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和「神さまとか、悪魔とか?」 - SS速報VIP 過去ログ倉庫

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1 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/15(月) 08:54:19.30 ID:s3I00ehY0



 和「私そんなオカルト信じません」


 唯「その和ちゃんじゃないよ和ちゃん」


 唯「それでね和ちゃん……」


 

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渾沌ゴア「それでもボクはアイツを殺す」 @ 2024/04/25(木) 22:46:29.10 ID:7GVnel7qo
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二次小説の面白そうなクロス設定 @ 2024/04/25(木) 21:47:22.48 ID:xRQGcEnv0
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佐久間まゆ「犬系彼女を目指しますよぉ」 @ 2024/04/24(水) 22:44:08.58 ID:gulbWFtS0
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全レスする(´;ω;`)part56 ばばあ化気味 @ 2024/04/24(水) 20:10:08.44 ID:eOA82Cc3o
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君が望む永遠〜Latest Edition〜 @ 2024/04/24(水) 00:17:25.03 ID:IOyaeVgN0
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笑えるな 君のせいだ @ 2024/04/23(火) 19:59:42.67 ID:pUs63Qd+0
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【GANTZ】俺「安価で星人達と戦う」part10 @ 2024/04/23(火) 17:32:44.44 ID:ScfdjHEC0
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2 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/15(月) 08:54:59.75 ID:s3I00ehY0



 和「ジーニアス?」


 和「えっ?それって英和辞典の事?」


 
3 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/15(月) 08:55:43.44 ID:s3I00ehY0



 唯「違うよ和ちゃん。英和辞典は全く以って関係ないよ」

 和「じゃあ、未来辞典でも作るの?」

 唯「和ちゃんがオードリーのオールナイトニッポンのリスナーだったなんて驚きだよ」

 和「ゆ〜めはー捨てたと言わーなーいでー♪♪♪他に道ー無きふたり〜なーのに〜♪」

 唯「『浅草キッド』も全く以って関係ないよ」

 和「面白いとは思うのだけど、フリートークが少し長いのよね。内輪ネタが多いし。私的にはもう少し投稿コーナーの時間を増やしてほしいわ。まあ、これはあくまで私個人の意見だけど」


 
4 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/15(月) 08:56:59.02 ID:s3I00ehY0



 唯「ヘヴィーリスナー!?」

 昼休みの時間の桜高二年一組の教室。同学年二組の生徒である平沢唯はこの教室(にくみ)まで移動して、このクラスの生徒である幼馴染の真鍋和と机を並べて、妹の作った弁当を食しながら和と話していた。

 和「別にヘヴィーリスナー何かじゃないわよ。聴ける時に聴いているだけ。むしろヘヴィーリスナーはフリートークの方が好きなんじゃないかしら?」

 と、自作の弁当をつつきながら、和は目の前に向き合う様に座っている幼馴染に答える。


 
5 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/15(月) 08:57:57.98 ID:s3I00ehY0



 唯「あと、『ういんどみる』とも『テイルズなんたら』とも、更には『ウルトラマンジニアス』とも全く以って関係無いよ」

 和「何?それ」

 唯「よく分んない」

 和「そう言えばちょっとネタが古い気がするんだけど……」

 和「諸事情が有るんだよ。察して和ちゃん」

 和「わ……判ったわよ唯……」

 和<諸事情とはなんぞや……>


 
6 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/15(月) 08:58:44.44 ID:s3I00ehY0



 唯「て、言うかもう、そんな事はどうでもいいの。和ちゃん。これはとても大事な話なの」

 唯の何時に無く真剣な面持ちと口調に、和も少し表情を変え耳を傾ける。

 和「どれくらい大事なの?ケーキの上に乗ってるイチゴくらい?」

 唯「うーん。そうそうそれ位かなぁ。って…もう茶化さないでよ和ちゃん」

 唯の顔が少し険しくなるが、怖いと言うよりむしろ可愛いとさえ和は思ってしまう。


 
7 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/15(月) 08:59:53.37 ID:s3I00ehY0



 和「ごめんね唯。今度はちゃんと話を聞くから」

 和は流石に少し反省した表情(かお)になる。

 唯「うん、それでねジーニアスっていうのはね、うーん…えーと…神さまがこう入って来て、パワーアップして、バーンと戦って、世界を護って……」

 唯は身振り手振りを交えながら少しもどかしそうに、でも真剣な様子で説明するのだが、言ってる事が結構アレなのと、妙に擬音が多いので何となく言わんとしている事が判る様な気がするのだが、要点が掴みづらい話であると、和は幼馴染を見遣りながら思った。
 

 
8 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/15(月) 09:00:46.22 ID:s3I00ehY0
 


 和「それで、そのジーニアスと言うのがどうしたの?」

 まだよく判らないといった様子で、和は少し眉を寄せながら訊いた。
 

 唯「うん、和ちゃん。私ね……」

 唯は一瞬、和の顔を見つめてすぐに少し目を逸らす。そして再び和を見詰める。こんな唯は初めて見る。


 
9 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/15(月) 09:01:29.38 ID:s3I00ehY0




 唯「私ね、ジーニアスなんだ……」




 和の瞳にはこの時の唯は、とても儚げに映った……。
 



 
10 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/15(月) 09:02:59.18 ID:s3I00ehY0
 


 和「そうなんだ。じゃあ私、生徒会に行くね」

 唯「え゛ー!?そいつはひどいよ和ちゃん」

 和の有り得ない切り返しに、さしもの唯も涙目になって非難する。

 和「ごめんね唯。まだジーニアスが何なのかよく判らないし、それにこんな唯は初めて見たからつい、ね……」

 和は流石に少し済まなそうな表情で、掌を合わせて謝罪した。唯は「おいおいつい何なのよ、もう」。と思ったが、和が本当に済まなそうにしているのを見て機嫌を直す。


 
11 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/15(月) 09:03:35.42 ID:s3I00ehY0



 和「それで、唯がそのジーニアスとかいうものだったとして、どうして今、私に話す気になったの?」

 幼馴染との長い付き合いの中で、彼女がこんな事を話すのもこんな表情(かお)を見せるのも初めてだった。

 唯「それは……それは和ちゃんも多分……ジーニアスだからだよ……」

 和「えっ!?私も?」

 予想外の唯の言葉に和は首を傾げる。正直に言って和には当然そんな自覚はない。だが、そんな事を言う唯の表情はいたって真剣だ。


 
12 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/15(月) 09:04:49.30 ID:s3I00ehY0



 唯「和ちゃんはまだ覚醒していないだけ。普通、ジーニアスを持っているかどうかは特に覚醒(めざめる)前は殆んど判断付かないんだけど、私は和ちゃんとずっと一緒に居たから判るの……」

 唯「和ちゃんは絶対にジーニアスを持つ事になる。多分、かなり強いのを」

 和「うーん。そう言われても、正直に言ってよく判らないわね……」

 和は幾度目か首を傾げる。未だジーニアスが何なのかよく判らない上、自分がそうなのだと言う唯の言葉は理解も実感もし難いものがあった。

 自覚症状や身体や精神の変化も今の所は特に変化は感じられないのだから尚更だった。

 唯「はは、そうだよね。いきなりこんな話をしてもよく理解でき(わから)ないよね」

 唯「だったら和ちゃん。今日、生徒会の仕事が終わったら家に来てよ。私より憂が説明した方がきっと解りやすいだろうから。憂もねジーニアスなんだ」

 唯は苦笑気味な表情を作って和に言う。いきなりこんな話をしても、いかに聡明な和であったとしても早々、理解できる筈が無い。それなら家でゆっくり話を聞いて貰う方が良いのだろうと唯は判断した。



 
13 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/15(月) 09:05:57.75 ID:s3I00ehY0



 和「憂もそうなの?」

 唯「…うん」

 和「そうなんだ……そうね、学園祭も終わって生徒会もあまりやる事が無い時期だし、あっても役員の引き継ぎ作業位で早めに終わると思うから、終わったら唯の家でゆっくりと説明(はなし)をして頂戴」

 あの唯がこんなに真剣になる話なのだから余程の事なのだろう。そう判断した和は真面目にこの話に向き合う事にした。

 唯「ありがとう和ちゃん。こんな話をちゃんと聞いてくれるなんて。だから和ちゃん大好き」

 唯が嬉しそうに微笑みを幼馴染の大好きな親友に見せる。和も「おだてても何も出ないわよ」とか言いつつも、満更でもない様子で顔を僅かに綻ばせる。



 
14 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/15(月) 09:07:15.42 ID:s3I00ehY0



 
 唯「あと、これは和ちゃんだから言うけど……」

 唯の声質と声量がこそこそと内緒話をする時のものになる。

 唯「澪ちゃんとムギちゃんもジーニアスを持っていて、恐らくはもう覚醒してる。律っちゃんはまだ覚醒してないけど、覚醒する(その)可能性は十分にあると思う」

 唯は珍しく神妙な面持ちで話す。

 よく判らないけど軽音部の仲間が同じジーニアスとやらを持っているのなら、それは彼女にとって喜ばしい事の筈なのにむしろそれが辛そうに見えるのは何故なのだろう?と、和は唯の真意を測りかねて疑問に思う。

 だが、よくよく考えると和にも心当たりは有った。

 ここのところ唯が一組(こっち)に来て和と昼食を摂る様になったのと同時に、入れ替わる様に澪は唯達の二組(クラス)に行って律達と昼食を摂る様になっていた。



15 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(静岡県) [sage]:2012/10/15(月) 09:09:04.66 ID:ep566uy4o
咲じゃねえのかよ
16 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/15(月) 09:13:33.65 ID:s3I00ehY0


 部活に関しても学園祭が終わって少し経った頃から、特に唯は殆んど顔を出さない様になっていたし。以前はあんなに楽しそうに彼女等の事や活動を和によく話していたのに、最近は殆んどその事を口にする事は無かった。

 澪達にしても確かにここの所。今までと雰囲気が変わった気がする。澪に関して言えば以前に比べてあまり物怖じしなくなってきたというか、どこか自信ありげと言うか堂々とした態度を振舞える様になった事。

 紬からはその態度と言動から妙な威圧感や圧迫感を和自身、感じる様になったのも事実だ。

 それに律に関しては明らかに今日の彼女はおかしかった。今までは特に変わった事は無かったのだが、今朝の彼女は目に見える程興奮していたと言うか、何かが暴れ出すのを必死に押さえ付けているかの様に見えた。
 

 
 
17 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/15(月) 09:14:17.74 ID:s3I00ehY0
 

 和がそんな事を考えている時だった。

 ?「ん?律と私とムギがどうしたって?」


 ぞわ―――!?。


 不意に後ろから声を掛けられた瞬間。和は全身が総毛立ち、背中にかつてない程の強烈な悪寒と心臓を握り潰されるかの様な感覚に襲われる。


 
 
18 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/15(月) 09:14:55.59 ID:s3I00ehY0



 唯「み、澪ちゃ……な、何でもないよ……」

 唯は友人(みお)に対して辛うじて絞り出すようにそれだけ言葉を発する。

 唯は不意打ちの様に後ろに立つ少女『秋山 澪』に声を掛けられた瞬間。彼女の動悸は早くなり口の中が一瞬で乾いてしまっていた。

 唯はまるで躾の厳しい親に悪戯を見つかったかの様な表情になる。和は幼馴染の今まで見た事も無い表情の変化に、改めて事態が自分の思っている以上に穏やかなものではない事を悟る。


 
19 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/15(月) 09:16:04.70 ID:s3I00ehY0



 澪「つれないなぁ唯。まぁ人は善くも悪くも変わるものだからな……」

 澪「まぁいいさ。そんな事よりもうすぐ昼休みが終わるから。そろそろ自分の教室に戻った方が良いんじゃないか?」

 澪はどことなく余裕というか超然とした態度と口調で唯に忠告する様に言う。

 唯「……うん、分った。ありがとう澪ちゃん」

 唯<変わってしまったのは私よりも澪ちゃんだよ……>

 唯「和ちゃんまた後でね」

 唯は寂しげに心の中で呟くが声に出さなかった。それがもう無駄な事だと知っていたから……。

 唯はそれでも澪と和に微笑むと、足早に自分の教室へと戻って行った。


 
20 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/15(月) 09:17:01.32 ID:s3I00ehY0



 澪「なあ。和」

 和「何?澪」

 澪「和、お前は私達(こっち)側の人間だよな?律ももうすぐだ。あの感じだと律もこちら側だ。和、私はお前もこっち側であって欲しいと本当に思っているんだ。だから……」

 和「澪、悪いけど私はあなたが何を言っているのか、まだよくは判らない状態なの」

 和「でもね、これだけは言える。私は唯の幼馴染……あなたが律の幼馴染と同じ様にね」

 唯と澪達には既にジーニアスとやらの所為(せい)で、決定的な溝が出来ているのかも知れない。それならば、せめて自分は自分だけは唯の傍に居たい。と、和は思う。

 澪「そうか……まだお前は何も分っていないんだな。でも、その内分るよ。その内にな……またな和」

 そう言い残すと。澪は和の元を離れ自分の席に着く。この時の澪からは、先程の強烈な黒い感覚は感じられなかった……。


 
 
21 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/15(月) 09:18:37.68 ID:s3I00ehY0



 紬「あら唯ちゃんお帰りなさい。また和ちゃんの所に行っていたの?」

 教室に戻り自分の席に着こうとした唯を待ち構えていたかの様に、『琴吹 紬』が彼女に声を掛けてきた。

 唯「ムギちゃん……うん。和ちゃんの所に行ってた。戻って来た澪ちゃんにも会ったよ」

 紬「そうなの。そう言えば澪ちゃん言ってたわ。和ちゃんも<こっち側>だったらいいのになって」

 紬は微笑みながら言う。だが唯にはその微笑みが以前とは違うものに見えた。


 唯「和ちゃんは<こっち側だよ>。和ちゃんは、和ちゃんだけは絶対に<こっち側>だよ……」

 唯は半ば自分に言い聞かせる様に紬に言葉を返す。

 紬「ふふ、そうなると良いわね。澪ちゃんは残念がるだろうけど」

 紬は微笑みを絶やさない。まるでそんな事は、どうなろうと全く意に介さない(どうでもいい)。とでも言う様に。


 
 
22 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/15(月) 09:19:18.44 ID:s3I00ehY0



 唯「そう言えばムギちゃん。律っちゃんはどうしたの?」

 いつもなら紬と一緒に居る筈の律がいない。昼休み前までは居たのに教室を見回してもその存在を確認できなかった。

 紬「律っちゃんなら先に帰したわ。流石に今日は様子がいつもとかなり違っていたから。念の為に早く帰って貰ったの」

 紬「でも、もうすぐよ。もうすぐ律っちゃんも覚醒す(めざめ)るわ。私と澪ちゃんの見立てだと律っちゃんも<こっち側>になると思う。残念ね唯ちゃん。私達みんな<こっち側>で♪」

 紬は相変わらず微笑みを絶やさずに言う。だがその表情はまるで仲間外れになった唯を蔑み、憐れみ、嘲笑するかの様なものに唯には見えた。


 
23 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/15(月) 09:20:08.09 ID:s3I00ehY0



 唯「そう言えばムギちゃん。律っちゃんはどうしたの?」

 いつもなら紬と一緒に居る筈の律がいない。昼休み前までは居たのに教室を見回してもその存在を確認できなかった。

 紬「律っちゃんなら先に帰したわ。流石に今日は様子がいつもとかなり違っていたから。念の為に早く帰って貰ったの」

 紬「でも、もうすぐよ。もうすぐ律っちゃんも覚醒す(めざめ)るわ。私と澪ちゃんの見立てだと律っちゃんも<こっち側>になると思う。残念ね唯ちゃん。私達みんな<こっち側>で♪」

 紬は相変わらず微笑みを絶やさずに言う。だがその表情はまるで仲間外れになった唯を蔑み、憐れみ、嘲笑するかの様なものに唯には見えた。


 
 
24 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/15(月) 09:21:11.87 ID:s3I00ehY0



 しかしそんな紬にも全く懸念が無い訳では無かった。


 律の事だ。


 今日の律は紬の目から見ても明らかにおかしかった。恐らくはジーニアス覚醒前の前兆的なものだとは思うが、彼女自身が覚醒した時にはあそこまでの興奮(おかしな)状態にはならなかった。



 だからこそ紬は懸念する。<もしかして律は……>と……。


 

  
 
25 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/15(月) 09:22:19.45 ID:s3I00ehY0



 だがその紬の懸念は、いかに彼女や澪であってもどうしようもない話だった。だから今はただただ律が無事に覚醒して、自分たちの側に付いてくれる事を信じるのみだ。今の自分の立場で信じると言うのもおかしな話ではあるが……。

 唯「私には憂もあずにゃんも、そして和ちゃんもいる。だから私は全然大丈夫だよムギちゃん」

 唯「でもホントはムギちゃんも澪ちゃんも、そして律っちゃんとも一緒に居たかったな……」

 唯は寂しげな表情を紬に向ける。これからの事を考えれば彼女のこの想いはひとしおだった。


 
26 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/15(月) 09:23:11.28 ID:s3I00ehY0


 紬「ふふ。私も残念だわ。やっぱり世の中はそんなに思い通りにはならないみたいね。あと和ちゃんはまだどっちか判らないわ。私も和ちゃんの事はちょっと気になっているし……」

 紬は無意識に唇の端を歪めた笑顔を作る。

 唯「ムギちゃん―――」

 唯は精一杯に紬を睨み付ける。だが紬は余裕でそれを受け流す。まるで、それが小動物が絶対的強者に対しての可愛(あわれ)さすら感じる、せめてもの<ささやかな抵抗(いかく)>に過ぎないとでも言う様に。



 
27 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/15(月) 09:23:55.67 ID:s3I00ehY0



 紬「ところで唯ちゃん。今日は軽音部(ぶかつ)に顔を出してくれるの?」

 唯「ごめんねムギちゃん。今日はとっても大事な用事があるんだ。また今度ね」

 唯は少しだけ済まなそうにそう答えると、「もう授業始まっちゃうから」と紬に軽く手を振って自分の席に着く。

 紬「また今度があると良いわね。唯ちゃん。その前にあっさりと消えて無くならないでね。ふふ……」

 にこりと笑いながらそう言い残すと、紬も自分の席に戻って行く。唯は、その彼女の言葉に俯き、ふるふると悔しさに震えながら唇を強く噛み締めていた……。



 
28 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/15(月) 09:25:22.15 ID:s3I00ehY0


 和「つまりこう言う事ね」

 和は落ち着いて話を整理しようとする様に、憂が差し出してくれた紅茶を一口飲んで、一息吐くと、目の前のソファーに座っている二人に確認するかのように言う。


◦ジーニアスとは守護者、守護神の意で、その通り神話や宗教に出て来る、柱(そんざい)の事を指す。

◦ジーニアス持ちとは、その神や悪魔等の魂、霊、精神体のごく一部をその身に宿す者であり、それを自覚した時が覚醒した時である。

◦基本的には神と魔の戦いであり、神側のジーニアスと悪魔側のジーニアスとの陣営に分かれ争う事になる。

◦神仏側のジーニアス持ちは、覚醒時にそれ程性格的な部分での変化は無いとされるが、悪魔側のジーニアスは、自我は完全に在るが、自身の持つ闘争心や凶暴性、破壊衝動が顕著に表れ、心の奥底にある今まで押さえ付けていた欲望や欲求、願望。特に闘争本能に忠実になってしまう。


 
29 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/15(月) 09:26:16.96 ID:s3I00ehY0



◦神側は現状維持を望んでいるが悪魔側はその神々の座を虎視眈々と狙っている為、必然的に悪魔側のジーニアスは積極的に神仏側のジーニアスに戦いを仕掛けてくる。その為に両者は厭がおうにも戦わなければならなくなる。

◦勝敗の趨勢が決した所でこの戦いは終わるので、互いが全滅する様な事は無いと言ってもいいが、悪魔側が大勝した場合、彼らの最終目的である神々の座の奪取の為に黙示録戦争を仕掛けて来る。その戦いの舞台は神界でも魔界でもなく、人の生きる人間界であり、この戦いに巻き込まれれば人類そのものが滅亡しかねないので、神側のジーニアスもそうならない様に戦わなければならない。


 
 
30 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/15(月) 09:27:37.14 ID:s3I00ehY0



◦開戦が知らされる時に、必ず何処かで原因不明の大量破壊、殺人が起こる。これは一人のジーニアス持ちが覚醒した時に、意図的に凶暴性や破壊衝動を、自我が無くなる程に暴走させられた者が引き起こすものであり、この者の事を、『始まりを告げるもの(スターター)』或いは、『最初の犠牲者(ヴィクティム)』という。


 
31 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/15(月) 09:32:11.89 ID:s3I00ehY0



◦だが戦いの舞台(ば)は現実世界(ここ)ではなく、神々と悪魔側の両陣営が共同で用意した次元(せかい)である。

◦その世界で受けた傷は現実世界の戻った時には、躯には残らずに精神的疲労に変換される。

◦戦いの際に発現出来る道具(アイテム)の総称を≪ブランド≫といい、ジーニアスの特性と本人のイメージの集約よりその形状が決まる。そしてジーニアス同士。ブランドを駆使して戦う事になる。そして<ブランド>は武器防具に限らない。

◦ジーニアス同士の戦いで命を落とした者は、この世から、そして人々の記憶から、肉体を含むそのものが徐々に消えて逝ってしまう。




 和「だいたいこんな感じかしら……」

 和は思案下に呟くように、二人に確認する。


 
 
32 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/15(月) 09:33:42.22 ID:s3I00ehY0



 生徒会の活動を終えた和はその足で足早に平沢家に向かい、その家の姉妹に迎え入れられてリビングのソファーに案内される。

 そこで唯の妹である憂にお茶を差し出され、そのまま姉に代わり彼女から昼間の話しの続きを受けていた。

 そして、彼女から説明を受けた和は漸(ようや)くある程度の得心がいった様子で頷き、確認するかの様に、平沢姉妹を見遣り話を続ける。

 和「つまり、ジーニアス持ちというのは、神と悪魔のシミュレーション的な代理戦争を人間が無理矢理させられると言う訳ね。それも、世界の命運が懸かっているから逃げる訳にもいかないと言う」

 和の口調は何処か尖ったものだった。


 
33 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/15(月) 09:34:27.25 ID:s3I00ehY0



 憂「うん、大体そんな感じだよ和ちゃん」

 憂は和の飲み込みの早さを有り難いと思いながらこたえる。

 和「それで、あなた達姉妹は神側。あと、澪とムギは悪魔側だと言う訳ね。どうりでこの所の唯と澪達の雰囲気がおかしかった訳だわ」

 唯「うん、そうなんだよ和ちゃん。あと、あずにゃんも私達と一緒で神さま側だよ」

 唯は和が自分達の事を理解してくれた事を嬉しく思う反面、澪達の事、そしてこの事を彼女に話さねばならなかった事を思うと、幾分、寂しげな表情になる。



 
34 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/15(月) 09:35:53.96 ID:s3I00ehY0



 和「あずにゃん……?ああ、中野さんの事ね。軽音部の一年生の」

 憂「うん、そうだよ。あと、梓ちゃんは私の友達でもあるんだ」

 憂が補足する様に付け加える。

 和「まあ、憂が説明してくれたお陰で、大体の事は把握出来たわ。でも、それだとまだ戦いは始まっていない訳よね」

 ここ最近、特に日本に於いては特に大きな事件は無い筈だと、確認する様に訊く。


 憂「うん、それはまだだよ」

 憂が頷きながら答える。そして、説明が一通り済んだと判断した憂は、「ちょっと席を外すね」と二人に断って、キッチンの方に消えて行った。



 
35 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/15(月) 09:36:47.26 ID:s3I00ehY0


 唯「他に何か聞きたい事は無い?」

 憂がキッチンに行って二人になった所で、唯もそう言いながら妹が淹れてくれた紅茶を一口飲む。

 和「聞きたい事は山ほど有るけど……」

 和は一瞬、再び思案下な表情を浮かべるが、すぐに脳内の情報を整理する。

 和「一遍に聞くのもなんだから、取り敢えず、どうしても聞きたい事だけを訊かせて貰うわ」


 
 
36 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/15(月) 10:25:44.49 ID:s3I00ehY0


 唯「私に答えられる事なら何でもいいよ」

 和「まず、戦いの始まりを告げるっていう大事件なのだけど……これってどういう事なの?」

 唯「うん。えーと、一番最近だと、それでも25年も前の事なんだけど渋谷のスクランブル交差点で起こった事件って…和ちゃん知ってる?」

 和「……25年前……渋谷…スクランブル……あっもしかして……」

 和はいつか見た未解決事件を扱ったテレビ番組があったのを思い出す。確か、交差点の中心部付近で突然、爆発の様な衝撃が起きて、その時に渡っていた通行人の内、1043人が死亡、539人が重軽傷を負うと言う、前代未聞の大事件。



37 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/15(月) 10:26:57.81 ID:s3I00ehY0


 今でも犯人も、またその手口すら全く手掛かりが掴めず、政府と警察、防衛庁(現省)はテロ組織の犯行だとしているが、実際は完全に迷宮入りしてしまっていた。

 被害者の中の一人は、交差点を渡る直前、いきなり爆発したかのような衝撃を受けたと証言してはいるが、爆発物の痕跡は見つかっておらず、道路は極めて鋭利且つ、巨大な刃物の様なもので切り裂かれ、信号機はポールを斬り落とされ、周辺のビルも少なからず傷跡を残していた。

 これはとても人の手では成し得ない所業であり、且つ、状況からして爆発物や何かしらの化学兵器が使われたとも考えにくい。

 そして更に驚くべきは誰も犯人と思(おぼ)しき人物等を見ていないと言う事。防犯カメラもその殆んどが壊されているので、その時の映像は殆んど無いと言う、正に世紀の大惨事としか言い様の無い大事件であったと、ぞっとしながら見ていた事を思い出した。



 
38 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/15(月) 10:28:09.39 ID:s3I00ehY0



 この時の和は、あまりの信じられなさに、母親に確認してそれが真実である事を知り、かなりの衝撃を受けた事も思い出す。

 和「それは、本当なの……?」

 唯「うん、そうだよ。この事件が、開戦の合図だったみたい」

 和「まさか…そんな……」

 和は、再び受ける衝撃に、顔は蒼褪(ざ)め、奥歯の辺りがかたかたと震えて来る。

 和「そ、それなら、あなたも憂もそんな事が出来るの?」

 和は固唾を飲んで、恐る恐る唯に訊く。


 
39 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/15(月) 10:28:58.95 ID:s3I00ehY0


 唯「……うん…多分出来るよ。憂は勿論。多分、私でもね…」

 唯は事も無げに言い、苦笑気味の笑顔を見せる。その笑顔が和には、少しだけ歪んだものに見えた。

 唯「私達が怖くなった?でも安心して、少なくても私も憂もスターターではないし、スターター(そう)でもない限り、この世界(ここ)では殆んどジーニアスの能力(ちから)は発動出来(だせ)ないから」

 唯が和を心配させまいとして、柔和な表情でわざと明るめの口調で言葉を付け加える。


 
 
40 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/15(月) 10:30:11.58 ID:s3I00ehY0


 和「そう。それなら、事前にそれを止める……なんて出来ないわね」

 和は自分で言い掛けて苦笑する。一瞬にして千人以上殺傷できる、圧倒的暴力に対して、覚醒しているとはいえ、その力を殆んど使う事が出来ない者と、まだ覚醒すらしていない者が出て来た所で犠牲者が増えるだけなのに。

 それに誰がスターターで、いつどこで起こるのかすら判る筈も無いのに……。


 
41 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/15(月) 10:30:58.38 ID:s3I00ehY0



 和「……兎に角、私も覚醒するにしても、そのスターターとやらには絶対になりたくは無いわね」

 和は溜息交じりに呟く。

 唯「うん、そうだね」

 和「あと、もう一つだけ聞きたい事があるのだけど…」

 和は、紅茶をもうひと口、口に含み渇き気味の口内を潤して改めて唯に向き合う。

 和「この戦いで命を失った者は、存在そのものが消えるっていうのはどういう事なの?」

 和の眼鏡のレンズ越しに覘く瞳が訝しげな光を湛える。表情も今まで以上に厳しいものになる。



42 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/15(月) 10:31:43.63 ID:s3I00ehY0


 唯「そのままの意味だよ。もし死んじゃったら、まずその人本人が、そしてその人と結びつきの強い私物(もの)から、物質的にも記憶からも消えて逝っちゃうみたい……」

 唯「ジーニアスを持つ人以外は、その人の事を少しづつ忘れていって終うんだ。それがたとえ家族や親しい人であったとしても……」

 和「そん…な……そんな哀しい事……」

 和の表情が始めは驚愕し、そして徐々に蒼褪(あおざ)めたものになっていく。

 唯「これでもね、和ちゃん。これは神さまのせめてもの慈悲なんじゃないかっていう人もいるんだよ。何も無かった事にすれば…誰も哀しまないって……」


 そう言う唯の表情(かお)は和にはとても哀しいものに見えた。



 
43 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/15(月) 10:32:50.43 ID:s3I00ehY0



 和「哀しいわよ。大切な人が突然いなくなって、それを忘れてしまうなんて哀し過ぎる……」

 和は無意識に両掌を鼻から下にあてる。鼻の先がツンとしてくる。気を許したら、今すぐにでも泣いてしまいそうだった。

 唯「うん、私もそう思うよ。私だって和ちゃんに、私が死んじゃっても忘れられたくないからね」

 唯が悲しそうに微笑む。こんな哀しそうな唯は初めて見る。

 和「そんな哀しい事は言わないで、唯。あなたは死なせない。誰であろうと私がそんな事はさせない」


 
44 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/15(月) 10:33:42.92 ID:s3I00ehY0



 和は正直に言って、ジーニアス(このけん)に関してはある程度理解したが、それが真実かどうかはまだ、信じ切れていない。この姉妹ここまで真剣なのだから信じたいのだが、荒唐無稽、余りに現実離れし過ぎている。

 でも…これだけは言える。もしこの話が真実であり、自身がジーニアスを覚醒させたのであるなら、今の言葉通り自分は唯をそして憂を絶対に守り抜く。と固く心に誓う。

 唯「ありがと。とっても嬉しいよ和ちゃん。私も和ちゃんと一緒だよ。私も和ちゃんを守る。いつもお世話になりっぱなしだから、こんな時くらいはいいとこ見せたいよ」

 唯は、そう言って「ふんす」と胸を張る。

 和「ふふ、その時はお願いするわね」

 和はそう言って最愛の幼馴染に向かって何処か嬉しそうに微笑んだ。


 
45 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/15(月) 10:34:28.45 ID:s3I00ehY0



 ……………………。



 憂「あ、お姉ちゃん、ごはん出来たよ。ねぇ和ちゃんも食べていって欲しいな。久しぶりに和ちゃんが家に来てくれたから、張り切っちゃって作り過ぎちゃったんだ」

 唯と和の間に静寂の時が訪れる。そして、それを破ったのは、キッチンから戻って来た憂の声だった。


 和「……そうね…それじゃあお言葉に甘えさせて貰おうかしら」

 和は憂の申し入れを受けると、携帯を取り出して自宅の家族に連絡を入れた、



 
46 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/15(月) 10:35:11.57 ID:s3I00ehY0



 唯・憂・和「…………………」

 食卓を囲んで食事をする三人ではあったが、久しぶりの三人での食事だと言うのに、会話が殆んど弾まなかった。

 和は何か喋らないといけないと思いつつ、先刻までの話がどうにも尾を引き、中々話を切り出す事が出来ずにいた。

 唯と憂も同じ様で、和はやっぱり帰った方が良かったのかな、と、思い始めた時、唯が思い出したかの様にちょっと気分転換にテレビでも視ようよ。と言ってテレビのスイッチを入れる。



47 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/15(月) 10:36:40.50 ID:s3I00ehY0


 テレビは何て事の無いよく見る様なバラエティ番組が映っていたのだが、数分後。画面上部に緊急速報が流れた瞬間、彼女達の表情(かお)が正に凍りついたものに変わる。




 『今日、午後19:00頃。渋谷スクランブル交差点にて、原因不明の爆発の様なものが起こり、多数の死者が出た模様。警察は……』




 『……死者は判っているだけでも八百二十名。重軽傷者は千名以上……』



 テレビ画面が切り替わり、ニューススタジオを映してアナウンサーが緊急速報(ニュース)を読み上げていく。




 それは、正に先刻、唯が和に語った開戦の合図に他ならなかった……。







 



48 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/15(月) 10:51:23.31 ID:s3I00ehY0
 
 色んな意味で今更ながら、けいおんのSSです。

 はっきり言ってこの設定なら、咲さんでも出来ると思うのですが、

 キャラが多いので恐らくは収拾がつかなくなるのでは、と思います。

 その設定がそのものが判り辛く、読み難いとは思いますが、

 取り敢えず読んで、出来ればレスなどを書き込んで下さると

 大変有り難いです。


 それでは。



 


 

 
49 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/10/15(月) 11:01:48.38 ID:OqDddzsDO

善悪のみならず、第三勢力とか出て来たりするんでしょうかね?
50 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/10/15(月) 11:51:53.18 ID:euu9QXQg0
書いてくれるのはありがたいが、日常ほのぼの系のけいおん!でハードなバトル物はちょっと…
51 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/10/15(月) 12:30:28.24 ID:9IF67ruM0
空気を読まずにリメイク乙!
あずにゃんが逝ってちょっとくらいまでは読んでたかな。
内容に変更点はあるんだろうか?
52 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/10/15(月) 15:14:53.14 ID:gMLEOFVHo

微妙に読みづらい気もするけど慣れの範囲か
53 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/10/15(月) 20:23:04.36 ID:3q39UbYNo
括弧を付けた当て字の読み仮名が読みにくい
漫画やラノベだと何とも無いんだが

このSSで読んでるとなんだか頭がクラクラしてくる
54 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/10/15(月) 21:37:29.79 ID:aIV2GIGz0
戦争…始まっちゃったか…
55 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/10/16(火) 07:38:36.87 ID:R8h0YxKa0
>>1
和「ジーニアス?」のパクリか?
56 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/10/16(火) 16:26:45.40 ID:4hC+eS8+0
とりあえず、目下の問題は律っちゃんか
57 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/17(水) 18:02:03.43 ID:OQybFtvO0



 憂「お姉ちゃん……」

 それまで静かで穏やかだった憂の表情が、険しく不穏なものになる。

 唯「うん……」

 唯も普段の彼女からは、想像も出来ない様な深刻な表情で頷く。

 和<これが…まさか、本当に……>

 和の表情が更にみるみる蒼褪めていく。心から信用している平沢姉妹の話。それでもなお、100%全てを信じる事の出来ない程に現実離れした話。

 だが実際にそんな有り得ない様な大惨事が起きてしまった。血の気が急激に引いていくあの厭な感覚に襲われながら、和は今まで感じた事の無い程の戦慄を覚える。


 
 
58 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/17(水) 18:04:30.91 ID:OQybFtvO0


 和「ゆ―――」

 そして、彼女がどうにかして何か言おうとした時だった。

 突如。何かとてつもない【存在】みたいなものが彼女の中に急激に、そして大量に流れ込んで来る。

 和はその形容し難い奔流が、更に氾濫するかの様な感覚に翻弄されつつも、どうにか自分を保とうと強く意識を集中させ懸命に堪える。


 そして…その全てが流れ込んだ時に彼女は悟る。平沢姉妹が言っていた事は全て真実であると。存在と共に流れ込んで来た知識が彼女にそう確信させる。


 
 
59 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/17(水) 18:09:01.61 ID:OQybFtvO0



 和「唯、憂……」

 そして和は二人に真摯な眼差しを向ける。

 唯「和ちゃん……」

 唯も憂も何があったのか悟ったのだろう。固唾を飲んで、不安げに幼馴染を見つめる。

 和「私もやっと目覚めたみたい……」

 和は僅かな時間下を向き、そして覚悟を決めたかの様に顔を上げる




 和「今度こそ本当によろしくね。二人とも」




 和は疲労の色が濃く残る顔で…それでも、そう言って二人に微笑んだ。


 
 
 
60 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/17(水) 18:12:09.41 ID:OQybFtvO0



 唯「和ちゃん……」

 和の言葉を聞いた瞬間。唯の目に涙が滲んで来る。和はたった今、覚醒し、そして目覚める。

 それでも尚…和は……大切な幼馴染は、自分達と共に居てくれると言ってくれた……。

 唯「和ちゃんっ!!」

 唯は嬉しさの余り、和に向かって飛び込むかの様にひしっと抱きつく。

 憂「こっちもだよ和ちゃん。どうか……私達と一緒に戦って下さい」

 憂も唯に倣って、和にぎゅっと抱き付く。

 和「もう…姉妹揃って甘えんぼさんね」


 和は苦笑気味に言うが、決して二人を引き剥がそうとはしなかった。


 
  

61 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/17(水) 18:13:26.52 ID:OQybFtvO0



 和「ところで憂」

 憂「何?和ちゃん。まだ聞きたい事があるの?」

 和「あなた達は何故、『ここまで』の事を知っているの?」

 ジーニアスに覚醒してある程度の知識を得る事が出来たのだが、それでも先刻…彼女に聞いた以下の情報しか得る事は出来なかった。

 それならば何故、憂はそして唯はそれ程までの情報を知り得ているのか?和が疑問に思うのも当然の事だった。

 唯「それはね…お母さんもジーニアスだったからだよ。和ちゃん」

 和の問いに妹に代わって姉が答える。


 
 
62 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/17(水) 18:15:57.72 ID:OQybFtvO0



 和「おばさんも……ジーニアス?」

 唯「うん…そうだったみたい。25年前にもジーニアス同士の戦いがあって、お母さんはその時の生き残りなんだって……」

 唯「だから私と憂が色々知っているのは、お母さんが教えてくれたからなんだ」

 和「そう言う事ね……」

 和は得心がいった様に呟く。それにしてもあのおばさんが……。 

 実年齢よりもずっと若く見え、いつも穏やかな表情を浮かべていたあの人が……と、

 彼女は世の中には有り得ない事など無いのだと痛感せざるを得なかった。


 
 
63 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/17(水) 18:18:19.98 ID:OQybFtvO0


 ……………………………。


 和「―――そう……それがあなた達のジーニアスなのね。でもいいの?私に自分のジーニアスを言っちゃって?」

 和「あまり他人には自分のジーニアスを明かさない方が良いみたいなのに…」

 唯「和ちゃんになら全然、話したって良いよっ!たとえ和ちゃんが悪魔(そっち)側だったとしても全然構わないよ」

 憂「うん。私もお姉ちゃんと一緒だよ和ちゃん」

 唯の言葉に憂も真摯な表情で頷き同調する。和はこの二人が自分の幼馴染で本当に良かったと思う。それと同時にこの二人だけは絶対に失いたくないと云う事も心の底からそう思う。


 
 



  
64 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/17(水) 18:20:48.69 ID:OQybFtvO0



 和「ありがとう。唯、憂。あなた達にそこまで言われたら、私も言わせて貰わないとね」

 唯「和ちゃん。いいの?」

 唯の言葉に和は迷い無く頷く。仮に自分がこの二人の姉妹の敵になったとしても、彼女達になら……たとえ…殺されたとしても構わないとさえ思う。

 そして、その反対は『絶対』に無い。

 和「勿論よ。でも…私のはちょっと微妙なのよね……」

 憂「微妙?」

 憂がそして唯が不思議そうな顔をする。和自身も内心、少し戸惑っていた。それでも意を決して、二人に告白する。




 和「うん。私のジーニアスはね―――――」




 
65 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/17(水) 19:00:17.64 ID:OQybFtvO0


 翌日。


 昨日の事件の話題で持ち切りとなっている、半ば騒然とした教室に入った唯が最初に目にしたのは、取り乱した様子で紬と何やらやり取りをしている澪の姿だった。

 唯「どうしたの?澪ちゃん」

 悲壮感すら漂う……まるでこの世の終わりとでも言う様な澪の表情に、さしもの唯も徒(ただ)ならぬものを感じ、流石に声を掛けざるを得なかった。



 
66 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/17(水) 19:02:49.19 ID:OQybFtvO0


 澪「ゆ、唯―――」

 澪は憎々しげな表情になって唯を睨み付ける。唯は覚醒前も後ですら、こんな貌の澪は見た事が無かった。

 澪「お、お前には関係な――」

 紬「どうも律っちゃんがスターターだったみたいなの唯ちゃん」

 唯を排除しようとする澪を制し、紬が事も無げに唯に伝える。



 
67 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/17(水) 19:04:12.69 ID:OQybFtvO0


 澪「ム、ムギッ―――」

 紬「いいじゃないかしら澪ちゃん。いずれは唯ちゃんも知る事でしょうし、別に隠す必要も無いと思うの」

 明らかに狼狽している澪に対し、超然とも言える様子の紬。この二人の対比が唯にはどこか可笑しく見えた。話の内容からして、全く笑えない物ではあるが……。

 唯「……えっ?り、律っちゃんがスターター…?」



 
68 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/17(水) 19:05:55.91 ID:OQybFtvO0


 確かに昨日の律の様子はおかしかった。でも…まさか律がスターターだったなんて事は、唯にしても全く思いも寄らない事であった。

 でも、もしそれが真実だとしたら、律はもう……。

 唯「そ、それは本当なの…?」

 唯は震える声で恐る恐る二人に聞く。

 澪「き、昨日、律の様子が気になって律の携帯に掛けたんだけど律は携帯に出なかった。いや、繋がらなかった……それで律の家に電話したけど律は帰ってなかった……」



 
69 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/17(水) 19:08:24.80 ID:OQybFtvO0



 澪「……それであの事件だ。当然私は電話、メール、あらゆる手段で律と連絡を取ろうとしたのだけど無駄だった……」

 澪「今朝…当然私は律の家まで行って来たけど、一晩経っても家に戻ってはいなかった……」

 澪の端整な顔が苦渋に満ちたものになる。

 澪「律はもう、<この世界(此処)>にはいないんだ……」

 この時の澪の顔は、唯にはまるで死刑宣告を受けた被告の様にすら見えた……。


 
 
70 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/17(水) 19:57:21.71 ID:OQybFtvO0



 唯「でも、仮に律っちゃんがスターターだったとしても、まだ生きているんだよね」

 唯は自身も顔から血の気が引いていくのを感じながらも、澪を慰める様に言う。

 澪「唯っ――――!!」

 紬「唯ちゃん。律っちゃんがスターターだとしたら生きているにしても……唯ちゃんだって判っている筈よ」

 唯の言葉に激高しかけた澪を制して、紬が落ち着いた声で代わりに応える。

 唯「ムギちゃんはいやに落ち着いてるね。律っちゃんの事なんてどうでもいいの?」

 唯は珍しく棘の有る声と視線を紬に向ける。



71 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/17(水) 19:59:40.87 ID:OQybFtvO0



 紬「そんな事ないわよ唯ちゃん。私だって律っちゃんの事は心配しているわ」

 紬「でも。まだ律ちゃんがそうだと決まった訳ではないし、大事なのはこれからどうするかだと思うの」

 紬「それに……今の唯ちゃんが律っちゃんの心配をするのは、ちょっとお門違いじゃないかしら?」



 紬<まあ別に律っちゃんが居なくても、私と澪ちゃんだけで充分事足りるし♪>



 
72 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/17(水) 20:00:39.97 ID:OQybFtvO0



 内心ではこんな事を思いながら、紬は唯に辛辣な言葉を言い放つ。

 唯「酷いよムギちゃん……私もそれに、あずにゃんだってムギちゃん達と同じ軽音部だよ。律っちゃんの事が気に掛からない訳がないよ……」

 唯「出来るならムギちゃん達と戦いたくなんかないよ、一緒に居たいよ……またみんなで一緒に演奏だってしたいよ……」

 唯は涙目になりながら二人に訴えかける様に言う。



 
73 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/17(水) 20:03:17.37 ID:OQybFtvO0



 紬「ふふ、部活に全然来ない唯ちゃんが何を言っているのかしら……という感じだけど。まあ別に私は、何時でも唯ちゃん達とヤっても良いと思っているのよ。澪ちゃんもそうよね?」

 澪「ん?ああ…そうだな。だけど今はそんな事なんかどうでもいいよ。律さえ無事なら何でもいい」

 聞いているのかいないのか。心ここに在らずなのか澪は生返事ではあるも、それでも紬の言葉に取り敢えず同意をする。

 にこにこと微笑みを絶やさないままに、唯を言葉で嬲り続ける紬と、まるで唯の事などどうでもよくて、律の事ばかり気に掛けている澪。

 もう唯の知っている、望んでいる二人は……そして彼女の大好きだった軽音部は存在しないと言う事を改めて思い知らされ、そして打ちのめされる。


 
 
 

74 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/17(水) 20:04:48.77 ID:OQybFtvO0
 


 級友達も当然、この三人の関係が今までと違う事に気付いてはいるのだが、澪から…そして紬から感じられる、どこか得体の知れない威圧感の様なものに気圧されて、どうしても声を掛けられずに、離れた所から様子を窺う事しか出来なかった。

 ?「澪!」

 だが、その威圧感を物ともしない者の声が、突然に教室の入り口辺りから澪に向って発せられる。


 
 
75 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/17(水) 20:09:06.48 ID:OQybFtvO0



 声の主は和だった。彼女はそのまま、三人の歪な輪の中に入って往く。

 和「何をしているの澪?もうすぐホームルームが始まるわよ」

 少しきつめの口調で和は続ける。そして、唯に様子を見る様に一瞥をくれると、再び澪に、そして紬に向き直る。

 和「澪、ムギ。あまり唯を苛めないで貰えないかしら。でないと私…唯より優しくないから…どうなっても知らないわよ」



76 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/17(水) 20:11:21.36 ID:OQybFtvO0



 唯「和ちゃん……」

 和の言葉に唯の表情(かお)が……そして心が、それまでの暗闇に包まれていたものから、まるで朝日が差し込んだかの様にみるみる明るいものに変わっていく。

 澪・紬「………………」

 昨日までとは違う和の様子からして、彼女が覚醒し、ジーニアスに目覚めた事を二人は悟る。そして、目覚めた後も唯の側に付いているという事の意味も瞬時に理解する。

 和「ほら…澪。行くわよ。それと唯。また後でね」



 
77 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/17(水) 20:12:22.30 ID:OQybFtvO0



 そう言うと和は半ば強引に澪の腕を引っ張る。澪は一瞬。和に対し何かを言い掛け抵抗しようとしたが、観念した様に和と共に大人しくそのまま教室を出ていく。

 唯「うん。また後でね和ちゃん」

 澪達に向けた物とは違う優しく穏やかな和の言葉に、唯は嬉しそうに応え、そして紬に一瞥をくれるとゆっくりと自分の席に着く。紬はその時に一瞬、唯が見せたドヤ顔に苛立ちを覚えた。



 
78 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/17(水) 20:14:18.13 ID:OQybFtvO0



 澪「なあ和…お前は、その、目醒めたんだよな。やっぱり……」

 和に腕を引かれて教室の前まで来た澪は、不意に和にどこか不安げに話し掛ける。

 和「ええそうよ。大体の事情は判っているつもりよ」

 澪「そうか……その上で唯の側(ほう)に付くんだよな……」

 和「ええ…昨日も言ったけど、私は何があっても唯の味方だから。でも、どうしたの澪?最近のあなたには珍しく弱気な感じね」

 昨日は律の様子がおかしかったが、今朝は澪の様子がおかしいと……和は思いながら彼女に訊く。

 澪「律が…律がスターターだったんだ。まだ決まった訳じゃないけど、かなりの確率でそうだと思う……」

 澪は一気に老けこんだかの様にがっくりと肩を落とす。



 
79 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/17(水) 20:15:17.83 ID:OQybFtvO0



 和「そう…律が…残念だわ」

 律の屈託の無い笑顔が頭に思い浮かんで、和の表情も少し曇ったものになる。

 澪「…………唯は幸せ者だな。こんなにも…自分を想ってくれる奴が居て……」

 不意に澪が先程までの会話を思い出したかの様に、羨ましそうに和に言う。

 和「……そんないいものじゃないわよ。それに澪だって………いえ、何でもないわ」

 和は律の事を言い掛けてやめた。もし律が本当にスターターだったとしたら。自身の知識が真実であるなら、もう……。

 だから澪はこんなにも不安げなのか、と、和は納得する。


 それと同時に和は、唯をそして憂を失った時の事を想像して、自身も身につまされ暗い気持ちになってしまっていた。改めて彼女達を失いたくな
いと、願わずにはいられなかった……。



 
80 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/17(水) 20:31:30.27 ID:OQybFtvO0

 取り敢えず少しでも読み易くした心算ですが、

 どうでしょうか。

 あと、こんな感じのSSですが、

 拷問スレとかと比べれば全然ソフト路線なので、

 ほのぼの系が好きな方でも、それほど問題ないのではないかと思われます。


 それでは。
 

 

81 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/10/17(水) 20:41:28.68 ID:7jMVCBMC0
いや、キャラを安易に殺そうとしている時点で駄目だわ。
そもそも、軽音部内で争いが起きただけで心が痛い。
ムギが悪役ならなおの事。
せめて敵対勢力を他の作品から持ってくればまだ良かったのに。
82 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/10/17(水) 20:44:08.92 ID:gTpPg2YSO
いくら何を書こうが自由とは言うけどさ、元ネタから大きく外れすぎで話にもなりません
作品のチョイスをミスりすぎ


まぁ、楽しみにしてる外野が甘やかすのもいけないんだろうけど
83 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [sage]:2012/10/17(水) 21:09:43.77 ID:a95Pa3MKo
乙!!
純ちゃんやさわちゃんも出てくるのかね?

