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Steins;Stratos -Refine- U  - SS速報VIP 過去ログ倉庫

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1 : ◆3R1.cwV0LI [sage saga]:2012/10/19(金) 05:11:58.35 ID:Hp2Uke1jo
このSSは既に完結している


紅莉栖「岡部、IS学園に転入して」

改め

Steins;Stratos の改定版です。


足りなかった表現。
都合により切り取った場面などを補完してのSSです。


一度完走しているSSですので、完全sage進行でゆっくり、時間をかけて書いて行こうと予定しています。
更新頻度は不明。
時間を気にせず、気長に満足いくまで書こうと予定しています。

完結後にお叱り、ご指摘を頂いたポイントも考慮していますが“別物”ではございません。
改定版なので、話しの大筋は変更されてないのでご了承下さい。
物語が進むに連れて、使いまわしの文が多くなることもあるかと思います。

ルート的には同じ順序で進みますので宜しくお願いします。
前作の改定版ですので、このSSを読んでから前作を読む。
と言ったことはしなくて大丈夫なようにしているつもりです。

所々にあった小さい選択も物語に沿ったものになっています。
 

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1350591118
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ぶらじる @ 2024/04/19(金) 19:24:04.53 ID:SNmmhSOho
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旅にでんちう @ 2024/04/17(水) 20:27:26.83 ID:/EdK+WCRO
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/part4vip/1713353246/

木曜の夜には誰もダイブせず @ 2024/04/17(水) 20:05:45.21 ID:iuZC4QbfO
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いろは「先輩、カフェがありますよ」【俺ガイル】 @ 2024/04/16(火) 23:54:11.88 ID:aOh6YfjJ0
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【MHW】古代樹の森で人間を拾ったんだが【SS】 @ 2024/04/16(火) 23:28:13.15 ID:dNS54ToO0
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こんな恋愛がしたい  安部菜々編 @ 2024/04/15(月) 21:12:49.25 ID:HdnryJIo0
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【安価・コンマ】力と魔法の支配する世界で【ファンタジー】Part2 @ 2024/04/14(日) 19:38:35.87 ID:kch9tJed0
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アテム「実践レベルのデッキ?」 @ 2024/04/14(日) 19:11:43.81 ID:Ix0pR4FB0
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1713089503/

2 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) :2012/10/19(金) 05:14:13.46 ID:Hp2Uke1jo
前スレ

Steins;Stratos -Refine-
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1348327346/
 
3 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/10/19(金) 05:28:25.16 ID:Hp2Uke1jo
前スレからの続きを投稿します。
4 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/10/19(金) 05:33:22.26 ID:Hp2Uke1jo


……。
…………。
………………。

 
5 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/10/19(金) 05:33:48.52 ID:Hp2Uke1jo

 職員室では、織斑千冬が額に指をあてしかめっ面を作っていた。 
 原因は目の前に居る男。

 岡部倫太郎だった。

千冬「……」

岡部「……」

 沈黙する2人。
 溜息交じりの声で千冬が小言を漏らす。

千冬「束め、面倒な機能を……」

 “無段階移行”-シームレス・シフト-による新装備の発現。
 提出された装備ではない、新しい装備。

 厳密に言うのなら、岡部は事前に提出された装備ではない物を使用した。
 勝ち負けの勝敗ではなく失格とされ、単位剥奪は免れなかった。
 
6 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/10/19(金) 05:34:14.93 ID:Hp2Uke1jo

岡部「ティーチャーよ。弁明しておくが、俺は欲しくて新しい装備を──」

千冬「解ってる。馬鹿者め。欲しかったからと言って、ぽんぽんぽんぽん新しい装備を作ってくれるISがどこの世界にある」

 生徒に非が無い事を千冬は理解していた。
 “無段階移行”-シームレス・シフト-を搭載しているISは世界でたったの2機しか居ない。

 そして世界で2番目の例になった。

千冬「専用機組みに午後の部は無い。午後は他の生徒がアリーナを使うからな。
   処分は追って報告をする。帰って宜しい」

岡部「了解した」

 職員室を後にする岡部。
 それと入れ違うように、1年1組の副担任である山田真耶が千冬に近づいた。
 
7 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/10/19(金) 05:50:10.69 ID:Hp2Uke1jo

真耶「“無段階移行”-シームレス・シフト-ですか……“紅椿”に続き2番目の観測になりますね」

千冬「頭痛の種が増えるのは御免なんだがな」

 真耶が手渡したコーヒーをこくりと飲みながら答える。
 無糖のブラックが胃に染みた。

 千冬は辺りに人が居ない場合のみ、校内でも真耶とはこのような砕けた話し方をする癖がある。
 当人も自覚していたが、別段問題も無いので口調を改めることも無かった。

真耶「どうするんです? 明日の試合」

千冬「敗者同士である、織斑と篠ノ之。そして勝者であるボーデヴィッヒとデュノアを当てる。岡部は無しだ」

真耶「えっと……それは、失格と言うことですか?」

 たっぷりと練られた、甘いバンホーデンのミルクココアを飲みながら真耶が尋ねた。
 甘い匂いが千冬の鼻腔をくすぐる。
 
8 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/10/19(金) 05:50:38.35 ID:Hp2Uke1jo

千冬「いや。失格扱いにはしない。だが、不公平であることには変わりない。
   1組の専用機持ちは現在5名。つまり、そう言うことだ」

真耶「あははっ、ちゃっかり楽してません?」

千冬「そうとも取れるかもしれないな」

真耶「それじゃぁ、明日はその2組の対戦だけ済ませたら専用機同士の対戦は終りですね。
   仕方が無い事とは言え、専用機を優先してアリーナを使わせることを快く思わない人達も多いですしね」

千冬「そういう事だ」

 話しを飲み込めた真耶は、カカオの匂いを振りまく液体を美味しそうに飲み干した。
 千冬もそれを見て、ブラックコーヒーを飲み干す。

千冬「疲れているのだろうな、甘い物が恋しくなるとは」

 目を細め、ココアの入っていたカップを見据える。

千冬「時に山田先生。今日の帰りは“クレッシェンド”へ行きませんか」

 バー・クレッシェンド。
 フランス製の調度品で統一されたそこは、千冬と真耶の行き着けだった。
 
9 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/10/19(金) 05:51:18.84 ID:Hp2Uke1jo

真耶「あっ、良いですね。また黒ビールですか?」

千冬「いや。今夜はカルーア・ミルクの気分でしてね」

真耶「かっ、かるーあ?」

 似合わない。
 思わずそんな事を口走りそうになった真耶だが、寸でのところで舌が止まった。

 無論、止まったところで千冬に誤魔化しは通用しない。

千冬「貴女のせいですよ、山田先生」

 ギギギ、と頬をつねる。
 マシュマロのように柔らかい真耶のほっぺは、ぐにぃと形を変形させられていた。
 
10 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/10/19(金) 05:51:44.97 ID:Hp2Uke1jo

真耶「いはっ、いはいれふ〜」

千冬「明日も試合ですからね。深酒は出来ませんよ、山田先生」

真耶「は、はひぃ〜わかってまふぅ〜」

 この時、2人のうち1人でも気が付いていれば良かった。
 自身の受け持つ生徒の名前。それが足りていないことに。

 或いは疲労、岡部がもたらす想定外の事案。
 様々なものが折り重なり、千冬に簡単なミスを起こさせていた。
 
11 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/10/19(金) 05:52:11.03 ID:Hp2Uke1jo


……。
…………。
………………。

 
12 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/10/19(金) 05:52:39.84 ID:Hp2Uke1jo

 職員室から退室すると、そこには紅莉栖が腕組をして待っていた。
 
紅莉栖「──で、どうだったの?」

岡部「追って連絡をするそうだ」

紅莉栖「そ。まぁ最悪の事態は免れるでしょうね。織斑先生ってアレで融通効く先生だし」

岡部「……アレがか?」

紅莉栖「損な性格よね、あの人も」

岡部「?」

 頭の上にクエスチョンマークを出す岡部。
 それと対象に、1人で納得する紅莉栖。

 2人が並んで足を伸ばす先は、食堂だった。
 
13 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/10/19(金) 05:53:06.42 ID:Hp2Uke1jo

一夏「おっ、来た来た」

 何時ものテーブル席に座るのは何時もの顔ぶれ。
 お昼時を少しだけ過ぎた食堂は、生徒の数もまばらだった。

紅莉栖「皆はもう食後のティータイム?」

 テーブルに目を落す。
 そこには紅茶が注がれたティーカップと日本茶の入った湯飲みが置かれていた。

セシリア「えぇ。我々専用機持ちに午後の部はございませんから」

シャル「じゃぁ一息つけようかって」

箒「鈴は通常授業だから、昼を取ったら教室へ帰ったがな」

ラウラ「随分と恨めしそうな顔をしていたものだ」

 何時もの面子で、鈴音だけがクラス違い。
 こう言ったクラス内でのイベントの度に、寂しい思いを1人募らせていた。
 
14 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/10/19(金) 05:53:34.63 ID:Hp2Uke1jo

一夏「凶真と紅莉栖は飯まだだろ? 取ってこいよ」

岡部「うむ。そうさせて貰うとしよう」

 牛丼とドクトルペッパー。
 カップラーメンとドクトルペッパー。

一夏「最近、紅莉栖はカップメンばかりだな……」

箒「カップラーメンは体にあまり良くない。止めろとは言わないが控えた方が賢明だろう」

紅莉栖「う……」

ラウラ「倫太郎、貴様もだ。何時も同じメニューではバランスが悪い。食事にも気を使え」

岡部「む……」

 岡部はメニューに迷ったら牛丼。
 紅莉栖は迷わずカップラーメン。

 そして飲料は、2人してドクトルペッパー。
 
15 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/10/19(金) 05:54:03.41 ID:Hp2Uke1jo

シャル「まぁ……体に良い訳無いよねぇ」

セシリア「食の改善が必要ですわね。折角ですのでわたくしが──」

一夏「──きぃぃよぅまは兎も角、」

 セシリアが何かを言い終える前に、一夏が話しへ割って入る。
 コホン、と声を整えて話題を完全に切り取った。

一夏「凶真はプロテインジュースも飲んでるし、学食のメニューだから一応大丈夫だろ。
   でも、問題は紅莉栖だ」

紅莉栖「へ?」

 うんうん、と頷く一同。
 一夏の食に関する厳しさは、一般高校男子としては異常とも言えるものだった。
 
16 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/10/19(金) 05:54:30.03 ID:Hp2Uke1jo

一夏「もうわかってると思うけど、ここの学食は美味い。その上メニューをちゃんと選べばバランスも取れる」

箒「和系の定食を頼めば、野菜類。肉もバランス良く入っているな。塩分を抑えられた味噌汁も身体に良い」

シャル「うんうん。日本食って本当にバランス良いよね」

セシリア「お箸、と言うのが少々難しくはありますが」

 一夏の話題に乗りかかるガールズ。
 専用機持ちと言うこともあり、食に関しての意識も高い。

一夏「和食以外だって、決してバランスが悪いと言う訳じゃない」

ラウラ「獣肉魚肉、野菜類。主食である炭水化物も好きに選択して摂取出来るからな」

一夏「その通り。そんなにラーメンが好きなら、食堂のラーメンはどうなんだ? 美味いぜ、あれ」

箒「焼豚がまた絶品だ」

 面子で言えば鈴音が好んで食べている。
 カップラーメンとは雲泥の差であることは皆が皆、知っていた。
 
17 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/10/19(金) 05:54:58.24 ID:Hp2Uke1jo

紅莉栖「あっ、あの、」

一夏「別にカップラーメンの全てが悪いって否定してる訳じゃないんだ。
   俺が言いたいのは、もう少し食事のバランスを見てだな──」


 ──私はカップラーメンが好きなだけなんだけど。


 すでに、この一言を告げれない状態にまで場はヒートアップしていた。
 チラリと岡部に視線を送るが、火の粉を被るまいと黙々と牛丼を口に運んでいる。
 
18 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/10/19(金) 05:55:24.75 ID:Hp2Uke1jo

紅莉栖「(ぐぬぬ……岡部のやつ……」

一夏「紅莉栖? 聞いてるか? つまりな──」

箒「それに、保存料が──」

セシリア「お肌にも宜しくないですし──」

シャル「油の量も凄いしなにより──」

ラウラ「25年間保存されたカップラーメンは有毒だと言う論文もあるらしいな」

紅莉栖「(ラウラのそれはコピペだ!)」

 矢継ぎ早に繰り出される、カップラーメンの否定弾。
 好きだから食べているだけなのに。
 
19 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/10/19(金) 05:55:53.53 ID:Hp2Uke1jo

紅莉栖「(確かに、最近学食ではカップラーメンばかり食べていたけど……)」

岡部「(何が引き鉄になるかわからんな。年下の集団に説教される紅莉栖の図とは……良い土産話だ)」

一夏「だから、週に1度程度なら問題無いとは思うんだが……」

 カタン、と置かれる紅莉栖のマイ・フォーク。
 それは反撃の狼煙だった。

紅莉栖「これからは……そうね、ドクペを止めて野菜ジュースにするわ」

岡部「……ん?」

紅莉栖「確かに、カップメンに使われる麺は油で揚げられた物が主流だけど、それ以外の物もある。
    ノンフライ麺にして、足りない栄養素は野菜ジュースで補う。これでOKでしょ?」

岡部「(紅莉栖よ。貴様の知識は一体どこまで偏って──)」

シャル「えっと、それってあんまり意味無いよね……?」

紅莉栖「──え?」

箒「全くだ」

セシリア「なんの問題も解決されてませんわね」

紅莉栖「えっ、えっ?」

ラウラ「野菜ジュースでは肝心の食物繊維などが微塵も摂取出来ん」

一夏「……これは1から説明する必要がありそうだな」
 
20 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/10/19(金) 05:56:30.59 ID:Hp2Uke1jo

 元々が食にそこまで興味のある人間ではなかった紅莉栖である。
 知識の偏り。CMの受け売り。

 その全てが露呈していた。
 完全論破。

 四文字熟語が岡部の脳裏を過ぎった。

岡部「(@ちゃんねるで腐るほど野菜ジュース系のスレがあっただろうに……目を通していなかったのか)」

紅莉栖「えっ、えっ……?」

 1時間後。
 そこには、完全に論破された天才少女の姿があった。
 
21 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/10/19(金) 05:56:57.35 ID:Hp2Uke1jo

岡部「(ワンサマーも存外しつこい。ここまであの紅莉栖を追い詰めるとは……)」

紅莉栖「……うん。もうカップラーメンはや……控える。数を減らすようにする」

一夏「あぁ! 紅莉栖もわかってくれたみたいで何よりだ」

岡部「うっ……」

 ドスッ。と言う鈍い音が鳴る。 
 突然、となりの席から岡部の腹部に肘鉄がめり込んできた。

 放ってきた相手は論破されたばかりの紅莉栖である。

紅莉栖「(岡部、後でちょっと、顔貸しなさい)」

 岡部に読唇術の心得など無かったが、紅莉栖の唇がそう動いたことは明白だった。
 その語韻に怒気すら含まれていることも、岡部は理解した。
 
22 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/10/19(金) 05:57:23.60 ID:Hp2Uke1jo
 

……。
…………。
………………。

 
23 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/10/19(金) 05:57:49.47 ID:Hp2Uke1jo


 ─バー・クレッシェンド─


真耶「お疲れ様です」

千冬「あぁ、お疲れ」

 チン、とグラスを当てて乾杯する2人。
 1杯目は2人ともノーマル&ブラック・ミックスのグラスビールを注文していた。

 寒くなってきたとは言え、冷えたビールは喉の渇きを気持ちよく癒してくれる。

千冬「──ふぅ」

 殆ど、一気に飲みに近い要領で黒ビールを飲み干す千冬。

マスター「同じものを?」

 初老のマスターが、空いたグラスを確認して声をかける。
 
24 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/10/19(金) 05:58:16.14 ID:Hp2Uke1jo

千冬「いえ……今日は、カルーア・ミルクを」

マスター「かしこまりました」

 珍しい注文だったが、マスターはソレを意に介さない。
 すぐにロックグラスに入った、カルーア・ミルクが千冬に出される。

 球体の氷と、ステア代わりのポッキーが印象的だった。

真耶「──そう言えば」

 ビールグラスを両手で持ちながら、口を開く。
 千冬はポッキーで、カルーアとミルクを混ぜていた。

真耶「今日のお昼に話してた内容、ちょっと変ですよね?」

千冬「……うん?」

真耶「いえ、織斑先生。もしかして、オルコットさんのこと忘れてるんじゃないかなーって」

 ──ポキン。

 グラスの中で、ポッキーが折れた。
 
25 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/10/19(金) 05:58:42.59 ID:Hp2Uke1jo

千冬「……」

 真耶の言葉を反芻するように、脳内でなぞる千冬。


 『敗者同士である、織斑と篠ノ之。そして勝者であるボーデヴィッヒとデュノアを当てる。岡部は無しだ』


千冬「オル……コット……」

 深い溜息を吐く。
 最近はやたらと残業が多く、つまりは仕事が多い毎日だった。

 岡部倫太郎が転入してからこっち、息のつく間もない。
 各国からの状況説明や、元よりあった国際IS委員会から一夏への呼び出し等々。

 激務多忙な毎日を送っていた。
 今日はささやかな息抜きをと思って、クレッシェンドまで足を運んだ。
 
26 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/10/19(金) 05:59:09.19 ID:Hp2Uke1jo

真耶「あの時はあの時で、楽しちゃってーとか思ったんですけど。良く考えたら流石にまずいですよね?」

 サービスのキューブチーズを一欠けら口に放り込む。
 それをビールで流し込むのは、最高に美味しかった。

千冬「らしくない。疲れていたようだ」

 ぐい、とカルーア・ミルクを一口で飲み干す千冬。

千冬「マスター。忙しなくて申し訳ありませんが、今日はこれで」

マスター「おや、それは残念です」

真耶「ふぇ?」

 2個目のキューブチーズを手に取っていた真耶が首を傾げる。
 ビールはまだ半分も残っていた。
 
27 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/10/19(金) 06:00:11.22 ID:Hp2Uke1jo

千冬「行きますよ、山田先生。お仕事です」

真耶「えぇぇ、ええぇえぇー!?」

 2人分の飲み代をバーカウンターに置いて、コートを羽織る。
 真耶は握ったチーズと、半分ほど残っているビールグラスを交互に慌しく目線を配っていた。

千冬「それではマスター。また改めて」

マスター「はい。お待ちしておりますよ」

真耶「あうう、待って下さーい! あっ、ご馳走様でした」

マスター「ありがとうございました」

 名残惜しそうに、チーズとビールから手を話し千冬へと駆け寄る。
 
28 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/10/19(金) 06:00:45.97 ID:Hp2Uke1jo

真耶「今日も残業ですね?」

千冬「あぁ、まったく。私としたことがくだらないミスを……」

真耶「うふふ、良いじゃないですか」

千冬「……?」

真耶「織斑先生も、完璧超人じゃないってことですよ」

 その台詞を聞いて、少しだけ目を丸くする千冬。
 この後輩は生意気にも自分を励ましているのだとわかった。

千冬「また後日、行こう。もちろん私の奢りでな」

真耶「えへへ、お供します」

 30分と滞在せずに、学園へ戻る2人。
 しかし不思議と顔はスッキリしていた。
 
29 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/10/19(金) 06:01:12.41 ID:Hp2Uke1jo


……。
…………。
………………。

 
30 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/10/19(金) 06:01:39.58 ID:Hp2Uke1jo

 部屋には一夏と岡部の2人が居た。
 会話は無い。

一夏「……」

岡部「……」

 ルール上、専用機持ち同士の情報交換が禁止されている為に今日起きた試合内容などを話せずにいた。
 食堂でも皆が皆、その話題を避けて談話していた訳だが2人きりになるとそうもいかない。

 お互い、結果や戦闘内容が気になっていた。

一夏「(凶真は勝ったかな……)」

 一般生徒が用いる訓練機と違い、専用機は各国の技術力や面子の集合体である。
 試合を閲覧した生徒にも、期間内の情報漏洩を禁止しているため不思議なムードが教室でも漂っていた。

 試合内容を喋りたくてウズウズしている女子生徒が身悶えていたのを、一夏は思い出す。
 
31 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/10/19(金) 06:02:06.12 ID:Hp2Uke1jo

一夏「(何を話したかったんだろうなぁ。凶真とラウラの試合、どうだったんだ……?)」

 チラリと視線だけ岡部に移すが、岡部は既に目を瞑っていた。
 眠っている気配は無いが、会話に転ずる気配も無いので一夏も目を閉じる。

一夏「(誰と当ろうと、全力で頑張るだけだな)」

 そう自分を励まして、一夏は意識を沈めた。
 
32 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/10/19(金) 06:02:32.76 ID:Hp2Uke1jo

 ◇

岡部「(結局、明日はどうなったんだ……)」

 目を瞑ったまま、岡部は考えていた。
 その後に織斑千冬からの通達は何もない。

 つまり、何かしらの通達があるとすれば明日の朝になるということだろう。
 気を揉んでも気疲れするだけで、得策ではない。

岡部「(しかし、明日も戦うとして……)」

 新ガジェットは使えるのか。
 増えたエネルギーの分はどうなるのか。

 問題は山積している。
 早く整備室で中身を見たい、弄りたいと紅莉栖がぼやいてたのを思い出す。
 
33 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/10/19(金) 06:03:02.45 ID:Hp2Uke1jo

岡部「(紅莉栖と言えば……先ほどはとんだ八つ当たりだったな)」

 食堂で受けた恥辱。
 カップラーメンの怨みつらみは、何故か全て岡部にあてられていた。

 曰く、助け舟を出そうとしなかったその態度が気に食わない。

岡部「(あれで天才少女と言うのだからな……)」

 感情を露にする紅莉栖を思い出し、顔がニヤける。
 隣のベッドに寝転がっている一夏を思い出し、そっと視線を送るが眠っているようなので助かったと岡部は思った。

岡部「(何にせよ……こんなふわふわした気分で戦いになどなるのか……?)」

 戦闘が行われるかどうかすらわかっていない状況。
 代表候補生であれば容易な気持ちの切り替えも、今の岡部には至難の業だった。

岡部「(──あぁ、でもなんだ。どうにか……なる……か……)」

 目を瞑っての考え事である。
 何時の間にか、意識はまどろみ岡部も眠りへと落ちて行った。
 
34 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/10/19(金) 06:03:28.68 ID:Hp2Uke1jo


……。
…………。
………………。

 
35 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/10/19(金) 06:03:55.87 ID:Hp2Uke1jo

真耶「ひーん。書類の製作が終わりませんー」

 深夜帯。
 職員室に影は2つしかなかった。

千冬「手助け感謝しますよ。山田先生」

真耶「わーん!」

 明日の戦闘日程表。
 提出期限を越えたそれを修正・製作する、千冬と真耶の夜はこれからだった。


 ──ハラリ。


 書類が1枚、机から落ちる。
 
36 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/10/19(金) 06:04:21.91 ID:Hp2Uke1jo


  -1年1組 クラス内対抗戦 専用機表(2日目) -


 第1アリーナ 岡部倫太郎 vs セシリア・オルコット

 第2アリーナ シャルロット・デュノア vs ラウラ・ボーデヴィッヒ

 第3アリーナ 織斑一夏 vs 篠ノ之 箒

 
37 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/10/19(金) 06:04:51.40 ID:Hp2Uke1jo

真耶「っとと、書類書類……あのー、織斑先生?」

千冬「なんだ?」

 職員室は2人きり。
 千冬は真耶に対して、口調を何時ものに切り替えていた。

真耶「オルコットさんと、岡部君の対戦なんですが」

千冬「どうかしたか?」

真耶「いえ。勝者同士、敗者同士と言うのはわかるんですが……なぜこの2人に?
   単純に先生がオルコットさんを忘れていたからですか?」

千冬「……それも多少だが、ある」

真耶「多少……?」

 全部ではなく?
 そう付け足そうとしたところで、真耶の口が止まる。

 触らぬ神に祟り無し。
 
38 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/10/19(金) 06:05:21.62 ID:Hp2Uke1jo

千冬「オルコットの成長は著しい。1年の専用機持ちでは、素人だった織む……一夏を覗いては一番の伸びしろを見せた」

 周囲に他の教員が居ないことを思い出し、一夏の名前を出す。

千冬「ここで未知の相手と戦わせて、経験を積ませてやるのが教師としての役割だ」

真耶「ほぇー……さすがに考えてるんですねぇ。他の2組にも何か理由が?」

 千冬がそれだけの評価を与えるほど、“BT偏光制御射撃”-フレキシブル-は難易度の高い技術だった。
 自在に操れるようになってからと言うもの、セシリアの成長は著しい。

千冬「色々と、な」

真耶「色々……?」

千冬「さ、山田先生。腕が止まってますよ、仕事を」

真耶「あっ、はいっ。(何も考えて居ないんじゃ……)」

千冬「山田先生。余計なことを考えていると、今日は眠れなくな──」

真耶「わっわっ、頑張ります! 頑張るます!」

 2人の若い女性教員の仕事は結局明け方までかかった。
 
39 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/10/19(金) 06:05:49.46 ID:Hp2Uke1jo

 ◇

真耶「すー……すー……」

 机に突っ伏したまま眠る真耶にそっとタオルケットをかける。
 そのまま自分の机に戻り、胃の焼けるような熱いブラックコーヒーを啜りながら千冬は1人書類と睨めっこをしていた。

千冬「──さて、岡部の機体。新装備はどうしてやるかな……」

 使用の許可を与えるか否か。
 残る作業は、それだけだった。
 
40 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/10/19(金) 06:06:18.35 ID:Hp2Uke1jo


……。
…………。
………………。

 
41 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/10/19(金) 06:07:12.10 ID:Hp2Uke1jo

 翌日。
 再び岡部が訪れたのは昨日と同じく第1アリーナだった。

 ふぅ、と岡部の深い息が漏れる。
 ピット内には既にISを展開した岡部と紅莉栖が居た。
 
紅莉栖『良い? わかってるわね、岡部』

岡部『あぁ。パラダイム・シフトは──使わない』
 
42 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/10/19(金) 06:07:39.13 ID:Hp2Uke1jo

 ◇

 岡部が織斑千冬に呼び出されたのはHR前のことだった。

 本日の対抗戦も参加すること。
 新たに発現した武装の調整をしてはいけない。

 簡潔にそれだけ説明をされた。

紅莉栖「これは……駄目ね」

岡部「何が駄目なのだ?」

 千冬から受けた言葉をそのまま、紅莉栖へと伝える。
 HR後の喧騒の中で、2人は言葉を交わす。
 
43 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/10/19(金) 06:08:05.21 ID:Hp2Uke1jo

紅莉栖「“刻司ル十二ノ盟約”-パラダイム・シフト-……って、あぁもう、一々言葉にすると恥しいな、コレ。
     今回の試合では、パラダイムは使えないってこと」

岡部「……」

紅莉栖「稼働率を弄れない以上、起動した瞬間に5秒と持たずにまたブラックアウトして終わるわね」

岡部「うむ……」

 正直、岡部は“刻司ル十二ノ盟約”-パラダイム・シフト-に良い思いを抱いていなかった。
 脳に流れ込んでくる大量の情報。

 情報酔いとも言えるあの感覚は決して、好ましいとは言えない。

岡部「眼帯娘の時と同じような戦法で行くか」

 相手は、セシリア・オルコット。
 イギリス代表候補生。

 HRで知らされた相手は、岡部が羨むビット兵器使いだった。
 
 
44 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/10/19(金) 06:08:40.75 ID:Hp2Uke1jo

紅莉栖「えぇ、そうね。だけど──」

岡部「む?」

紅莉栖「昨日以上の戦いが出来ることは確定しているわ」

 ふふん。
 と思わせぶりな表情を作る紅莉栖。

岡部「どう言うことだ」

紅莉栖「パラダイムの他にもう1つ、変わった事があるでしょう?」

岡部「もう1つ……む?」

紅莉栖「あぁ、もう。エネルギーよ、エ・ネ・ル・ギ・ィ!」

岡部「そう言えば……そうだったな」

 完全にそれを忘れていた岡部。
 頭の中は、この後の戦いのことで一杯一杯だった。
 
45 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/10/19(金) 06:09:13.22 ID:Hp2Uke1jo

紅莉栖「ほんっとに……忘れたの? ガジェットの仕様」

岡部「……む?」

紅莉栖「楯無会長の推測は当らずとも遠からず、ってことよね」

 供給するエネルギー量により、威力が変わる。
 “石鍵”の搭載するガジェットにはそう言った特性があった。

 展開当初には気付けなかったこの仕様。
 “オマケ”とも言えるように、プログラムの奥に閉まってあったもの。
 
46 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/10/19(金) 06:09:40.01 ID:Hp2Uke1jo

紅莉栖「通常のISに備わってるエネルギー量を約“600”とする。
    “石鍵”も例に漏れず最初は“600”だったけれど、今は倍の“1200”……この意味がわかる?」

岡部「……凄い、のか?」

紅莉栖「かなり、ね。軍用ISなら兎も角、専用機が“1200”もエネルギー積んでるとか。
    何考えてんの? 戦争でもすんの? 馬鹿なの? 死ぬの? って感じ」

岡部「……」

紅莉栖「っとまぁ、単純にエネルギーが増えた分シールドエネルギーも硬くなる。被弾しても耐えられる。
    今回は供給調整出来ないから“ビット粒子砲”には割けないけど“サイリウム・セーバー”なら別よ」

岡部「“サイリム・セーバー”にエネルギーを傾ける調整をしていたからな。
   ……ん? つまり、かなりの攻撃力になるのじゃないか?」

紅莉栖「of course! これは、一泡吹かせられるかもしれないわよ」

岡部「そうか……」
 
47 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/10/19(金) 06:10:06.15 ID:Hp2Uke1jo

 これから1時間後には試合が始まる。
 けれども、岡部の意識はどこか外れていて集中していない。

 岡部のふわふわはそのままだった。

紅莉栖「ちょっと岡部、何か昨日と違うと言うか……そんなテンションで大丈夫か?」

岡部「大丈夫だ、問題無い」

紅莉栖「アインシュタインは言っている。“物事はすべて、出来るだけ単純にすべきだ”と。
    これは授業なんだから、もっと気楽にね……?」

岡部「大丈夫だ、問題無い」

 紅莉栖なりの気遣いをかけようにも暖簾に腕押し。
 どうにも岡部のテンションは定まらないようだった。
 
48 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/10/19(金) 06:10:32.39 ID:Hp2Uke1jo

紅莉栖「……そ、ならもう言うことも無いわね。怪我だけはしないように」

岡部「あぁ……。まだ時間があるな、少し歩いてくる」

紅莉栖「うん、わかった……」

 岡部は席を立ち、教室から1人出て行った。

 紅莉栖は顔を俯かせる。
 岡部の気持ちを浮かび上がらせる言葉が出てこない。

 悔しさと、自分の語録の少なさが恨めしかった。

 こんな時に────だったら、なんと岡部に声をかけるのか。
 その人物だったら、どうにも定まらない岡部の気持ちを固定させることが出来ただろうか。

 そんなことばかり考えてしまった。
 
49 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/10/19(金) 06:10:59.26 ID:Hp2Uke1jo


 ◇


 ──ガシャコン。

 自動販売機の缶ジュースを射出した音が響く。
 食堂に生徒の姿は1つも無かった。

 他の生徒は授業時間。
 対抗戦開催中である1年1組の生徒は、この後に行われる試合へと忙しなくしている時間である。

 食堂を利用する者など、岡部倫太郎以外に居なかった。
 
50 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/10/19(金) 06:11:52.51 ID:Hp2Uke1jo

岡部「……」

 排出されたドクトルペッパーを手に取る。

岡部「これから、試合か……」

 自分でも理解出来ない感覚。
 昨日までとは違う。

 何故だか、心が定まらない。
 
51 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/10/19(金) 06:12:18.95 ID:Hp2Uke1jo

岡部「ふう……」

 溜息を1つ吐いて、プルタブを引き缶を開ける。
 飲み口からドクトルペッパーを飲もうとした時、


 ──その腑抜けた顔はなんだ。


 後方から声がかかった。

岡部「お前は……」

ラウラ「……」

 食堂の壁に背を預け、腕を組んでいるクラスメイトの姿がそこにはあった。
 対戦まで時間の猶予は差ほど無い。

 食堂でゆったりとしている暇はないはずだった。
 
52 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/10/19(金) 06:12:47.23 ID:Hp2Uke1jo

岡部「どうしてこんな所に──」

ラウラ「貴様の腑抜けた顔が見えたのでな」

 言い切る前に遮られる。
 ラウラの声には刺々しい物が含まれていた。

 怒っている。機嫌が悪い。
 そう言った感情が声にありありと出ている。

岡部「……」

 ラウラの言葉に対して、言い返すことが出来なかった。
 腑抜けている。

 まさしく、現状で岡部の心境を表すならば腑抜けている。
 これから戦闘に赴く人間のソレではない。
 
53 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/10/19(金) 06:13:21.88 ID:Hp2Uke1jo

岡部「俺は……いや……」

 なにかを口にしかけて閉ざす。
 ラウラに対し、なにを言って良いのかがわからなかった。

 昨日、戦闘して負けた相手。
 その相手に対し、なぜか戦う気力が湧かないなどと吐ける訳もない。

ラウラ「倫太郎。お前は──」

 しばしの沈黙を破ったのは、意外にもラウラだった。
 岡部は黙ってその言葉の続きに耳を傾ける。
 
54 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/10/19(金) 06:14:06.90 ID:Hp2Uke1jo

ラウラ「──素人だ。どうしようもなくな」

岡部「……」 

ラウラ「あの時、なぜ頭を狙わなかった」

 あの時。
 岡部が得た千載一遇のチャンス。

 “サイリウム・セーバー”での狙いを腹部ではなく、頭部にしていればラウラは攻撃を防げなかった。
 しかし、岡部の選択は頭部ではなく腹部。

 結果、攻撃は失敗し敗北に繋がった。
 
55 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/10/19(金) 06:14:33.37 ID:Hp2Uke1jo

岡部「それは……」

 言い淀む。
 深い意味などなかった。

 あの時は、その一撃が決まれば勝つとわかっていたし止められるとも思っていなかった。

ラウラ「良いか、倫太郎。試合と言えど戦いだ。手を抜いて良い道理などない」

岡部「……」

ラウラ「貴様はあの時、頭部を狙っていればこの私に勝利していた」

 断言する。
 負けず嫌いであるはずのラウラがそう言い切った。
 
56 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/10/19(金) 06:15:00.72 ID:Hp2Uke1jo

ラウラ「戦いは結果が全てだ」

岡部「……」

ラウラ「だが、わたしは納得していない」

 ラウラにとって、今回の勝利は勝利と呼んで良い物ではない。
 結果として得られただけであり、その肯定に満足していなかった。

ラウラ「倫太郎。お前はこの“ラウラ・ボーデヴィッヒ”とまともに戦い合ったんだ」

岡部「……」

ラウラ「不甲斐ない戦いをして、私を失望させるなよ」


 《間もなく、1年1組 クラス内対抗戦が始まります。対象となる生徒は各自アリーナへと向かって下さい》


 スピーカーからアナウンスが流れた。
 時間はもうない。
 
57 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/10/19(金) 06:15:41.23 ID:Hp2Uke1jo

ラウラ「時間だ。私は私の戦場へと行く」

岡部「ああ……」

 岡部を食堂に置き去り、ラウラは1人アリーナへと足を伸ばした。
 一度も振り返らず、堂々と歩く素振りは後姿からも自信が見て取れる。

岡部「まったく。どいつもこいつも励まし方が下手なのだから参る……」

 不器用な励まし。
 一度、剣を交え戦った者に対する激励だったことは岡部にもわかった。
 
58 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/10/19(金) 06:16:09.54 ID:Hp2Uke1jo

岡部「ワンサマーと言い、ここの連中は世話焼きばかりだな」

 ──パァン!
 
 両頬を叩く音が壁にぶつかり木霊する。
 ジンジンと痛みが広がり、これが気合なのだとテンションを高めた。

岡部「さて、」

 ふわふわした気持ちは霧散し、岡部は緊張感を取り戻す。

岡部「行くか」

 恐らく、既に準備万端で待っているであろう紅莉栖の分のドクトルペッパーを購入してアリーナへと向かう。
 手に持っていた自分の分を一息で飲み干す。

 岡部のクラス内対抗戦2日目最終日が静かに開幕した。
 
59 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/10/19(金) 06:16:35.61 ID:Hp2Uke1jo


……。
…………。
………………。

 
60 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/10/19(金) 06:17:09.80 ID:Hp2Uke1jo


 ─第1アリーナ─


岡部『あぁ。パラダイム・シフトは──使わない』

紅莉栖『(良かった……岡部の顔が何時ものに戻ってる)』

 ピットで合流した岡部は、先ほどの表情と打って変わり何時もの顔つきに戻っていた。
 教室を出て何が起きたのかを紅莉栖は知らない。

 そして、何が起きたのかを聞きもしない。
 紅莉栖は自分が岡部に対して、出来ることだけをしようと決めていた。

紅莉栖『OK 間違えても起動しないようにね』

岡部『うむ』

紅莉栖『よっし、セシリアの方もOKサインを出してる。──準備は良い?』

岡部『あぁ。-インフィニット・ストラトス-、鳳凰院凶真……出る!』

 両足をカタパルトに装着し、前傾姿勢を取る。
 相手はセシリア・オルコット。

 想定する戦闘は滞空ロングレンジ。
 
61 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/10/19(金) 06:17:36.60 ID:Hp2Uke1jo
  
紅莉栖『5秒前。4.────』

 どくん、どくん。
 鼓動の高鳴りが聞こえてくる。

紅莉栖『3.2.────』

 情けない戦いは出来ない。
 戦ってきた相手に、ラウラに笑われてしまう。

紅莉栖『──────発射!』

 ──バシュゥゥゥゥゥゥウウ!!!

 火花を散らし、空気を切り裂きながら飛翔する。

岡部『“石鍵”……目標を駆逐する!』

 プライベートチャネル越しに聞く岡部の声は、何時ものソレより力強かった。
 
62 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/10/19(金) 06:18:03.31 ID:Hp2Uke1jo
おわーり。
ありがとうございました。
63 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/10/19(金) 06:20:28.50 ID:MyqAFfYKo
新スレ&更新乙
64 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/10/19(金) 11:01:35.29 ID:H0bz78tDO
神スレ2つめオメ乙
今回は選択肢なかったか…軌道を読むじゃなく避けるとどうなったか知りたかったな
65 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/10/19(金) 12:32:53.08 ID:1Smyz6GIO
おつおつ
楽しみにしてる
66 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/10/19(金) 12:54:45.20 ID:pE6IIlZto
パラダイムはよって書き込もうかとずっと待ってたww
あとセシリアを忘れて弁明する>>1を思い出したwwwwww
乙!
67 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) [sage]:2012/10/19(金) 13:06:59.20 ID:SnQuBiQYo
あれ、まゆしぃとの電話は…
68 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府) [sage]:2012/10/19(金) 14:54:22.46 ID:1rkCwrTro
とりあえず改訂前のスレも、改訂版の前スレもこのスレも読んできた
69 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/10/19(金) 17:58:54.29 ID:UOXaWpZR0

しばらく読んでなかったらいつの間にか新スレになってた!?
70 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2012/10/19(金) 18:08:42.73 ID:SJVgcQD6o
追いついた!
71 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/10/24(水) 13:20:21.52 ID:F3eY7Ab3o
投稿します。
72 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/10/24(水) 13:21:12.43 ID:F3eY7Ab3o
>>61  つづき。




 ─第1アリーナ上空─


 対峙する2体のIS。
 蒼い雫-ブルー・ティアーズ-を駆る英国淑女は腕組をしながら岡部を見据えていた。

   
        -第1アリーナ-

   “石鍵” vs “ブルー・ティアーズ”


 
73 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/10/24(水) 13:21:44.70 ID:F3eY7Ab3o

セシリア『倫太郎さん、手加減は致しませんわよ?』

岡部『無論だ』

 短い会話を済ませ、戦闘態勢に入る。
 セシリアはその右腕に長大な特殊レーザーライフル“スターライトmkIII”を呼び出した。

セシリア『ばん』

 ──シュゥゥン!!

 砲口から放たれる蒼い閃光。
 岡部が数寸まで滞在していた空間を狙い打つ。

岡部『威嚇射撃のつもりか?』

 ひらりと体を躍らせ、その閃光を回避する。

 それは避けてくれと言わんばかりの射撃だった。
 まだまだ未熟ではあるが、岡部が避けられないような攻撃ではない。
 
74 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/10/24(水) 13:22:30.19 ID:F3eY7Ab3o

セシリア『いいえ。その程度の攻撃を避けれないようでは、わたくしと戦うに相応しくないのでテストさせて頂きましたの』

岡部『言ってくれるではないか……』

 ──シャォン!

 右腕に“サイリウム・セーバー”を呼び出す。
 刀身は紅色に発光していた。

 一振りすると「ブォン」と言う何時もの良い音が響く。

紅莉栖『エネルギーが増えたからと言って、無駄振りはNGよ』

岡部『わかっている。まだエネルギー供給はしない……様子を見る』

紅莉栖『OK. まずはセシリアの攻撃を避けることに慣れ──来るわよ!!』
 
75 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/10/24(水) 13:23:08.50 ID:F3eY7Ab3o


     -警告-
《敵IS ビット兵器を展開》


 危険を知らせるレッドアラート。
 紅莉栖と悠長に会話を楽しむ余裕はなかった。

セシリア『遠距離射撃型のわたくしに対してその武装……近距離格闘を挑もうとおっしゃりますの?』

 両肩のスラスターから放たれる4機のビット。
 それは“石鍵”を取り囲むように空中を漂っている。

セシリア『(集中が足りていませんわね……フレキシブルはまだ、使えませんわ)』

紅莉栖『来るわよ……集中して!』
 
76 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/10/24(水) 13:23:37.22 ID:F3eY7Ab3o

 ビット兵器。
 岡部が密かに憧れを抱いていた兵器が牙を剥いた。

 ──ヒュンッ!

 同時に放たれた4つの閃光。
 発射位置がそれぞれ異なるそれを回避することは困難を極める。

岡部『くっ……!!』

 昨日の対“シュヴァルツェア・レーゲン”戦が役に立った。
 ワイヤーブレードと、ビーム兵器では軌道こそ違えど4方向から向かってくる攻撃に岡部は慣れ初めていた。

 曲線を描き襲い来るワイヤーブレードに比べると、直線でしか襲ってこないビームの方が避け易くもある。
 上下左右。空中を自在に動き回り、その全ての攻撃を回避していた。
 
77 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/10/24(水) 13:24:04.55 ID:F3eY7Ab3o

セシリア『逃げるのがお上手ですわね……!』

 “蒼い雫”の両腰に携えられたもう1対のビット兵器。
 それが音を立て起動する。

セシリア『さあ、休む時間はなくってよ?』
 
 岡部を狙う2問の砲口。
 仕掛けられた攻撃はビームではなくミサイル。

岡部『なっ……』

 4基2基で構成される、全6基のビット兵器。
 4基から放たれるビームを避けられても、残り2基から放たれるミサイルで撃墜する。
 
78 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/10/24(水) 13:24:31.40 ID:F3eY7Ab3o

紅莉栖『これは──避けれな…………』

 ミサイルが直撃する轟音がアリーナに響く。
 岡部は対処出来ずに被弾するしかなかった。

セシリア『まだですっっ!!』

 爆煙さめ止まぬまま、セシリアはビット兵器をさらに稼動させ爆発の中心部にビームを射出した。
 4つの閃光が煙の向こうの標的に突き刺さる。

 けれど、攻撃はさらに続いた。

セシリア『奏でなさい! ブルー・ティアーズ!!』

 ビット兵器の操作を中段し、なおも攻撃動作を続行するセシリア。
 その手にはブルーティアーズ主力武器。“スターライトmkIII”が握られている。
 
79 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/10/24(水) 13:25:15.61 ID:F3eY7Ab3o

セシリア『これで……フィナーレですわ!!』

 一際太いビームを放ち、目標を穿つ。
 ミサイルの直撃からのビーム攻撃。

 それに続き、最大出力で放った“スターライトmkIII”での一撃。
 試合を終了させるには充分すぎるほどの高火力攻撃だった。

セシリア『はぁ、はぁ……』

 現状、考えうる限り最大の攻撃を標的である“石鍵”に打ち込むことに成功。
 データには《全弾命中》の文字が浮かぶ。

セシリア『少々、大人気なかったようですわね……さっ、倫太郎さんの様子は……』

 濛々と立ち込める煙。
 空調が完全に行き届いてるアリーナでソレはすぐに晴れるはずだった。
 
80 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/10/24(水) 13:26:52.41 ID:F3eY7Ab3o

セシリア『煙が……いえ! これは……霧っ!?』

 辺りを見回す。
 攻撃によって生じた爆煙とは思えぬ色の空気。

 晴れぬ視界。
 違和感に気付いた時、勝利を確信していたセシリアの頬に一筋の汗が伝った。

紅莉栖『ギリギリセーフ。間に合ったみたいね』

岡部『ミサイルは被弾してしまったがな……』

 ようやく晴れたその空間に“石鍵”の姿は無い。
 地上には黒い兵器の残骸がぱらぱらと散らばっていた。

セシリア『(デコイ……!)』

 セシリアは振り向けなかった。
 ハイパーセンサーは今頃になって敵ISが背後に居る事を感知し、教えてくれている。
 
81 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/10/24(水) 13:27:22.52 ID:F3eY7Ab3o

セシリア『(あのデコイ、センサージャマーのような機能が……迂闊でしたわ)』

 ミサイルの直撃後。
 岡部は直ぐに“モアッド・スネーク”を多数設置していた。

 そして、その全ての“モアッド・スネーク”はセシリアの狙撃によって破壊。
 起動させられ、周囲に濃霧を拡散させていた。

岡部『(やれやれ……俺にはこの戦法しか無いのか)』

 内心悪態付く岡部だったが、くさくさしている訳にもいかない。
 勝利は今、目の前に転がっている。

岡部『後ろは取った……後は……』

紅莉栖『気を付けなさい。セシリアはまだビット兵器を展開しているわよ』

 紅莉栖の言葉でハッと我に帰る。
 未だにセシリアは振り向かない。

 けれど“代表候補生”がこれで終わるはずがないことは岡部も経験からわかっていた。
 
82 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/10/24(水) 13:27:48.57 ID:F3eY7Ab3o

岡部『む……し、しかし折角後ろを取ったのだ今斬りかからねば──』

 ──ジャキッ!!

岡部『──ッッ!!』

 前方を向いていた2基のロケット発射口が回転し、後方を向く。
 依然“モアッド・スネーク”による、センサージャマーが発動しているため正確な狙いを付ける事は出来ない。

セシリア『これで充分ですわ』

 何の躊躇いも無しに、ロケットを発射する。
 丁度真後ろを取っていた岡部は、射線上に乗り出していた。

岡部『当てずっぽうか……!』

 急上昇か急下降。
 瞬時に選ばなければ、被弾は免れない。

 岡部はスラスターを吹かし急上昇し、ソレを避けた。
 
83 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/10/24(水) 13:28:15.19 ID:F3eY7Ab3o

岡部『くそっ、攻撃チャンスを逃してし──』

セシリア『確率は1/2。上か下か……倫太郎さんが上昇志向の強い方で助かりましたわ』

岡部『──まった』

 ギリッ。
 歯の根が軋むほど強く食いしばる。

 先ほど得ていたアドバンテージは既に失せていた。
 “石鍵”を取り囲むように浮遊する4基のビット。

セシリア『さぁ──踊りなさい。わたくし、セシリア・オルコットとブルー・ティアーズの奏でる円舞曲で!!』

 四基のビットから放たれるビーム攻撃。
 重ねるように合わせ撃たれる2基のミサイル攻撃。

 今度こそ、その攻撃は“石鍵”を捕らえた。
 ビットによる攻撃で両手両足を射抜かれ、ミサイルは腹部と頭頂部を強襲する。

 従来のISでは絶対防御を確実に強いられ、エネルギーが枯渇するに充分な火力だった。
 
84 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/10/24(水) 13:29:20.37 ID:F3eY7Ab3o

セシリア『──なっ』

 爆煙の向こう。
 “ブルー・ティアーズ”のハイパーセンサーは未だに“石鍵”の稼動を表示している。。

岡部『……』

紅莉栖『この馬鹿、完全にエネルギー量に助けられたわね……』

 総攻撃を食らって尚“石鍵”は健在だった。
 異常なるエネルギー総量でもって生成される“エネルギーシールド”。

 従来のISを撃墜する程度の火力では、打ち破る事は敵わなかった。

セシリア『あの攻撃で、シールドを削りきれなかった……!?』

岡部『Ms.シャーロック……いや、オルコットよ』

セシリア『ッッ!』

岡部『小細工は終いだ、真っ向から行く』

 岡部の言葉に強みがある。
 セシリアは全力で警戒を高めた。
 
85 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/10/24(水) 13:29:49.49 ID:F3eY7Ab3o

岡部『次は……俺のターンだ』

 右腕に装着された“サイリウム・セーバー”を天高くかざす。
 この行為になんら意味は無いが、対峙するセシリアにとっては威圧感を感じざるを得ない状況を作り出していた。

岡部『エネルギー供給開始。“サイリウム・セーバー”最大出力……!!』

 ほぼ全てのエネルギーを“サイリウム・セーバー”への攻撃力へと転換する。
 岡部はこの一撃で決める気で居た。

セシリア『なっ……』

紅莉栖『嘘……』

 “サイリウム・セーバー”が強く発光する。
 直視できない程の光量が実態を持つ。

岡部『こ、これは……』

 残った全てのエネルギーを注がれた、赤い長大なる大剣。
 エネルギーブレードと言うには、余りにも大きく、分厚く……それはまるでエネルギーの塊だった。
 
86 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/10/24(水) 13:30:30.44 ID:F3eY7Ab3o

セシリア『これが、エネルギーブレードだと言いますの……!?』

紅莉栖『っちょ……コレは……!!』

岡部『おおお……』

 操縦者の岡部自身も驚嘆する。
 昨日、ラウラに向けて切っ先を向けた物とはまるで異質な装備だった。

 実際の刀身の何倍にも膨れ上がった、エネルギー状の刀身。
 長く太いソレはエネルギーのために重さすら感じない。

 ──ヴゥゥゥウウウン!!!

 軽く一振りしただけで、空気が焼け裂ける。
 そのちょっとした動作ですら、セシリアは回避行動を強いられた。
 
87 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/10/24(水) 13:30:57.60 ID:F3eY7Ab3o

セシリア『(あんな威力……冗談じゃありませんわ……!!)』

岡部『ククク……フゥーハハハハ!!! 行ィィィくぞオルコォォォォォォォオッツ!!!』

 右腕に携えられた、過ぎた力。
 “男の子”である岡部のテンションをマックスにまで引き上げるのは造作もない。

セシリア『ブルー・ティアーズ!!』

 赤き大剣を構えたまま突進する岡部。
 セシリアの放つビット攻撃をローンリングで回避しながら、最短距離を突き進む。

セシリア『外しっ……!!』

 焦りからか照準が上手く定まらない。
 機体制御だけは異常なまでに巧みな岡部である。集中力を欠いたままの射撃が当る訳もなかった。

 眼前に迫る壁のような刃。
 セシリアのハイパーセンサーはその警告と、刃の放つ赤い発色で塗りたくられたようだった。
 
88 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/10/24(水) 13:31:31.96 ID:F3eY7Ab3o

岡部『切り裂けぇぇええい!!』

 右腕に携えた大型の刃を振り上げる岡部。
 あと数十度、腕を振り下ろせばその長大な刀身は“ブルー・ティアーズ”に届く。

セシリア『…………集中、集中』

 赤く発光した刃が、自らの機体を切り裂こうとする最中。
 セシリア・オルコットの集中力は極限まで研ぎ澄まされていた。

セシリア『──────“ブルー・ティアーズ”!!!!』

 敵ISの攻撃警告、それと攻撃による被弾。
 その結果が表示されたのは同時だった。
 
89 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/10/24(水) 13:32:00.88 ID:F3eY7Ab3o

岡部『──なっ!?』

 突然、背後から襲い掛かってきた衝撃。
 その正体は先ほど避けたはずのビット攻撃だった。

 回避し、遥か後方へと消えて行ったはずのビームが捻じ曲がり“石鍵”に直撃する。

岡部『っく! だが、振りぬけば俺の──勝ちだっ!!』

 驚きはしたが、試合を終わらせるには不十分な攻撃力。
 “石鍵”はダメージを喰らい、崩した体勢のまま“ブルー・ティアーズ”へとその赤き切っ先を振り抜いた。

セシリア『────ッ!』

紅莉栖『チェックメイト……ね』

岡部『貰っっ…………ったぁぁああ!!』
 
90 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/10/24(水) 13:32:49.72 ID:F3eY7Ab3o



 《EMPTY NOT SHIELDE》



 ──プァーーーーーー!!

 突如響き渡るアラームの音。
 電子音声が第1アリーナに響き渡った。


-試合終了。勝者 セシリア・オルコット-
 
 
91 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/10/24(水) 13:33:16.36 ID:F3eY7Ab3o


岡部『んなっ!?』

セシリア『……!!』

紅莉栖『はぁ……』


……。
…………。
………………。

 
92 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/10/24(水) 13:33:43.39 ID:F3eY7Ab3o

 ─第1アリーナピット内─

岡部「なぜ、俺は負けたんだ……?」

 ピットには岡部と紅莉栖が居た。
 岡部は正座を強要され、その目の前に紅莉栖が立っている。

岡部「──と言うか、なぜ正座をさせられているんだ……」

紅莉栖「はぁー……」

 紅莉栖の重い溜息。
 先ほどから紅莉栖は溜息ばかりを吐いている。

紅莉栖「私、説明したわよね?」

岡部「……む?」

 首を傾げる岡部。
 どれのなにを説明されたのかわからない。

 年がら年中、話題を変えネタを変えて紅莉栖から説明を受けている。
 一概に説明と言ってもどれのことか直ぐにはピンと来なかった。
93 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/10/24(水) 13:34:10.54 ID:F3eY7Ab3o

紅莉栖「“ガジェットの仕様”」

岡部「う、うむ」

 覚えているぞ、と言う感じに頷く。
 ここで更に首を捻れば分厚い本の角が頭部を直撃するはずとわかっている。

紅莉栖「っそ。では、何故負けたのよ」

岡部「だからそれを聞いているのでは──」

紅莉栖「アンタほんっっっっとに、馬鹿なの? 死ぬの?」

岡部「うっ……」

 心底呆れ果てたような紅莉栖の声。
 これはふざけているのではなく、本気で呆れているのだと嫌でも理解させられる。
 
94 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/10/24(水) 13:34:41.48 ID:F3eY7Ab3o

紅莉栖「なんで全部のエネルギーをガジェットに供給しちゃうのよ!」

岡部「そっ、それはだな、あれで試合を決めようと──」

紅莉栖「昨日ラウラ戦で供給した量のエネルギーで足りるでしょうが!
    よしんば、それで不安だったからってあんな馬鹿みたいに全部突っ込む馬鹿が目の前に居るこの馬鹿!」

 早口言葉のように捲し立てる罵詈雑言。
 ここまで言われて岡部は敗因を理解した。

岡部「……」

 岡部の敗因は“シールドエネルギー”の枯渇。

 必要最小限のエネルギーを残し、全てを“サイリウム・セーバー”へ供給。
 ほぼ0に近いエネルギー残量にセシリアが放った“BT偏光制御射撃”がクリーンヒット。

 見事“シールドエネルギー”を消費しきり、めでたく岡部の敗北と相成った。
 
95 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/10/24(水) 13:35:09.56 ID:F3eY7Ab3o

紅莉栖「武器の特性を考えずに戦うから、あぁなんのよ」

岡部「ぐぬぬ……」

 ふぅ、と一息付く紅莉栖。
 目の前の馬鹿は悔しそうに縮こまっていた。

 それからも助言……アドバイスなのか罵詈雑言なのか、判別しにくい言葉を延々と垂れ流す紅莉栖。
 あらかた言いたいことを言い終えた後、コホンと息を整えて本音を漏らす。

紅莉栖「──でも、ま。2日間お疲れ様。怪我が無くて何よりだったじゃない……?」

岡部「む……」

 照れ臭そうにそっぽを向きながら紅莉栖が呟いた。
 ほんのりと頬が紅潮していることが見て取れる。
 
96 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/10/24(水) 13:35:44.29 ID:F3eY7Ab3o

岡部「そう──だな、怪我をしないことが……一番だな」

 雰囲気の移り変わりで説教が終了したことはわかる。
 岡部も岡部で話を蒸し返しはせず、素直に話しの流れへと口を乗せた。

紅莉栖「そうよ、それが一番」

岡部「あぁ……」


 クラス内対抗戦 第2戦 最終日。

      -第1アリーナ-
 “石鍵” vs “ブルー・ティアーズ”
 
   勝者“ブルー・ティアーズ”


 2戦0勝2敗。
 散々と言える結果を残し、岡部倫太郎の初となる公式戦は終了した。
 
97 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/10/24(水) 13:36:11.10 ID:F3eY7Ab3o
おわーり。
ありがとうございました。
98 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2012/10/24(水) 16:40:58.70 ID:QIuFol710


セリフ見てて思ったけど、セシリアも割と中二病だよね
99 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(中部地方) [sage]:2012/10/25(木) 07:42:43.37 ID:2mgekx9po
おつおつ
100 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/10/25(木) 09:08:54.96 ID:ORtCP5EDO
その内セシリアが「ティロ・フィナーレ!」とか言いそう
101 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/10/25(木) 17:35:18.27 ID:LsOMU3nVo
投稿します。
102 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/10/25(木) 17:36:27.05 ID:LsOMU3nVo
>>96  つづき。

  

 ──。

 ────。

 ──────。
 
 
103 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/10/25(木) 17:36:53.02 ID:LsOMU3nVo

 1年1組 クラス内対抗戦から3週間が過ぎた。
 その後は次々と対抗戦が繰り広げられ、IS学園が平常通りになったのは10月の半ばだった。

 1年1組のクラス内対抗戦 専用機戦績は以下の通り。


 岡部 倫太郎:専用機 石鍵 2戦2敗

 織斑 一夏:専用機 白式 2戦1敗1分

 篠ノ之 箒:専用機 紅椿 2戦1敗1分

 セシリア・オルコット:専用機 ブルー・ティアーズ 2戦2勝

 シャルロット・デュノア:専用機 ラファール・リヴァイヴ・カスタムII 2戦1勝1敗

 ラウラ・ボーデヴィッヒ:専用機 シュヴァルツェア・レーゲン 2戦2勝
 
 
104 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/10/25(木) 17:37:28.87 ID:LsOMU3nVo

 一夏vs箒。
 白式の“単一仕様能力”-ワンオフ・アビリティー-。
 “零落白夜”を“紅椿”にヒットさせるが、その直後に(秒数にしてコンマ以下)エネルギー切れを起こし判定の結果引き分けとなった。

 これに不服を唱えたのは、一夏ではなく箒であったが受け入れられず結果は変わらなかった。


 シャルロットvsラウラ。
 初めから対シャルロットを想定して組まれた砲戦パッケージが功を奏し、終始優勢のまま時間切れで勝利。
 シャルロットの敗因は汎用性に富みすぎた結果、決め手に欠け攻めあぐねた事だった。


 2組の鈴音はクラス内に専用機持ちが居ないと言う事で訓練機との連戦を強いられた。
 2日間で6戦をこなし、全勝。


 4組の専用機持ちである簪も同様に6戦を強いられ、初日は3勝。
 翌日は疲労のせいか1負を喫し6戦5勝1敗の好成績を残している。
 
 
105 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/10/25(木) 17:37:58.62 ID:LsOMU3nVo

岡部「──で、1勝も1分も得られなかった専用機持ちは俺だけだった……と言う訳だ」

 時は放課後。場所は生徒会室。
 クラス内対抗戦が終わったのはつい先日のことで、終わった矢先に岡部は生徒会長である“更織 楯無”呼び出されていた。

楯無「まぁまぁ。倫ちゃんの相手は国家を代表する候補生よ? ISを起動して一ヶ月も経ってないんだから、上出来上出来♪」

岡部「……むう」

 呼び出されて、尋ねられたのは試合の感想。
 岡部は素直に“怪我をせずに終わって良かった”と話し、楯無にケラケラと爆笑されていた。

楯無「さ。お茶でも飲んでゆっくりしましょう」

 ひとしきり会話を楽しんだあとはお茶を楽しんでいる。
 岡部も生徒会室で飲むお茶の味を嫌ってはいなかった。
 
106 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/10/25(木) 17:38:29.89 ID:LsOMU3nVo

楯無「ん」

 楯無がチラリと時計を見る。

楯無「そろそろね」

 言い終えた瞬間、ガチャリとドアノブが引かれる音がした。

一夏「遅れましたー」

本音「たーたー」

 1年1組に所属する、生徒会役員。
 “織斑 一夏”と“布仏 本音”が入室してきた。
 
107 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/10/25(木) 17:39:21.46 ID:LsOMU3nVo

一夏「掃除が手間取っちゃって」

本音「えへへー」

一夏「のほほんさんが手伝ってくれないからだろ……」

本音「手伝わないほーが、捗るかなーって」

楯無「はいはい。不毛な会話はそこまで。2人とも席に付いてー」

 パンパン。と手を鳴らし場を改める。
 2人は会話を中断し、そそくさと席に腰を下ろした。

楯無「虚も着席して良いからね」

虚「はい」

 布仏 虚。
 生徒会会計であり、本音の姉である。──が、全員分のお茶を給仕した後、着席した。
 
108 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/10/25(木) 17:39:47.86 ID:LsOMU3nVo

楯無「──と、言う訳でようやっと生徒会の全メンバーが一同に会せたわね」

岡部「(俺も本当に役員にされていたのか……)」

 ──パァン! 勢い良く扇子が開かれる。

 “重大発表”

 と、そこには達筆で書かれていた。

一夏「重大発表? 何かあるんですか?」

 一夏がその字を読み上げ会話を進める。

楯無「うん。生徒会主催のイベントをやります」

本音「へー、なんだろなんだろー?」

虚「また、急な……」

 虚が溜息を漏らす。
 その姿を捉えた一夏は、楯無の発言が唐突な物だと言う事を悟った。
 
109 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/10/25(木) 17:40:31.21 ID:LsOMU3nVo

一夏「……」

 この流れはろくなことにならない。
 と瞬時で読み取り、虚と同じく頭を抱えたい気分で一杯になった。

楯無「我が生徒会執行部は、ハロウィンパーティーを主催します!!」

 澄んだ声を張り上げ、高らかに宣言する。
 ハロウィンパーティーを主催する、と。

岡部「……」

一夏「ハロウィン……」

本音「わー! えーっと……なんだっけ?」

虚「Halloween, 平たく言えば収穫祭ね」

 明らかに興味を見せない岡部。
 困惑する一夏に、意味を知らない本音と、呆れ顔の虚。
 
110 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/10/25(木) 17:41:00.88 ID:LsOMU3nVo

楯無「あんっ。もっと皆ノッてくれなきゃ」

 想定していた反応を得られずに、楯無は頬を膨らませた。

一夏「ハロウィンって……一体何をするつもりですか?」

楯無「さすが一夏くん! 質問してくれるなんて、おねーさん嬉しいわぁ……」

虚「時間もありませんし、あまり大々的なことは出来ませんよ?」

本音「おまんじゅーじゅー美味しー」

 本音にいたってはすでに話しを聞かず、お茶うけであるカリントウ饅頭を頬張っている。
 楯無もそんな本音は眼中にないのか、求められたイベントの説明を口にした。

楯無「ずばり……仮装大会よ!!」

岡部「……コスプレか」

 二の句で岡部が突っ込みを入れる。 
 仮装。つまり、岡部の幼馴染である“椎名 まゆり”が得意とする分野。
 
111 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/10/25(木) 17:41:38.95 ID:LsOMU3nVo

楯無「やん! コスプレって言わないで、ちゃんと仮装って言ってよ倫ちゃん」

一夏「仮装……コスプレ……」

本音「おー! こすぷれー! 得意得意ー!」

虚「本音。お饅頭がこぼれてますよ」

本音「あっ、えへへー」

 ひょいぱく。ひょいぱく。
 落した食べかすをそのまま口に入れる本音。

 その顔は笑顔で、とても幸せそうだった。

虚「あぁもう。口にカスが……」

 虚はハンカチを取り出し、妹である本音の口を拭ってやった。
 実に微笑ましい姉妹の情景である。
 
112 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/10/25(木) 17:42:05.29 ID:LsOMU3nVo

楯無「……ねぇ、皆聞いてる?」

 柄にも無く楯無が目を細め、皆の顔を見渡す。
 誰も彼も、彼女が期待した盛り上がりを見せる者がいない。

虚「聞いてますよ、お嬢様。して、どのように行うつもりで?」

楯無「もー、ここでお嬢様はやめてよー」

虚「失礼しました、お嬢様」

楯無「いけずなんだから……こほん」

 わざとらしい咳払いをして、自身に注目を集める。
 キリッと顔を作り、口を開いた。
 
113 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/10/25(木) 17:42:44.17 ID:LsOMU3nVo

楯無「他薦型仮装大会を行います。場所は体育館。日時は勿論10月31日ハロウィン」

一夏「他薦型って言うのは……?」

虚「自ら仮装大会には立候補出来ない。と言うことでしょう」

楯無「その通り。明日から3日間全校生徒による投票を行い、上位10名が壇上へと登り仮装勝負をして貰います」

 まるで全て考えていたかのような口調で詳細を説明する。
 楯無の中で、ハロウィンイベントを行うことは随分と前から決定されていた。

 けれど、それを発表しなかった理由。
 それはクラス内対抗戦が控えていたためだった。

 きっとこのイベントは全校生徒が楽しめる。大はしゃぎ出来るイベントになるに違いないと楯無は確信している。
 そのため、早期での告知はクラス内対抗戦に向ける生徒の集中力を削いでしまうかも、と思っていた。
 
114 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/10/25(木) 17:43:24.30 ID:LsOMU3nVo

岡部「勝負……競うのか?」

楯無「大会なんだから、とーぜん! これも、全校生徒による投票で優勝者を決めます」

虚「……準備期間はギリギリですが、問題ありません。実行出来ます」

楯無「さすが虚ちゃん♪ と、言う訳で明日から忙しくなるからよろしくね?」


 一夏くん。
 倫ちゃん。


 そう小さく呟く声を、当の2人は聞き取る事が出来なかった。
 
115 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/10/25(木) 17:58:11.50 ID:LsOMU3nVo


……。
…………。
………………。

 
116 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/10/25(木) 17:58:38.16 ID:LsOMU3nVo

岡部「ハッハッハ……」

 IS学園に岡部倫太郎が転入してから、約一ヶ月の時が過ぎた。
 クラス内対抗戦と言う初めてのイベントを過ぎてなお、クラスメイトは何かと岡部を鍛えると言ってくる。

 特に顕著なのはラウラ・ボーデヴィッヒと、セシリア・オルコットの2人だった。

岡部「フッフッフ……」

 毎朝のジョギングを指示しているのは、ラウラ。
 そしてその後の入念なストレッチを指示しているのはセシリアだった。

岡部「……ふぅ」

 時計を見ると、走り出して1時間。
 12キロの道のりを完走していた。
 
117 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/10/25(木) 17:59:30.03 ID:LsOMU3nVo

岡部「人間、慣れるものだな……」

 実際、岡部の身体能力は少しずつだが上昇している。
 代表候補生や現役軍人。

 天文学的な数字である倍率を突破して入学してきた生徒に比べれば、格段に劣りはするものの幾分マシにはなってきていた。

岡部「んっんっ……」

 トラックに腰を下ろし柔軟体操を始める。
 関節や筋を良くほぐし、痛みや疲労を残さないよう入念に。

ラウラ「様になってきたようだな、倫太郎」

 振り返ると眼帯を付けた現役軍人──ラウラ・ボーデヴィッヒがそこに居た。
 
118 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/10/25(木) 18:00:00.19 ID:LsOMU3nVo

岡部「お陰様でな。走るのも楽になってきたと思っていたところだ」

ラウラ「ならば、明日からは起きる時間を1時間ずらし倍走るが良い」

岡部「……それよりどうした。まだ6時30分、朝食には早いんじゃないか」

 ラウラに対して薮蛇を突付いた時の対処法。
 話しを逸らす。

 この一ヶ月で岡部もこの学園……生徒に馴染んできていた。

ラウラ「うむ。貴様に少々相談事があってな。トレーニングの監視ついでに来た訳だ」

岡部「……相談?」

 珍しい、と言うより始めての出来事である。
 
119 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/10/25(木) 18:00:40.10 ID:LsOMU3nVo

ラウラ「うむ」

岡部「俺に相談だと? 金なら無いぞ……」

 IS学園に籍を置いているが、岡部自身の所属は未来ガジェット研究所である。
 当然ラボの維持費(家賃)は少ない貯蓄から賄われており、金銭事情は今も昔も大差が無かった。

ラウラ「金ではない」

岡部「では何だ、言って見るが良い。聞くだけなら聞いてやろう」

ラウラ「あぁ。その、な……」

 何時も人の目を真っ直ぐ見て話しをするラウラが目を逸らす。
 透き通るように白い肌は薄紅色に染まっていた。

ラウラ「夫婦問題なんだが……」

岡部「……」
 
120 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/10/25(木) 18:01:22.69 ID:LsOMU3nVo


……。
…………。
………………。

 
 
121 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/10/25(木) 18:02:03.95 ID:LsOMU3nVo

岡部「ふう……」

 早朝ランニング後は必ずアリーナに付属されているシャワー室を使っている。
 同室の織斑一夏を気遣っての事だった。

岡部「7時か……着がえて30分にはワンサマーを起こして、朝食だな」

 廊下を曲がり、階段を昇ろうとすると人影が道を塞いだ。
 長い髪の金髪。

 その髪が揺れるたびに、高貴な匂いが岡部の鼻腔をくすぐる。
 セシリア・オルコットだった。

岡部「……」

 この所ラウラもであるが、セシリアも何かと付けて岡部に話しかけて来るようになった。
 しかし、このように待ち伏せまでされたのは始めてである。

 何かしら嫌な予感が脳裏を過ぎった。
 この予感も先ほどの事があったからなのだが……。
 
122 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/10/25(木) 18:02:39.97 ID:LsOMU3nVo

セシリア「御機嫌よう、倫太郎さん。ちゃんと、わたくしが指示した通りに柔軟体操はこなしまして?」

岡部「う、うむ……」

 原因を考えてみる。
 までもなく、やはりクラス内対抗戦で対戦したことがキッカケなのだろう。

 アレから後は、攻撃する場所が良くないだの攻撃の避け方に無駄やムラがあるだのと口うるさいコーチが楯無に続き3人になった。
 説明するまでも無く、楯無によるコーチングは続いている。

セシリア「それで、その……今、お時間はありますかしら?」

岡部「……30分程ならな」

セシリア「じっ、実はその……」

 セシリアは急にもじもじと、視線を泳がしはじめた。
 頬は紅潮し、指を組んでは離したりなど妙に落ち着きが無い。
 
123 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/10/25(木) 18:03:06.15 ID:LsOMU3nVo

岡部「……もしや、とは思うのだが」

セシリア「……」

岡部「なにか、俺に相談事か?」

セシリア「えっ」

岡部「……」

セシリア「なっ、なぜそれを!?」

 30分ほど前に同じ状況を味わったからである。
 額に手を付き、目を瞑る岡部。

 ふきだしを入れるのならば“やれやれ”だろう。

岡部「……ッフ。ある程度、歳を重ねれば察しが付くと言うもの、だ」

セシリア「なるほど……そう言えば倫太郎さんとは3歳以上年齢が離れて居ましたわね」

岡部「──それで、用件と言うのは……」
 
124 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/10/25(木) 18:03:32.35 ID:LsOMU3nVo


……。
…………。
………………。

 
125 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/10/25(木) 18:04:02.41 ID:LsOMU3nVo

一夏「ふ……ふぁーぁ……おっ、凶真は今日も早いな。ランニングか?」

岡部「うむ。もう7時30分だ。着がえたら朝食を取りに行こう」

一夏「おう! ちょっと待っててくれな」

 初めの内は、一夏も岡部のランニングに付き合っていたが今は違った。
 一夏は一夏で放課後のIS指導を、それこそ岡部以上に受けていて曰く睡眠を取らなければ回復出来ない程の疲労だと言う。

一夏「うー痛てて……相変わらず、楯無さんの訓練は厳しくってさぁ」

 昨日の一夏担当は、楯無だった。
 岡部の担当は、ラウラである。

 一夏と岡部を、専用機持ち+楯無のローテーションでISの操縦訓練を行っていた。

岡部「ノーガードは……な……」

 笑顔で殴ってくる。
 岡部はそう付け足した。
 
126 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/10/25(木) 18:04:31.24 ID:LsOMU3nVo

一夏「あははっ、違いない」

岡部「(聞き出すタイミングが無いな……)」

 2人の乙女に頼まれたミッション。
 今まで生きてきた人生の中で、全くと言って良いほど類似したイベントを経験したことがなかった岡部は戸惑っていた。

岡部「(ワンサマーに意中の相手は誰かを訪ねる……ハードなミッションになりそうだ)」

一夏「よっし、着がえた。さぁ、飯行こうぜ!」

岡部「うっ、うむ」

一夏「そう言えば、今日はHR前に全校集会だったな。楯無さんがイベントの説明するみたいだけど……」

岡部「例の仮装大会か……俺には関係の無いことだな」

一夏「いやぁ、生徒会役員だからな。けっこー仕事来ると思うぜ……?」

岡部「……そうだったな」

 肩を落す岡部。
 実感が沸かない生徒会役員。

 そんなイベントの不安をよそに、2人は肩を並べて食堂へと向かった。
 
127 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/10/25(木) 18:05:40.32 ID:LsOMU3nVo
おわーり。
ありがとうございました。
128 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/10/25(木) 18:11:26.29 ID:x/kfCzqTo
129 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(中部地方) [sage]:2012/10/25(木) 21:57:27.76 ID:2mgekx9po
おつおつ
そろそろまゆしぃ☆の出番が来るかな?
130 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/10/25(木) 22:20:32.26 ID:W+CyDPPQo
キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━!!!!!
ハロウィンはマジかっこよかったからまた楽しみだ!!一旦忘れるわwwww

しかも時期的にも丁度いいしな
乙!!
131 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/10/26(金) 12:53:44.47 ID:GiZOp9gqo
投稿します。
132 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/10/26(金) 12:54:37.04 ID:GiZOp9gqo
>>126  つづき。



……。
…………。
………………。

 
133 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/10/26(金) 12:55:04.15 ID:GiZOp9gqo

岡部「めおと……問題だと……?」

ラウラ「あ、あぁ……」

 ラウラは依然、頬を染めたまま視線を泳がせている。
 突然の相談。

 しかも内容が内容である。
 聞くだけなら聞くとは言ったが、予想の範疇を超える相談だった。

岡部「(めおと、ふうふ。夫と妻。妻と夫……何故、俺に? 何を言ってるんだコイツは)」

 そもそもラウラは高校一年生。16歳未満。
 結婚しているなどと言う話しを岡部は聞いたこともない。

ラウラ「おい、聴いているのか倫太郎」

岡部「……あ、あぁ。その──何だ、お前は結婚していたのか?」

 一先ずの疑問を解消せねばならない。
 目の前に居る少女が言う夫婦問題と言うのは結婚。つまり相手が居なければどうにもならない話。

 頬を赤らめていると言う事は自身の話しなのだろう。と岡部は推測していた。
 
134 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/10/26(金) 12:55:30.26 ID:GiZOp9gqo

岡部「(こいつはワンサマーを好いていたのでは無いのか? よもや夫が居ようとは……)」

ラウラ「正式に籍は入れていないが、一夏は私の嫁だ」

岡部「……」

 ダメだこいつ、早くなんとかしないと……。
 岡部の頭に浮かんだフレーズはコレだった。

岡部「(何を言っているんだコイツは……いや待てよ。そう言えば言葉の節々に“嫁”と言う単語を使っていた気がするぞ)」

 思い出す今までの言動の数々。
 確かにラウラは度々“嫁”という単語を使用していた。

 別段興味も無かった岡部は聞き流していたが、今になってその意味を理解した。

岡部「(“嫁”と言うのは……ワンサマーだったのか? いや、しかし結婚しているなんて話しは……)」

ラウラ「おい、聴いているのか? 夫婦問題を他人に話すなど、それだけで恥なのだ。
    聞く気があるのならば、ちゃんと対応して欲しい」

岡部「……うむ」

 ぐるぐると思考が交錯する中、考えもまとまり切らぬ内にラウラがその小さい口を開き始めた。
 
135 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/10/26(金) 12:55:57.00 ID:GiZOp9gqo

ラウラ「一夏は私の嫁だ。コレは決定事項だ。なのだが……」

 途端に歯切れが悪くなる。
 何か言いたいが、言い出せない。

 言ってしまうのが恐ろしい。
 口にしてしまえば、認めたくないものを認めてしまうのではないかと言う恐怖がラウラの声にはあった。

ラウラ「その……な、んだ……一夏は私のことを夫と思ってないのではないか……と最近思うんだ」

岡部「……」

 なんの冗談を言っているんだ。とは言えなかった。
 ラウラの口調は真剣その物で、とても冗談を言っているようなものではない。

 十代女子の真摯な気持ちを吐露しているのだ。

岡部「(何となくだが読めたぞ……このジャーマン。嫁と言う単語を勘違いしているな?)」

 未来ガジェット研究所。
 そこでは何時も、岡部の“頼れる右腕”-マイフェイバリットライトアーム-である、橋田至が口癖の様にその言葉を使っていた。
 
136 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/10/26(金) 12:56:23.79 ID:GiZOp9gqo

岡部「(察するに、好きな相手を“嫁”と表現すると言う間違った日本文化を植えつけられた口か……)」

 ならば訂正するのも野暮と言うものと、岡部は沈黙したまま続きを促した。

ラウラ「どうにもアイツは……一夏は私の嫁のくせに他の女子と仲が良いのだ」

岡部「……」

ラウラ「そこで、その道では上官に当るであろう倫太郎に相談したわけだが」

岡部「うむ……そうか……ん? 上官?」

ラウラ「あぁ。紅莉栖と倫太郎は夫婦なのだろう? 夫婦仲の秘訣をご鞭撻賜りたいのだが……」

岡部「っぶ!」

 思い切り唾を吐き出してしまう岡部。
 ようやく整理が付いた頭に追い討ちを食らわせるラウラ。

ラウラ「夫婦円満の鍵……営みだとかそう言ったことを──」

岡部「待て待て待てぃ! 待つのだジャーマニーガールよ」

 左手は額へ。
 右手は突き出すように、ラウラへ。
 
137 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/10/26(金) 12:56:50.50 ID:GiZOp9gqo

岡部「(考えろ。考えるんだマクガ……いやいや、ふざけている場合ではない……)」

ラウラ「な、何だ? 私は何かおかしなことでも言ったか?」

岡部「……お、俺と助手……クリスティーナは夫婦ではない。まして……恋人同士ですら無いのだ」

 言った。
 岡部は断言した。

 ラウラに向かってではなく、自分に向かってハッキリと。
 “あの日”を越え、今に至り、うやむやにしてきた事柄を。
 
ラウラ「そう……なのか? 私はてっきり、2人は夫婦なのだとばかり思っていたが」

岡部「それは大いに勘違いだ。今後、気をつけてくれ……」

 デリケートな問題なのでな。
 とは流石に付け足せないでいた。
 
138 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/10/26(金) 12:57:27.24 ID:GiZOp9gqo

岡部「──とは言えだ。相談に乗るのはやぶさかでない。相談を持ちかけたクラスメイトを無碍には出来ないしな」

ラウラ「そ、そうか……それは、助かる」

岡部「しかし嫁と来たか。肝心のワンサマーはそれを自覚しているのか?」

ラウラ「解らん。再三言っては居るのだがいまいちな反応なのだ」

岡部「ふむ……同室の俺ですら、ワンサマーから“嫁”だの“夫”だのと言った単語は出てきた試しが無い」

ラウラ「そ……そうか…………話しに挙がった事すら無かったか……」

 目に見えて落ち込むラウラ。
 その姿からは、ドイツの冷氷と呼ばれ恐れられている軍人のオーラなど微塵も無い。

 正真正銘、恋する乙女のソレだった。
 
139 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/10/26(金) 12:57:54.18 ID:GiZOp9gqo

岡部「あぁ、いや。そう言った話題をお互いにしないと言う意味であってだな、そう! 女子の話し自体をしないのだ、ワンサマーは」

ラウラ「そう……なのか……」

岡部「あぁ。そう気落ちするな」

ラウラ「うむ……」

岡部「(参った……)」

 まさか、あのラウラがここまでしおらしくなるとは。
 昨日の放課後、散々岡部を苦しめた(体術面で)鬼教官の面影が一切感じられない。

 軍人(?)である時のラウラと、今のラウラとのギャップに岡部は正直混乱していた。
 
140 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/10/26(金) 12:58:22.19 ID:GiZOp9gqo

岡部「よし、それとなくワンサマーに意中の相手が居るか尋ねておいてやろう」

ラウラ「ほっ……本当か!?」

岡部「二言は無い」

ラウラ「でっでは、宜しく頼むぞ」

岡部「うむ」

ラウラ「それとな、倫太郎」

岡部「む?」

ラウラ「体表面温度が下がっている。汗が冷めたのだろう、早急に汗を流すべきだな」

岡部「そう言えば、少し冷えたな……」

ラウラ「体調管理はしっかりとな。では、例の件は頼んだぞ」

 先ほどまで眼前に居た乙女はどこへやら。
 一転してラウラは何時もの眼つきに戻り、そう告げると寮の方へと帰って行った。

 しかし良く目を凝らすと、足取りはどこか軽くやはり何時ものラウラとは少しだけ違っていた。
 
141 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/10/26(金) 12:58:56.92 ID:GiZOp9gqo


……。
…………。
………………。

 
142 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/10/26(金) 12:59:24.02 ID:GiZOp9gqo

岡部「用件と言うのは、ワンサマーのことか……?」

セシリア「ッッ!?」

 セシリアの蒼い瞳が大きく開く。
 自分の思惑を射抜かれたことに、困惑する。

岡部「図星だな?」

セシリア「くっ……えぇ、そうですわ。しかし何故理由が──」

岡部「それは俺が、メェアッドサイエンティストだから……だ」

セシリア「マッドサイエン?」

 首を傾げるセシリア。
 当然のように理解されない、岡部の言動。

 紅莉栖であれば、突っ込みが入るのだがなと一瞬脳裏をよぎる。


 ──倫太郎と紅莉栖は夫婦ではないのか?


