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千早「不器用な私と不器用なプロデューサー」 -
SS速報VIP 過去ログ倉庫
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1 :
投下 オリキャラ注意
[saga]:2012/08/30(木) 09:16:58.22 ID:r7/tUdvr0
千早「わ、私とアメリカに来てくれませんか……?」
アイドルとしてラストコンサートを終えたその日、私は新しいスタートをきると同時にある相手に頭を下げた。
その相手は私のプロデューサー、私をSランクアイドルまで育ててくれた恩人だ。
新米アイドルと新米プロデューサー、こんなコンビでSランクまでいった私たちを周囲は奇跡だって言ったけれど、
私としては、結果はあくまで結果であるから、くだされた評価に何も言うことはないし、つもりもない。
それに私とプロデューサーに関しては、これ以上はない組合せだったと今では思えている。
でも、そんな私達だったけど最近仲が落ち着きすぎたせいなのか空気がよどんでいき、
伸び悩みに苦しみ、ある種の限界も見え始めてきていた。
だから私たちは解散することを決め、今まさにこの数時間前に私はお別れライブを済ませてきたところであった。
SSWiki :
http://ss.vip2ch.com/jmp/1346285818
1.5 :
荒巻@管理人★
(お知らせ)
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諸君、狂いたまえ。 @ 2024/04/26(金) 22:00:04.52 ID:pApquyFx0
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少し暑くて少し寒くて @ 2024/04/25(木) 23:19:25.34 ID:dTqYP2V2O
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渾沌ゴア「それでもボクはアイツを殺す」 @ 2024/04/25(木) 22:46:29.10 ID:7GVnel7qo
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二次小説の面白そうなクロス設定 @ 2024/04/25(木) 21:47:22.48 ID:xRQGcEnv0
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佐久間まゆ「犬系彼女を目指しますよぉ」 @ 2024/04/24(水) 22:44:08.58 ID:gulbWFtS0
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全レスする(´;ω;`)part56 ばばあ化気味 @ 2024/04/24(水) 20:10:08.44 ID:eOA82Cc3o
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/part4vip/1713957007/
君が望む永遠〜Latest Edition〜 @ 2024/04/24(水) 00:17:25.03 ID:IOyaeVgN0
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/aa/1713885444/
笑えるな 君のせいだ @ 2024/04/23(火) 19:59:42.67 ID:pUs63Qd+0
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/aa/1713869982/
2 :
投下
[saga]:2012/08/30(木) 09:18:01.45 ID:r7/tUdvr0
千早「……プロデューサー、何か言ってください。
たとえプロデューサーの答えがなんであろうときっと受け入れてみせますから……」
顔を上げ、いつものくせで右手の肘を左手で抑える。
もう日は完全に落ちていたからお互いの姿ははっきりとは見えないけど、
プロデューサーのことだから私の体が震えているのは気付いているのかもしれない。
P「……千早」
プロデューサーから声がかかる。その表情は見えない。
千早「は、はい……」
緊張していながらも私は自分のお願いが受け入れられるだろうと思っていた。プロデューサーを信頼していた。
だけど、
P「……無理だ」
千早「…………え、」
P「お前と一緒にアメリカに行くことはできない」
3 :
投下
[saga]:2012/08/30(木) 09:19:30.21 ID:r7/tUdvr0
千早「うん、私は大丈夫だから……気にしないで。
ううん、おせっかいなんかじゃないわ。春香には感謝している……」
夏の日の早朝、私はある人物と電話で話していた。
その人物とは天海春香、同じ765プロに所属しているアイドルであり、同期であり、私の親友である。
千早「うん、今はちょっと準備に手間取っているけどそのうち事務所に顔を出すから。
またね…………ふう、次は……プロデューサーに連絡しなきゃ」
春香との通話を終えた後、間を置くことなく今度はプロデューサーに電話をかけた。
千早「もしもし、プロデューサーですか? おはようございます。
実は今日も事務所にはいけそうになくて……はい。
い、いえ、準備ぐらいできますから。ちゃんと……自分だけで……
はい……失礼します」
プロデューサーへの連絡も終えると私は早速渡米への準備にとりかかる……ことはせずに、
携帯を放り出してベッドに寝そべると何をするでもなくただ天井を見上げた。
4 :
投下
[saga]:2012/08/30(木) 09:20:11.43 ID:r7/tUdvr0
P「今日から君をプロデュースすることになった。よろしく」
ふと、プロデューサーとの出会いを思い出す。
約一年前、レッスンを終えた私にプロデューサーはそう挨拶してきた。
最初に名前を名乗らなかったのを当時は不思議に思ったけど、
プロデューサーも初めてアイドルを受け持つことで緊張していたのだと今になって思う。
組んだ当初は、歌の仕事にこだわる私とプロデューサーは互いに衝突し、
コンビ解消の危機も幾度も経験したけれど、それを乗り越えるたびに絆を深め、良好な関係を築いてきた。
千早「何をしているんだろう……私。
……準備なんてとっくに終わっているのに」
現実に戻り一人きりの部屋で自虐を呟く。
私が再び家にひきこもるようになって一週間が過ぎようとしていた。
5 :
投下
[saga]:2012/08/30(木) 09:20:47.08 ID:r7/tUdvr0
P「もしもし。千早か? おはよう。何の用だ?
……そうか、今日も無理か。……手伝いに行こうか?
……それならいい、人手が欲しくなったら呼べよ?
じゃあな」
小鳥「……千早ちゃんなんて?」
P「……今日も無理みたいです」
千早が事務所に来なくなって一週間が過ぎていた。
本来ならお別れライブで活動休止しているから来る必要はなかったのだが、
本人がアメリカ行くと行った以上いろいろな面で問題が生じるのにこちらが放り投げておくわけにもいかない。
幸いにも社長は千早の留学に賛成してくれて、千早の渡米は学業的問題も含めて八月末に出発が決まり、
そのための打ち合わせとして千早には事務所に来るよう言っていたのだが、未だその姿はみせていない。
6 :
投下
[saga]:2012/08/30(木) 09:21:21.77 ID:r7/tUdvr0
小鳥「……プロデューサーさん、一回千早ちゃんの様子を見に行ったほうがいいんじゃ……」
小鳥さんがそう言うのは今回が初めてではない。
千早が来なくなってからことあるごとに千早の様子を見に行くことを進めていた。
P「いえ、大丈夫でしょう。一応千早からは毎日来れないという連絡はきています。
きっと、初めての海外留学でいろいろ準備が忙しいだけだと思います。」
小鳥「それはそうかもしれないですけど……
準備に忙しいならプロデューサーさんがいったん様子を見に行ってあげたほうがいいんじゃ……?」
P「その必要もありませんよ。
向こうで必要そうな物のリストはメールで一応送りましたし、助けが必要なら呼べともいいました。
それにあいつはこれから俺なしでやっていくんだから、これくらいしてもらわないと……」
小鳥「でも……」
ピリリリリ、ピリリリリ
P「電話です、すみません」
なおも食い下がろうとする小鳥さんだったのでこのタイミングでの電話はありがたかったのだが、
P「もしもし……なんだ、お前か。うるさい。で、何の用だ?
……はぁ? そんなの無理に……いや、ちょっと待て、それって……」
7 :
投下
[saga]:2012/08/30(木) 09:22:07.54 ID:r7/tUdvr0
千早「もう、私のことは放っておいてください……!」
夢をみた。
それが夢だと分かった理由はそう言った覚えがあるからで、
それは私の中で決して忘れられないことだった。
P「放って置けるわけないだろ、俺はお前のプロデューサーなんだから」
千早「でも私、もう歌えません」
当時の私も家に引きこもっていた。
理由は週刊誌に書かれた私の家族に関する下世話な記事だった。
私自身、そんなのを気にするつもりはなかった。
けど、内心の乱れは歌に表れて日に日にその乱れは激しくなっていった。
そしてついに歌えなくなった。
P「それでも俺はお前のプロデューサーだ。
千早、とりあえず家から出てこい。話はそれからだ。」
プロデューサーは言った。玄関の外から言った。
プロデューサーは私がひきこもった後、毎日家に来ていた。
けれども私はなかなか外に出ようとしなかった。
8 :
投下
[saga]:2012/08/30(木) 09:22:55.33 ID:r7/tUdvr0
千早「歌えない今、プロデューサーと話すことはありません。
帰ってください。お願いします」
P「……千早、いいかげんにしろよ。
お前がそんなことして亡くなった弟が喜んでいるとでも」
千早「何も知らないプロデューサーが、優のことについて語るのはやめてください!」
何を言っても拒絶一辺倒の私。
普通の人なら見切りをつけて見捨ててもおかしくない。
しかし、プロデューサーは諦めず説得を続けた。
P「わかったよ」
はずだった。
P「お前がそう言うのならもう俺は何も言わない」
……違う
P「そもそも俺はもう、お前のプロデューサーじゃないもんな」
違う。
P「良かったな千早。
お前はこれから自由だよ」
違う!
P「アメリカでもどこでも、オマエノ、スキナトコロニ…イケバイイサ……」
その言葉を最後にプロデューサーが遠ざかっていく音が聞こえて、
千早「ま、待ってください! プロデューサー!!
……はぁはぁ。…………夢……?」
悪夢から覚めた。
いつの間にか眠ってしまっていたらしい。
9 :
投下
[saga]:2012/08/30(木) 09:23:28.62 ID:r7/tUdvr0
千早「どうしてあんな夢を……」
本当は理由なんてわかりきっている。
私の今の状況が当時のそれに似通っているからだ。
ただ、当時と違うことが一つ。
今私がひきこもっていても、プロデューサーは一回も私のところに来てくれなかった。
千早「どうして……プロデューサー……」
ベッドの上で自分の体を抱きしめる。
季節は夏。太陽は高く上り、日光も気温も暑い中、私の心だけ凍えていた。
10 :
投下
[saga]:2012/08/30(木) 09:24:08.70 ID:r7/tUdvr0
千早「着信……春香かしら……?」
しばらく時間が経ち、太陽の傾きを感じ始めた時。
ふと携帯をみると光が点滅していて、着信があったのを教えてくれた。
千早「……お礼を言って、謝らないと……」
以前ひきこもった時も春香はまめに連絡をして心配してくれて、
私がアメリカに行くと伝えたときも笑顔で応援してくれた。
それほどにまで尽くしてくれた春香に、
私からも何か日本を出る前に恩返しをしてあげたいのでけど、今のところは何も思いついていない。
とりあえず春香にかけなおさないと……それで……それで、私はなんて言うのだろう。
携帯をつかんだとき、自然とそんな疑問が生じた。
11 :
投下
[saga]:2012/08/30(木) 09:24:35.87 ID:r7/tUdvr0
また大丈夫と言うの? 嘘なのに?
心配いらないって言うの? そんな言葉には何の意味もないとわかっているのに?
千早「……私、何を考えているのかしら。
まだ春香と決まったわけじゃないのに」
もしもこの着信が春香以外だったら私の今の悩みは杞憂に変わる。
そう逃げながらも頭の中では春香からの着信だと思っていた。
だから、
千早「ぷ、プロデューサー……!?」
画面に表示された名前を見たときは思わず目を疑った。
12 :
投下
[saga]:2012/08/30(木) 09:25:12.17 ID:r7/tUdvr0
千早「今更……何を……っ」
言葉とは裏腹に、頬の筋肉が緩んでいる自分に辟易する。
プロデューサーに捨てられたと嘆き、責めていたくせに、
プロデューサーからの連絡が入るやいなやだらしなく喜んでしまう。
私は、いつの間にこんなに弱く……!
