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五郎「八十稲羽か……いかにも田舎だな」 - SS速報VIP 過去ログ倉庫

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1 : ◆ynV98nmqxA [saga]:2013/01/05(土) 03:47:19.36 ID:rtdePnSZ0
第一話≪山梨県八十稲羽市八十稲羽商店街のスペシャル肉丼≫



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君が望む永遠〜Latest Edition〜 @ 2024/04/24(水) 00:17:25.03 ID:IOyaeVgN0
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笑えるな 君のせいだ @ 2024/04/23(火) 19:59:42.67 ID:pUs63Qd+0
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【GANTZ】俺「安価で星人達と戦う」part10 @ 2024/04/23(火) 17:32:44.44 ID:ScfdjHEC0
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ハルヒ「綱島アンカー」梓「2号線」【コンマ判定新鉄・関東】 @ 2024/04/22(月) 06:56:06.00 ID:hV886QI5O
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2 : ◆ynV98nmqxA [saga]:2013/01/05(土) 04:01:50.63 ID:rtdePnSZ0
五郎(今日はいつものように雑貨の搬入……なのだが、珍しく俺は片田舎のど真ん中にいた。
   お客さんは昔からの縁でよろしくやっていた婦人さん。
   わざわざこんな田舎に引っ越したのだそうだ)

五郎(都会とは違う田舎の澄んだ空気と温泉を求めて来たそうだが……お金持ちの考えはよくわからん。
   まぁ、おかげでその婦人の新邸宅の家具搬入でひと儲けできたのがうれしい……というのは、
   商売人としての建前である)

五郎(しかし……八十稲羽か。いかにも田舎だな。
   こっちの方にはまったく足を踏み入れたことがないので、なんとなくだが散策してみることにしよう。
   気分で言うなら、小学生の遠足か?)

バタンッ

五郎(ただ単に、都会とは違うこのさびれた田舎の静けさを味わってみたかっただけかもしれない。
   疲れているのだろうか?
   ……ん? 商店街か。とはいっても、シャッターが目立って、開店してるお店にも人が少ない。
   それもそうか。すぐ近くにジュネスなんて店ができたらな。
   この商店街も例外になることなく、ゆっくりと衰退していって、なくなってしまうのだろう)

五郎(……しかし、自分の足で歩きながら考えると、本当にあの事件はすごかったんだな。
   山野アナが殺されたことから始まった『連続失踪殺人事件』。
   ニュースなんてあまり見ないし、覚えない俺でさえかなり鮮烈に覚えている。
   しかも真犯人が地元の警察だったんだから……世の中も廃れてるねぇ)

五郎「……もう昼か」

五郎(仕事も終えて、ちょっと散歩している中での空腹……ランチにはおあつらえ向きじゃないか。
   たばこが切れたから自動販売機を探していたが、切り替えて食事する店を探すことにしよう。
   ……飲食店全部が閉店、なんてオチは考えたくないな)
3 : ◆ynV98nmqxA [saga]:2013/01/05(土) 04:24:41.06 ID:rtdePnSZ0
五郎(……けど、この商店街に飲食店があるか、少しだけ不安になってきた。
   思ったよりシャッターの数が多い。中には看板の文字がかすれていまいちわからないのもある。
   都会に住むと、こういった一面なんて見れないから、不謹慎ながらも新鮮だ)

五郎(駅の方に戻って、そこなら店も……いや、車でも幾分か時間がかかってしまうし、
   何より気分の問題だ。空腹だということを自覚してしまったせいでさらに空腹が加速している。
   正直、近場で済ませてさっさと家に帰るかたばこで一服したい。
   どこか――)

「あぁンっ!? 女のやろっこのくせにいきがんじゃねぇぞぉ!!」

「そう思いたければどうぞ! けど、あたしの目の黒いうちは絶対にカツアゲなんかさせないんだから!」

五郎(この声は……男の子と、女の子? カツアゲとはおだやかじゃないな。
   それにお互い一歩も退くことなさそうだ……こればかりは無視できんな)

コツコツコツ

五郎(こっちの通りだったはずだが……)

不良「るっせぇ! こっちはせっかくのカモ逃がされてイライラしてんだよ!
   てめぇが代わりに金だせやっ!」

千枝「出さないわよ! こっちもあまり荒事はしたくないから、今日は帰りなさい!
   君たちまだ中学生でしょ?」

不良2「っせぇ! 年上だからっていきがんじゃねぇぞごるぁ!
   女がぴーちくぱーちく文句たれんなやぁ!」

千枝「あーもう! これじゃ埒があかないよ!」

五郎(これはまた、現代風なのか古臭いのか分かりづらい不良だな。
   田舎の男の子はみんなああなのか?
   あっちは二人組……けど、中学生だし、俺が前に出るだけでなんとかなるだろう)

五郎「君たち、何をしているんだ?」

不良「ああンっ!?」

千枝「えっ! あ、えっと……」
4 : ◆ynV98nmqxA [saga]:2013/01/05(土) 04:34:55.32 ID:rtdePnSZ0
五郎「話を聞いたが、とにかく人が通る場所で口論はいかんな。ここは――」

不良2「っるっせぇぞおっさん! 俺達に指図すんじゃねぇぞぉ!!」

不良「おおぉンっ! かっとばすぞ! おっさんかっ飛ばすぞ!」

五郎(うぅん……意外と気性が荒いな。どうやら俺が出たことで相手はヒートアップしてしまったらしい。
   それに……おっさん、か。俺もそんあ歳なんだなぁ。
   この子たちのころは道場で間接痛めながらしごかれたものだが……。
   しかしなんだ、この子たちは『るっせぇ』という言葉しか知らんのか?)

