ掛けて簡単に転ばせ、
男は冷たい、鉄のような目でアリスを見下ろした。

コートが風を受けてたなびき、中に着込んでいる、
体を覆う銀色の鎧のようなものがあらわになる。

「この猫がそんなに大事か?」

問いかけられ、アリスは恐怖と混乱で意味不明な声を上げながら、
それでも立ち上がって男に掴みかかった。

その腕を指で絡め、男はチェシャを手に持ったまま、
アリスを後ろ手に投げ飛ばした。

顔面から地面に叩きつけられる。

少しずつ崩壊を始めるホテルの上で、
男は衝撃で咳き込んだアリスの顔面を、
ブーツのかかとで踏みつけた。

痛くはないが、男の力が強く、動くことが出来ない。
102 :三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga]:2012/07/27(金) 20:06:33.27 ID:NKXjHejh0
「体術もできない小娘が……!」

忌々しげに吐き捨てると、男はチェシャを脇に放り投げた。

アリスの目に、
放物線を描いて屋上から落ちていくシャム猫が映る。

「うあああ!」

大声を上げて、男の足を掴んで引き剥がし、
チェシャを追って駆け出す。

あの人は、私を助けてくれた。

匿ってくれた。

まだ何もわからないけど、あの人は敵じゃない。

落ちていく。

男は小さく息をついて、パチンと指を鳴らした。
103 :三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga]:2012/07/27(金) 20:07:09.87 ID:NKXjHejh0
「ガルオ・アル・オレオ」

途端、アリスの体の動きが止まった。

いや、崩壊するホテルの動き。

落下するチェシャの動き。

何もかもが全て「凍った」ように動きを停止させる。

アリスは、急に固まったように動きを止めた体を、
必死に動かそうとした。

その背後に悠々と移動し、男は口を開いた。

「無駄だ。俺の魔法は、あらゆる物事を『凍らせ』る」

声も出ない。

目の前で停止しているチェシャに手を伸ばそうとした時、背後で

「ゼルガ・ウルオ・ウル!」

と叫んだ男の声が聞こえた。
104 :三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga]:2012/07/27(金) 20:07:42.96 ID:NKXjHejh0
次の瞬間、チェシャの落下が始まり、
ホテルの崩落が再開した。

アリスの背中に、男の拳が突き刺さる。

ミシ……と小さな体の骨全体がきしみを上げた。

まるで重機の鉄球を浴びたかのように、
アリスの体を衝撃が襲った。

ティラノサウルスに踏み潰されかけた時の、
数十倍の衝撃だった。

たまらず体が宙に浮き、
抵抗もできずにきりもみに回転しながら、
アリスの体が向かい側のビル、
その窓ガラスを突き破って一直線に突き刺さる。
105 :三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga]:2012/07/27(金) 20:08:20.42 ID:NKXjHejh0
それでも勢いは止まらず、
アリスはビルを崩壊させながら向こう側に抜け、
上空十メートル程度から一気に落下した。

そして背中から隕石のように交差点の
ド真ん中にぶち当たった。

もくもくと数百メートル先に煙が立ち上っているのを見て、
男は崩れていくホテルの屋上で、口元を歪めて笑った。

「硬いな……」

握りしめた右拳から、血が垂れていた。

「面白い」
106 :三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga]:2012/07/27(金) 20:09:18.48 ID:NKXjHejh0
お疲れ様でした。

次回、第三話の更新に続かせていただきます。

物凄く暑いですが、熱中症にはご注意くださいね。

それでは、今回は失礼させていただきます。
107 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/27(金) 20:32:11.38 ID:sWdQZLf90
乙ですよー。
ふぉー。続きが気になる。応援してますぞ!
108 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/27(金) 21:33:02.54 ID:Rscnq0qDO
いきなり氷結の時間魔法とは…この先に出てくる魔法はどんなにド鬼畜なんだ…
109 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/28(土) 18:12:45.70 ID:tpcr5reIo
急に敵が強くなりすぎて吹いた
続きを楽しみにしてますぞ
110 :三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga]:2012/08/01(水) 19:01:01.33 ID:7g6pm+ie0
こんばんは。第三話の前編が書けましたので投稿させていただきます。