文章はかなり読みやすくなったです
でもなんで小説の当て字は普通に読めるのにSSだと頭クラクラするんだろ?
84 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/10/18(木) 23:55:30.03 ID:ffWu+yAa0
悪魔とかいう体の良い敵である事がまだ救いかね……
85 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/10/19(金) 10:39:32.02 ID:S/5F5RsH0
そもそも、けいおんキャラを神だの悪魔に変貌させた時点で駄目だわ。
神の軍勢対悪魔の軍勢というのがやりたければいっそのこと、
神の軍勢
ベルダンディー、ウルド、スクルド(ああっ女神さま)
ナギ(かんなぎ)
繭(猫神やおよろず)
大獣神(恐竜戦隊ジュウレンジャー)
鹿目まどか(魔法少女まどか☆マギカ)
十天闘神(ゴッドサイダー)
創造神プライマス(トランスフォーマーシリーズ)

悪魔の軍勢
リアス・グレモリーとその眷族(ハイスクールD×D)
ベル坊&男鹿辰巳(べるぜバブ)
ダンテ(Devil May Cry)
ラハール(魔界戦記ディスガイア)

辺りを寄せ集めてやった方がまだましだ。
86 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/10/19(金) 10:56:59.32 ID:6/ZemhOY0
まぁ、もっと言うなら。地球を巻き込まないでお前ら(神&悪魔)だけでやってろよって言うね
87 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/10/19(金) 13:16:13.08 ID:YIgSHG2c0
>>1は紬澪律アンチか?

さもなければ、けいおんそのもののアンチか?
88 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/10/19(金) 18:45:30.94 ID:5qwKngQ1o
俺は期待してる
89 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/10/19(金) 22:48:49.28 ID:DFprfpGSO
けいおんは難しい設定がないから取っ付き易い、とよく言われてたな
だから魔改造も平気でされるのだろう

ただ衰退した今、他のSSと比べたら実はそこまで万能でもないんだよなぁ
90 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/10/20(土) 01:25:53.60 ID:bf86h7nd0
けいおんの最も基本的な設定って、
「悪人も憎まれ役もいない事」
だと思うんだ。
多分、大抵の書き手はその辺りをわかっていないのか、あるいはわかっていても、それを受け入れられないんじゃないかと思う。
「世の中こんなに綺麗事ばかりじゃねーよ」って感じに。
または、
「人は美しい物程汚したくなる」
「この世の中に善人ばかりだとしたら、人はそこを地獄だと思うだろう」
という心理でも働いているのか。
だから、こんな魔改造SSが出てくるんじゃないかな。

フィクションの中くらい、綺麗事だっていいじゃない。
91 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) [ sage]:2012/10/20(土) 02:31:21.83 ID:KHvxhHFN0
私はいいと思います。

私自身SS自体を知ったのが遅くて、まとめサイトで昔のSSあさってたのが原因かもしれないんですけど。

本来のけいおんはほのぼの系のゆったりなごやかな日常を描いているとても素晴らしい作品ですが、こういうのもアリなのではないかな、と。
SSは所詮二次小説です。どれだけ頑張っても原作に敵うことなんてあまり無いと思うんです。
作者さんが満足しているのならばそれはそれでいいと思いますよ。

とにかく、作者さんは最後まできちんと書き切って下さい。
応援しています。
92 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2012/10/20(土) 13:42:34.72 ID:fYANlsD60
>>91
その考えは危険だ。
かつて同じ基本設定を持つ「らき☆すた」も様々な二次創作が存在した。
そして、自由な発想が暴走した結果、
「泉こなたを自殺させる方法を考えるスレ」
などという狂った存在が生まれ、公式でさえ、
「らき☆すた殺人事件」
という友情をぶち壊す愚作を生み出した。
自由な発想と言えど、他人を不快にさせるそれは自制しなけれぱならない。

あ、僕ですか?
唯紬・憂梓こそ至高と考えている者ですが何か?
93 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/10/20(土) 16:03:22.31 ID:19emFxPSO
紬がけいおんキャラを拷問して唯達を殺したり、達磨にするSSとかも存在したな

いじめ系SSじゃ律が部長権限振りかざしてやりたい放題……

紬なんか単にメアリー・スーとしてしか扱われてなかったよ昔は
94 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/20(土) 22:54:58.38 ID:3oRwfJTB0

 >>79

 ナンか気になったので。 

 

 和「そう…律が…残念だわ」

 律の屈託の無い笑顔が頭に思い浮かんで、和の表情も少し曇ったものになる。

 澪「…………唯は幸せ者だな。こんなにも…自分を想ってくれる奴が居て……」

 不意に澪が先程までの会話を思い出したかの様に、羨ましそうに和に言う。

 和「……そんないいものじゃないわよ。それに澪だって………いえ、何でもないわ」

 和は律の事を言い掛けてやめた。もし律が本当にスターターだったとしたら。自身の知識が真実であるなら、もう……。

 だから澪はこんなにも不安げなのか、と、和は納得する。

 それと同時に和は、唯をそして憂を失った時の事を想像して、自身も身につまされ暗い気持ちになってしまっていた。改めて彼女達を失いたくないと、心の底から願わずにはいられなかった……。


 

 



95 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/20(土) 22:56:05.70 ID:3oRwfJTB0




 昼休み。


 屋上には唯、和、そして梓が集まっていた。

 もう間もなく始まる。いや、既にもう始まっているのかもしれない『戦い』について、話し合う為のものだった。


 唯「あれ、憂は?」

 和と共に屋上に来た唯は、先に来ていた梓に彼女と共に来ている筈の妹が来ていない事に気付くと、怪訝そうな表情を浮かべ梓に訊いた。

 梓「ええ…憂はちょっとあって少し遅れますけど、もうすぐ来ますよ。もうちょっとまっt――あっ、来ましたよ」



 
96 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/20(土) 22:57:13.69 ID:3oRwfJTB0


 憂「お姉ちゃん、和さん。ごめんなさい少し遅れました」

 梓が言い終わらない内に、屋上の扉が開かれ憂が姿を現す。和は憂の姿を確認すると、改めてあまり馴染みの無い梓に挨拶をする。
 

 和「中野さん。改めて私は和。真鍋 和。よろしくね。」

 梓「な、中野 梓です。よ、よろしくです……」

 和の挨拶に梓はどこかぎこちなく、緊張した面持ちで挨拶を返す

 梓の事は軽音部の部活等で、何度か見かけたり話をしていたりして、和の事は見知ってはいたのだが、正直に言って余り面識は無いので、少々どぎまぎしてしまっていた。


  

97 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/20(土) 23:01:13.42 ID:3oRwfJTB0
 

 和「あなたもジーニアスなのよね」

 和の問いに梓は無言で…だが、はっきりと頷く。だが、表情はやはりどこか不安げに見えた。

 和<無理もないわ。私だって事前に説明を受けていなければ、酷く動揺していただろうし、今だってどうしていいかよく判らないもの>

 和はこのツインテイルの少女に対して、同情にも似た感情を抱きながら心の中で呟く。

 

 
98 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/20(土) 23:03:19.08 ID:3oRwfJTB0

 

 ジーニアスの覚醒には、パターンが三つある。


 まず、唯や憂、梓そして澪と紬の様な開戦前に覚醒するのが【先行型】。

 これは勿論、全てではないが親等がその前のジーニアスだった者の場合が多いとされる。


 次が【通常型】。

 これは開戦直後に目覚めるもので、和がこれに該当し、またこのパターンが一番多いとされる。


 最後が【後発型】。
 これは開戦から暫くしてから〔時期は統一しないが〕、目覚めると言うもので、数はそれほど多くないが、強(有)力なジーニアスが多いとされる。





 それから唯達は改めて互いの挨拶などを交わしたりしたのだが、それだけで昼休みが終わってしまい、続きは放課後に平沢家で行う事になった。



 
 
 

99 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/20(土) 23:06:11.25 ID:3oRwfJTB0



 放課後。


 唯は自宅に急ぎ足で向かっていた。

 授業後。担任の教師に呼ばれて少し時間をくってしまった。

 これから……何時、何が起こるか判らない。だから出来るだけみんなといた方が良いと出来るだけ速く、と歩を進めて往く。



 唯「もう……和ちゃんもあずにゃんもみんな居るよね……」

 唯が焦りを覚えつつそう呟いた時だった。
 

 唯「―――――!!!?」



 


100 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/20(土) 23:07:16.33 ID:3oRwfJTB0



 突然の事だった。


 唯の視界が不自然にぐにゃりと揺れる。その瞬間、何かに吸い込まれる様な、そのまま消えて逝ってしまいそうな、どこか不思議で何か『嫌な』モノに包まれる。



 そして、そのまま彼女の意識が【何処か】に連れて往かれてしまう。




 
101 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/20(土) 23:08:46.77 ID:3oRwfJTB0



 …………………………………。



 唯「…………ん?…ここは………」


 刹那。彼女の意識が戻ると、恐る恐ると言った様子で目を開ける。


 そこで彼女が見たものは、灰色がかった薄暗い空の下、その殆んどが崩れ、そして壊れている荒廃したビル群に囲まれた、廃墟と化した都心の様な薄い灰色一色の光景。


 正に灰色の世界と云うべきものだった。



 
 

102 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/20(土) 23:09:48.00 ID:3oRwfJTB0
 


 唯「ついに……来たんだ…………」


 唯は溜息交じりに呟く。そして瞬時にここがジーニアスの舞台=戦場である事を理解する。

 母から聞いて。そして実際に殆んど母に聞いていた通りの感じだったのだが、やはり初めての事なので、戸惑いと不安を覚えずにはいられなかった。


 唯「早くみんなと合流しないと…」

 唯は再度呟くと、慎重に辺りの様子を窺いながら歩を進めようとする。



 その時―――――。



 


103 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/20(土) 23:11:41.38 ID:3oRwfJTB0


 ?「やあ唯。久し振りだな。と言っても二日ぶりくらいか?……いひひ」

 その声が背中の後ろから聞こえた瞬間。唯はビクッとして歩みが止まり、自然に額から大量の脂汗が滲んで来る。


 そして唯はそれでも覚悟を決めた様にゆっくりと後ろを振り向く。




 そこには見知った顔。
 



 
104 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/20(土) 23:13:07.65 ID:3oRwfJTB0
 



 ?「逢いたかったよ唯。まあ、斬れるんなら誰でも良かったんだけどな。ひひ……」
 


 そこには。



 『始まりを告げる者』。




 田井中 律の顔があった……。




 
105 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/20(土) 23:15:44.26 ID:3oRwfJTB0


 余りに短くなってしまったので、

 多分。明日また書かせて頂くと思います。


 それでは。


 
106 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/10/21(日) 10:39:42.36 ID:iI2+aDRl0
後発型とか気になるねぇ
107 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/10/21(日) 15:46:59.05 ID:k/1Y8CIio

全員が同時なのか
サイレンみたいな感じ?
108 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/21(日) 23:12:00.44 ID:ZNt9mQcJ0


 唯「律っちゃん……」

 唯は親友であり、自身の所属する軽音部の部長の顔を見つめる。

 その顔はまぎれも無く彼女がよく見知った顔。

 だがその目は狂気じみた光を湛え、口の端はつり上がり不気味な笑みを浮かべ、桜高の制服を着てはいるが、その胸元はいつもよりも無造作にはだけそれを直そうともしない。 

 こんな律を見るのは初めてだった。


 彼女の知らない<田井中 律>がそこに居た。



 
109 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/21(日) 23:13:35.87 ID:ZNt9mQcJ0


 律「はぁーここに来てから、誰とも会わないから、すごい退屈だったんだよ」

 律「どうも私だけ皆より先に来たみたいでさ、ここ、壊れたビルとか建物ばっかりでさ…つまんないんだよ。ホント」

 律「.当ったり前だけどビルとか斬っても斬っても悲鳴も上げないし、血も出ないしさ」

 律「まったく…ストレスも溜まる一方だし、つまんねーとか思ってら、突然、地面の上辺りが光ってるのが見えてさ、そしたらお前が出て来たんだよ、唯」


110 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/21(日) 23:16:25.64 ID:ZNt9mQcJ0


 律はとても嬉しそうにはしゃぐ様に言う。

 だが、その嬉しさ(かお)は友人に逢えたからというよりも、新たな獲物を見付けたのを悦ぶ、飢えてより狂暴になった凶獣の様に見えた。

 唯「…………ねえ、り、律っちゃんはスターターなの?」

 唯は一瞬、躊躇するが意を決して律に問う。

 律「スターター?何だそりゃ?私そんなの知らないぞ?」


111 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/21(日) 23:17:31.03 ID:ZNt9mQcJ0


 律は怪訝そうに首を傾げる。この様子だと本当に、少なくとも自覚は無い様に見えた。

 唯「じゃあ、渋谷のスクランブル交差点の事は?」

 唯は<もしかしたら違うのかも>と一縷の望みをもって再び問う。

 律「ああ…あれか。やっぱ『アレ』騒ぎになってるよな。うん、あれは私がやったんだ。唯。よく私だって分ったな」

 律は何の臆面も無くあっけらかんと答え、それと同時に唯の僅かな希望は粉々に打ち砕かれる。


112 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/21(日) 23:18:18.24 ID:ZNt9mQcJ0


 律「あの日はさー、妙にテンションが高くってさー、んで、澪とムギにちょっとおかしいから早く帰れって言われたんだよな」

 律「私も学校なんかで大人しくで授業なんて受ける気分じゃ無かったからさ……さっさと帰ったんだよ」

 律は一息入れて更に続ける。

 律「そしたらさー、帰る途中でさ、只でさえ高かったテンションが肉体(からだ)の内側からさ、こうドバーンってテンションがMAXになっちゃったんだ」


113 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/21(日) 23:19:10.42 ID:ZNt9mQcJ0


 律「そんでもってめちゃめちゃ暴れたいなーとか思ってたらさ、いつの間にかスクランブル交差点(あそこ)に居たんだよ。」

 律「最初、ここはどこだっ、とか思ったけど、何度か来た事があったから、渋谷だってすぐに判ったよ」

 律「それでさーここで暴れたい!すっきりしたい!!とか思ってたらさ…出て来たんだよ」

 律が口の端を吊り上げてニヤリと嗤う。



 律「剣<エモノ>が、さ……」



114 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/21(日) 23:20:36.54 ID:ZNt9mQcJ0


 律「おおって思って、試しに剣(それ)を軽く振ってみたらさ、こう、真空刃っていうの?そんなんが出て近くに居た人がさ、何人もスパーって真っ二つになって血がドパーって出ちゃってんの」

 律「いやーそれが、爽快で気持ち良くってさーそれから何回も振り廻してたらさ、人が沢山バラバラになるわ、道路(みち)は地割れみたいに裂けちゃうわ、車もずるってずり落ちちゃったりすんだよ」

 律「いやー兎に角『ソレ』が気持ちよくってさ、自分でオナるより何倍もよくってさー。何回もイッちゃってさ。もうイキまくりだよ」

 律「パンツもぐしょぐしょになっちゃったよ」

 ははっ。と流石に少し照れた様に、それでも右手を後頭部に当てて愉しげに唯に告白する。


 


115 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/21(日) 23:21:26.99 ID:ZNt9mQcJ0


 律「でさ。もっとヤりたい、もっとイキたいとか思ってらさ、またイキナリこんなトコに跳ばされちゃったんだよなー」

 律「でも……まあ、あの時、目覚めたんだろーなー」



 律「ジーニアスに」



 律は言い終わってから再びニヤッと嗤う。唯の目にはそれが、人とは思えない程に、とてつもない狂気をはらんでいる様に思わずにはいられなかった。



116 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/21(日) 23:22:20.11 ID:ZNt9mQcJ0


 唯「律っちゃん……」

 唯が呆然と呟く。その顔色はひどく蒼褪めたものになっていた。自分が想像した内の最悪のシナリオ……。

 その通りの律の言動に、そして普段の彼女なら絶対に使わない様な語彙の羅列。

 果てはあれだけの事をしておきながら、罪悪感どころか快楽を覚えてしまっている事に、唯は覚悟をしていたとはいえ相当なショックを受ける。


117 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/21(日) 23:23:32.75 ID:ZNt9mQcJ0


 <殺人狂>―――。


 律に対しそんな印象を抱いた瞬間。唯の胸がズキリと痛み、短い悲鳴を上げる。

 律「だからさぁ唯……」

 律が再び口を開く。



 律「思いっきり斬らせてくんない?」



 何の躊躇いも無く、律は事も無げに唯に向かって言い放った。



118 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/21(日) 23:24:45.87 ID:ZNt9mQcJ0


 唯「律っちゃん……律っちゃんはもう戻れないの?」

 唯は泪を浮かべ、心の傷みを必死に堪えながら、変わり切ってしまった親友に震える声で縋る様に訊く。

 律「戻る?ああ、元の世界(あっち)にか?そりゃ戻りたいさあそこにはこんなナニも無い所よりも人がいっぱい居るから、斬りたいほーだいだしさ……」

 律「それに正直パンツも替えたいし…早く戻りたいよ」

 唯<……律っちゃんはもう、元の律っちゃんには戻れない……もう私の知っている、軽音部部長の『田井中 律』はどこにも居ない……もう居ないんだ……>



119 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/21(日) 23:26:05.24 ID:ZNt9mQcJ0


 唯は絶望に耐える様に、奥歯を噛み締める。

 唯<それに、元の世界に戻してしまったら、また同じ凶行(こと)に奔ってしまう……>

 唯<律っちゃんの快楽(たのしみ)の為に沢山の人を犠牲にする訳にはいかない。それだけは絶対にさせる訳にはいかない。それなら――――>

 律「なぁ唯。『灰色の世界(ここ)』に居るって事はお前もジーニアスなんだろ?お前だって、ただ斬られるだけってのは厭だろうしさ」


 律「そんならさ、殺り合おうぜ。同じジーニアス同士、思う存分、さ……」



 
120 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/21(日) 23:27:39.89 ID:ZNt9mQcJ0


 律が言い終わるのとほぼ同時に右の掌を上に向けると、彼女の掌の上に一振りの長剣が出現し『それ』を握る。剣先が猛獣の爪の様に鋭く曲がった形状の細身の剣だった。

 律「どうだ唯?これが私の得物…ここじゃ剣標<ブランド>だっけ?まァナンでもいいや?」

 律「へへ、カッコいいだろ?コレさぁ、すんごく斬れ味が良くってさぁ、ちょっと振っただけで、人でも何でもスパスパ簡単に斬れちゃうんだよな」

 律は自慢げに言うと、うっとりとした目で、細身の剣≪爪剣≫を見つめる。



121 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/21(日) 23:28:33.98 ID:ZNt9mQcJ0


 律「あっそうだ。この際だから先に言っとくな?私のジーニアスは≪オセ≫。豹総統のオセだ。スゲーだろ」

 律はそう言うと誇らしげに胸を張る。

 律「さあ、ここまで聞いたんだからもう逃げられないぞ。ま、最初(ハナ)っから逃がす気なんて無いけどな……」 
律「まあ、ナンでもいいや。唯。さっさとお前もジーニアスを出して殺り合おうぜ。もう待ち切れないよ」

 律は我慢の限界とでも言う様に唯にせかす様に言う。唯はその狂気に満ちた瞳(め)を逸らす事無く、真摯な瞳でじっと見据える。


122 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/21(日) 23:29:31.21 ID:ZNt9mQcJ0


 律がスターターである以上、もし自分がこの場面を回避できたとしても、律は新たな獲物(ジーニアス)を探しに奔走するだろう。そしていつかは……。

 スターターが最後まで生き残る事は、これまでに只の一度も無かった。

 その限界まで高められた凶暴さ故、戦う事しか考えられず、また神側のジーニアスにも集中的に狙われて、早々に消失してしまう事が殆んどだという。

 仮に今日生き残って一旦、現実世界に戻ったとしたら、彼女はまたあの凶行を繰り返すだろう。

 それだけは絶対に避けねばならないし、現実世界では、律は正に無敵で誰も太刀打ち出来ない。それこそ核兵器でも使わない限り、彼女を止める事は出来ない。


123 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/21(日) 23:30:50.54 ID:ZNt9mQcJ0


 もし、彼女が再び現実世界で再び凶行に奔り、その犠牲者の中に両親が、憂が、梓が、そして和や大切な人達が入っていたとしたら……。

 そう考えるだけで、唯の視界は真っ暗になり、言い様の無い喪失感と絶望に打ちのめされる。そして実際に既に彼女と同じ、いやそれとは比べモノにならない、苦しみや悲しみを突然に背負わされた、何も知らない、知る事すら叶わない人達が沢山いるのだ。



 唯<それなら、今―――ここで………>



 唯の目に、自然(かって)に泪が溢れて来る。だが…彼女はそれを…全ての想いを振り切り、覚悟を決めた瞳で律を再びジッと見つめる。



 
124 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/21(日) 23:32:08.07 ID:ZNt9mQcJ0


 唯「いいよ。律っちゃん……」

 唯はそう言うと瞳を閉じる。その瞬間。唯(かのじょ)の体内(なか)から、エネルギー(ちから)が溢れ出し、彼女の前に一振りの剣が現れる。

 孔雀の羽根の様な形態。そしてそれは緑色を主にした様々な色合いの光を発し、剣をそして唯をその光で彩る。



 唯「律っちゃん…………」


 唯「私のジーニアスはね……」



 
125 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/21(日) 23:32:55.59 ID:ZNt9mQcJ0



 唯は剣を手に取り、そして、構える。
 




 唯「≪孔雀明王≫なんだ………」





 今ここに。ジーニアス同士の戦いの火蓋が斬って墮とされた――――。
 
 



 
126 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/21(日) 23:44:07.21 ID:ZNt9mQcJ0

 取り敢えずこんな感じでお話は進んでいきます。

 取っつき難いお話で、これからどれだけの方が

 ついて来て下さるか判りませんし、

 設定からして色々思われる処が有るとは思いますが、

 区切りは必ず付けますので、

 ついて来て下さると有り難いです。

 
 それでは。


 >>106

 後発型に関しましては、現状において申し訳ないとしか言いようがないです。


 >>107

 基本的にそれまでに覚醒した人は、例外なく跳ばされます。


 
127 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/10/22(月) 14:13:02.26 ID:E7drlGpH0
慈悲とでも考えないとやりづらいな。
128 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/10/23(火) 10:33:25.06 ID:nLaAtuFy0
お洒落な剣ね〜
129 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/24(水) 00:32:31.93 ID:w7+hwmd80



 オセ……堕天使であり豹の姿をしている豹総統。その性格は大きく優美かつ野性的な豹人間の姿の通り凶暴で、人を惑わし発狂させる能力を持つとされる。

 また、人を変身させ、精神までその姿に変えてしまう事も出来ると言われている。



 孔雀明王……真言密教最強の武闘派集団である、明王が一柱(ひとつ)。だが、憤怒の形相が特徴である明王の中にあって唯一、慈悲を表した菩薩の形相の穏やかな性格の明王。

 毒を制する能力を持ち、巨大な毒蛇や仏敵である『魔』を喰らい、打ち斃し、調伏させる力を持つ明王である。



 
130 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/24(水) 00:34:20.67 ID:w7+hwmd80



 薄い灰色しかない殺風景な舞台に、金属同士がぶつかり合う音が劈き響き渡る。

 明王と堕天使の戦いが始まってから、幾ばくかの時間が過ぎようとしていた。尤も攻撃しているのは堕天使の方で、明王はその剣戟をただひたすら防ぎ続けていると言った状況だった。

 律の爪剣が何度も唯に襲い掛かる。それを唯は孔雀剣で受け流す。そんな単純とも言える攻防がかなりの時間続いていた。

 律の剣戟は、その力強く逞しい姿のオセと云うジーニアスのイメージ通り卂く、そして…重いものだった。

 まともに食らえば、いかにジーニアスの加護を受けているとはいえ、一撃で致命傷を負う事は免れないであろう。


 だが律の繰り出す剣戟は甚く単調なもので、いくら卂く重くても、その動きを見切り受け流す事は明王のジーニアスである唯にとって、そんなに難しい事ではなかった。



 
131 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/24(水) 00:35:44.80 ID:w7+hwmd80



 律も初めの内は「やるなっ唯!」とか言って、楽しげに剣を振るっていたのだが、いくら撃っても当たらない事にその余裕は鳴りを潜めていく。

 そして次第に苛立ちを覚え始め、終いには「なんで当たらねぇんだよっ!!」「唯!避けてばっかでいんじゃねぇよ!!撃ってくるか、さっさと斬られるかどっちかにしろよ!!!」と口調も語気も変わっていく始末であった。



 唯「律っちゃん……」


 唯が何処か憐れむ様に哀しげに友の名を洩らす。そんな唯の声が、更に律を激昂させ、攻撃が更に強く、激しく、そして単調になっていく。



 
132 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/24(水) 00:38:57.65 ID:w7+hwmd80



 唯は律と戦うにあたってあえて接近戦を選んだ。恐らく律の攻撃で最も怖いのは剣戟そのものではなく、その派生である真空の刃である。と律の話からそう判断していた唯はそれを防ぐために、彼女の剣を避けるのではなく受け流す戦法を取った。

 律の攻撃は、確かに凄まじく卂く、重く、そして力強いものだった。


 だが、ただそれだけだった。


 彼女の剣は駆け引きもフェイントも、相手の動きを見切る事も何も無い。只の力任せの思いのまま振り廻す『だけ』の剣戟。

 爪剣の形状や特性を活用するなら剣戟を受け止められても、そのまま相手の武器を支点に利用して刈る攻撃に移行する事も、相手の武器を絡め獲ると言った様々な攻撃のバリエーションも充分考えられるのだが、彼女の剣撃はただ撃つだけの単純な、まるで子どものチャンバラごっこそのもので、およそ剣技、剣術と呼べる様なシロモノでは無かった。


133 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/24(水) 00:41:02.74 ID:w7+hwmd80


 唯<いける!>

 唯は律の最初の剣の一撃を受けた瞬間そう確信した。と……同時にとても哀しくなる。

 オセという柱(そんざい)は、凶暴な性格のジーニアスである事は確かではあるが、だが勿論それだけではない。

 こと戦闘能力に於いては、悪魔=堕天使の中でも上位に数えられる存在である筈だった。その加護を受けている筈なのに、この様な力任せの攻撃しか出来ない。


 と、いうことは……


 唯<律っちゃんは…ジーニアスの加護(ちから)を一部しか受けてはいない……>

 そう唯は結論付ける。



134 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/24(水) 00:43:13.55 ID:w7+hwmd80


 それが唯には僥倖であり……同時に哀しくさせた。

 スターターという立場上、雑な加護しか受けられず、そして極限にまで高められた凶暴性は思考能力を失わせ、それが…律自身がジーニアスを持つ素養が乏しいと言う事を如実に示していた。

 唯<律っちゃんは……一番の被害者なのかもしれない……>

 だがスターターとはいえそれでもオセのジーニアスを持つ以上、律にもそれなりの素養があったのだと思う。

 恐らくは彼女よりも素養に乏しいジーニアス持ちも多く居るだろう。


 だが……律がスターターに……選ばれてしまった。


135 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/24(水) 00:44:30.48 ID:w7+hwmd80



 <悪魔の気まぐれ>でそうなってしまった。


 こんな人間(ひと)にとってはいい迷惑でしかない戦いに、巻き込まれなくても良いのに巻き込まれてしまった犠牲者だ。


 唯<でも――――>


 律は何も悪くない。彼女は完全な被害者だ。それでも、彼女をここで止めねばならない。

 もう彼女を元に戻せはしない。でも……もしかしたら、元に戻す方法があるのかもしな
い。


136 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/24(水) 00:48:05.86 ID:w7+hwmd80
 

 律「ちくしょー!!ナンで当たらねぇんだよ!!!」

 律が激情のままに、正に乱撃といった様に剣を振り廻す。そして唯はその全てを受け、そして流してゆく。

 律「死ねよ!死んでくれよっ!!唯!!!」

 更に半狂乱になって律は親友に酷い言葉を吐きながら、剣を振るう。だが、その攻撃は更に雑になってゆき、唯に簡単に一連の攻撃の動作を見切られていた。


 そして……遂に討ち疲れて律の動きが鈍った時、その瞬間(とき)を見逃さずに、唯は更に間合いを詰め律の懐に入る。


 その瞬間。勝利を確信すると共に唯の目に泪が、そして思い出が溢れて来る。



137 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/24(水) 00:49:13.40 ID:w7+hwmd80




 律がいなければ今の軽音部は無かった。自分が軽音部に入る事も、澪や紬と親友になる事も出来なかった。


 ギー太を手にする事も無かった。上達の達成感も、皆で演奏する楽しさも喜びも知る事は出来なかった。


 学園祭でのライブも、合宿もみんな律がいなければ経験出来なかった沢山のとても大切な事。



138 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/24(水) 00:50:31.20 ID:w7+hwmd80



 唯「律っちゃん。ごめんね…ごめんね……今までありがとう…………」


 そして唯は、その全てを振り切るかの様に律の腹部から胸の下辺りまでを、剣を振り払い――――斬り裂いた。


 律「ぐはぁーーーーー!!!!」

 律が断末魔とも言うべき叫びを上げた瞬間。その身体から勢いよく鮮血が噴射され、そのまま、かくんと膝からへたり込む様にペタンと灰色の大地に崩れ墜ちる。



 そして、灰色の地面が、みるみる血の色に染め上がっていく……。



 
139 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/24(水) 00:51:47.92 ID:w7+hwmd80



 唯「律っちゃん!!!」


 その返り血を全身に浴びた唯も、崩れ墜ちる様に膝をつき律の顔を見つめる。律に致命傷を与えた事は彼女が一番解っていた。


 やってしまった後悔と共に、自分にその資格があるのかは判らないが、せめて彼女の最期を看取らせてほしいと思った。



140 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/24(水) 00:53:05.09 ID:w7+hwmd80



 律「ゆ、ゆい……」

 唯「り、律っちゃん……」

 律「ナ、ナ…ンでお前じゃ…なくて…ワタシが…殺ら…れるん…だよ……」

 唯「ごめんね。本当にごめんね…律っちゃん……」

 律「く…そが……し…死にた…くな…イ…もっ…と…もっと…斬り…たかっ…た……こんなん…じゃぜんぜ…ん…斬り足ら…ない…よ…」

 唯「律っちゃん……」


 
141 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/24(水) 00:58:31.65 ID:w7+hwmd80


 唯にはもう、律に掛けるべき言葉が見つからなかった。ただただ、今にも消え入りそうな、自らが手に掛けてしまった親友の名を繰り返し紡ぐ事しか出来なかった。

 律「ゆ…い…お前が死…ねよ…わた…しの…代わりに…死…んで…くれ…よ……」

 律が光を失いつつも憎悪の籠った目で、唯を居竦める。

 唯「ごめんね……律っちゃん。それももう…出来ないんだ……」

 律の血が流れる程に唯の目から泪が流れていく。

 そして唯は……哀しくて、苦しくて、どうしていいのか判らなくて、頭がぐにゃぐにゃとおかしくなっていく感覚に襲われる。


142 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/24(水) 00:59:55.74 ID:w7+hwmd80



 律「み…お…澪…!おねが…い…た…たすけ…てくれ…よぅ……く…そぉ…唯…。澪…わた…しの…仇を…とって…く…れ…よぅ……唯を…殺…してくれ…よっ…たの…むよ…み―――がはっ!!!」

 律が唯に対する恨みと憎しみの籠った呪詛の言葉を吐いたのと同時に、最後に大量の吐血を撒き散らす。



 そして……完全に光を失った目を見開いたまま、彼女は…終(つい)に…事…切れる……。



 
143 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/24(水) 01:01:34.19 ID:w7+hwmd80


 唯は律の最期を看取った後、彼女を仰向けに眠かせて少し震える手で瞼を閉ざし、少しでも穏やかな表情にする。

 唯「り、律っちゃ…ぅ………うわぁぁぁ――――――!!!!」

 律の返り血を全身に浴び、そして今またその吐血を顔に浴びる。

 だがその事すら気にならない程に、唯は打ち拉がれ、ついに堪え切れなくなって思いのままに泣き叫ぶ。



 律の血に染まった、赤い血の涙が流れ…零れ堕ちて逝く……。



144 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/24(水) 01:04:09.94 ID:w7+hwmd80



 親友を失った喪失感。親友をこの手に掛けてしまった罪悪感。彼女のその後の人生を奪ってしまった悔恨の念。

 あらゆる負の感情が唯をこれ以上ない程に苦しめる。この身が引き千切られる様な苦しみに、唯は『ソレ』から逃れる様にただただ慟哭する事しか出来なかった。

 こんな事があるかもしれないと、母にこの話を聞いた時に覚悟はしていた。していたつもりだった。

 でも……まるで覚悟が足らなかったとでも言う様に、親友をこの手で殺めてしまったショックが容赦無く唯を苦しめ打ちのめす。

 こんな事なら、自分が律に殺された方が良かった。自分が律より弱ければ良かった。

 こんな苦しみを味わう事は無かった。ただ、自分が死ぬだけで済んだ。

 そして唯は泪で腫れぼったくなり、律の返り血に塗れてくしゃくしゃになった顔を上げ、もう何も言わなくなった律の抜け殻の貌を見つめる。



145 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/24(水) 01:05:50.66 ID:w7+hwmd80




 唯「ねえ、律っちゃん。私、どうすればよかったのかな。解らない、解らないんだよ……」

 唯「でも…ごめんね律っちゃん。私にはどうする事も出来なかった。こんな事しか出来なかった。ほんとにごめんね律っちゃん…………」

 唯「これで……これで良かったの?お母さん。お母さんはこの話を私と憂に聞かせた時に、<覚悟しなさい>って言った。でも…覚悟してても辛いよ。こんなにも苦しいよ……」


 唯が泣きながら泣き事を言い始めた時だった。


 突然に律の亡骸から淡い光を発したかと思うと、そのまま光の粒子となって足元から次第に消失していく。



 
146 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/24(水) 01:10:26.76 ID:w7+hwmd80



 それに気付いた唯は泪を流しながら、それでも咄嗟に律が付けていたカチューシャを外し、優しく……そして強く握り締める。
 


 そして、それから幾ばくかの時が過ぎた頃。



 余りの哀しみと絶望と悔恨の念に囚われ続け、その場から動けないままの唯の視界が再度歪み始める。





 そして彼女は『何か』に包まれる感覚を、薄れゆく意識の中で再び感じていた……。





 
147 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/24(水) 01:12:56.11 ID:w7+hwmd80

 今回はここまでです。

 文字通り魔改造なこのSSですが、今後ともよろしくお願い申し上げます。


 それでは。

 
 
 

 
148 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/10/24(水) 10:23:34.05 ID:AYSZPnDo0
かーちゃんサイドのストーリーも気になるな
149 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/10/24(水) 15:23:46.52 ID:rLO1ZTtTo

さわちゃんや純ちゃんのポジションも気になる
150 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/10/25(木) 12:26:33.15 ID:d3s5Y7MG0
生半可でも頑張って進んだ先にあるものが”覚悟”
151 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/29(月) 06:52:55.45 ID:EbTF5Lrl0



 気が付くと唯は跳ばされる前と全く同じ場所に居た。

 携帯を見ると時刻もその時から進んでいる様子は無かった。制服を見ても律の返り血で染まった筈なのに血の一滴も付いていないし、顔も同様だった。

 唯「帰ろう…家に……」

 だが、今の唯にはそんな事は些細な事だった。

 律の遺品となったカチューシャをまるで宝物の様に大事に握り締め、救いを求めるかの様な表情を浮かべながらゆっくりと重い足取りで、それでも泣き出す事だけは必死に堪え家路に向かって歩を進める。


 
152 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/29(月) 06:53:37.26 ID:EbTF5Lrl0


 平沢家の玄関前には、憂、和、梓の三人が、唯の帰りを今か今かと待ち侘びていた。

 憂「お姉ちゃん……大丈夫ですよね…和さん……」

 未だに戻らない姉の安否が余程心配なのか、おろおろした様子で妹はもう一人の姉とも言うべき、和に半ば安心を求める様に話しかける。

 和「そうね。大丈夫よきっと。唯の事だから案外、寄り道してアイスでも買い食いしながら、何気ない顔して帰って来るんじゃないかしら」

 そう言って和は、憂をこれ以上不安にさせない様に、努めて微笑みながらこたえる。

 だが和自身、内心は唯の事が心配で居ても立っても居られない状態にあった。

 初めて入界し(はいっ)たジーニアスの世界。あの灰色の無機質な世界観は、和をそして彼女と共に居た憂と梓を一様に不安にさせた。


 
153 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/29(月) 06:55:33.26 ID:EbTF5Lrl0



 和達はあの瞬間の時には既に平沢家に集まっており、一緒に居た所為か皆ほぼ同じ場所に跳ばされた。そのお陰で三人はすぐに合流する事が出来た。

 その後。三人連れだって一人離れた所に跳ばされたであろう、唯の捜索を開始したのだが、幸か不幸かその行程で他のジーニアスと出くわす事は無く、その代わりなのだろうか唯も見付ける事が出来なかった。

 そして…しばらく時間が経過した後に再び跳ばされ、元いた場所である『平沢家のリビング』に戻っていた。

 そして憂達は外に出て只一人、未だ戻って来ない唯を待ち侘びているのだった。


 梓「でも、本当に大丈夫かな唯先輩…何事も無ければいいけど……」

 梓もその瞳に不安げな光を湛えながら呟く。




 その時だった――――。




 
154 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/29(月) 06:56:45.52 ID:EbTF5Lrl0


 梓「……って、あれ?もしかしてあそこに見えるの、もしかして唯先輩っ?」

 前方から近づいて来る人影にいち早く気づいた梓は、その方向を指差しながら皆に伝える。

 憂と和はこぞって梓の指差す先を見つめる。

 その人影はゆっくりとだが確実に憂達に近づいて来て、次第にその姿もはっきりとしていく。

 その人影は確かに唯だった。良かった…無事だったんだ。と、皆が喜びの声を上げる。

 だが、その唯の様子がおかしい事に皆が気付き始める。そして唯の表情がはっきりと判るまで近づいた時……その彼女の表情(かお)に全員が戸惑いの表情を浮かべる。


 


155 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/29(月) 06:58:13.83 ID:EbTF5Lrl0


 唯は確かに無事だった。

 傷も無い様に見えたる。だがそれは、あの灰色の世界で受けた傷はこの世界では外傷として残らないので、一概に無傷とは言えないのかもしれない。

 だけど唯は、ややおぼつか無い足取りではあったものの、身体そのものは今すぐどうにかなると言った感じは見受けられなかった。

 憂達が戸惑いを覚えたのはその憔悴しきった『貌』だった。

 不安げで、弱り切って今すぐ支えないと折れてしまう……そんな貌だった。


 そして唯はその『貌』を隠せぬまま皆の前まで到達し、「ただいま」と、蒼白い顔で力無く皆に挨拶をする。



 
156 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/29(月) 06:59:10.06 ID:EbTF5Lrl0


 和「唯!」

 和がはっと気付いて唯の両肩を掴む。唯は力無く笑うとそのまま倒れ込む様に、和にその躯を預ける。

 そして今まで我慢してきたのだろう……ダムが決壊したかの様に、今まで堰き止めて来た泪を嗚咽と共に溢れさせ流していく。


 憂「お姉ちゃん……」

 憂は思いのままに和の胸で泣きじゃくる姉を見て、この世の終わりかと言うかの様に、姉と同じ様に貌が蒼白になり、堪らなくなって自身もじわっと泪が溢れて来る。

 姉の見た事も無い姿に動揺し、気が動転していた。梓も予想だにしなかった唯の様子に、如何したら良いのか判らずに立ち竦み言葉も出ない状態だった。

 和「こんな所に居るのもなんだから、取り敢えず、平沢家の中に入りましょう」

 和が…それでもどうにか自身の気を落ち着かせて、未だに放心状態の皆にそう促す。

 その言葉を受けた梓が和と共に唯を支え、憂を言葉で宥めながら四人は平沢家の中に入っていった。



 
157 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/29(月) 06:59:56.49 ID:EbTF5Lrl0


 取り敢えず和は先ず、リビングのソファーに唯を腰掛けさせる。寄り添う様に和が座り、梓は唯の後ろで彼女を支えるかの様に立ち、彼女を心配そうに見つめる。

 憂が「お茶淹れて来るね」とキッチンに向かうが「今の憂は少し心配だから」と、梓も唯を和に任せて彼女に付き添ってキッチンに入る。


 和「どう、少しは落ち着いた?」

 憂から差し出されたお茶を飲みながら、和は頃合いを見計らって努めて刺激しないよう穏やかに唯に声を掛ける。



158 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/29(月) 07:01:01.99 ID:EbTF5Lrl0


 唯「……うん。ありがとう和ちゃん。それにみんなも……」

 唯はどこかぎこちない笑顔を浮かべて皆に応える。

 先程よりは多少ましになった様ではあるが、『まだ』とても何時もの彼女に戻ったとは言えなかった。

 和「そう…良かったわ。でも…まだ少し疲れているみたいだし、それじゃあ今日はもうお開きにしましょう」

 和「憂。跳ばされたまた次の日に、また跳ばされるって事は無いのでしょう?」

 憂「うん。次の日って事は無かったと思う……思います」

 憂が母親に聞かされた事を思い出しながら答える。

 母の話だと……たしか早くて数日。大体多いのが十日前後。それ以上、一月以上空く事もあると言う話だったと思う。



 
159 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/29(月) 07:01:47.49 ID:EbTF5Lrl0


 和「そう。それなら今日はこれ位にしときましょう。唯もそうだけど、私も初めての事で少し疲れたわ」

 憂「そうですね。私もその方が良いと思います」

 梓「うん…それが良いですよ。今日の所は家に帰って、さっさと寝てしまった方がイイデス」

 和の提案に、憂がそして梓が追随する様に同意する。正直に言えば唯に何があったのかを、今すぐにでも訊きたい所ではあるが、今の彼女の姿を見ればそれがいかに酷な事であるか考えるまでも無かった。

 そして憂を除く二人が帰宅しようと立ち上がり、憂が「みなさん、お気遣いありがとうございます」と、和達を送り出そうとした時――――、


 唯「ま…待って……みんな…話すよ。灰色の世界<あそこ>で何があったのか話すよ……」

 と、唯がどこか思い詰めた表情で二人を引き留める。


160 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/29(月) 07:02:24.50 ID:EbTF5Lrl0


 和「唯……無理をしなくてもいいのよ。また落ち着いてからでもいいから、今日の所はゆっくり休みなさい」

 和が諭すように言う。

 梓「そうですよ唯先輩。何時でもいいですから」

 梓が和に続きそう言って頷く。

 憂「お姉ちゃん……みんなもそう言ってくれているんだし、今日の所はもう休んだ方が良いと思うよ?」

 憂も姉の身を案じて三人に同調する。


 唯「ううん…お願い…今話させて……今話さないと、逆におかしくなっちゃいそうなんだ……弱々しく、だが頑なに首を横に振りながら言う。


161 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/29(月) 07:03:45.89 ID:EbTF5Lrl0


 和「……そう。いいのね…唯?」

 和が確認を取ると、唯が「うん」と、頷く。

 憂「の、和ちゃ…さん!」

 憂が和に抗議しようとする。しかしそれを唯が手で制止する。そして妹に向かって「憂、おねがい」と、懇願する。

 大好きな姉にこうまでされたら、妹は流石に引き下がるしかなかった。

 そして、唯はその憔悴しきった顔を上げる。

 唯「あのね…私……」

 一瞬の躊躇の後、唯は意を決して、皆に告白する。
 

162 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/29(月) 07:04:31.47 ID:EbTF5Lrl0
 



 唯「私、あの世界で、律っちゃんを斬っちゃったんだよ……」



 と……。



 そして……唯は律の遺品であるカチューシャを四人に見せる。


 予想だにしなかった唯の告白と律の遺品に、彼女を除く三人にかつて無い程の衝撃が奔った……。



 
 
163 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/29(月) 07:05:42.94 ID:EbTF5Lrl0



 和「……つまり…こう言う事ね……」

 憔悴しきった顔で泪を零しながら、それでも懸命に皆に話す唯を真剣な表情で、一言一句聞き逃すまいと傾聴していた和は、唯の話を頭の中で反芻しながら纏め上げる。


 和「唯が跳ばされた場所に偶然、<律>がいた」

 和「律はやっぱりスターターで性格もすっかり変わってしまっていて、極めて好戦的になっていた」

 和「渋谷の事件も自分が犯ったのだと、悪びれもせずに何でもない事の様に認めた」



 
164 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/29(月) 07:06:24.42 ID:EbTF5Lrl0


 和「……その律をこの世界に戻す事は出来ないし、その彼女を元に戻す術も見つからなくて、彼女と戦うしか選択肢は無かった」

 和「だから唯は律と戦い、そして唯は勝った……こんな感じでいいかしら?」

 和の確認に唯は小さくこくんと頷く。

 和「唯…辛かったわね……」

 和は田井中 律と云う名の友人を失ったショックを抑え込んで、唯の肩に手を回して、優しく抱き締める。


165 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/29(月) 07:07:04.16 ID:EbTF5Lrl0


 唯のこの様子からして、彼女が嘘を付いているとは思えない。<カチューシャ>と云う物的証拠もある。

 そもそも嘘を付く理由が全くないし、実際に渋谷での<無差別テロ事件>が起こってしまっている。

 そしてこれまでの状況から律が起こした可能性は非常に高く、彼女がおかしくなったと言う事も納得できる。

 そして、そうなってしまった以上……彼女を殺めた唯を和はとても責める事は出来ない。

 寧ろ…この唯が親友の命を奪わざるを得なかった。そして実際にこの手に掛けた時の彼女の心情を考えると、とても居た堪れない。と、和は考えただけで心臓が破裂しそうな気持ちになる。


166 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/29(月) 07:07:47.80 ID:EbTF5Lrl0


 唯の事を考えれば、むしろその役は自分が受けるべきであったと和は思う。

 唯も辛い告白だったのだろう、再び泪を和の胸の中で流す。憂も唯を抱き締めて、姉の為に泪を流していた。

 梓は唯の告白に頭が混乱し、近しい先輩を突然失ったという、余りに現実離れした信じ難い話に実感も湧かず、どうしていいのか判らずに只々呆然とするしかなかった。

 だけど彼女も唯を糾弾する様子は無かった。唯の人となりを知っている彼女にとって、そんな事は出来る筈も無かった。

 だが即ちその事実は、実質的に彼女達のバンド≪放課後ティータイム≫の完全なる復活の可能性の消滅を意味ししていた。


 その事実に目の前が絶望で真っ黒に染められていく。



 
167 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/29(月) 07:08:28.12 ID:EbTF5Lrl0


 和「唯……」

 だが和は思う。この事実は、たとえ自分達にも少なくとも今の時点ではこの『事』は言うべきでは無かったと思う。

 この事実は憂と梓、勿論…自分にとっても重すぎる話だし、黙り続けていられれば何れれ<『何処かの誰か』が、スターターである律を斃してしまった>と、言う事になった筈だ。


 『それ』が誰にとっても最も都合のいい話の筈だ。


 だけど…そうする事を唯の良心が許さなかった。

 彼女のジーニアスからも解る通り、唯は戦いの中で立ち振る舞うには絶望的に優し過ぎる――――。


 和にはそれが気懸かりでならなかった。
 


 
168 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/29(月) 07:09:14.16 ID:EbTF5Lrl0
 

 和「唯……一つ約束して欲しいの」

 唯「…約束……?」

 唯がふえっと赤子の様な表情で、泪と嗚咽で赤くなった顔を上げる。

 和「いい唯?律の…この事は決して他の誰か、特に澪には絶対に知られない様にして」

 和「どうしてかは、分るでしょう?」

 和は強くそして念を押す様に唯を諭す様に言う。

 唯「う、うん……その位は判るよ、和ちゃん……」

 唯は少し戸惑い気味にこたえる。

 和「みんなも、この事は絶対に他言無用よ」

 厳しい表情で憂達を見廻しながら警告する。憂と梓もそれに「はい」と頷く。



 ………………。



 そして流石にもう唯を休ませたいとして、この日は解散する事になった。




 
169 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/29(月) 07:10:03.97 ID:EbTF5Lrl0

