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遊び人「画期的な戦闘方を考える」 - SS速報VIP 過去ログ倉庫

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1 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/01/17(木) 00:34:48.47 ID:I18CLg2IO
初めてSS書くけど、頑張ってみる

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1358350488
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佐久間まゆ「犬系彼女を目指しますよぉ」 @ 2024/04/24(水) 22:44:08.58 ID:gulbWFtS0
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全レスする(´;ω;`)part56 ばばあ化気味 @ 2024/04/24(水) 20:10:08.44 ID:eOA82Cc3o
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/part4vip/1713957007/

君が望む永遠〜Latest Edition〜 @ 2024/04/24(水) 00:17:25.03 ID:IOyaeVgN0
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笑えるな 君のせいだ @ 2024/04/23(火) 19:59:42.67 ID:pUs63Qd+0
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【GANTZ】俺「安価で星人達と戦う」part10 @ 2024/04/23(火) 17:32:44.44 ID:ScfdjHEC0
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トーチャーさん「超A級スナイパーが魔王様を狙ってる?」〈ゴルゴ13inひめごう〉 @ 2024/04/23(火) 00:13:09.65 ID:NAWvVgn00
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1713798788/

【安価】貴方は女子小学生に転生するようです @ 2024/04/22(月) 21:13:39.04 ID:ghfRO9bho
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1713788018/

ハルヒ「綱島アンカー」梓「2号線」【コンマ判定新鉄・関東】 @ 2024/04/22(月) 06:56:06.00 ID:hV886QI5O
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1713736565/

2 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/17(木) 01:11:31.82 ID:FlSob7E30

ガヤガヤ ガヤガヤ

「おい、聞いたかよ、また貧民街で女が死んだんだとよ」

「あぁ、背中にデケェ爪跡があることから同じ魔物だって噂されてるよな」


この噂話が広まったのは一ヶ月程前からだった、私はいつも通り夕飯の材料を買いに商店街へ出かけていた
満月の夜と新月の夜に決まって若い女性が次々と襲われるという話
被害者は背中に大きな爪跡があり、また傷はとても深く、皮膚を裂き、酷いと背骨すら露出しているという…
 この事に王国の兵士達は[ごうけつ熊]の仕業ではないかと考えていて、兵士達は城壁の外、主に森側を中心に警備しているらしい

「よぉ、メイドの譲ちゃん、今日も買い物かい?」

「はい、新鮮なお魚はありますか?」

「もっちろんよ、嬢ちゃんは可愛いからサービスしゃうよ」

「ありがとうございます///」

可愛いと言われるとやっぱり照れますね

「はい、3Gだよ」

魚を受け取った私は旦那様の屋敷へと帰ろうとしました
 今日は、三日月の日…例の魔物は出ないと思いますが私は急ぎ足で商店街を走ります
最近は日が落ちるのも早いですし


ドガシャン!!

「!?」ビク

今日、私は急いでいました、少しだけ、ほんの少しだけ近道をしようといつもと違う道を通ったのです





今にして思えばこれが私の運命の分岐点でした

「あ、あがが」

「ヒッ」

『酒場』の窓から大男が吹っ飛ばされてきたのです
 私は…失礼ですが男性が吹っ飛んできた事より涙と鼻水でぐしゃぐしゃ顔で白目を剥いてることの方に怯えてました

「おう、こら、今の言葉をこの天才にもういっぺん言ってみろや」

私は声のする方を振り向きます酒場の扉を開けた先に居た人の方へ

真っ黒な厚底の靴、身長は170くらいありそうでブカブカの黒いロングコート、ショートカットの黒髪、目元にはクローバーのマーク
そして耳に星を模ったイヤリング、…右手にワイングラスを持った人が居たのでした

この出会いが私の人生を大きく変えることになるのでした
3 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/17(木) 09:06:25.44 ID:ylHt33ho0
「あ、あのう」

「あぁん?」

その人は不機嫌そうな顔で私を見ます、正直言って怖かったです

「…なんだい嬢ちゃん、悪いんだけど未成年が酒に手ぇ出すのは早いと思うぜ」

「ち、違います?そこの人が酒場から飛んで」

「あぁ、この失礼なブタ野郎かい?この俺の理論にくだらんいちゃもん付けてきたんでねぇ」
「ちょいとぶっ飛ばしてやったのさ」

唖然、この人はこのブタ野ーーじゃなかった、(どんな言いがかりかは知りませんが)人を一人ぶっ飛ばしといて、何一つ悪びれた様子も無く右手のワイングラスを唇に近づけていました

「この人、何か凄いことになってますが」

「あぁ?ほっとけよ、それよりも嬢ちゃん、君は一人かい」

「?、ええ」

「そうかい」

コツコツと石造りも床を歩きながらその人は私に近づけていきて、目の前に来ると…」


ポン!!

