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PoH「イッツ・ショウ・タイムと行こうぜ!」 - SS速報VIP 過去ログ倉庫

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1 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) :2012/07/24(火) 10:05:51.14 ID:pR10wcino
無限の蒼穹に浮かぶ巨大な石と鉄の城。
これがこの世界の全てだった。

職人クラスの酔狂な一団がひと月がかりで測量したところ、
基部フロアの直径はおよそ十キロメートル、世田谷区がすっぽり入ってしますほどもあったという。
その上に無慮百に及ぶ階層が積み重なっているというのだから、茫漠とした広大さは想像を絶する。
総データ量などとても推し量ることができない。

内部にはいくつかの都市と多くの小規模な街や村、森と草原、湖までが存在する。
上下のフロアを繋ぐ階段は各層にひとつのみ、その全てが怪物のうつろく危険な迷宮区画に存在するため発見も踏破も困難だが、
一度誰かが突破して上層の都市に辿り着けばそこと下層の各都市の《転移門》が連結されるため誰もが自由に移動できるようになる。

そのようにしてこの巨城は二年の長きにわたってゆっくりと攻略されてきた。
現在の最前線は第七十四層。

城の名は《アインクラッド》。約一万もの人間を呑み込んで浮かび続ける剣と戦闘の世界。またの名を――

《ソードアート・オンライン》

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君が望む永遠〜Latest Edition〜 @ 2024/04/24(水) 00:17:25.03 ID:IOyaeVgN0
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2 :1 [saga]:2012/07/24(火) 10:09:25.02 ID:pR10wcino
アインクラッド標準時 二〇二四年 七月  現在の最前線・第六十三層


昼間だというのに暗く茂った森のフィールドにて、切羽詰まった表情の男が三人、互いの背を補うように佇んでいた。

全員が目に見えない者の存在を逸早く捉えられるように目を限界まで開き、周囲に気を配っていた。

ぎゃあぎゃあと、鳥類系のモンスターが空に羽ばたき、森を揺らす。

と、男達の一人、屈強な身体つきの斧戦士の頬を、一筋の汗が伝った。

プレイヤーの感情を検出したシステムが表現するただの効果に過ぎないが、それゆえにこの汗は本物の汗となる。

焦りか、恐怖か。一筋の汗はやがて頬をなぞり、顎まで至ると、自重で落ちていった。

その一滴が地面に触れるか触れないかと言う刹那に――――
 
一本の細長い銀色の針が、空を裂いた。
3 :1 [saga]:2012/07/24(火) 10:14:19.35 ID:pR10wcino
ライトエフェクトが限界まで抑えられたその鉄針は恐ろしい速さで男達の内一人に迫り、気付く間もなく一瞬で、男の喉に深々と刺さった。

SAO内部、その全てを統括するシステムプログラム《カーディナル》の統治下では、
例え腕を切り落とされようと足を潰されようと、表現として赤い光芒が飛び散り、プレイヤーに不快な感触のノイズが走るが、実際のリアルな血液は出ない。

しかしこの一撃は誰もの予想以上に大きく、華奢な針とは思わせない威力を発揮し、派手に燐光をばら撒いた。

まるで噴き出す血のように。

不快な感触と大きな衝撃に、男は上体を仰け反らせ――

瞬間、その前面に、おぞましいほどの数の針が刺さった。
4 :1 [saga]:2012/07/24(火) 10:17:02.62 ID:pR10wcino
全て致命傷に至る箇所を見事に捉えており、こと心臓付近に至っては、無慈悲なことに数十本の針が密集していた。

これによってクリティカルポイントを数回に亘って攻撃された男のHPバーはあっという間に減少し、
止めとして発射された最後の鉄針がこれまでよりも強く腹に撃ち込まれたことによって、遂に尽きた。

ガラスが割れるような耳障りな効果音と共に、アバターが爆散し、男は死んだ。

一瞬が積み重なる状況の中、ようやく事態に気付いた男二人が仲間に寄り添い、
しかしその挙動の間に殺されたことによって、伸ばされた手はポリゴンの破片を掴むのみだった。

間髪入れずに飛来してくる幾百の鉄針は確実に残りのプレイヤーを攻撃し、悔やむ間も無くその命を吹き飛ばした。

身体中に針を生やした男の一人は、死ぬ直前に、声にならない声で呟いた。

……………………《ピッカー》、と。
5 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/24(火) 10:18:03.52 ID:y+RAX7lqo
SAOか
6 :1 [saga]:2012/07/24(火) 10:21:03.49 ID:pR10wcino
俺がそいつの噂を聞いたのは、
仮想空間のくせに本州の茹だるような暑さを見事に再現していた七月《クチナシの月》のことだった。

その日、俺はいつも通りに一日分の攻略ノルマを済ませ、
さて帰ってアイテム売ったら寝るかと拠点にしている第五十層《アルゲート》までテレポートし、常連となっている怪しげな佇まいの武器屋に入り、
怪しげな佇まいの店主と二言三言会話してアイテムを売却したあと、
じゃあ帰って寝るべと踵を反転させると、その店主・巨漢のエギルが声をかけてきた。

エギル「あ、待てキリト。いや、すぐに済むから、少し聞いてけ」

キリト「……何だよ?」
7 :1 [saga]:2012/07/24(火) 10:24:51.09 ID:pR10wcino
既に疲労困憊している俺・キリトは、うんざりとした表情を作ってエギルに振り返った。

この黒肌で禿頭の巨漢は対してなかなか似合わない真剣な顔つきで、

エギル「ああ、最近噂になってることなんだけどよ……知ってるか? 《ピッカー》の話」

聞き慣れない単語に、俺は疑問を口にした。

キリト「ピッカー? 何だそりゃ、大昔のゲームに出てくる電気タイプのネズミの掛け声か?」

エギル「違ぇよ。つーか新種のモンスターじゃねぇ、紛れもないプレイヤーだ」

キリト「だったら何だ、麻痺系の攻撃当てるときに叫ぶのか? 『ピッカー!』って」

エギル「叫ばん。というか、そもそも形容詞でも何でもねぇよ。あだ名だあだ名、固有名詞」

キリト「ああ、なるほどね。――で、それが何か?」
8 :1 [saga]:2012/07/24(火) 10:28:13.96 ID:pR10wcino
エギル「知ってるかどうかを聞いてるんだよ」

キリト「いや、知らんな」

エギル「ああ、だろうとは思った。攻略以外に脳を使わんお前のことだからな」

キリト「ほっとけ。――で? 何なんだよ、《ピッカー》って」

カウンターから身を乗り出し、あまり聞かれたくない内容なのか、口元に手を添えてボソボソと語り始める。

エギル「最近、下層から中層にかけて出没してるプレイヤーだ。人によっちゃ《投擲者》とも呼ばれてる」

エギル「名前の由来は、《ピック》と《投げる者》の合成もんだな。クリエイターとかデザイナー的な。正しい名前は誰も知らんそうだ」

キリト「ピックって……あの投擲専用のアイテムか」
9 :1 [saga]:2012/07/24(火) 10:31:05.60 ID:pR10wcino
俺は今もアイテムストレージに格納されている細長い銀の針を思い出していた。

ダメージはそれほど望めないが、ほぼ確実に先制攻撃(ファーストアタック)を打てるのと、
スキルを上げればほぼ確実にヒットさせることが出来るので、あって損は無しと愛用させてもらっている。

消耗品なので補充がたまに面倒臭いが。

エギル「ああ。何でもそいつは投擲スキルをマスターしているらしいな。他に敏捷値とか色々凄ぇらしいがそれは置いといてだ」

エギル「――そいつ、結構妙なんだよな」

キリト「妙? 何がだ」

エギル「ああ――――、そいつはな、PKだ」

エギル「だがよ……殺している奴が、犯罪者(オレンジ)のみらしい」
10 :1 [saga]:2012/07/24(火) 10:35:16.32 ID:pR10wcino
《PK》……プレイヤーキルを趣向とするイカレたプレイヤーのことを、SAO内では《オレンジプレイヤー》と呼ぶ。

フィールド内で略奪、殺害など、ゲームプレイに支障を来すと判断されたプレイヤーのカーソルの色がオレンジに変わることから、そう呼ばれている。
ちなみに正常な者のカーソルは緑だ。

方法は多岐に渡った。

集団で無理矢理強奪ののち口封じのため殺害、
毒入りのポーションを飲ませて麻痺ったところを殺害、
モンスターのターゲットを意図的に他のプレイヤーになすり付ける《トレイン》、
派手なのになると外周の柵まで担いで行って落とすなんてのもあった。

ただ、従来のMMOでは人殺しなんかは忌み嫌われるだけで何の問題も無い。
むしろそういった行為に及び、高揚感を得ようとする者もいるぐらいなのだ。
ゲームクリアが望めないネットゲームにおいて、PKはある意味では『ゲームをプレイする理由』にもなる。

今時のMMOではPKなど日常茶飯事である。

しかし、このソードアート・オンラインと言うゲームの場合は、例外だった。

忘れるはずもない、SAO正式サービスが開始されたあの日、二〇二二年十一月。
開発者にしてプログラマーの茅場(かやば)明彦(あきひこ)本人が、直々にに教えてくれた。

『これは、ゲームであっても遊びではない』
11 :1 [saga]:2012/07/24(火) 10:38:05.51 ID:pR10wcino
このゲーム内において、HPバーがゼロに至った瞬間、そのプレイヤーのアバターはポリゴンの破片となり、消える。
ここまでは従来のゲームも同じだ。

が、このSAOは違う。

プレイヤーがゲームオーバーになったと認識されると、
SAOがインストールされているハードウェア『ナーヴギア』から、高出力のマイクロウェーブが発せられ、
脳内の水分を高速振動させ、焼き切る…………つまり、死に至る。

茅場の宣言がなされた当初、大半のプレイヤーが「ありえない」と叫んだ。
俺もその一人だった。

しかし、原理的には可能なのだ。
12 :1 [saga]:2012/07/24(火) 10:42:21.33 ID:pR10wcino
そもそもナーヴギアは流線型のヘッドギアと言う構造で、馬鹿でかいヘルメットのような代物の内部には無数の信号素子が存在する。
それらが発生させる多重電界によってナーヴギアはプレイヤーの生体脳そのものと直接接続される。
それによって、プレイヤーは情報として送られてくる五感――味覚、嗅覚、視覚、触角、聴覚を感じることが出来るのだ。

開発され、一般に普及された二〇二二年五月、ナーヴギアの作り出す世界のことを人はこう呼んだ――『仮想現実』と。

全てが情報と言う仮想で構築され、それ故にもう一つの現実。

何せゲームの世界に『ダイブ出来る』のだ。
まさに夢のような開発が成され、反面ソフトリリースはぱっとしなかった。
知育系や環境系など、いかにも低年齢・初心者対応のタイトルばかりだったのだから。

こんなものでは人生の大半をゲームにつぎ込んできた中毒者は納得しない。
百メートル歩いただけで壁にぶつかってしまうような窮屈な世界では『仮想現実』もクソもない、と。

俺を含めた救いようの無い人々は、やはりこう求める。
『現実』の名に違わぬ広大な世界、莫大なプレイヤー達。
それらが一挙に集結するジャンル――MMO(大規模ネットゲーム)を。

そんな折、期待と渇望が絶頂まで達した時期に発売されたのが、このゲーム……
『ソードアート・オンライン』だった。
13 :1 [saga]:2012/07/24(火) 10:45:34.08 ID:pR10wcino
発売当初、ベータテストと称した先行プレイ期間と言うものが設けられ、
俺は僅か千人の募集人員の狭き門を掻い潜ることが出来た。

おかげで約二ヵ月間をゲームの仕様など諸々について学ぶことが出来たし、先行販売の特権も手に入った。
僥倖という他にあるまい。
リアルラック値をあそこで全て使い果たしたと言っても過言ではなかろう。

しかし。

正式サービスが始まったあの日、世界は在り様を変えた。

楽しいだけの《ゲーム》が、生死をかけた《サバイバル》となったのだ。

ゲーム内での死が、現実での死となる。

やり直しの効かない、まさにデスゲームなのが、このゲーム『ソードアート・オンライン』なのだ。

よって、この場におけるPKとは現実で人を殺すのと同義であり、殺人者として周囲に知れ渡る。
生還しても、そのレッテルは恐らく消えないだろう。
これが、忌み嫌われ、しかし日常化してしまった《PK》の全容である。
14 :1 [saga]:2012/07/24(火) 10:49:16.04 ID:pR10wcino
――――が、聞けば、どうもそいつは犯罪者(オレンジ)のみを殺して回っているいわゆる《刺客》または《仕事人》らしい。