 取り敢えずここまでです。

 それでは。

170 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/10/29(月) 10:10:53.16 ID:/jHbNK4To
171 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/10/30(火) 12:09:17.68 ID:SjZLqz1T0

今回カチューシャの件はどうなるのかねー
172 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/11/01(木) 18:15:04.59 ID:x+veJywX0



 翌日。



 桜高二年一組の教室。秋山 澪は足早に教室に入ると、そのまま既に登校している<級友>真鍋 和の席(もと)へ駆け寄る。

 澪「和。訊きたい事があるんだ……」

 切羽詰まった表情と口調で澪は和に話し掛ける。


 和「どうしたの澪?戦いはもう始まっているのに、敵である私に聞きたい事があるなんて。一体どういう事なのかしら?」

 和は努めてしれっとした態度を取り、澪の様子を窺う。


 澪「り、律…が…殺ら(けさ)れた……」

 澪がまるでこの世の終わりとでも言う様な様子で、震えた声を絞り出すかの様に言う。


 
 



173 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/11/01(木) 18:16:05.78 ID:x+veJywX0


 和「消されたって、どういう事?」

 和はまたしてもしれっと、まるで何も知らない。とでも言う様に訊き返す。

 和はこんな自分を少し感覚がおかしくなってしまったのではないか?と思ってしまう。

 知人が……しかも友人と言っても良い人が<消失>した。それも自身の幼馴染の手に掛かって……。

 それでも自分は幼馴染のした事を否定せず、それを庇い、故人の幼馴染に平然とその死の真相を欺こうとしている……。

 そして…そんな事があったのに、今こうして普通に登校している……。

 和はそんな自分に少し嫌悪感を覚えるが、今は気を取り直して澪と向き合う。


 
174 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/11/01(木) 18:17:41.60 ID:x+veJywX0


 澪「昨日…跳ばされた後すぐに私は必死に律を探したけど、途中で邪魔が入ったりして結局見付ける事は出来なかった……」

 和「邪魔というのは何なの?」

 澪「突然だったよ座天使だか主天使だかのジーニアス(やつら)が、湧いて出て来て、私はそいつらに律の事を訊こうと思っていたのに、やつら…私を見るなり眼の色を変えて襲って来たんだ」

 澪「勿論すぐに片付けたけど、それでも少し時間を取られてな……ってそんな事はどうでもいいだろ、和?」

 和「………………そう……ね…」



175 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/11/01(木) 18:19:18.92 ID:x+veJywX0



 澪「こっちに戻って来た時に私はすぐに律の家に向かったけど、おばさんも律の弟の聡も、律は入院したと言うんだ……」

 澪「何処に入院したのか訊いたら、私が聞いた事も無い様な地名と病院だって言うんだよ。勿論調べてみたけど、そんな病院どころか地名すら無かった……」

 澪「これが【何】を示しているのか。和…お前ならすぐに判るだろう?」

 和「……そうね。律の身に何かあったのだと考えるのが妥当ね。でもね、澪。どうしてこの事を私に話すのかしら?」

 和「いずれ判る事とはいえ、私達に情報を与えるのは得策ではないと思うのだけど……」

 和は努めて冷静に……いや冷徹な態度をとる。内心では澪の事が気の毒に思うのだが、この話題から澪を逸らしたいと言う思惑もあった。



 
176 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/11/01(木) 18:20:15.53 ID:x+veJywX0



 澪「……そうだな。仮にお前が律を殺ったとして、それをわざわざ私に言う必要は無いからな……くそっ!」

 澪は諦観と悔しさを半々に混ぜ合わせた様な表情を作りながらも、和の言う事を理解し納得する。

 澪のすぐに自己完結をする癖はこう云う時は扱い易いと、和は表情こそ変えないが内心ほっと胸を撫で下ろす。

 そして「駄目だ!今日はもう帰るっ!」と、吐き捨てる様に言い、澪が教室を出ようとした刹那――――。


 
177 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/11/01(木) 18:22:42.62 ID:x+veJywX0



 ?「澪ちゃん!」

 教室の入り口から自分を呼ぶ声に澪は、反射的に声のする方を向く。そこにはミディアムヘアにヘアピンを付けた少女。






 平沢 唯がいた―――――――。





 




 
178 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/11/01(木) 18:25:02.16 ID:x+veJywX0



 和「唯!!?」

 和は唯の登場……この事が【何を】意味するのか瞬時に理解し、絶望すら入り混じった声で悲鳴を上げる様に幼馴染の名を叫ぶ。

 その顔は凍り付き様になり、そして真っ蒼になっていた。


 澪「唯……」

 今は袂を分かった友人の名を口にするが、彼女の目が釘付けになったのは、唯の姿ではなかった。

 彼女が胸元で大事そうに握っている。今は亡いであろう幼馴染であり、一番の親友が最後に着けていた、あの見覚えのあるカチューシャだった……。



 
179 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/11/01(木) 18:26:49.71 ID:x+veJywX0



 唯「澪ちゃん……」

 親友の名を発しながら、思い詰めた顔で唯は二人に近づいていき、そして二人の前まで辿り着く。

 澪「……唯。その手にしている【モノ】は何だ?」

 澪の口調も雰囲気も先程までとはまるで違うものになる。

 和は彼女の周りの空気が、気のせいか重苦しくなった様に感じた。


 唯「澪ちゃん。ごm――――」

 和「唯!やめなさい!!」

 和が唯を止めようと、必死に叱責する様に声を張り上げる。

 彼女の珍しく荒げた声に一瞬、『何事』かとクラス中が静まり返り、クラスメイト達が彼女らに視線を送る。



 
180 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/11/01(木) 18:30:32.33 ID:x+veJywX0



 唯「和ちゃんごめんね」

 唯が和に済まなそうに一瞥をくれてから、今度は再び澪の方に向き直る。

 そして和は唯のその言葉と表情に絶望し、気が【何処か】に逝ってしまいそうになる。

 唯「澪ちゃん……どうしても澪ちゃんに『これ』を渡したくて……」

 そう言うと、唯はおずおずと手に持っていたカチューシャを澪の前に差し出す。

 恐らくこのカチューシャも持ち主である律と同様、今日明日の内に消失してしまうだろう。

 だから……『それ』がどの様な『意味』を持つかを知った上で、<その前>に出来るだけ早く澪に渡したかった。



 だからどうしても―――――。




 最後の『想い出』を澪に返したかった。




  
181 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/11/01(木) 18:34:05.16 ID:x+veJywX0



 澪「唯……どうして【コレ】をお前が持っているんだ?」

 唯からカチューシャを奪う様に受け取ると、続けざまに有無も言わせぬ表情で詰問する。

 唯「………ごめんね……ひっく…澪ちゃんごめんね……ごめんね…ひっく」

 唯は泪を零しながら…只々、澪に謝るばかりだった。
 

 
182 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/11/01(木) 18:39:07.53 ID:x+veJywX0
 


 和「唯…もういいわ。いいから早く教室に戻りなさい。澪もまた何時でも話を聞くから、唯もこんな感じだし、今日の所は帰りなさい」

 和が必死に唯と澪を引き離そうとする。だが……こうなってしまったら澪は勿論の事、唯も和の言う事に聞く耳を持たなかった。



 澪「『お前が』…………律を殺ったのか?」


 澪の核心を突いた問いに唯はまともに答えられない。唯々(ただただ)ごめんねと嗚咽を繰り返すばかりだった。


 だが、これで澪は確信する。律を、自分の全てを奪った神と云う名の≪悪魔≫は『目の前』にいる――――




 ≪【平沢 唯】と云う名の女≫であると云う事を――――。
 



 
183 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/11/01(木) 18:40:28.57 ID:x+veJywX0
 


 澪「そうか……………」







 澪【【【【 唯 】】】】
 






 ゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾ――――――――――――――!?!!?!!?!





  
184 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/11/01(木) 18:46:43.10 ID:x+veJywX0



 その瞬間。教室に居るほぼ全員が、とてつもない【黒い重圧(プレッシャー)】により、身体が極限の緊張感と悪寒に震え上がり、そして強烈な拒絶感と嘔吐感に襲われる。

 そして実際にその場で吐瀉する者。トイレに駆け込む者は勿論の事、卒倒し倒れ込んでしまい保健室や果ては病院に運ばれる者すらいた。




 途轍も無い――――あらゆる負の感情を含んだ【モノ】の中に、黒い悦びが混在した『言霊』。



 その圧倒的な重く強烈な不快感と黒く冷たい重圧は、とても常人が耐え得るモノでは無かった。
 


 
185 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/11/01(木) 18:48:47.75 ID:x+veJywX0
 


 <――――――――っく!!>

 和は戦慄する。ジーニアスの能力はこの世界に於いて、全くと言っていい程に発動させる事は出来ない。

 言うなれば出せたとしてもほんの僅かな『残滓』だけだ。

 だが、澪の『残滓(それ)』は≪それだけ≫でここまでの影響を及ぼしたのである。

 この事実だけで彼女のジーニアスがどれだけの【モノ】かという事が判る。

 和自身。自身がジーニアスに目覚めていなければ、どうにかなっていたに違い無かった。

 唯も立ってはいたが、その身体は微かに震え貌は血の気が引いて、まるで蝋の様な顔色になっていた。



 <唯のバカっ!あなたは…本当に……本当に………優し過ぎる…………>



 和は奥歯を強く噛み締め、心底無念そうに心の中で呟く。


 これでは……とても憂に顔向けが出来ない。



 
186 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/11/01(木) 18:49:45.35 ID:x+veJywX0



 澪「唯……ありがとうな【教えてくれて】。じゃあな」






 澪【また、今度な】






 澪が様々な感情そして…想いの混在した笑みを浮かべると、騒然としパニック状態に陥った教室を悠然と退出する。





  
187 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/11/01(木) 18:50:33.29 ID:x+veJywX0



 唯「和ちゃん…ごめんね…ごめんね……」

 唯が人目も憚らず今度は和の胸の中で泪を浮かべ、ごめんねを繰り返す。

 和「唯…ばかな子……こんな事をしたらどうなるか位は、あなたでも簡単に判るでしょうに……」

 和「ホントにおばかな子……あなたは今日…ううん。暫くの間休むべきだったのよ」


 和は歯に衣着せず、子どもを窘めるかの様に――ばかな子――と唯を叱責する。


 だが――だからこそ、その後に唯を愛おしげに抱き締め、優しくその頭を何度も撫でる。



 
188 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/11/01(木) 18:52:53.00 ID:x+veJywX0



 和「憂に休む様にって言われなかったの?」

 唯「……言われた。でも…私は大丈夫だからって無理言って登校した」

 唯が少し顔を下げ気味にばつが悪そうに答える。流石に泪は既に止まっていた。

 和「……唯。後で憂に謝っておきなさい。でも…どれだけ謝っても足りない……あなたはそれだけの事をしたのよ」

 和「私達の意向を無視して。憂に心配かけて……でも…そしたら私が、憂があなたを護る」

 和「いいえ、護らせて貰うから。澪からも、誰からも……」


 和は『決意』の表情を唯に見せる。



 唯「ごめんね…本当にごめんね和ちゃん……それと…本当に…ありがとう和ちゃん……」




 そう言って唯は、幼馴染に精一杯の感謝の気持ちを込めて微笑んだ……。



 
189 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/11/01(木) 18:55:42.30 ID:x+veJywX0

 取り敢えず此処までです。

 それでは。

 ちなみに律さんのカチューシャはこの日の内に消えた事になっております。
190 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/11/02(金) 10:50:21.01 ID:YlJJEj+M0

名残も消えたか
191 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/11/06(火) 07:25:07.54 ID:KLHiv7p70


 灰の都。


 正式な名称が判らないこの世界を、唯達はこの様に呼ぶ事にした。

 そして最初に跳ばされてから八日後。

 唯、憂、和、梓の四人は再びこの忌まわしい世界に跳ばされていた。

 そこに居るだけで不安を掻き立てられる白に近い灰色の空、灰色の大地。そして灰色の半壊した建造物が聳える荒廃した世界。

 唯達は最初に跳ばされた時から出来る限り一緒に居る様にしていたので、今回は四人ともほぼ同じ場所に跳ばされる事が出来ていた。


192 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/11/06(火) 07:25:43.72 ID:KLHiv7p70


 梓「唯先輩……大丈夫ですか?」

 梓が心配そうに唯に声を掛ける。最初に跳ばされて以降、唯は笑っていても何処か影がある様に梓は感じていた。

 梓自身。『あの事』には相当なショックと喪失感を感じていて、今なお完全には立ち直れていない。

 だから……直接の当時者である唯の心境を想像しただけで彼女の小さな胸は強く締め付けられる。

 <唯先輩を、ここにいるみんなを護りたい……>

 あの時以降……梓はまるで何かに追い立てられるかの様にそう思う様になっていた。
 

193 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/11/06(火) 07:27:07.56 ID:KLHiv7p70
 

 梓達は事前の話し合いで、この世界に跳ばされたら基本的にその場から動かず身を隠し、事が済むのを待つ事と決めていた。

 正直に言ってかなり消極的な気もするのだが、四人とも戦いに対して積極的では無かったし、特に唯に関しては澪に狙われているのは確実なので出来る限り目立つ真似はしない。と言う事になった。

 唯「うん…大丈夫だよ。あずにゃん。心配させてごめんね」

 唯は自分に気を掛けてくれる、かわいい後輩に微笑みを返す。

 だがそれが梓には逆に自分達に心配をかけまいとして無理をしているのではないか。としか思えずに余計に心配してしまう。


194 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/11/06(火) 07:28:10.93 ID:KLHiv7p70


 律先輩が、死んだ……消えてしまった。

 自身の所属する軽音部の部長であり、桜高の先輩である、近しく親しい間柄と言っても良い存在(ひと)が。

 それも…今、自身の目の前にいる同じ軽音部の大好きな先輩の手によって……。

 それだけでも充分に哀しくて異常な事なのに、その律の死すら数日後には、自分達ジーニアスを持つ者以外の人、彼女のクラスメイトや担任の教師。

 そして軽音部の顧問である山中先生でさえ、『田井中 律』という存在への認識が消失してしまっていた。


195 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/11/06(火) 07:29:52.91 ID:KLHiv7p70


 哀しくて…苦しくて…悔しくて…ムカついて…だけど…」どうにも出来なくて……。でも。それでも…唯の事を責めるなんて事はとても出来なくて……。

 梓の小さな胸はこんな事を考える度に張り裂けそうになる。
 

 <それなら――――>
 

 梓は思う。これ以上、自分の好きな人達を失いたくない。唯は勿論の事。憂も和も出来る事なら敵になってしまった澪も紬も……失いたくない。

 ドラムはいなくなってしまったけど…それでももう一度みんなで演奏したい。


 そんな思いが日増しに強くなっていた。



 
 
196 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/11/06(火) 07:30:37.14 ID:KLHiv7p70
 
 
 梓「あの……真鍋先輩。ちょっといいですか?」

 梓は桜が丘高校の新生徒会長であり、自分達のまとめ役でもある和に声をかける。

 和「ん?どうしたの中野さん?」

 梓「今からこの辺りを偵察と言うか、少し様子を見に行っても良いですか?」

 和「どういう事なの?」

 梓の言葉に和が少し怪訝そうな表情(かお)になる。



197 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/11/06(火) 07:31:12.08 ID:KLHiv7p70


 梓「はい…このまま此処でじっと時が経つのを待つのもいいとは思うんですけど、そうするにしても、やっぱりある程度の状況把握が必要だと思うんです」

 梓「この辺りに何が有るのか、今現在この周辺に他のジーニアスは居るのか?とかを調べた方が良いと思います」

 梓「でも。みんなで動く必要は無いと思いますし、それなら、どちらかと言えば戦闘向きではないですけど、この中では恐らくは一番素早く動けるジーニアスの私が適任だと思います」

 梓は和達に少し力を入れた声で説明する。
 

198 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/11/06(火) 07:32:31.69 ID:KLHiv7p70
 

 和「言いたい事は判るし一理あると思うけど、正直に言ってかなり危険よ」

 憂「そうだよ梓ちゃん。和さんの言う通りだよ」

 和は梓の提案に余り乗り気では無く、憂もそれに同意する。

 梓「それは大丈夫です。いざとなったら逃げればいい訳ですし、それなら私一人で動いた方がむしろイイデス」

 梓は言葉により一層、強く力を込める。何もしないでただ時が過ぎるのを待つだけ……と言う選択肢は今の彼女にはとても耐えられそうになかった。

 少しでもみんなの……唯の為に何かをしたい。しなくてはならないといった、生来の彼女の真面目な性格から来る使命感の様なものが、彼女を追
い立てる様に突き動かしていた。
 

199 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/11/06(火) 07:33:19.36 ID:KLHiv7p70
 

 和「……確かに現状を知りたいという気持ちは有るし、必要な事とは思うけど、やっぱり一人でって言うのは危ないわ。それでも行くと言うのなら、私も付いていく」

 和は少し思案した後、首を横に振り代わりに対案を出す。

 唯「そうだよ、あずにゃん。行くならみんなで行こうよ。その方が良いよ」

 唯も和に同調し、憂も彼女の言葉に頷く。

 だが、梓は彼女らの意見に首を横に振る。


200 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/11/06(火) 07:34:28.20 ID:KLHiv7p70

 200レス悪い人の夢。
201 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/11/06(火) 07:35:13.59 ID:KLHiv7p70


 梓「さっきも言いましたけど、やっぱり一人の方が良いと思います。私のジーニアスは素早いのが取り柄ですし、何かあった場合はすぐに逃げられますから」

 梓は更に力を込めて説得する。確かに出来れば戦いは避けたい。心に傷を負っているであろう唯もいるから尚更だ。梓もそう思ってこんな事を言い出したのだろう。

 和はそんな事を思いながら、ちらっとその幼馴染の顔を見る。

 唯はとても心配そうに梓を見ている。その心はとても弱っていて、尚更に不安に感じるのだろう。

 気丈そうに振る舞ってはいるが、そんな唯の顔を見るだけでそれ位の事は直ぐに判ってしまう。



 和<こんな状態の唯を絶対に戦わせてはいけない>



 和は幼馴染を見遣りながら、そう思わずにはいられなかった。


202 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/11/06(火) 07:35:59.02 ID:KLHiv7p70



 ………………………。


 和「分ったわ。中野さん。だけど、絶対に無理はしては駄目よ。特に澪やムギを発見したらすぐに戻って来る事。いい、絶対にこの二人には見付からない様にね」

 和「あと…そんなに遠くにには行かない事。この周辺だけでいいからね。分ったわね」

 和は更に少しの間思案した後、梓の提案を受け入れる事にした。


203 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/11/06(火) 07:36:35.55 ID:KLHiv7p70


 憂「和さん!」

 憂が和のまさかの容認に、吃驚して思わず声を張り上げてしまう。

 梓「ありがとうございます、真鍋先輩。憂、私は大丈夫だから。だって只この辺りを調べるだけだもん。勿論、戦ったりはしないし、心配しなくても良いからね」

 梓が憂達に心配かけさせまいと、何でも無い様に微笑む。

 梓がこうまで言って、こんな微笑み(かお)をされたら、憂はもう何も言う事が出来なかった。

 そして憂は憂いを帯びた瞳で、それでも静かに頷く。いや頷く事しか出来なかった。


204 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/11/06(火) 07:37:08.42 ID:KLHiv7p70


 梓「唯先輩もいいですよね?」

 念押しをする様な梓の声に唯も憂に倣ってただ頷くしかなかった。それを見て梓は「決まりですね」と、満足げな表情になる。

 和「くれぐれも無理はしないでね。あと、冷静になって廻りに気を配る事。判ったわね?」

 梓「はい。ヤッテヤルデス」

 和の再三の注意に自信ありげに返事をすると、梓は「それじゃあ行ってきます」と、言い残す。

 それからジーニアスを発動させると、常人では考えられないスピードで和達の視界から消えて往く。
 
 
205 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/11/06(火) 07:38:01.04 ID:KLHiv7p70
 

 何処までも続く薄い灰色の景色。その閉塞感さえ感じる光景に精神的な息苦しさを覚えながら、梓は慎重に周りを観察する。

 だが…やはり目に映るのは灰色の景色、聞こえるのは時折吹く暖かくとも冷たくも無い、どこか無機質に感じる風の音のみだった。


 梓<ここにも何も無い、か……>

 梓が安堵と落胆の入り混じった溜息を吐く。

 梓とて自ら進んで戦いたいとは思っていない。だが何も収穫無しで、のこのこ戻ると言うのも癪に障る気がした。


 更に周辺の様子を探ったが何も見つからず、一度戻るか、他の場所に移ろうか思案していた時だった―――。


206 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/11/06(火) 07:38:45.84 ID:KLHiv7p70




 ?「あら、梓ちゃんじゃないの。ふふ、奇遇だわ」
 



 梓「にゃっ――――――!!?」




 
207 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/11/06(火) 07:41:06.50 ID:KLHiv7p70



 その聞き覚えのある声を聞いた瞬間。梓の心臓が跳ね上がるかと思う程高鳴り、まるで猫が総毛立つ様な感覚に陥り、徐々に震え出して来る。

 一気に動悸が速くなり、呼吸も小刻みに過呼吸気味になってしまう。


 ?「そんなに吃驚しなくても良いじゃない」


 声の主は梓の反応を可笑しく思いながらも、それでも少し傷ついたのか、僅かに口を尖らせる。

 そんな声や表情を尻目に、どうにか精神(こころ)と肉体(からだ)を落ち着かせると、梓はその声のする方に恐る恐ると言った様子でゆっくりと振り向く。



 そこには、予想した通りの自分のよく見知った者がいた。



208 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/11/06(火) 07:42:10.32 ID:KLHiv7p70




 梓「ほんと…奇遇ですね。ムギ先輩……」



 そこには……軽音部の先輩であり、放課後ティータイムのキーボード担当にして、悪魔側のジーニアスでもある、





 【琴吹 紬】の姿が在った………。





 
209 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/11/06(火) 07:42:45.07 ID:KLHiv7p70

 今回は此処までです。

 それでは。
210 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/11/06(火) 10:14:03.39 ID:VjH0vZYe0
あ〜あ、出会っちまったな
211 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/11/06(火) 12:43:41.95 ID:dFff9fyP0
逃げろ!光の速度で!!
212 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/11/07(水) 10:11:52.27 ID:msnAMWms0
ヤッテヤルデス→ヤッタルデス→ヤタガラス
213 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/11/08(木) 21:51:36.30 ID:71utUhBA0
ニャメロン!勝てる訳が無い!!
214 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/11/11(日) 10:00:42.28 ID:IUU0R//p0


 迂闊だった。

 周りに気を配っていた筈なのに。注意力が足りなかったのか?相手の気配を消し方が上手いのか?。

 何にしても梓は紬に声を掛けられるまで、彼女の存在に全く気が付かなかった。

 余りの失態によるショックで愕然となり、全身に厭な汗が大量に流れる。

 梓は唯達の役に立ちたいと躍起になる余り、無意識に冷静さを欠いてしまっていた。

 だから別段、気配を消してはいなかった紬の存在に気付けなかったし、気配を消し切れずにあっさりと彼女に見付かってしまっていた。
 

215 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/11/11(日) 10:01:32.41 ID:IUU0R//p0
 

 紬「どうしたの?そんな顔をして……」

 紬「梓ちゃんが部室に来なくなってから、暫く振りに会えたって言うのに……ちょっと悲しいわ」

 紬は梓に非難めいた事を言うと、表情を少し曇らせ再び口を僅かに尖らせる。

 だが…梓にはそんな紬がただこの状況を面白がっている『だけ』なんじゃないか?としか思えなかった。

 そんな愉しげな気配の様なものが、この生粋のお嬢様から感じる様な気がした。


216 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/11/11(日) 10:02:09.90 ID:IUU0R//p0


 梓「ムギ先輩…何時からそこに?」

 梓はそんな紬とは対称的に険しい表情で、辛うじてそれだけ口に出す。

 紬「うーん。ちょっと前からかしら?この辺りをのんびり歩いていたら、梓ちゃんが見えたものだから……」

 紬「それで何時こっちに気付いてくれるかなって……ちょっと待っていたのだけど。梓ちゃん見当違いの所をきょろきょろ見てるだけで、こっちに全然気付いてくれないんだもの……」


217 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/11/11(日) 10:02:53.72 ID:IUU0R//p0


 紬「いい加減。待ち切れなくなって、こっちから声掛けちゃったの」

 紬<そんな梓ちゃんを見てるのも愉しかったのだけど……>

 紬は残念そうに言いながら、内心ではその時の光景を思い出しながら、その滑稽な姿にほくそ笑んでいた。

 梓「……それは、大変申し訳ないですね」

 梓は紬の顔を睨み付ける様に見詰めながら、悔しさと情けなさで奥歯を強く噛み締め、泣きそうになるのをぐっと堪える。


218 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/11/11(日) 10:04:04.32 ID:IUU0R//p0


 自分の至らなさ、不甲斐なさにこの世から消えて終いたくなる。

 大丈夫と皆に言って、半ば強引に出て来たというのに……よりにもよって最も遭ってはならない者の一人に、それもこっちは気付かずに相手に見付けられてしまうなんて言う醜態を晒してしまった……。

 こんな事では、恥ずかしくてとても唯達に顔向けなんて出来ない。

 紬「まあいいわ、梓ちゃん。ねぇ、折角この世界で逢えたのだもの、折角だから、ちょっと唯ちゃん達の処まで案内してくれないかしら?」

 紬「私もこの世界で唯ちゃん達に逢いたいし、何よりも澪ちゃんが唯ちゃんに逢いたがっていたから……律っちゃんの事できっちりと御返しがしたいって、ふふふ」

 紬が事も無げに、にこやかな表情で梓にお願いをする。

 その言葉がどういう『意味』を持つのか、それが判らない紬ではない。彼女は全『解った』上で言っている。



219 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/11/11(日) 10:05:01.36 ID:IUU0R//p0


 彼女は明らかにこの世界を。この状況を。律の事も含めて心から愉しんでいる。そして、梓達を完全に見下している。






 梓<遊んでいるんだ。この人は―――>






 紬の言葉(セリフ)が口調(こえ)が表情(かお)がそう告げている。


 と……梓は苦々しい思いで痛感する。



 
220 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/11/11(日) 10:06:12.24 ID:IUU0R//p0


 梓「そんな事、出来る訳無いでしょう。仮に唯先輩達と逢って、どうする心算ですか?」

 紬「ふふ、決まっているじゃない――」

 紬は梓に向かって微笑んだ後、

 紬「せめて私達の手で、捻り潰してあげたいと思っているの。ね、他のジーニアス<ひと>に殺られるよりは、その方がずっといいでしょ?」

 彼女は事も無げに、さも当然の事の様に言い放つ。

 梓<顔は嗤っているけど、目が全く笑っていない。本気で言っているんだ……この人は……>

 梓は戦慄する。これが…あのおっとりほわほわした、いつも穏やかにニコニコして、美味しいお茶やお菓子を出してくれていた、『あの』ムギ先輩なのか?。



 自分の知っているムギ先輩は、こんな禍々しい表情(えがお)はしない。想像すらできない。



221 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/11/11(日) 10:06:57.61 ID:IUU0R//p0





 ――――こんなのはムギ先輩じゃない!!――――
 



 梓<今のこの人は余りに危険過ぎる。絶対に唯先輩達に遭わせたらいけない>
 



 

222 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/11/11(日) 10:07:40.26 ID:IUU0R//p0
 





 ――――ここで、この、危険物(ひと)を、止めないと、いけない―――





 そんな思いが梓の中でどんどん強くなっていく。





 
 
223 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/11/11(日) 10:09:22.68 ID:IUU0R//p0


 紬「特に唯ちゃんは、澪ちゃんがどうしても自分の手で始末したいって。律っちゃんの仇をどうしても討ちたいんだそうよ」

 紬「この世界で……唯ちゃんの事を言い出した時の澪ちゃん、凄かったわ〜♪≪この私≫がちょっと怖いって思った位だもの」

 紬はその時の事を思い出したのか、一瞬、身震いをする。

 が、すぐに元に戻ると、

 紬「それにしてもあの唯ちゃんが、律っちゃんを殺って終うのだもの……ほんとにこの世界は怖いわね〜♪」

 と、言葉とは裏腹に愉しげに話を続ける。


224 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/11/11(日) 10:10:02.13 ID:IUU0R//p0


 紬「まぁ、梓ちゃんが教えてくれないんじゃ、私が自分で探すしかないわね……」

 紬「梓ちゃんが来た方向がそっちだから、そっちを探せば唯ちゃん達がいるのかしら……?」

 そう呟くと、紬はまるで最初から梓の存在など無かったとでも言う様に、唯達を探そうと歩き始める。

 梓の事など全く眼中に無いと言った感じだった。


225 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/11/11(日) 10:10:39.23 ID:IUU0R//p0


 梓<ムギ先輩――――!!!>

 自身の誇り<プライド>がズタズタにされ、そして…自身の至らなさによって、唯達が危険にさらされようとしている……。

 梓「ムギ先輩!!」

 梓が叫ぶ様に彼女を呼び止める。


226 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/11/11(日) 10:11:20.13 ID:IUU0R//p0


 紬「何かしら?梓ちゃん」

 紬はつまらなそうに、それでも鷹揚に振り返る。

 梓「ここは往かせませんよ。たとえ、ムギ先輩を傷付ける事になったとしても……」

 梓は既に発動しているジーニアスから、更に神標=ラグナブランドを発現させる。


 それは、彼女の戦う意思表示でもあった。



227 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/11/11(日) 10:12:03.49 ID:IUU0R//p0


 よくよく考えれば、今までの様子からして、己のジーニアス(ちから)に絶対の自信を持っているであろう紬を上手く誘導すれば、四対一という圧倒的に有利な展開に持ち込めるかもしれない。

 そうでなくても彼女のジーニアスのスピードであれば、恐らくは紬を撒き、唯達を逃がす事が出来る可能性は高い様に思えた。

 だが、そんな考えは今の梓には無かった。紬の能力(ちから)が未知数と言う事もあったのかもしれないが、ただただ、頑なに唯を護りたい……。


 その気持ちばかりが先行していた。


 生来の生真面目さや唯の事を想う優しさが、彼女の冷静な判断力を損なわせていた。



 
228 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/11/11(日) 10:12:53.92 ID:IUU0R//p0


 紬「そう……梓ちゃんが私を楽しませてくれるのね。ほんとに退屈していたから、梓ちゃんがお相手してくれるなら嬉しいわ」

 つまらなそうだった紬の表情が、見る見るうちに愉しげなものに変っていく。


 彼女にとって戦いは、只の、そして唯一の、暇潰しや愉しみでしかないのだろうか。
 



 そして今、ここに、再び桜高軽音部員同士の戦いが始まろうとしていた……。




 
229 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/11/11(日) 10:13:33.59 ID:IUU0R//p0

 今回は此処までです。

 それでは。
230 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/11/12(月) 10:02:03.36 ID:kBbjZK5s0
ああああずにゃん!早まるんじゃない!
231 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/11/13(火) 22:26:40.38 ID:7T3rMfZG0


 中野 梓は琴吹 紬と対峙する。だが初めてのジーニアス同士の戦いに、梓は流石に緊張を隠せない様子だった。もう既に和達にあれ程言われていた事など、頭のどこかに逝ってしまっていた。



 <みんなを、唯センパイを護りたい>



 
232 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/11/13(火) 22:27:24.21 ID:7T3rMfZG0


 今の梓の頭の中は、ほぼその事で一杯だった。

 この戦いで放課後ティータイムのキーボードが、居なくなって終うかもしれない。

 もう…練習にならなくて困った事もあったけど、美味しくて、そして楽しかった放課後のティータイムも無くなって終うかもしれない。

 だけどもう、そんな事はどうでもいい。唯と二人でやれればそれでいい。もう…他は何もいらない。

 梓はそんな事を考えてしまう程に思考回路が単純化してしまい、精神的にも追い詰められていた。

 対して目の前の相手は、悠然と立って梓を値踏みするかの様に見ていた。その顔は梓とは対照的に、余裕と自信と言ったものがありありと窺えた。
 

233 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/11/13(火) 22:28:39.62 ID:7T3rMfZG0
 


 八咫烏(やたからす)。


 太陽に住む鴉とされ、脚が三本あると言われている。その姿は太陽黒点を表し、太陽の活性化に結び付くとされる。

 この鳥を常人が見てしまった場合、その人間は発狂してしまうと云われている。




 それが、梓のジーニアスだった。



 
234 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/11/13(火) 22:30:35.13 ID:7T3rMfZG0



 <大丈夫。私は……そんなにヤワじゃないっ!!>

 梓は精神を集中させ、呼吸を整え、相手を見据える。

 緊張し続けてはいるものの、その分…感覚が研ぎ澄まされていく……。



 そして、集中力が最高に高まった、と感じた瞬間――――
 


 
235 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/11/13(火) 22:32:01.11 ID:7T3rMfZG0
 



 梓<ヤッテヤルデス!!!>




 心の中で叫び声を上げ、梓は紬に向かって半ば無意識に跳び出していた。




236 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/11/13(火) 22:32:52.19 ID:7T3rMfZG0



 梓「ムギ先輩!覚悟デス!!」

 紬が何のジーニアスかは判らないが、自身とてあの≪八咫烏≫のジーニアスである。

 そう簡単には後れは取らないと確信し、手甲の先に漆黒の鴉の鋭い嘴の形状をした、厚手の刃が付いた得物を構える。

 そしてそのツインテイルが平行に浮かび上がる程の、人の限界を遥かに超えた速度で紬に迫り襲い掛かる。



 
237 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/11/13(火) 22:34:04.18 ID:7T3rMfZG0



 ―――それにまだ紬は油断しているのか、未だに『魔標』(デヴィルブランド)を発現してすらいない。ずるいかも知れないけど、手段なんて選べない。何と言われようと勝ちたい!勝たないといけない!!みんなを、唯センパイを護りたい!!!―――




 ―――今なら!!ムギ先輩を!!!―――






 そんな梓を紬は半ば傍観する様に見遣り、そして―――。




238 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/11/13(火) 22:35:40.52 ID:7T3rMfZG0





 紬「……梓ちゃんが何のジーニアスかは判らないけど。ふふ…ごめんねぇ、私……







 ≪ベヘモス≫







 なの」





 
239 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/11/13(火) 22:37:12.27 ID:7T3rMfZG0





 パァアアアアアアアアアアアアアアァァァァァ―――――――――――――ッッッッン!!!!!!




 
240 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/11/13(火) 22:38:33.90 ID:7T3rMfZG0

 
 そのお嬢さま然とした容貌からは、想像も出来ない程の禍々しい笑みを浮かべると、眼前に迫る梓に巨大な炸裂音を轟かせた、正に人智を越えた強力無比の一撃≪カウンター≫を叩き込む。



 ブランドを発現してすらいない、素手≪拳≫による一撃。



 だがその一撃は梓の攻撃を、防御を、まるで空気すら無かったかの様に易々と突き破り、彼女の胸のすぐ下、鳩尾のすぐ上辺りに完璧に極まる。



 
241 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/11/13(火) 22:40:00.15 ID:7T3rMfZG0



 梓「――――!!――――――――ッッッッ―――!!!!」


 梓は声にならない叫びを上げながら吹っ飛ばされ、廃屋のビル群を次々と突き破った後に、分厚いコンクリートの壁に強かに叩き付けられ、力無くずり落ちる。


 基本的な速度(スピード)は、梓が紬を遥かに上回っていた。だが、一撃の拳速は紬が僅かに上回り。そして純粋な『力と強さ』は、紬が『遥か』に梓を凌駕していた。



 
242 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/11/13(火) 22:45:21.79 ID:7T3rMfZG0



 梓「…あ、が……ぁ…あ……ぁ……が……かはっ!」

 梓は大量の吐血をした後、息も絶え絶えに、それでも自身の状態を冷静に分析する。

 左腕の骨、胸骨、肋骨の殆んどが粉々にされ、内臓もかなりの部位が破裂、損傷していた。

 これではいくらジーニアスの加護を受けていたとしても、到底助かる見込みが無い。と梓は何処か他人を見る様なそんな感覚になって判断していた。


 寧ろ。即死で無い事が奇跡ともいえる程だと言えた。これでは、一矢報いる事すら不可能で有る事は明白だった。

 それならば……やる事はただ一つ。

 紬に見つからぬよう逃げ出して、息絶える前に仲間に知り得た情報と、自身の最期を伝えるだけだ。


 そして彼女は、ほとぼりが冷めたのを見計らい、最後の力を振り絞ってずりずりと這いずり始める。



 
243 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/11/13(火) 22:46:50.44 ID:7T3rMfZG0




 だが―――。



 紬「あら、梓ちゃん。まだ生きていたのね。すごいわぁ、ちょっとびっくりしちゃった。ふふ…その生命力。おぞましい這いずる姿…まるでゴキブリみたいだわ」

 梓の姿を発見し、ゆっくりとした動作で近づきながら、紬は最後の力を振り絞って正に必死に這いずる梓に蔑みの視線を浴びせ掛け、穏やかだが

、どこまでも残酷な笑みを浮かべながら、さも面白いものを見付けたかの様に言い放つ。

 梓「…………」



 
244 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/11/13(火) 22:52:13.66 ID:7T3rMfZG0



 見付かって終った。そうなるのは判り切った事なのに。やはり紬はそこまで甘くは無かった。

 これでは唯達にとんでもない≪危険物≫を送り届ける様なものだ。それなら、ここで最期を遂げた方が良い。

 唯達に自身の最期と紬の事を伝え、そして彼女達の忠告を無視してこんな事になって終った謝罪がしたかった。



 そしてそれ以上に、最期に大好きな人たちの顔が見たかった……。



 
245 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/11/13(火) 22:53:35.63 ID:7T3rMfZG0



 だが残念だけどそれすらもう叶わない。

 梓はそう覚悟を決めてその動きを止める。後は紬に止めを刺されるか、ほっとかれて自然に息絶えるかだけだ。



 梓<これでいい……もうこれ以上唯先輩達に迷惑を掛けたくない……>



 梓は紬の言葉を無視しつつ、目を瞑り、その時を待つ。




246 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/11/13(火) 22:55:13.74 ID:7T3rMfZG0



 紬「……何も言ってくれないのね…寂しいわ……まぁいいでしょう。往きたければ勝手に、唯ちゃん達の所でも、何処へでも逝ってくれていいわ。どうせもう、助からないでしょうし……」

 紬「それに梓ちゃんには、ほんの少しだけど楽しませて貰ったから。ふふ……それに跡をつけるなんて恥ずかしいマネなんてしないから大丈夫よ」




 紬「ふふ…私…瀕死の虫けらに、お情けをかけてあげるのが夢だったの〜♪」




 そう言い放ち紬は再度嘲笑すると、「じゃあ、唯ちゃん達に次こそ、この世界でお逢いしましょうって、よろしく伝えておいてね」と、言い残し梓とは反対側を向いて、まるで何事も無かったかの様に悠然と歩み出す。




247 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/11/13(火) 22:56:19.95 ID:7T3rMfZG0



 そして、数歩歩いた後。何かを思い出したのか立ち止り、顔だけ振り向いて梓に最後の言葉を掛ける。

 紬「あ、そうそう。もしみんなに、私の事を伝えてくれるのなら、ついでにサービスで教えといてあげるわ」



 紬「澪ちゃんはね、この私よりも更にもう少しだけ強いかもしれないわよ。彼女…何と言っても≪ベルゼブブ≫だから。それじゃあ、残念だけど今度こそサヨナラね。次は【地獄】で逢いましょう。梓ちゃん」



 梓達にとって更に絶望的な事実を伝えると、紬は再び前を向いて梓とは反対方向に悠然と歩き始める。






 そして…もう決して後ろを、梓を見る事は無かった……。





248 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/11/14(水) 07:05:46.79 ID:TkNfi03U0


 梓「伝え…なきゃ…です……」

 紬に更なる衝撃を与えられるも、それでも梓は正に命を賭して仲間達の元に向かって這いずっていく。

 そして暫く這いずった後、彼女は再び大量の吐血をする。

 全身を襲った正に粉砕されたかの様な強烈な痛みは感覚すら失われたのか、もう殆んど痛みを感じず、大量の出血による失血で意識も更に朦朧としていく。


249 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/11/14(水) 07:06:59.83 ID:TkNfi03U0



 梓<もう……駄目なのかな…………>

 今にも途切れそうな命と意識の中で、彼女は無念そうに呟いた。だが、その瞬間(とき)彼女の耳に、唯達の声が聴こえた様な気がした。
 
 最初<幻聴なのかな>と思ったが、もう一度…自身を呼ぶ声が聴こえて、しかもその声は次第に大きなものになっていく。

 そして彼女の翳み逝く視界の中で、それでも梓が最期にどうしても逢いたかった、伝えたい事があった人達の姿が、はっきりと映った。




 その瞬間、梓の目から、一筋の泪が流れた……。




 
250 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/11/14(水) 07:17:26.27 ID:TkNfi03U0

 今回はここまでです。

 それでは。


 >>212
 そこまで考えて無かったですね。
 単純に最初は猫型の柱にしようかと思ったら、バステト位しか思い付かなくて、
 結局、黒くて卂そうなモノにしよう思ったら、こうなりました。

 他の柱も一部を除いて、書いてる人のキャラのイメージに合わせたモノになっております。

251 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/11/14(水) 14:11:26.94 ID:jXaM/cd10
あずにゃんェ…だから駄目だとあれ程…
252 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/10(月) 17:38:55.28 ID:7zdvuoq+0


 視線の先に微かに『何か』が唯達の視界に入って来た。

 それは人の様ではあったのだが、胸から上しか見えなかった。だが『それ』は恐らくは匍匐している状態なのであろう事はすぐに判った。

 そしてその人影はまだかなりの距離があったが、ゆっくりとだが確実に唯達に近づいて来ているのが判る。

 唯「あずにゃんっ!!」

 その姿が、まだはっきりと判らない内にそれでも唯は確信したかの様に、後輩の名を悲痛な声で叫ぶと同時に、『それ』に向かって走り出す。そして、憂もそして和も唯に続いて駆け出していく。


 
253 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/10(月) 17:57:37.91 ID:7zdvuoq+0
 

 憂「梓ちゃん!」

 和「中野さん……」

 憂も和も梓の余りにも無残な姿に、掛ける言葉が見つからなかった。

 そして…外傷こそ余り見られないものの、その吐血の量と彼女自身のその様子から、唯達は彼女がもう助からない事を理解してしまっていた。

 梓「ゆ…ゆい……せん…ぱい……ご、ごめん……なさい……や…約束…破っちゃい…ました……」

 
254 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/10(月) 17:59:35.26 ID:7zdvuoq+0


 唯「あずにゃん……喋っちゃ駄目だよ」

 途切れ途切れに…それでも必死に言葉を紡ぎ出す梓を、唯は少しでも助かって欲しいと制止する。

 だが…梓は首を横に振り「もう自分が助からないと言う事は自分が一番解っている。だから、最後に話させてほしい」と懇願する。

 その言葉に唯達は返す言葉が見つからず、梓の好きなようにさせる事しか出来なかった。

 代わりに唯は少しでも話し易い様にと、梓の小さい…そしてこれ以上ない程に弱々しくなってしまった、身体を慎重に慈しむ様に抱き起こす。

 抱き抱えて、改めて解る。梓の生命<いのち>の火がもう何をしても消えて逝ってしまうと言う事を……。

 唯は自分のハンカチを取り出して、梓の顔を優しく拭ってやる。ハンカチはすぐに、血と埃で赤黒く染まっていく。


 
255 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/10(月) 18:00:18.63 ID:7zdvuoq+0


 梓「み、みん…なも、ごめんな…さい……」

 梓は泪をそして血を流しながら、憂達に済まなそうな顔をする。

 憂「梓ちゃんは…ばかだよ……おばかさんだよ……何があったのかは判らないけど、絶対に戦わないって約束したのに……本当に……おばかさんだよ……」

 憂は梓を責めるような言葉を発する。でもその顔は他の誰よりも、唯よりも泪でくしゃくしゃになっていた。

 梓は憂の言葉に悲しそうな表情になってもう一度「ごめんね」と繰り返す。憂は更に泪を溢れさせながら「もういい、もういいよ梓ちゃん」と応える。
 
 
256 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/10(月) 18:01:23.43 ID:7zdvuoq+0
 

 そして梓は今にも途切れそうな意識の中で、消え入りそうな声で皆に伝える。

 自分は紬にやられた事。紬が自身とは比べモノにならない程に強かったと言う事。

 彼女のジーニアスの正体とその戦い方。彼女に伝えられた澪のジーニアスの事。



 そして…紬曰く。澪のジーニアスは自信と同等か、『それ以上』であると言う事を。
 

 
 
257 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/10(月) 18:02:07.08 ID:7zdvuoq+0
 

 唯「うん…うん……よく解ったよ、あずにゃん」

 唯は泣きながら、それでもこれ以上ない程に真剣に梓の言葉に耳を傾け、うんうんと頷く。

 それは憂も同じだった。

 だがその中でただ一人、和だけは感情に流されるのをどうにか思い止まらせて、冷静に梓の情報を分析する。

 梓が命を賭して最期の言葉を自分達に伝えてくれている情報(こと)。それを活用するのが梓に対する和なりの梓に対する礼儀であったし、実際に彼女がもたらす情報は有益なモノであると思ったからだ。


 
258 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/10(月) 18:03:05.14 ID:7zdvuoq+0


 『ベヘモス』の名が示す通り、紬のジーニアスの『力』の凄まじさは、梓の話と彼女の満身創痍の姿だけで容易に想像できる。

 梓を見逃したのも彼女がもう永く無いのを見越しての、せめてもの情けという意味合いもあるのだろうが、単純に自身の強さに対する≪絶対的≫な自信からくる余裕によるものだろう。


 
259 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/10(月) 18:04:21.83 ID:7zdvuoq+0


 実際。和達が梓が力尽きる前に邂逅出来たのは、恐らく梓をここまでしたであろう紬≪ベヘモス≫の一撃が轟かせた炸裂音が微かに、だが≪ここまで≫聞こえた事からだった。

 その≪音≫が聞こえた瞬間に三人、特に唯は強い胸騒ぎを覚えて、その音のする方へ向かおうとした。


 ……いや、向かわないといけない気がした。そして心の何処かで確信をしていた、


  
260 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/10(月) 18:05:02.39 ID:7zdvuoq+0





 その≪音≫の聞こえた先に梓がいる事を……。



 
261 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/10(月) 18:06:06.03 ID:7zdvuoq+0


 和と憂は梓が戻って来る事を前提としていたので、此処を動くのを躊躇ったが唯が強い確信を持っていた事。

 そして三人で向かう事を希望したのと、唯ほどではないにしろ憂と和も、彼女と同じ確信めいたものがあったので、唯の言葉を信じてその≪音≫のする方へ向かう事にした。


 そして、その直感は最悪な形で整合した。
 

 更には紬が梓に最後に伝えたと言う、澪のジーニアス……。


 
262 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/10(月) 18:07:21.26 ID:7zdvuoq+0





 ≪ベルゼブブ≫



 
 
263 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/10(月) 18:08:11.56 ID:7zdvuoq+0


 その名は最上位の大悪魔の名であり、魔王に等しい柱<そんざい>を意味する。そして、澪が本当にベルゼブブである可能性は充分に有る様に思えた。

 そもそも、紬がそんな嘘を付くとも思えない。

 それに最初にこの世界に跳ばされた時に、紬と二手に分れて律を探している間に、座天使と主天使のジーニアスを退けたと澪自身が告白している。

 座天使は上級第三位、主天使は中級第一位の強力な天使達である。それらを少し手間取ったとはいえ難無く退けたと言うのだから、あの時の彼女が偽っていなければ、紬と同様、それだけで途轍もない能力(ちから)を持っている事が容易に想像できる。


 和<いよいよ以って、まずいわね……>

 和は、泣きながら梓を抱いている、幼馴染である唯を横目にちらりと見ながら、半ば絶望的な気持ちになり掛けていた。


 
264 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/10(月) 18:08:45.59 ID:7zdvuoq+0


 梓「憂も…ごめんね…へへ…私…先輩達が卒業…したら……憂と私と…あと純…で…新し…いバンドを組み…たいって思って…たんだ……」

 憂「梓ちゃん…今からでもいいよ、三人でやろうよ。純ちゃんだってきっと喜んで一緒にやってくれるよ。だから、お願い……」

 憂が泪でくしゃくしゃになった顔で、必死に梓に呼び掛ける。

 梓はそんな親友にとても嬉しそうに、微かに笑って「ありがと」と、微かに聞こえる声で言葉を返す。

 
265 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/10(月) 18:09:26.57 ID:7zdvuoq+0


