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異形使い「あなたを追ってここまで来た!」 - SS速報VIP 過去ログ倉庫

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1 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/09/14(金) 20:50:41.70 ID:9g80DiCqo

 プロローグ


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佐久間まゆ「犬系彼女を目指しますよぉ」 @ 2024/04/24(水) 22:44:08.58 ID:gulbWFtS0
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全レスする(´;ω;`)part56 ばばあ化気味 @ 2024/04/24(水) 20:10:08.44 ID:eOA82Cc3o
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君が望む永遠〜Latest Edition〜 @ 2024/04/24(水) 00:17:25.03 ID:IOyaeVgN0
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/aa/1713885444/

笑えるな 君のせいだ @ 2024/04/23(火) 19:59:42.67 ID:pUs63Qd+0
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【GANTZ】俺「安価で星人達と戦う」part10 @ 2024/04/23(火) 17:32:44.44 ID:ScfdjHEC0
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トーチャーさん「超A級スナイパーが魔王様を狙ってる?」〈ゴルゴ13inひめごう〉 @ 2024/04/23(火) 00:13:09.65 ID:NAWvVgn00
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1713798788/

【安価】貴方は女子小学生に転生するようです @ 2024/04/22(月) 21:13:39.04 ID:ghfRO9bho
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ハルヒ「綱島アンカー」梓「2号線」【コンマ判定新鉄・関東】 @ 2024/04/22(月) 06:56:06.00 ID:hV886QI5O
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1713736565/

2 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/09/14(金) 20:51:36.63 ID:9g80DiCqo

「お前を追ってここまで来た!」

 怒声にこもった呪詛の棘は、相手の芯にしっかり食い込んだだろうか。と彼女は眼を凝らした。
 いや、あり得ない。それはただの願望だ。

 眼前のこの男に届く言葉など存在しない。棘が刺さるほど柔らかい心があるとも思えない。
 現に殺意を向けられた長髪の男は何の感情を顔に表すことなく、ただじっとこちらを観察しているようだった。
 身構えることなく棒立ち。こちらを瑣末な支障程度にしか思っていないらしい。

 旅装の彼を睨みながら、彼女は短く息を吸った。
 違う、届かせる必要などない。この身の内に荒れ狂う怒りをそのまま叩きつければいい。そのための方法も自分は知っている。

「俺はこの日を待ちわびていた」
 男に扮するための口調は、しかしこんなときにこそしっくりくる気がした。
 右手を顔の前にかざし、手の甲の文様を相手に向ける。

「想い人の仇……覚悟しろヴィルフレード!」
 ティナ――アルベルティーナ・フローリオは異形の力を解き放つ。
 振り下ろした手が光に覆われ輝いた。
3 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/09/14(金) 20:52:04.46 ID:9g80DiCqo

 第一話 荒野と異形使い
4 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/09/14(金) 20:52:48.15 ID:9g80DiCqo

 風の音を貫いて警笛が鳴り響いた。
 急いで馬車を飛び出すと乾いた空気に目がひりつく。ティナは一度だけ瞼をこすり、それから駆け出した。

 荒野の風が潤うことなど稀だ。雨が降らないわけではないがこの大地は水はけが良過ぎる。
 降り注いだ雨水はすぐに石や砂の間に吸い込まれ、消えてなくなるかのごとく地中深くへと姿をくらます。
 水分を保持する土壌や植物は植物域にしか存在しないため、それ以外の土地では空気はこうして乾燥し粘膜を傷つけた。

 荒野で生きていける生物もまた多くない。
 極めて頑丈かしぶといか、とにかく人間の想像力で測れる程度では生き残れない。
 そして当然ながら想像の主体である人間はそこには含まれていない。荒野に出る時、彼女はそれを強く意識する。

 だが人はそれゆえに知恵を身につけ工夫をし、生き延びてきたとも言える。
 使える土地が少ないのならば衣食住をそれに適応させ、文化もそれに応じて変化した。

 ただ。ティナは走りながら自分の衣服をちらりと見下ろす。
 異形部隊の証であるこの黒装束は、そういった方向の英知とはかけ離れたものであるのは間違いない。

5 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/09/14(金) 20:53:36.94 ID:9g80DiCqo

 頭部をすっぽりと包むフードが暑苦しい。
 口元を覆う黒布は走るための呼吸を邪魔している。
 両方ともむしり取ってしまいたかったがそれはできない。顔を隠すことは重要だった。

 警笛が再び鳴り響いた。しかしそれは途中で途切れる。
 植物域をつなぐ補給馬車の最後尾、七台目からだ。

 彼女が乗っていた馬車は四台目なので二台分の距離があった。
 警護のためになるべく馬車の間隔は空けないよう指示しておいたのだが、それでも離れてしまうものらしい。
 七台目は大分離れて隆起している大岩の陰に見えなくなっていた。
 声はその向こうから聞こえる。興奮した馬の嘶きもだ。

 荒野は人が生きるのには適していない。
 しかし生きるために皮肉にも荒野に出ざるを得ない者もいる。
 訳あって植物域を追いだされ、賊に身を落とした者などはその最たる例だ。

 ティナは走りながらダガーを一本抜いた。
 岩を素早く回り込み、最初に目に入った人影に向けてそれを放った。
6 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/09/14(金) 20:54:32.01 ID:9g80DiCqo

 悲鳴――というよりはただ単に驚いただけか、声が上がる。
 相手に手傷を負わせることまでは期待していなかったが、それでも襲われている御者から注意をそらすだけの効果はあった。
 今回御者を失うわけにはいかない。人員が足りていないのだ。賊に襲われて人数を減らすのは避けたかった。

「なんだ!?」
 だみ声。馬車を取り囲んでいるどの賊が発したものかは分からない。砂に汚れた男たちの十数の視線がこちらを向く。
 馬さえも静まり、半秒ほどの沈黙が落ちた。賊の一人が呆然と呟くのが聞こえた。
「異形使い……」

 所属を一目で知らせる以外に、顔を隠す黒装束には一応の意味がある。
 一つには個人としての異形部隊を知られるのを防ぐため。
 もう一つには、これが意外と重要なのだが、容貌を隠すことによって相手を威圧するためだ。
 考案した者が意図したかどうかは別として、敵対する者から抵抗の意思を奪うのに今回もまた一役買っている。

 加えてティナの個人的な事情として素性を隠す必要もあったのだが、これは別の話である。

 ざわつく賊を無視し、御者に避難するよう手振りで伝えた。
 這うように逃げる御者に、だが賊たちは見向きもしなかった。
7 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/09/14(金) 20:55:11.16 ID:9g80DiCqo

「護衛はいないんじゃなかったのかよ!」
「こんなの聞いてない!」
 仲間を押しのけてまず二人が逃げた。残る五人を見据え、ティナは右手の革手袋に左の指をかけた。
 気配を察したのだろう、さらに二人が逃げた。

 賢明な判断だと思う。世の中には逆らってもどうにもならないことがある。
 そのことを理解し、あえて屈することもまた人間の知恵だ。
 荒野に逆らわなかったからこそ人間は今もまだ繁栄を保っているという見方もある。

 残るは三人。明らかにうろたえて抵抗の意思はないように見えた。
 ならばとっとと投降してほしいのが本音だったが、そううまくはいかないらしい。

「こいつ、まだガキじゃねえか?」
 日焼けした額に汗を浮かべながら賊の一人が囁いた。

 他の二人は言われて初めて気づいたようにはっと表情を変えた。
 こちらが意外に小柄で若いのを見て取ったようだ。何かを推しはかるように三人は一様に目を細め、鋭くした。

8 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/09/14(金) 20:57:08.89 ID:1jOQmiMMo
二次ファンは終わった……
9 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/09/14(金) 20:57:14.37 ID:9g80DiCqo

 想像するに、ガキだから未熟と見るかガキとはいえ異形部隊と見るかで揺れているのだろう。
 あまりいい状況とは言えない。

 正直使わなくていいならあまり使いたくはないのだが、そうもいかなくなった。
 仕方なく革手袋を外して右手の甲を相手に向ける。
 相手からは傷跡にも似た文様が見えるはずだ。それが異形使いの証である。

「化けさせるな! やれ!」
 首領だったらしい一人の合図で賊たちの得物がティナを向く。二人はボウガン、一人が短刀。
 矢が放たれるよりもほんの少し早いタイミングで、ティナは気合を発した。

 気が進まないとはいえ、異形の力の行使には快感が伴う。
 全細胞がくまなく発する激痛を乗り越えれば、その先にあるのは抗いがたい恍惚だった。
 力の奔流に押し流されて目がくらむ。

 右手の甲、そこにある文様が輝きを発していた。
 払うように手を振り下ろすと、もう変化は終わっている。

 身体は既に黒装束姿ではなかった。鎧のような硬質で隆起した肌に覆われ、手からは爪が大きくせり出している。
 見下ろして満足した。異形はこの身に確かに宿った。
10 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/09/14(金) 20:58:11.42 ID:9g80DiCqo

「うわあっ!」
 ほとんど悲鳴に変わった声を上げ、賊らが矢を放った。
 目には見えない速度で飛来するそれは、しかしティナに触れる前に何かに阻まれて逸れる。

 それはティナの目には、左右から身体を包み込むように伸びた大きな腕に見えた。
 賊たちの目からは彼女の背後から伸びた"翼"が矢を防いだように見えただろう。

 "御使い"――自らの身に宿る異形を、ティナはそう名付けた。
 大きな翼と爪を持つ鎧の天使。
 たとえ怪物のようではあってもあの人が美しいと言ってくれた姿だ。

「ば、化け物!」
 ボウガンの二人が得物を放り出して逃走する。
 残りの一人がそうしなかったのは、その勇敢によるものというよりは単に飛び出す体勢になっていたために逃げ損ねただけだった。
 前進の慣性を消すことに失敗し、彼は転倒した。短刀がその手から滑って地に落ちた。
11 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/09/14(金) 20:58:52.06 ID:9g80DiCqo

 必死にもがいて立ち上がろうとする賊に、ティナはゆっくりと近付いた。
「ひっ……」
 腰を抜かして賊が這い逃げる。バタバタと動作だけは大きいが、歩くティナの方がまだ速い。

 賊は岩にすがりつきようやく立ち上がった。そのまま逃げようとして、
「ほれ」
 何者かに死角から足を払われて再び転倒した。

 現れたのは軍服の老人だった。バタバタともがく賊を踏みつけて押さえ、こちらに快活な笑顔を向ける。
「終わったぞティナ」

 あなたなにもやってないでしょう。それに遅すぎる。今までなにしてたの。
 言いたいことは色々あったが、とりあえず肩をすくめてみせた。男に扮するための口調で言う。
「"今は"アルベルトだ」
12 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/09/14(金) 21:03:49.25 ID:9g80DiCqo
ここまで。続きます

さて、知ってる方には「今更?」と思われるかもしれません。ですが、勝手ながらやらせて頂こうと思います
もしよかったらおつきあいください。それでは
13 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/09/14(金) 21:05:03.60 ID:y4A7vTeo0
本当に今更だよ
すっかり忘れてたぞ

まあ支援させてもらおう
14 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/09/14(金) 21:10:21.65 ID:5dPlaNMf0
やっとかな
15 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/09/15(土) 18:12:25.87 ID:2n3LajKko
ええ、やっとです。練るのに時間をかけすぎました
でもその分実際の投下はなるべくハイペースで行きたいと思います

では今日の分
16 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/09/15(土) 18:13:08.12 ID:2n3LajKko

……

 全補給馬車の移動を一時止めて岩の陰に賊を引っ張りこむ。
 縛られて座り込んだ賊は、うなだれてすっかりしおらしくなっていた。

 尋問はすんなりいくこともあれば相手によってはずいぶん難儀することもある。
 受ける者の意志の力の度合いによるのだが、その点においてこの賊に手こずることはなさそうに見えた。

「護衛がいるなんて聞いていない、と言っていたな」
 しゃがみ込み、視線の高さを合わせて問うと、賊の肩がピクリと跳ねた。
「お前たちは事前にどんな情報を掴んでいた? 話せ」

 賊は逡巡の気配を見せた。があまり長引くこともなく口を開く。
「ほ、補給馬車がここを通る、人手が足りてないから護衛はいない、と」
 ティナは怪訝に思って眉をひそめた。
17 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/09/15(土) 18:14:01.70 ID:2n3LajKko

 植物域という形で分断された人の居住区は、一応のところ自給自足を基本としている。
 自分たちに必要なものは自分たちで用意したほうが当然ながらてっとり早い。

 だがそれにも限界はあった。ある植物域では栽培できるものが別の植物域では難しいか不可能といったようなことがときたま起こる。
 そのため物資を融通し合うために補給馬車が植物域間を行き来した。
 高価な代物が載っていることも珍しくなく、強盗の危険は常に付きまとっている。

 通常は軍が多人数でそれを護衛する。
 荒野のエキスパートらによって構成された護衛団は屈強で、今まで強奪にあったという話は聞いていない。
 というよりよほどの酔狂でない限り国を相手取ってまで襲撃しようとは思わないだろう。

 加えて補給馬車の進行ルートは極秘事項として扱われていて、一般人が知る手段はない。
 荒野を渡る行路は数パターンに分かれ、その時々によっても通る道は違う。

 秘密を守るために、補給馬車の御者の選定にも厳格な基準が設けられる。
 もし情報を漏洩させれば、それはそのまま漏洩させた者の命にかかわる。
18 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/09/15(土) 18:14:44.35 ID:2n3LajKko

 つまり、まず第一に一介の賊ごときが補給馬車がここを通ることを知っているのは奇妙だった。

 人手が足りていないという情報についてもそうだ。
 半年前の事件の調査のために軍は多くの人員を割いている。
 それによって補給馬車護衛の従事者も削減されていた。だが、これもまた軍の関係者しか知りえない。

 ティナはしばし思索を巡らした後、再び口を開いた。
「誰だ。誰から情報を得た」
「それは……」
 賊はそこで言い淀んだ。

 しばらく待ったが続ける様子はない。
「言え」
「さすがに情報の提供者まではバラさんじゃろ」

 口をはさんだのはティナの背後に立っていた老人だった。
 ティナよりは背が高いが、それでも小柄な体躯。
 何が面白いのかにやにやと口元に笑みを浮かべ、楽しげにこちらを見下ろしている。
19 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/09/15(土) 18:15:21.40 ID:2n3LajKko

「バジル」
 老人の名を呟く。呼ばれた老人は片眉を上げてみせた。
「おおかた提供者の名前を出せば命はないとでもいわれとるんだろな」
 まあ当然か。言われて納得する。

「じゃあ話は簡単だ」
 ため息をついてティナは言う。
「情報を提供してそのタレコミの主に殺されるのがいいか、今殺されるのがいいか選べ」
 右の手袋に手をかけながら静かに凄む。賊は身体を震わせた。

「こいつは恐ろしいぞ。お前さんも早いところ吐いちまった方がいい」
 老人は右手を賊に向ける。手袋に包まれた手は、しかし人差し指と中指以外が欠損している。
「儂もこないだこいつを怒らせちまってな、こうなった」