お楽しみいただけましたら幸いです。
111 :三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga]:2012/08/01(水) 19:07:51.49 ID:7g6pm+ie0
3.毒の雨が降る


衝撃で目の玉が飛び出そうになって、
アリスは必死に起き上がろうとした。

痛くはないが、息が詰まってしまいできない。

何故痛くないのか、それを考える余裕はなかった。

体が砕けたアスファルトに
埋め込まれたようになってしまっている。

服の所々が焦げていた。

胸に下がった水晶に、パキッと音を立ててヒビが広がる。

アリスは、クラクションを鳴らしながら
突進してきたトラックを見て青くなった。
112 :三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga]:2012/08/01(水) 19:09:05.35 ID:7g6pm+ie0
ここは交差点のド真ん中。

衝突の威力でもうもうと土煙が上がっていて、
そこに突入してきた数台の車が互いにぶつかったり、
蛇行したりしてスライドする。

その中でもこちらに向かって走ってきたトラックに向け、
アリスは反射的に右手を伸ばしていた。

「アル・アレオ……ウルシオ!」

慌てて頭の中に浮かんできた単語を叫ぶ。

途端、目の前のトラックに一文字に赤い、
クレヨンで書いたような「亀裂」が走った。

一拍後、アリスを避けるように、
綺麗に両断されたトラックが地面を滑って抜けた。

運転手が投げ出されて地面を転がる。

それを避けるように蛇行した車が、
対向車にぶつかって砕けたフロントガラスを巻き上げる。
113 :三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga]:2012/08/01(水) 19:09:49.53 ID:7g6pm+ie0
鳴り響くクラクションの音に、
ただひたすら恐れおののいて、
アリスは這うようにして立ち上がった。

その目に、また凍るように停止した周囲の空間が映る。

走っている車も、歩行者も、空気の流れでさえも、
何もかもが停止して、アリスの体をガッチリとロックする。

横目に、空中を「歩いて」くる男の姿が映った。

何もない空間がわずかに階段のように光っている。

コートのポケットに手を突っ込みながら、
彼は鼻を鳴らして悠々とアリスの脇に立った。

「成る程、面白い魔法を使う」

瞬間、周囲の空間が動き出した。
114 :三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga]:2012/08/01(水) 19:10:40.99 ID:7g6pm+ie0
『アリス! 何をしているのですか……迎撃しなさい!』

頭の中にチェシャの声が響いた。

(チェシャ、生きてたの!)

『私の心配よりも自分の心配を……くっ……』

苦しそうに彼女の声が途切れる。

姿は見えないが無事らしい。

男は自分達を取り囲む交通事故の惨状を全く気にすることもなく、
ポケットに手を突っ込んだ姿勢のまま、
ゆっくりと両断されたトラックの破片に腰を下ろした。

そして気だるそうにアリスを見て、息をつく。

「……俺のコードネームはヤマネ……ハイエイトの一人だ」

体中の骨がきしみを上げている。

痛くはないが、指先がしびれたようになって動かない。
115 :三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga]:2012/08/01(水) 19:11:22.94 ID:7g6pm+ie0
ヤマネと名乗った男は、右手をこちらに向けて
突き出しているアリスに、歪んだ笑みを向けた。

「やめておけ。勝ち目がないことくらい分からないか?」

「…………」

「強力な魔力指数を持っているようだが、
魔法の使い方もわからないようでは話にならん。
本能的な部分で使うようでは、戦っていて上手くはないな」

「あなたは……」

アリスは絞りだすように声を発した。

「あなた達は何なんですか……? 私、訳が分からない……」

「俺達はハイエイト。『お前達』を駆逐する者だ」

端的にそれに答えると、
ヤマネはアリスを見つめたままニィ、と笑った。
116 :三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga]:2012/08/01(水) 19:12:07.56 ID:7g6pm+ie0
「いい目をしている。それ……欲しいな」

「え……」

「お前の目を俺にくれ。
そうしたら命だけは助けてやらんこともない」

意味を理解しかねて言葉を失ったアリスに、
ヤマネは淡々と続けた。

「目だ。取引をしようと言っている。
片方、右目でいい。寄越せ」

手を差し出した彼を見て、アリスは体中に沸き上がってきた
怖気を振り払うように声を発した。

「意味が分からないです!」

「俺は気に入った女の目を集めるのが趣味でな。見せてやるよ」

右手から流れ出る血を舐めてから、
彼はポケットに手を入れて小さな瓶を取り出した。
117 :三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga]:2012/08/01(水) 19:12:47.80 ID:7g6pm+ie0
それを見て、アリスは思わず呻いて後ずさりをした。

