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江波の帰還 - SS速報VIP 過去ログ倉庫

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1 :pixivの人 [sage saga]:2013/01/06(日) 07:36:37.05 ID:7ofJsG//0
 古典部の世界を利用した、捏造未来設定です。ここは初めて使うので、テストを兼ねます。いいのか??

 全く需要はないです。氷菓や古典部を期待されても、全くつまらないでしょう。
 地の文が過多です。
 キャラクター崩壊していますが、笑える箇所はありません。真面目です。
 オリジナルキャラクター満載です。
 ひっそりと投稿します。誤字脱字や文章がおかしいところも多々あるかと思います。
 コメントにはスルーすると思います。テストなんで。

 上記を確認して、それでも良ければどうぞ。


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少し暑くて少し寒くて @ 2024/04/25(木) 23:19:25.34 ID:dTqYP2V2O
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渾沌ゴア「それでもボクはアイツを殺す」 @ 2024/04/25(木) 22:46:29.10 ID:7GVnel7qo
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1714052788/

二次小説の面白そうなクロス設定 @ 2024/04/25(木) 21:47:22.48 ID:xRQGcEnv0
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佐久間まゆ「犬系彼女を目指しますよぉ」 @ 2024/04/24(水) 22:44:08.58 ID:gulbWFtS0
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全レスする(´;ω;`)part56 ばばあ化気味 @ 2024/04/24(水) 20:10:08.44 ID:eOA82Cc3o
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君が望む永遠〜Latest Edition〜 @ 2024/04/24(水) 00:17:25.03 ID:IOyaeVgN0
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笑えるな 君のせいだ @ 2024/04/23(火) 19:59:42.67 ID:pUs63Qd+0
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【GANTZ】俺「安価で星人達と戦う」part10 @ 2024/04/23(火) 17:32:44.44 ID:ScfdjHEC0
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1713861164/

2 :pixivの人 [sage saga]:2013/01/06(日) 07:38:38.53 ID:7ofJsG//0
さっそくやらかした。sswikiの上の奴は気にしないで下さい。
3 :pixivの人 [sage saga]:2013/01/06(日) 07:39:48.49 ID:7ofJsG//0

 この駅に降り立つのは何年ぶりだろう??

 わたしは高校卒業後、ここには一度も戻っていなかった。ということは、6年ぶりだ。今では家族も引っ越してしまい、ここに来る理由はなかったはずだった。

 転勤族の父に連れられて神山市に住んだのは、中学2年から高校3年まで。その後はわたしは東京の大学に進学し、家族は2年後に他所の土地に引っ越した。
4 :pixivの人 [sage saga]:2013/01/06(日) 07:41:12.06 ID:7ofJsG//0

 では、何のためにここに来たのか?? その答えは改札口の柱の脇に立っていた。

「江波!!」
 初めは柱の脇に物静かに立ってこちらを見ている人物が、その声を上げたとは思えなかった。それほどにその人は『静』に徹していた。だが、その人以外にわたしの名前を知る人は近くにいないように思える。

 わたしは改札を通り抜け、その人の前まで歩いた。
5 :pixivの人 [sage saga]:2013/01/06(日) 07:42:15.51 ID:7ofJsG//0

「……久し振り、入須」

 入須冬実は高校時代と余り変わらなかった。雰囲気も容姿も。
 それに比べ、わたしは髪を少し伸ばし、少し茶色に染めている。暗いと言われたから。それでも、自分ではそんなに雰囲気が変わったように思えない。特に性格などはそう簡単に変えられるはずもない。良く無愛想だと言われ続けていた。大学の研究室でも、職場でも。

 嫌なことを思い出してしまった。今は入須に注意を向けよう。
6 :pixivの人 [sage saga]:2013/01/06(日) 07:43:09.27 ID:7ofJsG//0

「久し振りだ。相変らずのようだな」
 何が変わらないのだろうか。わたしはわたしだ。

「……それで何の用なの?? こんなところまで呼び出しておいて」

 わたしが仕事を辞めてから、すぐに入須から連絡が来た。どうやって調べたのか、辞めたことも知っていた。まだ家族にしか言っていなかったのに。
 両親からの失望の声を思い出して、かぶりを振り、入須を見つめる。
7 :pixivの人 [sage saga]:2013/01/06(日) 07:44:31.42 ID:7ofJsG//0

「いやなに。少し気分転換でもするべきかと思ってな。まだ何の用もないのだろう??」
 言われると悔しいがその通りだった。離職票もまだ届いていない。

「食事を一緒に食べたくなった。それだけだ。もちろん奢るよ」
 入須が何のために呼び出したのかを知る位は十分過ぎるほどに時間はある。
「……ありがとう。お言葉に甘えさせてもらう」
8 :pixivの人 [sage saga]:2013/01/06(日) 07:45:16.05 ID:7ofJsG//0

 入須は少し笑ったように見えたが、すぐにいつもの読めない表情に戻る。見間違いだったのかもしれない。
「それは良かった。こっちだ」
 入須は繁華街に向かって歩き出した。わたしは気付かれないようにため息をつくと、その後を追った。
9 :pixivの人 [sage saga]:2013/01/06(日) 07:46:22.42 ID:7ofJsG//0

 結局、わたしたちは一般的な居酒屋に入った。お酒を呑んでも困らない。入須はともかく、わたしは明日も予定はないから。

 生ビールとお通しが来たところで、乾杯する。おしゃれな雰囲気はまるでない。入須に気を使うのはそこじゃないから。その分、わたしも楽なんだけど。
 そういえば、高校時代はもちろんお酒を飲み交わすことなんてなかったから、入須とは初めて呑む。入須は酒が入るとどう変わるのかが興味がある。
10 :pixivの人 [sage saga]:2013/01/06(日) 07:47:18.61 ID:7ofJsG//0

「……なに??」
 生ビールをゆっくり呑み、ジョッキを静かに置きながら、入須は不審そうにわたしを見た。どうもずっと見つめていたらしい。
「いいえ、なんでもない」
 わたしも止まっていた手を傾けて、生ビールを頂く。ビールは余り飲まないものの、付き合いくらいは幾らでも経験があったので、問題はなかった。

「まさか江波と呑む日が来るなんてね。我ながら驚いている」
 お通しのひじきの煮物を箸でつまみ、口にする。
「思っていたよりはおいしいものだな」
11 :pixivの人 [sage saga]:2013/01/06(日) 07:48:23.83 ID:7ofJsG//0

「まあね、何を食べる??」
 わたしはメニューを見て、シマホッケの開きだの、サラダだの、枝豆だの、大根の漬物だの、里芋の煮物だの、レバニラだのを次々に頼む。全く色気もない。
「頼みすぎじゃないか??」
 心配顔の入須を見て、わたしはかぶりを振る。
「大丈夫。わたし、おなかすいているから」

 今日はお昼を食べ損ねていた。生ビールを呑む度に胃腸に染み渡るのがわかる。食べ物を早く入れないと、アセトアルデヒドが多くなって、ALDHが処理しきれなくなって、悪酔いしてしまう。
12 :pixivの人 [sage saga]:2013/01/06(日) 07:49:29.52 ID:7ofJsG//0

「そう。ま、ほどほどにね。それで、何があったの??」
 入須は『その枝豆の皿を取って頂戴』と言わんばかりの軽さで聞いてきた。わたしは肝臓でのアルコールの代謝の化学式を思い出そうとしていたので、少し反応が遅れた。

「……仕事を辞めた理由を知りたいの??」
 入須はまたゆっくり生ビールを呑む。
「……そう。話したくないなら、別にいい」
 どっちでもいい。でも話して悪いことはないと思うが、入れ酢に弱味を見せるのは気が引ける。
「無理しなくていい。悪かった」
 思い悩んでいると思ったのか、入須は付け加えた。
13 :pixivの人 [sage saga]:2013/01/06(日) 07:50:39.52 ID:7ofJsG//0

「話してもいいけど、わたしだけってなんかずるい気がする。入須は医学部に行ったはずなのに、なんで臨床心理士なんてなってるの??」
 聞いた時に、一番おかしいと思っていたことを聞いてみた。
「フッ。そうね、その方がおかしいわね……解剖がどうしても馴染めなかった」

 それはわかる気がする。わたしも大学で動物の解剖もしたことがあるけど、あれは出来れば避けたい作業だった。医学部ともなれば、それはわたしの想像を絶する。
「すぐに心理学に転学部して院まで行って、臨床心理士を取ってしまうあたり、さすがですね」
「試験自体はそれほど難しいものではない。病院経営には本来必要のないものだが、あれば心のケアが手厚く出来る。それは病院の評判に繋がる」
14 :pixivの人 [sage saga]:2013/01/06(日) 07:53:28.58 ID:7ofJsG//0

 入須の勤める恋合病院は、彼女の父親が経営している病院だった。お兄さんも弟も医師になったり目指しているらしい。彼女だけ異質なのだ。それは家の中でどんな気分なんだろうか??
「わたしは他にもやるべきことがあるから、医学ばかりに邁進することは兄弟たちに任せることにしたんだ」

 相変らず、こちらの思うことは筒抜けのようだった。やっぱり入須は高校時代と変わらない。
「でも医師はいいね。大学で学んだことが役立つから」
 わたしなんて、あんなに勉強して研究していたのに、やってきた2年間の仕事は事務ばかり。

「……なるほど。それが理由か」
15 :pixivの人 [sage saga]:2013/01/06(日) 07:54:47.00 ID:7ofJsG//0

 しまった。
 そんな事を思っても後の祭りだった。
「わたしは事務員になるために勉強したんじゃないし、大企業に入るために研究を重ねた訳でもない」

 わたしは大学で、生物学を学んだ。バイオテクノロジーを学んだ。でも、後には続かなかった。

「わたしのやりたいことってなんなのか、まだわからないけど、今はゆっくりと……」
「江波に紹介したい人が2人いる。1人は前市助役だった人で、今はNPO法人組織の代表。もう1人は江波も会ったことがある人」
 入須はわたしの言葉を遮って、遠まわしな言い方をした。
「……何をさせたいの??」
16 :pixivの人 [sage saga]:2013/01/06(日) 07:56:02.11 ID:7ofJsG//0