 この嘘つき。それはずっと前の傷のくせに。
 抗議の言葉が出かかったが、呑みこんだ。脅して情報が得られるのならば何でもいい。
20 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/09/15(土) 18:16:02.19 ID:2n3LajKko

 賊は老人の右手をまじまじと見つめ、顔を蒼白にした。
「ラクリマだ」
「ん?」
「ラクリマという男が俺たちにタレこんだんだよ……」

 賊は俯いて声を震わせた。
「絶対に上手くいくからと言われて」
「何者だ?」
「知らねえ」

 賊は視線をうつろに持ち上げて言った。
「でもアイツはただもんじゃねえよ」

 機密を知っているんだからそれはそうだろう。
 その言葉を呑みこんで、ティナは記憶に一つの名前を刻みこんだ。ラクリマ。
 その男の身元を特定する必要がある。

 仕事が増えたわね。
 ティナは憂鬱にため息をついた。
21 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/09/15(土) 18:16:29.49 ID:2n3LajKko
ここまで。続きます
22 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/09/15(土) 20:06:22.19 ID:bK7gwg5IO
23 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/09/15(土) 21:58:11.00 ID:grX/XFtSo
24 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/09/17(月) 00:04:49.17 ID:P2NJ05Zwo

◆◇◆◇◆

 荒野よりはいくらか湿潤な薄暗闇の中。
 少し前にラクリマと名を変えた男は、目を閉じて座っていた。

 椅子の背に長身の身体を深く預けているが眠ってはいない。意識ははっきりとしている。
 カーテンの隙間から入る一条の光を瞼越しに見つめていた。

 屋内のため風はなかった。長髪も揺れることなく肩に落ちついている。
 追想に浸るにはちょうどいい空気だ。

(――ロレッタ)

 胸中で名を呟く。
 それによっていつでも彼は満たされる。
 その名と、名にまつわる記憶は彼の支えであり、指針であり、今まだ生きている理由でもある。
25 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/09/17(月) 00:05:42.83 ID:P2NJ05Zwo

 かつての自分の名を捨てることには抵抗があった。
 たとえそれが彼女との再会のために必要なことであったとしてもだ。
 彼女がその声で呼んでくれた名前には、思っていたよりも執着があった。

(ロレッタ)

 それは彼の全て。
 そのほかの何もかもを賭けるだけの価値があることだ。
 と。物思いを遮って部屋のドアが開いた。

「やっほ」
 瞼を持ち上げると、部屋に歩み入ってくる若い男が見えた。

「エルネスト」
 視線を強くして陶酔を妨げたその男を見る。
26 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/09/17(月) 00:06:22.45 ID:P2NJ05Zwo

「ん? ああ、邪魔して悪かったよ。ごめんね」
 言葉とは裏腹に悪びれる様子もなく、エルネストと呼ばれた男は軽く手をひらひらさせて見せた。

 ラクリマは鼻から短く息を吹いた。
 椅子から立ち上がって窓に寄る。
 カーテンを薄く空けると、広がる町並みが一望できた。

 限られた植物域に隙間なく詰め込まれた建物の数々。
 平穏そのものに見えるが、その水面下では常に居住権の取り合いが起きている。
 定住の権利は流浪の者たちが涎を垂らしてほしがるものの一つだ。

 半年前にその一人となった彼はしかし、定住権には興味がなかった。
 その意思が向くところはただ一つ。
「どうだった」
27 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/09/17(月) 00:06:59.71 ID:P2NJ05Zwo

 問われたエルネストは首肯の気配と共に答えた。
「うん、ヴィルフレードの言ったとおりだったよ」
 肩越しに睨みをくれてやると、彼はへらりと笑って言いなおした。
「ラクリマの言うとおりだった。これでいい?」

 返事は返さずに男は窓の外に視線を戻した。
「そうか」

 眼下には平穏な空気と共に人通りがある。
 壊れた彼の世界とは別に回る、関係のない世界。

 その事実を噛みしめ、ラクリマは告げた。
「出発だ」
「分かった」

 相棒のエルネストは頷き、あ、でも待って、と言葉を継いだ。
「お土産買っていってもいい?」
 無視して、ラクリマは旅の荷物をまとめ始めた。
28 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/09/17(月) 00:07:26.44 ID:P2NJ05Zwo
ここまで。続きます
29 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/09/17(月) 00:09:53.44 ID:P2NJ05Zwo
と。そういえば投下ペースについて
基本的に一日一区切り分を投下できるようにします
遅い場合にも一週間に一回は投下に来るようにしますので読んでいただけると嬉しいです
それでは
30 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/09/17(月) 19:06:44.64 ID:P2NJ05Zwo
少し投下
31 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/09/17(月) 19:07:12.12 ID:P2NJ05Zwo

 馬車の行く手に町の影が見えた。
 荒れ果てた灰色の地平にぽっかりと浮かぶ緑色。

 規模はまずまずといったところだ。
 自前の農場を持ち、自給自足のシステムはおおむね整っている。
 農業が主産業のその町に運ばれるのは、鋳造技術をはじめとする工業的手法で作られた製品である。

「オリ―ヴァ」
 それが町の名前だ。

「やれやれ、やっと着いたんかい」
 いかにもくたびれた風に隣に寝転がった老人が声を漏らす。

「あんたはただ寝てただけだろう」
「儂も結構働いたぞ」
「嘘つけ」
「あれでも儂の全力じゃよ」
「ああそうかい」
32 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/09/17(月) 19:07:43.80 ID:P2NJ05Zwo

 冷たくあしらうと老人はちらりとこちらに視線をくれた。
「なんじゃティナ、機嫌が悪いの。生理か」
 無言で脇腹を殴ってやる。

 まったく、御者に聞こえたらどうするというのか。少し離れた御者席を見やる。
 今はあまり気にしすぎることはないが、ミスというのは思わぬ所に蓄積し、足場を崩してくるものだ。

 老人は殴られた脇腹を気持ちよさそうにさすり、何事もなかったかのように話を変えた。
「ところで、あいつは連れてきてよかったのかの」
「賊のことか?」

 捕まえた賊の首領は後ろを来る馬車にのせてある。無論拘束してだ。
「ほっぽり出してきてもよかったろうに」
「そういうわけにいくか。あいつは罪人だ。きちんと裁かれる必要がある」

「また心にもないことを」
「……」
「どうせまたお前さんのおせっかいだろうに」
33 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/09/17(月) 19:08:35.67 ID:P2NJ05Zwo

 賊はあの場所においてきても仲間が戻ってくれば助かっただろう。
 彼らが戻ってくる可能性は低くはないはずだった。

 それでもわざわざ連行したのは老人の言う通り、彼女のおせっかいだ。
 ラクリマというのがどういった人間だか知らないが、自分の情報をティナたちに引き渡した彼をそのままにしておく保証はない。
 危険な人物だった場合、賊が危なかった。

「まったく。そんなことじゃ先が思いやられるわい」
「なによ」
 思わず口調が女のものに戻る。
「わたしが悪いっての?」

「小娘は自分の心配だけをしておけばいいということさ」
「でも」
「お前さんは想い人の仇を討つんじゃろ。なら余計なことは考えるな。思い上がりも大概にしとけ」

 さらに反駁しかけるが、開いた口からは言葉が出ない。老人の言葉が正論だからだ。
 そのまま口を閉じる。声を男の口調に戻した。
「……分かったよ」

 視線を前方に戻すと、町が先ほどより近付いていた。
34 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/09/17(月) 19:09:02.58 ID:P2NJ05Zwo
続きます
35 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/09/18(火) 16:27:35.91 ID:BQI/53GXo

……

 植物域の町に入ってまず感じるのは、足下の踏み心地の変化だ。
 荒野の粗い砂粒と違い、土がしっとりとした感触を足の裏に返してくる。
 それによって喉の渇きを思い出してしまった。

(水……)
 喉の奥がガサガサになっているのが分かる。
 荒野では気づかなかったそれは今、鬱陶しいほどの痛みを訴えていた。

 とはいえ、すぐに渇きを満たせるせるわけではない。
「異形使い……」
 賊たちと相対した時と同じ声色が聞こえてきた。

 大きな声ではない。ひそめられた囁きだ。
 横目でそちらを見やると、町の住人と思しき者たちが固まってこちらに視線を注いでいた。
36 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/09/18(火) 16:28:21.36 ID:BQI/53GXo

「なんでこんな辺鄙なところに異形部隊が……」
「視察か?」
「お役人サマの示威活動ってやつだろう……」

 聞こえてくる言葉の内容も友好的とは言えないが、それ以上にその口調は敵意に満ちている。
 ティナとしては心外なところであるが、その敵意も仕方ないと思えるところはある。

 異形使い及び異形使いが所属する異形部隊はこの国における重要な軍事力だ。
 国はそれを切り札として位置付けており、異形使いはかなり厚遇されている。
 必要以上と言っていいほどにだ。

 もちろんそれだけでも国民に嫌われる要因にはなりえた。
 ただ、それはあくまで副次的な要因にすぎず、根本的な嫌悪の理由は、やはり異形使いという存在の特異性にある。

 異形使いはその身に異形を宿し、その力を借りて身体を変化させる。
 身体のどこかに現れる文様はその証で、それによって人間とはかけ離れた力を発揮し、通常は多くのものを破壊してしまう。
37 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/09/18(火) 16:29:26.04 ID:BQI/53GXo

 要するに、常人たちは異形使いが怖いのだ。
 その昔は異形狩りと呼ばれる迫害が頻発していたと聞いたことがある。
 国が異形使いの人権を明確に規定し、彼らを集めた異形部隊と呼ばれる組織を発足するまでそれは続いたとか。

 異形使いは国によって保護されている。
 反対に、この荒れ果てた世界において、国は異形部隊という切り札によって存在をなんとか維持している。
 つまりはぎりぎりの共依存ということだ。

 棘のある視線を浴びながらティナは軍の公舎に向けて通りをあるいた。
 姿勢は真っ直ぐに。ただ、視線はどうしても下がり気味になった。

「気にしてると身が持たんぞ」
 横を行く老人が言う。
「もう半年じゃ。いい加減慣れとけ」

 ティナは無言で足を進めた。
38 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/09/18(火) 16:30:44.59 ID:BQI/53GXo

 公舎にて。
 賊を引き渡して、それから与えられた部屋に一旦入る。
 旅の疲れを癒すためだ。

 厚遇されているだけあって、部屋は広く、設えは豪華……と言えないまでもそれなりに整備は行き届いている。
 大きなベッド、テーブル、その他家具はシンプルではあるが傷一つ見当たらない。
 ドアを閉めて数秒。誰の気配もないことをしばし確かめ、ティナは息をついた。

 柔らかく膨らんだベッドに寄って、一気に倒れ込む。ぐったりと重い倦怠感が身体の奥から滲みでてきた。
(ああ……疲れた)
 数分ほどそのままうつぶせでいたが、ふと喉が渇いていたことを思い出す。のろのろと起き上がって、テーブルの水差しに向かった。

 水を喉に流し込んで、ふとテーブルの上にある資料の束に気づく。
 さっと目を通すとそれが手配書であることが分かる。

 細密な似顔絵と、それから罪状の羅列。ぺらぺらとめくるといかつい男たちの顔が続く。
 しかししばらくして場違いに童顔な少女の顔が目に映った。
39 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/09/18(火) 16:31:34.91 ID:BQI/53GXo

 罪人の名はアルベルティーナ・フローリオ。
 罪状は大量殺人。小さな町一つを壊滅させた、とある。根幹異形の使い手とも。

 異形使いに宿る異形は人によってさまざまだ。
 一人に宿る異形は一体。強いものもあれば弱いものもある。

 その強さは通常比較の問題に過ぎない。
 だが例外がいる。根幹異形だ。

 根幹異形は世界の異分子である異形の中でもさらに特異な異形だ。
 極めて強力で破壊に特化し、だが数は少ない。

 大昔、一体の根幹異形が国が傾くほどの破壊行動を行ったという伝説もあるが定かではない。
 根幹異形自体がただの噂にすぎないという者もいる。

 ティナは無言でフードを外し、口元の黒布を下ろした。
40 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/09/18(火) 16:32:47.58 ID:BQI/53GXo

 部屋には小さいが姿見も掛かっている。ちょうど彼女の正面だ。
 手配書の似顔絵と瓜二つの顔がそこに映っていた。

 ただし、手配書の少女と違い、髪は短く切ってある。
 灰色に近い銀髪は、やはりあの人が好きだと言ってくれたので切るのは本当に嫌だった。

 手配書との違いは髪の長さだけではない。
 あの頃と違い、立った半年で自分はずいぶん擦り切れた。
 手配書の活発そうな目をした少女は、姿見の中で暗く陰った視線をこちらにくれている。

 目に見える変化だけではない。
 失ったものは多い。

 その時ドアがノックされた。間髪いれず開く。
 慌ててフードと黒布を直そうとして失敗するティナを見て、老人――バジルが笑った。
41 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/09/18(火) 16:33:41.50 ID:BQI/53GXo

「お前さん、なにしとるんじゃ。顔芸の練習か?」
「別になんでもないわよ。出てって」
 ぶっきらぼうに返す。と、老人は続けた。
「そうはいかん"アルベルト"、仕事じゃよ」
42 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/09/18(火) 16:34:10.44 ID:BQI/53GXo
続きます
43 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/09/18(火) 17:54:29.35 ID:/J7nc3tIO
44 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/09/19(水) 17:36:32.47 ID:1yMkeaxgo
今日で第一話終了です
45 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/09/19(水) 17:37:05.13 ID:1yMkeaxgo

……

「ご苦労様でしたアルベルト殿。馬車の積荷は全て無事でした」
 軍のメッセンジャーが言う。平坦な事務口調だ。
 軍に所属してもう半年。まだこういった種の人間のこういった話し方には慣れない。
 ついでにいえばこういった殺風景な執務室にもだ。

 机に着いたメッセンジャーは続けた。
「異形使いとはいえ、急の、しかも一人での護衛は大変だったと思います。本来ならばゆっくり休んでいただくところですが、次の仕事が入っています」
「ああ」
 内心うんざりと頷く。人手が足りないのは分かっていたが。

「あなたの報告にあったラクリマという男。町の北区、宿の一つに滞在していたという確認が取れました」
 さすがに調査が早いな、と思った。
「ですが宿自体はもう出てしまった後のようで身柄を取り押さえることはできませんでした」

「それで?」
 先を促すが、なんとなく予想はできている。
「その男の拘束をあなたにお願いしようと思います」
46 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/09/19(水) 17:37:34.39 ID:1yMkeaxgo

「人使いが荒いのう」
 大通りを歩きながらバジルが愚痴る。
「あんたに同調するのは心底嫌だが、同感だな」
 ティナもため息交じりに呟いた。

「なんじゃい年寄りは大切にせんといかんのに」
「年寄りが本当に大切に扱われるのは死んだ後だよ」
 くくっ、と老人が笑う。
「お前さんも言うようになったの。半年前なんぞ何も面白みのないガキだったくせに」