千枝「お、おじさん! ダメ! この子たちおやじ狩りの常習犯で、この前もけが人出してるの!」

不良「俺達の武勇伝だぜ! おっさんもあいつらの仲間になりてぇのか! あぁん!?」

不良2「女もおっさんも、無駄にいきがんじゃねぇぞごらっ!」

五郎(ボキャブラリーがないなぁ。国語の成績が悪いと見える。
   ……いや、俺も似たようなものだったか? 昔のことはいまいち思い出せん)

千枝「おじさん! 今ならまだ……逃げて!」

不良「言うのがおせぇぞアマぁ!」

不良2「うらぁっ!!」

五郎(しかし、俺はそもそもなんでこんな時間から若い者のいざこざに突っ込んだんだ?
   最初は止めに来たはずなのだが……いかん、空腹の時はいまいち感情的になってしまう。
   ……腹が減った)
5 : ◆ynV98nmqxA [saga]:2013/01/05(土) 04:42:03.88 ID:rtdePnSZ0
パシィッ! サッ

グググッ……

不良2「ってててててて!?」

五郎「一応正当防衛ってことでよろしく」

不良「なっ!?」

千枝「関節技! それもアームロック!」

五郎「君が金輪際暴れないことを誓うなら離す。誓えない場合はこのまま交番まで届ける次第だが……
   いや、個人的には折ってもかまわん」

ググッ!

不良2「ぎゃひぃぃ!? わわ、わかりましたぁ!? もう家に帰りますぅ!?」

五郎「よし」

パッ

不良2「はぁ……はぁ……くっそぉ! なんなんだよこのおっさん!」

タッタッタ

不良「ちょっ!? お、お前逃げんなやぁ!」

五郎「君はどうする? 俺はあまり疲れることは控えたいところだが」

不良「ぐっ!? こ、こんなところで逃げたらダチに笑われちまうんだよ!! 
   誰がおっさんなんか! っしゃおらああ!!」
6 : ◆ynV98nmqxA [saga]:2013/01/05(土) 04:49:18.25 ID:rtdePnSZ0
千枝「脚!? しかもその動きって……キックボクシング!」

不良「兄貴仕込みの技なめんじゃねぇぞ! 肋骨折られてぇかごらぁ!! うぉらぁあ!!」

ブンッ!!

パシィッ!! ササッ

グググッ!

不良「あがががが!?」

千枝「今度はレッグロック! しかも……慣れてる!」

五郎「キックボクシングにしては軽い脚だったな。それに、肋骨を折るのはもう勘弁だ」

ググッ……!

不良「脚が脚が!? あああああ!?」

五郎「う〜ん……いっそのこと、本当に警察に連れて行った方が手っ取り早いかもしれん。
   もうこんなことしないか?」

不良「ひぃぃ!? ご、ごめんなさいごめんなさい! もうしましぇん!?」

五郎「行ってよし」

パッ

不良「ひ、ひぃぃぃ!? ままぁぁぁぁぁ!?」

タッタッタッタ……

五郎「……母さんっ子か?」
7 : ◆ynV98nmqxA [saga]:2013/01/05(土) 04:58:06.65 ID:rtdePnSZ0
千枝「あ、あの……」

五郎「ん? ああ、君、大丈夫だったかい?」

千枝「はっ、はい! おかげさまで。その……ありがとうございました!!」

五郎「あまり自分から火に突っ込まない方がいい。それじゃ」

千枝「あっ……」

五郎「む?」

千枝「あ、その……あなたには感謝を言ってもいいつくせません! 何かお礼させてください!」

五郎「……困ったな。それほどのことではないし」

千枝「けど、それはなんというか、あたしのポリシーに反します! ご迷惑なら諦めますけど……」

五郎「う〜ん……」

五郎(お礼とはいっても……そういえば、この子も多分現地人だよな。
   それも多分高校生の)

五郎「……じゃあ、一ついいかな?」
8 : ◆ynV98nmqxA [saga]:2013/01/05(土) 05:08:15.99 ID:rtdePnSZ0
――


千枝「あの〜、本当にこんなんでよかったんですか?」

五郎「ああ、今の俺にはすごくありがたい」

千枝「けど、食事ができる店まで案内してほしいだなんて、よっぽどお腹空いてたんですね、おじさん」

五郎(……このおじさん呼びに違和感を感じるな。訂正させるか?
   いや、面倒だからいいか)

千枝「あっ、そこですよそこ! 着きました!」

五郎(おっ、この鼻腔をくすぐる香りは――)

五郎「中華料理か」

千枝「ええ! あたし一押しの隠れた名店です!」

五郎(店名は『愛屋』か……うん。空腹の俺にこのにおいはかなり効くな。
   これは食い過ぎてしまいそうだ)

千枝「えっと……あたしも一緒して構いませんか?」

五郎「おじさんに付き合っても退屈なだけだと思うが……」

千枝「あ、あはは〜。おはずかしながら、あたしも空腹の限界を迎えておりまして。
   それにここまで来ちゃったし……」

五郎「……まぁ、構わないよ」

千枝「あざーっす! それじゃ、早く入りましょうよ〜!」

五郎「お、おう」

五郎(顔が一気に潤ったし、テンションも上がったな……これがこの子の本来の姿って感じかな。
   ……そういえば、名前聞いてないな。名前を聞くのもナンパのウチなのだろうか?)
9 : ◆ynV98nmqxA [saga]:2013/01/05(土) 05:28:26.45 ID:rtdePnSZ0
ガララッ

千枝「ちわーっす! 今日も来ちゃいましたー!」

あいか「おっ、いらっしゃい。今日で連続記録更新」

千枝「えっ、ほんと! やっりぃ!」

五郎(どうやら常連客のようだな……連続?
   最近の女子高生は元気だな)

あいか「そっちの男の人は?」

千枝「この人が食事できる店を探してて、あたしが案内したんだ」

五郎「外から来たものだから、ここの地理はさっぱりでね」

あいか「おお、これはわざわざ。いらっしゃい、テーブル席へ、どぞ」

千枝「どもども〜」

五郎「邪魔するよ」

五郎(うん、この広いか狭いかわからない店内。あぶらぎって歩くたびに音を立てる床。
   充満する豆板醤の香り……東京の裏通りにある中華料理店を切り取ったみたいだ)

五郎「よっしょと」

あいか「お冷、どぞ」

千枝「あっ、メニュー表持ってきてくれないかな?」

あいか「合点」

五郎(……どうも不思議な感じだな。あのシャッター通りにある店だとは思えない。
   本当に都会の裏通りの店に来たみたいだ。
   特に、この時間帯に人が妙に少ない感じもなんとも)
10 : ◆ynV98nmqxA [saga]:2013/01/05(土) 05:43:59.72 ID:rtdePnSZ0
あいか「あいよ」

