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宮永照はとある政治家の秘書になるようです 〜ムダヅモ無き闘い side‐S 〜 - SS速報VIP 過去ログ倉庫

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1 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/10/28(日) 20:07:57.25 ID:5C6eJVTfo

 ※ 読む前にご注意(という名の言い訳)

 1、スレタイに宮永照とありますが、彼女だけが主人公ではありません

 2、>>1は麻雀素人なので、麻雀描写は広い心でご覧ください

 3、一応、ムダヅモ無き改革のスピンオフのつもりです。咲キャラのクオリティについては

   ご容赦ください。

 4、当スレに登場する人物は、全員架空の人物です。似ている人がいたとしても、

   それは気のせいです。

5、(※特に重要)非常に政治的な内容を含みます。苦手な方はご注意を。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1351422477
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ぶらじる @ 2024/04/19(金) 19:24:04.53 ID:SNmmhSOho
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旅にでんちう @ 2024/04/17(水) 20:27:26.83 ID:/EdK+WCRO
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木曜の夜には誰もダイブせず @ 2024/04/17(水) 20:05:45.21 ID:iuZC4QbfO
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/aaorz/1713351945/

いろは「先輩、カフェがありますよ」【俺ガイル】 @ 2024/04/16(火) 23:54:11.88 ID:aOh6YfjJ0
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【MHW】古代樹の森で人間を拾ったんだが【SS】 @ 2024/04/16(火) 23:28:13.15 ID:dNS54ToO0
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こんな恋愛がしたい  安部菜々編 @ 2024/04/15(月) 21:12:49.25 ID:HdnryJIo0
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【安価・コンマ】力と魔法の支配する世界で【ファンタジー】Part2 @ 2024/04/14(日) 19:38:35.87 ID:kch9tJed0
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アテム「実践レベルのデッキ?」 @ 2024/04/14(日) 19:11:43.81 ID:Ix0pR4FB0
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2 : ◆tUNoJq4Lwk [sage]:2012/10/28(日) 20:08:55.93 ID:5C6eJVTfo










     ムダヅモ無き闘い side‐S
3 : ◆tUNoJq4Lwk [sage]:2012/10/28(日) 20:10:34.08 ID:5C6eJVTfo


 第一話 出会いの大三元



 僕が彼女に出会ったのは、地元の雀荘でのことであった。

 アメリカから帰国した僕は、しばらくの間することがなかったので、
学生時代によく出入りしていた雀荘『ネイビーブルー』に行ってみることにしたのだ。

「こんにちは」

 何年ぶりだろうか。

 大学生のころを思い出しながら僕は雀荘の中に入る。

「あ、ああ。久しぶりです……」

 しかしそこには、汗をかいて顔面蒼白の主人がいた。

「どうしたんですか」

 数年ぶりの再会にもかかわらず、懐かしさを共有することもなく僕は髪の毛の薄い主人

に話しかける。

「いや、実はとんでもない子が来ていてね」

「とんでもない?」

 今年六十を過ぎた主人(マスター)の視線の先にいたのは、一人の女性だった。

 歳のころは十代か、二十代前半くらいだろうか。

 微かに幼さが残る横顔に、氷のように冷たい光を放つ瞳。そして特徴的なちょこんとは

ねた髪の毛。

「あの子が、どうかしたんですか」

 三人の大男を相手に宅に座った彼女は、大きく腕を振り上げる。
4 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/10/28(日) 20:12:22.97 ID:5C6eJVTfo

「ツモ! 6000オール」

「ぐはっ」

 一人の男が椅子から転げ落ちた。

 詳しくはわからないが、その様子から女性が相当の手練れであることは明白だった。

「あの子は……」

「坊ちゃん、知らないんですか?」

「え、うん。あと、坊ちゃんはやめてくれるかな」

「これは失礼しました。そういえば坊ちゃん、いや、若殿はアメリカに行っていたから
わからないですね。

 彼女こそ、インターハイ個人三連覇、春の選抜大会も二連覇、合計五冠を成し遂げた
高校麻雀界の鬼才、宮永照ですよ」

「ミヤナガ、テル……?」

 その名前は聞いたことがある。

 アメリカにいるときも、たびたび麻雀関連のニュースに出ていた高校チャンピオン。

 彼女は今年、高校を卒業したはずだ。

「プロになったんじゃあ」

「それが宮永はプロに行かず、突然行方をくらましたんです。それで今日、ここにふらり

と現れて……」

 そんなバカな。

 高校三連覇を成し遂げた優秀な選手が、こんな場末の雀荘に姿を現すなど。

「おい、黒崎。しっかりしろ黒埼!」
5 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/10/28(日) 20:13:10.90 ID:5C6eJVTfo

 先ほど椅子からお転げ落ちた男を、別の男が呼びかけている。

「ちくしょう、完全にやられたか」

「どうする、続けるか」

 宮永照と思しき人物は、まだ生き残っている二人にそう言い放つ。

「宮永だかなんだか知らねえが、去年まで高校生だった奴に負けてたまるかよ」

 やたら体格の良い男がそう言った。

「しかし面子がいないようだが」 

「それなら」

 ふと、男がこちらを見る。

「おう坊主、今きたところか」

 僕を呼んだ。

「え、僕ですか」

「ああ。どうだ、半荘やらないか」

「……」

 僕はその男ではなく、立ち上がった女性に目を向ける。

 宮永照。たしかに、ネットニュースで見た彼女と同じ顔をしている。

 いや、ニュースの画像はもう少し愛想がよかったか。

「わかりました、やりましょう」

 僕はその誘いを受けることにした。
6 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/10/28(日) 20:14:37.52 ID:5C6eJVTfo

 随分久しぶりの麻雀だ。アメリカに行って以来やってないので、かれこれ四年ぶり
くらいだろうか。

 卓に座ると、目の前に宮永照が座る。

「ルールを確認しよう」

 南郷と名乗る体格の良い男性が基本的なルールを説明する。

 概ね昔ここの雀荘でやっていた内容と同じだ。

「ここに来たことは?」

「学生時代、何度か」

「そうか。マスターとは知り合いみたいだな」

「ええ」

 他のもう一人は黒服を着ているやくざ風の男だが見覚えはない。

「……」

 もう一度宮永照を見るが、彼女はこちらを見ることなくじっと卓を見つめていた。

 そして半荘開始。

 自動卓から牌が出てくる。この感じはとても懐かしい。

 ふと、部屋の隅を見ると、先ほど倒れた黒崎という男がマスターに介抱されていた。

 そんなに激しい闘牌なのか? とてもそうには見えないのだが。

 僕は一つ一つ牌を集める。狙うは基本の三色同順。

 随分久しぶりだが、今日はついているらしく、面白いように牌が集まる。

 しかし、
7 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/10/28(日) 20:16:48.24 ID:5C6eJVTfo

「……」

 宮永照は、鳴くこともなくそれでいて何を狙っているのわからない、不気味な雰囲気の

中にいた。

 何を狙っている?

 宮永照の狙いが読めない。

 そうこうしているうちに、南郷がリーチをかけた。

 宮永照は、やはり動かない。

 わからない。わからないが、なぜかやり辛い。

「ツモ、リーチ、平和、裏ドラは、なし」

 南郷がアガリ、一局目終了。 

「……」

 幸先の良いスタートにも関わらず、南郷の顔は険しいままだった。

 左隣(上家)にいるやくざ風の男も同様だ。

「……」

 パタリ、と照は自分の配牌を倒す。

 あの時、何を狙っていたのか。捨て牌だけでは想像できない。

 そして二局目。

 最初の親なので、ここは狙っていきたい。

 先ほどはあがれなかったけど、今度も上手く揃ってきた。

 しかし、あまり点数がよくないので、早アガリに徹しよう。
8 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/10/28(日) 20:18:04.79 ID:5C6eJVTfo

 そして、連荘でチャンスを待つ。

 そんな思惑で僕は手を進める。

 しかし、

「ポン」

 ここで照が鳴いた。役牌での鳴き。

 まさか、と思ったけれども、

「ロン、役牌のみ」

「……はい」

 わずか1000点の手。

 まるで素人だ。麻雀覚えたての中学生でも、もう少しまともな役を狙うだろう。

 しかし、千点棒を受け取った照は、無表情のまま再び次の局に備える。

 僕の親が流されてしまったけれど、それ以上に照の存在が気になった。

 こんな弱い手で、高校三連覇を成し遂げたというのか?

 いや、そんなはずはない。

「ロン」

 今度は3900点。

 先ほどよりは良くなっている。今度は南郷の親が流された。

 そして当の宮永照が親。

「ツモ、2000オール」

 これで6000。
9 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/10/28(日) 20:18:49.46 ID:5C6eJVTfo

 どんどんと苦しくなっていく。

 真綿で首を絞められるような。

「……はじめて見たとき」

「ん?」

「良い風を持っていると思っていたのが」

「何を……」

「期待外れだな」

「どういうことだ」

 タンッ、と勢いよく牌を打つ宮永照。

 意味がわからない。

「くそう、このままあがられ続けるとまずい」

 独り言のように南郷は言った。

 たしかに不味い。

 親が連続で上がれば、言うまでもなく大量虐殺だ。

 この流れを止めなければ。

「リーチ」

 ほぼリーチのみという、ゴミのような手だが、対面にいる彼女を止めなければ
話は終わってしまう。

 だが、

「ポン」
10 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/10/28(日) 20:20:42.60 ID:5C6eJVTfo

「え?」

 南郷の捨て牌から撥を拾う照。

 役牌?

 いや、どうなのか。

 テンパイしている相手を前に、わざわざ鳴いて自分の手を狭めるとは。

 確かに、僕の手は大した点数ではないけれど、アガれば親も流せるし、こちらにまた
流れがくるかもしれない。

「チー」

 次に、再び南郷の捨て牌から照は牌を拾う。

 萬子の一、二、三。

 現在、照のさらしは撥と萬子。

 単なる役牌狙い、なわけがない。

 だとすれば。

「……!」

 牌を持つ手が、重い。

 バカな。

 なぜこんなことに。

 思いっきり嫌な予感がした。

 顔を上げると、前髪の間から冷たい瞳が僕を見据えている。

 この牌が。
11 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/10/28(日) 20:22:13.02 ID:5C6eJVTfo

 リーチをかけている僕は、これ以上手を変えることができない。

 死刑台。

 そう、死刑台の十三階段を上っているような感じ。

 野球で言えば、2アウト満塁でスリーボールノーストライク。

ストライクゾーンに投げるしかない。

 僕は手に取った牌を見る。

 当たり牌では……、ない。

 そのまま僕は、牌をその場に置いた。



「ロン」




 照は僕の牌を確認するとすぐにそう言い放つ。

「ぬわ!」

 彼女の晒した牌を見て、真っ先に驚いたのは振り込んだ僕ではなく、南郷であった。

 照の目の前には、僕の捨てた中だけでなく、白い牌も三つ並んでいる。

「大三元……。役満だ」

 随分久しぶりに見た気がする。

 役満を振り込んだのは、四年前の送別家族麻雀以来だ。 

 終わった。

 結局、一度もアガることなく僕はマイナスになってしまった。




   *
12 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/10/28(日) 20:23:18.96 ID:5C6eJVTfo


 南郷もやくざ風の男も、ほととんどの客は体調不良を起こし帰宅。

 そして雀荘には僕と宮永照だけが残った。

 二人で麻雀を打つというのもアレなので、僕と照はマスターの入れてくれたコーヒーを

飲みながら少し話をすることにした。

「それにしても強いね」

「別に強いわけじゃない、あなたがたが弱いだけだ」

「……面目ない」

「暇つぶしになると思ったのだがな」

「悪いことをしたね」

「まったくだ」

「さすが高校チャンピオン」

「わたしを、知っているのか」

「まあ、さっきちょっと聞いたし。宮永照だろう? 高校麻雀で活躍してた」

「そうだ。あなたの名前は」

「僕は――」

「ああ、やっぱりいい」

名前を言おうとしたところで、照は僕の言葉を止める。

「え?」

「聞いてもどうせ覚えないから」

「は」
13 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/10/28(日) 20:24:06.03 ID:5C6eJVTfo

「正直、麻雀の弱い相手に興味はない」

「そうですか」

 そう言われると、どうしようもない。

「プロにはならなかったと聞いたけど」

「そうだな」

「どうして」

「私は麻雀が打てればそれでいい。プロかアマかなんて、興味はない。雀荘に行けば、
小遣いはいくらでも稼げるしな」

「それは……」

 いいのか? 人として。

「それじゃあ、高校を卒業してからずっとこんな生活を?」

「こんな生活?」

「平日の昼間から雀荘で麻雀を」

「自分だってそうだろう」

「まあ、そうだね」

 ふと、時計を見ると午後六時を回っていた。

「もうこんな時間か。そろそろ帰らないとな」

「随分と早い帰宅だな。小学生か」

「いやそんなんじゃないけど。今日はお兄が家に帰ってくるから」

「兄弟か……」
14 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/10/28(日) 20:24:58.16 ID:5C6eJVTfo

「ああ。なかなか会えないからね。ところでキミは、これからどうするの。
この辺に住んでるの?」

「いや、そういうわけじゃない」

「ん?」

「散歩してたらここに来た。正直、ここがどこだかよくわかっていない」

「迷子か」

「だ、断じて迷子ではない。ただちょっと、帰り道がわからないだけど」

 それを迷子と言わずに何と言おうか。

 つか、高校卒業してそれじゃあ困るんじゃないのか。

「それで、家はどこに」

「去年までは東京の白糸台の寮に住んでいたのだが」

「うん」

「さすがに卒業したら追い出された」

「当たり前だろう」

「うむ」

 何がうむだ。

「今どこに住んでるの?」

「長野県」

「随分とダイナミックな迷子だな」

「ちなみにここはどこだ?」
15 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/10/28(日) 20:25:46.16 ID:5C6eJVTfo

「ここは、神奈川県の横須賀市だよ」

「おお、横須賀。ベイブリッジがあるところ」

「それは横浜。普通間違えないぞ」

「そうか」

「とりあえず、携帯とか持ってないの。知り合いに連絡とか」

「携帯は持っている」

「それなら」

「でも家に置いてある」

「……」

「だ、だって持ち歩いたら無くしてしまうだろう。充電も無くなっちゃうし」

「それじゃ携帯の意味ないだろう」

 とりあえず警察にでも保護してもらうか。

 そう提案すると、

「それはやめてくれ」

「どうして」

「は、恥ずかしいだろう。なんで今年十九になるのに警察の世話になるなんて」

「どうすりゃいいのさ」

「時に、あなたの家は広いか」

「……は?」





   *
16 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/10/28(日) 20:26:51.37 ID:5C6eJVTfo


 何だかよくわからないが、僕は十八歳の女性を家に連れて帰ることになってしまった。

 どうも彼女は重度の方向音痴らしく、放っておいたらいつも変な場所に行ってしまう
という。

 いや、方向音痴ってレベルではないぞ。

 麻雀が殺人的に強い一方で、その反動か日常生活ではかなりのポンコツに見える。

「失礼な、ポンコツとはなんだ。こう見えて、生活力は高いんだぞ」

 バスに乗りながら、照は抗議をした。

「じゃあ、料理のさしすせそを言ってみて」

「料理? さしすせそ?」

 どうやら、言っている意味がわからないらしい。こりゃ相当のお嬢様だね。

 彼女の通っていた白糸台は名前からしてお嬢様校のような感じがする。

「さ、刺身……」

「え?」

「お刺身が食べたい」

「おい」

「というかおなか減った」

 マイペース過ぎて、正直僕の頭はついていけなかった。

 麻雀でも日常生活でも、彼女は異次元の存在のようだ。

 しばらくバスに揺られた後、僕らは家に到着した。
17 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/10/28(日) 20:28:53.91 ID:5C6eJVTfo

 それにしても、今日知り合ったばかりの女の子を家に連れてくるなんて普通ありえない。

 このまま放置したら、うっかり自衛隊の駐屯地に入って捕まってしまうかもしれないから、
仕方なく保護したんだ。

 僕は自分に言い聞かせる。

 そんなことを思いながら玄関を開けると、中ではすでに人の気配がしていた。

「ただいま」

 どうやって言い訳しようかと考えている間に見知った顔が出てくる。

「おう、帰ってきたか」

「お兄。早かったね」

 この日実家に帰ってきていた兄は、寛いだ格好をしている。

「うん。そうだな、撮影が早く終わったもんで。お、ってかそっちのお嬢さんは誰?」

「は、はじめまして」

 僕の後ろにいた宮永照は、少し恥ずかしそうに頭を下げる。

「え? もしかしてその子、宮永照?」

 兄はそう言って目を丸くする。

「知ってるの?」

「当たり前だろう。高校チャンピオンだぞ。俺ファンだったもん」

「ど、どうも」

 照は恥ずかしそうに顔を伏せる。
18 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/10/28(日) 20:29:43.46 ID:5C6eJVTfo

「お兄も、麻雀強かったよね。聞いたよ、芸能界麻雀選手権でベスト4だったんだろう?」

「んなもん。大したことないって。決勝ではタモさんに手も足もでなかったし」 

「もしかして、その」

 ふと、照は兄の顔を見ながら言った。

「お、俺のこと知ってる?」

 兄は嬉しそうに聞く。

「ごめんなさい」

 どうやら知らないようだ。

「そうだよなあ。俺もまだまだだなあ」

 残念そうな声を出しているけど、特にショックを受けた様子も見えない。

「まあ、色々聞きたいことはあるけど、とりあえずあがってよ。何もないけど」

「どうも」

 そういうと、兄は照を家に迎え入れた。

 お兄も麻雀好きで助かったかもしれない。




   *
19 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/10/28(日) 20:30:50.56 ID:5C6eJVTfo



「おいひいです、これ」

 居間では、兄が出前で頼んだ寿司に照が食いついていた。

「食べるか喋るか、どっちかにしたほうがいいよ」

「今日、朝から何も食べてなかったもので」

「そう」

「はぐはぐ」

 実に嬉しそうで何よりだ。

 そう思い、自分も中トロを食べようとしたら、

 ギュルギュルと右腕を回転させたテルが、瞬時にそれを横から奪い取る。

「な、なにをするだあ!」

「早いもの勝ちだ」

 そう言って、照は中トロを口の中に放り込んだ。

「……」

「ははは、元気いいね」

 そんな宮永照を、兄は気に入ったようである。
 
「へえ、長野県から。凄いねえ」

「お恥ずかしい」

 長野県に住んでいるのに、わざわざ神奈川まで流れ着いたことに対して、
何の疑問も抱かない兄は案外大物かもしれない。
20 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/10/28(日) 20:31:36.91 ID:5C6eJVTfo

「あ、そうだ。せっかく照ちゃんが来たんだから麻雀打って行こうよ」

 ニコニコ顔の兄はそう言うと、部屋の隅に置いてあった麻雀卓用のテーブルに目を向ける。

「正直、弟さんは弱すぎて話にならない」

 照は僕の顔を見ずに言った。

「アハハ、酷い言われようだな」

「でもお兄。麻雀するにも、面子が足りないんじゃない? どうするの。叔母さん呼ぶ?」

 僕がそう言うと兄は、

「何言ってんだよ」

「ん?」

「今日は親父が帰ってくるぞ」

「父さんが」

「おう」

「む……」

 まるで異変を察知した動物のように照の動きが止まる。

「宮永さん、どうしたの」

「この感じ」

「!!」
21 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/10/28(日) 20:32:58.87 ID:5C6eJVTfo

 空気が張りつめる。

 この感覚、久しぶりだ。

 四年ぶりだろうか。

「帰ってきたようだな」

 玄関のチャイムが鳴る前に、兄は立ち上がる。

「僕が行くよお兄」

「いや、俺が行く。お前は座ってろ」

 そう言うと、兄は玄関に向かって行った。

「もしかして、あなたのお父様は」

 ガリを食べながら照は聞いてきた。

「多分、キミでも知ってるんじゃないかな」

 僕は少し控えめに言った。

「確かに、顔は少し似ていると思っていたけれど」

「そうか」

 ドスドスと、二人分の足音が聞こえてきた。

 そして襖が開く。

「帰ったぞ」

 まるで爆風のように気の塊が居間に流れ込む。

「……おかえり」

 僕は慣れているけど、初対面の照はどうだろう。

 そう思いぼくは隣にいた照に目をやる。すると、いつの間にか彼女は立ち上がっていた。
22 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/10/28(日) 20:34:03.90 ID:5C6eJVTfo

「俺たちの親父。まあ、紹介するまでもないよね」

 兄がそう言うと、

「知ってます」と、照はつぶやいた。

「……」

 親父は無言で照を見つめる。

「宮永照です」

 僕の時とは違い、かなり丁寧な言葉づかいで彼女は挨拶した。

「確か高校チャンピオンの」

「今はしがないフリーターです」

「そうか。私は――」

「知ってます」

 再び照は言う。

「内閣総理大臣……」

「今はただの衆院議員だ」












「小泉ジュンイチロー」










   つづく
23 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/10/28(日) 20:35:41.71 ID:5C6eJVTfo



 【次回予告】

 ついに出会ってしまった高校チャンピオン宮永照と元内閣総理大臣小泉ジュンイチロー。

 横須賀の小泉家で行われる、小泉家族麻雀に参加することになった照に対し、

ジュンイチローはとある賭けを提案した。


 彼の要求は、



「俺の女(モノ)になれ、宮永照」

 

 照は自身の存在をかけて小泉家族麻雀に挑む。

 はたして照の貞操は守られるのか。


 そして勝敗の行方は!?

 次回、ムダヅモ無き闘い side‐S

 第二話、「覚悟の家族麻雀(ラグナロク)」

 見てね!
24 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/10/28(日) 21:26:35.95 ID:V3D1QDwDO
これは期待
25 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(静岡県) [sage]:2012/10/28(日) 21:28:20.11 ID:proUy8or0
何だこれ、何だこれ……期待するしか無いじゃないか!
遂にムダヅモとのクロスが来たか
26 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山口県) [sage]:2012/10/28(日) 21:30:54.43 ID:809YpeFNo
須賀君タイゾー君と一緒に全裸待機しちょります!
暴虎宮永照、はてさて何処までジュンイチローと渡り合えるか……
27 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/10/28(日) 21:48:35.86 ID:4eNhfEO40
本気なら開幕テンホー×2で終了しそうだがな
28 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(田舎おでん) [sage]:2012/10/28(日) 22:06:14.50 ID:tirA15pD0
おお、これは楽しみだ
29 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/10/29(月) 20:29:53.41 ID:sV4erBqHo
今夜、side‐S の意味が明らかになる。いや、もう多分バレバレだと思うけど。
30 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/10/29(月) 20:30:49.68 ID:sV4erBqHo




 第二話 覚悟の家族麻雀(ラグナロク)





 アメリカに留学する直前、僕は父と麻雀をした。

 それが、父とした最後の家族麻雀であった。

 すでに総理大臣になっていた父は、その場で、



「ロオオオオオオオオオン!!!! 国士無双十三面(ライジングサン)!!!!」



 僕に役満をぶつけてきた。

 おかげで僕は麻雀に関して色々とトラウマを抱えつつ、アメリカ生活をしていたのだ。

 今思えば、辛かった留学生活を耐えることができたのも、あの時の役満のおかげかも
しれない。

 いや、それは考え過ぎか。

 そもそも、アレが無ければもうすこし穏やかな留学生活が送れていたかもしれなかったし。
31 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/10/29(月) 20:31:49.89 ID:sV4erBqHo


 そして現在、総理を辞めてただの衆議院議員に戻った父がこうして実家に帰ってきた。

 彼の前には、前年度の麻雀高校チャンピオン、宮永照がいる。

 不思議な取り合わせだと思ったけれど、意外と違和感がない。

 テーブルの前に座った照と親父の二人は、まるでお見合いのように向かい合っていた。

 照には僕が座り、親父の隣りにはお兄が座っている。

「ふむ、なかなかの闘牌気だ。まだ腕は衰えておらんようだな」

「そういう小泉議員こそ」

「ふん、もはや老兵よ」

「……」

 見つめ合う、というより睨みあう二人には何か言語を超えたコミュニケーションが
形成されているよな気がした。

「ところで宮永。どうして小泉家(ここ)にいる」

「あなたの息子さんに誘われましたので」

「ほいほいと男ばかりの家に来るとは」

「息子さんはヘタレそうだったので、大丈夫かと思いました。あと、お寿司美味しかったです」

「息子というと、コータローか」

 そう言うと、親父は隣りにいる兄のほうを見た。

「いえ、弟さんのほうです」

「ほう、シンジローか。やるな」
32 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/10/29(月) 20:32:20.22 ID:sV4erBqHo

 小泉シンジロー。

 それが僕の名前だ。

 小泉家の次男で今年二十八歳になる。 

 ちなみに兄は小泉コータロー。

 芸能界で働く俳優兼タレントである。

「なかなかやるな、ちなみにどこで引っ掛けた」

「引っ掛けたってなんだ、引っ掛けたって」

 僕は文句を言ったが、父には効果がないので、そのまま話を進めた。

「街の雀荘だよ。昔よく行ってた。そこで宮永さんが打ってたんだ」

「そうか。闘牌もしたのか」

「ん、まあ」

 僕は言葉を濁す。

「シンジローはどうだった」

 親父は照のほうを見て聞いた。

「話になりません。私に役満を直撃されました」

「ハッハッハ。コイツは昔から、人に高い点を振り込む癖があるからな」

「きっと――」

 不意に、照は親父の話を遮るように声を出す。

「きっと、優しいのでしょうね」

「……」
33 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/10/29(月) 20:33:36.99 ID:sV4erBqHo

 その言葉に、親父は少しだけ押し黙った。

 そして、しばらく考えた後に、

「そうだな」

 とだけ言った。

「そんなことよりさあ」

 先ほどまで黙っていた兄が声を出す。

「ねえねえ。せっかく、四人揃ったんだから、麻雀打とうぜ」

 なぜそんな軽いノリで言えるのだろうか。

 少なくとも、元高校チャンピオンと元内閣総理大臣がいる場所だ。

 兄貴も芸能界麻雀でベスト4に入るほどの実力だけれども、
僕がどれだけやれるかわからない。

「イイジマさん、呼んでこようか」

 僕がそう言うと、隣りにいた照が僕の肩を掴む。

「何を言っている。家族麻雀なんだから息子のあなたが参加しないと意味がないだろう」

「確かにそうだな」父は静かに同意した。

「いや、でもなあ」

 家族麻雀と言えばどこか楽しげだけれども、小泉家(ウチ)の麻雀はそんな
レヴェルではない。

 父、ジュンイチローは滅多に家族とは闘牌しないけれど、いざやるときは本気だ。

 自分の息子相手にも容赦なく役満を当ててくる。
34 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/10/29(月) 20:34:07.88 ID:sV4erBqHo

 それでなくても、今、ここにいるメンバーは常識外れの連中ばかり。

 大学で麻雀をやっていただけで、ほぼ無名な自分は浮いてしまう。


 父・元内閣総理大臣:小泉ジュンイチロー

 兄・芸能界麻雀大会ベスト4:小泉コータロー

 ゲスト・高校麻雀チャンピオン:宮永照



 僕・現フリーター:小泉シンジロー



「……」

 なぜ僕はここにいるんだ。

「ふむ、善は急げだ。準備しろ、コータロー、シンジロー」

「はい」

「わかりました」

 父の指示で、僕たちは麻雀卓を用意する。

 セッティングを終えて、僕たちが席に着くと、父は宮永照と再び向かい合った。

「宮永、せっかくの機会だ。何か賭けをしないか」

 父親の不意の申し出に、僕は驚く。

 しかし、照は特に動揺した様子もない。

「そうですね。せっかくですし。構いませんよ」
35 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/10/29(月) 20:35:03.13 ID:sV4erBqHo

 照も誘いに乗った。

「ちょっと待ってよ親父。不味いよ、現役の政治家がまだ十代の女性相手に賭け麻雀なん

て」

「黙れ愚息。麻雀とは常に真剣勝負だ。何の代償もなく闘牌などありえぬ」

「しかし」

「息子殿。私は構わないと言っている」

 照は静かに頷く。

「宮永さん……」

 賭けの提案だけでも驚きなのに、次に発した父の言葉に僕はもう一度驚いた。







「この麻雀で俺が勝ったら、そうだな。俺の女(もの)になれ、宮永照」







「!!!!」   


 あまりにも唐突な提案に、僕はズッコケそうになった。

「わかりました。ですが、私は勝者のものになります」

 そして照も承諾する。

「俺が勝てばいい。ただそれだけだ」父はポツリと言った。
36 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/10/29(月) 20:35:58.94 ID:sV4erBqHo

 何なんだコイツら。

 大事になる前に止めなければ。

「親父!」

「どうした、うるさいな」

「いきなり何言ってんだ。年考えろよ」

「俺は独身だから何ら問題ない」

「こっちは大問題だよ! 自分より年下の母とか複雑すぎるだろ」

「お前も、もう大人なんだから関係ないだろう」

 ダメだこの男。

 親父の説得に見切りをつけた僕は照に話を振る。

「宮永さんもいいのか? ウチの親父はもう六十越えてんだよ」

「別に私は小泉さんの女になるつもりはない」

「でも」

「私が勝てばいいだけだ」

 そう言うと、照は自分の右手をわずかに回転させる。

 闘牌気?

 彼女の右手にあふれた闘牌気がわずかに渦上の雲を形作る。

「ところで宮永。お前が勝ったら、何が欲しい」

「……そうだな。私が勝ったら、これをいただこう」

 そう言うと、照は床を指さす。
37 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/10/29(月) 20:36:56.67 ID:sV4erBqHo

「この家が欲しいの?」

 と、兄は聞いた。

「いや、違う」

 照はその言葉を否定する。

「じゃあ」

「この日本だ」

「ふっ、大きく出たな宮永」

 照の言葉に父は小さく笑う。

「私の価値はそれくらいあると思うのだが、どうだろう」照は自分の胸に右手を
添えながら言った。

「確かにそうかもしれん」

「……」

 訳がわからん。

「何なんだ、この無茶苦茶な勝負は」

 僕がそう言うと、

「シンジロー」

 父は僕の名を呼ぶ。

「男なら、自分の気に入らないことは自分の力でねじ伏せろ。

戦え、戦わぬ者に道は開かれぬ」

「……」

 滅茶苦茶だ。

 しかしこんな滅茶苦茶な奴でないと真の総理大臣にはなれない。

 それが日本。武士の国である。

  


    *
38 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/10/29(月) 20:37:59.47 ID:sV4erBqHo


 闘牌開始――

 起親は親父。次に、照、僕、最後が兄だ。

 僕の対面には親父がいる。

 あの時、あの四年前に家族麻雀をやったあの時とほぼ同じ並び。

 その時は、照ではなく親戚の叔母さんだったのだけど。

「ロン、ピンフドラ1」

 真っ先にアガったのは兄であった。親父相手のアガリ。

 序盤から積極的な攻めで芸能界に一角に食い込んだ実力は相当なものだ。

 実力だけなら父のほうが上だが、序盤の父はそれほど強くない。

終盤に行くほど引きが強くなるので、最初のうちに積極的に攻めるのも一つの手である。

「……」

 パタリ、と無言のまま照は自分の牌を倒す。

 続く東二局。

 照の親だ。

 しかし彼女はまだ動かなかった。照も父と同様、序盤はそれほど積極的に攻めないタイプ。

競馬でいえば追い込み型と言ったところか。しかし、その追い込みの破壊力はふつうの選手の
比ではないが。

「それ、ロン。2000点ね」

「……はい」

 再び兄の和了。放銃は照。

 安いけれど、確実な和了で宮永照の親を流す。
39 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/10/29(月) 20:38:41.86 ID:sV4erBqHo

 半荘は静かに進んで行った。

 確かに、和了は出ているけれど、全体的には穏やかな川の流れのように可もなく
不可もなくの流れ。

 このまま兄がトップのまま終わってもおかしくない状態だ。

 普通の麻雀ならば。





   *




 前半戦最終の東四局。ついに流れが変わる。

「ロン、1000点」

「おっと」

 兄が照に振り込んだ。

「参ったなこりゃ」

 このアガリ、兄は何かを感じているようだ。

「どうしたの? お兄」

「いや、警戒してたんだけど、ついにあがらせちゃったなあって思って」

「それって」

「俺は高校野球だけじゃなくて、高校麻雀もしっかりチェックしてるからね。
宮永さんの能力はわかってるつもりだよ」
40 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/10/29(月) 20:39:42.03 ID:sV4erBqHo

「能力?」

「脅威の連続和了で一気に突き放す。毎年話題になってたんだぞ」

「連続和了……」

 確かに、今日の雀荘でも連続であがっていた。

「しかもあがるたびに点数が高くなっていくという」

「……」

 僕は上家の照を見る。

「……」

 彼女は特に表情を変えることなく、淡々と牌を積んでいた。

 そして、後半戦。南一局、親父の親番。

「リーチ」

 照は早くも三順目でリーチをかけ、

「ツモ」

 その五順先でアガリを引いた。

「30符 2飜 500‐1000」

「……」

 一番の驚異と思われた親父の親を流し、自分のところに親を流し込む。

 宮永照の連続和了。

 この能力を止めるのは至難の業だ。
41 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/10/29(月) 20:40:42.88 ID:sV4erBqHo

 僕も、昼間に無理やり止めようとして役満を直撃してしまった。

 しかも親父は南場の親を流されてしまう。

 これで親父に勝ち目はあるのか。

 どうすんだよ、日本をあげるとか約束して。また総理になるつもりか。

 次の局では照が親だ。

 つまり、彼女が上がり続ければ地獄は終わらない。

「ツモ、1300オール」
  
「くっ!」

 照をアガらせないよう、周りが警戒していても彼女は自力でアタリを引き当ててしまう。

 昼間の雀荘でも無理だったが、ここでも僕は彼女を止めることができないのか。

 そう思うと、自分がみじめに思えてくる。

 この時点で、照はトップに立った。

 彼女の親番は続く。

「ロン、5800」

「……」

「強いねえ。さすがだ」

 兄が点棒を差し出す。

 芸能界ベスト4でも止められない照を、どうやって止めろというのか。

「……」
42 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/10/29(月) 20:41:54.02 ID:sV4erBqHo

 そんな様子を、父ジュンイチローは何も言わず、ただ黙ってじっと見ていた。

 ここまで父は一度もアガっていない(僕もだけど)。

 まさか、このまま終わってしまうのか。

 照の点数は千、二千、三千と順序良く上がって行く。

 このままいけば満貫や倍満は必至。

 何とか止めなければいけない。

 だが僕は恐れていた。

 必死に抵抗して、役満直撃を食らったあの時の記憶がまだ生々しいからだ。

 このまま、黙っていれば。

「ツモ、4000オール」

 親の満貫、12000点。

「!!!!」

 やっぱり悔しい。

 ゴミ屑のようにやられて、黙っていられるわけがない。
 
 その時、

「確かに――」

 対局中、父がはじめて口を開く。

「確かにその能力は優秀だ」

「……」

 父の言葉を、照は黙って聞いていた。
43 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/10/29(月) 20:45:11.80 ID:sV4erBqHo

「しかし――」

 次の瞬間、彼女の表情が少しだけ曇る。

「それも高校生レヴェルでの話だ」

「ん……」

 南二局。未だに親は照。

 このまま照のトップで半荘が終わると思われたその時、

「ロン」

 流れは止まる。

「跳満、12000点だ」

 父、ジュンイチローのアガリ。それも親の照直撃だ。

「……」

 これまで最下位だった父が、一気に二位まで駆け上る。

 半荘も残り二局、南三局。


1位 宮永照      34200

2位 ジュンイチロー  27200

3位 シンジロー     20700

4位 コータロー     17900
44 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/10/29(月) 20:46:27.51 ID:sV4erBqHo


 勢いは親父にあるのか、それともまだ照に運が残っているのか。

 よくわからない。

 ただ、父のエンジンがかかってきたことだけは確かだ。

 これまで、世界の首脳と死闘を繰り広げていたあの頃の親父の力はまだ健在。

 いくら高校生チャンピオンといえども――








「ぐはああっ!!!」







 次の瞬間、父の動きが止まった。

「ど、どうしたんだ」

 父が口元を抑える。

「……!」

 その様子に照も一瞬だけ驚いたようだ。

「いや……」

 父は口元を抑えた手をじっと見る。

 すると、彼の手のひらは真っ赤に染まっていた。
45 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/10/29(月) 20:47:14.71 ID:sV4erBqHo

「血……?」

「大丈夫だ。コータロー、タオルを持って来い」

「う、うん」

 兄は素早く父にタオルを差し出す。

 父は何事もなかったかのように、タオルで手や口元を拭いた。

『小林商店』と書かれた白いタオルについた赤い色が生々しい。

「やっぱり、キツかったんだな。親父」

 口元を拭う父を見ながら兄は言った。

「お兄、どういうこと?」

「総理大臣という重責は、それだけ肉体的にも精神的にもキツイってことだよ」

「……」

「親父があと十年若ければ、こんなことには」

「言うなコータロー。仕方のないことだ」口の周りを拭きながら父は言った。

「ねえ親父。やめようぜ。とても麻雀なんてできるような状態じゃ」たまらず僕は叫ぶ。

「黙れシンジロー! 男が目の前の勝負を放棄してどうする。ここで止めるくらいなら、

死んだほうがマシだ」

「……親父」

「難儀な生き物だな、男というものは」

 そんな父の様子を見ながら照は言い放つ。
46 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/10/29(月) 20:48:39.84 ID:sV4erBqHo

「すまんな宮永。見苦しいところを見せてしまった」

 拭き終えたタオルを後ろに投げ捨てる。

「茶番は終わりか。小泉ジュンイチロー。勝負を続けるぞ」

 そう言うと、照はふたたび牌をかき混ぜはじめた。

「茶番? どういうことだ宮永さん」

 僕は彼女の言葉に、カチンときてしまった。

「茶番だから茶番と言ったまでだ」

「親父の身体のことが、か」

「ああ。弱いから総理大臣を辞めたのだろう? あなたのお父上は」

「……それは」

「あと一歩で届かない。所詮、そこまでの男ということだ。小泉ジュンイチローというのは」

「おい、言っていいことと悪いことがあるぞ」

「気をつかわせて言葉を謹んでもらい、それで事実から目を逸らすことのほうが悪いと、

私は思うのだがな」

「宮永さん」

「もうやめろシンジロー」

「親父」

「男なら、口げんかではなく麻雀でケリをつけろ」

「いや、でも」

「そうだな。どうせだから私があなたにトドメを刺す」
47 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/10/29(月) 20:49:15.28 ID:sV4erBqHo

 宮永照は自信満々にそう明言した。

「させるか」

 このまま彼女を勝たせてはならない。

 そんな決意を胸に、牌を積む。

 しかし、

「ロン、16000点」

「……!!」

 宮永照、2位の父を直撃。

 六千点差まで迫っていた父を一気に引き離す。

 しかも、これまで徐々に上げて行く点数ではなく、いきなり倍満クラスだ。

 そしてオーラス。

 このままでは、宮永照に逃げ切られてしまう。 

 どうする。

「どうするんだ、シンジロー」

 洗牌をしながら兄、コータローが話しかける。

「何を」

「このままだと、親父はあの子にやられちゃうぞ」

「いや、それは……」

「親父はあの状態だ。このままやっても勝てそうにない」
48 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/10/29(月) 20:50:57.00 ID:sV4erBqHo

「……」

「俺はな、シンジロー。親父に勝てるのは、お前だと思っている」

「え!?」

 思わず声を強めてしまったが、父も照も、何ごともなかったように牌をかき回していた。

「いや、でも」

「お前は一族でも才能があるんだ。まだ開花していないだけで」

「でも、親父やお兄にはまだ一回も勝ったことあるし」

「あるんだよ」

「は?」

「あるんだよ。一度だけ」

「な?」

「覚えてないのか」

「全然」

「お前が幼稚園のころに麻雀をやったとき」

「幼稚園なのに麻雀?」

「そこでお前は役満をアガって、俺たち家族を全員飛ばした」

「僕が……、役満」

 役満なんて一度もアガった記憶はない。

「変に考え過ぎず、自分の思うように打てばいいんじゃないか」
49 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/10/29(月) 20:52:20.54 ID:sV4erBqHo

「そんな簡単に言うけど」

「だったら、親父が宮永さんに倒されていいのか」

「……」

「父親を超えるのは子どもの使命だ」

「だったらお兄が――」

「いつまで話をしているだ、お前たち」

 そこで父が注意をした。

「すんません」

 僕は洗牌を終え、牌を積み上げる。

 これでラスト。

 泣いても笑っても最後だ。

 僕は、どうすればいいのか。

 最後の局は、はじめた時のように静かにはじまった。

 ゆっくりと、牌が並べられていく。

 絶望的な点差、というわけではないけれど、宮永照の闘牌気の中で僕は半ば
委縮している自分がいた。

 だがその時、僕は目の前にある父の捨て牌に目が行く。

 四、六、八、三、一見無秩序に見える父の捨て牌には見覚えがあった。

 これは……。

 四年前の家族麻雀。
50 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/10/29(月) 20:53:20.29 ID:sV4erBqHo

 父はまだ内閣総理大臣で、分刻みの忙しいスケジュールにも関わらず、
アメリカに旅立つ僕のために家に帰ってきてくれた。

 そして麻雀を打った。

 あの時、オーラスでは圧倒的な点差があったにも関わらず、彼は狙い、
そして僕に直撃を食らわせた。




 そう、国士無双十三面(ライジング・サン)を。




 できるわけがない。

 というかやる必要すらない。

 だが、それをやってのけるのがこの男なのだ。

 僕にはできそうもない。

「息子殿」

「え?」

 不意に照が話しかけてくる。

 対局中に彼女が話しかけてくるというのも珍しいので、僕は思わず顔を上げて彼女の顔を
まじまじと見た。

「あなたは何者だ」

「はい?」

 唐突な質問に僕は驚く。
51 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/10/29(月) 20:53:56.79 ID:sV4erBqHo

 しかし、彼女は質問を続けた。

「あなたは何者なのだ。小泉ジュンイチローの息子か、それともコータローの弟か」

「僕は……」

「どうなのだ」

 その問いかけに、僕の中の何かが弾けた。

 そして、ふつふつと熱いものがこみ上げてくる。

「宮永照」

「何か……」

「僕は、弟でもなければ息子でもない」

「……」



「俺は、小泉シンジローだ!」



 山から牌を取る。

 なぜか当然のように三つそろった。

「……」

 確かに僕には父のような真似はできない。

 でも、父と同じである必要はないのだ。もちろん兄とも。

 自分は自分の形でいけばいい。

「ポン!」
52 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/10/29(月) 20:54:55.02 ID:sV4erBqHo

 照が対面の兄から牌を取る。

 兄→父→照→僕の順番なので、これで父の順が飛ばされることになる。
   
 オーラスでの引きの強さを持っている父の動きを、少しでも止めるためにはいい判断だ。

 しかし、そう何度も鳴きが続くはずがない。

 父が牌をツモる。

 そして、取ったものとは別の牌を捨てた。

 また引いたか。

 一つ、また一つ彼は和了に近づいている。

 そして照は、それを阻止しようとする。

「ポン」

 再び兄の出した、ピンズをポンする照。

 また飛ばした。

 すると、

「……宮永照」

 不意に、父が彼女の名を呼んだ。

「はい」

 照は答える。






「お前の負けだ」
53 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/10/29(月) 20:55:46.21 ID:sV4erBqHo

「……」

 その言葉に照は答えない。

「そして俺も――」

 父の言葉が終わる前に、僕は大きく息を吸い、その場に牌を置いた。

 頭の中がやけに冴えている。

「これは……」

 僕の引いた牌は、父が引くはずだった西。

 一気に牌を倒し、それを晒す。





「四暗刻『西』単騎待ち」




 
 そして点数を告げた。

「ダブル、役満……!」

「……」

 それを見た一同は押し黙る。

 そして、

「はっはっはっは!」

 沈黙を破るように父は笑った。
54 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/10/29(月) 20:56:31.88 ID:sV4erBqHo

「どうした、親父」

 心配をした兄が声をかける。

「コータロー。俺は決めたぞ。今期限りで引退する」

「引退?」

「ああ。跡継ぎはもう決めた。シンジローお前だ」

「え?」

「俺はもう出ない。お前が次の衆議院選挙に立候補しろ」

「ちょっと待ってくれよ。そんないきなり」

「俺は常々、お前には俺以上の才能があると思っていたんだ。今日、これで確信した」

「一回だけだろう」

「一回あれば十分だ。後は頼んだぞ」

「ちょっと親父!」


 

 
   *
55 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/10/29(月) 20:57:36.95 ID:sV4erBqHo




 はじめての役満に興奮冷めやらぬ僕は、頭を冷やすために外へ出ていた。

 昔役満を上がったことがあるらしいけれど、今回のは物心ついてからはじめてあがった
役満だ。

 正直、これまで何度か狙ったことはあったけれど滅多にアガれなかった役満。

 そして、気が付けば僕は麻雀から離れていた。

 今日、久しぶりにそれをやった。

 恐らく、あの子に会わなかったら再び牌を持つことはなかったかもしれない。

「ここにいたか」

「ん?」

 振り返ると、宮永照がいた。

「どうしたの」

「あなたを探しに来た。シンジロー」

「え?」

「どうした」

「今、僕の名前を」

「半荘一度きりとはいえ、私に勝ったのだからな。認めないわけにはいくまい」

 確かに、普通なら宮永照が相手だと100回やっても勝てる気はしない。

「で、どうする」

「へ? どうするって」
56 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/10/29(月) 20:58:33.11 ID:sV4erBqHo

「私をどうするつもりだと聞いている」

「いや、ちょっと話が見えないんだけど」

「対局の前に賭けをしただろう。私が負けたら、勝った者の女になると」

「それって親父との約束じゃあ」

「別にジュンイチロー殿の女になるとは言っていない。“勝った人のものになる”と
言ったのだ」

「え」

「あなたは私に勝った。だから今日から私は、あなたのものだ」

「いやいやいや、ちょっと待ってくれ。宮永さん」

「照だ」

「て?」

「照と呼んでほしい」

「じゃあ、照」

「どうした、シンジロー」

「一応、僕のほうが年上なんで、そんな偉するのはどうかと思うけど」

「……善処する」





   *
57 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/10/29(月) 20:59:47.52 ID:sV4erBqHo


   おまけ


 家族麻雀も終わり、弟のシンジローは頭を冷やすため外に出てる。

 ついでに照も一緒だ。

 二人でこれからについて話をしているのかもしれない。

 それはそうと、対局を終えた父、ジュンイチローはいつにもまして上機嫌だった。

「嬉しそうだね、親父」

「そりゃあな。肩の荷もおりた」

 そう言うと、父は着ていた上着を脱ぐ。

 次の瞬間、ボトリと上着の内側から何かが落ちた。

「あ、いかん」

「……」

 直方体の形をしたそれは、スーパーやコンビニなどで見たことのある紙パック。

「トマトジュースか」

「健康のためにな」

「しかしよくバレなかったな」

「あいつが対面に座ってくれたおかげで助かった」

 ジュンイチローは居間の隅に落ちていたタオルを拾い上げる。

 白いタオルに染みこんだ赤い液体が血液ではないことは明白だ。
58 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/10/29(月) 21:00:55.25 ID:sV4erBqHo

「何でそんな手の込んだことしてんだよ」

「こうでもしないとアイツはやる気にならんからな」

「宮永さんも気付いてたみたいだね」

「幸い、シンジローのやつが勘違いしてくれたから助かった」

「ま、親父はまだ死にそうにないね」

「当たり前だ。まだ終わらんぞ」

 そう言うとジュンイチローはネクタイを緩め、大きく息を吐いた。




   つづく
59 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/10/29(月) 21:02:05.38 ID:RbPIW3cbo
今回はこれでおつ?
60 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/10/29(月) 21:03:44.49 ID:sV4erBqHo




 【次回予告】

 小泉ジュンイチローの後を継いで衆議院議員選挙に出ることになったシンジロー。

 しかしその年は不況ということもあって、彼の所属するJ民党にとっては恐ろしい
までの逆風であった。

 更に、彼には世襲の批判も付きまとう。

 厳しい選挙戦の中で、彼は候補者同士による公開麻雀に参加。

 シンジローの秘書となった宮永照とコンビで、対立候補であるヨコクメ勝仁と闘牌することに。

 初めての実戦、そして慣れないコンビ打ちに苦戦するシンジロー。

 共に参加した宮永照もまた、上手く力を発揮できないでいた。

 はたして勝負の行方は。

 そしてシンジローは初めての選挙に勝利できるのか。


 次回、ムダヅモ無き闘い side‐S 


 第三話 「初 陣」


 おたのしみにん。

 
61 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2012/10/29(月) 21:12:02.98 ID:dHbAX5IAo
読者がムダヅモ本編に求めてたのはオリキャラ無双じゃなくてこっちの展開なんだよなぁ
62 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山口県) [sage]:2012/10/29(月) 22:54:56.10 ID:U5FDzBlbo
え?オリキャラ?えっ?
63 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/10/29(月) 23:34:10.63 ID:CDoXaUN10
うわめっちゃ期待だわこれ
64 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/10/30(火) 00:08:09.76 ID:3ET+kvgIO
>>62
小泉がヒトラー倒したあとはオリキャラ(小泉三男)が主人公になった
仲間も政治家パロディとかじゃなくて架空の自衛官
65 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2012/10/30(火) 01:16:54.20 ID:SfcVy11zo
乙乙
66 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2012/10/30(火) 04:16:51.81 ID:DnOOQGRWo
無駄ヅモ読んだばっかりでタイムリーな話題
乙乙
67 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/10/30(火) 17:46:11.93 ID:bqBiM/FX0
そういえば無駄ヅモのOVAだとタイゾーのCVが京太郎と同じだったなw
68 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/10/30(火) 17:52:05.25 ID:s8ub0Z/Ko
予告で書き忘れてたけど、今夜はあのプロ雀士がゲスト出演だよ。
69 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) [sage]:2012/10/30(火) 18:04:02.05 ID:iNV6ZNa40
あれは…メンチンの安永!?
70 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/10/30(火) 18:49:57.71 ID:dPYH62yl0
小泉には離婚した相手方に引き取られた三男がいるみたいだが
その三男は今何してるんだろうか
71 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2012/10/30(火) 18:58:02.93 ID:j8vRuJjqo
最近孝太郎と進次郎がお膳立てして父との和解を果たしたそうだ
72 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/10/30(火) 20:02:08.02 ID:OFefxwR+o
さて、時間になりました。皆々様、出陣です!
73 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/10/30(火) 20:03:29.22 ID:OFefxwR+o


   第三話 初 陣!



