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恵・澪『ロスト☆ユニバース?』ケイン「さぁ、ビジネスの始まりだぁ!」 - SS速報VIP 過去ログ倉庫

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1 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/16(日) 14:10:57.15 ID:k5le41eIo
けいおん!とロスト☆ユニバースのクロスです。

注意

百合あり。と言うか沢山あり。
ロスト☆ユニバースはアニメ版の設定かつ、その後のお話として書いています。
ただし、アニメ版で触れられていない部分は原作の設定を持って来ている所もあります。

それでは始めますです〜。

表紙みたいなの。
http://myup.jp/EXkIPnpw

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1355634656
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少し暑くて少し寒くて @ 2024/04/25(木) 23:19:25.34 ID:dTqYP2V2O
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渾沌ゴア「それでもボクはアイツを殺す」 @ 2024/04/25(木) 22:46:29.10 ID:7GVnel7qo
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二次小説の面白そうなクロス設定 @ 2024/04/25(木) 21:47:22.48 ID:xRQGcEnv0
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佐久間まゆ「犬系彼女を目指しますよぉ」 @ 2024/04/24(水) 22:44:08.58 ID:gulbWFtS0
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1713966248/

全レスする(´;ω;`)part56 ばばあ化気味 @ 2024/04/24(水) 20:10:08.44 ID:eOA82Cc3o
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君が望む永遠〜Latest Edition〜 @ 2024/04/24(水) 00:17:25.03 ID:IOyaeVgN0
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/aa/1713885444/

笑えるな 君のせいだ @ 2024/04/23(火) 19:59:42.67 ID:pUs63Qd+0
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/aa/1713869982/

2 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/16(日) 14:13:19.39 ID:k5le41eIo
学園祭が終わってからしばらく経つ桜が丘。

そろそろ冬休みも見えてくるこの学校には、今日も最終下校時間がやって来ていた。

これから静寂が訪れようとしている校舎の中……そこに、生徒会長・曽我部恵の姿があった。

「あっ、生徒会長だ」

「会長、さようなら」

恵「さようなら」

この二人も恵と同じくこれから帰るのだろう。挨拶をして来た後輩たちに、恵は穏やかな笑顔でそう返す。
3 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/16(日) 14:15:13.83 ID:k5le41eIo
涼しげな瞳が美しい、クールな容姿。しかしそれに相反する、どことなく優しく穏やかな雰囲気……

特に成績などを確認しなくても、彼女の放つ空気だけで大抵の者は悟るだろう。

『彼女は有能な人物なのだ』と。

恵(でも、参ったわね)

廊下の窓越しから、暗くなって来た空を見て恵は少し足を早めた。

いつもなら、帰るのが下校時間ギリギリになる事はそうそう無いのだが、この日は生徒会の仕事で遅くなってしまった。
4 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/16(日) 14:17:26.23 ID:k5le41eIo
窓の外には少数の生徒の姿がポツポツと見えるが、校内にはほとんど人の気配は無い。

もう大多数の生徒が帰ってしまったようだ。


スタスタスタ……


恵は歩を進めて玄関まで来たが、やはりそこにも誰も居な……

いや、

恵(……!)

居た。一人だけ。
5 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/16(日) 14:19:48.93 ID:k5le41eIo
それを確認すると、恵はサッと柱の影に隠れた。

恵(澪たん!)

そう。彼女の後輩、秋山澪である。

澪はこの学校の軽音部に所属するベーシストで、美しい顔立ち、長い黒髪にスタイルの良い身体を持つ美少女だ。

そして、以前あった学園祭の大々活躍で、
学校内にファンクラブが出来たほどの人気者であるのだが……

恵(よかった! よかったわっ! 今日も澪たんの下校する姿を見れるなんて!)

先程こっそり軽音部の部室を覗いてみたのだが、誰も居なかった。

『さすがに帰りが遅くなったから、今日は無理ね』と諦めていた中彼女を発見出来、
恵のテンションは上がっていた。
6 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/16(日) 14:21:13.94 ID:k5le41eIo
そう。恵もまた、澪のファン……いや、超絶大ファンの一人だった。

なんと言っても、前述のファンクラブの会長を勤めているほどなのだから。

恵(あああっ可愛い可愛いわ! でも一人でどうしたのかしら?
これから真っ直ぐ帰るのかしら? それともどこか寄るのかしら?
よし、今日もちょっとだけ後ろをついて行ってみましょう!)

──あれだけ素敵な澪たんが、変な人に声をかけられたり襲われたりしたらいけないものね──

と(彼女にとって)物凄く納得のいく理由を胸に、恵は澪の後ろをこっそりついて行く。
7 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/16(日) 14:23:41.08 ID:k5le41eIo
恵(それに、こんな偶然は他に無いもの。
これは今日は絶対に澪たんを見守りなさいと言う神様の思し召しっ!)

内心大歓喜しつつも、澪に気付かれないよう冷静かつ素早い動きで靴を履き、彼女について外に出る。

外も、先程恵に挨拶をしてくれた後輩達が遠くに見えるだけで、校舎内や玄関と同じくひと気が無かった。

眩い夕日が二人の立つ地面を照らし、恵の胸にどこかセンチメンタルな思いを生まれさせる。
8 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/16(日) 14:25:13.13 ID:k5le41eIo
恵(綺麗……
まるで、今この世界には私と澪たんしか居ないみたい……)

それは切なく寂しい世界だろうが、それ以上に甘美なものを感じさせた。

恵(貴女と二人きりになれたら、どれだけ幸せかしら)

恵がそっと妄想の輪を広げ……ようとしたその時、彼女の視界の端に何かが映った。

恵(?)
9 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/16(日) 14:26:44.88 ID:k5le41eIo
それは黒い影のような『何か』で、遠い遠い空の向こうにある。

しかしその『何か』は、猛スピードでこちらへと飛んできていた。

恵(……えっ? このままのコースだと……)

前を歩く澪に直撃する。

だが、澪は黒い影? の存在に気付いていないようだ。


タッ!


考えるより早く、恵の体は動いていた。
10 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/16(日) 14:28:27.24 ID:k5le41eIo
『あれ』は異質だ。

このまま放っておけばとんでもない事になる──恵は直感でそう悟ったのだ。

恵が駆け出した時の、彼女と澪との距離は数メートル。対して澪から黒い影までは数百メートルと言ったところか。

しかし……

恵(嘘っ!?)

恵が澪に追い付いた時、黒い影はすでに十メートルを切る距離まで来ていた。
11 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/16(日) 14:29:43.17 ID:k5le41eIo
恵「澪たんっ!」

澪「えっ?」


バッ!


恵が叫び、澪に飛びかかって二人で地面を転がったのと、


ゴウッ!


黒い影が、直前まで澪が居た場所を通過して地面にぶつかったのは同時だった。

しかし、もつれるように地面を転がっていた二人はその瞬間を見ていない。
12 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/16(日) 14:30:51.38 ID:k5le41eIo
恵(痛った……
──!?)

黒い影がどうなったのかを確認しようとした恵は、喜びに目を見開く。

澪「う……
──んむっ!?」

どうやら、一拍遅れて澪も気付いたようだ。

地面で抱き合いながら、二人はキスをしていた。
13 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/16(日) 14:32:17.48 ID:k5le41eIo
澪「む、むーーーーっ!?///」

恵「むふ///」

もちろんこれは狙ってやったのではない。偶然が生んだ産物と言うやつだ。

恵(偶然さん、ありがとうっ!)

心の底から感謝しつつ、恵は最愛の相手の唇の感触と味を堪能する。

澪「むー、むーっ!///」


ぽむぽむっ。


澪から背中をタップされるが、恵は気付いてもいない。

恵(やわらか美味しいもう最高っ!)
14 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/16(日) 14:33:55.16 ID:k5le41eIo
澪「むむぅ〜〜〜〜っ!///」


ゾワッ。


恵・澪『っ!』

突如、先程影が落ちた地面の方より体の芯から震え上がるような恐怖が生まれ、二人は反射的にそちらを振り向いていた。

恵・澪(……!?)

彼女達の視線の先には、自分達の方へと飛んでくる、今避けたはずの黒い『影』があった。

今度は避けられない──

二人はただ、『影』が迫ってくるのを見つめるだけだった。
15 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/16(日) 14:37:18.82 ID:k5le41eIo
……しかし。


ドウンッ!


二人に直撃するギリギリのところで、横から飛んできた輝く何かが『影』を弾き飛ばした。

そのまま『影』は再び地面にぶつかり、溶けるように地中へと吸い込まれて行った。

澪「……えっ?」
16 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/16(日) 14:39:24.74 ID:k5le41eIo
『何か』が飛んで来た方を向くと、夕日を背に立つ男と女。

男は右手に白い筒を持っていて、そこからはビームか何かだろうか? 光の刃が伸びている。

恐らく、これで先程の輝く何かを飛ばして『影』を撃退してくれたのだろう。

女の方は、長い髪をお下げにして、腰のベルトがリボンで出来ているロングコートを着ている。
17 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/16(日) 14:40:39.83 ID:k5le41eIo
???「危なかったな。大丈夫だったか?」

????「何言ってるのよ。
貴方が二人のキスを眺めたりしなければ余裕で助けられてたじゃない」

???「う、うるせーな。あんな良いモン前にして眺めない野郎はいねえ!」

????「まあわかるけど」

???「だろっ!?
ばーちゃんも言ってたぜ。
『美しいものは、感謝しながらしっかりと見つめなさい』ってな」

などと話しながら、男と女は近付いて来る。
18 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/16(日) 14:42:40.72 ID:k5le41eIo
恵と澪はこの一連の出来事に混乱していたが、二人共その事を忘れてあの男女……いや、男の姿に目を奪われていた。

なぜなら男は、それだけを見たら女性でも通ると思われる程整った顔立ちをしている……

と言うのもあるのだが──

澪(マ、マント?)

恵(なぜマント?)

そう。男はなぜか黒いマントを着ていたのである。
19 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/16(日) 14:44:53.58 ID:k5le41eIo
挿し絵
http://myup.jp/hryovZIM
20 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/16(日) 14:47:19.47 ID:k5le41eIo

────────────────────────────

この現代では、明らかに浮いた格好をしている人間を目の当たりにした為に混乱や恐怖を少しだけ興味が上回ったか、
恵が立ち上がって言った。

恵「あ、貴方達は何者です!?
明らかにこの学校の関係者じゃありませんよね!?
そっ、それにそのマント! 怪しすぎます!」

???「なにぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!?」

恵の指摘に、男は明らかにショックを受けた様子を見せた。

???「怪しくなんてねえ! 超カッコ良いじゃねえか!」

恵「どこがですか!」
21 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/16(日) 14:49:00.03 ID:k5le41eIo
???「よしっ、ならオレがマントの素晴らしさを語ってやる! とりあえず一週間くらい時間取れるな?
まずは座れる場所へ行こう……」

????「まあまあ。今はそんな話をしている場合じゃないでしょ?」

男が本気である事を察知した女が、両掌を『ぽむっ』と合わせながら割って入って来た。

????「警戒させてゴメンなさいね。
まあ、人には人の趣味があるって事で彼の服装に関しては流して」

と、ウインクをしながら軽く舌を出す。
22 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/16(日) 14:50:29.14 ID:k5le41eIo
恵「……は、はあ……」

裏やあざとさ一つ感じない、その余裕のある女の無邪気とも取れる言動に、恵は少しだけ警戒を解いた。

ようやく澪も落ち着いたのか、恵の後ろで立ち上がる。

……こちらは不安そうに視線をキョロキョロとさせているが。

恵「……それで改めて伺いますが、貴方達は何者なんですか?
それにさっきのは一体……」

今度は先程と違い、明瞭に・通る声で問いかける。

澪を庇うように立ちながら。
23 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/16(日) 14:52:17.32 ID:k5le41eIo
????「んー……
もうこうなった以上説明は必要だけ
ど……」

???「ああ。信じて貰えるか、だな。
ともあれまずは場所を移すか? 説明ならゆっくり話せる場所が良いし、ここだとまずいだろ」

と、男が周りを見渡す。

恵「…………」

確かに、下校時間も過ぎた人の居ない学校で、部外者(だろう)と悠長に話は出来ない。

いつ教師が来るかわからないと言うのもあるが、恵や澪としては正体のわからない人間とひと気の無い場所に長居はしたくないのだ。
24 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/16(日) 14:54:04.60 ID:k5le41eIo
恵「……そうですね。
では、職員室にでも行きましょうか」

???「あー……悪い。それはちょっと無理なんだ」

恵(やっぱり)

思いながらも、恵は問う。

恵「どうしてですか?」

???「いや、オレ達ちょっと事情があって、あまり目立ちたくねえんだ」

恵「まあ、部外者が勝手に入ったのを先生に見つかったら面倒な事になりますからね」

???「なのに職員室へ行こうとしてたのかよっ!」ガーン

恵「ふふふっ、すみません」

まるで漫才のボケのようなノリに、恵もつい同じ感じで答えてしまう。
25 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/16(日) 14:55:19.68 ID:k5le41eIo
恵「でも、あの」

澪「!」

と、恵は澪の手を取り、

恵「私たちこれから用があるのを思い出しました。
なのでこれで失礼します」

???「……そうか」

恵「はい。
じゃあ行こっか、秋山さん」

澪「あ、は、はいっ」

澪の手を引き、恵は歩き出す。
26 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/16(日) 14:56:35.72 ID:k5le41eIo
????「貴女!」


ビクッ。


そんな二人を、女の声が引き止めた。

恵「……はい?」

????「貴女達……ううん、そっちの長い黒髪の子は、さっきの『闇』に目を付けられてしまった」

澪「えっ?」
27 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/16(日) 14:58:05.98 ID:k5le41eIo
????「この学校の中だと複数人で居れば……学校の外では今の所無条件で安心して良いと思うわ。
それに、また危険が迫ったらすぐ助けに行くつもりだけれど、くれぐれも気を付けて」

恵・澪『…………』

???「まあ……急に突拍子もない事を言う、得体のしれない奴らを信じろって言っても難しいと思うが……
よかったら頭に入れておいてくれ」
28 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/16(日) 15:01:17.43 ID:k5le41eIo
????「そもそも、私達が貴女達に危害を加えたりするつもりならさっき助けたりしないし、
今力ずくでってのも出来る訳だしね」

確かにその通りなのだろう。

この男女の身体能力などそう言う物はわからないが、
あの『影』を撃墜した白い刃? を飛ばす武器を使われたら、素人である恵と澪には逃げる事一つ満足に出来ないと思われる。
29 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/16(日) 15:02:35.11 ID:k5le41eIo
また、明らかに彼女達よりも背が高く、顔に似合わぬ引き締まった身体をした男の体格を見たら、
力での抵抗などは完全に問題外だ。

これが女だけならば何とかなる……のかもしれないのだが。

恵「……失礼します」

これ以上どう反応して良いかわからなくなった恵は、そう言い残して今度こそ澪と共に去って行った。
30 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/16(日) 15:04:13.76 ID:k5le41eIo

……………………

…………

???「……どう思う?」

????「やっぱり信じて貰えてはないわね。
ただ、それは私達に対してだけ。『あれ』に襲われた現実は受け入れていると思うわ」

???「だな。
まあともあれ、奴の居場所は突き止めたんだ。
今度こそ決着を着ける。
もちろん、誰も犠牲者を出さずにな」

????「そうね。
──頼りにしているわ、マスター」
31 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/16(日) 15:06:51.83 ID:k5le41eIo

────────────────────────────

その日の夜、曽我部家の自分の部屋で、恵はベッドで横になっていた。

恵「今日のアレは一体何だったのかしら……」

『アレ』とはもちろん、放課後の出来事をさしている。

あの時は混乱していたりして冷静に考えられなかったが、今は違う。

あの怪しい二人組に助けて貰わなかったら、自分と澪はどうなっていたのだろう?

……想像するだに恐ろしい。
32 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/16(日) 15:08:10.48 ID:k5le41eIo
恵(でも、悪い事ばかりじゃなかったわ)

二人組と別れた後、未だに怯えている澪を(まあ内心は恵もだったのだが)家まで送り、
ついでに電話番号とメルアド交換までしてしまった。

恵(うふふふっ。
これで彼女との距離が一気に縮まったわ!)

それに何より……
33 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/16(日) 15:09:56.36 ID:k5le41eIo
恵(……柔らかかったな)

ただの事故にせよ、澪とキスした時の感触を思い出しながら、恵は自分の唇を撫でる。

恵(澪たん……)

そういえばあの女は、澪が『闇』に目を付けられたと言っていた。

『闇』とは例の黒い影の事だろうか?

正直彼女の言葉はよくわからない。

恵(でも、澪たんは絶対に私が守ってみせる……!)

生徒会長とは言え、ただの女子高生である自分に出来る事など微々たるものだろう。

しかし、恐怖を上回る幸せな気持ちを胸に、恵はそう固く誓った。
34 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/16(日) 15:11:54.32 ID:k5le41eIo

────────────────────────────

翌日の放課後、桜が丘。

軽音部の面々はいつも通り部活に励んでいた。

律「と言ってもムギのお茶飲んでるだけなんだけどなーっ!」

唯「はいムギちゃん、あーんして☆」

紬「あーんっ♪」パクッ

と、和やかにティータイムを楽しむ部長の田井中律に、平沢唯と琴吹紬。

そして……
35 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/16(日) 15:13:23.44 ID:k5le41eIo
澪「…………」

秋山澪。彼女だけは、どこか心ここに在らずと言った様子だった。

律「……あれ?」

律は、先程の自分の発言に対して澪からツッコミがあるとばかり思っていたのだが、期待に反してそれは無かった。

律「うーん……」

澪は朝からこんな調子だった。

それに気付いてからは、何度か理由を問いかけたりボケたりしてみたのだが、反応はほとんど無し。
36 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/16(日) 15:14:42.05 ID:k5le41eIo
紬「……りっちゃん、今日澪ちゃん変ね?」

唯「どうしたのかな」

もちろん、澪の様子に気付いているのは律だけではない。

律「……わかんね」

しかし、その理由は誰にもわからなかった。
37 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/16(日) 15:16:00.55 ID:k5le41eIo
澪(……怖い)

澪には、まだ昨日の恐怖が色濃く残っていた。

昨日自分が担当するパートでどうしてもマスターしておきたかった箇所があり、一人残って練習した。

最終下校時間ギリギリまでかかってしまったが、
その成果で気になっていた所を完璧に弾けるようになった彼女は、上機嫌で帰路についた。

あれはその時の出来事である。
38 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/16(日) 15:17:58.71 ID:k5le41eIo
澪(もしあの黒い変なのに捕まってたら、私どうなってたんだろ……)


ブルッ。


考えるだけで震えが止まらない。

本当は、今日学校を休んで家に居たかった。

だが、『よくわからない物に襲われて怖い』などと正直に話してもサボる為の下手な口実にしか受け取られないだろうし、
『風邪を引いた』等の嘘などすぐバレるだろう。
39 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/16(日) 15:19:22.56 ID:k5le41eIo
しかし、そんな澪がちゃんと登校して来ているのは恵の存在が大きかった。

恵は昨日、澪を家に送る間中ずっと。そして、夜不安な中も電話やメールで励まし続けてくれていた。

今朝だって、

『私も怖いけど、頑張って一緒に学校に行こう?
何かあったら、また私が必ず貴女を守るから』

と言うメールが送られて来た。
40 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/16(日) 15:20:45.66 ID:k5le41eIo
正直言って、学年は違えど同じ学生、まして同じ時間に授業を受けている恵が自分を守るなんて無理だとは思う。

だが、不安な中そうやって励まし続けてくれた恵の存在は、澪のような性格の少女にはとても心強くてありがたかったのだ。

澪(でも、やっぱり怖いな……)

──今日は早く帰ろう。皆と一緒に──

そう思った時だった。


コンコンッ。


澪「!」

突然のノック音に、澪は一人すくみ上がった。
41 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/16(日) 15:22:10.26 ID:k5le41eIo
唯「あや?」

律「んー?」

紬「誰かしら〜?」

入口に一番近い所に座っている紬が真っ先に立ち上がり、扉へと向かう。


ガチャッ。


扉を開けると、そこには恵が立っていた。
42 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/16(日) 15:23:16.35 ID:k5le41eIo
紬「あっ、えっと、生徒会長の……」

恵「曽我部恵です。こんにちは」

紬「どうも〜、琴吹紬です」

と、恵は紬と挨拶をし……

恵「!
澪たぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!」


ダッ!


視界の端に澪を捉えると、恵は彼女へ向かって駆け出した。
43 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/16(日) 15:24:19.52 ID:k5le41eIo
律「へっ?」

唯「ほ?」

澪「わっ!?」


ガシッ!


そして澪の肩を熱く掴んだ。

紬「あらあらまあまあまあ♪」
44 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/16(日) 15:26:04.10 ID:k5le41eIo
澪「あ、あ、あ、あの、曽我部先輩……?」

恵「やだ澪たんたら。私の事は恵って呼んでって言ったじゃないっ!」

澪「か、顔が近いですよ///」

律「なんだなんだ急に」

紬「うふふふふ、うふ♪」

唯「ついに澪ちゃんにも春が来たんだねぇ♪」

澪「違うよっ!///」

恵「違うの……?」ションボリ

澪「何でそんな悲しげな顔するんですか……」

落胆する恵に対する澪の反応に、律はビックリ。
45 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/16(日) 15:27:39.39 ID:k5le41eIo
律(ありゃ〜。澪の奴、素じゃん。
私だって今のやり取りだけで曽我部さん? が澪をそっちの意味で好きだってわかったけどなぁ)

澪「そ、それよりどうしたんですか?」

恵「決まってるじゃないっ。貴女の事が心配で心配で……」

律(ん?)

澪「そう、なんですか……」

恵「そうよっ!
今日も出来る限り影から澪たんの事を見守ってたんだけど、昨日の今日だから我慢出来なくて表に出てきちゃったっ!」

澪(今日『も』影から……?)

ちょっと引っかかるポイントがあった澪だが、彼女がそこをツッコむ前に律が言った。
46 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/16(日) 15:29:34.21 ID:k5le41eIo
律「──あの、曽我部さん。
昨日、何か心配するような事が澪にあったんですか?」

恵「……そっか。やっぱり話してなかったんだ。
み……秋山さん、話しても良い?」

律の言葉で少し冷静になったのか、口調を正して澪に問いかける恵。

澪「……あ、あの……」
47 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/16(日) 15:30:37.79 ID:k5le41eIo
恵「昨日は『私が守る』なんて言ったけれど……やっぱり今日を過ごしてみてわかったの。
その気持ちに偽りはないけど、一人ではどうしても限界がある。
だから信用出来る人に話す事は大事だと思う」

言いながら、恵は人知れず拳を握り締める。

恵(本当は私一人で貴女を守りたい……)

──自分本位で悪い考えだとは思うけど、やっぱり好きな人は自分が助けたいって思うし、良い所を見せたいもの──
48 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/16(日) 15:32:38.01 ID:k5le41eIo
恵(でも、現実的に無理なら仕方ないわ。
自分の気持ちを優先して、澪たんに何かあったら最悪だものね)

澪「……そうですよね。確かにその通りです」

恵「もし話し辛いなら、私が代わりに話すわ」

澪「はい……そうして頂けるとありがたいです」
49 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/16(日) 15:34:13.91 ID:k5le41eIo
恵「──との事なんだけど……よかったら皆、聞いてもらえないかしら?」

律「よく事情がわからないけど……
とりあえず聞かせて下さい」

唯「なんか澪ちゃん、今日様子おかしかったし……」

紬「うん。むしろ聞きたいです」

恵「わかったわ。
ええと、もし間違ってたりしたら訂正してね、秋山さん」


チラッ。


澪「……!」

視線を向ける恵は、『私にすべて任せて』と言っているように思えた。
50 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/16(日) 15:36:39.09 ID:k5le41eIo
恵「昨日、私は事情があって帰りが遅くなったんだけど……
下校中に秋山さんと出会ってね。凄く怯えているようだから話しかけたら、『ストーカーにつけられてるかも』って言うの」

ここで澪は『ん?』と思ったが、さっきの恵の視線を考えて、とりあえず黙っておく。

律「ストーカー……ですか?」

首を傾げる律。

唯と紬も似たような反応だ。
51 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/16(日) 15:37:39.31 ID:k5le41eIo
それはそうだろう。ここは女子高と言うのもあるし、こんな時代であるが故にこの学校の防犯はかなり厳しい。

そんな桜が丘に侵入して、ストーカー行為など出来るのかどうか?

まあ部外者ではなく、犯人は生徒と言う可能性もあるのだが。

恵(って、私がそれに近かったりするんだけど……)

恵は内心で苦笑する。
52 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/16(日) 15:38:32.57 ID:k5le41eIo
恵「ええ。正直私もありえないとは思ったんだけど……
遅い時間で人がほとんど居なくなってたから、ちょっと神経質になっちゃったってのもあるかもしれないわね。
本気で不安がっているようだから、昨日は私と一緒に帰ったの。
そうしたら……」

紬「そうしたら?」
53 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/16(日) 15:39:31.07 ID:k5le41eIo
恵「それらしき気配があったわ」

──!

場の空気が張り詰めた。

律「そ、それってやばいんじゃ……」

恵「そうね。
ただ、あくまで『気配』だからね。正体はつきとめられなかったから……
これだけでは、学校はもちろん生徒会だって動けないの。
出来てもせいぜいが先生に報告する位かしら」
54 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/16(日) 15:41:04.81 ID:k5le41eIo
紬「他に、その……気配? を感じたと言うか、ストーカーの不安を持つ生徒は居ないんですか?」

恵「うん……
だから正直言って私も、昨日のだけだと自分の勘違いじゃないかと思ったりもするの。
私だって人間だもの。秋山さんにそう言う話を聞いて、
私達二人しか居ない校舎を歩いていたらやっぱりちょっとは不安になるもの……」

それならば、何気ない物音か何かを勘違いする事だってあるだろう。
55 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/16(日) 15:44:16.79 ID:k5le41eIo
律「そっか……」

恵の言う通りその可能性はあるし、
ストーカー(不審者)を不安に思っているのが澪一人だけだと、確かに動きようがないだろう。

いくら防犯がしっかりとしていると言っても、
ここまで不確かだと教師には『気のせい』『気にしすぎ』で流されるのが精々か。

防犯の厳しさと、人の行動のフットワークの軽さは別物なのだから。
56 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/16(日) 15:46:22.19 ID:k5le41eIo
恵「そこで貴女達、軽音部に頼みがあるの」

律「はい?」

恵「これから常に、秋山さんの側に居てあげて欲しいの。
少なくとも、彼女の不安が無くなるまで」

恵は、軽音部の面々を見渡しながら言った。

恵(本当はこれだって私がその役割をしたいのだけど……
クラスも学年も違う私が、それを完璧に行うのは不可能)

その事への悔しさ、唯達にこんな嘘をつく罪悪感に恵の心が暗くなるが、彼女にとっての最優先……澪の為にそれを抑え込む。
57 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/16(日) 15:48:01.21 ID:k5le41eIo
律「そうですね。わかりました」

紬「任せて下さいっ!」

唯「大丈夫だよ澪ちゃん。私たちがついてるからね〜」

律、紬が頷き、唯は言葉と共に澪の頭を撫でた。

澪「う、うん……ありがとう唯、皆」

律・紬『…………』
58 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/16(日) 15:49:07.11 ID:k5le41eIo
澪は、相手がからかうつもりではなくても、こんな事をされたら照れ隠しに多かれ少なかれ反発の態度を見せる。

例え内心喜んでいてもだ。

しかし今回の唯の行動を素直に受け入れているのを見るに、ストーカーが本当に存在するかどうかはともかくとしても、
澪が本気で精神的に疲労しているのは間違いないようである。
59 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/16(日) 15:50:27.22 ID:k5le41eIo
紬「えっと、とりあえず私たちに出来る事はそれだけですか?」

恵「そうね。
常に複数人で居たら相手もそうそう手出し出来ないでしょうし、仮に動いたとしたら何か証拠を掴むチャンスになる。
それなら学校としても本気で動けるはずだし……」

律「なるほど」

恵「もし私と秋山さんの勘違いなら、それにこした事はない訳だしね。
……まあ、そうだったら皆に余計な心配かけて申し訳ないんだけど」

律「いや、それは良いですよ」

唯「うんっ」
60 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/16(日) 15:53:50.47 ID:k5le41eIo
恵「……あ、あとは遅くまで残らない事かしら。
皆がついていれば大丈夫だとは思うけど、念の為……ね」

紬「そうですね。しばらくはとことん注意しましょうっ」

恵「──と言う所かしら……
私が話を進めちゃったけど、秋山さん、これでよかったわよね?」

突然話を振られ澪は瞳を瞬かせたが、
61 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/16(日) 15:57:32.82 ID:k5le41eIo
澪「あっ、はい。
ありがとうございました。随分気が楽になりました。
皆もありがとうな」

そう言って律達に笑いかける澪は、さっきまでの何かに怯えていた彼女とは明らかに違った。

律「まーったく、そんな心配事抱えていたんなら一言話してくれれば良かったのによー」

そんな彼女を見て、律もホッとしたように笑顔を見せた。

澪「ご、ごめん」

律「まあ澪の性格ならしょうがないんだろうけどな。
あんまり一人で抱え込むなよ」

唯「そそそ。そうだよ〜♪」

紬「うふふ♪」

恵「…………」
62 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/16(日) 15:59:03.75 ID:k5le41eIo
絆。

皆で澪を励まし、助けようとする律達の姿を見て、恵の頭にそんな言葉が浮かぶ。

恵(やっぱり、軽音部の和は物凄いものがあるのね……)

──羨ましい。私もあの和の中に入って澪たんと……──

ふと孤独を感じた恵は、ついそんな少々卑屈な事を考えてしまったが、すぐに思い直す。
63 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/16(日) 16:00:31.62 ID:k5le41eIo
恵(……ううん。
とりあえず、これで少しは安心出来るわね)

あの謎の二人組の女は、

『この学校の中だと複数人で居れば……学校の外では今の所無条件で安心して良いと思うわ』

と言っていた。

だからこそ澪を一人にしないようするべきだと思っていたのだが、この流れなら恐らくそこは大丈夫だろう。

もちろんあの二人組の発言を完全に鵜呑みにするのも危険だとは思うが、
何度思い返しても彼女が嘘をついている感じはしなかったし、何より恵には他に現実的な手段が思い付かなかったと言うのもある。
64 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/16(日) 16:03:07.60 ID:k5le41eIo
恵(……でも、もし澪たんが一人じゃなくてもまたあの『影』が現れたら……)

次も都合よく助けに入る事が出来る・またあの二人組か誰かが入ってくれる、とは限らない。

その場合、例え軽音部が全員揃っていても大惨事になる可能性もある。

恵(それでも……)

恵にとって最優先は澪だ。

小事ならケースバイケースでともかくとする事も出来るが、命の危機を感じたこの事件。

澪を、他の誰よりも何よりも優先するつもりだった。
65 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/16(日) 16:05:03.78 ID:k5le41eIo
恵(軽音部の皆、利用してしまってごめんね。
私も精一杯澪たんを守るから許してね……)

恵は心で謝罪しつつ、『こんな人間が生徒会長だなんて、ありえないわね』と少しだけ自分を責めた。

恵「じゃあ……そろそろ私は失礼するわね」

律「あっ、はい」

澪「あ、あの……ありがとうございました……」
66 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/16(日) 16:07:17.32 ID:k5le41eIo
恵「良いのよ。
まあこれで大丈夫だとは思うけど……
もし私の力が必要な時があったら遠慮無く言ってね。出来る限り力になるから」

澪「……はい」

頼もしそうに澪が笑った。

とても魅力的な笑顔で。

恵(澪たん……
大好き)
67 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/16(日) 16:08:15.50 ID:k5le41eIo
「それじゃあ秋山さんをよろしくね」と言い残し、恵は立ち去った。

律「……と。もうこんな時間じゃないか」

時計を見た律が声を上げる。

気が付いたら、いつも部活を終える時間になっていた。
68 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/16(日) 16:09:49.55 ID:k5le41eIo
紬「あらあらそうね。帰る準備をしましょうか」

唯「手伝うよムギちゃ〜ん♪」ダキッ

紬「あら、ありがとう唯ちゃん♪」ギュッ

律「まったく、熱いぜ〜」

唯「えっへ♪」

紬「うふふ♪」

澪「……なんか……皆ごめんな。私のせいで時間潰してしまって……」

律「気にすんなって」

さすがに今の澪相手に軽口を叩く気にはならず、律は優しく言った。
69 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/16(日) 16:11:18.69 ID:k5le41eIo
律「さって、今日はこれからデートだぜ〜」

澪「ふふっ。お前だってお熱いよ」

律「ははっ、違いないや」


──四人で帰路についたこの日は、何の事件も起こらなかった。
70 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/16(日) 16:13:42.57 ID:k5le41eIo

────────────────────────────

その日の夜。

???「今日は出て来なかったようだな……」

????「早々とあの黒髪の子に狙いを定めたのが、逆に幸いしたのかもね」

???「その分別の問題も出て来ちまったけどな……」

????「そうね」

???「とりあえず最優先は誰も犠牲を出さない事だからな……
上手く出来れば良いが。
……いや、やるしかねえよな」

????「ええ……」

……………………

…………
71 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/16(日) 16:15:41.34 ID:k5le41eIo

────────────────────────────

それから十日ほど経ち、冬休みも間近になった。

ここまで、あの日以来事件は起きていない。

今、桜が丘は掃除の時間である。


律「さて、と。後はこのゴミを捨てて終わりだな」

澪「あ、私行ってくるよ。皆は後片付けしてて」

律「大丈夫か? 結構重たいぞ」

澪「大丈夫だよ」

律や他のクラスメートと軽口を叩き合いながら、ゴミを持って澪が教室を出て行った。
72 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/16(日) 16:18:20.60 ID:k5le41eIo

────────────────────────────

外。ゴミ捨て場に到着する。

ここに来るまでにゴミを捨てた帰りと思われる生徒とすれ違ったが、今この場には誰も居ない。

澪「よいしょっと……
さっさと出して戻ろう」
73 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/16(日) 16:19:50.86 ID:k5le41eIo
油断だった。

この十日間何も起こらず穏やかな時間が過ぎた事で、澪や律達から危機感が消えていた。

ただ一人を除いては。

しかしこれは誰も責められないだろう。

彼女達は、これまでの人生で誰も大きな事件に巻き込まれた事はないのだ。
74 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/16(日) 16:21:05.32 ID:k5le41eIo
いくら澪が臆病とは言え、
時間が経てば『あの日の現実離れした事件は夢だった』と思う気持ちも出て来るし、
そもそも本当の事を知らされていない律達ならば尚更だ。

油断、だった。


グアッ!