五郎「あ、どうも」

あいか「ごゆっくり」

タッタッタ

千枝「……あっ!」

五郎「ど、どうした?」

千枝「そういえば、あたし名前教えてないじゃん!」

五郎「そうだね」

千枝「えっとですね、里中千枝です! 一応、生まれも育ちもこの町です! すぐ近くの高校に通ってます。
   ごめんなさい、恩人さんなのに」

五郎「何、気にしないさ。……井之頭五郎だ。こっちには仕事でね。日帰りで来た。
   あんなことに巻き込まれるとは思ってなかったけどね」

千枝「そうですよね〜、あたしもですし」

五郎「まぁ、お互い面倒事に巻き込まれた仲間ということで」

千枝「あはは〜」

五郎「……」

千枝「……」

五郎(……しまったな。よく考えれば、相手は華の女子高生。この状況、まるで俺がナンパしたみたいじゃないか。
   いや、それは今更なのだが……どうしよう、今の高校生に合わせて話題を提供するなんて俺には無理だぞ。
   おかげで、里中さんも『やばい、話が続かない』って顔してるし。
   恩を売っちゃったのが、また彼女を焦らせている要因なのかもしれない。
   さて、何か共通の話題が……ああ、あるじゃないか)
   
11 : ◆ynV98nmqxA [saga]:2013/01/05(土) 06:22:13.45 ID:rtdePnSZ0
五郎「ちょっといいかい?」

千枝「はいっ!」

五郎「おおう、こりゃまた元気だな……君って多分この店の常連客?」

千枝「ええ、放課後とかによく来たりします」

五郎「ここのオススメを教えてくれないかい? 今日は君のオススメに任せたい」

千枝「え? オススメですかぁ……ここの名物って言ったら、やっぱり肉丼ですよ! 肉丼!」

五郎「肉丼か」

千枝「ええ。お値段もリーズナブル! しかもボリューミーで何より美味しい!
   ここの店に来る学生は大半肉丼目当てと言っても過言じゃない! って感じです」

五郎「肉か……」

五郎(少し体を動かして空腹が限界に近いし、それもいいかもしれんな。
   それがボリューミーだというなら……)

五郎「じゃあ、それの大盛りとザーサイかな」

千枝「あいかちゃん! 肉丼大盛り二つとザーサイ一つ!」

あいか「あい、まいどー」
12 : ◆ynV98nmqxA [saga]:2013/01/05(土) 06:32:42.18 ID:rtdePnSZ0
ズズ……

五郎「……ふぅ。汗をかくと水がおいしい」

千枝「そ、そうですね」

五郎「……もしかして、緊張してる?」

千枝「へ!? あ、いや、それほどでは」

五郎「何、心配ない。俺も緊張している」

千枝「え? ――あははは! いや、すみません。なにせ友達以外と
   この店で食べることなんてないので」

五郎「俺も、女子高生と食べるのはないな。基本独りで食べるのがスタイルだ」

千枝「そうなんですか?」

五郎「ああ。独りで自分のペースで、これが一番落ち着く。……で、いきなり質問で悪いけど。
   さっきはなんであんなことになっていたんだ?」

千枝「さっき……ああ、あれですか」

五郎「どうも、あの少年たちが喧嘩を吹っかけてきたわけではなさそうだが」

千枝「まぁ、そうですね。えっとですね、実は井之頭さんが来る前に、
   あの子たち、ほかの子から財布のカツアゲをしてまして。
   それでつい――」

五郎「足が動いて、気がついたらああなっていた、と。……正義感が強いな」

千枝「後先よく考えないのがキズですけどね」
13 : ◆ynV98nmqxA [saga]:2013/01/05(土) 06:43:12.48 ID:rtdePnSZ0
五郎「ああ、その通りだ。君の見た通り、格闘技を少しで心得がある子もいた。
   体格も同じぐらいの年下だが、それでも数で負けている。
   最悪怪我をしていた。気を付けてくれ」

千枝「えへへ〜! それに関しては御心配なく!
   これでも私、ちょっと前に暴走族一つを蹴散らしたこともありますから!」

五郎「……本当かい?」

五郎(これは、俺が助けなくてもよかったんじゃ……?)

千枝「まぁ、おかげで堂島さん……警察の人に怒られちゃいましたけどね。
   あたしって足技が基本だから、井之頭さんみたいに穏便に済ませられないんですよ。
   だから今回はほんっとうに助かりました!」

五郎「ふむ、脚か……」

五郎(ちらっとだけ見えたが、確かにいい脚をしている。
   一見は格闘技に精通しているとは見えないが、無駄な筋肉が付くことなく、
   瞬発力に長けた、女流格闘家にとって理想的な脚だ。
   何か格闘技を習っているのだろうか? 独学でこうなったならすごいことだ。
   俺より全然センスがある)

千枝「そういえば、井之頭さんのあれって、古武術ですか?」

五郎「え? あ、ああ。よく知ってるね」

千枝「足の動き方が、DVDで勉強したあれでしたから。
   すごいですね。あたしよりよっぽど慣れてるし、物にしてるし。
   体格もいいですし……道場に通っているとか?」

五郎「いや、昔ちょっと古武術を教えてもらうことがあっただけだ。
   今では軽いトレーニングをしてるだけだよ。寄せる歳の波にはどうもな」

千枝「それでもすごいですって! あ〜あ、井之頭さんがこっちに住んでたら、
   弟子入りしてたのになぁ」

五郎「弟子入りとは……そこまでして会得したいのかい?
   君は習得しなくてもやっていけそうだと思うんだが」
14 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/01/05(土) 06:45:27.50 ID:kysNRLMX0
八十稲羽って山梨県モデルだったのか知らんかった
15 : ◆ynV98nmqxA [saga]:2013/01/05(土) 06:56:31.97 ID:rtdePnSZ0
千枝「……確かに、単純に格闘技だけで生きていくなら、今のままでも充分に精進できます。
   けど、あたしの夢はそこじゃないから」

五郎「……そうなのか?」

千枝「ええ。だって、井之頭さんがああやってくれたから、相手も怪我せずに、
   誰も怪我せずに問題が解決したわけじゃないですか。
   ……あたし、今日のを見て、やっぱりもう少し工夫が必要だと思ったんです。
   あたしがやりたいのは、誰かを守る為に戦うことですから」

五郎(……なかなか難しい問題だな、これは。
   そもそも俺がとやかく言える立場でもないわけだし……。
   だが、それでも何か言ってやりたいと思ってしまうのは、彼女に親近感を少なからず抱いてしまっているからか?
   人生相談なんて柄ではないのだが……)