投擲スキルをマスターし、使う武装はほとんど消耗品のピックのみで跡が残らず、
おまけに目撃証言はあれども確かな情報は未だに無い。

情報屋のなけなしの情報も、どうも女らしいと言うことぐらいで余り参考にはならない。

まさに刺客と呼ぶに相応しい豪傑だ。

おまけに、オレンジプレイヤーを殺す――
とまでは言わなくても、傷つける程度では、そのプレイヤーには犯罪フラグは立たない。

開発者の茅場も同じようなことを考えているのだろうか、『犯罪者を傷つけても罪には問われない』仕様になっている。
そもそもこのゲーム自体が合法ではないので、そこら辺を問い詰めても仕方がないのだろうが。

そんな訳で、向こうは《潔白》のグリーンプレイヤー。
顔も割れていないとなると、探し出すことは愚か指名手配すらも困難になる。
15 :1 [saga]:2012/07/24(火) 10:53:36.02 ID:pR10wcino
キリト「……いい奴なんじゃないのか? 殺してるとは言え相手はオレンジなんだろう」

キリト「やったことの大小があるとは言え……、何か妙か?」

エギル「妙だろ。確かにPKが減るのはありがてぇけどよ、何でそんなことするんだ?」

エギル「アイテム奪っていくとかそんなわけでもないしさ」

キリト「そりゃ……使命感とか?」

エギル「そいつはいいな、深い設定がありそうだ。新たなドラマの誕生じゃねぇか」

キリト「結構本気なんだが」

エギル「じゃあオレはお前の頭を疑おう」

まぁどのみち、とエギルは言った。

エギル「気をつけとけよ」

エギル「お前に限ってオレンジになるなんて事はねぇと思うが、お前は修羅場になると色々な手段を選ばねぇ」

エギル「そいつはオレンジを手当たり次第に殺ってるみてぇだからな、あまり軽く考えるなよ」

キリト「了解。気持ちだけありがたく受け取っとくよ」
16 :1 [saga]:2012/07/24(火) 10:56:49.46 ID:pR10wcino
俺はその店主に挨拶し、店を出た。
同時に、俺はその《ピッカー》とやらに思いを馳せる。

オレンジのみを殺し続けるプレイヤー。
使う武器はピック、それのみ。
おまけに明確な情報がほとんど皆無。
ちなみに女性。

そこでまず思いつくイメージは、やはり《仕事人》だ。

大昔の時代劇なんかで見た覚えがあるが、
刺客とは大概お偉い殿様やらお奉行様から金を受け取り、依頼を受注して、
数日の内に暗闇に紛れてその対象を暗殺するという職業だ。

そのエキスパートが《仕事人》であり、方法は毒やら何やらと多岐に渡り、そのうちの一つが《ヒヒョウ》だった気がする。

金属製で、形は槍の先端についている刃と似ている。
訓練すれば約十歩から五十歩の距離、つまり約五十メートルほど離れた相手を撃ち抜けるという飛び道具だ。
当時はそれなりに使われた凶器らしいが、あまり表立って出てくる話は聞いたことが無い。
そもそも刺客自体が影の住人と言うこともあるからだろうか。
17 :1 [saga]:2012/07/24(火) 11:00:24.83 ID:pR10wcino
試しにに近くの顔見知りの情報屋に寄り、高い金(コル)を払って聞いてみたが、エギルの言った通りの情報しか手に入らなかった。
金返せこの野郎。
それともあいつの情報収集能力も馬鹿にはできないと言うことだろうか。
何か釈然としない。
やり手のセールスマンだってのは分かるんだが。

ともあれ、ここから先を知りたくば自分から調べなくてはならない――ってことか。

情報屋はあてにならない。
かと言ってそこら辺のプレイヤーの与太話を鵜呑みにするわけにもいかない。
一番いいのは本人と顔を合わせて色々聞くに限るのだが、あいにく俺にそんな根性は無いし、何よりエンゲージ出来る確率が低い。

俺は《ピッカー》のプロフィールその他を聞くついでに、最近そいつが出没した層も聞いてみた。
するとなんということか、一貫性がまるで無く、最前線近くまで上がってきたかと思えば遥か下層まで戻ったりと、一つ所に留まると言うことをしていない。
エギルの情報は本物のようだ。
18 :1 [saga]:2012/07/24(火) 11:03:03.74 ID:pR10wcino
さすがは刺客。

できるだけ顔を伏せて歩いているようで、
降り立っている層の大体は古びた洋館や湿っぽい地下迷宮など、攻略以来あまり人が寄り付かない雰囲気の場所だった。

これは言い換えると――、
人が寄り付かないのをいいことに自分達の拠点とする、オレンジプレイヤーの根城であると言うことも意味する。
意図的に狙っているのだとしたら大した策士だ。

これも情報屋のものだが、
《ピッカー》はオレンジプレイヤーを相手にするにあたり、そのほとんどをクリティカルで決めるらしい。
ある時は心臓に、ある時は額にと、かなりえげつない箇所を狙っているようで、しかしだからと言って基本攻撃力の低いピックで一撃二撃程度で重装甲のプレイヤーを貫けるとは思えない。
一応俺も投擲スキルは鍛えて900台にしているが、さほど期待の出来る代物ではない。
精々が牽制や先制だ。

そんなアイテムでオレンジを屠り続けているプレイヤー。

興味が皆無と言うわけではなかった。
19 :1 [saga]:2012/07/24(火) 11:06:04.10 ID:pR10wcino
俺とて一介のゲームプレイヤー、それもネトゲ中毒者だ。
どんな世界にも上はあるもので、それはこのSAOでも同じである。
血盟騎士団団長様、《神聖剣》ことヒースクリフにはあまり勝てる自信が無い。
他にも俺なんかよりよっぽど強い奴は五万といるだろう。
いやアインクラッドの収容人数の上限が一万程度だったからそれは間違いか。
ええと、じゃあ五百程度で。

それはともかく、こんな身分なものなので上級プレイヤーと言うものには長らくの憧れがある。
俺もいつかその地に立ってみたい、そこから見える景色を見てみたい、と。

今となっては俺もいっぱしの攻略組として一応は《強い》部類には入ると思うのだが、果たして実感がまるで掴めない。
故に俺のこの憧れの眼差しはいつまでも消えることは無いだろう。

と言うわけで、俺は《ピッカー》に少々の興味を抱いていた。
一度でいいから会ってみたいな、と、馬鹿みたいな感覚を得て。
20 :1 [saga]:2012/07/24(火) 11:08:20.40 ID:pR10wcino
が、かと言ってすぐにどうこう出来るはずも無く、
仕方なく俺は通常の攻略に加えて、主街区の影の部分や古びた洋館系フィールドなど、オレンジプレイヤーが徘徊していそうな場所を周ることにした。

《ピッカー》はオレンジのみを狙っているので、こうすれば少しは会える確率が上がるだろう。

しかし世の中そうは上手く行かない。

今まで散々不良紛いの格好をしていたプレイヤーが、気が付けばすっかり消えていた。
自分の身に降りかかる火の粉は出来るだけ避けようという殊勝な心がけだろうか、それとも既にやられたか。
そんな層が何十もあり、俺は些か諦観にも似た心持ちで、しかし忘れる事無くこまめにパトロールを続けた。
21 :1 [saga]:2012/07/24(火) 11:13:36.61 ID:pR10wcino
ある日、夜に間近い時間。
俺が普通に迷宮区の攻略を終え、ボスがいるであろう玉座前のマップを確認し、さてこれを公開して近々攻略パーティでも起こすか、と意気込むと、

「――――うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

遥か遠くから男の声が響き、驚いて振り向いてみると、
一寸先は薄闇な廊下の向こうから顔面中に汗を垂れ流し、必死の形相で走ってくる男性プレイヤーがやってきた。

そいつは俺の姿を見るや、まるで助けを求めるように、実際助けを求めて俺に駆け寄ってきた。

男「た、助けてくれ! 追われてるんだ! このままじゃ、こ……殺されちまう!」

キリト「殺されるって…………モンスターか!?」

察した俺は背中の剣に手をかけながら、男がやってきた廊下の向こうを睨んだ。
しかし索敵スキルが参照されても、モンスターの陰どころか反応も見当たらず、
代わりにグリーンのプレイヤーが疾風の如き速さで近づいてくるのが確認できた。

……グリーン? 『追われてる』?

俺は咄嗟に男の姿を凝視した。
すぐにシステムが検知し、男のそっけないHPバーとカーソルを表示した。

そのカーソルの色は、

キリト「お前、オレンジ……!?」
22 :1 [saga]:2012/07/24(火) 11:18:32.96 ID:pR10wcino
俺が絶句するより早く、
突然ドスッ! という効果音と、男の身体がビクン! と弾かれるように揺れたのは同時だった。

嫌な予感がし、その男の背中に目を向けると…………、細長い、銀色に光る針が刺さっていた。

男「う、あ……!」

男は呻きながらばったりと倒れ、俺が介抱するべく慌てて手を貸そうとする。が、

――スカカカカカッ!

殺気を感じ、思わず反射的に手を引くと、まさにその位置に複数の鉄針が突き刺さった。
そんなことをしている間にも男の身体には次々と針が刺さっていき、確実な勢いでHPバーはその幅を縮めていった。

よく見れば、男のヒットポイントは俺に飛びついてきた時点で既に警戒の黄色に染まっており、いまや度重なる強襲によって赤く染まっている。
残存しているのは僅かに二割ほど。
これは言わば、この男の命が八割がた死の淵に立たされていることを示す。

オレンジプレイヤー。次々と降って来るピック。
この二つのキーワードの共通点とは何だ?

キリト「くっ――!」

自問した俺は背中の愛剣の柄を握り、音高く抜き放って、男の前に飛び出した。
自分の勘と集中力に頼り、剣を構えて――

――キンッ!

確かな手応えが、俺の腕に伝わった。
23 :1 [saga]:2012/07/24(火) 11:21:57.15 ID:pR10wcino
そのまま隙の少ないソードスキルを乱打し、複雑に剣を振り回し、襲い来るピックを弾き続ける。
キキキキキキンッ! と薄暗い廊下に音が響き、それに合わせて俺の意識も心地良い加速感に乗っていく。

キリト「何をやってる! 早く逃げろ!」

隙を見ては後ろに振り向き、腰を抜かしている男に叫ぶ。
ようやく我を取り戻した男は覚束ない足取りで走ろうと後ろを向いて一歩進み――

――ストッ。

弾きそこねた針の一つが、男の背中に刺さった。
しまった、と思う間もなく。

――トトトトトトッ!