「君、暇だったりするかい、もしそうなら、この天才と一緒にディナーでもいかがかな?」

「なっ!!」

どんな魔法でしょうか?左手から薔薇の花を一輪出して、私を夕食に誘ったのです

「す、すいません、私をはこれから屋敷に帰らないと」

「屋敷ぃ?この街の伯爵様んトコ?」

「そ、そういうわけで、その、さよなら!!」

「あ、おーい、お嬢ちゃん、待っーごべっ!?」

「派手に家の窓ガラスを割ってくれたわね、遊び人さん」

「いぃっ!!ル、ルイーダさぁぁぁん!?」

「覚悟はできてますよね」

「お、怒ったお顔も又、お、お美しいですよルイ「問答無用!!!!!」

どごしゃーん

…後方から聞こえる悲鳴を無視して私は全力疾走です
4 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/02/07(木) 11:55:37.36 ID:xLFCogGe0
5 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/07(木) 17:26:55.63 ID:E9MQ/Qaa0
―――
――


私は、あの後走って屋敷に帰ってきたのですが、財布を落としていた事に気づいたのは荷物を片付けてからのことでした…
中身は旦那様のお気に入りのコーヒー豆、葉巻、そして食材の領収書、最後に魚屋さんで返されたお釣りの3Gです
この事を書斎にいる旦那様にに報告に行った時、旦那様は微笑みながら

「大丈夫だ、それより最近は物騒だろう?財布よりも君が無事で良かったよ」

っとおしゃってくださいました。無論、今後は無いようにと付け加えられましたが…
調理の下準備も終え、魚が焼けるまでには時間があり、コーヒーサイフォンで淹れたてのコーヒーを旦那様にお持ちします
書斎は葉巻の煙で少し煙たいですが、旦那様曰く、この煙たさの中で飲むコーヒーが格別に美味いだそうです、私にはよくわかりません

日も沈み、そろそろ夜が訪れる時刻、私は鋼鉄製の門の鍵を閉めようとし「へい、嬢ちゃん!!また会ったねぇ」

「……また、あなたですか」

酒場でブタ野郎さん、もとい男の人をぶっとばした変な人です…何ゆえ此処に来たのでしょうか?

「そう、邪険にしないで欲しいねぇ、折角の美人さんが台無しだぜ」

「あのう、私は今、忙しい身でして…」

「あ、いやいや、今度はナンパじゃないのよねコレ、ちょっと営業に来ただけでさぁ」

言うが早いかこの人はまた、何処から取り出したのか小さな宝箱(サイズ的にオルゴールのような)を取り出し開けて見せました
中には[銀のロザリオ]や[金のネックレス][ルビーの腕輪]など美しい装飾品ばかりです
 私はその美しさに思わず目を奪われました、旦那様はよく趣味で美しい装飾品を集めていて、特に赤い宝石の指輪を肌身離さず付けています
このルビーの腕輪は旦那様もお気に召すのではないでしょうか?

「あなたは宝石商か何かで?」

「いや、違うよ」



「俺は遊び人さ」

どこか人を馬鹿にしたような笑みを浮かべ、「今日はちょっとした挨拶で来ただけさぁ、正式に営業するのは明日辺りにさせてもらうよ」と言いました

「おっと、それから嬢ちゃんや」

「はい?」

「これ、落し物♪」

ぽんっと手の上に乗せられたのは私が落とした筈の財布と小さな紙袋です

「あの、これは!?」

「あぁ、嬢ちゃん酒場ん所で落としてったんだよ、呼び止めようとしたんだけどルイーダさんがちょっちねぇ」

「こちらのコレは」

「それ?俺から、可愛いメイドさんへプレゼントだよ、中身は香水でさぁ」

香水なんて貰ったの生まれて初めてです、この人、君はめっちゃ可愛いんだし、おめかしすりゃあ街中の男が振り向くぜと行って返っていきました、後には呆気に取られて、立ち尽くす私だけ、……あの人、軽い感じで人をぶっとばしたりするけど悪人じゃないのかもしれません