 そうか。あしらって進む。
 道はあまりきちんと舗装されておらず、土を固めた程度のものだ。
 脇には雑草がきままに生え散らかっている。

 だが、そんな雑然とした緑も植物域の特権と言える。
 なぜだかは誰も知らない。しかし、植物はこの大地に点在する植物域にしか生えない。
47 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/09/19(水) 17:38:02.55 ID:1yMkeaxgo

「で、ラクリマとやらはどこにいるんかいの」
「俺の話を聞いてなかったのか」
 声に嫌味を混ぜて睨む。

「まさか。聞いとったよ。覚えとらんだけで」
「そういうのを聞いてないって言うんだ」

 いいか、と続ける。
「ラクリマという名はこの街の住民簿には載ってなかった。宿を利用していることを見ても流れ者で間違いない」
「ふむ」

「となれば宿を出れば行くところは限られる。賊に補給馬車の情報を流すなんてヤバいことをやった後の行動も予想は簡単だ」
「儂ならさっさととんずらこくの」
「俺もそう思った」

 だから、と締めくくった。
「植物域間の乗合馬車を使うのは間違いない」
48 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/09/19(水) 17:38:37.83 ID:1yMkeaxgo

 停留所の入口にいた組合員に声をかけると、その男はわずかに顔をしかめて見せた。
「……何の用でしょうか」
「ラクリマという男を探している。入るぞ」

 一方的に告げ、組合員の返事を待たずに横を通り過ぎた。バジルも後ろに続く。
 異形部隊は様々な権能を持っている。事前申請なしのこういった立ち入り捜査もその一つだ。
 後ろから聞こえる露骨な舌打ちを無視し、居並ぶ馬車を見回す。

 馬車や馬の手入れをしていた男たちと、馬車に乗ろうと集まっている客たちが、手を止めてこちらに視線を向ける。
 特に目立って不審な人物はいない。
 ただ、こちらに目もくれない人間がいるのは見えた。

 そちらに足を向ける。
 荒野への出口にほど近い位置にある馬車に乗り込もうとしている男二人。
 一人は革鎧を身につけ、短髪の頭にバンダナを巻いている。中肉中背。

 そしてもう一人は。
 もう一人は砂色のマントを身にまとい、黒い長髪を背中に流している。背は高く、筋肉質とまでは行かないが体格は悪くない。
 記憶に引っかかるものがあった。わずかに、ではなく強烈に。
49 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/09/19(水) 17:39:15.87 ID:1yMkeaxgo

「おい」
 ティナは声を上げた。
「そこのお前たち、止まれ」

 例の二人は聞こえないようだった。それともわざと無視したのか。
 自分の心臓の音が妙に大きく聞こえた。
「止まれ!」

 ようやく二人のが足を止めた。
 バンダナの方が振り向く。若いを通り越して幼い印象さえある童顔。無邪気な視線をこちらに注ぐ。

「お前もこちらを向け。ゆっくりとだ」
 そう言った時にはわれ知らず、右手袋を外していた。
 長髪の男が振り向く。音がしそうなほどゆっくりと。
50 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/09/19(水) 17:39:48.34 ID:1yMkeaxgo

 ティナは。ティナは不意に喉をさかのぼってくる何かを感じて、それをそのまま吐きだした。
「ヴィル、フレェェェェド!」

 男の顔は知っていた。ああそうとも、あの日から片時も忘れたことなどない。忘れようとすると夢に出る。
 自分が失ったものは全てそいつが持っていった。持ち去って壊して、放り捨ててみせた。
 だから忘れられる訳がない。

「探していた。探していたぞ、お前を!」
 男は発せられた叫びにも動じることなくこちらを見ていた。
 そしてぼそりと言う。
「人違いだろう。俺はラクリマだ」

「違う。忘れるものか。お前だ。名を変えていたんだな」
 吹きだす怒りに体温が上がる。胸の奥が煮えくりかえっている。
「コルツァを覚えているか。お前が滅ぼした町だ」
51 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/09/19(水) 17:40:16.97 ID:1yMkeaxgo

 男はぼんやりとこちらを見ていた。
「そしてお前は俺の最も大切な人をそこで殺した!」
 一歩近づく。
「俺は――お前を追ってここまで来た!」

 叩きつけるための力をイメージする。ぐずぐずの肉塊になる相手を夢想する。
「この日を待ちわびていたぞ」
 右手を顔の前に掲げた。自然、手の甲が相手を向いた。

「想い人の仇――覚悟しろヴィルフレード!」
 右手の甲の文様が光を放った。
52 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/09/19(水) 17:40:43.05 ID:1yMkeaxgo

 変化が終わる。
 翼を広げ、ティナは雄叫びを上げた。

 危険を察して他の人間が避難を始めた。
 それを尻目に、ティナはヴィルフレードに向けて突進した。
「アアアアアアッ!」
 振り下ろす爪が確かに相手を捉える――はずだったのだが。

 空を切る尖った先端。
 ティナはバランスを崩してたたらを踏んだ。

 訳が分からず視線をめぐらすが、相手を捉える前に身体に衝撃が走る。一、二つ。
 死角からの打撃だと気づいて、大きく飛び退く。
 ようやく憎き仇が目に入った。
53 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/09/19(水) 17:41:09.25 ID:1yMkeaxgo

 信じられない思いで瞬きする。
 確かに自分の異形は攻撃に特化しているとは言い難い。
 それでも異形に人間の身体能力で応じるなど正気の沙汰ではない。

 その動揺が隙となった。
 ヴィルフレードがこちらにすっと右掌を向けた。
 そこにあるのは――傷跡にも似た文様。

 光を発して相手の存在が置き換わるのが分かる。
「くっ……」
 目を凝らすと相手の姿が再び見えた。既に人間ではない。異形。

 のっぺりとシンプルな人型だった。
 ティナの御使いと違って身を守る鎧も、相手を引き裂く爪もない。
54 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/09/19(水) 17:41:37.54 ID:1yMkeaxgo

 じり、と構えたまま間合いを測る。
 対して、相手は人間であった時と同じく棒立ちのままだった。
 まるでこちらを忘れているかのようだ。

 ティナは右の翼を振るった。猛烈に風が巻き起こり、砂が舞い上がる。
 相手に向かっていくそれに乗じて、再び地を蹴った。

 わずかに向かっていく軌道をずらして、撹乱して肉薄する。
 相手が反応できていないと確信し、爪を中心に突き込んだ。貫き、めり込む。

 勝利を確信した。しかし同時に違和感にも気づく。
(なに?)
 爪が刺さった部位がぼろりと崩れた。敵の腹に穴が開いた。

 そして再び衝撃。頭部を殴り飛ばされた。
 よろめいて数歩退く。
55 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/09/19(水) 17:42:03.54 ID:1yMkeaxgo

(どういうことよ!)
 理不尽だ。

 揺れる視界を相手に向ける。相手はさらに崩壊を進めていた。
 だが、どう見てもティナの攻撃によるダメージのせいではない。自壊している。

(まさか、そういう異形なの?)
 自らを分解し、攻撃を回避する異形。

 相手が完全に消失した。

(まずい……)
 相手を見失った。次の攻撃は、恐らく自分の命を刈り取るだろう。

 だが、敵に特性があるのと同様、こちらにも特長はある。
 翼を身体に巻き付けた。
56 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/09/19(水) 17:42:29.83 ID:1yMkeaxgo

 ティナの御使いは、本来防御に特化した異形だ。
 このように鎧と翼で身体を包むことでほとんどの威力を無効化してしまう。
 つまり、これで敵の次の攻撃が最期の一手となるということだ。

(どこからでもきなさい!)
 待ち受ける。一拍、二拍。

 三拍目で馬の嘶きが聞こえた。
 はっとして見やると荒野に向かって馬車が走っていくのが見えた。

 呆然として見送り、それから気づく。
 しまった、逃げられた!
57 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/09/19(水) 17:43:24.29 ID:1yMkeaxgo

「間抜けじゃのう」
「うるさい!」

 唐突に後ろから聞こえたバジルの声に怒鳴り返す。
 変身を解いて振り向く。

「あなたなにやってたのよ! 逃げられちゃったじゃない!」
「お前さんがしくじったんじゃろうが」
「あなたが協力してればこんなことにはならなかった!」

 怒りを叩きつけるが、老人は笑みをおさめることはしなかった。
「どうかの。逃がさなかったところであいつを殺せたか」
 もちろん。という声は出なかった。

「無理じゃよ」
「そんなことは」
「いや、無理じゃ。あいつが何者かは嫌というほど説明したろうに」
58 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/09/19(水) 17:43:56.64 ID:1yMkeaxgo

 ティナは言葉に詰まった。
 知っている。あの悪人と自分の実力の差は。
 だからこそ逃げられる前に殺せなかった。

 ティナはしばしうつむき、それから荒野へ続く門を見た。
 荒野の風が吹き込んで来ている。
 馬車は遠ざかって、もう見えなくなっていた。
59 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/09/19(水) 17:44:51.26 ID:1yMkeaxgo

……

 全速力で走っていた馬車は、ようやく御者の操作によって速度を落とした。
 大きかった揺れが途端におさまる。

「いやあ、おもしろかったねえ」
 バンダナの御者、エルネストがこちらを振り向いて言う。
 ラクリマは答えなかった。

「なんて言ってたっけ。コルツァ? 懐かしい名前だ」
「……」
「恨み買っちゃったの?」

 ラクリマはそれも無視しようとしたが。
「恨まれる覚えならいくらでもある」
「うわ、ひっど」
 エルネストはからからと笑った。
60 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/09/19(水) 17:45:25.56 ID:1yMkeaxgo

「でも変だね。ラクリマは女も殺したことあるの? ちょっと意外」
 エルネストの言葉にあの異形部隊員が想い人の仇と言っていたのを思い出す。

 正直なところそういった記憶はなかった。
「さあな」
 だから適当に答えた。

「恨みならいくらでも買った。直接間接関わらずだ」
「じゃあその中の誰かだね」
「ああ。良くは分からないが」

「はは。やっぱりひどいね」
 エルネストが笑うが、ラクリマは目を鋭く細めた。
 お前には敵わんよ、と。

 座席に深く身体をうずめた。
 日が傾いている。荒野の風が冷えてきた。
 そして乾いている。荒野の風が潤うことなど稀だ。
 それに吹かれる人の心もまた、潤うことはない。
61 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/09/19(水) 17:45:51.69 ID:1yMkeaxgo
第一話終了
続きます
62 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/09/19(水) 17:47:22.21 ID:1yMkeaxgo
ここまでで分かりにくいことなどありましたら、書いていただけると第二話からの描写に反映させて説明していくことができます
もしよかったらご協力を
それでは
63 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/09/19(水) 18:08:12.16 ID:3aM2PDvVo
>>1
文章に詩情性があって惹き込まれる。本格ファンタジーの世界って感じだなあ。
分かりにくいところはないよ。好きに書きたいことを書いてくれ。
64 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/09/20(木) 05:12:27.77 ID:hZsEAPD2o
感想ありがとう、感激です。それと、分かりにくいところはなかったそうで安心しました

さて、今日の投下ですが、お休みして書き溜めに回ろうと思います。連日の投下でしたし、ちょっと細切れすぎる気がしたので
次回からも読んでいただけると幸いです。それでは
65 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/09/20(木) 09:31:30.13 ID:YK9UdnoOo
乙。力作だと思うから期待している。
66 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/09/21(金) 07:26:08.74 ID:rr4wVqBIO
鳥肌が立つ程に寒い
67 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/09/21(金) 20:27:17.93 ID:eAiQ3WBuo
始めます
68 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/09/21(金) 20:27:50.33 ID:eAiQ3WBuo

 第二話 追憶、追跡
69 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/09/21(金) 20:28:17.22 ID:eAiQ3WBuo

 その日だっていつものように始まって、そしていつものように終わるんだと彼女は信じて疑わなかった。

 そう、信じていた。

 いつものように、徹夜でふらふらの彼に朝ご飯を食べさせる朝、そして休まず机に向かう彼に夜食を運ぶ夜。そんな一日を。
70 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/09/21(金) 20:29:32.06 ID:eAiQ3WBuo

 彼女は十八年前に異形使いとして生まれた。
 両親はそれで彼女を捨てるような真似はしなかったが、小さな村でそのことを隠して育てるには限界があった。
 異形使いという人種はひどく恐れられている。

 いつも右手に手袋をはめているティナを、町民たちは変な目で見た。
 小さい頃に火傷をしたのでそれを隠すためと偽っていた。

 十二歳まではそれでなんとかなった。
 だから、それまで上手くいっていたものがなぜその時に限って駄目になってしまったのか、彼女には分からなかった。

 発端は些細なことだったと記憶している。
 大人の仕事を手伝った後の時間で、友人たちといつものように遊んでいた。
 何かのゲームをしていて、それでティナはいつもより調子がよかった。
 当時気になってきていた少年にも褒められて悪い気がしなかった。
71 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/09/21(金) 20:32:27.63 ID:eAiQ3WBuo

 だからもっといいところを見せたくてはりきったのだが、それが一人の少女の不快を買ったようだ。
 後になってなんとなくわかったが、その子も少年のことが好きだったのだと思う。
 少女はティナがズルをしたと非難し、言いがかりをつけた。

 ティナは当然怒って喧嘩になった。ところがその時に手袋がもぎ取られてしまったのだ。
 異形使いのことは少年少女でも知っている。恐ろしい存在なのだと、小さい頃から大人からいい聞かせられて育ってきた。
 ティナの手の甲を見た少年の、ひきつった顔を、ティナは忘れられない。

 町中にティナの事情が伝わって、ティナは子供心に殺されることすら覚悟した。いや本当は怖くて震えていたのだけれど。
 彼がそんなときに町を訪れたのは、幸運を通り越して奇跡だったと言えるかもしれない。

「ぼくがこの子を引き取りましょう」
 両親すらティナを守ることを諦めたところに、事情を聞いた彼が言った。
「この近くに研究のための屋敷を買おうと思うんですがね、助手がいるんですよ」

 その日から、彼女は町の外れの屋敷で彼と暮らすことになった。
72 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/09/21(金) 20:33:24.72 ID:eAiQ3WBuo

 彼は名をラウロといった。
 ティナは二日以上寝ないで大丈夫な人を初めて見た。

「夢中になると、どうにも寝付けないんだ」
 目をこすりながら彼は言った。
 ラウロは彼女より年上だったが、無邪気に作業に取り組む姿は小さな子供のようだった。

 彼は何かにつけて彼女を褒めた。
 彼女の髪の色を好きと言ってくれたし、勉強の呑みこみがいいと撫でてくれた。
 何より彼は彼女の異形を怖がらなかった。

 まだ異形の制御が分からなかった頃のこと。
 試しに化けてみたら戻れなくなった。

 彼に怖がられるのが嫌で、屋敷の裏の小屋で縮こまっていた。
 探しに来た彼は笑った。
「今日は僕が晩御飯を作ったよ。食べよう」

 その日は異形の姿のまま彼と一緒の床で寝た。
 ラウロの腕の中はあたたかくて、ぐっすり眠った後、朝には人間の姿に戻っていた。
73 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/09/21(金) 20:34:48.60 ID:eAiQ3WBuo