以前は違った。以前の私なら歌えればそれでよかった。
アイドルも仲間もプロデューサーも、歌以外の全てはどうでもよく、私にとって歌が全てだった。
そんな私を周りは「孤高の歌姫」と評し、また蔑んでいたけれど、その評価自体、私自身にはどうでもよかった。
だけど、春香と会って、プロデューサーと一緒にトップアイドルを目指していくうちに、私は変わった。
音符と、音、そして声だけの白黒な私の世界に色が付け加わり、
二人のことが歌と同じぐらいかけがえのない大切な存在になっていた。
……だけど、それは同時に私の弱点が増えたことにつながり、私は後悔し始めるようになっていた。
だって、アメリカには春香もプロデューサーもいないのだから。
13 :
投下
[saga]:2012/08/30(木) 09:25:44.39 ID:r7/tUdvr0
千早「……これは…………」
なるべく無関心に、なるべく無感動に。
そう釘を刺しながらプロデューサーからの着信を確認すると、どうやら着信はメールのようだったのけれど、
そこに書かれてある内容に眉を顰める。
しかし迷っている時間はなかった。
14 :
投下
[saga]:2012/08/30(木) 09:26:15.89 ID:r7/tUdvr0
P「ようやくきたか」
数時間後、私はプロデューサーと一緒に都市郊外の駅にいた。
千早「プロデューサー、いったいどういうことですか? 説明してください」
変装用に着けた帽子をわずかに上げる。
それなりに有名になった今、外出時の伊達メガネと帽子は必需品になっていた。
P「どうもこうも、メール見ただろ? 仕事だ仕事、久しぶりの地方での仕事だ。
それともいまさら、地方の仕事なんてやる気が起きないか?」
千早「そういうわけじゃありませんけど……」
確かにプロデューサーからのメールには仕事だということと駅の集合時間が書かれていて、
時間もなかった私はすぐに家を飛び出してきた。
15 :
投下
[saga]:2012/08/30(木) 09:26:41.18 ID:r7/tUdvr0
千早「……でも私、もうアイドルじゃありません」
自分で言っておきながら、ああそうなんだと再認識する。
私のアイドル活動は、少なくとも日本では、あのラストコンサートで終わった。
今の私はただの一般人……ではないだろうけど、アイドルでもない。
だから私はプロデューサーの命令を聞く必要はないのだ。
彼がプロデューサーであっても、私のプロデューサーではないように、私は彼の所有物(アイドル)でもないのだから。
そう頭の中では完全に分かっているのに、
P「そんなことはわかっている。でもこっちだっていろいろ事情はあるんだよ。
とにかくついてきてくれ。文句は後で聞く」
プロデューサーと仕事できることが、彼に必要とされていることが、
たまらなく嬉しい自分に、本当に嫌になる。
16 :
投下
[saga]:2012/08/30(木) 09:27:10.92 ID:r7/tUdvr0
「あなたが如月千早さん? 初めまして、今日はよろしくね。
いやー本物はやっぱり違うわね。なんというか、オーラが溢れているみたいな……」
千早「は、はあ、ありがとうございます」
プロデューサーの後についていくと、年季の入ったテントに入り、そこで一人の女性と会った。
P「千早、そいつの言うことは聞き流せ。どうせ適当に言っているだけだから」
テントの外からプロデューサーの声が届く。
「適当だなんて酷い! 昔はあんなに素直で可愛い子だったのに……しくしく」
P「「しくしく」って口でいうんじゃねえよ! ったく、お前は昔から変わらねえな」
「あら、それは若いままってとらえていいのかしら」
P「……もう好きに解釈しろ」
明るく軽口をたたく女性に、プロデューサーは口調では嫌そうにしていたけれど、いつもより饒舌で明らかにうれしそうだった。
17 :
投下
[saga]:2012/08/30(木) 09:27:48.06 ID:r7/tUdvr0
千早「あの、二人はお知り合いなのでしょうか?」
女性は私の後ろで作業をしていた。
二人の様子から黒なのは明白だったけど、とりあえず礼儀としてたしかめる。
女性は自分のことを市の役場職員と名乗っていたから仕事上の繋がりはないと思っていたけど、
「うん、知り合いというか幼なじみ。高校時代までお隣に住んでいたんだ」
千早「え……?」
そう言われたときには驚きでマヌケな声が出た。
18 :
投下
[saga]:2012/08/30(木) 09:28:26.59 ID:r7/tUdvr0
「え? その反応……もしかして千早さん、ここがあいつの故郷だってことも聞かされてない?
……ちょっと、自分の地元ぐらいしっかり紹介しなさいよ!」
P「うるせえ、何が悲しくてこんな何もないところを紹介しなくちゃいけないんだよ」
「何もないからこそでしょ! トップアイドル御用達しの避暑地と宣伝して街を活気づければ私の給料も増え……
あ! ち、千早さん、この街はとーっても素晴らしいところよ。だからアイドルのお友達にも薦めてあげてね。
あは、あははは……」
P「いまさら何を言ってもおせえよ馬鹿。それに、いくら街が有名になろうがお前は公務員だから給料変わらないからな」
女性とプロデューサーの会話が続く中、私は呆然としていた。
……ここがプロデューサーの故郷……
そういえば私はプロデューサーのことを何も知らないことに気づく。
プロデューサーは私の歌にかける思いはもちろん、住居のことや家族のこと、
さらには弟のことまで私を構成する要素をほとんど知っているのに、
私はプロデューサーのことについて何一つ知らなかった。
19 :
投下
[saga]:2012/08/30(木) 09:28:52.28 ID:r7/tUdvr0
「千早さん……?」
千早「は、はい……?」
「ぼうっとしているように見えたんだけど大丈夫……? 疲れちゃった?」
千早「大丈夫……です」
いままでずっと休んでいたのだ、疲れなんてない。疲れはないはずなのにどうしようもなく体が重く感じた。
「はい、できたわよ。……うん、ばっちり、さすがトップアイドルね」
千早「ありがとうございます」
手渡された手鏡で自分の姿を確認する。
青を基調とした振り袖に赤帯を巻き、長い髪を結んでポニーテールをつくった、いつもの浴衣姿だった。
20 :
投下
[saga]:2012/08/30(木) 09:29:21.48 ID:r7/tUdvr0
「はーい、見張りお疲れさま。もう入ってきていいわよ」
女性の許可がおりるとプロデューサーが入ってきた。
「どうよ」
P「どうよって、何が?」
「千早ちゃんの浴衣姿の感想に決まっているじゃない。可愛いでしょ」
P「……なんでお前が誇らしげなんだ?」
「私が着付けしてあげたからに決まっているしょ。それよりどうして感想言ってあげないのよ。
……あ! もしかして恥ずかしいの? やあね、この子ったら、照れちゃって」
P「お前は俺の母親か! だいたい俺は千早の浴衣姿は見慣れているんだ。いまさら照れるかよ」
「でも感想くらいあるでしょ? せっかく女の子がおめかししているのに、何も言わないのはひどいんじゃない?
ねえ、敏腕プロデューサーさん?」
プロデューサーは一度、苦虫を噛み潰したような顔をした後、改めて私に向き直った。
21 :
投下
[saga]:2012/08/30(木) 09:29:48.05 ID:r7/tUdvr0
千早「プロデューサー、無理に言わなくても……」
元々、プロデューサーはお世辞がうまいタイプではない。良いところは良いといい、悪いところは悪いとはっきりと言う。
人によってはそれを厳しいと感じる人もいるかもしれないけど、
そんな甘くないプロデューサーと一緒だったからこそ私は高みに立てたのだと思う。
けどプロデューサーは言葉を無視するように私の肩を掴んだ。
P「千早、その……似合っているぞ」
プロデューサーは女性のからかいに対抗して言っただけで本心ではない。
本心ではないのだから久しぶりに褒められたところで嬉しいはずがない。
だから今妙に気恥ずかしいのと顔が熱いのは、褒めたプロデューサー本人が顔を真っ赤にしていてそれにつられたからだ。
きっとそうだ、そうに違いない。
22 :
投下
[saga]:2012/08/30(木) 09:30:21.10 ID:r7/tUdvr0
千早「あ、ありがとうございます」
プロデューサーがあまりにも真剣な目で見てきて、羞恥から顔を横に逸らそうと思ったけど、
褒められているのに目を背けるのも失礼なのではないかと思い見つめ返す。
……プロデューサー、ちょっと痩せた?
その時になってほんのわずかにプロデューサーの頬がいつもよりこけているのに気付いた。
それは私がひきこもっている間、プロデューサーはずっと仕事を続けていた証であり、
同時に私ではない誰かのプロデュースに力を注いでいる証拠である。
……当然よね。
再び裏切られたと嘆き始めた心を理性で鎮める。
彼がプロデューサーで、私の担当から外れた以上、
他のアイドルのプロデュースを始めるのは当たり前のことだし、仕方ないことだ。
そうわかりきっているのに、こんなに悲しいのはなぜなんだろう。
23 :
投下
[saga]:2012/08/30(木) 09:30:55.99 ID:r7/tUdvr0
「……で、いつまで見つめ合っているつもり?」
P「へっ?」
千早「あっ!」
女性のおかげで一気に現実に戻させられた私たちは慌てて離れる。
なんとなく今はプロデューサーの顔が見られない。
「いちゃつくならよそでやってくれる?
ただでさえ暑いのに、これ以上暑くされると、私、熱中症で倒れちゃいそう」
P「い、いちゃついてねえ! それに褒めろと言ったのはお前だろ」
「あら? 私は感想を聞いただけで、褒めろとは一言も言ってないのだけれど?
それに、肩に手を置いたり、見つめていたのは完全にあんたの自主行動じゃない。違う?」
P「ぐっ……」
女性に簡単に言い包められるプロデューサー。
女性の言ったことは正しいのだけれど、さっきより少し棘があるように感じるのは私の気のせいだろうか。
24 :
投下
[saga]:2012/08/30(木) 09:31:47.64 ID:r7/tUdvr0
「はあ、あんた相変わらずの口下手っぷりねえ。そんなんでよくプロデューサーとして務まるわね。
あんた、今でも言葉が足りなくて勘違いされているでしょ」
P「……お前には関係ないだろ」
思いつく節はあったみたいで、プロデューサーは苦し紛れに言った。
「関係あるわよ。だって、あんたがプロデューサーになったのって、私が原因でしょ?
私をプロデュースしたくてプロデューサーになったんでしょ?」
千早「えっ……?」
私が反応をした時、一瞬女性の顔に勝ち誇ったような優越感を帯びた笑みが見えた。
P「勝手な妄想するな。どうして俺がお前なんかを」
「じゃあ、どうしてあんたはプロデューサーになったの?