 父、小泉ジュンイチローの代わりに次の衆議院議員選挙、神奈川県第11区から
出馬することが決まった僕は、選挙のために着々と準備をすることに。

 そして、家族麻雀で“僕のもの”になったという宮永照は僕の秘書として働くことになった。

 秘書として働くのはいいのだけれど……、

「照、いつまで寝てるんだ」

「うーん、あと十三時間……」

「夜まで寝る気か」

 長野県に実家のある照は、僕の家で寝泊まりしていた。

 幸い、父もお兄も東京に家を持っているので、この無駄に広い家は僕一人で使える。

 それはいいのだが。

「朝ごはん」

「もう準備したよ」

「ご苦労。むにゃむにゃ」

「さっさと起きろ。これからあいさつ回りがあるんだから」

「ふひゅー」

 宮永照。

 麻雀では最強であるこの私設秘書も、私生活は信じられないくらいポンコツ。

 料理はダメだと最初からわかっていたけれど、それ以外の生活もここまでダメだとは思わなかった。

 なんで僕はこの人の世話をしているんだ。

「眠い……」

「……」

 秘書というものが何なのか、わからなくなった瞬間であった。




   * 
74 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/10/30(火) 20:04:07.21 ID:OFefxwR+o



 20XX年 8月――

 衆議院総選挙。

 この年、与党J民党は経済の低迷もあって大きな批判に晒され、支持率も急落していた。

 当然、J民党から出馬する議員は激しい批判に晒される。

 僕もその例外ではない。

 というかむしろ、世襲だった僕はふつうの議員以上に叩かれていた。

「おかわり」

 そんな中、僕の秘書(?)宮永照はいつものように朝からごはんを三杯もおかわりしている。

「随分余裕だな。照」

「焦って勝てるのならば、私も焦ろう。だが勝負はそんなものでもないのだろう」

「そうだが」

「そんなことより、今夜の予定はわかっているな」

「……ああ」

 候補者同士による公開麻雀大会。

 ある種の余興ではあるが、麻雀の強さがステータスであるこの日本皇国においては、
重要な意味を持っているのだ。

 相手は、M主党のヨコクメ勝仁。

 僕の対抗馬だ。



   *
75 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/10/30(火) 20:05:24.70 ID:OFefxwR+o


 横須賀市公会堂――

《さあやってまいりました、神奈川11区の候補者同士による麻雀大会!

 出場者はこちらああ!!》

 司会の女性アナウンサーの声が会場に響く。

《小泉ジュンイチロー元首相の引退で混戦となったここ神奈川11区に、新人候補者が
二人立候補いたしました!

 首相を生み出したこの場所で、新たな伝説(レジェント)は生まれるのでしょうか!!

 まずはこちら、М主党公認 ヨコクメ勝仁候補おおおおお!!!》

 きゃー!

 ステキー!!

 いやああ!!

 凄い歓声だ。

《続きまして、与党J民党出身で小泉ジュンイチロー元首相の実の息子。

 小泉シンジロー!!》


 Boo Boo !!

 引っ込めー!!

 世襲くたばれえええ!!


「……」

「案ずるな、サクラだ」

 すぐ隣にいる照がつぶやく。

「わかってるよ」
76 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/10/30(火) 20:06:02.95 ID:OFefxwR+o

 ちなみに、なぜ照が隣にいるかというと、

《では今日は、候補者同士による二対二のコンビ麻雀を行っていただきたいと思います!

 ルールは横須賀市基本ルール、半荘を最高で五回やってもらいます。

 そのうち、一回の半荘で二人の合計点が多いほうが勝利。

 そして、先に三つ制したほうが勝利となりまーす!!》

 このように、コンビ打ち麻雀をやるからだ。

 といっても、恥ずかしながら僕はこの年までコンビうちをやったことがなかった。

「安心しろ、私もやったことがない」

 照は自信満々に言う。

「それでどう安心しろと」

 確かに照レベルの雀士とコンビで打てる者は少ないだろう。

 正直、僕がやれるかどうかわからない。

「照」

「なに?」

「別にこれに勝ったからといって、選挙に勝てるわけじゃない。気楽に行こう」

 僕は自分に言い聞かせるように言った。

 しかし照は、

「最初から敗北を覚悟した勝負などありえない」

「そう言うと思った」

 舞台上で一応の挨拶を終えた僕たちは、歓声が聞こえない別室へと移動させられる。
77 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/10/30(火) 20:06:49.95 ID:OFefxwR+o

 麻雀専用の部屋だ。

「よろしくお願いします、小泉候補」

 ニヘラニヘラ笑いながら、ヨコクメ候補がこちらに右手を差し出してきた。

「……どうも」

 僕はその右手を握る。
 
 ちょっと湿っていた。

「まさか、高校チャンピオンの宮永照さんを連れて来るとは、さすがですね小泉候補」

「いえ、別に外から連れてきたわけではありませんよ」

 僕はやんわりと否定する。

「そうなんですか? 助っ人じゃなく」

「ええ、僕の秘書です」

「本当ですか?」

「本当ですよ。宮永。キミも何か言って」

 僕は照のほうを見て言った。

「私はシンジローの女だ」

「やっぱり黙ってろ」

 僕は彼女の口を塞ぐ。

「別にいいですよ。僕も党本部から助っ人を連れてきてますので」

「よろしくだし!」
78 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/10/30(火) 20:08:03.73 ID:OFefxwR+o

 メガネをかけた、セミロングの女性元気よく挨拶する。

 頭にネコミミが見えるような気がするのだが、おそらく気のせいだろう。

 ヨコクメ候補の助っ人は、つかつかと歩いてテルの前に立った。

 彼女も黒のスーツ姿なのだが、スレンダーな照ほど似合ってはいない。

「ウチの先生は東大出身だし。それに『まいのり』っていうテレビ番組にでも出ていて有名だし」

「そうか」

 照はそっけなく答えた。

「そっちの先生は、元首相の息子って以外はとりえもないでしょう」

 安っぽい挑発だ。

「そんなことはないぞ」

 だが、照は少しむっときたらしい。

 僕のことで怒ってくれる姿は、ちょっとだけうれしかった。

「シンジローは朝早く起きて私の分も朝食を作ってくれる」

「やっぱり黙ってろ」

 僕は再び照を止めた。




   *
79 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/10/30(火) 20:08:46.93 ID:OFefxwR+o




 勝負は半荘で勝利した回数を競う。

 この前のように、半荘一回きりの勝負ではないので、スロースターターの照にはこちらのほうが
有利だろう。

 最初のうちは、調子が出ないと思うので、前半はできるだけ僕が稼がなければならない。

《それでは、試合開始でーす》


 半荘一回目。各自持ち点は25000点。

 起親はヨコクメの秘書(助っ人)。次に僕、そして隣が照。最後がヨコクメとなった。

 なるべく序盤は静かに逝きたいところだが、

「リーチだし!」

 早い!

「ロン!!」

《行ったあー! ヨコクメ候補の助っ人、いきなりリーチ一発。

 しかも小泉候補への直撃だああ!!》

「……!」

 リーチ一発、幸い裏ドラは乗らなかったけれど、普通のドラ付きで4000点は痛い。

 親のロンなので、そのまま続いて東一局。

 次にアガったのは。

「ロン! 2000点」
80 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/10/30(火) 20:09:38.22 ID:OFefxwR+o

 ヨコクメだった。

 振り込みは、またして僕。

 狙われているか。

 開始二局目でいきなり二万点を切ってしまった。

 だが、照はまだ動かない。

 高校チャンピオンの宮永照が出る。

 普通、そんなに挑戦は受けないはずだ。負けが決まっているようなものだから。

 しかし、それであえて勝負を受けるというのだから、それなりの勝機はあるのだろう。

 奴らの狙いは、

「ロン、満貫ですね」

「……はい」

 やっぱり僕だ。

 確かに以前、役満をあがって照に勝ったことはある。

 でもそれは一瞬の爆発力によるもの。

 今回のように、何度も半荘を重ねる長期戦になれば、ムラが出てくることは必至。

 真の実力、ということになれば僕の実力は父はおろか、兄に比べても大きく劣る。

「ツモ、6000オール」

「……」

 ボロボロだ。




   *    
81 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/10/30(火) 20:10:13.29 ID:bqBiM/FX0
池田ァ!
82 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/10/30(火) 20:11:15.52 ID:OFefxwR+o



 一方そのころ、兄コータローは会場の大画面で試合を観戦していた。

「やはり狙われたか……」

 瞬間の爆発力はあっても、麻雀歴の短い弟には限界がある。

 その時、近くの観客席から女性の話し声が耳に入ってきた。

「照様全然あがってないわねえ」

「やっぱり、コンビの相手がアレじゃあ調子出ないのかもよお」

「確かにそうよねえー。菫様くらいのクラスじゃないとねえ」

(好き勝手言ってくれる)

 しかしまずいことになった。

 選挙中における対局の勝敗は、即得票率に繋がるのが神奈川県である。

 神奈川は野球チームは弱いけど、横浜ロードスターズを要するプロ麻雀チームは
最強クラスであり、麻雀人気が非常に高い地域なのだ。

「あの坊や、困ってるようだねー」

 不意に、隣で聞き覚えのある声が彼の耳に飛び込んできた。

「ん?」

 ふと、横を見ると特徴的な和服の女性。

「三尋木さん……?」

 プロ雀士、三尋木咏であった。

 コータローは彼女と芸能人麻雀大会で知り合っていた。
83 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/10/30(火) 20:12:11.33 ID:OFefxwR+o

「やっほー、こうちゃん。元気してる」

 三尋木は彼のことをこうちゃんと呼ぶ。ちなみに、彼女のほうが断然年下である。

「試合はどうしたんですか」

「終わったよそんなの。今日はデーゲームだったからねえ」

「それで、こんなところに来たんですか」

「いやだってさあ。こうちゃんの弟が試合してるっていうから、見たくなっちゃってさあ」

「冷やかしですか? こっちは真剣ですよ」

「そんな冷たいこと言わないでよこうちゃん。このこの〜」

 そう言うと、三尋木咏はコータローの頬を持っていた扇子でクニクニと付いた。

「やめてくださいよ」

「もう、つれない教え子だなあ」

「教えられた記憶はありませんが」

「あの熱い指導を忘れたか」

「ボコボコにしただけじゃないですか」

 芸能界では多少腕に覚えのあったコータローも、プロの前で手も足も出ず、
軽くトラウマを植え付けられてしまった。

 彼が政界進出をあきらめたのは三尋木プロのせいではないかと一部週刊誌で
騒がれたこともあったけれど、当たらずとも遠からず。

「ま、それは知らんけど。弟くんはどうだい」

「見ての通りですよ」
84 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/10/30(火) 20:13:04.22 ID:OFefxwR+o

《それ、ロンだし》

《……はい》

《行ったああああ! 小泉候補、ここでマイナスだああああ!!!》

「あーあ、やられちゃったね。弟くん」

「まだ一度目の半荘を終わっただけです。今回のルールでは半荘のルールに
得点は関係ありません。勝った半荘の数で勝負が決まります」

「ってことは、圧勝でもギリギリでも、とにかく勝てばいいってことだよねえ」

「そうですね」

「だとしたら、弟くんのチームって、不利じゃない?」

「どうしてですか。今回はハコテンでしたけど、次の半荘ではそれは持ち越されないん
ですよ。むしろ有利じゃあ」

「わっかんねえかなー。弟くんのパートナーはあの宮永照だよ。彼女が本気出せば、
連続和了で限界まで点数を稼ぐことが可能なんだから」

「それが?」

「あの弟くんは、小泉元首相の息子さんでしょう? だったら、爆発力も高いんじゃないかね。
知らんけど」

「……」

「ねえこうちゃん」

「……はい」

「真正面から四つに組むだけが勝負じゃないんだよ」

「……それは」

「弱者には弱者の戦いがある。でもどんな戦いにも勝たなきゃね」

「……」

 兄は自分の拳に力を込める。

(頑張れ。シンジロー)




   *
85 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/10/30(火) 20:13:47.08 ID:OFefxwR+o



 最初の半荘終了。

 やられるかも、とは思ったけれど、まさかマイナスにされるとは思わなかった。

 メガネをかけたセミロングヘアーの助っ人秘書は、見た目のわりに強い。ヨコクメという候補も、
東大出身だけあって、かなりやり辛い。

 最初の試合で情けない結果を出してしまっただけに、僕はちょっと照に声をかけ辛かった。

 それでも、何か言わなければならない。僕たちはチームなのだから。

 半荘と半荘との間にある、わずかなインターバル。その時間に、僕は照に声をかける。

「あの、照」

「……何か」

 照の表情は、特に変わりない。というか、彼女から表情を読み取るのは至難の業である。

「その、ごめん。不甲斐無い試合で」

「まだ勝負は終わっていない」

「え?」

「謝るのなら、本当に負けてからにしてもらいたい」

「いや、でも。俺が足を引っ張ったから」

「シンジロー」

「はい」

「あなたは私が認めた男だ。ダメなんてことはない」

「いや、でも」
86 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/10/30(火) 20:14:33.79 ID:OFefxwR+o

「シンジローは勝てる」

「どうして」


「私がそう思っているからだ。それだけでは不満か?」


「……」

「……」

 ほんのしばらくの間、僕は照の瞳を見た。

 彼女は一瞬たりとも、僕から視線を逸らさない。

「いや、十分だ。ありがとう」

「強気でいけ。シンジローなら勝てる」

「わかった」


 そしてはじまる第二回戦。


 ここでは、


「ポン!」

「チー!!」


《おーっと! チームヨコクメ。二回戦からは前回とは打って変わって積極的な
鳴き麻雀を展開しております!》

「ツモだし!!」

 助っ人秘書、再び和了。



  *
87 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/10/30(火) 20:16:00.18 ID:OFefxwR+o



 観戦会場――

 ヨコクメチームの鳴き攻勢に、会場は更にヒートアップ。

 最初のアガリもヨコクメの助っ人秘書に取られてしまった。

「くそ、さっきと全然流れが違うぞ」

 コータローは思わず肘掛を叩く。

「落ち着けこうちゃん。これも戦術だよ、知らんけど」

 隣の三尋木プロはそう言った。

 ちなみに彼女の『知らんけど』は口癖のようなものなので、あまり深く考えてはいけない。

「戦術って」

「試合ってのはペースがある。短距離走と長距離走で、同じペースというのはありえない。
それはわかるね」

「え、はい」

「今回は半荘を最大五回までやるルールだから、当然テルりんもそういう覚悟で
試合に臨んでいる」

(テルりん?)

「元々スロースターターな宮永照は、長期戦を見据えてさらにスローになる。

こうなるとパートナーの弟くんが序盤頑張らなきゃならない。

それが、先ほどの狙い撃ちに繋がった」

「つまり、前回はシンジローの攻勢が裏目に出たと」

「そういうこと。まあ、あの子は今日見た限りではムラッ気が強そうだから、
素でやられただけかもしらんけど」

 わりと鋭い、さすがプロ。
88 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/10/30(火) 20:17:53.33 ID:OFefxwR+o

「じゃあ、今回は」

「今回はペースのかく乱だろうねえ。そろそろ宮永照も調子が出てくるところだから、

当然それを見越して弟くんは防御に回る。

そしたら今度は、あの二人が積極的に場をかき乱して、手を作らせないようにするんだ。

まあこっちのほうが、本来の作戦だと思うよ」

「でも宮永照の実力ならその程度の策は」

「うん、確かに」

「ん?」

「宮永照が本気を出せば、この程度の策略、どうとでもなるね」

「それってもしかして」


 、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、
「本当に宮永照が本気を出していればね」





   *
89 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/10/30(火) 20:19:53.86 ID:OFefxwR+o




 二回目の半荘は、防御に徹しているおかげで、先ほどのような直撃を食らうことは
ほとんどなくなった。

 しかし、低い打点ながら鳴き麻雀と早アガリで、ほとんどこちらに仕事をさせない徹底ぶり。

 小さいツモながら、ジワジワとこちらの点数を削って行く。


《南四局、終了でーす!》


「……」

 先ほどのような大差ではなかったけれど、やはり敗北である。

 どうすればいいのかわからない。

 僕は照のほうをチラリと見たが、彼女の表情は相変わらずはじめた時のままだ。

 連続和了が特徴の照だが、既に二回の半荘を終えているにも関わらず、和了回数はたったの二回。

 僕ですら四回であったのだから、普通なら驚異的な不調と言わざるを得ない。 

 ただ、相手チームのやり方を見る限り、やり辛いことは確かだがそれほど実力を持った雀士とは
思えない。

 もちろん、ツッコミ過ぎて飛ばされてしまった自分が言うのもアレだが、少なくとも父親とやったときの
ような威圧感はない。

 そんな相手に対し、照がほとんどアガっていなかった。

 これは、何か考えがあるに違いない。


 それでも僕は照を信じるさ。

 彼女が僕を信じてくれたように。





   *
90 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/10/30(火) 20:21:20.16 ID:OFefxwR+o



 第三戦。これが最後だ。

 この半荘で負ければ、小泉側の負けが確定してしまう。

(どうするシンジロー)

「半荘を二回もやって、宮永照のアガリがわずか二回。ねえこうちゃん。これってどう思う?」

 隣にいた和服のプロ雀士、三尋木咏は聞いてくる。

「どうって、一回の半荘に一度」

「そう、しかも一回の和了は4000点ともう一つが6000点。決して安くはないけど、
宮永照にしては物足りないよね」

「そうですね。調子が悪いのか、チグハグというか」

「悪いなんてもんじゃないでしょう。全盛期のイチローさんの打率が一割切るようなものよ」

「それは……、確かに異常事態ですが。体調が悪い様子はない」

「と、いうことは」

「やはりわざとやっているとしか」

「そうだね」

「でも何で。こんな大事な時に」

「わっかんねえー。テルりんの考えてることなんてわかねえよ。でも――」

「え?」

「あの子が本気で弟くんのことを考えているんなら、仕方ないかもね」

「へ?」



   *
91 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/10/30(火) 20:22:33.06 ID:OFefxwR+o



「ロン、3000点だし!」

《おーっと、チームヨコクメの助っ人秘書。東一局でいきなりのロン! 

 相手は小泉候補だあ!!》

 いきなりやられた。

 だがまだはじまったばかりだ。

 でも焦らない。

 終局時にこちらの点数が高ければいい。

 しかし続く東2局。

「ツ、ツモオッ! 400、800」

《ヨコクメ候補も続いたああ! しかし点数はショボイぞ》

「う、うるさいなあ」

《さあ、一戦、二戦と続いて三戦目も勝利し、ストレート勝ちとなるのか。

 勢いは完全にチームヨコクメだが!?》

「……」

 落ち着け。落ち着くんだ。

 流れは見える。

 一見派手に見えるけど、点差は開いていない。

 ここは確実に逆転できる道を探る。

 とにかく、この半荘を勝てばいいんだ。
92 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/10/30(火) 20:25:27.01 ID:OFefxwR+o

 それだけを考えろ。

 東3局。

 親はヨコクメ陣営の助っ人秘書。

「リーチだし!」

 またリーチ。

 この女の早い段階でのリーチは本当に厄介だ。

 点数は高くないけれど、ハエのようなウザさがある。

 落ち着け、裏ドラは……、絶対乗らない。

「ロン! 3000点」

「……はい」

 危なかった。

 まだ行ける。

 第三戦 東3局

ヨコクメ   26600

シンジロー  18200

助っ人     30600

宮永照   24600


チームヨコクメ合計 57200点

チーム小泉合計   42800点
93 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/10/30(火) 20:26:08.94 ID:OFefxwR+o


 助っ人秘書の親はまだ続く。

 自分がここでヘマをしなければ、場が流れることもあるかもしれない。

 しかし前回は防御に回り過ぎて何もできなかった。

 だから今回は、攻める。

「ポン!」

《おーっと、ヨコクメ候補! ここで役牌をポン。また、ショボくアガルつもりかあ!?》

 負けてられない。

 僕も勝負に出なくちゃ。

「フェイクだ」

「え?」

「ロン!」

《ここで親ロン! 5800てええええん!!!

 チームヨコクメ! 主役の鳴きを囮にして秘書のロン!》

「……」

《ボコボコだあ! 小泉候補ボコボコだあああ!!》

 諦めない。

 俺は、諦めない。

「……」
94 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/10/30(火) 20:29:57.88 ID:OFefxwR+o

 僕は目の前に座る照を見る。

 まだ動く気配は見られない。

 動かないのなら俺が動かしてやるよ。

 続く局は辛くも流局。助っ人秘書がノーテンだったため、親も移動。

 宮永照の親番だ。

「ツモ、1600オール」

《ここでついに宮永照あがったあああ!! 

 ついに来るか、インターハイで旋風を巻き起こした驚異の連続和了。

 我々はこの時を待っていた!!!》


 しかし、

「ロン、8000点。満貫だし!」

《満貫だああ! 宮永照直撃。先ほどの勝ちをミナミの帝王並の利息つきで取り返されてしまったあ!!》


 現在の合計得点。

 チームヨコクメ合計:74200点

 チーム小泉合計  :25800点
 
          点差:48400点
95 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/10/30(火) 20:31:06.82 ID:OFefxwR+o


《さあ、チーム小泉。東場(前半)終了時点ですでに五万近い点差。これは大きい。

 役満を直撃させでもしない限りひっくり返せない点差だ。

 小泉候補にいたっては、一万点を切って再びハコテンの危機に瀕しています。

 しかも今回はチーム戦。自分が勝っても仲間の点が低いと取り返せない。

 どうする小泉、どうする宮永照!!》

 南一局――

「リーチ!」

《ここでヨコクメ候補リーチだ! すでに点差が開いているため、逃げに入ったか》

 そう。どう転んでも勝てる点差じゃない。

 僕が顔を上げると、照はじっと卓を見つめている。

 照が本気を出せば、こんな連中はすぐに吹き飛ばせるだろう。

 しかし、そうすると僕ごと吹き飛ばされる可能性が出てくる。

 それを警戒していとすれば、彼女がやり辛かったのもうなずける。

 僕は、確かに今の実力では親父どころか彼女にも敵わないかもしれない。



 でも、お荷物じゃないところを見せてやる。



「リーチ」

《ここで小泉候補、追っかけリーチ!》

「ツモ、1300、2600」

《しかも2順目でツモを拾ったあ! 小泉候補、一万点台を回復。そして親を迎えます》

「ふん、無駄なあがきだ」
96 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/10/30(火) 20:32:19.18 ID:OFefxwR+o

 ヨコクメは吐き捨てるように言う。

 南2局。親はシンジロー。

「ロン、2000点!」

《ここで小泉候補、連続和了! 流れを呼び込むか?》

「ロン、2900点」

《再び小泉候補和了!!! どういうことだ。この流れ、まるで》

「ロン、4800点」

《まるで――》

「……ロン……、満貫12000点」

《驚異の連続和了! これはまるで、宮永照のようだああ!!》

「まずい……」

《ここで逆転、チーム小泉。ここで逆転! 五万点近い差を見事に逆転しました!!

 しかも一万点以上差をつけた徹底的っぷり。こいつはエスだ! ドSだ!》

「……」

「ポン!!」

《おっと、チームヨコクメ。リズムを取り戻すために助っ人秘書が鳴きを実施! 

小泉候補の順番を飛ばしにかかります》

「これで、勝負だし!」

 その牌は、

「ロンだ」

《来たあああ! ここで宮永照ううう! 連続和了はこちらが本家本元!》

「ぐっ、宮永……!」

 助っ人秘書とヨコクメの顔が大きくゆがむ。



   *
97 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/10/30(火) 20:33:12.11 ID:OFefxwR+o



 観客席――

 ウオオオオオオオオ!!!

《さあ、ここでオーラスだが。この半荘はまだ終わりそうにありません》

 盛り上がる観客席。

 そんな中、

「さあて、帰るか」

 そう言って三尋木咏は立ち上がる。

「まだ終わってませんよ。最後まで観ないんですか」

「この結果は決まったようなもんさ。あたしが言うんだから間違いないよ」

「そうですね。今日はありがとうございます、三尋木プロ」

「別にこうちゃんのために来たわけじゃないんだからな」

「まあ、そうでしょうね。弟の試合ですし」

「……」

「どうしました?」

「知らんし。じゃあね、こうちゃん」

「お疲れ様でした」

「しかし凄いね、弟くん」

「連続和了が、ですか?」
98 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/10/30(火) 20:34:17.15 ID:OFefxwR+o

「いや、そうじゃないよ」

「ん?」

「今までずっと、彼は宮永照のことを疑わなかった。ほんの一かけらもね。

あそこまで信頼するなんて、普通はできないよ。私も無理」

「人を信じて任せるのも、政治家としての器だと父から聞きました」

「そうだね。ま、これからも期待しているよ」

「今日はお疲れさまでした」

「バイバイ」


 三尋木咏が帰った後も、コータローは最後まで弟の試合を観戦した。

 もちろん、息のぴったり合うようになったシンジローと宮永照のコンビが圧勝したことは言うまでもない。




   *
99 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/10/30(火) 20:35:08.86 ID:OFefxwR+o




 公開対局において逆転勝利した小泉シンジローは、その後の衆議院議員選挙でも
対抗馬のヨコクメ候補に対して圧倒的大差をつけて当選した。



 しかし、一方で彼の所属するJ民党は歴史的な大敗を喫し、野党に転落することになる。


 こうして、小泉シンジローの議員生活は、野党議員からスタートすることになったのだった。





   つづく
100 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/10/30(火) 20:37:04.36 ID:OFefxwR+o


 【次回予告】

 ついに国会議員となった小泉シンジロー。

 しかし、J民党本部で前首相の麻生タロー議員から、とある指令を受ける。

 それは「政治家としての能力を高める」こと。

 自身の潜在能力を引き出すため、シンジローは祖父の出身地でもある鹿児島県へと飛ぶ。

 そこで一体何が待ち受けているのか。

「お待ちしておりました、シンジロー様。お懐かしゅうございます」

 鹿児島での運命の再会。

 そして、わざわざ九州まで付いて行った秘書、宮永照の運命はいかに。

「鹿児島といえば黒豚かな」

 次回、政治家秘書☆宮永照。鹿児島編。お楽しみに。



 ※ 次回予告と本編内容は若干異なる場合がございます。  
101 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2012/10/30(火) 20:41:32.18 ID:mB1ZrNYAo
おつー
なんJ民党?(難聴)
102 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2012/10/30(火) 20:42:43.27 ID:j8vRuJjqo

なんJ民は帰って、どうぞ
103 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/10/30(火) 20:44:29.42 ID:GBgAsYiYo
おつ
104 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/10/30(火) 21:16:17.12 ID:GWfC5YYs0
乙!面白かったー。次回も楽しみ。
105 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) [sage]:2012/10/30(火) 21:49:18.56 ID:e+cvMDdNo
乙ー
次も楽しみにしてます
106 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/10/31(水) 00:37:51.41 ID:+Ku7xZm30

ムダヅモにしてはおとなしいというか淡々としてるのはまだ序盤だから?
107 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) [sage]:2012/10/31(水) 16:14:35.47 ID:oGpOJvNs0
闘牌てきとーでも別に文句ないし全然ええんやけど、
麻雀には3000点って点数はないでー
野暮なこと言うてすまんな
108 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/10/31(水) 18:09:56.93 ID:NqnEqBCOo
シンジローは一年生議員でしかも野党なんで、父親(内閣総理大臣)のような派手な立ち回りは難しいかも。

あと、点数は素で間違いました。すいませんでした。
109 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(山口県) [sage]:2012/10/31(水) 19:18:55.18 ID:m4SlYEoio
ムダヅモにシンジローなんてキャラ出てた?
単行本未収録?

でないのならオリキャラ?……うん、それはなんだかなぁ
110 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/10/31(水) 19:59:51.75 ID:lCwp7Hmzo
第六話以降はエクセルで点数を確認しながら書いたから、多分間違いないはず(震え声)

麻雀漫画描いてるひとは凄いわ。ホント。
111 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/10/31(水) 20:00:55.04 ID:lCwp7Hmzo



   第四話 薩摩の魂 前編


 衆議院総選挙に勝利し、晴れて国会議員になった僕は、横須賀の実家から東京にある
議員宿舎に移り住むことになった。

 都内の一等地に、比較的安い値段で住めるということで時々批判に晒されることもある
議員宿舎ではあるけれど、国会議員は収入はその多くが事務所の家賃や職員の給与に
消えるため、住処の費用を節約できるのは嬉しいのだ。

 それに、僕は選挙区が神奈川なので東京からすぐに地元に帰れるけれど、地方出身の
議員は大変だと思う。

 交通費は議員パスで何とかなっても、移動で失われる時間はバカにならない。

 とはいえ、今はそんなことを心配していても仕方がない。少しでも早く国会議員として
一人前にならなければいけない。

 そういえば、すでに議員宿舎に荷物が届いているはずだ。

 貰ったばかりの鍵を使って宿舎の中に入ると、

「おかえりシンジロー。早かったな」

「……照?」

 僕の私設秘書、宮永照が居間でお茶を飲んでいた。

「何やってるんだ」

「お茶を飲んでいる」

「いや、そりゃ見ればわかるよ」

「この部屋、しっかり片付いているだろう? 引っ越し屋さんが頑張ったからな」

 お前は頑張らなかったのか。

「そんなことより、どうしてお前が僕の部屋にいるんだ」

「何を言う。私の部屋でもあるだろう」

「え?」
112 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/10/31(水) 20:01:37.20 ID:lCwp7Hmzo

「私はシンジローのものなのだから、シンジローのものも私のものだ」

「なんかどっかで聞いたことのある理論だけど、いやいや。違うから!
キミとは一応、宿舎も別々だって言っただろう!?」

「そうだな」

「じゃあなんでここにいるんだよ」

「私が一人でいても、朝ごはんが出てこない」

「当たり前だろう」

「というわけで、私もここにお世話になる。秘書として当然だ」

「だから……」

「シンジローは横須賀出身だから、あまり東京には詳しくないだろう」

「いや、まあ」

「私は東京の白糸台高校の在学中も含めて三年以上東京に住んでいた。
つまり東京生活の大先輩と言っていい」

 照は胸を張って言った。

 凄く得意気な顔だ。

「じゃあ聞くけどさ」

「何でも聞いてくれ」

「東京駅から水道橋駅に行くにはどこでどう乗り換えればいいんだ?」

「へ?」

 照の目が丸くなる。

「東京のことは詳しいんだろう」

「うう……。す、水道橋って、何市にあるんだっけ」

「……23区内にあるだろう」

「あ、そうか。そうなのか。へえ、そうか」

「で、どうなんだよ」

「……タクシーで行けばいいんじゃないかな」

 どうやら横須賀での生活と同様、東京での生活でも彼女は役に立ちそうになかった。




   *
113 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/10/31(水) 20:02:40.95 ID:lCwp7Hmzo
 
 J民党本部――

 かつてマスコミや地方からの陳情者でにぎわっていたこの古い建物も、今は寂れている。

僕が候補者として出入りしていたほんの数か月前とは偉い違いである。

「野党になればこんなもんよ」

 不意に僕の背後から特徴的なだみ声が聞こえてきた。

「あなたは」

「よう、シンジロー」

「麻生首相」

「皮肉か? 今は“前”首相だ」

「す、すいません」

 麻生タロー。

 リーマンショック後の不況と衆参の多数派が異なるねじれ国会で戦い、選挙で敗れた不運の宰相。

そして僕の父の政権下で閣僚を経験し、また総裁選ではライバルだった人だ。

「噂は聞いてるぜ。あの東大出身のぼんぼん弁護士を打ち倒したようじゃねえか」

「いや、結構ギリギリでしたよ」

「土壇場での攻勢はアンタの親父もよくやったことだぜ」

「はあ」

「その後ろにいるのが、噂の秘書かい」

「え?」

「……」

 僕の背後には、宮永照がいる。

 別に連れてくる必要性は皆無に近いのだが、彼女は放置しておくと迷子になってしまうので、
こうして連れて歩くしかないのだ。

「まあそれはいいけどよ、早速だがお前ェさんにやってもらいたい仕事がある」

「あ、はい。何でしょうか」 
 
「今のお前ェさんの能力じゃあ、国会議員としてはやっていけねえ。それはわかるな」

「はい」
114 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/10/31(水) 20:03:12.15 ID:lCwp7Hmzo

「とういうわけで、お前ェさんにはこれから議員としての地力をつけてもらうため、
出張に行ってもらう」

「出張、ですか」

「それで、場所はどこですか?」

「ここだ」

 そう言うと、麻生議員は僕に一枚の紙を差し出す。

 この紙に書いてあるということだろう。

「ああ。まあ、頑張ってこいや」

「はい」

「じゃあな」

「お疲れ様です」

 僕は深く一礼して見送ると、その場で麻生議員から貰った紙を見る。

「何が書いてあるんだ」

 不意に照が覗き込んでくる。

「こら、近い近い。後で見せてやるから」

「ケチ」

「ケチじゃない。ええと、これは……」

「どうした」

「行先は」

「うん」





「鹿児島――」







   *
115 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/10/31(水) 20:03:50.17 ID:lCwp7Hmzo


 羽田空港発、鹿児島行きの飛行機の中に僕と照はいた。

「窓際がよかった」

 三列シートの真ん中に座った照が、弁当を食べながら言った。

「窓際がいいとか、子どもか」

「酔いやすいから」

「窓開かないぞ」

 そういえば、照はお酒を一切飲まない。下戸なのだろうか。

「ところでシンジロー」

「なんだ」

「鹿児島に、何をしに行くのだ?」

「それが、党本部に問い合わせてみても現地で説明する、としか言ってないんだよ」

「ほう」

「まあ、鹿児島には一度行っておきたいと思ったから、ちょうどいいかもね」

「どうして?」

「そりゃあ、僕と鹿児島にはちょっとした縁があってね」

「縁?」

「ああ」

「聞かせて欲しい」

「そんなに面白い話でもないよ」
116 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/10/31(水) 20:04:47.35 ID:lCwp7Hmzo

「シンジローのことは、何でも知りたいと思っている」

「……」

 ふざけているのか真面目なのか、よくわからない表情だ。

 いや、彼女の場合いちも真面目なのかもしれない。真面目であるがゆえに、
それがおかしく見えてしまうこともある。

「じゃあ、少し話すか」

 僕は、照に十年前のことを話して聞かせた。

 当時、僕は小学校からずっと野球を続けており、甲子園を目指すために野球漬けの
毎日を送っていた。

 そして満を持して迎えた高校三年の夏。

 僕たちの野球部は強豪神奈川県の壁を超えることができず、ベスト16で夏を終えた。

 部活を引退した僕は、正直何もやる気にはなれなかった。

 一時期は本気でプロも目指したけれど、自分の実力ではプロには追いつけないとわかった時、
本当に絶望した。

 僕の通っていた学校は、小学校から大学までエスカレーター式の学校だったんで、
他の高校生みたいに受験勉強をする必要がなかった。

 それで暇を持て余した僕は、家を飛び出した。

 青春18きっぷを使って日本を縦断という、暇な学生がよくやる旅だ。

 その時、僕のお祖父ちゃんの出身だという鹿児島を目指そうと思った。
117 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/10/31(水) 20:06:20.20 ID:lCwp7Hmzo

 お尻が痛くなるくらい長く長く電車に揺られてたどり着いた鹿児島は、横須賀よりも
日差しが強くて、なぜか懐かしく感じたよ。

 まだ高校生で、全然お金を持っていなかった僕は、親戚のツテで知り合いの家に
泊めてもらうことになった。

 さっきも言った通り、僕のお祖父ちゃんが鹿児島出身だったから、知り合いがいたんだよ。

 そこで出会った、まだ七歳か八歳くらいの女の子がいたんだけど。その子が麻雀をやっていてね。

 で、その子と一緒になって久しぶりに麻雀をやった。

「まあ、今回は仕事だから会えないだろうけど、いつかプライベートで行ったときは話くらいしたいな。
可愛い子だったから、彼氏もできてるかなあ」

「……」

「照?」

 横を見ると、弁当を食べ終えた照が静に寝息を立てていた。

 自分から話を聞きたいと言っておいて、寝ることはないだろう。

 しかし、このまま起きていても、色々トラブルが起こってしまいそうなので、
僕はそのまま彼女を寝かせることにした。






   *
118 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/10/31(水) 20:06:51.99 ID:lCwp7Hmzo



 そんなことをしているうちに、飛行機は鹿児島空港へと到着。

 言うまでもないが電車よりもはるかに早い。

 僕は眠っている照を起こして空港に降り立った。

「ここが鹿児島か。そんなに暑くないな。横須賀のほうが暑い」

「今はもう秋なんだから、当たり前だろう」

 夏の終わりに行われた衆議院選挙は暑かった。

 荷物を受け取ってロビーに出ると、迎えの人が来ると聞いていた。

 一体誰が来ているのだろう。

 そんなことを思いながら、人がまばらな空港ロビーを、照と斉藤議員と僕の三人で
歩いていると、誰かがこちらに駆け寄ってきた。

「え? 巫女?」

 長い黒髪を“おさげ”にした女性。そして白い着物に赤い袴は、間違いなく巫女。

 しかも何か、大きいものが胸の辺りで揺れている。

「シンジローさまあー」

「はい?」

 なぜかその巫女さんは僕の名前を呼んだ。

 僕を知っているのか。

 いや、確かにテレビとかの取材も受けたし、地方の人が知っていてもおかしくはないけれど。

 そうこうしているうちに、僕の目の前に立ち止まる巫女。
119 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/10/31(水) 20:07:35.19 ID:lCwp7Hmzo

「お待ちしておりましたシンジロー様」

「あ、あの」

「私、感激しております」

「その……」

「あら、そちらのかたは」

 巫女服の少女はこちらの話を聞くことなく、すぐ後ろにいた宮永照に目をやる。

「私はシンジローの――」

「彼女は僕の秘書です」

 余計なことを言う前に、僕はそう紹介した。

「秘書? そうですね。シンジロー様は国会議員になられてたのですから、
秘書の一人や二人、連れていても当然ですね。うんうん」

「ところでキミは――」

 彼女の名前を聞こうとしたその時、僕の声を遮るように照が前に出た。

「どこかで見たことがある」と、照は言った。

「あら、そう言えば私もあなたに見覚えがあります」

 じっと見つめ合う巫女と照。

 しかし、

「気のせいか」

「そうですね」

 二人は思い出すのを放棄したらしい。
120 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/10/31(水) 20:09:04.35 ID:lCwp7Hmzo

 次の瞬間、

「ヒメさまー!」

 高い少女のような声が聞こえてきた。

「んは」

 また巫女だ。

 しかも今度の巫女は、小学生くらいの体形で、なぜか袴が短く袖が長い着物を着ている。

 なんじゃそりゃ。色が違ったら巫女服って気づかないぞ。

 鹿児島県というのは、巫女スタイルが普通なのだろうか。

 僕が行かなかった十年の間に、鹿児島に巫女ブームが来たのかもしれない。

「もう、お待ちなさい」

「はっ!」

 次に出てきた巫女は、どでかいウォーターメロン二つを揺らしている。

(な、何が起こっているんだ)

「痛っ!」

 次の瞬間、背後から照が僕の脚にローキックをはなっていた。

「何をするんだ」

「何かわからないが、物凄く不快な“気”を感じた」

「……」

 どうやら照は機嫌が悪いようだ。
121 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/10/31(水) 20:09:52.81 ID:lCwp7Hmzo

「はあっ、はあっ。姫様早いですよー」

 チビッ子巫女が言う。

「そうよ小蒔ちゃん。もしものことがあったらどうするんですか」

 やたらでかい胸の巫女の言葉に、僕は気づいた。

「……コマキ?」

「はい、シンジロー様」

 僕のつぶやきに先ほどの巫女が返事をする。

 僕の中で塩漬けにされていた記憶が徐々に蘇ってきた。

「キミ、もしかして神代小蒔ちゃん」

「そうですけど。シンジロー様、どうかされました?」

「ああいや、その。凄く変わったなって、思って」

「見た目は変わっても、あの頃の気持ちは変わっておりません、シンジロー様」

「……え」

 ガシリ、と僕の肩が物凄い力で握られた。

「……あの、照」

 宮永照が左手で僕の肩を掴んでおり、もう一方の右腕は激しく回転している。

「詳しく話を聞こうか、“シンジロー様”」 

 口元は笑っていたけれど、目が全くと言っていいほど笑っていなかったのは言うまでもない。



   *
122 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/10/31(水) 20:10:45.90 ID:lCwp7Hmzo


 ウンテンハマカセロー ワハハー 


 
 迎えのマイクロバスの中で僕は照に鹿児島に行った時のことを話した。

 途中までは飛行機の中で話をしていたのだが、途中で彼女は寝てしまったし、
起きている時のことも忘れていたようだ。

「なるほど、十年前に会った少女がこの子、というわけだ」

「はい、神代小蒔です。はじめまして」

 小蒔がそう言うと、

「姫様。インターハイで会ってますよー。あの宮永照ですからねー」

 隣にいたチビ巫女がそう言って注意した。

「あ、そうでしたね」

 どうやら天然っぷりは昔からあまり変わっていないらしい。

「それにしても……」

「はい?」

 女性は変わるものだ。

 出会ったころ、まだ小学校に上がったばかりだった小さな少女が、今や立派なモノを……。

「何を見ているシンジロー」

「痛たた」

 すぐ後ろの席に座っていた照が僕の耳を引っ張る。
123 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/10/31(水) 20:12:01.04 ID:lCwp7Hmzo

「とりあえず、家に着くまでに紹介しておきますね。こちらが、薄墨初美です。
私の家の分家の一つ、薄墨家の娘で、去年のインターハイにも私と一緒に出場しました」

「今は家の手伝いをしていますよー」

 非常に大胆な着こなしをしているのだが、いいのかコレ。

「もう一人が――」

「石戸霞です。よろしくお願いします」

 前の席に座っていた霞は、身体を捻ってこちらを見て一礼した。

 見た目通り、おっとりとした口調と巨大な胸が……。

「……」

「だから痛いって言ってるだろう!」

 再び照が耳を引っ張る。さっきから何を怒っているんだこいつは。

 その様子を見ていた石戸霞は笑いながら言った。

「若様。女心がわからぬようでは、国の統治はままなりませんよ」

「女心……」

 僕が後ろを見ると、不機嫌そうな顔をした照が窓の外を見ていた。

「ええと、僕が衆院議員の小泉シンジローで、こっちが秘書の宮永照」

 ぶっちゃけ、宮永照は有名人なので紹介する必要もない。

「知ってますよー。さっきもちょっと話したけど、私たち麻雀部でしたからねー」

 初美は明るく言った。

「キミたちも高校麻雀のインターハイに出たの?」

「はい。去年はここにいる二人も出場したのですよ」小蒔が答える。
124 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/10/31(水) 20:13:05.46 ID:lCwp7Hmzo

「そうなんだ」

「負けちゃったけどねー」

 と言ったのは初美だ。

「今年も出たの?」

「はい。私の通う永水女子は今年も全国大会に出場しました。残念ながら、
今年も団体戦では勝てませんでしたけど」

「そうなんだ。優勝校は確か」

「清澄です。長野県の」

「そうか」

 兄の話だと確か去年、照のいた白糸台高校の団体三連覇を阻止した長野の
ダークホースだったと聞いている。

 正直、今年は選挙で忙しかったので、高校麻雀はもとより高校野球の結果すら
定かではないけど。

「これで二連覇。私はもう卒業なので、清澄に勝てなかったことだけが心残りですけど」

「そうか、残念だな」

 何だか雰囲気が暗くなりそうだったので、別の話を振ってみることにした。

「それで、キミたちは何で僕らを迎えにきたの?」

「え? それは」

 困ったように小蒔は初美のほうを見る。

「私も実は聞いてないのですよー。とある人物から、私たちに空港へ迎えに行けと
言われただけですからー」
125 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/10/31(水) 20:13:36.78 ID:lCwp7Hmzo

「とある人物……」

 少し考えていると、前に座っていた石戸霞がこちらに声をかける。

「屋敷に行きましたら、使者が来ると申しておりましたから。先にそちらに参りましょう。
若様」

「はあ」

 どうも『若様』という呼ばれ方は照れくさい。

 かといって、小泉議員なんていうのも慣れないのだが。




   *




 それからしばらくして、神代家の屋敷に到着する。

「懐かしいなあ」

 神代家の屋敷は鹿児島での随一の豪邸だ。

 土地の狭い、横須賀のウチの実家が何個も入りそうなその屋敷に、僕たちは入る。

「さあ、シンジロー様。参りましょう。お足下に気を付けてください」

「あ、うん。大丈夫」

「ひゃあっ!」

「おっと」
126 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/10/31(水) 20:14:32.30 ID:lCwp7Hmzo

 気を付けてください、といった小蒔のほうがなぜかバランスを崩してしまった。

「大丈夫?」

「あはは、面目ない」

「姫様はおっちょこちょいなのですよー」

 薄墨初美はそう言って笑った。

「あ、そうだ。シンジロー様。荷物、お持ちいたします」

 小蒔はそう言って手を出す。 

「いや、大丈夫だよ」

 数日間の出張、と聞いていたので着替えや洗面用具などを詰め込んだカバンは結構重たい。
下手に持たせたら、また転んでしまいそうだ。

「シンジロー様。相変わらず力持ちですね」

「男ですから」

「だったら私の荷物も持ってもらおう」

「んが?」

 すぐ後ろを歩いていた照が僕に荷物を押し付ける。

「ちょっと待ってくれよ照。こんなこと言いたくはないが、議員が秘書の荷物を持つか?」

「男の子なんだろう?」

「ったくもう」

 鹿児島に着いてからからずっとこの調子だから本当に参った。
127 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/10/31(水) 20:15:31.59 ID:lCwp7Hmzo

 それはともかく、この屋敷は広いな。正門から玄関までかなり歩いたように感じる。

 正面玄関に行くと、和服姿の年配女性が正座して待っていた。

「お待ちしておりました若様」

「乾さん、お久しぶり」

「御なつかしゅうございます」

 僕の祖父に世話になったという、乾(いぬい)さんという苗字の女性だ。

 十年前とまったく見た目が変わっていない。一体この人はいくつなんだろう。

「シンジロー様。お部屋に案内いたします」

「う、うん。わかった。ほれ」

 僕は持たされていた照の荷物を彼女に返す(結局持っていた)。

「……」

 照は無言でそれを受け取る。

「それではこちらへ」

「はい」

 小蒔の案内で屋敷の奥へと向かうのだが、

「……」

「なぜ付いてきてるんだ、照」

「え?」

 僕の質問に対し、彼女は「何を言ってるの?」みたいな顔をしている。

「いや、だから」
128 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/10/31(水) 20:17:05.11 ID:lCwp7Hmzo

「宮永さんはこっちなのですよー」

 玄関のほうで初美が呼んだ。

「同じ部屋ではないのか」

 どうしてそういう発想が出てくるかね。

 そんな照に対し、小蒔は言った。

「い、いけません宮永さん。嫁入り前の娘が、その、ど……、同衾なんて」

 この子も、結構発想が飛んでるな。

 まあ、確かに年頃の男女が同じ部屋に泊まれば、そういうことになる可能性は十分高いけど。

「別に普通だろう。私とシンジローは同――」

 言わせねえよ。

 僕はすかさず照の口を押える。

「あっはっは。こいつは初めての鹿児島で緊張しているんですよ。それじゃあ」

 無理やり照を初美の所に行かせた僕は、再び小蒔の案内で自分の居室に向かう。



「……そういえば、やっと二人きりになれましたね。シンジロー様」

「え、そうだね」

 やたら広い屋敷の廊下を僕たちは歩く。

 確か十年前に来た時も広かった気がする。

 ただあの時は、もっと大きく感じた。
129 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/10/31(水) 20:18:21.57 ID:lCwp7Hmzo

「覚えておられますか? あの時のことを」

「え、うん」

「私は、小蒔は昨日のことのように思い出せます」

「でも、あのときは小さかったし」

「この想いに大きいも小さいもございません」

 あの時のこと、

 僕はもう一度十年前のことを思い出す。

 その時、

「うっ」

 不意の頭痛。

 何があった。

「どうされました?」

「ああいや、何でもない」

 十年前にここで何をしたのか、具体的に思い出そうとすると不意に頭痛が襲ってきた。

 ここで何かがあったのか?

 上手く思い出せない。

 何でこの子は僕のことをこんなに慕っているのだろう。




   * 
130 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/10/31(水) 20:19:00.04 ID:lCwp7Hmzo
 


 部屋に荷物を置いた僕たちは、大きい部屋に集められた。

 どうやらここに使者がくるらしい。

 僕の右隣には小蒔が座り、そして左隣には照が座った。

「シンジロー様。お茶、いかがですか」

「ああ、ありがとう」

「シンジロー、私にもお茶」すかさず照が手を出す。

「何で僕に言うんだ」

「あらあら。お茶なら私が用意しますよから」

 と言って石戸霞は部屋を出てお茶を取りに行く。

 何度見ても大きいウォーターメロンだ。

 そう思った瞬間、照の肘が飛んできた。

「お前さっきからおかしいぞ」

「わかってる癖に」

 そう言って照は顔を背ける。

「ったく」

 夜にでも話を聞いたほうがいいかな、そんなことを考えていると、不意に照るが身構えた。

 なに!?




「曲者!」
131 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/10/31(水) 20:20:05.72 ID:lCwp7Hmzo

 一瞬で腕を振り、何かを障子に向かって投げる。

 あれは、点棒!?

「ふぎゃあ!!」

 照の投げた点棒は障子を突き破り、外にいた誰かに当たったようだ。

「おい何やってんだ照!」

「曲者がいたから」

「いるわけないだろう! ここは現代日本だぞ!」

 普段のポンコツを許している僕でも他人の家の障子を破ったら、さすがに怒らざるを得ない。

「しかし雀士たる者、常に闘いに備えよとあなたのお父上が」

「あの人の言うことは聞くな! 外にいた人、大丈夫かな」

 僕がそんな心配をしていると障子が開く。

「いてて、さすがの先制攻撃。すばらです」

 そこには奇妙なカーブを描いたツインテールの少女が額を抑えていた。

 どうやら頭をやられたらしい。見た目は若いけれど、声はちょっと婆臭い。

「大丈夫ですか」

 僕はその女性に呼びかける。

「ええ、平気です。それにしても、相変わらず隙がありませんね、宮永照」

「知り合いか?」

 僕は照に聞いた。
132 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/10/31(水) 20:20:43.85 ID:lCwp7Hmzo

「いや、知らん」

「知らないとはなんですか! 私ですよ! 福岡県代表、新道寺高校の花田煌! 