 満たされていた。こんな日がずっと続くことを信じて疑わなかった。
 実際、六年間それは続いた。

「ラウロ・マグリーはいるか」
 訪ねてきた長身、長髪の男は冷たい視線でティナを見下ろした。
「異形部隊だ」

 その時から嫌な予感はしていた。
 奥から出てきたラウロはいつものように微笑を浮かべていたが、それでも彼女の不安は晴れなかった。

 彼は言った。
「ティナ、ちょっと地下室に探し物をしに行ってくれないかな」
 ティナは分かった、と応じた。それが彼との最後の会話になった。
74 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/09/21(金) 20:39:45.26 ID:eAiQ3WBuo
続きます

そして、製作者スレではありがとうございました
75 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/09/21(金) 21:44:07.14 ID:6yaj0jf80


ティナは女だよな
アルベルトは偽名?別人格?
76 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/09/21(金) 22:35:00.50 ID:eAiQ3WBuo
あー、そういえば紛らわしいですね
この機会ですし、主人公だけ軽くキャラ紹介入れときます

○アルベルティーナ・フローリオ
異形使いの少女
通称ティナ、偽名アルベルト(アルベルト+ティナ→アルベルティーナ)
女であること等、身分を隠して異形部隊に所属
故郷コルツァの破壊容疑で指名手配されている
77 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/09/21(金) 23:43:27.25 ID:4n+g5+p4o

続きが気になる
78 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/09/23(日) 00:14:30.27 ID:7pCgmngpo

……

 執務室のその机をぶっ叩いたところでメッセンジャーはひるみすらしなかった。

 異形使いを恐れない人間には共通するところがある。
 異形使いといえども所詮中身は人間であると知っていることだ。
 人間ならばいくらでも弱点はある。それを知っているということだ。

 軍のメッセンジャーは大概そういった人間のようだった。
「だから何度も言っているだろう」
 そののっぺりとした無表情に、ティナはいらだちをそのままぶつけた。
「補給馬車の情報を流した男がいた、ラクリマという名前だった、だがその男は元異形部隊のヴィルフレード・アリオストだった!」

「ほう」
 メッセンジャーはその言葉から数呼吸間をおいて続ける。
「それは興味深いですな。異形部隊の元分隊長が賊の情報屋となっているわけですか」
79 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/09/23(日) 00:15:41.71 ID:7pCgmngpo

 余計イライラが募る。
 先ほどからこんな問答を繰り返していた。
 つまり、主張し、それをやんわりと受け流されるといったやりとりを。

「そうか、あなたの興味を惹けたようでよかった喜ばしい。
 けれども俺が言ってるのは、だからヴィルフレード現ラクリマという男を早急に捕縛対象として手配して欲しいということだ!」
 再び机を殴打する。

 メッセンジャーはわずかに顔をしかめた。
 ただ、それはひるんだというよりも単に机が傷まないか心配しているだけに見えた。
「それは無理ですな」
「なぜだ」

「いいですかアルベルト殿。世の中には道理があります。死んだ人間に捕縛手配はできません」
「奴は生きている」
「いいえ」
80 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/09/23(日) 00:17:29.01 ID:7pCgmngpo

 メッセンジャーはかけていた眼鏡をはずし、磨きながら言葉を継いだ。
「異形部隊分隊長ヴィルフレード・アリオストは半年前の任務で殉職しています。コルツァ事件。ご存知ですね?」
「コルツァという町が壊滅した件だな。だが死体は確認されていない」
「おや、よくご存じで。公開されていない事実のはずですが」

 つい、とメッセンジャーはこちらに目だけを向けた。
「ついでにいえばアリオスト元分隊長の容姿をはじめとする個人情報も秘匿されているはず」

「異形部隊の権限を知らないわけじゃないだろう」
 内心冷や汗を流しながら応じる。
「それくらいの情報は我々の権能で引っ張り出せる」

「そうですか」
 メッセンジャーの視線はじっとりとこちらにまとわりついた。

 どのメッセンジャーにも共通するのは、異形使い相手に退かないこと、事務という方向に極端に特化していること。
 そしてこの視線だとティナは思う。絡め取り、自由をひっそりと奪うこの視線。

 たかだか伝言役のはずなのだが。
 もしかしたら、その伝言という役目こそが真に組織を支配しているのかもしれない。
81 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/09/23(日) 00:19:10.13 ID:7pCgmngpo

「とにかくだ」
 沈黙に耐えきれず、ティナは口を開いた。
「少なくともラクリマという男を追う必要がある。手配を――」
「ああ、それならば済んでおりますよ」

 メッセンジャーはさらりと口をはさんできた。
 ぽかんと呆気にとられるティナに彼は続ける。
「アルベルト。そして補佐バジル・カジーニ。治安妨害罪の容疑でラクリマを捕縛するよう指令が下っております」
82 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/09/23(日) 00:19:39.67 ID:7pCgmngpo
短いですがここまで。続きます
83 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/09/23(日) 01:52:17.38 ID:1yAe4jq2o
乙!
84 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/09/23(日) 23:50:07.11 ID:yjFtxsQs0
85 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/09/24(月) 04:59:49.87 ID:H5pk7tGto
プロットを確認していたら遅れてしまいました
昨日の分、投下します
86 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/09/24(月) 05:00:18.79 ID:H5pk7tGto

「なーんで儂らがやらんくちゃならんのじゃ」
 公舎の個室で椅子の背に反り返りながらバジルがぼやく。
 傾いてギシギシと音を立てるその椅子を見るともなく眺めながら、ティナは壁に背をつけ腕を組んでいた。

「あーやっとれんやっとれん。なんのための税金じゃ。何のための警衛兵どもじゃ」
 ぎしぎし、ぎしぎし。
「おい、何を黙っておる」

 言われてもしばらくは虚空を見下ろし、頭の中の整理を続けた。
「思うに」
 それから言葉を選んで口にする。
「これはチャンスじゃないかしら」

「ん?」
「うん。やっぱり好機だわ。公式に奴を追う大義名分ができた上に、いざって時に変な邪魔が入らずに済む」
「……」
87 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/09/24(月) 05:00:57.05 ID:H5pk7tGto

 バジルは椅子を軋ませるのを中断すると、こちらに半眼の視線を投げてきた。
「前々から思っとったが、利口そうに見えてお前さん、実はアホじゃろ」
「なによ」

 むっとして見やると老人は再び椅子を揺らし始めた。
「考えてもみい。まず第一に、奴は半年間も国に見つからずに姿を隠し通してきた。それを儂ら二人だけでどうして見つけられると思う」
「それは……」

「探し当てるにはまず人手が必要じゃよ。これは動かせん」
 ティナは口をつぐむ。

「第二に、腐っても奴は元分隊長じゃ。異形使い……いや戦う者としての実力は本物じゃ」
「わたしは……確かに敵わないかもしれないわ」
 しぶしぶ認める。
「でもあなたも手伝ってくれるんでしょう?」
88 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/09/24(月) 05:02:54.82 ID:H5pk7tGto

「お前さん一人でなんとかなるとは思っとらんよ。当然儂も出る」
 じゃがの、と彼は続けた。
「儂はこの通り老いぼれじゃよ」

「まだ初老でしょ」
「ハンデもある。この通り」
 右手を持ち上げてこちらに見せる。指を二本残したのみの掌。
「無理じゃ」

 言われて壁に深くもたれる。正論だ。認めたくはないが。
 自分の実力などたかが知れてる。半年前までは人を傷つける術など引っ掻くくらいしか持たなかった小娘だ。
 部隊に入ってからこの老人にみっちりと鍛えてもらったつもりだが、所詮は付け焼刃である。

 対して老人の実力は本物だ。
 異形部隊は各異形使いの能力的な個性が強すぎるために"実際には"隊は組めない。
 一人の異形使いに対し複数人の非異形使いの補佐がつく。
 その補佐役の中でも老人は古兵であり、本来ならば自分のような新米にあてがわれる程度の器ではない。

 が、それでも足りないのだ。
89 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/09/24(月) 05:04:03.89 ID:H5pk7tGto

(どうしたものかしら)
 どんよりと気持ちが沈む。
 考えても考える程に無謀さだけが際立っていく。

 焦ってもしょうがないことは分かっている。
 しかし、落ちついていたからと言って、これまたどうしようもない。
 こうしている間にもあの男は遠くに逃れようとしているというのに。

「そうじゃ」
 ぽん、と唐突に老人が手を打った。
 傾いた椅子を、かたんと水平に戻して立ち上がる。

「なに?」
 期待に思わず身を乗り出す。

 老人はあくびを一つかましてドアを向いた。
「とりあえず町に出んか。わしゃ腹が減ったよ」

 なによそれ。こっちはそれどころじゃないってのに。
 むかっ腹が立ったが、不意に空腹に気づいて、仕方なく後を追った。
90 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/09/24(月) 05:04:30.84 ID:H5pk7tGto
続きます
91 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/09/24(月) 06:45:08.19 ID:149wi0BDO
乙!とりあえずFF6のティナなイメージだな
92 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/09/24(月) 07:11:19.91 ID:PDozzceSO
おつ
93 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/09/24(月) 08:15:19.26 ID:QVQ6G1Xdo
FFで言えば
バジルはガラフ
ティナはクルルなイメージ
94 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/09/24(月) 12:33:53.97 ID:RX3UbSYV0
95 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/09/25(火) 01:58:25.63 ID:s5RDKT9Lo
言われるまで気づきませんでしたが、そう言えばffのティナも変身能力持ちでしたね。結構かぶってる点が多いかもしれません
それと各人のイメージは聞いていて面白いです

さて、今日(というか昨日)の分が上がりましたので、見直し後、投下しますね
96 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/09/25(火) 02:17:37.66 ID:s5RDKT9Lo

 オリ―ヴァの町は今日も変わらず穏やかだった。
 窓の外の商店前を人が行き交い、規模は小さいながらも町はそれなりの活気を見せている。
 喧騒は通り沿いのこの食堂の中までは聞こえてこないが、その気配だけは伝わってきていた。平和そのものだ。

「じゃのになんでお前さんはそんなに仏頂面かね」
「そんな気分じゃないの」
 不機嫌に告げる。
「町の雰囲気とわたしの機嫌は別よ。分かるでしょ」

「まあの」
 言って、バジルは皿の上のパンをとりあげる。
「じゃが焦っても仕方あるまい?」

「そうね」
 苦々しくティナは答えた。
「あの野郎の捕縛手配の申請とその返答を待つための時間で完全に手遅れになったわ。
 ヴィルフレードがどこに逃げたかわかりゃしない」
97 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/09/25(火) 02:18:50.80 ID:s5RDKT9Lo

 店の隅の席を使っているため会話を聞かれる心配はない。
 服装も異形部隊の黒衣から着替えていた。念のためにフードは手放せないが。
 同じくバジルも軍服から平服に着替えている。

「それが焦っとるというんじゃよ」
 パンをぷらぷらと弄びながら、あくまで老人は冷静だった。
「広いようで狭い世界じゃ。そのうち見つかるじゃろ。ほれ、だからこそ半年で奴に辿りつけたわけだし」

「あんな幸運、そんなに続きゃしないわよ。あっちも警戒してよりいっそう足跡を消そうとするでしょ」
「そうじゃな」
 バジルはあっさり認めてパンをちぎった。
「では精一杯焦ってみるか。焦れば焦るほど追いつける可能性は減るがの」

 ぐっ、と言葉に詰まる。
「まあ、若者は常に生き急ぐ。仕方のないことではあるな。急いだ所で行きつくのは大抵見当外れの場所じゃが」
「……うっさいわね」
 ここら辺はまあいつも通りのやりとりだ。こうやって少しずつ落ち着きを取り戻す。
98 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/09/25(火) 02:19:34.09 ID:s5RDKT9Lo

 バジルがパンをかじり、呑みこむのを待って、ティナは話を続けた。
「分かったわ。冷静に行きましょう。あいつに追いつくために必要なことは何?」
「まずは落ちつくことじゃが、それはいいみたいじゃの。なら次は情報収集じゃ」

「聞き込み?」
「メインはそうなる。奴も補給馬車の情報を流すなどと大胆な真似をしている以上、何かしら痕跡は残しとるはずじゃ。それを見つける」

 スープをつつきながらティナは訊ねる。
「痕跡って、そんなもの役に立つの?」
「奴が何をしてきたか。それによってこれから何をするかが読める。何をするかが分かればどこに行くかも当然分かる」
「あいつは何か目的があって動いてるってこと?」

 バジルは肩をすくめた。
「さて、そこまでは分からんよ。ただ、調べる価値はある。というより他にできることがないからの」
 それもそうか。ティナは納得してスープをすすった。
99 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/09/25(火) 02:20:20.47 ID:s5RDKT9Lo

 とりあえず、これで行動の指針は立ったようだ。
「問題はわたしじゃ聞き込みがしにくいことね」
 予想外のところで指名手配されている人物と看破される恐れがあった。

「そこはまあ儂に任せとけ」
「いいの?」
「おう。その代わり胸かケツを揉ませてくれんかの」

 ぎょっとして身を退く。
「ちょ、ちょっと……!」
「冗談じゃ。お前さんに欲情するくらいならそこらの娼館にいくよ」

 いちいち気に障ることを言う。抗議しようとした時、ティナの背後から声が降ってきた。
「おい小僧にジジイ。そこは俺らの席だぜ」
 振り向き見上げると、がっちりとした体格の男たちがそこにいた。
100 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/09/25(火) 02:21:49.82 ID:s5RDKT9Lo
ここまで、続きます
101 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/09/25(火) 20:55:40.39 ID:s5RDKT9Lo
今日は早く上がりました。投下します
102 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/09/25(火) 20:56:34.33 ID:s5RDKT9Lo

 男たちは五人。もれなく薄着で、筋肉に覆われた屈強な身体を余すところなく周囲に見せつけていた。
 鋼鉄のような肉体。

 農業を営んでいればそれくらいの容貌は当たり前だが、どうにも違和感がある。
 ティナは視線を下げて納得した。男たちはめいめいに鞘におさめられた短刀等の獲物を手にぶら下げていた。
 農作業のための筋肉ではない。暴力のための筋肉だ。

「何だ」
 男の声を作って応じる。
 一番先頭にいた男が不機嫌に繰り返した。
「そこは俺らの特等席だっつってんだ。繰り返さすな愚図が」

「……」
 ティナは口をつぐんで相手を見返した。

 異形使いが妙な輩に絡まれることはそれなりにある。
 だが、今は格好が格好のため異形部隊の所属であることは知られていないだろう。
 純粋に自分たちの居場所に見慣れない人間がいることが気に入らなかったようだ。
103 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/09/25(火) 20:57:38.15 ID:s5RDKT9Lo

「なんじゃいお前さんらの席だったんか。名前が書いてないから気づかなかったわい」
 視線をやると、バジルは白髪の頭の後ろで手を組んで、椅子にふんぞり返っていた。
「所有を主張するならそれくらいしてくれんと困るぞガキンチョ」