ぎっちりと何かが詰まっている。

眼球。

いろいろな色をしたそれが、液体の中に漬け込まれている。

それをうっとりした表情で眺めながら、ヤマネは瓶を振った。

「綺麗だろう。目はいい。
その人間の人間性を体現する。目は、嘘をつかない」

「…………」

唖然としたアリスに、男は瓶をポケットにしまいながら続けた。

「防御型の硬い魔法障壁を持っているようだが、
核もそろそろ限界のようじゃないか。
ここは、取引に乗っておくのが吉だと思うがな」
118 :三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga]:2012/08/01(水) 19:13:20.67 ID:7g6pm+ie0
この人は。

嘘を、冗談を言っていない。

「……嫌です!」

しかしアリスは、キッ、とヤマネを睨んで大声を上げた。

「へぇ……」

表情を変えた彼に、少女は続けた。

「あなた達はおかしい……何か違和感を感じます! 
私……私、あなた達が怖い……!」

「貴様らがそう言うか。皮肉なもんだな」

耳の脇に指を持ってきて、鳴らす前段階のポーズを作るヤマネ。

アリスは体を緊張させて、必死に心の中でチェシャを呼んだ。

(チェシャ! 私どうすればいいの? どうすれば勝てるの!)
119 :三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga]:2012/08/01(水) 19:13:55.56 ID:7g6pm+ie0
『…………』

(チェシャ!)

『ヤマネは……ハイエイトの中でもほぼ最強のアラマシです。
迎撃してから、すぐ逃げなさい!』

アリスの目に、ビルの壁面、
そのくぼみに立っているチェシャの姿が映った。

途中で意識を取り戻して、魔法か何かでしがみついたらしい。

ヤマネはニヤニヤと笑いながら、一点を見ていた。

まるで買ったばかりの玩具を弄んでいるかのような、
そんな表情だった。

その視線に気がついて、アリスの全身に怖気が走った。

目を見ている。

いや、違う。

この人は、私ではなく「眼球」を見ている。
120 :三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga]:2012/08/01(水) 19:14:38.62 ID:7g6pm+ie0
その冷徹な、あまり自意識が感じられない瞳を見て、
アリスは僅かにその場をよろめいて一歩下がった。

不気味だった。

今更になって、麻痺していた「怖い」という感情が噴出する。

怖い、怖い、怖い。

アリスはヤマネの目を振り払うように右手を伸ばし、
引きつった声を発した。

「こ……来ないで! 来たら魔法を使います!」

「使えないだろう、そんな核では」

淡々としたヤマネの声を受けて、そこで初めてアリスは、
胸元の水晶玉がボロボロと砂になって
崩れ落ちているのに気がついた。

青くなってそれを抑える。
121 :三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga]:2012/08/01(水) 19:15:19.77 ID:7g6pm+ie0
ヤマネはアリスの視線が自分から離れたのを見て、
面白くなさそうに鼻を鳴らすと、
大股に近づいてきて彼女の髪を無造作に手で掴んだ。

父と娘程も背丈が違うアリスの髪をむしり上げ、
ヤマネはその顔を淡白な表情で覗きこんだ。

「やってみせろ。最後の悪あがきとやらを見せてくれ」

手を握って逃れようとしているアリスのまぶたを、
ヤマネの指がつまみ上げる。

そして彼はそのままアリスの眼窟に指を滑り込ませようとして……。

彼女が金切り声を上げたのを聞いて、手を止めた。

「ウルシオ・アルゴ・レオ・セラシオ!」

「何……?」

考えて出た言葉ではなかった。
122 :三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga]:2012/08/01(水) 19:15:58.31 ID:7g6pm+ie0
恐怖で心がパンクしそうになり、
反射的に叫んだ悲鳴だった。