 梓「唯センパイ……先輩達とバンドを…組めた期…間は短かったけど…文化祭のライ…ブ本当に楽し…かったです……――かはっ――――!!」

 梓はもう幾度目かの吐血をする。唯はもう覚悟を決めたのか、動じる事無くハンカチはもう使える状態では無いので、「ごめんね」と断って自身のシャツで血を拭ってやる。

 梓「センパイたちには…本当に感…謝していま…す……軽音部に入っ…て本当によかっ…た……」

 梓「今まで…本当に有難…う御座い…ました。でも……また…先輩達の演奏が…聴きたかっ…たです…」


 
266 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/10(月) 18:10:04.83 ID:7zdvuoq+0


 唯「こっちこそ…ありがとうだよっ、あずにゃん。私にギターの事、いっぱい教えてくれたのはあずにゃんだし、みんなとあずにゃんで演奏した放課後ティータイムは、最高のバンドだよ」

 唯「だからあずにゃんには本当に感謝しているんだよ」

 唯は再び梓を抱き締める。顔や制服に返り血が付着するが、律の時と同様そんな事は気にも留めなかった。

 ただ、段々と梓の体温(いのち)が失われていくのを直に感じるのが、とても悲しかった。


 
267 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/10(月) 18:10:52.45 ID:7zdvuoq+0



 梓は失われていく体温(いのち)が唯から温もりを求める様に、甘える様に力を抜き、そしてその身を預け、沈める。



 最後ぐらいは<めいっぱい>唯に甘えたいと思った。



 
268 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/10(月) 18:11:29.37 ID:7zdvuoq+0




 梓は愛しい腕に崩れて頬を寄せる。




 瞳<からだ>が、想い<こころ>が




 泪で…埋め尽くされていく……。




 
269 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/10(月) 18:12:14.17 ID:7zdvuoq+0


 「真鍋…先輩……唯先輩と、憂を宜しく…お願い…します……先輩とはもう…少し早…く、仲良くなりたかっ…たです…」

 愛しい人の温もりを感じながら梓は今度は和の方を向いて、泪と血にそして誇りに塗れた顔で残念そうに言った。

 唯と憂がこんなにも慕っている女性<ひと>の事をもっと知りたかった、仲良くなりたかったと言う思いがあった。

 もう…目がかなり霞んで輪郭と眼鏡位しか解らなくなっていたが、和の顔を見て改めて強くそう思った。


 
270 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/10(月) 18:12:57.61 ID:7zdvuoq+0


 和「そうね…私ももっとあなたと仲良くなりたかったわ。梓ちゃんって名前で呼べるくらい.…」

 和は沈痛な面持ちで、それでも努めて明るい顔を造って梓に応える。

 梓「……あ、ありがとう…御座います。う…嬉しいです……まな…いえ、和センパイ……」

 梓もそう言って嬉しそうに微笑み返す。

 梓「私は…先に逝くけど…みんなは当分の…間…来ちゃダメだから…ね……

 梓「それ…では…ほんとう…に…さよなら…です………」

 唯達を交互に見遣りながら、最後にそう言い残すと、梓は最後を彼女達に伝えられたのが嬉しかったのか、どこか満足げな表情で…事…切れる……。
 
 
271 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/10(月) 18:13:39.03 ID:7zdvuoq+0
 

 唯「あずにゃんっ!!!」

 憂「梓ちゃんっ!!!」

 和「梓ちゃんっ!!!」

 その瞬間。三人はそれぞれ梓の名を叫び、その後に彼女の死を悼み、黙祷する。

 そして…梓の体温が失われていくにつれ、その存在が律の時と同じように次第に足元から消失していく……。

 唯のハンカチや衣類に付いていた血と埃も、いつの間にか埃だけになっていた。


 
272 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/10(月) 18:14:15.42 ID:7zdvuoq+0





 ここに八咫烏のジーニアス『中野 梓』は、この時…存在そのものが、消失した……。




 
273 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/10(月) 18:14:59.56 ID:7zdvuoq+0




 哀しみに暮れる三人の間を、暖かくも冷たくもない風が流れる。

 まるでどこ吹く風とでも言う様に、素知らぬ顔でいつもと何も違わぬ風が、三人の間を縫う様にして通り過ぎていった……。




 
274 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/10(月) 18:15:40.23 ID:7zdvuoq+0


 唯達の意識は再び平沢家のリビングに戻っていた。だが、和の隣り、憂の正面に存在して(すわって)いた、ツインテイルの小柄な少女の姿はそこには無かった。

 和は梓が座っていた所にそっと触れてみる。

 温かかった。そこには微かに…でも確かに人から伝わる温もりがあった。

 和<中野 梓という存在は確かにここに居たんだ―――>

 そう実感すればする程、和は哀しくなった。自然と目から泪が滲んで来る。


 
275 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/10(月) 18:16:29.47 ID:7zdvuoq+0


 だが、和は泪が零れそうになるのをぐっと堪える。

 自分よりも彼女と深い関係にあった、唯と憂が少なくても今は泣いていないのに、もしかすれば泣く事すら出来ない程に、放心しているだけなのかもしれないだけど……。

 でもそれなら尚更、自分が今泣く訳にはいかない。

 そして、暫くの間、文字通り通夜の様な時間が過ぎた時、

 憂「和ちゃん。今日は御夕飯食べていって……ううん、今日は泊っていって…お願い」

 と、不意に憂が和にお願いをした。

 和「……分ったわ。じゃあ…今日はもう居るけど、お呼ばれされちゃおうかな」

 和は憂のお誘いに乗る事にした。正直に言ってとても食事を摂れる様な気分ではないが、家族が家に居る和でさえ、今は気持ちがかなり不安定なのに、両親が殆んど家を開けているこの姉妹は尚更だろう。


 
276 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/10(月) 18:17:11.87 ID:7zdvuoq+0


 憂「ありがとう和ちゃん。じゃあ、さっそく支度するね」

 和「あっ、ちょっと憂」

 憂「なぁに。和ちゃん?」

 憂がキッチンに向かおうとするのを、和が、はっと思いだした様に呼び止める。

 和「こんな時に料理なんて出来るの?何かとった方がいいんじゃない?」

 憂「大丈夫だよ和ちゃん。ちゃんとしたものはちょっと難しいかもしれないけど、簡単なものだったら、すぐに出来るから……」

 憂「それじゃダメ…かな?」


 
277 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/10(月) 18:18:01.80 ID:7zdvuoq+0


 憂はそう言うと、何か咎められたかの様に首を竦め、上目遣いに和を見つめる。

 和「そんな事は無いけど……何なら私も手伝うわよ?」

 和は内心、この表情(かお)は反則よ。等と思いながらも、心配そうに憂を見やる。

 憂「心配してくれてありがと和ちゃん。でも…やっぱり大丈夫。すぐに出来るから待っててね」

 憂が和の気遣いに嬉しそうに微笑みながらこたえると、改めてキッチンに向かった。和は今度は流石に止める様な事はしなかった。

 和はそんな憂を見守る様に見送った後、携帯を使って自宅に連絡する。電話には彼女の弟が出て事情を説明すると、「えっ?憂さんの家に泊まるの?俺も行ってもいい?」。

 などと言う弟の冗談交じりの言葉をさらりと、回避(かわ)し、「じゃあ平<たいら>。お父さんとお母さんと愛によろしく言っておいてね」と、頼んで電話を切る。


 
278 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/10(月) 18:18:41.53 ID:7zdvuoq+0


 和「さて……」

 和はさっきから一言も喋らない唯に目を向ける。彼女はここ(リビング)にも戻って来た時から、ずっと俯いたままだった。

 和<あの表情の豊かなこの子が、こうまで塞ぎ込んでいるなんて>

 確かにこの短い間に親しかった人を二人も亡くし、しかもその内の一人は他にどうしようもなかったとはいえ、彼女自身が直接その手に掛けている。

 彼女の苦しみや哀しみがどれ程のものか、当事者の一人である和ですら計り知れないものがあった。


 
279 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/10(月) 18:19:09.52 ID:7zdvuoq+0


 和「唯……」

 和が唯に掛けるべき言葉が見つからないでいると、程なくして憂が料理を乗せたトレイをダイニングではなく、直接リビングに運んできた。

 和は怪訝に思い憂とトレイを見やると、トレイには揚げ物や、枝豆、ソーセージと言った料理の他に、見慣れてはいるが、今まで自分とは縁の無かった、缶(もの)が数本トレイに乗っている事に気付く。
 

280 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/10(月) 18:19:48.20 ID:7zdvuoq+0
 

 和「憂、まさかこれって?」

 憂「うん。これはお酒だよ。ビールとチューハイ。あ、カクテルもあるけど、和ちゃんはどっちが良いかな?」

 憂がテーブルに料理とコップ。そして酒類の缶類を並べながら、何気ない感じで和に聞く。

 和「ビール?チューハイ?あなた達…お酒なんて飲んでいるの?」

 優等生だと思っていた幼馴染の思いもよらぬ行為に、流石の和も驚きを隠せないでいた。


 
281 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/10(月) 18:20:40.60 ID:7zdvuoq+0


 憂「うん。家はお父さんもお母さんも殆んど家を開けているから、お酒は結構余っているんだ」

 憂「だから、あんまりと言うか滅多に飲まないけど、何かすごく気分が落ち込んだりした時とかに、お姉ちゃんに付き合って貰って飲んだりするんだよ」

 憂「へへ…和ちゃん……私…悪いコでゴメンネ」

 憂がばつが悪そうな表情を浮かべると、舌の先をぺろっと出した。

 和「……もう。そんな顔をされたら何も言えないじゃない……」

 和が困った様に肩を竦める。


282 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/10(月) 18:21:27.95 ID:7zdvuoq+0


 憂「へへーやっぱり和ちゃんは真面目だけど優しいね。ねえ、和ちゃんもちょっと飲もうよ。お通夜の時も、夜通し亡くなった人にお酒を飲みながら付き添うみたいだし……」

 憂「もう梓ちゃんや律さんをちゃんとした形で送り出してあげる事は出来ないけど、私達だけでもこんな形だけど送り出してあげようよ…」

 憂の顔が不意に真面目なものに変る。

 彼女は彼女なりにいろいろ考えて、この様な行為を選んだのであろう。


 
283 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/10(月) 18:22:20.65 ID:7zdvuoq+0


 和「分ったわ。そこまで言われたらもう付き合うしかないじゃないの。でも私…お酒を飲むの初めてだから、多分あんまり飲めないわよ」

 和が溜息交じりに観念した様に言う。

 未成年である彼女がお酒を飲むなんていう行為は、元来、品行方正である彼女にとって許されるものではないが、こうなったら仕方がない。と半ば観念する様に腹を括る。

 今日は憂達にとことん付き合おうと思う。梓、そして律への弔いの気持ちも込めて……。

 憂「ありがとう和ちゃん。お姉ちゃんも勿論飲むでしょ。コーラのやつでいいよね?」

 唯「うん。ありがとう憂」

 憂が唯の前にコークハイの缶を置くと、唯が少しだけ元気を取り戻した様な表情を見せる。



 こうして、平沢家のリビングにて、弔いの意も含んだささやかな酒宴が始まったのだった……。



 
284 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/10(月) 18:23:05.94 ID:7zdvuoq+0


 唯「の〜どかちゃ〜ん」

 どこぞの三世の様な口調になって、赤ら顔の唯がぴょ〜んとダイブするかの勢いで、和の左胸の辺りに抱きついて来る。

 和「ちょっ、唯っ?どうしちゃったの!?ね、ねぇ憂、ちょっと唯を何とかしてっ」

 和が唯にぎゅ〜っと抱きつかれながら、切羽詰まった声で憂に助けを求める。

 だが、憂は和の救援要請に応ぜず、唯と同じ様に顔を朱に染めながら、どこかきらきらした瞳(め)で二人を上目遣いに何処か羨ましそうに見つめていた。

 そして和の声に何かのスイッチが入ったのか、和を助けるどころか唯と同様、ぴょ〜んと飛び掛かる様に、唯とは反対側に和に抱きつく。


 
285 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/10(月) 18:23:40.62 ID:7zdvuoq+0


 憂「えへへ…のどかちゃ〜ん」

 憂はそのまま和に抱き付いていると、彼女の右胸辺りを頬ずりさせる。

 和「こ、こらっ。もう憂まで…ちょっ、そ、そこは…らめ…」

 和はぴくんとしながら非難の声を上げるが、姉妹はお構いなしに抱きついたまま離れようとはしなかった。

 和「ふぅ…もうしょうがないわね……」

 和は艶の入り混じった溜息を吐きながら、それでも今日は彼女達の好きにさせてやろうと、何とか手を回して缶ビールに口を付ける。


 独特の苦みに慣れてきた気がして、ふとテーブルを見てみると、もう既に缶ビールやチューハイ、カクテルの空缶が七缶程転がっていた。


 
286 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/10(月) 18:24:16.58 ID:7zdvuoq+0


 和<まだ飲み始めてからさほど時間も経っていないのに……>

 そう思いながらも和は再び缶ビールに口を付ける。

 和自身は初めての飲酒で、ちびちびと飲んで(やって)いてまだ二缶目だった。

 それでもちょっとふわふわして来て<これが酔うって感じなのかしら>などと思う程度だったのだが、平沢姉妹のペースはそれよりもやや早く、もうかなり出来上っている様であった。


 
287 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/10(月) 18:25:08.68 ID:7zdvuoq+0


 和<ふう…まるで幼稚園の頃に戻った様な感じね>

 あの頃は、唯も憂も和に抱きついてはそのまま眠って終う事が多かった。

 身動きが取れずにどけるのも何なので一緒に眠る事にするのだが、殆んどの場合、和が一番早く目覚めてしまうので、結局のところ、姉妹が起きるまで何も出来なくてよく困っていた事を思い出す。

 あの頃はこの姉妹の甘えっ子ぶりにちょっと困っていたものだったが、今ではそれがとても懐かしくいい思い出の様に思えた。

 三人ともただただ無邪気でいられた時間……。

 和<ちょっとあの頃に戻りたくなっちゃったじゃない……>

 和はまるで母親が愛しい幼子を慈しむ様な目で二人を見つめながら、そんな事を思っていた。
 

 
288 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/10(月) 18:25:52.38 ID:7zdvuoq+0
 

 唯「和ちゃん大好き」

 憂「私も和ちゃん大好きー」

 唯「えへへへ和ちゃん分補給だよー」

 憂「私もー」

 和がそんな事を想っていると、平沢姉妹が更に両側から彼女をぎゅーっと抱き締める。

 流石にちょっときつかったのか「こっこらっ、唯、憂、ちょっと苦し――」と、二人を窘めようとした時、二人を見た和は、はっとして口と動きが止まる。


 
289 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/10(月) 18:26:25.32 ID:7zdvuoq+0


 唯と憂は泣いていた。

 和に甘えながら、梓と律の事を想いだしたのだろうか。抑えきれない想いが、アルコールによって泪と共に流れ出していた。

 唯・憂「「和ちゃん」」

 平沢姉妹は同時に鼻の先が赤くなった顔を上げる。

 唯・憂「「和ちゃんは、和ちゃんだけは」」

 唯・憂「「絶対に消えないで」」

 縋る様なそれでいて真摯な表情と口調で、和に訴える様に言う。


 
290 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/10(月) 18:27:18.63 ID:7zdvuoq+0


 和<唯…憂……>

 二人の声に、和も感極まって涙を滲ませながら、愛おしげに二人をぎゅっと抱き締める。

 今度は姉妹が和の抱擁に少し息苦しさを感じたが、その息苦しさがむしろ、彼女を感じられてとても気持ち良かった。

 和「大丈夫よ…私は消えない。あなた達が、存在す(い)る限り絶対に消えたりなんかしないわ。

 だから、唯、憂。あなた達も絶対に私の前から消えないでね。お願いだから……私もあなた達の事が本当に大好きよ……」

 唯・憂「「うん」」

 唯・憂「「和ちゃん」」

 唯・憂「「ありがとう」」


 
291 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/10(月) 18:28:12.83 ID:7zdvuoq+0


 そして三人はそのまま思うがままに抱き合い続ける。

 まるでこれまでの苦しみや哀しみを忘れようとするかの様に……。

 和<この姉妹を私の大事な妹たちを害する者は、たとえ誰であっても私が薙ぎ払う。それが、私の知っている者であったとしても……>

 和は唯をそして憂を抱き締め続けながら、全てを焼き尽くすかの様な燃え滾る想いを込めて、そう改めて心に誓っていた……。


 
292 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/10(月) 18:28:52.11 ID:7zdvuoq+0


 和「ん…んぅ……ん……ん」

 カーテンの隙間から陽が差してきたのとほぼ同じ位に、和は目が醒める。起きた瞬間、それ程ではないが特に右側の額からこめかみにかけて、今まで感じた事の無い痛みが奔る。

 これが二日酔いなのかな…と思いながらテーブルを見ているとビールやチューハイの缶が見た感じ優に十缶以上が無造作に転がっていた。

 和自身は三缶ほど飲んだ事までは覚えているので、恐らく姉妹はそれ以上飲んでいるのが判る。


 
293 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/10(月) 18:29:28.43 ID:7zdvuoq+0


 和<いつの間にか眠ってしまった様ね……>

 カーペットが敷いてあるとはいえ、床の上に寝てしまった所為か身体の節々が痛い。

 和<あまり良い目覚めじゃないわね>

 和は溜息交じりに呟く。だが、この時和は自身にタオルケットが掛けられているのに気付く。

 和は恐らく唯か憂が、先に寝ってしまった私に掛けてくれたんだろうと感謝しながらそう思った。


 
294 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/10(月) 18:31:05.27 ID:7zdvuoq+0


 そしてもう一つ、彼女の右側に寄り添う様に眠っている憂の存在に気付く。

 憂は無防備と言っても良い様な安心しきった様子で、すやすやと寝息を立てていた。

 和<憂がこんな所で寝てしまうなんて意外ね……>

 と、珍しい事(?)に驚いていると、彼女にもタオルケットが掛けられている事に気付いた。

 と、言う事は自分たち、少なくとも憂にタオルケットを掛けたのは唯と言う事になる。

 見ると…自身の左側に居た筈の唯の姿が見えない。

 和<唯が私達よりも遅く寝て、速く起きるなんてこれも意外ね。それにタオルまで掛けてくれるなんて…>

 と、唯の姉らしい行為に少し驚いていると、喉の渇きと胃のむかつきを覚えて、水を頂こうと憂を起こさない様に、そおっと起きてキッチンへと向かう。



 そしてキッチンに入ると、そこには湯呑みを手に持った唯が居た。


 
295 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/10(月) 18:31:47.70 ID:7zdvuoq+0


 唯「おはよう和ちゃん」

 和「おはよう唯」

 唯「昨日はちょっとハメを外しちゃってごめんね」

 和「いいわよそんな事。ふふ、唯…あなたじゃないけど、久し振りに平沢姉妹分を沢山補給させて貰ったから。お陰でちょっと汗をかいちゃったけどね」

 和はそう言ってシャツの首口辺りをパタパタさせる。

 シャツは和の汗でべっとりと肌に張り付いていた。


 
296 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/10(月) 18:32:38.47 ID:7zdvuoq+0


 和「あっそうだ。唯が私と憂にタオルを掛けてくれたの?」

 唯「うん。そうだよ。私が最後まで起きていたから、あっ和ちゃん暑かったかな?」

 和「いいえ、むしろ掛けてくれた御蔭で風邪を引かずに済んだわ。ありがとうね唯」

 唯「えへへ……たまにはお姉さんらしい事もしなくっちゃね」

 和の感謝の言葉に唯は照れくさそうにでも嬉しそうにこたえる。

 唯「あっそうだ、和ちゃん喉乾いてるんじゃない?あっ言っとくけどダジャレじゃないよ」

 などと言いながら唯は和に、冷蔵庫を開けるとミネラルウォーターのペットボトルを取り出しコップに注いで、それを和に手渡す。

 和は「ありがとう、頂くわ」と言ってそれを受け取ると、殆んど一気飲みをするようにそれを飲み干す。

 渇いた喉と、胃のむかつきに冷たい水はとても心地よかった。


 
297 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/10(月) 18:33:20.56 ID:7zdvuoq+0


 唯は和の飲み終えたコップを受け取ると、代わりに彼女に湯呑を差し出す。

 和「こ、これはお茶?」

 受け取った湯のみが結構熱くて、和は少し吃驚しながら訊いた。

 唯「うん。そうだよ…梅こぶ茶。お酒飲んだ後に飲むと、とってもいいんだよ」

 唯はニコニコと笑いながら和に勧める。別に他意はない様なので和はそれを一口、口に含む。

 和<あっ…やっぱり美味しい。唯の言う通りお酒飲んだ後に丁度いいわね>

 喉が渇いているのと同時に、塩分も欲している体内(からだ)に梅こぶ茶(これ)は確かに良いと和は感心しながら思った。もともとこぶ茶を頻度はそれほどでもないが愛飲している彼女にとっては事の他よかったのだろう。

 和「ありがとう唯。だいぶすっきりしたわ。でも意外ね…唯がこんなの飲んでいるなんて」


 
298 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/10(月) 18:33:58.42 ID:7zdvuoq+0


 和は唯に飲み終えた湯呑みを手渡しながら、少し意外そうな顔で言う。

 唯「えへへ…和ちゃんがたまに飲んでるって聞いて、試しに前にお酒を飲んだ時に飲んだらとっても美味しかったんだ」

 唯「だから、特にお酒を飲んだ後とかに飲んでるんだよ」

 唯は更にニコニコしながらこたえる。和に喜んで貰えたのがとても嬉しい様だった。

 唯「ねぇ和ちゃん……」

 和「どうしたの唯?神妙な顔をして」

 唯「もし…もしも私が…私が消えちゃう事になったら…その時は憂を宜しくね。あの子、和ちゃんをもう一人のお姉ちゃんだと思っているから……へへ私もだけどね……」


 
299 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/10(月) 18:34:40.56 ID:7zdvuoq+0


 唯「……和ちゃんは私の双子のお姉ちゃん……なんて思ったりする事もあるんだ」

 唯は努めて明るい表情と口調を造る。だがそれが無理して造っているなんて事は和に判らない筈はなかった。

 和「唯。あなたと憂が私を姉だと思ってくれているのはとても嬉しいけど、憂の本当のお姉さんはあなた一人だし、私も憂もあなたに絶対に消えてなんて欲しくは無いと思っているわ」

 和「だから、冗談でもそんな事を言うのはやめなさい」

 唯のある意味、『遺言』とも言える言葉に和は少し厳しい口調で窘める様に諭す。


 
300 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/10(月) 18:35:47.33 ID:7zdvuoq+0


 唯「和ちゃんがそう言ってくれるのは嬉しいよ。でもね、和ちゃん……」

 唯の声は次第に震えだし、目からぽろぽろ泪が零れ落ちる。

 唯「私…律っちゃんをこの手で殺しちゃったんだよ……友達を…大好きな友達をこの手に掛けちゃったんだよ……」

 唯「……それにあずにゃんだってあの時、無理にでも留めていたら…全部…全部私が悪いんだ……」

 唯の泪がとめどなく流れ落ち、自虐的な言葉を綴る。やはり少量のアルコール程度では、彼女の後悔や、罪悪感、苦しみの念は一時的にしか忘れさせてはくれなかった。


301 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/10(月) 18:36:27.57 ID:7zdvuoq+0


 和「唯……」

 唯「私なんか…澪ちゃんに殺され――――」

 和「唯!!やめなさい!!!!」

 和との幼い頃からの長い付き合いの中ですら聞いた事の無い程の怒声に、自暴自棄に陥っていたにも関わらず唯は、吃驚して堪らず言葉を失い、泪すら止まる。

 和「何度も言わせないで。律の事はしょうがないわ。たまたま彼女と最初に邂逅してしまったのがあなたと言うだけ」

 和「仮にそれが私だったとしても、私ならあなたより迷わず、躊躇わずに律を手に掛けていたと思う。それだけ彼女は危険だったから……

 和「彼女を生かしておいたらもっともっと哀しむ人が増える事になる。彼女自身は決して悪くない。でも、残酷な言い方かもしれないけど、彼女をもう生かして…そのままにしてはいられなかった」

 和「だから、あなたは決して間違っていないし、むしろ損な役回りになって気の毒とすら思ってる」



  
302 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/10(月) 18:37:05.99 ID:7zdvuoq+0


 和「それに梓ちゃんだって、最終的に往かせたのは私の判断。そう考えれば悪いのは私――」

 唯「和ちゃんは悪くないよっ!!和ちゃんは悪い事なんか絶対しないよ……」

 唯は必死にいやいやする様に左右に首を振る。まるで、和は賢人=おとな、であり全ての罪は自分と言う愚者=こども、にあるとでも言う様に。

 和「そう……唯は、弱(やさし)いのね……でもそれだと灰色の…あの世界では生きていけない」

 和は少しだけ唯を憐れむ様に一瞥して更に続ける。

 和「だから梓ちゃんの事はみんなが悪いの。私も憂もそして唯…あなたも……」

 和「勿論。梓ちゃんも含めてね。だから、あなたが一人で抱え込む事は無いし、私にしてもそう。これは皆で決めた事。私達は喜びも悲しみも皆で分け合えばいいの」


 
303 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/10(月) 18:37:48.16 ID:7zdvuoq+0


 和「だから唯」

 和は唯の頭の後ろに手を添えて、そのまま唯を引きこみ彼女の顔を自身の胸の辺りに押し込む。

 唯は刹那ちょっと驚いて目を白黒させるが、大人しく和にされるがままになって身体を…そして心を預ける。

 和の程良い胸の柔らかさと温かさが今の唯にはとても心地よかった。心が安らぐ感じがした。

 和「悩んでもいい。苦しんでもいい。でも、自分を追い詰めないで。痛め付けないで。私と憂の為にも自分を大切にして……」

 和の何処までも温かく、何処までも慈愛に満ちた言葉が、唯の心に沁み込んでいく。


 
304 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/10(月) 18:38:37.92 ID:7zdvuoq+0




 ――――私はこんなにも想われてこんなにも愛されている――――




 その思いが唯の凍りついた心の氷を溶かしていく。
 

 唯「うん。解ったよ和ちゃん。ありがとう…和ちゃんはやっぱり、強(やさし)いね…」


 唯の表情(かお)が先刻とは比べモノにならない程、晴れやかなものになっていた。



 
305 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/10(月) 21:14:36.82 ID:7zdvuoq+0


 リビングには一人、憂が蹲る様に膝を抱え、膝に額を付けて声も立てずに泣いていた。

 和が起きて程無くして目が醒めた彼女は、キッチンから聞こえて来る二人の会話に堪らない気持ちになる。

 憂<お姉ちゃん。和ちゃん。私も二人と何時までも一緒にいたいよ……>

 憂はそんな想いに締め付けられながら、ただただ蹲って泣く事しか出来なかった……。





306 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/10(月) 21:15:30.96 ID:7zdvuoq+0



 桜高一年のとある教室。


 ?「憂ーオハヨー」

 既に席に着いて一時間目の授業の準備をしていた憂に、朝特有の陰鬱さを感じさせない能天気で元気な声が掛けられる。

 憂「お、おはよう純ちゃん…」

 梓のそして姉の事もあってか、憂がいつもよりもかなり沈んだ声と表情で中学からの友人〖鈴木 純】に挨拶を返す。

 純「あれ、どうしたの憂?ナンか元気ないよ?もしかしてあの日だった?」

 純と呼ばれた少女は、浮かない表情を浮かべる憂に怪訝そうに声を掛ける。

 憂「梓ちゃん…梓ちゃん……」

 純「梓?」

 憂「純ちゃん…梓ちゃん…梓ちゃんが……」

 憂の声は震え、その表情は限りなく沈んでいる様に純には見えた。


307 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/10(月) 21:15:57.43 ID:7zdvuoq+0


 純「梓?梓って…もうとっくにk…入院しているのよね。それがどうかしたの?」

 純がそう言いながらもう一度怪訝そうに中学以来の友人の顔を見やる。

 憂<………>

 純「憂?どうしたの?」

 憂「……ううん。何でもない。何でもないよ」

 憂は、はっとした表情になるとゆっくりと顔を左右に振る。


308 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/10(月) 21:16:24.05 ID:7zdvuoq+0


 純「どうしちゃったの憂?何だか今日おかしいよ。そりゃ梓が入院して、お見舞いに行こうにも何処に入院してるいのかもよく判らないし…心配なのは分るけどさ」

 純が心配そうに憂の肩に添える様に掌を置く。

 憂「純ちゃん…」

 純「…何?」

 憂「純ちゃんは…純ちゃんは消えないよね…私の前から突然、消えたりなんかしないよね……?」

 憂は不安げな声、微かに震える瞳、そして縋る様な表情で純の顔を見詰める。


 
309 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/10(月) 21:16:56.20 ID:7zdvuoq+0


 純「?な…何言ってるのよ憂?私が、この純様が大切な友達の前から突然に消えちゃったりする訳がないじゃない。もう今日の憂はやっぱりおかしいよ」

 純<梓と違ってね…>

 純は「あはは」と笑いながら、憂の肩をぽんぽんと軽く叩く。

 憂「うん。そうだよね…えへへ、ごめんねヘンな事聞いちゃって。純ちゃんこれからもよろしくね」

 憂はそう言って少しばつが悪そうに微笑む。純が、大切な親友が、もう一人の親友である梓の様にならない事を心の底から、強く願いながら……。

 
310 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/10(月) 21:17:26.00 ID:7zdvuoq+0


 唯「はっはっ…い、急がないと…」

 唯は家路に向かって駆け出していた。クラスの用事で少し時間を喰ってしまったので、早く家に戻らないといけないと焦りを感じていた。

 あれから、梓が消えてしまったあの日から、それ程間を置かず二回程あの灰色の世界に跳ばされたが、その時は運が良かったのか何事もなくこの元の世界に還る事が出来た。

 そう言う事もあって仮に今度…たとえ今跳ばされたとしても恐らくは大丈夫だと思うが、何が起こるか判らない。早く家に帰って憂達と合流する事に越した事は無かった。

 それに、あの場所で律と遭遇した時と今の状況が似ている事も気懸かりだった。

 そして、桜高の正門を駆け抜けようとした時――――。

 ?「唯センパイっ」

 不意に呼び止められ、唯は反射的に足を止める。


 
311 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/10(月) 21:17:55.55 ID:7zdvuoq+0


 唯「えっ?えーと?」

 唯は急に呼び止められた事と焦っている事で、自身を呼び止めた少女が誰だったのか覚えがあるものの、名前をど忘れしてしまい、中々思い出せずにいた。

 ?「純ですよ。鈴木 純。憂と同級生の」

 唯「あっそうだった!純ちゃん。でもどうしたの?私に何か用?」

 確か…憂に中学時代からの友人で、春先に軽音部に顔を出しながらも入部しそうでしなかった、特徴的な髪形の少女の事を思い出す。

 だが流石の唯も焦っているせいか、多少つっけんどんな口調になってしまっていた。


 
312 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/10(月) 21:18:28.71 ID:7zdvuoq+0


 純「あっはい。ちょっと憂の事で……」

 唯「えっ憂の?」

 大抵の事なら、早々に切り上げようとしたのだが、憂の名が出た事でその足が止まってしまう。

 純「はい…そうなんです……あっちょっと済みません。ちょっとだけ電話させて下さい」

 唯に簡単な断りを入れると、純は携帯を取り出して何処かしらに掛ける。

 純『あ、はい。鈴木です…そうです…今、正門の前辺りに居ます。は、はいそうです。はい、それでいいですか?はい、判りましたそうします…それじゃあ』
 

 
313 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/10(月) 21:18:59.64 ID:7zdvuoq+0
 

 純は電話先の相手と幾つかやり取りをして電話を切ると、唯の方に向き直し「済みませんお待たせしました」と謝罪する。

 唯「それはいいから、要件を速く言ってくれないかな。ちょっと急いでるんだ」

 唯は彼女には珍しく苛立ちを覚え、それを隠さなかった。

 純「ああ…済みません。じゃあ早速言わせて頂きます」


 
314 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/10(月) 21:19:28.54 ID:7zdvuoq+0


 純「あの…少し前から何ですけど…憂の元気が無くって、時々思い出したかの様に『梓ちゃん梓ちゃん』って無意識だとは思うんですけど、口にするんです」

 純「まあ、最近は少なくなってきてはいるんですけど、私は『梓ちゃん』って子の事は知りませんし、何か気になっちゃって……唯センパイなら何か知っているんじゃないかって思ってお聞きしたんです」

 純の相談の内容に唯は身が詰まされそうになる。もう、目の前の女の子は〖中野 梓〗という友人の存在を認識できなくなってしまっている事が哀しかった。


 
315 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/10(月) 21:20:05.36 ID:7zdvuoq+0


 唯「…………うん。梓って言う子はね。私と憂にとって、とっても大切な存在に子だったんだ」

 唯「今はもういない大切だった存在……。純ちゃんも出逢っていたらきっと仲良しになってたと思う。とってもいい子の事だよ…」

 唯はぐっと泪を堪えて笑顔を見せる。純にはその笑顔がどこか哀しそうで、でもとても優しいものに見えた。

 純「そうなんですか……とってもいい子だったんですね、梓って言う子は。今の唯センパイや憂の様子を見ていれば判ります。出来る事なら私も逢いたかったです」

 純の言葉に唯は満足そうに頷く。そうだ、付き合いは短かったけど〖中野 梓〗と言う存在は自分と憂にとって忘れてはならない大切な存在だった人。

 たとえ皆が忘れてしまったとしても、私だけは私達だけは彼女がこの世に生きていた事を、存在していた事を決して忘れないでいよう。


 
316 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/10(月) 21:20:43.54 ID:7zdvuoq+0


 唯<あずにゃん。そして律っちゃん。私は、私達は絶対に二人の事を忘れないからね……>


 ふんすっ。と唯は心の中で力強く宣言をする。
 





 その時だった――――。



 
317 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/10(月) 21:21:14.90 ID:7zdvuoq+0


 唯「――――!?そんなっこんな時にっ!!」

 突然、唯に視界がぐにゃりと揺らぐ。

 この感覚。何度経験してもなれそうにならない感覚。

 灰色の世界に跳ばされる感覚。

 その世界に吸い込まれていきながら、唯の意識も次第に遠のいでいった……。
 

 
318 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/10(月) 21:21:44.53 ID:7zdvuoq+0


 唯「……ん……」

 唯の意識がそして感覚が徐々に戻って来る。

 そしてその目を開けようとした刹那、『何か』の気配を感じた様な気がしたのだが、視界が戻って来る頃にはその気配は感じられなくなっていた。

 唯<早く合流しないと>

 気配の事は気の所為と言う事にして、唯は焦った様に心の中で呟きながら、再び目を瞑り精神を集中させる。


 
319 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/10(月) 21:22:31.59 ID:7zdvuoq+0


 これまで何度かこの世界に跳ばされた時に、自身と憂と和…互いのジーニアスを発動させ、その時に発せられる個々のジーニアス特有の気配の様なものを、有る程度離れた場所でも感じ取れる様になっていた。

 とは言っても、唯が判別できるのは憂と和の二人だけで、他のジーニアスに関しては、気配を感じる事は出来ても、誰の…そして何のジーニアスなのかは全く判らない程度のものなのだが。

 だが、この充分では無いとはいえ気配を感知する能力を得た事は、この世界に生きる彼女達にとって大きな進歩であると言えた。
 
 

 そして、今まさに何かの気配を感じ取ろうとした時だった――――。


 
320 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/10(月) 21:23:22.88 ID:7zdvuoq+0






 ?「やっと【見付けたよ】……≪唯≫」
 



 
321 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/10(月) 21:23:58.80 ID:7zdvuoq+0



 唯の背中に不意に声が掛けられる。その声を聞いた瞬間。唯の表情が、動きがそして精神が凍り付いた様に固まってしまう。


 その黒い悦びに満ち溢れた『声』は当然、和や憂のものでは無かった。



322 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/10(月) 21:24:35.72 ID:7zdvuoq+0




 だが、唯にとって、
 
 



 その『声』は、
 




 とても聞き馴染みのある声。




 
323 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/10(月) 21:25:13.09 ID:7zdvuoq+0





 その『声』は、





 彼女が最も聞いてはならない声。





 
324 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/10(月) 21:25:49.96 ID:7zdvuoq+0





 その『声』は、









 ≪ベルゼブブ≫のジーニアス、【秋山 澪】の声だった……。









 
325 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/10(月) 21:26:50.28 ID:7zdvuoq+0
 今回はここまでです。

 それでは。
326 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/18(火) 05:42:44.22 ID:mAxgVp8a0



 澪「どうした唯?この世界では初めて逢えたんだ。もっと嬉しそうな顔をしてくれよ」

 金縛りに遭ったかの様な状態から、どうにか抜け出した唯は恐る恐る声のした方を向く。澪はこの時の唯の余りに神妙過ぎる表情(かお)に、思わず吹き出しそうになりながら声を掛ける。

 唯「澪ちゃんはうれしそうだね……」

 金縛りが解けた後には今度はその身体中に震えが奔る。澪と対面した瞬間、律の時には殆んど感じなかった恐怖心が、圧倒的な実感を以って唯に襲い掛かって来た。

 兎に角、律とは雰囲気から何まで違っていた。特に澪(かのじょ)から発せられる、どす黒いとしか表現できない様な『何か』は、律のそれとは比べモノにならない程だった。

 澪「ああ、とても嬉しいよ……灰色(こ)の世界で一番逢いたかったのはお前だからな。しかも和も憂ちゃんもいない。こんなシチュエーションは滅多に無いだろうからな。今からの事を考えただけで、興奮でどうにかなってしまいそうだよ」

 澪が両腕を交差させる様にして自らの両肩を抱き締め興奮に打ち震えるのをどうにかして抑えようとする。だが、それでも肩は小刻みに震え、その表情は悦に入りうすら笑いを浮かべるのを隠せないでいた。


327 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/18(火) 05:43:21.32 ID:mAxgVp8a0


 唯「…澪ちゃん……あのね…律っちゃんの事は本当にゴメンね……謝ってどうにかなr――――」

 澪「お前がその名を口にするな―――――――!!!!!」

 唯の口から律の名が出た途端、澪は激昂して唯の言葉を遮る。唯はその余りの口調と感情の苛烈さの変わり様に、一瞬言葉を失う。

 澪「どの口でお前が律の名を口にするんだ!お前の所為だ!全てお前の所為で私は律を!!私の全てを失ってしまったんだ!!!」

 それまでとは一変し、澪は見るもの全てを焼き尽くしかねない程の視線を唯に浴びせる。

 怒り、悲しみ、憎悪が高濃度で入り混じった、ドロドロのマグマの如き澪の情念と形相。

 澪の様な溜めこむ性格(タイプ)にとってそれは、破局的噴火を起こしその対象を絶望という圧倒的な溶岩(マグマ)で呑み込む火山であり、しかもそれが悪魔の王(ベルゼブブ)と言う最大級の火山だと言うのだから、どれ程の災厄なのか想像もつかない。

 澪はジーニアスに目覚めてから、律に対して今まで無意識の内に抑えていた情念に気付いてしまい、その箍(たが)が外れ、妄想(のうない)で自身と律との間に黒い聖域を創り上げていた。その不可侵の聖域が唯の白い足跡で踏み躙られた事は、そう思い込んでいる澪にとって、とても耐え難い屈辱であった。


328 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/18(火) 05:43:50.51 ID:mAxgVp8a0


 唯「……澪ちゃん……そこまで律っちゃんの事……」

 澪「お前が……まあいいや。そうだ、律は私の全てだったんだ。あいつが私の側(そば)にいてくれていたからこそ私は今までどうにかやって来れたんだ。あいつが居なくなる事なんて考えたくもなかった。だから『力』を手に入れた今、私はあいつの為に何かしてやりたかった。私はせめてものお返しとしてあいつをこの世界の王にしてやる心算だったんだ。私のこの『力』でな……」

 澪は少し遠くを見る様に視線を移した後、再び唯に視線を戻す。

 澪「でもお前がそんな私の想いを、私の一番大切な人(すべて)を奪ってしまった……失って改めて思い知らされたよ。律の居ない世界なんて空虚で空っぽだ。そんな世界なんて意味がない。だから私は決めたんだ。私のこの『力』で世界を腐(おわ)らせてやる事にしたんだ。今の私にはその『力』が有るからな」

 澪の言葉に唯は内容にこめかみの辺りから冷たい汗が流れ落ちる。澪が律にここまで依存していた事もそうだが、彼女は世界を終わらせる心算なのだと。悪魔(ジーニアス)の意思では無く恐らくは自らの意志で、律の居ない(いみのない)世界を消し去ろうとしている。

 唯<澪ちゃんは私だけじゃなくて、お父さんもお母さんも憂も和ちゃんも…ううん、この世の全てを消し去ろうとしているんだ。澪ちゃんにとって、律っちゃん一人がその全てより遥かに大切なんだ……>


329 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/18(火) 05:44:19.92 ID:mAxgVp8a0


 唯の視界が精神(こころ)が澪の余りにも絶望的な言葉に暗く重い闇に閉ざされそうになる。だが唯は首を左右に振りそれを強い意志で振り払う。

 唯<そんな事は許さない!許しちゃいけないんだっ!!>

 律に対する思いや澪の心情を思う事で、光を失い掛けていた唯の瞳が、


 ――――大切なものを護りたい――――
 

 その想いで再び光を取り戻す。


330 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/18(火) 05:44:57.51 ID:mAxgVp8a0


 唯「もう戻れないんだね澪ちゃんも……私が何を言っても。どんなに償ったとしても……」

 澪「今更何を言っているんだ唯。もうとっくに手遅れに決まってるだろう。お前が、お前自身がそうさせたんだろうが!!」

 澪は問答無用に唯を糾弾する。

 澪「唯。だからって逃げようなんて思うなよ。絶対にここから逃がさないからな!」

 澪のその言葉に唯は覚悟を決める。

 唯<勝ち目は無いのかもしれない……でも生きたい。憂のそして和ちゃん達の為に。私を大切に思ってくれている人達の為に。だけど澪ちゃんを止めないといけない。私達の生きる世界の為に>

 唯の精神(こころ)に、瞳に、強い意志の光が宿る。

 唯<逃げられないと言うのなら。立ち向かうしかない。生きる為に!―――>

 唯「澪ちゃん……」

 唯は静かに澪に語りかける。そしてもう臆する事無く彼女の目をじっと見据える。

 唯「澪ちゃんは私が止めるよ。私のそしてこの世界に生きている沢山の人達の為に。私が澪ちゃんを止めてみせるから……」

 覚悟を決めて、澪に宣言する。


 そして唯は、ジーニアスを発動させる。まるで己を縛るもの全てを振り払うかの様に……。


331 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/18(火) 05:46:19.74 ID:mAxgVp8a0


 唯がジーニアスを発動させると同時に、その手に孔雀色に煌くひと振りの剣が握られる。

 澪「……ほう。随分変わった剣だな。それは何て名前なんだ?」

 澪は唯のジーニアスではなく、彼女の剣標(ブランド)に興味を覚えたのかその事を彼女に尋ねる。

 唯「名前なんて無いよ。それより澪ちゃんも早く出しなよ」

 唯が真面目な口調で澪に催促する。彼女には武器(ブランド)を持たない澪を攻撃すると言う考えは無かった。いや、それ以前に茶化した様に見える澪の佇まいなのに、隙と言ったものは全く見受けられなかったのだが……。

 そんな澪を見て、とびっきりの笑顔なのに目が笑っていないのに似ている……と唯はゾッと寒気を感じながら思った。


332 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/18(火) 05:48:10.69 ID:mAxgVp8a0


 澪「そうか…てっきりお前の事だから『ケン太』とか名付けているのかと思ったよ」

 澪「まあいいや。それにしても全く唯は甘(やさし)いな。その甘さを律にも見せてくれれば良かったのに……」

 澪はそう口惜しそうに言うと、一呼吸置く。

 澪「そんなに見たければ見せてやるよ……」

 そして澪は一瞬、精神を集中させる。刹那。彼女の手に一振りの刀が握られる。

 髑髏の鍔が填められ、刀身は黒銀の棟と白銀の刃で構成された日本刀。

 それが、澪が創造した刀標(ブランド)だった。
 

333 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/18(火) 05:49:03.44 ID:mAxgVp8a0
 

 澪「どうだ?キレイで格好良いだろう。これが私の『カタリナ』だ」


 澪は刀身を天(うえ)に向けると、恍惚の表情を浮かべてうっとりとした目で自身の刀(ブランド)『カタリナ』を見詰める。

 唯「…………………」

 確かに黒銀と白銀に彩られたその刀身は、息を飲む程に流麗で美しいとさえ云えるものだった。だが、唯にはそれが現れた瞬間にどす黒い瘴気を溢れさす、死を宣告する死神(ようとう)そのものにしか見えず、その余りの禍々しさに戦慄を覚え、額に厭な汗が滲み、こめかみの辺りから再び冷たい汗が一筋、流れ落ちる。

 「まあ、お前の剣も私の『カタリナ』程じゃないけど中々いいと思うぞ。でもその剣、ナンか孔雀の翅っぽいな……ん?……孔雀……あっそうかっお前もしかして≪孔雀明王≫か?」


334 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/18(火) 05:49:34.67 ID:mAxgVp8a0


 唯「……うん、そうだよ。私のジーニアスは≪孔雀明王≫だよ。澪ちゃんよく分ったね」

 唯が内心、澪の洞察力と勘の良さに舌を巻き焦りを覚えるが、努めて余り抑揚のない声で答える。

 澪「そうか、明王か…思ったよりはやってくれそうだな。まあ、曲がりなりにも律に勝ったのだからそれ位はないと…な……」

 澪はぼそぼそと独り言のように呟く。

 唯「澪ちゃん。律っちゃんの事は――――」

 澪「まあいい。そろそろ始めるか」

 唯が律の事で何か言い掛けた所を澪は少し強い語気で制し、刀を片手で携え、そして構える。だが、唯はその構えが何処か違和感がある(おかしい)事に気付く。


335 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/18(火) 06:04:17.34 ID:mAxgVp8a0


 唯「澪ちゃんって確か左利きだよね?」

 澪「ん?そうだけど。それが如何(どう)したんだ唯?」

 唯「何でその左利きの澪ちゃんが、右手で刀を構えてるのさ?」

 唯が彼女には珍しいややきつい口調で、澪に詰問する様に訊く。

 澪「お前こそ何を言っているんだ唯?何でお前程度を殺るのにこの私が利き腕を使う必要が有るんだ?左(きき)腕なんて使ったらすぐに終わっちゃうだろ?それじゃあ私が困るんだよ。私はお前を律の分もいたぶりながら殺りたいんだよ。そうじゃないと気が治まらないんだよ。お前、梓から聞いてなかったのか?私はそれ位強いんだよ。ほら私≪ベルゼブブ≫だしさ……」

 澪がさも当然の様な口ぶりでこたえる。今の絶対的な自信を持つ澪にとって、明王のジーニアスを持つとはいえ唯は律を消した『仇』と言う以外は全く以って取るに足らない存在でしかなかった。


336 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/18(火) 06:05:23.37 ID:mAxgVp8a0


 唯「―――ッ―澪ちゃん―――ッ」

 澪のこの余りに相手を見下げた態度に、流石の唯も屈辱に顔を歪める。

 梓を失ってから。そして和や憂の為に生きる事を覚悟した時から、唯は精神(こころ)だけは強くあろうと努めた。その為に彼女は一回休んだだけで再び学校に通い始め、湧き熾(おこ)る溶岩と吹雪が入り混じったかの様な感情を押さえ付けて、血が滲む程に拳を握り歯を食い縛って、澪、そして紬とも顔を合わせた。

 だから唯は澪のこの自分をナメ切った振る舞いにも歯を食い縛って耐え、彼女が油断し切っている今が好機であると思考を切り替える事が出来た。

 唯<憂、和ちゃん。そしてあずにゃん…私に力を貸してね……>

 唯は少し長めに息を吐くと、目の前の敵(みお)を臆することなくしっかりと見据え、そして剣を構える。

 そして、この彼女の行為は、再び親友同士だった者同士の戦いの始まりを告げる合図で
もあった……。
 



337 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/18(火) 06:06:07.74 ID:mAxgVp8a0