次々と俺を掠めてピックが降り注ぎ、残り少なくなっていた男のHPを削り、とうとうゼロに。

最後に飛んできた一本のピックが彼の後頭部に直撃し、
まるで頭をぶち抜かれたように、彼のアバターが四散した。

耳障りな音と冷たいポリゴンの嵐を、その光景を、俺は呆然と見ているしかなかった。
24 :1 [saga]:2012/07/24(火) 11:24:24.07 ID:pR10wcino
遠くで、コツ、と、靴の立てる硬い音が響いた。
僅かに声が聞こえた。

「 ――――空に架かれよ銀針(ぎんしん)の月―――― 」

妖しい、女の声音が、冷え切った石畳の通路を渡る。

「 ――――空に上昇(のぼ)れよ人の魂魄(こんぱく)―――― 」

言葉と共に、一つ、カツン、と硬い靴の音が近づいてくる。

「 ――――人を殺めた罪と罰
      死に絶え尽きぬ怨(えん)と恨(こん)
      哀しと嘆きの昏(くら)き狭間に―――― 」

女の言葉は、否、詠っていた。

「 ――――せめて楽在(あ)れ、狭間にて―――― 」
25 :1 [saga]:2012/07/24(火) 11:27:42.27 ID:pR10wcino
死に行く人々、殺し続ける人々、その全てに捧げる鎮魂歌のようにも聞こえた。

その妖絶で、あまりにも美しい歌声に、俺は麻痺毒を食らわされたように動けなくなった。
目の前に迫り来るのが強大な存在であると言うにも関わらず、射竦められたように身体の自由が利かない。

やがて、コツ、と靴音を響かせていた足が、俺の視界に入った。
そのまま朧な光の中にゆっくりと全身が露わになる。

高い背だ。それと俺と同じかそれ以上に黒く暗い武装。
長いロングヘアもまた漆黒に染まっており、闇に溶ける暗殺者と言うには随分本格的だった。

誰も見たことがないだろう顔は、同じく夜色の狐の面に隠されていた。
素顔が知られていないはずだ。

俺は、自分が徐々に戦慄し始めているのを感じていた。

……これが、《投擲者(ピッカー)》……。
26 :1 [saga]:2012/07/24(火) 11:30:40.02 ID:pR10wcino
長い髪から見て女だろうとは予想できる。
男性プレイヤーの中にも髪を長く伸ばす輩はいるが、どうも男性と女性のステータスに差があるようで、女性ほどには伸びない。
そして目の前の女は、腰ほどの高さまで届いている。よって女だ。
何より、身体前面の胸部に二つのふくらみが確認できる。よって女だ。
間違いない、ってか何を考えてるんだ俺はこんな時に。
いかんいかん、切り替えねば。

どうやら彼女も動きやすさから鎧でガチガチに固める方法ではなく、
俺のボロコートのような防御ボーナスが付いている衣類で済ませているようだ。
肌を限界まで出さないように抑えられた服は対して薄そうで、これは恐らく、防御値を棄てて敏捷値のみを追い求めたものなのだろう。

防御は低いが、代わりにスピードで避ける。
そんなスタイルのプレイヤーが好む装備だ。

腰周りには小ぶりなポーチが幾つも付いており、そのどれもが何となく細長い。
噂の高威力を発揮するピックが隠されているのだろうか。

そこまで観察したところで、向こうから話しかけて来た。

「――――貴方は、攻略組のプレイヤーですね?」
27 :1 [saga]:2012/07/24(火) 11:35:25.81 ID:pR10wcino
竪琴を鳴らすような芯の通った、それでいてどこか妖艶な声音だった。
仮面による隠蔽エフェクトのせいで、若干の補正はかかっているが、女と確認するには充分だった。

ですね、と確認するような言い方をしているところを見ると、どうやら隠しても仕様がないらしい。
俺は正直に言った。

キリト「ああ。一応最前線で戦ってる身だが」

ピッカー「ソロですか?」

キリト「……ああ。そうだが」

そこまで聞くと、向こうはそうですか、と一息区切って、

ピッカー「…………何故、彼を庇ったのです?」

問うてきた。
しかし、俺はすぐには答える気はなかった。

キリト「……じゃあ聞くが、あんたは何であいつを殺した? ここでの掟を知らないわけじゃないだろう」

ピッカー「もちろんです」

ピッカー「確証はありませんが、この世界での殺人は現実での殺人と同義である……よく理解しています」

キリト「だったらなんで殺した?」

ピッカー「オレンジだったからです」

俺の問いに、彼女はすっぱりと言い切った。
28 :1 [saga]:2012/07/24(火) 11:38:35.20 ID:pR10wcino
ピッカー「この世界は仮想、しかし故に現実」

ピッカー「ならばこの世界は日本と同義であり、日本国憲法や日本人の基礎的な倫理に基づいて行動するべきです」

ピッカー「そして、私の知る日本は少なくとも犯罪を擁護する国では無かった」

ピッカー「ならば犯罪を見逃し赦す事は正義ではなく、粛清が必要なのです」

ピッカー「先程死亡した彼は第二十三層で断続的な略奪行為と多々のセクシャルハラスメント行為を続けていました」

ピッカー「被害件数は大小合わせて三桁に肉薄しています。粛清を与えるに足る犯罪者です」

キリト「だから殺したのか?」

俺は自分でも分かるほどにひび割れた声を発していた。
29 :1 [saga]:2012/07/24(火) 11:40:28.07 ID:pR10wcino
キリト「確かに犯罪は許されざる行為だ」

キリト「ゲームの進行に支障を来たすし、何より人としてどうかしている」

キリト「だけどな……俺はその連中が死んでもいいだなんて思ったことは無いぞ」

キリト「少なくとも、あの連中だって生きるためにやってるんだ」

キリト「やり方は許されないとは言え、あの連中も生きてるんだ」

キリト「生きるための術を模索した結果が、ああなっちまっただけなんだぞ」

キリト「それをアンタは自分の正義感だけで殺していると言うのか!?」

珍しく、俺は熱くなっている自分を自覚した。
しかし勢いは緩まず、叫びの言葉が次々と口から洩れ出でる。
30 :1 [saga]:2012/07/24(火) 11:44:16.81 ID:pR10wcino
キリト「粛清を与えるべき? ふざけるな、アンタ何様のつもりだよ」

キリト「神様にでもなったつもりか? だったら言うが、アンタは神なんかじゃない」

キリト「その辺のオレンジと同じ、ただの殺人鬼だ。正義感ぶった子供の遊戯だ」

キリト「アンタのどこに他人を裁く権利があるっていうんだ」

キリト「言っとくけどな、俺はアンタみたいなリーダー面した、それでいて無責任な人間が大嫌いだ」

ピッカー「貴方の好みなど知りません。そして、私にはこれ以上話す口はありません」

俺の言葉を、向こうはぴしゃりと払った。

ピッカー「私は先を急ぎます。私は犯罪者を裁かねばなりません」

ピッカー「そこを退けて頂けませんか?」

キリト「……残念だな。俺はアンタに訊きたいことが山ほどあるんだ」

キリト「大人しく付いて来てもらうぜ」

ピッカー「では、簡単ですね」

キリト「ああ。――交渉決裂だ」
31 :1 [saga]:2012/07/24(火) 11:48:18.57 ID:pR10wcino
俺は言うと同時にぶら下げていた黒の愛剣を構え直し、切っ先をピタリと相手の胸に定めた。

対する向こうは、両の袖を一度上から下に振った。
それだけで、手品のように両手に細長い針が現れた。
指の間に挟むように構えており、装弾数は合計八本。

こいつが《ピッカー》であることは間違い無さそうだ。

「「――――決闘を(デュエル)!!――――」」

両者がほぼ同時に、気の合った言葉を放ち、瞬間に動いた。
32 :1 [saga]:2012/07/24(火) 11:50:54.61 ID:pR10wcino
俺は、宣言と同時に目の前の女が消えたことを認めた。

アバター自体は消えていない。
しかし、システムが検出する《気配》とでも言うべきものが目の前から消えたのだ。
目の前にあった巨大な存在感が消えた。

すると徐々にアバター自体も掠れ、テレビの砂嵐のようになっていった。
やけにゆっくりとその形を崩していく。

その様子を最後まで確認する事無く、俺は反射的に後ろに振り返りつつ剣を薙いだ。

果たして、キィンッ!! と甲高い効果音と共に重々しい反動を感じ、しかし達成感を得た。
通路の遥か遠くで、何かが落ちる音が小さく響いたのだ。

見れば、俺が半身を回した先には今まさに手のピックを放ったばかりの体勢の彼女がいた。
仮面に覆われてその表情は見えないが、気配からして驚きが感じられる。
落ちた音の正体は弾かれたピックだろう。

と、落ち着きを得る暇も無くまたその姿が掠れ、消えた。

居場所を察知されたことから、姿をくらまし、また不意打ちをするハラか。
33 :1 [saga]:2012/07/24(火) 11:53:37.93 ID:pR10wcino
となると、この地形はかなり不利だ。
照明は頼りない蝋燭の明かりのみで、一寸先はまさに闇。
そこにあの漆黒の装束の女が紛れるとなると、隠蔽ボーナスはかなり高くなるだろう。
生半な索敵スキルでは検出も難しくなる。

おまけにここは狭い一本道の通路だ。
飛び道具を弾幕として放てばあっという間に逃げ道を防がれ、蜂の巣確定だ。
確かピックをそこまで大量に、かつ高速で放つのは難しいはずだったが、
投擲スキルをマスターしているのと、先程の男を一瞬で屠ったことから鑑みるに不可能と言うわけでもないはずだ。

とすると、この右手の片手剣一本で全て凌ぐのもまた困難ではなかろうか。

一応、SAOでも飛び道具は存在する。
RPGには必須不可欠とまで言われている《魔法》が大胆に省かれ、ビームやらなんやらは存在しない。
代わりにあるのは弓やら溶解液やらと言ったもので、初心者プレイヤーはまずその対処に困るものだ。

そんな時、まず一番としては相手の《目線》を読むことが重要になってくる。
茅場のこだわりだろうか、SAOを統括制御するシステム下では、それらの攻撃を行なってくる場合、必ずと言っていいほど目線を射線上に馳せるのだ。
それを正確に読み、アクションを取れば、まず大体の飛び道具は凌げる。

しかし、それはきちんとした《目》が存在する相手にのみ通用する業だ。
34 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/24(火) 11:56:34.91 ID:E1mCuaaIO
剣レンジからのアンチマテリアルライフルを避けるキリトさんに投擲ピックとか当たらんよ
35 :1 [saga]:2012/07/24(火) 11:57:04.11 ID:pR10wcino
モンスターと言うものは古代黎明期から気色の悪いカリカチュアライズがあるもので、
化けた巨大花やら触角のみで動く芋虫やらがこの世界にも多数存在する。

それらが前述の攻撃を行なってくるとなると、避けるか勘で弾くかしかない。

しかし飛び道具と言うものは避けられず弾くのも難しい仕様が普通であり、
最終的に相手を直接討つのがもっとも手っ取り早いと言われている。

が、相手は裏社会に名高い《ピッカー》だ。
そうそう楽に討たせてくれるほどザコとも思えない。
そもそも刺客は日の当たる場所に姿を現さない。
先程全容を拝見できたのは相当にレアだったのではないだろうか。

奥の手を出すべきか否か迷っていると、背筋にゾワリ、と薄ら寒いモノが駆け抜けた。
36 :1 [saga]:2012/07/24(火) 12:00:47.94 ID:pR10wcino
感じると同時に、また剣を反射的に振るう。
今度は一回ではなく、あらゆる方面に複数回。

キキキンッ!! と金属が弾き合う音が響き、俺はまた死地を脱したことを噛み締めた。
よくもまあ不意に飛んでくるピックをこうも弾けるものだ。
自分の無駄な才能に一つ気付いた気がする。

しかし、と俺は思う。
全ての攻撃が本気の一撃だ、と。

今までで計四〜五回の攻撃を凌いでいるが、その全てが喉首、心臓、脇腹を狙う射線だった。
常にクリティカルを狙うと言う話だったが、なるほどこれは苦労する。

おまけに、ピックとは思えないほどの重攻撃だ。
なんだかんだで初心者用の片手剣ほどの与ダメージはあるのでは無いだろうか。
一撃でももらえばヒットポイントが相当持っていかれるだろう。

どこにいるか分からない相手。
どこから飛んでくるか分からない必殺の銀針。
厄介の一言に尽きる。

姿が見えず、所在が分からなければ剣を振るえない。
闇雲に振った隙に撃たれては本末転倒だからだ。

どうする。
どうすれば活路が見える。

「――――――――ッ!」

考えたと同時に、俺は一歩、石畳を蹴った。
37 :1 [saga]:2012/07/24(火) 12:45:40.66 ID:pR10wcino
渾身の力を込めて踏み出し、周りの景色が幾本もの線となって後ろに流れていく。
バン! と擬似的な風が頬を撫で、耳を叩き、ビュウビュウと風鳴りが鼓膜を震わせる。

それらを意に介する事無く、俺は走った。

目指すは通路の先、――――中立エリア!