 ラウラの言葉を思い出す。
 心のどこかで、紅莉栖の事を思っているのかと岡部はくすぐったい気持ちを覚えた。
 
143 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/10/26(金) 12:59:52.91 ID:GiZOp9gqo

岡部「なっ、何でもない。気にするな」

セシリア「はぁ……って、話しが逸れていますわ!」

岡部「そうだったな、ワンサマーのことか」

セシリア「えぇ、折り入ってご相談したい事がありますの」

岡部「……うむ。聞こうではないか」

 まごまごとし始めるセシリア。
 先ほど見た光景と類似していた。

岡部「(10代女子の照れ方というものは総じて同じようなものなのか……?)」

 セシリアの口が開きかける。
 ぱくぱくと、何か言葉にしようとしているが上手く言い表せない。

 異性に、それも恋愛面の相談するなどこれまでに無い経験である。
 照れと誇りと、色々なものが織り交ざった感情がセシリアの胸を渦巻いていた。
 
144 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/10/26(金) 13:00:20.91 ID:GiZOp9gqo

セシリア「初めは……くっ、紅莉栖さんにご相談しようかと思ったのですが」

岡部「(ここで紅莉栖の名前が出るとは……)」

セシリア「同室の手前、逆に話しにくいと申しますか……その、中々切り出せなくて……」

 セシリアも、ラウラと同じくどちらかと言うと高圧的な女子である。
 そんな娘が恥じらいながら、自らに相談事を持ち掛けてくる……岡部は連続して妙な気分を味わっていた。

岡部「(ふむ。妹が居たらこんな感じなのだろうか……まゆりは妹ではなく幼──人質だから種類が違うしな)」

セシリア「──ですから、すでにちゃんとした恋人をお持ちの倫太郎さんに!」

岡部「っぶ!!」

セシリア「っきゃ!」

 思わず噴出す岡部倫太郎。
 本日二度目の噴出しだった。
 
145 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/10/26(金) 13:00:48.08 ID:GiZOp9gqo

岡部「すっ、すまん……あー、勘違いしているようだから言っておこう」

セシリア「……?」

岡部「俺と助手……クリスティーナはそういった関係では無いのだ」

セシリア「……え?」

岡部「恋人同士ではない、と言っている」

セシリア「まさか。クラス、いいえ。学園中で倫太郎さんと紅莉栖さんは、お付き合いしていると認識されていますわよ?」

岡部「……」

 額に手を当てる岡部。
 女子だらけの学園である。

 こう言った噂話が蔓延することは必然であり、仕方ないと言えば仕方ない。
 ──が、それが自身に降りかかってくるとは微塵も思って居なかった。
 
146 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/10/26(金) 13:01:14.63 ID:GiZOp9gqo

岡部「その認識は間違っている」

セシリア「そう……でしたの……だとすると、倫太郎さんは今お付き合いしている女性は?」

岡部「そんな者は居ない」

 どうして、こうも彼氏彼女だとか、付き合うだとかを重要視するのか。
 岡部には理解出来ないでいた。

セシリア「それは、大変な事になりますわね……」

岡部「む? 大変? 俺がか?」

セシリア「えぇ……」

 小さな顎に手を添えて、ポーズをとる。
 そのありふれた仕草ですら、絵になっていた。
 
147 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/10/26(金) 13:01:41.08 ID:GiZOp9gqo

セシリア「今までは倫太郎さんと紅莉栖さんがお付き合いしているものと皆が皆、認識しておりました。
     しかし、そうでないと解れば話しは別……」

岡部「む? む?」

 話が飲み込めない岡部。
 話が飛躍しすぎて、クエスチョンマークが途切れない。

セシリア「学園中の娘達に狙われますわよ……そう、一夏さんのように」

岡部「──なっ」

 馬鹿な。
 自身が、一夏のようにモテるなど考えられない。

 岡部は一笑に付す。
 しかし、セシリアの顔は真剣そのものだった。
 
148 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/10/26(金) 13:02:07.50 ID:GiZOp9gqo

岡部「えっ、ちょっと待て。それは……どう言うことなのだ?」

セシリア「年上でしかも聡明な紅莉栖さんが倫太郎さんとお付き合いしていない……で──あれば」

 ──私でも、岡部倫太郎とお付き合い出来る。(かもしれない)

セシリア「と、思うでしょうね。皆さんは」

岡部「馬鹿な……おっ、俺だぞ? ワンサマーではなく、俺だぞ?」

セシリア「倫太郎さんは歳相応に落ち着いてらっしゃいますし、背もお高いですわ。
     それだけで、色めき立つには充分かと」

 もちろん、わたくしは一夏さん一筋ですが。
 と注釈を入れるのを忘れない。
 
149 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/10/26(金) 13:02:36.04 ID:GiZOp9gqo

セシリア「っと、話しが逸れてしまいましたわね。ええっと……」

岡部「──あー、待ってくれMs.シャー……オルコット」

セシリア「?」

岡部「その、何だ……その話し、あーつまりクリスティーナとのことなのだが」

セシリア「はい?」

岡部「他言無用で頼む。その、騒がれたくない……のでな」

セシリア「はあ……それは、構いませんが」

岡部「それでだ、交換条件といこうじゃないか」

セシリア「こうかん……?」

 キョトン、と首を傾げるセシリア。
 もはや最初の議題は頭から抜けていた。
 
150 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/10/26(金) 13:03:02.11 ID:GiZOp9gqo

岡部「ワンサマーの意中の相手をこの俺が、聞きだしてやろう」

セシリア「……!!」

 思い出す、重要な会話。
 一夏の事を相談しに来たのだと。

セシリア「そうですわ! わたくしはそれを相談しに──」

岡部「わかっている、わかっているぞオルコット。だからな、例の話しは……」

セシリア「なるほど……そう言うことでしたら、了承致しましたわ」

岡部「うむ、頼んだぞ」

セシリア「えぇ、Give and Take. ですわね?」

岡部「あぁ」

セシリア「うふふっ、それでは御機嫌よう。また後ほど」

 そう言い残すと、英国淑女は長めのスカートを翻し階段を優雅に上がって行った。
 1人その場に残る岡部。
 
151 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/10/26(金) 13:03:29.88 ID:GiZOp9gqo

岡部「……む?」

 首を傾げる。

岡部「何かが、おかしくないか?」

 脳内で話を遡る。
 どう考えても、立場が逆転していた。

岡部「……まぁ良い。やる事は変わらんしな」

 ぽつりと呟いた声が、虚しく廊下に響き渡った。
 
152 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/10/26(金) 13:04:14.70 ID:GiZOp9gqo


……。
…………。
………………。

 
153 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/10/26(金) 13:04:46.92 ID:GiZOp9gqo


 ─全校集会─


 学園中の女生徒が、一同に会す。
 騒がしさを通り越し、姦しい。

 おりむら いちか。
 おかべ りんたろう。

 IS学園に在籍するたった2人の男子生徒。
 名前順で並ぶと自然、2人は前後同士になる。

 178cmと高身長な岡部は、性別以前に目立ってしまう。

 ──ひそひそ。

 そこかしこから、女生徒の話し声が聞こえてくる。
 この姦しさの原因の1つは岡部倫太郎であった。
 
154 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/10/26(金) 13:05:13.99 ID:GiZOp9gqo

「──ねぇ、彼が岡部倫太郎?」
「そうでしょ! ねぇねぇ、良くない!?」
「あーんっ、背高いね?」
「もう直ぐクリスマスだよぉ……彼、暇なのかな?」
「ばっか! 牧瀬さんって天才と出来てるって噂だよ」
「あー、何時も一緒に居るしねぇ」
「年上かぁ……良いなぁ……でへへ」

 この会話は勿論、当人の耳に入る。

一夏「気にしない方が良いぜ。一々反応してたら疲れちまうからな」

岡部「あ……あぁ」

 岡部自身はそれほど気にしていなかった。
 むしろ、この話題が紅莉栖の耳に入ってないかだけが気掛かりである。
 
155 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/10/26(金) 13:05:40.30 ID:GiZOp9gqo

紅莉栖「(聞こえてるっつーの……ったく、本人が側に居るのにそう言う話題だす?)」

 紅莉栖の頬は赤く染まっており、岡部と付き合っている。と言った噂話を耳にしてそわそわしていた。

紅莉栖「(べっ、別に付き合ってないし……)」

 紅莉栖の学生時代もまた灰色。
 こう言った、色めく話題には耐性が無かった。

紅莉栖「(普通の女子高ってこんな感じだったのかな……研究ばっかで、経験したこと無かったし……)」

虚「それでは、生徒会長からイベントの説明をさせて頂きます」

 喧騒に一石を投じる。
 生徒会役員である、布仏 虚がマイク越しに声を発した。
 
156 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/10/26(金) 13:06:06.34 ID:GiZOp9gqo

楯無「やあみんな。おはよう」

 それまで話しこんでいた女生徒達の口は、一斉に閉じた。

楯無「うんうん、みんな良い子ね」

 きょろきょろと壇上から見下ろし、私語を楽しむ生徒が居ないことを確認する。
 一瞬、岡部と一夏に視線を合わせウインクを放った。

岡部「む……」

一夏「はぁ……」

楯無「さてさて、みなさん。クラス内対抗戦お疲れ様。成績は如何だったかしら?
   負け越しちゃって憂鬱なあなたに朗報。ハロウィンイベントを開催します」

 ──ざわ。

 ハロウィンイベント。
 この一言で一気に女生徒がざわついた。

楯無「今から説明するから静かにねー」
 
157 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/10/26(金) 13:06:58.81 ID:GiZOp9gqo


           -IS学園 はろ☆いん 仮装大会-


 ・他薦型仮装大会である。

 ・生徒は各自、投票チケットを使いIS学園内に居る人物の名前を書き投票する。

 ・選出された上位10名が、31日に壇上へ上がり衣装を披露する。

 ・選ばれなかったその他大勢の生徒は1位を予想し、見事的中した場合は学食スペシャル限定デザート2週間分。

 ・1位になった生徒は“織斑一夏”または“岡部倫太郎”またはその2人とデートが出来る。
 
 
158 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/10/26(金) 13:07:50.06 ID:GiZOp9gqo

岡部「……」

一夏「……」

「キャぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!」

 絶句する2名の男子。
 一気にマックスボルテージまで高まり、絶叫し始める女子達。

「良い!? これは戦争よ! 戦争!」
「組織票用意するわよ!?」
「でも、デート出来るのは一人なんだから……」
「つまり、票を買えば良いのね!? ヨッシャあああああ!」
「どっち! どっちとデートすれば良い!?」
「もちろん一夏君でしょ!」
「倫太郎さんに大人のエスコート……でゅふふ」

楯無「うん♪ これは盛り上がりそうね?」

虚「仮装披露自体は、さほど時間がかかりませんからね。事前に盛り上がりを見せるのは良い傾向です」

 壇上で話し合う2人の生徒会役員を見上げる、景品となった2人。
 
159 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/10/26(金) 13:08:55.36 ID:GiZOp9gqo

一夏「マジかよ……」

岡部「ノーガードォ……」

 2つの視線に気付き、再び楯無がウィンクを送った。

箒「……仮装だと?」

セシリア「……うふふ、これはわたくしの独壇場になりますわね」

鈴音「やってやろうじゃない!」

シャル「あうー……僕じゃ勝ち目なさそうだなぁ」

ラウラ「仮装? コスプレと言うヤツか……ふむ、クラリッサに報告せねばな」

簪「私には……関係ない、かな……はぁ……」

 それぞれの思いを内に全校集会は幕を閉じた。
 教室への帰り道、岡部と一夏はねっとりとした視線を全身に受けたがその正体はわからない。

 ほぼ全ての女生徒の視線が2人に集まっていたとは、さすがに想像の埒外であった。
 
160 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/10/26(金) 13:10:02.39 ID:GiZOp9gqo
おわーり。
ありがとうございました。
161 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/10/26(金) 13:49:49.23 ID:ix98f0H8o

リアルタイムに合わせて来てるなww
162 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/10/26(金) 16:47:02.91 ID:odzLyj5IO
乙〜
さあさあ、まゆしぃ☆はよ
163 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/10/26(金) 20:30:12.80 ID:H9V9AzQDO
よし楽しみなイベント来た!これでかつる!
またあの最高オカリンが見れるかと思うとwktkが止まらない!
164 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/10/27(土) 15:10:06.71 ID:8u307u0IO
ダルはよはよ
165 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/03(土) 05:12:20.75 ID:x+zWHhy+o
投稿します。
安定して投稿できずに申し訳ない……。
166 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/03(土) 05:12:46.71 ID:x+zWHhy+o
>>159  つづき。
167 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/03(土) 05:13:28.94 ID:x+zWHhy+o


……。
…………。
………………。
 
 
168 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/03(土) 05:14:11.26 ID:x+zWHhy+o


 ─生徒会室─


岡部「──で、どう言うことだ」

楯無「なにが?」

岡部「なにが? では無い……」

 生徒会室には楯無と岡部、それに一夏が居た。
 虚は投票用紙の回収やら何やらで忙しく立ち回り、本音は生徒会室に顔すら出していない。

岡部「1位の景品に付いてだ。俺も、ワンサマーも何1つ聞いていないぞ」

楯無「だって、説明していないもの♪」

一夏「ははっ……」

 乾いた笑いがこぼれる。
 一夏にとっては何時ものことだった。
 
169 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/03(土) 05:14:44.97 ID:x+zWHhy+o

岡部「おい、ワンサマー。何か言ってやったらどうだ!」

一夏「いやぁ……凶真。楯無さんには何を言っても無駄って言うか……」

楯無「さっすが一夏くんはおねーさんのことわかってるわね」

岡部「ぐぬぬ……」

 岡部も内心では理解していた。
 何を言っても無駄であること。既に壇上で発表した事実を覆す方法が無いこと。

 しかし、文句の一つも言わないことには腹の虫が治まらない。
 そんな訳でこうして放課後に生徒会室へと足を運んでいた。

楯無「んー、やっぱり衣装が問題よねぇ……」

 岡部の文句などに耳を傾ける気などない楯無である。
 議題は唐突に衣装の話しへとシフトしていた。
 
170 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/03(土) 05:15:52.60 ID:x+zWHhy+o

一夏「衣装?」

 一夏も観念してか話題に乗る。
 こうなってしまえば逆らうだけ時間の無駄であることを重々承知していた。

楯無「うん。10人分の仮装衣装をね、用意しなくちゃなんだけど……演劇部に丁度いい衣装が無いのよ」

一夏「はぁ……」

楯無「4.5着はあるんだけど、もう半分がね……新しく縫ってもらうのもアレだし出来合いを買うのも……」

岡部「ノーガードが縫えば良いではないか」

楯無「む……」

 ジロリ。
 何故か一夏を睨みつける楯無。

 完璧超人とも思える楯無だったが、1つだけどうにもならない弱点があった。
 それを知る人物は数少なく、妹の簪が一夏に教えたことを考えると犯人は自然と浮かび上がる。
 
171 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/03(土) 05:16:30.68 ID:x+zWHhy+o

一夏「へ?」

楯無「一夏くん? おねーさんそーゆーの感心しないなー」

一夏「え? 」

岡部「む?」

楯無「ん? あら?」

 予想外の反応。
 一夏は本当に楯無が何を言ってるのか理解していなかった。

一夏「ん? 楯無さんどうかしたん──」

楯無「いっけなーい、おねーさんの勘違いだったみたい☆」

一夏「はぁ……」

楯無「(ふう。倫ちゃんの台詞はたまたまだったようね……)」

 ──裁縫が出来ない。

 と言うのは、楯無にとってちょっとした恥しさがあり知られたくは無かった。
 あえて不得手を人に晒したいとも思えない。
 
172 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/03(土) 05:17:06.68 ID:x+zWHhy+o

楯無「うーん、おねーさん忙しいし、縫う時間は無いのよねぇ」

 白々しく会話を戻す。
 もちろん、その白々しさに気付く男子2人ではない。

楯無「誰か、お裁縫得意な子居ないかしら?」

一夏「うーん……箒なら出来そうですけど、衣類となるとどうですかね。
   シャルも器用だから出来るかもしれませんね」 

岡部「(裁縫……裁縫……)」

楯無「じゃぁ、一夏くんからお願いしてくれる? 生徒会役員として」

一夏「まぁそう言うことだったら……わかりました、後で言っておきます」

楯無「それでも2人かー、期限までに間に合うかしら……」

岡部「あー、ノーガードよ……」

 黙り気味だった岡部の口が開く。
 
173 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/03(土) 05:17:35.14 ID:x+zWHhy+o

楯無「た・て・な・し」

岡部「ノーガード」

楯無「あん。倫ちゃんの意地悪──で、なぁに?」

岡部「衣類……裁縫に関してはエキスパートと言って差し支えの無い人物に心当たりがある。俺の身内だ」

楯無「あら」

一夏「へー」

 岡部の台詞に興味を持つ、一夏と楯無。
 2人は岡部に話を続けさせた。

岡部「依頼すれば、恐らくだが喜んで請け負うだろう。だがIS学園の生徒では無い、敷地内での作業は──」

楯無「オッケー♪」

岡部「──さす……がに、なに?」

楯無「うんうん! 大丈夫、IS学園内への出入りも生徒会長である私が許可します。
   明日にでもその人を生徒会室へ連れて来れるかしら?」

 最後まで説明を聞くまでも無く許可を下す。
 そう言った柔軟性を楯無と言う女子は持ち合わせていた。
 
174 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/03(土) 05:18:03.59 ID:x+zWHhy+o

岡部「あ、あぁ……(こんなに軽いノリで平気なのか?)」

一夏「へー、凶真の友達か?」

岡部「まぁ、そのようなものだ」

楯無「持つべきものはお友達よねー、イベントの一番面倒だったところが片付いちゃった♪」

 プリント項目にある“衣装”に威勢良くまるを付ける楯無。
 まだ岡部の推薦する人物に出会ってもいないのに、彼女の中では万事解決したらしい。

岡部「では、連絡を取っておく」

楯無「はーい、お願いねー」

 生徒会室から1人、廊下へと移動する。
 携帯を取り出しながら、会話をするため屋上へと向かう。

 携帯のディスプレイには“椎名 まゆり”の名前が表示されていた。
 
175 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/03(土) 05:18:38.17 ID:x+zWHhy+o


……。
…………。
………………。

 
176 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/03(土) 05:19:05.38 ID:x+zWHhy+o


 ─屋上─


 回りに人がいないかどうかを確認する。
 人は誰も居なく、屋上には岡部1人しかいない。

岡部「よし……」

 ポケットから携帯を取り出し名前を検索する。
 “椎名 まゆり”の名前を選択し、コールボタンを押した。

 トゥルルルル。
 トゥルルルル。

まゆり『はぁい』

岡部『まゆり? 俺だ』

まゆり『わぁ、オカリン? どーしたの? 珍しいねぇ、えへへ』

岡部『うむ……少し、頼みたいことがあってな』

 
177 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/03(土) 05:19:57.22 ID:x+zWHhy+o



 ──。

 ────。

 ──────。


 
178 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/03(土) 05:20:30.47 ID:x+zWHhy+o


まゆり「トゥットゥルー! まゆしぃ☆ ですっ」

一夏「は、はめまして。織斑一夏です」

楯無「はめまして。IS学園生徒会長、更織楯無です。楯無って呼んでね?」

 翌日、さっそくまゆりはIS学園の生徒会室に呼び出されていた。
 生徒会室に居るメンバーは昨日と変わらず、岡部を含め3人。

まゆり「えっとぉ、オカリン?」

 くいくい、と岡部の袖を引っ張るまゆり。
 自分の紹介をして欲しいと言う合図だった。
 
 
179 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/03(土) 05:21:02.41 ID:x+zWHhy+o

岡部「ん? あぁ……こいつは、椎名まゆり。16歳で高校2年生。ノーガードと同じ歳……になるな」

楯無「同学年ね♪」

まゆり「わぁ、よろしくー♪」

楯無「まゆりちゃんって、倫ちゃんのイイ人?」

岡部「っぶ!」

まゆり「?」

 一夏もそれが気になっていた。
 岡部と随分親しげな少女、その距離感は紅莉栖よりも近いものを感じる。
 
180 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/03(土) 05:21:36.51 ID:x+zWHhy+o

岡部「違う! コイツはその……幼馴染だ」

まゆり「です!」

 “イイ人”の意味がわからず首を傾げていたまゆり。
 けれど“幼馴染”と言う言葉には強く反応した。

楯無「ふぅん……」

 まゆりと岡部へ交互に視線を送る楯無。
 その視線はねっとりとしてイヤらしいものだった。

岡部「えぇい! ジト目で見るのをやめろ!」

楯無「はいはい。っでと、さっそくで悪いんだけど仕事の話しに移っていいかしら?」

まゆり「お仕事って、お裁縫……で良いんだよね?」

楯無「えぇ、そうよ。じゃぁコッチへ来て──こう言った物を用意したいんだけど……」

まゆり「ふんふん……」

 そのまま2人は大きな生徒会長用の大きな机に移動し、書類を見ながら話し始めた。
 残された男子2名。
 
181 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/03(土) 05:22:28.92 ID:x+zWHhy+o

一夏「ははっ、俺達やる事無いなぁ」

岡部「うむ。元より裁縫など出来ないしな。そう言えば、増援の話しはどうなったのだ?」

 先日の話しを思い出す。
 まゆりの話が出る以前では箒とシャルロットに裁縫の手伝いを要請すると言う話しがあがっていた。

一夏「ん。箒は洋服作りはちょっと無理だってさ。シャルは教えてもらえば出来そうだから、手伝えることがあるならーって」

岡部「そうか。しののののの事だから、多少無理をしてでも手伝うかと思ったんだが……」

一夏「あぁ。そうしようとしたから、俺が止めた。あいつは出来ない事をやろうと張り切ると大抵失敗するんだ」

岡部「ワンサマーとしののののは幼馴染だったな」

一夏「凶真と椎名さんみたいにな」

 くくっ、と2人で笑いあう。
 何かしらの恥しさと、妙な感覚を2人して味わう。
 
182 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/03(土) 05:23:27.16 ID:x+zWHhy+o

岡部「(幼馴染……は、除外だろう。つまり、ワンサマーはしののののと、大陸娘に恋慕の念は抱いていない……?)」

 自身に架せられらたミッション。
 一夏の思い人を探し出すことを忘れてはいない。

 言葉の節々から脈のありそうな人物を検索していく。

楯無「あっ、すごーい。そんな事も出来ちゃう?」

まゆり「うんうん! 大丈夫、出来るよー。あっ、でもココをこうするとちょっと値段が……」

楯無「値段なら大丈夫、問題無いわ。もうバンッバン使っちゃってね」

まゆり「えーほんと? じゃぁ、ここもこーしちゃおー。えへへぇ」

一夏「何か……一気にすげぇ仲良くなってるな」

岡部「まゆりは基本的に、人見知りをしない人当たりの良い子だからな……」

 30分程して、楯無とまゆりの話し合いは終了した。
 2人ともニコニコと笑みを零している。
 
183 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/03(土) 05:23:53.24 ID:x+zWHhy+o

楯無「ねね、一夏くん。まゆしぃにお裁縫教えてもらうことになっちゃった♪」

一夏「ま、まゆしぃ?」

 呆れるほどの短時間で親交を深めている2人。
 すでにあだ名で呼び合うほどの仲になっていた。

まゆり「オカリンオカリンッ、凄いよー! 布の種類も材料も何使っても良いんだって!」

岡部「そ、そうか……良かったな」

まゆり「それでね、明日から放課後は毎日ココへ来てお裁縫することになったの」

岡部「ふむ……大丈夫か?」

まゆり「うんっ! ちょっぴりだけど、IS学園の生徒になった気持ちだよー」

楯無「学食とか、その他の施設も遠慮無く使ってね?」

まゆり「楯無ちゃんありがとうっ」

 ぎゅっ、っとハグをし合う2人。
 フィーリングが合致したのか、驚くほど仲が良い。
 
184 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/03(土) 05:24:23.53 ID:x+zWHhy+o

岡部「(さすが、まゆりだな……)」

まゆり「おっと、そうだ。先に寸法測っておこうっと」

 ごそごそと学生鞄を漁り始めるまゆり。
 その格好は、学校帰りとあって制服姿だった。

まゆり「じゃーん! スケール!」

岡部「メジャーか? それをどうするんだ?」

まゆり「うん。あっ、楯無ちゃんちょっと手伝ってくれる?」

楯無「はいはーい。倫ちゃんちょっとバンザイしてね?」

岡部「む? む?」

 なされるがまま、寸法をてきぱきと取られて行く岡部。
 胸囲や股下など隅々までしっかりと寸法取りをされた。
 
185 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/03(土) 05:25:24.18 ID:x+zWHhy+o

岡部「何故に俺のサイズなど測るんだ?」

楯無「備えあればってねー、はーい次は一夏くん! ばんざーい」

一夏「は、はぁ……」

まゆり「はぁい、失礼しまーす♪」

 岡部から一夏へと流れるように寸法を取り、メモをしていくまゆり。
 なされるがままに、サイズを取られて行く岡部と一夏。

まゆり「でーきたっ」

楯無「うーん、早いなぁ」

 鮮やかな採寸技術に惚れ惚れする楯無。
 正確さに加え、素早さも相等なものだった。
 
186 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/03(土) 05:26:03.68 ID:x+zWHhy+o

一夏「なんで俺や凶真のサイズを?」

楯無「だから、備えあれば憂い無しって言うでしょ? って、あら。もうこんな時間」

 時刻は何時の間にか19時を回っていた。

楯無「まゆしぃ、ご飯は……済んでないわよね?」

まゆり「え? うん、学校終わってからそのまま来たから」

楯無「よし決定♪ さ、行くわよ倫ちゃん一夏くん」

岡部「お?」

一夏「え?」

楯無「……はぁ」

 溜息をついて、やれやれと手を仰ぐ楯無。
 呆れたような顔で口を開いた。
 
187 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/03(土) 05:26:29.36 ID:x+zWHhy+o

楯無「会話の流れ的にわかるでしょ? ご飯よ、ごーはーん。まゆしぃとディナーを食べに学食へレッツゴー♪」

まゆり「わぁ、良いのー?」

楯無「もう。さっき行ったでしょ。ここに居る間は生徒と同じだって」

まゆり「やったぁ! えへへぇ。ねえ、オカリン」

 楯無の誘いを受け笑顔を浮かべるまゆり。
 そしてそのまま岡部へと視線を移した。
 
188 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/03(土) 05:27:08.71 ID:x+zWHhy+o

岡部「?」

まゆり「ご飯一緒に食べるの久しぶりだねー♪」

岡部「ん……そういえば、そうだな」

まゆり「まゆしぃは嬉しいのです。一ヶ月もオカリンと一緒に居ないなんて、すっごくすっごく久しぶりだったから」

岡部「……そう、だな」

 IS学園に転入してからこっち、毎日が怒涛のように過ぎていく。
 学園を離れ、ラボへ行く時間も余裕も作れなかった。

 実際にまゆりと会ったのも一ヶ月ぶりだった岡部は、ほんの少しだけ照れ臭さを感じていた。
 当人はその正体不明の感情が何かさえ理解できていない。

楯無「もー、何してるのー? 置いて行っちゃうよー?」

 既に廊下まで出ている、楯無と一夏。
 岡部とまゆりも、足を揃えるように生徒会室の扉を出て行った。
 
189 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/03(土) 05:28:01.71 ID:x+zWHhy+o


……。
…………。
………………。

 
190 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/03(土) 05:28:41.13 ID:x+zWHhy+o

紅莉栖「あー疲れた……」

 そうぼやきながら廊下を1人歩いているのは牧瀬紅莉栖だった。
 ここ2.3週間の間、紅莉栖は忙しく整備室と自室を行き来する毎日である。

紅莉栖「ったく、岡部も少し位は手伝いなさいよね……」

 ぶつぶつと唇を尖らせながら、呪詛のように呟く。
 向かう先は食堂だった。

 “石鍵”の新ガジェット。
 “刻司ル十二ノ盟約”-パラダイム・シフト-の出力調整パッチの開発は困難を極めた。

紅莉栖「単純に出力を落せば良いって問題でも無いし……」

 はぁ、と溜息を付く。
 足取りは重く、紅莉栖は1人食堂へと歩を進めた。
 
191 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/03(土) 05:29:10.77 ID:x+zWHhy+o


 ──。

 ────。

 ──────。

 
192 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/03(土) 05:29:37.51 ID:x+zWHhy+o

まゆり「あーっ! 紅莉栖ちゃんだぁ!」

紅莉栖「!?」

 1人、牛丼を食べていると見知った声が自分の名を叫んだ。
 振り返るとソコにはセーラー服を着た少女。“椎名 まゆり”が駆け出してくる。

まゆり「紅莉栖ちゃんっ、トゥットゥルー♪」

紅莉栖「え、え? まゆ、り?」

 頭上に浮かぶはクエスチョンマーク。
 ここはIS学園内食堂。

 学園関係者以外には開放されておらず、他校生であるまゆりが入場できる道理は無い。
 
193 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/03(土) 05:30:06.91 ID:x+zWHhy+o

紅莉栖「どっ、どうしてここへ? どうやって?」

まゆり「えーっとぉ」

楯無「それなら、私が説明してあげちゃう」

 話しに割って入って来たのは、IS学園生徒会長である更織楯無だった。
 よく見ると、後ろの方に岡部と一夏の姿も確認出来る。

 楯無は、仮装大会の衣装が足りないこと。
 裁縫のプロフェッショナルを岡部が紹介してくれたこと。

 それが椎名まゆりであったこと。
 そして、夕飯を食べに来た事を告げた。
 
194 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/03(土) 05:30:47.87 ID:x+zWHhy+o

岡部「そう言うことだ」

 牛丼とサラダ、味噌汁を乗せたトレイを持って紅莉栖の横へと座る岡部。
 口煩いルームメイトの助言を受けて、サラダをつける習慣が付いていた。

 ──ゴスッ。

岡部「ぐっぇ──な、何ヲ……」

 横腹に突き刺さる肘鉄。
 被害者は岡部であり、加害者は説明するまでもない。

紅莉栖「じゃぁ、まゆりは裁縫……洋服を作りにココへ?」

まゆり「うんっ。これから完成するまで来ることになったんだぁ、えへへー。宜しくね?」

楯無「優秀な人材が見つかって、おねーさん助かっちゃった♪」

一夏「間に合いそうで良かったですね」

 口々に談話を始めながら食事を開始する。
 水面下では未だに、紅莉栖の岡部に対する肘打ちは続いていた。
 
195 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/03(土) 05:31:37.29 ID:x+zWHhy+o

紅莉栖「(裁縫仕事なら私に一声かけるだろ、常考……)」

岡部「(ぬ……)」

紅莉栖「(アンタが今着ている制服は、どこの、誰が、縫ったのか述べてみよ)」

岡部「(じょ、助手だ……)」

紅莉栖「(まゆりの裁縫の腕は知っているけれど、常識で考えればまず私に相談するだろうが)」

岡部「(すまん、最近何かと忙しそうだったのでな……)」

紅莉栖「(誰のせいで忙しいと思ってんだ、ったく……)」

 ひそひそと、話しを続ける岡部と紅莉栖。
 その状況を理解してかしないでか、まゆりが口を開いた。
 
196 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/03(土) 05:32:28.52 ID:x+zWHhy+o

まゆり「ね! ねねねっ、紅莉栖ちゃんっ」

紅莉栖「はひぇ? えっ?」

 突然名前を呼ばれた紅莉栖は、悪い事がバレた子供のように舌が回らずどもってしまった。
 まゆりはそんな事を気にせず(気付かず)話しを続ける。

まゆり「その制服。オカリンのもそうなのかなぁって思ってたんだけど……もしかして、紅莉栖ちゃんが自分でリメイクしたの?」

紅莉栖「え? えぇ、まぁ……」

まゆり「わぁ! 凄い! ねぇねぇちょっと見せてー」

 ガタッ、と椅子から立ち上がり対面に座っている紅莉栖の元へと駆け寄る。
 元来IS学園の制服はカスタム自由と言うこともあり、リメイクしやすい構造になっている。

 しかしソレを踏まえても、紅莉栖の仕事は丁寧だった。
 まゆりは紅莉栖の制服を吟味し終わると、次いで岡部の制服も裏地やその他の裁縫をチェックしていく。
 
197 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/03(土) 05:32:54.97 ID:x+zWHhy+o

まゆり「ほぇー、ココはこうしてあるんだぁ」

紅莉栖「うん。コイツのは白衣っぽくしようと思ったから裾がね──」

 その情景をつまらなそうに眺める人物がいた。
 更織楯無である。

楯無「──ねぇ、一夏くん」

一夏「はい?」

楯無「あの2人が何の話してるか、理解出来る?」

一夏「なんと……なくって感じですけど」

楯無「そう。おねーさんさーっぱり」

 ふてくされながら、ハンバーグプレートに付属していたポテトを頬張る。
 一夏はさっぱりと麦とろ定食を選んでいた。
 
198 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/03(土) 05:33:21.36 ID:x+zWHhy+o

一夏「まぁまぁ、楯無さんも椎名さんに裁縫教えて貰うならその内にわかるようになりますって」

楯無「うー、つまんなーい。ていっ」

 ぴんっ、と箸でポテトを弾く。
 綺麗な曲線を描き、一夏の口へホールインワン。

一夏「むぐっ……! むぐむぐ……」

岡部「そう言えば、ノーガードよ。投票の締め切りは明日だったな?」

 制服のあちこちを、まゆりに引っ張られながら岡部が尋ねた。
 体がゆらゆらと左右に揺れている。

楯無「そうそう。ちゃんと倫ちゃんや一夏くんは投票した?」

一夏「それがまだで……誰に入れたら良いかさっぱりですよ」

岡部「あぁ、このまま無効票でも──」

楯無「無効票はダメよー。ちゃぁんと裏に投票に参加しなかった生徒は生徒会が罰しますと書いてあるから」

岡部「ぐぬぬ……」

楯無「倫ちゃんは誰に投票するのかしらねぇ」

 ニヤリ。
 楯無は視線を岡部から紅莉栖。そしてまゆりへとスライドさせながら口を歪めた。
 
199 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/03(土) 05:34:09.90 ID:x+zWHhy+o

岡部「……」

一夏「うーん、俺も全然決めてないからなぁ……」

楯無「あら。一夏くんは簡単じゃない」

一夏「え?」

楯無「おねーさんに入れて良いわよ♪」

一夏「……善処します」

楯無「あん。意地悪な反応」
 
200 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/03(土) 05:34:37.90 ID:x+zWHhy+o


……。
…………。
………………。

 
201 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/03(土) 05:35:04.59 ID:x+zWHhy+o


 ─とある空き教室─


 電気も付けず、普段使われない空間に5つの影が集合していた。
 1年1組の生徒4名。1年2組の生徒が1名。

箒「──で、どうするのだ」

 声のトーンを落とし、発言したのは篠ノ之 箒だった。

セシリア「未だに根本的な解決案は出ていませんわ」

鈴音「って言うか、5人で指名票を回しても効果あるのかしら」

シャル「それぞれ1票入るだけじゃ効果薄いと思うよ」

ラウラ「うむ。組織票が必要だな」

 今回の議題は単純だった。
 仮装大会の壇上へあがり、1位を獲得する。

 乙女達はお互いがライバルであると知りつつも、停戦協定を結ばずにはいられなかった。
 一夏とのデートをかけた試合。

 その舞台にあがることすら、今現在危ぶまれている。
 
202 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/03(土) 05:35:55.34 ID:x+zWHhy+o

箒「明日で投票が終わってしまうな……」

セシリア「でも──まぁ──」

 箒の力の無い声と違い、セシリアの声にはどこか自慢の色が付いていた。

セシリア「わたくしはモデル業もこなしておりますので、特に苦労せずともベスト10程度入るかと思いますが」

鈴音「そんなんなら、あたしだってそうよ。どんだけ写真撮られてきたと思ってんの」

シャル「まぁまぁ……」

ラウラ「票を得なければならない。これは試合で勝利するよりも難しい……」

 モデル業をこなしてきたセシリアと鈴音は少なからず自信があった。
 それとは対照的に、自身の容姿に自信が無い箒とラウラは落胆気味。

 仮装=男装の式が完成してしまっているシャルロットに至っては、諦めていた。 
 
203 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/03(土) 05:36:48.64 ID:x+zWHhy+o

シャル「(IS学園の仮装大会ってことは女の子チックなやつだろうしなぁ……僕って、男装のイメージ強いし票なんて入らないよ)」

 それぞれの思惑はあれど、締め切りは明日。
 こうして話し合いを重ねても、結局話しがまとまることは無かった。

箒「(くそっ、今回ばかりは手も足も出ん……)」

セシリア「(大丈夫ですわ。きっと、上位10名に入っています……)」

鈴音「(うー……入ってなかったらどうしよう)」

シャル「(一体どんな子が選ばれるのかなぁ……)」

ラウラ「(この会議が終り次第、早急にクラリッサに報告せねば)」

 彼女達は気付いていない。
 自分達のネームバリューを。

 専用機持ちで、それぞれが人を惹き付ける容姿の持ち主である。
 自覚は無くともその容姿は女子の憧れの対象であり、羨望の的を得ている。

 部活などで組織票を得て、暗躍する人物が居る一方。
 どこにも属さず、適当に名前を書いてやりすごそうとする女子が大多数を締めている。

 そう言った票は何処へ集まるのか。
 名前が知れ渡っている、専用機持ちとなるケースが多い。

 彼女達には着実に、票が集まっていた。
 
204 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/03(土) 05:37:32.32 ID:x+zWHhy+o


……。
…………。
………………。

 
205 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/03(土) 05:38:04.95 ID:x+zWHhy+o

一夏「ふぅー、今日も疲れたなっと」

 ごろんとベッドに横たわる一夏。
 岡部はすでに布団に潜り、目を瞑っていた。

一夏「椎名さん。良い人だったなー」

岡部「明日から放課後は毎日ココへ来る。よろしく頼むぞワンサマー」

一夏「仲間の仲間は、仲間だ」

 一夏は時々、臭い……良い台詞を何の躊躇いも無く吐く癖があった。
 当人に自覚はないが、その台詞を受ける岡部からすれば反応に困り毎回返せずにいる。

岡部「──ところで、結局誰の名前を書くことにしたのだ?」

一夏「んー……凶真は?」

岡部「未だに白紙だ」

一夏「俺もまだ白紙だよ」

 ぴらっ。
 鞄から“赤い投票用紙”を引っ張り出し、ルールを読みあげる。
 
206 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/03(土) 05:38:59.07 ID:x+zWHhy+o

一夏「生徒は各自、投票チケットを使いIS学園内に居る人物の名前を書き投票する……か」

岡部「その括りで言えば、生徒とは限らないな」

一夏「ん? ……あっ、つまり教師でも良いのか」

岡部「そうなる……」

一夏「んじゃ、千冬姉にでもしておくかな」

岡部「それは良い。教師に入れる酔狂な者など居はすまい。我等の2票が入ったところで誰にも迷惑はかけない」

一夏「そうだな。良かった良かった、これで安心して眠れるよ」

岡部「うむ」

 2人は気付いて居なかった。
 生徒と限定していない。

 性別すら限定していない。
 自らも、舞台へ上がる資格を有していることを。


 ──何故、楯無が寸法を測らせたのかを。
 
 
207 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/03(土) 05:39:27.76 ID:x+zWHhy+o


……。
…………。
………………。

 
208 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/03(土) 05:40:21.44 ID:x+zWHhy+o


楯無「〜♪」

虚「ご機嫌ですね」

楯無「えぇ、一番の問題がすぐに片付いちゃったからね。後は──誰に投票しよっかなぁ」

 ぴらぴらと“青い投票用紙”を振りながら虚に答えを求める。
 虚もまた、青い投票用紙を持っていた。

虚「私は、お嬢様の名前を記入しますが」

 さらさらと流れるようにサインを記入する虚。
 楯無に票を入れることへ、微塵の躊躇もなかった。
 
 
209 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/03(土) 05:40:47.98 ID:x+zWHhy+o

楯無「あら嬉しい。でもお嬢様は止めて欲しいなぁ」

虚「失礼しました」

楯無「うーん、せっかくだし簪ちゃんに入れちゃおうっと♪」

虚「本音も簪お嬢様へ投票すると言ってましたし、もしかするとありえますね」

 ──姉妹で壇上へ立つことが。

 その言葉を受けて、にっこりと笑顔を見せる楯無。
 青い投票用紙にはしっかりと“更織 簪”の名前が綴られていた。
 
210 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/03(土) 05:41:17.46 ID:x+zWHhy+o


……。
…………。
………………。

 
211 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/03(土) 05:41:56.42 ID:x+zWHhy+o


簪「はぁ……」

 布団の中。
 携帯から発せられる淡い光が、投票用紙に綴られた名前を照らす。

 ──織斑 一夏。

 簪の思考はこうである。

 自らが壇上に立ち、1位を飾る事は不可能である。
 ならば、壇上へ上がる一夏を見たい。
 仮装する一夏をこの目で見たい。

簪「デートか、ぁ……良いなぁ……」

 もんもんと想像を膨らませる。
 布団の中が暑いのか、簪の顔はみるみる朱色に染まっていく。

簪「一夏は……どんな、仮装をするんだろう……」

 想い人の名前が書かれた青の投票用紙。
 簪はそれを握り締めながら、何時しか眠りついてしまっていた。 
 
212 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/03(土) 05:42:51.78 ID:x+zWHhy+o


……。
…………。
………………。
 
 
213 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/03(土) 05:43:24.91 ID:x+zWHhy+o


 ─投票最終日─

 生徒会室には山のように投票用紙が折り重なっていた。
 生徒会役員はそれぞれ、それを読み取り用の機械に通し投票者の名前と推薦者の名前とを確認していく。

本音「ふんふ〜んふ〜ん、ふんふふんふ〜ん」

虚「本音。鼻歌交じりでやらないの、ミスが無いようにちゃんとね」

本音「いえっさ〜ぁ」

一夏「……」

岡部「……」

楯無「♪」

 主に手を動かしているのは4人。
 生徒会の長である、楯無はニコニコと作業を見つめていた。
 
 
214 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/03(土) 05:43:50.52 ID:x+zWHhy+o

岡部「おい、ノーガードは手伝わないのか?」

楯無「うん。私はこれから用事があるからねー」

一夏「生徒会の仕事を放るほど、大事な用事なんですか?」

 全校生徒分の投票である。
 それを統計するのはかなりの作業で、正直猫の手も借りたい程の忙しさであった。

楯無「やん。一夏くん言い方に棘があるわね。これからお客さんが来る──」


 ──コンコン。

 
 控えめなノック音が響いてから、扉が開く。
 来訪者の正体は椎名まゆりだった。

 首からは生徒会長が発効した、入場IDがぶら下げられている。
 
215 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/03(土) 05:44:34.34 ID:x+zWHhy+o

まゆり「こんにちわー♪」

楯無「いらっしゃーい♪」

 両手に荷物を抱えて、部屋へと入ってくる。
 My裁縫道具や来がけに買ってきた布類だった。

まゆり「楯無ちゃん、これ領収書なんだけどー」

楯無「はいはーい。おっけーよー」

岡部「思ったよりしっかり働いてるな、まゆりは……」

 ぽつりと言葉をこぼす。
 まゆりは元来しっかりしている子で、岡部もそれは理解している。

 ──が、やはり普段のぽけーっとしているまゆりを知る身としては不思議な気分だった。
 
216 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/03(土) 05:45:00.99 ID:x+zWHhy+o

まゆり「じゃぁ、さっそく取り掛かろっかー」

楯無「ちょっと待ってね。もう1人……そろそろ来るから」

一夏「え、まだ来るんですか?」

楯無「ううん。もう2人、応援にね」

岡部「2人……?」

 ──コンコン。

 タイミング良く再び鳴るノック音。
 まゆりに続いての来訪者は、誰もが良く知る人物だった。

紅莉栖「ハロー」

シャル「ど、どうも……」

 扉から表れたのは紅莉栖とシャルロット。
 驚きの表情を作るのは、一夏と岡部。
 
217 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/03(土) 05:45:39.17 ID:x+zWHhy+o

一夏「シャルに──」

岡部「──助手……?」

 2人とも、生徒会室に来る事はまず無い珍しいお客だった。
 なんの為に生徒会室に? この疑問は直ぐに晴れることになる。

楯無「やあやあ、ようこそ我が城へ。2人ともありがとうね」

虚「これで裁縫係が3人。間に合いますね」

一夏「裁縫……」

岡部「係……」

 言葉から察するに納得する2人。
 つまり、紅莉栖とシャルは裁縫係として生徒会に雇われたと言うことだった。
 
218 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/03(土) 05:46:22.81 ID:x+zWHhy+o

本音「すごーい、人がいっぱーい」

紅莉栖「リメイクの話しをしていたら、私も誘われてね」

シャル「会長から直接頼まれちゃって」

一夏「あちゃ……シャルに言おう言おうと思って忘れてたんだった」

シャル「あはは。大丈夫だよ、一夏。ママと小さい頃はよく編み物をしていたからね」

 一気に騒がしくなる生徒会室。
 一夏と岡部の手は完全に止まっていた。

 虚は黙々と作業をこなし、本音はサボろうとすると虚からの目による牽制で渋々と作業を続けている。

楯無「はいはーい。一夏くんと倫ちゃんは作業に戻ってね」

 パンパンと手を叩き、場を〆た。
 作業効率を落すことを生徒会長として是とは出来なかった。
 
219 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/03(土) 05:47:04.06 ID:x+zWHhy+o

楯無「それじゃぁ我々は家庭科室に篭るので、虚ちゃん。後よろしく♪」

虚「承りました。お嬢様も指をお気をつけて」

楯無「あん。意地悪」

 そう言って、3人を連れて楯無は生徒会室を後にした。
 残る4人。

 投票用紙は未だ山積していた。

一夏「これ、終わるのかな……」

岡部「一向に量が減らんぞ……」

本音「おなーかすいたー……ぎゅるるぅ」

虚「頑張りましょう。もう一息付いたらお茶を入れますので」

本音「やったー! ケーキもケーキも!」

虚「はいはい」

 ケーキの一言でやる気を倍増させる本音。
 けれど、男子2人の心には響かない。

 終りが見えない仕事と言うのは、何にもまして疲弊が溜まるものだった。

 
220 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/03(土) 05:48:40.51 ID:x+zWHhy+o

 
……。
…………。
………………。

 
221 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/03(土) 05:49:22.93 ID:x+zWHhy+o


 廊下を練り歩く女子4人。
 行き先は家庭科室で作るものは仮装衣装。

紅莉栖「ねぇ、会長」

楯無「なぁに?」

紅莉栖「最近、岡部の調子……あぁ、勿論ISね。どうなの?」

楯無「んー、ここ2.3日はハロウィンイベントで忙しくって見てなかったけど」

シャル「ですね。一夏の特訓もここのところサボり気味で皆……特にラウラが怒ってました」

 1組のクラス内対抗戦以降、以前のように集中的な特訓は出来ないで居た。
 アリーナは他のクラスや学年が対抗戦で使用するため使えない。

 必然、行える特訓は肉体面に限定されていた。
 対抗戦が終了してまもなく、生徒会の仕事が忙しくなり一夏と岡部のIS訓練時間が取れない。

 そう言った事情が重なり、岡部のIS操縦時間はさほど増えていなかった。
 
222 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/03(土) 05:49:52.81 ID:x+zWHhy+o

まゆり「ほぇー……みんな、何か大変なんだねぇ」

 まゆりが一言もらした。
 その声色には、どこか寂しさのようなものが感じ取れる。

 その気持ちを一番に察したのは紅莉栖だった。
 まゆりの両肩に手を添える。

紅莉栖「──っさ、私達は私達の仕事をしましょ?」

まゆり「……うんっ」

 そうだよね。まゆしぃはまゆしぃの出来ることをして、オカリンの力にならなきゃ!
 まゆりは心の中でそう呟き、心にこびり付いた寂しさを払拭した。

 ──コツコツ。

楯無「あら」

千冬「──む」

 対面から歩いてきたのは、1年1組の担任でもあり織斑 一夏の実姉。
 織斑 千冬だった。
 
223 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/03(土) 05:51:02.16 ID:x+zWHhy+o

楯無「こんばんわ、千冬センセ♪」

千冬「織斑先生だ。ん? そちらの生徒は──あぁ、例の申請があった」

 言いかけて納得する。
 生徒会長から直々に来校許可を申請した、助っ人。

まゆり「えっと、椎名 まゆりです。お手伝いに来ました!」

千冬「話しは伺っている。学園の教師として、助力に感謝する」

まゆり「いっ、いえ!」

 第1回IS世界大会-モンド・グロッソ-覇者である織斑 千冬。
 まゆりですら知っている有名人だった。
 
224 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/03(土) 05:51:31.62 ID:x+zWHhy+o

楯無「そーっだ、センセ。ちょっと体の寸法を取らせて貰えます?」

千冬「寸法? 何に使うんだそんなもの」

楯無「色々必要なんですよー、主に生徒会の方面で」

千冬「む……」

 楯無の顔には何かを含んだ笑みがあった。
 それを察知出来ない千冬ではないが、教師として生徒会長の頼み──。

 ──生徒会で必要と言われた場合断ることは出来ない。
 よしんば断りを入れたところで、この生徒は手を回し正式に協力を申請してくることは目に見えている。

 ここで断ったとしても、後のことを考えれば今応じることこそが合理的である。
 千冬は瞬時にそう判断した。

千冬「はぁ。……手短にな」

楯無「へい、まゆしぃ寸法♪」

まゆり「らじゃー! それじゃぁ先生。ばんざーい!」

千冬「ば、ばんざ……?」

 有名人なにするものぞ。と言わんばかりに、まゆりは普段通りだった。
 バンザイを促し、スムーズにサイズを測っていく。
 
225 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/03(土) 05:51:57.49 ID:x+zWHhy+o

まゆり「ふわぁ、凄いスタイル……これは萌郁さん以上だよぉ」

紅莉栖「数値にすると凄いわね……」

 バストサイズに目が行く紅莉栖。
 決して小さい方ではないが、紅莉栖の周りの少女達はラボにしても、学園にしても標準より大きめの子ばかりであった。

紅莉栖「(ラウラと、鈴は……)」

 決して言葉には出さないが、脳内でシミュレートする。
 ラウラに勝利し、鈴音に辛勝した。

 その後、現在自分を取り囲む人物を見てまた落ち込む。
 紅莉栖のテンションは見て取れるほど落ちていた。

楯無「えっ、クリちゃんどうしたの?」

シャル「何か急に元気なくなったけど……」

紅莉栖「いえ、何でもないの……」

 隣の芝生は青い。
 紅莉栖には楯無たちの胸が青く見えた。

千冬「どうでも良いが、何時まで手を上げていれば良いんだ……?」
 
226 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/03(土) 05:52:40.65 ID:x+zWHhy+o

 
……。
…………。
………………。

 
227 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/03(土) 05:53:13.43 ID:x+zWHhy+o

一夏「なぁ……」

岡部「あぁ……」

 一言でお互いが何を言いたいのかを理解出来た。
 先ほどから行っている作業は変わらず、票の集計。

 目に入る投票用紙には、“織斑 一夏”“岡部 倫太郎”の名前が激しく目立っていた。

一夏「……」

岡部「……」

 織斑織斑岡部岡部岡部織斑……。
 岡部岡部織斑織斑岡部織斑……。

岡部「ぬぁんなのだコレは!!」

 思わず声を荒げる。
 一夏は頭を抱えていた。

 その他にも、生徒会長である楯無や隠れファンの多いラウラ。
 専用機持ちである1組のガールズ名もちらほらと見受けられるが圧倒的に多かったのが男子2名である。
 
228 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/03(土) 05:53:40.65 ID:x+zWHhy+o

一夏「虚さん。コレってどうなってるんですか……?」

 堪らず、一夏が虚に事情を伺う。
 虚は手は動かしたまま、器用に答えた。

虚「投票用紙に他薦する者の性別を限定するようには、書いてませんでしたから」

一夏「……」

岡部「……」

 苦々しい表情を作る2人。
 昨晩、そう言った理由で千冬の名前を記入したことを忘れていなかった。

 口をパクパクとさせ、何か言葉を振り絞ろうとする岡部だったがもはや何も台詞は浮かんでこない。
 結局は黙って集計作業を続けるしかなかった。
 
229 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/03(土) 05:54:17.57 ID:x+zWHhy+o

虚「──さて、落ち着いてきましたしお茶にしましょうか」

本音「ぃやったー。わ〜いわ〜い」

虚「本音にしては、良く集中しましたね」

本音「けーきっ、うっ! けーきっ、うっー!」

 嬉しそうにはしゃぐ本音。
 コレだけが、楽しみだった。

 虚の入れるお茶とケーキの味は絶品で、疲れた脳と胃を満たしてくれる。
 一服置いて落ち着く男子2名。

岡部「……はぁ」

一夏「面倒なことになっちまったなぁ……」

 全ての集計は未だに完了していない。
 ──が、織斑 一夏。岡部 倫太郎の得票数は断トツで10位以下に転落することは最早ありえない。

虚「お2人とも、頑張って下さいね」

 優しい虚の声が、今の2人には皮肉にすら聞こえていた。
  
230 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/03(土) 06:16:06.94 ID:x+zWHhy+o

 
……。
…………。
………………。

 
231 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/03(土) 06:16:40.33 ID:x+zWHhy+o


ラウラ「クラリッサ。私だ」

クラリッサ「ご無沙汰です、隊長」

 ドイツIS配備特殊部隊“シュヴァルツェ・ハーゼ”副隊長。
 クラリッサ・ハルフォーフ。

 日本文化や、レディとしての嗜みがあまり無いラウラにとってクラリッサから得られる情報はまさに唯一無二だった。

ラウラ「────と、言う訳なのだが……」

 手短に現状を伝える。
 何時も通りだった。

クラリッサ「……つまり、現状手出しが出来ないのですね?」

ラウラ「あぁ。組織票が欲しかったが如何せん、IS学園に私の組織……部隊は無い」

クラリッサ「ふむ……あぁいえ。つまり……」

 ラウラから得られた情報を客観的に捕らえ、的確に分析していく。
 しばらく、ぶつくさと独り言をして伝えるべき情報を纏め上げる。
 
232 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/03(土) 06:17:15.07 ID:x+zWHhy+o

クラリッサ「恐らく……と前置きをしての発言になりますが宜しいでしょうか」

ラウラ「許可する」

クラリッサ「では──十中八九、隊長は上位10名に選ばれるでしょう」

ラウラ「なっ……ほっ本当か!?」

 隊長。
 と呼ばれる人間にあるまじき声をあげるラウラ。

 けれど、クラリッサはそれを咎めようとはしない。
 むしろそんな隊長を好んですらいた。

クラリッサ「はい。私の予測では上位2名は確定しております。つまり残り8つの椅子を奪い合うことになるのですが──」

ラウラ「2名が確定している? どういう事だ」

クラリッサ「申し訳ありません。それは当日、隊長自らの目でご確認すべきかと」

ラウラ「──ふむ、了解した」

 クラリッサがそう言うのであれば、そうなのだろう。
 当日確認すべしと通達されたのであればそれが最良と判断し、ラウラはそれ以上食い下がらない。
 
233 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/03(土) 06:17:53.59 ID:x+zWHhy+o

クラリッサ「然るに……重要なのはコスチューム。隊長、コスプレ衣装は自分で選べるのですか?」

ラウラ「いや。生徒会が各人にそれを宛がうらしい」

クラリッサ「S・H・I・T! シット! それでは、隊長のアドバンテージが生かせない場合が……」

ラウラ「???」

クラリッサ「良いですか、隊長。これから貴女に魔法をかけます」

ラウラ「魔法? 一体何の話をしているんだ」

クラリッサ「当日、隊長はとても可愛らしい仮装を強いられるでしょう」

ラウラ「かっ、かわ!?」

 “可愛い”の一言でラウラの語尾が跳ね上がる。

クラリッサ「えぇ。とても可愛らしいでしょう、自然と織斑 一夏の視線も隊長に釘付けです」

ラウラ「いちかの……視線が、私に……かわ、いいだと……」

 一瞬の内に耳まで赤くなり、棒立ちになるラウラ。
 脳内では光粉を纏った一夏が、ラウラに可愛いと囁いていた。

クラリッサ「──と、言うことです。御武運を」

 それだけ言ってクラリッサは通話を閉じてしまった。
 しかし、その言葉もラウラには届いていない。

 金魚のように口をぱくぱくとさせながら、ぶつぶつと呟く存在になってしまった。
 
234 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/03(土) 06:18:34.41 ID:x+zWHhy+o
おわーり。
ありがとうございました。
235 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/11/03(土) 06:47:15.55 ID:Ac9wkdTDO
乙!
ところで楯無様が挨拶した時「はめまして。」言ってたけどそうゆう挨拶する方なの?
236 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/11/03(土) 11:59:17.15 ID:6u9fHjvjo
誤字だねww

それはともかく、ハロウィン終わっちゃったね…………
乙でした
237 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/04(日) 06:13:00.51 ID:bA96eXtVo
投稿します。
誤字は報告箇所も含めてpixivの方で修正させて頂いてます、申し訳ありません。
ハロウインにも間に合わなくて……。
238 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/04(日) 06:13:26.97 ID:bA96eXtVo
>>233  つづき。



……。
…………。
………………。


 
239 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/04(日) 06:13:55.11 ID:bA96eXtVo



 ─投票結果─


 翌日、生徒会役員の努力が実を結び無事結果を出せることができた。
 でかでかと各クラスの電光掲示板に名前が映し出されている。


 ─結果発表 上位10名─


 1位 織斑 千冬

 2位 織斑 一夏

 3位 岡部 倫太郎

 4位 更織 楯無

 5位 シャルロット・デュノア

 6位 ラウラ・ボーデヴィッヒ

 7位 セシリア・オルコット

 8位 凰 鈴音

 9位 篠ノ之 箒

 10位 更織 簪
 
 
240 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/04(日) 06:14:27.62 ID:bA96eXtVo

 映し出される上位10名。
 見事に専用機持ちで彩られているそれに対し、ちょっとした不満を抱くものも居た。

サラ「これは……」

 “サラ・ウェルキン”。
 英国代表候補生の2年生だった。

サラ「まぁ、私は専用機を持っていませんからね……」

 代表候補であろうと、専用機を持たなければネームバリューも高くない。
 よって上位に食い込めるほどの票を集める事も出来ない。

サラ「セシリア。頑張って下さいね」

 そう呟いたサラの1位予想チケットにはしっかりと“織斑 一夏”と書かれていた。
 
241 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/04(日) 06:14:54.59 ID:bA96eXtVo

 ◇

ダリル「あー……」

フォルテ「先輩、どうしたんッスか?」

 IS学園3年生“ダリル・ケイシー”と、2年生の“フォルテ・サファイア”が2人で電光掲示板を眺めていた。

 ダリルは専用機“ヘル・ハウンドver2.5”を。
 フォルテは専用機“コールド・ブラッド”を持つ代表候補生である。

ダリル「私らって、代表候補生。しかも専用機持ちだよなぁ?」

フォルテ「そッスね」

ダリル「なぁーんでランクインしてねーんだ?」

フォルテ「えっ! 先輩こんなんに興味あったんッスか!? 驚きッス」

ダリル「いや……ねーけどよ」

 ダリルの言葉に驚きを見せたフォルテだったが、即座にそれを否定するダリル。
 元よりこのようなイベント行事には興味が無かった。

ダリル「ただ、なんつーか……なぁ?」

フォルテ「なぁって……言われてもわからないッスよ」

 フォルテ自身もこのようなイベント事には興味がない。
 同意を求められても首を捻ることしか出来なかった。
 
242 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/04(日) 06:15:22.08 ID:bA96eXtVo

ダリル「出る気はねーけど、専用機持ってるのに選ばれないのはアレだ、えーっと」

フォルテ「プライド。ッスか?」

ダリル「そう、それだ。それが傷つくじゃねーか」

フォルテ「まー自分ら普段からやる気出して無いッスからね。周りからの評価なんてそんなもんッスよ」

ダリル「そーかぁ……」

フォルテ「何なら、今学期からちゃんとやってみるッスか?」

ダリル「いや。今のままで良いわ」

フォルテ「それでこそ先輩ッス」

 事実。
 サラ・ダリル・フォルテの得票数もそれなりにあった。

 しかし、今年度の1年生専用機持ちは何かと事件の中心を飾ったりと学年を通して有名になっている。
 中にはISの生みの親である“篠ノ之 束”の妹や、現生徒会長の妹も新1年生として入学しているのだからバリエーションには事欠かない。

 極めつけは、世界で2人しかISを起動出来ない男子2名まで居る始末である。
 弾かれた生徒は納得するよりなかった。

 ──が、中には生徒会室へ単独で乗り込みクレームを叩き込みに来た猛者も居た。

 “織斑 千冬”だ。
 
 
243 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/04(日) 06:15:49.20 ID:bA96eXtVo


 ─生徒会室─


千冬「どう言うことだ」

楯無「はい?」

 結果発表のあった放課後。
 千冬が訪ねて来たのは、楯無が生徒会室に入った直後だった。

千冬「結果発表の話しだ」

 声色こそ何時もの千冬だが、迫力が段違いである。
 一般生徒……それこそ、一夏が立ち会っていればそのオーラだけで土下座を強いられていたであろう。

楯無「あはっ♪ 1位おめでとうございます」

 そこは流石の“更織家頭首”であった。
 千冬の威圧もなんのそのと、何時ものスタンスを貫いている。
 
244 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/04(日) 06:16:21.14 ID:bA96eXtVo

千冬「お前な……教師と言う立場を考えろ。よしんばランクインしていたとしても、1位はやりすぎだ」

 脅しが無駄であると悟った千冬は、1つ大きく息を漏らしドカッと椅子に腰掛けた。
 長い足を組み、胸を上げるように腕を組む仕草はどこかモデルのようでもある。

楯無「いえいえ、ホントなんですよ。なんと得票率100%」

千冬「……ひゃく?」

 腑に落ちない表情を見せる。
 得票率100%と言うことは、全ての生徒が千冬に入れたと言うことになる。

 そんな状況になれば、1位以下を決めることすら出来ない。
 意を唱えようと千冬が口を開こうとした時、楯無はすかさず2枚の紙切れをひらひらとなびかせた。

楯無「──この赤い紙、なんだと思います?」

千冬「さてな」

楯無「投票用紙なんですけど……」

 楯無はその赤い紙を投票用紙と言う。
 しかし、千冬が知る限り投票用紙の色は青である。

 自身にも手渡され、記入したのだから記憶違いはありえない。
 
245 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/04(日) 06:16:50.42 ID:bA96eXtVo

楯無「青色は女子用の投票用紙。赤色は男子用の投票用紙ってことなんですケド……♪」

 そこまで言って、楯無は愉快そうに笑顔を作る。
 扇子を開き口元を隠すが、その下は笑みで歪んでいることだろう。

千冬「あの……馬鹿共が……」

 呆れと、くだらなさで思わず目を瞑ってしまう。
 実の弟は実の姉に票を入れたのだ。

 そして、転入してきた男子生徒も自分へと投票した。
 男子2名のIS学園。

 その2名が“織斑 千冬”と書けば男子票が100%になる。
 楯無の台詞はつまりそう言うことだった。

楯無「だって、折角数少ない男子の意見ですもの。取り入れないと……それに、少し妬けちゃいますね」

千冬「もう良い。わかった」

 実の姉に票を入れる弟。
 実の弟に票を入れる姉。

 どこからどう見ても可笑しな家族だった。
 
246 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/04(日) 06:17:50.11 ID:bA96eXtVo

千冬「──で、私にはどんな格好をさせる気だ?」

 観念したのか、会話を仮装大会へとずらす千冬。
 しかし、楯無の口は決して柔らかくなかった。

楯無「千冬センセ。それはまだ秘密です♪」

 口元に、人差し指を立ててナイショのポーズを取る楯無。
 コスチュームは当日、各人へ配る予定だった。

千冬「そうか……わかった。邪魔したな」

 組んだ足を解き、立ち上がる千冬。
 ツカツカと生徒会室から出て行こうとすると──。

 ──ガチャ。

 その大きい扉が開く。
 開けた人間は……。
 
247 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/04(日) 06:18:16.37 ID:bA96eXtVo

一夏「楯無さん。簡便して下さいよ……何の衣装着るのって周りが煩くっって──ちふゆねっ……ぉりむら先生」

千冬「おう」

 男よりも男らしい挨拶。
 「おう」の一言が誰よりも似合う一夏の実姉。

一夏「えっと……どうしてココへ?」

千冬「野暮用でな」

一夏「そ、そう……ですか」

 そろそろと、千冬の脇を通り生徒会室へと入り込もうとする一夏。
 が……。

 千冬の拳骨が一夏の脳天へと突き刺さる。
 ゴン! と良い音が響き渡った。

一夏「いっっっっ!!」

千冬「“一夏”それで簡便してやる」

 それだけ言うと千冬は、職員室へと帰って行った。
 頭をさすりながら一夏は恨めしそうに楯無へと視線をずらす。
 
248 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/04(日) 06:18:54.80 ID:bA96eXtVo

楯無「うんうん♪ やっぱり、家族って良いわねっ」

一夏「投票者指名は秘匿じゃないんですか、楯無さん……」

楯無「おねーさん聞こえなーい。アーアー」

 両手で耳を塞ぎノーコメントを体言する。
 その表情はどこか楽しそうなものだった。

一夏「……って、あれ? 何で楯無さんがココへ? 衣装作りは……」

楯無「……」

 目を逸らす楯無。
 良く見ると、両手の指は絆創膏だらけだった。

一夏「なるほど……」

楯無「うー……なるほどって、何よう」

 もじもじと絆創膏を弄り出す楯無。
 料理と違い、裁縫はいくら努力しても突破出来ない楯無の壁として高くそびえ立っていた。
 
249 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/04(日) 06:19:21.17 ID:bA96eXtVo

楯無「もう! あんまり、おねーさんの指をじろじろ見ないの! 一夏くんのえっち」

一夏「絆創膏。綺麗に貼れてないじゃないですか」

 そう言って備え付けの棚から救急箱を取り出す。
 それを持って、一夏は楯無の前へ座った。

一夏「ほら、手を出して下さい」

楯無「ん……」

 素直に両手を差し出す楯無。
 両頬は薄っすらとだが、赤くなっている。

一夏「とりあえず、絆創膏剥がしますからね」

楯無「うん」

 ぺりぺりと絆創膏を剥がしてゆく一夏。
 痛みのような刺激の心地良さに、楯無は内心で驚いていた。

一夏「消毒しますね。少し染みるかもしれません」

楯無「うん……一夏くん」

一夏「はい?」

楯無「やさしく、ね?」

一夏「……はい」
 
250 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/04(日) 06:19:48.50 ID:bA96eXtVo

 
……。
…………。
………………。
 
 
251 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/04(日) 06:20:51.48 ID:bA96eXtVo

 ──ねぇ、オカリン。


岡部「!?」

まゆり「あっ、ごめんね」

シャル「ううん。僕の方こそごめん」

岡部「(二重音声……?)」

 呼ばれて振り返ると、2人の少女が自分の名前を呼んでいる。
 奇しくも“オカリン”と呼ぶ者少ないあだ名で呼ぶもので、どちらが自分に話しかけたのかが判断し難い。

 それほど“椎名 まゆり”と“シャルロット・デュノア”の声質は似ていた。

紅莉栖「(似ている似ているとは思っていたけれど、想像以上ね……)」

 ちくちくと縫い物を進めながら、紅莉栖も耳を働かせていた。

まゆり「えっと、シャルちゃん。お先どーぞ?」

シャル「いやいや、まゆりちゃんこそ。僕は大丈夫だから」

紅莉栖「(変に謙虚なところも似てるわね)」

岡部「(まゆりが独り言を呟いているようにしか聞こえん……)」

 ついに己と対話をする能力を開花させたのではないかと、勘ぐってしまう。
 勿論そんなことは無く、まゆりは至って正常だった。
 
252 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/04(日) 06:21:25.30 ID:bA96eXtVo

シャル「じゃぁ……えーっと、オカリンとまゆりちゃんって幼馴染なんだよね?」

岡部「う、うむ」

 まゆりから再確認されているような感じを受け、岡部はこそばゆさを感じていた。
 それをわかってか、紅莉栖は口を押さえ笑いを堪えるのを必死で抑えている。

シャル「じゃぁ昔から人質だったの?」

岡部「──っぶ!!」

 思わず噴出してしまう岡部。
 ここは秋葉原では無い。

 最近では“鳳凰院凶真”の出現率も低下していき、そう言った単語も久しかった岡部は盛大に噴いてしまった。

まゆり「違うよ、シャルちゃん。えーっとねぇ、人質になったのはおばーちゃんが亡くなった後で、人質じゃなくなったのがついこのあ──」

岡部「あーあー! まゆり! その話題は良い。あまり人に言いふらすようなものでもないしな」

 放っておくとまゆりはぺらぺらと何でも話してしまう。
 そこに悪意は一切無いが、やはり宜しいものでも無かった。

シャル「あははっ、今も昔も仲が良いんだね。羨ましいなぁ」

 少々強引な止め方だったが、シャルロットは意に介さなかった。
 純粋に幼馴染と言うものを羨んでる様子である。
 
253 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/04(日) 06:21:59.60 ID:bA96eXtVo

シャル「何時もね、箒や鈴が一夏と昔話をしていると良いなーって思うんだ」

紅莉栖「あっ。それは、うん。わかるわね」

岡部「ほう……クリスティーーナよ。貴様もそのような感情を抱く事が──」

紅莉栖「黙っとれ」

まゆり「あははっ」

 談話が響く家庭科室。
 本来ならここへ岡部が来る理由は無かったが、楯無が今日から不参加になるため手元として徴収されていた。

 かと言って特別やる事は無く、だらだらと会話をする時間が続く。

まゆり「ねぇねぇオカリン」

岡部「む?」

まゆり「まゆしぃはまだ、オカリンのあいえすを見たことが無いのです」

岡部「そう言えば……そうだろうな」

 “石鍵”は未だに一般公開をされいない。
 不安定な要素(無段階移行を主軸とした完全自立進化型の為、未だに全容は発表されていない。出来ないと言ったほうが正しい)が多く、未だに見送られていた。
 
254 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/04(日) 06:22:33.87 ID:bA96eXtVo

まゆり「ちょっとね。ちょーっと見てみたいかなぁって思ったんだけど……ダメかなぁ?」

岡部「むう……」

 ちらりと、視線を紅莉栖に移し相談を持ちかける岡部。
 ここで紅莉栖に相談する理由などあるはずも無いのだが、無意識に岡部の目線は紅莉栖へと移って行った。

 まゆりはIS学園の生徒ではない。
 いくら生徒会長発効のIDがあるとはいえ、アリーナ内まで案内をするのはどうかと思える。

 そう思ったのは、岡部だけでなく紅莉栖も一緒だった。

紅莉栖「(馬鹿、何で私を見るのよ。あーもう)」

 頼られてまんざらでも無い紅莉栖である。
 何とかその場を凌ごうかと考えていると、意外な方面から助け舟が出航してきた。

シャル「──それだったら、年末に行われる全学年個人別トーナメントに来れば良いんじゃないかな?」

 助け舟を出したのはシャルロットであった。
 
255 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/04(日) 06:23:00.21 ID:bA96eXtVo


 ─全学年個人別トーナメント─


 年間の総決算として行われるそれは、IS学園での年内最大級の催し物と言えた。

 その規模は“キャノンボール・ファスト”並で、中継やアリーナでの観覧も許可されている。

 専用機持ちは強制参加。

 候補生も訓練機での参加が義務付けられ、成績上位者もコレに含まれている大規模なイベントである。

 
256 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/04(日) 06:23:26.37 ID:bA96eXtVo

シャル「正確な日時はまだ出てないけど、12月中のはずだから。僕に配布されるチケットをまゆりちゃんにあげるよ」

まゆり「えっ、良いの……?」

 発効されるチケットは“激”が付くほどのレア物で、席によっては数十万の値打ちが付くほどの物だった。
 IS学園生徒、それも出場が確定している専用機持ちに発効されるチケットとなれば良席必須である。

シャル「うん。僕は別に呼ぶ人も居ないしね、仲良くなった印に」

まゆり「あ、ありがとー!」

 ガシッ、とシャルロットの腕を掴むまゆり。
 相当感激しているようで、相当な喜びようだった。
 
257 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/04(日) 06:24:13.03 ID:bA96eXtVo

岡部「そう言えば、そんな催し物があるとかなんとか……言ってたな」

紅莉栖「忘れるなよ……年内で一番大きいイベントじゃない」

シャル「あははっ、オカリンらしいね」

まゆり「オカリンはそう言っていっつも、色々忘れちゃうのです」

岡部「えぇい! だから、貴様等は同時に話すなとアレ程──」

紅莉栖「言ってない言ってない」

まゆり「?」

シャル「?」

 首を傾げる2人。
 気を抜くと、直ぐにどっちがどの発言をしたかわからなくなる。
 
258 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/04(日) 06:24:38.98 ID:bA96eXtVo

岡部「な、何でもない……気にしないでくれ」

 声に触れるのはよそう。
 なに、大丈夫さ。ちゃんと聞き分ければわからないはずが無い。

 幼馴染であるこの俺が、まゆりの声を聞き間違えるはずなど。

 ──と、岡部は心の中で自身にそう言い聞かせた。


「ねぇ、オカリン」


 またしても背後から聞こえてくる馴染み深い声。

岡部「……」

 岡部にはその声の主がどちらか、胸を張って断言する勇気を持ち合わせてはいなかった。
 
259 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/04(日) 06:25:21.84 ID:bA96eXtVo


……。
…………。
………………。

 
260 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/04(日) 06:26:05.29 ID:bA96eXtVo


 ─校門─


まゆり「オカリンありがとう。ここまでで良いよ」

岡部「あぁ。気をつけて帰るんだぞ」

 本日分の作業が終了し、校門までまゆりを送り届けに来た岡部。
 外はもう暗かった。

岡部「あぁ、そうだ。ダルに例のトーナメント。俺のチケットをやるからと言っておいてくれ」

まゆり「了解なのです! きっとダル君も大喜びするよー」

岡部「うむ。恐らく助手も呼ぶ相手など居まい……ルカ子も呼べるな」

まゆり「あっ、でもそうすると……フェリスちゃんや萌郁さんが……」

 シャルロットから善意で貰えるチケットが1枚。
 岡部、紅莉栖から2枚。

 現在、ラボラトリーに居る面子は5人。
 あと2枚足りない計算になる。
 
261 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/04(日) 06:26:44.74 ID:bA96eXtVo

岡部「ふむ……フェイリスと萌郁の分か。わかった、何とかなるか解らんが手を回してみよう」

 心当たりがあった。
 専用機持ちの中で当れば、2枚位は都合出来るかもしれないと。

まゆり「うんっ。楽しみにしてるね! じゃぁまた明日」

岡部「気をつけてな」

まゆり「トゥットゥルー♪」

 元気に駆け出して行くまゆり。
 目を細めながら、後姿を見つめる姿はまるで──。

紅莉栖「お爺ちゃんみたいね」

岡部「なっ! 助手……何時の間に」

紅莉栖「別に。邪魔しちゃ悪いと思って顔を出さなかっただけよ」

岡部「何を邪魔すると言うのだ、まったく……」

紅莉栖「はいはい。……んで、ちょっと顔貸しなさいよ」

岡部「む?」

紅莉栖「整備室。行くわよ?」

 そう言い終えると紅莉栖はもう校舎へと向かっていた。
 無言で頷いた岡部も、それに続く。

 2人の顔はすでに、にやけたものでは無くなっていた。

 
262 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/04(日) 06:27:23.93 ID:bA96eXtVo


……。
…………。
………………。

 
263 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/04(日) 06:28:09.02 ID:bA96eXtVo


 ─整備室─


紅莉栖「じゃぁ、ISを展開して」

岡部「……」

 粒子が岡部を包んだと思うと、一瞬の内に全身装甲のISを身に纏った。
 ここ最近は実戦訓練が積めていないとは言え、少しずつ操縦も上達してきている。

紅莉栖「OK. まずは、パラダイムの出力を0にするパッチを当てるから」

岡部「なぁ──助手よ」

紅莉栖「ん? なに?」

 カタカタとキーボードを打ち込みながら返事をする紅莉栖。
 作業に集中しているせいか、岡部の歯切れの悪さには気付かないでいた。
 
264 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/04(日) 06:30:25.17 ID:bA96eXtVo

岡部「パラダイムなのだが……その、少々苦手でな。このまま使わなずに、とは無理だろうか」

紅莉栖「あー、アレね。最初にブラックアウトしちゃったから苦手意識が出来たってこと?
    大丈夫よ。そうならないように、私が居るんだから」

岡部「あぁ……うむ」

 どうにも乗り気になれない岡部。
 実を言うと、最初に展開して以来“刻司ル十二ノ盟約”-パラダイム・シフト-を起動したことが無かった。

紅莉栖「……YES!! パッチは無事に作動したわ。正直、ここが難問だったのよねー」

 岡部の気持ちを知ってか知らずか、何時の間にやら科学者モードに移行している紅莉栖。
 このプログラムがどうだとか、ここが大変だったとかをドヤ顔で岡部に説明する。

 このパッチが完成したのは今朝方だった。
 衣装の裁縫に手を貸す為、脳をフル回転させ詰まっていた問題を悉く解決し今に至る。

 やはり牧瀬 紅莉栖もまた、稀代の天才であった。
 
265 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/04(日) 06:31:43.30 ID:bA96eXtVo

紅莉栖「──でね、ここがもう大変で……岡部?」

 不意に岡部の顔を覗くと、表情が何時にも増して曇っていた。
 科学者モードへと移行していた紅莉栖も表情を読み取り、一気にクールダウンする。

紅莉栖「えっと……どうした?」

岡部「いや。すまなかった、何でもない」

 どう考えても何でもないような物言いでは無い。
 表情は暗く、歯切れも宜しくない。

紅莉栖「操縦者がそんな顔していたら、動作テストなんて出来る訳無いじゃない。
    何かあったのなら説明して欲しいんだけど……」

 声のトーンが低くなる。
 こう言った表情を岡部が作っているときは、結局何も語らないのをわかっているからだった。

岡部「発動した時の気持ち悪さ……不愉快さを思い出してしまってな。少々しり込みしていただけだ」

紅莉栖「……そ。どうする? 止める?」

 勿論、それが本音で無いことは承知している。
 が、追求しても仕方が無い。

 世界線の違った紅莉栖であれば、ここで強引にでも聞き出しただろう。
 しかし、今の紅莉栖はその記憶が完全ではない。

 それ以上、踏み込んで聞くことは出来なかった。
 
266 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/04(日) 06:32:10.11 ID:bA96eXtVo

岡部「有能なる助手が作ったと言うのであれば……試さない訳にもいかんだろう。自信はあるのだな? もうあの経験は簡便だ」

紅莉栖「とっ、当然! 完璧よ!」

 フルフェイスの中で、確認は出来ないが岡部は柔和な笑顔を作っていた。
 そして、そのまま作業開始を促す。

紅莉栖「本当に良いのね……?」

岡部「無論だ」

 ──カチッ。

 パッチをインストールさせる。
 インストール時間は驚くほど早く一瞬で終わった。

紅莉栖「OK. パラダイムを起動して……」

岡部「……」

  ──ジャキッ。

 “石鍵”の両肩部のユニットが音を立ててスライドし、円柱状のビットを一対射出する。
 ふよふよと浮かぶビットは、12個に分離し空中を漂う。
 
267 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/04(日) 06:32:45.94 ID:bA96eXtVo

紅莉栖「よし……どう岡部? データでは観測をしてないけれど」

岡部「大丈夫だ……ハイパーセンサーにも何も知覚されていない」

紅莉栖「じゃぁ、エネルギーの供給を開始するわよ……?」

岡部「あぁ」

 岡部の短い返事を受けたあと、紅莉栖は徐々にパネルに触れた指を動かしていく。
 0%と表示されていたステータスが少しずつその数字を上げて行った。

 ──2%────4%──────8%。

岡部「んっ……」

 即座にハイパーセンサーが稼動量を上げる。
 視界が何時もよりクリアになり、鮮明に見える世界。

 この画像度は、超高感度ハイパーセンサーをも凌駕していた。
 
268 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/04(日) 06:33:12.06 ID:bA96eXtVo

紅莉栖「8%をキープ。視界はどう……?」

岡部「なっ、何とか落ち着いている……」

 次々に飛び込んでくる情報。
 自らが待機する座標情報や、室内にある機器類の情報まで脳内に飛び込んでくる。

紅莉栖「でも、まだキツそうね……6%。これでどうかしら」

岡部「……あぁ、これ位が丁度良い。と言うか、限界だ。情報酔いしそうになる……」

紅莉栖「OK. 6%で固定するわね」

 最終的に“刻司ル十二ノ盟約”-パラダイム・シフト-の稼働率は6%で固定された。
 6%の稼働率で出来る事を、紅莉栖が岡部に説明していく。

 正直、6%では超高感度ハイパーセンサーと同等であること。
 相手の動きを読む、軌道を予測すると言った機能は全面的にカットされていること。

 以上であった。

紅莉栖「ちょっと勿体無い気もするけど……これが限界よね」

岡部「あぁ。充分だ」

 色々な映像が見えて、訳がわからなくなる。
 そう言い掛けたところで岡部は口をつぐんだ。
 
269 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/04(日) 06:33:41.95 ID:bA96eXtVo

紅莉栖「コア自体に情報を処理して貰えれば良いんだけど……コアに干渉出来ないからね」

 “石鍵”のコアである“ダークマター”(岡部命名)に紅莉栖は何度かアクセスを試みていた。
 しかし、毎度弾かれるのがオチで何ら発展を見出せないでいる。

 必然的にパッチを作り、ガジェットの出力を調整するしか手がなくなっていた。

紅莉栖「引き篭もりってレベルじゃないわよ、ったく」

 ぶつぶつとコアに文句を垂れる紅莉栖。

紅莉栖「一度、開発者である束博士に見てもらいたいわね」

 コアを解析出来る唯一の存在。
 ISの親であり“石鍵”を岡部に宛がった張本人“篠ノ之 束”なら、或いは“石鍵”の全貌を明らかに出来るだろう。

岡部「あぁ。だが博士は今も尚、全世界の諜報機関やらなにやらから逃げ回っているのだろう?」

紅莉栖「そ。居場所に数千万から数億の懸賞金までかけられているほどよ」

 そんな人物にそう会えるはずも無い。
 結局は自分達でなんとかするしかないのだと、2人は苦笑いを浮かべながら頷きあった。

 
270 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/04(日) 06:34:07.97 ID:bA96eXtVo

紅莉栖「──それはそうと」

 突然、紅莉栖が口を開けた。
 それまでの声色と違って、どこか笑みを含んだ口調である。

紅莉栖「鳳凰院凶真さんは遂にコスプレデビューですか?」

 ニヤニヤと口角を歪ませ、目はイヤらしく釣りあがっていた。
 口に手をあて、わざとらしくプププと声を発する。

岡部「ぬぬぬ……」

紅莉栖「いやー、これはデジカメを用意しなくちゃね。漆原さんや……あぁそうそう、橋田にも写真を送ってあげないと」

岡部「おっ、おい」

紅莉栖「まゆりが何度誘っても首を縦にしなかった鳳凰院さんがついにコスプレとは……恐るべしIS学園ってとこね」

岡部「ぐぬぬ……」

 学校行事である以上、断ることも出来ない。
 生徒会役員になってしまった以上、欠席も許されない。

 岡部に退路は無かった。
 
271 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/04(日) 06:34:34.12 ID:bA96eXtVo

岡部「なぁ、助手よ……」

紅莉栖「なによ」

 紅莉栖の目と口は今もなお、イヤらしく変形している。
 明らかに面白がっていた。

岡部「俺は一体、何の仮装をさせられるのだ……?」

紅莉栖「それは秘密。言ったら不公平になるからね。まぁ当日せいぜい恥を振りまきなさい」

岡部「ぬぅ……」

 紅莉栖の心根では、ほんの少しだが岡部とコスプレをしてみたい。
 いや、ちょっとだけ。ほんのちょっとだけど、一緒に衣装合わせをしてみたい。

 言葉には言い表せないが、そんな事を思っていた。
 しかし、代表候補生でもなく専用機も持ち合わせない紅莉栖が上位に食い込むはずも無く夢は夢として終わった。

 この意地悪な態度は、紅莉栖のちょっとした可愛い嫌がらせであることを岡部は知らない。

岡部「クリスティーーーッナ。覚えていろよ……この怨みは必ず……」

紅莉栖「@ちゃんねるにも、あのコテハン鳳凰院うんたらさんがコスプレした(゜∀゜)ってスレを立てないとね」

岡部「すみませ……申し訳ありませんでした」

 それはそれは、見事な土下座を繰り出す岡部倫太郎。
 @ちゃんねる内でも外でも、“鳳凰院凶真”が“栗ご飯とカメハメ波”を言い負かす事など出来るはずが無かった。
 
272 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/04(日) 06:35:09.37 ID:bA96eXtVo
おわーり。
ありがとうございました。
273 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/11/04(日) 18:07:14.03 ID:bmwFJLFDO
シャルまゆりの絡みが面白いから好き(笑)
岡部「(まゆりが独り言を呟いているようにしか聞こえん……)」
これをみるたびに頷いてしまう自分
274 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(静岡県) [sage]:2012/11/04(日) 19:01:43.59 ID:svSQ7U5zo

栗悟飯とカメハメ波だぞ
275 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/11/05(月) 00:52:50.04 ID:4d+JdZlKo
わくてかが止まらない
あの人の絵って投下時に貼るんよな?

乙した!
276 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(中部地方) [sage]:2012/11/05(月) 03:15:15.85 ID:MV+V+muAo
まゆしぃとシャルは最高の組み合わせだよな
基本的な性格がいいから癒されるわ


        by 鳳凰院凶真
277 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/06(火) 03:29:13.50 ID:MuxlFsazo
投稿します。
278 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/06(火) 03:29:52.86 ID:MuxlFsazo


……。
…………。
………………。


 ─各自の反応─


 ハロウィン仮装イベント。
 それは選出された乙女達に、それなりの動揺と決意を与えた。

 
279 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/06(火) 03:30:18.80 ID:MuxlFsazo
 ◇


 〜篠ノ之 箒の場合〜


 自室内をうろうろと右往左往する箒。
 同室である“鷹月 静寐”も最初は何事かと思っていたが、ぶつぶつと仮装がどうたらと呟いて居たので直ぐに原因はわかった。

箒「ま、まさか本当に選ばれることになるとは……」

 両手で顔を覆ったり、急にうずくまったりと忙しないことこの上無い。
 静寐もそんな箒には慣れっ子になっていた。

箒「よっ良し!」

 ──1位になって、一夏とデートする事になったら────告白しよう。

 何度目の決意表明かはわからないが、箒は1人拳を強く握り締めた。

箒「そうと決めたら、素振りだな! うむ、それが良い」

 パシッ、と立てかけてあった真剣を手に取り部屋を後にする箒。
 向かう先は剣道場。

箒「集中力を高めるには、居合いが一番だ」

 仮装大会と集中力になんの関係性があるかは定かではない。
 が、箒の目は真剣そのものだった。 
 
280 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/06(火) 03:30:45.90 ID:MuxlFsazo
 ◇


 〜セシリア・オルコットの場合〜


セシリア「〜〜♪」

 熱いシャワーを全身に受け止め、その日一日の汗を流す。
 本来ならば薔薇を浮かべたバスタブに浸かりたかったが、ここは自国の自室ではなく学園の自室である。

セシリア「ふふふ……7位と言うのが少々気に入りませんが──」

 ──魅力で、他の女子達に負ける気はいたしません。
 
 自信たっぷりの表情でシャワーに打たれるセシリアだった。

 その体は引き締まり、出るところは出て、引っ込むべき箇所は引っ込んでいる。
 日ごろ重ねてきた地道なダイエットの甲斐もあり、自分でもパーフェクトと言いたくなるようなボディラインを維持していた。

セシリア「この体を持ってして、1位に君臨してさしあげますわ……!」

 ザーザー、と熱いシャワーを浴びながら蒼穹の瞳は1位の台座を確かに狙い据えていた。

セシリア「ばん……♪」

 指で拳銃を作り、一夏の部屋がある方向へ向けてそれを放つ。
 ウィンクを伴ったその表情は自信に満ち溢れていた。
 
281 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/06(火) 03:31:19.88 ID:MuxlFsazo
 ◇

 
 〜凰 鈴音の場合〜


鈴音「よぉーっし! よしよし! 順位はまぁどうでも良いとして、まずはオッケーね」

 1人大声ではしゃぐ鈴音。
 クラスで上位10名に選ばれたことを確認したときにはクールぶり、一切感情に表さなかったがここは自室である。

 同室には“ティナ・ハミルトン”がポッキーをくわえながら漫画を読んでいるが、鈴音の視界には入らなかった。
 ティナもティナで、鈴音のテンションがおかしいのは何時ものことと気にしていない。

鈴音「要注意人物は……やっぱり千冬さんね」

 重鎮のように1位に君臨した、女教師。
 一夏の実姉であり、目の上のたんこぶと言える存在だった。

鈴音「千冬さんさえ倒せば、もう障壁は無いも同然なのよね……」

 ぶつぶつと打倒、最強の敵をシミュレートする。
 仮装自体は配布されるので手のうち用が無い。

鈴音「条件は同じ……とすれば──」

 若さで勝負。

 ここの所、大好きだった夜更かしを止めスキンケアをしっかりとしてきた鈴音である。
 肌には自信があった。

鈴音「一夏とデートするのは、私なんだからね……!」
 
282 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/06(火) 03:31:46.58 ID:MuxlFsazo



 〜シャルロット・デュノアとラウラ・ボーデヴィッヒの場合〜


シャル「はい、ラウラ」

 人肌に暖めたホットココアをラウラに手渡す。
 就寝前には何時もコレを飲んでいた。

ラウラ「ん。何時もすまない」

シャル「どういたしまして」

 ちょこん、とベッドの上に座りちろちろとホットココアを飲むラウラ。
 シャルロットはその後ろに腰を下ろし、ラウラのプラチナに輝く髪を梳かしていた。

 2人の格好はお揃いのパジャマ。
 猫の形を模したものだった。

 暖かいホットココアを飲みながら、シャルロットに毛繕いを受けるのがラウラの日課であり。
 また楽しみであり幸せでもあった。
 
283 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/06(火) 03:32:17.08 ID:MuxlFsazo

シャル「皆して、仮装出来るみたいで良かったね」

ラウラ「あぁ。コレでまたあれだ……思い出のアルバムに一ページだな」

シャル「ははっ、面白い例え方だね」

ラウラ「日本ではそう言うとクラリッサが言っていたのだが……ふぁぁ」

 ココアと、毛繕いの心地よさで眠気が誘発される。
 ラウラは途端にこっくりこっくりと頷き始めた。

シャル「よし、歯を磨いてから寝ようね」

ラウラ「あぁ……」

 歯を磨いた後は猫耳のフードを深く被り、もそもそと布団へと入っていくラウラ。
 その様子を見届け、電気を消した後シャルロットも自分のベッドへと潜り込んだ。

シャル「(一夏、僕もがんばるからね……)」

 腕にはめられたブレスレッドにそう呟き、軽く口付けをしたあと眠りに落ちる。
 夢の中では、仮装大会で1位に輝いたシャルロットが一夏と腕を組んでデートをしていた。
 
284 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/06(火) 03:32:43.56 ID:MuxlFsazo
 ◇


 〜更織 簪の場合〜


 普段より一段と布団の隆起が激しくなっている。
 原因は簪が布団を被りながら、ベッド上で正座をしていたからだった。

簪「どっ……どどどうして……私が、10位以内に……」

 発表を見たときは我が眼を疑った。
 気が動転して失神しそうにもなった。

簪「まさか、お姉ちゃんが……」

 姉であり、生徒会長である楯無が手配りをしたのかとさえ思った。
 しかし、姉がそんな人で無いことは妹として知っている。。

 この結果は“更織 簪”個人に与えられた栄誉ある結果だった。

簪「もっ……もし、1位になったら……」

 ボスン、ボスンと布団が跳ね回る。
 ぐねぐねと体をくねらせながら、身悶える簪。

 何時にも無く、テンションが高かった。

簪「がっ……頑張って、みようかな……」

 小さく。
 けれども、力強く簪は思いを胸にした。
 
285 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/06(火) 03:33:10.45 ID:MuxlFsazo
 ◇


 〜更織 楯無の場合〜


 生徒会室。
 部屋には会長である楯無と、会計の虚が2人してお茶を楽しんでいた。

虚「そう言えば、上位入賞おめでとうございます」

楯無「ありがと。っま、当然と言えば当然なんだけどね」

 その言い方に嫌味は無く、心から当然と思っているような口ぶりであった。
 IS学園会長である以上は最低限の人気もあるということである。

楯無「1位の千冬センセは別問題として……まぁ男の子2人がセンセに入れたの嫉妬しちゃうけど」

 悪戯に笑みを浮かべ、軽口を叩く。
 もしかしたら一夏……或いは岡部が自分に入れるのではと期待していた節があったのも事実ではあった。

楯無「会長が男の子2人に負けちゃうかー」

 鉛筆をくわえながら、順位票に眼を落す。
 男子2人の得票率は凄まじく、桁が違った。
 
286 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/06(火) 03:33:59.41 ID:MuxlFsazo

虚「当然と言えば当然でしょう。みな、歳相応の女子ですからね」

楯無「あーあ、色んな意味で妬けちゃうわね」

 ペラりと、書類を捲り違うページへと視線を移す。
 そこには-全学年個人別トーナメント-と記載されていた。

虚「アリーナを貸切、大々的に催されるそうですね」

楯無「うん。生徒会の面子……だと私と一夏くん、倫ちゃんが参加するから虚ちゃん達には結構しわ寄せが行くと思うの」

虚「構いませんよ、慣れてますから」

楯無「あはっ♪ 頼もしー」

 口調は笑っているが、楯無の眼に笑みは一切無かった。
 虚もそれを熟知している。

 年1回行われる全学年個人別トーナメント。
 昨年の覇者は現生徒会長である“更織 楯無”であった。

楯無「今年は荒れそうね……」

虚「えぇ。歴史上初のイレギュラーが2人。それにIS学園創設以来の専用機数です」

楯無「無事に終われると良いんだけど」

 参加者名簿に眼を落す楯無。
 そこには“織斑 一夏”“岡部 倫太郎”の名前が記載されている。

 その名前を見つめる楯無の目線は、真剣そのものだった。
 
287 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/06(火) 03:34:38.00 ID:MuxlFsazo


……。
…………。
………………。

 
288 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/06(火) 03:35:04.29 ID:MuxlFsazo

 ─家庭科室─


まゆり「ちくちくちく♪ ちくちくちくちく♪」

 まゆりがIS学園へと、衣装作りに来てから数日が経過していた。
 シャルロットや紅莉栖の手伝いもあってか順調に仕事は進んでいる。

シャル「まゆりちゃんは早いし、正確だし本当に上手だよね」

紅莉栖「えぇ。伊達にコスプレ衣装を作ってないわね」

まゆり「えへへ。これはね、もう慣れなのです」

 お喋りをしながらでも、まゆりの製作速度は落ちない。
 場所によってはミシンで。時には手縫いで。

 次々と衣装を完成させていく。
 
289 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/06(火) 03:35:31.44 ID:MuxlFsazo

まゆり「はぁ……でも、もう直ぐ終わっちゃうんだよね」

紅莉栖「ん?」

シャル「もう明日だからね、31日」

まゆり「うん……」

 不意に、針を進める手が止まった。
 まゆりの視線は下に落ち込んでいる。

紅莉栖「あーえっと、ほら。明日は丁度土曜日だし、会長がまゆりも是非来てねって言ってたから」

まゆり「うん。楽しみだねぇ」

 明日が過ぎればまた、何時も通りの日常に戻ってしまう。
 岡部の帰ってこないラボへと戻らねばならない。

 岡部がラボへ帰ってくるその日まで、まゆりはラボに居続ける。
 例え1人きりになろうともラボを守り続ける決心を固めていたが、ここ数日の出来事が楽しすぎて少しばかり悲しい気分になってしまった。
 
290 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/06(火) 03:35:59.38 ID:MuxlFsazo

まゆり「よっし! 後ちょっと。頑張るのです!」

 顔をあげて奮起する。
 再び針と糸は、布を服へと変形させていく。

シャル「よし。僕も頑張ろう!」

紅莉栖「そうね。後ちょっと、頑張りましょう」

 明日は10月31日、ハロウィン当日。
 女子3人の最後の作業は夜22時過ぎまで続いた。

紅莉栖「しかし……これ、本当に着るのかしらね」

 ぷぷぷ、と含み笑いを漏らす紅莉栖。

まゆり「えー、絶対似合うよー」

シャル「あはは……僕は参加者なのに知っちゃって良いのかな」

 衣装を製作している3人は勿論、誰がどの衣装を着るか知っている。
 中には衣装? と疑問を抱いてしまうものから、何これと首を傾げてしまう物まで。

 紅莉栖の手が縫い進める赤い布が、己の存在感を強く主張していた。
 
291 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/06(火) 03:36:28.55 ID:MuxlFsazo


……。
…………。
………………。

 
292 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/06(火) 03:36:55.53 ID:MuxlFsazo


 ─第1アリーナ─


岡部『ぐぬぅぅ……っ!!』

 パラダイム・シフトにより増幅されたハイパーセンサーによって、捉えられる敵影。
 岡部の目の前には専用機“ミステリアス・レイディ”が水のマントを羽織っていた。

楯無『ほらほら、どうするの?』

岡部『くそっ……攻撃がすべてあの水に弾かれてしまう』

 開放されたエネルギーにより、出力が大幅に上がった“ピット・粒子砲”が楯無に向けられる。
 独特な射出音を響かせながら掃射される弾丸。

 強力なエネルギー弾と実弾を交互に繰り出すそれは、あっけなく水のヴェールによって対象への衝突を阻まれる。

楯無『速射性は変わらず、威力の向上に成功したのね。うんうん♪』

 まるで、教師が生徒を採点するかのように微笑みながら分析をする楯無。
 戦闘が始まってからこっち、未だに傷一つ付ける事が出来ていない。
 
293 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/06(火) 03:37:21.86 ID:MuxlFsazo

 アリーナの地面には“白式”を展開したままの一夏が突き刺さっていた。

岡部『ワンサマーの復帰は期待できそうに無いな……』

 2対1のIS戦闘訓練。
 今日は今までサボって来た分を取り返す! と楯無が名乗りをあげた。

 取り返すためには、ちまちまとした訓練では補えない。
 本気の実戦が必要であると主張した楯無は、2対1での戦闘訓練に着手した。

 既に一夏は“零落白夜”での攻撃に、カウンターをあわせられ撃墜されている。

一夏『痛ててて……くっそ、もうエネルギーが……』

 上空を見上げると、じりじりと間合いを詰められる“石鍵”の姿が視界に入る。
 残りエネルギーは後、僅か。

 上空へ飛び上がり、参戦しようにも足手まといになるだけだった。
 
294 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/06(火) 03:37:48.33 ID:MuxlFsazo

一夏『だったら……』

 目を瞑り意識を集中させる一夏。
 “雪羅”の形状を、カノンモードに切り替え荷電粒子砲をスタンバイさせる。

一夏『まだだ……チャンスは一度。それまで、楯無さんに気付かれちゃダメだ……』

 息を潜める一夏。
 アリーナ上空では岡部が“サイリウム・セーバー”を展開していた。

岡部『射撃ではダメだ。あの水のヴェールに全て阻まれる』

 だとしたら、残る選択肢は近接戦闘しか残されていない。

楯無『ふうん。おねーさん相手にショートレンジを挑もうって訳ね』

 左右一対で浮いている“アクア・クリスタル”から展開されていた、水のヴェールが形状を変える。
 右手には蛇腹剣“ラスティー・ネイル”が握られていた。

岡部『眼帯娘よ……貴様に叩き込まれた技、今こそ使わせて貰おう……』

 岡部の瞳が強く光る。
 スラスターを吹かし、一気に“ミステリアス・レイディ”の懐へと飛び込んで行った。
 
295 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/06(火) 03:38:16.11 ID:MuxlFsazo


……。
…………。
………………。

 
296 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/06(火) 03:38:42.62 ID:MuxlFsazo

ラウラ「今日はナイフでの格闘戦をレクチャーする」

岡部「ナイフか……」

 手渡されたのはゴム製のナイフ。
 その刃をぐにぐにと触りながら、感触を確かめる。

ラウラ「ゴム質だが、刺されば怪我は免れない。真剣にな」

岡部「あぁ」

 アリーナは現在、2学年がクラス内対抗戦を行う為にそれ以外の生徒は使用出来ない状態になっている。
 そこでラウラはISでの実戦時にも役に立つよう、ナイフを使った生身での実戦訓練に手を伸ばした。

 ──ヒュッ! ッシュ!

 岡部が振り回すたびに、空を裂く音だけが虚しく響く。
 大振りの一撃を避け、ラウラが岡部の頬にナイフを当てる。ゴム質の冷やりとした感触が皮膚をなぞる。
 
297 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/06(火) 03:39:45.42 ID:MuxlFsazo

ラウラ「大振りはNGだ」

岡部「っぐ!」

 ──シュ。 シュシュ。

ラウラ「浅くとも、何度も切っていれば良い」

岡部「あっつ!!」

 足の脛や、腹部をナイフで次々になぞられていく。
 摩擦で攻撃箇所に熱を感じた。

ラウラ「上背は関係無い。地面を這うように──」

岡部「ぬおっ!?」

 下から突き上げて迫るナイフに驚いた岡部は、思わず跳躍しそれを避けようとしてしまった。
 それを見抜いていたラウラは着地地点を先読みし、止めを刺す。
 
298 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/06(火) 03:40:55.57 ID:MuxlFsazo

岡部「ぐぇ……」

ラウラ「飛んだら終りだ。負けましたの合図だな」

岡部「ぐぬぬ……」

 腹部に軽くだがナイフを付きたてられ、呻く岡部。
 日ごろのトレーニングのお陰で腹筋も付いてきたが、痛いものはやはり痛かった。

ラウラ「次は、急所への攻撃を教える。全ての動作を流れるようにこなすまで今日は終わらないからな」

岡部「むう……」

ラウラ「左頚動脈から始める連撃だ。良いか──」
 
299 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/06(火) 03:41:23.74 ID:MuxlFsazo


……。
…………。
………………。
 
 
300 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/06(火) 03:41:50.08 ID:MuxlFsazo


 パワーアシストを全開にまで上げ、岡部の攻撃が始まった。
 楯無はあえて攻撃を受ける構えを見せている。 

岡部『左頚動脈!-ワン-』

楯無『む……』

 ──カキュィン!

 “サイリウム・セーバー”と“ラスティー・ネイル”が衝突する。
 刃を纏った赤いエネルギーにより“ラスティー・ネイル”を包む少量の水分がジュッと蒸発した。

岡部『右頚動脈!-トゥ-』

 本来ならばナイフを2本持ち、攻撃を仕掛けるのが正しいとあの時ラウラは言っていた。
 しかし、ISのパワーアシストをフルに活用すれば片手剣で充分補えるとも。

 岡部はラウラの教えを忠実に再現してみせた。
 
301 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/06(火) 03:42:16.05 ID:MuxlFsazo

岡部『胸部!-スリー-』

 ──チュィィン! キィン!

岡部『急所!-フォー-』

一夏『すげぇ……凶真、何時の間にあんな戦い方を……』

 上空を見上げる一夏が呟く。
 岡部の成長は見るに著しく、この一ヶ月でかなりの操縦者になりつつあった。

 それも、全ては岡部の肉体的な動作を全て感知しラグ無く行う“石鍵”の性能の高さ故である。
 岡部の戦闘技術向上は、そのままIS戦の技術向上へと繋がっていた。

岡部『(さすが、ノーガードだ。ここまで全て防ぎきるとは)』

楯無『(この攻撃はラウラちゃんね。それにしても、こんな複雑な動きを簡単にこなすなんて……)』

 ──ギィィィン!

岡部『腹部!-ファイブ-』

楯無『(コレを防いで、ラストの突きが来る……)』

岡部『うおおおおおおおお!! 頭部!-シックス-』

 ──キュイイイイイイイイ!

 渾身の一撃。
 頭部を狙う、手加減なしの攻撃。

 今の岡部に出来る最大の攻撃はあっけなく弾かれてしまった。
 
302 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/06(火) 03:42:43.47 ID:MuxlFsazo

岡部『──なっ、全て凌がれた……だと』

楯無『まだまだ!』

 岡部が放った最後の突きを軽くあしらい、楯無が声を張った。

 
 ──次はおねーさんの番。
 

 岡部の鼓膜を振るわせた台詞は容赦なく実行に移される。

楯無『左腕-セブン- 右腕-エイト- 頭部-ナイン-』

 ──ザン! ザン! ガキィィ!!

 全ての攻撃が弾かれた岡部とは異なり、全ての攻撃が面白いようにヒットしてゆく。

岡部『がっ……』

楯無『胸部-ラスト-』

 ──ジャキッ。

 蛇腹剣が姿を変え、鞭の様にしなった。

 ──ヒュンヒュンッ!!

 その軌道は十字を描き“石鍵”の胸部を切り裂く。
 怒涛の連撃により、膨大なシールドエネルギーを保有する“石鍵”ですら1コンボで全てを削り取られる。
 
303 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/06(火) 03:43:13.36 ID:MuxlFsazo

 操縦不能になった“石鍵”はPICによりゆっくりと地上へと落下していった。

一夏『今だ!!』

楯無『おそーい』

 ──バシュゥゥゥゥウウウウ!!