中学時代……ううん、高校に入って私がアイドル候補生になるまで、
芸能界なんて全く興味がなかったじゃない」
P「……」
プロデューサーは何も言い返さず、それは女性の言葉が正しいことを証明していた。
25 :
投下終了 後半は来週までには投下します
[saga]:2012/08/30(木) 09:32:59.19 ID:r7/tUdvr0
「本当私って果報者よね。こんなに尽くしてくれる幼馴染がいるんだもの。
今日のことだってあんたに相談したら、千早さんのようなトップアイドルをわざわざ寄越してくれたわけだし。
まあ普段からあんたの相談にのってあげていたからお相子ね」
P「おい、お前それは言うなって」
千早「……そういうことだったんですね」
つまりそういうことだった。
プロデューサーが久しぶりに私に連絡くれたのも、会ってくれたのも、
アイドルを辞めた私に仕事をいれたのも、事情と言ったのも、全て彼女のため。
プロデューサーにとって、私は女性に尽くすための駒(アイドル)にすぎなかったのだ。
26 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage]:2012/08/30(木) 11:53:39.51 ID:EFOmi0x9o
面白そうな話だな
おつ
27 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(山陽)
[sage]:2012/08/30(木) 12:22:32.71 ID:RqbQcD1AO
乙。
28 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(長屋)
[sage]:2012/08/31(金) 04:26:55.87 ID:UnerqbrYo
ちーちゃん、これは怒ってもいいのよ。愛想つかしてもいいけど。
29 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(不明なsoftbank)
[sage]:2012/08/31(金) 11:28:47.59 ID:i0Y5NLXpo
一旦乙
続き楽しみにしてる
30 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(チベット自治区)
[sage]:2012/09/01(土) 14:47:59.81 ID:ykJmPOm80
ダメダメ雪歩Pと同じ人かな
31 :
投下
[saga]:2012/09/03(月) 09:25:25.14 ID:q9Eu6BAv0
P「千早、次お前の出番だぞ、大丈夫か?」
夜。空が完全に暗くなった頃。
即興で作ったと思われる張りぼてのステージの裏で私は自分の出番を待っていた。
千早「大丈夫です。
それより話かけないでもらえますか。集中したいので」
今日の私の仕事は祭りの歌自慢コンテストで、シークレットゲストとして一曲歌うこと。
本来は別のアイドルが入る予定だったけど、そのアイドルが急病で行けなくなったという連絡が朝入ったため、
女性が代わりをプロデューサーに打診したそうだ。
だから何曲も歌う必要もなければ、特にしゃべることもない、簡単な仕事だ。
32 :
投下
[saga]:2012/09/03(月) 09:25:51.74 ID:q9Eu6BAv0
P「それならいい。邪魔して悪かったな」
そう言ってプロデューサーは背を向ける。
私が集中したいと言った時、プロデューサーは観客の様子を確かめて、
出る直前にアドバイスをくれることが習慣になっていた。
だからこれはいつものことで、当たり前のことだった。
けれど、
P「……千早?」
私はプロデューサーの服の端を掴んでいた。
33 :
投下
[saga]:2012/09/03(月) 09:26:34.31 ID:q9Eu6BAv0
千早「……彼女のためですか?」
P「……は?」
千早「彼女のために観客の様子を見に行くんですか? 彼女のために今日のイベントを成功させたいんですか?」
これは八つ当たりだ。
P「千早、何を言っているんだ? 様子を見に行くのはいつものことだろ?」
千早「でも、最近は見に行かないこともあったじゃないですか」
私はきっと女性に嫉妬していて、その腹いせにプロデューサーにあたっているだけだ。
P「それはスッタフとの打ち合わせとかで時間がないからだ。
今日は違う。時間があるから万全な準備をするだけだ」
千早「その万全な準備は、彼女のためですか? 彼女のメンツを守るために、」
そんなことはわかりきっていたけれど、動く口を止めることができなかった。
34 :
投下
[saga]:2012/09/03(月) 09:27:05.56 ID:q9Eu6BAv0
P「違う。お前のためだ、千早。お前が最高のパフォーマンスができるように俺は」
千早「だったらいいじゃないですか」
P「何……?」
プロデューサーの眉がピクリと反応した。
千早「一曲だけのこんな小さなステージ、そんなに準備しなくても最高のパフォーマンスくらいしてみせますよ」
P「……千早、お前自分が何を言っているのかわかっているのか?」
千早「わかっていますよ。そのくらい」
叱られると思った。
いや、正確には叱ってほしかった。
叱って、お前なんて必要じゃないと見捨ててくれれば、私はプロデューサーから自由になれると思った。
だから、
P「……千早、お前の気持ちはわかる。
いきなり呼び出されて、地方で他のアイドルの代役をやれって言われたら、そりゃあ不満だよな。
でもな千早、お前は以前どんな歌でも真剣に取り組むって言っただろ? だから、」
プロデューサーの優しさ、いや、甘さには反吐が出た。
35 :
投下
[saga]:2012/09/03(月) 09:27:36.26 ID:q9Eu6BAv0
千早「もういいです。
……もうプロデューサーと話すことは何もありません。
そもそもあなたはもう私のプロデューサーじゃありませんから、
言う必要も言われる必要もありません」
掴んでいた手を離し、プロデューサーから距離をとった。
プロデューサーが見捨ててくれない以上、私がプロデューサーを見捨てるしかない。
P「千早……!」
とうとう怒りが爆発するのかと期待したけれど、プロデューサーは顔を俯かせて、拳を震わせただけだった。
どうやら彼は本当に私のプロデューサーではなくなったようだ。
「如月さん出番でーす」
千早「はい、わかりました。
……それでは、そういうことなので」
俯いたままの彼の横を通り過ぎる。
……これでいいのだろう。きっと、これで…………
36 :
投下
[saga]:2012/09/03(月) 09:28:15.00 ID:q9Eu6BAv0
「今日はこんな田舎まで来てくださってありがとうございます」
千早「いえ、私も今日ここに呼んでもらえて嬉しく思っています」
豆電球が照らすステージの上、私は司会の男性からインタビューを受けていた。
本来ならそんな予定はなかったはずだったのけれど、せっかくトップアイドルが来たのだから、
ただ歌うだけでは寂しいということで急きょ、プログラムに足された。
37 :
投下
[saga]:2012/09/03(月) 09:28:51.34 ID:q9Eu6BAv0
「いやー、それにしても市の責任者は何を思っているのかね。
せっかく来たトップアイドルに、こんなオンボロ設備で歌ってもらおうなんて、
おこがましいにもほどがあるよ!」
千早「そんなことありません。私もちょうど一年くらい前は今と同じような環境で何度も歌ってきましたから。
逆に原点回帰できたようで嬉しい気分です」
豆電球のみの照明、ベニヤ板を張っただけのステージ、むき出しの地面にブルーシートで覆われた観客席、
そして一つしかなく、さらに時々ノイズがはしるスピーカー。
それぞれがとても懐かしく、久しぶりだったけれど、
それがたった一年くらい前のことなのだと言ってから気が付いた。
P「千早、次はもっといい会場で歌わせてやるからな」
彼はそのたびにそう言ってくれたけど、
私はステージの真ん中とステージ袖が近くて直接歌を聞いてもらえる小さな会場も嫌いではなかった。
38 :
投下
[saga]:2012/09/03(月) 09:29:17.36 ID:q9Eu6BAv0
「くぅーっ、聞きました皆さん?
やっぱりトップアイドルにもなると人ができてるねー、私感動しましたよ!」
千早「ありがとうございます」
「あっ、皆さん! 言っておきますがこれ、やらせじゃないからね。
本当だよ? だってこのインタビュー自体さっき決まったものだもん。
いくら不正と改竄が得意の我々公務員としても、それはさすがに無理があるって……」
司会者は自虐込みのボケで観客をわかせる。
おそらく彼と近い年齢であるのに、その口の上手さは彼とは似ても似つかない……と、
自然に彼のことを引き合いに出している自分に辟易する。
早く彼のことを捨てなければ。
39 :
投下
[saga]:2012/09/03(月) 09:29:48.46 ID:q9Eu6BAv0
「……如月さーん?」
千早「は、はい……?」
「少し怖い顔をしていましたが、どうかしました?
はっ! やっぱりこんなオンボロステージに立たされて怒っているとか?」
千早「い、いえ少し緊張していただけです。その……人前で歌うのも久しぶりですから」
「そうでしたか。いやーこんなステージでも緊張感を持って歌ってくれるとはありがたいですね。
それにしても、険しい顔をしていても絵になるなんてさすがトップアイドル。
私の彼女なんて怖いのなんの……」
司会者の声を流しながら歌に向けて集中を高める。
早く歌いたい、歌って今日のことも彼のことも早く終わりにしたい。
また歌だけが全てだったころの私に戻りたい。
そんなことを思いながら私は歌う瞬間を待ち望んでいた。
40 :
投下
[saga]:2012/09/03(月) 09:30:19.97 ID:q9Eu6BAv0
「……と、話が長くなりすぎてしまいましたが、そろそろ歌ってもらいましょう。
では如月さん、曲名をどうぞ」
千早「はい、皆さん聞いてください。「蒼い鳥」」
歌う曲は「蒼い鳥」
お別れライブでもラストソングにした私の十八番。
今の私ならこの曲を完璧に歌えると思っていた。
千早「泣くことはたやすいけれど」
でも、
千早「悲しみには流されない」
異変に気付いたのは歌い始めてからであった。
……声が伸びない……?
41 :
投下
[saga]:2012/09/03(月) 09:30:47.62 ID:q9Eu6BAv0
千早「群れを離れた鳥のように」
最初は彼のことを引きずって、精神的な不調かと思った。
でも、精神が多少不安定であっても歌えるのなら私は歌に没頭することで調子を上げることができた。
しかし今は歌えているのにまったく歌に集中できていない。
千早「蒼い鳥」
いつもの音域がでない、声が伸びない、声量が足りない、息が続かない、声が震える。
歌のサビに入ってもその状態は続き、次第に焦り始める。
42 :
投下
[saga]:2012/09/03(月) 09:31:17.79 ID:q9Eu6BAv0
千早「もし幸せ 近くにあっても」
違う。
千早「あの空へ私は飛ぶ」
足りない。
千早「未来信じて」
もっと、もっと!
千早「あなたを忘れない でも昨日へは帰れない」
私の歌はこんなもんじゃない!
……どうして、どうしていつものように歌えないの?
私はこの時は全く彼のことを考えていなかったし、過去の記憶がフラッシュバックすることもなかった。
純粋に、誠実に歌のことを考えていつものように歌おうとしていた。
けれど、
千早「でも前だけを見つめてく」
結局、一度たりとも満足に歌えないまま曲が終わってしまった。
「……聞いてくれて、ありがとう…ございました」
私は自分の不甲斐なさに俯いて目を伏せたままステージを後にした。
43 :
投下
[saga]:2012/09/03(月) 09:31:46.05 ID:q9Eu6BAv0
「き、如月千早さんですよね?
は、初めまして、こんばんは! ライブお疲れ様でした!」
楽屋代わりのテントに戻った私の耳に一人の少女の声が待っていた。
P「君は……?」
声から判断するに私と同年代か少し下。様子から害をなす人のようではなかったけれど、
このテントのことは最低限の人以外には秘密にしていたため彼は警戒していた。
「わ、私は怪しい人じゃなくてですね……
実はその……私、千早さんのファンなんです! だから、えっと、サイン……いただけませんか?
私、千早さんみたいなアイドルになりたいんです!」
自分から怪しい人じゃないというのはおかしかったけど、その子が悪い子ではないのはわかった。
けれど、今の私にはそんなことどうでもよかった。
「あの、勝手にテントに入っていたのはすみませんでした。
偶然千早さんがこのテントから出ていくのが見えて、もしかしてここに行けば会えるかなって思って、
千早さんが歌い終わった後、急いでここまで来たんです!
も、もちろん他の人たちには言ってません。大勢で来ると迷惑になることはわかっていましたから。
だから、その……ダメですか?」
千早「……」
「も、もちろん色紙もペンも用意してあります。ほ、ほら!」
千早「……」
「やっぱり、迷惑……でしたか?」
その子の言葉はどこまでも純粋で、本当に私のことを応援してくれているだとわかった。
でも、そんな彼女に、いや、そんな彼女だからこそ、
私は彼女に顔を見せることも、また彼女の顔を見ることもできなかった。
44 :
投下
[saga]:2012/09/03(月) 09:32:11.40 ID:q9Eu6BAv0
P「……ごめん、今日のところはちょっと控えてもらえないかな?
君が迷惑って意味じゃなくて、千早が久しぶりのステージで疲れていて、そっとしてあげてほしいんだ。
サインなら住所教えてくれれば後で送るから」
「あの……あなたは?」
P「ああ、言い遅れたね、俺は千早のプロデュ」
千早「違うわ」
彼はしゃべらない私のフォローをいれたつもりなのだろう。
しかし、それは私の神経を逆なでする行為にしか思えない。
千早「彼はただの765プロの一社員。今日の私の仕事の付き添い。それ以上でも、それ以下でもないわ」
見捨てたくせに、見捨てたくせに、私を見捨てたくせに……
あの女性のために必死で私にしがみつき、いつも怒るところで怒らず、
フォローに回ってまでプロデューサーと名乗ろうとする彼を、滑稽と言わずなんと言うだろう。
45 :
投下
[saga]:2012/09/03(月) 09:32:37.42 ID:q9Eu6BAv0
P「千早……!」
千早「何か間違っているかしら? これからあなたにプロデュースされることはないのに?
それにあなたが今日のためしたことは私に連絡を入れて呼び出したぐらい。
付き添いで間違っているとは思えないわ」
P「っ……」
付き添い人は簡単に黙った。
「えっと、あの……」
千早「ごめんなさい、見苦しいところを見せたわね」
「い、いえ」
千早「その代わりって言ったらなんだけれど、私のサイン……欲しいのよね?
今書いてもいいかしら?」
「も、もちろんです! どうぞ」
色紙とペンを受け取り、サインを書いて渡すと彼女は喜んで、何度も礼を言いながら去って行った。
ただ、私は最後まで彼女の顔をまともに見てあげることはできなかったが。
46 :
投下
[saga]:2012/09/03(月) 09:33:03.56 ID:q9Eu6BAv0
P「……どういうつもりだ?」
千早「……なんのことですか?」
少女が出て行った後、先に口を開いたのは彼だった。
P「なんのことじゃない、わかっているだろ。俺のことを付き添いと言ったことだ」
千早「間違ったことを言ったとは思っていません」
P「ああ、間違いは言ってねえよ。けど、言ったこと自体が間違いなんだよ」
千早「……意味がわかりません」
P「千早、お前はそんなに他人のレッテルを気にするやつだったか?
自分は自分、他人は他人と分けて考えられて、たとえ他人がなんと名乗ろうが、
少なくともそれで害が及ばない限り、お前は気にしなかっただろ?
それなのにさっきはやっきになって俺のことを否定して、どういうつもりだ?
いつものお前ならそんなことしないはずだろ?」
千早「……いつもの? それをあなたが言いますか?
女性のために、私のご機嫌取りをするあなたがっ……!」
遠くから聞こえる祭りの音頭は、この場のBGMとしてはかなりマヌケだ。
47 :
投下
[saga]:2012/09/03(月) 09:34:03.56 ID:q9Eu6BAv0
千早「以前のあなたは違った。少なくとも、私が引退する前のあなたは。
私が仕事に対して不誠実な態度をとったら怒っていたし、ファンに失礼な真似をした私のフォローなんてしなかった。
だけど、今のあなたはなんですか?