まるで今まで喋っていた異国の言葉のように、
アリスは悲鳴混じりの詠唱を続けた。

「レロオ・ラルスド・クルドシアオ・ラルシェアド……」

「長い……! ガル系の魔法か……!」

慌ててヤマネがアリスの髪を放し、後ろに飛び退る。

アリスは彼に向かって手を伸ばし、一言叫んだ。

「ガルバ・ゼオ!」

「ガルオ・アル・オレオ!」

パチィン、とヤマネが指を鳴らす。

「うああああ!」

意味不明な言葉を絶叫して、アリスは目を見開いた。
123 :三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga]:2012/08/01(水) 19:16:36.09 ID:7g6pm+ie0
その瞳が真っ赤に染まり、異様な目の光を発する。

周囲に凍り付くような冷気が溢れ、空気そのものが止まった。

アリスの体も、周囲の車も、
投げ出された通行人も、何もかもすべてが停止して固まる。

「参った……」

しかし、呆れたように嘲笑的な呟きを発したのはヤマネの方だった。

「動けんな……」

頭を抑えて絶叫した姿勢のまま停止している
アリスの数歩手前で、彼は静止していた。

ヤマネの体を取り囲むように。

いや、アリスの体の周り、その周囲空間三百六十度に、
ありとあらゆる場所にクレヨンで
描いたような引っかき傷が走っていた。
124 :三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga]:2012/08/01(水) 19:17:56.57 ID:7g6pm+ie0
十……二十……五十。

目に入るだけでも百近く、一メートル前後の
発光するアリスの瞳と同じ色の傷が、空間に張り付いている。

「空間魔法か……! これは上手くない」

吐き捨てるように呟き、ヤマネはポケットから煙草の箱を取り出し、
傷に囲まれたまま、ライターで火をつけて煙を吐き出した。

吐き出された煙は、空気中に留まって白い塊となり静止していく。

「聞こえているか、娘。
アラマシなら、魔力抵抗が若干あるはずだ。
意識までは凍結させられない」

傷に当たった煙の塊が、綺麗に二つに両断された。

それを確認して、ヤマネは息をつき続けた。
125 :三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga]:2012/08/01(水) 19:18:32.93 ID:7g6pm+ie0
「ここは引き分けとしようじゃないか。
素敵な目をした娘。
俺も、ジャバウォッキを殺した相手がどんなものか、
実際に見に来ただけだからな。
何、あいつは俺の教え子だった。ただそれだけの関係だ」

「…………」

睨みつけた目のまま静止しているアリスに、
ニィィ、と不気味に歪んだ笑みを投げつけ、ヤマネは言った。

「あいつを殺したことをとやかく言うつもりはない。
お前の方が強かった。それ以上でもそれ以下でもない」

もくもくと煙草の煙がヤマネの体を覆い隠していく。

「ただ、一言忠告しておこう……
他のハイエイトは、俺ほど優しくはないぞ」

少しして、煙に覆われたヤマネの体がゆっくりとかすみ始めた。
126 :三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga]:2012/08/01(水) 19:19:05.36 ID:7g6pm+ie0
「バル・バロ・アレロ……」

小さく呟き、彼は指先で煙草を弾いた。

火がついた煙草が、
アリスの核に当たってジュッ、という音を立てる。

「じゃあな。俺に殺されるまで、死ぬんじゃないぞ」

彼の言葉と同時に、周囲の空間が悲鳴を上げた。

傷が縦横無尽にアリスの体の周りを走り回り、
ビル、アスファルトの地面、車、通行人、
何もかもがお構いなく切り刻んで、
それでも足りずに空気や音の渦でさえも高音でかき回し、
周囲に突風を吹き上げる。

『アリス!』

チェシャの声が聞こえる。
127 :三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga]:2012/08/01(水) 19:19:40.72 ID:7g6pm+ie0
アリスの核が、
ヤマネが投げた煙草に押しつぶされるように砕け、
完全に砂になって空気中に消えた。

途端、アリスの体を覆う焦げた羽衣が
白い光の粒子になって飛び散った。

そしてダッフルコートを着た少女は、
煤けた顔のまま呆然として、
その場にペタリと尻もちをついた。

包丁でバターを切り刻んだかのような
光景が目の前に広がっていた。

突風が嘘のように消え、
代わりにバラバラに刻まれたビルが
ゆっくりと倒壊する様子が目に映る。

半ばから支柱が消え去った信号機が、
ズゥン、と音を立てて崩れ落ちた。
128 :三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga]:2012/08/01(水) 19:20:17.62 ID:7g6pm+ie0
動いているものは何もなかった。

