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ルージュ「信じられん……」 - SS速報VIP 過去ログ倉庫

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1 :>>1 [saga]:2012/08/26(日) 12:08:57.11 ID:IDqTve2AO
※CAUTION!

・サガフロンティア主人公の一人、ブルーの兄弟ルージュからの視点になります。

・本編のネタバレ及び解体真書、裏解体真書の没設定が多く盛り込まれています。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1345950537
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渾沌ゴア「それでもボクはアイツを殺す」 @ 2024/04/25(木) 22:46:29.10 ID:7GVnel7qo
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1714052788/

二次小説の面白そうなクロス設定 @ 2024/04/25(木) 21:47:22.48 ID:xRQGcEnv0
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1714049241/

佐久間まゆ「犬系彼女を目指しますよぉ」 @ 2024/04/24(水) 22:44:08.58 ID:gulbWFtS0
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1713966248/

全レスする(´;ω;`)part56 ばばあ化気味 @ 2024/04/24(水) 20:10:08.44 ID:eOA82Cc3o
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/part4vip/1713957007/

君が望む永遠〜Latest Edition〜 @ 2024/04/24(水) 00:17:25.03 ID:IOyaeVgN0
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/aa/1713885444/

笑えるな 君のせいだ @ 2024/04/23(火) 19:59:42.67 ID:pUs63Qd+0
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/aa/1713869982/

【GANTZ】俺「安価で星人達と戦う」part10 @ 2024/04/23(火) 17:32:44.44 ID:ScfdjHEC0
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トーチャーさん「超A級スナイパーが魔王様を狙ってる?」〈ゴルゴ13inひめごう〉 @ 2024/04/23(火) 00:13:09.65 ID:NAWvVgn00
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1713798788/

2 :>>1 [saga]:2012/08/26(日) 12:11:06.40 ID:IDqTve2AO
〜1〜

眠らない街、クーロン。それは宝石箱をひっくり返したように数多あるリージョンの中にあって最も――

アニー「……収穫無しか。嗚呼どうしよう今月キツいってのに」

最もヒューマン・メカ・モンスター・妖魔と言った多人種の住まう猥雑な街であり、アニーもその一人だ。
今もイタリアンレストラン『カトラス』の街に佇み、チューブトップを押し上げる豊かな胸の下で腕組みし――
ホットパンツから伸びる脚線美にガーターベルトをあしらったその姿を見て彼女が『案内人』である事を見抜くのは難しい。
つい先日も酔ったパトロール隊員が彼女を見て立ちん坊と間違えて声を掛け、脇腹を刺されて死にかけたのだ。
そのアニーが溜め息混じりに肩口にかかるブロンドを掻きながらぼやく。仕事にありつけないのである。

アニー「(このままじゃ弟達どころか自分の食い扶持も危ないわ。かと言って仲間に借りなんて作りたくない)」

アニーは目の前にあるイタリアンレストランを隠れ蓑にした非合法組織『グラディウス』に所属している。
それはとりもなおさず、幼い頃に両親を亡くし、残された幼い弟妹達を養うための生計を立てるためである。
だがそのグラディウスにも毎日のように任務がある訳でもなく、時にこうしたエアポケットが生まれる。
そのため彼女は案内人というサイドビジネスにも携わっているのだが、そちらも今の所思わしくない。
二週間前、家族の仇討ちに燃える機関士見習いをブラッククロス基地に案内し、その後にやって来た――

クーン『ねえねえ、刑期百万年の男って知らない?ディスペアって言う所に居るって聞いたんだけどなー』

アニーの嫌う可愛さを売りにした愛玩動物のようなモンスターを監獄ディスペアに案内し、その道中で

富豪『おお!どうか病魔に冒された私の娘をお救い下さい!!』

ヨークランドの大富豪に引き取られた妹に会ったのを最後にパタッと案内人としての仕事が途切れたのだ。
同じくグラディウスの任務もヨークランドの大聖堂にジョーカーなる男の抹殺指令を終えた後梨のつぶて。

そんな時だった。

???「あの、貴女がアニーさんですか?」

アニー「そうだけど、あんた誰?気安く話し掛けないでよ」

夜の街に佇んでいたアニーの前に、一人の術士が現れたのは。

???「失礼しました。ルーファスさんの紹介で来たんですが」

アニー「!」

その名は――

3 :>>1 [saga]:2012/08/26(日) 12:12:00.08 ID:IDqTve2AO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ルージュ「マジックキングダムの術士、ルージュと申します。貴女にディスペアを案内して欲しいんです」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
4 :>>1 [saga]:2012/08/26(日) 12:12:29.44 ID:IDqTve2AO
〜2〜

ルーファス『ああ、彼とは武王の古墳で知り合ったんだ。何でも、術の資質を集める旅をしているらしい』

アニー「なるほどね。それで私の所に。って言うかライザが寂しがってるんだからフラフラしてないで戻」

ルーファス「では頼むぞアニー。後の事はライザに任せてある」

アニー「」

立ち話も何だからとカトラスへ入り、ルージュが娼婦風パスタに舌鼓を打っている間にアニーは裏を取った。
電話越しにもあの特徴的なサングラスばかりがちらつく、アニーの上司にしてグラディウスクーロン支部長……
ルーファスからの紹介である事はどうやら確からしく、その証拠に『勝利のルーン』が刻まれた小石をルージュは持っていた。
アニーも久方振りにありつけた儲け口を逃す手はないのだが、何となくモチベーションが上がらないのだ。
それは片手では足りぬほどぶち込まれた監獄ディスペアへ手引きする事に躊躇を覚えた訳ではなく――

ルージュ「美味しいですね。僕、こんなの生まれて初めて食べましたよ」

アニー「(……何て言うか、生っ白い。育ちも良さそうだし、こういう男も何か苦手だな……)」

ルージュの纏う温室育ちのお坊ちゃんのような柔和な物腰と、アニーの感覚に引っ掛かる違和感が原因である。
下卑た男は嫌いだし、仕事柄荒っぽい男にも慣れている。だがルージュの醸し出す雰囲気はそのどれとも異なる。
だのに幼年期の境遇から研ぎ澄まされたアニーの警戒網に引っ掛かる底の知れなさ。それが気になってならない。

アニー「それは構わないだけど、食べたら直ぐ出発するわよ。ディスペアには清掃員に扮して潜入するの」

ルージュ「はい」

アニー「……警備ロボットや得体の知れないモンスターもうようよ居んのよ?あんた本当に大丈夫なの?」

ルージュ「僕は魔術と陽術の資質を持っています。遅れは取りませんし、足手纏いなら捨て置いて下さい」

アニー「………………」

だがルーファスと行動を共にして生きてここまで辿り着いたのなら、それなりに腕は立つかと判断し

アニー「OK。じゃあギャラの話に移りましょうか。これくらいでどう?」

ルージュ「そんなに少なくて良いんですか?」

アニー「」

二人はディスペアへと潜入した――

5 :>>1 [saga]:2012/08/26(日) 12:13:10.48 ID:IDqTve2AO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ACT.1「プリズンブレイク」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
6 :>>1 [saga]:2012/08/26(日) 12:16:07.91 ID:IDqTve2AO
〜3〜

ルージュ「こんにちは。毎度どうも」

看守「おや、今日は美人が来たね」

アニー「(そいつは男だよ!)」

看守「許可証確認と。はい、どうぞ」

その日の内にリージョンシップに乗り込んだ二人は清掃員に扮し監獄(ディスペア)へ潜入を果たした。
鼻の下を伸ばし、袖の下も要求して来る事で悪名高き看守の座する正面ゲートを抜け、二人は階段を降りる。
監獄独特の黴臭く、冷え切って、それでいて湿った空気にキャップを外して銀髪を広げるルージュが微笑んだ。

ルージュ「上手く行きましたねアニーさん。女性に間違われた時は違った意味で驚かされてしまいましたが」

アニー「安心すんのはまだ早いよ。“解放のルーン”を手にして生きてここを出るまでは気を抜いちゃ駄目」

ルージュ「ごもっともです」

アニー「(確かに男と思えないくらい綺麗な顔してるけどさ)」

地下へ通じるダストシュートを前に、アニーは油断なく辺りに目端を行き届かせながらルージュを見やる。
確かに看守が見間違えたのも無理からぬほど整った顔立ちである。並んだアニーの方が気後れするまでに。だが

アニー「さあっ、飛び込むよ。頭を打たないように気をつけて」

ルージュ「ええわかりました……ぬおおおおおおおおおお!?」

アニー「ちょっと馬鹿、デカい声出すんじゃ……きゃあっ?!」

えいと地下ゴミ集積場へダストシュートから飛び降りた際、思わぬ高さに受け身を取り損ねたルージュが

ルージュ「痛たたたたた……んっ?痛くない?というより……」

アニー「………………」

ルージュ「柔らか……」

アニー「――いつまで人の上に乗ってんだオラァァァァァ!!」

ルージュ「おっ、大きい声を出さないで下さ、ぎゃあっ!!?」

仰向け寝にゴミの山に倒れ込んだアニーの豊かな胸に顔を埋める形で覆い被さったが最後であった。

アニー「これだから男は!油断も隙もありゃしないよまったく」

ルージュ「す、ずいまぜん。悪気ばながっだんですアニーざん」

ルージュはしこたまアニーのレーザーナイフの柄で殴られた。刺されなかったのは報酬が後払いだからだ。

アニー「本当にもう……」

ルージュをげしげしと足蹴にしつつ、ゴミ集積場よりマンホールを下って行った。まさにその時だった。

7 :>>1 [saga]:2012/08/26(日) 12:16:37.04 ID:IDqTve2AO
〜4〜

マフラーザウルス「ケエエエエエ!」

ルージュ「あれは……」

アニー「マフラーザウルス!」

バシャァァァァァ!と下水道より水柱を上げ飛沫を撒き散らす、モスグリーンの表皮に覆われたモンスター。
エリマキトカゲにも似た鬣を有する二足歩行の水棲系モンスター、危険度ランク4のマフラーザウルスである。
それが下水道から向こう岸に架けて渡された足場の真ん中に立ちはだかり、二人に襲い掛からんとしていた。

アニー「あんたは下がってな」

ルージュ「で、ですか」

アニー「これもギャラの内だよ!」

マフラーザウルス「ケエエエエエ!」

ドン!と獲物を見つけたマフラーザウルスが二人目掛けて突進し、迎え打つアニーが直線的なその動きを

アニー「っ」

マフラーザウルス「!?」

アニー「見切った!」

闘牛士のように鮮やかな身のこなしで半身構えからかわし、標的を一瞬見失ったマフラーザウルスの

アニー「オラァッ!」

マフラーザウルス「ギエエエエエ!」

特徴とも言うべき鬣を持つ首筋を、庭球のスマッシュに似た動きでレーザーナイフで切って落とした。が

マフラーザウルス「オ゛」

アニー「!?」

マフラーザウルス「エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛!」

モンスターの生命力からか首を失ってまで全身を打ち震わせ、バリバリと産毛が逆立つ放電現象が起きる。
マフラーザウルスが水場で狩りをする際に放つ電撃が、不純物だらけの下水道で放たれればどうなるか――

アニー「ルージュ!」

ルージュ「インプロージョン!」

弾かれたようにアニーが振り返る顔の直ぐ横を、ルージュの魔力を以て象られる星形正十二角形の光芒。
『インプロージョン』がマフラーザウルスの身体を繭のように包み込み、内部で爆縮崩壊を引き起こす。

マフラーザウルス「ケエエエエエ……」

アニー「――消滅した」

ルージュ「あっ、危ないところでした」

アニー「……ありがとう」

ルージュ「どういたしまして」

それによってマフラーザウルスは今際の際放たんとした電撃より早く、肉片すら残さず爆破消滅された。

ルージュ「……これは」

アニー「パールハートよ!」

ルージュ「それってすごいんですか?」

アニー「すごいって、あんたこれマンハッタンだと1500クレジットは下らないわよ!?」

ガメツい少女と、世間知らずな術士に、青玉の宝珠を残して。

8 :>>1 [saga]:2012/08/26(日) 12:17:09.06 ID:IDqTve2AO
〜5〜

アニー「後ろ見張ってて。変なのが来るかも知れないから」

ルージュ「(饐えた匂いがするな……)」

アニー「……聞いてる?」

ルージュ「は、はい!!」

下水道を抜け、ベルトコンベアを横切り、赤外線センサーの網を潜って辿り着いたルーンのある小部屋。
アニーは厳重に施錠された鉄扉をピッキングしつつ、後ろで物思いに耽っていたルージュをたしなめた。

アニー「しっかりしてよね。でもさ、あんたみたいな育ちが良さそうなのが私に渡りをつけるだなんて」

ルージュ「………………」

アニー「マジックキングダムの事は良く知らないけど、資質集めってそんなに大事な事?命懸けじゃん」

アニーとしても別段ルージュの生まれ育ちにさほど興味があった訳ではなく、単に沈黙を嫌ってなのだが

ルージュ「……文字通り、命懸けですよ」

アニー「えっ?」

ルージュ「いえ、ようやく修士を終えたばかりの不完全な術士ですから。それくらい頑張らないと……」

アニー「(今、何か雰囲気が変わった?)そ、そうなんだ……」

その時背を向けて錠前破りに勤しんでいたアニーの手が思わず止まるほど、ルージュの声は静謐だった。
だが振り返った時、既にルージュの顔には微苦笑が浮かんでおり、つられてアニーも苦笑いさせられる。

ルージュ「そう言うアニーさんこそ何故、女性の身でありながらこんな危険なお仕事をなさってるんですか?」

アニー「………………」

ルージュ「……立ち入った事を聞いてしまいましたね。すいま」

アニー「兄弟を食わせるためさ。女が身体を売らずに大金稼ごうとしたら命くらいしか張る物がないの」

ルージュ「………………」

元手もかからないしね、とアニーが諧謔すると、今度は逆にルージュが黙り込んでしまったのである。
どうにも糸口が掴み難いわね、とアニーが二つ目の錠前を外し終え残す所あと一つになったその時――

ルージュ「……僕にもね、双子の兄弟がいるんですよ」

ズン!

アニー「待って!何か変な音がするわ!!気をつけて!!!」

ズン!!

ルージュ「僕は、その兄弟と」

ズン!!!

アニー「何!?聞こえな――」

ニドヘッグ「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」

巨大な髑髏の頭部に、長大な百足の胴体を持つアンデットモンスター『ニドヘッグ』が姿を現して――
9 :>>1 [saga]:2012/08/26(日) 12:19:20.51 ID:IDqTve2AO
〜6〜

アニー「クソッ、あの時よりデカくなってる!」

ルージュ「知ってるんですか!?」

アニー「昔脱獄する時にちょっとね!来るよ!」

小部屋へ通じる地下通路を塞いでしまうほどの巨躯を誇るニドヘッグを前に、二人が並んで身構え――
ドン!とアニーが左へ床面を蹴って駆け出し、ルージュが右へ飛び退いてニドヘッグの視線を分断し

アニー「合わせるよルージュ!さっきのお見舞いしてやんな!」

ルージュ「はいっ、インプロージョン!」

ニドヘッグ「ゲヘヘヘヘヘ!」

ニドヘッグの先槍を思わせる腕部より唸る突きをかわし、ルージュが再び星形正十二角形の光芒……
『インプロージョン』を髑髏のような顔面に放って爆破し、その間隙を縫ってアニーが諸手突きを放つが

ニドヘッグ「ゲヘッ」

アニー「嘘」

ルージュ「再生した!?」

即席の連携プレーと共に勝敗は決したかと思われたが、ニドヘッグはそれを物ともせず頭部を再生した。
それどころか、着地したばかりのアニー目掛けて百足蹂躙という名の巨躯を利用しつ吶喊して来たのだ!

アニー「その技はもう見切っ……」

ルージュ「アニーさん!上だ!!」

ニドヘッグ「ゲヘヘヘヘヘ!!!」

だがマフラーザウルスの突進をも見切ったアニーを前に、ニドヘッグは巨躯を誇るもあまりに鈍重過ぎた。
だがアニーがサイドステップを踏んで壁面を背に負ってしまった事に気付いた時に既に全てが遅かった。

ニドヘッグ「ヴオ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛」

アニー「あっ……」

頭上から壁面に罅を入れるほどのニドヘッグのスクリームを受け、アニーは鼓膜が破れそうになりながら

アニー「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!?」

ルージュ「アニーさん!」

アニー「逃げ……」

脳の髄まで揺らされてアニーはその場に昏倒した。音波とは時に弔鐘一つで街中の硝子を残らず打ち砕く。
吹き飛ばされた頭部をも容易く再生させる程の、体長十数メートルにも及ぶモンスターでは尚の事である。

ニドヘッグ「ゲヘゲヘゲヘ……弱いなあ」

横臥したアニーを抱えたルージュの背中に、人語も解するのかニドヘッグが嘲りの呪詛を浴びせかけた。

ルージュ「………………」

意識を手放す直前にアニーは言った。逃げろと。だがそれは――

10 :>>1 [saga]:2012/08/26(日) 12:20:13.23 ID:IDqTve2AO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ルージュ「――調子に乗るなよ、虫螻が」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
11 :>>1 [saga]:2012/08/26(日) 12:20:45.49 ID:IDqTve2AO
〜7〜

ニドヘッグ「!?」

その時、ルージュの纏う温和な雰囲気が、柔和な表情が一変した。

ルージュ「――“俺”の道を塞ぐというなら、“貴様”の屍を乗り越えて進ませてもらうとしようか……」

否、アニーを抱え上げたその横顔こそが本来の素顔であった。冷厳にして、無慈悲たる、残酷なまでの。

ルージュ「フラッシュファイア」

次の瞬間、ルージュの唱えた陽術『フラッシュファイア』の劫火の大嵐が地下通路に吹き荒れ、そして

ニドヘッグ「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」

ルージュ「百足は頭を潰しても半日は生きるからな。念には念を入れて焼き殺すとしよう。臭くてかなわん」

ニドヘッグ「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」

ルージュ「――死ね」

ヤスデに始まり、ムカデなどの接足動物は固い表皮に多量の油分を分泌する。故に火をかけられれば容易く燃え上がる。
気道は焼け爛れ内臓は炭化し、ルージュを中心に荒れ狂う爆炎の風を前にニドヘッグは百足を折り曲げながら焼かれた。
床面が溶解し、アニーが外そうとしていた錠前まで灰となり、炎を巻いた風が止む頃には全てに呆気なくカタがついた。

ルージュ「使えん女だ。道案内も満足に出来んのか」

そしてルージュは気絶したアニーが聞けば怒り出す前に青ざめそうなほど冷たい声で吐き捨てながら……
世に言うお姫様抱っこで抱え上げ、錠前の外れた鉄扉を潜って『解放のルーン』が刻まれた石の前に立つ。
薄暗い監獄の中にあってそこだけ柔らかな光の射し込むその光景に、修士終了式の日を思い出しながら。

『ルージュ、貴方は選ばれし者です。双子ゆえに魔力が強い』

礎に向かって手を伸ばす。アニーは未だ目覚める気配はない。

『しかし、双子のままでは術士として完成することはありません。 貴方はその運命に従わなくてはなりません』

だがルージュにとってはその方が好都合であった。

『今日、別な場所で貴方の双子の片割れのブルーも 同じように終了の日を迎えています』

こうして世慣れぬ若者を装っている方が、誰も彼も油断する。

『キングダムには不完全な術士よりも完璧な一人の術士を求めています。それは貴方だと信じてますよ、ルージュ』

そう、全ては

『行きなさい。資質を身につけ、そして』

12 :>>1 [saga]:2012/08/26(日) 12:21:19.15 ID:IDqTve2AO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
『  ブ  ル  ー  を  殺  せ  !  』
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
13 :>>1 [saga]:2012/08/26(日) 12:24:06.61 ID:IDqTve2AO
〜8〜

アニー「案内人失格ねあたし。まさか依頼人に救われるなんて」

ルージュ「いえ、そんな風に仰有らないで下さいアニーさん。僕だって命辛々逃げるのがやっとでした」

そしてアニーが気がついた時、見上げた天井はディスペアの押し潰しされそうなそれではなく、クーロンの安宿であった。
ルージュ曰わく、アニーが気を失ってより死に物狂いで小部屋に逃げ込んでやり過ごし、解放のルーンを手にしたらしい。
事の顛末を聞き及び、アニーは薄っぺらいシーツを口元まで引き上げて嘆息した。何という醜態を晒してしまった事かと。

アニー「……報酬は必要経費だけで良いわ。このザマじゃ……」

ルージュ「――わかりました。では必要経費と、道中手にしたパールハートをアニーさんに差し上げます」

アニー「そ、それじゃ報酬よりも高くついてるじゃないのよ!」

そう言ってアニーは偽造許可証や清掃会社のユニフォームなどの必要経費のみをルージュに請求したが……
ルージュは手にしたパールハートごとギュッとアニーの手を包み、握らせながらゆっくり頷いたのである。

ルージュ「良いんです。僕はこれからも資質集めの旅を続けますし、4つのルーンの内一つはこの……」

アニー「ルージュ……」

ルージュ「クーロンのどこかにあると言われました。その時また貴女の力を僕に貸してくれませんか?」

そう優しく囁きかけられ、アニーはカッと耳まで顔を紅潮させた。常ならば私はそんなに安い女じゃないと……
振り解いた手で平手打ちの一つも浴びせるところであったが、ルージュはそれ以上に自分を高く評価してくれた。
その事が、ややもすると男嫌いの気があるアニーの心根を解きほぐした。ルージュもまたそれを確認するなり

ルージュ「……これは手付け金です。ゆっくり休んで下さい」

アニー「待って!」

ルージュ「はい?」

アニー「……ありがとう」

ルージュ「――お疲れ様でした」

あっさりと自らのアドレスを書き記したメモと共に、予め宿代は払い終えている旨を伝えて部屋を出て行く。
メモの上には必要経費、アニーの手にはパールハートを残し、一度も振り返る事なく安宿を後にして行った。

アニー「……ルージュ」

――取り残された見送るアニーの眼差しを知ってか知らずか――

14 :>>1 [saga]:2012/08/26(日) 12:24:37.56 ID:IDqTve2AO
〜9〜

ルージュ「(今はまだ利用価値がある。俺一人でこの広いクーロン全てを把握するには情報が足りない)」

ルージュは眠らない街を、行き交う人波をすり抜けながら一人歩いて行く。手中に収まった二つの小石……
ドゥヴァンの印術の館で手にした四つの小石の内、『勝利』と『解放』のルーンが刻まれたそれを。
残すところはその館の主が言うところの『保護』と『活力』のルーンだが、この二つがやや難物である。

ルージュ「(それにルーンのある所に必ずモンスターが湧き出て来る以上、単独行は得策とは言えない)」

一つはこの広大なクーロンのどこかに、一つはリージョン間に広がる混沌を泳ぐタンザーなる怪物の身中に。
使える駒は言うに及ばず、時には捨て駒となる人材も必要だ。武王の古墳で同道したルーファス……
彼は腕も立ち、頭も切れるが故にアニーと異なり報酬だけで御する事は難しそうだったために諦めた。

ルージュ「(一先ず、初日で陽術の資質を手に入れる事は出来た。昨日と今日は共にルーンを一つずつ)」

魔術王国マジックキングダムを発ってより早三日でこのペースはルージュが優れている何よりの証明である。
だが真に証明すべきは己が片割れ、ブルーである。どちらがより優れた完全な術士となり生き延びるのか……
それがこの旅に命と共にかかっているのだ。それを肝に銘じながら繁華街を抜けて裏通りに出た所で――

戦闘員1「おっと待ちなそこのお嬢さん」

戦闘員2「おのぼりさんかい?ここを通るには通行料が必要だぜ。100クレジット出してもらおうか」

ルージュ「………………」

ルージュは裏通りの階段踊場にて犯罪組織ブラッククロス戦闘員二人に、挟み撃ちの形で因縁をつけられた。
マジックキングダムにはいなかった、大義を持たず小銭を貪るばかりの俗人。ルージュは頭が痛くなりそうだった。

戦闘員1「どうした。怖くて声も出ねえかい銀髪のお嬢さん?」

戦闘員2「悲鳴は出さねえでくれよ。金だけ出してくれりゃあ」

故に、頭痛の種はその場で取り除く必要があった。事のついでにルーンの在処を身体に聞き出しても良い。
最も、知っていようがいまいがルージュにとってはどちらでも良かったのである。彼等の生死と同じく。

ルージュ「そうか。好きにしろ」

そして上がった二つの断末魔は、ただ一人を除いてクーロンに住まう人々の誰の耳にも届く事はなかった。

15 :>>1 [saga]:2012/08/26(日) 12:25:05.37 ID:IDqTve2AO
〜10〜

ヌサカーン「ふむ。今宵は実に騒がしい」

――同じクーロン裏通りに医院を構える上級妖魔にして医者であるヌサカーンただ一人を除いてである。
身に纏った白衣を翻らせ、魔法陣の描かれた診察台の床面を踏みしめ、椅子に腰掛けながら頬杖をつく。
長く伸ばした濡れ羽色の黒髪に、リムレスの眼鏡と相俟って確かに腕利きの名医に見えるし実際に腕は立つ。
だがそれを補って余りある病魔への偏執と恐怖への偏愛が、変わり者の多い上級妖魔の中でさえ浮いていた。

そこへ

リリリリリ

ヌサカーン「もしもし」

アニー『あっ、先生?良かったまだ起きてたんだ。助かった』

ヌサカーン「また君か。今度は打ち身か、それとも掠り傷か」

アニー『先生の言う掠り傷は私達人間で言うところの瀕死の重傷よ。そうじゃなくて先生に聞きたい事が』

古めかしい黒電話が鳴り響き、ヌサカーンが受話器を取ると先程の悲鳴よりも姦しい声音が飛び出した。
ヌサカーンには、かつてアニーの妹に取り憑いた病魔モールなる下級妖魔を祓う一助を授けた事がある。
それによって同じクーロンの裏社会に身を置く者同士、時には情報交換する事があった。今のように……

アニー『先生、“保護のルーン”について何か知らないかしら?今ちょっとライザが捕まらなくてさ』

ヌサカーン「……“保護のルーン”か。ふむ、心当たりが無くもないが、それは急ぎの用事なのかな」

アニー『あたしがって言うよりあたしの顧客がね。暇してるならギャラは折半で良いから一口どう?』

ヌサカーン「金銭に興味はないが、ルーンを求めるなら依頼者は術士かね?例えばマジックキングダムの」

アニー『えっ、何でわかったの?うん、マジックキングダムよ』

ヌサカーン「……少し興味が沸いた。良いだろう。では明日その術士を私の所まで連れて来てくれたまえ」

アニー『OK。気前と払いの良い上客よ。それじゃあまた明日』

そして役目を終えた受話器を戻しながらヌサカーンは椅子を回転させて魔法陣の描かれた診察台を見る。
その下に封印するよう、クーンという滅び行く故郷を救うべく集めていた『指輪』を透かし見るように。

ヌサカーン「――マジックキングダムは病に冒されている……」

ボーン、ボーンと日付変更を告げる古時計の音が、長い時を生きるヌサカーンには弔鐘のように聞こえた。
16 :>>1 [saga]:2012/08/26(日) 12:27:47.74 ID:IDqTve2AO
第一話終了
17 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/08/26(日) 12:43:24.49 ID:OXXclpn20
乙。ルージュの本性がブルーと大差なくてなんだか納得したわ
18 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/08/26(日) 12:52:23.54 ID:Mc4+ZjE4o
19 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(中部地方) [sage]:2012/08/26(日) 13:03:40.22 ID:byIBR1mfo

ルージュは毎回仲間にしてたなぁ
20 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/08/26(日) 13:09:58.46 ID:SFLRestIo
乙。懐かしい。

ルージュは陰術・印術をよく習得させてた覚えがあるな。
21 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage ]:2012/08/27(月) 12:22:46.75 ID:bUYV7C6Ro
少し前にレッド編やってたけど、ルージュは必須メンバーだったわ。
22 :>>1 [saga]:2012/08/27(月) 19:39:37.30 ID:FNMWqGIAO
〜1〜

アニー「ふあ……」

翌朝、アニーはうんと背を伸ばしながら安宿を出、さざめく朝の光を目一杯浴びながら欠伸を噛み殺した。
一夜明け、ニドヘッグの放ったスクリームに揺さぶられた脳と破裂しかけた鼓膜にも最早痛みはない。
それがルージュの『スターライトヒール』という、治癒を司る陽術である事をアニーは知る由もないが……

アニー「(……ルージュは一体どこに寝泊まりしてるんだろ)」

目覚めてすぐ思い浮かべ、今も朝市に活気付く人山の中つい目で探してしまう相手は銀髪の術士ルージュ。
アニーは時折口笛を吹いて色のついた眼差しを送ってくる露天商の売人達に一瞥もくれる事なく大股で歩く。
付け入られる隙を見せれば骨の髄まで食い物にされるのがこのクーロンだ。そんな中にあってルージュは

アニー「(カモがネギ背負って歩いてるようなもんだよ。有り金巻き上げられて泣いてなきゃ良いけど)」

格好の獲物だろう。世間知らずの上に懐があたたかいとくれば尚の事である。そう思いながらアニーが

店主「らっしゃいらっしゃい!安いよ安いよそこのお嬢さん!」

ルージュ「い、いえ僕は」

子供「歌唄うから金くれ!ヘェーラロロォノォーノナァオオォ」

ルージュ「ええと、その」

乞食「儂はワカツから焼け出されて来たんじゃ。お恵みを……」

アニー「……ルージュ!」

ルージュ「アニーさん!」

マーケットの案内板を横切った所で、案の定というべきルージュは群がる住民達に金をせびられていた。
あんな如何にも余所者とわかる修士の法衣など着ていれば集られて当然である。故にアニーは割って入り

アニー「ほらほら散った散った!そいつは私の客よ。シッシッ」

売人「おう、朝っぱらからお盛んだな姉ちゃん!グヘヘヘヘヘ」

アニー「あ゛?」

ルージュ「ア、アニーさん喧嘩は良くないですよ。おっとっと」

アニー「あんたもこんなところブラブラしてんじゃないわよ!まあこっちから連絡する手間が省けたわ」

ルージュ「?」

アニー「寝ぼけてんの?“保護のルーン”の情報提供者を見つけたのよ。とりあえず道すがら話すから」

右往左往していたルージュを、幼い頃妹にしていたように手を引いてズンズンと人集りから連れ出した。

アニー「(本当、手間のかかる弟がもう一人増えたみたいね)」

その横顔が微かに赤らんでいたのは、朝の光のなせるものか――

23 :>>1 [saga]:2012/08/27(月) 19:40:04.22 ID:FNMWqGIAO
〜2〜

ルージュ「ヌサカーン?」

アニー「ええ、上級妖魔のくせして人間界で医者をやってる変わり者よ。だけどその腕は確かなものよ」

朝市を抜け出し、屋台村を横切り、その途中で買い上げたドネル・ケバブをかじりながらアニーは語る。
その内容とは、医術のみならず妖術にも長け様々な知識に精通する上級妖魔ヌサカーンについてである。
そして件の医師がルージュの追い求める『保護のルーン』の在処に心当たりがあると言う事も含めてだ。

