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36歳の美少女ゲー入門 - SS速報VIP 過去ログ倉庫

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1 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [saga]:2012/09/06(木) 00:15:34.46 ID:ZYD+fl1ao
 その与太話に付き合ったのは、自分の半分の年齢の女の子と話が通じるのが嬉しかったからだ。

「君のおどろきの物語をすべて信じるとするとだな、君を勝たせるために俺がすることは簡単だ。
 頭と懐が残念な男を数人雇ってその子たちを襲わせりゃいい。
 処女でないってのは欠格事由なんだろ?」

 女子高生は首を少しかしげた。

「ケッカク……ジユウ?」

「ああ、ふつう使わない単語だな。
 失格になるってことだ」

「漢字は……ああ、資格に欠ける、ジユウは事由か。
 おじさんって難しい言葉使うんだね」

「俺も頭は残念だからな。相手の知識に合わせてとっさに言葉を選べない」

「まあいいや、そうだよ。けっかくじゆうだよ。
 あたしみたいに高校生以下のキャラにとっては処女大事」

 俺の目を見返す光は強い。ふと、この娘は冗談を言っているのではないのかと思った。

「もちろん他の子をどうしてくれなんて、メインヒロインのあたしは口が裂けても言わないよ。
 でも、まあ、ぶっちゃけると、つまりそれが、あたしがおじさんにやってほしいそのものなの」

「最近のゲームってのはタチが悪いな」

 煙を吹きかけられてむせる姿は年齢相応にかわいらしかったのに、
どちらがほんとうの姿かわからなくなっていた。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1346858134
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佐久間まゆ「犬系彼女を目指しますよぉ」 @ 2024/04/24(水) 22:44:08.58 ID:gulbWFtS0
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全レスする(´;ω;`)part56 ばばあ化気味 @ 2024/04/24(水) 20:10:08.44 ID:eOA82Cc3o
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/part4vip/1713957007/

君が望む永遠〜Latest Edition〜 @ 2024/04/24(水) 00:17:25.03 ID:IOyaeVgN0
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笑えるな 君のせいだ @ 2024/04/23(火) 19:59:42.67 ID:pUs63Qd+0
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【GANTZ】俺「安価で星人達と戦う」part10 @ 2024/04/23(火) 17:32:44.44 ID:ScfdjHEC0
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【安価】貴方は女子小学生に転生するようです @ 2024/04/22(月) 21:13:39.04 ID:ghfRO9bho
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ハルヒ「綱島アンカー」梓「2号線」【コンマ判定新鉄・関東】 @ 2024/04/22(月) 06:56:06.00 ID:hV886QI5O
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2 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(宮城県) [sage]:2012/09/06(木) 00:30:01.89 ID:zhHUxyeTo
ほぅ、期待
3 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2012/09/06(木) 00:34:54.57 ID:ZYD+fl1ao
 その女子高生の名前は秋野翼といい、出会ったきっかけは手帳だった。

 俺は筆圧が無駄に強いから、万年筆は製紙メーカーが想定する以上のインクを吐き出す。
 それをしっかりと留めて、書いてすぐ閉じても汚れないでくれるのは海外の小さな工房の手帳しかなかった。

 現地の友人が送ってくれるそれは、もちろん日本で見かけることもない。
 だから調べ物をした図書館から帰ってきて、手帳が誰かのものとすり変わっていたのに気づいた時は本当に驚いた。

 すり替えた持ち主の手がかりを探し、中身をみて俺は戸惑った。
 まるで同業者だと思ったからだ。

 書かれているのは合計して14人の人間についての濃淡ある情報で
 名前や住所、学校のクラスに始まって口癖や得意科目、好きな食べ物苦手な食べ物
 あるものは好みのCDで、あるものは部活上がりの肉屋でメンチカツを食べる頻度。

 情報に一貫性はなく、ただただ友だちとの楽しい思い出を並べ立てているかのよう。
 しかし、ある程度ひねくれている人間なら気づくはずだ。それらの情報には一本芯が通っていると。
 そこには、どうにかして弱みを見つけようとしている視点が常にあった。
 弱みと言うよりも、陥れる隙を見つけようとしている視点が常にあった。

 緑色の0.4mmのボールペンの文字が綴っているものは、敵や獲物に対する調査資料なのだ。

 それは俺の中の高校生のイメージとはかけ離れたものだ。
 表紙を閉じてタバコを数度吸って、その手帳に対する結論を出すにはそれだけの時間を必要とした。

 持ち主に会うしかない。

 この子が持ち去ったであろう自分の手帳は返してもらわなければならないし、
 何より悪意のろ紙を通ったようなこの手帳の持ち主に興味があったからだ。
 高校生ならば、手帳を間違えたと気づけば、次週の土曜日にきっとやってくるだろう。
4 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2012/09/06(木) 00:56:48.92 ID:ZYD+fl1ao
 当時の俺は次の仕事への準備期間で、新しい業界の調べ物のため毎日図書館にこもっていた。
 高校生にとっての放課後になるだろう時間も手帳を卓上に置いていたが、
 誰も声をかけてはこなかった。

 それは仕方のないことかもしれない。
 中に現れている14人のうち、弓道部の渡辺雪菜という子と岡部あかねという子については
 弓道の技術についてまで書き込みがされていた。
 それ以外の子の部活動の成績としては、陸上部でインターハイに出場した女の子に
 ついて書かれているだけで、弓道部についてだけが詳細なのだ。
 素直に推測すれば、この手帳の持ち主も弓道部なのだろう。

「というのもどこまでかわからんけどね」

 インターハイに出場した女の子については、簡単に検索して名前を確認することができた。
 現在2年生で、よく日に焼けた、ショートカットの愛らしい女の子だ。

 だが、弓道部の2人はいくら名前を検索しても出てこなかった。
 無名の高校生であれば、本名で検索してひっかからないのは仕方のないことなのかもしれない。
 だが、14人のうち半分が検索で見つかりもう半分が痕跡がないというのはなんとなく気持ち悪いものがある。

 もう一つ。
 検索で見つからない半数について、
 手帳の持ち主が最近まったく情報を追加していないことも不思議だった。

 一方で実在の友だちについての観察を行い
 一方では空想の友だちをそれに並べているのか。同じ手帳に?
 高校生の考えを理解する自信はもうないけれど、それでも奇妙な話だと思う。
「」 
5 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2012/09/06(木) 01:00:47.37 ID:ZYD+fl1ao
 金曜日。閉館を告げる蛍の光のメロディに立ち上がった。
 普段の動きで手帳をカバンに入れ、さまよわせた視線を引き寄せる人影があった。

 俺でも知っている、育ちの良い学校の白い制服。
 前に見たのは土曜日。この図書館この卓で、俺の隣りにすわっておやっと思ったのだ。
 どうやら、土曜日まで待つ必要はなかったらしい。


 何も言わずに図書館を出て、何も言わずに駐輪場で自転車の鍵を外す。
 白い制服の娘は黙ってついてきていた。
 いつもなら前カゴに入れるカバンを肩にかけたまま、俺は声をかけた。

「俺の手帳は持ってきた?」

「ううん。持ち歩いてるわけじゃないから。明日」

「わかった。午前中でいいかな?」

「あ、はい」

「じゃあ明日。とはいえ明日もずっといるから、時間は何時でも構わないよ」

「午前中で」

「わかった。それじゃ」

「あの」

 最近ブレーキの質がわるくて、少しかけただけでも嫌な悲鳴を上げる。
 女の子はその音ですくみあがった。

「ごめん。何?」

「お仕事、なんですか?」

「……教える必要はないよね」

「……何箇所か、電話しました」

 俺は黙って目を見つめた。ブレーキ音にすくんだ女の子は、視線には動じなかった。

「とにかく俺の手帳を持ってきてから。話はそれから」

「はい、明日」

 帰ってビールを2缶あけても、ひやっとした感覚は消えなかった。
6 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2012/09/06(木) 01:01:16.80 ID:ZYD+fl1ao
書きためじゃないので今日はここまで
7 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(宮城県) [sage]:2012/09/06(木) 01:05:26.90 ID:zhHUxyeTo
乙乙

まだ話の全体像が見えないから気になる点が多いな
8 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) :2012/09/06(木) 01:17:43.33 ID:CfiJelWD0
気になるぞ
9 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2012/09/06(木) 02:20:43.20 ID:0DhS15H50
おお、ちゃんとした文章のSSか。
参考にしてもらうよ。
勉強になる。
10 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/09/06(木) 15:02:42.66 ID:7ChJbtEDO
これは気になる
11 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/09/06(木) 16:38:41.26 ID:OF/YwNHho
まともな文章のSSが減ってきたからこれはかなり期待!

ただもう少し分割して投下するとレス数も増やせるし読みやすくなると思う。
12 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [saga]:2012/09/06(木) 22:40:59.25 ID:ZYD+fl1ao
はじめるよ

>>11 参考にします
13 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [saga]:2012/09/06(木) 22:47:52.31 ID:ZYD+fl1ao
 土曜日。

 開館を待つ数人の中にその女の子はいた。

 目を惹く白い制服は当然着ておらず、若草よりも少し濃い緑色のワンピースはよく似合っている。
 日傘を傾けてこちらを見て、きれいなたまご型の顔が緩んでから取り澄ましたようなほほ笑みを浮かべる。
 およそこれまでの人生で接したことのない美しい生き物だった。

「几帳面だ、おじさん」

 昨日の夜の態度がおそらく素だったのだろう。
 俺と会うのに作戦を立ててきたようだ。

「近くに喫茶店がある。自転車?」

「傘をさしたままじゃ乗れないから」

「なら歩くかね」
 
14 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [saga]:2012/09/06(木) 22:55:25.95 ID:ZYD+fl1ao
 日傘が必要な午前でも、その喫茶店は薄暗かった。
 いわゆる「ブレンド」と頼めば大過なく済ませられる個人経営の喫茶店である。
 よく顔を見せる俺を決して常連扱いしないでそっとしておくことと、
 近所にある俺の部屋のWi-Fiを拾うりっちであることでお気に入りだった。

「好きなものを頼むといい」

「じゃあ、コーヒー。ブラックで」

「俺はブレンド。ミルクと砂糖も」

 注文を済ませ、二つのカップが運ばれてきて、それでもお互い何も話さずに
じっと見つめあっていた。俺の年齢があと20も若ければ、恋人同士だと誤解する者もいただろう。

 口を開くより前にすることがあった。目から、肌から、髪から、服装から、靴から
お互いの情報を取り込まなければならない。

 俺が高校生だった頃は、相手のことなど観察もせずに自分の言い分だけをがなりたてていた。
 その思い出が珍しい野蛮人のものでないとするなら、今でも高校生は愚かだとするなら、
目の前の女の子はその愚かさを脱けたところにいるのだろう。

 それでも、口を開いたのは女の子からだった。

「私の手帳、読みました?」

「いや。自分のものじゃないとわかってからは開いていないよ」

「私は読みました。何度も何度も繰り返して。とっても勉強になって、会いたかったんです」
15 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [saga]:2012/09/06(木) 23:04:16.27 ID:ZYD+fl1ao
「勉強にか。大げさだ」

「出てくるみんな、書かれていることはバラバラだけど、共通する項目がありますよね」

「そうかな?」

「病歴と、家族構成。それもその人より年上の。どうしてですか?」

「君にはわからないだろうけど、年をとると健康と親類が死ぬことが大きな心配の一つになるんだよ」

「うそばっかり。自分の病気とかはそうかもしれないけど、他人のは気にしないよね?」

 丁寧語はやめることにしたらしい。その馴れた様子に思わず嬉しくなって、感心した。
 あれほどに友人を分析する女の子は、当然自分の魅力も分析済みなのだ。

「年上の家族がいるって、弱点よね。病歴はもうズバリ。
 どうして好きな野球チームは書いていない人もいるのに、その二つは必ず書かれているの?」

「どの野球チームが好きかという話題は、まともな大人だったら避けるものだよ。だから全員分はあつまらない」

「私の手帳は私の身近の人で大体共通点があるけど、おじさんの手帳に書かれてる人たちってバラバラだよね」

「大人の交友関係は仕事などからは離れたところで生まれるものだよ。共通点は却ってできにくい」

「でも共通点がありましたよ。すごく珍しいのが」
16 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [saga]:2012/09/06(木) 23:08:56.04 ID:ZYD+fl1ao

 その言葉はもちろん予想していた。
 昨夜この娘は、いくつか電話をしたと言ったのだ。

 若草色の洋服は冷たいこずるい笑顔にもよく似合った。

「ここに書かれている人たち、みんな勤めている会社を辞めてるんだね。
 おじさんが会ってこの手帳に書き始めた時には勤めてたんだよね。
 でも今は、全員が辞めてるんだよね」

「そうなのか。最近連絡を取っていないからな。
 まあ、言ってこないのなら一人でなんとかやれるんだろう」

「うそばっかり。おじさんが辞めさせたんだよね?
 調べあげて、弱点になることは必ず手帳に書いて、その人は今では会社にいない。
 そんな偶然ってないでしょ」

 もちろんそんな偶然はどこにでもあるものだ。
 育ちのいい私立高校に通えるこの子は知らないだろうが、くすぶっている世界では定職を続ける方が珍しい。

 だが、決めつけてこちらを言うなりにさせようとしている女の子を論破しようとするのは
あまり有効な作戦とは思えなかった。
17 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [saga]:2012/09/06(木) 23:21:37.83 ID:ZYD+fl1ao
「全部違う仕事だったけど、どこでもおじさんの名前を出して親戚だって言ったんだよ。
 そうしたらおじさんも昔いたけど退職してるって言われた。

 つまりまとめると、おじさんは職を転々としてて、その時々の職場の友だちを手帳に書いて、
 その友だちはみんな今では辞めてるんだね。

 だったら、おじさんが辞めさせてると考えたほうが自然じゃない?」

 目を見開いたのは演技だけではなかった。
 まさか一冊の手帳から、俺の職業を的中させる人間がいるとは思わなかったからだ。

 女の子は気をよくしたように続けた。

「なんていうお仕事なの? 会社があるの? 資格とかあるの? 誰に頼まれるの?」

「なるほど、降参だ。正解だよ。
 だから質問に答えてあげる。
 まず、仕事の名前は考えてない。あだ名では『やめさせ屋』と呼ばれているけどね。
 会社なんかあるわけない。俺が一人でやってる。資格もない。
 頼んでくるのは会社のエライ人。うかつにクビを切るとデメリットの方が多い社員は結構いるものでね。
 俺の仕事は、その人間を辞めさせられない原因を取り除くことだ」

「原因?」

「大体は仕事の中身だね。普段働かないんだけど、ある分野はその人に任せなければならないとか。
 単純な例で言うと、ある役所に出す書類の勘所を知っているのがその人だけという感じかな。
 俺はそういう場に入っていって、その人の仕事を分析し、誰にでも代わりができるように噛み砕く。
 その上で殴られでもしたら完璧かな」

「すごい」

 薄暗い店内でも頬に通った血の朱さははっきりとわかった。

「運命だとしか思えないよ。あたしも仕事を頼みたいんだ。
 お金はなくって、聞かないとバラすよってだけなんだけど」

「君が社長だとは思わなかったな」

「ううん。あたしが辞めさせたいのはあたしのライバルたち。
 あたしがいま出ている美少女ゲームのね。
 もちろん魅力で最後の一人に選ばれる自信はあるけど
 ライバルが全員リタイヤしたら確実になるの」
18 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [saga]:2012/09/06(木) 23:33:02.23 ID:ZYD+fl1ao
「なんだ。大げさな。結局ほれたはれたかね」

「大げさじゃないよ」

「大げさだよ。おじさんの時代とは違うのかもしれないが、それでも君の年齢だったら
 小細工なんか使わずに泥はねて恋愛しなさいよ」

「負けたら消えるんだよ」

 軽く笑い飛ばすべきだった。
 取りつくろった言葉は違和感を与えただろうか。

「何を言ってるんだ?」

「おじさんがあたしみたいに好奇心旺盛で、中に書かれている女の子のことを調べてくれたら良かったのに」

「どういうことだ?」

「底に書かれているのは14人。そのうち女の子は11人。その中で4人。携帯電話をかけてみたらわかるよ。
 おかけになった電話番号は、現在使われておりません。
 負けたから消えた子たち。あかね、志乃さん、夕子、みづき」

 それは確かに名前を検索しても見つからない7人に含まれていた。

「消えるの。フラグが足りない子は消えるの。それで誰も覚えてないの。はじめからいなかったことにされるのよ。
 夕子のお姉ちゃん、あたしの委員会の先輩なんだけど、今じゃ一人っ子ってことになってるのよ。
 美晴ちゃんも今じゃ妹がいたなんて覚えてないのよ。