俺の狙いが分かったのか、向こうは慌てたようにピックを乱打して来た。
流星とも見紛う幾百の針の雨が俺に降り注ぐ。

が、俺は背中の黒の愛剣と、既にアイテムストレージから顕現させたもう一つの白い愛剣で『身体に当たる分だけ』弾いた。
それでも相当の数が攻め寄り、相手の命中精度がいかに素晴らしいかを示している。

身体を反転させてバックステップの体勢を取り、絶えず地面を蹴りながら二本の剣を振るい、徐々に進んでいく。

熱くなっていた思考が急激に冷えていく。
代わりに徐々に加速し始め、自分の速度も、飛来するピックすらも遅く感じ始める。
38 :1 [saga]:2012/07/24(火) 12:48:11.37 ID:pR10wcino
見える、見えるぞ。
相手の動き、狙い。それにもっと動く。まだまだ速くなれる。
飛び道具が何だと言うのだ。
そんなもの我が愛剣の前では縫い針と同義。払えば害の無い小さな刃だ。

と、思っていたのも束の間、ついに弾き損ねた一撃が俺の左腕を掠めた。

キリト「くっ……」

怯まずになおも弾き続けながら、俺はちらりと自分のHPバーを見た。
すると何と言うことか、フルに充填されていた緑色のバーの先、その一割の三分の一ほどが削れていた。

断っておくと、俺のこの黒い一張羅のもたらす防御ボーナスは決して低くない。
俺自身の体力もレベルの上昇と共にうなぎのぼりで、ピックが掠った程度では通ると言っても大したダメージは無いはずだ。

それを微弱とは言えやすやすと貫いてきた。

予想通りに高威力だ。一瞬の油断が死を呼ぶ。

が、俺はその現実を前に、何故か口端を吊り上げていた。
39 :1 [saga]:2012/07/24(火) 12:51:59.84 ID:pR10wcino
目をちらりと動かしてコックピット右上のマップを確認する。
俺が目指す安全エリアはこの廊下を抜けた先、計算して約八十メートルほど先だ。
この歩調とスピードで辿り着くには、あと三、四十秒を耐えねばならない。

少なく見積もって三十秒か……。

と言うことは、この死闘はあと三十秒ほどで決着すると言う事だ。

このエリアは特殊な形状をしており、俺が先程マッピングをしたボスの間はエリアの隅っこにある事になる。
そこから南が長い廊下になっていて、百メートルほど行くと広い部屋に出る。
そこが中立エリアだ。

そして、このエリアから脱する為の《転移門》もまた、そこから南にある。

つまり、俺は何も無為に背中を向けて走っているのではない。
広い場所で正々堂々、お互いアンフェアなく闘おうと言う意思表示なのだ。

この無理矢理なこじ付けを向こうも承知しているかどうか、甚だ怪しい。
慌てるように乱打されてくる無数のピックがその証拠だ。

しかし、今の俺にはこの手しかない。
この窮地を抜け、また生還するには。

そうだ――、俺はまだ、こんな所でくたばるわけには行かない。

俺が過去に捨てたもの、消えていってしまった人々。
それらに償いをする為にも、俺は――――

キリト「まだ……こんな所で……!!」
40 :1 [saga]:2012/07/24(火) 12:55:32.92 ID:pR10wcino
キィンッ!! と一際大きく振った剣と弾かれたピック、その反動を利用して、俺は残りの距離を一気に詰めた。
大仰な後方宙返りで跳躍し、何とか着陸する。

広い部屋だ。
正方形の間取りで、石を積んだような壁と床。
百人ほどなら楽に収容できそうなスペースに、天井近くの小窓から青白い月光が淡く差し込んでいる。
照明はそれだけだ。
装飾品も中央の黒い大理石のブロックのみ。

あれを利用すれば弾幕は防げるか――――と考えたところで、俺は頭を振った。
相手は縦横無尽に動き回る大砲のようなものだ、一つ所に居座っててはあっという間に撃ち抜かれてしまう。

それよりも出口を封鎖する方がよっぽど現実的だ。
向こうはここからの離脱を望んでおり、俺としては彼女をここで帰すわけには行かない理由があった。
故に、俺はなんとしても彼女を止めねばならない。

俺は弾む息を休める事無くまた駆け出し、大理石を蹴って跳んだ。
そのままぽっかりと空いている穴――あれがこのフロアの通路口だ――の直前で止まる。
ブーツを石畳に擦りつけながら反転し、剣を十字にクロスして構え、重心を下半身に移す。

と、同時に。

ドドドドドドドドドドドッ――――――――!

「――――ッ!!」

 記録更新を迫るほどの数のピックが押し寄せ、
俺は驚愕に目を見開きつつも懸命に剣を振るった。
41 :1 [saga]:2012/07/24(火) 12:58:52.86 ID:pR10wcino
ただ、闇雲に振るだけでは必ず被弾してしまう。
かと言って剣技(ソードスキル)を振るいまくっても、技後硬直時間と言う若干のラグの間に被弾してしまう。

ならばどうするか。

思いついた手法は、『攻撃パターンを見極め、最小の行動で全て捌く』ことだった。

飛来するピックはどれも細長く、パリィ自体が既に至難の業だ。
しかし銃の弾丸と同じく飛び道具は、そのどれもが一直線にしか進むことができず、真横に逸れれば大体は凌げる。
問題は弾幕であった場合だが、これも力業でどうにかなるものだ。

パターンは二つ。
一つ目は、《壁》として迫る場合と、《線》として迫る場合だ。

前者の場合、《壁》としての範囲が広く、回避は困難だが、一方それは厚さに欠ける。
どこか一点に集中的、または一時的な突破力をそなえた一撃をぶち込めば、大して苦労することは無い。

一方の後者《線》だが、これがなかなか難しい。
集中的な突破力をそなえた一撃とはこのことだ。
一番簡単なのは真横か真下、真上への回避だが、
それでも突破せねばならないときは、自分もそれを上回るほどの突破力、または持続性を保たなければならない。
42 :1 [saga]:2012/07/24(火) 13:02:07.46 ID:pR10wcino
今、俺に向かってきているのは《線》の弾幕だ。
よって回避が一番無難な手法なのだが、俺の立ち位置は通路口の真ん前だ。
下手に動けば妙な引っかかりに足を取られ、無駄に被弾してしまう危険性がある。
向こうもそれを予測した上でこの手を取ってきたのだろう。
それに何より、もうそんな余裕ぶっこいたアクションをとる時間が無い。

とすれば、取るべき道は一つ。

俺は右手の剣を限界まで引き、足を踏ん張らせる。
システムがソードスキルの発動を検出し、アシストを始めていく。
その感覚を僅かに感じながら、俺は左足を力の限りに踏み込んで、

キリト「う…………らぁ!!」

右手の愛剣を弾幕の穂先にぶち込んだ。

ジェットエンジンめいた甲高い音と、血色の波紋を軌跡に残す片手用直剣技、単発重攻撃の《ヴォーパル・ストライク》。
刀身の倍以上のリーチと、両手用の重槍の突進撃に匹敵する威力が魅力の上位剣技だ。
43 :1 [saga]:2012/07/24(火) 13:04:26.76 ID:pR10wcino
真紅のライトエフェクトに染まる俺の一撃は、多重なピックの群れの先頭に直撃し、蹴散らした。
いくら高威力と言えども、重槍クラスの威力には敵わないと見えた。

そのまま俺の剣はリーチを伸ばし続け、《線》の弾幕を貫いていった。
キキキキキキキキキキキキキキキキキキンッ! と断続的にピックが弾かれる音が耳朶を叩く。

ほとんど固定位置を垂直に這う俺の技に対して、向こうは常に直進を続ける鉄針の嵐だ。
次々と細長いピックを薙ぎ払っていく光景を見つつ、俺は思う。

…………凌いだ!

と同時に、剣先を阻んでいた重苦しい感覚がふっと消え失せた。
キンッ!! と俺の攻撃の効果音も終え、足元に金属片が落ちる音が大量に響いた。

振りぬき後の膠着時間から覚め、俺は素早く剣をまた交叉して構える。
が、次なる迎撃は来ない。
44 :1 [saga]:2012/07/24(火) 13:07:18.61 ID:pR10wcino
――驚いているのだろうか。

今の一手が確実に首を獲ると、確信した一手だったのだろう。
そうでなければあんな必殺の猛攻は来ないし、《ヴォーパル・ストライク》後の膠着時間に更なる迎撃を加えていたはずだ。

それが、目前の金将に阻まれたわけだ。

俺は密かに苦笑しながら、しかし剣の交叉と集中力は乱さず、どこかに隠れているだろう《ピッカー》に向けて叫んだ。

キリト「……どうした! 今ので終わりか!? ――俺はまだ生きてるぞ《投擲者》!!」

言い、叫びが石畳に響き、エコーとなって渡った。

だが、応えは無い。

何故か、と思う。
45 :1 [saga]:2012/07/24(火) 13:08:45.35 ID:pR10wcino
見る限り、そして見た通りに彼女は高レベルのプレイヤーだ。
そして大概のプレイヤーは傲慢に程近い自信を兼ね揃えている。
故に勝負とあらば正々堂々受けて立ち、自分が勝つと言う信念を胸に相対するものだ。

俺もそう考えて戦っているし、彼女も同じはずだ。
そうでも思わなければこの世界では生き残っていけないから。

しかし、彼女は何の反応も示してこない。

何か策を練っているのだろうか? 
生半可な投擲では倒せない相手と実感してもらっているなら光栄なことだが、そうなると俺自身にかかる負担も大きくなってくる。
ただでさえ一撃必殺な攻撃がさらに厄介になってくるだろう。

油断大敵、一寸先は闇。

肝に銘じ、俺は剣の構えに力を入れる。
感覚を研ぎ澄まし、五感を部屋の隅々まで巡らせる。

……探れ。物音一つ逃すな。
46 :1 [saga]:2012/07/24(火) 13:11:25.05 ID:pR10wcino
考えてみれば、今の俺と彼女の状況は似たり寄ったりである。
この広い部屋の中、障害物は中央の大理石のみ。
それ以外に身を隠せるものと言えば影のみだが、あいにくそんなものに隠れきることはシステム的に不可だ。
俺の索敵スキルは既に完全習得済みで、壁の向こうにいるプレイヤーすらも見透かせるほどになっているのだ。
広いとは言えこのワンルームで俺の索敵スキルを掻い潜ることは実質不可能である。

ならば、見つけられない相手ではない。
動向を見極め、適切なアクションを取れば必ず凌げる。

だから、集中しろ。

見落とすな。
聞き逃すな。
幸いこれと言ったノイズはほとんど皆無だ。
風を切る、僅かな衣擦れの音をひたすらに待つ。

長い長い、途方にも思える時間が過ぎて、

――――――――――ヒュンッ
47 :1 [saga]:2012/07/24(火) 13:14:08.47 ID:pR10wcino
僅かに生まれた音を見極め、いや聞き極めた瞬間、俺は地面を蹴った。

途端、おれが立っていた位置に無数のピックが飛来し、影を縫い付けるように殺到する。
その光景に僅か冷や汗を伝わせながら、俺は部屋の中央、台形のような黒い大理石に向かって突っ走る。

ガッ、と足をかけ、無理矢理に身体の向きを変えて、強く蹴り出す。

キリト「行…………けッ!!」

自分に吼え、猛らせるように、俺は宙に身を躍らせた。

筋力パラメータに後押しされた俺のアバターは、現実世界でならばありえないような跳躍を見せた。
天井がとても近くなる。
目の前に迫る無機質な壁に気圧されそうになるが、ぐっと堪え、両手の剣をクロスし、ソードスキルを立ち上げる。

一点に集中するような動きの三連撃技である《シャープネイル》、それも剣二本分の計六連撃を、

俺は、部屋の天井、『その隅』に向けて全力で放った。
48 :1 [saga]:2012/07/24(火) 13:17:10.60 ID:pR10wcino
ガガガッ!! と重なる音が部屋中に響き、ライトエフェクトが一瞬だけ薄暗い室内を照らす。

果たして――――、視界端に映る他人のHPバーが、大幅に削れた。
緑の領域から一気に黄色、それも赤ギリギリまで染まる。

ピッカー「がっ……!」

衝撃に息を詰まらせた女の声が耳を過ぎるのを聞いて、俺は自分の狙いが的中したのだと遅まきながら自覚した。

見れば、俺の剣を複数のピックで無理矢理押さえつけている女仕事人の姿があった。
しかし全て押さえ切れなかったのだろう、激減したHPバーが何よりの証拠だ。
防御値の低い装備であったのが災いしたか。

俺と彼女は至近距離で重なるように落下し、慌てた俺は身を離そうとする。

ピッカー「…………ま、だ…………まだ…………!!」

掠れるような、しかし力強い声と、伸ばされた手が、俺のコートの裾を掴んだ。
49 :1 [saga]:2012/07/24(火) 13:20:09.85 ID:pR10wcino
キリト「なんっ……!」

驚愕の声を上げる隙もなく、彼女は空中で器用に俺との位置を変え、自分が馬乗りになるような体勢を取った。
つまり俺が下敷き。
体術スキルもいいレベルに達しているのだろうか。