澪「えっ?」

ゴミを置いた澪の前の地面から、黒い影が吹き上がった。
75 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/16(日) 16:22:16.93 ID:k5le41eIo
澪「!!!」

『影』は二メートルほど細い円状に伸びた後、上部が横に大きく広がった。

澪「──っ!?」

扇状になったそれは、広がった部分が澪の方に曲がり、襲いかかって来る。

彼女を呑み込もうと言うのだ。

澪は恐怖と混乱の為に言葉を失い、腰を抜かす事すら出来ずにただ立ち尽くすのみ。
76 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/16(日) 16:23:55.60 ID:k5le41eIo
──その時。


ギャンッ!


いつかも見た光景。

いずこから飛んで来た光が『影』に直撃し、それの動きを止めた。

???「大丈夫か!?」


スタッ!


澪「!?」

横の木の上から、例のマント男が飛び降りて来た。
77 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/16(日) 16:26:25.45 ID:k5le41eIo
右手には、光の刃が伸びる白い筒を相変わらず持っている。

澪「あ、あ、あ……」

????「──もう大丈夫」

澪「ひっ!?」

唐突に後ろからかかった声に、澪が体をすくませた。

それが逆に良かったのか、固まっていた彼女が声を上げてそちらを向くと、いつの間にそこに居たのかこちらは例の女。

???「さあ、ここでケリを……って逃げるなぁ!」

光の刃を構えて意気込む男だが、しかし『影』は扇状に広がった部分を収束すると、彼が居るのとは別の方向へ飛び去る。
78 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/16(日) 16:27:46.37 ID:k5le41eIo
????「ケイン! 追って!」

ケイン「おう!」

返事をする前に、マントの男……ケインはすでに走り出していた。

????「……怖かったわね」


トン。


『影』とケインの姿が見えなくなってから、女が澪の肩に優しく手を置いた。
79 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/16(日) 16:30:40.08 ID:k5le41eIo
澪「は、はい……」

ようやく緊張の糸が切れた澪は、その場に座り込んでしまった。

恵「澪たんっ!」

そこへ、今回の件にて桜が丘の人間で唯一ずっと油断をしていなかった人物──恵が息を切らせながらやって来た。

澪「曽我部……先輩」

恵「大丈夫!? ねえっ、大丈夫っ!?」

話によると、自分の掃除を早目に終わらせて澪を見守ろうとした恵は、廊下の窓から彼女が襲われるのを目撃したらしい。

それから慌ててここへ駆け付けたとの事だ。
80 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/16(日) 16:32:33.61 ID:k5le41eIo
????「……やっぱりこのままでは駄目ね」

ケインが走って行った方を見ながら、考える素振りを見せていた女がそう呟いた。

????「ねえ、『あいつ』を倒す為には貴女達の力が必要だわ。
協力して貰えない……かしら?」

恵「私達、の……?」

????「ええ。
──自己紹介が遅れたわね。
私はキャナル。よろしく」
81 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/16(日) 16:34:07.62 ID:k5le41eIo

────────────────────────────

ケイン「よっしゃ!」

地へ空へと逃げようとする『影』に、光の刃を上手く飛ばしてそれを許さなかったケインは、とうとうそれに追いついていた。

ケイン(……つってもこう上手くいったのは……)

ここは桜が丘の校舎の隙間。人影は無い。

いや、それだけではなくここに来るまでも誰にも会わなかった。
82 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/16(日) 16:35:28.30 ID:k5le41eIo
ケイン(あいつの特性のおかげで動きが読みやすかったからなんだけどな。
人と出くわさなかった事も含めて)

今『影』は、校舎を背にしている。

奴は壁もすり抜ける事が出来るのだろうが、やらないと言う確信がケインにはあった。


じり、じりっ……


ゆっくりとケインが間合いを詰める。
83 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/16(日) 16:36:38.87 ID:k5le41eIo
ケイン(……この距離なら一足飛びでぶった斬れる。
逃げようとしたらブレードを飛ばし、叩き落として斬り捨てる。
チェックメイトだぜ!)

勝利を確信し、『影』に飛びかかろうとしたその時。


ビシュッ!


『影』が、その漆黒の体から黒い刃を飛ばしてきた!
84 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/16(日) 16:37:52.92 ID:k5le41eIo
しかし、

ケイン「──チッ!」

互いの距離やタイミングを考えると、プロの格闘家でも避けるのが困難であろうそれを、ケインは身を捻って軽くかわす。

ケイン「もうそんな真似が出来るようになりやがったか!」

──キャナルの予想通りだな──

思いながら、ケインは『影』に斬りかか……ろうとしたのを中断し、横へ跳んだ。


ズアッ!


後ろから、先ほどかわしたはずの闇の刃が襲いかかって来たのだ。
85 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/16(日) 16:41:11.00 ID:k5le41eIo
ケイン「ブーメランかよ!?」

再びケインに避けられた刃は、元の『影』の元へ戻……

いや。


ガヅッッッ!!


『影』をすり抜けて校舎に直撃し、揺らした。

ケイン「!?」


『なに? 地震!?』

『ってゆーかさ、さっきから男の人の声がしない?』

『あ、やっぱりしずかも思った?」


窓がある場所から、そんな校舎内の声が漏れ聞こえてくる。
86 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/16(日) 16:42:30.95 ID:k5le41eIo
ケイン「やべえ!」

──気が付いたら、『影』の姿が無くなっていた。

ケイン「あ、あいつ……!」
(そんな知恵までっ!)


ザワザワ。


ケイン「!」

もう声が近付いてきた。元々近い場所に人が居たのだろう。
87 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/16(日) 16:43:35.31 ID:k5le41eIo
ケイン「……まずいな」

辺りを見回すも、人に会わずに逃げられるルートは無さそうだ。

ケイン(仕方ねえ!)

ケインは懐からマスクを取り出してつけると、走り出した。
88 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/16(日) 16:44:36.89 ID:k5le41eIo
ひとまずここまでで。
今日の間にもう一回来るかもです。
89 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/12/16(日) 16:48:45.74 ID:iJZ4jihDO
なんて俺得クロス期待
90 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/12/16(日) 17:09:59.42 ID:SaO3BRtG0
乙。
唯ムギ好きのザーボンの人ですね、期待してます。
91 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/12/16(日) 17:12:38.28 ID:zuyZQp/Lo
ひとまず乙。
とりあえず生徒会長が幸せそうで何より。
戦艦バトルはあるんだろうか。
92 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/12/16(日) 21:09:15.18 ID:O2d78lgAo
ミリィまだー?
93 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/16(日) 22:11:51.20 ID:k5le41eIo

────────────────────────────

放課後、桜が丘からそう遠くない場所にある『エンジェルモート』と言うファミリーレストラン。

ここに、恵・澪、ケイン・キャナルの四人がテーブルを囲っていた。

詩音「──ご注文の品、お待たせしました」

と、この店のウエイトレスである園崎詩音が飲み物の乗ったトレーを片手にやって来た。

キャナル「ありがとうございます♪」
94 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/16(日) 22:13:28.14 ID:k5le41eIo
詩音「あらあらどうしたんですか、恵さん澪さん。
今日はまた美男美女を連れて」

恵「ちょっとした縁で知り合ってね」

詩音「そうですか。
とてもお似合いのお二人で☆」

その言葉に、しかしケインとキャナルは苦笑した。

ケイン「俺とこいつはそんな仲じゃねえよ」
95 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/16(日) 22:15:17.22 ID:k5le41eIo
詩音「あら、そうなんですか?」

ケイン「ああ。
それよりどうだこのマント! ビッとしてるだろ!?」

詩音「は、はい。そうですね。
とても良くお似合いだと思います」

突然にっこにこといつものマント自慢をし始めたケインにやや面食らいながらも、詩音は返す。

ケイン「おっ話がわかるじゃねえか!」

それで、ケインは上機嫌になった。

恵(……まあ似合っているのは間違いないんだけどね……)

しかし、現実的に考えたらやはり浮いている。
96 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/16(日) 22:17:02.97 ID:k5le41eIo
ケイン「じゃあさ、例えばこのマントをさらに痛えぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

恵・澪・詩音『!!!?』

浮かれるケインが話を広げようとした時、キャナルが彼の足を踏んだ。

キャナル「ごめんなさいね、お仕事の邪魔しちゃって☆」

ケインの悲鳴はどこ吹く風。キャナルは詩音の両手を取り、上目使いで見つめる。

詩音「あ、は、はい。
私は気にしてませんよ///」

彼女の少し幼い美貌を間近にし、詩音はやや頬を赤らめて目を逸らすと、
「じゃ、じゃあごゆっくり!」と言い残して去って行った。
97 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/16(日) 22:18:44.50 ID:k5le41eIo
キャナル「貴女達もごめんなさいね。この人いつもこうだから」

恵「いえ……」

澪「だ、大丈夫です……」

キャナル「さて、とりあえず改めて」

と、キャナルは居住まいを正し、

キャナル「キャナル=ヴォルフィードです。よろしくね」

ケイン「……ケイン=ブルーリバーだ」

こちらはまだ足が痛むのか、やや体を倒した状態かつ、くぐもった声で言うケイン。
98 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/16(日) 22:19:52.17 ID:k5le41eIo
恵「曽我部恵です」

澪「秋山澪です……」

ケイン「ああ。よろしくな」

恵「はい……
──あの、お二人は日本人ではないのですか?」

キャナル「そうね」

ケイン「ああ、違う」

同時に頷く二人。
99 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/16(日) 22:21:51.77 ID:k5le41eIo
恵「それにしては日本語、お上手ですね」

ケイン「仕事上、な。大抵の言葉は操れる」

恵「仕事上? 何かお仕事をやっていらっしゃるのですか?」

この質問はただの好奇心だった。

容姿・言動共見た所二人は若いし、平日の昼間から出歩いていた。

失礼な話だとは思うが、何ヶ国語も操れるほど教養のある人物には見えない。

ケイン「まあな」

恵(もしかして……と言うかやっぱり。
この二人、やばい人達なんじゃ……?)
100 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/16(日) 22:24:22.47 ID:k5le41eIo
ケイン「俺達は、トラブル・コントラクターをやっている」

しかし、恵の不安をよそに返って来たのは聞き慣れない職業名。

恵「トラブル……コントラクター?」

ケイン「……やっぱり知らないか」

恵「秋山さん、知ってる?」

澪「い、いえ……」
101 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/16(日) 22:25:58.49 ID:k5le41eIo
キャナル「まあこれだけ昔の世界ですものね」

ケイン「しゃーねーな」

恵「昔?」

納得顔で笑い合うケインとキャナルだが、恵は聞き逃さなかった。

恵「それはどう言う……?」

ケイン「──ああ。そろそろ本題に入ろうか」

ケインが声を落とした。

恵「……はい」

空気が変わった事を感じた恵が表情を引き締め、

澪「…………」

澪が不安そうに恵の服を掴んだ。
102 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/16(日) 22:28:13.10 ID:k5le41eIo
ケイン「どこから話すかな……
お前らが襲われたあの影みたいなのは、とある宇宙戦艦の魂だ」

恵「……?」

ケイン「ええとな、オレとキャナルは未来から来たんだが、その未来の世界でオレ達はあの影……
いや、闇。
『ダークスター』と戦ったんだ」

恵「何かのゲームの話ですか?」

現代に生きる者として、この反応は至極もっともだ。

しかし……
103 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/16(日) 22:30:08.22 ID:k5le41eIo
ケイン「それが事実なんだ」

キャナル「まあ、この世界の人達にはとても信じられないでしょうね」

ケイン「そうだな。
つーか、オレの時代でも常識外れのレベルの話だからな……」

恵「ええと……?
と言う事は、キャナルさんはケインさんよりさらに未来の人と言う事ですか?」

ケイン「いや、こいつは……
オレとお前達との間の時代の奴、って所か?」

キャナル「そんな所ね。
私は人間じゃないけど」
104 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/16(日) 22:31:13.43 ID:k5le41eIo
恵「……はい?」

澪「……?」

恵も澪も、ケイン達の話をまったく理解出来ていなかった。

ケイン「まあ、それらの事情をこれから話すよ」

ケインは咳払い一つし、語り始めた。
105 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/16(日) 22:32:52.94 ID:k5le41eIo

────────────────────────────

──あー、もしわかりづらかったりしたら質問してくれよ。

オレも完璧に説明出来る自信はねえからな。

……まず、さっき言ったようにオレはこの時代の人間じゃねえ。

まあ、お前達から見てうーんと先の未来の奴だと思ってくれれば良い。

宇宙船で宇宙中を駆け巡ったり、他の星で人類が暮らすのが当たり前になる程の、な。
106 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/16(日) 22:34:35.49 ID:k5le41eIo
で、オレとキャナルは元の世界でトラブル・コントラクターっつう仕事をやっていた。

トラブル・コントラクターって言うのは、簡単に言うと『宇宙の何でも屋』だな。

色々な星で様々な依頼を受け、報酬を貰って生活してる奴らの事だ。

まあ、何でも屋って言ってもそれぞれ得意分野が違うから、受ける依頼が人によって片寄るのが普通なんだけどな。

荷物の輸送中心の奴も居れば、用心棒とかの荒っぽい事中心の奴も居る。もちろん万能で仕事を選ばず、ってのだって居る訳だ。
107 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/16(日) 22:35:37.69 ID:k5le41eIo
……それで、俺達がとある仕事をこなしている時だ。

ちょっとした事情で、宇宙最大の犯罪組織、『ナイトメア』と事を構えざるをえない状況になっちまった。

ヤバい事だらけでもう駄目だと思った事が幾度となくあったが、まあ何とか生き残ってこれてな……
108 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/16(日) 22:36:52.70 ID:k5le41eIo

────────────────────────────

恵「ちょっとした事情……?」

ケイン「あー……その辺りは適当に想像してくれ。
今回の話には関係ないしな」

恵「そうですか……」

恵は好奇心でその辺りの詳しい話も聞いてみたいと思ったりもしたのだが、今はそんな場合ではないと自重した。

ケイン「話を続けるぞ」
109 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/16(日) 22:38:51.61 ID:k5le41eIo

────────────────────────────

その戦いの果て、最後に戦う事になった相手が『ナイトメア』の総帥……

ではなく、奴らを裏から操っていたロストシップ、『ダークスター』。

そして、そいつの魂が乗り移ったとある奴のクローン、『闇を撒く者』だった。
110 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/16(日) 22:40:19.43 ID:k5le41eIo

────────────────────────────

恵「ロストシップ、とはなんですか?」

ケイン「ここの言葉だと、『損失宇宙船』……とでも言うかな?
つまり大昔の……オレの時代から見て、大昔の失われた技術が使われた化け物性能の宇宙船だ」

恵「それでも私達の時代からは遠い未来になるんですよね」

ケイン「ははは、まあな」
111 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/16(日) 22:42:02.64 ID:k5le41eIo

────────────────────────────

激しい戦いの末にオレ達は何とか敵の軍勢を退け、ナイトメアの本拠地に乗り込んで『闇を撒く者』を倒す事が出来た。

だが奴の魂自体は、滅ぼす前に肉体から抜け出て、本体であるロストシップ・『ダークスター』の元に戻りやがった。

それからオレも自分の宇宙船、『ソードブレイカー』で『ダークスター』と戦ったんだが……

その時の戦闘の余波で、オレとキャナル、そして『ダークスター』はこの時代に飛ばされてな……

結局、決着はつかずじまいでここまで来ちまった。
112 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/16(日) 22:43:37.07 ID:k5le41eIo

────────────────────────────

ケイン「──と言うのが、オレ達がこの時代に来た理由っつーかきっかけなんだが……」

恵・澪『…………』

困ったように顔を見合わせる恵と澪。

無論こんな話、そう簡単に信じられるはずはない。

だが、二人が嘘をついている様子はないし、実際恵と澪はあの『影』に襲われているのだ。

信じられないからと言って、すぐに切り捨てるのは軽率だと、ひとまず恵は考えた。
113 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/16(日) 22:46:45.52 ID:k5le41eIo
恵「……その……『ダークスター』?? ですか?
とんでもない性能のロスト……シップ? なのによく戦えましたね。
いえ、そもそも宇宙最大の犯罪組織をそこまで追い詰めるなんて……」

ケイン「まあ、こっちも味方はオレ達だけって訳でもなかったからな。
『ダークスター』に関しては……」

ケインがチラリとキャナルを見た。

キャナル「話しても良いでしょ」

ケイン「……そうだな。
この時代なら『宇宙船だから』で詮索される事はあっても、『ロストシップだから』って詮索される事はない、か」

一人言のように呟いてから、ケインは続ける。
114 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/16(日) 22:48:26.26 ID:k5le41eIo
ケイン「──オレの宇宙船もロストシップでな。それでサシの勝負ならまあ何とかなるんだ」

澪「ロストシップ、ってそんなに当たり前のようにあるんですか……?」

澪が、初めてまともに口を開いた。

ケインとキャナルから悪意が感じられず、逆にどこかしら頼もしい雰囲気を発している事。

それに、何よりも恵が隣に居る事で多少落ち着いてきたのだろう。
115 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/16(日) 22:50:45.67 ID:k5le41eIo
ケイン「んにゃ。
オレの時代に残っていたロストシップは七隻」

キャナル「性能の悪い量産型とも一回戦ったでしょ」

ケイン「ああ……そうだったな」

性能が悪いと言っても、あくまでそれはロストシップの中では、と言う事らしいが。

ケイン「まあ、雑魚は物の数じゃねえから除いて……
その七隻の中の四隻は『ナイトメア』にあって、そん中の一隻が『ダークスター』。
他の三隻はオレ達が破壊した」

ケインが指を折りつつ答える。
116 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/16(日) 23:00:15.68 ID:k5le41eIo
ケイン「別の一隻はオレの宇宙船……
戦闘封印艦(ソードブレイカー)・ヴォルフィード」

恵「……ヴォルフィード?」

それは確か……

恵と澪は、女を──キャナル=ヴォルフィードを見た。

キャナル「そう。
ソードブレイカーとは私の事。
──あっ、この姿は立体映像よ。さっきの話に出てきた『闇を撒く者』みたいに、魂を人の体に乗り移らせている訳じゃないわ」

恵「はあ……」
117 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/16(日) 23:03:12.74 ID:k5le41eIo
キャナル「ふふっ、ピンときてないみたいね。
……えっと」

キャナルはキョロキョロと周りを見渡し、こちらに視線を向ける者が居ない事を確認すると……


シュウンッ。


恵・澪『!?』

一瞬で、キャナルの髪型・服装が変わった。

目にかからない長さの前髪を中分けにし、おさげにしていたストレートの髪の毛は、
長い前髪で額を出してウェーブのかかったセミロングに。

リボンベルトのコートはビシッとしたスーツに。

ついでにメガネのオプション付き。
118 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/16(日) 23:08:22.04 ID:k5le41eIo
挿し絵〜
http://myup.jp/v0skJaHo
119 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/16(日) 23:09:59.34 ID:k5le41eIo
恵「こ、これは……一体???」

唖然とする恵に、口元に手をやって目を白黒させる澪。

これはいくらなんでもトリックなどありえない。

恵の頭では、今回の件はTVか何かのドッキリである可能性も考えられていたのだが、
最新の技術を使ってもこんなマネは出来ないだろう。

キャナル「やろうと思えば男の人の姿にもなれるわよ☆」

恵「い、いえ。そこまでして頂かなくても結構です……
……まだ話はよく理解出来ていませんが、少なくとも私達の常識では測れない事が起きているのは確かみたいですね……」
120 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/16(日) 23:11:36.58 ID:k5le41eIo
そういえば、ケインが使っている白い筒から光の刃を出して斬りつけたり、弾丸のように飛ばしたり出来る武器……

果たしてあれも、現代の科学で作る事が出来る物なのだろうか?

まあ一般人には知られていないだけで、あの武器の製作も、今のキャナルの変身も……

もしかしたら例の『影』すら、現代最新鋭の技術ならば実現可能なのかもしれない。

例えばどこかの軍隊の機密技術とか。

しかし、そうだとしても極普通の女子高生には十分現実離れした話である。
121 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/16(日) 23:13:33.08 ID:k5le41eIo
恵「……え、えっと。残りの二隻は?」

ケイン「所在不明だ。
たぶん宇宙のどこかに眠っているんだろうな。
まあ、それも今回の件には無関係だから気にしなくて良いぞ」

澪「はあ……」

恵「それで、お二人がこの時代に来たのは狙ってではなく……?」

ケイン「偶然だ。
最後の最後、あと一歩で勝てるって時にお互いの力が変な風に暴発しちまったみたいでな。
気が付いたらこの時代に来ていた」

キャナル「そのおかげであいつを取り逃がしちゃったのよ」
122 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/16(日) 23:16:05.04 ID:k5le41eIo
ケイン「だからこそ、奴にトドメをさす為にこうやって動いていると言う訳だ」

ちなみに、この時代に飛ばされた詳しい原因は、今キャナルが調べている最中らしい。

恵「……宇宙戦艦が相手なのに、
地上で動いているんですか?」

ケイン「今のあいつはこっちの太陽系のどこかに居るはずなんだが、疲弊しきっていて動けないみたいなんだ」

キャナル「それで『ダークスター』は力を回復しようと、『影』の状態になってこの地球に来てウョロチョロしているのね」

ケイン「俺達はそれを掴んだからすぐに地球へ来て、行動を開始した」
123 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/16(日) 23:18:15.01 ID:k5le41eIo
恵「戦艦が太陽系のどこかにあるってわかっているなら、そっちを何とか探し出して狙うのは駄目なんですか?」

ケイン「うーん。あいつにとって、戦艦と魂はリンクしているようなモンらしいからな。
それが出来ればそれでも良いんだが」

つまり、どちらか一方でも撃破出来れば勝利出来ると言う事だ。
124 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/16(日) 23:20:03.68 ID:k5le41eIo
キャナル「私はロストシップの気配を感じる事が出来るわ。
ただ、それは戦艦の方ではなく魂側に関してのみね。
この時代に飛ばされた直後にかなり大まかな位置は感知したけれど、あいつはすぐに魂を戦艦から離したみたいで……
細かい場所まで特定する時間が無かったの」

──ああ、あまりに距離が離れすぎていてもダメね、とキャナルは笑う。

そして地球へとやって来た彼らは、『ダークスター』の魂の居る場所を完全に特定し、ここへ……

桜が丘へとやって来たのだった。
125 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/16(日) 23:21:15.37 ID:k5le41eIo
恵「…………」

これが事実かどうかは置いておいて、一応話の筋は通ってはいる。

通ってはいるが……

もはや恵と澪は信じる信じない以前の問題で、このとんでも話を理解しようと頭を巡らせるのに必死だった。

恵「……では、その『ダークスター』はどうして秋山さんを狙ったのですか?」


ビクッ。


恵の隣で澪が震えた。

思考の海から現実に引き戻され、恐怖を思い出したのだろう。
126 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/16(日) 23:22:32.19 ID:k5le41eIo
ケイン「『ダークスター』の力の源は、人間のような知的生命体の『絶望』などの負の感情だ。
その中でもあの野郎は、特に『恐怖』を好んでいたっけか?
……で、この時代、地球以外に知的生命体は存在しねえ」

キャナル「ここからは推測なんだけど、あいつは負の感情を得る為、地球……日本にやってきた。
それも、それらの感情を一番搾り取れるここ──桜が丘に」

恵「桜が丘が……?」
127 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/16(日) 23:24:22.51 ID:k5le41eIo
恵「桜が丘が……?」

ケイン「そうだ。
負の感情を喰う奴らってのはな、ただそれを垂れ流すだけの奴のモノより、
心が綺麗だったり幸せだったりする奴の物の方が好物らしいんだ」

キャナル「今の疲弊した『ダークスター』には、ものを思考する力も無いはず。
恐らくあいつは本能で、自分が回復するのに一番効率の良い負の感情を放てる人が集まる場所へ来たんでしょう」

恵「それが……」

澪「桜が丘?」

ケイン「そうなるな」
128 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/16(日) 23:26:03.15 ID:k5le41eIo
恵(桜が丘って、そんな凄い所なのかしら?)

だが考えてみれば、桜が丘は平和だ。

もちろん、細かく調べればすべてがすべて綺麗と言う訳ではないだろうが、
どこか殺伐とした現代の中ではとても穏やかな場所である。

恵(……私が気付いていないだけで、あの学校は確かに幸せな所なのかもしれないわね……)
129 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/16(日) 23:28:05.05 ID:k5le41eIo
澪「で、でも、桜が丘がそんな場所だったとしてもなんで私が狙われたんですか……?」

ケイン「理由は二つ考えられる。
一つは、澪が一人で居たからだ」

澪「えっ?」

キャナル「今の知恵すら働かないあいつは、一番力の回復が出来そうな所に寄って来た。
でも、そこからは生存本能で安全・確実に負の感情を摂取出来るように行動しているんでしょう」

ケイン「害虫は食い物のある場所にわくが、それを思う存分食うのは危険が無い時だけで……
例えば、奴らは人が来たりして身の危険を感じたら速攻逃げるだろ?
そんな感じだと思ってくれたらわかり易いか」
130 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/16(日) 23:30:39.07 ID:k5le41eIo
恵(だから、ケインさん達が現れたらすぐ逃げて行ったって事かしら)

そして、人の居ない所にのみ現れ、逃げる時もそんなルートを移動していた。

キャナル「で……『ダークスター』は、一定範囲内の周りの存在から負の感情を吸い上げるだけじゃなく、
個人に憑依して直接喰らう事も出来る。
それは同時進行が可能なんだけど……」

ケイン「それなら憑依する相手はなるべく幸せな奴の方が、より美味い『恐怖』とかが喰えるわな」
131 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/16(日) 23:35:11.43 ID:k5le41eIo
澪「じゃ、じゃあ……」

ケイン「ああ。
もう一つは、澪自身が幸せな奴だからだ」

澪「そ、そんな……
でも私……別に幸せな……訳、じゃ……」

しかし、澪の声はどんどん小さくなって行った。

最後まで言い切れなかったのだ。
132 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/16(日) 23:36:57.85 ID:k5le41eIo
ケイン「……日本っつーのは、随分と幸せな国みたいじゃねえか。
食べ物を筆頭に物はあるし、夜道を歩いてもそうそう襲われたり殺されたりしない。
普通に学校に行けて普通に職がある。
……あれこれ拘ったら別かもしれんが」

優しい表情で続けるケイン。

ケイン「まあちゃんと頑張ってれば、贅沢三昧こそ出来なくても生きるには困らねえ。
中にはそうでない人も居るみたいだが、そう言う人達が例外……比率で見たら少数と言えるレベルには裕福だ」
133 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/16(日) 23:38:44.36 ID:k5le41eIo
キャナル「この時代、その当たり前な裕福・当たり前な幸せのありがたさに気付かず、
胡座をかく人達が社会問題になってるみたいですけどね」

肩をすくめるキャナルに、ケインは苦笑する。

ケイン「だからこそ、それに気付いている……
気付いた、か?
ともあれそんなお前はやっぱ幸福で綺麗な奴だよ。
それは素直って事だからな。
素直なのはすげぇ宝だ」
134 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/16(日) 23:40:00.85 ID:k5le41eIo
キャナル「そうそう。
この人、子供の頃から荒っぽい世界で生きてきたから捻くれちゃって捻くれちゃって」

ケイン「だー! オレの事は良いだろ別にっ!」

澪 (……確かに私は幸せ、だな)

澪は思う。

澪(そりゃ辛い事もあったけど、この人達が言うように『当たり前』の人生は与えられてるんだもん。
その『当たり前』も無い人だって居るのに)

それだけではない。
135 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/16(日) 23:41:46.82 ID:k5le41eIo
澪(そういえば、これまでいじめとかには合わなかったし……)

──いじめの報道が当然のように流れる現代・かつこの自分の性格で、これはとっても大きな奇跡なんじゃないかな──

澪(その上、親友である律や他の軽音部の皆のような大切な仲間達に出会えたし、クラス全体の仲も良いと思う)

そして今彼女の隣には、今回の件が起きるまではほとんど接点が無かったのにも関わらず、
ここまで親身になってくれる先輩が居る。


ギュッ。


恵「!」
136 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/16(日) 23:43:50.05 ID:k5le41eIo
澪が恵の手を握った。

それは、これまでのように不安で彼女にすがる為とかではなくて。

澪「…………///」

恵「///」

澪(……うん。『当たり前』だけじゃなくて、私はそれ以上のものも与えられてる、な……)

澪から再び恐怖が薄らいで、代わりに暖かいものが胸に流れる。
137 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/16(日) 23:45:20.07 ID:k5le41eIo
そんな彼女の様子を見て、ケインが口を開く。

ケイン「……やっぱお前は凄い奴だよ」

──あっさり気付けて、即感謝してやがるんだものな──

キャナル(なるほど。こんな子の『負』を直接喰らえたら、
『ダークスター』にとっては最高の力になるわね……)

ケイン(……だからこそ執着されてんだろうな。
なまじ、今のあの野郎がほぼ本能だけの状態になってやがる分……)

澪「い、いえ。私別に凄くなんか……」

恵「ううんっ!」

澪の言葉を遮り、恵が言った。
138 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/16(日) 23:47:13.71 ID:k5le41eIo
恵「そんな事ないわ。
ケインさんの言うように、澪たんは宇宙一可愛くて素晴らしくて最高で凄い女の子よっ!」

澪「先輩、そ、そんな……///」

真顔で瞳を見つめて来て熱く断言する恵に、澪の顔は真っ赤になった。

ケイン「さすがにそこまでは言ってねえけどもっとやってくれ」

キャナル「綺麗は正義。
百合は綺麗ね♪」

ケイン「ああ。これぞまさに大正義百合娘だなっ!」


ガッ!