 あたしは消えたくないの。だから周りの子を消すのよ。

 おじさんだって脅すのよ」
19 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [saga]:2012/09/06(木) 23:33:40.11 ID:ZYD+fl1ao
今日はここまで。
20 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [saga]:2012/09/06(木) 23:34:22.99 ID:ZYD+fl1ao
誤字誤変換多いね。それも一興。
21 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(宮城県) [sage]:2012/09/06(木) 23:40:01.78 ID:zhHUxyeTo
乙乙

そういや確かに専用のルートに入ると他のキャラ消えるゲームってあるよな
22 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/09/07(金) 00:36:49.96 ID:OdH4esDJo
続きがすげえ気になる…。
23 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/09/07(金) 23:08:48.80 ID:ukQWpt7DO
うわあすげえ気になるなにこれ
24 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [saga]:2012/09/07(金) 23:51:18.85 ID:aAOncfmpo
ハジメルヨ
25 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(宮城県) [sage]:2012/09/08(土) 00:02:13.31 ID:pQmdhXQ1o
!?
26 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [saga]:2012/09/08(土) 00:11:25.45 ID:S66VLKqco
 精一杯呑んでかかろうと紅潮した頬は、扉がいきおいよく開く音を聞いてそのまま羞恥の朱にすりかわったようだった。
 若いと顔面の毛細血管もたくさん血を運ぶのだろうか。

 その頬のままコーヒーカップを口につける。目を小さく見開いたのは普段はブラックコーヒーなんか飲まないからだろう。
 今朝からずっと彼女が作ろうとしている人物像とその努力がむしょうに愛らしい。

 それで俺も気分を落ち着けることができた。

 人間を消す。
 それも、物理的にだけではなく周囲の記憶まで消してしまう。
 トランプの52枚からカードを引くように簡単に済むことではないのだ。人間はふつう引かれたカードを覚えている。

 ばかばかしく眉唾なつくり話だったが、だからこそ、目の前の決して阿呆ではない女の子が
大真面目で口にする話でもないのだった。どう解釈するべきか。

「消すって、どうなるんだ?」

「消えるの」

「まず本人がいなくなるんだな? 周りの人間はそれを忘れる?」

「そう」

「60億を超える人間のシナプスを全部さらってその人間の回路を全部書き換えると?」

「シナプスって何?」

「記憶だと思っていい」

「そのシナプスだかどうかはわかんないよ。でもみんな忘れるの。じゃなくて、いなかったことになってるの」

「その人間についての記録は? 役所の書類からネットのうわさ話、誰かの日記まで」

 女の子は口を引き結んだ。

「だいたい消される。別のもので書き換わるの」

「だいたい?」
27 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [saga]:2012/09/08(土) 00:18:04.60 ID:S66VLKqco
「消えないのもあった。あたしがあかねを覚えてるのはそのせい」

「面白いな。消えるものと消えないものとの差か」

 ほんの少しだけ、信じてみようかという気分が生まれていた。
 頭の足りない子どもが嘘をでっち上げるなら、巨大でふしぎな力はあくまで無制限に描かれるものだ。

「この絵」

「こりゃあ」

 渡された絵を見て、正直目がちかちかした。
 少女漫画のようと言えばいいのだろうか。目が大きく髪が豊かで顎が弱く、首が細い少女が笑っている。

「あまりに似つかないと関連記録として認められないのかな」

「似つかないって何。おじさん、あかねに会ったことないでしょ」

「すまない。おじさんはこういう絵はわからないんだ。ただ人間に似ていないなと」

 女の子は何か言おうとして軽く口を開き、そのまま唇をとがらせて顔を下げた。
 放っておいてその絵を眺めると、おそらく弓道着なのだろう、その和装に違和感があった。

「左前だ」

「え?」

「なんでもない」

 死者の装束。それが何かをごまかしたのかもしれない。 
28 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [saga]:2012/09/08(土) 00:27:33.22 ID:S66VLKqco
 俺が黙っていると、女の子は居心地悪そうにカップを口につけた。
 だが明らかに含むのをためらっているようだった。

 あきらめたようにカップを置いた。

「あかねがいなくなった時、あたしも同じように忘れたの。でもこの絵が出てきて。
 なんだろう、何か気になるってずっと考えてたのよね。
 で、この子に名前をつけたらどうなるんだろうって考えてみたの」

 誰なのかを探し出すのではなく、その絵に似つかわしい名前を考える。
 でたらめなようでいて、深層に隠されたものを探すにはいい手順に思えた。

「あたし、こう、なんていうか、お話を考えるのが趣味でね。
 子どもの頃からヒーローとかヒロインとか考えてきたの。
 でも、一人の人間を想像するなんてできないでしょう? 
 だって、自分が見たいところだけ想像すればいいんだもの。
 それ以外の目立たない部分についてはふつうは考えないと思うの」

「でもこの奇妙な生き物については違ったんだね」

「いじめないでよ」

「悪い」

「いいよ。おじさんが最近の絵を理解できないのは仕方ないから。
 それ以外はおじさんの言うとおり、この絵については想像する必要もなくて
 最初から知ってるみたいにいろんなことが出てきた。
 その手帳の最初があかねなのはそのせい。思いついたことを全部書いたらそんなになって驚いた」

「そうだ。目的を忘れていた。まず手帳を交換しよう」

「いいけど、言っておくけど、全部コピーしてるからね?」

「抜け目の無いガキだな」

 してやったり、というように目を細める様子は年齢相応だった。
29 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [saga]:2012/09/08(土) 00:38:40.18 ID:S66VLKqco
「コピーを取った以上、それもよこせと言っても無駄か」

「うん」

「なら続けよう」

「うん。――ごめんね。
 えとね、そのうちどうしてあかねはいないんだろうって思うようになったの。
 それがさらに、どうしていなくなったんだろうってなって。
 そうやって考えてたら、さらにもう一人消えた子に気がついたの」

 手帳の二人目。多分高槻夕子。

「夕子っていう子で、幼馴染だったの。夕子もいなくなって、さすがに何かおかしいって思ったのね。
 それで、夕子とあかねに何か共通点がないかなと思ってたら、2人とも翔太のことが好きだった」

 速水翔太。四人目。手帳では初めて登場する男子生徒だった。
 彼女と同じ学校に通い、なぜかよくもてるらしい。

「それで翔太に食ってかかるわけにもいかないよね?
 だから気をつけて見てた。翔太と、翔太の周りの女の子たち。
 志乃さんが消えた時、ああ、って思ったの。
 ああ、これは翔太が主人公の美少女ゲームなんだなって。
 あかねも夕子も志乃さんも、多分去年の秋までに何かフラグを立てなきゃ
 ルートに入れなかったのね」

「よくわからないな。よくわからないけど、金メダル級の飛躍だってことはわかる」

 今度は完全に羞恥の色で、女の子は上目遣いに俺をにらみつけた。

「あたしだって信じてるわけじゃないから! でも、この仮説でいちばんしっくりくるから従ってるの」
30 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [saga]:2012/09/08(土) 00:47:58.64 ID:S66VLKqco
「判断のしようもないな。何しろ美少女ゲームってものから知らない」

「あ、大丈夫。あのね? おじさんには選択肢はないから」

「そうか。俺は脅されていたんだった」

「やめさせ屋って、相手にバレたら仕事やりにくいよね?」

「やりにくいとは言わないけど、まず確実に失敗するだろうね」

「名前で検索すると結構出てくるよね、グーグル先生って」

「嫌な予感がしてきたな」

「あのさ、おじさん。こんな危ない手帳に名前書いちゃだめだよ。
 あたしみたいのに見つかったら、ありとあらゆる2ちゃんねるに書き込まれるよ?」

 俺は思わず吹き出した。そうでもしないと、あまりの可愛らしさに緩む頬をいぶかしがられる。

「完璧だ。廃業だ。もうこれは従うしかないな」
31 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [saga]:2012/09/08(土) 00:56:59.56 ID:S66VLKqco
「ほんとに!? ありがとう!
 今は脅しだけど、そのうち何かお礼ができるといいよね。
 あたしは何もできないけど、うちのお父さんはこのあたりでは顔も効くし」

「そのあたりは期待するとして、今は奴隷になるかね。
 じゃあ手帳を交換で」

「ああ、ほっとした。誰かに、あたしより頭のいい人に相談できるってだけで嬉しい」

 この解放感までも演技なのだろうか。とてもそうは思えない。

「内密の職を当てられてコピーを取られて出し抜かれる男がどれだけ役に立てるか」

「どんなすごい人でも油断したら足をすくわれちゃうんでしょ。
 おじさんみたいな人があたしに油断しないわけないよ」

 交換した手帳をいとおしそうに撫で、大事にトートバッグにしまった。
 その動作だけで親の躾が見えるようだ。
 ざっくばらんなこの態度も人を脅すのもさぞかし大変だったろう。
 俺は何も言わずに自分のためのミルクと砂糖を押しやった。

「ありがと。あたし、もう行かなきゃ。携帯教えてくれる?」

 赤外線でアドレスを交換し、画面に名前が映る。それで初めて、お互い名乗らずにいた事に気づいた。

「秋野翼さんか。いい名前だ」

「メインヒロインですもの」

 それが最後の言葉になり、緑のワンピースは店から出ていった。

 一拍遅れて、話の途中で店に入ってきた女性が出ていく。ふと目があって、俺は軽くうなずく。
 この店は常連をそっとしておいてくれるから気に入っていた。
 常連と、その同居人が一言も口を聞かないなら、何かあるのだとちゃんと汲んでくれるのだ。

 ゆっくり時間を賭けてブレンドを飲み終えてから、俺も店を出た。
32 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [saga]:2012/09/08(土) 00:58:47.13 ID:S66VLKqco
マタミテネ。

明日は更新なし。
あさって以降は通信状況にもよりますが、Eモバが四国でつながらない場合は
来週一週間は更新がありません。
33 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(宮城県) [sage]:2012/09/08(土) 01:03:56.15 ID:pQmdhXQ1o
乙乙

なんか普通に買ってきた小説をパラパラめくる楽しさが湧いてきた
34 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/09/08(土) 01:13:23.00 ID:2/Z+zGLeo


楽しんで読んでるよー
35 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/09/08(土) 14:50:06.59 ID:tGnwfJOuo
おっつ
36 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [saga]:2012/09/08(土) 22:38:09.57 ID:S66VLKqco
ハジメルヨ

※注意
 現在38℃超の発熱なので試しに書いてみることにした。
 病人の事務作業がどんな結末になるか実験です。
37 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [saga]:2012/09/08(土) 22:47:20.37 ID:S66VLKqco
 会話の内容を聞き返したところで電話がかかってきた。
 それは先ほど電話番号を交わした女子高生ではない、予想通りの相手である。

『家に着いたよー!』

「うるさいよ!」

 地声が大きいのはいつものことで、同居人であるその女と喧嘩しないようにしているのは
本人がこわいからではなく世間体を考えてのことだ。
 もちろん普段は声の調節ができる女だったが、今は慣れない探偵ごっこに興奮しているのだろうか。

『ごめんごめん。でも安心して! 気づかれてないから! もう家に入ったから!』

 ボリュームは下げて、元気は変わらない。
 彼女の声を聞いているといつも柴犬が連想された。
 名前は松下由真という。先ほど翼と話していた時に店にやってきて、彼女を追うように出ていった女だった。

 あの喫茶店は俺の部屋の無線LANルーターの圏内に入っており、俺のタブレット端末は自動的に接続する。
 俺の端末の接続を検知したら、部屋の中にいる彼女に知らせるからくりを作るのは簡単なことだ。
 そうして何食わぬ顔してやってきた客に尾けられているなど、翼が気づくはずがなかった。

「で、どんな家?」

『すっごい豪邸』
38 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [saga]:2012/09/08(土) 22:58:23.16 ID:S66VLKqco
「さすがにいい学校に通うだけはあるかな」

『だねー。寺町通りから山の手の方に一本行った通りあるじゃない』

「コミヤ通りか」

 コミヤという全国的な食品メーカーの本社があることからあだ名を頂戴した通りには
確かに厳しい門扉と広い邸宅が並んでいる。
 そこに翼の自宅があるなら、父親の口ききは報酬として魅力的かもしれない。

『うんそう。結構でっかい家で、表札は秋野だって』

 偽名は使わなかったのだ。呑んでかかっても、悪ぶっても、子どもは子どもだということだ。

「ありがとう。今日は家がわかれば充分だ。
 寺町通りだったら、松下が行きたがっていたケーキ屋があったかな?」

『あるね。イル=マニーフィコ』

「お礼にケーキと茶でもおごろう。で、そのあと剛太のところに話を聞きに行かないか」

『剛太ってあのオタク?』
39 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [saga]:2012/09/08(土) 23:02:37.79 ID:S66VLKqco
「ああ。俺の知り合いでいちばんゲームに詳しいのはあいつだ」

『うう、やだやだ。あれとは会いたくないから私は適当に買い物して帰るよ。
 カズさんとあの子の会話って私も聞けるようになってるの?』

「ああ。手帳関係ディレクトリに置いてある。面白いからぜひ聞いてみるといい」

『そうするわ』

「剛太は松下を連れて行くと喜ぶんだけどな」

『あのオタクは目付きがね』

「男が君をやらしい目で見るのは仕方ないだろ」

『ただ見られるんじゃなくて、「あ、この人頭の中で私を着替えさせてる」ってわかるのはさ』

「何着せてるんだろ。聞いとくわ」

『やめて。じゃあ切る――ちょっと待って!』

「どうした?」

『男の子が訪ねてきた』
40 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [saga]:2012/09/08(土) 23:07:54.37 ID:S66VLKqco

「速水翔太かな。コピーの4人めの男の子じゃないか? どんな特徴だったっけ」

『違うねー。速水翔太って173センチでしょ? 今いるのは180はある。で、たぶんハタチくらい』

「なんだろな。家の中に入りそうかな」

『インタホンで話して、その場で待ってるってことはたぶん、うん、お姫さま出てきたよ』

「速水翔太じゃないんだよな? 写真撮れそう?」

『コミヤ通りで建物の写真を撮るってあんまりやりたくないよ』

「そりゃそうだ」

『お姫さま、すっごいいい笑顔してるんですけど』

 俺は黙り込んだ。
 美少女ゲームというものがどういうものか知らないが、翼の話を聞いた限りの印象では
翼をはじめ消えた女の子たちは速水翔太の寵を争っているように思っていたのだ。
 だが、速水翔太以外の男と楽しそうに歩くとは。

『カズさん、私もうちょっと後を尾けてみるよ』

「飽きたらやめていいから」

『うん。じゃね』
41 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [saga]:2012/09/08(土) 23:24:18.84 ID:S66VLKqco
 翼の方ははりきっている新米探偵に任せ、俺は出かけることにした。

 会話に出てきた浜野剛太はやめさせ屋をしている時に出会った男で、珍しく仕事が終わっても縁が続いている。
 職業はゲームのプランナーで、その肩書通りものごとを噛み砕いて説明するのがうまい男である。
 奴ならば美少女ゲームというものについて必要なことを教えてくれるだろう。

 剛太は自転車でじわりと汗をかくくらいの距離に住んでいる。
 土曜日だから家でゲームをしているはずという予想は的中した。

「おうカズ。何しに来たの」

 土曜の午前というのにカーテンがきっちりと引かれ、玄関には蛍光灯がともされている。
 身体にぴったりしたシャツのボタンをはずし、胸元をはだけた男に手土産を渡した。

「ゲームについて聞きに。お邪魔するよ」

「おう。ゲームは最近作ってねえよ」

「そうなのか? 休職中?」

「いや、携帯端末を使ったゲーム以外の一般向けのサービスの仕様切ってる」

「ゲーム屋じゃなかったのか?」

「ゲーム屋じゃ食っていけねえからな。
 ソーシャルに必要とされるのはイベント屋の根性であってゲーム作りの熱血じゃねえ。
 課金サギなんか作れるかって言ったら今の部署に飛ばされた」

「どこも大変だ」

「ゲーム業界はチキンレースだよ。誰も終わったってことを認めたがらねえ。
 っつーかアレだな。みんなで争って、壁に激突する最後の一人になりたがってる」
42 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [saga]:2012/09/08(土) 23:35:24.95 ID:S66VLKqco
「どうでもいいけどカーテン開けようぜ」

「どうでもよかねえし、俺に日光なんか浴びせたら殺人未遂だぞ」

「仕方ないやつだな」

 俺は座り、手土産の缶ビールを空けた。狭い部屋に不似合いな液晶テレビには
現実と見まごう、どこかの城塞の中のような風景が広がっている。

 剛太もちゃぶ台を挟んで向かいに座り、ビールに口をつけてからゲームを再開した。

「次はゲーム業界で疫病神やるのか?」

「いや、仕事とは別件で興味があってね。剛太、美少女ゲームって知ってる?」

「また似合わねえのがきたな」

 画面の中には甲冑をつけた女がいて、ナイフを振ってゾンビのような人間と戦っている。
 俺にとっての最後のゲームはドラゴンクエスト3だった。その変化は20年という年月を考えても驚きを感じる。