なんの準備をせずにいきなり私に歌わせるどころか、その歌に対しても何も言わない。
それが今のあなたなんですか? だったら……もしそうだったのなら、失望しました」
P「……」
彼は押し黙り、私は言いたかったことを全て言い切った。
「お疲れ様。歌ってくれてありがとう。
凄く良かったわよ。さすが、「孤高の歌姫」ね」
タイミングが良いのか悪いのか、女性が入って来る。
その時の彼女の笑顔は、場違いだったけれどそれなりに様になっているように見えるのは、
彼女がアイドル候補生だったからだろうか。
「また来年も来てくれると……って、あら? この空気……もしかして、喧嘩中だった?」
彼女は何も知らないはずだけれど、女性の声が白々しく聞こえ、ひどく癪に障った。
48 :
投下終了 再来週の投下で終われるように頑張ります
[saga]:2012/09/03(月) 09:35:52.20 ID:q9Eu6BAv0
「お取込み中なら私、出ていきますね」
千早「けっこうです。話はもう終わりましたから。私が出ていきます」
「え?」
P「おい、千早!」
女性の返事を待たず、彼の制止も無視して私はテントの外へと向かった。
千早「予定では帰るまで時間ありますよね?
その時にはもどります。何かあったら連絡ください。携帯は持っていますから。
……それじゃあ、ごゆっくり」
P「千早ァ!」
久しぶりに、そして今日初めて聞いた彼の怒鳴り声。
足を止めはしたけど、振り返らなかった。
P「お前が言わないとわからないらしいから、これだけは言っておく。
今日のお前の歌の出来は、あの子の反応が全て。それだけだ」
千早「……っ、わかっていますよ。それくらい…………」
それだけ聞くと、私はテントを後にした。
49 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
:2012/09/03(月) 14:05:52.06 ID:zqt8u8+2o
これ面白いやん。
文章が上手くて引き込まれるなあ。
続きも期待しています!
50 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage]:2012/09/03(月) 19:06:39.72 ID:horlOgbIO
今日のお前の歌の出来は、あの子の反応が全て。それだけだ」
反応良かったんじゃないの?
51 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage]:2012/09/03(月) 19:10:24.91 ID:Cy9O1v/Do
>>50
相手をどれだけ喜ばすことが出来る(出来た)か、ということがアイドルの評価であるということ。
52 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(チベット自治区)
[sage]:2012/09/03(月) 20:08:49.91 ID:Yvr9YpBa0
おお、こっからどうなるのか気になるじゃないか。
楽しみにしてるよ。
53 :
投下
[saga]:2012/09/05(水) 12:44:49.13 ID:1wGZy+Wy0
テントを出た後、私は祭りの人混みをぶらぶらと歩いていた。
……日本の祭りも、当分見納めね。
歩きながら屋台や行きかう人々をぼんやり眺める。
アメリカでの滞在期間は決めていないけれど、
成功しても失敗しても私は満足できるまでアメリカにいるつもりだ。
祭りそのものに深い思い込みがあるというわけではないけれど、
それをきっかけに生まれ育った故郷を離れることを再認識して一抹の寂しさを感じる。
最後の祭りでも私は一人……いや、「孤高の歌姫」にふさわしい結末よね。
自虐の笑みを浮かべながら、一人感傷にふけていると、
「ちょっと、あなた」
後ろから声がかかった。
54 :
投下
[saga]:2012/09/05(水) 12:45:39.69 ID:1wGZy+Wy0
「千早さん、これどうぞ」
千早「ごめんなさい。
それと、助けてくれてありがとう」
階段に座っている状態から手を伸ばしかき氷を受け取る。
場所は祭りの会場から少し離れた神社の境内。
私はとある人物と再会していた。
「いいえ、サイン書いてもらいましたし、尊敬する千早さんのためならこれくらいどうってことないですよ」
そう言って彼女は笑ってくれた……と思う。
神社に街頭はなく、祭りからの光は漏れて届いていたけれど、
私の正面、彼女の背後から当たっていて、顔を向けていても彼女の顔をはっきりとは見ないですんだ。
「それにしても、さすが千早さんですね。
活動休止したというのにあの人気っぷり、正直嫉妬しちゃいます。
……もしかして普段もあんな状態なんですか?」
千早「そんなことないわ。
今日は祭りだし、たぶんさっき歌ったからよ。それに浴衣も着替えていなかったし」
呼びかけに反応して振り返った時、後ろには中年の女性が立っていた。
その女性はよくある有名人を見かけたときのリアクションをとると、
ファンなのか、ミーハーなのか、気付いた周りの人たちはいっせいに私を囲った。
そうして大勢の人に囲まれて困っている私を助けてくれたのが彼女というわけだった。
55 :
投下
[saga]:2012/09/05(水) 12:46:56.14 ID:1wGZy+Wy0
「そんなことありません! きっといままでの千早さんの頑張りが」
千早「……いままで…か」
彼の言っていたことは正しいらしく、私は呟いた。
「? 何か言いました?」
千早「ううん、なんでもないわ……」
彼女と話を続けながら頭の片隅で彼の言葉を思い返す。
P「今日のお前の出来は、あの子の反応が全て。それだけだ」
彼女は今日の私の歌を聞いて喜んでいたわけではない。
彼女は彼女が好きなアイドル、如月千早に会えて喜んでいただけだ。
その証拠に彼女は今日の私のステージに関してはお疲れ様と言っただけで、
それ以上のこと、つまり歌の感想については一切触れていない。
ファンの子がそういう反応をとるということは、それほど酷かったということだ。
「お疲れ様。歌ってくれてありがとう。
凄く良かったわよ。さすが、「孤高の歌姫」ね」
彼と一緒にいるであろう女性はそう言ったけれど、
女性の性格からしてお世辞が入っているのは間違いないし、もし本当に多少そう思っていても、
それは「アイドル」としてはそこそこ歌が上手いといったところだろう。
私の歌を聞き慣れているファンにとっては物足りなかったに違いない。
56 :
投下
[saga]:2012/09/05(水) 12:47:34.03 ID:1wGZy+Wy0
「千早さん……私、一つ千早さんに聞きたいことがあるんです」
暗闇の中、彼女は不安そうに切り出した。
千早「何かしら?」
「千早さんは今、活動を休止していますが、これから先どうするつもりですか?」
千早「それは……ごめんなさい、言えないわ」
アメリカに行くことはすでに確定事項であったけれど、それは出発当日まで隠しておくことにされた。
というのも、Sランクアイドルが海外に行くとなると、そのアイドルの国内での人気はもちろん、
そのアイドルが所属しているプロダクションの国内ブランドが下がり、それなりに損失を被るらしいからだ。
私としてはいちいちアメリカに行くくらいで騒ぎ立てられるのは嫌だし、
逆に損を承知で私が望むままにしてくれる765プロには感謝している。
けれどその答えは彼女の不安を煽ったみたいで、息を呑んだのがわかった。
57 :
投下
[saga]:2012/09/05(水) 12:48:21.40 ID:1wGZy+Wy0
「ま、まさか、……辞めるつもりなんてないですよね……?」
千早「……え?」
「だ、だって、ネットではそういう噂が流れていて、それに今日のライブだって……
あっ! な、なんでもありません! 忘れてください!」
千早「……そう、そんな噂が流れていたのね」
彼女の自爆のおかげで、いくら周りに疎い私でもだいたいの事情は分かる。
どうやらネットでは私がアイドルを辞めるという噂が流れているようだ。
「ち、違うんです! 今のは口が勝手に……じゃなくて、口が滑って……ってこれもちがーう!
き、気分を害されたのならすみません!」
千早「別に、かまわないわ。それより私もあなたに言いたいことがあるの」
立ち上がり、彼女のもとへと歩く。
「わ、私、そんなつもりで言ったわけじゃ……」
顔を俯かせたおかげで、彼女も私の顔がわからないらしい。
「す、すみませんで」
千早「ごめんなさい」
「……え?」
私が頭を下げると彼女は気の抜けた声を出した。
58 :
投下
[saga]:2012/09/05(水) 12:49:21.52 ID:1wGZy+Wy0
千早「今日は、本当にごめんなさい。
せっかく聞きに来てくれたのに、酷い歌しか聞かせられなくて」
頭を下げたままもう一回謝った。
「そ、そんなことありません! だから顔を上げてください」
千早「それは無理。今はあなたに表向けできる顔じゃないから」
顔を俯かせたのもそれが理由だ。
彼女だってネットの噂はあまり信じていなかっただろう。
でも今日の私の歌を聞いて、その酷さに不安が増し、
私が今後のことを黙秘したことで不安が爆発したんだと思う。
「そ、そんなわけありません! 千早さんに頭を下げられる覚えなんて私には」
千早「……じゃあ、今日の私の歌がいつも通りに聞こえたならもう一度言ってくれないかしら。
そしたら顔を上げるから」
「……」
彼女は答えず、
また私はそんな彼女の嘘でも「顔を上げてください」とは言えない素直さに好感が持てた。
59 :
投下
[saga]:2012/09/05(水) 12:50:15.31 ID:1wGZy+Wy0
「き、今日は設備も悪かったですし……」
千早「機材は関係ないわ。言ったように、今回の環境くらいだったら何回も経験があるし、
最悪、肉声でも不可能ではなかったもの」
「急に決まった仕事でしたし……」
千早「いつでも最高のパフォーマンスをするのがプロの役割よ。
準備不足なんて言い訳にならないわ」
レッスン不足。
それが今回、私が醜態を晒した主な原因だ。
考えてみれば簡単なことだった。
一週間近く家にひきこもり、何もしなければ体は錆び、声は腐る。
そんな状態でいつも通りに歌えるほど私の歌声は安くない。
そんなこと分かっていたはずなのに、私は……って、あれ? 今のって……
無意識の内に顔を上げてしまっていた。
60 :
投下
[saga]:2012/09/05(水) 12:51:30.80 ID:1wGZy+Wy0
「えーと、他に他に……」
千早「ねえ」
「は、はい!?」
私が顔を上げたことに驚きながらも、彼女は安堵しているようだ。
顔を上げないと言っておきながら、あっさりと自分から破ってしまったことは
失敗だけれど、それより聞きたいことができた。
千早「さっき、なんて言ったの?」
「え……、「他に他に」ですか?」
千早「その前」
「急に決まった仕事ですか? …………はっ!」
自分の失態に気付いた彼女は自分の口を押えたけれど、もう遅い。
今日のコンテストのシークレットゲストはアイドルということは知られていたはずだけれど、
誰かは謎だったはずだ。
千早「どうして今日私がここに来ることが急に決まったことだと知っているの……?」
私が飛び入り参加だと知っているのは、私と彼と、歌自慢コンテストのスタッフの極一部、
もしくは……
61 :
投下
[saga]:2012/09/05(水) 12:52:47.15 ID:1wGZy+Wy0
「……私、ここの出身のアイドルなんです。アイドルといっても、まだまだ無名なんですけどね」
やがて彼女はゆっくり話し出す。
今考えれば、知り合いから聞いたなどと言えば、ごまかせられたはずだったけれど、
どうやら彼女は正直に話してくれるようだ。
「今日も本当は私が歌うはずでした。
役場の知り合いからお願いされて、私も地元の期待に応えようと、一生懸命今日のために準備しました。
……まあ、結局それを裏切ったんですけどね」
千早「急病というのは嘘だったのね。
でも……じゃあ、どうして……?」
出会ってまだ数時間しか経っていないけれど、彼女が平気で裏切るような人物だとは思えない。
「仕事が入ったと連絡を受けたんです。私のプロダクションのマネージャーから。
無名の私なんて、命令一つでも逆らったらクビになるから、行くしかありませんでした。
そして向こうの仕事先でやったことといえば、同じプロダクションで人気がある人の引き立て役。
まあ、裏切り者には当然の報いですよね」
彼女は力なく笑った。
62 :
投下
[saga]:2012/09/05(水) 12:53:58.83 ID:1wGZy+Wy0
千早「マネージャーには今日のコンサートのことは言ってなかったの?」
「言えるわけありませんよ。
もし言っていたら、今日のステージに立っていたのは千早さんでもなければ私でもない、
私と同じプロダクションの人気ある誰かになっていた。
アイドルとして成功するためには常に誰かを出し抜かなければならないんです。
それがたとえ自分の所属しているプロダクションであったとしても……」
彼女は気丈な口調だったけれど、その目には誰も信じられないことへの悲しみの光が灯っていた。
……私って恵まれていたんだ。
小さな事務所にオンボロの設備、会社としての力も弱く、
マネージャーが存在しないためプロデューサーが兼用している。
そんな悪評もとい事実が広まっていて、
ファンはともかくアイドル志望の人たちには敬遠されがちな765プロだけれど、
少なくとも誰かの仕事を他のアイドルが盗ることはない。
私はプロダクションの皆に全幅の信頼を寄せることができていたし、
同じ事務所のアイドルには嫉妬や羨望はあったけれど、出し抜こうなんて考えたこともなかった。
63 :
投下
[saga]:2012/09/05(水) 12:55:05.81 ID:1wGZy+Wy0
「私のせいで千早さんにまで迷惑をかけちゃってすみませんでした。
だ、だけど、私が千早さんのファンであることは本当なんです!