それより不謹慎ながら腹の辺りになにやらやけに柔らかい感触エフェクトが伝わって、
空気を読まない俺の自律神経はその顔に血を昇らせた。

などと考える暇もまた無く。

ゴドッ! と俺の背中が、固い石畳の床に勢いよく激突した。

キリト「ぐはっ……!」

防御ボーナスによって落下ダメージはさほどでもないが、ノックバックは発生する。
強烈な衝撃に身体全体が揺すぶられ、後頭部に至っては強く打ち付けてしまった。

ズキズキと鈍痛が走る頭に顔をしかめていると、

ピッカー「チェックメイト」

冷たい声が振ってきて、同時に目の前に何かが突き出された。

ピックだ。
細長い鉄針の先端が俺の右目に突きつけられており、その距離は五センチも無いだろう。
今にも潰し貫かんと言う殺気が伝わってくる。
50 :1 [saga]:2012/07/24(火) 13:23:21.96 ID:pR10wcino
この世界において、目潰しなどは《部位欠損ダメージ》にカテゴリされ、時間が経てば機能自体は回復する。
しかし強烈な不快感は当分消えず、目や舌などの感覚器官だった日にはかなり悲惨な目に遭う。

俺が二〜三日は眼帯付きの生活を余儀なくされるだろうと覚悟したときだった。

ピッカー「……見逃しましょう」

そんな声が落ちてきた。

ピッカー「貴方はオレンジプレイヤーではない。ならば私がここで貴方を殺す義理は無い」

ピッカー「よって見逃します。命が続くことをありがたく思ってください」

キリト「……尻尾巻いて逃げるのか?」

ピッカー「《飛ぶ?(ひょう)は撃ち放し、刺客に帰路無し》」

ピッカー「役を果たした刺客に帰る道は無い。しかし、私にはまだ役目がある」

ピッカー「故にまだ帰れない……それを《逃げ》と受け取るかどうかは貴方次第です」

す、とピックが退けられた。
51 :1 [saga]:2012/07/24(火) 13:25:44.50 ID:pR10wcino
ピッカー「さようなら、《黒の剣士》。もう二度と合間見えることが無いよう願っています」

キリト「……残念ながら、俺はアンタを諦めるつもりは無いぜ」

ピッカー「そうですか」

彼女も身体を起こし、立ち上がる。

ピッカー「ならば、その時は貴方を全力で排除します。私の道を塞ぐ障害物を撃ち抜きます」

ピッカー「――では、ごきげんよう。宵闇に惑わずお帰りなさい」

その言葉が紡がれたと同時に、彼女は消えた。
猛スピードで走り去っていった証拠に、強い後追いの風が頬を撫でる。

俺はその先を見送らず、こつん、とゆっくり頭を下ろした。

――作戦は失敗したわけだ。
52 :1 [saga]:2012/07/24(火) 13:28:33.21 ID:pR10wcino
俺は彼女を引きとめ、いろいろと事情聴取する算段だったのだ。
しかし、俺は無様に石畳に寝転がり、向こうはまんまと逃げおおせている。
これでは作戦でも何でもない。
ただ偶然に出会ってしまい、必死に抗争した挙句逃げられただけの図だ。

生きている、生き延びている、などと言う安堵感は無かった。
ただ逃がしてしまったことへの悔しさだけが滲み出ている。

キリト「くそ…………」

俺は立ち上がる気力も無く、ただ一人そう呟いた。

腰元のポーチを探り、指定されたフロアにテレポートできる便利アイテム《転移結晶》を取り出す。
正直、のろのろ歩いて《転移門》を目指す元気は無かった。

キリト「転移、アルゲード」

とぼそりと呟くと、結晶がはかなく四散し、たくさんの鈴を鳴らすような音が響き渡った。
同時に身体が青い光に包まれ、暗い天井が溶けるように消えていく。
ここで結晶を使ってしまうのは少々損だが、稼いで買えばいい話さと切り替えて、俺は目を閉じた。

目蓋を貫く光が一際眩しく輝き、一瞬だけ仮想の重力が消失して――――、
俺は夜なおざわめく街に戻った。
53 :1 [saga]:2012/07/24(火) 13:29:50.84 ID:pR10wcino
寝てしまいそうな疲労を訴える身体に鞭を打ち、どうにかねぐらに戻るのには苦労した。

武装解除して、薄汚い部屋のベッドに寝転がり、即座に目を閉じる。
すると散々押さえつけていた睡魔が途端に暴走し、俺の脳内を心地良い安眠モードにギアチェンジさせた。
この一瞬だけは例えがたい至福に満ちる。

全身から力が抜け、ベッドに沈む身体の感覚がフェードアウトしていって…………、俺はいつしか眠りについた。

最後、堕ちる瞬間に、一瞬だけ《ピッカー》の姿が脳裏を過ぎった。
54 :1 [saga]:2012/07/24(火) 13:35:31.14 ID:pR10wcino
今日はここまで。
55 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/24(火) 13:49:02.63 ID:7P7Z1sdo0
はやく続き書けって
56 :1 [saga]:2012/07/24(火) 15:48:59.39 ID:pR10wcino
もう少し続きを。
57 :1 [saga]:2012/07/24(火) 15:51:48.22 ID:pR10wcino
エギル「――――ふーん。するってぇと何か、結構命からがら生き延びた、ってとこか」

キリト「まあ、そうなるかな。久しぶりに必死にパリィしまくったよ」

エギル「はは、ハイレベルのお前が必死になるとは、奴さんもなかなか曲者だな」

エギルの店の開店時間はまちまちで、今は昼なお明るい時間だがこいつの計らいで臨時の休憩時間となった。
そんなんで商売になるのだろうかと常々思う。
高級アイテムを得意のコワモテで半強制的に安値で売らせるほど阿漕な商売をしていると言うのに。

それはともかく、俺はその時間を使ってエギルに昨晩の一件を報告していた。
件の《ピッカー》に遭遇したこと、奴の目的をはっきり宣言されたこと、死闘の末に俺の負けで逃がしてしまったこと。

正直あの決闘が向こうにとっても《死闘》だったかどうかは甚だ疑問だが、
少なくとも俺にとっては命を掛けた戦いであったことに間違いは無い。
58 :1 [saga]:2012/07/24(火) 15:54:25.04 ID:pR10wcino
しかし、とエギルが口を挟んだ。

エギル「どうするつもりだよ? なんか話を聞く限りじゃあもっぺんタイマン張りたいって顔してるが」

キリト「そりゃあ……、まあ、そうなんだけど」

口ごもる俺に、エギルは何故か溜息を一つ付いた。

「じゃあとりあえず、状況を整理してみるか」

言いつつその太い指を振り、ステータス画面を開いた。
そこからオプションタグを開き、階層を下っていく。
やがてスクロールを終え、アプリを一つ起動した。

といっても、これはただのテキスト入力用のアプリだ。
いわゆる《メモ帳》。
殺伐としたゲーム内に何故こんなソフトが必要なのか、一年半が経過しても未だに分からない。
59 :1 [saga]:2012/07/24(火) 15:57:31.58 ID:pR10wcino
エギルは同時展開されたキーボードに手を置き、点を一つ打った。

エギル「さて、整理だ」

エギル「まず、《ピッカー》は存在する。で、その目的は『犯罪者を根絶すること』……だったか」

キリト「ああ。確かにそう言っていた」

俺は椅子の背もたれに身を預ける。

キリト「……冷静になれば、考えと行動自体は理論的ではあるんだよな」

キリト「自分と同じようなこと――この場合は犯罪だな――をしている連中が消されると、人間ってのは『次は自分なんじゃないか』と思い込んでしまう」

キリト「そうなると恐怖心で行動意欲が抑制され、これまで普通に出来ていたことが出来なくなる」

キリト「それが個人単位で大量に起こると、やがて犯罪は消える……」

キリト「恐怖で塗り固められた安全が出来上がるってワケだ」

エギル「おいおいキリト、お前はいつから心理学者と詩人になったんだよ」

エギル「攻略ついでにお勉強たぁ殊勝だな」

うるせー、と俺はカップを傾け、中に入っているコーヒー――に似た謎の液体――を口に含んだ。
60 :1 [saga]:2012/07/24(火) 16:00:34.38 ID:pR10wcino
対モンスター戦やプレイヤー戦になると、相手の手の内を見抜くことはきわめて重要なタスクとなる。
その一手を見抜けるかどうかで戦局は大きく様変わりするからだ。

で、それは即ち心を読むことにも直結するわけで、
一年半も殺伐とした殺し合いをしていると相手の心中はある程度読めるようになるものである。

キリト「大体、商売人のお前なら人心掌握術なんてお手の物だろう?」

エギル「まぁな。物の価値を思い込ませて買わせる、または売らせるのは全ての商人の共通の了解だ」

今度からこいつの店でモノを買うときは熟考してからにしよう、
と肝に銘じていると、エギルが口を挟んだ。

エギル「……そういや、オレンジ根絶の動きは《軍》もやってたっけな」

キリト「ああ…………そんな組織もあったな」

エギル「オイオイ、一応SAOン中じゃ最大ギルドだぜ」
61 :1 [saga]:2012/07/24(火) 16:03:47.03 ID:pR10wcino
エギルの言うとおり、《軍》――――
正式名称《アインクラッド解放軍》は、このSAO内部では最大手の巨大ギルドである。

収容人数は1千人を超え、主に下層から中層にかけてを圧倒的な人手で《統治》している。
しかしてやり方はいささか過激で、犯罪者フラグを持つプレイヤーを発見次第問答無用で攻撃し、力ずくで投降させる。
噂では監獄である《黒鉄宮》で監禁しているとか、
投降もせず離脱にも失敗した者には世にも恐ろしい制裁を加えているなどと不穏な噂も流れている。

さらには常に大人数でパーティを組んでいるので、狩場を長時間占領してしまうことも多々ある。
そんなわけなので一般プレイヤーには「あまり近づくな」と釘を刺されている小規模ギルドも少なくないそうだ。

ただ、決して悪い連中ではない。
基部フロア《はじまりの街》を拠点とし、彼らは普段主に犯罪の予防を最優先として任務にあたっている。
やり方は評価できないとは言え、一応は治安維持に力を注ぐ良心の組織ではあるのだ。

キリト「……となると、《ピッカー》は元《軍》出身者って可能性もあるのかな?」

エギル「さあな。ただ方針はよく似てるぜ。犯罪根絶の理論提唱、その方法が過激なのもな」
62 :1 [saga]:2012/07/24(火) 16:06:43.99 ID:pR10wcino
エギルはホロキーボードに指を走らせながら、しかし、といった。

エギル「しかしなぁ……結果がいくらいいものであろうと、その過程が最悪に近いよな」

エギル「人を殺させない社会を造るために人を殺す……本末転倒じゃねぇか」

キリト「そうだ。例えオレンジプレイヤーだろうと、あいつらだって人間に変わりは無い」

キリト「誰にでも過ちはあるものだ。それを自分の持論だけで殺しまくる……正義の名が泣くぜ」

エギル「じゃ、許すまじ《ピッカー》、と……。なんか《軍》も否定してる気がするがな」

エギル「そんじゃあとは、性質だな。攻撃パターンとか」

キリト「パターン、ね……。主なパターンは、噂に違わずピックの嵐だったぜ」

俺は昨晩の一抹を思い返しながら言った。
思い返すだけで何だか疲れてくる。
63 :1 [saga]:2012/07/24(火) 16:09:45.94 ID:pR10wcino
エギル「だろうな。投擲スキルの方はどうだった?」

キリト「間違いなくコンプ済みだ。体感すりゃ分かるが、パリィするので精一杯だったよ」

エギル「それはさっき聞いた。装備は?」

キリト「スピード重視の軽量タイプ。結構弱めのソードスキルでHPバーが激減してたからな、相当削ってる」

キリト「代わりに馬鹿みたいな速度だった……。ポリゴンすら一瞬ブレたぞ」

エギル「HPの方はお前のステータスと剣の補正で上昇するだろ、この攻略馬鹿が」

エギル「――しかし、そのスピードってのはどうなんだかな……」

エギル「かの《神聖剣》ヒースクリフはハンパねぇスピードだって話だが」

キリト「多分並ぶか少し劣るぐらいだな……。ひょっとすると《閃光》並みかも」
64 :1 [saga]:2012/07/24(火) 16:13:37.22 ID:pR10wcino
エギル「おぉそうだ、お前アスナの嬢ちゃんとはその後どうなんだよ」