「作ったことはねえし、やったのはいくつかだな。いろいろパターンがある。どんなゲームだ?」

「フラグ。ルート」

 翼の話に出た、大事そうな言葉二つを口に出した。

「ああ、攻略系ってやつか。オーソドックスなタイプだ」
43 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [saga]:2012/09/08(土) 23:35:55.82 ID:S66VLKqco
マタミテネ。

ダウン。
44 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/09/08(土) 23:39:40.42 ID:mtRA2WCS0

初見だがなんだこれはたまげたなあ

いやホモとかじゃなくて純粋に
45 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(宮城県) [sage]:2012/09/08(土) 23:41:19.44 ID:pQmdhXQ1o
おおぅ、お疲れ様

ゆっくり読むよ
46 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/09/08(土) 23:46:38.63 ID:FmWuqHYDO

おだいじに
47 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東) [sage]:2012/09/09(日) 05:39:38.11 ID:QYbzUjLAO

なんつー実験してんだwwwwお大事にね
48 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/09/09(日) 06:42:45.83 ID:0xhhdjJwo
さすがにこの実験にはアホとしか言わないでおこう。うん。
49 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/09/09(日) 19:50:19.16 ID:qRmwCUi9o
おいおい寝ろよ
50 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [saga]:2012/09/10(月) 00:57:59.50 ID:/FPGOvtno
ハジマルヨ
51 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [saga]:2012/09/10(月) 01:10:32.81 ID:/FPGOvtno

「見せてみるのがいちばん早いよな」

 剛太は立ち上がり、古い型のノートパソコンを引っ張りだしてきた。
 ノートパソコンがまだラップトップと呼ばれ、「こんなものが膝の上で使えるか」と揶揄されていた時代のものだ。

 電源を入れると騒々しい暖気の音が広がり、画面にはOSが表示される。

「95だ。骨董品だ。第二次世界大戦の頃のだっけ」

「そうだ。このOSを最初に搭載したのがルーデル大佐だって話だな」

「起動長いな」

「CPUも当時のものだから」

「あ、立ち上がった」

 剛太は細くて長い指で黒い画面にコマンドを打ち込んだ。

「DOS窓から直接起動するんだ?」

「CDなんか読んでられないって」

 見守るうちに、画面に幾人かの女の子の顔と文字が浮かび上がってきた。

「同級生2?」

「ストーリーとかはどうでもいいだろ。ちょっとやってみる」
52 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [saga]:2012/09/10(月) 01:15:43.54 ID:/FPGOvtno

 表示されたのは街を上から見下ろした図で、建物と同じサイズの人間が画面中央にいる。

「なんかほっとするね」

「何がだ?」

「ドラクエ3と同じ匂いを感じる」

「まあそうかも知れねえな。敵は出ないが、上から見下ろして移動させるのは似てるか」

 矢印キーを押す剛太の指に合わせて男の子を模した人間が動き始めた。

「移動方法はどうでもいい。こうやって実際に動かすんじゃなくて、行きたい場所を選択肢で選ぶゲームも多い。
 どこかに行くと、そこで女の子に出会って会話が出てくる」

「なるさわ……ゆい? これ中学生くらいだよな。大丈夫なのか法律とか」

「この頃は絵はどうでもよかった。設定さえ高校生以上ならな」

「今は」

「いろいろキナ臭い」

「ふーん」

 画面に出てきた女の子は一枚絵で、瞬きと口だけが定期的に動いている
 下部には会話の内容が流れていた。

53 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [saga]:2012/09/10(月) 01:25:26.35 ID:/FPGOvtno

「攻略対象として何人かのキャラクターがいて、会話をして親密さを深めていく。
 と同時にクリアのための条件があって、そのフラグを全部立てるとエンディングが見られる」

「攻略ってどういう意味だ?」

「18禁だな」

「なるほど」

 会話が終わり、また街を見下ろす画面に戻った。
 元気に歩き出す。

「イメージとしてはマンガと小説にゲーム性を付け加えたようなもんだ。
 キャラクターごとに恋愛小説があって、それぞれの絵があって、ただ見られるには
 手順を踏まなければならない。初見だと誰も攻略できないか難易度の低いキャラで終わり、
 何度も繰り返すことで必要なフラグを学んでいく」

「これ、楽しいのか?」

「自分にはできないことを体験する。
 ゲームってなもともとそういうもんだろ」

「女を口説くってできないことじゃないよな」

「口説ける位置に可愛い女がちょうどよくいるか? ありきたりなのばっかりだろ?
 こういうゲームでの攻略対象の造形は、日常では出会わないようにあざといんだよ」

「例えば?」

「このゲームに限ったことじゃないが、自分を兄のように慕う幼馴染。かわいい。まあ王道だ」

「それは確かに俺の人生にはいなかったな」

 だが。

 速水翔太にはいる。雨宮ちはる。速水翔太の実家が果物屋で、併設しているフルーツパーラーを
任されているのは父親の妹のシングルマザー、その娘が雨宮ちはるだった。
 翼が彼女について多く書き込んでいたのは、その立ち位置が王道だから警戒したのか。
54 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [saga]:2012/09/10(月) 01:38:21.82 ID:/FPGOvtno

「学生だったら教師なんかも攻略対象だな」

 それも手帳には書かれていた。巴蘭子。速水翔太と翼のクラスの担任。

「まあ、教師に手を出すのがひとつの夢だってのは否定できない」

「スポーツ万能の学校の人気者」

 棒高跳びでインターハイに出場した女の子もいたはずだ。名前は高坂まり子だったか。

「髪か肌の色が違うのとか」

 ルクセンブルクからの留学生、シャルロッテ=ウィルヘルミネ。通称シャル。

「あとは内気なのとか風紀委員タイプとか胸がでかいのとか小さいのとかババアとか幼女とか。
 とにかくバリエーションだよ。ロボットなんてのもあったな」

「なるほどね。確かにゲームにでもしないとそのうちの一つ人生で経験できるかどうかだろうな」

「そういうこと。焼いといてやったぞ。XPまでなら動作確認済みだ。持っていくといい」

「あ、ありがと。XPモードで動かせるかな。いくら?」

「タダでいい」

「よくないだろ。金払って買ったものだろ」

「いいよ。俺が作ったものだからな」
55 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [saga]:2012/09/10(月) 01:58:09.15 ID:/FPGOvtno

「さっきは作ったことないって言ってなかったっけ?」

「もちろん作ったのは俺じゃねえよ。だけどこれをつくったのは俺だ。パチもんなんだよ」

「そうなの?」

「画像とテキストは完全にパクり、でもプログラムは一から俺が組んだ。
 ギターの耳コピみたいなもんだ」

「なんでそんなこと」

「修行だよ。売れてるゲームがあったらとりあえずコピーしてみるんだ。
 そうすると大事なことがわかる」

「何それ」

「ゲームバランスは才能だってことだな」

「深いね」

「どうでもよさそうに言いやがって」
 
56 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [saga]:2012/09/10(月) 02:03:13.02 ID:/FPGOvtno

「これ、何年前のゲーム?」

「NECの98で出たのが20年くらい前だったか。俺がコピーしたのはその後のWin95版だけど」

 剛太は俺と1つか2つしか違わない。
 それなのに、若いころの努力をこうやってひと目に晒せることが少しうらやましかった。
 この男はかつての努力の延長線上を今でも歩いている。

「キャラの中には高嶺の花タイプっていないの?」

「ああ、いるな。成績優秀で性格はケチのつけようがなく、美人で学校のヒロイン。家は資産家だ。
 幼馴染とならんで王道のヒロインだよ」

「初回はまずみんなその子を狙って攻略するの?」

「いや、ふつうは攻略難易度を最高に設定されてる。攻略本が出まわらなければまず手も足も出ないで、
 容量をケチるゲームだと序盤にフラグを立てそこねると登場すらしなくなるな」

 登場すらしなくなる。抑揚がほとんどないその言葉がどきりと胸に響いた。
 多分、翼もそのことを知っている。だから焦っているのだ。

「攻略ってどうする? たくさん会うだけでいいのか?」

「いや、ゲームだからな。難易度が高い場合はそれぞれドラマが設定されてるもんだ。ふつうは問題を抱えてる。
 幼馴染だったらお互い男女として見てねえとか、高嶺の花タイプだと女の視界に入ってねえとか、
 最初に誤解されて嫌われるとか、家庭の事情があるとか。
 そういうのを解決してプレイヤーに魅力をつたえ、ゲーム内のエロに説得力をもたせるのがセオリーだ」


 カーテンが閉め切られた部屋を辞し、自転車を漕ぎながら考えた。
 今のところ、翼の与太話はそれなりに説得力をもっている。
 誰がそんなお膳立てをしたか、誰が攻略不可能な女たちを退場させるのか。わからないところに目をつぶって
わかるところだけ眺めてみると、整合性がとれているように見える。

 電話が震えた。

『お姫さまと男の子と歩いてるところに速水翔太っぽいのが鉢合わせしたよー!
 睨み合ってた! 速水翔太が悔しそうだった! なんかドラマ見てるみたいだった!』

 ある程度好奇心を満たしたらさっさと断ろうと思っていた。
 だが、もう少しつきあってもよさそうだ。
57 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [saga]:2012/09/10(月) 02:03:38.72 ID:/FPGOvtno
マタミテネ。
58 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/09/10(月) 02:14:22.15 ID:uKbo2rZM0
おつん
59 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(宮城県) [sage]:2012/09/10(月) 02:21:53.49 ID:eoAlriDho
乙乙
さっそく話が次に展開してきたね
60 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/09/10(月) 02:38:56.74 ID:EksZXfdSO
乙。なかなか読みごたえがあります
61 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/09/10(月) 05:07:52.73 ID:G8O8mwjSO
62 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [saga]:2012/09/10(月) 23:22:37.09 ID:/FPGOvtno
ハジマルヨ。
63 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [saga]:2012/09/10(月) 23:28:22.59 ID:/FPGOvtno

 いつもの調べ物をして帰った夕方にはもう由真も家に戻っていた。パソコンの画面を睨みながら、
傍らには翼の手帳のコピーが散らばっている。

「おかえりー。冷蔵庫にいつものシフォンケーキとアイスコーヒーあるよ」

「ありがとう。熱心だね」

「んー」

 時間はあったはずだから、喫茶店での翼の与太話を聞いているはずだ。手帳のコピーも見ている。
 実際に翼や速水翔太を見ている由真はこのどたばたをどうとらえているのか。

「カズさん、助けるの? 翼ちゃん」

「まだ決めてない。秋野の家をちょっと調べてきてな」

「どこかの社長?」

「ちょっと違う。代々医者の家系で、総合病院の院長だわ」

「ああ、秋野医院」

「それと、アキノ美容整形クリニック」

「あれも?」
64 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [saga]:2012/09/10(月) 23:39:31.67 ID:/FPGOvtno

「かなり経営は安定してるな。美容整形の方は保険外診療でたっぷり金を稼いで、
 それで総合病院のアカをカバーしてる。よくできてるわ」

「病院って儲からないの?」

「やりようによる。夜勤を宿直にしたり残業をぼかしたりするとなんとか利益も出せるけど、
 真っ正直にやると厳しいご時世だよ。そんな中で秋野医院は医師たちへの福利がとてもいいそうだ」

「へえ」

「いい待遇を示せばいい医者が集まる。いい医者が集まれば病院の評判が上がる。
 病院の評判があがれば病院主導で患者との関係が線引きできる。
 実際、かなりうまく回ってるようだ。そしてもちろん、翼の父親である院長は地域の名士だよ。
 『顔が利く』っていう翼の言葉は控えめなぐらいだな」

「なら、助けるんだね?」

「どうだろうね」

「え?」

「医者やってて成功してる人間が頭がキレないわけがない。
 娘みたいにとりあえず仮設を立てて信じてみようなんてタイプとは思えない。
 少なくとも、よくわからない状況で娘に言われるがままに得体のしれない男に便宜を図ると思えなくてね」

「カズさん好意的にいってもチンピラみたいな仕事だもんね」

「まったくだ。一方で、、もっと報酬を期待できそうな親をもった子がいる」
65 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [saga]:2012/09/10(月) 23:58:35.83 ID:/FPGOvtno

「巨乳の子?」

「誰だそれ」

「シャルロッテちゃん。ルクセンブルクからの留学生。
 お父さんが銀行さんでしょ」

 ルクセンブルク大公国は世界地図になると見つけることが難しい小さな君主国だが、
欧州圏の金融の集積地である。その銀行屋がもっている権威は日本のそこらの
都道府県知事など遠く及ばない。
 さらに、コピーには載っていないことだが、日本からセカンドハンドカー(中古車)を
仕入れる企業も血縁の中にいた。
 誰かに恩を売るとしたら、翼のコピーにいる顔ぶれの中ではこの留学生をおいていないのだ。

「狙いはその子だけど、巨乳なのか」

「翼ちゃんが『触りたい』ってコメント書いてたじゃない。身長163cmで91はかなりだよ。かなり」

「どうでもいい情報は読み飛ばすから……でも、このゲームの内容を考えるとどうでもいい情報じゃないのか」

「カズさんも高校の頃はおっぱいばっかり見てたでしょ。今はお尻だけど」

 俺は何も言わずに声のうるさい同居人の顔を見つめた。にこにこしている。

「女ってなやっぱりそういう視線はわかるのか?」

「わかるよ。どんなに偉ぶってる人でも見てるもんだからね。
 女が男のマジメぶった話を聞かないのは、むつかしいこと言っててもおっぱい盗み見るんだよなこの人って
思っちゃうからだもん。ありがたみもなにもない」

「怖いね」
66 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [saga]:2012/09/11(火) 00:12:27.95 ID:ObYIj01po

 軽く流したが、高校生の頃を思い出して考えるとメインヒロインとやらは翼ではなく
その外国の娘なのではないだろうか。
 25すぎるまでの白人の娘、その肌と瞳は人よりも画に近い。
 その上スタイルもよく、翼のメモによれば性格もおっとりして愛らしいようだ。

 順当に考えれば、この美少女ゲームとやらはそのヨーロッパの娘が勝ち、翼は消え、
俺のなすべきはその中で父親に恩を売ることなのではないか。

「いずれにせよ、翼の父親からは何もひっぱれないんだよな。
 医業の人間とはやめさせ屋で関わったことがあるけど、あれほど気分でノセにくい
連中もいないから。
 翼の父親をなんとか口説き落としたとしても、もう一段便宜を引っ張るところでは
内部から反発が出るのがありありと想像できる」

 シャルロッテ嬢に接触する。この与太話を信じさせる。
 父親に取り次いでもらう。この与太話を信じさせる。

 こちらの方が、失敗しても不詳の日本人にだまされかけたというだけで、
あとあとのリスクは少ないだろう。娘が留学を終えれば日本との縁は消える相手なのだ。

「よし、翼の方は断ろうか」

「あら、そうなんだ」

「本人いわくメインヒロインで唯一ゲームに気づいてる。ばかでもない。
 この上場外の支援があったら不公平にすぎるってもんだよ。
 それに、勝ち馬に乗るのは負け馬のどれに加担しても逆転できないとはっきりしてからにするべきだ」

「翼ちゃん、かわいそうに」

「かわいそうかな?」

「一人だけゲームに気づいてるってことは、一人だけ怯えてるってことでしょ」


 シフォンケーキは、ホットコーヒーを淹れなおして食べた。
 コーヒーを淹れるのは由真のほうが得手だったが、夕食前まで外出していたので仕方なく自分で手配した。
67 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [saga]:2012/09/11(火) 00:24:50.66 ID:ObYIj01po

 知らせた携帯に電話がかかってきたのは日曜の午後で、呼ばれるままに俺は
町外れにある植物園へと出かけていった。
 ここは町内にある薬科大学が管理しているもので、いわゆる植物園でありながら
薬用・食用の知識が詳しく記されている。