だから今日私の代わりに、千早さんに歌ってもらえて光栄でしたし、すごく嬉しかったです。
それでどうしても会いたいって気持ちが抑えきれなくて」
千早「偶然テントから出ていくのが見えたって嘘をついてまで来たのね」
「……はい」
本来出るはずのアイドルなら控室の位置くらい把握しているだろう。
「あの、今日は本当にすみませ」
千早「謝る必要なんてないわ。あなたが感じたように今日の私は最悪だった。
あなたが大切に準備していたステージの代わりなのに台無しにしてしまった」
「そ、そんなこと……」
千早「ある。
だからその代わりって言ったらなんだけれど、私の今後について少しだけ教えてあげる。
それが罪滅ぼしってことでいいかしら?」
私がなるべく優しく微笑むと、
「は、はい!」
彼女は笑ってくれた。
64 :
投下
[saga]:2012/09/05(水) 12:55:58.96 ID:1wGZy+Wy0
千早「結論から先に言わせてもらうと、私はまだ引退をするつもりはないわ」
彼女と二人並んで階段に座る。
祭りのほうは終わりが近いのか、遠くの喧騒も少しずつ静かになり始めていた。
「ほ、本当ですかっ!?」
千早「ええ」
「よ、良かったー、千早さんがいなくなったら私、
目標と日々の楽しみがいっぺんになくなっていましたよー」
彼女の笑顔にラストライブを思い出す。
その日の最後はともかく、あのライブのときのファンの表情や声援、盛り上がりが、
私に歌うことへの喜びを感じさせ、また歌っていきたいと思わせた。
千早「……でも、」
「でも……?」
千早「でも、いままでと同じことを繰り返すつもりはないわ。
活動再開したら、あなたは少し驚くかもしれないわね」
「千早さん、それって……」
千早「それ以上は言わないで。
私が言えるのはそれだけだから」
彼女の予想があっているか、間違っているかはわからない。
けれど願わくは、真実を知った後も彼女にファンでいてほしいと思うのは欲張りだろうか。
「そこの麗しいお嬢さんがた、こんな夜遅くにお二人で何をなされておられるんですか?」
静寂を破るように、一人の男性が姿を現した。
65 :
投下
[saga]:2012/09/05(水) 12:56:41.81 ID:1wGZy+Wy0
千早「……あなたは?」
気を一気に引き締めて警戒する。
迂闊だった。
祭りの会場付近では酔っているにしろいないにしろ、こういう人が出ることを忘れていた。
「なあに、ただの通りすがりの紳士ですよ。
お嬢さんがたに不埒な行いをする輩がいないか見回っていたんです」
千早「その輩があなたという可能性は?」
「さあ、どうでしょう。無きにしも非ず、と言ったところでしょうか」
酔ってはいないようで、逃走の困難さを認識する。
男性相手に対して私は動きにくい浴衣、明らかに分が悪い。
でも幸いなことに相手は一人、どちらかが犠牲になればどちらかは助かる。
66 :
投下
[saga]:2012/09/05(水) 12:57:41.71 ID:1wGZy+Wy0
私が囮になれば……
自己犠牲ではない。
客観的に考えて地元民である彼女のほうが近くにある交番の位置などを把握していて、
助けを呼びに行くことができるはずだ。
そう結論づけて彼女を見たのだが、一方の彼女はなぜか無表情。
怖がっているのでもなく、気が動転して呆然としているわけでもない。
そして、彼女は立ち上がると男性のほうへと歩いていく。
……そんな、まさか……!
信じたくない考えが脳裏をかすめ、それを慌てて否定する。けれど、
「アイドルとして成功するためには常に誰かを出し抜かなければならないんです。
それがたとえ自分の所属しているプロダクションであったとしても……」
彼女の言葉が耳にべったりついた。
67 :
投下
[saga]:2012/09/05(水) 12:58:25.51 ID:1wGZy+Wy0
……だから、
「兄ちゃん! 千早さんの前で気持ち悪い真似はやめてって言ったでしょ!」
彼女がそう言って男性にビンタしたときは、何が起こったかわからなかった。
68 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage]:2012/09/05(水) 13:07:55.80 ID:Tt/P8Uzao
更新来たか!
69 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(チベット自治区)
[sage]:2012/09/05(水) 19:30:53.93 ID:Nf/pxrxU0
続き来てた!!
70 :
投下
[sage saga]:2012/09/20(木) 15:55:31.09 ID:zcHOHs/v0
千早「司会の方だったんですね」
「はい、すみませんでした……」
「兄ちゃん……?」
「は、はい! すみませんでした!!」
暗闇の神社に男性の声が響く。
現在石畳の上で苦痛な表情で正座をしている男性の正体は、ステージでいろいろ話しかけて司会の方で、
さらに男性は彼女の兄だったらしい。
71 :
投下
[sage saga]:2012/09/20(木) 15:56:23.58 ID:zcHOHs/v0
「いや、俺だって悪気があったわけじゃないんだよ? 本当だよ?
いきなり男が無言で近づいてきたら如月さんが驚くと思ったからさ、
なるべく紳士的にフレンドリーな感じでいこうと思って」
「なにが紳士的でフレンドリーよ! 馬鹿じゃないの! さっきのは言動は明らかに変質者じゃない!
それに言葉がすごく古臭いし、ださい! 「輩」なんて今どきつかわないわよ。
まったく、千早さんがのってくれなかったら目も当てられなかったわよ。ねえ、千早さん?」
千早「え? え、えぇ、そうね……」
……輩って古臭かったのかしら?
私としては別にのったわけではなく、普通に返したつもりだったので、
彼女の言ったことにさりげなく私も傷ついていた。
72 :
投下
[sage saga]:2012/09/20(木) 15:57:00.28 ID:zcHOHs/v0
「反省しているので、この状態は解かせていただけないでしょうか?
さすがに固い地面の上での正座は地味に痛いです。なにとぞご容赦を……」
「ええ〜どうしようかな〜」
暗かったけれど、彼女が意地悪く笑っているのがわかった。
もしかしてこれが素の彼女なのだろうか?
「千早さんはどう思います?」
千早「私としては、解いてあげてもいいと思うけれど」
どっきりとしては悪質に入るたぐいのもので、されて良い気持ちになるものではなかったものの、
本人としては悪気はなかったらしい。
それにその後の彼女の仕打ちを見ていると、許してあげてもいいような気がした。
「ありがとうございます! じゃあそういうことで」
「ああ! 私はまだ許してないのに!」
男性は待っていましたと言わんばかりに素早く正座の姿勢を崩して立ち上がる。
やっぱりさっきのはわざとだったのかもしれない。
73 :
投下
[sage saga]:2012/09/20(木) 15:57:34.08 ID:zcHOHs/v0
「おいおい、お前の尊敬する如月さんがいいといったんだぞ?
なのにファンであるお前が反対するのか?」
「そ、それは……って、話をすり替えないでよね!
加害者である兄ちゃんが文句言える立場じゃないでしょ!」
「はは、ばれたか」
「ばれたかですって!? もう頭来た、だいたい兄ちゃんは……」
兄妹の口喧嘩は続く。
喧嘩とはいっても、烈火のごとく怒っている彼女を司会の人が上手くあしらっている形だが。
けど、それでも二人はどこか楽しそうで、
その光景を見ている私は、ある人物を思い出さずにはいられない。
…………優。
74 :
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[sage saga]:2012/09/20(木) 15:58:55.58 ID:zcHOHs/v0
如月優
私の最初の聴衆であり、私の歌の原点。
そして、私が小さいころに殺してしまった最愛の弟。
彼も春香も、765プロの皆も当時のことは事故だって言ってくれたけど、
私は今でも優が死んだのは私のせいだと思っている、いや、自覚している。
ゆう「お姉ちゃん歌って。歌ってよ、お姉ちゃん」
優との思い出はいっぱいあるけれど、やっぱり一番多いのは歌に関する思い出だ。
ゆう「お姉ちゃんの歌っている姿が一番好きだな」
音程もリズムも抑揚も、技術的なものは何もない私の歌を優はいつも笑って聞いてくれた。
たまには一緒に歌うこともあったけれど、だいたいは私の歌を聞き、その姿を絵に描いていたことのほうが多い。
そしてその絵は歌えなくなった私を立ち直らせるきっかけにもなってくれた。
それだけに私はあの日、あの時、優を助けられなかった自分を一生許せない。
75 :
投下
[sage saga]:2012/09/20(木) 15:59:34.37 ID:zcHOHs/v0
ゆう「……なかなか青にならないね」
晴れた日のことだった。
私と優はおつかいで街に出た帰り、信号が青になるのを待っていた。
ちはや「そうね……ねえ…ゆう、向こうまでかけっこしよっか」
横断道路を渡った先の道路を指さし私は提案した。
これといった理由はなかった。けど、ただ帰るのはつまらないと思った。
優はこれに賛同した。
ちはや「じゃあ、信号が青になったらスタートね」
日が照りつける中、私たちはじっと信号を凝視した。
そして、
ちはや・ゆう「!」
青に変わった瞬間、私たちはほぼ同時に飛び出した。
けれど、
76 :
投下
[sage saga]:2012/09/20(木) 16:00:25.96 ID:zcHOHs/v0
ゆう「お姉ちゃん、待って!」
小さいころの年齢差はそのまま身体能力の差に直結する。
走り始めてすぐに私のほうが抜き出ていた。
ちはや「しょうがないなあ」
もともと遊び半分だったから、勝ちにはこだわらず道路の途中で止まる。
私が振り返ると優は笑顔を見せた。
ゆう「お姉ちゃん」
だが、
ちはや「! ゆう! あぶなっ……」
皮肉にもそれが私の見た優の最後の顔だった。
77 :
投下
[sage saga]:2012/09/20(木) 16:00:51.57 ID:zcHOHs/v0
ゆう「えっ……?」
キキ―ッ! ドンッ!!
一瞬の出来事だった。
トラックが優に突っ込んだ。
78 :
投下
[sage saga]:2012/09/20(木) 16:01:30.02 ID:zcHOHs/v0
「…………だ、誰か救急車を呼べ! 早く!」
誰かの焦り声が聞こえて、私は思わず瞑ってしまっていた目をゆっくりと開けた。
ちはや「……ゆう……?」
突然のことに私の脳は処理が追いつかず、呆然としながらさっきまで優がいたはずのところを見る。
そこに本人の姿はなく、脱げた靴が片方、無造作に置いてあった。
ちはや「ゆう……」
優がいたはずのところに、優を探すために足を踏み出す。
本物の優は数メートル横の道路に倒れていたはずだけれど、私はその現実を受け止められるほど強くなかった。
ちはや「ゆうっ……!」
悲鳴や動揺、サイレンの音が聞こえる。
幼い私の頭が少しづつ事態を理解し始めていた。
79 :
投下
[sage saga]:2012/09/20(木) 16:03:09.53 ID:zcHOHs/v0
ちはや「ゆう…ゆう、ゆうゆうゆうゆうゆうゆうゆうゆう……」
染み込んでいく現実に、世界が回っているかのような気持ち悪さを感じ、立っていられなくなる。
体がどうしようもないほど寒くて、自分で自身を抱きしめた。
そして、
「き、君、大丈夫かね?」
ちはや「…………い、」
「……い?」
ちはや「い、いやああああぁぁぁぁ!!」
起きたことを完全に理解した時、幼い私の精神は耐えきれなかった。
80 :
投下
[sage saga]:2012/09/20(木) 16:03:40.59 ID:zcHOHs/v0
「お前が千早と優を二人っきりで買い物に行かせるから!」
「何よ! そういうあなたは一度だって家庭を気にしなかったじゃない!」
優の死をきっかけに私の家族は壊れた。いや、もしかするともともと壊れていたものが、
事故により露呈しただけなのかもしれない。
どちらにせよ、優が死んで以降、私は両親の笑った顔は未だに見たことはない。
「俺はお前たちのために毎日働いてやっているんだぞ!」
「働いているのは私も同じじゃない!
