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魔王吉田と七つの田中 - SS速報VIP 過去ログ倉庫

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1 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) [saga]:2012/08/04(土) 22:20:53.96 ID:7F3dVqet0


 僕が田中と出会ったのは、十年前、小学校に入学した日のことだった。
 恥ずかしながら初恋だったんだと思う。
 そのときの恋心を未だに保ち続ける僕は、ひょっとしたらとんでもなく純情というか、単純な男なのかもしれないけれど、その恋心は茨のように僕を縛り上げ、以来十年間、僕という存在を苛んでいる。
 ぼんやりと手元の包丁を見つめながら、そんなくだらないことを、ふと思った。

「さとう、おひるごはんは、まだですか?」

 舌っ足らずに、田中がぐいと僕のTシャツを引っ張る。

「……もうすぐできるから、服を引っ張るのはやめなさい。包丁持ってるから。危ない」

「あぅ。はいです」

 その小さな手を離す。本当に小さな、手。
 手だけではなく、足も、顔も、背丈も、全部が小さく。
 にへら、と崩す相貌も、僕と同じ年に生まれたとは思えないほど――幼い。

 田中は六歳の姿のまま、十年間まったく成長していない。



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冒険者育成学校 @ 2025/07/18(金) 01:36:01.28 ID:PkrtUMnv0
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ゼンレスゾーン淫夢要素ゼロ @ 2025/07/16(水) 18:57:50.86 ID:RQSyJ1Qxo
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2 : ◆0lUPmuAhTY [saga]:2012/08/04(土) 22:22:22.68 ID:7F3dVqet0


 小さな手と小さな口を一生懸命動かして、田中は炒飯を咀嚼する。
 小動物じみていて非常に可愛いのだけれど、恋愛対象としてみるには、やっぱり幼すぎる。
 恋愛感情に年齢は関係ないというのは、もちろん正論ではあるのだろうけれど、それはやっぱり、お互いにある程度以上の年齢であることが前提なのだ。
 具体的には十歳くらい。田中は肉体年齢的に四年足りない。あとバストサイズがF欲しい。F。いいよね、F。男のロマン。

「あぅ。さとうー、ちゃーはんこぼれました」

 ちゃぶ台の一角に、ぽろぽろと炒飯が散らばっている。
 口のまわりにもぺたぺたと米粒とチャーシューがくっついている。
 六歳のまま精神が成長しないためか、田中は十年間ずっとこの調子である。

「ほら、拭いてあげるからこっち向いて」
「ぶう。ひつようないです。ひとりでできるもん」
「いいからこっち向きなさい」
「そんなにようじょのくちにさわりたいですか、このろりこんやろう」
「うるせえキスすんぞ」

 布巾でなかば強引に拭う。
 むぅむぅ唸りながら逃れようとするけれど、六歳児の膂力に負けるほどもやしではない。

「ほら、ちゃっちゃと食べなさい。お昼寝の時間短くなるよ」
「ふぇえ……。さとうのおに、あくま」

 また、むぐむぐと口を動かす。非常に可愛らしい。
3 : ◆0lUPmuAhTY [saga]:2012/08/04(土) 22:22:53.82 ID:7F3dVqet0

 夏が近い。
 タオルケットを抱きしめるようにして眠る田中の額にも、薄っすらと汗が滲んでいる。
 熱気の篭るボロアパートは六歳児には酷だろう。今年は特に猛暑だというのに、扇風機がご臨終してしまった。
 本格的にエアコンの導入を考えなければいけない。

「……金策するか」

 金策といっても大したことはできない。
 所詮、僕は十六歳のフリーターにすぎないのだ。
 家賃と食費でいっぱいいっぱいである。
 田中に書置きを残し、アパートを出る。
 僕が帰るまでに起きるとは思えないけれど、一応念のため。

「……あっつ」

 日差しが直接、肌を焼く。
 ――田中が未来を失ったのも、こんな暑い日だった。

4 : ◆0lUPmuAhTY [saga]:2012/08/04(土) 22:23:21.06 ID:7F3dVqet0

 正確にいうのであれば、失ったのではなく『奪われた』のであり、奪われたのは『未来』ではなく『七歳の田中』だ。
 ゆえに田中は、七歳になれず――七歳になれないがために、八歳にもなれない。
 成長できないという制約を持ち、六歳の脳を持ったまま十年を過ごしてしまった幼女――当然ながらまともな精神をしているわけがない。
 同時に、そんな田中と十年間付き合い続けている僕も、おそらくまともではない。
 そう、この僕にかかれば金策なんて簡単なことなのだ(暗黒微笑)

「お金をください!!!!!!!!!!!」

 叫びながら、手は体の横、上半身を九十度曲げ、頭を下げる。

「うっせえ黙れ」

 望月さんは不機嫌そうに、僕の懇願をスルーした。

「(お金をください)」
「こいつ直接脳内に……!」

 ネタはきっちり拾ってくれるので、そういうところは望月さん相変わらずだ。

「というか、お前フリーターだろ。なんでバイトしてないんだよ。ただの無職じゃんか」
「やだなあ望月さん、頼めばお金をくれる人がいるのにどうして働かなきゃいけないんですか」
「よーしてめえちょっと表に出ろ」

 などといいつつ、最終的にお金をくれる望月さんはたぶんツンデレだ。

「つーか、なんでてめえは望月『さん』なんて馴れ馴れしく呼んでんだよ。望月先生と呼べ」
「もう先生じゃないじゃないですか」
「教職を退こうが免許剥奪されようが、私はお前らの先生なんだよ。ずっとな」

 そう。望月さん、望月先生は教師だった。小学校の。元教師だけれど。
 十年前、僕と田中と――アイツを受け持っていた、小学校教諭だ。
 その潤沢な資金で僕と田中を援助してくれている素敵な財布である。

「……で、用途は? お前らの面倒を見るくらいならまだなんとかなるが、無駄遣いするほど余裕はないぞ」
「扇風機が壊れまして、せっかくなのでエアコンをと。田中、毎年夏苦しそうなんですよね」
「そういうことは早く言え、阿呆。熱中症舐めんなよ」
「すいません。その、最近忙しくてですね」
「無職だろうが、なにが忙しいって――ああ、そうか。夏だもんな。アイツが来るのか」
「はい。今年こそは――」

 今年こそは、奪い返してみせる。

5 : ◆0lUPmuAhTY [saga]:2012/08/04(土) 22:25:09.45 ID:7F3dVqet0


ふぇえ……のんびり書いていくよぉ……

だれか続きが気になる人いるならですけど
6 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2012/08/04(土) 22:28:23.45 ID:d2kOdGSAO
ふぇぇ…見てるよぉ…
あとレス乞食は叩かれるからほどほどがいいよぉ…
7 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/08/04(土) 22:53:07.16 ID:EEc8rstIO
これはつまんね

あえて書き続けて叩かれるのも良いんじゃね
8 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(中部地方) [sage]:2012/08/04(土) 22:54:07.25 ID:3vLyCv7Io
夏だから荒らしもでるけど気にすんなよ
9 : ◆0lUPmuAhTY [saga]:2012/08/04(土) 22:54:45.34 ID:7F3dVqet0



『なあなあ、たなか、さとう! またあたらしいあそびをおもいついたんだ!』

 それは、酷く懐かしくて甘い記憶です。

『またですか、よしだくん。わたし、きょうはとしょしつにいきたいのですが』

 今の私となにも変わっていないように見える、六歳の私。

『いいじゃん、たなか。よしだのげーむ、おもしろいじゃん』

 今の彼とはなにもかもが違う、活発そうな少年。

『ほら、やろうぜ! きいておどろけ、おれのかんがえたあたらしいげーむ、そのなも――』

 そして、遊び好きで短絡的で、壊滅的な私たちの親友にして――私の元凶。

『――【ゆうしゃとまおうげーむ】だ!』

 いけない。それ以上は、いけない。
 ゲームを始めてはいけない。やめてくれ、そのゲームだけは。
 それは奪うゲームだ。
 やめろ、やめてくれ、たのむ、おねがいだからやめて、おねがい、それだけはやめてやめてやめてやめてうばわないでわたしをうばわないで、わたしのらいねんをうばわないで――


 そこで目が覚めた。

「……ふぇえ。あっついよぅ……」

 この体にこの暑さは、堪える。


10 : ◆0lUPmuAhTY [saga]:2012/08/04(土) 22:59:35.85 ID:7F3dVqet0
ふぇえ……今日はここまでーですー
毎日ちょっとずついきたいですー
がんばるですよー
11 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/08/05(日) 00:08:13.70 ID:cEki5GqIO
きもすぎ
馴れ合いたいならVIP行けよ
12 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/08/05(日) 00:18:41.15 ID:EQhm25cvo
これはまだ様子見
13 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/08/05(日) 08:36:19.34 ID:ERi96xz70
夏だなあ
14 : ◆0lUPmuAhTY [saga]:2012/08/06(月) 21:08:16.08 ID:JG7Y4ptZ0
あまりの暑さにパソコンがオーバーヒートしてプッツンしました
これが夏厨の力か……
続きです
15 : ◆0lUPmuAhTY [saga]:2012/08/06(月) 21:09:28.32 ID:JG7Y4ptZ0

 帰宅すると、田中がひとり真剣な面持ちでマッチ棒を垂直に立てていた。
 それはもう、軽く引くくらい集中しながら。
 ちゃぶ台の上には等間隔に六本のマッチ棒が立っており、田中が挑戦しているのは七本目で

あるようだ。

「……あの、田中? なにやってんの?」
「はなしかけないでください。きがちります」

 マッチ棒>僕らしい。

「まあいいけどさ……。あ、そうそう、来週にはエアコン設置できるから、それまでもうちょ

い我慢して」
「……えあこんですか。えあこんといえば、さとう。えあこんはたびたび『くーらー』とこし

ょうされますが、おうおうにして『ひーたー』とはよばれませんよね」
「ん? うん、まあ、そうだね。冬なのについつい『クーラーつけよ』とか言っちゃったり」
「つまり、えあこんのやくわりは『くーらー』のほうがいんしょうがつよい、ということにほ

かなりません」

 田中は八本目のマッチ棒に取り掛かりつつ、やけに熱っぽい口調で言葉を続ける。

「いんしょうがつよいということは、すなわちだんぼうよりもれいぼうのほうが『ゆうよう』

だとおもわれているということです。えあこんのおもなやくわりは『くーらー』であると」
「なるほど。つまり田中はこう言いたいのかな。『暑気が寒気よりも耐え難いがために、エア