「ここ好きなんだ。静かで」

 翼は大きめのハンチング帽に豊かな髪をしっかりとまとめこみ、野暮ったい黒縁の
メガネをかけていた。それでも似合うのだから美人は得だということだろう。

「ノビル。食べられるんだよ。知ってた?」

「俺をいくつだと思ってるんだ。おじさんが子どもの頃は食べるものがろくになかったから
 子どもたちは疎開先でいつも野草を採ってたんだぞ」

「日本ってほんの三十年前にまだ戦争してたんだ。子どもたちがそれを知らされていないのは
 セイジカのインボウってことでいいのかな」

「口に出すとあたまがおかしいと思われるから、黙っていたほうがいいぞ」

「わかった、そうする」

「実際、子どもの頃はノビルもよく採ったよ。父親が辛子味噌で食べるのが好きでね。
 ただ子どもの俺は嫌いだったから、葉のかたちはすっかり忘れていた。
 思い出させてくれたのはここで、今になって食べてみたらうまかった」
68 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [saga]:2012/09/11(火) 00:49:26.66 ID:ObYIj01po

「お父さんもお母さんも、昔きらいでもおとなになると美味しくなるって言ってるのよね。
 お父さんは冬瓜で、お母さんはレーズン。
 あたししいたけが嫌いなんだけど、おとなになったら好きになるのかな」

「しいたけだったら好きになるだろうな。あんなにうまいキノコはそうはないから」

「そうなんだ」

「それにしても、お母さんがレーズンを克服したのはすごいことだ」

「そうかな?」

「レーズンは食べなくても問題なく生きていける食べ物だからね。
 昔嫌いだったとしたら、わざわざ食べようとは思わない」

 ずっと昔、一人の女がそう胸を張った。
 レーズンは嫌いでも困らないから、嫌いなまま生きていくと。
 いまでも見かけるたびに思い出して苦笑する。今もきっと嫌いなままなのだろう。

「ノビルはうまくなってたが、一緒に摘んだ女がツクシばっかり採ってね」

「あー、ツクシも食べられるんだよね」

「ツクシはあれだな。大人になってもうまくなってなかったな。子どもの頃から嫌いってわけじゃなかったけど」

 確かに苦味への拒否反応は和らいではいなかったが、そもそもツクシは食べてうまいものではないのだ。

「まあそれはともかくさ、時間ももったいないし作戦を立てたいの。
 ササ茶とヨモギまんじゅう食べられる喫茶店があるから行こうよ」

「行く必要はないよ」

「コピーとか広げるから」

「作戦を立てないから。お手伝いはしないよ。大人は忙しくてね」

 きれいな顔はとても傷ついたように歪んで、それから唇を強く噛んだ。
69 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [saga]:2012/09/11(火) 01:03:56.63 ID:ObYIj01po

「脅したりするのって嫌なの。
 おじさん大人なんだから、優しくしてくれてもいいとおもうな」

「どうやって脅す?」

「名前と手帳のコピーがあるよ」

「君は手帳に名前を書けなかった。俺は書けた。不思議だと思わないと」

 翼は口を引き結んでこちらをじっと睨むだけだった。
 たぶん、このことも想像はしていたのだ。
 だが、こちらが引き下がったから確認を怠った。
 油断をしない、というのはかくも難しい。

「名前を書けるってことは、名前を知られてもいいってことだ。
 君は俺の親戚だって職場に電話したって言ったな。嘘だね。
 俺は、どの現場でも偽名を使っていたんだよ。
 どの職場の同僚も、俺の緒川一博という名前は知らない。
 次の仕事も当然別の名前で受ける」

 翼は表情を変えずに睨むだけだったが、みるみる目がうるむのがわかった。
 こぼれる寸前に、シャツの袖で乱暴にぬぐった。

 下ろした手はそのままトートバッグに滑りこみ、戻った時持っているものを見て
俺は目を疑った。
 ICレコーダー。

「うその名前だったんなら仕方ないよ。こないだのお話の中身と
 コピーをばらまくだけで。広いネットの世界だったら実害ないと思うから安心してて」

 表情を整えながら、昨日の話を反芻していた。
 やめさせ屋について確かに話している。手帳のコピーとあわせてかつての現場にばら撒かれたら
どんな反応が起きるかわからない。

「脅したりするのって嫌なの。
 おじさん大人なんだから、優しくしてくれてもいいとおもうな」

 しばらく目をつぶってから、唇をゆがめて深く頷いた。

「わかった。優しくなろう」

「ありがとう。ごめんね」

 俺はなぐさめるつもりで首を振った。
 油断をしないとはかくも難しいものだった。
70 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [saga]:2012/09/11(火) 01:04:22.50 ID:ObYIj01po
マタミテネ。
71 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(宮城県) [sage]:2012/09/11(火) 01:18:13.99 ID:6kobqtebo
乙乙

なるほど、見知らぬ大人に頼るだけあってそれなりの用意はしてるか
72 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/09/11(火) 01:34:09.00 ID:+JhY3OCSO
怯えてるわりにはやるじゃないか、乙
73 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [saga]:2012/09/11(火) 01:37:21.85 ID:ObYIj01po
テイセイ

>>68
(誤)
 確かに苦味への拒否反応は和らいではいなかったが

(正)
 確かに苦味への拒否反応は和らいでいたが

誤変換程度ならいいけど、意味が変わってしまうのはさすがに。
74 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/09/11(火) 16:51:09.78 ID:DCEznsji0
クオリティ高いね乙
75 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [saga]:2012/09/11(火) 23:30:22.26 ID:ObYIj01po
ハジマルヨ。
76 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(宮城県) [sage]:2012/09/11(火) 23:35:51.27 ID:6kobqtebo
!?
77 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [saga]:2012/09/11(火) 23:55:30.69 ID:ObYIj01po

 メニューには星印がつけられていた。
 いわゆる味の視覚化というもので、スパイスカレーの店なら赤とうがらしで辛さを示し、
健康食を前面に推し出している店ではカロリーと脂質、繊維質の量を示しているものも見たことがある。
 ここでは絵はありきたりの星印で、しかし2色で塗り分けられている。
 説明を読むと
「食べやすい/飲みやすい」ものがオレンジ色の星印で1〜3個。
 逆が紫色の星印で1〜5個。

 飲みにくい5つ星は薬草を煮だした薬湯のようで、名前が『医食非同源』。小さな文字で下に
「あなたがおとぎ話の魔女に捕まったら飲まされる類の飲み物です」と書いてある。

 無性に興味を惹かれ、視線を上げると向かいに座った翼と目があった。
 しかし翼は逃げるようにメニューに視線を落とす。

 5つ星に興味を惹かれないような子だとは思わなかったが、と考えたところで思いついた。
 脅してここに来た身であることをまだ覚えているのだろう。俺はすっかり忘れていた。

「お嬢さん」

「翼でいいですよ。何?」

「ご馳走してあげるから、俺のオススメを飲んでみ」

「やだよ!」

 慌てて打ち切り、それでようやくわだかまりが解けたようだった。笑い声は軽やかになっていた。
78 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [saga]:2012/09/12(水) 00:00:57.84 ID:RGSuHp2so

「俺の仕事でな」

「やめさせ屋さん?」

「そう。仕事の内容は、やめさせる相手の存在意義を一枚ずつ剥ぎ取っていく事だ。
 当然相手も察して、こちらに警戒と敵意を向けてくる。
 それをできるだけやり過ごすいちばんの方法はなんだと思う?」

「えーと、他に代わりになるような何かをあげる?」

 俺は言葉を失った。

「あたり?」

「ハズレだ。でもとてもいいセンを突いている。
 人間は、何かを奪われたあとで代わりに差し出されたものには絶対に満足しないからね。
 それでは納得はさせられない」

「そうかあ」

「でも代わりの物を出す、というのは正しい。
 ちょっと違うのは、代わりの物をエサとして差し出して、狙いを手放させるという時に使う。
 いちばん多いのはアレだね。役員に昇進させる代わりに法的にクビにできない立場を奪うとか」
79 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [saga]:2012/09/12(水) 00:10:04.45 ID:RGSuHp2so

「さすが、おじさん性格悪いね」

「悪くなきゃつとまらない仕事だよ。
 で、話を戻すけど、相手から何かを奪った時」

「ごまかす方法?」

「正解は、笑い飛ばす。
 相手に支払わせたものを、大したことではないと笑い飛ばすこと。
 そうすると、手放したという失点を忘れたい一心で
 乗ってきてくれるものだよ」

「そ、そうなの?」

「やめさせ屋はね、職場に生産的なものをもたらさない人がいつもターゲットになる。
 そういう人間はマイナス思考なんだよね」

「ふーん。で、その話が?」

「今の翼も、俺にやったことが大したことじゃないと笑い飛ばすべきだってこと」

「あ」

 翼は目を見開いた。頬が一瞬で朱に染まる。
 コマ送りのような表情の移ろいが妙に懐かしかった。
 そうやってからかいがすぐ顔に出る女と一緒に歩いていたこともある。
 その女も自分も高校生だったから、つまり若さは毛細血管にたくさん血を運ばせるのだろう。

「そうする。ありがと」

「じゃ、翼の推測でいいからルール的なところを確認していきたい」
80 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [saga]:2012/09/12(水) 00:21:51.34 ID:RGSuHp2so

「ええとね……」

 おそらく説明するためにまとめてきたのだろう。翼の言葉は整理されていた。

 翼と速水翔太は現在高校二年生。
 最初に岡部あかねが消えたのが、2人が高校一年生だった9月。
 夏休み最後の部活動までの記憶があり、新学期には席も籍もなくなっていたという話だった。

「学校行事の区切りでフラグの計算が行われてるみたいなの。志乃さんは去年の冬休みが終わった時で
 みづきは春休みが終わって新学期が始まる時にいなくなった」

「ちょっと待ってくれ。その他の2人にも左前の絵を描いていたのか?」

「左前?」

「や、だから、絵だよ。君があかねさんを思い出すきっかけになったような絵を、2人にも?」

「ううん。きっとだけど、もう私は醒めたんだと思うの。特にきっかけもなく、いなくなったのに気づくから」

「そうなのか……。となると長い休み季節に1人ずつ、そのフラグというのが少ない方から消えていくのかな」

「でも、あたし学校のみんなを全員知っているわけじゃないよ」

 それはそうだ。
 消える時に手がかりを残さないのであれば、翼がもともと知らない人間がひっそりと消えた場合
翼はそれに気づけない。

 剛太の言葉を思い出した。
 
81 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [saga]:2012/09/12(水) 00:32:42.84 ID:RGSuHp2so

――問題解決型がメインキャラだとしたら、サブキャラはボーナスキャラって言っていいだろうな。

――ボーナス?

――最初から好感度はMAX近くにまで振れてる。なので序盤でフラグを建てさえすれば
   すぐにイベントCGを拝めるし、本命を口説けなかった時にその相手を選んでバッドエンドを避けられる。

――保険みたいなもんか。

――イベントも他のキャラの攻略を邪魔しない程度のもんだけど、その代わり期間がシビアだったりするな。

 翼は岡部あかねについて『速水翔太のことが好きだった』と説明した。
 つまり、岡部あかねは序盤でフラグを建てそこねたボーナスキャラだったのだろうか。

 であると仮定すれば、同じような立場の女の子がひっそり消えている可能性は高いと思ったほうがいい。
 そしてもう一つ、速水翔太がすでに誰かをクリアしているということも考えておくべきだった。
 翼が口走ったように、消去法でライバルを減らす方法では、翼の知らない誰かが最後に選ばれることもありうる。

「どうしたの?」

「悩んでる」

「何を?」

「ゲーム屋の友人から、美少女ゲームというものの仕組みは聞いた」

「勉強してくれてたんだね」

「状況を把握するにはあえてシステム的なものいいで考えるべきだと思うし、そう考えてる。
 けれどそれを、関係者の君に聞かせるのは生々しすぎてショックだろうかとね」
82 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [saga]:2012/09/12(水) 00:48:03.26 ID:RGSuHp2so

「大丈夫」

 気負わず、困ったような、穏やかな笑顔だった。何か持て余しているようにも見える。

「なんでこんなことが、なんであたしがってずっと泣いてたんだよ。
 それで落ち込むところまで落ち込んだからもう平気」

「そうかね」

 強がりだろうが、あくまでシステムとして推測を話すことにした。
 すでに誰かとクリア条件を満たしているかもしれない、という言葉には顔が激しくこわばった。
 そこで、当たり前の疑問に思い当たった。

「翼はどうして、自分も参加していると思っているんだ?」

「え?」

「そういうゲームが行われているとして、参加していたかどうかはっきり分かるのは
 消えた時だけじゃないのか? どうして翼は確信してるんだ?」

「頭がおかしくなったから」

 自覚があったのか、というとっさの感想はもちろん口に出さなかった。
83 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [saga]:2012/09/12(水) 00:50:11.50 ID:RGSuHp2so
体調悪し。マタミテネ。



全レスするといい、と某所で聞いたのでレス返します。

>>71

ありがとう!

>>72

ありがとう!

>>74

ありがとう!

多分全レスとはこういうことではない。
84 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(宮城県) [sage]:2012/09/12(水) 00:54:58.99 ID:pfZpHZKDo
乙乙
サブキャラなのにヒロイン並みに可愛い時ほど対応に困るものはない
85 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/09/12(水) 02:02:39.75 ID:5BsjMBLB0
ワロタwwww乙
86 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/09/12(水) 10:14:14.72 ID:tlXi3lNPo
乙AND期待シエンタ
87 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/09/12(水) 21:03:58.64 ID:41zU3bO8o
おつー
88 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/09/12(水) 21:05:19.54 ID:tGqLV0wbo
ハジマルヨ。

>>84
 ありがとう!

>>85
 そして、ありがとう!

>>86
 あり
 ……シエンタってなに。
89 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/09/12(水) 21:18:39.14 ID:tGqLV0wbo

「具体的には?」

「え?」

「記憶力や計算能力が衰えたりとか? 頭がおかしくなったというのは」

「何言ってるの?」

「頭がおかしくなったといってもいろいろあると思ってね」

「そういうんじゃないよ。まともな判断ができなくなったってだけ」

「まともな判断」

「そうじゃないと、翔太を見て私が、こう、どきどきするわけないもん」

「それは、速水翔太に失礼じゃないのか? もともともてるタイプの男の子なんだろう?」

「それにしたって成績は、まあ、私と同じクラスにいるから最悪ってほどじゃないけど
 それでもクラスではビリの方だし、スポーツとか何かできるわけでもない。
 顔は……まあかっこ悪くはないけど西島くんに比べたら全然だし」

 西島三綱。翼と速水のクラスメートとして手帳に書かれていた一人だ。地域一帯で土地をもって
運用している資産家の一人息子。温厚快活な優等生という。翼よりよっぽど恩を売りたい相手である。

「だからって惚れないわけでもなかろうに」

「でもおかしいよ、好きになるわけないよ。
 眼の前に出たら言葉が出なくて笑えなくなって、でも見かけないと気になって。
 これ、絶対気持ちを操作されてるんだよ。ゲームに巻き込まれて。
 だってそうでしょ? そういう無茶でもしない限り、女の子が何人も好きになるわけないじゃん。
 たで食う虫もなんとやらだから集中するわけないじゃん」
90 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/09/12(水) 21:34:13.13 ID:tGqLV0wbo

 まさに男女の間はたで食う虫も好きずきだから、上流階級のお嬢様である翼が
商店街の果物屋の息子である速水翔太に恋することが十分有り得るわけなのだが。
 当然お嬢様は自家撞着には気づいていない。気づけるわけがない。

 だが、ここで言っても始まらないことだ。

 ゲームがあると仮定して話を進めているのだから、翼もそれに参加しているとして
動くしかないのだ。人間が消えたと思っている翼にとって、俺が何を言ったところで
努力しない言い訳にはならないはずだった。

「まあいいか。それぞれフラグを立てて、その精算のタイミングはおそらく長期休暇の終了時」

「長期休暇だなんてあたしたちは言わないよー」

「そうか、夏休み冬休み春休みだったな。いいねえ。聞いた話だと、高校生のガキどもは
 8月はまるまる一ヶ月間休みらしいな」

「おじさんの時だってそうだったでしょう? お父さんもお母さんもそうだったよ?」

「まあ俺は前の戦争で疎開してたから、毎日がやす」

「まだ言ってる。そういえばさ、おじさんいくつなの? お父さんよりは若い感じだな」

「翼の父親が俺より年下だなんて考えたくもないな。こっちは嫁もなくアテもないのに」

「いくつなの?」

「36だよ」

「ママとおんなじだ! お母さん、ハタチくらいの時にあたしのこと妊娠したんだ」

「おい。やめろ。本当に落ち込む」

 衝撃は顔にも表れていたのかもしれない。翼は大きく口をあけて笑った。
 周囲の客の視線に気がついてうつむいたが、肩は小さく震えている。
91 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/09/12(水) 21:47:55.78 ID:tGqLV0wbo