何が働いてやっている……よ、偉そうに、だいたいあなたは……」
一日も途絶えることのない両親の言い争いを私は自分と優の部屋で聞いた。
ちはや「……ゆう…………ねえちゃん歌うよ。歌うから、だから……っ!」
内にも外にも味方がいなくなった私が生き続けるには歌い続けるしかなかった。
私が歌っていれば優は笑っている。
優が笑っているなら私は優を殺した罪悪感からのがれることができるのだから。。
こうした私の間違った思い込みは皮肉にも、後に社長にスカウトされ、
765プロの門をたたくきっかけになった。
81 :
投下
[sage saga]:2012/09/20(木) 16:04:41.52 ID:zcHOHs/v0
『アイドル、如月千早は過去に弟を見殺しにしていた!』
そしてアイドル活動を本格的に始めてしばらくした後、見出しにそう書かれた週刊誌が出版された。
『如月千早は当時、幼い弟がトラックに轢かれそうになっているのを助けようともせず、静観していた。
(中略)
……それでいて彼女は今日も歌い続ける。何も知らないファンの前で』
その記事に書かれてあったことのたいていは間違ってはいなかったけれど、
土足で他人に家庭や過去のことについて踏みにじられたこと、
そして優が亡くなったという逃げ続けていた事実に無理矢理向き合わされて、
私は精神的に耐えきれず、歌えなくなった。
『如月千早は決して笑わない。
なぜなら彼女は自分と関わった者が不幸になることを知っているからだ』
記事に書かれた最後の一文。根拠も何もない適当な締めの言葉。
だけどまさしくその通りだった。
82 :
投下終了
[sage saga]:2012/09/20(木) 16:05:43.86 ID:zcHOHs/v0
千早「春香、もう私のことは放っておいて」
引きこもった理由の一部もそれにある。
私がいるから優は亡くなってしまったし、765プロにも迷惑をかけてしまった。
引きこもっていても何も状況は好転しないとわかっていたけれど、
私がいることで765プロの誰かが傷つくと考えると何もできなかった。
春香「ほ、放っておけるわけないよ! 私はまだ千早ちゃんと一緒に歌いたいもん!」
千早「……やめて」
春香「それにね千早ちゃん、私たち今、千早ちゃんのために歌を……」
千早「もうお節介はやめてっ!!」
春香「っ……、ご、ごめんね千早ちゃん、私一人で勝手に話を進めちゃってたね。
き、今日はもう帰るね。
……でも明日も絶対来るから。……だから、明日は顔を見せてくれると嬉しいな。
そ、それじゃあ……」
部屋の中から春香が去っていく足音が聞こえる。
その音が小走りのように小刻みなのは、去り際の声が涙声だったからに違いない。
千早「…………ごめんなさい、春香。ごめんなさい…………」
言うべき相手はすでにいなかったけれど、罪悪感を減らすために言うしかなかった。
83 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
:2012/09/20(木) 18:46:27.11 ID:YK9UdnoOo
乙
続きも期待。
支援
84 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage]:2012/09/20(木) 21:46:44.68 ID:p9RRHgeto
これ悠の場面からずっと回想でいいんだよな?
85 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage]:2012/09/21(金) 01:29:06.06 ID:XSWB3wKG0
おお、更新キタ。
乙。
86 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage]:2012/11/09(金) 11:34:04.73 ID:SJ7Fm8MK0
更新に期待
ここで終わるのはもったいない
87 :
投下
[sage]:2012/11/17(土) 10:28:14.28 ID:vmIMZt9+0
「それで、お前、仕事のほうはどうだったんだよ。当然上手くいったんだよな?」
いつの間にか兄妹喧嘩は終わっていたらしい。
どちらが勝ったかなんて、一人息を切らしている彼女を見れば一目瞭然だった。
「あ、当たり前でしょ! 仕事ぐらいちゃんとしてきたわよ、ちゃんと……」
彼女の顔が陰りが生まれる。
だけど、私がここで何かを言ったところで彼女のプライドを傷つけるだけだろう。
祭りからの光が逆光になっていたからか、幸いにも男性は彼女の異変には気付いていないようだ。
「それならよかった。まったく、お前が歌いたいって言うからせっかく俺がお偉いがたに頼みこんだのに。
ドタキャンしやがって。おかげでこの祭りまでの数日間、眠れなかったんだぞ」
頼み込んだ? 頼まれた…ではなくて?
彼女との話の食い違いに首をかしげる。
彼女のほうをうかがうと、彼女はばつが悪い顔をした。
なるほど、そういうことね。
これも黙っていたほうが良いだろう。
「あ、あの、千早さん……その……わ、私……!」
千早「今度は都合が合うといいわね。私もあなたの歌を聞いてみたいから」
「! は、はい! ありがとうございます!」
私たちはお互いに笑いあう中、男性は少し不思議そうにしていた。
88 :
投下
[sage saga]:2012/11/17(土) 10:29:46.56 ID:vmIMZt9+0
「それでお兄ちゃんはどうしてここに来たの? ……くだらない理由だったらしばき倒すわよ」
「それはちょっと理不尽じゃないか?」
「別にいいじゃない。それとも後ろめたいことでもあるの?」
「そんなもの……、もちろんある!
う、嘘だから、冗談だから……お、落ち着けよ、な?」
臨戦態勢に入る彼女を男性は慌てて止める。
そんなことをするくらいなら最初から真面目に答えればいいと思うのだけど、きっとこれが彼の性分なんだろう。
「今度ふざけたら殺すわよ?」
「お前、仮にもアイドルなんだから殺すなんて……まあ、いいや。時間もなさそうだ。
……そろそろ花火の時間なんだけど、お前気付いているか?」
「ええっ! 嘘!? もうそんな時間?」
彼女につられて携帯で時間を確認する。
残り約三十分
もちろんこれはよそ者の私が知っているはずのない花火までの時間ではなく、
今日帰るためにテントに戻るまでに残された時間だ。
89 :
投下
[sage saga]:2012/11/17(土) 10:30:33.98 ID:vmIMZt9+0
「ああ、友達と約束してたのに……」
彼女は彼女で何やら切羽詰っているようだった。
「だったら行ってやれ。どうせいつものあそこだろ? 今から行けばギリギリ間に合う」
「そうしたいのはやまやまなんだけど……」
彼女は体をうずうずさせながらも、何か葛藤しているようだ。
「な、なんだよ、その疑わしい目は」
「……兄ちゃん、千早さんに指一本でも触れたら、彼女さんに言うのはもちろん、私は絶対に許さないから」
「ば、馬鹿そんなことするわけ」
千早「大丈夫よ。私はもうそろそろ帰るし、いざとなったら大声で助けを呼ぶから」
「……俺ってそんなに信用ないですか?」
「当然でしょ! 逆にあるって思っていたわけ?」
男性が目に見えて落ち込むと、彼女は先ほどの鬱憤をはらせたおかげか、スッキリといった表情だ。
「千早さん、お先失礼します。今日はお会いできて本当にうれしかったです。
それと、千早さんがこれから復帰してどのような活動をするつもりでも、
私、ずっと千早さんのファンであり続けますから。それじゃあ!」
一礼すると彼女は去っていき、私と男性が残された。
90 :
投下
[sage saga]:2012/11/17(土) 10:31:24.69 ID:vmIMZt9+0
千早「あの……大丈夫ですか?」
彼女が去ってからも、男性は落ち込んだままだった。
はあ、もうテントに戻ろうかしら。
帰るまで後三十分弱、花火を見ても良かったのだけれど、花火がいつ終わるかわからないし、
人がいないことからここからでは見えないのだろう。
だからといって下手に動くとまた人に囲まれてしまう可能性がある。
これから何事もなく今日を終えるには素直にテントに戻ることが最善に思えた。
千早「……私、そろそろテントに戻ります。今日はありがとうございました」
男性に聞こえているかはわからないけど一声かける。
声をかけたのは礼儀の意味も含めてだけど、もう一つ理由があった。
「待ってくれ」
後ろから声がかかり、私の予想は正しかったと結論付けて振り返る。
「話があるんだ」
千早「その話とは、あなたがここに来たわけ。
それと、妹さんをこの場から引き離そうとしたことに関係ありますか?」
「……驚いた。よくわかったね。さすがトップアイ」
千早「お世辞はいりません。話の逸らし方が露骨だからわかっただけです。
それと、これはアイドルとは関係ないのでは?」
彼女の何をしに来たという質問に対して、花火の時間を気にさせるのは誤魔化しとしては下手すぎる。
ステージでも先ほどの口喧嘩でも、口が上手いであろう男性にはおかしいミスだった。
91 :
投下
[sage saga]:2012/11/17(土) 10:31:59.35 ID:vmIMZt9+0
「そっか、それは迂闊だったなあ。……まあ、仕方ないか予想外だったし。
如月さんの言うとおり、俺がここに来たのは理由があるし、
あいつをここから引き離したのもそれを聞かれるわけにはいかなかったからだ。
で、勿体つける時間もないから早速言わせてもらうと、この近くにあるんだよ」
千早「あるって、何がですか?」
これは勿体つけているうちに入るんじゃないかと思いながらも、その思いは飲み込んで聞き返す。
男性は十分に溜めて言った。
「絶好の花火スポットが」
千早「…………はあ。……それで?」
「だから見に来た。それだけ」
千早「……えっ!? ……冗談ですよね?」
「冗談じゃない。本当にそれだけ、これで終了」
千早「……つまり、ここに来たのはその絶好のスポットから花火を見るため。
妹さんを引き離したのはその場所を知られたくなかったから、ということですか?」
あまりの拍子抜けな答えに、テントに戻っているべきだったと心底後悔した。
92 :
投下
[sage saga]:2012/11/17(土) 10:32:38.18 ID:vmIMZt9+0
「うーん、後者は当たりで、前者はずれ。
当たりの後者は言ったとおり、あいつに知れられると来年以降、
せっかくの秘密のスポットがガキどもに占領されるから。というのが一つ。
はずれの前者は、俺はそこに花火を見に行くために行くんじゃないんだな、これが」
千早「そうですか。それでは私はこれで……」
「あっさりスルーですかっ!? って、本当に帰ってるし!」
ここを離れるために足をさっさと動かす。
男性の勿体ぶりに嫌気がさしたのもあるが、
それ以上に、詳しく追及したところでたいした答えが返ってこないと思ったからだ。
「待った、待った! 俺が悪かったからさ、ちょっとくらい待ってください!」
千早「秘密のスポットなら私にも知られないほうがいいんじゃないですか?」
進行方向に先回りされたため、しぶしぶ尋ねる。
「それはそうなんだけどさ、如月さんは特別というか、こっちにも事情があるというか……」
千早「そうですか。私にもあと少しで帰らないといけないという事情があるので、それでは……」
これだけ言えば諦めるだろう。
そう思って男性の横を通り過ぎようとしたけれど、
「それなら大丈夫。あいつ、君のプロデューサーも、その絶好のスポットにくるから」
動揺して足を止めてしまった。
93 :
投下
[sage saga]:2012/11/17(土) 10:33:40.96 ID:vmIMZt9+0
千早「……知り合いなんですか? 彼と……?」
ここが彼の故郷だということはすでに知ったことだ。
年齢的にも同じぐらいだからありえないということはないだろう。
「もちろんさ。知り合いどころか親友も親友、大親友。もうあいつは俺が育てたって言っても過言ではないね」
千早「そうですか。では」
「だからなんでスルーして行こうとするの!?」
……この人めんどうくさいわね。
言い方があきらかにうさんくさかったからだったけれど、それをわざわざ言うのも面倒くさかった。
千早「あなたが彼と知り合いである証拠がないじゃないですか。
もし知り合いだったとしても、今日のステージの関係で知り合っただけの可能性もありますし」
思いつきだったけれど、我ながらもっともらしいことを言えたと思う。
けれど、男性は意外にもその質問を待っていましたという顔をした。
94 :
投下
[sage saga]:2012/11/17(土) 10:34:51.94 ID:vmIMZt9+0
「たしかにそうだね。ここに物的証拠はないし、あいつ自身に関する情報をいくらか提供したところで、
俺と如月さんのあいつの共有情報なんて少なすぎるし、決定力に欠ける。
だから、今如月さんとあいつが抱えている問題を当てれば納得してくれるかな?」
……わ、わかるはずがない。
そう思いながらも、私の心臓は今日のステージが始まる前より、速く鼓動していた。
そして、
「あいつ、如月さんのプロデューサー辞めるんだろ?
理由はアメリカに渡米するから……違うかい?」
男性の言葉がはったりじゃないと分かったときは、たじろがずにはいられなかった。
95 :
投下
[sage saga]:2012/11/17(土) 10:35:23.53 ID:vmIMZt9+0
千早「ど、どうしてそれを……?」
この情報は765プロの人間しか知らないはずだし、事務所内でこの情報を不用意に漏らすような人はいない。
それにもしなんらかの事故で漏れたとしたらマスコミが逃さないはずがなく、
765プロもしくは私自身に直接インタビューするはずだ。
……当てずっぽう? ……いや、それにしては的確すぎる。本当に彼の知り合いなのかしら?