コンはクーラーと呼称される』って」
「あるいは、たんじゅんにべつのでんききぐとして『ひーたー』がそんざいするからかもしれ

ません。ごっちゃになるとか」
「……ふうん。で、その話がいったいどうしたの」
「どうもしませんよ」

 田中は等間隔に並んだ八本のマッチ棒を、爪先ではじいて全て倒した。

「ただ、あついなあとおもっただけです」
「……確かに、この温度は嫌になるな」

 今でこの暑さなら、夏はどれだけ暑くなるのだろうか。

「まあ、来週までの辛抱だ」
「来週……遠いですね」

 田中はまた、マッチ棒を最初から立てはじめた。
 よく飽きないものだ。さすが六歳児。
16 : ◆0lUPmuAhTY [saga]:2012/08/06(月) 21:39:59.54 ID:JG7Y4ptZ0

『ゲームには、賭けるものが不可欠だ』

 とは、魔王の言葉。やつは続けてこう言った。

『つまり、俺からなにかを取り返したいのなら――佐藤、田中。お前らはそれ相応のなにかを賭けなきゃいけない』

 アイツが――吉田が、僕らの前に再び姿を現したのは七年前の夏。
 吉田は、えらく理知的で大人びた様子で僕にルールを語って聞かせた。

『金には金を。力には力を。そして――時間には時間を、賭けなきゃいけない』
『……未来の一年を賭けてお前に勝てば、七歳の田中を取り戻せるってことか』
『まようひつようもありません。ちょうせんします、よしだ。わたしのみらいをかえしてもらいます』

 ひとりだけ、六歳児のままの田中が吉田に挑戦状を叩きつけた。
 けれど、吉田は困ったように頬をかいて――すまん、と頭を下げた。

『賭けるもののない人間は、ゲームを行えないんだ。だから田中、お前は俺と戦えない。未来のないお前じゃ、挑戦権がないんだ』
『……それ、じゃあ』
『ああ。だから――佐藤。お前が俺に挑め。そうすれば、田中は救われる』

 申し訳なさそうに、ともすれば泣きそうな表情で、吉田は僕に向き直った。

『お前が勇者をやれ。俺を倒してくれ。頼む』
『……任せとけ。僕はいつでも、お前らの味方だ』

 そして――そして、僕は負けた。
 僕はその年、二十八歳から三十七歳までの九年間を失った。
17 : ◆0lUPmuAhTY [saga]:2012/08/06(月) 21:44:17.76 ID:JG7Y4ptZ0
今日はここまで
みじかい
また明日か明後日
18 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2012/08/08(水) 19:29:01.12 ID:/TFZxB+AO
乙なんだよ
19 : ◆0lUPmuAhTY [saga]:2012/08/08(水) 21:38:37.27 ID:BiYGRFlt0

 そういうわけで、我が家にエアコンが来た。
 型は古いけれど、機能さえ果たせば問題はない。
 ぶおおん、と少々やかましく室外機が唸った。

「……さすが、空調機さまの威力は絶大だな。熱中症のほうから逃げていくぜ」
「ふむ。それはそうですが、さとう。あせだくではだぎのすけたわたしのえろてぃっくぼでぃをみれなくなるからといって、せいよくをもてあましてわたしをおそうようなことはないようにしてくださいね」
「お前の体に性的興奮を覚えれたら、そいつは本物の変態だよ」

 ロリコンを通り越してペドフィリアだ。
 そもそも、恋愛補正が入った僕ですらまったく興奮できない六歳児ボディをどうしてエロティックなどと形容することができるのだろうか。
 いや、できない。できないはずなのだ。通常ならば。
 これはもう、田中はそういう商売の方々に土下座してすいませんでしたと謝するべきだろう。
 いや、しかし普通にグラビアアイドルやAV女優さんたちに謝ったとしても、彼女らがエロティックボディを保持しているのは彼女たちの持って生まれた性質と、生まれてこなした努力の結果なのだ。
 そう考えるならば、田中が謝るべきは彼女らだけでなく両親――祖先、そしてその体を作り上げてきた料理たち、その料理のもととなる食材たち。
 肉や野菜、果実、そういったものを育てた人たちにも田中は頭を下げなければいけないし、視線を広く持てば地球がなければAV女優もグラビアアイドルも生まれなかったのである。
 そう、田中は世界に対して謝罪すべきなのだ。

「というわけで、全世界に対して土下座しろ!」
「なんでいきなりぜんせかいなのですかっ!?」
「もしくは全宇宙」
「どうやったらわたしのからだからうちゅうまでわだいがとんでいくんですっ!」

 きゃんきゃんうるさい幼女だ。さっさと成長してFカップになればいいのに。
20 : ◆0lUPmuAhTY [saga]:2012/08/08(水) 21:40:07.07 ID:BiYGRFlt0


 なぜバイトをやめたのか、とか。
 そういう繊細な話題に触れるのはやめていただきたいものである。

「せんさいなわだいって……さとう、あなたたしか、ばいとりーだーにせくはらして」
「黙れ田中」
「やっぱりそういうあれだったのか、佐藤。いきなりバイトやめたと思ったら」
「黙れ望月」
「先生に向かって黙れとはいい度胸だなオイ」

 というか、なんで望月先生がここにいるの。僕と田中の楽園に土足で踏み入るとはいい度胸だ。ふと思ったけれど、『度胸』って単語なんだかえろくないですか。
 『度』という文字には『ぐあい』『ていど』といった意味があることを考慮すると、『度胸』とはつまりパイカップのことなのだ。
 そう、度胸があるということはすなわち、お胸が大きいということに他ならない。
 そして望月先生が言った『いい度胸』とは『ナイスおっぱい』という意味なのだ。
 男に対して『ナイスおっぱい』などという望月先生。まさか、この人――

「――望月先生、あなたホモですか」
「佐藤、お前は読経でもして精神を鍛えなおせ。もしくは死ね」

 読経と度胸。同音異義語だ。
 くそう、望月先生のくせに……一本とられた。

「田中、座布団一枚」
「はい、わかりました。えいやっ」

 田中は可愛く掛け声を上げて、僕の頭を座布団でぶん殴った。
 冷静な判断ですね。

21 : ◆0lUPmuAhTY [saga]:2012/08/08(水) 22:25:24.85 ID:BiYGRFlt0
ふぇえ……すいません、訂正で。
>16の『二十八歳から三十七歳までの九年間を失った』を『二十八歳から三十七歳までの十年間を失った』に脳内変換して下さい。
22 : ◆0lUPmuAhTY [saga]:2012/08/08(水) 22:32:20.41 ID:BiYGRFlt0


 適当にあしらって、望月先生を追い返す。どうやらエアコンと田中の調子を見に来ただけらしいので、あっさり帰った。
 なんだかんだ、いい人である。僕ら三人があんな問題さえ起こさなければ、決して教職を追われることはなかったはずなのに。僕ら三人を恨んでも仕方がないくらいの被害者なのに、望月先生はいつまでも僕らの先生であってくれるのだ。
 それは嬉しいことであり、同時にとても悲しいことである。僕ら三人の遊びが、望月先生の未来と生きがいを食いつぶしたのだ。
 幸い――と、僕が言っていい立場ではないけれど――望月先生はお金持ちの家系なので、生きるに困ることはないようだ。


 夕飯を食って、風呂に入って、布団に寝そべる。寝ている間もエアコンを付けっぱなしにするのは、小市民である僕としては金銭的な面でイヤなのだけれど、今夜は暑い。田中のことを考えると仕方がない。
 そういう言い訳を用意しておくと、良心の呵責が少なくていい。ごめんね地球ちゃん。
 ――至極真面目な、酷く真面目な話をするならば、僕がバイトをやめたのは単純な理由で、純粋に働くことができなくなったからだ。
 それを田中と望月先生に言う必要は、ない。

『ストイックだねえ』

 ぼんやりとした意識の中で、あいつの声が聞こえた。

『大事な人たちにはそういう大切なことを言っておくべきだと、魔王の身ながら心配しちゃうぜ』

 なんだ、吉田か。夢の中にまで出てくるとは暇なやつめ。
 黒い空間、僕の視界の中央に、胡坐をかいた吉田が座っている。
 去年よりも疲れた顔をしている。

『なあ、佐藤。今年で最後だ。この意味わかってるよな』

 ……。
 僕は無言で返した。こんな夢、さっさと覚めてしまえばいいのに。

『お前は毎年俺に挑んで、毎年俺はお前を潰した。見ろよ、これ』

 ずらり、と吉田の背後に大きなガラス管のようなものがいくつも浮かびあがった。
 それらの中には、様々な年齢の男が浮かんでいる。
 そいつらはみんな一様にそっくりで、そいつらはまるで誰かのアルバムを見ているかのように、年齢順に並んでいて。
 それはつまり、僕だった。
 十八歳から三十八歳までの、二十一年間の未来の僕だ。

『不文律だ、佐藤。もう一度言うぜ。今年で、最後だ。それを踏まえて、ちゃんと話は通しておけよ』

 言って、吉田は少し悲しそうな顔をした。

『突然の離別……予測し得ない離別ってのは、そうとう悲しいものなんだぜ』

 ……。
 まあ、覚えておくよ。魔王。
23 : ◆0lUPmuAhTY [saga]:2012/08/08(水) 22:33:13.24 ID:BiYGRFlt0

今日はここまでっす。更新はまた明日か明後日。
24 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(九州) :2012/08/08(水) 22:38:43.13 ID:W84P0l/AO
25 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/08/09(木) 02:36:40.83 ID:U+UHx+IIO
酷いな
26 : ◆0lUPmuAhTY [saga]:2012/08/09(木) 23:14:22.08 ID:Gxb2kopR0

 魔王って、なんなのだろう。

 玉座でえらそうにふんぞり返って「ぐわははははは我が名は暗黒皇帝ガナサダイ」とでも叫べばいいのだろうか。なんで今俺はガナサダイをチョイスしたんだろう。
 ううむ。
 勇者の定義は簡単だ。魔王を倒す、あるいはそれに準じる行為を行う者。世界を救う英雄。

 対して魔王は?
 魔王は世界を滅ぼしたり征服したりしようとしているわけだけれど、その理由は?
 少なくとも俺は世界を滅ぼそうなんて大それたことを企んじゃいないし、征服したいとも思っていない。強いて言うなら制服着た女の子とセックスしたい。
 あくまで魔王という概念なので、俺は学校に行っていないのである。

 あれだ。セックスしたい。概念魔王として非存在的に存在する身の上ではあるけれど、精神としては十六歳の健全な男の子なのだ。
 つまるところ、俺は童貞である。
 魔王になったから調子に乗ってサキュバスとか呼び出してみたけれど、概念魔王と概念サキュバスは両方とも実体がないのでセックスできなかった。そういやサキュバスって夢の中に出てくる淫魔だった。

 そういうわけで俺は未だに童貞なのだ。実体があればとっくに童貞を捨てている違いない。
 同い年で実体があるなのに童貞を捨てれていない佐藤とは違うのだ!