去年のインターハイで対戦したですよ」

「いたかな、そんな奴」

「お前、酷いな……」

「どうせ、私なんてあなたの記憶に残るほどすばらな選手ではございませんでしたけど」

 すると、

「あらあら、何がありましたの?」

 お茶を持ってきた霞が聞いてくる。

「すみません、ちょっとウチの秘書が障子を破ってしまって」

「大丈夫ですよ、小蒔ちゃんもよくやりますから」

「ふえ!?」

 急に名前を呼ばれて驚く小蒔。

「酷いですよ。最近はあまり破ってません」

 ああ、破ることあるんだ。





   *
133 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/10/31(水) 20:21:41.22 ID:lCwp7Hmzo



 照の暴走で混乱した場が落ち着いてから、改めて自己紹介がはじまる。

「お初にお目にかかります小泉議員。私、衆議院議員・麻生タローの名代で参りました、
花田煌(きらめ)と申します」

 正座をして深々と礼をする姿は、なかなか様になっている。

 しかし、あの微妙に内側にカーブしている髪型はどうやったら作れるのだろう。

 何だかノコギリクワガタを思い出してしまう。

「それで、麻生議員の指示というのはどういうものなのでしょうか」

「はい。小泉議員にわざわざ鹿児島までご足労ねがったのはほかでもありません。

こちらにおられます、神代家の方々にも協力していただき、麻雀を打ってほしいのです」

「麻雀……」

 わざわざ鹿児島まできた、ということはふつうの麻雀ではないのだろう。

「ええ、当然です。今回小泉議員には、“霊界麻雀”をやっていただきます」

「霊界……麻雀?」






   つづく

 
134 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/10/31(水) 20:22:37.63 ID:lCwp7Hmzo


   【次回予告】

 前首相、麻生タローからの指示で鹿児島に到着したシンジローと照。

 巨乳の巫女にデレデレのシンジローとそれに嫉妬する“持たざる者”照。

「いや、私も妹よりはあるから」

 現地で出会った、麻生議員の名代、花田煌が提案した「霊界麻雀」とは一体何なのか。

「私共の身体を憑代にして、諸先輩方の霊をおろします」

「それって……」

 神代家の奥深くで執り行われる究極の禁忌、霊界麻雀。

 その代償は重い。

「賭けるものは、命!」

 そして十年前、十八歳のシンジローの身に起こったこととは。

 次回、ムダヅモ無き闘い・side-S 。

 第五話、「薩摩の魂 中編」

 お楽しみに。 
135 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2012/10/31(水) 20:33:02.50 ID:0rnoRAV6o
136 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) [sage]:2012/10/31(水) 21:02:33.65 ID:BjDvOHmGo
乙ですよー
137 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/10/31(水) 22:06:15.15 ID:+Ku7xZm30
これ時系列的にはどうなってんの?ヒトラー編前?後?
138 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2012/10/31(水) 22:27:01.43 ID:0rnoRAV6o
ヒトラー戦は自民党が与党の時代
ヒトラー戦後の第二部冒頭で政権交代が起こっている
よってこれは時系列的には第二部で、ヒトラー戦後に小泉が無事生還しているifルート
139 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2012/11/01(木) 01:18:13.97 ID:suL0PYFYo
さり気なくワハハ
140 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/01(木) 17:55:03.09 ID:CiFGI2gao
ただいま。

時間軸というか、世界観については、また後々説明できればと思います。

今夜も、昨晩と同じ時間に行きます。よろしくお願いします。
(別に安価とかはないから気にしなくていいですよ)。
141 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/01(木) 20:12:18.37 ID:Y9P+eNdeo
今日はちょっと寒かった。はじめます。
142 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/01(木) 20:12:52.30 ID:Y9P+eNdeo


  
 
 第五話 薩摩の魂 中編



 十年前、野球部を引退した僕は、暇な夏休みを利用して旅行に出た。

 行先は、祖父の生まれ故郷でもある鹿児島。

 祖父の故郷ということは僕のルーツでもある。

 祖父は鹿児島でも名家の生まれらしく、現地では色々な人のお世話になった。

 ホテルや旅館に泊まれるだけの余分なお金を持っていなかった僕は、
地元でも特に大きい屋敷を持つ神代家に泊まらせてもらうことになった。

「お疲れ様です若様」
 
 神代家では家の人ではなく、乾さんという年配の女性が僕の世話をしてくれた。

「こちらは本家の御息女です。ほら、姫様」

 乾さんの後ろに、隠れるようにしてこちらの様子を伺う小さな子ども。

 幼稚園か、小学校の一年くらいだろうか。

 身体は小さいけれど、赤い袴をつけたいわゆる巫女服を着ている。

「……」

 巫女服の女の子はなかなか僕に顔を見せてくれなかった。

 だから僕は身をかがめて笑顔で挨拶をする。

「はじめまして。僕は小泉シンジローだよ」

「……コマキ」
143 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/01(木) 20:13:18.50 ID:Y9P+eNdeo

 少女は蚊の鳴くような声で何かをつぶやく。

「コマキ?」

「ジンダイ、コマキです」

 今度ははっきりと聞こえた。

 それが、その女の子の名前。

 青春の一コマとしてはありがちだ。

 ところで僕は、その時鹿児島で五日間ほど過ごしていたらしい。

 らしい、というのは僕にはその時の記憶が無いからだ。

 特に、二日目から四日目にかけての約三日間。

 何をしていたのかさっぱり覚えていない。

 ただ、僕の手を握った小さな柔らかい女の子の手の感触だけが、今も記憶の中に残っていた。





   *
144 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/01(木) 20:14:06.27 ID:Y9P+eNdeo




 時は戻り、現在――

「霊界麻雀と申しますのは、私も詳しくは知らないのですが」

 麻生前首相の使者である花田煌が説明しようとすると、

「それについては私どもが説明しましょう」

 と言ったのは石戸霞である。

「霊界麻雀とは、読んで字のごとく、霊界、つまり死後の世界で麻雀をすることです」

「霊界で麻雀?」

 ぼくは眉をひそめる。

 そんなの、丹波テツローくらいしか喜びそうにないぞ。

「もちろん、生きている私どもが霊界に行くことはできません。そこで、霊界におられる方々を、
こちらにお呼びいたします」

「それって」

「つまり、私どもの肉体を憑代として、諸先輩方の霊を呼び出す、これでよろしいのですよね」

 霞はニッコリと花田煌に笑いかける。

「その説明すばらです」

「降ろすのはいいんですけど、誰の魂を呼び寄せるんですかー?」

 そう聞いたのは、今まで大人しかった薄墨初美だ。

「召喚のための『聖遺物』はこちらで用意しております。後でそれぞれのお方にお渡しいたしますので」
145 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/01(木) 20:15:06.79 ID:Y9P+eNdeo

「……」

 霊界麻雀。

 何だかやったことないけど、凄いことになりそうだ。

「今回の対局は小泉議員の能力を驚異的に伸ばすこともできますが、同時にリスクも
孕んでおります」

「リスク」

「ええ。ですから、断ることもできるのですが……」

「せっかく鹿児島まできて、断ることなんてないでしょう」

 僕は言った。

「すばら。あなたならそうおっしゃるとおもっておりました。では、早速ですが本日の
午前零時にはじめていただきたい。

 急ではございますが、国会の日程もありますゆえ」

「こっちは構わないんですが」

 そう言うと、僕は鹿児島の巫女たちを見る。

「構いませんよ、シンジロー様」と、小蒔は言った。

「気を遣わなくていいのですよー、若様。

 私たちは、この時のために生きてきたようなものなのですからー」

 初美もそれに続く。

「若様のお力になれるのでしたら、私どもは協力を惜しみませんよ」

 霞も笑顔で言い切った。

「あ、ありがとう」
146 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/01(木) 20:15:34.06 ID:Y9P+eNdeo

 そのあまりの達観っぷりに、思わず頭を下げてしまった。

「……さて」

 花田と巫女の三人だけでなく、この部屋にはもう一人いたはずだ。

 先ほどまで色々とトラブルを起こしてやかましかった秘書が、なぜか大人しい。

「……」

「照」

「な、なんだ」

 ちょっと顔が青ざめている照が返事をする。

「もしかして、怖いのか」

「べ、別に幽霊とか妖怪とか、私は信じないけどな」

 照はそう言って顔を背けた。

 どうやら彼女は、心霊現象とかに弱いらしい。

「……」

「……」

「あ、あの影はなんだ」

「ひぎゃあ!」

 凄い声をあげて、照は僕に抱き着いてくる。

 いい匂いだけど、痛い痛い。もの凄い力だ。

「落ち着け照!」

「いやあああ!!」
147 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/01(木) 20:16:12.55 ID:Y9P+eNdeo

「大丈夫だから」

「だめえええええ!!」

「見間違い、見間違いだ!」

「……ほ、ほ、本当か?」

 涙目になりながら照は言った。

「ああ、大丈夫だから」

 僕は暴れ馬を宥めるように優しく声をかける。

 これ以上抱き着かれると僕の頸椎がやばい。

「宮永さんばかりずるいです。私もシンジロー様と」

「え?」

 不意に小蒔が僕の背中に抱き着く。

「ちょ、ちょっと」

 大きくて柔らかいものが僕の背中に密着。

「シンジロー……」

 ついさっきまで涙目だった照が物凄い形相でこちらを睨む。

 顔が近いから余計に怖い。

「姫様ばかりじゃダメですよー。私も若様を堪能したいですよー」

「わっ! 初美さん」

 初美が僕の左腕に巻き付く。
148 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/01(木) 20:16:39.20 ID:Y9P+eNdeo

「うふふ。じゃあ私もご一緒しようかしら」

 霞まで。

「シンジロー! デレデレするなあ!」

「ちょっと皆離れて」

「はあ、シンジロー様の匂い……」

「若様、意外と筋肉あるのですよー」

 何だかよくわからない、団子のような状態になった僕たちを見ていた花田煌は、

「こんなところでもハーレムを形成してしまうとは、小泉シンジロー。すばらです!」

 何故か感心していた。

「これが王者の器」

 知らんがな。



   *
149 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/01(木) 20:17:26.68 ID:Y9P+eNdeo


 この先の儀式に備えて、その日の食事は肉や野菜の一切出ない、
精進料理のようなものが出された。

 ちょっと物足りない気もするけど、健康になった気もする。

 普段からあまり良いものを食べていないだけに、こういうのはちょっと嬉しいかもしれない。

 夕食後、闘牌の開始は午前零時なので僕はしばらく居室でゆっくりとしていた。

 そんな時、不意に誰かが部屋に訪ねてくる。

 小蒔さんだろうか。

 そう思って戸を開けると、照が立っていた。

「どうした照」

「少し、話をしないか」

「……そうだな。僕もそうしたほうがいいと思ってた」

 月は見えないけれど、やたらキレイな星空。

 こんな空、東京や横須賀では滅多に見ることができないだろう。

 神代家の広い庭で、僕と照は話をすることにした。

「で、話ってなんだ」

「今夜の麻雀のことだ」

「ああ、霊界麻雀」

「あれは、やめておいたほうがいいかもしれない」

「え? どうして」
150 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/01(木) 20:18:07.39 ID:Y9P+eNdeo

「何というか、物凄く嫌な予感がする。麻雀を長くやっているけど、
こんなことは久しぶりな気もするし」

「嫌な予感って、どんな」

「よくはわからないが、シンジローによくないことが起こりそうで」

「でも、せっかく皆が協力してくれてるのに」

「大事だ」

「え?」

「シンジローの身体のほうが大事だ」

 真剣な表情。

 これは天然でもなければふざけているわけでもない。

 でも、

「ありがとう照」

「じゃあ」

「でもダメだ。ここまできて引き返すわけにはいかない」

「命の危険がある、と言われてもか?」

 言葉に迷いがない。

 かなり確信のある発言なのだろう。

「それでもだ。もしここでダメだったら、僕はそこまでの男ってことさ」

「シンジロー」
151 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/01(木) 20:18:34.61 ID:Y9P+eNdeo

「たのむ照。やらせてくれ。これは党の命令だからやるってものじゃない。
僕自身がやりたいんだ」

「……わかった。私はあなたの秘書だ。あなたの決定には従う」

「ありがとう」

 そう言うと、僕は照の頭を撫でた。

 柔らかい髪の毛。

 同世代の女の子に比べて大人っぽく見える彼女もまだ、十代の女の子なんだと
感じる瞬間だった。

 そんな彼女に頼ってばかりもいられない。

 危険は、覚悟の上だ。




   *
152 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/01(木) 20:19:56.75 ID:Y9P+eNdeo

 午後十一時半。

 冷水で身を清めて用意された和服に身を包んだ僕は、神代家の最深部へと赴く。

『黄泉比良坂』

 そう名づけられた部屋はいわば黄泉の世界とこの世界の中間点。

 慣れない着物と袴に少し戸惑いながら、神代家の人たちの案内で僕はそこへ到着した。

 ローソクの灯りが生々しい。

 周りに岩が見えるので、恐らく“半地下室”となっているのだろう。

「……」

 無言のまま、僕の前を小蒔、初美、そして霞が行く。

 麻雀卓の用意された部屋に入ると、重そうな扉が閉じられ、その部屋には僕たち
四人だけとなった。

「みなさん。準備はよろしいでしょうか」

 小蒔は言った。

 昼間の、少し甘えたような声ではなく、凄みすら感じさせる。

「……」

 僕を除く三人は、それぞれ小さな木の箱を持っており、その中には例の「聖遺物」が
入っているのだろう。

「時は参りました」

 懐中時計の針を確認した小蒔は静かに目を閉じる。

 他の二人も同様だ。

 一体何が起こるのか。

 ローソクの光に照らされた薄暗く、そして肌寒い部屋の中で僕はじっと待った。




   *
153 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/01(木) 20:20:46.14 ID:Y9P+eNdeo




 屋敷内別室。

 宮永照は座布団の上に正座し、じっと待っていた。

「宮永さん、お休みになりませんの?」

 そんな彼女に話しかけたは花田煌である。

 風呂に入ったはずなのに、相変わらずクワガタムシのような髪型である。

「主人が頑張っているというのに、秘書の私が休むわけにはいかないだろう」

「ですが、今のあなたには。いや、やめておきましょう」

「……」

 煌は照の様子に正直戸惑っていた。

 インターハイで対戦した、というだけでそれ以外ではほとんど口をきいたことがないので、
どういう人物か測りかねていたからだ。 

 打ち筋だけで判断するのなら、容赦のない女王様といったところだが、今の彼女は
一人の少女のようにも見える。

「少し、聞いてもよろしいですか」

 煌は言葉を選びながら、ゆっくりとした口調で質問をする。

「何か」

「どうして、あなたは小泉シンジロー議員の秘書になられたのですか?」

「どういうことだ?」
154 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/01(木) 20:22:16.09 ID:Y9P+eNdeo

「あなたなら、もっとふさわしい場所があったのではないかと、私は考えるのですよ」

「もっとふさわしい場所?」

「ええ。大学リーグに行っても、プロに入ってもあなたほどの実力の持ち主であれば
いくらでも活躍できたはず。なのに、なぜ」

「……」

「なぜ政治家の秘書という、裏方の仕事を選んだのか」

 じっと一点を見つめ、何かを考える宮永照。

 昨年の試合中、煌はずっと彼女のことをサイボーグか何かのように感じていたけれど、

こうして“人間らしく”考える姿はとても好感が持てる。

 そして照は答えた。

「私にとって、場所などはどうでもいいことだ」

「ですけど、何百万人もの人たちがあなたの活躍に期待していたのですよ」

「誰かのために働く、というのであれば百万人の期待に応えるのもいいだろう。

でも私は、少なくとも今はたった一人の人物の期待に応えようと思う。

 ……ただそれだけだ」
155 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/01(木) 20:22:42.27 ID:Y9P+eNdeo

「……」

 大学リーグでの活躍。

 プロでの称賛。

 たくさんの収入。

 そんなものに彼女は興味を持たない。

 ただ、今は一人の人物のために生きる。

「その考え、すばらです」

 やはり宮永照は自分とはまったく別の次元にいる。彼女はそう思った。

 でも、少しだけなら共感できる。

 小泉シンジローが宮永照の人生に値する人物か否か。

 それを見極めていくのも悪くない、と煌は思うのだった。





  * 
156 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/01(木) 20:23:53.41 ID:Y9P+eNdeo



 午前零時――

 神代家の最深部、黄泉比良坂では霊界麻雀が今はじまろうとしていた。

「……!」

 一斉に項垂れる三人の巫女。

 大丈夫か、と声をかけたい気持ちをぐっと抑えて僕はその場で様子を見る。

 すると、対面に座る小蒔が顔を上げた。

 雰囲気が違う。

 今の彼女は彼女であって、彼女ではない。

「ほう、お前が孫か」

 声の感じが全く違う。

 それにしても、「孫」?

 どういうことだ。

「俺の名は、鮫島ジュンヤ。お前の祖父だ」

「お、お祖父ちゃん」

 祖父は僕の生まれる前に死んでしまったので、顔は写真でしか見たことが無い。

 確か、若いころの父にそっくりだった記憶がある。

 ちなみに鮫島は祖父の旧姓だ。婿養子なので、結婚後は小泉姓を名乗っている。

「孫との対面で甘くなるんじゃないぞ」

「!」
157 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/01(木) 20:24:28.30 ID:Y9P+eNdeo

 下家に座る初美が顔を上げた。

「あなたは」

「お前が小泉のところのぼんか。私は岸ノブスケ。名前くらいは知ってるだろう」

「元総理大臣」

「元総理なら、わしもだぜ」

 石戸霞が顔を上げる。

「ジュンヤ。この小僧、お前の若いころにそっくりだな」

「はあ」

「あの、あなたは……」

 僕は霞の身体に宿った霊に聞いた。

「吉田シゲルだ」

「ああ……」

 首相経験者である岸ノブスケと吉田シゲル、それに僕の祖父の小泉ジュンヤ。

 なんと豪華すぎるメンバーだろうか。

 残念ながら、僕のお祖父ちゃんは他の二人に比べると少し格が落ちるかもしれない。

「にしても、こんなチビッ子の身体とはね」

 岸は残念そうに自分の胸を触る。

「ガハハ。ノブスケ。生きていたころのお前の体形にそっくりじゃねえか」

 どこから持ってきたのか、葉巻をくわえた石戸霞、ではなく吉田シゲルが笑う。
158 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/01(木) 20:24:57.58 ID:Y9P+eNdeo

 ちなみに火はついていない。

「私もシゲさんやジュンヤみたいなバインバインの身体がよかった」

「岸先生。女の子の身体にセクハラするのが今回の目的ではありませんよ」

 小蒔の身体に宿った祖父はそう言って岸を宥める。

「まあ、久しぶりの常世だし。せいぜい楽しませてもらいましょうかね」

 岸はそう言って背筋を伸ばす。

「そういや、孫よ。お前の名前なんだ」

「え?」

 僕が一瞬戸惑うと、

「ジュンヤ、お前孫の名前もしらねえのか」

 と、すかさず吉田がツッコミを入れる。

「だってしょうがないじゃないですか。孫は俺が死んでから生まれたんだから。
あのバカが早く結婚しないから」

「ハッハッハ。まあいいや。小僧、名前は」

 祖父の代わりに吉田が聞いてきた。

「小泉シンジローです」

「何年生まれだ」

「生まれた年は、昭和五六年です」

「ひええ、新しいなあ」
159 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/01(木) 20:25:58.59 ID:Y9P+eNdeo

「ギリギリ私は生きてましたね」

 そう言ったのは岸ノブスケ。

 そういえば岸元首相が死んだニュースは、うっすらと覚えている。

 父も葬儀に参加したはずだ。

「まあ、時間もねえし勝負といこうじゃねえかシンジロー」

「あ、はい」

「シンジロー」

 対面の祖父が僕に呼びかける。

「はい」

「俺たちがこの世にいられる時間は短い。だからこの霊界麻雀は半荘一発勝負だ。
わかるな」

「……はい」

 これは大変なことになったぞ。

 勝負は、半荘終了時点で一番点が高かった者。

 だが、

「言うまでもねえが、こっちは死者だ。そしてお前は生者。つまりお前は生きている者の
代表といいうことになる。ここでは生者と死者の代表が闘う」
160 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/01(木) 20:26:36.41 ID:Y9P+eNdeo

「どういことですか?」

「わからんか。チーム戦だよ。半荘終了時点で、総得点の高いチームの勝ち」

「え? チームって、僕の仲間は」

「いるわけないだろう」

「ここにいる私たちは、キミ以外みんな死者なんだから」

 初美の身体を借りた岸がニヤリと笑う。

「ってことは、半荘終了時点で五万点以上持たないといけないってことですか?」

「話が早いな。つまりそういうことだ」

「……そんな」

「そして賭けの対象は、もちろん命だ」

「!!」

 照の言っていた嫌な予感というのはこういうことだったのか。

 命がけの麻雀。

 しかも、圧倒的大差で勝たないといけないというこの状況。

「引き返すことは……、できないでしょうね」

「当たり前だ」と、祖父。

「我々を呼び出しておいて、タダで帰れると思うなよ、小僧」

 吉田シゲルも言った。

「ただし、勝てばお前に俺たちの能力を授ける。それが条件だからな」
161 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/01(木) 20:27:57.25 ID:Y9P+eNdeo

 祖父は言った。

「あなた方の能力?」

「まあ、具体的に力がどうこうなるってわけじゃないが、資格が得られるな」

「資格……」

「そう。“本当に日の本を統べる資格”。内閣総理大臣なんていうのは単なる肩書きにすぎない」

 岸は言った。

「命をかけるだけの価値はあると思うぜ。わしらの魂を受け継ぐんだからな」

 吉田もそう言って笑う。

 日本を統べる資格。

 それに今、命をかける必要があるのか。

 だがもう引き返せない。

「この命で、みんなが助かるならやります」

 僕がそう言うと、

「おいおい、勘違いするなよ」

 と、岸は言う。

「どういうことです」

「確かに命とは言った。だが私らはキミの命とは言ってない」

「え?」

「霊魂ってのは弱いものだ、シンジロー。人を殺すことなんてできやしねえ」
162 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/01(木) 20:28:51.47 ID:Y9P+eNdeo

 祖父が言い放つ。

「じゃあ、どうやって」

「中に入ってしまえば話は別だ」

「……!」

 祖父は自分の胸の辺りを親指で指し示した。

「賭けの対象は、このお嬢ちゃんたちの命。お前はこれからこのお嬢ちゃんたちの
命をかけて勝負するんだ」

「そんな……!」

「自分が死ねばそれで済む、なんて思ってんじゃねえぞ小僧」

 葉巻をくわえた吉田が言う。

「政治ってのはな、他人の命をチップにしたギャンブルなんだよ。

時にチップを犠牲にする非情さも必要だ。それが政治なんだ」

「……」

 僕は、なんてバカなことをしてしまったんだ。

 自分の命ではなく、他人の命を危険に晒してしまうなんて。

 今更ながら照の勘の良さに感心する。

 あの時、あいつの言うとおりにしていれば、こんなことにはならなかったはずなのに。

 軽はずみに霊界麻雀なんてやってしまったばかりに、この子たちの命を危険に晒して
しまうとは。

「だが俺たちも鬼じゃない。悪霊だけどな」

 不意に祖父が言った。
163 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/01(木) 20:29:33.44 ID:Y9P+eNdeo

「え?」

「ある条件を飲めば、この勝負は無効にしてやる」

「条件っていうのは」

「この娘たちの中で、一人の命でこの麻雀を無効にできる。どうだ?」

「それは」

「代償一切無しってわけにもいかない。闘いを放棄すれば、それなりの代償は
払わなければならん。わかるな」

「……」

 小蒔、霞、初美。

 この三人のうち、誰か一人を犠牲にすればほかは助かる。

「僕の命では――」

「却下だね」

 提案を全てを言い終わる前に岸が冷たく斬り捨てた。

 勝負に負ければ全員死ぬ。

 だが、一人だけの犠牲ならばほかの二人は助かる。

 僕は、僕は……!





   * 
164 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/01(木) 20:30:32.69 ID:Y9P+eNdeo


 
 神代家別室――

「政治家というのは非情なお仕事でございます。私とてすべて知っているわけでは
ありませんが」

 すっかりぬるくなった緑茶を飲みながら花田煌は宮永照に語る。

「政治家の仕事は決断をすることだ、と私はシンジローのお父上から聞いた」

「ジュンイチロー様ですか。確かに、その通りですわね」

「だからシンジローも、これから色々と決断を下すことになるだろう」

「もし、もしもですけど」

「ん?」

「シンジロー議員の決断が大きな批判を浴びることになったら、どうします?」

「……別段どうもしない」

「あなたの考えと異なる決断をしたとしたら」

「私はシンジローの全てを支えると決めたのだ。仮に私の考えと違ったからといって、
彼を見捨てるようなまねはしない」

「……」

「たとえ世界中が彼の決断を批難したとしても――」

「……」

「私は彼のことを支持する。そう決めたんだから」

「頑固ですわね」

「よく言われる」

「……でも、政治家秘書としてはすばら、なのかもしれませんですね」

 煌は残った緑茶をすべて飲み干した。

 嫌な予感は消えない。

 それは照とて同じであろう。





   つづく!
165 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/01(木) 20:31:21.17 ID:Y9P+eNdeo



 【次回予告】

 ついに始まる霊界麻雀。

 元首相クラスの霊と行う麻雀は、巫女の命をかけた非情なデスゲームであった。

 巫女の命を救うため、シンジローは圧倒的に不利な戦いへと挑む。

 そして秘書の宮永照は何を思うのか。

 次回、ムダヅモ無き闘い side‐S 『薩摩の魂 後編』

 鹿児島編もいよいよラスト。

 お楽しみに!
166 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/01(木) 20:33:40.22 ID:Y9P+eNdeo
咲キャラには色々あだ名がついているけど、一番好きなのは「阿知賀のドラ置き場」。

なんか語呂がいいね。ではおやすみ。
167 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/11/01(木) 22:15:28.35 ID:CKOkGQ1wo
おつ
168 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/11/01(木) 22:29:16.34 ID:1dcxNX8G0
岸信介はヤバくないかいろいろと経歴や思想的に
169 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/11/02(金) 09:04:16.28 ID:2BvitUbDO
おつー
すばらの口調に若干違和感
170 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/02(金) 18:18:12.01 ID:GpNKvD6Wo
ただいま。

煌が上手く描けないのは、にわかファンなのに咲キャラに手を出してしまった筆者の不徳の致すところ。

新井さんすいません。

辛いです。
171 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2012/11/02(金) 18:18:58.21 ID:RShFwtV5o
カープが好きだから…
172 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/11/02(金) 18:21:21.75 ID:m2025viKo
やっぱりJじゃないか(感激)
173 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(岩手県) [sage]:2012/11/02(金) 19:07:23.65 ID:SJ5V//9a0
>>166
玄ちゃんは阿知賀のドラゴンロードだろ!いい加減にしろ!!
174 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/02(金) 20:06:30.38 ID:lqERWBA5o
煌と黒子は自分の中でごっちゃになってしまう。髪型もちょっと似てるし。性格は全然違うんだけど。
175 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/02(金) 20:08:09.29 ID:lqERWBA5o





 第六話 薩摩の魂 後編


 日本を統べる力。

 それを得るためにはじめられた霊界麻雀には、元防衛庁長官でシンジローの祖父、

小泉ジュンヤ、元首相の吉田シゲル、岸ノブスケと言った早々たる顔ぶれの霊が召喚された。

 だがその賭けの対象は彼らの憑代となった巫女、神代小蒔、石戸霞、そして薄墨初美
という三人の命であった。

 もし、巫女一人の犠牲で済ませれば、この勝負はなかったことにしてやる、と言われた
シンジローは決断を下す。




「やりましょう、霊界麻雀。僕は勝って、この子たちの命を守ります」

 僕のその言葉に、彼らは笑った。


 霊界麻雀。

 それは生者と死者との闘い。

 僕は生者代表として死者代表の三人よりも多く点を得なければならない。

 つまり、終了時点でトップでも、五万点以下ならば僕が負けということになるのだ。

 本当にバカげた闘いだ。

 でもやるしかない。
176 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/02(金) 20:09:08.77 ID:lqERWBA5o

 ハコなし(ただし、シンジローのみハコあり)。ダブロンありなど、ルールを確認した後に
僕らは闘牌に入る。

「言っておくが、時間切れを狙おうなんてしても無駄だぜ」

 そう言ったのは石戸霞に憑依した吉田シゲルだ。

「時間が過ぎれば、この娘の魂ごと連れて行く。つまり、この娘たちを助けたければ、
俺たちを打ち倒す以外にないってことだ」

「……はい」

 なんという不利な勝負。

 アカギシゲルなら喜んでやりそうな勝負だが、生憎僕は凡人だ。

「さっさと始めましょう」

 そう言って僕は牌を用意する。





   *
177 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/02(金) 20:10:01.13 ID:lqERWBA5o



 サイコロを振る。

 起親は僕の下家に座る岸ノブスケが務めることになった。

 つまり僕がラス親。

 本来なら後半の追い込みが定石。照辺りが得意そうな親順だ。

 しかし今回の僕は、少しでも多くの点を取らなければならない。

 だから、照や親父のように序盤は様子見というわけにはいかないのだ。

「リーチ!」

 少しでも点を稼ぎつつ、早く自分の親に回す。

「ロン! 2000点!」

 岸への直撃。

 裏ドラもつかない。ちょっともったいない気もするが、早く場を流すための措置だ。

 そして、一局ノーテンで流れた東三局。

「ツモ! 800、1600!」

 はじめての親を前にツモアガリ。

 実に調子がいい。

 今日は今までで一番調子がいいんじゃないのか。

 よくわからないけれど、このまま突っ切れば勝てる。

 この三人は絶対に助けて見せる。

 こうして東四局。
178 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/02(金) 20:10:43.90 ID:lqERWBA5o

 親は僕だ。

 目の前にいる三人は、未だに和了せず。

「……」

 おかしい。

 静かすぎる。

 自分以外の三人の打ち筋が未だ見えない。

 東場ももうすぐ終わりだというのに、和了どころか、テンパイすらしていないというのは
どう考えてもおかしい。

 これはまさか……。

 配牌が良くないので、早安くてもいいのでめに上がって次の局を目指そうとした
その時だった。

「ツモ」

 上家の吉田シゲルがそう言って牌を倒す。

「これは」

「4000、2000。満貫だな」

「……」

 あっけなく、僕の親が流されてしまった。

 しかも満貫で。

 どういうことだ。
179 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/02(金) 20:11:42.52 ID:lqERWBA5o

 今までそんな動きはなかったはずだが。

 僕はその時はじめて卓を渦巻く不気味な雲を見た。

 闘牌気?

 そんなものではない。

「この気が見えるか、シンジロー」

 祖父、ジュンヤは言った。

「あ、はい」

「こいつは恨みだ。俺たちに対するな」

「恨み」

「政治家は誰かに恨まれる。政敵を倒し、上に上がるためには避けて通れない」

「……」

「それを抱える覚悟が、お前にあるのか。シンジロー」

「……!」

 前半(東場)終了時点でのチーム点数。



 チーム霊界  :73800

 小泉シンジロー:26200



 前半の勝ちをほとんど持って行かれてしまった。

 だけどまだ半分ある。
180 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/02(金) 20:12:22.93 ID:lqERWBA5o

 まだ攻めるぞ。

 南一局――

「ロン、7700」

「ぐっ!」

 満貫ほどではないが、かなりいいの貰ってしまった。

 岸ノブスケのロンアガリ。

 現在岸が親なので、親はもう一度続く。

 させるか、くそっ。

「……」

 静かに牌を置く岸。

 この感じ、かなり高く張っている。

「リーチ」

 ついにリーチをかけた。

 これ以上アガらせるわけにはいかないんだよ。

「ポン!」

 あまりやりたくはないが。

「チー!」

 手段を選んではいられない。

「ロン! 1000点」

 鳴き麻雀で親を流させてもらう。
181 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/02(金) 20:13:19.78 ID:lqERWBA5o

 次の親は僕の対面、小泉ジュンヤ。



 南二局。

 配牌は、悪くない。

 三色はそろう。

 三人はルール上、僕を狙い撃ちするみたいなので、それほど身動きは取れないはず。

 祖父が牌を置く。

「それだ、ロン!! 4500!!」

 よし、きたきたきた。

 調子が戻ってきた。

 といっても、最初の段階に戻っただけだ。

 残り二局。

 状態は相変わらず絶望的。

 でも可能性はゼロじゃない。

 絶対にやってやる。

 そして南三局。

 親は吉田シゲル。





「ツモ、2000オール」




「……」

「早く点棒を」
182 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/02(金) 20:14:12.27 ID:lqERWBA5o

「……はい」

 洗牌をしながら吉田シゲルは話しかける。

「小僧。大東亜戦争を知っているか」

「……はい」

「戦後は太平洋戦争なんて呼ばれるようになった戦いだ」

「……それが」

「わが日本陸海軍は、最初の半年こそ好き勝手暴れ回ったけれども、それ以降は泥沼に
はまり込んで負け続けた。その原因はわかるな」

「戦略の欠如」

「それもある。加えて我が国には資源もない。考えなしに突っ込んで勝てるほどアメリカは
甘くない」

「……」

「古代ローマもそうだが、王者は必ず勝てる戦いをする。この意味がわかるか」

「……いえ」

「お前は最悪の決断をした」

「……」

「わずかばかりの犠牲を恐れて、より大きな犠牲を被った。こいつは勝負士としても、

政治家としてもよくない決断だ」

「……」

 南三局、連荘。

「ロン。こいつは……、満貫だ」
183 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/02(金) 20:16:02.42 ID:lqERWBA5o

 12000点。

 微かに残った希望を打ち砕くような点数。

 逆転どころかハコテンの危機。

 親の和了でさらに南三局は続く。

「シンジローくん」

 岸ノブスケは言った。

「私たちのいる、“本物の地獄”はこんなもんじゃないよ」

「……!」

 彼らの背後から、再び黒い靄が立ち上った。

 人の恨み。

 祖父たちはそれを抱えて死後も苦しみ続ける。それが政治家としての運命なのか。

「……続けようか」

 吉田シゲルがそう言って、牌を混ぜはじめる。

 このままいけば、まず間違いなくハコ。

 どうすれば。

 照ならどうする。

 親父なら……。

 死んでしまうのか?

 僕のせいで。

 この三人は。

 どうして、どうして。
184 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/02(金) 20:16:53.26 ID:lqERWBA5o



「ロン! 迷いが透けて見えるぞ、シンジロー」



「な!?」

 小泉ジュンヤの僕に対するロン。

 しかし、彼は子なので、吉田シゲルの親は流れる。

 南四局、オーラス!

 親は小泉シンジロー。



 残り点数はわずか6500点。




  *
185 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/02(金) 20:18:00.72 ID:lqERWBA5o




 神代家別室。

「何をしているんですか? 宮永さん」

 目を閉じて、手を合わせている宮永照を見た花田煌が聞いた。

「祈っている」

「祈る? 神様にですか?」

「いや、シンジローのことだ」

「どういうことです?」

「私は神仏は信じない。でも、シンジローは信じている。だから、彼に幸運が
舞い降りるように祈っているのだ」

「はあ」

「……」

「あの」

「なんだ」

 邪魔するな、というような感じで照が返事をした。

「私も、祈らせていただいてよろしいでしょうか」

「え?」

 照は意外そうな顔をした。

「あなたがそこまで信じる人物です。私にも少しだけ祈らせてほしい。ただそれだけです」

「……わかった」
186 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/02(金) 20:18:52.02 ID:lqERWBA5o

「どうも」

「でもシンジローはやらんぞ」

「わかってますよ」

 どれだけべた惚れなんですかこの人は。

 少しだけ呆れたけれど、それでも悪い気分ではない煌であった。

(さあ、シンジローさん。あの宮永照にここまで祈られているのですから、
タダでは戻れませんよ)

 煌は目を閉じて、シンジローの顔を思い浮かべる。

 やけにさわやかな笑顔が、脳裏に浮かび上がった。




   *
187 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/02(金) 20:19:43.15 ID:lqERWBA5o




 ここは、どこだ?

 周りが明るい。

 ほぼ、洞窟の中に作られた神代家の最深部ではない。

 どういうことだ。さっきまで僕は、薄暗い部屋で亡霊と麻雀をしていたはずなのに。

 今はなんというか、春の陽だまりのような場所にいる。

『シンジロー様』

 不意に声が聞こえてきた。

「え?」

 気が付くといつの間にか僕のすぐ近くに神代小蒔が立っている。

「え、どうして。これは夢なの?」

『シンジロー様。これは夢ではございません』

「じゃあ、もしかして」

『もちろん、あの世でもございません。ここは肉体と精神の境目。私はシンジロー様の魂に
直接語りかけております』

「はあ」

『対局中にお邪魔して申し訳ありません。ですが、どうしても伝えたいことがありまして』

「伝えたいこと?」

『十年前、シンジローがこちらにいらっしゃった時のお話です』
188 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/02(金) 20:20:21.77 ID:lqERWBA5o

「ああ、そのこと。でも僕には」

『記憶が無いのですよね、神代家(ここ)に来たときの記憶が』

「……うん」

『実は、我々のお父様が、シンジロー様の闘牌力の高さを認めまして』

「僕の?」

『ええ。あまりにも高すぎる闘牌力でしたので、危険を感じたお父様が、

あなたのお父様の了解を得て、シンジロー様の雀力を封印したんです』

「封印?」

『そうです。一度目は六歳の時。そして二度目が十八歳の時。つまり十年前』

「そんなことが……」

『今回の訪問は、恐らく封印された闘牌力の回復が主目的かもしれません。

やり方が少々強引ですけど』

 この霊界麻雀は、僕の中にある封印された闘牌力の解放が主目的。

 それが、日本を統べる資格となる?

「はっ!」

 でも、それならこの子たちが犠牲になる必要性は……。

「小蒔ちゃん……!」

『……どうされました?』

「僕も言わないといけないことがあったんだ」

『はい?』

「ごめんなさい」
189 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/02(金) 20:22:32.40 ID:lqERWBA5o

 そう言って僕は頭を下げる。

『どうされました、シンジロー様』

「僕は、キミたちの命を賭けの対象にして麻雀を打ってしまった。本当にゴメン」

『シンジロー様……』

「霊界麻雀を止めれば、巫女一人の犠牲で済むって言われたんだけど。

僕は全員救いたくて。でも……」

『「許さない」って言われたら、気が済むですかー? 若様』

「え?」

 顔を上げると、そこには石戸霞と薄墨初美がいた。

「二人とも」

 石戸霞は一歩前に踏み出す。

『若様。この行いをするとき、私どもにはすでに覚悟ができております。どうぞお気になさらず』

「それでも」

『シンジロー様』

 そう言うと、小蒔は僕の手を取った。

 精神世界のはずなのに、なぜか彼女の手の柔らかさはしっかりと伝わってくる。

『私どもには今更どうすることもできません。でも勝負はまだ終わってないでしょう?』

「……」

『ただ、私はシンジロー様の勝利を願っております。それだけはお忘れなく』

「小蒔ちゃん」
190 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/02(金) 20:23:02.82 ID:lqERWBA5o

『私らもおりますよ、若様』

『へへーん』

 二人も言った。それも満面の笑顔で。

 願い、そして祈り。

『シンジロー様。それで最後にお願いがあるのですが』

 不意に思い出したように小蒔は言った。

「なに? 小蒔ちゃん」

『もし、この戦いに勝てたならば。私、シンジロー様のところへ行ってもよろしいですか?』

「え? 僕のところ? あんまり面白いところとは思えないけどな」

 横須賀は観光地としては微妙かな。僕は好きだけど。

 東京だったら、少しは楽しめるかもしれない。

『シンジロー様がいれば、それだけで十分です』

「わかったよ。いつでもおいで」

『ありがとうございます』





   *
191 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/02(金) 20:23:50.38 ID:lqERWBA5o




「驚いた。まだやる気か」

 吉田シゲルは言う。

「点数的には、まさに“死に体”だというのに」

 と、岸ノブスケ。

「俺の孫ですからね。これくらいでくたばってもらっては困りますよ」

「……」

 南四局。

 いよいよオーラス。

 しかし僕は親だ。

 親は場を支配する。

 たとえそれが、霊界であったとしても。





   *
192 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/02(金) 20:24:45.64 ID:lqERWBA5o





 東京、某スタジオ――

 深夜まで続いた撮影の休憩中、小泉コータローは南西の方角を向いて祈っていた。

「どうしました、コータローさん」

 ディレクターの一人が聞いてきた。

「いや、ちょっとね」
  
「ん?」

「弟が頑張ってるんだ。多分、今」

「頑張ってる?」

「うん。遠く鹿児島の地でね」

「鹿児島っすか」



   *
193 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/02(金) 20:25:41.50 ID:lqERWBA5o



 別のスタジオ――

 三尋木咏は手を合わせて目を閉じている。

「三尋木プロ、どうされました?」

 その様子を見て、同席していたアナウンサーが聞いてきた。

「わっかんねー」

「へ?」

「わっかんねえけど、なんかお祈りしなきゃいけない気がしてさあ」

「ムスリムかキリスト教徒に改宗ですか?」

「頑張ってるやつって、応援したくなるだろう?」

「そりゃ、まあ」

「ま、アンタもお祈りしなよ。何かいいことあるかもよ」

「はあ……」





   *
194 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/02(金) 20:26:08.11 ID:lqERWBA5o



 茨城県某所――

 ここでも一人の女性が祈っていた。

 住宅の庭で、鹿児島の方向に向かって祈る。

「まだ寝てなかったの?」

「あ、お母さん。起こしちゃった?」

「いや、いいけど。あんまり夜更かしすると、また起きられなくなるよ」

「あ、うん。大丈夫だよ」

「そう」

「お休みお母さん」

「うん。お休み」

「……」

 女性は再び祈る。

(頑張ってね。同級生のシンくん)




   *
195 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/02(金) 20:27:16.63 ID:lqERWBA5o



「皆さん」

 牌をつもりながら、僕はゆっくりと喋る。

「確かに僕は政治家向きではないのかもしれない」

 一つ、また一つ。

「でも、皆さんが抱えてきたものは、人の恨みだけではないはずだ」

「……」

「僕は、甘いと言われようとも――」

 そして最後の一枚が、はっきりと僕の手の中に納まった。


『シンジロー』

『シンジロー』

『シンくん』

『小泉さん』

『シンジロー様』


 誰だかよくわからないけど、色々な人たちの声が僕の頭の中に響き渡る。

「皆から託された、一つ一つの希望を力を抱えて行きたい」

 そして、手にした牌を勢いよく叩きつける。





「ツモ!!!」
196 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/02(金) 20:28:05.54 ID:lqERWBA5o



「連荘か」

 僕の声を聞いて、祖父がつぶやいた。

 でも、

「その必要ありませんよ」

 そう言って僕は牌を倒して見せる。

「……」

 全員の息が止まった。

 四暗刻、つまり役満。

「親の役満は、16000オール」

 合計48000点。

 逆転だ……!

「ふっ、まるで劇画だな」

 吉田シゲルが笑う。

「さすが俺の孫だ」

 と、祖父。

「希望を力ね。ハッハッハ」

 岸はそう言って膝を叩いて見せた。

「いい闘牌だったぞ、シンジロー」

「お祖父ちゃん。もっと色々話したいことが」
197 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/02(金) 20:28:52.39 ID:lqERWBA5o

「その思いは俺も同じだが、どうやら時間がきたようだ」

「そんな」

「シンジロー、日本を頼んだ」

「じゃあなシンジロー」岸ノブスケもそう言って身体から光を発する。

「アバヨ、シンジロー」

 最後に、吉田シゲルも小僧ではなく名前で呼んでくれた。

「ありがとう、ございます」

 僕は深々と頭を下げ、それから顔を上げた。

 薄暗い部屋の中で、気を失った巫女が三人。

 よく見れば三人とも呼吸をしている。

 助かった。助かったんだ。

「はああー」

 思いっきり息を吐くと、安堵感と疲労で一気に意識が飛んでしまった。





   * 
 
198 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/02(金) 20:29:44.99 ID:lqERWBA5o




 シンジロー


 シンジロー


「え?」

「よかった、起きないかと思った」

「……照?」

 視線の先には天井と、そして宮永照がいた。

「ああ、宮永照だ。忘れたか」

「いや、覚えているけど」

「あれ、ここは」

 確か、神代家の最深部、黄泉比良坂という部屋で麻雀をやって、その場で意識を
失ってしまったはずだ。

 しかし、今僕が寝ているのは、昨日案内された部屋である。

 どうやら誰かがここに運んでくれたらしい。

「シンジロー。党本部から呼び出しがあった。すぐに東京に帰ってくるように、とのことだ」

「わかった」

 僕はゆっくり布団から起き上がる。

「おっと」
199 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/02(金) 20:30:43.00 ID:lqERWBA5o

 バランスが崩れてしまった。すかさず照が僕の身体を支える。

「大丈夫か?」

「ああ、うん。あれ?」

「どうした」

「照。お前、目が赤いよ。どうした」

「べ、別になんでもない」

 そう言うと、照は顔を背ける。

「照さんはあれから一睡もせずに、シンジローさんの傍にいたんですよ。まったく、
秘書の鏡ですね。すばらっ」

 クワガタムシのような髪型の女性がニヤニヤしながら部屋を覗き込んでいた。

「ええと、花田さん?」

「フフフフ」

「さっさと起きろシンジロー! 帰るぞ」

「痛い!」

 僕はその場に投げ出されてしまう。

 布団の上だからそれほど痛くはないけれど。





   *
200 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/02(金) 20:31:57.80 ID:lqERWBA5o



 神代家玄関前では、昨日出迎えてくれた乾さんだけが見送りをしてくれた。

 ほかの人たちは、さすがにあの状態なので休んでいたほうが賢明だろう。

 僕も、飛行機に乗ったらすぐに寝てしまいそうだ。

「若様。何もお構いできませんで、申し訳ございません」

「いえいえ、ありがとうございます乾さん」

「本当なら、家の者も見送るはずだったのですが」

「構いませんよ。みんな疲れてますしね。本当、いきなりお邪魔して申し訳ありません」

「若様。またお越しください」

「はい、喜んで」

「帰るぞ、シンジロー。タクシーを待たせてある」

 そう言って照は僕の服を引っ張る。

「わかってるよ。じゃあ、そういうことで」

 乾さんに別れを継げて、タクシーのほうに歩いて行こうとすると、

「シンジローさまああー」

 再び聞き覚えのある声がした。

「へ?」

「シンジロー様。はあ、はあ。間に合いました」

 少し髪の毛の乱れた神代小蒔であった。

「小蒔ちゃん。どうしたの、休んでないで大丈夫なの?」

「シンジロー様が帰られると聞いて、急いで準備いたしました」

「準備?」

 よく見ると、小蒔は大き目の旅行鞄を持っている。
201 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/02(金) 20:33:33.84 ID:lqERWBA5o

「その荷物って」

「はい、黄泉比良坂で約束したじゃございませんか。
   、、、、、、、、、、、、、、、、、
私、シンジロー様のもとへ行くと」

「いや、確かに言ったけど。それって、遊びにくるって話じゃないの? 
別に今日じゃなくても」

「何をおっしゃいますか。思い立ったが吉日。本日より小蒔はシンジロー様のものです」

「つまり……、来るっていうのはその」

「はい。私の身も心も捧げるために、あなたの元へ参ります」

 一緒に住むってことか!?

「いや、急に言われても……」

 その様子を見て、照が詰め寄ってきた。

「どういことだシンジロー」

「いや、こっちが聞きたい」

「私、神代小蒔は常にシンジロー様の傍におります」

「小蒔ちゃんはまだ高校が残っているでしょう」

「何とかなります」

「ならないよ!」

「シンジロー!」

「ちょっと待てええ! 乾さんも止めて!」

「若様。恋する乙女は止まりませんよ」

 乾さんはそう言って笑った。

「本当にちょっと待ってよ!」

 神代小蒔の説得に時間を取られてしまったため、危うく飛行機を乗り過ごしそうになった
シンジローと照なのであった。




   つづく
202 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/02(金) 20:34:30.49 ID:lqERWBA5o



 【次回予告】

 歴史的な大勝で政権与党となったМ主党。

 しかしその勢いは長くは続かなかった。米軍普天間基地の移設問題をきっかけに、
連立与党のS民党とМ主党の対立が決定的となったのだ。

 そこでJ民党側は、S民党を離反させるための手を打って出た。

 国会麻雀である。

 国会麻雀とは、政治的に行き詰った時の政策決定方法だ。

 J民党側は連立の離脱、S民党側は政策への賛同を条件に勝負に出た。

 そして党の命運を決する政治麻雀にシンジローが選ばれる。

 S民党からは党首、福島ミズホとエースの辻元キヨミが当番。


 次回、ムダヅモ無き闘い side-S 『平和主義(パシフィズム)』

 お楽しみ!
203 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/02(金) 20:35:17.63 ID:lqERWBA5o
じ、自分はただのカープファンだから……。

Jとか違うから(震え声)
204 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/11/02(金) 20:51:22.69 ID:m2025viKo
乙でした

>じ、自分はただのカープファンだから……。

>ただの
あっ、ふーん(察し)
205 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2012/11/02(金) 21:02:52.93 ID:RShFwtV5o
やっぱりホモじゃないか(歓喜)
206 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2012/11/02(金) 21:30:47.14 ID:jsqsq69+o
(なん)J民党とS(occer)民党か…
207 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/11/02(金) 22:31:35.49 ID:4rwPwp+Qo
おつ
208 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/03(土) 17:58:51.57 ID:J0Qc8cbbo
J疑惑だけでなく、ホモ疑惑まで……。どうしてこうなった。
209 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/03(土) 19:56:23.16 ID:dLOtuDyAo




 第七話 平和主義(パシフィズム)



 拝啓 小泉コウタロー様


 お兄、元気にしてる?