こちらは熱い友情をほどばしらせ、グータッチをする。
139 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/16(日) 23:48:40.64 ID:k5le41eIo
ケイン「──と、まあ話を戻すが……
『ダークスター』を倒すのに、あまり悠長にはしていられなさそうでな」

キャナル「これまでもあいつは、人に憑依こそ出来なかったみたいだけど、周りの『負』は取り込んでいた」

ケイン「それでもまだ大して回復はしていないが、時間を与えすぎるのはマズい」

キャナル「特に、知恵を取り戻すくらい回復させてしまうと危険すぎる」

ケイン(……いや、もう微量ながら取り戻しているかもしれねえがな)

ケインの脳裏に、先程の戦いがフラッシュバックする。
140 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/16(日) 23:50:20.35 ID:k5le41eIo
戦術を使い、まんまと撤退した『ダークスター』……

あんな真似は、本能だけでは不可能ではないのか。

ケイン「本当はさっさと決着をつけたかったが、奴はなかなか姿を現しやがらないし、
場所が女子校と言う事でまともに探索も出来ず苦労してるんだ」

キャナル「『ダークスター』を見付ける事より、貴方が他の人に見付からないよう立ち回る事の方が難しかったわね」
141 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/16(日) 23:52:15.59 ID:k5le41eIo
恵「って、ケインさんはもう……」

そう。ケインは今日見付かってしまった。

顔をマスクで隠していたし、抜群の身体能力を持っている為に捕まりこそしなかったが……

防犯は、間違いなくさらに厳しくなるだろう。

澪(そもそも、顔がバレてなくても黒マントで特定は簡単だろうし……)

恵(明日、不審者が居たって学校で確実にニュースになるわね……)

澪と恵は思ったが、これに関してツッコむとケインが怒り出しそうなので黙っておく。
142 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/16(日) 23:54:42.20 ID:k5le41eIo
ケイン「ともあれオレは、桜が丘に侵入……自体は可能だとしても、もうまともな捜索は無理だ。
かと言って放っておいたら、『ダークスター』はどんどん力を取り戻して行く」

キャナル「知性が本能を上回ったら、あいつは問答無用で人を襲いにかかるでしょうね。
今みたいに臆病なほど慎重になりすぎる事はなく、むしろ積極的に。狡猾に」

当然、戦闘力も増して。

ケイン「そこまで回復したあいつにとって、戦闘経験の無い人間なんざまとめてかかって来られてもものの数じゃねえから、
そんな事になったらまあ止められないだろうな」

つまり。
143 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/16(日) 23:56:23.17 ID:k5le41eIo
ケイン「つまり、確実に犠牲者……
死人が出る」

恵と澪が顔色を失う。

警察を呼ぶにしてもこんな話信じて貰えないだろうし、来てくれるとしたら犠牲が出た後だろう。

キャナル「私達は、そんな状況になる前になんとしても『ダークスター』を討ち取りたい」

キャナルが静かに、しかし強い決意を込めて言った。
144 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/16(日) 23:57:26.61 ID:k5le41eIo
……………………

しばし、彼女達の間に沈黙が生まれる。


ザワザワ……


周りの喧騒を聞きながら、四人は今まで手をつけていなかった飲み物で喉を潤す。
145 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/16(日) 23:58:29.67 ID:k5le41eIo
恵「……事情は飲み込めました。
でも、それで私達に何が出来るのですか?」

キャナル「『ダークスター』をおびき出すのに協力して欲しいの」

恵「! それって……」

ケイン「澪に囮になってくれって事だ」
146 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/16(日) 23:59:51.86 ID:k5le41eIo

────────────────────────────

恵と澪は、腕を組んで寒い夜の町を歩いていた。

澪「…………」

澪は……震えていた。

恵「澪たん……」

そんな彼女を、恵は組んだ腕の力を込め、より近くに引き寄せる。
147 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/17(月) 00:01:00.69 ID:5HUk7DGAo

……………………

…………


恵「囮にって……」

ケイン「このままだと桜が丘から犠牲者が出るのを待つだけだ。
その上でまだ『ダークスター』が糧を欲しがるなら、桜が丘の外にも出て来るだろう。
それならオレも学校内よりは存分に戦えるが……」

キャナル「もし、桜が丘の人の『負』を喰らうだけで満足して戦艦へ魂を戻すのであれば、
すぐさま宇宙へ出てそれを撃沈すれば良いわね」
148 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/17(月) 00:02:41.43 ID:5HUk7DGAo
ケイン「……が、どっちにしろ被害が出る事確定の選択肢はオレ達にはねえ」

キャナル「だから澪ちゃんに『ダークスター』をおびき寄せて貰って、ケインが確実にあいつにトドメを差す」

ケイン「警戒が厳しくなったであろう桜が丘内部で、探索を行ったりチャンスを待つのはもう無謀すぎる。
しかし充分に作戦を練って、準備をしておびき出すなら話は別だ」

澪「…………」
149 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/17(月) 00:05:11.62 ID:5HUk7DGAo
恵「そ、そんなの無理ですよ! 襲われる事前提で動くなんて……!」

ケイン「タイミングや場所がわかっていれば、百パーセント澪に危害は加えさせねえ」

恵「そうは言っても……!」

ケイン「……まあ怖いよな。
だからすぐ決断してくれとは言わねえ。
とりあえず、オレとキャナルの見たてでは、そんな事態になるまで六日は猶予があると思う。
何とかそれまでに決意を固めて貰えねえか?」
150 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/17(月) 00:06:58.69 ID:5HUk7DGAo
恵「私……私じゃ駄目なんですか!?」

ケイン「『ダークスター』に最初に目を付けられたのがお前さんだったら、よかったかもしれねえけどな」

恵「えっ?」

キャナル「澪ちゃんがターゲットになってから十日は経っている訳だけど……
その間に、学校で一人の時間を過ごした子は沢山居たはずよね」

恵「それは……そうでしょうね」

キャナル「なのに襲われたのはまた澪ちゃんだった。
澪ちゃんだけだった。
彼女の『負』がよほど美味だって、あいつは本能で感じ取っているんでしょうね」
151 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/17(月) 00:08:40.61 ID:5HUk7DGAo
ケイン「『ダークスター』の野郎、お前に固執していやがる」

澪「!」

ケイン「奴が物事を考えられるようになりゃあ、固執しながらも別の奴を狙うって言う合理的な事もしてくるんだろうがな……
今の『ダークスター』は、澪しか狙わねえと考えて良いと思う」

キャナル「本質が慎重なあいつが、本能だけで動けばそうなるわね」

恵(だから、引き際って言うのかしら……?
それが妙に良かったのね……)
152 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/17(月) 00:10:30.89 ID:5HUk7DGAo
ケイン「あとは桜が丘っつう環境にもだな。
例えば、人の居ない夜とかは学校外で──ってのもありえるはずなのに、そんな動きをした形跡はねえ」

キャナル「外に出る選択肢を見付けるだけの脳すら、まだ失っているって事ね」

ケイン「今の段階だと、桜が丘の中限定で、澪に憑依してお前の『負』を直接喰らうのを狙ってる……
ってだけがあいつの行動パターンと見て間違いない」

キャナル「だからこそ、他の人の事を考えずに澪ちゃんを囮にするって手が使えるんだけど……」
153 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/17(月) 00:11:53.20 ID:5HUk7DGAo
恵「で、でもそれじゃあ秋山さんが……」

キャナル「──恵ちゃん。貴女は桜が丘の生徒会長なのよね」

恵「……? お話ししましたっけ。そうです」

キャナル「その生徒会長さんは、澪ちゃん一人を危険に晒す事は確かだけれど、誰も死者を出さずに済む可能性が高い方法と、
澪ちゃんを危険に晒す事はないけれど、他に確実に死者が出る方法と。
どちらがより良い選択だと思うかしら?」

恵「!!!
…………」
154 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/17(月) 00:12:49.89 ID:5HUk7DGAo
キャナル「……嫌な事を言ってゴメンなさいね。
私達も、私達だけで何でも出来れば良かったんだけど……」

ケイン「──ともあれ考えてみてくれ。
この通信機を二人に渡しておく。
超小型で常に持ち歩けるはずだから、決断出来たらいつでも連絡して貰いたい。
……じゃあ、頼む」
155 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/17(月) 00:14:07.17 ID:5HUk7DGAo

……………………

…………


ピタリ。


大きなクリスマスツリーがある広場に通りかかった所で澪が足を止め、それに合わせて恵も立ち止まった。

澪「……曽我部先輩」

恵「……うん」
156 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/17(月) 00:15:53.91 ID:5HUk7DGAo
澪「ケインさんとキャナルさんの言う事、正しいと思います」

恵「そうね」

犠牲者を出さないようにするやり方もだし、ケインの、

『百パーセント澪に危害は加えさせねえ』

と言う言葉。

彼は、過去の二回とも見事に澪を救っているのだ。

作戦を立てて準備も出来るのなら、説得力は間違いなくある。
157 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/17(月) 00:17:41.01 ID:5HUk7DGAo
恵(本来なら、ケインさん達の頼みを聞くのがもっとも正しいのだと、私も思う。
……でも)

澪「でも、私怖いんです……」

隣の澪の震えが大きくなる。

恵「うん」

──当然だわ。あんなの、誰だって怖い──

トリックでは説明のつかない闇の塊の化け物に、
現代の日本で普通に暮らしていてはまず向けられる事のない本物の殺気を浴びせられ、襲われたのだ。

例えそれが一番良い作戦とは言え、自分からそんなものの前に出られるか?
158 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/17(月) 00:19:45.60 ID:5HUk7DGAo
恵(澪たんは確かに臆病な女の子だけど、これはそんなレベルの話じゃないもの)

ケインとキャナルはそう言った事に恐怖は感じていないようだが……

それこそ環境なり生活なり──時代の事ではなく、彼らが別の世界で生きる者達だと言う証拠だろう。

恵「澪たん、大丈夫だから。
私が絶対に貴女を守るから……」

恵が澪の両手を取り、真摯な瞳で見つめる。
159 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/17(月) 00:20:54.59 ID:5HUk7DGAo
澪「曽我部、せん……ぱい……」

激しい恐怖と、恵の暖かさと……

その両方で澪は泣いた。

恵「大丈夫だから……」

彼女の涙を優しく拭い、恵は澪をきつくきつく抱き締めた。

周りの人々も喧騒も、二人の世界に入り込む事は出来なかった。
160 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/17(月) 00:23:56.65 ID:5HUk7DGAo

────────────────────────────

それから数日、ケインとキャナルはそれでも自分達で何とかしようと動いてはいた。

キャナル「……やっぱり駄目ね……」

桜が丘の外で、『ダークスター』の感知を試みていたキャナルが首を横に振った。

キャナル「動いてないから気配が弱すぎる。
これだったらもっとあいつに近づかないと、具体的な居場所はわからないわ。
学校の敷地内のどこかに居るのは変わらず間違いないんだけれど……」

ケイン「そうか……」
161 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/17(月) 00:25:04.71 ID:5HUk7DGAo
キャナル「まったく、一人の女の子にストーカーみたいに執着しちゃって。
そんな男は嫌われるってのに」

ケイン「…………」

キャナル「……ケイン?」

ケイン「──あ、ああ」

返事をする彼は、しかしどこか浮かない顔だった。
162 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/17(月) 00:26:38.59 ID:5HUk7DGAo
キャナル「やっぱり気になる?」

ケイン「まあな……」

ほう、とため息を吐くケイン。

ケイン「一番の上策とは言え、他人を……それも裏の世界を何も知らない人間を利用するような手はやっぱり好かねえ」

『ダークスター』をおびき出すには秋山澪と言う存在が必要だし、
澪の性格を考えれば、彼女を動かすには恵のような人間の力を借りなければならない。

わかってはいるが、ケインは完璧に割り切れないでいた。
163 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/17(月) 00:28:11.06 ID:5HUk7DGAo
キャナル「同感だけど……
仕方ないわ」

ケイン「そうだが……」

キャナル「って、貴方がこないだ『ダークスター』を追いかけた時に倒せていれば、もう終わっていたはずなんだけどね」

ケイン「うっ!」

痛い所をつかれ、ケインが呻く。
164 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/17(月) 00:32:32.29 ID:5HUk7DGAo
キャナル「まあ期待してなかったから良いけど」

ケイン「ひでえ!?」

キャナル「ふふふっ。
いくらケインでも、あの時間のあの場所では、ね」

ケイン「…………」

確かに、生徒達に見付かって騒ぎにならないように、気配も音もなるべくさせず・建物を壊さずに……

上空にも地中にも逃げられる存在を倒すのは、いかに腕が立つケインと言ってもかなり難しかった。

むしろ、追い詰めるところまで持っていけただけでも神業と言って良い。

……これがせめて、下校時間後などの人が少ない時間であれば結果は違っていたのかもしれないが……
165 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/17(月) 00:35:05.68 ID:5HUk7DGAo
キャナル「ともあれ、今の現状だとこんな方法に賭けるしか手が無いからね……仕方ないのよ。
切り替えて行きましょう」

ケイン「……そうだな」

もう現実に起こってしまった事をあれこれ考えても仕方がない。

それよりは、それを踏まえ、最高の結果を目指して動く事の方が大事──ケインは自分にそう言い聞かせた。
166 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/17(月) 00:36:00.31 ID:5HUk7DGAo
ケイン「しかし、さすがキャナルは冷静だぜ」

嫌味などはまったく無く、素直に尊敬の念を込めてケインが言った。

キャナル「これが私の役目の一つだからね」

答えるキャナルの瞳が、僅かに揺れる。
167 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/17(月) 00:40:02.88 ID:5HUk7DGAo
キャナル「むしろ、貴方はこう言う事はそうやってどんどん悩んで。
……ううん、悩める人間で居て。
私が、そこからまた立ち上がれるように支えるから。
アリシアのように」

アリシア──ロストシップ、『キャナル=ヴォルフィード』の現マスターであるケインの祖母にして、
『ヴォルフィード』の前マスター。

かつて幼いケインを、人間として男として。トラブル・コントラクターとして一人で育て・守りながら……

宇宙最高の犯罪組織であるナイトメアと、その背後に居る『ダークスター』達ロストシップと戦い散って行った偉大なる女性。
168 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/17(月) 00:41:49.49 ID:5HUk7DGAo
ケイン「……ああ。
ああ、そうだな」

ケインにとってアリシアは、今でも最大の目標であり憧れの存在だった。

ケイン「ばーちゃんが言ってたぜ。『嘘も方便』だってな!
よし、何があっても恵や澪を守ってやるぜ!
ここから切り替えて行く!」

キャナル「嘘は言ってないから使い方間違ってるけど、その意気よ。ケイン」

二人は笑い合った。
169 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/17(月) 00:43:41.08 ID:5HUk7DGAo
と、その時……


「お巡りさんっ、あそこです!」

??「むむっ、確かに怪しい奴!」


そんな声が響いたので声のした方を向くと、普通の一般人と思わしき女と、
トレンチコートと帽子を身につけた何やら雰囲気のある男が立っていた。
170 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/17(月) 00:44:45.39 ID:5HUk7DGAo
「ずっと女子校の前に居るんです!」

??「うむ、怪しいな!
たまたま通りかかって良かった!」

男は大きく頷くと、胸元から手錠を取り出してケインの方へ向かってきた。

ケイン「はあ!?」
171 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/17(月) 00:46:23.19 ID:5HUk7DGAo
??「わしの名は銭形! 怪しいマント男っ! わしと一緒に来て貰おうか!」

ケイン「意味わかんねぇ!
おいキャナルっ、逃げるぞって居ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」

ケインが隣を見た時、すでにキャナルの姿は無かった。

まさに言葉通り、姿を消したのだ。

ケイン(あんにゃろう! 後でコントロールパネルにコーヒーこぼしちゃるっ!)


ダッ!


心の中で毒づきながら、ケインは駆け出した。
172 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/17(月) 00:47:23.83 ID:5HUk7DGAo
銭形「むっ!? なぜ逃げる!
……そうか! さては貴様、ルパンが変装した姿だな!?」

ケイン「誰だそりゃあ!」

銭形「そんな怪しい変装をして何を企んでおる!
逮捕だっ、ルパァァァァァァァァァン!!!」
173 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/17(月) 00:52:57.60 ID:5HUk7DGAo

────────────────────────────

ケインが銭形に追いかけ回された日の放課後、夕方。

日が落ちつつある中、恵は帰宅する為に町を歩いていた。

恵「……ふう」
(今日も澪たんは無事だった)

予想通り、こないだファミレスで話した日の翌日に不審者(ケイン)の件で全生徒へ注意があり、
桜が丘の防犯はさらに厳しくなった。

澪もあれから(恵が知る限りは)一人になる時間は無かったし、
今は学校の外は大丈夫だと言う話ではある。
174 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/17(月) 00:55:47.56 ID:5HUk7DGAo
恵(それでも、ね)

やはり心配だったので、澪が家に着くまで影から見守って来たと言う訳だ。

恵「…………」

冬休みとクリスマスが目前に迫り、人々と町は浮かれ気分だ。

しかしもちろん、恵はそんな気持ちにはなれない。


ふらっ……


突然、恵が歩きながらふらついた。
175 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/17(月) 01:03:26.96 ID:5HUk7DGAo
恵(……? めまいが……)

──疲れているのかしら?──

彼女は、『澪を巻き込まずにどう守るか』をずっと考えていて、ここ数日ほとんど寝ていない。

それに合わせて、影から澪を見守ったり、生徒会の仕事も含めた普段の学校生活もきちんとこなしているのだ。

これで疲れない人間など居ない。
176 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/17(月) 01:10:55.46 ID:5HUk7DGAo
恵(…………)

疲労と言うものは、一度意識すると何倍にもなって襲いかかってくるものである。

恵(倒れない内に、早く帰ろう……)

恵は、急激に重くなった足を根性で早めた。

梓「でさー。それがすっごく可愛くって!」

「へえ、そうなんだ〜」

恵の隣を、中学生だろうか? 少し下くらいの歳の少女達が通り過ぎた。
177 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/17(月) 01:12:07.33 ID:5HUk7DGAo
恵(……羨ましいな。
当たり前の日常を楽しめるって、とても幸せな事だったのね……)

思いながら、大通りを抜けて一方通行の道へと入り、公園の入り口を通り過ぎ……


『えーっ、違うよぅ』

『ホント? じゃあキス、して欲しいわ』


ようとした所、公園の中から覚えのある声が聞こえた。
178 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/17(月) 01:13:59.32 ID:5HUk7DGAo
恵(……?)

少しだけ通り過ぎた道を戻り、恵は公園の中に入る。

唯「ん……ちゅ……んちゅ……」

紬「ちゅ……ん……んちゅ……」

恵「……!」

入り口近くのベンチには唯と紬が座っていて、二人はキスをしていた。
179 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/17(月) 01:16:58.68 ID:5HUk7DGAo
挿し絵でっす
http://myup.jp/Sq7loFij
180 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/17(月) 01:19:40.60 ID:5HUk7DGAo
あの二人は、軽音部全員で下校している時に、道が違う所までたどり着いて澪・律組とは別れたはずだが。

恵(寄り道していたのね。
……っていやいや。それよりも。
な、な、何をやっているの???)

唯「……んふ。
もう、ムギちゃんたら強引なんだから」

紬「だって私、唯ちゃんの事大すきなんだもん///」

唯「えへへ、私もっ///」

などと言いながらいちゃつく二人を、身を隠しもせずに恵は凝視していた。

しかし行為に夢中の唯と紬は、彼女に気付かない。
181 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/17(月) 01:20:35.89 ID:5HUk7DGAo
唯「ムギちゃんはぬくぬくだねぇ☆」

紬「唯ちゃんもぬくぬく〜♪」

恵「…………」

唯「──わっしょい!?」

紬「わっしょぉぉい!?」

恵「!?」ビクゥッ

どうやら気付いたようだ。
182 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/17(月) 01:21:39.14 ID:5HUk7DGAo
唯「あービックリしたぁ」

紬「曽我部先輩、こんにちは」

恵「こ、こんにちは」
(私だってビックリしたわよ……)

紬「今お帰りですか?」

恵「う、うん。そうなの」
183 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/17(月) 01:23:00.15 ID:5HUk7DGAo
唯「おぉ、こんな遅くまで……
生徒会長って大変なんですなぁ」

恵「うふふ、まあね」

唯「お疲れ様ですっ!」

恵「ありがとう。
……隣、座っても良いかしら?」

唯「どうぞどうぞ」

紬「どうぞ〜♪」

恵は、二人の座るベンチに腰を掛ける。
184 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/17(月) 01:24:04.22 ID:5HUk7DGAo
恵「……ねえ」

少しだけ間を置き、恵が口を開いた。

紬「なんでしょう?」

恵「答えにくかったらごめんなさいね。
二人は、その……そう言う関係なの?」

唯「はひ?」

紬「はい♪ 私と唯ちゃんはカップルですっ♪」

恵「……!」
185 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/17(月) 01:25:17.95 ID:5HUk7DGAo
唯は質問の意味を理解出来ていなかったようだが、紬にアッサリと返答されて恵はやや面食らった。

唯「……あっ、そう言う事かぁ。
そうですっ、私とムギちゃんは熱い熱い恋人同士なのですっ!」フンス

恵「そ、そうなの……
凄いのね……」

唯「なにがですか?」

恵「だって、そうやって恋人同士だとか……
『大すき』とか普通に言えて……」
186 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/17(月) 01:26:16.48 ID:5HUk7DGAo
紬「……あっ///」

唯「……をっ///」

ここで、紬と唯が初めて少しだけ頬を赤らめた。

紬「やっぱりさっきの見られてたんですね///」テレ

唯「いやあ、参りましたなぁ///」テレテレ

彼女達はお互い片手を取り合い、残った手で頭をかいている。
187 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/17(月) 01:27:44.75 ID:5HUk7DGAo
唯「でも、別に凄くはないですよ〜」

恵「えっ?」

唯「だって、私とムギちゃんはラブラブですし、恋人ですから〜♪」

恵(……そうか。そうよね。それなら当たり前か……)

まあそうは言っても人・カップルによるのだろうが、恵にはこの二人だと尚更そのように思えた。
188 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/17(月) 01:28:47.56 ID:5HUk7DGAo
紬「うふふ、それでも最初はちょっとだけ照れくさかったよね///」

唯「そういえば……そうだったねえ///」

何やら思い出したようで、今後こそ唯と紬は真っ赤になった。

恵「……そうなの?」

紬「はい。やっぱり初めてだと……」

──……あ──
189 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/17(月) 01:30:13.28 ID:5HUk7DGAo
恵「そ、そっか」

合点がいった恵は、照れたように目を逸らす。

紬「あ、あ、あのでもですね、それだけじゃなくてキスとか告白の時だってそうだったんですよ///」

恵「そ、そうなの?
琴吹さんも平沢さんも、そう言うのはスッと出来そうだけど……」

紬「うふふ。やっぱりじゃれあってするのと、相手を好きになって意識してするの……
それと、恋人同士になってするのは違いました///」

唯「えへへ///」

恵「なるほど///」
190 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/17(月) 01:31:37.45 ID:5HUk7DGAo
恵にはそうした経験は無いのだが、確かにそう言うものなのかもしれないと思った。

唯「でも、大抵ムギちゃんから『やって』って言ってくるんだよね」

恵「そうなんだ」

唯「ムギちゃん、すっごく好奇心旺盛なんですよ〜」

紬「うふふ♪」
191 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/17(月) 01:35:38.66 ID:5HUk7DGAo
唯「だから、ほとんど私からよくしてあげてるんだ〜」

紬「私、唯ちゃんに色々して貰うのすき♪」ニッコリ

唯「おうっふ!///」

恵「///」

紬「でもね、思ってるだけ……期待して待ってるだけじゃ悪いし、いけないと思うから……
せめて私から求めるようにしてるの」

唯「まったく、かわいいよぅこの娘はっ!」ダキッ

紬「唯ちゃんだってかわいいですぅ〜!」ムギュッ


ちゅっ。


恵(も、もうこの子達ったら……///)
192 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/17(月) 01:37:15.79 ID:5HUk7DGAo
もはやお互いしか見えてないのか、いきなりいちゃつく二人を前にして目のやり場に困った恵は視線を泳がせる。

紬「でもでも、私だってたまには自分からやったりするわっ」

唯「そういえば、告白して来てくれたのはムギちゃんからだったね」

紬「うんっ。勇気を出して頑張りました!」

恵(……!)
193 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/17(月) 01:38:16.15 ID:5HUk7DGAo
唯「うん、ありがとうムギちゃんっ」

紬「唯ちゃんも、私を受け入れてくれてありがとう」

唯「私だってムギちゃんの事大々々すきだったからだよ〜。
ま、今はもっととびきり大々々すきだけど」

恵「……そっか」

唯「ほぇ?」
194 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/17(月) 01:39:29.40 ID:5HUk7DGAo
恵(冬なのに寒さを感じないくらい熱いこの二人の今の関係は、
お互いが勇気を出して行動しているから築け・維持出来ているのね。
……私はどうなのかしら……)

恵は澪の事が好きだ。大好きだ。

間違い無くこの気持ちは恋愛感情である。

しかし、それに対して何か動いただろうか?
195 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/17(月) 01:40:28.38 ID:5HUk7DGAo
恵は自分の行動を俯瞰してみる。

恵(私は彼女を守ろうとしている。
けど、それだけでは面倒見の良い先輩でしかないんじゃないかしら……)

いや、今回の事件は命に関わる事だし、
それでもなお守るとなると『ただの面倒見の良い先輩』と言うレベルは超えているかもしれない。

しかし、無論澪に告白などはしていない。
196 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/17(月) 01:41:53.56 ID:5HUk7DGAo
恵(ただ、それにしてもタイミングとかあるし、早ければ良いと言うものでも……
いえ、これは言い訳なのかしら?)

紬「先輩?」

唯「どうしたの?」

黙り込んでしまった恵を、紬と唯が心配そうに見つめる。

恵「──えっ?
あっ、ごめんなさい。ちょっと考え事してたわ」

それに気付いた恵が、心配いらないと二人にパタパタと手を振った。
197 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/17(月) 01:43:27.65 ID:5HUk7DGAo
恵「……さて、もう本格的に暗くなってきたわね。
私はそろそろ帰るけど……平沢さんと琴吹さんはどうする?」

立ち上がりつつ、恵は二人に問うた。

その時一瞬足の力が抜けて座り込みそうになったが、すんでの所で堪える。

唯「あ……そうですねぇ」

紬「学校に不審者が居たと言っても、外の、人が居る場所なら平気かなって思ってたんですけど……
真っ暗になったらさすがに怖いですね」
198 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/17(月) 01:45:05.80 ID:5HUk7DGAo
恵「…………」

もちろん、今もケイン達や『ダークスター』の事は誰にも話していないので、未だに真相は恵達四人以外知らない。

唯「私達もそろそろ帰ろっか」

紬「そうね」

唯と紬も立ち上がった。

そのまま三人で公園の出口へ向かう。
199 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/17(月) 01:46:44.15 ID:5HUk7DGAo
唯「おおっ、影が凄いねっ!」

紬「本当〜♪」

恵「ふふっ、そうね」

夜の闇が濃くなった沈みかけの夕日に照らされ、彼女達の影が地面に長く伸びていた。

三人それぞれの歩き方や、揺れる鞄。それとリンクする影はまるで踊っているみたいで。
200 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/17(月) 01:49:14.44 ID:5HUk7DGAo
唯「何だか、影がダンスしながらはしゃいでるっ!」フンスー!