 唯は実際に澪と対峙し、そして刃を交える事で、改めて彼女の底知れぬ黒い『何か』をひしひしと感じずにはいられなかった。

 唯<やっぱりまともにやっても、とても勝てそうにないよ。そうかと言って今の処うまく逃げられそうもないし……>

 唯は油断なく彼女の様子を窺いながら、心の中で呟き思案に暮れる。

 唯はこれまでに一柱のジーニアスを斃している。だがそれは≪スターター≫と言う余りにも不完全な状態のジーニアスに過ぎず、完全体と言えるジーニアスとの戦いは初めてである。しかもその相手が恐らくは、悪魔(てき)側の最強のジーニアスと言うのだから、思案に暮れるのも当然だと言えた。

 その最強のジーニアス持ちたる澪は、余裕綽々といった様子で、薄ら笑いすら浮かべながら相変わらず見下す様な表情で唯を見ていた。

 そんな澪を見て唯は哀しい気持ちになる。あの頃の澪からは想像も出来ない様に変わってしまった彼女が居た。だが彼女をそうさせてしまったのはジーニアスであり、何よりも唯自身である事が辛かった。


338 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/18(火) 06:06:40.45 ID:mAxgVp8a0


 彼女が律を想う気持ちと、自身が憂や和を想う気持ちに何ら変わりは無い。と、少なくとも唯はそう思っている。

 もし、憂や和を誰かに消された時の事を考えると、梓の時と同様、いや、それ以上に胸が張り裂けそうな思いに駆られるに違いない。そしてその仇に対し強い憎しみを抱くだろう。正に今の澪はその状態にあった。そしてその仇は誰でもない唯(じぶん)の他に無く、澪(かのじょ)に消される理由としては充分であるとさえ言えた。

 唯<でも――>

 唯は柄をぎゅっと握り締める。

 唯「そう簡単にはやられないよっ!!!」

 唯はそれでも生きる覚悟を決め、再び澪と向かい合い、かつての親友に向かって剣を振るった……。


339 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/18(火) 06:07:11.50 ID:mAxgVp8a0


 唯の鋭い剣戟を澪は余裕の表情で躱(かわ)し、逆に唯の隙を突いて打ち込んで来る。

 澪の手数そのものは律のそれよりも圧倒的に少なく、剣速も剣圧も律と同等か、もしかしたらそれ以下なのだが、剣筋は遥かに鋭く的確に唯の隙を突いて来るので、律の時よりも遥かに防御に神経を使わねばならなかった。

 唯はそれでも澪の剣を潜り抜け、彼女に精一杯の剣を打ち込む。だが、そんな攻防を繰り返す程に唯の精神は絶望的なものになっていく。

 それもその筈で、唯が両手で剣を持ち全力で打ち込んでいるのに対し、澪は片手、それも左(きき)腕ではない方の手で刀を振るっているのである。

 もし彼女の気が変わって、本気で来られたらと思うと、情けない話ではあるが気が気では無かった。

 唯<澪ちゃんが余裕(あそん)でいる内にどうにかしないと!>

 唯は焦りを覚えつつ、だが、どこか息苦しさを感じて澪と少し距離を取る。


340 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/18(火) 06:08:39.75 ID:mAxgVp8a0


 唯<空気が重い?息がし辛いよ……>

 唯は何処か異質なものを感じ周囲の様子を探る。澪はそんな唯を相変わらず不敵な笑みを浮かべながら、面白いモノでも視る様な様子で見ていた。

 そんな澪を後(しり)目気味に見つつも、唯はある事を思い出しその原因に気付く。

 唯<そうかっ息苦しさと重苦しさの原因は……澪ちゃんとあの刀から出てる、散開して薄まった『見えない黒い霧いたいな瘴気』だったんだ。だから瘴気(それ)を消しちゃう事が出来れば―――>

 唯はまるで重く圧し掛かって来るかの様な暗闇の中で、ついに一筋の光を見付ける。


341 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/18(火) 06:09:24.00 ID:mAxgVp8a0


 ――瘴気は自分にとっては毒だが、澪にとっては酸素の様なものの筈だ。だから、瘴気(それ)によって自分は動きを悪くし、逆に澪は軽快になる。

 唯はそう判断していた。

 澪「どうしたんだ唯?そんなきょろきょろして、怖気づいたか?だけど、今更遅いぞ」

 そんな唯の様子に何を思ったのか、澪はバカにした口調で話を続ける。

 澪「でも唯。今まで私は幾許(なんびき)かのジーニアスを消してきたけど。今のところその中では、<そんなお前>でも一番やると言っていい位だよ。ちょっとは自信を持っていいぞ」


342 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/18(火) 06:10:14.70 ID:mAxgVp8a0


 澪「まあ…その中でもう一人、中々やりそうな奴もいたけど、まあ神側と言ってもそいつは、どちらかというと悪魔(わたしたち)側寄りみたいだし、顔も見知っていたしな。おまけに私に憧れているなんて言うものだから、特別に見逃してやったんだよ」

 澪はそんな事を独り言のように言いながら、これまでの凶行(こと)を思い出したのか再び刀を掲げてまるで最愛の恋人とでもいう様にうっとりと見詰める。

 唯はそんな澪を見て、一体、今まで何人(どれだけ)の人をその凶器(カタナ)で斬ったのだろうか?と、思えば思う程、鳥肌が立つ様な強い嫌悪感を感じずにはいられなかった。


343 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/18(火) 06:10:45.71 ID:mAxgVp8a0


 唯「うん。それは良かったね澪ちゃん」

 唯は彼女自身何が良いのか判らない、特に意味の無い言葉を半ば無感情気味に掛けながら、注意深く澪の様子を窺い、神経を研ぎ澄ませる。


 澪「ふん。いい加減そんな所でただつっ立っていられても面白くないぞ唯」

 澪はそんな唯の態度に詰まらなそうに言うと、刀の棟で肩をぽんぽんと叩き溜息を洩らす。



 その時だった―――。


344 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/18(火) 06:11:39.72 ID:mAxgVp8a0


 唯「今だっ!!」

 唯は叫ぶ様に気合を入れると、ばっと両手を広げる。その瞬間、孔雀剣が眩(まばゆ)いまでの閃光を発し、『それ』が唯の躯に吸収されると、刹那、彼女の肩口の辺りから、緑を主体とした孔雀の色の光彩を放つ羽が現れる。
そして、彼女が両手を交差させると羽も彼女の周りの瘴気を、そして澪をも巻き込んで交差する。


 毒を喰らう、孔雀明王の『光彩の孔雀姫』の羽は、瘴気をも喰らい瘴気(それ)に汚染された空間が浄化される。


345 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/18(火) 06:12:10.43 ID:mAxgVp8a0


 澪「!?」

 澪は突然の事に戸惑いの表情を見せる。唯はこの時を見逃さずに、一瞬で呆気に取られている澪の間合いに入り、孔雀(じょうかの)剣で渾身の一撃を振るう。

 唯<斃せなくても良い。せめて一太刀入れて、澪ちゃんの動きを止められれば!!>


 唯の剣が澪の躯に迫る――――……だが、その剣戟は金属同士がぶつかる音を響かせて、澪の躯に届く事は無かった。

 唯の渾身の一振りは、澪に届く寸前に左手に持ち替えられた彼女の刀に阻まれる。

 澪「惜しかったなぁ唯。でも、大したものだよ、私に左(きき)手を使わせるなんてさ」

 澪は今までにない真面目な面持ちで唯に賞賛の言葉を掛ける。

 唯「まだだ!まだっ!!」

 唯はそんな澪の声に耳を傾ける事無く、必死の形相で彼女の刀を払い除けて再度、澪に剣戟を浴びせ掛ける。


346 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/18(火) 06:12:43.55 ID:mAxgVp8a0


 澪「だけど…終わりだよ。唯」

 澪は唯の剣が自身に届く直前に彼女の剣を払い上げ、正に返す刀で今までの物とは比べモノにならない程の圧倒的な速さの動作と剣閃で、その凶刃は何の躊躇いも無く、唯の脇腹辺りを深く斬り裂いた。

 唯「――――――ッッッッ―――――!!!!!」

 唯が正に声にならない絶叫を上げると、腹部から大量の血を溢れさせながら、まるで糸の切れたあやつり人形の様に膝からしゃがみ込む様に崩れ落ちる。


347 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/18(火) 06:14:07.89 ID:mAxgVp8a0


 唯「ぁ…が…ああ……」

 唯がこの世のものとは思えない激痛と喪失感の中で、それでも確認をする様に傷の辺りに掌を当てそれを裏返す。

 その掌には彼女自身の血と脂と体液が入り混じったモノがべっとりと張り付いていた。傷の深さから言って腹部の内臓もかなり斬り裂かれているであろう状態。だが、かなりの痛みがあるとはいえ、未だ意識を失わずに生きているのが不思議な位だと、唯はまるで他人事の様に思った。
 

348 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/18(火) 06:14:44.44 ID:mAxgVp8a0
 


 だけど……。



 致命傷(たすからない)―――。



 唯はある意味、冷静に自身の状態を判断した。




349 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/18(火) 06:15:17.31 ID:mAxgVp8a0


 澪「残念だったなぁ唯。私を殺(け)せなくて」

 澪が歪んだ満面の笑みを浮かべながら、唯に声を掛ける。

 唯はその声に反応して再び剣を握ろうとしたが、やめた。もう既に自身には立ち上がり剣を振るう力など残ってはいないし、何よりも自身がもう助からない事を理解しているからだ。

 唯が親友である澪に刃を向けたのはただただ、大切な人の為に生き残る為であり、彼女を手に掛ける事が目的ではない。だが、その願いが潰えた今、もう親友(みお)に刃を向ける必要が無かったし、寧(むし)ろ傷つけたくは無かった。

 澪「ふふ。その体勢も辛いだろ?楽にしてやるよ」

 そんな唯の想いを知ってか知らぬか、そう言うと澪は、がっと唯の胸の辺りを軽く前蹴りをして彼女を仰向けの体勢にさせる。
 

350 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/18(火) 06:16:26.54 ID:mAxgVp8a0
 

 澪「はは、いいザマだな唯。これで律がお前に味わわされた億分の一位は、御返し出来たかなっ?」

 唯を斬ってからある意味穏やかだった澪の表情が一変し、正に悪魔(おに)の形相で唯の腹部の傷口辺りを踏み躙)る。

 唯「あがっ!?」

 その瞬間、唯の口から呻き声が、そして傷口から血が滲み出て、まるで高圧の電気で感電したかの様に上半身が痙攣して天地に揺す振られる。


351 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/18(火) 06:16:56.20 ID:mAxgVp8a0


 そして唯の目が白目になりかけ呼吸音が空気が漏れる様なものに変った所で、澪がはっと我に返ったかのようにその凶足をどける。

 澪「でも、ま、惜しかったよ唯。まさか私の瘴気(オーラ)が掻き消されるなんて、流石の私も少し驚いたよ。でもさ、唯。私、というか蝿の王(ベルゼブブ)の本質は『腐敗』からの『浄化』なんだよ」

 澪「だからいくら私の瘴気(オーラ)を掻き消そうが、それが半永久的でもない限りそれは無駄な事なんだよ。ま、一瞬だけど私も吃驚したから、目の付けどころは良かったと思うし、もう少しお前自身が強かったら危なかったかもな……でも残念だったな唯。お前は私と戦うには絶対的に弱過ぎたんだよ。ふふふ……」

 そう言って澪は苦痛に顔を歪める唯に笑いかける。それはまるで無邪気な子どもの様な笑顔だった。


352 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/18(火) 06:17:32.74 ID:mAxgVp8a0


 唯「み、澪ちゃん……」

 澪「ん?どうした唯?…ん?」

 唯が何かを言い掛けたと同時に、彼女の指先が微かに動いているのに気付いた澪は、ニタリと今度は正に悪魔の様な笑顔を浮かべる。

 澪「なぁ唯。このまま放って置いてもその内、勝手に消えちゃうんだろうけどさ、それじゃあちょっとはこの世に未練が残っちゃうだろ?だからさ……」

 澪は言い終わると同時に、刀を唯の左の掌に向かって付き刺す。


353 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/18(火) 06:18:07.59 ID:mAxgVp8a0


 唯「―――!?痛(つ)っ―――!!?」

 凶刃は唯の中指と薬指を斬り飛ばし、唯は短い叫び声を上げ更に苦痛に顔を歪める。

 澪「はは。どうだ?唯。その手じゃもうギターも弾けないし、思い残す事無く逝けるだろ?私に感謝しろよな唯」

 唯「澪…ちゃ……」

 唯は澪が自身の『厚意』に満足げにうんうん頷くのを見て、苦痛以上にとても悲しい気持ちになる。

 唯<……ごめんねギー太。もうギー太を弾く事も出来なくなっちゃった……>

 そして唯は中指と薬指を切断された左手に視線を移すと、自身の高校生活を充実したものしてくれた大切な相棒(パートナー)に謝罪の言葉をかける。


354 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/18(火) 06:18:54.74 ID:mAxgVp8a0


 唯「澪ちゃん…もう気は済んだ……?」

 唯は既に覚悟を決めていた。いや、澪とこの世界で二人きりで出会ってしまって瞬間に、たとえ自身の身がどのような事になったとしても、それを受け入れようと決めたのかもしれない。

 澪「あぁ?何を言っているんだ唯?今更お前一人を斬った所で私の気持ちが治まるワケが無いだろうが?いい加減に学習しろよ?律は私の全てだったんだ。いなくなって改めて思い知らされたよ。心の底から痛過ぎる程にな。その律のいない世界なんていらない。不必要で無意味だよ、そんな残り糟(もの)は」

 澪は唯の言葉を吐き捨てる様に否定して、更に続ける。

 澪「だから私は終わらせてやるんだよ。あの世界を。お前みたいな<ヒトデナシノケダモノ>共がのうのうと生きてる世界をなっ!だから私は灰色(こ)の世界で神側(おまえら)を片っ端から斬ってやるんだよ。そんな事で一つの世界が終るんだ。ふん。ほんとに楽なもんだよ」

 澪が自身の言葉が、さも当然の理であるかの様に再びうんうんと頷く。
 

355 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/18(火) 06:19:24.72 ID:mAxgVp8a0
 

 唯「う…憂や和ちゃんもなの?」

 澪「何度も言わせるなよ唯。憂ちゃんだろうが和だろうが皆纏めて斬ってやるって言っているだろ?特にお前と近しい者なら尚更だろうが?全く天然なのも大概にしてくれよ?」

 澪の表情が心底うんざりしたものになる。まるで出来の悪い子どもの相手でもしているかの様だった。

 唯「……そうか…なら、澪ちゃんはもうすぐ律っちゃんに再会できるよ」

 澪「あ?何を言っているんだ唯?もう死んじゃ(ねむっちゃ)ったのか?」

 唯の言葉に澪は困惑の表情を浮かべる。

 唯「だって、憂か和ちゃんならきっと澪ちゃんを律っちゃんの『処』に送ってあげられるから……憂も和ちゃんもすっごく強いんだよ。私なんかよりもずぅ〜っとずぅ〜うっとね。澪ちゃんを律っちゃんに逢わせてあげられる位……」

 唯はそう言うとニコッと澪に向けて笑顔を見せる。それはとても弱々しかったが、含みの無いとても素直で優しいものに見えた。


356 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/18(火) 06:20:04.13 ID:mAxgVp8a0


 澪「ふざけた事をぬかすなよ唯。和達が何のジーニアスか知らないけど、私が、『蝿王』ベルゼブブが他の誰かに消され(まけ)る訳がないだろうが」

 澪が唯の言葉にギリッと歯軋りをした後、溜息を吐きながら苛立たしげにこたえる。

 澪「もういい。もういいよ唯。律の仇も取れたし、お前の声もいい加減聞き飽きたよ」

 澪は唯を憎々しげに見詰め、そして吐き捨てる様に言い、再び刀を振りかざすとそのまま唯の胸の中心に突き刺す。そして凶刃(それ)は唯の胸骨と背骨を貫通し、そのまま地面に突き刺さる。

 唯「うっ――」

 唯はもう何度目かの吐血と苦痛に満ちた呻き声を上げる。もう、彼女は叫び声を上げる事すら出来なかった。

 血と体液が彼女の制服の胸部と地面を再度べったりと濡らしていく。
 

357 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/18(火) 06:21:30.22 ID:mAxgVp8a0
 

 既に唯に生きているのが不思議な程の充分過ぎる――致命傷――を与えているにも拘らず、澪は更に唯の指を切断し、胸部に刀を突き刺していた。

 だが、澪にしてみれば、そんな執拗なまでの加虐を以ってしても、その恨辛の念はそれでも全く晴れず、唯(そ)の身を細切れにしても収まらない程だった。

 それ程までに澪は唯を、そして律のいない世界(すべて)に絶望し憎悪していた。

 その世界を終わらせようとする、『秋山 澪』と言う巨大で冷たい火山はどれ程の極冷の憎悪と言うマグマを撒き散らし、どれだけのモノを極寒の溶岩の海に呑み込んでいくのだろうか。


358 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/18(火) 06:22:07.79 ID:mAxgVp8a0


 そして澪は唯の胸から凶刃を引き抜くと、「ああ、そうだった」とたった今思い出したかの様に制服のポケットから小型のビデオカメラを取り出すと、それを唯の顔が映る位置に置く。

 澪「はは、この時の為にビデオカメラ(これ)を使いたいって言ったらさ、ムギがくれたんだよ。お前の最期を撮ってやろうと思ってさ。どうせ撮っても暫くしたら消えちゃうだろうし、私もそんなもの視たくも無いけどさ」

 澪「でも、運が良ければお前自身が消えても画像が消える前に、もしかしたら和達に視て貰えるかもしれないと思ってさ。えぇ唯?お前もその方がいいだろ?感謝しろよ唯。私の優しさにさ」

 澪「私は律の最期を看取ってやる事すら出来なかったんだ。それに比べれば遥かに幸せな最期だよ。お前は本当に幸せ者だよ唯」

 澪は『それ』を見るもの全てが悪意に満ちていると思う様な笑みを浮かべ、カメラの録画ボタンを押す。
 

359 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/18(火) 06:22:58.61 ID:mAxgVp8a0
 

 唯「…あ、ありがとう澪ちゃん…澪ちゃんがやっぱり澪ちゃんで良かった……」

 唯はとても弱々しいものだったが今自身が出来る精一杯の笑顔を澪に捧げる。今までの彼女に対する数多の感謝の意を込めて……。

 澪「ふん。それは良かったよ。じゃあな唯。もう二度と逢う事は無いけどな」

 澪は最後にそう言い残し、踵を返し左(きき)手を挙げて、唯の元からゆっくりと離れて往く。

 唯「律っちゃんとあずにゃんと一緒に待ってるからね……」

 唯の澪に掛けた最期の声が聴こえたのか聴こえなかったのか、その声に澪が答える事は無かった……。

 そんな澪が離れていくのを見届けると、唯は既に録画が始まっているビデオカメラに向かって語り始める。




 自身の最期を、最愛の妹に、そして最高の親友に伝える為に……。





360 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/18(火) 06:23:55.46 ID:mAxgVp8a0



 和と憂がそこに辿り着いた時。そこにはもう唯の姿は無く、あるのは引き裂かれた桜高の制服と黒タイツに見覚えのある二本のヘアピン。そしてそのすぐそばに置いてある一台のビデオカメラだけだった。

 そしてそれが平沢 唯の、彼女達の最愛の人の遺品(もの)である事を直感的に理解していた。

 憂「お…お姉…ちゃ……お姉ちゃん……」

 唯(かのじょ)の妹である憂が、泣く事すら忘れる程の喪失感に、精神と肉体(ぜんしん)を支配されながら、崩れ落ちる様に座り込み唯の遺品である制服を一心不乱に掻き集め、まるで愛する姉そのものかの様に愛おしげに抱き締める。

 唯の幼馴染であった和も憂と同様、この場所に辿り着いた瞬間に状況を理解し、呆然自失になりながらも、それでもしっかりした動きで片膝を付いて憂を包み込む様にその腕を回す。
 

361 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/18(火) 06:24:42.10 ID:mAxgVp8a0
 

 憂と和が再び灰色(この)世界に跳ばされた時、そこには唯の姿は無かった。
 

 二人はすぐさま唯の気配を探したが近くには感じられず、また広範囲には様々な気配が混在していた為、特定するのにかなりの時間を要した。

 それでもどうにか唯の気配を感知し(みつけ)たのだが、和は同時にもう一つの気配がある事に気付く。その瞬間、和の顔が蒼白になりまるでこの世の終わりとでも言う様な表情になった。

 和はその気配に身に覚えがあった。律が消失し(きえ)た次の日の教室で彼女やクラスメイト達が中(あ)てられたどす黒い『モノ』。そしてその『モノ』を放つ者の正体を彼女は知っていた。

 それが、律の親友であり彼女を手に掛けた唯への復讐に固執する、悪魔の王(ベルゼブブ)のジーニアス、『秋山 澪』であると言う事を……。

 そして憂はこの時の和の表情から、ほぼ正確に状況を理解する。

 二人はそこに向かって全力で駆けた。それこそジーニアスの加護を受け常人よりも遥かに速く駆ける事の出来る二人が、その心臓が張り裂けんばかりに奔った。


362 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/18(火) 06:25:24.74 ID:mAxgVp8a0


 二人のいた場所から唯の気配が感じられた所まではかなりの距離があった。そして、澪らしき気配が遠退き、やがて唯の気配が消えてしまっても二人は一縷の望みを信じて必死に奔った。
 

 そして、二人が『そこ』に辿り着いた時。

 もう、『そこ』には唯の姿は無かった……。
 

 憂「和ちゃん……お姉ちゃんは…お姉ちゃんは………」

 所々鋭利な刃物の様なもので斬り裂かれた制服を搔き集めた憂は、縋る様な瞳で和を見つめる。だが和は憂の想いを受け止めた上で、それでもとても哀しそうに首を左右に振る。

 それを見て憂は、最愛の姉がこの世から消えてしまった事を希望(おもい)で理解する。


363 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/18(火) 06:27:05.39 ID:mAxgVp8a0


 理性(あたま)では理解し(わかっ)ていた。感情(こころ)は唯の消失(げんじつ)を認める事を拒否(はいじょ)していた。だが、希望(おもい)を否定されてしまった瞬間、それまで忘れ去られていたものを急に思い出したかの様に、泪が堰を切ったかの如く溢れ出て来る。

 憂「お姉ちゃん…お姉ぢゃん…おねえ゛ぢゃあぁぁぁあーーーん――――――!!」

 憂が嗚咽し号泣する。

 彼女が必死に掻き込んだ。今はもういない姉の制服を、まるでそれが姉そのものかの様にその胸にぎゅっと抱き締めながら……。


364 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/18(火) 06:27:40.89 ID:mAxgVp8a0


 だが、その姉がいた証である制服も、憂の泪と哀しみを吸い込みながら無情にも次第に消失していき、やがて完全に消えて無くなる。残ったのは二本のヘアピンと一台のビデオカメラだけだった。

 憂「あぁ…ああ………」

 その瞬間、身体の支えと心の支えの両方を一緒に失ってしまったかの様に、憂はそのまま地面に崩れ墜ちそうになるのを、和が寸での所で抱き止めそのまま抱き締める。

 そして和はそんな憂を優しくそして強く抱き締めながら、傍に置いてあるビデオカメラをポケットにしまう。

 恐らくはカメラ(これ)に映っているであろう、唯の最期を見届ける為に……。




365 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/18(火) 06:28:34.54 ID:mAxgVp8a0



 灰色の世界から、再び平沢家のリビング(もといたばしょ)に戻された和は、早速、ビデオカメラをテレビに繋げる。

 テーブルには憂が用意したアルコールの缶が置かれていたが、流石に和は勿論、憂も手を付けられる状態ではなかった。


 和「憂、あなたは視なくてもいいのよ。きっと、視たくないものが映っているでしょうから……」

 和が憂に慮る様に声を掛ける。

 憂「お願い和ちゃん…私にも視させて…私は…大丈夫だから」

 だが、憂は首を横に振り弱々しいが、何処か強い意志を感じさせる声でそう答える。でも、その顔色は蒼白で瞳は不安と哀しみでふるふると潤んでいた。和はそんな彼女に胸が締め付けられ鼻の頭の辺りがツンとなる。


366 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/18(火) 06:29:11.93 ID:mAxgVp8a0


 和「本当にいいの?辛いわよ」

 和は憂を見つめ再度確認する。それに対し憂は無言だがさっきよりもはっきりと頷く。

 和「……判ったわ。じゃあ付けるわね」

 和はあくまでも頑なな憂に溜息を吐くと、諦め顔になりながらも意を決して再生ボタンを押す。

 もしかしたら既に彼女の映像が消えてしまっているのではないかと危惧したのだが、リビングに立て掛けられていた写真には彼女の姿が有るのを確認したので、恐らくは映像も残っていると判断していた。

 そして、その判断は正しかった。


367 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/18(火) 06:29:50.10 ID:mAxgVp8a0


 唯『……ありがとう澪ちゃ――――――』

 デジタルの筈なのに何故か中々鮮明にならないが、和と憂が幼い頃から聞いてきた、今はもう新たに紡がれる事の無い声が聴こえて来る。

 その声が聴こえた瞬間、憂は半ば無意識に和に身を寄せ、彼女の制服をぎゅっと掴む。そしてその手がふるふると震えているのに気付いた和は、彼女の手の甲にそっと包み込む様に手を重ねる。

 ?『ふん。じゃあな唯―――』

 唯の声とは違うもう一つの聞き覚えのある声が聴こえて来る。

 そして、その声が<秋山 澪>の声である事を二人は瞬時に確信する。


368 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/18(火) 06:30:32.36 ID:mAxgVp8a0


 唯『律っちゃんとあずにゃんと一緒に待ってるからね……』

 唯はそう言って、もう一人の少女がその言葉に何も答える事無く立ち去るのを見届けると、それだけでも苦しそうにカメラの方に向き直る。

 そして、次第に画像が鮮明になっていき、その少女の顔がはっきりと映し出されていく。

 和・憂「――――ッッ!!」

 その少女の顔を見た瞬間、二人の表情は固まり絶句する。その少女の口の端からは血が流れ、顔色は蒼白を通り越して石膏の様になっていた。血の気が引いたどころの話ではなく、正に大量の血液そのものが絶対的に失われた。そんな顔だった。そこにはあの健康的な体温の高い(あたたかい)少女の面影は何処にもなかった。

 和「唯……」

 憂「お姉ちゃん……」

 その少女の余りにも痛々しい容貌に、二人はただただその最愛の少女の名を、掠れた声で絞り出す事しか出来なかった。


369 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/18(火) 06:31:21.68 ID:mAxgVp8a0


 唯『んん……えーまずこれを視てくれているのが、私を全く知らない人だったらごめんね……視てくれているのが憂と和ちゃんだと思って言うね……』

 唯はそう言うと軽く頭を下げてから、再びカメラに目を向ける。

 唯『憂、和ちゃん、ごめんね…やっぱりこうなっちゃった……気を付けていた心算だったと思ったけど…えへへ…上手くいかないね……』

 唯は申し訳なさそうに言うと、何処か苦笑気味の表情になる。

 唯『こんな姿を見せちゃってちょっと心配させちゃったかな…ごめんなさい…でも、大丈夫だよ。さっきまではとっても痛かったんだけど、今はもう余り痛みを感じないから……えへへ』

 唯は掠れた声でそう言って力なく笑う。

 その唯の言葉が、表情が、彼女が既に感覚を失いつつある状態にある事を如実に表しており、その事を察した二人の気持ちが更に絶望なものになっていく。
 

370 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/18(火) 06:31:54.89 ID:mAxgVp8a0
 

 唯『でも最後に二人に映像(これ)を視て貰える事が嬉しいんだ……。二人共とってもアタマがイイからもう判っちゃてると思うけど、カメラ(これ)は澪ちゃんが私の為に用意してくれたんだよ……やっぱりどんな事になっても澪ちゃんは澪ちゃん。とっても優しい娘なんだよ……天使みたいにね…………』

 抑揚と生気が殆んど感じられない掠れた声で、それでも精一杯の声を紡ぎ出すと本当に嬉しそうににっこりと笑う。


371 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/18(火) 06:32:31.53 ID:mAxgVp8a0


 唯『だから……和ちゃん…憂…もし澪ちゃんとこの世界で逢っちゃったとしても、出来れば戦ってほしくは無いんだ……もちろんムギちゃんともね……』


 唯『……だけど、どうしても澪ちゃんと戦わないといけなくなったりしたら、その時は…澪ちゃんを律っちゃんとあずにゃんの処に送ってあげて……それが多分、澪ちゃんの望みでもあるから…澪ちゃんはとっても強くて、でもとっても弱くて…それでも私じゃとてもムリだったけど、二人ならそれが出来るから……』

 『でも、二人がそっちに逝っちゃダメだよ……』と唯は、澪の事(じしんのねがい)を二人に託した後、少しだけ冗談っぽく付け加える。


372 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/18(火) 06:33:08.37 ID:mAxgVp8a0


 憂「お姉ちゃん……」

 憂は既に目にいっぱいの泪を湛えて、それが零れ落ちるのも厭わずに、うんうんと何度も頷く。

 和「唯……貴女は本当にバカよ……」

 和も必死に堪えていたのだろう。表情を強張らせてどうにか持ち堪えていた。だが、唯のこの言葉に堪らず泪が滲む。


373 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/18(火) 06:33:48.96 ID:mAxgVp8a0


 澪にとってこの行為は恐らくは『無慈悲な悪魔の悪戯(イタズラ)』他ならないであろう。だが、唯にとってはそれすら、『慈悲深き天使の施し』と心の底から感謝していた。

 自身を斬り刻んだ張本人(みお)をである。そんな唯の方が正に天使と呼ぶに相応しい。彼女以上に灰色(こ)の世界に天使と呼べる存在などいやしない。と、和も憂も心の底から思い知らされる。

 尤(もっと)もこの世界の天使は決して慈悲深く優しい存在ではなく、悪魔の殲滅を何よりの使命とする無慈悲で冷酷な戦士なのでなろうが……。


374 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/18(火) 06:34:25.20 ID:mAxgVp8a0


 唯『でもね…ホントはもうちょっとみんなと一緒に居たかったなぁ……もっともっと軽音部のみんなと演奏したかったし、もっともっと憂の美味しいごはんとアイスを食べたかったし。もっともっと和ちゃんに色んな事を教えて欲しかったな……』

 唯は恐らくは少し残念そうな表情を作るが、もう殆んど表情の変化すら判別出来ない程、憔悴し切っていた。

 憂「お、お姉ちゃん。いっぱいいっぱいお姉ちゃんの好きなものを作るから、アイスも好きなだけ食べても良いから、だから…お願いだから早く帰って来て……」

 憂が既に泪でくしゃくしゃになった顔で、もうどこにも居ない姉に懇願する。


375 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/18(火) 06:34:59.72 ID:mAxgVp8a0


 和「憂の言う通りよ唯。いいから早く帰って来なさい……勉強でも何でも教えてあげるから……」

 和もその目に泪を溜めながら憂に同調する。

 唯『えへへ……二人とも何て言ってくれてるのかな……聞きたいけど…あれ?どうしちゃったのかな…もう自分の声も殆んど聞こえないや……』

 和・憂「――――――――!!!」

 二人は今すぐにでも画面の中に飛び込んで、この唯を抱き締めてあげたかった。声を掛けてあげたかった。でも、仮に彼女の傍にいても抱き締めたとしても、声を掛けたとしても、彼女はその温もりを感じない、彼女にその声はもう届かない。
 

376 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/18(火) 06:35:37.42 ID:mAxgVp8a0


 唯『……あれ、カメラが見えないや……まだ撮ってくれてるのかな……それになんだか眠くなってきちゃった……』

 只でさえか細くなった唯の声が更にか細く儚いものになっていく。もう、テレビの音量を最大にしないと聞き取れない程に……。

 憂「お姉ちゃん。私は、憂はここにいるよ。お姉ちゃんの目の前にいるよ」

 和「唯。私もちゃんと見てるから。だから、大丈夫だから」

 泪でくしゃくしゃになった顔で、それでも憂と和が、唯を鼓舞する様にこたえる。

 唯『んん…もう眠くなってきちゃったから今の内に言うね……私、あんまり将来の事は考えた事無いけど、でも、ちっちゃい頃から≪夢≫があったんだ……』

 唯が少し照れた様になって、それでも更に話を続ける。

 唯『へへ…大人になったら、何でもいいから和ちゃんと憂と私で小さなお店を開きたいって思ってたんだよ……大人になっても二人と一緒に居たいって……へへ、すっごく子供っぽいけど…今なら言っても良いよね……でも、やっぱり夢を叶えるってすっごくムズカシイネ……』

 唯は今度は少し寂しそうな感じになる。


377 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/18(火) 06:36:14.65 ID:mAxgVp8a0


 唯『私はもうすぐ律っちゃんと、あずにゃんのところに逝くけど、でも、二人は本当にまだまだ来ちゃダメだからね……』

 唯『二人にはこれからもずっと生きていてほしいし、それに生きて私や律っちゃんやあずにゃんの事を忘れないでいてほしいよ……みんなに忘れられちゃうなんて寂しいよ……』

 唯の表情の変化そのものは殆んど判別が付かないが、恐らくはとても哀しそうな表情(もの)になる。彼女にとって≪死≫そのものよりも、それによってもたらされる自分自身と云う存在の≪忘却≫の方が怖かった。

 唯『憂…今までありがとう。あんまりお姉ちゃんらしい事してあげられなくてゴメンネ。お父さんお母さんにもよろしくね……』


378 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/18(火) 06:36:48.08 ID:mAxgVp8a0


 憂「お姉ちゃん…そんな事無いよ。お姉ちゃんは私にいっぱい大切なものをくれた。最高のお姉ちゃんだよ……」

 唯『和ちゃんも今までありがとう……。憂にもだけど、今まで助けて貰ってばっかだったね。今度こそはって思ってたんだけど、やっぱりダメだったなぁ……ごめんねダメな幼馴染で……あとこれからも憂の事を宜しくおねがいします……はは、最後までお願いになっちゃったね……』

 和「唯…私こそ貴女にたくさん助けられた、大切なものもたくさん貰ったわ。貴女は気付いていないかもしれないけどね……貴女は私にとって最高の幼馴染(シンユウ)よ……」

 和はそう言って、唯に微笑みかける。自身の出来る精一杯の感謝の気持ちを込めて。


379 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/18(火) 06:37:33.35 ID:mAxgVp8a0


 唯<良かった……最後まで言いたかった事が…言えた……>

 唯はそう思い安堵の息を漏らす。普通の人間なら既に、いや澪に最初に受けた脇腹の傷の時点で喋るどころではなかった筈だ。そして伝えられる事を信じるしかないのだが、こうして最愛の二人に最後に言いたかった事、伝えたかった事は全て言う事が出来た。これも孔雀明王というジーニアスの加護の御蔭であると、自身がこんな事になってしまったのはそのジーニアスであると言うのにも関わらず、それでもこの少女は心から感謝する。

 和「唯―――」

 憂「お姉ちゃん―――」

 二人はもう最期の時が来た事を直感する。
 


380 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/18(火) 06:38:10.61 ID:mAxgVp8a0
 


 唯の、


 血が、


 泪が、


 命が、




 零れ墜ちて逝く………。
 


381 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/18(火) 06:38:50.66 ID:mAxgVp8a0
 



 唯『……和ちゃん…憂……今まで本当にありがとう……二人とも大好…き………』




 最後にそう言い残し、孔雀明王のジーニアス、平沢 唯はこの灰色の世界で終(つい)に、

 事、切れる……。だが、その表情は何処か満足げで、とても安らかなものに見えた……。




382 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/18(火) 06:39:33.06 ID:mAxgVp8a0


 和「…………唯?……唯??……ゆい゛――――――!!!!」

 憂「お姉ちゃん?………あぁ…お姉ぢゃぁあああああああぁぁぁああ―――――――――――ん!!!」

 その瞬間、感情(おもい)が抑えきれなくなった二人が、普段の二人からは想像もできない程に、思いのままに泣き叫ぶ。そして、まるでそれそのものが唯自身であるとでもいう様に、テレビに縋(すが)る様に抱き締め、嗚咽する。

 そしてその画面に映る永遠の眠り姫は、二人の想いにそんな二人を後(しり)目に、ゆっくりと足元からその存在を消失していく。

 二人にとってその余りにも残酷な光景を、それでも二人は泪が溢れる目で彼女の、平沢 唯の最期を見届け、その目に焼き付ける。


383 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/18(火) 06:40:05.25 ID:mAxgVp8a0


 そして、彼女の肉体、更に魂までもが完全にこの世から、いや全ての世界から消失する。

 それを見届けると、妹(うい)は、幼馴染(のどか)は強く、これ以上ない程に強く慟哭する。それこそ声が、そして泪が枯れる位に……泣いて泣いて泣き抜いて、そして泣き止んだ時、二人の顔つきはそれ以前とは違うものになっていた。

 無表情…いや、と言うよりも静謐とすら言える様などこか厳かな表情(かお)。だが、それだけでは言い表せない、何かが違う。そんな顔付きだった。


384 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/18(火) 06:41:09.57 ID:mAxgVp8a0


 憂「和ちゃん。ノド乾いたでしょ。ビールとか飲んだらいいよ」

 憂が沢山のモノが泪と共に流れ落ちたかの様な何処かさっぱりとした表情で、本人にそんな意識は無いのだろうが、ナチュラルにダジャレ紛いの事を言いながら、和にテーブルに置かれたままになっているアルコール飲料の缶を勧める。

 和「ありがとう憂。でも、今はいいわ。あなたが飲みなさい」

 憂と同じ様な顔で和が答える。が、そう言われた憂はその言葉に軽く首を振る。

 憂「ううん。飲みたいのは山々なんだけど、残念だけど今は飲めないんだ……ほら……」

 そう言って憂は缶ビールを掴むとそれを自身の顔の高さまで掲げる。その瞬間。缶はこれ以上無いと言う程に拉げ、中身は飛び出した瞬間にジュッと音を立てて一瞬で全て蒸発してしまう。


385 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/18(火) 06:42:05.18 ID:mAxgVp8a0


 和「…そう憂もなのね……ふふ、私もよ」

 和は苦笑気味に憂に言いながら、彼女と同じ様に缶を右手で掴む。その瞬間。今度は缶そのものが溶け失せて、当然だがその中身も刹那に消え失せていた。


 巨大な火山は澪だけでは無かった。ここにも二座、『それ』は聳えていた。


 静謐な佇まいの奥深くで凄まじいまでのエネルギーを溜めに溜め込んで、噴火寸前で辛うじて押し留めている。そんな巨大な活火山が、二座。『そこ』に在った。








386 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/18(火) 06:42:49.23 ID:mAxgVp8a0


 和「憂……」

 憂「何?和ちゃん」

 和「私は間違っていた。必要以上に臆病だった。すべき事を放棄していた」

 憂「うん。私だって同じだよ、和ちゃん。後悔してる。幾らしても、し切れない位に。でももう遅い。これ以上にかけがえの無い大切なものはもう戻っては来ない……」

 和「そうね。私も同じ思いよ。この身が幾ら引き裂かれても全然足りない位、後悔している……」



 和「でも」


387 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/18(火) 06:44:04.73 ID:mAxgVp8a0


 和「私はもう逃げない。迷わない。戸惑わない。今までは直接降り掛かる火の粉さえ降り払えばいいと思っていた。だけど、それでは駄目だった。大切なものを何一つ護れなかった。その事を思い知らされた」

 和「だから私は、私自身が火の粉いえ、『仇』を呑み込む炎の海になる……憂。貴女はどうするの?」

 和の瞳に決意の光が宿る。蟠っていたもの全てを振り払った。そんな表情(かお)だった。

 憂「訊かなくても判るでしょ?私も一緒だよ和ちゃん」

 その表情(それ)は憂も同様だった。



 和「判ったわ、憂。私達で決着を付けましょう―――」



 和ははっきりと明確な意思と決意を以って、憂にそう宣言した。




388 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/18(火) 06:45:44.20 ID:mAxgVp8a0




 桜高二年一組の教室。


 いつもと変わらない朝の授業前の教室の風景。

 このクラスの生徒の一人である秋山 澪は普段よりも、いやこのところの彼女からすればかなり上機嫌な顔をして、まるで誰かを待ち侘びているかの様なそわそわした様子で自身の席に座っていた。

 そして、彼女の待ち人であろう、赤い縁の眼鏡を掛けた短髪の少女は、教室に入ると同時に脇目も振らずに長い黒髪の少女の前に立つ。

 澪「おはよう和。良く休まずに来てくれたよ。気分はd―――」


389 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/18(火) 06:46:22.26 ID:mAxgVp8a0




 和〖〖〖〖    澪    〗〗〗〗



 ブワッ――――!!!



390 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/18(火) 06:47:00.88 ID:mAxgVp8a0


 和が澪の言葉を遮り、彼女の名を発した瞬間。教室全体に強烈な圧迫感が襲い、それと同時に冬場の教室がまるで高温のサウナになったかの様な熱気に包まれる。

 澪の時以来の原因不明の超常現象に、今回は嘔吐する者や保健室に運ばれる者はいなかったとはいえ、前回の事もあって教室は一時騒然(パニック)となる。


391 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/18(火) 06:47:44.70 ID:mAxgVp8a0


 澪「ほう。大したものだな和」

 澪は本心(こころ)から感心した様子で感嘆の声を上げながら、それでも悠然とした態度で和を見やる。

 和「澪……決着を付けましょう」

 抑揚の無い。だが有無を言わさぬ口調で澪に言い放つ。最早、彼女と無駄な話をする事は何もないとでも言う様に……。

 澪「それは私とお前のか?」

 和「ええ。それに憂とムギもよ」

 澪は和の顔をまじまじと見やる。一見、無表情に見えるその表情(かめん)の裏に、一体どれ程のドロドロとした黒く紅い情念が隠されているのか、澪は計り兼ねていた。


392 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/18(火) 06:48:20.85 ID:mAxgVp8a0


 澪「……判ったよ、和。決着を付けよう。お前にとっても私にとっても、そしてムギや憂ちゃんにとっても、もうこのままでは居られないだろうからな……」

 和「ええ。その通りよ。私達はもう、元には戻れない」

 刹那。和の表情に翳りの様なものが差すが、すぐに元の表情に戻る。

 だが、和自身はそんな自分に戸惑いに似た気持ちさえ覚える。目の前の黒髪の麗人は、最愛の幼馴染を惨殺し、その存在を奪った仇(あくま)であると言うのに……。


393 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/18(火) 06:48:58.55 ID:mAxgVp8a0


 あの時、画面には唯の胸の上辺りまでしか映っていなかったが、彼女の様子や表情、発声から、彼女が必要以上に傷つけられ、蹂躙され、しかもそんな彼女の無残な姿を和達に見せ付ける為に、そして唯自身を更に苦しめる為に、わざとすぐに死なない様に、そして必ず死に至る様にしたのは明らかだった。

 澪の対する憎しみの念は勿論有るし、湧き上がる復讐心は今も湧き続けている。だが同時に、この世界に於いてはそれらを押さえ付け、留まらせる理性(フィルター)の様なものも存在する様に思えた。

 現実世界に於いては、ジーニアス持ちにはその様な激情を制御する力が作用しているのではないか、と和は思っている。現に自身もそうだが、目の前の仇(みお)もこの世界では決して唯を手に掛ける様な真似をしなかった事からも、それは充分に考えられ事だった。
 

 全ては、<灰色(あ)の世界で決着(ケリ)を付けろ>とでも言う様に……。



394 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/18(火) 06:49:33.99 ID:mAxgVp8a0



 澪「いいよ。ムギには私から伝えておいてやるよ。その後でメールもしてやる。ふふん。有り難く思えよ」

 澪はそう言って和に不敵に笑いかける。

 和「そうね。そうしてくれると有り難いわ」

 和は表情を変えず、それでも含みの無い感謝の意を述べる。

 澪「灰色(あ)の世界で逢えるのを愉しみにしているよ。和。まあ、憂ちゃんかもしれないけどな」

 和「ええ。そうかもしれない。でも、その時があれば愉しみにしているわ、澪」

 澪の言葉にそう返すと、和は彼女に背を向け自身の席に戻る。

 その背中を見詰めながら澪はこの時、和は自身とそして紬と決別した事を理解し(かんじ)ていた………。



395 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/18(火) 06:50:30.02 ID:mAxgVp8a0



 放課後。桜高生徒会室。


 生徒会長である真鍋 和は他の役員と共に、職務をこなしていた。そして、彼女の傍らにはこの中でただ一人、役員では無い生徒が和の仕事の手伝い(サポート)をしていた。

 その生徒=平沢 憂は、先に述べた通り生徒会の役員では無い。只の一般の生徒である。

 それを会長(のどか)が、事情により出来るだけ早く自宅の戻らなければならなくなった。だが、自身の職務の負担を他の役員に負わせる訳にはいかないので、自身の補助役として憂(かのじょ)を置きたい。と、適当な理由を付けて顧問の教師に要求した。

 顧問は流石に〔生徒会〕と言う機関である事もあって難色を示したが、和がもし受け入れられないと言うのであれば、会長の職を辞すると明言した事と、彼女が他の役員から信任されており、彼女の希望を容認したので、特例として認めざるを得なかった。


396 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/18(火) 06:51:26.67 ID:mAxgVp8a0


 和はもっと前からこの方法で唯を傍に置いていれば良かったのではないかと思う。

だが、今まで和が生徒会の活動中に跳ばされた事は無いし、その影響も恐らくは今のところ無い様に思えた。唯の時も、たまたま彼女に学校の用事があったと言う事らしいかったので、余り意味の無い事なのかもしれないが、それでももしかしたら、と言う後悔(おもい)は確かにあった。


397 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/18(火) 06:52:06.97 ID:mAxgVp8a0


 和がそんな事を考えている時だった。彼女の携帯に一通のメールが届く。送り主は澪からであった。
 

 メールの内容は、大まかに二つ。


 ◦決着を付ける事に紬も同意した事。そして、その場所はこちらで指定したい事。


 ◦その場所は、澪が唯を消失させた場所で、紬が梓と戦った場所である事。


 である。


398 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/18(火) 06:52:41.29 ID:mAxgVp8a0


 和がそのメールを傍らで緊張した面持ちでいる憂に見せると、憂は何も言わずただ無言で頷く。

 和はそれを確認すると、承諾した旨を打ち込んだメールを澪に送り返す。


 それはもう、『彼女たち』が後戻りが出来ない事を意味していた……。


399 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/18(火) 06:53:29.28 ID:mAxgVp8a0


 生徒会の活動を終え、平沢家のリビングで和はティーカップに口を付けながら、紅茶(それ)を淹れてくれた、ソファーの向かいに座り自身の淹れた紅茶を啜っている、今や実質的にこの家の唯一の住人となったポニーテイルの少女を見遣る。

 和<此処まで来たら、もうこの娘(こ)に唯の仇を討たせてあげたい……>

 和は切にそう思う。

 そんな和の視線に気付いた憂が「どうしたの和ちゃん?」と、和にニコッと微笑み掛ける。

 <憂……>

 和はそんな彼女の健気な姿に胸が詰まされる。穏やかそうに振る舞う彼女だが、本当は深海の底の底で沈む貝の様に塞ぎ込むか、轟く火山の様に爆発的に噴火したいかのどちらかであろう。

 だが憂は和を、そして彼女の周りに居る人達に心配を掛けない様に装っている。
 

400 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/18(火) 06:54:07.00 ID:mAxgVp8a0
 

 和とて、澪と戦い唯の仇を討ちたいと言う思いは当然、抑え切れない程強いものがある。だが所詮、自身は彼女の幼馴染と言う『他人』の域を出ない。肉親のそして『最愛の姉』を失った妹に比べれば如何なるものだと思う。

 だから、澪にはああ言ったが、二人で戦う事を決意した時に、憂には澪と戦わせてあげたいと思った。


 だが、同時に澪のジーニアスの強さを考えると、憂ですら勝てる保証は無い。勿論、それは紬が相手だとしても同様であるし、和が戦うにしても同じなのだが……。


 そんな事を考え耽っている時だった。



401 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/12/18(火) 06:54:39.52 ID:mAxgVp8a0



 憂「和ちゃん……」

 和「ど、どうしたの憂?」

 不意に声を掛けられ、和ははっと我に返って憂の顔を見返す。

 憂はそんな和を見て、その時に見せた彼女らしからぬ表情に、思わず噴き出すがすぐに真顔になって和に自身の『思い』(かんがえ)を切り出す。

 憂「和ちゃん。お願いがあるんだ――――」



402 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/12/18(火) 09:21:16.35 ID:fWH9Aw1Ro
あれ?
このss以前に見た気がする
落ちてなかったのか?
403 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2012/12/30(日) 07:40:51.57 ID:yRQ+z/Lo0


 数日後。


 もう、幾度かの<灰色の都>。


 平沢 憂はその灰色の大地に立つ。

 その視線の先には。



404 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2012/12/30(日) 07:41:37.15 ID:yRQ+z/Lo0





 琴吹 紬の姿があった―――。

 


405 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2012/12/30(日) 07:42:14.97 ID:yRQ+z/Lo0

 
 紬「あら…和ちゃんじゃなくて憂ちゃんなの?」

 紬は目の前でそれだけで自身の躯を貫かれそう程に、鋭い視線を送り続けるポニーテイルの少女を見遣りながら意外そうな声を上げる。

 幼馴染よりも肉親の仇。それも憂は明らかに姉依存(シスコン)の気があったので、憂はきっと澪の方に往く事を望み、和もそこは譲るであろうと紬はそう踏んでいた。

 紬「てっきり、憂ちゃんは唯ちゃんを斬り刻んだ澪ちゃんを殺りに逝くと思っていたのだけど……」

 紬は未だ不思議そうな表情で首を傾げる。


406 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2012/12/30(日) 07:42:54.36 ID:yRQ+z/Lo0


 憂「澪さんの事は和さんにお願いしました。あの人なら必ず、お姉ちゃんの仇を討ってくれるでしょうから……」

 憂「それに私は、梓ちゃんを手に掛けたあなたも絶対に許しませんから……」

 憂は再び紬に鋭い視線を向ける。

 憂「ですから…私のやるべき事はただ一つ。あなたをぶち殺して、梓ちゃんの……そしてあなたに消されてしまったであろう、他のジーニアスの無念を晴らす事です」

 憂はそう宣言すると、右の拳を顔の辺りで握り締める。

 その瞬間。彼女の廻りの大気まで握り潰されたかの様に紬は感じた。
 

407 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2012/12/30(日) 07:43:46.48 ID:yRQ+z/Lo0
 

 紬「ふふ…結構、物騒な言葉を使うのね」

 紬「でも私は梓ちゃんを、澪ちゃんは唯ちゃんを消しちゃったけれど、私達だって律っちゃんを唯ちゃんに消されちゃったのだものお互い様よ」

 紬は僅かに憮然とした様子で、だが何処か軽さを感じさせる声で憂に言う。

 憂「……そうですね。そう言われるのなら、そう言う事にしておいてあげます。でも、何にせよ私があなたを打ちのめす事に変わりは有りませんから……」

 憂は絞り出す様な声で答えると、彼女の全身から次第に彼女の廻りその全てを圧(お)し潰すかと思える程の闘氣が溢れ出して来る。

 紬「あらあら、また随分な自信ね。でもそんなにかっかして大丈夫なの?それに梓ちゃんから聞いてないのかしら?私≪べヘモス≫なのよ?」

 憂の強烈な闘氣に充てられながら、それでも紬は平然と余裕すら感じさせる表情を浮かべ憂に忠告する。


408 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2012/12/30(日) 07:45:08.36 ID:yRQ+z/Lo0


 憂「ええ。梓ちゃんが命を賭してまで私達に伝えてくれた最後の情報(ことば)を忘れたり、聞き逃す事なんて絶対に有りませんよ。それを踏まえて言っているんです」

 憂「それに心配は要りませんよ。私のジーニアスは怒れば怒る程、その真価を発揮する事が出来ますから……」



409 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2012/12/30(日) 07:45:56.29 ID:yRQ+z/Lo0





 憂「私――――。





 ≪不動明王≫





 なんです―――」


 

410 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2012/12/30(日) 07:46:51.07 ID:yRQ+z/Lo0

 

 紬「……そう…………」



 何気ない様に呟くと、紬は今まで浮かべていた笑みを止めて、今までに無く神妙な面持ちになる。≪フドウミョウオウ≫と言う柱<存在>が、その柱から発せられる闘氣が、獣たちの王である彼女に警鐘を鳴らし、そして警告する。

 目の前の少女は、平沢 憂は、今まで彼女が遊び半分で屠ってきた、有象無象のジーニアス共とは比肩し得ない程の神格(つよさ)であると……。

 そして、二柱(ふたつ)の巨大な『力』が対峙し、臨戦状態になる。

 ただそれだけの事で、二人の周りの大気が、まるで二人の存在そのものに逃げ場も無く耐え切れなくなったとでも言う様に、ビリビリと怯える様に震えていた……。


 



411 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2012/12/30(日) 07:47:38.24 ID:yRQ+z/Lo0
 


 澪「へぇ。もしかしたら憂ちゃんが来るのかも知れないと思っていたけど。和。お前がこっちに来てくれるなんてな……」

 澪「ふふ…でもまぁ、どっちが来ても私と戦うと言うなら結果は同じなんだけどな」

 尊大な態度と口調で長く美しい黒髪の少女は、自身と対峙する短髪で眼鏡を掛けた少女に声を掛ける。


412 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2012/12/30(日) 07:48:22.17 ID:yRQ+z/Lo0


 和「あの子がね…憂がね私に譲ってくれたの」

 和「勿論。あの子にとって梓ちゃんはとても大切な友人だった事も有るでしょうけど……」

 和「それでも……あの子にとって唯は…姉はとても言葉では言い表せない程の大切な、正にかけがえの無い存在だった……」
和「その憂がね、私ならお姉ちゃんの仇を討ってくれるって、私を信じて私に託してくれたの……」

 和「あの子にとってそれが、その『覚悟』がどれ程のモノなのか、考えただけでどうにかなってしまいそうだわ……」

 そう言うと和は頭を垂れて、軽く首を振る。


413 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2012/12/30(日) 07:49:17.96 ID:yRQ+z/Lo0


 和「でもね。私はそんな憂にとても感謝しているの。私だって憂に負けない位、唯の事を想っていたから。それこそ双子の妹と言っても良い位にね……」

 和「それが『どれ程』のものか、澪。貴女はもうすぐその身を以って思い知る事になるわ……」

 和の眼鏡越しから、全てを焼き尽くすかの様な視線が澪に向けられる。


 澪「はは。言ってくれるじゃないか?和。だけど私だって唯に律を殺(け)されて腸が煮えくり返っているんだよ。私の『世界』の全てだった律をな!!