 “ミステリアス・レイディ”へと照準を合わせていた荷電粒子砲をあっさりと回避する楯無。
 全てのエネルギーを放出した“白式”は白いガントレットに戻り、展開が強制解除された。

一夏「ふはー……避けられちまった」

楯無『はいはい、お疲れ様』

 全ての敵を蹴散らし、優雅に地上へ降り立つ霧纏の淑女。
 展開を解除し、岡部と一夏へと口を開く。
 
304 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/06(火) 03:43:41.90 ID:MuxlFsazo

楯無「お説教──ダメ出しは後にして、2人とも上がって良いわよ」

岡部「2人かかりで、1回も攻撃が当らんとは……」

一夏「あぁ……情けないやら悲しいやら」

楯無「あら。2人ともそんなことないわよ?」


 ──IS学園生徒会長は最強であれ。


楯無「故に、私はそう振舞う。最強のおねーさんを相手にしてるんだから、気にしちゃダメよ?」

一夏「はぁ……」

岡部「言葉が出んな」

 溜息を吐く2人の男子。
 反面、楯無はニコニコと笑顔を作っていた。
 
305 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/06(火) 03:44:09.01 ID:MuxlFsazo

楯無「(倫ちゃんの仕上がりが良い。これなら、万が一強襲があっても自分の身は守れそうね)」

 そんな事を裏で思いながら、第1アリーナを使ってのIS実戦訓練が終了した。

楯無「それはそうと、明日はハロウィン当日ねー。おねーさん楽しみだわ♪」

岡部「俺は憂鬱だがな」

一夏「俺はどっちかって言うと……楽しみ、かなぁ」

楯無「んー? んんんー? それって、楯無おねーさんの仮装が見れるから? それとも、本当のお姉ちゃんの仮装が見れるから?」

 ニヤニヤと何時もの笑いを浮かべながら一夏に近寄る楯無し。
 何時の間にやら開かれた扇子には-近親○○-と意味深に書かれている。
 
306 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/06(火) 03:44:36.38 ID:MuxlFsazo

一夏「ちょっ、違いますよ! 久々にISを使わないようなイベント行事だから、って思って」

岡部「そう言えば、この学園に入ってからISを使わない行事は始めてだな……」

楯無「倫ちゃんが転入してきたのは、文化祭が終わってからだったものね」

 文化祭を除けば、IS学園で開かれる催し物は当然だが殆どISに関係したものである。
 各生徒はIS戦闘やそれに伴なう競い合いを楽しんでいたりもするが、基本的には普通の高校生。

 このような、普通の高校で開催されるイベントは大好評で楽しみにされていた。
 明日はハロウィン、10月31日。

 生徒会主催の、息抜きとも言える行事がいよいよ開催される。
 
307 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/06(火) 03:45:12.18 ID:MuxlFsazo
おわーり。
ありがとうございました。
308 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(宮城県) [sage]:2012/11/06(火) 03:48:51.04 ID:XQ3N3xpOo
乙一
309 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/11/06(火) 10:23:48.50 ID:of4UPD7IO
おつおつ
310 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/11/06(火) 14:22:16.29 ID:bFlCGJxDO
ぐぬぬ!もう少しで俺の活躍の場面だというのに!
byオカリン
311 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/09(金) 04:04:14.92 ID:hetjxq0eo
投稿します。
312 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/09(金) 04:04:43.19 ID:hetjxq0eo
>>306  つづき。



……。
…………。
………………。

 
 
313 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/09(金) 04:05:09.51 ID:hetjxq0eo

 ─10月31日 ハロウィン─


 体育館の垂れ幕には大きく“IS学園 はろ☆いん 仮装大会”と銘打ってあった。

紅莉栖「凄い熱狂……」

 舞台袖から客席を見渡す紅莉栖。
 技術提供者として、生徒会側からその後のサポートも依頼されていた。

まゆり「紅莉栖ちゃーん! ちょっと手伝ってくれるー?」

 控え室がある方からまゆりの声が届く。
 着付け準備がかかる人が多く、舞台袖は準備と着替えで大忙しだった。

紅莉栖「おっと、すぐ行くー!」
 
314 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/09(金) 04:05:39.19 ID:hetjxq0eo
 ◇


 ─控え室─


千冬「コレが……私の衣装か? カチューシャ、いや耳か」

楯無「うーん、役職柄知ってはいたけどこれは……ISを部分展開すれば演出が……」

シャル「にっ、似合ってるかなぁ」

ラウラ「むう……なんだか引きずって動き難いな」

セシリア「何ですの……この小道具は……」

鈴音「なによ……これ」

箒「これは、髪を解かなければならないな」

簪「……包帯?」

 各自に渡された衣装を見つめ、各々の反応を見せる。
 何人かはヒクヒクと顔を引きつらせていた。

虚「お披露目は30分後ですが、すでに会場は生徒で溢れ返っています。
  迅速にお着替え下さい」

 タイムスケジュールを見ながら黙々と宣告する虚。
 司会進行には“黛 薫子”“布仏 本音”と書いてあった。
 
315 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/09(金) 04:06:06.17 ID:hetjxq0eo

まゆり「お着替はまゆしぃがお手伝いします!」

紅莉栖「えっと、私も着付けの手伝いを」

虚「この御ニ方には、今回の衣装製作を手伝って頂きました。着付け方がわからない場合は手伝って貰って下さい」

 そう告げると、虚は控え室を出て反対側に設置されている男子用の控え室へと足を伸ばした。
 女子用控え室のテンションは急降下で、特にセシリア・鈴音の落ち込みようは相当なものである。

セシリア「どう言うことですの、これ……」

鈴音「知らないわよ……私のだって、なにこれ……」

 己の美貌やプロポーションに自信があった2人。
 その衣装は、互いに殆ど肌が見えないようなものであった。

紅莉栖「あーっと、セシリアに鈴。2人はドーランを塗るから、衣装を着たら鏡の前に来てね」

セシリア「ドー……」

鈴音「ラン……?」

紅莉栖「後の皆さんは、各自化粧を自分でお願いします」

 仮装お披露目30分前。
 準備は着々と進められて行った。
 
316 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/09(金) 04:06:32.79 ID:hetjxq0eo
 ◇

薫子「ふむふむ……1番人気は投票で1位になった織斑先生か」

本音「むにゃむにゃ……ねーむーいー」

 実況席では、薫子と本音が2人して椅子に腰を下ろしている。
 本音は台に突っ伏して、むにゃむにゃとあくびをかいていた。

薫子「もう、まだ眠いの?」

本音「うんー……昨日、深夜……番組面白くて、ぐぅ……」

薫子「始まったら起こすからね!」

 そのまま眠りに付く本音。
 その横で薫子は再びオッズに目を落す。

 スペシャル限定デザート2週間分とあって、薫子自信も相当悩んでいた。

薫子「織斑姉弟……やはり、この2強よね。岡部君も捨てがたいけど……現職生徒会長ファンの数も結構居るし」

  本投票前までの、事前予想では1位千冬。2位楯無。3位一夏。4位岡部。
  となっていた。

薫子「あと、30分……」
 
317 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/09(金) 04:06:59.18 ID:hetjxq0eo
 ◇


 ─男子更衣室─


岡部「コレが衣装か……小物まで完備しているとは芸が細かい」

一夏「なんだコレ? 付け歯? ん?? 凶真のもあるぜ」

 渡された衣装に目を通す2人。

 耳が付いたカチューシャ状のソレを頭に装着する一夏。
 シャツを着込み、タイを締める岡部。

岡部「カツラまで被るのか……もはや別人だな」

一夏「俺はこうで良いのかな……」

 ──コンコン。

 2人が試行錯誤しながら着替えを続けていると、ノックが響いた。
 ワンテンポ遅れてドアが開く。
 
318 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/09(金) 04:07:25.80 ID:hetjxq0eo

虚「失礼します、大丈夫ですか?」

一夏「えぇ、俺も凶真も平気ですよ」

虚「もう着替えもほとんど出来ているようですね……あとは、舞台栄えするようお化粧が必要でしょうか」

岡部「男でも化粧が必要なのか……?」

虚「はい。舞台とはそう言うものです」

一夏「って言っても、俺達化粧なんてしたこと……無いよな?」

岡部「うむ」

虚「わかりました。では人を寄越しますのでもう少々待機していて下さい」

 そう言って虚は直ぐに控え室を出て行った。
 扉を閉めて寄りかかる。

虚「……」

 どきどき、と心臓が高鳴る。
 虚の目に飛び込んできた映像は、十代少女をときめかせるに充分なルックスを持った人間だった。

虚「ふう……椎名さんか、紅莉栖さん。どちらかに化粧をして貰いましょう」

 一呼吸置いて心を落ち着かせ、反対方向へと足を伸ばす。
 もう直ぐ開演。

 “IS学園 はろ☆いん 仮装大会”開催まで、残り30分を切っていた。
 
319 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/09(金) 04:07:53.63 ID:hetjxq0eo


……。
…………。
………………。

 
320 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/09(金) 04:08:20.16 ID:hetjxq0eo


 ─未来ガジェット研究所─


 カタカタとキーボードが打ち込まれる音が響く室内。
 もう直ぐ冬になると言うのに、半袖のシャツを着ている大男がソコには居た。

ダル「今頃オカリンはコスプレしてる真っ最中かー……」

 ギィ、と背もたれに体重を預け天井を仰ぎ見た。
 今頃開催されているであろう、IS学園でのハロウィンパーティーに思いを馳せる。

ダル「僕も行きたかったぜ、マジに……まゆ氏、後は頼んだ」

 ──コンコン。

ダル「んお? 開いてるおー、っつか誰だろ」

 控えめなドアノック。
 橋田の声が確認できたのか、そのドアノブがゆっくりと回った。
 
321 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/09(金) 04:08:46.96 ID:hetjxq0eo

るか「こ、こんにちわ」

ダル「お、るか氏。おっつー」

るか「お邪魔します」

 入室して来たのは、ラボメンNo.006.である“漆原 るか”だった。
 その手にはビニール袋をぶら下げている。

ダル「ソファー空いてるからドゾー」

るか「あっ、はい。ありがとうございます」

 んしょ、とソファーに腰を下ろするか。
 橋田の心は何故だかざわついていた。。

ダル「(るか氏と2人っきりって中々ないシチュ……これは……)」

 ゴクリ。
 喉が鳴る。
 
322 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/09(金) 04:09:14.15 ID:hetjxq0eo

るか「──あの」

ダル「っ! ななななななにか!?」

 不意に話しかけられ、声をあげる橋田。
 るかは首を傾げながら手に持っていたビニール袋を机に置いた。

るか「これ、家の神社でなった柿なんですけど良かったら……」

ダル「おー柿とはまた渋いチョイスー。ゴチになります」

るか「今日って、まゆりちゃんは居ないんですか?」

ダル「あれ? 聞いてない? 今日はIS学園でコスプレイベントがあるんよ」

るか「あっ! あれって、今日だったんですか? 勘違いしてた……」

ダル「にしても、オカリン羨ましいお……女の園でコスプレとか……マジ爆発しろし!」

 ぎりりと拳を握り締める橋田。
 悔しそうな表情を作っていたが、思い出したようにまた口をあけた。
 
323 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/09(金) 04:10:11.68 ID:hetjxq0eo

ダル「そーいや、るか氏聞いた? もしかしたら、12月に開催されるIS学園のイベントチケット。用意出来るかもって」

るか「あっ、はい。まゆりちゃんから聞きました。でも……あれって凄く高価なんですよね?」

ダル「うんうん。オクで席によるけど○万円から○○万円まで行く超絶レアチケット……オカリン見直したよ、あんたカッケェよ!」

 IS学園の方向を向き、キリッと表情を作る。
 価格や価値を知る橋田にとってはまさに神行為と呼べるほどだった。

るか「でもアレって、生徒1人につき1枚しか発行されないことでも有名ですよね……?」

ダル「後は国が販売するチケット分になるから仕方ないっちゃ仕方ない訳だが……あれ? オカリンどうやって工面すんだろ」

るか「ですよね……おか──凶真さんと紅莉栖さんで2枚。あと3枚足りない計算に……」

 1枚はまゆり。そして2枚目は橋田に配られるだろう。
 そうすれば自分や、フェイリス、萌郁は行けないことになる。
 
324 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/09(金) 04:10:38.01 ID:hetjxq0eo

ダル「オカリンのことだから、友達……は出来てないですよねー」

るか「そっ、そんなことは──……あぅ」

 庇護しようにも、口が閉じてしまう。
 るかにしてもやはり、岡部に高校1年生の友達が沢山出来る図は想像に難しかった。

ダル「んでもまぁ、用意出来るっつってんだから大丈夫なんじゃね? ぬか喜びさせるような事は言わないっしょ」

るか「そう──ですよね」

 橋田の一言でほっと胸を撫で下ろす。
 正直、このお誘いに対して一番喜んでいるのはるかだった。  

 あの岡部がISを駆り、飛び回る姿。
 装備を展開し攻撃を繰り出す姿を思い浮かべただけで、胸が高鳴る。
 
325 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/09(金) 04:11:04.33 ID:hetjxq0eo

ダル「そして、今頃コスプレしてる訳だが……」

るか「まゆりちゃん相当張り切ってましたよ、やっとコスプレしてくれるって」

ダル「鳳凰院凶真、ついに陥落……一体なんのコスをさせられるのやら。写真が今から楽しみだお」

るか「そうですね。僕も楽しみです」

ダル「頼む、まゆ氏。お願いだから、オカリンだけじゃなく女生徒を……何卒女生徒のローアングルもお願いしますお!」

 パンッ。
 と手を合わせ、今度はIS学園に向かい祈りを捧げる橋田。

 IS学園ではまもなく、仮装お披露目が始まろうとしていた。
 
326 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/09(金) 04:11:31.37 ID:hetjxq0eo


……。
…………。
………………。

 
327 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/09(金) 04:12:14.10 ID:hetjxq0eo


 ──コンコン。

 ドアが鳴り、ツーテンポ程遅れてからドアが開いた。
 化粧ボックスを持った“椎名 まゆり”がひょっこりと顔を覗かせている。

岡部「まゆりか。どうした?」

まゆり「トゥットゥルー! ねぇねぇ、オカリン。お着替えは終わった?」

岡部「ああ。見ての通り、俺もワンサマーも準備は整っている」

まゆり「りょうかーい。んじゃぁねぇ、お化粧をしましょう!」

 両手で担いだ化粧ボックスを掲げるまゆり。
 虚に2人の舞台化粧を頼まれていた。
 
328 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/09(金) 04:12:50.45 ID:hetjxq0eo

一夏「あーっと、虚さんが言ってたやつかな?」

まゆり「そうそう。男の子だから出来ないだろうからって、まゆしぃが来たわけですっ」

岡部「そうか、悪いな」

まゆり「なんのなんのー」

 うんしょ、と化粧ボックスを台座の上に置く。
 岡部の目の前に一脚椅子を引き寄せ、

まゆり「はいオカリン。ここに座って?」

 と岡部を椅子に座らせた。

岡部「うむ」

まゆり「一夏くんはオカリンの次で良いかな? 待ってる間に、お顔を洗顔して化粧水……これなんだけど、を〜塗っておいて欲しいのです」

 ボックスから化粧水を取り出し一夏に手渡す。
 一夏は了解と答えて洗顔を始めた。
 
329 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/09(金) 04:13:17.18 ID:hetjxq0eo

まゆり「ようし、オカリンのお化粧をはじめますっ」

岡部「頼んだぞ」

まゆり「まずわー」

 一夏に手渡したものと同じ化粧水を手に取り、数滴手に馴染ませる。
 そして、そのまま手を岡部の顔面へと押し付けた。

岡部「なっ」

まゆり「はーい、化粧水を馴染ませるからねー」

 ぐにぐにと顔面をいじくられる岡部。
 まゆりの手は暖かく、柔らかい。

 気持ちの良いような、こそばゆいような不思議な感覚を覚えた。
 
330 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/09(金) 04:13:50.62 ID:hetjxq0eo

まゆり「オカリン肌綺麗だねぇ」

岡部「そっ、そうなのか……?」

まゆり「うんっ。それにお髭も綺麗に剃ってあるみたいだし」

岡部「ああ……髭は、その……なにかとうるさい輩がいてな……」

 輩とは勿論、セシリアのことだった。
 だらしのない岡部の無精髭を見ては口やかましくしてくるので、ついには折れて今に至る。

まゆり「んと、次はファンデーションでぇ……」

 慣れた手つきで岡部の肌を整えていく。
 喋り口調や性格からか、のろまな印象を受けるがまゆりは決して作業の遅い人間ではなかった。

 むしろ運動能力などは岡部よりも上である。
 裁縫……こと、コスプレに関することではそれこそ器用なもので、その辺りの女子よりも優秀な裁縫、化粧技術を身につけていた。
 
331 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/09(金) 04:14:25.39 ID:hetjxq0eo

まゆり「ん〜、化粧のノリも良いねぇ」

岡部「……」

 ぽそぽそと独り言のように呟きながら作業を進めるまゆり。
 それに対し岡部は、幼馴染との久々になる近距離での接触に対し少しばかり緊張していた。 

まゆり「ファンデーションおわりっ」

岡部「うっ、うむ」

 下準備は整った。
 後は目元や細かいところの化粧だけである。

まゆり「ちょっとカツラを取るね?」

 そう言って長髪のカツラを取り外す。

岡部「ふう……やはり髪は短い方が落ち着くな」

まゆり「長い髪も似合ってたよ?」

 取り外した髪に霧吹きをかけ、櫛を通す。
 全て手馴れた手付きだった。
 
332 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/09(金) 04:14:54.74 ID:hetjxq0eo

岡部「似合う、似合わないの問題ではない。第一、髪の長い男など気持ち悪いだろうが」

まゆり「そーかなぁ」

岡部「そうだ」

 段々と調子を取り戻す岡部。
 人に化粧を施して貰うと言うのは、顔と顔が至近距離になると言うこと。

 幼馴染とは言え、免疫の少ない岡部にとっては緊張してしまうイベントだった。
 まゆりの顔を最後に至近距離で見つめたのは何時のことだったろうか。

 などと考えていると──。

まゆり「オカリン?」

岡部「のぁっ!?」

 自身の顔を覗くまゆり。
 ドアップで映りこんだその顔は充分な破壊力が潜んでいる。
 
333 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/09(金) 04:15:32.25 ID:hetjxq0eo

まゆり「どうしたの?」

岡部「か……かかかっ、考え事をしていただけだっ! だっ、断じて変なことを考えていた訳ではないぞ!」

 慌てふためく。
 まゆりに対してドギマギした自分が恥ずかしかった。

まゆり「?」

 良くわからない。と言った表情を作り首を傾げる。
 岡部は「気にするな」と言って無理矢理に作業──化粧の続行を促した。

まゆり「なんだか良くわからないけど──次はアイラインを引くね?」

岡部「うっ、うむ。頼んだぞ」

 上擦った声のまま返事を返す。
 心を落ち着ける時間が必要だった。
 
334 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/09(金) 04:15:59.17 ID:hetjxq0eo

 目を瞑り、心を落ち着かせようとする。
 が、

まゆり「オカリン。目を開けてね?」

岡部「ん?」

 目を開けろとオーダーを受ける。
 どうやらアイラインを施すには瞑っているよりも、開いている方が都合が良いらしい。

岡部「目を、開けるのか……?」

まゆり「うん。じゃないと上手に引けないよー」

岡部「そ、そうか……」

 ドキドキと心臓の高鳴りが強く聞こえる。
 落ち着こうとすればする程、緊張は高まる一方だった。

岡部「(おっ、落ち着け。相手はまゆりだぞ、なにを心を騒がせる必要がある……)」

まゆり「はーい。じゃあ引くから力を抜いてね」

岡部「……」

 心を殺し、無にする。
 目を開けたまま虚空を見つめまゆりの作業を受けるように勤めた。
 
335 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/09(金) 04:16:25.57 ID:hetjxq0eo

まゆり「〜〜♪」

 インライン。まつげの生え際にラインを乗せていく。
 その手は手馴れたもので、すいすいと岡部の目が強調されていった。

一夏「よっし。準備終わり!」

 自身の準備を終わらせ、まゆりの化粧風景を眺める一夏。
 一切迷いや躊躇いのない化粧捌きに感心していた。

一夏「上手いもんだなぁ」

 一夏の周囲には化粧っ気が強い女子が少ない。
 千冬は勿論、専用機持ちの面々も滅多に化粧を施したりはしない。

 高校生と言うのもあるが、身体が資本となるIS駆動に対して化粧がプラスに働くことはないからであった。
 身嗜みに気を使っているセシリアですらが薄化粧程度である。

 ここまで本格的な、舞台でも映える化粧を見たのは初めてで一夏は強く感心していた。
 
336 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/09(金) 04:16:55.52 ID:hetjxq0eo

岡部「(むう……)」

 一方の岡部。
 どれだけ心を殺そうにも、まゆりは眼前に居る。

 微かに香る、まゆりの匂いが岡部の鼻腔をくすぐり続けていた。
 決して香水では出せない、石鹸と女子の匂いである。

まゆり「ちょっといじるねー」

 岡部のまぶたを上に引き上げ、ギリギリのラインに墨を引く。
 力加減はなるべく弱く。

 だがしっかりと、色を乗せる。
 舞台にあがる場合は濃いめのメイクでなければ、顔の印象が薄くなってしまう。

岡部「目が乾くな、コレは……」

まゆり「あとちょっとだからね」

 しっかりと、両目にラインを入れる。
 これで殆どの作業は完了した。
 
337 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/09(金) 04:17:42.64 ID:hetjxq0eo

まゆり「おわりっ」

岡部「ふう……」

 とてつもなく長く感じたアイメイクが終了した。
 本番前だと言うのにドッと疲労が全身を襲ってくる。

まゆり「んと、オカリンも一夏くんも眉毛はしっかりしてるから大丈夫。目のクマも無いからコンシーラーもいらない……」

 ぶつぶつと作業工程を確認するまゆり。
 残すは髪の毛のセットのみであった。

岡部「カツラをまた被れば良いんだな?」

まゆり「あっ、まってオカリン。それもまゆしぃがセットするからっ」

 カツラを被ろうとする岡部を制止する。
 どうやら、まゆりなりのこだわりがあるようだった。
 
338 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/09(金) 04:18:09.05 ID:hetjxq0eo

まゆり「これねー、ちょっといじるだけですっごくカッコ良くなるんだよー」

岡部「……了解だ」

 無邪気にはしゃぐまゆりを見て頬を緩ませる。
 まゆりと顔を付き合わせるのも久々であれば、こうした顔を見るのも久々だった。

 何時の間にか緊張はほぐれ、和やかな気持ちが岡部の心を包む。

まゆり「じゃぁ、またそこに座って?」

岡部「あぁ」

まゆり「被せまーす」

岡部「……ッッ」 

 完全に油断していた。
 まゆりは化粧時と同じく前方に位置している。

 カツラを被せようと身体を寄せる時、その大きなふくらみが岡部の顔面を直撃した。
 
339 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/09(金) 04:18:41.49 ID:hetjxq0eo

まゆり「うんしょっと……」

岡部「……」

まゆり「うんうん。次は癖をつけて……」

 ヘアーアイロンで長髪に癖をつけていく。
 けれど、岡部の頭はそれどころではない。

 つい先ほどに味わった感触が脳髄に刻まれている。
 完全にショートしていた。

まゆり「うんっ。できましたっ!」

岡部「……」

まゆり「……オカリン?」

岡部「……はっ」

 我に帰る。
 何時の間にかヘアメイクは終了していた。
 
340 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/09(金) 04:19:22.26 ID:hetjxq0eo

まゆり「おわりー。鏡見てみてっ、カッコイイよ〜」

岡部「そっ、そうか……ご苦労だったな」

まゆり「次は一夏くんだね、こっちへどうぞー」

 よろよろと立ち上がる岡部。
 入れ替わるように一夏がその席へ腰を下ろした。

一夏「お疲れ、凶真。あっ、付け歯がそこにあるから簡易接着剤で付けてくれって」

岡部「……了解した」

 放心気味に鏡台へと移動する岡部。
 言われた付け歯は直ぐに見つかり、それを装着する。

まゆり「下地は出来てるから、目からいじるねー?」

一夏「お願いします」

 一夏の化粧が開始される。
 その横で鏡を見た岡部の態度が豹変していた。
 
341 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/09(金) 04:19:59.03 ID:hetjxq0eo

岡部「コレが……俺だと……」

 鏡に写った男。
 それは“岡部 倫太郎”と言う人物ではない。

 どこからどうてみも、化物の中の王者である彼の者と化している。

岡部「これが──“仮装”……プァァフェクト(完全)だ、まゆりよ!!」

 想像していたよりも、遥かに出来の良いコスプレに仕上がり完全に舞い上がる。
 鏡から振り返り痛々しい台詞を吐き出した。

まゆり「おー! オカリンかっこ良いよー!」

一夏「おおお……かっこ良いな、それ!」

岡部「フゥウハハハハハ!! 実に良い。最高に、最高にハイと言うやつだな!!」

 先ほどまで幼馴染の顔と胸部に緊張していた男はもういない。
 控え室に居る男は、仮装と化粧により自信に満ち溢れたコスプレイヤーが降臨していた。
 
342 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/09(金) 04:20:28.97 ID:hetjxq0eo


 ──コンコン。


 頃合を見計らったように、ノックの音が響いた。
 ワンテンポ取ってから扉が開く。

虚「準──備……」

 飛び込んでくる光景。
 虚の目には先ほどよりも、いっそう外見に磨きがかかった男子2人が飛び込んでくる。

虚「んんっ、失礼しました。準備は整いましたか?」

まゆり「はいっ。たった今、一夏くんの準備もおわったところですっ」

 ビシッと敬礼姿をとるまゆり。
 その顔は一仕事を終えた、良い仕事をしたと物語っている。

虚「了解しました。それではただ今より開催されるので、名前が呼ばれたらステージ上へ出てきて下さい。
  演出は全て、此方でしてありますので」

 用件だけ済ませると、虚は直ぐに扉を閉め実況席に居る薫子の元へと足を運んだ。
 先ほどの情景が脳裏にこびり付き、胸が高鳴る。
 
343 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/09(金) 04:20:55.70 ID:hetjxq0eo

虚「(お嬢様……あの2人に勝つのは少々難問かと思います……)」

 楯無の仮装。
 そしてそれに伴なう演出を理解した上で、1位を確信していた虚だったがそうはいかなくなった。

 岡部倫太郎の出来が異常である。
 それもそのはずで、岡部の着ている衣装は演劇部の既存の物やリメイクした物ではない。

 椎名まゆりが以前から岡部に着せようと作っていた、フルカスタム衣装。
 この数日間、学校で自室でIS学園で手心を加えたそれは完全にプロの仕事であり、そのクオリティは@ちゃんねらーも素直に認めるような出来栄えである。

 まゆりは確信していた。

まゆり「絶対に、オカリンが1位になるのです!」


 ──IS学園 はろ☆いん 仮装大会 開催──


 
344 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/09(金) 04:21:48.54 ID:hetjxq0eo
おわーり。
ありがとうございました。
345 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/11/09(金) 09:34:07.83 ID:NVviAq/IO
おつおつ
次はとうとうお披露目か〜
346 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/11/09(金) 12:31:29.52 ID:m3pB8JhDO
前は紅莉栖だったのに今回はまゆりか…前回のでも最高だったのにまゆりの手により完全体…いや、究極体へと進化を遂げやがった(ゴクリ)
347 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2012/11/09(金) 13:22:53.37 ID:Hb4WV7zf0
岡部にあのコスは本当に似合いそうだよな
348 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/11/09(金) 20:18:56.32 ID:5Z3GvaKvo
うわぁぁぁぁっっ
テンション上がってきたよぉぉ!!
早く、早くオカリンをまたみてぇぇぇ!!!!

乙!!
349 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/12(月) 04:07:05.15 ID:+wSm7jzDo
投稿します。
350 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/12(月) 04:08:29.58 ID:+wSm7jzDo
>>343  つづき。




……。
…………。
………………。

 
351 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/12(月) 04:09:31.75 ID:+wSm7jzDo


 ─女性控え室─


千冬「カラーコンタクト……?」

楯無「よいしょっと……あっ、歩きにくい……」

シャル「何か僕だけ普通過ぎて逆に恥しいかも……」

ラウラ「和服と言うのは良いものだな。尻尾が邪魔だが」

セシリア「なぜ、わたくし達だけ……」

鈴音「……お国の色が出てるのよ」

箒「ほう、杖を持つのか」

簪「まっ、前が……見え、ない……」

 最後の追い込み。
 各自メイクを終了し、小道具を装備する。

 衣装はまゆり等が用意したが、小道具類は全て演劇部が用意した。
 演劇部には特殊メイクに特化した者や、衣装道具に青春の全てをつぎ込もうとしている変わり者が居る。

 IS学園の生徒として、それはどうかと首を傾げたくはなるがそのお陰で随分と本格的な仮装を用意することが出来た。
 
352 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/12(月) 04:10:06.92 ID:+wSm7jzDo

虚「準備は整ってますね? 演出はすべてこちらで行います。
  皆さんは思い思いに……立っているだけでも結構ですし、アクション等を行っても構いません。本日はISの起動も許可されております」

 既に会場の明かりは落され、暗転している。
 黛 薫子が自慢のトークで会場を沸かせていた。



薫子「はーいはいはい! やって来ましたハロウィィィィン! 仮装イベントの時間です!!」

本音「ぐぅ」

薫子「もう……起きないんだから……実況は私、新聞部副部長の“黛 薫子”がお届けします!」

 わーわー、と黄色い声援が上がる。
 千冬や一夏。楯無の名前が大声で叫ばれる。

 やはり生徒達のメインはこの3人に絞られるようだった。
 
353 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/12(月) 04:12:17.33 ID:+wSm7jzDo

薫子「それではルールをご説明いたします!」

 舞台の後ろには超大型の空中投影ディスプレイを設置。
 仮装者の姿を大画面に映しだす。

 そして生徒個人のデバイスからも、仮装者の顔が見れるように映像をリンク。
 大画面で見るのも、自分のデバイスから間近に見るのもご自由。

 最大10ポイントの点数を毎回審査。
 結果は最後に上位3名のみを発表。

薫子「さぁ、良いですね? 良いですね? まずは、投票ランキングを見てみたいと思います!」

 投票ランキング上位5名が超大型投影ディスプレイに映し出された。
 
354 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/12(月) 04:12:45.86 ID:+wSm7jzDo

 1位 織斑 千冬

 2位 織斑 一夏

 3位 更織 楯無

 4位 凰 鈴音

 5位 セシリア・オルコット

薫子「おおう、皆さん本気で予測してますね!? そう言う私も千冬先生に清き1票を投じた身でありますが」

 他薦投票1位に輝いた千冬が、本投票も1位を取った。
 女子達の思惑はこうである。
 
355 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/12(月) 04:13:17.55 ID:+wSm7jzDo

女生徒「本当は一夏君に入れたかったんだけどー、デザート欲しいしー、他薦1位の織斑先生でしょー」
女生徒「だよねぇ……っつーか、皆そうしてるんじゃない?」
女生徒「普通に考えても千冬様一択だけどねっ!!」


女生徒「私は一夏君に入れたけどね!」
女生徒「私も私も!」
女性徒「はぁ、デートしたかったなぁ……」


女生徒「後はまぁ、生徒会長だよね。純粋に人気あるし」
女生徒「負ける姿が想像付かないよね」
女生徒「楯無生徒会長が負けるはずないよ!」
 
 
356 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/12(月) 04:14:11.53 ID:+wSm7jzDo

女生徒「鳳さんは雑誌で凄く可愛かったもんねー」
女生徒「セシリアさんも! 代表候補ってもうアイドルだもんね」
女生徒「同じ歳とは思えないわー」
女生徒「くっそ、くっそ!」

女生徒「岡部君はちょっとオッサン臭いって言うか……」
女生徒「うん、顔は整ってる気がするけど髭とか髪型とかね……」
女生徒「清潔感がちょっと足りない気がするよね」
女生徒「でもでも、仮装は見たいから他薦表は入れたけどね!」

 デザートを勝ち取る為に集中した千冬票。
 そして純粋な人気から集まった一夏票。

 現職生徒会長としての票収集力を見せた楯無。
 代表候補生として、雑誌に多数出演していた鈴音とセシリアが首位を獲得した。

 皆、岡部の事を気にはしていたが織斑姉弟の牙城を崩せるとは思えず投票を控えた結果だった。
 
357 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/12(月) 04:14:42.04 ID:+wSm7jzDo

薫子「さぁ、皆様。待ち焦がれたショウタイムのお時間がやってまいりました」

本音「ぐう」

薫子「ご静粛に──」

 薫子の台詞と共に、会場の明かりと言う明かりが全て消える。
 ッパ。と明かりが付いた時、ソレが壇上に佇んでいた。

 静まり返る館内。
 全ての人間が言葉を失った。

簪「……もご」

 ──包帯を全身に巻いた……女?

 会場内に居る誰しもが思った台詞である。
 大型の投影ビジョンは、何時の間にかピラミッドを映し出していた。

 気分はエジプトである。
 
358 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/12(月) 04:15:10.52 ID:+wSm7jzDo

楯無「……あちゃぁ」

 控え室からモニターを見て、楯無が頭を抱える。
 どこから、誰が見ても失敗だった。
 
薫子「えーっと、これは……ミイラおと、女。マミーですね。はい……」

 ご丁寧に、幾重にも包帯を全身くまなく巻きつけてある。
 全ての包帯は保健室の使用済みを頂いているこだわりもあった。

 新品の包帯や、洗濯してある包帯では“それっぽさ”が醸し出せない。
 以下は衣装担当の演劇部員のコメントである。

劇部員「はい。苦労したのは包帯の入手ですね。新品じゃっぽくないっしょ、ってことで」
劇部員「包帯チックなお手ごろなコスプレシャツや、ズボンもあったんですけど、そこはこだわりました」

劇部員「ちょっと臭かったけどね(笑)」
劇部員「簪さんにはちょっと可哀想ですけど……顔を露出しない以上、こだわりって必要だったと思うんです」
劇部員「あっ、でもちゃんと除菌だけはしてるから大丈夫ですよ!」

 以上。
 担当演劇部員コメント。
 
359 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/12(月) 04:15:46.64 ID:+wSm7jzDo

簪「……ふが」

 包帯で霞む視界の中、うろうろと壇上を歩き回る。
 簪の出来る、唯一のパフォーマンス行為だった。

薫子「えーーーっと、はい。更織 簪さんで、マミーでした!」

 ぱらぱらと、申し訳程度に流れる拍手。
 会場も、それを見守る控え室の空気も重かった。

 顔の見れない仮装だったが、評価出来る点もあった。
 包帯を体にピッチリ巻くことにより、ボディーラインがくっきりと見えることだ。

 簪の胸はお世辞にも大きいとは言えないが、その控えめな膨らみが薄い布一枚を隔てて強調されている。
 ──が、惜しくらむはこの学校の99%以上が女性であり、審査員である客席の女性率が100%だったこと。

 そう言った、フェティシズムを含んだ効果は一切得られない。
 こうして仮装大会一発目。

 更織 簪の仮装は終了した。
 
360 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/12(月) 04:16:17.80 ID:+wSm7jzDo

簪「(うぅー……恥し、かった……)」

 当人は会場をおかしくした空気よりも人前に出た恥が勝っていたため、その事実に幸いにも気付けずにいた。
 ざわざわと、どよめく会場。

 ──えっ、こんな感じなの?

 と言う、不安に満ちた感情が館内に立ち込める。

薫子「えーでは次の仮装に移りたいと思います」

本音「ぐう……」

 再び落される、全ての明かり。
 しばらくして、超大型の投影ディスプレイが映像を映し出す。

 赤い満月だった。

 満月の手前にぽつんと浮かぶ、人型の影。
 徐々に、館内の明かりが灯り始め顔を照らし出す。

 黒衣のマントを羽織り、黒のトンガリ帽を被ったソレはどこからどう見ても魔女の様子を呈している。 
 
361 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/12(月) 04:16:49.98 ID:+wSm7jzDo

箒「……」

 箒の顔は緊張のため、強張っていた。
 演劇部員の台詞を思い出す。

劇部員「この杖。ちょっとしたトリックスティックでね、思い切り振ると“ホウキ”に変身するから是非そのギミックを使ってね」

箒「(この杖を……振る!)」

 ぴょむん!

 へんてこな音が鳴り、少量の煙が発生する。
 杖が竹箒へと変身した。

箒「(おお……)」

 ──おお。

 観客席からも声が漏れる。
 気分は軽くマジックショーだった。
 
362 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/12(月) 04:17:16.45 ID:+wSm7jzDo

薫子「二番手は魔女に扮した、篠ノ之 箒さんです。何時もは束ねている黒髪が解かれ妖艶な空気を作っていますね」

 杖から変身した竹箒に跨る箒。
 ISのPICのみを起動させる。

箒「(……むっ!)」

 重力から逆らい、浮かび上がる体。
 箒はそのまま竹箒に跨り飛翔を始めた。

 ぼっと湧き上がる館内。
 先ほどとは変わり、楽しそうな声が聞こえ始める。

女生徒「えっ、ちょっ! あれ何!?」
女生徒「ワイヤーアクション?」

女生徒「ばっか、ISの機能でしょ? PIC起動させてるんだよきっと。専用機持ってるから出来るんでしょ」
女生徒「あぁそっかー。でも、PICだけ起動させるのって“凄く難しい”んじゃないの?」
女生徒「部分展開よりも高度だよ! 凄い凄い!」

薫子「これは、高度なPICのみを起動させる方法を使った演出ですね! いやぁ凝ってる」

 会場が箒の技術に息を呑む中、異変が起きた。
 
363 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/12(月) 04:17:42.94 ID:+wSm7jzDo

箒「(むっ! むっ!?)」

 突然、竹箒がふわふわとぶれ始めたのだ。
 急上昇、急降下を繰り返し館内を猛スピードで駆け始める。

薫子「……えっ」

 実況者であることも忘れ、素の声をあげる薫子。
 箒は速度を上げ続けやがて──。

 ──ガシャアアアンッ!!

箒「うわあああああぁぁぁぁああぁぁぁああぁぁぁあ!!」

 体育館の窓をぶち破り学外へと躍り出て行った。
 ぱらぱらと落ちるガラスの破片だけが、音を出している。

 静まり返る会場内。
 なんの演出も無く終わった仮装の次は、仮装者が退場してしまった。

 箒自身、初めて使ったPICのみを起動させる術は大変高度で御し得るものではなかった。
 それこそ、代表生並の技術が必要になる。

 そんな大それた芸当を身に着けていない箒が行えば、暴走するのも止む無い話。
 竹箒は学園から飛び出て、彼方の方向へとすっ飛んでいく。
 
364 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/12(月) 04:18:24.69 ID:+wSm7jzDo

薫子「……篠ノ之 箒さんでした。生徒の皆さんは各自、評価の方をお願いします」

 静まり返る館内の中で、薫子の呼びかけだけがハッキリと生徒全員の耳に届く。
 
 更織 簪。篠ノ之 箒。
 両名の行った仮装はこれまでのところ、お世辞にも成功したとは言えない出来になっていた。
 
365 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/12(月) 04:19:36.63 ID:+wSm7jzDo


……。
…………。
………………。

 
366 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/12(月) 04:20:04.25 ID:+wSm7jzDo


 箒の退場により、ざわざわと賑やかになる会場。
 教師達が慌ててガラスの欠片を片付け、10分程して行事が進行された。

薫子「えー、アクシデントが御座いましたがもう大丈夫なようです」

 薫子のアナウンスが入る。
 体育館内の生徒達はダレ気味であった。

薫子「では気を取り直して……」

本音「ぐう……」

 照明が落される。
 おどろおどろしい音楽が流れ始め、スモークが炊かれ始めた。
 
367 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/12(月) 04:20:31.05 ID:+wSm7jzDo

女生徒「なんか、寒くない……?」
女生徒「空調の設定間違えてるんじゃないの?」

 何人かの女生徒が、会場の温度が下がっていると声を上げ始める。
 そんな女生徒達を無視するように、ゆっくりと照明が光量を上げていった。

女生徒「……ひっ」

 悲鳴が上がる。
 巨大ディスプレイには、人の顔が映っていた。

 デバイスからも覗く人の顔。
 顔色は悪く、恨めしそうな表情を作るその人物は“凰 鈴音”だった。

 額の中央部にはお札のような物が貼られている。
 
368 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/12(月) 04:21:15.17 ID:+wSm7jzDo

薫子「おっ、驚きました……これは、キョンシーですね?」

 両腕を前に突き出し、前を見つめる鈴音。
 ドーランを塗りたくられ、死体のような質感を演出された顔は恐ろしく気味の悪い出来に仕上がっている。

薫子「おおお……ファンシー路線ではなくリアル路線で来ましたね!」

 鈴音は一言も発しない。
 ぴょんぴょん、と跳ねる回るばかりだった。

女生徒「あ……ちょっと可愛いかも」
女生徒「ね、動きが可愛い」

女性徒「でも、顔やばいよ……」
女生徒「怖すぎる……」

 服装も、誰もが想像に容易い清朝期の服装をしていた。
 誰がどう見ても、立派なキョンシーに化けている。
 
369 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/12(月) 04:23:44.36 ID:+wSm7jzDo

鈴音「(我慢……我慢……1位を取らなきゃいけないんだから……!)」

 内に秘める闘志を隠し、表情と感情を殺して壇上をうろうろと跳ね回る。

薫子「それにしても、不気味ですね……!」

 巨大投影ディスプレイは相変わらず、鈴音の顔色悪い表情を映し出している。

鈴音「(これは仮装大会なんだから、箒みたいにアクションは要らないのよ)」

 その場でピョンピョンと跳ね回り、仮装を披露する鈴音。
 まさしく趣旨通りの模範的な行動だった。

薫子「いや、素晴らしい。凰 鈴音さんで──」

 バツン!!

 薫子がその場を締め様とした矢先、ディスプレイを含む全ての照明が落された。
 またトラブルか? と会場が沸きかけたその時、ディスプレイが映像を映し出す。
 
370 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/12(月) 04:24:10.77 ID:+wSm7jzDo

女生徒「…………ひぁっ!」

 映し出されたのはまた、顔だった。
 血色の無い、醜い顔。

 しかし、ソレは凰 鈴音の顔では無い。
 その顔の正体は──。

 ──“セシリア・オルコット”だった。

薫子「これ──は……セシリア・オルコット! セシリア・オルコットさんです!」

セシリア「……」

 ボロボロに着崩れた衣服。
 ツギハギだらけの服は、常の彼女を思えば絶対にチョイスされないような類のものである。

 顔面はドーランにより、蒼白色になっている。
 さらにはまるで縫われていたように、顔中抜糸跡だらけだった。

 頭部を貫通するように、突き出ている巨大なボルト──ネジが一掃気味悪さを演出している。
 
371 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/12(月) 04:24:40.93 ID:+wSm7jzDo

薫子「ふ、フランケンシュタインですね! 英国が生み出したとされる怪物、フランケンシュタインです!」

 発祥が中国であるキョンシーと、フランケンシュタインが同時に壇上へ。
 必然にらみ合う鈴音とセシリア。

鈴音「(ちょっと! どう言うつもりよ、乱入してくるだなんて!)」

セシリア「(演出ですわ、え・ん・しゅ・つ)」

 セシリアの言う演出は成功したようで、客席からは調子の良い声が幾つか上がった。

女生徒「うわー、セシリアまじ気合入ってるね」
女生徒「凄い凄い! 鈴音さんより顔ヤバイよ!」

女性徒「顔アップにすると、どんだけ作りこんでるかわかるね」
女生徒「気持ち悪い!」

 耳に入る客席の反応で、ぴくぴくとセシリアの頬が突っ張る。
 しかし、今日は仮装大会。

 見目麗しさを競うのではないと、自分に言い聞かせる。
 
372 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/12(月) 04:25:07.35 ID:+wSm7jzDo

セシリア「(我慢……が・ま・んですわ……)」

鈴音「(くっ、もしかして私ってセシリアに完全に食われた!?)」

 途中乱入してきたセシリアのインパクトは大きかった。
 巨大ディスプレイもセシリアの顔ばかりが映されている。

セシリア「(頂きましてよ……あとは──フランケンの持ち味を生かしてフィニッシュですわね)」

 ──キュィィィン。

 ISを局部的に展開する。
 最小限の展開で、パワーアシストのみを起動した。

 傍目から見てもISを展開しているとは思えない。

セシリア「さ、鈴さん。退場いたしましょう」

鈴音「──なっ!」

薫子「おおっと! フランケンシュタインが自慢の怪力でもって──」

 鈴音を持ち上げた。
 まるでベンチプレスを持ち上げるかのような扱いで、ヒョイと小柄な鈴音を頭上に押し上げる。
 
373 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/12(月) 04:25:34.17 ID:+wSm7jzDo

鈴音「なっ、何すんのよ!!」

 今まではマイクで拾われないような小声を出していた鈴音だったが、これは堪らず声を荒立てる。
 ジタバタと手足を振り回し、逃れようとするが相手はパワーアシストを受けている身。

 抵抗は虚しく、から回った。

女生徒「あー、やっぱりキョンシーよりフランケンのが強いんだ?」
女生徒「まぁイメージもそんな感じだよねー」

 この台詞がいけなかった。
 最前列、仮装者である鈴音達の耳に入る距離での囁き。

 女生徒達に悪気は無い。
 目の前でフランケンシュタインに担ぎ上げられるキョンシーの構図を見て、そのままの感想を述べただけなのだから。
 
374 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/12(月) 04:26:04.24 ID:+wSm7jzDo

セシリア「それでは、鈴さん? 控え室の方に参りま────」

 ──シュゥゥゥゥン!

 ずしん。
 まるで重力が増したかのように、パワーアシストに掛かる負荷があがった。

セシリア「──なっ!」

鈴音「……」

 その光景を見て頭を抱える教師達。
 薫子も実況を忘れていた。

 みしみしと、軋む壇上。
 鈴音はIS“甲龍”を完全展開していた。

セシリア「な、何をしているんですの!? しかもPICを作動させていないだなんて……おっ、重い……」

鈴音「あーら、フランケンシュタインさんは力持ちなんでしょ? ほらほら、さっさと運んでみなさいよ」

セシリア「上等……ですわ!!」

 ──シュゥゥゥン!!

 負けじとセシリアもIS“ブルー・ティアーズ”を完全展開させる。
 そのまま“甲龍”を投げ飛ばすが、鈴音も咄嗟にPICを作動させ空中で足を止めた。
 
375 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/12(月) 04:26:30.23 ID:+wSm7jzDo

薫子「あのー……」

女生徒「……」
女生徒「……」

 会場は完全に置いてけぼり状態になった。
 いがみ合うセシリアと鈴音。

鈴音「良い機会だわ。キョンシーとフランケンシュタイン、どっちが強いか決めようじゃない」

セシリア「あーら、そんな事を言って良いんですの? たかだかゾンビ風情がそんなお口を叩いても」

鈴音「あんただってゾンビじゃない!」

セシリア「人造人間ですわ!!」

 ──ガシッ。

 両者手を合わせ、取っ組み合う。
 ギシギシと音を鳴らしながら、異様な空気を発散していた。
 
376 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/12(月) 04:26:56.28 ID:+wSm7jzDo

女生徒「え、なに?」
女生徒「何で2人とも完全展開してるの?」

薫子「えっ、えーっと……」

 本気で力比べを始めている、セシリアと鈴音。
 薫子はとっさに教師達が待機する方へと視線を流す。

 幾人かの教師達が、頭上で両腕をクロスさせペケの字をジェスチャーしていた。

薫子「はいストーーーーップ!!! 凰 鈴音、セシリア・オルコット。両者失格!!」

 薫子の声が響く。
 ピタリ、とISを纏う少女2人の力が抜けた。
 
377 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/12(月) 04:27:24.34 ID:+wSm7jzDo

鈴音「えっ」

セシリア「えっ」

薫子「えー、ISを完全展開したこと。それはつまり、仮装を脱ぎ捨てたと判断いたしました」

 ──ざわ。
 ざわ──。

女生徒「えっ、失格?」
女性徒「嘘……私、セシリアに賭けてたんだけど」

女性徒「私だって、凰さんに入れてたんだけど……」
女生徒「マジで? どうなるの?」

 声を大きく上げたのは失格になった2人では無く、その2人に賭けた女生徒達であった。
 共に4位5位と上位に座った身である。

 少なくない票数が彼女達い集まっていた。
 
378 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/12(月) 04:27:50.78 ID:+wSm7jzDo

薫子「ご静粛に。ご静粛に。両者は失格となりましたので、このお2人を予測した皆様方は残念ですが今後は純粋に仮装を楽しみ、評価のみご参加下さい」

 無残につも告げられる、無効票の宣告。
 かなりの人数がこの時点で肩を落す事になった。

鈴音「嘘……」

セシリア「はぁ……」

 落胆し、その場で尻餅を付く2人。
 ドーランにより死に顔を作っているため、より一層落ち込んでいるように伺えた。

 更織 簪。
 篠ノ之 箒。
 凰 鈴音。
 セシリア・オルコット。

 4名の仮装が終り、投票率は接戦を極めている。
 それと言うのも、鈴音とセシリアが失格となったためだ。

 このままでは仮装大会が失敗に終わる。
 黛 薫子の表情が曇ったまま、5番目の仮装者である“シャルロット・デュノア”の順番が回ってきた。
 
379 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/12(月) 04:28:30.20 ID:+wSm7jzDo


……。
…………。
………………。

 
380 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/12(月) 04:28:58.16 ID:+wSm7jzDo


 五番手。
 “シャルロット・デュノア”の仮装発表は実に模範的であった。

薫子「シャルロットさんは、猫娘の仮装ですね。実に可愛らしいです」

 ネコ耳に、ネコの尻尾。
 そしてカラーコンタクトでオッドアイを演出している。

 ニコニコと愛想の良いシャルロットは、声援に答えて手を振ったりお辞儀をしたりと様になっていた。

シャルロット「(うーん、こんなんので良いのかなぁ……)」

 壇上ではアレしてこーしてと、リクエストされるポーズを取ったりと中々の忙しさで今までのソレとは毛色が違っていた。
 一時男装していたこともあり一部では、その類の方々に人気が出ているシャルロット。

 絶大なとは言いがたいが、ココへ来て初めてまともな票数。
 評価を得た仮装となった。

 つつがなくお披露目が終了し、六番手。
 次に壇上へ躍り出たのは、ドイツの冷氷“ラウラ・ボーデヴィッヒ”だった。
 
381 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/12(月) 04:29:26.51 ID:+wSm7jzDo

ラウラ「……」

 ずりずりと、巫女袴を引きずりながら壇上中央へと陣取る。
 大きな狐色の尻尾と九本の毛艶が良い太い尻尾が印象だ。

薫子「“ラウラ・ボーデヴィッヒ”さん。九尾の狐ですね!! いやぁ、それにしても可愛らしい!!」

ラウラ「かっ、かわっ……!!」

女生徒「あーん!! 可愛いー!!」
女生徒「尻尾! 尻尾もふもふしたいよう!」

 “可愛い”と言う声援や感想を耳にして、見る見る顔が茹でタコのように赤らむラウラ。
 クラリッサに言われた台詞が脳内で再生される。

 ──織斑 一夏の視線も隊長に釘付けです。

ラウラ「……」

 思い出したらもうだめだった。
 ぷるぷると体は小刻みに震え、けれどこの場所から逃げ出すわけにも行かない。

 ラウラは固まった。
382 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/12(月) 04:30:03.77 ID:+wSm7jzDo

薫子「──え? えーっと、ラウラさん? もしもーし?」

ラウラ「……」

 目をギュッと瞑り、口もへの字に結んでいる。
 両腕は袴の裾を強く握り締めていた。

薫子「えーっと、あらぁ?」

ラウラ「かっ、可愛いと言われると、私は……私は……」

 ぽつぽつと聞こえそうで聞こえない声。
 マイクですら拾えない小声でラウラは主張する。

 そんな羞恥を曝け出すラウラに、会場の小さいものが好きな女子達が可愛いを連呼する。
 あうぅ、と呻きながら段々と小さくうずくまるラウラ。

 終いには両手で顔を隠してしまった。
 
383 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/12(月) 04:30:31.27 ID:+wSm7jzDo

薫子「えーっと、ラウラ・ボーデヴィッヒさんでした!」

 薫子が区切って、終了させる。
 控え室からシャルロットが飛び出し、ラウラを回収。

 6番手までをこなし、ようやくまともな仮装お披露目となり薫子は1人安堵の溜息を漏らしていた。

薫子「(何とか形になってきたわね……次は……アイツか、期待してるわよ〜〜!)」

 ラウラが回収され、生徒達の投票が始まる。
 シャルロット、ラウラと続いて成績を伸ばすがやはり決め手にかけるのか頭一つ抜け出るようなことは無かった。

 仮装者が女子で、採点する側も女子であれば“可愛さ”を主張しても驚くようなアドバンテージは産まれない。
 その点、鈴音とセシリアは良い点を付いていたが失格となってしまった為お話にならなかった。
 
384 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/12(月) 04:30:57.73 ID:+wSm7jzDo

 次第に明かりが落ちていく体育館。
 次の仮装者が出場する前触れであることを、生徒達は皆もう理解していた。


 ──ザーン。ザザーン。


 波の音がどこからともなく、BGMとして流れてくる。
 モニターには大海原の景色が映し出されていた。

 スポットライトで照らされた壇上には1人の女性。
 “更織 楯無”がその場に腰を下ろしている。
 
385 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/12(月) 04:31:24.48 ID:+wSm7jzDo

薫粉「IS学園生徒会長! 更織 楯無とはこの人! 仮装は────」

 どこからどう見ても“人魚”であった。
 豊満な胸を貝で隠し、くびれたウエストから下に視線を落すと魚のソレになっていて足は見当たらない。

 鱗がライトを反射しキラキラと美しく光を乱反射させている。
 俯けていた顔を挙げ、客席にニコリと笑いウィンクを投げた。

女生徒「キャーーーー!!!」
女生徒「かいちょおおおお!!」

 沸き起こる黄色い声援。
 今日一番の反応だった。
 
386 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/12(月) 04:31:51.19 ID:+wSm7jzDo

楯無「しー……」

 湧き上がる歓声を、指一本口の前に置き静まらせた楯無。
 まるで指揮者のタクトのように、そのジェスチャーに合わせ声を落す生徒達。

 静まり返った館内。
 楯無は、両手を広げた。

 何時の間にか展開されていた一対の“アクア・クリスタル”がキラリと光る。
 あれよあれよと、ナノマシンで構成された水が楯無の前に道を作ってゆく。

楯無「あはっ♪」

 足の無い足で機用に立ち上がり、水の上へと飛び乗る。
 おおー。と、会場では声があがった。

 “アクア・クリスタル”はそのまま、会場の上へと水の道を作っていく。
 楯無はISのパーツである“アクア・クリスタル”とPICのみを起動させ、水の道を空中で泳いだ。

 箒が失敗した、生身でのPIC操作。
 これこそ国家を代表する人間だからこそ出来る、精密なIS操縦の一種であった。
 
387 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/12(月) 04:32:18.73 ID:+wSm7jzDo

女性徒「すっご……」
女生徒「かいちょぉ……」

 息を呑む観客席。
 空中を泳ぐ姿は、とても神秘的で美しかった。

 もはや仮装の領域を逸脱している。
 時折り跳ねる水しぶきもライトを乱反射させ、演出を盛り上げていた。

薫子「これは驚きです、パッと見演出も素晴らしいですが真に凄まじいのはISの精密部分展開や操縦術でしょう!」

 5分程の空中遊泳を堪能した後、壇上へと水のアーチを作りそこへ見事に着地する。
 
388 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/12(月) 04:32:44.80 ID:+wSm7jzDo

楯無「ぺこり」

 そう口にした瞬間。


 ──パシャリ。


 楯無を形作っていた物は、水しぶきを上げ形をなくした。
 壇上の床に残った水だけが、今までソコに居た何かの証明として残っている。

薫子「──こっ、これは!!」

女生徒「えっ!?」
女生徒「何々!? どういう事!?」

薫子「おっ、驚きです……何時の間にか生徒会長は、自分と水で作った分身とで入れ替わっていた模様です!」

 再び湧き上がる会場。
 場は完全に楯無に支配された後だった。
 
389 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/12(月) 04:33:14.51 ID:+wSm7jzDo

薫子「私達は何時から、アレが会長だと錯覚していたのでしょうか……?」

 正解は誰にも解らない。
 女生徒達はあれやこれやと、推測していたが全てはずれて居た。

 楯無は最初から壇上へ足を踏み入れていない。
 舞台袖から、水で作った自身を操作していた。

楯無「ぷぅ……さすがにしんどかったー。だけどコレで……私の勝ちね♪」

 広げた扇子には-常勝不敗-の文字が自信満々に書き殴られていた。

 7番手、更織 楯無。
 圧倒的な得票率でトップへと、文字そのままに躍り出る。
 
390 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/12(月) 04:33:48.69 ID:+wSm7jzDo

 残り3人。
 ドラマは最終局面を迎えようとしていた。

 誰しもが思う。
 楯無の演出、仮装を凌駕することは出来ないであろうと。

 投票が終り、再び闇を落される体育館内。
 ディスプレイが映像を映し出すのにそう時間はかからなかった。

 黄色く輝く満月がディスプレイ上に昇る。
 カーン、カーンと鐘の音が会場へと鳴り響いた。
 
391 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/12(月) 04:34:35.07 ID:+wSm7jzDo


 そんな舞台裏では演劇部がもの凄い勢いで働いていた。
 部長である女子が声を張り上げる。

劇部部長「急いで! 時間が無い!! あーもうっ、こんなことならもっと色々と用意しとくんだった!!」

 直前まで見ること叶わなかった仮装者の姿お披露目。
 部長は1番手である、簪の発表が行われる直前に“ソレ”を目にして雷のようなインスピレーションを受けたと言う。

劇部部長「ハリーハリーハリーハリ! 急いで! 準備よ! この演出に全てを賭ける勢いで!!」

劇部員「はいっ! 部長!!」

劇部員「頑張ります!! その絵が私達も見たいです!!」

 部長の提案した演出。
 それを間に合わせる為に、馬車馬の如く働く部員達。

 その成果が生きてか、小道具や演出はぎりぎりで間に合う事になった。

劇部部長「よし、間に合ったね……あとはこの台本を。この演出通りにすればきっと素敵な舞台になるから!」

 はい、と手渡す台本。
 受け取る人物。

 もう間もなく。
 出演の時間が迫ってきていた。
 
392 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/12(月) 04:35:04.79 ID:+wSm7jzDo
おわーり。
ありがとうございました。

http://kie.nu/.y9S
393 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/11/12(月) 04:37:47.22 ID:iyZs9QRDO
リアルタイムで遭遇してオカリンの出番か!と期待したら直前で終わった…だと!
394 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/11/12(月) 07:33:24.86 ID:xsKDQ6AIO
>>392
会長の存在感…w
395 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/11/12(月) 16:56:45.67 ID:xevrCAiPo

それと絵クソワロタ
396 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(岐阜県) :2012/11/12(月) 17:49:47.56 ID:WWQsBvBd0
おおーやばい超懐かしいww
去年コレ見て燃えたなー
-Refine-、これから全部読んできます!
397 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/11/12(月) 20:33:49.12 ID:iyZs9QRDO
>>396
とりあえずsageよう
398 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(中部地方) [sage]:2012/11/12(月) 20:47:27.92 ID:V1nqUzGqo
会長クソワロタwww
399 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/11/15(木) 00:52:03.28 ID:OcohoBS7o
あー懐かしい…………
これ見てこの人はこんな可愛いのも描けんのかと思ったわww
追加してくんないかなー

乙!
400 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/11/15(木) 04:15:08.88 ID:n48Dzg1DO
続き今日ちゃうんかな?仕方ない一応パンツ一丁で舞ってる
401 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/11/16(金) 04:26:55.08 ID:wtXOmeiDO
さすがにパンツ一丁は寒いから靴下履いて舞い続ける
402 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/11/18(日) 20:58:18.60 ID:j7j120hIO
あのシーンの前で寸止めとか生殺しすぐる
403 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/19(月) 03:26:48.73 ID:rR255O63o
投稿します。
時間がなくて、本当に申し訳ありません。
404 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/19(月) 03:27:34.16 ID:rR255O63o
>>391  つづき。




岡部「では、行って来る」

まゆり「あっ! オカリン、ちょっと待ってっ」

岡部「ん?」

 控え室から出て行こうとした岡部を寸前のところで引き止める。
 忘れかけていた大事な小物があることを思い出したのだった。

まゆり「オカリンオカリンッ。これこれ〜、まゆしぃもすっかり忘れてたのです」

岡部「……?」

 えへへ、と手に握っていたプラケースを見せるまゆり。
 けれど岡部には馴染みがないのか、それが何なのかわからない。
 
405 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/19(月) 03:28:27.06 ID:rR255O63o

まゆり「カラーコンタクトなんだけどね」

岡部「む……あれか、眼の色を換えると言うあの」

まゆり「そうそう! そのコスにはねー、眼の色も重要なのです」

 そう言って椅子に座りコンタクトケースを開けるまゆり。
 準備が整ったのか、ぽんぽんと自身の膝を叩いている。

岡部「?」

まゆり「オカリンってコンタクトしたことないでしょ? まゆしぃが装着してあげるから、ここに頭のせて?」

岡部「なっ……!?」

 仰け反る岡部。
 まゆりは、この女子高生の幼馴染は膝枕をしてやると堂々と宣言しているのである。

 健全な男子であればリアクションに困るのも当然だった。
 
406 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/19(月) 03:28:53.63 ID:rR255O63o

まゆり「慣れてないからゴロゴロしちゃうかもしれないけど、これって重要なんだー」

 岡部の反応に対し、見当違いの回答を導き出している。
 決してコンタクトの装着が怖いのではない。

 膝枕と言う行為に対して、岡部は体を固めていた。

まゆり「さっ。時間もあまりないし、のせて?」

岡部「うっ……」

 控え室にはまゆりと岡部の2人きりである。
 時間はもう、あまりない。

まゆり「オカリン?」

岡部「……う、うむ」

 ギクシャクと不自然に体を動かし、まゆりの元へと近づく。
 岡部の戦いはすでに更衣室から始まっていた。
 
407 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/19(月) 03:29:41.01 ID:rR255O63o


 ディスプレイ上に満月が昇る。
 

 カーン、カーン。


 鐘の音が体育館内に反響し、音が跳ね返る。


 カーン、カーン。

 カーン、カーン。


 息を飲む客席。
 視線は壇上に釘付けだった。

 しかし、仮装者は一向に現れない。
 
408 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/19(月) 03:30:08.11 ID:rR255O63o


 カーン! カーン!


 鐘の音が強く鳴る。


 ────ワオォォォォン!!


 犬の遠吠えのようなものが、鐘の音に紛れて耳に入る。
 キョロキョロと辺りを見回すが、やはり人影は現れない。

 ──ズダンッ!!

 突如、壇上の上から黒い塊のような物が大きな音を立てて降って来た。
 静まり返る場内。

 降りて来た塊はゆっくりと立ち上がり、その尊顔を曝け出す。

 織斑 一夏だった。
 
409 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/19(月) 03:30:47.78 ID:rR255O63o

薫子「お、お、“織斑 一夏”登場です!! 派手なパフォーマンスで登場したのは狼男の仮装をした織斑一夏君です!!」

女生徒「キィィィィィヤァァァァアア!!!」
女生徒「一夏くううううううん!!!」

女生徒「きゃわっきゃわっ!!」
女生徒「可愛いすぎるうううう!!!」

 一夏の仮装は狼男。
 人狼であった。

 大きめの耳に、太い尻尾を携えている。
 上半身は腕以外を露出し、下半身は毛で覆われているような作りだった。

 ディスプレイにアップで映し出される顔。
 付け歯である、鋭い犬歯が目立つ。

 化粧の効果は高かったらしく、大きめだった瞳はさらに目立ち女性のような雰囲気すら漂わせている。
 先ほどまで楯無の演出に酔いしれていた女子は、すでにそのことを忘れていた。
 
410 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/19(月) 03:31:14.45 ID:rR255O63o

薫子「素晴らしい仮装……いや変身です! ちょーっと肌の露出が多い所も憎いサービスですね!!」

女生徒「なにあれ可愛い……」
女生徒「ヤバイ、ヤバイ!!」

女生徒「ちょっと薫子は実況してないで写真撮りなさいよ写真!! 写真部でしょ!!」
女生徒「誰か! 誰か超望遠レンズ付きのカメラは無いの!?」

一夏「(ちょっと、恥しいけど……良い感じだよな)」

 殆どの女子が巨大ディスプレイではなく、自身の端末から一夏を見ていた。
 えへえへと笑う者、にたにたと頬を吊り上げる者と思い思いに一夏を楽しんでいる。

 控え室に居る女子もまた、同じだった。
 控え室モニターに映る一夏の仮装姿。

箒「……」

セシリア「……」

鈴音「……」

シャル「……」

ラウラ「……」
 
411 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/19(月) 03:31:40.92 ID:rR255O63o

 5人娘の目が点になり、口がぽかーんと開く。
 初めて見る一夏の仮装は余りにも素敵に見えた。

 特に、はだけている胸元に視線が行く。
 大胆にも露出された胸板は厚く、女子達の胸を締め付けるだけの何かを秘めている。

まゆり「うんうん。一夏くんのコスもバッチリなのです」

 自らが手掛けた作品に満足するまゆり。
 一方で、紅莉素は1人そわそわと苛立たしげにモニターを見つめていた。

紅莉栖「(岡部のやつ、一体どれくらい変身してるんだろ……)」

 モニターを見つめてはいるが、視線は一夏をまるで捉えていない。
 まるでこの先出てくる“何か”を見据えているようだった。

 壇上では、きゃいきゃいと客席からリクエストされるポーズに励む一夏の姿がある。
 羞恥心はあったが、壇上で注文を断ると言うのは空気がさせてくれない。

 止むを得ず、シャルロットと同様にせがまれたポーズを取りファンサービスをこなしていく。
 
412 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/19(月) 03:32:09.74 ID:rR255O63o

薫子「いやー、良いですね。良い。お客さんの反応が違います。これぞ織斑一夏!」

 実況をしつつ、進行表に目を落す薫子。
 先ほど更新された項目を見ると、ここから先は全て“なりゆき”と書かれている。

 つまり、台本があって台本が無い。
 演劇で言うところのエチュードを決行しようと言うのだ。

薫子「(一体何をしたいのかしらね……一夏君の演出でも充分盛り上がってるけど)」

 会場は未だ興奮覚めやらぬといった感じで、盛り上がり続けている。
 その熱は冷えることなく、控え室に居るガールズ達まで客席へ行くなどと言い出す始末だった。

 終始和やかに一夏の出演時間が終わろうとした時、物語が動いた。


 ──バツン。


 今日、幾度目かの消灯が起きる。
 何も見えない闇の中、ガサガサと壇上から音が聞こえ洩れてくる。
 
413 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/19(月) 03:32:36.10 ID:rR255O63o

劇部員「(急いで! セットしたら直ぐにはけるよ!)」
劇部員「(おっけー! 撤収!!)」

 3分と立たずに、音は消えた。
 ディスプレイに明かりが灯り、まんまるいお月様だけが輝いている。


 ──ジ・ジジジ。


 映像にノイズが走る。
 徐々に、満月に亀裂が生まれていく。

 それはまるで眼球だった。

女生徒「──ひっ」

 あまりの不気味さに女生徒が声を漏らす。
 横にひび割れた隙間から、真っ赤に染まった目がギョロリと会場を舐め回す。
 
414 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/19(月) 03:33:07.20 ID:rR255O63o

一夏「な──んだ?」

 何時の間にか壇上に現れた舞台セット。
 “丘”のような物がソコにはあった。

 燃えるような赤い瞳をした、月の輝く丘。
 会場全ての人間がその目に視線を奪われた。


 ────現在、君達が人間であることを感謝せよ。


 低く、通った声が会場に響く。
 IS学園に男子生徒は2人しか在籍が無い。

 1人は織斑一夏であり、一夏の声はこのような質のものではない。
 とすれば、答えは1つ。

 声の主は“岡部 倫太郎”であった。
 
415 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/19(月) 03:33:59.23 ID:rR255O63o


 ──ズガンッッッ!!!


 轟音を立てて、天井から何かがセットの丘へと突き刺さった。
 ソレは人の形をしていない。

 月明かりに照らされたそれを、全ての女生徒が目を凝らして見つめる。
 十字架だった。

 突如、丘に突き刺さった十字架。
 鉄で出来ているのか、漂う無機質さが会場の温度を低くする。

薫子「──ぁっ、あれ……は」

 完全に度肝を抜かれ、声を失っていた薫子が必死に声を振り絞る。
 薫子だけではない。

 会場に居る全ての人間が、発声することを忘れている。

 ふわふわと、天井から人影が降りて来た。
 その人影はゆっくりと、まるで重力の枷が無いかのように十字架へと降り立つ。
 
416 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/19(月) 03:34:33.24 ID:rR255O63o

楯無「(生身でのPIC操作……しかも、完璧に出来ている……)」

 舞台袖で見学していた楯無が、演出ではなくそのISの精密操作に感嘆する。
 国家代表クラスで無ければ難しいとされる作業を、難なくこなしているのだから当然だった。

 真紅の外套を肩に羽織って居るそれは間違いなく、岡部倫太郎である。
 しかし、面影が一切感じられない。

 色白い肌。
 血のように燃え滾る瞳の色。
 長く伸びた艶ある髪に、遠目からでも確認出来る程の牙を携えている。

 外套の下は白のシャツと、赤いネクタイ。
 黒いズボンと黒い靴。

 紳士のような怪物。
 誰もがイメージする“ドラキュラ”が十字架の上に降臨した。
 
417 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/19(月) 03:34:59.25 ID:rR255O63o

岡部「……」

 次第に照明が光を強め、客席からも全貌が見て取れるようになる。
 巨大投影ディスプレイは何時の間にか、岡部の顔をアップで映し出していた。

 岡部が時折りみせる、嫌味ったらしい作り笑顔が今はなんともマッチしている。
 化粧により整えられた顔から覗くの笑みは妖艶であり、人を惹き付ける──まさに吸血鬼の微笑であった。

薫子「……」

女生徒「……」
女生徒「……」

 今までの仮装とは誰しもが違う反応を見せる。
 声を上げれない。

 目は見開き、口も呆然と開けているが声を上げる事が出来なかった。
 そう言った行為が許される空間では最早無くなっている。
 
418 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/19(月) 03:35:31.97 ID:rR255O63o

まゆり「やったー! 大成功なのですっ! 前々からオカリンにはあのコスプレだなーって思ってたんだぁ」

 控え室で1人はしゃぐまゆり。
 自らが思い描いたとおりの吸血鬼を見て、心底満足していた。

 それとは打って変わり、一夏の時と同様に目を丸くするガールズ達。

箒「あ、れが……」

セシリア「倫太郎さん……」

鈴音「だっての……?」

シャル「ふぁ……」

ラウラ「むぅ、変わるものだな……」

 そして絶句する、牧瀬 紅莉栖。
 岡部にどのような衣装が割り当てられるかは知っていたが、完成品を目の当たりにしたのは初めてである。

紅莉栖「…………」

 自身の想像を超える人物がモニターに写っている。
 どう遠回りに表現しようとも、紅莉栖の脳内では「カッコイイ」の言葉しか検出されない。

紅莉栖「お、おかべ……?」

 あまりの衝撃に思考回路はショート寸前。
 それほど、岡部のコスプレは型にはまっていた。
 
419 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/19(月) 03:35:59.06 ID:rR255O63o


薫子「……」

 実況を忘れて、岡部に魅入られる薫子。
 彼女もまた高校2年生の女子である。

 目の前に現れた、この世ざる雰囲気を纏う男を前にして言葉を失っていた。

岡部「良い月だな──人狼よ」

一夏「っ!」

 岡部の口が開く。
 人狼と言うのは、一夏を指しているようだった。

 “即興劇”-エチュード-の始まりである。

岡部「“不死者”-ノスフェラトゥ-である、吸血鬼と人狼。さて、どちらが種族として上かな?」

一夏「さぁね、興味無いな」
 
420 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/19(月) 03:36:29.86 ID:rR255O63o

 ──ここか。

 ここから即興劇をやれって言うのかよ。
 台本って言ったって台詞なんて無かったし、キャラクターの説明?

 そんだけ見てもなぁ……なぁ、凶真。
 何でお前はそんなにスラスラと台詞が浮かんで来るんだ?

 心の内で、一夏が岡部に語りかける。
 演劇などやったこともない一夏にとって、羞恥心を完全に拭えないままのエチュードはかなりの無茶振りと言えた。

岡部「牙を出せ! 爪を立てろ! 吼えろ人狼! 貴様にはソレしか能が無いだろう──」

 ──シュゥン!!

 右手から“サイリウム・セーバー”のみを部分展開する。
 赤く発光した剣は今でこそ、その神秘性が生きたと言える。
 
421 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/19(月) 03:36:55.99 ID:rR255O63o

一夏「(なるほど!)あぁ、良いぜ……見せてやるよ、俺の爪を!!」

 ──シュゥン!!

 負けじと一夏も左手を部分展開。
 “雪羅”をクローモードにし、狼の爪に見立てる。

岡部「良いぞ、人狼。わかっているじゃあないか。そう──我々は爪と牙と刃で物を語れば良いのだ」

 ──ふわり。

 またもや重力を忘れたかのような動きで十字架から飛び立つ岡部。
 ばさばさと外套が揺れる。

 その一挙手一投足が会場に居る全員の心を魅了していた。 
 まゆりの作った仮装──コスプレの完成度。

 メイクにより、らしさを演出した顔立ち。
 髭なども一切無く、一部の女子が口にしていた不清潔さなど何処にも見当たらない。

 漂うのは高潔なる雰囲気のみだった。
 
422 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/19(月) 03:37:40.35 ID:rR255O63o

岡部「……」

一夏「……」

 相対する2体の怪物。
 丘の上から見下ろす形で吸血鬼が人狼を見つめていた。

 ──ガギィィン!!

 先に動いたのは吸血鬼だった。
 丘を駆け下り、一閃。その刃を人狼へと振り下ろす。

 その刃をクローで受け止める人狼。
 そのままギリギリと鍔迫り合いのような形にもつれ込む。

岡部「ふははは!!」

一夏「ぐぅぅっ……!」

 ──キンッ!!

 力で吸血鬼の刀剣を振り払う。
 バランスを崩したところへ、クローによる薙ぎ払いを吸血鬼へとお見舞いする。
 
423 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/19(月) 03:38:20.92 ID:rR255O63o

岡部「くくくっ!」

 ──ふわり。

 またもやPICにより、空間をつくり攻撃を避ける岡部。
 完全にPIC操作を会得している。

 その精密度は国家を代表する楯無と同等と言えるレベルであった。

一夏「うおぉぉぉぉ!!」

岡部「フゥーハハハハッッ!!」

 ──キンキンッ! ガギッ。

 剣と爪が弾き合う。
 勿論、お互い体に刃を当てるつもりはない。

 お互いが攻撃を狙う箇所は事前に決められており、攻撃を狙う箇所も刃を刃に当てられるよう武器が主だったターゲットであった。
 
424 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/19(月) 03:38:57.03 ID:rR255O63o

岡部「どうしたどうした人狼! ヴァラヴォルフ! ライカンスロープ! 不死者よその程度か!」

一夏「くぅ……!!」

 台詞に詰まる一夏。
 まるで、返す言葉が出てこない。

 それに引き換え岡部は完全にエンジンがかかっていた。
 鳳凰院凶真をも越えるようなテンションである。

 仮装──コスプレには不思議な力があった。
 自分ではない自分。

 そう言ったものを曝け出す不思議な力。
 今、岡部にはそう言った不思議な作用が良い悪いは別として作用していた。

一夏「くそっ……!」

 劇である以上、台詞が出てこなければ迂闊に攻め入る事が出来ない。
 エチュードでは発言出来ない者、行動を起こせない者は弱者であり脇役に成り下がる。
 
425 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/19(月) 03:39:24.28 ID:rR255O63o

 そしてこの舞台の主役は完全に岡部であった。


 ヒュ────ッッッッパ!!


一夏「!!!」

 台詞に詰まった一夏の隙を逃すことなく、捉えた岡部。
 右腕の“サイリウム・セーバー”を解除し、懐へと飛び込んだ。

 驚き飛びのこうとした一夏であったが、手遅れと言わんばかりに岡部の両腕が一夏の両手首を掴んでいる。

一夏「なっ──」

岡部「捕まえた──」

一夏「なっ、ぐっ!」

 一夏も“雪羅”の展開を解き掴まれた手首を開放しようともがく。
 けれど岡部はそれを許さなかった。
 
426 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/19(月) 03:39:51.82 ID:rR255O63o

岡部「私はお前を──捕まえた」

 開かれる犬歯だらけの口腔。
 ギザギザに尖った、その牙を一夏の首元に突き立てる。


 ──ザンッッ!!


 もう間もなく、もう間もなく牙が首筋に触れようかという時。
 ディスプレイに映し出されていた満月が引き裂かれた。

 映像演出であることは間違いない。
 間違いないが、引き裂かれた満月の向こうから歩いてくる人物を伺うと、ソレが出来てしまうだろうと会場に居る全員がそう思った。

 カツカツと、音を鳴らし丘の上へと歩みを進める。
 丘に突き刺さった鉄製の十字架を難なく持ち上げ肩に担ぐ。


 ────やれやれ、出来の悪い弟を劇の中でも助けなきゃならんとはな。


 “織斑 千冬”
 狼女──満を持しての登場だった。

 会場は岡部の登場からこっち、沈黙を守り未だ声を上げる者は居ない。
 数十分前までのアクシデントあり、和みあり、美麗さありのハロゥイン仮装大会とは全く別種の催し物へと変化していた。
 
427 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/19(月) 03:40:18.19 ID:rR255O63o

劇部部長「最高、最高に面白い……あぁもう! IS使った劇したいなぁもう! なんで私は専用機もって無いのよ!!」

劇部員「部長。織斑先生は生身ですよ」

劇部部長「100キロ近い鉄の十字架を片手で持ち上げる人間は、生身とは言えないでしょ」

劇部員「です……ね。はぁ、先生カッコイイなぁ」

劇部員「って言うかさ、本当にあれ……岡部──さん?」

劇部員「カッコ良過ぎてやばいんだけど……なに、俳優さん?」

劇部部長「エチュードであの台詞回し出来るってどこかで、舞台経験積んだりしてたのかしら……」

 舞台裏では、演劇部部長と部員達がヒソヒソ声で自分達の演出した劇を悦に浸りながら観戦している。
 彼女等にも結末はわからない。

 何故ならコレは即興劇。
 エチュードであるのだから。

紅莉栖「うーうー……」

 岡部の登場から、一向に落ち着きを取り戻せないで居る紅莉栖。
 不思議に思ったのか、首を傾げながらまゆりが声をかけた。
 
428 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/19(月) 03:40:45.07 ID:rR255O63o

まゆり「紅莉栖ちゃんどうしたの? オカリンすっごくカッコイイよ? 見ないの?」 

紅莉栖「えっ、あっ、うん……そうね、何時ものアイツとはちょっと違うわね……」

まゆり「ちょっとどころじゃないよー! オカリンって吃驚する位に化粧栄えするお顔だったんだねー」

紅莉栖「そっ、そうね……ほんとに……」

まゆり「えへへぇ」

 一向に晴れない、紅莉栖の胸の内にあるもやもや。
 今回、この劇により岡部の人気はうなぎ登りに跳ね上がるだろう。

 暴騰すると言って良い。
 そうすればうら若き女子高生達が、岡部の元へとわらわら集まってくる。
 
429 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/19(月) 03:41:11.38 ID:rR255O63o

紅莉栖「(ぐぬぬぬ……!!)」

 言い知れぬ不安が込みあがり、画面を見る余裕など今の紅莉栖には無かった。
 見たい見たい、でも見れない。

 素直に岡部の姿を直視する余裕を、今の紅莉栖は持ち合わせてはいなかった。

まゆり「(えへへへぇ)」
 
 まゆりは自分の作った作品を岡部が着ている。
 そしてそれが、大変似合っていることに感激して目を輝かせていた。

紅莉栖「(……間違いない、これで全学年で気付いたはず。岡部が実はイケメンだってことに……)」

 何時もならドン引き必須の中二病邪気眼までスパイスとなり、岡部を引き立てている。
 何もかもが、岡部の味方へと変貌していくハロウィン。

 誰も彼もが劇を楽しんでいる最中、牧瀬 紅莉栖だけがその後の心配を大きく膨らませていた。
 
430 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/19(月) 03:41:38.61 ID:rR255O63o


 会場中が息を呑んだ。
 実況である黛 薫子も、暫く声を発せ無いでいる。

 紫色に光る鋭い眼光。
 白銀の長髪に、赤い体毛のような衣装。

 尻尾や耳を付けてはいるが、ソレは狼など生易しいモノでは無い。
 もっと恐ろしい、十字架を背負った悪魔だった。

一夏「ち、千冬姉……」

千冬「おう」

 ──ブン!!

 十字架を振り回し、先端を岡部に向ける。
 元々手に納まるサイズではない十字架。

 千冬はそれを握力で持ってしてひしゃげ、そのまま握っていた。
 
431 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/19(月) 03:42:06.33 ID:rR255O63o

千冬「吸血鬼……だったか? 弟を返して貰うぞ」

岡部「何処までも野蛮な種族だ」

 拘束していた一夏を解き放ち、千冬に向き直る岡部。
 既に一夏は眼中に無かった。

 勝敗は既に決してある。
 一夏は役者として岡部に負けたのだ。

 いまさら、千冬と岡部の間に割って入ろうとするほど空気の読めない男ではない。
 いそいそと千冬の後ろへと逃げていく。

一夏「悪い、千冬姉。勝てなかった……」

 目を伏せて、視線を合わせずにいる。
 そんな弟を見て、姉は溜息を1つ吐き、

 ──ゴンッ。

一夏「あだっ」

千冬「後は任せろ」

 優しく、励ましの拳骨をくれてやり天敵である吸血鬼の元へと歩み寄って行った。
 不器用な、姉なりの精一杯の励ましであることを一夏は理解している。
 
432 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/19(月) 03:42:32.81 ID:rR255O63o

千冬「待たせたな」

岡部「ククク、ネコじゃらしが必要か?」

 ──ブォン!

 鼻先数寸を十字架が掠める。

千冬「武器を出したほうが身のためだぞ?」

岡部「(……こ、この女……いま本気で振らなかったか?)」

 芝居により過剰に分泌されたアドレナリンのお陰で役になりきっている岡部でさえ、今の一振りは素に引き戻すに充分な威力が見込めた。
 咄嗟に“サイリウム・セーバー”を再展開する。

千冬「課外授業だ。どうせだから見極めてやろう」

岡部「戯言を……」

 ──ブォン!!

 幾ら鋼鉄で出来ている十字架とは言え、武器ではない。
 エネルギー供給がされていない、ノーマル状態の“サイリウム・セーバー”でも切り裂く事は可能である。
 
433 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/19(月) 03:42:59.23 ID:rR255O63o

 岡部は武器破壊を狙い、早々に決着を付けるつもりでいた。

 ──チュィン!

岡部「……っ!?」

 ──チュィンッ!

 何度剣を振ろうが、その刃が十字架を切り裂く事は無かった。
 “サイリウム・セーバー”の軌道に合わせて、十字架を乱暴に殴り放つ。

 完全に千冬が後出しジャンケンの格好になっているにも関わらず、剣速は同等。
 もしくは千冬が若干勝っているほどだった。

千冬「どうした、吸血鬼。表情が優れないぞ」

岡部「──っ」

 生身であるはずの千冬がパワーアシストも何も無い状態で、力・速度で岡部に勝っている。
 考えられないレベルの出来事だが、これこそが世界最強に君臨した覇者。

 織斑千冬であった。
 
434 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/19(月) 03:43:28.42 ID:rR255O63o

岡部「ッチ」

 舌打ちをして、後方へと仰け反る岡部。
 その際もPICを使用し、まるで本当の吸血鬼のような身軽さで距離を取った。

千冬「(やはり──コイツ、ISの精密操作が極端に上手い……)」

 直接、剣を交えて理解出来る岡部の操縦術。
 部分展開は勿論、機能のみを効率よく使用している。

 熟練のIS操縦者が激しい訓練の後、至る境地へと僅か1ヶ月で到達している。
 これも“篠ノ之 束”が用意した最新のISだからこなせる技なのかと。

 そうでなければ説明が付かなかった。
 
435 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/19(月) 03:43:55.10 ID:rR255O63o

千冬「(まぁ良い)」

岡部「(化物女め……どうする。どう切り抜ける……)」

千冬「良し。茶番は終りにするぞ。岡部──絶対防御は生きているな?」

岡部「ぬ?」

 ──ブォン!

 めきめきと、千冬の腕に力が入るのが見て取れる。
 十字架……鉄塊を担ぎ直し思い切り振りかぶる。

千冬「終りだ──」

 ──豪ッッ!!!!

 健脚を爆発させた千冬は、一瞬にして距離を0にし岡部に接近する。
 岡部はその千冬の行動に反応出来て居ない。
 
436 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/19(月) 03:44:21.17 ID:rR255O63o

岡部「──しまっ」


 ──キーンコーンカーンコーン。


 鉄塊が振り下ろされそうになった、刹那。
 この場に似つかわしくない間抜けなチャイムがIS学園中に駆け巡る。

 ピタリ、と岡部の眼前で止まる鉄塊。
 あわや直撃と言ったところだった。

岡部「なっ……」

千冬「む。もう時間だな。実況、仕事をしろ」

 どんと、十字架を逆十字に壇上へ突き刺し薫子に指示を送る。
 チャイムは終りの時間を合図していた。
 
437 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/19(月) 03:44:46.92 ID:rR255O63o

薫子「えっ──あっ、はい! もうこんな時間!?」

 戦闘エチュードに見とれていた実況が我に返る。
 タイムスケジュールを見ると、本来ならとっくに集計が終り1位を発表、解散している時間になっていた。

千冬「想定していたよりも時間がかかったようだな。私も些か遊びが過ぎたようだ。黛、取りあえず場を締めろ」

薫子「──はっ、はい! えーっと、これにより仮装披露の全工程が終了しました────」

 言葉が詰まる薫子。
 この後に集計して、順位を発表するような時間を取って良いのかを独断では決められなかった。

 ふぅ、と溜息を吐き千冬がマイクを取り上げる。

千冬「今言った通りだ。時間が予定よりも押してしまった。体育館が使えるのは後30分も無い。
   その後は部活動で使うからな。生徒は自分が座っていた椅子を仕舞い解散。投票はデバイスから行え、準備の発表は──おい、生徒会長」

楯無「はいはーい」

 舞台袖で楯無が観戦していたのを知っていた千冬は、マイクを楯無に放る。  
 後は生徒会長の仕事だと言わんばかりに、自らは黙って壇上を降り控え室へと向かって行った。
 
438 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/19(月) 03:45:14.89 ID:rR255O63o

楯無「はーい、皆さんお疲れ様でした。最後は凄かったねー、ちょっと吃驚しちゃった。
   投票・発表・表彰、と全部やりたかったけれど時間も無いみたいだからその機会はまた今度に」

 1位から3位の発表は後ほど、クラスの掲示板と各自のデバイスに送信します。

 それだけ言うと楯無も、解散! と大きく言い放ち全てを終わらせた。
 ぞろぞろと自分の椅子を片付けて、自室へと帰っていく女子達。

 その中には、まるで放心したような状態の女子も少なくない。
 良質な映画を一本見終わった後のような感覚に浸る者も居た。

 岡部や一夏、仮装出演者達はと言うと──。

岡部「……」

一夏「……」

 疲れと緊張の糸が切れたせいか、その場にへたって座り込んでいる。
 
439 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/19(月) 03:45:41.49 ID:rR255O63o

岡部「……疲れた、な」

一夏「あぁ……」

 疲れた。
 この一言が今回の仮装大会の全てを物語っていた。

 全ての後片付けを生徒会役員及び、仮装参加者及び、劇団員。
 総勢30名程の人員で一気に片付ける。

 こうして、岡部倫太郎と牧瀬紅莉栖がIS学園に転入し始めて参加したイベント。
 “はろ☆いん 仮装大会”は幕を閉じた。
 
440 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/19(月) 03:46:09.07 ID:rR255O63o


……。
…………。
………………。

 
441 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/19(月) 03:46:37.69 ID:rR255O63o


 集計の結果1位を飾ったのは岡部 倫太郎となった。
 その得点は圧倒的で、2位である織斑 千冬を2倍近く引き離しての大勝利である。

 IS学園に転入してから初めての勝利が“仮装”であったことを知るのは打ち上げの後。
 翌日の事であった。

 明日は日曜日。
 一夏の家へ集まり、打ち上げをしようと提案したのは更織 楯無であった。
 
442 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/19(月) 03:47:21.73 ID:rR255O63o
おわーり。
ありがとうございました。
遅れてすみませんでした。
443 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/11/19(月) 04:32:21.73 ID:gbR3D4YDO
アーカードオカリリリリリリリリリンキタアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!ちょっなんぞこれ!?マジ最高!!!!!!
このオカリンがまた見れるなんて舞ってたかいがあった!
あ、そういえばシュタゲ映画来年春に放映決まったそうだね!祝・シュタゲ映画放映日決定!
444 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2012/11/20(火) 00:57:33.36 ID:m09ELMd00
旦那コスのオカリンは絶対かっこいいよな・・・
445 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(中部地方) [sage]:2012/11/20(火) 01:55:50.53 ID:13Tze7tmo
オカリンマジイケメン
吸血鬼はオカリンの中二病…というか邪気眼がとてもマッチしてると思う

原作でもまゆりがそれっぽいこと言ってたが、ルルーシュのコスプレにも合うと思う
446 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(静岡県) [sage]:2012/11/20(火) 19:42:59.48 ID:IMwSIVF0o

キャストが宮野からジョージに変わった瞬間であった…
447 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2012/11/21(水) 22:34:00.34 ID:LT48heEn0
フゥーハハハハ!(CVジョージ)

大物感がすごい
448 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/23(金) 04:54:52.57 ID:k8PeEIG/o
投稿します。
449 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/23(金) 04:55:19.49 ID:k8PeEIG/o
>>441  つづき。



……。
…………。
………………。 

 
450 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/23(金) 04:56:41.09 ID:k8PeEIG/o

 無事、仮装大会が終了した翌日。
 一同は織斑邸へと顔を突き合わせていた。

一夏「────で、楯無さん。何で俺の家になったんですか?」

楯無「え? だって、打ち上げしたいじゃない?」

 何当然の事を言っているの? と首を傾げながら一夏の作った料理を頬張る楯無。
 パーティー料理用にと作っているメインの1つ、油淋鶏である。

 甘酸っぱい味付けが食欲をそそる一品だった。

鈴音「何よ、一夏。中華なんて作っちゃって。ん、美味しい」

 横から鈴音が飛び出し、油淋鶏を口の中に放り込む。
 お墨付きが出た。

 織斑家には現在、かなりの人間が集合していた。
 状況を整理してみる。

 何時もの面々……一夏、箒、セシリア、鈴音、シャルロット、ラウラ。
 岡部に紅莉栖。

 楯無、簪、まゆりの計11人。

 虚や本音は生徒会の仕事をこなしたいという事で欠席になっている。
 本音は本番中眠りこけて居たため、罰として虚に事務仕事を強制させられていた。

 実況を担当した薫子は、隠し撮りしていた写真の現像等で大忙しらしい。
 
451 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/23(金) 04:58:41.83 ID:k8PeEIG/o

楯無「つまり、仮装をした人間だけの打ち上げってことね♪ んー美味し。一夏くん料理上手ねぇ」

 次に箸をつけたのは肉じゃがだった。
 圧力鍋で調理したので、味が良く染み込み口の中でジャガイモがほろほろと溶けていく。

一夏「つまみ食いばかりしてないで手伝って下さいよ、箸を並べたり……」  
 
 キッチンには一夏と、シャルロットの2人が居た。
 家主である一夏が皆を接待するのは当然として、シャルロットは料理部として手伝うことになっていた。

 箒やセシリア、鈴音とラウラも手伝うと聞かなかったがソコは狭いキッチンである。
 なんとか一夏が場を治め今に至っていた。

 特に──。

紅莉栖「私も手伝おうか?」

セシリア「わたくしもお手伝いいたしますわ!」

まゆり「まゆしぃも手伝うよー!」

 この3人が口を開けたときの一夏の必死さと来たら、相当なものであった。
 岡部はその台詞を聞いた途端、家から逃げ出そうとした始末である。

 特に、まゆりの料理の腕など一夏が知る由も無いはずだが、それは岡部の表情が全てを物語っていた。
  
452 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/23(金) 04:59:14.82 ID:k8PeEIG/o
 
一夏「はいはい。楯無さんもあっちでゲームしてて下さいよ」

楯無「ぶー、つまんなーい」

シャル「一夏、クロケットが揚がったよ」

一夏「おー、美味そうだな! フランスのコロッケだよな?」

シャル「うん。小さい頃よくママと作ったなぁ」

 仲良く料理を作る2人。
 その2人にじっとりとした視線が絡みつく。

箒「ぬう……」

セシリア「わたくしだって……」

鈴音「楽しそうね……」

ラウラ「シャルロットめ、やるな……」

簪「……良い、なぁ」 

まゆり「次は箒ちゃん達の番だよー」

 ガールズ達の視線がキッチンへ集中する中、まゆりの声が箒を振り向かせる。
 
453 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/23(金) 04:59:49.25 ID:k8PeEIG/o

箒「あっ、はい」

 プレイしているゲームは“桃太郎電鉄”だった。
 埃を被っていたスーパーファミコンを引っ張り出し、時間潰しのために遊んでいる。

 その為チーム別けも大雑把で適当に楽しんでいた。

箒「えぇっと、5……おっおいラウラ! どこに進めば良い!」

ラウラ「矢印の出ている方向へ進めば良いのではないか?」

箒「うっ、うむ……む? 目的地? に到着したぞ」

 何だかんだとゲームで楽しんでいるうちに、日が暮れてきた。
 夕食の準備は着実に進み、良い香りが立ち込めてくる。

紅莉栖「だっかっら! なんでそんな無駄な物件買うのよアンタは! プロ野球チームって馬鹿なの? アホなの?」

岡部「えぇい! これは後々必ず役に立つ物件なのだ!」

紅莉栖「20年しか時間が無いのになんでそんなもん買うのよ! こつこつ貯めていたのにっ」

岡部「桃鉄で現金を貯める意味など無いだろうがっっ!」

 しばしば言い合いも見られたが、極一部の人間でありそれも決まった2人だったので周囲も気に留めない。
 楽しい時間が過ぎる。
 
454 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/23(金) 05:00:17.43 ID:k8PeEIG/o

一夏「おーい、飯が出来たぞ」

シャル「ご飯にしようよー」

 調理者である一夏とシャルロットが声をかける。
 総勢11名の食卓。

 リビングにあるテーブルでは足りないので、折りたたみ式の机を出して料理を並べていく。
 グラスにジュースや烏龍茶を注ぎ、全員が着席したのを見計らい楯無が口を開けた。

楯無「えー、皆さん。お疲れ様でした」

 ──お疲れ様でした。

 グラスを片手に全員が復唱する。

楯無「無事、生徒会主催のイベントを終わらせることが出来ました。コレも一重に皆が協力してくれたお陰ね」

 楯無にしては珍しく、しんみりとした口調で続ける。
 皆も黙って耳を傾けた。

楯無「今年もあと2ヵ月で終わるけれど、精一杯楽しみましょう。お疲れ様、乾杯」

 ──乾杯!