紬「おもしろ〜い♪」

恵「…………」

そんな余裕はないはずなのだが、無邪気な唯と紬を見て、恵は心が落ち着いて行くのを感じていた。

恵(……そっか。焦りすぎていても良い考えは浮かばないかもね。
急がないといけないのは確かだけれど……
焦らず、急がないと)

思い浮かぶ事も思い浮かばない。そんな風に恵は思った。
201 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/17(月) 01:51:14.58 ID:5HUk7DGAo
唯「じゃあ、私たちこっちなんでっ」

公園から出て右へ行こうとした恵に、唯が左を指差して言った。

恵「そう。
今日は色々な話を聞かせてくれてありがとう。
気を付けて帰ってね」

唯「先輩もっ」

紬「──あの、お節介だったらすみません」

恵「?」
202 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/17(月) 01:52:50.99 ID:5HUk7DGAo
紬「曽我部先輩だったら大丈夫ですよっ」

恵「えっ?」

紬「澪ちゃんの反応を見てたら、きっと大丈夫ですっ!」

恵「……!///」

唯「えへへっ! 行こっかムギちゃんっ」

紬「うんっ!」

唯と紬は手を繋ぎながら行ってしまった。
203 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/17(月) 01:54:38.95 ID:5HUk7DGAo
恵「も、もうあの子達ったら……///」

後に残されたのは、顔を真っ赤にした恵。

恵(でも……そうなのかしら。期待しても……希望を持っても良いのかしら)

いや、と言う事は、彼女は期待していなかった? 希望を持っていなかったのだろうか?

澪の反応を見ていると、少なくとも嫌われてはいないはずだ。

それなのになぜ?
204 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/17(月) 01:56:11.05 ID:5HUk7DGAo
恵(やっぱり、臆病だっただけなのかしらね)

色恋沙汰にそれは当然ではあろうが、しかしだからそれで良いと言う訳でもないだろう。

恵(何だか……あの子達と話していたら気が楽になったわね。
……と、いけない)

いつまでもこんな所に立っていては邪魔かもしれない。
205 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/17(月) 01:57:38.19 ID:5HUk7DGAo
強い疲労が消えた訳ではないが、どこかスッキリした顔で恵は再び足を動かす。


……はっ。


恵(で、でも……これって私の恋に関する事で、今回の事件には全然関係ない……!)

気付いて呆然としたが、彼女はそれを振り払うかのように頭を強く横に振る。
206 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/17(月) 02:07:21.06 ID:5HUk7DGAo
恵(と、とにかく、頑張らないと。
頑張らないといけないわね……!)

恵は自身の疲労を気合で押し込め、改めて決意を固めて闘志を燃やした。

ともあれ、今日の唯と紬との会話は、恵の心に深く刻まれたのだった。
207 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/17(月) 02:08:57.03 ID:5HUk7DGAo
今回はここまでで。

レスくれた方々、ROMってくれた方々ありがとうです〜。
期待して頂けて嬉しいです♪

それではまた。
208 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/12/17(月) 02:14:10.34 ID:yMJl/6oPo

やはり唯ムギきたかwwww
アニメでは最終決戦でソードブレイカーが中破してたけどここではキャナルは無事のようだな
209 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/12/17(月) 02:20:30.26 ID:VjmCLxkM0
乙。
これ唯たちが一年生の頃のお話だったか。
唯ムギの二人がかりでめぐみん先輩の背中を押すっていいな。
210 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/12/17(月) 05:53:15.28 ID:awFd5sZt0
今回も唯紬があるとは嬉しいな
曽我部先輩SSは少ないんでかなり期待してる
211 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/17(月) 22:18:55.21 ID:5HUk7DGAo

────────────────────────────

エンジェルモートでの一件から五日。

澪「……ふう」

二時間目の授業が終わり、澪は大きく息を吐いた。

さすがに真の恐怖を二度も味あわさせられると、初回の時と違って数日で恐怖や不安が薄らぐと言う事はなかった。

それでも、軽音部の皆や、恵のおかげでこうやって学校には来れているのだが……
212 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/17(月) 22:20:42.13 ID:5HUk7DGAo
律「よーっす、澪」

憂鬱な気持ちや、揺れる気持ちと戦っている澪の元に律がやって来た。

澪「律」

律「どうしたんだよ、相変わらず暗い顔して」

笑いながら、彼女は澪の肩を抱く。

親友の明るさに、暗かった澪の顔が少し和らいだ。
213 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/17(月) 22:23:04.45 ID:5HUk7DGAo
澪「うん……
……いや、なんでもないよ」

しかし、一瞬──すがるような表情を見せたものの、彼女はそう言って黙り込んでしまった。

律「…………」

ここ数日、澪はこんな様子だった。

律(どうしちまったんだ澪……
半月くらい前だっけ? にも似たような事はあったけど……)

あの時は、今みたいなリアクションすら無かった。
214 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/17(月) 22:25:03.43 ID:5HUk7DGAo
律(……逆に言えば、ちゃんと反応してくれる今はそれほど心配しなくても良いのか?)

実際はそんな事ないのだが、いくら親友が相手とはいえ、律が人の心を読める訳ではない以上さすがにわかるはずもない。

律(ともあれ、今みたいな顔した時は、大抵悩みだのなんだの抱えてる事をぶちまけてくれるんだけどな)

彼女がこれまで澪と付き合ってきた経験上そうだった。
215 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/17(月) 22:27:31.93 ID:5HUk7DGAo
律は今の澪の反応を見て、『勉強で解けない問題がある』『人間関係でちょっと……』と言ったものではなく、
『怖いものから守って。助けて』と言う雰囲気を彼女から感じたのだが……

律(それが合ってるとしたら、何とか自分で解決しようとしてるとかか?)

澪が大嫌いな、怖いもの相手に一人で?

だとすると、これは澪の成長なのだろうか。

いや、それもあるのかもしれないが、律にはそれ以上に頭に浮かぶ顔があった。
216 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/17(月) 22:29:04.26 ID:5HUk7DGAo
律(……曽我部さん、かな)

ここ最近、澪は恵とよく連絡をし合っているらしい。

恵の話をする時の澪は、表情が違う。

恐らく、今は大きな悩みがあったとしても、恵に相談するのではないだろうか?

ないしは、もうしているか。
217 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/17(月) 22:31:11.72 ID:5HUk7DGAo
と言っても優秀な恵だ。澪から相談を受けた彼女は、メンタルが弱いながらも能力はある澪の事を見抜き、

『自分で出来る事は人に頼らず、なるべく一人でやってみたら?』

と良い意味で突き放している可能性もある。

律(……いや、澪にベタ惚れしてる曽我部さんだから、そんな事は出来ないかな)

そして律の見た所、澪も恵を一人の女性として想い始めている。
218 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/17(月) 22:33:06.42 ID:5HUk7DGAo
律(あいつが曽我部さんを見る目がそんなんだし、あの人の話する時の空気もなーんか違うからなぁ)

ようするに、律に言わせれば今のあの二人は両思いである。

少なくとも、それに近い。

ただ、澪の方はそんな自分の気持ちに気付いていないようだが……

律(澪の奴はこれまで本気の恋愛した事ないから、
曽我部さんへの今の自分の気持ちを『尊敬』とか『憧れ』って勘違いしてる段階っぽいな)

そっち方面では親友よりだいぶ先に進んでいる律は、そんな風に思っていた。
219 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/17(月) 22:36:23.38 ID:5HUk7DGAo
その他律が思い付く事と言ったら、例のストーカーの件だが……

こないだ不審者騒動があった時にこそ、澪や軽音部だけでなく、周りでも話題になったものの今は全然である。

そこはお喋り好きの女の園だから、続けて目撃情報が出るなり大きな事件が起きない限り、
話題の移り変わりが速いのは仕方ない。

もちろん内心は不安がっている生徒も居るはずだし、警戒自体は(今は学校全体で)続けてはいるが……
220 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/17(月) 22:38:43.92 ID:5HUk7DGAo
何よりも、これは(恵主導だったとは言え)皆に一度話した件である。今更隠し立てするだろうか?

──しない……よなあ。
やっぱ、あの澪が隠し事が出来る程度の悩み、って事なんじゃないか?──

律(実際澪が一々悩む事なんて、そんなのばっかりだったもんな)

ふと昔を思い出して律は苦笑する。

律(もしくは、誰にも触れられたくない悩みとか)

それなら下手に手助けしようとすると、余計なお節介になってしまう。

律にもその類の悩みはある為、それぐらいはわかる。
221 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/17(月) 22:40:35.30 ID:5HUk7DGAo
律(それにしても……
ったく、焼けちゃうな)

律は澪に恋心を抱いている訳ではない。

それでも、一番の大親友がそう言う対象を見つけた事(彼女自身がそれに気付いてなくても)への寂しさは確かにあって。

──彼女持ちの私なのに、そりゃ勝手すぎるかもだけどさ──
222 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/17(月) 22:42:17.88 ID:5HUk7DGAo
律(ま、親友同士だからってお互いに依存しすぎてもよくないだろうから、
これは私にとっても澪にとっても良い事なんだろうけどな)

普段はおちゃらけているし、確かにお世辞にも大人とは言えない律ではある。

だが、そこは弟を持つ長子。

微量ながら、冷静・かつドライな考え方をする面も持っている。

周りが白けるし、律自身そう言うのが好きではない為に普段は滅多に表には出さないが。
223 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/17(月) 22:44:17.90 ID:5HUk7DGAo
澪「……律?」

肩を組んだまま黙った律に、澪が怪訝そうな顔を向けた。

律「──と、なんでもないよん☆ クシャミが出そうで出なかっただけ☆」

澪「はあ」

律「ここで出せたら澪に色々ぶっかける事が出来たのに〜」

澪「んなッッッ!?」

澪の額に青筋が立った。
224 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/17(月) 22:46:08.20 ID:5HUk7DGAo
澪「やめろバカっ!」


ポカッ。


律「ひゃっは〜☆」


キンコーン。


ここでタイミング良くチャイムが鳴った。

律「ととと、席に戻らないと。
澪ちゅわんのお顔に私の液体をかけたかったわぁ」

澪「し・つ・こ・いっ!」

律「こわぁい☆」

澪の声を背に受けながら、律は自分の席に戻って行く。
225 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/17(月) 22:47:39.64 ID:5HUk7DGAo
澪「……ありがとな」

最後の言葉は聞こえないふりをして。

律(ま、事情はよくわからんが頑張れよ。
もし、一人? 曽我部さんと二人? だけじゃやばくなったら、私はもちろん、唯やムギだって相談に乗ってくれるはずだからさ)

──その時はいつでも頼ってくれよ──
226 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/17(月) 22:49:30.75 ID:5HUk7DGAo

……………………

…………

律の推測で当たっている事はいくつもあった。

これはその中の一つだが、澪は確かに成長していた。

澪「…………」

──『ダークスター』をこのままにしておいたら、誰か死、死んじゃうの……?──

それを防ぐ為に澪の協力が必要らしいが……
227 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/17(月) 22:52:17.66 ID:5HUk7DGAo
澪(でも、やだよ。怖いよ……)

彼女は、出来る事なら律達にでも他の友達にでもすべてを話し、責任をなすりつけて逃げ出したかった。

少なくともこれまでの澪なら、親友や軽音部の仲間に相談して助けを求めていただろう。

それは事件を解決する為と言うよりも、彼女が不安だから。怖くて耐えられないから。

だが、やらない。

そんな事をしてもどうにもならないからだ。
228 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/17(月) 22:54:17.77 ID:5HUk7DGAo
一時的に澪の気持ちは晴れるかもしれないが、それ以上に……

澪(皆を巻き込みたくないよ……)

それと、何よりも恵の存在。

彼女は、自分の為に物凄く頑張ってくれている。

恵が居なければ、澪はとっくに今回のすべてを投げ出していただろう。
229 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/17(月) 22:56:35.46 ID:5HUk7DGAo
澪(これだけ助けてくれてる曽我部さんの為にも、わ、私だって逃げずに頑張らないと……
うう、でも怖いよぉ……)

澪の心は揺れていた。

それでも戦っていた。

これまで、苦手な恐ろしいもの・出来事からは逃げる事ばかりを考えてきた澪が。

澪と恵は、真面目だったり能力がある所は似ている。

しかし、自分の前に壁が立ち塞がった時の立ち回り方は真逆だった。
230 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/17(月) 22:58:46.38 ID:5HUk7DGAo
恵はまず立ち向かおうとし、澪はまず避ける方法を考える。

澪にとってそれは、自分でも認識している己の欠点だったのだが……

今は、まがりなりにもその欠点に自分から立ち向かおうとしている澪が居た。

それは間違いなく、彼女が成長している証拠である。
231 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/17(月) 23:03:48.55 ID:5HUk7DGAo

────────────────────────────

ただ、苦しい・苦手な事に挑む姿勢はとても大切ではあるが、それがあまりに過ぎるのも考えものだ。

ようするに、どんなものでも極端は美点にはなり辛いと言う事だが……

それでも恵は、色んな事に要領良く対応出来る人間ではあるのだが、澪に関してはその限りではないらしい。

ここに、己と戦う少女がもう一人居た。
232 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/17(月) 23:05:10.75 ID:5HUk7DGAo
……………………

その日の昼休み。

恵(澪たん澪たん澪たんっ、澪たんを守らなきゃ!)


スタスタスタ。


熱い闘志を胸に、恵は廊下を歩いていた。
233 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/17(月) 23:07:26.58 ID:5HUk7DGAo
さわ子「あら、曽我部さん」

そんな恵の前に、さわ子が現れた。

この二人に面識はほとんど無いのだが、学校の人気教師と生徒会長である為、お互いに顔と名前は知っていた。

恵「山中先生……こんにちは」

さわ子「こんにちは」

恵「では失礼します」


スッ。


そう言って澪の元へと急ごうとした恵だが、


ガシッ。


さわ子の隣を通り過ぎようとした時、彼女に肩を掴まれた。
234 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/17(月) 23:09:30.85 ID:5HUk7DGAo
恵「先生……?」

さわ子「曽我部さん、どうしたの? 随分疲れているようだけれど……」

恵「えっ?」

その通りだ。相変わらず、恵は寝ていない。

いくら気合で押さえつけても、蓄積された肉体と精神の疲労は、確実に恵を蝕んでいた。

澪を助けたいが為に自分を追い込んでいるとは言え、
その澪を心の支えにしているからこそこうして何とか頑張れている状態である。
235 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/17(月) 23:12:11.59 ID:5HUk7DGAo
……だが、彼女は誤魔化した。

恵「……すみません。ちょっと色々ありまして……
でも、大丈夫ですから」

さわ子「何言ってるの。貴女今にも倒れそうじゃない!」

恵「……?」

目の下のクマはコンシーラーで多少はごまかせているし、生活態度も普段通りを心がけ、上手くやっているはずだ。

……顔色は悪いかもしれないが。

それでも、それほど関わりがある訳ではない、たまたますれ違っただけの教師に心配されるほどではないはずである。

少なくとも恵はそう思っていた。
236 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/17(月) 23:13:47.59 ID:5HUk7DGAo
恵「あの……」

さわ子「大人を舐めちゃ駄目よ」

恵「!」

なおも何か言おうとした恵を、さわ子の言葉が遮った。

さわ子「……ちょっとそこの空き教室に行きましょうか」

と、近くのドアを指差すさわ子は、ここが周りに他の生徒が居る廊下と言う事で恵に配慮したのだろう。

恵「……はい」

彼女の優しい声色と笑顔に、つい恵は素直に頷いていた。
237 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/17(月) 23:15:21.64 ID:5HUk7DGAo

────────────────────────────

さわ子「さ、座って」

恵「はい……」

さわ子が暖房のスイッチを入れながら促し、恵はそれに従う。


ズシッ……


椅子に腰を掛けた時、恵は自分の体全体に鉛のような重さを感じた。

おそらく、内心張り詰めていた気を多少なりとも抜いたからだろう。
238 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/17(月) 23:18:10.97 ID:5HUk7DGAo
恵「…………」

意図せず、彼女は深く俯いた。

正面を向いている事すら辛さを覚えたのだ。

恵(私、ここまで疲れていたのね……)

それは、先日唯・紬と話した日に襲ってきたそれを軽く超えるレベルである。

疲労を自覚してはいたが、彼女自身これほどだとは思っていなかった。
239 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/17(月) 23:22:26.66 ID:5HUk7DGAo
さわ子「さて、と……
……大丈夫かしら?」

恵「はい……」

さわ子「ごめんなさいね、お茶の一つでも出せたらよかったのだけれど」

恵「いえ、そこまでして頂く訳には……」

さわ子「ふふっ。まあ、出せてもムギちゃんのいれてくれるお茶には敵わないけどね」

恵「確かに、琴吹さんのお茶は美味しかったです」
240 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/17(月) 23:23:36.53 ID:5HUk7DGAo
さわ子「あら、曽我部さんも飲んだ事あるの?」

恵「はい。この間ちょっと軽音部に用がありまして、部室に寄った時に」

さわ子「そうなの」

しばらく続く、何気無い話。
241 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/17(月) 23:25:29.07 ID:5HUk7DGAo
……と、

さわ子「──さて、本題に入りましょうか。
曽我部さん、何かあった? 悩み事とか……」

タイミングを見計らい、さわ子が切り出した。

恵「…………」

しかし、恵は再び俯いてしまう。

さわ子「……担任でもない私が、こんな事するのは違和感があるかもしれないけど……
気にしないでね」

言ってさわ子は笑う。
242 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/17(月) 23:27:02.42 ID:5HUk7DGAo
恵の担任は恵の様子に気付かなかったようだが、それは彼女の演技が上手かったと言うのもあるだろうし、
教師と言っても個人で二桁の生徒を相手にしているのだ。

一人ですべてを完璧に、などとはいくらなんでも到底不可能な話である。

だからこそ自分が受け持つ生徒ではなくても、さわ子はこうしてフォローをするのだろう。

仕事だと言うのもあるが、それ以上に同僚も生徒達も大切だから。
243 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/17(月) 23:30:08.70 ID:5HUk7DGAo
さわ子「曽我部さんみたいに真面目でキチンとしている子ほど、悩みを抱えて参っちゃう事って結構あるのよ」

恵「…………」

さわ子「……まあ、無理に話せとは言わないけどね。
それでも、愚痴るだけでも少しは楽にならないかなと思って」

優しいさわ子に、恵は思う。

──少しだけなら……良いかしら……──
244 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/17(月) 23:33:19.07 ID:5HUk7DGAo
恵「……私」

ぽつりと、恵が口を開いた。

さわ子「うん」

恵「私、大切な人が……
誰よりも大切な人が居るんです」

さわ子「……うん」

恵「その人、今ちょっと大変な問題を抱えてまして……
私、その人の力になってあげたいんですけど、何も出来ないんです」

──考えても考えても良い方法を思い付かない。
どうして? もう……
嫌よ──
245 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/17(月) 23:34:26.17 ID:5HUk7DGAo
恵「私、どうすれば良いんでしょう……」

さわ子「自分に出来る事をすれば良いのよ」

勇気を振り絞って言った恵に、しかしさわ子はあっさりと答えた。

恵「でも……っ。それじゃあ……」

さわ子「結果が欲しい?」

恵「もちろんです!」
246 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/17(月) 23:35:47.26 ID:5HUk7DGAo
さわ子「うーん、結果を残すのは大切だけど、そればかり追いかけるのも……
って、曽我部さんならわかっているわよね」

恵「はい……」

恵は、どんな行動をするにも、何より結果を出す事が最重要だと考えていた。

しかし、あくまで優先順位が一番と言うだけであってすべてではない。

だから、物事へ取り組む姿勢・経過と言ったものも決して無視はしないのだが……
247 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/17(月) 23:37:03.05 ID:5HUk7DGAo
恵「でも、今回はそれじゃあ駄目なんです……
私が出来る事をやっても、その人を助けられなかったら意味が無いんです……!」

さわ子「そこまで深刻な話なの?」

恵「……はい」

さすがに、その内容までは話せなかったが。

さわ子「…………」

それを察知し、さわ子もそこまでは聞き出そうとしない。
248 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/17(月) 23:40:24.71 ID:5HUk7DGAo
さわ子「……その人には、貴女がここまで悩んでいる事を話したの?」

恵「はな……す?
まさか……そんな事出来る訳ありません……!」

この様子を見るに、そう言う発想すら無かったようだ。

さわ子(曽我部さんは、生活態度だけじゃなくて能力の方も文句無しに優等生だからね……
何でも自分で抱え込んで解決しようとするタイプっぽいわね)

それは、なまじ大抵の事は一人でこなせ、かつこなして来たからこそのものである。

だとすれば、恵が先程さわ子の言った事を思いついていたとしても決して実行はしなかっただろう。
249 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/17(月) 23:42:32.95 ID:5HUk7DGAo
さわ子(むしろ、こうして私に話してくれているだけで奇跡に近いのかもしれない……)

それはつまり、それだけ恵が追い詰められていると言う事でもあるのだろうが。

さわ子「でも、どうやっても、どれだけ考えても駄目なのよね?」

恵「……はい」

さわ子「他の人に相談は?」

恵「出来ません……」
250 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/17(月) 23:44:38.68 ID:5HUk7DGAo
さわ子「ならやっぱり、その人自身と一緒に考えるのが良いんじゃないかしら。
結果が欲しいと言うけど、今のままでは何の結果も出てないし、これからも出そうにないのよね?」

恵は黙って頷く。

その通り、今のままでは手詰まりである。

さわ子「ならちょっと視点を変えると言うか、やり方を変えてみるのがベストなんじゃないかしら」

恵「そう……でしょうか」
251 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/17(月) 23:46:07.36 ID:5HUk7DGAo
さわ子「まあ、私の一意見だからね。
もし参考になりそうなら一考してみて」

恵「……はい」


ドンッ!


恵「!」

突如、廊下側の壁から音が鳴り、それと共に教室が揺れた。

暴力を連想するそれに、恵の背に恐怖が走り抜ける。

もちろん、彼女の頭に浮かんだのは『ダークスター』……
252 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/17(月) 23:47:52.71 ID:5HUk7DGAo
さわ子「? 何かしら……」

さわ子が立ち上がり、入口へ向かう。

恵(駄目っ!)

恵はさわ子を止めようとしたが、彼女がドアを開ける数秒までの間に動揺から抜け出せず、
体を動かすどころか声も出なかった。


ガラッ。


恵「せん……」
253 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/17(月) 23:49:07.59 ID:5HUk7DGAo
さわ子「──もうっ、なにやってるのよ」

ようやく腰を浮かせる事が出来た恵だが、しかし廊下から聞こえてきたさわ子の声は、呆れ半分の平和なものだった。

恵「……先生?」

恵もドアをくぐり、廊下へ出る。
254 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/17(月) 23:51:03.30 ID:5HUk7DGAo
唯「あう〜」

律「うー……痛て〜……」

恵「平沢さん、田井中さん!」

そこには、片手で頭を抑えてフラフラしている律と、心配そうな唯が立っていた。

さわ子「どうしたの? 一体」

律「いやぁ、ははは。
追いかけっこしてたら前方不注意で壁にぶつかっちゃって……」

それが先程の、教室の中で聞こえた音だったのだろう。
255 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/17(月) 23:53:06.10 ID:5HUk7DGAo
恵(なんだ……人騒がせな子達だわ。
でも、よかった)

本気で『ダークスター』の襲撃を予想してしまっただけに、恵は胸をなで下ろす。

恵(って、澪たん以外が狙われる事はなかったんだっけ。
今はまだ……)

そうは言っても、やはり警戒してしまうのだが。
256 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/17(月) 23:55:32.66 ID:5HUk7DGAo
さわ子「ほらほら、大丈夫?
そもそも廊下で走ったら駄目よ」

律「ごめんさわちゃん。
でもホラ、私なら平気だぜっ!」

両腕で力こぶを作る態勢を取り、その両腕を上下に動かす律。

唯「おおっ、さすがりっちゃん隊員!」パチパチパチ!

律「へっへー、私は無敵だぜっ!」パチッ☆

拍手をする唯に、彼女はウインクを返す。

そんな律の頭に、さわ子が無言で手を伸ばした。


スッ。


律「あ痛ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」

すると、律が飛び上がった。
257 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/17(月) 23:58:05.06 ID:5HUk7DGAo
さわ子「やっぱりコブが出来ているじゃない!
強がらずに保健室に行きなさいっ」

律「えーっ、良いよぅ。めんどくさい」

さわ子「ダメ! もうちょっと自分を大切にしないと」

律「ちぇー、わかったよう」

唯「大丈夫だよりっちゃん、私ついてってあげるから」

律「おおっ、さすがだ唯! 世界一良い女っ!」

唯「でへへへへ///」

褒められて照れる唯を横目に、さわ子が止める。
258 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/17(月) 23:59:24.56 ID:5HUk7DGAo
さわ子「だーめ。もう昼休みも終わりじゃない。
唯ちゃんは教室に戻りなさい」

唯「えーっ、つまんないよぅ。
せっかく保健室で寝れると思ったのにぃ」

律「そっちが本音かいっ!」

さわ子「……あ」

と、さわ子が恵の方を振り向き、

さわ子「ごめんね曽我部さん。
たぶん貴女、お昼ご飯食べてないわよ
ね?」

申し訳なさそうに言った。
259 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/18(火) 00:03:25.80 ID:MeRR+CB6o
あれ? 変な改行になってる。
>>258無しで下でやり直しです。
260 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/18(火) 00:04:07.29 ID:MeRR+CB6o
さわ子「だーめ。もう昼休みも終わりじゃない。
唯ちゃんは教室に戻りなさい」

唯「えーっ、つまんないよぅ。
せっかく保健室で寝れると思ったのにぃ」

律「そっちが本音かいっ!」

さわ子「……あ」

と、さわ子が恵の方を振り向き、

さわ子「ごめんね曽我部さん。
たぶん貴女、お昼ご飯食べてないわよね?」

申し訳なさそうに言った。
261 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/18(火) 00:05:50.67 ID:MeRR+CB6o
恵「そうですね。
でも良いんです。むしろ先生とお話出来て、少し気が楽になりましたし」

さわ子「そう? だったら良いんだけど……」

律「なんだなんだ? 曽我部さん説教されたの?
さわちゃん怖いですよねっ! まるで鬼みたいっ!」

さわ子「だ・れ・が・鬼ですってぇ!?」


ギラッ!


律「ぴゃあ!? さわちゃんその顔がまさに鬼っ!」
262 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/18(火) 00:08:40.62 ID:MeRR+CB6o
さわ子「まったく! 貴女達じゃあるまいし、説教な訳ないでしょ!?」

唯「しどいよさわちゃん!」

律「そうだよぅ!
二人きりの時はいつも赤ちゃんみたいに甘えてくるくせにっ!」

さめざめと泣きながら、唯と律は手を取り合う。

さわ子「なっ!?」

律の言葉を受け、さわ子の顔が真っ赤になった。
263 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/18(火) 00:10:07.84 ID:MeRR+CB6o
律「特に昨日の夜とか、私の胸にすがりつきながら……」

さわ子「や、やめなさいっ!///」


ガッ。


律「もぐぅ」

慌てて律の口を塞ぐさわ子。

唯「わぁぁ、さわちゃんってそうなんだぁ!」

キラキラとした目で、唯がさわ子を見た。
264 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/18(火) 00:11:54.29 ID:MeRR+CB6o
さわ子「ち、違うのよ! そんな訳ないじゃにゃいっ!///」

恵「……山中先生と田井中さんって、そんな関係だったんですか……」

狼狽するさわ子をよそに、恵が唖然とした様子で呟いた。

さわ子「い、いやあの……」

律「そうで〜す♪」

さわ子「田井中さん!?」
265 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/18(火) 00:13:38.85 ID:MeRR+CB6o
恵「そう、だったんですか……」

真面目で、どちらかと言えば頭が固い恵には、教師と生徒が付き合って良いの? と言う疑問が頭をよぎったが、
今はそれ以上に思う事があった。

──羨ましいな──
266 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/18(火) 00:14:59.43 ID:MeRR+CB6o
律「えーっ、まあ自分から言う事ではないかもだけど、聞かれて隠すような事でもないじゃん」

唯「そーだそーだっ!」

さわ子「こんな場所で言う事でもないじゃない!」

唯「そーだそーだっ!」

恵(年の差とか立場とかそう言うのを越えて、あんな風に仲良く出来るなんて……)

じゃれ合う(?)律とさわ子を見て、恵の胸が熱くなる。
267 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/18(火) 00:17:00.54 ID:MeRR+CB6o
恵(私も澪たんと、あの二人みたいな関係になりたい)

その為には、やはり今のままでは駄目なのだろう。

やり方にこだわって今回の事件で澪に何かあれば、もはや完全に先は無い。

恋人同士になると言うのももちろん、友達止まりの関係にしたってそうだ。

恵(……そういえば)

以前軽音部の部室に行った時に恵は、

(自分の気持ちを優先して、澪たんに何かあったら最悪だものね)

と思った事があった。
268 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/18(火) 00:20:43.95 ID:MeRR+CB6o
にも関わらず、気付かないうちに真逆を行ってなかったか?

澪を助ける為と言いながら、いつの間にかその目的を二の次にしてしまい、
自分の気持ちややり方の方を優先してしまっていなかったか?

思えば、無茶をしてでも突っ走り、頑張り続けたのは失敗だったのだろう。

自分の力で何とかなる問題ならそれも正解ではある。

しかし、今回のこれは明らかにその範疇を超えているのだ。

それなのに無理を続けても、自分を痛めつけるだけにしかならないのは当然だった。
269 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/18(火) 00:22:53.11 ID:MeRR+CB6o
恵(澪たん……)

一つの決意を固め、恵は……


ドサッ。


……その場に倒れた。
270 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/18(火) 00:24:08.67 ID:MeRR+CB6o
律「──あっ!」

さわ子「曽我部さん!?」

唯「先輩っ!?」

恵(あ、あれ……?
……やっぱり思った以上に参っていたのね、私……)

それに合わせ、これからに備えて体が無理にでも休息を取らせようとしているんじゃないか──そんな風に恵は思った。

さわ子達三人の声と気配をどこか遠くに感じながら、恵の意識は遠のいて行った。
271 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/18(火) 00:26:07.85 ID:MeRR+CB6o

────────────────────────────

恵「ん……?」

意識を取り戻した恵が、まぶたを開けた。

恵(ここは……?)

視界には天井しか映ってないし、まだ焦点が定まらない為にここがどこかはわからない。


『曽我部さん!』


恵「!」

すぐ側から聞こえて来た、覚えのある……いや、ありすぎる声に、恵の意識が一瞬で覚醒した。
272 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/18(火) 00:27:25.15 ID:MeRR+CB6o
恵「澪たんっ!」


ガバッ!


澪「ひゃっ!」

突然飛び上がるように体を起こした恵に、隣に居た澪が悲鳴を上げる。

恵「う……」

澪「だっ、大丈夫ですか?
まだ目が覚めたばかりなんですから、無理しないで下さい」

そのまま頭を押さえてうずくまってしまった恵に、心配そうな顔を向ける澪。
273 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/18(火) 00:28:57.54 ID:MeRR+CB6o
恵「う、うん……
ってごめんね澪たん。驚かせちゃったわね……」

澪「大丈夫です」

笑顔を返す澪に安心し、ようやく辺りを確認すると……ここは保健室のベッドだった。

恵「そっか……私、倒れて……」

澪「そうみたいですね」

恵「あれからどうなったのかしら?
澪たんがここまで運んでくれたの?」

澪「いえ、さわ子先生が運んでくれたみたいです」
274 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/18(火) 00:30:29.43 ID:MeRR+CB6o
恵「そうだったの……
山中先生に、後で謝罪とお礼を言わないといけないわね。
迷惑かけちゃった……
あっ、保健室の先生にも挨拶を……」

澪「保健室の先生は曽我部さんが起きるちょっと前に席を外されました」

恵「そうなの……」

そういえば、と恵が聞く。
275 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/18(火) 00:32:21.87 ID:MeRR+CB6o
恵「澪たんはどうしてここに居るの?」

壁に掛かっている時計を見たら、今の時間は部活の最中なのではないだろうか?