ルージュ「(妖魔か。しかし医術に長じているならばもしもの時に役立つかも知れないな。ここは一つ)」

チリソースのまぶされたケバブを食しながらルージュは考える。この伝手を辿らない手はないであろうと。
だがアニーにそんなルージュの内なる声が届こうはずもなく、ヨーグルトソースをペロペロと舐めている。

アニー「怖いの?」

ルージュ「恐い?」

アニー「ううん。何か小難しい顔して黙り込んでるから。妖魔って言っても見た目は私達と同じ人間よ」

ルージュ「いえ、チリソースが思いの他辛くてつい。そうですね、アニーさんの紹介して下さる方なら」

信用出来ます、と微笑みかけるとアニーはチューブトップにヨーグルトソースをこぼしてあたふたした。
だがルージュはそんなアニーに忖度する事なく思案する。妖魔、それは永遠に等しい生命を有する存在。

ルージュ「(くだらん)」

だのにルージュが聞き及ぶ限り、上級妖魔の格というものは生まれついての資質が全てであるらしいと。
そこに努力や鍛錬や研鑽の入り込む余地はなく、そのために血を滲ませ汗を流す事に価値はないと言う。
ルージュはそれを許されざる怠惰と断じる。何故無限の命を持ちながら何一つ生み出そうとしないのか。
有限の命どころか双子の片割れの屍を乗り越えねば生を掴めないルージュにとって妖魔という存在は――

ルージュ「よろしければアニーさんにも同行していただけると、僕としては非常に心強いんですが……」

アニー「そ、そうね。あんたみたいな世間知らずに一人で裏通りを歩かせるなんて危なっかしいったら」

軽蔑こそすれど、見出すべき美徳など一つもありはしなかった。

ルージュ「ええ、頼りにしていますよ」

――この掃き溜めのような街の、ゴミのような俗人の群れも――

24 :>>1 [saga]:2012/08/27(月) 19:40:30.88 ID:FNMWqGIAO
〜3〜

アニー「ヌサカーン先生よ。先生、彼が昨夜私が電話で話した」

ヌサカーン「君が“患者”かね?マジックキングダムの術士君」

ルージュ「(こいつ、イカレてるのか?)初めまして、ルージュと申します。宜しくお願いいたします」

そしてアニーの導きにより辿り着いた先。そこは朝の光も差し込まぬ、締め切られて薄暗い鄙びた医院。
その暗がりからヌッと姿を現すなり、ルージュの身体を診察するようにジロジロ見やるヌサカーンに――
ルージュは如才ない笑みを浮かべながらも胡散臭さを感じた。何せ差し出した握手さえ無視されたのだ。
待合室にて顔を合わせた二人の間に立つアニーは苦笑いしつつ、気を悪くしないでねと耳打ちしてきた。
ルージュもまた、構いませんよこちらからお願いする立場なのですから、と空を切った手を引っ込めた。

ヌサカーン「マジックキングダムの住人の身体を診るのは久しぶりだが、君はどうやら“本物”らしい」

ルージュ「(……本物?)」

アニー「ねえ先生ってば。そろそろビジネスの話に入らない?」

ヌサカーン「それもそうだな。では行くとしよう。“保護のルーン”は旧地下鉄の先にある自然洞窟だ」

訝るルージュの眼差しを背に、ヌサカーンは白衣を翻しながら扉を開け放ち、裏通りへ出、二人も続く。
するとヌサカーンはいくつかあるマンホールの内一つを蹴り上げ、梯子をスルスルと慣れた様子で降る。
また下水道か、アニーは苦笑混じりにルージュに先に降りるように促す。昨日のようなアクシデントはごめんだと。

ルージュ「ではお先に失礼します。アニーさん、滑りやすいので気をつけて下さいね(ムニュッ)え?」

アニー「〜〜梯子下ってる時に顔上げんじゃないわよ馬鹿ー!」

言った矢先に梯子を下るルージュが顔を上げると、期せずしてアニーのムッチリしたヒップに当たり――
ルージュは上方より降り注ぐアニーのスニーカーにゲシゲシとストンピングを喰らう。昨日より激しく。

ルージュ「わざとじゃないです本当です!落ちる落ちます!!」

アニー「わざとやってたらマンホールに捨ててくわよ!って謝らなくて良いから下向けバカヤロー!!」

ヌサカーン「(体温上昇、顔に紅潮あり。風邪の引き始めか)」

こうして剣士と術士と医師という奇妙な取り合わせは、一路『保護のルーン』を目指して進み行く――

25 :>>1 [saga]:2012/08/27(月) 19:42:52.68 ID:FNMWqGIAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ACT.2「マンホールチルドレン」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
26 :>>1 [saga]:2012/08/27(月) 19:43:19.38 ID:FNMWqGIAO
〜4〜

ルージュ「ここは……」

孤児達「………………」

アニー「……目を合わせんじゃないよ。何もしてやれないんだ」

ヌサカーン「クーロンでは珍しくもない光景だ。気の毒だがね」

梯子を下り、地下道へと降り立ったところでルージュは思わず目を見開き、反対にアニーは目を逸らす。
吸い込んだが最後肺まで腐りそうな悪臭に満ちた地下道の至る所で、身を寄せ合う子供達の姿があった。
その眼差しの暗さ、薄明かりの中でさえ見て取れる痛々しい生傷の刻まれた子供達に思わずルージュも鼻白む。

ルージュ「………………」

アニー「……マンホールチルドレンよ。親に虐待されて捨てられたり、ワカツから焼け出されて来たり」

ヌサカーン「マジックキングダムでは見られない光景だろう?」

ルージュ「………………」

アニー「……それでも一時期に比べれば随分減ったんだけどね」

ルージュ「その彼等は今どこに?まさか親元ではないですよね」

アニー「……言わせたい?」

ルージュ「……すいません」

誘蛾灯のように転々と薄明かりの続く地下道を進み、着実にルーンへと近づいているにも関わらず――
ルージュはルミナスの光の迷宮を踏破した時や、勝利のルーンを手にした時のような昂揚を覚えなかった。
むしろ怒りすら覚えていた。汚らしい地上以上に惨たらしいクーロンという街そのものへの怒りだった。
だがルージュの先を行き、マンホールから一度地上へ上がり、裏通りの階段を登るアニーは対照的に――

アニー「……あたしさ、昨夜言ったよね。弟を食わせるためにこんな切った張ったの仕事をしてるって」

ルージュ「………………」

アニー「あたしは弟をこんな場所に落としたくないんだよ……」

背中越しにも感じ取れる憂いを帯び、ひび割れた声音で呟きくアニーへの見方をルージュはやや改めた。
決して口先だけではない覚悟が、よく見れば細い肩と薄い背中に負われている事がわかったからである。

ルージュ「――はい」

ヌサカーン「ここだ」

そして降り立った旧地下鉄の廃線にて、ヌサカーンが一つのマンホールを指差しながら振り返って来る。
そこで二人も肩寄せ合いつつ覗き込んで見れば、数え切れぬ程のビル群が建ち並ぶクーロンにあって――

アニー「本当にあったんだ……」

ルージュ「(当たりのようだ)」

不自然なまでに手付かずの自然洞窟が、そこには広がっていた。

27 :>>1 [saga]:2012/08/27(月) 19:43:46.81 ID:FNMWqGIAO
〜5〜

アニー「うっ、寒い……」

ヌサカーン「ここが自然洞窟だ。“保護のルーン”はこの最深部にある。足元に気をつけてくれたまえ」

ルージュ「はい、ヌサカーン先生(アニーさん、これを……)」

アニー「あ、ありがとうルージュ。助かるわ(肩掛けだ……)」

剣山のような鍾乳石が立ち並び、地下水が滝となって流れる自然洞窟をヌサカーンの先導によって進む。
その後ろをルージュを、更に三歩下がって後背に備えるアニーは思わず身震いする。酷く冷え込むのだ。
そんな折である。ルージュが光の迷宮で手にした、冷気を防ぐ月白のショールをアニーの剥き出しの肩にかけてくれたのは。

ルージュ「ヌサカーン先生も何か術の資質をお持ちなのですか?何でも妖魔は妖術の資質をお持ちだとか」

ヌサカーン「ああ。他にも秘術をいくつか扱う事も出来る。生憎と資質は持ち合わせてはいないがね……」

アニー「(……モテるんだろうな、こういう気遣い出来る奴)」

そんなルージュの心遣いが、アニーには新鮮でならなかった。
自分の前を歩き、ヌサカーンと術について話すその横顔を――
つい魅入ってしまうほどに。それは今までにない感情だった。

アニー「(ルーファスとかレッドみたいなタイプと全然違う)」

獣道のように狭い足場をトントンと軽やかに降りながらアニーは思う。今まで接して来た異性と言えば――
手の焼ける弟、クールでタフだが女心のわからないルーファスなどだ。レッドの境遇にも思う所はあったが

アニー「(……って何ライザやエミリアみたいに色惚けてんだよあたし!しっかりしなよアニー!!)」

ルージュ「アニーさん!」

アニー「!?」

ヌサカーン「これは……」

いくつかの洞穴を潜り抜けながら、抱えたブロンドをクシャクシャにしながら懊悩するアニーに飛ぶ檄。

ルージュ「子供服だ……」

アニー「えっ……」

それに弾かれたように上げた視線に、点々とヘンゼルとグレーテルが撒いたパン屑のように連なる……
血染めの子供服が飛び込み、思わず洞窟内の冷気以上にアニーの血液が氷結する。まさかという最悪の

クエイカーワーム「キシャアアアアアアアアアアアアアアア!」

想像を裏付けるように、『保護のルーン』が刻まれた地を根城としていたクエイカーワームが咆哮した。
28 :>>1 [saga]:2012/08/27(月) 19:46:08.39 ID:FNMWqGIAO
〜6〜

ワームブルート1「キチキチキチキチ!」

ワームブルート2「ギチギチギチギチ!」

ワームブルート3「キチギチキチギチ!」

ヌサカーン「……なるほど。数を減らしたマンホールチルドレンに代わってここまで繁殖したと言う事か」

甲虫を巨大化させたかのようなワームブルートが上げた咆哮に呼応し、それよりも一回りほど小さな……
兵隊蟻とも言うべきワームブルートが数限りなく姿を現すのを見、ヌサカーンは眼鏡を押し上げ、直す。
どうやらワーム達が異常繁殖した原因は、マンホールチルドレン達の血肉を喰らっていた事にあると――

アニー「……こいつら!」

ルージュ「アニーさん!」

アニー「こいつらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

理解した刹那、アニーの凍てついた血は瞬く間に煮えたぎり、裂帛の勢いでワーム達へと襲い掛かった。

ヌサカーン「いかん、彼女は冷静さを失っている。ルージュ君」

ルージュ「はい!」

ヌサカーン「――君はクエイカーワームを叩け。その間私がワームブルートの群れを引き受けるとしよう」

怒りに我を忘れたアニーに一瞥を送り、ヌサカーンが白衣を翻して、魔力を全身に行き渡らせて行き――

ヌサカーン「“妖魔の剣”」

ワームブルート1「キッ!」

ルージュ「危ない!」

小型車ほどの体躯からは想像もつかない俊敏さで、ワームブルートの一体がヌサカーンの背後より躍り出る!
だがヌサカーンの手中より顕現化された、紫水晶から鍛え上げられたかのような『妖魔の剣』が白刃を閃くと

ワームブルート1「ギィィィィィィィィィィィィィィィ!!?」

ルージュ「(――取り込んだだと……)」

切りつけられたワームブルートが、末魔が立たれた雄叫びだけを残してヌサカーンの白刃へと『取り込まれた』。
それはさながら光をも歪めて吸い込む奈落にも似て、剣技に価値を見出せないルージュが瞠目させられるほど――

ヌサカーン「行きたまえルージュ君。なに、ほんの虱潰しだよ」

ルージュ「――お願いします!」

残酷な美技をふるう上級妖魔は、アニーの後を追うルージュに一瞥をくれた後残るワーム達を睥睨した。

ワームブルート2「キッ!」

ワームブルート3「ギッ!」

ヌサカーン「――さあ、オペを始めよう」

そして――

29 :>>1 [saga]:2012/08/27(月) 19:46:34.87 ID:FNMWqGIAO
〜7〜

クエイカーワーム「シャア!」

アニー「オラァァァァァ!!」

電柱を束にしたかのような野太い脚部から繰り出される踏みつけを振り抜いた鋒でディフレクトし――
押し戻し、切り返し、大型トラックにも比肩する巨躯の下を潜り抜け、フルスイングで薙払うアニー!
だがニドヘッグ以上の硬度を誇るクエイカーワームはそれをものともせずに、壁蝨に匹敵する跳躍力で

クエイカーワーム「キシャアアアアアアアアアアアアアアア!」

アニー「!」

自然洞窟の天蓋にまで跳躍し、全体重をかけて着地し、文字通りクエイク(大地震)を引き起こす!
その激震たるやアニーが立っていられないほどであり、衝撃で氷柱のような鍾乳石が降り注ぐほど。
アニーはバックステップすら踏めぬままにサイドロールし、何とかクエイカーワームから距離を――

クエイカーワーム「キシャアアアアアアアアアアアアアアア!」

アニー「――――――」

取らんとして詰められる。燃え盛る火口のような、クエイカーワームの『炎のくちづけ』が間近に迫る。
数え切れぬほどのマンホールチルドレンを食い殺して来たであろう醜悪な口蓋が、今まさにアニーを――

ルージュ「エナジーチェーン!」

捕食せんとした今際、アニーの顔の横から飛来した浅葱色の鉄鎖、魔術『エナジーチェーン』が……
瞬く間にクエイカーワームの全身を縛り上げ、戒め、拘束し、寸でで割って入るはキングダムが術士

アニー「ルージュ!」

ルージュ「光の剣!」

そしてルージュに陽術の詠唱と共に目映いばかりの光が溢れ出し、収束し、一振りの『光の剣』が生まれ――
アニーはその舞い降りた剣を手に取り高く高く跳躍する。呪縛を解き放てず足掻くクエイカーワームの頭上へ

アニー「ロザリオインペールゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!」

飛び上がり、落下しながら初撃で腕部、次撃で脚部、連撃で背部、終撃で頭部、十字架にも似た軌道で――
描かれた白刃の閃光がクエイカーワームの血飛沫を徒花に、聖痕を刻むが如く放たれ、刺し貫いて行った。

クエイカーワーム「ピギャアアアアアアアアアアアアアアア!」

これまで食い殺して来たマンホールチルドレンの未消化物を撒き散らし、クエイカーワームは斃れた。

アニー「……おやすみ。もう、苦しまくても、良いんだよ――」

『保護のルーン』を残して――

30 :>>1 [saga]:2012/08/27(月) 19:47:04.98 ID:FNMWqGIAO
〜8〜

ヌサカーン「これでもう三つ目か。残すところはあと一つだね」

ルージュ「はい、お力を貸していただきありがとうございます」

地上絵のように刻まれた『保護のルーン』を手にし、急いで孤軍奮闘するヌサカーンのもとへと――
ルージュとアニーが駆け付けた時には既にワームブルートは全滅させられており、彼は無傷だった。
その後三人は自然洞窟からヌサカーンの医院へと戻り、アニーは待合室のソファーに腰掛けている。
今診察室には男二人がいるだけで、ルージュは謝礼を手渡している最中だった。そこでの話である。

ヌサカーン「礼なら既に形としてもらっている。ところで、君は魔術・陽術・印術の資質を修めているが」

ルージュ「はい」

ヌサカーン「最終的にはいくつ資質を必要としているのかね?」

ルージュ「……集められる限りは。後は“京”で心術の資質を修めようと考えていますが、それが何か?」

洞窟内での術談義の続けるような口振りで水を向けるヌサカーンに、ルージュはやや訝しむ様子を見せる。
この世には陽術・陰術・印術・秘術・魔術・妖術・心術・邪術・そして失われた幻術・伝説の命術がある。
だが妖術は魔術と相反するため修得出来ず、邪術は主にモンスターが用いる類の物である以上限界がある。
そこでヌサカーンは、かつて出会ったマーグメルの住人と、半妖の少女と旅した時の事を語り始めたのだ。

ヌサカーン「どうやらそれ以外にも時間を操る術、空間を統べる術というものが存在するらしいのだよ」

ルージュ「何ですって」

ヌサカーン「もし、興味があるならばドゥヴァンの巫女を訪ねたまえ。彼女は幻術をも扱う事が出来る」

ルージュにとってその情報は万金の価値があった。時術や空術なる術は絶えて聞いた事がないものの――
幻術は文献にも残されている。ヌサカーン曰く、自分が知る限り幻術の資質を持つものはこの世に三人。
今も健在である『指輪の君』ヴァジュイール、既に死した『三貴士』セアト、行方不明の『寵姫』零姫。

ルージュ「貴重なお話をありがとうございます。では改めて謝」

ヌサカーン「謝礼ならいらんよ。その代わり一つ頼まれてくれ」

ルージュ「何なりと」

ヌサカーン「アニーの事をよろしく頼む。私は病気なら何でも診るが、人の心は人にしか解き解せんよ」

クックックと、人ならぬ妖魔の悪い笑みに喉を鳴らしながら――

31 :>>1 [saga]:2012/08/27(月) 19:49:02.20 ID:FNMWqGIAO
〜9〜

アニー「……勝手に突っ走っちまって悪い事をしたねルージュ」

ルージュ「いえ……」

アニー「わかっちゃいるんだよ。わかっちゃいるんだけどもさ」

ルージュ「………………」

アニー「あたしの弟もあの子供服が似合いそうな歳でさ。そう思ったら頭に血が昇っちまったんだ……」

ルージュ「……アニーさん」

アニー「あたしをクビにしてくれルージュ。どうもあんたといると、あたしはらしくない事ばかりする」

自然洞窟を出、ヌサカーンの医院を後にする頃には既にとっぷりと日が暮れ、青白い月が昇る時間だった。
今二人は裏通りから毛皮屋の前を通り、昨夜の安宿の側にある階段に腰掛けながら今日一日を振り返った。
そこでアニーは契約解消を申し出た。理由は独断専行。一歩間違えれば皆を危険に陥れかけた事が理由だ。

ルージュ「あれを見て冷静でいられたのはヌサカーン先生くらいのものでしたよ。もしアニーさんが――」

アニー「………………」

ルージュ「突っ込んでいなかったら僕が突っ込んでいたかも知れません。今だってやり切れない気持ちで」

アニー「慰めなんていらない!あの子供達にしてやれる事なんて何もないって行ったのはあたしなのに!」

ルージュ「慰めなんかじゃありません。僕の話を聞いて下さい」

その悄然とした様子にルージュは思う。頭の悪そうな女だとは思っていたがまさかここまで悪かったかと。
だから女は嫌いなんだとルージュは内心で吐き捨てる。術士たる自分のように理で物事を飲み込めずに――
利に聡いようでいて感情を優先する。何から何までキングダムには存在しなかった類の人種ではあるが――

ルージュ「……少なくとも、あのワームを滅ぼした事で命を奪われずに済んだ命が確かにあるんですよ」

アニー「……ルージュ」

ルージュ「本当にビジネスライクな人間ならあんな風に誰かのために怒ったり今も胸を痛めたりしない」

その一点においてのみ、ルージュはアニーは合意した。後はアニーが『望むように』理解してやる事だ。

ルージュ「そんな貴女をパートナーに持てて本当に良かったと」

――抱えた膝に顔を埋めたアニーのブロンドの毛先へ、夜風よりも優しく優しく触れて行く。そう……

アニー「ルージュ……」

ルージュ「僕は、心の底からそう思ってるんですよ“アニー”」

チェスの駒を、倒すように。

32 :>>1 [saga]:2012/08/27(月) 19:49:28.98 ID:FNMWqGIAO
〜10〜

スパルトイA「……ちきしょーイイ女連れ歩きやがって。カバレロさんの羽振りが良かった頃は俺もよう」

スパルトイB「俺もノーマッドのお頭が健在だった頃は女なんて掃いて捨てるくらい寄って来たってのに」

銀髪の美青年が金髪の美少女の肩を抱いて夜の街に消えて行くのを、二人のスケルトンが僻みながら見送る。
二人は共に小悪党というよりチンピラだったのだが、今は組織が壊滅しクーロンでその日暮らしをしている。
今日も今日とて立ち飲み屋で在りし日の栄華を肴に酒を煽って憂さを晴らしているのだが、その日は違った。

スパルトイA「それもこれもあのハチマキ締めた酔っ払いのせいだ!ボロでもそう、スクラップでもそう!」

スパルトイB「ああ?前にお前が言ってたワカツの剣豪かい。ロープが鉄パイプで切れるか見間違えだろう」

???「おい、その話を詳しく聞かせろ」

スパルトイAB「「?」」

???「ただでとは言わん。ヨークランドの酒蔵で詰めた酒だ。トリニティ以外手に入らない高級品だぞ」

スパルトイAB「「ヒュー!」」

一組の男女が夜の街に消えた方向から入れ違いに、一人の若者が姿を現し二人に話し掛けて来た。
闇夜にも目映い金糸の髪を結い上げた、声を聞かなければ美女と見紛うほどの、術士と思しき男。
二人も最初訝しんだが、彼が手にしていた希少な古酒を見るなり揉み手せんばかりに話し始めた。
鉄パイプでロープを斬り、一騎当千の働きをするワカツの剣豪の話を。そこで青年は尋ね返した。

???「その男がどこにいるかわかるか」

スパルトイA「スクラップってリージョンの酒場でクダ巻いてやがる。クーロンからシップで一っ飛びさ」

???「――礼を言う。こいつで何か美味い物でも食ってくれ」

スパルトイA「金貨だ金貨だ!」

スパルトイB「ヒャッハー!!」

店主「(酔ってんのかこいつら。何もねえとこ見やがって)ん?お嬢さん朝市にも来てたな。嬉しいねえ」

???「……クーロンにはたった今し方ついたばかりなのだが」

見えざる金貨に踊らされる二人を背にその場から立ち去ろうとする術士に、朝市の店主が朗らかに話し掛ける。
当初こいつも酔っ払いかと術士は柳眉を顰めたが、そこでハッと我に帰ったように目を見開くと、独り言ちた。

???「――そうか、貴様もこの街を訪れたのか“ルージュ”」

その呟きは夜風に掻き消されるほど小さく、虚ろな響きだった。
33 :>>1 [saga]:2012/08/27(月) 19:50:09.46 ID:FNMWqGIAO
ハイドハイドハイドハイド二話終了!
34 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/08/27(月) 19:58:18.85 ID:16KyiJxAo
35 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/08/27(月) 20:09:13.83 ID:slS5HpJno
塔十字塔十字乙
36 :>>1 [saga]:2012/08/29(水) 21:59:48.34 ID:WqV20CjAO
〜1〜

チュン、チュン

アニー「……ん」

最初に覚えたのは、深い眠りと浅い目覚め。そして目蓋を焼く朝日と耳障りな鳥の囀り、それから……

カタッ、カタッ

アニー「……ルージュ?」

キーボードを叩く規則正しい音。そこであたしは突っ伏していた枕から顔を見上げれば、そこには――
電子ネットで何か調べものをしてる、あたしにはタイトルさえ読めない魔道書を幾つも積み上げている

ルージュ「“弁髪にすれば心術が早く身に付く”?胡散臭いな」

アニー「ルージュ!」

ルージュ「!」

アニー「……おはよう」

ルージュ「――おはようございます、アニーさん」

銀髪の術士ルージュがぶつくさ言いながら頭を掻いている。へえ、何だか寝起きの悪そうな顔してわね。
この角度から見る横顔はあたしも初めてだ。って言っても知り合ってまだ3日経つか経たないかだけど。
そんなあたしの眼差しに僕の顔に何かついてますか?だって。ついてるよ。女のあたしより綺麗な顔が。

アニー「邪魔して悪かったわね。ルーンの情報収集中だった?」

ルージュ「そんなところです。最後の一つ、“活力のルーン”があるタンザーについてなんですが――」

シーツを身体に巻き付けて、あたしはホテルに備え付けられた端末の前に座るルージュの後ろに立つ。
そのタンザーって言うのは混沌に耐性を持つ生きたリージョンらしくて、普段は漂流してるんだって。
最後に目撃されたのは約半月ほど前で、タンザーに飲み込まれたシップからの生還者の記事が見える。
その際リージョン間強盗ノーマッドが逮捕されたって文面まで。だからその所在が掴めるまでの間――

ルージュ「京に飛ぼうと思っています。晩には一度帰って来ますので、アニーさんも自由行動なさって」

アニー「あたしも行く」

ルージュ「ですが……」

アニー「自由行動、なんでしょ?ここから先はボランティアよ」

ルージュ「……かないませんね」

心術とやらの資質を修得しに行くらしい。朝からお勉強に調べものに、これから修行?ストイックだこと。
まあ、一夜明けて彼氏気取りでベタベタして来る男より何かに打ち込んでる男の横顔の方があたしは好き。

アニー「ほら、寝癖立ってる」

ルージュ「おっとこれは失礼」

遊びに行く訳じゃないんだけど、何かちょっとドキドキするな。

37 :>>1 [saga]:2012/08/29(水) 22:00:15.76 ID:WqV20CjAO
〜2〜

……そんなドキドキなんて長く続く訳なかった。寧ろドキドキ言ってんのはあたしの足元の何かの器官。

乗客1「ここはどこだ?」

乗客2「ひょっとしてタンザーとかいうのに飲み込まれちゃったの!!」

アニー「(ついてんだかついてないんだかわかりゃしないわ)」

浮き足立った足で乗り込んだ京行きリージョンシップのイカの姿焼きみたいな形から嫌な予感はしてた。
あたし達は今、弟が小さい頃読み聞かせしたピノキオの鯨のお腹の中よろしくタンザーに飲み込まれた。
地面はよくわかんない分泌物でヌルヌルしてて、グロテスクな植物まで生えたちょっとしたジャングル。
死体が腐ったみたいな、大人でも軽く飲み込めそうな食虫花がロッキーを捕食してるのが見える。最悪。

ルージュ「……はは、申し訳ありません」

アニー「別にあんたが謝る事ないでしょ」

まあまあとパニック状態の乗客達を安全のためにシップに押し込めて戻って来たルージュが苦笑いしてる。
自分達が内部を調べて脱出の糸口を探して来ますから動かないで下さいとか何とか言いくるめたんでしょ。
まあこいつのお目当ては『活力のルーン』だけど、それだって入手した後脱出出来なきゃ意味ないんだし。

ルージュ「では活力のルーンと脱出口を探しに行きましょうか」

アニー「OK」

昨夜から借りっぱなしの月白のショールを羽織り直して、あたしはレーザーナイフを手にタンザーを進む。
人体模型の中に密林が生い茂ってるような化け物の腹の中じゃなきゃ手の一つも繋いでも良いんだろうけど

エインヘリアル「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ」

アニー「下がってなルージュ!」

こんな風に下級妖魔が襲って来る事もままある。確かこいつは妖魔の中でも珍しく剣を使って来る――
危険度ランク5エインヘリアルだ。そいつが外套を翻して手にした剣で放って来た烈風撃を、あたしは

アニー「でやああああああああああああああああああああ!!」

太刀筋から不可視の連撃を見切り、逆風の中を突っ切るようにして切り込んでその首を一太刀で刎ね飛ばした。
魔剣士は血飛沫を噴き上げながら倒れ、代わりにルージュがあたしに見せた『勝利のルーン』が刻まれた剣……

ルージュ「“ルーンソード”ですね。刃紋のところ見て下さい」

アニー「……あたしには全然読めないや。でも切れ味良さそう」

ルーンソードを手に入れた。

38 :>>1 [saga]:2012/08/29(水) 22:00:43.26 ID:WqV20CjAO
〜3〜

アニー「二刀烈風剣!」

ルージュ「今だ!」

そしてあたしはさっき手に入れたルーンソードとそれを振るっていたエインヘリアルの剣技を真似――
二刀烈風剣とも言うべき真空波を放って、『活力のルーン』に群がっていたスライム共を斬り飛ばす。
『活力のルーン』はタンザーを一つの生物として捉えるならば、ちょうど下腹部辺りに刻まれていた。
ルーンの加護からか、無限に再生し増殖を繰り返すスライム共には骨が折れたけども、何とかなった。

ルージュ「はっ!」

アニー「やった!」

あたしの剣で切り開いた活路を、ルージュが突っ走って水晶体にも似た『保護のルーン』に触れると――
あたしには読めない、勝利と解放と保護と活力を意味するらしいルーンが光と共に吸い込まれて行った。
あたしは術の事はさっぱりだけど、ルージュが一回りその存在感を増したように感じられて、それで――

アニー「やったじゃんルージュ!これで全部集まったのね!!」

ルージュ「!」

アニー「あんたの事じゃないの。もっと喜んでも良いでしょ?」

嬉しくてついルーンソードを持ったまま抱きついたらルージュがびっくりした顔してる。何よその表情……
ん?ルージュの視線があたしからあたしの足元に向いてる。何かしら?何かヌメヌメした感触が、って!?

スライム「……ブクブク?」

アニー「ひゃあっ!?」

ルージュ「さっきのスライム?いや、色が違うね。亜種かな?」

あたし達の足元に、さっきまで戦ってたイエロースライムじゃなくてブルースライムが這い寄って来た。
それも何だかブクブク言ってる。『あなた中々好みだわ?これからはずっと一緒よ?』巫山戯るな!!!

ルージュ「あはは、何だか好かれちゃったみたいですね僕……」

アニー「………………」

ルージュ「……アニーさん?何でそんなに怒った顔をなされて」

アニー「怒ってない!」

スライム「ブクブー!」

何が悲しくてスライム(無機質)にヤキモチ焼かなきゃいけないのよ馬鹿馬鹿しい!ついてくんな!!