キリト「い、今はそりゃ関係ないだろ。整理続けようぜ? な? な!?」

エギル「はいはい。――で、スピードの対抗策なんかはあるか?」

キリト「んー……。ぶっちゃけ、スピードは単純なステータスだろ?」

キリト「特殊攻撃でもしない限りは鈍らないし、何よりその一撃を与えるまでが長いんだよな……」

エギル「へぇ。昨日は何分経ったのよ?」

キリト「なんだかんだで十分たらずかな。体感時間は一時間でも足りないけど」

エギル「ふーん。じゃあ動きを鈍らせるセンはほぼ不可能、と」

エギル「じゃあ攻撃手段から潰すしかねぇか?」

キリト「あ、そうだエギル、そこでお前の意見が聞きたい」

エギル「は?」
65 :1 [saga]:2012/07/24(火) 16:18:46.06 ID:pR10wcino
俺は怪訝な表情を浮かべる巨漢に昨日感じたことを話した。
ピックを乱打する《ピッカー》、その弾幕の密度の濃さを。
それによってもたらされる弾切れ、いやピック切れの懸念はどう解決しているのかを。

一部始終を聞いたエギルは顎に手を添えて、うーむと唸った。

エギル「残弾数ねぇ……。確か、アイテムストレージ容量の関係でピックは最大99個までしか持てないんだっけか」

エギル「それをそんなペースで撃ちまくるとなると……弾切れは確かに速いだろうな」

キリト「だろ? おまけに向こうは顔を伏せてるとは言えほとんど指名手配だ」

キリト「もし補充目的で露店に顔出したとき、身元が割れると厄介だと思うんだが」

エギル「確かスキルスロットに《アイテム所持数増加》ってのがあったような気がしたな。それを使ってるのかも知れん」
66 :1 [saga]:2012/07/24(火) 16:21:04.23 ID:pR10wcino
二人揃ってしばらく唸り、考え込んでいると、やがてエギルが顔を上げた。

エギル「よし、知り合いの商人を片っ端から当たって、ピックをバカ買いした客がいたかどうかを聞いて回ろう」

エギル「いたらログを調べる。うむ、それでいい」

キリト「ああ、ありがとう。俺も対策考えながら捜索を続ける」

キリト「もう一度会わないことにはどうにもならないし」

エギル「対策って……なんか考えてるのか?」

キリト「う、……そ、それをこれから考えるんだ」

エギル「…………何でもいいが、死ぬなんて真似はするなよ」

エギル「貴重なお得意様が減るのは忍びねぇからな」

キリト「ああ。……何と言っても、俺はまだ死ねない身分だからな」
67 :1 [saga]:2012/07/24(火) 16:24:14.62 ID:pR10wcino
店を出た俺は、ひとまずどうしたものかと《アルゲード》の中をあてどなく彷徨っていた。

実のところ、今の俺の体調は昨日の戦闘からまだ回復できていない。
予想以上に神経と運動信号を使う相対だったのだろう、未だに脳の芯がズキズキと痛む。
感情表現エフェクトがもう少し発達していたら湯気の一つも出ているところだ。

そんなわけで、今日のところは前線で攻略する気分にはなれなかった。

かと言って、この一年半を全て戦いに費やしてきた俺には他の趣味など皆無だった。
死闘に勝つ為に必要最低限なタスクだけを身体に叩き込み、他は全て持て余している状態なのだ。

人付き合いがよくないので、フレンドは大して多くない。
そもそも彼らも同じく攻略に励む人々なので、気軽に呼び出して遊ぶと言うわけにも行かなかった。

ショッピングする気も起きない。
金はそれなりにあるが、装備品は常にアイテムストレージに保管済みだし、
家具専用アイテムを買うにも俺の小汚いねぐらには置くスペースが無い。
武器や防具を観賞するのには多少興味があるが、
今の俺のマイセットは紆余曲折あった末の、要は思い出深い品ばかりなので、新品と交換する気は無かった。
68 :1 [saga]:2012/07/24(火) 16:27:31.13 ID:pR10wcino
完全に退路を断たれた俺は、手頃なベンチに座り、無趣味な自分を嘆いて溜息を吐いてみた。
無気力なままに空を見上げる。

そこには本来広がっているべきな青空は無い。
俺達プレイヤーを閉じ込めている巨大浮遊城《アインクラッド》は全百にも及ぶ積層で構成されている。
そしてここはちょうど半分の第五十層。
見上げたところでそこには五十一層の底面があるのみなのだ。

真の青空が広がるとき――
それはつまり、ゲームクリア目前の、ラスボスが待ち構える第百層が突破されたときだ。

長く高い支柱が所々に見える空を何の感慨も無く見ていると――――
視界端に、メール着信のアイコンが点滅した。
なんだろう、とメールボックスを開き、一番上にある最新のインスタントメール、その送り主を眺めやる。

そこには、ついさっき一瞬だけ浮上した異名の持ち主のプレイヤーネームが書かれていた。

キリト「…………アスナ?」
69 :1 [saga]:2012/07/24(火) 16:31:45.57 ID:pR10wcino
嫌でも訝しくなってしまう思考を叩き出し、文面を開く。

アスナ。
大型ギルド《血盟騎士団》の副団長様にして細剣(レイピア)使いの女性プレイヤーだ。
その攻撃の切れ味とスピード、正確さ(アキュラシー)を称えられ、巷では《閃光》の異名を取っている。

ちなみに、何の縁か知らないが俺とは顔馴染みだったりする。
ついこの間にたまたま知り合い、以来何だか懐かれているというか、付きまとわれているというか的な感じだ。
本人はアインクラッド内でも五指に入るほどの美人なので悪い気はしないが、
果たして何の意図があるのかと思わず探ってしまう。
悪い癖だ。

ともあれ、俺は瞬時に展開されたメール本文を読んだ。
そこにはこう書かれていた。

『第六十一層《セルムブルグ》転移門前にいるから三分で来なさい』
70 :1 [saga]:2012/07/24(火) 16:34:52.84 ID:pR10wcino
何の果たし状かと一瞬身構えてしまった。

しかし、麗しきレディのお誘いもとい命令を拒めるわけも無く、
することも特に無いので、俺は重い腰を上げてそのご要望にお答えすることにした。

気だるく街を歩き、やがて転移門まで着くと、「転移、セルムブルグ」とぼそりと呟いた。

一瞬の転移感覚の後、
再び俺の目の前にあったのは、昼夜喧騒で賑わうアルゲードの街ではなく、
華奢な尖塔を携える古城、そして精緻で美しい城塞都市だった。

建造物のほとんどが白亜の花こう岩で造り込まれ、
散りばめられている緑と見事なコントラストを醸し出しているこの街は、概して物価が非常に高い。
よほどの上級プレイヤーでも拠点地(ホームタウン)とするには勇気が要る買い物だろう。
先日オープンされたばかりもあってか人は少なく、品のいい店舗や民家、優美なメインストリートには開放感が漂っている。
71 :1 [saga]:2012/07/24(火) 16:36:40.17 ID:pR10wcino
さて、と俺は辺りを見回した。
メールによればこの辺りで待機していると言うような指示だったのだが。

「おっそーい!」

横から飛来してきた純白と真紅の何かが俺の脇腹に直撃し、
寸でのところで犯罪防止コードに阻まれ、
代わりに強烈なノックバックによって、俺は派手な効果音とエフェクトフラッシュと共に吹っ飛ばされた。

素っ頓狂な悲鳴を上げながらごろごろと転がり、街路樹にぶつかって俺の転倒は止まった。
天地が逆転している視界の中、見慣れた人影がある。

栗色の長いストレートヘア、はしばみ色の大きな瞳。
すらりとした体躯を白と赤が基調の騎士服に包み、腰元にある真紅の鞘に収められた白銀の細剣。

俺を呼び出した張本人、アスナその人だ。
72 :1 [saga]:2012/07/24(火) 16:41:03.34 ID:pR10wcino
彼女はその美麗な表情を若干不機嫌なものにし、こちらをジト目で睨んできている。
しかし文句を言いたいのはこちらも同じで、俺は先制される前に言ってやった。

キリト「……出会い頭にドロップキックとは、お前はいつからそんなに横暴な娘に育ったのかしら?」

アスナ「あいにくとわたしはもとからこんな性格なの」

アスナ「それに時間に遅れてきたクセに何でオネエ口調なの?」

互いに疑問系で皮肉の応酬をし、俺は身体を回して正常な体勢に戻した。
樹の根元にある土にあぐらを掻いた。

キリト「よ、アスナ。お呼び出しに応じてここに参上仕ったぜ」

アスナ「お疲れ様、キリトくん。一分の遅刻は高くつくわよ」

キリト「誤差範囲だろ?」

キリト「――で、なんか用か? つーか今日は平日だろ。ギルドの攻略ノルマはどうしたんだよ」

アスナ「あーもう、次から次へと質問しない!」

アスナ「立ち話もなんだから、その辺の店にでも入りましょ。遅刻の罰でオゴリね」

このセルムブルグでモノを奢れとはどういう了見だ、と抗議したくなったが、
向こうは向こうでツンと顔を背けてさっさと歩き出してしまっている。
仕方なく俺はよっこらせと立ち上がり、足早にその背を追いかけた。

何考えてるんだか、と考えながら。
73 :1 [saga]:2012/07/24(火) 16:44:22.90 ID:pR10wcino
アスナが案内したのは、セルムブルグの街の一角にある小奇麗なオープンカフェだった。

白いテーブルとチェアが展開されており、俺たち二人はその端に座る。
アスナはこの通りの容姿でアインクラッド内では超有名人、よって追っかけやら何やらが喧しいのだ。
なるべく目立たないようにとの配慮なのだろう。
そのおめでたい紅白の制服で目立つも何も無いとは思うのだが。

アスナ「……何よ、人のことジロジロ見て」

キリト「う、いや別に」

険が収まらない目を明後日の方角に向けて、アスナはつまらなさそうに頬杖をついた。
やがてNPCの店員がオーダーを取りに来て、答える様子の無いレディを一瞥した俺はコーヒー二杯を注文した。

濃い茶色の液体が満たされたカップが二つ並んでからも、アスナはなかなか口を開かなかった。
74 :1 [saga]:2012/07/24(火) 16:46:53.01 ID:pR10wcino
若干辟易とした俺は溜息混じりに口火を切る。

キリト「……で? 立ち話も何だからってこうして座ったんだから、いい加減に用を教えてくれてもいいんじゃないか?」

と言うと、アスナは実に不機嫌そうな視線を俺にくれた。
はて、何か気に障るようなことを言っただろうか。

俺は少し圧され、誤魔化すようにコーヒーを口に含んだ。
その様子を見てか、アスナもまた溜息を一つ吐いた。

アスナ「……ギルドがお世話になってる情報屋から聞いたのよ」

アスナ「君、あの《ピッカー》と一戦交えたんだって?」

キリト「……あ、ああ。結構ギリギリだったけどな」

などと言う間も俺はコーヒーを吹き出さなかった自分の自制心を褒め称えていた。
偉いぞ俺、よくやった。
75 :1 [saga]:2012/07/24(火) 16:50:14.25 ID:pR10wcino
その原因は、情報屋の仕事の速さによるものだ。
何でまたつい昨晩のことがこうも早く伝播しているんだ。
恐るべし情報(エサ)に飢えた専門プレイヤー。
エギル以外に公開していない情報が既に洩れているとは。
と言うかそんなに有名になってるのか《ピッカー》。
そろそろ隠密でもなくなってきてるぞ。

俺がそのうちアインクラッド内で発行されている情報誌にもこの事が載るのではないかと冷や汗をかいていると、

アスナ「聞いた話じゃ、こっ酷く負けたそうだけど。為す術も無く圧倒された、って」

キリト「むっ、そりゃ間違いだ。俺は奮闘したぞ、向こうが必死になる程度にはな。……たぶん。……恐らく」

後半部分を自信なさげにもごもごと口ごもると、アスナが何回目かの溜息を吐いた。

アスナ「ま、それはいいわ。それにしてもよく生き残ってたわね」

アスナ「わたしが聞いた噂だと、《ピッカー》は面と向かったプレイヤーはとりあえず生かしておかないらしいわよ」

キリト「へ、へー」

答えつつ俺はまた別の種類の冷や汗をかいていた。
それならば昨晩のあの一戦は本当に幸運の連続だったのだろう。
よく生き残れたものだ。
ベータテストの時と言いこれまでと言い、俺はとことん悪運の強い野郎らしい。
76 :1 [saga]:2012/07/24(火) 16:52:07.21 ID:pR10wcino
と、ふと正面を見据えてみると、アスナが大きな瞳をこちらに向けて、同じく見据えてきている。
ほんの少しだけ、互いの視線が交錯する。