恵(って私、結構長い事倒れていたのね……)

澪「昼休みの後に律から曽我部さんの事を聞いて、居ても立ってもいられなくて……」

恵「……ずっと、私の側に居てくれたの?」

澪「はい」

恵(澪たん……)

嬉しさのあまり、恵は涙が出そうになった。
276 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/18(火) 00:34:08.18 ID:MeRR+CB6o
恵「ふ、ふふっ、ありがとう。
でも、まさか授業を抜けてまで、じゃないわよね?」

しかし彼女はそれを何とか堪え、澪に笑ってみせる。

澪「あ、はい……そこまでしたら怒られるかなって思ったので……
放課後からです。
正直、曽我部さんが心配で授業は頭に入りませんでしたけど」

恵「うふふ、そうね。正解よ」

澪「…………」

ふと、澪の表情が曇った。
277 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/18(火) 00:36:10.32 ID:MeRR+CB6o
恵「……澪たん?」

澪「すみません……」

恵「えっ?」

澪「曽我部さんが……ぅ……倒れたのっく……って、私のせい……ですよね……」

恵「み、澪たんっ?」

突然泣き始めた澪に、恵は動揺する。
278 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/18(火) 00:37:33.58 ID:MeRR+CB6o
澪「だって、あれからずっと曽我部さんに支えて貰って、助けて貰って……
……迷惑かけて。
それで疲れが溜まったんですよね? ぐすっ……ごめんなさい……」

恵「……もう、何を言ってるのよ」


そっ……


澪「あ……」

恵が、澪の頭を撫でる。
279 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/18(火) 00:38:34.06 ID:MeRR+CB6o
澪の言う事は間違いない。紛れもない事実である。

しかし。

恵「私はね、好きでやっているの。
澪たんの助けになりたい、力になりたいって」

そう。これもまた確かな真実なのだ。
280 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/18(火) 00:39:41.65 ID:MeRR+CB6o
恵「まぁ、大して貴女を助けられてるとは思えないんだけど……」

澪「そんな……! そんな事ありませんっ。
軽音部の皆に対してもそうだけど……
私、曽我部さんが居てくれてどれだけ心強かったか……!」

恵「……そう言ってくれてありがとう。
でも……私の方こそごめんなさい」

澪「えっ?」
281 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/18(火) 00:41:09.52 ID:MeRR+CB6o
恵(勇気を出して。
自分の出来る事を)

恵は言う。固めた決意が崩れないうちに。

恵「私、あの事件でこれ以上澪たんが関わらなくてすむ方法を考えてみたけど、駄目だった。
どれだけ頑張っても思いつかないの。
澪たんを危ない目に合わせたくない。他に犠牲だって出したくない。
でも駄目なの。私じゃあどうにもならない……っ!」

澪「曽我部、さん……」
282 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/18(火) 00:42:32.74 ID:MeRR+CB6o
恵「ごめんね澪たん、私にケインさんみたいに戦う力があったり、もっと頭が良かったら……何とかなったかもしれないのに……」

恵が泣いている。

恵「ぅ……ぅえっ……」

澪にとって恵は、少し変わった所はあるが、頭が良くて行動力も備わっている頼りになる先輩だった。

それもここしばらくずっと励まされ続けてきた事で、それ以上に……尊敬する姉のようにも思い始めていた位だ。

その恵が泣いている。澪の為にボロボロになるまで自分を追い込んで、己の無力さを嘆きながら。
283 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/18(火) 00:43:43.84 ID:MeRR+CB6o
──何だろう、この気持ち……──

そんな恵を見て、澪は今までにない想いを自分自身に感じた。

いや、気付いた。

感謝や尊敬だけではない、『それ』に。
284 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/18(火) 00:45:24.86 ID:MeRR+CB6o
澪「…………」

澪は思い出す。ケイン達の言葉を。

犠牲を出さない為には、知恵を取り戻す前の『ダークスター』を叩くしかないと。

今の状況でその為には、澪に囮になって貰うしか手が無いと。
285 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/18(火) 00:46:26.03 ID:MeRR+CB6o
澪は思う。

もしこのまま自分が逃げたら、自分は助かるかもしれない。もう怖い目には合わないかもしれない。

でも、その分他の誰かが……殺されるかもしれないのだ。

それは顔も知らない桜が丘の生徒かもしれないし、クラスメートかもしれない。

律達軽音部の仲間かもしれないし、恵かもしれない。

それを思うと、胸が張り裂けそうになった。
286 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/18(火) 00:47:37.46 ID:MeRR+CB6o
恵「私、ね。澪たんが一番大事だけど、でも他の人を犠牲にしてまでなんて出来……ない」

最初の間は澪さえ無事ならそれで良いと割り切ろうとしていたし、それに沿った考えで動いてもいた。

しかし、今は状況が違う。

ケイン達から『このままだと死人が出る』などと断言されてしまっては、いくらなんでももうそんな気にはなれない。
287 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/18(火) 00:48:53.92 ID:MeRR+CB6o
恵「だから、あの……あのねっ……」

澪の脳裏に、律、唯に紬の笑顔が……

瞳に、目の前で嗚咽に負けずに必死に言葉を紡ごうとする恵が映る。

この、優しくて頼りになって、こんな自分を一番大事だと言葉で・行動で示してくれる素敵な女性が。

澪「……嫌」

恵「えっ?」

一瞬、恵の表情に絶望が射す。
288 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/18(火) 00:50:42.74 ID:MeRR+CB6o
しかし澪の叫びがそれを打ち消した。

澪「嫌っ! あんな怖いのもう嫌だけど、だからこそ他の人をあんな目に合わせたくないし、誰も失くしたりしたくないよぉ!」

それは、死の恐怖を間近で感じ、味わった澪の魂の叫びだった。

恵「澪たん……」


ぎゅっ。


恵「!」

唐突に、澪が恵を抱き締めた。
289 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/18(火) 00:52:10.47 ID:MeRR+CB6o
恵「澪、たん?」

澪「だから私、ケインさんの言ってた作戦……
やります」

恵「良いの……?」

恵はそれを頼むつもりではあったが、彼女の方からそう言われるとつい聞き返してしまう。
290 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/18(火) 00:54:01.75 ID:MeRR+CB6o
澪「凄く怖いですけど……ケインさんが守ってくれるって言ってましたし、曽我部さんも……
曽我部さんも、いざとなったらまた守ってくれるんですよね?」

恵を抱く手は震えているし、弱々しい。

だが、その声ははっきりしていた。

──もはやこの場には、無理な事を頑張りすぎて自分を傷付ける少女も、
苦手な事から逃げようとするだけの少女も居なかった。
291 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/18(火) 00:56:19.36 ID:MeRR+CB6o
恵「……うん。うん!
もちろんよ!」

恵は、澪の肩の中で強く頷いた。

澪「よかった……
それなら私、頑張れます」

顔だけ離し、澪は笑った。

恵「……!」

窓から射し込む夕日に照らされた彼女のその笑顔は、とても美しかった。


そ……


恵はゆっくりと。大切で、脆い宝物を優しく愛でるように澪の頬に手をやり、

恵「貴女は私が絶対に守ってみせるわ」

唇を近付けて……
292 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/18(火) 00:59:32.66 ID:MeRR+CB6o

────────────────────────────

ケイン「よし……
準備は良いな?」

恵「はい」

澪「は、はいっ!」

キャナル「は〜い♪」

次の日の放課後、恵、澪、ケインにキャナルの四人は、桜が丘の中に居た。

もちろん校舎内ではなく、外の人目につきにくい場所……例のゴミ捨て場の前である。
293 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/18(火) 01:02:37.68 ID:MeRR+CB6o
恵と澪は、昨日のあれからすぐに以前受け取った無線機でケインに連絡を取り、澪が例の作戦を引き受ける事を伝えた。

それを受け、ケインは作戦の簡単な手順を説明した。

と言っても、

『澪が一人になる』

『それを俺達が影から見守る』

『『ダークスター』の奴が出て来たらぶっ倒して終わりだ!』

と言う至極単純なものだったが。

ただその分、戦闘初心者の恵・澪にもわかりやすいのはマイナスではない。
294 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/18(火) 01:04:57.90 ID:MeRR+CB6o
そして今日の、最終下校時間も近い今。

恵と澪の手引きもあり、二人とケイン達はこの校舎の影で合流したと言う訳だ。

ケイン「手順は昨日言った通りだ。
澪はそこのゴミ捨て場か? で待機してくれ。
そうしたら俺達は徐々に離れて行くが片時も目を離さねえ」

澪「は、はい……」

ここは以前澪が襲われた所だが、人目につきにくい場所だというのに合わせて、
戦闘に耐えうるそれなりの広さがある。

今回『ダークスター』を迎え討つには絶好の場所であった。
295 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/18(火) 01:07:14.00 ID:MeRR+CB6o
澪(…………)

覚悟を決めたと言っても、澪にとっては最悪の思い出の場所の一つ。

死の恐怖に身を置くのとは別の意味でも逃げ出したい位だが……


そっ。


恵「澪たん」

澪「……はい、恵先輩」

こうして肩を抱いてくれる恵の存在が最高の支えとなり、不満を零す事はなかった。
296 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/18(火) 01:10:38.27 ID:MeRR+CB6o
それどころか、

澪(が、頑張るぞ……)

支えてくれている人が居るとは言え、不安な心すら自力で押し込めている澪は間違いなく成長していた。

この今までの彼女では考えられない姿を、彼女の親や、親友の律を始めとした軽音部の仲間が見たらどんな顔をするだろうか?
297 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/18(火) 01:12:05.66 ID:MeRR+CB6o
ケイン「じゃあ……始めるぞ」

ケインの言葉に全員が頷くと、澪がゴミ捨て場の中心へと歩き始め、
その他の三人は澪から目を離さないようにして彼女とは逆の方へ移動する。

ケイン達三人は、とりあえずケインの武器(サイ・ブレードと言うらしい)の最大射程距離まで下がって身を隠しながら、
『ダークスター』が出てくるまで待つのだ。
298 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/18(火) 01:14:13.06 ID:MeRR+CB6o
ケイン「…………」

彼らはそこまでたどり着いたが、まだ奴は出てこない。

キャナル「…………」

澪は、ゴミ捨て場で落ち着かなさそうにウロウロしている。

恵「…………」

そして……


グアッ!


『ダークスター』が澪の背後の地面から現れた!
299 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/18(火) 01:15:42.98 ID:MeRR+CB6o
澪「きゃ……」

澪が悲鳴を上げる暇も無く。


ドンッッッ!


身を隠していた場所から飛び出したケインの放ったサイ・ブレードでの射撃が、『ダークスター』に直撃した!


バシュウッ!


そのまま『ダークスター』は、弾ける音とともに四散し、地面に零れて消えた。
300 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/18(火) 01:17:17.56 ID:MeRR+CB6o
ケイン「……?」

恵「や、やった……んですか?」

キャナル「いえ……」

ケイン「あまりにもあっけなさすぎるな」

恵の言葉に、しかしケインとキャナルは浮かない顔で答える。

ケイン「もうちょっと様子を見た方が良いかもしれねえ」

と、ケインはこちらに戻ってこようとする澪を手だけで制し、呟いた。

ケイン(……俺達はもう一度姿を隠した方が良いか?)
301 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/18(火) 01:19:57.31 ID:MeRR+CB6o
キャナル「……上!?」

ケイン「──!」

キャナルの声にケインが空を見上げると、日没が迫る遠くの空から、こちらに向かって飛んでくる黒い物体が映った。

最初の時のように、上空から襲うつもりなのか。

ただ、あの時と違うのは……

キャナル「私達の方に来る……?」

澪を狙うのではないと言う事。

ケイン「あんにゃろう、何か企んでやがるな?」

その動きは、意思や意図を感じさせた。
302 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/18(火) 01:22:27.28 ID:MeRR+CB6o
ケイン(二回目の時よりさらに危険な臭いがしやがる……
相当知恵が復活してやがるのか?)

だとしたら、彼らが予測していたのより『ダークスター』の回復が早い。

ケイン(……やべえかもな)

ケインは焦りを覚えつつ、上空の『ダークスター』にサイ・ブレードで狙いを付け……

ケイン(……待てよ。射撃で潰してもさっきと同じになるんじゃねえか?)

これまでの『ダークスター』ならば、それで倒せないまでもダメージは与えられていたはず。

しかし思ったよりも力を取り戻している為か、効いている感じがしないのは気のせいか?
303 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/18(火) 01:26:31.44 ID:MeRR+CB6o
キャナル「……ケイン、駄目ね。
遠くからちまちまやっても、距離的にまた逃がす可能性の方が高い」

ケインの迷いは間違っていなかったようで、横からキャナルが助言する。

ケイン「つまり、直接ぶった斬って、また拡散して逃げるようならそれも纏めてぶっ潰せって事か。
無茶言うぜ」

だがサイ・ブレードでの接近戦なら、斬撃の後にすぐ周りを薙ぎ払う事が出来る。

そして、ケインの腕ならばそれは十分可能だ。
304 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/18(火) 01:29:30.68 ID:MeRR+CB6o
ケインは不敵に笑うと、キャナルと恵を少し移動させて彼女達を後ろにかばうように立つ。

もちろん、離れた場所に居る澪への注意も忘れない。

これで飛んで来る『ダークスター』は、ケインに直撃するコースに入ったのだが……

ケイン(位置的にはキャナルと恵も狙えない事はねえ。
……これが本能からの行動だろうと、何か計算があるのだろうと、ここで俺達三人の中であの野郎が狙うのは……)


ギュンッ!


サイ・ブレードの斬撃の射程範囲内に入る三歩手前で、『ダークスター』が進路を変えた。
305 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/18(火) 01:31:14.76 ID:MeRR+CB6o
その先には……恵!

恵「!」

ケイン「だろうなっ!」

一番戦闘能力が無い彼女を狙うと予測していたケインは、『ダークスター』の方向転換にコンマ以下のタイムラグで反応した。


バッ!


一足跳びで『ダークスター』に迫り、斬りかかる!


カッ!


その時、桜が丘の空が光った。
306 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/18(火) 01:32:14.28 ID:MeRR+CB6o
ケイン「!」

キャナル「!」

恵「!」

澪「!」


ドンッッッ!!!


ケイン「ぐあっ!」
307 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/18(火) 01:33:53.71 ID:MeRR+CB6o
『それ』は、『ダークスター』まで光の刃を五センチまで迫らせていたケインの左腕を貫いた!


ドサッ!


キャナル「ケインっ!」


ズアッ!!


ケイン「!」

上空からの一撃を受けた勢いで地面に倒れたケインは、無理な体勢のまま地面を転がる。
308 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/18(火) 01:35:19.46 ID:MeRR+CB6o
ケイン「ぐっ!」

筋肉が軋むが、あのまま地面に転がったままだとやられていた。

なぜなら、地に倒れたケインを『ダークスター』がさらに方向転換をして襲いかかって来たからだ。


ズズズッ……


攻撃を外された『ダークスター』は大地にぶつかり、そのまま染み込むように消える。
309 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/18(火) 01:37:12.10 ID:MeRR+CB6o
恵「ケ……ケインさんっ、大丈夫ですか!?」

それが合図となり、時が止まっていたかのように硬直していた恵が、ケインに駆け寄る。

恵の注意がケインに向き、

キャナル「今のは……」

キャナルが一瞬思考し、

ケイン「大丈夫だ! 俺の事よりも自分の……」

ケインが言いながら立ち上がる。

その間一秒と言った所だっただろうか。
310 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/18(火) 01:38:03.62 ID:MeRR+CB6o
澪「きゃああああああっ!!!」

悲鳴が上がった。
311 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/18(火) 01:40:41.70 ID:MeRR+CB6o
ケイン・キャナル・恵『!!!!!』

もしキャナルが考え込まず、恵が澪だけに意識を向けていれば。

どちらかが……あるいは二人共が『それ』に気付いてケインに言葉をかけ、
彼が神業の射撃スピードで奴を叩き落としていただろう。

もしケインが倒れていなければ、『立ち上がる』と言う行為に気を割かれず、
やはり『それ』に気付いて奴を撃退出来ていたに違いない。

だが、それは『たら、れば』の話だった。

一瞬。ほんの一瞬、皆が澪への意識を無くした時間がタイミング悪く重なり、それが最悪の結果になる。
312 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/18(火) 01:41:59.01 ID:MeRR+CB6o
恵「澪たんっ!」

澪が、『ダークスター』に呑まれた。
313 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/18(火) 01:43:58.72 ID:MeRR+CB6o

────────────────────────────

澪を呑み込んだ『ダークスター』は、その闇の塊をぐねぐねと不定形な形にして彼女の周りを覆っている。

恵「澪たんっ! 澪ッ!!!」

キャナル「駄目っ!」

澪の元へ駆け寄ろうとする恵の腕をキャナルが掴み、止めた。

恵「なんでっ!!!」

キャナルの方を振り向き、恵が血走った目で叫んだ。
314 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/18(火) 01:45:32.17 ID:MeRR+CB6o
ケイン「おおおおッッッ!!!」

二人がそんなやり取りをしている間に、ケインが動いていた。

恵「やめてっ!」

目にも止まらぬスピードで踏み込み、ケインが『ダークスター』を斬りつける!


ガッ……ィンッ!


ケイン「!」
315 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/18(火) 01:47:16.60 ID:MeRR+CB6o
しかし、サイ・ブレードの刃は『ダークスター』に少しだけめり込んだ後すぐに弾かれてしまった。

左腕を負傷している為に威力が不十分だったのだ。

恵は勘違いしてしまったようだ(彼女は戦闘経験が無い上に錯乱しているので、仕方ない事だが)が、
ケインは澪を斬ろうとしたのではない。

彼女に纏わり付く『ダークスター』を斬り捨てようとしたのだが……
316 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/18(火) 01:49:13.12 ID:MeRR+CB6o
ケイン「っ!?」

彼が二撃目を放つ前に、『ダークスター』の闇がぐちゃぐちゃと歪んで人型に収束した。

そう、澪の形に。

……遅かった。

それを悟ると、ケインは後ろに跳んで間合いを取る。

その彼が空に居る間に、澪の形をした真っ黒な物体は、闇色を急激に失っていく。


スタッ。


ケインが地面にたどり着いた時、『それ』は完全に澪そのものの姿に戻っていた。
317 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/18(火) 01:51:13.73 ID:MeRR+CB6o
恵「み……澪たんっ!?」

それを見て安堵したのか、恵が再び彼女の元へ走り寄ろうとするのだが、未だに恵を離していないキャナルが許さなかった。

恵「キャナルさん!?」

キャナル「……あれはもう……澪ちゃんじゃないわ……」

恵「どこがですか! どう見ても澪たんじゃないですかっ!」

確かに、見た目だけだとそうなのだが……

恵「──あれっ……?」

恵も気付いた。彼女の雰囲気がさっきまでとまるで違う事に。
318 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/18(火) 01:53:07.00 ID:MeRR+CB6o
澪?「久しいな、ヴォルフィード。
それにケイン=ブルーリバー」

ケイン「ああ……てめぇと会話するのは久し振りだな。
『ダークスター』……!」

恵「!?」

ケインの呻くような言葉に、恵が絶句する。

キャナル「……澪ちゃんは、『ダークスター』に取り込まれてしまったわ……」

恵「えっ……?」
319 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/18(火) 01:56:49.11 ID:MeRR+CB6o
“澪”「ほぼ私……いや、我の思い通りだったな。
まあ、先程の攻撃で貴様にとどめをさす事が出来なかったのは残念だが、それ位は良い」

空から来た、ケインの左腕を貫いた謎の光の後に行った攻撃の事を言っているのだろう。

ケイン「もうあんな手を思い付くほど回復してやがったとはな……」

ケインが憎々しげに吐き捨てるが、“澪”はまったく意に介さない。
320 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/18(火) 01:58:57.29 ID:MeRR+CB6o
“澪”「──どうした? 襲いかかってはこないのか?
賢明だ。
お前達はこの人間を救いたいのだろう?
だが、この肉体を自分のものにした我を倒せば、この人間も消滅するからな」

恵「!」

ケイン「てめぇ……!」

“澪”「だがこちらとしても都合が良い。
まだ我の力も完全ではないし、そもそもこの肉体だと、手傷を負っているとは言えお前には勝てそうもないからな」

ケインの左腕を見ながら、“澪”は笑う。

ケインとキャナルは何とかしようと手を必死で考えているが、思い付かない。
321 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/18(火) 02:01:51.49 ID:MeRR+CB6o
“澪”「しかし、やはりこの者は最高だ。
我の中で助けを求め、泣き叫び、恐怖している。
元々この者は負の感情に弱いらしいが、それ以上になまじ大きな希望を持っていた分、これは激しく甘美だ!
ふふふっ、我が力がどんどん回復していくのがわかる……!」

“澪”の言う通り、このわずかな間でも彼女? の纏う邪悪なオーラがどんどん大きくなっていっている。

それは、恵でもはっきりわかる程だ。

“澪”「さて。我はそろそろ失礼しよう」

ケイン「!」
322 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/18(火) 02:04:40.22 ID:MeRR+CB6o
“澪”「この調子だと、我は明日中には不満ではない程度の力は取り戻せる。
それからお前達を滅ぼしてやろう。
その後に、我の糧となる恐怖を更に喰らう為にこの星も消滅させるか。
じわじわとな」

ケイン「てめぇ!!」

“澪”「不満があるなら止めに来ると良い」

“澪”が邪悪な笑みを浮かべると、足元から立ち昇った『闇』がその体を包み込む。
323 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/18(火) 02:06:09.85 ID:MeRR+CB6o
挿し絵
http://myup.jp/HgvhSsW0
324 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/18(火) 02:08:37.52 ID:MeRR+CB6o
恵「澪たんっ!」

そのまま“澪”は空へと昇り、消えた。

後には、この場に立つ三人だけが残される。

恵「澪ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」

何事もなかったかのように夜が訪れる学校に、恵の絶叫が響き渡った……
325 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/18(火) 02:09:47.05 ID:MeRR+CB6o
今回はここまでです。

皆さんありがとうでした〜。

ではでは。
326 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/12/18(火) 02:17:22.76 ID:4Awgxta80
乙乙
327 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/12/18(火) 08:29:35.26 ID:gEdG1l150
乙です。
いよいよロスト組が他のけいおん勢と絡む事になるのかな?
328 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/18(火) 21:53:03.68 ID:MeRR+CB6o

────────────────────────────

それからおよそ三十分後。

ケイン・キャナル・恵の三人は、近くの海辺にやって来ていた。

さすがに冬は日が落ちるのが早く、もう辺りは真っ暗である。

ケイン「ここだ」

その一角の海の前で、ケインとキャナルが立ち止まった。
329 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/18(火) 21:54:18.15 ID:MeRR+CB6o
恵「えっ?」

目の前にはただただ海が広がっているだけで、特に何も無い。

ケイン「キャナル、頼む」

キャナル「わかったわ」

キャナルが頷いたと同時に、海面が僅かに揺れる。

それは目を凝らさないと気付かない程度のものだが、決して自然に起きている波ではない。
330 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/18(火) 21:55:40.22 ID:MeRR+CB6o
恵「!?」

やがて、『何か』が恐らく目の前に現れた。

恐らくと言うのは、恵の瞳には何も映っていないからだ。

それでもわかる。見えなくとも、そこに圧倒的に大きな『何か』がある。

ケイン「周りにバレないようステルス機能を使っているから目には見えないが、
そこにオレの宇宙船『ソードブレイカー』がある」

恵「…………」

眼前からビシビシと感じるこの威圧感……ケインの言葉は本当なのだろう。
331 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/18(火) 21:57:09.01 ID:MeRR+CB6o
キャナル「じゃあ、何も無い所進んで海に落ちないよう、私の後について来てね」

ケイン「おう。
……じゃあ行くぞ、恵」

恵「は、はい……」

恵は明らかに戸惑っているが、歩き出した二人に従って足を踏み出す。

その足運びは、さすがにおっかなびっくりと言った様子だった。

無理もない。いくら口で説明を受けたと言っても、
彼女にはケインとキャナルが海へ向かって歩いて行っているようにしか見えないのだから。
332 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/18(火) 21:58:11.04 ID:MeRR+CB6o
恵「!」

しばらく進んだ時、体が浮いた。

──いや、違う。

見えない床? があるのだ。

それは坂になっているらしく、どんどん上へのぼって行く。
333 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/18(火) 22:00:05.26 ID:MeRR+CB6o
キャナル「恵ちゃん、もうちょっと足を早めて。
この姿を誰かに見られたらめんどくさいから」

恵「あ、は、はいっ!」

不可思議な感覚にほとんど足が進んでなかった恵は、キャナルに急かされて自分が二人からかなり遅れている事に気付いた。


タッタッタッ……


慌てて二人に追い付く恵。

ケイン「じゃあ入るか」

彼女を待って、ケインとキャナルは再び先に進む。

恵(入る?)

未だに恵には何もない空を歩いてるだけにしか見えないのだが……
334 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/18(火) 22:01:26.88 ID:MeRR+CB6o
それから数歩進んだ時。


シュインッ。


恵「?」

背後から何かが閉まるような音が聞こえた。

そう、いつの間にか船内に入っていたのだ。

そして……


シュゥゥゥン……


恵「!?」
335 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/18(火) 22:02:55.53 ID:MeRR+CB6o
ゆっくりと。

全方位、外が見えていた周りの光景が変わった。

そう、まるでSF映画で見る宇宙船の中のような景色に。

キャナル「二人共中に入ったから、ドアを閉めて内部の偽装をやめたの。
それでもまだ、外からは何も無いように見せてるんでバレたりはしないわ」
336 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/18(火) 22:04:46.64 ID:MeRR+CB6o
恵「は、はあ。
……あれ? キャナルさん……」

いつの間にか、キャナルの服装が変わっていた。

さっきまでのコートではなく、フリルのついたメイドのような服装に。

キャナル「現在、私はこの姿をベーシックとしているの。
さすがにこの世界だとちょっと目立っちゃうから自重してたんだけど……
ここなら、ね」

恵「なるほど」

余計な人目は無い。

三人は、ケインの宇宙船であり、キャナルそのものであるロストシップ・『ソードブレイカー』の廊下を進みながら話す。

キャナル(ケインにもこう言う恥じらいを持って欲しいんだけどね……)

これは言わずと知れたマントの事を指している。
337 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/18(火) 22:05:53.94 ID:MeRR+CB6o
ケイン「キャナル、とりあえず宇宙へ上がるぞ」

キャナル「そうね。
さ、恵ちゃん。こっちがコクピットよ」

恵「は、はい……」

見慣れない機械的な光景と匂いに未だ困惑しながらも、恵は頷いた。

恵(そうよ。今はとにかく澪たんの事だわ……!)
338 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/18(火) 22:07:37.06 ID:MeRR+CB6o

……………………

…………

桜が丘にて、澪が『ダークスター』に体を奪われ、何処かへ消えた後──

……………………


ガッ、バキッ!


恵「どうしてっ! どうして彼女を守ってくれなかったんですか!
言ったじゃないですか! 『百パーセント危害は加えさせねえ』って!」


ガッ!


ケイン「……すまねえ」
339 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/18(火) 22:09:09.71 ID:MeRR+CB6o
恵「謝って許されるんですか!
澪たんは、あの子はどうなったの!? ねえっ! どうなったのよッッッ!!!」


バキッ!

ガッ……


恵「!?
は、離して下さい!」

ケイン「……すまねえ。
思う存分殴らせてやりたかったんだが、そのやり方じゃあ拳を痛めそうだったんでな……」

恵「!」
340 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/18(火) 22:10:21.31 ID:MeRR+CB6o
キャナル「恵ちゃん、ほら。手が真っ赤になってる……
痛いでしょ? 見せて」スッ

恵「うるさいっ!」


バシッ!


ケイン「……言い訳はしねえ。完全に俺の不手際だ。
すまなかった……」

恵「っ……!
だから謝られたって……」
341 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/18(火) 22:11:58.60 ID:MeRR+CB6o
ケイン「俺は……
俺達は、『ダークスター』を追う」

恵「えっ?」

キャナル「あいつが魂を戦艦に戻したのなら、私達はそこへ向かうわ。
今ならその場所も特定出来るからね」

ケイン「この失態でもう信じて貰えねえかもしれねえが……
ちゃんと戻ってくる。
その時は俺をボコボコにでも何でも、好きにしてくれて良い。
だが決着がつくまでは待ってくれないか?
頼む……!」

キャナル「お願い……」

恵「……やめて下さいよ。頭なんて下げないで下さい……」
342 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/18(火) 22:13:42.49 ID:MeRR+CB6o
ケイン「こうなった以上時間の猶予は完全に無くなった。
急がねえとこの星がヤバい」

キャナル「それに、もう夜になるとは言っても学校にはまだ先生も居るでしょうからね。
見付からない為にも即行動に移さないと」

ケイン「恵、前渡した無線機はまだ持ってるよな?
そのまま預けておく。すべてが終わったらすぐに連絡するよ。
なんだったら、常にスイッチ入れて俺達の事を監視してくれてても良い。
……つっても音声だけでしか出来ないけどな」
343 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/18(火) 22:15:03.38 ID:MeRR+CB6o
キャナル「じゃあ急ぎましょう」

ケイン「ああ。
じゃあな恵。明日の朝には帰って来る」

恵「──待って!」

ケイン「…………」

恵「どこに行くかはわかりませんけど、そこに澪たんが居るんですよね!?」

ケイン「……たぶんな。
だが、『ダークスター』はともかく、それは断言出来ねえ」

恵「って事は、居ないって断言される事もないんですね!?」

ケイン「……そうだな」
344 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/18(火) 22:16:17.56 ID:MeRR+CB6o
恵「私も連れて行って下さい!
澪たんを……彼女を助けたいんですっ!」

ケイン「正直、言うと思ったが……
それは出来ねえ」

恵「どうして!?」

ケイン「ハッキリ言って邪魔だからだ。
これから始まるのはガチの殺し合い。それも宇宙船同士のな。
お前は何の役にも立たねえ」

恵「宇宙船同士の殺し合いなら、私は宇宙船の中でじっとしていれば足手まといになる事はありませんよね?」

ケイン「む……
それでも気が散る可能性だって……」
345 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/18(火) 22:17:24.52 ID:MeRR+CB6o
恵「さっきみたいに、気を使って守って貰わないといけない状況だったらわかります。
でも、たぶん宇宙船での戦いならその必要はありませんよね?
それともケインさん達は、居ても居なくても変わらない人間が居て、気を取られる程度の実力なんですか?」

キャナル(経験の無い事ながら一瞬で正しい予測を立て、それを使って上手く挑発している……)

ケイン(やっぱこいつ優秀なんだな)
346 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/18(火) 22:18:38.23 ID:MeRR+CB6o
キャナル「……あのね、恵ちゃん……」


さわ子『そこに誰か居るのー!?』


キャナル「!」

ケイン「まずいっ!」
347 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/18(火) 22:19:32.78 ID:MeRR+CB6o
恵「──私を連れて行ってくれないと、大声出しますよ?」

ケイン「恵……」

恵「それとも、漫画か何かみたいに私を気絶させて二人で逃げますか?」

ケイン「──例え死んでも……
もしくはそれ以上に辛い目にあっても後悔しねえな?」

恵「しません」
348 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/18(火) 22:20:51.83 ID:MeRR+CB6o
ケイン「……しゃーねえ。ついて来い!」


ダッ!