『うん、それわざわざ二日連続で僕の夢枕に立ってまで言うことかな』
『なんでだよ、大切なことだろ』
『こんなこと言うとあれだけれど、僕あれだからね。想い人と同棲しているからね』

 よく考えるとそうだった。

『まあね、僕もね。あれだよ、田中の身体のサイズがあと三年大きければ普通に童貞を捨てているだろうね』
『あと三年経っても田中九歳じゃねえかロリコン野郎』
『ロリコンじゃないよ! 僕ロリコンじゃないよ! 三年あれば田中もFカップになるよ!』

 ならねえよ。

『いいや、なるね! 僕が毎日欠かさず食事に大豆とキャベツを出しているからね!』
『そうか。お前最低だな』

 うーん。これはあれか、佐藤の田中に対する愛情と、六歳児に興奮してはいけないというギリギリの自制心が生み出した趣味嗜好か。
 六歳児はダメだけれど、九歳児ならセーフという謎理論。
 なるほど。馬鹿じゃねえの。
27 : ◆0lUPmuAhTY [saga]:2012/08/09(木) 23:14:48.39 ID:Gxb2kopR0

「あの、さとう? だいじょうぶですか? なんだかずいぶんうなされていたようですが」

 ゆさゆさと揺さぶられて目が覚める。

「さとう? ねごとでえふかっぷをれんこしていましたけれど、だいじょうぶですか?」
「……ああ、ごめん。だいじょう――」
「さんねんでえふかっぷにするために、だいずときゃべつがどうとかいっていましたけれど」

 すいません、大丈夫じゃないです。
 よくよく見てみれば、田中は顔を赤らめながらにやにや笑みを浮かべている。

「……えと、田中……さん?」
「……わたしは、べつにあなたのこのみにかんしてどうこういうつもりはありませんが」

 声が凄く上機嫌だ。

「はい」
「……というか、わたしはあなたにならばおしたおされても――その、かまわないというか、あの、そういうかんじょうをいだいていないわけではなかったのですけども、そうですか、あなたがいつまでたってもこうどうしなかったのは、ばすとさいずのもんだいでしたか」
「……あの、そういうことでもないんですけれど」

 田中は真っ赤な顔でそっぽを向いた。
 ちらりちらりと横目でこちらを確認しながら、小さな声で呟き始める。

「さとうは……おっぱいのちいさいおんなのこは、きらいなんですよね。いまのわたしのことなんかだいきらいでもうどうでもよいと」
「嫌いじゃないよ! 全然嫌いじゃないよ! むしろ大好きだね! 愛しているといっても過言ではないよ!」

 速攻でフォローに回る僕。空気を読むことには自信がある。

「むしろおっぱいは小さくないとおっぱいではないくらい僕は貧乳が好きだ! 結婚するなら貧乳六歳児、これしかないね!」
「そこまでだんげんされると、それはそれでひじょうにきもちわるいですね」
「あれっ!?」

 赤面していたはずの田中が、ドン引きしながら僕から遠ざかった。

「あの、はんけいじゅうめーとるいないにはちかづかないでください」
「あれっ、おかしいな、僕フォローしたはずなのに」
「いまのはふぉろーではなく、はじのうわぬりです。きづけばーか」

 言って、田中はもそもそとタオルケットに包まった。
 顔までくるんでしまって窒息しないかと心配になったし、今タオルケットを取り上げたら素晴らしくいい表情の田中を見れる気がしたけれど――

 ――空気を読める僕は、そういうことはしないのだ。

28 : ◆0lUPmuAhTY [saga]:2012/08/09(木) 23:15:39.97 ID:Gxb2kopR0
今日はここまで。
次も明日か明後日。
29 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/08/09(木) 23:17:44.09 ID:01UEhjGIO
ラノベに影響されちゃったんだね

面白くないからやめていいよ
30 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/08/09(木) 23:30:41.10 ID:i6sSL6i30
31 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2012/08/10(金) 08:07:54.95 ID:rilgygmAO
乙!
32 : ◆0lUPmuAhTY [saga]:2012/08/11(土) 23:12:49.89 ID:mPYFn+RE0


 金銭的な援助しかできない歯がゆさというのは、この十年間ずっと持ち続けている。
 そしていま、その金銭的な援助も限界を迎えようとしていた。
 親の残した遺産に手をつける気にならず、ずっと置いておいたのが幸いし二人を養うことができたものの、十年という月日は馬鹿にできない。
 佐藤がバイトをやめたこの半年間で、急激に消費が加速した。

「……心当たり、ですか?」
「ええ。佐藤くんがバイトをやめた理由を知りませんか?」

 書店のバイト女性に話を聞いてみることにした。
 佐藤は――面と向かって言うのは癪だが――それなりに、真面目な男である。
 礼儀正しく、頭もよく、好きになった女性のために十年間を棒に振ったとしている愚かで優しい男なのだ。
 その佐藤がセクハラでバイトをやめたとは、到底思えない。

「……いえ、心当たりは特にありませんね。私個人としてはあんまりやめて欲しくなかったんですけれど」
「というと?」
「勤務態度も真面目だったし、仕事ないときも手伝ってくれたりしていましたし。……ここだけの話、ちょっと格好いいなって思ってました」

 照れたように、少し年下過ぎますけどね、と付け足し、女性は笑って仕事に戻っていった。

「……ふむ」

 なぜ佐藤がバイトをやめたのか。謎は解明されない。
 本人を問いただせば――いや、問いただしてもおそらく教えてくれないだろう。

「……もう少し、頼ってくれてもいいのに」

 歯がゆい。本当に、歯がゆい。

33 : ◆0lUPmuAhTY [saga]:2012/08/11(土) 23:14:00.72 ID:mPYFn+RE0

 なんだかよくわからない、長ったらしい名前の病気がある。
 まあ名前はどうでもよくて、ようするにその病気のせいで僕が死ぬということが重要なのだ。

 僕の死因はその病気。寿命は三十八年と八ヶ月と二十二日間。

 それは運命とかそんな感じのあれによって定められた、確定未来らしい。
 死因も寿命も、生まれたときから決められていて、僕らが過ごすこの人生は運命の予定調和に過ぎない。

『しかし何事にも例外はある。運命を捻じ曲げられる役者が二人だけ、いる』

 魔王と勇者だけが、運命の流れを断ち切りぶち割り叩き壊せるのだと、吉田は語った。

『俺は寿命を奪える。その結果として、今のお前があるわけだ』
「……」
『仕事をやめざるを得ないほどつらい心臓病。奪われた寿命を因とする果。死因の前倒し』
「……」
『今年負ければ、お前の寿命は一週間しか残らない』
「……もう一年しかない寿命じゃんか。一週間だろうが一年だろうが、大した違いはないよ」
『……そうかい』

 逆説的に、今年勝つことができれば僕は残り少ない寿命を、成長する田中と過ごすことができるのだ。
 それはとても素敵なことだと、僕は思う。

34 : ◆0lUPmuAhTY [saga]:2012/08/11(土) 23:14:35.83 ID:mPYFn+RE0
今日はここまで
次は明日か明後日
35 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/08/11(土) 23:29:23.54 ID:FxdGiD3fo
乙ぱい
36 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/08/12(日) 03:06:00.50 ID:TQWQYr3IO
意味不明すぎる

もう少し上手く状況説明を
37 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/08/12(日) 04:40:50.96 ID:E/Fy78tBo
意味不明ではないだろ。
わからなきゃ二度読め。
38 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/08/12(日) 15:35:21.04 ID:koH462bg0
確かにわかりづらい
39 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/08/12(日) 17:03:07.15 ID:m3P1+PuIO
句読点
改行
地の文

どれも残念

HTML化依頼をオススメしてしまうレベル
40 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/08/12(日) 17:14:26.22 ID:koH462bg0
わかりづらいけど好きなジャンルだからがんばれ
夏厨沸くのは仕方ない
41 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/08/12(日) 20:10:04.47 ID:zWReJYtIO
わかり辛いな、うん
42 : ◆0lUPmuAhTY [saga]:2012/08/12(日) 22:42:23.64 ID:zmbyahPv0


『悪魔の子』

 とか。

『取替え子』

 とか。
 そういう風に呼ばれることがある。
 そういう風にしか呼ばない人がいる。

『俺の娘をどこへやった!』

 叫ばれた日があった。

『返して! 娘を返してよ!』

 怒鳴られた日があった。

『お前なんか――お前なんか知らない』

『こんな子、私の子じゃない』

 まったく成長しない子どもは、気味が悪い。
 そのくせ、精神だけはきっちり成長してゆくのだから、性質が悪い。
 端的に言えば、私は捨てられたのだ。
 育児放棄なんかではなく、存在自体をなかったことにされた。
 彼らの脳内から、娘は消え去った。

 私はそれを悪いことだとは思わないし、責めるつもりもない。
 その反応がある程度仕方ないことだと、精神は発達していた私は理解できた。
 家を追い出され、行く当てもなくひとりさまよい果てるのだろうと思った。

 果てたいと思っていた。 

 私が死ねば、佐藤も望月先生も――吉田も、救われるから。

 だから、私は死にたかった。
43 : ◆0lUPmuAhTY [saga]:2012/08/12(日) 22:42:55.16 ID:zmbyahPv0

「『おまえがしんだらぼくもしぬ』というのは、あいのせりふとしてはさいていのぶるいだとおもうのですが、どうでしょう」

 飯を食っていると、田中がぼそっとそんなことを呟いた。
 今日は袋麺。手抜きである。

「……じゃあ田中。僕がもし君と星空を眺めながら『でも君のほうが綺麗だよ』って言ったらどうする?」

 田中は顎に手を当て、ややあって口を開いた。

「じさつしますね」
「そんなに似合わないか!?」
「というか、じさつするまえにわらいすぎてしんでしまいます。ことばのきょうきというやつですね」
「田中、今の君の言葉こそが凶器だ」

 確かにそういう気障な言動が似合うタイプの人間ではないけれど、笑われるほどではないと思う。
 そもそもそういう言動が似合うやつって実在するの?