 掲げられた11のグラスが、チンと音を立ててぶつかった。
 
455 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/23(金) 05:00:48.00 ID:k8PeEIG/o

岡部「むう……美味いな、ワンサマー」

まゆり「美味しー!」

紅莉栖「これは……負けたわね」

一夏「そうか? なら良かった」

 一夏の作った料理は概ね好評だった。
 IS学園に入学してからは料理をする機会など無かったが、腕は訛っていない。

ラウラ「このクロケットも美味いな。ジャガイモの味が良い」

シャル「えへへ、ありがとラウラ」

 シャルロットが作った料理も大変出来が良かった。
 元々料理が好きだった手前、料理部に入部してから更に腕があがっている。

鈴音「(うー、悔しいけどシャルロットの料理って美味しいのよね……)」

箒「(シャルロットめ、また1つ腕を上げたようだ……美味い)」

簪「(料理、出来たほうが……良い、よね……うぅ)」

 やはり女子である。
 同性のシャルロットが料理の腕を上げていることに危機感を覚えた。
 
456 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/23(金) 05:01:14.00 ID:k8PeEIG/o

 そして何よりも、自分達より一夏の料理……家事全般のスキルが上である事実に少なからずショックを受ける。
 わかっていた事とは言え、やはり女子として悔しいものだった。

 ──ピピピピッ。

 突然携帯の受信音が鳴り響く。
 持ち主は楯無だった。

 全員の視線が楯無に集まる。

楯無「後で虚ちゃんからメールが来るから。仮装の順位が出たら教えてくれるって♪」

 先ほど楯無が言っていた台詞が瞬時に脳裏をよぎった。
 今の受信音は間違いなく、その結果報告のメールだろうと息を呑む。

楯無「ふむふむ……」

 思わせぶりに頷く楯無。
 乗り出すように、結果を聞こうとするガールズ達。

 一夏と岡部は苦笑いしていた。

楯無「……あはっ」

 ほんの一瞬、楯無の視線が岡部へと向いた。
 その視線移動に気付いた者は居ない。
 
457 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/23(金) 05:01:41.53 ID:k8PeEIG/o

楯無「──発表します。第1位は……」

 ──ごくり。

 息を呑む音が聞こえそうな程の緊張が走る。
 主に一夏とのデートがかかった箒、セシリア、鈴音、シャルロット、ラウラ、簪から。

 楯無の口が開く。


 ──1位:岡部 倫太郎。


 一斉に振り返り、岡部に視線が集まった。
 当人は目を丸くして、口に含んでいたドクトルペッパーをごくんと飲み込んだ。

 笑顔を綻ばせるまゆり。
 頭をかかえる紅莉栖。

 うなだれる6人の女子達。
 岡部の肩を叩き祝福する一夏。

 岡部自身はどう態度を取って良いのか計りかねて居るらしく、呆然としていた。
 
458 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/23(金) 05:02:07.95 ID:k8PeEIG/o

楯無「2位は千冬センセ。3位は一夏くんだって。それ以降は秘密。あーあ、おねーさんも見事に負けちゃったわね」

箒「か、会長……」

 すごすごと挙手をしたのは箒だった。
 誰もが思っていた疑問を口開く。

箒「この場合、1位の景品はどうなるのですか……?」

 うんうん、と頷く女子一同。
 この景品の為にあのような仮装をしたのだから、当然の疑問だった。

楯無「うーん、倫ちゃんと一夏くんがデート……?」

岡部「……」

一夏「はは……」

 結局優勝者に商品は無かった。
 変わりに、優勝者特権とし部活への貸し出しを年内パス出来ると言う権利が発行されることになる。

 爆発的に岡部人気が高まる中、生徒会役員なら部活へ貸し出しをしろ!
 と生徒からの要望が激増した。

 織斑 一夏が各部活動へ仮出向しているのだから、当然のように岡部 倫太郎にもその災厄を降りかかる。
 それを免除出来る名目が出来たのは幸いだった。
 
459 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/23(金) 05:02:34.92 ID:k8PeEIG/o

岡部「まぁ良い。これで明日からはまた日常に戻るわけだな」

楯無「あら、そんなこと無いわよ?」

 キョトンとした顔で楯無が即答した。

楯無「全学年個人別トーナメント。倫ちゃんも専用機持ちだからしっかりエントリーされてるし、専用機持ちでの技術向上合宿なんてのもあるわ」

岡部「……」

 やっとイベントを1つ消化出来たと思ったらまだ先があるらしい。
 この学園は、休む事を知らないのか次から次へとイベントを持ってくる。

 日曜日が終われば月曜日。
 こうして岡部 倫太郎を取り巻く日常は明日、明後日と続いていく。  

 この先待ち受ける運命のことなど、誰一人として予感せず楽しい一時を皆で過ごして行った。

 
460 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/23(金) 05:03:01.29 ID:k8PeEIG/o


……。
…………。
………………。 
 
 
461 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/23(金) 05:03:27.80 ID:k8PeEIG/o

 ハロウィン仮装大会の翌々日。
 つまり11月2日、月曜日。

 何時ものように、何時もの面子で食事をしていると異変が起きた。

女生徒「あっ、あの──これ読んで下さいっっ!」

 そう言って、可愛い便箋を岡部に手渡す少女。
 顔は羞恥の為か真っ赤に染まっていた。

岡部「……」

 何が何だかわからないと言った表情でソレを受け取る岡部。
 女生徒は便箋を渡すと、脱兎の如く駆け出して行った。

岡部「これは……」

 マジマジと便箋を見つめる岡部。
 明かりに透かして中身を見ようとする仕草を見せる。
 
462 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/23(金) 05:03:54.00 ID:k8PeEIG/o

一夏「手紙か何かじゃないのか?」

 隣に座っていた一夏が答える。
 しかし、岡部は首を傾げながら答えた。

岡部「いや、あのような知り合いは俺に居ない……とすると……」

 ──パキッ。

 対面で牛丼を食べていた紅莉栖の割り箸が割れる。
 顔は俯いていた。

岡部「──まっ、まさか……」

 ハッとし声を上げる。
 紅莉栖の方面からギリッと言う音が響いた。
 
463 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/23(金) 05:04:36.28 ID:k8PeEIG/o

岡部「わかったぞ……」

紅莉栖「(ぐぐぐ……)」

一夏「?」

箒「ただの手紙だろう?」

セシリア「一体どうしたんですの?」

鈴音「中身見れば直ぐにわかるじゃない」

シャル「あ……あはは」

ラウラ「???」

 一同が岡部の言動を見守る。
 ちなみに、簪も折角だから朝食をと誘ったが元々が照れ屋な性格からか食堂へ来る事は無かった。

 やっぱり購買パンの方が好きなのかなぁ。と一夏は右斜め上の思考をしている。
 
464 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/23(金) 05:05:02.58 ID:k8PeEIG/o

岡部「恐らく──仮装大会で俺が優勝したことによる──」

紅莉栖「……」

岡部「妬みに違いない」

紅莉栖「──は?」

岡部「仮に、サウザンスノウ派とでも言っておこう──が、1位を取った俺に腹を立てた。
   そして俺にこの……くわぃみそり入りの手紙を……」

一夏「なっ、まさか!」

箒「剃刀がその中に入っていると言うのか?」

岡部「うむ……勘だが恐らくな。でなければ俺が手紙を貰うような理由は無い」

セシリア「確かに。手紙を渡して来た方の様子は尋常じゃなかったですし……」

鈴音「そわそわしてるって言うか、顔も真っ赤だったわよね」

シャル「いやぁ、それって……」

ラウラ「破壊工作員としては三流もいいところだな。顔に出すぎている」

 壮大に勘違いする面々。
 唐変木である一夏は元より。

 岡部もこのような事態を経験したことは無い。
 自身に真っ直ぐな好意を送る行為。

 仮に真正面から告白を受けたところで、今の岡部は罰ゲームか何かだと解釈するだろう。
 
465 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/23(金) 05:05:29.09 ID:k8PeEIG/o

岡部「もしくは……俺に怪我をして欲しいどこぞの国のエィジェンツ……と言ったところか」

紅莉栖「(何なのこの馬鹿は……)」

シャル「(うーん、教えてあげた方が良いのかなぁ。でも紅莉栖の表情が芳しくないよね……)」

 渡された便箋。
 それがラブレターである事を認識していたのは、紅莉栖とシャルロットだけであった。

 岡部の勘違いに宛てられて、他の女子面子もその便箋が良くない物と思い始めている。

ラウラ「倫太郎。爆発物である可能性は無いのか?」

一夏「ばくっ!?」

岡部「この薄さだ。その可能性は低いだろう」

鈴音「ちょっとちょっと、物騒な話ししないでよ」

セシリア「いえ──まんざら在り得ない話しではありませんわ」

ラウラ「あぁ。我々は常に行動を共にしている。それはつまり、各国の代表候補生がひとかたまりに居るという事だ」

箒「……専用機持ちを一撃の下、屠ることが出来ると?」

ラウラ「各国諜報機関や、企業などがそのような強硬手段を取るとは考えにくい……が、可能性としては在りうる」

セシリア「万が一。と言う言葉がございますし」
 
466 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/23(金) 05:06:12.26 ID:k8PeEIG/o

 ──ごくり。

 岡部の手元に視線が集まる。
 紅莉栖はどうしたものかと表情を作り、シャルロットは乾いた笑みをこぼしていた。

岡部「ふむ……どうしたものか」

 岡部の顔は真剣そのものであった。
 ふざけている様子は微塵も感じられない。

 本当に、ラブレターであるとは思っておらず何かしらの嫌がらせかそれに準じた物だと考えている。

紅莉栖「……私が処理しておいてあげるから貸しなさい」

シャル「(えっ! 良いの? 紅莉栖……)」

 その言葉に一番驚いたのはシャルロットだった。
 紅莉栖はその手紙が何なのかを理解している。

 それを処分するという事は、他人の思いを踏み躙ると言う行為に当てはまる。
 シャルロットは紅莉栖がそのような事をする人間とは思えなかったので、驚いた表情を作った。
 
467 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/23(金) 05:06:39.28 ID:k8PeEIG/o

岡部「む──そうか、爆発の恐れは無いが手を切る心配がある。気をつけてな」

紅莉栖「了解。教室に行く前に処分するから先に行くわね──あっ、シャルロット。もし良かったら付いて来てくれない?」

シャル「えっ、僕?」

紅莉栖「えぇ。良かったらだけど」

シャル「……うっ、うん! じゃぁ、紅莉栖に付いていくからお先にね」

ラウラ「シャルロット。私も付いて行こう」

 立ち上がるシャルロットに続こうとラウラも席を立とうとする。
 危険が及ぶ可能性を考えて付いて行こうとするラウラの気持ちは嬉しかったが、素直に受け入れる訳には行かない。

シャル「ありがとラウラ。でも大丈夫、すぐ済ませてくるから。ね?」

ラウラ「そうか、わかった。シャルロットの爆発物処理の腕前は理解しているが、ぬかるなよ」

 素直に聞き入れ、椅子に着席しなおす。
 ラウラにはこう言った素直さがあった。
 
468 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/23(金) 05:07:06.08 ID:k8PeEIG/o

シャル「お待たせ。じゃぁ行こっか」

 食堂を出て行く2人。
 向かう先は紅莉栖の自室だった。

一夏「それにしても、怖いな。剃刀入りの手紙か」

箒「指先でも切り裂ければ良い、と考えてのことだろうか」

岡部「1位を取った事により、少なからず名前が出てしまったからな……厄介なことだ」

鈴音「アンタは男子ってだけで相当知名度はあったけどね」

セシリア「御自分では理解していらっしゃらないようですけれど」

ラウラ「今回の件で、一夏同様に倫太郎もより一層自分の身を守る術を身に付けねばな」

 見当違いの話しで盛り上がる一同。
 食後のブラックコーヒーを啜りながら、岡部の脳裏に疑問が過ぎった。

岡部「(はて──助手は何故、雑務など自分から引き受けたのだ?)」

 この疑問が解決する事は無い。
 岡部には到底理解出来ない、乙女心だった。
 
469 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/23(金) 05:07:33.62 ID:k8PeEIG/o


……。
…………。
………………。 

 
470 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/23(金) 05:08:00.20 ID:k8PeEIG/o


 ─セシリア・紅莉栖部屋─


 部屋は相変わらず、セシリアの豪華なベッドや調度品で溢れていた。
 紅莉栖の荷物は少量の着替え、書籍類だけとIS学園に来てからも娯楽品などは増えていない。

紅莉栖「ふぅ……あっ、適当に腰かけてね」

シャル「うん。ありがと」

 紅莉栖は自分のベッドに腰をかけ、シャルロットは椅子に腰を下ろした。
 暫くの沈黙が続く。

シャル「あの────」

 沈黙に耐えかねたシャルロットの口が開く。
 と、同時にアクションを起こしたのは紅莉栖だった。
 
471 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/23(金) 05:08:26.73 ID:k8PeEIG/o

紅莉栖「〜〜〜〜っっ!!」

 いきなりベッドに顔を押し付け、ジタバタともがき始める。
 足をバタつかせ、声にならない叫び声を発していた。

 終いには枕を被り、ぐりぐりと頭を動かしている。
 長く綺麗な髪が次第にぼさぼさと乱れていく。

シャル「……」

 目を細め、その状況を見守るシャルロット。
 自分でも良く脳内で行われる行動。それを目の当たりにした観想は──。

シャル「(端から見るとこんな感じなんだね)」

 だった。

紅莉栖「……」

 数十秒経ってから気が済んだのか、むくりと起き上がる。
 顔色は優れているとは言えなかった。
 
472 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/23(金) 05:08:59.26 ID:k8PeEIG/o

紅莉栖「どう思う?」

シャル「えっ?」

紅莉栖「これ……」

 差し出す便箋。
 もちろん、先ほど岡部が受け取ったラブレターと思しき物である。

シャル「ラブレター……だよね、きっと」

紅莉栖「うん」

 流れる沈黙。
 口を開いたのはやはりシャルロットだった。
 
473 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/23(金) 05:09:26.63 ID:k8PeEIG/o

シャル「それ、どうするの?」

紅莉栖「困った事に、回答が導き出せないのよ」

シャル「気持ちはわかるけど……」

紅莉栖「恐らく……いえ、十中八九。これがラブレターだと岡部が認識しても色好い返事はしないと思うの」

シャル「それは──うん。僕もそう思う」

紅莉栖「けれど、だからと言って第三者がこの手紙を破棄する権限なんて持ち合わせているはずが無い」

シャル「うん」

 そこまで言ってまたうな垂れる紅莉栖。
 紅莉栖にしては珍しく、情緒不安定な姿を他人に見せている。
 
474 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/23(金) 05:09:57.04 ID:k8PeEIG/o

紅莉栖「どうすれば……」

シャル「えーっと……多分、この間の仮装大会でオカリンの人気が凄く上がったんだと思う。
    ──その、凄くカッコ良かったし」

紅莉栖「岡部のくせに……」

シャル「だから、コレからもそう言った事……ラブレター貰ったりすることが多くなるんじゃないかなぁって」

紅莉栖「……」

シャル「数を貰えばオカリンだって、自分の人気に気付く……あぁでもでも一夏の例もあるし」

紅莉栖「岡部もまぁ……鈍感と言うか、自分の評価を認識できていない類の人間だから」

シャル「一夏もだよ、全然気付かないんだ……」

 重なる溜息。
 シャルロットもシャルロットで苦労していた。
 
475 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/23(金) 05:10:24.53 ID:k8PeEIG/o

紅莉栖「この手紙。やっぱり岡部に渡したほうが良いのかしら」

シャル「うん……やっぱり、叶わないとしても想いは知って欲しいと思うよ。女の子なら」

紅莉栖「そうよね……」

 きゅっ、と手紙に力が入る。
 紅莉栖と岡部の曖昧な距離感。

 自分が岡部に抱く気持ち。
 それが完璧に、完全に整理出来ていないまま、なぁなぁと一緒に歩いている自分に苛立ちが積もる。

紅莉栖「ちゃんと、渡す」

シャル「それが良いよ」

紅莉栖「うー……これからも、こんな事が多くなるのかしら」

シャル「あはは……お互い気苦労が絶えそうにも無いね」

 椅子から立ち上がり、ぽんぽんと紅莉栖の背中を優しく撫でる。
 年上でしっかりしていると思っていた女性が、恋愛面では同じ少女であることを再確認してシャルロットは親近感を覚えていた。
 
476 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/23(金) 05:10:51.17 ID:k8PeEIG/o

シャル「さ、行こうか」

紅莉栖「うん……」

シャル「その前に髪をとかさないとね。髪がぼさぼさだ」

紅莉栖「あっ……」

 にっこりと笑顔を見せて、櫛を取り出すシャルロット。
 布団に上がり紅莉栖の後ろに座り込んだ。

シャル「はい。じっとしててね」

紅莉栖「あ、ありがと……」

 何故か頬を染める紅莉栖。
 友達自体が少なかったこともあり、同年代である友人に髪をといで貰うことなど初体験だった。
 
477 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/23(金) 05:11:19.38 ID:k8PeEIG/o

シャル「ラウラもだけど、紅莉栖の髪の毛もサラサラだね」

紅莉栖「そ、そう?(あっ……気持ち良いかも)」

シャル「うんうん♪」

 丁寧に髪を整えていくシャルロット。
 ほぼ毎日ラウラにしているだけあって、手馴れたものだった。

 すいすいと綺麗になっていく紅莉栖の長髪。
 5分もすれば元通りになっていた。

シャル「でーきたっ」

紅莉栖「ありがとね、こんな事までさせちゃって」

シャル「良いの良いの、僕こういうの好きだから」

 そう言って、ベッドから飛び降りるシャルロット。
 手を出して紅莉栖の手を取る。
 
478 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/23(金) 05:11:45.82 ID:k8PeEIG/o

紅莉栖「……ありがとう」

 一瞬躊躇ってから、その手を握る。
 紅莉栖はなんだか可笑しくて、顔がにやけてしまった。

 友達なんて1人も居なかったのに、岡部と出会ってからこうも簡単に友達が出来てしまう。
 あいつには友達を引き寄せる力でもあるのかと勘繰ってしまう。

紅莉栖「(でも……だとすると、友達少ないわよねアイツ)」

 良質な人間だけを引き寄せるとでも言うのか。
 しかし、それならば納得がいく。

 ラボのメンバーにしても良い人ばかりだ。
 知り合えて、友達になれて良かったと素直に思える。

 IS学園に来てからも同じだった。
 紅莉栖が持っていなかった物を、簡単に岡部が持って来てくれる。
 
479 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/23(金) 05:12:12.27 ID:k8PeEIG/o

紅莉栖「(悔しいけど……)」


 ──やっぱり、私は岡部が────なのかな。


紅莉栖「(絶対に言ってやら無いけどな!)」

 頬がほんのりと紅潮し、顔がニヤける。
 自分でも驚くほど晴やかな気持ちになることが出来た。

シャル「じゃぁ、行こうか」

紅莉栖「えぇ」

 2人揃って部屋を出る。
 向かう先は1年1組。

 紅莉栖の手にはしっかりと、岡部宛の手紙が持たれていた。

 
480 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/23(金) 05:12:58.32 ID:k8PeEIG/o


……。
…………。
………………。 
 
 
481 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/23(金) 05:13:50.61 ID:k8PeEIG/o


 ─教室─


岡部「なぁ、ワンサマーよ」

一夏「ん?」

 HR前の教室。
 何時も通り、生徒達はこの貴重な合間時間を思い思いに過ごしていた。

 そんな中で岡部は何時もと違った違和感を覚えている。

岡部「何か……こう、視線のような物を感じるのだが」

 キョロキョロと辺りを見回しても普段と変わらない教室。
 けれど、今日は何故か纏わり付くような視線を感じていた。

 それも1つや2つでなく、結構な数の視線を感じる。
 
482 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/23(金) 05:14:17.12 ID:k8PeEIG/o

一夏「んー? どうだろうな……何時も通りな気がするけど」

岡部「むう……」

 視線の正体はクラスの女子達だった。
 一夏にしてみればIS学園に入学した当初からひたすら見られ続けて居るわけで、この類の視線は日常茶飯事である。

 別段気にするほどの、気に入るレベルの物ではなかった。

岡部「いやしかし、何故だ。チラチラと此方を伺われているような気がしてならんのだが……」

一夏「まぁ俺達はこの学園からしたら、パンダみたいなものだからさ」

 今もまだ珍しがられてるんだよ、とそう付け加えた。
 事実、一夏は自身が男性として魅力的な視線で見られているとは露ほど思っていない。

 そしてその視線の半分近くが、先日の仮装で岡部に移動していたことも知らなかった。
 
483 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/23(金) 05:14:55.52 ID:k8PeEIG/o

岡部「そうか……」

 腑に落ちない岡部であったが、気に病んでも仕方が無い。
 ISを動かせる男性は世界に2人しか居ないのだから、注目を浴びるのもまぁ納得出来ると岡部もその結論に行き着く。

 そもそもが、岡部にも一夏にも自分が不特定多数の女性に好意を向けられている。
 このような答えを出す思考が無いのだから、正当など導き出せるはずも無い。

 首を傾げ、なんだろうなぁと思う他無いのだ。

 しばらくボーっと過ごしていると、机に近づいてきた者がいた。
 牧瀬 紅莉栖だ。

岡部「助手か」

 紅莉栖は岡部の机に食堂で女子生徒から手渡された便箋置いた。
 封は切られておらず、そのままの状態である。
 
484 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/23(金) 05:15:38.08 ID:k8PeEIG/o

岡部「処分したのでは無かったのか?」

紅莉栖「一応、スキャンをかけてみたの。したら危険物の反応は一切無かった──つまりコレは純粋にアンタに向けられて書かれた手紙よ」

シャル「うん。危険は無いから大丈夫だよ」

 紅莉栖の後ろからシャルロットが顔を出す。
 そう言えば、何故か紅莉栖がシャルロットを連れ出して行ったな。と岡部は思い出した。

岡部「いやしかし、あの女生徒の顔は知らないし貰う謂れが──」

紅莉栖「だーかーら、開けて読めば全部わかるでしょうが」

シャル「だね。読めばわかるよ。僕達が目を通すのも悪いし席にもど──」

 ──ペリリ。

 シャルロットが気を利かせて席を離れようとする暇も与えず、岡部は封を破った。
 そしてそのまま、無神経にも全文を音読し始める。
 
485 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/23(金) 05:16:03.96 ID:k8PeEIG/o

岡部「──えー、何々……岡部 倫太郎さまへ」



 ──いきなり、このようなお手紙を出してしまって申し訳ありません。
 
 さぞ、驚いたことでしょう。

 しかしながら、私の胸に宿ったこの想いを貴方様に告げずにはいられませんでした。

 このような軽率な行動を取った事を御許し下さい。



紅莉栖「っちょ! 何いきなり読み始めてんのよ!!」

シャル「わっわっ!」
 
486 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/23(金) 05:16:30.78 ID:k8PeEIG/o

 慌てる紅莉栖。
 顔を赤くするシャルロット。

 2人には読まずとも、この手紙の内容は想像がついている。
 それを知らないとは言え、岡部が音読を始めてしまった。

 考えてもいなかった事態に、混乱する2人。
 2人がわちゃわちゃと悶えている中で、騒ぎを聞きつけたのか何時もの面々──。

 一夏、箒、セシリア、ラウラが岡部の机付近に集まってきていた。
 偶然にも岡部を囲むような形になったので、そのお陰か他の生徒に聞かれるような心配は無くなっていた。

岡部「えぇい、今読み上げるから助手もヂュノアも少し静かにしていろ」


 ──あの日。

 仮装大会の日。

 貴方様の仮装姿を見たとき、私の胸には雷が突き刺さりました。

 夢にまで見た“アーカード”を目の当たりにした私の気持ちがおわかかりいただけるでしょうか?

 ちなみにですが、ご存知でしょうか?
 
 “Alucard”とは“Dracula”の逆綴りなのですよ。
 
487 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/23(金) 05:16:56.60 ID:k8PeEIG/o

岡部「……む?」

紅莉栖「へ?」

シャル「え?」

箒「?」

セシリア「?」

ラウラ「?」

 一様に首を傾げる一同。
 その中でも紅莉栖とシャルロットの傾げ具合は図抜けていた。


 ──あぁ、なんて素晴らしい衣装!

 なんて素晴らしい仮装!

 なんて素晴らしい台詞の数々!

 徹頭徹尾、貴方様は“アーカード”でした!

 あの時、あの場所で完全に完璧に貴方様は“アーカード”でした!

 完全です。完全に、です。
 
488 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/23(金) 05:17:22.37 ID:k8PeEIG/o

岡部「……」

 ひくひくと、頬の皮が引きつり始める岡部。
 残りの顔ぶれも手紙の内容が理解出来ないでいる。

 岡部は口を閉ざし、音読を止めた。
 ぱらぱらと残りのページに目を移すと同じようなことがつらつらと書き綴られている。

 端から端までビッシリと書かれた、キャラクターに対する愛。

 紅莉栖やシャルロットが想定していた文とは、完全に方向が違っていた。
 ラブレターではない。

 コレは──。

紅莉栖「──ファンレター?」

岡部「……」

 岡部は眉をひそめた。
 他の連中は、アーカードとは何だ? と口々に会話している。

 手にしていた手紙を机上に置き、携帯を取り出した岡部はすぐさまコールボタンを押した。
 発信先は“椎名 まゆり”である。

 短めの発信の後、聞きなれた声が岡部の鼓膜を振るわせた。
 
489 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/23(金) 05:17:48.64 ID:k8PeEIG/o

まゆり『トゥットゥルー♪ オカリン? どうしたのー?』

岡部『あぁ、俺だ。今は大丈夫か?』

 なぜ、いきなり電話をかけたのか理解出来ない一同はさらに首を傾げる。
 理解不能であった。

まゆり『うん、大丈夫。まだHR前の自由時間だよ』

岡部『そうか。1つ聞きたい事があるのだが……』

まゆり『んー? なぁに?』

岡部『あの、31日の仮装な。アレには何か元ネタがあるのか?』

まゆり『あるよー!』

 その言葉を聴いて、天井を仰ぎ見る岡部。
 ふきだしを付けるのなら、やはりか。が妥当である。
 
490 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/23(金) 05:18:18.38 ID:k8PeEIG/o

岡部『そうか……』

まゆり『あれ? オカリン知らなかったの?』

岡部『あぁ。まゆりのオリジナルだと思い込んでいた』

まゆり『えーっ!? すっごくそれっぽい台詞を言ってたから、オカリンも知ってるんだと思ってたのです』

岡部『……』

 岡部は今の今まで、自分が袖を通したそれが既存のキャラクターの衣装。
 つまり、キャラクターコスプレであることを知らなかった。

 また、自身が付けた設定が知らず知らずそのキャラの真芯を捕らえていたことにも。
 
491 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/23(金) 05:18:52.92 ID:k8PeEIG/o

まゆり『いやぁ、良い完成度だったねー。オカリンかっこ良かったなー』

岡部『……今日な、ファンレターを貰った。衣装が凄いと絶賛されているぞ』

まゆり『ファンレター! ほんと? 凄いね、オカリン!』

岡部『いや、凄いのはお前だ。まゆり』

まゆり『へ?』

岡部『まぁ良い。このファンレターはお前の家に郵送しておく。全文は読んでいないが、ひたすらキャラクターの事が書かれているに違いない』

まゆり『そうなの?』

 電話口で首を傾げるまゆり。
 コスプレイヤーに送られる賛辞とは、ソフトに向かって送信されるのが殆どである。

 ハード。衣装とソレを作った製作者に拍手を送る者は同業か“通”な人間だろう。
 
492 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/23(金) 05:19:18.95 ID:k8PeEIG/o

岡部『そうだ』

 しかし岡部はそうと断定している。 
 ならば、まゆりはそうなのだと思う娘だった。

まゆり『わかったー。えへへ、嬉しいなぁ』

岡部『今日中に出しておく。じゃぁな』

 用件を済まし、電話を切る岡部。
 文中に出てきた謎の単語はキャラクターの名前で、仮装の元ネタだと周りに説明する。

一夏「へぇ、じゃぁ椎名さんの作った衣装に惚れ込んでこの手紙を?」

岡部「だろうな」

セシリア「そう言えば、演劇部の方が椎名さんの腕前に舌を巻いてましたわね」

箒「あぁ。縫い方を控え室で教えて貰っていたりもしたな」

ラウラ「私の着ていた衣装も手作りだと聞いた。職人芸と言うやつだな」

 話しの角度が変わり、まゆりの技巧について話し始める。
 そんな中で、紅莉栖とシャルロットだけが小声でひそひそと意見しあっていた。
 
493 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/23(金) 05:19:45.53 ID:k8PeEIG/o

紅莉栖「(どう思う?)」

シャル「(うーん、全部読んでないから一概には言えないけど)」

紅莉栖「(──よね。かと言って全部読ませてとも言えないし)」

シャル「(でもまぁ、僕達が思っていた内容じゃなくてホッとしたような……)」

紅莉栖「(そう……よね。うん、まぁ良い……か)」

 実際、最後まで文を読み進めても岡部に対する恋心を綴ったものは無かった。
 あるのは原作の話しと、衣装のクオリティについて。
 
494 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/23(金) 05:20:12.07 ID:k8PeEIG/o

 岡部のレイヤーとしての、土台の良さ。
 顔立ちや、身長。
 更には声質の良さから声優になってはと話が飛び火している始末だった。


 ここで産まれる疑問。
 これ程までに、岡部の演じたキャラクターに陶酔した彼女が本当に恋心を抱いていないのか。


 答えはNOである。
 彼女だけではない。


 あの日、岡部に見とれた女子の中で瞬時に恋に落ちた者も少なくなかった。
 それだけの魅力があの日の岡部はあった。


 しかし、誰も行動に移すことは無い。

 
 なぜなら“岡部 倫太郎と牧瀬 紅莉栖は付き合っている”と言う根強い噂。
 それを裏付けるかのように、仲の良い2人の姿を何人もの生徒が目撃している。


 そして高校1〜3年生の女子が、岡部を諦める程の容姿と才覚を牧瀬 紅莉栖は持ち合わせていた。
 以上の点により、岡部が女生徒から手紙を貰うことはこれ以降ありはしなかった。


 最初で最後のラブレター騒動。
 その全ての真実を知るものは、誰1人として存在しなかった。
 
495 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/23(金) 05:20:54.08 ID:k8PeEIG/o
おわーり。
ありがとございました。
496 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/11/23(金) 09:03:37.80 ID:CHG3ybeIO
おつおつ
497 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/11/23(金) 09:33:34.08 ID:uD48OkXso
おーつ
498 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/11/23(金) 18:51:52.32 ID:7clq2e9DO
乙ティカセブン
499 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/11/24(土) 01:42:10.45 ID:M1BoRmZDO
俺もアーカード知らないからとりあえずググッたらヘルシングと出たがヘルシングのキャラなんだ
ヘルシングって面白い?産業で内容誰か教えて
500 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2012/11/24(土) 01:45:42.14 ID:9IaOJMSvo
主人公最強
最終的に無敵
敵の死に様を楽しむ漫画
501 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(静岡県) [sage]:2012/11/24(土) 22:24:37.62 ID:rNOfP3xoo
↑これだな
502 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/11/25(日) 00:03:18.83 ID:nDzFDA7B0
少佐は
戦争が
大好き
503 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/11/25(日) 02:48:59.18 ID:Lfj3+yFIO
野獣先輩は
人間の
504 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/11/25(日) 03:17:12.99 ID:+4rR0E3DO
なんか興味沸いたから借りて読んでみるけど何巻まであるの?つかまだ続いてるの?
505 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(静岡県) [sage]:2012/11/25(日) 08:50:29.00 ID:GNIAOJWXo
諸君
私は
戦争が好きだ
506 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/11/25(日) 11:49:55.98 ID:CyAi6+3Vo
小便は済ませたか?
神様にお祈りは?
部屋のスミでガタガタ震えて命乞いをする心の準備はOK?

セラスゥっていう金髪巨乳っ子も最終的にはそいつは素敵だ大好きだみたいな感じになるから。
あと眼鏡率が高い
507 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) [sage]:2012/11/26(月) 01:03:28.74 ID:V2/UIBp0o
全十巻で完結してたっけなあ
508 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/26(月) 04:01:09.95 ID:YDFzMxwSo
投稿します。
509 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/26(月) 04:01:36.91 ID:YDFzMxwSo
>>495  つづき。


 
……。
…………。
………………。

 
510 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/26(月) 04:02:12.02 ID:YDFzMxwSo

岡部『……』

 視界は最悪だった。
 剣山のように尖った岩肌、ハイパーセンサーを極端に鈍らせる濃霧。

 外部からのサポートも受けれない、完全単独戦。
 日本海、海上に設置された特別IS戦闘演習場に岡部ら専用機持ち、ならびに成績優秀者が集っていた。

岡部『“パラダイム・シフト”索敵開始……』

 濃霧の向こうへと、ビットを飛ばす。
 ビットから送られてくる12の映像を、小窓のモニターで確認した。

 この濃霧の中では大変役立つガジェットであり、岡部も場面場面に使い方を変える術を身に着けていた。

岡部『対象発見』

 “甲龍”の後姿が1つの小窓から映し出された。
 勘付かれぬように、距離を固定する操作をビットに送る。

 専用機“甲龍”の操縦者である“凰 鈴音”はじっと動かず集中していた。
 “濃霧戦”に切り替わり、3日が経過している。

 この極端に視界の悪い中では、闇雲に動き回ることが失策であると午前中に痛いほど理解していた。
 
511 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/26(月) 04:03:20.02 ID:YDFzMxwSo

鈴音『倫太郎のヤツ……今度こそは吠え面かかせてやるんだから……っ!』

 目をギラギラと血走らせ、八重歯を尖らせている。
 午前中に岡部と当り、呆気なく撃破された思い出が脳裏を横切る。

 ギリギリと歯を鳴らしながらも、集中は切らさない。

鈴音『見てなさいよー……』

岡部『……』

 センサーに掛からないギリギリの距離まで間合いを詰める岡部。
 鈴音は未だ、敵影に気付いては居なかった。

 “パラダイム・シフト”に指示を送る。
 指示を受け取った12のビットは、静かに“甲龍”を取り囲む形を作った。
 
512 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/26(月) 04:03:53.57 ID:YDFzMxwSo

鈴音『……っ! ────居る』

 岡部は音も気配も出しては居ない。
 しかし、鈴音は持ち前の勘でもってハイパーセンサーにも引っかからない何かを感知した。

岡部『囲まれていることに気が着いた……か。しかし、関係無い』

鈴音『……』

 ──ゴクッ。

 鈴音の喉が鳴る。
 暑くも無いのに、額から汗が吹き出ていた。
 
513 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/26(月) 04:04:29.36 ID:YDFzMxwSo

鈴音『来るわね……』

岡部『……』

 岡部の位置は、甲龍からおよそ10m離れた地点にある。
 射撃を行えば充分なダメージを与えることは出来るだろうが、致命傷は与えられない。

 鈴音も優秀なIS操縦者である。
 一撃でも被弾すれば、的を散らされ追撃は許されない。

 岡部が此処へ来て学んだこと。
 それは1度目のチャンスで仕留めなければ、到底勝ち得ないと言うことだった。

 回りの人間は皆、岡部よりもISに携わっていた時間が長い人間達である。
 その中でも専用機持ち、並びに成績優秀者と渡り合う為には一度訪れたチャンスを逃すわけにはいかない。

 チャンスを伺い、チャンスを作り、チャンスを生かす。
 当たり前のことを必死に遂行していた。
 
514 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/26(月) 04:04:56.14 ID:YDFzMxwSo

岡部『──行け』 

 12のビットに指示を送る。
 指示を受けたビットは、順次目標へと向かって飛んでいく。

 ──ヒュンヒュンッ!!

鈴音『来たっ!! こ──っれは!?』

 風を切って放たれてきたソレは、ビット兵器その物だった。
 連結された“双天牙月”で切り落とす。

鈴音『っく! 何で、こんな物!!』

 “双天牙月”を振り回し6対目のビットを破壊した時、背中に悪寒が走った。
 振り向くことは出来ない。

鈴音『──────っ!!』

岡部『チェックだな、大陸娘』

 チャネルを通さなくても聞こえる距離から、岡部の肉声が聞き取れた。
 “サイリウム・セーバー”が背中をなぞるように行き来している。
 
515 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/26(月) 04:05:30.10 ID:YDFzMxwSo

鈴音『……1年2組、凰 鈴音。負けました』


 ビーーーーーーーーーーーーーーーーー。


 と長めのブザーが鳴り響き、濃霧が次第に晴れていく。
 鈴音の顔はやはり芳しくなかった。

千冬『ご苦労。直ぐにリンクから出ろ、次が待っている』

 オープンチャネルから千冬の指示が入る。
 この施設では各個人、午前に1戦。午後に1戦と日に2回の戦闘訓練が強いられている。

 かなりの過密スケジュールで行われる合宿は、臨海学校で行われたソレとは全く毛色の違う本格的な物だった。
 戦闘訓練に反省会。基礎体力が落ちないようにトレーニングも義務付けられている。

 自由時間は遊ぶことなどせず、皆泥のように眠っていた。
 中にはラウラや楯無などの例外もあり体力の問題も無い者も居たが、大半の生徒は毎日をそう過ごしている。
 
516 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/26(月) 04:06:05.62 ID:YDFzMxwSo

鈴音「あーもうっ、午前と午後で2連敗とかありえないっ!」

 更衣室でイライラを飛ばしているのは、2連敗を喫した凰 鈴音だった。
 ロッカーを強く蹴飛ばす。

セシリア「そう苛々しないで下さいな。負けているのは、鈴さんだけでは無いのですから」

箒「全くだ」

 そう口を添えるセシリアと箒。
 セシリアはまだ一度も岡部と戦っては居ないが、その戦績だけは知っていた。

 フィールド状況が晴天から濃霧へ切り替わった途端に、岡部は連勝している。

 箒に2勝。一夏に2勝。そして鈴音に2勝している。
 晴天での通常戦闘ではラウラに2敗、シャルロットに2敗していた。
 
 これまでの岡部の戦績は6勝4負。
 この施設に来てから実に10戦も戦っていた。
 
517 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/26(月) 04:06:45.92 ID:YDFzMxwSo

セシリア「明日は恐らく、わたくしと倫太郎さんです。気を引き締めないと……」

箒「簪と当る可能性もあるが……気を引き締めることだ」

 悔しげな箒の表情。
 自分より操縦期間の短い岡部に負けたことが悔しかった。

鈴音「はぁ……反省会行って来る。次は、負けない」

 ぽつりとそう呟き、更衣室を後にする鈴音。
 切り替えの早さも代表候補生には必要なスキルだった。

セシリア「今は、一夏さんと簪さんが戦っていますわね」

箒「あぁ。次はセシリアとシャルロットだったな」

セシリア「えぇ……箒さんはラウラさんとですね?」

箒「……」

 2人とも午前の部では負けを味わっている。
 午後の部では負けたくないと言う気持ちがとても強かった。

 鈴音のことなど言えやしない。
 箒もセシリアも、負けた自分に苛々している。

 この気持ちを引きずってしまえば午後も勝てるはずが無い。
 そうわかってはいても心はささくれる。

 深い深呼吸をしてから、2人は表情を作りなおした。
 
518 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/26(月) 04:07:30.94 ID:YDFzMxwSo

セシリア「負けませんわよ」

箒「無論だ」

 表情を作る。
 2人は気持ちを無理矢理にでも切り替えた。


……。
…………。
………………。

 
519 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/26(月) 04:08:03.89 ID:YDFzMxwSo

真耶「ちょっと、過密スケジュール過ぎますよね……生徒達に疲れが見えてます」

千冬「だが政府からのお達しだ。全国で放映されることになるから、無様な戦闘は見せられない……」

真耶「操縦者の実力底上げを徹底的に……ですね」

 場所は作戦司令室。
 この人工的に作られた島は、有事の際にも機能するよう作られている。

 2人の教師はこの司令室から、全てのリンクをモニターしていた。

真耶「それにしても、岡部君の戦績上昇が著しいですね」

千冬「視界の悪さに他の者が慣れていないだけかと思ったが……ヤツの索敵技術が全てを上回っている」

真耶「“石鍵”……束博士が手掛けた最新モデル……一体どんな性能が……」

千冬「……」

 押し黙る2人。
 篠ノ之 束の思惑は、親友である千冬にも掴めない。

 一体何を考えているのか。
 何を企んでいるのか──。
 
520 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/26(月) 04:08:32.64 ID:YDFzMxwSo

束「企むなんて酷いなー、私は常に思考し考えているだけだと言うのに! ぷんぷんだよ、まったく!」

真耶「〜〜〜〜〜!?」

千冬「……」

 千冬の眉間に一瞬、しわが寄った。
 完全に予期せぬ来訪者の登場に、真耶の表情は凍りつく。

束「ちーちゃああん! 来たよ−おいっすー!」

 抱きつこうとする束をアイアンクローでもって迎撃する。
 ばたばたと両手をクロールさせる束だったが、空をかくばかりだった。

千冬「なんの用だ、束。どこから入った、どうやって来た、何故急に来た」

束「わははー! 質問攻めだねちーちゃん。良いよ良いよーもっと質問してくれてOKだよー」

 にへらにへらと笑顔を浮かべる束。
 そんな束とは対照的に、溜息を付く千冬。
 
521 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/26(月) 04:11:00.29 ID:YDFzMxwSo

千冬「────岡部か」

束「うん」

 さらりと。
 束は自分の目的を肯定した。
522 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/26(月) 04:11:28.05 ID:YDFzMxwSo



真耶「あの……どうぞ、お茶です」

束「おー、センキュー特急修行中ー!」

千冬「いらん。水でも飲ませておけ」

束「あう、ちーちゃんは相変わらずイケズだなぁ」

 押し切るような形で司令室の椅子に腰をかけた束。
 会話はしているが視線の先はモニターだった。

 モニターの中では“紅椿”と“シュヴァルツェア・レーゲン”が濃霧の中、戦っていた。

千冬「……」

 ぐい、と束の頭を掴み捻った。
 コキッ。小気味良い音が響く。
 
523 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/26(月) 04:12:02.54 ID:YDFzMxwSo

束「わだだっ」

千冬「この部屋は関係者以外立ち入り禁止だし、生徒の戦いを部外者に見せることはできん」

束「だーかーらー、IS関係で言ったらそらもう私はちょー関係者な訳だし、その理屈で言ったら私が部外者になることなんて──」

 ──メキメキメキッ。

 捕まえていた束の頭蓋が軋む。
 千冬の握力は、握力計を軽く振り切ることで有名だった。

束「わーかったわーかったよう! 痛い痛いってば!」

千冬「ふん。山田先生、私にはコーヒーを」

真耶「あっ、はい。少々お待ち下さいっ」

 これは、席を外して欲しいと言う合図だった。
 真耶もそれを理解して席を外す。

 ──キィ。

 椅子が鳴る。
 束と対面の席に腰を下ろした。

 この親友同士が椅子を並べて座るのなど、何年も無かったことである。
 
524 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/26(月) 04:12:36.89 ID:YDFzMxwSo

束「っふっふっふ、なんか久しぶりだね。こうやってお話するのは」

千冬「お前が姿をくらますからだ、馬鹿」

 ふん、と鼻を鳴らしそっぽを向く。
 こうして視線を合わせずに会話をするのも、昔から変わらなかった。

千冬「──で、あの“石鍵”はなんだ」

束「なんだとはなんだ」

千冬「……」

束「うぅ、わかったよう。そう睨まないでよちーちゃん」

 こうして一々釘を刺さねば、束はとことん話しを逸らしていく癖が昔からあった。
 
束「“石鍵”かー、あれねー、あれはねー……」


 ──失敗作なんだよねぇ。


千冬「失敗作……?」
 
525 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/26(月) 04:13:03.65 ID:YDFzMxwSo

束「うん。厳密に言うと確実に失敗作になる機体、かなぁ」

千冬「続けろ」

束「アレはね、ソノ機能全てをコアに任せてあるんだ」


 ──“ファースト・フォーマット”“ファースト・シフト”でまず操縦者の脳と同期する。

 そして操縦者の特性と言うか、まぁ人格だよね。

 そう言ったところから機体を生成していくんだ。

 これは凄い技術だよ? 何しろ最初から操縦者と完全リンクする訳だからね、いきなり手足のように操縦出来るはず。

 もう革新だね。革命だね。束さん天才だよね?


千冬「ヤツの操縦技術の正体はソレか……で、何故それが失敗作になるんだ」


 ──んもう。

 コアが同期する個体……つまり、その人物によって大きく能力が変わるんだよ。当たり前だけれどね。

 それこそ、第1世代に劣るスペックも在り得るし箒ちゃんの駆る“紅椿”より高スペックになる可能性もあるんだ。

 
526 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/26(月) 04:13:43.91 ID:YDFzMxwSo

千冬「妹を溺愛するお前が、なぜソレをあいつに渡さなかったんだ」


 ──はははっ、痛いところを突くねちーちゃん。

 だから。それが失敗作である由縁なのだよ。

 その操縦者の人格。つまり経験や思想、考え方を基盤にして全てが生成されるのさ。

 考えてもごらんよ、20年も生きてない子らがこのシステムを使ってISを生成したところで50歩100歩の機体しか産まれないよ。

 そんな大それた人生を歩んでる子なんて滅多なことじゃ居ないからね。

 まぁ、そんな訳でそれっきりあのタイプは着手していないんだ。

 完全に失敗作だね。
 
527 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/26(月) 04:14:10.55 ID:YDFzMxwSo


千冬「……」


 ──あれはね、元々はちーちゃんにでも渡そうかと思っていたんだよ。

 ちーちゃんクラスの人間が“ファースト・フォーマット”を行えば、それはそれはもの凄い機体が産まれたんじゃないかなぁ。


千冬「断るがな」


 ──だしょー?

 だから、あの子にあげちった。

 世界で2人目のIS操縦出来る男子だからね、データも取れるしまぁ良いっかーって。


千冬「で、どうなんだ実際。お前の目から見て“石鍵”は」
 
 
528 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/26(月) 04:14:36.97 ID:YDFzMxwSo


 ──うん、異常。

 何を思ってあの形になったんだろうね?

 普通の人間なら、まずISの形をイメージする際にあんなフォルムは考えないよね。

 絶対防御があるんだから、肌を一切露出しないとか意味がわからないし。なに、照れ屋なの?

 それに男の子だったら、もっと攻撃的な装備を思い付いても良いもんだと思うけどなーんかパッとしないよね。


千冬「──ほう、まるで全てを見ていたような口ぶりだな?」


 ──すぴーすぴー。


千冬「はぐらかすな。……まぁ良い、その件は今回不問にしておいてやる」


 ──さすが、ちーちゃん。話がわかるね、大好きだよ結婚しよう。


千冬「断る。それで、どうしてまた今回は出てきたんだ」
 
 
529 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/26(月) 04:15:03.08 ID:YDFzMxwSo


 ──いやぁ、画面越しに見ていても煮え切らないから直接中身を見に来ようかなってね。

 束さんにそこまで興味を持たすなんて、中々凄いことだよ、これは。

 一体彼はどんな人生を歩んできたんだろうね?

 履歴を調べた限りじゃ完全に普通の子で、一切興味を惹かれない凡百な人間なんだけど。

 そこんとこどうなの、ちーちゃん? 


千冬「画面越しに……か。変わったヤツではあるが、普通……だな」


 ──おかしいよねぇ。

 そんな普通の子が、普通じゃないISを作り出すなんて。

 これはもう、脳をナノ単位まで調べても罰は当らないよね。

 科学の発展、ISの発展の為にーって。

 いっくんは切り刻みたくないから出来なかったけど、彼なら別にどうなっても良いから刻み放題でしょ?

 
530 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/26(月) 04:15:44.27 ID:YDFzMxwSo


千冬「刻むな。アイツも私の生徒だ、危害を加えるなら許すわけにはいかん」


 ──むう、妬けるなー嫉妬しちゃうなー。

 でもまぁ、刻まないでも調べられるから良いよ。

 ちーちゃんに免じて、機体を調べるだけにするよ。


千冬「生れるはずが無い、異常な機体か」

束「いっくん同様、なんでISが動かせるかさっぱりだしねー、不思議不思議」

 目を細めながらお茶を飲む束。
 飲み干した湯飲みをタンと机に置いた。

束「ぷはー、ご馳走様。それじゃ私は行くよん」

千冬「施設内を自由に闊歩されても困るんだがな……」

束「気にしない気にしないっ。じゃねっ!」

 快活に答えると、束は司令室からトタトタと元気よく飛び出して行ってしまった。
 千冬はそれを止めようとはしない。

 止めても無駄であることは、親友である彼女が一番理解していた。
 
 
531 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/26(月) 04:16:14.66 ID:YDFzMxwSo

千冬「岡部……か、お前は一体どんな世界を見てきたと言うんだ」

 “石鍵”のデータベースに目を落す。
 牧瀬 紅莉栖が隠蔽していたデータが、そこには表示されていた。

 提出されたスペックとはことなる数値。
 開放されていない、莫大なエネルギー量。

 呆れるほど頑丈な装甲。

千冬「牧瀬がこれを隠す意図はわかる。隠されているエネルギーを推定で計算しても異常な数値だ……」

 操縦者:岡部 倫太郎 IS:石鍵

 謎に満ちた凡百の生徒。
 千冬はそっと、その画面を閉じた。

 誰に語るまでもなく、呟く。 

千冬「私がこれ以上、詮索しても仕方が無い。後は束に好きなようやらせるさ」

 ──もちろん、教師として口は出すがな。

 最後にそう付け加えて。
 
532 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/26(月) 04:16:47.08 ID:YDFzMxwSo
おわーり。
ありがとうございました。
533 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/11/26(月) 10:58:47.69 ID:jMv5RTsso
乙乙
534 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(宮城県) [sage]:2012/11/26(月) 13:37:31.61 ID:FD5L7TAoo
乙ー
535 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/11/26(月) 20:17:48.98 ID:OqvQkGjZo

一度読んだ筈なのに引き込まれるな
536 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/11/27(火) 01:38:19.71 ID:eQDGqToDO
>>535
禿同
全部内容知ってるはずなのにまるで初めて読むかのような感覚に襲われ引き込まれて続きが気になってしまう不思議な魅力のあるSSだ
537 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/11/27(火) 18:56:44.58 ID:V3/CiUCDO
タイムリープのせいか
538 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/11/28(水) 20:35:13.09 ID:koVo//D7o
なんだ
知ってる気がしたのはおれがタイムリープしてきたからなのか

乙なのだぜ?
539 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/29(木) 06:07:09.52 ID:lqapAszKo
投稿します。
一レスでの文字量が多くて読みにくいかもしれません。
540 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/29(木) 06:08:09.62 ID:lqapAszKo
>>531  つづき。


……。
…………。
………………。
 
 
541 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/29(木) 06:08:38.26 ID:lqapAszKo


 ─談話室─


 特別IS戦闘演習場には様々な施設がある。
 それは有事の際に、軍人……この場合IS操縦者が状況に合った行動が取れるようにと設計されているからだ。

 “岡部 倫太郎”と“凰 鈴音”は、数ある部屋の中の一室。
 談話室で反省会を行っていた。

 試合後は反省会を行う。
 これは千冬が決めたルールであった。

鈴音「ってか、アンタ何で濃霧になった途端に張り切っちゃってるのよ」

岡部「実力だ」

鈴音「平地戦じゃズタボロだったじゃない」

岡部「ぐぬぬ……」

フォルテ「あー、面倒だからさっさと反省会終わらせちゃっても良いっスかね」

 会話に割って入ったのは2年生の“フォルテ・サファイア”だった。
 反省会には、その試合を観戦していた第三者が客観的な意見を述べる。

 これも千冬が決めたルールである。
 実戦は勿論、見ることによって学ぶことも大いに大事だと。

鈴音「あっ、はい」

フォルテ「あーっと……鈴音っちはあれっスね。短気すぎるっス。もうちくっと冷静に対処した方が良いっスよ。
     岡部っちが行った攻撃、っちゅーか牽制っすかね? あれは」

岡部「あぁ。あのビット自体に攻撃力は皆無だ」

フォルテ「つまり、思いっきり目を惹き付けるための攻撃な訳っスよ。打ち落とす必要すら無いっス」

鈴音「うぅ……」

 フォルテにしてはまともな意見のオンパレードだった。
 普段、一切やる気を見せないこの生徒が何故このように振舞うかと言うと──。
 
542 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/29(木) 06:09:08.87 ID:lqapAszKo

 
……。
…………。
………………。

 
543 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/29(木) 06:09:35.91 ID:lqapAszKo

フォルテ「どうでも良いっスよー」

 午前の部。
 岡部vs鈴音 を真面目に観戦していなかったフォルテの第一声はソレだった。

 椅子に横たわり、欠伸をかいている。

フォルテ「自分、今日は午前午後と観戦役と反省会のご意見人なんで適当にやっちゃって下さいっス」

鈴音「はぁ」

岡部「むう」

千冬「それは、真面目に試合を見ていないし、反省会に参加する気も無いと言うことか?」

フォルテ「有体に言えばそうっスねー、ふぁぁ……ん?」

 空いた口が塞がらなくなるフォルテ。
 今、自分は誰に何を答えたのか。

 目の前に居るのは、後輩2人。
 談話室には自分を含め、3人しか居ないはず。

 なのに、何故か後方から問いかけが投げられ後方へと回答をした。
 ギ・ギ・ギと首が後ろに回る。

千冬「おう」

フォルテ「あ……」
 
 
544 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/29(木) 06:10:04.41 ID:lqapAszKo


……。
…………。
………………。
 
 
545 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/29(木) 06:10:31.87 ID:lqapAszKo

フォルテ「視界の悪い中で、前方から飛び道具か何かの攻撃が来たら先ず後ろを警戒するべきっス。
     この時、一番良いのがホバリングで左右へ移動。単機で戦っているのなら友軍機に気を使う必要が無いのでマシンガン何か撃ちつつ旋回するのもありっスね」

鈴音「……はい」

岡部「だが、大陸娘にマシンガンの装備など無いはずだ。そう言った場合はどうする」

フォルテ「無けりゃ、無いで良いんスよ。あればあったで使えば良いんス」

 気だるそうな声でフォルテが答える。
 何だかんだと、この娘は優秀な操縦者であった。

 的確にポイントを絞り、反省会を進めていく。
 1分1秒でも早く終わらせたいと言う念が、それを後押ししていた。

フォルテ「──と、言う訳で。鈴音っちは今後もっと落ち着いて戦況を見ると良いと思うっス。
     勝った岡部っチには特に言う事無しっすね。操縦が上手いっス」

鈴音「ぐぬぬ……ありがとうございました」

フォルテ「いえいえー、それじゃぁ自分はコレにて失敬するっス!」

 片手を挙げ、挨拶を済ませ旋風のように談話室を出て行くフォルテ。
 自由時間の限られたこの島では、1分1秒でも時間が惜しかった。

 廊下をすいすいと歩いていく。
 すると、すれ違う人影。

フォルテ「ん?」

 うさ耳のカチューシャ。
 まるで、お伽の国から飛びしてきたような格好の女性。

フォルテ「どっかで見たような……まぁ良いっス。さくっと部屋帰って寝るっスよ」

 ISの開発者であり、第一人者である“篠ノ之 束”の顔をみてコレであった。
 
546 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/29(木) 06:11:01.44 ID:lqapAszKo

鈴音「はぁ……見てなさいよ、次こそは決着を付けてやるんだからね!」

岡部「決着なら既に付いてるではないか……」

鈴音「そう言う意味じゃなくって!!」

 ──バーン!!

 勢いよく開く扉。
 鈴音が岡部に向かって開いていた口は、違う意味でまた開く事になる。

束「じゃーんっ!!!」

鈴音「あ、あ……」

束「やぁやぁ来たよー!!」

岡部「……?」

 突然の闖入者に、目を丸くし空いた口が塞がらない鈴音。
 そんな鈴音に対して、岡部は対極的に眉をひそめ首を傾げていた。

束「おやおやおや? 私が誰だか解らない? おかしいね? おかしいよねー?」

岡部「むう……?」

束「世界中でちょー有名人しちゃってる束さんを知らない人なんて、今現在この星には産まれたての赤子位なもんだと思うけど」

岡部「……」

鈴音「ちょっ、ちょっと!」

 本気で解らないと言う顔を作る岡部。
 そんな岡部に肘撃ちをして、教えようとする鈴音。

束「何故だろうねーどうしてだろうねー?」

岡部「……あぁ、ホログラフの」

 思い出す。
 “石鍵”を始めて手に入れた時に流れたホログラフ映像。

 マシンガンのように喋りまくる女。
 岡部は“萌郁とは対照的だな”と言う感想を抱いていた。

束「あれあれあれ〜? その程度の認識ってちょっと君の常識を疑っちゃうね」

岡部「む……」

 言い返せないで居る岡部。
 色々思い当たる節がある。

 出来たと言って良い。

 しかし“それは絶対に”人へは言えない。
 言わないと決めていた。

束「ふふふーん? まぁ良いや、その話しには触れないであげよう。“今は”ね」

岡部「……」

鈴音「?」

束「さてさて、さっそくだけど。君のIS──見せてね」

 ニッコリと笑顔を作る束。
 中身の無い、表面だけの笑顔。

 岡部の目にはそれがとても不気味な物に映った。
 
547 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/29(木) 06:12:49.57 ID:lqapAszKo

 
……。
…………。
………………。
 
 
548 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/29(木) 06:13:20.46 ID:lqapAszKo

 仄暗いIS格納庫。
 そこには3つの人影があった。

エム「……」

スコール「良い? 場所は日本海──」

エム「わかっている」

 言葉を遮るように了承したと言葉を放つ。
 オーダーは一回で充分。復唱する必要はないとその声色で主張していた。

オータム「スコール! 何で俺にも行かせてくれないんだ!!」

スコール「“アラクネ”はまだ動かせる状態じゃないわ。オータム、それは貴女にもわかっているでしょう?」

オータム「だけど……っ!」

 まるで聞き分けの悪い小学生のように食い下がる。
 指示を与えている上官らしき女は、慣れた扱いで部下をなだめた。

スコール「そうだ、オータム。後でお風呂に入りましょう、髪を洗ってあげるわ」

オータム「あっ、あぁ……」

 エムはそんな2人を冷やかな目線で見つめていた。
 煩わしい女に、馬鹿な女でお似合いだとも思っている。

スコール「エム。命令されたこと以外はしてはだめよ」

エム「わかっている……だが、ISに搭乗さえしていれば殺してしまっても構わないのだろう」

スコール「えぇ。だけど、貴女の標的である“織斑 千冬”は現段階でISの保有は確認されていないわ」

エム「……」

 エム──“織斑 まどか”の標的であり目標は“織斑 千冬”である。
 それ以外の者など何の興味も無い。

 “織斑 一夏”とて例外では無い。
 幾度か接触して確認した。

 やはり、彼女にとって“織斑 一夏”など何者でもないのだ。

 ただ、利用価値は大いに認められた。
 “織斑 一夏”を殺害すれば“織斑 千冬”はどんな表情を作るのだろうか。

 それを思うと、エムの口角は歪に変形していく。

スコール「貴女も大概ね」

エム「……」

 見透かされたように、呟くスコール。
 内心を覗かれたようで気持ちの良いものではなかった。

スコール「任務の再確認」

エム「主に視察……現在、日本海海上に設置されてある特別IS戦闘演習場にはIS学園の専用機が全て集結している。
   コレを襲撃。データを収集」

スコール「宜しい。そこにはロシア代表である“更織 楯無”も居るから注意してね」

エム「…………」

 IS戦において、無類の力を発揮するエムにとって代表操縦者と言えどたかが知れていた。
 アメリカ代表操縦者である“イーリス・コーリング”と一戦交えた時ですら、余裕を感じられた程である。

エム「……一度でいいから、ぞっとしたいものだ」

 そう小さくこぼし“サイレント・ゼフィルス”は大きく飛翔した。

 目的地。

 ──特別IS戦闘演習場へと進路を向けて。
 
549 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/29(木) 06:13:50.77 ID:lqapAszKo

 
……。
…………。
………………。

 
550 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/29(木) 06:15:05.92 ID:lqapAszKo


束「ぱらりろぱらりらぺろ〜♪」

岡部「(ゴッドファーザー……?)」

 お気に入りの音楽を口ずさみながら、大量の空中投影キーボードを高速で叩く束。
 場所は変わらずの談話室。

 彼女が居れば、そこがラボでありラボになる。
 束のペースでIS“石鍵”を展開させられた岡部は、そのまま済し崩し的に協力する形となった。

 鈴音はと言うと、束は眼中に無いのか完全に見えていないような素振りをしている。
 チャームポイントである八重歯を、ぽかーんと開けた口から覗かせていた。

束「へいへいへ〜い、全部曝け出しちまいな〜」

 口はふざけていてもそこは“超”が付く天才である。
 空中に呼び出された6枚のディスプレイと、6枚のキーボードを完全に使いこなしている。

束「ふんふん。思った通り複雑怪奇なフラグメントマップだね。いっくんのソレとも大分違うね」

 ──フラグメントマップ。

 各ISがパーソナライズによって独自に発展されしていくその道筋のことである。
 人間で言う遺伝子的なもの。

岡部「どうして男である俺がISを動かせるのか、わかったのか?」

 兼ねてよりの疑問をぶつけてみる。
 ISの産みの親である人物であれば、その疑問に対しなんらかの答えが帰ってくるものと思っていた。

束「ん〜? さてねー、何でだろうねー、いっくんにも言ったけどさっぱりぱりだよ。
  ナノ単位まで分解してみても良い? いっくんにはお断りされちゃってさ」

 しかし、期待した解答は得られず的外れなお願いが返ってきた。

岡部「断る」

 分解。
 それは言葉のニュアンスで“IS”ではなく、本体である“人間”を指していることは容易に想像が付いた。

束「それにしてもこの子は引き篭もり気味だね、全然答えてくれないよ。君がこの子の父親であるのならば、束さんは母親に当ると言うのに全く失礼な!」

 岡部に話しかけているのか、居ないのか。
 束の発する言葉はその全てが自己で完結していた。

 鈴音など未だに部屋の片隅で呆然としている。
 以前、束に話しかけて無残にも蹴散らされたセシリアが脳裏を過ぎり迂闊に動けないでいた。
 
551 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/29(木) 06:15:41.47 ID:lqapAszKo

束「ふむふむ……おっ、何か面白いパッチが2つほど当てられているね」

岡部「……」

 そのパッチと言うのは勿論“牧瀬 紅莉栖”が自作し当てたものである。

 1つはエネルギー供給を自動でカットする機能をカットするパッチ。
 もう1つは、パラダイム・シフトの出力をカットするパッチ。

 考えてみれば、2つともが元々あった能力を制限するパッチであった。

束「なるへそぺるせぽね……中々良いエンジニアが居るようだね、ほー……しかしまぁ良くわからない仕様だねこの子は」

 束にして良くわからない仕様と言いせしめる。
 コアは頑なにその全貌を見せようとはしなかった。

束「干渉を拒否ってるねこりゃ。全部自分でやりたがってるや」

 なおも高速でキーボードを叩く手を止めない束。
 6枚のディスプレイは次々にデータを表示していく。

岡部「で、結局何かわかったのか?」

束「んー? まぁ、ちょこっとだけどね……それにしても此処へ来て随分と実戦を組めているじゃないか、あとちょっとだね」

岡部「?」

 束は、こっちの話しだよと付け加えた。 
 そしてまたブツブツと独り言のように語り始める。

束「制限? リミッターか、があと……枚、コレは外部からじゃ無理だなぁ……意味わからん。ワンオフもまだ……、セカンドシフトも……」

 高速で端から端まで動く眼球。
 一字も漏らさず、膨大なデータを目で見て読み取っている。

 通常のエンジニアでは見れない情報。
 コアのブラックボックスに当る、深層部のデータを読み取っていた。

 ソレでも全てを掴むことが出来ない。
 束に掴めないのなら、この世界でそれを知ることが出来る人間など居ないことになる。

岡部「……」

 岡部はただただジッと、稀代の天才が満足するまで付き合うしかなかった。
 それから数分後。

 耳を劈く様なアラートが施設一杯に鳴り響いた。


 ──ジリリリリリリリリリ!!!


 “RED ALERT”
 緊急事態を告げる警告音。
 
552 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/29(木) 06:16:24.45 ID:lqapAszKo

岡部「!?」

鈴音「!?」

束「ほよ?」

 しばらくして、教員である“山田 真耶”のアナウンスが入った。

真耶「緊急事態です! 対象“UNKNOWN”は施設の迎撃システムを全て破壊し施設内に侵入しました!!」

岡部「なっ……」

鈴音「何よ、また!? ここでも!?」

束「ほー……」

真耶「各人、教員や施設職員の指示に従って避難して下さい!」

千冬「聞こえたな、相手は市街戦想定リンクで暴れまわっている。恐らく──“亡国機業”だろう。専用機持ちは作戦室に集合、こちらで指示を出す」

 “亡国機業”-ファントム・タスク-
 幾度だが、岡部も耳にしてある単語だった。

 一夏や、楯無に気をつけろと言われている相手。
 危険な相手だと。

鈴音「ちょっと! 何ぼさっとしてんのよ、行くわよ!」

 呆然としている岡部に声をかける鈴音。
 岡部が呆然とするのも当然であった。

 ついこの間まで一般人であった岡部である。
 このような緊急事態に、とっさに指示通り動く事など簡単に出来るはずが無かった。

束「はいストーップ!! 大陸の子はちょっと、黙っててね」

 岡部を連れて行こうとする鈴音に待ったをかける束。
 有無を言わせない何かがあった。

束「君君ぃ、チャーンスだよコレは」

岡部「なにを言っているんだ……」

 “ALERT”が鳴り響く中、束は笑顔を作っていた。
 明らかに異常である。

 そんな笑顔を見て、岡部は束に恐怖すら感じた。

束「丁度ISを展開しているしさ、これはもうヤッちゃうべきだよね、そうするべきだよね」

鈴音「──なっ」

 束が何を言おうとしているか、鈴音は即座に理解した。
 この女は──この科学者はデータを取るために目の前の人間を戦場へ送り出そうとしている。

 戦力も何もわからない状況で、単機出撃すればどうなるかなど想像に容易い。
 それでも稀代の天才は笑顔を浮かべて、ソレを促していた。
 
553 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/29(木) 06:17:22.22 ID:lqapAszKo

束「さっ、イってみよーかー!!」

 市街アリーナの方向に人差し指を向けて、くるくると円を描く束。
 ──キンッ! と甲高い音が鳴ったと思うと、楕円形の穴が綺麗に空いていた。

 まるでアイスディッシャーでくり貫いたかのように、壁が消失している。

束「そこの廊下を出て、突き当たりの扉を開けばソコはハイ楽園!」

岡部「なっ……」

鈴音「……」

 ギリリッ、と鈴音の八重歯が鳴る。
 逆らえない。“篠ノ之 束”には逆らえない何かがあった。

鈴音「……あの」

 意を決して口を開く。
 コレ以外に、最善の手は思い浮かばなかった。

鈴音「中国代表候補生の“凰 鈴音”です。サポートを願い出ます……」

束「ん? 勝手にすれば?」

鈴音「はい……ほら、行くわよ……」

 即座にIS“甲龍”を展開した鈴音は岡部を廊下へと誘った。
 市街エリアに向かう途中、プライベートチャネルで岡部へと話しかける。

岡部『おい』

鈴音『言いたいことはわかる。けど、あの人に逆らっても碌なことになりはしない』

 すぐにオープンチャネルを使い、司令室に居る千冬にコンタクトを試みたが“何故か繋がらない”状況になっていた。
 つまり、そう言うことなのだろう。
 
554 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/29(木) 06:18:22.26 ID:lqapAszKo

鈴音『良い? 先ず、敵の戦力を探るわよ。そしてなるべく戦闘は避ける、戦闘になった場合も時間を稼ぐ』

岡部『……』

 鈴音の頭は自身も驚くほど冷やかだった。
 全身がピリピリと緊張で痛む。

 岡部は何が起こったのか、理解が追いついていなかった。

鈴音『IS学園には度々こう言った襲撃があんのよ』

岡部『話しには聞いた事があるが……』

鈴音『集中しなさいよね。でないと……怪我じゃすまないわよ』

岡部『……』

 何時になく本気な声色の同学生。
 否応無く、これが現実であることを岡部の脳は理解していく。

 ──襲撃。

 岡部にとって最も嫌いな言葉の1つ。

岡部『俺は素人だ……お前の指示に従おう』

鈴音『何よ、素直じゃない……』

 呆気に取られたような顔を作る鈴音。
 岡部は鈴音に2戦2勝している、結果だけを見るのならばこの場合、作戦を考えるのは岡部になる。

 しかし、岡部はあっさりとその権利を鈴音に譲渡した。

岡部『これは遊びじゃない。お前の方が、こう言った状況への対応などに慣れているだろう』

鈴音『まっ、まぁね……』

 代表候補生としての、有事の訓練。
 そして度重なるIS学園での襲撃を経験している鈴音。

 短い思考の中で、鈴音に指揮を任せるのが最善だと岡部は答えを弾き出した。

鈴音『そんじゃま、行くわよ……』

岡部『あぁ……』

 市街エリアに続く扉へ辿り着く。
 鈴音の頭ではいち早く援軍……一夏の登場を願っていた。
 
555 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/29(木) 06:18:49.17 ID:lqapAszKo


……。
…………。
………………。

 
556 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/29(木) 06:19:18.22 ID:lqapAszKo


 ─市街戦アリーナ─


 日本海に浮かぶ特別IS戦闘演習場。
 その広大な敷地面積の殆どが、実戦を想定したアリーナで出来ていた。

 平地戦、市街戦、海上戦、山岳戦。
 そして、濃霧や雷雨など様々なシチュエーションを作り出せる全天候型のアリーナ。

 5つのアリーナからなる演習場は、全長30キロにも及ぶ超巨大施設である。
 各国が資金を提供しているだけあって、その施設の充実振りも確かだった。

 それだけの施設である。
 防衛システムもかなりの物を用意してあった。

 領空海内付近に近づけば直ちに警告。
 警告を無視した場合は、迎撃。

 今回の襲撃者はその防衛システムを全て破壊し、侵入してきた。
 それだけで、かなりの手錬だと伺える。

 襲撃者が最初に侵入したエリアは、市街戦を想定したビル郡立ち並ぶコンクリートジャングル。
 バイザータイプのハイパーセンサーで周囲を感知するが、人っ子一人居ない完全の無人街だった。

エム『……くだらん』

 ──キュンッ!!

エム『……』

 背後から放たれるBTエネルギー。
 エムはそれをほんの少し、体をそらすだけで難なく交わした。

職員『侵入者ですね? 貴女は幾つもの法を破っています』

職員2『抵抗は無駄です。直ちにISを解除し──』

エム『……』

 警告をし、投降を促す職員に対しエムは無言で“スターブレイカー”。
 星を砕く者の名を持つ長大なライフルの銃口を向けた。

職員『やる気まんまん……』

職員2『って訳ね……』

 
557 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/29(木) 06:19:45.40 ID:lqapAszKo
 
……。
…………。
………………。

 
558 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/29(木) 06:20:15.05 ID:lqapAszKo


-作戦司令室-


千冬「遅い! 岡部と凰はどうした」

 作戦司令室。
 そこには、IS学園の専用機持ち……岡部と鈴音以外が集っていた。

一夏「連絡が付きません。プライベートチャネルも一切繋がらない……」

楯無「……」

千冬「確か最後に一緒に居たのは……サファイアだったな」

フォルテ「えっ? あっ、自分っスか?」

千冬「反省会はどうした」

フォルテ「やだなぁ、ちゃんとやったっスよ。終わった後、自分は談話室から出てきちゃったんでその後は知らないっス」

千冬「サファイア。誰か不信な……いや、見知らぬ人間を見なかったか?」

フォルテ「……? あっ、そう言えばウサギの耳みたいのつけた人とすれ違ったような……」

箒「……っっ!」

一夏「!!」

 ウサギの耳。
 彼女、“篠ノ之 束”を表すのにこれ以上の特徴は必要が無かった。

 反応する一夏と箒。
 2人の視線は、自然に千冬へと集中した。
 
559 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/29(木) 06:20:42.63 ID:lqapAszKo

千冬「そうか……」

箒「あっ、姉が……来ているんですか?」

千冬「あぁ」

 千冬は簡潔に答える。
 しかし、それ以上口を開こうとはしなかった。

楯無「(篠ノ之博士が来ているこの状況で襲撃……ちょっと、タイミングが良すぎるわね)」

 勘繰る楯無。
 それもその筈で、IS学園を襲撃する無人IS。

 証拠こそ一切出ないものの、犯人の姿は浮かんでいた。

真耶「市街アリーナで職員が襲撃者と戦闘中! モニター出ます!!」

 真耶の声と共に映し出されるモニター画面。
 そこには“サイレント・ゼフィルス”に無残にも、嬲られている2機のISの姿があった。

セシリア「“サイレント・ゼフィルス”……っ!!」

 声をあげたのはセシリアだった。
 “サイレント・ゼフィルス”は英国で開発されていた第3世代機であり、“ブルー・ティアーズ”の姉妹機にあたる存在だった。

ラウラ「と言う事は……やつか」

一夏「……」

 一夏の表情が一段と引き締まる。
 自分の命を狙ってきた、実の姉の顔を持つ“織斑 まどか”と名乗る存在。

 拳を握る力が徐々に強まっていく。

一夏「ちふ……織斑先生……どうするんですか?」

千冬「相手の目的が不透明すぎる。迂闊に手出しは出来ん」

一夏「でもっ! このままじゃ、職員の人達が──」

千冬「お前が行って、救えるのか?」

一夏「……」

 有無を言わさぬ千冬の言葉。
 一夏は歯を食いしばり、俯くことしか出来なかった。
560 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/29(木) 06:21:11.67 ID:lqapAszKo


……。
…………。
………………。

 
561 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/29(木) 06:21:58.65 ID:lqapAszKo

鈴音『ここらがギリギリね……これ以上進むと相手のセンサーに引っかかる可能性があるわ』

岡部『……』

 スラスターは吹かさず、PICのみの静穏駆動でビルの隙間に機体を隠す2人。
 数キロ先では既に戦闘音が聞こえてきていた。

鈴音『誰か戦ってる……一夏、達な訳無いわよね……職員の人間かしら』

岡部『俺が探ろう』

 ──カシュッ。

 両肩部のハッチが開き、ビットを射出する。
 12のビットが散開し市街へと飛び立って行った。

岡部『……展開。索敵開始』

鈴音『便利よね、それ』

 そんな岡部を見て、口を尖らせる。
 鈴音は素直に、そのガジェットの有用性を認めていた。

岡部『……見つけた。職員らしきIS2機と交戦中だ』

鈴音『私達の見知った顔じゃないってことね?』

岡部『の、ようだな……しかしどう見ても劣勢だ』

鈴音『はぁ……』

 大きく溜息を吐く。
 その色はどう見ても憂鬱なものだった。

岡部『どうした?』

鈴音『運が悪いわね、アンタもアタシも』

岡部『?』

鈴音『劣勢なんでしょ? 助けない訳にはいかないじゃない……』

岡部『……』

 岡部の沈黙は、納得を意味していた。
 先ほどの鈴音の台詞を思い出す。

 プライベートチャネルが何故か繋がらない今、早急な支援増援は望めない。
 戦闘を避ける。戦闘になっても逃げる。

 自分達が今出来る最善は、敵戦力を把握し戦いを避けることであると鈴音は答えを出していた。
 しかし、襲撃者と戦っている者が居る。

 劣勢であり見逃す訳にもいかない。
 結局のところ、火鉢に手を突っ込むしか道が無いのだ。
 
562 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/29(木) 06:22:27.56 ID:lqapAszKo

鈴音『──で、今どんな感じ?』

岡部『“嬲っている”と言う表現が適切だな。止めを刺さず、遊んでいるように見える』

鈴音『ったく、何が目的なのよ毎回毎回っ!』

岡部『……どう叩く?』

鈴音『倫太郎は常に私へ状況を教えて。アンタの方が視野が圧倒的に広いしね』

岡部『わかった』

 キョロキョロと市街地を舐めまわすように視線を配る。
 鈴音は冷静に、冷やかに現状を理解しようと努めていた。

 ──鈴音っちはあれっスね。短気すぎるっス。もうちくっと冷静に対処した方が良いっスよ。

 先輩に釘を差された。
 自身でも気付いている欠点。

 代表候補生としてのプライド。
 中国はその人口の数から、代表候補生に選ばれるだけでも他国に比べて難関であった。

 数々のライバルを打ち破り、やっと専用機を手に入れた。
 それが鈴音からすれば、ぽっと出の岡部に負けたことが悔しくて仕方が無かった。

 頭に上った血は冷め遣らず、午後の戦闘にも響きあえなく連敗。
 そんな自分に指揮を任せると言ってきた岡部の言葉が、鈴音はたまらなく嬉しく感じた。

鈴音『(アタシがしっかりしなきゃ……)』

 市街戦アリーナの作りを頭に叩き込む。
 頼りの綱は、岡部の策敵能力。

 これをフルに活用し、相手にダメージを与えヒット&アウェーを繰り返す。
 単純なようだが、コレが一番安全かつ効果が認められる。

鈴音『相手の装備はわかる?』

岡部『長大なライフル……銃口の先に剣も見える。銃剣のようだ』

鈴音『ライフルか……』

岡部『ビット兵器のような物も見えるが、稼動はしていないようだ』

鈴音『オッケー。わかったわ。良い、作戦は簡単よ──』 
 
563 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/29(木) 06:23:02.27 ID:lqapAszKo


……。
…………。
………………。
 
 
564 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/29(木) 06:23:31.21 ID:lqapAszKo

職員『つっ、強い……』

職員2『自力が……違いすぎる……』

エム『……』

 2人の職員はエムに良いようにあしらわれていた。
 剣で挑めば、銃剣で捌かれ空いた手で殴られる。

 狙撃をしようにも、回避され返す刀で四肢を狙い打たれる。
 そうして徐々に徐々に、破壊されていった。

職員『目的は何……』

エム『雑魚に用は無い』

職員2『専用機……か』

 自分達は襲撃者の目的である専用機を引き出す餌だと言うことを、彼女らは理解した。
 そして、相手を倒す事は愚か引くことすら出来ないことも。

 彼女達はこの施設の職員であり、管理者でもある。
 軍事施設に近いこの施設に、単機での襲撃など想定されていない。

 いわんや、あったとしても迎撃システムでそれを拒む事が出来る。
 その為、施設内の防人は彼女等しか存在しない。

 数の少なさに不安を覚えるが、ISのコアは量産機を含め467。
 その内の2つを割いているのだから、実際はかなりの防御力を誇っていると言って良い。

 そしてその2つを任されている彼女等の実力も、折り紙つきである。
 そんな2人だったが──。

職員『参ったわね……』

エム『そろそろ片方には死んでもらう。餌は2ついらない』

 ──ジャキッ。

 眼前に迫る“スターブレイカー”。
 職員の乗る“打鉄”にはもう殆どエネルギーが残されていなかった。

 至近距離で星砕きを放たれれば命は無い。

エム『……』

職員2『あ、あ……』

 コンマの世界だった。
 数コンマ、その表示がエムのバイザーに表示されなければ職員の頭部はこの世から消え失せていただろう。

 《-警告-ロックオンされました》

 振り返るがもう遅い。

 IS“甲龍”に装備された機能増幅パッケージ。
 “崩山”により大幅に火力を増大された拡散衝撃砲が、無防備状態の“サイレント・ゼフィルス”に襲い掛かった。
 
565 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/29(木) 06:24:05.74 ID:lqapAszKo



鈴音『──貰ったっ!!』

 照準は完全に敵ISを捉えている。
 岡部の索的のお陰で、移動から照準、射撃まで殆ど時間を割かずに行うことが出来た。

 赤い炎を纏った弾丸が“サイレント・ゼフィルス”に向かって高速で射出される。
 避け様が無い、完璧なタイミングだった。

鈴音『当るッ!!』

岡部『退けぇッッッ!!』

 鼓膜が破れるかのような大声で、岡部の声が割ってはいる。
 ヒット&アウェーを行うと言ったのは自分であったはずなのに、直撃を過信し行動がワンテンポ遅れた。

 エムが唇を吊り上げる。

 ──ジ・ジ・ジ。

 職員との戦闘では終ぞ展開されることが無かったシールド・ビット。
 “エネルギー・アンブレラ ”が作動していた。

鈴音『なっ……』

 “サイレント・ゼフィルス”の横っ面に直撃するはずだった炎弾は、傘状のシールドによって防がれてしまった。
 即座に応射される、小型のレーザーガトリング。

 威力は低いが“甲龍”を足止めするには充分な威力。
 シールド・ビットもレーザーガトリングも職員との戦闘では使われなかった兵器で、予期せぬ行動に鈴音は足元を掬われる形になった。

エム『まずは、一匹……』

鈴音『う……そ……』

 スラスターを吹かし、エムは一気に間合いを詰めた。
 銃剣の切っ先が“甲龍”に向けられている。

 ──ボシュウゥゥゥゥゥゥ!!!!

エム『……ッッ』

 あと数メートルで標的に届くかと言う距離で、何かが弾けた。
 その何かは視界を埋め尽くすほどの水蒸気を発し、センサーを鈍らせる。

エム『逃したか……』

 振り返ると、職員2人の姿もソコには無かった。
 鈴音が当初検案した作戦がドンピシャで成功する。

 鈴音が攻撃を仕掛け、岡部が職員を救出する。
 “モアッド・スネーク”を使い敵を攪乱。その隙に鈴音もエスケープすると言う単純な救出作戦だった。

エム『視界不良……センサーも鈍っている、この霧はセンサージャマーか……』

 キョロキョロと辺りを見回すが、既に気配すら消えていた。
 
566 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/29(木) 06:24:33.74 ID:lqapAszKo



鈴音『はぁ、はぁ……』

 心臓は爆発しそうなほど、早鐘を打ち鳴らしている。
 一歩間違えれば死んでいた。

 鈴音の瞳からは涙がぽろぽろと溢れ出ている。
 悔しいからではなく、人間の生存を喜ぶ生理現象のようなものだった。

岡部『無事かっ!? おいっ、返事をしろ! 鳳っ!!』

 プライベート・チャネルから岡部のがなり声が聞こえてくる。
 答えねば、自分が無事であることを教えねばと思っても口が上手く動かない。

鈴音『あっ、あ……』

 バイザー越しにだが確かに伝わってきた、確かな殺意。
 足も肩も震えが止まらなかった。

 目前に迫っていた銃剣の切っ先は、自身の頭部を狙って突き進んできた。

岡部『っちぃ!』

鈴音『うっ……くぅっ……』

 再び流れ始める涙。
 それはもう、止める事が出来なかった。

 先ほど流れた涙とは質が違う。
 冷静になれと、客観視しろと直前にあれだけ言い聞かしたにも関わらずまたやってしまった。

 “崩山”の直撃を確信し、勝利を見てしまった。
 4門からなる、強化衝撃砲が直撃すれば間違いなく終わっていた。

 〜たら。〜れば。
 後悔ばかりが、後から後から胸の内を渦巻いてこびり付く。

 調子に乗っていたと、自覚する。

 ──ポン。

鈴音『っひ……』

 背後から肩を叩かれた。
 動けない。

 まるでボルトで固定されたかのように、首が回らなかった。

岡部『応答をしろ、心配をさせるな』

 声の主は、バイザーの死神ではなく岡部倫太郎だった。

鈴音『……』

 じわり。
 また滲む、涙。

 安堵と、緊張の解れから流れ出る涙を止める事は出来ない。
 そしてソレをクラスメイトである岡部に見られたくない気持ちで一杯になり、目をぎゅっと瞑る。

岡部『……』

 岡部はただ黙って、鈴音の頭の上に手の平を乗せた。
 機械越しに優しく鈴音の頭部を撫でる。

鈴音『……』

岡部『安心しろ。職員2人はISを解除させ、比較的安全そうなビルの一角に隠れてもらった』

 岡部の視線は明後日の方向を向いている。
 鈴音の泣き顔を見ないようにとの気配りだろうが、実に不自然だった。
 
567 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/29(木) 06:25:03.11 ID:lqapAszKo

岡部『──後は、任せろ』

鈴音『なっ、何を任せるのよ……』

 鈴音の語尾は小さく、けれどちゃんと言葉になっていた。
 相変わらず涙はこぼれ出ているが、きちんと会話を出来る程度には心が回復していた。

岡部『この霧がわからないか?』

鈴音『……』

 辺りを見回すと、周囲1メートル先も見えない濃霧に包まれている。
 明らかに異常な視界だった。

岡部『モアッド・スネークを大量に設置し起動させた』


 ──ココはすでに、俺の庭だ。


岡部『任せろ』

 そう言い放ち、掌をどけ背を向ける岡部。
 その後姿や言い回しに鈴音は、どことなく一夏と同じようなものを感じた。

岡部『では、行って来る』

鈴音『あっ……』

 二の句を告げず、飛び出す岡部。
 鈴音はそれを止める事が出来なかった。

鈴音『うぅ〜……』

 何時の間にか赤面していた両頬。
 知ってか知らずか、その両頬を思い切り叩いて鈴音は顔を引き締めた。

鈴音『落ち着いた……くそぅ、見てなさいよ……』

 そこには先ほどまで泣き顔を晒していた鈴音の表情は無い。
 中国代表候補生の“凰 鈴音”がソコには居た。

鈴音『行くわよ、鈴音』

 ──そう自分に言い聞かせて。
 
568 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/29(木) 06:25:29.85 ID:lqapAszKo

 
……。
…………。
………………。
 
 
569 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/29(木) 06:25:57.29 ID:lqapAszKo


 市街戦を想定された町は、今や濃霧に包まれていた。
 ハイパーセンサーを鈍らせる効果を持つその霧のお陰で、ISを纏っていても目下1メートル先も見えないほどである。

 そんな状況下で、作戦司令室から覗くカメラが全容を捉える事など出来様はずも無かった。

真耶「ダメです……突然発生した濃霧の影響でモニターが映りません」

千冬「っち……」

 ただ、ひたすらに白む世界を映すディスプレイに千冬が舌打ちをした。
 襲撃者の侵入から数十分立った今、一向に現状が把握出来ていない。

 それと言うのも“何故か”各機械が動作せず、動こうにも動けないでいたからだ。

 濃霧を映し出すモニターを見て、生徒が呟いた。
 織斑 一夏だ。

一夏「なぁ、この霧……って……」

ラウラ「あぁ。見覚えがある」

セシリア「倫太郎さんの装備に、このような霧を発生させるものがありましたわね……」

千冬「……」

 その台詞を聞き、千冬の眉間に皺が寄る。
 つまり、現場には岡部が居ると言うことだ。

 そして岡部が直前に束と接触していたのは、最早確定的である。
 幾つかの辻褄が合い、ギリッと歯を軋ませた。

真耶「各部ロックが掛かっています……この部屋にも外部から強烈な妨害が入り、出ることが出来なくなっています……どうして」

 何時の間にか閉じ込められた。
 現在、この島に居る専用機持ちは殆どがこの部屋に集っている。

 この司令室は核シェルターにもなっているので、完全にシャットアウトされた場合はISを持ってしても壁を破壊することは出来ないだろう。

千冬「完全に閉じ込められたか……」

 ぽつりと呟いた千冬の言葉を、全員が耳にした。

 
570 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/29(木) 06:26:37.64 ID:lqapAszKo
 
……。
…………。
………………。

 
571 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/29(木) 06:27:09.48 ID:lqapAszKo


 濃霧の中を、音を殺し駆ける機体がいた。
 PICを使い地面スレスレをホバリングの要領で駆け抜けていく。

岡部『(この霧が晴れるまでおよそ20分。“モアッド・スネーク”の再装填に30分……)』

 有利に働く時間は最大で20分だった。
 霧は次第に晴れていき、再び蔓延させるには30分以上が必要である。

 四方、5キロメートルで作られたビル郡。
 視界さえ良好であれば、ISの機動力を持てば容易く居場所が割れてしまうだろう。

 そして相手は恐らくプロ。
 まともに遣り合って勝てるとは、微塵も思って居なかった。

岡部『(どうする、どうする……)』

 あとワンテンポ遅れていたら“凰 鈴音”は死んでいた。
 それだけは、それだけは回避せねばならないと何度も何度も反芻する。

 全身から汗が吹き出て、息が荒くなる。

岡部『(はぁはぁ……見つ、けた………)』

 ビットが敵ISを発見する。
 巨大ビルに挟まれた6車線道路の中心部に陣取っていた。

 “エネルギー・アンブレラ”が既に展開され、何時でも迎撃が出来るような体制を取っている。

岡部『(こちらには気付いていないな……)』

 ごくり。唾を飲む音が自身に響く。

 岡部の視界は良好だった。
 “モアッド・スネーク”により発生した、霧は“石鍵”に作用しない。

 加えてパラダイム・シフトにより増幅されたセンサー。
 これにより、岡部にとっては通常の視界と変わらずこの濃霧の中を動き回る事が出来た。

岡部『(……)』

 条件は整っている。
 これ以上の地理的優位は見込めようが無い。

 それどころか、時間が経つにつれその優位性さえも薄れていってしまう。
 どうしたら良いか。

 そんな考えで頭が一杯の時、ふと紅莉栖の顔が脳裏を過ぎった。
 直前に“篠ノ之 束”が言い放った言葉も同時にリフレインする。

 ──中々良いエンジニアが居るようだね。

岡部『(ん……?)』

 何かが引っかかる。
 奥歯に挟まったような違和感。
 
572 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/29(木) 06:27:37.28 ID:lqapAszKo

岡部『……っ!』

 一瞬、驚いたような表情を作り、そして小さく笑う。

岡部『(紅莉栖、やはりお前は天才だよ……)』

 思い出す紅莉栖の説明。

 ──万が一、エネルギーカットが必要な場面が来る可能性を考えて簡単にオン・オフが出来るよう…………。

 これは、ダメージ判定がある訓練では無い。
 実戦である。

 エネルギーの表示を気にする必要が無いのだから、わざわざエネルギーを消費し防御に回す必要など無いのだ。
 “石鍵”の装甲なら、ほとんどの攻撃を防げるだろうと紅莉栖に太鼓判を押されている。

岡部『(かと言って、本当にノーガードでプロに挑むと言うのも恐ろしいがな……)』

 クックッと喉元で自嘲気味な笑いをこぼす。
 岡部の手は震えていた。

 一瞬だけ、目を閉じて。
 “石鍵”に指令を送る。

岡部『プログラム解除』

 《エネルギー供給カットプログラムを解除しました》

 表示される文字列。
 これで、恐らくは被弾した際にエネルギーが割かれることが無くなった。

岡部『(全てのエネルギーを攻撃に回せるな……)』

 ぐっぐっ、と両手を握り緊張を解す。
 両手にガジェット、“サイリウム・セーバー”と“ビット粒子砲”を展開した。

岡部『(霧が晴れるまで、およそ18分……行くとするか)』

 見据える先は“サイレント・ゼフィルス”。
 岡部は意を決して、訓練ではない本当の戦闘へと身を乗り出した。
 
 岡部 倫太郎。
 決死の18分間が火蓋を切った。
 
573 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/29(木) 06:28:30.52 ID:lqapAszKo



 -18:00:00-


 ビットに指示を送る。
 鈴音に対しても行った作戦で、注意を前方に逸らす為ビット自体を明後日の方向から突撃させた。

 ──ヒュンヒュンッ!!

 風を切り裂きながら、目標へと突き進む2体のビット。

エム『来たか……』

 エムはその襲来を音で感知した。
 目は濃霧で潰されている。

 聴覚感知を最大にし、風を切る音でビットの位置を計算。
 それを排除した。

 ──ドン、ドン!

 “スターブレイカー”から放たれる2発の実弾。
 霧に隠れるビットを正確に射撃した。

岡部『(この状況で精密射撃だと──だがっ!!)』

 背後からスラスターを全開にした岡部が斬りかかる。
 叫び吼えたいのを我慢し、無言での突撃を敢行する。

 少しでも相手に気取られる事なく攻撃を仕掛けたかった。
 が、エムはそれに気付いている。

 ビットを撃墜した流れで、背後からの強襲者へと銃剣の切っ先を振り回した。

岡部『(気付かれてっ──ッッ!!)』

 “スターブレイカー”と“サイリウム・セーバー”のリーチは“スターブレイカー”に軍配が上がっている。
 剣先はまるで見えているかのように“石鍵”の頭部へと照準を合わせていた。

岡部『ぬううぅぅぅぅ!!』

 咄嗟に海老反り、ギリギリのところでそれを交わす岡部。
 PICを上手く使いリンボーダンスでもするかのように、そのカウンター攻撃を回避した。

 交差する2体のIS。
 岡部はその体勢のまま、スラスターの推進力でもって前進し旋回。

 “サイレント・ゼフィルス”と対峙する形になった。
 
574 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/29(木) 06:28:59.72 ID:lqapAszKo

岡部『……』

エム『お前が例の男か……』

岡部『貴様は何者だ』

エム『……』

 エムは答えない。
 ただ“スターブレイカー”の銃口を岡部に向けることで答えとした。

 バカッと中央から割れたライフルの銃口。
 バチバチと放電状のエネルギーを溢れさせるそれが最大出力で“石鍵”に向かって放たれた。

 ──バシュゥゥウウ!!

 轟音と共に放たれるBT射撃。
 岡部はその攻撃が“偏光射撃”-フレキシブル-だと言うことを知らない。

 愚直にもその射撃を避けた後、突進しようとした。

岡部『むっ!?』

 その時“石鍵”がエネルギー供給を一瞬解除する。
 と、同時に背後から強烈なエネルギーの塊が“石鍵”を吹っ飛ばした。

岡部『がぁっ……!!』

 痛みは無い。
 “スターブレイカー”-星を砕く者-の直撃を持ってすら、“石鍵”の装甲を破る事は出来なかった。

 しかし、衝撃を殺す事は出来ない。
 背後からの攻撃により、機体はエムの──“サイレント・ゼフィルス”の目の前へと炙り出される。

岡部『しまっ──』

 ──ガンッ!

 サッカーボールでも蹴るかのように、思い切り蹴り上げられた。
 エムはパワーアシストで増幅された暴力をなんの躊躇いもなしに、撒き散らす。

岡部『くっ……!!』

 蹴り上げられたことで、体勢を崩された。
 持ち直す前にエムの攻撃が続け様に行われる。

エム『……』

 蹴り上げる直前に、出力を最大にしてあった“スターブレイカー”を“石鍵”の頭部へと接着させる。
 バチバチと鳴る放電音が、岡部の耳へと直接響く。
 
575 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/29(木) 06:29:33.26 ID:lqapAszKo

岡部『────ッ』

エム『死ね……』


 ────ズガン!!


 頭部に走る最大級の衝撃。
 “石鍵”の本体は、頭部に引っ張られるように遥か後方へと吹き飛んでいく。

 零距離での最大攻撃。
 その衝撃は計り知れず、数十メートル先にあるビルへと“石鍵”はめり込んでいた。

 ──が、尚も“石鍵”の装甲は健在で、搭乗している岡部の肉体には傷一つ付いていない。

岡部『はぁはぁ……』

 ぺちぺちと、首筋を叩く。
 頭部が消え失せたかと錯覚した。

岡部『機体に助けられたな……』

 3分にも満たない攻防。
 その一瞬で自力の違いをまざまざと見せ付けられてしまった。

 ガラガラと、瓦礫が機体へと降り注ぐ。
 通常であれば勝負は決している。

 しかし、今の攻防ですら“石鍵”は全くと言って良い程エネルギーを消費していない。
 あれだけの攻撃に関わらず全てを、その装甲の防御力のみで耐えた結果だった。

岡部『まだだ……まだ、終わらせなどしない』

 岡部は再び、霧へと溶けていった。
 
576 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/29(木) 06:30:02.82 ID:lqapAszKo


エム『……』

 練達の狙撃者であれば、銃から放たれた弾丸がタバコを打ち抜いた感触すら感じ取る事が出来ると言う。
 エムも言わずと知れずその境地に立っている者である。

 対象を捉え、撃ち抜けば感触で相手の息を止めたかが掴める。
 先ほどの攻撃は完璧に対象の頭部を捉え、消滅させるに相応しい攻撃力をもった射撃だった。

 しかし、手に残る感覚。
 それは相手を殺したとは思えなかった。

エム『気配が生きている……』

 ぐっ、と“スターブレイカー”を握る手に力が入った。
 相手が生きているのであれば、逃走……或いは再度攻撃を仕掛けてくるだろう。

 そして先ほどの相手であれば、後者を選ぶ類の人間であることは一度まみえれば察しが付く。
 エムは再び警戒を強めた。 



 -12:12:96-



 背後から弾丸の射出音が響き渡った。

エム『……ふん』

 濃霧の向こうから襲い掛かる弾丸の雨。
 速射性高く、威力も充分に見込めるソレを完全に回避することは難しい。

 一瞬の判断でエムは“エネルギー・アンブレラ”をもってして、その攻撃を防御した。
 全ての弾丸はその傘状の防御網を突破することは出来ず弾かれる。

 弾着を確認し、即座に射撃位置を見出し霧の向こうへとレーザーガトリングを放つ。
 しかし、攻撃が当った感触は無くまた霧の作る静寂だけが町を覆った。

岡部『厄介なのはあのシールドビットだな……』

 ビルの影に隠れ、パラダイム・シフトで様子を伺う。
 敵の装備は大方把握出来た。

 大型の銃剣ライフル。

 小型のレーザーガトリング。

 そしてシールドも兼ねた6機のビット。
 
577 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/29(木) 06:30:39.67 ID:lqapAszKo

岡部『オルコットも行っていた“偏光射撃”-フレキシブル-……あれが厄介だな』

 勝算は見出せない。
 相手の戦闘力は、どうみても自身より上であることは先ほどの攻防で痛いほど理解していた。

 ──が、諦める訳にはいかない。
 このエリアには未だに2人の職員と“凰 鈴音”が居る。

 最悪でも救助、救援が来るまでは1人であの死神と対峙しなければいけなかった。

岡部『……根競べだな。ヤツとてISだ、エネルギーは無限ではあるまい』

 唯一見出した活路。
 姑息とも思える、相手のエネルギー枯渇を期待しての攻撃。

 だが、今の岡部にはそれ位しか策が見出せない。
 であるならば、その作戦に全力をつぎ込むしか無い。

 この男は、今も昔もソレしか出来ないのだ。

岡部『行くか……』

 呼吸を整え、再び死神の懐へと足を向ける。
 覚悟はとうの昔に決まっていた。



 -08:31:28-



 “ビット粒子砲”を構え“サイリウム・セーバー”は出力を抑えた状態で突撃する。
 お世辞にも高出力とは言えないスラスターを吹かし、標的の懐へと邁進した。
 
578 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/29(木) 06:31:11.99 ID:lqapAszKo

エム『……』

 スラスター音で敵が突進してくることがわかった。
 エムの腕ならば、射撃を行い撃墜することは可能であっただろう。

 が、エムはそれをしなかった。
 頭部を直撃し、破壊したはずのISが再び攻撃を仕掛けてくるのだ。

 見極める必要があった。
 銃剣を構え、相手を迎え撃つ。

岡部『……ッッ!』

 スラスターを吹かし、一直線にエムの元へと突進する岡部。
 左腕に装備された“ビッド粒子砲”から射撃を行いつつ、距離を詰めた。

エム『……』

 襲い来る弾丸は“シールド・ビット”で防ぎ、視線は弾丸が襲ってきた土台である機体その物に向ける。
 発射角度から計算して、敵は姿勢を極端に低くしていると予測出来た。

 事実、岡部は射撃での応射にそなえ、姿勢を低くしての突進を行っている。

 ──ヒュッ───ボッ!!