 入須は高校時代、人を使うのに長けていた。それは彼女の役割でもあるとわたしは思っていたから協力した。でも、今は高校生ではない。
「そう悪い話でもない。気分転換に身体でも動かさないか??」



 翌朝、目覚めたのは入須の家だった。宿を決めていなかったわたしを入須は泊めてくれた。
「父と兄は学会、母は海外の学会、弟は合宿予備校。それで、わたしだけだから気にするな」
 入須はそう言って、わたしを連れて帰った。
17 :pixivの人 [sage saga]:2013/01/06(日) 07:57:06.38 ID:7ofJsG//0

 少し頭が痛い。二日酔いが残ってしまったようだった。
 入須に言って、シャワーを借りて酔いを醒ます。
「わたしは仕事があるから出る」
 そう言う入須に、わたしも急いで支度をして、一緒に出た。

「昨日の話は本気??」
 入須は頷いて、一枚のパンフレットを渡した。

「ここに行って、小岩井氏に面会を求めて。わたしから連絡をしておくから」
 神山市の中心街近くにその事務所はあるらしい。
「わたしはまだやるとは……」
「まあ、誰かは会ってからのお楽しみにして、1日体験をしてから考えろ。気分転換さえ出来れば、それでいいじゃないか」
 それもそうである。
 わかった、と言うと、入須は私の肩を叩き、出勤していった。
18 :pixivの人 [sage saga]:2013/01/06(日) 07:58:44.98 ID:7ofJsG//0


 事務所は少し入り組んだ雑居ビルの3階にあった。
 ドアを開けて、中の人を見る。すぐに若い女性が気がついて、挨拶してきた。

「おはようございます。神山農業体験に参加希望ですか??」
「はい。江波倉子と申します。入須から連絡があったかもしれませんが」
 若い女性はああ、と手を合わせる。
「伺っております。こちらへどうぞ」
 奥の応接間に通される。
 すぐに初老の男性が現れる。先ほどの女性がお茶を入れてきてくれた。

「はじめまして。小岩井と申します」
19 :pixivの人 [sage saga]:2013/01/06(日) 07:59:52.03 ID:7ofJsG//0

 初老の男は丁寧に頭を下げた。わたしも釣られて頭を下げる。
「入須さんからお話は伺っているかもしれませんが、概要を説明いたします。本日農業体験をしていただきます。内容は簡単な野菜の収穫作業がメインです。受け入れ先農家は千反田農産合資会社になります」
「千反田農産、合資会社……」
 どこかで聞いたことがあるような。

「ご存知ですか??」
「いいえ。遠いんですか??」
「陣出と呼ばれる地区で手広くやっている出来たばかりの会社ですよ。車で15分くらいでしょうか」
 少し遠いだろうか。自分は自動車を持たない。
「これから社長に会う予定があるので、良かったら送りますよ」
 願ってもない話だった。
20 :pixivの人 [sage saga]:2013/01/06(日) 08:01:09.20 ID:7ofJsG//0

 陣出は神山市でも北方に位置していた。思えばこの辺は高校時代にマラソン大会で走ったことがある。
「ここいら一帯は千反田の田園です」
 陣出でも北の方を北陣出と呼んでいるらしいが、その一帯は千反田の田が広がっているようだった。

「凄いですね」
 実際そう言うしかない。
「千反田家は庄屋さんでしたから。今の当主が千反田農産の社長です」
 へえ、やり手なんですか。熱血的な40代の逞しい男性をイメージする。
「いや。若いんだけど実に普通の人で、逞しいとは言えないですね。忙しいのに考え出すととことん考えるタイプです」
 はあ。

「会えば分かります」
21 :pixivの人 [sage saga]:2013/01/06(日) 08:02:40.63 ID:7ofJsG//0


 その人は、頭ぼさぼさで、作業着の似合わない人でした。
 というか、見覚えがある。

「えーと、折木君だよね??」
 はあ、と生返事して、頭をかいています。
「えーと、すみません。どこかでお会いしたでしょうか??」

 忘れられている。まあ仕方ないかもしれないけど。
「神山高校の1年先輩の江波です。2年F組の自主制作映画の時に、少し関わりました」
「そうでしたっけ?? ああ、そんなこともあったような……」
 棒読みで話されても。
「ま、とにかく入須君の紹介だ。しっかり頼むよ」
 小岩井さんは折木君の肩を叩いて、車に乗って帰りました。

「……とにかく、野菜収穫の現場に行きましょう。ですが、少し待っていてください」
22 :pixivの人 [sage saga]:2013/01/06(日) 08:03:35.95 ID:7ofJsG//0

 折木君はそう言うと、田圃で作業していた老人と話しこみ始めて、しっかり10分以上かかって戻ってきました。
「遅れてすみません。さあ行きましょう」
 折木君はさっさと歩き始める。わたしはため息をついて、急いで追いかけた。

「2年F組というと、入須さんのあれですね」
 折木君はわたしが早歩きなのをみると、少しスピードを緩めた。
「すみません、ちょっと急いでいたので」
「そうです。本郷の脚本の続きを考えてもらいました」
 折木君は少し引きつったように笑う。
「そんなこともありましたっけね」
「その時に、3人の探偵役を引き合わせ、入須の手伝いをしました」
 折木君がわたしを見つめてかぶりを傾げます。少しかわいい仕草ですね。
「失礼だけど、思い出せません。でもそこまでご存知なら、先輩なのでしょう。進学校の神山高校出身のあなたが何故ここに??」
 疑問は最もだろう。わたしも何故かは判らない。でもきっと。
「入須のせいです。勧められました。気分転換して来い、と」
 折木君が笑い出しました。
「やれやれ。先輩は気分転換に使うのか。自然が好きなら、できると思いますよ。野菜の収穫なんでつまらないかもしれませんが。ほら、あの場所です」
 折木君の指差した方に畑が広がっていて、若い人たちが数人働いていた。
23 :pixivの人 [sage saga]:2013/01/06(日) 08:04:33.05 ID:7ofJsG//0


「よろしくね、倉子ちゃん」
 岡田と名乗った女性は、わたしをいきなり下の名前で呼び出した。
「はあ、よろしくお願いします、岡田さん」
「尚子よ、な・お・こ」
 それからマシンガントークを延々と聞かされるはめになった。でも、しっかりと手は動いている。これが彼女の平常運転なんだろう。
 わたしは上の空で合いの手を入れながら、作業に没頭した。元々こういった地味な作業は実験などで慣れている。

「休憩よ」
 気付くと、みんな木陰に避難していた。
「暑いわねえ、大丈夫??」
 大丈夫、と言い掛けて、貰った冷たいペットボトルの麦茶を半分くらい、飲み干してしまう。汗もだくだく出ていた。
「……暑いかもしれませんね」
 岡田、いえ尚子さんはそれを見て少し笑うと、漬物を出してきた。
「塩分補給もしてね。脱水はバカにならないから」
 喋り続けながら、甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる。いい人なんだろうな、と思う。
「折木さんは何をしてるのかな??」
「折木さん?? 誰それ??」
 本気で知らないらしい。まわりの他の人たちも知らないようだった。
 ……あれ??
24 :pixivの人 [sage saga]:2013/01/06(日) 08:05:25.28 ID:7ofJsG//0

「わたしを連れてきてくださった人ですが」
「ああ、社長ね。折木って社長の旧姓か何か??」
「社長。ですか」
「そう。社長の千反田奉太郎さん」
 あの折木君……いえ千反田君が社長。あれ、千反田って確か……古典部の部長してたあのお人形さんみたいな……
「……奥さんは??」
「会ったことないけど、もちろんいるらしいわよ。わたしよりも年下の癖に。地方の大学に行ってるらしくて、今は家にいないの」
 なるほど。あの子と結婚して婿入りしたのか。
 ……やるわね。
25 :pixivの人 [sage saga]:2013/01/06(日) 08:06:10.57 ID:7ofJsG//0


 わたしたちはきゅうりの収穫を一日行い、働いた。
「……そろそろ終わりにしましょう」
 軽トラに箱詰めされたきゅうりを載せて、折木…いえ千反田君が言った。
「江波先輩は良かったら、うちに来て下さい。お風呂と洗濯をした方がいい。良ければ夕食も。岡田さん、お願いします」
「任せてー」
 千反田君は軽トラを運転して、納品に行ってしまった。

 わたしたちも後片付けして、千反田君の家に着く頃には、ぐったりしてしまう。
「疲れたでしょ。すぐにお風呂の用意するわね」
 尚子さんがてきぱきと用意をする。着替えを持ってきていなかったわたしに、浴衣と新しい下着を用意しておいてくれた。
 お風呂から出ると、台所で夕食の準備をしていた。
「すみません。わたしも手伝います」
「ありがとー。それを並べてー」
 尚子さんがどんどん盛り付けする料理を並べていきます。11皿、ですね。
 お味噌汁や糠漬けなども出される。
「さて、用意できたわね」
 尚子さんはエプロンを外すと、大声で叫びました。わたしは隣でただびっくりします。

「お食事できましたーっ!!!!」
26 :pixivの人 [sage saga]:2013/01/06(日) 08:06:59.99 ID:7ofJsG//0

 ぞろぞろと集まってきます。男性も半分ほど、和装の女性とお祖母さんは千反田君の家族でしょうか。いつのまにか、千反田君もいました。
「今日はマーボーナスです。頂きます!!」
「いただきます」
 みんな唱和して、食事が始まります。
 みんな色々喋りながら、食事が行われます。随分と賑やかです。こんな食事は初めてで、でもそんなに嫌ではない気がします。
「おいしいですね、マーボーナス」
「でしょ?? あたし、中華料理屋でバイトしていた時に教えてもらったんだー」
 隣の尚子さんが嬉しそうに笑います。
「岡田は中華だけはうまいな」
「何よ、嫌なら食べんな」
「褒めてんだろーに」
「褒めてない」
 喧嘩のようにみえながらも笑っている。いつものことなんだろうか。
 そんなこんなで、食事は終わってしまう。多いかな、と思っていた食事はいつの間にか全部食べてしまっていた。
27 :pixivの人 [sage saga]:2013/01/06(日) 08:08:01.06 ID:7ofJsG//0