「……そうですね。ひとむかしまえならともかく、いまそんなきざっぽいことしたらぎゃくにさめちゃいますよ」
「だよね」
「おとこはだまってゆきち、これにつきます」
「六歳児の外見でそんなこと言うなよ……」

 なんというか、非常にやるせない気持ちになる絵面である。
44 : ◆0lUPmuAhTY [saga]:2012/08/12(日) 23:04:52.76 ID:zmbyahPv0


 八月になった。
 台風が通り過ぎたせいか、湿気が高くて蒸し暑い。

「えあこんがなければそくしでしたね」

 田中がぐってりと腹ばいになって涼んでいる。
 お腹が弱いので、こうして腹部を守っているのだそうだ。
 タオルケット使えよ。

「飯食ってすぐに横になると牛になるぞ」
「もーもー」

 なんだこの可愛い生物。
 剥製にして置いておきたい。

「……ところで、さとう。なにをのんでいるです?」
「ん? ああ、これ? これは――」

 二粒の、そこそこ大きな錠剤だ。
 最近痛みが酷いので、処方してもらった。
 手術を勧められたけれど、運命決定による寿命は医術では覆せない。
 痛みが酷いと実生活に支障が出るので、痛み止めだけ服用している。

「――風邪薬だよ。ちょっと夏風邪ひいたみたいで」
「だいじょうぶなのです? なつかぜはしょうじょうがひどいものがおおいとききますし……」
「大丈夫だよ。そんなに心配しなくても、すぐによくなるよ」
「……なら、いいですけど」

 不審そうに僕を見つめつつ、田中はまぶたを閉じた。
 お昼寝タイムだ。
45 : ◆0lUPmuAhTY [saga]:2012/08/12(日) 23:05:43.79 ID:zmbyahPv0
今日はここまで
次は例のごとく明日か明後日
46 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/08/12(日) 23:13:06.46 ID:zWReJYtIO
もういい、辞めるんだ

わかり辛いだけじゃ不十分だったか、普通につまんねぇ

糞スレではない、ただつまんねぇんだ
47 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/08/13(月) 00:02:21.24 ID:3p1TpEBP0
48 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東海) [sage]:2012/08/13(月) 01:38:11.07 ID:7lGpf0pAO
乙。ふいんきとか、だいぶ好みな感じ
49 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) [sage]:2012/08/13(月) 10:57:43.97 ID:WuZWU69yo
>>46
とんだツンデレ野郎だなお前は
50 : ◆0lUPmuAhTY [saga]:2012/08/13(月) 22:22:27.06 ID:2TAWyTQD0


 多くのゲームは平等ではない。
 それは仕方のないことである。
 囲碁や将棋などの『知能を競うゲーム』であるならばともかく、『お遊びとしてのゲーム』はすべからく『運の要素』も競うのだから。
 運がよくなければ勝てないゲームのほうが簡単に盛り上がることができる。
 強い奴がただ単純に勝つゲームは、童心にはつまらなく映るものなのだ。
 逆に、敢えて不平等を作るゲームもある。
 俺の考えた【勇者と魔王】がそうであるように。

 勇者とはチャレンジャーであり、圧倒的不利を背負って戦うべきだ。
 勝利の活路を探し出し、一縷の希望に全てを託し、ひと筋の光明にすがりつくような、そんな存在であるべきなのだ。
 情熱を冷静さで包む込み、勝利のために一歩ずつ進む王道者。
 それが勇者であると、俺は思う。

 そういう意味では、佐藤はまったくもって勇者に向いていない。
 クールを気取っているくせに、自制が苦手で直情的。
 どこにでもいる優しい青少年でしかない。
 せいぜい勇者パーティのメンバーのひとり、魔法使いとかその辺のポジションだ。
 単騎で魔王に挑むタイプではない。
 挑めるキャラクターではない。
 役者として不十分すぎるということは、あいつ自身が一番良く理解しているだろう。

 それでも、あいつは俺と戦うのをやめないだろう。
 十年間戦い続け、十九年間の寿命を失ってなお諦めない。

 それが佐藤の愛である。
51 : ◆0lUPmuAhTY [saga]:2012/08/13(月) 22:27:55.50 ID:2TAWyTQD0


 僕はほとんど使わないのだけれど、田中はちゃぶ台でよく愛用のパソコンをカタカタ叩いている。
 『成長しない子ども』として気味悪がられることがあるためか、田中は外出を極端に嫌うのだ。
 田中がインターネットに傾倒するのも、そのあたりが理由かもしれない。

「くそわろた、と」
「まったく表情筋動いてないんだけど?」
「あぅ。みないでください、たにんがつかっているぱそこんをのぞくのはしつれいですよ」

 思いのほか、厳しい目つきで怒られた。

「ご、ごめん……」
「もしわたしがさんじろりがぞうをけんさくしているところだったらどうするつもりですか」
「お前そんなの検索してたのかよ」

 マジかよ。一緒に見るわ。

「だめです。ようじょがけがれます」
「幼女が言うと説得力があるな」
「でしょう?」

 ウチの幼女のドヤ顔はウザ可愛い。
 そしてまた、田中はカタカタとパソコンを叩き出した。
 それを尻目に、僕は洗濯物をたたむ。
 僕にとっては最後の決戦間近であるというのに、弛緩した空気が漂っている。
 悪くない空気だ。
 あわよくば、この空気がずっと続いて欲しいような――


 ――がちゃり、と派手な音がした。
 

「……うそ」

 見ると、田中の目が見開かれ指が大きくキーボードを離れている。
 打ち損じだろうか。めずらしい。

「なに、まさか変なウイルス踏んだんじゃ――」

 もしそうだったら大変なので、僕はちゃぶ台の向こう側へ行こうとして、

「みないでくださいッ!」

 きぃん、と甲高い悲鳴じみた声が耳を裂いた。
 僕はびっくりして、手に持っていた洗濯物を取り落とす。

「……すいません。たいしたことじゃないんです、ちょっとびっくりしちゃって」
「……どうしたの」
「まさか……」

 田中が目を見開いたまま、カチカチとマウスを操作しながら呟いた。

「まさか、こんなあぶないむしゅうせいがあるなんて……!」

 シリアスな空気がぶっ壊れた。
52 : ◆0lUPmuAhTY [saga]:2012/08/13(月) 22:43:50.70 ID:2TAWyTQD0


 なんだかよくわからない、長ったらしい名前の病気だ。
 名前はどうでもいい。
 問題はそこではない。
 佐藤が死ぬということが、問題なのだ。
 私の教え子が死ぬということが、問題なのだ。
 私はどんなときも教師であろうと思っている。
 問題を見過ごすことなんてできない。

 そう思う反面、これを直接突きつけることを躊躇する気持ちもある。
 男として、佐藤の考え方には多少共感できるところがあるのも確かだ。
 好きな人に自分の弱さを見せたくない、とか。
 悲しませたくないから知らせたくない、とか。
 余計な心配をかけたくない、だとか。
 わからなくもない情動だ。

 わからなくもないけれど、それは間違っている。
 佐藤、君は間違っているのだ。
 それはただ徒に田中を悲しませるだけの行為だ。

 間違いは指摘してやらねばならない。

 教師として、男として。
53 : ◆0lUPmuAhTY [saga]:2012/08/13(月) 22:51:44.98 ID:2TAWyTQD0
今日はここまで。
所用で更新が伸びるかもしれない。
お盆までに終わらせたかったのですが、そううまいこと進みませんわな。
54 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/08/13(月) 23:35:51.73 ID:XOnhzZRd0
乙乙
55 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/08/13(月) 23:39:33.54 ID:J3h1wiSJo
おつおーつ
56 : ◆0lUPmuAhTY [saga]:2012/08/18(土) 23:41:11.25 ID:eJoJ8mly0
お久しぶりです。
ここからゲーム描写が入りますが、ゲーム性自体は大して問題じゃないので必勝法とか見つけても気にしないでください。
『ああなんか戦ってるな』みたいな感じでオッケーです。
始めます。
57 : ◆0lUPmuAhTY [saga]:2012/08/18(土) 23:44:00.14 ID:eJoJ8mly0

 八月十三日の夜。

『準備はいいか?』

 夢の中で、僕と吉田は向かい合う。
 ご丁寧に、魔王城っぽい石壁とか赤絨毯とかで夢を装飾して、玉座にえらそうに座っている。

「いいよ。さっさとやろう。魔王の語りも勇者の語りも、冗長すぎるとスキップボタン押される」
『……これで最後の戦いなんだから、もうちょっと盛り上げようぜ』
「盛り上げるってどうやってさ」
『猥談とか』
「……」
『そんなに睨むなよ。あとたったの一戦なんだから、もう少し――』
「いいや。今日は長いぞ、魔王。一戦なんかじゃ終わらせない」

 奇策。
 僕が勝つための策。
 瀬戸際だからこそ考え付いた、僕にしかできないこと。

「吉田。僕は――」




「――そうだな、まずは右眼でも賭けようか」

 短い命だ、身体なんて惜しくはない。
 魔王吉田よ、覚悟しろ。
 ここから先は消耗戦、精神を削りあう泥試合だ。
58 : ◆0lUPmuAhTY [saga]:2012/08/18(土) 23:44:28.40 ID:eJoJ8mly0

 【勇者と魔王】は、有り体に言ってしまえばただのじゃんけんだ。
 ただしその全てが特殊手であり、三回の相対を一マッチ、三マッチを一戦とする知能比べでもある。

 魔王側は『剣技』『魔法』『魔王の邪剣』の三手、勇者側は『戦士』『魔法使い』『僧侶』『勇者の聖剣』の四手を使える。

 魔王の『剣技』は勇者側の『戦士』以外に勝てる。
 魔王の『魔法』は勇者側の『魔法使い』以外に勝てる。
 魔王の『邪剣』は勇者側の『聖剣』以外に勝てる。

 では、勇者側の『戦士』『魔法使い』が魔王の『剣技』『魔法』に勝つのかというと、そうではない。
 ただのあいこで終わってしまう。

 勇者側が魔王側に勝利する手はただひとつ、『聖剣』で『邪剣』を打ち砕く、その一手だけだ。

 そして、このゲーム一番の特徴が『死亡』だろう。
 敗北した勇者側の『駒』は『死亡』し、原則としてその一戦が終わるまで使用できない。
 唯一の例外が『僧侶』である。一度だけ『死亡』状態の駒を復帰させ、そのまま勝負させることができるヒーラーだ。