 濃霧から抜ける。
 霧を振り払い“サイレント・ゼフィルス”の眼前へと躍り出る。

岡部『……っ!!』

 目に力を入れ、一瞬たりとも情報を見逃さない。
 “サイレント・ゼフィルス”は銃剣を構えている、先ほどの攻防で“サイリウム・セーバー”よりもあちらの方がリーチが長いことはわかっていた。

 お互いに攻撃をし合えば、確実に銃剣の切っ先が先に“石鍵”へと到達する。
 ──が、襲撃者は知らない。

 ガジェット“サイリウム・セーバー”がエネルギーを刃とし、出力……刀身の長さすらも調節出来ることを。

 ──ブォォォン!!

 独特の音を響かせ、赤い刀身が伸びる。
 銃剣が“石鍵”に到達する前に“サイリウム・セーバー”は“サイレント・ゼフィルス”を横薙ぎにした。

岡部『うぉぉおおお!!』

エム『……』

 バイザー越しに伺い知れるエムの表情。
 そこには驚嘆も、焦りの色も一切が見えなかった。

 即座にして反応する体。
 迫り来る刃を、ゆっくりと飛来してきた紙飛行機でも避けるかの動作でひらりとかわす。
 
579 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/29(木) 06:31:40.39 ID:lqapAszKo

岡部『──まだだっ!!』

 本来であれば、攻撃が避けられることなど考えられないようなタイミングであった。
 しかし、それを難無く避けるエム。

 そして避けられることを想定したいたかのように岡部も動き続ける。
 相手の力量は把握していた。

 IS学園に転入してから、岡部にとって攻撃が避けられるなど日常茶飯事になっている。
 自然と追撃、連撃が常となり単発の攻撃をすること自体が少なくなっていた。

岡部『ワン・トゥー……』

 ──ブォン! ブォンッ!!

岡部『スリー・フォー!!』

 体に叩き込まれた剣での連撃。
 出し惜しむこと無く、今自分に出来る全てのテクニックを駆使した。

エム『……』

岡部『ファイブ・シックス!!』

 その連撃を舞う様に避けるエム。
 自力の違いか、一切攻撃がヒットしない。

岡部『──セブンッ!!』

 ──チッ!

エム『……ッ』

岡部『──エイトッッ!!』

 ──ッヂ!

エム『……』

 避けたはずである。
 無駄な動きはせず、刀身の長さ、スイングスピードを見極め最小の動きで全ての攻撃をかわしていた。

 しかし、掠るように攻撃が当り始める。

岡部『──ナインッッッ!!』

 ────ヂヂッ!!

エム『ッチ』

 不快に感じる被弾音。
 舌打ちを鳴らし、エムは珍しく距離を取ろうとした。

岡部『まだだ! ────ラストォォ!!!』

 ──ギャィィイイン!!

 胸部を狙った最後の一撃。
 咄嗟に躍り出た“シールド・ビッド”かその攻撃を防ぎ、撃墜される。
 
580 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/29(木) 06:32:11.34 ID:lqapAszKo

岡部『──はぁっ、はぁっ』

 息も絶え絶えになる岡部。
 しかし、一矢与えることが出来た。

エム『……』

 エムの目線は“サイリウム・セーバー”に向けられている。

エム『そう言う、ことか……』

 岡部は攻撃する際、一振り一振りで供給するエネルギーの量を変化させていた。
 相手に気取られることの無いよう、1センチ、また1センチと刃を振るごとに刀身を長くする。

 目測を誤ったエムは次第に避けきれず、最終的には満願成就し一撃をお見舞いすることに成功した。

岡部『(しかし、これでやっとビットが1機か……)』

エム『……』

 またも、対峙する形になる2機のIS。
 エムの表情は“シールド・アンブレラ”を1機破壊されたと言うのに冷やかなものだった。

 動けぬ岡部、動かぬエム。
 岡部に至っては、今持ち得る全てのコマを出し尽くしてしまった。

エム『……』

 エムは口を結び、開こうとはしない。
 岡部の出方を伺っている。

岡部『(時間はまだある……再度、出直し奇襲を──)』

 “ピット粒子砲”を構え、撃ち放ちまた霧に紛れようと左腕を上げた刹那、エムが口を開いた。

エム『小細工は終りか』

岡部『……ッ!』

 “瞬時加速”-イグニッション・ブースト-。

 一瞬にして詰められる間合い。

エム『茶番は終りだな』

 ──ガンッ!!

 思い切り殴りつけられる。
 よろけた体勢から、腹部を思い切り蹴り上げられ宙を舞う“石鍵”
 
581 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/29(木) 06:32:38.49 ID:lqapAszKo

岡部『ぐっ……』

 ──バチバチ。

エム『……』

 再びライフルから篭れ出る、嫌な放電音が耳につく。
 ──が、今回はその音源が1つではない。

 1機撃墜されはしたが“サイレント・ゼフィルス”には残り5機ものビット兵器が未だ宙を浮いている。
 その5門の砲口が全て、岡部へと向けられていた。


 
 -05:16:03-



 白む視界。
 眩い閃光を放ち、全身に突き刺さるBT射撃。

 “石鍵”の機体は光弾の嵐を一身に浴び、アリーナの空を模した天井へとめり込んでいた。

岡部『ぐ……』

 ──キゥン! ドドドッド!!!

 尚も続く射撃。

 “スターブレイカー”に加えビット射撃、レーザーガトリングと集中放射。
 今やアリーナ上空は地獄の釜淵であった。

 ──ドンドンドン!

岡部『ぐっ……ぬぅ、このままでは“石鍵”と言えど……』



 -03:17:24-



 エネルギーカットの機能は健在だった。
 殺意の暴風とも呼べる弾幕に対し、絶対防御は一切作動していない。

 ギシギシと機体の軋む音が、岡部の耳に入る。

 ──数十秒、数分。

 無限に感じられた砲撃が、止み“石鍵”はゆっくりと天井から剥がれ落ち地上へと落下していく。

 地上から聞こえるスラスター音。
 死神が止めを刺しに、上空へと飛来する音であった。
 
582 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/29(木) 06:33:09.84 ID:lqapAszKo

岡部『ここ、までか……』

 装備が足りない。

 自力が足りない。

 時間が足りない。

 策が足りない。

 足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない。

 足りない。

 必要だ。
 ヤツと戦うにはまだ必要だ。

 装備が、武器が、時間が、力が必要だ。

岡部『……』

 ──キィィィイイ!!

 迫り来る死神。
 この音は到来を合図する、死へのカウントダウン。



 -02:09:41-



岡部『まだ、だ……まだ、諦める訳には……』

 エリアには職員が。
 “仲間”である“凰 鈴音”が居る。

 自分が、ここで果てる訳にはいかない。
 死んでやる訳にはいかない。

 ──ギリッ!

 奥歯を噛み締める。
 血管は今にも千切れそうなほど、浮き上がっていた。



 ────バクンッ!!



 聞きなれない音が、背部から聞こえた。
 
583 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/29(木) 06:33:39.01 ID:lqapAszKo

岡部『……?』

 世界がゆっくりと感じる。
 今にも死神は自身の首を掻き切りに来ていると言うのに、悠長にも眼前に表れたデータを目で追っていた。


 《戦闘経験値が一定量に達しました。新ガジェットを構築完了しました。伴い、第2ゲートを開錠します》


 新たなるガジェットの発露。
 第2ゲートの開放。

 その文面が表す意味を、岡部は既に知っていた。
 ゲートの開錠と共に膨れ上がる総エネルギー量。

 天井からの自由落下の中で、そのガジェットは芽を出した。
 
584 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/29(木) 06:34:17.30 ID:lqapAszKo






 ───────────────────────

         《蝶翼-ノスタルジアドライブ-》

 ───────────────────────





 
585 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/29(木) 06:34:44.61 ID:lqapAszKo

《蝶翼-ノスタルジアドライブ-を構築しました。スラスターを開放します》

 背部に装備された2機のスラスター。
 背後から鳴った音は硬く閉ざされたソレが開口された音だった。



-00:32:57-



エム『……』

 上空へと飛翔する“サイレント・ゼフィルス”
 濃霧の中をただただ目標へ向けて。

 視界は相変わらず悪かったが、さほど問題も無かった。
 霧が蔓延しているのは地上であって、上空へ出れば霧が晴れていることは当初から把握している。

 敵ISが霧の中に居ると踏んだから、自らを餌に濃霧へと滞在していただけであって標的が空へ居るのであれば留まる理由も無かった。

エム『……ッチ』

 飛翔する中で、何かとすれ違う。
 “石鍵”だった。



-00:19:81-



 自由落下を続けている“石鍵”に対し、スラスターを吹かせていた“サイレント・ゼフィルス”はすれ違うように行き違ってしまった。
 体勢を変え標的に進路を変えようとした時、違和感に気付く。

エム『……』

 背部のスラスター形状が変化している。
 スラスターからはエネルギー状の羽……蝶の羽のようなものが生えていた。

 鱗粉のような煌きが、辺りを覆っている。
 蝶の羽から篭れ出るエネルギーの粒だった。

エム『ふん』

 今更スラスターが変化したからと言って、戦局が変わるはずも無い。
 鼻を鳴らし、死神は銃剣の切っ先を“石鍵”に突き立てる為、スラスターを再度点火させた。
 
586 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/29(木) 06:36:28.99 ID:lqapAszKo



鈴音『これは……』

 濃霧の中、音を頼りに気配を殺し近づいていた鈴音の元に1機のビットが近づいてきた。
 パラダイム・シフトの1つである。

ビット『……』

 ヒョロヒョロと鈴音の周りと飛び回り、どこかへ誘おうとするビット。
 その方角は今まさに、岡部が死闘を繰り広げている地点だった。
 
 
587 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/29(木) 06:36:57.32 ID:lqapAszKo
 


岡部『……ノスタルジアドライブ』

 聞き覚えのある単語。
 それもそのはず。

 その単語の意味を誰よりも理解しているのは、他ならぬ岡部 倫太郎だった。

《刻司ル十二ノ盟約-パラダイム・シフト-に同期します》

 淡々と進められる、セットアップ。
 説明も他所に、岡部は理解していた。

 蝶翼の意味を。

岡部『……』

エム『──死ね』

 銃剣を抱くように固定し、落下スピードを強めるエム。
 “瞬時加速”-イグニッション・ブースト-を併発し、その威力は考えただけで恐ろしいものになっていた。

 “サイレント・ゼフィルス”自身が槍と化す。



-00:05:61-



《──同期終了。跳べます》


 岡部の心は不思議と落ち着いていた。
 死が迫り来ていると言うのに、穏やかなものすら感じる。



-00:00:01-



 信じられる“仲間”が居る。
 後は任せるだけだった。
 
588 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/29(木) 06:37:23.67 ID:lqapAszKo

岡部『跳べ』







-00:05:00-







エム『──ッッ!!!』

 眼前に捉えていたはずの標的が消えた。
 そして突如表れる“甲龍”の姿。

 “崩山”の火口は既に全てが“サイレント・ゼフィルス”に向けられていた。

鈴音『──えっ!!』

岡部『ふあぁぁぁぁあん!!! 撃てえええええええェェェェエッッッッ!!!』

 戸惑いを隠せない鈴音の声。
 それを掻き消すような岡部の咆哮。

 鈴音はトリガーを引き放った。

エム『──────ッ』

 “石鍵”に向けて突撃しようと推進力を地上へと向けていたエム。
 突如表れた“甲龍”の砲撃に対し“スターブレイカー”とビットを盾にする機転は見事としか言いようが無かった。

 エムは“スターブレイカー”と5機のビットを代償に“崩山”の直撃を免れる事に成功する。
 咄嗟の事により“エネルギー・アンブレラ”での防御ではなく、そのビット自体を盾にしたことにより、殆どの兵装を失ってしまった。

エム『ッチィィィ!』

岡部『ぬぁぁぁああ!!!』

 振り返ればソコには岡部が“サイリウム・セーバー”を振りかぶり突進して来ている。
 訳がわからなかった。

 眼前に居た“石鍵”が消え、突如姿を現した“甲龍”。
 そして、いきなり背後から襲い掛かる“石鍵”。

 ────ガギィィィン!!

 左腕を突き出し、防御に回す。
 ギリギリと赤い刀身が、エネルギーシールドを削っていく。


スコール『エム、エム? 聞こえる? 機体の損傷が著しいようね……直ぐに帰還なさい』


 プライベート・チャネルで言い渡さされる撤退の命令。
 “サイレント・ゼフィルス”の機体損傷率は60%を超えていた。
 
589 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/29(木) 06:37:50.95 ID:lqapAszKo

エム『……ッチ!』

 ──ガキッ!!

岡部『ぐっ!』

 左腕で刀身を受けたまま、右腕で“石鍵”を殴りつける。
 “石鍵”が体勢を崩したと同時に“瞬時加速”-イグニッション・ブースト-を発動させた。

 自身が侵入した経路を辿り、そのまま日本海へとエスケープする。
 “サイレント・ゼフィルス”の任務は終了した。

エム『……』

 ギリッ。
 エムの表情は珍しく、憤怒の色に染まっていた。
 
590 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/29(木) 06:38:16.75 ID:lqapAszKo



岡部『ぐぬぅ……最後まで殴りつけてくるとは』

鈴音『嘘……勝ったの?』

岡部『撃退した──が正しいだろうな』

 見渡すと市街戦アリーナは“サイレント・ゼフィルス”との激闘で、瓦礫の町と化している。

 しかし、被害を考えるなら最小と評価しても過言では無かった。
 奇跡的に死傷者は零である。

岡部『何にせよ、これで一仕事済んだと言う訳だ……』

鈴音『そうね……って! 説明しなさいよ! 何よあれ、どう言うことよ! さっぱり意味がわからないんだけど!?』

岡部『ぐぬっ!』

 胸倉を掴むように詰め寄る鈴音。
 急に目前へと表れた“サイレント・ゼフィルス”に対しての問いかけだった。

 直前まで、鈴音の目前には“石鍵”の姿があった。
 “石鍵”が落下してきたと思ったら突然姿が消え、変わりに“サイレント・ゼフィルス”が表れた。

 “最大火力を放てる用意をしておけ”とだけ、言われた鈴音は何が起きたのか理解出来ずそれの答えを求めていたのだった。

岡部『ぐぬぬ……』

 しかし、岡部は口を閉ざす。
 上手く伝える言葉が見当たらなかった。

鈴音『ったく、何よ。自分で全部やっちゃってさぁ……』

 怒っていたと思ったら、力を緩め何やらしおらしさを見せる鈴音。
 何と無しに顔は紅潮していた。

鈴音『っま、良いわ。今回は何とか切り抜けられたしね……ありがと』

 ぽつりと、聞き取れない程の音量で礼を呟き、明後日の方向を向きながら拳を突き出す。
 岡部は苦笑を浮かべ、その拳に拳をコツン、と合わせた。 



-00:00:00-



 気付けば“モアッド・スネーク”の持続時間である20分は過ぎ、アリーナは晴れていた。
 
591 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/11/29(木) 06:39:57.77 ID:lqapAszKo
おわーり。
ありがとうございました。
592 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(埼玉県) [sage]:2012/11/29(木) 09:57:26.23 ID:sz6Wb06Xo
593 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/11/29(木) 10:29:03.60 ID:ojAA0g3IO
おつおつ
オカリンかっけー
594 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/11/29(木) 13:22:58.52 ID:QM9DxbROo
おつ
ゲート解放の度にエネルギー総量が格段に増えるって怖すぎだな
595 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福井県) [sage]:2012/11/29(木) 17:46:23.54 ID:g7Eshk5Wo
なつかC
596 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) [sage]:2012/11/29(木) 22:50:15.64 ID:LjQ1+nYd0
おつ
この戦闘シーンはいとうかなこのtechnovisionにぴったしだから
かなり滾るね
597 :蜷咲┌縺湧IPPER [sage]:2012/11/30(金) 17:31:33.77 ID:BniqXp3/0
IS<インフィニット・ストラトス>プロジェクト再起動らしいですね
598 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/11/30(金) 23:58:36.26 ID:NEIPjk6DO
むしろISとシュタゲクロス作品のコレの映像化希望
絶対人気でて視聴率取れる!
599 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(中部地方) [sage]:2012/12/01(土) 02:27:35.85 ID:6u8ZAiFxo
ノスタルジアドライブ!
「過去に送るメール」をオカリンがつけようとした名前だっけな

ちょっとシュタゲやり直してくる
600 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/12/01(土) 04:46:23.99 ID:euuDCpEYo
投稿します。
601 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/12/01(土) 04:47:19.99 ID:euuDCpEYo
>>590  つづき。



……。
…………。
………………。
 
 
602 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/12/01(土) 04:47:51.32 ID:euuDCpEYo


 ─病室─


岡部「……」

 襲撃者撃退後、岡部は昏倒した。
 その後、直ぐに施設内の病室に担ぎ込まれ今に至る。

千冬「……」

 ベッドの横に備え付けてある小さな椅子。
 そこに腰を落していたのは織斑 千冬であった。

 
603 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/12/01(土) 04:48:19.96 ID:euuDCpEYo



千冬「束、何処へ行くつもりだ?」

束「やぁやぁ、ちーちゃん」

 病室から続く渡り廊下。
 一方は病室から、出入り口へと。

 もう片一方は出入り口から病室へと足を向けていた。

束「用事は済んだからね、そろそろ帰るよ」

千冬「何か、言うことは無いか?」

束「はてはてー、なんのことだろー?」

千冬「今回の襲撃。お前が関与していると言うのなら、私も動かない訳にはいかない」

 ──パキッ。

 千冬の指がなる。
 その、たおやかな指に力が入った。

束「嫌だなァちーちゃん。この束さんがあーんな“ド三流”と関わってる訳無いじゃないか」

千冬「……」

 束は笑顔を崩さない。
 心のソコからどうでも良いといった言い様である。
 
604 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/12/01(土) 04:48:55.17 ID:euuDCpEYo

束「あんなのは、どこぞの警察か何かが相手してれば良いのさ。関わるだけ時間が勿体無いよ、それこそプラモデルでも作っていた方が有意義だね」

千冬「……」

 握り締めていた拳を緩める。

 束は相変わらずの笑顔で、てくてくと千冬の元へと歩を進めて行った。

束「まぁー、ちろーっとデータが欲しかったから皆には手を出さないで貰ったけどねー。結果オーライ! ぶいぶいっ」

千冬「我々を閉じ込めたのはやはりお前か」

束「うん。あの子のISが成長段階へ入ってたからね、邪魔しないで欲しかったんだ」

 千冬と束の影が重なる。
 双方とも、目線は前だけを向いていた。

束「お陰で面白いデータが取れたよ」

千冬「ほう、是非とも教えて貰いたいものだな」

束「ジャスト5秒」

千冬「……?」

束「ISの起動時間に誤差があるんだよね、事前のデータチェックではそんなこと無かったのに不思議だよね」

千冬「……」

束「と言うか、ISの起動時間に誤差が出るなんてありえないはずなんだけどねー」

 ISのパーソナルデータ。
 それには起動時間から、戦闘時間まで事細かく記されている。

 そしてその数字に誤差。
 間違いが生じることは決して無い。

 在り得ない。
 
605 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/12/01(土) 04:49:30.73 ID:euuDCpEYo

束「はい、ちーちゃん。これ」

千冬「……」

 手渡される動画カード。
 束は千冬の手を取り、そのカードを握り締めさせた。

束「束さん特性の映像処理で濃霧の中もすっきりバッチリ全部捉えた映像だよん、見たければ見てね」

千冬「あぁ」

 ぶっきらぼうに応答する。
 束は最後にニッと笑い、出口へと歩いて行った。

束「ちーちゃん、またねー、ばいばーい! 箒ちゃんにシクヨロでぃーす!」

 どこで覚えたのか、流行の芸人言葉を口にして立ち去る束。
 千冬が振り向くとソコに人影はもう無かった。
 
606 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/12/01(土) 04:50:01.84 ID:euuDCpEYo



 ──ジ・ジジ。

千冬「……」

 手渡された動画カードをデバイスに差込み、病室でソレを再生した。
 横のベッドでは岡部が寝息を立てている。

千冬「……」

 ──ピッ。

 ある一部分で動画を停止した。
 “サイレント・ゼフィルス”が“石鍵”に向かって直下降の“瞬時加速”を仕掛けている場面であった。

千冬「……」

 ──ピッ。

 何度も何度もそのシーンを見返す。
 コンマ単位でのスロー再生。

 コマ送りにしての場面再生。
 どの様に再生しても結果は同じだった。

千冬「どう言うことだ……」

 その瞬間になると“石鍵”は存在を消失させていた。
 どんなに細かくそのシーンを刻んでも、その瞬間だけ“石鍵”は画面から消失している。

 次のコマへ送ると“石鍵”の位置は“既に通過してあった”空間へと移動しているのだった。
 
607 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/12/01(土) 04:50:29.52 ID:euuDCpEYo

千冬「ジャスト5秒……」

 束の吐いた台詞を思い出す。
 消失した時点から逆算した地点。

 5秒前に通過した空域に“石鍵”は姿を現している。

千冬「……」

 ──ピッ。

 ──ピッ。

 何度も見返すが、結果は変わらない。
 “石鍵”は一瞬だけこの世から消え、5秒前に滞在していた座標へと移動している。

千冬「瞬間移動……だとすると、起動時間の誤差が説明つかん。認識をズラした……映像まで騙す精度だと言うのか」

 ふぅ、と溜息を吐く。
 わからないことだらけであった。

 束の突然の来訪。
 “亡国機業”-ファントムタスク-の襲撃。

 機器類の不具合(これは束が仕掛けたもの)
 岡部の昏倒。

千冬「時間がいくらあっても足りん……」

 ちらりと岡部に視線を落す。
 脳波等に異常は見られない、医師は疲れから来たものだろうと診断している。

千冬「岡部。お前の目が覚め次第、合宿を終了し学園へ帰る。さっさと起きろよ」

 眠っている岡部にそう言い放ち、千冬は病室を後にした。
 
608 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/12/01(土) 04:50:55.91 ID:euuDCpEYo


……。
…………。
………………。
 
 
609 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/12/01(土) 04:51:22.89 ID:euuDCpEYo


 ──グラリ。

 視界が霞む。
 頭に強烈な痛みが走った。

岡部「ぬっ……」

鈴音「えっ、ちょっとどうしたのよ!?」

 ISが自動解除され、瓦礫の上へと倒れる岡部。
 全身から汗が吹き出ていた。

岡部「(ダメだ……意識が……)」

鈴音「──ちょっと! ねぇ!」
 
610 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/12/01(土) 04:51:49.05 ID:euuDCpEYo


……。
…………。
………………。

 
611 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/12/01(土) 04:52:15.76 ID:euuDCpEYo

 ──目を覚ますと、そこは病室だった。
 見知らぬ天井。

 微かに痛む頭痛が、現実へと意識を引き戻す。

岡部「そうか……あのまま」

 “蝶翼”-ノスタルジアドライブ-。
 その発露から発動までを思い出す。

岡部「あの感覚は……紛れも無い……」

 ──“運命探知の魔眼”-リーディング・シュタイナー-。

 蝶翼を発動させた時、猛烈な眩暈と頭痛が岡部を襲った。
 あの時は事態が事態である。

 痛みやその他の感覚は全て置き去りに、がむしゃらに行動をした。
 が、その反動で今この様に横たわることになっている。

岡部「久々に味わったが、間違いない。あの感覚はリーディング・シュタイナーだ……」

 ツギハギだらけの思考回路。
 幾つもの可能性が浮かんでは消える。
 
612 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/12/01(土) 04:52:42.19 ID:euuDCpEYo

岡部「……」

 最も限りなく正解に近い回答を、岡部は既に導き出していた。
 けれど、それは言葉に出来ない。

 したくは無かった。

岡部「……」

 病室で1人放つ沈黙が、空気を重くする。
 答えなど出ても、どうにも出来なかった。

 ──カサリ。

 ベッドから何か、紙のような物が落ちた。
 拾い上げ、文字を読み取る。

 それは千冬の置手紙であった。
 ぶっきらぼうな文字で、起きたら連絡しろ。合宿を切り上げ学園へ帰る。

 とだけ書かれていた。

岡部「……帰るか────紅莉栖にも、しばらく会って無かったな」

 こうして、日本海に浮かぶ特別IS戦闘演習場での合宿は終りとなる。
 IS戦闘での初勝利、そしてその喜びを塗りつぶすかのような初の実戦。

 再び発動した“運命探知の魔眼”-リーディング・シュタイナー-。
 苦い思い出だけをこの島に残して、舞台は再びIS学園へと移って行く。
 
613 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/12/01(土) 04:53:10.06 ID:euuDCpEYo


……。
…………。
………………。

 
614 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/12/01(土) 04:53:36.43 ID:euuDCpEYo


 ─第1アリーナ─


 早朝。
 アリーナ中央には、ISを展開し纏っている岡部の姿があった。

 周囲に人影は無い。
 既にパラダイム・シフトを展開しており、スラスターからは蝶の羽……蝶翼がエネルギー状の羽を伸ばしている。

岡部『跳べ』

 翼が羽ばたく。
 一瞬、視界が暗転し世界が戻る。

岡部『リーディングシュタイナーの発動は無しか……』

 幾度かの実験で解った事がある。
 現段階で蝶翼による“時間逆行”時間は“5秒”。

 “5”秒前に、存在した座標へと戻ることが出来る。
 つまり5秒以上その場所に留まっていた場合、蝶翼を行っても意味が無い。

 “5”秒前の世界に戻るだけであった。
 それを時計が表している。

岡部『ふう』

 岡部の表情は優れない。
 特別IS戦闘演習場での合宿からIS学園に帰ってきてはいたものの、気分は落ち込んだままであった。

 紅莉栖ともあまり会話を交わしていない。

岡部『頃合……限界だな』

 自分1人で考えるには限界がきていた。
 これ以上悩んでも事態は進展しない。
 
615 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/12/01(土) 04:54:05.29 ID:euuDCpEYo

岡部『俺は……進展させたくないのかもしれないな』

 そう独り言を呟く岡部の表情には、悲しみの色が浮かんでいた。





紅莉栖「よーーやく、見せる気になったか」

 開口一番に文句を吐いた紅莉栖は“石鍵”に各種ケーブルを繋ぎながらも、言葉を続けた。
 岡部は黙ってそれを受け止める。

紅莉栖「帰ってきたと思ったら新しい装備が出来てるし……かと思ったらそれを見せないし。
    っつーか元気無いし……ってか、合宿中一度も連絡してこないし」

 何やら、合宿中に一度も連絡をしてこなかったことに対して一言があるような紅莉栖ではあるが、
 それを気に留める余裕を今の岡部は持ち合わせてはいなかった。

紅莉栖「しかも襲撃があって、実戦戦闘したとか……心配するだろ、常識的に考えて……」

岡部「すまん……」

 しおらしくなる声色。
 実際、紅莉栖が一番心配しているのはソレだった。

 “亡国機業”の襲撃。
 実戦を経てIS学園に帰ってきた岡部は、元気が無い……と言うよりも何か悩みを抱えている表情を作っていた。

 何を聞いても答えようとはしない。
 機体を見せようともしない。

 紅莉栖はただ、待つことだけしか出来ない。
 そしてそれは実り、今“整備室”でこうしてさらに進化した“石鍵”のデータを見ることになっていた。
  
 しかし、それよりも紅莉栖にとっては岡部に呼び出されたことが嬉しかった。
 
616 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/12/01(土) 04:54:31.99 ID:euuDCpEYo

紅莉栖「ん……スラスターが増設……ってよりも開放されたのか」

岡部「あぁ」

紅莉栖「蝶翼-ノスタルジアドライブ-……まーた厨2な名────あれ? 何か聞いたことあるような……」

岡部「俺が昔……と言っても、数ヶ月前に口にした言葉だからな」

紅莉栖「……え? んん?」

岡部「何でもない、続けてくれ」

紅莉栖「あっ、えっ……うん」

 腑に落ちない顔をする紅莉栖。
 別世界線での記憶が混同し、時たまこう言った事態に陥ることがあった。

紅莉栖「──えっ、スラスターが開放されたのに推進力がまるで上がっていない……だと」

岡部「……」

紅莉栖「かなりのエネルギーがこのスラスターに割かれているのに“瞬時加速”すら出来ないISって……」

岡部「推進力を得る為のスラスターでは無いからな」

紅莉栖「どう言うことよ? ってか、エネルギー。物凄い数値なんだけど……“二段階瞬時加速”しても余裕でお釣りが来るレベルよ」

 表示された総エネルギー量。
 “門”と呼ばれる機関が開放され、さらにエネルギー量が跳ね上がっていた。

 その数値は最早、軍事ISのソレを遥かに越えている。

 ──ゴクッ。

 数値を睨み、紅莉栖の喉が鳴る。
 異常な数値。

 もし、これを全て攻撃力に転化させた場合どれほどの──。
 
617 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/12/01(土) 04:54:58.62 ID:euuDCpEYo

岡部「エネルギーの使い道がわかった」

紅莉栖「──っっ!?」

 いきなり思考に水を差される形になった。
 紅莉栖が口を開く前に、岡部が話を続ける。

岡部「──タイムトラベル11の理論。紅莉栖、知っているな?」

紅莉栖「えっ……えぇ、まぁ」

 突然呼ばれるファーストネーム。
 岡部の顔つき、声色からソレが真剣な話しだと悟る紅莉栖ではあったがやはり嬉しかった。

岡部「その11の理論の中で、最も現実的な物が2つある……」

紅莉栖「“宇宙ひも”と“ワームホール”……かな」

 あの日。
 岡部と紅莉栖がディスカッション形式で話し合った内容をなぞるよう岡部は続ける。

 紅莉栖は覚えていない。
 けれども、確かに交わした会話の内容。

岡部「その2つの理論……どうしたらタイムトラベルを行えるかをディスカッション形式で話してみないか」

 “ディスカッション”あえて、この言葉を選択する必要は無かった。
 この2人が会話をすれば意図せずとも殆どが議論・討論になる。

 しかし、何と無しにその言葉を使ってみたいと岡部は思った。
 
618 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/12/01(土) 04:55:25.33 ID:euuDCpEYo

紅莉栖「ディスカッション? っつか、何でいきなりタイムトラベルの話しなんて────ッッ、!!」

 驚きの表情を作り、ディスプレイから岡部に視線を移す。
 
 岡部から聞かされていた、タイムトラベルの話し。
 半信半疑、疑うことも出来ず、けれど信じきることも出来なかった話。

 自分の頭には時たま、経験したことの無い記憶が蘇ることがある。
 そして、その殆どの記憶には岡部が関係していた。

 この話しは、きっとソレと関係しているであることを瞬時に理解する。 

紅莉栖「OK. わかった。じゃぁえーッと……」

 顎に手を当て、考える。
 理論を思い出し、それを言葉に変えて話していく。

紅莉栖「宇宙ひも理論でタイムトラベル……この場合、過去へ行くってことになるけど、その上で用意するものは3つ」

岡部「……」

 岡部は無言で頷き、続きを促す。

紅莉栖「その1。宇宙ひも。これは2つ必要ね。でも、宇宙ひもって生まれたばかりの宇宙にしかないという仮定だから、探すのは不可能に近いけど」

岡部「続けてくれ」

紅莉栖「その2。仮に宇宙ひもを発見できた場合、それを光に近い速さで運動させるための超膨大なエネルギーが必要になる」

岡部「1.21ジゴワット以上は必要だな」

紅莉栖「……」

 目を丸くする紅莉栖。
 自分が一瞬、ジョークで思いついた台詞を先に言われたのだから当然である。

 ──コホン。
 
 息を整えて、続きを口にした。
 
619 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/12/01(土) 04:56:02.79 ID:euuDCpEYo

紅莉栖「その3。宇宙ひもがあるところまで行って戻ってくるための宇宙船。これが無いとお話しにならない」

岡部「……」

紅莉栖「──とまぁ、こんな感じね。どう、宇宙ひも理論でタイムトラベルに挑戦できると思う?
    自分で言っておいてアレだけど、かなり荒唐無稽な──」

岡部「可能・不可能で言うのなら、可能だな」

紅莉栖「……」

 言葉を遮られ、予想と違う台詞を受けたことにまた目を丸くする。

紅莉栖「出来るって言うの……?」

岡部「その1。宇宙ひもの発見……これは恐らく、パラダイム・シフトで発見が可能だ。稼働率を限界まであげれば──の話しだがな」

紅莉栖「……」

岡部「その2。超膨大なエネルギー……賄える気がしなくもない」

紅莉栖「ちょっ、ちょっと待って! 確かに、あんたのISはもの凄いエネルギー量だけど──」

岡部「仮定の話しだ。断定はしていない」

紅莉栖「ぐっ……」

 それよりも、話を最後まで聞け。
 岡部の目はそう語っていた。
 
620 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/12/01(土) 04:56:29.55 ID:euuDCpEYo

岡部「その3。ISは元来、宇宙空間での活動を仮定していると言われている……IS自体がタイムマシンになりうる」

紅莉栖「……」

 紅莉栖の脳は既にフル回転していた。
 可能・不可能の話しで言えば──。

紅莉栖「確かに、出来なくも……でも、仮に“石鍵”の総エネルギー量が1.21ジゴワット以上あったとしても、やはり……難しいわ」

岡部「だろうな。俺もそう思う」

 至極あっさりと自分の言った意見を跳ね除ける。
 岡部自身、本心から宇宙ひも理論を行えるとは思ってもいなかった。

岡部「“ワームホール”理論を頼む」

紅莉栖「……」

 こくり、と頷く。
 深呼吸をして頭を切り替える。

紅莉栖「ワームホール理論。こっちの方が宇宙ひも理論よりは現時的かも。岡部、ワームホールは知ってるわよね?」

岡部「空間に開いた、抜け道のようなもの」

紅莉栖「オーライ、愚問だったわね。2つの穴、それはトンネルで繋がっている。
    そのトンネルは、通過時間ゼロで通り抜けられる。2つの穴がどれだけ離れていても」

岡部「……」

紅莉栖「けど、ワームホールのトンネルは超重力がかかっていて、通過すると同時に潰れ──」

 自分の言葉で何かに気付く。
 超重力……圧力、それを無効化するための細工。

 ──“石鍵”の装甲ならば、そのような細工をせずとも……。
 
621 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/12/01(土) 04:56:56.07 ID:euuDCpEYo

岡部「続けてくれ」

紅莉栖「──えっ、あぁうん。ごめん。ええっと、だからソレを無効化するための細工が必要よね。
    いわゆるエキゾチック物質。マイナスの重さを持つ物質で重力に反発すると言われている。
    エキゾチック物質を注入して、ワームホールを安定させれば、瞬間移動が可能になる」

岡部「だが、タイムトラベルをするにはそこからもう一手間必要……だな」

紅莉栖「さすが、詳しいわね。片方の穴を、光に近い速さで宇宙の果てまで飛ばす、そして果てまで行ったらすぐに引っ張り戻す」

岡部「結果、相対性理論により時間の流れは遅くなり……過去になる」

紅莉栖「そう言うことね。その状態のワームホールに入れば数年前の世界に行ける」

岡部「しかし、まだ問題があるな。その時点ではまだ、タイムトラベルをしたことにならない。
   擬似的タイムトラベル……ウラシマ効果だ」

 紅莉栖は驚きを隠せないでいた。
 次に用意してあった言葉、説明を岡部が相槌の要領で打ってくる。

 ワンマンになりがちな紅莉栖のディスカッションではあまり無い光景である。
 正直、楽しみを覚えていた。
 
622 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/12/01(土) 04:57:27.44 ID:euuDCpEYo

紅莉栖「そう。重要なのはその後ね、もう一度ワームホールを通過して戻ること。すると、その通過時間はゼロだから──」

岡部「過去の世界に行ってから、未来へと戻ってこれる……これでタイムトラベルは完了だな」

紅莉栖「それで完全。ワームホール理論に必要なものは、宇宙ひもより楽ね」

岡部「……」

紅莉栖「その1。ワームホールそのもの。この宇宙のどこかに……まだ誰も発見してないけど、あると言われている」

岡部「あるのかも、な」

紅莉栖「その2。ワームホールの穴を、光並の速さで宇宙の果てまで往復させるエネルギー」

岡部「……」

紅莉栖「その3。エキゾチック物質、まぁ実在は確認されてないけど」

 ここで、話しは一旦途切れる。
 紅莉栖先生による、タイムトラベル理論が終了した。

紅莉栖「……まぁ、卓上の空論ではあるけど“石鍵”なら不可能と断定は出来そうにないわね」

岡部「神をも冒涜する12番目の理論……」

紅莉栖「──えっ」

岡部「それとも異なる、新た理論……いや、論にすらなっていない」

紅莉栖「ちょっと……?」

 困惑する紅莉栖。
 会話になっていない。


岡部「紅莉栖────俺は、また……タイムトラベルをした」


 重く突き刺さる言葉。
 それは、懺悔に等しいものを含んでいた。 
 
 
623 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/12/01(土) 05:08:50.53 ID:euuDCpEYo
おわーり。
ありがとうございました。

仕事の都合上、投稿時間が毎度明け方になってしまい申し訳ない限りです。

SGの新作に続き、ISもプロジェクトが始動するとのことなので楽しみですね。
盛り上がることを期待します。
624 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2012/12/01(土) 05:17:26.83 ID:skIFzXMH0

先日保存してあった改定前を読み直したばっかなのに何度見ても面白いな
625 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/12/01(土) 12:06:11.96 ID:OXhioxhMo


リメイク前もリアルタイムで読んだけどやっぱおもしろいわ
626 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/12/01(土) 20:40:39.39 ID:SybrSBkDO
これ自己出版したら売れるんじゃね?
下手したら一生遊んで暮らせる金が入るかもな…
627 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/12/01(土) 21:48:36.15 ID:Mkx9MCCJo
流石にそれは気持ち悪い
>>1じゃなくて>>626がな、念の為

結構前にも言われてたけど折角のリメイク版なのに誤字脱字気になるなぁやっぱり
628 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/12/01(土) 21:49:09.89 ID:AHg4padIO
おつおつ
やっぱり面白いな
629 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/12/02(日) 06:44:20.13 ID:FSzw+Quro
投稿します。
630 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/12/02(日) 06:45:10.73 ID:FSzw+Quro
>>621  つづき。


……。
…………。
………………。

 
631 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/12/02(日) 06:46:25.92 ID:FSzw+Quro
失礼、続きのレス番を間違えました。

>>622 つづき。


……。
…………。
………………。

 
632 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/12/02(日) 06:46:56.17 ID:FSzw+Quro


一夏『くぅっ……!!』

 アリーナに響き渡る金属と金属の衝突音。
 一夏は岡部の剣撃を懸命に受け、捌いていた。

一夏『(このままじゃ押し切られる……ここは“雪羅”を使って──)』

岡部『甘いぞ! ワンサマーッッ!!』

一夏『──なっ』

 それは一瞬の隙だった。
 一夏が“雪羅”を稼動しようと左手に意識を向けたほんの数瞬。

 岡部の放っていた“パラダイム・シフト”は一夏の些細な目線の動きまでをキャッチしていた。
 目線は勿論、筋肉の収縮。

 現在、敵搭乗者の意識がどこに向かっているのか。
 12のビットは“織斑 一夏”の動きを全て監視している。

 そこから導き出される予測は正に“未来予測”と言っても過言ではない。
 岡部はこの数日間で稼働率を落とした“パラダイム・シフト”の使い方を身に付けつつあった。
 
633 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/12/02(日) 06:47:23.13 ID:FSzw+Quro

一夏『ぐぁっ!』

 虚を突かれ、胸部に岡部の左掌底打ちがヒットした。

一夏『ってェ……』

 未だ非力と言える岡部の体躯であるが、パワーアシストを受けている状態の攻撃は充分な威力が見込められる。
 一夏は衝撃を逃がしきれず、第一アリーナの地面へと叩きつけられていた。

岡部『フゥーハハハ!! 止めだ、ワンサマー!! 我が新必殺技を受けてみよッッ!!』

 中空に浮かびつつ叫び声を放つ岡部。
 妙なポーズを取っていた。

シャル「ひっさつわざ?」

鈴音「なによ、アイツまた新しい武器でも出たの?」

紅莉栖「……」

 観客席で模擬戦の様子を伺っていた三人娘が首を傾げる。
 現時刻は放課後。

 各々は所属している部活動に顔を出し、部活が休みの面々でのみ一夏と岡部のスパーリングを観戦していた。
 
634 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/12/02(日) 06:47:50.10 ID:FSzw+Quro

一夏『必殺技、だと……!?』

 ゴクリと一夏の喉が鳴る。
 “必殺技”その響きは男心をくすぐるなにかを秘めていた。

岡部『“ナイアガラ・ドロップキック”……いくぞ!!』

 地面に腰を付ける一夏に人差し指を向け、自信満々に口を開く岡部。
 一夏は呆然と、ただただ動けないでいた。

鈴音「ちょ、ちょっとちょっと! 何する気よ!」

シャル「大丈夫……かなぁ」

紅莉栖「はぁ……」

 焦る鈴音に心配そうな表情を浮かべるシャルロット。
 紅莉栖はただ1人冴えない顔を浮かべ、溜息をこぼしていた。
 
635 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/12/02(日) 06:48:25.77 ID:FSzw+Quro

岡部『喰らええぇぇぇぇェェェェ!!』

一夏『────ッッ!!』


 ──ドギャッ!!


 鈍い音が観客席にまで届いた。
 音と共に巻き上がる砂埃。

 その埃が消え、視界が戻る頃。
 形勢は完全に逆転していた。

シャル「なにが起きたんだろ……?」

鈴音「????」

紅莉栖「完全に、ただの垂直ドロップキックです。本当にありがとうございました」

 状況が掴めない2人に対して解答する紅莉栖。
 その顔はやはり、優れていない。
 
636 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/12/02(日) 06:49:13.72 ID:FSzw+Quro

一夏『えっと……』

岡部『むう……』 

 直下降のドロップキックをお見舞いしようと、スピードを乗せた岡部。
 しかし、その直線的で単純な攻撃は一夏に直撃することはなかった。

 ほんのちょっと体を動かしただけで避けられたドロップキック。
 岡部は勢いを殺すことが出来ず、そのまま地面に攻撃をかまし地に突き刺さっていた。

 一夏はと言えば地面に突き刺さった岡部を見下ろす形で“雪羅”を起動している。

一夏『あーっと……』

岡部『情けは無用だ』

一夏『お、おう』

 ビーム状のクロー攻撃。
 撫ぜるように岡部の背中をひっかくと、アリーナに備え付けられているスピーカーから模擬戦終了の音が鳴った。
 
637 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/12/02(日) 06:49:47.98 ID:FSzw+Quro



一夏「いやー、必殺技なんて言うから吃驚したぜ」

岡部「もう少し改良が必要のようだ……」

 場所は食堂。
 アリーナの使用時間目一杯まで練習を積んだ2人は、夕食を取るために食堂へと足を運んでいた。

 無論、他の面々も揃っている。

鈴音「なーにが、必殺技よ。ただのキックじゃない、あれ」

シャル「あ、あはは……」

 現場を見ていた二人が一夏と岡部の会話に割って入る。
 それを革切りに他のガールズ達も口を開いた。

箒「──で、一夏は勝ったのだろう?」

一夏「ん? 何にだ?」

箒「決まっている。岡部との模擬戦だ」

 ちゃっかりと一夏の隣で食事を取っていた箒。
 勝敗が気になっていた。
 
638 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/12/02(日) 06:50:19.18 ID:FSzw+Quro

セシリア「そうですわ、倫太郎さんのキックは兎も角として。どちらが勝利したんですの?」

ラウラ「倫太郎の成長は著しいが、一夏。お前には一日の長がある。まさか負けてはいまいな?」

 ずいずいと身を乗り出すセシリアとラウラ。
 模擬戦とは言え、やはり勝敗は気になるところ。

 出来ることならば、一夏に勝利していて欲しいと言う願望が言葉には詰められていた。

一夏「あー……一応、な」

岡部「うむ。ワンサマーの勝利で終わりだ」

 どんな形にせよ、勝敗は勝敗である。
 半ばじゃれあい。遊びのようにも見える戦いではあったが、結果として勝者は一夏であった。

箒「うむ。そうか、勝ったか」

セシリア「さすが一夏さんですわね」

ラウラ「最近はたるんでいたからな。一夏、お前ももっと精進すべきだぞ」

 三者三様の反応を見せる。
 ここのところ、岡部の成長には誰しもが目を見張っていた。

 “全学年個人別トーナメント”が近くなった今、強力なライバルと言える。
 一夏との対戦、どちらの力が上なのかと気になるのは当然のことだった。
 
639 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/12/02(日) 06:50:45.84 ID:FSzw+Quro

シャル「(いや、最後のアレは完全にオカリンはふざけていた……)」

鈴音「(あいつ……本当に強くなってる。真剣にやったら、一夏よりも上かも……)」

紅莉栖「……」

 戦闘をその目にしていたシャルロットと鈴音。
 最後の必殺技が完全に遊びであることを見透かしていた。

 成績に残ることのない模擬戦。
 真剣になる必要もないが、手を抜く理由も想像がつかないため何も口に出来ない。

 結果、岡部の実力は未だ未知数としか言いようが無かった。

楯無「はーい。と、言うわけで!」

 唐突に現れた“更識 楯無”。
 誰しもが驚いた表情を作る中、笑顔を浮かべ言葉を続けた。
 
640 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/12/02(日) 06:51:18.63 ID:FSzw+Quro

楯無「倫ちゃんもようやっとまともな操縦が出来るようになってきました」

岡部「む」

 いきなりの登場。
 そして自身にまつわる話題。

 良い予感は微塵もしなかった。

楯無「“全学年個人別トーナメント”が近づいた今こそ、もう一度。我々が鍛えてあげるべきじゃないかしら?」

岡部「……」

一夏「……」

 先が読めた。
 諦めの表情を作ったのは男子2人。

 やはり、楯無はろくな出来事を持ってこないなと2人は内心で毒吐いた。
 
641 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/12/02(日) 06:51:46.07 ID:FSzw+Quro

楯無「以前は基礎的な訓練を皆で回したけれど、今回は本格的にISを使った訓練をつけてあげましょー!」


 ──もちろん、一夏くんもセットでね?


 そう付け加えた後、少女たち瞳が輝いたのは説明するまでもない。

箒「そ、そうだな。訓練は必要だ。そっ、その一夏にもしっかりと鍛えて貰わねばこまるしな」

セシリア「そうですわね。わたくしが代表候補生の操縦技術と言うものを一から叩き込んで差し上げますわ」

鈴音「良い機会じゃない。一夏ともども世話してあげるわよ」

シャル「えっと、頑張ろうね? 2人とも」

ラウラ「筋肉がNoと答えたら、お前等はYesと言え」

 途端にやる気を見せる面々。
 やはり、年頃の娘として意中の相手との練習は特別に感じるものだった。
 
642 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/12/02(日) 06:52:16.83 ID:FSzw+Quro

岡部「ワンサマー……」

一夏「凶真……」

紅莉栖「諦めなさい」

 冷たく言い放たれた紅莉栖の言葉。
 それは死刑宣告に似通った響きを孕んでいた。

楯無「あはっ。楽しみね?」

 無邪気に微笑む楯無。
 けれど、その笑顔は一夏と岡部にとって恐怖の対象でしかなかった。
 
643 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/12/02(日) 06:53:03.31 ID:FSzw+Quro



紅莉栖「──岡部」

岡部「む。助手……?」

 廊下。
 自室から自販機へ足を伸ばそうと廊下を歩いていた岡部に声がかかる。

 相手は紅莉栖だった。

岡部「どうしたんだ。お前も自販機か?」

紅莉栖「いや。アンタに用事」

岡部「俺に?」

 首を傾げる。
 用件がわからなかった。
 
644 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/12/02(日) 06:53:31.56 ID:FSzw+Quro

岡部「なにか、あったか……?」

 顎に手を当てて考える。
 さっぱり紅莉栖の言う用事が思い浮かばない。
 
紅莉栖「ねえ」

岡部「ん?」

紅莉栖「なんか、無理してない?」

岡部「……」

 言葉に詰まる。
 紅莉栖がなにを言ってるのか、どれについて言及しているのか。

 それがわからない。

紅莉栖「妙に明るく振舞ってるように見えて仕方が無いんだけど」

岡部「……」

 答えられない。
 確かに、その節はあった。

 ここ最近は不安を振り払おうと、はしゃぎ気味に生活を送っている。
 
645 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/12/02(日) 06:54:01.98 ID:FSzw+Quro

紅莉栖「私の勘違いならソレで良いんだけどね……」

岡部「……」

紅莉栖「なにかあるなら、相談しろよ。そっ、その……ラボメンだろ、いちおう……」

 それだけ言いつけて立ち去る紅莉栖。
 表情は真っ赤に染まっていた。

 主に最後の一言。

 その言葉は紅莉栖にとって告白に等しい恥ずかしさだった。
 部屋からの出待ちと言うこともあり、羞恥心はレッドゾーンまで振り切れている。

 反面、岡部の表情は優れなかった。 

岡部「そうか……俺は、無理をしていたか……」

 1人になる廊下。
 明日から始まる特訓よりも、岡部の脳内は別の事柄で埋め尽くされていた。

 世界線変動。
 タイムトラベル。

 自身はまた、抜け出せない迷宮に足を踏み入れてしまったのか、と。
 
646 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/12/02(日) 06:54:30.16 ID:FSzw+Quro
おわーり。
ありがとうございました。
647 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/12/02(日) 09:48:24.62 ID:wWCMsvfGo
おつおつ

絶好調だな、凶真…
逆に言えば、凶真になって不安を誤魔化してるんだろうな

ところで、飛んで空から突撃キックってまるで某加速あにめのシ○バークロウさんみたいだな
648 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/12/02(日) 11:00:42.66 ID:Mx6o/GjYo
全身を覆うISだし似てるっちゃ似てる
649 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/12/02(日) 15:43:09.16 ID:UV9tBh5po
蝶翼出てるしな
むしろ完全に一致

650 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/12/02(日) 16:09:55.95 ID:tIsFilXIO
ぽまいらのせいでシルバークロウしか想像できなくなった
651 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/12/03(月) 07:35:21.71 ID:5dczGlxDO
ナイアガラドロップキックwwwwさすがオカリンwwww

でだ、シルバークロウを知らない俺はどう反応すればいいかわからないのだが…
652 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/12/03(月) 11:56:08.33 ID:iyEQoYYIO
>>651
レッツ検索!
653 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/12/04(火) 06:39:13.48 ID:m7nKIuNDO
アクセルワールドのか…興味はあるからみたいがネットにも近場のTSUTAYAにもないからあきらめた作品だ
654 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/12/06(木) 05:14:23.37 ID:nl9ryMJno
投稿します。
655 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/12/06(木) 05:14:57.67 ID:nl9ryMJno
>>645  つづき。



……。
…………。
………………。

 
656 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/12/06(木) 05:15:24.37 ID:nl9ryMJno


 再び始まった専用機持ちによる、岡部倫太郎強化期間。
 その内容は苛烈を極めていた。

 以前のような甘さは微塵もない。
 少女達にとって、岡部とは既に手を抜いて良い相手ではなかった。

箒『初日は私が相手を勤めさせて貰うことになった』

 すでに“紅椿”を展開しながら箒が言葉を続ける。
 岡部の隣には一夏が居たが、表情は真剣そのものだった。

箒『今回はISでの剣術訓練だ。ラウラに多少仕込まれているとは聞いている』

岡部『あぁ。多少、だがな』

一夏『でも最初の頃と比べるとかなり成長したよな』

 岡部と一夏もすでにISを纏い準備を整えていた。

 放課後。
 第1アリーナは楯無の権限により、半ば強引に貸切り状態とされているため3人以外に人影はない。
 
657 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/12/06(木) 05:15:59.04 ID:nl9ryMJno

箒『勝ち抜き戦で順次戦う相手を変えていく方式を取ろうと思う』

岡部『ほう』

箒『武装は剣類のみ。一撃でも攻撃が当れば選手交代だ』

一夏『なるほど……そりゃキツそうだ』

 至ってシンプルな練習法。
 三つ巴となり、乱戦として戦うよりも効率的と言えた。

 まず、1人が待機。
 先の2名が戦い、被弾した場合は即座に入れ替わる。

 一撃脱落制のため、休憩と言えるほどの時間は得らない。
 もちろん勝ち続ければ休む暇もないため、後半は体力勝負が予想される。

 箒はこれを、試用時間一杯までやろうと提案していた。
 
658 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/12/06(木) 05:16:25.41 ID:nl9ryMJno

岡部『(俺の体力は持つのだろうか……)』

 今でもトレーニング。
 走り込みや基礎的なことは続けていた。

 けれど最近はこのように限界へ挑む類の訓練はしていない。
 実際問題、自身にどれだけ体力が付いてるのかわからないでいた。

箒『私は“雨月”と“空裂”の二刀でいかせて貰う。無論、エネルギー攻撃はなしだ』

一夏『俺は“雪片弐型”だな』

岡部『うむ。“サイリウム・セーバー”で、もちろんエネルギー供給はなしだな』

 各自、装備のチェックを終了する。
 攻撃が当った時点で負けとなり、入れ替わるためにエネルギー供給の必要はない。

 注意点として、剣術強化の名目上その他の機能を使わないと取り決めを行っている。
 これは特に“パラダイム・シフト”のことを指していた。
 
659 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/12/06(木) 05:16:54.29 ID:nl9ryMJno

岡部『問題ない。あれを使ってしまったら、底上げの訓練にならないからな』

一夏『ようし、ヤル気が出てきた!』

箒『ふぅ……では、始めよう』

 呼吸を整え、心を落ち着かせる。
 箒は自身に目標を架していた。

 この訓練で1位を取る。
 最も離脱が少なく、1秒でも多く戦場に居続ける。

 純粋なる剣術訓練。
 負ける訳にはいかなかった。

箒『最初は私と一夏。攻撃を受けたら即離脱、後に岡部が参戦』

一夏『わかった』

岡部『うむ』

 そう答えて岡部はアリーナ中央から離脱する。

 対峙する箒と一夏。
 模擬戦とは言え、箒の纏う気圧に一夏もピリピリとしたものを感じていた。
 
660 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/12/06(木) 05:17:20.79 ID:nl9ryMJno

一夏『(箒……本気だな……)』

 “雪片弐型”を持つ手に力が入る。
 一夏もまた、本気だった。

箒『行くぞっ!!』

一夏『おうっ!!』

 訓練初日。
 剣術強化訓練が開始された。
 
661 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/12/06(木) 05:17:47.16 ID:nl9ryMJno



 ──ガキィィィ。

箒『次ぃ!!』

岡部『応ッ!』

 腹部に斬撃を受け、横たわる“白式”。
 片膝をつき見守っていた岡部が二の句を挙げず“紅椿”へと突進した。

一夏『ハァ……ハァッ……箒のやつ、完全にマジだ……』

 息を切らし体勢を整える一夏。
 直ぐにまた、自分の番が回ってくることを予測していた。

岡部『ぬぅっ……!』

箒『攻撃成功! 一夏ぁ!』

一夏『次こそっ……!!』

 訓練開始から1時間が経過していた。
 これで幾度目になるかわからない、選手交代。

 その殆どが一夏と岡部が担っていた。
 箒はと言えば、未だに2.3回程度の交代である。
 
662 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/12/06(木) 05:18:20.94 ID:nl9ryMJno

箒『ハァハァ……次だ、来いッ!』

一夏『くそっ』

 二刀に惑わされる男子2名。
 一刀で攻撃を捌き、二刀目で攻撃を成功させる。

 このスタイルを取る箒に遅れを取っていた。

岡部『集中だ……』

 再び順番が回り、岡部と箒が対峙する。
 “パラダイム・シフト”が使えない今、頼りになるのは自身の双眸のみ。

 目で見て、攻撃を交わすしかない。

箒『ハァッ!』

岡部『くっ……』

 一刀目の攻撃を受けてはならない。
 剣撃を“サイリウム・セーバー”で受ければ、もう一刀が襲ってくる。
 
663 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/12/06(木) 05:18:50.11 ID:nl9ryMJno

岡部『まるでRPGのラスボスではないか……!』

 全てが2回攻撃になる。
 対処の仕様がなかった。

一夏『だけど、箒のヤツも息が切れてきたな……』

箒『籠手ッッ……!!』    

岡部『むっ!』

 すれ違い様に走る衝撃。
 びりびりと痺れるような感覚が手の甲から伝わってきた。

一夏『行くぞ箒ッ!』

箒『来い、一夏ッ!』

岡部『……』

 手に広がる微かな痛み。
 グーと、パーを交互に行い稼動を確かめる。

 問題ない。
 
664 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/12/06(木) 05:19:17.09 ID:nl9ryMJno

岡部『これだ、コレが差か……』

 お遊びではない、本物の剣術。
 剣を振り回しているだけではない、綿密に計算された攻撃。

岡部『……』

 一夏も箒ほどではないが、綺麗な型を取っていた。
 自分だけが、滅茶苦茶に剣を振り回している。

岡部『俺に出来ること……』

一夏『……くっ!』

箒『甘いぞ一夏! 私が二刀だと言うことを忘れるなッ』

 岡部自身が行える攻撃行動。
 ふと考え振り返ってみると、全てはISの機能のみで戦ってきたことに気付く。
 
665 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/12/06(木) 05:20:06.05 ID:nl9ryMJno

岡部『そうか、俺は結局……』

 ──自身の力でなど、戦ってはいなかったのか。

一夏『でやああああっ!!』

箒『男らしいが、その突進では私を崩すことは出来んっ!!』

 ──スゥ。

 ──ハァ。

 運動により昂ぶった心肺機能を落ち着かせる。
 脳は思ったよりも冷やかだった。

岡部『(今、俺が出来ることは……)』

 教えてもらったこと。
 それだけだった。
 
666 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/12/06(木) 05:20:54.66 ID:nl9ryMJno

岡部『(借り物でも、なんでも良い……元より、俺にアドバンテージがある舞台ではないのだからな)』

箒『胴っっ!!』

一夏『ぐぇ……』

 見事な抜き胴が決まる。
 堪らず一夏はその場で足をついた。

箒『やはり腕が鈍ってるようだな、一夏』

一夏『くっそー……』

岡部『──休んでいる暇などないぞ、しのののの!!』

箒『むっ』

岡部『次は俺の番だっ!!』

一夏『おっと』

 突進してくる岡部と入れ替わるように場所を交代する一夏。
 岡部の声色から察するに、少しばかり自信が伺えた。
 
667 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/12/06(木) 05:21:31.56 ID:nl9ryMJno

岡部『眼帯娘仕込みの技を受けてみろッッ!!』

箒『フッ、面白い!!』


岡部『────左頚動脈ッッ……!!』 


……。
…………。
………………。


一夏「痛ててて……」

岡部「体が……重い……」

 食堂のおばちゃんから受け取るトレイが重い。
 全身の筋肉が悲鳴をあげていた。
 
668 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/12/06(木) 05:22:01.11 ID:nl9ryMJno

箒「日頃の鍛錬が足りてない証拠だ」

 2人が厳しい表情を浮かべるなか、箒は涼しい顔を浮かべていた。
 交代が少ない分、箒の方が運動量が多かったはずなのにコレである。

 女尊男卑の世の中とは言え、男2人の面目は潰れ気味であった。

セシリア「初日でそんなに疲れてしまっていて、大丈夫ですかしら?」

鈴音「だーいぶキツめに絞られたみたいね」

シャル「明日はセシリアだっけ? 2人とも今日は早めに眠った方が良いね」

ラウラ「ふん。だらしがない、それでも私の嫁か」

紅莉栖「……」

 部活動に勤しんでいた4人組みが口を挟む。
 その中で紅莉栖だけが心ここに在らずと言った具合で牛丼を突付いていた。
 
669 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/12/06(木) 05:22:27.75 ID:nl9ryMJno

岡部「……?」

 心の中で首を傾げるが、どうも表情が読めない。
 疲れているのか、悩んでいるのか、考えているのか。

 原因はもしかしたら、自分なのか。
 廊下で図星をつかれてからも、紅莉栖との会話量は一向に増えていない。

 どう説明すれば良いのか、話せば良いのか。
 自分自身でも整理が出来ていないでいた。

セシリア「さて……明日はわたくしがお相手するので、覚悟しておいて下さいな?」

一夏「おう、よろしく頼むぜ」

岡部「ああ」

 胸に手を当て、何時ものポーズを取る英国女子。
 今から楽しみで仕方ないと言った顔を作っている。
 
670 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/12/06(木) 05:23:25.87 ID:nl9ryMJno

楯無「──にしても」

 またも唐突に現れた楯無。
 神出鬼没も良い所であるが、ここ最近はコレが普通になり誰も驚かなくなってきていた。 

楯無「男の子2人して、だらしがないわねぇ」

一夏「あー……見てたんですか?」

楯無「あはっ」

 疑問に笑顔で答える生徒会長。
 アリーナは確かに箒、一夏、岡部の3人しかいなかった。

楯無「一夏くんが3回。倫ちゃんが1回。箒ちゃんから1本を取れた数」

箒「……」

楯無「2時間も戦って、それじゃあねぇ……」

 結局、模擬戦の内容は箒のワンサイドゲームだった。
 楯無の言った通り、一夏が3回。岡部が1回。

 箒にダメージを通せた回数は片手で足りるほどの結果である。
 
671 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/12/06(木) 05:23:52.91 ID:nl9ryMJno

楯無「ラウラちゃんから教わった連撃。あれね、良いんだけど一度見せちゃうとモーションばれちゃうから難しいところね」

岡部「むう……」

ラウラ「アレンジの仕方も教育すべきだったようだな」

 岡部は生来、素直な男だった。
 教わったことをしっかりとこなす。

 ラウラから伝授された攻撃は今でこそ、反復練習の賜物で動作を完全に身につけていた。
 けれど、その為に一度披露してしまえば対処されてしまう。

 ここはIS学園である。
 同じ動作の攻撃が何度も通じる相手などいない。

楯無「でもでも、今日のは良い練習だったわ。ありがとね、箒ちゃん」

箒「い、いえ……そんな……」

 箒も自身で今日の特訓には満足していた。
 適度な疲労感と、充実感。

 そして目標も達成できている。
 久々に良い練習が出来たと心の底から思えていた。
 
672 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/12/06(木) 05:25:02.17 ID:nl9ryMJno

楯無「純粋な剣術では、一夏くんも倫ちゃんも箒ちゃんには遠く及ばないってことがわかったわね」

一夏「はぁ……」

岡部「……」

楯無「まぁまぁ、そう落ち込まないの。ISってのはそれがイコールになるほど単純じゃないんだから♪」

 特に肩を落としたのは一夏だった。
 正直、剣術でここまでの差があるとは思ってもいなかった。

 けれども、結果は惨敗。
 日頃のIS戦闘は“白式”のスペックにより善戦出来ているだけなんじゃと脳裏に過ぎる。

楯無「あら、それは違うわよ?」

一夏「……」

 勝手に思考へと割り込んでくる楯無。
 一体この人はどこまで──と考えるだけ無駄だと言うことを一夏は再度確認した。
 
673 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/12/06(木) 05:25:28.62 ID:nl9ryMJno

楯無「もちろん、基礎的な力は必要。けれどね、ISの操縦はそれだけじゃだめなの」

 回りをぐるり一周、視線を皆へと配る。
 一夏にだけ言ってる訳じゃないことを説明していた。

楯無「色んな能力、条件。機体に対する理解度。複雑な思考の果てにISは答えてくれる」

 楯無の弁舌に一同が耳を傾ける。
 IS学園、唯一の代表操縦者。

 その言葉には重みがあった。

楯無「剣術が駄目だからと言って、操縦まで駄目と言うわけじゃないの」

一夏「は、はい」

 人差し指を一夏の鼻っ面に押し当てる。
 一夏の頬がほんのりと色を変えた。

楯無「あくまでも、強くなるために必要なファクターとして捕らえなさい」

岡部「……」

楯無「特に倫ちゃん。あなたは皆よりも後発なんだから、焦らずにじっくり。ね?」

岡部「あ、ああ……」

楯無「最初は借り物でも、すぐに馴染んで自身の力になるわ」

 まるで全てを見ていたかのような台詞。
 その言葉の中には、アドバイスの他に慰めのようなものも含まれていた。
 
674 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/12/06(木) 05:26:00.42 ID:nl9ryMJno


……。
…………。
………………。
 
 
675 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/12/06(木) 05:26:27.87 ID:nl9ryMJno


セシリア「すぅ……すぅ……」

 深夜。同室のセシリアが寝息を立てている頃。
 紅莉栖はノートパソコンの明かりをボーっと眺めていた。

紅莉栖「はぁ……」

 漏れる溜息。
 思考が上手く定まらない。

 画面に表示されるリプレイのカーソル。
 もう一度再生する気にはなれなかった。

紅莉栖「報告の催促……“戦闘演習場”での戦闘報告が耳に入ったか」

 “某国機業”との戦闘行為。
 その全ての情報を報告する訳にはいかなかった。

 “絶対にありえない”はずの起動時間誤差。
 タイムトラベルをしたと言う事実は隠蔽しなければいけない。
 
 
676 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/12/06(木) 05:26:54.78 ID:nl9ryMJno

 どうすれば良いのか。
 紅莉栖は思いあぐねていた。


 ──そうだ。君の父君だがね、引き取り日時が決定したよ。


 ──12月24日。素敵なクリスマスプレゼントになることだろう。


紅莉栖「はぁ……」

 再びこぼれ出る溜息。
 逃げることだけは出来ないとわかっている。

紅莉栖「ごめん、一夏……それでも、私は岡部を守りたい」

 小さく、小さく言葉を吐く。
 覚悟は決まっていた。 
 
677 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/12/06(木) 05:30:19.28 ID:nl9ryMJno
おわーり。
ありがとうございました。


再び画像置いておきますね。
http://kie.nu/.BK0
加速作品を知らないのでググったのですが、確かに…。

しばらくは旧版でカットした場面が続くと思います。
678 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/12/06(木) 09:37:29.37 ID:LBBNjgQDO

だから旧版でみたことないシーンがあったりするのか
箒とオカリンとワンサマーのこの訓練みた気しなかったが…カット版?
679 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/12/06(木) 10:09:26.04 ID:tRIeQ3BIO
おつおつ
680 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/12/06(木) 23:17:54.85 ID:Fa2bJ8Q9o
前の時にクリスの親父は放置気味だったもんな…補完してくれて、本当に嬉しい

更新を毎日楽しみにしてるよ
681 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/12/08(土) 08:35:23.23 ID:qXrMcomZo
あれ?そういえば石鍵命名ってあったっけ?随分昔のことだから覚えてねーや………

おつんこ
682 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/12/09(日) 10:22:52.91 ID:tA+KynwIo
投稿します。
683 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/12/09(日) 10:24:14.44 ID:tA+KynwIo
>>676  つづき。




……。
…………。
………………。

 
684 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/12/09(日) 10:24:46.84 ID:tA+KynwIo


一夏「なぁ、凶真。起きてるか……?」

岡部「あぁ」

 深夜。
 すでに明かりは全て消され、2人とも眠る体勢になっている。

一夏「今日の箒、強かったな……」

岡部「あぁ」

 考えていることは同じだった。
 完敗と言える結果。

 他機能をカットした場合、2人ともに箒には敵わないことを痛感してしまう。

一夏「もっと……強くなりたいな……」

岡部「あぁ」

 ゆっくりと夜が更けていく。
 肌寒い冬の気温。

 沈み気味の気持ちに対して、それは良い効能を発揮することはなかった。

 
685 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/12/09(日) 10:25:16.20 ID:tA+KynwIo





セシリア『さあ! 今日はわたくしの出番ですわね!』

 張り切った声を上げるセシリア。
 3人の中でも特に意気揚々としている。

一夏『よろしくな』

岡部『頼む』

 先日と同様。
 第1アリーナを貸切っての訓練である。

 箒の対戦結果を聞かされて張り切らないはずがなかった。

セシリア『ルールは昨日の箒さんルールで行いましょう』

一夏『と言うと、今日も戦闘か?』

セシリア『もちろん、ですわ』

 既にISを見に纏っている3人。
 セシリアは長大なライフル。“スターライトmkIII”を握り締めている。
 
686 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/12/09(日) 10:25:46.93 ID:tA+KynwIo

セシリア『ええと、昨日の内容は既にお聞きしてあります』

一夏『あぁ』

セシリア『昨日は純粋なる剣術訓練。では、今日は……?』

一夏『今日は?』

セシリア『射撃訓練。ですわ!』

 やはり。
 と言った表情を浮かべる一夏と岡部。

 想像通りとなり、苦笑いを浮かべてしまうほどだった。

セシリア『わたくしと言えば射撃。射撃と言えば、わたくしですから』

 どこでそう決まった事項なのか理解は出来ないが、そうらしい。
 自信に満ち溢れた表情でセシリアが言い放つ。
 
687 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/12/09(日) 10:26:14.34 ID:tA+KynwIo

一夏『動き方はどうする? 昨日は空中戦とかは無かったんだけど』

セシリア『今日は射撃ですから、もちろん空中稼動ありですわ』

岡部『ふむ……そうなると、昨日とはまた違った動きが必要になるな』

セシリア『その通り。360度、視界の外までも計算に入れて攻撃しなければならない。それが射撃ですわ』

 基本的なルールは先日と同じであった。
 仕様武器は射撃兵装のみ。

 一撃被弾での交代制。
 それを延々とアリーナ使用終了時間まで繰り返す。

セシリア『わたくしは“スターライトmkIII”を。今回、ビット兵器の使用はありませんわ』

一夏『俺は“雪羅”を射撃モードにしておけば良いか。荷電粒子砲の出力をかなり落さないとな』

岡部『“ビット粒子砲”でいかせて貰おう』

 各自、兵装を確認する。
 先日とは違い、空中戦闘となるために疲労の度合いも上がるだろうと伺い知れた。
 
688 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/12/09(日) 10:26:43.08 ID:tA+KynwIo

一夏『今日は、勝つぜ』

岡部『汚名返上といかせて貰おう』

 けれど、一夏と岡部も気合の乗りが昨日とは違っている。
 負けたくないと言う意識が浮き上がっていた。

セシリア『射撃の奥深さ。そして難しさをたんと教えて差し上げましょう……』
 
 一瞬にしてセシリアの表情が変化する。
 恐ろしい程の集中力。

 逆に言えば、それほどの集中力を発揮せねば射撃戦闘など話しにならない。
 そう言い伝えているかのように思えるほどだった。
 
689 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/12/09(日) 10:27:34.89 ID:tA+KynwIo




岡部『これほど、これほどの差があるのか……』

 空を見上げる形で岡部は地に立っていた。
 現在、戦闘を行っているのはセシリアと一夏。

 どう控えめに見ても、一夏が圧倒されている。

一夏『くっそ……』

セシリア『逃げているばかりでは、話しになりませんわよ……っ!』

 ──カチン。

 引き金を引く。
 ライフルからエネルギー状の弾丸が射出された。

一夏『上昇して逃げ──』

岡部『そっちは駄目だ、ワンサマー!』

セシリア『言ったはずですわ。射撃は、360度の世界だと……』

 極限まで高められたセシリアの集中力。
 先発として離れたエネルギー弾。

 それが中空で弧を絵描き、一夏の回避した先へと向かっていた。
 
690 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/12/09(日) 10:28:28.66 ID:tA+KynwIo

一夏『くっ────』

 後発として撃たれた攻撃から避ける為の回避行動。
 結果、それを見越したセシリアが“BT偏光制御射撃”を行っていた。

一夏『──ぐあっ!!』

 鼻っ面からエネルギー弾を迎えることになった一夏。
 それはカウンターとなり、思った以上の衝撃となって体へと伝わった。

岡部『くっ……またコレか……』

セシリア『さぁ。お次は倫太郎さんの番でしてよ……』

 ゆっくりと地面へ衝突する一夏。
 これで何回目の墜落になるか数えるのも億劫なほどであった。

岡部『……行くぞ』

セシリア『いらっしゃいまし……』

 平均して3発。
 それが、セシリアの1回の戦闘で放たれる弾丸の数字だった。

 初撃の弾丸は避けられて当然。
 その弾丸を偏光制御しつつ、次弾を発射する。

 実にシンプルであるが故に打ち崩すのも難関を極めていた。
691 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/12/09(日) 10:28:55.21 ID:tA+KynwIo

岡部『初弾。初弾をまず対処せねば……』

セシリア『…………』

 多大なる集中力を必要とする偏光制御。
 張り詰めた糸の上を歩くような気分でセシリアは戦闘を続けている。

岡部『……』

セシリア『……』

 上空で対峙する岡部とセシリア。
 序盤はいつもこうだった。

岡部『(思えば昨日も二回攻撃だった……今回もソレと同じか……)』

 箒は二刀を使い攻撃の攻めと防御を同時に行っていた。
 打ち崩すことは容易ではなく、結果は惨敗。

 科目が変わり、射撃になろうとも似たようなもの。
 2発の弾丸による挟撃を防ぐことが出来ない。
 
692 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/12/09(日) 10:29:25.57 ID:tA+KynwIo

セシリア『行きますわよ……』

岡部『くっ……』

 セシリアが動く。
 初撃。撃ち放たれるエネルギー弾。

 それは正確に岡部の頭部を狙い済ましていた。

岡部『逃げるだけでは駄目だ……』

 中空で棒立ちとなる岡部。
 逃げる、避けるは充分にした。

 他の道を探さぬ限り、活路はない。

岡部『ならば、撃ち落すのみ……!!』

 射出されたエネルギー弾に向かって左手を伸ばす。
 “パラダイム・シフト”が起動されてないために、照準は完全マニュアル。

 撃墜成功の可能性は極めて低かった。
 
693 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/12/09(日) 10:30:07.55 ID:tA+KynwIo

セシリア『その判断は正解ですわ』

 避けれない。
 逃げられないのであれば撃ち落すしか道はない。

 高度な射撃戦闘に置いて、如何に相手の弾を撃ち落せるかが勝敗の鍵を握る。

岡部『────ココだっっ!!』

 充分に引き付けてからトリガーを絞る。
 連射速度に物を言わせて打ち抜く作戦だった。

 “ビット粒子砲”の砲口が熱くなる。
 セシリアの放ったエネルギー弾を相殺しようと何発もの弾丸が撃ち放たれた。

 束の間の静寂。
 狙いを絞った成果が現れていた。

岡部『──良し、撃墜成功…………』

 安堵の声を漏らしかけた瞬間、

セシリア『安心する暇などが、あると思っておいでなのですか?』

岡部『なっ』

 弾丸と弾丸が相殺されて生じた煙。
 その煙を突き破り一発のエネルギー弾が顔を出した。
 
694 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/12/09(日) 10:30:42.83 ID:tA+KynwIo

セシリア『このわたくしが、悠長に攻撃が撃墜されるのを眺めているとでも……?』

岡部『──くっ』

 被弾。
 苦虫をすり潰したような気分になる。

 一度の攻撃を撃墜したところで、スタート地点にも立てていない。
 緊張をたわめることなく、意識しなければならなかった。

一夏『次こそっ……!』

セシリア『おいでなさいませ!』

 即座に入れ替わる一夏と岡部。
 箒と対峙した時よりも歯が立たないと実感できていた。

岡部『(考えろ……考えるんだ……)』

 上空では一夏も岡部と同様に“荷電粒子砲”を用い、セシリアの弾丸を撃ち落していた。
 けれど、そこまで。

 決め手は未だに用意出来ていない。

岡部『…………』

一夏『くっそ、これじゃぁキリが無い……っっ』

セシリア『さぁさぁ! そこからどうするおつもりなのかしら!?』

 何度も何度も同じ光景を見ている。
 セシリアが撃ち、こちらがその攻撃を避ける。

 動くのは決まって岡部と一夏。
 セシリアは定位置のままだった。
 
695 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/12/09(日) 10:31:09.94 ID:tA+KynwIo

岡部『(動いていない……?)』

 考えを張り巡らせる。
 脳内をフル回転させ、パズルのピースを探し当てるように。

岡部『(確か、助手が昔なにか言っていたような……)』





紅莉栖「はぁ? “BT偏光制御射撃”がしたいぃ?」

 確か、それは助手と2人きりの時だった。
 “ビット粒子砲”の出力について話していたから、場所は整備室。

岡部「あっ、あぁ。そんなに顔をしかめるようなことか?」

 俺がそう言うと、助手は自身が女であることを捨てたかのような顔を作ったのだ。
 まるで「アンタ、ばかぁ?」が口癖の暴力ヒロインを彷彿とさせる表情だった。

紅莉栖「はぁ。わかってない、アンタわかってない」

 やれやれだぜ。と付け加え両手を広げるジェスチャーまで取る始末だった。
 完全に人を馬鹿にするスイッチが入っている。
 
696 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/12/09(日) 10:31:36.94 ID:tA+KynwIo

紅莉栖「良い? まず、あんたは“BT偏光制御射撃”ってものを理解してるの?」

岡部「いや……」

紅莉栖「で、出たーwww理解出来てないのにカッコイイからとか言ってやりたが奴www」

岡部「…………」

紅莉栖「あ……」

 駄目だ、この助手。
 よもやダル以外で@ちゃんねるの用語や使いまわしがこうもペラペラと回る人間がいようとは。

紅莉栖「そっ、そんな可哀想な人間を見る目つきをするなっ!」

岡部「すまん……」

紅莉栖「あやまんなっ!」

 なんとも言えない微妙な空気が流れる。
 恥ずかしがるのであれば、最初から@ちゃん用語なぞ使わなければ良いものを。
 
697 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/12/09(日) 10:32:03.05 ID:tA+KynwIo

紅莉栖「んんっ。えっと“BT偏光制御射撃”の話しだったわね」

岡部「う、うむ」

紅莉栖「結論から言うと、無理ね」

岡部「……」

紅莉栖「まず“ビット粒子砲”のスペックからして無理」

岡部「スペック?」

紅莉栖「そ。実弾とエネルギー弾を交互に射出する変態仕様な以上、エネルギー弾に指向性を与える偏光射撃は不可能に近い」

岡部「そうか……」

紅莉栖「それによ? 万が一、その交互に射出する一発に偏光性を与えるとしてだ」

 段々と助手が調子を取り戻していく。
 どうやら先ほどの過ちは忘れたらしい。
 
698 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/12/09(日) 10:32:31.09 ID:tA+KynwIo

紅莉栖「“BT偏光制御射撃”には多大なる集中力が必要とされるの」

岡部「……」

紅莉栖「例えば、身近なところで言うとセシリアね」

岡部「シャーロックか」

紅莉栖「あの年齢で“BT偏光制御射撃”を習得しているなんて、大したものだわ。才能と言っても差し支えないでしょう」

 ほう。
 そんなに大層なものだったのか。

紅莉栖「けれど、弱点がある」

岡部「弱点?」

紅莉栖「あまりにも集中力をやつす為に“BT偏光制御射撃”を行う最は他の行動が取れない」

岡部「つまり、その間は無防備になると言うことか?」

紅莉栖「その通り。その弱点を補って余りある効果はあるんだけどね」

 確かに。
 ビームをくねらせ、目標を射抜けるのだ。

 トンでも兵器と言っても過言ではない。

紅莉栖「偏光操作をしてる間、セシリアは他の兵装を使えない。それに──」

岡部「それに?」


紅莉栖「──移動することもままならない」
 
 
699 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/12/09(日) 10:32:58.91 ID:tA+KynwIo



岡部『──ッッ!』

 セシリアの位置を確認する。
 岡部の記憶が確かであれば、セシリアは戦闘開始から一歩たりとも位置がずれていなかった。

岡部『(動かない。ではなく、動けない……)』

 頭の中でピースが重なっていく。
 見えなかった攻略の糸口が顔を曝け出す。

一夏『くそっ……このままじゃ……!!』

セシリア『ばん』

 地面スレスレに撃たれたエネルギー弾。
 それが弧を描き、まるで上昇気流に乗る鳥のように跳ね上がる。

岡部『(つまり…………)』

セシリア『チェックメイト、ですわ』

一夏『おわっ! 下から!?』

 目の前から飛来するエネルギー弾に集中するあまり、下方からの危険シグナルに気付けなかった一夏。
 善戦虚しくも“BT偏光制御射撃”の餌食となった。
 
700 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/12/09(日) 10:33:28.49 ID:tA+KynwIo

一夏『っつー……また、気付けなかったかー」

 ゆっくりと地表へ降り立つ。
 岡部はと言うと俯き、ぶつぶつと考え事をしている真っ最中だった。

一夏『お? 凶真?』

岡部『…………』

一夏『おーい? 次は凶真の番だぜ?』

岡部『ぬっ!? ……あぁ、すまん』

 思考の淵から掬い上げられる。
 考え事に夢中になるあまり、周りが見えていなかった。

一夏『なにか作戦か? 頑張ってくれよな!』

岡部『うむ……』

セシリア『さあ、休憩を入れる暇はありませんわよ?』

 強がるセシリア。
 けれど、頬にはうっすらと汗が滲んでいた。

 無理もない。
 休憩を挟まない連続対戦。

 その全てに“BT偏光制御射撃”を惜しみなく使用している。
 疲弊が累積し、今にも寝込んでしまいたい程だった。

 彼女を支えるものは誇りと、精神力。
 こと射撃において他の誰にも負ける訳にはいかなかった。
 
701 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/12/09(日) 10:34:00.38 ID:tA+KynwIo

岡部『往くぞ……』

セシリア『ふふ……いらっしゃいな』

 ゆっくりと宙へ舞う“石鍵”。
 対峙するは“蒼い雫”。

 距離にして100メートル。

岡部『(まずは、距離を殺す……)』

セシリア『(倫太郎さんから伺えるプレッシャーが増してますわね……)』

 岡部が纏うプレッシャーの質。
 その変化に気付く。

 先ほどまでも本気であったことは勿論だが、今回ばかりは空気が違った。
 セシリアも同様に緊張感を引き上げる。

セシリア『(どのような作戦かは存じませんが……決して、負けはいたしません)』

岡部『(落ち着け、落ち着け……)』

一夏『2人とも、本気だ……』

 地表から見上げる一夏。
 岡部とセシリア、お互いが動くタイミングを見計らい動けずに居ることが見て取れる。
 
702 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/12/09(日) 10:34:31.71 ID:tA+KynwIo

岡部『(チャンスは一度……一度で良い)』

 ──ゴクリ。

 喉が鳴る。
 呼吸が荒くなり、息苦しい。

 そんな極上の緊張感の中。
 先に動いたのは岡部だった。

岡部『────ハァァァァッッ!!』

一夏『動いたっ!!』

セシリア『……おいでなさい』

 岡部の取った行動。
 それは、撃ち落すでもなく逃げるでもない。

 敵に向けての一点突破だった。
 スラスターを最大限に吹かし、自身を弾丸とする。
 
703 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/12/09(日) 10:35:07.17 ID:tA+KynwIo

セシリア『とても勇敢な選択ではありますけれど、それではただの的でしてよ……!!』

岡部『──────』

 ──カチン。

 “スターライトmkIII”の銃口から閃光が放たれる。
 正確に狙い済ました攻撃は突進する“石鍵”の頭頂部を最短距離で駆け抜けた。

岡部『精密射撃だからこそ、避けられる──ッッ!!』

セシリア『なっ……あの速度でスピンですって!?』

一夏『錐揉み回転して避けやがった!!』

 岡部は自身が行った回避制御の困難さを認識していない。
 それよりも、セシリアの射撃術こそを“信頼”していた。

 どのような速度で突進しようが、必ず頭部を狙い済ましてくる。
 でえあれば、後はタイミングさえ見合えば体を捻るだけで着弾は回避可能。

 そしてセシリアは開始直後から決まって立ち位置を移動していない。
 絶対にそこに居るのだと。

 ハイパーセンサー越しに、目まぐるしく流れていく景色。
 今の岡部ではその中で咄嗟に方向転換する技術は持ち合わせていない。

 ただ、その場所にセシリアが居るのだと信じているからこその作戦だった。
 
704 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/12/09(日) 10:36:29.61 ID:tA+KynwIo

岡部『──良し! あとは……』


 ──後は。


岡部『…………』

セシリア『……へ?』

一夏『……え?』


 回避行動の後。
 その後の行動。

 岡部は必死になるあまり、その先の解答を導き忘れていた。

岡部『ぬああああああああ!!』


 ────ズガンッ!!