この場から立ち去るという選択肢は消え、男性を観察していたのだが、
「おお、やっぱり当たっていたか」
なんと男性はそんなことを言い出した。
千早「なっ!? て、適当だったんですか?」
それはそれですごいが、素直に驚けることではない。
……なんとかして口封じしないと。
渡米前にこの情報が暴露されれば、765プロにどんな影響を与えるかなんて私にはわからないけれど、
だからってこの男性を放っておくわけにはいかない。
私はいかにして男性にそのことを黙ってもらえるか必死に頭をめぐらしたのけれど、
「まったくの適当ってわけでもわけでもないよ。
言っただろ? 如月さんのプロデューサーの大親友だって。
あいつに最近、それらしい相談を持ちかけられたから、そこから推測したわけ」
どうやら杞憂に終わったみたいだった。
96 :
投下
[sage saga]:2012/11/17(土) 10:35:52.58 ID:vmIMZt9+0
千早「ほ、本当ですか……?」
内心、すでにホッとしていたけれど、形として聞き返す。
「本当だって。いままでの俺の言動から信じるのは難しいかもしれないけど、
今言ったことがまったくの適当で言えることじゃないだろ?」
千早「す、すみません。疑っているつもりじゃないんですけど……」
たしかに、私が活動休止したことから活動再開するときに心機一転として、
プロデューサーとのタッグ解消は思いつくかもしれない。
けど、海外に行くなんて、それも国名を当てられるのは、適当に言って当てられるものではないだろう。
「まあ、如月さんが信じてくれたからそのことは良しとして、
ここからが本題なんだけど……如月さん、まだあいつと、プロデューサーと仲直りしていないんだよね?」
千早「……別に、喧嘩なんてしていませんから、仲直りなんてする必要がありません」
この言葉に間違いはないはずだ。
私たちはこれからお互いに違う道を進んでいくから解散した。それだけのことであり、
あのテントでのことだって彼がいつまでもプロデューサー面していることに私が気を立てただけだ。
だから喧嘩なんてしていない。
なのに男性は呆れたようにため息をついた。
97 :
投下
[sage saga]:2012/11/17(土) 10:36:31.95 ID:vmIMZt9+0
「……はあ、まったく不器用な人だね。あいつも、如月さんも……」
千早「……どういう意味ですか?」
「どうもこうもないさ。あいつも如月さんも、向かっている先は同じはずなのに、
互いに言葉が足りないせいで仲違いを起こして衝突している。
あいつの相談を聞いてやっているうちに薄々はそうじゃないかって思っていたけど、
いやはや、まさか本当に思っていたような人だったとは……」
千早「……あなたに私の何がわかるんですか?
それに仲違いじゃありません。決別しただけです」
男性が彼からどういう相談を受けていたのか、私のことをどう判断したのかはわからない。
けれど、相談や少し話した程度で私や私と彼の関係を見透かしたように言われるのは、
優のことに関して言われるのと同様に腹立たしかった。
「たしかに、如月さんもって断定するのは言い過ぎたかもしれない。
けど、俺はあいつのことならよく知っているし、
あいつと喧嘩をするような、できるようなやつは不器用なやつなんだ」
男性はあくまで、私と彼は喧嘩しているで通すつもりのようだ。
98 :
投下
[sage saga]:2012/11/17(土) 10:36:58.45 ID:vmIMZt9+0
「だからあえて聞かせてもらう。
如月さん、アメリカに行くことになったとき、君はあいつになんて言った?
一緒にいてくれとは言わなかったのか?」
男性の言葉をきっかけに、ずっと逃げていたあの日のことを思い返す。
千早「……っ、言いましたよ。言ったに決まってるじゃないですか!
だけど……、その結果が……!」
忘れるわけがない、ライブをやり遂げた幸福感から一気に絶望までに落とされたあの感覚。
緊張はあった、不安もあった、けどそれ以上に期待があった。
しかしそれはあっけなく裏切られた。
「言ったのかい? 本当に?
一緒にいてくれないか? なんて相手に答えを委ねる中途半端なことものなんかじゃなく、
一緒にいてくれという強い願望……いや、命令を。
もしも前者のようにあいつに決断をさせたなら、あいつは自分の適当な思い込みが正しいと信じて、
勝手な答えを出すくらい、如月さんだってわかっているだろう?」
千早「それはそうですけど……」
男性の言うとおり、私が言ったのは来てほしいという願いではなく、来てくれないかという誘いだった。
だけど、
99 :
投下
[sage saga]:2012/11/17(土) 10:37:41.99 ID:vmIMZt9+0
千早「……けど、そんなこと言えるはずないじゃないですか!
アメリカに行くかどうかなんて簡単に決めれることじゃないのに、
本人の意思を無視するような真似なんて……」
私のしたいように彼を振り回してたら、下手をしたら一生を棒にふらしてしまう可能性がある。
「簡単に決めれることじゃないからこそなんだよ。
あいつはそういう決断を迫られたとき、いつも自分の意思を犠牲にする。
そうしたほうが相手にとって良いだろうと勝手に思い込んで。
だからあいつを相手するときはこっちのしたいようにして、
あいつにはそのフォローに回ってもっらたほうが上手くいくんだよ。
それにあいつはなんだかんだ言いながらも、そうしているときのほうが一番楽しそうだ」
千早「……そこまで言うのなら、わかっているのなら、あなたが彼をなんとかすればいいじゃないですか」
「なんでそうなるんだよ……
男の俺なんかより、好きな人である君にされたほうが嬉しいに決まっているだろ」
千早「……好き? 誰が? 誰を?
冗談はやめてください。私と彼はそんな関係ではありませんし、彼が私のことを好きなはずありません」
彼はあの女性を選んだのだ。私ではなく、彼女を。
100 :
投下
[sage saga]:2012/11/17(土) 10:39:24.63 ID:vmIMZt9+0
「……如月さん、どうして嘘をつくんだ! そんなに俺が信用できないのか?」
千早「あなたを信用できる、できないじゃありません。
私は事実を言ってるだけです」
「そんなわけないだろう。あいつが君のことを好きじゃないわけ……」
千早「そんなわけない?
……じゃあ教えてください、どうして彼は私を見捨てたんですか? 助けてくれないんですか? 気にかけてくれないんですか?
……教えてください、教えてくださいよ! どうして? どうして……彼は…私と一緒に……っ」
昂りすぎた感情は涙腺を刺激し、出てきそうなった涙を抑える代わりに続きの言葉を犠牲にした。
「如月さん……」
男性の気遣いの呼びかけは、今の私の情けなさを気付かせ、いっそうみじめになったけれど、
おかげで自分の言ったことを振り返り冷静になれたのだから、結果としては良かったのかもしれない。
千早「……すみません、私、少し、感情的でしたね」
乱れた心を整えるように丁寧に、区切って、言葉を出す。
感情のコントロールはまだまだ未熟な私だけれど、感情を面に出さない方法は、
演劇の仕事を通じて学んでいて、それなりに上手くできる自負もあった。
まさかこんな状況で感謝することになるとは思わなかったけれど。
101 :
投下終了
[sage saga]:2012/11/17(土) 10:42:15.12 ID:vmIMZt9+0
千早「……ともかく、私と彼の間には仕事のみです。
私と彼の関係ははただのアイドルとプロデューサーです。……いや、でした。
彼はもう私のプロデューサーじゃありませんから。
それではそろそろ帰らないといけない時間なので。……失礼します」
男性の言葉を待たずして横を通り抜けた。
逃げだということはわかっていたけれど、男性と話を続けてこれ以上殺したはずの気持ちを少しでも取り戻したくなかった。
どうせ、その望みは叶わないのだから。
102 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(長屋)
[sage]:2012/11/17(土) 12:30:51.87 ID:jLGR9vWzo
乙
103 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(岡山県)
[sage]:2012/11/17(土) 23:40:57.40 ID:MKiU3A5Bo
乙
104 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(長屋)
[sage]:2012/11/18(日) 01:29:38.67 ID:RTvXVtlQo
乙です
雰囲気が好きなので更新来ててうれしい
ゆっくりでも完結してくれると嬉しいなーと期待して次の更新待ってます
105 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
(チベット自治区)
[sage]:2012/11/20(火) 00:18:38.62 ID:ooYb67rg0
まってた
106 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage]:2013/01/05(土) 00:01:42.81 ID:JpHh5YGdo
一気読みしたけど
>>1
文才すごいわ
気長に更新待ってます
107 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage saga]:2013/01/21(月) 15:59:29.61 ID:gv+4GrYY0
千早「ただいま戻りま……」
控室から人の気配があったからもう彼がいるものだと思って言ったのだけれど、予想が外れたから言うのを途中でやめた。
「お帰り千早ちゃん、待っていたわよー」
今私の中で二番目に会いたくない女性は、そんなのんきな声をあげた。
千早「プロデュ……彼はどこですか?」
「素直にプロデューサーって言えばいいのに」
千早「彼はもう私のプロデューサーじゃありませんから」
今日このセリフを言うのは何度目になるんだろうとと、考えてみる。
けれど、すぐにこんなどうでもことするないと思い止める。
「はあ、あなたも強情ねえ」
強情でも、どうでも、なんでもいい。本当に、なんでも……
108 :
投下
[sage saga]:2013/01/21(月) 16:00:22.91 ID:gv+4GrYY0
「千早ちゃん、あなた私のことが嫌いでしょ?」
千早「……」
「私、沈黙するってことは、肯定の意味にとらえるんだけど……」
千早「そんな分かりきったこと聞いてどうするんですか?」
本来ならここは嘘でも「そんなことない」と言うべきか、それを言うのが嫌でも沈黙を保つのが正しいのだろう。
でもそれは彼女から逃げている気がしてそれは私のプライドが許さなかった。
「! へえ……」
千早「たしかにあなたのことが好きではありません。いえ、むしろ嫌いです、大嫌いです!
……で、それがどうかしたんですか?」
私は彼女のことが嫌いだ。明確な理由なんてない。
彼女の行動の一つ一つが私を不快にしているだけだ。
「言うわねえ……天下のSランクアイドル、如月千早がそんなことを言うなんてね……」
千早「幻滅しましたか?」
「いいえ、まさか。私も綺麗事だけ言う人形(アイドル)なんて嫌いだから、嬉しいわ」
彼女のこういうところも嫌いだ。
飄々としていて、つかめない。こちらがいくら本気になってもあっちは私を言いくるめることしか考えていない。
見下しているのだ。私を。
けれど本当に私が彼女を嫌っているのはきっと……
109 :
投下
[sage saga]:2013/01/21(月) 16:01:01.51 ID:gv+4GrYY0
「……でも、私がこのことを出版社や記者にリークするとは考えなかったの?」
そう言って彼女は何かを取り出し、あからさまに見せつける。
テント内の豆電灯では暗くて断定はできないが、形から見ておそらくはボイスレコーダー。
こうして彼女はきっとまた私より優位に立ったつもりなのだろう。
けど、
千早「考えません。……そんなことをしたら私はもちろんですが、彼も迷惑をこうむってしまいますから」
逃げるわけにはいかない。負けるわけにはいかない。
これから私は一人で羽ばたいていかないといけないのだから。
「あいつの迷惑になる行動なら私はしないとでも?」
千早「ええ」
「たいした自信ね。……何か理由でも?」
この人は私に本気で相手をしていないのだ。
私に対して本気で怒るはずもない。だから、後先考えない行動なんてしないだろう。
そういう考えももちろんあった。だけどそれよりも、
千早「あなたは嫌な人です。本当に、腹が立つほど。
……でも、一時の感情に任せて彼氏にとって不利益な行動をとるほど、愚かな人ではないでしょう?」
「? ……まあ、たしかにあの馬鹿『にも』不利益が生じるかもね」
ここで私は歯車のズレを感じた。
110 :
投下
[sage saga]:2013/01/21(月) 16:01:41.69 ID:gv+4GrYY0
千早「『かも』……? 不利になるに決まっているじゃないですか」
私の名前が傷ついたらその分だけプロデューサーであった彼の名前にも傷がつく。
そんな当然のことぐらい彼女はわかっているはずだし、何より最初は彼の迷惑になると認めていたのだ。
この反応はおかしすぎる。
「おおげさねえ。たしかにあなたに悪評がたったら、宣伝効果は少し弱くなるけど、
さっきあいつが言ってたように私たち公務員だし……」
千早「……公務員?宣伝効果? 何を言って……!」
そこで私はようやく気付いた。
「……」
そしてそれはおそらく彼女も。
「私たち……」
千早「……ええ。お互いに勘違いしています。
決定的な何かを……」
111 :
投下
[sage saga]:2013/01/21(月) 16:03:46.42 ID:gv+4GrYY0
女性との勘違いが全てとけた後、私は一人であるところに向かった。
神社の裏手の雑木林を進み、その途中の枝葉で隠された通路をくぐる通る。
少し高い草が生えている獣道を歩き、斜面が楕円状になっている丘を上った。
千早「!」
丘の向こうはは絶景だった。
祭りの光に空の暗闇、それらが幻想的に混じり合った世界。
そしてそれらが一望できるこの場は、月の光が優しく照らしてくれる……まさに孤高のステージだろう。
…………歌いたい……!