 僕は元気だよ。最近忙しくて一緒に食事もできないけど、お兄の活躍はテレビで見ているからね。

 この前は手紙ありがとう。

 今日は僕がお兄に手紙を書くよ。

 政治活動は順調。特に変わりはありません。

 私生活で変わったことと言えば、照が一人で電車に乗れるようになりました。

 自分としては嬉しい限り。

 また、今年のはじめから鹿児島で、お祖父ちゃんと縁のあった神代の家の、
神代小蒔さんという人が新しく僕の事務所に入りました。

 当初、彼女はお嬢様育ちで、私生活では照以上に不自由しているという話を
聞いていたので、ポンコツを二人も抱えてどうしようか、と少し心配しました。

でも、どうやらその心配は杞憂だったようです。

 というのも、照が小蒔の世話をするようになってから、少しずつしっかりするようになったからです。

 これは嬉しい誤算。

 大変だけど、彼女たちのおかげで僕の周りはいつも明るいですよ。

 では今日はこの辺で。

 これからもお互い頑張りましょう。


   小泉シンジロー




   *
210 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/03(土) 19:57:26.60 ID:dLOtuDyAo



 国会麻雀

 それは政策調整で行き詰った政党同士が、自らの主張を通すために行われる
勝負の一つである。

 国会議事堂内にある地下闘牌場において、国会議員同士が対決する。

「僕が、その代表ですか?」

 石破シゲル政策調査会長から呼び出された僕は、その日国会麻雀の代表者に
選ばれたことを告げられた。

「相手は、その」

「政権与党の一つ、S民党だ」

「S民党……」

 同党はかつて、衆議院の過半数を狙えるほどの勢力を持っていた政党だが、
今は衆参合わせても約十議席という超弱小政党である。

「目的はなんですか?」

「現在政権与党は、M主党、S民党、K民新党の三党連立であることは知っていますね」

 淡々と話を続ける石破政調会長。

「はい」

「政権奪取のために徒党を組んだ与党ですが、最近は普天間基地の移設問題なども
絡んで、その結束に亀裂ができております」

「……」

「そこで、我々は野党としてS民党に提案を持ち掛けました」
211 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/03(土) 19:58:01.62 ID:dLOtuDyAo

「その、提案というのは」

「この国会麻雀で勝てば、我々はS民党に協力する。もし負ければ、連立の離脱」

「それはつまり、“切り崩し”」

「端的に言えばそうです」

「……」

「シンジローくん。確かに、キミにとってあまり気持ちの良い仕事ではないかもしれない。
しかしこれも政治なのです」

「しかしなぜ僕が。まだ一年生議員ですし」

「残念ながらわが党は、先の衆議院選挙で多くの同士を失ってしまいました。

現在第一線で活動できる雀士議員は少ない」

「……」

「やってくれますね、シンジローくん」

「……はい」

 こうして、僕は党の指示で初めての国会麻雀を戦うことになったのだ。




   *
212 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/03(土) 19:58:45.57 ID:dLOtuDyAo



 国会議事堂内の地下闘牌場は国会議員しか入れないので、秘書たちは外の控室のモニターで、
議員たちの闘牌を観戦することになる。

 今回は照たちもいない、完全に僕の雀力にかかっている。

「よろしく、シンジローくん」

 僕のパートナーは、同じ一年生議員の斉藤ケン議員だ。

 重鎮が軒並みやられたJ民党にとっては、僕たち若手が最前線に立たなければならない。

「よろしくお願いします。斉藤議員」

「お、向こうもきたようだ」

 S民党側の代表者もやってきた。

「まさかとは思いましたが、やはり一年生議員ですか。舐められたものですわね」

「あなたは」

 S民党党首、福島ミズホ。

 党首クラスが出てくるのは、S民党が小さすぎるからだ。

 例えるなら、社長自らが営業に出なければならない零細企業のようなものだ。

「一年生とはいえ、特にシンジロー議員はあの元首相の息子。お気を付けください」

 隣にいた出っ歯の短髪女性は、S民党の数少ないエース、辻元キヨミ。

「わかっております。どんな相手であろうとこのミズホ、お相手いたしましょう」

(ジュルリ)

 一瞬、寒気がした。
213 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/03(土) 19:59:14.89 ID:dLOtuDyAo

 闘牌力とは関係ない、何か別の寒気である。

「それでは、卓へどうぞ」

 警備員が案内する。

「わかりました」

 これが国会麻雀。

 国の行方を左右する麻雀。

 しかし、

「……」

 正直、僕はあまり乗り気ではなかった。

 こんなやり方が、政治と言えるのだろうか。




   *
214 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/03(土) 20:00:14.47 ID:dLOtuDyAo




 国会内、観戦室。

 国会麻雀の会場には国会議員と一部の議事堂職員しか立ち入りができないため、
秘書や関係者はこの観戦室でモニターを見ながら観戦している。

「シンジロー様、大丈夫でしょうか」

 巫女服の少女がつぶやくと、

「ああ、シンジローなら問題ない」照は力強く答える。

 小泉シンジローの秘書、宮永照と神代小蒔もまたこの観戦室で主人の様子を見つめていたのだ。

「照さん。お茶いかがです?」

「もらおうか」

「はい」

 小蒔はプラスチックコップに魔法瓶の中に入れていた紅茶を注ぐ。

 神代小蒔は一月の後半、高校の卒業を待たずにシンジロー事務所に入った。

 とりあえず、高校の三学期はほとんど授業もないので、高卒のプロ野球が春季キャンプに
参加するような扱いらしい。

 しかし、入った当初はコーヒーの砂糖と塩を間違えるほどのポンコツぶりで、
さすがの照も辟易していた。

 おかげで彼女の世話を通じて照の生活能力は多少改善された。

 世の中、どう転ぶかわからない。

 ただ、照自身はシンジローと一緒にいられる時間が少なくなったので、少しだけ寂しいと感じている。
215 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/03(土) 20:01:04.42 ID:dLOtuDyAo

「よっこいしょっと。弟くん頑張ってるかなあ〜」

 不意に、照たちの隣りに派手な色の和服姿の小柄な女性が座る。

「あなたは」

「やっ、テルりん」

「照さん、この個性的な格好のお方とお知り合いですか?」

 小蒔が聞いてきた。

「個性的って、あなたには言われたくないよ、神代小蒔ちゃん」

 和服の女性は言った。ちなみに小蒔はいつもの巫女服である。

「私のこと、ご存じですか?」

「んもう、ショックだなあ。解説だってやったのにい〜」

「確か、三木谷プロ」と、照は言った。

「三尋木だよ三尋木。なんで楽○の社長なのさ」

 三尋木咏。プロ雀士、それも国内でも五指に入るほどのトッププロである。

 世事に疎い照でもそれくらいは知っている。名前は間違えたけど。

「その三尋木プロが今日はどのような」

「ま、アレだよ。立会人? それに選ばれたからこうしてわざわざ永田町まで足を運んだってこと。
知らんけど」

「はあ」

「照ちゃん何飲んでるの?」

「紅茶」
216 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/03(土) 20:02:01.59 ID:dLOtuDyAo

「私にも頂戴よ」

「図々しいな」

「あなたがそれを言いますか、照さん……」

 小蒔は呆れていた。

「つか、お前もそうだろう」

 押しかけ女房同然でシンジロー事務所に居座った、という点は二人とも同じである。

「あ、始まるようだね」

 観戦室の空気が張りつめる。

「弟くん、しばらく見ないうちに男前になったねえ」

 モニターのアップ画面を見ながら三尋木咏は言った。

「シンジローはやらないぞ」

「とらないよ別に」

「兄なら問題ない」

「ここでこうちゃんは関係ないだろう……!」

 咏はなぜかほんの少しだけ焦っていた。

 ちなみに、咏はシンジローの兄、コータローのことを「こうちゃん」と呼ぶ。

「場所が決まりましたよ、照さん」

 小蒔がモニターを指さす。

「ふむ、起親は何かよくわからんオッサンか」腕組みしながら照はつぶやく。

「斉藤ケン議員だろ。秘書なら政治家の名前くらい覚えときなよ」
217 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/03(土) 20:02:30.65 ID:dLOtuDyAo

 あきれたように咏は言った。

「シンジロー以外は興味ないからな」

「それってどうなの」

 咏の懸念を余所に、対局の準備は進む。


 東(起親) 斉藤ケン(J民)

 南     辻元キヨミ(S民)

 西     福島ミズホ(S民)

 北     小泉シンジロー(J民)


 国会麻雀は基本的に半荘を三回やり、一番得点の多かった者が勝者となる。

 今回は二党麻雀なので、コンビ打ち形式となるだろう。




   *
218 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/03(土) 20:02:57.77 ID:dLOtuDyAo


 
 当初の予想通り、国会麻雀は静かにスタートした。

「リーチ」

 そして最初にアガったのは。

「ツモ! 700、1300」

 福島ミズホ議員だった。

「今日は調子がいいようですね」

「……」

 平和(ピンフ)を絡めた基本的な闘牌。

 これが福島ミズホの平和(ピンフ)麻雀だ。

「平和主義を趣向するS民党にとって、ピンフはもっとも理想の型と言えるでしょう」

 牌をバラしながら福島は言う。





   *
219 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/03(土) 20:04:12.18 ID:dLOtuDyAo


「ピンフですか。それほど破壊力はないと思うのですが」

 小蒔がそう言うと、

「ピンフを舐めちゃいけないよ、お嬢ちゃん」

 立会人の一人、咏が言った。ちなみに立ち会い人は彼女だけでなく、他にも数人のプロがいる。

「ピンフがですか?」

「だってそうだろう? ピンフはイーペーコーやタンヤオなんかと複合しやすいんだ。
 三色同順とかだとさらにパワーアップするね。ドラを絡めれば満貫だって出ることも多い」

「はあ」

「ピンフ一つの力は弱くても、それを合わせることによって強くする。まさにS民党にピッタリの
手だね。ピンフ麻雀は初心者にもオススメさ」

「でも、S民党の勝率はあまりよくないようですけど」

「そこだけどね。ピンフは鳴き(チー)をしてはダメだし、役牌は使えない。鳴かずに門前のみで
作るので、手作りが遅くなることがある」

「遅い、ですか」

「簡単に言えば、平和麻雀は基本だけど、それだけじゃ勝てないってことだねえ」

「確かにそうですよね」

「野球で言えば、ストレートしか持っていないようなものだからね。鳴きを絡めたトリッキーな技に
惑わされやすい。麻雀は駆け引きだから、自分の手だけを見ていても勝てないよ。
って、全国大会常連にこんなこと言っても仕方ないじゃん。知らんけど」

「いや、まあ全国と言いましても、私だけの力ではありませんし……」

 ちなみに神が降りていない時の神代小蒔は、素人並の雀力である。



   *
220 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/03(土) 20:05:45.12 ID:dLOtuDyAo


「ポンッ!」

 斉藤が福島から役牌を奪い取る。

「ロン! 2900」

 そして次順でその福島から振り込みをうける。

(意外と手応えがないな)

 斉藤は下家の小泉シンジローの顔を見る。

 今日は調子が悪いのか、手作りのスピードも遅い。

 何より、数か月前に見せていた勢いが感じられない。

(確かに与党内を切り崩す、という今回の仕事。若いシンジローくんには気が重いかも
しれない。

 でも、それだけでは国を動かしてはいけないぞ。これからもっと、辛い仕事をして
いかなければならないはずだ。特にキミのような国を背負う者には!)

「ツモ! 1300オール!」

 斉藤の心配を余所に、福島は順調にアガリを見せる。

 今日はかなり調子がいいらしい。

(参ったな。鳴かない門前麻雀はその日のツキに大きく左右されるが、今回ミズホさんのツキは
かなりいいぞ)


 そして半荘終了。
221 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/03(土) 20:07:47.47 ID:dLOtuDyAo


 順位は、

 トップ 福島ミズホ

 2位  斉藤ケン

 3位  小泉シンジロー

 4位  辻元キヨミ


 この日、福島ミズホの連続和了でかなり稼がれた格好になったが、
四位の辻元が足を引っ張ったため、点数的にはほぼ互角である。

 とはいえ、辻元の仕事は福島がピンフをアガリ易いようサポートをすることなので、
自分の点数が伸びないのはある意味仕方のないことかもしれない。

「福島様。申し訳ございません」

「構いませんわ辻元。あなたはよくやっております」

(第一戦はほぼ互角。二戦目以降の半荘が本当の勝負となるのだろうが、

シンジローくんの調子が出ないことには、大きく突き放すことはできない。

どうにか彼を本気にさせなくては)

 そう思った斉藤は、

「シンジローくん」

 シンジローに話しかける。

「はい、どうされました」シンジローは力の無い返事をする。

 彼らしくない、と斉藤は思った。

「調子が出ないようだね」

「お恥ずかしい」

「いや、そういう日は誰にでもあることだ」

「……」
222 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/03(土) 20:09:27.33 ID:dLOtuDyAo

「気分が乗らないのかい?」

「いえ、別にそういうことは」

「シンジローくん。キミの気持ちはわかるよ。でも、今は一刻も早くM主党政権を
倒して――」

「僕は」

「?」

「僕はJ民党はまだ野党のままでもいいと思っています」

「シンジローくん」

「確かに政権奪還奪還って上の人はおっしゃっていますけど、ちょっと違うんじゃないかなって
思うんです」

「……それは」

「国民のためになるんだったら、別にJ民党でもM主党でもいい。

誰が権力を持つかじゃなくて、何のために権力を使うか。

それが大事だと思うんです」

「シンジローくん」

「はい」

「キミの言うことは正しい。ある意味はね」

「え?」

「でも、正しいことをするには強くならないといけない」

「強く、ですか」

「弱者に選択権はない。僕らが正しいことをするためには、強さも必要なんだ。

そして、強くなるには手段を選んではいられない」

「……」

「ここで負けたら、J民党にもキミにも未来はなくなる。正しいことをしたければ、
強くならないといけない」

「……わかりました」




   *
223 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/03(土) 20:10:37.21 ID:dLOtuDyAo

 

 国会内観戦室――

「シンジローに欠けているものと言えば」

 照は独り言のようにつぶやく。

「それは何ですか?」

 小蒔は聞いた。

「勝利への執念かな」

「執念」

「どうしても勝とうという執念が、人よりも弱い」

「でも鹿児島では物凄い執念を見せてくれましたよ?」

「……鹿児島での対局は見ていないので何とも言えんけど、後で話しを聞いた限りでは、
小蒔たちのために頑張ったっていうじゃないか」

「そうですね」

「私に初めて勝った時も、自分の父親をバカにされたから強くなった。

 選挙の時は、私のために勝ったと思っている」

「どういうことです?」

「つまりあいつは、他人のために勝とうとする意識はあっても、自分のために勝とうとは
思えないんだよ」

「シンジロー様らしいです」

「確かにそれはシンジローのいいところだと思う。でも大人の世界は勝たないと
意味がない」

「……それは」

「何が正しいかを決めるのはいつも勝者だ。正しいことをしたければ、勝つしかないんだ。
それが政治」

「……シンジロー様」



   *
224 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/03(土) 20:11:22.76 ID:dLOtuDyAo


「ツモ! 1300オール」

 半荘第二戦終了。

 順位は


 トップ 斉藤ケン

 2位  福島ミズホ

 3位  小泉シンジロー

 4位  辻元キヨミ



 順位はほぼ変わらず。トップと二位が入れ替わった程度。

 このため決着は最終決戦へと持ち越された。



 何をやってるんだ僕は。

 このまま一度もトップを取らないまま終わってしまうのか。

 ここで負ければ、J民党はS民党の政策に合意しなければならなくなる。

 そうなると党にとっては大きな痛手だ。

 それはわかっているけれど。

 僕は党所属の議員だけど、党のために政治をやっているわけじゃないんだ。

 日本国民、ひいては世界のために。

「……」

 照なら、宮永照ならなんていうだろう……。

 僕はゆっくり息を吸って彼女の顔を思い浮かべた。




   *
225 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/03(土) 20:11:57.50 ID:dLOtuDyAo



「私はあなたの決断に従う」

「え?」

 急に喋り出した照に驚く小蒔。

「どうされました?」

「いや、シンジローが何か意見を求めているような気がしたので」

 照は恥ずかしそうに顔を背けた。

「でも、ここからではシンジロー様には伝わりませんよ」

「いや、伝わった」

「へ?」

「シンジローには伝わっているはずだ」

「……はあ。どういうことなのでしょう」

 小蒔は三尋木咏に話を振る。

「わっかんねー。全然わかんねえ。でも、アレだ。何か繋がってんじゃないの。

秘書と政治家ってことで」

「ず、ズルいです照さん」

「はあ?」

「私もシンジロー様と繋がりたい!」

 小蒔のその声に、観戦室にいた人全員がこちらに注目する。

「ちょ、ちょっと黙れ」

 照は慌てて小蒔の口を塞ぐのであった。





   *   
226 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/03(土) 20:12:57.62 ID:dLOtuDyAo


 バカだな、僕は。

 大きく息を吐く。

 道は常に勝利者の前にできる。当たり前じゃないか。何を今まで迷っていたんだ。

 確かにこの勝負はあまり気持ちのいいものじゃない。

 でも、進まなきゃダメなんだ。

 三回戦。

 恐らく、この半荘でのトップがこの戦いでの勝者。

 福島ミズホの調子は悪くないから、ぼんやりしていたら確実に負ける。

 やるしかないのだ。

「ロン! 3900点」

「むっ!」

 小泉シンジロー、ミズホのリーチをかわしてロンアガリ。

「私の満貫を消すとはいい度胸ですわね」

 ミズホの頬の痙攣を横目に、僕は次順を待つ。

 そして南入り。

 東場(前半)終了時点での得点。


 東 辻元キヨミ  :19900 

 南 小泉シンジロー:30100

 西 斉藤ケン   :26500

 北 福島ミズホ  :23500
227 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/03(土) 20:13:40.41 ID:dLOtuDyAo

 
 トップは僕。

 でもまだ油断できない。

 南一局、親:辻元キヨミ

 ここで和了ったのは――

「ツモ、700、1300!」

 斉藤ケン議員だ。

 そして僕の親。

 悪いけど、やらしてもらう。

 素早い配牌で一気に役を重ねる。

 今まで不調だった分、面白いように牌が集まる。

 もしや、

「ロン、満貫です」

「ひい!」

 親の満貫は、12000点

 しかも福島ミズホへの直撃。

 最初の半荘で一位、次は二位だった福島ミズホをここで一気に最下位に叩き落とす。

 
228 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/03(土) 20:14:16.11 ID:dLOtuDyAo

 
 現時点での順位は、

1位 小泉シンジロー:41400

2位 斉藤ケン   :29200

3位 辻元キヨミ  :18600

4位 福島ミズホ  :10800


 ここで一気に畳みかけようとしたその時、

「ロン、2000点です」

 不意に横から直撃を食らった。

 辻元キヨミ。

「見事です辻元」

 福島ミズホがにやりと笑う。

 点数自体は大したことないが、大事な親を流されてしまった。

 でも大丈夫。順位は変わっていないし、まだ次は斉藤議員の親だ。

 突き放すチャンスはあるはず。

 だが、

「リーチ!」

 ここで福島のリーチ。

 この立直は間違いなく高い手を含んでいるはず。

 だとすれば守りに入ったほうが。

 ここで逃げ切れば。




   *
229 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/03(土) 20:15:38.87 ID:dLOtuDyAo



「いかん!」

 観戦室内に照の声が響き渡る。

 その声に驚き、一瞬静まり返る観戦者たち。

 しかし次の瞬間、会場は大きくどよめいた。

『ロン! タンピンドラ付きで満貫!』

 土壇場。福島ミズホ、ここで8000点獲得。

 トップの小泉シンジローを直撃。

 しかも次のオーラスは、

『私の親ですわ!』

 福島ミズホが親。

 次に福島がアガれば逆転の望みは十分にある。

「て、照さん。どうしましょう」

 隣にいる小蒔が涙目で腕を掴む。

「落ち着け小蒔。まだシンジローがトップだ」

 しかし、トップとはいえ勢いは福島を含むS民党組にある。

 それは他でもない照が一番よくわかっていた。




   *
230 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/03(土) 20:16:47.97 ID:dLOtuDyAo


 福島ミズホは興奮していた。

 大きい手でなくてもいい。

 親なのでここで和了できれば連荘できる。

 一回で逆転できなくとも、二回三回と繋げれば勝てる。

 しかも今日はかなりツキがある日なのだ。

(ほらほら来ましたわ〜)

 配牌を見て思わず笑みが漏れる。

(おっといけません。ポーカーフェイスポーカーフェイス)

 彼女の大好きな平和(ピンフ)を中心に組み立てる。

(小泉元首相の息子とはいえ、大したことはありませんわね。顔はカッコイイので
愛人にしいけど)

 不埒なことを考えながら彼女は麻雀を続けた。

(必ずアガりますわ)

 幸運にもドラが一つ付いている。運よく裏ドラが乗れば大きく出るかもしれない。

「リーチ!」

 二連続立直。

 福島ミズホ、ここで勝負に出る。

「福島さん」

 しかし、彼女の下家にいた辻元が不意に声を出した。

「どうしました辻元」

「それ、ロンです」

「え?」

「平和のみ……」

「……辻元?」


 



   *
231 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/03(土) 20:18:10.49 ID:dLOtuDyAo


「おい! どういうことだ!」

 観戦室ではS民党関係者が叫ぶ。

「辻元が裏切ったぞお!」

 信じられないことが起こった。

 同じS民の辻本が福島からロンすることによって、彼女の親を終わらせてしまったのだ。

 このため半荘は終わり順位が確定。

 三回戦。

 一位 小泉シンジロー

 二位 斉藤ケン

 三位 辻元キヨミ

 四位 福島ミズホ 


「どういうことなんだよこれは!」

 S民党の関係者がJ民党関係者に掴みかかる。

「知らん! 俺だって知らん!」

「勝ちは勝ちだろ!」

「ふざけやがってクソがあ!!」

 怒号が飛び交う中、三尋木咏は席を立つ。

「あーあ。弟くんのこと悪く言うつもりはないけど、つまんない試合だったねえ」

「……そうですね」

「ま、政治ってのは純粋な勝負と違って、こういうこともあるってことじゃね。
知らんけど」

「はい」

 小蒔と照は一様に暗い顔をしていた。

 それはシンジローとて同じだろう。咏はそう思いつつ、怒号飛び交う国会の
観戦室を後にした。




   *
232 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/03(土) 20:19:16.77 ID:dLOtuDyAo




 後に知ったことだが、辻元議員は最初からS民党を離党するつもりだったという。

 同党が連立を離脱してからしばらくして、彼女はM主党へと入った。

 M主党側は元々S民党の連立離脱を避けられないものと考え、同党の力を少しでも
削ぐことを考えていた。

 それがこの国会麻雀へとつながる。

 要するに、J民党側はM主党の策略に乗せられた、というか、わざと乗せられたふりを
してS民党の弱体化に手を貸したのだ。

 やる前から、そしてやった後も気分の悪い闘いであった。

 だが政治の世界ではこういう闘いがいくつもある。

 それを乗り越えて、父は権力を掴みとった。



   *
233 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/03(土) 20:20:11.60 ID:dLOtuDyAo




 横須賀市――

 数日後、地元に帰った僕は海浜公園のベンチに座って海を眺めていた。

 近くに行くとゴミが浮いていてあまりキレイとは言えない地元の海だけど、
米海軍や海上自衛隊の艦艇がいつも浮かんでいる海は僕にとって落ち着く
風景の一つだった。

 何をやっているんだろうな。

 休日もあいさつ回りで忙しい僕のわずかばかりの時間を、ぼんやりとした
時間に過ごすのは勿体ないかもしれない。

 ただ、何かをやる気にはあまりなれないのだ。

 ベンチに座った僕は、ブリックに口を付けながら頭の中を空っぽにしていた。

「ここにいたかシンジロー」

「照」

 宮永照。僕の秘書だ。

「私もいますよ、シンジロー様」

 そして巫女姿の神代小蒔もいた。

「次の仕事まではまだ時間があると思うけど」

「なら私と一緒にいようじゃないか」

 そう言って照は僕の左隣に座る。

「最初に言っただろう。私はあなたのものだ。そしてあなたは私のものでもある」

「照?」

「シンジロー様」
234 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/03(土) 20:20:54.38 ID:dLOtuDyAo

 そう言うと今度は小蒔が左隣に座り、左腕を掴む。

「うわっ、ちょっと」

「小蒔も一緒です」

 柔らかいものが腕に当たった。

「コラ小蒔! はしたないぞ」

「照さんばかりずるいですよ。小蒔もシンジロー様のものなんですから」

「誰もそんなことは言ってないぞ」

 僕は否定してみるが、無駄なことはわかっていた。

「シンジロー様」

「シンジロー、左腕の血液を止めろ!」

「無茶苦茶言うな」

 手のかかる秘書たちだけど、僕の心は少しだけ温かくなるのだった。




   つづく
235 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/03(土) 20:22:01.62 ID:dLOtuDyAo


 【次回予告】

 シンジローの父、ジュンイチローに恨みを持つ者は多い。

 その筆頭ともいえる人物が、K民新党の代表、亀井シズカだ。

 父が生涯をかけて行った郵政民営化をつぶし、郵政事業再国営化を目指す

亀井の野望を打ち砕くべく、シンジローは広島へと飛んだ。

「広島と言えばお好み焼きだなシンジロー」

「シンジロー様。牡蠣は海のミルクと言われているらしいですよ」

「これ以上大きくしてどうすんだミルク女」

「ちょっと、照さんやめてください」

 広島出張にはしゃぐ二人。

 だがシンジローはそれどころではない。

 亀井と麻雀対決をしなければならないのだ。

 広島では当然のごとく、亀井の助っ人雀士がいた。

「よう来たのう、小泉シンジロー」

(ワカメ!?)

「シンジローさんには恨みはないけど、亀井先生のお願いじゃけえ、ここで死んでもらうよ」

 広島弁の二人の雀士、一体何者なのか!

 次回、ムダヅモ無き戦いside‐S 広島編『仁義なき闘牌』

 お楽しみに!

  
236 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/03(土) 20:23:43.77 ID:dLOtuDyAo
ミズホの口調にツッコんではいけない。
237 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/11/03(土) 21:18:36.52 ID:IoVlgQn9o
乙でした
ところでそもそもS民党党首は福島みずぽじゃなかったか?
238 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/11/03(土) 21:24:36.16 ID:lG7YFCUIO
原作ではろくに活躍できなかったみずぽたんの勇姿いいゾ〜これ
239 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/11/04(日) 01:18:59.96 ID:gr1H8S4Wo
どんどん愛人が増えていくね(ニッコリ)
240 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/04(日) 20:03:41.12 ID:yxlgemgqo
ミズホ≠みずぽ

TARAOみたいなしゃべり方がキライだったので、あえて改造。
241 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/04(日) 20:04:12.40 ID:yxlgemgqo




   第八話 仁義なき闘牌


 新幹線には三人掛けと二人掛けの座席がある。

 僕が勝った指定席の切符は三列のほうの席だった。

 同行者は二人なのでちょうど良い。

「窓際がいい」

 宮永照はそう言った。

「どうぞ」

「私はシンジロー様の隣りであれば」

 もう一人の同行者、神代小蒔は言った。

 ああ、わかったわかった。

 というわけで、三人掛けの席に窓際から照、僕、そして小蒔の順で座ることになる。

「それで、今日はどこへ行くんだっけ」

 弁当を食べながら照は聞く。

「切符に行先が書いてただろう」

「見てない」

「……広島だよ」

「なるほど」

 照は特に広島には興味はないようだ。
242 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/04(日) 20:04:50.79 ID:yxlgemgqo

「シンジロー様。広島には美味しい食べ物がたくさんあるようですよ」

「小蒔。遊びに行くわけじゃないんだよ」

「ふえ、すみませんシンジロー様。あなたとお出掛けだと思うとつい楽しくなって」

「ああ、悪い悪い。でも仕事は仕事でちゃんとしないとさ。国会議員なんだし」  

「真面目なのですねシンジロー様。素敵です」

「いや、別に」

「デレデレするなシンジロー。キモいぞ」

 干し杏子を食べながら照が言った。

「お前は少しは真面目にしたらどうだ、照」

「私はいつだって真面目だ」

「だったら行先くらい確認しておけよ」

「シンジロー様。お茶、いかがですか?」

 マンモス印の魔法瓶を持った小蒔が呼びかける。

「その水筒、今日も持ってきたんだ」

「はい。魔法瓶って便利ですよね。お茶が冷めないんですから」

「そうだね」

「小蒔、お茶」

 照が言った。

「はい、わかりました」

 小蒔は紙コップに魔法瓶の紅茶を注ぐ。
243 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/04(日) 20:05:17.72 ID:yxlgemgqo

 とても嫌な予感がしたけれど、僕は三列席の真ん中にいるため、身動きが取れない。

「はい、どうぞ」

 小蒔がそう言ってお茶を差し出した瞬間新幹線が動きだし、彼女のバランスが崩れた。

「ぎゃあああ!! あちいい!!」

 スーツのズボンに紅茶がかかったのだ。

「騒がしいぞシンジロー」

「大丈夫ですかシンジロー様!」

 何とか火傷はしなかったけど、今後の展開が不安になる旅の幕開けであった。





   *
244 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/04(日) 20:06:09.91 ID:yxlgemgqo




 今回の旅の目的は、広島に行き、広島選出のとある政治家を説得することだ。

 その政治家の名は亀井シズカ。

 元J民党の幹部で、閣僚経験も豊富。総裁選に出馬したことも何度かある。

 そして僕の父、小泉ジュンイチローのライバルでもあった。

 亀井シズカは父の首相在任中に袂を分かち、K民新党という新党を立ち上げて
その代表に就任した。

 そして現在は少数ながら与党の一つとしてM主党と連立を組んでいる。

 与党に食い込んだK民新党は、少数ではあるけれどそのJ民党時代の経験を元に、
素人の多いM主党の閣僚を取り込んで自らの政策を実施する寄生虫的な政治を
行っていた。

 そんなK民新党が最も重視したのが、郵政再国有化法案だ。

 これは、小泉時代に民営化が決定され、実際に民営化された郵政三事業
(郵便、金融、保険)を再び国有化しようというものである。 

 説得、というのはこの郵政再国有化法案を撤回させるようにするのが目的だ。

 対立した政治家の実の息子が行く、ということに党内から異論が出たけれど、
実際に闘牌になった時に、太刀打ちできる議員が少なかったので、
結局が僕が派遣されることになった。

 あまり自信はないけれど、動き出した時計の針を元に戻させるわけにはいかない。

 僕は決意を新たに、広島へと向かった。




   *
245 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/04(日) 20:06:51.38 ID:yxlgemgqo



 四月。春先の広島の空は快晴だ。

 週末の混雑した広島駅の中では、新市民球場の案内板もあった。

 野球好きな僕は、一度行ってみたいなと思う場所の一つだ。

 広島にあるプロ野球の球団は、開幕戦も連勝して絶叫調だけど、恐らく夏前には
失速するだろう。

「は、いかんいかん。今日は遊びにきたわけじゃないんだ」

 僕は自分に言い聞かせる。

「シンジロー様。お好み焼き、お好み焼きを食べませんか? 広島風お好み焼き」

 観光用の雑誌を見ながら小蒔が聞いてきた。

「小蒔。今日は遊びじゃないんだから」

「でも……」

「そうだそ、小蒔。あほびじゃないんだから。フゴフゴ」

 そう照が言った。でも何だか喋り方がおかしい。

「……」

「どうひた、ヒンジロー」

「何食ってんだ」

「……、もみじまんじゅう」

 わざわざ口の中の物を飲み込んでから照は言った。

 口に餡子が付いてるぞ。 

「川通り餅のほうがよかったかな……」
246 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/04(日) 20:07:40.20 ID:yxlgemgqo

「そうじゃないだろ! お前たち、モノを食いに来たわけじゃないんだぞ」

「ふええ」なぜか小蒔のほうが縮こまる。

「そんなに怒るなシンジロー」

「怒らせてるのはお前たちだろうが、もう」

 キオスクの近くで説教をしていると、不意に誰かが近づいてきた。

「今回のお客さんは、随分と元気がいいんじゃねえ」

「ん?」

 振り返るとそこには、童顔でややくせ毛の女の子が立っている。

 長い髪をなぜか申し訳程度に両側でしばっているのが、少し特徴的だと思った。

「久しぶりじゃな、宮永照。それに神代小蒔」

 その女の子は二人の名前を呼ぶ。

「知り合いか?」

 僕は二人に聞くと、

「いいえ」

「全然知らん」

 首を振った。

「うっ、わかっておったけどここまで印象薄いとは。ちゃちゃのんもまだまだじゃなあ」

「あの、それで」

「失礼。自己紹介が遅れまして。私は佐々野いちご。一昨年の広島県代表、鹿老渡高校の
卒業生で、現在は関西大学リーグでも活躍中です」
247 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/04(日) 20:08:44.55 ID:yxlgemgqo

 自分で「活躍中」って、普通言うかな。

「衆院議員の小泉シンジローです」

「はじめましてじゃね。小泉議員」

 そう言うと、佐々野いちごは右手を差し出す。

「どうも」

「なかなかガッチリした手じゃ。それに顔も男前じゃし。ちゃちゃのんの好みかもしれん」

「は?」

「ちょっと佐々木さん」

 不意に照と小蒔の二人が、僕と佐々野いちごとの間に割って入る。

「ちゃちゃのんは佐々野じゃ……」

「名前なんてどうでもいい。シンジローに色目使ってどうするつもりだ」

 照は右腕を回転させた。

「事と次第によっては、呪い○しますよ」

 小蒔の声と目つきが明らかに普段と違う。

「ひいいいいっ!!」

 あまりの迫力に、佐々野いちごの顔が恐怖で歪む。

 これは止めた方がよさそうだ。通行人もこちらを見ていることだし。

「こらこら二人とも。部外者を怖がらせてどうする」

 そう言って僕は二人の肩を掴んだ。

「シンジローに近づく女だ。ハニートラップかもしれない」
248 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/04(日) 20:09:23.15 ID:yxlgemgqo

 鋭い目つきで照は言う。

「そうです。警戒しておいたほうがいいです」

 小蒔も言った。

「わかった。わかったから」

 僕は二人を押しのけるようにして佐々野いちごの前に立つ。

「それで、僕に何か用があるの?」

「え? あ、はい。そうなんです。実はあなたに用があったんじゃ。いや、あったんです」

「僕に?」

「私は、亀井先生の名代で参りました」

「亀井、亀井シズカ先生のことだね……」

「はい。東京からお越しのシンジロー議員をお連れするようにと」

「……なるほど」

「カメイ先生って、どなたですか?」

 小蒔は素で知らないようだ。

「よくわからないがシンジローの敵だ。今のうちにこいつも潰しておこう」

 照は再び右腕を回転させる。

「ひいいいい!」

「こらこらこら、大人しくしろ。佐々野さん怖がってるじゃないか」

 その後、僕たちは佐々野いちごの案内で、亀井シズカのいる場所へと連れて行かれる
ことになった。




   *
249 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/04(日) 20:11:24.10 ID:yxlgemgqo


 

 旧市民球場近くにある大きいホテル(下の喫茶店はコーヒー一杯900円)。

 僕たちは路面電車に乗ってそこに到着した。

「ここの最上階に先生がお待ちです」

「そうですか」

 佐々野いちごと一緒に、僕たち三人は長いエレベーターに乗って最上階の
スイートルームへと到着した。

 実に広い。

 こんな広い部屋にくるのはいつぐらいぶりだろう。

 政治家=金持ちと思われがちだが、ウチの実家はほかの政治家と違って特に資産家でも
ないので、ほとんど贅沢はできなかった。

 といっても、ウチの親父も兄も、贅沢には興味が無かったというだけなのだが。

 ドアを開けるとそこには、

「よう来たのう」

 メイドがいた。

「……」

「どうした」

 メガネをかけたメイドだ。

「めいぷりてぃは去年閉店したはずですが」

「わしはメイド喫茶の店員じゃないけえ安心しんさい」
250 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/04(日) 20:12:10.93 ID:yxlgemgqo

「はあ。ではその格好は」

「わしの趣味じゃ」

「……そうですか」

「佐々岡さん、案内おつかれ様です」

「ちゃちゃのんは佐々野じゃ」

「そんなことより、小泉シンジロー議員ですね」

 メイドはいちごの言葉を無視して僕に話しかける。

「は、はい。そうです」

「後ろの二人は宮永照と神代小蒔か。牌に愛された者を二人も引きつれるとは、
こりゃ噂以上の強敵じゃのう」

「!」

 照が身構える。

「大人しくしろ」

 僕はそれを右手で制した。

「おおっと、紹介が遅れましたの。わしは染谷まこ。今日は先生のアルバイトで
ここに来たんじゃ」

 アルバイト?

 あの人はメイドをアルバイトで雇うのか。

「先生は奥でお待ちじゃけえ、早うきんさい」

「わかりました」
251 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/04(日) 20:13:17.97 ID:yxlgemgqo

 染谷の案内で部屋の奥に行くと、そこは広島の街を一望できる展望台のような部屋である。

「先生、お連れしました」

 染谷がそう言うと、窓際にあった大きくて黒い椅子が回転し、こちらを向く。

 革張りの椅子に深く腰掛けていたのは、間違いなく亀井シズカである。

「久しぶりだな、小泉シンジロー」

 座ったまま、亀井は言った。ドスの効いた声は健在だ。

「本日はお会いしていただき、ありが――」

「そんな白々しい挨拶を言いに来たわけじゃないだろう、小泉」

「……」

 老眼鏡を通して見える鋭い目つきは、未だ光を宿している。

 建設省(当時)を半ば脅して羽田空港の拡張を実現させた剛腕は今もまだ健在か。

「見れば見るほどあの男似ているな」

 そう言うと、亀井はゆっくりと立ち上がった。

「こい、貴様との話は“向こう”でしよう」




   *
252 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/04(日) 20:14:11.75 ID:yxlgemgqo



 同ホテル内にはやたら広い大理石の広間があった。

 そしてその真ん中には、一つの麻雀卓と四つの椅子。

「貴様の目的は、郵政再国有化法案の阻止、そうだろう?」

「はい」

「残念だが、“野党の”J民党の要求を素直に飲むわけにはいかん」

「しかし亀井先生。K民新党の出した郵便貯金の枠を一千万から二千万に増やす、
という法案は明らかにやり過ぎですよ」

「どうしてだ。民間の銀行ならいくらでも預けられる。だったら郵貯だけ枠を設けるのは
おかしいだろう」

「民間の預金保護の限度額は一千万円までです。しかし実質国が保有している郵便貯金の
枠をそれ以上にしたら、郵貯に資金が流れてしまう」

「それならそれで、いいじゃねえか」

「よくありませんよ、民業圧迫です」

「だったら、実力で阻止してみろ。貴様らは野党だ決めるのは俺たち与党」

「K民新党の支持率は限りなくゼロに近いじゃないですか。少数の政党が国の政治をかき回すのは
間違っている」

「少数意見に耳を傾けるのも民主主義だろう」

「その少数が多数を支配しているなら、それは独裁政治です」

「……埒が明かないな」

「そのようです」

「だったら、これで決着をつけるほかない」
253 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/04(日) 20:15:24.87 ID:yxlgemgqo

 そう言うと、亀井は麻雀卓に手を置く。

「……はい」

 交渉は決裂。

 思った通り、闘牌で決着をつけることになった。

「お前が勝ったら、郵政再国有化法案は取り下げてやる」

「先生。勝手にそんな」

 思わず染谷が口を出す。

「うるさい染谷。俺がいいって言ってんだ。黙ってろ」

「はい……」

「小泉、卓に着け。染谷はルールの確認」

「はい」

「そこのお嬢ちゃん二人」

 亀井は僕の後ろにいる二人の秘書に声をかける。

「この闘牌会場は闘牌関係者以外は立ち入り禁止だ。出て行ってもらう」

「しかし――」照るが一歩前にでると、

「安心しろ。カメラは用意していてやる。染谷」

「はい」

 亀井の指示で、染谷は何かリモコンのようなものを押す。

 すると、天井から数台のカメラが現れ、別のドアからカメラを持った撮影スタッフ
らしき者が出てきた。
254 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/04(日) 20:16:17.52 ID:yxlgemgqo

「不正防止用の監視システムだが、別室で闘牌の様子も見られる仕様にしている。どうだ」

「わかった」

「照さん」

 戦闘態勢を解いた照は、一歩後ろに下がる。

「小泉、言っておくが――」

 卓の前に座った僕に、目の前の亀井は鋭い目つきで睨みながら言った。

「こいつは俺にとってすべてを賭けた闘牌だ。貴様の親父にやられた恨みを含めて、
すべてぶつけてやる」

「……わかりました」

 亀井の背後から黒い靄(もや)が立ち上る。

 あれが政治家の持つ闘牌気。

 福島ミズホとは比べ物にならないほど黒く、そして重い。




   *
255 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/04(日) 20:17:05.69 ID:yxlgemgqo



 ホテル内闘牌場。

 立会人の身体検査を受けた後、僕らはもう一度卓についた。

「政治麻雀のルールは知っているな」

「はい」

 政治麻雀とは、政党間での話し合いで決着がつかなかった時に行われる
麻雀のことだ。

「政治麻雀では、国会麻雀のような共通ルールではなく、挑戦を“受けた側”が
ルールを指定することができる」

「はい。わかっています」

「今回のルールだが、半荘一回だけっていうのもつまらん」

「三回戦ですか、五回戦ですか」

「いや、ゼロ点勝負で行こう」

「ん?」

「つまり、俺と貴様。どちらか一方の点棒がゼロになるまでやる勝負だよ」

「それは……」

「飛ばなきゃ終わらねえって奴だ。俺はな、納得いくまでやりてえんだ」

「……わかりました」

「もとより返事は聞いてない。お前らもいいな」

 亀井は他の二人の面子にも言い放つ。

「了解です先生」
256 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/04(日) 20:17:35.24 ID:yxlgemgqo

 面子の一人はメイド姿のメガネ、染谷まこ。

「了解じゃ」

 そしてもう一人は先ほど案内をしてくれた佐々野いちごである。

「いいのかい? ゼロ点麻雀ともなれば死闘になることは必至。そこれキミたちが」

「小泉」

 亀井は言った。

「人の心配する前に自分の心配をしたらどうだ」

「それは……」

「案ずるな。二半荘(ラウンド)以内に殺す」

「……」





   *   
257 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/04(日) 20:18:19.36 ID:yxlgemgqo



 ホテル別室。

 巨大なモニターの前で、小蒔と照はシンジローの様子を伺う。

「ゼロ点ルールってことですけど、勝てますかね。シンジローさん」

 不安そうな声を出した小蒔が照に話しかける。

「どんなルールでもシンジローが負けることはない。耐久戦なら若いシンジローのほうが
有利だ」

「はあ」

「むしろ心配なのは、ほかの二人のほうか」

「へ?」

「シンジローたちと一緒に打っている二人が果たしてあの二人の闘牌についていけるか」

「確か佐々井と染谷さんでしたね」

「二人とも高校時代は全国に出場した実力者だというが、小手先の技術だけで乗り越えられるほど、
この闘いは甘くない」

「照さん」

「……と思う」

 だが照にとって一番の関心事はそこではない。

 何と言っても、

(シンジロー)

 主の身体を心配していた。





   *
258 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/04(日) 20:18:54.37 ID:yxlgemgqo



 東一局。ついに政党の威信をかけた政治麻雀が開始される。

 起親は染谷まこ。

 次に亀井シズカ、佐々野いちご、そしてラストが小泉シンジローである。

 シンジローはラス親だがこの戦いは亀井と自分、どちらかの点棒がゼロになるまでの
戦いなので、通常の半荘とは事情が違う。

 南四局が流れれば、また東一局に戻る。

 どちらかが力尽きるまで行われる闘いだ。

 なお、半荘三回分をやっても決着がつかなかった時は、点棒の数が十分の一となる
延長戦へと突入する。

 ゼロ点麻雀は一度もやったことがないのでペース配分がわからない。

 短期決戦を狙うなら、とにかく相手への直撃を優先させなければならない。

 だが、

「ロン、2600点」

「ふえ?」

 僕は佐々野いちごから点を奪った。





   *
259 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/04(日) 20:20:07.16 ID:yxlgemgqo



「あれ、どういうことです?」

 モニターを見ながら小蒔は聞いた。

「どうって?」

 照は聞き返す。

「この闘いはシンジロー様と亀井さんという人のどちらかがゼロにならないと
終わらなんですよね。でしたら、亀井さんへの直撃を優先させるんじゃあ」

「確かにそうかもしれない。でも、この闘いは終わりが見えない闘いだ。
早く終わるかもしれないし、長期戦になるかもしれない」

「ん?」

「だからシンジローは最初のうちに点棒を集めておく戦術をとったんだよ」

「ということは」

「持ち点が多いほうが、終盤で振り込んだときに耐えられる。つまり、最初に
稼げる時に稼いでおいて、後半勝負に出ようという戦法だ」

「なるほど」

「ボクシングでもそうだが、大きな点を獲ろうと思えば防御がおろそかになる。
そこをカヴァーするために点棒を集める」

「なるほどなるほどー。……なるほどー」

(だがそんなに上手く行くか。シンジロー)

 亀井の不気味な影を感じていたのは、シンジローだけではなかったのだ。




   *
260 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/04(日) 20:20:51.32 ID:yxlgemgqo



 続く東2局。

「リーチ」

 小泉シンジロー、軽快に立直。

 そして、

「ロン、5200点」

「やるのう」

 染谷まこからの打点。

 これで三万点オーバー。

 しかしまだ亀井からは点数を取れていない。

「……」

 亀井シズカは、名前の通り静かに自分の牌を倒した。

 自分の親が流されたというのに、少しもうろたえる様子は見せなかった。

 勝負に出るためにはまだ足りない。

 東3局、親は佐々野いちご。

「ツモ、1000点オールじゃ」

「……」

 ここで佐々野のツモ。

 これに意味があるのか?

 親は動かず、連荘。
261 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/04(日) 20:21:33.04 ID:yxlgemgqo

 僕は配牌をする。

 調子は、悪くない。

「いくぞ」

 上手くリーチがかかった。

「ロン、2000点」

 打点は低いが、次は僕の親だ。

「……」

 亀井はまだ不気味な沈黙を守っている。

 東4局。

 勝負に出るか?

 いや、まだ早い。

 ここは連荘を狙おう。

「ポン!」

 素早く役牌を鳴き、役を確保するとすぐに手を組み立てる。

 高くはないが、次もいただく。

「ロン! 3900点」

 佐々野いちごの放銃。安い手でも、親ならば打点が上がる。

「……」

 亀井シズカは、まだ動かない。

 どうした。

 どういうことだ。

 いつまで経っても動かない亀井の存在が少しずつ重圧になってくる。
262 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/04(日) 20:21:59.51 ID:yxlgemgqo

「ツモ! 1600点オール!」

 僕の連荘。

 すでに4万点オーバー。

 役満が直撃しても飛ぶことはない。

 勝負に行くか?

 どうする。

「ロン、3200点じゃね」

 佐々野いちごのからの直撃。

 亀井を警戒し過ぎたか。

 僕の最初の親が流れてしまった。





   *  
263 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/04(日) 20:22:30.45 ID:yxlgemgqo



「シンジロー様、やり辛そうですね」

 モニターを見つめながら小蒔がつぶやく。

「それはそうだ。ルールが変われば打ち方も異なる」

「打ち方っていうのは」

「普通の麻雀なら、シンジローの今の打ち方でいい。しかし今回はゼロ点麻雀だ。
相手を飛ばさなければならない。そうなると、低い点数でチマチマやっていたのではダメだ」

「ということは」

「必殺のブローが必要ってことだよ。どんなに頑張ってもジャブだけで相手を倒すのは難しい」

「照さん……」

「なんだ」

「ジャブってなんですか?」

「うっ……」

 小蒔の(天然)ボケに思わずバランスを崩す照であった。





   *
264 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/04(日) 20:23:23.69 ID:yxlgemgqo


 後半戦、南一局。

 ここまで大きな動きはない。

 ノーテン親流れで次の局。

 亀井シズカ、二回目の親。

 仕掛けて来るならここか?

 僕は亀井シズカの配牌に警戒する。

 しかし、

「ロンじゃ! 2600点じゃの」

「……」

 亀井を警戒するあまり、また佐々野いちごにフリこんでしまった。

「……」

 亀井はここまで表情を崩さない。

 まさかこれが狙いか?

 自分を警戒させておいて、他のメンバーに点を削らせる。

 いや、いくらなんでもそれはないだろう。

 自分が親なのだし、自分の打点で稼いだほうが効率がいいはず。

 だとしたらなぜ。

 南三局。

 気が付けば、序盤で稼いだ点棒がジワジワと削り取られていく。

 いかんな。調子を戻さなければ。
265 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/04(日) 20:24:30.58 ID:yxlgemgqo

「……」

 続く南四局。

 僕の親。

 とりあえず打点をあげて連荘。

 大きいものはいらない。

 とにかく数で勝負していく。

 大丈夫、まだやれる。

「ロン、1000点」

「……ぐっ」

 染谷まこ→佐々野いちごのロン。

 仲間同士(?)の食い合いで、僕の親は流されてしまった。

 本来の半荘なら、これで終わり。

 僕はトップで勝ちということになるのだが、これはあくまでゼロ点麻雀である。

 続く東一局(半荘二週目)。


 ちなみに半荘終了時点での点数と順位は以下の通り。



 1位 小泉シンジロー  36600点

 2位 佐々野いちご   24500点

 3位 亀井シズカ     19900点   

 4位 染谷まこ      19000点

   
266 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/04(日) 20:25:16.19 ID:yxlgemgqo

 何とかトップは守っているけれど、このままではどうしようもない。

「ツモ、800、1600じゃ」

 早くも佐々野が和了。

 そして親は亀井シズカ。

 確か亀井は二ラウンド以内に殺すと言っていた。

 ここで仕掛けるのか。

「そこ、2000点じゃ」

「……はい」

 染谷まこからの直撃。

 これで再び亀井の親は流れる。

 僕の持ち点は現在33800点

 このままでは相手を飛ばすどころではなくなるかもしれない。

「……」

 宮永照はじっとモニターを見つめる。

「照さん?」

 心配した小蒔が声をかけると、

「イライラしているな」

 と、照は一言つぶやいた。

「あの、何が」

「シンジローはイラついている。焦って勝負を急ぐと不味いことになるやもしれない」
267 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/04(日) 20:25:51.74 ID:yxlgemgqo

「え?」

「しかも次はシンジローの親だ」

「それって」

「ゼロ点麻雀は終わりが決まっているわけじゃない。一見すると高得点が飛び交う
派手な展開になりそうだが、実際にはお互いにフリコミを警戒して退屈な闘牌となる」

「……それって」

「実際の斬り合いと同じ。決してカッコイイものではない。じっと待って相手の出方を伺い」

「……」

「そして相手がしびれを切らして勝負に出た時に――」





   *
268 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/04(日) 20:26:17.98 ID:yxlgemgqo


 ここは僕の親。

 配牌も悪くない。

 悪いけど、連荘して一気に勝負をかけよるぞ。

 僕は勢いよく牌を置いた。

 その時だ。

「悪いな小泉シンジロー」

「え?」

「その牌だ」

「……!」

「ドラも付いて合計24000点。三倍満だな」

 亀井シズカは不敵な笑みを浮かべる。

 思い出した。

 これが、亀井シズカの“泥亀戦法”。




 小泉シンジロー。残り持ち点、9500点。




   *
269 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/04(日) 20:26:55.13 ID:yxlgemgqo



「泥亀戦法ですか?」と、小蒔は聞き返した。

「ああ、噂には聞いていたが、随分エグイ戦法だ。序盤は耐え続けて、相手が勝負に
出たところを一気に噛みつく」

「それって」

「普通の試合で使える戦法ではないが、相手の心を一気に折るには有効だろう。
 相当腕に自信のある者じゃないと使えないがな」

「でもシンジロー様は何とか持ちこたえたじゃないですか」

「そうなのだが」

「シンジロー様ならやれますよ!」

 小蒔は両手をぐって握って見せる。

「しかし、次の次はその亀井の親番だぞ」

 ただでさえ打点が高くなる親。

 満貫なら確実に飛ぶし、安くでも連荘されればおしまいだ。

「照さん」

「ん?」

「何弱気になってるですか?」

「よ、弱気になどなっていない」

「だったら信じましょう。シンジロー様のこと」

「……そうだな」

 世界中の誰よりも彼のことを信じようと誓った自分の心が、少しだけ揺らいだことを照は
恥ずかしく思った。

 そして、彼女は再び祈る。

 小泉シンジローの勝利を。




  *
270 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/04(日) 20:27:37.21 ID:yxlgemgqo



「ツモ、1300、2600」

 再び亀井のツモ。

 これまでアガれなかった分を取り返すかのような連続和了。

 そして運命の南2局。

 亀井シズカの親。

 今の状態で直撃をくらえば確実に飛ばされる。

 ここは防御に徹して親流れを待つか?