「あー、おっかしい。あたしたち年の離れたカップルに見えてるのかなって思ってたけど
 親子なんだね、きっと。」

「兄妹じゃなかったか」

「それは絶対にないよー」

「よし、この話はなかったことにしようか」

「そっか。じゃあ帰って音声と手帳コピーするね」

 俺はせいぜい目に力をこめて睨みつけた。翼は目を細めて笑っているだけだった。
 どうやら気後れは取り払えたらしい。
 どうせ手伝いをすると決めているのだ。へんにうじうじされてもやりづらい。

「じゃあ医食不道源でも飲んでもらおうか」

「それくらいならお詫びのしるしに。あたしもちょっと気になってたんだ」
92 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/09/12(水) 22:13:05.45 ID:tGqLV0wbo

 飲みにくい方に5つ星の注文は、店の女の子にとってはよくあるものらしい。
 予想に反して制止もなく笑顔で去っていった。

「どんな飲み物かな! ここが好きな友だちがいてね、その子と話してたんだ。
 でも1杯1500円でしょう? あたしたちじゃ頼めなくてさ」

「値段見ずに頼んでたけど、そんなに高かったのか」

「ごちそうさまです!」

「まあいいが、――どうした?」

 翼は眉をひそめてスマートフォンをいじくっていた。
 笑顔はどこかに去り、唇を引き結んで、こめかみが神経質に震えている。

「メールが」

 声は震えていた。

「変なメールでも来たのか?」

「メールがなくなってる」

 顔を上げてこちらをみるも、瞳は落ち着かなく揺れている。
 本当に動揺しているのだということがわかった。

「その友だちからのメールがなくなってる。メモリーからアドレスがなくなってる」  
93 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/09/12(水) 22:23:23.31 ID:tGqLV0wbo

「なくなった? 消したのではなく?」

 翼は小さく首を振った。

「4人が消えた時と同じだよ、これ。始業式じゃないのに」

 始業式どころか6月だった。長い一学期の真ん中を過ぎたあたり。

「何かの手違いで消えたんじゃないのか? 他に消えている子はいないか?
 メールアドレスをキーに送受信メールを消したりアドレスを消すなんて
 例えばバグだったりウィルスだったりいくらでも考えられるぞ」

「そ、そうなの?」

「携帯のデータなんてあやふやなもんだ。とりあえず確認した方がいい」

「確認?」

「共通の友だちに電話してみろよ。で、その子のことを聞いてみる」

「う、うん」

 空つばを飲み込み、じっと液晶をにらむ。指は動かなかった。

「おじさん、怖いよ」

「察するよ」
94 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/09/12(水) 22:30:11.66 ID:tGqLV0wbo

「怖い」

「あのさ」

 勢い良くあげた顔は幼児のような表情で、初めてこのお嬢さんを愛らしいと思った。
 こういう顔をいつも見ているのなら、友人たちが娘を溺愛する気持ちもわかる。

「大人はこういう時代わりにやってくれないぞ。それは親だけだ」

「そ、そうだよね。あたしが聞くしかないよね」

「聞けないならしょうがない。むりにやらせることもしない。
 君がこういう時には電話をできないものとして、これからの計画を修正するだけだ。
 だからまあ、おとなと何かやっていく時は歯を食いしばってやったほうがいいな」

 首を上下に振ったが、理解のしるしか筋肉が動いているだけかいまいち判断がつかなかった。

 細い長い指で液晶を名乗り、止まり、再びあげた顔はいくぶん強い。

「ごめん。隣の席に座ってくれる?」

 無言で従う。それが勇気づける結果になったのか、呼び出し音がかすかに漏れ聞こえてきた。

「あ、久郷さん? 秋野です。ごめんね、ちょっといい?」
95 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/09/12(水) 22:38:08.32 ID:tGqLV0wbo

 遠く聞こえるのは甲高い早口の女の子の声。

「来月のお芝居だけどさ、チケット4枚でいいんだ……あれ? 3枚?」

 数字を言う震えは受話器の向こうに伝わるのだろうか。他人事ながら心配になる。

「私、久郷さん、マキちゃん……だけだっけ、そっか。そうだったよね」

 4人で立てた計画だったのだろう。

「うん、大丈夫。今日これから買おうと思ってたから。大丈夫。
 でも電話してよかった。ありがとう。また明日ね」

 通話を切って、翼は長い間黙り込んでいた。緑色の煮汁のようなものが運ばれてきた。 

 運んできたウェイトレスは注文には慣れっこだったのだろうが、
関係が今ひとつわからない大人と女の子が、これまでの向かい合った席を変えていることには
いぶかしく思ったのかもしれない。
 まだコーヒーがそのままになっている俺のもとの席に置くか、俺の目の前に置くか迷ったようで
翼の前に置いて下がっていった。

「マキちゃんも消えちゃった」

「そうか」

 元いた席に戻ろうと腰を浮かす。
 思いがけない速さでその袖が掴まれ、浮いた腰は撃ち落された。
96 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/09/12(水) 22:39:33.78 ID:tGqLV0wbo
マタミテネ。

テイセイ。

>>95

「マキちゃんも消えちゃった」
97 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/09/12(水) 22:41:03.31 ID:tGqLV0wbo
マタミテネ。

テイセイ。

>>95
(誤)
「マキちゃんも消えちゃった」

(正)
「その子も消えちゃった」

98 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/09/12(水) 23:08:49.71 ID:5BsjMBLB0
マキちゃん唐突に消えてびっくらこいた、うち間違いか
99 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [saga]:2012/09/14(金) 00:26:45.86 ID:hic6mG97o
ハジマルヨ。
100 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [saga]:2012/09/14(金) 00:36:21.98 ID:hic6mG97o

「最後にその子がいたのはいつだ?」

 翼は言葉が耳に入っていないように、スマートフォンを操っている。
 その友人の痕跡を探しているのだろうか。

「全員が速水君とフラグを立てて、精算が長い休みの終わり。
 どう考えても今日は何かの区切りじゃないから、その仮定が間違っていたと考えた方がいいか」

 やはり何も答えず、液晶をにらむ顔からは血の気が引いていた。

「ゲームに詳しい俺の友人は、容量をケチるために可能性がなくなったキャラは退場させると言っていた。
 フラグの精算を待つまでもなく、即座に退場になるようなことが起きたんじゃないのか?」

 聞いてはいたようだった。液晶をなぞる指が止まった。

「消えた子、かすみっていうんだけど」

「うん」

「仲のいい友達がいて、その子があんまりよくない噂があって」

「よくない噂?」

「金曜とか土曜とか、化粧してクラブに行って遊んでるとか」

 それがよくない噂になるのか。年寄りはしたり顔で最近の若者の愚痴を言うが、
少なくともこのお嬢さんの通う学校では善良な高校生が育っているようだ。
101 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [saga]:2012/09/14(金) 00:45:05.92 ID:hic6mG97o

「美少女ゲームってあたしもいくつかやってみて勉強したんだ。
 それで思ったんだけど、そういうのやる男の子って女の子には要求が厳しいんだよね」

「というと?」

 翼はぎょっとしたように顔をこわばらせて、また顔を染めた。

「だから、こう、他の男の子とどうこうってのが嫌だって」

「処女願望か」

「そ、そう、それ」

 友だちに連れられてクラブに遊びに行った女の子。
 格好のいい男に持ち帰られることなど当たり前のようにあるだろう。
 だが、ゲームの参加条件に処女であることが含まれるなら、
翌朝になって男は自分が一人でホテルにいることを発見するのだろうか。

 もちろんプレイヤーが処女性を求める相手はそれが相応しい相手だけだろう。
 例えば社会人である女教師が未経験だということを求めるほど夢見がちなはずはない。
 そういった制限はあるにしても、ゲームに参加する上で
はっきりさせておいたほうがいいルールだった。

「ま、その不味そうな野菜汁を飲みなさい」

「気持ち悪い」
102 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [saga]:2012/09/14(金) 00:52:39.07 ID:hic6mG97o

「いいから。薬だと思って」

「薬?」

「麻薬だと思って」

「え?」

「材料を見た。たんぽぽの茎も煮だしていて、つまりアペリンという成分がある。
 アペリンは即効性のある化学成分で、一時的に血管を拡張する薬効があってね。
 多幸感、全能感を強く感じるようになる」

 翼は野菜汁と俺の顔を交互に見比べた。

「なんでそんなこと知ってるの?」

「俺の最初の職業はMRなんだよ。君のお父さんのところにも同僚が行ってた」

「MR?」

「あれ? 医者の食卓では俺達の存在は話題にのぼらないのか。
 MRってな製薬会社の営業で、病院を回って薬を売るのが仕事だ」

「そうなんだ」

「そこで雑用でかなり漢方学の知識は増えた。それにそのあと、
やめさせ屋で薬剤特許の調査会社にも務めたしな。そこは手強くて1年半いた」
103 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [saga]:2012/09/14(金) 00:58:26.77 ID:hic6mG97o

「ま、俺の過去はともかく、強いショックを受けてるのなら
 深呼吸をするより薬を投与したほうがいい。
 今日はこのまま帰って家で心を落ち着けるか?
 それともこの習慣性のない麻薬の力を借りるか?」

 翼はおそるおそるという風に緑色の煮汁がはいったカップを取り上げると
まゆを潜めたまま口をつけた。
 飲み干したカップには半ば固形物となっている緑色のスライムがこびりついていて
本当に商品なのかと呆れてしまう。

「ほんとだ。すぐになんか元気になってきた」

「薬ってのは本来そういうもんだ。症状がある時、それを解決するものだけを摂る。
 普段からいりもしないのに飲んだり、大事な時に飲まなかったりするから
 効果がみくびられている」

「でも、こんな効果のあるものを喫茶店で出していいの?」

「医者は、自分の中のヒポクラテスと折り合いがつけば相当無茶をするから」

「まあいいや。助かった」

「話を続ける?」

「うん」
104 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [saga]:2012/09/14(金) 01:04:27.13 ID:hic6mG97o

「最初から最後まで仮設だらけなんだから、これも仮設でいくね。
 かすみが消えちゃったのは、バージンじゃなくなったからだと思う。
 ばかだよ。クラブでナンパされたのかな」

「何が起きたかはもうわからない。それより君の意見が聞きたいんだけど
 速水翔太は自分の境遇を理解していると思うか?
 つまり、プレイヤーは速水翔太本人なのか?」

「あたしは、違うと思うな。
 境遇を知ってるってことは、ルールを知ってるってことじゃない?
 自分がフったら相手が消えちゃうってなったら、
 翔太だったらなんとかしようと思うはずだから」

「いい子なのか」

「正義感みたいなのはあるんだよ」

「俺が見せてもらったゲームは主人公の一挙手一投足まで操っていたが、
 そうじゃないタイプかもしれないな。
 大事な行動だけを支持して、あとは小説やマンガを眺めるようにしている」

「あたしもそんな感じがする」
105 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [saga]:2012/09/14(金) 01:11:38.68 ID:hic6mG97o

「一つの方法として、速水翔太を物理的に退場させてみるのはどうだろうか」

「どういうこと?」

「ルートが途切れたキャラを消すのは、容量の問題だと友人は言っていた。
 もしそうなら、このゲームを維持するだけでシステム側のリソースはカツカツなんじゃないかと思う。
 そこで主人公が大怪我で一年入院なりしてゲームが続行できなくなった場合
 不要になった女の子たちをいちいち消すだろうか?
 どうせ誰にも気づかれていないのだから、そのまま手放すんじゃないか?」

 翼は腕を汲んで考え込んだ。

「そういう発想は出てこなかった。でも、だめだよ。翔太をひどい目に遭わせるなんて」

 俺は答えずに立ち上がって向かいに戻った。
 翼は一瞬心細そうな翳を浮かべたが、すぐに唇を引き結んだ。

 タンポポの茎に彼女に説明したような薬効などない。
 俺がMRの経験で学んだのは、プラシーボは実際にあるということだ。

 薬のせい、という言い訳を与えられた翼は普段なら隠すことも自制が緩むはずだ。
 いい機会だ。

「それにしても、冷静に考えれば考えるほど与太話だな」

「そこを疑ってたら何も動けないんだよ。信じてよ」
106 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [saga]:2012/09/14(金) 01:17:52.41 ID:hic6mG97o

「君のおどろきの物語をすべて信じるとするとだな、君を勝たせるために俺がすることは簡単だ。
 頭と懐が残念な男を数人雇ってその子たちを襲わせりゃいい。
 処女でないってのは欠格事由なんだろ?」

 女子高生は首を少しかしげた。

「ケッカク……ジユウ?」

「ああ、ふつう使わない単語だな。
 失格になるってことだ」

「漢字は……ああ、資格に欠ける、ジユウは事由か。
 おじさんって難しい言葉使うんだね」

「俺も頭は残念だからな。相手の知識に合わせてとっさに言葉を選べない」

「まあいいや、そうだよ。けっかくじゆうだよ。
 あたしみたいに高校生以下のキャラにとっては処女大事」

 じっと瞳を見据える。ほんの10分前には考えられない強い光が覗き見える。
 魔女が作っているようなスープは本当に目の前の娘からためらいを奪ったようだ。


 それから1時間、目標と当面の動きについて話し、別れた。
 
107 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [saga]:2012/09/14(金) 01:32:39.76 ID:hic6mG97o

「お帰りー」

 マンションに戻ると由真がパソコンの前から声を上げた。

「剛太がくれたゲーム、面白いよ。
 2人攻略した」

「プレイは何回目?」

「3回目」

「1回目は何人?」

「1回目は一人寂しく3学期を迎えましたよ」

 やはり、初回だと誰もクリアできないものなのか。
 そして翼の難易度はかなり高いはずだ。王道のヒロインらしき立ち位置、風貌なのだ。

 俺は、コンピュータ関係の道具がおさめてある引き出しを開いた。
 今はもう使わないが、まだ実用には耐えるものだ。
 探していたICレコーダーは思った通りなくなっていた。

 翼が取り出したICレコーダーは、3年前の製品だ。
 それを翼が持つシチュエーションはあまり考えづらいのだ。
108 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [saga]:2012/09/14(金) 01:36:11.27 ID:hic6mG97o

 3年前に自分で購入したか? 13才の女の子が?

 父親は医者であり、医療訴訟への対応として説明内容を録音するのは
確かに数年前からの流行りである。
 だが、静かな診察室であればあの製品で充分使えるはずだ。
 最新式に買い換える必要があるとは思えない。
 さらに使い古しを娘に与えるとも思えない。 

 由真は昨夜でかけていた。
 そして家の同型のICレコーダーがなくなっている。

 さらに言えば、植物園で俺が「同居人」について話した時
好奇心旺盛であるべき女子高生が食いついてこなかったことも違和感だった。

 俺が協力するように仕向けているのか?
 この荒唐無稽な与太話を、あの会話の録音だけで信じた?
 普段の性格からすると想像しづらい。

 いずれにせよ、松下も何か自分の意志で動こうとしているらしい。
 そしてそれを俺に明かすつもりもないようだ。

「女ってのはどうしてこう……」

 愚痴は自然に口から漏れた。
 どうしてこう、男を信じて任せようと思ってくれないのか。
 

 そんなことだから美少女ゲームなんていうものができるかもしれない。
 
109 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [saga]:2012/09/14(金) 01:37:29.96 ID:hic6mG97o
マタミテネ。

少し更新空くかも。全然この先考えてない。
110 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/09/14(金) 01:59:15.80 ID:Zw9W8A2eo
面白いな、これ
乙ー
111 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/09/14(金) 08:15:19.25 ID:r9cb6AVDO
お、>>1の会話が
112 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(宮城県) [sage]:2012/09/14(金) 11:45:25.06 ID:7i5aB3TMo
乙乙
時間の針が冒頭に辿り着いた
113 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/09/14(金) 14:41:34.29 ID:/JARWgS8o
面白い、おつ
114 :1 ◆iJxSqX4j7E [saga]:2012/09/15(土) 22:54:48.73 ID:k7o+svdao
ハジマルカナ
115 :1 ◆iJxSqX4j7E [saga]:2012/09/15(土) 23:11:19.66 ID:k7o+svdao

 赤という色には人間の本能やらを直撃する効果があるらしい。

 それがカウンターに置かれ、お盆に運ばれるあいだずっと、俺は目を離すことができなかった。
 円錐を逆にしたガラスの器に見えるのは赤紫と白の地層。
 グラスからはみ出るように白い山が築かれ、その上に赤い玉が4つ乗っていた。
 や、玉ではなく珠というべきだろうか。つやつやと美しい、季節の果物だった。

 白い開襟シャツと紺のスラックスは休憩の勤め人に見えるだろう。
 その中年男がまじまじと眺めていた様子は滑稽だったのかもしれない。お盆を運んでいた女の子と
目が合うと、耐え切れないように吹き出した。
 その様子を見て降参することに決めた。