血の海だった。

血にまみれた、バラバラに、ケーキのように解体された車。

アスファルト。

砕け散った窓ガラス。

そして、人、人、人。

「いや……」

アリスは耳を抑えて目をつむり、引き絞るような声を上げた。

「いや、いや……いやあああああ!」

『アリス、しっかりして! アリス!』

頭が痛い。

体中の骨がきしみを上げている。

胃の中のものがグルグルと回っている。
129 :三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga]:2012/08/01(水) 19:20:52.91 ID:7g6pm+ie0
目が回る。

体が浮かび上がるような感覚。

発狂しそうになりながら、
アリスは必死にポケットの中のもう一つの核を握った。

それにすがるように泣きじゃくり、地面に転がる。

そこで、アリスは抱き上げられて、
無我夢中にその人にしがみついた。

びっこを引いた人間体のチェシャが、
ボロ布を頭に巻きつけて彼女を抱き上げていた。

「逃げましょう。ヤマネは気まぐれです。
すぐに戻ってくるかもしれない」

煙草の煙は、もうどこにもなかった。

ヤマネの姿も消え去っている。
130 :三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga]:2012/08/01(水) 19:21:25.49 ID:7g6pm+ie0
アリスは静寂に包まれている周囲を見る勇気がなく、
チェシャの胸に顔をうずめて、叫ぶように泣いた。

怖くてつらくて、意味が分からなかった。

理解したくなかった。

自分が、沢山の人を。

殺したという事実を。

チェシャは

「セルジオ」

と一言呟き、アリスの頭をそっと撫でた。

錯乱していた少女が、ゆっくりとおとなしくなり、
やがてすう、すうと寝息を立てて体を弛緩させる。

ぐったりとしたアリスを抱きながら、
チェシャは彼女の核を自分のポケットに入れ、
ガレキに隠れるように走りだした。

どこかで、またビルが倒れる音がした。
131 :三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga]:2012/08/01(水) 19:22:00.03 ID:7g6pm+ie0


「それで、逃がしてきたの?」

挑発的に言葉を投げつけられ、ヤマネは煙草の煙を吐いた。

夕焼けに彩られたビルの屋上に、七つの人影があった。

その中で腕組みをしたハートの女王が、
白濁した目をヤマネの方に向けていた。

「ジャバウォッキを一番可愛がってたのは
あなただと思ってたけどね」

「そう言うな。死んだ者は何をしようともう戻らん」

ヤマネは淡々とそう言って、煙草を地面に放った。

そしてブーツのつま先で踏み潰す。

「ヤマネさんはお優しいですから。
きっと情けを掛けたんでしょう? ご立派だと思います」
132 :三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga]:2012/08/01(水) 19:22:40.86 ID:7g6pm+ie0
背の低い、修道女のような服をきた女性が口を開いた。

それを横目で見て、地面に座り込んで
あぐらをかいてた青年、ハッターが言う。

「優しい優しく無いの問題じゃないと俺は思うな。
仲間が死んだんだ。倒せたのに取り逃がした。
それは問題じゃないかな」

「そうでしょうか? 私は『彼ら』とも、
話しあえば分かり合えると思っています。
すぐに戦いを始めようとするのは、野蛮人のすることです」

「それは暗に私達が野蛮人だって言っているのかな?」

ハートの女王が修道女のような女性を睨むと、
彼女は花のように朗らかに笑って、
ゆるく手をヒラヒラとさせた。

「それ以外の何だと言うのですか?」

「…………」
133 :三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga]:2012/08/01(水) 19:23:39.48 ID:7g6pm+ie0
ハートの女王の顔が険しくなり、
彼女は白杖を鳴らしてその場に身を乗り出した。