恵「はいっ!」ダッ!

キャナル「……信じるわ、マスター」タッ!

恵「──あの、ケインさんキャナルさん」

ケイン「あん?」

恵「殴ったり、失礼な事を言ってすみませんでした……」

キャナル「気にしないで。貴女の言動はもっともだもの」

ケイン「むしろ逆に、これからの死地でもその度胸や根性を維持してくれよ」

恵「……はい!」
349 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/18(火) 22:21:58.09 ID:MeRR+CB6o
キャナル「さあ、まっすぐ『ソードブレイカー』に向かうわよ!」

恵(そうだ。さっきは頭に血がのぼってこの人達だけが悪いように言ってしまったけど、私だってそうなんだ。
私だって何度も、そしてこの人達よりも早く澪たんに……)

『貴女は私が絶対に守ってみせるわ』

恵(──そう約束したんだから)
350 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/18(火) 22:23:15.25 ID:MeRR+CB6o

……………………

…………

それから恵は、彼らの宇宙船がある場所に案内すると言われてついて行き、
桜が丘から比較的近い場所にある海辺にたどり着いたのだった。

話によると、ケインが船に乗り降りする時以外は、海の底に『ソードブレイカー』を沈めていたらしい。
351 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/18(火) 22:24:00.57 ID:MeRR+CB6o
恵に、

『知り合ってそう長くは無い人間について行って、彼らの乗り物に乗る』

と言う事への抵抗が完全に無かった訳ではない。

だが、彼女の澪を想う気持ちの前に、それは障害と呼べる物ですらなかった。
352 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/18(火) 22:25:36.89 ID:MeRR+CB6o

────────────────────────────


ウィーン。


『ソードブレイカー』の廊下を進み、目の前に現れた自動ドアの中に入る。

恵「──ここが……」

ケイン「ああ。この船のコクピットだ」
353 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/18(火) 22:27:12.20 ID:MeRR+CB6o
正面にパイロットシート。その前にディスプレイと、その他シートが二席。

先程の廊下もそうだったが、これもまさに恵が以前映画で観た風景そのものであった。

ケイン「とりあえずそのどっちかの椅子に座ってくれ」

恵に声をかけながら、ケインは彼の指定席、パイロットシートに着く。

恵「は、はい」
354 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/18(火) 22:28:14.57 ID:MeRR+CB6o
ケイン「──キャナル、すぐに発進出来るか?」

ケインは、恵がガンナーシートに座ったのを横目で確認すると、隣に立つ相棒に声をかけた。

ガンナーシートとは射撃に集中し易い席で、当然その為のコントロールパネルもある。

だが、操作の権限をそちらに回さない限りどのパネルもただの飾りなので、恵が誤って触ってしまっても問題は無い。
355 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/18(火) 22:29:29.65 ID:MeRR+CB6o
キャナル「……ごめんなさい。やっているんだけど、ちょっと時間がかかりそうだわ」

ケイン「そうか。
まだダメージが回復しきれてないからな……仕方ねえ」

恵「ダメージ?」

キャナル「ええ。
こないだ話した、この時代に来る前の、犯罪組織『ナイトメア』との決戦の時のね」
356 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/18(火) 22:30:48.59 ID:MeRR+CB6o
ケイン「ほぼ撃沈されちまってたからな。
何とかこのコクピット、入口とここに来るまでの廊下に、他数ヶ所まではザッと修理したんだが……
さすがに完全回復とはいかねえ」

キャナル「私、身体がバラバラになってたからね。
『キャナル』としてのメインメモリーも一度死んじゃったし」

苦笑し合う二人に、恵は戸惑う。

恵「ええと……私そう言う知識はないのですが、それってとてもやばい状況だったんじゃ……」
357 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/18(火) 22:32:19.03 ID:MeRR+CB6o
キャナル「そうね。
サイ・コード……
……とある技を使ったのと、修理メカが一機だけかろうじて無事だったから良かったものの、そうでなかったら終わっていたわ」

その最後の一機で他の修理メカ達を作り直し、頭数を揃えてから船体そのものの修復にかかったのだと言う。

ちなみに、キャナルが立体映像化してケインと行動を共にしている間も、そのメカは働いていたらしい。

本当は、力を分配させずに完全に修理に専念した方が回復は早まったとの事だが、
『ダークスター』の気配を探るのにキャナルの力がどうしても必要だったのだ。
358 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/18(火) 22:33:37.09 ID:MeRR+CB6o
ケイン「それで、発進まではどれ位かかる?」

キャナル「後……八分程ね」

恵「八分……」

キャナル「ごめんね。早く行きたいでしょうに……」

申し訳なさそうなキャナルに、恵は首を横に振った。

恵「いえ。大丈夫です」

あの時ケインに当たった事、寒空の中走ってここまで来た事、『ソードブレイカー』の見慣れない内装……

恵にとってはそのすべてが良い方に働き、彼女は多少冷静さを取り戻していた。
359 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/18(火) 22:35:00.79 ID:MeRR+CB6o
恵「焦っても……どうしようもない事はどうしようもありませんから。
その分、焦って何かが出来る時が来たら全力で動くだけです」

──そうだ。落ち着かないと。無意味に焦っても良い結果は生まれないもの。
……と言っても、私に出来る事があるかはわからないけれど……──
360 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/18(火) 22:36:24.53 ID:MeRR+CB6o
ケイン「……やっぱお前すげえな」

キャナル「さすが生徒会長って所かしら」

素直に感心しているケインとキャナルだが、恵は首を傾げる。

恵「……ファミレスで言われた時も気になっていたんですが……
私が桜が丘の生徒会長だって話しましたっけ?」
361 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/18(火) 22:37:38.82 ID:MeRR+CB6o
ケイン「ああ、それはな……」

キャナル「この時代に来た時、この世界の事を調べる為に、直したコンピューターで色々と……ね」

ケイン「さすがに何の情報も無い世界を出歩く気にはなれなかったからな」

キャナル「あちこちハッキングしまくったから、この地球上でデータ管理されている事はすべて私の頭に入ってるわ」
362 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/18(火) 22:39:01.66 ID:MeRR+CB6o
恵(ち、地球上のすべてって……)

それが本当だとしたら、やはり彼女は。

『ソードブレイカー』は、遥か未来の超高性能の宇宙船……コンピューターなのだろう。

キャナル「あ、ハッキング云々は大目に見てね。
それで得たデータは、この世界から出て行く時にすべて破棄するから」

恵「はあ……」

真面目な恵としては心に引っかかるものは感じるが、それを口にしてここで口論になっても不毛である。

恵(今はそんな事を気にしている場合じゃないものね)
363 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/18(火) 22:39:58.38 ID:MeRR+CB6o
キャナル「それと、ケイン。
私達がこの時代に飛ばされた詳しい原因……
逆に言うと元の時代に帰る方法を解明したわ」

ケイン「それを行うのに必要な事は?」

キャナル「この戦いに勝つ。
それだけです」

ケイン「なら問題ねえな。
説明は後で聞くぜ」
364 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/18(火) 22:41:05.45 ID:MeRR+CB6o
キャナル「はい。
──あっ、そういえば腕の怪我は?」

恵「……あっ!」

そうだ。ケインは左腕を負傷していたはず。

ケイン「ああ、大丈夫だ。
大した傷じゃねえ」

と、彼が左腕をぐるぐると回してみせる。

どうやらやせ我慢ではなさそうだ。
365 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/18(火) 22:42:14.88 ID:MeRR+CB6o
恵「でも……あれは何だったのでしょうか……?」

ケイン「戦艦の『ダークスター』の攻撃だよ」

恵「えっ?」
366 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/18(火) 22:44:27.54 ID:MeRR+CB6o
キャナル「一度姿を消したあいつは、一瞬だけ戦艦に戻った。
その一瞬の間に、サイ・ブラスター……あ、これはロストシップの兵器なんだけどね。
それを放ったんでしょう」

そして、再び戦艦を抜け出して『闇』となり、上空からケイン達を襲撃した。

その時の、ケインの一撃が炸裂する直前にサイ・ブラスターが地上に到着し、彼の腕を貫いたのだ。
367 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/18(火) 22:46:21.73 ID:MeRR+CB6o
ケイン「大気圏とか色々潜り抜けて来たおかげで、豆鉄砲みたいな威力になってたからな。
それと、本当はオレの心臓でも狙ったのかもしれんが、さすがにそこまで緻密な射撃は無理だったようだ。
助かったぜ」

キャナル「サイ・ブラスターは実弾兵器じゃないからね。
衝撃も無ければ玉が残らないのも幸いしたみたい」
368 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/18(火) 22:47:20.64 ID:MeRR+CB6o
恵「…………」

二人は何気なく話しているが、いくら威力が激減していて多少照準がずれたとは言え、
宇宙から放った兵器が地上まで届いて人一人に当てるなど……

一体どんな威力と命中精度なのだろう?
369 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/18(火) 22:49:04.16 ID:MeRR+CB6o
キャナル「──そろそろ行けるわ。
ケイン、命令を」

ケイン「その前に、『ソードブレイカー』の戦闘力はどれだけ回復した?」

キャナル「総合的には26%。
武装に関してはかなり制限があります」

恵(えっ? それって本当にボロボロなんじゃ……)

ケイン「オーケー。
『ロストシップ』じゃない普通の船と戦って、楽勝って程度か?」

キャナル「いえ。そいつらを十数機まとめて相手にしたらさすがにやばいか? って程度ね」

この会話に、嘘や強がりなどは感じられない。
370 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/18(火) 22:50:23.15 ID:MeRR+CB6o
恵(に、26%でそれって……
100%だとどれだけ強いのかしら……?)

ケイン「恵、心配するな。
こっちだけじゃなく相手も疲弊している。
奴だってまだロクに回復出来てねえはずだからな」

恵「は、はい」
371 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/18(火) 22:51:42.26 ID:MeRR+CB6o
キャナル「武装の制限を詳しく説明しますか?」

ケイン「それは戦闘に入ってからで良い。
じゃあ行くぞ。
『ソードブレイカー』、発進!」

キャナル「了解っ!」


ピッ。


ケインの叫びにキャナルが答えたと同時に、それまで真っ黒だったディスプレイに外が映る。

先程まで居た海辺だ。
372 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/18(火) 22:53:22.37 ID:MeRR+CB6o
『ソードブレイカー』に入ってから十分は経っているが、
それからもずっと、外からは船体が見えないようステルスは続けているだろう。

キャナル「普通にやると周りに風が吹き荒れて大変な事になるから、宇宙に出るまではゆっくり行くわね」

ディスプレイの景色を見る限り船体はどんどん上昇しているのだが、
その言葉の通り海面はほとんど揺れず、周りも落ち着いたものだ。

それでも微風等、多少は発進の影響もあるのだろうが、
これだとよほど近くに誰かが居ない限りそれを感じ取る事は出来ないだろう。
373 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/18(火) 22:57:16.70 ID:MeRR+CB6o
キャナル「まあ、この時代のレーダーではこの船は絶対に映らないからね。
全力発進して浜辺に砂が舞い上がって形が変わったりしたとしても、船体を見られない限り何の心配もないでしょうけど」

ケイン「それでもそんな事はしちゃマズいからな」

などと話している内に、宇宙へ来た。

ゆっくり、とは言っても3分も経っていないだろう。

初体験の恵は内心かなり身構えていたのだが、このスピードと呆気なさに拍子抜けしていた。
374 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/18(火) 22:58:43.17 ID:MeRR+CB6o
恵「す、凄いんですね、未来の技術って言うのは……」

ケイン「つーか、こりゃあさすがに『ロストシップ』のテクノロジーだけどな」

恵「……これが、宇宙……」

ケイン「ああ。
お前は初めてだったっけか」

恵「はい」

写真やテレビで見た通り真っ黒で、辺り一面に星や惑星の光が瞬いている。
375 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/18(火) 23:00:51.69 ID:MeRR+CB6o
恵(凄い綺麗……
……これが、こんな理由でここに来たんじゃなくて、旅行か何かで澪たんと一緒に来たんだったらどれだけ楽しかったかしら……)

恵の顔に、影が射す。

ケイン「…………」

キャナル「──ケイン、『ダークスター』の居場所はすでに特定済みよ」

ケイン「……おう。
場所は?」

キャナル「方位445、距離3857。
即着く距離です」

ケイン「じゃあ行くか」

キャナル「はい」
376 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/18(火) 23:02:34.11 ID:MeRR+CB6o
宇宙で、『ソードブレイカー』が動き出す。

生き物の『負』を喰らい、すべてに絶望を撒き散らす『闇』を今度こそ倒す為。

そして……

恵「待ってて澪たん。
必ず助けてみせる……!」

恵の愛する人を救う為に。
377 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/18(火) 23:04:32.00 ID:MeRR+CB6o

────────────────────────────

『ソードブレイカー』はまだ修理が不完全の為、船体は半壊していて歪になっている。

この手負いの黒き戦艦は、普段は真っ白な身体をしていた。

だがそれは、ロストシップである事を隠す為のカモフラージュ。

そんな必要も余裕も無い今は、この真の姿にて行動していた。
378 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/18(火) 23:06:33.08 ID:MeRR+CB6o
キャナル(黒は闇色。
でも、それは悪夢を撒き散らすものではないと示してみせるわ)

その身体で宇宙を感じながら、キャナルは思う。

キャナル(それに……
私達、古い時代の存在が大きな顔をする必要はもうない。
闇色をした光が……私達が、これからの未来を紡いでみせる)
379 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/18(火) 23:08:52.70 ID:MeRR+CB6o

────────────────────────────

恵「…………」

実際はそれほど時間は経っていないのだろう。

しかし、気持ちがはやっている上、今する事・出来る事が無いからか、
一度は落ち着いたはずの恵の焦りは再び激しい勢いで募っていた。

爆発しそうな気持ちを、必死で抑える。

その為に噛み締められた唇から、血が滲む……
380 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/18(火) 23:10:08.76 ID:MeRR+CB6o
……と。

キャナル「──着きました」

恵「!」バッ

キャナルの言葉に、恵は思わず立ち上がっていた。

しかし……

恵「えっ? ここ……?」

ディスプレイに映るのは、ただただ広がる宇宙と、遠くに見える大きな岩の塊の群れ。

恵には、他と変わらないただの宇宙空間に見えるが……
381 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/18(火) 23:11:25.55 ID:MeRR+CB6o
ケイン「ああ」

キャナル「あの岩の群れの一つ一つは、戦艦が一隻くっつくのに丁度良い大きさなの」

恵「……まさか」

ケイン「ご明察。
『ダークスター』はあの岩の一つに張り付いてやがる。
ホラ」


ピッ。


ディスプレイの隅に、岩の群れの一角をアップさせた映像が映る。

恵「!」
382 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/18(火) 23:13:37.96 ID:MeRR+CB6o
そこには、岩に張り付く黒い戦艦が確かに映っていた。

恵(あれが……『ダークスター』!)

ケイン「へっ。こっちと同じくガタガタだな。
あちこち破損してやがる」

その通り、戦艦『ダークスター』も半壊していた。

見た目のダメージは『ソードブレイカー』と同じか、それよりもやや酷いと言った所。

ケイン(前見た時はでっけえ大砲みたいな形だったのに、随分と小さくなりやがったぜ)

ケインの脳裏に、前回の激闘が鮮明に蘇る。
383 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/18(火) 23:15:02.08 ID:MeRR+CB6o
ケイン「あの野郎もこっちに気付いてやがるんだよな?」

キャナル「そうね。
待ち構えていたみたい」

ケイン「まあ、『ソードブレイカー』以上に病み上がりの奴が、遠距離から攻撃仕掛けてきても楽勝で避けられちまうしな。
逃げるのはなお論外」

キャナル「あいつにとっては最善の策ね。
……そもそも、あいつも私達と決着をつけたがっているみたいだし」
384 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/18(火) 23:16:12.10 ID:MeRR+CB6o
恵「それよりっ!」

と、恵が割って入る。

恵「澪たんはあれの中に居るんですよね!?」

ケイン「……たぶんな」

恵「た、たぶん……?」

そういえば、彼は前もそんな事を言っていた。

ケイン「奴はあの中で、澪の恐怖を今も喰らい続けているのは確かだろう。
だが……」

恵「だが……?」
385 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/18(火) 23:17:16.48 ID:MeRR+CB6o
ケイン「澪が澪として生きているかはわからねぇ」

恵「!?」

ケイン「以前、『ダークスター』が別の奴の身体に乗り移っていたってのは話したな?
そいつを倒した時、『ダークスター』はその肉体から抜け出し……
それと同時に抜け殻になった身体は、文字通り消滅しちまった」

恵「……!」
386 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/18(火) 23:18:22.00 ID:MeRR+CB6o
ケイン「その肉体はクローン技術で作られたものだったし、憑依から時間が経ちすぎていたってのもあるかもしれん。
だから今回も同じとは断言出来ねえ」

ディスプレイだけを見つめつつ、ケインは淡々と語る。

恵「…………」

ケイン「これから俺達は『ダークスター』に仕掛け、上手く隙を見つけて中に侵入する。
そこで澪を探し出して助ける……つもりだが、最悪の事態は覚悟していてくれ」
387 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/18(火) 23:19:27.64 ID:MeRR+CB6o
宇宙に出る前、ケインはこう言った。


『──例え死んでも……
もしくはそれ以上に辛い目にあっても後悔しねえな?』


それに頷いて恵はここまでついて来たのだ。

なにより、完全に絶望と言う訳ではないらしい。

ならば……
388 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/18(火) 23:20:56.13 ID:MeRR+CB6o
恵「……わかりました。
でも私、最後まで希望は捨てませんから!」

ケイン「おうっ! それで良い!
ばーちゃんも言ってたぜ。
『最後まで希望を持って頑張り続ければ、必ず道は開ける』ってな!」
389 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/18(火) 23:22:32.99 ID:MeRR+CB6o
キャナル「ケイン」

ケイン「ああ!
キャナル、お前が上手く立ち回ってあいつに接近してくれ。
その時に『ダークスター』内部に侵入する!」

キャナル「了解!」

ケイン「おっと、なるべく武装は温存してくれよ?
じゃないと戻って来た後あの野郎をぶっ倒せねえからな。
もちろん被弾も出来る限り避けてくれ」

キャナル「難しい注文ね。
まあやってみるわ」

ニッコリと笑うキャナルに、ケインも笑顔を返す。
390 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/18(火) 23:23:15.54 ID:MeRR+CB6o
ケイン「よし、ついて来い恵!
即突入出来る場所に行って待機する!」

恵「わかりました!」

こうして──

戦いは始まった。
391 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/18(火) 23:24:55.66 ID:MeRR+CB6o

────────────────────────────

開戦の幕を上げたのは『ソードブレイカー』だった。


ヴァヴァヴァヴァッ!


サイ・ブラスター……通常兵器とは比べ物にならない威力を持つ、ロストシップ主武装の一つ。

ただ、無駄なエネルギーの浪費を避ける為と、威嚇が目的の為に今は出力を抑えているが。


ドガガガッ!!


サイ・ブラスターの光が岩の海を叩き、破壊する。
392 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/18(火) 23:26:34.72 ID:MeRR+CB6o
その中を──宇宙のものとは違う漆黒が蠢く。

キャナル「来たわね」

生体殲滅艦(ダークスター)、『デュグラディグドゥ』。

それが完全に姿を見せた時、コクピットに一人残ったキャナルはそれを睨み付けた。
393 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/18(火) 23:27:59.00 ID:MeRR+CB6o
ダークスター『随分と遅い襲撃だったな。
待ちくたびれたぞ』

キャナル『貴方も随分と余裕の表情で待っていたものね。
てっきり逃げにかかるかと思ってたわ』

ロストシップ同士の二人は、意識で会話が出来る。
394 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/18(火) 23:29:00.90 ID:MeRR+CB6o
ダークスター『ふ……』


カッ!


『ダークスター』の船体が光る。


シュンッ!


お返しとばかりのサイ・ブラスターでの反撃を、キャナルは難なくかわす。

キャナル(さあ、ケイン……こっちは任せて。
向こうは頼むわね)
395 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/18(火) 23:30:27.19 ID:MeRR+CB6o

────────────────────────────

ケインと恵は、『ソードブレイカー』の非常口の前まで来ていた。

と言っても、修理がまともに行き届いていないここは、他と比べてもさらにボロボロだが……

二人はすでに宇宙服を着ていて、恵の片手には澪用の宇宙服。

ケイン「…………」

ケインは、小型のモニターを手にしている。

これで戦艦同士の戦闘を見ているのだ。
396 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/18(火) 23:32:17.74 ID:MeRR+CB6o
ケイン「やっぱまだこっちのが優勢だな」

そう。今の所、『ソードブレイカー』が押していた。

こちらの時代に来てずっと修理ロボで回復を続けていた『ソードブレイカー』と、
ようやくまともな糧を手にいれて本格的に回復し始めた『ダークスター』……

現段階でのこの二機には、やはり差があった。

だが、今は『ダークスター』を撃沈してはいけないのだ。

それにもちろん、自分を本気で撃墜しようと攻撃を仕掛けてくる敵を倒さずに、
相手に取り付くなどそんなに簡単なはずもない。
397 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/18(火) 23:33:55.90 ID:MeRR+CB6o
恵(……あれ?)

ようやく恵は気付く。

戦闘の内容がどうこうはわからないが、こちらも向こうもかなりのスピードで動いているのはわかる。

それなのに、ただ立っているだけの自分やケインにまったく影響が無い。

これほどの動きをしたら、中に乗っている者はとても立ってなどいられないはずだが……
398 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/18(火) 23:34:58.44 ID:MeRR+CB6o
恵(まだ被弾してないから?
……ううん、それだけじゃないはず)

そう、これもロストシップの技術であった。

現代科学や、ケインの時代のテクノロジーでも考えられないレベルの慣性中和システム。

恵(本当、完全な状態だったらどんな性能を持っているのかしらね)


ゴウッ!


ケイン「!」
399 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/18(火) 23:36:04.25 ID:MeRR+CB6o
『ソードブレイカー』の攻撃が、『ダークスター』の一部分を砕いた。

ケイン「いいぞっ!」

このまま細々とでも相手の戦闘力を削いでいけば、近付いて取り付く事も徐々に容易になっていくはず。

恵「……!」

ここで、『ダークスター』がこちらへ突撃してきた。
400 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/18(火) 23:37:12.06 ID:MeRR+CB6o
ケイン「勝ち目が無いと悟ってヤケになったか?」

それは隙だらけで、チャンスだ。

『ソードブレイカー』は何発か威嚇の射撃をし、その直線的な突進を避ける。

そして通り過ぎた『ダークスター』を即追尾し……


ドガァンッ!!!


『ダークスター』の背に取り付く事に成功した。
401 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/18(火) 23:38:34.75 ID:MeRR+CB6o
ケイン「大丈夫か?」

さすがにその時の衝撃は完全に中和出来なかったらしく、よろめいた恵をケインが支えた。

恵「はい、すみません」

キャナル『ケイン、恵ちゃん! その非常口を開けたらそのまま『ダークスター』の中に入れるはずよ!』

辺りに響くキャナルの声。
402 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/18(火) 23:39:27.28 ID:MeRR+CB6o
ケイン「サンキュー、キャナル!
すぐ戻って来るから待っててくれ!」

キャナル『OK!
……でも』

ケイン「……ああ。心配するな」

キャナルもケインも気が付いていた。

あまりに早く、そして簡単に狙い通りの事が出来たと。

ケイン「行くぞ、恵!」

恵「はい!」
403 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/18(火) 23:40:46.19 ID:MeRR+CB6o

────────────────────────────

戦艦『ダークスター』の内部。

外見だけでなく中も真っ黒で、恐ろしい雰囲気を醸し出していた。

それは『そんな気がする』と言うものではなく、確かに『生きて』いる。

恐怖や絶望、憎悪と言ったこの世界に存在するありとあらゆる負の塊が、確かにこの場に生きて存在していた。
404 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/18(火) 23:47:13.24 ID:MeRR+CB6o
ケイン(なんだここは……)

ケインは、頬骨の辺りに滲んだ汗を手でそっと拭う。

彼は、『ダークスター』内に過去一度来た事がある。

だが、当時の奴は全長およそ千メートルと言う恐ろしく巨大な大砲のような姿をしていた。

その時ケインが乗り込んだ場所は、中核からはほど遠い場所だったのだろう。

だが、今回は違う。

ケイン(最後に『ソードブレイカー』で『ダークスター』の中心に突撃はしたが……
この辺りは、生身だとさすがに恐ろしい場所だな)
405 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/18(火) 23:49:16.29 ID:MeRR+CB6o
恵「…………」

ここに足を踏み入れた時、恵は完全にすくみ上がっていた。

いや、ケインですら、入る直前怯んだように一瞬体を硬直させたほどだ。

それでも、彼がそんな様子を見せたのがその瞬間だけなのはさすがだが。
406 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/18(火) 23:50:54.20 ID:MeRR+CB6o
心臓……いや、魂を直接鷲掴みにされるような不快感に、背筋を蹂躙する悪寒。

恵(悪夢……)

彼女の頭にそんな言葉が浮かぶ。

少しでも気を抜くと、失禁しながら泣き叫んで暴れ出してしまいそうだ。

そうなると、完全に気が狂ってもう戻って来れなくなるだろう。

逃げ出したい。

それでも……
407 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/18(火) 23:53:26.58 ID:MeRR+CB6o
澪の事を思い浮かべると、そんな訳にはいかない。

恵(勇気を出して……!)

二人はドアを一つ潜り、その扉を閉めた。

そこは、開けた場所……なのだろうが、暗くてよくわからない。

恵「ど、どっちへ行けば良いんですか?」

さすがに震えは隠せないが、恵は気丈に口を開く。

ケイン「ちょっと待て……
……この構造だと、あっちが中心部だな」

暗闇でほとんど先が見えない中、ケインは冷静に観察してある一方を指差した。
408 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/18(火) 23:55:05.88 ID:MeRR+CB6o
ケイン「だがここから進むのは、宇宙服を脱いでからだ」

恵「そ、それって危険じゃあ?」

ケイン「大丈夫だ。この中は空気もあるし、他に誰も居ない。
『ダークスター』の気もキャナルが引いてくれてるしな」

話しながらもケインはさっさと宇宙服を脱ぎ始めている。
409 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/18(火) 23:57:27.71 ID:MeRR+CB6o
ちなみに、彼ら二人がこの中に降り立つと同時に『ソードブレイカー』は離れた。

こちらからまともな攻撃すら出来ないのに、
取り付いたままでいると一方的にゼロ距離射撃をされてしまう為、自殺行為だからだ。

今、『ソードブレイカー』はまた、『ダークスター』と交戦中だろう。

ケインと恵……そして澪をすぐに回収出来るように。
410 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/18(火) 23:59:22.49 ID:MeRR+CB6o
ケイン「それに、この格好じゃあ動きづらいし……戦えねえ」

恵「…………」

誰と戦うと言うのだろうか?

決まっている。澪の身体に乗り移った『ダークスター』とだ。
411 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/19(水) 00:00:39.37 ID:RDl9tyioo
考えてみたら、恵はなぜここに来る事が出来たのだろう?

宇宙までは許可を貰ったし、確かにただ『ソードブレイカー』の中に居るだけなら、足手まといになる事も無いのだろう。

だがここは違う。明らかに違う。

恵「──なのに、どうして何も言わずに連れて来てくれたんですか?」

その問いに、ケインは答える。
412 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/19(水) 00:02:01.55 ID:RDl9tyioo
ケイン「本当に澪をまだ救う事が出来るなら、お前が必要だからだ」

恵「えっ?」

ケイン「説明は後だ。
進むぞ」

恵が宇宙服を脱ぎ終えた事を確認すると、三着目の物と共に宇宙服すべてをその場に置き、二人は走り出した。
413 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/19(水) 00:03:35.52 ID:RDl9tyioo

────────────────────────────

開かれた扉を潜ると、広大な場所に出た。

深い闇が支配する空間。

床には昏く刻まれた逆五紡星。

その逆五紡星の中心には、少女が立っていた。
414 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/19(水) 00:04:26.98 ID:RDl9tyioo
長い黒髪は、闇の中でも艶やかに輝きを放ち。

幼さを残しながらも美しい顔立ちは、何の感情も宿らずにこちらを見据え。

左手にはケインと同じ武器であるサイ・ブレードをぶら下げ。

……秋山澪。

いや、秋山澪の身体に宿る、『ダークスター』。
415 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/19(水) 00:05:26.37 ID:RDl9tyioo
恵「澪たんっ!」


ガシッ!