 いや、ダメだ。流れは完全に亀井に傾いている。

 ここで守っていても、相手のテンパイは止められないだろう。

 だとしたら、攻めるしかないのだが……。

「今から約九年前だったか」

 不意に亀井が話はじめる。

「先生? いきなりどうしたんですか」佐々野が聞くも、

「まあ聞け」

 と、亀井は言って話を続けた。

「J民党総裁選挙に俺は出馬した。その時出たのが、橋本リュータロー、麻生タロー、俺。
そして、お前の親父、小泉ジュンイチローの四人だ」

「知ってますが、それが」

「総裁選挙の直前、俺たち候補者四人はJ民党闘牌室で麻雀をした」

「そうだったんですか」

「ああ」
271 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/04(日) 20:29:39.55 ID:yxlgemgqo

「それで、結果は」

「当初、雀力でも総選挙でも橋本元首相が勝つと、誰もが思ってた」

「……」

「しかし、勝ったのはお前の親父。小泉ジュンイチローだよ」

「それって」

「あの時のことは今でも昨日のことのように覚えている。オーラスで親だったお前の親父は、
国士無双を和了った」

「……」

「俺への直撃でな」

「……」

「その時のショックで、俺は総裁選の本選への出馬を辞退した。

その結果、お前の親父は総裁選挙に勝利して、その後総理大臣になったんだ」

「……」

「あいつは、小泉ジュンイチローは最後の最後まであきらめない、嫌な奴だった」

「……ん」

 父が。

「しかし今のお前はどうだ。もう諦めたのか」

「それは」

「別に諦める必要はない。むしろそっちのほうが、潰し甲斐があるけどな」

「……!」

 闘牌再開。

 配牌は……、よくない。
272 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/04(日) 20:30:22.74 ID:yxlgemgqo

 亀井の様子を見る限り、向こうは勝ちを確信しているようだ。

 このまま終わってしまうのか。

 ダメだ。まだ終われない。

 しかし今の得点では。

「すまんな小泉議員」

「え?」

「それ、ロンじゃ」

 意外な伏兵。染谷まこであった。

「な」

「2600点」

「染谷、貴様……!」

 思わず立ち上がる亀井。

「申し訳ありません。つい、手がでてしまいました」

「……まあいい」

 助かった、のか?

 人に振り込んで助かったと思ったのはいつぐらいぶりだろう。

 染谷は僕のほうをチラリと見て、少しだけ笑った。




   *
273 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/04(日) 20:31:03.98 ID:yxlgemgqo


 ホテル別室。

「助かったのか」

 照はつぶやく。

「でもシンジロー様は直撃を受けましたよ」

「それでも亀井の親を流せたのは大きい。とはいえ、まだ流れは亀井側にある」

「そうですね」

「シンジローの点数は」

「残り5600点です」

「満貫一つで飛ぶ状態に変わりはない」

「でも、シンジロー様の目はまだ死んでません」

「そうだな」

 モニターに映るシンジローの横顔を見ながら、照は同意した。




   *
274 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/04(日) 20:31:44.07 ID:yxlgemgqo



 南三局、親は佐々野いちご。

 配牌は良くない。

 でも、まだ諦めるわけにはいかない。

 防御、防御。

 ひたすら防御。

 そして、

「テンパイ」

「テンパイ」

「ノーテン」


 亀井シズカと染谷まこはテンパイ。

 僕と佐々野いちごはノーテン。

 危なかった。

 亀井から直撃を受けていたら間違いなく飛んでいた。

 そして南四局。

 僕の親だ。

 残りの点は4100。

 普通に考えたら絶望的だが――

「……うん」

 心の中の動揺は、ウソのようになくなっていた。



   *
275 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/04(日) 20:32:29.42 ID:yxlgemgqo




 静かに進められる二度目の南四局をモニター越しに眺めながら宮永照は静かにつぶやく。

「勝った」

「え? 何がですか」

 隣りにいた小蒔が聞く。

「この勝負、シンジローの勝ちだ」

「これって」

 モニターにはシンジローの捨て牌が見える。

 シンジローの手配を見なくても、その狙いはわかる。




   *



 亀井シズカはこの時まで自身の勝利を疑いもしなかった。

 憎き小泉一族。

 ジュンイチロー本人を討てなかったのは残念だが、その息子を討てば、
ジュンイチロー本人も相当なショックを受けるであろう。

(さらばだ小泉一族)

 そう、心の中でつぶやいた瞬間、




「――亀井先生」
276 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/04(日) 20:33:36.50 ID:yxlgemgqo

 不意に向い側のシンジローが声を出す。

「なんだ」

「僕は、戦後の日本を作ってこられた、あなたを含めた諸先輩方を尊敬してます」

「何を今更」

 タンッ、と牌を置く。

 他の二人は無言だ。

「でも、もう戻れないんですよ先生」

「なに?」

「時間は戻れない。どんな幸せな時だって、そこに戻ることはできない。
辛いと思っていても、未来に向けて進まなきゃダメなんです」

「どういうことだ」

 スッと、シンジローは四萬を出した。

「もう一度言います。戻れない、と言っているんです。時間は逆行できない」

(こいつ、まさか)

 亀井は震える。

 まずい。これを出すのはまずい。

 本能がそう告げている。

 だが――


 本物の『必殺技』とは、どんなにガードを固めていても、その上からねじ込むことが
できる最強の技。
277 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/04(日) 20:34:11.62 ID:yxlgemgqo





「ロンです」




 シンジローの声が広い室内に響き渡る。

「この技は……」

 あの時、自身の心をへし折った小泉ジュンイチローの必殺技。



「国士無双十三面(ライジングサン)!!」


  
「バカな……!」

「親のダブル役満は、96000点」


「ぐわあああああああああああああ!!!」


 亀井は大きく息を吐き、天井を見上げた。






   *
278 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/04(日) 20:35:32.79 ID:yxlgemgqo


 終わった。ついに終わった。

 時間そのものは、それほど経過していないけれど、鉛を飲み込むような
プレッシャーの中での疲労は半端ではない。

 闘牌場を出て、廊下で照の姿を見ると思わず倒れ込んでしまった。

 柔らかい花のような香りがする。

「大丈夫か、シンジロー」

 照は少し驚いたようだが、すぐに体勢を立て直して僕を抱きかかえる。

「少し、疲れた」

「少しどころじゃないだろう」

「シンジロー様。大丈夫ですか?」

 小蒔も駆け寄る。

「小蒔、そっち側を持ってくれ。医務室に運ぶ」

「はい。わかりました」

「まったく、情けないのう」

 そんな僕らの様子を見ながら、染谷まこは言った。

 亀井シズカも佐々野いちごもダウンしているというのに、この人だけはなぜか平気そうな
顔をしている。

「ちょっと待って」

 僕はそう言って照と小蒔を止める。

「染谷さん」

 僕は二人に抱えられた情けない状態で彼女に呼びかけた。

「ん? どうかしましたかの」

 腕組みをした状態で染谷は返事をした。
279 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/04(日) 20:36:03.80 ID:yxlgemgqo

「今日はありがとう。助かったよ」

「どういうことじゃ?」

「あの時、キミのロンが無ければ、僕はやられていたかもしれない」

「あん? 何のことかのう」

 染谷はそう言って目を逸らす。

 実にわざとらしとぼけ方だ。

「でも、本当。ありがとう」

「別に助けたつもりはないが――」

 そして彼女は言葉を繋げる。

「ただ、先生よりシンジロー議員のほうが、未来がある。そんなことをチラッと思っただけ
じゃわい」

「……ありがとう」

 もう一度僕はお礼を言った。

「また広島にきんさい。今度は、美味しい牡蠣やお好み焼きをごちそうするけえ」

「そうする」

「ほら、行くぞ」

 少し怒ったよな声で照が僕の身体を揺らす。
280 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/04(日) 20:37:32.07 ID:yxlgemgqo

「うわっ」

「他の女にデレデレしないでください」

「いや、してないから。というか、ゆっくり歩いてゆっくり」

「元気そうだな。そこら辺に捨てて、私たちはお好み焼きを食べに行こうか。小蒔」

「それは良いですね」

「やめて。絶対君ら迷子になるから。本当探すの面倒なの」

「失礼な」

「そうですよ、迷子になんか……、多分ならないと思います……」



 こうして、気の重くなる広島出張は終わりを告げた。


 数年後、K民新党は分裂し、亀井代表は党を追放されたのだが、それはまた
別の話である。






   つづく
281 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/04(日) 20:39:36.65 ID:yxlgemgqo


 【次回予告】

 M主党内で一大勢力を持ち、またかつて総理に最も近いと言われた
小沢イチロウ。

 彼の力を削ぎ取るため、シンジローは東北へと派遣された。

 しかし、岩手県では小沢の姿はなく、変わりに小沢ガールズと呼ばれる女性議員が
シンジローの前に塞がる。


 現地で偶然出会った大きな女性。

「シンジローさんって、ちょーかっこいいねえー」

 彼女は一体何者なのか?

 そして宮永照に迫る卑劣な魔の手が。



「大変です、シンジロー様!」



 次回、ムダヅモ無き闘いside‐S、岩手編。

 第九話 「巨大な壁」


 見てね。



 ※ 今回は長かったので、明日の更新はお休みします。

 次回は、11月6日(火曜日)の午後八時ごろにまたお会いしましょう。

                                  作者
282 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/04(日) 20:40:08.75 ID:yxlgemgqo
達川「染谷まこは全国編で大活躍します」
283 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/11/04(日) 21:24:34.67 ID:MHV9B0Eko

サンキュータッツ
284 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/11/04(日) 21:35:38.03 ID:gr1H8S4Wo
おっつおっつ
相変わらずの高クオリティだった
285 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) [sage]:2012/11/04(日) 21:37:07.25 ID:YgSiGebGo
おつー
とうとうライジングサンがきましたか
286 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/11/04(日) 21:53:15.00 ID:BZYqzzGV0
全然ムダヅモっぽくない
287 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/11/05(月) 18:21:09.00 ID:j48hkjpD0
今のところ照の影が薄いな
雷電ポジに定着する前に活躍希望
288 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2012/11/05(月) 18:24:10.38 ID:+L38bkSio
じゃあレンホー式スク水熱湯コマーシャルに挑戦してもらおう(ゲス顔)
289 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/11/06(火) 18:16:39.01 ID:u7FeqIwmo
申し訳ないが絢乃ちゃんの出番を奪うのはNG
290 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/06(火) 20:06:50.43 ID:0vaxvIBco
さて、ツッコミどころが多い、というかツッコミどころしかない当スレも終盤でございます。
では、岩手編どうぞ。
291 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/06(火) 20:08:26.42 ID:0vaxvIBco





   第九話 巨大な壁



 J民党本部――

「今度は岩手ですか?」

 広島での死闘を終えた数日後、今度は岩手県への出張を指示される。

「それは、どういうことで」

 今回も政調会長の石破シゲル議員が説明する。

「今度盛岡では、『いわて麻雀まつり』が開催されます。岩手県は言うまでもなく、
M主党、それも小沢イチロウの勢力が強い地域であることは知ってますよね」

「はい、十分に」

 小沢イチロウは政界でも剛腕と呼ばれる政治家で、元々J民党の幹事長まで
勤めた実力者でもある。

 J民党を飛び出した後は、色々な政党を作っては壊していた。


 徐々に影響力が失われ始めてかと思われた数年前、M主党に合流した小沢は、
M主党代表に就任するとその勢力を再び盛り返し、M主党の総選挙勝利に大きく
貢献する。


 しかし小沢自身は秘書の逮捕など、政治資金をめぐるスキャンダルで総選挙前に
代表を辞任。

 現在は党の幹事長として、M主党内の反小沢派と水面下での権力抗争を
繰り返しているという。
292 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/06(火) 20:09:47.48 ID:0vaxvIBco

「実はこんどの『いわて麻雀まつり』で、その小沢幹事長が久々に表に出てくると
発表されえました」

 そう言って、石破は一枚の紙を見せる。

 それは「いわて麻雀まつり」の宣伝用のチラシ。チラシの隅を見ると太い字で、

「 小 沢 幹 事 長 も 参 加 」と書かれている。

 まるでアイドルか何かの扱いだ。

「小沢は表舞台に出ることが滅多にありません。これはチャンスです」

「それで、自分は何をすれば」

「言うまでもなく、小沢は岩手県では神のごとく扱われています。そこで、シンジロー議員。
キミにはいわて麻雀まつりで政治麻雀をやっていただきたい」

「岩手で、ですか?」

「はい。小沢王国と呼ばれる岩手で彼を討ち取ることができれば、小沢にとって大きな
ダメージになることは避けられません」

「……」

「しかも県民の多くが集まる祭り。小沢も今までのように逃げ回るということはしない
でしょう。これは大きなチャンスです」

「はい」

「すでに祭りの関係者とは話をつけています。シンジロー議員、行ってもらえますね」

「……」

 小沢は確かにJ民党にとっては敵。

 しかし一方で、M主党内にも敵が多い。
293 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/06(火) 20:10:33.71 ID:0vaxvIBco

 今回の政治麻雀が成立した背景には、M主党内にいる反小沢派と、
何らかの話をつけた可能性が考えられる。

 それは別に僕が考えることではないのだけれど、またどうも他党の権力抗争に
利用されているようであまりいい気分ではない。

「安心しなさい。今回の政治麻雀では、秘書の参加も認められます」

「え?」

 別にそこは心配していなかったのだが。

「ルールは三人参加の団体戦で、先鋒、中堅、大将で参加するんです」

「はあ……」

「大将はキミがやるとして、中堅と先鋒は秘書をあてることもできます」

「なるほど」

「行ってくれますね」

「……わかりました」
   



   *
294 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/06(火) 20:11:24.69 ID:0vaxvIBco




 東京から盛岡までは、東北新幹線でだいたい二時間半から三時間くらいで到着する。

 午前中に出発すれば昼前には現地に到着できるはずだ。

「照、遅れるぞ」

「ちょっと待ってくれ」

 駅構内の売店でお菓子や弁当を購入した照と合流して、僕たちは新幹線に乗った。

 土日ということで人も多い。

 この人たちも岩手の祭りい行くのだろうか。

 そんなことを思いながら新幹線の席を探していると、見覚えのある人物と遭遇した。

「やあ、シンジロー」

「お兄?」

 見間違えることはない。

 僕の兄、小泉コータローだ。

「あたしもいるよー。弟くん」

 そして兄の隣りには和服姿の小柄な女性がいた。

 この人はテレビで何度か見たことがある。

 確か、

「ああ、シンジローは初対面だったかな。この人は麻雀プロの三尋木咏さん」

「やっほー」

「は、はじめまして」
295 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/06(火) 20:12:26.40 ID:0vaxvIBco

「弟くんの試合は何度か見たことがあるからね。あんま初めてって気はしないなあ」

「そうなんですか。僕も、三尋木プロはテレビで拝見しているので」

「あはは。そうなんだ」

「とういうか、何でお兄は三尋木さんと一緒にいるの? デート?」

「ななななな、何を言ってんのかな!?」

 三尋木咏はそう言って顔を赤らめる。

 しかし、

「ハハハ、違うよ」

 兄は笑顔でそれを否定した。

「……」

「実は盛岡で行われる『いわて麻雀まつり』に僕らがゲスト出演するんだ」

「え? そうなの」

「そう。(三尋木)咏さんはプロ代表として。僕はタレント代表としてね。まあ、ほかにも
全国からプロが来るんだけどさ」

「へえ、そうなんだ」

「そういうシンジローは」

「党の出張で、その麻雀まつりに」

「なるほど。仕事か。お互い大変だね」

「そうだね」
296 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/06(火) 20:14:04.60 ID:0vaxvIBco

 そんな話をしていると、

「おーい、シンジロー。何をしている」

「シンジロー様?」

 別の席に座っている照と小蒔が呼んできた。

「じゃ、そろそろ出発だし」

「そうだね」

「……」

 ふと窓際の席に目をやると、三尋木咏が不機嫌そうに窓の外を眺めていた。

「どうしました? 咏さん」

「別に。わっかんねー」

「え? 何かありました?」

 兄は戸惑っているようだ。

 女心がわからない兄を見ながら、三尋木プロのことが少しだけ可哀想だと思った。

 そう思いながら僕は自分の席に行くと、窓際に座っていた照が不意に声を出す。

「お兄様もあなたにだけは言われたくないと思っていそうだな。シンジロー」

「え? 何のこと?」

「わからん。でも何となくそう感じた」

「……??」

「シンジロー様。お茶、いかがですか」

 そう言って小蒔はいつもの魔法瓶を取り出す。

「うん、いただこう」

 そんなこんなで、僕たちは岩手県へと向かった。




   *
297 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/06(火) 20:14:59.28 ID:0vaxvIBco



 盛岡駅――

「前にきたときは、あんまり人がいなかったけど、今日は賑やかだねえ」

 観光客で賑わう駅舎の中をながめながら三尋木咏は言った。

「そりゃあ、今日はいわて麻雀まつりの日ですからね。三尋木さんたちも参加するんでしょう?」
と、僕が聞くと、

「当たり前だよ。去年はアラフォーとかつ丼がゲストできたらしいけど、今年はあたしだよ」

 アラフォーとかつ丼、一体誰のことだろう。

「……そうなんですか」

 そんな咏に対し兄は、

「咏さん、大丈夫ですか? 迷子になりませんか?」

 何を言ってんだこの人は。

「なるわけなだろ。あたしはこう見て二十歳越えてんだよ。子どもじゃあるまいし」

「申し訳ない。ウチの秘書たちはもうすぐ二十歳なんですけど、未だに迷子になります」

 僕がそう言うと、後ろの秘書二人(照と小蒔)が抗議した。

「失敬なシンジロー」

「そうですよ。今年はまだ三回しか迷子になってませんもの!」

 どうやら僕の知らないうちに、二回ほど迷子になっていたようだ。

 そんなことを考えていると、

「あ、あの……」
298 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/06(火) 20:15:44.93 ID:0vaxvIBco

 不意にか細い女性の声が聞こえた。

 誰かと思って声のした方向を見ると、

「ぬわ!」

 思わず声を出してしまう。

「ひっ、ごめんなさい」

「あ、いや。こっちこそごめん」

 僕の視線の先には、明らかに二メートル近い長身の女性が立っていたのだ。

 黒い服をきているから余計に迫力がある。

「小泉シンジロー議員ですか」

「そ、どうですけど」

「やっぱり。テレビで見るよりカッコイイよー」

「ど、どうも」

 この大きい人は一体何者だろうか。

「あら、あなたは」

 ふと、小蒔がその長身の女性を見て言った。

「やっぱり小蒔ちゃんだね。久しぶりだよー」

 長身の女性は体を曲げて小蒔の両手を握る。

「お久しぶりです。元気にしてました?」

「うん、元気だったよー。また会えてちょーうれしいよー」

「……小蒔」
299 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/06(火) 20:16:24.14 ID:0vaxvIBco

「はい、どうしました? シンジロー様」

「知り合い?」

「ええ、そうです。この方は、一昨年岩手県代表でインターハイに出場した、
宮守高校の姉帯豊音さんです」

「インターハイってことは、この人も麻雀を」

「そうだよー。やってたよー。あ、宮永照さんもいるー」

 どうやら照のことも知っているようだ。というか、麻雀女子なら大抵は知っているだろう。

「お、おう……」

 予想外のアプローチに照は戸惑っている。

 姉帯豊音を見上げながら、麻雀よりはバレーやバスケをやったほうがいいんじゃないかと、
一瞬思ったけれどなんだか心が純情そうだったので言うのは止めた。

 しかし、

「前から思ってたけど、こんだけ大きかったらバレーとかやったほうがよかったんじゃないかねえ、
しらんけど」

 遠慮しない女性がすぐ近くにいた。

 三尋木咏である。 

「あ、あなたは……」

 不意に豊音の目の色が変わる。

 やはり彼女にとって身長の話は地雷だったのか。

 そう思ったら、
300 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/06(火) 20:17:01.04 ID:0vaxvIBco

「やっぱり三尋木プロじゃないですかー! 私ファンなんですー」

 どうやら違ったようだ。

「なんか随分久しぶりに見たねえ、その大きな身体も」

「あの、サイン貰っていいですか?」

「構わんよ」

 豊音はいつの間にか色紙を取り出し、咏も慣れた手つきでサインを済ませた。

「こんなんでいいかな」

「ありがとうございますー。大切にしますよー」

 色紙を受け取った豊音は大きな手で三尋木咏と握手をした。
 
「咏さん、岩手めんこいテレビの人が来てるよ」

 そんな咏を、兄のコータローが呼ぶ。まるでマネージャーのようだ。彼もタレントなのに。

「ああ。わかったわかった。じゃあね弟くん。それに秘書の皆も。お祭り会場で会おう」

「お疲れです」

 こうして、僕は兄と三尋木咏の二人と別れ、会場に向かうことになった。

「そうなんだー。今政治家の秘書をやってるんだー。ちょうすごいよー」

 振り返ると、小蒔はまだ姉帯豊音と話をしていた。

 高校時代の知り合いと久しぶりに会ったら、色々話したいこともあるだろう。

 でも、

「あの、そろそろ行かないと」
301 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/06(火) 20:17:41.24 ID:0vaxvIBco

 再会を喜ぶ二人の間を引き裂くのは心苦しいけど、こちらも仕事がある。

「ああ、すいません。お邪魔しちゃって」

 大きな身体を縮こませて、まるで小動物のように謝る豊音。

「大丈夫だ、別に問題ない」

「お前が言うな照」

 僕は照の頬を引っ張る。

「フギギギ」

「ごめんね姉帯さん。僕らも行かないといけないから」

「行くって、どこへですか?」

「いわて麻雀まつり」

「え?」

 その言葉に豊音は驚く。
 
「どうしたの」

「実は私も麻雀まつりに行くんですよー」

「遊びに?」

「いえ、ちょっとしたアルバイトなんですけど」

「ああ、そうなの」

「シンジロー様」

 僕たちの会話を聞いていた小蒔が袖を引っ張る。

「どうした?」
302 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/06(火) 20:18:39.40 ID:0vaxvIBco

「どうせですから、豊音さんと一緒に会場へ行きませんか?」

「ん?」

「……ダメですか?」

 小蒔の上目遣いは時々反則だと思う。

「別に構わないよ」

 あえて言うけど、別に上目遣いに心を動かされたわけではない。

「照もいいか?」

 一応、もう一人の同行者にも確認を取ってみた。

「別に構わない」

「とういうことで、姉帯さん。もしよかったら一緒に」

「いいんですかー?」

「まあ、小蒔や照とも話がしたいだろうし」

「ありがとうございます小泉議員。顔だけじゃなくて性格もイケメンなんですねえ」

 そう言って豊音は僕の手を握る。

「あ、ありがとう」

「豊音、シンジローはやらんぞ」

 いつのまにか照が割って入った。

 なんでこういう時だけ行動が素早いんだ。

「そんなつもりはないよー。照さんのイジワルー」

「シンジローも他の女にデレデレするな」

「してないから」

 ということで、僕たちは駅前からタクシーに乗っていわて麻雀まつりの会場へと
向かった。




   *
303 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/06(火) 20:19:51.14 ID:0vaxvIBco


 タクシーでは、真っ先に照が助手席に乗ったため、豊音、僕、そして小蒔の順番で
後部座席へと詰め込まれた。

 豊音の服からは、照や小蒔とはまた違ったいい匂いがしていた。

 全員が乗り込むと、運転手が話しかける。

「おきゃくさどごへいぐだ」

「!?」

 運転手が何を言っているのかちょっと聞き取れない。

「いわて麻雀まつりの会場さいっでくれろ」

 すかさず豊音が言った。

「わかりまずだ」

 鼻が詰まっているのだろうか。

「ごめんなさい小泉議員。私身体大きいから狭いでしょう」

 苦笑しながら豊音は言う。

「ああいや、大丈夫」

 僕がそう言うと、すかさず隣りの小蒔が、

「シンジロー様。もっと小蒔のほうに寄ってもよろしいですよ」

「あ、ああ。ありがとう」

 小蒔の気遣いは嬉しいけど、やりすぎると照の機嫌がわるくなるので困りものだ。

「小蒔ちゃんも小泉議員のところで働いてるんだねー」

「はい。私の身も心もシンジロー様のものです」
304 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/06(火) 20:20:50.38 ID:0vaxvIBco

「変な言い方しないでよ、頼むから」

「いいねえ。私もそんなところで働きたいなー」

「姉帯さんはどこで働いてるの? それとも大学?」

 ふと気になったので僕は聞いてみた。

「大学には行ってませんよー。今はしがないアルバイト生活ー」

「プロに行くとかは?」

「プロは厳しいからねー。実力も全然だし。仮に実力があったとしても、
あの環境でやり続けるのは大変だよー」

「ああ、やっぱりプロは大変なんだ」

「そうだねー」

 野球もそうだが、プロの環境は高校や大学の比ではない。厳しい競争を勝ち抜いて、
ライバルを蹴落として戦い続けなければならない。

 そんな環境は、見るからに優しそうな姉帯さんには向いていないのかもしれない。

 そう考えると、そのプロの環境で何年もトップクラスの成績を維持している、
あの三尋木咏は凄い人なんだと改めて思う。

(イエイ、弟くん。私の凄さ思い知ったか)

 なぜか頭の中で三尋木咏が得意気な顔をしているシーンが思い浮かんだ。

「今はアルバイトやってるんだっけ」

「そうなんですよー」

「どんなバイト?」

「知り合いの事務所のお手伝いなんですけど、コピーをとったりお茶を入れたりしてるんです」
305 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/06(火) 20:22:15.57 ID:0vaxvIBco

「なるほどね。でも、ずっとアルバイトってわけにもいかないし何か仕事を見つけないとね」

「そうですねえ。頑張らないと。不況は辛いよー」

 そんな話をしていると、助手席の照が言った。

「安心しろ豊音。そこにいるシンジローもついこの間までフリーターをやっていた」

「そう言うお前もだろう」

「アハハ、皆仲いいんだねえー」

 何だか、恥ずかしいところを見られてしまった。

「そういえば小泉議員も麻雀するんですねー」

「まあ、政治麻雀だけどね」

「麻雀、好きですか?」

「え……?」

 何でそんなことを聞くんだろう。

 僕は隣の小蒔の顔を見る。

「ん?」

 彼女は僕の視線の意味が分からず、首をかしげる。

「……」

 目線を前に向けると、助手席の照がバックミラー越しにこちらを見ていた。

「……正直言うと、昔はそんなに好きじゃなかった」

「そうなんですか?」
306 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/06(火) 20:23:30.95 ID:0vaxvIBco

「ああ。家族は皆強かったし、負けてばっかりだったから」

「……」

「でも今は好きだよ」

「強くなったから、ですか?」

「いや、強くなったっていうのも少しはあるけど。そうじゃなくて」

「じゃあ……なぜですか?」

「麻雀をやって、色々な出会いがあって。大切な人とも出会えたから」

 何を言ってるんだ僕は。

 少し照れくさくなったので、顔を下に向けてしまう。

 でも彼女は、姉帯豊音は僕の発言をバカにするような子ではなかった。

「そーなんだー。小泉議員も、私と同じなんですねー」

「同じ?」

「そうだよー。私も麻雀をやって、大切な友達ができて、ちょーうれしかったよー」

「そうか」

「小泉議員、お願いがあるんですけど」

「なに?」

「下の名前で呼んでもいいですか?」

「下? 別に構わないよ」

「ありがとうございます。あの……」

「ん?」

「シンジローさん」

「どういたしまして」

「私のことも、下の名前で呼んでくれたら嬉しいなー」

「ああ、わかったよ。豊音ちゃん、でいいかな」

「ありがとー」
 
 そんな話をしているうちに、タクシーは会場付近へと到着した。



   *
307 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/06(火) 20:24:06.76 ID:0vaxvIBco




 いわて麻雀まつりの会場は多くの人や車でごった返している。

「いやあ、凄いなあ」

「数年前まではここまで盛大じゃなかったんだけどねー」豊音は言った。

 よく見ると出店も多数出ている。さすが祭り。

「シンジロー、焼きそばがいいな」

「後で買ってあげるから、ちょっと待ってて」

「それじゃあ、私はアルバイトがあるから、ここでお別れだねー」

「あ、うん。頑張ってね」

「シンジローさんも仕事頑張ってください」

「ありがとう。ちょー頑張るよー」

 僕との挨拶を終えた豊音は、照と小蒔にも別れを告げる。

「また岩手にきたときは連絡してほしいよー」

 二人の手を握りながら豊音は言った。ちょっと涙声だ。

「そうですね。また会いましょう」

「達者でな」
 
「バイバイだよー」

「……」

「……」

「……」
308 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/06(火) 20:24:47.69 ID:0vaxvIBco

 行ったか。

 なんというか、不思議な生き物だった。

 彼女と一緒にいると、心が温かくなったような気がする。

 きっとそれは彼女の心がキレイだからだろう。

 ああいう子を見ていると、政治の世界に戻るのが少し嫌になってくる。

 しかし、誰かが泥をかぶらなきゃならないんだ。

 ……僕が被るしかないか。






    *





「小泉議員、よくいらっしゃいました」

 イヴェントスタッフが僕らを出迎える。

 控室はいくつか用意されているけれど、スケジュール的にゆっくりしている
時間はなさそうだが。

「小泉議員入りましたー」

「はいー」
309 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/06(火) 20:25:42.37 ID:0vaxvIBco

 スタッフ証を首からぶら下げたスタッフたちに案内され、僕たち三人は控室用の
テントに案内される。

「どうもお疲れ様です小泉議員と、秘書のお二人。私は大会スタッフの浦部といいます」

「どうも」

「早速ですが、今回の麻雀の説明をさせていただきます。事前に聞いとると思いますけど、
小泉議員には今回のイヴェントのメインの試合に出ていただきますんで」

「はあ……」

 大会スタッフの説明をまとめると、以下の通りになる。

 今回僕が参加する試合は団体戦。


 ・三人一組のチームが四チーム参加。

 ・チームの代表が先鋒、中堅、大将とにわかれて順に試合をする。

 ・各チーム持ち点は10万点で、最終的に一番点棒を持っているチームが勝利。

 ・先鋒、及び中堅の持ち点は次に持ち越される。

 ・トビなし(ただし、ペナルティあり)、ダブロン、ダブル役満あり。
  その他のルールは、岩手県特別規則に準じる。


「なんだか、インターハイを思い出しますね」

 そう言ったのは小蒔だ。

「ルール的には近いかもな」

 基本的なルールの書かれた紙を見ながら照は言った。

「大将はシンジロー様が固定として、先鋒と中堅はどうしましょう」
310 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/06(火) 20:26:28.84 ID:0vaxvIBco

「私は別にどちらでもいいが」

「じゃあインターハイの時のように、先鋒にしますか?」と、小蒔。

「それでもいいか」

「最初が肝心ですからね。一発ガツンとやっちゃってください」

「別に全員トバしても構わんのだろう?」

「照さん、変なフラグを立てるのはやめてください」

 照と小蒔が話し合っているのを横目に、僕は別のことを考えていた。

「どうした、シンジロー」

「ああいや。この試合に小沢イチロウが参加するんだな、と思ったらつい」

 チームの面子の名前が書かれていないけれど、おそらくこの「チームOZAWA」と
書かれたチームの大将が小沢イチロウなのだろう。

 ちなみに、他のチーム名はチーム「レッドパイン」。日本語でアカマツ。

 これは岩手県の「県木」のナンブアカマツが名前の由来であるようだ。

 もう一つのチーム名は「キリバナ」。これは、岩手県の「県花」である桐が名前の由来だろう。

 それはいいのだが、僕たちへの説明はチーム名だけで、誰が出てくるのかは
書かれていないし言われてもいない。

 小沢本人以外は謎に包まれた面子だ。

「別に誰が出てこようと関係ない」

 そう言うと照は立ち上がって右手を回転させた。

「ふむ、今日は調子がいいな」
311 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/06(火) 20:27:12.32 ID:0vaxvIBco

 彼女の右手から闘牌気が立ち上る。

「どんな相手でも私がゴッ倒す。だから、シンジローは安心して自分の闘牌をしたらいい」

 そう言うと、照はこちらに笑いかけた。

 久々の麻雀ではしゃぐ少女のようだ。

「シンジロー様。私もがんばりますよ」

 そう言ったのは小蒔である。

 普段ポンコツだからあまり気にしていなかったけれど、この子も高校時代は
全国大会常連の打ち手だったな。

 そう考えると、相手はプロでもない限り、かなり可哀想な試合になるのではないか。

 例え相手が小沢イチロウでも、今回の闘牌はかなり条件がいいのではないか。






 この時まで僕は、そんな甘い考えで試合開始を待っていた。 






   *
312 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/06(火) 20:28:03.57 ID:0vaxvIBco



数分後、スーツ姿の女性が僕らを呼んだ。

「チーム小泉の皆さん。申し訳ありませんが、先鋒と中堅のかたは、先に出てもらえますか?」

「あなたは確か」

 関係者のようだが、先ほどのスタッフとは身なりも雰囲気も違う。

「あ、どうもご無沙汰してます。衆院議員の三宅ユキコです」

「いや、知ってますけど。三宅先生がなぜ」

「今日は小沢先生も出場なさるのですよ。だから小沢ガールズの私も参加しなくては」

「そうなんですか」

 どうでもいいがその年でガールズはないだろう。

「どうでもいいけど、その年でガールズはないだろう」

「こら、照! メッ!」

 この子は時々僕の思考を読んでるんじゃないかと思う時がある。

「アハハ。大丈夫ですよ。慣れてますけど」

 乾いた笑いだった。

 全然心の底から笑顔を見せているようには思えない。

「でもどうして案内をあなたに? ほかのスタッフや秘書にやらせれば」

「J民党のエースである小泉シンジロー代議士の秘書に、失礼なことはできないという、
小沢の指示ですので」

「そうですか。でもまだ時間、ありますよね」
313 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/06(火) 20:28:48.07 ID:0vaxvIBco

「試合の様子はテレビ中継されるんですよ。試合前のメイクや衣装合わせなども
ありますし」

「ああ」

 そういえば、小蒔も照も化粧や服装については未だに無頓着だった気がする。

 もうすぐ成人だというのに。

「さあ、宮永照さんと神代小蒔さんでしたね。先にこちらへどうぞ」

「……」

「行ってこい」

 僕は言った。

 ここ最近は国会審議や委員会の会合で、あまり一緒にいられる時間がない。

 それで彼女が寂しがっていることは知っているけれど、だからといって以前のように
四六時中一緒にいるわけにはいかないのだ。

 これからもっと離れている時間が長くなる。

「僕も後から行くよ」

「わかった」

「ではシンジロー様。お先に」

 小蒔もそう言って一礼した。

 彼女たちが出て行ったあと、控室は急に静かになった。

 テントの外は相変わらず騒がしい。

「……暇だな」
314 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/06(火) 20:30:49.32 ID:0vaxvIBco

 本でも読もうかと思ったけれど、試合前にそんな気分にはなれない。

「うーん」

 しばらく考えていると、携帯電話にメールが入っていた。

「お兄からだ」

 僕の兄、小泉コータローからのメール。

 そこには、番組の収録が終わったので少し会わないか、というものであった。

 兄にしては珍しい呼びかけ。

 時間にもまだ余裕があるし、話をするくらいならいいだろう。

 僕はそう思い立ち上がる。

 そして近くにいたスタッフに少し話をしてから、兄のいる祭りの会場までの一角へと
向かった。





   *
315 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/06(火) 20:31:21.32 ID:0vaxvIBco



「こっちは試合会場とは違うようだが」

 三宅ユキコの案内で会場の裏手を歩く照と小蒔。

 しかし、彼女は人気の少ないところへどんどんと歩いていく。

「あの、三宅さん?」

 と、小蒔が聞くと三宅は立ち止まった。

「申し訳ありませんけどお二人。このまま試合会場に行かせるわけにはいきません」

「!?」

 不意に、スーツ姿の男が数人彼女たちを囲んだ。

「どういうことだ」

 照は叫ぶ。

「残念ですけど、あなた方が出場されると勝負になりませんからね。ウチの先生が確実に
シンジロー議員を倒すため、試合終了までおとなしくしてくださいませんか」

「ふざけたことを」

 照は拳を握る。

「照さん」

 小蒔は不安そうに寄り添った。

 それはそうだ。

 こんなむさ苦しい男たちに囲まれて不安にならないほうがおかしい。

「どけ、私たちは行く」

「ダメだと言ったら?」
316 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/06(火) 20:32:05.01 ID:0vaxvIBco

「強引に進むまで」

「あ、ダメです照さん!」

 宮永照が周りの男たちを押しのけて強引に前へ進もうとすると、 

「きゃあっ」

「え?」

 すぐ近くにいた三宅ユキコが吹き飛び、地面に倒れ込んだ。

「大丈夫ですか!」

 周囲の男たちの何人かが三宅を抱き起す。

「ひっどーい」

「……」

 しまった、と思ったが後の祭りだ。

「宮永照さんと、神代小蒔さんですね」

「え?」

 また別の男二人が声をかけてきた。有無を言わせぬ威圧感は、堅気の人間ではない。

「自分らは岩手県警の者です」

 中年男の一人がそう言って警察手帳を見せる。

「いや、これは……」

「傷害の容疑で事情を聞きたい。ご同行願いますよ」

「……!」

「照さん……」





   つづく
317 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/06(火) 20:33:06.19 ID:0vaxvIBco

 【次回予告】


 宮永照と神代小蒔が警察に連れて行かれたことによって窮地に立たされる小泉シンジローと
チーム小泉。

 二人のメンバーを欠いた状況で苦しんでいるところに、彼の兄、コータローが現れた。

 そしてもう一人、九州は福岡県から不屈の精神を持ったあの女性秘書が参戦。

 新たな助っ人の登場で団体戦に挑むシンジロー。

 自分たち以外の三チームがすべて敵という絶望的な状況の中で、勝利は得られるのか。


 次回、ムダヅモ無き闘い side‐S

 第十話 「鋼鉄の心」



 見てください。
318 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/06(火) 20:33:50.84 ID:0vaxvIBco
R4と言えば泡水着。

熱湯コマーシャル麻雀も悪くないかな。ではまた次回。
319 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/11/06(火) 20:38:53.82 ID:lI4WYLnOo
おっつおっつ
とよねぇもハーレム入り秒読みだね(ゲス顏)
320 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/11/06(火) 20:57:08.39 ID:u7FeqIwmo
乙乙
小泉家の男は女泣かせだなあ…
321 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/11/06(火) 21:44:07.95 ID:k5tIlQ+l0
ついに雷電ポジすら奪われたテル
テルがまた麻雀を打つ日は来るのか
322 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) :2012/11/06(火) 21:49:20.88 ID:Ffd7BC8lo
てるてるが京太郎ポジにおさまるとは……
323 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2012/11/06(火) 21:52:51.27 ID:T3999efBo
スペランカー三宅を相手に押し通ろうとする方が悪い(暴論)
324 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/11/06(火) 22:31:53.62 ID:CsIk6bcIO
BBAだから骨が弱かったんだろうな……おっと誰か来たようd
325 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [sage]:2012/11/06(火) 23:46:52.19 ID:E038ENz4o
照フーゴ化フラグ
326 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/07(水) 20:00:36.12 ID:grZfz1wyo
やめるのですボクたち!

出番云々については宮永本人も実は気にしてます。
327 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/07(水) 20:02:55.87 ID:grZfz1wyo


   第十話 鋼鉄の心


 祭りの会場は多くの人たちでごった返していた。

 そんな中、僕は兄のコータローと合流する。

「お兄」

「こっちだ、シンジロー」

 兄は僕より背が高いけれど、あんまり芸能人っぽいオーラが出ていないので
人混みではわかりにくい。

「ったく、人が多いのは苦手だねえ」

「え?」

 よく見ると、兄のすぐ隣には小柄な和服の女性、三尋木咏が立っていた。

「三尋木さん。一緒にいたの?」

「咏さんとは収録同じだったから」と、兄は言った。

「そうなんだ」

「ねえこうちゃん。もうちょっと向こう行こうよ。こっちは人が多くてかなわないから」

「そうですね」

 三尋木咏の提案で、僕らは少し人通りの少ない場所に移動した。

 ここからなら、祭りの全体がよく見える。

 しかしこんなにたくさんの人が麻雀のイヴェントに参加しているとは。岩手県の
麻雀人気は神奈川よりもはるかに高いかもしれない。

「ところでシンジローは試合に出るんだろう?」

「ああ、うん。あと一時間くらいだけど」

 午後三時から行われる岩手杯(カップ)はこの祭りのメインイヴェントの一つ。

 しかも、岩手県では「国王」とまでいわれている小沢イチロウも出場すると
いうことで、注目度は例年よりも段違いに高い。
328 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/07(水) 20:03:27.31 ID:grZfz1wyo

「こんなところでグズグズしててもいいのかい?」

「お兄が呼んだんじゃないか」

「はは。その様子だと緊張してないみたいだな」

「緊張はしてるよ。いつも」

「ねえこうちゃん」

 咏が兄の着ているジャケットの袖を引っ張る。

「なんですか?」

「なんかお腹減らね? せっかく出店もあるんだし、何か買おうよ」

「そうっすねえ。焼きそばとかですか」

「せっかく盛岡まで来たんだから、岩手県ならではのものを食べたほうがよくね? 
しらんけど」

「岩手県ならではって、なんだろう。なあシンジロー。何か思いつくか?」

「うーん、わんこそば?」

「出店で食うもんじゃないだろう。あ、でも向こうでやってたな。わんこそば」

「凄く混んでますよ」すかさず兄は言った。

「うーん、じゃあいいや。他に何があるかなー。わっかんねー、全然わかんねー」

 三尋木咏がそんな風にさわいでいると、帽子を被った運営スタッフの一人が
息を切らせてこちらにやってきた。

「?」

 その表情から、ただごとではないことはすぐにわかる。
329 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/07(水) 20:04:06.11 ID:grZfz1wyo

「小泉議員、小泉議員!」

「え? 僕ですか」

 僕が返事をすると、僕の目の前で立ち止まり、少しだけ息をととのえた。

「あん?」

 ただならぬ雰囲気を兄や咏も感じたらしい。

「どうしました」

「こ、小泉先生。大変です」

「何があったんです」

「今日、祭りの試合にでられるあなたの秘書がいたじゃないですか」

「はい、あいつらが何か」

「その二人が、警察に連れて行かれました」

「えええ!?」

 予想外の情報に、一瞬息が止まってしまった。




   *
330 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/07(水) 20:04:42.63 ID:grZfz1wyo



 プレハブで作られた「いわて麻雀まつり」実行委員本部。

 その中で僕は大会主催者の一人に詰め寄る。

「どういうことなんですか! 照、じゃなくて宮永と神代が捕まるなんて。
何かの間違いですよ!」

「いや、私も詳しく聞いたわけじゃないんですけど……」

 気の弱そうな、頭髪の薄い鈴木という中年が声を震わせながら答える。

「落ち着けシンジロー」

 そう言って兄が僕の肩を抑えた。

 僕の秘書、宮永照と神代小蒔は傷害容疑で警察に任意同行を求められ、
現在警察の車両で岩手県警の警察署に連れて行かれているという。

「傷害って、そんなバカな。確かにあいつらは少し抜けたところがあるけど、
人を傷つけるようなことはしない」

「わかってる、わかってるさ。俺だって信じない」

「あの、小泉議員」

 申し訳なさそうに、鈴木は声をかけてくる。

「なんですか」

「いや、試合の参加者である宮永さんと神代さんがいらっしゃらないと
いうことは、今日の試合は……」

「……!」

 照と小蒔が警察に連れて行かれた。

 本来なら試合どころではないはずだ。
331 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/07(水) 20:06:06.63 ID:grZfz1wyo

 一刻もはやく警察署に行って、あいつらを救い出してやりたい。

 だが今回のいわて麻雀まつりへの参加は僕の一存ではなく、党からの正式な指示がある。

 しかも、滅多に人前に出てこない小沢イチロウとの直接対決のチャンス。

 目の前の勝負から逃げるわけにはいかない。

「試合には、出ますよ。当然です」

 僕は言った。

 迷いがない、と言えばウソになるけど、目の前の仕事を私情で流すわけにはいかない。

 しかし主催者側は、

「ですけど、先鋒と中堅のお二人がいないようですが、どうするのでしょう」

「それは……」

「それなら俺が出るよ」

「お兄?」

 僕の兄、小泉コータローが一歩前に出た。

「でも、お兄」

「ちょうど腕が鈍っていたところだしね。いいだろう?」

「ありがとう。でもあともう一人は」

「だったらあたしが出るよ。弟くん」

 そう言ったのは兄のすぐ隣にいた三尋木咏だ。

「三尋木さん」
332 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/07(水) 20:07:12.91 ID:grZfz1wyo

「ふふん。自慢じゃないけど、攻撃力なら宮永テルりんにも負けないよ。
こう見えてプロだしね」

 確かに、三尋木咏ならば照の代役としてはうってつけだ。

 むしろ照よりも強いかもしれない。

 だが話がそんなに上手く行くはずもなかった。

「ちょちょちょ、待ってください」

 主催者側の鈴木が口を挟む。

「なんだよ、人がせっかく乗り気になってきたっていうのに」

 咏は露骨に嫌な顔をした。

「祭りの試合とはいえ、これは正式な政治麻雀なんです。法律によってプロの参加は
認められません」

 確かに、国会麻雀法にも政治麻雀におけるプロの参加は禁止されている。

 ちなみに、プロの定義では公式のプロリーグに参加している雀士、もしくは麻雀収入が
年間一定限度超えている人のことを言う。

 もしこの規定を破れば、五年以下の懲役になる。

「一応、今回の大会規定では代表者の関係者の代役は認められていますけど」

「なら俺は大丈夫だね。シンジローの兄だから」

「……はあ。小泉さんはアマチュアなので、問題はないと思います」

 しかしメンバーがあと一人足りない。



「――政治家の秘書ならば、参加できますよね」


「ん?」
333 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/07(水) 20:08:16.09 ID:grZfz1wyo

 不意に入口のほうから声がした。

 聞き覚えのある特徴的な声。そしてクワガタのような奇妙な髪型。

「あなたは――」

「お久しぶり、小泉議員。私は、福岡県にある麻生タロー事務所で秘書をやっております。
花田煌と申します」

「はあ……」

 鈴木はいきなり知らない人の登場にあっけにとられているようだ。

「私、J民党の議員秘書ですし、小泉議員とも面識がございますので、
代役でも問題ないですね」

「え、はい。問題は、ないと思います」

「すばらっ。では早速、準備にかかりましょう」




   *
334 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/07(水) 20:09:08.82 ID:grZfz1wyo


 選手控えのテント内。

 テントの前に見張りを立たせて、僕らは作戦会議をすることにした。

「花田さん」

「そんな他人行儀な、煌と呼んでくださいな」

「じゃあ煌さん。どうしてここに」

「ここはあの小沢イチロウの本拠地ですよ。何か仕掛けてこないほうがおかしいです」

「……そうですね」

 無防備に岩手入りした自分の甘さに、今更ながら苛立ちが募る。

「悔しがるのは後になさいまし。それより、試合のことです。もあまり時間はありません」

「あ、そうだ。本当にいいの?」

「なにがですか?」

「いや、その。照たちの代役として試合に出るなんて」

「それを聞くのはむしろわたしのほうです、小泉さん」

「へ?」

「だってそうでしょう? 私は照さんや小蒔さんに比べたら格段に実力は落ちますし。
代役としては力不足であることは否めません」

「代役でなくていい」

「はい?」

「代役でなくていいって言ってるんですよ。煌さんは煌さんのままでやってください」

「と、いうと」
335 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/07(水) 20:09:47.89 ID:grZfz1wyo

「宮永照の代わりではなく、花田煌として僕に協力してもらいたい。お願いします」

「……本当に」

「煌さん?」

「本当に罪な男ですね、小泉シンジロー。すばらです」

 そう言うと、煌は一息ついた。

「この花田煌、命にかえても協力いたしましょう」

「ありがとう。でも命は大事にね」

「おーい、二人とも。俺もいるんだけどなあ」

 そう呼びかけたのは、今まで黙っていた兄、コータローだ。

「先鋒と中堅の順番があるんだけど、どうする?」

「ああそうか。最初が照で、次が小蒔だったな」

「あの、小泉さん」

 煌は軽く手を挙げた。

「ん? どうしました?」

「私が先鋒を務めてもよろしいでしょうか」

「どうして?」

「私、高校のインターハイのときも先鋒をつとめました」

「そうだったの」

「団体戦では、大抵先鋒にエースが配置されますのは、ご存知ですよね」
336 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/07(水) 20:10:49.37 ID:grZfz1wyo

「そうだね」

「恐らく今回も、そうなることでしょう。そこで私が最初に出て、先鋒の攻撃を
防ごうと思います」

「防ぐ?」

「こう見えて、防御力には自信があるんですよ。プロを相手にしても一回も
トバなかったくらいですからね」

「そうなんですか」

「ええ。ですから、“捨て駒”として相手の攻撃に耐え、後ろに回していくという
作戦ならば、私の先鋒がうってつけかと」

 最初に防御か。

「三尋木さんはどう思う?」

 僕は彼女に聞いてみた。

 選手としての参加はダメだけど、試合前のアドバイスくらいは許されるだろう。

「わっかんねー。確かに先鋒は攻撃力が強いほうがいいとは思うけど、
今はテルりんも小蒔もいないから、どっちでもいいんじゃないかなあ」

「そんな適当な」

「団体戦では攻撃力の強い奴を前に出して、そのリードを守っていくってのが
セオリーだからねえ。麻雀は野球よりも防御のほうがはるかに有利さ」

「……」
 
「でも逆転されることだってあるんだし、最後はやっぱアレだよ」

「え?」

「弟くんの好きなようにやりなよ。それでいいと思うよ」

「……わかりました」

 僕は少しだけ考える。
337 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/07(水) 20:11:51.76 ID:grZfz1wyo

 残された時間は後わずか。

 ここで結論を下さなければならない。

「煌さん」

「はい」

「先鋒、お願いします」

「心得ました。その決断、すばらです」

「中堅はお兄で」

「任せてくれ」

 僕が順番を決めた瞬間、係員の人が呼びに来た。

「出場者の皆さん、準備お願いします」

 全員が立ち上がる中、僕は先鋒の煌に声をかけた。

「煌さん」

「はい?」

「先鋒だからといって、何も気負うことはありません。どうか、自分の打ちたいように
打ってください」

「でも、それでしたら」

「僕はあなたにお任せしたんです。僕はその結果だけを受け入れます」

「……すばらっ」煌は小声でそうつぶやいた。

「あと一つ」

「はい?」

「自分のことを“捨て駒”だなんて言わないでください。僕はあなたのことを頼りにしてますから」

「……小泉さん」

「はい」

「あまり試合前に乙女心を揺り動かすような真似はしないでくださいませ」

「へ?」

「冗談です。それではいきましょう」





   *
338 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/07(水) 20:12:29.89 ID:grZfz1wyo



《皆さんお待たせしました、本日のメインイヴェント、麻雀岩手杯(カップ)の開催で
ございます》

 ウオオオオオオオ!!!