五郎「……けど、やっぱり君にしかできないやり方ってあると思う」

千枝「……やり方」

五郎「仕事柄、全国を放浪しがちになる俺にも、こだわりってのがあるんだ。
   食事は孤独で静かに、ただ食にくらいつく。仕事での荷物以外、人生においての重い荷物は持たない。
   食事のメニューは直感に任せる。……人から見ればどうでもいいこだわりだ。
   だけど、そんな俺でも、このこだわりだけは捨てずに今までやってきた。
   そんな俺から言えることは、せいぜい『こだわりに生きてみろ』……ぐらいかな」

千枝「こだわり……あたしだけの?」

五郎(……柄じゃないことはやらないもんだな)

千枝「――ありがとうございます! なんだか、迷いが晴れたような気がします!」

五郎「そうかい? ならいいが……」

五郎(……まぁ、気分転換にこういうのも悪くない)
16 : ◆ynV98nmqxA [saga]:2013/01/05(土) 07:10:54.71 ID:rtdePnSZ0
タッタッタ

あいか「あい、肉丼おまち〜」

千枝「はいは〜い――ってこれ!」

五郎「……な、なんだこれは?」

あいか「雨の日限定スペシャル肉丼。今日はサービス。外からやってきたお客さんへの。
    後、常連さんへ感謝をこめて」

千枝「まっじ! ほんとにいいの!」

あいか「もうまんたい。あ、あとザーサイね」

五郎「あ、ああ、それはいいのだが……なんだ、この肉の山は」


【スペシャル肉丼】
●雨の日限定『愛屋』の隠れた人気商品。
 どでかいどんぶりに山盛りの肉、肉、肉。
 ボリュームたっぷりどころではない。
 ちょこんと山に乗っている生卵がアクセント。

【ザーサイ】
●薄切りスライスされたもの。 
 一般よりごま油とラー油が多めにかかっている。


千枝「雨の日にしか出ない、幻の限定メニュー『スペシャル肉丼』!
   う〜ん! この挑発的な肉のにおいがたまらない!」

五郎(……見ただけでお腹がいっぱいになりそうになったのは初めてだ。
   大盛りを飛び越えて特盛り、いや、それすら軽く凌駕するどんぶりに盛られた山。
   どこぞやのグルメ番組で『肉のチョモランマ』なんて比喩表現が出てきたが、
   これはまさにそれだ。
   ……だが、出された以上、空腹な以上は食うしかない。覚悟を決めるか)ゴクリッ
17 : ◆ynV98nmqxA [saga]:2013/01/05(土) 07:23:18.22 ID:rtdePnSZ0
千枝「そんじゃっ! いっただっきまーす!」

五郎「い、いただきます……。んぐ」

五郎(おおっ、これは! 肉丼の肉、という点を考えればパーフェクトだ!
   少し脂っぽく、味が濃いが、これに白米を絡めると、最高の調和が演出できる。
   肉は安い肉を使っているのだろうが、それを感じさせない味に店の心意気が垣間見える。
   硬くなく、かといって過度に柔らかくなく。薄くスライスされた肉は、よりご飯に絡みやすく。
   これは人気商品になるはずだ。食べざかりの学生は大喜びだろう。
   おいしい、疲労と空腹な俺にとってはこれ以上になく美味しいのだが――)

五郎「……ライスは、どこだ?」

五郎(ライスが、白いお米が見当たらない。曲がりなりにもどんぶりなのだからご飯はあるはず。
   だが、肉をとって一口、とって一口を繰り返しても……その先には、肉しかない。
   肉、肉、その先には肉。また肉。卵を割っても、肉。肉の油が落ちる先は、肉。
   これでは肉のジャングルに迷ってしまった遭難者だ。さながら白飯はお宝か。
   ……いや、実際にそうだなこれは)

五郎「……また肉か」

五郎(おいしい、おいしいはずなんだ。肉の味付け自体に飽きることはなく、
   肉の口に入れた時の充実感を十二分に味わうことができている。
   だが……肉だ。結局肉だ。肉しかない。これは本当に肉丼なのか怪しくなってきたぞ。
   間違って肉単品、なんてオチはないはずだが……いや、このどんぶり全部が肉だったら、
   俺は一カ月肉を見ずに生活できる自信がある。
   ……あれ? そういえば彼女はどうなんだ? 
   格闘技をかじっているからといって体型はいたって健康体の、それも女子高生だ。
   あの肉の山を――)

千枝「ふぅ、やっと半分ってところね」

五郎(なっ!? あ、あの山が、半分崩されている!?
   まるでシャベルで砂の山をえぐり取るように、あの肉の山の半分が、消えている!
   いとおしい白飯の姿も晒されているじゃないか!
   あ、あの量でも、あの体型なら限界を超えているはず……どこにあれが入るんだ?
   ……最近の女子高生はいまいちわからん)
18 : ◆ynV98nmqxA [saga]:2013/01/05(土) 07:36:21.48 ID:rtdePnSZ0
五郎「……これは、負けてられないな」

五郎(これでも食いしん坊を名乗っている男だ。……名乗った覚えはないが。
   俺に至ってはまだ肉の山、第一層を崩してすらいない。
   まだ山に登って3合目にすらたどりついてないのと一緒だ。
   山は昇り切ってこそ。食べ物は食べてこそ。
   後悔しない程度には食ってやるさ)

五郎「はむっ、んぐ……はぐっ、はぐっ」ムキュムキュ

五郎(よし、一気に肉を食べて……見えた! かすかだけども、ご飯の姿が!
   この肉は白飯とコラボレーションしてこそ真価を発揮するはず。
   ここからターボをかけていく)

五郎「はふっ、はふっ、はぐっ! んぐっ……」

五郎(予想したとおりだ! この肉とシンプルなご飯のコラボレーションは最高だ!
   しかも、卵と絡み合った時には、これまた一味違ったまろやかさをプラスしてくれる。
   なかなか腹に来るまろやかさだが、これもまたいいっ!)