「先輩、帰るなら送っていきますよ」
 衣類の洗濯と乾燥が終わっていたが、浴衣が心地よくて、まだそのままだった。
「あ、そうね」
「泊って行ってもいいんですが」
「え?? それはどういう……??」
 千反田君は結婚してるのよね。奥さんがいないからって、そんな。
「岡田さんたち女子組と一緒の部屋になりますが、それでも良ければ」

 はあ。
 何勘違いしてるんだろ、わたし……
28 :pixivの人 [sage saga]:2013/01/06(日) 08:08:43.94 ID:7ofJsG//0

「じゃあ、お願いします」
「わかりました。先輩、今日はどうでしたか??」
「そうね。意外と合っている気がする」
 千反田君は嬉しそうに笑った。
「それは良かった」
「尚子さんたちは住み込みの社員なの??」
「いいえ。彼女はボラバイトですね。社員も数人いますが、3年で独立する予定です」
「ボラバイト??」
「ボランティア・バイトの略らしいです。少ない賃金で農業に携わる人たちを言います」
 千反田君は季節労働者みたいなものです、と言葉を濁す。
「そんなに安いの??」
「そうですね。今日くらい働いても、県の最低賃金の日給くらいしかあげられません。休みも週1日半ですし。衣食住はタダにしていますが」
 へえ。
「ま。農業に志がなければ、やってかれないですけどね」
 体験みたいなものです、と千反田君が言った。
「……ボラバイト、まだ募集してるの??」
 わたしは自然にそう聞いていた。

 わたしにはしばらく予定はない。
 どうせ暇なら、こういう生活も悪くないかもしれない。
 大学の勉強や研究も、事務仕事も、忘れて。
 ただひたすらに自然と生きる。今までになかった生活だった。

 やってみようか。
 何故かそう思った。


29 :pixivの人 [sage saga]:2013/01/06(日) 08:10:48.25 ID:7ofJsG//0
 終わり。

 とりあえず、ここまでしか書いていない。
 続けるかは、まだ決めていない。

 では。
30 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/01/06(日) 15:15:37.52 ID:hard6F5AO
ほう

江波にスポットライトが当たるとは

登場人物から作者は類推出来るが、まあvipに来たのは感激するぜ
31 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/01/06(日) 15:29:28.27 ID:VvVBwoHu0
続き激しく期待!!
32 :pixivの人 [sage saga]:2013/01/07(月) 09:16:09.08 ID:fEnViHoP0
少ないけど、見ている人が居るようなので、書いて投下。
相変らず、誤字脱字、変な文は見逃してください。
まずは登場人物を整理してみた。でも、全員出てくるのかは不明。

登場人物
江波倉子…25才。東京の某工業大学の応用生物学部卒。大企業である某食品メーカーに就職するも、研究職かに一般にまわされて、事務の仕事を2年して退職。久し振りの神山駅で6年ぶりに入須に会う。
33 :pixivの人 [sage saga]:2013/01/07(月) 09:17:32.29 ID:fEnViHoP0

入須冬実…24才。地元国立大の医学部に進学するものの、途中で心理学部に転学部する。そのまま大学院に行き卒業。臨床心理士を取得。恋合病院地域連携課に所属するも、緩和ケア病棟のケアに参加したり、婦人科病棟や外来のケアも行っている。
小岩井氏…66才。市の助役退任後、天下りを断って、NPO法人「神山農業を守る会」を設立。就農支援やコーディネートを行っている。
岡田尚子…25才。江波たちより1年先輩。フリーターを長く行っていた。就農推進イベントで小岩井氏に誘われ、千反田農産のボラバイトに参加。中華料理は得意だが、その他の料理は微妙。マシンガントークで、人の話は余り聞かない。でも、優しい人。
34 :pixivの人 [sage saga]:2013/01/07(月) 09:18:11.91 ID:fEnViHoP0

萩原鈴…18才。農業高校卒業したばかり。進路を悩んでいる時に小岩井氏と出会い、神山農業を守る会の最初の利用者。千反田農産の就農希望社員になる。奉太郎を尊敬している。でも、一番恋愛経験が高い。あっけらかんとした今時の子。
元さん…72才。千反田農産の最高齢の契約社員。稲作については社長の相談相手。就農希望社員の先生。好々爺。
吉さん…66才。同じく契約社員。就農希望社員の先生。
安田さん…42才。千反田農産就農希望社員で一番年上。脱サラ組。家族あり。
角田さん…30才。独身の就農希望社員。なにかと面倒を見てくれる。
35 :pixivの人 [sage saga]:2013/01/07(月) 09:19:01.37 ID:fEnViHoP0

千反田奉太郎…24才。千反田農産を立ち上げる。「神山農業を守る会」の共同設立者。何かと忙しい。春に入籍したばかりだが、新婚生活は送れていない不幸な人。社員やボラバイトたちを見ながら、色々気をまわしている。

他にボラバイト男3人、就農希望社員男1人がいる。男性は千反田の家に住まず、近所の空家を借りて住んでいるが、食事は千反田邸で食べている。女性も家を探していたが、今のところなく、千反田邸の空き部屋を使って生活している。
36 :pixivの人 [sage saga]:2013/01/07(月) 09:20:35.92 ID:fEnViHoP0
さて、本編。余り書けなかった。。


 ここで働き始めて、一ヶ月が過ぎた。
 朝は6時に起床。ラジオ体操をして体をほぐしてから、農作業の準備や朝食の準備を行う。場合によっては農作業を行い始める。
 8時頃朝食。各自仕事に取り掛かる。
 10時頃、休憩。お茶を飲む。
 11時半頃、昼食準備。12時昼食。
 14か15時頃休憩。水分補給。暑い日は特に注意しながら行う。
 18時頃、暗くなってきたら、夕食準備。19時夕食。
 1日の流れは、こんな感じだった。
37 :pixivの人 [sage saga]:2013/01/07(月) 09:22:00.73 ID:fEnViHoP0

 これと言って代わり映えのない地味な作業の連続。
 それでも飽きなかったのは、尚子さんのお喋りと、休憩時間のみんなの話。ご飯のおいしさ。もちろん、真剣に作業に精も出すけど、ボラバイト仲間は楽しいサークルのような感じがあった。

「いいなあ。わたしたちは真剣そのものですよ」

 就農希望社員の萩原さんは言った。萩原さんは農業高校卒業したばかりの女性で、あっけらかんとしている。
「吉さん、厳格だから。そう言う雰囲気にはならないかなあ」
 吉さんは契約社員で、就農希望社員の指導をされている。

「仕方がないよ。勉強すべきことが多いんでしょ??」
 尚子さんが布団を敷きながら言った。わたしたちは10畳の和室に布団を敷いている。もうすぐ休む時間だ。10時になるともう眠くなる。以前は0時過ぎても眠くならなかったのに。
 わたしは自分の生活がだいぶ変わったのを実感していた。

「まあ、そーなんですけどねー。でも楽しそうなのはうらやましいっす」

 確かにそうだ、と思う。わたしから見たら、ノウハウを教えてもらえる立場で社員待遇、給料もしっかり出ているのは羨ましいが、隣の芝生は青く見えているのかもしれない。

 そして、どんなことにも言えることだろう。
38 :pixivの人 [sage saga]:2013/01/07(月) 09:23:12.06 ID:fEnViHoP0


 仕事と生活のサイクルに慣れたわたしは、千反田君をそれとなく伺うようになった。得体のわからない点はあるものの、知らない人ではないし、ずいぶん忙しそうなので、何をしているのかが気になった。

「俺はたいしたことはしてないですよ」
 直接聴くとこんな感じで、はぐらかされてしまう。
「でも、野良仕事をしていたほうが楽かなあ」

 どういうことだろう??

 わたしは俄然興味を持って、仕事の合間とかに観察を続けた。
39 :pixivの人 [sage saga]:2013/01/07(月) 09:24:40.83 ID:fEnViHoP0

「倉子ちゃん、ダメよー。不倫はぁ」

 ある日の寝る前に、尚子さんは笑いながら言ってくる。

「……何の話ですか??」
 まるで身に覚えがない。

「またまたぁ、いっつも社長見てるくせにー」
 はあ??

「なになに、江波さんは社長が好きなんですか??」
 萩原さんが俄然元気になって、詰め寄ってくる。
「意外と何でも知っていて、さり気なくフォローしてくれるんですよね、社長。惚れるのもわかります」

 萩原さんがうっとりしている。この子、大丈夫かしら??
40 :pixivの人 [sage saga]:2013/01/07(月) 09:26:06.12 ID:fEnViHoP0

「ああいうタイプはなかなかいませんよね。わたしもついデレてみたけど、全然スルーされてしまいました」
 何を言っているのか、良くわからない。

「まあ、不倫はいけないから燃えるんですよね」
 本当に心配になってくる。

「社長って忙しそうじゃないですか。土日もやたらキメて出かけることがあるし。この間の黒いスーツなんか、それはもう眼福ものでした」

 千反田君は確かに、土日も出かけることが多い。決まって小奇麗な格好で出かけているのは何故なんだろう??