 激突する2機のIS。
 文字通り“石鍵”は自身を“弾丸”とし“蒼い雫”へと突き刺さった。
 
705 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/12/09(日) 10:37:44.35 ID:tA+KynwIo




一夏「いやぁ、今日も疲れたなぁー」

岡部「全くだ……」

 2人並んでおばちゃんから学食のトレイを受け取る。
 その重みは昨日にも増して重量を感じた。

 メニューはお互いにサッパリと野菜炒め定食。
 肉は少量であるものの、アクセントに入ったニンニクのお陰でスタミナの補充にはうってつけだった。

箒「男子2人して情けないぞ、全く」

 疲れた。と言う言葉に反応したのは箒だった。
 手に持つメニューは平目の煮付け定食、豚汁セット。

 男子2人とは違い、ボリューム満点であり、旬の食材を選んでいる辺り食を楽しみにしている証拠だった。

セシリア「ですが、わたくしも今日はほんの少しばかり疲れましたわ……」

 男子同様に疲れた顔を見せるセシリア。
 誰よりも集中して連続対戦を行ったのだから無理はない。

 食欲がないのか、その手には卵のサンドウィッチとコーンスープのみだった。
 
706 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/12/09(日) 10:38:10.80 ID:tA+KynwIo

鈴音「なによ、珍しいじゃない。あんたまで」

 チャーシュー麺を勢い良く啜っているのは鈴音だった。
 学食のチャーシューは出来合いではなく、自家製。

 肉厚、ジューシーという事もあり学園でも大人気のメニューである。

シャル「今日で2日目かぁ。2人とも、怪我だけは気をつけてね?」

 カルボナーラ・スープスパゲティをフォークに巻きつけながらシャルロットが心配そうな表情を浮かべる。
 順調に疲弊する2人を見れば当然の配慮だった。

ラウラ「シャルロット、甘いぞ。この先、生き残る為にはさらなる鍛錬が必要だ」

 ザク、っと海鮮サラダにフォークを突き立てるラウラ。
 夕食は軽めに、と言う一夏の助言を健気にも守っていた。

 ちょこんと置かれたデザートヨーグルトが食後の楽しみなのだと傍目から見てもわかる。

一夏「みんな、好き勝手言ってくれるぜ……」

岡部「全くだ……」

紅莉栖「──にしても、だ」

 鈴音と同じくチャーシュー麺を突いていた紅莉栖が言を挟む。
 この面子で食事する場合、インスタントヌードルを口にするのは控えていた。
 
707 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/12/09(日) 10:39:08.20 ID:tA+KynwIo

紅莉栖「激突ってなによ、激突って。射撃戦してたんでしょ?」

岡部「あれは……」

一夏「あれは凄かったなぁ、凶真自身が弾丸って感じでさぁ」

 岡部が言い訳を口にする前に一夏が答える。
 その口調に嫌味はなく、素直に賞賛する声色だった。

紅莉栖「へぇ、ふぅん、ほぉ……自身を弾丸に、ねぇ……」

セシリア「全く、してやられましたわ……」

 激突した2機のIS。
 それまで極限の集中力を見せていたセシリアは、その衝突により気絶してしまった。

 結果、どちらが被弾したのか判別も難しいくその対戦は相打ちと言うことで手が打たれている。

岡部「……」

紅莉栖「高速機動時の緊急旋回回避行動。確かに、ソレは凄いけど……」

一夏「おぉ、あれも凄かったな! くるんって!」

紅莉栖「回避行動後に射撃出来たらなお良かったんだが?」

岡部「ぐぬぬ……」

 そこまで頭が回らなかった。
 とは口に出来ない。

 紅莉栖はそれを知りつつも、わざと遠回りに口撃していた。
 
708 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/12/09(日) 10:40:02.10 ID:tA+KynwIo

紅莉栖「んー?」

岡部「くっ……ええい! ニヤニヤするでない、この@ちゃんねらーめ!」

紅莉栖「なっ、ここで@ちゃんは関係ないだろうが、@ちゃんは!」

岡部「はん、貴様から出てくる言葉の節々から@ちゃん臭いと言っておるのだ」

紅莉栖「ぐぬぬっ……」

 即座に話題の方向を変える。
 弁舌な紅莉栖に対して、得意な土俵で戦うほど岡部はマゾ気質ではなかった。

一夏「ははっ」

箒「……」

鈴音「はいはいー、無視して食事食事」

セシリア「毎度毎度ですわね」

シャル「仲良くて良いなぁ……」

ラウラ「これが、夫婦喧嘩と言うものか? いや、痴話喧嘩……?」

岡部「違う!」

紅莉栖「違う!」

 揃う声。
 言い放った後、お互いの顔を見合わせ頬を染めるたことは説明するまでもなかった。
 
709 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/12/09(日) 10:40:27.47 ID:tA+KynwIo



一夏「〜〜♪」

 珍しく廊下を1人歩く一夏。
 自販機まで飲み物を買いに行く最中だった。

紅莉栖「あっ、一夏」

一夏「んお、紅莉栖じゃないか。どうしたんだ? 紅莉栖も飲み物を買いに?」

紅莉栖「ん。そんなとこ」

一夏「そっか。じゃぁ折角だし一緒に行こうぜ」

紅莉栖「えぇ」

 2人並んで歩き出す。
 先に話題を切り出したのは紅莉栖の方だった。
 
710 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/12/09(日) 10:41:03.64 ID:tA+KynwIo

紅莉栖「聞いたわ、一夏」

一夏「ん?」

紅莉栖「今日、散々だったんだってね……?」

一夏「あー……はぁ、参るよなぁ。昨日も箒に散々やられちまってるし」

紅莉栖「私、思ったんだけど……」

 語尾を濁らせる。
 紅莉栖にしては珍しく歯切れが良くなかった。

一夏「なにを?」

紅莉栖「昨日の地表戦は兎も角として、空中戦。それって“白式”の出力バランスが影響してるんじゃないかって。スラスターとかの、ね」

一夏「ソレなぁ。簪に見てもらって改善はしたんだけど、まだまだバランスが悪くってさ」

 一瞬の間。
 小さく紅莉栖の喉が鳴ったことに、気付いた者はいなかった。

紅莉栖「良かったら、なんだけど──」

一夏「ん?」


紅莉栖「──私が調整してあげようか……?」


 
711 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/12/09(日) 10:42:10.15 ID:tA+KynwIo
おわーり。
ありがとうございました。


ノロウイルスを頂いてしまい、四苦八苦しております。
皆様も体調には充分留意して下さいませ。
712 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/12/09(日) 14:51:27.73 ID:eIeKw2Ep0
紅莉栖・・・何か企んでいるな
713 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/12/09(日) 21:41:31.13 ID:py9Rkdhlo

ノロウイルスはかかったら
どうしようもないからな
お大事に
714 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/12/10(月) 04:08:33.44 ID:DRSsWxu6o
短いのですが投稿します。
715 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/12/10(月) 04:09:18.60 ID:DRSsWxu6o
>>710  つづき。




……。
…………。
………………。

 
716 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/12/10(月) 04:11:02.93 ID:DRSsWxu6o

 整備室。
 機械に囲まれたその部屋には2人の人間がいた。

紅莉栖「ンン〜〜♪」

 鼻歌交じりでキーボードを軽快に叩く紅莉栖。
 そして、ISを展開しケーブルに繋がれている“白式”。一夏の姿があった。

紅莉栖「おっと、ココの出力はこうなてるのか……ふんふん」

一夏「(紅莉栖、楽しそうだな……)」

 紅莉栖の申し出た提案。
 “白式”の出力改善。

 その為に必要なデータの吸出しを行っていた。

紅莉栖「ねぇねぇ、一夏」

一夏「ん?」

紅莉栖「“二段階瞬時加速”の際に配分されるスラスターへの供給ネルギーなんだけど……」

一夏「お、なにか問題でもあったか?」

紅莉栖「問題って言うか、ちょっと勿体ない部分を見つけてね」

 すぐさま投影ウインドウを開き、スライドさせ一夏の前へと画面を流す。
 内容はスラスターへと流れるエネルギー数値だった。
 
717 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/12/10(月) 04:12:07.71 ID:DRSsWxu6o

一夏「(うっ……見ても良くわからねぇ……)」

紅莉栖「と言っても、見たって良くわからないだろうけれど──」

一夏「(……さすがだぜ)」

紅莉栖「スラスター四基に流れるエネルギーがちょっと過剰なの」

一夏「過剰……?」

紅莉栖「そ。爆発的な推進力を生む“二段階瞬時加速”ではあるけれど、動きは直線でしょう?」

 中空で指をツイと一直線になぞる。
 一夏が理解しやすいよう、なるべく砕けた言葉で説明しているつもりだった。

一夏「あぁ」

紅莉栖「長距離を移動するんだったり、或いは海洋上での戦闘だったら問題ないんだけど──」

一夏「──アリーナで戦う場合、無駄……ってことか?」

紅莉栖「Yes! その通り、飲み込みが早くて説明が楽だわ」

 そう言って再びキーボードを打ち弾く。
 
718 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/12/10(月) 04:13:29.27 ID:DRSsWxu6o

紅莉栖「それでね、100%あるエネルギーを四基のスラスターに配分……25%ずつってことになるわよね?」

 無言で相槌を打つ。
 自身の駆るISの話題である、置いていかれる訳にはいかなかった。

紅莉栖「その時に得られる出力を仮に100とする。この数値は化物よ? 岡部の“石鍵”が得られる最大推進力を25と過程しても良い」

一夏「25って……四倍かよ、言いすぎじゃないか?」

紅莉栖「とんでもない。“二段階瞬時加速”ってのはそれだけの代物ってこと」

 “石鍵”の異様なる愚鈍さも勿論あるが、それを差し引いても“二段階瞬時加速”の推進力は化物と言えた。

一夏「ちなみに、他の専用機は数値化するとどんなものなんだ……?」

紅莉栖「うんと……“紅椿”は情報公開がまだまだだからわからないけれど、他は大抵が30-40ってとこかしらね」

一夏「なるほどなぁ、でも使うと直ぐにエネルギーが無くなっちまうんだ」

紅莉栖「でしょうね。リスキーすぎるわ」

 膨大なエネルギー消費からなる、爆発的推進力。
 一度の試合で使えるのは恐らく一度だけ。

 外せば敗北で終了することは目に見えていた。
 
719 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/12/10(月) 04:14:26.65 ID:DRSsWxu6o

一夏「使いどころが難しいんだよな……」

紅莉栖「ってことで、この天才少女紅莉栖さんがいるわけなんだな」

一夏「……えっ」

 一瞬の間が空く。
 まるで“ぼっ”と火の付く音がするかのように紅莉栖の顔面が真っ赤に紅葉した。

紅莉栖「ちっ、ちがっ! 忘れて! 今の言葉忘れて! 忘れろ!!」

一夏「はははっ。面白いな、紅莉栖って」

 まるで岡部と会話している時のようなボロを出してしまった。
 一夏にはこうした、人を素にさせる不思議な雰囲気を持っている。

紅莉栖「(う〜……しくったぁ……)」

一夏「ごめんごめん、笑ったことは謝るよ。──で、なにか策でもあるのか?」

紅莉栖「えっ、あっ……うん、ええっと」

 あたふたと再びディスプレイを表示させる。
 顔は未だにほんのりと桜味を帯びている。
 
720 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/12/10(月) 04:15:44.09 ID:DRSsWxu6o

紅莉栖「スラスターが四基あるわけだから、100あるエネルギーを全て綺麗に分かち合う必要はないわけよ」

一夏「?」

 首を傾げる。
 紅莉栖の言わんとしていることの意味がわからなかった。

紅莉栖「例えば、今は25%ずつ割り振ってるエネルギーを23%ずつにする。これだけでも8%も浮く訳よ」

一夏「それって凄いのか?」

紅莉栖「もちろん。その8%で……ええと、そうね……」

 キーボードを叩き、それに類似した数値の事項を検索する。
 5秒とせずに項目が検出された。

紅莉栖「“雪羅”から放たれる“荷電粒子砲”の出力MAXの射撃を二回分。って言ったらわかりやすいのかしら」

一夏「……おぉ」

紅莉栖「そして8%削るデメリットだけど、一基辺りの負担はたったの2%な訳だから大したことない訳」

一夏「良いな、それ!」

紅莉栖「でしょ? やってみる値打ちはあるんじゃない?」

 力強く頷く一夏。
 それに対して紅莉栖は親指を立てて返答した。
 
721 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/12/10(月) 04:16:39.88 ID:DRSsWxu6o

紅莉栖「〜〜♪」

一夏「……」

 ふたたびキーボードと紅莉栖の鼻歌だけが整備室に響く。
 各種機器は出力の書き換えに大忙しのようで、カリカリと音を鳴らし働いている。

紅莉栖「にしても、簪さんも結構な子ねー。IS操縦者だってのに」

一夏「だろ? かなり助けて貰ってるんだ」

紅莉栖「うんうん。ただ、一つだけ勿体ないポイント。エネルギーの分岐点が多すぎて少しロスしちゃってるから、ここもシェイプアップしとくわね」

一夏「そうするとどうなるんだ?」

紅莉栖「エネルギー消費量が更に改善されるのだぜ」

一夏「すげぇな……」

紅莉栖「ふふん」

 得意気な表情を作りドヤ顔を作る。
 正直に言って“白式”を弄るのは楽しかった。

 他のISと違って難しいところも多々あるが、それでも“石鍵”より自由にセッティングが出来る。
 エンジニアとしての腕を如何なく発揮することが楽しくて仕方がなかった。
 
722 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/12/10(月) 04:17:12.45 ID:DRSsWxu6o

紅莉栖「……ふぅ。できた」

一夏「サンキュー!」

紅莉栖「これで結構、変わると思う。もっさり気味だった調整をスリムにした感じかな」

一夏「あぁ……わかる。前より馴染む感じがする……」

 全身に気を配り、細部までの稼動を確かめる。
 以前より自由に動かせる気がした。

一夏「紅莉栖」

紅莉栖「ん?」

一夏「本当にありがとな!」

紅莉栖「これ位、朝飯前よ」

 屈託のない一夏の感謝。
 それに対し紅莉栖は「大したことないから、気にすんな」と大人の対応を見せた。
 
723 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/12/10(月) 04:21:09.12 ID:DRSsWxu6o




一夏「じゃぁ、俺は先に帰るけど……本当に手伝わなくて良いのか?」

紅莉栖「うん。私が好きでやったことだしね、後片付けはこっちでやっとくから」

一夏「そっか、悪いな。今度なにかでお礼するから!」

紅莉栖「良いってのに」

一夏「じゃぁ、おやすみ」

紅莉栖「おやすみ」

 手を振って別れの挨拶を済ます。
 1人、整備室に残る紅莉栖。

 仕事がまだ残っていた。

紅莉栖「いやー、楽しかったなぁ」

 どっこいしょ。
 岡部が耳にしたら婆臭いと罵られること必須の掛け声と共に椅子へ腰かける。
 
724 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/12/10(月) 04:22:25.58 ID:DRSsWxu6o

紅莉栖「“二段階瞬時加速”の威力はそのままに、エネルギー分配の最適化に向上化とか天才すぎんだろjk」 

 ニコニコと自身の仕事を賞賛しつつ、手をキーボードに伸ばす。
 画面を呼び出し取り出した“白式”のデータが画面に表示させた。

紅莉栖「〜〜♪」

 カタカタと高速でキーボードを打つ。
 ターン、と気分良く弾いたキーは“Delete”キーだった。

紅莉栖「これで良しっと」

 IS学園整備室は生徒であれば誰でも使うことが出来る。
 その為、ここのPCを使用しデータを取った場合、抽出した記録を全て抹消することが義務付けられていた。

 極秘であるISのデータが外部に漏れてしまうのを防ぐためだった。

紅莉栖「これで完璧に消えたわね? OK. 私も帰って寝……」

 時が止まる。
 紅莉栖の顔から血の気が一瞬にして引いた瞬間だった。
 
725 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/12/10(月) 04:23:11.57 ID:DRSsWxu6o

紅莉栖「あ、あ、あばばばば……」

 完全、完璧に忘れていた自身に架せられていたミッション。
 “白式”のデータ奪取。

 あまりにも充実した、楽しい時間だった。
 自分のこなした作業に満足して、何時も通りの行動を取ってしまった。

紅莉栖「あ、あわわわわ……」

 整備室のPCスペックは最高峰。
 一度抹消したデータは復元すること不可能。


 orz


 1人きりの整備室。
 膝を突きうな垂れる紅莉栖の姿はとても悲しいものを背負っていた。
 
726 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/12/10(月) 04:25:55.65 ID:DRSsWxu6o
おわーり。
ありがとうございました。
727 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/12/10(月) 20:47:15.13 ID:ScE31hq3o
紅莉栖ちゃんチュッチュッ
728 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/12/11(火) 01:26:27.51 ID:PnAWD6mQo
クリスティーナェ…

かわいいな
729 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/12/11(火) 10:47:42.65 ID:xGb5gb1DO
紅莉栖ェ…
オカリンに慰めてもらうしかないな
730 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/12/13(木) 14:09:10.02 ID:LFz12l5fo
投稿します。
731 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/12/13(木) 14:10:29.81 ID:LFz12l5fo
>>725  つづき。



……。
…………。
………………。
 
 
 
732 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/12/13(木) 14:11:10.95 ID:LFz12l5fo

鈴音「ねぇ」

 最初に口を開いたのは鈴音だった。
 食堂では珍しい3人が顔を付き合わせている。

箒「どうした?」

セシリア「はい?」

 円卓状の机には、緑茶、烏龍茶、紅茶。
 それぞれが湯気を立ててカップに注がれている。

 どれもこれも香気をいっぱいに広げていた。

鈴音「アンタたちは対戦形式にしたのよね?」

箒「あぁ」

セシリア「えぇ」

鈴音「ふうん……」

 岡部と一夏は先に自室に戻り、紅莉栖もいそいそと食堂を出て行った。
 ラウラは眠気を訴えシャルロットもそれに付き合いこの場を後にしている。

 そのため、食後のティータイムは珍しくこの3人となっていた。
 
733 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/12/13(木) 14:11:55.87 ID:LFz12l5fo

鈴音「あたしはどうしようかなぁ……」

 ううん。と唸りながらテーブルに顎をつける。
 端から見るととてもだらしがない。

箒「対戦すれば良いではないか」

セシリア「そうですわよ」

鈴音「三度も続いたら芸がないでしょ。それに、近接と遠距離の二種ともやったわけだし」

 鈴音なりに考えもあった。
 あくまでも男子2人の自力向上。そのための強化週間である。

 同じような訓練を何度も繰り返す優位性は見出せない。
 もちろん反復練習は必要であるが、この場合はその限りでないと鈴音は判断していた。
 
734 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/12/13(木) 14:12:31.01 ID:LFz12l5fo

鈴音「ううん……」

箒「悩むこともあるまい、自分が一番得意なことを教えてやれば良い」

セシリア「その通りですわ」

鈴音「自分の一番得意なこと……」

 再び思考の沼に埋まっていく。
 自分の得意なこと。

 なにが、得意なのか。
 なにを、教えられる。

鈴音「……よしっ。決めた」

箒「決まったか」

セシリア「結局、どうしますの?」

鈴音「それはね────」
 
735 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/12/13(木) 14:13:10.81 ID:LFz12l5fo





 ──感覚強化訓練?

一夏「だって?」

岡部「だと?」

 一夏と岡部の声が重なる。
 すでに第1アリーナに集合した3人はISを見に纏い、準備を完了させていた。

鈴音「そっ。今日はソレに重点を置くわ」

一夏「ってなんだそりゃ?」

岡部「瞑想でもすると言うのか」

 耳に覚えのない単語である。
 2人からすれば、どういった訓練なのか検討さえ付かなかった。
 
736 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/12/13(木) 14:14:00.22 ID:LFz12l5fo

鈴音「近距離実戦。遠距離実戦を終了して、あたしの番。あんた達には何が足りないのか、少し考えてみたの」

岡部「ほう」

鈴音「それは、ずばり経験」

一夏「まぁ……確かに。俺や凶真は、他の専用機持ちと比べたら実働時間が低いからな」

 一夏や岡部はISを手にしてからの日が浅い。
 通常であれば、膨大なる時間を費やしようやく専用機が支給される手筈になっている。

 しかし、彼らは“男性”という事もあり訓練も無いまま専用機を手にしていた。
 他の操縦者と比べ経験値が少ないのは自明の利とも言える。

鈴音「かと言って、今からガムシャラに起動させたところでこの差が直ぐに埋まるはずもない」

岡部「では、なにで埋めるのだ」

鈴音「──カン、よ。センスと言い換えても良いわ」

一夏「カン。って言われてもなぁ」

 今一、訓練の全貌が見えないと首を傾げる一夏。
 鈴音の言わんとしていることはわかるが、けれどそれをどうやって鍛えるのかサッパリだった。
 
737 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/12/13(木) 14:14:33.33 ID:LFz12l5fo

鈴音「倫太郎、あんたの武器で煙だすやつあるでしょ」

岡部「“モアッド・スネーク”のことか?」

鈴音「そうそう。それを借りての実戦になるわ。良い──」

 鈴音の説明はこうだった。

 “モアッド・スネーク”を用い、アリーナ内を煙で充満させる。
 ハイパーセンサーの使用は不可とし、自身の五感を用いて訓練に望む。

 使用武器は不可。
 攻撃は全て体術で行うこと。

 ブザーの合図で三者が一斉にアリーナ内を索敵し、発見次第コレを攻撃。
 試合終了までこれを繰り返す。

鈴音「攻撃がヒットした場合、追加攻撃はなしよ。パンチでも平手でもキックでも、当れば一発」

一夏「なるほど……」

岡部「殴られた数が延々とカウントされていく、と言うことだな」

鈴音「そう言うこと。ちなみに、3人の中でドベはデザート奢りよ」

 ルールを飲み込んだ2人は首を縦に振り所定の位置に付いた。
 会話がオープンチャネルに切り替わり、鈴音から最後のアドバイスが届く。
 
738 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/12/13(木) 14:15:04.52 ID:LFz12l5fo

鈴音『ハイパーセンサーを切ってる意味を良く考えてよね。五感を研ぎ澄まし、己の六感を信じること」

一夏『おう』

岡部『……』

 三角形の形をとり、お互いが同じ距離を置いている。
 試合が始まればすぐに散会するように指示が出ていた。

鈴音『倫太郎、お願い』

岡部『“モアッド・スネーク”展開』

 アリーナ中央に置かれた地雷型の煙幕が起動する。
 辺りはアッと言う間に濃霧に包まれ、センサーなしでは1メートル先も見えないほどになっていた。

鈴音『……感覚強化訓練、開始』

 鈴音の合図と共にブザーが鳴り響く。
 訓練3日目。
 
 3人目となる訓練が開始された。
 
739 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/12/13(木) 14:15:30.86 ID:LFz12l5fo
おわーり。
ありがとうございました。
740 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/12/13(木) 15:50:21.93 ID:n5jVMtSC0
おっつおっつばっちし☆
初見の部分が続いて、僕満足!
741 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/12/13(木) 20:51:26.97 ID:nZI9AIGJo
え………(恐怖)

乙!
742 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/12/14(金) 09:11:36.03 ID:1Ye34ugDO
ちくしょう珍しい時間の投下だから気付かなかった…乙
ヒットしたらって事は擦ってもワンヒットと数えるのかな?
ヒット回数はどうやって覚えておくのか気になるな
743 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/12/19(水) 22:50:39.32 ID:Hqg771lIo
生存報告。
職業上、年末が狂ったように忙しく中々時間が避けませんが生きてます。
更新頻度が遅くて申し訳ありません。
744 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/12/20(木) 00:06:12.25 ID:RxHZInU0o
頑張れ〜
待ってるから
745 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/12/25(火) 00:29:08.74 ID:73lksMDDo
... .. .. ☆ ::::: ::::::::: ::::;:;:;:;::;:;;;;;;;;;;;;;;;;;
    |\ . . . .. :: ::;;:;:: ;;:;;;;;;;
    ノ气;)-、. . . :::::::: ::;:;:;:;;;;;;;
   /:/.ヽ:ヽ::i .. . .. :::: :::::::;:;:;:;;
 ̄ ̄`" ̄ `-.' ̄
メリークリスマス………
746 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/12/26(水) 03:36:30.61 ID:+l5Bhul1o
メリークリスマス。
シゴトが忙しすぎて、PCを起動する暇もないのです。

中途半端なのですが出来てるところだけでも落としていきます。
747 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/12/26(水) 03:37:37.20 ID:+l5Bhul1o
>>738  つづき。



……。
…………。
………………。

 
 
748 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/12/26(水) 03:38:05.98 ID:+l5Bhul1o

 第1アリーナは濃霧で包まれていた。
 ハイパーセンサーを切っているため、数十センチ先も見えない。

 視界は完全に塞がれていた。

岡部『(思った以上だな……)』

 塞がれた視界の中、岡部は“モアッド・スネーク”の威力に驚愕していた。
 明らかに霧の濃度が増している。

 “蝶翼”の発露に伴い開放されたゲート。
 増大されたエネルギー。

 膨大すぎる。無駄とも言えるそのエネルギーの行き場。
 攻撃や防御に回しすぎればバランスが崩壊してしまう。

 競技としてのIS戦闘に置いて、それは好ましいとは言えなかった。

岡部『(エネルギー分配の比率を上げたらコレか……)』

 結果。
 紅莉栖との話し合いの末、余ったエネルギーは“モアッド・スネーク”に回されることとなる。

 予想された効能は、霧の濃度アップ。
 それに持続時間の延長。

 見込み通り。
 それ以上の威力を見せる“モアッド・スネーク”。

 息苦しさを覚えるほど、3人の視界は乳白色に染まっている。
 
749 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/12/26(水) 03:38:43.47 ID:+l5Bhul1o

鈴音『(コレ、前より濃度が上がってる気がする……)』

 音を殺し、感覚を研ぎ澄ませながら前を進む“甲龍”。
 鈴音はこの異常な霧に違和感を覚えていた。

鈴音『(気のせいじゃない、明らかに兵器としての質が向上してるわね……)』

 ゾクリと背中に冷たいものが走る。
 目くらまし程度だと思っていた機能が今や、とんでもない兵器として成長している。

 その事実は恐怖と言えた。

鈴音『(……落ち着け、落ち着くのよ)』

 今はそれどころじゃない、集中しろ。
 そう自分に言い聞かせ前を突き進む。

 試合開始から5分が経過。
 けれど、三者の接触は未だ皆無。

 お互いのダメージカウンターは“0”を保っていた。
 攻撃を受ければカウンターが作動し数字が増えていく。

 掠っただけでもカウンターは作動するので、紙一重で攻撃を避けるのにもリスクが伴っている。
 先手必勝。

 この試験では先に攻撃を受けるだけで多大なアドバンテージを取られてしまう。 
 集中力を欠くことは出来なかった。
 
750 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/12/26(水) 03:41:12.51 ID:+l5Bhul1o

一夏『(なにも見えねぇ……)』

 ジリジリと前屈みになり右へ左へ進路を変え突き進む一夏。
 未だ、2人の影さえ掴むことが出来ていない。

一夏『(いっそ、立ち止まって集中してみるか……)』

 先手が絶対的有利と言えるこの戦いであえての戦法を取る。
 集中力を極限まで高め、後の先を得るために。

一夏『…………』

 息を整え、可能な限りの気配を断ち切る。
 視覚以外の感覚をフルに生かし、迎撃の構えを取った。
751 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/12/26(水) 03:45:47.32 ID:+l5Bhul1o




 ゆらり。
 鈴音の目の前の霧が少しだけ揺れた。

鈴音『……』

 息を飲む音さえ殺す。
 瞳からは虹彩が消え、息を潜め可能な限りの気配を消して近づく。

鈴音『(いる。間違いなく、誰かが)』

 心臓が張り裂けそうなほど高鳴る。
 自身の心音で位置がバレてしまうのじゃないか、そう思えるほどだった。

 数メートル。
 数十センチ。

 わからない。
 けれど、ソコには誰かがいる。

鈴音『(一夏……? それとも……)』

 心のどこかでその影の正体が一夏であって欲しいと願う自分がいた。
 一夏に好意を抱いているからではない。

 岡部に感じる底知れないなにかに怯えての願望だった。
 もちろん、それを自身で肯定できるほど鈴音は大人ではない。

 深層心理。
 認めたくない、心の弱い部分が知らず知らずの内に発露していた。
 
752 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/12/26(水) 03:47:31.64 ID:+l5Bhul1o

鈴音『(近い……)』

 すり足で近寄る。
 時間をかけ、ゆっくりと目標へ忍び寄る。

 動くことによって生じる霧の変動。
 それを如何になくすかで勝敗は大いに左右される。

 鈴音はすでに呼吸すらを止めていた。

鈴音『(……あと、ちょっと)』

 自身が想定する目標位置までもう一息。
 我慢、我慢、我慢。

 握った右拳から汗が滴っているような気すら感じさせる。

鈴音『(この拳が届くまで、あと、あと……)』

 限界だった。
 獲物は必ず眼前にいる。

 微かに揺れる濃霧がソレを指し、なによりも己の直感がそう叫んでいた。

鈴音『(────当れっっ)』

 気配と音を殺し、体を思い切り捻る。
 まるで野球のトルネード投法のように右拳を着弾点へと振りぬいた。
 
753 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/12/26(水) 03:47:58.47 ID:+l5Bhul1o




一夏『……』

 目を瞑り、心を静める。
 乳白色で染まった第1アリーナであることは、すでに忘れていた。

 想像するは水面。
 一切の波紋漂わぬ、ただただ静寂あるのみの水を一夏はイメージしていた。

一夏『…………』

 近い。
 何かが、側に居る。

 目を瞑りながらもソレがわかる自分がいた。
 方向は15時。右手側にいる。

一夏『(まだだ、まだ……)』

 先を焦ってはいけない。
 後の先を得る為に集中している。

 機を焦っては仕損じてしまう。
 相手は代表候補生である鈴音と、成長著しい岡部である。

 一夏に油断の二文字はなかった。
 
754 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/12/26(水) 03:48:34.95 ID:+l5Bhul1o

一夏『…………』

 可能な限り息を整え、心を落ち着かせる。
 泡立ちそうになる気持ちを抑える作業は精神を磨り減らすものだった。

一夏『(まだだ、まだ……)』

 眉間に皺が寄る。
 空調はISにより完璧だと言うのに、汗が滴るのがわかった。

 ジリジリと気配が近寄るのがわかる。
 動きたい、動けない、動いてはいけない。

 一夏は相反する感情を抑え、必死に戦っていた。


 ──瞬間。


一夏『…………ッッ』

 微かだが、風が揺れる音が聞こえる。
 その音にほんの少しだけ殺気が含まれていることも感知できた。

 来る。来る!
 15時の方向、自身へと目掛けて敵意が飛んでくる。
 
755 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/12/26(水) 03:49:02.80 ID:+l5Bhul1o

一夏『────ッッ!!』

 歯を食いしばり、思い切り体を左方向に捻る。
 その体勢は奇しくも鈴音と似たようなものだった。

 右方向から迫り来る敵に向かって左拳を叩きつけるために。
 それはまさに、鈴音と鏡写しのフォームと言えた。

鈴音『────!!』

一夏『────!!』

 お互いに拳を振り抜く。
 同時。全くと言って良いほどに同じタイミングだった。

 視界が完全に殺された中、同時に攻撃を仕掛けるなど奇跡と言っても過言ではない。
 幼馴染だからこそ成せる技とも言えた。

鈴音『──あっ!』

一夏『──くっ!』

 同時に殺していた声が漏れる。
 振りぬいた拳は目標にミートせず、お互いがバランスを崩したことで攻撃が終わった。

 不発。
 奇しくも同じ体勢からの攻撃を取った2人は攻撃のミスにより、勢いそのままに転倒してしまった。

 通常であればありえない。
 視界が殺された異常な空間が2人にありえないミスを促していた。

 転がる2人。
 静寂一辺倒だった空間に転倒音が響く。
 
756 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/12/26(水) 03:49:29.50 ID:+l5Bhul1o

鈴音『外したっ……すぐ体勢を──』

一夏『くそっ、すぐに──』

 体勢を崩した2人。
 けれど、素人ではない。受身を取り転げまわる範囲を最小限に絞った。

 が、それが裏目に出る。
 気付かぬ間に間合いが迫っていた。切迫する位置に2人が腰を折っている。

 忘れてはいけない。
 アリーナには3人。

 一夏に鈴音だけではなく、岡部もいることを。

岡部『まさか、2人して飛び込んでくるとは思わなかった』

 息を殺し、気配を潜め、気を伺っていたのは一夏と鈴音だけではない。
 岡部もまた同じように機を伺っていた。

 迂闊に動かず、ただただ微かに聞こえる駆動音と気配だけを頼りに歩を進めていた。
 手を出さず足を出さず。

 ジっと待っていた者に幸運が舞い込んでくる。
 まさに、そんな状況と言えた。

 攻撃を仕掛けた鈴音。
 それに合わせた一夏。

 最後まで動かなかった岡部。
 賽の目は岡部に軍配を上げることになる。
 
757 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/12/26(水) 03:49:59.33 ID:+l5Bhul1o

鈴音『あたっ』

一夏『いてっ』

 拳骨が両者の頭頂部へと突き刺さる。
 奇跡的に隣接した両者の頭へと岡部が両手を叩きこんだ音が響いた。

 同時にカウンターが上がる。
 岡部の拳骨により、鈴音と一夏のカウンターが“0”から“1”へと上昇した。

岡部『ふう……』

 この僥倖と言って良い出来事には理由があった。

 初期配置。
 お互いが等間隔に距離を取り、三角形に並んだ陣形。

 鈴音と一夏。
 お互いが無意識に岡部の方向を避け、進路を取っていた。

 岡部の持つ底知れぬ何かを相手取るよりも、見知った相手の方が幾分かはマシだろうと。
 本人に尋ねれば確実に否定したくなるような事柄だが、それが事実だった。

 岡部はただ真っ直ぐに歩くだけで、2人の衝突後を狙うことが出来る。
 結果は見ての通りだった。
 
758 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/12/26(水) 03:50:50.48 ID:+l5Bhul1o

鈴音『むう……』

一夏『あちゃぁ……2人してやられちまったな』

岡部『どうやら運が良かったようだ』

 第一セットが終了する。
 岡部が両名を一度に叩いてしまったため、リセットする必要があった。

鈴音『もう1回! もう1回よ!』

一夏『おう! だな、もう1回だ』

岡部『あぁ。だが、思ったよりも時間がかかる。あと1、2回が限度だろうな……』

 視界が塞がれた濃霧戦である。
 三者が慎重に行動するあまり、1回ごとの戦闘に多大な時間を要する。

 消耗する体力と精神力も通常の練習とは非にならない。
 アリーナ使用時間も考えるならば後2回が限界だった。

鈴音『そうね。だからこそ、チャッチャとやっちゃいましょう』

 お互い背を向けて濃霧の中を50歩進む。
 そこから試合を再開する

 岡部たちはこの練習を時間一杯まで繰り広げた。
 
759 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2012/12/26(水) 04:04:16.46 ID:+l5Bhul1o
おわーり。
ありがとうございました。
760 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/12/26(水) 09:13:16.13 ID:CJ73XU4IO
おつおつ
761 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/01/02(水) 05:14:25.38 ID:RW142SAoo
>>758  つづき。




……。
…………。
………………。

 
762 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/01/02(水) 05:14:55.34 ID:RW142SAoo

一夏「ふぅ……思ったよりくたびれたな」

 だらしなく食堂のテーブルに突っ伏している男は一夏だった。
 ここ2.3日では珍しく音を上げている。

岡部「同感だ。体力、と言うよりもあれは精神が削られる」

 その横で食後のドクターペッパーをチビチビと飲む岡部が答えた。
 一夏同様、顔色は優れない。

鈴音「アレくらいでなに言ってんのよ。そんなんじゃコレから先もたないわよ?」

 そう言う鈴音は2人と比べ、けろりとした表情を浮かべている。
 先ほどまで一緒に訓練を行っていたとは思えない。

シャル「2人の顔を見るようじゃ、かなりお疲れみたいだね。結果はどうだったの?」

 シャルロットが訓練の結果を尋ねた。
 学食には珍しくこの4人しか姿を現していない。

 他の人間は部活動に従事している時間だった。
 
763 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/01/02(水) 05:15:39.14 ID:RW142SAoo

一夏「あー……」

岡部「……」

 シャルロットの疑問に対し押し黙る男子2人。
 結果はその反応が示している通りだった。

 1セット目を岡部が奪取してから以降、鈴音の集中力は凄まじいものがあった。
 合計4セット。最初のセットを除き全てが鈴音の勝利で終了している。

 動物的な勘。
 まるで獣のようなソレにより、男子2人は濃霧の向こう側から殴られ続けた。

鈴音「まぁ、そう言うあたしも疲れたって言えば疲れたんだけどね」

シャル「ううん……明日は僕の順番かぁ」

 ティーカップに入れた砂糖をスプーンで溶かしながらシャルロットが呟く。
 箒、セシリア、鈴音と訓練が続き、明日は自分である。

 見事に対戦の連続で一夏と岡部の疲弊は見て取れる状態。
 加えて学園での授業も“全学年個人別トーナメント”間近と言うこともありハードなものに切り替わっている。
 
 そしてシャルロットが終わればラウラ、そして楯無の訓練が待っているだろう。
 この状況は彼女にとってとても難しいものだった。

シャル「ううん……」

 一夏……いや、友達2人のため。
 なにか良い訓練はないものか。出来ることであれば、体力を削り合うようなものを除いて。

 シャルロットの頭はそのことで一杯だった。
 
764 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/01/02(水) 05:16:05.53 ID:RW142SAoo



 カタカタと高速でキーボードを打ち鳴らす音。
 カリカリと高速でHDDが情報を書き込む音。

 “IS整備室”は機械の鳴らす音で満ち満ちていた。

紅莉栖「くっそ……」

 部屋の住人はただ1人。
 牧瀬紅莉栖だった。

紅莉栖「さすがIS学園……消去したデータを復元するのは……」

 紅莉栖の手が止まる。
 少しばかり、目が潤んでいるようにも見えた。

紅莉栖「……駄目、か」

 数時間に及ぶ格闘。
 なんとか消去したデータを復元出来ないものかと戦ってはみたものの、結果は散々だった。
 
765 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/01/02(水) 05:16:32.78 ID:RW142SAoo

紅莉栖「提出期限が……パパ……」

 どうしようもない父親。
 けれど、見捨てることは出来ない。

 求められる情報を差し出さなければ、求めているものは手に入らない。
 “白式”か“石鍵”。

 せめてどちらかの情報が必要だった。

紅莉栖「“石鍵”は駄目……どう転んでも、あの機能は……」

 世界の均衡が崩れてしまう。
 そう容易に想像が付くほど、時間跳躍は常識の域から逸脱している。

 ──ギィ。

 椅子が鳴る。
 背もたれに体を預け、天井を眺めた。

紅莉栖「無理ぽ……」
 
766 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/01/02(水) 05:17:01.46 ID:RW142SAoo

 
……。
…………。
………………。

 
767 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/01/02(水) 05:17:28.12 ID:RW142SAoo


 整備室からの帰り。
 トボトボと廊下を1人歩く紅莉栖。

 すると目の前から見知った顔、出来れば会いたくない相手。
 “織斑 一夏”と顔をあわせてしまった。

紅莉栖「あ」

一夏「お」

 目が合う。
 先に反応を見せたのは一夏だった。

一夏「紅莉栖……? どうしたんだ?」

紅莉栖「え?」

 自身でも気が付いていなかった。
 今、自分がどんな顔をしているのかを。
 
768 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/01/02(水) 05:18:01.63 ID:RW142SAoo

一夏「泣いてる……のか?」

紅莉栖「えっ、えっ……」

 わたわたと顔をまさぐる。
 背を回し、一夏から顔を隠す。手鏡で顔を確認すると、目は涙で赤く腫れていた。

紅莉栖「(しまった……)」

 気が動転する。
 どう話をそらせば良いのか、わからない。

 こんな時、天才の頭は期待通りの働きを見せようとはしなかった。

一夏「紅莉栖」

 ポン、と肩に手を置き顔を覗く。
 やはり目からは涙がこぼれていた。
 
769 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/01/02(水) 05:18:28.34 ID:RW142SAoo

一夏「俺で良かったら、話しを聞くから。って言うか、聞かせてくれ」

紅莉栖「……」

一夏「泣いてる友達を見て、気にしないでおくなんて俺には出来ないからな」

紅莉栖「一夏……」

 肩が震える。
 言って良いのか。

 岡部にすら言っていないことを、言って良いのか。
 とどのつまり、紅莉栖に架せられた任務はスパイ行為である。
 
770 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/01/02(水) 05:19:03.91 ID:RW142SAoo

一夏「っと、廊下じゃ話しを聞くのも落ち着かないな。どこか場所を移そうぜ」

紅莉栖「せっ……整備室が、今、人……いない、から……」

一夏「整備室? わかった、じゃぁ行こう」

 とっさに整備室と言ってしまった。
 廊下から整備室へと向かう数分。

 紅莉栖は決断しなければいけない。

 任務を告白し、一夏に協力を求めるのか。
 話をどうにかはぐらかし、自身の力で情報を奪うのか。

 どちらにせよ、紅莉栖の心中は濁り船酔いにでもなった最低の気分だった。
 
771 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/01/02(水) 05:19:43.16 ID:RW142SAoo



シャル「うーん……」

 入浴を済ませ、歯磨きも終了している。
 ラウラとお揃いのパジャマに着替えたシャルロットは枕を抱きながら唸っていた。

ラウラ「どうかしたのか?」

 同じくパジャマに着替え、後は眠るだけとベッドに潜り込もうとしていたラウラが口を開く。
 部屋に戻ってきてからと言うもの、シャルロットはうんうんと唸りっぱなしであった。

シャル「あ、うん。なんでもないんだけど……えっとね、ラウラ」

ラウラ「なんだ?」

シャル「明後日はラウラの番でしょう?」

ラウラ「あぁ」

 ラウラの番。
 これだけで、ローテーションである訓練のことだとお互いに認識できていた。
 
772 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/01/02(水) 05:20:14.78 ID:RW142SAoo

シャル「なにをするか、考えてる?」

ラウラ「無論だ」

シャル「聞いても良い?」

ラウラ「実戦形式で戦う」

シャル「……だよね」

 想像通りの返答。
 疲労に歪む一夏と岡部の表情がシャルロットの脳裏に過ぎった。

ラウラ「訓練のことで悩んでいたのか?」

シャル「うん。どうしようかなって」

ラウラ「実戦に勝る訓練などない。シャルロットも本気で相手にしてやれば良かろう」

シャル「うーん……」

 抱いていた枕にギュッと力を入れる。
 確かに。シャルロットは岡部と本気を出してぶつかった事が未だになかった。

 実力を知りたいとは思う。
 けれど、それ以上に2人の体を慮ってしまう性格であるため欲求に従うことも出来ない。
 
773 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/01/02(水) 05:20:40.77 ID:RW142SAoo

シャル「なにか、考えないとなぁ……」

 こてん。
 ベッドに座っていた体を横に倒す。

 ラウラはもそもそとベッドに入り眠る体勢を整えていた。

ラウラ「私は先に眠る」

シャル「おやすみ、ラウラ。僕も直ぐに眠るよ」

ラウラ「あぁ。おやすみ、シャルロット」

 部屋の灯りを落す。
 シャルロットも布団へと体を滑り込ませた。

シャル「……」

 結局、シャルロットは意識が溶けるまで明日のことで悩み続けてしまった。
 
774 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/01/02(水) 05:21:10.90 ID:RW142SAoo
おわーり。
ありがとうございました。
775 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/01/03(木) 01:00:42.05 ID:lRFP3T+zo
新春早々乙
776 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/01/03(木) 02:51:00.73 ID:jEj0OezDO


相変らずラウラとシャルは仲良くてほっこりで癒される
777 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/01/15(火) 01:33:32.50 ID:vK3+QNrco
>>773  つづき。



……。
…………。
………………。

 
 
778 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/01/15(火) 01:34:01.20 ID:vK3+QNrco


シャル「大事なのは標的との距離、つまり間合い──」

 何時ものように第1アリーナで顔を付き合わせる一夏と岡部。
 しかし、本日の趣きは今までと少し違ったものであった。

シャル「そして相手にとって有効な武器の選別──」

 まるで平時で受ける授業のような内容をシャルロットから2人は受けていた。
 3人とも、未だISは展開していない。

シャル「なにをすれば相手が一番嫌がるか──」

一夏「……」

岡部「……」

 真剣に耳を傾ける。
 座学の後はISを使っての復唱に移ると伝えられていたためだった。

シャル「──って感じかな。授業っぽくなっちゃったけど」

一夏「間合い。間合いか……」

岡部「武器の選別……むう、種類が限られている場合はどうしたら良い?」

シャル「その時はいかに自分が得意な距離に相手を釘付けにするか、だね」

岡部「ふむ……」
 
779 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/01/15(火) 01:34:27.92 ID:vK3+QNrco

 シャルロットの講義が始まってから30分。
 一夏も岡部も学園での授業よりも熱が入っていた。

 それはひとえにシャルロットの人柄と言える。
 物事をわかりやすく人に伝え、尚且つ興味を持たせることに長けた力があってこそだった。

シャル「じゃあ、この事を踏まえて簡単に実践してみようか」

一夏「だな。俺ももうちょっと考えて動かないとだ」

岡部「俺もだ。今まではガムシャラに動いていたからな」

 芝生の上に下ろしていた腰を上げる。
 3人が同時にISを展開した。

シャル「じゃあ、僕が相手になるから1人ずつね」

 この時、一夏と岡部はこう思っていた。
 “今までに比べ、なんて気楽で疲れない訓練なのだろう”と。

 しかし、それは大きな間違いである。
 “砂漠の逃げ水”とまで呼ばれた彼女の戦闘スタイル。

 これに付き合うと言う事は、それ相応の覚悟と体力の消費を念頭に入れておくべきだった。
 
780 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/01/15(火) 01:34:56.84 ID:vK3+QNrco



岡部『ハァッ──……ハァッ──!!』

 近頃は自分でも体力が付いてきた。
 体も軽く感じるし、ほのかに肉付き……筋肉も付いてきたと実感出来るほどにまでなっている。

 最近では日課のロードワークをこなしてもさほどの疲労感を覚えない。
 変わってきた。そう思っていた。

シャル『ほらっ! 反応遅いよっっ!』

岡部『──くっ!』

 確かに数寸前まではブレード同士で斬りあっていた。
 けれど、どうだろう。

 岡部の眼前に“ラファール”の姿はなく、
 すでにブレードからショットガンへと切り替えを済ませたシャルロットの姿があった。

シャル『もう中距離! ブレードじゃ届かないから、このままだとショットガンの餌食になっちゃよ! 動いてっ!』

岡部『っっあああーー!!』

 思い切りスラスターを吹かし距離を縮めようともがく。
 “石鍵”に中距離武装は存在しない。

 近接にてブレードを叩き込むか、遠距離から射撃で相手を削るしか選択肢がなかった。
 ショットガンの威力に対し“ビット粒子砲”での応戦は正しくない。

 瞬時にその結論を出した岡部は“ラファール”へと突進した。

シャル『正解! 拡散するショットガンに対して中途半端に距離を取るくらいなら、間合いを殺しに来た方が良いよ』

 そう言ってショットガンのトリガーを引く。
 カチン、と言う音が鳴ってから炸裂音が響いた。
 
781 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/01/15(火) 01:35:29.95 ID:vK3+QNrco

岡部『ぬぅ……』

シャル『けど、猪突猛進で目の前に飛び出すよりは角度を付けたほうが良いかな』

 ……ビーーーーーー。

 アリーナからブザーが鳴った。
 “石鍵”に攻撃の被弾を告げる音であった。

シャル『次は一夏だね』

一夏『おうっ』

 実弾を使わない訓練であるため、着弾判定が出たら一夏と交代。
 これを交互に繰り返していた。

岡部『ハァハァ……』

 ISを展開したまま地に腰を落す。
 喉がカラカラだった。

 一言で言って疲れる。
 シャルロットとの練習はこれにつきた。

 斬り合っていたかと思えばいきなり銃に持ち替えての近接射撃、間合いを離せば剣に変更しての接近格闘。
 押しても引いてもどうにもならない。

 脳と体がシャルロットの動きに付いていけない。


 ──求めるほどに遠く、諦めるには近く、その青色に呼ばれた足は疲労を忘れ、綾やかなる褐色の死へと進む。

 
 “砂漠の逃げ水”(ミラージュ・デ・デザート) 。
 彼らの疲労を慮っていたシャルロットであったが、実質最も体力を奪う訓練を課していた。
 
782 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/01/15(火) 01:36:06.26 ID:vK3+QNrco

シャル『ほらほらっ! 一夏、僕は今ブレードを装備しているよ!』

一夏『くそっ……なら、俺だって──』

 遠目に2人の戦闘を眺める。
 距離を取って見ればわかるが、シャルロットの上手さはスラスターを使っての機敏さであった。

 前進、後退。
 バックブーストを行う際であっても、バランスを崩さずに体勢を難なく維持している。

 縦横斜めと縦横無尽にスラスターを吹かし動き回り、間合いを保ち戦う。
 右へ体重を傾けたと思いきやその体勢のまま逆方向へと移動している。

 目の前でソレをやられたならば、混乱するのも当たり前だと岡部は思った。

岡部『教えを請うのは良いが、あれは教わって出来るものではないだろう……』

 目線を使ってのフェイク。
 体勢を使ってのフェイク。

 シャルロットの動きは全てが相手を惑わす動作に直結していた。
 間合いを読もうと彼女の動きを追えば追うほど、泥濘にはまる。

シャル『目で追って確かめてからブレードを展開してたんじゃ、間に合わないよっ!』

一夏『あぁっ、くそっ!』

 良いように遊ばれ、あしらわれている。
 普段の一夏とシャルロットであればこれほどの実力差はない。

 間合い、そして武装を頭で考え行動する。
 この取り決めが一夏の感性を殺し、結果的にシャルロットの圧倒的な優位性を促していた。

 織斑一夏にとって、頭で考えて戦うと言うのは絶望的に向いていない。
 この訓練での収穫はソレと言えた。
  
783 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/01/15(火) 01:36:38.73 ID:vK3+QNrco



 シャワー室。
 体を打つ水滴の音は二つだった。

一夏「……」

岡部「……」

 疲労困憊。
 まさにこの四文字に相応しく、2人に会話はない。

 ただただ、疲労をシャワーによって洗い流したい。
 それだけだった。

一夏「なぁ……」

岡部「あぁ……」

一夏「疲れたな……」

岡部「あぁ……」

 虚しい会話。
 疲れた。と言って、疲労が回復する訳ではない。

 この男子2人は若いながらにしてそれを理解している。
 愚痴ったところで戻る体力がないことをわかっていながらも、口にせずにはいられない。

 それほどの疲労が2人に蓄積していた。
 箒から始まり、セシリア、鈴音、シャルロット。

 明日にはラウラが控え、トリを勤めるのは楯無であろう。
 そして計算され尽くしたかのように、休む間もなく本番の“全学年個人別トーナメント”が口を開き待っている。

 気の休まる瞬間などありはしなかった。

 シャワーが流れ出る音。
 それだけが更衣室を賑わせていた。
 
784 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/01/15(火) 01:37:14.50 ID:vK3+QNrco



シャル「〜〜♪」

 鼻歌を歌いながら訓練の汗をシャワーで流す。
 シャルロットは1人、女子更衣室でシャワーを浴びていた。

シャル「今日は実弾も使わなかったし、2人にとって良い気分転換になったと良いんだけどな」

 見当違いも甚だしいずれた思考。
 けれど、それも2人を思ってのことだった。

 シャルロットに悪意はない。
 たまたま、考えつくした結果が悪い方向に倒れた。それだけだった。

シャル「ん〜〜んっんっ〜〜♪」

 満足気な鼻歌。
 彼女にとって、今日は満足の行く日と言えた。

 後は食堂で彼らと合流し夕食を取る。
 部屋に帰りラウラの髪を梳かし、眠る。

シャル「ふふふっ……♪」

 食堂の話題ではきっと自分の訓練のことがあがるだろう。
 きっと一夏が褒めてくれる。

 そう思い表情がだらしなく綻んでしまう。
 けれど、彼女を待ち受ける運命はこれに在らずだった。

 食堂で付き合わせる男子2人の顔は蒼白であり、死に体。
 体力は枯渇し息絶え絶え。

 シャルロットの妄想上機嫌が霧散するのは、およそ1時間もあとの事だった。 
 
785 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/01/15(火) 01:37:42.73 ID:vK3+QNrco


……。
…………。
………………。

 
786 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/01/15(火) 01:38:12.02 ID:vK3+QNrco


一夏「さて、と。話して貰えんのかな?」

紅莉栖「……」

 廊下から場所を移し、IS整備室へと足を運んだ2人。
 パイプ椅子に腰を下ろしたは良いが、紅莉栖は俯いたままだった。

 どうしよう、ここまで来てしまった。
 話すべきなのか、たとえ土下座をしてまでも協力を請うべきなのだろうか。

 ──父のために。

 岡部に相談は出来ない。
 すれば、彼はきっと情報をくれてやれと言うだろう。

 それは出来ない。
 科学者である彼女がそれをさせない。

 “石鍵”の能力を明らかにしたいと言う知的好奇心はある。
 けれど、それは空けてはならないパンドラの箱であると本能が告げてもいた。

 ましてや“IS国際委員会”などと言う権威と金が怨嗟する社会に報告など出来ようはずもなかった。
 であればどうすれば良いか。

 一番ダメージが少ないのは“白式”のデータを渡すことだろう。
 どう客観的に見積もってもそのデータで世界が崩壊することはない。

 “織斑 一夏”の商品価値はそれによって下がってしまうかもしれない。
 苦しい選択ではあるが、天秤にかけるとするならば──。

紅莉栖「────ッ」

 ゆっくりと口をあける。
 意を決した紅莉栖が言葉を紡ぎ始めた。

 その瞳には涙が滲んでいた。
 けれど、強い決心。覚悟のようなものも写っていた。 
 
787 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/01/15(火) 01:38:38.68 ID:vK3+QNrco


……。
…………。
………………。

 
788 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/01/15(火) 01:39:07.21 ID:vK3+QNrco


 ぐったりと生気通わない顔を突き出す男子2人。
 ここ、IS学園に男子生徒は2人しか存在しない。

 必然的にその体力枯渇した人物2人は“織斑 一夏”と“岡部 倫太郎”の両名であった。

一夏「……」

岡部「……」

 ちまちまと箸で定食の煮魚を突く一夏。
 岡部に至っては久方ぶりにみる“ドクトルペッパー”のみの食事だった。

鈴音「なによ、倫太郎はともかく一夏までグロッキーだなんて珍しいじゃない」

セシリア「そう言えばそうですわね」

 明らかに様子が可笑しい2人を見て何時もの面子が騒ぎ出す。
 こうなって困るのはシャルロットただ1人であった。

箒「どうやらかなり絞られたようだな」

ラウラ「だらしがない。体力を付けないからそうなるのだ」

シャル「……」

 おかしい。
 おかしいよ。

 僕の考えでは今頃……今頃。

 シャルロットの脳内。円卓を囲む小さいシャルロット達が総立ちで緊急会議を行っていた。
 事態が把握できない。

 なぜ、一夏と岡部が今にも倒れそうなほど疲労しているのか。
 実弾は使わなかった。痛めつけもしなかった。

 シャルロットは練習でただの一太刀。一発の弾丸すらも彼らに叩き込んではいない。
 ダメージなどあるはずがないのだ。

 にも関わらず、2人は今にも意識が飛んでいきそうな表情を浮かべている。
 
789 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/01/15(火) 01:39:37.09 ID:vK3+QNrco

シャル「(なんで……)」

 美味しそうに湯気を立てるミートスパゲティ。
 けれど、それにフォークを巻きつける気がいっさい起きない。

 シャルロットも撃沈している2人を見て完全にフリーズを起こしていた。

鈴音「シャルロットの訓練はそんなにキツかったの?」

 酢豚定食のパイナップルをつつきながら鈴音が口を開く。
 ここまで一夏を疲労させるとは、どれほどの訓練なのだろうと気になっていた。

ラウラ「結局、対戦形式にしたのか?」

シャル「ちっ……違うんだけど……」

 対戦ではない。
 戦闘の考え方を実演形式でレクチャーしたに過ぎなかった。

一夏「頭を使って戦うって、大変なんだな」

岡部「……」

 2人の疲労は明らかだった。
 他の誰と練習した時も、ここまでの疲労を浮かべていたことはない。

シャル「……」

 シャルロットの笑顔が引きつったものに変わる。
 先ほどからスプーンは一巻きもパスタを絡めていなかった。
 
790 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/01/15(火) 01:40:04.22 ID:vK3+QNrco

一夏「ん……そう言えば紅莉栖の姿が見当たらないけど、どうかしたのか?」

岡部「む」

 疲労のあまり周りが見えていなかったため、紅莉栖が居ないことに気付くのが遅れてしまった。
 岡部も一夏の一言で紅莉栖の不在を初めて認識した。

セシリア「あぁ。紅莉栖さんでしたら、なんでもやり残した仕事があるとかでお部屋に篭ると言ってましたけど」

 一夏の疑問に対し、同室であるセシリアが答えた。

一夏「……」

岡部「仕事……か」

 はて、と頭を巡らすが思い浮かばない。
 紅莉栖に対して岡部が依頼している仕事もない。

 となれば、自身とは関係のない話だろう。
 直ぐに紅莉栖のことは頭の外に、早くベッドで眠りたいとぼやけた脳が訴えかけていた。
 
791 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/01/15(火) 01:40:35.49 ID:vK3+QNrco





紅莉栖「あっ、あのほぅ──ッッ」

 緊張のあまり舌が絡まる。
 手にはじっとりと汗が滲み、空調の効いた部屋であるのに背中も汗でべっとりとしていた。

一夏「大丈夫か? ええと、水は……」

紅莉栖「いっ、良いから!」

 水を探そうと立ち上がろうとした一夏を静止する。
 こほん。と大きめに咳払いをして口再び開いた。

紅莉栖「わ、私は──……」

一夏「……」

 一夏は黙って紅莉栖の瞳を見続ける。
 相手が何を言おうと、全てを受け止める覚悟がこの男には出来ていた。
 
紅莉栖「わかりやすく、簡潔に、有体に言うのであれば──」

一夏「……」

紅莉栖「す、ぱい……なのかも、しれ……ない……」


 言った。


 スパイと。
 告白した。

 いつのまにか体勢は前屈みになり、視線は自分の膝小僧ばかりを映している。
 一夏がどんな表情をしているのか怖くて見ることが出来なかった。

 しばしの沈黙があり、一夏が口を開く。
 
792 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/01/15(火) 01:41:06.10 ID:vK3+QNrco

一夏「そうか」

 とだけ。
 続く言葉はない。

紅莉栖「……」

 そうっと傾けていた首を上げる。
 どんな罵倒、失望の声を浴びせられるのだろうと思っていた。

 けれど、一夏は一言答えただけで口を閉ざしている。
 そんな彼の表情が気になって仕方がなかった。

一夏「……」

 目が合う。
 一夏はしっかりと紅莉栖を見つめていた。

 その瞳の色に変わりはなく、侮蔑を孕んだものなど一切見当たらない。

紅莉栖「……」

 ごくり。と唾を飲み込む音が体に響く。
 一体、一夏がなにを思っているのかサッパリわからなかった。

一夏「──つまり、」

 ゆっくりと一夏が口を開いた。

一夏「“白式”のデータを盗んで来い。そう誰かに命令されたってところか」

紅莉栖「あっ、えっ……あ……」

 ゆっくりと頷く。
 驚くほど一夏は冷静だった。

一夏「なるほどな」

紅莉栖「あの……」

 疑問が頭を過ぎる。
 なぜ、一夏はこれほどまでに落ち着いていられるのか。

 スパイ。
 それもISデータに関する情報を盗もうと言うのだ、司法で問われるなら重罪にあたる行為である。

 にも関わらず一夏の反応は薄い。
 ことの重大さがわかってないのではと、紅莉栖が思ったのも不思議ではなかった。
 
793 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/01/15(火) 01:41:31.16 ID:vK3+QNrco

紅莉栖「スパイってその、良くないことなんだけど……」

一夏「ん? あぁ、初めてじゃないからな。こう言うの」

紅莉栖「?」

 初めてではない。
 発言に対して理解が追いつかず、首を傾げてしまう。

 つまり、一夏がスパイ行為を受けたのはこれが、紅莉栖が初めてではない。
 そう言うことになる。

一夏「あぁ、気にしないでくれ。こっちのことだから」

紅莉栖「えっ、えぇ……」

 一夏は過去を振り返っていた。
 思えば、シャルロットもデュノア社の社長……実の父に“白式”のデータを盗んで来いと命令されてこの学園へと姿を現したのだ。

 あの時はなんとかなった。
 男装と言う嘘も大事にはならずに済んだ。

 けれど、紅莉栖の場合はどうなのだろう。
 わからない。

 紅莉栖がスパイだと言うのなら、岡部は。“石鍵”は。
 今の一夏ではわからないことだらけであった。
 
794 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/01/15(火) 01:42:01.57 ID:vK3+QNrco

一夏「1つだけ、聞いて良いか?」

紅莉栖「こ、答えられることなら……」

一夏「凶真……凶真はコレに噛んでるのか?」

紅莉栖「岡部? えっ、いや……全く……」

 思ってもみなかった疑問をぶつけられ、思わず間抜けな声を上げてしまった。
 この話しは岡部にもしていない。話せる訳がなかった。

一夏「そっか」

紅莉栖「えぇ……」

一夏「ってことは、アレか。“石鍵”じゃなくって“白式”のデータが必要ってことなのか?」

 当然の疑問を投げつける。
 世界的に見れば男性が使えるISは2機。“石鍵”と“白式”。

 どちらの情報も欲しいのではないか。
 なぜ“白式”だけなのか、と。

紅莉栖「……」

一夏「それとも“石鍵”のデータはもう持ってるってこと……か?」

紅莉栖「っ、違う! それは……してない……」

一夏「……わかった。信じる」

 紅莉栖の慌てようを見て確信する。
 “石鍵”のデータは盗んでいない。

 岡部にこの話しをしていないのだと言うのなら、きっと理由があるのだろう。
 “石鍵”ではなく“白式”のデータを必要としているのもきっと理由が。

 であるのならば、自分はこの女の子になにをしてあげられるのか。
 シャルロットの時とは状況が違う。
 
795 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/01/15(火) 01:42:32.94 ID:vK3+QNrco

一夏「……」

紅莉栖「……」

 少しの沈黙。
 一夏は思考を巡らせた。

一夏「……よし」

 そして、無駄であることを悟る。
 自分よりもずっと頭の出来が良い紅莉栖が悩み抜いて、涙を流していた。

 結論が出せず苦しんでいた。
 で、あるのならば。


 男がしてやれることは、1つだよな。
 そうだろ? 千冬姉。


 心の中で姉に語りかける。
 迷いはなかった。

一夏「紅莉栖、協力するぜ」

紅莉栖「うん………………えっ?」

 耳を疑う。一夏が今、なにを口にしたのかわからない。
 協力。確かに協力と言った。

 なにを?
 なにを協力すると言うのだろうか。

一夏「えーっと、あれか? とりあえず“白式”を展開してデータを吸い取って貰って──」

紅莉栖「ちょっ! ちょっと!」

一夏「うん?」

 椅子から立ち上がり“白式”を呼び出そうとする一夏。
 それを慌てながら止めに入る。

紅莉栖「きょ、協力……?」

一夏「おう。困ってるんだろ? なら、力になるさ。来い! “白式”!」

 あっと言う間に白い鎧を纏う“織斑 一夏”。
 その表情には迷いも不安も、一切のマイナスが存在しなかった。
 
796 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/01/15(火) 01:43:46.93 ID:vK3+QNrco
おわーり。
ありがとうございました。

近頃は更新が不定期で本当に申し訳ない限りです。
書けているのに投稿する時間がない、なんてこともありまして……。
その場合はポチっと一撃で投稿できるpixivの方で先にさくりと更新させて頂いてるので、良かったらそちらもお目通しお願いします。
797 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/01/15(火) 04:05:14.76 ID:YUXUnxcDO


一つ気になった
「先ほどからスプーンは一巻きもパスタを絡めていなかった。」
↑の部分でパスタだから使うのスプーンじゃなくフォークじゃない?
いや、確かにスプーンに乗せてフォークで巻いて食べるのが正しい食べ方だし間違ってはないけど巻く訳だしフォークじゃないかなーって…
798 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/01/15(火) 08:46:14.13 ID:8HrUvToIO
おつー
799 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/01/15(火) 10:19:58.70 ID:KtQVGq9Qo
乙!

調べたら本場イタリアじゃスプーン使わないのが主流だとかで、必ずしもスプーン使うのがマナーって訳でも無さそうっすね

取り敢えず学食などで採用されがちな先割れスプーン説を推すっす
800 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/01/29(火) 17:17:00.00 ID:pYpu96pPo
IS再開おめ
801 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/02/03(日) 00:32:02.42 ID:MLFAd9h9o
pixivの方をみれば最新版を読めるのですか?
802 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/02/04(月) 01:50:05.47 ID:YpDg8mcCo
生存報告
ガチで元旦以外、まともな1日休みがない状況でしてこの様を晒しております
生きてますので落ち着きしだい書きます
803 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/02/04(月) 19:20:47.25 ID:P/PZg+uIO
がんばれ!
804 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/02/07(木) 19:42:49.73 ID:+evlvO1lo
待ってます
805 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/02/21(木) 12:17:32.40 ID:gIzwzlvS0
私待つわ
806 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/02/21(木) 14:38:28.66 ID:p02BUFyyo
ほんと時間ないので生存報告を含めちゃちゃっと投下してしまいます
読みにくいかもしれませんが、申し訳ありません
807 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/02/21(木) 14:39:29.40 ID:p02BUFyyo


……。
…………。
………………。


 ついにこの日が来てしまった。
 岡部は内心でそう毒吐きながら、いつものように第1アリーナの大地へ2本の足を立たせている。

 12月21日。
 来るはクリスマス……ではなく“全学年個人別トーナメント”。

 24日はコレの本番である。
 今日はラウラの訓練があり、明日は楯無の訓練があるだろう。

 前日はさすがに休めるだろう、果たしてそれも甘い期待なのではないか。
 そんなことを岡部は思っていた。

ラウラ「──さて」

 アリーナに腰を下ろす一夏と岡部を見据える形でラウラが立っていた。
 幼い顔立ちに華奢な体つき、でありながら立派な鬼軍曹オーラを放っている。

一夏「……」

岡部「……」

 無言で目線を送りあう2人。
 昨日のシャルロットはキツかった。精神も体力も持っていかれた。

 では、ラウラはどうなのだろう。楯無は?
 下手を打てば殺されてしまうんじゃなかろうか。

 考えすぎと言えるが、当人たちからすれば死活問題である。
 事実。ここ数日は疲労の蓄積が著しく、授業中に意識が飛んでしまうことも幾度かあった。

 その度に一夏の実姉であり、岡部が恐れる鬼担任に教簿で殴られ叩かれ眠気を覚まして貰っている。

ラウラ「説明するのも面倒だ。本日は実戦である」

 ──あぁ、やっぱり。

 ──あぁ、やはり。

 一夏、岡部の思考がリンクする。
 さすがラウラだ。ブレない、軸がブレない。

 期待を裏切らず、思った方向の言葉を投げつけてくる。

ラウラ「目一杯、時間の限り戦い続ける」

一夏「はは……」

岡部「これはアレだ、ワンサマーよ。泣いたり笑ったり出来なるなるヤツだ」

 全てを磨り潰される覚悟で挑まなければ、到底耐えられない。
 2人は目を伏せながらISを呼び展開した。
 
808 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/02/21(木) 14:40:04.34 ID:p02BUFyyo



紅莉栖「えっ、えっ……」

 戸惑いを隠せず焦る紅莉栖の前には“白式”を纏った一夏の姿がある。

一夏『良し。まず、なにをすれば良い?』

紅莉栖「あっ、ええと……」

 落ち着き払った態度で構える一夏。
 紅莉栖は状況が上手く飲み込めず目を回していた。

一夏『紅莉栖、俺は力になりたいんだ。仲間の為だったらデータ位いくらでもくれてやるさ』

紅莉栖「……」

 どこまでも真っ直ぐな、純粋な一夏の瞳。
 打算も計算もない言葉通りの気持ちが伝わってくる。

一夏『さっ、早いとこデータの吸出し? やっちまおうぜ』

紅莉栖「一夏、自分がなにを言ってるのかわかってるの……?」

 ──ゴクリ。

 紅莉栖の喉がなる。
 一夏の真っ直ぐな好意は嬉しく思う。

 けれど、それをただただ甘受することは出来なかった。
 一夏の申し出がどれだけのことなのか、それを教えないと。

 このどこまでも純朴な少年の未来を考えずにはいられない。
 “IS”の内部情報がどれだけ貴重であるのか、それは国家間の関係を容易に崩すほど大きなもの。

 それを“仲間を助けたい”。そんな思い一つで開示することなどとんでもない。
 紅莉栖は自己保身に走り、データを受け取るよりも先にそのことで頭の中が一杯になった。

紅莉栖「────から、一夏の申し出は本当に嬉しい。けど、それじゃ一夏が犯罪者に……」

一夏『紅莉栖。俺にとって“仲間”ってのはさ、その国家のなんたらってやつよりも大事なものなんだ』

紅莉栖「……」

 説明した。
 懇切丁寧に小学校低学年でも理解できるようにまでわかりやすく。

 けれど、一夏の態度はかわらない。
 
809 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/02/21(木) 14:40:31.52 ID:p02BUFyyo

一夏『俺に、仲間を見捨てて目を背けることなんて出来やしない』

紅莉栖「……」

一夏『それにさ、これが凶真だったとしても同じようなことを言ってると思うぜ?』

紅莉栖「──っ」

 確かに。
 あの男なら、“岡部 倫太郎”であれば二つ返事で承諾していることだろう。

 だからこそ相談できなかった。
 言えるはずなどなかった。

 だから“白式”のデータを奪取しようとしたのだ。

一夏『何度でも言うぜ。“白式”のデータで紅莉栖の助けになるなら、いくらでもくれてやる』

紅莉栖「一夏……」

一夏『例えソレが犯罪に当る行為だとしても、俺に躊躇いはない。使ってくれ』
 
810 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/02/21(木) 14:40:58.81 ID:p02BUFyyo

◇ 

 “白式”のデータを入手してから幾日が経過した。
 教室で見かけた際、岡部と一夏の顔色からして相当にシゴかれていることは容易に想像が付く。

 精の付くドリンクでも作って差し入れしたいが、今は時間が無い。
 紅莉栖は授業時間以外の全てを自室で過ごしていた。

 PCを開き、データの入力作業を行っている。

紅莉栖「……」

 投影画面が二つ並んでいる。
 片方には“白式”と“石鍵”の正式なデータ。

 本体から吸い出したコレは正真正銘、オフィシャルな数値や能力が映っている。

紅莉栖「……」

 もう片一方。
 そちらには“紅莉栖が手を加えた”二機のデータが映っていた。

 データ改竄。
 ここ数日は全ての時間をそれに当てている。

 吸い出したデータを馬鹿正直に報告する気はなかった。
 “石鍵”の能力は絶対に隠匿しなければならない。

 そして“白式”のデータも同じく、手を加えていた。

紅莉栖「どれだけ突いても隙がない位、精巧にデータを組んでやるんだから……」

 一夏から貰った“白式”のデータ。
 これをソックリそのまま提出しようなどとは到底おもえなかった。 

 少しでもあがきたい。
 数値を書き換え、スペックを誤魔化す。

 このデータを閲覧するのは“IS国際委員会”に所属する面々。
 子飼いの技術者達のレベルもうかがい知れる。

 その目を欺く為には、どれだけ時間を費やしても足りないほどであった。

紅莉栖「…………」

 無言で作業に没頭する。
 ベットされているのは自身の父親。

 ミスを、隙を作る訳には行かない。

紅莉栖「数字が1違うだけでも“IS”にとってスペックはガラリと変わる……バランスが重要……」

 要求される超高難度のデータ改竄。
 それは天才である彼女の闘争心を燃やすのに充分なハードルでもあった。
 
811 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/02/21(木) 14:41:29.69 ID:p02BUFyyo



一夏『あああぁぁぁあああぁぁぁあああぁぁぁ!!』

岡部『ぉぉぉおおおぉぉぉおおおぉぉぉおおお!!』

 衝突する二機のIS。
 頭から正面衝突を果たし、アリーナへと力なく倒れこんだ。

ラウラ『それのどこがコンビネーションだ、息が合ってないぞ』

 ラウラの展開する“黒い雨”から放たれたワイヤーブレード。
 その両端が“石鍵”と“白式”の両足首に絡まっている。

一夏『はぁっ、はぁっ……いきなり、コンビネーションで戦えって言われたって……』

岡部『むっ……無茶すぎるだろう、眼帯、娘っ、よ……』

 肩で息をする2人。
 練習が始まってから数時間、一切の休憩もなく戦い続けていた。

 疲れで動きが鈍り、簡単に捕縛されてしまう。
 ここ一週間で蓄積された疲れが全て放出され、2人の体を重くしている。

ラウラ『この程度で疲労を顔に出すとは……情けない嫁だ』

 比べてケロりとした表情を見せるラウラ。
 運動量で言えば2人を凌ぐほどであるが、鍛え方が違っている。

岡部『ちょ、ちょっとは休憩をだな……」

ラウラ『駄目だ。アリーナの使用時間は残り1時間。これを真っ当して本日の訓練は終了とする』

一夏『つまり……終わるまで終わらないってことだな……』

ラウラ『そう言うことだ。さぁ立ち上がれ、それともワイヤーを使い立たせて欲しいか……?』

 地獄のような時間が過ぎる。
 強い、弱いの問題ではない。

 疲労と痛み。
 この2種類のみがアリーナには存在している。

 ラウラは宣言通り使用時間目一杯まで訓練を続け、2人は一応の形でこの訓練を耐え切った。
 訓練終了後のシャワータイム。

 2人は汗を流した後、打ち合わせることもなく更衣室で倒れこみ貪るように睡眠を取った。
 寮長である千冬に叩かれ起こされたのは訓練終了後3時間後のことであった。
 
812 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/02/21(木) 14:42:25.70 ID:p02BUFyyo


……。
…………。
………………。


 暗い室内。
 部屋を照らす灯りはPCの画面から放たれる光だけ。

 部屋には紅莉栖1人だけがいた。

紅莉栖「……」

 PCの画面には“SOUND ONLY”と表示されている。
 データを送信してから5分ほどの時間が経過していた。

紅莉栖「……」

 脈拍が上がっていることが自分でもわかるほどに高まっている。
 データの偽装が暴かれているかどうか、一種の賭けでありその結果を待っている身なのだから当然と言えた。

 ──待たせたね。

紅莉栖「はっ、はい」

 突如、PCから威厳のある男性の声が響いた。
 紅莉栖にISのデータ収集を依頼した当人。“IS国際委員会”の人間である。

 ──データを見せて貰ったよ。

紅莉栖「……」

 ゴクリ。喉が鳴る。
 こちらの緊張が画面ごしに相手へ伝わってないかと心配するほどだった。

 ──ご苦労様。よくやってくれたね、特に“白式”のデータは貴重だ。

紅莉栖「は……い……」

 成功した。気付かれていない。
 本物のデータを知った上でのデータ改竄と言うのが功を奏した。

 事実を知る人間が素性を隠す為に行った改竄である。
 極限まで時間をかけ、違和感を拭い去ったデータは国の目すら欺いた。

 天才と称される紅莉栖だからこそなせる技とも言えた。

 ──“石鍵”のスペックには肩を落としたが、まぁ良い。
 
813 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/02/21(木) 14:42:51.83 ID:p02BUFyyo

紅莉栖「……」

 ──約束通りの報酬は支払うよ。

紅莉栖「ありがとうございます……」

 報酬と言う名の人質。
 亡命を失敗した父の身柄であった。

 ──予定通り、24日。イヴにプレゼントといこうじゃないか。

紅莉栖「感謝しています……」

 ──時間はそうだな……“全学年個人別トーナメント”終了後と言うことでどうかね。

紅莉栖「問題ありません」

 ──決まりだ。トーナメントには我々も注目しているよ。

紅莉栖「……」

 ──では、良いクリスマスを。

 通信が途絶える。
 全てのやり取りが終了した。

紅莉栖「──────ふぅぅぅ」

 肺から全ての酸素を吐き出すかのように、息を吐いた。
 安堵が精神と肉体を包んでいる。

紅莉栖「これで……」

 これで、心配事が一つ片付いた。
 父親を救うことが出来た。

 将来の座、IS委員会の椅子などどうでも良い。
 父を救うことが出来た。このことが紅莉栖にとっては重要だった。

紅莉栖「……ん」

 ぐぅ。
 安堵と共に胃が食事の摂取を求める音を上げた。

紅莉栖「そう言えば、岡部の顔も最近はとんと見てなかったな……」

 時計に目をやる。
 ちょうどアリーナの使用時間の終了が差し迫り、夕食時となっていた。

紅莉栖「お腹も減ったし……」

 椅子から立ち上がる。
 食堂で待てばきっと岡部、それに力を貸してくれた一夏が来るだろう。

 貸切状態にしていた“IS整備室”から飛び出し、食堂へと体を向ける。
 紅莉栖の足取りは何時にも増してかろやかなものになっていた。

紅莉栖「牛丼特盛りツユだくにギョクを乗っけるかなっ」

 笑顔がこぼれる。
 これで、元の生活に戻れるのだと。

 12月22日。
 全学年個人別トーナメントまで、残り僅か2日。
 
814 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/02/21(木) 14:43:18.13 ID:p02BUFyyo



紅莉栖「──で、この廃棄物2名はいったいどう言うことなの?」

 食堂へ来るなり燃え尽きた姿を見せる男子2名。
 岡部はともかく、一夏までテーブルに体を突っ伏しているのは珍しい光景だった。

 トレイに食事は乗せておらず、ドリンクだけが寒々と置かれている。

箒「まったく、一夏。男子として恥ずかしくないのか」

セシリア「そうとうにお疲れのご様子ですわね」

鈴音「今日で五日目……まぁそんなもんよね」

シャル「あ、アハハ……」

ラウラ「2人ともカロリー制限をしているのか……? むぅ、私もさらに制限を……いや、これ以上は……」

 好き勝手に言葉を放つ女子たち。
 その一言一言に突っ込みを入れたい一夏であったが、それをする体力も残っていなかった。

一夏「あ゛ー……」

岡部「……」

 一夏がだらしなく溜息を漏らす。
 岡部にいたっては半分意識が飛んですらいた。
 
紅莉栖「ちょっとちょっと、本当に大丈夫なの……?」

一夏「あー……ちょっと疲れてるだけだから」

 傍目から見ても一夏の顔色は良くない。
 岡部の色は語るまでもないほどである。
 
815 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/02/21(木) 14:43:44.14 ID:p02BUFyyo

箒「こほんっ。おそらく、加減が出来なかった者が居るのだろう。やはり練習相手は良く選ばないとだな」

セシリア「ですわね。パートナーとしての相性と言うものがありますし」

鈴音「そうねー。真正面からぶつかり合うだけで捻りがない訓練よりも、頭を使った訓練が出来た方が良いに決まってるわね」

シャル「なんで僕の時はあんなに……一夏のばか……」

ラウラ「夕食はもちろん、昼食も少し軽めに……」

 それぞれの意見が飛び交う。
 その様子を見て紅莉栖は得心がいった。

紅莉栖「(なるほど……絞られすぎてぐうの音も出ないほどになってると)」

 それにしても、と少女らの顔を見渡す。
 紅莉栖の見た限りではほとんどが、我こそが一夏のパートナーに相応しいと表情が物語っている。

紅莉栖「(シャルとラウラは……なにか違う方を向いてるようだけど)」

 自身のパートナーぶりこそが最高と自負する、箒、セシリア、鈴音。
 この3名と違いシャルロットとラウラは違う色を見せていた。

シャル「酷いよ、あんまりだよ……2人のことを思ってやったのに……」 

ラウラ「しかしこれ以上に食事を制限してしまっては発育に問題が起こる可能性が……」

紅莉栖「……」

 いつもどおりの平常運転。
 男子2人が振り回され、恋する乙女が暴走する。

 切羽詰り、近頃ではそんな日常を感じる暇も無かった。
 
816 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/02/21(木) 14:44:10.44 ID:p02BUFyyo

紅莉栖「(ふふ……なんか、久しぶりだな。こう言うの)」

 牛丼を頬張りながら思う。
 自分には本当に余裕がなかったんだと言うことを。

 そして肩の荷はおりた。
 明日を過ぎれば翌日は“全学年個人別トーナメント”である。

 岡部を“石鍵”をサポートしてやらねばならない。

紅莉栖「(がんばらないと)」

 甘辛い味付けが人気の牛丼を食べながらそう心に決める。
 5人娘の地獄ラリーを走破した。と言うことは明日は1日フリーなのだろうか。

 そんなことを思っていると──。

楯無「2人とも、お疲れさまーっ!」

 いつも通り、いつもの如く。
 まるでソコに最初から居たかのように“更織 楯無”が現れた。

 広げられた扇子には“神出鬼没”とある。

一夏「……」

岡部「……」

 無茶苦茶な登場であるにも関わらず、男子2人の反応は鈍い。
 と言うよりも反応する気力もないようだった。

楯無「あらあら、まぁまぁ。だいぶこってりと絞られたようね」

 ジロジロと嘗め回すように2人を見つめる。
 この五日間の疲労が簡単に見て取れる状態であった。

楯無「うんうん。明日はおねーさんに任せてね?」

紅莉栖「……えっ」

 楯無の決定事項について最初に声をあげたのは、他の誰でもなく紅莉栖であった。
 明日を越えればトーナメント本番である。

 前日は体を休め“IS”の整備に時間をかけるのが定石なのでは、と。

楯無「うんっ。大丈夫、安心してかいちょーである私に任せなさいっ」

 いつのまに書き直したのか扇子の文字は“心配無用”と達筆に書かれていた。
 
817 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/02/21(木) 14:44:46.73 ID:p02BUFyyo

一夏「……」

岡部「……」

 そんな楯無の発言など耳にはいるはずもなく、2人の意識はいつの間にやら円卓の底へと沈みきっていた。

箒「よほど疲れているようだな」

セシリア「えぇ……ここまでの一夏さんを見るのは初めてですわ」

鈴音「鍛え方がたんないのよ」

シャル「僕のなにが駄目だったんだろう……」

ラウラ「いや、私のような体型を好む者も居ると言うが……しかし、スタミナに影響が……」

 疲れ果てた2人の姿を見て、それぞれが両者の頑張りを認めていた。
 明日は楯無が担当すると言う。

 悪いようにはされないだろうが、一抹の心配も残る。
 体力は、気力は大丈夫なのだろうか。

 そこまでの疲労を残しトーナメント当日、万全の状態で出場できるのだろうかと。

 この時。
 彼女らの頭はトーナメントのことで頭がいっぱいになり“IS学園”に牙を剥く組織の存在を完全に忘れていた。

 水面下で動き続けている“某国機業”のことを。
 
818 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/02/21(木) 14:45:13.53 ID:p02BUFyyo
おわーり。
ありがとうございました。
819 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/02/21(木) 17:17:22.10 ID:Cd18BDvD0
久しぶりに来てたー!
820 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/02/21(木) 18:04:22.80 ID:gK2hpBZKo
乙!
821 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/02/22(金) 08:08:44.97 ID:u4Dg12TDO
822 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/02/22(金) 17:22:02.78 ID:pcxB9IKy0
乙!
823 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/02/25(月) 03:16:23.67 ID:G92jtprSo

 意外なことに、その日の動き出しは正午を過ぎてからだった。
 一夏と岡部。この2名を楯無が道場へ呼び出したのは昼食を済ませた後のことである。

 翌日はクリスマス・イヴ。
 IS学園にとっては大イベントである“全学年個人別トーナメント”を控えた前日。

 学校は休校。
 教員達はトーナメントの準備に走り、専用機を持たずトーナメントに出場する権利を持たない生徒はイヴ前日の空気を楽しんでいた。

 そして専用機を持つ者たち。
 彼女らは思い思いに時間を過ごし、休息や練習。ISのチェックなどを行っていた。
 
824 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/02/25(月) 03:16:53.02 ID:G92jtprSo


 ──12月23日 ──


一夏「くかー……」

岡部「すぴー……」

 早朝。
 授業がない。と言うことで朝から楯無に呼びつけられることを覚悟していた両名である。

 けれども、楯無が提示した時間は午後からだった。
 2人はここぞとばかりに消耗しきった体力を回復すべく、午前中は睡眠へと当てていた。

 そんな男子2人を尻目に、学園は桃色の空気を漂わせている。
 なにせイヴ前日。

 女子高校生と言う職業柄、浮き足立つことを隠すことも出来ない。
 一体、誰と。どこで、どのようにしてクリスマスを過ごすか。

 そんなことを考える女子生徒は少なくない。
 それは、専用機を持つ彼女等ですら例外ではなかった。

 例えトーナメントに出場する身だとしても、その本能からは逃れられることなど出来はしない。
 
825 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/02/25(月) 03:17:19.62 ID:G92jtprSo

 ◇

箒「……」

 1人、鏡台の前で自身の顔と睨めっこをする箒。
 その顔は整っているにも関わらず、表情が固いせいで無愛想に見える。

 箒が客観的に自分を見た感想であった。

箒「明日はクリスマスイヴか……」

 鏡に映る自身の顔はとても暗いものだった。
 箒の幼馴染であり、思い人でもある“織斑 一夏”のことを思い出している。

 近頃は忙しく、接触する時間がほとんどない。
 心なしか“牧瀬 紅莉栖”との距離が縮まり仲良くなっている気配さえ感じてしまう。

箒「やはり、年上が……」

 一夏はシスコンである。
 これはガールズの共通認識であり、目下最大の敵として千冬を見据えてさえいる。

 しかし、異常事態が発生してしまった。
 年上である紅莉栖の転入。

 予想通り一夏は急速に仲を深め、知らぬ間に2人の間柄は他者から見れば良い感じにうつるほどになっていた。

箒「……このままでは駄目だ」

 パチン。と両頬を叩く。
 このままの暗い思考では一切、良い方向へ転ぶことがない。

 ならばどうするか。
 決まっている。

箒「私がトーナメントで優勝したら……ら……」


 ──交際を申し込もう。


箒「……」

 ベッドの上に置かれている雑誌に視線を移す。
 見開きには“クリスマスで急展開! 気になる彼に猛接近!”と可愛らしい文字で書かれている特集が開かれていた。

 そのページにはクリスマス付近はカップル成立の確率が急上昇していると綴られている。

箒「……優勝してみせるぞ、一夏」

 強く拳を握る。
 鏡に映る顔は、無愛想なものではなく凛々しいものへと変貌していた。
 
826 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/02/25(月) 03:18:09.14 ID:G92jtprSo



セシリア「〜〜♪」

 鼻歌交じりで熱いシャワーを全身に浴びる。
 本音を言えばバラを浮かべたバスタブにゆっくりと浸かりたいところであったが、ここは自宅ではない。

 リフレッシュ方法として満点は出せないが、それでもセシリアにとってシャワータイムは重要なものであった。

セシリア「明日は、トーナメント本番……」

 全身を包むソープが次第に流されていく。
 胸よりも臀部が強調されている肢体は、高校生と言えど男性を魅惑するに充分なものである。

セシリア「必ず……必ずわたくしが優勝して……」

 思いは同じである。
 箒が感じているように、セシリアもまた紅莉栖を脅威としてみなしていた。

 どうやら、一夏にとって女性のバストやウエスト。ヒップサイズは関係がないらしい。
 それで心が動くような男であれば自身に言い寄ってこないはずがない。

 学園でも自身ほどスタイルと顔立ちが整っている女性はそういない。
 セシリアはそう決め付けていた。 

 にも関わらず、一夏は一向に口説こうとする気配すら見せない。
 であれば──。

セシリア「わたくしに足りないもの、それは」

 強さ。

 実姉である“織斑 千冬”ほどの実力が必要なのだと思っていた。
 年齢を重ねるには時間がかかる。

 年上補正がない以上、紅莉栖を凌駕する魅力が必要だ。
 ボディーラインは完勝しているが、他になにが足りないのか。

 強くなれば、千冬のように実力があれば一夏は振り向いてくれる。

セシリア「わたくしの魅力に気付かせるのは、後で構いませんわ……」

 まずは実力。
 トーナメント優勝者と言う箔が必要である。

セシリア「指し当ってはトーナメント優勝のラベルをいただき、その後に一夏さんを」
 
 何時になく気合が乗る。
 近頃は集中力のキレが良く“偏光射撃”の精度も上がってきていた。

セシリア「……」

 右腕を突き出し、指先を銃口に見立て鏡に映る自分を指差した。

セシリア「ばん」

 瞳の置くに映る想い人。
 一夏のハートを射抜く弾丸を射出した。
 
827 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/02/25(月) 03:18:50.04 ID:G92jtprSo



鈴音『ハァ!? 間に合わない!?』

 携帯電話を片手に大声を上げているのは“凰 鈴音”だった。
 話し相手はどうやら本国の人間らしい。

鈴音『だから、パッケージを変更しないと──』

 トーナメントに合わせて新パッケージを寄越せ。
 鈴音の言い分である。

 けれど、本国はそれに答えることは出来ないと返答した。
 そう答えるのも当然。

 “IS”の使用変更パッケージが一日や二日で用意出来るはずがない。
 例え突貫で換装できたとしても、出力のバランスや細かい調整を行う時間は残されていない。

 そんなギャンブルを国が許可するはずもなかった。

鈴音『だから、昨日の模擬戦で現状装備の弱点が────!!』

 口やかましくしても結果は変わらず。
 無常に、一方的に通信を切られ鈴音の通話は終了した。

鈴音「……あーっ、もう! 分からず屋!」

 ぼすん。
 携帯をベッドの上に投げつける。

 尖った八重歯をきらめかせ、興奮している様をルームメイトに隠そうともしなかった。

鈴音「ッチ。現状の装備でなんとかするしかないか……」

 即座に思考を切り替える。
 何時までも使えない装備に思いを馳せるほど、パイロットとしての鈴音は幼くない。

鈴音「なにがなんでも優勝して、一夏を……」

 実際に一夏と紅莉栖を取り囲む空気は異常である。
 ある種、秘密を共有しあっているかのような雰囲気さえ見て取れた。

 これは不味い。

鈴音「大丈夫、まだ付き合うとかそう言うところにまでは行ってないはず……」

 明日、トーナメントで優勝しその勢いで思いの丈を伝えれば。
 クリスマス当日は2人で過ごすことができる。

鈴音「優勝すれば、きっと一夏も……」

 メラメラと瞳に闘志の炎が宿る。
 トーナメント優勝、そして一夏とのクリスマスデート。

 鈴音の心は浮かれるほどに煌き立っていた。
 
828 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/02/25(月) 03:19:24.73 ID:G92jtprSo



シャル「はぁ……」

 大きな溜息を吐く。
 部屋にはルームメイトであるラウラの姿は見当たらず、シャルロット1人だった。

シャル「最近、空回りばかりしてる気がする……」

 一夏との距離は縮まるどころか、遠くなっている気さえする。
 練習だと気合を入れて気を回した心算が余計に疲労を与え、逆効果になってしまった。

シャル「器用な方だと思ってたんだけどな」

 確かにシャルロットは器用だった。
 物事を手にかければ大した時間を労さずに人並み以上に体や頭は動く。

 けれど、恋愛はそう言ったものとは縁遠いものである。
 思ったことを口に出来ず、想いを上手く伝えられない。

シャル「一夏ってば、最近は紅莉栖とばかりやたら話すし……」

 一言で言えば嫉妬。
 ただでさえライバルが多いのに、紅莉栖と言う存在が台頭したお陰で構って貰える時間が極端に減ってしまった。

 一体どうすれば一夏との距離を縮めることが出来るのだろう。

シャル「ノエルかぁ……」

 フランス人にとって、ノエル……クリスマスと言うものは家族と過ごす大事な日である。
 シャルロットに母親はなく、父親とも疎遠。

 およそ、家族と言う温もりとは縁遠いと言える。

シャル「一夏とゆっくり過ごせたら、幸せだろうな……」

 もしも、一夏が“家族”だったら。
 恋人と言う過程をすっとばし、夫婦で過ごす未来を妄想する。

シャル「…………えへへ」

 だらしなく頬が歪む。
 表情はとろけんばかりの笑顔だった。

シャル「──ッハ」

 瞬間で我に帰る。
 両頬を手で多い、とろけた表情を元に戻した。

シャル「うー……でも、良いなぁ……家族かぁ」

 乙女心に火が灯る。
 明日はイヴ。そしてトーナメント。翌日は聖夜本番である。

 日本の風習は理解している。
 クリスマスは恋人と過ごす日であることをシャルロットは知っていた。

シャル「もしも、もしもだよ……僕がトーナメントで優勝したら……」

 一夏は、僕とノエルを過ごしてくれるかな。

シャル「……」

 きっとそうに違いない。
 一夏のことだから、お祝いと称して構ってくれる。

 待ち合わせをして、手を繋いで町を回って、美味しいディナーを食べて、日が暮れて……。

シャル「……」

 楽しい妄想ばかりが膨らむ。
 全ては、トーナメント優勝にかかっていた。

シャル「……やるよ。僕、優勝するからね」

 シャルロットの瞳は本気だった。
 優勝イコール一夏とクリスマスを過ごせると勘違いし、思いこんでいる。

 その思い込みこそが、彼女の強さを一段引き上げる着火剤として機能していた。
 
829 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/02/25(月) 03:20:14.76 ID:G92jtprSo



ラウラ「むう……」

 最近のラウラは迷走していた。
 それと言うのも、以前より増して一夏が構わなくなったからだった。

 場所はデパート。
 1人、洋服売り場で口を三角形に歪ませて唸り声をあげていた。

ラウラ「私1人では、無理だな」

 そう判断するとポケットから携帯電話を取り出し、コールする。
 相手は勿論、頭脳明晰な参謀である“クラリッサ”であった。

クラリッサ『はい、クラリッサです』

ラウラ『うむ。私だ』

 堅苦しい声質での応答。
 何時も通りの受け答えである。

クラリッサ『ご用件はなんでしょうか』

ラウラ『重大な事案が発生した』

クラリッサ『……“織斑 一夏”関係のことですね?』

ラウラ『あぁ』

 重大な事案。
 部下であるクラリッサはそう言われ、瞬時に理解した。

 ラウラは出来る軍人である。
 大抵のミッションであれば単独でクリアし、最優秀の成績を収めることが出来るスペックを誇っていた。

 そのラウラが重大とつけるほどの事案。
 となれば、それは“織斑 一夏”関係のことに他ならない。

クラリッサ『時期は正にクリスマス。正念場ですね?』

ラウラ『まさに。私はどうしたら良い? 今、洋服売り場にて交戦中だ』

クラリッサ『……』

 しばし頭を捻る。なぜ、洋服売り場にラウラはいるのか。  
 決まっている、服を買いに来たのだろう。

 軍服と制服以外の持ち合わせはほとんどない少女。
 クリスマスに着飾る服を用意するのは当然のことだ。

 しかし、ここで疑問が一つ過ぎる。
 勝負服を購入し、それを発揮する戦場は出来ているのか。
 
830 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/02/25(月) 03:20:50.13 ID:G92jtprSo

クラリッサ『一つ、お尋ねしても?』

ラウラ『問題ない』

クラリッサ『クリスマス当日のご予定は?』

ラウラ『一夏と過ごす。以上だ』

 簡潔にキッパリと答える。
 その解答に迷いは無かった。

クラリッサ『対象にはその旨を伝えてあるのですか?』

ラウラ『いや、していない。だが一夏は私の嫁だ、問題ないだろう』

 電話の向こうで天井を見上げるクラリッサ。
 この可愛らしくも常識がない上官殿は、なんと、無謀で、幸せな思考を携えているのだろうと。

ラウラ『?』

 沈黙を送るクラリッサにクエスチョンマークを送る。
 電話越しに困窮具合が伝わっているようだった。

クラリッサ『失礼を承知で申し上げます。隊長、そのミッションは99%の確率で失敗します』

ラウラ『──なっ』

クラリッサ『まず、クリスマス当日。その日の予定を勝ち取らねばなりません』

 衝撃の事実を耳にし、固まるラウラ。
 けれどクラリッサは口を閉じなかった。

クラリッサ『“織斑 一夏”を狙う女子の数は計り知れません。クリスマスの予定を奪取することは容易ではないでしょう』

ラウラ『……』

クラリッサ『ですが、隊長は幸運です。イヴに当る明日、チャンスがあるのですから』

ラウラ『……明日? チャンス?』

 段々と携帯を握る手に力が入る。
 クラリッサの放つ一言一句を聞き漏らすまいと、思い切り耳に受話器を押し付けていた。

クラリッサ『トーナメントです』

ラウラ『?』

クラリッサ『そのトーナメントで優勝し、そのままの勢いで“織斑 一夏”の予定を奪取してしまうのです』

 首を捻るラウラ。
 つまり、優勝すれば一夏が手に入る? そう言うことなのか? とクエスチョンマークが浮かぶ。

クラリッサ『その認識で間違いないでしょう。イヴにトーナメントなど、そのイベントの為のフラグとしか思えません』

ラウラ『ふらぐ?』

クラリッサ『お気になさらず。隊長は優勝さえすれば良いのです』

ラウラ『ふむ……』

 脳裏に過ぎるライバルたち。
 とりわけ、楯無の影が色濃く出るが決して勝てない相手ではない、ラウラはそう思っていた。

 国家代表。何時かは越えねばならぬ壁。であれば、明日にでも追い越して構わない。
 理由はわからぬが、優勝すれば一夏との1日が手に入るのならなおさらであった。

ラウラ『わかった。トーナメントの覇者となり、名実共に一夏の夫となろう』

クラリッサ『その意気です、隊長』

ラウラ『で、服装なんだが……』

クラリッサ『…………』

 ラウラの迷走は続く。
 
831 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/02/25(月) 03:21:49.79 ID:G92jtprSo



簪「……」

 いつものように、ベッドの中で投影ビジョンからアニメを垂れ流す。
 もう幾度見たかわからないほど繰り返しみたヒーロー物。

 主人公はどことなく一夏に似ていた。

簪「はぁ……」

 溜息がこぼれる。
 アニメの内容などまるで頭に入ってこない。

 脳裏に浮かぶのは一夏のことばかり。
 明日はトーナメントがあると言うのに、ココ最近はそのことで頭がいっぱいだった。

簪「うー……」

 ただでさえ、他の五人に遅れを取っていると自覚している簪である。
 箒。セシリア。鈴音。シャルロット。ラウラ。

 女性である自身から見ても魅力的すぎるラインナップ。
 そこに姉である楯無まで加わるのだから手に追えない。

 そして近頃では予期せぬ転校生まで現れた。
 “牧瀬 紅莉栖”である。

 一夏に話しかけようと努力するも、徒労に終わる毎日。
 最近では、一夏の隣に紅莉栖がいる構図を多く目にするようになってきた。

簪「一夏って、年上が好きらしいし……」

 どこで手に入れた情報なのか、はたまた蔓延している噂なのか。
 一夏の好みのタイプは年上と認知されている。

 それを踏まえれば、やはり楯無と紅莉栖の存在は強烈である。
 なんの取り得もない(と思っている)簪には勝算が見出せないでいた。
 
832 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/02/25(月) 03:22:41.58 ID:G92jtprSo

簪「クリスマス……か……」

 そんな絶望から現実逃避をすべくアニメに視線を落す。
 ちょうど、アニメではバトルトーナメントに挑む主人公、ヒロインの姿が描かれていた。

「ようし、絶対優勝してやるからな!」

 拳を握り、優勝を誓う主人公。
 その隣には小柄な少女が立っている。

「──ねぇ」

 気合を居れ、目を輝かせる主人公へ少女が語りかけた。
 その声はどこか歳を越えた艶やかさが感じられる。

「なんだ?」

「もし……もし、この大会で私が優勝したら──」

 ──私と付き合ってくれる?