美人に見つめられるというレアイベントにもかかわらず俺はいたたまれなさを感じて目をそらした。
誤魔化しでまたカップを持ち上げると、

アスナ「大丈夫?」

問われ、俺は反射的に顔を上げてしまった。

先程は気付かなかったが、彼女の表情は実に複雑そうだった。
なんとも形容しがたい、俺を憂うような、何かを我慢しているような、それでいて何かを待っているような―――

そう、今にも泣き出しそうな顔だ。
77 :1 [saga]:2012/07/24(火) 16:55:36.10 ID:pR10wcino
キリト「……心配してくれてるのか?」

俺が返すと、アスナは顔を俯かせて、しかしはっきりとした声で言った。

アスナ「当たり前じゃない」

アスナ「攻略の為の貴重な戦力が消えるのはギルドとしても痛いし、わたし個人にしても辛いんだよ」

アスナ「君が消えたら……死んじゃったりしたら……わたしは、もう…………」

キリト「アスナ……?」

語気が若干だが荒くなっているのを察した俺は、顔を覗きこむように視線を下げた。

もう少しで見えない部分が見える――と言う瞬間に。

バン! と強くテーブルを叩き、椅子を弾き飛ばしながら立ち上がって、
間抜けな格好の俺の顎を閃く右手で強引に上げさせた。

キリト「ふぐっ……」

情けない悲鳴が洩れるのも構わず、彼女は赤くなっている目を真っ直ぐにこちらに向けた。
この距離だと潤んでいるのがよく分かる。
耳まで真っ赤なのは何故だろうか。

可愛らしい顔に凄まじい剣幕を波立たせる彼女は、至近距離なのも構わず言った。

アスナ「誓いなさい」
78 :1 [saga]:2012/07/24(火) 16:59:22.27 ID:pR10wcino
キリト「へ? ち、誓うって何を……」

アスナ「二度と危険な真似はしないってことを」

アスナ「死ぬような無茶はしないってことを」

アスナ「ちゃっちゃとゲームクリアしてもとの世界に帰るってことを」

アスナ「ここに、このわたしに、今すぐ誓いなさい」

一方的に捲くし立てられたが、その割に俺の脳内は冷静だった。

俺は落ち着いた目で彼女の目を見返し、顎というか頬を強く摘んでいる手の手首を掴んで、少し力を加えた。
途端に弱まったところで、俺は宣言する。

キリト「……分かってるさ。言われなくても俺はとっくに死ねない身分なんだ」

キリト「この世界で犯した罪と、その償いをしない限りは、たぶん永遠に」

キリトだから、心配しなくても俺は死なないよ」

キリト「もうずっと昔にそう誓ってるんだよ」

キリト「ここで誓い直さなくても、この誓いはまだ俺のものなんだから」
79 :1 [saga]:2012/07/24(火) 17:03:08.15 ID:pR10wcino
安心させるように、俺はそっとアスナの手を自らのそれで包んだ。
出来る限り優しく触れ、アスナは一瞬だけ引っ込めようとしたが、すぐにそのまま落ち着いた。
委ねるように力を抜いている。

アスナ「…………わかった」

赤い顔を少し冷静なモードにまで引き下ろし、俯かせ、アスナは声を発した。

アスナ「わかったわよ、もう。……そうよね、君には君の戦いがあるんだものね」

アスナ「わたしが横からちょっかい入れようとしても……どうせ、聞かずにどっか行っちゃうんだろうし」

キリト「う、あー、まあ……何だ、すまん、色々と」

アスナ「なに謝ってるのよ」

アスナ「……ホントは危ないことでもしでかそうとしてるんなら腕ずくで止めようと思ったんだけど」

アスナ「……その心配も必要も無いみたいね」

キリト「ああ。どうせ止めても俺は行くぜ」

アスナ「向こう見ずと言うか、怖いもの知らずと言うか……そう、無茶」

アスナ「君ってよくよく無茶するタイプじゃない?」

キリト「よく言われるよ。向こうでも、こっちでも」

肩を少し竦めて見せ、やがてどちらともなく吹き出してしまった。
80 :1 [saga]:2012/07/24(火) 17:05:20.89 ID:pR10wcino
――ツンケンしているかと思えば、笑うときは笑う。
よくわからない女だ。

普段は美麗なその顔を不機嫌そうな皺に寄せ、稀にこうして花開くように、可憐に笑う。
百人が見れば百人が振り返る笑顔で、洩れずに俺も僅かに魅かれてしまった。

もともとよくわからないのが女って生き物だが、この女はさらによくわからない。

まぁ、と俺は自分の思考に区切りをつけた。
この際そんなことはどうでもいいだろう、と。

アスナ「あ、そうだ」

キリト「ん?」

そうぼんやり考えていたところで、アスナが手をぽん、と鳴らした。

アスナ「思い出したのよ。団長命令」

キリト「……あの男の?」
81 :1 [saga]:2012/07/24(火) 17:08:48.83 ID:pR10wcino
アスナ「そ。君、昨日はなんだかんだでボスフロアの前まで行ったんでしょ?」

アスナ「そのマップを提供してくれ、だそうよ」

アスナ「じきに攻略組でパーティでも起こす気でしょうね」

キリト「そうか。……ああ、いいぜ。直接アンタに送るけど、いいか?」

アスナ「ええ」

返事を聞き、俺はトレードウィンドウを開いてマップデータを添付、宛先をアスナに設定して送信した。
一瞬で届いたようで、アスナは念のためか一度開いて確認している。

そのチェックも終わったようで、アスナはウィンドウを閉じて立ち上がった。

アスナ「確かに受け取ったわ」

アスナ「わたしはこれからグランザムに飛んで団長にこれを届けるけど、君はどうする?」

キリト「んー、今日は誠に勝手ながら定休日にしてるからなぁ、暇なんだよ」

アスナ「そう。ま、たまにはのんびり過ごすのもアリだと思うわ。毎日攻略してるんじゃ疲れるものね」

キリト「お、おう」
82 :1 [saga]:2012/07/24(火) 17:10:43.79 ID:pR10wcino
アスナ「じゃ、これでお別れね」

アスナ「近い内にメッセージ飛ばすから、その時は遅刻せずに集合するように」

アスナ「あとコーヒー代は割り勘ね」

キリト「お、おう。――――あれ? 割り勘なの? そっちが呼び出したのに?」

アスナ「文句ある?」

ギラリ、とその瞳から赤い光が洩れ(た気がして)、
テーブルに置かれていたティースプーンが銀のライトエフェクトと共に俺の鼻先に突きつけられた。

基本細剣技、《リニアー》。
技自体のランクは低いものの、
圧倒的な敏捷度パラメータの補正でまさに閃光となって振り抜かれ、正直なところまったく反応できなかった。
頬が引きつらざるを得ない。
83 :1 [saga]:2012/07/24(火) 17:13:28.73 ID:pR10wcino
キリト「いえまったく全ッ然問題無いですハイ」

アスナ「よろしい」

つまらなさそうにスプーンを落とし、ついでに代金分のコインをオブジェクト化してテーブルに弾き、
これ以上言うことは無いとばかりにさっさと行ってしまった。

やれやれ、と思いつつ、俺はだいぶ仰け反っている身体を元に戻した。
女心はやはりさっぱり解らん。

だが、驚くこともあった。
かつて《狂戦士》とまで呼ばれていた――今でもそう呼ぶ輩はいるが――あのアスナが、「毎日攻略じゃ疲れるもの」と言った。

確か彼女も以前は狂ったように迷宮攻略に明け暮れ、
出遅れていたレベルをあっという間に追い上げ、
数多のプレイヤーを恐れさせていたほどの、いつかの俺にも匹敵する攻略バカっぷりだった。
それが「たまには休むのもアリ」と来たのだから、驚き桃の木山椒の木である。

しかしまぁ、と俺は心を切り替える。
あの女はいつもこんな調子だ。
あの反応はむしろ正常な証とすら言える。
84 :1 [saga]:2012/07/24(火) 17:15:40.03 ID:pR10wcino
さておき、アスナは『近い内にメッセージを飛ばす』と言っていた。
その内容は恐らくボス攻略戦時に組まれる大パーティへの参加要請だろう。
上級プレイヤーが多数参加し、次なる層への道を繋ぐべく死闘を繰り広げるのだ。

今回で六十四回目となるこの集会には、
俺はもちろん、アスナ、血盟騎士団団長ヒースクリフ、古馴染みのカタナ使いでギルド『風林火山』リーダーのクライン。
その他にも名の知れたツワモノ達が揃うだろう。

しかしそれだけの戦力を寄せ集めてもなお、一戦一戦が気の抜けないギリギリの戦いである。
自惚れや傲慢が己の身を滅ぼし、最悪は全滅に陥ることも充分在り得るのだ。

気合を入れ直さねばならない。
こんな腑抜けた状態では役立たずどころか足手まといだ。

キリト「…………よし!!」

せめて声だけでも気の張ったそれを出し、俺は勢いよく立ち上がった。
アスナの置き土産を片手に握り、店内の会計に向かって歩く。
85 :1 [saga]:2012/07/24(火) 17:16:42.75 ID:pR10wcino
今日はこの後、アイテム専門店にでも行って装備を揃えよう。
転移、回復、解毒用の結晶と、常備用のハイポーション、行きつけの武具店でメンテもしてもらうか。
そう言えば彼女も元気だろうか。
挨拶がてらあっちの店に行くのもアリかもしれない。
土産はホットドッグで。

あれこれと画策しながら、俺は店を出て、ひとまず深呼吸をした。
デジタルデータによって再現されただけに過ぎない仮想の空気を肺一杯に吸い込み、ゆっくりと吐く。

……不思議なことに、頭の芯にあった倦怠感はいつの間にか薄れていた。
86 :1 [saga]:2012/07/24(火) 17:17:21.56 ID:pR10wcino
つづく
87 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) [sage]:2012/07/24(火) 17:22:11.75 ID:+q4Egx290
いいね 面白い
88 :1 [saga]:2012/07/25(水) 10:46:40.54 ID:A5LZEGdJo
「…………はぁッ、はぁッ……!」

荒廃した世紀末風味のフィールド。
荒れ放題の道路の上を、一人の男性プレイヤーが走っていた。

感情表現エンジンによって再現された顔は汗みずくで、必死の形相だった。
目を限界まで見開き、涎をばら撒きながら、必死に足を回していた。

と、その目の前に。

――――ストトトトトトッ!

「……!!」

煌めく細長い針が無数に降り注ぎ、マキビシのように地面に突き立った。
男の足はその直前でブレーキがかかり、辛うじて静止した。

しかし、男の顔は依然優れず、それどころかより悪くなっていった。
89 :1 [saga]:2012/07/25(水) 10:49:12.92 ID:A5LZEGdJo
「く、クソ……! もう追いつかれてやがるのか!?」

言うが早いか、男は急に方向転換し、ビルとビルの間に走っていった。
狭い通路を、身体を横にして蟹歩きのように走る。

だが。

――――ストトトッ!

「……くうっ!」

またも前方を針の地面に変えられてしまい、停止を余儀なくされる。
男はなおも方向転換し、反対方向に逃げようとする。

しかし、それもまた。

――――ストトトッ!

「なッ……!」

どこからか飛来した無数の針に阻まれてしまった。
頬を一筋、汗が伝って、落ちた。

……どうする、どうすりゃいい……!?

焦る意識の中で、男は必死に考えを巡らせていた。
90 :1 [saga]:2012/07/25(水) 10:51:32.17 ID:A5LZEGdJo
逃げなければならない。
しかし行く手は完全に塞がれてしまった。
ここまでこちらの動きを察知して足止めが出来るぐらいなのだから、もうどこに逃げても同じなのではないか。

……ふざけんなよ!