オーン……

ルージュ「今の戦闘の衝撃でタンザーが暴れ出したようです!シップまで急ぎましょうアニーさん!!」

こうしてあたしはお邪魔虫を一匹くっつけたま、タンザーがシップを吐き出してくれたお陰で脱出出来た。

39 :>>1 [saga]:2012/08/29(水) 22:02:50.56 ID:WqV20CjAO
〜4〜

けど良い事ばかり続かない。京って言う古都を模されたリージョンで今度はルージュが災難に見舞われた。

道場主『残念じゃがお主の心は二つに分かれておる。これでは資質を得る事は叶わぬ。お引き取り下され』

ルージュ「……あはは、どうやら僕はまだまだ未熟らしいです」

燃えるように沈む夕日を背に、庭園に植えられハラハラ舞い散る紅葉がルージュの落とされた肩に落ちた。
そりゃがっくりも来るでしょう。心が二つに分かれてるとか分裂症?ヌサカーン先生が云いそうな言葉ね。

アニー「ルージュ、肩に葉っぱついてる」

ルージュ「はい……」

スライム「ブクブク」

ルージュ「“元気出してね?”ははっ、そうだねスライム……」

アニー「(ダメだこりゃ)」

乾いた笑いに虚ろな目。あんたが撫でてるスライムの方がよほど生気に溢れてるよ。ヌルヌルしてるし。
って言うか気の毒な話だけど、見てるこっちの気が滅入りそうだからいい加減立ち直って欲しいもんね。
でも多分、こいつ今までの人生で挫折とか屈折とか味わった事なかったんだろうな。打たれ弱そうだし。

アニー「……ねえルージュ。この後なんか予定とか入ってる?」

ルージュ「いえ、あてが外れてしまったので今日はもう術の勉強や情報収集に当てようかと思いまして」

そのせいか上にクソがつくほど真面目。絶対こいつ学校帰り寄り道したり友達と遊んだ事とかなさそう。
修行断られた後も鍛錬を欠かさない姿勢は見上げたもんだけどさ、これじゃあんたの人生貧し過ぎるよ。

アニー「ふー……」

ルージュ「すいません無駄足を踏ませてしまって。何なら先に」

アニー「自由行動」

ルージュ「は?」

スライム「ブク?」

アニー「じ・ゆ・う・こ・う・ど・う・!」

ルージュ「〜〜〜〜〜〜」

だからあたしはルージュの耳元でニドヘッグのスクリームばりに叫んでやった。『自由行動』だって。
仕方無いから腕を引っ張る。ズンズン先を歩く。スライムもルージュの肩に乗って来たけどまあ許す。

ルージュ「ど、どこへ行くんですか??」

アニー「オウミ!」

スライム「ブク!」

ルージュ「お、オウミって何があるんですか?と言うかどこに」

アニー「海しかないわ。あんた術の事以外はさっぱりなんだね」

――あんたがどんな人生送って来たか知らないけど、海もロクに見た事ないんでしょう。見せてあげる!

40 :>>1 [saga]:2012/08/29(水) 22:03:47.82 ID:WqV20CjAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ACT.3「ブルームーン」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
41 :>>1 [saga]:2012/08/29(水) 22:04:14.50 ID:WqV20CjAO
〜5〜

スカルラドン『ヴオ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛』

ルージュ『(くだらん)』

マジックキングダムを発ったその日の内に、俺はルミナスへ着き、光の迷宮を踏破し陽術の資質を得た。
何と言う事はない。あれは光の屈折率と色の三原色を用いた古来からあるパズル『ブラック』の応用だ。
たった今も、俺が打ち倒した『勝利のルーン』を守護するスカルラドンが潜んでいた武王の古墳もそう。
魔窟を前にして『俺は勝利のルーンを取りに行くんだ、怖くなんてねえぞ』と虚勢を張っていた男もだ。

ルーファス『――君は強いなルージュ君。圧倒的じゃあないか』

ルージュ『いえ、そんな』

――くだらないと思った。俺には何故奴らがこれしきの事も出来ないのかとその事にこそ理解に苦しむ。
再び朽ち果てた竜骨へと戻るアンデットモンスターが所持していた護符『エメス・タグ』を拾い上げ――
その有象無象の連中の中で少しは見所のあるサングラス男に、俺は形ばかりの謙遜をして微笑みかけた。

ルーファス『若くして末恐ろしい。君ほどの手練れならば、残りのルーンを集める事も苦行にはなるまい』

ルージュ『恐縮です』

この話し方、人の接し方、振るう魔術、向ける笑み、その全てはキングダムの『裏の学院』で学んだ事だ。
完全なる術士となるべく、最強の魔術師となるため、俺にはあらゆる手段を用い犠牲を厭わぬ用意がある。
味方からは尊敬を、敵からは恐怖を、それぞれ勝ち得るために。全ては資質を集めるために他ならない――

ルーファス『そんなルージュ君に良い情報がある。“解放のルーン”がある監獄ディスペアに関してだが』

ルージュ『はい』

ルーファス『クーロンにいる“アニー”という女を頼ると良い。彼女ならば内部の事情にも精通している』

ルージュ『――“アニー”さん、ですか』

ルーファス『ああ。ルーファスからの紹介と言うのを忘れないように。なに、腕に関しては俺が保証する』

その中にはもちろん異性を籠絡して事を進める方法も含まれている。最も、出来る限り避けたいものだが。

ルージュ『わかりました。何から何までありがとうございます』

だがまあ良い。利用価値があれば御せば良い。なければ切り捨てれば良い。たったそれだけの事だ――……
42 :>>1 [saga]:2012/08/29(水) 22:06:45.67 ID:WqV20CjAO
〜6〜

――そう思っていたはずの俺が、今何故こんな場所にいるのだ?

アニー「ルージュ!ほらほら海よ海!!」

スライム「ブクブク!ブクブクブク!!」

ルージュ「――ここが“オウミ”ですか」

心術の修行を断られ、押していた予定の一つが白紙となり、それどころではないと言うにも関わらず――
俺は何の因果か青海のリージョン『オウミ』にまで引っ張り回され、桟橋まで連れて来られてしまった。
寄せては返す波が、翳した手指から降り注ぐ光が、空を行く海鳥が落とす影が、髪を軋らせる潮風が――

ルージュ「……海なんて初めて見ました」

アニー「でしょう?そうだと思ったんだ」

ルージュ「?」

アニー「あんた生っ白いし」

ルージュ「………………」

スライム「ブクブクー?」

アニー「あはははは、“この機会に焼いていけば?”だってさ」

ただひたすら青かった。ブルーを連想させるその色が、俺は嫌いだったはずなのに。こんな場所に――
俺の求める術の資質に纏わるものなど何もないと言うのに。こんな所で時を浪費する暇などないのに。

ルージュ「………………」

スライム「ブクブク?」

アニー「どうしたの?」

ルージュ「……いえ、綺麗だな、と……」

アニー「やだもう!」バシンバシン!

ルージュ「(貴様の事ではない!)」

耳朶に残る潮風の音が修行を断られて些かささくれ立った胸裡にさえ心地良い。そして俺の背を叩く――
この育ちも頭も悪そうな女の事も。手摺に寄りかかる俺と、凭れかかる女。それから足元にいる無機質。
術以外の事に煩わされる事を何より嫌うはずの俺が、そう斜めでない見方と心持ちなのが気にいらない。

アニー「はは、でもちょっと安心したよ」

ルージュ「?」

アニー「――連れて来て良かったなって」

こうして覗き込んで来る顔を見れば、昨日までに比べて切れ長の目元から険が取れ笑みもどこか柔らかい。
戦闘ではこちらが手綱さえ捌いてやれば爆発的な強さを発揮する、その力だけを利用してやろうと考え――
籠絡させたと思っていた女に俺は今良いように振り回されている。しかもその事について他ならぬ俺自身が

アニー「おっ、あそこのレストランまだやってる。入ろ入ろ!」

スライム「ブク!」

ルージュ「……やれやれ」

そう悪い気がしないのは、ミイラ取りがミイラになったのか……

43 :>>1 [saga]:2012/08/29(水) 22:07:11.97 ID:WqV20CjAO
〜7〜

そうこうしている内にアニーに引っ張り込まれたのは、海辺のカフェテラスと言った風情のレストラン。
アニーのような肩から臍まで出ているような格好でも、無機質を連れていてもどうやら問題ないらしい。
クーロンのような騒がしさと、キングダムのような静けさのちょうど中間点にあるような雰囲気だった。
常なら店内全体を見渡せる奥の席を取るところだが、アニーが選んだのは窓際席、海を一望出来る位置。
思い返せば、この女と差し向かいで食事を取ったのはファーストコンタクトを計ったたった二日前の事。

スライム「ブクブク!」

艦長「おや?」

アニー「こら、スライム!よそ様に食べ物をねだるんじゃないよ!すいません、躾がなってなくて……」

艦長「いいよ。私もここの料理が好きでね。オウミに来た時はいつも寄ってるのさ。ネルソンの味付けよりあっさりしていてたくさん食べられるんだ」

スライム「ブクブー!」

だのに何故こうも遠い昔の事のように感じられるのか、俺は俺自身の在り方と有り様を持て余している。

アニー「へ〜ネルソンの人?初めて見たよ。普通の人間じゃない。トリニティの宣伝じゃリージョン海賊だって話だったけど」

艦長「あんなのは、トリニティの連中の宣伝さ。一度、うちの船に来てみなよ。びっくりするよ」

ネルソンから来たという女の足元でマリネをねだるスライムを抱き上げて叱りつけるアニーの姿に――
何故か俺は名前も知らなければ顔も見た事のない『母』を見出していた。そう、俺にも両親がいない。
いるのは、殺し合わねばならない兄弟のみ。その一点を除けば俺の人生は彼女と相似形を描いている。

艦長「おやまあ、とんでもない色男だね?私の死んだ亭主みたいだよ?あんたのいい人かい?お嬢さん」

アニー「えっ、あっ、いや、仕事仲間って言うか、何て言うか」

ルージュ「………………」

アニー「何か言いなさいよ」ガッ

ルージュ「痛っ!?」

だがそんな俺の禁治産的な思考は、中年女の繁殖期を迎えた雌虎のような流し目と、テーブルの下で向こう臑を蹴飛ばして来るアニーの爪先によって断ち切られた。

艦長「あっはっは!若いねお二人さん。じゃあ先に失礼するよ」

スライム「ブクク!」

……情に絆すつもりが情に流されてしまったのは俺の方なのか?

44 :>>1 [saga]:2012/08/29(水) 22:09:05.78 ID:WqV20CjAO
〜8〜

アニー「じゃあ、ルージュの印術の資質獲得を祝って、乾杯〜」

ルージュ「それもう五回目ですよアニーさん。大丈夫ですか?」

アニー「大丈夫大丈夫〜ほら、あんたも飲みなさいってばほら」

スライム「ブクッブクッ」

ルージュ「(俺まで潰れたら誰が貴様を連れて帰るんだ。あと無機質、泡を吹くまで飲むんじゃない)」

――それから俺は、何やらレストランで臍を曲げたアニーを宥めるためにあの中年女が言っていた……
ネルソンというリージョンにまで流れに流されてしまい、今は夜の海を臨める酒場で卓を囲んでいる。
オウミが水平線をも一望出来る静かなリゾート地なら、ネルソンは騒がしい港町と言った風情だった。
そんな雰囲気にも後押しされてか、アニーの杯を開けるペースは早く、今も骨踊りに手を叩いている。
この女は兎に角良く食べ良く飲み、良く動き良く喋る。付き合わされる俺の身が保たないほどである。



商人「おや?昨日の兄さんかい。また金を買い付けに来たのか」

ルージュ「……申し訳ございませんが人違いでは?僕がネルソンに訪れたのは今日が初めてなのですが」

これ以上酒を注がれてはたまらないと手洗いに席を立った俺は、今度は別の酔っ払いに話し掛けられた。
こいつは一体俺を誰と間違えているんだ?と、ふらつく頭を掻きながら考え込んだ所で男が口を開いた。

商人「いや間違いねえ。そんな女みたいな顔した男を間違うもんか。ん?いや違う。あんたは銀髪……」

ルージュ「……まさかあなたの言うその男は僕と同じ顔をしていませんでしたか?まるで双子のような」

商人「おおそうだ。言われてみれば瓜二つだな。知り合いかい」

……ブルーだ。顔を合わせた事こそないものの、奴の顔は毎朝顔を洗う時に鏡を通して見て知っている。
俺と同じ顔をした、俺が殺すべき、俺の半身が、この港町に、この酒場に、降り立ったという事実が……
酔いすら覚ますような戦慄となって俺の全身を駆け巡る。そうか、貴様も術の資質集めこんな所まで――

アニー「オラー逃げてんじゃないよルージュ!どこ行くの……」

ルージュ「!?」

だがその時、馴れ馴れしくも抵抗を許さない力強さで俺の肩を掴んで来るアニーが絡んで来た。待て……

アニー「見て見てっ。一番あにー、るーはすじきでん、ひとりれんけー“ぱんちげろ”やりますっ!」

ドムッ、オエエエエエ!

俺の修士の法衣に向かって吐くんじゃない!止め
45 :>>1 [saga]:2012/08/29(水) 22:11:12.16 ID:WqV20CjAO
〜9〜

アニー「ううっ……」

ルージュ「あんなに飲むからですよ。背中に吐かないで下さいよアニーさん。もう服がないんですから」

スライム「ブク……」

ルージュ「我慢しておくれスライム。宿までもう少しだからね」

あのサングラス男の隠し芸らしい、鳩尾に自ら拳を放って吐くらしい『ぱんちげろ』とやらのせいで……
俺は修士の法衣を吐瀉物塗れにされ、加えて酔い潰れたアニーをおぶさって連れて帰る羽目と相成った。
今俺は魔道着のみを身につけ、夜の海岸線を歩いている。不満たらたらで汚れ物を背負わされた無機質と。

ルージュ「(何をしてるんだ俺は……)」

さっきとはまた違った意味で酔いを醒まされた俺は思わず声に出して毒づきたくなった。だが、やめた。

アニー「……ルージュ〜……」

ルージュ「(黙って寝てろ)」

余程悪酔いしたのか、むずがるように背中で身を捩るアニーの意識がある限りそれは叶いそうにもない。

アニー「あんたさ……」

ルージュ「はい?」

アニー「資質集めが終わったらさ、その後どうすんのよー……」

決まっている。双子の兄弟ブルーを殺しキングダムへと帰る。だが馬鹿正直に答えると後々面倒になる。

ルージュ「――実のところ目の前の事で手一杯でして、そんなに先の事まで突き詰めて考えてる訳では」

アニー「……じゃあさ」

ルージュ「?」

この女は蓮っ葉な言動に似合わず存外情が深い。特に子供や身内に絡んだ時その傾向はより一層強くなる。
俺が実の兄弟を殺すためとあらば、予想だにしない行動を取るかも知れない。故に当たり障りなく話を――

アニー「……ううん、やっぱり何でもないわ。気にしないでね」

振ろうとして空振った。訳がわからん女だ。だが果たして完全な術士、最強の魔術師となったその後で――
俺は一体どうなるんだ?どうしたいんだ?こんなくだらん事など、学院にいた頃は考えもしなかったのに。

アニー「――それまでは付き合ってやるよ。半人前のあんたに」

何故この女の言葉一つに掻き回され、身振り一つに掻き乱されるのだ。
駄目だ。やはり深く関わるべきではなかったのだ。外の世界の住人に。

ルージュ「――はい、お願いしますね!」

……明日、時術か空術なる資質を身につけたら、この女と、アニーと別れよう。俺はそう心に決めた――

46 :>>1 [saga]:2012/08/29(水) 22:11:39.85 ID:WqV20CjAO
〜10〜

ルージュ「――はい、お願いしますね!」

その言葉が嘘だって言うのは目を見なくてもわかった。少なくとも本心からそう言ってない事くらいは。
自分が肌を許した男が、自分に心を許してない事くらいどんなに馬鹿な女にだってわかる。舐めんなよ。

ルージュ「そこでなんですが、明日はドゥヴァンへ飛ぼうかと」

アニー「ドゥヴァン?もう術の資質は集め終わったんじゃ……」

ルージュ「いえ、ヌサカーン先生から空術、時術なる術に関する情報を頂きまして。その手掛かりを……」

たった三日の付き合いでも、背中預け合って身体張って来たんだ。私だって獣道を歩く人間だからね……
あんたが牙を隠してるのも、爪を見せてないのもわかってる。あんたが素顔らしい素顔を見せたのは――
電子ネットで調べものをしてた時と、オウミの海を見た時、それからさっきの酒場で誰かと話してた時。

スライム「ブクブク!」

ルージュ「なになに?“私も手伝うわ?”ですってアニーさん」

アニー「当てにならないね。こんなクラゲかゼリーみたいな奴」

スライム「ブクブー!」

ルージュ「変身した!」

アニー「“雪の精”だ」

その時見せた横顔、溜め息、剣呑さ。あたしには笑顔しか向けてこないこの男の素顔が垣間見えたから。
伊達にサングラスを外さない男とアイコンタクトしながら切った張ったの世界にいる訳じゃあないんだ。
だから、あたしはあんたを『信じてる』んじゃなくて『信じたい』んだと思う。馬鹿馬鹿しい話だけど。

スライム「ブックブックブクブクブク!」

ルージュ「はははっ、頼りにしているよ」

物知りだけど世間知らずで、身のこなしはへなちょこのくせしてチャンスを必ずものにする抜け目なさ。
京のババアが言ってた通りあんたには心が二つあるみたいだ。今だってスライムを撫でるその横顔が――

ルージュ「……どうしました?」

アニー「別に。何でもないわよ」

この海に揺蕩う月みたいに、脆くて儚くて消え入りそうにあたしには見えるんだ。ねえ、ルージュ……
今日あたしがあんたをオウミに連れて来たのは、あんたがくれたパールハートからなの、気づいてる?

アニー「……馬鹿」

――さっきあたしが言いかけたやめた言葉の続きを聞いたら、流石に驚いて素顔を見せてくれるかな?


47 :>>1 [saga]:2012/08/29(水) 22:12:40.39 ID:WqV20CjAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
――全部が終わった後、また二人で海を見に来ようね、って――
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
48 :>>1 [saga]:2012/08/29(水) 22:13:40.07 ID:WqV20CjAO
麒麟さんが好きです。でも時の君はもーっと好きです。

第三話終了。
49 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage ]:2012/08/29(水) 22:16:34.37 ID:NuWbP/3vo
ここまでゲンさん無し。
ルーンだから出ないのは当然だけど。

乙、おもしろい。
またやりたくなってきた。
50 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/08/29(水) 22:16:56.22 ID:t0Q3X9Rko
超ロザリオ無月十字乙
51 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(中部地方) [sage]:2012/08/29(水) 22:31:56.18 ID:PQM+gPRHo
逆風の乙
52 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(滋賀県) [sage saga]:2012/08/30(木) 15:56:25.55 ID:26lqiht60
多段多段多段多段乙
53 :>>1 [saga]:2012/08/31(金) 23:02:08.87 ID:SysGsAlAO
〜0〜

アニー「――そう言えばさ」

ルージュ「何でしょうか?」

アニー「あんたって幾つ?」

二部屋取った内の一つにスライムを放り込んで、一つしかないベッドで二人身を寄せ合っている内に――
ふと潮騒の音も夜風の声もぱったり止んだ凪の随に、あたしは何とはなしに問い掛けた。何歳なのって。
そりゃあ答えに困るよね。やる事やった後に今更初対面の人間同士が言うような話題振って来られたら。

ルージュ「何ですか藪から棒に」

アニー「いいから。あたし23」

ルージュ「僕は今年で22です」

アニー「えっ」

ルージュ「えっ」

何て思いながら年齢を告げるとお互いに驚いた。何だ一つしか違わないんだって『あたし』は思った。
けどねルージュ。今あんたあたしの何を思って驚いた?返答次第じゃ明日の朝日を拝めないと思いな。

ルージュ「僕と一つ違いと思えないほどしっかりされてますからアニーさんは。でも何故今更になって?」

アニー「何でかな?あたしも普段は仕事相手にそんな事聞いたりしないんだけど、何だかあんたとは――」

ルージュ「………………」

アニー「長い付き合いになりそうな気がしたから。それだけよ」

そりゃ同年代の女の子に比べりゃすれてるけど、あんたがすれて無さ過ぎるからそう映んのよ失礼な奴。
だけど言われてみて、言ってみて気付く。そういう機会ならこの三日間何度となくあったはずなのに――
あたしはルージュの事を何も知らない。今もこうやって、一枚のシーツにくるまって身を寄せてるのに。

アニー「家族は?生き別れた双子の兄弟がいるとは聞いたけど」

ルージュ「……両親はもう」

アニー「……あたしと似てるね。でもあんたと双子だってなら」

ルージュ「………………」

アニー「やっぱり女みたいな顔してるんだろうね。ねえ、あんたマジックキングダムから来たんでしょ?」

ルージュ「何だか質問攻めばっかりですね。ええ、そうですが」

アニー「……じゃあさ、いつかあたしを連れて行って案内して」

ルージュ「………………」

アニー「――あんたの生まれ故郷、マジックキングダムに……」

ルージュ「――ええ!アニーさんになら、喜んでお供しますよ」

あたしはルージュの事を何一つ知らない。こんなに近くで肌を合わせているのに、心が少しも重ならない。


そして、その約束が果たされる事は決してないとも知らずに――
54 :>>1 [saga]:2012/08/31(金) 23:02:55.17 ID:SysGsAlAO
〜1〜

スライム「ブクブク、ブクブク?ブク!ブクブクブクブク!!」

アニー「勝手に突っ走るんじゃないよスライム!待ちなよ!!」

ルージュ「(例の巫女は確かこの先にある神社の階段に……)」

翌朝、ネルソンで一泊したルージュ達は一度乗り継ぎのためオウミに戻り、そこからクーロンへ飛び――
託宣の街ドゥヴァンへと降り立った。その異名通り、至る所に占いに纏わる店の看板が立ち並んでいる。

スライム「ブク……」

アニー「何々?“辛い別れが待っているでしょう?”馬鹿馬鹿しい。こんな花占いで何がわかるっての」

ルージュも一度印術の館に立ち寄った事があるのでこれが二度目となるのだが如何せんして馴染めない。
ちょっとした催し物が開けそうな広場を一人もとい一匹突っ走るスライムが花占いの館へと飛び込み――
それを引き止めに来たアニーまでもがその結果に一喜一憂する少女達に混じってその結果に憮然とした。

ルージュ「(遊びに来たんじゃないんだぞ。これだから女は)」

そしてそれを見やるルージュの眼差しもまた憮然とする。ミイラ取りがミイラになってどうするのかと。
ルージュもマジックキングダム出身だけに占術の類を軽視するほどではないが、重視するほどでもない。
少なくとも、自らの半身と殺し合う事を運命づけられた彼にとって、占いなど他愛もないものであった。

ルージュ「こっちです」

アニー「……階段長っ」

スライム「ブクブク!」

いつまでも油を売っていてもらっては困ると一人と一匹を連れ戻し、広場を抜けて辿り着いた先……
そこは何百段あるとも知れない石段が小山の上まで続く鳥居。件の巫女はこの頂にいるのだと言う。

アニー「ルージュ、大丈夫??」

ルージュ「腰、が、痛い、です」

アニー「あんた体力ないわねー」

ルージュ「(誰のせいだ誰の)」

そして二段飛ばしで進むアニーと、一段抜かしで登るスライムに

ルージュ「ぜー……ゼー……」

零姫「……団体客か。悪いが御神籤はもう売り切れなんじゃが」

アニー「貴女が零姫?ヌサカーン先生の紹介で来たんだけども」

零姫「……あやつめ。“あの娘”の時のようにまたぞろ面倒な」

最後尾のルージュがようやく追い付いた頃には、アニーが既に件の巫女と渡りを着けた後であった。

55 :>>1 [saga]:2012/08/31(金) 23:03:22.78 ID:SysGsAlAO
〜2〜

零姫「お主か?時術、空術について知りたいという術士は……」

ルージュ「はい」

アニー「(ババアみたいな喋り方する子供ね。妙に貫禄あるし。先生の知り合いみたいだけど……)」

そしてヌサカーンに紹介された、見た目は十二・三歳にしか見えないのに古風な話し方をする巫女……
『零姫』なる神楽鈴と榊を持つ少女にルージュは問うた。時術とはどういうものか、空術とは何かと。
そこで零もまた答える。時術とは時の流れを司る強力な能力で、それを扱えるのはこの世に唯一人……

零姫「唯受一人の有資格者の名は“時の君”と言うらしいが妾にもその正体、所在、何れもわからん」

ルージュ「(使えん女だ)それでは、空術の資質を持つ者は?」

零姫「その者の名は“麒麟”という。空術を用いて特殊な空間を作りそこに住んでいる。行けばわかろう」

ルージュ「ありがとうございます」

『時の君』と『麒麟』に関する手掛かりを提示した後、零が時空間に扉を開きルージュらを手引きする。
ルージュは拓かれた新たなる道が、登り詰めるべき頂へ連なると信じ、飛び込んで行ったその先には――

〜2.5〜

アニー「わあっ……」

ルージュ「これは」

スライム「ブク!」

ルージュ「“まるで遊園地みたい?”だって?確かにそうだね」

まるで天上に浮かぶ王城のようにキャンディやクッキーで構成された観覧車やサーカステントが並び――

孤児達「!」

アニー「この子達……」

ルージュ「……まさか」

アニー「――マンホールチルドレンだわ」

スライム「ブク!」

孤児1「あっ、何だかゼリーみたいなのがいるよ!それに……」

孤児2「大人だよ!大人が来たぞ!みんな隠れるんだ!早く!」

そこには、ルージュ達がクーロン地下道で目にした『マンホールチルドレン』達が何人も遊んでおり……
スライムを触ろうと近寄っては来たものの、ルージュ達(大人達)を見るなりテントに逃げてしまった。

麒麟「――こらこら、慌てて走るとまた転んでしまいますよ?」

アニー「……まさか」

入れ替わりにサーカステントから姿を現すは、四足歩行の神獣にして子供達の守護者、そして――……

麒麟「――どうか気を悪くなさらないで下さい。彼等には様々な事情があって、大人を恐れているのです」

――空術の資質を有する唯受一人の存在、『麒麟』であった――

56 :>>1 [saga]:2012/08/31(金) 23:05:30.23 ID:SysGsAlAO
〜3〜

アニー「見れば見るほどすごいところね。ここであの子達を?」

麒麟「はい。私が引き取って育てているのです。心の傷が癒えぬまでも痛みに耐え得る大人になるまで」

文字通り蜘蛛の子を散らすように隠れながらも遠巻きに見つめて来る恐る恐るとした視線を感じつつ――
ルージュ一行は空の真っ只中にあるようなサーカステント内へと招かれ、麒麟と差し向かい合っている。
人語を解するモンスターなど珍しくもないが、術を扱える者は少なく、達人の域にまで達する者など――

ルージュ「………………」

アニー「(ルージュ?)」

ルージュのような術士ならば一も二もなく食いつくであろうに、今朝から今一つ歯切れが悪いのである。
正確には昨夜宿に戻ってから。その事に同衾したアニーも薄々気づいてはいたが、今この段になって――

麒麟「実に悲しむべき事ですが、それもまた人間界の切り離せない一部ですが、それでもなお私は――」

スライム「ブク!」

麒麟「何か出来る事はないかと思う次第でして。とどのつまり」

アニー「……子供好き、だからでしょ?何か目が優しいもんね」

麒麟「お恥ずかしい限りです。おっと、話が横に逸れてしまって申し訳ない。ではお話を伺いましょう」

ルージュ「――その必要はない」

ルージュは

アニー「……ルージュ?」

ルージュは――

57 :>>1 [saga]:2012/08/31(金) 23:06:39.00 ID:SysGsAlAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ルージュ「お前を倒して、資質を含めた空術のすべてを“俺”が譲り受けるからな」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
58 :>>1 [saga]:2012/08/31(金) 23:07:09.87 ID:SysGsAlAO
〜3.5〜

麒麟 「そうですか、あなたの狙いは資質ですか。確かに空術の資質を持てるのはただ一人」

――参ったな。同じモンスターでもせめて今までの連中のように人の生き血を啜る肉を喰らうような……
言葉も通じぬ相手だったなら、あのマンホールチルドレンを食い物にしていたワームのようだったら――
俺はいくらでも残酷になれたろう。思うがままに力を振るい、新たな力を手にする事に何ら躊躇いなく。

アニー「ルージュ!?」

スライム「ブクブク!」

……良心の呵責も何もなく、今も俺を驚きに満ちた眼差しで見やって来るこいつらの目に俺の素顔を……
サーカステントの隅から成り行きを見守っているだろう子供達の目に、出来る限りこの先流れる血を――
見せたくはなかった。しかし是非もない。貴様の屍を踏み越えぬ限り、俺の生ける道などないのだから。

麒麟「私を倒さない限りあなたは資質を得られない。しかし、私もあなたに譲る気はありませんよ!」

――さらばだ、アニー。

59 :>>1 [saga]:2012/08/31(金) 23:07:38.66 ID:SysGsAlAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ACT.4「デッドエンド・スカイ」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
60 :>>1 [saga]:2012/08/31(金) 23:09:35.23 ID:SysGsAlAO
〜4〜

アニー「ルージュ!?一体どうしちゃったのよ、ルージュ!!」

遂にその素顔(きば)を剥き出し、今まさに全力(つめ)を引き出さんと身構えるルージュの背中に――
アニーが叫び、雪の精へ姿を変えたスライムがサーカステントの物陰に潜む子供達へと駆け寄って行く。
麒麟はその同族の心遣いと子供達に一瞬目元を和らげるも、直ぐ様蹄を踏み鳴らしルージュを見据える。

麒麟「――ご安心を。お仲間に牙は奮いませんよ。お若い術士」

ルージュ「――死に行く者には過ぎた気遣いだな。それを――」

るより早く!ルージュの突き出した手は既に印を刻み呪を唱え、一連の動作は流れる水となりて逆巻き!

ルージュ「思い上がりだと言うのだ!“インプロージョン”!」

アニー「!」

次の瞬間、星形正十二角形の光芒が麒麟の頭部を押し包み、爆ぜた柘榴が如き花を咲かせて散らせ行く!
魔術の名は『インプロージョン』。術士の練り上げた魔力を以て、爆縮崩壊を引き起こす破壊の奔流――

麒麟「――お優しい事ですねお若い術士。ですがこの程度では」

ルージュ「!」

麒麟「私を倒すには到底至りませんよ!ヴェイバーブラスト!」

その破壊は撒き散らした頭蓋骨から脳漿から何から、天上に満ち充ち足りし降り注ぐ太陽光により……
逆再生のように麒麟の爆ぜた頭部に収束し、再生し、同時に詠唱し、放たれた真空の槍襖が放たれる!
空術『ヴェイバーブラスト』。鉄板をも濡れたウエハースが如く貫く先槍が、ルージュを貫かんと――

ルージュ「くっ、“サイコアーマー”!」

旋回し全方位から放たれる刹那、ルージュが新たに唱えし不可視の鎧『サイコアーマー』が発動する。
それにより真空の先槍は鎧の形を模した魔力の障壁を僅かに食い込ませるに留まり、雲散霧消し行く。

麒麟「その術はマジックキングダムのものですか。末恐ろしい」

ルージュ「……貴様こそその異常な再生力の源はこの空間に満ちた“光”か?例えば、陽術のような――」

麒麟「(私の“ライトシフト”の秘密まで一瞬で解き明かすとは。やはりこの若者は余りに危険過ぎる)」

初手、共に互角。機先を制するは妙手、趨勢を決するは鬼手!