 澪「もう、唯を斬った位じゃ治まらないよ。まずはお前。憂ちゃんはムギが消すとして、それから神側の……お前ら側のジーニアスを片っ端から斬りまくってやるよ」



414 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2012/12/30(日) 07:50:14.16 ID:yRQ+z/Lo0


 澪は煮え滾る様な憎悪が籠った口調と形相で、吐き捨てる様に宣言する。

 和「そう。なら残念ね。儒子<貴女>の凶行<子どもの我儘>は最初の一人目も叶わずに終わってしまうもの」

 澪の悪魔の宣言を和は鼻で笑って返す。

 澪「ふん。私を蝿の王、地獄の帝王≪ベルゼブブ≫と知ってのその戯言(ことば)。余程のジーニアスなんだろうな?和」

 澪「ええ?熾天使(セラフ)か?ヴィシュヌか?シヴァか?大日如来か?それともアフラマズダか?ふふ…それ位じゃないと私の相手は務まらないぞ?」

 澪の尊大な問いに、和はゆっくりと首を横に振る。

 和「いいえ。残念だけどそのどれとも違うわ。私のジーニアスは神でも仏でもないの。貴方達みたいな悪魔でもないしね」

 和「でも、そうね、もしかしたら寧ろ悪魔側の…あなた達側に近いのかも知れないわね……」


415 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2012/12/30(日) 07:51:16.97 ID:yRQ+z/Lo0


 澪「何を言っているんだ和?」

 澪は怪訝な表情を浮かべ、いらついた声を上げる。和はそんな澪に「じゃあ。見せてあげるわ」と、一瞥をくれると軽く目を瞑り右手を掲げる。


 刹那。


 そこに細身の長剣が出現し、それが和の手に収まると、彼女は眼を開く。それと同時にその刀身は溢れる程ではないが真紅の光と輝きを放つ。

 澪「……光?……いや、これは炎か。炎の剣か……」

 澪はその剣の『炎』が光輝く姿に一瞬心を奪われそうになるが、自制して冷静に観察、分析をする。

 和「流石ね…澪。もうこの光の本質を見抜くなんて……」

 和「そう。この光の根源は炎。そしてこの剣は一説には杖とも枝とも云われているわ。ここまで言えば澪。あなたなら解るでしょう?」

 和は何処か挑発的な表情を澪に向ける。


416 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2012/12/30(日) 07:51:49.23 ID:yRQ+z/Lo0


 澪「……そうか。そう言う事か……それは<破滅の杖>……≪レ―ヴァテイン≫か……」

 澪「成程……『それ』なら確かに神でも悪魔でも無いな」


 この時の澪の表情は今までに無く緊張したものになる。



417 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2012/12/30(日) 07:52:42.31 ID:yRQ+z/Lo0




 和「そう私は、





 『巨人』





 私のジーニアスは炎の巨人族の王






 ≪スルト≫






 よ―――――」




418 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2012/12/30(日) 07:53:23.98 ID:yRQ+z/Lo0


 澪「スルト……『神々の黄昏(ラグナロク)』を終わらせ、世界を一度終わらせた、北欧神話で最も強大な力を誇った炎の巨人族の王……」

 澪は改めて和の姿を見る。その眼差しは何処か感慨深げだった。

 澪「ふふ。ふはは……ふはははははははは―――――――――――!!面白い!!!面白いよ和!!!!まあスルトならしょうがないな。いいだろう。蝿の王≪私≫の偉大さ≪強さ≫を見せてやるよ」


419 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2012/12/30(日) 07:54:09.63 ID:yRQ+z/Lo0


 澪は心底楽しそうに哄笑する(わらう)と、彼女もその漆黒の瞳を閉じ、一振りの日本刀。<刀標>『カタリナ』を発現させる。

 そしてその黒銀に煌く刀身から禍々しいまでの瘴気が溢れ出すのと同時に、彼女の背中の辺りから、左右対称に大中小の透明かつ白銀色に煌く翅が現れる。

 そしてその中の大きな翅の上部には、海賊旗に描かれる様な髑髏とその下に交差する骨が描かれた紋様があった。

 そして『それ』は彼女が≪蝿の王≫である事の証明でもあった。

 そして二人は対峙する。






 ここに悪魔の王と巨人の王との黄昏(たたかい)が始まろうとしていた……。

 



 

420 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2012/12/31(月) 11:19:06.64 ID:0dT0tLEk0


 この淑やかで愛らしい二人の少女からとは想像もできない程の、圧倒的かつ濃密な質量すら感じさせる闘氣が辺り一帯をを支配する。

 大気すら圧迫され恐怖で震えるかの様な空間。

 その『空間』を創り出している少女の一人≪不動明王≫のジーニアス『平沢 憂』は、同じくこの空間の創り主である≪ベヘモス≫のジーニアスである『琴吹 紬』を厳しい眼差しでじっと見据え、そして構えをとる。
 


421 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2012/12/31(月) 11:19:59.63 ID:0dT0tLEk0


 不動明王……真言密教最強の武闘派集団『明王』が一柱。その中の五大明王の中心的存在であり、また全ての明王の中に於いても随一の『力』を誇る存在である。

 また、真言密教の最高神である大日如来の≪武≫の化身とされ『彼』の代わりに仏敵や仏法に従わぬ者を調伏する役目を持つ。



 ベヘモス……神により大海竜レヴィアタンと共に創世五日目に造られたとされる、巨大な体躯の『獣たちの王』。

 その姿は河馬とも水牛とも犀とも象とも言われている。

 骨は青銅の板か鋼鉄の棒の様に剛強で、筋肉は鋼鉄の筋を束ねた様に逞しく、その尾は巨大な杉の木並みの太さと称される、悪魔の中でも絶大な『力』を誇る巨獣である。
 

422 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2012/12/31(月) 11:20:56.44 ID:0dT0tLEk0
 

 紬「ところで憂ちゃん」

 これ以上無い緊張と重圧が支配する普通の人間ならその場に居るだけで、精神(こころ)も肉体(からだ)も押し潰されてしまうであろう空間の中で、紬は気の抜けたと言うか、何時もと変わらぬ穏やかなの口調で憂に声を掛ける。

 憂「何ですか?紬さん」

 紬「幾ら怖い恐いお不動サマでも、このベヘモスである私相手に『何も』持たないと言うのはどうなのかしら?」

 憂が未だに『標=ブランド』を発現させていない事に、余程プライドが疵付けられたのか、紬の表情が一瞬、鬼の様な形相になるがすぐに元に戻る。

 憂「紬さんって思ったよりもせっかちナンですね。言われなくても今出しますよ」

 そんな紬に対し素知らぬ貌でそっけなく答えると、憂は唯達と同じ様に目を瞑り集中する。

 刹那。

 彼女の両腕に、静かに燃え上がる炎を象った様な形状の白磁の様な色合いと質感の手甲が装着される。


423 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2012/12/31(月) 11:21:40.02 ID:0dT0tLEk0


 紬「へえ〜憂ちゃんのは手甲なの?お不動様だからてっきりクリト…じゃなくて、倶梨伽羅剣とか言うのを出すのかと思ったわ」

 紬が少し意外そうに首を傾げる。

 紬「でも偶然ね……」

 紬の瞳が一瞬だが危険な色を湛えると、そのまま瞳を瞑る。

 その瞬間。彼女の両腕に憂と同じく手甲が装着される。

 紬「私も『同じ』なの〜♪」


424 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2012/12/31(月) 11:22:19.81 ID:0dT0tLEk0



 西洋甲冑の籠手であるガンドレッドの形状。だが、一般の『ソレ』と違うのは手の甲と前腕部、そして親指を除く指を保護する部分が五センチはあろうかという、ぶ厚さである事。

 そして彼女の髪の色、ムギ色とでも言うべき色合いのソレは、武骨な形状で有りながら、何処か気品の様なものも感じられた。

 そして分厚く、気品があるのは憂のブランドも同様だった。

 相当な重量と引き換えに得た圧倒的な防御力。そして、指の部分を厚くする事で、武器の使用を放棄する代わりに絶大な打撃力も得た。


 言うなれば【重手甲】と言える代物だった。
 

425 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2012/12/31(月) 11:22:54.36 ID:0dT0tLEk0
 




 殴り合いで相手を完膚なきまでに殴り斃す―――――。




426 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2012/12/31(月) 11:23:30.23 ID:0dT0tLEk0


 これが憂の選んだ戦い方そして【標】の『選択』だった。

 元来。不動明王は倶梨伽羅剣と云う炎を纏った竜が巻き付いた剣を使い、仏敵を調伏する柱(そんざい)である。だが、憂はその他宗教の主神をも調伏させる、圧倒的な『力』を拳に求めた。

 この憂の『願い』は『創造』は梓が紬の『拳』による一撃によって斃されてしまった事に起因する。

 相手と同じ土俵で完膚なきまでに叩きのめし、梓の仇を、そして彼女自身、紬を直接ぶん殴りたいという強烈な欲望<のぞみ>。

 そして、殴り合い(こっち)の方が自身の性に合っている。と憂は考え、敢えて『剣標』ではなく『甲標』を選んだのだった。


427 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2012/12/31(月) 11:24:02.14 ID:0dT0tLEk0


 紬は右の拳を自身の顔の前に上げる。

 紬「ふふ。私に『コレ』を出させたのだから誇っていいのよ?梓ちゃん程度だったらナマの『拳骨(コレ)』で充分だっt――――」

 憂「五月蠅いですよ――――」



 ボンッッッッッッッッ―――――――!!!!!!



428 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2012/12/31(月) 11:25:00.21 ID:0dT0tLEk0


 紬の言葉を遮るのと同時に、憂が何の合図も臆目も躊躇もなく、最初の一撃を撃ち込む。

 大気が轟き爆ぜる音と巨大な鉄球同士がぶつかり合うかの様な音が轟く。

 だが、そのこの世の全てを<調伏(はかい)>するであろう一撃を、紬は半ば本能で繰り出す瞬間を感じ取り、咄嗟に重手甲で受け止める。

 刹那。

その極限にまで大気を圧し潰した一撃は、二人の周りに真空を発生させその余波で周辺の廃ビル群の一部が音も立てずに崩れ落ちる、

 人の世の全てのモノを破壊出来るであろう憂の拳撃。そしてそれを受け止める紬も正に『人智』を越えた存在であると言えた。

 憂「あっ!蝿は澪さんでしたね」

 自身の拳を止められたのが悔しいのか、それとも想定内だったのか憂は真顔で憎まれ口を叩く。

 紬「やるわね憂ちゃん。流石の私でも、重手甲(これ)が無かったら危なかったわ」

 紬は交差させた腕の間から覗き込むように顔を出し、感嘆の声を上げる。
 

429 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2012/12/31(月) 11:25:41.08 ID:0dT0tLEk0
 

 ジーニアス発動時の特徴として、身体能力の上昇、各々のジーニアスの能力の発動の他に、その身から発せられその身に纏う、『氣』『オーラ』
『瘴気』といった類のエネルギーと言ったものがある。

 これらの特徴はジーニアスを発動出来ない現実の世界に於いても、極々微弱ではあるが常に発現させている。この内、和や澪が教室をパニックに陥れた現象は、彼女達の感情の昂りによる、ごく僅かな『氣』の放出によるものである。

 この『氣』等を放出し、その身を包みそして体内に内包する事によって、自身の限界を遥かに超えた動きに因る負担を無くし、その身を内と外から保護する事が出来ると言う仕組みになっている。

 その防御結界とも言える効果はそれぞれのジーニアスにも依るが、比較的その効果が少ない梓であっても、機関銃の銃弾位では全く損傷を負わない程度は有った。

 そして『闘氣』の発生量と密度が全ジーニアスでも随一である紬にして、ブランドを発現しなければならないと言わしめた、憂の『拳』の破壊力も推して知るところであろう。


430 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2012/12/31(月) 11:26:12.45 ID:0dT0tLEk0



 紬「ふふ。お返しよ♪」



 ボッ――。



431 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2012/12/31(月) 11:26:48.23 ID:0dT0tLEk0


 紬は返す刀で拳を繰り出し、憂はそのノーモーションからの不意打ちに近い一撃を、ギリギリのところで察知し、辛うじて紬と同じ様に両腕を交差させて受け止める。

 だが、そのあらゆるモノを吹き飛ばすベヘモスの轟拳は、憂の不動明王の躰を数メートル後退させる。


 紬「……本当に凄いわ、憂ちゃん『コレ』を受け止めちゃうなんて……」

 紬は驚きの表情を浮かべ、更に感嘆の息を漏らした後、何処か嬉しそうな表情になる。
 

432 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2012/12/31(月) 11:27:55.42 ID:0dT0tLEk0
 

 彼女が初めてこの世界に足を踏み締め、一緒に跳ばされた澪と手分けして律を捜す為に分れた時に、初めて神側のジーニアスと遭遇し開戦した際。
ブランドを発現させ、牽制する目的での挨拶代りに打った一発で、文字通り相手の貌を吹き飛ばしてしまった。

 覚醒した時から確かに自身の『ジーニアス(ちから)』に対する絶対的な自信があった。だが、それを上回る自身の強さと相手の弱さに、紬は嬉しさと同時に落胆し、以後、余程の相手ではない限り重手甲を発現させないようにした。

 それでも、八咫烏=梓を含め彼女の『敵(あそびあいて)』に成り得るジーニアスは現れなかった。


 紬<もしかしたら、私とまともに戦って(あそんで)くれるのは、澪ちゃんだけかもしれない……>
 

 『戦い』に対する欲望と欠乏が募り、果てはこんな事まで考えてしまう様になっていた。
 

433 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2012/12/31(月) 11:28:38.08 ID:0dT0tLEk0
 

 そんな絶対的な『強さ』故の孤独と渇望、飢えに苛(さいな)まされていた彼女の前に、遂に現れた≪ベヘモス≫の力を存分に解放できる、本気で遊べる〖武の神姫(あそびあいて)〗の出現に、彼女は激しい悦びと興奮と破壊衝動を抑える事が出来なかった。

 紬「嬉しいわ、憂ちゃん。やっと私とまともに遊んでくれる人と逢えて。今まで赤ちゃんと遊んでいた様なものだったから……」

 紬はその時の事を思い出し、心底退屈そうな表情になる。


434 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2012/12/31(月) 11:29:12.00 ID:0dT0tLEk0


 憂「紬さん……」

 紬「なぁに?憂ちゃん」

 憂の厳しい口調に対して、紬の『ソレ』は、彼女が思っている以上に穏やかでご機嫌なものになっていた。

 憂「貴女はすごいお嬢さまだってお姉ちゃんから聞いています。そんな何一つ不自由無く育ったであろう貴女が、幾ら悪魔側のジーニアスとは言え、何故こんな世界を終わらせる戦(てつだ)いを、こんなにも嬉しそうな貌をしてやっているのですか?」

 憂は彼女の様な現実の世界に於いてある意味、〖特別な存在〗に在る者が、何故、わざわざ世界の破滅を助長させる様な事を嬉々として行うのかを知っておきたかった。


435 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2012/12/31(月) 11:29:54.59 ID:0dT0tLEk0


 紬「うーん。そうねぇ。こっちの方が楽しいからかしら?お金があればナンでも出来るしナンでも手に入るけど、それでもやっぱりそれにも飽きちゃって、結局退屈になっちゃうの」

 紬「だけど高校に入って軽音部に入って、律っちゃん達と練習したりお茶したりした時は、今までに無い新鮮な感じで楽しかったわ」

 紬「でも」

 紬は右手を貌の下辺りまで上げて拳を握る。


436 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2012/12/31(月) 11:30:42.07 ID:0dT0tLEk0



 紬「ジーニアスに目覚めて以来、それまでの『愉しいもの』が、全部吹き飛んでしまったの。それこそ『軽音部』ですら取るに足らなくなる位に……そしてこの世界にきて、実際に『闘って(あそんで)』みて『確信』した」

 紬「やっぱり私は『闘い(しげき)』を求めていた。その為なら、ナンでも有ってナンにも無い『退屈』な世界なんか壊したっていいって……」

 紬は尊大な笑顔を浮かべる。まるで自分さえ楽しければ何をしても構わないとでも言う様な……憂には『それ』が、絶対的な『権力(ちから)』を持つ絶対君主の『傲慢(ソレ)』に思えてならなかった。



 だが――――。




437 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2012/12/31(月) 11:31:20.86 ID:0dT0tLEk0



 憂「ぷっ…ふふ……うふふふ……あははは―――」

 そんな紬に憂はこみ上がってくるモノに耐え切れないとでも言う様に吹き出し、笑い声を上げる。

 紬「そんなに可笑しかったかしら?憂ちゃん?」

 憂のそんな態度に紬は顔を顰め、訝しげな表情になる。

 憂「だって、本当に世間知らずのお嬢さまっぽい陳腐な理由でしたから。あんまりベタ過ぎてつい可笑しくなっちゃって……紬さん。貴女のその浅ましい強欲さといい。その容貌といい。さっきのがっつき方といい、ベヘモス何て言うジーニアスっていい……本当に貴女は……」



438 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2012/12/31(月) 11:32:09.58 ID:0dT0tLEk0






 憂「ムギ豚ですね」





 紬「…ぷぎい………」





 憂の蔑み成分をふんだんに含んだドヤ顔を浮かべての余りの例えに、紬の貌が屈辱に歪み、沢庵眉毛を皺と共に眉間に寄せる。




 
439 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2012/12/31(月) 11:32:55.16 ID:0dT0tLEk0



 だが目の前の少女の大人しそうで愛らしいその容貌の裏に、これ程までに黒くドロドロしたモノが存在し渦巻いている事に、改めて驚きを覚えると同時に、自身と何処か重なる所がある様な気がして、こんな状況なのに紬は不思議と憂に、どこか親しみに似た感情を覚える。
 

 紬「憂ちゃん……有り難う。貴女とこの世界で<闘(であ)う>事が出来て本当に良かったわ……」

 紬は何処か嬉しそうにそして穏やかにすら見える表情を浮かべると、次の瞬間には恐らくは今までに此処までのものは見た者はいないであろう、真剣な貌になって拳を構える。

 憂「その言葉。後悔する事になりますよ――――」

 憂もそんな紬に茶化す事無く彼女と同じく真剣な貌になって拳を構える。
 



 この時。彼女達の周辺はまるで大嵐の前とでも言うのか、不気味さと危うささえ感じられる程に、しん…と静まり返っていた…………。



 
440 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/01(火) 13:45:45.85 ID:cV0jcPk90


 和<やっぱりキレイね。この娘は……>

 黒銀に煌く刀標『カタリナ』を携え、白銀に煌く六枚の翅に彩られた麗しき黒髪の少女に、和は半ば見惚れ、心奪われながらも何処か郷愁に駆られる様に心の中で呟く。
 

 和<でも――――>

 この級友であり友人でもある目の前の少女は、悪魔の王の化身であり、大切な幼馴染を手に掛けた幾ら憎んでも憎み足りない『仇』である。

 和は揺るぎそうになる心を引き締め、じっと仇=澪を見据える。


441 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/01(火) 13:47:57.14 ID:cV0jcPk90


 ≪絶対に負けられない戦い――――≫

 サッカーや野球といったスポーツ等でよく見聞きするフレーズ。

 ぼんやり見聞きした、余りにも陳腐なフレーズ。

 だが、今はそんな陳腐なフレーズが。

 『確かな』モノとなって彼女に『真鍋 和』に圧し掛かりそして鼓舞する。

 目の前の終末狂信者(あくま)に――――。

 自分が敗れれば世界が無くなってしまうかもしれない。

 『平沢 唯』が存在していた世界(あかし)が無くなってしまうかもしれない。

 自分の大切な『家族』が消されてしまうかもしれない。


 『それだけ』は防がなくてはならない。


442 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/01(火) 13:48:45.74 ID:cV0jcPk90



 和<『絶対に』負けられない――――>
 

 和はそんな『陳腐な』フレーズを頭の中で繰り返しながら、意識を高めていく。



 澪「ははっ。どうした和?そんな突っ立ったままで?まさかここにきて怖気d――――」



 ズバァァァァァァァァァ―――――――――――――――――――!!!!!!!



443 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/01(火) 13:49:30.66 ID:cV0jcPk90


 澪が言い終わらない内に、彼女の左側を、高熱を帯びた風圧が通り過ぎる。彼女が其方(そちら)を窺うと、灰色の大地が鋭利な刃物で、まるで薄紙とでも言う様に斬り裂かれ、それは視界から視えなくなる程続き、底もそれと同様、まるで深淵の様に暗闇で見えなくなるほどの深さまで斬り裂かれていた。


 『ソレ』を見た澪はそのまま視線を前に向ける。そこには光炎の剣を振り上げた≪スルト≫のジーニアス 真鍋 和の姿があった。



444 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/01(火) 13:50:07.28 ID:cV0jcPk90


 和「これでも私では貴女の相手には役不足かしら?」

 和が澪に不遜な貌を見せる。

 澪「やるじゃないか和。いや、充分だよ。お前はこの私の相手に相応しいよ。今まで消してきたジーニアスの誰よりも、な」

 澪が上から見下げるかの様に斜めに貌を上げ、和以上に不遜な表情で口の端を吊り上げ、にやりと嗤う。
 

 悪魔側と神側。双方のジーニアスの頂上決戦とも言える戦いが、今、この時を以って、その幕を開けた……。


445 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/01(火) 13:50:55.46 ID:cV0jcPk90



 スルト……北欧神話に登場する炎の巨人族の国ムスペルヘイムの王にしてその守護神。

 その名は『黒』『黒き者』『黒煙』を意味する。

 神々の黄昏<ラグナロク>では炎の巨人族であるムスペルを率いて参戦し、最後は炎の神剣≪レーヴァテイン≫を振るい、一度世界を焼き尽くし

、世界は一度滅び海に沈めたと云われている。

 その後、世界は再び引き上げられ、再生したとされている。




 ベルゼブブ……その名は『蝿の王』を意味する、絶大な権力と魔力を誇る地獄の首相。であり、魔王サタンに次ぐナンバー2の実力者である。

 他に『死霊の王』とも云われ、その姿は翅に交差させた骨と頭蓋骨のマークを刻んだ、巨大な蝿の姿で表される事が多い。

 また、七つの大罪の内の『大食』を司ると云われている。



446 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/01(火) 13:51:42.03 ID:cV0jcPk90


 澪「ふふ、和。今から少し面白いものを見せてやるよ」

 澪は尊大な口調で言うと両腕を広げ、掌が腰の辺りに来る位まで下げる。

 そして数瞬後。常人ならば誰もが不快に思える様な空間が生まれたかと思うと、周りの地面がもこもこと盛り上がり、そこから人の姿をした灰色の土塊の人形の様なモノが、わらわらと次々に湧いて出て来る。

 その土塊人形は、人型のモノだけでなく、犬の様な四本足のモノや、果ては巨大な西洋竜(ドラゴン)の様なモノまでいた。

 そんな灰色の今にも崩れ落ちそうな醜悪な土人形の大群を、和は目を背ける事無く、だが汚らわしいモノでも見る様に一瞥をくれてから、創造主である澪に視線を移す。


447 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/01(火) 13:52:30.53 ID:cV0jcPk90


 和「何?この出来損ないの粘土工作みたいなモノは?こんなのがあなたの言う<いいもの>なの?」

 和は不快感を隠そうともせずに、澪に非難めいた声で訊いた。

 澪「はは。お前だったら判るかと思っていたんだがな。私が死霊の王『ベルゼブブ』のジーニアスって事を考えたらさ?……まぁアレだこれは所謂<ゾンビ>ってやつだよ。映画やゲームで出て来る…さ……」

 澪はヤレヤレとこんな事まで言わせんな?とでも言いたげに見下げた表情で和を見遣る。

 和「…………」

 和はそんな澪に何も言わず、表情も変えず、彼女を見遣りながら周辺のゾンビ共の大群の様子を窺う。


448 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/01(火) 13:53:08.80 ID:cV0jcPk90


 勿論、和はコレが何であるのかは大凡の予想が付いていたのだが、ナンでこんなモノが<イイモノ>なのか取り敢えず訊いておきたかった。が澪には少し通じなかった様だ。

 和「でも意外ね。貴女がこんなモノを喚び(つくり)だすなんて。てっきりそう言うものは苦手だと思っていたのに」

 澪の怖がりな所は和の知る限り、特にこう言ったグロテスクな存在(モノ)は特に苦手で、こう言ったモノを見たり聞いたりしただけで耳を塞ぎ

、目を瞑り蹲って、震えながら念仏でも唱える様に「怖くない怖くない」とか言う体たらくであった筈だ。
 

449 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/01(火) 13:53:46.42 ID:cV0jcPk90
 

 澪「はは。今までの私だったらそうだったかもな。でも『コレ』はただの土塊に、低級霊(たましい)を挿れただけのものだしな。本物の死体を使っている訳じゃないし、言ってみればラジコンみたいなオモチャの様なモノだよ」

 澪はお気に入りの玩具でも観る様に、愛でる様な視線を醜悪な集団に送る。

 和<こんな『モノ(オモチャ)』を気に入る位、貴女はおかしくなったのよ。澪……>

 和は変わってしまった友人を何処か哀しそうな瞳で見詰める。


450 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/01(火) 13:54:41.65 ID:cV0jcPk90


 澪が造り上げたゾンビという存在は、元来知られる様な死体が動き出すと言った類のものではない。そもそもこの灰色の世界に於いては死体と云う概念すら存在せず、それ以前に、死体と言うモノがゴロゴロ有る場所等はかなり限定されるので、本当の意味での『動く死体(アンデッド)』を造り出し使役するのは、相当の条件をクリアしないと不可能である。

 なので、『死霊の王(みお)』をはじめ他の死霊術師(ネクロマンサー)系統のジーニアスは、この世界に在る材料。この場合は灰色の土や瓦礫から形を造型し、全ての世界に数多に存在する、低レベルの自身の意思すら持てない悪霊や亡霊と言った浮遊霊を、造形したものに憑依させ関節やエンジンと言った動力機関にして、創造主の魔力等をエネルギー源にして、意思の無い土人形に命令して使役すると言う仕組みで使役している。

 他、ドラゴン型の様な巨大なモノには複数の霊を憑依させる事が必要である事。実際の死体の方が造型しなくても良い分、魔力の消費が抑えられる事。また、造り上げたモノに低級霊を憑依させず、完全に魔力や別の動力源を組み入れたモノはゴーレムとなる。
 

451 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/01(火) 13:55:26.29 ID:cV0jcPk90
 

 そのゾンビの大群が和の廻りを徐々に取り囲むように陣取っていく。

 その数は大小合わせてゆうに二千体を越えていた。



 和<凄い大群。やっぱり澪は凄いわね>


452 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/01(火) 13:56:08.24 ID:cV0jcPk90


 大小様々の群体ではあるが、中でも既に和よりも大きい位なので、どれくらいの数なのかは、勿論、正確な数は彼女には判らないが、気配や感覚で相当数である事は容易に想像できた。

 だが、和が唸ったのはゾンビの大群そのものではなく、これ程の数を造り出し、低級とはいえそれ以上の霊を憑依させ、それらを完全に制御出来ている澪の魔力だった。
 

 そして、姿は見えず声も聞こえないが、その澪が命令を下したのだろう。不死の土人形の群体がゾンビ特有のゆったりとした動きだが、確実にそして一斉にわらわらと360度、全方位で和に迫って来る。


453 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/01(火) 13:56:51.19 ID:cV0jcPk90


 和<でも――――>

 その異様で常人ならば恐怖でどうにかなって終いそうな絶望的な光景を見遣りながら、和は火神の剣を順手と逆手に交互に持ち替え、それを平行に構えて身体を捻ってタメを作る。

 和「残念だけどそんな気味の悪い玩具は御免よ!」
 

454 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/01(火) 13:57:28.85 ID:cV0jcPk90
 

 小さく叫ぶと同時に和は『タメ』を開放する様に『破滅の杖』を腕と全身を同時に振り抜く様に一回転させる。

 そして彼女が振り抜くと同時に彼女の剣から、巨大な光炎の刃が弧を描く様に放たれ、その紅い光刃はその場に居た全てのゾンビ達を両断し、焼き尽くす。

 超高熱の炎刃に斬られ焼かれた土人形達は再び土塊、いや灰燼に帰し、憑依した霊達も、逃げる間も無くその全てが、存在ごと焼き尽くされる。

 そして、その灰燼に帰したモノが積もる焼けた大地の上に、和以外にただ一人、黒髪の少女だけが、何事も無かったかの様にその場に佇んでいた。


455 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/01(火) 13:58:24.09 ID:cV0jcPk90


 澪「非道いじゃないか和。私のオモチャを一瞬で壊してくれて……それも全部……」

 澪は唇を少し尖らせながら和を批難する。

 澪「ほんとに、ほっといてくれたら、そのままお前を取り囲んで服を引き裂いて、噛み付いて、肉を噛み千切るって言うショーが観られたのにな……」

 澪は残念そうな顔になって話を続ける。

 澪「だけど。まぁ。序の口(こんなの)で終わっちゃうのも面白くないしなっ!」

 だが、次の瞬間には何処か晴れやかで楽しげな表情と口調に変わる。

 和<躁鬱ってこんな感じなのかしら?>

 和はそんな澪の様子に、何となくそんなイメージを思い浮かべていた。
 

456 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/01(火) 13:59:13.84 ID:cV0jcPk90
 

 和「本当に変わったわね。澪」

 澪「はは。そうだろう。私は『強く』なった。人は変われるんだよ。和」

 澪が誇らしげにその豊かな胸を張る。

 和「趣味が悪くなったわね」

 澪「和ァ…………」

 和はまるで日常会話を交わすかの様に、澪に辛辣な言葉を返すと、澪は苦虫を噛み潰した様な貌になり、悔しそうに歯軋りをする。


457 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/01(火) 13:59:45.40 ID:cV0jcPk90


 和<まぁ、それは置いておくとして……今のを簡単に防ぐなんて……やっぱりあの『刀(ブランド)』で防いだのかしら……?」

 和は内心、舌を巻きながら、視線を澪から彼女が携えるブランドに移す。

 彼女の見立て通り澪は刀標『カタリナ』に超高密度の瘴気を纏わせて、間に合わせの盾を創り上げ、和の圧倒的な炎の光刃を防いでいた。

 だが、和の視界を遮った『土人形(ソレ)』は澪にとっても同様で、光刃が届く直後にやっと気付く位だったので、反応が僅かに遅れ、自身を護るので精一杯になってしまい、防ぎ切れなかった光炎の刃がゾンビの大群を全て斬って焼き尽くされてしまっていた。


458 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/01(火) 14:00:30.87 ID:cV0jcPk90


 和「もうお遊びは終わりかしら?澪」

 和は遊んでばっかりで宿題を一向にしようとしない、子どもを咎める母親の様な面持ちになる。

 澪「まぁそう急くなよ和。じゃあコレなんかはどうかな?ゾンビ(いまの)よりかは楽しめる筈だよ」

 澪は和にそう言い返すと、刀を握ったまま左手をほぼ垂直に掲げる。すると、徐々に彼女の頭上に、黒く禍々しいモノが渦巻く様に円柱状に形成されていき、ソレが高速回転を始める。


459 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/01(火) 14:01:05.92 ID:cV0jcPk90


 和「コレは何なのかしら?焼き過ぎて真っ黒になった、出来損ないのバウムクーヘンか何かなの?」

 和は茶化す様に澪に黒い物体の感想を伝える。だが、その目は油断無く『ソレ』を見据え、ソレが何であるのかを必死に分析していた。

 澪「はは。面白い事を言うじゃないか和?まぁ正直に言うと余り面白くは無いけどな。まぁいいや、教えてやるよ。『コレ』は瘴気を高密度で集めて超高速で回転させて雷を発生させる、云わば瘴気の雲――――」


460 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/01(火) 14:01:51.28 ID:cV0jcPk90


 澪「いや」

 澪「雷雲かな――――」

 和<!!?>

 澪の口調がそれまでの軽々しいものから、幾分重いものに言い変えた瞬間―――

 『雷雲』から、和に向かって黒い雷の様なものが放たれ、和は寸での所で、黒光(ソレ)を避ける。

 そして、和が寸前までいた場所には、彼女の放った初撃同様、灰色の地面に鋭利且つ巨大な刃物で裂いたかの様な亀裂(クレバス)が奔っていた。


 和<黒い…雷……光?が地面を裂いた?……いえ、寧ろ消滅したと言うべきかしら……そもそもただの黒い雷では無さそうね……>

 和は得体の知れない、だが、危険極まりない事だけはすぐに判る黒い光(モノ)に、こめかみから冷たい汗を垂らしながら、努めて冷静に分析しようと心掛ける。
 

461 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/01(火) 14:02:31.90 ID:cV0jcPk90
 

 事実。この凶悪な黒い光の正体は雷(いかずち)ではあるが、勿論それだけでは無かった。大容量かつ高密度、高濃度で形成された重々しい瘴気の雷雲が、高速回転をする事によって発電機=ジェネレーターの役目を果たし、精製された雷に瘴気を織り込んだ、化学式で表すことが不可能であり、そして素粒子すら消滅させる凶悪な黒雷を生み出したものであった。

 澪「はは。どうだ和?私の創りだした『瘴気の雷雲』から生み出された『裁きの黒雷』は?『コレ』でお前を裁いてやるよ?これまで私に向かって来たジーニアス(やつら)と同じ様にな!」

 澪はそう言って尊大且つ満面のドヤ顔を和に見せ付ける。
 

462 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/01(火) 14:03:18.76 ID:cV0jcPk90
 

 和「……………」

 和「ふぅ……自分の標(ブランド)に『カタリナ』と名付け。自分の生み出した雷雲(モノ)に『裁き』なんて文句を付けるなんて……アナタみたいな人の事をね……」

 澪「ほぉ。何て言うんだ?」

 澪が興味深げに和の次の言葉を待つ。
 


463 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/01(火) 14:03:58.95 ID:cV0jcPk90





 和「中二って言うのよ」





 澪「和ァ…………」



464 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/01(火) 14:04:53.56 ID:cV0jcPk90


 和は溜息を吐きながら、澪に「ふぅヤレヤレだぜ」とでも言いたげな表情できっぱりと言い放つ。

 澪は和の言葉は勿論の事、溜息交じりに見せた何処か憐れみすら滲ませた、瞳(め)と表情(かお)に更なる屈辱と苛立ちを覚え両肩をわなわなと震わせる。

 澪「和ァ……その言葉、後悔させてやるよ!!」

 澪は自身にこの『悪魔の王』に対する暴言に尊厳(プライド)をズタズタにされ、怒りに歪んだ貌になり、叫ぶ。

 その瞬間。瘴気を大量に含んだ黒い滅却の凶雷が、彼女の精神(こころ)と同調(シンクロ)をする様に、暴れる様に乱れ飛び、その不規則に奔る黒く光る暴虐の奔流は、灰色の大地を建造物を触れるもの全てを消し飛ばし、その地形すら変形させて灰都を更に荒涼としたものに変えていく。


465 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/01(火) 14:05:55.52 ID:cV0jcPk90


 その凄まじいまでの密度と質量、そして禍々しさが組み合わされた、大量のエネルギーの奔流の内、その幾つかは和に向かって襲い掛かり、和は神経を研ぎ澄ませて、その規則性を持たない、何時、何処から来るか判らない凶撃に翻弄されながらもどうにか避わし、やり過ごしていた。

 澪「どうだ和?楽しいだろう?まるで踊っている様に見えるぞ!!」

 乱れ放たれる瘴気の轟雷の嵐を前後左右に避けている和に対し、まるで絶対者(じしん)の掌(ぶたい)で踊らせているかのような気分になって、澪はその様子を眺める様に観ながら悦に入っていた。
 


 そして、そんな自分に陶酔して(よって)いた時だった。






 和〖  澪  〗

 




466 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/01(火) 14:06:39.61 ID:cV0jcPk90

 
 ふと自分の名前が微かに聞こえたかと思った瞬間。彼女の全身に強烈な熱風が吹き、いや突き抜ける。

 少し前に教室で和が発した『モノ』とは比べモノにならない程の高温の熱風。自前の鎧や結界とも言うべき、高密度の瘴気に身を包んでいる澪は火傷こそ負わなかったが、もし、生身(ふつう)の人間が『コレ』を浴びれば、全身が焼け爛れる大火傷を負うどころか消し炭となり果てて、苦しむ事無すら無く即死する程のものだった。

 澪が己の『能力(ちから)』陶酔して和から目を離している間に、和の放つ、世界を滅ぼし沈めた<炎の巨人の王>の一振りによる火神の光炎は、全てを滅する黒い雷を焼滅させ、
厨二(みお)曰く『裁きの雷雲』をも消し飛ばす。

 
467 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/01(火) 14:07:10.51 ID:cV0jcPk90

 
 和「澪」

 再び、そして今度ははっきりと自分を呼ぶ声が聞こえて、澪はその『声』がした方を苦々しい表情と思いで見遣る。

 そこには、紅い縁の眼鏡を掛け、その手には紅くそして静かに輝く剣を携えた短髪の少女がいた。
 

468 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/01(火) 14:08:02.50 ID:cV0jcPk90
 

 澪「いい加減、お遊びは終わりにしてくれないかしら。澪」

 和は心底うんざりした表情(かお)で、吐き捨てる様に澪に言った。

 澪「和……」

 澪は悔しさを隠し切れずに奥歯を噛み締めながら歯軋りをする。

 最初に創り(よび)出したオモチャ(ゾンビ)共は、確かにお遊び感覚の工作でしかない。こんなので和を、スルトを蹂躙でき(たおせ)るとは流石に思っていなかった。

 だが、今破られた『裁きの雷(いかずち)』は違った。止めこそ自身で直接手を下す心算だったが、致命傷レベルの傷(ダメージ)は『コレ』で与える心算だった。

 少なくとも、斃せなかったとしてもかなりの所まで追い込む事は出来ると思っていた。

 だが、実際には、多少は楽しめたが結果的には彼女のたったの一撃で、雷も雷雲も呆気無く消し飛ばされてしまった。

 そして挙句の果てには、和にこのほぼ全てのジーニアスに絶対的な恐怖と絶望を思い知らせる能力(ちから)を、「お遊び」と称されてしまった。

 この能力に絶対的とは言わないまでも、相当な自信とを誇りを持っていた黒髪の佳人の容貌が屈辱に歪む。
 

469 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/01(火) 14:08:40.78 ID:cV0jcPk90
 

 和「貴女の本質(ちから)はこんなものではないでしょう?その手に持っている刀(モノ)
でしょうに……それとも『ソレ』はカタチだけのおもちゃなの?」

 和は今度は溜息交じりに言う。もう茶番に付き合うのはうんざりとでも言う様に。

 和「唯を傷付けたのもその刀でしょう?だったら『ソレ』で私と戦いなさい。私はその為だけにここに来たの」

 和の瞳が眼鏡(レンズ)の奥で複雑な光を湛える。だが、その光は何物にも覆せない程の強い意志も感じさせた。


470 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/01(火) 14:09:18.12 ID:cV0jcPk90


 澪「……確かにそうだよ。唯を斬ったのはカタリナ(これ)だよ。今にして思えば、玩具(ゾンビ)達に蹂躙さ(あそば)せてやっても面白いかなって思うけど、流石にそこまで弱くはないか……『裁きの雷』だと直接、手を下せずに終わっちゃうだろうし、結局、『カタリナ(これ)』で良かったんだろうな……」

 澪が再び陶酔した表情でうっとりと『カタリナ(ブランド)』を見つめる。だが、和は今度は手を出さない。その代わりに炎の巨人のジーニアスとは思えない程に冷め切った瞳で、級友であり、友人であった黒髪の少女を見つめていた。


471 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/01(火) 14:10:03.95 ID:cV0jcPk90


 澪「判ったよ和。刀標(これ)でやってやるよ。だけど、『コレ』を出させた以上、楽には消させ(させてやら)ないぞ?」

 澪は改めて尊大な態度で言い聞かせる様に言ってから、黒銀の日本刀(カタリナ)を<両手で>構える。

 和「……そう。やっとやる気になったのね。有り難う。これで心置きなく貴女を斃し唯の仇が取れるわ」

 和は心の底から感謝の意を述べると、澪と同じ様に『火神の剣(レーヴァテイン)』を構える。


472 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/01(火) 14:10:46.07 ID:cV0jcPk90






 本当の意味での、『王』同士の黄昏(たたかい)が、今、始まろうとしていた……。





473 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/02(水) 08:32:24.65 ID:At2Yxxry0


 神仏、そして悪魔の『武』の頂上決戦とも言える闘いは、次第に消耗戦とも言うべき様相を見せ始めていた。

 傍から見れば只の殴り合い。だが、その傍から見てもそう見えないのは、殴り合っている二柱(ふたり)から発せられる<闘氣>が圧倒的な質感と質量を伴ってその周囲を支配している点と、その一撃ごとに灰色の大地が建造物が、削れ、抉れ、崩れ、壊れてその形を変えられてしまっている点にあった。


 澪と和と云う名の王達の戦い同様、紬と憂(こ)の闘いも灰都の地形をも変える程の闘いであった。
 


474 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/02(水) 08:33:18.50 ID:At2Yxxry0
 

 四半刻近くにもなる拳の撃ち合いは、互いにまだまともには喰らってはいないが、たとえ一発でもまともに貰う様な事になればそれで終わりと云う、極限の緊張感。そしてたとえ防御しているにしても、受ける時に生じる衝撃によるダメージの蓄積、双方共に相当な消耗を余儀なくされていた。

 そして、疲労の濃い表情と共に、かわしてもその拳圧の余波で肌が露出している部分に傷が付き、額やこめかみから血が流れ、また着衣も所々、破れたりしてぼろぼろになっていた。


475 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/02(水) 08:33:54.35 ID:At2Yxxry0


 そして、幾許かの時が過ぎたところで、二人は呼吸(いき)を合わせたかの様に、互いに距離を取り息を整える。

 通常、プロのボクサーですら1回3分というラウンド制を採用している程であると言うのに、四半刻近くも休み無く極限の緊張感の中で撃ち合うと言うのは、こと格闘技に関しては素人である彼女達にとっては、たとえ無尽蔵の体力を持つであろう両ジーニアスだとしても、本当の意味での命のやり取りに相当な疲労と消耗を余儀なくされるのは致し方の無い事であろう。


476 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/02(水) 08:34:32.02 ID:At2Yxxry0


 憂<やっぱり一筋縄にはいかないよ……>

 呼吸を整えながら、紬を油断無く見遣りながら憂は心の中で呟く。

 だが、同時に少し安心したと言うか、ほっとしている自分がいる事に気付く。梓を一撃で斃したという手前、彼女の尊厳の為にも紬が自分に簡単に斃される様だと、ソレはそれで困るからだ。

 <でも……その上で私は紬さん(このひと)を斃す。梓ちゃんの……お姉ちゃんと和ちゃんの為にも私はこの人に勝って、そして生き残る!!>

 憂は新たに誓いを立てる様に気合を入れ直し、拳をぎゅっと握り締める。
 

477 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/02(水) 08:35:41.19 ID:At2Yxxry0


 紬<やっぱり…殴り合い(じゃれあう)って愉しいものね>

 紬も憂と同様に息を整えながら、こちらは愉しそうな表情を浮かべ軽く微笑みを浮かべて、じゃれ合う相手(うい)を見遣る。

 心地よい疲労感。そしてそれまでの何よりも満たされる充実感。

 紬<私のずっと探していたもの、求めていたものは『コレ』だったのね……>

 そんな充足(かい)感が紬の身体を駆け廻り満たしていく。

 こんな快感と引き換えであるのなら、世界が滅ぼうが構わない。むしろ得られないのであるなら、そんな退屈な世界なんて滅んだ方がいい。


478 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/02(水) 08:36:19.67 ID:At2Yxxry0


 ジーニアスに目覚める前ならば、少なくても意識下では考えようも無かった事。たまに少し退屈だなと思う事もあったが、高校に入学して軽音部に入部してからは、その少しの退屈すら感じなくなったと思っていたのに……。

 そんな穏やかで何処か刺激的な充実した日々を送っていたと思っていたのに……。

 紬<でも、解らないものね……>

 紬は何処か感慨深げに思う。

 紬<私を変えてしまったこの……ジーニアスの世界……憂ちゃん悪いけれど貴女に責任を取って貰うわ!!>

 紬は心の中で叫ぶと再び一気に憂との距離を詰め、渾身の右フックを放ち、大気がこれ以上無い程に圧縮され悲鳴を上げる。


479 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/02(水) 08:37:37.11 ID:At2Yxxry0


 紬の突然の接近とその拳戟の鋭さに憂は躱すのを断念し、衝撃を受け止め流す選択をする。刹那。紬の剛腕を憂は歯を食い縛って左の手甲で受け止め、その力を利用するかのように身体を捩りその反動を利用して紬の顔面を狙って何の躊躇いも無く右の正拳を打ち込む。

 紬「――――――!!」

 当たれば確実に頭が吹っ飛ぶ一撃を、紬は極限の集中力と反射神経をフル活用して首を右に振って躱し、返す刀で再び憂にアッパー気味の右フックを放つ。

 憂も反射的に重手甲で受けるが、今度は受け流し切れずに吹き飛ばされて、この戦いの正に≪余波≫で廃屋だったモノが瓦礫と化したビルだったものの壁に叩き付けられる。

 憂「―――っく!!」

 だが憂はその衝撃を振り切って間髪を入れずに跳ねる様に立ち上がると、襲撃に僅かに顔を歪めながらも紬の追撃に備えて迎撃態勢をとる。

 だが紬は、そんな憂を嘲笑うかのように、畳み掛ける様な事(まね)はせずに、悠然とゆったりとした足取りで、歩み寄って来る。

 憂「…………随分と余裕ですね……」

 憂は呼吸を整え、僅かに揺れる脳を落ち着かせながら、こちらに近づいて来る紬(かいぶつ)に声を掛ける。


480 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/02(水) 08:38:12.28 ID:At2Yxxry0


 紬「ふふ。そうかしら?憂ちゃん遊んでいるのが面白くて……直ぐに終わらせちゃうなんて勿体無いわ……」

 紬は何処か茶化した口調と表情でこたえる。確かに彼女の言っている事に偽りは無かった。だがもう一つ、彼女が畳み掛けるのを自重したのは理由があった。止めを刺そうとしてのこのこ突っ込んだ挙句に、不動明王の怒りの反撃(ういのカウンター)に遭うのを警戒したからでもあった。

 紬はこの世界に於いては基本的に大変好戦的な性格ではあったが、憂の表情や微かな動きから、警戒する事を忘れない程度の冷静な判断力も持ち合わせていた。

 憂としては勿論、迎撃態勢をとっていたのだが、ごく軽くではあるが脳震蘯を起こしている状態であった為に結果的には紬のこの選択は彼女にとっても都合が良いものだった。
 

481 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/02(水) 08:39:32.44 ID:At2Yxxry0
 

 憂<それなら!!>

 体勢を整えた憂は、紬の代わりに彼女に特攻でもするかの様に迫って往く。

 紬は一瞬、怪訝そうな表情を浮かべるが、すぐに悪戯を思い付いたかの様な笑みを浮かべ、まだ憂との距離があるにも拘らず、拳を握り空手の様な構えをとり、正拳突きをするかの様に拳を突き出す。

 今度は憂が紬の動きを怪訝に思うが、刹那。自身に急速に迫って来る異質且つ、濃密な質感を持つ『何か』を感じ取り、慌てて右脚で大地を蹴って左側に跳んで、その『何か』避ける。

 よく見ると、薄っすらと金色の光を放つその『何か』は、一瞬前まで憂の居た場所を通り過ぎると、闘いの余波で瓦礫の山と化したビル群を更に吹き飛ばし突き抜けていく。

 憂<ドラゴンボールみたいなやつ!?>

 憂が『それ』を、面を喰らいながら横目に見つつ、着地した瞬間。


482 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/02(水) 08:40:24.72 ID:At2Yxxry0



 ――――ゾクッ!?