「……浮気??」

「ありえると思いませんか??」
41 :pixivの人 [sage saga]:2013/01/07(月) 09:27:26.83 ID:fEnViHoP0

 珍しく黙っていた尚子さんがかぶりを振り、言ってきた。

「それは違うんじゃないかなー。義理の家族と暮らしているのに、そんな堂々とできるかなー」

「でも、社長だって男じゃないですか。あんだけバリバリ働いていて、性欲持て余しているはずですよ」
 生々しい。萩原さんは恋愛経験が豊富らしいけど、その若さでどういう経験をしてきたのかが心配。

「憶測で他人を判断しちゃダメよー」

「あれ、尚子さんも社長にホの字ですか??」
 萩原さんは本当は何歳なのか、気になる。

「あたしは一般的な話をねえ……」
「それにしても、奥さんってどんな人なんですかね。あのお母さんから見ると、美人なんでしょうけど。でもダンナを放っておいて、心配じゃないんですかね」

「確かに。あたしも見たことないし。新婚なのにひどいわよねー」
42 :pixivの人 [sage saga]:2013/01/07(月) 09:28:24.69 ID:fEnViHoP0

 わたしは奥さんを知っている。

 そんなに詳しくは知らないけど、危なっかしい人だった。ウィスキーボンボンで酔っていた記憶がある。

 でも、美人だった。入須とは違う意味で、とても目立っていたように思える。性格はまっすぐで、よく気を使っていた。本郷のこともとても心配していたし。

「奥さんはそんなに悪い人じゃないと思うけど」

 社長の奥さんの悪口になりかけていた話題。無視していれば良かったのに、つい言ってしまった。
43 :pixivの人 [sage saga]:2013/01/07(月) 09:29:52.82 ID:fEnViHoP0

「……江波さん、知っているんですか??」
 一石を投じて、その意味が浸透されると、2人はこちらに食いついてきた。

「そういえば、社長を旧姓で呼んでいたわね」
 じっくり見つめてくる。

「昔、少し会ったことがあるだけ。今は知らない」

「どんな人どんな人??」

「気になるう」

 そのフレーズはまさしくあの子を思い出す。

「その、美人だけど変わった子だった、と思う。でも普段は礼儀正しい人だった」
 わたしのイメージしている古典部の部長はそんな感じだった。
44 :pixivの人 [sage saga]:2013/01/07(月) 09:31:00.00 ID:fEnViHoP0

「なにそれ、余計に気になりますよ」

「写真とか持ってないんですか??」

 さすがにそれはない。わたしに言えることは。

「まっすぐ芯の通った子、ですね。友達が言っていた」
 入須はまっすぐすぎると言っていたけど、そこは伏せてもいいだろう。

「へー、そんな人なんだ。じゃあ、社長が浮気なんかしていたら、流血ものですね」
 うーん、どうだろう。わたしの知る限りでは浮世離れしている感じがしていたけど。でも良く知っているわけじゃないし、これ以上推察は出来ないわね。

「帰ってきたら楽しみですね」
 わたしはあなたの性格が心配よ、萩原さん。

45 :pixivの人 [sage saga]:2013/01/07(月) 09:32:27.35 ID:fEnViHoP0


 休みの日曜日に、珍しく千反田君が出かけることもせず、昼頃に起きてきた。

「おはようございます」

 ぼさぼさの凄い寝癖のまま作業着を着て出て行くので、気になって付いて行ってみた。

「今日は休みですよ??」
 千反田君は眠そうにしながら、自前のスーパーカブ90を始動させた。1人で行動するときは、彼は好んでこれに乗っている。

 千反田家には3台の原付があって、自由に乗って良いことになっている。わたしもその一つを出してきた。
46 :pixivの人 [sage saga]:2013/01/07(月) 09:33:19.64 ID:fEnViHoP0

「物好きですね。どこかへ遊びに行けばいいのに」

 実際、家に残っているボラバイトはわたしだけだ。

「千反田君こそ、今日は身なりを整えて遊びに行かないのですか??」
 思わず出た言葉に、彼はかぶりを傾げている。少なくても遊びではないらしい。

「とにかく。これからどんな仕事をするのか、見学させて下さい」

 千反田君はへいへい、と返事をして走り出した。
47 :pixivの人 [sage saga]:2013/01/07(月) 09:34:13.88 ID:fEnViHoP0

 千反田君はわたしたちが最近良く手入れや収穫している、ハウスがずらりと並んでいるところを通り越して、田圃の方へと向かっている。

 この時期はまだ田植え前で、水をまだ入れていなくて、就農希望社員が田おこしをせっせとトラクターでやっているところ。

 萩原さんの話では、他の農家よりも深く掘り返しているとのこと。深くなればなるほど、田植え機は使いづらくなるが、土壌環境には良いという話をしていた。

 わたしは大学で、土壌環境学も学んでいたので、その辺も理解できる。土壌の成分の均一化と自然治癒力を目指しているのだろう。
48 :pixivの人 [sage saga]:2013/01/07(月) 09:35:47.71 ID:fEnViHoP0

 わたしがそんな話を思い出したのは、千反田君が走っては止まって、土を掘って、サンプルを採取したり、簡易測定器で調べ始めたからだ。

「稲に適した環境って、どんな土壌ですか??」

 わたしは気になって、聞いてみた。

「そうですね、埴壌土、つまり粘土が多く粘り気があって、肥持ちが良い土であること。それでいて、水はけも悪くないようにしないといけません。何故だかわかりますか??」

 逆に質問されてしまった。
49 :pixivの人 [sage saga]:2013/01/07(月) 09:37:16.35 ID:fEnViHoP0

「水稲では土の酸素がなくなって、根が育たないからですか??」

「さすがですね。応用生物学ってそんなことも勉強されるんですか??」

「違います。植物の根の生育について学んだ記憶があっただけ」

「なるほど。そういう学問もあるんですね。勉強になります」

 千反田君は笑いかけてくる。少し恥ずかしい。
 でも、こちらの気持ちには無頓着に話を続けた。

「同じように土も柔らかくなければ根は育ちません」
 千反田君は土をこんもり手で持つ。

「このようにフカフカの土でないといけません。窒素が0.2〜0.4%、炭素が4〜5%、C/N比は10くらいですね」

「勉強してるんですね」

「まだまだですよ。先輩からも教わりたいですね、微生物について。正直、まだそちらには手を伸ばせていません。一から始めるのは今年が初めてですから」

 もうだいぶ忘れてしまっている。本は幾つか残してあったと思うけど、家だし。

「ま、おいおいやって行きますよ。さあ次の地点に行きます」
50 :pixivの人 [sage saga]:2013/01/07(月) 09:38:10.85 ID:fEnViHoP0

 農家と言うのは、野良仕事だけやっていれば言い訳ではないようだ。それが良くわかった。

 わたしはカブをトコトコ走らせる千反田君の背中を見つめた。

 わたしは秋の収穫までは残るつもりだ。まだ時間はある。

 私の知識が役に立つ仕事は、意外にもこんなところにもあるのかもしれない。


 そんな気がした。

51 :pixivの人 [sage saga]:2013/01/07(月) 09:41:43.80 ID:fEnViHoP0
以上です。

ちなみに、これはサイドストーリーです。本編は、あっち(どっち?)で再開するつもりです。

僕のリハビリみたいなもの。

なのでテキトーです。すみません。

では。
52 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/01/07(月) 11:32:33.02 ID:0qNwAdeW0
乙!でした。 あっちでも読まさせていただきます。
53 :pixivの人 [sage saga]:2013/01/07(月) 14:11:00.76 ID:fEnViHoP0
もうちょっと続くかも、です。まだわかりませんが。
54 :pixivの人 [sage saga]:2013/01/08(火) 01:07:01.56 ID:WdGXcgrI0
また、ちょこっと投下。ひっそりとね。
55 :pixivの人 [sage saga]:2013/01/08(火) 01:08:28.09 ID:WdGXcgrI0

 田植え期に入った。

 田圃に水を入れた後、代かきしていた就農希望組と元さん吉さん、そして千反田君は、5月の連休も休まずに田を整えて、入念に準備をしていた。

 そして5月の第2週の日曜日に、一気に田植えを始めた。
 近所の農家の手伝いもあったが、基本はわたしたちが頑張らないといけない。

「今日が終わっても、しばらくは近隣の農家の手伝いもありますから、ここ2週間ばかりは大変ですよ」

 そんな怖いこと、言わないでほしい。

 とにかく、今日は田植え機がフル稼働した。わたしたちは苗箱の補充を手伝ったり、機械の入れないところの田植えをしたりした。

56 :pixivの人 [sage saga]:2013/01/08(火) 01:09:43.86 ID:WdGXcgrI0

 千反田の家ではコシヒカリがほとんどだったらしい。会社1年目の今年は特別栽培米のコシヒカリを主力に、今年から『龍の瞳』を一部の田圃に植えるとのこと。

 この『龍の瞳』は成長すると背丈が高い分、倒れやすくて栽培が難しいと言われる米。しかし、その米粒の大きい品種はとても香り高く、美味しいと評判が高い品種だった。わたしもここで一度食べたことがあるが、やはりいつものごはんとは違って、ごはんと塩だけで十分に食べられるほどのおいしさだった。

 背丈の高い稲の場合、どれだけ根がしっかり成長できるかが倒れない鍵になると言う。

 千反田君がこまめに土壌診断していた理由は、『龍の瞳』を植えるところの選定だったことがわかる。
57 :pixivの人 [sage saga]:2013/01/08(火) 01:12:39.23 ID:WdGXcgrI0


「腰が痛いねえ」

 今日1日かけて、作付面積65ヘクタールの田植えを終えた。屈みながらの作業だったので、腰がかなり辛い。

 お互いにマッサージして、薬を塗ったり、湿布を貼ったりした。

「神山市内でも、これほど広い作付面積を誇る農家はいないらしいし、この近辺の農家は3ヘクタール未満の農家ばかりだから、最大の難関は今日だったんですよ」

 萩原さんは田植え機の運転を半日ずっとして、その後は苗箱の補充作業を手伝い、最後に苗箱の洗浄を行った。苗箱の洗浄が一番辛かったらしく、わたしたちが手伝いに行くと、涙を流しながら喜んでいた。

「あの量は地獄かと思いました」

 わたしたちが人海戦術を使っても、なかなか終わりそうになかったそれは、洗浄する機械をフル稼働させても時間が足りないために行っていた。それでも3時間以上洗い続けた。最後の洗礼と言う奴だった。