それをハッターが手で触って制止する。

「……クク……全くだ」

そこで、女性のように髪を長く伸ばした青年が小さく笑った。

ビルの縁に腰を下ろしていて、
この寒い中だというのに
Tシャツとジーンズだけという軽装だった。

頭には大きなヘッドフォンが被せられている。

「黙れマーチヘア」

ハートの女王の柔らかい声の調子が急に変わった。
134 :三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga]:2012/08/01(水) 19:24:10.20 ID:7g6pm+ie0
ガラガラのくぐもった声でそう呟き、
彼女はマーチヘアと呼ばれた
髪の長い青年に向けて白杖を伸ばした。

「何? やるの? 僕は別に構わないけど」

「その減らず口叩けなくしてやるよ」

「おお怖。姉さん助けて」

「あらあら、喧嘩ならよそでして下さいね」

修道女のような女性が頬に手を当てて笑う。

ゆっくりと髪が逆立ち始めたハートの女王を見て、
ヤマネは懐から煙草を取り出して口にくわえた。

「ハイエイト同士の争いはご法度です。そうだよね?」

「ええ、そうです。今では『ハイセブン』ですが」

小さな人影がヤマネの背後に隠れるようにして口を開く。
135 :三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga]:2012/08/01(水) 19:24:43.73 ID:7g6pm+ie0
年齢にして十歳前後だろうか。

瓜二つの外見をした男の子と女の子が、
分厚い本をそれぞれ持って、
怯えた顔でハートの女王を見ていた。

「うるさい……!」

それを一喝した彼女に対して、
ヤマネは煙草に火をつけ、息を吐いてから言った。

「やめておけ、今は死体を見る気分じゃない」

「何ィ?」

男のような口調で、ハートの女王が歯を噛む。

「あんまり舐めた態度取ってるとあんたから殺してやろうか? 
あたしそう言うの好きじゃないんだよね。シンプルに行こうよ」

「単細胞だからね」

マーチヘアが頭のヘッドフォンからやかましく流れる音楽を
調整して被り直す。
136 :三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga]:2012/08/01(水) 19:25:26.57 ID:7g6pm+ie0
それに過剰に反応して、
ハートの女王は白杖を地面に叩きつけた。

「ンだとォ!」

「やめろ」

それを静かにヤマネが止めた。

一拍後、いつの間に移動したのか、
ハートの女王の脇に立ったヤマネが、
彼女の肩に手を回して右目のまぶたを指で撫でる。

「あんまり目の前で騒がれると、
コレクションしたくなるじゃないか……」

「……!」

それを乱暴に突き飛ばし、
ハートの女王は手探りで落ちていた白杖を拾い上げると、
足音荒く階下に繋がるドアを開けた。
137 :三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga]:2012/08/01(水) 19:26:03.30 ID:7g6pm+ie0
サポートしようとしたハッターを振り払い

「一人にさせて!」

と怒鳴って降りていく。

ハッターは深くため息を付いて、
マーチヘアとヤマネをゆっくりと見た。

「……あいつをあんまり刺激しないでもらえますか? 
後始末が大変なんだ」

「別にハイエイト以外と戦ったり殺したりすることに
規制は設けていない。やりたいなら自己責任でやればいい」

ヤマネはそれに答えず、
脇の男の子と女の子の頭をポンポンと撫でた。

「ご飯でも食べに行くか。今日は俺のおごりだ」
138 :三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga]:2012/08/01(水) 19:26:30.62 ID:7g6pm+ie0
「本当?」

「やったー!」

男の子と女の子がピョンピョンと跳ねる。

それを冷めた目で見てから、マーチヘアは、
長い髪をたなびかせて立ち上がった。

「……じゃあ、その女の子……僕が殺しても構わない?」

その場の空気が一瞬凍りついた。

やる気の無さそうな視線を受け、ヤマネは頷いた。

「ああ、『出来るなら』な」
139 :三毛猫 ◆E9ISW1p5PY [saga]:2012/08/01(水) 19:27:30.61 ID:7g6pm+ie0
お疲れ様でした。

次回の更新、第三話の後編へと続かせていただきます。

凄まじく暑いですが、熱中症対策は万全でしょうか?

倒れないように注意ですね。

それでは、今回は失礼させていただきます。
140 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/08/01(水) 20:21:57.83 ID:lJNPT7HDO
北海道も暑いですよ…

とうとうハイエイト(今は七人だけども)が揃い踏みですか……


全く新しいキャラクターで編成されたハイエイトの活躍が楽しみです。
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