 魔王側は一マッチ、三回出す手のうち一回だけ『邪剣』を出さなければならない。
 勇者側は一マッチ、三回出す手は重複してはならない。

 そして、勇者側は出す手がなくなっても負けだ。

 ひどく歪なゲームである。

 さらに、このゲームは三マッチのうち二マッチを取れば勝ち、ではない。
 勇者側の三連勝のみが、勇者にとっての栄光であり、それ以外は魔王の勝利になる。

 僕の友達が作ったゲームは、そういうゲームだ。
59 : ◆0lUPmuAhTY [saga]:2012/08/18(土) 23:45:34.01 ID:eJoJ8mly0

『……死ぬ気か、お前は』
「当然だろ」

 ひどく純粋な眼差しで、歪んだ台詞を佐藤は平然と口にする。。
 自分の命を試金石にして、たった一度の勝負に勝つために。
 肉を切らせて骨を断つ、なんてレベルじゃない。
 右眼を賭けたところで、俺から奪えるのは『同価値である左右どちらかの眼球』でしかないのだ。
 それなのに、奴はただ俺を消耗させるためだけにその身体に欠損を負おうとしているのだ。
 眼球がなくなれば、次は耳なり足なりなんなり賭けるつもりだろう。

『……呆れた。馬鹿なやつだとは思ってたけど、ここまでとはな』
「うるせえ」
『ま、いいや。俺は魔王だ。俺自身の感情がどうあれ、勝負からは逃げないし奪うモンは奪う。くれるってんなら遠慮なく貰うぜ』

 概念といえど疲労はする。
 そして、今回賭けるものは『俺自身の眼球』でもある。
 運良く勝てれば俺自身からアドバンテージを得れるし、いつもどおり負けても俺から気力を奪うことができる。

『さて……じゃあ、賭けるものは『お互いの右眼』で、第一戦開始といこう』
「……おう」
60 : ◆0lUPmuAhTY [saga]:2012/08/18(土) 23:46:20.67 ID:eJoJ8mly0

 考えてみよう。

 魔王側は三回のうち一回でも安全に『邪剣』を通せば勝ちなのだ。
 ゆえに、魔王側の考えるべきは「どのようにして安全に『邪剣』を通すか」「いかにして相手の駒を削り選択肢を絞るか」の二点である。

 確立だけを見るならば、『邪剣』は相手に考える余地を与えない初撃が最も通りやすいだろう。
 しかし、十年間の戦い――二十回に及ぶ一回一回が非常に濃密なゲームは、そういった定石を知るには十分すぎる時間だったし、当然ながら私生活中においても僕はこのゲームの勝利法について頭をめぐらしてきた。
 勇者も、魔王も。
 僕も、吉田も。
 このゲームについてならば、世界中のだれよりも経験を積んでいるのだ。

『第一マッチ、一手目』

 吉田が宣言すると、ふわりと一枚の巨大な石版が宙に浮かんだ。

「……一手目、こちらも」

 僕の宣言でも、同じようにどこからともなく石版が浮かび上がってくる。
 夢空間ではよくあることだ。

『「オープン」』

 同時に宣言する。

 二つの石版がひび割れ、その中から銀板が現れる。
 僕の銀板に彫刻されているのは、光り輝く剣を振りかざす勇者。
 僕の一手目は『聖剣』。
 対して吉田は――


 ――二つの角を持つ魔王が、その手から火炎を噴出している絵柄。

『『魔法』だ。俺の勝ち。幸先悪いな、お前』
「……いやいや。絶好調だよ」
61 : ◆0lUPmuAhTY [saga]:2012/08/18(土) 23:47:15.61 ID:eJoJ8mly0

 開発者が一番ゲームの勝ち方に詳しい、と思うのは早計だ。
 もし本当にそうなのであれば、ペガサスは遊戯に負けはしなかったはずだし、マイケル・エリオットは各方面からあんなにも叩かれなかっただろう。
 だからこそ、俺は思考しなければならない。
 一度『聖剣』を潰したとしても、『僧侶』がある限りゲームは続く。

 『僧侶』は事実上あとだしだ。
 勇者側、魔王側の共通ルール「同マッチ内で重複する手を使ってはいけない」を破れる、勇者側の一手。

 俺の残り駒は『剣技』『邪剣』。
 対して、佐藤の駒は『戦士』『魔法使い』そして『僧侶(聖剣)』。
 こちらに『剣技』しか残っていない以上、相手が『魔法使い』を出すことはない。
 実質、二対二の戦いだ。

 ぶっちゃければ、ここで『邪剣』を折られたとしても、相手は『僧侶』を失い、手元に残るのは生き返った『勇者の聖剣』を含め『戦士』『魔法使い』の三手のみ。
 一マッチめを勇者側の勝利で終わらせられたとしても、そこから先は純粋に消耗していくだけのゲームになる。

 運ゲーといわれればそこまでだけれど、運ゲーだからこそ運の絡まない要素については慎重にならざるを得ない。
 俺は概念魔王。
 略奪する側は、いつだって全力なのである。
 負けたくても、負けられない。
 俺はそういう存在だ。
62 : ◆0lUPmuAhTY [saga]:2012/08/18(土) 23:47:59.39 ID:eJoJ8mly0

 参った。
 絶対初手は『邪剣』だと思ったのに。
 今まで行った二十戦中、吉田の初手『邪剣』の確立は二十分の十二。
 五分の三にも及ぶ高確率なのだ。
 ここから一マッチ目を取るには二分の一で『邪剣』に『僧侶』を当てないといけない。

『……さて、次だ。第一マッチ、二手目』

 また、ふわりと魔王の石版が浮かぶ。
 僕の石版は、まだ浮かばない。

『どうした? 選ばないのか?』
「……ちょっと黙ってろ」

 考えろ。
 選択肢は『戦士』か『僧侶』の二択。
 ここで外せば、それでゲームが終わってしまう。
 この勝負自体は捨て試合だから、負けても問題はない。
 問題はないけれど、第三マッチまで行かないと大した消耗を与えることもできない。 
 だからといってこちらが向こうよりも消耗するわけにもいかない。
 第二マッチ。それが最低ラインだ。
 そこまではなんとしてもたどり着く。
 魔王は、その概念としての性質上全力でしか戦えない。
 消耗は向こうのほうが激しいはずなのだ。
 たとえ、僕の身体が減り続けようと、精神力と集中力は別問題である。
 考えろ。
 考えろ。
 考えろ――……

「……第二手」

 迷った末の選択肢。石版が浮かぶ。
 どうせ二分の一なのだから、どちらを選んでも同じ――では、ない。

 僕は吉田を知っている。
 吉田は僕を知っている。
 ただその点において、確立は役に立たなくなる。
 お互いの性格と思考を個々個人、勝手に読みあう独り相撲。
 傍から見れば滑稽に映ることだろう。

『「オープン」』

 石版が、ひび割れ開く。
63 : ◆0lUPmuAhTY [saga]:2012/08/18(土) 23:48:38.95 ID:eJoJ8mly0

 銀色に輝く、杓を振りかざす法衣の美女――『僧侶』。
 銀板は、ひと際まばゆく輝やいてその姿を変える。
 光り輝く聖剣を、頭上に掲げる色男。

 相対するのは、二本角の魔王が――巨大な禍々しい炎を纏った剣で、大地を裂いている絵札。

 『邪剣』だった。

『……やっぱり幸先悪いんじゃねえか』
「……なにいってんだ、どうみても絶好調じゃないか」

 吉田は嘆息し、僕の顔を指す。
 一マッチ目で『邪剣』を当てられなかった以上、僕に勝利はない。
 だから、奪われる。

『貰うぜ』
「……ッ」

 べこり、と眼窩から音がする。
 喪失感が、顔の上部を覆った。
 痛みはない。
 けれど、違和感がある。
 視界が違う。吐きそうだ。
 思わずバランスを崩して、赤絨毯の上に膝から崩れ落ちた。
 なんだこれ。
 予想よりめちゃくちゃきついじゃねえか。

『夢空間といえど、感覚自体は現実に近い。いきなり視覚情報が不完全になったんだから、そりゃ酔うわな』

 吉田の声が遠い。
 酷い吐き気が、喉元までせりあがってくる。
 それを無理やり飲み下して、吉田をねめつける。

「……左耳」
『は?』
「次は、左耳賭けるつってんだよ。早くやれよ」
『……馬鹿じゃねえの』

 魔王は目元を引き攣らせつつ、続けて宣言する。

『第二戦開始だ』

 魔王は挑まれた勝負からは逃げられない。
 そういう存在なのだから。
64 : ◆0lUPmuAhTY [saga]:2012/08/18(土) 23:50:00.37 ID:eJoJ8mly0
今日はここまで。
また明日か明後日に。
ゲームの穴とかあったらごめんなさい。
65 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/08/19(日) 03:35:38.10 ID:g5mY7JX+o
聖剣って邪剣に勝てるんじゃないのか…?
田中の勝ちじゃないのか?
それとも俺がバカなだけ?
66 : ◆0lUPmuAhTY [saga]:2012/08/19(日) 21:29:54.66 ID:1F2mMX+h0
>>65 
ごめんなさいバカは僕です
書き直す途中で僕の頭が悪いという不具合が発生したためこのような事態にうああああああ
訂正です




 銀色に輝く、杓を振りかざす法衣の美女――『僧侶』。
 銀板は、ひと際まばゆく輝やいてその姿を変える。
 光り輝く聖剣を、頭上に掲げる色男。

 相対するは、巨大な直剣を振りかざす二つ角の魔王の銀板。

 『剣技』だった。

『……やっぱり幸先悪いんじゃねえか』
「……なにいってんだ、どうみても絶好調じゃないか」

 吉田は嘆息し、僕の顔を指す。
 一マッチ目で『邪剣』を当てられなかった以上、僕に勝利はない。
 だから、奪われる。

『貰うぜ』
「……ッ」

 べこり、と眼窩から音がする。
 喪失感が、顔の上部を覆った。
 痛みはない。
 けれど、違和感がある。
 視界が違う。吐きそうだ。
 思わずバランスを崩して、赤絨毯の上に膝から崩れ落ちた。
 なんだこれ。
 予想よりめちゃくちゃきついじゃねえか。