五郎「はふ、はふ。ふぅ……」

五郎(だが、一気に加速したせいか、食すスピードも目に見えて落ちてきたな。
   やっぱり歳ってのもあるのだろうか。
   ……ん? そういえば、ザーサイがまだだったな。
   見た目からして、ラー油が多めにかかっていてかなり辛い感じだが)

五郎「ん……」ムグムグ

五郎(こ、これは!)

五郎「はふはふっ! はふっ、はふっ! んぐっ」

五郎(これはいい辛さだ! このラー油の辛さ、山椒の強く鼻に残る香り。
   この肉丼にはない食感が、俺の食欲を復活させてくれる!
   このチョイスはきまぐれだったが、この組み合わせに助けられそうだ)

五郎「はふっ! んぐんぐ……んん」モグモグ
19 : ◆ynV98nmqxA [saga]:2013/01/05(土) 07:42:46.06 ID:rtdePnSZ0
――


五郎「だが……かなり残ってしまったな」

千枝「ふぅ、完食! ごっちそうさまでしたっ!」

五郎「君はすごいな……あれを食べきるか」

千枝「まぁ、あたしも食べきれるようになったのはつい最近で。けどあたしの友達に、
   3分で食べきる人がいるんですよ!」

五郎「そ、それは……その子は胃の中に掃除機でも仕込んでいるのかい?」

千枝「う〜ん……否定出来るはずなんだけど、否定しにくいってのがなんともなぁ」

あいか「お二人さんお疲れ。……あ、あとお客さん」

五郎「俺か?」

あいか「肉丼代金3000円、後ザーサイで100円」

五郎「……へ? お金取るの?」

千枝「あ〜。スペシャル肉丼って、食べきるとタダなんですけど、食べ残すと3000円とられるんですよ」

あいか「そゆこと」

五郎「いや、サービスって……まぁ、払うか」

五郎(あの量で3000円は安すぎるからな。採算取れているのだろうか? 得をしたな……と、考えることにしよう)
20 : ◆ynV98nmqxA [saga]:2013/01/05(土) 07:53:50.55 ID:rtdePnSZ0
――


あいか「あんがとした〜」

ガララッ

千枝「はぁ〜満足ぞよ」

五郎「ご満悦そうで何よりだ」

千枝「そりゃもう! あ、そうそう。
   今日はほんっとうにありがとうございました!
   助けてもらいましたし、話も聞いてもらっちゃって」

五郎「たまにはこういう食事もいい。満腹にもなれた。
   ありがとう」

千枝「いえいえ〜! あ、ではあたしはこれで!
   この後集まる約束があって」

五郎「そうか」

千枝「ではでは! ここのことを思い出したら、いつでも遊びに来て下さい!
   この店だったらもしかしたら会えるかもしれないので!」

五郎「そうさせてもらうよ」

千枝「それではっ!」

タッタッタ……

五郎「……元気な女の子だったな」

五郎(あの不良たちのように、荒んでしまった子供もいれば、正義感に生きるいい子もいるってことか。
   ……今回のランチは、いつもとは違う充実感を感じれたな。
   ……そして、なぜだろう。あの肉丼に対して、妙な虚無感を感じているのは)

五郎「……おっ。いいところにたばこの自動販売機が」

チャリンッ ピッ

ガチャコンッ

カシュ ピンッ

シュッ ジリリ……

五郎「……ふぅ〜」

五郎(……時代に取り残された田舎、八十稲羽か。
   次に来るのは、いつになるかな)
21 : ◆ynV98nmqxA [saga]:2013/01/05(土) 07:54:20.79 ID:rtdePnSZ0
第一話終了
撤退
22 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/01/05(土) 07:56:08.39 ID:YLo/APNq0
23 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/01/05(土) 09:41:13.66 ID:AJ2tWJVT0


二もあるの?
24 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/01/05(土) 10:15:05.07 ID:X/a6S/9No

期待してる
25 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/01/05(土) 10:15:37.83 ID:g/O+GLxIO
おつー
続きものなのか
しかしあとはジュネスいがいあったかなぁ
26 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/01/05(土) 12:12:16.67 ID:1txyPdnD0
豆腐と…酒店と…夜中の四六商店と…
天城旅館?
27 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/01/05(土) 13:39:49.76 ID:RXeHe0VWo
町外れの刑事の家を凄まじい料理人少女たちが訪れるという・・・
28 : ◆ynV98nmqxA [saga]:2013/01/05(土) 14:18:28.76 ID:Bcl0HW0U0
第二話≪山梨県八十稲羽市八十稲羽商店街の特製コロッケ≫

29 : ◆ynV98nmqxA [saga]:2013/01/05(土) 14:35:43.83 ID:9mJwmOHM0
五郎(まさか、この八十稲羽にまた来るとは思ってもみなかった。それも前回来てから一週間も経たずに。
   今日も雑貨の搬入のためにこの片田舎にやってきた。
   この八十稲羽に引っ越してきたご婦人、どうも前回購入した50年のアンティーク物をたいそう気に入り、
   そのシリーズの家具をまとめ買いときた。
   あの邸宅と言い、買う家具といい、よほど金をもてあましているんだろうな)

五郎(家具をまとめ買い、とはいっても、俺の車では全部を一回で搬入できるわけがない。
   郵送、ということも考えたが、ご婦人はゆっくり待ってくれるらしいので、ちまちまと俺が借りた軽トラで
   ああして家具を搬入したわけだ。
   まぁ、一気に家具を送りつけられても困るしな)

五郎(しかし……こりゃまた変な時間に仕事が終わってしまったな。
   午前10時過ぎ。空腹かと聞かれても、満腹かと聞かれても、首をかしげることしかできない時間帯。
   普段この時間は搬入か在庫整理に追われているせいか、どうもな)

五郎「……今日もまた静かだな、この商店街は」

五郎(別にこの商店街に通い詰めているわけではないが、この商店街のさびれた感じにもどこか愛着がわいてきた。
   ただ単に、この商店街に思い出があるからだろうか?
   ……しかし、今はあの店に行く気分ではないな。
   この腹では、あの肉丼を相手にすることはできない。
   あの肉丼は俺にとって永遠のライバルみたいなものなのだから)

五郎「……暇なんだし、本格的に商店街を散策してみるか」

五郎(この前は散策しようとした矢先に事件に巻き込まれてしまったからな……。
   リベンジ、というわけではないが、今度こそは、食にもしばられずぶらぶらしてみたいな。
   軽いオフの暇つぶしとでも行こうじゃないか)
30 : ◆ynV98nmqxA [saga]:2013/01/05(土) 14:59:58.47 ID:Sl2odK2X0
――