「なっ……」

 驚きを隠せない主人公。
 鈍感である彼はこうして真っ向から好意を伝えない限り、気持ちに気付くことはなかった。

 それを知る少女は勇気を振り絞り告白をした。
 なんともベタな展開である。

簪「……」

 しかし、そんなベタな展開が簪にほんの少しの勇気を与えた。

簪「わたし、も……」

 さすがに優勝前に告白するほどの勇気は湧かない。
 けれど、もし、仮に、トーナメントで優勝することが出来たのであれば。

簪「告白……でっ、出来るかもしれない……」

 頭から被っていた布団を引っぺがす。
 寝巻きから制服へと着替え、直ぐに部屋を後にした。

 トーナメントなんてどうでも良い。
 そう思っていた自分を捨てる。 

 あのアニメのヒロインは、勇気を振り絞って主人公へ告白した。

簪「私、も……」

 勇気が欲しい。
 告白する勇気が。

 アニメが好きだなんて勘違いを正したい。
 私が好きなのは、アニメではなく一夏なのだと伝えたい。

簪「私だって、優勝すればきっと……」

 整備室へと足早に歩を進める。
 何度も見返したはずのアニメが簪に勇気を与えた。

 “全学年個人別トーナメント”前日。
 それぞれが、それぞれの理由で気持ちを点火させた。

 あとは、当日を待つばかりである。
 
 
833 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/02/25(月) 03:24:07.73 ID:G92jtprSo
おわーり。
ありがとうございました。
834 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/02/25(月) 12:57:10.70 ID:ka6nmwHoo
おつおつ
835 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/02/25(月) 13:17:22.22 ID:jWYf6E6mo
836 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/02/25(月) 20:17:53.53 ID:6m62DMCHo
乙!
837 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/02/27(水) 05:30:39.14 ID:5GGHjLMp0
ちいと遅れましたが乙です!
偶然にもまとめでこのSSのスレを見つけて最初から最後まで走破しましたぜ!
ISもシュタゲもANUBISも厨二展開もすべて大好きな私にとって最高のSSでした!
改訂バージョンも一気に読むくらいすんばらしいクオリティってことですぜ。
今日が仕事休みでホントーによかった。
838 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/02/27(水) 12:56:15.01 ID:RtOD9N8Bo
なんか完結したみたいな書き方だなw
839 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/03/01(金) 03:33:26.40 ID:Hb1g5ViGo



岡部「……」

一夏「……」

 たっぷりと睡眠を取り、ゆっくりと食事を済ませてから2人は動き始めた。
 楯無に呼び出された場所は畳道場。

 2人は胴着に着替え、目を瞑り坐禅を組んでいた。
 もちろんこれは楯無の指示である。

楯無「……」

 肩を並べ瞑想する2人の前で楯無もまた、禅を組んでいた。
 
840 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/03/01(金) 03:34:34.25 ID:Hb1g5ViGo

……。
…………。
………………。


紅莉栖「おはよー……って、2人だけ?」

 トレイに昼食を乗せて紅莉栖が顔を出すと、珍しく食堂の机には岡部と一夏しかいなかった。
 他の専用機持ちどころか、生徒の姿すらまばらである。

 トーナメント、そしてイヴ前日とあって利用者は激減していた。

岡部「おはようの時間ではないがな」

一夏「ってことは、紅莉栖もこれが朝飯になるのか?」

紅莉栖「最近は睡眠時間がちゃんと取れてなかったからね、久しぶりにたっぷりと取らせて貰ったわ」

 椅子を引き岡部の隣へ腰を下ろす。
 昨夜は土色だった岡部と一夏の顔色も良くなっていることに紅莉栖は安心した。

岡部「なにやら近頃は忙しなく動いていたようだな」

 小さく紅莉栖へ呟く。

紅莉栖「ん。仕事を一つやっつけただけよ」

 それに対し、紅莉栖も小声で対応した。
 無用な心配はかけさせない。

 一夏のお陰で仕事……任務も達成してある。
 後は明日のトーナメント終了後に父親を引き取って全てが終了するのだ。

 今さら岡部にそれを報告する必要はないと紅莉栖は判断していた。
 仮に報告するのだとしたら、トーナメントが終了した後のことだろう。

 トーナメント前日に岡部の心を泡立てる必要性は感じ得なかった。

岡部「そうか。無茶だけはするなよ」

紅莉栖「お前もな」

 小声でお互いに大事ないと確認する。
 それだけで充分だった。

一夏「──ふぅ。ごちそうさま」

岡部「久々にゆっくりと食事がとれた気がするな……」

一夏「全くだ」

 食事を済ませ、ゆったりとお茶を胃に流し込む。
 至福の一時だった。

紅莉栖「午後からは会長のしごきがあるんでしょう?」

 至福の時間をぶち壊すような一声が入る。
 一夏と岡部。両名は静かに目を瞑った。
 
841 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/03/01(金) 03:35:29.54 ID:Hb1g5ViGo

一夏「楯無さんのことだから、午前中……それも早朝から呼ばれるって思ってたんだけどな……」

岡部「なぜ、午後からなどと言う生易しい集合時間なのか。理由がわからない以上、恐ろしさしかない」

 2人共に視線を下に落す。
 一体、なにをやらされるのか不安でならないと顔に出ている。

楯無「んもー。2人ともおねーさんをなんだと思ってるの?」

 毎度の如く神出鬼没で現れる生徒会長。
 楯無の手にはしっかりと湯のみが握られ、先ほどからここに居ましたが? と言った面持ちで茶を啜っている。

一夏「楯無さん……」

 すでに恒例になった楯無の突然登場。
 もはや驚きはない、この女はこう言ったものなのだと皆が把握している。

楯無「一夏くんも、倫ちゃんもそんなに身構えなくってもだいじょーぶ」

一夏「はあ……」

 と言われても相手は楯無。
 大丈夫な訳がない。

楯無「おねーさん信用ないなぁ」

 表情から一夏と岡部の思考を読み取る。
 それは怯えのような色を孕んでいた。

楯無「今日は禅を組みます。瞑想ってヤツね♪」

一夏「めい──」

岡部「──そう?」

紅莉栖「(はー、お茶が美味しい)」

 お茶を飲む紅莉栖に、首を傾げる2人。。
 最後の締めだと実戦&実戦。実戦の嵐になると震えていた。

 けれど、楯無から出た言葉は座禅。全く予期していなかった言葉だった為にめんをくらってしまった。

楯無「そっ。トーナメント前日に体を酷使するのはナンセンス」

 そう言って扇子を広げる。
 「これは扇子」と言いたげな表情を無視して一夏が疑問を投げかけた。

一夏「けど、大丈夫なんですか?」

 ギャグに対するツッコミを放棄した一夏に少しだけムッとしつつも、楯無は一夏の疑問を解消した。

楯無「一夏くんも倫ちゃんも、この一週間本当に頑張ったわ」

 おねーさん見てたもの。と付け加える。
 練習時、楯無の姿を見たものはいないが彼女が言うのならそうなのだろう。

 一夏も岡部もその言葉に反論はなかった。

楯無「肉体の酷使は終了。後は、今日一日を使って心を整えるの」

 そう言って楯無は湯のみに入ったお茶を飲み干した。
 1時間の食休憩を取った後に畳道場へ集合。

 楯無を含む4人はゆったりと1時間の食後休憩を食堂で過ごした。
 
842 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/03/01(金) 03:35:56.39 ID:Hb1g5ViGo


……。
…………。
………………。


一夏「……」

岡部「……」

 呼吸と精神を整え無心を作る2人。
 楯無も同様に禅を組み、精神的に遠い位置から2人を見つめていた。

楯無「(一夏くんは大丈夫ね。気合の乗りが良い……)」

 一夏は頭を空っぽにしつつ、芯は熱く。
 明日のトーナメントを見据えた禅を組んでいた。

 剣道を嗜んでいたこともあり、この辺り一夏は問題なしと言える。

楯無「(問題は……)」

岡部「……」

 岡部だった。
 外からみればしっかりと禅は組まれている。

 呼吸の乱れもなく体の揺らぎもない。
 無論、眠ってもいない。

岡部「……」

 けれど、心はざわついていた。
 楯無だからこそ感じ取れる程度のざわつきである。

楯無「(倫ちゃんはいったい、なにを考えているのかしら……)」

 きっとトーナメントのことではない。
 試合のことを考えているのであれば、戦闘に対する鼓舞や不安の色が現れるはず。

 けれど、岡部の放つ雰囲気はそのどれでもない。
 明日のトーナメントに対するものではなく、漠然としたもっと大きな何かに対する事柄を抱えている。

 楯無が感じ取ったものは、そう言うものだった。
 
843 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/03/01(金) 03:36:27.15 ID:Hb1g5ViGo



岡部「…………」

 近頃は忙しかった。
 心を亡くすと書いて“忙”とは良く言ったものだ。

 余計なことを考える暇すらなかった。

 ラボの皆は元気だろうか。
 まゆりは。ダルは。フェイリス、るか子に萌郁。

 ついでにMr.ブラウンやその娘の心配もしてやって良い。
 “鈴羽”は……。

 俺はちゃんと“鈴羽”の生まれ出でる世界線上にいるのだろうか。

岡部「…………」

 トーナメントが終わったら、紅莉栖を連れて一度ラボへ戻ろう。
 ちょうどクリスマスと年末年始になる。

 “IS”学園とは言え、流石に休みになるだろう。
 専用機持ちとは言え、1日は自由になるだろう。

岡部「…………」

 そうだ、今夜は紅莉栖に付き合って貰わねば。
 “石鍵”について……。

 機能を制限し、限定────。
 
 
844 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/03/01(金) 03:37:11.93 ID:Hb1g5ViGo
 

……。
…………。
………………。


紅莉栖「──限定する?」

岡部「あぁ」

 トーナメント前日。
 岡部と紅莉栖はIS整備室で顔を突き合わせていた。

 “石鍵”を展開し、身に纏っている岡部はフルフェイス装甲を開けて顔を晒している。

紅莉栖「ふむん……」

岡部「トーナメントなどに興味はない。観戦しに来るラボメンには悪いが、優勝を狙う気もない」

 岡部の言いたいことは理解できる。
 全世界に生中継されるトーナメント。そこでガジェットを披露するのは危険が多すぎる。

 特に“蝶翼”は直接データを目にしている紅莉栖でさえ全貌が掴めていない。
 “IS国際委員会”に提出もしていないのでお披露目することも避けておきたいのが本音であった。

紅莉栖「把握した。けどそうするとだな、エネルギーの問題が出てくる」

岡部「エネルギー?」

紅莉栖「アホみたいにぶっ飛んだ大量のエネルギーをどこへ供給させるか……」

 莫大な数値のエネルギーが現在の“石鍵”には搭載されている。
 技術者が乾いた笑いを漏らすほどのエネルギーを“蝶翼”は消費してしまう。

 それを賄う為に出現したエネルギー。
 “蝶翼”と言うガジェットを封印した後、そのエネルギーを何処へ供給するのか。

岡部「粒子砲とサイリウムへ供給すれば良いだろう」

紅莉栖「後は各部スラスターへ当てて調整か……むう」

 紅莉栖が唸る。
 言うなれば“石鍵”のスペックはカスである。

 防御力があるだけ。用途不明のゴミ。
 そう評価をされてもおかしくない“IS”であった。

 しかし“刻司ル十二ノ盟約”や“蝶翼”の発現に伴い開放された規格外のエネルギー。
 大飯喰らいであるガジェットに供給される用途のそれらを、他の機能へと当てたらどうなるのか。

紅莉栖「……“IS”としての基礎スペックが跳ね上がってしまう」

岡部「?」

 首を傾げる岡部。
 紅莉栖の放つ言葉の意味がわからないでいた。

紅莉栖「良い? 新規ガジェットのエネルギー消費量は半端じゃないの」

 仮に他の“IS”が持つエネルギーで起動させるとなれば、3分も持たずにエネルギーが枯渇する。
 それを平常運転させる為のエネルギーが“石鍵”には搭載されている。

 その大飯喰らいを封印。
 リストラするとなれば、莫大なエネルギーは一体どこへ当てれば良いのか。 

 元々搭載されていたガジェット、及び各部スラスターへ配分する他ない。
 
845 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/03/01(金) 03:37:44.12 ID:Hb1g5ViGo

岡部「それで何か問題があるのか?」

紅莉栖「今まではなかったわ、今までは……」

 “刻司ル十二ノ盟約”の発露までは問題がなかった。
 問題が出たのは“蝶翼”のせいである。

紅莉栖「“蝶翼”のエネルギーまで他ガジェット、各部へ配分したら……」

 “石鍵”はアホみたいに巨大なエネルギー刃を振り回し、
 アホのような威力を持つエネルギー弾を速射し続け、
 エネルギーに頼ったアホみたいな推進力を得ることが出来る。

紅莉栖「カススペだった癖に……」

岡部「む、う……」

 それを実現すれば“石鍵”は特殊な能力、機能は全くと言って良いほどなくなる。
 変わりに、シンプルに強力な“IS”へ変貌することになるだろう。

紅莉栖「私も迂闊だったわ。余ったエネルギーのことを考えてなかったもの」

岡部「他ガジェットや各部へ分配しないとなると、どうなる?」

紅莉栖「“シールドエネルギー”に回されて、とんでもなく無駄に硬くなる」

 一夏の“零落白夜”でも使わない限り陥落させるのは難しいほどに。
 そう紅莉栖は付け加えた。

紅莉栖「……」

岡部「……」

 しばしの沈黙が流れる。
 思いあぐねた挙句、口を開いたのは岡部だった。

岡部「ガジェットと共に、エネルギーの封印は出来ないだろうか」

紅莉栖「エネルギーの……」

 言うまでもなく“刻司ル十二ノ盟約”と“蝶翼”は封印する。
 前者は空間の。後者は時間を左右するガジェット。

 時空に干渉するのは危険極まりない。
 空間把握である“刻司ル十二ノ盟約”であれば使用しても問題はないかもしれない。

 けれど、僅かな綻びすら岡部は作りたくなかった。
 
846 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/03/01(金) 03:38:10.88 ID:Hb1g5ViGo

紅莉栖「もともとエネルギーが格納されていた。隠されていた場所はわかるから、そこに入れて鍵かけちゃえば……」

 不可能ではない。
 しかし、エネルギーを格納するなど聞いた事がない。

 ただただ弱体化するためだけの機能など誰が欲しがるものか。

岡部「頼む、やってくれ」

紅莉栖「……おk。ただし格納するエネルギーは“蝶翼”だけ」

 “刻司ル十二ノ盟約”開放時に発現したエネルギーは各部へと配分する。

 そうすることで“石鍵”は特殊能力はないにしても、普通に戦える程度の。
 今まで通りの動きが出来る機体を維持することが出来る。

岡部「わかった」

紅莉栖「ふう……。封印するものは以下、」

・“刻司ル十二ノ盟約”

・“蝶翼”

・“蝶翼”発現時に開放されたエネルギー。

紅莉栖「の、三点」

岡部「あぁ」

 “刻司ル十二ノ盟約”が使い勝手の良いガジェットであったことは否定できない。
 けれど、岡部は今日の禅。

 畳道場で行った瞑想時に全て決めていた。
 “刻司ル十二ノ盟約”も、容易に世界線を揺るがすものである。封印せねばならない、と。

紅莉栖「残す。強化するものは以下、」

・“刻司ル十二ノ盟約”発現時に開放されたエネルギー。

・“ビット粒子砲”エネルギー分配強化。

・“モアッド・スネーク”エネルギー分配強化。

・“サイリウム・セーバー”エネルギー分配強化。

紅莉栖「の、4点。スラスターにも分配しようかと思ったけど、以前の設定が具合良いみたいだから」

岡部「あぁ。問題ない」

 元の、少しばかり強化された“石鍵”へと退化させる。
 背部に搭載された翼は硬く閉じられ、蝶の翼が顕現されることはもうない。

 索敵に便利だった空間把握兵器も使用することはないだろう。
 これで全て元通り。

 元の、弱く訳がわからない“石鍵”へと戻ることが出来る。

紅莉栖「……パッチ、当てるわよ」

岡部「頼む」

 岡部の返答を引き金に、エンターキーを打ち鳴らす。
 設定がコアへとインストールされていく。
 
847 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/03/01(金) 03:39:34.35 ID:Hb1g5ViGo

紅莉栖「完了」

岡部「……」

 これで、トーナメントを勝ち抜き優勝する目は潰えただろう。
 岡部がどれほどに鍛錬を積もうと、努力の練磨で言えば他の代表生に及ぶはずがない。

 “IS”のスペックが落ちた以上、岡部に勝利の糸口は存在しなかった。

岡部「さて……明日はまゆり達が来るはずだ。せいぜいリーダーらしく、華々しいところを見せんとな」

紅莉栖「そうね。せめて一回戦くらいは勝ち抜いて欲しいところだけど」

岡部「そうだな……」

 おそらくは、無理だろう。
 戦闘力が低いと見て取れる“更織 簪”にすら勝てるとは思えない。

 “刻司ル十二ノ盟約”による、敵の行動予測や策敵能力が失われた効果はそれ程に大きい。
 けれど、それを削ることは岡部にとって戦果を得るよりも大事な選択だった。

岡部「よし、全て終わったな」

紅莉栖「滞りなくね」

岡部「さっさと眠るとするか。明日はトーナメントだ」

紅莉栖「そうね……」

 どこか晴れない岡部の表情。
 それに釣られて紅莉栖の表情もどこか影を帯びる。

 “全学年個人別トーナメント”。
 このイベントが過ぎれば冬季休暇に突入する。

 近頃は自身を含め、色々と多忙すぎた。
 岡部……と、誰かを誘ってどこかへ羽を伸ばしに行こう。

 クリスマスに遊んでも良いし、年末年始をラボで過ごし年を越すのも素敵かもしれない。
 岡部と同様、紅莉栖も同じことを思い描いていた。

 12月23日。

 夜が明ければ、クリスマス・イヴが顔を出す。
 
848 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/03/01(金) 03:41:02.49 ID:Hb1g5ViGo
おわーり。ありがとうございました。
849 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/03/01(金) 07:35:37.76 ID:k5gTMS31o
おつー
850 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/03/01(金) 07:37:03.36 ID:ELP4t0fXo
乙!さてどうなるクリスマス……
851 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/03/06(水) 02:19:31.40 ID:+PGmaAWdo





 ────────────────────────

     ──不倶戴天のシングル・ベル──    

 ────────────────────────
 
 
 
 
 
852 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/03/06(水) 02:20:02.69 ID:+PGmaAWdo
 
 12月24日。

 ─全学年個人別トーナメント─

 各国・機関の呼びかけにより、このIS学園最大級と言って良いイベントはクリスマスに開催されることとなった。
 収容人数5万人を越える大規模な興行。

 関東最大のドームを貸しきっての一大イベントである。
 世界各国へのテレビ中継、各国要人まで観戦に来るなど大層な盛り上がりを見せている。

まゆり「えーっと、S-1……S-1……あった!」

ダル「ふぉぉ……マジで特等席キタコレ!」

るか「ココなら試合が一望出来ますね、凄い……」

フェイリス「にゃぁぁん! さっすが凶真だにゃ!」

萌郁「……ここなら、人酔いせずに……済みそう」

 未来ガジェット研究所一同。
 岡部の招待状により、特等席を確保することが出来た。

 クラスメイト──主に専用機持ちに頼み、チケットを確保することに成功した。
 ネットオークションに流せば一枚で7桁近い金額まで達するプレミアチケットである。

 売り捌けば一財産築ける程の物であったが、そのような事を考えるラボメンは1人としていなかった。

ダル「やっべぇっす! マジやっべぇす、緊張してきたお……」

まゆり「すごーい! 見てみて、ジュースも飲み放題だよー! わぁ、お菓子も!」

るか「おか……凶真さんのIS姿を見れるなんて、感激だな……」

フェイリス「ニャフー……。フェイリスも年甲斐なくちょっと興奮しちゃってるにゃっ!」

萌郁「……どきどき」

 まゆり一向が居座るスペースは、生徒から配られるチケットで座れる特別席である。
 自然、そのスペースには生徒らの親族や友人が集う。

弾「えーっと……あぁ、あったあった。ココだな」

蘭「見つけんのが遅いよ。まったく……なんで、馬鹿兄までチケットを持ってるのよ」

弾「ぶつくさ言うなよなー。うつ……学園祭で知り合った友達がくれたんだよ。ほら、楽しもうぜ」

蘭「観戦の邪魔しないでよね」

弾「はいはい……あっ、隣失礼しますねー」

まゆり「はーい。どうぞ、どうぞー」

 知らず知らずに触れ合う。友達の友達は友達。
 こうして各々の友人達はその時を待ち、胸を高鳴らせていた。
 
853 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/03/06(水) 02:20:29.49 ID:+PGmaAWdo


出場選手:IS

1年
  織斑 一夏 : 百式 (日本)

  岡部 倫太郎 : 石鍵 (日本)


  篠ノ之 箒 : 紅椿 (日本)

  セシリア・オルコット : ブルー・ティアーズ (イギリス)

  凰 鈴音 : 甲龍 (中国)

  シャルロット・デュノア : ラファール・リヴァイヴ・カスタムII (フランス)

  ラウラ・ボーデヴィッヒ : シュヴァルツェア・レーゲン (ドイツ)

  更織 簪 : 打鉄弐式 (日本)

2年
  更識 楯無 : ミステリアス・レイディ(ロシア)

  フォルテ・サファイア : コールド・ブラッド (アメリカ)

  サラ・ウェルキン : 打鉄 (イギリス)

3年
  ダリル・ケイシー : ヘル・ハウンドver2.5  (アメリカ)
 
854 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/03/06(水) 02:20:57.17 ID:+PGmaAWdo


ダル「こうして見ると、1年多くね? 日本多くね? ってなるお」

フェリス「今年はどうも、イレギュラーが多い年みたいだにゃ」

まゆり「えーっと、日本さんが……いち、にぃ……4人? あれっ? でも、名前が日本語だったり、イギリスなのに日本のISだったり?」

るか「それは多分、日本人だけど外国の代表選手の人とか」

萌郁「専用機を持っていない候補生は、訓練機……“打鉄”をって……書いてある」

まゆり「なるほどー……まゆしぃ、ワクワクしてきました!」

 パンフレットを見つめ、満点の笑顔を輝かせるまゆり。
 ドームから溢れる太陽のようなライト光。

 それは、聖夜に相応しく何もかもを明るく照らし出していた。

ダル「にしても……“百式”ってアンタ、ガノタじゃあないんだから……」

 パンフレットに書かれる文字列。 
 そこには“白”ではなく“百”と語表記されているISの文字があった。
 
855 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/03/06(水) 02:21:25.13 ID:+PGmaAWdo



 ─更衣室─


一夏「ん、凶真はまだ着がえて無かったのか」

岡部「あぁ。今から着がえる……ところでワンサマー」

一夏「ん?」

 岡部は懐からパンフレットを取り出し、出場者名簿を開いた。
 人差し指で“織斑 一夏”の欄を指差す。

一夏「俺の名前だけど……どうかしたか?」

岡部「いや、コレだ。ISの名前……がな」

一夏「……あぁ、ははっ。間違えてるな。“白”じゃなくて“百”になってやがる」

岡部「訂正させなくても良いのか?」

一夏「んー、結構あるんだよな。パンフレットって外注らしくってさ、IS学園の人が作ってる訳じゃないんだ。
   だから、老眼気味のおじいさんやおばあさんが製作することが多いらしくって、結構間違われるんだよ」

岡部「なるほど……俺はてっきり乗り換えたのかと思ったぞ……モビルスーツに……」

一夏「もびる?」

岡部「いや何でもない。そう言うことだったか、納得した」

 “白式”と“百式”。
 線が一本足りないだけで、大違いである。

 余談であるが、このパンフレットを製作した人物は学園側から厳重注意を受けていた。
 その際に「このパソコンは“びゃくしき”と打ち込んでも“百式”って変換されっちまうんだよ」と言い訳をしたと言われている。

 ISの名称を間違える。
 些細な間違いかもしれないが、時と場合によっては大問題になりかねない。

 もしソレが“侮辱行為”と取られた場合、国同士のやり取りにまで発展してしまう。
 一夏がどこの国の代表候補生でも無く“白式”を提供している倉持技研が、笑い話として受け取ったため厳重注意でことが済んだ。

一夏「そんなことより、今日は頑張ろうな」

岡部「あぁ……」

一夏「最近、元気がないいみたいだけど……何かあったのか?」

 岡部とともに乗り越えた地獄のような一週間。
 やはり、どこか元気が感じられないでいた。

岡部「……」

 昨日。紅莉栖と共に“刻司ル十二ノ盟約”及び“蝶翼”封印した。
 全ては世界線を維持するため。

 もはや、岡部にとって自身が駆る“IS”とは危険物以外のなにものでもなかった。
 
856 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/03/06(水) 02:21:55.34 ID:+PGmaAWdo

 
……。
…………。
………………。


岡部「なぁ、助手よ」

紅莉栖「ん?」

 食堂。
 珍しく、2人きりで食事を取っていた2人は会話も無く夕飯を口に運んでいた。

 牛丼を食べ終え、煎茶を啜っていた紅莉栖に岡部が口を開いた。
 声のトーンは重々しい。

岡部「近頃考えるんだ……俺は何時まで、このような生活を続けるのかと」

紅莉栖「それって、どう言う意味?」

岡部「何時まで……ISに乗り続けなければならない」

 伏せ目がちに呟く。
 声色からして、岡部がふざけている訳ではないと紅莉栖もわかっている。

紅莉栖「それは多分──少なくとも数年。悪くすれば十数年……一生かもしれない」

岡部「……」

紅莉栖「一夏を含めて、ISを起動出来る男性が現在2人。各国は言葉にはしないけど、男尊を取り戻そうとしているわ。
    何だかんだで国の中枢には男の人がまだまだ多いし……そんな連中からしたら、あんた達は期待の星なのよ」

岡部「……」

紅莉栖「男性がISを起動するメカニズムが解明されれば、もしかしたら用済みになって元の生活に戻れるかもしれない。
    けれど……そう簡単にもいかない。第一専用機を持ってる人間が降りたいですの一言で辞められる世界でも無い……」

岡部「そうか……」

 わかってはいたことである。
 しかし、それを紅莉栖の口から聞くと言うのは中々に辛いものがあった。

紅莉栖「岡部……」

岡部「ん?」

紅莉栖「その、ごめんね……」

岡部「なぜ謝る」

紅莉栖「だって、私が興味半分で──」

岡部「その話しなら済んでいるはずだ」

 紅莉栖が全てを言い終える前にそれを言葉で塞ぐ。
 この少女に、負い目などを感じて欲しくはなかった。

岡部「これは“シュタインズ・ゲート”の選択なのだ。気に病む必要は無い」

紅莉栖「シュタイン?」

 この台詞を吐くのも久しぶりだなと、自分で言い漏らして気付く。
 たった数ヶ月前までは、毎日のように言っていたというのに懐かしいものを感じた。

岡部「ックックック……そうだ、コレは選択なのだ。運命石のな」

紅莉栖「?」

 紅莉栖は首を傾げ、岡部は何が可笑しいのか自嘲気味な笑みを浮かべていた。
 
857 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/03/06(水) 02:22:22.20 ID:+PGmaAWdo

 
……。
…………。
………………。


岡部「いやなに、近頃スランプ気味でな……どう動いたら良いものかと考えすぎて逆に体が動かないのだ」

一夏「あー、あるある。俺も良くそうなるよ……まぁ結局は体が勝手に動いちまうんだけどさ」

 ISから逃れることは出来ない。
 ならば、自身を取り巻く仲間にだけは迷惑をかけたくない。

 IS学園で良い成績を修める必要はなかった。
 これ以上は目立たず、突出しない。

 授業も、IS訓練も適当に力を抜き流す。
 それが岡部の出した結論。

 封印を施すのも限度がある。
 これ以上“石鍵”を成長させたくは無かった。
 
 時間の中で1人迷子になる感覚。
 大切な人を何度も何度も目の前で死なせる光景。

 億が一にでも、あの夏の再来を孕む可能性を“石鍵”が持つと言うのであれば、
 岡部にとって成績や戦績の低下などなんら躊躇に値する事柄では無かった。

一夏「そうだ! 今日、この後って何か予定あるのか?」

岡部「ラボの連中が観戦しに来ている。終わった後は何かしら騒ごうと企画しているかもしれないな」

一夏「おっ、なら丁度良い! クリスマスパーティーを家で開くから、皆来ないか?」

岡部「……結構な人数だが大丈夫か?」

一夏「何とかなるさ。それに一度らぼめんって人たち全員と話してみたかったしさ」

岡部「……わかった。きっとあいつ等も喜ぶだろう」

一夏「よっし、決まりな? へへっ」

 嬉しそうに笑う一夏。
 大きいイベント事の後は、織斑家で打ち上げをするのが恒例になっていた。

 言わずもがな、本日は聖夜である。
 皆の心は浮き足立っていた。

一夏「ようし、優勝して気持ちよく新年を迎えてやるぜ」

岡部「気の早いやつだ……」

 くっくっ、と喉を鳴らし笑う岡部。
 IS学園のガールズ達と、ラボメン。

 果たしてウマが合うか、などと考えていた。

岡部「楽しいクリスマスになりそうだな……」

一夏「おう!」

 屈託の無い一夏の笑顔。
 それは、これから押し寄せる何かと対を成すかのように眩しいものだった。
 
858 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/03/06(水) 02:22:48.42 ID:+PGmaAWdo




 ─全学年個人別トーナメント開催─


 大規模なセレモニー。
 各国を代表する生徒の国々。

 その国の国家を歌うアーティスト。
 人気アナウンサーの司会進行。

 会場はまさに、お祭り状態だった。

まゆり「えーっと、試合の順番は教えてくれないんだよね?」

るか「みたいだね。おか……凶真さんは何時頃出るんだろう」

ダル「オカリンも気になるけど、やっぱりISっつったら美少女っしょ。
   スーツとかどう見ても、スク水。最初にあれ考案したやつは色々わかってるやつだ、間違いない」

フェイリス「にゃぁ〜……緊張してきちゃったにゃ」

萌郁「岡部君……まだ、かな……」

 各々に試合が始まるまでの間を楽しむ。

 ドームにはリンクが存在していない。
 客席を覗いた全てが、試合会場。

 客席から上空数メートル先には、強力なシールドが展開されてある。
 これにより、選手はこの広いドームを目一杯使っての戦闘が出来るようになっていた。

弾「なぁ、一夏の出番って何時か知ってるか?」

蘭「知るわけ無いでしょ。選手にだって出場の順番を教えてくれないんだから。パンフレット良く読めっつーの」

弾「へいへい……」

 ドーム全体が暗転する。
 国家斉唱が終了し、暗闇の中で司会のアナウンサーが言葉を放った。

司会「レィース・エーン・ジェントルメンッ!!」

英国人「おい、聞いたか。この会場には紳士淑女が居るらしいぞ」

英国人「そりゃ凄い!」

英国人「本国でもそうそうお目にかかれないぜ」

 司会の決まり文句に、お決まりのジョークを返す客席。
 様々な国の人間がこの場を楽しんでいた。
 
859 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/03/06(水) 02:23:20.08 ID:+PGmaAWdo

司会「大変長らくお待たせ致しました。これより……IS学園 全学年個人別トーナメントを開催致します!!」

 ──ワーワーワー!!!!!

 ──ワーワーワー!!!!!

 地響きのような歓声。
 待ってましたと言わんばかりに、客席からは歓喜の声があがる。

司会「それではっ!! 第1試合の対戦カードを発表致します……」


 ─第1試合─


 >> ダリル・ケイシー vs 更織 楯無 <<

司会「アメリカ代表候補生である、ダリル選手vs高校2年生でありながら、既にロシアの代表である楯無選手のカードとなりました!!」

 一気にヒートアップする会場。
 主に、アメリカから観戦しに来ている人達の熱気が凄まじかった。

司会「楯無選手はIS学園生徒会長……つまり、学園最強の称号を背負っています!
   対するダリル選手。3年生と言う事もあり、後輩には負けたくないという意地もあるでしょう!」


 ─控え室─


楯無「ダリル先輩とか……♪」

 控え室は各人に一室ずつ設けられていた。
 芸能人の楽屋とは違い、ISを整備するための機材やら観戦する為のモニターやらがキッチリと配備されてある。

 盾無はすでにISを展開していて、機体の最終チェックを行っていた。

ダリル「……っげ。いきなり楯無とかよー……」

 対戦カードを見て肩を落すダリル。
 初戦が学園最強である。

 気を落すのも無理は無かった。
 
 ──が、ダリルも代表候補生である。

 その実力は“本気を出せば”楯無に見劣りするようなレベルでは無い。
 本人のやる気の無さや気質がそれを邪魔しあまり目立ちはしないが、ダリル・ケイシーは専用機を与えられるに相応しい操縦者であった。
 
860 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/03/06(水) 02:23:50.08 ID:+PGmaAWdo


岡部「ふぅ……」

紅莉栖「初戦じゃなくて安心した?」

岡部「……」

 岡部に割り当てられた控え室には、紅莉栖も相席していた。
 各々の選手は1人だけ、サポートとして付けることが許されている。

 ちなみに“織斑 一夏”と“岡部 倫太郎”のサポーターを巡っては大変なバトルが行われた。
 が、その話しはココで語るには及ばない。

 結果、一夏には“布仏 本音”が。
 岡部には“牧瀬 紅莉栖”がサポーターとして付くことになった。

 その他の選手は、立候補があったものの全てを拒否している。
 皆が皆、1人で充分だと言う見解を持ち合わせていた。


 ──緊張が無いと言えば、嘘になる。


 今日は晴れ舞台である。
 ラボの仲間も見に来ている。

 様々な国が試合を見ている。
 そんな衆人環視の中で、手を抜いて……勝つ事を諦めた戦いをして良いのだろうか。

岡部「(迷うな……俺は、ただ淡々と消化すれば良い)」

 モニター内ではすでに、更織 楯無とダリル・ケイシーの戦いが始まっていた。

 
……。
…………。
………………。


 ──ワーワーワー!!!!!

 ──ワーワーワー!!!!!


楯無『さっすが、ダリル先輩。一筋縄じゃいかないわねぇ』

ダリル『あ゛ー、楯無つえー、面倒くせー……』

司会「ま・さ・に!! 攻防一体!! 凄まじい高等技術のオンパレードです! まるで世界大会の試合を見ているかのような展開です!!」

 湧き上がる会場。
 楯無とダリルは観客が望むようなバトルを実戦していた。

 入れ替わり立ち代る攻防。
 全てを紙一重で避け、交わし、いなす高等技術。

 掠りでもすれば全てのエネルギーを消し飛ばすような、高火力の攻撃。
 見応え充分な戦闘を2人は繰り広げている。
 
861 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/03/06(水) 02:24:17.56 ID:+PGmaAWdo

ダル「むっはー!! おっぱいでかすぎだろ、jk!!!」

まゆり「ダルくーん。えっちなのはいけないと思います!」

フェイリス「ダルにゃんってば……もっとちゃんと試合を見るにゃ!!」

 観客の一部では、豊満な乳房を持つ2人の女子高生に目を奪われている男性人も少なくなかった。
 戦闘で体が動くたびに弾ける胸、胸、胸。

 違った意味でも、会場は熱くなっていた。

中国人「あいやー! 巨乳なんてイラナィね! 早く鈴ちゃん出すヨ!!」

独人「ラウラちゃんハ!? ラウラちゃんはまだかオ!? パイオツカイデーは興味ねーオ!」

 各国でアイドルのような人気を誇る代表候補生。
 そのファンの中には、試合内容そっちのけでその選手のご尊顔……体躯を観戦しに来ている客も居るほどであった。


 ──ギィィィン!!!


 蛇のように無軌道に、イヤらしく切りつけてくる“蛇腹剣”-ラスティーネイル-をブレードで弾き直撃を避ける。
 軌道の読みにくいその攻撃をブレードで弾く。これは相当な技術が必要とされる防御法であった。

ダリル『だーっ、もう疲れるなー……』

楯無『あはっ♪ 先輩すごーい。やっぱり、本気を出せば相当強いんですね』

ダリル『うっせ! テメーはなんでそんなに元気なんだよ』

楯無『んー? 何ででしょうね?』

 選手同士の会話は客席へは流れない。
 オープン・チャネルを使い、2人は会話を続けた。

ダリル『さっさと、負けろっつーの。お国柄、ロシアに負けると後々うっせーんだよ』

楯無『あらー、それは出来ませんよー。なさるなら力付くで。でも、まぁ私も負ける訳には行かないんです』


 ──IS学園生徒会長は最強たれ。だから、私はそう振舞わねばならない。


ダリル『はぁ……やっぱお前、面倒くせぇ』

楯無『あはっ♪』
 
862 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/03/06(水) 02:25:04.72 ID:+PGmaAWdo

 
……。
…………。
………………。


岡部「……」

紅莉栖「思ったより時間が掛かったわね。あのダリルって人、相当強いみたい」

岡部「ノーガードの強さが異常なのだろうな」

 画面では、激闘の末に“ミステリアス・レイディ”が“ヘル・ハウンドver2.5”を撃破していた。
 楯無はそのまま勝利者へのインタビューを答えている。

紅莉栖「あの年で、ロシアの正式な代表だからね。強さは折り紙つきよ」

岡部「当りたくは無いものだな……」

紅莉栖「勝ち進んでいけば、その内に当るわよ。勝ち進めばね」

 語尾を強調する紅莉栖。
 その言葉には、決して楯無と剣を交えることはないであろうことを現していた。

 機体としての要を放棄した“石鍵”である。
 常識的に考えれば、岡部がトーナメントを勝ち進めることなど不可能である。

楯無『えぇ、楽な相手では決してありませんでした』
 
 楯無が手馴れた要領で、インタビューに答えている。
 ファンサービスなのかウィンクや、投げキッスまで行っており会場は異様な熱気で包まれていた。

ロシア人「楯無チュワーン!! ダイテー!!」

日本人「楯無さん楯無さん!! ちゅっちゅ!!」

ダル「ふぉおおおおお!!!」

 さらに温度が上昇するドーム内。
 完全に場は完成している。

 視聴率もうなぎ上りと言ったところで、世界中の視線が今やこのドームに集中していた。
 
863 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/03/06(水) 02:25:33.09 ID:+PGmaAWdo

司会者「はぁい、楯無選手でした! いやー、熱い戦いでしたね!」


 ──ドクン・ドクン。


 来るな、来るな。
 岡部は祈りながら、食い入るようにモニターを見つめる。

 心臓はハチ切れそうだった。

司会者「それでは、次の対戦カードを発表致します!」

 ドーム内が再び暗転する。
 ッパ! と浮かび上がる、対戦カード。

 巨大投影モニターに映し出される、選手の名前。


 >> 岡部 倫太郎 vs 篠ノ之 箒 <<


司会者「来ました! 日本人対決!! しーかーもっ……世界で2人目の男性IS適性者……岡部倫太郎選手です!!」


 ──ワーワーワー!!!!!

 ──ワーワーワー!!!!!

 沸点知らずの会場は更に沸き上がる。
 声が天井で反響され、ドーム全体が揺れ動く。

司会者「対戦相手は、ISの生みの親。“篠ノ之 束”博士の妹君!
    奇しくも、現行ISで最新機種である“紅椿”と“石鍵”はどちらとも束博士本人が手掛けたと聞いております!!」

 一般観客席だけではない。
 大国の要人達ですら、目の色が変わった。

 天才、篠ノ之 束が手掛けた現行最新であり、最強と束自身が歌っているIS“紅椿”。
 全てが未知数で未だ全貌が掴めない、束が最後に手掛けたであろうIS“石鍵”。

 この2機の戦闘は世界中が楽しみにしていたカードの1つであった。
 “石鍵”“白式”“紅椿”の3機は世界的に注目されており、その中の2機が戦うとなれば熱狂するのも頷ける。

 会場は第2戦目にして、マックスボルテージへと高まっていた。
 
864 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/03/06(水) 02:25:59.58 ID:+PGmaAWdo


……。
…………。
………………。


紅莉栖「当っちゃった……わね」

岡部「あぁ……」

 2人、肩を並べてモニターを見つめる。
 控え室の電光掲示板には、目立つ赤色で“次戦です。準備をして下さい”と発光していた。

紅莉栖「大丈夫……?」

岡部「……」

 口が開かない。
 大丈夫もなにも、戦うしかないのだ。

 やらねばならない。
 “石鍵”を展開し、纏い、戦わねばならない。

岡部「紅……莉栖……」

紅莉栖「ん?」

岡部「目を……瞑ってくれないか……」

紅莉栖「んん? どした、急に」

岡部「頼む……」

紅莉栖「うん、まぁ……」

 ──ギュッ。

紅莉栖「ふぇ!?」

 抱きしめられた。
 岡部の長い腕が紅莉栖の華奢な体を抱きしめる。

 すっぽりと岡部の中へと納まる紅莉栖。
 一瞬、何が起きたのか理解が出来ず思わず固まってしまった。

 ISスーツ越しに岡部の体温が伝わってくる。
 身長差のせいか体全体を包み込まれるようなこの体勢は、心地が良かった。

紅莉栖「──って、ちょっ……」

 我を取り戻し、声を上げようとした。
 寸前で気付く。

 岡部の手が、体が震えていることに。

紅莉栖「……」

岡部「……」

 再び目を瞑る紅莉栖。
 頬は赤く染まっていた。

 数秒──数十秒か。
 既に、自身では時間の感覚などわからなくなるほどの幸福な時間。

 体感でそれはあっと言う間であった。
 感じていた体温が離れていく。
 
865 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/03/06(水) 02:26:26.87 ID:+PGmaAWdo

岡部「すまなかったな……」

紅莉栖「ん。サポーターだからな、特別だぞ」

岡部「……」

 柔和な笑みで、それに答える岡部。
 震えは止まっていた。

紅莉栖「サポーターは会場のリンクギリギリで観戦出来るから、特等席で見ててやんよ」

岡部「あぁ、思い切り砕けてこよう」

紅莉栖「おう」

 2人で並び歩くアリーナへと続く廊下。
 廊下を抜けると、視界には一杯の観客席が飛び込んできた。



まゆり「オカリンだぁ! 紅莉栖ちゃんも居るよ!!」

るか「なんだか……体付が逞しくなってますね」

ダル「ピッチピチやないかい! 男のISスーツとか誰得だおマジで」

フェイリス「凶真……凄く、立派にゃ」

萌郁「しゃ、写真……写真撮らないと……」

 久方ぶりに見る、未来ガジェット研究所創設者にしてNo001.岡部 倫太郎を見たラボメン達。
 数ヶ月で岡部の肉体は逞しく、それなりに見えるものになっていた。



紅莉栖「それじゃ、私はコッチだから」

岡部「あぁ」

 入り口から直ぐに左手へ周り、サポーター用の席に着席する。
 実況席以上にリンクに近い特等席であった。

 箒は既に、ドーム中央で“紅椿”を展開し待っていた。

 ──シュゥゥゥン!!

岡部「……」

 一瞬で展開される“石鍵”。
 それを見てどよめく会場。

 全身装甲型のISは珍しい。
 “絶対防御”が搭載されているISは全身装甲を必要とするケースが極めて低い。

 全身装甲型のISなど、米国がイスラエルと共同開発した軍用IS“銀の福音”-シルバリオ・ゴスペル-位なものである。
 それにしても、極秘で開発され処理されているのでお披露目はされていない。

 つまり、世界初の全身装甲型ISのお披露目となった。
 
866 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/03/06(水) 02:26:59.70 ID:+PGmaAWdo



ダル「おおお……オカリンが凄まじくカッコ良く見える件について」

まゆり「はうぅ、カッコ良いねぇ……」

るか「……」

フェイリス「にゃぁ……」

萌郁「……」

 岡部を知る人間から見れば、まさに変貌という言葉が言い得て妙であった。
 会場中の視線が岡部へと集まる。



岡部『ふう……』

 PICでゆっくりと、中央へ移動する。
 箒はその鋭い眼光を岡部へと向けていた。

箒『……』

岡部『……』

司会者「両者見合っています! ココは日本人同士、伝統ある掛け声で試合を始めさせて頂きたいと思います!!」


 ──オオオオオオオオ!!!


 会場中の声が、塊となってドームを揺らす。
 世紀の一戦が始まろうとしていた。

司会者「両者見合って──はっけよーうい……のこったぁぁああ!!!」

 掛け声と共に、轟く試合開始のブザー。
 岡部はその次の瞬間に度肝を抜かれることになる。


 “二段階瞬時加速”-ダブル・イグニッション-


紅莉栖「二段階瞬時加速!?」

岡部『ぬぐぉおおお!!?』

箒『──ッッ!!!』

 弾丸のような速度で、機体ごと吹き飛んで来た“紅椿”。
 “二段階瞬時加速”それは、一夏が得意としていた神速の移動術であった。
 
867 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/03/06(水) 02:27:45.10 ID:+PGmaAWdo

紅莉栖「そんな……“紅椿”が“瞬時加速”を行えるなんてデータは……」

 岡部は突然の奇襲に対して咄嗟に右腕を掲げた。
 それが功を奏し、接触と同時に“サイリウム・セーバー”を呼び出し対応する。

 至近距離での鍔迫り合いが始まった。

 ──ジジ・ジ。

 “サイリウム・セーバー”と“空裂”の刀身がギリギリと擦れ合う。
 
箒『私は……努力をしてきた。“紅椿”を手に入れてからも、ひたすらに、ひたすらに』

岡部『ぐっ……』

箒『倫太郎。お前が近頃、ISでの戦闘を良く思っていないのは動作を見れば解る』

岡部『──っ!』

 鍔迫り合いの中、箒が岡部へと語りかける。
 まるで、話す為にオープニングでの奇襲を仕掛けたかのようであった。

箒『理由は知る由も無い──が、頼む。本気で戦ってくれ。でなければ、私の努力は意味を成さなくなってしまう』

 特別IS戦闘演習場で味わった2度の敗北。
 その連敗を与えた相手は今、鍔迫り合いをしている岡部であった。

 先週行った練習での勝ち負けなど意味をなさない。
 大事なのは、今であった。

箒『倫太郎と一回戦で当ったのは、天運極まりない。全力で──戦える』

岡部『……』

箒『身勝手な頼みなのは承知の上だ。その上で──頼む』

 箒の表情は真剣で、本気そのものであった。
 研鑽に研鑽を重ねた。

 楯無に頭をさげ、空いた時間は全てを特訓に費やした。
 全ては敗北を与えた男を倒す為。

 “二段階瞬時加速”-ダブル・イグニッション-はその特訓での賜物であった。

岡部『………………承った』

 しばしの沈黙の後、岡部は了承の呪文を唱える。

 それと同時に“サイリウム・セーバー”から膨大なエネルギーが噴出した。

箒『ぬっ……!!!』

 その衝撃で“紅椿”は後方へと吹き飛ばされることになる。

岡部『今の俺に出来る、最大だ……』

 紅莉栖が施した施術。
 “刻司ル十二ノ盟約”を起動するために現れた膨大な量のエネルギー。

 それは均等に他ガジェットへ供給されるように設定されている。
 けれど、搭乗者──岡部の意思により、供給先と量を調整出来るようにされていた。

 箒と戦うのであれば遠距離射撃武器の使用は必要ない。
 全ては剣撃のみで決着がつくだろう。

 岡部は全てのエネルギーを“サイリウム・セーバー”へと供給した。
 
868 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/03/06(水) 02:28:12.14 ID:+PGmaAWdo

箒『っ……!!』

 桁外れのエネルギーが供給された“サイリウム・セーバー”。
 それは景色がゆがむ程の放出量であった。

 “サイリウム・セーバー”からは、そのエネルギー量の多さから唸り声のような音が響いている。


 ──ヴォ・ヴォォォォォ。


箒『……』

 会場中が息を呑む。
 機体から放出される、言うなれば“絞り粕”のようなエネルギーが目に見えて巨大で強大で異常であることは、素人目に見ても明らかであった。

箒『コレが……倫太郎の……くっ、蹴落とされてはダメだ!!』

 一瞬、戦意を喪失しそうになる程の景色。
 眼前に構えるはエネルギー、力の塊のような存在である。

箒『はぁぁぁぁァァ────“絢・爛・舞・踏”!!』

 圧倒されまいと、裂帛の気合で持って“単一仕様能力”-ワンオフ・アビリティ-。
 “絢爛舞踏”を発動する。

 機体が金色に光り輝き、無限にエネルギーを増殖する。

箒『倫太郎……感謝する』

 ──ジャキッ。

 “空裂”と“雨月”の二刀を構える。
 深い深呼吸の後、正面に“石鍵”を見据えた。


箒『篠ノ之流剣術 剣士。篠ノ之 箒────推して参る!!』

 
869 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/03/06(水) 02:28:39.66 ID:+PGmaAWdo

 
……。
…………。
………………。


束「はううううう! 箒ちゃんカッコ良いよ箒ちゃあああああああん!!」
 
 ゴロゴロと決して大きいとは言えないラボの中を、機材を蹴散らしながら転がる束。 
 巨大なモニターでは箒が2刀を構え“石鍵”に突進していた。

束「口上も良いよ良いよカッコ良いよおおおお!! うわああああ!!」

 “プライベート・チャネル”もなんのその。
 プライベートの意味を取っ払ったかのように、盗聴をしている。

束「あーあー、でもでもーそれにしてもなのだよー」

 ──相手が悪いよ箒ちゃーん。

 薄暗いラボの中。
 散らかり放題のその部屋を片付ける人物がいた。

くー「……」

束「くーちゃーん、お掃除なんて良いから一緒にテレビ見よーよー」

くー「散らばった部品などで、お怪我を召されないようにしなければなりません」

束「ぶー! 相変わらず堅いなぁもう。いやー、それにしてもどうしようね?
  箒ちゃんが負けるとか常識的に考えて腹が立つよね」

くー「まだ始まったばかりです。負けると決まった訳では」

束「いや。無理だよ、勝てない」

くー「……」

 こと、箒に対しては大甘であり何でもするこの束である。
 その束が、溺愛する妹の敗北を完全に予言した。

束「どーしよっかー。新型のゴーレムでも差し向けちゃう?」

くー「各国のVIPが集まっています。動くのは得策では無いかと。それに……例の団体が動いている情報が入ってきています」

束「ん? あー、あの“SERN”とか言う胡散臭いインチキ集団かい?」

くー「はい。直属の部隊が動いているとか」

束「面倒くさいなー、潰しちゃおっか? でもそれも面倒だなぁ、あんな“ド三流”相手にすんのもさー」

くー「でしたら、私が」

束「いいよいいよ。その内勝手に無くなるっしょ」

 物騒な会話を2人とも表情を変えずに繰り広げる。
 世界中の機関が血眼になっても得られない情報を交えた世間話。

 そしてソレを面倒の一言で切り捨ててしまった。
 
870 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/03/06(水) 02:29:13.48 ID:+PGmaAWdo

束「それよりも、箒ちゃんだよー」

くー「なぜ、箒様は負けると決まっているのですか」

束「相手が化物だからね。まだちょーっとばかり、箒ちゃんには荷が重いかな。ちーちゃん辺りじゃないとお話にならないよ、きっと」

くー「……失礼ながら、ソレほどの相手とはとてもお見受けできませんが」

束「たははっ、そーだよねー。しかも何でか、装備に封印施してるし」

 全てが筒抜けであるように、束は言葉を流していく。

 何処まで見えているのか。
 何処までも不透明である笑みを浮かべ続けている。

束「そうそう、くーちゃんや。見てごらんさい、面白いもんがあるよ」

くー「……? これは?」

 ごそごそと、正方形の箱を取り出す束。
 モニターが付いているそれには、数列の文字が記載されていた。

束「あの子のDNAデータとか、諸々を解析してみたわけだよ。この間、寝てる時にげっちゅー」

くー「……」

束「染色体は確かに男なんだよね。いっくんと一緒。いっくんも男の子♪」

くー「はい」

束「この計器はね、すっごーーーい細かいところまで調べられるスーパーマシンなのさ。
  過去にどんな病気をしたのか、未来にどんな病気にかかるかまで推測してしまうのよん」

くー「凄いですね」

束「でしょでしょー!」

 得意気な顔を作り、くーを抱きしめた。
 頬擦りをしてまるで稚児のように戯れる。

くー「それで、何が面白いのですか?」

束「ぶぅ。くーちゃんもつれないんだから。んとね、わからないんだよ」

くー「?」

束「あの子には、過去も未来も。測定出来る要素、因子が無い。つか人間? この世界の人? 宇宙人? ってレベル」

くー「……」

束「そりゃISだって誤作動起こすわさーって感じ。だってこの計器はISのコアと同じものだからね」

くー「それは……」

束「ね? だから化物でしょ」

 沈黙に沈むラボ。
 投影ディスプレイから流れる戦闘音楽だけが、室内を音響させている。

束「おねーちゃんとしては、是非とも箒ちゃんに勝って欲しいんだけどね」

くー「このまま見過ごすと」

束「ん。手出ししても嫌われちゃいそうだしね」

くー「賢明です」

束「でも負けるところは見たくないっ! から寝るー!! くーちゃん一緒に寝よう!!」

くー「お掃除が──」

束「いーからいーから! あっはっはっは!」

 少女はさしたる抵抗もせず束に担ぎ上げられた。
 向かう先はベッドルーム。

 ディスプレイの向こうでは“紅椿”が“石鍵”に負けまいと、用いる技術と火力の全てをぶつけていた。
 
871 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/03/06(水) 02:31:18.91 ID:+PGmaAWdo

 
……。
…………。
………………。


エム「……」

オータム「へへっ“アラクネ”に乗るのも久々だぜ」

スコール「やっと直ったわね。オータム、今後は気をつけて頂戴よ?」

オータム「わっ、わかってる! もうあんなヘマは打たねぇよ……」

 2人のやり取りを見て舌打ちをするエム。
 1人で充分だと言っても上司であるスコールは2人での出撃を命じてきた。

スコール「作戦の概要を説明するわよ」


 ──我々、“SERN 機械化小隊 亡国機業”は本日、IS学園全学年個人別トーナメントを襲撃する。


スコール「標的は“紅椿”または“白式”」

オータム「“石鍵”って新しいISは良いのかよ?」

スコール「あれはまだ泳がせておくそうよ。データをもうちょっと取って貰ってから、頂くわ。
     エムとオータムのツーマンセルで襲撃。
     私はセキュリティの面倒を見るから、現場にはいけないわ」

エム「……」

オータム「久々の出撃だ……あの糞餓鬼ども、ぶっ殺してやらぁ……」

 息巻くオータム。
 “アラクネ”を破壊された思い出が蘇り、額に血管が浮き上がっていた。

エム「邪魔だけはするなよ」

オータム「あんだとぉ!?」

 元々がソリの合わない2人である。
 お互いがお互いの能力を過小評価し、邪魔だと言う認識すら持っていた。

スコール「およしなさい。チームワークが必要だとは言わないけれど、足の引っ張り合いをしていたら成功する作戦も失敗するわ。
     オータム? お願いね」

オータム「けどよぉ、スコール!」

スコール「オータム」

オータム「……ッチ。わかったよ」

スコール「良い子ね」

 オータムはスコールに逆らえない。
 恋人同士だと言うこともあるが、スコールには逆らえない絶対的な何かと、それに見合った実力を持ち合わせていた。
 
872 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/03/06(水) 02:31:47.53 ID:+PGmaAWdo

スコール「じゃぁ……2人とも、お願いね」

エム「……」

オータム「おう!」

 動き出す“亡国機業”。
 “サイレント・ゼフィルス”と“アラクネ”は試合会場へと、明確な悪意を持ち飛び立って行った。

 
……。
…………。
………………。


 ──ガッ! ギギギギ・ギギギッッ!!


箒『くっ……!』

 岡部の振るった“サイリウム・セーバー”を二刀で防ぐ箒。
 試合は、防戦一方であった。

 “絢爛舞踏”を発動していなければ、とうの昔に試合は決していた。
 その異常なエネルギー量からなる、異常な攻撃力。

 岡部の放つどの攻撃も、一撃で試合を終わらせる威力を持っていた。
 箒は“シールド・バリア”と“絢爛舞踏”を上手く使い、必死に防御している。

 シールドが削られる側から“絢爛舞踏”でエネルギーを回復し補う。
 無限に戦い続けられるとも思える戦い方であるが、欠点があった。

 “絢爛舞踏”の使用回数に制限は無い。
 実質、無限機関である。

 しかし“単一仕様能力”-ワンオフ・アビリティ-は操縦者の精神力、集中力により発揮している。
 そして人間の集中力は永遠に続かない。

 終りが見えてきていた。

箒『(くそっ……コレほどとはっ……!!)』

岡部『(さすがだ……全て捌かれてしまう……)』

 岡部の攻撃力に任せた一撃必殺の剣撃。
 剣術などを心得ていないソレではあるが、その破壊力は途方もない圧力を敵側に与える。

 箒は数寸のミスすら許されないギリギリの防御を行い続けていた。 

箒『はぁぁぁッッ!!』

 力一杯に二刀で“サイリウム・セーバー”をいなし、距離を取る。
 精神力も限界に近づいていた。

箒『……』

岡部『……』

 “サイリウム・セーバー”から赤い発光が消えた。
 消耗の激しい超濃度のエネルギー刃である。

 相手が距離を取った場合はこうして出力をカットし、消耗を抑えていた。
 “石鍵”のエネルギー枯渇もまた見えてきている。
 
873 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/03/06(水) 02:32:14.29 ID:+PGmaAWdo

ダル「マジかお……オカリンちょっと強すぎね?」

まゆり「ふぁぁ……」

るか「すっ、凄いですね」

フェイリス「にゃむふぅ……」

萌郁「あの岡部くんが……」

 息を飲む観客席。
 岡部の強さにラボメン達も困惑していた。

 彼等の持つ岡部のイメージに、こう言った戦闘力の高さは含まれていない。
 むしろ、学園転入当初のヘタれぶりこそが岡部 倫太郎なのであり、現在リンクで予想外の強さを発揮している人物は別人とも言えた。

フェイリス「あの箒って子。体捌きと言い剣術と言い、全てが高次元で纏まっているように見えるのだニャ」

ダル「おっぱいも大きいし、相等なツワモノだと思われます!」

るか「おか……凶真さんって、素人同然なんですよね……?」

ダル「そそ。それなのにあの強さ。カリンに一体何が起きたんだってばよ」

まゆり「きっとオカリンも、沢山沢山頑張ったんだよ」

萌郁「私も……そう思う……岡部君、頑張り屋さん……だから」

 箒の実力は、動きを見れば一目瞭然である。
 機体性能の高さ、そして身体能力の高さも申し分無い。

 その箒と同等以上に渡り合う姿を見せ付ける岡部。
 IS搭乗者“岡部 倫太郎”が華々しく世界デビューを飾ったと言っても過言ではなかった。

箒『くっ……』

 “絢爛舞踏”の効果が切れる。
 箒の精神力は限界が近づき“単一仕様能力”を持続させることは不可能であった。

岡部『……俺のエネルギーもさほど残っていない。次で、終わりだ』

箒『そのようだ。次の一撃にて幕を引こう』

 “サイリウム・セーバー”へのエネルギー流出を最大にする。
 答えるように、箒も迎撃の用意を整えた。

 試合が終わる。
 どちらかが負け、どちらかが勝利する。

岡部『往くぞ……!!』

箒『応っ!!』


 ────バツン。


箒『!?』

岡部『むっ?』

 ドーム内の一切の明かりが消える。
 直ぐに予備電源が作動し、薄暗い明かりが灯った。
 
874 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/03/06(水) 02:32:41.54 ID:+PGmaAWdo

司会者「おおっと!? 停電……でしょうか!? ちょっと、スタッフ! スタッフ!?」

  
 ──ドンッ!!!


箒『──なっ!』

岡部『──っっ!』

 蒼白い閃光がドーム頂上から柱のように地上へと突き刺さった。
 エネルギー状の柱。

 岡部はそのエネルギーの色、威力、形状に見覚えがあった。

岡部『こ──れは……』

 ドーム天井にぽっかりと穿たれた穴。
 強襲者はその穴からドーム内へと侵入してきた。

 “ブルー・ティアーズ”より、なお蒼く。
 目の覚めるような蒼の機体。

 “サイレント・ゼフィルス”だった。

岡部『きさ……ま、は……』

 “サイレント・ゼフィルス”に続くようにもう1機のISが姿を現す。
 黄色に黒のストライプ。

 目にするも毒々しいカラーリングがなされたアメリカの第2世代型他脚IS“アラクネ”。
 2機のISがドーム内へと悪意を持って侵入してきた。

 



千冬「一体どうなっている!?」

 千冬の怒声が響く。
 現場はパニックになっていた。

 ドーム及び、客席には強力なシールド・バリアが展開されている。
 その為に選手の攻撃が客席に届くことは無いし、外部からの侵入も不可能となっていた。

真耶「ダメです! セキリュティがハッキング……シールドバリアの権限が強奪されています!!」

千冬「“亡国機業”……ッッ」

 鬼の様な形相を作り、画面を睨む千冬。
 侵入してきた2機のISがリンク上空に浮かんでいた。

千冬「直ちに観客の避難を。それから迎撃部隊を現場へ、私が直接指揮をとる!」

真耶「……迎撃部隊出れません!! シールドバリアが内側へ……ピットや個室に作用されています!!」

千冬「な──に……」

スタッフ「うわぁっ!」

 直ぐにリンクへ向かおうとしたスタッフが声をあげる。
 ドアに触れようにも触れられない。

 見えざるエネルギーの壁が行き道を塞いでいた。

真耶「閉じ込め……られました……」

千冬「……客席に居る全スタッフへ通達! 観客の避難を最優先。急げ!!」
 
875 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/03/06(水) 02:33:31.99 ID:+PGmaAWdo





セシリア「どうなってますの!? この壁っ……!!」


鈴音「ちょっと! 出しなさいよ!! こんのーっ!!」


シャル「ダメだ……シールドが硬すぎる……リヴァイヴの火力じゃ破れない」


ラウラ「くそっ、閉じ込められるとは間抜けなっ……!!」


簪「あう……あう、どっどど……どうすれ、ば……」


楯無「やられたわね……さすが、国防用のシールド・バリア。敵に取られるとこんなに厄介だなんて……」


 各々の控え室に閉じ込められる選手達。
 襲撃にそなえ強化されたシールド・バリア。

 一介のISで打ち破ることが出来るほど、容易な作りでは無い。
 なす術も無く、モニターを見ることしか出来なかった。

 



 ──キャアアアアアアアアアア!!!

 客席がパニックに陥るのに時間はかからなかった。
 破けた天井から落ちる破片。

 ISの強襲。
 今や会場は混沌の坩堝である。

スタッフ「落ち着いて! 落ち着いて非常口の方へとお進み下さい!!」

ダル「っちょ! いいい一体なにがgっがgっが!!」

まゆり「ダル君落ち着いてっ!」

フェイリス「こんな時こそ、落ち着いて避難しなきゃ!」

 混乱する者。
 落ち着いて避難を促す者。

ダル「っっに、逃げないとおおお!!」

るか「でも岡部さんがっ……!」

萌郁「岡部、くん……」

まゆり「きっとオカリンが何とかしてくれるよ。だから、まゆしぃ達は落ち着いて避難するのです!」

フェイリス「ここに居たらリンクが近いから危ない……とにかく、誘導に従って移動しましょう」

弾「おい、蘭! 逃げるぞ何してんだよ!!」

蘭「だって! まだ一夏さんが出て──」

弾「んなこと言ってる場合じゃねぇだろ!! 早く行くぞ!!」

 落ち着いて避難するラボメン。
 弾や蘭も同じく、避難する列に加わり客席から離れていく。
 
876 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/03/06(水) 02:33:59.56 ID:+PGmaAWdo

箒『きっ、貴様等は……っ!!』

オータム『あぁん? ただの、悪の組織だよクソボケがぁ!!』

 一気に距離を詰め“紅椿”に近づくオータム。
 油断していた箒の腹部に思い切り蹴りを叩き付けた。

箒『うぐぅ……っ!!』

 思い切り大地に叩き付けれた。
 シールド・バリアーを突き破り、絶対防御が作動する。

岡部『篠ノ之……っっ!!』

 すぐさま駆けつけようとする岡部。
 が、それをさせる程エムは甘くは無い。

 ──バシュゥゥゥゥウ!!

 6機のビットから放たれる“BT偏光制御射撃”-フレキシブル-。
 長大なライフル“スターブレイカー”-星を砕く者-から放たれる極大な閃光。

 7つの光が“石鍵”に直撃する。

岡部『ぬがぁっ……!!』

 衝撃で客席へと吹き飛ばされる岡部。
 幸いにも避難した後であり、怪我人は出なかった。

エム『……』

岡部『貴様っ……!!』

 劣勢であった。
 箒に力は残されていない。

 岡部にしても、殆どのエネルギーを戦いの最中で消費してしまっている。
 それもエムの行った射撃により削られてしまった。

 残されたエネルギーは0と言っても過言ではない。

オータム『オラオラァッ! 餓鬼が調子くれてIS何か使ってっからこうなんだよぉ!!』

 ──ガン、ガン!。

 と“紅椿”を踏みつける“アラクネ”。
 兵器で攻撃をすれば良い物を、オータムの性格からかじわじわと嬲ることで快感を得ていた。

岡部『篠ノ之────』

 ──ズガンッ!!

岡部『ぐっ……』

 再び打ち込まれる“スターブレイカー”での極大射撃。
 客席へとめり込む機体。

 岡部は客席に釘付けにされてしまった。

岡部『(くそっ、ダメージは無いがこうも連射されては動きが……)』

 シールドエネルギーが枯渇したとは言え“石鍵”の強固な装甲によって搭乗者にダメージは通らない。
 ズガン。ズガンと射撃の雨を浴びる。

エム『オータム。さっさとしろ』

オータム『うるせぇ! 俺に指図すんなガキコラ! 言われなくっても……コレで終りだぁ!!』

 “アラクネ”に搭載された8本の装甲脚。
 その先端が開き、砲口が顔を晒した。

 全8問の砲口が“紅椿”を零距離から撃ち殺す。
 
877 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/03/06(水) 02:34:31.49 ID:+PGmaAWdo

箒『くっ……いち────か……』

オータム『あばよ!』


 ────うぉぉぉぉぉぉぉおお!!!!!!!!!


オータム『っっ!?』

 ──ガァンッ!

 鈍い音が箒の鼓膜を響かせた。
 聞き覚えのある咆哮。

 堅く瞑った瞳を開く。
 そこには見知った、頼もしい背中。

 一夏のソレがあった。


一夏『待たせたな!』


箒『いち……か……』

岡部『ワンサマー!!』

エム『ッチ』

 “瞬時加速”-イグニッション・ブースト-を使って加速を加えた蹴りをオータムの顔面に食らわせた。
 劇的に登場するヒーロー。

 箒の目にはまるで白馬に跨り、窮地を救いにきたソレに見えた。

一夏『悪ぃ。“シールド・バリア”を“零落白夜”で切り裂くのに時間が掛かっちまった』

箒『あ……ありが……』

オータム『だああああああああああああ!! 糞がきゃぁぁぁぁああ!!!』

 直ぐに立ち上がり、八問の装甲脚。
 それに手にはマシンガンを展開しソレを放つオータム。

 完全に逆上していた。

一夏『ココは不味い、場所を変えるぞっ!!』

箒『えっ……うわっ!』

 お姫様抱っこの要領で“紅椿”を担ぎ上げた一夏は、そのまま“瞬時加速”を行いリンクの反対側へと移動した。
 そこで箒を降ろし、すぐさまオータムの元へと引き返す。

一夏『箒。キツいだろうが“絢爛舞踏”の用意をしておいてくれ。もうエネルギーが殆ど残ってねぇんだ』

箒『わかっ……わかった。任せろ!』

 箒の瞳に宿る勇気。
 一夏の登場によって、箒の精神力は回復していた。

一夏『良し! それまで時間は俺が稼ぐっ!!』

オータム『逃げんなゴルァァァア!!』

 般若のように顔を歪め迫り来るオータム。
 一夏は箒を庇うように、対面に座した。

一夏『(相手は逆上している……攻撃は単調だ、捌ける……!)』

オータム『死ねやぁぁぁあ!!』

 ──バチュンッ!

一夏『がっ……』

 完全に視覚の外から走り来る衝撃。
 真横からのBT射撃が“白式”を襲った。
 
878 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/03/06(水) 02:34:57.65 ID:+PGmaAWdo

エム『……』

オータム『貰ったぁぁあ!!』

 倒れこんだ“白式”。
 オータムはソレに跨るようにして、飛び乗った。

オータム『今度こそ喰らいやがれよぉ!!』

 八門+二丁のマシンガン。
 その一斉射撃が零距離の元、“白式”に降り注ぐ。

岡部『──ッッ! 邪魔だああ!!』

 尚も降り注ぐエネルギーの暴風雨。
 それを全身に浴びながらも、岡部は一夏の元へと体を動かした。

 が、岡部より先に一夏へ飛び込む影があった。
 “サイレント・ゼフィルス”である。

 “サイレント・ゼフィルス”はビットでの射撃を“石鍵”に命じたまま“白式”へ“瞬時加速”を行った。

エム『どけ、オータム』

オータム『んだぁ?』

 ──ガンッ!!

 またもや、蹴り飛ばされ吹き飛ぶオータム。
 今度はエムに蹴られ彼方へと転がっていく。

エム『良い様だな。織斑 一夏』

一夏『……くっ』

 “シールド・バリア”は削られ“絶対防御”が作動し続けていた。
 その為、既にエネルギーは枯渇寸前である。

 未だISを展開していられることが、奇跡であった。 


オータム『てめぇエ……あぁん?』

紅莉栖「っひ……」


箒『一夏ぁぁぁ!!』

 必死に“絢爛舞踏”を発動させようと、集中していた箒。
 前方では一夏の顔面に銃口を突きつける“サイレント・ゼフィルス”の姿。

箒『くそっ! 集中だ、なぜ集中できないっ!!』

 ギシギシと鳴る歯の根。
 その凄惨な光景を目にして、十代の女子が精神を集中するなど出来るはずが無かった。

岡部『ぐぉぉぉぉ……』

 ビットでの射撃を全身に浴びながら、突き進む岡部。
 しかし“瞬時加速”で離された距離は絶望的な間を生む。

エム『お前が死んだら“姉さん”はどんな顔をするかな』

一夏『うっ……』

 一夏の意識は既に途切れかかっていた。
 “零落白夜”の使用。二度に渡る“瞬時加速”の使用。

 オータムによる全砲門射撃。
 もし、“スター・ブレイカー”の直撃を受けたのであれば──。
 
879 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/03/06(水) 02:35:29.62 ID:+PGmaAWdo

エム『死ね』




 ──────。



 ────────────。



 ──────────────────。
 
 
 
 



岡部『いっ……一夏ぁぁぁああああ!!!!!!!!』

箒『いやああああああああああああああ!!!!!』

エム『……』

 空を仰ぎ見る、エム。
 その口元は歓喜の色に歪んでいた。

 足元に転がるは肉体。
 IS“白式”の姿は何処にも見られない。

 肉体の特徴は、頭部が無い。
 ただ、それだけだった。

箒『あ、あ……』

岡部『────』

オータム『おら餓鬼! なにボサっとしてんだ、さっさと腕を切り落としてガントレットを奪えってんだよ!』

エム『……』

 オータムの罵声に引き戻され、死体に視線を移すエム。
 “剥離剤”-リムーバー-でも使わなければ、通常はISからコアを引き抜く事は出来ない。

 待機状態のソレを持ち去るのが、この場合のIS強奪法に当る。
 エムはピンク色に光るナイフを呼び出し、事切れた一夏の右腕を切り取った。

 キラリ、と光る白いガントレット。
 腕からそのガントレットを奪い取ると、無造作に腕を投げ捨てた。

箒『……』

 茫然自失する箒。
 涙も流せず、ただただ固まってしまった。

オータム『ッチ。遊びすぎた……撤収時間だ、引くぞガキ!』

 無言で従うエム。その心は歓喜に打ち震えている。

岡部『逃がすと……思うのか……』

 立ちはだかる“石鍵”。
 既に自身を射撃し続けていたビットは、攻撃を浴びつつも全てを叩き落していた。
 
880 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/03/06(水) 02:35:59.66 ID:+PGmaAWdo

岡部『……』

 フルフェイスで岡部の表情を見ることは叶わない。
 しかし、岡部を作る顔は見たことが無いまでに変容しているのは言うまでも無かった。

オータム『見逃すしかねーんだよ、馬鹿が!』

岡部『──な、』

 視線を移した先の光景。
 それは、毒蜘蛛に囚われた“牧瀬 紅莉栖”であった。

オータム『ひひっ、瓦礫で脚を挟んで動けなかったみてぇだからよ、助けてやったんだよ』

紅莉栖『ごっ、ごめ……わたっ、わたし……』

岡部『紅莉栖っ!!』

オータム『動くなっつってんだよ馬鹿餓鬼! 死なすぞああぁん?』

岡部『……っっ!』

 ──ギリッ。

 歯が欠けてしまうほど、強く歯を噛み締める。
 最も悪い。最悪の状態に事態は進展し続けている。

オータム『そうだよ、そう……ヒヒッ。おい、エム引くぞ。俺を引っ張って“瞬時加速”しろ』

エム『……』

 拒否も了承もせず“アラクネ”の両肩を掴む。
 
881 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/03/06(水) 02:36:26.37 ID:+PGmaAWdo

オータム『ほらよ、返してやらぁ! ヒヒッ』


 ────トスッ。


紅莉栖「えっ……」

 “瞬時加速”-イグニッション・ブースト-。
 2機のISは瞬く間に夜の闇へと消えていく。

 上空から放り出された紅莉栖。
 空を見上げると、ぽっかりと開いた天井から粉雪が降っていることに気が付いた。

岡部『クゥゥゥリイイイイイス!!!!!!』

 有らん限りのスラスターを開放し、落ちてくる紅莉栖の元へと飛来する岡部。
 地上ギリギリでその華奢な体を抱きとめることに成功した。

 この飛翔により、正真正銘。
 “石鍵”に残されたエネルギーは枯渇した。

岡部『紅莉栖! 紅莉栖! 無、事────』

 目に入る絶望。
 心臓部から流血する血液。

 白いIS学園の制服は紅莉栖の鮮血で真っ赤に穢れていた。


紅莉栖「おか──べ……ごめ、ん……ね……ぇ」

 
 何も、聞こえない。 
 静寂のみが煩い。

 ISを纏っている身では紅莉栖の体温が解らない。
 この機械の手が、今は邪魔で仕方が無かった。
 

岡部『────────あ、』
 
 
882 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/03/06(水) 02:36:52.96 ID:+PGmaAWdo






 
 

         ∧   
─────ヘ/  ':, /`ーw─'^ー ─ - 
            ∨
 


 
 






 
 
883 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/03/06(水) 02:37:24.97 ID:+PGmaAWdo

 
 
                  ─終章─
 
   ─────────────────────────

      ──“人類種の天敵”-難攻不落のnew gate-──   

   ─────────────────────────
 
 
884 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/03/06(水) 02:38:05.02 ID:+PGmaAWdo
おわーり。
ありがとうございました。
885 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/03/06(水) 05:03:58.71 ID:juBov0G6o
これは…
886 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/03/06(水) 06:23:27.75 ID:aLqljLmzo
乙……
887 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/03/06(水) 19:02:52.04 ID:U6zd1Bero
やっぱり最初はこれか・・・
888 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/03/06(水) 20:46:56.46 ID:7Rd6Ib8co
これからどうなるのか……
889 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/03/06(水) 23:24:40.61 ID:/gWquWqQo
本当、展開上手いわ
890 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/03/07(木) 02:01:25.08 ID:JTiMk8rgo
やっぱり大虐殺ルートか
ktkr
891 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/03/08(金) 03:33:44.81 ID:T6cLchBfo








岡部『────────あ、』











ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ。。。。。。。。。



 響き渡る慟哭。
 セキュリティ権限が解除され、リンクに集まる関係者達。

 泣き崩れるクラスメイト。
 気絶し、我を失い、取り乱し、泣き叫ぶ。

千冬「…………」

 泣く事も許されず、この場を締めなければならぬ立場。
 誰も彼もが夢であってくれと願う。


岡部「…………寒い、よな………………今夜は、雪だ…………」


 機能を停止した肉体は、語りかけても応じることは無い。
 次第に失せていく体温。

千冬「岡部。既に手配はした、牧瀬を病院に運ぶ」

岡部「……ここは寒い。俺の控え室で、寝かせておく」

千冬「5分もせず車が────わかった、直ぐにスタッフが向かえに行くだろう」

 抑揚の無い声。
 感情を感じられない声。

 背中越しに語りかけても、岡部は振り向かない。
 紅莉栖の亡骸を優しく抱き上げると、そのままリンクを出て控え室へと足を運ぶ。

千冬「……」

真耶「……」

 真耶が近づき千冬を抱きしめる。
 気丈に振舞ってはいるが、その体は震えていた。

千冬「…………っくぅ……」

箒「私の……せいだ……私が……」

セシリア「……う、そ……ですわよね」

鈴音「いちか……? ちょっと、なにふざけてるのよ……ねぇ」

シャル「あははっ、夢か……これは、夢なんだ……」

ラウラ「いち……か……おい、冗談は止めろ……」

簪「え……なっ、なに……? え? え?」

楯無「…………」

 静かに舞い落ちる粉雪。
 血に染まったリンクをゆっくりと白く上書きしていく。
892 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/03/08(金) 03:34:31.47 ID:T6cLchBfo

 12月24日。

 この日の出来事は歴史的、世界的な大事件として報道される。

 聖なる夜は血で穢され、尊い命が2つ天に召されることとなった。



 織斑 一夏 享年16歳


 牧瀬 紅莉栖 享年18歳


警察官「もう1人の方のご遺体はどちらに……?」

千冬「控え室です。こちらに……」

 遺体を搬送する為、すぐさま警官隊が現場へと駆けつけた。

 一夏の亡骸は頭部が欠落し、高エネルギーの直撃によって蒸発していた。
 亡骸に縋り付き泣き叫ぶ女子を引き離し、車に乗せるのは心が痛む情景であった。 

千冬「こちらです……」

警察官「失礼。おい、担架をお持ちしろ」

 控え室に入る。
 機材を無理矢理ベッド状にしたのか、鉄の塊の上に紅莉栖は横たわっていた。
 
千冬「……岡部?」

 部屋を見渡すが、誰も居ない。
 居るはずの岡部の姿は何処にも見られなかった。

警察官「仏さんはこちらの方でお間違いないですかね?」

千冬「えっ……あぁ、はい。間違いありません」

 とても息をしていないとは思えなかった。
 血や瓦礫で汚れた肌は、清潔感を感じるほど綺麗に拭きあげられている。

 そして、制服ではなく白衣を纏っていた。 
 髪は梳かれ乱れも無い。

 警官隊は紅莉栖に手を合わせ、丁寧に担架へと乗せる。
 検死の為、このまま病院へと運ばれることになっていた。

警察官「それでは……」

千冬「よろしくお願いします」

 千冬は、牧瀬 紅莉栖……生徒との別れを済ませた後、岡部を探した。
 会場中を探しても姿が見当たらない。


 この日を境に、岡部 倫太郎は姿を消した。
 
 
893 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/03/08(金) 03:37:48.91 ID:T6cLchBfo
 

 
 
   ──“人類種の天敵”-難攻不落のnew gate-──   
 
 
 

 ──3年後──



ダル「はぁ……就活も上手くいかんし、何もやる気が出ないお……」

 あの日の事件以来、岡部は失踪した。
 以来、自然とラボメンの足はラボラトリーから遠のき、今は自室で1人PCゲームと@ちゃんねるをやる毎日だった。

 SNSでまゆり達と繋がっては居るが、実際にはもう2年近く顔を合わせていない。
 会った所で、会話が続くこともなかった。

ダル「オカリン……どうしてんのかな」

 “岡部 倫太郎”は現在、国際指名手配をされた。
 罪状は専用機を所持したままの失踪。

 コレが故意なのか、または誘拐であるのかは未だに議論が続いている。
 たった1機でも国の軍事バランスを狂わせる力を持つISである。

 それを個人が有したまま失踪と言うのは、大事件であった。
 


 事件から3年の月日が流れた。
 “橋田 至”も大学4年生である。

 あの日以来、何かが欠けてしまい歯車が狂ったままの生活をしていた。
 今日も企業へ提出するエントリーシートも書かずに、家で@ちゃんねるを呆然と眺めるだけの生活を送っている。


 アメリカで軍事IS施設が襲撃。謎の組織が動き始めたな!(11)

1 :名無しさん[]   d/rpYc1J0

 いよいよだな
                     20XX-12-09(金)03:21:37


2 :名無しさん[]   Z0xFpu1W1

 まーたソースも無しに
                     20XX-12-09(金)03:22:29


3 :名無しさん[]   ZVsHNq6k/

 でもテロ事件はあったみたいだね。
 IS軍事施設だなんて一言も書いてないけど。
                     20XX-12-09(金)03:32:48


3 :名無しさん[]   7vH09Jyz0

 ただ軍事施設で事故が起きただけだろ
                     20XX-12-09(金)03:33:33
 
894 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/03/08(金) 03:39:28.91 ID:T6cLchBfo


ダル「……はぁ」

 どのようなニュースを見ても心が躍らない。
 楽しくない。

 目的もなく、ダラダラと秋葉原のラボラトリーでPCゲームをしていた頃は楽しかったのに。
 まゆりは未だにラボを借り続けていると聞いていた。

ダル「久々に顔、出してみようかな……」

 携帯を手に取る。
 久しく使っていないため着信履歴は数ヶ月前のものだけだった。

 アドレス帳を開き、呼び出す。

ダル「って、こんな明け方にメールって迷惑だっつーの! やめやめ!」

 ポイと携帯をベッドに放り、自身もベッドに身を沈める。
 常に倦怠感が身を纏ってやる気が起きない。

ダル「……寝るか」

 布団を被り、目を瞑ろうとした。
 その時。

 ──ピピルピルピルピピルピー! ピピルピルピルピピルピー!

ダル「んおっ!?」

 携帯が着信を知らせる音を鳴らした。
 着信メロディーは懐かしのアニソンである。

ダル「こんな時間に誰だっつーの! 僕に掛けて来る友達なんていねーっつの!」

 自虐を含みながらも携帯を開く。
 映し出される非通知ナンバー。

ダル「なんぞ……嫌がらせ? いじめ?」

 見に覚えの無い着信。
 非通知はもちろん、今のダルに電話をかけて来る者など想像が付かない。

 時間も時間。
 午前4時前の明け方である……こんな非常識な時間に電話を掛けて来る人間など──。

 過去に、自身が親友だと思っていたあの男以外には考えられなかった。

ダル「……」

 ──ッピ。

 明け方のテンションからか。
 普段では絶対に非通知番号からの着信などに応答するはずの無い男が、通話ボタンを押した。

ダル「も、もすもす……」

 ────…………。

ダル「だっ……誰?」

 ────ダル。俺だ。

ダル「──おっ、お…………」




 オカリン。
 
 


 
895 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/03/08(金) 03:40:50.94 ID:T6cLchBfo

 携帯から聞こえてくる声。
 掠れて聞き取りにくくはあるが、それは確かに親友である“岡部 倫太郎”のものだった。

ダル『ちょ、マジでオカリンなん!?』

 ──あぁ。

ダル『久しぶりってレベルじゃねぇぞ! 今まで何してたん!? 何処に居るん!?』

 ──……。

ダル『もう! 黙ってちゃわからないってばよ!!』

 3年分の鬱憤。疑問。
 全てをぶつけるかのような声色でダルは捲し立てた。

ダル『世界中でオカリンの行方捜されてるお!? 一部ではあの事件の後に誘拐されたんじゃないかとかも──』

 ──ダル。お前に頼みたい事がある。

ダル『報道されててー……え?』

 ──“スーパーハッカー”であるお前にしか、頼めないことだ。

ダル『ど、どう言うことだお……』

 岡部の声は淡々としていた。
 ダルの記憶している岡部とは確実に声が違う。

 一言二言、声を耳に入れて確信する。岡部の声は枯れ果てていた。
 有無を言わさぬ圧力のようなものが、電話越しからも伝わってきた。
 
896 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/03/08(金) 03:41:28.22 ID:T6cLchBfo

 ──調べて欲しい事がある。俺では辿り着けなかった。

ダル『……い、言ってみ?』

 ──“亡国機業”-ファントム・タスク-と言う言葉を聞いたことは?

ダル『んな中二臭い単語、久しく人の口から聞いてなかったお……』

 ──……。

ダル『すまんかった。聞いたことないお』

 ──その“亡国機業”について調べて欲しい。

ダル『おk。やってみる、他に何かキーワードとか無いん? いきなりソレだけ調べてくれって言われてもかなり難しい訳だが』

 ──“SERN”は知っているな?

ダル『セルン? 素粒子学研究所の?』

 ──そうだ。恐らく、ソコと繋がりがある。

ダル『……他には? 他には何かあるん? 後、何を知りたいのかをkwsk』

 携帯電話を首に挟みながら、体をPCに向ける。
 キーワードをメモ帳にタイプしながら、情報を纏めていた。

 ──所在地が知りたい。拠点のような物が日本にあるはずだ。

ダル『所在地ね……おk把握』

 ──それとコレは可能であれば、だが“篠ノ之 束”の所在地も頼む。

ダル『しののの? ってあの、IS開発者の?』

 ──あぁ。

ダル『おk。でも、それはちょっと厳しいやも……世界中の諜報機関が長年探しまくってる人物だし』

 ──“篠ノ之 束”に関しては出来る範囲で良い。

ダル『把握した』

 ──それよりも“亡国機業”だ。……出来るか?

ダル『ふぅー……あのさぁ、オカリン? 僕を誰だと思ってる訳?』

 ──……。

ダル『稀代の“スーパーハカー”とは、僕の事! 任せろお!』

 ──……後日、こちらから掛け直す。任せたぞ。

ダル『えっ、あ……』

 ──ツー・ツー・ツー。

 一方的に途切れる電話。
 3年振りの通信だと言うのに、岡部は用件だけを済ませるとさっさと電話を切ってしまった。
 
897 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/03/08(金) 03:42:00.08 ID:T6cLchBfo

 もっと話したかった。
 色々と話しを聞きたかった。

 けれど、そんな話題に触れられるような空気では無い。
 人の話しを聞かずに突っ走るのは岡部の常であったが、ソレともまた色が違った。 

ダル「……何か、雰囲気が違った気がしたんだけども」

 電話越しに感じた違和感。
 岡部であって、岡部でない。

 拭いきれぬ違和感と不安を抱いたまま、通話は途切れてしまった。  

ダル「まゆ氏に連絡を入れるべきだろうか……」

 握り締める携帯電話。
 ダルはそのままソレをベッドへと放り投げた。

ダル「いや、やめとこ。次かかって来た時に聞けば良いし……それより、やるかー!」

 クローゼットから帽子を引っ張り出しそれを被る。
 近頃はそのパフォーマンスをまともに発揮していなかったPCのキーを力強く叩いた。

ダル「恐竜帝国だかフロシャイムだか知らんけど──見つけてやろうじゃないの」

 ふんす、と鼻息荒く電子の海へと飛び込む。
 稀代の天才ハッカー。“橋田 至”が3年振りにその腕を起動させた。
 
898 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/03/08(金) 03:42:50.79 ID:T6cLchBfo





 北アメリカ北西部第十六国防戦略拠点・“地図に無い基地”-イレイズド-


岡部『頼んだぞ、ダル』

 ISに内臓されている通信機から、携帯電話へと発信していた電波を切る。
 場所は北米。

 岡部は更地になった荒野で1人佇んでいた。

 事が起きたのは数時間前である。
 以前、この基地に“亡国機業”の襲撃があったと言う情報を手に入れた岡部は単独で基地を襲撃した。

 しかし、目当てである“亡国機業”の情報も“IS本体”もこの基地には無い。
 “更地にしてまで”探したが、発見することは出来なかった。

 “亡国機業”の襲撃から、機密性が漏れたとあってこの基地にISを常駐させることはしなくなった。
 ダミーとしての基地。

 岡部はその情報に踊らされる形で、ココへ足を運ぶことになった。

岡部『……』

 12月の気温も、IS越しでは感じることも無い。
 静かに、岡部は日本へと向けて飛び立つ。


 ──俺は許さない。“亡国機業”も“IS”も、



 ──“篠ノ之 束”も。

 
 
899 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/03/08(金) 03:43:21.53 ID:T6cLchBfo





 ──寒い。


 寒い寒い寒い。


 あの、冬の日からどれだけの時間が経ったのだろう。


???「今だ! 撃っ! テェー!!」


 毎日、追われる夢を見る。

 毎日、一夏の夢を見る。

 毎日、紅莉栖の夢を見る。

 俺はどこに向かって、何をすれば────。


???「くそっ! 化物め、化物め!! なんだアレは!? アレはっっ!!」

???「攻撃効きませんっ!!」

???「あんなもの“IS”であってたまるか……なんだあの装備はっ!!」


 カンカンカン。

 カンカンカン。

 うるさい。

 豆鉄砲の当る音が響く。

 そんな物で傷が付くはずもないだろうに、馬鹿な連ちゅ……。

 あぁ、そうか。

 俺はこの施設を……。


岡部『破壊しに、来たんだったな……』


???「ひっ……」

???「目標、再起動!! 動きます!!」
 
900 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/03/08(金) 03:44:17.40 ID:T6cLchBfo

 世界各国に存在する“IS機関”。
 研究所によって内容は異なるが、そのどれもが“IS”関連に当てられた研究を行うものだった。

 その性質上“基地”と比喩するに正しい設備が整っている。
 襲撃に備えた兵器や軍部の防衛。様々なセキュリティが設けられていた。

岡部『……』

 国や研究する素材によって研究所の防衛レベルや、所在地の秘匿レベルは異なる。
 今回、岡部が襲撃している研究所のレベルは低いようで、大した抵抗は受けていなかった。

???「終わりだ……なんだ、アレ……」

???「生身の人間が勝てるかよ……」

 絶望の顔を浮かべる警備兵。
 それもそのはずである。

 研究所の最深部である現在地。
 ここに至るまで、岡部は人間を紙くずのように千切りながら侵入してきた。

岡部『データは頂く。“IS”に携わった物、者は消す』



 近頃は頭の調子が良くない。
 直前まで起きていたのに、急にブラックアウトすることがある。

岡部『……』

 満月が海を照らす海洋上に岡部の姿があった。
 光学迷彩を起動させているため、その姿を認知出来るものはいない。

 “功殻機動迷彩ボール”。

 事件後に発露したガジェット。
 ボールに包まれている間は熱源、生態反応。全てをシャットアウトする完全なる迷彩装甲。

 時間はかかるが、徐々にエネルギーを回復することも出来るので事件後に最も重宝しているガジェットだった。 

岡部『……』

 また一つ、基地を潰した。
 “IS”に関わるものを潰していけば、何時か辿り着く。

岡部『絶対に許さない……絶対に、だ……』

 迷彩に包まれ、深く深く眠る。
 今の岡部を突き動かす原動力、それは復讐心のみであった。
 
901 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/03/08(金) 03:44:53.29 ID:T6cLchBfo
おわーり。
ありがとうございました。
902 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/03/08(金) 03:59:09.27 ID:4OpX8rSto
903 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/03/08(金) 09:04:44.07 ID:9PvZUu7go

オカリン……
スーパーハカーの下りが悲しいな
904 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/03/08(金) 15:21:11.29 ID:cUGoDqEuo
雰囲気が一気にダークになるんだよな
905 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/03/08(金) 21:38:24.17 ID:T6cLchBfo

 最初だけ見つければ簡単な作業だった。

 見つける。

 行く。

 潰す。

 データを拾う。

 これを繰り返すだけ。

 終わるまで。

 なくなるまで。


 途中、火力が足りないと感じた。
 エネルギー差でごり押しするには、壁を感じた。

 “コイツ”は答えるように、身体を変質させてくれた。

 悪くない。
 馴染む。

 紅莉栖が施してくれた封印。
 エネルギー部分の開錠は思ったよりも簡単に出来た。

 けれど、どうしても“刻司ル十二ノ盟約”と“蝶翼”が発露しない。
 まるで最初からなかったかのように。
 
906 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/03/08(金) 21:38:51.99 ID:T6cLchBfo

岡部『……』

 剣はより太く、巨大で強大に。
 砲はより大きく、威力と速度が上がった。

 スラスターの数も増え、バーニアとでも呼べば良いのだろうか。
 世界の果てまでも簡単に身体を運べるようになった。

 時間は掛かるが、姿を消しつつエネルギーを回復するガジェットまで生まれ出でた。

岡部『……あぁ、……あ……』

 前回の襲撃からかなりの時間が経過していた。
 多大なるエネルギーを振り回し、その多大なるエネルギーを回復するにはそれなりの時間が必要になる。

 眠るしかないため、どうしても脳がぼやけていた。

岡部『……エねルギー、充電…………完了……』

 次なる目標は決まっている。
 日本。

 ─倉持技研─

 
907 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/03/08(金) 21:39:28.00 ID:T6cLchBfo





 ─IS学園─


千冬「“倉持技研”が襲撃された……?」

真耶「はい。先日、何者かの手によって襲撃……施設は跡形も無くなっていました」

 あの凄惨な事件から3年の月日が経ってなお、千冬も真耶もIS学園で教員として働いていた。
 当時受け持っていた生徒達は3名を除いて無事卒業。

 それぞれが一夏の死を乗り越え、輝かしい成績を収めている。
 世界大会“モンド・グロッソ”では、専用機持ちだった者達が各部門に入賞し、各自“ヴァアルキリー”の称号を手にしていた。

 残念ながら総合優勝者“ブリュンヒルデ”をIS学園から排出することは出来なかったが、それでも大変な名誉である。
 その中でも群を抜いていたのは“篠ノ之 箒”であった。

 “モンド・グロッソ” 刀剣部門 特別賞 “シュヴェルトライテ” 授与。
 
 剣の支配者、その最たる称号を手に入れるまで至っていた。
 今や“篠ノ之 箒”は日本のエース。

 日本代表にまで駆けあがっている。

千冬「……“亡国機業”の仕業か?」

真耶「わかりません。ここ数年で、IS関係の施設が襲撃される事件が相次いでいますが、証拠などが一切出てきませんから……」

千冬「そうか……」

 千冬の首に光るチョーカー。
 3年前には無かった装飾品である。


千冬「もう、遅れは取らん……」
 
 
908 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/03/08(金) 21:40:00.04 ID:T6cLchBfo
 
 
……。
…………。
………………。


 岡部から連絡が来て、早三日が経とうとしていた。
 ダルは部屋に篭りきりPCに向かい合っている。

ダル「……ふぅ、ふぅ」

 目は充血し、コーラによるカフェイン摂取のしすぎでトランス常態に陥っている。
 まともな睡眠など殆どしていなかった。

 カタカタと机が揺れる。
 ストレスにより、貧乏揺すりが絶えなかった。

ダル「あとちょっと……あとちょっと……あぁもう氏ねksがぁ!!」

 積み上げられた参考書を裏拳で突き崩す。
 視界にチラリと入っただけでも、気が立った。

ダル「ふぅ、ふぅ……」

 ────カタカタカタ。

 タイピングの音と、カリカリと動くHDの音だけが部屋を埋める。

ダル「きたぁ……」


 キタ━━━━━━(  ゚∀゚  )━━━━━━!!!!


 立ち上がり絶叫するダル。
 幾重にも張り巡らされたセキュリティを突破し見事、お目当てとなる情報まで辿り着くことに成功した。

ダル「ミッションコンプリートだオラァ!!」

 ターン。
 と、最後にエンターキーを弾く。

 映し出されるデータ群。
 そこには岡部が捜し求めていた“SERN 機械化小隊 亡国機業”の所在地が綴られていた。

ダル「で……これをどうすれば良いん? ってか“SERN”で機械化小隊ってISのこと……? 何で?」

 首を傾げる。
 ここへ辿り着く前にもあったきな臭い情報、データ。

 度々表れる“Human iz Dead”の英字。
 その文字列に恐怖しつつも、ダルは与えられた任務を遂行した。

ダル「……オカリン、一体どういうことだお…………何が起きて、どうなっちゃってるんだお……」


 ──牧瀬氏は、何で死んじゃったん?


ダル「“SERN”が関係してるんかな、やっぱし……ニュースではテロだって言ってたけど」

 はぁと、溜息を吐く。
 わからないことだらけであった。
 
909 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/03/08(金) 21:40:43.87 ID:T6cLchBfo

ダル「寝よ……その内オカリンから電話かかって────」


  ──ピピルピルピルピピルピー! ピピルピルピルピピルピー!


ダル「っ!!」

 けたたましく鳴り響く電子音。
 一昔前に流行ったアニメのテーマソングであることは変わらない。

 着信者表示は非通知。
 考えられる発信者はただ1人であった。

ダル『もっ、もすもすひねもす!』

 ──……。

ダル『オカリン?』

 ──首尾は、どうだ。

ダル『バッチリってレベルじゃねぇ、たった今ハッキング終了したトコ。何? 僕のこと見てたん?』

 ──結果は……結果はどうなった。

ダル『んもう、あんましせっつくなって。ちゃーんと、全部大事な所まで丸見えですよ』

 ──教えてくれ。やつ等は……やつ等は今どこに。

ダル『おk。ちょっと待っててね、えーっと……』

 キーボードを叩き、画面を進める。
 “亡国機業”の所在地を画面に映し出した。

ダル『拠点は日本なんだけど、ころっころ所在地を変えてるんよ。コレ足使って探し出すのは無理ゲーだわ』

 ──……。

ダル『んで、今の所在地はかなり山奥だね。静岡の十里木って場所知ってる? 富士山の麓の方にあんだけど』

 ──あぁ。

ダル『そこって避暑地。つまり別荘地らしいんだけど、そこにあるでかいログハウスが今の拠点地ってある』

 ──先ほど、点々としていると言っていたな。その情報は最新のものか?

ダル『更新日が11月ってなってるから、多分』

 ──そうか。明確な住所、目印のようなものはあるのか?

ダル『ん。静岡県十里木のXX-XXってとこ。っつか私有地がでかすぎて、ログハウスそれ位しか無いからわかりやすいと思われ』

 ──“篠ノ之 束”の件はどうなった?