『夢空間といえど、感覚自体は現実に近い。いきなり視覚情報が不完全になったんだから、そりゃ酔うわな』

 吉田の声が遠い。
 酷い吐き気が、喉元までせりあがってくる。
 それを無理やり飲み下して、吉田をねめつける。

「……左耳」
『は?』
「次は、左耳賭けるつってんだよ。早くやれよ」
『……馬鹿じゃねえの』

 魔王は目元を引き攣らせつつ、続けて宣言する。

『第二戦開始だ』

 魔王は挑まれた勝負からは逃げられない。
 そういう存在なのだから。
67 : ◆0lUPmuAhTY [saga sage]:2012/08/19(日) 22:49:30.87 ID:1F2mMX+h0


 夢空間。

 魔王が唯一活動できる場所。
 魔王城と言い換えてしまっていいあの空間は、ひどく穴だらけだ。

 『賭けるもの』がなければ入れないといいつつ、入った後ならなにを賭けてもいいのだから。

 右眼、左耳、左手首から先、肋骨三本――それだけの部位が、眠る佐藤の身体から消失した。
 血も流さずに、最初からなかったかのように綺麗に。
 奪われてしまったのだろう。

「……ばか、ですね」

 不自然にくぼんだ右の瞼を、そっと撫でる。
 空洞の感触がした。

「……さとう、あなたはほんとうにばかです」

 不器用な人だ。
 どうしようもないくらい、不器用で、弱虫で、そのくせ優しくてお人よしで。
 そんなあなたに愛された。
 それがどれほどの幸運だったか、私にはわからない。
 けれど、あなたがどれだけ不運かはわかる。
 私なんかを愛したがために、寿命を減らし、いまその身体すらも奪われつつある。
 今年で終わらせるつもりなのだろう。
 もう、佐藤には今年しか残っていないのだろう。


 なんだかよくわからない、長ったらしい名前の病気のせいで。
68 : ◆0lUPmuAhTY [saga sage]:2012/08/19(日) 22:50:33.03 ID:1F2mMX+h0


 インターネットは便利だ。
 遠くの人とつながれる。
 知人とより手軽に連絡を取り合える。
 こっそりと、確実に。

 結局、私は佐藤自身にこうしろ、ああしろと口煩くいうことができなかった。
 言ったところで、彼は聞きゃしないだろうし。
 だから私は、もっと効果的な方法を使った。

 同居人に――一番伝えなければいけない人に、直接伝えたのだ。
 こういう行為は嫌われることだし、空気を読まない行動だろう。
 でも残念でした。悪いね、佐藤。

 教師が空気を読むと思うなよ。
69 : ◆0lUPmuAhTY [saga sage]:2012/08/19(日) 22:53:09.20 ID:1F2mMX+h0
短いですが、今日はここまで。
ほんともう、>>63はすいませんでした。
70 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/08/19(日) 23:24:50.97 ID:XFOU12lf0
71 : ◆0lUPmuAhTY [saga]:2012/08/21(火) 21:22:37.14 ID:QF+emJQ80

 芋虫に似ている。
 もぞもぞ、と腹筋だけで蠢いている様は、なんというか非常に気持ち悪い。

「いやいや、吉田お前そんな目で僕のこと見ているけれど、アレだから。これはアレだから。ちょっとグレゴール・ザムザの気分を味わいたくて負け続けただけだから」
『その負け惜しみは無理がありすぎるぜ、佐藤』

 マジで芋虫に似ている。
 右眼、左耳、鼻、肋骨四本、両手足、左肺と腎臓と小腸を奪い取ったらこうなった。

「……まあ、負け惜しみ抜きにしても、十分すぎるくらい消耗させた自信はあるけどな」
『は? 俺のどこが消耗してるって? ちょっと体調悪いだけだし。昨日実質一時間しか寝れてねーからちょっと体調悪いだけだし』
「目ェめっちゃ充血してんじゃねえか」
『気のせいだし』

 実はそろそろヤバい。
 全力全開の集中力で戦い続けて、すでに二十戦以上だ。
 あまりにも小さい単位を賭けることは禁止しているけれど、パーツごとに粘られ続けるのは予想以上にきつかった。
 それでも無敗ではあったけれど、相手の目的はあくまで俺の消耗だ。
 佐藤にとって、この連戦はただ単にこっちのパターンを読み、確実な一勝に繋げるための布石に過ぎない。

『で? 次はなにを賭ける? 右肺でも賭けてみるか?』
「息できなくなるじゃんか。嫌だよ」
『じゃあどうする?』
「……そろそろ、僕も限界なんだよな」
『……ふうん』

 そりゃまあ、そうだろう。
 身体の半分以上を失っているし、そのつど強烈な喪失感に苛まれているのだ。
 精神をやらずにここまでもっているほうが、おかしい。
 いや、もともと精神をやっているのか、こいつは。

『まあ、どうであれ、佐藤。それはつまり、寿命を賭けるってことでいいんだよな? 残りたった一年と一週間ぽっちのお前の寿命の、その一年間をここで消費しちまうってことでいいんだよな?』
「そうだ。そうだけれど、吉田。ひとつ間違えているよ」
『……あ?』
「勝てば、消費しない」

 ……。
 二十戦以上連続で戦って一回も勝てなかったくせに、こいつは……。

『ポジティブと愚かしいのは意味が違うと思うぜ、俺は』
「この世の中は愚かな人間が一番力を持ってるものなんだよ」
『そりゃ頭数が一番多いからだろう。たった一人の愚か者じゃ、なにもできんだろ』
「できるさ。できる」
『……「お前に勝てる」とか、そういう格好良い台詞を言っちゃうのか?』
「いいや」

 芋虫のように転がった身体をくねらせ、非常に格好悪い体勢のまま――佐藤は、最高に格好良い台詞を口にした。


『恋人と親友を救える』
72 : ◆0lUPmuAhTY [saga]:2012/08/21(火) 21:24:19.87 ID:QF+emJQ80


 芋虫に似ている。
 変わり果てた姿のグレゴール・ザムザを見た妹の気持ちがなんとなくわからなくもない。

「……あぅ」

 あ、やっぱりわからない。
 全然わからない。
 どれだけ芋虫っぽくても、私のために戦ってくれている人だと認識すると凄くカッコいい。
 その反面、複雑な気持ちはもちろんある。

「……さとう、あなたはわたしのためにたたかってくれているのしょうけれど――やっぱりわたしは、あなたにはいきてほしいのですよ」

 生きていて欲しい――というか。
 生きていてくれなければ、なんのために私が生きているのかわからなくなる。
 自分でも参ってしまうくらい、私はあなたに依存している。

「それもそれで、わるくはないかんけいですよね」

 傍から見ればいびつでも、それが私の愛なのだ。
73 : ◆0lUPmuAhTY [saga]:2012/08/21(火) 21:26:17.85 ID:QF+emJQ80
今日はここまで
また明日か明後日に
74 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/08/23(木) 10:58:50.70 ID:ABioXlOOo
おつおつ
75 : ◆0lUPmuAhTY [saga]:2012/08/23(木) 22:43:09.33 ID:hgLKJqmA0


 泣いても笑っても、これが最終決戦だ。
 十年間に終止符を打つ、ラストマッチ。

『……最後だってのに、随分と余裕だな。なにか秘策でもあるのか』
「あるよ」

 ないです。

「もちろん、最後の最後、お前をぶっ潰すためのとっておきの秘策がちゃーんと僕の頭の中にあるんだよ。凡人である僕が魔王吉田を倒す、裏技って奴がさ」
『すげえ胡散くせえなおい』
「はっはっは」
『まあいいけど。……初手、選択』

 石板が浮かぶ。既に見飽きた光景だ。

「初手選択」
『ん? なんだ、今回はえらく早いな。最後なんだから、もっとよく考えろよ』
「いいや、初手は考えなくていい。お前の癖は見切った」
『あ?』
「お前もさ、初手はほとんど考えないんだよな。癖で選んでるんだよ。お前自身気づいてなくてもな」

 癖。
 じゃんけんで、思わずグーを出してしまう人がいるように、吉田にもあるはずなのだ。
 そして、僕は吉田の癖を見抜いた――なんてことはなく。
 やっぱりこれも、ただのはったりで見得だった。

『……そんじゃ、まあ』

『「オープン」』

 石板が砕け、内側から出てきたのは『聖剣』と『邪剣』。

「ほらな?」

 内心、心臓をバクバクさせながら、虚勢を張る。

『……やるじゃねえか』

 にやり、と吉田が頬を緩ませる。

『俺の心理を読みきるとはな。いや、これは読みきれるほど俺を消耗させた戦略の勝利か?』
「お、おう」

 ……。
 なんだろう、この申し訳ない気持ちは。
76 : ◆0lUPmuAhTY [saga]:2012/08/23(木) 22:46:40.13 ID:hgLKJqmA0

 第一マッチは、その後二戦とも『戦士』と『剣技』、『魔法使い』と『魔法』で引き分けを取り、最高の出だしで勝負は走り出した。

 すごく釈然としないものを抱えつつ。


77 : ◆0lUPmuAhTY [saga]:2012/08/23(木) 22:47:22.88 ID:hgLKJqmA0

 第二マッチ。お互いにノーダメージではじまっているけれど、それでも僕の圧倒的不利は変わりなく。
 正直な話をすれば、消耗しているのは吉田だけじゃない。
 僕も――精神的疲労という意味であれば、おそらく僕のほうが苦しんでいる。
 身体の半分近くを失って、そのつど喪失感と嘔吐感に苛まれているわけだし、集中力という意味でもとっくに限界だ。
 だから。

「第二マッチ第一手、選択っ!」
『……早いな。速攻か』

 考えない。
 隙を見せない。
 天運我に有り、とか。
 まあそんな感じで――最後の最後に神頼みとは、なかなか笑えない戦い方だ。
 こんなんだから、僕は勇者に成れないんだろう。
 せいぜい詐欺師か――村人A。

「だから言ってるだろ。読みきったから考える必要ないんだよ」

 吉田が押し黙る。
 黙ったまま、俯きぎみに考え込む。

「……さっさとしろよ」
『……まあ、ちょっと待てよ』

 脂汗を浮かべながら、吉田は微笑んだ。
78 : ◆0lUPmuAhTY [saga]:2012/08/23(木) 22:48:39.32 ID:hgLKJqmA0