「こっちにさくらんぼのパフェ1つ」

「はい、季節のパフェ1つ。おいしいですよ!」

「そう見えた」

 ほどなくして持ってこられたグラスを前にして、しかし困ることになる。
 もともと甘いものを好んで食べることはないのだ。由真と出かけた時に付き合いで店に入ることは
よくあるが、その時もパフェは頼んだことがない。
 ミルフィーユもタルトも頼まない。器用に食べないと破壊してしまいそうなお菓子は避けるようにしていた。
パフェの場合はグラスからあふれるばかりにトッピングが積まれているところが難しい。

 とりあえず写真を撮ることに決めた。一週間が始まり、同居人は眠そうな顔で仕事に行った。
気だるい午後3時に甘いものの写真を見て、少しでも悔しがってくれたらいい。

 スマートフォンのシャッター音に顔をあげたウェイトレスの女の子がもう一度吹き出した。
 変なサラリーマンが来たと思ったことだろう。

 彼女の名前は雨宮ちはるという。俺が名前を知っているなどとは当然考えもしないだろう。
116 :1 ◆iJxSqX4j7E [saga]:2012/09/15(土) 23:21:38.54 ID:k7o+svdao

 昨日の午後、植物園の喫茶店で翼と今後の方針について話し合った。

 彼女も俺も美少女ゲームというものについては全くの素人といっていい。
 彼女はいくつかゲームをクリアしただけだし、俺は剛太に話を聞いただけだ。

 それでも翼と俺とでは根本的なところで認識が違っていた。
 翼は、ライバルを退場させれば消去法的に自分が選ばれると考えている。

 俺は違う。俺は翼よりも、ゲーム業界で生きている剛太の方を信頼している。
 そして剛太が言うには、誰とも結ばれずに終わることは珍しくはないという。

 もらったゲームをプレイした由真も1回目では誰も攻略できなかったというし、
つまり翼も選ばれずに終わる可能性が高いのだった。

 速水翔太を誘導して、翼との関係を進める上での問題をクリアさせること。
 その上で、他の女の子との間が進展しないように妨害すること。

 結局はその2つを同時並行で進めていくことに決まった。

 翼自身の問題について、翼には心当たりがないという話だったが、それも信じていない。
由真が見かけたという男のことを、彼女は俺に話していない。
 一緒に出かけていい笑顔を見せたという男性のことを。

 知らせようと思いつかないのか、必要がないと判断したのか、知らせたくないのか。

 前2つは考えにくい。
 そして最後の1つである以上迂闊に刺激はしない方がいいだろう。

 翼については当面やれることがない、ということだった。
117 :1 ◆iJxSqX4j7E [saga]:2012/09/15(土) 23:30:15.85 ID:k7o+svdao

 そのため今、この喫茶店にやってきている。店の名前は『パーラー速水』
 速水翔太の実家である青果店と併設して営業している店だった。

 オーナーは速水翔太の父親。
 店長はその妹、つまり速水翔太の叔母にあたる女性だった。
 夫と死別し独身で、しかし姓は速水に戻していない。

 そのため娘の姓も雨宮で、店名と違うのはそういう事情だった。

「いらっしゃいませー!」

 扉が開く音にかぶせるように、厨房から明るい声が響く。
 店内は決して広くはないけれど、小さな身体は悠々と泳ぐように新しい客を導いた。
 さくらんぼのシャーベットとクリームを口に運びながら、その様子を眺めていた。

 彼女がもっとも手ごわいと翼が感じているライバルだという。
 タレ目が愛嬌のある顔立ちに滲み出る快活さはそれをうなずかせるものがあった。
118 :1 ◆iJxSqX4j7E [saga]:2012/09/15(土) 23:40:38.79 ID:k7o+svdao

 家の手伝いをするため、部活には入っていない。
 翼の通う有名私立を選んだのは、ただ歩いていける距離だからと翼の手帳には書かれていた。
 そのぶん店の手伝いをするのだと。

 成績は学校の水準ギリギリで、翼や速水翔太の優等生とは違うクラスにいる。
 翼の手帳からわかることはその程度だった。

 いや、と思いだしてコピーを閉じたバインダーを取り出した。
 彼女の場所ばかり目を通していたが、速水翔太のところに気になることが書いてあったはずだ。

 速水翔太もまた、父親の離婚で母親がいなかった。
 父が叔母を招いた背景には、子育ての手助けを得る目的もあったのかもしれない。

 彼女が強烈なライバルであることは疑う余地がなかった。
 人間は側にいるものを愛するようになるとは不変の心理なのだから。

「今は兄妹みたいな空気なんだけどね。ちはるも翔にい翔にい言ってるし」

 翼の言葉に自分を安心させようとしている不安さがあるのは当たり前のことだろう。

 2人をしてお互いを異性と意識させないこと。
 できればちはるの方に恋人を作らせてしまうこと。

「人気あるからね、ちはる。狙ってる男子はたくさんいるのよ。でも店があるからって笑ってるの」

 どういう方針にするにせよ、まずは顔を見るのが今日の目的である。
119 :1 ◆iJxSqX4j7E [saga]:2012/09/15(土) 23:49:44.42 ID:k7o+svdao

「お水おかわりお持ちしましょうか?」

 ノートパソコンから顔を上げると、にこにことした笑顔に照らされたような気がした。

「ああ、お願いします。や、頼まないと悪いかな。コーヒーおかわりで」

「ありがとうございます! コーヒーおかわりー!」

 声は高く、といって尖っている感じはない。
 風鈴を鳴らすようで、語尾が店に溶けていく。
 店内を静かに流れる音楽はピーター・ポール&マリーだった。

 偵察のつもりだったがいい店を見つけたようだ。
 カモフラージュとして用意してきたノートパソコンでの調べ物も思いの外はかどっていた。


 調べ物に集中していた落ち着きを、騒音が破った。

「あの、困ります」

「いいじゃんお客さんもいないんだし。こっちに来て話そうよ」

 困り顔のちはると、それをにやついた笑顔で見上げている二人の男。
 生地が安っぽいスーツと、明るく染めた髪からしてまっとうなサラリーマンとは思えない。
 偏見から、先物取引か宝飾品取り扱いの営業と目星をつけた。

 ちらりと厨房に視線を送ると、先程までいたはずの女性、おそらくちはるの母の姿が
なくなっている。

 店内には2人の失礼な客、ちはる、俺だけだった。
 だから2人も失礼な真似に及んだのだろう。
 
120 :1 ◆iJxSqX4j7E [saga]:2012/09/16(日) 00:00:12.11 ID:pU2/HZhIo

 ちはるの困り顔を見て鼓動が早まった。
 ずっと昔の光景が思い出される。未だに頭を掻き毟りたくなる数々の失態の一つである。

 先物取引あるいは宝石屋のチンピラ2人はどちらも若く、俺よりは体力がありそうだ。
 腕力に訴えられたら1人相手でもかなわないだろう。

 ちはるのことや家のことをこれから調べなければならない都合上、あまり深く関わるのもまずかった。
 つまり俺は見て見ぬふりをするべきなのだ。
 そうこうするうちに母親が戻ってきて、店長ならば如才なく処理するに決まっている。
 見て見ぬふりをするべきだ。

 そう言い聞かせて、俺は立ち上がった。喉がかわき、視界が狭く、膝が震える。
 歩くのかよろめくのかはっきりしない足取りで3人のところに向かった。

「なんだ? ガキが」

 俺が近づくより早くチンピラが脅すような声を上げた。びくりと足が止まる。
 目の前にもう1人、まだ男の子と言った方がいい年の頃の男がやってきている。

「翔にい!」

 嬉しそうなちはるの声。
 つまり、これが速水翔太なのだ。
121 :1 ◆iJxSqX4j7E [saga]:2012/09/16(日) 00:08:28.93 ID:pU2/HZhIo

「おじさんたちさあ、ここは喫茶店であってそういう店じゃないんだから」

 速水翔太は俺よりもチンピラ2人よりも背が高く、180を少し超えるくらいだろうか。
 細身に見えるが首は太く、美男子ではないがかわいげのある顔が乗っている。

「女の子の前でかっこいいとこ――」

 チンピラの一人の言葉が途切れた。速水の大きな手がその手首を握っている。

「いてえ! 放せ! 放せよ! 折れる!」

 俺ともう1人のチンピラは呆然と眺めていた。
 俺はともかくチンピラBとも言える彼は、仲間の窮地をすくうべきではある。
 しかし、手を出せない彼を攻める気はしなかった。

 だれだって、自分より強いとわかる人間に挑む勇気はなかなかもてないものだ。

 速水がのんびりと伝票を読み上げ、チンピラBが震える手で料金をテーブルに置く。
 これまたおろおろとしていたちはるにそれを数えさせてから、速水はチンピラ2人を店から追い出した。

 俺は平静を取りつくろいながら、目立たないように席に戻った。
 目の前で行われた暴力の現場に鼓動は最近ないほど激しく打っている。

「ありがと、翔にい」

「大したこっちゃねえよ」
122 :1 ◆iJxSqX4j7E [saga]:2012/09/16(日) 00:16:52.10 ID:pU2/HZhIo

「ううん、ありがと。怖かった。翔にいが来てくれなかったら、私」

「いや、大丈夫だったろ? あっちのお客さんも助けに来てくれてたし」

 2人の顔がこちらを向いて、私はあわてて手を振った。

「おじさん、すごい怖い顔だったよ。俺が助けなかったらあいつら病院送りだ」

「や、やめてくれ」

 お冷のグラスをつかんだが、手が震えて水をこぼしてしまった。

「喧嘩なんかしたことがないし、身体も動かないんだから。
 君が来てくれなければ病院送りは俺だったよ」

「かっこいいな!」

 速水は嬉しそうに笑った。男の俺もいい気分になる素直な笑顔だった。

「おじさん、弱いのにちはる助けようとしてくれたんだ!
 かっこいい大人っているんだなあ」

「そ、そんないいものじゃない。やめてくれ」

 ちはるがお冷を変えてから深く頭を下げた。
 俺は逃げ出したい気分だった。
 
123 :1 ◆iJxSqX4j7E [saga]:2012/09/16(日) 00:19:52.63 ID:pU2/HZhIo

「えと、叔母さん探しに来たんだけど、家のほう?」

「うん」

「あら。じゃあ行くわ。おじさん。ありがとね」

 まだ震えるように頷いた。
 速水はカウンターの向こう、厨房の中に消えていった。
 併設している喫茶店の厨房と彼らの家はつながっているのだろう。

 いろいろな感情が渦巻いて、俺はこの上なく混乱していた。
 あやうく暴力沙汰に巻き込まれそうだった恐怖。
 また、女の子を助けることができなかったという後悔。
 速水という渦中の男子に関する紛れも無い好意。

 そして、翼への同情。

 従兄妹同士の2人をして、お互いを異性として意識させないこと。
 ちはるに関する基本方針の一つとして翼と同意したことだ。
 今やそれは虚しい目的になっていた。

 なるほどこれが、恋をしている女の顔なのだな。
 厨房の奥をいまだ見送るちはるの顔を見て、俺は内心のため息と一緒にそう思った。
124 :1 ◆iJxSqX4j7E [saga]:2012/09/16(日) 00:22:17.30 ID:pU2/HZhIo
マタミテネ。

//お礼

いつも乙ありがとうございます。皆様のおかげで書けてます。

ところでお願いですが、「このSSを読んでいる人は、他にこんなSSを読んでいます」を知りたく思いました。

他にチェックしているSSがあったら、あるいは完結したけれど面白かったものなどありましたら
教えていただけたら幸いです。
125 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(宮城県) [sage]:2012/09/16(日) 00:34:43.55 ID:b8wXfJlEo
乙乙
速水くんが予想よりなよなよしてなくて、むしろ好青年だったのに意外
126 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/09/16(日) 00:49:09.64 ID:HJB+HttSO
乙、地の文有りも無しも読むからなぁ。
小説形式も読みますね。

スレ名については宣伝スレとかがあるから…

127 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) [sage]:2012/09/16(日) 02:27:42.99 ID:SnbON+VQo
地の文が多い奴とか結構好み
128 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/09/16(日) 03:53:08.67 ID:5kdRp749o

こういう、草臥れたおじさん系好きだ。大好き
地の文から風情がでてていいよね。喫茶店で待ち合わせして、文庫本読んでる気分

スレ名じゃなくて小説でいいなら、北方謙三のハードボイルドとか大沢在昌、冲方丁とか好き
後は、ラノベだけど「武装神姫 LOST DAYS」ってのもおっさん主役でよかったなぁ
129 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2012/09/16(日) 04:21:46.36 ID:DrNs2BA8o
ルールがあるのが好きかな
てかこれおっさんにフラグ立ったんじゃ
130 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2012/09/16(日) 04:21:46.35 ID:DrNs2BA8o
ルールがあるのが好きかな
てかこれおっさんにフラグ立ったんじゃ
131 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2012/09/16(日) 04:22:29.52 ID:DrNs2BA8o
連投失礼
132 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/09/16(日) 08:29:28.39 ID:eXk9GYJDO
乙。



>>1の希望とはいえ
よそのスレ挙げるのはちょっとためらうな…
133 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/09/16(日) 09:14:13.52 ID:8+fqlhTC0
>>130
ホモは勘弁
134 :1 ◆iJxSqX4j7E [saga]:2012/09/16(日) 22:06:11.19 ID:73fo8Z8Ro
ハジマルヨ。
135 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(宮城県) [sage]:2012/09/16(日) 22:16:16.94 ID:b8wXfJlEo
!?
136 :1 ◆iJxSqX4j7E [saga]:2012/09/16(日) 22:20:37.91 ID:73fo8Z8Ro

 本当なら2時間は粘るつもりだったが、居心地が悪くなって喫茶店から逃げ出した。

 雨宮ちはるは2回頭を下げた。料金を支払う客に対するものと、自分の窮地を助けようとした恩人に対するものと。
 彼女が俺の無謀な行動を見ていたはずがない。速水翔太のことは全面的に信頼しているらしい。

 梅雨時の空は今にも水滴を落としそうで、疲れた肩にのしかかるよう。
 もう一箇所だけ寄って今日は切り上げることにした。

 このゲームの登場人物と翼がみなし、特徴をまとめた手帳にはひとつの重要な視点が抜けている。

 どの時間帯にどこにいる可能性が高いのか、である。
 それさえ把握すれば速水翔太の行動を誘導することもできるし、直接アクションを起こすこともできる。

 雨宮ちはるは放課後は常に母親が経営する喫茶店で働いているが、それを読み取ったのは
彼女が帰宅部であること、家の仕事を手伝っていることという二つから推測しただけにすぎない。

 理由は重要だが、それは何時から何時はどこにいる、という推測の裏付けに必要だからでしかないのだ。
 だが翼は理由の方をこそ気にして調べていた。

 それでは役に立たないと、昨日のうちに話してある。7月に入る頃になればかなりはっきりするだろう。
 何しろゲームが行われていると思っているのは、偶然によって感づいた翼だけ。
 それ以外の娘たちは、自分の行動を調べられているなどとは夢にも思わないはずだった。

 今日この喫茶店に来たのは、現時点からでもちはるの居場所がわかったから。
 そして、次に向かう先も、そこにある娘がいることがわかっているからだ。
137 :1 ◆iJxSqX4j7E [saga]:2012/09/16(日) 22:37:12.23 ID:73fo8Z8Ro

 月原啓。
 身長176cmという数字とあわせて名前を眺めれば、誰だって男だと思う。
 しかし啓と書いてケイと読ませ、立派な女の子だった。

 翼や速水翔太と同じ、もっとも成績優秀なクラスにおいて卓抜した成績だという。
 責任感に篤く学級の代表にも選ばれているとか。あだ名は「いいんちょ」
 ちなみに男の代表は速水翔太だった。

 翼の表現は「丸いものでもまっすぐにする」「オカンおっかないよオカン」
 利発で弁が立ち、正義感のある娘らしい。


 実のところどうして恋愛ゲームにエントリーされると翼が考えているのか不思議だった。
 若いころ俺が通った大学で、まさに月原啓のような境遇の女たちとよく出会ったが、
彼女らは一様に高校時代は恋愛とは無縁の境遇だったからだ。

 いま行われているのはゲームだと翼は言う。
 退場処理なども行われているのならば、まあゲームなのだと認めてもいい。

 だが、登場人物はゲームを成立させるために設定されたわけではないのだ。
 もちろんその行動原理も各人に任されている。
 そして、進学が現実味をもって見えている女は、恋愛を進学後にまわすものだというのが
俺のこれまでの経験からくるイメージだった。

 翼の話によれば、速水に対して何か好意的に接していわけでもないらしい。
 それどころか、ともすれば代表をサボる速水を諌めることもあきらめ、軽蔑すらしているのだとか。
 冷えきった関係のクラスメートなのに翼が警戒した理由は、同じクラス代表であるというだけだろうか?