その姿を認め、思わず駆け寄ろうとした恵を、ケインが彼女の腕を掴んで止めた。

恵「っ!」

ケイン「わかってるな? 今のあいつは澪じゃねえ。
近寄ると殺されるぞ」

恵「……そう、でしたね……」
416 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/19(水) 00:07:07.01 ID:RDl9tyioo
ケイン「──よう。久し振りじゃねえか……
って、さっき別れてから大して時間も経っていない上に、そん時も同じような事言ったっけか?」

恵を背にかばうように立ち、むしろ友好的と言った様子で『ダークスター』……“澪”に話しかけるケイン。

“澪”「待っていたぞ、ケイン=ブルーリバー」

“澪”は、ケインにのみ視線を向ける。

恵の事は眼中にないようだ。
417 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/19(水) 00:08:33.77 ID:RDl9tyioo
ケイン「お前が、オレをか?」

“澪”「そうだ」

ケイン「前オレにぶっ倒されたから、その復讐のつもりか?」

ケインの挑発にも、しかし“澪”は表情を変えない。

“澪”「違う。
これでお前を倒せば、すべてが終わる」

ケイン「なに?」
418 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/19(水) 00:14:22.78 ID:RDl9tyioo
“澪”「お前がここに居れば、『ヴォルフィード』は我を滅ぼせん。
お前を殺せばさしもの『ヴォルフィード』も絶望するだろう。
そのような奴など敵では無いからな」

ケイン「『ヴォルフィード』……『ソードブレイカー』以上にガタガタのてめえがよく言いやがるぜ」

“澪”「もちろんすぐには殺さん。
この人間の」

“澪”が、自分の……いや、澪の心臓の位置に右手をやった。

“澪”「恐怖を喰らう時間を稼ぐ為に、じわじわとなぶり殺しにする」
419 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/19(水) 00:16:05.83 ID:RDl9tyioo
ケイン「そんな事が出来るかな?
決着がどうなろうとそう時間はかからないだろうぜ」

“澪”「わかっているだろう?
我がこの人間を人質にしていると言う事が」

ケイン「…………」

ケインは押し黙る。

“澪”はこう言っているのだ。

『お前にこの人間の身体を斬れるのか?』と。
420 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/19(水) 00:18:06.13 ID:RDl9tyioo
“澪”「なぜかお前と『ヴォルフィード』は、この人間に執着しているようだからな。
お前に我を倒す事は出来ん。
そして、お前も捕える事が出来れば、よほど追い詰められない限り『ヴォルフィード』は我を撃沈出来まい。
時間稼ぎの為、合わせて利用させて貰った」

そう、すべては“澪”の作戦。

だからこそ、それに含まれていない恵には一瞥もくれないのだろう。
421 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/19(水) 00:19:35.22 ID:RDl9tyioo
ケイン「……天下の『ダークスター』様が卑怯な手を使いやがるぜ」

“澪”「卑怯? 我が我の食事をどう扱おうと問題はないだろう。
どう利用しようが我の勝手であり、そこには卑怯も何も存在しない」

恵「な……!」

“澪”「そして、この人間から負を吸い付くしたら、この者はもう用済みだ。
そこまで搾り取ったら完全に喰らってやる」
422 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/19(水) 00:20:40.03 ID:RDl9tyioo
恵「貴方……!」

“澪”のあまりの言い草に、恵が激しい怒りを見せる。

だが、『ダークスター』にとって人間は、勝手に増えて行くただの食料……

これは紛れもない事実なのだ。
423 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/19(水) 00:22:02.08 ID:RDl9tyioo
ケイン「ちっ……まあこれ以上の話は時間のムダだな」

──だが、今の段階で澪を完全に喰らうつもりがないのは幸いだ。
それはまだ澪が生きている証拠だろうし、
あの野郎はしようと思えば強引にサイ・コード・ファイナルを発動させられるだろうからな……
──

それを許しさえしなければ。

ケイン(まだチャンスはある!)
424 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/19(水) 00:23:25.15 ID:RDl9tyioo
ん? 変な改行だー。
>>423無しで↓でやり直しです。
425 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/19(水) 00:23:54.14 ID:RDl9tyioo
ケイン「ちっ……まあこれ以上の話は時間のムダだな」

──だが、今の段階で澪を完全に喰らうつもりがないのは幸いだ。
それはまだ澪が生きている証拠だろうし、
あの野郎はしようと思えば強引にサイ・コード・ファイナルを発動させられるだろうからな……──

それを許しさえしなければ。

ケイン(まだチャンスはある!)
426 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/19(水) 00:25:38.35 ID:RDl9tyioo
ケインが、マントに隠れた腰からサイ・ブレードを取り出した。

“澪”「そうか。我としてはぜひ長話をしたい所だったのだが」

軽口を叩く“澪”を無視し、ケインは恵に呟いた。

ケイン「なるべくあいつに語りかけろ」

恵「えっ?」
427 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/19(水) 00:27:01.84 ID:RDl9tyioo
ケイン「今はまだ、澪はあいつに完全に取り込まれてはいねえ。
お前の声が届きさえすれば、必ず『チャンス』は来る」

恵「…………」

ケイン「そしてその『チャンス』が来たら、より強く呼びかけるんだ。
なんだったらひっぱたいても良い。
これはお前にしか出来ねえ」

恵「は、はいっ!」
428 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/19(水) 00:28:33.50 ID:RDl9tyioo
……考えてみれば、ケインとキャナルは最初から澪を助けようとしてくれていた。必死に、全力で。

彼らに失策が無かった訳ではない。

しかし二人が居なければ、こうして澪を万が一助けられるかもと言う可能性にかける事すら出来なかったはずだし、
そもそも澪はとっくに死んでいたのだろう。

恵(疑ったり当たったり……ケインさん達には色々酷い事をしてしまったわね……
すべてが終わったら、ちゃんと謝ってお礼が言いたい。
澪たんと一緒に)

──だから──
429 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/19(水) 00:30:47.86 ID:RDl9tyioo
恵「わかりました!
ですから『その時』まで、よろしくお願いします!」

ケイン「おう! その頼み……いや、依頼引き受けた!
どんな依頼も必ずこなす。それがトラブル・コントラクターだ!」


シュインッ!


サイ・ブレードの柄から、光の刃が伸びた。


ヴンッ!


それを見て、“澪”もサイ・ブレードの刃を生む。

ケイン「さあ行くぜっ! 澪は返して貰うッッ!!!」

強き光を感じる黒いマントをなびかせ、ケインが跳んだ。
430 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/19(水) 00:33:43.61 ID:RDl9tyioo

────────────────────────────


ドウンッ!


『ソードブレイカー』は、あれからも連続して攻撃を行っていた。

『ダークスター』に回避と言う行動をさせる事で、 ケインへの援護を期待して、だ。

恐らく今、ケインは澪に憑依した『ダークスター』と戦っているだろう。

奴の意識をそちらだけに向けさせる訳にはいかない。

そんな事をさせると、例えば、ケインにマニピレーターを伸ばして自分で自分を援護したりする可能性がある。
431 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/19(水) 00:36:40.51 ID:RDl9tyioo
キャナル(それでも、ケイン達……
ううん。ケインがすぐ殺される事はないでしょうけど……)

キャナルは、『ダークスター』がどんな思惑でケインと恵を自分自身の中へ導いたのか悟っていた。

戦力差そのものはともかく、今の状況としては『ソードブレイカー』側の方が圧倒的に不利。

もしケインが敗れるような事があれば、すべてが終わる。
432 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/19(水) 00:41:00.50 ID:RDl9tyioo
以前、敵地に乗り込んだ彼を救おうと動いた事があった。

しかし、今回ケインが居るのは敵の本拠地などと言うレベルですらなく、敵自身の中、中心部だ。

そこで彼が囚われるような事があると、さすがに救出は不可能だろう。

『ダークスター』は『ヴォルフィード』が追い詰められれば、
ケインを人質に取っていても本気で襲いかかってくると警戒している。

しかし、それだけは間違っていた。
433 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/19(水) 00:43:42.38 ID:RDl9tyioo
キャナルは、ケインが殺されずに戦闘不能にされただけでも、
彼を完全に囚われて助け出す事が不可能になれば、その存在を放棄する。

撃沈寸前まで追い詰めるまでもなく。

キャナル(またマスターを失ってまで……私は存在していたくない)

それは、他の存在を食料としか認識していない『ダークスター』には、発想にも無い『気持ち』だった。

だがその思い違いはもちろん、『ダークスター』の不利になるものではない。
434 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/19(水) 00:46:46.85 ID:RDl9tyioo
キャナル(絶対に皆で帰るんだから。
その為にも、彼らに不利な状況は作らせない!)


ヴァヴァヴァッ! ヴァヴァヴァヴァヴァッ!!!


だが、もう一つ不安要素が生まれた。

先程ケインと恵を送り届け、『ダークスター』から離れる時に一撃を食らってしまったのだ。

完全に密着していた状態からの離脱だったので、それは覚悟していたのだが……

それでも戦力ダウンには違いない。
435 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/19(水) 00:48:17.53 ID:RDl9tyioo
──と言っても、ケインの操縦技術なら回避出来ていたんでしょうけどね──

キャナル(ケイン、恵ちゃん、澪ちゃん。
なるべく早く帰って来てね。
反撃してくるあいつを生かさず殺さずって、あまり長くは出来そうにないわ)


ガッ!


『ダークスター』の攻撃が、『ソードブレイカー』をかすめた。
436 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/19(水) 00:49:42.86 ID:RDl9tyioo
キャナル(あいつの力が強くなっていってるのは……
気のせいじゃないよね)

最初に戦力差があれども、これからただ疲弊していくだけの『ソードブレイカー』と、
澪を手中に納めた事で言わば自動回復を得た『ダークスター』。

キャナル(こんなに余裕が無い状況だと、修理ロボは使えないからね……)

戦局は徐々に覆りつつあった。
437 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/19(水) 00:51:08.40 ID:RDl9tyioo

────────────────────────────

ケイン「ぐっ!」


ガキィン!


“澪”の一撃を、ケインが弾いた。

ケイン「くそ……っ!」

毒づきながら、ケインは荒く息を吐く。

澪の肉体だからなのか、かつて戦った時に比べれば『ダークスター』に技のキレは無いし、一撃も随分と軽い。

だが、こちらもキャナルと同じく相手を倒してしまわないように立ち回っている為、彼も苦戦を余儀なくされていた。
438 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/19(水) 00:52:20.35 ID:RDl9tyioo
ケインは正直の所、いざとなれば“澪”の足を動かなくしようとも考えている。

それでも駄目で、彼女を助けられる一片の希望も見出せなければトドメを……

しかし、今はそれも難しいかもしれない。

なぜなら……
439 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/19(水) 00:53:36.58 ID:RDl9tyioo
“澪”「…………」


ザッ、ブンッ!

ドゥアッ!!


ケインが“澪”の袈裟斬り、逆袈裟をかわした所に、弾丸のように飛ばされた光の刃が襲いかかる。

ケイン「くっ!」


バシュンッ!


それを、ケインがサイ・ブレードで弾き飛ばした。
440 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/19(水) 00:55:35.12 ID:RDl9tyioo
ケイン「はあ、はあ……」

なぜなら、まず一つにケインの左腕の怪我。

いくらそれが軽いと言ってもこの短期間で完治するはずもないし、激しい動きを続ければ当然痛みも出る。

次に、疲労。

朝からずっと動き回っていたのだ。

いかなケインとは言え、万全の時に比べれば動きが悪いのは当然だし、時間が経つにつれて鈍っていくのは必至だった。


ドゥン! ドゥンッ!!


ケイン「!」
441 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/19(水) 00:57:14.21 ID:RDl9tyioo
再び放たれた光の弾丸を、ケインが紙一重でかわす。

“澪”「どうした、ケイン=ブルーリバー。
止まっていては危ないぞ?」

“澪”は、ケインを戦闘不能にしようと積極的に襲いかかってくる。

その攻撃を一発でも貰ってしまったら、そのままやられてしまうだろう。
442 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/19(水) 00:59:59.51 ID:RDl9tyioo
“澪”「まあ、我はこのまま戦いが長引くのも、お前の手足を潰し動きを止めてからゆっくりするのもどちらでも良い」


ブンッ!


ケインの横薙ぎを、“澪”は軽く身を引いて避ける。

“澪”「どちらにせよ最後には、貴様を人質にして『ヴォルフィード』を追い詰め、
王手をかけた所で貴様を殺して奴を絶望させるのだから」

──そうすればさすがの『ヴォルフィード』の精神も砕け散り、戦意を失うだろう──

“澪”は邪悪に笑った。
443 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/19(水) 01:01:52.43 ID:RDl9tyioo
ケイン(まずいな……)

激しい動きの連続で、腕の痛みが増してきている。

決断を下すならそろそろだろう。

ケインは横目でチラリと恵を見た。

必死かつ、心配そうな彼女と一瞬だけ目が合う。

これまでも恵は、“澪”に幾度となく声をかけていた。

だが、まったく効果は無い。
444 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/19(水) 01:03:37.41 ID:RDl9tyioo
ケイン(やっぱりダメなのか……?)

彼はこれまでもロストシップに呑み込まれた人は見てきたし、戦ってもきた。

自分の意志で自分自身をロストシップに捧げた人達も居た。

その全員に共通する事は、誰も助からなかったと言う事。

それでも、もしかしたらと精一杯やってきたが……

絶望的な希望を期待して粘った結果、全滅してしまう訳にはいかない。
445 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/19(水) 01:04:36.92 ID:RDl9tyioo
それはつまり、


“澪”『この調子だと、我は明日中には不満ではない程度の力は取り戻せる。
その後に、我の糧となる恐怖を更に喰らう為にこの星も消滅させるか』


地球滅亡を意味するのだから。
446 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/19(水) 01:06:18.67 ID:RDl9tyioo
ケイン(……だが)

──諦めてたまるか──

ケインの脳裏に、恵と澪の笑顔が浮かぶ。

ケイン(人一人救えないなんて、守れないなんて冗談じゃねえっ!
オレは……)

そして、自分とキャナルの帰りを待っているだろう仲間達の姿も……
447 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/19(水) 01:08:26.15 ID:RDl9tyioo
──オレは絶対諦めねえぞ!──


ドウゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!!


ケインのサイ・ブレードの光が激しくなった。
448 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/19(水) 01:10:50.56 ID:RDl9tyioo
“澪”「それがどうした?」

表情を変えない“澪”が、ケインに襲いかかる。


ガッ、ガッ、カギィンッ!

ガヅッッッ!

ギィィンッ!!!


ケイン「ぐううっ!」

今度は息もつかせぬ接近戦だ。

正直、“澪”を斬り捨てられる隙は何度もあった。

その隙をものにしようと反射的に体が動きそうになるのを何とか堪えながら、ケインは防御に専念する。
449 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/19(水) 01:12:49.34 ID:RDl9tyioo
──っ!……!! ──っっ!?──

どこか遠くで、恵が必死で澪に呼びかける声が聞こえる。


ガギィン!


しかし、激しい斬り合いに集中している
為、その内容はケインには認識出来ない。
450 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/19(水) 01:14:29.23 ID:RDl9tyioo
また変になったので>>449は無しで↓でやり直しですー。
スマソ。
451 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/19(水) 01:15:09.57 ID:RDl9tyioo
──っ!……!! ──っっ!?──

どこか遠くで、恵が必死で澪に呼びかける声が聞こえる。


ガギィン!


しかし、激しい斬り合いに集中している為、その内容はケインには認識出来ない。
452 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/19(水) 01:16:55.02 ID:RDl9tyioo
ケイン(澪っ! 恵が精一杯声かけてるじゃねえか!
なんで届かねえんだっ!?)


ビッ!


ケイン「!」

“澪”の一閃が、身をよじったケインの横を過ぎ去る。

よけるのがもう一瞬遅れていたら、胴を裂かれていた。

ケイン「くそっ!」
453 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/19(水) 01:18:00.66 ID:RDl9tyioo
──まだ終われるかっ!──


ブンッ!

カィンッ!


ケイン「っ!」


ガクンッ。


間髪いれずにやってきた追撃を弾いた時、ケインの体勢が大きく崩れた。

疲労と左腕の痛みがピークに達し、この戦いで初めて力負けしたのだ。
454 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/19(水) 01:19:49.10 ID:RDl9tyioo
ケイン(やべえ!)

これでは、“澪”の攻撃をかわす事も受ける事も出来ない。


バッ!


ケインは慌てて無理な体勢ながら後ろに跳び、距離を取る。


ドウンドウンッ!


ケイン「ぐっ!」

その着地を狙うように光の弾丸が襲い、ケインは続けてジャンプで回避する。


ドウンドウンドウンッ!!!


一転、今度は息もつかせぬ遠距離戦。

と言ってもケインは回避で精一杯なのだが……
455 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/19(水) 01:23:02.00 ID:RDl9tyioo
恵「!」

気が付いたら、ケインの後ろに恵が居た。

ケイン(しまった!)

激闘に徐々に余裕を失っていったケインは、恵を戦いに巻き込まないよう動く事を失念し、
彼らの戦闘範囲とスピードがあまりに広く・早かった為、恵は安全な場所を見付ける事すら出来ずに動けなかった。
456 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/19(水) 01:25:17.71 ID:RDl9tyioo
ケインは慌ててこの場から離れようとするが、

“澪”「…………」

目の前には、すでに光の刃を振りかぶる“澪”が居た。

ケイン(!!!)

サイ・ブレードで受け止めるにはタイミングが遅い。

避ければ恵に当たる。

──どうする……!?──

その一瞬の迷いがケインの行動を遅らせ……
457 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/19(水) 01:28:37.05 ID:RDl9tyioo
今回はここまでです。皆々さん本当にありがとうでした。

>>91
と言う事で、戦艦バトルありです〜。

次の更新は日曜日になるかな?
次回が最終回になるので、よろしければ最後までお付き合い頂けると幸いです。

ではでは。
458 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/12/19(水) 03:20:26.32 ID:c/It9r2e0
更新早いな
乙です
459 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/12/19(水) 11:19:33.37 ID:aZrDNey90
乙です。
これが一昔前のSSだったら軽音部の歌でなんとかしようとするパターンだけど、テーマが澪恵だから、どうなる事やら。
460 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/23(日) 09:51:47.70 ID:gjrZS86Qo
恵「やめてっ!!!」

突如、恵が叫んだ。

“澪”「……っ!」

ケイン「!?」

“澪”の動きが──止まった。

恵「もう嫌っ!」


ギュッ……


“澪”「!」

ケインの脇をすり抜け、恵が“澪”を抱き締めた。
461 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/23(日) 09:54:08.48 ID:gjrZS86Qo
恵「そんな事したら駄目よ……」

ケイン「馬……」

ケインは恵を慌てて引き剥がそうとしたが、彼は“澪”の様子がおかしい事に気が付く。

“澪”の顔が──歪んでいた。

ケイン(そうか……!)

そう。ついに彼が恵に言った、『チャンス』がやってきたのだ。
462 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/23(日) 09:56:59.18 ID:gjrZS86Qo
恵「もうやめよ? ね?
まだ心のどこかに居るんだよね?
帰ろうよ、一緒に……
澪たん」

“澪”「ぐ……う……」

“澪”の身体が震え、


カラン……


その手から、サイ・ブレードの柄が落ちた。

“澪”「ぐ……は、離せ人間……っ!」

初めて“澪”が──『ダークスター』が、恵を認識した。
463 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/23(日) 10:00:49.44 ID:gjrZS86Qo
恵「うるさい! あんたは一体何なのよ!
人を傷付けて苦しめて! 何様のつもり!?
さっきなんか、もう少しでケインさんを殺してたのよ!?」

腕の中でもがく“澪”に、恵は叫ぶ。

恵「その上澪たんの体を好き勝手動かすだけじゃ飽き足らず、彼女を人殺しにまでさせようとして……
ふざけるな! やるならあんた自身でやってみなさいよっ! この卑怯な臆病者め! 今度は私が相手になってやる!!
この糞やろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッッ!!!」
464 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/23(日) 10:03:11.80 ID:gjrZS86Qo
“澪”「ぐっ、おぉ、おお……!」

間近で睨みつける恵に、“澪”は明らかに苦しがっていた。

“澪”「な、何だ……!?
身体の……身体の中が熱いっ!」

冷や汗を垂らしつつ恵の腕から抜け出そうとする“澪”だが、再びきつく抱き締められる事によって叶わない。
465 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/23(日) 10:07:08.33 ID:gjrZS86Qo
恵「ねえ、戻っておいでよ。
そんな奴に閉じ込められて、苦しいでしょ? 寂しいでしょ?
私に出来る事は何でもするから。ここには……私が居るから」

今度は囁くように語りかけ、恵は“澪”を切なそうに見つめる。

“澪”「ぐ……こ、こうなったら……
サイ・コード……!」

ケイン「!!!!!」

“澪”の呟きを聞いたケインが激しい狼狽を見せたが、恵は意に介さない。
466 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/23(日) 10:08:10.38 ID:gjrZS86Qo
恵「一緒に幸せになろうよ……」

その場の誰の行動よりも早く、優しく。

恵が澪にキスをした。

“澪”「!」


グアッッッ!!!!!


ケイン「!」

“澪”の背中から、『闇』が抜け出した!
467 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/23(日) 10:10:41.48 ID:gjrZS86Qo
恵「っ!」

力を失う澪の身体を、恵が全力で支える。


『ば、馬鹿な……! 我が、我が弾き出された!?
あの人間は完全に我の手に落ちていたと言うのに……!』


宙に浮かぶ『闇』から響く動揺の声に、ケインは不敵に笑いながら皮肉を返した。

ケイン「馬鹿はてめえだ。澪は完全にはてめえの手に落ちてなかったんだよ」


『ぐ……ぅ……ぅぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!』


それはもはや振動であった。

地鳴りのような低音の絶叫を上げると、『闇』はかき消えた。
468 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/23(日) 10:12:31.68 ID:gjrZS86Qo
澪「……ん……」

ケイン「!」

恵「澪たんっ!」

それと同時に、澪が目を覚ます。

澪「恵、せん……ぱ、い。
ケイン……さん」

恵「よかった! よかったよう!!」

恵は、涙と鼻水をボロボロと流しながら泣いていた。
469 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/23(日) 10:14:29.20 ID:gjrZS86Qo
澪「私、ね。ずっと真っ暗な所に居て……黒くて怖いのに痛い事されて……
気が狂いそうで何度ももうダメって思ったけど……
軽音部の皆や、恵……先輩の事を思い出したら……諦められなくて……」

恵「澪たん……」
470 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/23(日) 10:16:06.16 ID:gjrZS86Qo
澪「皆の所に……先輩の所に帰りたいってずっと頑張ってたら、先輩の声が聞こえて、姿が見えて、抱き締めてくれて……
キス……してくれて。
あり、がと……う、ございます。助けに来てくれて……」

恵「澪たん……!」

澪「私、先輩が居……て、良かったな……」


ふっ……


そう呟いた後、澪はゆっくりと瞳を閉じた。
471 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/23(日) 10:17:27.97 ID:gjrZS86Qo
恵「みっ……澪たんっ!?
澪!?」

発狂しそうになる恵を見るなり、ケインがすぐに澪の手首を取って脈を確かめた。

ケイン「──大丈夫。気を失っただけだ。
今はこのまま寝かせておいてやろう」

恵「そ……そう、ですか……よかった……」

それを聞いて、彼女は大きく大きく安堵の息を吐いた。
472 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/23(日) 10:19:02.20 ID:gjrZS86Qo
ケイン「よし、じゃあ『ソードブレイカー』に戻るぞ。
もうこんな所に用はねえ」

恵「はいっ!」

ケイン(しかし……こいつらの根性は凄いもんだ)

大切な人達を心の支えにし、魂を直接喰われるに等しい恐怖や痛みに負けなかった澪。

恐ろしいだろうに、大切な人を助ける為にこんな所までついて来て、見事それを成し遂げた恵。

──尊敬、するぜ──
473 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/23(日) 10:22:07.91 ID:gjrZS86Qo
ケイン(──そして、その根性を生み出したのは、人と人との絆……か)

絆が想いを生み出し、想いは根性となって何ものにも負けない力へと昇華した。

──これが人間に備わっているとんでもない力であり、こいつらは自力でそれを引き出したんだな──
474 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/23(日) 10:23:22.28 ID:gjrZS86Qo
ケイン「さあ、澪はオレが運ぶ。
走れるな?」

恵「その必要はありません!」

ケインに首を横に振って見せ、恵は澪をいわゆる『お姫様抱っこ』の要領で抱き上げた。

恵「私なんかよりケインさんの方がずっと疲れているでしょうから、澪たんは私に任せて下さい!」

やたらと高いテンションで言うと、恵は先に出口へ向かって駆け出した。
475 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/23(日) 10:25:08.14 ID:gjrZS86Qo
ケイン「…………」
(あの細腕で、自分と大して体格が変わらない人間を運ぶのはそうとうしんどいだろうに)

その上、今の恵からは、『ダークスター』内部に乗り込んだ当初の怯えは微塵も感じられなかった。

ケイン(やっぱ凄いぜ。
恵も澪も……人間ってのは)

恵を追いかけながら、彼は思った。
476 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/23(日) 10:27:07.02 ID:gjrZS86Qo

────────────────────────────

戦闘の最中、『ダークスター』が突如として焦ったような動きをし始めた。

一瞬戸惑ったキャナルだが、もしやと思った時にケインから澪奪取の連絡があり、歓喜した。

最初に比べダメージが蓄積されていながらも、これまでの先が見えない戦いとは違う状況になり、キャナルの士気は高まる。
477 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/23(日) 10:31:40.55 ID:gjrZS86Qo
立ち回りに精彩を欠き始めた『ダークスター』とは逆に、
動きの良くなった『ソードブレイカー』が再び奴に取り付く事はそう難しくなかった。

やはり、取り付くまでと離脱する時に、乱射される攻撃を数発食らってしまったが……

それも何とか致命傷にはさせずにすんだ。

ケイン達を無事回収し終えた今は態勢を立て直す為、
相変わらず攻め続けてくる『ダークスター』から逃げの一手を打っている。
478 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/23(日) 10:33:43.67 ID:gjrZS86Qo
……………………

キャナル「お帰りなさい」

コクピットに戻ってきたケイン・恵、そして彼女に抱かれたまま眠る澪を見て、キャナルがいつもの笑顔で迎えてくれた。

だが、心なしかその姿に激しい疲労が見える。

キャナル「澪ちゃん……よかった。
よかったわね、恵ちゃん」

恵「は、はい……
あの、キャナルさん、大丈夫ですか?」

キャナル「ええ。大丈夫よ」
479 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/23(日) 10:35:50.28 ID:gjrZS86Qo
ケイン「待たせてすまなかった」

キャナル「本当ですよ……
折角三割は直した私のボディちゃんの大半が、また壊されちゃった」

それは責めるような内容ではあったが、キャナルのほほ笑みが言葉通りの意味では無い事を物語っていた。

──皆、無事に帰って来てくれて本当によかった──

ケイン「すまん。今度何か埋め合わせするよ」

それを察したケインも、どこか嬉しそうに言いながらパイロットシートに座る。
480 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/23(日) 10:37:27.73 ID:gjrZS86Qo
キャナル「逆に貴方は、『ダークスター』の中に行く前より元気一杯ね?」

ケイン「おう。あの二人がすっげえ根性見せてくれたからな。
ここでオレがへばる訳にはいかねえっ!」

そう言うケインの体からは、激しい闘志が湧き上がっていた。

今の彼には、疲れも傷の痛みも余計なすべてが吹き飛んでいるようだ。
481 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/23(日) 10:39:07.20 ID:gjrZS86Qo
キャナル「……そっか」

キャナルは恵と澪に一瞬視線を向け、愛おしいような頼もしく思うような……

不思議な感情のこもった呟きを漏らした。

キャナル(二人共、お疲れ様。
──よおしっ、私だってへばってはいられないわ!)
482 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/23(日) 10:41:12.62 ID:gjrZS86Qo
ケイン「恵、澪を適当な場所に寝かせ……るのは、これから激戦をおっぱじめる以上危ないな。
澪を座らせた後、お前も残った椅子に座ってくれ」

恵「はい」

返事をした恵だが、しかし彼女は澪をガンナーシートに座らせた後、その横にしゃがみこむ。

ケイン「……おい?」

他と比べてやや狭くクッションも悪いものの、もう一つ予備シートがあるのだが……
483 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/23(日) 10:43:14.48 ID:gjrZS86Qo
恵「なるべく彼女の近くに居てあげたくて……
私の事は気にしないで下さい。
この椅子にしっかり掴まってますから」

いくらロストシップの慣性中和システムが優秀だろうと、
これからの決戦ではさすがにちゃんとシートに座って貰った方が良い。

ケインは一瞬迷ったが……
484 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/23(日) 10:46:05.79 ID:gjrZS86Qo
ケイン「……わかった。
戦闘の衝撃で吹っ飛んで、体のどこかにアザが出来たりしても文句言うなよ?」

──今の『ソードブレイカー』の破損状態では、撃沈されない限り、死ぬどころか大怪我を負う事もないだろ──

つまり、致命傷を負うような衝撃を受ける時は撃沈される時。

今、『ソードブレイカー』と言う戦艦の命と、ケイン達それに乗る人間達の命は完全に直結しているのだ。

ならば、非戦闘員の恵がどこにいようと変わらない。

ケインは彼女の気持ちを尊重する事にした。
485 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/23(日) 10:48:45.54 ID:gjrZS86Qo
恵「はい!」

ケイン「キャナル、操縦と武器操作の権限をすべてオレに回せ」

キャナル「わかったわ。
それと、澪ちゃんには念の為シートベルトを巻いておきましょうね」


シュンッ。


恵「ありがとうございます!」

ケイン「よっしゃ! 準備は良いな!?
行くぜっ!」

キャナル「了解!」
486 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/23(日) 10:50:10.12 ID:gjrZS86Qo

────────────────────────────

人質と回復源を失った以上、もはや『ダークスター』には真っ向勝負で勝利するしか道はない。

互いの現戦力・余力などを考えたら、撤退は不可能だ。

むろん、これに関しては『ソードブレイカー』も同じなのだが。
487 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/23(日) 10:51:27.10 ID:gjrZS86Qo
ダークスター『ぐおおおおおおおおおおおおおお!』

『ダークスター』が、猛る獣のように襲いかかってくる。

その攻撃のことごとくを回避し、ケインは反撃の糸口を探す。
488 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/23(日) 10:53:26.57 ID:gjrZS86Qo
ケイン(……思った以上に『ソードブレイカー』の反応が悪いな。
攻撃からただ逃げるだけなら何ともねえが、奴を倒す事も考えた動きをするにはちと厳しい)


ヴァヴァヴァヴァッ!!