 田植えが終わると、手伝ってくださった近隣の農家に宴を開くのだが、その手伝いも行わないといけなかった。

 もちろん、わたしたちも参加できたが、それを楽しむほど元気な人はいなかったのが実情だった。

「お料理は豪華だったし、おいしかったけどねえ」

「お年寄りはお元気でしたね」

 慣れているのだろう。お年寄りが一番、宴を楽しんでいた。

 見かねた千反田君のはからいで、わたしたちは早々に退散させてもらった。
 今でも酒宴は続いているはずだった。

「ごはんも食べたし、風呂も入ったし、後は寝るだけ」

 そんな事を言って、早々に休む支度をして、部屋の明かりを消した。

 でも、疲れが強いと逆に眠れない時もある。今のわたしがそうだった。

 
58 :pixivの人 [sage saga]:2013/01/08(火) 01:14:02.18 ID:WdGXcgrI0
 他の2人が寝静まった中、羽織を着て縁側に座る。

 酒宴のやっている客間からは遠い部屋なので、そんなに騒がしくない。改めて広いお屋敷だな、と思う。また庭園も広く立派で手入れが行き届いている。わたしたちも良く掃除をするが、日本庭園の公園のようだった。

 月明かりに照らされて、夜の庭園も神秘的な雰囲気を醸し出していた。

 しばらく1人で楽しんでいると、誰かが近付いてくるのがわかった。今は家に色々な人が出入りしている。

 緊張して様子を伺っていたら、千反田君だった。

「先輩は眠れませんか??」

 千反田君は何故か小さい日本酒を持ってきていた。わたしに渡してくれる。

「酔わせて襲うつもりですか??」

 わたしの冗談は冗談に見えない、とは入須の言だったが、千反田君はムスッとした。

「そんなことはしません。ひどい言われようですね」

「冗談よ」

 はあ、とため息をついて、千反田君は隣に座る。少し近くないかな。

59 :pixivの人 [sage saga]:2013/01/08(火) 01:15:02.34 ID:WdGXcgrI0

「ここの景色はいい肴になると思って来て見たら、先客がいただけですよ」

「へえ、お気に入りの場所だったの?? なら遠慮しようか??」

「別にいいですよ。ほんとは2人だけの秘密の場所だったんですけどね」

 いいと言う割には引っかかる言い方だ。
 それに2人だけ、ね……

「奥さんって、部長だった千反田さんよね?? まだ帰ってこないの??」

「うーん、今年帰ってこれるかは微妙ですかね」

「……寂しくないの??」

 千反田君は何も言わずに日本酒を呑んだ。しばらくたってから。

「……約束なんです。だから平気です」

「そっか」

 それからわたしたちは何も言わずに庭園を見ながら日本酒を呑んだ。

 わたしはこの雰囲気が嫌いではない。でもなんかずるい気もする。

 良くわからないことを考えて、考えるのを止めた。今はこの景色を肴にお酒を頂くのだけでいい。なかなかこんな機会はない。野暮なことは考えないことにした。

60 :pixivの人 [sage saga]:2013/01/08(火) 01:15:57.32 ID:WdGXcgrI0
以上、今日の分は終わります。まだ続きそう。
では。
61 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/01/10(木) 22:44:57.56 ID:IKeDPWlAO
えるが帰ってくるのが楽しみだ

近いのはえるの影響だなww
62 :pixivの人 [sage saga]:2013/01/11(金) 07:32:57.42 ID:11HKwbot0
見てる人、いたんだ……続きはもうちょっと待ってて下さい。用事があって、少しずつしか書けません。
63 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/01/11(金) 13:24:16.67 ID:anT1WepZ0
>>62
ゆっくりでいので、お願いします。楽しみです!
64 :pixivの人 [sage saga]:2013/01/11(金) 19:22:28.87 ID:11HKwbot0
また、ひっそりとゆっくりと投下。
例によって誤字脱字、変な文章は目をつぶって下さい。
65 :pixivの人 [sage saga]:2013/01/11(金) 19:24:22.84 ID:11HKwbot0

 田植えは結局、10数台の田植え機が稼動したにも関わらず、1日では終わらずに3日間かかった。
 それから手伝ってくれた農家の田植えの手伝いにまわり、気がつくと忙しい2週間はあっという間に終わっていた。
 『龍の瞳』も、作付面積は少ないものの、厳選された田圃に50アールだけ試験的に植えられた。

 ちなみに10アールはほぼ1反であり、100アールで1ヘクタールでほぼ1町。千反田の名前を考えると、1000反で10000アールで100ヘクタールの田圃がないとおかしい。

 その辺を千反田君に聞くと、戦後の農地改革で、先祖伝来の田園をほとんど失ったらしい。それを相場での儲けで半分ほど回復させたのが祖父の庄之助氏。だからもともとの千反田の田圃は50ヘクタールしかない。後の15ヘクタールは農業放棄地を会社設立に合わせて借りたものだという。

66 :pixivの人 [sage saga]:2013/01/11(金) 19:25:52.70 ID:11HKwbot0

「放棄地は農家の高齢化と共に年々増えています。また小規模の農家は現状作れば作るほど赤字になるので、辞めざるをえないんですよ」

 戦後の農地改革がもたらした物は、小作人が農家として自立できるようにするためだったはずなのに、それが引き金になって大規模農家がいない、国際競争力のない現状になってしまったのは皮肉な話だった。

 なかなかうまくいかないものである。
67 :pixivの人 [sage saga]:2013/01/11(金) 19:29:20.17 ID:11HKwbot0


 田植え期間をようやく終えて、ひと息つく暇もなく、就農希望組は田植え機の整備をした後に、すぐ田植え機を除草バージョンに切り替えて、初めに作付した田圃に入っていく。田植え直後は深い水で管理して気温の変化や雑草の発生予防するが、気温が上がっていけばそんな事も言ってられない。

 水管理を丁寧にしながら、足りないところは除草機に衣替えした田植え機をどんどん稼動させていた。

 わたしたちはと言うと、そういった大型の機械が入れないところの雑草取りや、野菜栽培の世話に追われた。

 今はカボチャを定植させているところだ。

 ハウスで発芽させて育てていたカボチャを畑に移していく。

「カボチャってこう作ってるのねえ。種を直接畑に蒔くんだと思ってた」

 尚子さんが言った。

「まあ、直播でも出来るけど、こうした方が良いカボチャが出来るし、管理がしやすいみたいですね」

 わたしは就農希望社員の角田さんから先ほど聞いたことをそのまま伝えた。

「今のうちに一手間したほうが、後で楽なんだそうです。角田さんが言ってました」

 角田さんは就農希望組でも一番若い男性だ。それでも30歳である。

 角田さん自身、野菜作りの農業法人に勤めていたらしいのだが、そこを辞めてこちらに参加したのだという。なので千反田君が稲作の合間に野菜作りのノウハウを聞いたり、実際に現場に顔を出すことが多かった。
68 :pixivの人 [sage saga]:2013/01/11(金) 19:31:56.71 ID:11HKwbot0

「へー、そうなんだー」

 尚子さんはちらちらこちらを見て言う。

「……どうしたんですか??」

「角田さん、優しいわよねー。どうなの??」

 ……はあ。何か勘違いしている。

「角田さんはみんなに優しいじゃないですか?? 尚子さんも昨日、仕事手伝ってもらって喜んでいたのに」

「そ、そんなことないわよ。気のせい気のせい」

 藪をつついたら、蛇が出たようだ。

 人それぞれ自由よね。でも、わたしは恋愛は向かない。愛想と言うのが徹底的に足りないらしい。昔、大学のサークルで……いや、今はいい。

「倉子ちゃんだって、社長に付いてまわってるくせに」

 間違いない。でも、それは、なんというか……

「それは好きとかじゃなくて……気になるだけです」

 わたしの良く考えた末の言葉は尚子さんに爆笑された。
69 :pixivの人 [sage saga]:2013/01/11(金) 19:35:16.65 ID:11HKwbot0


 わたしが千反田君に付いてまわるのは理由がある。



 以前、千反田君は微生物環境について知りたいと言っていた。

 わたしは応用生物学を学んできた。もちろん、微生物を利用した環境の自浄サイクルなどは、うちの学部ではトピックスの一つだったので、それなりに知識はあると自負している。本さえあれば、だが。

 そんな訳で、東京の部屋を引き払うために2、3日の休みを貰って、必要なものを千反田家の下宿に送る。必要ないものはばっさりと捨てた。今すぐには必要になりそうにないモノについては、家族が今、住んでいる大阪の家に置かせてもらうよう手配する。

 神山市に戻ったわたしは、環境と微生物について、田圃や畑の環境を考慮にしつつ、空いた時間に勉強し直した。

 しかし、稲作についても野菜作りについてもわたしは門外漢なので、一般的な土の中での微生物の役割と環境についてをまとめてレポートを書く。

 それに没頭できなかったのもあり、一週間かかって、ようやく書き上げた。数えてみたら、50枚を下らない。わたしはそれを無造作に千反田君に渡した。嫌がらせだな、と思う。

「なになに?? ラブレターにしては大きいわね??」

 あたり前である。なんで50枚もの紙を使って、既婚者にラブレターを書かなければならない??

「ラブレターなんかじゃありません。土の中の微生物環境についての考察です」

「へ、へえー。すごいわねー」

 尚子さんは棒読みで言った。

「ま、聞かれたので、少し本気を出しただけですよ。フフフ……」

「……怖いわよ、倉子ちゃん」

 わたしは満足をした。これでわたしの役割は終えた。そう思っていた。
70 :pixivの人 [sage saga]:2013/01/11(金) 19:38:15.64 ID:11HKwbot0

 千反田君はレポートを受け取ると、不思議そうに頭を傾げて、自分に向けて指をさした。

「そ。微生物について聞きたがってから」

「えーと、良く覚えていましたね」

 忘れられていたらしい。

「とにかく、わたしは田圃のことも畑のことも良くわからないから、一般的な話になってしまうけど」

「はい。それで結構です。大切に読ませていただきますね」

 そう言うと、千反田君もわたしも仕事に追われた。き、そのうちに読んでくれるのだろう。忘れられても構わない。わたしが満足できたから。

 でも、そんな問屋はおろさなかった。



「先輩、これはどういう意味なんでしょうか??」

「この用語は??」

「先輩」

 翌日から、千反田君の質問攻めに遭う。

「やだー、アツアツねー」

 尚子さんの冷やかしが入るが、そんな生やさしい話ではない。

 わたしは専門用語をそのまま用いた。多用した。生物学の基礎が出来ている人に向けての話にしてしまっていた。知らずのうちに。

 それを見せて、自分だけ満足していたのだ。

 恥ずかしい。



「お願い、あと一週間待って」

 わたしは書き直した。必然的に枚数は倍以上になる。仕事の合間に書き上げて、千反田君に渡した。

「気合入ってるじゃん」

 尚子さんの冷やかしを聞いて、頷いた。それは入るだろう。このままでは、わたしは恥ずかし過ぎる。

「昨日のレポート読んだ??」

 翌日に会ったときに千反田君に聞いてみた。

「はい。だいぶ長くなりましたが、分かりやすかったですよ。ありがとうございます」

 やっと役に立ったらしい。ようやく嬉しい気持ちになる。
71 :pixivの人 [sage saga]:2013/01/11(金) 19:40:20.42 ID:11HKwbot0

 ここでふと思いついたことがある。



 わたしは今まで、レポートでも、報告書でも出せばおしまいだと思っていなかっただろうか??