「理屈っぽいなあ、おじさん」

 翼の声が蘇った。

「月原さんを見ればわかるって。美少女ゲームが始まってあの子がエントリーしないわけがないもん」
138 :1 ◆iJxSqX4j7E [saga]:2012/09/16(日) 22:46:23.52 ID:73fo8Z8Ro

 俺が向かったのは電車で3駅離れたところにある小さな予備校である。
 5教科受験を予定している月原は毎日授業があるという話だった。
 18時をまわったことを確認し、俺はその予備校の入り口を通り過ぎた。

 受付の女性が怪訝な顔をしてこちらを眺めている。
 出入りの業者の顔を思い出しているのだろうか。
 俺は戸惑ったような表情を装ってあたりを見回しながら、彼女に頭を下げた。

「高校1年生の授業はこちらではやってますか?」

 受付の女性は一瞬目を見開いたが、すぐに事務の笑顔を浮かべた。
 俺はもう中年だが、それでも高校生の子どもがいるようには見えないはずだ
 だが、翼の母親は俺と同学年なのだ。そういう苦い一例があることを知っていれば、
高校生の子持ちとして振る舞う度胸も出るというものだ。

「はい。あの、本日は――お父様だけですか?」

「ああ、はい。娘は渋りまして」

 受付の女性はくすりと笑った。

 娘、という言葉を発する時、思い浮かべたのは翼の生意気な顔だった。
 それが表情に出たのかもしれない。手を焼かされるという意味では娘みたいなものなのだから。
139 :1 ◆iJxSqX4j7E [saga]:2012/09/16(日) 23:03:31.52 ID:73fo8Z8Ro

 やめさせ屋の仕事を簡潔に表現すると、標的が持っている社会的なものを剥ぎ取り奪い去り
無価値なものにすることである。

 そのためには社会的な信用を得ることは必須条件であり、30を超えた時からずっと
仕事の際には結婚指輪をつけるようにしていた。
 つけはじめた当初ならまだしも、36歳になった今にして未婚の男では、相手を警戒させるだけなのだ。

 妻は年上で41歳、子どもはいない。
 それが日頃俺が偽っている家族のかたちである。経験からそれが最善だという思っていた。

 子どもがいると話してしまっては、写真を見せろだの育てる苦労だの未経験のことを根掘り葉掘り訊かれる。
 年下の妻と話してしまっては、大半の男たちは会いたがる。

 41歳で子どもがいない妻は、ありとあらゆる好奇心を沈黙させる存在なのだ。
 それでも偽りの仮定を実感させるのは難しい。
 いもしないものを、あるものとして想像し、それと暮らす自分を演じる。
 そういうものがいる、として言葉を選ぶ。
 間違えたらかすかな違和感になり、どこかで露見するかもしれない。

 偽りの子どもを持つのは数年ぶりのことだった。
 いもしない、普段から想像をはたらかせたこともない架空の娘は、たくさんの保護者を見てきたであろう
受付に看破されないだろうか。

「当院の方針で、入学前に必ずお嬢さんに授業を見ていただく必要があるんですけど――
 今日は学校の説明と料金その他のシステムについてご説明しますね。こちらへお入りください」

 どうやら怪しまれずに済んだようだった。翼の小憎らしい愛らしい笑顔に内心で感謝した。
140 :1 ◆iJxSqX4j7E [saga]:2012/09/16(日) 23:14:52.98 ID:73fo8Z8Ro

 まだ授業中らしく、講師たちの部屋には一人の若い男がいるだけだった。
 社会人ではない、学生のアルバイトということが見て取れる。
 彼はちらりと私と受付を見て、すぐに視線を手元に落とした。

 システムの説明も受付の女性がしてくれるようで、出入口が見える机の上に予備校の資料が広げられた。
 教育理念、過去数年の進学実績、クラス構成の特徴などは単純な読み合わせである。
 俺は自分の受験ではこういうところに通ったことがなかったから、興味深く眺めていた。

「東大、京大はじめ旧帝の実績はなし、早慶が3名ですか」

 少し落胆したような口ぶりをする。
 もちろん目的は向こうを受け身に回らせることでこちらを観察させないためだが、
もう一つ呼び水のつもりだった。

「正直なところ、そのレベルの学校の場合は生徒の質が大きいんですよ」

 受付の女性はいくぶん声をひそめる。

「伸び方は足し算じゃなくて掛け算なんです。同じ教育で同じように掛けても、もとの素質が大きく影響します」

「そうかもしれませんね。では、掛け算の倍率は高いと?」

「はい。それはもう。一番大事な英語は、仙台の大手予備校で東大コースを教えている先生が――」
141 :1 ◆iJxSqX4j7E [saga]:2012/09/16(日) 23:22:58.08 ID:73fo8Z8Ro

「それはすごいですね」

「ええ! 仙台だと大教室でしか受けられない授業が、当院では10人の少人数ですから。
 もっとも、そのクラスを受講するのは成績上位でなければいけませんけど」

 お前の娘はどうなんだ、というあてこすりを苦笑をもって受け止めた。

「それほどの先生がいらっしゃるなら、生徒さん次第では今年は期待できるんですか?」

「もちろんです。今年も有望な生徒がいますし、なんといっても来年は期待できますよ!」

 呼び水がうまくはまったようだった。

「ほら、沿線のあの学校、御存知ですか?」

 挙げられた学校の名前は想像どおり、翼は速水が通っているところである。
 つまり月原啓の学校でもある。

「そこの子で、この前の模試でも全国48位になった子がいるんですよ。
 お嬢さん、高1でしたら1学年先輩ですね。お嬢さんの受験シーズンには、当院は東大進学実績
1名は確実ですよ」

「それはすごいですね」

 相槌の語尾にかぶせるように、扉が開く音がした。
 授業が終わった講師たちが続々と部屋に戻ってきている。
 俺に気づいて会釈をするものと、我関せずと机に座るものと半々くらいだろうか。

 俺は一人の男の講師と、そのあとに続く女性とを見上げていた。
142 :1 ◆iJxSqX4j7E [saga]:2012/09/16(日) 23:31:42.67 ID:73fo8Z8Ro

 よく日焼けした、バンダナを頭に巻いた講師の後ろについてきたのは
翼と同じ白い制服を着た女の子である。
 名前を確認するまでもなく、その女の子が月原啓であるとわかった。
 その制服は珍しかったし、172cmの女の子は輪をかけて希少なのだから。

 月原啓は、バンダナの講師に前置詞について質問しているようだった。
 例として諳んじる英文の切り方だけで、きちんと英語として理解していることがわかった。
 万に一つの間違いもなく、目指す「いいんちょ」だろう。

 そして翼が「あの子がエントリーしないわけがない」といった理由もわかった。

 そこにいるのは、フレームがごつく分厚い眼鏡をかけた、肩幅が広くて垢抜けない、
 まぎれもない美少女だった。

 おでこを隠すように垂らした前髪は眉毛にかかり、暗い印象を与えている。
 伸ばした髪は飾り気のないゴムで束ねられているだけ。
 表情をつくろうともせず、癖なのか、拳で小さな鼻を軽く叩く度にブサイクに潰れる。

 しかしそれでも、磨けばのけぞるような美少女になることがわかった。
 俺にとって、これまでの人生で見た一番美しい生き物は翼だったが、月原が飾ったらうかうかしていられないはずだ。

 あからさまな原石を前に、男なら胸をときめかすに違いなかった。
143 :1 ◆iJxSqX4j7E [saga]:2012/09/16(日) 23:41:05.79 ID:73fo8Z8Ro

(――あの子ですよ。頭良さそうでしょ)

 受付の女性がそっと耳打ちをする。うなずくと、得意げに無邪気に口の片端を上げた。

「ひとみさーん!」

 江戸っ子がいるのだろうか。シトミ、と呼ばれたような気がしたが、その言葉で受付の女性は立ち上がった。

「すみません。子どもたちの相手をしないと」

「あ、いや、今日はここで失礼します。次回は娘を連れてお話を伺えれば」

「お相手できずすみません」

 バンダナの講師と月原は立ち話をやめてこちらを眺めている。
 意識していないそぶりで受付の女性に頭を下げた。ふと視界に入る本がある。

「これが、先ほどおっしゃっていた模試の解答ですか? いただいても?」

「はい、どうぞ。巻末に成績上位者の名前があります。啓ちゃん載ってるんだよねー」

 突然話を振られて驚いたのか、月原は受付の女性と俺とを見比べた。
 こちらも要領がわからないふりで軽く頭を下げる。

 顔も見ることができた。上出来といっていいだろう。
144 :1 ◆iJxSqX4j7E [saga]:2012/09/16(日) 23:48:27.31 ID:73fo8Z8Ro

 予備校を出ようとしてたちどまり、受付の女性を振り返る。
 中学生とおぼしき子どもたちに囲まれながら、ひとみさんという受付の女性もこちらを見ていた。
 さすがに、しっかり建物を出るところまで見届けるつもりなのだろう。
 仕事をしっかりされるとなんとなくうれしくなってしまう。

 出口に振り向いて、違和感を抱いた。

 自動ドア付近に、もう一人白い制服の女の子が立っている。
 視線を感じたきがして目を向けると、逸らされたような雰囲気があった。

 白い制服は俺とスレ違い、受付に歩いていく。
 振り向いて見送るのもためらわれて俺も自動ドアを通った。

「あー、みはるちゃんひさしぶりね」

 受付の女性の声を背に、もう暗くなり始めている6時半の道に出た。

 みはる。その名前は翼の手帳には載っていない。だがどこかで――
 と考えて、すぐに苦笑した。
 ここに来る前にいたのは雨宮ちはるの働く喫茶店である。単に音が近いから意識に残っただけだろう。
145 :1 ◆iJxSqX4j7E [saga]:2012/09/17(月) 00:00:35.93 ID:4Ny8q9C9o

 家には灯りがともされていない。
 由真からはパフェに対する呪いと今日は残業だとの連絡があった。
 冷蔵庫からビールを取り出し、陶器のマグに口をつけながら
模範解答の巻末を開いた。

 なんでも自分の目で確認することが必要だ。
 受付の女性が嘘をつく必要はまったくないとはいえ、48位に月原啓の名前を
見つけておこうと思ったのだ。

 1位からカタカナが並んでいる。
 ツキの字を探してざっと眺めていった。

 成績上位者の2ページ目は25位の途中から始まり59位で終わる。
 俺にとっては想像もできないような世界だが、それだけの成績の人間が世の中にはいるのだと
感慨深い。こういうところに載る人間が、将来官僚になったり医者になったりするのだろう。

 その優等生たちのなかに、ツキという文字はなかった。

 違う回の模範解答をもらってきてしまったのだろうか。
 そう結論付けようとして、最後にじっくりと名前を読んでいく

 ほとんどは本名だったが、中にはふざけたものがあった。
 例えば『ココカラシタハ バカ』という名前がある。
 もちろん親が子にバカなどという名をつけるわけがないから、
自分が上位になることをわかったうえで申し込んだのだろう。

 28位の人間にバカと呼ばれたら、全国何万かの高校生は浮かばれない。
 いやな気持になりながら眺めていたら、また名前とは違うものがあった。

「ベンキョウ ムダヨ」

 48位。女性。東京都。予備校受験。
 俺はしばらくその名前を眺めていた。

 クラスメートに「いいんちょ」と呼ばれ、おしゃれに気を使わず、
予備校の休み時間は講師を追いかけて前置詞について質問し、

 模試の成績表で勉強は無駄だとうそぶく。

「めんどくせえ子だな」

 思ったことがそのまま口から漏れたのは久しぶりだった。
146 :1 ◆iJxSqX4j7E [saga]:2012/09/17(月) 00:03:05.12 ID:4Ny8q9C9o
マタミテネ。

//昨日はありがとうございました。
//スレ名は出さないほうが配慮としていいみたいですね。
//読書の傾向、興味深く伺いました。
147 :1 ◆iJxSqX4j7E [saga]:2012/09/17(月) 00:11:29.55 ID:4Ny8q9C9o
 いろいろ誤字ひどい。
 とりあえず啓の身長は176cmで。

 ……ぶっつけじゃなくてメモとっとくとかプロット起こすとかしたほうが結局ラクなのか。
148 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(宮城県) [sage]:2012/09/17(月) 00:37:56.24 ID:359qn+/Do
乙乙
現状把握が進んできた今、どう動くなり立ち回るか楽しみ
149 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/09/17(月) 01:57:23.00 ID:sRdgo1qSO

150 :1 ◆iJxSqX4j7E [saga]:2012/09/17(月) 23:13:38.02 ID:z0508+lMo
ハジマラナイヨ。

//休暇が終わってしまったので、来週からはかなりゆっくりペースになります。
//のんびりお付き合いいただければ幸いです。
151 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(宮城県) [sage]:2012/09/17(月) 23:15:09.13 ID:359qn+/Do
りょーかい
152 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東) [sage]:2012/09/17(月) 23:16:14.90 ID:54iXDwnAO
>ハジマラナイヨ

お前wwwwww
茶吹いたじゃんか
ゆっくり書いていってね!
153 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/09/17(月) 23:54:08.11 ID:jCYspe3Xo
始まらないのかよwwww

>>1は文章もレスもセンスあるな
俺とは雲泥の差だぜ……
154 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/09/17(月) 23:56:58.82 ID:np/UZMUno
ハジメテヨ

待ってる
155 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) [sage]:2012/09/18(火) 00:18:42.74 ID:JcdD71iTo
ハジメマシテコンバンハ

ゆっくりで良いから頑張ってくれ応援してる
156 :1 ◆iJxSqX4j7E [saga]:2012/09/18(火) 00:28:27.56 ID:u+DCUag7o

 由真が帰ってきた時、俺はゲームをしていた。
 剛太がコピーしてきた、昔の美少女ゲームのレプリカである。
 彼の家で見たように、十字キーで移動させては女の子と会話していく。
 たまに会話に選択肢が現れたり、アイコンを利用していろいろな
場所を見たり触ったりできるようになっている。

「ただいまー」

「おかえり。おつかれ」

「ケーキ買ってきたよ!」

「この時間から甘いものを食べるのかね」

「3時から食べたかったから、いいんじゃないかな!」

 嫌がらせで送ったパフェの写真はちゃんと心に届いたようだ。

「あ、カズさんゲームやってんだ。私の日記消しちゃった?」

「いや、セーブせずに進めてる」

 セーブは日記帳というものが用意されていて、今は3つあった。上限は6つらしい。
おそらくゲーム中で手に入るのだろう。
 すべて由真のプレイデータがセーブされていて、もちろん上書きはしていない。

「ところで主人公の名前が俺と同じかずひろなんだが、これはもともとなのか?」

「んー? 私がつけたよ?」

 同棲している男の名前を、18禁ゲームの主人公に採用する理屈はよくわからない。
157 :1 ◆iJxSqX4j7E [saga]:2012/09/18(火) 00:48:46.14 ID:u+DCUag7o

 由真とは3年の付き合いになる。
 当時やめさせ屋で入社した小さな繊維メーカーの事務OLだった。短大卒で、3年目。

 その時の標的は電算室所属の古株の社員だった。当時で45歳であり、
まだWindowsのような標準的なOSはなく、IBMやNECといったメーカーが汎用機と呼ばれるマシンに
業務のプログラムごと作成して販売していた時代からの技術者である。
 つまり、営業から事務まですべて精通している人間ということだった。

 標的は、その立場を過信しすぎた。
 気に入った女性社員に対する性的嫌がらせ、気に入らない若い社員に対する強圧的な行動。
 上位者に対する不遜な態度。
 ただ、生き字引たるだけが彼を暴君にさせていた。
 やめさせ屋の中では簡単な仕事である。

 その仕事も簡単だった。
 技術で成功してきた技術者は、自分を超える人間の存在を想像しないのだ。
 俺は専門の技術者ではなかったが、学習して理解するだけの時間は彼の無用心が与えてくれた。
158 :1 ◆iJxSqX4j7E [saga]:2012/09/18(火) 00:51:04.64 ID:u+DCUag7o

 執拗に細分化された知識を拾い集め、まとめあげ、若い二代目社長と組んで彼に頼らなくてもいい
システムを外部に発注した。
 それまで頭を押さえつけていたと信じていた若い二代目に突如牙を剥かれた時の顔は、
今でも度々思い出しては自分の戒めとしているほどだった。
 評判をすっかり落とした彼のその先も興信所を使って定期的に調べている。
 一寸先は闇というごく当たり前なことも、たまに再確認しないと忘れてしまう性格なのだから仕方ない。