61 :>>1 [saga]:2012/08/31(金) 23:10:01.97 ID:SysGsAlAO
〜5〜

アニー「(――信じられない)」

ルージュ「エナジーチェーン!」

アニー「(あんた、本当に)」

麒麟「オオオオオオオオオオ!」

アニー「(ルージュなの?)」

ルージュが浅葱色の鉄鎖を放ち、戒められた麒麟がその軛ごと突進し、光の剣のディフレクトが防ぎ――
押し戻された麒麟が面を上げ、蹄を踏み鳴らす事で生まれた次元の亀裂から生み出された風穴が逆巻く。
それによってルージュを守護していたサイコアーマーが、加護していた光の剣が消え失せ目を見開き――
マジックハットを脱ぎ精霊石を降り注がせ、麒麟が空を翔けそれを回避するのを追従するルージュの姿。
獣が牙を剥く時二種あり。それは獲物を狩る時と縄張りを侵された時。共に麒麟とルージュの事である。

孤児1「ヤダ!麒麟さんをイジメないで!イジメないでよ!」

孤児2「出て行けよ!大人はみんなここから出て行けよ!!」

スライム「ブクブク!ブクブク!!ブクブクブクブク!!!」

アニー「(同じだ)」

その血で血を洗う死闘に、滂沱の涙と嗚咽の声を上げる子供達。それを必死に押し止めんとするスライム。
アニーはその狭間に揺蕩いながら、両者の激突の余波に被さる前髪を吹き上げさせるがままにする他ない。
歯が鳴り、膝が笑い、足が震える。ルージュの見せた素顔は、アニーにとって裏切りに近い衝撃を与えた。

アニー「(これじゃ、子供を食ってたワームと同じじゃない)」

資質を集めるために外遊していた、腕は立つが世間知らずのお坊ちゃん。それがアニーの知るルージュ。
ならば今目の前で切り結ぶルージュは?この空間の支配者たる麒麟を弑したならば、麒麟のみならず――
この空間に住まう孤児達とてどうなるかわからない。そんなアニーにすらわかる理屈を、あのルージュが

アニー「(――それがわからないあんたじゃないでしょうが)」

わからないはずがない。ならばわかっていて何故、何がそこまでルージュを駆り立てているのかを――
ルージュは語らなかった。アニーは知ろうとしなかった。そしてアニーの知っているルージュなら……

アニー「(あたしは……)」

機を見るに敏だが鈍臭く、物知りだが世間知らずで、そんな自分より一つ年下の青年(ルージュ)を――

アニー「(――あたしは)」

アニーは――……

62 :>>1 [saga]:2012/08/31(金) 23:12:25.70 ID:SysGsAlAO
〜6〜

麒麟「“リバースグラビティ”!!!」

次の瞬間、麒麟の上げた咆哮と共に天上に架かる重力の虹が反転し、ルージュが床面を叩き付けられる!

ルージュ「ぐはっ!?」

その威力たるや骨が拉げ、肉が潰れ、血が噴き、天より投げ落とされた蟻が巨像に蹂躙されるが如く――
強かに打ちのめされ、自らの気泡の混じった血が裂けた内臓から逆流し、溺死寸前に陥るまでの破壊力。
羽をもがれた蝶がのように、足掻こうにも指先一本動かせぬルージュへと、同様に血飛沫に濡れた麒麟が

麒麟「こ、れで、終わり、です……!」

最後の力を振り絞り、最期を迎えんとするルージュへと渾身の一撃を加えんと蹄を鳴らし牙を剥き――

麒麟「“リバー」

ルージュ「“サイキックプリズン”!」

麒麟「!?」

再び空術『リバースグラビティ』を放たんとした時、麒麟の身体を包み込む星型十二角形の魔法陣が――
麒麟を中心に内部で乱反射させ、魔力が遡る滝が如く爆ぜ、荒れ狂いバックファイアとなって跳ね返る!

麒麟「オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ー!!?」

ルージュ「“超……風”!」

自ら招いた破壊の凱嵐に飲み込まれ、身を切り刻まれる麒麟へと、更に陽術『超風』が巻き起こり――
先に倍する熱風が、陽光の下ならば不死に等しい生命力を誇る麒麟を表皮から内臓まで焼き尽くした。
ルージュは剣士ではなく、術士だ。口さえ開き、舌さえ動けば、指一本這わせられずとも反撃出来る!

ルージュ「……死なぬと言うなら、死ぬまで殺す。それだけだ」

麒麟「がはっ!」

そして遂に麒麟はその天上を翔ける四足を折って横臥し、仰臥していたルージュがゆっくり立ち上がる。
自ら流した血の海に改めて顕現化した『光の剣』を杖代わりに、未だ死には至らず再生の中途にある――

ルージュ「……貴様に恨みはない。だが、止められはせん……」

麒麟「……!」

ルージュ「――資質を、手にしなければ、この血溜まりに沈むのは俺、だからだ!だから、だから……」

麒麟「くっ!」

麒麟の首を刎ねるべく、ルージュは『光の剣』を振り上げる。もはや術に必要な精神統一さえ行えない。
故に後は振り下ろすのみ。迷いごと、惑いごと断ち切るために。全ては自らが生き延びるためだけに――

ルージュ「っ」

ルージュは――

63 :>>1 [saga]:2012/08/31(金) 23:13:15.48 ID:SysGsAlAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
――やめなルージュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!――
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
64 :>>1 [saga]:2012/08/31(金) 23:13:50.39 ID:SysGsAlAO
〜7〜

ルージュ「アニー!!?」

ガギイイイイイン!と、ルージュが麒麟の首を刎ねんと振り下ろした『光の剣』を受け止めるは――
『勝利のルーン』が刻まれし刃紋の浮かぶルーンソードと共に両者に割って入ったアニーであった。

ルージュ「邪魔立てするな!貴様ごと切り捨てるぞアニー!!」

その事実にルージュも瞠目するも、鋒は引かない。この、文字通り剣ヶ峰の決戦においてこれ以上の――
またとない機会を情と共に流される訳にはいかないのだ。それが何であろうと誰であろう仲間だろうと。
だがそれはアニーも同じであった。ここで麒麟を殺させれば、ルージュはもう二度と戻ってこないという

アニー「資質を得るために、ここまでしなくちゃいけないの?」

ルージュ「っ」

アニー「ここでこいつを殺せば子供達はどうなる!あんたのしてる事とワーム共のした事の、何が違う!」

ルージュ「黙れ!貴様に、“貴様”に“俺”の何がわかる!!」

アニー「――ならテメエはあたしの何を知ってる!!!!!!」

確信があった。それと同時にこの火花散らす鍔迫り合いの中でしか見えないものがあると言う事を――
アニーはルージュのような『理』ではなく『勘』で悟っていた。故にアニーは満身の力をそれを防ぐ。

アニー「……昨日言ったよね、あたしには親がいない。言ってたよね。あんたにも親がいないって!!」

ルージュ「それがどうした!!」

アニー「第二第三の“あたし達”を生み出してまで、そこまでしなきゃいけない理由って何なのよ!?」

ルージュ「……それがキングダムの掟だからだ!資質を集め、完全な術士にならねば俺は双子の兄弟に」

アニー「――――――」

ルージュ「――ブルーに殺されるからだ。俺は生きたい!死にたくなどない!!ただそれだけだ!!!」

『光の剣』の刃以上の抜き身の言葉にアニーが気圧され力を緩めた瞬間、ギン!という音を立て――
アニーが後退り、ルージュが構え直す。その言葉は、二人が初めて手を組んでニドヘッグに挑む前に

ルージュ『僕は、その兄弟と――』

轟音と共に掻き消された言の葉が枯れ落ち、アニーの胸に舞う。

アニー「――――――」

ひらりひらりと、京で舞い肩に落ちたあの時の紅葉のように――

65 :>>1 [saga]:2012/08/31(金) 23:14:24.73 ID:SysGsAlAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
アニー「――だったら、そんな掟なんて捨てちまえばいい――」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
66 :>>1 [saga]:2012/08/31(金) 23:16:43.99 ID:SysGsAlAO
〜8〜

ルージュ「――――――」

アニー「この世でたった二人の兄弟に殺し合いをさせるような故郷(おや)ならない方がマシよ!!」

ガランと、剣士たるアニーがルーンソードを投げ捨てて見据え、徒手空拳の相手を前にルージュは――
一歩どころか一指すら動かせなかった。今はっきりと、『マジックキングダム』そのものを否定した。
ルージュが二十二年の時を過ごし、疑いもしなかった掟を、出会ってたった四日のアニーが否定した。

アニー「あんた言ってたよね?“自分は不完全な術士”だって」

ルージュ「………………」

アニー「じゃあ術士として不完全だったら、あんたって言う“一人の人間”としてまで不完全なの!?」

それはルージュにとってどんなモンスターの攻撃より、今し方受けた術よりも深い衝撃を全身に与えた。
正しいか間違っているか、それさえ思い浮かばなかった命題を今捨てられた剣より鋭い舌鋒に乗せて――

アニー「……あたしは見て来た。母親を、兄弟を殺されて家族の仇討ちをしようとしてたサボテン頭を」

心臓へと突きつけられる。アニーが出会い、ルージュが出会わなかった『レッド』なる人間を通して……

アニー「……あたしは見て来た。故郷を、仲間を救おうとして、人に裏切られた犬っころみたいな奴を」

深奥へと穿ち抜かれる。アニーが出会い、ルージュが出会わなかった『クーン』なるモンスターを通して

アニー「……あたしは見て来た。愛する人を失って、それでも必死こいて取り戻そうとした女だって!」

アニーが出会い、ルージュが出会わなかった『エミリア』という女性を通してアニーは問い掛けて行く。

アニー「それ以上にあたしはあんたを見て来た!不完全だって、偽りだって、それも含めてあんたを!」

ルージュ「……やめろ」

アニー「答えなよ!故郷だ掟だなんて関係ない!“あんた”が双子の兄弟と本当に殺し合いたいのか!」

ルージュ「来るな!!」

アニーが前進し、ルージュが後退する。剣を捨てたアニーが胸を張り、剣を持つルージュの手が震える。
掟に従う事や、掟に委ねた命や、掟から離れた一人の人間としての『ルージュ』は、本当にブルーと……

アニー「――自分の言葉で言ってみなよルージュ!!!!!!」

この世でたった二人の兄弟と殺し合う事を心から望んでいるのかを――

67 :>>1 [saga]:2012/08/31(金) 23:18:17.71 ID:SysGsAlAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ルージュ「……殺し合いたくなんてない!――したい訳がないだろう!!!!!!」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
68 :>>1 [saga]:2012/08/31(金) 23:18:50.25 ID:SysGsAlAO
〜9〜

その時、麒麟の空間に生命の雨が降り注ぎ、その中でルージュは『光の剣』を取り落として膝をついた。
誰が降らせているものかはわからない。だがアニーにはそれが、ルージュの心象風景に重なって見えた。

アニー「……ルージュ」

ルージュ「俺は死にたくない!生きたい!殺し合いたくない!それでも、それでも“僕”は、僕は……」

アニー「……いいんだ」

麒麟を前に一歩も譲らなかった術士が、道に迷い親からはぐれた子供のように項垂れ声を震わせている。
膝をつきルージュを胸に抱き寄せたアニーにはそれで十分だった。弱いとも甘いとも哀れとも思わない。

アニー「……一緒に逃げようルージュ。その双子の兄弟からでも、キングダムの追っ手とやらからもさ」

ルージュ「アニー……」

アニー「――言ったでしょ?ここから先はボランティアだって」

ただ愛おしかった。この時初めて、ルージュの二つに別れた心の内の一つを感じられたように思えた。

そこへ――

零姫「――どうにか間に合ったようじゃ」

アニー「!」

スライム「ブク!」

『生命の雨』を降らせていたスライムと、それを伴った巫女――

麒麟「零姫、さん……」

ルージュ「!?」

失われた幻術の使い手たる三人が一人、『零姫』が姿を現した。

〜9.5〜

零姫「動くでないわ。まったくお主ら良く生きておったな……」

今際の際を彷徨っていた麒麟に降り注ぐ『生命の雨』が、死に至る傷を治癒し、復元し、再生させて行く。
その横顔は麒麟とルージュ、何れかが死んでいてもおかしくないほどの傷を負って尚長らえている事に――
呆れ顔とも苦笑いともつかない表情が浮かんでいた。どうやらスライムに雨を降らせるよう命じたようで。

麒麟「零姫、さん」

零姫「妾もお主に救われた身じゃ。このようなところで死するのを黙して見てはおれぬよ。寝ておれ……」

孤児1「麒麟さん!」

孤児2「大丈夫!?」

麒麟「……勿論です」

零姫もまたオルロワージュの虜化から逃れるべく転生を繰り返していた頃、孤児達に混じってこの……
麒麟の空間へと逃げ込み、匿われていた時期がある。故に内部の様子を窺いにやってきたであろう事を

零姫「……そこなマジックキングダムの若き術士。お主もじゃ」

――ルージュも、アニーも、スライムもまた、知る由もない――

69 :>>1 [saga]:2012/08/31(金) 23:21:00.40 ID:SysGsAlAO
〜10〜

零姫「大まかな身の上は聞かせてもらった。マジックキングダムもまた相も変わらず“病んで”おる喃」

スライム「ブクブク!」

その後麒麟は見守る孤児達に囲まれながら傷を癒し、ルージュ達も零姫に導かれて空間を後にし――
岩山ばかりの名も無きリージョンにて膝を突き合わせていた。その案件とは他ならぬルージュの……

ルージュ「………………」

零姫「残念じゃが麒麟の持つ空術の資質はやれぬ。だがお主も手ぶらで帰っては座して死を待つのみじゃ」

持ち帰らねばならぬ資質について。恐らくブルーもまさにこの時、時術の資質を身につけているだろう。
相反する素養を備えながら相対する素質を持つ者同士の戦いは間違いなく紙一重のものとなる。そこでだ

零姫「――妾の持つ幻術の資質をお主に譲ろう。双子の術士よ」

アニー「でもそれって、あんたが死ぬって言う事じゃないの?」

零姫「たわけ。幾度となく転生を繰り返して来た妾にとってこの程度造作もない。ただ約束してもらおう」

ルージュ「……何なりと」

零姫「――子供達はまだまだ麒麟を必要としておる。故に空術の資質については諦めてもらいたいのじゃ」

零姫はルージュに幻術の資質のみを譲る事を提案した。それによって零の生命が懸念されたものの――
転生の秘鍵を握る零にとって力の一部を失うだけらしい。最早彼女の命を狙うものはこの世に二人……
その『魅惑の君』オルロワージュは半妖の娘に討たれ『黒騎士教育長』ウェズンも行方不明だからだ

ルージュ「……謹んで、貴女のお力を借ります。幻術の資質者」

零姫「止めんか。妾とて麒麟が死さば譲る気もなかったしオルロワージュが健在であった頃ならば――」

スライム「ブク?」

零姫「自衛のために必要じゃったが最早必要ない。妾も残る余生をここで静かに過ごしたいでな。娘よ」

アニー「あたし?」

故に零姫は麒麟への報恩とし資質を譲った。同時に、それは寄り添う二人にかつての“二人”の面影――

零姫「先程の啖呵はなかなか見事じゃったぞ。じゃが人は運命以上に“己”から逃れられぬのじゃ……」

半妖という数奇な運命に翻弄された少女と、寵姫でありながら反旗を翻した女性を零姫に想起させた。

その少女の名はアセ――
70 :>>1 [saga]:2012/08/31(金) 23:21:26.27 ID:SysGsAlAO
〜00〜

その時だった。

???「――待ち詫びたぞ。今日、この瞬間(とき)をな――」

アニー「これは!!?」

ルージュ「“ゲート”!」

スライム「ブク!?」

下弦の月へと手を伸ばすように生い茂る木々の枝葉がざわめき、吹き荒ぶ夜風に枯れ葉が舞い散り――
虚空より開かれし扉を模した術『ゲート』と共に降り立つ金髪の術士。だがアニーにはその術士の顔に

???「空術の資質を取り損なったか。使えんやつだな貴様は」

スライム「ブクク?」

???「曲がりなりにも私の半身だろうに、失望させてくれる」

アニー「……嘘――」

???「だがまあ良い。それでも失われた幻術の資質を得たならば、空術の資質は貴様を殺したその後だ」

零姫「……そう言う事か」

いやというほど『見覚え』があった。それはルージュの、意外に悪い朝の不機嫌な寝起き眼に似ていた。
そしてルージュの、静謐ささえ感じさせる美しい寝顔にも似ていた。昼夜を共にしたアニーにはわかる。
同じくして毎日のように顔を洗うために洗面所の鏡台の前に立つルージュの目にも『見覚え』があった。
ルージュと、その金髪の術士を、今日初めて目の当たりにした零姫にさえ感じられる『血の繋がり』……
それはルージュに良く似た金髪の術士も同じ感想を抱いたらしく、やや憮然とした表情を浮かべて佇む。

???「実にくだらん。資質を集めるためならば如何な手段も」

ルージュ「“選ばなくとも良い”だったな?俺“達”がマジックキングダムから授けられた教えでは……」

???「それがわかっていながらこの体たらくはなんだ。キングダムの教えに背くつもりか“ルージュ”」

ルージュ「……そうだな。俺もそうだった。たった今の今まで」

アニー「(――ルージュが、二人――)」

風が吹き、雲が流れ、月明かりの木洩れ日が銀髪の術士を眩く照らし、金髪の術士へと濃い影を落とす。
まるで二人は太陽と月のようだとアニーは思った。相似形を描く人生を辿りながら近似値に届かぬ存在。

???「――始めよう」

ルージュ「――終わらせよう」

共に生の産声を上げながらも、何れかが末魔を断たれぬ限り――

ルージュ「――来い、我が兄よ」

???「――行くぞ、我が弟よ」

――この“ヴァルプルギスの夜”に夜明けは来ないのだから――

71 :>>1 [saga]:2012/08/31(金) 23:22:21.12 ID:SysGsAlAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ブルー「――夜空に月は二つも要らん。そうだろう?我が弟よ」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
72 :>>1 [saga]:2012/08/31(金) 23:23:46.16 ID:SysGsAlAO
汚いサル三時間まわす

第四話終了。
73 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/08/31(金) 23:31:53.69 ID:DzCsfOeeo
サルスープリバース痛覚倍増乙
74 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) [sage]:2012/09/01(土) 01:58:23.41 ID:7iwxQ3mz0
vitaでサガフロをやりたくなった
超スカイライジングロザリオ乙
75 :>>1 [saga]:2012/09/01(土) 16:30:14.02 ID:7vbrPQVAO
〜Rouge〜

零姫「――約定の“幻術の資質”じゃ。遅れを取るでないぞ?」

ルージュ「身命に代えましても。貴女のお力、決して無駄には」

スライム「ブクブク!」

ルージュ「ありがとうスライム。君のマジカルヒールのお陰さ」

アニー「………………」

ルージュ「アニーさん」

アニー「……“さん”付けは止めてよ。またキャラ作ってるし」

ルージュ「僕はこれでも年長者を敬う質なんですよアニーさん」

――下弦の月が見下ろす、名も無きリージョンの岩山の頂。その左方にてルージュは支度を整えていた。
零姫の体内より蒼氷の波動がルージュへ移り、スライムの『マジカルヒール』がルージュを全快させる。
その中にあってアニーだけが三人に背を向け、岩山に腰を下ろし、抱えた膝に顔を埋めながら毒づいた。

アニー「一緒に逃げようって言ったのに。もう戦わなくても良いんだって、あたしあんたに言ったのに」

ルージュ「……僕が逃げたらブルーは逃げる事さえ出来ない。掟に縛られているのは僕だけじゃないんだ」

アニー「………………」

ルージュ「――それでも僕は嬉しかった。そんな風に言ってくれる人に巡り会えただけでも僕の旅は……」

アニー「――ルージュ」

ルージュ「――報われました。貴女と見たオウミの海が、僕の人生で唯一掟から解放された瞬間でしたよ」

そんな毒づくアニーをルージュは背中から抱き締めた。気丈な彼女は今、顔を見られたくないだろうと。
それは回されたルージュの腕に触れるアニーの震える手指が物語っていた。故に、ルージュは語らない。

アニー「甘ったれてんじゃないよ。宿命から逃げられなくても、運命は自分の手で変えていけるでしょ」

ルージュ「……かないませんね」

アニー「――行っておいで。あたしがここで待っててやるから」

反対にアニーは語る。勝手に自分の人生を自己完結させるなと。終わってなどいない。始まってすらない。
ならば今日ここから明日を掴めと、アニーがルージュに一振りの剣を手渡す。それはルーンソードだった。

ルージュ「……必ず帰って来ますアニーさん。いや“アニー”」

アニー「――――――………………」

ルージュ「――約束する」

アニー「……うん」

そしてルージュはルーンソードを携え頂へと昇る。勝利の二文字が刻まれた女神の加護を胸に抱いて――

76 :>>1 [saga]:2012/09/01(土) 16:30:41.21 ID:7vbrPQVAO
〜Blue〜

ゲン「ついにここまで来ちまったな兄ちゃん。準備はいいか?」

T260G「呼吸、正常。脈拍、平常。体調ハ至ッテ良好デス」

サイレンス「………………」

ブルー「――ついて来てくれと頼んだ覚えはないぞゲン。酒瓶片手に人の決闘を肴にされてはたまらん」

ゲン「決闘には立会人と見届け人ってのがいるんだ。それが剣であろうが兄ちゃんみたいな術だろうが」

頂の右方にはブルーに、陰術を修める際に協力し合ったサイレンスと、秘術を集める際に知り合った――
ワカツの剣豪ゲン。そして彼がボロまで送り届けんとしていたT260Gなるメカが揃い踏みしていた。
ヒューマンに妖魔にメカ。女連れにモンスターに妖魔のルージュに勝るとも劣らない奇妙な取り合わせ。
ブルーもまた旅をして来たのである。彼は仲間とは認めないだろうが、彼の下に集って来た人々がいる。
ルージュの知らないブルーの物語もまた存在するのだ。人は、決して一人では生きていけないのだから。

ブルー「――好きにしろ。ただこれだけは言い残しておきたい」

サイレンス「?」

ブルー「……お前達の協力なくして私はここに立てはしなかった。外の世界の広さと自分の器の狭さを」

T260G「(脈拍、ヤヤ高シ――)」

ブルー「――こうも思い知らされた旅もなかった。礼を言うぞ」

ゲン「よせよ。礼なら酒でしてくれ。まあ、これが終わったら」

ブルー「………………」

ゲン「――一杯やろう。こいつは貸しにしとくぞ。後で返せよ」

その中の一人、ゲンが酒瓶を煽りながら背中越しに放り投げた一振りの剣を、ブルーもた背中越しに――
受け取った。それはワカツにてゲンが天より授けられた剣聖の証、剣神より賜りし『流星刀』であった。

ブルー「……剣は不得手なのだがな。こんな物を持っていても」

ゲン「………………」

ブルー「剣が泣くだろう。早々に返すとしよう。酒と一緒にな」

ゲン「ついでに刺身もつけてくれりゃあ言う事はないんだがな」

ブルー「考えておくとしよう。もっとも、全てはこの先の話だ」

俺らしくもない、と口元を緩ませながらブルーもまた頂へと登り詰め、月を間に挟んでルージュを見た。
向こうが女神ならこちらは武神かと。こんなところまで似るところを見るに、やはり血は争えないと――

ブルー「――貴様を殺してな。ルージュ」

77 :>>1 [saga]:2012/09/01(土) 16:31:08.96 ID:7vbrPQVAO
〜Battle#3〜

ルージュ「……ブルー」

ブルー「――クーロンにいたらしいな。それも資質集めの為か」

ルージュ「そうだ。暗くて、臭くて、汚らしくて、騒がしくて、俺にはどうにも水の合わん街だったな」

ブルー「そうだろう。とかく道が入り組んでいて、その上人が多過ぎる。歩くのにも一苦労させられた」

ルージュ「気が合うな」

ブルー「兄弟だからな」

向かい合った二人は端から見ればこれから殺し合う敵同士にも、果たし合う術士にも見えなかっただろう。
それはやや冷めた物言いの兄と、やや斜に構えた弟との、互いに共感さえ覚えるような普通の会話だった。
互いに思わずにはいられない。22年という四半世紀に届こうかと言う月日を経て対面した兄(弟)は――

ルージュ「――ネルソンにいたらしいな。それも資質集めか?」

ブルー「それ以外に何がある?そしてあの街に他に何がある?」

ルージュ「あるとも。着いたのは真夜中だったが、昼日中にあの海を見ればまた違った印象だったかもな」

ブルー「くだらん。海の色など所詮は光の反射に過ぎん。それに俺はあの腐った磯臭さが性に合わんのだ」

ルージュ「気が合わんな」

ブルー「敵同士だからな」

予想よりも遥かに、想像を上回って己と良く似通っていた。故に我が事のように互いの手の内がわかる。
時によらず礼節を重んじる処世の、場合によっては冷徹にもなる渡世の、幾つもの仮面を分けて使い――
仲間を得、資質をかき集め、血道を上げてこの頂まで登り詰めた過程を思うと、二人は互いを兄弟として

ルージュ「ブルー」

ブルー「なんだ?」

ルージュ「――本当に俺達は殺し合う以外に他の道はないのか」

ブルー「……考えないでもなかった。だが既に答えは出ている」

ブルーは兄としてルージュを誉めてやりたくなり、ルージュは弟としてブルーを誇らしく思えた。だが

ブルー「私も貴様もここに立っている。術の資質を集めるために流した血の河と積んだ屍の山の果てに」

ルージュ「それが貴様の出した答えか。俺は違う。俺は生きて彼女の元へ帰りたい。そんな俺を貴様は」

ブルー「――笑いはしない」

ルージュ「……ありがとう」

――そんなもので覆せるほど、二人の背負うものは軽くはない。

ルージュ「……言葉も尽きた」

ブルー「後は術で語り合おう」

人はそれを運命と呼び、運命が今まさに二人を駆り立てた――

78 :>>1 [saga]:2012/09/01(土) 16:33:44.13 ID:7vbrPQVAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ACT.5「ルージュ・エ・ブルー」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
79 :>>1 [saga]:2012/09/01(土) 16:34:11.50 ID:7vbrPQVAO
〜魔術空間〜

ルージュ「エナジーチェーン!」

ブルー「サイコアーマー!」

三角錐を張り合わせたかのようなクリスタルが舞う空間にて、遂に運命の双子がここに激闘の幕を上げる。
先手は魔力を練り上げ浅葱色の鉄鎖を放つルージュ!後手は魔力を圧し固め透明な鎧を纏うブルーだった。
鉄鎖がブルーの喉笛目掛けて放たれるも、それは壁に当たったように中途で弾かれ雲散霧消し、そして――

ブルー「インプ……」

ルージュ「サイキックプリズン!」

攻勢に転じようとしたブルーの星形正十二角形の光芒が、守勢に回るルージュの星形正十二角形の結界……
サイキックプリズンによって放たれる直前に誘爆させられ、ブルーの右肩より先が、鮮血と共に吹き飛ぶ!