素直にそう思う。
さっきのステージのように焦りや苛立ちからの逃げではなく、心からの優しい渇望。
あの日、春香や事務所の皆が取り戻してくれた輝き。
でもそれは少し待たないといけない。
P「…………千早」
彼と決着をつけるまでは……
112 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage]:2013/02/17(日) 00:54:39.53 ID:VMcULFoj0
来てたー
113 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage]:2013/04/03(水) 02:12:05.43 ID:xt5C8DSW0
まだかな
114 :
投下
[sage saga]:2013/04/05(金) 10:17:26.45 ID:0R6wacU40
月明かりに照らされた彼の顔は少し腫れていた。
P「……あ、ああ、ちょっとな。それより千早……」
千早「そうですね、反対の方にしときます。
先に言っておきます……プロデューサー、すみません」
P「は? 反対ってどういう……それより千早お前今、ぶっ!?」
私はプロデューサーの腫れていないほうの顔を思いっきりはたいた。
115 :
投下
[sage saga]:2013/04/05(金) 10:18:19.84 ID:0R6wacU40
P「ち、千早……!?」
突然だったからだろう。プロデューサーはあっさりしりもちをつき、顔を困惑させている。
千早「……プロデューサー」
P「!」
一歩近づくとプロデューサーはビクッと反応した。
千早「プロデューサー……」
P「な、なんだ?」
さらに近づくと座ったまま後ずさりを始めた。
千早「プロデューサー……」
P「は、はいっ!?」
そして、
千早「…………遅刻です」
P「はいっ! …………って、え?」
その時のプロデューサーのポカンと間の抜けた顔を私は忘れないだろう。
116 :
>>114 訂正
[sage saga]:2013/04/05(金) 10:22:02.91 ID:0R6wacU40
P「千早、あのな……」
千早「顔、どうかしたんですか……?」
彼の言葉を遮り主導権を握る。
月明かりに照らされた彼の顔は少し腫れていた。
P「……あ、ああ、ちょっとな。それより千早……」
千早「そうですね、反対の方にしときます。
先に言っておきます……プロデューサー、すみません」
P「は? 反対ってどういう……それより千早お前今、ぶっ!?」
私はプロデューサーの腫れていないほうの顔を思いっきりはたいた。
117 :
>>114 訂正
[sage saga]:2013/04/05(金) 10:23:24.99 ID:0R6wacU40
千早「「え?」じゃありません。
……約束していた時間、とっくに過ぎているじゃないですか」
P「あ、ああ……そうだな……」
プロデューサーは未だ状況が上手く呑み込めていないみたいで目を右往左往させる。
ちょうどいい。今のうちに既成事実でもつくっておこう。
千早「プロデューサー、……私と一緒にアメリカに来てくれますか?」
紡いだ言葉はあの日の繰り返し。
会場の熱気と自分の高揚にあてられて吐き出した自分の願望。
ついでにその後のプロデューサーの拒絶を思い出し、背中には嫌な汗が流れていたけど覚悟ならできている。
でも、今の状態のプロデューサーならもしかしたら言質がとれるかもしれない。
そんな淡い期待があった。
118 :
>>117は訂正じゃありません
[sage saga]:2013/04/05(金) 10:25:47.69 ID:0R6wacU40
P「……無理だ」
けど、その言葉を聞いたからかあちこちにさまよっていた
プロデューサーの目の焦点は私に定まり、明確な拒絶を告げる。
P「お前と一緒にアメリカに行くことはできない」
プロデューサーのほうもあの日の再現のように同じ言葉を繰り返した。
ここまではあの日と同じ。変わらない言葉に変わらないプロデューサーの顔。
千早「じゃあ……」
けどあえてそういう意図があった私はともかく、プロデューサーまであの日と同じにする理由はない。
それなのになぜかそうした……そうせざるをえなかった理由を知った
今の私だから次の言葉を言うことができた。
千早「『一緒』じゃなければ……一年後、準備ができたプロデューサーなら、
私のプロデュースをしにアメリカに来てくれますか?」
P「!」
調律が必要だった。
お互いに不器用がゆえに外れてしまった私とプロデューサーの調律をはじめからすればよかったのだと今になっては思う。
119 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage]:2013/04/05(金) 19:23:23.69 ID:xv5rlLi4o
Huhuuuuuuuuuuuuu!!!!!!!!!!!!
120 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
:2013/04/10(水) 23:06:29.89 ID:xPiGMBt20
まだカネ?
121 :
日曜日また投下します
[sage]:2013/06/05(水) 23:13:03.55 ID:XK/XgQkH0
P「千早それをどこで……?」
千早「……プロデューサーと女性の方と司会の方、三人とも幼馴染みだったんですね」
P「ああ、そうか。あいつら……」
プロデューサーの隣に腰を下ろす。
短い芝生は浴衣越しでも感触が伝わるほど固い。
月明かりでできた私とプロデューサーの影はまだ重なることはなく、ちょっと距離があいていた。
司会の男性がプロデューサーの親友と言った時点でこの可能性を考えてもよかったのかもしれないけれど、
そのときの私にはそんなところまで考える余裕はなかった。
P「まあ幼馴染みというか、腐れ縁というか……
あの二人の無茶苦茶に俺が振り回されたって感じだったよ」
千早「なんとなくそんな感じがします」
口が上手い二人に不器用なプロデューサー。
彼らのわがままに付き合い続けた経験があったから
プロデューサーは私のわがままにも真正面から答えてくれていたんだと思う。
千早「それであの二人は……」
P「ああ、付き合ってる……というよりもう結婚してもおかしくないんだけどな。
……まったく、誰に遠慮しているんだか」
プロデューサーは今までの三人の関係が変わることに寂しさは感じているようだけれど、未練はあるようには見えない。
P「なあ千早、どこまで聞いた?」
千早「たいしたことは……ただ、プロデューサーがお二人にアメリカに行くって突然言い出したこと。
それと最近プロデューサーが普段の業務の後に英会話の通信講座をしているってさっき音無さんから聞きました。」
今日プロデューサーが痩せたように見えたのは間違いなくそのオーバーワークが原因だろう。
人の食や生活についてはあれこれ言うのに本人は言えるような状況じゃないのがプロデューサーらしい。
122 :
投下
[sage]:2013/06/09(日) 18:42:47.15 ID:DIhk0X5f0
P「たいしたことはって、全部聞いてるじゃないか」
千早「いいえ、まだ聞いていません。大事なことは、何も……」
ドン! と地平線の遠くから低い音が鳴った。
光が尾を引いて空を駆け上がり、
千早「……どうしてですか?」
爆音と共に大きな花を咲かせた。
千早「どうして、あの夜にちゃんと説明してくれなかったんですか?
……勝手ことをしていたのは謝ります。今日のこともすみませんでした。
……でもあの日、来てくれるならあんなふうに言わなくても……」
早とちりして勘違いしてしまったのは私だけど、そうなるように仕向けたのはプロデューサーだ。
だからどっちが悪いという意味ではなく、どうして別れるような言い方をした理由を聞いた。
これからも私がプロデューサーを信じ続けられるために。
123 :
投下
[sage]:2013/06/09(日) 18:44:51.96 ID:DIhk0X5f0
最初の大きな花火を皮切りに空には次々と光の線と花があがっていたいた。
P「……」
プロデューサーは私から目を背けると地面を……いや、何も見てはいないのだろう。
ただ目線だけを地面に向けて、
P「……怖かったんだ」
やがてこぼれ出たようにポツリと呟いた。
P「怖かった……いや、怖いんだ。間に合わないことが。守れないことが。
あのとき、俺は俺を信じてくれていたあいつに応えてやれなかった。救えなかった。
だからあの日にちゃんと返事をして、お前とあいつを同じ状況にして、必ず迎えに行くなんて俺には言えなかった」
プロデューサーに見えた大きなささくれ。
それはきっと私にもあるものと同じ、大きくて決してとれないもの。
たとえ誰が許しても自分自身が許せないから一生引きずっていくしかないもの。
P「……自信がないんだ。
俺なんかに期待をしてくれる、信頼してくれている……好きでいてくれる人を裏切るのが一番嫌なんだ。
だから俺はお前にどうしても……今だって、堂々とむこうで待ってくれなんて言えない。
それが我が身可愛さの言い訳だってわかっていても……」
私は何も言わなかった。だって私もプロデューサーと同じだったから。
プロデューサーが一緒に来てくれると思ったからアメリカに行こうと思った。いけると思った。
結局、私の決断なんてものはプロデューサーありきのものだったのだ。
なのにさっきまでそんなことにも気づかずに一人で馬鹿みたいに強がっていた私に何かを言う権限はない。
124 :
投下
[sage]:2013/06/09(日) 18:49:07.72 ID:DIhk0X5f0
P「そう言ったら……殴られた」
私の叩いたのとは反対の頬をおさえたプロデューサーを緑の光が照らした。
P「『お前は誰のためにプロデューサーをしてきたんだ?』……そう言われたよ」
花火の音が轟く空間の中、意外にも私たちの会話ははっきりと聞こえていた。
千早「……良い人ですね」
P「ああ、俺にはもったいないくらいいい友人(やつ)だよ。
司会のときはあんなふざけていたのに、こういうときにピンポイントで思い出させてくれる……だから」
プロデューサーは私のほうを向き直ると正座をした。
P「千早、二つ言いたいことがある」
千早「……なんですか?」
P「決意表明とお願いだ。……聞いてくれるか?」
言い方こそくだけていたけれど、プロデューサーから営業のときのような緊張を感じられたから、
千早「聞くだけなら……」
期待と不安をこめてプロデューサーの言葉を待った。
125 :
投下
[sage]:2013/06/09(日) 18:52:56.73 ID:DIhk0X5f0
P「じゃあまず……俺はこれから一年、プロデュースの勉強をしようと思っている。
向こう……アメリカでも通じるプロデュースの勉強を。
それが俺の決意表明だ」
正直これはどうでもよかった。問題は……次だ。
千早「……お願いのほうは?」
P「……一年後、またお前をプロデュースさせてほしい」
ひときわ大きな花火が炸裂こだまして辺りは静寂に包まれた。。
P「一年間、プロデュースの勉強をしたらむかえにいく、いや追いつきにいく。
だからそのときはもう一度俺にチャンスをくれ」
土下座のかっこうで頭を下げるプロデューサー。
服も顔も汚れをいとわないその姿は私が知っている、私が大好きなプロデューサーの不器用さが表れていた。
126 :
投下
[sage]:2013/06/09(日) 18:55:58.33 ID:DIhk0X5f0
……一年。
だから私も感情じゃなくて、頭じゃなくて、心で考える。
一年我慢すればプロデューサーとまた一緒に羽ばたける。それもさらなる高みへ。
自分に自信がないプロデューサーが一年と断言したのだ。
それが短くなることはあれど長くなることはないだろう。
千早「プロデューサー、顔をあげてください」
たった一年……
私とプロデューサーがその後に一緒にいる時間に比べればたいした時間じゃない。
そこまで考えて、答えが決まり、私はプロデューサーに返答をした。
千早「……いやです」
P「……!」
千早「はっきり断らせていただきます。一年間待つつもりはありません」
127 :
いったん投下終了 近日中に終わらせます
[sage]:2013/06/09(日) 18:57:41.58 ID:DIhk0X5f0
P「……」
プロデューサーの顔から表情が消える。
きっと彼は私が誘いを拒否したと思っているのだと思う。
そしてそれを自分にむしがいい話だったから仕方ないとも。
あの日の私もきっとこんな感じだっただろうから、し返しができたことにあの日のプロデューサー鬱憤が少し和らぐ。
だけどこのまま終わらせるつもりなんてないから少し器用になった私は続きを紡ぐ。
千早「だから連れて行きます」
P「!?」
千早「一緒に行ってもらいます。アメリカまで。
……一年なんて待ってられません」
一年は長すぎる。
それが私の答え。
確かに一年という一時の別れはこれから一緒に歩む時間の中では一時にすぎないかもしれない。
それで私の準備もプロデューサーの準備もできて成功が約束されるなら安いものかもしれない、耐えるべきなのかもしれない。
でも一年という期間はいままで私とプロデューサーが一緒に活動していた時期とほぼ変わらないのだ。
そんなの我慢できるはずがない。
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