 一瞬で血の気が引く程の寒気を感じると、




 目の前に、




 紬がいた――――――。


483 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/02(水) 08:41:21.06 ID:At2Yxxry0


 憂「――――――!!!?」

 紬「余所見は駄目よ。憂ちゃん」

 驚愕の表情を浮かべる憂の見た紬の『貌』はその穏やかな口調と言葉とは裏腹に、黒い笑みを浮かべ、突き刺さる様な視線を送る『ソレ』は憂にはとてもとても恐いモノに見えた……。


484 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/02(水) 08:42:16.71 ID:At2Yxxry0



 刹那。紬の右正拳突き(ストレート)が、憂の胸目掛けて繰り出される。憂は無理矢理に動揺を抑えてその、轟音を轟かせる轟拳を寸でのところで倶梨伽羅甲で防御する。だが、紬のその一撃は今までのどの打撃よりも重くそして強く、憂の防御も完璧では無かった為に、直撃では無かったものの、その衝撃は彼女の腕はもとより、身体中に伝導し一瞬で肺の中の空気(モノ)を全て吐き出され、更に胃の内容物も込み上がって来るが、それだけは吐寫する寸前に飲み込んで防ぐ。

 憂の表情(かお)は苦痛と不快感で歪み、脂汗を流し、紬はそれを見て面白い(みたかった)モノを見る事が出来たとでもいう様な満足げな表情を浮かべ、唇の端を吊り上げ、歪んだ悦びに満ちた笑みを浮かべ(つく)る。



485 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/02(水) 08:43:34.07 ID:At2Yxxry0


 人は予期せぬ攻撃を受ける時、無意識に上半身は心臓の辺りを守ろうとし、下半身は攻撃を、力の入る利き足で避けようとする。紬はそうなる事を読んだ上で闘氣と拳圧の入り混じった塊を放つと同時に、向かって右側に飛び出していた。

 その結果、憂は防御したとはいえ、その轟拳をまともに受けてしまい、何時もなら吹っ飛ばされる事によって衝撃を受け流し、且つ相手との距離をとると言った事も出来ずに、衝撃を吸収してしまった上に、相手(かいぶつ)との距離を置く事も出来なかった。
 


 紬「愉しかったわよ。憂ちゃん……」

 流石の紬もこの好機を逃す訳は無く、それでも一瞬。勿体ぶった様に溜めを入れると、少し蹲(うずくま)り気味の憂の頭上目掛けて、無慈悲且つ強力無比の鉄鎚を振り墮ろす。

 巨獣が虫けらを踏み潰すかの様な絶望的な圧力【プレッシャー】。だが、ソレが余りの衝撃だった為に真っ白に成り掛けた憂の視界(いしき)が再び灰色(もと)に戻る。


486 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/02(水) 08:44:26.08 ID:At2Yxxry0



 憂<こんなところで!!>

 憂<こんな獣(ケダモノ)ナンかに!!!>



 ギリィッ!!!!



 憂「があぁぁぁぁぁぁぁ(けされてたまるか)――――――!!!!!」


487 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/02(水) 08:45:04.73 ID:At2Yxxry0



 憂は歯を喰い縛って動ける状態では無い肉体(からだ)を無理矢理呼び覚ますと、獣の如き咆哮を上げ、仰け反る様に一歩に後方に跳び退く。


 紬の鉄鎚は正に空を切る。その余波で憂の制服の左腋と胸の間辺りを切り裂き、更にその拳圧は地面に底が見えなくなる程の深さの円柱状の穴を造っていた。
 
 
488 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/02(水) 08:46:31.13 ID:At2Yxxry0
 
 

 憂「はあぁぁぁぁぁぁっ―――――!!!」


 間一髪、紬の鉄拳を避わした憂は、再度、気合を込めた咆哮を上げ、地面にめり込む程に軸足を一歩踏み込ませ、反り返った力を利用して紬の顔面目掛けて渾身の右上段蹴りを放つ。
 


489 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/02(水) 08:47:22.25 ID:At2Yxxry0
 

 紬「――――――――!!!!??」

 憂に勝利を確信した一撃を避けられた事に先ず驚き、そして即座にこの体勢から立て直した事に更に驚き、そんな紬に追い打ちを掛ける様に、この闘いに於いての初めての足技に面を喰らう。そして逆に体勢が整わない状態で重手甲で防御しようとしたが間に合わず、憂いと同様。仰け反って避けようとするが避け切れずに、こめかみ辺りにまともにではないが蹴りを受けて蹴り飛ばされ地面に転がる。


 紬が相手から受ける、この世界に於いて『初めて』受ける打撃。
 

490 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/02(水) 08:48:06.94 ID:At2Yxxry0
 


 勝利を確信しての鉄鎚(ひとふり)をあの状態から避けられた事。更にブランドを装着していない、いくら闘氣で覆われているとはいえ自身と重手甲相手では、ほぼ素足と云える状態での躊躇いの無い蹴撃。

 紬にとって二つ、いや幾つもの想定外の事に、流石の彼女も対応し切る事が出来なかった。
 

491 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/02(水) 08:49:01.03 ID:At2Yxxry0
 


 憂の殆んど生存本能と闘争心のみで放った一撃により、さほど距離の無い場所に倒れ込む紬に対し、彼女は紬のダメージがいか程かは判らないが、絶好の好機だと意を決して追撃する。

 だが、ある間合いに入った瞬間。今度は上半身を起こした紬から迎撃の氣弾が撃たれる。憂も迎撃(それ)は想定内であった為、それでも絶妙な間合いで撃たれた為に、どうにか直撃寸前のところで倶梨伽羅甲で弾き飛ばし、再び憂は紬の反撃に備えて即座に構える。が、紬は反撃をする様な事はせずに、一瞬出来た隙に憂と距離をとる事を選択していた。
 

492 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/02(水) 08:49:43.95 ID:At2Yxxry0
 

 距離をとった紬は、体勢を整えながら今まで以上に厳しい表情と眼差しで、憂を見遣る。

 いかに自身の『力』に絶対的な自信と、実際にそれに見合うだけの『実力』を有しているとはいえ、頭の中を揺す振られ体勢の整わない状態で、不動明王(うい)に追撃をする程には過信はしていないし、相手の『力』もこの世界に於いて≪初めて≫認めていた。
 

493 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/02(水) 08:50:43.11 ID:At2Yxxry0
 


 だがそれは、これまでの闘いの中で憂の『力』を認めたとはいえ、自身が、ベヘモスが憂に不動明王に劣っているとは微塵にも思ってはいない。熱くなり過ぎず死力を尽くせば、余程の事が無い限り負ける事は無いと、冷静に相手の総合的な戦闘能力を分析した上で判断していた。
 

494 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/02(水) 08:51:27.16 ID:At2Yxxry0
 

 憂<……やっぱり強い……ううん。思っていたよりもずっと……>

 対する憂も紬と同様、相手を油断無く見遣りながら、苦々しく心の中で呟く。

 此処まで、拳を突き合わせて、殴り合って思い知らされる。力、技、速さ、体力……諸々を加味した結果、紬の方が自身より『力』があると判断せざるを得なかった。

 勿論、その差は全く絶望的なモノではなく、戦い方さえ間違わなければ充分に勝機はある程度の差である。

 だがこのまま、ただ闇雲に打ち合っていても割を喰い、ジリ貧になるのはこちらである。

 憂はそんな事を考え、焦りを覚える。
 

495 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/02(水) 08:52:06.32 ID:At2Yxxry0
 


 それなら――――――。



 <ここで勝負に出るしかない――――――>



 これ以上、消耗戦が続けば、勝負に出る事すら叶わなくなってしまう。


496 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/02(水) 08:53:03.64 ID:At2Yxxry0



 <うん。『今』がその時だ!!>


 憂はそう結論付けると、一瞬、目を閉じてそして軽く頷き、決心する。



 <ここで、『決着』を付ける――――>



 と……。



497 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/02(水) 08:54:04.57 ID:At2Yxxry0


 憂<お姉ちゃん、梓ちゃん見ててね……>

 願う様に心の中で呟くと、憂は両腕を少し広げる様に下げ、掌を表に向ける。

 刹那、倶梨伽羅甲(ブランド)から炎が噴き出し、彼女の背中で交差しながら巻き上がり、正に不動明王像と同様に炎の壁になり燃え上がる。

 その炎は教えを同じくする者には信心を鼓舞し、教えを違える者には調伏、いや、滅却する羅迦楼焔。

 不動明王の属性は『火』と『怒り』である。それを体現する様に激しく揺れる炎が燃え盛る、だが、どこか静けさも感じさせる揺らめき。
 


 それは真っ直ぐでもあり複雑に揺れる憂の想い(こころ)の様にも見えた……。



 そして、その炎がその背に収束されていく。

 そしてその炎が再び二つに分かれて上昇し、その二つの神炎が螺旋を描く様に交差し、絡み合う。


498 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/02(水) 08:54:54.63 ID:At2Yxxry0



 その昇り炎はやがて一つになり、炎の龍を顕現させる。


 ≪倶梨伽羅龍≫。


499 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/02(水) 08:55:34.13 ID:At2Yxxry0


 その炎の神龍は更に天を駆け昇り舞い上がると、再び不動明王の右腕の甲標に還り収束する。

 倶梨伽羅龍の膨大なエネルギーを一点に集めた甲標が紅く濃密な炎となって噴き上がる。
 

 それはまるで、憂の全身全霊(すべて)を込めた魂の炎そのものに見えた。
 


500 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/02(水) 08:56:33.30 ID:At2Yxxry0
 

 紬<憂ちゃんが勝負を懸けて来た――――ここで決める気ね……>

 憂のブランドから炎を纏った瞬間、紬は確信する。そして同時に直感する。あの不動の炎は、全てをこの私<ベヘモス>をも焼き尽くす程の神炎であると。


 紬<いいわよ、憂ちゃん。ここまで来たら最期まで付き合ってあげる>

 紬は一瞬微笑んだ後、覚悟を決めたかのように呟く。

 この世界に於いて、絶対的な強さを誇り恐らくは澪以外の『全て』を見下してきた彼女にとって、『戦慄』し『覚悟』を決める事態に陥ること事態、『己』を否定する程の『覚悟』が必要だった。


501 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/02(水) 08:57:30.45 ID:At2Yxxry0



 それは〔自身が敗れるかも知れないと言う事〕。

 この世界に於いて決して感じる事は無いと思っていた感情。

 優越感と云う高台の上でふんぞり返っていたのを引き摺り降ろされる屈辱と落胆。そして、自身の全てを出す事の出来る充足感。

 自身を脅かすほどの相手―――――。

 紬は右拳を握り締め、闘氣を全身全霊を右腕に注ぎ込める。

 刹那。右腕の重手甲が淡くそれでいて限りない濃密さを感じさせる黄金(ムギ)色の光に包まれる。



 今まさに未曾有のエネルギー同士がぶつからんとしていた……。



502 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/03(木) 09:27:14.55 ID:pfWY2Mrb0


 憂<……よしっ!!>

 右腕に限界まで『力』が込められたと判断した瞬間。憂は心の中で気合を入れ、紬に向かって大地を蹴って飛び出す。蹴られた台地は小さな踏み跡を創り、その表面は光沢を放ち、金剛石よりも硬く踏み締められていた。

 憂はその勢いのまままるで特攻でもするかのように決死の覚悟で紬に迫って往く。
 

503 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/03(木) 09:28:24.09 ID:pfWY2Mrb0
 


 そして紬はその弾頭の如き迫って来る『モノ』の全てを受けて立つ構えで、憂と同様、右腕にあらん限りの力を込める。
 

 憂は紬の間合いに入った瞬間、躊躇なく右腕に自身のそして不動明王の全身全霊を乗せた拳を打ち込む。


 迎え撃つ紬も憂と同時に間合いに入ってきた瞬間を狙って、自身のそしてベヘモスの全てを込めた一撃を放つ。


504 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/03(木) 09:29:06.85 ID:pfWY2Mrb0


 極限と言っても何の差し支えの無い二つの拳圧と闘氣が、互いの拳に合わせる様にぶつかり合う。いや、正確には拳がぶつかる寸前で互いの拳圧と臨界を越えて質量すら得て超高密度に固められた闘氣が、互いの拳を圧し留めていると言う、正に極限の力比べの状態に陥っていた。
 

 そして、その力比べに屈すると言う事は=絶対的な『敗北』を意味していた。


 極限を越えて圧縮された、余りにも膨大なエネルギーと拳撃をまともに喰らう事になり、そうなれば強大な力を持つ二人であったとしても、流石に致命的ダメージは免れないであろう。


505 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/03(木) 09:30:00.38 ID:pfWY2Mrb0



 憂「ああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――――!!!!!」


 紬「―――――――!!!!!!」
 

 絶対に引く事の許されない恨(ちから)比べ。憂も紬も有らん限りの力を振り絞る。
 

 意地と意地、命と命のぶつかり合いは、互いに一歩も引かず、途轍もなく危ういギリギリのバランスで拮抗を保っていた。


506 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/03(木) 09:30:46.53 ID:pfWY2Mrb0


 憂<お姉ちゃん。私はもう大丈夫だから>

 憂は極限の状況の中、今はもう何処にも居ない姉に宣言する様に語り掛ける。

 今まで姉に依存してきた自分からの脱却。姉にもう頼らない、一人で立てるという自立心。姉にもう心配させないという想い。安心させたいという願い。

 憂<私はもう、自分の意志で一人で立って歩き出せるから――――!!>
 

507 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/03(木) 09:31:26.93 ID:pfWY2Mrb0





 憂<だから!!見ててっ!!!>
 



508 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/03(木) 09:33:10.17 ID:pfWY2Mrb0
 

 憂が自身の限界を超える『力』を『想い』で引き出すかの様に腕に、全身に有らん限りの力を込める。

 紬も様々な『想い』があるのだろう。憂の『全て』受け止めた上でそれを圧し返そうとする。

 その凄まじいまでの『力』の拮抗は、あらゆる限界を超えて、ついに二つの圧力による超圧縮に耐えられなくなった闘氣が、臨界を超えて歪に膨張し、漏れ出す様に勢いよく閃光を放った後、大気がそしてその場の全てのものが叫び、いや絶叫を上げて、『それ』は爆散する。

 ソレはさながら、極々小さい刹那の超新星爆発の様にすら思えた。


509 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/03(木) 09:34:09.19 ID:pfWY2Mrb0


 その閃光と波動はかなり広範囲まで拡がっていく。

 それは他のジーニアスにも視覚的にも物理的にも認識できる程の波動。


 そして、これがこの戦いの後に、ベヘモスと不動明王の闘いとして伝説となる。


510 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/03(木) 09:35:10.05 ID:pfWY2Mrb0



 憂「――――――――!!!!?」

 紬「―――!!?」

 その余りにも膨大なエネルギー爆発の閃光に分け合う様に包まれて、二柱(ふたり)は吹き飛ばされて無防備な状態で地面に叩き付けられる。

 そしてそのまま嵐が通り過ぎた後の様にその空間は静寂に包まれる。
 

 だが、


 数瞬後、その静寂を破って起き上がろうとする少女が一人。


511 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/03(木) 09:35:58.83 ID:pfWY2Mrb0


 琴吹 紬がふらつきながらも、それでも灰色の大地をしっかりと踏み締めて立ち上がる。

 そして覚束ない足取りながらも、それでも確実に歩みを進め、今なお起き上がれずにいる、平沢 憂の足元に立ち彼女を見下ろす。

 憂は立ち上がれないながらも、それでも左肘を支えにして、上半身を起こして目の前で
自分を見下げる少女をキッと厳しい瞳で睨み付ける。


512 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/03(木) 09:36:44.45 ID:pfWY2Mrb0


 紬「正直、ここまでやるとは思わなかったわ、憂ちゃん……お陰でこの私がすっからかんになっちゃったわ」

 紬は溜息を付きながら、それでも憂に対し感嘆の声を上げる。

 憂はそんな紬の姿に何処か違和感を覚えて、彼女をまじまじと見る。

 紬の制服はこれまでの闘いと今の闘氣と、炎の暴発で所々裂けていたり、焼け焦げていたりしていた。

 貌も所々、煤けていたり、頬にも浅い傷が付いていたり、彼女のつややかな髪も所々くすみ、焼け焦げていた。

 だが、憂が紬に対して感じた違和感はそこでは無かった。そして、憂は気付く、彼女の両腕に在る筈の『モノ』が無い事に……そしてそれは自身も同様だった事にも気付く。

 消した心算も無いのに倶梨伽羅甲(ブランド)が消えている……。

 憂はもう一度発現させようとしたが、発現させる事は出来なかった。
 

513 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/03(木) 09:38:06.16 ID:pfWY2Mrb0
 


 憂<はは……『力』が入らないや……>

 憂は自嘲気味に心の中で呟く。今の一撃で精も根も尽き果て、辛うじてジーニアスは発動してはいるものの、殆んど自身の一部と言っても良い標(ブランド)すら発現する事が出来ない程に消耗していた。

 憂「……どうしたんですか紬さん?私を殺るなら今ですよ?」

 目の前に立つ仇である紬を怨めしく見上げながら、この状況で何もしてこない彼女に対して、何故か何処か苛立たしげに吐き捨てる様に言う。

 そんな事を云いながら憂は自身の身体の確認をする。辛うじて動きそうなものの、とても、少なくても紬を斃せる程の拳を放つ事は出来そうになかった。

 だが、それは彼女の目の前に仁王の様に立ち見降ろす紬とて同様であるのだが。


514 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/03(木) 09:39:20.88 ID:pfWY2Mrb0


 紬「ふふ……まぁいいじゃないの。そんなに急かさなくても。そんな事より、さっき憂ちゃんが私にキックしたでしょ?あの時ね――――」

 紬はそんな憂に一瞥をくれながら、今度は何処か穏やかな貌で妙に愉しげに話し掛ける。

 憂「どうしたんですか?」

 紬「うふふ……パンツ、見えてたわよ。あと、あの時裂けたシャツの間からブラもね……」

 紬は眼福眼福と満足げにうんうん頷く。

 憂「…………見せてあげたんですよ。せめてもの冥途の土産にと思って。ほら紬さんって変態百合豚ですから……」

 憂は羞恥にほんのりと貌を赤らめながら、照れ隠しとも言える悪態を付く。さらに「紬さんも今見えてますよ?」とお返しをしながら、動かぬ身
体をそれでも鞭を打つ様に鼓舞をして震えよろめきながらも立ち上がる。


515 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/03(木) 09:40:11.45 ID:pfWY2Mrb0


 憂「今からでも送ってあげますよ……」

 憂は見るからに満身創痍、精も根も尽き果てた出で立ちで、立っているのもやっとだと云った様に見えたが、その瞳はまだ諦めの色を発してはいなかった。

 紬「もう無理よ。自己証明(ブランド)すら出せない今の貴女に、この私、いえ、誰も消せはしないわ……」

 紬はまるで聞き分けの無い子どもを諭す様な表情と口調で憂を窘める。

 憂「そんなのやってみないと判らないっ!!」

 憂は湧き起こる不安でも振り払うかのように叫ぶと同時に、彼女を嘲笑うかの様にがくがくと震える膝を押さえ付け、一歩踏み込んで紬の左頬に渾身の拳で殴りつける。
 

516 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/03(木) 09:41:09.19 ID:pfWY2Mrb0
 

 紬<憂ちゃん(このこ)は控えめで、大人しくて、聞き分けのよい子だと思っていたけど、ソレは姉(ゆいちゃん)がいたから抑えられていただけなのね……>

 紬はそんな憂をどこか慈しむように見つめながら、彼女の拳を避けようともせずに受ける。いや、受け入れる。

 自身とて、気丈に振る舞ってはいるが、憂と同じく満身創痍の身である。一瞬ふらつきかけたが、自身の誇り(プライド)と意地でかろうじて踏み止まる。

 その平然を装った紬の表情は憂には効果てきめんであった。

 自身の渾身の一撃を受けながら、まるで動じない紬の様子にまるで死刑宣告で受けたかの様に愕然となり、絶望と悔しさで貌が歪む。

 紬<この子は、本当はとっても感情的で頑固で負けず嫌い……もしかしたら唯ちゃんよりもずっと子どもなのかもしれないわね……>


517 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/03(木) 09:42:13.49 ID:pfWY2Mrb0


 紬は刹那、そんな憂に蔑みではなく、むしろ妹か娘に向ける様な愛おしげな表情で見遣ると、すぐに厳しさを取り戻して、彼女の左頬に右フックを打ち込む。

 憂「―――――!?」

 まるでカウンターの様に不意に受けてしまった憂は、足の踏ん張りも利かず、堪らずによろけてそのまま地面に這いつくばる。

 これだけ見ると紬の方が遥かに余力を残しているかのように見えるが、彼女とてこれが今出せる渾身の一撃である。もうこれ以上の事、憂を斃す程の一撃を放つ事などはとても出来そうになかった。


518 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/03(木) 09:42:59.07 ID:pfWY2Mrb0


 だが、桜高の先輩として、琴吹家の娘として、ベヘモスのジーニアスとして。そして、最強を自負する者として、後輩(うい)に、いや、例え誰であろうとも退く事、弱みを見せる事は彼女の矜持が許さなかった。

 紬「今日の所はここまでにしましょう?ふふ、そんな顔しなくても梓ちゃんの仇を討ちたいのなら、また何時でもいらっしゃい。この世界でならいつでも相手をしてあげるから」

 紬は自身を突き刺す様な視線を送り続けている憂に対し、言い聞かせる様に言うと梓の時と同じ様にくるりと踵を返す。

 紬「それじゃあね憂ちゃん。とても愉しかったわ。『また』逢いましょう」

 そして最後にそう告げると、憂に背を向けたまま歩き出し次第に遠ざかって往く。
 

519 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/03(木) 09:45:27.21 ID:pfWY2Mrb0



 憂はそんな紬を引き留める事も出来ずに、ただ悔しさを滲ませた貌で、彼女をただ見送る事しか出来なかった。

 そして紬の姿が見えなくなると、憂は仰向けに寝転がり右手の甲を眼の上に当てる。



 憂<ごめんね梓ちゃん……本当にゴメンネ……お姉ちゃん……私はやっぱりお姉ちゃんが居ないとダメなコだったよ……>



 憂は悔しさと涙をその顔に滲ませながら、今はもういない二人に対して、無念そうに謝罪と云うべき言葉を発していた……。






 

520 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/04(金) 21:02:57.60 ID:AFqIhLI70


 金属同士がぶつかる、いや、それとよく似た音が辺りに響き渡る。

 そして、その音が響く度に瘴気と光炎。毒気と灼熱が音の発信源を中心として、広範囲を蹂躙し支配する。




 地獄――――。




 『ソコ』に踏み込んだら最期。毒に侵され灼熱に灼(やか)れる、赤と黒が支配する過酷すぎる光景(くうかん)は、さながら『地獄』と言っても何ら差し支えが無い様に思えた。


521 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/04(金) 21:03:48.07 ID:AFqIhLI70


 その地獄を創り出している存在。地獄(その)中心で、刀と剣を振るい鍔迫り合っている二柱(ふたり)。

 澪と和―――。ベルゼブブとスルト――――。二柱(ふたつ)の凶悪で巨大な『力』のぶつかり合い。

 和の火神の剣(レーヴァテイン)が澪に襲い掛かり、澪はそれを黒銀の刀(カタリナ)で受け止める。そしてその度に大量の光炎と瘴気が飛び散り

、その周辺に充満して地獄を創り上げていた。

 そして澪は受けた剣を払い除けると、そのまま後退して和との距離を取ると同時に、左(きき)腕を天高く掲げる。


522 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/04(金) 21:04:39.93 ID:AFqIhLI70



 刹那。掲げた左腕から大量かつ高濃度の瘴気が立ち昇り、ソレに引き寄せられるかのように悪霊や亡霊と言った『穢れ』が瘴気に吸い寄せられ次々と同化し、やがて『ソレ』は何処までも禍々しい黒い柱を聳え立たせる。

 そして澪は腕を、自身が造り上げた邪悪な黒柱を和の頭上目掛け振り降ろす。

 和は自身の頭上に迫る凶悪な黒い柱を、剣を上段から更に振り上げる様にして、斬り裂き両断していく。

 「!?――――!!!」

 だが、間髪入れずに次の瞬間には彼女の左半身目掛けて無数の人骨を固めた様な、灰色の柱状の塊が勢いよく襲い掛かって来る。

 和「――――っく!!!」

 和は眼前に迫る『ソレ』を避ける事を、更には剣で叩き壊す事も断念し、左腕を折り曲げ力を込め、自身の根源=氣を左半身に集中して放出して防御壁を形成する。

 そして塊骨の柱が和に直撃する。その衝撃で柱は砕け散り、和も相応の衝撃を受けるがどうにか致命的なダメージは免れる。


523 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/04(金) 21:05:22.76 ID:AFqIhLI70


 澪は瘴気の黒柱を放った次の瞬間には、柱状に形成し超高密度に固められた灰色の瓦礫に、瘴気の黒柱と同様に数多の穢れた霊を練り込んだ『灰色の骸柱』。

 その邪悪且つ超硬度を誇る柱を、今度は横に振り抜いた一撃。

 その全てを破砕し憑き殺す一撃を、和は身を屈め左半身に力を込め、歯を食い縛り、大地を踏み締め受け止める形となる。

 和「澪……」

 和は顔を上げ何でも無い表情を澪に見せ付ける。

 和「そんなモノでは私を斃す事すらとても無理ね。もういい加減に遊んでないでもっと本気で掛かって来なさい」

 和は努めて何気なく、そして眉を僅かに寄せて窘めるかの様に挑発する。
 

524 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/04(金) 21:06:05.13 ID:AFqIhLI70
 

 澪「和ァ……」

 澪はその端正な貌を歪めギリッと口惜しげに歯軋りをする。この戦いだけで何度、目の前の眼鏡女に、自信を揺るがされプライドを傷つけられた事か。

 そんな度重なる和の揺さぶりに、澪の決して強靭とは言えない精神(こころ)は揺さぶられ、搔き乱されていた。

 そして、澪は余りの苛立ちに頭を掻き毟る。

 その時だった―――――。

 澪「っ!!?〜〜〜〜〜っ――――――!!!!?」


525 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/04(金) 21:06:54.70 ID:AFqIhLI70



 自身の頭上に異様な熱気と質量を感じて反射的に真上を見上げる。そこには紅い太陽の様に燃え盛る炎の塊があった。

 そして、その余りの光景に目を丸くしていると、数瞬後に『太陽』(ソレ)が澪目掛けて墜ちて来る。

 澪は刹那、頭が真っ白に呆けるが、彼女自身…そして悪魔の王の本能が働いたのであろう、咄嗟に刀標(カタリナ)の剣先を頭上に掲げ、瞬時に出せる己の瘴気(ちから)を出せるだけ出して、禍々しくも強力な防御結界を創り上げる。

 それとほぼ同時に太陽球は剣先に墜ちる。

 澪「ああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ―――――!!!!」

 澪は正に極小の『太陽』とも云うべき質量と高熱の火球に、焼かれ押し潰されそうになるも、吠える様な叫び声を上げ、気合を入れて打ち破り、
『火球(ソレ)』は次第に霧散していく。

 そして打ち破ると同時に澪は和からの追撃を警戒して出来る限り距離を取る。


526 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/04(金) 21:07:36.58 ID:AFqIhLI70


 澪<くそっ!!>

 澪は追撃して来ずに自身を睨み付けながら、何処か澄ましたようにも見える和を見遣りながら、肩を上下させ、はぁはぁと呼吸を整えながら、心の中で怒りの声を上げる。

 和があの状況からこれ程のモノを創りだせる能力(こと)に流石の彼女も舌を巻き、同時にそれに気付けなかった己の甘さと迂闊さが許せなかった。

 そして何よりも和に感情を乱され、冷静さと判断力、そして視野を簡単に狭められた事に対する、自信の甘さ、弱さ、不安定さに強い怒りと憤り、そして情けなさを痛感せずにはいられなかった。
 

527 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/04(金) 21:08:40.14 ID:AFqIhLI70


 澪<何をやっているんだっ私はっ!和にっ!!あんな眼鏡におちょくられてっ!!!動揺させられてっ!!!!それでも私は蝿の!!悪魔の王か!!!!!>

 澪は自信の不甲斐なさに心の中で喚き声を上げる。そして喚いている内に何かに気付いたのか、はっとした表情になる。

 澪<そうだ。私は蝿の王。悪魔の王ベルゼブブなんだ。何を恐れる必要がある。私は強いっ!そう、誰よりも。この目の前でいい気になって空かしてる、子憎たらしい、炎の巨人よりもッ!!>

 澪は大きく、そしてゆっくりと息を吐くと、昂ぶる神経を鎮静させていく。

 澪「ふふ。なんて事は無い。何時も通りでいいんだ」

 呟くと同時に気持ちが切り替わっていき、次第に冷静さと自信場戻ってくる。


528 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/04(金) 21:09:25.99 ID:AFqIhLI70


 澪「和」

 そして澪は和に声を掛ける。

 澪「もうつまらない小細工は無しだ。そろそろ決着を付けようじゃないか。和」

 澪「『コレ』でな……」

 澪はどこか自身に陶酔した様子で高らかに言い放ち、刀を構える。

 和「そうね。私もいい加減、同じ事を考えていた所よ」

 澪の言葉に和は同意して頷くと、そして澪と同じ様に剣を構える。


 澪と和。ベルゼブブとスルト。悪魔の王と炎の巨人族の王の黄昏(たたかい)はここに、最終局面を迎えようとしていた……。


529 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/04(金) 21:11:08.47 ID:AFqIhLI70


 二つの刃がぶつかり合い、その度に赤黒い炎が飛び散る。

 先程までの鍔迫り合いも息を飲む程に凄まじいモノではあったが、今のソレは更に極限の緊張感の中、ビリビリと張り詰めたモノが周囲一帯を支配する。まさに真剣勝負と言って相応しいものであった。

 打ち込み合う互いの表情は鋭く、真剣そのものであり、そこには彼女たち二人の他は何人たりとも寄せ付けない空間が出来ていた。

 澪「和ァ!!」

 和「澪!!」

 互いの刃がぶつかり交差して、押し合う様な状態(かたち)になる。

 二人の腕に刃に力が籠り、ふるふると震える。最早互いに一歩も引く事すら許されない。ソレは二人の必死な、そして時折見せる鬼の如き形相が物語っていた。
 

530 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/04(金) 21:11:56.10 ID:AFqIhLI70
 

 二人は互いの顔を見合いながら、一瞬ではあるが傷心の想いに駆られる。

 だがそんな想いの残滓も振り払い二人は刃で斬り付け合い傷付け合う。

 和<どうやら元に戻ったみたいね……>

 和は剣を澪に振るいながら、心の中でどこか安心した様に呟く。



 ―――――最高の状態の彼女を、澪をその上で斃す。



 和がこの戦いに臨む上で誓った誓約の一つ。


531 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/04(金) 21:12:42.54 ID:AFqIhLI70



 先程の澪の二段階の攻撃によるダメージから回復する為に、彼女を動揺させる事で時間稼ぎを図ったのだが、回復できたとしてもそれで彼女の歯車が完全に狂ってしまったら元も子もない。それで彼女を斃したとしても、それでは和の本懐を達成する事が出来ない。

 そして危うくそうなるかと危惧したが、澪が踏ん張って持ち直してくれた事に、和は自信に可笑しさを覚えるも、彼女に感謝の念すら覚える。
 


 ―――――これで心置きなく澪を斃せる。



 ―――――と……。

 
532 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/04(金) 21:13:27.46 ID:AFqIhLI70

 

 キィン


 キィン



 もう幾度目かであろう、和と澪。互いの刃と刃、想いと想い交差し交錯する。


 澪「なあ…和……」

 正に目にも止まらぬ剣閃同士の攻防を繰り返す中、澪が不意に和に声を掛ける。


533 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/04(金) 21:15:06.39 ID:AFqIhLI70



 澪「お前は神でも悪魔でも無いのだろう?」

 和「ええ、そうよ。それがどうかしたの?」

 和は澪の意図が掴めずイラッとしかかるが冷静になろうと努める。

 澪「だったら和。私と一緒に全てをゼロにしないか?私とムギ、そして和(おまえ)が居れば必ず出来る筈だ。だから和―――」

 和「??今になって何を言っているの?澪?」

 刃と刃を圧しつけ合いながら、和は澪の突飛過ぎる言葉に流石に困惑した表情と口調になる。
 


 ――――今度はこちらの動揺でも誘おうと言うのかしら?



 和はそんな事を勘ぐりながら交差する刃越しに澪の様子を疑いの眼差しで窺うが、澪のどこか思い詰めたかに見える容貌は、とても自身を陥れる様には見えなかった。




 

534 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/04(金) 21:15:46.78 ID:AFqIhLI70
 

 澪「私は律を。お前は唯を失った……」

 和「……だから私達はこうして互いに刃を交えている」

 澪の言葉にそう返す和の口調は明らかに怒気を含んでいた。

 澪「互いにかけがえの無い者を失った……」

 澪「そんな世界なんか存在する意味が無いと思わないか?」

 一連の澪の発言に和は自身の耳を疑う。

 和「自分で何を言っているのか判っているの?澪」

 和は澪がおかしくなってしまったのではないかと疑う。いや、もう既に彼女はおかしくなっていると改めて認識する。

 そう。あの日から、ジーニアスに目覚めてから。そして、律を失った時から……。


535 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/04(金) 21:16:21.72 ID:AFqIhLI70


 和<それは私も同じね……>

 和はどこか自重気味に声に出さずに呟く。彼女自身、澪と同様におかしくなってしまったと認識していた。そう、唯が消えて逝ってしまった時から。その仇である澪を憎み、刃を向け、そして斬る事に何の躊躇も無くなってしまった時から……。

 澪「ああ、判っている。お前は私と同じなのだと……なぁ和。私はお前に感謝しているんだ。二年になって律達とクラスが別々になって、不安で仕方の無かった私を救ってくれたのが、和。お前だった。もしあの時、お前まで居なかったらと思うと……考えただけでゾッとするよ……」

 澪「だから和。私は律の次にお前を大事に思っている。今の私にはお前が必要なんだ……だから……」

 最後の方は救いを求めるかのように澪は和に語り掛ける。その表情は思い詰め歪む様に引き攣り、その瞳は潤みふるふると震えていた。
 

536 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/04(金) 21:16:54.58 ID:AFqIhLI70
 


 和「貴女が私の事をそんな風に見てくれていたなんてね……その事なら、私も貴女に感謝していたのよ。でもね、澪。『今の』私はあなたの依存癖に付き合う気はさらさら無いの」

 だが、そんな澪を和は冷徹に突き放す。

 澪「で、でも和……」

 和「何をトチ狂ったのかは判らないけど。もうあなたと私は元には戻れない。お友達にな(まじわ)る事は無い。ましてや私があなたの為に律の代わりなる事なんて絶対に無いわ」


537 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/04(金) 21:17:25.70 ID:AFqIhLI70


 尚も縋り付こうとする澪を和は、更に「偉そうなことを言っておきながら、あなたは結局何も変わらなかったのね……」と、辛辣な言葉と憐れむ様な眼差しを容赦なく浴びせる。

 和「それにね、澪。私は寧ろあの子の、唯の居なくなってしまった世界を守りたいと思っているの。私は…憂は、確かに唯が、平沢 唯という存在が在った世界を残したい。その世界で生き抜きたい。もう、みんな忘れてしまったけど、それでも私と憂だけは忘れない。唯(あのこ)が生きていたと言う証でありたい。だから私は、悪魔(あなた)達から世界を護り、その上でその世界で生き続ける。平沢 唯と言う存在が居たと言う事を消させない為に……」
 

538 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/04(金) 21:18:07.50 ID:AFqIhLI70
 

 和の瞳は何処か哀しげでだが、その中に『決意の光』が力強く宿っている様に見えた。

 澪「………そうか唯の為に世界を護る……それがお前の『正義』と言う訳だな」

 和「澪。これは唯や憂にも言った事が無いのだけど……。まぁあの子たちには言う機会も無かったのだけど……私はね、『正義』という言葉が嫌いなの」

 和はそう言って首を左右に振りつつ更に続ける。

 和「だって、正義と言う言葉程、立場で姿を変え、それに合わないものを排除する。曖昧で偏狭で思想を固定化して視野を狭めて終う言葉は無いもの」

 和の表情は居たって真剣である。それから「私自身、唯がいた世界だから護りたいだけだからだけど」と、照れ隠し気味に続ける。

 彼女自身は自覚をしていないのだろうけど、それが和の『正義』であり、真面目な彼女らしいな、と、澪はどこかしみじみと思った。
 

539 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/04(金) 21:18:46.19 ID:AFqIhLI70
 


 だが―――――。


 ―――――そんな和が私を完全に拒絶した。


 澪<もう、私と和の想い(みち)は交わる事は無い……>

 

 それが、判って終った。

 
540 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/04(金) 21:19:40.34 ID:AFqIhLI70

 
 澪「分ったよ和。もうお前と共に往けないのであれば、此処でお前を斃し例え私一人になろうとも、必ず世界を壊して見せる」

 和「そう……澪。貴女はそれでいい。だけど、貴女はここで私に斃されるの」

 和は更に続ける。

 和「澪。貴女みたいな性格の人は、ブレーキはよく利いて、アクセルは利きにくい自動車みたいなものね。自分で何かしようとしてもアクセルが効かないくせにブレーキは利くものだから、直ぐに止まって何も出来ない。ナニかする時にはアクセルを全開しないといけない。だから行動や考えが極端になって終う」


541 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/04(金) 21:20:27.95 ID:AFqIhLI70



 和「律を失って自棄(やけ)になって箍(たが)が外れた今みたいにね」


 和「そんな貴女に強過ぎる『力』は危険なのよ。だから……」


 和「私が貴女を止める。これは私の確固たる意思」


542 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/04(金) 21:21:10.02 ID:AFqIhLI70



 澪「偉そうに判ったような口をきくなよ和。一体お前が私の何を知っているんだ?ナニ様の心算だ?あんまり調子をこくなよ?和」

 和「そうね、今のは少し語っちゃったわね」

 和はそう言うと少し恥ずかしげに肩を竦める。

 澪「今の何でも悟(わか)ったかの様な事を云うお前は嫌いだよ。和……」

 級友(ふたり)の交わる刃により力が込められる。

 澪と和。二人の間にはもう、『迷い』と言う言葉は存在しなかった。


543 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/04(金) 21:21:45.07 ID:AFqIhLI70


 和と澪が刃を交え、再び殺し合いを始めてもう幾程の時が過ぎただろうか。

 その最中(さなか)、この二柱(ふたり)ですら、一瞬、動きが止まり注意が逸らされる程の巨大なエネルギーの発現と消失が起こる。

 それが、紬と憂の闘いの終焉を告げるものであると、二柱は心のどこかで理解する。だが流石に現状ではどちらが勝ったかまでは判らない。

 だが、今はそれを詮索する時ではない。

 今やるべき事は、目の前の『敵』を斃す事だ。
 

544 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/04(金) 21:22:14.41 ID:AFqIhLI70



 澪<何故だっ!?何故未だこいつを切る事が出来ないんだっ!!?>


 だが、斬り合いが続くにつれ、ほぼ膠着状態と言っても良い状況に、徐々に澪の心に焦り、困惑、苛立ちと言ったものが募って来る。
 

545 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/04(金) 21:22:53.00 ID:AFqIhLI70



 彼女が刀を振るう度に、その副産物として発生する鋭い瘴気の刃は、もう幾つも和の制服を切り裂き、幾筋もの傷を負わせていた。だが、それだけだった。それだけではとても彼女に致命的な傷を負わせる事は出来ない。

 そして、肝心の刃はただの一度も和の肉体(からだ)に届かせる事が出来ないでいた。

 だが、それは和とて同じで、火神の剣から発せられる炎の刃も澪の制服を焦がし、ごく軽い火傷と傷を負わせるに留まっていた。


546 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/04(金) 21:23:47.98 ID:AFqIhLI70


 和の炎の巨人の氣(ちから)とも言うべき≪根源≫は確かに途轍もなく強大な物だが、それは自身の、蝿王の魔力(ちから)とて決して劣っている訳ではない。剣技だってそうだ。恐らくこれが初戦であろう和に比べて、実戦経験が豊富な自身が劣っているとは思えない。実際に刃を交えてもその印象は変わらない。


 だが、


 それでも勝てない。和の躯を切り裂く事が出来ない。
 

 ギリィ。
 

 それがもどかしく、苛立たせる。


547 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/04(金) 21:24:28.72 ID:AFqIhLI70



 澪「和ァ!私は至高の!地獄の帝王ベルゼブブだ!!私は最強だ!!!私にはだれも勝てない。和!粘るのも良いがそろそろ諦めたらどうだ!!」

 苛立ちが最高潮に達し、澪は遂に声を張り上げて喚き始める。

 和「貴女は確かに強いわ。神格(ちから)だけで見たら恐らく他のどのジーニアスよりもね。でもね澪。貴女は私には勝てないわ。勿論理由もある」

 澪「何を言っているんだ?和?」

 和の言葉に澪の表情が困惑を下地(ベース)にした様々な負の感情を一纏めにしたかの様に歪んだモノになる。


548 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/04(金) 21:25:09.85 ID:AFqIhLI70



 和「あなたは人の世界を滅ぼそうとしている」

 澪「それが如何(どう)した?」

 和「でも、恐らくは悪魔は、あなたのジーニアスであろベルゼブブは滅亡(それ)を望んではいないんじゃないかしら?彼らの目的は神々の座を奪い、そしてその創造物たる人間も支配する事。恐らくは奴等が勝ったとしてもごく少数にはなると思うけど、敢えて人間を根絶やしにする事は無いでしょうね。そこがあなたとは違う」

 和「つまりジーニアスと望み(かんがえ)が違うあなたは、ジーニアス…ベルゼブブからの加護の全てを受け切る事は出来ない。それでも他のジーニアスに比べても充分な加護なのでしょうけど、でもその僅かな差で、貴女は私に負ける」

 澪「じゃあ和。お前はスルトの加護を全て受け切れているのか?」

 和「……ええ。そうよ。少なくとも貴女以上にね」
 
 
549 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/04(金) 21:25:45.25 ID:AFqIhLI70
 
 
 澪「そんな馬鹿な事があるかっ!?和。お前は唯の為に世界を護ると言った。だけどスルトは一度世界を滅ぼした張本人だぞ!!」

 澪は和の言葉に矛盾を覚え、強い憤りを感じて思わず声を張り上げる。

 和「ええそうよ。だからこそよ」

 澪「どういう事だ?」

 和「スルトは、この炎の巨人族の王は確かに一度、世界を炎の海で呑み込んで滅ぼした張本人よ。その巨人の王(かれ)がね、その時の事を後悔しているのよ。彼は神々の黄昏(ラグナロク)で全てを失った。そして失わせてしまった。それがとても堪えたみたい。だからもう、そんなことはしたくない、させないですって」


550 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/04(金) 21:26:37.29 ID:AFqIhLI70



 和「ふふ可笑しいでしょう。巨人族の王と言うべき人がこんなに女々しかったなんて。でもそんな情けない思いが私の想いと合致した。私達は、理由は違うかもしれないけど、根本の処で一つになったのよ。そこが貴女とベルゼブブとは違うところよ」

 澪はそんな和の物言いと一瞬見せた彼女には珍しいドヤ顔に、言い知れない悔しさと怒りを、そして僅かばかりの不安に似た感情を覚える。


551 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/04(金) 21:27:18.16 ID:AFqIhLI70






 澪「そうか……お前は私よりも強いと言うのか……」





552 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/04(金) 21:27:56.87 ID:AFqIhLI70
 