「バジル」
 制止の声を上げかけるが遅かった。
「ああん、ジジイ? 今なんか言ったか」

 手に持った短刀をこれ見よがしにちらつかせながら先ほどの男が凄む。
 取り巻きらしき他の者たちもにやにやと武器を軽く持ち上げる。
「俺たちが誰だか知ってんならもう一度言ってみろ」

 なにやら雲行きが怪しい。だが老人はひるみさえしなかった。
「知らんからもう一度言う。名前を書く知恵くらい持っとけアホガキ」

 ぴくり、と男の顔がひくついた。さすがに予想外だったようだ。
 だが、それでも存外忍耐強く彼は続ける。
「そうか、知らないのか、それなら仕方ない」

 ダン!
 突然激しい音と振動が炸裂する。
 視線をずらすと、男は抜く手も見せずに抜刀した短刀を脇のテーブルにぶっ刺していた。

「俺たちゃアバティーノ家の護衛団だ! 覚えとけクソジジイ!」
104 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/09/25(火) 20:58:46.17 ID:s5RDKT9Lo

(アバティーノ?)
 聞き覚えはあった。どこで聞いたのだったか……

「ほう、名のある商人の。あれの護衛団とは」
 老人は多少表情を変えた。とはいっても嘲り見下す表情から微笑にひっ換えた程度だが。

 思い出した。アバティーノはこの国を代表する商人の一人だ。
 有数の資産家で、あらゆる植物域に支部を置いている。もちろんこの町にもだ。

 補給馬車は通常国が運営し、各植物域の流通を手掛けている。そんな大仕事は国しかできないからだ。
 商人はそれぞれの植物域に数多くいるが、植物域間の物品のやりとりとなると、その全てを国に依存している状態である。

 しかし、アバティーノほどの大商人となると話は変わる。
 商売にはあちこちへのつながりと物品の融通が不可欠だ。
 それを国に頼っていてはその分だけの見返りを要求され、足元も見られてしまう。
 それを防ぐためにアバティーノは独自の流通パイプを持っているのだ。
105 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/09/25(火) 20:59:50.33 ID:s5RDKT9Lo

 護衛団はそれに要する人員だ。
 国の搾取を受けない代わりに、保護もまた受けられないため自衛の手段は自分たちで用意する必要がある。

 その構成員は流れ者であることも少なくない。
 なにしろ本当に優秀な人員は軍に吸い上げられるため、多少は質が落ちるもやむなしといったところがある。

 流れ者は確かな収入源と寄りどころを求めて護衛団の募集に群がる。
 なにしろ荒野で人は生きられない。町でも定住権がないとなると――

「……」
 ふと気づくところがあった。バジルを見る。

 老人もまた、なにやら光の灯った目でこちらを見返していた。
 彼は面白がるように笑みを大きくした。
106 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/09/25(火) 21:01:13.47 ID:s5RDKT9Lo

 筋肉男はティナ達のそんな様子が気に食わなかったようだ。
「おい、ジジイ。言っとくが俺たちに容赦は期待するなよ。なにしろ――」
 言いながらティナを通り過ぎバジルに詰め寄る。

 大きな背中だ。ティナより頭一つ半程背も高い。その後頭部目がけて。
 ティナは振り上げた椅子を叩きつけた。

「がッ……!?」
 鈍い音と共に一瞬身体を震わせ、それから男はくずおれる。

「な……何しやがる!?」
 残りの男たちがざわつく。
 その中で一番前にいた者の頭にも椅子が命中した。これはバジルが投げたものだ。

 完全に男たちが硬直した。反応しきれていないようだ。
 それを見ながらティナは三歩ほど引いた。
107 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/09/25(火) 21:01:53.72 ID:s5RDKT9Lo

「後は頼んだ」
「普通は若いもんが頑張る場面だと思うんじゃが……」
 愚痴りながらもテーブルを蹴り飛ばし老人は飛び出していった。

 ティナは、五分ぐらいかな、と見積もった。いや、もう少しは短いだろうなとも思った。
 それから泡食って飛び出してきた店員を制止し、後でいくらでも弁償するからと短く保証する。
 そしてあとは成り行きを見守った。

 男たちの制圧には結局二分ほどしかかからなかった。
 弁償額も安く済んだが、異形部隊の経費からは落ちなかった。
108 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/09/25(火) 21:02:23.46 ID:s5RDKT9Lo
ここまで、続きます
109 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/09/25(火) 21:05:10.46 ID:s5RDKT9Lo
それから一つ質問なのですが、今やってる「毎日少しずつ投下」という形は読みにくい(追いかけにくい)ってことはありませんか?
もしよければ「二、三日おきに多め投下」という形も可能です。
以上について意見が聞けると嬉しいです。それでは
110 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/09/26(水) 10:07:04.35 ID:yy0TprZwo
乙! 読んでますよ。
好きなペースで投下したらいいんじゃないかな。
111 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/09/26(水) 22:46:05.97 ID:SNMrFnpoo

 その翌日。昼下がり。
 ティナとバジルはオリ―ヴァで一番大きいと思われる建物を見上げていた。
「ほほう、豪華な屋敷じゃの」
 バジルが感嘆の声を上げる。

「まあかの有名なアバティーノの屋敷の一つだしな」
 そういいながらもティナとて気圧される感があった。

 両者ともに正装、つまり黒衣と軍服である。
 今日は異形部隊として動く、そういうことだ。

「では、行くかの」
「ああ」
 門に向かう。入口を守っている私兵が、脇にどいた。
112 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/09/26(水) 22:46:54.87 ID:SNMrFnpoo

 屋敷の中は外から見た以上に広く思えた。

 ティナが先ほど口にした通りアバティーノが所有する屋敷の一つである。
 オリ―ヴァにおかれた支部で、この裏手にある倉庫で各種商品を管理していると聞く。
 国の手が届きにくいここのような町では、国よりも大きな力を振るえると言ってもあながち間違いではない。

 案内人に連れられて奥へと進む。
 いくつかの角を曲がり、通された部屋は軍の執務室より明らかに広い。

「ようこそ」
 そしてそこにおかれた、やはり軍支給のものより明らかに立派な机についた男が声をかけてきた。
「私がアバティーノ家のオリ―ヴァ支部を任されています、フェルモ・ボナです」
 三十代半ばを過ぎた、その歳にしては細身の人物だった。

「アルベルトだ」
 応じてティナが偽名を名乗ると、フェルモは立ち上がり、机の前のソファを示した。
 各人腰を落ちつけたところでフェルモが笑みを浮かべて口を開いた。
「して、今日はいかような御用件で?」
113 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/09/26(水) 22:47:34.67 ID:SNMrFnpoo

「忙しいところ、お時間をいただき感謝する」
 ティナはまず礼を述べた。と言っても形だけのものだ。
 なにしろこちらから無理矢理引き出したものだから。

 昨日、護衛団の男たちを叩きのめした後、彼らに一つ"頼みごと"をした。
 この町の支部の代表にできれば会いたい、といったようなことを。
 決して強制したわけではないが、身分を明かしナイフをちらつかせたのでどうとられたかは定かではない。

「いや、かまいませんよ」
 フェルモは穏やかな微笑で答えた。
 その顔には含みはない。先の事情は全て知っているはずだが。

(いや、もしかして知らない?)
 メンツを保つためにあの男たちが一部をぼかした可能性もあった。
 考えてみればわざわざ自分たちの無能を報告する馬鹿もいないだろう。
 それはそのまま自分の解雇につながるかもしれないからだ。仕事にあぶれれば命にかかわる。賊に身を落とすぐらいしか道もないだろう。
114 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/09/26(水) 22:48:09.40 ID:SNMrFnpoo

 だがまあ今はそれはどうでもいい。
「それで今回の訪問の理由だが」
「なんでしょう」
「ああ。あなたに確認したいことがあった」

 一拍置いて続ける。
「ラクリマという名に聞き覚えはないか」

 フェルモはわずかに考えるためと思しき間を置いた。もしくはわずかな動揺の間か。
「いえ。知りませんね」
「そうか」

 ティナは次の言葉を慎重に選んだ。ここで誤れば、二度と奴に追いつけない。その足掛かりはここにしかない。
「ラクリマという男は元異形部隊の所属。だが、半年前軍規に背いて今は追われる身だ」
「罪人ですか?」
「ああ」

 もちろん嘘だ。正確にはヴィルフレードは殉職扱いである。
「詳しくは明かせない。だが、奴には頼る相手がいない」
「はあ」
115 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/09/26(水) 22:49:11.10 ID:SNMrFnpoo

 フェルモはいまいち分からないといった顔で声を漏らした。
 そのタイミングで、ティナは視線を心もち鋭くして相手に刺した。
「率直に問う。奴はあなたたちを頼りはしなかったか?」

「いいえ」
 返答は早かった。
「言い切るな?」
「ええ。素性の知れない輩は採用しないようにしておりますので」

 涼しい顔でフェルモは言う。
 しかし。しかしティナはほんの少しの違和感を見逃さなかった。
 理屈ではない。しかし嘘を見抜くのは得意だった。
 ラウロの嘘だっていつも見破って見せた。自信がある。

「そうか。ならすまなかった。あてが外れたようだ」
 だが、一旦は引く。代わりに別のものを突きつける。
「ところで、あなたの護衛団は最近編成を変えたりはしなかったか?」
116 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/09/26(水) 22:49:45.32 ID:SNMrFnpoo

「え?」
 明らかに虚を突かれた顔でフェルモが言う。
「いや、あなたの護衛団の一人から妙な話を聞いたものでな」

「……と、言うと?」
 警戒を滲ませてフェルモ。
 この攻め手は当たりだ。確信してティナは続けた。

「異形使いが入った。そう聞いている」
「それはあり得ない」
 フェルモがうめく。
「何を言っているのですか」

「護衛団の編成を変えたことは否定しないのか?」
「いえ、そちらも否定させていただきます」
「それはおかしいのう」
 唐突にバジルが口を開いた。
117 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/09/26(水) 22:51:01.93 ID:SNMrFnpoo

 老人は無礼にならないぎりぎりまで姿勢を楽に崩していた。
 その脚を組み、言う。
「こちらが手に入れた資料では編成変更は事実なんじゃが。異形部隊とよく似た編成らしいの」

 これはハッタリだ。資料などない。
「そんな資料などありません」
 フェルモもそれは承知していたはずだ。だが、表情に余裕はなくなっていた。

 普通はあり得ないことをやってのけるのが異形部隊である。
 "存在しないはずの資料を手に入れる"。そんなこともやってのけるのではないか。異形部隊はそう思われるほど恐れられている。

「また話は変わるのだが」
「なんです?」
「最近護衛団から一人失踪者が出たそうだな」
118 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/09/26(水) 22:52:29.73 ID:SNMrFnpoo

「それがラクリマとやらだと?」
「さて。そこまでは」
 はぐらかす。全てを知っている。それとなくそう思わせる方がいい。

「……不愉快ですな」
 しばらくの沈黙をはさんでフェルモは立ち上がった。
「帰ってください。憶測で妙な疑いをかけられても困る」

「もし罪人を雇っていたとなれば問題だ」
 立ち上がりながらティナはかぶせる。
「だが、確証はない。わたしたちもまだ調査途中だ」
「なにしろ儂らしか人員を回してもらってないんでの。大変じゃ」

「そうですか。ご健闘をお祈りしますよ」
 それだけ言ってフェルモは部屋を出ていった。
 ほどなくしてティナたちも屋敷を後にした。
119 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/09/26(水) 22:53:14.55 ID:SNMrFnpoo

 屋敷を出ると、既に日はかなり傾いていた。

「さて、どうなるかのう」
「上手くいってるといいんだが」
 実際は五分五分といったところか。

「まあ、やるべきことはやった。後は運に任せるだけだ」
「異形使いに神は微笑まないと聞くがの」
 老人を睨むと、素知らぬ顔で彼はこちらに背を向けた。

「じゃあ、儂はここで失礼するよ」
 手をひらひらと振りながら、バジルは通りを曲がって姿を消した。
120 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/09/26(水) 22:53:57.15 ID:SNMrFnpoo

 見送ってため息をついた後、ティナもまた歩きだした。
 路地に入り、真っ直ぐ歩く。日当たりは良くない。そのためかなりうす暗くなってきていた。
 路地には人気もない。ひっそりと静まりかえり、そしてどことなくきな臭い。

 ティナはゆっくり息を吸った。それからまたゆっくり吐いた。
 タイミングをはかる。
 老人に教わった方法では、意識を鋭敏化させることに思っている以上の意味はないそうだ。
 感覚を信じつつもそれに引っ張られ過ぎない。理性による推測にも意味がある。

 もうもう一度吸気し――それから一気に吐いた。
 黒衣の下から抜いたナイフで背後から突きこまれてきていた鋭い気配を受け流す。
 すれ違うように体さばきし、身を沈めた。頭上を二撃目が通り過ぎていった。

(くっ……)
 胸中で悪態をつきながら、路地の壁まで飛び退る。
 そこでようやく襲撃者たちの姿が確認できた。
121 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/09/26(水) 22:54:36.15 ID:SNMrFnpoo

 三人。いずれも覆面をし、加えて薄暗闇の中では人相は判別できない。
 ただ、手練であることはすぐに分かった。
 老人ほどではない。しかし、相手に傷を負わせ、命を奪う方法を熟知している者は気配が似る。

 襲撃者たちはそれぞれ良く似た短刀を持ち、じわじわと包囲を狭めてきた。
 ティナは強烈に右手袋を意識する。
 だが、使えない。町中では使えない。基本的にはそういう軍規だ。

 破れば懲罰だけでない。非異形使いからの異形使いへの視線が一層厳しくなる。
 異形使いは人々に本当の意味で受け入れられてはいない。
 たとえその力にどっぷりと依存しきっているとしてもだ。

 向かって右方の襲撃者が踏み込んできた。
 横薙ぎに短刀が振るわれる。
 後ろには下がれない。だからティナは逆に踏み込み返した。
122 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/09/26(水) 22:55:27.91 ID:SNMrFnpoo

 相手の短刀よりこちらのナイフの方が刃渡りは短い。
 踏み込めば踏み込むほどこちらに有利になる。逆もしかり。
 と、理屈ではそうだが、それを実行に移せるようになるまではだいぶ訓練を要した。

 相手の懐でその手首を押さえ、逆にその内側の腱を狙う。
 切り裂くが、浅い。二人目が来ていたからだ。
 一歩を一人目の陰に移動するのに使った。

 それで二人目の一閃はかわす。
 が、二の腕に痛みを覚えてよろめく。三人目が回りこんで来ていた。動きを読まれていた。
 隙を見せたことで三つの刃が一気に襲いかかってきた。
123 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/09/26(水) 22:56:00.26 ID:SNMrFnpoo

 身をよじり、足を踏み変え、必死で逃げ回る。
 もう反撃の余裕はなかった。
 身体のあちこちに細かい刃傷が生じた。

 バジルなら。バジルなら上手くやっただろう。
 歴戦の戦士だ。相手の攻撃に合わせて一撃で無力化し、沈める。
 自分はそれには届かない。

 届かせる方法は一つしかない。
 それはこの右手にある。右手の甲に刻まれている。
 だが……

 次の瞬間、相手の刃が右肩を貫いた。
124 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/09/26(水) 22:56:56.71 ID:SNMrFnpoo