『ダークスター』の射撃を掻い潜って、ケインはサイ・ブラスターを放つ。

だが、命中する気配すら感じられない。

ケイン(照準は甘いし、ボタンを押してから実際に発射されるまでのタイムラグもある)
489 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/23(日) 10:54:51.64 ID:gjrZS86Qo
キャナル「左舷、来ます!」

ケイン「なんの!」

『ダークスター』の攻撃も、やはり当たらない。
490 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/23(日) 10:59:35.74 ID:gjrZS86Qo
ケイン「キャナル、こっちが今使える武器は?」

キャナル「エネルギー残量が僅かのサイ・ブラスターと、リープ・レールガンが一発。
以上です!」

ケイン「プラズマ・ブラストは!?」

キャナル「使用不可!
ちなみに、その他ミサイルやレーザー等通常兵器は元から一つも残ってません!」

ケイン「それはどうでも良い!
サイ・バリアは!?」

キャナル「使用不可!」

恵「…………」
(主力の物も含めた、兵器がほとんど使えないって事かしら……?)
491 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/23(日) 11:07:05.72 ID:gjrZS86Qo
キャナル「ごめんね。私がもっと上手く操縦出来てれば……」

ケイン「何言ってんだ。
無事生き残って、こうして俺達を拾い上げてくれただけで大ファイン・プレーだぜ」

キャナル「でも……」

ケイン「ああ。今のままじゃあちょっと勝てねえな」

恵「……!」
492 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/23(日) 11:08:48.09 ID:gjrZS86Qo
──私が澪たんを助けるって言わなければ……──

確かに、澪や恵の事を考えていなければ、とっくに『ダークスター』に勝てていたのだろうが……

ケイン「おっと。勘違いするなよ恵。
このピンチはお前のせいでも澪のせいでもねえ」

『ソードブレイカー』を操縦しながら、まるで恵の心を読んだかのようにケインが声を掛ける。

……………………

数秒、船内に沈黙が訪れた。

そして。
493 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/23(日) 11:11:51.97 ID:gjrZS86Qo
ケイン「……それに、まだ手はある」

恵「えっ?」

キャナル「……大丈夫、よね……?」

キャナルが問う。心細げに、怯えたように。

ケイン「もちろんだ。
前出来た事が今のオレに出来ない訳はねえし、お前や恵と澪をほっぽってここで消える訳にはいかねえ」

しかし、ケインはハッキリと、力強く答えた。
494 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/23(日) 11:14:46.69 ID:gjrZS86Qo
恵「消え……る?」

キャナル「ミリィやレイル達だって待ってるはずだしね」

ケイン「ああ。そうだな」

彼らの仲間の名前だろうか。

その言葉を聞いた時、ケインの表情に戦闘中には不釣り合いな程優しげな光が射した。
495 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/23(日) 11:17:47.25 ID:gjrZS86Qo
ケイン「──キャナル」

キャナル「……はい」

ケイン「こいつらを……この凄くて良い奴らを守る為に。
守って、皆で在るべき場所に生きて帰る為に!
サイ・コード・ファイナル、発動だ!」

キャナル「はい、ケイン」

ケインの叫びにキャナルが答えた時、


カッッッッッ!!!!!!


恵「!?」

『ソードブレイカー』全体に、眩い光が立ち込めた。
496 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/23(日) 11:22:11.51 ID:gjrZS86Qo
──この時キャナルは感じ取っていた。

『ダークスター』の発する強い恐怖を。
497 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/23(日) 11:25:54.36 ID:gjrZS86Qo
いったん席を外すです〜。
今日の夜八時〜九時くらいに再開します。
498 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/23(日) 21:08:57.69 ID:gjrZS86Qo
すまんです〜、再開は今日夜十時前くらいになりそう。

499 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/23(日) 22:00:07.89 ID:gjrZS86Qo

────────────────────────────

サイ・コード・ファイナル。

それは、性質としては『ダークスター』が澪にしていた事と同じ。

別の生命体を糧として戦艦の力とする、ロストシップの中でも高位の存在のみに許された能力。

特にそれが最高位のものとなると、精神──魂だけではなく、物理的な肉体すらも己が力と出来る。

それが可能なのは、
封印戦闘艦(ソードブレイカー)・ヴォルフィードと、生体殲滅艦(ダークスター)・デュグラディグドゥのみ。
500 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/23(日) 22:02:45.47 ID:gjrZS86Qo
かつて『ヴォルフィード』は、ケインの祖母、アリシアでそれを行った。

まだ幼かったケインを守りたいと言う彼女自身の意志で。

その結果、アリシアは肉体そのものも『ヴォルフィード』の力となり、この世界から完全に消滅した。
501 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/23(日) 22:04:37.72 ID:gjrZS86Qo
時は流れ……この時代にやってくる前の戦いで、ケインはサイ・コード・ファイナルを使った。

やはり自分の意志で。

だが、彼は肉体も心も……何一つ消えはしなかった。

その結果撃沈寸前の戦艦『ソードブレイカー』を救い、
様々な回路を破壊されて一度は消滅したはずである、『ソードブレイカー』の意思にして魂・キャナルすら復元した。
502 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/23(日) 22:08:31.63 ID:gjrZS86Qo
今回、『ダークスター』は澪を使ってそれを行おうとした。

だが、彼女の存在そのものを喰らう前に、
澪の負の感情を最後の一滴まで搾り取ってやろうと欲をかいたのが仇となってタイミングを逃してしまう。

結局最後は、彼女の心と恵の想いに弾かれて叶わなかった。

そして今。

ケインは、再びサイ・コード・ファイナルを発動させた。
503 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/23(日) 22:10:57.25 ID:gjrZS86Qo

────────────────────────────

ダークスター『なぜだ!? なぜ貴様はサイ・コード・ファイナルを使っておきながら、自分の宿主(マスター)を喰らわない!』

そう叫ぶ『ダークスター』は、明らかに恐怖で混乱していた。

キャナル『私にとって人間は……
そして主人(マスター)は、餌でもなければ糧でもないからよ』

ダークスター『何だと……!?
アリシアを喰らったお前が何を言う!』
504 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/23(日) 22:12:59.77 ID:gjrZS86Qo
キャナル『……そうね。否定は出来ない。
あの時は仕方なかった……と言っても、言い訳にもならないでしょうから。
でもね、私はあんな事はしたくなかった。したくなかったの……』

──共に大切な思い出を作ってきた、大切な人を消したくはなかった。
けれど、あの時の未熟な私にはどうしようもなくて──
505 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/23(日) 22:16:15.92 ID:gjrZS86Qo
ダークスター『愚かな! 人間など我らの力となるだけの糧だ!
そのような者達がどうなろうと構わないではないか!』

キャナル『わかって貰おうとは思っていません。
元々私と貴方は、作られた理由が真逆なんだもの』

一方は、とある時代に宇宙で起こった、大きな戦争に勝利する為の虐殺兵器として。

かたやもう一方は、その兵器のあまりの威力に数を激減させた人類が、その悪夢とも言える虐殺兵器に対抗する最後の希望として。

殺す為に殺す力を授けられた戦艦と、救う為に殺す力を授けられた戦艦……
506 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/23(日) 22:20:58.63 ID:gjrZS86Qo
キャナル『でもね。
だからこそ私は。
今の私には、サイ・コード・ファイナルを貴方とは違う使い方が出来る!』

ダークスター『ぐ……っ!』

キャナル『貴方は人を……そして自分の力のすべてを、ただ奪う為だけにしか使えなかった。
けど』

ダークスター『ヴォル……』

キャナル『けど私は……
ううん。成長した今の私とケインは、与える為に。
与え合う為に使うの!』

──大切なものを守る為に。
未来を切り開く為に……!──

ダークスター『ヴォルフィードォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!』
507 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/23(日) 22:23:16.38 ID:gjrZS86Qo

────────────────────────────

光が止んだ。

恵「……!」

ようやく目を開く事が出来た時、恵は感じた。

船に……『ソードブレイカー』に、力が満ち溢れている。

特に何か見た目が変わった訳ではない。船体など、物理的なものは相変わらずガタガタだろう。

だが、わかったのだ。
508 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/23(日) 22:28:05.65 ID:gjrZS86Qo
キャナル「全エネルギー90%、運動性85%、リープ・レールガンの残弾数七発まで回復!
サイ・バリア及びプラズマ・ブラスト、使用可能になりました!」

ケイン「おっしゃあ!」

コクピットに、キャナルとケインの歓声が響く。

キャナル(──アリシア、見てる?
ケインは強くなったよ)

かつて彼は、恐怖に呑まれそうになった事がある。憎悪に負けて破滅しそうになった事もある。
509 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/23(日) 22:29:49.12 ID:gjrZS86Qo
──辛い横顔も、見てきたわ──

それでも生き抜いて、乗り越えて。ケインは真の強さを身に付けた。

悠久に近い時の中で、発動させた誰もが呑まれ・喰われてきた、サイ・コード・ファイナルすら使いこなすほどに。
510 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/23(日) 22:31:52.18 ID:gjrZS86Qo
キャナル(そして、この時代に来てケインは更に成長した)

今の彼は、過去の誰よりも・どの時よりも頼もしい。

ケインが発し、『ソードブレイカー』に充満して力となったエネルギーも、前回と比べてすら圧倒的な激しさの純度と密度だ。

恵や澪と関わり、彼女達の心や強さに触れ。キャナルのマスターは更に進化した。
511 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/23(日) 22:35:13.22 ID:gjrZS86Qo
前回の『ダークスター』との決戦では、生きて『帰る』と言う目的はまだ果たせていない。

キャナル(でも)

ケイン(今こそそれを果たす!)

そしてその瞬間こそが、ケインが今も憧れ・尊敬し続けるアリシアを真の意味で超える時なのだ。
512 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/23(日) 22:39:53.62 ID:gjrZS86Qo
ケイン「一気にカタをつけるぜ! 最大船速だっ!」

キャナル「はい、マスター」


ギュンッ!


恵「!」

違う。さっきまでとは明らかに。

ディスプレイに映る敵の動きが、酷く緩慢に見える。

『ダークスター』の性能が落ちたと言う訳ではないのに。
513 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/23(日) 22:41:53.18 ID:gjrZS86Qo
ダークスター『グォォォォォォォォォ!』


ヴァヴァヴァヴァヴァヴァヴァヴァヴァヴァヴァヴァッッッ!!!!!


ケイン「遅え!」

『ダークスター』の豪雨のようなサイ・ブラスターの連射を、ケインは間を縫うように避けて行く。

もちろんこんなもの、半壊して船体が小さくなっているとは言え、戦艦の動きではない。
514 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/23(日) 22:44:08.41 ID:gjrZS86Qo
ダークスター『馬鹿な!』

ケイン「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」

ダークスター『な、ならば!』

そのまま突進してくる『ソードブレイカー』に、『ダークスター』は変わらずサイ・ブラスターの連射を……

──いや!

ケイン「!」
515 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/23(日) 22:46:23.26 ID:gjrZS86Qo
ケインは慌てて進路を変えた。

ダークスター『何だとっ!?』


ガクンッ!


恵「っぐぅっ!」

ほとんど直角の方向転換の為、さすがに今回ばかりは慣性中和システムも働かず、
激しいプレッシャーが『ソードブレイカー』を襲う。

恵がバランスを崩すが、全力で椅子を掴み、すんでの所で倒れる事は免れた。


ドォォォンッ!

ヴヴヴヴヴヴヴヴ!!!


サイ・ブラスターの海の中に、別の兵器の玉が混じっていた。
516 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/23(日) 22:48:41.49 ID:gjrZS86Qo
リープ・レールガン。

着弾した場所の、半径50メートルの空間を転移させるロストシップ必殺兵器の一つ。

その範囲内にある物すべてを問答無用で別の空間へ転移させるそれは、
その特性故にどんなバリアも通用せず、避ける以外に対処法はない。

ケインがあのまま突進を続けていたら、
今のリープ・レールガンの攻撃に巻き込まれて船体をえぐられ、撃沈させられていただろう。

恐らく、今の状態の『ダークスター』が使える中では、これが最強の武器。
517 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/23(日) 22:52:04.06 ID:gjrZS86Qo
ケイン「サイ・ブラスターを目くらましにしてとは、面白いじゃねえか!」

ダークスター『おのれ、おのれっ、おのれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!』

『ダークスター』はなおもリープ・レールガンを含めた攻撃を仕掛けて来るが、焦りからか狙いが甘い。

もはや、『ソードブレイカー』には危ない場面もなかった。
518 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/23(日) 22:54:57.51 ID:gjrZS86Qo
ダークスター『ヴォルフィードッッ!
ケイン=ブルーリバーッッッ!!』

やがて玉が尽きたのか、『ダークスター』の攻撃からリープ・レールガンは無くなった。

ケイン「いけっ!」


ドウンッ! ヴァヴァヴァッ! ドウンッ!


隙を付き、逆にケインがサイ・ブラスター数発と、リープ・レールガンを時間差で二発撃ち込んだ。
519 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/23(日) 23:00:57.28 ID:gjrZS86Qo
最初に、リープ・レールガンの一発が『ダークスター』へ。

ダークスター『ぐっ……!』

それは難なくかわす『ダークスター』。

続けて、その回避方向を予想してのサイ・ブラスターが到着する。

直撃コースだ。
520 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/23(日) 23:03:37.11 ID:gjrZS86Qo
ダークスター『おのれっ!』


ブウンッ!

バシィッッ!!!


これは、ロストシップが誇る円形の鉄壁の盾、サイ・バリアで防ぐ。

そこへ……


ドォォォンッ!

ヴヴヴヴヴヴヴヴ!!!


ダークスター『ぐぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!?』
521 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/23(日) 23:06:32.52 ID:gjrZS86Qo
間髪入れずに二発目のリープ・レールガンが直撃し、サイ・バリアごと『ダークスター』の居る空間を転移する!

ケイン「おぉぉぉぉぉぉっ!」

そして船体のほとんどをえぐり取られ、もがく『ダークスター』との距離を詰め、

キャナル「射程距離内に入りました!」

キャナルの声が船内にこだまする!
522 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/23(日) 23:08:28.61 ID:gjrZS86Qo
ケイン「キャナルっ! ブーストチップ射出!」

キャナル「ブーストチップ射出!」

『ソードブレイカー』から猛スピードで六基のチップが射出され、周りに正六角形の位置で動きを止める。

ケイン「サイ・バリア展開!」

キャナル「はいっ!」

そのまま展開したバリアが触れた瞬間、ブーストチップが青白い輝きを放つ。
523 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/23(日) 23:13:21.02 ID:gjrZS86Qo
ケイン「とどめだ!」


ゴゴゴゴゴゴゴゴゴッッッ!!!


ダークスター『!!!』

ケイン「プラズマ・ブラスト、発射ッッッ!!!!!」

サイ・バリアから十を超えるプラズマの腕が伸び、蒼く輝く光の柱が放たれた!
524 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/23(日) 23:14:26.92 ID:gjrZS86Qo
挿し絵。
http://myup.jp/BKrpq2bm
525 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/23(日) 23:17:19.97 ID:gjrZS86Qo
ダークスター『うぉぉぉっ!?』

光の柱が『闇』を呑み込む!


ズドォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォンッッッッ!!!!!


それは、『ソードブレイカー』最強の一撃。

ダークスター『ヴォルフィードォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ……』

キャナル以外には聞こえないはずのその断末魔は、確かにケインと恵の耳にも届いていた。
526 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/23(日) 23:20:05.87 ID:gjrZS86Qo

────────────────────────────

『ダークスター』は気付いていたのだろうか。

サイ・コード・ファイナルを発動させた『ソードブレイカー』の力に恐怖した『ダークスター』は、
それまで温存していたリープ・レールガンの連射をし始めた。

しかし初撃こそ良かったものの、それをかわされてより焦りを募らせた後は、
ほとんど一発狙いで無駄撃ちとしか言えない使い方しかしなかった。
527 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/23(日) 23:23:53.40 ID:gjrZS86Qo
それをせず、冷静に狙ってさえいればもっと逆転のチャンスはあったのだ。

性能は回復しても船体は半壊したままだった『ソードブレイカー』には、
バリア無効の上に破壊力のあるリープ・レールガンを、一度でも直撃させられていれば勝てていたはずなのだから。

『ダークスター』は『ソードブレイカー』の力を恐れるあまり、わずかな逆転の芽を自身で摘んでしまったのである。
528 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/23(日) 23:27:56.23 ID:gjrZS86Qo
……いや、更にその前。

完璧だと思っていた自分の束縛から抜け出した、澪の……人間の未知の強さに怯え、焦りを覚えなければ。

恵が、憑依された澪にいくら呼びかけても効果が無い事に絶望するか、
そもそも『ダークスター』内部に侵入した時に恐怖に呑まれていれば。

より多くの負を喰らう為に少々欲をかいてしまったとは言っても、とっくに決着はついていたのだ。
529 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/23(日) 23:30:02.16 ID:gjrZS86Qo
気付いていたのだろうか。

『ダークスター』は、己が糧としている恐怖などの負の感情に……

そして、それに打ち勝った人間達に敗れたのだと。
530 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/23(日) 23:33:30.14 ID:gjrZS86Qo

────────────────────────────

恵「終わった……んですか?」

プラズマ・ブラストの光も『ダークスター』の姿も完全に消えた後、恵が呟くように言った。

ケイン「ああ。終わった」

それで緊張の糸が解けたのか、ケインがシートに浅く座り直し、体を脱力させる。
531 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/23(日) 23:36:01.70 ID:gjrZS86Qo
恵「よ……よかった……」

ケイン「さて、今地球は何時だ? まだ日は回ってないよな?」

キャナル「そうね。そんなに遅くはないわ」

ケイン「まず恵達を地球に送っていかなきゃならねぇが……」

キャナル「門限とかはあるのかしら?」

と、二人は恵を見る。
532 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/23(日) 23:37:09.10 ID:gjrZS86Qo
恵「あ、いえ。特に無いです」

しかし、激闘が終わったばかりだと言うのに、すぐに次の事を考え始めるのはさすがである。

恵(こう言うのを百戦錬磨って言うんでしょうね……)

正直、恵はこのままこの場に倒れ込んでしまいたかった。
533 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/23(日) 23:42:04.84 ID:gjrZS86Qo
ケイン「あと、オレ達の世界に帰る方法がわかったって言ってたな。
それは?」

キャナル「簡単に言うと、前回の私達と『ダークスター』との戦闘の余波が変な風になって、時空が歪んだのね」

そのエネルギーの大きさもあるけれど、
それよりも何よりも、『ソードブレイカー』と『ダークスター』が全力でぶつかったから──
キャナルが言った。

最高位のロストシップ同士の激突が、不可思議な奇跡を作り出したのだった。
534 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/23(日) 23:47:05.33 ID:gjrZS86Qo
ケイン「じゃあ、それと似た状況の今なら帰れるって事か?
いや、その余波が残っている今の間に即ワープ? しないとオレ達は帰れなくなるのか?」

キャナル「いえ、その原理も解析済みよ。
このまま即帰るのも可能だし、その力の余波は今回収してるから、
それが必要量に達したらどの場所からでも私達の時代へ帰還出来るわ」

ケイン「なるほどな。回収し終えたら、未来へのワープ機能を持ち運べるって訳だ」

キャナル「そうね。自分だけでは作成出来ないものだから、使い捨てのエネルギーだけど」
535 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/23(日) 23:54:43.73 ID:gjrZS86Qo
ケイン「それを終えるまでの時間は?」

キャナル「……ちょっとかかりそうね。
明日の朝位までかしら。
最高速で恵ちゃん達を送り届けて、最高速でここに戻ってきてから力の回収作業を再開する、って事も一応出来るけど……」

ケイン「…………
そうか。
恵、どうする? このまますぐ帰りたいって言うなら送る。
だがよかったら一晩ここに泊まらねえか?
正直オレはしんどい」

その視線を見るに、完全に恵に決断を任せているようだ。
536 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/23(日) 23:57:20.52 ID:gjrZS86Qo
恵(……帰るのが明日になったら、確実に怒られるわね……
澪たんには門限があるかもしれないし……)

しかし、恵は言った。

恵「いえ、泊まらせて下さい。私もクタクタなので、眠りたいです」

ケイン「……だな。
よし、一つだけだが使える部屋がある。
ってまあ、オレが眠る為にザッと修理しただけの場所だから、部屋と呼んで良いかわからねえレベルの空間だが……
寝るだけなら問題は無いはずだ。
澪と一緒にそこへ行ってくれ」

恵「ケインさんは……?」
537 : ◆LeM7Ja3gH2ba [sage]:2012/12/24(月) 00:00:04.11 ID:E3oZp05bo
ケイン「オレはここで良い。つーかここが良い。
さすがにお前らと一緒に寝る気にはなれねえし、お前らを廊下やこんな所で寝かせたら落ち着かねえ」

それは多分に本心も含まれているのだろうが、それ以上に彼の気遣いが見て取れ、恵はほほ笑む。

彼女は、その気遣いをありがたく受け取る事にした。

恵「わかりました。ありがとうございます」

立ち上がって深々と頭を下げると、恵は澪の前へ行く。
538 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/24(月) 00:04:07.28 ID:E3oZp05bo
ケイン「っと、さすがにもうキツいだろ。
今回はオレが運ぼうか?」

恵「いえ、大丈夫です。
私にやらせて下さい」

ケイン「……わかった」

穏やかながらも強い意思の瞳を向けられ、ケインは頷いた。
539 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/24(月) 00:06:14.98 ID:E3oZp05bo
ケイン「じゃあキャナル、すまないが二人を案内してやってくれ」

キャナル「OK」

ケイン「あと例によってボロボロだし、ロクな物はねえが……
シャワーは使えるし、食べ物もちょっとはある。必要なら言ってくれ」

恵「はい。
……あの、ケインさん」

ケイン「ん?」
540 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/24(月) 00:09:38.75 ID:E3oZp05bo
恵「目が覚めたら、ちょっとだけで良いので宇宙をまわって貰えませんか?
澪たんと……彼女と見たいんです」

──その為だったら、後でいくらでも私が怒られれば良いわ──

ケイン「ああ、わかった」

恵「ありがとうございます」

恵はもう一度頭を下げると、澪を抱えてキャナルと共にコクピットから出て行った。
541 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/24(月) 00:11:09.86 ID:E3oZp05bo
ケイン「…………」

それを確認すると、ケインはシートの上で再び脱力する。

ケイン「……なあ」

そして、ぽつりと声をかけた。


キャナル『はい?』


どこからか聞こえて来るキャナルの声。

立体映像のキャナルは恵を案内中だが、
『ソードブレイカー』内なら、こうして更に別の場所で他の人物と会話する事も可能だ。
542 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/24(月) 00:13:43.34 ID:E3oZp05bo
ケイン「力の余波の回収とやらに、本当にそんな時間がかかるのか?」


キャナル『いえ。もう終わりそうよ』


返ってきたのは即答だった。

ケイン「やっぱりな」


キャナル『ふふっ。でも、貴方だって同じ事考えてたんでしょ?』


ケイン「まあな」

あれだけ絆の深い二人だ。こんな事件の後だからこそ、誰にも邪魔されない場所でゆっくりして欲しかった。

もちろんただのお節介になってはいけないので、すぐに地球へ帰る道も示したが。
543 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/24(月) 00:16:28.96 ID:E3oZp05bo
ケイン「誰も犠牲が出なくて良かったな。
あいつら……良かったな」


キャナル『ええ、本当に……
お疲れ様、ケイン』


ケイン「……お前も、な」

そうぽつりと言い残し、ケインは深い眠りに落ちて行った。


キャナル『……さすがは私のマスター様』


そんな彼に精一杯の労いと信頼を込めて、キャナルは言った。

──お休みなさい──
544 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/24(月) 00:18:38.86 ID:E3oZp05bo

────────────────────────────

恵「ふう……」

殺風景のボロボロの部屋。それでも一つだけある毛布の上に澪を寝かせ、恵は大きく息を吐いた。

恵「疲れた……
でも良かった」

恵は、澪の頭を愛おしげに撫でる。
545 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/24(月) 00:20:51.99 ID:E3oZp05bo
振り返れば、よくこんな最高の結末になったと思う。

何度も逃げ出そうと思った。

でも。

恵「逃げなくてよかった……」

恵の瞳から安堵の涙が一粒零れ、澪の頬に落ちた。
546 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/24(月) 00:22:52.00 ID:E3oZp05bo
澪「……ん……?」

恵「あっ!」

澪「ここは……?
……そっか、私……」

恵「ごめんね澪たん、起こしちゃったかしら……?」

澪「いえ、そんな事はないです」

体をゆっくりと起こしながら、澪は首を振る。
547 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/24(月) 00:25:25.12 ID:E3oZp05bo
澪「私……覚えてます。
あの怖い場所から、恵先輩が私を助け出してくれたのを」

恵「えっ?」

澪「それにその後、ケインさんとキャナルさんが真っ黒な怖いのと戦ってて、先輩は側で私を守ってくれてたのを……
夢の中で、ずっと見てました」

と、澪は天使のように美しい笑顔を浮かべた。

澪「本当に、ありがとうございました」

恵「そんな……私、何もしてないわ」
548 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/24(月) 00:28:21.53 ID:E3oZp05bo
澪「そんな事はないです。
先輩は私の側に来てくれました。居てくれました。
それがどれだけ嬉しかったか。心強かったか……」

恵「澪、たん……」

今度こそ、恵は泣いた。

もちろんそれは、歓喜の涙で。


ぎゅっ。


そんな恵を、澪が優しく抱き締める。
549 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/24(月) 00:30:05.05 ID:E3oZp05bo
恵「あ……」

そして、そのまま甘い口づけを交わす。

恵「ん……」

唇を離した時、澪の顔は真っ赤になっていた。

恵(澪たん……恥ずかしがり屋なのに、勇気を出して……)


『私は、この人が愛しい、愛しい、愛しい』


溢れる想いは、二人同じだった。
550 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/24(月) 00:35:19.93 ID:E3oZp05bo
澪「先輩……だいすき。
愛してます」

恵「私も……」

──今の私に出来る事──

恵「愛してる」


すっ……


そう、二人はたどり着いたのだ。
551 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/24(月) 00:39:30.39 ID:E3oZp05bo

────────────────────────────

朝露滴る海辺。

昨日三人で宇宙へと飛び立ったあの場所に、今は四人で立っていた。

あれから明け方まで眠り、少しだけ宇宙をまわって皆で楽しんだ後の事である。

本当はもう少しゆっくりしたかったが、誰にも何の連絡もしていない恵と澪としてはあまり遅くなる訳にもいかなかった。
552 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/24(月) 00:43:06.01 ID:E3oZp05bo
恵「うーっ、寒いわね!」ガタガタ

澪「は、はい……」プルプル

ケイン「オレは平気だ! なんたってマントがあるからな!
お前達もどうだ!? マント! 永遠のトレンドだぜっ!」

恵・澪『いりません』

ケイン「なんでだぁっ!」

キャナル「はいはい、コントはそこまで」

両掌を『ぽんぽんっ』と叩きながら、キャナルが割って入る。
553 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/24(月) 00:47:36.17 ID:E3oZp05bo
ケイン「コントじゃねえ!」

キャナル「でも、本当にここで良いの?」

恵「はい。
もう少し、彼女とお散歩して帰りたいから……」

澪「…………///」

ケイン「良いね良いねっ!
こいつぁやっぱり良いものだっ!」

キャナル「今の私にはわかるわ。
胸が暖かくなる感覚がっ♪」

仲良くする恵と澪を見て、ヘヴン状態になるケインとキャナル。
554 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/24(月) 00:49:35.89 ID:E3oZp05bo
恵「──ともあれ、重ね重ねありがとうございました」

澪「あ、ありがとうございましたっ!」

ケイン「あー、それはもう良いって。
それよりこっちこそサンキューな。
色々学ばせて貰ったよ」

キャナル「私からもお礼を言わせて頂きます」

恵「それこそもう良いですよ」

澪「は、はいっ!」

ケイン・キャナル・恵・澪『…………』
555 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/24(月) 00:51:47.46 ID:E3oZp05bo
ケイン「……へへっ!」

恵「ふふっ!」

キャナル「あははっ!」

澪「ふふふふっ!」

お互いに同じようなやり取りをした事がおかしくて、四人は笑い合った。
556 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/24(月) 00:54:14.66 ID:E3oZp05bo
ケイン「──じゃあ、オレ達はそろそろ行くわ」

そして、ケインが言った。

恵「そう、ですか……」

澪「あっ、あの……また会えますか!?」

キャナル「それは……無理ね。
残念だけど……」

ケイン「……もう『ダークスター』は居ねえからな」

澪「そう……ですか……」
557 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/24(月) 00:56:39.11 ID:E3oZp05bo
ケイン「だが、オレはこの世界での事を──
恵と澪の事を忘れたりしねえ」

キャナル「私もよ」


スッ……


恵「私達も──」

澪「忘れません」

二人が差し出した手を、恵と澪はきつく握った。
558 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/24(月) 01:00:29.20 ID:E3oZp05bo

────────────────────────────

『ソードブレイカー』が行く。彼らが居るべき場所へと、帰って行く。

やはりステルスをしている為、飛び立つその戦艦の姿はもはや見えない。

それでも、恵と澪はしばらくの間空を見つめ続けていた。

朝日煌めく海辺で、お互いに寄り添い合いながら。
559 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/24(月) 01:03:27.65 ID:E3oZp05bo

────────────────────────────

恵「……じゃあ、帰りましょうか」

やがて、恵が歩き出した。澪の手を引いて。

澪「はい」

嬉しそうに澪が続く。

しかし、彼女は少しだけ顔を曇らせる。

澪「でも、ママ……お母さんとお父さん、怒ってるだろうなぁ……」

わずかに震えているのは、寒さのせいだけではないだろう。
560 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/24(月) 01:07:19.82 ID:E3oZp05bo
恵「大丈夫よ。ゆうべも言ったように、私がかわりに怒られてあげるから」

澪「そっ……!///
そんなの悪いですよ……///」

恵「……!///
ちょ、ちょっと、顔赤くしないでよっ///」

ゆうべの『何か』を思い出したのか、二人共立ち止まって顔を真っ赤にする。

澪「と、とにかく駄目ですっ」

恵「……わかったわ。
じゃあ、二人一緒に怒られましょ?
それなら良いわよね」

澪「はい。そうですね」
561 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/24(月) 01:10:12.69 ID:E3oZp05bo
挿し絵。
http://myup.jp/LDpXyfKq
562 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/24(月) 01:12:26.72 ID:E3oZp05bo
……………………

…………

ケインとキャナルに続き、恵と澪も帰る。

彼女達が居るべき場所へ。

嫌な事もあるけれど、それ以上に楽しくて、ありがたくも愛しい日常へと。

ただ、その日常にも一つだけ大きく変わった事がある。

それは……
563 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/24(月) 01:14:07.50 ID:E3oZp05bo
……………………

…………

恵「……澪たん」

澪「はい」

恵「これから、よろしくね」

澪「はいっ!
恵さん……」
564 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/24(月) 01:16:28.46 ID:E3oZp05bo
……………………

…………

恵の隣には澪が。

澪の隣には恵が居る事。

永遠に、ずっと。



完。
565 : ◆LeM7Ja3gH2ba [saga]:2012/12/24(月) 01:18:19.47 ID:E3oZp05bo
以上で完結です。
レスをくれた方々、ROMしてくれた方々、本当に本当にありがとうございましたー!

確かにいっぺんに投下しすぎたかもですね。
とりあえず適度に置いておいてから、折を見て今年中にHTML化依頼出します〜。

それでは、またどこかでお会い出来ましたらよろしくお願いします。

けいおん! もロスト☆ユニバースも最高の作品だーっ!!!
566 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/12/24(月) 01:19:36.89 ID:IDg80wn80
乙。
やっぱり日常パートでのロスト組と他のけいおん勢との絡みは欲しかったな。
567 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/12/25(火) 23:56:57.61 ID:CGOZa0aSo
ロスト・ユニバースといいセイバーマリオネットといいスレイヤーズといい
あの頃のファンタジーアニメのおかげで今の自分があるからなー。

何にせよおつおつでしたー
568 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/12/26(水) 00:48:04.70 ID:ZF4Tg5Xi0
乙乙
ロストユニバースは知らないけど楽しめた
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