 読みきられている。
 俺の知らない俺の性格や癖を、俺の無意識を読みきっているからこその即断即決で、第一マッチの完封勝利。
 つまり――このままでは、俺は敗北するだろう。
 それはいけない。
 概念魔王は自身の敗北を許さない。

 だから俺は常に全力で、そのせいで佐藤も田中も十年間を棒に振った。
 棒に振らせた、というほうが正しいか。
 種を蒔いたのは俺で、その種を育てたのも、やっぱり俺だった。
 俺がいなければ、田中が七年目を失うこともなかったし、佐藤がただでさえ短いその生涯をさらに縮めることはなかったはずなのだ。

『……第二マッチ第一手、選択』
「お、ようやくか」
『お前が俺の無意識を読んでいるとしても、それが無意識である以上、俺がノーヒントで気付くことは無理だろ。なら、思考を単純化すればいい』
「……うん?」
『結局、このゲームは二分の一なんだよ。魔王側からすればな』

 『邪剣』で負けるか。
 『魔法』『剣技』で引き分けか。
 どちらにせよ、魔王側の絶対有利は変わらない。
 なら、考える必要はないし、俺自身がパターンから外れてしまえばいい。

『初手は考えない。適当に選ぶ』
「……」

 魔王側からすれば、ある意味必勝法だ。

『「オープン」』

 石板が砕け開く。
 炎を放つ魔王と、杖から水激流を放つ美丈夫。
 『魔法』と『魔法使い』。

「……人の無意識からは、逃げられない。適当に選んでも、お前の無意識が必ず邪魔をする。何度でも言うよ、魔王――吉田」
『……』

 佐藤はうざったいくらいのドヤ顔で言った。

「僕はお前を読みきった」
79 : ◆0lUPmuAhTY [saga]:2012/08/23(木) 22:50:15.18 ID:hgLKJqmA0

「僕はお前を読みきった」

 とか。
 言ってみたところで、やっぱり運だ。
 風はこっちに吹いている。

「第二マッチ第二手、選択」
『……また速攻か。いいだろう。こちらも選択』
「……悩まない、か。なるほど、それでもお前は無意識からは逃れられないんだぜ?」
『……ふん』

 残りは『戦士』『聖剣』『僧侶』と『剣技』『邪剣』。
 僕はまだ一回負けられる。
 ここで外しても『僧侶』が残っている以上、『聖剣』を割られても三マッチ目までは戦い続けられるのだ。
 はったりがばれようがばれまいが、最終戦まではもっていける。

『「オープン」』

 筋骨隆々な戦士と、直剣を振り上げる双角の魔王。
 『戦士』と『剣技』

『……マジで、読みきってるってのかよ』

 吉田が憎憎しげに呟いた。
 ごめん、本当は全部運です。
 ただ、その運は確実に僕のほうへ向かっている。
 天運我に有り。とか。
 言ってみても、いいくらいには、たぶん。


 当然、残りの組み合わせは『聖剣』『邪剣』だから、第二マッチも乗り越えた。
80 : ◆0lUPmuAhTY [saga]:2012/08/23(木) 22:50:58.26 ID:hgLKJqmA0


 第三マッチ。
 最後の、最後。
 ここまで勝てたこと自体が、奇跡に近い。
 ならば最後までその奇跡、すがり続けてやる。
 強運なだけの僕が、魔王を倒す。
 努力とか苦節とかを極端に排除した、中高生が大好きな俺TUEEEEというやつだ。
 小説家になろうで掲載したらきっと人気が出るに違いない。
 とか、とか。

「第三マッチ第一手、選択……なあ、吉田」
『ああ? なんだよ』
「ありがとうな」
『……こちらこそ。選択だ』

 所詮、その程度だ。
 僕らの十年間は。
 たった三人の当事者と、その親と教師を巻き込んだ、ごくごく小規模でしょうもない、ただの不幸話。
 その程度でしかない。
 僕らはちょっと――かなり不幸だっただけだ。
 田中は奪われ。吉田は囚われ。僕は挑んだ。
 世界を揺るがしてもいないし、ハーレムもないし、血沸き肉踊る冒険もない。
 何十年にもわたる因果もなければ、伝説の勇者も出てこない。
 だらけきった、惰性の勝負と惰性の人生。
 緊張感もなにもない、ちょっとしたスリルのあるコミカルでアホらしい戦い。
 それでいい。
 それが、いい。
 僕らは、遊んでいるだけだ。
 ハッピーエンドが欲しくて遊んでいるだけの、ただの子どもでいいんだ。

『「オープン」』

 最後の最後、その最後。
 切って落とすは終幕の仕掛け紐。
 終わろう。
 そろそろ、お家に帰る時間だから。
 この『聖剣』で、勝つ。
 銀色の美丈夫が、光り輝く剣で魔王を――


『いいや、まだだ』


 ――『聖剣』が、砕かれた。
 魔王の直剣によって。
 『聖剣』と『剣技』。
 運気が、逃げた。
 あるいは――魔王の意地とか執念とか、そういうやつだろうか。


『佐藤。もうちょっとだけ大丈夫だろ。遊ぼうぜ』


 わがままなやつめ。
81 : ◆0lUPmuAhTY [saga]:2012/08/23(木) 22:51:26.35 ID:hgLKJqmA0

 第三マッチ、第二手。
 もう考えない。
 考える必要もない。二分の一。二分の一。五十パーセントのせめぎあい。
 ああ、なんて泥仕合だ。
 スカッとしない、俺と佐藤の、魔王とモブの最終決戦。

『選択だ!』
「同じく!」

 もう、この場には疲労とか戦略とか読みあいとか存在していない。
 迷子の俺たちの、ノリと勢いが加速する。
 童心に還るには、少々遅すぎたかもしれないけれど――どうせ、十六歳。まだガキだ。
 それに、ここは夢空間。
 怒ってくれる望月先生もいない。
 ちょっと――あとちょっとだけ。

 はしゃいでもいいじゃないか。
82 : ◆0lUPmuAhTY [saga]:2012/08/23(木) 22:53:06.40 ID:hgLKJqmA0

 楽しいと思うことは、不謹慎だろうか。
 ランナーズハイ的な、そんな状態なんだろう。
 泣きそうだ。
 興奮して昂奮して、もうなにがなんだかわからない。
 楽しいことは確かだけれど、悲しいことも同様に確かで、嬉しさも、怖さも、なんでもある。
 一種の恐慌状態かもしれない。そうじゃないかもしれない。どうでもいい。

 ただテンションのままに――突っ走ろうじゃないか。

『「オープン」』

 痛いほど喉がひりつく。ぜいぜいと、呼気が漏れ出る。
 へばりつく上下の瞼をむりやり引っぺがし、左眼を空中へ向ける。
 異様なほどの汗が背中を流れ、がんがんと脳裏に鐘の音が響く。
 見たくない。けれど、見なければ。見なければ、終わらない。

「……!」

 ――ぎらりと輝く、魔王の剣。その直剣は炎を纏い、大地を裂いている。

 『邪剣』だ。

 そして、僕の手は――


 銀色に輝く、


 杓杖を振り上げた、


 法衣の美女。


 ひと際眩く輝いて――姿を、変える。


「ッしゃあああああああああッ!!!」

『――があああああああああッ!!!』


 勇者の振りかざす『聖剣』が、魔王の『邪剣』を打ち砕き。


 魔王の敗北の咆哮をBGMに、僕は七つの田中を取り返した。


 
83 : ◆0lUPmuAhTY [saga]:2012/08/23(木) 22:54:19.20 ID:hgLKJqmA0

 終わってしまえば、とたんに冷静な僕が戻ってきて囁いた。
 これでいいのか、と。
 もちろん、と頷く。

 これでいい。
 これで、いいんだ。
 この終わり方が僕らしい、最低で最高なハッピーエンドじゃないか。
 田中は成長を取り戻し、吉田は魔王の責務から開放され、そして――


 そして、僕は死ぬ。一年と一週間後に、だれに悟られることなく、ぽっくりと。


 この世に未練がないなんて到底言えないだろうけれど、それでも僕は幸せな最後を迎えられる。
 みんなが幸せな最後を掴み取ることができたんだ。
 もう、思い残すことはなにも――なにも、ない。

84 : ◆0lUPmuAhTY [saga]:2012/08/23(木) 22:55:51.40 ID:hgLKJqmA0








「さとう。あなたがしんだら、わたしもしにますよ?」



 聞きなれた、舌っ足らずなロリボイスが、ひとつ残った右の耳朶を叩いた。








85 : ◆0lUPmuAhTY [saga]:2012/08/23(木) 22:56:45.62 ID:hgLKJqmA0
今日はここまで
明日か明後日、最終回
86 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/08/24(金) 13:08:41.44 ID:s82Fi/rdo
おつ
87 : ◆0lUPmuAhTY [saga]:2012/08/24(金) 23:40:35.07 ID:o7e/B0Wk0
さいしゅうかいいくですよー
88 : ◆0lUPmuAhTY [saga]:2012/08/24(金) 23:41:14.47 ID:o7e/B0Wk0

「もちづきせんせいから、しんぞうびょうのことをしらされてから、ずっといわかんがあったのです」

 【勇者と魔王】――ひいては、魔王との勝負には賭けるものが必要だ。
 そして、それらは等価でなくてはいけない。
 等価という言葉に、踊らされていた。
 私が賭けたのは『七つの私』であって、寿命ではないのだ。
 寿命を賭したのであれば、佐藤のように減っていくはずで、止まるということはないはずだ。
 つまり、賭けたのは『七つの私』そのものだった。肉体だった。

『……で? それがどうかしたのか?』
「じぶんのことなのにわからないのですか、このあほまおう。『じてん』でうばうんですよ、あなたは」
『……『時点』。そうか、そういうことか……!』
「……どゆこと?」
「あぅ」

 私のカレシが頭悪い。

「さとうー。まおうは、『じゅみょう』と『にくたい』をべつのものとしてあつかっているですよ。そして、うばう『にくたい』には『いつうばったのか』というじょうほうもふかするです」
「平仮名で言うな、解りにくいだろう」
「あなたはいまわたしのあいでんてぃてぃにけんかをうった」

 舌が回らないのは仕方ないじゃない。

 簡単に、かつ正確にいうと、吉田は『七歳の私』から『一年間分の肉体』を奪ったのだ。
 そして、その『一年間分の肉体』と『寿命一年』が等価だった。
 齟齬。違和感。
 魔王吉田が等価だと判断したけれど、それこそが彼の無意識だった。
 本来別のものを、等価値だと判断してしまったのだ。