ブルー「ぐうっ!!?」

この術空間は、指定された術の威力を倍増させそれ以外の術を半減させる効力を持つ。故にルージュは

ルージュ「(一気に終止符を打つ!)」

右腕を失ったルージュ目掛けて浮遊する岩を飛び石伝いに駆けて躍り出る。この機会を逃すまいとして

〜陽術空間〜

ルージュ「超風!」

ブルー「!」

真紅の魔術空間より黄金の陽術空間へ変化した機に乗じ、サイコアーマーの防御力が下がりきった所で――
ルージュは陽術超風を以て熱風の凱嵐を生み出し、跪くブルーを山ごと吹き飛ばす勢いで叩きつけて行く。
麒麟をも焼き尽くした一撃に、ブルーは為す術なくドン!と五体を四散させんばかりの勢いで瓦礫に埋もれ

ルージュ「やったか!?」

ルージュが超風を放ち終え、幕はここに下りたかに見えた。が

ブルー「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオー!!!」

ルージュ「何だと!?」

再び火蓋を切るかのように、ブルーは瓦礫の山をも焼き尽くすほどの生命の炎と共に不死鳥が如く蘇る。
それどころか、吹き飛ばされた右腕までも再生させたそれは既に如何なる回復術を凌駕し超越していた。
だがルージュが瞠目したのはそれではない。これは回復ではなく復活、治癒ではなく転生そのものである

ルージュ「何故貴様が命術(リヴァイヴァ)を修得している!」

陰術と陽術、相反する術を両備せねば修得出来ないと言う如何なる魔術師であろうと不可能であった……
伝説の力をブルーが手にしていた事にルージュは驚愕した。光の術と闇の術を両方身につける事など――

80 :>>1 [saga]:2012/09/01(土) 16:34:39.36 ID:7vbrPQVAO
〜心術空間〜

ブルー「ブリューナク!」

ルージュ「なっ!!?」

伝説の命術、両者が持ち得ぬ心術を司る空間に色を変えた刹那ルージュに生まれた間隙を縫うように――
銃の形を模しながら術者の意思に応じて投擲される魔槍ブリューナクが、ルージュの心臓を刺し貫いた。
ルージュは目を見開いたままその場に崩れ落ち、ブルーはそれを見下ろす形となった。それもその筈――

ブルー「貴様の陽術の力が陰術の力を身につけた私を貫いた時、私は全てを理解した。貴様もそうだろう」

ブルーが先手を取られたのは、ルージュの放った攻撃により自分の中に起きた陰陽の変化に戸惑った為。
だがブルーは理解した。自分とルージュの魔力の相似形は、もはや近似値という概念すら超えていると。

そして

ルージュ「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオー!?」

ルージュもまた転生の炎リヴァイヴァにて復活し、全てを理解した。心臓を貫かれて尚甦る力の本質を。

ブルー「――ウォーミングアップはここまでだ!ルージュ!!」

――自分達は双子などではない。元々一人の人間だったのだと。

〜秘術空間〜

ブルー「剣!盾!!魔術師!!!」

ルージュ「(畳み掛けて来る!)」

そして秘術空間へと移り変わった途端、ブルーはタロットを司る秘術を同時に三つも詠唱するという――
詠唱速度ならブルーをも上回るルージュが鼻白み舌を巻くほどの爆発的大攻勢を仕掛け、ルージュもまた

ルージュ「活力のルーン!」

旋回し全方位から降り注ぐ剣の舞いを避けられない事を知るや否や、肉体の再生力を極限まで高める――
活力のルーンを我が身に刻み、同時にルージュの身体を数十本の剣が突き刺さるも即座に傷口を防いだ。
肉を斬らせたルージュはルーンソード片手にブルーの骨を断たんと、刃紋に刻まれし勝利のルーンを唱え

ルージュ「逆風の太刀!」

ブルー「かかったな!!」

ルージュ「!?」

ブルーの『盾』を切り裂くほどの膂力を一時的に身につけ、アニーがタンザーで閃いた逆風の太刀で――
ブルーへ切り込むも、ローブを身に纏った隠者が二人の間に割り込み、身代わりとなってルージュを捉え

ブルー「――“死神”」

ルージュ「ぐはっ!?」

道連れにせんとし、ブルーが大鎌を持つ死神のタロットを引き当て、ルージュを一度に『二度』殺した。

81 :>>1 [saga]:2012/09/01(土) 16:37:15.44 ID:7vbrPQVAO
〜命術空間〜

零姫「運命というものは残酷じゃな。何故にこの二人の天才を、一つの時代に産み落としたもうか……」

アニー「ルージュ……」

一度に二度殺され三度リヴァイヴァによって甦ったルージュの背中が、アニーには酷く遠く感じられた。
ルージュもブルーも、もはや人間を超越したかに見える。それは長い時を生きて来た零姫も同様である。

零姫「――だが、このままでは敗れ去るのはルージュの方じゃ」

アニー「……どういう事」

零姫「あのような神の理すらねじ曲げる力を、如何に天才であろうが人の身で何度も行使出来ぬ筈じゃ」

その零姫が見るに、七生という言葉通り二人が行使出来るリヴァイヴァは七回であると正確に目算した。
既にルージュは三度命を落とし、ブルーは一度限り。同じ双子、同じ力量でありながら何故こうまで――

零姫「――迷っておるのじゃよ。双子の兄を殺めるという事に」

アニー「………………」

差が開く一方なのか?それはブルーの術という軛にさえ囚われぬ、非情なまでの手段の選ばなさにある。

アニー「それでも」

それでも――

アニー「あたしは、ルージュを信じてる」

〜妖術空間〜

ブルー「――“幻夢の一撃”」

ルージュ「(妖術だと!?)」

ブルー「何を驚く事がある?」

ルージュ「ぐっ!?」

そして妖術空間へ移り変わった途端、ブルーが右手に嵌めた指輪パープルアイを翳したかと思えば――
魔術を使うキングダムの術士では修得出来ないはずの妖術『幻夢の一撃』を繰り出して来たのである。
幻夢の一撃とは召喚術の一つであり、黒猫・ナイトメア・ジャッカル・コカトリス・死神から成る術。
そのジャッカルが持つ汚れた牙により、ルージュの活力のルーンの加護が打ち消されてしまったのだ。
必要とあらば魔具や呪物まで用いるブルーに対しルージュは喰い千切られた左肩を押さえながらも――

ルージュ「驚きはしないさ……」

ブルー「?」

ルージュ「――俺も同じ事を考えていた!“コカトリス”!!」

ブルー「なっ……」

ルーンソードに刻まれた勝利のルーンに全てを硬化させる『停滞のルーン』を掛け合わせて放たれる――
幻獣コカトリスの石化撃が、見下ろすブルーの目を嘴で抉り、喉笛を爪で掻き切り、石化させんとする!
だがブルーは手にしていた『砂の器』により石化だけは免れど、そこで二度目のリヴァイヴァを発動させ

82 :>>1 [saga]:2012/09/01(土) 16:37:41.86 ID:7vbrPQVAO
〜陰術空間〜

ブルー「ルージュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!」

ルージュ「(来る)」

そこで遂にブルーが吠え、場が陰術空間へと移り変わり、呪文を詠唱させつつルージュへと飛びかかる。



ブルー「後ろだ!」

ルージュ「!?」

真っ正面から突っ込んで来るブルーの姿と、背後から響き渡るブルーの声とが一瞬ルージュを惑わす。
だがルージュは振り向かない。これは影を司る陰術による陽動だと振り切り、手にしたルーンソードで

ルージュ「はっ!」

ブルー「シャドウサーバント」

ブルーを唐竹割りに頭蓋から切り裂いたかと思えばそれは影が生み出した分身!本物のブルーは――
敵の背へ回る影法師『ハイドビハインド』そのものであり、実と見せて虚、虚と見せて実と翻弄し!

ルージュ「くっ」

ブルー「ミリオンダラー!」

ルージュが振り向き様に凪いだルーンソードをブルーが振りかぶるゲンから授けられた流星刀でいなし――
自らをも巻き込んだ、爆撃にも似た流星群を降らせてルージュ共々瓦礫が粉微塵になるまで破壊し尽くす。

〜邪術空間〜

ゲン「剣、術、道こそ違っても真剣勝負ってやつは酔いが覚める思いだ。お前にはわからんかも知れんが」

T260G「理解不能。デスガブルー様ノ肉体ノ活性化及ビ精神ノ高揚ハ数値トシテ表レテマス。ゲン様」

ゲン「小難しい事言うなよ。なあ、兄ちゃんもそう思うだろ?」

サイレンス「………………」

ゲン「そうかそうか」

自らも巻き込んだミリオンダラーにより、両者共にリヴァイヴァによって復活し再び切り結ぶ様を――
サイレンスは腕を組みながら見つめていた。だがそれは見守るというよりも見透かすような眼差しで、

サイレンス「………………」

オーンブルーにて捜査協力してくれた借りを返すべく同行していたサイレンスは上級妖魔である。
故に今四度目の死を迎えたルージュと三度目の生を迎えたブルーが、ここに来る前に手にした――
時術の資質を得るために必要であった『砂の器』に生命力の一部を捧げた事も当然、知っている。

サイレンス「………………」

ルージュ本来の生命力を7とするならブルーは差し引き1で6。トータルすれば戦況は五分と五分である。

サイレンス「………………」

そして――

83 :>>1 [saga]:2012/09/01(土) 16:38:09.57 ID:7vbrPQVAO
〜印術空間〜

ルージュ「“魂のルーン”!!!!!!」

ブルー「!!」

四度目のリヴァイヴァを機にルージュも全力を出し、印術最高位たる魂のルーンを己の身体に刻み――
生命力と引き換えに全身全霊全力全開の力を引き出し五度目の死すら厭わず、ブルーへと四度目の死を

ルージュ「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

ブルー「(速い!?)」

与えるべく横薙ぎに払い、袈裟懸けに切り、止めとばかりに脳天を兜割りする剣技『デッドエンド』!

ブルー「しまっ……」

ルージュ「ブルゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!」

四度目の死を迎え五度目の生を受けんとするブルーへの追撃を緩めぬルージュがマジックハットを放る。
それにより雨霰が如く降り注ぐ精霊石の波動が、ブルーの全身を毛細血管から破裂させるように砕け散り

ブルー「“タイムリー……」

ルージュ「やらせはせん!」

時間軸を消し飛ばし別次元へ吹き飛ばす時術タイムリープを発動させ逃れようとするブルー!
それを横合いからキックで蹴りつけ岩山の頂から谷底へと蹴落とす事で詠唱を阻むルージュ!

ブルー・ルージュ「「ハアアアアアアアアアアアアアアア!」」

〜幻術空間〜

ルーンの加護が切れ、五度目の死を迎え六度目の生を受けたルージュへ脳天を砕かれ谷底へ落とされ……
四度五度死を迎えたブルーが転生の炎で舞い戻った時、既に二人の魔力は底を尽きかけており、更には。

ブルー「……“流砂”!」

ルージュ「“黒猫”!!」

『砂の器』を反転させ発生させた流砂がルージュを飲み込み、返す刀で幻術『黒猫』を発動させ――
黒猫を辛うじて手首に嵌めていたワンダーバングルでブルーが防ぎルージュがリヴァイヴァを発動。
鎬を削る戦いどころか命を削る闘いに、生命と身体を張り続けた双子も遂に限界へと達した事が――

ゲン「……次でケリがつくぞ。もう待った無しだぜ兄ちゃんよ」

立会人たるゲンが酒を煽る事を止め、瓶を岩山に置いた所で――

アニー「――負けんな、ルージュ!!!」

震える手指を祈りの形にする事なく、握り拳の形にした所で――

ルージュ「……お゛」

ブルー「……オ゛」

ブルー・ルージュ「「――“ヴァーミリオンサンズ”!!!」」

最高位の魔術にして最大級の破壊を齎す最高峰の奥義“ヴァーミリオンサンズ”が同時に夜空を舞い――

84 :>>1 [saga]:2012/09/01(土) 16:40:40.39 ID:7vbrPQVAO
〜再びの魔術空間〜

ルージュ「ブルゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!」

ブルー「ルージュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!」

二人を見下ろす下弦の白月もが褪せるような紅玉が割れて砕けて墜ちて散り、渦巻き逆巻き荒れ狂う。
ヴァーミリオンサンズ。それはマジックキングダムの中でもごく限られた選ばれし者のみが扱える術。
リヴァイヴァによって生命を最期まで燃やし尽くした二人の、魔力を振り絞るかのような最後の一撃。
星のように数多居る術士の中、月に舞う二人の、太陽が如き魔術が空を赤く染め上げ燃え上がらせる。
これには神すら耐えられまいと、骨の一握も血の一滴も肉の一片すら残さぬ、二人の原点にして頂点。

アニー「      」

アニーの伸ばす手も届かぬ高みへ、アニーの叫ぶ声も届かぬ頂へ、青と赤の名を持つ二人の黒白が決する。
ルージュの勝敗が、ブルーの生死が、二人の黒白が、双子の雌雄が、術士の運命が、その全てが決まる――

ルージュ「     」

ブルー「      」

一人は愛すべき者のもとへ帰る事を望み、一人は誇るべき故郷へと還る事を希み、そしてここに――

〜そして……〜

轟ッッッッッ!と二人の力場を断ち切る一本の剣が舞い降りた。

ブルー「!?」

ルージュ「!」

ドン!という衝撃波と共に遅れてやって来た破壊音が、今まさに激突せんとしていた二人の間へと――
割って入り、ヴァーミリオンサンズの力場を断ち切り、燃え上がる夜空に幕引きの帳を下ろすように!
その刹那、紅玉の大嵐は瞬く間に凪へとその様相を変える。その岩山の頂に突き立った一振りの剣――

サイレンス「……!」

その紫水晶から彫り上げられたかのような優美な刀身にサイレンスは見覚えがあった。有り過ぎたのだ。

ゲン「こいつは――」

零姫「“妖魔の剣”」

それはクーンと共に旅をしたゲンも何度か目にした妖しい輝き。零姫も備えている『妖魔の剣』だった。

アニー「まさか――」

スライム「ブクブク?」

T260G「生命反応アリ」

アニーもT260Gも、クーンとの旅の中で『彼』と知り合った。そして訳がわからないとスライムが

スライム「ブクブク!」

ルージュ「貴方は――」

ブルー「誰だ貴様は!」

振り返った先に剣の主は佇んでいた。『白衣』を翻して――

85 :>>1 [saga]:2012/09/01(土) 16:41:34.73 ID:7vbrPQVAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ヌサカーン「この勝負、私が預かろう」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
86 :>>1 [saga]:2012/09/01(土) 16:42:08.03 ID:7vbrPQVAO
〜終わりの始まり〜

ブルー「――何だ貴様は!我等の決闘を愚弄するつもりか!!」

ヌサカーン「そんなつもりはない。ただ預かると言っただけだ」

ルージュ「(ヌサカーン先生?)」

ゲン「おいおい妖魔のお医者さんじゃねえか。これは一体……」

天空より飛来して二人の衝突を食い止めた妖魔の剣の主、闇医者ヌサカーンに対してブルーが激昂した。
それもそのはずである。己が人生の全てを懸けた決闘に横槍を入れられて逆上しない者などいはしない。
だがヌサカーンは胸倉を掴むブルーの手を振り解く事さえなく、淡々とした語り口と粛々とし面持ちで。

ヌサカーン「ふむ。論ずるよりもものを見せた方が早そうだな」

ブルー「何?」

ルージュ「これは……」

ヌサカーンが妖術『硝子の盾』を顕現し、そこにあるリージョンの様子を投影する。そこには何と……
全てが灰燼に帰し、瓦礫と屍の山と汚水と血の河が流れていた。だがそれを見てもブルーは首を傾げて

ブルー「何だこれは。ワカツか?」

ゲン「おい。こんなに荒れてねえ」

ヌサカーン「……出身者である君達にもわからんのは無理ない。これは“マジックキングダム”だよ」

ルージュ「――――――」

ブルー「……なん、だと」

――その瞬間、ブルーとルージュの眦は決したまま凍てついた。

ヌサカーン「……私がここに来た意味が理解して貰えたかね?」

マジックキングダム出身者の二人が一目でそうとわからぬほど破壊し尽くされた瓦礫の王国を前に――

プルルルルル

アニー「もし、もし……」

ルーファス『アニー、任務だ。今すぐマジックキングダムへ飛べ。とんでもない異常事態が行ったようだ』

サイレンス「………………」

ヒューズ『サイレンスか!?今すぐ最寄りのシップからキングダムに出動だおい聞いてんのか返事しろ!』

グラディウスより、IRPOより、最大級の危機を報せるレッドアラームが通信機を通して鳴り響いて行く。
混乱の坩堝の直中にあって、ルージュとブルーにはそれらのコールや周囲の声など半分も届きはしなかった。

アニー「ルージュ!」

ルージュ「……嘘だ」

アニー「しっかりしてよルージュ!!!」

ルージュを抱き寄せて揺さぶり立てるアニーの耳にだけ、その虚ろな呟きが空しい響きと共に届いた。

87 :>>1 [saga]:2012/09/01(土) 16:42:40.81 ID:7vbrPQVAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ルージュ「信じられん……」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
88 :>>1 [saga]:2012/09/01(土) 16:44:41.86 ID:7vbrPQVAO
ブリューナク下さい。もうたまごの帽子はいらんのですよ……

第五話終了。
89 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage ]:2012/09/01(土) 18:19:18.13 ID:hpQ998qwo
二刀烈風乙
90 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/09/01(土) 18:23:32.68 ID:Brt0D5tXo
マジカルオーツ
91 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/09/01(土) 22:12:11.45 ID:KSkg35aBo
プラズマ乙
92 :>>1 [saga]:2012/09/04(火) 00:32:12.31 ID:y3lgUpVAO
〜1〜

ヒューズ「一体何がどうなってやがる!?何だこの化物共は!」

ルーファス「俺に聞くな。知っていれば手の打ちようもあるが」

堆く積み上げられた瓦礫の山をバリケード代わりに、ヒューズがリーサルドラグーンとベヒーモスと言う……
歪な二丁拳銃で隊列を組んで練り歩く不死系モンスター危険度ランク9、デュラハンに十字砲火で応戦する。
そして期せずして共闘する事となったルーファスもまたバリケードを背に屈みスピードローダーを交換する。
ここは崩壊を迎えたマジックキングダム。かつて魔術王国の面影すらない血塗られた地獄も同然である戦場。
既にキングダムの術士らは全滅、駆けつけたトリニティの軍隊でさえ戦線をじりじり下げ壊滅は時間の問題。

術士「封印が破られたんだ……もうおしまいだ皆死ぬんだ……」

ルーファス「封印?封印とは何の事だ。それはこの溢れ出した化物共と何か関係あるのか?おいっ……」

術士「ううっ……」

ヒューズ「くっ、しっかりしやがれ!くそったれ!殉職する分まで俺の安月給にゃあ含まれてねえぞ!」

そしてたった今も数少ない生き証人である術士も事切れかけ更にいや増すモンスターの勢いと数に――
クレイジーさが売りのヒューズとタフさが売りのルーファスもいよいよ覚悟を決めて歯を食いしばる。

その時であった。

――『龍神プログラム』、作動シマス――

ヒューズ「!?」

――薙ぎ払え『メイルシュトローム』――

ルーファス「!」

機械的な合成音と、久方振りに聞く美声とに弾かれたようにヒューズとルーファスが振り返り見上げると――
そこには視界を覆わんばかりの大海嘯『メイルシュトローム』がモンスター達を残さず押し流し飲み込んだ。
瞬く間に広場を水没させ、葦の海を断ち割り姿を現すはレトロなボディのメカに揚羽蝶の翅を背負った妖魔。

T260G「目標殲滅」

サイレンス「………………」

ヒューズ「サイレンス!それに……」

ブルー「………………」

ルージュ「………………」

ルーファス「ルージュ君、それから」

アニー「……久しぶり、ルーファス」

深海の輝石を手にしたサイレンスと、オクトパスボードを起動させたT260Gの背後より現れ出る――
アニーの肩を借りて立つ疲労困憊のルージュと、片足を引きずる満身創痍のブルーの姿がそこにあった。

93 :>>1 [saga]:2012/09/04(火) 00:32:39.67 ID:y3lgUpVAO
〜2〜

術士「じ、“地獄”の封印が破られたのだ。秘密裏に、地下に閉じ込めていた魔物が侵攻を開始したんだ」

ブルー「どうすれば封印し直せる?さっさと言え。時間がない」

術士「やっ、奴らを統べる“地獄の君主”を叩き力を弱める他ないんだ。頼む、最後に旅立った術士達よ」

ルージュ「……ブルー。彼が言った通りだ。手を組まないか?」

ヌサカーン「………………」

スライム「ブクブク」

ゲン「急げ!そんなに長く食い止めておけねえぞ!うおっ!?」

零姫「ここは妾達に任せて先に行け!すぐに追いつこうぞ!!」

至る所で銃声と爆音と怒号と末魔が飛び交う戦場と化したマジックキングダムに降り立った一行は――
ヒューズ達が組み上げたバリケードを隠れ蓑に、生存者である術士からこれまでの経緯を聞き出した。
ヌサカーンの治療を受けながら今にも事切れそうな術士が告げた魔術王国の隠された真実に対して……
双子は最早絶望さえ超越した。何でも地獄から湧き出した魔物達は高濃度の魔力を蓄えているらしい。
それが一種の防壁となり、如何なる近代兵器も効果的な打撃を与えられない。それを中和するには――

ブルー「是非もない。私達“術士”以外に成す術がないと言うならば。ついて来いルージュ。行くぞ」

ルージュ「……ブルー」

術士の行使する術、即ち魔力以外に対抗する術がないのだ。その術士の総本山であるこの魔術王国……
マジックキングダムが陥落すればトリニティの総力を以てしても抗えない全リージョン滅亡の危機だ。
そこでルージュは一時休戦を、ブルーは一時共闘を提案しすぐさま合意した。そしてそんな彼等に――

術士「“地獄”への入口は教会の地下の縦穴、三女神像の……」

ルージュ「それだけわかれば十分だ。アニーさん、貴女はもう」

アニー「舐めるな!」

ルージュ「………………」

アニー「――行くよ」

術士が地獄門の在処を告げ、アニーはルージュに肩を貸しながら戦場を突っ走り、ブルーも後に続いた。
デュラハンをゲンが、ジブサムスカウトをスライムが、巨人を零姫が、それぞれ押し留めるその背後を。

T260G「デハ」

ヌサカーン「私達も」

サイレンス「!」

化石樹へT260Gが、サイレンへヌサカーンが、ゼフォンへサイレンスが、三者三様に切り込む中――

94 :>>1 [saga]:2012/09/04(火) 00:33:44.45 ID:y3lgUpVAO
〜3〜

ブルー「こっちだ。滑りやすくなっているから気をつけろ……」

アニー「……まさに“地獄”への竪穴ね。ゾッとする眺めだわ」

ルージュ「キングダムの地下にこんな空間が広がってたなんて」

地上戦の音が遠く聞こえるほど深く、破裂した水道管から昇る虹が眩く感じるほどの長い縦穴を――
三人は流れる水に足を取られぬよう、青白い輝きを放つ三女神像を目印にスルスルと下って行った。
それは縦穴というより地中の斜塔のようであり、至る所に転がる術士達の終の地となる墓穴だった。

ブルー「――その通りだな。私が一足先に降りて様子を見て来る。戻って来るまでここを動くなよ」

ルージュ「……わかった」

アニー「(嗚呼、そうか)」

その穴蔵へ向けて降りて行くブルーの後ろ姿にアニーは思った。それはこの切迫した状況下にあって――

アニー「……やっぱり、“お兄さん”なんだね。ルージュのさ」

ルージュ「………………」

アニー「(憎くて殺し合った訳じゃないのは、同じなんだね)」

ややもすれば不謹慎なほど穏やかな笑みをアニーに与えた。このような地獄絵図でさえなかったら――
自分が間に立って仲を取り持っても良いと思える程度には。そんな詮無い事を考えて腰を下ろした先。
そこは青白い光に照らされ浮かび上がる三女神像のちょうど次女の胸元辺りであった。だがそこで……

ルージュ「………………」

アニー「どうしたのよ?」

ルージュ「いえ、この女神像が何だかアニーさんに似てて……」

アニー「はあ!?」

ルージュ「ほら、この翼の生えた左側の髪の短い女神像に……」

アニー「……バカヤロー。こんな時に口説くなってのよもう!」

座り込むルージュが指差した先。そこには有翼の女神像が今まさに舞い降りんとしている構図であった。
アニーとてわかっている。ルージュは恐らく張り詰めた自分を少しでも和ませようとしている事くらい。
本人達はそれどころではないだろう。己の存在意義と存在理由に根差すキングダムが崩壊の日を迎え……
ルージュは何を思い、ブルーは何を考え、二人は何を感じているだろうかとアニーは痛む胸を押さえる。
恐らくは、アニーが幼い弟妹達を抱えて両親を失った時以上の痛苦を、故郷を失った二人は覚えてい――

ブルー「何者だ貴様は!?」

???「おっと、私は“地獄”の住人ではありませんよ?」

ルージュ「ブルーの声だ!」

その時だった。
95 :>>1 [saga]:2012/09/04(火) 00:36:18.29 ID:y3lgUpVAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
フルド「申し遅れました。私の名はフルド。マジックキングダムに工房を構える、下級妖魔ですよ――」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
96 :>>1 [saga]:2012/09/04(火) 00:36:49.49 ID:y3lgUpVAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ACT.6「ヘルズ・エンジェルス」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
97 :>>1 [saga]:2012/09/04(火) 00:37:15.44 ID:y3lgUpVAO
〜4〜

ブルー「その下級妖魔がこんな所で何をし、何を持っている?」

フルド「ふふふ、知りたいですか?貴方達が追い求める真実を」

ブルー「真実だと?」

フルド「貴方達が生まれる前より私はこのマジックキングダムに根を下ろし、人々との営みを具に……」

ブルー「………………」

ブルー「その罪深き行いに至るまで私は見て来たのです。どうです、真実を知りたくはありませんか?」

縦穴の最下層にてブルーが相見えた影の正体、それはマジックキングに工房を構えし下級妖魔フルド。
元黒騎士筆頭ゾズマをして『下級妖魔で最も力を有する者』と字され石化能力に秀で彫刻に長ずる者。
白栲の体躯と藤色の紋様を持つその妖魔の手には、三女神の意匠が施された腕輪が目映く輝いていた。

フルド「――もう一人の“貴方”と共に」

ルージュ「ブルー!一体どうしたんだ!」

遥か上方より呼び掛けて来るルージュ達を見上げながら卑しく嗤うフルドの手の中で、妖しく煌めいて。

〜4.5〜

ルージュ「ブルー、その人は?」

ブルー「フルドという下級妖魔らしい。どうやら俺達の……」

フルド「マジックキングダムの悪因悪果、そして貴方達の出生の秘密を知る者ですよ。お見知り置きを」

アニー「(……霞んで見える。何で?)」

最下層より再び三女神像へと登って来たブルーが伴って来たフルドは嫌味ったらしいほど恭しく一礼した。
ブルーもフルドが不審な動きをすればすぐさま吹き飛ばすべく構えを取り、それはルージュも同じだが……
フルドは気にした風もなく泰然自若としている。傍らのアニーが目を擦って見やるほど希薄な存在感でだ。

フルド「この三女神の腕輪を像へと翳して御覧なさい。お二方」

ルージュ「……こうか?」

ブルー「!? 吸い込まれ――」

アニー「ルージュ!ブルー!」

その揺蕩う影が手渡した『三女神の腕輪』をブルーとルージュが共に像へと掲げた所で、輝きは光に……
そして光は標となり鍵となりて三人は女神像へと吸い込まれて行く。内包された禁断の聖域とも言うべき

ルージュ「ここは!?」

ブルー「これは?!」

一人の人間を魔術的処置により、人為的に双子へと分かつ、業深きキングダムの新生児処理施設へ――

98 :>>1 [saga]:2012/09/04(火) 00:37:45.99 ID:y3lgUpVAO
〜5〜

三女神像に偽装された新生児処理施設には、薄明かるい光と仄暗い闇と揺蕩う羊水に満ち充ちており――
数珠繋ぎに連なる人口子宮には同じ顔をした兄弟、或いは姉妹が安らかな寝顔を浮かべて微睡んでいる。
瞋恚の炎を目に浮かべるブルー、赫亦の火を瞳に映すルージュに見守られながら、何も知らずに眠って。

フルド「お分かり頂けましたか?貴方達はここで生み出されたのですよ。殺し合いをさせられる為にね」

言葉もなく立ち尽くす双子を前に朗々と、台詞を読み上げるようにしてフルドは言葉を紡ぎ真実を説く。
神代の昔に、アニーもクーンの旅に絡んで目にした『指輪』の力を用いてある者がこう言ったのである。

フルド「“天国のような世界を作ろう。老いも、病も、死すらない、神の国のような楽園を作ろう”と」

アニー「(……あの“指輪”の力ならそれが出来るわ。一つのリージョンを作るくらい訳ないはずよ)」

だがアニーもその『指輪』がもたらす力も、紛い物の奇跡も、後ろ向きの祝福も、全て見て知っている。
フルドは続ける。結果として新たなリージョンは出来上がった。見た目だけは天国そのものだったが――
中身は今、マジックキングダムを焦土に変えたような魑魅魍魎が跋扈する本物の地獄だったと。それ故に

フルド「マジックキングダムは地獄を封印し続けるだけの強い魔力を持つ双子の術士を作り上げたのです」

ブルー「……つまり、俺達は人柱という事か!その為に競わされ、操られ、殺し合うよう仕向けられて!」

フルド「地獄が開けば、全リージョンが滅亡する。いやはや人間とは恐ろしい。大義名分の為ならば――」

ルージュ「………………」

フルド「このような非道な所業もまた正道を守るため本道と為す。我々妖魔よりもよほど悪魔じみている」

マジックキングダムは人柱を生み出し、生贄を産み続け、犠牲を倦みながらも、その膿みを出し切れない。
長い時を生きる妖魔は皆それを知っている。ヌサカーンの言葉を借りるならば、キングダムは病んでいる。
血を流して病巣を切り取る事も出来ず、絶望的な延命治療に縋るだけの半死半生の『病人』そのものだと。
99 :>>1 [saga]:2012/09/04(火) 00:39:42.92 ID:y3lgUpVAO
〜6〜

ブルー「……こんな施設は、破壊する!」

ルージュ「止めろブルー!落ち着け!!」

ブルー「巫山戯るな!何も、何も知らなかった私達に犠牲を強いておいて、この上でまだ私達のような」

ルージュ「俺達のような存在をこれ以上出さないために、この子達をどうすれば守れるかを考えろ!!」

ブルー「っ」

ルージュ「――俺達で終わりにするんだブルー。キングダムの罪は既にこれ以上ない形で裁かれている」

ブルー「………………」

ルージュ「……俺だって、アニーさんに出会わなければ、外の世界を知らなければ、お前と同じように」

隠された秘密、明かされた真実を前にして、ブルーは激しく取り乱し、ルージュは必死になって食い止める。
ルージュとて、マンホールチルドレンや麒麟の空間における望まれずに生まれた子供達を目にしなければ……
ブルー同様この施設を破壊しようとしていたかも知れないのだ。自分達以上に子供達に待つ運命に悲嘆して。

アニー「……もう出ましょう。ここはあんた達には辛すぎるよ」

ルージュ「――そうですね。フルド、この先は一体どうなって」

フルド「ご案内致しますよ。地獄の門はもう一つの最下層です」

『三女神の腕輪』を拾い上げ一向は新生児処置施設を後にする。立て続けに起きる残酷な現実に対し――
ブルーは女神像から抜け出し、何時しか縦穴より降り注ぐ雨と丸く切り取られた空を仰ぎ見ながら言う。

ブルー「偽りの女神め……」

アニー「………………」

ブルー「――貴様の加護などいらん。だがあの子達には祝福を」

信じていた絶対的権威は脆くも崩れ去り、自分達の出生の秘密を知った時、ブルーの心は漂白を迎えた。
だがその足を止める訳には、膝を折る訳には行かなかった。地上では仲間達の、地下には新生児達の……
それぞれの生命・未来・希望、その全てがブルー達の双肩にかかっているのだ。背負った運命より重く。

フルド「さあ、着きましたよ」

三女神像から飛び降り、隠し通路からもう一つの最下層へと辿り着いた一行の前に広がる風景……
数多の亡骸と幾多の髑髏が折り重なる地下道に色濃く漂う青白い瘴気と死臭。それをフルドが指差した。

フルド「――地獄の門です」

この門を潜る者は全ての望みを捨てよと刻まれし門。地獄へと連なる無明の道筋がしじまを守っていた。

100 :>>1 [saga]:2012/09/04(火) 00:40:11.24 ID:y3lgUpVAO
〜7〜

ルージュ「ここから地獄へ行けるのか?」

フルド「ええ、ただし地獄の力を弱めない限り戻る事は出来ないという話です。“ゲート”も同様です」

ブルー「どういう事だ」

フルド「混沌に飛ばされると聞きましたが実の所はわかりません。或いは、戻って来られると何か……」

ルージュ「………………」

フルド「不都合でもあるのかも知れませんよ?何せマジックキングダムです。まだまだ裏があるのかも」

出立の段を迎え最後の旅支度を整える一行に、フルドの皮肉めいた送り出しの言葉が揺さぶりをかける。
封印が破られたのはこれが初めてなのかそうでないのか、初めて地獄に行った者は生還出来たのかなど。
地獄を一つの扉に例えるなら、術士の封印など鍵を持たぬまま力尽くで扉を塞いでいるに等しいのでは?