 悲鳴が口からこぼれる。
 足から力が抜けて尻もちをついた。
 その頭上を鋭い気配が通り過ぎた。もし身を沈めていなければ頸動脈を切り裂かれていただろう。

 とはいえこれで終わりだ。もう逃げられない。
 見上げる刃が、逆手に構えられた刃がゆっくりと――

「そこまでじゃ」
 静かに声が響いた。

 襲撃者たちが俊敏に声の出所に向き直る。
 いつの間にかすっかり暗くなっていた。路地にはいくつも暗闇があり、その一つから軍服の老人が姿を現した。
 不覚にも泣きだしかけていたらしい。ティナの目にはそれがぼやけて見えた。
125 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/09/26(水) 22:57:31.87 ID:SNMrFnpoo

 襲撃者の一人が飛び出した。
 しかし一瞬の交錯の後、老人の前にくずおれる。

 残りの二人はわずかに躊躇を見せた。
 そしてその隙に割り込む形で、老人が右手をそちらに向けた。
「もう無意味じゃよ。やめておけ、アバティーノの護衛団」

 襲撃者たちは明らかに動揺したようだった。
 一歩を引き、それからすぐに遁走した。

 残されたのは尻もちをついたティナとバジル、それからのされた男が一人。だけではない。
 老人の背後にも一人、地面にもがく影があった。

「ち……くしょう」
 良く見ると、昨日の男だった。ティナが最初に椅子で殴り倒したあの。
126 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/09/26(水) 22:58:47.33 ID:SNMrFnpoo

「意外にもこの男が襲撃者たちの指揮だったようじゃ」
 老人がティナの傷に布を当てながら言う。
 立てるか? と聞かれ、ティナは首を振った。腰が抜けている。

「とりあえず話してくれたよ。やはりラクリマという男はフェルモが雇っていたようじゃ」
 老人に肩を貸されて立ち上がる。壁にもたせかけられ、息をついた。
「じゃあ、やっぱり当たりか」

「そうじゃな」
 ヴィルフレードは異形部隊所属だった。
 異形部隊というのは絶大な権能を与えられているが、そこから脱退してしまうと頼るべき相手がほとんどいない。
 そんな輩を引き受けてくれるのは、脱退の事情を知ってまでもその能力を利用したいと思う相手だけだ。
 独自の流通パイプを持ち、有能な護衛人員を必要とする商人がその一例というわけである。

 何にしろ、これでひと段落だ。
 震える息を必死で抑え、ティナは俯いた。
 これで、またあいつに追いつける。殺すチャンスが生まれる。
 たとえこんな窮地がいくつ訪れようとも、必ず成し遂げてみせる。
127 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/09/26(水) 22:59:45.62 ID:SNMrFnpoo

……

 フェルモ・ボナは数日後に軍に拘束された。
 素性の知れない者を雇い、その者によって補給ルートの情報を漏洩させた罪状で。

 補給ルートはそのまま国民の命にかかわる。そのため間接的な漏洩とはいえ微罪ではすまない。
 フェルモは厳しく処罰されるだろう。
 フェルモが首都に送られる前に、ティナたちにも彼を尋問する機会が回ってきた。

「ラクリマは南に向かうと言っていた……」
 監房で、うなだれたフェルモはかすれ声で話し始めた。
「ある人物のことを調べているらしい」

「ある人物?」
「ラウロ・マグリー」
 あの人の名だ。ティナは驚いた。
「その男の研究、が目的だそうだ」
128 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/09/26(水) 23:01:10.27 ID:SNMrFnpoo

 次の日、ティナとバジルは乗合馬車に揺られていた。
 肩の傷はまだ痛む。それでも行かなければならない。
 奴に追いつくためにはどうしても必要なことだ。どれだけ傷つこうが進むことは。

「無理はするな」
 ふいにバジルが口を開いた。
「無理はいかんよ」

「でも」
 思わず反駁するティナを遮って彼は続ける。

「お前さんはあの程度の男と刺し違えるつもりなのか?」
「それは」
「いかんよ。いかん。生き急ぐのはいい。だが若者は死ぬことを考えてはならん」

 言って、それからバジルは笑う。
「死んでからやっとこさ喜ばれる老人とは違うんじゃ。命は大切にな」
 ティナは黙って聞いていた。

 馬車の外には荒野が広がる。荒野には乾いた風が吹く。
 乾いた風。死んだ大地。
 それらを越え、どこに辿りつけるのだろうか。そんなことを思い、彼女は眼を閉じた。
129 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/09/26(水) 23:01:55.82 ID:SNMrFnpoo
第二話終了。第三話に続きます
130 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/09/26(水) 23:05:04.48 ID:SNMrFnpoo
それから投下ペースの件ですが、二日空けて三日目に投下する、というスタイルをとりたいと思います
今日からすると次の投下は29日ということになります
その方がじっくり丁寧に書けると思ってそう決めました。以降はそれでよろしくお願いします。それでは
131 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/09/26(水) 23:58:20.23 ID:N5Cb/lX70
132 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/09/30(日) 00:47:30.27 ID:+9KnbZZZo
遅れてしまいましたが始めます
133 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/09/30(日) 00:47:56.40 ID:+9KnbZZZo

 第三話 末路からの呼び声
134 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/09/30(日) 00:48:33.69 ID:+9KnbZZZo

 夜の冷えた空気に呼気を混ぜる。
 荒野程ではないが植物域でも夜は気温ががくりと落ちる。
 白い靄が浮かんで、それから消えていった。

 ラクリマはその一連を眺め、ゆっくりと足を踏み出した。
 しんしんと身体を冷やす外気を外套で遮り前だけを見据える。

 何が見えるわけでもない。人工的な明かりなどはどこにもない。
 それでもわずかな月明かりの下に黒々とうずくまる建築物の影は判別できる。
 彼はそれに向かって真っ直ぐ歩いていた。

 人気はない。
 場所が場所のため衛兵がいないはずもないが、エルネストに人払いするよう言っていた。
 そして了承は得た。了承した以上は完璧にやってのける。それがあの相棒である。

 恐ろしい程の手並みだった。
 あのバジル・カジーニをして化け物と言わせしめるだけはある。
 そうだ。苦々しく認めた。化け物め。
135 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/09/30(日) 00:49:43.22 ID:+9KnbZZZo

 毒づき歩き続けながら右手の手袋をはずす。
 闇夜で見えるはずもないが掌には異形使いの証がある。
 それはささやかに光を発してラクリマの存在を変換する。

 異形となった瞬間、冷気を感じなくなった。
 異形は世界と彼を断絶するのか。
 いや、と彼は思う。世界と彼を限りなく近づけ、混ぜ合わせ、その境を曖昧にするのだ。

 建物の影が目の前に迫ってきた。
 堅牢なそれは全ての進入を阻む。エルネストですらこれを越えるのは苦労するだろう。
 決して越えられないわけではないだろうが。

 ともかく、ここからは自分の領分だ。
 ラクリマはそう呟き、異形の身体の分解を始めた。
 異形、"断片"はすぐに散り散りに分かれると、その場から姿を消した。
136 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/09/30(日) 00:50:32.00 ID:+9KnbZZZo

……

 次第に近付くその町には、スピーガという名の他に"教区"という呼び名があった。

 この国には国教は明確に定められていないが、事実上そうみなされているものはある。
 聖教と呼ばれるのがそれで、国に十数ある信教の内最も多くの信者を獲得している。

 このスピーガは聖教会の総本山がおかれている町だ。
 当然規模は大きく、国における発言力も大きい。
 人口は王都に次いで二番目である。

 だが、そんな情報はあまり意味がない。とティナは思う。
 自分にとって重要なのは、この町が異形使いにとって動きづらい町であるということだ。

 異形使いがそうでない人々に畏怖され嫌われているのはもう繰り返すまでもないが、教区ではその度合いがさらに強い。
 聖教会が異形使いという人種を異端と認定しているためだ。
137 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/09/30(日) 00:51:20.90 ID:+9KnbZZZo

 異形使いにまつわる伝説がある。彼らの発生について述べたものである。

 その昔、この世の全ての知識を求め神に挑んだ男がいた。
 彼に知らぬことなど存在せず、知の極致に達したとまで言われていた。

 ある時彼はその頭脳で神に相対し、不遜にも打ち負かすことを試みる。
 勝負は七日間に及んだ。
 その間世界は凍りつき、全ての事象は停止したと伝えられている。

 知恵比べの末、男は負けた。
 その際神に挑んだ罰として彼は化け物に身を落とす。

 彼は人を襲い、殺し、犯し、壊しつくした。
 その結果、異形となった彼の血は人々の間に潜み、後世に異形使いという形で現れるようになったとか。
 世界に荒野が広がったのも同時期と言われている。

 所詮は根拠のない言い伝えだ。
 だが、聖教会の信者はそれを過去実際に起きた事実と信じているのだ。
138 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/09/30(日) 00:52:17.97 ID:+9KnbZZZo

 町に入って馬車から下りると人々の視線が強く刺さってきた。
 畏怖だけの視線ではない。明確な敵意と害意に満ちた視線だ。

 先の事情があるため、ここでの異形部隊の活動は著しく制限される。
 公舎も必要最低限のものしか置かれていない。
 そこへと逃げるように移動する。

「所詮は異形使いに頼らぬ生活などないと分かっている癖にの」
 バジルが皮肉を言う。
「分かっていてこの扱いなんじゃからなおさら笑えるってもんじゃ」

 ティナも強くはいさめなかった。
 事実、制限があるにしろここで異形部隊が活動できるのは、異形部隊なしには解決できない事柄もあるからだ。
 教区であろうと異形部隊への依存は変わらない。例えば――

「聖教会に侵入者?」
 ティナが問うとその町のメッセンジャーは頷いた。
「異形使いによるものと思われます」

 異形使いの犯罪は異形使いにしか対応できないことが多い。
 今回もそのケースのようだった。
139 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/09/30(日) 00:53:40.11 ID:+9KnbZZZo

「一体どういうことだ?」
「聖教会の私兵数人が何者かに殺されました。盗み出されたものもあるそうです」
「盗み出されたもの?」
「なにやら極秘指定の代物だそうで。具体的な話は聞けませんでした」

 ふむ、とティナは腕を組む。
「やったのが異形使いであるという根拠は?」
「明確な証拠はないそうです。しかし状況的に見て確かに異形使いの仕業かと」

 目で促すとメッセンジャーはさらに続けた。
「私兵の交代はかなり頻繁に行なわれていたようです。
 その短い時間に私兵の殺害、聖教会への侵入、窃盗を行うとなると常人には不可能です」

 つまり異形の力を使う必要があるというわけだ。
「今分かっていることは?」
「何も。犯人が本当に異形使いかも判然としていませんし、もし異形使いであったとしてもその異形は何かもわかりません」

 なるほど。ということはだ。
「あなたたちにも協力を要請します」
140 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/09/30(日) 00:58:52.77 ID:+9KnbZZZo
悔しいことに自分の場合時間をかければ大量投下できるというわけではないみたいですね
次はもっと量を投下することを誓いつつ、投下予定は10/2です。よろしくお願いします
141 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/09/30(日) 11:58:25.18 ID:FCSzVXMKo
見てるで〜
142 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/09/30(日) 19:45:49.04 ID:pBYXHk500
143 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/10/03(水) 06:43:29.63 ID:fjmjl8g6o
また遅れました
投下します
144 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/03(水) 06:43:59.61 ID:fjmjl8g6o

「というわけ」
 部屋に戻り一連のやりとりを説明すると、椅子をもたれたバジルは渋い顔をした。
「引き受けたんか?」
「ええ」

「なんで奴のことを聞きに行って見当違いの仕事をもらってくるかの」
「そうでもないわ」
 ことさらに嫌そうな顔をする老人に説明を加える。
「聖教会の総本山、その建物は昔砦として機能していたことは知っているでしょ」

 信教の権力を保ち、発言力を高めるには武力が必要、そんな時代もあった。
 そのための拠点として使われたこともあるのだ。

「老朽化し、改修工事が重ねられたとはいえその防御力と密閉性は健在。外から余所者が侵入するのは困難」
「だから異形使いが疑われとるんじゃったな」
 ティナは頷いた。
「ヴィルフレードの可能性がある」
145 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/03(水) 06:44:30.01 ID:fjmjl8g6o

 奴の異形は自らを分解する。細かく細かく分割して移動することが可能のようだった。
 あの特性を使えば侵入は困難ではないだろう。
 なにしろどんな堅固な要塞にも空気の通り道ぐらいはあるからだ。

「奴が? なんのために?」
「さあ……そこまでは。盗まれたものが分かればもっと強く断定できたんだけれど」

 大きな権力を持つ信教の総本山とあって価値あるものは多い。
 しかしそれだけに守りも厳重で、盗みに入るにはとてもリスクに見合う手取りがあるはずもない。
 ヴィルフレードの性格について詳しくは知っているわけではないが、金品目当てに入るような輩ではないとも思う。

 では一体。

 ふとフェルモ・ボナの言葉を思い出した。
 理由は分からないが、ヴィルフレードはラウロ・マグリーの研究成果を追っている。
146 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/03(水) 06:44:58.02 ID:fjmjl8g6o

(教区にあの人に関する何かが?)
 ラウロはかつて各地を転々としていたと自ら語っていた。

 詳しくは聞けなかったが、研究のためだったらしい。ここでも何かしら研究を行っていた可能性はある。
 彼の生前、そういったことについて聞く機会はいくらでもあったはずだが、当時は彼女もそれほど興味を持ってはいなかった。
 一緒にいられればそれだけでよかった。

(今になってそれを後悔するなんてね)
 あの人について知らないことが多いことに気づく。
 どこで生まれ、どんなふうに育ち、何を目指していたのか。
 一番大事なことだったろうに、もう語り合うこともできない。

 と、沈黙が長引いたことに気づいた。
 バジルが訝しげな表情でこちらを見ていた。

「……とにかく」
 何かを払う手振りをして、ティナは続ける。
「情報が必要よ。町に出ましょう」
 バジルは何か言いたそうではあったが、とりあえずはこちらに頷いて見せた。
147 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/03(水) 06:45:28.38 ID:fjmjl8g6o

 服装を変えて町に出る。それだけで途端に居心地が変わる。
 視線の力を思い知るということだ。
 こちらに集まる目がないだけでこうも違うものか。

「そりゃそうじゃろ」
 バジルは言う。
「見る・見られるは重要なことじゃ。ナニを見られることで興奮する輩もいるからして――」
 肘で小突いて黙らせた。

 さて、この町では情報を得られる場所はだいたい決まっている。
 聖教会の教徒が集まる集会所がそのひとつ。
 人が多く集まり異形使いが近付くにはリスクが大きいが、その分有用な情報が手に入る可能性も高い。
 ただ、異形使いの情報となるとやはり難しくはなる。

 だから狙うのは見返りさえ差し出せば何でも話す類の人間だ。
 つまりは貧民層である。
148 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/03(水) 06:46:01.36 ID:fjmjl8g6o