 司会のその言葉に、会場の一部が異常に盛り上がる。

《それでは出場チームの入場でーす》

 司会者に呼ばれ、僕たちを含む出場四チームが舞台の上に登場した。

 この日、僕ははじめて出場者の顔を見る。

「……」

 予想はしていたけれど、ここまで露骨な布陣だとは思わなかった。


・チームレッドパイン

 先鋒:山尾シオリ、中堅:田中ミエコ、大将:中村ミエコ


・チームキリバナ

 先鋒:太田カズミ、中堅:青木アイ、大将:永江タカコ


・チームOZAWA

 先鋒:福田エリコ、中堅:谷リョーコ、大将:小沢イチロウ


・チーム小泉

 先鋒:花田煌、中堅:小泉コータロー、大将:小泉シンジロー


 ちなみに、舞台の上に小沢イチロウの姿はない。
339 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/07(水) 20:13:22.29 ID:grZfz1wyo

  
「こりゃ、小沢のオンナばっかりだねえ。アハハ」

 兄が小声でそう言って苦笑する。

「静かに。聞かれたらまずいよ」

 ここは敵地だ。どこに盗聴器がしかけられているかわからない。

 それはともかく、参加者の田中ミエコ、太田カズミなどほぼ全員がいわゆる

「小沢ガールズ」と呼ばれている女性議員たちだ。

 試合に参加していない中にも、小沢に関係ある議員が多数この祭りに駆けつけている。

 それだけ見ても、この闘いは小沢による小沢のための試合であることがわかる。



 そして僕たちは、その祭りの生贄。


 でも、照だったらきっとこう言うだろう――





   *
340 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/07(水) 20:14:05.98 ID:grZfz1wyo



「関係ない。全員トバす」

「え?」

 警察車両の後部座席。

 不意に照は声を出した。

「どうされました?」

 隣に座る小蒔が聞いた。

「いや、シンジローのことが少し気になって」

「そういえば、もうすぐ試合のはじまる時間ですね」

 懐中時計を見ながら小蒔は言う。

「……そうだな」

「試合には出られそうにありませんが」

「でもシンジローならきっとやってくれるはず」

「照さん」

「シンジローはこんな汚い手を使ってくるような連中に負けるような男では、ない」

「そうですね」

 その後、警察車両は最寄りの警察署に到着し、そこで照たちは形だけの取り調べを
受けることになる。




   *
341 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/07(水) 20:15:15.63 ID:grZfz1wyo



《それでは先鋒戦、スタートです!》

 試合は特設会場で行われ、その模様は大画面で多くの人たちの目に触れる。

 しかも民放のテレビ局の中継もなされており、一部はケーブルテレビとインターネットを
通じて全世界に配信されている。

(これは責任重大ですねえ。インターハイの比じゃありません)

煌の対面に座るのはチーム小沢の福田エリコ。

 起親はチームキリバナの太田カズミである。


 東 太田カズミ(キリバナ)

 南 花田 煌 (小泉)

 西 山尾シオリ(レッドパイン)

 北 福田エリコ(OZAWA)


 卓の顔ぶれを見ながら煌は考えをめぐらす。

(面子から言って露骨ですが、卓に着いてみてあらためて思います)

「……」

(私を狙う気満々ですねえー)

 山尾からはじまった対局は静かに進んでいく。

(注意すべきはやはり、小沢イチロウ直轄の福田議員でしょうか。ほかの面子も油断なりませんけど)




   *
342 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/07(水) 20:16:41.89 ID:grZfz1wyo



 チーム小泉、選手控えテント。

 ここで僕たちはモニター越しに先鋒の花田煌を応援していた。

「動きは少ないですね」僕は言った。「花田さんも、あんまり手が進んでいないようだけど。
三尋木さんはどう思う?」

「わっかんねー。まあ、警戒はしてるんだろうね。この面子だから、彼女が集中狙いされる
ことは明白だし」

 咏は扇子をヒラヒラさせながら言う。

 確かにそうだ。

 普通の麻雀ならともかく、他三人からの狙いを避けながらの打牌ではどうしても手が遅くなる。

「でもそれって相手の思う壺ってことですよね」

 そう言ったのはコータローだ。

「確かにね。狙われているという空気をビンビンに出して相手を萎縮させるのが狙いだろうね。
普通の雀士なら、このプレッシャーの中で上手く手が作れなくなる。普通の雀士ならね」

「咏さんはそんなことない?」

「当たり前じゃん。何年プロでご飯食べてると思ってるのよ。国際試合でも積極的に狙われちゃうよ。
でもそこをかいくぐってこそ、真のエース」

「エースか……」

 彼女は簡単に言うが、誰も彼も三尋木咏や宮永照のような実力者ではない。

 この状況をどう切り抜けるか、すべては花田煌の右手にかかっていた。



   *
343 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/07(水) 20:17:23.97 ID:grZfz1wyo

 そうこうしているうちに、東一局終了。

 予想通りの流局。

 テンパイはチームOZAWAの福田エリコ一人。

 続いて東二局。

(私の親ですけど、簡単にはあがらせてもらえそうにありませんね)

 胃が痛くなるようなプレッシャーの中で、煌の親も静かに進んでいく。

 場をかき回す必要はないけれど、何か流れを変える必要がある。

「……」

 卓上では無言の打牌が続く。

 流局。

 煌の最初の親は、あっと言う間に終わった。

「ノーテン」

 煌は真っ先にそう言って牌を倒す。

「テンパイ」

「テンパイ」

「テンパイ」

(あらあー)

 かなり危ないところであった。

 三人テンパイ。

(これは銃弾の下をくぐるどころの話ではありませんねえ)
344 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/07(水) 20:18:12.80 ID:grZfz1wyo

 自衛隊の体験入隊で、低い位置に張られた鉄条網の下をくぐる訓練があったけれど、

あれは銃弾の下をくぐることをイメージした訓練だと聞いた。

(あの時、お尻を高く上げ過ぎてちょっと怪我をしたのはいい思い出です)

 などと恥ずかしい過去を主だしながら、煌は牌をばらす。

 続いて東三局、親は山尾シオリ。

(ここまで二局、福田エリコは二つともテンパイしています。でも点数はそれほど高いとはいえない。
そこで振り込んでも大したダメージにはならなかった)

「……」

 無言で牌を並べる福田の表情を見ながら煌は考えをめぐらす。

(まだ勝負に出ていないということか、それとも私が勝負に出ることを待っていると?)

「……」

(よくわかりませんが、安い挑発に乗るほど、私は軽い女じゃございませんよ」

 東三局二本場。

 配牌は悪くないが、やはり目の前の福田が気になる煌は上手く手を広げられない。





   *
345 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/07(水) 20:19:33.56 ID:grZfz1wyo

《ここで流局ううー! なんといわて今年の麻雀祭りのメイン試合は、

三局連続の流局と言う非常につまらん展開になってしまいましたあ!!》

 司会のハイテンションとは裏腹に、応援会場はしらけていた。

 野球やサッカーで言えば、全然点が入っていない状態である。

 そうなるのも無理はない。

 ただ、控室で試合の状況を見ていた僕たちは違った。

「また流れたか」

 局が終わるたびに、安堵のため息が漏れる。

 それは異常な緊張感につつまれた卓の様子を容易に想像できるからだ。

「それにしても、様子見にしちゃちょっと慎重すぎるよね。東場が終わっちゃうよ」

 いつの間にか綿飴を食べている三尋木咏が言った。

「確かに、ここまでアガリ無しでいくらなんでもおかしいですね」

 兄も言った。

「あの福田って子、またテンパイしてるよ。これで三連続だね」

「打点は高そうにないですけど」

「リーチ賭けて裏ドラ乗ったら違ったかもしれないけど、普通のピンフだしねえ」

 小沢チームの福田エリコはまたもやテンパイしていた。

 一度もアガっていないにもかかわらず、ここでトップだ。といってもわずか5500点
なので、一局あれば逆転は可能だろう。

「まだ勝負には来ていないってことですか」

「来るとすれば、次の親かな」

 東四局、親はその福田エリコ。

 ここまで我慢してきたのは、親で稼ぐためだと考えたら……。




   *
346 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/07(水) 20:20:25.59 ID:grZfz1wyo

(福田エリコの親ですか。何とも不気味ですね。三連続テンパイっていうのもアレですけど)

 テンパイ時の配牌を見る限り、それほど高いとは言えない。

 だとすればここは親を潰すために勝負に出るのが普通。

 しかし花田煌は別の何かを感じていた。

(嫌な予感がいたします。この私の危機察知能力をなめてもらっては困りますよ)

「……」

(何かを狙ってますわね、なんでしょう。かなり高い役であることは確実ですが)

 淡々と手が進む。

 重苦しい空気は相変わらずだ。

(この捨て牌から察するに、チャンタでしょうか。打牌の仕草からも、今までと異なる打ち方で
あることは明白ですが)

 煌に選びながら牌を捨てる。

 その時だった、

「それ、ロンです」

「すばらっ!」

 山尾シオリのロン。

 予想外の場所からの攻撃に虚をつかれる煌。

「そう来ましたか」

「5200点です、あと900点」

(しかも結構痛い打点ですね。満貫にならなかったのが不幸中の幸いでしたか)




   *
347 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/07(水) 20:21:33.06 ID:grZfz1wyo


《おーとっ! 東場の最終局面で山谷議員がアガったああ!! 静かだった先鋒戦が
ついに動いたぞおお!!》

 はじめての和了に会場は活気づく。

 チーム小泉控室――

「これが狙いなのか?」兄は独り言のようにつぶやく。

「わっかんねー。福田を警戒させておいて、伏兵でやるって戦術ならもっと高い打点を狙っても
よかったんじゃないかなあ」

 今度はフランクフルトを食べながら咏は言った。

「狙いはあくまで煌さんなわけですから、わざわざ福田さんで討ちとる必要はない。でもあの小沢が
自分のチームを二位や三位に置いておくのを我慢するとは思えない」

「独裁者は一位を好むからな。そうだろう、シンジロー」

 兄はそう言って笑う。

「なんで僕に聞くのさ」

「何はともあれ、まだ後半戦(南場)が残ってるよ弟くん」と、咏。

「そうだね。ここでペースを崩さないといいんだが」




   *
348 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/07(水) 20:22:35.76 ID:grZfz1wyo



 後半戦開始――

 南一局、親は太田カズミ。

(ここは落ち着いてまいりましょう。手は悪くありません。おっと、ドラがありますね)

 煌は自分の手配を眺める。

 ドラである三萬が二つ。

(しかし、今のアガリでこちらの流れが悪くなっています。なんとか体勢を立て直す
必要があるのですが、さてさて。どうしたものか)

「……」

 打ちながら煌は配牌を整える。

(わっかんない。全然わかんない。こちらとしては、福田エリコを警戒していたのですが、
このままでは)

「ロン!」

「すばっ!?」

「親の和了、30符2900点」

 ここで太田カズミのロン。

(恐れていることが現実となりましたか。打点はそれほど高くないけれど、親の和了は
やっかいですね)

 太田カズミ、ここで収支をプラスに戻す。

(私の一人負けですか)

 無言で牌をバラしていると、

「花田煌さんと言いましたよね」
349 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/07(水) 20:23:43.08 ID:grZfz1wyo

 不意に太田が声を出す。

「そうですが何か」

「高校のころ、全国大会で多少活躍したかもわかりませんが」

「……」

「それが通用するほど政治麻雀は甘くありませんよ」

 気色の悪い笑みを浮かべながら太田は言う。

「わかっております」

 煌はそうとだけ答えた。

(高校レベルが通用しない、というのならば、なぜ宮永照を拉致したのでしょう。
まあ、彼女は高校とかそういうレベルの雀士ではございませんけど)


 花田煌、彼女の出身地は福岡県北九州市。

 鉄の街として知られたその場所で育った彼女の精神は、SHK51(高速工具鋼)
よりも硬く、そして粘り強いのだ。

 全国大会で見せた精神力の強さを見込まれ、麻生タロー事務所にスカウトされた。

(わずか一万四千点差など、物の数には入りませんですよ)

 高校三年の時、職場体験(インターン)で入った麻生タロー事務所で、彼女はいきなり
麻生の名代という大役を仰せつかって鹿児島へ飛んだ。

 そこで小泉シンジローと出会う。

 彼と会う前、麻生は言っていた。

『煌。お前ェが鹿児島で会う、小泉シンジローってやつを知ってるかあ』
350 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/07(水) 20:24:48.18 ID:grZfz1wyo

『はい、先生。小泉ジュンイチロー元首相の息子さんですよね』

『あいつぁ小泉さんよりも素質を持ってる。少々危険だがよ。お前ェも直接会って、
あいつの本質を見てこい』

『ええと、なぜ私ごときがそんな』

『お前ェには人を見る目がある、と俺は思ってる。お前ェの感覚が正しければ、
そいつは本物だろうよ』

『……わかりました』

 たかが高校生に人を見る目などあるはずもない。

 だったら、直観で判断してしまおう。

 そう思って、煌は鹿児島へ向かった。

 はじめて顔を合わす直前、いきなり額(ひたい)に点棒をくらったものの、
小泉シンジローとの面会は穏やかなものであった。

 シンジローへの第一印象は、普通。

 周りに女の子が集まるあたり、天性の人たらしであるとは思ったけれど、
父、小泉ジュンイチローほどの器があるとは思えなかった。

 そして運命の霊界麻雀。

 あの時、まさか人の命がかかっているなど、夢にも思っていなかった。

 それを承知でやらせた麻生タローとJ民党本部。

 煌が政治というものに恐怖を感じた瞬間である。

 一夜明け、三人の巫女を助けた小泉シンジローはすぐに東京へともどる。

 ほとんど話をする機会はなかったけれど、代わりに話をした彼の秘書、宮永照との
会話は今も煌の中に残っている。
351 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/07(水) 20:26:36.52 ID:grZfz1wyo

 あの、冷徹な麻雀マシーンのようだった宮永照があそこまで惚れこむ人物。

 その時はまだ照の気持ちがわからなかったけれど、

(今ならわかる気がします)

「ロン、5800」

《ここで親の太田カズミ!! 再びロンだあああ!!!》


『自分のことを“捨て駒”だなんて言わないでください。僕はあなたのことを頼りにしてますから』


(あんな恥ずかしいセリフ、素で言っているとしたら、物凄くお人好しですよ)

 牌をくずしながら、煌は思い出す。

「もう諦めたの?」

 同じく牌をくずしながら太田は言った。

「ええ、諦めたですよ」

「!?」

 煌は挑発めいた言葉にサラリと答える。


「防御に徹することを、ですけどね」



 親の連荘で迎えた東一局二本場。

 そこでアガったのは、

「ロン、子の満貫は8000点」

 福田エリコ――
352 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/07(水) 20:27:15.57 ID:grZfz1wyo

《きたああああ!! ここで福田エリコの満貫! 花田煌選手のチーム小泉!

 マイナス2万8千900てええええええん!!》

「通常の半荘ならとんでましたね」

 そう言ったのは福田だ。

「ええ、飛んでましたね」

 だが、花田煌は表情を崩さない。




   *




 チーム小泉控室――

「おい、大丈夫かよこれ。やられっぱなしじゃないか」

 不安そうに兄は言う。

「ここまで小沢陣営の思惑通りってとこかなあ。わかんねえけど」

 盛岡じゃじゃ麺を食べながら咏は言った。

「……」

 僕はモニターをじっと見つめる。

「なあ、シンジロー。なんとかしたほうがいいんじゃないのか」

「特に作戦は、ない」

「え?」

「見てよお兄。煌さんの目は、まだ死んでない」

「……」

 一度任せたんだ、最後まであきらめるわけにはいかない。




   *
353 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/07(水) 20:28:24.27 ID:grZfz1wyo


 南二局、親は花田煌。

 現在の収支はマイナス二万点を超えている。

 取り返すならここしかないはずだが、

「ポン」

「チー!」

 相手の鳴き麻雀の上手く場をかき回される。

 そして、

「ツモ、400、800」

 福田エリコのツモ。

 煌にとっての親は簡単に流されてしまった。

「……」

 先鋒戦の負けは確実。

 ここまでプラスは一切なし。

 このまま終わってしまうのか。

「ふう」

 煌は大きく息をつく。

 南場の親を流され、逆転の望みは絶たれる。

 集中攻撃は覚悟の上とはいえ、さすがにこの失態はいただけない。

(焦りがあったことは事実ですが、ここまでやられたのは想定外でした。

 何が『防御には自信あります』、ですか。全然すばらではありませんね)
354 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/07(水) 20:29:22.80 ID:grZfz1wyo

 煌の前に牌が並ぶ。

 それを見て煌はもう一度息をついた。

(やれやれ、やっときましたか。それにしても遅いですわね。ほぼ勝ちが消えてのこの配牌)

 そして、

(私は相当麻雀の神様に嫌われているようです)

 一つ一つ手を完成させ、

(神様、私のことはいくら嫌っても構いません。ですけど)

「リーチ」

 久々のテンパイ。

(小泉シンジローさんのことだけは、嫌わないでいただきたい)

「ロン」

「!!」

「三色にピンフ、裏ドラも乗っているようで、跳満。すばら12000点」

《きたああああ! ここで花田選手! 起死回生の跳満だあああ!》

「な……、なんだと」

 福田は目を見開いて驚いている。

 他の太田や山尾も同様だ。

 トップの福田へのロンは、それだけ衝撃も大きい。

「ふん、無駄なあがきを」

(確かに、無駄あがきかもしれません)

 煌はもう一度心を落ち着ける。
355 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/07(水) 20:30:26.77 ID:grZfz1wyo

(すばら。どうにか一矢報いましたが、一矢だけではすみませんよ)

《さあオーラス、南四局。これまでトップだった福田選手が跳満直撃で三位に転落するという
展開となりましたが、ここからどうなるのでしょう》

「せいぜい這い上がってくればいいですよ」

 福田は続けて言った。

「突き落として差し上げますから」

 それに対して煌は、

「突き落とされるのは慣れてます」

 あくまで冷静に答える。

「ほざけ……!」

 南四局開始――

 親の福田は強気に攻める。

「リーチ!」

 点数はそれほど高くないけれど、連荘で煌を突き落とそうとする戦法だろう。

(確かにそれは悪くありませんね)

 煌は思う。

(ですが)

 煌の打牌。索子の七。

(おそらく、福田の街は索子の六か三)

 不思議なことだが、今の彼女には相手の待ちが手に取るようにわかった。

「ん……」

 福田の顔がゆがむ。
356 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/07(水) 20:31:20.51 ID:grZfz1wyo

(そんなに表情を動かしていたのでは、来るものも来ませんよ)

 弱者ゆえの能力か、煌にはあいてのわずかばかりの表情を読むことに慣れていた。

 今まで表情が読めなかったのは、宮永照くらいのもの。

(さて、いきましょう。最後の抵抗を)

 煌は取った牌を大きく持ち上げた。

 そのパフォーマンスに、他の三人はあっけにとられる。

「ツモッ! 4000の2000。満貫です」


 ウオオオオオ!!!!

 会場が揺れる。

 煌の最下位は確定だが、それ以上にチームOZAWAのエース、福田エリコを突き落とした
ことが大きい。


 先鋒戦終了


1位 チームレッドパイン 107200点

2位 チームキリバナ   106800点

3位 チームOZAWA   95700点

4位 チーム小泉      90300点



 
   *
357 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/07(水) 20:32:02.33 ID:grZfz1wyo


 控室に戻ってきた花田煌は、僕たちの顔を見ると力なく笑顔を見せ、そして倒れ込んだ。

「うおっ、大丈夫?」

「す、すみません……」

 僕は煌の身体を受け止める。思った以上に細くて軽かった。

 こんな身体であのプレッシャーを耐えたのかと思うと、申し訳なく思う。

「ごめんね、こんなことやらせて」

「謝るのはこっちのほうです、シンジローさん。私が自分からやるって言っておいてこのザマでしたし」

「いや、煌さんは頑張ったよ。本当に」

「おいおい二人とも、まだ終わってないだろう」

「ん?」

 振り向くと、柔軟体操をする兄、コータローの姿があった。

「お兄!」

「中堅戦、行ってくるよ」

「頼むよ。本当に」




「任せろ。兄とは常に、弟の先を行かねばならぬ」
358 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/07(水) 20:32:28.68 ID:grZfz1wyo

「何それ?」

「この前読んだ漫画に書いてあった」

「そうなの」

 花田煌を抱いたまま、僕は兄の出陣を見送る。

《さあ次は中堅戦ですが、ここで注目の選手と言えば。解説の平山さん》

《ええ、もちろんこの人。今度の参議院選挙に出馬する予定である――》

 会場は異様な雰囲気に包まれる。

 その迫力は、福田エリコの比ではない。








《谷リョーコさんでーす!!!》







 
 つづく
359 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/07(水) 20:33:43.75 ID:grZfz1wyo

 

 【次回予告】

 岩手での闘いも二試合目。

 今度の相手は、オリンピック金メダリストの谷リョーコ。

 対するはシンジローの兄、コータロー。

 弟のために頑張ることを誓うコータローだが、谷の破壊力抜群の攻撃が彼を襲う。

 柔道に続き、麻雀でも金メダルを狙うのか。


 そして、コータローの師匠(自称)の三尋木咏は、すぐ傍で彼の試合を見ながら、何を思う。

 次回、ムダヅモ無き闘い side‐S 岩手編。

 第十一話 「兄として」


 見てくだせえ。
360 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/07(水) 20:34:44.53 ID:grZfz1wyo
\ テッルリ〜ン /
361 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/11/07(水) 20:48:54.58 ID:z+Ywt3Ue0
リョーコは能力持ちっぽいな
それも結構強力なの
362 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/11/07(水) 21:08:48.42 ID:bJ6jgirpo
おっつおっつ
シンジローはいったい何人堕とせば気が済むんですかね…
363 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/11/07(水) 21:49:30.46 ID:HloJhCV8o
乙でした
谷の破壊力抜群の攻撃がやたら意味深に見えて困る
364 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/11/07(水) 22:27:56.87 ID:ifL3KP60o
なんか違和感があると思ったら
ムダヅモなのに必殺技名付いてない
365 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) [sage]:2012/11/07(水) 22:34:36.53 ID:m+ScMZSc0
>>360
アカンただでさえ影の薄いてるてるが透明化してまう
366 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2012/11/07(水) 23:01:58.42 ID:+Atr8N3Uo
次は谷が堕ちるな…(絶望)
367 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/08(木) 17:56:50.87 ID:Y3thWHrBo
                ,  -───- 、
              /: : : : : : : : : : : : : .\
         ト、   /: : ,.   -──- 、: : : : \
         ゝ V( ))/         `ヽ: : : : \
      / 〃 Y^y'´           )  `ヽ: : : :〉
      フ {{ / /    /      人    \/
     イ   ヽノノ    /   / //  ヽ     ヽ
     /  / 〃 /    /  / /     ヽ\     !
      |/   〃 {   >‐メ、    -‐ < リ ヽ  !
     ヽ     Vハ  /  ィ.:.:下      不::.ヽ }  ハ|
      )   /Vヽ \ ヒ.::::ソ     ヒ.::::ソ ノ イ
     ノ | /   ( \| ,,,,,,..    '   ..,,, /イノノ ‐‐┐    戦闘中に必殺技名を叫ぶなんて、
       |/     ) ヘ     _        r イ __    }
         /´  ̄ `ヽ >      `   . イ,. '´    〈      そんな恥ずかしいマネできるはずないじゃない!
         (       \  > = < ノノ    ,.   ノ
         ヽ``ヽ     )VTT´  ̄ ̄`L ,.  '´ -=<  __
       r── ミミヽ ,. ィ イ77´  ̄`7 //´ ̄`ヽ´ ̄ ̄`ヽノ
       }       ノ  レイ ハ ´ ̄`   l l     '.    (
       r── ミミヽ//// |       l V    }ミヽ __ ノ
          フ /  く ///レ'      `Y´     `ヽ\
        /  {   {:{          }        Y )
        \ ∧   い         ノ       ノ´
          \ \ ィ芥ゝ==== < `T´二二 Y´
           `Y {::j}j :::::::::::::::::::77:::::::::7ハ    |
            「|:::i l .:::::::::::::::::://::::::: // 「 ̄ ̄ |
              /´|:::i l ::::::::::::::::://:::::::://  {    |
            /  ノ://:::::::::::::::::{ {::::::::〈〈  i     |
          /  /:://::::::::::::::::::::| i:::::::::::ヽ\|    |
368 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/08(木) 20:06:00.00 ID:Y3thWHrBo
今回の主役は、コータロー。メインヒロインは咏さんです。
369 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/08(木) 20:06:34.39 ID:Y3thWHrBo




 第十一話 兄として


 岩手県警盛岡東警察署――

 取調室で形だけの事情聴取を終えた宮永照は、署員の案内で所内にある応接間の
一つに通された。

「あ、照さん」

 そこには一足早く、神代小蒔が待っていた。

「用件は終わっただろう。早く帰せ」

 小蒔と合流して、若干強気になった照は署員の一人にそう言う。

「申し訳ありません、上からの命令でもう少し警察署(ここ)に留め置くようにと言われまして」

「何を言っているんだ。不当な拘束だぞ」

「それはわかっております。後で謝罪でも何でもいたします」

 制服姿の署員はそう言って頭を下げる。

「……」

 この男は下っ端だ。残念ながら決定権はないだろう。

「小沢の影響か」

 ポツリ、と照は言った。

「……」 

「照さん」
370 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/08(木) 20:07:10.74 ID:Y3thWHrBo

 心配そうに小蒔は声をかける。

「岩手のもんは、小沢センセイには逆らえんですから」

 標準語だが、若干イントネーションに東北弁が混じる。

 本音に近い言葉だと、照は思った。

「テレビ、見てもいいか。確か試合の中継をしているはず」

「あ、はい。それなら問題ないと思います」

 警察による不当な拘束。

 本来なら訴訟も辞さないところだが、ここは岩手県。

 小沢イチロウの影響下にあるこの場所で普通の統治は望めないのかもしれない。

 署員が、応接間にある大き目のテレビの電源を入れると、麻雀まつりの様子が映し出された。

 そして、卓上にいたのは照が使える小泉シンジローの兄、小泉コータローの姿。

「……」

「もうはじまってますね。ああ、お兄様が出てますよ照さん」

「ああ」

 試合はすでに中堅戦に入っていた。

 点差はあまり開いていないようだが、現在のところチーム小泉は最下位。

 自分がいればこんなことにはならなかっただろう。

 そう思うと悔しくて仕方がなかった。





   *
371 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/08(木) 20:08:07.87 ID:Y3thWHrBo




《世界選手権6連覇、オリンピックでは2度の金メダル、2度の銀メダル、1度の銅メダルを
獲得した世界的柔道家が今日、このいわて麻雀まつりに参加いたしましたあ!!》


《その名は谷リョーコ! 柔道界で成し遂げた偉大なる功績は麻雀にも通用するのか!

 中堅戦は色々な意味でも注目と言えます》


 谷リョーコの登場で祭り会場も盛り上がっているようだ。

 彼女は今年、参議院選挙に出馬することをすでに表明しており、今回はその顔見世の
意味でもある。

《さて、もう一つの注目株は、本日急遽この岩手杯に出場することになった、

 タレントで俳優の小泉コータローさんでええす!!》

 顔見せを終えたコータローたちは卓につく。

 この先は孤独な闘いが待っている。

「今日初めて見たけど、なかなかのイケメンじゃない」

 そう言ったのは谷リョーコであった。

「え?」
 
「ふふ。わたし好みかも。今夜食事でもどう?」

「ちょっと谷さん」

「うるさいわね」

 隣りにいた青木アイの制止も聞かず谷は食事に誘ってきた。

 単なる気まぐれか、それとも心理戦か。

「残念ですが――」

 コータローは迷いなく答える。

「今夜はとある人物と約束があるので」

「私の誘いを無碍にできるほどの人物かしら?」

「素敵なかたですよ」

 これ以上ないくらい、さわやかな笑顔で彼は言った。




   *
372 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/08(木) 20:08:42.17 ID:Y3thWHrBo


 チーム小泉控室――

「コータローさんと約束している人って、誰でしょうね?」

 モニターをみながら煌は聞いてきた。

「え、わかんないよ。三尋木さんなら知ってるんじゃないですか?」

 そう言って僕は三尋木咏を見た。

「わっかんねー。全然わがんねぇ」

 先ほどまで物を食べていた咏は、食べるのをやめて顔を逸らしていた。

 なぜ後半の言葉が、ちょっと東北弁っぽくなっているのだろう。




   *




 東一局、起親は小泉コータロー。

 順番は以下の通り。


 東 小泉コータロー(チーム小泉)

 南 青木アイ(チームキリバナ)

 西 谷リョーコ(チームOZAWA)

 北 田中ミエコ(チームレッドパイン)


 彼にとってあまり嬉しいことではないが、コータローの対面に谷リョーコが座っている。
373 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/08(木) 20:09:18.82 ID:Y3thWHrBo

(チームOZAWAはかならず俺たちの正面に座らなければならないというきまりでも
あるのか)

 そんなことを考えつつ、コータローは最初の牌を捨てる。

 先鋒戦は、終盤こそ満貫の連続になったけれど、序盤は流局が続く重苦しいものであった。

 今回はどうなのか。

 コータローは様子を見るつもりで慎重に打つよう心がける。

「ポンッ」

 上家の青木アイが鳴いて、微妙に流れが変わる。

(どうなる?)

 先鋒戦とは明らかに違う雰囲気が漂う卓を前に、彼は三色を揃える。

 と、その時。

「ツモ、まずは挨拶代り。800、1600」

 対面の谷リョーコがツモアガリ。

(早い!?)

 圧倒的な素早さで手を完成させ、しかも親を流されてしまった。 

「なかなか素早いですね。今のは柔道の技で言うところの、出足払いってところですか」

「あら、私は足払いでも一本を取ったことがあるのよ?」

 そう言うと谷は千点棒に軽くキスをした。

(腹立つなあ……)

 普段滅多に怒らないコータローも、目が細く首の太い谷の挑発には若干くるものがあった。






   *  
374 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/08(木) 20:09:48.56 ID:Y3thWHrBo


 チーム小泉控えテント――

「くそ、いきなり谷リョーコのツモか」

 僕は思わず拳を握りしめてしまった。

「ねえ、弟くん」

「なんですか?」

 不意に三尋木咏が話しかける。

「最近、こうちゃんと打ったことある?」

「打つって、麻雀をですか?」

「当たり前さ。他になにがあるのよ」

「いや、ないですけど」

「前に打ったのは?」

「去年の、春でしたか。もうちょっと前だったかな」

「それじゃあ、わかんないよね」

「え?」

「弟くん。あなたの打ち方はこの一年で大分変わったよね」

「そうでしょうか」

「それは、お兄さんも一緒なんだよ」

「お兄が……」

「まあちょっとは意地があるのかな、あの子にも」

「意地?」

「兄としてか、それとも男としてか。ま、男の考えることなんて女のあたしにゃ
わかんねえけどな」

「……お兄の意地」





   *
375 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/08(木) 20:10:32.07 ID:Y3thWHrBo


 東二局、親はチームキリバナ、青木アイ。

「ポン!」

 谷リョーコは一局目に続き、次の局でも積極的に攻める。

 先が見えているのか、組み立ても早い。

「さあ、どう出る? 小泉さん」

 再び挑発。

 しかし、

「田中さん。それ、ロンです」

 コータローの和了。

「えーと、これは40符の2600点」

「……はい」

 コータローはロンで取った牌を谷に見せる。

「失礼しますよ」

 そう言ってニヤリと笑った。

 以前演じたドラマの登場人物をイメージしながら。

「……まだまだよ」

 そう言うと、谷は手配を崩し中央の落とし穴に流し込む。

(確かにまだまだ……)

 コータローは大きく息を吸って精神を整えた。
376 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/08(木) 20:11:24.24 ID:Y3thWHrBo

 何と言っても次の東三局の親は谷リョーコなのだ。

(あの早攻めは厄介だな)

 仮に打撃力が小さかったとしても、何度も連荘されてはコータローにとっては面倒なことになる。
だから早く和了して親を流したいところ。

(とはいえ、早アガリも結構だが大将のシンジローのために少しでも稼いでおきたい。
今まで兄らしいことは全然してやれなかったし、せめてここで助けてやれれば)

 そうこうしているうちに東三局開始。

「リーチ」

「!」

 味方であるはずの田中ミエコや青木アイですら驚くタイムリーチ。

 これは確実に連荘を狙っている。

(大丈夫、打点は大したことはないはず)

 だが、

「ツモ、三色ドラ付きで6000オール」

「……!?」

 まさかの高打点。

 直撃でないのが唯一の救いだが、これだけの打点だとツモでも十分痛い。

(これは一本背負いというよりも、巴投げってところかな)

 谷リョーコの絨毯爆撃のような攻撃に、会場は一瞬水をうったように静かになった。

 さらに攻撃は続く。
377 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/08(木) 20:12:28.11 ID:Y3thWHrBo

 親の連荘で迎えた一本場、コータローは谷の打牌を警戒して上手く手が組み立てられない。

「ロン!」

 迷っているうちに谷は青木アイを直撃。

 同じ小沢ガールズのはずだが容赦ない。まさに、邪魔するやつはたとえ味方でも排除する、
といった重戦車のような麻雀。

「60符2飜で、5800点」 


《決まったあああ! 谷リョーコ選手! ここで5800点! 中堅戦に入ってから早くも
27000点を突破。このまま突き放すのか!?

 柔道での攻撃力の高さは麻雀でも健在だああ!!》


 実況や観客席の騒ぎとは裏腹に、卓上は静かに進行していた。

(参ったな)

 コータローは自分の下家と上家の顔ぶれを見る。

 田中ミエコ、青木アイの二人はどちらも売りに出される前の家畜のような悲しげな顔をしていた。

 谷リョーコの火力の前に萎縮してしまったらしい。

(まだ東場だというのに)

 コータローは再び息を吸い、耐える。

「まだ頑張るの? 小泉さん」

「諦めが悪い家系なもので」
378 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/08(木) 20:13:01.29 ID:Y3thWHrBo

 そう言うと、コータローは次の配牌に思いを巡らせた。

 そして東三局二本場。

 谷リョーコ、三回目の親。

 何としても止めたいが。

 まだ機は来ない。

「ロンッ」

 三度親の和了。

 とどまることを知らない谷リョーコの攻め。

「親の満貫は、12000点」

 今度は田中ミエコからの打点。

 順番が一つズレていたら危なかった。


《これは強い! 谷リョーコ圧倒的だ。物凄い火力! 

 これはまさに、怒涛の火力と言っても過言ではないでしょう! 圧倒的だあ!》




   *
379 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/08(木) 20:13:37.77 ID:Y3thWHrBo


「おいおい、怒涛の火力ってなんだよ」

 実況の言葉に三尋木咏が反応する。

「本家本元の私がここにいるのに、そんなの使っていいのかね」

 モニターを見ながら咏は笑っていた。

「三尋木さん」

 口元は笑っていたけれど、目は笑っていない。

「こうちゃん。何やってんの? この程度でへこたれるような芸能人雀士に育てた覚えはないよ!」

 咏はモニターに向かって大いに叫ぶ。

「何やってるんですか三尋木さん。ここで叫んでも聞こえませんよ」

「弟くん! 気合だよ気合い。あの腑抜けな兄貴に気合いを送るんだよ!」

「ふ、腑抜けって。一応、僕の兄ですし」

「こんなところで負けたら承知しないんだから!」

「三尋木さん! 落ち着いて!」




   *
380 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/08(木) 20:14:11.83 ID:Y3thWHrBo

 

 試合会場。

「強いですね、谷さん」
 
 ふと、コータローは言った。

「今更謝っても許してあげないのよ」

 と、細い目をさらに細めた谷は言った。

 美少女に言われたらゾクリとくる言葉も、谷の口から出たと思うと吐き気がする。

「でも俺の知ってる“怒涛の火力”は、こんなもんじゃないですよ」

「は?」

「まだまだだって、言ってるんです」

「ほざけっ……!」

 東三局三本場。

 先ほど満貫を放った谷は、今回も高い打点を狙ってくる。

 完全に戦意を喪失した、田中、青木の二人のことを考えれば安い手でも十分なのだが、
彼女は妥協しない。

(そこがねらい目)

 高い手を狙って、必ず勝負に出てくる。

「リーチ!」

 12順目、ついにリーチをかける。

「こちらもリーチ」
381 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/08(木) 20:15:01.54 ID:Y3thWHrBo

 そこで狙ったようにコータローもリーチをかけた。

 直撃が出れば儲けものだが、

「……残念!」

「あら、何か?」と、谷は聞く。

「直撃をしたかったんですけど、ツモです。子の満貫は、4000、2000」

「……無駄なあがきを」

 谷の頬が引きつるのが見えた。

(乗っている時は強いが、攻められると弱いのか?)

 コータローは谷の精神の波を微妙に感じ取る。

 東四局、親は田中ミエコ。

 しかし、この卓に着いている面子はもちろんのこと、外部で見ている観客も立会人も全員、
親の田中が和了するとは考えていなかった。

 谷か小泉か。

 この二人の闘いに注目しいた。

「リーチ!」

 先に仕掛けたのはコータローのほうだ。

「ポン」

 アガリが近いと見たはすかさずコータローの順番を飛ばす。

 天性の勝負勘のなせる業だろう。しかし、それが裏目に出た。

「それ、ロンです」
382 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/08(木) 20:15:43.28 ID:Y3thWHrBo

「な……!」

「5200点」

 ついに谷が放銃した。

 もっと高い点数が欲しかったけれど、今の谷に勝つにはスピードが必要だとコータローは
判断する。

 しかも次はコータローの親。

(勝てると思って勝てるほど麻雀は甘くないけど)

 南一局。

(この牌はいける)

 コータローは自分のペースを取り戻していく。

 決して強くはないけれど、速さと正確さで相手を捉えるのが、本来の彼の打牌。

 芸能界麻雀大会を勝ち抜いた原動力だ。

「ロン! 4800点」

 青木アイの放銃。

 そして連荘。

(親であるうちに稼がしてもらう)

「ツモ! 800オール!!」

 さらに連荘。

(こんなこともあるのか)
383 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/08(木) 20:16:14.01 ID:Y3thWHrBo

 自分でも恐ろしい。

 南一局二本場。

 そろそろ高い点数が欲しいと思ったその時――

「ロン、1300点」

 谷リョーコ、青木アイの点棒を奪いコータローの親を流す。

(これはまさか)

 その時、コータローは違和感を覚える。

 谷リョーコの打ち筋に変化が見れたからだ。

 その時点で変化を感じた者は少ない。




   *
384 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/08(木) 20:16:45.27 ID:Y3thWHrBo


 チーム小泉、控えテント――

「ん!?」

 モニターを見ながら、何かが変わったと思った。

 何が変わったのかよくわからないけれど、確かに何かが変わった。

「お、気付いたかい弟くん?」

 ニヤニヤしながら三尋木咏が言った。

「三尋木さんも気付いたんですか」

「何年プロやってると思ってるんだい」

『ポン!』

 谷が鳴く。

 しかしこの鳴きは明らかに前のように早い手作りを狙った鳴きではない。

 捨て牌も読めない。

「これって」

「うん、明らかに谷リョーコの闘牌スタイルが変わったね」

「そうですね……」

「今までの闘牌が柔道で言えば背負い投げや巴投げみたいな、華麗かつ強力な立ち技を
主体としたものであるとすれば……」

 僕は彼女の言葉をつづけた。

「今の谷リョーコの闘牌は、むしろ泥臭く相手の動きを止める、寝技のような闘牌」

「その通り! やるね、弟くん」

「このままだとこの局は……」

  


 
   *
385 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/08(木) 20:17:18.64 ID:Y3thWHrBo

 流局、親流れ。

《おっとここで、はじめて。この中堅戦がはじまって初めての流局だあー!》

 確かに、先鋒戦では三連続流局なんてあったけれど、今回は序盤から派手な打ち合いで
ほとんど流れなかった。

 そして南三局。

 谷リョーコ、後半戦の親。

(いずれにせよ、こちらは負けている。攻めるしかない)

「それ、ポン」

 谷の鳴き。

 これもあまり意味があるとは思えない。

「……」

 手作りが進まない。

 全体の流れが遅くなった気がする。

 スピード麻雀が、かなりスローな麻雀になってしまった。

 ゆっくり、ゆっくり。

 なぜかわからないけれど、牌が重く感じる。

(どうなってんだこの空間は)

 上手く牌がそろわないまま、再び流局。

「ノーテン」

「テンパイ」

「テンパイ」

「ノーテン」

 親の谷がテンパイなので、そのまま連荘。
386 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/08(木) 20:18:08.99 ID:Y3thWHrBo

「……」

 コータローたちは中央の穴に牌を落とす。

「谷さん」

「何?」

「楽しいですか?」

「何がよ」

「いや、スタイルが変わったなって思って」

「ねえ小泉さん」

「はい」

「残り一分を切った試合で、こちらは技ありと有効を一つずつとっている。
相手は何も取っていない。それで攻めようと思う?」

(柔道の話か)

 柔道のルールはあまり詳しくないけれど、技ありと有効を獲得した状態が圧倒的に有利で
あることはわかる。

 ここで積極的に攻める必要はないだろう。

 勝ちはほぼ確定している。

(だからスタイルを変えた、というわけか)

「それは、勝負師としては正しい判断かもしれない」

 コータローは言った。

「そうでしょう」
387 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/08(木) 20:18:50.46 ID:Y3thWHrBo

「でも柔道家としてはどうなのでしょう」

「知ったような口を利かないで。柔道もしたことないくせに」

「柔道の経験はありませんが。麻雀の経験はありますよ」

「……」

「ウチの親はね、オーラスでトップでも役満狙うような男だったんです」

「バカなことを」

「確かにバカですよ。でもね、面白いですよ。攻めるってのは」

 南三局、二本場――

(連荘を止めようとか、親を流そうとか。そんなことはどうでもいい。とにかく、
自分の麻雀をやろう)

 コータローは腹をくくる。

(他人の作る流れに惑わされるな。俺には俺の打ち方がある。そこを見極めろ)

 大きく息を吸い、卓全体を見渡す。

(ここに、俺の必要とする牌がある)

 そう思い、牌を手に取る。

(考える。走りながら考える。それが小泉コータローの流儀)

 タンッ、とすかさずツモギリ。

 打牌のスピードが上がる。

(普通の麻雀なら逆転はほぼ不可能。役満でもやらない限り)

 素早く牌を組み換え、

(だが、今は後ろに弟がいる)

 そして打つ。




   *
388 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/08(木) 20:19:17.92 ID:Y3thWHrBo


「確かに場を作るのは親かもしれない」

 と、三尋木咏は言った。

「はい」

 僕は答える。

「でもね」

「……」

「それに従うか従わないかは、結局自分次第なんだ」

「自分次第、ですか」

「そうさ。多少痛い目をみても、抵抗して道を切り開く。“あたしたち”の目指す麻雀だよ」

「……」

「こうちゃんは今も、こうして目指しているんじゃないかな。知らんけど」




   *
389 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/08(木) 20:19:58.45 ID:Y3thWHrBo

「リーチ!」

 高々と宣言する。

(たとえ追いつけなくても)

 谷が迷った末に置いたその二萬(リャンまん)を、

「ロン! リーチ一発! 三色にドラもついて跳満!!」

「ぐっ……」

 親への直撃で12000点は大きい。


《ここで収支が逆転! 総合点でもチーム小泉がトップに立ちましたあ!》


「くっ!」

 谷は苛立ちの表情を隠さず、爪を噛んだ。

「今度は私が追う番。せいぜい逃げるといいわ」

 谷がそう言うと、

「何を言ってるんですか」

 コータローは言った。

「僕は逃げませんよ。追ってるんです」

「追ってる?」

「ええ。僕らよりもはるか前を行く人たちをね」

「プロにでもなろうっていうの?」

「いやあ、そこまで大それたことは考えてませんよ。でも、自分の好きな人や尊敬する人に、
少しでも近づきたいと思うのは、普通ですよね」
390 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/08(木) 20:20:32.65 ID:Y3thWHrBo

「……」

 そして南四局、オーラス!

「ツモ! 1000、2000!」

 小泉コータロー、確実な和了でさらに突き放し、終了。


《終りょおおおおおお!!! 先鋒戦で最下位だったチーム小泉が、中堅戦でまさかの
大逆転でトップに躍り出ました!!》


 中堅戦後チーム順位

 1位 チーム小泉    122000点

 2位 チームOZAWA 113900点
 
 3位 チームキリバナ   84900点

 4位 チームレッドパイン 79200点


 中堅戦個人収支

 1位 小泉コータロー 31700点(チーム小泉)

 2位 谷リョーコ   18200点(チームOZAWA)

 3位 青木アイ   −21900点(チームキリバナ)

 4位 田中ミエコ  −28000点(チームレッドパイン)




   *
391 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/08(木) 20:21:00.10 ID:Y3thWHrBo


「だあー! 疲れたあ!」

 控えのテントに戻ってきたコータローはそう言って倒れ込む。

「おめでとうお兄! 逆転トップだよ」

 それを受け止めた僕は言う。

「へへっ」

 そう笑った兄は軽く親指を立てた。

「ったく、情けないね。こうちゃんは。前半やられすぎ」

 小柄な三尋木咏は腰に手を当てて少し怒ったような顔を見せる。

「面目ない」

 ただ、兄はそれを見て笑っていた。

 怒り顔の奥に笑顔が隠れているのをすでに見抜いていたからだ。

 というか、誰にだってわかる。

「よっこいしょ」

 兄を椅子に座らせた僕は、咏に言った。

「兄のこと、頼みます」

「まかせといて」咏はそう言って笑う。

「じゃあ、行ってくるよ」

 今度は皆に向かっていった。

「おう、行って来いシンジロー!」
392 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/08(木) 20:21:30.05 ID:Y3thWHrBo

 兄はそう言って右手を挙げた。

「シンジローさん、頑張ってください」

 しばらく休んで、いくらか元気の回復したらしい花田煌も立ち上がる。

「小沢イチロウなんて、東場で飛ばしてやりなさい」

「はは。それはちょっと無理かなあ……」

 そんなことを喋りつつ、僕は大きく息を吸ってから全員に言った。

「それじゃあ、頑張ってくるよ!」

 いよいよ大将戦。

 この闘いを仕組んだ小沢イチロウとの直接対決だ。

 きっちり落とし前をつけさせてもらうよ。

 そう思い、僕は気合いを入れる。

 しかし、






 大将戦の会場に小沢の姿はなかった。





   つづく
393 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/08(木) 20:22:00.49 ID:Y3thWHrBo



 【次回予告】

 コータローの活躍でトップに躍り出たチーム小泉。

 しかし、最後の闘いの場となる大将戦に、大将である小沢の姿は見えない。

 その代わり出てきた謎の雀士。



「構わん、やれ。あの小僧を討ち取るチャンスだぞ。手段など問うてはおられんはずだ」



 目的のために手段を選ばない、小沢の非情な決断。

 それに対してシンジローは――


 次回、ムダヅモ無き闘い side‐S

 
 第十二話 「最強の代役」



 おたのしみに。
394 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/08(木) 20:22:39.59 ID:Y3thWHrBo
あくまでメインヒロインは宮永照(震え声)
395 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2012/11/08(木) 20:38:46.83 ID:wV7kQMoQo
え、谷亮子がヒロイン?(難聴)
396 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/11/08(木) 21:44:51.13 ID:EjK5GYvGo
乙でした
397 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/11/08(木) 23:37:33.46 ID:3HPxNYKp0
大丈夫だ、谷も咲絵なら萌えキャラだから
398 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/09(金) 20:04:53.35 ID:kgIg6d2uo
(なんやこの谷リョーコ人気は……)
399 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/09(金) 20:05:42.77 ID:kgIg6d2uo



 第十二話 最強の代役


 小泉シンジローたちが少し前のことである。

 岩手県某所にある小沢イチロウの事務所に、M主党副幹事長の細野ゴーシが訪れていた。

「予定通りか、細野」

 薄暗い部屋で革張りの椅子に深く腰掛けた小沢が、細野の顔を見ずに聞いた。

「はい、幹事長。本日の新幹線で、小泉シンジロー以下三名の雀士が盛岡に向かっております」

「小泉の子せがれだけでも厄介なのに、高校チャンピオンの宮永照と永水OGの神代小蒔まで
引きつれていることも問題だ。どうにかできるんだろうな」

「はい、既に手は打っております。岩手県警にも話を通しておりますので」

 細野は直立不動のまま答える。

「わかっていると思うが、万が一にも宮永たちを舞台に立たせるようなことはさせるなよ」

「はい。ぬかりはありません」

「わしの代役も、用意できているんだろうな」

「はい」

「弱い奴だと承知せんぞ」

「地元、宮守女子高校出身でインターハイ出場経験もある、姉帯豊音です」

「宮守……。エイリスンではないのか」

(知ってんのかよ)
400 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/09(金) 20:06:46.00 ID:kgIg6d2uo

「エイスリン・ウィッシュアートは既に帰国しております」

「そうか……」

 小沢の声が露骨に小さくなる。

「しかし、全国レベルとはいえ、高校を出て数年の小娘があの小僧に勝てるのか」

「その点も抜かりはありません」

 そう言うと、細野はスーツの内ポケットから首飾りのようなものを取り出す。

「ほう……」

 小沢は椅子を回転させ、はじめて細野と向かい合った。

 しかし彼の関心は細野ではなく、彼のもっている首飾りにあるようだ。

「イギリスの魔術結社から取り寄せました。これは有名な錬金術師が生成した代物です」

 不気味な光を発する宝石の付いた銀の首飾り。

 見た目だけでも怪しい雰囲気が満々だ。

「その効果は」

「これは、付けた者の精神に干渉し、脳のリミッターを外すことを目的に作られております。
彼女ほどのオカルト能力の使い手なら、十分強力な打ち手となるでしょう」

「具体的にはどれくらいだ」

「そうですね。国内で言えば――」

「……」

「小鍛治健夜と同等か、それ以上でしょうか」

「なん……、だと?」
401 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/09(金) 20:07:12.61 ID:kgIg6d2uo

「あくまで、目安ですが」

「……わかった」

「あと、これを使うこと問題ですが」

「どうした」

「この首飾りには強度の呪いが付随していますので、使用者の精神に後遺症が残る可能性が
あります」

「……」

「勝利の代償は小さくないかと」

「構わん、やれ。あの小僧を討ち取るチャンスだぞ。手段など問うてはおられんはずだ」

「……わかりました」

「不倫報道の時のようにぬかるなよ、細野」

 そう言うと、小沢は背を向ける。

「了解いたしました」

 細野はもう一度礼をした後、事務所を後にした。 




   *
402 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/09(金) 20:07:39.49 ID:kgIg6d2uo


 岩手県警盛岡東警察署内――

「いよいよシンジロー様の登場ですよ、照さん」

 応接室のテレビの前で、小蒔は両手をぎょっと握る。

「なあ小蒔」

「はい、なんですか?」

「なんか、私たちの出番って少なくないか? 署長、お茶」

「はい、かしこまりました」

 制服姿の警察署長が新しい紅茶を持ってくる。

「そうでしょうか」

「なんか前回も三尋木プロがヒロインっぽかったし」

「気にし過ぎですよ。あ、これはなんですか? 副署長さん」

「小岩井牧場のチーズケーキです、神代さん」

 副署長がそう言ってチーズケーキを用意する。

「まあ、おいしそうですね。照さんもどうぞ」

「うむ」

 署長の持ってきた紅茶を飲みながら照は考える。

(戻ったらなんと言ってやればいいのかな)

 テレビの画面には彼女の仕える政治家、小泉シンジローの顔が大きく映し出されていた。




   *
403 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/09(金) 20:08:15.18 ID:kgIg6d2uo


《ただいま入りました情報によりますと、小沢イチロウ先生は急病のため出席できない、
とのことです》

 主催者側のアナウンスメントに観客席は大ブーイングである。

 それはそうだろう。

 国王の出席しない王国式典などありえない。

《か、代わりの選手が急遽選ばれ、今ここに出てきます》

「ん?」

 僕は顔を上げた。

 そこには。

《で、でかい。そして黒い。この姿には見覚えがあるぞおお!!!》

 司会者の驚きの声。

 それもそのはず。

 二メートル近い長身で、しかも黒の服と帽子を被った女性が現れたからだ。

 それを見た僕も驚く。

「あ……、姉帯豊音さん?」

 今朝、盛岡駅で出会った姉帯豊音その人であった。

 この服装と慎重は見間違うはずもない。

 しかし、

「……」

 彼女は僕の姿を見ても特に何も反応せず、焦点の定まらない瞳を泳がせていた。
404 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/09(金) 20:08:49.82 ID:kgIg6d2uo

 そして胸元には不気味に光る、黒い宝石のついた首飾りが。

 あれはなんだ?