ブルー「愚問だ。再び戻れないとしても私達の果たす務めに変わりはない。それが強いられた犠牲でも」

フルド「………………」

ルージュ「キングダムに根を下ろした貴方でも、キングダムに生まれついた僕達の気持ちはわからない」

しかしブルーの意志とルージュの意思は固かった。フルドはそれに対し妖魔らしかぬ笑みを貼り付ける。
皮肉っぽく、呆れたように、付き合い切れないと言った具合に、竦めた肩より朧がかり、溶け込む様に。

フルド「……度し難い程愚かですねえ。だから私は“人間”が」

アニー「消えて行く!!?」

フルド「――“人間”が嫌いなんですよ。妖魔の血を半ば受け継ぎながら、人間として生きようとした」

アニー「待ちなよ!あんた」

フルド「あの“半妖の少女”もまた、貴方達と同じように――」

――フルドは消滅した。それは魔術王国が崩壊するより遥か前よりとある半妖の少女の訪問を受け……
その際落とした命の残滓が地獄から溢れ出した妖気に触れ、一時的に蘇ったものの再び無へと帰した。

アニー「……何だったんだろう。あいつ」

ブルー「……私にもわからん。だが塵は塵に、灰は灰に、それぞれ帰るべき所があり還すべき場がある」

ブルーとルージュもフルドが最後に言い残した『半妖の少女』と云う言葉に引っ掛かりこそ覚えたが……

アニー「……化物も化物らしく地獄に返すべきさ。さあ行こう」

それもアニーが地獄の門を前にして二人を振り返った笑顔を見るまでで、この時二人の心は一つだった。

101 :>>1 [saga]:2012/09/04(火) 00:41:06.02 ID:y3lgUpVAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ルージュ「いえ、貴女にはここに残って頂きます。“アニー”」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
102 :>>1 [saga]:2012/09/04(火) 00:43:16.25 ID:y3lgUpVAO
〜8〜

ブルー「“シャドウネット”」

アニー「!?」

ルージュ「――お別れです」

次の瞬間、ブルーの放った陰術『シャドウネット』がアニーの影を縫い付け一切の自由を奪ったのである。
突然の出来事に驚愕を露わにするアニーに対し、ブルーは寂寞を、ルージュは惜別をそれぞれ目に宿して。
それは目的の為なら如何なる手段も問わず他者を利用して来た双子にとっての、最初で最後の決断だった。

アニー「何のつもりよあんた達!?早く術を解きなさいよ!!」

ルージュ「出来ません。術を解く事も、貴女を地獄まで道連れにする事も僕達は望みません。アニーさん」

ブルー「――これは私達マジックキングダムの人間が負うべき責だ。部外者を巻き込むつもりは毛頭ない」

アニー「巫山戯んな!ここまで来てあたし一人残れっての!?」

そんな二人に対して、アニーはまるで裏切られたような表情を向ける。だが双子もまた譲ろうとしない。

ブルー「そうだ。術士でない足手纏いまで連れ歩く余裕はない」

ルージュ「貴女には帰りを待っている弟さん達がいます。僕も“弟”ですからね。連れては行けませんよ」

アニー「っ」

ルージュ「……契約解消ですアニー。ですが、最後に一言だけ」

指一本動かせないアニーに対しブルーは背を向けルージュが歩み寄り、大粒の涙がパールハートに落ちる。

ルージュ「――麒麟の空間で、僕を止めてくれてありがとう。もしあそこで子供達を路頭に迷わせたら」

アニー「止めろルージュ!行くなルージュ!!ルージュ!!!」

ルージュ「……“あの子達を守りたい”なんて言葉を口にする資格を、僕は永久に失っていたでしょう」

ルージュは言う。僕はあの猥雑なクーロンという街が嫌いだったと。そして二人で見たオウミの海が……
たった一週間足らずで見て回った世界、未だ見知らぬ世界を、そして君がいるこの世界を守りたいと――

ルージュ「……世界を守りたいだなんて大それた事は言わない。そこに生きる君を、僕は護りたいんだ」

アニー「嫌だ!嫌だっ!!嫌だぁ!!!」

ルージュ「――さようなら、アニーさん」

ブルーが、ルージュが、地獄の門をくぐって行くのが涙に暈けるアニーの目に映った最後の光景だった。

103 :>>1 [saga]:2012/09/04(火) 00:44:04.05 ID:y3lgUpVAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ルージュ「――ずっと嘘ばかり吐いて来た僕ですが、貴女を想う気持ちだけは本当でしたよ“アニー”」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
104 :>>1 [saga]:2012/09/04(火) 00:44:36.48 ID:y3lgUpVAO
〜9〜

ヒューズ『クソッ!弾が尽きるのが先か命が尽きんのが先か!』

ルーファス『お前の減らず口が聞ける間はまだ死ぬ気がせんよ』

地下まで響き渡る轟音の中、アニーは咽び泣いた。両親を失って以来涙一つ零した事のない気丈な女性が。

ゲン『百人斬り達成か、さて百一人目に取り掛かるとするか!』

T260G『エネルギー残量ガ危険域二達シテイマス。直チ二』

シャドウネットの効果が切れた後、地獄の門を血が出るほど叩き続けながら、言葉にも声にもならず叫ぶ。

零姫『オルロワージュよりしつこいなこやつら!ええい散れ!』

ヌサカーン『――まるで悪性新生物だな。まさしく切りがない』

地上でいや増すばかりの怒号、絶叫、悲鳴、咆哮。だが門は閉じたまま黙して語らず、静寂を守り続ける。

サイレンス『――――――』

スライム『ブクブクブク!』

今も尚戦い続け、剣を振るい術を振るい声を震わす人々の叫びだけが、遠く遥か彼方に聞こえるほどに――

アニー「巫山戯るな!返せよ!ルージュを、二人を返して!!」

アニーの胸にいつしか深く刻まれた青年の穏やかな声が、柔らかな笑みが繰り返し繰り返し反芻される。
一体彼等が何をしたのかと言うのかと。生まれながらに人柱として育て上げられ兄弟と殺し合わされ……
このマジックキングダムの在り方そのものが地獄だ、彼等の有り様そのものが地獄だとアニーは叫んだ。

アニー「ちくしょう!ちくしょう!!ちくしょう!!!!!!」

あの手間がかかる弟のような青年の、少し低めの体温が自分のどれだけ多くの部分を占めていたかを……
アニーはルージュを失って初めて気づいたのだ。出会ってほんの一週間足らず、瞬きのような日々の中で

アニー「……返して。ルージュを、あたしのルージュを返して」

カツン……

紲とさえ呼べないような細く頼り無い繋がりを、互いに自覚すらないままに紡ぎ出し織り上げていたのだ。

カツン……

人はそれを運命の赤い糸と呼ぶのかも知れない。だが、此岸と彼岸に分かたれた二人の持つ糸車は果たして

カツン……

迷宮より英雄を救い出すアリアドネの糸足り得なかった。地獄に救いをもたらす黄金の糸足り得なかった。

カツン……

そして――


105 :>>1 [saga]:2012/09/04(火) 00:46:35.79 ID:y3lgUpVAO
〜10〜

カツン……

ブルー「――本当に良かったのかルージュ?何も貴様まで……」

ルージュ「“ついて来る事はなかったのに”、とでも言いたいのかブルー?今更兄貴ぶられても困るな」

馥郁たる香り高い花々が咲き乱れ、黄金色の光と純白の雲海に満ち充ちたリージョン『地獄』に響く靴音。
同じ歩幅で、同じ歩調で、同じ歩数で双子はDNAの有基配列を思わせる二重螺旋階段を共に登って行く。
空には黙示録の天使達が飛び交い地には忘却の果実を花言葉とする蓮の花。そう、ここは『地獄』なのだ。

ルージュ「地獄の君主がどれほどの力を有しているかはわからないが、貴様と手を組むならのならば――」

ブルー「………………」

ルージュ「勝算はあるだろう、というのが貴様と切り結んだ俺の偽らざる実感だブルー。何せ俺達は元々」

ブルー「こんな時に兄弟ぶられても困るなルージュ。だがやはり俺達は双子だ。私も同じ事を考えていた」

神の国と見紛うほどの優美な眺めを、ルージュはこれ以上ない醜悪な眺めを見るように眉間に皺を寄せる。
それは共にいくつかある扉を潜り抜けて同道するブルーも同じ事を考えていたようであった。どれだけ……
そう、どれだけ上辺を天国のように取り繕おうともここは地獄だ。それは決して変わる事はないであろう。

ブルー「……あの頭の悪そうな貴様の女には悪い事をしたがな」

ルージュ「……そう長い付き合いではないが、そう浅い仲でもない。頭は良くないが情の深い女だからな」

最後の階段を上り終え、天使が旋回する一際大きな蓮華の中に座す黒い種子を見ながらルージュは言う。
あれこそが地獄の君主の玉座に他ならないであろうと。そして招かれざる客達を前に種子が蠢動して――

ブルー「何だ。惚れたのはあの女ではなく、貴様の方だったか」

ルージュ「……そういう事にしておいてやろう。来るぞブルー」

雲海が暗雲に取って代わり、溢れる光が落ちる影となり、太陽が蝕を迎え月が朔に覆われ紫電が迸る。

地獄の君主「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ……」

ブルーが構え、ルージュが備え、玉座より姿を現した地獄の君主が七支刀を佩いて二人の前に降り立つ。

ブルー「――始めるぞルージュ」

ルージュ「終わらせるぞブルー」

ブルー・ルージュ「「今度こそ全てを」」

――旅が終わる――
106 :>>1 :2012/09/04(火) 00:48:12.04 ID:y3lgUpVAO
ヴァーミリオンスパークリングジャイアントジャイアントスライディング第六話終了!
107 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/09/04(火) 00:53:04.14 ID:NL6w6BNpo
幻夢のレイプラズマ濁流散水乙
108 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) [sage]:2012/09/04(火) 04:04:45.48 ID:L2+RQEoS0
双子の勇気が世界を救うと信じて…!
THE END
109 :>>1 [saga]:2012/09/06(木) 22:22:06.78 ID:4eRgadXAO
〜Last Battle-Blue&Rouge-〜

地獄の君主。その一挙手一投足より立ち上る瘴気『イルストーム』の猛威足るや災厄と呼ぶに相応しい。
人生らざる者の人在らざる『スマイル』は四肢の自由はおろか思考の自由までも奪う化生のそれである。
そして何より恐るべきは、近代兵器の火力をものともしない十重二十重の『結界』にこそあるであろう。

ブルー「始めるぞルージュ」

ルージュ「終わらせるぞブルー」

術士の魔力以外の何物も寄せ付けない妖力は高濃度にして無尽蔵。それを打ち倒すにはどうすれば良いか?
地獄へ降り立ちこの玉座へ向かう道程にあって、双子でありながら統合し得なかった『不完全な術士』……
ブルーとルージュが出した解。それは二人にとって未だ出ぬ答へと至る高位の術士にしか成し得ないもの。

ブルー・ルージュ「「今度こそ全てを」」

それは二人が対峙した際に展開した、指定された術の威力を倍増させそれ以外を半減させる『術空間』。
二人の呼応に対して応報する、魔力を結晶化させた三角錐が乱舞し、地獄の君主と自分達を取り囲んだ。
皮肉にも、兄弟を殺し合わせた決闘場が、兄弟を助け合わせる決戦場へと形を変えて行ったのである――

〜魔術空間〜

ブルー「ヴァーミリオン」

ルージュ「サンズ!!!」

轟と吹き荒れ劫と燃え上がる業の深き双子の魔術『ヴァーミリオンサンズ』の紅玉が舞い上がり――
二つの太陽が紅点を噴き上がらせ、黒点を噴き出さるが如く一撃が地獄の君主へと叩きつけられる!
その尖兵となりし軍勢を如く葬り去って来たブルーとルージュが行使する魔術の最高位のそれが――

地獄の君主「フハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!」

ブルー「笑うにはまだ早い」

ルージュ「最後に笑う者が」

ブルー・ルージュ「「最も良く笑う!」」

火の手を上げる中高らかな哄笑を上げる地獄の君主、一筋の汗を流すブルーに汗を滲ませるルージュ。
予想以上の耐久力にブルーが歯噛みし、想像以上の防御力にルージュが舌打ちする。されど二人に――

ルージュ「行くぞブルー」

ブルー「来るぞルージュ」

青の名と赤の字を関する二人に諦めの色はない。今も二人に流れ込んで来る術士達の魔力と思念とが――
願い、祈り、望んでいる。マジックキングダムを守ってくれ、全リージョンを救ってくれと念じている!

110 :>>1 [saga]:2012/09/06(木) 22:22:34.27 ID:4eRgadXAO
〜陽術空間〜

地獄の君主「七支刀」

ブルー「ディフ――」

ルージュ「光の剣!」

ズバッ!!!!!!という次元ごと切り捨てるが如く振り下ろされる『七支刀』の白刃を前にして……
ブルーがゲンより預かった流星刀にて、七支刀を受け止めようとして押し流されんとしたその刹那――
ルージュの『光の剣』が押し切らんとディフレクトしあい、生まれた間隙を縫うが如くブルーは放つ!

ブルー「ミリオンダラー!」

ルージュ「超風!!!!!」

天空より雲海に風穴を開けて降り注ぐ流星群、雲海を霧散させる太陽風をもたらす超風が折り重なった。
宇宙開闢の力が、人類創世の力が、地の獄に繋がれていた魔王の呪われし魂まで焼く煉獄の劫火となる!

ブルー・ルージュ「「やったか!?」」

天国という名の地獄、『天獄』とも言うべき領域を焦土にしせしめるまでの圧倒的な破壊の坩堝が……
渦巻き逆巻き荒れ狂い、二人は希望的観測というより危機的状況を正確に把握するため固唾を飲んだ。
地獄の君主を取り囲む城壁とも言うべき結界は完全に中和している。それだけは間違いなかった。だが

地獄の君主「――オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛」

〜心術空間〜

ブルー「――――――」

ルージュ「――――――」

光溢れていた景色が反転し、闇眩ましの風景へと、黄金色の空が紫暗色の夜へとその姿を変えて行った。
否、飛び交う天使が這いずる悪魔へ、雲海が血河へ、蓮華が屍山へ、誰しもが思い浮かべるであろう……
地獄そのものへと変わるに従い、人形を成していた地獄の君主が天より投げ落とされた竜へと変貌した。

ブルー「ルージュ」

ルージュ「ブルー」

ブルー「逃げろ!」

その在り方はただ一言、絶望そのものであった。それまでの有り様から二人の力を合わせさえすれば……
一矢報いる事が出来るかも知れないという希望さえもが、甚だしい了見違いだと思い知らせるに足る――

ドッ

ルージュ「ブ」

黙示録の獣と化した地獄の君主が薙ぎ払った爪を前に立ち尽くしていたルージュを庇わんとしたブルーの

ブルー「あ」

上半身と下半身は、紙細工を引き裂くようにして泣き別れ、内臓をブチ撒け血潮が飛び散り宙を舞った。

ルージュ「ウワアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!?」

ルージュがそれに気づいたのは、ブルーの腸の切れ端が顔に叩きつけられ、地に落ちてからであった。

111 :>>1 [saga]:2012/09/06(木) 22:23:00.32 ID:4eRgadXAO
〜秘術空間〜

ルージュ「ブルー!ブルー!!ブルー!!!ブルー!!!!!」

そしてその時ルージュの取った行動とは攻撃でも防御でも回復でもなく、ただただ引き裂かれた兄……
ブルーの内臓を拾い集めようとしていた。ブルーと共に生を受けた二十二年間の生涯にあって恐らくは

ルージュ「貴様ァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!」

最初で最後。否、最期となる非理性的な雄叫びを上げて睨み付けた先。それは千切れ飛んだブルーの……

地獄の君主「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ……」

下半身を牙で食らう竜へと向けられていた。この瞬間ルージュは理性ではなく本能で、頭脳ではなく肌身で――
ブルーを兄だと、自分は弟だと理解した。それは自らの半身をもぎとられ愛する兄弟を、家族を奪われた喪失。

地獄の君主「――オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛」

ルージュ「な」

だがそれは竜の角によって報われ、ルージュは心臓はおろか上半身そのものに奈落を空けられ地に伏した。
事切れつつあるブルーの上半身の側へ。そして這いよりつつ高温ガスを吐きかけんとする地獄の君主が――

〜命術空間〜

……馬鹿め。私は逃げろと言ったんだ。我が弟ながら惰弱な奴だ。だが、こんな奴でも私の弟なんだな。
あの女ではないが、私も貴様とは長い付き合いでもないが浅い仲でもない。私が貴様の立場だったら……
きっと、私も似たような事をしただろう。何せ私はお前の兄だ。双子の兄弟だ。嫌な所ばかり似ている。

死ぬなルージュ。私はもう助からない。もう手足の自由すらままならん。指先の一本すら動かせない。
私を見捨てて逃げろルージュ。どうした?ここで私を置き去りにした所で誰も責めん。私も責めない。
血を流している場合か。涙を流している場合か。駆けろ。逃げろ。そして生きろ。我が弟ルージュよ。

私達を迎えてくれる故郷はもうなくなってしまったが、貴様には帰りを待つ女がいるだろう?ルージュ。
意外に感情的な貴様には似合いの、直情的なあの頭の悪そうな女。貴様をここで死なせてはこの俺の……
貴様(ルージュ)の兄ブルーとして面目が立たん。あの女になじられる事を考えただけでゾッとしない。


貴様は生きろ


貴様は死なせん


貴様は私の弟であり


私は貴様の兄だからだ


だからルージュ


112 :>>1 [saga]:2012/09/06(木) 22:26:12.50 ID:4eRgadXAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ― ― ― 俺 の 生 命 を 使 え ! ― ― ―
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
113 :>>1 [saga]:2012/09/06(木) 22:26:40.87 ID:4eRgadXAO
〜妖術空間〜

地獄の君主「グハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!」

折り重なり合うブルーとルージュへと地獄の業火そのものを吐きかけるような高温ガスを浴びせかけ……
地獄の君主はブルーの下半身を腰椎を残して吐き捨てると、血塗られた牙を剥き出して高らかに嗤った。
こうして頂に座し、その度に登り詰めて来る自分を閉じ込めた術士の血肉と末魔を喰らう事こそが至上。
ただそれのみが地獄の君主を君主たらしめている由縁であり、突き動かしている愉悦であり呪詛だった。
全ての術士に死を。マジックキングダムに滅びを。そうするだけの『理由』が君主にはあるのである。が

ズ……

地獄の君主「――――――」

ゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾ――

その哄笑が止み、人ならざる者の人あらざる眼が燃え上がる火の手へと注がれる。それは『彼』が――
地の獄へ投げ落とされてより初めて味わう感覚。『彼』がまだ『人間』であった頃幾度も味わった……

「――調子に乗るなよ“虫螻”が」

――『戦慄』である。

〜陰術空間〜

貴様の力が僕の身体を貫いて行くのがわかる。貴様の命が僕の魂へと帰って行くのがわかる。痛いほどに。
今の僕は貴様(ブルー)であり今の私は貴様(ルージュ)であり、『俺』自身である事を思い知らされる。
欠けていた半身を取り戻した感覚、永遠に半身を失ったかのような感覚。そう、俺達は元々双子だったな。

地獄の君主「グハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!」

……何がそんなに可笑しいんだ?何がそんなに面白いんだ?何がそんなに楽しいんだ?答えろ地獄の君主。
貴様が俺達の故郷(マジックキングダム)を壊したんだ。貴様が俺達の半身を引き裂いたんだ地獄の君主。
俺達の全てを奪った貴様を殺す。貴様が食い散らかした命と、吐き捨てた骸に誓って俺は殺す。俺が殺す。

世界がどうなろうと構わない。俺がどうなっても構わない。生きて帰れなくとも構わない。もう二度と

「――調子に乗るなよ“虫螻”が」

もう二度と『彼女』の笑顔が見れなくとも構わない。貴様は殺す。俺が殺す。虫螻のように殺してやる。

兄の名に誓って貴様に死を

我が字に誓って貴様に死を

俺の魂に誓って貴様に死を

114 :>>1 [saga]:2012/09/06(木) 22:27:10.30 ID:4eRgadXAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ― ― “ 兄 さ ん ” を 、 返 せ ! ― ― 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
115 :>>1 [saga]:2012/09/06(木) 22:28:02.93 ID:4eRgadXAO
〜邪術空間〜

ブルーの犠牲(サクリファイス)により統合し復活(リヴァイヴァ)したルージュが炎の中より転生する。
翼を持たぬ不死鳥の羽撃きを思わせるほどに優美でありながら、瞋恚の炎の赫亦の焔を宿した苛烈なそれ。

地獄の君主「七支刀!」

だが地獄の君主はトドメとばかりに七支刀を振り抜きルージュを薙ぎ払わんとする!されどその白刃は

ガッ

地獄の君主「!?」

ルージュ「――それで剣のつもりなのか」

ルージュの掌へ吸い込まれるように掴み取られ、刃先を動かす事も出来ず、鋒すら引く事さえ叶わずに

ルージュ「剣というのはな……」

地獄の君主「なっ」

ルージュ「こう振るうものだ!」

ルージュの中に息づくブルーの見たワカツの剣豪ゲンの拍子(モーション)すら無い無拍子の太刀が――
彼より預かった流星刀によって完全再現され、七支刀ごと地獄の君主の面を割って血飛沫を巻き上げる!

地獄の君主「グアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」

ルージュ「跳弾!」

加えて、ムスペルニブルにてブルーの見たヒューズの早撃ちが、ブリューナクによって心臓を穿ち抜く!

更に

ルージュ「“カオスストリーム”」

現出された魔力の時計数字が地獄の君主を縛り付け、切り裂く短針と押し潰す長身で挟撃し続けて――

〜時術空間〜

ルージュ「“オーヴァドライブ”」

地獄の君主「オ゛」

印術空間を時術空間へと強制的に塗り替えた刹那放たれる、究極にして至高、最強にして最大の時間停止……
『オーヴァドライブ』の凍てついた時の牢獄へ地獄の君主を幽閉し、ルージュは煮えたぎる眼差しを向ける。

ルージュ「超風!ダークスフィア!ヴァーミリオンサンズ!幻夢の一撃!リーパー!カオスストリーム!」

陽術最強の風、陰術最大のブラックホール、魔術最高の破壊、パープルアイと幻術から成る死神を――
喚く事も嘆く事も叫ぶ事も許さぬ静止した時の牢獄にて連発し、時間停止が解けるも再びの時術空間。
回復した術力により更にオーヴァドライブ。再び術により猛攻撃を加える、獄卒の呵責が如き術地獄!

ルージュ「死なぬというなら死ぬまで殺す!尻尾切りで逃れる暇も与えんぞ“地獄の君主”!!!!!」

116 :>>1 [saga]:2012/09/06(木) 22:31:15.44 ID:4eRgadXAO
〜幻術空間〜

ルージュ「掻き切れ黒猫!蹂み躙れナイトメア!喰い破れジャッカル!圧し固めコカトリス!切り裂けリーパー!」

更にブルーの力を取り込み完全なる術士となったルージュは召喚獣をも一斉に解き放って勝ち鬨を上げる。
黒猫が喉笛を、ナイトメアが体躯を、ジャッカルが心臓を、コカトリスが眼球を、リーパーが魂を喰らう。
地獄の君主の肉体は既に時の牢獄で加えられた無限連鎖により悲鳴を上げ、それでも尚不死性に任せて――

地獄の君主「ガアッ!」

ルージュ「盾」

吹き付けるコキュートスの冷気は敢え無くタロットカードの『盾』に防がれ毒ガスを吐きかけるも効かず。

地獄の君主「オオッ!」

ルージュ「タイムリープ」

魔界の狂雷を放とうとも、時間軸ごと飛ばされ異次元へ消滅した紫電の迸りも消え去らぬ内にルージュは!

ルージュ「塔」

『アクシデント』『誤解』『緊迫』『災厄』『崩壊』『悲劇』をそれぞれ意味する全魔力を結集した一撃。
神の裁きに匹敵する万雷を地獄の君主にトドメとばかりに浴びせる!一片の慈悲もなく一瞬の躊躇もなく!

〜再びの魔術空間〜

地獄の君主「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」

だが地獄の君主は地響きを立て力を使い果たしたルージュ目掛け突進して来る。そう、地獄の君主は――
『死なない』のだ。地獄に満ち充ちた無尽蔵の妖力がある限り決して『死ねない』であろうと言うことを

ルージュ「――“ゲート”」

ルージュは理解した。永遠に戦い続ける永久に闘い抜く無間地獄。それこそが地獄が終わらない由縁だ。
故にルージュは使えば混沌に飛ばされるという『ゲート』を敢えて使う。それはマジックキングダムでは

ルージュ「――俺達術士が魔術を習う時、一番初めに覚える術だったな。貴様はどうだった?ブルー……」

子供ですら扱える、達人でなくとも術力を消費せず使える初歩的なそれ。それを初めて修得した日の事を

ルージュ「……――貴様には“地獄”すら生温い!!!!!!」

地獄の君主「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!?」

ルージュは自分ではなく地獄の君主に向かって放った。リージョンすら存在せずシップをも飲み込む――
ヒューズをして『混沌のサルガッソ』と呼んだ空白地帯。死よりも辛い無に帰す、事象の地平線へと……

117 :>>1 [saga]:2012/09/06(木) 22:31:45.37 ID:4eRgadXAO
〜7〜

ルージュ「ハアッ、ハアッ、ハハッ……」

地獄の君主を永久の無明、永遠の無間、永劫の無期へと葬り去ったルージュは主無き玉座に凭れ掛かった。
達成感も何もなく、ただ生温い息切れに混じって渇いた笑いだけが込み上げて来る。もうルージュには――

ルージュ「……畜生」

何も残されてなどいなかった。魔力も体力も気力も、双子の兄弟も。全てを投げ出してようやっと……
ようやく手にした勝利と生命の何と虚しく褪せた勲章か。これが最強の称号か。『完全なる術士』か。

ルージュ「……くっ」

ルージュはともすれば失神しかねないほど摩耗した精神力を振り絞って玉座の肘掛けを支えに立ち上がる。
地獄の力は大幅に弱めたはずだ。リージョン全体に満ち充ちた妖力こそ消せないものの再封印には問題――

ルージュ「……んっ?」

ないはずだと、ルージュが血と涙と汗にまみれた顔を向けた先。それは玉座についた手指が触れたもの。
『それ』はルージュにとってもブルーにとってもあまりに馴染みがありすぎた『それ』であった――……

ルージュ「……修士の法衣だと!?」

修士の法衣の帯留め。何故こんなものがここにあるのかと――

〜7.5〜

ズゴゴゴゴゴゴゴという地鳴りが、ズドドドドドドドという地響きが、ルージュの続く言葉を遮った。
どうやら再封印が始まったようではあるがルージュは愕然とした。馬鹿な、あまりに早過ぎると云う。
しかしてそこで遅蒔きながらルージュも気付く。一つはこのままでは自分ごと封印されると言う事に。
残る一つはルージュの手に残された自分のものでもブルーのものでもない乾ききった血染めの帯留め。

フルド『混沌に飛ばされると聞きましたが実の所はわかりません。或いは、戻って来られると何か……』

ルージュ『………………』

フルド『不都合でもあるのかも知れませんよ?何せマジックキングダムです。まだまだ裏があるのかも』

ルージュ「(あの時フルドが言っていた事とは、まさか……)」

そこで全ての疑問が氷解する。マジックキングダムは、今や最大の秘密を知ってしまった自分ごと……
並ぶ者のいなくなった最強の魔術師となった危険分子(じぶん)ごと地獄を封印しようとしている事に

ルージュ「ならば、俺達が戦っていた“地獄の君主”とは!?」

そう、最初に地獄を封印したであろう最強の魔術師の成れの果て(じごくのくんしゅ)と同じようにだ。

118 :>>1 [saga]:2012/09/06(木) 22:32:17.07 ID:4eRgadXAO
〜8〜

教授「校長、再封印が完了したようです」

校長「よろしい」

――多くの影法師が、銃声も届かぬほど遠い彼の地にて燃え盛る暖かな暖炉の火に合わせて揺れ動く。
その影の多くはマジックキングダムを裏から支配する重鎮達。その彼等が何故この危急存亡の時に……
美酒を舐めながら暖炉に当たり、銀の匙を動かしながら蕩けるような美食に舌鼓を打っているかなどと

教授「ブルー、ルージュ、共に帰還せず“戦闘中行方不明者”として処理いたしました。万事抜かりなく」

校長「残念な事です」

――ブルーもルージュも知る由もない。自分達がマジックキングダムを出発した際に激励した校長が……
救国の英雄どころか救世主に等しい自分達を、知り過ぎた上に力を持ち過ぎた存在として処理した事など

校長「“あれ”は私の期待以上の働きをしてくれました。あの懸絶した才は惜しむべくですが是非もない」

年老いた男のようにも、若い女のようにも聞こえる声が、天蓋に描かれた宗教画へと重なって行く。
天使の祝福を受ける聖母の笑みに語り掛けるように、校長は思い起こす。彼等が生まれた時の事を。

校長「あなた様は本当の……」

〜8.5〜

ルージュ「巫山戯るな!!!!!!」

そして玉座から元来た地獄の門へと舞い戻って来たルージュは、口と共に閉ざされた物言わぬ鉄扉を……
血を吐くような思いで叩いていた。だが扉は二度と開かれる事はない。開けば再び地獄が肥えて溢れる。
最初に封印を施した術士もまたそうだった。帰還への糸口即ち破滅への開口なのだから。だがルージュは

ルージュ「――俺は、……僕は、私は!」

全てを知った時発狂せんばかりの喚いた。死する事も許されないこの光溢れる無間地獄に満ち充ちる……
高濃度の妖気はやがてルージュを人間で無くしてしまう。救おうとした人々の手によって光を閉ざされて

ルージュ「――俺達は何の為に生まれて来たんだ!!!!!!」

マジックキングダムを呪い、術士を呪い、世界を呪い、運命を呪い、やがていつかはあんな化物になるのかと。
ドラゴンを打ち倒すためにドラゴンとなれば、結局ドラゴンが一匹残るという旧時代の共産圏の箴言のように。

そして

ドラゴンウォーロード「ウオオオオオオオオオオオオオオオ!」

そして……

119 :>>1 [saga]:2012/09/06(木) 22:34:25.00 ID:4eRgadXAO
〜9〜

……聞こえる。閉ざされた門を前に膝を屈した僕の背後に、大剣を佩いた竜の巨人を先頭にして――
何百何千何万と言う天使達が雪崩れ込んで来る。どうやら僕はここで死ぬ事さえ許されないらしい。

ルージュ「……そうか」

僕の持つ命術『リヴィヴァ』は転生の秘鍵なんかじゃない。あれはこの地獄で未来永劫戦い続けるための……
禁断の呪詛だ。おかしいと思ったんだ。人の身にこんな神のような力が宿る事も、そして地獄の君主が何度も

ルージュ「……僕は生贄の羊だったのか」

何度殺しても蘇ったのは、彼もまた命術を会得していたから。人と竜の二面性は、双子故だからだろう。
きっと終わらない戦いの中、死なない肉体より先に人間としての心が死んだ時、僕もああなってしまう。
何人目かの『地獄の君主』になって僕が守ろうとして僕を裏切った全てに復讐するために地獄を開けて。

アニー『OK。じゃあギャラの話に移りましょうか。これくらいでどう?』

あの金にガメツい彼女が生きる、ゴミ溜めのような街クーロンまで飲み込むような、化物に成り果てて?