 誇り高き聖教徒には身分の違いはなく、皆誇り高き神の民。
 と、対外的にはそのように示してはいる。
 が、どうしたって人には違いが出る。階層ができる。

 聖教会の各施設では貧困層に対して施しと称して衣食住を提供している。
 全員がその恩恵にあずかれるわけではないが、朝と正午、そして夕暮れ時に彼らは聖教会の前に集まる。

「けしからんことだ」
 聖教会の総本山襲撃の件について貧民の一人に問うと、彼は顔をしかめて応じた。
「まったく恐れ多いことだよ」

 彼は食料の配給待ちで退屈していたらしい。こちらが銅貨をちらつかせたのもあるだろう、口調は滑らかだった。
「異形使いが絡んでいるとも聞くが」
 ティナが言うと、男は魔除けの仕草をする。

「そういう話もあるな。異端の輩が神に弓引く。大いなる裁きが下るだろう」
「詳しいことはわかるか?」
「いいや。だが、神官兵たちが南区の方を調べているらしい。じきに罪人も見つかるはずだ」
149 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/03(水) 06:46:31.35 ID:fjmjl8g6o

 南区は整然と区画された北半分と異なり、必要に応じて雑然と継ぎ足されてきた経緯を持つ区画である。
 確かに罪人が隠れるとすれば、どうしても目立ってしまう北区よりも南だろう。

「つっても、広すぎていかんわい」
 バジルがぼやく。
 その言葉通り、南区は北区よりも面積では広い。迷路のように入り組んでいるのもあって、探索には向かない。

「それでも地道に探すしかないだろう」
 ティナは言うが、自分の声にもうんざりとした響きが混じっているのが分かる。
「他に方法もないんだから」

 しらみつぶしに怪しいところを当たる。貧民街だけあってそんなところは無数にあるが、それでも気力と体力に任せて踏破していく。
 時間は刻々と過ぎていき、日は次第に傾いていった。
 それから夕刻が近付き、そろそろ公舎へ戻ることを検討しはじめていた時のことだった。
 背後から騒音、続いて罵声が聞こえた。
150 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/03(水) 06:47:09.63 ID:fjmjl8g6o

 振り向くと、通り過ぎた脇道の一つから男が飛び出してくるのが見える。
 続いて白い長衣を纏い武装した三、四人程の神官兵がそれを追って出てくる。

 集団は向かいの路地に走りこんで姿を消した。
 バジルを見る。彼は既に追跡を開始していた。慌ててそれに続く。

 集団の背中を追い、角を二つほど曲がってすぐに追いつく。というのも彼らが立ち止まっていたからだ。
 神官兵たちが男一人を手荒く組み伏せ警棒で殴打を加えていた。

 男は暴れ、抵抗していたが、殴打のたびにそれがみるみる弱っていく。
 力なく地面に伏したその前腕に、傷跡にも似た文様が見えた。

「そこまでだ!」
 ティナは制止の声を上げた。
 こちらに気づいた神官兵の数人がこちらを向く。
「その男の身柄は異形部隊が預かる!」
 その声で、ようやく全員の注意がこちらを向いた。
151 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/03(水) 06:47:36.26 ID:fjmjl8g6o

「……異形部隊」
 神官兵の誰かのものだろう、声が上がる。
 彼らは視線を交わし合い、ぐったりと倒れる男を残して立ち上がる。

「異端の者が何の用だ」
「言った通りだ。その男の身柄はこちらが預かる」
 舌打ちが聞こえた。

「それは承服しかねる。この罪人には罰を与えねばならん」
 神官兵の声には険悪なものが混じっていた。が、ティナはひるまず返す。
「こちらの方が権限は上だ。従え」

 神官兵たちは無言でもう一度視線を交わした。
 それから警棒をその手にぶら下げたままゆっくりと近づいてくる。
 ティナは一歩を引いて身構えた。

「やめといた方がいいと思うがの」
152 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/03(水) 06:48:15.89 ID:fjmjl8g6o

 バジルの声だ。
 彼はいつの間にか、倒れた男のそばにかがみこんでいた。
 神官兵たちが明らかに動揺の気配を見せる。

 バジルはそんな彼らに構わず男の傷の様子を見ると、「問題なし」と頷いた。
「気絶しているだけじゃ。運ぶぞ」
 言って、男を肩に担ぎあげる。

 神官兵の一人が動いた。
 鋭く踏み込み警棒を振り下ろす。
 老人の頭を狙ったそれは、外れるはずのない軌道を通っていた。はずだったのだが。

 警棒が空を切った後には、何事もなくバジルが立っていた。
 わずかの体捌きなのだろうが、目には見えなかった。
 同時に、いつの間にか抜いたナイフを神官兵の喉に突きつけている。
153 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/03(水) 06:48:46.08 ID:fjmjl8g6o

 神官兵がうめいて一歩を退いた。
「我々としても面倒事は避けたい」
 彼らの勢いも一歩退いた気配を察してティナは声を上げた。

「こちらの取り調べが済んだら、その男はそちらに引き渡す。それで問題はないだろう?」
 実際には、何かしら冤罪によって男が私刑にかけられる恐れがあるため、おいそれとは渡せないが。
「上には、その男が異形を使おうとしたから我々に任せたとでもいえばいい」

 その言葉で、神官兵たちは静かに引いていった。
154 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/10/03(水) 06:51:13.40 ID:fjmjl8g6o
ここまで。続きます

あと、二日空ける更新は何だか長すぎて調子が狂うので隔日更新に切り替えたいと思います
つまり次は明日投下ということで。それでは失礼します
155 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/10/03(水) 09:06:30.38 ID:AIts+OlIO
156 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/10/04(木) 21:39:55.05 ID:j1cnDumHo
すみません、諸事情により今日の投下を明日か明後日の夜に延ばしたいと思います
ここのところなんだか投下がガタガタで情けないです
157 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/10/04(木) 21:43:03.46 ID:/YgzCk6To
気にしなくていいよ。自分のペースでゆっくり投下してください。
158 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/10(水) 20:00:35.43 ID:C5ViU5FWo

 公舎に運んで一時間ほど。
 目を覚ました男はベッドから転がり落ちた。

「うあ……!」
 床に落ちてもなお暴れ続ける。
 即座に飛び出したバジルがそれを押さえつけた。

「ぐ……!」
「落ちつけ」
 ティナはゆっくりと男に話しかけた。
「安心しろ。ここに神官兵はいない」

 男はしばらくもがいた。が、体力の限界だったのだろう、ぶり返してきたらしい痛みにうめくだけになった。
 だが目だけはせわしなくあちこち動き回っている。
 バジルに組み伏せられたその姿は肉食獣に捕まった哀れな獲物のようだ。

「ここは」
「公舎だ。異形部隊のな」
159 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/10(水) 20:01:31.06 ID:C5ViU5FWo

 解放するように手振りで指示する。
 バジルの手がゆっくりと離れて、男は思い出したように深く息を吐いた。

 それから身体を起こして座り込む。
「あの。俺は」
「我々が保護した」

「……異形部隊が?」
「心当たりがないわけじゃないだろう」
 言って男の右腕を指さす。

 彼ははっとして、それを隠そうとしたようだった。が、ティナは構わず続けた。
「お前が異形使いならばその義務があるからな」
「まあこやつはそうでなくとも助けたろうが」
 口をはさむバジルを視線で刺す。老人は素知らぬ顔でそっぽを向いた。
「とにかく、もう安全だ。怖がる必要はない」

 男は腕を握ったまましばらく固まっていた。
160 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/10(水) 20:02:29.08 ID:C5ViU5FWo

 その心境は一応分かる。
 異形使いにとって教区でその素性が暴露するというのは、死ぬよりも恐ろしい目に遭うことも覚悟しなければならないということだからだ。
 死んだ方がいくらかマシかもしれないという点では荒野の方がまだ安全だ。

 異形使いが教区にいるのは珍しい。
 ただ、絶対にないことでもない。
 異形使いの発生は不規則で、教区だろうがそのほかの場所だろうが関係なく誰かが異形使いとして生まれる。

 事情は分からないが、異形使いとして生まれてそれを隠したまま育てられたのだろう。
 ただ、やはり正気の沙汰とは思えない。よく今まで生きてこれたものね、とティナは思った。

 ようやく落ちついてきたのか、男は腕から手を離した。
 そこにあるのは異形使いの証、引っかき傷のような文様だ。

 ただ、それは傷とは違って消えることはない。
 一生付きまとい、剥がれはしない。
161 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/10(水) 20:03:06.50 ID:C5ViU5FWo

「いくつか質問する。答えろ」
 男はいまだ立ち直りきっていない様子だったが、ティナは構わず問いただした。
「まず、聖教会で起きた事件については知っているか」

 男は床に視線を落としたまま首肯した。
「ならば率直に聞く。お前がやったのか?」
「違う」
 返事は短く、そして早かった。

「俺は無実だ」
「だが異形使いではあるな」
「だからなんだっていうんだ、俺はやっていない」
 割り込む老人に、男は口調を荒げた。

「確かに俺の中には異形がいる。でもあれはそんな便利なものじゃないんだ」
「盗みは無理だと?」
「そうだ」
162 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/10(水) 20:03:33.75 ID:C5ViU5FWo

「……どう思う?」
 これは老人に向けた声だ。老人は肩をすくめてみせた。
「どうもこうも。否定しとるんだから違うんじゃないかの」

 老人の適当な返答は置いておくとして。
 嘘を見抜くのを得手とするティナの勘も、確かにこの男は犯人ではないと告げていた。
「信じてくれ。俺は、やっていない」
「信じる根拠がない」
 男の顔がこわばった。

 ティナが自分の勘に反してそう突き離したのにはいくつか理由がある。
 まず、信じるための事実が本当にないこと。これは詳しく聞いていないのだから当たり前だ。
 次に、異形部隊としての立場上そう言うしかないこと。
 下手に甘い顔をして、異形部隊は同族には寛容であると見なされれば、すなわち異形使い全ての地位が危うい。

 異形使いは国に人権を保障されたという、ただそれだけの事実に守られている。
 ぎりぎりの信頼――もしくは油断だ――を失えばそれは異形使い狩りの再来につながるだろう。
163 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/10(水) 20:04:08.82 ID:C5ViU5FWo

「それでも、お前が冤罪を主張するなら異形部隊には保護義務が生じる」
「え?」
「詳しく話も聞かなければならないから、そのための拘留措置もとる必要があるな」
「どういう、ことだ?」

 事情を呑み込めていない様子の男にそっけなく告げる。
「しばらくは安全ということだよ」
 ああやっぱりそうくるんじゃの。
 視界の隅で呆れる老人を、ティナはわざと無視した。
164 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/10/10(水) 20:05:41.33 ID:C5ViU5FWo
ここまで。続きます
165 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/10/10(水) 20:12:00.47 ID:C5ViU5FWo
あれです。守れない投下予告はするもんじゃないと痛感しました、はい
なので、次の投下は未定ということで。とりあえず一週間は空けないようにしたいなあとは思います
それでは
166 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/10/10(水) 20:41:46.39 ID:Tqw6uBAw0
167 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/16(火) 21:48:56.45 ID:gxLmKQ8jo

……

 そもそもあの時男を助けるために先に走り出したのはバジルではないか。
 そう言うと老人はすっとぼけてみせた。
「儂ゃボケちまってよう覚えとらんわい」
 だからまだ初老でしょうに。

 要するにティナもバジルも、同じくらい世話焼きということだ。
「いやいや、どうせお前さんが助けるなら要らぬ手間を省こうと思っての」
「はいはい」

 適当に流して通りを進む。
 南区の路地だ。人気はない。朝日の下にあってもどこか湿り気と陰りを感じさせる。
 気分的にも治安の不安としても正直踏みたくはない場所だが、再びここを訪れたのには理由があった。
168 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/16(火) 21:49:22.66 ID:gxLmKQ8jo

「俺はその晩、教区の外郭付近にいた」
 男は名をドナートといった。
 事件のあった夜の行動について問うと、先のように答えた。
「誰かが俺を目撃している可能性はある」

「なぜそんな場所に?」
 不審に思って聞くとドナートは言葉を濁した。
「それは聞かないでくれ」
 そういうわけにはいかないと言っても彼は何も答えなかった。
 しかたない、とりあえずは裏付けをとろうということになり、ティナたちは南区に戻ってきたのだった。
169 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/16(火) 21:49:55.94 ID:gxLmKQ8jo

「あれは何か隠しているな」
「なーにを分かり切ったことを」
 ティナの言葉にバジルが呆れる。
「もしやと思うがお前さん、いちいち口に出さんと理解できんのか?」

「そんなことはない。ただ、問題は何を隠しているかだ」
「それは聞いて答えんのだから調べるしかないじゃろ。尋問するわけにもいかんしの」
 確かにその通りだ。ばつが悪くなって、ティナは口をつぐんだ。

(異形部隊相手にも明かせないこと、か)
 とはいえ異形使いにとって異形部隊は必ずしも全幅の信頼を寄せられる拠り所ではない。
 部隊が最優先すべきは異形使い全体の安全であって、そのために一部を切り捨てた例も確かにある。

 つまり、ドナートが話せないとするならばそれはきっと。
「まあ、愉快な話ではないだろうな」
「そうじゃの」
 肩をすくめてバジルが同意の声を上げた。
170 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/16(火) 21:50:32.45 ID:gxLmKQ8jo

 入り組んだ道をずうっと進む。が、人影はまばらだ。人の数に比して南区は広い。
 とはいえ前日歩きまわった時より明らかに閑散としている。
 こちらをうかがう視線をかすかに感じた。

「警戒されているわね」
 囁くと横を歩くバジルがうなずいた。
「後ろからつけてくる奴もおるの」

 ぎょっとして振り向こうとするティナをバジルが鋭く制した。
「そのまま歩け」
「……神官兵?」
「多分な」

 緊張に身体をこわばらせるティナとは反対に、老人は明らかにつまらなそうな様子だった。
「はやるな。どうせ何もしてこんじゃろ」
「どうして言い切れるの」
「何かしてくるのなら奴ら、とうにそのタイミングを逃しておるよ」
171 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/16(火) 21:51:02.59 ID:gxLmKQ8jo

 それもそうか、と恐る恐る身体から力を抜いた。
 ここには既に異形部隊や軍の影響力は及ばない。何があっても関知せず。
 神官兵たちが何かしら手を出してくるつもりだったならば、確かに今さら警戒しても遅い。

「じゃあ監視が目的?」
「儂らは獲物を横取りしとるからの。そうでなくともよそ者は監視するじゃろ」

 通りに人気がないのも昨日の騒ぎが原因だろう。
 ここは昨日の区画とは距離があるが、口伝えは時に予想を上回って情報を広げる。

「困ったわね」
「じゃの。これでは情報集めどころではねえやな」
「どうする?」
「このまま帰って綺麗な姉ちゃんといちゃつくのが最善じゃ」
「あなたね」

 脱力の後、苛立ちに歯ぎしりする。奥歯で老人をすりつぶす妄想をした。
「ふざけてる場合じゃないでしょ。真面目に考えてよ」
「儂は至って真面目じゃが……」
 肩をすぼめてバジルがうそぶく。
172 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/16(火) 21:51:37.36 ID:gxLmKQ8jo