 相手のことを考えて、それが役に立つように書けていただろうか??

 わたしはその会社や組織に対して、役に立てる報告書なりレポートなりを書けていただろうか。

 組織が大きければ大きいほど、末端のわたしたちは型通りの仕事しか出来なくなっていなかったか??

 もしかしたら、千反田君は教えてくれたのだろうか??

「さあ?? 変に買いかぶられても困ります。忙しいので、また後で」

 千反田君に聞いても、もちろん教えてはくれない。

 偶然なのか。それとも……



 わたしは聞くのを止めて、千反田君をより注意深く観察することにした。尚子さんにまた冷やかされるだろう。

 でも、彼がどういうつもりで行動をして、何を期待しているのかが、どうしても気になる。
72 :pixivの人 [sage saga]:2013/01/11(金) 19:44:16.68 ID:11HKwbot0


 千反田君を見ていると、とにかく良く話し合う。意見が対立すると、さらに話し合い、議論する。まるでディベートのようだ。

 では、弁の立つ方が有利なのかと言うと、そうでもないらしい。

 千反田君が対立する意見をまとめる時の判断基準が気になった。



 更に千反田君の行動を見ていると、良く現場に足を運ぶ。

 まるで迷いなく、移動した現場にたどり着いていた。わたしたちのところにも、良く見に来る。

 千反田君は作業やその予定を頭に叩き込んでいて、何をしていくのかを予測して動いているようだった。

 そして、各就農希望社員の考えを読んでいるように見えてくる。

 と言う事は、意見が対立した時に彼が判断基準にするのは、その人の人となりなんだろうか??



「まさか。そこまで判る訳ありませんよ」

 ある時に聞いてみたら、千反田君は笑った。

「ただ、彼らには日報を詳しく書いてもらっています。それを読んでいけば、何を考えているかはなんとなくわかってきま
す。それを汲み上げるのが俺の仕事ですかね」

 では、なんでディベートさせているのか。

「自分の意見が言えないんじゃ、後々困るじゃないですか。農家は特に話し合いが大切になります。勝手なことをしても、それが理にかなっていても、正しくはない。1人では農家なんでやってかれません。助け合わないといけない場面が多い」

 千反田君は、地味な話し合いこそ大事にしているという。

「でも、流されないで正しいと信じることを伝えて理解してもらえば、それは変われるチャンスじゃないですか」

 でも。とわたしは思う。
 それを出来る人って、どれだけいるのか。

「……千反田君は人を育ててるの??」

「やだなあ、先輩。俺は稲を育てるので精一杯ですよ。自分が教わってきたことを実践するので精一杯ですよ。だから、よく話し合うんです。忙しくてもね」

 そういうと、千反田君を呼ぶ声が聞える。

「先輩もぜひ、疑問はそのままにしないで、話し合って下さいね」

 そういうと、千反田君は話し合いに行った。



 あなた、本当に年下なの??

 何度目かも分からないくらいの問いをその背中にぶつけようとして、止めた。

 きっと、事も無げにこういうに決まっている。

「年下ですよ。あたり前じゃないですか。忙しいから、また後で」

 そして、後になって聞いてくるのだ。

「俺はそんなに老けてますかね?? で、今度は何の用なんですか??」



 彼はそう言う人だった。

73 :pixivの人 [sage saga]:2013/01/11(金) 19:50:36.25 ID:11HKwbot0
以上で今日の分は終わりです。
なかなか進められなくてすみません。
74 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/01/11(金) 19:57:55.04 ID:c1c3RRDO0
乙!でした。早くえるが帰って来て欲しい・・・
75 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/01/12(土) 17:56:22.98 ID:y4znkKgAO
>>73

乙!
奉太郎、大人だな・・・


焦らずに自分のペースで大丈夫
76 :pixivの人 [sage saga]:2013/01/13(日) 14:23:53.12 ID:yyrUGXqr0
なんとなく、書いてしまったので投下〜。例によって誤字脱字……の文言はもう分かっていますね。
では、始まります。
77 :pixivの人 [sage saga]:2013/01/13(日) 14:25:24.32 ID:yyrUGXqr0


 梅雨も終盤に差し掛かって。

 梅雨の中休みに田圃の水を抜き、みんなで溝切りをせっせと行って、排水しやすい形にする。ここからが根の張り具合の勝負らしい。

 梅雨の合間に、更には雨が降っていても水管理を徹底していた。土が乾かないと、酸素が土に取り込まれない。ガスばかりになる。それでは根が成長できないのだ。

 溝切りと中干しをしっかり管理して行っているときに、千反田君は倒れた。
78 :pixivの人 [sage saga]:2013/01/13(日) 14:31:38.42 ID:yyrUGXqr0

 無理もない。本格的な大規模稲作1年目の千反田君は、それ以外にも幾つもの案件を抱えながら、徹底的に話し合っていた。聞く所によると、午前様はあたり前で働いていたらしい。ここのところ、夜になっても千反田君が不在なのがあたり前になっていた。

 千反田君は救急車で運ばれた。
 過労と感冒症状が悪化し、肺炎になっていて、入院を余儀なくされた。

 千反田農産は一時的に元さんと吉さんが責任者となり、稲作を進めていくことになった。野菜関係は角田さんが責任者になる。



 わたしたちが休みになったときに、ようやくお見舞いに行こうと言う事になって、尚子さんと一緒に出かけた。萩原さんは稲作の仕事の関係で休みが合わなかった。

「社長、大丈夫かしらね」
 お見舞い用の果物とフラワーアレジメントを買って、入院した恋合病院に向かう。今日は軽トラを借りられた。簡単なお使いも頼まれたけど。

「会社は社長がいなくても動いているけど、なんか物足りないんだよねー」

 それはあちこちの現場にひょこひょこ顔を出す人が居なくなったから。千反田君はもしかして潤滑油だったのかしら。
「そうね。龍の瞳の紛争もあったし、心労が祟ったのかもね」

 龍の瞳の紛争は前年からあったらしい。
 龍の瞳はコシヒカリの突然変異種を偶然見つけた人の妻が社長をしている会社が一元管理している。栽培方法から米の買取まで。

 ところが、龍の瞳の稲「いのちの壱」は、もはや全国で栽培されている。その米を産地別でなく、ブレンドして出荷し始めた管理会社の手法に、飛騨の契約農家が反旗を翻したのだ。

79 :pixivの人 [sage saga]:2013/01/13(日) 14:37:25.90 ID:yyrUGXqr0

 神山市のある飛騨の地は標高が高い分、農作物に恩恵をもたらす。1日の気温差が大きいほど、作物はうまみ、甘みを増す。どうしても平坦な地が少ない分、収穫量は低いものの、その価値は高い。

 そういった紛争に、神山市でも豪農として、名家として名高い千反田家が巻き込まれてしまうのは、致し方のない話だった。まして、千反田農産は今年から龍の瞳の栽培を開始したばかりである。

 そんな訳で、千反田君は双方の調停をしていたらしい。例のごとく、話し合いをとことん重ねていた。



「ただでさえ忙しいのに、そんな事まで抱え込んでたんだ。どんだけー」
 尚子さんが軽トラを運転しながら、呆れた様に言う。
「社長は話し合いこそが大事だと考えているから。でも、うちの会社内ならともかく、他所の争いに巻き込まれてしまって、がんじがらめになったんだと思います」
「それで倒れちゃ、会社だって軌道に乗せられないわよね」
 正論だった。
 これは千反田君を少し叱らないといけないかもしれない。



 病室に行くと、女性の怒鳴り声が聞えた。
「おーれーきー!! いい加減にしなさいっ!!」

 わたしと尚子さんは個室の前で顔を見合わせる。入口のプレートは確かに千反田君のものだ。

 千反田君の旧姓で怒る女性。誰だろう?? 奥さんは怒鳴るような人ではなかったと思うけど。
 とにかくドアをノックして、病室に入る。

 ベッドに腰掛けている千反田君と仁王立ちして、千反田君を睨んでいる背の低い女性がいた。
 あれ?? どこかで……

「ああ、岡田さんに江波さん。いらっしゃい」
「あ、会社の人?? このろくでなしを一緒に叱ってよ。病院抜け出して、仕事関係の人に会いに行こうとしてるのよ、こいつ!!」
 にこやかに挨拶する千反田君の頭をチョップして、その女性は言った。そして、急に改まって、わたしたちに挨拶をする。
「あ、えっと。初めまして。福部摩耶花です」
 ……思い出した。古典部の……でも、福部??