「さて、ここまでいえばわかりますよね。さとう」
「……うん」

 今の間はなんだ。

『というか、田中。お前なんでここに――夢空間にいるんだ?』
「……なんでって、いちゃいけないんですか?」
『いや……まあ、理論はわかるぜ。取り返した以上、お前は賭けるものがあるからいても不思議じゃない』
「ならいいじゃないですか」
『だが、取り返してもらったのに、その犠牲を忘れてまた挑むってのか?』

 吉田が少し語意を強める。
 佐藤が軽く目を見開いた。すがるように、私を見つめる。
 微笑み返す。大丈夫、任せてください。

『佐藤のことを思うのならば、リスクを恐れろ。気持ちはわかるが、その行為は――』
「いいえ、よしだ。リスクはありません」
『――あ?』

 そう。
 私には、タダで賭けれるものがあるのだ。

 十年間分の肉体を、私は賭けることができる。
89 : ◆0lUPmuAhTY [saga]:2012/08/24(金) 23:41:42.75 ID:o7e/B0Wk0

 寿命は絶対だ。死因も、絶対だ。
 それを覆すことができるゲームが【勇者と魔王】で、概念魔王だ。
 けれど、私の肉体はこれからようやく育ちだすのだ。
 すると、どうなるか。

「わたしがじゅみょうをむかえるとき、わたしはけっていされていたじゅみょうまいなすじゅうねんのがいけんねんれいをしているはずです」
『……『肉体』と『寿命』は別。なるほどな』

 私の決定された運命線上に存在する、『最後の十年間の肉体』は消費されずに終わる。
 けれど、それは確かに存在するはずだ。
 なら、それを賭けることができる。

「まおうよしだ。わたしはあなたに、【ゆうしゃとまおう】をもうしこみます」
『……申し込まれちゃ、逃げられねえな。取り戻すのはどこだ? 佐藤の手か? 足か?』
「ぜんぶです」
『んん?』
「わたしの『さいごのとしのにくたい』ぜんしんをかけます」
『……おっけ、わかった。それでいこう』
「待て、待ってくれ! 田中、なんでいきなり全身を賭けるんだっ? リスクはなるべく分散したほうが勝率が――それに、僕の寿命はもう皆無だ。肉体を取り戻したところでッ」
『さとう。あなたは――あなたは、ゆうしゃじゃありません』

 既に、彼は勝負に挑む気がない。賭けるものを失っている――いや、あると言えばあるけれど、彼自身に勝負する気がないのなら、それはつまり夢空間にいる資格がないということだ。

「まあ、しんじてまっていてください」
「ちょっ、田な――」

 フッと。佐藤が消えた。
 たまには待つほうの身にもなれ。

『……心臓だろ』
「……。ふぇえ」

 図星を突かれた。

『心臓ごと肉体を賭けることに意味があるんだろ。運命決定によって決められている寿命も死因も『心臓病』が根幹だからな』
「……できれば、きづかないでいてほしかったです」
『俺はいつでも全力で考えてんだよ。脳みその血管切れそうだ』

 まあ、つまり、これも一種の賭けだった。
 心臓自体を二つ持てば、心臓病では死なない――はずだ。

『それもこれも、お前が俺に勝ったあとの話だろ』
「かちますよ。がいけんどおり、わたしはわがままでゆめみがちなおこちゃまですからね。はっぴーえんどいがいはみとめません」
『……そんじゃま、やるか』
「やりましょう」

 結局のところ、佐藤は勇者でもなければ村人Aでもなく――僧侶だったのだ。
 私という、ただ一発の『聖剣(ハッピーエンド)』を通すための。
90 : ◆0lUPmuAhTY [saga]:2012/08/24(金) 23:42:09.48 ID:o7e/B0Wk0

 結局のところ、僕は勇者でも村人Aでもなんでもなく、それどころか僧侶でもなかった。
 当然グレゴール・ザムザでもない。
 強いて言うならば、僕は僕だ。
 手も足も失い、ただボロアパートの天井を見上げながら転がっていることしかできない無力な――ああ、そうか。

 毎年、田中はこんな気分を味わっていたのか。

 待つことしかできない、こんな最低な気分を、毎年。

「……『任せて』か。そういわれたら、信じるしかないよなあ」

 僕は馬鹿だから。
 田中がなにをしようとしているのかは、わからない。
 けれど、好きな人を信じるくらいのことはしようと思う。
 それくらいしかできないから。

 外見と違って、僕は我侭で夢見がちな中二病だからね。
 ハッピーエンド以外は、認めない。
91 : ◆0lUPmuAhTY [saga]:2012/08/24(金) 23:43:13.27 ID:o7e/B0Wk0

 二十歳になった。
 二十歳に、なれた。

 ミンミンだとかツクツクホウシだとか、そんな感じの蝉の声が響いている。
 なんだかんだ、今年も暑い。年々暑くなっていている気がする。
 そんなこんなで、八月十四日。
 今年も僕は生きてます。

「とか」

 言ってみたところで、それがどうしたって話である。
 ハッピーエンドだのなんだのいいつつ、結局、それらは僕らの自己満足でしかない。
 田中の両親は未だに『娘なんていない』って言ってるし、望月先生は預金が尽きたし、僕は未だに童貞だし。

「とか、とか。それこそ、どうしたって話だよな」
「さっきからなにをぼそぼそ言っているですか、佐藤。気持ち悪い」

 ロリボイスも、随分と滑舌がよくなった。とはいえ、まだまだロリボイスだけれど。
 肉体年齢は十歳だからなあ。

「そんな風に気持ち悪いから未だに童貞なのですよ」
「僕が童貞なのは田中のせいだろ! 田中がいつまでたってもFカップにならないからだろ! いい加減にしろ!」

 いや、いくらなんでも外見年齢十歳の少女にFカップを求めるのは酷か。自戒自戒。

「いえ、あの、佐藤? そもそも身体年齢十歳の私とセックスしようと思わないでください。あと五年は待ってもらわないとですね」
「田中、いいことを教えてやろう」
「? なんですか?」
「初潮が来ている女の子ならセックスしても問題ない」
「いま、わりと本気であなたのことが気持ち悪い……!」

 でも好きなんだろ。
 とか、とか、とか。

 そんなくだらない話をする。
 吉田の墓の前で。
92 : ◆0lUPmuAhTY [saga]:2012/08/24(金) 23:44:14.38 ID:o7e/B0Wk0

 十四年前――つまり、最初の最初。
 『七つの田中』が奪われた日は、同時に魔王吉田が生まれた日でもあった。

 交通事故だった。

 どういう世界のシステムでそうなったのかはわからない。
 けれど、その事故で吉田は概念魔王になって、夢空間でしか活動できなくなった。

 八月十三日から十五日にかけて限定で。

「お盆の時期にしか帰ってこれない魔王ってのも、なかなか間抜けでいいよな。実に僕たちらしい」
「年中居座られても鬱陶しいですけどね。すでに死んだ人間のことをとやかく言うつもりはありませんけれど。ああ、人間じゃなくて魔王でしたか」
「概念のな」

 悲しいことに、僕らの親友はもう帰ってこない。
 とりあえず、缶チューハイをお供えしてみた。
 僕自身の手で。
 クーラーボックスから取り出して。
 ついでに僕のぶんも出して、プルタブをおこす。ぷしゅり、と気の抜けた音が墓所に響いた。

「吉田の二十歳初酒だな。おめでとう」
「佐藤、私のは?」
「ホルモンバランス崩れるからダメ」
「むぅ」

 頬を膨らませる田中。可愛い。そして生キャベツと大豆の成果が出たのかおっぱい大きい。もうちょっとだ。頑張れ、僕。

「……まあ、そんなこんなで、僕らは元気だよ、吉田」
「……はい。たぶん寿命で死ぬまで、ずっと元気ですよ」

 魔王吉田と七つの田中をめぐるお話は、これでお終いだ。
 クソ暑い夏の日差しの中で、僕らは大したオチもなく、物語を終える。
 でも、ハッピーエンドだ。
 間違いなく。

 太陽が眩しい。蝉がうるさい。今年もいい夏だ。
93 : ◆0lUPmuAhTY [saga]:2012/08/24(金) 23:44:50.04 ID:o7e/B0Wk0

 とか、とか。
 とか、とか、とか。

 そんな綺麗に終われたらよかったのだけれど。
 現実はそんなに甘くない。

 どくりどくりと、心臓が鼓動する――田中にも言っていないことがある。

 どうして、死んだ後も吉田が成長を続けていたのだろうかという疑問と――




 ――鼓動しているこの心臓はだれのものなのだろうか、という疑問だ。




 吉田から奪ったもの? だとすれば、この心臓は最初から動いているはずがないのだ。
 吉田は十四年前に死んでいるはずなのだから。

 なら、この心臓は――どうして、動いているのだろうか。


 もしかして――と。

 吉田の墓を見る。

 もしかして――もしかして。




『本当に、俺は死んでたのかな?』




 そんな声が聞こえた気がした。





94 : ◆0lUPmuAhTY [saga]:2012/08/24(金) 23:50:17.70 ID:o7e/B0Wk0

以上で、ゆるふわ系魔王討伐コメディ『魔王吉田と七つの田中』終わりです。
無駄に冗長で、正直すごく読みづらかったと思います。
こんな終わり方ありかよ、とか言われるかもしれません。僕なら言います。

明日の夜にHTML化スレにURL張りに行くので、それまでに質問、感想等頂けるとありがたいです。
ないようでしたらなにも言わずに張りに行きます。
またどこかの幼女でお会いしましょう。
では。
95 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/08/25(土) 00:08:33.82 ID:+fggqvY/0
畜生最後の最後に後味悪いもんおもいっきし置いてきやがって乙最高だった
96 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/08/25(土) 00:24:18.09 ID:9kJPX05IO
よしだはせいをとりもどしたかったのですか
97 : ◆0lUPmuAhTY [saga]:2012/08/25(土) 20:57:55.18 ID:TL3KmSTU0
>>95
そういっていただけると幸いです

>>96
さて、どうでしょう


では、HTML化に依頼してきます
お付き合いいただきありがとうございました
98 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/08/27(月) 14:22:46.08 ID:boMUO2iTo
おつかれ!面白かったよー
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