「豊音ちゃん? 何やってるのこんなところで」

 僕は豊音に話しかける。

「……」

「豊音ちゃん。まさか君が」

「やめてください小泉議員。近づかないで」

 警備員が二人の間を割り込むように僕の身体を止める。

「いや、だって。様子がおかしい」

「何もおかしくありません」

「おかしいだろう!」

「……」

《おっと? 小泉議員が何か揉めているようですが、時間もおしているので試合が開始されます》

「豊音さん!」

《ただ今入った情報によりますと、小沢イチロウ先生の代役は、姉帯豊音さんといいまして、

 先生の地元の事務所でアルバイトをしている女の子、ということです。

 彼女は高校時代、全国大会にも出場した経験があるという実力者でもあります》

「……」

 姉帯豊音。

 午前中、麻雀について楽しげに語ってた彼女の面影は、今はもうない。





   *
405 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/09(金) 20:09:44.55 ID:kgIg6d2uo

 盛岡東警察署内、応接室――

「どうして豊音が……」

 テレビで彼女の姿を認めた照は驚愕の声を漏らす。

「彼女の胸元に見えた首飾り、見覚えがあります」

「え?」

 先ほどまでお菓子に夢中になっていた小蒔が、食べるのをやめてテレビ画面に集中する。

「それって」

「遠くからなのでよくは見えないのですが、あれは西洋から持ち出してきた呪いの首飾りの類かと」

「呪い?」

「ええ、精神に干渉する機能を持った宝石を錬金術によって生成し、それを首飾りや指輪などに
したものです。一部の国の法律では禁じられたものですけど」

「何かヤバいのか」

「精神を直接支配する、というのは素手で心臓を鷲掴みするようなものです。
これで悪影響がないわけがありません」

「でも何でそんなものを豊音が」

「よくはわかりませんが、雀力のリミッターを外す作用があるのではないでしょうか」

「リミッター?」

「ええ、よく言うでしょう? 人間は自分の身体や心が壊れないように、頭の中に制限装置(リミッター)
を持っていると。あなたも、私も」

「……」
406 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/09(金) 20:10:11.71 ID:kgIg6d2uo

「ですが、それを外すことによって、その制限以上の力を発揮します」

「その結果、豊音はあんな状態に」

「はい。今、彼女は何者かの支配によって、闘牌(たたか)うだけの麻雀兵器(マージャンマシーン)
になっている可能性が非常に高い」

「署長!」照は叫ぶ。

「は、はい。何でしょうか」

「電話を貸してくれ」

「いやしかし、外部との連絡は」

「貸せと言っているのだ」

 ギュルギュルと照は腕を回転させた。

「わ、わかりました」

 そう言うと、署長は電話を取りに走る。

「小蒔、会場(あそこ)にいる奴で、番号を知っているのはいるか」

「え? はい」

 そう言うと小蒔は手帳を取り出し、ペラペラと頁を捲った。

「シンジロー様は、多分お出にならないと思いますから、会場に直接電話したほうがいいと思います」

「くそ、小沢イチロウめ……!」

 照は奥歯を噛みしめた。




   *
407 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/09(金) 20:10:40.20 ID:kgIg6d2uo



 闘牌会場に入っても姉帯豊音の様子は変わることがなかった。

「……」

 虚ろな瞳は麻雀卓だけを見つめている。

 本当にどうしてしまったんだよ。

 僕は心の中で何度も呼びかけるけれど、届くはずもない。

「豊音ちゃん。僕だよ、覚えてないの」

「いい加減にしてください小泉議員! 失格にしますよ」

 係員の一人が苛立ち交じりに注意する。

 そんなことってあるのかよ。

 僕は右手を握りしめる。

 身体は大きいけれど、小動物のように純粋な濁りのない瞳。

 そして純真な心。

 少ししか話した時間はないけれど、それくらいはわかる。

 単に僕の理想を押し付けた、というわけではない。

 彼女と関わりのあった小蒔も照も、豊音のことを悪く言うことはない。

 僕の言葉が通じないのは、心を閉じているというわけではないようだ。

 だとしたら――




   *
408 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/09(金) 20:11:10.31 ID:kgIg6d2uo



「もしもし」

 祭りの事務所で主催者の一人である鈴木という中年が電話を取る。

 電話は盛岡東警察署から。

「誰からだ?」

 スーツ姿の男が鋭い視線をこちらに投げかける。

 小沢事務所から派遣されてきた秘書の一人だ。

「警察からです」

 鈴木は答える。

「宮永照関連のことなら切れ」

「……わかりました」

 鈴木はそう言うと、適当に話をしたあと、電話を切った。

「……」

「それでいい、小泉シンジローをここで勝たせるわけにはいかない」

「すみません、自分ちょっと」

 電話の受話器を置いた後、鈴木は立ち上がる。

「どこへ行く」

「ト、トイレへ」

「そうか」

 プレハブ小屋を出た鈴木は、すぐに走り出した。

 目的地はトイレではなく――




   *
409 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/09(金) 20:11:59.78 ID:kgIg6d2uo


 チーム小泉控えテント。

 そこではシンジローの兄、コータロー、プロ雀士三尋木咏、そして麻生タロー事務所の
花田煌が試合開始をモニターの前で待っていた。

 そこに訪問者。

「誰だ?」

 最初に反応したのは咏だった。

「はあ、はあ、はあ……!」

 テントの入り口を開けると、息を切らした、少し頭の薄い祭典関係者がいた。

「あなたは確か」と、コータロー。

「麻雀まつりの開催実行委員の一人、鈴木です。先ほどお会いしました」

「我々に何か?」

「つい先ほど、盛岡東警察署から電話がありました。宮永照さんから、
小泉シンジロー先生に伝えたいことがあると」

「え?」

「何とか、試合開始までに連絡が付けば。早くしないと小沢の関係者が」

「!?」

 テントの外で人の気配がする。

「警察署の番号はこれです。すぐに連絡を。宮永照さんたちはそこにいます」

 そう言うと、コータローはメモ紙を受け取る。

「こうちゃん、どうするの?」

「どうするもこうするもないよ。ちょっと行ってくる」カバンから自分の携帯電話を
取り出しながらコータローは言った。

「ファイト!」

 そう言って、咏は扇子を振る。

 それに対し、コータローは親指を立てて答えた。



   *
410 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/09(金) 20:12:29.56 ID:kgIg6d2uo



 試合会場――

「審判、ちょっと待ってください。彼女の様子が」

 僕は豊音の異常を審判やスタッフに訴えて試合を止めようとしていた。

 しかし、周りの反応は冷たい。

「小泉議員。これ以上に試合開始を遅らせると、遅延行為として失格にしますよ」

 審判団の一人は言った。

「いやしかし、彼女の様子。明らかにおかしいでしょう」

 僕は豊音を見ながら言う。

「彼女はアレが普通なんですよ。ちょっと背が大きいだけで」

「身長は関係ないから!」

 その時である。

「シンジロー!!!」

 不意に、聞き覚えのある声が耳に飛び込んできた。

「何をしているですか、戻ってください」

「シンジロー!」

 よく見ると試合場の入り口で、兄コータローがスタッフともみ合っていたのだ。

「お兄!? どうしてここに」

「シンジロー! 受け取れ!」

 そう言うと、バランスを崩しながら兄が何かを投げた。
411 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/09(金) 20:13:02.57 ID:kgIg6d2uo

 あれは、携帯電話。

 僕はジャンプして、その携帯電話を掴む。

 見ると電話は通話中になっていた。

「もしもし」

 反射的に、僕は兄の携帯を耳に当てる。

『シンジローか』

 懐かしい声が響く。

 電話越しにもわかる、照の声だ。

「照! 大丈夫か! 心配してたぞ!!」

『私は大丈夫。今、盛岡東警察署にいる』

「警察署……」

 僕がそう口にすると、先ほどまで兄や僕を抑えようとしていた人たちが急に目を逸らした。

『そんなことより、大変だ。シンジローの対戦相手』

「豊音ちゃんのことだろう?」

『ああ。今、小蒔に代わる』

「小蒔もいるのか」

『もしもし?』

 声が変わった。

 間違いなく神代小蒔の声。
412 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/09(金) 20:13:43.05 ID:kgIg6d2uo

「もしもし、僕だ」

『シンジロー様。ああ、御なつかしゅうございます』

「キミも無事なの」

『ええ。怪我等はありません。それより、先ほどテレビで姉帯豊音さんを見たのですが』

「ああ。何だか様子がおかしい」

『恐らく、彼女の首にかかっている首飾りが原因かと思われます』

「やっぱり」

『テレビ越しに少し見ただけですけど、あれは外国の錬金術師が作った呪いのアイテムです』

「そうなのか。じゃあどうすれば」

『呪いのある道具は無理やり剥ぎ取ると、持ち主に悪影響を与える可能性があります。
もっと別な方法で――』

 小蒔がそこまで話したところで、




「勝てばいいんですよ」





 不意に、後方から声が聞こえてきた。

 何となく癪に障るだと思って振り返ると、色黒で背が高く、そして体格の良い男が立っていた。

 スーツのエリには議員バッチが光る。
413 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/09(金) 20:14:33.53 ID:kgIg6d2uo

「あなたは、細野ゴーシ議員……」

 M主党副幹事長で、一部では小沢イチロウの右腕と言われている細野ゴーシだ。

「なぜあなたが」

「失礼。そこの大きい彼女、姉帯豊音のつけている首飾りについて、少し知っているもので」

「何ですか?」

「アレは小沢イチロウ幹事長の指示でつけられたものです。彼女の雀力を最大限まで高める
ためにね」

「……」

「もうご存知かもしれませんが、その首飾りには呪いが憑いております。

 無理やり引きはがそうとすれば、彼女の精神に重大な障害は出ることでしょう」

「それで」

「おっと。あなたの言いたいことはわかります、小泉議員。この首飾りを外すには、どうしたらいいのか、
ということでしょう?」

「ええ」

 こちらを試すような喋り方が腹立たしい。

「その首飾りは、おそらく麻雀の強さに特化させたものですから、その麻雀で打ち破るのが一番だと
思います」

「じゃあもし負けたら」

「……」

「……」

「わかりません。でも、タダでは済まないでしょう」
414 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/09(金) 20:15:45.49 ID:kgIg6d2uo

「何を言ってるんだ」

「え?」

「自分たちが何をやっているのかわかっているのか!? 女の子にこんなことをやって
許されるわけがないだろう!」

「おっと小泉議員、これは政治麻雀なんですよ。小沢がなぜこのようなことを考えたのかは
不明ですが、政治麻雀が元々命がけの闘牌であることはあなたもご承知でしょう」

「それは……」

「もっとも、議員が負けを宣言して不戦敗になる、と言うのならば話は別ですが」

「なに?」

「ええ。彼女の精神に後遺症が出ない方法で、呪いのアイテムをはがす手立てを、
こちらで考える、ということです」

「それは確実なのか」

「100%とは言い切れませんが、あなたがここで勝つ確率よりは、高いと思いますがね」

「……」

『シンジロー』

 不意に、携帯から声が聞こえてくる。

 そうだ。まだ電話はつながっていたのだ。

「照か?」

『ああ、私だ。話は大体聞かせてもらった』

「そうか。照、僕は――」



『あなたの信じる道を進めばいい。何を選ぼうと、私はあなたに従う。たとえ地獄の底でも』
415 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/09(金) 20:17:21.34 ID:kgIg6d2uo

「……」

『ただ一つ言わせてもらえば』

「なに?」

『悪役に従うあなたは見たくない!』

「そうか」

『健闘を祈る。私たちはテレビで見ているから。今、映ってないけど』

「わかった」

 僕はそう言うと、通話を切った。

「結論は出ましたか」と、細野。

「はい、出ました」

 僕は心を落ち着かせて、次の言葉を発する。

「やります。貴方がたには負けない。そして、姉帯豊音さんも救って見せる」

「結構です。さすがJ民党のエース」

 そう言うと、細野は不気味な笑いを浮かべ、試合場から退場した。

 僕は少し早足で、試合場の入り口に行くと、そこで警備のスタッフに止められていた兄、
コータローに携帯電話を返した。

「ありがとう、お兄」

「シンジロー、やるのか」

「うん。僕は豊音ちゃんを助ける」

「助けるのは彼女だけじゃないぜ」

 と、兄はそう言ってから言葉をつづけた。

「この日本も助けないとな」

「善処するよ」

 僕はそう言うと踵を返し、姉帯豊音の待つ麻雀卓へと向かった。




   つづく
416 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/09(金) 20:18:32.99 ID:kgIg6d2uo


 【次回予告】

 呪いの首飾りで操られてしまった姉帯豊音。

 精神のリミッターの外れた彼女の雀力は強大なものであった。

 彼女の攻撃にどんどんと点数、そして精神力を削られるシンジロー。

 彼女を救うためには、これに勝たなければならない。

 潜在能力をすべて解放した豊音に勝つ方法はあるのか。

 警察署に隔離された宮永照と神代小蒔は、シンジローの勝利を信じて祈る。


 そして死闘の果てにあるものとは。

 次回、ムダヅモ無き闘い side‐S 


 第十三話「黒の鎖」


 岩手編、最後の戦いが始まる!
417 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/09(金) 20:20:09.32 ID:kgIg6d2uo
AQUAの新装版を買った。いいね。表紙の顔がいいね。
418 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/11/09(金) 20:53:32.96 ID:KOHjXlEJo
おっつおっつ
もうどう見てもとよねぇがメインヒロインだな…
419 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/11/09(金) 20:55:24.49 ID:1w2+3eXqo
乙でした
えーと、メインヒロインのとよねぇが洗脳されたから助ける話だっけ?
420 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/11/09(金) 20:59:18.67 ID:7CHg++eF0
いよいよ政局大好きイチローさんが動き出したな
421 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/11/09(金) 21:02:45.45 ID:vtmwqPaEo
おつ
メインヒロインを洗脳なんて許せんな
422 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2012/11/09(金) 21:11:46.16 ID:f6hEYfdko
なお細野の方にもモナの呪いがかかっている模様
423 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/10(土) 20:12:55.07 ID:HjJZQl69o
何度も言うように、メインヒロインは……、いや、もうやめておこう。
424 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/10(土) 20:13:37.06 ID:HjJZQl69o


 第十三話 黒の鎖


《大変長らくお待たせいたしました。いわて麻雀まつりのメインイヴェント!

 岩手杯大将戦、スタートしたいと思います!!》


 アナウンスメントのその言葉に観客席だけでなく祭り会場全体が盛り上がる。

 その影で、どれだけ多くの陰謀が渦巻いているとも知らずに。

 大将戦東一局、起親は姉帯豊音!


 東 姉帯豊音(チームOZAWA)

 南 永江タカコ(チームキリバナ)

 西 小泉シンジロー(チーム小泉)

 北 中村ミエコ(チームレッドパイン)


 僕の対面に座る姉帯豊音の威圧感は半端ではない。

 それは決して、大きな身長や黒い衣装だけのせいではないだろう。

 なんというか、まがまがしい気を感じる。

 これは確か、鹿児島で霊界麻雀をやったときの感じ。

 自分の祖父や先輩政治家が身にまとっていた黒い闘牌気。

 人々の恨みや妬みが具現化したという黒の闘牌気は、近くにいるだけで飲み込まれて
しまいそうだ。

 事実、僕の上家にいる永江タカコや下家の中村ミエコは始まる前からすでに気分が
悪そうであったからだ。
425 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/10(土) 20:14:23.96 ID:HjJZQl69o

 ツモって打牌。

 いつもの麻雀である。

 僕は手配を眺め、可能性に思いを巡らせた。

 大化けする可能性はあるけれども、現在はトップ。軽い手で早アガリして先制のジャブを
食らわせる必要があるだろう。

 何より、敵の出方がわからないのだから、いきなり攻め込むのは危険。

 そう判断して、僕は最も早く和了できる道筋を進んだ。

 しかし、

 その道が塞がれる。

 どういうことだ?

 手が上手く進まない。

 そうこうしているうちに、対面の豊音がリーチをかけた。

 しまった。

 そう思った瞬間である。

「ツモ、親の満貫は4000オール」

 静かに、豊音はそう言って手配を見せる。

「……」

 バカな。

 完璧な打牌。

 そして早い。

「……先勝」

 ポツリ、と豊音は言った。

「え、なに?」

「…………」

 僕は聞き返したけれど、返事はない。
  
 



   *
426 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/10(土) 20:15:26.96 ID:HjJZQl69o



「能力ですね」

 警察署内の応接間でテレビ観戦していた小蒔はそうつぶやいた。

「能力? 豊音の能力か」隣りで一緒に見ていた照は聞いた。

「はい。姉帯豊音さんの能力は、六曜にちなんだものと聞いております」

「六曜?」

「ええ。聞いたことがありませんか? 歴注の一つで、カレンダーにもよく書いてありますよ」

「それってあの、仏滅とか大安とか」

「ええ。そうです。豊音さんの持つ能力はその六曜にちなんだものと言われています。

 最初の東一局で見せた能力はおそらく――」



 先勝


 先んずれば勝ち、遅れれば負ける。


「バカな」

「私も信じられませんけど。この早さとこの打点の高さは能力によるものとしか思えません」

「あの首飾りが関係しているのか?」

 照の視線の先には、豊音の胸元で不気味に光る黒い宝石があった。
427 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/10(土) 20:16:13.00 ID:HjJZQl69o

「確か、豊音さんは公式戦では二つの能力しか使いませんでしたね。友引と先負。
しかしそれは、使わなかったというより、使えなかったと言ったほうが正しいかもしれません」


『ポン』


 豊音が字牌で鳴いた。

 役牌なのでこの時点で一飜ついている。

 そんな中、小蒔は話を続けた。

「なぜ、使えなかったんだ?」照は聞いた。

「人の体力に限界があるように、精神力にも限界があります。ですから、無闇矢鱈に能力を
使い切ることは、その人の肉体と精神に大きく影響が……」

『ポン』

 さらに豊音の鳴き。

「……」

『……ポン』

 三回目のポン。しかも今度のはドラだ。

「小蒔、この能力は確か」

「おそらく『友引』。チーやポンで鳴きを繰り返し、裸単騎にしたところでツモ和了する」

『ポン』
 
「……!」

 ついに裸単騎。
428 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/10(土) 20:17:15.70 ID:HjJZQl69o

 セオリーでは避けるべきと教えられてきた裸単騎の状態で、豊音は待つ。

「シンジロー……」

 祈るような気持で照はつぶやく。

 しかし、

『……ツモ。親の跳満は……、6000点オール』

「はあ……」

 ため息が漏れる。

「能力が強化されていますね。これも呪いの力やもしれません」

「そうか」

「危険です」

「わかっているけど」

 今更どうすることもできない。

 一度卓についてしまえば、どんな雀士も邪魔をしてはならない。

 それが麻雀の掟なのだ。





   *
429 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/10(土) 20:17:43.42 ID:HjJZQl69o




「友引……」

 豊音はそうつぶやいた。

 友引。たしかカレンダーなどに書いてある六曜星のことか。

 最初に言ったのは、おそらく先勝。

 次に友引。

 だとすれば、次の局は順番的に先負?

 先負だとどうなるのだろう。

 負けるのか?

 でもこのままじゃあ負けるのは僕じゃないか。

 なんとかしないと。





   *
430 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/10(土) 20:18:19.42 ID:HjJZQl69o




「まずいな」

 テレビ画面を見ながら照はつぶやく。

「どうしました?」

 小蒔は聞いた。

「シンジローが焦っている。彼は焦ると早く勝負に出る癖があるんだ。私と初めて打った
時もそうだった。悪い癖だ」

「そんな」

「恐らく、今は豊音の連続和了に焦って、自分も早くアガって流れを引き寄せたいと
考えているんじゃないか」

「それは不味いですね。順番から言って次に発動する能力は『先負』」

「先に仕掛けたら負けってことか?」

「ええ。ここでシンジロー様が勝負に出たら」




   *
431 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/10(土) 20:19:02.26 ID:HjJZQl69o


「リーチ!」

 豊音の配牌が悪い。

 そう判断した僕は、なるべく早くに手を組み立てて立直をかけた。

 手はあまり高くないけれども、ここは確実にアガることを優先した格好だ。

 運が良ければ一発や裏ドラも来るだろう。

 だが、

「リーチ」

「え?」

 対面の豊音も立直をかけてきた。

 いわゆる追っかけリーチだ。

 どうして?

 まだそんなに手は進んでいないはずなのに。

 僕は戸惑いつつ、次にツモッた牌を打つ。


「――ロン」


 冷たい一言に僕の精神は打ち砕かれる。

 リーチ一発。基本はピンフだが裏ドラも乗って、満貫。

「親の満貫は、12000点」

「……はい」

 追っかけ立直をした上に、その立直をかけた相手への直撃。

 先に仕掛けたら負ける。

 これが――

「……先負」

 いつものように豊音はつぶやく。


 いまだに東一局が終わらない。




   *
432 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/10(土) 20:19:47.59 ID:HjJZQl69o



「六曜か。厄介な能力だ……」シンジローの放銃を見ながら照はつぶやく。

 インターハイでも二つしか使わなかった能力。

 それを六つフルに使ったとしたら、

「今の私でも勝てるかどうか」

「何呑気なことを言ってるんですか、照さん」

 珍しく小蒔が語気を強める。

「どうした」

「よく見てくださいよ。この能力、明らかに異常です。もし豊音さんがこのまま能力を
使い続けたとしたら」

「……」

「壊れちゃいます」

 小蒔の目には涙が浮かんでいた。

「……すまない、小蒔。私としたことが」

 そう言って照は小蒔の肩を抱き、背中をさすった。

 豊満な肉体とは裏腹に、彼女の骨格は華奢だ。

 巫女服の布を通じて感じる体温から、彼女の悲しみと焦りが容易に読み取れる。

「小蒔」

「……はい」
433 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/10(土) 20:20:13.42 ID:HjJZQl69o

「私は、シンジローを信じている」

「……」

「必ず、救ってくれると」

「でも」

「必ずだ。お前や私を救ったように」

「え?」

「信じよう」

「……はい」

 小蒔は照から離れ、再びテレビ画面を見る。

「でも、次は」

「順番から行くと、次の星はなんだ」

「仏滅です」

「……名前からして禍々しいな」

「仏滅の日は一日中凶とされております。じたばたしないほうが良いのですが」





   *
434 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/10(土) 20:21:09.42 ID:HjJZQl69o



 順番から言えば次は「仏滅」

 どういう能力か見当もつかないが、仏滅らしく僕の配牌は壊滅的だった。

 ここから高くなる手が見えない。

 さっきの手が惜しかっただけに、非常に残念。

 しかし気にしてばかりもいられない。

 気持ちを切り替えて行こう。先ほどのように焦って振り込むのだけはもう勘弁だ。

 親からの満貫直撃は確かに痛かったけれど、そのことが僕を冷静にさせた。

 卓を包み込む禍々しい気も、今は気にならない。

 淡々と局が進む。

 恐らく、他の面子も、豊音を含めて配牌が悪いのだろう。

 だとしたら、焦って勝負をかけたほうが不利だ。

「……」

 静かな流れ。

 このまま流局かと思われたその時だった。

 上家の永江が「西」を切る。

 字牌は大抵序盤に切るので、中盤以降に出てきてもツモギリされるのが普通の字牌。

 それを、

「ロン」

「え!?」
435 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/10(土) 20:22:30.80 ID:HjJZQl69o

「7700点」

 振り込んだ永江も驚く。

 嘘だろう?

 すでに西は二つも捨てられている。

 しかも彼女の持ち牌に西が一つ入っていた。

 つまり、彼女の待ちは単騎で、しかも残り一個。

 完全なる悪待ち。

 普通なら絶対やらないような待ちだ。

「……仏滅」

 そう言って、豊音は自分の牌を中央の落とし穴に流し込む。

 これが仏滅か。

 不幸が一周回って幸福になる。

 ありえない。

「ああ……」

 放銃した永江はショックを通り越して茫然としていた。

 元々豊音の闘牌気に圧倒されていただけに、これはキツイだろう。

 しかし、負けるわけにはいかない。

 小沢に降伏するわけにはいかないんだ。何より彼女のために。

「……」

 次の能力は、順番からいって恐らく「大安」。

 これはわかりやすい。

 滅茶苦茶配牌がいいのだろう。

 下手をすれば天和だってありうる。

 だったら猶更勝ち目がないんじゃ――

 そう考えた時、ふと自分の配牌を見て何かがひらめく。

 少々危険だが、賭けに出てみるか。




   *
436 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/10(土) 20:23:25.14 ID:HjJZQl69o


『リーチ』

 かなり早い段階でのリーチをかけのはシンジローだった。

「はやい!」

 思わず身を乗り出す照。

 焦って前のめりになって、逆襲をくらったのはつい先ほどのことだ。

(シンジロー。さっきの展開を忘れたのか)

 ギリッと奥歯を噛みしめる照。

 しかし、

 一巡したところで彼の動きが止まる。

「これって」

 不意に、シンジローの配牌が映し出された。

「あ、照さん」

「……」

『ツモ、リーチ一発。裏ドラも……、ついて満貫!』

 そう言ってシンジローは牌を公開した。

「どういうことだ!?」

 一瞬何がなんだかわからなくなる。

 どうして、シンジローが和了することができたの。

 それも立直一発で。

 かなりツイている状態。
437 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/10(土) 20:24:02.26 ID:HjJZQl69o

「照さん。これってまさか」

 小蒔が言った。

「は……!」

 そこで照は思い出す。

 現在豊音が発動している六曜の能力は、



 大安――



「そうか、シンジローは大安に乗せたんだ」

「どういうことです?」

「つまり、豊音の能力は彼女自身だけでなく、周りにも影響を与えていたということだ」

「周りにも、影響ですか」

「ああ。実際、さっきの仏滅の時は、豊音だけでなく他の面子の配牌も悪かった。
悪い待ちの中で豊音は和了した」

「ということは今回」

「そう、シンジローだけでなくほかの三人の配牌も良かった。つまり全員が良かった」

「じゃあなぜ、豊音さんが先にアガれなかったんでしょうか」
438 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/10(土) 20:24:40.11 ID:HjJZQl69o

「今回の『大安』は、『先勝』とは違う。早くアガればいいってものじゃない。なぜなら」

 照はもう一度画面を見つめる。

 大きい手が入っていたから、すぐにはアガれなかった。

「そこでシンジローは早アガリに切り替えて、そして見事和了した」

「でも、かなり危険な賭けでしたね」

「仕掛けが一瞬でも遅かったら、危なかったな」

(まったく)

 テレビ画面の中のシンジローの顔を見つめながら、照は大きく息を吐いた。

(大した度胸だ……)



   *
439 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/10(土) 20:25:37.94 ID:HjJZQl69o



「……」

 豊音は無言で牌を崩す。

 その様子を対面から見ていると、中や撥、それに白などが見える。

 大三元、役満だ。これが完成していたら危なかった。

 それはともかく、これで姉帯豊音の親は終わった。

 次こそは反撃。

 東二局。

 親はチームキリバナ、永江タカコ。

 しかし、実質谷とコータローの一騎打ちとなった中堅戦同様、彼女たちに出る幕はなかった。

 注視するのは、もちろん豊音の次の能力。

 六曜の順番から見て、次は赤口。

 これはちょっと読めない。

 確か陰陽道の「赤舌日(しゃくぜつにち)」に由来するもので、いわゆる凶日の一つだ。

 火の元や刃物に気を付けると言われているが、果たして何が。

 僕はそう思いつつ、ふと手に取った牌を見る。

「……」

 それは何の変哲もないソウズである。

 赤いな。
440 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/10(土) 20:26:24.02 ID:HjJZQl69o

 ウーそうやチーそうには、中央に赤い部分が見える。

 もしかして。

 僕はできるだけ、赤い色の付いた牌を切るのを待ってみた。

 すると、

 上家で親の永江タカコが何の気なしにウーピン(ダンゴの5)を切った。

 こいつも、中央のダンゴが赤い。

「ロン」

「え?」

「3200点」

 再び豊音のロン。

「……」

 そこには、中やローピン、チーピンなど、赤い色のついた牌がそろっていた。

 しかもよく見ると全部だ。

 確かに赤い色のついた牌は多いけど、それだけで全部そろえるのは地味に難しい。

 逆に言えば、赤い色を避ければ直撃は避けられる、ということか。

 岩手ルールでは、赤牌(無条件でドラになる牌)はないけれど、もしそれがあったらどうなったことやら。

 とはいえ、これで豊音の能力は全て把握したはずだ。

 六曜の打ち筋はどれも厄介だけど、対策がないわけでもない。

 実際、大安の能力はその特性を逆手にとって一矢報いたわけだし。
441 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/10(土) 20:27:02.04 ID:HjJZQl69o

 さあ、次は僕の親だ。

 この局で六曜は一巡するとしたら、次に来る能力は――


「ツモ、400、800」


 しまったあああ!!

 最初に見た「先勝」だった。

 親番で巻き返しを図ろうとしただけに、そのスピードで足元をすくわれてしまった。

 くっそ、切り替え切り替え。

 僕は心の中で何度も自分に言い聞かせた。

「……」

 目の前の豊音は相変わらず無表情だ。

 そして続く東四局。

「ポン」

 序盤から勢いのいい鳴きを見せる豊音。

 次の歴は「友引」だ。

 大量の鳴きを行い、裸単騎でツモるという何とも奇妙な能力。

 僕は彼女の鳴き牌を見ながら決意する。

「それ、ポン!」

 鳴き麻雀。
442 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/10(土) 20:27:28.08 ID:HjJZQl69o

 付き合ってやるよ。

 一人ぼっちは寂しいだろう?

「チー」

 ふたたび豊音の鳴き。

「ポンッ!」

 追いかけるように僕は鳴いた。

「ぽ、ポン」

 親の中村ミエコもつられて鳴く。

「チー」

 全員が全員鳴くので、もはやツモの順番が滅茶苦茶になった。

「ツ、ツモ」

 そんな中、総得点で最下位だった永江タカコがアガる。

「400、700……」

 得点は大したことないけれど、豊音の和了を止められたことは大きい。

「……」

 僕は再び彼女の表情を見る。

 やはり、変わらない。




   *
443 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/10(土) 20:28:11.07 ID:HjJZQl69o



「そういえば、友引には共同の共に引くという書き方もあるらしいですよ」

 試合の様子を見ながら、不意に小蒔は言った。

「どういうことだ」と、照は聞く。 

「共に引く、ということで引き分けという意味ですね。勝負がつかない、という意味の」

「そうか。確かにそういう展開になったな」

 東四局は豊音もシンジローも、どちらもアガることはできなかった。

 つまり引き分け。

「しかし、次はどうだろう」

「豊音さんの親ですからね」

「だが順番から言えば、確か次は」

「先負です……」

「普通なら、親は積極的に攻めたいところだが」

「……どうなるんでしょう」




   *
444 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/10(土) 20:29:17.56 ID:HjJZQl69o

 どんなに恐ろしい能力でも、あらかじめくることがわかっていたら対策の打ちようもある。

 現在、姉帯豊音の六曜にちなんだ能力はすべて暦の順番に従って発動している。

 先勝の次に発生するのは先負。

 この能力は、先に立直した相手を追いかけるように立直して、ボクシングで言えば
カウンターのように相手を攻撃するもの。

 つまり、先に攻撃したら負け。

 まさしく先負。

 だが、攻撃しないことには勝てない。

 ここで流局になれば流れは変わるか。

 しかしこの後に控える仏滅や大安のほうが能力的には面倒だ。

 何かこちらが仕掛けずに、相手が仕掛けられる方法はないものか。

 理牌をしながら、相手の出方を伺う。

 この技も唐突にやられるとダメージは大きいけれど、すでに来ることがわかっていれば
それほど恐ろしいとは思えない。

 こちらの攻めを相手にわからせないようにしなければ。

 そうなると、

 僕は自分の配牌を眺める。

 ふむ……。

 南一局。姉帯豊音の親は静かに進んでいく。

 先ほどのように鳴きが乱舞することもなく、淡々と時が流れていくのだ。

 よし、テンパイだ。
445 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/10(土) 20:30:09.14 ID:HjJZQl69o

 門前で平和を完成させた。

 リーチをかければ裏ドラも乗って、それなりに行きそうな予感もするのだが、
ここで仕掛けたら、まず間違いなく豊音の能力の餌食となる。

 ならこのまま伏せているほうがいい。

 待ち伏せだ。

 こちらの動きを察知させず、相手の動きを見る。

 積極的に攻める必要はない。

 流局になっても構わない。

「ロン」

「え?」

 思わず声が出てしまった。

 まだリーチをしていないのに。

「2900点」

 豊音は静かに言った。

「……」

 リーチをしていれば、もう少し高くなっていただろうが、彼女はしなかった。

 例えリーチをしていなくても、仕掛けていることにはかわりないのだから、和了することが
できる。

 大した能力だ。

 ただ、打撃力はそれほど高くない。
446 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/10(土) 20:31:03.64 ID:HjJZQl69o

 親の和了なので、連荘で一本場。

 豊音の攻勢は続く。

 次の歴は仏滅。

 この能力の中では、悪い待ちこそ正解。

 つまり、普通ではありえないような牌が当たりになる可能性がある。

 だったらこっちも地獄待ちで対抗するべきか。

 いや、リスクが大きすぎる。

 しかし、通常のやり方で勝てるとは思えない。

 あ、しまった。

 先ほど切った牌とまた同じのを引いてしまう。

 くそう。

 豊音の出方が気になり過ぎて、自分の麻雀に集中できない。

 いかんな、これでは勝てるものも勝てない。

 どうすればいいんだ。

「ロン」

「ひっ!」

 そうこうしているうちに、再び豊音のロン。

 永江タカコの放銃だ。

「5800点」

 配牌を見ると、ピンズのカンチャン待ち。
447 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/10(土) 20:32:29.47 ID:HjJZQl69o

 具体的には、ピンズの3と5で待っていた。

 しかも当りのピン4は既に場に三つも出ている。

 これだけ出ていれば、相手も安牌だと思って油断するかもしれないけれど、あまりにも
危険な賭けだ。

 それで和了されるのだから仕方がないけれど。

 差は開く一方。

 そして仏滅の次は、大安。

 既に七万点差。

 最下位とは十万点以上の差がついている。

 絶望的。

 役満を直撃させても逆転不可能状態だ。

 どうやっても勝てるビジョンが浮かばない。

「……」

 “一矢報いる”じゃあダメなんだ。

 勝たないと。

 南一局二本場――

 発動能力は、大安。

 東場で僕は、相手の能力を逆手に取ってツモアガリした。

 今回も上手くいくかわからないけれど、積極的に攻めさせてもらう。

「リーチ!」
448 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/10(土) 20:33:05.66 ID:HjJZQl69o

 ついに来た。

 最低でも満貫。裏ドラがあれば跳満もありうる。

「リーチ」

 え?

 不意に追っかけリーチを仕掛けてきたのは豊音だった。

 これって、さっき発動した先負のような能力か。

 僕は警戒しながら、牌を切る。

 これが当たったら……。

「……」

 反応はない。

 ホッとしながら、次の順番を待っていると、

「ツモ」

「!」

 リーチ一発ツモ。

「8000点オールの24000点」

 倍満。

「……!」

「うう……」

「……」
449 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/10(土) 20:33:57.58 ID:HjJZQl69o

 永江、中村といった二人の参加者はもはや涙目を通り越して幽鬼のようになっている。

 豊音の持つ総得点はもうすぐ二十万点を越えようとしている。

 圧倒的な火力。

 そして支配力。

 これが六曜の能力をすべて解放した彼女の力。

 どうすることもできない状況に苛立ちは募る。

 でも、

「……」

 もう一度、僕は豊音の顔を見た。

「……!?」

 彼女の虚ろな目から流れ出ていたのは――



 涙
450 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/10(土) 20:35:11.87 ID:HjJZQl69o


 泣いているのか。

 どうして?

 いや、当たり前か。

 心を操られて嬉しい者などいるはずもない。

 僕はさらに精神を集中させる。

「あ……」

 思わず声が出た。

 彼女の背後を漂う、黒の闘牌気が少しずつ形になって行く。

 あれは……、鎖?

 彼女の身体には黒い鎖が幾重にも巻かれ、それが周囲に縛り付けられて
身動きができない状態になっていたのだ。

 これが呪いだというのか。

 ただ、豊音はそんな鎖の存在も、瞳から流れ落ちる涙も気にする様子もなく、
淡々と牌を並べていた。





   つづく
451 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/10(土) 20:35:58.42 ID:HjJZQl69o



 【次回予告】

 六曜の能力をすべて解放させて闘牌に挑む姉帯豊音。

 その圧倒的な闘牌力に、シンジローは何とか対抗しようとするも、ズルズルと点差が
開いていく。

 そんな時、彼は豊音の精神を縛る謎の黒い鎖を見た。


 呪いによって蝕まれる豊音の心と体。

 闘牌の中で彼女の精神世界を垣間見たシンジローはどうするのか。。


 そして彼の闘いを見つめる照は何を思う。

 次回、ムダヅモ無き闘牌 第十四話「解放」

 激闘の岩手編、ついに完結!


 みてね。
452 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/10(土) 20:38:07.56 ID:HjJZQl69o
なぜ、小沢イチロー(ムダヅモ)ではなく「小沢イチロウ」にしたかというと、一部の圧力に筆者が屈したからです。




???「“あの人”の名前を汚すことは絶対に許さない。絶対にだ……!」

※ プライバシー保護のため、名前は伏せてあります。
453 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/11/10(土) 20:51:50.38 ID:uMUGENWJo
乙でした
いったい>>1はなにリンに屈したんだ
454 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2012/11/10(土) 21:36:44.99 ID:wvIWJ63Ho
やっぱりホモスレじゃないか(歓喜)
455 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/11/10(土) 23:34:54.20 ID:zdq5MNNAo
ホモがメインヒロイン?(難聴)
456 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/11/10(土) 23:44:23.98 ID:Grid+ix20
そっちのイチさんは全盛期なら麻雀も強そうだな
457 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/11(日) 20:02:52.27 ID:zV+/dtBoo
いよいよ最終盤。正直、盛り上がるところってここくらいしかないんだよね。
458 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/11(日) 20:03:37.33 ID:zV+/dtBoo





 第十四話 解 放


 六曜にちなんだ能力を操る姉帯豊音。

 彼女の持つ圧倒的な火力の前に、僕は反撃不可能なほど打ちのめされていた。

 オカルト的な能力を駆使する豊音に対して、防戦一方の僕は、打開策を見いだせず
ズルズルと点差を引き離される。

 一発逆転すら不可能になった状況の中で、僕が見たものは彼女の手足や身体を
縛る黒い鎖であった。

 あれが呪いなのか。

 よくわからないけれど彼女は今、心も身体も拘束されている状態だ。

 そこで僕は気付く。

 対策?

 そうじゃない。

 僕の後ろにはもう誰もいないんだ。

 誰かに頼ることなんてできない。

 彼女を救うためには彼女を倒すしかないのなら、その役目は僕にしかできない。

 現在の得点は姉帯豊音(チームOZAWA)、19万6300点

 そして僕のチームは、9万7100点

 約10万点差。
459 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/11(日) 20:04:03.89 ID:zV+/dtBoo

 残り南場だけでこの10万点差を逆転する必要がある。

「フッフッフ……」

 改めて見ると笑えてくるな。

 半荘で5万点を獲得しなければならなかった、あの霊界麻雀がお遊びに見える。

 やれるのか?

 確かに不可能に近いだろう。

 でも――




   *
460 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/11(日) 20:04:53.68 ID:zV+/dtBoo




「――可能性はゼロじゃない」

 不意に宮永照は言った。

「え? どうしました」

 再び小蒔は聞いた。

「なあ小蒔」

「はい」

「シンジローは……、勝てると思うか?」

 重苦しい胸の中のモヤモヤを吐き出すように照は言葉を発する。

「勝てますよ」

「え?」

 小蒔はきっぱりと言い切った。

 10万点差だ。

 麻雀経験者でなくても、この点差が絶望的なことくらいわかる。

 にもかかわらず彼女は勝てると言った。

「どうして」

「どうしてってそれは、信じてますから」

「信じている?」

「だってシンジロー様は、宮永照が認めた男なんでしょう?」
461 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/11(日) 20:05:20.68 ID:zV+/dtBoo

「私が、認めた……」

 弱気になってどうする。
  
「そうだな」

 照は頷くと、テレビに目を向ける。

「シンジロー。離れていても、私はあなたの傍にいる」

「小蒔もおりますよ」

 そう言うと、小蒔は照に身を寄せた。

 微かに震えている。

 口でははっきり言った彼女も、内心不安なのだろう。

「私たちがいれば、シンジローは勝てるさ」

「はい」





   *
 
462 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/11(日) 20:06:02.42 ID:zV+/dtBoo


「クックック……」

 再び笑いが漏れる。

「ど、どうしました小泉議員。気でも触れましたか」

 恐る恐る永江タカコが聞いてくる。

 そりゃそうだ。いきなり笑い出したら不気味だろう。

「いや、失礼。それにしても楽しいですね」
 
「は?」

「わかりませんか。この世がひっくり返る瞬間を見るのは、楽しいですよ」

「……」

 自分でも何を言っているのかよくわからないけれど、僕は理牌を行った。

 南一局三本場。

 次の六曜の能力は、赤口。

 だが、そんなものはもう関係ない。

 再び僕は精神を集中させた。

 照、少しの間だけでいい。

 僕に力を貸してほしい。

 不意に周りの音が聞こえなくなる。

 まったくの無音の空間の中で、荒野が現れる。

 草木が枯れ果てた、生命の躍動を感じさせない乾燥した荒野。
463 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/11(日) 20:06:40.50 ID:zV+/dtBoo

 その荒野の中心に椅子が一つあり、その椅子に女性が座っている。

 見つけた。

 彼女の名前は姉帯豊音。

 彼女の身体には無数の鎖がぐるぐる巻きにされている。

 大丈夫だよ、豊音ちゃん。

 すぐに助けてあげるから。

 僕はそう呼びかけてから、現実へと戻る。

「リーチ!!」

 そして先制の立直だ。

「……」

 現実(こっちの)世界での豊音は、虚ろな目で卓を見つめたまま。

 先ほど流した涙はすでに乾いていたけれど、流した涙の跡は残っている。

 局はゆっくりと進む。

 僕の立直以降、騒がしかった卓上が一気に大人しくなった。

 僕は今まで、豊音に支配されてきた世界の中で、どうやって抗するかを考えてきた。

 だがそれは間違いだったんだ。

 親父だったら、そして多分宮永照だったらそんなことは考えないだろう。

 なぜならあいつらは、常に場を支配してきたから。

 そうだ。
464 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/11(日) 20:07:06.72 ID:zV+/dtBoo

 ここは僕の場なのだ。

「ロン!!」

「……」

 姉帯豊音への直撃。

「裏ドラもついて、子の跳満は1万2000点!」

 一方的な虐殺の続いた南一局は終わりを告げる。

 これからが本当の反撃。

 そう思った次の瞬間、不意に悪寒が走る。

 どういうことだ?

 流れは確実にこちらにある。

 でも、何かおかしい。

 僕は豊音の顔を見る。

 わからない。わからないけど、今は攻めるしかない。

 次の能力は、先勝なのだから。





   *
465 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/11(日) 20:07:47.61 ID:zV+/dtBoo



 盛岡東警察署――

「風が」

「え?」

「風が少し変わった」

 照はふとつぶやく。

「どういうことですか、照さん」と、小蒔。

「シンジローの流れであることは変わりない。でも、何か違和感が。ここからでは
よくわからないのだが」

「それって、豊音さんの身に何かあったってことじゃあ」

「恐らく」

「……」

「嫌な予感がする」




   *
466 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/11(日) 20:08:26.22 ID:zV+/dtBoo


 南二局。

 ここで和了し、次の親に流れを繋げていきたいところだ。

 次の能力は先勝。

 早アガリでこちらを突き放してくるのは必至。

 でもそんなものは関係ない。

 僕は、僕の麻雀をするだけだ。

「ん?」

 局がはじまってから、僕の中の違和感は更に大きくなる。

 もし、先勝の能力が発動していたら、豊音は瑞原はやり並みの和了スピードで押してくる
はずなのだが、攻める気配が見えない。

 だったらこっちから攻めてやる。

 今の彼女なら、防御も弱いはず。

 ここで一気に――

「ロン」

「え?」

 豊音のロン。振り込んだのは中村ミエコ。

 どういうことだ。

 局中盤以降のアガリ。

 普通に考えたら、何のおかしいこともないのだが、彼女の能力を鑑みると奇妙だ。
467 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/11(日) 20:08:54.44 ID:zV+/dtBoo

 そして、豊音の牌を見て二度驚いた。

 北の単騎待ち。

 しかも、北自体はすでに場に二つ出ている。

 地獄待ち。

 偶然? いや違う。

 間違いなくこれは能力が発動している。

 それも仏滅の能力が。

 どういうことだ。

 六曜が順序よく回っていない。

 ということは、




   *
468 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/11(日) 20:09:25.70 ID:zV+/dtBoo



 一般の人から見れば普通の展開だとしても、事情に詳しい彼女たちには
また違うものに見えた。

「……時間が逆流している?」

 盛岡東警察署の応接間でテレビ観戦していた神代小蒔も、そう言って驚きの
表情を隠さない。


「そんなことがありうるのか」

「わかりません。でも、普通はありえないんです。時間の力に逆らって術を
発動させるなんて。それこそ禁呪ですよ」

「それを使ったとしたら、豊音は」

「借金の上に借金を重ねるようなもの。いや、もはやそんなレベルではありませんね。

 宇宙の法則にすら逆らうのですから」

「どうして、そんなにしてまで」

 


   *
469 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/11(日) 20:10:00.73 ID:zV+/dtBoo



 僕は再び精神世界に潜る。

 鎖に繋がれた彼女の精神へ。

「……」

 そこで見たものは、小さな子どもだった。

 しかし、その髪の毛や雰囲気から、それが姉帯豊音であることはすぐにわかった。

 どうして子どもに?

 僕は近づく。

 しかし、彼女に触れようとしたその瞬間、目の前に大きな壁が出現した。

 時間の逆行?

 それが先ほどの能力順序の乱れに影響しているのか。

 理由はよくわからない。

 だが、彼女の精神がさらに良くない方向へ向かったことは確かだ。

『やーい、やーい。オバケー』

『気持ち悪いんだよー』

『消えろー』

 子供の声が聞こえる。

 男の子だろうか。

 小さい子は残酷なところがあるので、人が嫌がることも平気で言ってしまう。
470 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/11(日) 20:10:39.93 ID:zV+/dtBoo

『魔法つかって見ろよ』

『何なら呪い殺してみろよ』

『気持ち悪い、出て行けくそがあ』

 これは、彼女の記憶なのか。

『うっく……、酷いよ』

 小さいころの、辛かった記憶。

『わたしはただ、みんなと仲良くしたかっただけなんだよー』

《恨め》

 不意に、別方向から声が聞こえてきた。

《憎め》

 腹の立つ声だ。

《怒ればその力がお前の道を切り開く》

『私は、救われる?』

 幼い声の豊音が、藁をもつかむような必死な声で言った。

《救われる。強く恨め》

『でも、私は……』

 闇に染まる……?