「ああ、先輩。こいつの旧姓は伊原ですよ。そして俺はもう折木じゃない」
 千反田君は福部さんを見て、にやりと笑う。

「……む。では、千反田さん。あまり病人らしくしていないと、奥様に言いつけますよ??」
 物凄い睨みを利かせて、福部さんが詰め寄る。
 千反田君は奥さんと言われて、スゴスゴとベッドに入った。
「頼むからあいつには内緒にしておいてくれ。心配をかけさせるわけにはいかない」

「なら、おとなしく寝てなさい。入須先輩に言いつけるからね。灸をすえてもらわないと」

 千反田君は時計を指差した。
「時に福部さん、そろそろ愛衣ちゃんのお迎えの時間じゃありませんか??」
 ああ、と叫んで、荷物を掴んで病室を出て行く。

「いい?? あんまり言うこと聞かないと、ほんとにちーちゃんにメールするから。じゃ、また明日」
「来んでいい。たまには里志にちゃんとした夕飯を作ってやれ。俺はもう元気だ」
 そんな千反田君をジト目で睨みつける。
「……やっぱり、入須先輩には言っておこう」
 福部さんは手を振って帰っていった。


80 :pixivの人 [sage saga]:2013/01/13(日) 14:39:02.75 ID:yyrUGXqr0

「福部さんって、もしかして??」

「そうです。古典部で一緒だった里志と結婚したんです。子供もいますよ」

「へー。高校時代の人で結婚している人見たの、初めてかも」
 わたしが福部さんが出て行ったドアを見つめながら言うと、千反田君のため息が聞えた。

「俺も一応、結婚してるんですがねー」
 千反田君は電動ベッドの背を上げた。座る形になる。手でソファを勧めてくれた。

 わたしと尚子さんは勧められるままに座る。
「あ、そういえばそうね。忘れてた」
「わかるー。社長って、既婚者に見えないですよねー」

 尚子さんが散々その理由をまくし立て、千反田君が閉口した時、病室がノックされる。
81 :pixivの人 [sage saga]:2013/01/13(日) 14:41:13.41 ID:yyrUGXqr0

「失礼する。千反田君、少し話があるんだが」

「入須さん、さっそくですか。福部摩耶花からですか??」
 あからさまに嫌な顔をする千反田君を、ここに来て始めて見たかもしれない。

「分かってるじゃないか。そちらは会社の人か??」
 わたしに聞いて来た。わたしは無言で頷いた。

「ま、社長が怒られるのは見ていて楽しいものではないかもしれんが、許して欲しい」
 恐縮する尚子さんに頭を下げると、入須は千反田君に向き直った。

「入須さん、あなたが怒らなければ、岡田さんに謝らなくてもいいんですよ??」
 千反田君は焦っているようだった。

「千反田君、君は何か勘違いしているようだな。別にわたしは怒ったりはしない。話が通じない者に、いくら正論を叩きつけても、馬に念仏だしな」
「さいで。なら、お仕事にお戻り下さい。あなたのカウンセリングを待っている人のところに」

 入須は目を細めた。あの顔は相当怒っている。高校時代、彼女を観察し続けてきたわたしには分かる。

「ただな、お前にこれ以上何かあると、千反田は何もかも捨てて、ここに戻ってくるぞ。そして散々叱りつけるだろうな。脳内でいくらでもその場面が想像できる。平謝りしているお前がな」

 千反田君は何も言わなかった。しかし、額の汗が如実に事態の深刻さを表している。

「そして千反田はもう大学卒業を諦めるだろう。お前のせいでな」
 千反田君が深くため息をついた。

 わたしは千反田君が奥さんであるあの子の事になると、いつもの冷静沈着な彼でなくなることに、新たな一面を見た。
 そして、何故だが胸がゾワゾワする。

 なんだろう??

「……止めて下さい」

「わたしに命令するなんて、随分出世したな、千反田君??」

「一応小さい会社ですが、そこの社長ですからね……参りました。許してください」

 勝負にもならなかったらしい。

「龍の瞳の争い、色々なところで話題になっていたぞ。人に会うとは、その件か??
 千反田君は頭を掻く。
「まあ、そんなところです。龍の瞳側とやりあっているんですよ。ここいらの農家が」

「なんで君が調停しなければならない??」

「うちは千反田ですからね。北陣出以外にも顔が利くと勘違いされていて。わたしがまとめないと、米を買ってくれないとか」

「なにそれ。脅しじゃないですか」

「ひどい経営してるわね、その会社」
82 :pixivの人 [sage saga]:2013/01/13(日) 14:42:43.89 ID:yyrUGXqr0

 入須は少し考えていたが、かぶりを振ると。
「ふむ。だいたいの事情は分かったが、それでは収拾は付かないだろう。わたしに当てがある。少し任せてもらえないだろうか??」

 入須は千反田君が頷くのを見て、続ける。
「ただ、龍の瞳の会社とは袂を分かつ可能性があるのだけは覚悟しておいてくれ。千反田君の望み通りにはならないかもしれないが、解決方法はなくもない。君の作っているところの『いのちの壱』もちゃんと売れるはずだ」

 どの道、病人の千反田君には選択権なんてなかった。入須に一任することを了承させられて、更に無断外出したら奥さんに全てを報告すると脅されて、千反田君はすっかりヘコんでいた。

「ま、病気になった社長の責任ですよ。諦めるんですねー」
 尚子さんが千反田君を苛めていた。

「そうですね。で、会社のほうはどうですか??」
 わたしと尚子さんは顔を見合わせて、思うところを話した。

「そうですか。ありがとうございます。わたしも早く現場復帰しないといけないですね。肺炎も抗生物質が効いたようでもう大丈夫なんですが、主治医が今週一杯は休むようにと釘を刺されてしまってね。帰してくれないんです」

 入須が裏で手をまわしているのかもしれない。
 ベッドについているプレートの主治医の名前は入須のお父さんの名前だった。さもありなん。

「家に帰っても休まないからでしょう?? でも、本当に奥さんに内緒でいいんですか??」

 わたしはさっきから気になっていることを話さずにいられなかった。

「奥さんに隠し事と言うのは感心しませんね」

 千反田君は頭を掻きながら、目をそらせる。
「倒れたことがばれると、本当にあいつは戻ってきてしまいます。今は邪魔をしなくない。俺が頼りないばかりに心配かけるわけにはいかないんですよ」

 千反田君はそう言って、窓の外を見た。
 茜色に染まる空が見える。

 梅雨明けが発表されたのは、次の日のことだった。
83 :pixivの人 [sage saga]:2013/01/13(日) 14:45:35.52 ID:yyrUGXqr0
以上です。
龍の瞳については架空の話です。架空の話として考えておいて下さい。書き直すとしたら、名前変えないといけないな。ヤバすぎる。w
では〜。
84 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/01/13(日) 14:50:19.25 ID:IFArXyC20
乙でした!
何と言う偶然、上げたばかりで読めるなんて。
たしか、この奉太郎は前も倒れたよね。
そりゃ、えるは帰ってくるわなww
85 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/01/13(日) 19:37:06.68 ID:PdbDa3yAO
乙!

次も楽しみにしてる
86 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/01/14(月) 09:24:24.03 ID:W0Prpb9AO
える帰ってきてから事実を知って、叱られるほうたるも見たいな

でも、最後には「自分のせいで・・・」って自分を責めて泣き出しちゃうえるたそ

それを慰めるほうたる


・・・うむ
早く帰ってこい、えるたそ〜
87 :pixivの人 [sage saga]:2013/01/15(火) 00:50:08.50 ID:B04Jei2i0
意外と読んでる人がいるのだろうか。ひっそりやってきたのに。誤字脱字、文章や話し言葉がころころ変わって、すみません。

リハビリはこれで終わりにします。

江波の帰還、最終回。ひっそり、ゆっくり、投下〜。
88 :pixivの人 [sage saga]:2013/01/15(火) 00:51:06.42 ID:B04Jei2i0

 8月になった。

 夏真っ盛りだが、この辺は山が近いため、夜は程よく冷える。この気温の差が米作りには大事だという。

 稲の花が咲く頃、わたしたちは3日間ずつ交替で休暇を取った。

 休暇組はみんな、実家に戻るとか、家族サービスとかしていた。



 わたしは、どこにも行かなかった。
89 :pixivの人 [sage saga]:2013/01/15(火) 00:55:34.94 ID:B04Jei2i0

「……あれ?? 先輩はお休みでしたよね??」

 朝の5時半頃、前からランニングしてきた千反田君がわたしを見つけて、立ち止まった。肩で息をしている。

 わたしは朝から散歩に出ていただけ。別に千反田君の事が気になっていたわけではない。そう、気分がいいから、散歩してみようと思っただけ。

 頭の中で、言い訳めいたことを考えて、ため息をついた。



「どこにも行くところないから。わたしはここにいるのが休暇みたいなものだし」

 そうだ。秋の収穫が終わったら、今度こそ身の振り方を考えなければならない。いつまでも休暇をしている訳には……



 千反田君は、そんなわたしを不思議そうに見た。
 
90 :pixivの人 [sage saga]:2013/01/15(火) 00:58:25.97 ID:B04Jei2i0

 退院してから、彼は少し変わったように思える。このランニングにしても、私がやってきた頃はしていなかった。



「会社を立ち上げてから忙しくなって、サボっていただけですよ」

 千反田君はそう言うが、彼は朝に30分ほどのランニングを毎日続けていた。雨が降ってもである。

 そのせいか、千反田君の顔色は良くなったような気がする。少し体系も変わったかな。なんていうか、たくましくなった様な……
91 :pixivの人 [sage saga]:2013/01/15(火) 00:59:53.12 ID:B04Jei2i0