五郎「うぅん……本当に人通りが少ないな」

五郎(人がいたとしても、せいぜい数人。しかも地元の主婦の井戸端会議だったり、
   子供同士のざわめき合いだったり。
   また一つの歴史が、ゆったりと終わりを迎えているんだな……それをまじまじと見せられているよ)

五郎「……こんなことしか考えられなくなったのは、いつだっけかな」

五郎(大人は憂うことしか覚えていないものなのか? 
   ……はぁ、いかんいかん。気分転換の暇つぶしのはずが。
   ここはスローライフな雰囲気を感じ取らねば)

五郎「……ん?」

五郎(これは……熊? 糸で編み込まれている……ああ、テレビでやってたな。あみぐるみ、だっけか。
   今ではテディベアと呼ばなくなってしまったんだなぁ。
   あまりその言葉を聞かなくなったし。
   ……あれ? そもそも熊のぬいぐるみって全部テディベアじゃないのか?
   う〜ん、そっちの方にはどうも疎いなぁ)

五郎「けど、よく出来てるなぁ」

五郎(こういうのって、製作者の器用さとかがよく現れるものなんだよ。
   工場で生まれた大量生産品だとどうしても荒い出来になるものだし。
   それに比べ、これはどうやら一つ一つ手作りだな。
   口や目の位置もかすかに違って……うん、人形趣味はないが、こういうのは好きだ)

五郎「値札……売り物なのか、これ。けど店先は……『巽屋』?」

五郎(巽……どこかで聞いたことがある名前だな。えと、ここは染物屋なのか。
   ん? 巽……染物。そうか! 確か昔有名だった染物職人の名前がそれだったはず。
   ということは、もしかしてここはその職人の店か。
   本当だったら、隠れた名店発見だな)
31 : ◆ynV98nmqxA [saga]:2013/01/05(土) 15:19:03.46 ID:xmfglxS/0
ポタ……

五郎(だけど俺、着物とかかじっているわけでもないしなぁ。
   輸入雑貨ならともかく、自国のことにはどうも疎いところがあったりなかったり。
   勉強不足だな。この際、この店のご主人の話を聞いてみるのも一興かもしれん)

ポタポタッ……

五郎「……ん? これって――」

ポチャッ……

五郎「雨、か。小雨だけど、参ったな」

五郎(仕方ない。目の前にあった巽屋で雨宿りさせてもらうしかないか。
   思ったより長居してしまいそうだな。
   ……あみぐるみも、濡れては商品にならないだろう)

ガララッ

完二母「はい、いらっしゃいませ」

五郎「あのぉ、外、小雨降ってきたんですけど、あみぐるみ大丈夫ですかね?」

完二母「あら? 本当ですか。わざわざありがとうございます」

五郎「いえ。……少しばかり、雨宿りいいですか?」

完二母「もちろんです。構いませんよ」

五郎「どうも」

32 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/01/05(土) 18:37:34.35 ID:sg8JFJAI0
そうか惣菜屋あったっけ
33 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/01/06(日) 01:51:06.70 ID:ZKtNZgvZ0
なんだか無性に続きが気になる
34 : ◆ynV98nmqxA [saga]:2013/01/06(日) 07:16:18.10 ID:oS2B5feV0
完二母「完二、小雨が降ってきたそうだから、外の商品を中に入れてくださいな」

タッタッタッタ

完二「マジか! ちょいと待って――あ、どうも! いらっしゃいませッス!」

五郎「あ、ああ」

五郎(銀髪にオールバック……不良、というよりどこか渋い印象すら受けるな。
   しかも身長も高い。まぁ、見た目からして喧嘩が強そうだ。色々な意味で)

完二「とっと……あっ! 外の洗濯物まだしまってねぇ!」

完二母「ああ、それだったら私が――」

完二「いいっつーの! おとなしくお客さん応対してろ!」

タッタッタッタ

五郎(……人間、見た目にはよらないというのは本当だな)

五郎「息子さんですか?」

完二母「ええ。なんだか騒がしい子で」

五郎「働き者ですね」

完二母「そうなんですよ。それも親思いのいい子で。外にあったあみぐるみも、あの子が作ったものなんですよ」

五郎「……え?」

五郎(……人間、見た目によらないなぁ。本当に)
35 : ◆ynV98nmqxA [saga]:2013/01/06(日) 07:39:19.07 ID:F+RS+OCw0
完二母「あなたは、外からやってこられた人ですか? 見知らぬ顔なので」

五郎「はい。仕事でここに。で、終わった後に観光していたらね」

完二母「まぁまぁそれは。何もないところですが、どうぞごゆっくり」

五郎「そうさせてもらいます」

ガタゴト バタンッ

完二「ふぃ〜。あっ、お客さん。何かお探しッスか?」

五郎「え? ああ。いや、少し雨宿りさせてもらおうかと思ってね」

完二「そうなんッスか? せっかくなんで買っていってくださいよ! この巽屋、
   明治から創業の由緒正しき染物屋! そこらの店より全然質のいいものをそろえてますッス!」

完二母「こら、完二。あまりお客さんを困らせるもんじゃありません」

完二「へ? あ、す、すいません」

五郎「はは、何、働き者なのはいいことだ。……じゃあ、あのあみぐるみ、買えるかな?」

完二「へ!? あ、もちろんッス! お子さんに喜ばれること間違いなしッスよ!」

五郎(お子さん、ねぇ……自分が子供をあやす姿が想像できんな)

五郎「いや何、一目みた時から出来がいいって感心していたものだから。
   それじゃ、この緑のを」

完二「はい、300円ッス!」
36 : ◆ynV98nmqxA [saga]:2013/01/06(日) 07:52:36.02 ID:RFJc5qo20
五郎「はい、どうぞ。……しかし、君は随分と手先が器用なんだね。関心するよ」