こんな所で死んでたまるか。
たかがデジタルのみで構築された、ゲームの世界などで。

ダメージ覚悟でこの上走っちまうか、などと考えていると。

「――――ユーザーネーム《シースタイ》」

「第二十三層での暴行、略奪により、アインクラッド標準時二〇二三年《ヒイラギの月》より犯罪フラグが成立」

「その後も略奪を続け、その後二〇二四年《ツバキの月》に集団でプレイヤーを殴殺する」

「これをもって半永久的犯罪フラグが確定、《アインクラッド解放軍》より指名手配を受け、現在逃走中――――」

竪琴を鳴らすような、ぴんと張り詰めた綺麗な声が響いた。
91 :1 [saga]:2012/07/25(水) 10:53:38.85 ID:A5LZEGdJo
直後、男の脳天から股下までを、おぞましい量の針の雨が通り過ぎていった。

「…………ぎ」

悲鳴を上げる間すら与えられず、彼のアバターはポリゴンの破片となって爆散。
地面に触れる事無く消えてしまった。

それを皮切りに、地面に無数の小さな穴を穿っていた針達も、鈴がなるような音と共に一斉に消えた。

傷跡一つついていない地面に降り立ったのは、闇に溶ける黒装束に狐の仮面を付けた、長身の女。

彼女は仮面に手をやり、躊躇いなくそれを剥がした。
切れ長の双眸を始めとする整った顔のパーツが露わになり、気だるげに長い黒髪を払った。

これで、また一人。

「……………………」
92 :1 [saga]:2012/07/25(水) 10:55:25.42 ID:A5LZEGdJo
彼女は暗殺者である。
闇に紛れて人を消す彼女に巷で付けられた異名は《投擲者》。
本来は予備装備であるピックを主軸とした戦闘スタイルから付けられた名だ。
遠距離武器といえば弓が精々のSAO内では異形のプレイヤーである。

離れた位置から敵を捕捉し、圧倒的なパラメータ補正で放たれるピックでその命を撃ち抜き、消し飛ばす。

殺す対象はオレンジプレイヤーのみだ。
ただでさえ人殺しは咎められるこの現代で、ゲームの中だからと遠慮なく人を殺す馬鹿どもを粛清する為である。

目には目を、死には死を。

正直、彼女にもこの世界での殺人が現実での殺人となるのかは分からない。
それを確かめる為にはこのゲームからログアウトし、現状を確認する必要があるためである。
そして、この世界からログアウトする術はゲームデザイナー自らの手によって消されている。

脱出したくばクリアせよ。

この世界に於いて神にも等しい彼、茅場晶彦はそう言っている。
93 :1 [saga]:2012/07/25(水) 10:57:57.41 ID:A5LZEGdJo
そんな中で、例え生死がハッキリしないとは言え、
人を殺す概念に何の抵抗も感じていない人間は、現実世界でもやはり殺人に抵抗を感じないだろう。

だからこそ、粛清が必要なのだ。

正直、最初は戸惑いもあった。
いくら向こうが罪人とは言え、それで自分が人を殺すことが正当化されるのか。
人を殺している時点で、自分も彼らと同等の存在なのではないか。

ある日、必死に命乞いをして、最後には自分の手によって死んでいったプレイヤーを見たときは、さすがに吐きそうになった。
SAO内での感情表現エンジンには、嘔吐のカテゴリが恐らく存在しないためだ。

吐き気がし、激しい自己嫌悪が襲い掛かってきた。

これで、自分も人殺しだ。

自分がクズと呼んでいる連中の仲間入りだ。

自分は――――クズだ。
94 :1 [saga]:2012/07/25(水) 11:00:32.38 ID:A5LZEGdJo
そう感じた瞬間、心を縛り続けていた糸が切れた。

吹っ切れたのだ。
人を殺すことに。
それに抵抗を感じる自分に。

ああ、と思う。
自分は最低な人間だ、と。

しかし、だからこそ彼女は犯罪者を裁き続ける。

誰かがやらなければいけない。
混沌としたこの世界に、さらなる混乱を招く愚者への裁断、粛清を。

どうせ地獄に堕ちるなら、同じく人を殺す奴らも連れて行ってやる。

自分が手を血に染めるほど、社会が清くなれるのならば、それでいい。

しかし、と彼女は心に決める。
自分は彼らと同じ殺人者だが、彼らと同じではない、と。

彼らが一時的な欲求に従い、時に愉悦を感じて人を殺めるのに対して、
自分は粛清と言う大義名分のもと人を、彼らを殺める。

それが、彼女を支える殺人の大義名分だった。
95 :1 [saga]:2012/07/25(水) 11:02:24.61 ID:A5LZEGdJo
だから彼女は、今宵も夜を走る。
頼まれたわけでもなく、自分の意志で。
ただ世界を正しく在らせようと願い続けて。

と、彼女の脳内に、索敵スキルがもたらす警戒音が鳴り響いた。

マップを呼び出し、スキルと連動させて、その原因を確認する。
するとその正体は多数のプレイヤーで、総数はざっと二十未満。

このフィールドは現在もっとも注目されている最前線の第六十三層だ。
少し歩けばボスの待つ迷宮区がある。
そのことから鑑みて、この大人数のパーティは恐らくボス攻略の為に組まれた『攻略組』達だ。
最上級のハイレベルプレイヤーが集う数少ない機会である。

……ハイレベルプレイヤーと言えば。

先日偶然あった、あの少年。
96 :1 [saga]:2012/07/25(水) 11:06:05.08 ID:A5LZEGdJo
幼さの残る綺麗な顔立ちに、似合わない威圧感。
黒いロングコートに盾無しの片手剣で有名な《黒の剣士》と呼ばれるプレイヤーだ。

何の成り行きか自分でもわからなかったが、率直な感想を言えば、とても強かった。
射線を予測するスキルでもあるのだろうか、背後からの全くの不意打ちを見事に弾いた技量には感服した。

正直、気になる人物だった。

悪く言えば少々情けない容姿からは予想できない実力と、
それだけの技術がありながら驕り高ぶった様子が感じられない、一種の無垢さ。

対人戦闘を専らとしてはいるが、一対一の決闘とはしばらくご無沙汰だった。
それ故にちょくちょく本気の一撃を見舞ってしまうこともあり、
いけないと冷や汗を感じた瞬間もあったが、彼はその全てを捌いて見せた。

強い。強い。

一応自分もそれなりにレベルは高い方だと思うのだが、単純な戦闘技術に関しては向こうの方が上だろう。
遠距離からちくちくと射撃をしていたから良かったものの、剣と剣で戦っていればこちらが危なかった。

そして、その彼も、あの一団の中に紛れている。
97 :1 [saga]:2012/07/25(水) 11:08:31.54 ID:A5LZEGdJo
自分の反応を気取られるとマズイ気がしたので、
彼女は自分のスキルも適用されない距離までその場から離れた。

廃ビルの屋上に出て、アイテムストレージから望遠鏡によく似た筒を取り出し、
『攻略組』の方向に視線を投げかける。

予想通り、その中のほとんどが重装甲のプレイヤーで、名の知れた顔も多かった。
テーマカラーから察するに血盟騎士団メンバーが多いようで、白と紅の衣装が目立つ。
団長・《神聖剣》ヒースクリフの顔もあった。
感情が読めないその無機質さに、思わず背筋が粟立つ。

そのまま一人一人の顔ぶれを、何となくチェックしてみる。
茶色のロングヘアが似合う可愛い女の子。
悪趣味なバンダナに野武士面のカタナ男。
珍しいことに第五十層で阿漕な商売をしているとして有名な商人プレイヤーもいた。
背中に大振りな斧を背負っていることから、かなりの実力者であることは予想できる。

そして――――、数日前に顔を合わせた、あの少年も。
98 :1 [saga]:2012/07/25(水) 11:10:37.89 ID:A5LZEGdJo
ギリ、と、心なしか望遠アイテムを握る手が強くなる。

……彼も、戦うのか。

そう思うと、何故か胸の中に軋みが生じた。
なんだろう、と考え、根元を探ってみると、やがて頭の中に『好奇心』の字が浮かんだ。

……ああ、なるほど。

要するに、自分は興味があるのだ。
彼の戦闘に。
仲間と協力して強大なボスと対峙するその勇姿に。

「…………」

しかし、と彼女は考えた。
全く無関係な自分が、殺伐とした戦場を呑気に見学しに行っていいモノか、と。

学校の社会見学ではないのだ。
ボスの間はまさしく戦場、生き馬の目を抜く修羅場だ。
気軽に足を踏み入れていいものではない。
99 :1 [saga]:2012/07/25(水) 11:11:58.41 ID:A5LZEGdJo
だが、自分には興味がある。
暗殺を日々の生業として、いつの頃からか感情が薄れていってしまった自分に、珍しく好奇心が湧いた。
それだけ気がかりなのだ。

……人は、理性のみに生きる存在に非ず。
ただ本能と欲求に従うべし。

そんな勝手な理屈で自分を抑えつけ、彼女は屋上から躊躇いも無く身を躍らせた。
軟着陸し、マップを注視しながら一団の後をこっそりと付けていく。

世紀末風味の町を照らす擬似的な月は、煌々と輝いていた。
100 :1 [saga]:2012/07/25(水) 11:12:32.15 ID:A5LZEGdJo
つづく
101 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) [sage]:2012/07/25(水) 17:25:00.97 ID:7cHP22cB0
おつ
102 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/25(水) 21:05:14.54 ID:j+l/Ri20o
プーさんか。
とりあえず乙。
103 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/08/05(日) 14:10:53.04 ID:ZsfSDOPvo
そういやプーさんってアメリカと日本人のハーフのおっさんじゃなかったっけ?
104 :パクリはダメ :2012/08/11(土) 02:40:00.95 ID:RVy7yo3P0
なあ、にじふぁんで投擲者は眠らないって作
品の丸々コピーでしょこれ。

完結済みの作品でしたし……
どうなの?そこのところ

作者の方には伝えてあります。
105 :パクリはダメ :2012/08/11(土) 02:45:39.47 ID:RVy7yo3P0
投擲者は眠らない と検索すれば出てくると思います。
皆さま確認の方を宜しくお願いします。
106 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新潟・東北) [sage]:2012/08/11(土) 07:40:20.39 ID:04ZrvCwAO
>>1=作者じゃなくて?
107 :sam :2012/08/11(土) 09:40:55.46 ID:qHGNqEHX0
とりあえずその作者で
>>1とは別人なんだけど、
何か言いたいこととか聞きたいこととかある?
108 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(宮城県) [sage]:2012/08/11(土) 09:49:06.45 ID:pEqADjvPo
なにもないよ
109 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/08/11(土) 12:32:30.35 ID:FzJnVanIO
にじファンってあぼったよな確か
110 :パクリはダメ :2012/08/11(土) 12:35:54.55 ID:RVy7yo3P0
はい。閉鎖になりましたね。

まぁ、俺としては>>1がどう思っているかを知りたい。
111 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/08/11(土) 15:09:00.04 ID:JfhUocc9o
そもそも他人がコピーして投下する意味がわからん
112 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(栃木県) [sage]:2012/08/11(土) 15:17:35.52 ID:Yjd89h5wo
さっさと全部読みたいんだけどどこでよめる?
113 :パクリはダメ :2012/08/11(土) 16:53:33.52 ID:RVy7yo3P0
投擲者は眠らない、と検索してみて。

作者さんがにじふぁんではないところで投稿し直しています。

後は作者さん次第なので自分は何とも……
114 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/08/11(土) 17:40:20.96 ID:FzJnVanIO
>>107
は本物なの?証明できるようならして、ここHTML化依頼しとけば
115 :パクリはダメ :2012/08/11(土) 22:15:21.72 ID:RVy7yo3P0
本人か確認できないが、俺が作者に伝えて、ここを確認したのは確か。

俺がこの事を伝えた次の日?に作者の活動報告に書いてあった。
116 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/08/12(日) 00:41:17.18 ID:cZmIFxbLo
URLちょうだい
117 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/08/12(日) 10:44:53.13 ID:zD2mhqo7o
もうこのスレいらなくね?
もう>>1もこないだろうし
118 :sam :2012/08/12(日) 14:36:21.90 ID:h91qaJaw0
http://spibal.webclap.com/novel_club.html?novel_mode=series_detail&series_id=909
とりあえずうpしてみた
119 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(栃木県) [sage]:2012/08/13(月) 02:54:35.00 ID:Ig72H6lJo

読ませてもらうよ
120 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) [sage]:2012/08/13(月) 10:59:13.00 ID:xvskY7iPo
本物の方読んだけど面白かったわ乙
121 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(栃木県) [sage]:2012/08/14(火) 04:01:10.30 ID:NaUIMYhmo
よく出来てたおもしろかったよ
122 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(中部地方) [sage]:2012/08/14(火) 12:10:27.74 ID:nPMJj9Juo
売名の自演?
まあ面白かったです。
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