「となるとあれじゃの。プランその一、奴らをぶちのめしてからゆっくり情報収集」
「却下。また荒事なんてごめんだわ」
「プランその二、奴らが諦めるまで待って情報収集」
「駄目。そんなに待てない」
「プランその三、帰って綺麗な姉ちゃんと」
 無言で蹴り足を放ってやった。

「割と悪くない案だと思うがの」
 ひょいとかわしてバジルが言う。
「変にあがくよりは英気を養う方が理にかなっとる」
「却下!」

「困ったやつじゃのう」
「よりによってあなたが言う?」
 険悪に顔をしかめながらティナは返した。
「今度こそ真面目に考えないと――」
「プランその四」
 前を向いたまま唐突に老人が呟いた。同時にとん、と押されて脇の道に身体が流れた。
173 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/16(火) 21:52:11.97 ID:gxLmKQ8jo

「ちょっと……!?」
 たたらを踏んで振り返ると、彼は既に走る体勢に入っていた。
「適当に撒くぞ。また後でな」
 言い残してそのまま姿を消した。入れ違いに足音が近づいてくる。神官兵だ。

 一瞬考えて理解する。つまり二手に分かれて神官兵の追跡を撒こう、ということらしい。
 妥当ではある。少なくとも他のプランよりははるかに上等だ。
 だが。
(いくらなんでもいきなりすぎるでしょ!)
 悪態をついて、ティナも走り出した。
174 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/10/16(火) 21:52:38.65 ID:gxLmKQ8jo
つづきます
175 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/10/17(水) 09:00:53.25 ID:f45u82cIO
176 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/18(木) 21:33:40.08 ID:34106HQPo

 かなりの時間を走りまわり、神官兵を撒くことにはどうやら成功したようだが、どこで落ち合うのかはそういえば聞いてなかった。
 というより聞く暇もなかったのだが。
 だから南区でバジルと再合流することはできなかった。

 仕方ないので公舎に戻り、とりあえずドナートの部屋に向かおうとしたところで声をかけられた。
「ようお帰り」
 バジルだ。
 振り返った先の彼は、ちょっとした散歩から帰ってきたかのような様子で立っていたので、ティナはため息をついた。

「あなたねえ。何かするならまずきちんと言ってくれないと」
「まあ言うな。とりあえずあの若造の目撃証言は取れたぞ」
 呑みこみが遅れて瞬きする。
「まさか、聞き込みまで終わらせてきたの?」

「そうじゃが、何かまずかったかの」
 バジルは意地悪く笑う。
 神官兵の追跡を撒いた後それほど間をおかずに戻ってきたティナだが、老人にとってはそれでも十分な時間だったらしい。
 まったく、敵わないわね。
 再びのため息のあと、ティナは両手を上げて降参のポーズをとった。
177 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/18(木) 21:34:10.13 ID:34106HQPo

 歩きながら話そう、とバジルは促した。
「あの晩、確かにあの若造は外郭付近にいたようじゃ。数人がそれらしき人物を目撃しとる」
「もしそれがドナートなら、じゃあ、やっぱり彼には犯行は不可能?」
「じゃろうな。さすがに聖教会本部とは距離がありすぎる」

 とりあえずは彼の無実はほぼ確定ということでいいだろう。
 証明には時間がかかるだろうが、彼の潔白を示すことはできるはずだ。
 ただ。

「それで異形使いであることが見逃されるわけじゃないわよね」
「そうじゃの。ここの者は異端者に厳しい」
 ここではつまり、異形使いであること自体が罪だ。
 異端者と認定されれば、生きる資格を剥奪されるに等しい。
 そのことを考えると気分が暗くなるのを感じた。

「面倒事は終わらない、か」
 憂鬱にティナは呟く。
 ドナートの安全を本当に保証するには、もう少し手を尽くす必要があるということだ。
178 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/18(木) 21:34:37.18 ID:34106HQPo

「面倒ならほっぽり出しときゃいい。違うか?」
 ティナを一瞥してバジルが言う。
 事実を淡々と告げる口調だ。確かにそれは事実であって残酷であろうとも正論だ。
 とはいえ。

「わたしが首を突っ込んだことよ。中途半端に放り出せば夢見が悪いわ」
「そうか」
 所詮は彼女の自己満足に過ぎない。
 それでもバジルは軽く肩をすくめる程度で済ませてくれた。
179 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/18(木) 21:35:07.32 ID:34106HQPo

 部屋の中、ドナートは静かに窓の外を見ていたようだった。
 ティナたちが入室してもしばらくは視線を動かさなかった。

 考え事でもしていたのだろうか。それに水をさすような後ろめたさを感じながら、ティナは咳払いした。
「ドナート。とりあえずお前のアリバイは証明されたよ。潔白は証明できそうだ」
「そうか」
 こちらを振り返ってドナートが頷いた。あれだけ必死だった割に、落ちついたということなのか、随分と淡白な反応だった。

 そして嫌な目だなと、ティナは思った。
 底冷えのする目。しかしどこか熱の塊がうごめくような不気味さもある。
 何を考えているのか測り損ね、一瞬だけ次に言うことを忘れた。

「……だが、お前は異形使いという素性が割れてしまっている。教区に残るのは難しいと思った方がいい」
「ああ」
「そこで、我々はお前を異形部隊隊員候補として別所に護送しようと思う」
 ドナートはそれにはすぐに答えなかった。

 彼がここで今までのように暮らしていくのは不可能だ。ここを出ていく必要がある。
 だが、他の地に移住することは同じくらい難しい。
 なぜなら植物域は限られており、当然そこに住める人数にも制限があるからだ。

 となるとドナートに残された道は一つしかない。
 異形部隊への入隊だ。

「すぐには決められないだろう。時間を与える。明日返事を聞かせろ」
 だが最初から他の選択肢などあってないようなものだ。
 黙ったまま目を伏せるドナートを残して、部屋を出た。
180 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/18(木) 21:35:39.56 ID:34106HQPo

「この件は、まあこれでひと段落ね」
「そうじゃな」
 人気のない廊下を歩きながらバジルと話す。

「彼には大きな負担になるだろうけれど、迫害されるよりは……」
「だといいんじゃが」
 バジルは頷いたが、どこか気になることがあるような言い方だった。

「なにか?」
「いや……」
 考えるような間をおいて、バジルは続けた。
「聞き込みで得た情報の中に気になるのがあっての」

「どんな?」
「あの若造に妹がいる……いや、いた、だったか? まあそんな話じゃよ」
「何それ?」
 よくわからず顔をしかめて聞き返す。妹?
181 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/18(木) 21:36:11.45 ID:34106HQPo

「いや、詳しくは聞けなかったんじゃがの。若造の身内についても一応探って、その時に妹がいる、と」
「もしくは、いた?」
「そうじゃ」

 少し聞いただけなら特に気になる話でもなかった。が、考えてみれば奇妙なことではある。
「彼、そんなこと言ってた?」
「いいや」

 もし彼に家族がいるならば、そちらも何かしら害を被っている恐れはあった。
 迫害は想像を超えた距離と度合いで異形使いとその身内に降りかかる。
 彼がそのことについて心配し、ティナたちに保護を求めるのは十分考えられることだった。

「どういうことかしら」
「儂らのことを信用しとらんのかもな」

 確かにあり得る。
 繰り返しだが、異形部隊は全幅の信頼を寄せられる対象ではない。
182 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/18(木) 21:36:40.61 ID:34106HQPo

「それでも家族の安全を天秤にかけるなら部隊を頼るはずでしょ」
「儂に言われてもな」
 腕を組んでバジルはうめいた。

 先ほどのドナートの不審な様子といい、何か引っかかった。
 バジルはひとしきり首をかしげた後、お手上げのジェスチャーをした。
「若いもんの考えることは分からんの」

 だからまだそんな言葉を言う歳には早いでしょうに。苦笑を噛みしめて、ふとティナは思い出した。
「そういえば、彼があんな時間に外郭付近にいた理由って何なのかしら」
「確かなことは言えん。だが逃げ出そうとしていたのかもな」

 意味がよく呑み込めずにバジルに目で問いかけた。
「いや。夜遅く、町の境界付近。そんな状況から想像できるのは密入出ぐらいでの」
 老人はティナをちらりと見て指を一本立てて振った。
「植物域の外郭には大抵抜け道があるもんじゃ。そこからの出入りを手引きする輩もな」
「なるほど」
183 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/18(木) 21:37:08.50 ID:34106HQPo

 ドナートがひそかに町を脱出しようとしていたという話はそれなりに納得できる。
 異形使いであることを隠してこの町で長生きするのは不可能だからだ。
「だから逃げ出そうとした?」
「さて」

 バジルは言って、それから顎に手をやった。眉間にしわが寄っている。
 怪訝に思って声をかけた。
「どうしたの?」
 それに対し、老人は一言だけ、ぽつりとつぶやいた。

「もう死んどるのかもしれんな」
 何の話? 聞いてもバジルは、いや、と言葉を濁した。
 そうこうしているうちにもうティナの部屋の前だった。
 軽く挨拶を投げ、バジルと別れた。老人は考え事をしたまま廊下を歩いていった。

 その後は部屋で軽く雑務をこなして、ベッドに入った。
 次に目が覚めたのは真夜中だ。
184 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/10/18(木) 21:37:35.48 ID:34106HQPo
つづきます
185 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/30(火) 17:11:14.05 ID:s6F6/qjgo

 静かな夜だった。自然に目が覚めるには穏やか過ぎるほどだ。
 だからティナは自然に目が覚めたわけではなかった。揺さぶられて起きた。
「な、なに……?」

 窓から月明かりが射しこんでいる。
 その光にぼんやり照らされてベッド脇に人影があった。
 緊張が身体を走る。反射的に右手を構えた。

 だが。
「待て。儂じゃ」
「……バジル?」
 右手を持ち上げかけたままティナは動きを止めた。

「何の用? まさか……」
「何度も言っとる気がするが、お前さんに欲情は無理じゃ」
 どういう意味よ。複雑な気分で口を尖らせた。
186 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/30(火) 17:11:48.23 ID:s6F6/qjgo

「それより早く準備せい。何やら怪しい」
「怪しい?」
「あの若造が公舎を抜けだしたようじゃ。窓の開閉音がしたから外を覗いたら、あやつが走っていくところじゃったよ」

 なんで窓の開閉音に気づけるのか。
 呆れるような心地で聞いたが、意味のない嘘をつくような人間ではない。
 ティナは急いで準備をすると、部屋のドアを開けるバジルの背を追って、駆けだした。
187 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/30(火) 17:12:24.85 ID:s6F6/qjgo

「なんでドナートは公舎を?」
 夜の道を走りながら呟く。
「わからん」
 先を走るバジルが首を振る。

 彼が走っていく先は南区の方向だ。
 迷いのない足取りで、ドナートは間違いなくこの先を進んでいるらしい。

 月の光が細い道を薄く照らしている。
 足下がおぼつかないため、ティナはついていくのに苦労していた。
188 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/30(火) 17:13:01.59 ID:s6F6/qjgo

 ドナートは聖教会本部襲撃の容疑で神官兵から暴行を受けていた。
 それを保護したのがティナたちだ。
 一応のこと容疑は晴らせる見通しで、しかしここでは今までと同じようには暮らしていけないとの見通しのため、ティナは異形部隊への入隊を勧めた。
 だからきっかけがあるとすれば。

「やっぱりわたしの言葉かしら」
 明日、彼をここから移送する手はずだった。

「可能性はあるな」
「けど……」
「ああ、何故かはわからん」

 そのまま走り続ける。
 どうやら方向としては南区の外郭に向かっているようだ。
189 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/30(火) 17:13:30.53 ID:s6F6/qjgo

 ふと思い出すことがあった。
 密入出。そして、妹。もう死んでいるのかもしれない、というバジルの言葉。

 と、月明かりに照らされた道の上に、立ちつくす若者の背中を見つけた。
「ドナート!」
 彼はわずかながら驚いたように見えた。半身振り向いてこちらを見た。
「なぜ公舎を出た。早く戻れ。神官兵に見つかるのはまずい」

 言いながら、ティナは不穏なものを感じ取っていた。
 ドナートはわずかな間をはさんで口を開いた。
「止めないでほしい。立ち去ってくれ」
「……?」
 訳が分からない。ティナは怪訝な心持ちで彼を見返した。
190 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/30(火) 17:13:59.67 ID:s6F6/qjgo

「俺にはやらなきゃいけないことがあるから……」
 言って、ドナートは再びこちらに背を向けた。
「どういうことだ」

「死んだ妹のことか」
 ティナの声に答えるようにバジルが呟いた。
 ドナートは黙ったままだった。

 バジルは続ける。
「この付近には密入出を手引きしている輩がいるはずじゃ。恐らくお前さん方は、かつてそいつを頼って教区を脱出しようとしたんじゃろ」
「……そうだ」
 ドナートが言う。
「ここは、俺たちが暮らすには、厳しい場所だったから」
191 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/30(火) 17:14:45.56 ID:s6F6/qjgo

 ドナートは空を仰いだ。
「脱出には随分と苦労した。手引きしている奴と接触するのも、金を用意するのも大変だった」
 その目に映るのは、夜空の星か、それとももっと別のものか。
「それでもなんとか脱出の手前までは行ったんだ」

「なら、なぜ?」
「なぜ、まだここにいるか、か? 脱出の直前になって、手引きしているあの男が気を変えたんだよ」
 平坦だった声に、濁りが生じる。怒りか、もしくは憎しみだ。

「あの野郎、妹を差し出せとほざきやがった」
 ドナートの声は、憎悪を混ぜながらもあくまで静かだった。
 静かに積もった砂を思わせた。

「俺は当然断ったよ。だが、殴られて気を失った。目を覚ました時には妹はいなかった。……殺された」
192 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/30(火) 17:15:16.59 ID:s6F6/qjgo

 ドナートの背中が震える。俯いて、拳を固めている。
「あいつ、悔しかったろうな。痛かったろうな」
 震える腕に、異形使いの印がある。

「俺はあいつの仇をとらなきゃならない」
 彼の震えが、その瞬間止まった。声には怒気がなかった。どこまでも静かな声だった。
 ただ、殺意の衝動というのはそういうものなのかもしれなかった。

「待て!」
 察して、ティナは声を上げた。
 バジルは既に飛び出している。
 だが、間に合わないこともまた察していた。

「殺す」
 ドナートの声が遠くに聞こえた。
 その腕の文様が、かすかに光を放った。
193 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/10/30(火) 17:15:44.65 ID:s6F6/qjgo
つづきます
194 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/10/30(火) 17:49:27.94 ID:p2PaUhEO0
195 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(兵庫県) [sage]:2012/10/31(水) 03:44:32.02 ID:ngO+/eI5o
きになるぜえ
196 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/12/25(火) 17:28:19.36 ID:r74gml+co
生存報告
197 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/01/12(土) 10:26:28.06 ID:mav5XjwIO
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