完二「え? ……あっ! お袋! またしゃべっちゃったのか?」

完二母「つい」

完二「つい、じゃねーよ! らしくないからばらすのやめろっつてんだろ!」

五郎「ははは、らしくないのは否定できないな」

完二「ほら〜!」

五郎「だが、胸を張っていいと思うぞ?」

完二「……そうッスかね?」

五郎「ああ。俺は別にあみぐるみについて詳しいわけでもないが、
   君の作ったものの出来は確かに一級品だ。
   それに丁寧に作られていたしな。君の本質的な性格もよく出ているんだろう。
   職業柄、職人物をよく見る機会がある。君の作った物はまさにそれだ。
   胸を張っていい。……まぁ、君の見た目はどうかした方がいいな
   商売人としてはな」

完二「……どうもッス! すっげぇうれしいッス! 
   ああそうだ! せっかくッスから、今作ってるストラップももらいますか?
   部屋から持ってくるので!」

五郎「え?」

タッタッタッタ……

五郎(……ふふ。いい子じゃないか)
37 : ◆ynV98nmqxA [saga]:2013/01/06(日) 08:06:24.12 ID:RFJc5qo20
――


完二「へぇ、外国の雑貨を扱ってるんッスか。よくわかんねぇけど、なんかすごそうッス」

五郎「確かに。知らない人に言ってもピンとは来ないだろうね。
   まぁ、普通の雑貨屋と違って、外国のものを専門に扱ってるっていうだけさ」

ガララッ

完二母「お客さん、雨があがりましたよ」

五郎「そうですか。わざわざどうも。……あ、そうそう」

完二「ん? どうかしたんッスか?」

五郎「ちょっと聞きたいことがあってね。一番近くのコンビニを知らないかい?
   数日前にここには一回来たんだけど、それでもコンビニが見つけられなくてね」

完二「あ〜コンビニっすか」

五郎「できれば、歩いて行ける距離のところを教えてほしい」

完二母「残念ですけど、コンビニは歩くと1時間ほどかかってしまうんですよ」

五郎「……そんなに遠いんですか?」

完二「そうなんっすよね〜。駅の方に行って、さらに進んだところの街に近い場所にあるッスから。
   ほら、ここって大きい道路とかも微妙に逸れちゃってるから」

五郎(田舎ってのも難儀なんだなぁ。コンビニが歩いて行けないってのは、どうも想像しがたい)

五郎「それじゃあ、軽く食べれる食べ物を売っている店はないかい?
   ……時間も時間で、お腹が空いてね)
38 : ◆ynV98nmqxA [saga]:2013/01/06(日) 08:29:37.70 ID:HOFpNMYj0
完二「そういや、もう12時なんすね。妙に話し込んだんすねぇ」

五郎「俺もつい。君の年代の子と話す機会があまりないものだから」

完二「う〜ん、にしかし食いもんか……あぁ! ならいいところありますよ!
   すぐそこに『惣菜大学』っていう肉屋があるんッス!
   ちょいと待ってて下さいね!」

五郎「え? あ、いや――」

タッタッタッタ ガララッ バタンッ

五郎「……やっぱり、男の子ってのは元気なもんですね」

完二母「ごめんなさいね。あの子、ちょっとせっかちなところがあるから」

五郎「何、それも若さの特権ですよ」

完二母「あらあら」
39 : ◆ynV98nmqxA [saga]:2013/01/06(日) 08:51:19.36 ID:HOFpNMYj0
――


完二「お待たせしました!」

五郎「随分と早かったね」

完二「ええ。早く行かないと売り切れちまいますからね。
   はい! これっすよこれ!」

五郎「これは……コロッケか」

完二母「あら? あそこの特製コロッケ? まだ売り切れてなかったのね」

完二「雨の日は売り切れるのが遅いんだよ。まぁ、雨があがったばっかりだったので、
   運よく客も少なかったらしいっすね」

五郎「肉屋のコロッケか。響きがどうも懐かしい。
   あっ、代金は――」

完二「いいっすよ! お客さんへのもてなしっつーことで!」

五郎「だが……」

完二「俺が一人で突っ走って、勝手にお客さんにあげるだけですって」

五郎「むぅ……」

完二母「今回は、この子のわがままに付き合ってもらえませんか?」

五郎「……それじゃ、ありがたく頂戴しようかな」

完二「どうもッス!」
40 : ◆ynV98nmqxA [saga]:2013/01/06(日) 09:28:22.82 ID:Kw39xI5j0
【惣菜大学の特製コロッケ】
●きつね色にほどよく揚がった揚げたてコロッケ。
 見た目には特筆するところなし。
 シンプルイズベスト。
 ソースはかかっていない。


五郎「うんうん、この包装紙とかも、まさに肉屋のコロッケだな」

完二「これ、この時間にはもう売り切れてるぐらい人気なんっすよ!
   とにかくむちゃうまいんでどうぞ!」

五郎「じゃあ、そうさせてもらおうかな」

五郎(ソースもかかってない。付属もしてない、ということは、このまま食べろってことか?
   う〜ん、揚げたてのいい香りだ。やはり揚げたてに限るな、揚げ物は。
   では、まず一口……)

五郎「はむっ……んん!」

五郎(これは……ほくほくのジャガイモの次に来たのは、肉汁!?
   そうか、中に大きい肉がごろごろ入ってるんだ!
   多分、牛肉だな。だが、他のコロッケにもひき肉は入っているが、それとは比べ物にならないぐらい肉が大きい!
   かみごたえもあって、肉の味もして……食べ応え抜群だな。なによりうまい!)

五郎「これは、一つ何円なんだ?」

完二「百円っすね。このボリュームでこの値段っすから、俺も放課後によく買いに行くんすけど、
   大抵売り切れてるんっすよね〜」

五郎(百円か……普通よりちょっと高いくらいか? いやしかし、このボリュームで百円か。
   リーズナブルだな。これは人気のはずだよ。
   ソースがないことが少し不思議だったが、なるほど、肉の味で十分においしいからないのか)

五郎「はふっ、はふっ」

五郎(うん、この揚げたての食感。そして温かい肉汁。いっそのことコロッケパンにしてみるのも
   おもしろいかもしれん)
41 : ◆ynV98nmqxA [saga]:2013/01/06(日) 09:40:35.64 ID:c/MUygXu0
五郎「これはうまいな」