ダル『それなんだけど、博士の居所だけはダメぽ。検討も付かないお』

 ──わかった。世話をかけたな。

ダル『っな、なぁオカリン! 今、どこに居るん? 何するつもりなん?』

 ──……。

ダル『まゆ氏、すっげー心配してたお。連絡してる? まだだったら、僕が──』

 ──ダル。

ダル『──お?』

 ──ありがとう、助かった。

ダル『えっ、ちょっ』

 ──ブツン。

 ツー・ツー・ツー。
 
910 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/03/08(金) 21:41:14.63 ID:T6cLchBfo

 またも一方的に途切れる通話。
 押し付けられた感謝の言葉。

ダル「何考えてんだお、オカリン……まゆ氏には連絡したんかよ……」

 もう声は届かない。
 電話番号もわからないので、掛け直すことすら出来ない。

ダル「……」

 視界が霞んでいく。
 湿度で眼鏡が曇ったのかと思い、レンズを拭こうとするがそうじゃなかった。

ダル「くっそ、なんだおこれ……」

 ぐしぐしとシャツの袖で顔を拭う。
 目と鼻から汗が出ていた。

ダル「あぁもう寝る! 知らんがな! 時間返せ馬鹿野郎!」

 そのまま布団を顔まで引っ被る。
 ぐずぐずと聞こえてくる音。

 ダルはそのまま眠りについた。

 夢を見る。

 楽しかった、あの夏の夢を。

 ラボには岡部が居て、まゆりが居て自分が居る。

 紅莉栖が増え、フェイリス、るか、萌郁が自然と集まってきたあの頃を。

 もう戻れないあの日の夢を。

 3日ぶりの睡眠は、幸せだった頃の映像をダルに見せてくれた。

 
……。
…………。
………………。




 ──遂に捕まえたぞ“亡国機業”。




 狂気を含んだ瞳。
 最早、その表情は皆が知る岡部を作ってはいなかった。






 
911 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/03/08(金) 21:41:44.20 ID:T6cLchBfo



 “織斑 千冬”は動けなかった。
 何時ものように“バー・クレッシェンド”で静かに1人、仕事後の一杯を引っ掛けていた時のことである。

 不意に開くドア。
 まるで暖気が全て逃げ、その場だけが瞬間冷却されたのかと思えるほどの寒気。

 千冬が知っていたバーの空気はその一瞬で完全に霧散した。

マスター「いらっしゃいませ」

 冷や汗が頬を伝う。
 背中は汗でびっしょりだった。

千冬「(なんだ、これは……)」

 マスターは表情一つ変化させていない。
 何時も通り、来店した客に熱く気持ちの良いお絞りを手渡していた。

 つまり、この異常事態は千冬にだけ起こっていることになる。

千冬「……」

 横を向けない。
 数寸でも動いたならば、首は胴体から離れてしまう。そんな気さえする。

 視界の隅でその人物が男であることだけは確認できた。
 それが、精一杯の観察である。
 
912 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/03/08(金) 21:42:11.60 ID:T6cLchBfo

 ──スピリタスを……ストレートで。

マスター「……お強いお酒でございますが」

 ──ソレを。

マスター「かしこまりました」

 来客はスピリタスを注文した。
 スピリタス……世界最高純度のスピリッツ。

 格好を付けて嗜むには度を越した飲料である。

 ──……。

マスター「……」

 ショットグラスに注がれたソレを男は一息で飲み干した。
 96度に達するアルコールを飲み込んだと言うのに、男の顔色は一切の変化が見られない。

 強がりや去勢ではないことを、マスターも理解する。

 ──もう……何も感じない、か……。

 そう小さく言葉を溢す。
 その台詞を聞き取れたのは、同じくカウンター席に座り固まっていた千冬のみであった。

 立ち上がる男。
 動けない千冬。

 その男は静かに口をあけ、言い放った。


 ──俺は、俺を止められない。


 千冬の耳にだけ届いた言葉。
 男がバーから出て行くと、千冬を押し止めていた空気は霧散した。

千冬「ま……さか……」

 急ぎ振り向くが、既にその男は姿を消した後である。
 背中を追ってバーを出たところで追いつけるとも思えなかった。

千冬「まさか、いやしかし……本当に、お前なのか……」


 ──“岡部 倫太郎”。


 あの威圧感は異常と言えた。
 気を張ってなかったとはいえ“織斑 千冬”をフリーズさせていたのである。

 常人があのプレッシャーを受けたのであれば、気を失っても笑うことはできない。
 
913 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/03/08(金) 21:42:40.06 ID:T6cLchBfo

千冬「マスター……」

マスター「はい?」

千冬「今の、スピリタスの客だが……」

マスター「あぁ。とてもお強い方のようですね。スピリタスを煽って顔色一つ変えていませんでしたよ」

千冬「顔は、顔はどのような感じでしたか?」

 ゴクリ、と喉が鳴る。
 千冬の脳内では3年前の、今だ10代の面影残る岡部の顔が映し出されていた。

マスター「そうですな……お顔付きや白髪の具合から見て、30代後半と言ったいでたちでしたねぇ」

千冬「……」

 ありえない。
 あの事件からたった3年の月日しか流れていない。

 顔付き? 白髪? 本当に岡部なのか千冬の頭で疑問が浮かび上がる。
 何千人と接客し、酒を提供し続けてきたマスターが年齢のズレをそこまで出すとも思えない。  

千冬「岡部……」

 本当に岡部だとして。
 一体、なぜ、ココへ。
 
914 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/03/08(金) 21:43:24.27 ID:T6cLchBfo





 何故、一夏は死ななければならなかった。


 何故、紅莉栖は死ななければならなかった。


 あの少年少女が一体なにをしたと言うのだ。


 この世界は、あまりにも命を弄んでいる。


 こんな世界線は望んでいない。

 
 こんな世界線は知らない。


 こんな世界線など……、



 ──必要無い。
 
 
 
 
 
 全てが無駄になった。
 あの夏の出来事も、回避した紅莉栖の死も。

 全てが無駄だった。
 結局、世界はあの少女の命を奪う選択をしたのだ。

 あの日を境に思考回路はショートした。
 もう何も考えられない。

 憎悪だけが胸を抉り、引き裂き続けている。



 ──“亡国機業”などなければ。


 ──“IS”など存在しなければ。





 ──“篠ノ之 束”さえ居なければ。
 
 
 
 

 あの少女は今も傍らで笑っていたはずなのに。
 それなのに、少女は腕の中で朽ちていった。
 
 幾度声をあげようと、叫ぼうともあの少女に届きはしない。
 声はとうに枯れ果てていた。

 あの日から、岡部は終わらない夜を彷徨い続けている。
 自身の血は凍りつき、次第に狂っていった。

 人間性を捧げ血溜まりを泳ぐ日々。
 邪魔する者は皆、排除した。
 
 
915 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/03/08(金) 21:44:00.85 ID:T6cLchBfo








 ────全ては今日、この日の為に。







 
916 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/03/08(金) 21:44:28.11 ID:T6cLchBfo

岡部「……」


 ──ギィィ。

 ログハウスの扉を静かに開ける。
 一般的なログハウスと違い、極端に広く作られてるソレは明らかに個人の別荘ではない。

 玄関から先の長い廊下を抜けると、大広間に出る。
 大宴会でも催せそうなほど広い部屋。

 ソコには3人の女性が、来客を予期していたかのように並んでいた。

スコール「ほら、言ったでしょう? 2日以内には来るって」

オータム「てめぇ……何もんだ? ココが誰様の所有物かわかってて入って来た馬鹿野郎だよなぁ?」

エム「……」

岡部「……」

スコール「我々の所在地を探っている者が居る。けれど、凄腕ね。ハッキングの形跡はあれど辿ることは不可能だったわ。
     一体どんな魔法を使ったのかしら?」

岡部「……見つ、けた」

 歓喜と憎悪に歪む表情。
 人間のそれとは思えない形相であった。

スコール「何の話をしているのかしらね……それはそうと、貴方は何処の誰かしら?
     ここへ一体なんの御用件が?」

岡部「……」

オータム「おい……死にてぇのか? スコールが聞いてんだろうがぁ!」


スコール「──ッッ!」

エム「ッチ!」


 ────ジュゥゥ。

 
オータム「あん……?」

 肉の焦げる匂いが一瞬で広がる。
 人間の肉が焼ける独特の匂いだった。

オータム「あ……?」

 肺腑に突き刺さる、真紅の何か。
 それは岡部の右腕から伸びていた。

 太く、分厚く、多大なる熱量を帯びた刃。
 人間の細腕で支えられる限界を超えた質量。
 
917 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/03/08(金) 21:44:58.29 ID:T6cLchBfo

エム『……』

 自体を理解したエムはすぐさまにISを展開し“スターブレイカー”の銃口を岡部へと向ける。
 スコールは飛び退いた地点から、様子を伺っていた。

オータム「んだ……これぇ?」

岡部「遅い……鈍い……」

スコール「装備のみの無音即時展開……」

 突き出された岡部の右腕。
 そこからは“サイリウム・セーバー”の刀身部分のみが展開されていた。

 オータムの体を突き破る紅い光刃。
 それは一瞬で命を奪わず、苦痛を引き出すため故意に急所を外されていた。

オータム「がっぁ……あ、あ、あ……スコー……ル、痛ぇ……」

 肺を突き破られ、呼吸がままならない。
 カヒュッ、カヒュッと気味の悪い呼吸音が口から漏れていた。

エム『……』

 岡部に悟られるぬように、スコールへと目を配らせる。
 その視線に気付いたスコールはコンマ数ミリだけ首を縦に振った。

 ──バシュゥゥゥゥ!!!

 放たれる極太の光弾。
 “スターブレイカー”から放たれたエネルギー弾は、岡部とオータムが存在していた一角を消し飛ばした。

エム『……外した』

スコール『……』

 区画ごと吹き飛ぶ威力の攻撃。
 岡部はオータムごと、その攻撃を回避した。

 乱暴に部屋の隅へ女を投げ捨てる。
 オータムの喉は握りつぶされていた。

オータム「がっが……あっ、あっ……」

 苦痛の中で生かす為だけに、オータムをエムの射撃から救った。
 彼女の命はもう長くない。

 もって、あと数分の命である。
 その数分を激痛の中で過ごさねばならない。

 生き地獄であり、行く末も地獄であった。
 
918 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/03/08(金) 21:45:27.36 ID:T6cLchBfo
 
岡部『……』

 何時の間にか展開されているIS。
 岡部はゆったりと、エムへと視線を移した。

エム『やはり……お前か』

スコール「……なるほどね。貴方だったの、あまりにも顔付きが違っていたから気付けなかったわ。ごめんなさいね」

 専用機持ちのファイルは全て目に通してあり、顔なども記憶している。
 しかし、岡部の顔を見ても瞬時に思い出すことは出来なった。

 それはISの搭乗者が女性である事にも起因していたが、岡部の容姿が変わっていたことが問題であった。
 
 頭髪は半分以上が白で染まり、顔は老け込み、目は死んでいる。 
 ファイルに挟まれている写真とはかなり様相が異なっていた。

スコール「なるほど……ね。復讐ってとこかしら? ふふっ……なぁに? 悲劇のヒロインでも気取っているのかしらね。
     まぁ、そちらから出向いてきてくれてありがとう。手間が省けたわ。そのIS、回収させて貰うわよ?」

 恋人であるオータムが瀕死だと言うのに、視線は一切移すことは無い。
 自分の用件だけを浴びせるように言い放つ、まるで“土砂降り”-スコール-のような女である。

岡部『……』

 岡部は耳を傾けない。
 煽られ、揺らぐような感情など既に無かった。

 ゆっくりと左腕をエムに向ける。
 その腕にはすでに“ビット粒子砲”が展開されていた。

スコール『あっは、ちょっと腕に自信があるようだけれど。当ると思って?
     確か貴方が失踪して3年だったわね、その程度の山篭りで調子に乗ってるようだけれど……エムはそんな甘っちょろく無いわよ?』

 現在、岡部の敵意はエムに向けられている。
 スコールはソファに腰を下ろし、観戦を決め込んだ。

 エムの実力は把握済みである。
 “オータム程度”とは格が違う。

 自身が出る幕でも無い、そう信じ込んでいた。

 ──キゥン!

エム『────ッ!?』

 放たれた光弾。
 訪れる衝撃と音。

 “音は後からやってきた”。
 
919 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/03/08(金) 21:45:54.49 ID:T6cLchBfo

エム『……ぐっ』

スコール『──なっ』

岡部『……』

 千切れ跳ぶエムの“右腕”。
 “シールド・バリア”も“絶対防御”も突き抜けて、その光弾はエムの右腕を体から引き離した。

 その攻撃が故意なのか、またはエムの反応により着弾が腕へとそれたのかはわからない。
 だが、その一撃で目の前に居る者が常軌を逸した化物であることは充分に伺い知れた。

岡部『……』

 ゆっくりと、左腕の高さをエムの頭部まで持ち上げる。
 狙いは頭だった。

エム『……』

スコール『……』

 動けない。
 数多の戦場を駆け抜け、手傷を負うことすら稀であったエムが微動だに出来なかった。

 スコールも同様である。
 相手の実力が読めない程、愚かな女ではない。

 しかし、しかし……余りにもイレギュラーな強さ。
 岡部の纏う人間ならざる雰囲気。

 たった一回の攻撃で全てを理解した。
 “コレ”には勝てないと。

エム『……チッ!!』

 が、諦める訳にもいかない。
 エムは動いた。

 ──キゥン!

 “ビット粒子砲”から再び放たれる弾丸。
 エムは弾道上に“シールド・アンブレラ”を全て重ねて対応した。

 出し惜しみなどしない。
 弾丸は“シールド・アンブレラ”を破壊し突き進む。

 正確に頭部へと放たれたそれは、微妙にだが軌道をずらされた。
 弾丸を寸でに避け、左手にピンク色のナイフを展開する。

 ラウラの得意とする“AIC”すら引き裂き“織斑 一夏”の右腕を切り取ったものであった。

 “瞬時加速”-イグニッション・ブースト-発動。

 瞬時に縮まる距離。
 速度による慣性を利用し、攻撃力は最大限のパフォーマンスを発揮している。
 
920 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/03/08(金) 21:46:21.68 ID:T6cLchBfo

エム『(殺った────)』

スコール『(入った────)』

岡部『……』

 エムはそのナイフを、振り切った。
 一瞬で詰められた間合いからの、神速の攻撃。

 避けられる筈が無い、対応出来るものではない。
 そのナイフは“シールド・バリア”を切り裂き装甲を抜け、岡部の頭部に致命傷を与えるはずだった。

エム『────』

スコール『…………ッ!』

 信じがたい光景を目にする。
 在ろうことか、岡部はエムの左手首を掴んでいた。
 
 エムの攻撃は明らかに先手である。
 後の先を取る動き。
 
 合わせられ、後手を取った者が守備に間に合うはずがない。
 人間の反射速度で間に合うはずが無いのだ。

 ──ギリリッ。

エム『ぐっ……』

 徐々に増す握力。
 その力により、問答無用に“サイレント・ゼフィルス”の“シールド・エネルギー”は削られていく。

エム『お前っ……はっ……』

 忍び寄る掌。
 岡部はそっと、エムの頭部を右手で覆い、包んだ。


 ────グチャッ。


 “絶対防御”などまるで存在しないかのように、握りつぶす。
 余りにもあっけなく、エムの頭部は肉の塊となる。

 “サイレント・ゼフィルス”は使用者の死亡と同時に、展開を解除された。

 投げ捨てられる少女の体。
 頭部の無いそれは、3年前の聖夜を彷彿とさせる。
 
921 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/03/08(金) 21:46:56.74 ID:T6cLchBfo

スコール「……」

 自分の犯した行動を悔いるスコール。
 なぜ、腰を下ろしてしまったのか。

 動けない。
 スピードに自信がある自分ではあったが、この状態からISを起動しアクションを起こしても一手遅れる。

 エムとの戦闘中にも勝てぬと悟ったスコールであったが、岡部の気配が逃亡を許しはしなかった。
 動けない。

 幾ら考えても、この場をやり過ごす方法など思い付きはしなかった。

岡部『────紅莉栖、一夏……終わったよ』

 誰に話すまでもなく、ぽつりぽつりと言葉を吐く。
 それと同時にISから淡い光が漏れ始めた。

岡部『…………次だ』

 まるで、テクスチャを乱雑に切って貼っているかのように機体の形が変わっていく。
 異様な光景。

スコール「これは……形態移行……」

 形状を変えていく機体。
 発光が弱まり“石鍵”が姿を固定しようとしたその時。

岡部『──まだだ、コレじゃ足りない』

 呟く。
 呼応するかのように発光は強まり、目を開けていられない程の光がログハウスを一杯にした。

スコール「無理矢理、形態移行を三段階目にまで……ははっ、在り得ないわ……」

 ──ゴキッ。グチッ。

 肉の潰れるような音が鳴る。
 セカンド・シフトの時とは別種の音と光であった。


 “機体に合わせ、岡部の体が変化していく”。


 禍々しい形態移行。
 発光が終わった時、そこに居たのは別種のISであった。





 ──こレより……“オペレーション・アヌビス”ヲ開始すノレ 
 
 
 

 
  
922 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/03/08(金) 21:56:08.73 ID:T6cLchBfo
おわーり。


http://kie.nu/.RuP
ファーストシフト

http://www1.axfc.net/uploader/so/2822050
セカンドシフト

うp中に調子悪くなったので、使ってるロダが違います。
画像はその内に自動で消えます。

ありがとうございました。
923 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/03/08(金) 22:03:11.77 ID:QD46BePvo


岡部…
924 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/03/08(金) 22:10:21.20 ID:kL71Evx2o
おつおつ
イレギュラーだな…
925 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/03/08(金) 22:57:23.55 ID:1kLNujjao
そうだったな……こんな感じだったな……
926 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/03/08(金) 23:24:04.06 ID:cUGoDqEuo

もう少しか
927 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/03/09(土) 11:19:04.06 ID:13yZaKx7o
乙ー
928 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/03/09(土) 13:48:23.88 ID:oqiTbErRo


 目の前が真っ暗になった。

 見えない。

 なにも、

 見えない。

 ただただ、眠たくて。

 みんなに、会いたくて。

 まゆり。

 ダル。

 萌郁。

 るか子。

 フェイリス。


 ────紅、莉栖。



 いち、─────ぁ。


 ──コ[コ[屠コ[
 ──コU契コU契
 ──??ぜU契

 ──D泳DD泳D
 ──S屠LoD泳D

 ──j曙_伝
 ──jcfW~H

 ──u稀u稀將u稀
 ──ハ[ハ[hf通[

 ──ハ[
 ──コ[
 ──ハ[
 ──コ[
 ──ハ[
 ──コ[
 ──ハ[
 ──コ[
 ──ハ[
 ──コ[
 ──ハ[
 ──コ[



 …………。


 …………。


 
929 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/03/09(土) 13:49:11.05 ID:oqiTbErRo





 ─北太平洋洋上─


 海に浮かぶ巨大な空母。
 その国旗は正義の象徴であり、また自由の象徴でもあった。

 筋骨隆々、老齢の男が腰に手を当て立っている。
 眼前には見目麗しい4人の軍属女性が規律正しく並んでいた。

 ──うむ。

 その男の名は“ファーガソン”。
 米国戦略空軍中将の座を持つ叩き上げの軍人であった。

中将「揃っているな」

 イーリス・コーリング。

 ナターシャ・ファイルス。

 ダリル・ケイシー。

 フォルテ・サファイア。

イーリス「はい、閣下。揃っております」

中将「宜しい。私が此度、プレジデントから作戦を賜ったファーガソン中将である」

 女性社会になったとは言え、未だ軍部は男の根城でもあった。
 卑しく利権にしがみ付き手に入れた座を退こうとはしない老害。

 ファーガソンもその1人である。

中将「昨今、我がステイツに攻撃を仕掛けている愚か者が居る────」


 ──主に標的は軍事施設。


 それも、IS関係の施設を特に強く叩いてくれている。


 合衆国の面子は丸つぶれだ。


 目的は不明。


 かなりの死傷者も出している。


 これを放っておくことはできん。


 現在、標的はミッドウェイ諸島近海にて待機状態である。


 これは衛星による熱探知で標的を発見した、見ろ。



 中将の合図と共に現れる投影ディスプレイ。
 ソコには海面以外の何も映されては居なかった。
 
930 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/03/09(土) 13:50:01.19 ID:oqiTbErRo

ナターシャ「閣下? 何も見えませんが……」

中将「まぁ、見ていろ。サーモグラフ!」

 掛け声と共に浮かび上がる熱源。
 先ほどまでは何も無かった海上に、熱を帯びた球状の何かが視認出来た。

イーリス「……コレは?」

中将「彼奴は現在、ステルスモードで待機中だ。微弱ではあるが“シールド・エネルギー”も回復している」

ナターシャ「自前でエネルギーを回復していると……? まるで日本代表“紅椿”の“絢爛舞踏”ですね」

 “紅椿”。
 
 この名を聞いた途端、ファーガソンの顔色が変わった。
 彼は未だに有色人種を差別する癖のある人間である。
 
中将「ジャップの猿などどうでも良い。……が、どうもこの機体はあの国と関係しているらしい」

 ──ニヤリ。

 下卑た笑いが更にこの男の品格を落す。

中将「ダリル。フォルテ。貴様等は確か、IS学園の出だな?」

ダリル「ッハ! そうであります!」

フォルテ「IS学園に在籍しておりました!」

 心の中では下衆だとわかっていても、彼女達は軍属である。
 それを表に出すことは許されない。

中将「どうにもあの機体は、3年前に失踪したジャップの小僧だと言うのだ」

ダリル「……ッ!」


 ──“戦略軍事監視衛星”-オービターアイズ-


 我が合衆国が総力を挙げて製作した、監視衛星。


 此度の敵機発見もコレによるものだ。


 コイツにかかればISなど丸裸も同然。


 事細かにデータを解析することが出来る。

 
931 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/03/09(土) 13:50:27.96 ID:oqiTbErRo


中将「口惜しいことに、ジャップ……あのドクタータバネの所在地だけは掴めぬようだがな」

 極秘裏に完成し、極秘裏に打ち上げられた監視衛星。
 完成間もないその監視解析能力が発揮されたのは、コレが始めてであった。

 遥か上空、宇宙から目標物を監視。
 スキャンし解析をする。

 これにより国家機密となっている他国ISの情報を入手することが出来る。
 無論、これは国際IS条約に違反しているどころの騒ぎではない。

 世界大戦の火種になる代物であった。

中将「解析の結果、形態移行を行っているがどうやら中身はあのイエローモンキーであるらしい……と出ている」

フォルテ「搭乗者は……岡部 倫太郎本人でありますか?」

 岡部とは話したことがある。
 IS特別演習場で短いながらも一緒に反省会をした仲でもあるフォルテは、あの岡部がテロ行為に走るとはとても思えなかった。

中将「生体反応が無い。学者どもが言うにはあのISはドクタータバネの手製であるから、何か事情が違うかもしれないと言っていたがな」

フォルテ「……」

中将「言うまでも無いが、この情報は軍事機密。最高国家機密である。諸君等が敬愛なる愛国者だと言うことは理解しているが他言は無用だ」

 ──ハッ!

 全員の声が重なる。

中将「合衆国は威信を賭け、全力を持ってしてコレを叩く。搭乗者の生死は問わず、ISは回収。以上だ、解れ」

 ──ハッ!

 4機による同時出撃。
 大国アメリカの最高最強戦力である。

 仮にもしコレが戦時中であったとしたのならば、一戦を持ってして決着が付くほどの火力と言って良い。
 アメリカに配備されたIS・操縦者の中でも、卓越した技能を持った4人編成の小隊であった。

 更には“イーリス・コーリング”。
 彼女は今期“モンド・グロッソ”の覇者であり称号“ヴァルキリー”を持つ者である。

 決勝で“篠ノ之 箒”を打ち破り、その栄冠へ輝いた。
 名実ともに現在、世界最強の女傑である。

 目に見えた勝利。
 手柄を確信し、ファーガソンの顔面が歪む。

中将「ミッドウェー海戦……日本の黄色猿にはまた苦渋を舐めて貰うぞ」

 
932 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/03/09(土) 13:51:28.21 ID:oqiTbErRo



イーリス「ふはぁ……あの爺は苦手だ」

ナターシャ「イーリ。口は慎みなさい、あんなのでも一応は上官よ」

イーリス「ナタルよ……お前も何気に酷いこと言ってねぇ?」

 ピットに戻った矢先にコレである。
 彼女らにとって、ファーガソンは敬える上官ではなかった。

フォルテ「けど、おかしいッスよ。岡部くんがテロ行為なんてするはずが無いッス……」

 不貞腐れた顔でフォルテが呟く。
 任務に納得がいっていないようであった。

ダリル「任務に私情を挟むと死ぬぞ。それに岡部と決まった訳でもねーだろうがよ……」

 ダリル、フォルテ。
 両名はあの日、12月24日の凄惨な事件を控え室のモニターで見ることしか出来なかった。

 どれだけ攻撃しても打ち破れぬシールド。
 絶望の咆哮をあげた岡部の声を、今でも記憶している。

イーリス「そう言や、お前等同級生なんだってな。どうだったんだよ、その岡部ってのは」

フォルテ「変わってるけど……良い人だったッス」

ナターシャ「でも、その岡部って人だと確定した訳じゃないわ。気をしっかり持って、ね?」

 優しくフォルテの両肩を持ち慰める。
 ナターシャは実質、この小隊を纏め上げるリーダー格の人物であった。

 実力ではイーリスにこそ叶わないが、兵隊に必要なのは突出した力ではない。
 ワンマンアーミーは早死にする。

 連携プレイこそが、生還するための鍵なのだ。
 そしてこの小隊でその鍵を握るのが彼女“ナターシャ・ファイルス”であった。

イーリス「よっしゃ! それじゃぁ……王子様のご尊顔を賜りに行くとすっか!!」

ナターシャ「だから、決まった訳じゃないでしょう……」

 米国最強と唄われた4人組が動く。
 この戦いは、後に歴史を動かす一戦となる。
 
 ミッドウェー海戦が開幕した。
 
933 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/03/09(土) 13:52:10.35 ID:oqiTbErRo





 ─我輩は猫である─


 パンパン。
 両手を叩く音がラボに響く。

 プラモデルで作られた仏壇に束が手を合わせていた。

束「なむなむ……」

 3秒ほど手を合わせ、すぐさま回転。
 スタッと華麗に椅子へ座り込む。

束「いやー、いっくんが死んじゃってもう3年かー、早いなぁ」

 カタカタと立体キーボードを叩き“監視衛星”にハッキングを仕掛ける。
 送られてくる映像を同期し盗み見ていた。

束「悲しいねー悲しいねー……でもまぁ──」


 ────箒ちゃんじゃ無くて良かったよ。


束「本当に」

 鼻歌を歌いながら、画面に食らい付く。
 映像はサーモグラフで映し出された球状のソレを映し出している。

 束にとって本当に大事なものは“箒”であった。

 それ以外のものはついで……例外を含めるのであれば“千冬”と娘扱いしている“くー”がそれに当る。
 一夏に対する関心は本物であったが、それも箒や千冬に比べたらその程度のもの。
 
 箒>>[越えられない壁]>>千冬>> くー >>>>[越えられない壁]>>>一夏>>>両親>ごみ。

 そんな束が仏壇を作り手を合わせているだけでも、本人からすればかなり大事に思っていた部類に入る。
 ニヤニヤと足をバタつかせながら画面を見続ける。

束「それにしても、アメリカさんは出歯亀根性がゴイスーだね。便利なもん作るなーべんりべんり!」

 最高機密の軍事衛星も束にかかれば、玩具である。
 すでにハッキングは完了し、何時でも私用で使うことを可能にしていた。

束「にしても……だよ、この子の目的はダメだね。許せないね」


 ──最終的に箒ちゃんや、ちーちゃんに牙が向くよね。


束「まぁアメリカさんがしばき倒してくれちゃったら問題ないんだけどねー」

 ラボから見据える世紀の一戦。
 観客はファーガソン中将と、篠ノ之 束。

 束の後ろには、生命の通わない無機質な機械人形。
 無人ISゴーレム最終系“タイタン”が30体、鎮座していた。

 
934 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/03/09(土) 13:52:50.12 ID:oqiTbErRo



 ─世界同時中継─ 


 12月31日。
 この日、世界を揺るがすニュースが全ての国・国民に衝撃を与えた。

 放送は米国、ホワイトハウスから発信されたものである。


大統領「私は本日、重大なニュース。そして起こった悲劇の数々を語らねばなりません」

 大統領の表情は重い。
 就任後、これほど責任ある決断を取ったのは初めてのことだった。

大統領「先日。ミッドウェイ沖にて大規模な戦闘が起こりました──」

 淡々と原稿を読み上げるのではない。
 演説に定評のある、力の篭った民衆の心を動かすそれであった。

 ──我が合衆国は、先鋭4人のIS操縦者。

 並びに戦略空軍中将……その尊い命を失うことになりました。

 無論、数多の兵士達も職務をまっとうし命を散らした。

 一体どこの国と? 皆さんは思いでしょう。

 違う。国じゃない。

 一個人、たった一人の……人物と呼んで良いのかもわからない、そんな化物と彼等は相対したのです。

 IS4機。

 これが、如何ほどの戦力を持つか賢明な皆様なら想像に易いでしょう。

 操縦者の中には、今期の“モンド・グロッソ”覇者である“イーリス・コーリング”も居ました。

 我が国が負った損失は計り知れない。

 5人もの英雄、兵士達を失った。

 これを見てください。

 これが、これこそが元凶であり、数多の命を奪い続けている者です。


 映像が切り替えられ、1機の全身装甲型ISが画面に映し出される。
 サード・シフトを終えた“石鍵”がその禍々しい姿を晒していた。

 最早、ISとは呼べない姿形。
 全身を覆った装甲の中に人間が入っているとは到底おもえない造型をしている。

 くびれや関節と言った箇所が反り返る動物的なシルエット。
 人間がその中に包まれているのだとすれば、全ての骨は砕かれている。

 勘の良い者であるならば、気付くであろう。
 姿形は違えど、そのISが“石鍵”であることに。
 
935 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/03/09(土) 13:53:43.40 ID:oqiTbErRo

箒「……ッ!」

 自室でTVを見ていた箒が驚きの顔を作る。

セシリア「えっ……」

 傾けていたティーカップを落す。決して安くは無いそれがカチャリと音を立てて壊れた。

鈴音「……嘘でしょ」

 訓練を休憩しTVを軍内部で見ていた鈴音が思わず声を漏らす。

シャル「何かの間違い……だよね」

 悲痛の表情を作り、ラウラの手を握る。
 傍らにはラウラが椅子に座っていた。

ラウラ「……変形しているが、間違いない」


「「「「「“石鍵”」」」」」


 ご覧に頂けたでしょうか。

 コレが今、合衆国を……世界を敵に回し、有らん限りの暴力を振り撒いている者の姿です。

 “彼”は各国の重要機関。

 我が国では幾つもの軍事施設……フランスでは欧州原子核研究機構が跡形も無く破壊されています。

 理由は知る由もありません。

 人類は多大なる被害を今も尚、受け続けているのです。 

 “彼”と表現したのは、このISの搭乗者を我が国はすでに特定しているからです。

 既に私の言い回しに気付いた方はいるでしょう。

 ISの普及以来、それを起動できた男性は2人。

 1人は第1回“モンド・グロッソ”覇者“千冬 織斑”の弟である“一夏 織斑”。

 彼はもうこの世の人物ではありません。

 実に……痛ましい事件でした。
 
936 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/03/09(土) 13:54:10.51 ID:oqiTbErRo

 そしてもう1人。

 あの凄惨な事件後に姿をくらまし、今日までその消息を掴むことが出来なかった人物。

 ──“倫太郎 岡部”。

 彼が、そのISの搭乗者であることは間違いありません。

 彼が何を思い、行動しているのか……。

 その牙は軍関係者のみならず、一般市民にも手が及んでいるのです。

 そう! 在ろう事か、彼は都市を1つ地図から消した!!

 それが単なる破壊衝動なのか、何かを探しているのか……。

 答えを知る者は彼と神のみでしょう。

 これは未曾有の出来事です。

 有史始まって以来の、人類の危機と呼べるでしょう。

 IS4機を単機で滅ぼすその力が、どれほどのものかお解かり頂けるでしょうか。

 本来ならば、国は体裁を考え行動を取らねばなりません。

 しかし! 体裁など考えているほど自体は甘く無い!

 我が国は訴えます! 全世界へと訴えます!!

 この個人を野晒しにすることは許されないと!!

 各国が手を取り合い、排除せねば人類に危機が及ぶと!!

 アメリカ合衆国は、彼を、あのISを──




   ─────────────────────────

         ──“人類種の天敵”──   

   ─────────────────────────




 と認識し、これを殲滅することを提唱します。


 そう……正義のために。

 
937 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/03/09(土) 13:54:43.08 ID:oqiTbErRo




 このニュースは世界中を震撼させることとなった。
 無論、報道前に各国首脳で話し合い決められたことである。

 搭乗者が日本人である以上、批難が日本に集まるのも覚悟の上であった。
 しかし、それ以上に“岡部 倫太郎”の存在は世界の脅威となりつつあり、一国で対処出来るレベルでは無くなっている。

 世界最高クラスのIS4機を持ってして殲滅出来ぬ対象。
 つまり、それ以上の力、数が必要とされている。

 国々が手を取り合い、戦力を合わせるより討伐の可能性は無かった。
 何よりも体裁を重んじ、頭の硬い米国が率先し事の重要性を説く。

 決して仲の良いとは言えない大国同士が首を縦に振り同調する。
 IS機関を持つ殆どの国が“岡部 倫太郎”の襲撃に怯えていた。

 都市を襲撃したこともあり、全ての国が安全である保障も無くなった今、
 国の垣根は消え去り一個人のためにその力が収束される。




 “岡部 倫太郎”は世界を敵にした。





 
938 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/03/09(土) 13:55:19.34 ID:oqiTbErRo



 ─特別IS戦闘演習場-作戦司令室-─


 有事の際に使用される施設は、その役目を務めようとしていた。
 モニターで埋め尽くされているだだっ広い作戦司令室。

 そこには300人超の女性が規律正しく並んでいる。

千冬「私が此度、任務の全てを任された“織斑 千冬”だ」

 女性達は黙って千冬の言葉に耳を傾ける。
 空気はピリリとしまっていた。

千冬「現役を退いて結構な時間が経つ。不服な者も居るだろうがそこは飲み込んでくれ」

 千冬の前で列を成している者の殆どが現役軍人であり、アスリートでもあった。
 元IS学園の生徒もその中には混じっている。

 そして、指揮官としての千冬を認めぬ者など1人も居なかった。
 皆が“織斑 千冬”の力量を知っている。

 現役だの引退だのは、この人にとって関係が無いと理解していた。

千冬「感謝する。真耶」

真耶「はい」

 傍らに立っていた“山田 真耶”が口を開いた。
 サポート役としての自己紹介をする。

 現場であるため、2人とも呼び名や言葉使いを気にする必要も無かった。

真耶「今回、我々が仰せ付かった任務はシンプルにして困難を極めます」


 ──“人類種の天敵”である“石鍵”の破壊。


 一瞬、言葉を詰まらせそうにもなるがソレを飲み込み真耶は続ける。
 もう……生徒では無いのだと自分を説得して。

真耶「総勢、338名338機のISが集まりました」

千冬「467機中、338機集まった。上等すぎる数字だ。それだけ各国も本腰を入れている」

 破壊されたコアや強奪された機体。
 それを含めての467機である。

 338と言う数字は異常であった。
 この精鋭達が反旗を翻せば、世界は確実に沈むほどの戦力である。

 それほどまでに“石鍵”は世界を追い詰めていた。
 
939 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/03/09(土) 13:55:54.94 ID:oqiTbErRo

千冬「作戦概要を説明する。その前に、何か質問がある者は挙手をしろ」

 躊躇無く腕を挙げたのは、最前列に並んでいた“更織 楯無”であった。

千冬「なんだ」

楯無「標的についてです。あのISは3年前に失踪した“石鍵”、並びに搭乗者は“岡部 倫太郎”で間違いありませんか?」

 誰しもが思っていた疑問を率先して問いただす。
 学園を卒業して尚も、彼女はリーダーシップを発揮し続けていた。

千冬「米国が打ち上げた“戦略軍事監視衛星”によれば、まず間違いないそうだ」

 ─“戦略軍事監視衛星”-オービターアイズ-─

 秘密裏に開発され、打ち上げられた超高性能監視衛星はその権限を“国際IS委員会”に委ねた。
 戦争の火種にもなり得るソレは、当初こそ批難の嵐を浴びたが有事とありその有用性も認められ今回の作戦で大いにその力を発揮することとなる。

 国同士で揚げ足を取り合うほど、どの国もゆとりは無い。
 それ程までに、一個人が巨大な力を手にすることは問題であった。

楯無「……搭乗者は“生存”しているのですか?」

千冬「不明だ。衛星でのスキャンによれば生体反応は無いと出ているが、確定情報ではない。それに──」


 ──搭乗者が生者であれ何であれ、任務に変わりは無い。


楯無「……」

千冬「他には?」

真耶「無い……ようですね。それでは先ず、この映像をご覧下さい。“石鍵”と先日交戦した米国操縦者達の記録です」

 司令室内に敷き詰められたモニターが一斉に起動する。
 全てのモニターにその映像が流された。

 338の視線が、各々見やすい画面へと注視する。
 
940 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/03/09(土) 13:56:26.38 ID:oqiTbErRo

千冬「武装の説明をする──」


 まず1つ目。

 背部に搭載された大型の翼状スラスター6基。

 爆発的な推進力を産んでいる。

 MAX時の出力は未だ解析が出来ていないが最低でも“瞬時加速”。恐らく“二段階瞬時加速”まで出来ると思って良い。

 そして、このスラスターにはもう一点、注意しなければならない点がある。


 千冬がタッチパネルの要領で画面に触れ、スラスターをズームアップする。
 全てのモニターがスラスターの上部を映し出した。


 砲口が付いている。

 そう。このスラスターは推進力だけではなく、砲台としても機能している。

 その性能だが……映像を流す。見てくれ。


 画面の“石鍵”が動き出す。
 周囲には防御陣形を敷いていた“ダリル・ケイシー”と“フォルテ・サファイア”が居た。

 絶対防御と唄われたコンビネーション。“イージス”を展開している。
 攻撃を完璧に捌き無効化すると言われた2人の陣形だった。

 “石鍵”のスラスターから放たれる6本の光線。
 その全てが、ダリルとフォルテの元へと目掛けて放たれた。

 凄まじい速度のそれを、難無く避ける2人。
 防御ではなく回避を選択した。


千冬「ここだ。良く見てくれ」


 後方に飛んでいく6本の光線。
 それが12本に分裂し、向きを変え後方からダリルとフォルテの元へと再び進路を取った。

楯無「“BT偏光制御射撃”-フレキシブル-」

 思わず、楯無が声を漏らす。
 千冬が相槌を打つように続けた。

千冬「それだけじゃない。見てわかる通り、倍に分散している。そしてそれぞれが指向性を持って目標を狙っている」

 画面では驚き戸惑っているダリルとフォルテが映っていた。
 分散された12の光線をギリギリのところで回避している。
 
941 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/03/09(土) 13:57:17.55 ID:oqiTbErRo

千冬「……」

 回避した光線は更に分裂を続け、24本の光線となり2人のISを四方八方から同時に貫いた。

千冬「解析した結果、人間では到底不可能な演算をし続けている……と出た。おそらく、標的に当るまで分散を続け狙ってくる」

 ──嘘でしょ……。

 誰かがポツリと声を漏らした。
 当然の感想である。

 常軌を逸した演算能力と攻撃力。
 ペア戦では無類の強さを誇っていたダリルとフォルテのペアが一撃で沈められているのだから無理はない。

 集まった女性陣の中には、この2人と戦った者も少なくない。
 実力は知っていた。

千冬「この様に、この攻撃は避けてはならない。かと言って防御も見たとおりだ」

真耶「対処法は分散する前。つまり、光線が6本の内に何かをぶつけて役目を終わらせることです。
   最低でも6名がこの防御作業に就くことが大前提になります」

 たった1機のISの、たった1回の攻撃を止める為に6機のISが防御に集中しなければならない。
 殆どの人間が冷たい物を背中に感じていた。

千冬「次だ。コレがシンプルにして一番厄介でもある」

 再び注視される画面。
 “石鍵”の右腕。

 その手が持つ銛状の兵器がズームアップされた。

 2つ目。

 右腕に握られている、銛の形状をしたオールレンジの近接武器。

 近接武器だと言いながらオールレンジと説明したのには訳がある。

 視認出来る程の強力なエネルギーの流れを見てくれ。


 画面では、ダリルとフォルテが撃墜された直後が流れている。
 強力な高弾を浴びる“石鍵”が映っていた。

 しかし、画面にはライフルを構えているISなど見当たらない。
 その魔弾の射手は、遥か後方で超遠距離射撃を行いサポートしていた“銀の福音”-シルバリオ・ゴスペル-であった。

 砲撃を受ける“石鍵”。
 “エネルギー・シールド”を砲撃で削られながらも、意に介さず銛を振るった。

 銛の長さはせいぜいが2・3メートル程度である。
 十数キロ先から砲撃を行っている“銀の福音”に届くはずがない。

 機体から流れているエネルギーが銛へと移る。
 次の瞬間、海が斜めに割れた。

 海面からジュゥゥと言う蒸発音まで響いている。
 “銀の福音”搭乗者である“ナターシャ・ファイルス”の体はニ分割され、海の割れ目へとその体が沈んでいった。

 言葉が出ない。
 圧倒的な力。

 全ての人間が、これは特撮だと信じたくて仕方が無かった。
 
942 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/03/09(土) 13:58:00.16 ID:oqiTbErRo

千冬「防御方法は無い。回避するしか手立てが無い。しかし攻撃は直線的だ、避けれない事は無い」

 簡単に言ってくれる。
 貴女ならそれは容易いかもしれないが、一撃致死のプレッシャーの中でどこまで攻撃を避け続けることが出来るのか。

 何人かの女性は歯をカチカチと鳴らし、震えていた。

真耶「しかし、見てください。先ほどまでは目で見えるほど強力だったエネルギーがもう視認出来ません。
   あの攻撃力です、全力の攻撃を常に振るえる訳ではありません。無尽蔵の様なエネルギーも無限では無いのです」

 ──おぉ。

 言われてみれば、と声をあげる。
 ここまでレクチャーを受けて、初めての朗報であった。

千冬「希望を穿つようで悪いが最後にもう1つ」

 3つ目。

 尾骨のあたりから伸びているケーブル状の何か。

 先端が尖っているコンセントのようなものだと思えば良い。

 ……これが最後になる。


 見てくれ。


 残った最後の戦士。
 “モンド・グロッソ”覇者。
 
 “ブリュンヒルデ”の称号を持つ、現役最強の操縦者“イーリス・コーリング”だった。
 彼女の動きは、この場に居る全員が最も正解だと思う動きをしている。

 一瞬の内に仲間が3人落されたと言うのに、冷静に対処していた。

 懐に入り、スラスターからの射撃をさせない。
 銛での攻撃は近接戦では意味を成さない。

 両拳が武器である近接特化型IS“ファング・クエイク”の双拳が遠慮無く“石鍵”に叩き込まれていた。
 拳王、拳聖、ゴッド・フィスト。

 彼女が持つ称号のどれもが拳を名乗ったものであった。
 拳を極めし者であるイーリスは、近接肉弾戦のみで世界の頂点へと上り詰めている。

 “石鍵”の攻撃は当らず“ファング・クエイク”の攻撃のみが当る。
 確実に“石鍵”の“シールド・エネルギー”は消滅しようとしていた。

 誰しもが息を飲む。
 このまま勝ってしまうのではないかと、無意味な幻想を抱きながら。

千冬「次のシーンだ……」

 千冬が声をあげた。
 “石鍵”が腰を横に振るようなアクションを取る。

 ケーブルの先端が背後から“ファング・クエイク”に突き刺さった。

 拳の弾幕が止む。
 徐々に動きを失う“ファング・クエイク”

 映像上ではわからないが、監視衛星は数値として捕らえていた。
 “ファング・クエイク”から“石鍵”へ流れ込むエネルギーの動きを。
 
943 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/03/09(土) 13:58:40.83 ID:oqiTbErRo

千冬「ヤツはそのケーブルをISに突き刺し、強制的に“シールド・エネルギー”を奪っている」

 一瞬、日が射したかと思えばまた暗雲が光を閉ざす。
 司令室は今や通夜会場に近い雰囲気を纏っている。

真耶「最高で尻尾を切り落とす。最悪でも尻尾の動きを何名かで抑える。これをして、初めて近接戦闘に持ち込め勝機が見えます」

千冬「エネルギーを奪うと言うことは、エネルギーが必要という事だ。ヤツもIS、エネルギーが枯渇すれば動かなくなる」

真耶「独自のエネルギー回復方法として、ステルスモードで待機状態に入る……と言うのがありますが、効率は良くないようです。
   証拠に、その戦闘から2日間は動いていません。“ファング・クエイク”1機ではエネルギー量が足りなかったようです」

千冬「よって、我々の取る作戦は1つ」

 ──波状攻撃をし続けること。

千冬「勝機はそれしか考えられない」

 息を飲む操縦者達。
 意味は解っていた。

千冬「近接攻撃者1名。砲撃対処6名。尻尾対処2名。最低でも9人編成で動いて貰う」

真耶「標的に数で攻めても無駄です。絶え間なく、攻撃を仕掛け消費させ続ける……これしか、勝機はありません」

千冬「常に9人になるようスタンバイして貰う。考えたくは無いが、1人落ちれば直ぐに1人増援に」

真耶「これが本作戦」


 ──オペレーション・神風──


 自らの命を削り、相手を仕留める。
 帰還など考えない。最初から命を捨てることを前提とした作戦であった。

ラウラ「はい、教官」

千冬「ボーデヴィッヒ」

 最前列の端に位置していた“ラウラ・ボーデヴィッヒ”が挙手をする。
 その目は覚悟を決めている色をしていた。

ラウラ「つまり。捨て駒を多用し、標的のエネルギーを削る……そう言うことですか?」

千冬「……そうだ」

 見も蓋も無い要約を肯定する。
 否定することは出来なかった。
 
944 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/03/09(土) 13:59:13.22 ID:oqiTbErRo

ラウラ「なるほど。では、自分は第一陣に志願いたします」

千冬「……死ぬ気か」

ラウラ「本作戦は標的の破壊。波状攻撃の要はエネルギーを削ることではありますが──」


 ──別に、第一陣で破壊してしまっても宜しいのでしょう?


千冬「……無論だ。無駄な犠牲は避けたいのが本音、被害を最小限に目標を倒せるのならばそれに越したことは無い」

真耶「はい。皆さん、一人一人が標的を倒すことを考えて下さい」

千冬「以上で作戦概要説明を終了する。第1陣から志願するものはココに残れ、それ以外は自室に。
   特に希望の無い者は実力を考慮し、こちらで決めたオーダーに従って貰う。解散!!」

 蜘蛛の子を散らす様に部屋を出て行く人の波。
 皆、覚悟は出来ていた。

 けれど、完全に捨て駒とわかっていて第1陣に志願などしたくは無い。
 誰だって死にたくは無かった。

 どうせ生きるのなら、少しでも長く……。
 この考えを否定出来る人間など居はしない。

千冬「残ったのは……お前等か」


 篠ノ之 箒。

 セシリア・オルコット。

 凰 鈴音。

 シャルロット・デュノア。

 ラウラ・ボーデヴィッヒ。

 更織 簪。

 更織 楯無。


 自殺志願者は7名であった。
 
945 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/03/09(土) 13:59:48.07 ID:oqiTbErRo

千冬「まったく……馬鹿な生徒を持つと苦労する」

箒「お言葉ですが、先生。我々はもう生徒ではありません」

セシリア「これでも一国を背負う操縦者……」

鈴音「伊達に“ヴァルキリー”の称号は貰ってないしね」

シャル「死ぬ気なんてありませんよ」

ラウラ「無論だ。必ず勝つ」

簪「私でも、出来ることがあるから……」

楯無「ここで引く訳いはいきませんから」


 「「「「「「「1発、ぶん殴ってやらないと気がすまない」」」」」」」


千冬「馬鹿だよ、お前達は……」

ラウラ「ですが教官。我々が教えを乞うたのは貴女です」

セシリア「あら、でしたら馬鹿を教わったと言うことになりますわね?」

箒「まさにな」

 彼女達は強かった。
 一夏が殺され、憎しみを覚えなかった者は居ない。

 けれど、憎しみに溺れた者も居なかった。
 岡部が狂ってもなお、その岡部に憎しみなど覚えはしない。

箒「同窓会を開こうじゃないか」

シャル「箒にしては素敵な言い回しだね」

 くすくすと笑いが漏れる。

簪「同窓会……か、何か良いな……」

鈴音「昔の借りを返してやるわ! 馬鹿……ぶん殴って正気に戻してやるんだから」

楯無「成長したおねーさんの体を見せてあげないとねー♪」

 世界の敵。“人類種の天敵”と言わしめた“敵”に対してこの姿勢である。
 女子は──女は強かった。


 ────同窓会の、始まりだ。
 
 
 7人の声が揃う。
 舞台の幕引きはもう直ぐだった。


 
946 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/03/09(土) 14:38:18.65 ID:fs9QV1+G0
おっつおっつばっちし☆………
一度読んでわかってても、心に来るものがあるな。。。
947 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/03/09(土) 18:34:57.54 ID:13yZaKx7o
乙ー
そろそろ新スレだけどスレタイは同じなのか、pixivと同じように変えるの?
948 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/03/09(土) 21:00:45.34 ID:rCMtvr+5o

はじまるな
949 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/03/09(土) 21:21:04.55 ID:l7etCIdRo
乙!
いい同窓会になればいいな……うん……
950 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/03/10(日) 11:48:23.73 ID:9ThARG/Ro
ちょっとACfAやりなおしてくる
もちろん大虐殺ルートで
951 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/03/12(火) 09:26:43.89 ID:Ji20IZwv0
何回このSS読んだかわからないくらい読み返してる
何度読んでもこのバッドルートは心えぐられる…
それでも読んじゃうっ!不思議っ!
952 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/03/13(水) 23:05:38.82 ID:o83H6tLTo
おお来てたのな
またあの絵描きさんこねぇかねぇ

がんがれオカリン
953 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/03/16(土) 13:25:04.52 ID:VN/5uLr7o

 
……。
…………。
………………。


 寒?……。凍えそ#だ。

 も#ずっと雪#"止まな?……。

 ここ─暗くて……何も見えな?……。

 何時$らだった$……あぁ、あの日だ。

 あの***マスの日$らだ。

 何$が間違ってしまったの--。

  
 込み上げる感情を抑えきれず、叫びだしてしまった12月24日。
 あの日から全ての歯車が狂ってしまった。



 時間が経った。



 鏡に映る姿は醜く、自分である事を理解するのに時間がかかった。
 誰だこの男は。

 お前は誰だ。
 俺は誰だ。
 お前は誰だ。

 また、時間が経った。

 俺はやったよ。



 一夏。紅莉栖。



 俺はやったよ。

 何時$らだった$……何も追憶?出せなくなったの--。
 も#二度と戻れな?と言#事だけ$"、頭の中にこびり付?て?た。

 あぁ、ダメだ、眠?。

 ──なにも追憶?出せな?なら、何も考えな*ても良?じゃない$。

 
 ──***、お前--どこに?るんだろ#な。

 
954 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/03/16(土) 13:25:55.33 ID:VN/5uLr7o
 
……。
…………。
………………。


千冬「水を差すようだが、お前達を同時出撃させる訳にはいかない」

 ──えっ?

 盛り上がりを見せる一同が同じ表情を作る。
 なんで? と言った顔だった。

箒「なっ、何故ですか?」

千冬「……お前等、自分の立場がわかっていないのか?」

鈴音「?」

真耶「あのぉ……皆さんは今、各国家を代表する選手。つまり、世界でTOPの操縦者です」

セシリア「当然ですわね」

千冬「そのお前達が第1陣で全員出撃して、全員落ちたらどうする。次に繋がらないだろうが」

ラウラ「勝ちますので問題ありません」

千冬「だからお前は何時まで経っても小娘なんだ、ボーデヴィッヒ」

ラウラ「──なっ! 自分はもう小娘ではありません! 胸だって成長しました!」

 ──ぷっ。

 横で噴出すシャルロット。
 それとは反対に胸を隠す鈴音。

千冬「私からしたらお前達は皆まだ小娘だ。兎に角、お前達の意思はわかった。汲み取るようにオーダーを製作する」

楯無「ちなみになんですケド、千冬センセも出撃なさるのですか? ISは?」

千冬「……」

真耶「はい。長年時間を掛け続けようやく完成した“暮桜”の正当後継機。第3世代型“木花咲耶”。準備は整っています」

千冬「そう言うことだ」

 事件から3年経った今でも現役は第3世代型ISであった。
 束が情報提供をしない以上、第4世代の普及はありえない。

 それほど“展開装甲”は未知の技術であった。
 
955 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/03/16(土) 13:27:14.10 ID:VN/5uLr7o

箒「……出るのですか?」

千冬「正味な話し、私が単機で出撃するのが一番効率が良いんだ」

簪「……えっ?」

鈴音「どう言うことですか?」

千冬「“単一仕様能力”-ワンオフ・アビリティ-である“零落白夜”は健在だ。私が出向き、ヤツのエネルギーを消滅させるのが一番被害も少なく効率が良い」

真耶「けれど、万が一は許されません。もし、千冬さんが第1陣で落ちた場合、指揮出来る者が居なくなりますから……」

 目を伏せる千冬。
 一番悔しいのは自身であった。

 エネルギーを消滅させる“零落白夜”を振れる人間はもう世に1人しか居ない。
 世界を滅ぼしうるほどのエネルギーを持つ“石鍵”を無効化出来る最後の手段である。

 万全の状態で無ければ出撃は出来ない。
 
956 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/03/16(土) 13:27:54.77 ID:VN/5uLr7o

楯無「もう1つ。“石鍵”の装甲ですが、形態移行する前の硬さは尋常じゃありませんでした。
   仮にエネルギーを消滅させても機能不全を起こせるほどのダメージが通るかどうか……」

千冬「その点は此方でも把握済みだ。以前の“石鍵”の強度も含めてな」

シャル「と言うと?」

千冬「学園に居た頃、“石鍵”の装甲は異常だった。どうすれば突破出来るのか想像もつかぬ程にな」

真耶「ですが、形態移行を経て変化が見られています。衛星からのスキャンによると、装甲の強度が落ちているとの結果が出ました」

千冬「攻撃特化になったのか、装甲の強度が不要になったのか……それは知らないが、付け入る隙はあるさ」 

セシリア「充分に戦えますわね……6基のスラスターからなるBTレーザーは全て、わたくしが打ち落としてご覧に入れましょう」

シャル「テールの動きは複雑だけど、物理シールドを重ねれば防げないことも無いよね」

箒「銛の威力は脅威だが線の攻撃は単調だ。読みやすい」

 この場に居る誰もが、負けることなど考えてもいなかった。
 自分達なら止められる。

 あの男を救えると思っていた。

千冬「皆、すまない。ありがとう」

 聞き取れないような小さな声で、千冬が個人としての礼を述べた。
 それに返礼するような野暮を働く者など居ない。

千冬「第1陣は、箒。お前だ。持久戦になる。“絢爛舞踏を”限界まで発動し続け“石鍵”のエネルギーを削り続けろ。
   明朝、日の出と共に出撃だ!」

箒「はいっ!」

千冬「オルコット! 貴様も第1陣だ。スラスターから放たれるBTエネルギーは拡散する前に必ず落してみせろ!」

セシリア「抜かりなく」

千冬「他7名は、この場に居ない精鋭から出てもらう。お前等は待機、しかし何時でも出撃する心構えで居ろ!」

 ──はいっ!!

千冬「良いか。これは授業じゃない、訓練ではない。人類の存亡をかけた……アイツの、岡部への説教だ」

 ここへ来て出る岡部の名前。
 全員が反応する。

千冬「良い女の条件を教えてやる。男を叱れることだ」

 苦笑が漏れ出る。
 女尊男子の世の中で、男を叱責するのなど当たり前であった。

 千冬が言っている言葉はそうじゃない。
 対等な立場として、それを出来る人間であれと言っている。

千冬「弟を──」


 ──── 一夏を、アイツの復讐の道具にはさせん!!


千冬「岡部、説教の時間だ」

 
957 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/03/16(土) 13:28:22.34 ID:VN/5uLr7o





束「さ、時間だよ」

 束の声と共に一斉に起動する無人IS“タイタン”。
 30機編成のそれは見るだけでも壮観だった。

束「ちーちゃんの性格から考えると、朝日と共に出撃だー! とかやりそうだからね、夜の内に終わらせるよん」

くー「……」

束「まったくー、何時の時代の人だよって感じだよねー」

 ケラケラと笑いながらも口は動き続ける。
 何時に無く饒舌だった。

束「衛星にハッキングしてダミー映像を流す。へっぽこ操縦者に来られて無駄に餌をやる必要は無いからね。“タイタン”だけで落すよ」

くー「私も出撃します」

 くーの言葉に首を横に振る束。
 出撃を認める気は無い。

束「くーちゃんが出る必要無いよ、この子らだけで充分だよ。シミュレーション結果じゃ60%で大勝利だよ。
  大天才としちゃ100%に出来なかったのが悔しいけれどね、それでもまぁ大丈夫っしょー! ジャンジャンバリバリ大確変だよ!」

くー「私が加われば80%まで高まります」

束「100%じゃないよ」

くー「お役に立ちたいのです」

束「束さんが出なくて良いって、言ってるんだよ?」

くー「それでも、お役に立ちたいのです。あの者の狙いはISであり……“お母様”ですから」

束「はぁ……聞かないよね、私の子だもんね」

くー「はい」

 珍しく溜息を吐く。
 束の溜息姿を見た者など殆ど存在しない。

束「“染井吉野”の準備は出来てるよ。槍もね」

くー「ありがとうございます。行って参ります」

 ぴこぴこと背中越しに手を振る束。
 これ以上の言葉を出すのは、キャラクターじゃないと自分でわかっていた。

 モニターで“石鍵”を見つめながら語りかける。

束「まさか、こんな事になるだなんてね。流石の束さんも予想だにしなかったよ、いや参ったね実際。
  君との隠れん坊も飽きてきたし、箒ちゃんやちーちゃん殺されるのも嫌だしね」

 椅子に腰を下ろしながらも、語りは止まらなかった。

束「一瞬、殺されてあげても良いかなと天才らしからぬ思考も浮かんだけれど、あれは却下だ。
  だって君はさ、束さんを殺してもまだ殺すでしょう。ISがある限りさ」

 抑揚の無い声。
 ただ、淡々と事実だけを述べていた。

束「そうそう、箒ちゃんに電話したんだよ。2日ほど前に。“紅椿”捨ててみない? って。
  ちょー怒られちった。いやいや、まぁそうだよねぇ。だったらやっぱり、殺されてあげる訳にはいかないからさ」


 ──君が死んでよ。


束「うん。それが一番。──じゃぁ、いってみようか」

 “石鍵”の元へと放たれる31の光。
 物語りの終焉が迫っていた。

 
958 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/03/16(土) 13:28:49.61 ID:VN/5uLr7o


 ミッドウェイ諸島近海。
 “石鍵”は“攻殻機動迷彩ボール”の中に納まり、海面をプカプカと漂っていた。

 地理的に何処へでも即座に迎えるからか、ココへ留まっている。
 次の目的地も既に決まっていた。

 高性能ステルス機能により、辺りの景色と同化し傍目からは静かな海面でしかない。
 ただひっそりとエネルギーの回復を行っていた。

 ──キュン!!

 放たれる“荷電粒子砲”。
 30体の“タイタン”が一斉にそれを放った。

 ──パリン。

 ガラスの様に割れる“攻殻機動迷彩ボール”。
 その強襲は少なからず“石鍵”のエネルギーを削った。

岡="“……”

くー『目標視認。行きなさい』

タイタン《……》

 散開する無人ISゴーレム最終型“タイタン”
 その姿は今までの趣と異なった姿形をしていた。

 黒一色だったゴーレムシリーズのカラーを変え、白一色に。
 女性の形を象っていた造型は男性型に。

 4基の大型ウィングスラスターと“荷電粒子砲”。
 エネルギー状の爪が特徴的であった。
 
959 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/03/16(土) 13:29:15.86 ID:VN/5uLr7o

岡="“……”

 30体のISを敵と認識し起動する“石鍵”。
 それらを撃滅すべく、装備を展開する。

 右腕に握られた兵器。
 銛状のソレを横に薙ぐ。

 ジッ。と空気を焦がす音と、何処までも伸びる紅い光線。
 “タイタン”達はソレを1機も掠る事無く回避した。

 それどころか、再び“荷電粒子砲”を一斉に“石鍵”へと打ち放つ。

くー『疾い……“二段階瞬時加速”-ダブル・イグニッション-か……』

 打ち放った次の瞬間には、既にその座標には居ない。
 “二段階瞬時加速”を利用して、攻撃を回避し不幸にも一番近くに居合わせた“タイタン”が“テール”の餌食となった。

タイタン《+++++》

 エネルギー吸収。
 それを行おうとした刹那、暗闇の海を眩い閃光が照らし出した。

くー『……』

 自爆。
 “テール”が突き刺さった否や、逡巡の躊躇いも無くタイタンは自爆し“石鍵”にダメージを与えた。

岡="“……”

 爆煙に呑まれる“石鍵”。
 しかしその程度の攻撃で沈むとは、くーも思ってはいない。

 尚も“タイタン”の攻撃は続く。
 追撃を試みようと前後左右上下からエネルギー状の爪を突き立てようと“タイタン”が突進する。

 “二段階瞬時加速”が使えるのは“石鍵”だけでは無い。
 “タイタン”も同じものを使えた。

 速度が乗った全方位からの爪状攻撃。
 “石鍵”と言えど全てを対処することは不可能であった。

岡="“…………”

 ──ズォッ!!

 聞いたことも無いような音が海面を揺らす。

くー『……ッ!』

 顔を歪ませるくー。
 突進した6体の“タイタン”が消滅した。

束「……」

 座って居た椅子から立ち上がり画面に食らい付く。
 信じがたい光景を目にした。

束「ブラックホール……」

 ハッキングした“監視衛星”が超スロー再生でその瞬間を撮影していた。
 “石鍵”が瞬時に展開した“クレイモア地雷”の様なもの。

 それに“タイタン”が触れた瞬間である。
 何かが発生し“タイタンは”まるで渦に飲まれるかのように、消滅した。

 自転し触れたモノを飲み込む。
 
960 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/03/16(土) 13:29:54.81 ID:VN/5uLr7o

束「カー・ブラックホール……」

 発生した瞬間のリング状の特異点すら映像で確認出来る。
 これだけでも、信じがたい事象である。

 “石鍵”は自らソレを生成し、ちっぽけな箱の中にソレを詰めたのだ。

くー『……』

 スナイパーライフルを構える。
 危険を察知した“タイタン”が“石鍵”から距離を取ったことを確認して引き金を引いた。

 浮遊していた機雷を全て打ち抜く。
 その場で小規模の自転するブラック・ホールが生まれ直ぐに消滅する。

 現状出来得る最善の対処法であり、唯一の対処法でもあった。

岡="“……”

 爆煙が晴れる。
 “石鍵”は健在であった。

 開戦して5分も経たずに7体の“タイタン”が既に沈んでいる。
 けれど、くーの表情に焦りは無かった。

 残った“タイタン”も怯まずに再度“石鍵”へと突撃する。
 機雷は全て、くーが打ち抜いた。

 くーが邪魔であると認識した“石鍵”は、先に処理をしようと動きを見せるが“タイタン”がソレを拒む。
 “二段階瞬時加速”のコースを体で塞ぎ、銛での攻撃は懐に入りモーション前の腕を叩きそれを防いだ。

 分散するBTレーザーも“荷電粒子砲”で全てを打ち落とした。
 人間では模倣出来ない完璧なコンビネーション。

 恐怖もプレッシャーも無い無人ISにだからこそ出来る、芸当であった。

くー『……行き、ます』

 状況は“石鍵”の劣勢である。
 くーは勝負を決めに掛かった。

 スナイパーライフルを解除し、右手に槍を展開する。
 二又に避けた穂先を持つ槍。

 “ロンギヌスの槍”

 ぎゅるぎゅると、その穂先が絡み合い1本に纏まっていく。
 全てのエネルギーを槍と、ソレを投擲する右腕に集めた。

くー「お願い」

 くーの声を聞いたのか“タイタン”は一斉に動いた。
 “石鍵”の攻撃を掻い潜り、両手両足に飛びつく。

 腹部、頭部、背部。

 全てに取り付いた。

 ──ギ・ギギ……。

 振り解こうと足掻く“石鍵”。
 けれど、取り付いた“タイタン”達も“取り付く”と言う行為に全てのエネルギーを消費していた。

 この後の事など考えては居ない。

 残った“タイタン”達は、スラスターから発射されるBTレーザーを打ち落とす作業を続け、邪魔はさせまいとしている。
 準備は整った。
 
961 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/03/16(土) 13:30:21.96 ID:VN/5uLr7o

くー「……ごめんね」

 犠牲になろうとしている、感情の無い機械達に謝罪の言葉を投げかける。
 それと同時に放たれる槍。

 音の速さで槍は“石鍵”を狙い穿った。

岡="“…………”

 “タイタン”には、絶対防御システムを阻害するジャミング装置が搭載されていた。
 それは擬似的な“零落白夜”である。

 エネルギーを消滅こそ出来ないが、一時的に“シールド・バリア”無しで攻撃を受けさせる事が可能である。
 “タイタン”はここぞとばかりにその機能を作動させた。


 ────イィィィィィィィン!!


 音を置き去りにし、衝撃を連れて疾る槍。
 一瞬だった。

 “石鍵”を付き抜け背後の海を後にし、遥か彼方の空へと飛んでいく。
 一回限りの投擲槍。ロンギヌスの役目は終わった。

 それと同時にコレまでに無いほどの閃光が“石鍵”を包む。
 取り付いていた全ての“タイタン”が自爆した。

 海面が蒸発する。
 常識を超える熱量が“石鍵”を包んだ。

くー「……」

 30体あった“タイタン”も今や残り11体。
 爆発の瞬間、中心部に飛び込み連鎖爆発を起こした個体まで居る。

 もうもうと立ち込める煙。

 くーと、未だ稼動している“タイタン”が煙の向こうへと注視する。


 ──ダンッ!!


 デスクを思い切り叩く音がラボを響かせる。
 束がそう言った感情を出すなど、今までには無かった。

 表情が歪む。
 空調は完璧であるはずなのに、汗が雫となり頬を伝った。
 
962 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/03/16(土) 13:30:50.40 ID:VN/5uLr7o

束「やっぱり……そう言うことか。信じ難いけど信じてあげるよ……」

 モニターに移る“石鍵”。
 腹部にはぽっかりと穴が穿たれていた。

 奇しくも、その位置は岡部が自身の腹を刺した場所と同じである。
 “通常”であれば、腹部が貫通すれば搭乗者の臓物がぶち撒けられ、血飛沫が舞う。


 けれど、“石鍵の腹部には何も無かった”。


 バチバチと傷口とは呼べぬ風穴から放電現象が垣間見える。

束「君は……岡部倫太郎。君は……」



 ──君自身が、IS────インフィニット・ストラトスになったんだね。
 
 
 


 
963 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/03/16(土) 13:31:20.28 ID:VN/5uLr7o


 “石鍵”は弱っていた。
 高火力、高性能の攻撃には多大なエネルギーが伴なう。

 元々のエネルギー内包量が他のISと比較にならないほど高い“石鍵”と言えど、
 これほどまでに攻撃を続け、攻撃を食らい続けていれば無尽蔵なソレにも翳りが見える。

 勝機だった。
 くーや“タイタン”が一斉に動き出す。

 エネルギーを回復される前に片付けなければと。

く『……ッ!』

 “石鍵”の目が怪しく光る。
 今まで閉じていたスラスターが大きく開いた。

 大きく二つ折りにされていたソレは、そう在るのが本来の姿であるかのようである。

く『まさ、か……』

 想像するのは容易い。
 “石鍵”は“二段階瞬時加速”-ダブル・イグニッション-を使い、この場から逃亡しようとしている。
 
964 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/03/16(土) 13:32:49.10 ID:VN/5uLr7o

く『逃がさないっ……!』

 11体のタイタンが“石鍵”を囲む。
 “二段階瞬時加速”をしようとも、体を張って止める気であった。

 先手を打たれても“タイタン”ならば反応出来る。
 “二段階瞬時加速”を行えるのは“石鍵”だけでは無いのだから。

 徐々にスラスターに流れ込むエネルギー。
 勝負は“二段階瞬時加速”をし、それを阻んだ瞬間だとくーは覚悟を決めた。

束「違うッ!!」

 束が声を荒げた。
 それと同時に手が動く。

 指先が素早く動き、キーボードを叩いた。
 ハッキングしていた衛星の権利を本来の権限者に戻す。

 そして“特別IS戦闘演習場”にアラートを送った。

 ウイングスラスターに流れ込むエネルギー。
 その数値はあきらかに異常であった。

 “石鍵”の繰り出す攻撃は、全てがデタラメなエネルギー量に依存している。
 スラスターに収束している数値は、今まで行ってきたどの攻撃よりも高かった。

 残された殆どのエネルギーがスラスターに集まっている。
 “二段階瞬時加速”程度で消費されるエネルギーでは無い。

 束の背中は冷たい汗でびっしょりと濡れている。
 最悪な予測が脳裏を埋め尽くしていた。

 倒せる。
 この場に留め、戦い続ければ削り勝てる。

 その思いは今も変わらない。
 しかし、しかし。

 それは叶わない。
 
965 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/03/16(土) 13:33:16.13 ID:VN/5uLr7o

くー「……お願いっ!」

 “タイタン”に指令を送る。
 身を呈して逃亡を止めろと。

 くーは気付いていなかった。
 “石鍵”が“二段階瞬時加速”を行う際に、スラスターを開放していなかったこと。

 “二段階瞬時加速”だと思っていた移動法がソレでは無く、ただのこぼれ出た他愛無いものであることを。

 エネルギーの収束が終わる。
 6基の機械翼が羽撃いた。

くー「──────」

 不運にも軌道上に位置を取っていたタイタン。
 そして、くー。

 体を構成していた部品が、肉体が飛散する。
 粉々に砕け無残にも海へと落ちていった。

 くーはその生涯が終わる時、何が起きたのか理解出来ずにこの世を去った。 

 そして消える“石鍵”の姿。
 残った“タイタン”達がセンサーを最大にし策敵を行うがISの反応は得られない。

 この海域から“石鍵”は忽然と姿を消した。
 
966 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/03/16(土) 13:33:51.18 ID:VN/5uLr7o

束「……」

 目を見開く束。
 その腕は震えていた。

 悲しさか、怒りか、憎しみか、“悔しさ”なのかはわからない。
 稀代の大天才“篠ノ之 束”がその感情によって体を振るわせるなど初めての経験であった。

 モニターに移る数字。
 そこには信じられない、認められない数列が並んでいた。

 自身が目指していた境地。
 未だ踏み込む事が出来ぬ、前人未到の領域。

 遥か宇宙から観測する監視衛星ですらが、その姿を見失っていた。
 再度、位置検索をし“石鍵”の姿を捉え座標を映し出す。

 そこはミッドウェイからは、気の遠くなる距離に当る場所であった。
 だが、何百・何千・何万キロと離れていても関係無い。


 ──1秒で30万キロを移動する“光”にとっては無きに等しい距離である。


 対象を見失った地点から、再補足した地点。
 逆算すると“石鍵”が出した速度は“光速”で無ければ説明が付かなかった。

 “石鍵”は日本海海上。
 -特別IS戦闘演習場-の上空へと姿を現す。

 演習場内に響き渡る警報。
 上空に張られたバリアーを切り裂き、場内に進入する。

 “石鍵”の目的はただ1人、ただ1機、ただ1つ。

 予定外の攻撃を受け、傷ついた“石鍵”は予定を1つ繰り上げた。


 
967 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/03/16(土) 13:34:20.28 ID:VN/5uLr7o
 
 ─次回予告─

 
 その身をISへ明け渡し“アヌビス”-審判者-に堕ちた岡部。
 凶刃を振るいどこまでも憎しみを膨らませていった。

 数十億もの鼓動の数さえ、今の岡部には瞬き程度の些事であり、それが幾ら消えようと痛む胸も無くなった。 
 守りたい笑顔を失い、自分を失った男の末路。

 次回“Steins;Stratos”ルート-人類種の天敵-最終回。




   ─────────────────────────

             ──Another Heaven──         

   ─────────────────────────
 
 
 
 
968 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/03/16(土) 13:35:01.28 ID:VN/5uLr7o



                 ─最終回─

   ─────────────────────────

             ──Another Heaven──         

   ─────────────────────────
 
 
 
 
969 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/03/16(土) 13:35:37.17 ID:VN/5uLr7o
 
 
 


 ──ザンッ、ザン。

 まるで豆腐でも斬るかのように、壁と言う壁を切り裂き突き進む。
 標的を求めて。

操縦者「──えっ?」

 ──ザンッ。

 警報が鳴り、何事かとオロオロしていた操縦者と次々に出会す。
 理解する前に彼女達の人生は幕を閉じていく。

 出会い頭に全てを撫で斬りに、ただただ“石鍵”は急いだ。
 稼動限界は近い。

千冬「何事だっ!?」

 状況が理解出来ない。
 突然鳴り響いた警報のベル。

 作戦司令室に居た全員が生唾を飲み込んだ。

真耶「状況わかりませんっ! 一体何が起こって──」

 ──ザンッ!!。

 最後の扉を切り開く。
 切り開かれた扉の向こうに標的の顔を捉えた。

千冬「────総員、ISを展──」

 千冬は瞬時に理解した。
 何が起きたのか。

 何がやって来たのか。
 警報の正体を。
 
970 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/03/16(土) 13:36:03.60 ID:VN/5uLr7o

おkァ="“……” 

 ──見つけた。

 目標を発見した“石鍵”は残された僅かなエネルギーを使い、対象の首根っこを捕まえた。
 ギリギリで間に合うISの展開。

 けれど“篠ノ之 箒”の華奢な首は力強く“石鍵”に握り締められている。

鈴音『何──やってんのよぉぉぉ!!』

 いち早く反応した鈴音。
 連結された“双天牙月”を“石鍵”の腕に振り下ろした。

 そしてその“鈴音”よりも早く反応した2人。
 “織斑 千冬”と“更織楯無”。

 この2人も同時に“石鍵”へと攻撃を仕掛ける。
 刹那。コンマの世界。

 仮に“石鍵”がこの場で戦うつもりなのであれば、この瞬間決着が着いていただろう。
 だが、そうはならない。

 “石鍵”には最早、この人数を相手にして戦うほどの余力は残されていない。
 最初から戦う気など無かった。

 目的の物だけを入手出来れば良かった。
 箒を掴み、前方に向けてスラスターを最大に吹かせ一瞬の内にエスケープする。
 
971 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/03/16(土) 13:36:30.78 ID:VN/5uLr7o

千冬『ッチィ!!』

楯無『逃げた!?』

鈴音『(この2人はっや……千冬さん、やっぱオカシイわ……)』

 自身が一番槍だと確信していた鈴音。
 しかし、千冬と楯無の速さはソレを超えていた。

千冬『何をやっている! 全員、直ぐに行くぞ! 着いて来れる者だけ着いて来い!!』

 部屋に居る元生徒達に声を張り上げる。
 既に作戦どころでは無かった。

 “石鍵”の纏っていた返り血の量。
 機体表面は乾ききっておらず、ぬらぬらと輝いていた。

 一体、この施設で何人殺したのか。
 人数を確認し、編成し出撃させる。

 そんな余裕は無い。
 直ぐにでも追いかけ、箒を取り戻さなければいけない。

 そして、もう1つ。
 “石鍵”の腹部に開いた穴。

 何者と戦闘を行ったのかはわからない。
 けれど、明らかに大ダメージである。

 見逃すことは出来ない。
 千冬は“二段階瞬時加速”-ダブル・イグニッション-を発動させ、直ぐに“石鍵”の後を追った。
 
972 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/03/16(土) 13:36:57.82 ID:VN/5uLr7o

楯無『“二段階瞬時加速”……さすが千冬センセ。いきなりとんでもない技を……って、関心している場合じゃないわね!』

 千冬に続き飛び出す7機。
 全員が全員“瞬時加速”-イグニッション・ブースト-を習得していた。



箒『うっ……ぐっ……!』

 手足をバタつかせ、必死に抵抗を試みる箒。
 しかし、酸欠からか力が入らなかった。

箒『なぜ……なぜ“絶対防御”が作動しないんだ……』

 先の“タイタン”との戦闘。
 そこで味わった絶対防御の無効化。

 “石鍵”はそのプログラムを既に習得していた。
 “絶対防御”さえ発動していなければ、首を絞め行動を制限することなど容易い。

おkァ="“……”

 スラスターの出力が止まる。
 限界だった。

 後方からは自身の速度を上回るスピードで千冬が追いかけて来ている。
 追いつかれるまで残り15秒を切っていた。
 
973 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/03/16(土) 13:37:28.49 ID:VN/5uLr7o

おkァ="“……”

箒『なっ……にを……りんたっ……』

 “紅椿”に掌を向ける“石鍵”。
 その腕には“欧州原子核研究機構”を襲撃した際に手に入れた“剥離剤”-リムーバー-が展開されていた。

箒『りん……っっ……』

 一瞬である。
 展開されていた“紅椿”は箒の体を離れその形を保てなくなる。

 “石鍵”の手に納まる、真紅の真球。
 美しい光沢を放つそれは“紅椿”の“コア”であった。

おkァ="“……”

 ──ピシッ。

 フルフェイスがひび割れる。
 上下に割れ、その中が露になった。

 通常であれば岡部の顔がそこに納まっているはずの部分は、腹部同様──何も無かった。

箒『……っ』

 瞳の色が消えかかっている箒に映る絶望。
 もはや、岡部倫太郎は人ですら無かった。

 ──ゴクン。

 “コア”を飲み込む。
 “石鍵”は“紅椿”を飲み込んだ。
 
974 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/03/16(土) 13:37:54.93 ID:VN/5uLr7o

箒『そ……んっ……』

 ──コキッ。

おkァ="“……”

 握っていた腕に力を込め、首の骨を折り砕く。
 痙攣が箒の体を襲い、暫くしてその四肢は力なくぶら下がった。



 ──解析完了。“絢爛舞踏”習得。



 今はもう意識すら無い主人に向かい、アナウンスが響く。

千冬『岡部ェェェェェェエ!!』

 怒号と共に千冬が対陣する。
 箒の姿を見て、息が無いことは直ぐに理解した。

千冬『貴様……貴様は一体っ!!』

 刀を握る腕は今にも爆発してしまいそうだった。

千冬『何をしているのかわかっているのか! それで、一夏や牧瀬が喜ぶとでも本気で思っているのか……答えろ岡部ッ!!』

 岡部は答えない。
 答えることは出来ない。

 千冬の前に居るソレは最早、人でも無くISと呼べる代物でも無くなった“ナニカ”だった。
 千載一遇のチャンスは霧散し“石鍵”は完全体となる。

 神なのか、悪魔なのか。

 全ての生ある者を無意味と断罪する。
 それは、終りの始まりを合図するアナウンスだった。



 ──“絢爛舞踏”発動します。


  
975 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/03/16(土) 13:38:22.31 ID:VN/5uLr7o
  
千冬「なっ……」

 金色に輝き始める“石鍵”。
 枯渇寸前だったエネルギー。

 最後に残った一滴。
 それが“絢爛舞踏”の効果により膨れ上がっていった。

楯無「なに、何が起きたの……?」

 遅れて到着する7人。
 歯車はもう止まらない。

おkァ="“……”

 “絢爛舞踏”を発動しているのは人間である岡部ではない。
 集中力や精神力と言った枷から解き放たれた存在に、発動限界など無かった。

 Infinite:無限。

 “石鍵”は無限のエネルギーを手に入れた。
 穿たれた腹部の空白に真紅の真球が浮かびあがる。

セシリア『箒……さん?』

鈴音『ねぇ、ちょっと……』

シャル『先生っ! 一体何が!』

ラウラ『箒! 返事をしろ!!』

簪『しっ……死んで──』

 “石鍵”の右腕に握られている箒に注目が集まる。
 それをまるで、ゴミでも捨てるかのように海へと放り投げた。
 
976 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/03/16(土) 13:39:07.93 ID:VN/5uLr7o

セシリア『箒さんっ……!』

 その体を拾い上げようとセシリアが動く。
 そして“石鍵”もアクションを起こした。

 右腕を天に掲げ、振り下ろす。
 ウィングスラスターから上空へと伸びる6本の閃光。

 それは花火のように弾け──辺り一体に降り注いだ。

千冬『──なっ』

 分散する高火力BTレーザー。
 “その1つ1つに絢爛舞踏の効果が付属されていた”。

 降り注ぐ幾百の閃光。
 抗う術も無く、彼女達は生体機能を停止させられる。

 岡部を救う。
 それが、甘い夢物語であることと悔いる時間も、箒の死を悲しむ涙を流す暇も無く。

 7人の女子達はその命を一瞬で散らした。
 
977 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/03/16(土) 13:39:37.68 ID:VN/5uLr7o

千冬『…………』

 ただ1人生き延びる千冬。
 “零落白夜”を帯びた“雪片”で、レーザーを切り裂き死を免れた。

おkァ="“……”

 再度振り下ろされる、右腕。
 射出されるBTレーザー。

千冬『また……っ』

 しかし、予想していた集中豪雨は訪れない。
 BTレーザー群はあらぬ方向へと向かって、無限に分散し飛翔していく。

 その方向には-特別IS戦闘演習場-があるだけであった。

千冬『な、まさ…………か』

 目の前に居る敵では無い。
 “石鍵”は掃除を始めたのだった。

 目の前を飛ぶ蚊を始末するより先に、巣を叩く。
 演習場に残った操縦者達へとその攻撃は放たれた。
 
978 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/03/16(土) 13:40:14.28 ID:VN/5uLr7o

千冬『……』

 自然と溢れ出る涙。
 それがどう言った感情からなるものか、千冬自身にも説明は付かなかった。

 光景が目に浮かぶ。
 演習場へ降り注ぐ死の雨。

 それが“石鍵”から放たれたモノだと理解もせず死んでいく者達。
 無力な自分。

 教え子だった岡部の変わり果てた姿。
 どうやら、世界は終りを目指しているらしいと彼女は思った。

千冬『……みな、すまない』

 “もう一本の雪片”を展開する。
 “雪片二刀”がこのISの装備であった。

千冬『やはり、私が単機で戦うべきだったのだ。最初から』

 “雪片”を持つ両手に力を込める。
 憎しみではなく、責任感が彼女の感情を極限にまで高めていた。
 
979 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/03/16(土) 13:40:45.52 ID:VN/5uLr7o

おkァ="“……”

 基地内の掃討を終えた“石鍵”は次なる標的。
 目の前に浮かぶ最後のISを見据えた。

 再度振り下ろされる右腕。
 放たれる“BTレーザー”

千冬『……』

 千冬はその攻撃を避けることもなく、全てをその身体に浴びた。

おkァ="“……”

千冬『……効かんな』

 無傷。
 数多の精鋭を一撃で屠った攻撃を一身に喰らった、にも関わらず千冬は無傷だった。

 全身を覆う黄金のエネルギー膜。
 千冬は“零落白夜”を全身に纏っていた。

千冬『“零落白夜”の鎧だ。エネルギー攻撃である以上、私に傷を付けることは出来ん』
 
980 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/03/16(土) 13:41:13.34 ID:VN/5uLr7o





真耶「こちらがスペックになります」

千冬「ん」

 真耶から渡される“木花咲耶”のスペック表。
 それには常識を疑う数値が並んでいた。

真耶「全てのリミッターは解除。軍用のエネルギーボックスを使用してあります」

千冬「化物だな、このISは」

 操縦者の負担など一切考えられていない。
 あらゆるリミッターは取っ払われ、兵器として生まれたISである。

真耶「特にエネルギー容量は桁違いですね」

千冬「しかし、いくらあっても足りないだろう。アレを使うのであればな……」

 “零落白夜の鎧”。
 “木花咲耶”はその機体。どの部分にも“零落白夜”を発動させるアビリティを持っていた。

真耶「鎧を発動し、尚且つ“雪片二刀”にも“零落白夜”を纏わせた場合の最大稼働時間ですが──」

 
981 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/03/16(土) 13:41:39.73 ID:VN/5uLr7o





千冬『──3分だ。それで充分、決着は着く』

おkァ="“……”

千冬『行くぞ』

 二刀を構え、全力で突進する。
 正真正銘。人類が行う最後の攻撃だった。

千冬『ぜぁっ!!』

 超高速の剣撃連武。
 剣で薙いで、脚を繰る。

 全身が“零落白夜”を帯びている以上、どの攻撃が当ろうとも結果は同じである。
 二刀のみに拘らず、千冬は全身を使って攻撃を行っていた。

おkァ="“……”

 初めて“石鍵”が回避行動を取る。
 まとっているものが“零落白夜”である以上、触れることは機能不全を意味していた。
 
982 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/03/16(土) 13:42:06.50 ID:VN/5uLr7o

千冬『岡部っ! お前はあの時っ──』

 極限の中であると言うのに、舌が回る。
 聞きたいことが山ほどあった。

千冬『なぜ、私に会いに来た!!』

 岡部は一度、バーに訪れている。
 あれが千冬に会いに来たのかどうかはわからない。

 けれど、千冬はそう解釈していた。

おkァ="“……”

 答えない。
 答えられない。

 黙々と一撃必殺である千冬の攻撃を回避し続けている。

千冬『“望み通り”止めてやる! 私がお前を止めてやる!!』



 ──俺は、俺を止められない。



 最後に聞いた、岡部の言葉。
 発せられた声は千冬の知る声質ではなかった。

 枯れ果て、掠れた声。
 けれどあれは岡部の声だった。

 岡部は自身の凶行が止まらないとわかっていた。
 だから、千冬に。

 自身より強いと無条件で思える人間にそう伝えたかったのだろう。
 そう解釈するより、あの行動に意味を添付させることは出来ない。
 
983 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/03/16(土) 13:42:33.50 ID:VN/5uLr7o

千冬『 残 り 1 分 ! ! 』

 エネルギー枯渇までの時間は少ない。
 ギシギシと身体の節々が悲鳴を上げつつも、千冬はさらに動きを激しくした。

千冬『一夏ぁ!! 見ていろっ!! これが、お前の姉だっ!!』

 死した弟へのたむけ。
 全身全霊の力を込めて最後の攻撃を繰り出した。

おkァ="“…………”

 追い詰める。
 人間である以上、限界があるはずの動きを千冬は悠々と越えていた。

 人間を辞めた岡部を追い詰める。
 回避が苦しくなり、次第次第に動きが荒くなる“石鍵”。

千冬『はあああぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!!!!』

 “石鍵”は紛れもない“人類種の天敵”である。
 これに対し“人類最強”である千冬がその刃を天敵へと突きつけた。

千冬『貰ったぁぁぁぁああ!!!!』


 ────ィィイイイン!!


 鉄と鉄が響きあう。
 “雪片二刀”が“石鍵”のシールドバリアを切り裂き喉元へと攻撃を届かせた。
 
984 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/03/16(土) 13:43:01.10 ID:VN/5uLr7o

 千冬『終わりだ』

 エネルギーが霧散した“IS”など鉄の棺桶である。
 が、相手は“人類種の天敵”とも呼ばれた個体。油断は出来ない。

 エネルギーを消滅させられ、海原へと落ち行く天敵へ最期の刃を突き立てるため千冬は飛翔した。
 もはや“零落白夜”は必要ない。

 “二段階瞬時加速”を行い、その速度を乗せて刀を振りぬけば良かった。

千冬『この加速で私のエネルギーも底を尽きる……終わりにしよう』

 自由落下する“石鍵”へ向けての最終攻撃。
 “人類最強”が天敵を駆逐する瞬間だった。

千冬『“二段階瞬時加速”-ダブル・イグニッション-』

 空気を切り裂き、標的へと突き進む。
 流れ往く景色の先。

 千冬が見たものは再起動する“石鍵”の姿だった。

千冬『────な、』

 
985 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/03/16(土) 13:43:30.38 ID:VN/5uLr7o





おkァ="“……”

千冬「……」

 “石鍵”に首元を握られ、力なくうな垂れる千冬。
 既に“IS”は展開解除されていた。

千冬「……」

 確かに“零落白夜”による攻撃はヒットしていた。
 けれど“石鍵”にはもう一つ、公にされていない能力が存在している。

 かつて“牧瀬 紅莉栖”により封印された、エネルギー供給を自動でカットする機能である。
 “石鍵”は攻撃が回避出来ないと判断した瞬間、エネルギーをカットし“零落白夜”によるエネルギー消失を免れていた。

千冬「お、か──」




 
 
 
 
986 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/03/16(土) 13:44:01.95 ID:VN/5uLr7o







 ──────。





 ────────────。





 ──────────────────。
 
 
 
 
 

 
987 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/03/16(土) 13:44:35.41 ID:VN/5uLr7o
 

おkァ="“……”

 地球が死の星と化すまでに時間は掛からなかった。
 この世における467のISは、既に自身を置いて存在していない。

 都市と呼べる機能を持った物も消えている。
 57億の命が瞬きと消え、地球で息する人々は極僅かとなっていた。

 それでも“篠ノ之 束”は見つからない。

 無限のエネルギーを使い続け、索敵を行っても居所を掴めない。
 手段はもう残されていなかった。

おkァ="“……”


 ──“単一仕様能力”-ワンオフ・アビリティ-の生成が完了しました。


 “絢爛舞踏”を習得したその日から、内部で作り続けていた“単一仕様能力”。
 それが今、完成する。


 ──仕様空間が限定されています。移動を推奨します。


 流れ続けるアナウンス。
 頷きもせず“石鍵”はスラスターを羽撃たかせた。
 
988 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/03/16(土) 13:45:02.24 ID:VN/5uLr7o

おkァ="“……”

 2秒と経たずに到着する、仕様可能空間。
 そこは、地球を遠く離れた月面であった。

 成層圏を突き抜け、地球を脱する。
 月面から見据える地球は未だ蒼かった。


 ──ガキュンッ。


 ──バシュッ。


 ──ゴグンッ。


 機体の全関節をホールドし、月面へバンカーを打ち込む。
 自身を砲台とするために。






 ──“EUPHORIA”起動します ──
 
 
 
 
 
 
 
989 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/03/16(土) 13:45:28.20 ID:VN/5uLr7o


 銛を地球へ向かって、突き出す。

 それに重なるように6基のウィングスラスターが前方へと躍り出た。

 重なるガジェット。

 それらは、姿を変えその形を再構築していく。




 ── モード “EUPHORIA” へ移行 ──


 

 肥大化していく“砲身”。

 既存のガジェットでは足りない部品が次々に粒子から実態を帯び、形を成す。

 表れる巨大なライフリング。

 既にそれだけで本体である“石鍵”の大きさを越えている。
 
990 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/03/16(土) 13:45:56.03 ID:VN/5uLr7o




 ── エネルギーライン 全弾直結 ──




 “絢爛舞踏”により無限に増え続けるエネルギー。

 決して枯渇することのないエネルギーが、注がれる。



 ── ランディングギア アイゼン ロック ─



 固定されていた機体が更に強固に月面へと打ちつけられた。

 機体がその場から一切動かぬようにと固定される。



 ── チャンバー内 正常 加圧中 ──



 無限に注がれ続けるエネルギー。

 それは暴走することもなく、正常に打ち放つ為のソレとして機能していた。
 
 
991 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/03/16(土) 13:46:24.43 ID:VN/5uLr7o



束「……みーんな、死んじゃった。いっくんも、くーちゃんも、箒ちゃんも、ちーちゃんも……」

 荒れ果てたラボで束が呟く。

 ギィ、とボロボロになった椅子が鳴いた。



 ── ライフリング 回転開始 ──



 巨大なライフリングが回転し出す。

 ゆっくりと……徐々に速度を増して。

 バチバチとエネルギーが放電を始める。

 そのエネルギー量は既に人類が測れる数値では無かった。

 
992 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/03/16(土) 13:47:04.08 ID:VN/5uLr7o

束「私も死ぬんだろうね、うん。どーしてこうなっちゃったかなぁ……」

 ギィ、ギィ。
 椅子が鳴く。

 目に出来たクマは、色濃くもう幾日も睡眠を取ってない事を裏付けている。
 何時から食事を取っていないかも覚えていない。

 頬は醜くこけていた。

束「それにしても、凄い光景だ」

 再びハッキングした監視衛星。
 今では、真の権限者もこの世に居ないのだから使っても問題が無い道理である。

束「ただ、構築に時間が掛かるのが難点かな。巨大すぎる質量を展開してるから無理もないだろうけど」

 まるで太陽のような光を放ち、エネルギーを充填させる“石鍵”が映っている。
 ライフリングの回転は今にも壊れそうなほど速度を増していた。

束「──ん。時間かな…………」


 ──バイバイ。


 画面が、光で溢れた。





 
おkァ="“お……w……r──!=……し……世──#”






 
993 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/03/16(土) 13:47:43.18 ID:VN/5uLr7o










 
 
 
 
 ────────── 撃てます ──────────
 
 
 
 
 
 
 
 
 




 
 
994 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/03/16(土) 13:48:14.10 ID:VN/5uLr7o

 直視することも出来ない光弾。

 ソレは螺旋状に渦を巻きながら地球へと向かい、貫いた。

 目的を達する“石鍵”。

 “絢爛舞踏”で追いつかない程のネルギーをその兵器へと込めた。

 銃口から放たれた熱量により、自身の体も融解していた。

 全ての機能が停止する。

 その体は巨大な鉄の棺桶であり、全てを消し去る銃口であった。

 
995 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/03/16(土) 13:48:41.08 ID:VN/5uLr7o



 
 ── Another Heaven ──

 もう1つの、天国へ。

 ── EUPHORIA ──

 幸せの、ために。





 こうして、岡部倫太郎の人生は幕を閉じた。





END.

 
996 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/03/16(土) 13:49:10.82 ID:VN/5uLr7o










  










 
997 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/03/16(土) 13:49:40.33 ID:VN/5uLr7o
 





 









 













 









             キシッ。

 









 









 
998 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/03/16(土) 13:50:32.38 ID:VN/5uLr7o









 









 






 ── 装甲、パージします。




 





















 
 
 
 
 
 
999 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/03/16(土) 13:51:01.99 ID:VN/5uLr7o








 











 
1000 : ◆H7NlgNe7hg [sage saga]:2013/03/16(土) 13:52:48.77 ID:VN/5uLr7o


NEXT.


Steins;Stratos -Refine- V 
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1363409516/
1001 :1001 :Over 1000 Thread
               /|\
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          V:::|            |:::∨       SS速報VIP(SS・ノベル・やる夫等々)
             ー'           `‐'        http://ex14.vip2ch.com/news4ssnip/
1002 :最近建ったスレッドのご案内★ :Powered By VIP Service
Steins;Stratos -Refine- V  @ 2013/03/16(土) 13:51:56.43 ID:VN/5uLr7o
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1363409516/

男「中2病を直せ?」 @ 2013/03/16(土) 13:28:15.63 ID:WtcC9BhQ0
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1363408095/

ゆっこ「右ひじ左ひじ交互に見て」【日常の2700】 @ 2013/03/16(土) 13:19:12.47 ID:NhWjLJmC0
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1363407552/

好きです @ 2013/03/16(土) 13:13:56.49
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4vip/1363407236/

ダサ男さん。 @ 2013/03/16(土) 12:38:08.78 ID:vcK1XfHho
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/part4vip/1363405086/

女子大生だが質問ある? @ 2013/03/16(土) 12:32:58.92 ID:bS7n+wki0
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初心者が気まぐれで占うかも @ 2013/03/16(土) 12:32:05.28 ID:161dXECvO
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春香「直球表題はるいおSS!」伊織「何よそれ」 @ 2013/03/16(土) 12:19:11.72 ID:ie5OHNEQ0
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