 ゾッ――――。


 澪が地獄の最下層、嘆きの河(コキュートス)から湧き上がったかの如き、重く冷たい『声』に、さしもの和も血の気が一気に引く。

 そして澪が、刃を突き合わせた状態から一歩引いたと同時に、是迄ですら無かった程の質量の瘴気を『カタリナ』に纏わり付かせていく。

 常人。いや、高位の神格ではないジーニアスならば『コレ』に中られた瞬間に発狂しかねない程の莫大な質量の瘴気の発現。

 和<この感覚……空間がねじ曲げられたみたい……>」

 その圧倒的な地獄の発現に、さしもの和(スルト)ですら、息を呑み戦慄する。


553 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/04(金) 21:28:28.59 ID:AFqIhLI70


 そして澪がカタリナを上段に構えると同時に、瘴気が天を劈き立ち昇る。

 澪「和ァ!!!!これを受けてみろ―――――ッ!!!!!」

 澪はそのまま渾身の力を込めて和目掛けてその最凶の刃を振り下ろす。

 和「澪っ!!!嘗めるんじゃないわよっ!!!!!」

 和も絶叫と同時に澪と同様に渾身の力を込めてレーヴァテインを振り上げ、澪の『全て』を受け止める。
 

554 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/04(金) 21:29:16.99 ID:AFqIhLI70
 


 二つの刃が激突した瞬間。その極限の衝撃と共に閃光を放ち、灰色(こ)の世界を朱と黒に染め上げる。

 それは凄絶なまでの光景は正に、神々の黄昏<ラグナロク>を彷彿とさせ、この戦いの後に他のジーニアス達に『王たちの黄昏』として伝説となって語られる事になる。


 澪「和ァ!!!!」


 和「澪っ!!!!」


 二つの刃と想いの全てが剥き出しになってぶつかる。これまでに何度も互いの刃は衝突した。だが、これは互いの渾身の一太刀同士。これで勝敗が決まると言っても良い程のものだった。
 


555 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/04(金) 21:29:55.18 ID:AFqIhLI70
 



 極限の『力』同士の均衡。




 だが、その余りにも危う過ぎる均衡も遂に崩れる時が来る。




556 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/04(金) 21:30:37.02 ID:AFqIhLI70


 和「ああああああああ――――――!!!!!」

 澪「―――――!?」

 澪のベルゼブブの、体力も精神力もごっそりと削ぎ落とされていく『渾身』を、和は気が絶望的に遠くなっていくのを必死に堪えて、歯を血が滲む程に噛み締めて受け止め―――


557 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/04(金) 21:31:29.63 ID:AFqIhLI70



 そして――――。



 和の、スルトの剣が不利な体勢なのを物ともせず、その『渾身』は澪をベルゼブブの刀を押し上げ、その勢いで澪の身体ごと空中にまで吹き飛ばす。


 そして堕ちて来る澪を討ち堕とし、止めを刺さんとして和は火神の剣を構える。



558 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/04(金) 21:32:20.92 ID:AFqIhLI70




 だが―――。



 澪「残念だったな和」

 澪は堕ちる事無く、白銀に煌く翅を拡げて空中に留まっていた。


 澪はこの時既に勝利を確信していた。

 後は超高速で下降して和を斬るだけだ。


559 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/04(金) 21:32:57.45 ID:AFqIhLI70


 澪は勿論。最初の段階では、もっと早くカタを付ける心算だった。

 だが、和が自身の想定以上であった事。そして自信と肩を並べ共に存在す(い)る事が出来るレベルである事が判った時、彼女と共に戦い(い)たいと思った。

 律の代わりには流石になり得ないが、少しでも支えになって欲しかった。

 だが、それすら叶わず再び刃を交わした時には、今の状態になる事を想定していた。

 今この時の為に、最初に見せて以来、翅を見せる事はしなかった。


560 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/04(金) 21:34:02.05 ID:AFqIhLI70






 全ては、この時の為に――――。







561 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/04(金) 21:34:39.44 ID:AFqIhLI70



 対する和は。


 和<本当にキレイ……ううん、最初に逢った時からずっと……>

 遠くを見る様に目を細め、何処か羨望の眼差しを向けながら、何処かしみじみと心の中で呟いていた。


562 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/04(金) 21:35:20.69 ID:AFqIhLI70



 澪<終わらせてやるよ。和>

 呆けた顔でこちらを見上げている和を見下ろしながら、澪は万感の思いを込める。
 

 澪「終わりだっ!!」

 そして澪が和目掛けて急降下しようと翅をはためかせた瞬間――――。


563 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/04(金) 21:35:58.92 ID:AFqIhLI70


 澪「―――!?」

 澪の身体が、翅が一瞬、浮揚する。面を喰らった彼女が状況を判断しようとして見た物は、空中から視野を広げ俯瞰して初めて全貌が判る程の大きさの、広範囲を散り囲み天高く燃え上がる円柱状の炎だった。

 空気が暖まる事で、さながら気球の様にほんの一瞬、軽くなった空気が、ほんの僅かに澪を押し上げ体勢を崩させていた。

 澪「こんなものっ!」

 澪はほんの一瞬、気を逸らされ体勢を崩されるも、すぐに立て直し再び降下体勢に入る。

 澪「えッ…………!?」


564 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/04(金) 21:36:44.27 ID:AFqIhLI70









 だが、その時には既に和の顔が紅く光る剣先が彼女の目の前にあった……。








565 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/04(金) 21:39:36.95 ID:AFqIhLI70



 和「もう終わりにしましょう澪……」


 澪「のd――――――――!!?」


 そして次の瞬間には和の剣が澪の胸の下の辺りを貫いていた。



566 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/04(金) 21:40:18.26 ID:AFqIhLI70


 和は澪を空中に飛ばした瞬間に炎の円柱を創り上げていた。

 全てはこの時の為に。澪が上空で翅を拡げた時の為に。

 澪が翅を初めて魅せた時、和は素直にそれをとても美しいと思った。そして戦いのさなかに澪が翅(それ)を利用していない事に気付き、その時既に彼女の意図(とっておき)を見抜いていた。


 そして戦いの流れの読み合いを和が制したのだった。
 

567 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/04(金) 21:41:28.21 ID:AFqIhLI70
 


 澪「がはっ―――」

 澪は堪らず込み上げて来たモノを吐き出す。その殆んどが血であった。

 刹那。彼女を二重の焼け付く激痛が襲い掛かる。

 躯を貫かれた事による痛み。そして炎の剣の灼熱による火傷による痛み。

 その、正に余りの内側から焼かれる激痛にさしもの澪も苦悶の表情になる。自身が唯に止めを刺した箇所とほぼ同じ個所を貫かれ、その傷の周りは焼け焦げて既に炭になっていた。
 


568 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/04(金) 21:42:28.64 ID:AFqIhLI70
 


 澪とて紬や憂と同様、瘴気による強力な防御装(バリア)を纏っていたが、和のレーヴァテインの渾身の一突きを防ぐ事は到底叶わず、そして瘴気の衣を纏ったが故に、和が熾(おこ)した炎による急激な温度の上昇に気付く事が出来なかった。

 そして和はその暖気による浮力を利用して勢いよく跳び上がり、一瞬で澪の位置まで跳ぶ事が出来た。



569 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/04(金) 21:43:23.16 ID:AFqIhLI70


 全ては澪の行動含めて和の計算通りになった。

 そして和は澪の躯から押し退ける様に剣を抜くと、そのまま僅かにだがゆっくりと降下し着地する。そして澪は仰向けになりながら力無く落下して地面に叩き付けられる。

 澪を貫いた火神の剣は彼女の血を、肉を焼き焦がし、その刀身は黒く染まっていた……。
 

570 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/04(金) 21:44:12.22 ID:AFqIhLI70
 

 澪「クソが……私は…ベルゼブブ…蝿の王…地獄の帝王……私は最強なのに……何故お前に勝てない……」

 澪は息も絶え絶えに自身の足元に立って見下ろしている和に向かって、悔しさを滲ませながら呻く様に言葉を綴る。

 和「そうね。能力とジーニアスの相性の差で、私の方が貴女よりもほんの少し強かったというだけ……」

 澪「はは……そうか…全く容赦無いな和……」

 和「前にも言ったでしょ。私は唯ほど優しくは無いって……」

 和はそう答えた後、唯の優しくて屈託の無い笑顔をふと浮かんで切ない想いに駆られる。


571 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/04(金) 21:44:47.96 ID:AFqIhLI70


 澪「そうか……私はやっぱりダ……ん…成程……そうか…そう言う事か……」

 和「どうしたの澪?」

 どこか様子のおかしい澪に、和は怪訝そうな表情になる。

 澪「どうも…私のジーニアス……は未だ喰い足りないらしくてな……どうやらもう私の代わりを見付けたらしいよ……流石≪暴食≫を司るだけの事はある……」

 澪「どういう事?」

 澪「その内…判るよ」

 困惑気味の和に澪はどこか含みを持たせた言葉を返す。

 この時の澪の顔はどこか憑き物が落ちたかのように穏やかなものになっていた。


572 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/04(金) 21:45:41.16 ID:AFqIhLI70


 澪「でもまさか、私が消える事になるとはな……せっかくベルゼブブと云う最高位のジーニアスだったのに……」

 澪は真っ黒く炭化した傷口を見遣りながら、自嘲気味に独り言の様に呟く。

 ジーニアスを発動した状態での治癒力は当然、常人のソレの比ではない。ベルゼブブと言う最高位の神格のジーニアスなら尚更であろう。だが、その能力(ちから)を以ってしても、肉がそして内臓の一部が炭となった状態では澪とて元はただの少女(ひと)である。蘇生する前に力尽きる事は避けられそうになかった。



573 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/04(金) 21:46:19.14 ID:AFqIhLI70



 和「私が言うのもなんだけど、消失した先(そこ)で律に逢えるといいわね」

 澪「この世界での死は完全なる消滅だ。完全に消えちゃうのに…逢えるのかな律に……」

 和「逢えるわよ…きっと……」

 澪「そうだと……いいな……」

 和「でも澪。もしそこで律と共に唯に逢ったのなら、唯に土下座して謝って頂戴。きっと唯は律に同じ様にしているでしょうから……本当は私がしたいのだけど、私は生き抜く事を唯と憂に誓ったから」



574 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/04(金) 21:47:00.86 ID:AFqIhLI70



 澪「土下座か……全く手厳しいな。でも和。例えどんな理由があろうとも律を消したのは、私から奪ったのは他の誰でも無い、唯だ。だから私は唯に謝らない。謝る訳にはいかない」

 澪の瞳の光は徐々に光を失いつつあったが、それでもこの時の彼女の瞳は強く意思の光を湛えていた。

 和はそんな澪に対して、余り感情を感じさせない声で「そう」とだけ答える。

 唯を和や憂から奪ったのは確かに澪だ。だが、その澪の命を奪ったのは他でもない和自身である。これ以上、彼女の尊厳を傷つける事は出来る筈が無かった。


575 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/04(金) 21:47:40.86 ID:AFqIhLI70


 澪「でもな。和……」

 澪「もし唯に逢えたら、お前の分は代わりに謝っておいてやるよ」

 澪は少しだけ気恥ずかしそうに言うと、ニコッと和に微笑む。

 和「澪…………ありがとう……」

 澪のこんな屈託の無い笑顔を見たのは何時以来だろう。学園祭が終わった時位だろうか?ただ一つ言える事は、それは彼女がジーニアスを覚醒させる前だという事。

 そう思った瞬間。和はまるで突如、正気に戻ったかの様に、秋山 澪と言う存在を失うという喪失感。そして失わせるという罪悪感が京劇に湧き上がって来る。
 

576 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/04(金) 21:48:18.37 ID:AFqIhLI70
 

 それと同時に心のどこかで、澪に生きていてほしいという想いまで芽生えて来る。

 だがそれは決して認めてはならない想い。彼女は唯を屠った憎むべき存在。世界を滅ぼさんとする許されざる存在。唯の為に世界の為に存在してはならない存在。

 そう思い込もうとすればするほど、和の頭の心の中に様々な思いが交錯して、泪が零れそうになる。

 だが、和はそうなるのをぐっと堪える。何故だか解らないが澪に泣き顔を見られたくないと思った。意地でも見せたくなかった。
 

577 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/04(金) 21:49:13.24 ID:AFqIhLI70
 



 ただ一言――――。




 和「律に逢えるといいわね。ううん。きっと逢える」




 それだけ言うのが精一杯だった。



578 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/04(金) 21:50:06.59 ID:AFqIhLI70



 澪「ありがとう和……先刻(さっき)も言ったけど、お前には本当に感謝している。でもお前は当分こっちには来るなよ……唯と憂ちゃんとの約束なんだろ?絶対にこの戦いが終わるまでは。いや、寿命(いのち)を全うするまではな」

 和「澪……分ったわ。貴女とも約束するわ」

 澪「ああ。約束だぞ……」

 澪はそう言うとふと、自信の左腕に握られている『カタリナ』に目をやる。

 澪<お前もありがとう。私の相棒(パートナー)としてよくやってくれたよ>


579 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/04(金) 21:50:49.65 ID:AFqIhLI70



 澪は自信が創り出しそして共に戦った刀票(ブランド)に感謝をする。
澪<エリザベスごめんな。ほったらかした揚句、もうお前を弾いてやる事は出来ないんだ。持ち主として失格だな……本当に最後まで駄目だったな私は……>

 それと同時にもう一つの相棒の事を思い出し心からの謝辞をする。

 澪<律。もうすぐお前に逢えるかな?逢えるといいな……>

 そんな事を願いながら澪は再び和に視線を移す。だがその目は殆んど光を失っていた。

 澪「じゃあな……和……………………」

 最後にそう言い残すと同時に瞳を閉じて、そのまま命が尽きる。


580 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/04(金) 21:51:44.32 ID:AFqIhLI70










 ベルゼブブのジーニアス秋山 澪と云う最も巨大な柱が、今、ここに、崩れ堕ちた……。









581 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/04(金) 21:54:05.86 ID:AFqIhLI70
 やっと此処まで来た。もう少しなので早く終わらせたい。
582 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/06(日) 15:11:30.03 ID:s+fmsHjJ0


 和は澪が息を引き取ったのを悟ると、背筋を伸ばし、敬礼の姿をとる。

 何故そうしたのかは和自身よく判らないが、せめて敬意を以って澪を送り出したいと思った。
 

 そして、刻(とき)が経つと供に唯や梓の時と同様、澪の身体も足先から徐々に消失していく。

 そして澪の存在(からだ)が完全に消えてしまった瞬間。ぽろぽろと泪が零れ、そしてそれまでのものが堰を切ったかの様に、和の目から泪が溢れ出て来る。

 零れたものが繋がり、やがて泪の川となるのにさほど時間は掛からなかった。


583 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/06(日) 15:12:26.25 ID:s+fmsHjJ0


 和「澪……ごめんね澪……」

 抑えて来た思いが、彼女との思い出が泪と共に溢れ出て来る。唯達と分れて二人だけ同じクラスだったという事もあって、唯を抜かせば軽音部で最も親しかった友人。そして彼女の容貌と作詞等の独特のセンスに、自分に無いモノに密かに仄かな憧れを抱いていた。

 そして、自身と唯。彼女と律の関係性に、どこか近しい物を感じ親近感を感じていた。

 和「澪……澪…………」

 それから暫くの間、泪の川は乾く事は無かった……。
 

584 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/06(日) 15:13:47.13 ID:s+fmsHjJ0
 

 和「さようなら澪……」

 一頻り泣いた後、和はそれだけ言い残すと踵を返し、一人歩み出して往く。
 

 憂が待っている。或いは憂を迎える為の場所に戻る為に……。




585 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/06(日) 15:14:38.17 ID:s+fmsHjJ0


 紬が去ってから暫く後、憂は漸く立ち上げる。まだ若干ふらつきはするが、どうにか歩く事が出来る位は回復していた。
憂「―――――!?」

 そして、歩き出そうとした時だった。突如、憂の目に映る世界が濃く重い朱(あか)と黒に染まる。夕暮れ……いや逢魔が刻と言うべき、どこか幻想的とも言える光景に憂はひどく不安を覚える。


586 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/06(日) 15:15:38.38 ID:s+fmsHjJ0



 『黄昏』……まるで世界がそのまま終末に向かって終うかの様な、そんな思いに強く駆られる。
 


 憂「早く……戻ろう………」


 憂は何かに追い立てられるかのように、足早に歩み始める。


 自身のもう一人の姉とも言える存在。真鍋 和の元に戻る為に……。
 

587 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/06(日) 15:16:34.83 ID:s+fmsHjJ0
 

 憂「和ちゃん大丈夫かな……」

 今回跳ばされた地点。互いの相手と見(まみ)える為に別れ、そして再会を誓った場所。

 紬との闘いを終え、和より先に辿り着いた憂は、とても心配、いや、深刻とさえ言える程の表情と瞳で和が向かって往った方角を見つめていた。

 和と思わしき気配は感じていた。分れた時と比べると小さく弱々しい物にはなってはいたが確かに感じる大切な人の気配。でも、それでもどうしても拭い切れない不安な気持ち。何が起こるか判らない世界。

 この目で見るまで、この手で触れるまで到底、安心できない。

 唯と梓。二人の大切な人を失った憂の精神はそこまでネガティブに脆弱になっていた。

 憂「早く戻って来て……早く逢いたいよ和ちゃん……」

 憂は目を凝らして、出来るだけ遠くを見つめるが待ち人は未だ現れずに、憂の不安な気持ちは自然に泪が滲む程に増していく。


588 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/06(日) 15:17:41.68 ID:s+fmsHjJ0


 憂「―――――!!」

 その時だった。

 憂の視界に人と思わしきものが入って来る。『それ』は次第に近づいて来て大きくなっていき、やがて『それ』が待ち人(のどか)であるとはっきりと認識できる所まで近づいて来る。

 憂は今すぐにでも飛び出したい想いに駆られるが、まるで金縛りにあったかの様に身体が動かなかった。

 もし幻だったら、幻覚だったら……そんな思いが交錯して確かめるのがとても怖くなっていた。


 そんな憂の気持ちを知ってか知らずか、和が彼女の数メートル手前まで近づくと歩みを止め、喜びと不安、戸惑い、信じられないものを見る様な複雑な表情を浮かべる憂を見つめ、ニコッと優しく微笑む。


589 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/06(日) 15:19:26.97 ID:s+fmsHjJ0


 和「ただいま憂。待たせちゃってゴメンね」

 憂「――――――!!!!和ちゃん!!!!!」

 和の声を聴いた瞬間。金縛りが解けた憂は堰を切ったかの様な勢いで飛び出し、そのままの勢いで和の胸に飛び込む。

 和「――っ!」

 和も慈しむ様に憂を受け止めるが、その勢いで押し倒されそうになるのを寸での所でグッと踏ん張って堪える。和とて憂と同様に満身創痍の状態だった。澪との戦いで彼女の渾身の一撃を頭上で受け止めかち上げた時に、心身のエネルギーをごっそりともって逝かれてしまった。そんな歩くのもやっとという状態。

 だが、ここで憂を受け止めきれずに後ろに倒れる事は和の矜持が、憂を想う気持ちが赦さなかった。


590 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/06(日) 15:20:31.67 ID:s+fmsHjJ0



 和は自信の胸に顔を埋めて、イヤイヤする様に首を振る憂に、申し訳ないのとちょっと困ったのが入り混じった表情になる。

 憂「そうだよ。和ちゃんのおバカ。遅過ぎるよ……ずっと待ってたんだから……」

 時間にして約15分程度、憂にとってはその何倍にも感じられる時間。

 その分を取り戻そうとする様に、憂は更に和を抱き締め、イヤイヤをする。

 彼女は既に泣いているらしく、和の胸の辺りは彼女の泪と鼻水でぐちょぐちょになっていた。

 和はしょうがないなと思いつつも、この甘えんぼの頭を愛おしげに優しく撫でてやる。

 憂「えへへ…和ちゃん……」

 憂はなでなでされて、だらしなく喜色に満ちた声を出す。


 そんな憂を飼い主にめいっぱい甘える犬みたいだと和はふと思った。恐らく憂のお尻に尻尾があれば千切れて終うんじゃないかと思う位に振っているに違いないとも。


591 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/06(日) 15:21:28.92 ID:s+fmsHjJ0


 憂「和ちゃん……」

 人頻り和分を補給出来たのか、憂は涙と鼻水でぐちょぐちょになった顔を上げる。和はそれを見て苦笑気味になりながらも、ハンカチで憂の顔を拭いてやる。

 憂「和ちゃん……ごめんね。私、紬さんに勝てなかった……」

 じわっと再び憂の目に泪が滲む。今度は悔しさと無念さと申し訳なさが入り混じった泪。

 和は恐らくそうであろう事は判っていた。憂の気配は確かに感じていた。と同時に紬と思わしき気配も感じ、二つの気配が消えないままどんどん離れて往ったからだ。


 和「いいのよ憂。私は貴女が生きて戻って来てくれただけで……こんな事この世界で言ってはいけないのかもしれないけれど、貴女が無事ならそれ以上の事は無いわ。唯も梓ちゃんも、憂はこんなにぼろぼろになるまで自分たちの為に闘ってくれたって。あの二人ならきっと判ってくれるわ」


592 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/06(日) 15:22:14.19 ID:s+fmsHjJ0



 憂「和ちゃん……」

 和の声を聞いて憂は少しだけ救われた様な表情になる。


 そしてそれは和の本心でもあった。澪にはこの世界を護ると言ったがそれはこの姉妹在りきの事で、もし唯に続いて憂まで消えてしまったら世界の事などどうなろうが構わないと『今』の和なら思い兼ねなかった。
 

593 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/06(日) 15:23:28.54 ID:s+fmsHjJ0
 

 憂「澪さんは……」

 憂は肝心な事だが流石に訊きにくいのだろう。どこかおずおずと和の表情を窺いながら訊いた。

 和「……唯の仇は…討ったわ……」

 憂「そうか……ありがとう和ちゃん。お姉ちゃんの仇を討ってくれて……」

 和「うん……」

 憂「でも和ちゃん……」

 憂「とても哀しそうな顔してる……」

 余計な事と思い一瞬躊躇しつつも、つい言葉に出てしまう。



 和「そうかしら?……ううん。そうね……確かに澪は唯の仇で多くの人々の敵。斃さないといけなかった人。でもやっぱり彼女は……澪は……」


594 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/06(日) 15:24:35.59 ID:s+fmsHjJ0









 和「私の<友達>だったのよ……」







595 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/06(日) 15:25:30.34 ID:s+fmsHjJ0


 澪<ともだち>を討って改めて込み上がる想い。そしてぽろぽろと零れる泪。和は内心、憂が紬を討てなくて良かったと思っている。憂にそんな想いは知人を消し去る様な事はして欲しくは無かった。こんな思いは味わわせたくなかった。

 これから先もそんな事はして欲しくないと、心から願わずにいられなかった。


 これで、この戦いで取り敢えず一区切りついたと言っても良いだろう。



596 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/06(日) 15:26:23.74 ID:s+fmsHjJ0



 だが、まだ灰色(こ)世界での戦いは終わってはいない。何時終わるのか未だ終わりすら見えない。
 



 ――――だけど……。
 


597 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/06(日) 15:27:17.05 ID:s+fmsHjJ0
 


 和は憂の身体を引き寄せてぎゅっと抱き締める。憂は勿論抵抗せずにむしろ自ら望んでなすがままにされる。
 

 ――――今だけは休みたい。この子を安心させたい……。


598 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/06(日) 15:28:17.37 ID:s+fmsHjJ0


 和「還りましょう、憂。私達の世界に」

 憂「うん……」

 和が微笑むと憂も微笑み返す。

 そして二人は静かに佇んで待つ。

 自分たちの生きる世界に戻れる瞬間を。
 

 そして、その時が来る。




 帰還を告げる光が、二人の身体を包み込んでいった……。



599 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/06(日) 15:30:24.09 ID:s+fmsHjJ0

 おしまい。

 有り難う御座いました。

600 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/08(火) 07:17:26.00 ID:5KsthcMs0


 おまけ。


 琴吹 紬は立ち止り。じっと有る一点を見つめ続けていた。

 軽音部のメンバーであり、同級生であり、友人であり、そしてこの世界での盟友である存在、秋山 澪が決戦に赴いて行った場所の方向を。

 そしてここは、その『盟友』である澪と凱旋を約束した場所。

 だが、紬がいくら待っていても澪が還って来る様子は無かった。



 

601 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/08(火) 07:18:19.01 ID:5KsthcMs0
 


 紬<澪ちゃん……やっぱり負けちゃったのね……>

 紬は無念そうに心の中で呟く。

 紬が憂との勝負を分けた時には『まだ』澪の気配はあった。

 そして訪れた黄昏。

 この瞬間。澪の気配は恐ろしい程に膨れ上がり、その後、完全に消えてしまった。

 この時、その後も微かにだが和と思わしき気配は感じられたので覚悟はしていた。

 そして、もう彼女が澪が還って来る事は無いと悟ると、紬はがっくりと糸の切れてしまったあやつり人形の様に、地べたにヘタり込む様にペタン
と座り込む。
 

602 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/08(火) 07:19:12.11 ID:5KsthcMs0
 

 紬「これからどうしようかしら……」

 紬はほぼ無意識に声に出して呟く。

 心にぽっかりと穴が開いたとでも言うのだろうか?憂との闘いで燃え尽きる程の充足感に満たされた後には何も無くなってしまった。そして強烈に襲い掛かる空虚感。

 憂との決着はいずれ付けたいとは思うが、決して今すぐという訳ではない。そして、澪の消失は掛け替えの無い友人を失った事に加えて、軽音部の廃部も意味していた。律、澪、唯、梓。残ったのは自分一人になって終った。

 梓が消失した時に、部を唯の為に存続いさせたいとして、和と憂が密かに入部していた。勿論、一度も顔を出してはいないのだが、それでも、その事さえ忘れてしまったのか、唯が消失した後も在籍だけはしていたので、形だけでも存続はしていたのだった。

 だが、澪が消失した事によって、幽霊部員の二人を加えても三人と言う事になり、部の存続すら維持できなくなってしまった。


603 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/08(火) 07:20:00.25 ID:5KsthcMs0


 紬「全部無くなっちゃった……」

 紬は目の前の現実にぐったりと脱力してしまう。



 その時だった――――。


604 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/08(火) 07:20:33.26 ID:5KsthcMs0


 紬は背後にジーニアスの気配を察知する。

 迂闊にも気を抜き過ぎていたのか今まで気が付かなかった。しかも悪魔側ではない。その気配は何処となく憂のモノに似ている様な気がした。

 それ故にそれなりの神格のジーニアスで有ると判断したが、万全な状態ならともかく、現状では流石に勝てる見込みは無さそうに思えた。

 紬<私も此処までかしら……>と紬は他人事の様に呟いた時だった。


605 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/08(火) 07:21:14.31 ID:5KsthcMs0


 ?「お嬢様」

 背後から掛けられる声。その声に聞き覚えがあった。紬は驚いた様に後ろを振り返る。

 そこには金髪碧眼の顔立ちの整った少女が、畏まった様子で紬を恭しく見つめていた。

 紬「…………菫……なの……?」

 余りに予想外の人物の出現に、さしもの紬も呆気にとられた表情になる。菫と呼んだ少女は琴吹家の執事である『斎藤』の娘であり、自信の幼馴染であり、『妹』とも言うべき存在だった。

 ここのところ会ってはいなかったが、最後に会った時点では彼女からはジーニアスの気配はまるで感じられなかった様に思う。
 

 だが、彼女がここに居るという事は――――。


606 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/08(火) 07:21:57.33 ID:5KsthcMs0


 ?「はい。私も数日前ですがジーニアス(このちから)に目覚めました」

 菫と呼ばれた少女は、真面目な口調で簡潔にこたえる。

 紬「そうなの……」

 菫「はい。このチカラに目覚めた時に少し前からお嬢様のご様子が変わられた理由を理解して、お嬢様を御守りしようとしてお探しして参りましたが、何分この世界は初めてで勝手が判らずにこんなに遅くなってしまいました。本当に申し訳ございません」

 そう言うと菫は深々と頭を下げる。紬はそんなくそ真面目な少女(おつき)に苦笑気味な表情になる。

 紬「そんな事はいいわ。でも菫」

 菫「何でしょうかお嬢様」


607 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/08(火) 07:22:33.91 ID:5KsthcMs0


 紬「何時もみたいに『お姉ちゃん』とは呼んではくれないのね」

 紬は少し寂しげな表情になる。

 菫「ここは戦場です。ですからここでは姉妹としてではなく、主従としてお嬢様とお呼びし、御守りさせて頂きます」

 菫の表情はいたって真面目なものだった。

 勿論、紬は本当の姉では無い。だが、主従の間柄で在るにも拘らず、自分を妹として接してくれた公私ともに大切な人……。だから、少したりとも気の緩む様な要因を作る事はしたくは無かった。


608 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/08(火) 07:23:10.12 ID:5KsthcMs0


 紬「でも菫?あなたは私が見たところ神側のジーニアスなんだけど、それでも悪魔側のジーニアスの私を護ろうなんて思えるのかしら?」

 紬はどこか怪訝そうに菫に訊ねる。

 菫「はい。私のジーニアスは神と言っても、悪魔的な性格もありますから。それに私はお嬢様を御守りする事がこの世界での役割だと思っております。ですから例え私が天使のジーニアスだとしてもお嬢様を御守りさせて頂きます」

 菫の表情(かお)は揺ぎ無い決意に満ちたものだった。

 紬「ふふ。頼もしいわね」

 紬は菫とは対照的にほっこりした気持ちなって微笑む。こんな気持ちになるのは久しぶり――――ジーニアスに目覚めた後には決してならなかったと思う。

 それに、自身も神側のジーニアスである菫には何故か敵意が湧いてこない。憂との闘いでどうかしてしまったのか、もしかしたら他の神側のジーニアスに対しても、もうそれ程には戦意が湧いてこない様な気すらした。


609 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/08(火) 07:23:52.84 ID:5KsthcMs0


 紬「でも菫。そう言ってくれるのは嬉しいけど、私の事はいいわ。こう見えても私は結構強いのよ。そうね、私の知る限り、万が一にも私に勝てそうなのは、今まで闘ってた憂ちゃん。それに澪ちゃんに勝った和ちゃんくらいかしら……」

 紬「だから菫。あなたはあなたの好きにやればいいと思うの。私の代わりに護りたいと思うヒトを見付けなさい。そしてその人と共にこの世界で生き残りなさい。その時までは私を守ってくれていても良いから」

 紬は穏やかな表情から、急に真面目なものに変わる。自分も澪もそして憂達も何一つとして何も守れなかった。そんな思いが紬の心に去来する。

 それに、普段、大人しくて消極的なこの妹が、この世界ならば少しは積極的になるかもしれない。自分以外に大切な『もの』が見つかる位に……。

 紬は菫を見遣りながらそんな事も思った。そしてそんな事を思う自身に対し驚きを隠せなかった。
 

610 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/08(火) 07:24:44.22 ID:5KsthcMs0
 


 菫「お言葉ですがお嬢様。私にはお嬢様以外の方を護る気は御座いません。お嬢様がその憂さんや和さんと言う方々を斃せとお申し付け下されば

、必ずそのお役目を果たして御覧に入れます」

 紬「菫」

 菫「はい、お嬢様」

 紬「余計な事をしなくても良いわ。特に憂ちゃんは私が決着を付けると決めているの。たとえあなたと云えども手を出す事は赦さないわ」

 紬の顔が厳しいものに変わる。こんな表情を菫は初めて見る。

 菫「も、申し訳ございませんお嬢様……」

 紬の叱責とも言える言葉に、その表情に、目をキラキラさせて心のどこかで労いの言葉を期待していた菫はその反動もあってシュンとなってしまう。

 紬「ふふ。でもありがとう菫。あなたの気持ちはとても嬉しいわ」

 菫「お、お嬢様――――」

 紬は再び穏やかに微笑んで労いの言葉を掛ける。菫も沈んだ表情が、ぱぁとしたものに変わり目じりにじわっと涙が滲む。
 

611 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/08(火) 07:25:18.48 ID:5KsthcMs0
 


 紬<この子にはこの世界で、何か大切な物を見付け、それを護り抜いてほしい……>

 紬はそんな菫を見遣りながら、『姉』の気持ちになって『妹』が哀しまない様にと、願わずにはいられなかった……。



612 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/08(火) 07:28:17.82 ID:5KsthcMs0



 桜高生徒会室。


 窓側に設置されてある会長席。その席に赤茶色の長髪に切れ長の目の少女が座っていた。

 ?「でもいいのかしら?私はもうここに坐る資格の無いただの一生徒なのに」

 そして彼女は傍らに立つ黒髪のショートヘアの少女に訊く。

 ?「会長。私にとって会長は貴女一人ですから何の問題も有りません」

 ?「会長って……今の会長は私じゃなくて真鍋さんよ」

 ?「別に真鍋さんに何かある訳ではありません。ただ、私が敬愛する会長は貴女だけだというだけです」

 短髪の少女は極めて事務的な口調で情熱的な言葉を、前会長であった少女に向ける。

 ?「ふふ。嬉しい事を言ってくれるのね」

 長髪の少女はそう言って微笑む。

 ?「でも。澪ちゃんは消えちゃったのね……」

 澪のファンクラブの会長であった彼女は、沈んだ表情と口調で呟く。

 ?「はい。その様に報告を受けています」

 その事を知っている数少ない存在である彼女は、事務的な口調を変えずにこたえる。


613 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/08(火) 07:30:07.95 ID:5KsthcMs0



 ?「こんな事になるのなら、もっと早く接触しておくべきだったわ……」

 ?「それは仕方の無い事です。田井中さん消失の後の秋山さんに接触したとしても、決していい結果は得られなかったでしょう。むしろ、彼女がこの段階で退場してしまったのが信じられません」

 ?「そうね。私も彼女がベルゼブブだと知って安心していたのよ。地獄の帝王がそう簡単に負ける筈が無いって……落ち着いた頃に話せればそれでいいって……」

 そう言って彼女は後悔と無念さを吐き出す様に溜息を洩らす。

 ?「それで、田中…いえ貴子さん。澪ちゃんをやっつけちゃったのは……」

 貴子「はい。真鍋さんです」

 貴子と呼ばれた少女は、内心、名字では無く名前で呼ばれた嬉しさを押し殺して、あくまでも事務的な口調を続ける。


614 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/08(火) 07:31:13.71 ID:5KsthcMs0



 ?「彼女は私が後継の会長に指名したのだから、それなりにやって貰わないと。とは思っていたけど……流石に『私の』澪ちゃんを手に掛けたのはやり過ぎね……」

 この時、前会長の目が危険な光を放つ。

 貴子「……それで、如何なされますか会長?」


 ?「そうね。私が彼女が生徒会長に相応しいかどうか、『改めて』灰色(あちら)の世界で試験し(ためさ)ないといけないわね――――」

 彼女の瞳が一瞬、危険な色を湛える。



615 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/08(火) 07:32:21.04 ID:5KsthcMs0







 ?「この≪バエル≫のジーニアス――――」








 ?「『曽我部 恵』がね……」
 






 この時、物理的に振動を起こす程の緊張感が生徒会室を支配した……。







616 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/09(水) 19:58:48.94 ID:w9coeG+f0




 少年は机に向かって、なかなか捗らない受験勉強をしている手を止め、ふと窓の外の夜空を見つめる。

 空には満天とはいかないまでも、無数の星がその存在を誇示するかの様に淡い光を放っていた。

 ?「俺が……俺がもう少し早くこの神格(チカラ)に目覚めていたらどうにか出来たのかな……」

 ?「姉ちゃんも澪さんも、消えてしまわずに済んだのかな…………」

 少年はどうにもならない事と理解しつつも、それでも居た堪れない気持ちになって呟く。

 ?<でも何だろうな……突然、何か身体に入って来たと思ったら色んな事を頭に詰め込まれて、俺に姉ちゃんがいた事を思い出させたり、澪さんが居なくなってしまった事を知らされたり……二人の記憶も見せられて……何が何だか、わけが判らないよ……>

 様々な思いと情報と事柄が絡み合って交錯し、それを少年は中々処理できずにいた。


617 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/09(水) 19:59:34.27 ID:w9coeG+f0



 この少年がジーニアスに目覚めたのは、澪が和によって斃された直後、つまりこの日の夕方の事であった。その時に彼は自信がジーニアス持ちになった事、自分が律と澪とは違って神側のジーニアスであると云う事、その基本知識とそして姉である律と、姉の親友であり、もう一人のお姉さん的存在だった澪の消失。そして二人の灰色の世界での記憶の残滓を一遍に注ぎ込まれたのだから、混乱するのも無理は無いと言えた。

 ?<でも、今の今まで姉ちゃんの事を忘れていたなんてな……>

 少年は自分が薄情なんじゃないかと自己嫌悪に陥ってしまう。姉の事を、そしてその消失を思い出した時の喪失感と哀しみも、もう既に段々と薄れてきていた。

 少年の名は『田井中 聡』中学三年生。彼は田井中 律の弟であり、後発型のジーニアスの一人であった……。


618 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/09(水) 20:00:43.07 ID:w9coeG+f0


 翌日。


 頭の中の整理がついていない状態で、登校するも期末試験が既に終わっている事もあってどうにかやり過ごす事が出来た。



 更にその翌日。


 聡は昨日と同様に浮かない表情と気分で学校に登校する、休みたくはあったが早めに帰宅できるのと、受験前に出来るだけ休みたくは無かったので仕方なく登校する事にしていた。


 そして、彼が教室に向かって歩いていると、

 ?「田井中君」

 と、背後から呼び止められ、彼は声がした方に振り向く、

 聡「ひ、姫……?」

 そこには皆から『姫』と呼ばれる、セミロングの上品且つ、非常に整った顔立ちの和美人と言って全く差し支えの無い少女が佇んでいた。
 

619 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/09(水) 20:01:23.21 ID:w9coeG+f0


 ?「お早う田井中君」

 聡「お、おはよう鷹ヶ峰さん……」

 鷹ヶ峰「あの、いきなりで悪いとは思うのだけど、今日学校が終わったら少し貴方とお話がしたいの。大事なとても大事なお話……聞いて貰えるかな?」

 少女は頭を軽く下げながら懇願する様に言った。

 姫……鷹ヶ峰 笑美(たかがみね えみ)は明峰財閥(めいほうざいばつ)と云う日本最古の財閥の本家の娘であり、その歴史は非常に古く、先祖は天皇家とも関わりが有ると云う、由緒正しい家柄の生まれ。しかも成績は常に最上位で、容姿も端麗。更にはその髪は漆黒に純金を惜しげも無く混ぜ合わせた様に艶やかに煌くという長い黒髪も相まって、非の打ち所の無い、『笑美姫』と云う呼称ですら何の蔑称ではない、正に正真正銘の御嬢様であった。

 そんな御嬢様にお願いをされたら、ただの一小市民でしかない少年に断るという選択肢は有ろう筈も無かった。


620 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/09(水) 20:02:25.95 ID:w9coeG+f0



 放課後。


 聡は指定された場所である屋上の扉を開けると、そこには既に待ち人=鷹ヶ峰 笑美の姿が在った。

 高貴な和美人という容貌に冬空の景色が相まって、何処か幻想的な雰囲気すら醸し出してた。
 

 笑美「来てくれて有り難う。田井中君」

 そう言って笑美はその名に違わぬ笑顔を聡に向ける。その美しさに聡は心臓が高鳴るが、同時に自身とは遠く離れた存在(もの)の様にも感じていた。


 高嶺の花。それも余りにも高くに咲いている為に、決して手が届かない、届かそうとすら思えない『高貴な花』。

 聡は笑美に対して改めてそんな印象を受ける。


621 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/09(水) 20:03:09.43 ID:w9coeG+f0


 聡「それで何の用なの鷹ヶ峰さん?」

 聡はどこか疑いの成分すら含んだ声で笑美に尋ねる。勿論、嬉しさもあったがそれ以上に本物のお姫様である彼女が、一体何の用で自分の様な平民に声を掛けたのか?。

 それがどうにも判らなかった。

 笑美「そうね……いきなりこんな処に呼び出してしまって御免なさい。早く帰って色々整理したい事もあるでしょうし……それにお姉さまの事も。この度はお姉さまの事、本当にお悔やみ申し上げます……」

 笑美はしめやかな表情と口調で言うと、すっと頭を下げる。

 聡「あっ……い、いえ………って…えっ!?ど、どうしてそれを……?」

 お姫様が平民(じぶん)に頭を下げると云う行為に狼狽しつつも、笑美の言葉の真意に気付き聡ははっとして声を漏らす。

 そして見る笑美の容貌(かお)は、その切れ長の柳眉を僅かに寄せた真剣なものになっていた。
 

622 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/09(水) 20:03:57.24 ID:w9coeG+f0
 

 聡「も、もしかして……笑美姫………」

 ま、まさか笑美姫『も』……と、聡は固唾を飲んで目の前の貴人の顔を見つめる。

 笑美「はい。私も貴方と同じ神側のジーニアスです……単刀直入に言います」

 笑美「田井中 聡君」

 聡「は、はい……」





 笑美「私と……この鷹ヶ峰 笑美と一緒に『あの世界』で戦って下さい……」




 突然のお姫様の告白に、聡は呆気に取られ混乱し頭の中が真っ白になっていくのを感じていた……。




623 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/09(水) 20:04:46.76 ID:w9coeG+f0



 とある教会。


 の、地下――――。


 そこには一階部分と同じく、礼拝堂と祭壇が設置されていた。

 その祭壇の中央に立つ十字架。いや、その十字架は上下逆に立てられ、頭蓋骨と交差した骨がそれの中央に付けられた逆十字。

 それは神を崇めるのではなく、悪魔を崇める悪魔信仰の証であった。

 そして、その祭壇の前で祈りを捧げる少女が一人。
 

624 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/09(水) 20:05:28.12 ID:w9coeG+f0
 


 年の頃は十二、三歳位であろうか。その容姿は何処となく澪を少し幼くした様な印象を受ける。が、彼女と決定的に違うのは、内、外から醸し出す気品。いや、神秘的ですらある雰囲気と深淵を感じさせる漆黒の瞳。そして、漆黒に真銀を惜しみなく混ぜ合わせた様に煌く長い黒髪。

 決して澪に品が無いと云う訳ではない。この少女の容姿が、黒き聖女とも言える雰囲気が特別……最早、人間離れした域に達していると言っても差し支えが無い程であるからだ。

 ただ、服装は修道着ではなく、子どもが着るにしては少々シックなデザインと色合いのコートに身を包んでいるという出で立ちであったのだが。



625 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/09(水) 20:06:02.84 ID:w9coeG+f0




 神。いや、悪魔の王の申し子。






 その少女の名は――――≪黒銀 王羽(こくいん おうは)≫といった。








626 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/09(水) 20:06:43.87 ID:w9coeG+f0


 ?「教主……」

 三十過ぎ位の年齢の女性教徒が、祭壇に祈りを捧げ続ける少女に恭しく声を掛ける。

 王羽「……やっと主は私に施しをお与え下さいました」

 王羽は祈りを中断し女性教徒の方に振り向くと、柔らかい物腰と口調で答える。

 女性教徒「それでは……ついに……」

 王羽「はい。主は、蝿王様は先程、私をお選びになられました」

 教主と呼ばれた少女は念願が叶った歓びに顔を僅かに綻ばせながら、万感の想いを込めて頷く。
 

627 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/09(水) 20:07:22.28 ID:w9coeG+f0
 


 彼女達は表向きはカトリック系の教会の教徒である。だが、その実は中世の時代から続く、蝿の王≪ベルゼブブ≫を信仰する『蝿王教』の信徒であった。

 王羽は表ではカトリックの教会の助祭であるが、真の顔である蝿王教に於いては、この年で既に最高位である教主の座に就いていた。それだけ彼女は特別な存在。『蝿王様の申し子』、【黒銀の聖女】と云う称号を与えられる彼女は、その教祖以来と云われる資質を生まれた時から備えていた。


628 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/09(水) 20:07:56.00 ID:w9coeG+f0



 女性教徒「私はおかしいと思っていたのです。何故、蝿王様は教主ではなく他の方をお選びになられたのか。教主以上の適格者などおられる筈が無い事は最初から分っていた事だと云うのに……」

 女性教徒は余程納得がいかなかったのか、歯に衣を着せずに祭壇の前で不満を口にする。


629 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/09(水) 20:08:46.17 ID:w9coeG+f0



 王羽「蝿王様には私達には及びもつかないお考えがお有りだったのでしょう。それに、ジーニアスの概要と共に流れ込んで来たのですが、前任者……『秋山 澪』様は敗れたといえ決して不適格者などでは無かった。むしろ彼女以外にこれ程に蝿王様の御力を使いこなせる方はおられないと云う印象さえ受けました」

 女性教徒「……そんな教主様…………」

 王羽「『私』以外、ですが」

 女性教徒「あぁ……教主様……」

 王羽「私はこの為に生を受け、そして畏れ多くも教主と云うお役目に就かせて頂いているのですから」


630 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/09(水) 20:09:44.86 ID:w9coeG+f0



 女性教徒「はい……教主様……」

 教主の王羽の言葉と自信に教徒は、喜びに満ちた顔でまるで彼女自信が神であるかの様に教主の少女に深々と頭を下げる。

 ただ王羽にしてみれば幼い頃から、ベルゼブブのジーニアスを持つ事は半ば宿命付けられた事であるので、それ故に最初に選ばれなかった時の信徒と自身の落胆は相当に大きく、やっと選ばれた事に嬉しさと同時にほっとした部分も当然あった。

 これまでの工程で、この小さな体にどれだけの重圧があったのだろうか。彼女自身、考えただけでも身震いする程だった。


631 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/09(水) 20:10:58.05 ID:w9coeG+f0


 王羽「それはそうと、私に何か用事ですか?」

 女性教徒「はっ……そうでした教主様。そろそろ学校のお時間です」

 そう言って、女性教徒は王羽の前にランドセルを差し出す。

 王羽「あっ。そ、そうでしたっ!済みません直ぐに出ますっ!!」

 王羽はベルゼブブのジーニアスに新たに選ばれて、熱心に感謝のお祈りをしていた為に、うっかり時間が経つのを忘れてしまっていた。

 そして王羽は年相応の反応と表情をして、慌てて「ありがとうございます」とお礼を言いながらランドセル受け取り、背負うと急いで礼拝堂の地上へと続く階段を駆け上がっていく。

 そして、半分ほど上がった所で、不意に立ち止り女性教徒の方を向く。
 

632 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/09(水) 20:11:38.17 ID:w9coeG+f0
 


 王羽「それじゃあ、行ってきます。シスター寿子」

 寿子「いってらっしゃい。気を付けて行くのですよシスター王羽」

 そして、教主としての顔では無く、年相応の屈託の無い笑顔と声で王羽は出かける挨拶をして学校に向かって駆け出していた……。




633 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/09(水) 20:12:40.07 ID:w9coeG+f0




 和はゆっくりと瞳を開く。そこには見慣れた光景。そして彼女の傍らには憂もいた。
 

 和「戻ったのね……」

 そこは平沢家のリビングだった。

 澪。そして紬との決戦を終え、二人は元の世界に戻されたのだった。


 そして、和と同じ様に状況を把握した憂が、どこか不安げに和にその身を寄せる。和はそんな憂の身体を引き寄せてぎゅっと抱き締める。
 

634 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/09(水) 20:13:30.04 ID:w9coeG+f0
 


 和<大切なものをたくさん失っちゃったけど……この子だけは失わずに済んだ……>

 梓を、唯を失い、ついに二人だけになってしまった。だが、決闘を終えて二人共こうして戻って来られた。

 今の和にはこれ以上、望むべくもなかった。

 和<この子だけは失いたくない。そしてこの子の為に、私は絶対に消える訳にはいかない……>
 

 澪達との因縁(たたかい)は取り敢えず、此処で一区切りついた。だが、戦い自体は未だ終わりを見せない。この先、未だ見ぬジーニアスとの戦いを避ける事は出来ないであろう。


635 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/09(水) 20:14:18.92 ID:w9coeG+f0




 和<でも、私は、私達は敗けない。消されて堪るものですか>



 和<それでも、私達に刃を向けると云うのであれば>



 和<それら全てを焼き尽くさせてもらうわ>





 和は憂を見遣りながら、改めてどんな事があろうともこの戦いを憂と共に生き抜く事を覚悟した。





 
636 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/09(水) 20:15:42.80 ID:w9coeG+f0

 コレで全部おしまい。

 肩の荷が下りた。

637 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/01/10(木) 01:16:25.18 ID:5IkyRxlDO
ジャンプの打ち切りマンガみたいな締めだな
まあエタるよりはマシだけど
とりあえず乙
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