完二「そうっすよね! いや〜本当にこんだけ買えてラッキーすよ。
   あ、そうそう。後、飲み物とアイスもありますから」

五郎「そんなものまで買ってきてくれたのかい? なんだか悪いね」

完二「さっきも言った通り、お客さんへのもてなしっすよ!
   後、話に付き合ってくれた礼ッス!」

五郎「そうか……じゃあ、飲み物を一つ」


【リボンナポリン】
●北海道限定の炭酸飲料。
 北海道名物としても有名。
 オレンジ色が特徴的。


五郎「ナポリンじゃないか。確か北海道限定だったはずだが……」

完二「それ、なぜか稲羽だと普通に売ってるんすよ。外から来た人にはよく不思議がられますね」

五郎「それはそうだろうね。では一口……んぐっ」

五郎(久しぶりに飲むな、ナポリンだなんて。ちょっと前に仕事で北海道に行った時以来かな。
   シトロンもなかなかだが、このナポリンの、飲んだ後に取りすがるようなオレンジの香りがいいんだ。
   ふぅ……炭酸飲料にしては後味がさわやかだから、食事にもいいな。 
   揚げ物にはぴったりじゃないか。不思議な組み合わせだが、いい)

五郎「はふっ、はふ……んぐ、んぐ」ゴキュゴキュ

五郎(っふぅ。この炭酸を飲んだ後に鼻に抜ける感覚がなんとも。
   たまにがいいが、あまり飲みすぎるものでもないな)
42 : ◆ynV98nmqxA [saga]:2013/01/06(日) 09:55:33.17 ID:vf+ZQRXN0
――


五郎「ふぃ……」

完二「いや〜食った食った」

五郎(ほんと、あんな数のコロッケを食ったのなんてなかなかないよ。
   これは甘いものが必然的に欲しく――あ、そういえば)

五郎「確か、アイスがあると言っていたね?」

完二「はい! 食いますか?」

五郎「年下相手に欲しがるってのも大人らしくないが……もらおうかな」

完二「うっす!」

タッタッタッタ

五郎「……う〜ん、20以上離れてるおじさんとしてはどうなんだ? これは」

タッタッタッタ

完二「おまたせッス!」

五郎「いや、すまないね。……おお、これまた懐かしいものを」


【ホームランバー】
●昔から親しまれてきた味。
 みんな大好きバニラ味。


完二「そこの四六商店っつーとこで急いで買ってきました。やっぱりアイスっていえばこれっすよね!」

五郎「それは同意せざるおえないな。個人的には、ガリガリ君よりホームランバーだ。……はむっ」

五郎(ん〜……なんてシンプルなバニラ味なんだ。これも久しぶりに食ってみたが、
   やはりアイスと言えばこれだな。
   最近のコンビニはホームランバーが売っていなくて、ガリガリ君が売っているパターンが多いから、
   こういったところでお目にかかれるのはありがたい。
   この甘さがまた、数分前のコロッケの存在を引き立たせてくれる)

五郎「しかし、このサイズだといまいち物足りない――おっ、あたりだ」
43 : ◆ynV98nmqxA [saga]:2013/01/06(日) 10:04:32.14 ID:sq79gHlH0
完二「まじっすか! 運いいっすね〜」

五郎「ああ、これは地味だがうれしい。……記念にとっておこうかな?」

完二「へ!? ま、まぁ、そういうのもアリっすね。多分」

五郎(交換しようとも思ったが、懐かしくてな……っていうのも変だが。
   このあたりは、またホームランバーが食べたくなった時にでも交換するとしよう)
44 : ◆ynV98nmqxA [saga]:2013/01/06(日) 10:51:26.55 ID:sq79gHlH0
――


五郎「――うん、いい時間だな。それじゃあ、雨も上がったことですし、帰ります」

完二母「あらそうですか? もう少しゆっくりしていってもよかったのに」

五郎「そうしたいのは山々なんですけど……夜からは書類仕事があるので」

完二「そりゃ残念っすね……けどまぁ! また来てくださいよ! 今度新商品を追加する予定なので!」

五郎「そうか。それでは、また機会があれば」

完二母「ありがとうございました」

五郎「いえいえ、こちらこそ。ごちそうさまでした」

完二「うっす! また来てほしいッス!」

ガララッ バタン
45 : ◆ynV98nmqxA [saga]:2013/01/06(日) 11:00:10.93 ID:dsUDd2Iq0
五郎「……あっちに戻るのは、夕方になるかな。思ったよりゆっくりしてしまった」

五郎(あのコロッケ、ほんとにおいしかったな。また食べてみたいが……話を聞くに、それは難しいか。
   食も一期一会、か。
   しかし、肉丼にしろコロッケにしろ、ここはただのさびれた田舎にしてはなかなかのグルメスポットだな。
   もう少し探せば、またおいしいものに会えるのかもしれない)

タッタッタッタ

バタンッ

五郎「えっと……じゃあ、ここらへんに」

キュッ

五郎「……うん、殺風景だった車内に、少しは華が咲いたんじゃないかな」

五郎(車内にもらった熊のストラップを飾ってみた。試作品と言っていたが、これもよくできている。
   腕に小物を挟める、といったところにこだわりを感じる気がする)

五郎「……八十稲羽、不思議な魅力がある場所だ」

五郎(片田舎、と言ってはあまりにも簡単すぎる場所かもしれない。
   ……今度来た時に、コロッケ買ってみよう)
46 : ◆ynV98nmqxA [saga]:2013/01/06(日) 11:01:26.08 ID:dsUDd2Iq0
第二話終了
撤退
47 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/01/06(日) 11:11:30.08 ID:VZJlxWS70
いいなぁーゴローちゃんが普通に馴染めててグッド
他の面々とどうか変わるのかも楽しみ
48 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/01/06(日) 11:11:37.34 ID:9Up20O0AO
49 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/01/06(日) 12:24:01.37 ID:OzlRpv4IO
お、五郎SSだ

50 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/01/06(日) 14:04:48.72 ID:9bEPGOMDO
ゴローちゃん何か買えよ。
ご馳走だけされて帰るとか最悪だぞ。
51 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/01/06(日) 14:25:09.37 ID:GdPNHyR3o
緑のあみぐるみ買ったじゃないか
52 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/01/06(日) 14:49:21.94 ID:9bEPGOMDO
見逃した
300円のあみぐるみ購入→コロッケとアイスご馳走→あみぐるみストラップただで貰うか。
53 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/01/22(火) 23:12:15.33 ID:RgubYlAr0
まだかな…
54 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/02/27(水) 14:03:50.11 ID:uKIlFIyuo
わな……わな……
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