アニー『……あたしさ、昨夜言ったよね。弟を食わせるためにこんな切った張ったの仕事をしてるって』

弟の話をする時の、とても愛おしそうで少し悲しそうに話す彼女の世界の全てをぶち壊すような存在に?

アニー『やったじゃんルージュ!これで全部集まったのね!!』

僕の目的の為に利用されているとも知らずに、我が事のように手放しで共に喜んでくれた情の深い彼女に

アニー『……一緒に逃げようルージュ。その双子の兄弟からでも、キングダムの追っ手とやらからもさ』

僕の背負った運命を知ってなお、『逃げろ』と言わずに『一緒に逃げよう』と言ってくれたアニーのいる

アニー『甘ったれてんじゃないよ。宿命から逃げられなくても、運命は自分の手で変えていけるでしょ』

この醜くくも美しい世界を壊してまで、僕は化物としての生にしがみつくつもりはない。人として死ぬ。

ルージュ「……いいや」

立ち上がる。僕の中に生きるブルーの記憶にある『時の君』……
彼が自分のリージョンを凍結させたように、僕も時を止めよう。

ルージュ「運命は変えられる。変えて行ける。君はそう言った」

――すまない、ブルー。

ルージュ「――“僕”も今、そう思えますよ。“アニーさん”」

――すまない、アニー。

120 :>>1 [saga]:2012/09/06(木) 22:34:51.73 ID:4eRgadXAO
〜10〜

ドラゴンウォーロード「ウオオオオオオオオオオオオオオオン」

地獄の門を背にルージュは印を結び呪を唱える。ブルーの記憶の中にある『時の君』の力を引き出す為に。
そんなルージュの元へドラゴンウォーロードがズシンズシンと地獄を揺るがせながら進撃して来るのを――
薄い笑みすら浮かべて見やる。果たしてどれだけの歳月をこの怪物達を相手に止めていられるだろうかと。

ルージュ「(せめて彼等だけでも――)」

地上で今尚戦い続けている仲間が子を為して年老い、そして新生児達が大人になるまでは持てば良いと……
自他共に幸の薄い短い生涯ではあったが、その程度のささやかな希望ぐらい持っても良いだろうと笑んだ。

ルージュ「(同じ時に生まれ、同じ時に死ぬ。皮肉な運命(ほし)の下に生まれついたものだな……)」

二十二年。8030日。キングダムを出てよりたったの一週間。アニーと過ごした時間は更に五日足らず。
初日はルミナスへ。陽術か陰術かを選ぶのには、迷宮を抜けるよりも長い時間、多く悩んだなと苦笑して。
二日目はシュライク。武王の古墳と済王の古墳を間違えて入り、髑髏の王様に追い掛けられた事もあった。
三日目はクーロン。初めてアニーと出会いディスペアに潜入した日。その時は頭の悪そうな女だと思った。
四日目もクーロン。見た目よりずっと華奢な女だと感じた。そして情に厚く、深く、細やかな女と感じた。
五日目はタンザーから京、オウミからネルソン。生まれて初めて見た海の青さと冷たさに酷く驚かされた。
六日目は麒麟の空間、そしてブルーの対決。殺し合いはさておき、今でも自分が勝っていたと密かに思う。
七日目はマジックキングダムから地獄。旅の終わりに思う事など切りがない。想う事など尽きる筈がない。

ルージュ「(ヌサカーン先生、どうかアニーをお願いします)」

かつてあの妖魔医師から託された願いを果たせずに終わる無念。

ルージュ「(スライム、アニーさんにあまり迷惑かけるなよ)」

奇妙に憎めない、不思議と愛嬌のある無機質への手向けの言葉。

ルージュ「(……ははっ、アニーさんの事ばっかりだな――)」

それらを胸にルージュは詠唱を終わらせる。そして、そして……

ルージュ「――――――さようなら………………」

そして――
121 :>>1 [saga]:2012/09/06(木) 22:35:56.70 ID:4eRgadXAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
― ―  T  H  E  ・  E  N  D  ― ―
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
122 :>>1 [saga]:2012/09/06(木) 22:38:00.00 ID:4eRgadXAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
―――――――ロザリオインペール!!!!!!―――――――
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
123 :>>1 [saga]:2012/09/06(木) 22:38:32.21 ID:4eRgadXAO
〜01〜

ルージュ「!!?」

ズガンズガンズガンズガン!とセピア色に染まる視界を瞬く間に塗り潰す光の十字架が降り注ぎ――……
ルージュは術を発動させる事も忘れてその光に魅入った。ドラゴンウォーロードを先頭とする空の軍勢が

ドラゴンウォーロード「オオオオオオオオオオオオオオオ!?」

舞い降りた剣から放たれる光により蹴散らされ、隊列を乱してルージュから引き剥がされ唸りを上げる。
ルージュはそれに対して目を疑うどころか自分の正気を疑いさえした。それは有り得べからざる光景……

スライム「ブクブクブクブクブクブクブクブクブクブク!!!」

ルージュ「スラ……イム、なのか!!?」

ズシン!と言う轟音を響かせてルージュの前に降り立つはスライムから雪の精、雪の精から『霜の巨人』へと……
自分が地獄で戦っている間に、同じく闘っていたであろうスライムがありとあらゆる能力を吸収して舞い降りて。

ヌサカーン「そう言う君こそブルー君なのかね?それともルージュ君なのか?まあどちらでも構わんが」

ルージュ「……ヌサカーン先生まで!?」

ヌサカーン「ふむ、記憶の混濁が見られるが意識の混濁は見られんな。唾でもつけていればすぐ治るよ」

愕然とするルージュを庇うように降り立ち、メタルチャリオットの鉄車輪を妖魔の小手に宿して佇むは……
妖魔医師ヌサカーン。その嫌味ったらしいほど似合う眼鏡を押し上げる仕草が、今だけは頼もしく思えた。

麒麟「――借りを返しに来ましたよ。キングダムの若き術士よ」

ルージュ「………………」

麒麟「何を驚く事がありますか。私は唯受一人の“空術”の資質者です。これぐらいの事は出来ますよ?」

そんな彼等を引き連れて地獄に『空間』を生み出し転移させて来たのは、カツンと蹄を鳴らす麒麟だった。
何故敵対した彼までもがと言う疑問以上に、ルージュの視線は麒麟の背に跨りたった今切り込んで来た――

???「――何呆けた顔してんのさ。ひっぱたく気も失せるわ」

ルージュはここに来る前『彼女』に言った。まるで『三女神像』のようだと。だが彼女はそのどれとも違う。
麒麟に跨り、『ルーンソード』を携えた姿は、三女神ではなく戦女神(ヴァルキューレ)そのものであった。

124 :>>1 [saga]:2012/09/06(木) 22:39:02.99 ID:4eRgadXAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
アニー「ほら、帰るわよルージュ。男の子が泣くんじゃないの」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
125 :>>1 [saga]:2012/09/06(木) 22:39:32.77 ID:4eRgadXAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ACT.7「コネクト」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
126 :>>1 [saga]:2012/09/06(木) 22:39:59.81 ID:4eRgadXAO
〜02〜

ドラゴンウォーロード「ゴアアアアアアアアアアアアアアア!」

アニー「――邪魔すんなトカゲ!神速三段突きィィィィィ!!」

新たな獲物を前に、血塗られた大剣を以て『稲妻突き』を浴びせるドラゴンウォーロードへアニーが振り返り――
目で追う事さえ出来ない速度で剣ごと身体を突っ込ませ、怯んだ所で突き上げ、影も踏ませぬ突きで叩き落とす!
だがドラゴンウォーロードもすぐさま起き上がり、アニーが畳み掛けんと裂帛の勢いでルーンソードを閃かせ――
その鋒が身体に触れる刹那、半身構えからの緩急をつけた足運びより身を翻す『かすみ青眼』で切り返そうとして

アニー「――喪神無想!」

ドラゴンウォーロード「!?」

アニー「……無月散水!」

カウンターに対するカウンター!かすみ青眼の太刀筋をも見切ったアニーの身体が分身して煌めかせる白刃……
『喪神無想』の連続突きがドラゴンウォーロードの肉を斬り、分身が瞬く間に取り囲んで骨を断たんと舞った。
『無月散水』の剣舞が、ドラゴンウォーロードの身体ごと吹き飛ばし、天使の軍勢まで巻き込んで叩きのめす!

ルージュ「………………」

ルージュは知らない。ルージュがアニーを置き去りにして地獄へ旅立った直後にカツンカツンと蹄を鳴らし……
零姫を追ってマジックキングダムへ来た麒麟が、その零姫に言われて自分達を追って地下空間にやってきて――

アニー『お願い!あの二人を!新生児(このこ)達を助けて!』

そこで泣き叫ぶアニーに縋りつかれた事など。麒麟としては仮にも自分の命と資質を狙った相手である。
おいそれと手を貸す事は躊躇われたが、マジックキングの悪行、新生児達の運命、そして地獄へと向かう

アニー『あんたの力が必要なの!扉を開けてくれるだけで良いから!でないと、でないとあいつら――』

双子の背負った宿命を聞き、力を貸す事を決めた。再封印によって閉ざされたリージョンであろうとも――
空術の達人である麒麟ならば、混沌に飛ばされぬ抜け穴を作り、現世への抜け道をも見つける事が出来る。

麒麟「(彼女のおかげで拾った命でもあります。命の借りは命で返させて頂きましたよ。若き術士――)」

それが例え『地獄』でも、麒麟にならそれは不可能ではない――

127 :>>1 [saga]:2012/09/06(木) 22:42:58.49 ID:4eRgadXAO
〜03〜

ヌサカーン「――タイガーランページ!」

麒麟「急ぎなさい!これは千丈の堤に穿たれた蟻穴!長く広げていれば化物共が雪崩れ込んで来ます!」

アニー「わかってるっつうーの!“雲身払車剣”!!!!!!」

スライム「ブクブー!」

ルージュ「アニーさっ」

アニー「黙ってな舌噛むよっ……てどこ触ってんだオラァッ!」

ルージュ「ぶっ!?」

ヌサカーンのタイガーランページが取り囲んで来る天使達を次々と薙ぎ払っては、アニーの剣技が道を切り開く。
ルージュがそのアニーの背にしがみつき、二人を乗せた麒麟が駆け、変身を解いたスライムが尻尾に捕まって――
そして『ヴォーテクス』にも似た空間の裂け目が、アニーのあらぬ所を鷲掴み肘鉄を食らうルージュにも見えた。

ドラゴンウォーロード「グワアアアアアアアアアアアアアア!」

アニー「しつこいトカゲだね!ルージュ!!後ろ頼める!!?」

ルージュ「!?」

アニー「返事!」

ルージュ「――出来ます!」

時空の裂け目を直走る一行に、手負いのドラゴンウォーロードが追いすがり、牙を剥き爪を立て剣を執る。
そこで馬上のアニーがルージュを振り返る。出来るかと。ルージュが首肯する。出来ますと。それには――

ルージュ「ルーンソードを!」

アニー「こう!?」

ルージュ「それで十分です!」

アニーがルーンソードを後背へ向けて突き出し、ルージュの手がそれを包み込む形で補い差し向けられた。
アニーの術力を借りて放つは『ヴァーミリオンサンズ』。マジックキングダムが生み出した魔術であり……
志を同じくすれど道を分かった双子の原点にして頂点。術士の始点にして終点。その全てを今こそ此処に!

ルージュ「……ブルー」

アニー「………………」

ルージュ「僕に力を!」

ヌサカーン「出口だ!」

麒麟「あと少しです!」

スライム「ブクブー!」

ドラゴンウォーロード「キシャァァァァァァァァァァァァ!!」

それはまるで、永遠を誓い合った伴侶との入刀式を思わせるような所作から放たれた最後の一撃であった。

ルージュ「……――ヴァーミリオンサンズゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!!!!」

奈落へと堕ちて行く、ドラゴンウォーロードが最後に見た光景。



それは、太陽(ひかり)だった。


128 :>>1 [saga]:2012/09/06(木) 22:43:27.38 ID:4eRgadXAO
〜04〜

ヒューズ「ちくしょう!これが終わったらメシでもどうだってやっとこドールにOK貰えたってのに!」

ルーファス「どうせなら死ぬ前に俺の店にツケを払えヒューズ。それからいつも言ってるがもう来るな」

一方、再封印が終えた後も地上は未だ犇めき合う怪物達の残党が猛威を奮い、ついにヒューズらも――
血染めのコンクリートを間に挟んで背中合わせに座り込み、力尽きようとしていた。それは他の面々も

零姫「術力も尽き果てたか……」

サイレンス「………………」

零姫「お主ももう限界じゃろう」

並み居るキマイラ・グレムリン・タイタニア・ティディ・マリーチ・ユニコーン・ライダーゴースト……
リッチ・リビングアーマーと言った『指輪』から創生された影響なのか、『地獄』から溢れ出す怪物達。
今や術力はおろか技力も尽きながら妖魔武具のみで応戦する零姫もサイレンスも血深泥に沈みつつある。

ゲン「ちっ、月下美人が折れちまったか。まあ仕方ねえや……」

T260G「………………」

ゲン「まだ生きてるな。ガキ共の所帰るまで死ぬんじゃねえぞ」

既にエネルギーを使い果たしたT260、月下美人はおろか竜鱗の剣まで根元から手折られたゲンもだ。
数の論理と言うより数の暴力は、百戦錬磨の達人らをしてジリジリと逃れ得ぬ死を与えようと躙り寄る。


その時だった。


―――“ヴァーミリオンサンズ”―――

全員「!?」

暗雲を切り裂き、曇天を吹き飛ばすが如く真紅の衝撃が崩壊したマジックキングへ激震をもたらした。
それによって舞い上がった最後の軍勢が次々と地に叩きのめされ、血と肉と骨を焼かれ灰も残らない。
魔術『ヴァーミリオンサンズ』。皆が知る一人の使い手を除いて成し得ないそれは、『空』から来た。

スライム「ブクブー!?」

ヌサカーン「おっと」

切り裂かれた空の裂け目よりスライムを抱きかかえて飛び降りるヌサカーンと、そのすぐ後に続いて――

アニー「きゃっ」

ルージュ「わっ」

全員「お前達!」

飛び出して来た麒麟の背から振り落とされたアニーが落下して――
その尻に敷かれて下敷きにされた顔を上げたルージュが見たもの。

ルージュ「………………――――――」

それは瓦礫の王国より広がる、どこまでも続く空。オウミの海にも勝る、澄み渡る空(ブルー)だった。

129 :>>1 [saga]:2012/09/06(木) 22:45:02.45 ID:4eRgadXAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ルージュ「…………………ただいま、みんな―――――――」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
130 :>>1 [saga]:2012/09/06(木) 22:47:26.52 ID:4eRgadXAO
〜05〜

――歓声が、凱歌が、勝ち鬨が、雄叫びが、慟哭が、滅びを迎えた魔術王国の終わらない空の下に続く。
地獄で天使達が歌う妙なる調べよりも荒々しく、最も声高く拳を天に突き上げたのはサイレンスだった。
次いでヒューズの挙げた手を音高く叩いて合わせルーファスがルージュ達に言う。よく生きて戻ったと。

零姫は一行を連れ戻した麒麟の背を一撫ですると、そのまま糸が切れたように崩れ落ちて眠り込んだ。
千年を半ば過ぎるほどの歳月を生きた妖魔の精神力も、十二歳の肉体が負荷に耐えられなかったのだ。
その一方でゲンはスリープモードに入ったT260Gに寄りかかりつつ空になった酒瓶を振っている。

スライムはスライムで、アニーの膝に倒れ込んだルージュにマジカルヒールをひたすら注ぎ続けて――
ヌサカーンが直ぐ側で片膝をついてルージュを触診しており、アニーはそんなルージュの髪を撫でる。
件のルージュは遠くから駆け寄って来る術士の生き残りを微苦笑混じりに見やる。そう、この中に……

双子の兄ブルーだけがいない。その事実が見上げた空が堕ちて来るような重々しい喪失感をいや増して行く。
アニーもまた、地獄に切り込みルージュの姿を捉えた時より言葉にせずとも理解していた。ブルーはもう……
地獄にも現世にもいない。それがわかるからこそ口にしない。故にルージュの側に寄り添う事を彼女は選ぶ。

だが、そんな二人の様子にヌサカーンは首を傾げる。何をそんなに嘆き悲しむ事があるのかと問い掛ける。
むしろその問いにこそ意図するところがわからないとルージュが上半身を起こし、アニーがジト目で睨む。
ヌサカーンはそれを眼鏡を中指で押し上げる仕草でいなすと、二人に対してその手を翻して何かを見せた。

それはクーンから封印してくれるよう言付けられ、アニーも目にした『生命の指輪』の目映い輝きであった。
ルージュがヌサカーンの医院にて、診察室に描かれた魔法陣に隠されていたそれを見やりながら医師は言う。
ブルーが死を迎えたのならばともかく、ルージュの生に溶け込んだだけならば必ず助ける事が出来るのだと。

共に言葉を失い、共に抱き合い、共に咽び泣く二人に対しヌサカーンは続ける。もしルージュとブルーが……
魔術的処置によって人為的に生み出された双子なら、元々一人の人間が溶け合ったのを分かつ事は出来ない。

だが

131 :>>1 [saga]:2012/09/06(木) 22:48:07.43 ID:4eRgadXAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ヌサカーン「出来るさ。何せ君達は“本当の双子”なのだから」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
132 :>>1 [saga]:2012/09/06(木) 22:49:26.67 ID:4eRgadXAO
跳弾跳弾跳弾跳弾跳弾終了!

次回エンディング
133 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/09/06(木) 22:58:49.77 ID:TiMal9mIO
塔十字塔十字乙!
134 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/09/06(木) 23:40:55.28 ID:sUoWaa2Go
オーヴァドライブ DSC DSC DSC DSC DSC DSC DSC 停滞のルーン乙
135 :>>1 [saga]:2012/09/09(日) 17:30:54.38 ID:745kktMAO
〜epilogue〜

眠らない街、クーロン。それは宝石箱をひっくり返したように数多あるリージョンの中にあって最も――

アセルス「懐かしいね白薔薇」

白薔薇「ええ、アセルス様」

ジーナ「………………」

アセルス「あの頃は右も左もわからないままこの街を彷徨って」

白薔薇「二人で一つのケバブを分けて過ごした時もありました」

ジーナ「……あの」

アセルス「あの時君は、ソースをドレスに零して泣いていたね」

白薔薇「お恥ずかしいですわアセルス様。嗚呼、全てが懐――」

ジーナ「お二方!」

アセルス・白薔薇「「!」」

ジーナ「……これからどうなさるおつもりなんですか?そして何故私までこんな所にいるのでしょうか」

最もヒューマン・メカ・モンスター・妖魔と言った多人種の住まう猥雑な街であり、アセルスはそのどれにも当て嵌らない。
彼女は世界でただ一人の『半妖』とも言うべき存在であり、ヒューマンでありながら妖魔の血を受け継ぐ希有な存在である。
そのイタリアンレストラン前で話し込む年頃の少女のような姿から彼女が二代目『魅惑の君』である事を見抜くのは難しい。
ましてはそのような地位にある彼女が、オルロワージュ亡き後『針の城』後継者問題でラスタバンに担がれるのを嫌がり――
またもやファシナトゥールを出奔し、白薔薇はおろかジーナまで拉致し愛の逃避行の真っ只中にいる事を見抜くのは難しい。

アセルス「どうするって、これからヌサカーン先生と零姫様に」

白薔薇「紹介された“案内人”の方々に匿って頂くのですよ?」

アセルス「ジーナを連れて来たのはまたラスタバンに人質に取られないためと、一緒に遊びたいから♪」

ジーナ「〜〜〜〜〜〜」

???「……あの娘達じゃない?」

???「……すごいドレスですね」

アセルス「!」

激怒するイルドゥン、慟哭するラスタバンの追跡を振り切り仕立て屋の主人に当て身を食らわしジーナを攫ったのは白薔薇。
手を叩いて大笑いするゾズマの協力を得、呆れ顔の零姫と無表情のヌサカーンの伝手を辿って渡りをつけた『案内人』達……

アセルス「間違ってたらごめんね。貴方達が“案内人”さん?」

???「ええ……」

???「まあ……」

金髪の美女と銀髪の美男子が三人の姿を認めるのを見つけたアセルスが駆け寄り、二人は顔を見合わせて苦笑いを浮かべた。

136 :>>1 [saga]:2012/09/09(日) 17:31:43.07 ID:745kktMAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ルージュ「僕はルージュ」アニー「あたしはアニー。よろしく」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
137 :>>1 [saga]:2012/09/09(日) 17:32:18.16 ID:745kktMAO
〜1〜

アニー「……お家騒動か。ファシナトゥールも中々大変なのね」

アセルス「本当に嫌になっちゃう!“魅惑の君”としての品位に欠けるとか足りない物が多過ぎるとかさ」

ルージュ「(大変なのはこいつらよりそれを支える連中だな)」

ジーナ「(こちらの殿方、お顔立ちは整ってらっしゃいますがどこか腹黒い印象が見受けられます……)」

白薔薇「(ラスタバンに似ておりますわ。何故でしょうか?)」

合流した一行は、立ち話も何だからとグラディウスが根城にしているイタリアンレストランに入り――
そこでアセルスから出奔した経緯を聞きあまりの馬鹿馬鹿しさに依頼を断ろうかと何度となく迷った。
ましてや曲がりなりにも二代目『魅惑の君』である。大恩ある二人の話でなければ無碍もなく断った。
最悪、ファシナトゥール傘下の妖魔全てを敵に回しかねない、いくら叩いても危ない石橋である。だが

アセルス「うーん、迷惑料込みでギャラはこんなもんでどう?」

アニー「乗った!」

ルージュ「(これだけあれば、マンハッタンの宝石店を店ごと買い占められるだろう。まさに破格だな)」

マジックキングダム崩壊後、ルージュとアニーは一緒に暮らし始めた。そのため色々と入り用なのである。
それも二人だけでなくアニーの弟妹にスライムまでいる。麒麟が寄り親となってくれた新生児達の件もだ。
少なくともアセルスが宝物庫から持ち出して来た貴金属は、今暫く彼等を養うに足る十分過ぎる額だった。
ヌサカーンや零姫にリスクを押し付けられた感があるが、それを補って余りあるリターンは魅力的だった。
もしくは彼等もその辺りの事情を慮ってこの仕事を回してくれたのかも知れないとルージュは思う事にし。

ルージュ「ふふふ、ではいくつか腰を下ろせるリージョンを考えておきましたので見て回りませんか?」

アセルス「うん、じゃあお願いしようかな。良いよね二人共?」

白薔薇「どこまででも」

ジーナ「(はあ……)」

『魅惑の君』アセルスでなければどんな女性でも騙せそうな笑顔と物腰で話を進めるルージュにアニーは

アニー「(あたしもこの営業スマイルにコロッと騙されたんだよね。悪い顔していけしゃあしゃあと)」

――肩を竦めて微苦笑を浮かべた。彼女もまたその一人である。

138 :>>1 [saga]:2012/09/09(日) 17:32:51.38 ID:745kktMAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
epilogue「サガフロンティア」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
139 :>>1 [saga]:2012/09/09(日) 17:35:14.39 ID:745kktMAO
〜2〜

長老「御告げじゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

アセルス「………………」

長老「……ムニャムニャ」

白薔薇「寝言でしょうか」

ジーナ「(ボケが入っているのでは?)」

クーン「気にしないでね。いつもの事だから。もう歳なんだよ」

タイム「たまに闘機場まで徘徊して来るんだ。危なっかしいね」

ローズ「この間は採掘場でゴミ漁ってたわ。何とか止めたけど」

タコおじさん「嬢ちゃん達、ここは盛り場も働き口もねえぞ?」

最初にアセルスが希望したのは『長閑な田舎』であった。そこでルージュが『ゲート』で開いた先……
それはマーグメル消滅後ラモックス達が住み着いたボロであり、タイムらが住む鄙びた居住区だった。
当初はラモックス達の愛らしさに、アセルス達もバトル姉妹のお腹をモフモフし御満悦であった。だが

ゲン「止めとけって止めとけって。花も実もある若い身空でよ」

アセルス「(酒臭っ)」

T260G「皆サン。オ茶ガ入リマシタ。オ召シ上ガリ下サイ」

アセルス「(油臭っ)」

それもボロなるリージョンの詳細や、寝言を連発する耳毛フサフサの小汚いラモックスを見るまでである。
アセルスとて帝位を離れれば年頃の少女であり、ボロはある意味ファシナトゥール以上に娯楽性に欠ける。
そしてそれ以上にアセルスが感じてやまないのは、この鄙びたリージョンにあっても強く結びついた住人。

アセルス「(……ここは何だか良い意味でもう入り込む余地がないや)案内人さん次お願いして良い?」

アニー「ええ」

ファシナトゥールの華やかさに及ぶべくもないものの、助け合って生きる人々の姿にアセルスは感じたのだ。
ここに自分の居場所はないと。それはアセルスが十二年前になくしてしまったささやかな日々を想起させた。

アセルス「うん、ちょっとシュライクに」

アニー「ああ、あそこなら私の知り合いが婚約者と住んでるわ」

アセルス「?」

アニー「エミリアよ。ラムダ基地で一緒になったでしょう確か」

アニー「行くわ!」

白薔薇「あの踊り子さんですね。あの時はお世話になりました」

そしてアニーがアセルスらと話し込んでいる、その傍らで――

140 :>>1 [saga]:2012/09/09(日) 17:35:41.31 ID:745kktMAO
〜3〜

ルージュ「お久しぶりですね、皆さん」

ゲン「おう。兄ちゃんも元気そうだな」

T260G「約二年ト半月ブリト確認」

クーン「よくわかんけど、久しぶり!」

ルージュはブルーと旅を共にしたゲンとT260G、そして『地獄』の再々封印に一役一役買ったクーンに話し掛ける。
今現在『地獄』は『地獄』を生み出した『指輪』の力によって封じ込められている。毒は同じ毒で制するという理屈だ。
最も半永久的にとは言えず、いつ時化るかわからない大海原に薄氷を張るが如く危うい延命策に変わりはないのだが……
それでも双子の兄弟を生き別れさせ、殺し合うように仕向けるような子供達が生み出されるような事はもうなくなった。
今も『地獄』を『指輪』や『双子』を用いず封印する術を研究し続けている者がいる。それは数少ない生き残りの術士や

ルージュ「ゲンさんはあの後、ワカツに戻らなかったんですか」

ゲン「いや、モンドの件にカタがついてから一度戻った。だが、マジックキングキングダムを見てな……」

ルージュ「………………」

ゲン「何とはなしにまたここまで流れついて来ちまった。今はこいつが闘機場に出る度に賭けて凌いでる」

ルージュ「こっちは貧乏暇無しです。彼女の家族もいますしね」

闘機場チャンピオンとして稼いでいるT260Gや、彼に賭けて凌いでいるゲンも『よく知る者』である。
その者はマジックキングダムの復興や『地獄』の封印に、ルージュは新生児達に力を注ぐと言った具合に。
そんな『二人』をゲンは見やる。彼もまたルージュ達と同じように故郷を失った者なのだから。そこで……

クーン「ねえねえ?」

ルージュ「何だい?」

クーン「ルージュはさ、アニーと“けっこん”ってしないの?」

ルージュ「!?」

T260G「心拍数増加。顔二紅潮、及ビ発汗ガ確認サレマス」

無垢な眼差しと無邪気な問い掛けで無自覚に無慈悲に相手の急所を抉って来るのがこのクーンである。
ルージュも表面上は笑顔で取り繕っているが、内心では藪を突いて蛇を出した事に嫌な汗が噴き出す。

アニー「ルージュ!」

ルージュ「おっと次の場所へ移動です。またお会いしましょう」

ゲン「(逃げたな)」

その汗も引かぬままに、件のアニーの声を助け船にルージュが開く『ゲート』の次なる行き先は――

141 :>>1 [saga]:2012/09/09(日) 17:36:15.06 ID:745kktMAO
〜4〜

レッド「アセルスお姉ちゃん!」

アセルス「烈人くん!それから」

藍子「!? お姉ちゃ、ん??」

アセルス「はは、やっぱり……」

白薔薇「(昔の知り合いがいないのも、昔の知り合いから奇異な目で見られるのもお労しいですわ)」

ジーナ「(あれがアセルス様が言っていた、幼馴染みの……)」

レッド「それにアニーと、キグナスん時のあの術士じゃねえか」

アニー「久しぶりレッド。ってルージュ、あんたも知り合い?」

ルージュ「いいえ、初対面のはずなのですが。失礼ですが……」

レッド「いいや間違いねえ。そんな女みたいな顔した男がこの世に二人もいるわけない。ん?銀髪か……」

ルージュ「(また貴様かブルー。今度はどこで買った恨みだ)」

アセルスがまだ人間だった頃住んでいた街、シュライク。一行は公園側にある交差点にてレッドと出くわした。
レッド。元キグナスの機関士見習いにしてヒーロー『アルカイザー』として数々の事件に関わって来た青年だ。
その横では妹・藍子がアセルスの十二年前と変わらぬ姿を訝しみ、アセルスもまたかと微苦笑を浮かべている。
その喧々囂々のやり取りを三歩下がった所で静観していたルージュもアニーとレッドが知り合いという事と――
ブルーに間違われて詰め寄られた事に内心青筋を立てている。一方でまたアセルスにも積もる話があるらしく。

アセルス「いっ、一旦解散!」

〜4.5〜

エミリア「……で、たまたま近くまで来たから寄ってみたと?」

アニー「そんなところよ。何か長くなりそうな感じだったしさ」

交差点側の喫茶店にて、レンとの家がある『元』グラディウスメンバー・エミリアとアニーが膝を交えていた。
二人はちょうどアセルスとレッドが話し込む公園が見える窓際席におり、ルージュは白薔薇達や藍子と一緒だ。
そちらの方はここぞとばかりに華美なファシナトゥールにはない可愛いスイーツの争奪戦の真っ最中のようで。