「小泉議員」

「はっ!」
471 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/11(日) 20:11:05.77 ID:zV+/dtBoo

 再び現実に戻される。

「早く牌を取ってください。あなたの親です」

「す、すいません」

 僕は牌を並べながら、豊音の顔を見る。

「豊音ちゃん」

 そして声をかけた。

「……」

 相手は答えない。

「憎しみや恨みだけじゃなくても、道は開けるってところを、見せてあげるよ」

 南三局、親は僕だ。

 

   *
472 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/11(日) 20:11:34.70 ID:zV+/dtBoo


「本物のリーダーというものは、どんな絶望的な状況でも希望を失わないものだ」

 照は言った。

「リーダーが絶望してしまったら、ほかの人も絶望してしまいますからね」

 小蒔もそれに続く。




   *



 そう、僕は勝つ。

「ロン! 2000点」

 豊音への直撃。打点は低い。

 だが僕の親は続く。

 南三局一本場。親は小泉シンジロー。

「ツモ! 1300点オール!」

 そして連荘。

 この卓は、僕が支配するんだ。

 南三局二本場。

「ロン! 4800点!」

 さらにロン。

 豊音への直撃は逃したけれど、確実に点数を稼いでいる。
473 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/11(日) 20:12:02.11 ID:zV+/dtBoo


 南三局三本場。

「ツモ、2000点オール」

 他の二人が戦意を喪失してくれているおかげで、僕は豊音との勝負に集中できる。

 南三局四本場。

「逃がしませんよ。ロン、7700点」

 再びトップ直撃。

 だがまだ足りない。

 全然足りない!




   *
474 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/11(日) 20:13:18.23 ID:zV+/dtBoo

《凄い! 凄すぎるぞ小泉議員! 脅威の追い上げ! 驚異的な追い上げだ!

 あの絶望的な状況の中で、まったく諦める気配すら見せません!!》

 司会者の興奮した声が、控えのテントまで届いてくる。

 コータローや煌たちは、自身の疲労も忘れて食い入るようにモニターを見つめる。

「連続和了。これってまるで……、宮永照」

 照との対戦経験もある花田煌は言う。

 それを聞いてコータローは不意に思い出した。

「そういえば、シンジローは、衆院選挙の時に照ちゃんと同じような技を使っていたよなあ。
連続で」

「いや、違うよ」

 コータローの言葉を、隣りにいた三尋木咏は否定する。

「衆院選時の連続和了は、似ているってだけの話だった」

 咏は衆院選時、シンジローの闘牌をコータローと一緒に観戦していた。

「でも、今日の弟くんの闘牌は違う。コピーでもなければ、偶然似ているというわけでもない」

「本物……?」

「弟君はテルリンだけじゃなくて、その技まで自分のものにしちゃうなんて。本当欲張りだねえ」

 咏はそう言って苦笑する。

(笑って済ませられるレベルなのか?)

 コータローはそう思ったが、何も言わないでおくことにした。

 今は、弟の闘牌に集中しよう、そう思ったのだ。




   *
475 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/11(日) 20:14:16.37 ID:zV+/dtBoo


「ツモ、4000点オール」

《ここで満貫! 満貫が出たああああああ!!!》

 シンジローの連続和了で、今までお通夜のように静まり返っていた会場が一気に
沸き立つ。

《信じられない! まったく信じられない!! 親に入ってから南四局。

 ここまで連続和了の回数は実に六回!》


《一時約10万点差がついていたトップとの点差が、ついに二万点台へと迫りました!!》



《この追い上げ!! この和了率。これはまるで、全盛期の宮永照のようだあああ!!!》


 波のようにうねる歓声。盛り上がる観衆。


《さて、このまま小泉議員が逆転してしまうのかあ!》

 
 しかし、

「ツ……、ツモ」
476 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/11(日) 20:15:05.62 ID:zV+/dtBoo

 アガッたのはシンジローでもなく豊音でもなかった。

 最下位だった永江タカコである。

「ごめんなさい。400、800」

「いいんですよ」

 僕は言った。

「勝負ですから」



《さあ、ここでチームOZAWA、16万7400点。チーム小泉、14万5000点ジャスト。

 その差は22400点!! どうですか、解説の平山さん》

《ええ。よくぞここまで追いついた、と言いたいところですけど、これ以上は難しいでしょうね。
次はもうオーラスですし》




    *
477 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/11(日) 20:15:35.02 ID:zV+/dtBoo




「確かに、私があの場にいたら勝つのは難しいかもしれない」

 照はそのことを素直に認める。

 彼女の連続和了は、徐々に点数を上げていくもの。

 一度アガリが止められてしまったら、もう一度低い点数からはじめなければならない。

 そして残された局は南四局のみ。

「だが、あそこで戦っているのは“私だけじゃない”」

「私もいますよ、照さん」

 隣にいた小蒔が笑う。

「うん」

 照は大きく頷く。

「シンジローの持つ固有の能力。それは私には使えない。シンジローだからこそ使える
能力がある」

「その能力とは?」

「見ればわかる」




   *
478 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/11(日) 20:16:36.95 ID:zV+/dtBoo



 南四局。

 最後の局を前に、僕は豊音の背後を見た。

 そこには鎖に繋がれた、姉帯豊音の本当の姿が浮かび上がる。

 絶対に解放する。

 絶対に。

 点差は未だに大きい。

 軽い手で勝てるなんて思っていない。

 それこそ、必殺技でもない限り。

《さあ、長かった戦いも、ついに終わりを迎えます》

 麻雀は静かに進む。

《このままチームOZAWAの姉帯豊音が逃げ切るのか》

 揃った。

《それとも、チーム小泉大将。小泉シンジロー議員が逆転をするのか》

 僕は豊音ちゃんに言いたい。

《どうなるんだああ!!》





 キミは今も一人じゃないってことを。






   *
479 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/11(日) 20:17:03.77 ID:zV+/dtBoo



「シンジロー! シンジロー! シンジロー!!」

 観客席内に湧き起こるシンジローコール。

「シンジロー! シンジロー! シンジロー!」

「おいコラ、やめろ! ここは岩手だぞ。わかってんのか!」

 小沢の関係者がコールを止めさせようとするが、観衆の声は止まらない。

「シンジロー! シンジロー! シンジロー!」




   *
480 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/11(日) 20:17:31.62 ID:zV+/dtBoo



 チーム小泉控室――

「シンジロー頑張れええ!!」

「シンジローさん!」

「弟くんファイトおお!!」

 コータロー立ちもモニターに向かって応援する。



   *



 盛岡東警察署内――

「署長、もっとしっかり応援しろ!」

 照が叫ぶ。

「はい! すいません。シンジロー! シンジロー!」

「副署長さんも応援してください!」小蒔も負けずに叫んだ。

「かしこまりました! 頑張れシンジロー!!」




   *
481 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/11(日) 20:18:09.96 ID:zV+/dtBoo

 鹿児島県 神代家――

「若様頑張っているのですよー」

 かごしまケーブルテレビの麻雀専門チャンネルで、石戸霞や薄墨初美なども応援していた。

「私も若様に会いたかったなあー」

 メガネをかけた巫女がテレビを見ながらぼやく。

「じゃあ今度会いに行きましょうか。小蒔ちゃんと若様に」

 霞がそう言うと、

「やったー。楽しみですよー」

 真っ先に初美が一番喜んだ。

「そんなことより、黒糖……」

 もう一人いた巫女は、特に関心を示す様子もなく黒糖を食べていた。

「しかし、若様勝てますかねー」

 再びテレビ観戦に戻った初美は、少し心配そうに言ってみる。

「何言ってるの?」

 それに対して霞は、
482 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/11(日) 20:18:35.94 ID:zV+/dtBoo

「絶対に勝ちますよ」

 そう言いきった。

「ん?」

「私たちがついてるでしょう?」

「それもそうですね。若様、頑張るのですよー!」

 再び初美は応援に戻る。

「頑張って若様」

 霞も、祈るような気持ちで応援した。

「若様カッコイイなあ」

「黒糖がもうない……」





    * 
483 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/11(日) 20:19:12.40 ID:zV+/dtBoo


 大阪市某大学構内――

「うわ、すごい展開やなあ」

 一人の女子学生が、大学のパソコンで生配信の動画を見ていた。

「ちょっとお姉ちゃん! 大学でニ○ニコみたらアカンっていつも言われてるでしょう!」

 巨乳でメガネをかけた女子大生がそう言って注意する。

「何言うてんの。これニコ○コちゃうで。ニコ生や」
 
「んなもん同じやろう! また先輩に怒られるんやから」

「せやけどほら。今岩手で小泉シンジロー議員が頑張っとんのやで。奇跡の大逆転や」

「シンジロー? シンジローって、あのシンジロー? 国会議員の」

「他に誰がおんねん」

「ウチはお兄さんのほが好っきゃな」

「あー、惜しかったなあ」

「へ?」
484 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/11(日) 20:19:38.83 ID:zV+/dtBoo

「お兄さんのほうやったら、さっき試合しとったで」

「え、ホンマ!?」

「もう終わったけどな」

「なんで教えてくれんかったんよ!」

「大学でニコニコ見たらアカンのやろ?」

「ちょっ、それとこれとは話が別やろう!」

「おっしゃあ、オーラスや」

「話聞いてや!」




   *
485 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/11(日) 20:20:05.45 ID:zV+/dtBoo



 茨城県内にある某一戸建て住宅の居間――

「シンジロー! シンジロー!」

 その家の娘がテレビに向かって叫んでいた。

「ちょっと、何やってんの? 独身続きで頭がおかしくなったの?」

 母親が心配して声をかけてきた。

「あ、お母さん。お母さんも応援してあげて」

「へ?」

「前神奈川に住んでた時、同級生だったシンくんだよ。今頑張ってるの」

「え、ああ」

 母親は洗濯物の入ったカゴを置いて、テレビに向かう。

「シンジロー! シンジロー!」

「シンジロー! シンジロー!」

 母子の応援は続く。





   *
486 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/11(日) 20:20:45.74 ID:zV+/dtBoo




「シンジローの持つ最大の能力は――」

 宮永照は確信する。

「自分を応援してくれる人たちの力を」

 シンジローの手が止まった。

「そのまま雀力にすることができる」

 彼はゆっくりと、牌を倒す。

「それは――」







  希 望 を 力 に
 
 HOPE TO FORCE






   *
487 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/11(日) 20:21:32.08 ID:zV+/dtBoo




 荒野の真ん中で、鎖に縛り付けられた少女。

 その鎖が、今砕かれる。


「四暗刻、役満です……!」



 僕がそう言った瞬間、姉帯豊音の胸にある首飾りの宝石が砕け散った。



 そして静まり返る世界。

 ここまでの静寂が、今まであっただろうか。

 確立を支配し、因果から解き放たれた瞬間。



《決まったあああああああああ!!!!! 大逆転! 

 それも役満での大逆転勝利ああああああああ!!!!》



 劇的な逆転勝利に、会場は大きく盛り上がっている。

 でも、今の僕にはそれよりも気がかりなことがあった。

 僕は席を立ち、対面に座っている大きな女性の前に身をかがめる。

 安らかな寝顔を少し触ると、涙の流れた跡を少しだけ感じた。
488 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/11(日) 20:21:58.28 ID:zV+/dtBoo

「……あれ?」

 ふと、目を覚ます豊音。

「おはよう、豊音ちゃん」

 僕は、なるべく笑顔で言った。

「あれ、シンジローさん。どうして?」

「大丈夫。悪い夢を見てたのさ。さあ、帰ろう」

「……うん」

 僕は豊音の手を取って、試合会場を後にした。

 応援してくれた会場の人たちにも挨拶はしたかったけれど、そんな余裕はなかったのだ。

 正直、前もよく見えていない。



  *
489 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/11(日) 20:22:28.08 ID:zV+/dtBoo

 試合後の警察署内は、何だかお祭り騒ぎであった。

「いやあ、凄かったなあ」

「マジ感動した」

 警察署内にいた警官や職員、はてはチンピラまでも一緒に試合のことで盛り上がっていたのだ。

「照さん」

「ん?」

 不意に小蒔が話しかける。

「帰りましょう。シンジロー様のもとへ」

「そうだな」

 照は頷く。

 興奮する周囲の様子を横目に、照は別のことを考えていた。

(強くなったな、シンジロー)

 小泉シンジローは十分強い。彼女はそう感じた。
490 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/11(日) 20:23:10.58 ID:zV+/dtBoo








「もう、私がいなくても大丈夫かもしれない」










 思わず口に出してしまう。

「え? どうしました? 照さん」

 隣にいた小蒔が聞く。

「いや、何でもない。早く行こう」

「はい」

 照たちは、その後警察の車両で、シンジローたちのいる祭り会場へと向かった。




   つづく
491 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/11(日) 20:24:38.03 ID:zV+/dtBoo
予告なし

次回、最終回でございます。短い間でしたが、応援ありがとう。
492 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/11/11(日) 20:28:00.83 ID:wkFXmPoIO
乙ー

え?最終回?
493 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage]:2012/11/11(日) 20:29:23.70 ID:zNWX8pk8o
豊音ちゃんが無事で良かった
494 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/11/11(日) 20:31:05.46 ID:pYIf/7GAo
乙でした
強くなったシンジローを見て自ら消えようとするとかやっぱりメインヒロインというより師匠ポジじゃないか
495 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(沖縄県) [sage]:2012/11/11(日) 23:25:52.59 ID:lAOINHC3o
むしろ照がいたときの方が少ないのでは
496 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/12(月) 19:51:18.50 ID:SfktF19zo






   最終話 新たなる旅立ち



 自身の権力と権威を見せつけるために行われた「いわて麻雀まつり」の政治麻雀、
岩手杯。

 そこで岩手の帝王、小沢イチロウはJ民党の若手ホープであった小泉シンジローを
潰すことを画策する。

 しかし、細野ゴーシに用意させた小沢の代打ち、姉帯豊音は最終的に逆転負け。

 この敗北は小沢の権威と勢いを大きく失墜させることとなった。

 そして約一か月後、小沢幹事長が裏で操っていた鳩山ユキオ内閣は瓦解する。

 東京都内の小沢事務所。

 ここで、小沢は側近の秘書から報告を受けていた。

「小沢先生。残念ながら、鳩山の辞任に伴い、先生の幹事長職もなくなります」

「次の総理は誰だ。どうせ菅ナオトだろう。あいつもバカだから上手く操ってやる」

 自身の傀儡である鳩山の辞任にも関わらず、小沢はまだ強気であった。

「神輿は軽くてバカがいい、とは言うけれど、鳩山の場合は狂っていた。狂人はいかん」

「先生、そのことなんですが」

「どうした」

「実はM主党側からの通達で、小沢先生への要職への就任は認められない、とのことです」

「どういうことだ?」
497 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/12(月) 19:52:07.30 ID:SfktF19zo

 小沢は目を見開く。

「つまり、権力の中枢から遠ざけられた、ということです」

「バカな! 誰の差し金だ! 誰がアホばかりのM主党に政権を取らせてやったと
思ってるんだ」

「それが……」

「おい、細野を呼べ。次の政権でも、俺は裏で操るぞ。細野はどこだ」

「先生、それが」

「あん?」

「小沢先生を執行部の主要人事から外すよう指示を出したのは、その細野副幹事長です」

「細野ゴーシ、謀ったか……!」

「どうやら細野は鳩山内閣の倒閣にも暗躍したようで」

「くそが……!」

 細野ゴーシ。副幹事長として小沢の政策支えた者の一人で、M主党内では小沢に
最も近い人物の一人と目されていた。

 しかし、鳩山ユキオ辞任後は、小沢から離れ、代わりにM主党内の反小沢派に接近し、
積極的に小沢排除の方針を支持したという。

「くそっ、それもこれも、あの小泉の子倅のせいだ!」

「先生、落ち着いてください」

「うるさい!」

「先生」

「おのれ小泉シンジロー……!」


 その後、鳩山内閣に代わりM主党新代表の菅ナオト率いる菅内閣が成立。

 その菅内閣の状態で、M主党は夏の参議院議員選挙を迎える。





   *
498 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/12(月) 19:52:43.73 ID:SfktF19zo



 政権交代から一年。

 夏に行われた参議院議員選挙はM主党にとっても、また日本にとっても一つの
転機であった。

 M主党政権は首相を鳩山から菅に切り替え、巻き返しを図る。

 その中で小泉シンジローは選挙のために東奔西走した。

 選挙中に行われた政治麻雀では、11勝1敗という驚異の勝率で菅首相をはじめとする
M主党の実力者を一蹴。

 M主党の選挙敗北の大きな要因となったのである。

 結局、参議院で与党は過半数割れ、J民党など野党の躍進もあり、日本は再び参議院と
衆議院との多数派が異なる、いわゆる「ねじれ国会」の時代を迎えることとなった。





   *
499 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/12(月) 19:53:32.81 ID:SfktF19zo


 それから季節は流れ、秋。

 選挙も終わり、この年の正月からほとんど休みらしい休みがなかった小泉シンジロー事務所も
ようやく落ち着いてきた。

「シンジロー様。お茶が入りました」

「ありがとう」

 秘書(お茶係)の神代小蒔が紅茶を持ってきてくれた。

 気のせいかもしれないけど、紅茶の香りからも少し秋を感じる。

「今日は人が少ないんですね」

「そうだね。皆休みが少なかったんで、ここいらで休んでもらってるよ」

 いつもは騒がしい小泉シンジロー事務所も、今日は静かだ。

 思えば宮永照と自宅でたった二人からはじめたシンジロー事務所も、いつしか十数人のスタッフを
抱える大所帯になっていった。

 もちろん、地方の大物政治家の事務所はこれよりも大きいけれど、ついこの間までフリーターだった
僕にとっては、この規模の組織をまとめるのも大変なことなのだ。

「今日は照さん、どこか行かれたんですか?」

 テーブルで羊羹を食べながら、小蒔は聞いてきた。

「え、今日は休みじゃないの?」

「いえ、今朝は普通に準備して、いつもより早く家を出たんですけど」

「ん?」

「だから、どこか出張にでも行くのかな、と思って」
500 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/12(月) 19:54:22.04 ID:SfktF19zo

「僕は聞いてないぞ」

 彼女が、僕に何も言わずどこかへ行く、というのはあまり考えられない(迷子になるから)。

「そうなんですか?」

 ちなみに照と小蒔は、他の事務所の女性スタッフと一緒のマンションに共同で暮らしている。

「どこ行ってんだあいつ」

 携帯電話に連絡しようとしたその時、

「シンジローさーん」

 不意に大きな女性が事務所に入ってきた。

「どうしたの、豊音」

 姉帯豊音。

 岩手で働いていた事務所をクビになったので、現在は僕の事務所で働いている。

「郵便受けにこんな手紙が入っていたんだよー」

「手紙?」

 僕は豊音から封筒を受け取る。

 そこには、やたら丁寧な字で「小泉シンジロー様」と書かれていた。

 裏面は見なくてもわかる。

 照の字だ。

「あいつ、何でこんなことを」

 確かに照はメールを打つのが苦手だ。
501 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/12(月) 19:54:53.80 ID:SfktF19zo

 しかし、手紙を書くことはもっとやりそうにない。

 僕は嫌な予感がした。

「何が書いてあるんですか?」

「照さんどうしたのー?」

 豊音と小蒔が顔を近づけてくる。

 二人も、照のことが気になるようだ。

「ちょっと待って」

 僕は手紙の封を切って中を見る。

「……」

「これって」

 そう言ったのは小蒔だ

「退職届……?」

「ええ!? 何それ」

 突然のことで、豊音は涙目になる。

「落ち着いてみんな。くそ、どういうことだよ」

 僕はもう一度彼女の手紙を読み返す。

 しかしそこには、「辞めさせてください」としか書かれていなかった。
502 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/12(月) 19:55:33.25 ID:SfktF19zo

「あいつ」

 僕は立ち上がった。

「どこへ行くんですか? シンジロー様」

「照を探してくる」

「私も行きます」

「私もいくよー。照さん心配だよー」

「ありがとう。でも二人は事務所で留守番していて。他の人にも連絡して欲しい」

「わかりました」

「わかったよー。気を付けてね」

「ああ」

 僕は事務所を出ると、携帯電話で照以外の人たちに連絡した。

 彼女が行きそうなところはだいたい検討がついているけれど。




   *
503 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/12(月) 19:56:23.55 ID:SfktF19zo


 横須賀市内の雀荘「スカイブルー」

 思えば、彼と初めて会ったのがここだった。

「やあ、照ちゃん。今日は一人。おや、その格好は仕事かい?」

 すっかり顔見知りになったハゲの店長が親しげに話しかけてくる。

 私は彼に挨拶をすると、コーヒーを頼んだ。

「ここは喫茶店じゃねえんだぜ。まあ出すけどよ」

 どうでもいいが、この店のコーヒーは下手な喫茶店のものよりもはるかに美味しい。

「照ちゃん。最近忙しかったみたいだね。滅多に顔出さなかったし。最後にここへ来たのは、
正月だったかな。正月早々雀荘ってもアレだけど」

 久しぶりに来たけれど、相変わらずこの雀荘の人は少ない。

「少ないって、今日はまだ平日だからね。平日の午前中から来るやつはほとんどいねえよ」

 それならなぜ店を開けているんだろう。

「まあさ、この店は一種の避難所みたいなものかな」

 避難所?

「そう、迷える子羊が麻雀牌の音を聞きつけてここに引き寄せられる。ほら、コーヒーお待ち」

 ありがとう。

 私はそう言ってコーヒーを受け取った。

 コーヒーにはあまり詳しくないけれど、インスタントでは決して出せない香りやコクがある
ことくらいは、私にもわかる。
504 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/12(月) 19:57:00.55 ID:SfktF19zo

「若もね。昔はよくこうしてここに来てたよ。色々迷った時なんかは特に」

 迷った?

「ああ、アメリカに留学する前とか、野球を辞める時とか」

 そうなのか。

「若はああ見えて悩むことが多いからな」

 私も同じだ。

「そうかい。照ちゃんもそういうところがあるのかい?」

 ああ、迷ってるよ。

 今も迷ってる。

 私はコーヒーに口をつけた。

 温かい。

 今頃、事務所では私が出した手紙が見つかったところだろうか。

 あれを読んで彼は、何と思うだろうか。

 考えるだけで胸が痛い。

 でもこれでいいんだ。

 私は自分に言い聞かせる。

 彼は十分強くなった。だから私はもう必要ない。

 そして、私が近くにいれば迷惑をかけてしまう。

 だから、私は彼の元を去ろう。

 そして遠くから、彼の活躍を祈っていよう。ずっと、ずっと。
505 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/12(月) 19:57:30.89 ID:SfktF19zo









「ここにいたか」








「え?」

 不意に現実に引き戻される。

 私が振り返るとそこには、息を切らせたワイシャツ姿の彼がいた。

「シンジロー」

「いきなり辞めるって、どういうことだ」

 彼は詰め寄る。

 汗ばんだ額と男臭さが私の胸をさらに締め付ける。

「あの手紙に、書いていた通りだ」

 私はできるだけそっけなく言った。

「何で今更辞めるなんて言うんだよ。折角二人でここまでやってきたのに」
506 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/12(月) 19:57:58.25 ID:SfktF19zo

「シンジローには!」

「え?」

「シンジローには、もう私は必要ない」

「何を」

「これ以上私がいても迷惑がかかるだけ」

「……」

「だから、私はあなたのもとを去ろうと思う。さよなら、シンジロー」

「……」

「私は、いつまでもあなたのことを応援している」

「……」

 しばしの沈黙。

 その沈黙を破ったのは、彼のほうからだった。

「なあ照」

「何か」

「キミの言いたいことはわかった。じゃあ僕から一つ聞かせてくれ」

「……どうぞ」

「照にとって、僕はもう必要ないのかい?」

「……」

「……どうかな」

「その聞き方は……、卑怯だと思う」
507 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/12(月) 19:58:50.92 ID:SfktF19zo

「照」

「必要に決まってるじゃないか! あなたの代わりは、地球上のどこにもいない!」

 ダメだ、とわかっていても抑えきれなかった。

 気が付くと私は、彼の小柄だけど筋肉質の身体を思い切り抱きしめていた。

 彼の息遣い、体温、そして匂いを感じる。

 こんなにも強く抱きしめたのは、鹿児島出張以来だろうか。

「照、僕にとっても君の代わりはいない」

「それって……」

「戻ってこい」

 目の前が歪み、彼の顔がまともに見えなくなっていた。

「あの、シンジロー」

「どうした」

「キス、しよう」

「え!?」

「この展開だと、そうなるのも普通だろう」

 一体何が普通なのかよくわからないけれど、これは大きなチャンスだと私は思った。

「いやいや、気持ちはわかるけど」

「私のことはキライか」

「そうじゃなくて、皆見てるし」

「店の主人(マスター)なら、気を利かせて外に出ている」
508 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/12(月) 19:59:44.26 ID:SfktF19zo

「いや、マスターだけじゃなくて」

「へ?」

 気が付くと、入口の影で多数の人たちがこちらを見ていた。

 一応、物陰には隠れているようだが、人数が多いのでバレバレだ。

「……いつからそこにいた」

 私は、一番前にいたシンジローの兄、コータローに聞いた。

「ええと、『シンジローには、もう私は必要ない』くらいから」

「ほぼはじめからじゃないかあ!!」

 私が叫ぶと、かくれんぼが見つかった子どもたちのようにぞろぞろと人が出てくる。

 事務所の関係者だけでなく、個人的な知り合いもいた。

「さっさとキスしちゃえよ、弟くんもヘタレだねえ。もうすぐ三十だろう?」

 三尋木咏。

「これだけ人に見られている状態だと、俺でも嫌ですよ。演技なら別だけど」

 小泉コータロー。

「照さん、辞めるなんて言わないでください! あと、抜け駆け禁止です」

 神代小蒔。

「照さんが辞めるなんて嫌だよー」

 姉帯豊音。

「すばらっ、休みの日にわざわざ出てきた甲斐がありましたね」

 カメラを構える花田煌。
509 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/12(月) 20:00:28.28 ID:SfktF19zo

「いやあ、いいもん見させてもらったのう」

 名前は忘れたけど、広島で会ったメガネ。

「いよお、色男。またフラグを立てちまったのかい?」

 葉巻をくわえた麻生タロー。

「照さん、また麻雀やろうぜ」

 海上自衛隊の隊員。

「ククク……、まるで中坊だな」

 他にも事務所の関係者や雀荘の常連が多数押しかけていた。
  
「皆……」

「なあ、照」

 シンジローはそう言って、私の肩に手を乗せる。

「シンジロー」

「これでも自分は必要ないって、思ってるか?」

「……ったく」

 私は目元を拭う。

 自分にも、まだできることはあるかもしれない。

 なければ探せばいい。

 私は、ずっと彼の傍にいたいのだから――



「よしっ、皆! 聞いてくれ!!」
510 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/12(月) 20:00:57.27 ID:SfktF19zo

 私はこれまでにないほど大声で呼びかける。

「私はシンジローを内閣総理大臣ごとき地位で終らせたりはしない」

「ええ?」

 そう言うと、当のシンジローだけでなく周りにいた全員が驚いた。

 それを見て、私は人差し指を立てて上に向ける。

「世界一だ!」

 一息ついて、

「シンジローを世界一の政治家にする!」

 おおお!!

 そして盛り上がる雀荘。

「そして私は、世界一の秘書になる!!」

「へ!?」

 そう言うと、私はもう一度シンジローに抱き着いた。

「おい、照」焦るシンジロー。

「ズルいです、照さんばっかり」

 怒った小蒔もシンジローに抱き着く。

「こら! シンジロー! 私以外にデレデレするな」
511 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/12(月) 20:01:26.40 ID:SfktF19zo

「してないから!」

「シンジローさん、照さん。皆も大好きだよー」

 事務所で一番大きな豊音がガバッと三人同時に抱き寄せた。

「モテモテだな、シンジロー」

「アハハハ。一夫多妻は認められていないから、まずは民法を改正しないとね」

 笑いながら咏は言った。

 多分、これからも辛いことや悲しいこと、苦しいことはたくさんあるだろう。

 それでも私はできる限り彼を支えて行こうと思う。

 なぜなら、私は彼にとって最初の秘書であり、私にとって大事な人だから。
 











   シンジローや照たちの闘いは、まだまだこれからも続く!
512 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/12(月) 20:02:05.65 ID:SfktF19zo




   出演(年齢は物語終了時点)





   小泉コータロー(32)

 タレント兼俳優として順調に活躍。

 元々芸能界麻雀大会でベスト4に入るなど、麻雀の腕前は高かった。

 いわて麻雀まつりでの活躍もあって、その後は麻雀関係の仕事も多数こなすことになる。

政界には進出する予定はなく、今後も芸能人として活動していくとのこと。

 よく共演する三尋木咏との関係を噂されることになるが、真相は不明。


   コメント

 モデルは言うまでもなく、小泉○太郎。

 ただし、本人よりは若干アクティブかつワイルドな存在となった。

 特に岩手編での活躍は、直撃が一度もないなど、抜群の安定感。

 まあ、あのジュンイチローの息子ですから。

 シンジローほどではないけど、彼の雀力もかなり成長した。

 コーチが良かったのかもね。しらんけど。
513 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/12(月) 20:02:49.75 ID:SfktF19zo



   三尋木咏(26)

 神奈川県横浜市にあるプロ麻雀クラブで活躍するプロ雀士。

 怒涛の火力と言われるほどの攻撃力が特徴。

 麻雀大会だけでなく、雑誌やテレビでの芸能活動も盛んに行っている。

 小泉コータローとの関係については、「わっかんねー」とだけコメント。


   コメント

 当初は神奈川繋がりで登場しただけのゲストキャラ。

 ただ、説明役としてはかなり重宝した。奈良の小中学生には不評のようだが、
筆者は好きよ。

 声優の松岡由貴さんもいいね。コータローのことをこうちゃんって呼んでるけど、
彼女のほうがかなり年下です。ただ、この世界では麻雀の強さが社会的な地位に
結びついているので、ため口でもいいじゃないっすかね(適当)。
514 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/12(月) 20:03:24.87 ID:SfktF19zo




   ヨコクメ勝仁

 シンジローの対立候補。小選挙区で敗れたけれど、比例で復活当選。

 後に内閣不信任決議に賛成してM主党を離党。党からは離党は受理されず、

 除籍ということになった。


   コメント

 特にない。助っ人秘書は、ちょっとだけ好きだった。
515 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/12(月) 20:04:29.09 ID:SfktF19zo

   石戸霞(20)

 神代小蒔が神奈川へ行ってしまったため、不在の神代家を支える中心的存在となる。

 密かに東京・神奈川旅行を計画中。

 シンジローには、鹿児島の選挙区へ鞍替えして欲しいと思っている。


   コメント

 鹿児島ではお母さん的な存在だが、特に目立った活躍はなかった。

 特定地域のキャラを偏らせないように、後の出演は自粛。

 これは初美も同じ。




  薄墨初美(20)

 実家の手伝いをしながら、小蒔不在の神代家を支える。

 東京・神奈川旅行を一番楽しみにしている子の一人。


  コメント

 鹿児島編では岸ノブスケを体に宿す。

 霊界麻雀以外では特に活躍はないけれど、可愛いからいいじゃん。

 永水勢は小蒔を含め、この三人のみ。他の二人はストーリーの都合上カット。

 本当に申し訳ない。
516 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/12(月) 20:05:45.67 ID:SfktF19zo


   花田煌(19)

 政治家秘書。当初、麻生タローの福岡事務所に勤めるも、その後辞職してシンジロー事務所へと
移籍する。

 麻雀力はそんなに強くないけれど、高い事務処理能力と人を見る目でシンジローをサポートする。


  コメント

 新井美里さんの演技があまりにも素晴らしかったので採用。

 雀力は並でも、鋼鉄の精神でチームを支える姿勢はグッド。

 本編でも、集中攻撃を受けながら、二度も反撃を成功させたのは、タフな精神力のなせる業。

 筆者の「すばら愛」が不足していたため、口調が上手く再現できなかったのは惜しい。

 名前だけ見ると相撲取りみたいだけど、可愛い女の子ですよ。すばらっ!
517 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/12(月) 20:06:33.48 ID:SfktF19zo



   福島ミズホ

 S民党党首。当初はM主党と連立を組んでいたけれど、方針の違いにより約一年で連立を離脱。

 同党内の辻本キヨミが裏切って、離党し、政権に残ることとなる。


   コメント

 モデルは福島○穂。

 彼女が好む融通の利かないピンフ麻雀は、社民党の方針と結構あってたんじゃないかなと今でも思う。

 昔はキライな政治家だったけれど、今はちょっとだけ好きになった。

 だが辻元、お前はダメだ。

 ちなみに喋り方のモデルは、セシリア・オルコット(IS)ですわ!
 
 
518 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/12(月) 20:07:29.27 ID:SfktF19zo


  亀井シズカ

 K民新党代表。しばらくの間は連立与党の一員としてM主党に協力するも、

後に消費税の問題を巡ってM主党と対立。

 その後、亀井本人は連立離脱を決断する。しかし部下の議員が着いてこず、

結局自分ともう一人の女性議員だけが党から追放されるという結果になった。



   コメント

 当スレの出演者の中では筆者が最も闘牌したくない相手。

 泥亀戦法は、上級者同士の闘いに向いた戦法なので、筆者のような素人にはあまり関係ないけどね。

 泥をかぶって身を隠し、相手の出方を伺うというのは亀井の政治手法にも通じるものがある(?)

 ラストはワカメに裏切られ終わるところも、ある意味亀井らしい。
519 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/12(月) 20:08:14.11 ID:SfktF19zo




   染谷まこ(19)

 元亀井シズカ事務所のアルバイトメイド。

 高校卒業後は、故郷広島に戻り、一時的に亀井の事務所でアルバイトをしていた模様。

 本業は不明。だが、再びどこかの政治家に接近している。




   コメント

 裏切りのワカメ。実は長野・清澄勢では唯一の出演。

 間接的にシンジローを支援し、亀井を負かせた女。

 こういう汚れ仕事が似合いそうなのは、まこかロッカーしか考えられなかった。



   佐々野いちご(20)

 地元は広島だが、高校卒業後は関西の大学に進学し、関西大学リーグで活躍中。

 劇中では一時的に広島に帰郷して、亀井を助けたという設定。

   コメント

 広島弁、という点ではわりとキャラが立っていたけれど、アイドル設定とかは……、

そんなん全然考慮し取らんよ。
520 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/12(月) 20:09:16.43 ID:SfktF19zo




   姉帯豊音(20)

 岩手で勤めていた事務所を解雇されたため、小泉シンジロー事務所で働くことになった。
意外と家事スキルは高いため、私生活で照や小蒔を助ける。

 呪いの首飾りの後遺症でしばらく麻雀は打てない状態であったが、鹿児島にいる
神代家関係者の措置により、回復に向かっている模様。


   コメント

 宮守勢の中で唯一の出演。

 人気の高さゆえに起用。

 彼女の持つ六曜の力のおかげもあって、ラスボスと囚われのヒロインという二つの
役どころを同時にこなす万能ぶりは作者自身もびっくり。
521 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/12(月) 20:10:23.81 ID:SfktF19zo


   谷リョーコ


 参議院選に比例で出馬して当選。

 小沢がM主党を離党した際は、彼に着いて行った。


   コメント

 モデルは言うまでもなくあの人。

 柔道家としては尊敬できるけど、政治家としてはどうでしょ。

 小沢への忠誠を守ったという点ではよかったのかな。

 結局噛ませ犬だったけど、意外な人気に筆者も驚いている。



   細野ゴーシ

 小沢イチロウ幹事長時代に副幹事長を務めた。

 党務では小沢の右腕として働く。

 しかし小沢が党執行部(中枢)から遠ざけられると、さっさと小沢を見切り、
反小沢に取り入る。

 後に首相補佐官、閣僚、党役員などを歴任。

 一時M主党代表選挙に担ぎ出されそうになるが、短命政権を嫌がり出馬せず。


   コメント

 モナ・ヤマモトと不倫していた人。

 キャラ的には胡散臭いイケメン。

 サラッと、豊音に呪いのアイテムをつけた責任を、全部小沢になすり付けようとした
辺りはさすがのズルさ。 
522 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/12(月) 20:11:00.73 ID:SfktF19zo



   小沢イチロウ

 政界の壊し屋。剛腕(笑)

 後に消費税増税問題を巡ってM主党執行部と対立。

 自らの派閥議員を引き連れて集団離党した。

 しかし裏切り者が多数出た模様。


   コメント

 政界でも一、二を争う悪役顔。

 実際、意図的に悪役を演じているところもあるのでしょうけど。

 都合が悪くなると雲隠れ。

 本人ではなく、代役の豊音を戦わせるあたりが小沢らしい。

 物語では、最後は細野に裏切られている。

 しかし、こうして見ると政界っていうのは本当に裏切りが多いのね。
523 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/12(月) 20:11:44.33 ID:SfktF19zo



   ?????(29)

 栃木県在住のプロ雀士。

 同級生が政界で活躍しているのを見て、自身もやる気を取り戻す。

 後に女子世界ランキング10位にまでランキングを上げ、日本代表でも大将を任されるまでに
なるが、それはまた別のお話。

 相変わらず独身。



   コメント

 最後まで本編には絡まなかった人。

 正直、彼女が絡むとストーリーがややこしくなるのは必至だったから、

あえてモブキャラのままで終らせた。

 番外編でもない限りやらない。
524 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/12(月) 20:13:11.16 ID:SfktF19zo



   神代小蒔(19)

 小泉シンジロー事務所のお茶係として、シンジローの出張にはいつも水筒持参で
同行している。

 料理は全然だが、お茶だけなら緑茶、紅茶、麦茶、ウーロン茶など、様々な品種を
出すことが可能になった。

 宮永照とはライバル。しかし同時に親友でもある。

 私生活のポンコツぶりは相変わらずだけど、姉帯豊音や花田煌の指導もあって、
少しずつ改善している模様。


   コメント

 鹿児島編だけのゲストキャラだったはずだった。しかし、『シンジロー様』という言い方が
あまりにも可愛かったのでレギュラー化。

 なお、麻雀は霊界麻雀を除けば、一度も打たなかった。

 基本はお茶係で常に巫女服。この世界ではメイドも看護師もふつう。ただし痴女はNG。

 フラグ三本までならハーレムではない、という勝手な筆者理論により彼女もメインヒロイン。

 ちなみに筆者が認めるメインヒロインは、彼女と照だけ。
525 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/12(月) 20:14:29.42 ID:SfktF19zo



   小泉シンジロー(29)

 J民党青年局長に就任し、更に忙しい毎日を送る。

 最年少総理大臣との呼び声も高いものの、まずは総選挙での勝利、
と現実的なコメント。



   コメント

 ムダヅモ無き改革の主人公、小泉ジュンイチローの実子という設定で、
今回主役を張ることに。

 純一郎≠ジュンイチローであるように、シンジローも進次郎ではない。

 本物(モデル)よりもかなりヘタレに設定。

 しかも今読み返してみると、昼間から雀荘に行くようなダメ人間だった。
 
 M主党への批判だけでなく、J民党の方針にも疑問を持つなど、理想と現実のはざまで
悩む姿が若者らしい。

 雀力は最強と思われがちだが、防御が薄い。焦って攻めに出て、直撃されることもある。

 作中で二度ほどトバされたのもご愛嬌。
526 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/12(月) 20:15:11.29 ID:SfktF19zo


   宮永照(20)



 小泉シンジローの秘書として、その後も彼の傍に寄り添う。

 ジュンイチローの妹でシンジローの叔母にあたるミチコから、小泉流点棒術を習得。



   コメント

 メインヒロインにして主人公。


 本作は彼女の成長物語でもある。

 二次創作界隈では色々な性格が出ているけれど、今回はかなりポンコツに設定した。

 嫉妬深い性格なので、シンジローに近づく女性は気を付けたほうがいい。

 昨年は三原ジュンコが照の点棒の犠牲になったとか。 

 神代小蒔とのコンビはわりと好きで、自分以上に私生活がポンコツな小蒔の面倒を
見ることによって、照の生活力がわずかばかり改善された。

 動物セラピーみたいなものか。

 強すぎて逆に使いづらいキャラの典型。
527 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/12(月) 20:16:20.85 ID:SfktF19zo




   小泉ジュンイチロー

 シンジローの出馬により、政界から引退。

 しかし引退後も、国会の地下闘牌場や世界中で各国首脳と闘牌を繰り広げるなど、
闇での活動は健在。

 金○日をツモ殺したこともある(報道規制)。


  コメント

 作中最強のキャラだが、そこまで強い演出はできなかった。

 トマトジュースで吐血の真似をするなど、お茶目な一面も。

 第一話の時点で、照がジュンイチローの秘書になると思っていた人も多かったと思うけど、

ゴメンね。彼の出演は第二話だけでした。

 必殺技は国士無双十三面(ライジングサン)。

 地球が割れるくらい凄い技だが、家族麻雀では不発。 
528 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/12(月) 20:17:45.23 ID:SfktF19zo




   能力について(オリジナルのみ)


 《宮永照の連続和了》


 連続で和了するたびに打点が高くなっていくという能力。

 一度流れたり、相手にアガられるとまた低い打点からのやり直しという、かなり制約も多い。

 ただし、照はこの能力なしでもふつうに麻雀力は高い。高校三連覇は伊達じゃねえ。

 後半で、シンジローに一時的だが完全コピーされた。



 《六曜全発動》

 姉帯豊音の能力。

 原作では六曜のうち、二つしか出なかったので、今作で勝手に四つ追加。

 一番怖いのは、仏滅と先勝だろうか。

 赤口は完全にギャグ。六曜の能力はどれも強力だが、順番に回さないといけないという
制約がある。

 逆回転やランダムで発動した場合は、ペナルティを食らう。

 呪いの首飾りによって、能力の限界値を壊したためにできた技。

 普通にやると死ぬ。



 《希望を力に(ホープトゥフォース)》

 小泉シンジローの固有能力。

 自分を応援してくれる人の力を雀力にできる。

 ただし命がけの対局のように、極限の状況でしか使えない。

 闘牌力の強い人の祈りだと、更に強力になるらしい。  
529 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/12(月) 20:20:01.59 ID:SfktF19zo
 以上、投下終了。

 最後に、番外編のリクエスト受け付けますん。

1:白糸台のあの後輩が遊びにくるよ

2:魔界の女王が……

3:みんなで熱海温泉旅行

4:次回作情報
530 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/11/12(月) 20:23:06.59 ID:aYbJO5H5o
おっつおっつ
まだまだ読みたかったわ
番外編は3で


あと>>523の年齢間違ってない?(震え声)
531 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/11/12(月) 20:23:28.71 ID:lKbxDKvIO
あえて2

おつー
532 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) [sage]:2012/11/12(月) 20:25:32.36 ID:WhG9f5SNo
おつー
とても楽しく読めました
番外は3で
533 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/12(月) 20:25:58.49 ID:SfktF19zo
もう最後だからぶっちゃけるけど、何で麻雀素人なのにこんなの書いたかっていうと、

某白糸台スレが一向に照ルートに行きそうになかったので、我慢できずに書いてしまった。

今は反省している。

もう麻雀モノは書かない。マジでキツ過ぎる。

特に亀井戦がキツかった。シンジローもイライラしてたけど、書いてるほうもイライラしたよ。

リッツ頑張れ。
534 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2012/11/12(月) 20:29:41.55 ID:ytVB5EB+o
3で面子は三宅ユキコ 谷リョーコ 田中マキコ 土井タカコ 鳩山ミユキあたりでオナシャス
535 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) [sage]:2012/11/12(月) 20:46:15.02 ID:tOoJlXSV0
536 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/11/12(月) 21:40:03.76 ID:HdkIcc5mo
乙!
537 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/11/12(月) 22:21:24.44 ID:XrJd/Suto
乙華麗
番外編は1がいいな
538 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [saga sage]:2012/11/13(火) 20:06:08.45 ID:pNaFqMj40
乙乙ー
1希望です、テルー
539 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) [sage]:2012/11/13(火) 23:02:32.61 ID:p5ZoAi/p0
>>534
BBAは帰って、どうぞ
540 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(中国・四国) [sage]:2012/11/14(水) 05:28:30.45 ID:leoerQJAO
1なのよー
541 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/11/14(水) 21:23:27.56 ID:BJk5cps60
乙!
1で淡登場でオナシャス!!
542 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) [sage]:2012/11/17(土) 22:17:49.28 ID:q/WguBvdo
ラスボスは咲さんかと思ってた
543 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/18(日) 20:04:17.81 ID:abwAl5lTo
実は番外編で魔王ルートに咲さんが出ていた。

というわけでラスト
544 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/18(日) 20:04:52.22 ID:abwAl5lTo
 番外編 後輩の職場見学



 今日は照の後輩だという女子高校生と女子大学生が僕の事務所を訪れた。

「おっす照。久しぶりい」

 一人は大星淡という、元気そうな高校三年生。

「こら淡。あ、すみません。私、宮永照と同級生でした、広世菫と申します」

 長い髪のこの女性は、広世菫。

 見た目の雰囲気と同じように落ち着いた喋り方で、とても礼儀正しいと思った。

 長い髪の毛がとてもキレイだ。

「いたっ!」

 急に耳を引っ張る照。

「痛いじゃないか照」

「何か不埒なことを考えた気がしたので」

「不埒なことですか?」

 そう言って菫は首をかしげる。

「いや、何でもないですよ」

 そんな話をしていると、つかつかと先ほどの元気な高校生、大星淡が僕の前に歩み寄り、
僕の顔をじっと見つめる。

「えっと、何かな」

「ねえ、テルー。こんなのがいいの?」僕の顔を見ながら大星淡は言った。

「い!? こんなの?」
545 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/18(日) 20:05:37.44 ID:abwAl5lTo

 いきなり何を言い出すのだこの女は。

「こら、淡。口のきき方に気を付けろ。年上の人にはもっと丁寧な言葉を使え」すかさず
照が注意する。

「というか、お前がそれを言うのか照」

 しかし淡は特に照の注意を気にする風でもない。

「ふーん。確かにちょっとイケメンだけど、照が全てをささげるほどのものかなあ」

 淡は僕の顔と事務所の中をジロジロと見ながら言った。

「ねえ、議員さん」

「なんですか?」

「私と勝負してよ」

「勝負って」

「決まってるでしょう、闘牌よ闘牌! あの照を籠絡した男の実力、見てみたいの!」

 そういうと淡は腕まくりのような仕草をしてみせた。

 半袖の制服なのに。

「こら! 淡。相手の都合も考えずに無茶を言うんじゃない!」

「だからお前がそれを言うのか、照」

「本当、ウチの後輩がすみません」すかさず菫が頭を下げる。

「いや、いいですよ。構いません」

「デレデレするなシンジロー!」

「照、お前ちょっと黙ってろっ」
546 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/18(日) 20:06:10.53 ID:abwAl5lTo

 というわけで僕らは急遽、事務所で麻雀をやることになった。

 面子は僕、照、菫、そして淡の四人である。

「へへーん。高校MVPの私の実力、見せてあげるわ」

 淡は子どものように目を輝かせて卓に着いた。

 心底、麻雀が好きなのだろう。

「小泉さんすみません、こんなことになるとは」

 菫はさっきから謝ってばかりだ。

「大丈夫ですよ。すぐ終わりますから」

 僕がそう言うと、

「そうよ。すぐ終わるわ」

 と、淡も似たようなことを言う。

 そしていよいよ闘牌開始。

「東場でトバしてあげるわ」

 そう言った淡はペロリと自分の唇を舌でなめた。彼女の癖だろうか。



   *
547 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/18(日) 20:06:37.49 ID:abwAl5lTo



 十数分後――

「まさか、本当に東場でトバされるとは」

 菫は驚愕の声を漏らす。

「淡が……」

 チーン

 ショックのあまり、卓に頭を乗せて動かなくなった淡。

「あの、大星さん。その、ゴメン」

 一応謝ってみると、

「ってか何でそんなに強いのよ!」そう言って急に立ち上がる淡。

 お、復活したか。

「ちょっと強すぎるでしょう。どういうことよテル!」

 今度は照に詰め寄る淡。

「どうと言われても、これが私のご主人様」

「照、変な言い方はやめろ。誤解されるだろう」

「あー、よし! 決めた!」

 そう言うと、淡は背筋を伸ばす。

「何を決めたんだ?」

 僕が聞いてみると、

「私、大星淡は卒業したら、小泉シンジロー事務所に入る!」
548 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/18(日) 20:07:44.70 ID:abwAl5lTo

「へ?」

「ここで更なる高みを目指すのよ」

「あの、大星さん。ここは別に麻雀屋さんじゃないから」
 
 しかし僕の言葉は耳に入っていないようだ。

 というか、この子は元々人の話を聞かないんだな。

「入るのー!」

 彼女のことを理解していくうちに、段々諦めにも似た感情があふれ出てきた。

「こら、淡。落ち着け!」

 同じく立ち上がった照が淡と向かい合う。

「いいか淡。就職というのは大事なことなんだ。もっとよく考えてから、慎重に決めろ」

「だからお前がそれを言うのか照」

 そう僕は言ってみたけれど、僕の声は彼女たちには届かない。

「私も照と一緒に働きたいのー!」

「こら、わがまま言うな!」

 そんな二人から目を逸らし、僕は広世菫のほうを見る。

「……すみません」

 また謝った。
 
 いや、その気持ちわかるよ。

 僕は無言で右手を差し出し、菫と固い握手をかわすのだった。






   おわり
549 : ◆tUNoJq4Lwk [saga]:2012/11/18(日) 20:13:29.51 ID:abwAl5lTo
短いですが、今回で本当の終わり。

熱海編は書けなかった。一度緊張の糸が切れるともう書けませんね。

あと、魔界の女王ルートは中途半端で物語が終わるので、今回は没。

ついでに次回作情報。できるかどうかは不明ですが、物語の舞台は地球ではありません。

論文の合間に書いてますが、もうすぐ論文も終わりそうなんで、近いうちに投下できるかも。

つまんなかったらまた途中で打ち切りますん。

では、今度はかつて火星と呼ばれたあの惑星でお会いしましょう。


 作者
550 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2012/11/18(日) 20:16:41.71 ID:qsIb/1l7o

かつて火星……まさか!?
素敵で恥ずかしいセリフ禁止なあそこか?
551 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/11/18(日) 20:27:05.84 ID:ZKC7OHG8o
おっつおっつ

…菫さんは広世じゃないよ
552 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/11/19(月) 15:40:44.50 ID:Gv15J5amo
火星でゴキブリ退治するのか
553 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/11/20(火) 00:58:43.83 ID:TBcSJekoo
菫さんは弘世だよ
自動でカロリーを摂取するすごいやつだよ
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