「今日は予定はないのですか??」



 千反田君はにこにこと笑いかけてきた。その笑顔はずるいと思う。それにさっきから近いって。

 わたしは少し離れて、そうですね、と短く返事をした。

「なら、良かったら午後から俺に付き合ってもらえませんか??」


92 :pixivの人 [sage saga]:2013/01/15(火) 01:04:18.36 ID:B04Jei2i0

 千反田君に連れられてやってきたのは、高山市のとある米問屋だった。



「つまりですね。『いのちの壱』を栽培している農家と米問屋が一緒に販売や管理の会社を設立するんです」

 わたしはスーツを着ていた。千反田君はブラックスーツである。

「だから、なんでわたしが連れてこられたのかが知りたいです」

 わたしはいつも愛想はないが、この時は更に拍車がかかっていた。自分でも良くわからないけど。

「ああ、そうですね。他の人と会うのは良い刺激になりますよ」

「……本音は??」

「一応、入須さんの正式なパーティー扱いなんで、男女ペアが基本なんです」



 はあ。わたしは奥さんの代わりか。



「もう来てしまったから、仕方ないですね。でもわたしには期待しないでくださいね。知己なんていないだろうから」

「そうですかね。ま、行ってみましょうか」

 千反田君は笑って、わたしを連れてその米問屋に入った。



 米問屋には大広間があって、そこで立食形式のパーティーを行っていた。

 会場に千反田君がわたしをエスコートしながら入る。少しどぎまぎしてしまう。

「遅い遅い。待ちかねたぞ」

 一番に声をかけてきたのは、入須だった。

「お招きありがとうございます。遅くなってすみません」

「まったくだ。なんだ、江波を連れてきたのか。ふむ、確かに面白いかも知れんな」

 ……なにが面白い??
 わたしは入須を見つめると、入須はわたしを見返した。

「時に江波。今の仕事を終えた後は決まっているのか??」

「まだですが」
 何か悪い、と目で訴えた。

「そうではない。実は紹介したい人たちがいる。千反田君、江波を借りるぞ」

 千反田君はどうぞどうぞ、とわたしに手を振った。



 ……謀られた。

93 :pixivの人 [sage saga]:2013/01/15(火) 01:10:25.13 ID:B04Jei2i0

 入須がわたしを連れて、奥のテーブルに近付く。

 初老の人、この人はわたしを千反田農産を紹介してくれた人だ。小岩井さんと言う。

 若い男性。がたいが大きくて、声も大きい。スーツが似合わない。なんとなく既視感がある。思い出せないけど。

 禿げ上がった老人。何度か、千反田君のところに尋ねて来た事のある人だ。確か農家の人だったと思うけど……



 入須は3人にわたしを紹介した。

「お、江波か?? 高校卒業以来だなあ!!」

 若い男がずかずかと近寄ってきた。わたしを上から見下ろしてくる。

「相変らずちっちぇえなぁ、ちゃんと米食ってるか??」

 余計なお世話である。
 そして思い出した。

「中城だ、覚えているか??」

 中城順哉。2年の時に同じクラスだった。

「なんで中城がここにいるんですか??」

 入須を見て聞いた。中城が自分で説明する。

「ここは俺のうちだからな。中城米販」

 米問屋が彼の実家と言うことか。
 わたしは後方で、他の参加者と歓談している千反田君を睨みつけた。鈍感な千反田君が気付く訳ないけど。

94 :pixivの人 [sage saga]:2013/01/15(火) 01:14:57.40 ID:B04Jei2i0

「やあ。元気そうだね。今日はよろしく」

 小岩井さんは品が良さそうに笑って握手する。

「あんたは千反田さんのところの……」

 禿げ上がった老人がわたしを訝しげに見る。普通、そうだろう。

「はい、江波倉子と申します。小林様」

 わたしがそう言うと、びっくりしていた。名前を言い当てられたことにだろうか。

「江波は東京理数大学の理工学部応用生物学科を現役で卒業しました。家庭の事情で進学せず就職したようですが、優秀な人材ですよ」

 入須が知ったような事を言う。ムッと入須を睨む。

「間違ってないだろう??」

 入須は口角を上げた。

95 :pixivの人 [sage saga]:2013/01/15(火) 01:20:35.59 ID:B04Jei2i0

「ほう、あの卒業が難しいと言われる理数大をね。江波さんはどんな研究をされていたんですか??」



 さて、わかるだろうか??

 一度千反田君で失敗しているから、少し心配だった。



「土壌の微生物環境とその浄化作用についてですね。わたしは学部生だったので、下研究や調査・フィールドワークが主でしたが」

「なるほど。千反田君の見立ては、あながち見当違いというわけでもないですね」

 小岩井さんはにこにこしながら頷いた。

「小林さん、今度の会社では土壌診断もしていくのでしょう?? 他所に発注するよりかは、すばやく動けるようになりますよ」

 小林さんは顎に手を当てて考え込んでいたが、やがてわたしに聞いてきた。

「江波さん、あなたはこの地で働く気はありますか??」

 話の流れから行って、これはもう採用面接みたいなものである。

「まだ決めていませんが、わたしでお役に立てる機会があるのなら、それはどこであろうと構わないと思います」

「いわゆる一般の研究職のような高給は出せませんよ?? 事務職と給料はさほど変わらないと思います。それでも働く気はありますか??」

「今はかなり安い賃金で働いています。大卒を考慮していただいて、ちゃんと人並みに暮らせるのなら、構わないと思います」



 小林さんはくっくっと笑い出した。

「しっかりしていますね。正直で悪くない。わたしも賛成しましょう」

 小岩井さんは破願して頷いた。

「では、彼女が新会社の初めての社員ですね」



 わたしは慌てて、頭を下げた。

「すみません。ご厄介にはなりたいと思いますが、時期は少し変えたいのです」


96 :pixivの人 [sage saga]:2013/01/15(火) 01:25:05.11 ID:B04Jei2i0



「聞きましたよ、先輩。うちのことなんて気にしなくても良かったのに」

 千反田君は帰りの車を運転しながら言ってきた。



「……その前に言うことがるんじゃないかしら」

 少し怒ったフリをする。

「はあ。嫌でしたか?? 今からでも断って構いませんよ??」

 千反田君は信号に止まったところで、わたしを見てくる。

 わたしは反対の外を眺めてやり過ごした。



「別に嫌とはいっていませんが、事前に話してくれても……」

「それについては謝りますが、先輩の予定が分からなかったので、話さなかっただけですよ。すみません」



 全然悪いと思っていないな、この人。

「心が篭っていませんよ。でも、ありがとうございます。何から何までお世話になってしまって」



「勘違いしてもらっては困りますよ。俺は何もしていません。ただ優秀な人材を紹介しただけです。あのレポートも役に立ちました」

 あれを他人に見せたのか。

 わたしは今度こそ、千反田君を睨みつける。

「ひどいですね、とても紳士のやることじゃありません」

「似非紳士なんで、許してください」

 千反田君は小憎らしいほど爽やかに笑っている。

 ……いいなあ。でも答えは分かってる。

 ……それでも。



「前に千反田君は疑問をそのままにしないで、何でも聞くようにと言われましたね。あれはまだ有効ですか??」

「はい?? なにか??」



 良くわからない風に聞いてくる。

 わたしは構わずに続けた。



「わたしはあなたが好きです。あなたはどう思いますか??」

97 :pixivの人 [sage saga]:2013/01/15(火) 01:29:17.28 ID:B04Jei2i0

 千反田君はしばらく無言で考えていた。頭を傾げている。ちゃんと伝わっていないのかもしれない。



「……えっと、俺も好きですよ、先輩のこと」

 でも、千反田君の好きは、わたしの好きとはだいぶかけ離れた答えのようだった。



 ずるい、と思う気持ちと、やっぱりな、と言う気持ちが混ざり合う。



「それを聞いて安心しました。奥さんが早く戻られるといいですね」

 じゃなきゃ、勘違いしてしまう人が増えますよ、とは言わなかった。

98 :pixivの人 [sage saga]:2013/01/15(火) 01:32:11.64 ID:B04Jei2i0

「この夏は戻ってこなかったからなあ。研究で忙しいんだろうけど、俺も忙しいからおあいこですかね」



 その後千反田家に帰るまで、惚気話を聞かされる羽目になった。



 わたしの思いはこうして気付かれることなく終わった。

 でも、後悔はしていない。

 だって、わたしは恋愛には向いていない。わかっていたこと。



 あそこでわたしになびく様な人だったら、軽蔑していた。結婚しているのに。



 だから。



 ありがとう。

99 :pixivの人 [sage saga]:2013/01/15(火) 01:41:43.47 ID:B04Jei2i0

サイドストーリー「江波の帰還」終わりです。

ご覧になっている方は極限られているとは思いますが、お付き合いしてくださり、ありがとうございました。

僕の癖で、どんどん話の内容は変わってしまいましたが、久々に自分も楽しめました。江波視点なのに、江波の言葉遣いを安定させるのに時間がかかりましたが。

この後の話(本編と言うか、今度はえるの葛藤)は、一応考えています。が、たぶん向こう(どこだよ??)に書いていく事になると思います。

それでは、ありがとうございました。


pixivの人@Masahiro
100 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/01/15(火) 02:05:19.89 ID:lScIlX4AO
>>99
乙!

江波視点、なんてのも中々面白かったよ

外から見ることで奉太郎の成長も伝わってきたし、まだまだこの農家編も読みたいとこだったな。まだボラバイトの出番はあるんだよ・・・な?



そしてついにsideえるが解禁される訳だな・・・
101 :pixivの人 [sage saga]:2013/01/15(火) 18:10:57.53 ID:B04Jei2i0
>>100
そうですね。8月終わり頃から始まります。更新速度は遅くなりますが、ここで鍛えたのを生かして、じっくり描いてみたいと思いますが、例によってどうなるかは分かりません。
102 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/01/15(火) 20:36:35.61 ID:UoRvNai10
乙乙

ってことはこの続きからか
しかしまたえるは葛藤か・・・

やっと色々なもん乗り越えて一緒になったのに

大学に行く前の期間は二人とも幸せそうだったし、やっぱ離れると色々悩むわけか
103 :pixivの人 [sage saga]:2013/01/16(水) 13:14:25.63 ID:zqt4vtqa0
>>102
離れて暮らせば、人はすれ違っていくものです。どんなに思っていても、事件は現場で起きていて、当事者は自分で、それを乗り越えるのも自分の力しかありません。その過程で親しくなる人たちが生まれて、自分の生活の幅が広がっていきます。そうなっていくと、どうしたって会えない人とは心も離れてしまうものです。どんなに信じていても、すれ違いも生まれますし、変わらざるをえませんから。

これは僕の考えですから、間違っているかも知れませんね。
104 :pixivの人 [sage saga]:2013/01/18(金) 23:04:44.53 ID:uvz/cqIa0
さて、日曜あたりにHTML化を依頼します。

それにしても、やっぱり直せないのは難しかった。あちらでひっそりと少しだけ続きを書いていきます。

最後まで見ていただいた方がいらしたら、ありがとうございました。
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