アニー「そっちはどうなのよ?愛しの彼氏との夢の新婚生活は」

エミリア「キングダムの一件で詰めっぱなしみたいよ。また前みたいに喧嘩になるから言わないけども」

アニー「………………」

エミリア「雲隠れしてたキングダムの上層部がこの間捕まったでしょ?あれ、レンとヒューズみたいよ」

そんなおのぼりさん達を見やりながら、エミリアはコーヒーカップの取っ手を人差し指で弾いて語った。
142 :>>1 [saga]:2012/09/09(日) 17:38:46.00 ID:745kktMAO
〜5〜

マジックキングダム崩壊後、責任追求を逃れるべく首脳陣は軒並み亡命せんと各リージョンに雲隠れした。
一国に降りかかった戦争や天災に比肩する、数百万人もの犠牲者を放り出して彼等は逃げ出したのである。
だがそれがクレイジー・ヒューズことロスター捜査官のヒューズを飛ばした。そこで彼が取った行動は――

エミリア「モンドさんって居たでしょ?私に天使のブローチをくれた、クーデターを企ててた第七執政官」

トリニティ特別顧問リュートに協力と後ろ盾を取りつけ、亡きモンドが警察・情報部門を担当していた頃より……
蓄積されていた各界の闇のコネクションから表沙汰に出来ない情報まで、全て洗い出し一人残らず逮捕したのだ。
そのキレ方とキレ味たるや凄まじく、二度目のIRPO長官就任の声も上がったが、本人は鼻息と共に一蹴した。
逮捕された首脳陣は、『地獄』に関する情報を司法取引で洗いざらい吐いても国際裁判は免れないものだと言う。
『何人か目の刑期百万年の囚人にして、死後までディスペアにぶち込んでやる』というのがヒューズの談である。

アニー「大変ね。パトロール隊員を旦那さんに持つお嫁さんは」

エミリア「アニーほどじゃないわ。ほらあのすごい色男の……」

アニー「ルージュ?」

エミリア「そう。彼、マジックキングダム出身って話じゃない」

アニー「辛いのはルージュであってあたしじゃあないから……」

勿論事の顛末はルージュも当然知っている。だが彼はその報せに対し眉は動かしたが口は動かさなかった。
人はあまりに深く暗い負の感情を覚えれば、かえってそれを表出させる事が出来ないのかも知れないと――

アニー「その本人が声とか自分とか色んなもの押し殺してるんだ。それに比べりゃ全然大した事してない」

そうアニーは捉えている。そんな彼女をエミリアはあんためっきり女っぽくなったねとツンツンつついて。

アニー「それにして遅いねあの子。ほらあんたが基地で拾った」

エミリア「アセルスさんね。うん、何か良い感じに見えるわね」

アニー「……あと早いとこ誤解解いとかないとあたしも困るの」

エミリア「?」

アニー「ルージュの奴さ、レッドを私の元彼か何かと勘違いして拗ねてんの。意外とガキっぽいのよねー」

エミリア「ぷ」

女二人が見やった窓の外、そこには子供達が遊ぶ公園と――……

143 :>>1 [saga]:2012/09/09(日) 17:39:15.09 ID:745kktMAO
〜6〜

レッド「そんな事があったなんて知らなかったよ。それで……」

アセルス「それはこっちの台詞だよ烈人くん。お父さんの事も」

レッド「……お互い様さ。辛かったのも苦しかったのも含めて」

木陰のベンチに並んで腰掛けながらアセルスとレッドは互いの身の上話を終え、ちょうど一息ついていた。
レッドは父を殺され、家を焼かれ、その仇を討つためにヒーロー『アルカイザー』になったという事を……
アセルスは『魅惑の君』オルロワージュの血を受け半妖となり、今二代目の『魅惑の君』となった事をだ。
レッドも、既にヒーローの資格が剥奪され、記憶を奪われる心配のなくなった今だからこそ明かせる話だ。
同じくアセルスもオルロワージュを討ち、心ならずもラスタバンらに担がれて『魅惑の君』をやっている。

レッド「でもそんなに嫌ってた妖魔の君やらされるだなんてな」

アセルス「――最初はただ、あの人と決別するためだった筈なんだよ。自分の運命と向き合うつもりでね」

レッド「………………」

アセルス「ゾズマほど自由にもなれず、イルドゥンほど真面目にも、ラスタバンみたいに理想も持てない」

レッド「………………」

アセルス「どこでどう間違っちゃったのか自分でもわかんない」

幼馴染みの二人だが、今や大人になりつつある二人にもわかる。生きる上には様々な柵や軛がある事を。
アセルスもどこかでわかっている。再びの逃避行を繰り返そうと遅かれ早かれ針の城に戻るという事を。
だのに子供の家出のような真似をしているのは無責任な鬱憤晴らしだと。本当はどこかでわかっている。

だが

レッド「……じゃあ、そんなもんうっちゃって俺ん家に来いよ」

アセルス「烈人くん……」

レッド「母さんもアセルスお姉ちゃんの事は良く知ってるし、藍子も今は戸惑ってるけど昔は懐いてたし」

兄貴の俺よりなと笑うレッドにアセルスは優しい嘘を感じた。悪い意味ではなく大人になったのだと。

アセルス「……ふふふ」

レッド「わっ、何すんだよ」

既に自分を追い越して久しい頭を昔のように撫でてみる。二重の意味で大きくなったんだなと微笑んで。

アセルス「年上をからかうもんじゃないぞ、泣き虫烈人くん♪」

――ここはいつか帰る場所かも知れないが、今は帰るべきではないと、改めて思うようになったのである。

144 :>>1 [saga]:2012/09/09(日) 17:39:45.05 ID:745kktMAO
〜7〜

イルドゥン「……あいつはまだ見つからんのかー!!!!!!」

ミルファーク「(ビクッ)」

ゾズマ「そうカッカしなさんな。侍女達が怯えてるじゃないか」

ラスタバン「アセルス様、アセルス様!お戻り下さいませ!!」

ゾズマ「君も情けないから鼻水くらい拭いたらどうなんだい?」

――『針の城』でこれ以上ないほど眉間に皺を寄せたイルドゥンと、右往左往するラスタバンを残して。
かつてオルロワージュが下界を見下ろしていたテラスの柵に腰掛けつつ、ゾズマはそんな二人を笑った。
笑い事ではないわ!大体何故貴様がここにいる!と詰め寄るイルドゥンに対しゾズマもまた肩を竦めて。

ゾズマ「僕の事なんて別にどうだって良い事だし、アセルスの事だってそんなに慌てる事はないだろう?」

ラスタバン「もう一週間ですよ一週間!?そろそろ隠し通すのにも限界なんですよ対外的にも内外的にも」

イルドゥン「針の城の規律を乱す頭痛の種は貴様一人で十分だゾズマ。あいつは今卑しくも魅惑の君だぞ」

ゾズマ「あれ?知らなかった?オルロワージュ様も寵姫集めや邪妖狩り以外にたまにフラッと出ていたよ」

イルドゥン「何だと」

ゾズマ「供回りもつけず理由も行き先も言わずに。最もこれを知ってるのは零姫、ウェズン、僕くらいか」

あいつは自分の立場がわかっているのかと憤慨するイルドゥンに対し、ゾズマは亡き主上を引き合いに出した。
それはイルドゥン・ラスタバン・今は亡きセアトら『三貴士』が集う前の、まだ零姫がいた旧き良き時代の話。
黒騎士団長だったゾズマ、黒騎士教育長ウェズンが両翼を担っていた頃、亡き主上も偶に抜け出していたとも。

ゾズマ「僕だってただ強いだけの人ならその下につこうだなんて思わなかったよ。面白い人だったからさ」

ラスタバン「………………」

ゾズマ「君達だってそう思ってるからアセルスを支えているんだろう?何、鬱憤が晴れたら戻って来るよ」

イルドゥン「……知った風な事を」

ゾズマ「わかるさ。本人がいくら否定しようが彼女はあの人の“娘”だから。やっぱりどこか似てるんだ」

君達だって見聞や度量の狭い主君は嫌だろう?というとラスタバンは首肯し、イルドゥンは憮然とした。
彼等もまた、それぞれ思惑があれどアセルスに惹かれる部分があって主上亡き後もここにいるのだから。

イルドゥン「……だったら早く帰って来い。あの家出娘め……」

そして――

145 :>>1 [saga]:2012/09/09(日) 17:41:59.12 ID:745kktMAO
〜8〜

レッド「じゃあなアセルスお姉ちゃん。疲れたら帰って来いよ」

藍子「お姉ちゃんも元気で!お母さんも私も待ってるからね!」

アセルス「うん!烈人くんも藍子ちゃんも、また合おうね!!」

エミリア「じゃあねアニー!色男くん、二人でお幸せにー!!」

ルージュ「ははははは(大声で人の名を呼ぶな頭の悪い女め)」

アニー「大丈夫!あんたこそレンと喧嘩するんじゃないよー!」

ジーナ「(……私もいつか暇が出来たら里帰りしようかしら)」

白薔薇「(アセルス様、久方振りにご機嫌斜めならぬご様子)」

アセルス「待たせちゃってごめんね案内人さん達。次はね――」

アセルス達はレッドと、ルージュ達はエミリアと、それぞれ交差点にて別れを告げて改めて向き直った。
この後どうするか、この先どうするかを。アセルスはシップでは行けないようなリージョンを提案し――
そこでルージュは潜伏先としては最適であり、また自分と縁浅からぬ男の住まう場所へとゲートを開く。

そこは今や生き残ったマジックキングダム術士達の集う隠遁所となった、時間妖魔のリージョンである。

〜8.5〜

アセルス「うわ……」

ジーナ「まるでプラネタリウムみたいなリージョンですね……」

白薔薇「ここが風の噂で聞いた“時の君”の御座す場所ですか」

アセルス「ちょっと“闇の迷宮”に似てる。白薔薇、大丈夫?」

白薔薇「え、ええ。ここはあすこと違って人がおりますし……」

ルージュ「大丈夫ですか?アニーさん、ちょっと見てて下さい」

アニー「OK」

ルージュ「僕はここの主に挨拶して来ます。何分気難しい男なものでして、僕じゃないとダメなんです」

アセルス「うん、わかった」

ルージュが三人を導いた時間妖魔のリージョンとは、星海に囲まれた黄道十二宮を模した『時の君』の世界である。
数多ある塔、幾多ある時計が立ち並ぶそこは時の君がいた頃に比べ、幾許か人が住めるように改修が施されている。
そこに住まう術士達が当初訝しむ様子を見せたが、ルージュを見るなりパッと輝かせて再び各々の研究へと戻った。

その時である。

???「貴様か。リュートといい、ここはサボる場では無いぞ」

アセルス「えっ!?」

ルージュが赴くより先に姿を現したのは、アセルスが驚くほど良く似た顔をした『もう一人のルージュ』。

146 :>>1 [saga]:2012/09/09(日) 17:42:43.66 ID:745kktMAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ブルー「……またぞろ妙な連中を引き連れて来たか。我が弟よ」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
147 :>>1 [saga]:2012/09/09(日) 17:43:10.19 ID:745kktMAO
〜9〜

アセルス「(ルージュが二人いる!?)」

ルージュ「そう睨まないでくれないかブルー。紹介するよ。こちらの方はアセルス。ファシナトゥールの」

リュート「おお、新しい“魅惑の君”ってのは女の子だって聞いてだけど、まさかこんなに若いなんてな」

アセルス「!?」

ブルー「貴様も帰れリュート。そろそろ特別顧問会議だろう?」

リュート「おお、そうだそうだ。俺ん所の集まりもこんな可愛い子が一人いればやる気出るんだけどなー」

ルージュ「紹介しますアセルスさん。彼はリュート。トリニティ特別顧問、ヨークランド代表議員ですよ」

アセルス「(このギター担いだ如何にもヒッピーな人が!?)」

リュート「ははは、まあそう見えないよな。最近やっとネクタイの締め方覚えたぐらいのほやほやだしさ」

時間妖魔のリージョンの新たな主ブルーと、トリニティ特別顧問リュートがアセルスの前に姿を現したのだ。
ルージュと瓜二つの顔の男というだけでも驚いたのに、それに加えトリニティの若き議員と言う繋がりまで。
アセルスも即位して間もないが、ファシナトゥールとムスペルニブルと言った妖魔が統べる社会だろうと――
外界と全く隔絶されたリージョンでない限りトリニティの影響力がないリージョンなど存在しないのだから。
リュートもアセルスと握手を交わし、簡単に挨拶を済ませると名刺を渡してゲートを潜って立ち去って行く。

アセルス「(本物だ。でも何で名刺にラミ加工してるんだろ)」

ルージュ「またいつものかい?」

ブルー「嗚呼、生き残り達の陳情を聞いて回ってくれている。ただのサボタージュなら叩き出しているさ」

アセルス「(ビクッ)」

ルージュ「まったく、彼には頭が上がらないね。彼の口利きでどれだけの術士が世話になった事やら……」

ブルー「責務を放り出して逃げ回っているだけならキングダムの首脳陣と変わらん。唾棄にすら値しない」

アセルス「(ビクビク)」

ルージュ「相変わらず手厳しいね。ではアセルスさん。ご紹介が遅れましたが、彼がここの主ブルーです」

そしてラミ加工された名刺をしげしげと見やるアセルスに、もはや匿って下さいとは言えなくなっていた。

148 :>>1 [saga]:2012/09/09(日) 17:45:29.70 ID:745kktMAO
〜10〜

アセルス「二人とも、私やっぱり明日針の城に帰る事にしたよ」

ジーナ「本当ですか?(あら、何だかお顔がげっそりされて)」

アセルス「……うん。何だかこんなのほほんとしてる場合じゃないなって、ちょっと打ちのめされた……」

そしてブルーと面通しした後、アセルスは知った。今現在の時間妖魔のリージョンに集う術士達は……
ここでブルーと共に『地獄』を完全に封印する、時術を応用した新たな封印術を研究中なのだと言う。
ここは外界に比べ時の流れが非常に緩やかなため、数百年かかる研究も自分達が寿命で死ぬまでに――
少なくとも次の世代に正しくバトンを渡せるように日夜研究していると聞き、強かに打ちのめされた。
ルージュの口利きなら何時までも隠遁していられるが、そんな彼等を前にし子供の駄々など通せない。

アセルス「それに、ブルーって人に言われたんだよ。私は半妖だって言ったら、同情するでもなく……」

白薔薇「……なんと?」

アセルス「“私達も貴女達のように長く生きられたら、より多くの命を救う手だてが探せるのに”って」

アニー「………………」

アセルス「――ごめんねアニーさん。私、ファシナトゥールに帰る。さっきの宝石類はキャンセル料で」

砂時計のオブジェに腰掛けるアセルス達は知らぬ事だが、ルージュも保護のルーンを手にするまでは妖魔を嫌悪していた。
何故永遠に等しい時を生きられるのに、何も生み出さずまた生み出そうとする努力・研鑽・鍛錬の全てを否定するのかと。
だが今は少し見方が違う。もし自分達にも妖魔のような不老長寿の力があるならば、どれだけ術の研究に打ちこめるかと。
自分達が天寿を全うして尚、あの悲劇を二度と繰り返さぬため、『地獄』を完全に消し去る術の糸口すら掴めるかどうか。
ナシーラのように永遠の命を持つ人間を、フルドのように絶大な力を持つ妖魔を求めるそれよりも切なる願いに触れて――

アニー「……明日帰るんだったら、まだ泊まる所も決めてないんだったら、私達の家に泊まって行く?」

アセルス「!」

白薔薇「!」

ジーナ「!」

アニー「ちっちゃい弟妹もいて五月蝿いけど、結構賑やかだよ」

本道へと立ち返ったアセルスに対して、アニーはそっと笑いかけた。ここから先はボランティアよと。

149 :>>1 [saga]:2012/09/09(日) 17:45:57.60 ID:745kktMAO
〜11〜

ルージュ「………………」

ブルー「何だ?ルージュ」

ルージュ「……もしかすると零姫さんはこうなる事を見越した上で彼女達を俺に預けたのかと思ってね」

ブルー「関わりないな。妖魔の連中の考える事など知った事か」

ルージュ「だが、さっきの言葉は嘘じゃないんだろう?ブルー」

ブルー「………………」

そんなアセルス達の様子を遠目に見やりながら、『復活』したブルーは腕組みしながらやや憮然とした。
そう、ブルーは復活したのだ。ルージュの命に融け合った後ヌサカーンが封印していた『指輪』の力で。
正確には命術で融合した魂を『生命の指輪』の力で再び分離したのである。つまり二人はもう二度と――

ブルー「……貴様が完全なる術士、最強の魔術師の称号を捨てなければ、その力で私の代わりに研究を」

ルージュ「よせよ。“本当の双子”だとしても、貴様に兄貴面されたまま勝ち逃げされるなど御免被る」

完全なる術士にはなれない。だがルージュは躊躇わなかった。例えブルーの言う通り、融合したまま……
最強の魔術師の力を有したまま封印に関する術の研究を行ったなら、完成はもっと早まるかも知れない。
しかし、それでは二人はおろか双子の術士達を犠牲にしてきたキングダムと本質的になんら変わらない。

ルージュ「それに、封印に関する魔術の研究と新生児達の養育費を稼ぐのに、身体一つではとても足りん」

ブルー「……分担した方が遥かに効率的なのは確かだ。それに私はこちらの方が性にあっている事だしな」

結局の所、どんなに憎まれ口を叩き合おうとどれだけ建て前を取り繕おうと、二人は『兄弟』だったのだ。
二人を殺し合わせたマジックキングダムの崩壊、二人が力を合わせた地獄での戦いが、全ての答えである。

すると

アニー「ルージュ、家までゲート開いて!それから、ブルー!」

ブルー「?」

アニー「あんたも来なさいよ!こんな所ばっかこもってないで」

ブルー「いや、私は」

ルージュ「観念しろ」

ブルー「はっ、離せ!貴様等も笑ってないで止めろ、おい!!」

たまには羽を伸ばして頂かないと我々も羽を伸ばせませんのでごゆっくり、という術士達に見送られ――

アセルス「ええっと、貴方達の住んでる家ってどこにあるの?」

アニー「オウミ!」

アセルス「!」

引きずられて行くブルー、そしてアセルスが向かう先はアニーとルージュが住む『オウミ』であった――

150 :>>1 [saga]:2012/09/09(日) 17:46:25.25 ID:745kktMAO
〜12〜

そしてオウミにある家につくとアニーの弟妹と子守のスライムとがアセルス達を出迎え、飛びついて来た。
弟は施設に、妹は養子に出されたのだが、キングダム崩壊後にアニーというよりもルージュが呼び戻した。
アニーとしてはそこまで迷惑をかけられないと言ったが、ルージュをして自分のような兄弟はともかく――
幼い彼等にはきっと貴女が必要ですから、の一言で決まってしまった。それはルージュの変化でもあった。
実の兄弟と殺し合いをさせられた半生や何よりアニーにこれ以上危険な仕事をさせたくなかったのである。

そして海の見える丘の上にある家で始まった賑やかな宴は、アニーの音頭と共に始まった騒々しいものだった。
峻厳を以てなるファシナトゥールでは考えられない陽気なそれに、杯を開けるアセルスの感慨も一塩であった。
アニーの弟妹をして、『兄ちゃんの兄ちゃん』ことブルーも、言葉少な目ながらも満更ではない様子であった。
その傍らで妹が特に懐いたのは白薔薇で、弟がジーナにファシナトゥールの事等をしきりに聞きたがっている。
それらを見やるルージュも、傍らのスライムと差しつ差されつしている。ほんの一時の間全てを忘れるように。

〜12.5〜

アニー「どうしたのよ、らしくもなくボーっとしちゃってさ?」

ルージュ「いえ。賑やかなのはいつもの事ですが、今日はより一層なので少々あてられてしまいましてね」

どちらもいける口なのか、ブルーとアセルスが飲み比べを始め、弟妹達と白薔薇達がそれを見やる中――
ルージュは酒精の火照りを覚ますようにテラスへ出て、月が揺蕩う夜の海を見ながら風に当たっていた。
手摺りに腕から寄りかかるルージュと背から凭れかかるアニー。初めてオウミに来た時の再現のように。

アニー「わかるよ」

ルージュ「ええ。それから、思えば随分遠くまで来たものだと」

アニー「あれからまだ二年ちょっとしか経ってないってのにね」

マジックキングダム崩壊後、ブルーの復活に伴ってルージュはバーンアウトし、静養を余儀無くされた。
帰る場所も失い、行く当てもないルージュがアニーと暮らし始めたのはある種自然な流れだっただろう。
月明かりに照らされるアニーと星明かりを仰ぐルージュ。その二人が流れついたのがこのオウミだった。

151 :>>1 [saga]:2012/09/09(日) 17:48:27.32 ID:745kktMAO
〜13〜

ルージュ「あっと言う間でしたし、これからもあっと言う間でしょう。一日一日が目まぐるしくて……」

アニー「で、あっと言う間にババアになると。こら、笑うなよ」

その間にも、魔術的処置を施された新生児達の養育を麒麟に、健康面をヌサカーンに、それぞれ委託した。
そのため朝から晩まで人に害をなすモンスターを狩ったり、金の相場師をしたり、案内人をしたりして――
ルージュは稼いでいる。最近では今まで集めた資質から術の売買を専門とする店を開こうかと考えている。
またマジックキングダム復興にも浅からず関わっている。それこそ傷心に浸っている暇などないぐらいに。
だからこそルージュは今も頭を叩いて来るアニーにずっと切り出すタイミングを掴めずにいた。それは――

ルージュ「あはは、ですがどうせババアになるんでしたら――」

アニー「?」

ルージュ「……僕の側で皺くちゃのお婆ちゃんになって下さい」

アニー「――ルージュ」

それは如才ないルージュにしては迂遠な言葉であった。だがそれが、たった一つの冴えたやり方だった。

アニー「……あたし、あんたよりも年上なんだよ?弟も妹もついてくるコブつきよ?それでもいいの?」

ルージュ「年上と言っても一つ違いですし、コブの数なら僕だって負けてませんよ。だからアニーさん」

今までの長い旅の終わりと、これからの新しい旅の始まりを――

ルージュ「……僕を、幸せにして下さい」

アニー「……普通逆でしょ、バカヤロー」

星海に揺蕩う月が氷人となりて、二人の道を照らしていた――

〜13.5〜

白薔薇「良いお話ですわ……」

ジーナ「チーン!ズズー……」

アセルス「(はっ、初めて見ちゃったよプロポーズなんて!)」

ブルー「………………」

アセルス「(あっ、何だかお兄さんの方は機嫌悪そうだ……)」

騒ぎ疲れた子供達を膝に乗せながら感涙する白薔薇、洟を噛むジーナ、手が止まるアセルスの側では――
ブルーが相変わらず黙々と酒を手酌で注いでいるが、明らかにペースが上がり顔にも紅潮の兆しがある。
そんな二人を盗み見る白薔薇とジーナや、こちらを見やるアセルスにも構わずに、小さくぼやきながら。

ブルー「……三十路前にもならぬ内から、“伯父さん”などと呼ばれるなど流石にゾッとしないな……」

そして――

152 :>>1 [saga]:2012/09/09(日) 17:48:58.77 ID:745kktMAO
〜14〜

アセルス「それじゃあお世話になりました!二人共お幸せに!」

アニー「(発着場でデカい声出さないで!恥ずかしいから!)」

一夜明け、アセルス達はオウミのシップ発着場にいた飛ばし屋と共にファシナトゥールへ帰って行った。
同じく見送りに来た双子がゲートを開こうとしたが、いきなり向こうへと着くのは好ましくないらしい。
何でも、城で待ち構えているであろう眉間に皺の寄った男に怒鳴られる心の準備を整えたいとの話だが。

アニー「(どの世界でもトップは大変だって言う事かしらね)」

一行の見送りを終え、発着場を後にするアニーはまだ知らない。自分が今送り出したアセルスが後に――
半妖という出自から、ヒューマン、妖魔、双方に対する融和策を打ち出す異色の妖魔の君となる事など。

アニー「で、あいつらはあいつらでまたマジックキングか……」

家路を行くアニーの傍らに既に双子の術士はもうない。マジックキングダムへと飛んで行ったのである。
プロポーズの翌日くらい甘い雰囲気に浸っていたい、というほど可愛げのないアニーはその双子を思う。

アニー「まあ、一カ所にとどまってるつまんない男より良いか」

あんまり遅くならないで、晩御飯までには帰って来なさいよと。

〜14.5〜

そして――

ブルー「身を固めるそうだな」

ルージュ「聞いていたのか?」

ブルー「嫌でも聞こえて来る」

見送りをアニーに任せた二人は崩壊より二年経ってようやく復興の目処が立ち始めたキングダムにて――
ボロに処理してもらう瓦礫やスクラップの積み上がった山の前に佇みブルーは書類に目を落としていた。
そこで語られる昨夜の出来事に対、ルージュはヘルメット越しに頭を掻こうとして、そこで手を止めた。

ブルー「――おめでとう」

ルージュ「……ブルー」

ブルー「相変わらず先行きの見えん中で、生き残った皆にとっても久方振りに手離しで喜べるニュースだ」

ルージュ「……後で皆にも報告するよ。作業が一段落したらね」

それは、爪痕などと言う生易しい代物ではない、ケロイドのように広がる地割れを見やるブルーの目にだ。
滅多に見せる事のない、兄が弟を誉める時の眼差し。それを受けてルージュも思わず兄弟として破顔した。

だが

ルージュ「――だがブルー。“俺”には一つ心残りがあるんだ」

それは――
153 :>>1 [saga]:2012/09/09(日) 17:51:11.01 ID:745kktMAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ブルー「――そうだ。あの日の私達の決着はまだついていない」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
154 :>>1 [saga]:2012/09/09(日) 17:51:56.69 ID:745kktMAO
〜15〜

その瞬間、瓦礫の王国に渦巻き逆巻く砂塵が吹き荒れ、いつしか対峙していた二人の間を駆け抜けて行く。
そう、マジックキングダム崩壊の報を受け、ヌサカーンが預かったままの勝敗の行方は未だ決していない。
完全な術士になるためでもなく、殺し合いでもなく、兄弟だからこそ、決して譲れぬ一線と一戦とがある。

ルージュ「……お誂え向きだ。身軽な内に済ませるとしようか」

ブルー「とどのつまりは、貴様も、私も馬鹿だと言う事か……」

ルージュ「ああ、何せ俺達は」

ブルー「――兄弟だからな!」

ブルー・ルージュ「「ヴァーミリオンサンズ!!!!!!」」

――そして瓦礫の王国を揺るがせる轟音と、天まで衝く地鳴りとが、ここに最終決戦の火蓋を切って落とす号砲となる。
理に依るブルー、利に拠るルージュ、アニーが見れば止めるのも馬鹿らしいと呆れる意地と意思と意志のぶつかり合い。
術・剣・銃・体はおろか生死も問わぬ、プライドだけがルールのその戦いを、呆れながらも彼方より見守る者達がいた。

〜15.5〜

麒麟「止めなくてよろしいんですか!?零姫様、ドクター!!」

零姫「放っておけ。昔から男なんぞは人間だろうと妖魔じゃろうと馬鹿じゃよ。可愛いもんじゃて。喃?」

ヌサカーン「ふむ。まあ、首が千切れ飛ばん限りは私が治そう」

麒麟の空間にて新生児達に子守歌を歌っていた麒麟とメディカルチェックをしていたヌサカーンである。
その麒麟が問い質しても、零姫はお茶を啜りながら『硝子の盾』に映し出された激闘に我関せずを貫く。
だが麒麟はそれどころではない。子供好きではあるが彼等が死んだら誰が新生児達の養育費を払うのか。

麒麟「だから大人は野蛮で嫌いなんですよ!ああ泣かないで!」

新生児「びえーん!」

むずがる新生児がオムツを取り替えろと泣き叫び、麒麟があやす間にも戦いは続く。終いには術力も尽き――
最後には拳と拳の殴り合いになった。寧ろ泣きたいのは麒麟の方で、来月から養育費の増額を密かに決めた。

ヌサカーン「やれやれ、これだから人間というのは面白い……」

麒麟「面白がっていないで手伝って下さいドクター!!!!!」

やがて復興するマジックキングダムを背負う新たな命のために。

155 :>>1 [saga]:2012/09/09(日) 17:53:31.82 ID:745kktMAO
〜Saga Frontier〜


それは新天地を、別天地を、荒れ地を拓かんとした人々の物語。


ブルー「私の勝ちだ!」


ルージュ「貴様の負けだ!」


ヒューマン、モンスター、メカ、妖魔を問わず彼の地へと集い。


クーン「お腹と背中がくっつきそうだよ」


T260「間モナク夕食デス」


時に宿命に阻まれながらも土を耕し、種を撒き、実りを迎えて。


レッド「ファシナトゥールか。遊びに行くにはどうすりゃ……」


アセルス「許してイルドゥン!もう家出したりしないから!!」


己が手で運命を切り開き、未来を紡ぎ、明日を夢見た人々の記録


リュート「今日も仕事明日も仕事。まあ、なんとかなるさ……」


エミリア「ちょっとレン!お客さん連れ来るなら言ってよね!」


ヒューズ「相変わらずおっかないなお前んところの嫁さん……」


――人はそれを、サガフロンティア(開拓者の神話)と呼ぶ――


アニー「おかえりー……って何そのジャガイモみたいな顔!?」


――そして神話はここに幕を閉じ、新たな物語がここに始まる――


156 :>>1 [saga]:2012/09/09(日) 17:54:11.72 ID:745kktMAO
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
アニー「わかったからさっさと手洗っといで!ご飯の時間よ!」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 〜  〜  〜   F  i  n  〜  〜  〜  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
157 :>>1 [saga]:2012/09/09(日) 17:55:11.97 ID:745kktMAO
皆さんは何編が好きですか?

全話終了!!!!!!
158 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/09/09(日) 18:13:42.93 ID:r5OtZfB/o
多段十字塔十字乙!
めっちゃ面白かったです。好きなのはレッド編かなー
159 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/09/09(日) 20:18:11.03 ID:quMfAfupo
集中集中集中集中乙
ブルー編が好きです
160 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) [sage]:2012/09/09(日) 21:15:24.84 ID:WWX6e1SU0
ブルー編のあっさりしたオチも好きだけど、こういう大団円もすごく良い。


乙!!
161 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage ]:2012/09/10(月) 00:02:11.85 ID:7X/rEneVo
三仙乙!

俺はレッド編が好きだ!
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