 いやがらせをされていた由真を助けたのはついでとでしかない。
 二代目社長が、退職金すら腹立たしいと思っただけのことだ。

 その会社を離れ、偽名を呼ばれて返事をする癖が抜けかけた頃、由真は俺の前にやってきた。
 仕事ごとに名前は偽っても、住まいまで偽ることはできない。
 どこかに俺の住所が残っていて、それを見つけるのは事務には簡単なことだったらしい。
 2ヶ月して家に転がり込んできた。

 君のためを思ったわけではないのだ、と何度も言った。
 そんなことはわかっている、と何度も笑われた。

 まさに睦まじい恋人のように暮らしながら、それでもこの若い女との間に恋だの愛だのが成立するとは
どうしても信じられないでいる。
 ただ明日いなくなってもみっともなく引き止めないでいよう、と毎日言い聞かせているだけだった。
159 :1 ◆iJxSqX4j7E [saga]:2012/09/18(火) 00:58:28.37 ID:u+DCUag7o

 一緒に暮らした数年で随分と由真は慎重にしたたかになっていた。
 例えば俺に黙って翼に録音を渡すなど考えもしなかった。

「かれんちゃんをね、攻略したのですよ!」

「どれだそれ」

「金髪の子。アイドルの子」

「扱いの特別な子だな」

「前半で畳み掛けないとハワイに行っちゃうからね。
 初プレイじゃ絶対無理だし、同時攻略は相当難しいよアレ」

「コツってあるのかな?」

 答える前に台所で電子音が鳴り、由真は跳ねるように部屋を出ていった。
 今日だけで受付の女性も含めて4人も女性をよく見たが、雨宮ちはるに近い。

 笑顔で俺を出し抜く女も昔はあのように愛らしかったのだろうか。
 あの無邪気な喫茶店の女の子も、おとなになったらしたたかになるのだろうか。
 ゲームの根底にある処女崇拝というものも、一概に否定はできない気分になる。

「夜だからストレートティーね」

「夜だからケーキを食べないという選択肢はどうなの」

「その分砂糖を控えるの」
160 :1 ◆iJxSqX4j7E [saga]:2012/09/18(火) 01:04:09.98 ID:u+DCUag7o

「で、なんだっけ?」

「結構やってきて、コツなんかあるのかと」

「ある時間帯にある場所に行かないと、っていう条件がシビアだよね。
 何日までにどういう会話をしなければダメで、それはこの時間帯に
 ここに行かないと、ってのを何回もやって覚えるしかないかな」

 それは現実のゲームでも同じ事だった。
 おそらく誰も分身の術や瞬間移動の術を使えない以上、
会話をするためにはその場所に行かなければならない。

 雨宮ちはると話すためには喫茶店に行かなければならないし、
月原啓と必ず会いたければ、予備校が終わる時間に門前で待ち伏せればいい。

 つまり、翼をして妨害させようと思ったならば、もっとも簡単な方法は
その場所に向かおうとする速水翔太を当人が足止めすることだった。
 だがあのお嬢様がそれを望んでするだろうか。

「松下、土日だけでいいから探偵ごっこをやらないか?」

「面白そう! 尾行? 張り込み?」

「順序が逆だな。張り込んで、尾行する」
161 :1 ◆iJxSqX4j7E [saga]:2012/09/18(火) 01:11:10.11 ID:u+DCUag7o

「私も考えてたけどさ、そもそもカズさん表面的には動きづらいよね。
 こんなおっさんが平日の昼から働きもしないってだけで怪しいし。
 相手は女子高生を始めとする女の子ばっかりだから、入れない場所のほうが多い」

「そうなんだよ」

「あれ? 次の仕事っていつからだっけ?」

「9月。翼にも、8月いっぱい協力するだけとは言ってある」

「よく納得したね」

「とりあえずそれを呑んで、そのあとはまた別のネタで脅迫しようとでも思ってるんだろうな」

 言いながらうかがったが、ケーキを食べていて笑顔ではないわけがないのだ。表情は読めない。
162 :1 ◆iJxSqX4j7E [saga]:2012/09/18(火) 01:13:26.00 ID:u+DCUag7o

「で、誰を張り込んで尾行するの?」

「翼」

「お姫様? 信用されてるんじゃないの?」

「というよりも、松下が見かけた男の素性と関係を知りたい。興信所を使えば一発だし、
最後のツメは使うしかないけど、張り込みと名前の確認までは頼めないかな」

「うーん」

「松下なら、翼に顔は割れていないだろう?」

「えっ?」

 由真は本気で驚いたようだった。

「カズさん気づいてないの? お姫様に録音渡したの、私だよ? 私の顔はもう知ってるって」

「おっと」

 俺は手のひらで額を抑えて首を振った。本当に女というものはわからない。

「松下は、それを俺に気付かれないようにしたのかと思っていたよ」

「だったら家の古いレコーダーなんか使わないよ」

 雨宮ちはるもこんなふうになってしまうのだろうか。
 処女崇拝という気持ちにまた一歩傾くのが実感できる。
163 :1 ◆iJxSqX4j7E [saga]:2012/09/18(火) 01:14:05.01 ID:u+DCUag7o
マタミテネ。

ちょっとだけ思いついたので書いてみました。おやすみなさい。
164 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(宮城県) [sage]:2012/09/18(火) 01:18:14.51 ID:xg3/0mz9o
乙乙
女って分からないねー
165 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/09/18(火) 01:25:08.71 ID:BbUvjgt70
最後の方俺が眠いからかなんだかよくわからんな、乙
166 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/09/18(火) 11:00:17.58 ID:ZSWF6FCDO
乙。
167 :1 ◆iJxSqX4j7E [saga]:2012/09/23(日) 23:37:03.29 ID:bceJxbMso
ハジマルヨ
168 :1 ◆iJxSqX4j7E [saga]:2012/09/23(日) 23:37:36.45 ID:bceJxbMso

「なんでか、一応訊いてもいいかな?」

「かわいそうだから」

「かわいそう?」

 たしか一昨日もそんなことを言っていた。

「翼がか? どうして?」

「だからあ、気づいてるのは翼ちゃんだけでしょ。
 自分が消えちゃうかもしれないってずっと抱えてたんだよ。
 何よりもまず、カズさんに相談できるのが嬉しいって言ってたでしょ」

 確かに翼も同じようなことを言っていた。ほっとした笑顔を覚えている。
 だがひとつ引っかかることもあった。
 
「松下はこの話を信じてるんだな」

 その指摘は本人にも意外だったのかもしれない。
 肯定も否定もすぐには続かず、ただ視線を下げて考えこんでしまった。

「ほんとだ、信じてる。あれ? なんでだろ」
169 :1 ◆iJxSqX4j7E [saga]:2012/09/23(日) 23:38:14.59 ID:bceJxbMso

「俺ももう結構信じているよ。でもそれは、翼とじかに会っているからだ。
 会えばわかるけど、あれはそれほどばかじゃない。
 そして自分がばかげたことを話しているとわかってる。
 それなのに意見を変えないんだから、もしも翼の言うとおりじゃなかったとしても、
 常識では説明しづらい何かは起きてるんだろう」

 由真は思案顔のままうなずいた。

「でも松下は翼に会ってないな? いや、録音を渡した時に会ってるけど
 翼を信じて助けようと決心した時点で松下が得ている情報は
 俺と翼の会話、翼と男友達が歩いている姿、そして剛太のくれたゲームだけ。
 その中のどれが、松下にこの話を信じさせた?」
 
「ごめん、カズさん。わからないわ」

「夢見がちな少女だったか?」

「ちがう……と思う。んー。どの時……あの時だ。録音聞いた時だな。
 順番って、張り込みして尾行して翼ちゃんと友だちを見るのが最初、
 喫茶店のカズさんとお姫様の話を聞いたのがあと。
 剛太のゲームはあんまり関係ないと思う。
 で、張り込みの時は別に真剣じゃなかったな」

「なるほど」

「あ、それだ」

「それ?」

 我ながら、オウム返しは間抜けにしか響かなかった。

170 :1 ◆iJxSqX4j7E [saga]:2012/09/23(日) 23:39:27.88 ID:bceJxbMso

「なるほど、って思ったんだ。私も。
 何かよくわかんないけど、そういうことがあるんだなって納得したの」

「なるほど、っていうのは疑問や不明点が解消される時に出てくる。
 美少女ゲームで解決できるような、どんな疑問があったんだ?」
 
 由真はあごに手を当てて相変わらずの思案だった。
 その様子に嘘は見えなくて、というよりも自分では嘘を見抜くことができないと
あきらめ、俺はティーポットからおかわりをそそいでやった。

「ありがと、カズさん」

「今はわからない?」

「うん、たぶん」

「じゃあ確認したいんだかが、俺が翼の支援で動くことに決めたら
 その上でも松下は別の目標で動くことになりそうか?
 もしそうなら情報とかを区分けせにゃならん」

「いや、それはだいじょぶ。お姫様が消えないですむようにってのが
 目的だったから。それが外れてなければカズさんに協力するよ」

「助かった。松下からの話をいちいち吟味しないといけないのは大変だからね」

 由真は小さく吹き出した。

「居候なんだから協力しないなら追い出すとか言えばいいのに」

「そんなことはしないよ。そして脅しは嫌いだからやらないことは言わない」

「ありがと」

「どういたしまして」

 その晩はそれきりで終わった。
171 :1 ◆iJxSqX4j7E [saga]:2012/09/23(日) 23:40:13.66 ID:bceJxbMso

03:12 着信

『やあ緒川さん。電話くれたー?』

「……うん、したけど、今何時だかわかってるか?」

『あ、寝てた? 由真ちゃんに養われてるニートだから夜更かしかと思った』

「求職活動中って言ってくれ……ちょっと部屋移動する。松下が起きる」

『次の仕事はいつからでどんなの?』

「9月。中堅のDM作成企業だ」

『次こそは取材させてよ』

「テレビなんかに流されたら仕事ができなくなるよ」

『大丈夫よ。モザイクかけるし声はぼかすし。
 それに足を洗ってカタギになるのもいいんじゃないの?』

「まだ引退は考えてないよ。この仕事、向いてるからね」

『ふーん。で、何か用?』

「テレビで映えそうな人間がいたから」

『どういうの?』

「女子高生。留学生だな」
172 :1 ◆iJxSqX4j7E [saga]:2012/09/23(日) 23:41:35.62 ID:bceJxbMso

『そういうの、よほどじゃないとなー。目玉が欲しいけど。原産国は?』

「ルクセンブルク」

『……オランダとかの近くね? ベネルクス三国ってむかし習ったような』

「そう。小さいが歴史があり、豊かな国だ」

『ふーん。で、その子の売りは?』

「貴族の娘」

『貴族なんている国なの?』

「今はもういない。けど、日本でいまでも松平家や徳川家が有力家系なように
 もと貴族はあの国では幅をきかせてる。
 城と荘園を持ってて当代は銀行家だよ。ユーロ全般の金融センターになってる」

『その子自身は可愛いわけ?』

「育ちのいい白人娘だぞ? そこらの日本人なんか鼻息で飛んでいくよ。
 身長163cmのバスト91だそうだ」

『あら。ぐっときた。
 で? 緒川さんがツナギつけられるの?』

「いや、俺のいとこの娘がクラスメートでね。
 授業参観にいとこの代わりに行ったらお人形がいたのでびっくりした」

『ふーん。ちょっと調べてみるよ。
 いいネタになりそうだったら貸しひとつってことでいいかな?』

「ああ」

『じゃあ、名前教えて? できたら住所も』

「名前はシャルロッテ=ウィルヘルミナ。住所は……」

 電話を切り、水道の水を口に含んだ。
 女子高生相手に自分ができることはほとんどない。
 翼にとっての明らかな脅威ならば、できることはすべてしておくべきだろう。
173 :1 ◆iJxSqX4j7E [saga]:2012/09/23(日) 23:42:29.36 ID:bceJxbMso

 次に翼と会ったのは一週間を空けた土曜日だった。場所は俺のマンションである。
 由真も翼も二人して俺を追い詰めようとしたことは忘れて楽しそうだった。

「由真さんいてくれてよかったですよー!」

「どうして?」

「作戦会議しようにも、頻繁におじさんと会ってるなんて誰かに見られたら大変だし。
 その点由真さんと一緒にこの部屋に来るならなんとでも言い訳たつから」

 確かに話す時に周囲を常に確認しなければならないのは面倒だった。
 それにこの部屋なら、話をしている時の翼の様子を常に撮影することができる。

「翼には悪いが学期中はできることは少ないね。
 君の推測ではフラグの精算は休み明けということだから、
 大きく動けるのは夏休みだろ。
 今は下調べ中だ」

 翼の話にばかりかかずらってもいられない。
 9月には新しい現場が待っているのだ。
 誰かをやめさせるためには職場で信頼を得なければならず、
 そのためには入社してすぐ使えると思われなければいけない。
 探偵の真似事ばかりしていられるわけでもなかった。

「で、こういうものを調べた」

 A4の封筒を翼の前に置いた。すでに翼のケーキ皿は空になっている。
 近所だからなのだろう、由真が好きなケーキ屋のものだ。

「それっぽーい!」

 はしゃぎながら、翼は封筒からコピー紙を取り出した。
 1枚目を見てすぐに顔がこわばる。

 2枚目、3枚目と繰っていって、最後の1枚で眉がつり上がった。

「なんでこんなものおじさんが調べられるの?」
174 :1 ◆iJxSqX4j7E [saga]:2012/09/23(日) 23:43:01.79 ID:bceJxbMso

「開店休業中だけどね、司法書士の資格を持ってる。
 業務上請求で大半の戸籍関係は調べられるんだよ。
 親類尊属の病気に詳しいって驚いていただろ?
 そもそも親類尊属をすっかり把握しているところにまず驚こう」

「し、親類ソンゾク?」

「系統的に上位者にあたる親類のことだよ。尊ぶに所属のゾクだ」

 それで少し落ち着いたらしい。

「で、どうしてあたしの親戚なんか調べたの」

「敵を知り己を知ればっていうまっとうな言葉を吐いた人が昔いた」

 封筒にあるのはこの一週間で役所からかき集めた戸籍謄本の写しだった。
 秋野翼という個人を起点にとりあえず5親等までは揃っている。
 そのうちで、翼と同じ年代の男子には顔写真も手に入れていた。
 目標の名前と住所がわかっていれば、顔の写真を撮ってもらう程度のことは
驚くほど安い価格でやってもらえるものだ。

 そのうちの写真の一つを見て、由真はうなずいた。
 最初に翼と話した喫茶店のあと、彼女の家を訪れ一緒に出歩いた男性だった。
 家を直接訪れてデートに誘えることから親類だろうと目星をつけていたが、
父方の従兄弟に久我山宏というその若者はいた。

「この人今回関係ないよ。やめてよ、プライバシーの詮索でしょ」

「関係なけりゃそっとしておくよ。
 調べたうえでね」

「性格悪いよ。由真さん、なにか言ってやってよ」

「ごめんね。私基本的にカズさんの味方なのよね。
 でも、それを抜かしても、翼ちゃんが隠しておきたかったんなら
 みんな知っておいたほうがいいんだと思うね」

 穏やかにほほえみつつ諭す由真の声に、翼はくやしげに唇を噛んだ。
 一瞬厳しい目で俺を睨みつけてから、最後の1枚に貼られた写真に視線を落とした。
175 :1 ◆iJxSqX4j7E [saga]:2012/09/23(日) 23:43:53.51 ID:bceJxbMso
マタミテネ。

おそらく来週末。
176 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/09/24(月) 00:46:52.75 ID:QVQ6G1Xdo
乙! 続きも待ってる
177 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/10/07(日) 21:47:26.05 ID:MTHFAIsEo
479 VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) sage 2012/10/07(日) 21:45:44.83 ID:tA8R6oRNo
他の媒体で出す可能性ができたので

http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1346858134/
178 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/10/07(日) 21:48:02.10 ID:MTHFAIsEo
ミス
これがHTMLスレに貼ってあったけどどういうことだ
179 :1 ◆iJxSqX4j7E [saga]:2012/10/07(日) 21:50:39.79 ID:tA8R6oRNo
お待たせしている方がいらっしゃったらすみません。

ある媒体で通らなかったプロットを、棄てるのもなんだからと書いていたものですが
別の場所に活用の可能性ができたので、こちらは一度閉鎖します。

書いていて即興は難しいなと感じました……。
180 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2012/10/09(火) 17:20:02.10 ID:OEZt/eaeo
えー
181 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) [sage]:2012/10/09(火) 18:32:26.98 ID:cvgaoDLno
そんなー
182 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府) [sage]:2012/10/09(火) 20:35:45.00 ID:rBRfwKN7o
もし活用できたら、そちらも読んでみたいから教えてほしいな。

って、html化されてしまったら新規のレスを付けられなくなるから、報告する場所が無くなっちゃうのか。
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