「香水ですか…あっラベンダーの香りだ」

私は、早速これをつけてみました、旦那様は私に気付いてくれるでしょうか?
6 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/02/07(木) 17:29:24.75 ID:SPkG+otIO
≫4 読んでいただき、ありがとうございます
7 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/02/07(木) 19:24:16.09 ID:pN1Qt53Eo
楽しみにしてるぜ
8 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/02/09(土) 01:49:14.58 ID:yGx2OtGDO
>>1
9 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/02/09(土) 10:16:58.45 ID:rThi2UyAO
読んでるよ〜

、。を増やすと、少し読みやすくなるかも
10 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/14(木) 08:44:39.79 ID:h2soZfwC0

香水を渡された後、私は通常通りの仕事を終え、いつもより早く、床に就きました
 旦那様は、相変わらず野菜を食べようとしません、あれほど栄養バランスが乱れると申しているのに…
香水に気付いてくれなかったのも少しだけ…いえ、結構残念でした、明日は孤児院へ行く日です、気持ちを切り替えましょう

―――
――


翌朝、私は旦那様の馬車に乗り孤児院へ向かいます、その際に門の所に正午には戻ると書いた札を掛けて置きました
 …あの遊び人さん、名前も訪れる時間も指定しませんでしたし

「いつも、すまないなジョセフィーヌ」

「いえ、メイドの務めですから」

身寄りの無い私を孤児院から引き取ってくれた旦那様には感謝しています
旦那様は王国の騎士団の方に顔が利くらしく、兵士達が街を警護してくれるのも旦那様の口添えのおかげです
そして…

「伯爵様、いつも当院にご寄付をいただきありがとうございます」

「いえ、未来ある子供達の支援は当然のことです」

「伯爵様…」

「子供達もいつかは大人になる、成長した彼らが私の楽しみになる、ただそれだけですよ」ニコ

旦那様が院長と話をしている間、私は孤児院の子供達の遊び相手をします、私は皆よりもお姉さんですからね

「おねぇちゃん、ごほんをよんで」

よく私に絵本を持ってくる男の子です、タイトルは[もりのえんかい]です
私が本を読み聞かせようとするといつの間にか沢山の子供達が集まっていました

「ねぇねぇ、はやくぅ」
「きょうは、なにをよんでくれるの」
「あとでおままごとしようよ」

微笑ましい気持ちで私は絵本を読み聞かせます、ページを開くと、森の中で道に迷った旅人が3匹の熊に助けられているというファンシーな場面が描かれていました、お父さん熊、お母さん熊、赤ちゃん熊の3匹です
 夜も深く、一人で森を出るのは危険な暗さ、熊の一家についていくとウサギや鹿といった森の動物達が焚き木を囲んで踊っています
テーブルの上には、ワインや見たことも無い御馳走が並べられ、皆、楽しそうに歌って、踊っています
旅人も、動物達に混ざって、宴会に参加しました、歌って、踊って、ワインや御馳走がなくなるまで、動物達と夜明けまで楽しみます
 そして、夜が明けて、静寂に包まれた森の中で動物に別れを告げ、旅人は街へと返っていきます
…絵本の内容はこんな所ですね

「君、そろそろ、屋敷に戻るよ」

「はい、旦那様」

私達は孤児院を後にし、屋敷へと帰ります
屋敷の門の所まで来て私は馬車を止めました、到着したから止めた訳ではありません、人が座り込んでいたからです

「よぉ、嬢ちゃん」

ブカブカの黒いコート、目元のクローバーのマーク、星のイヤリング、こんな格好の人間、見間違える筈がありません
…この人、いつから座り込んでたんでしょうか?

「いやぁ、待った、待った、かれこれ3時間待っちゃったぜ」

…3時間、座ってたみたいです

「…知り合いかね?」

………、知らない人ではありませんが、旦那様、そんな怪訝そうな顔で私を見ないでください

屋敷の応接室に招き入れ、私は、お茶とをお持ちします、旦那様にはいつも通りコーヒーをお持ちしました

「ふむ、なかなか良い品だね」

「どうです、お一つ、お安くいたしますよ!!」

やっぱり、この人は単なる宝石商なんじゃないでしょうか?昨日、持ってきた装飾品を買わないかと、話を持ちかけてきます

「いや、結構だよ」

交渉決裂です、遊び人さんは見て分かるように落胆していました

「はぁ、そうですか……、ところで、伯爵様、何点かお尋ねしたいんですが、宜しいですかねぇ」
11 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/14(木) 10:20:09.25 ID:VoT9/Y9H0

「構わないが」

「では、まず一つ、伯爵様は綺麗な装飾品や、宝石を集めるのがご趣味とお聴きしましてねぇ」

少しだけですが、旦那様が眉を顰めました、それを見て、彼は「おっと、誤解なさらないでくださいよ、別に悪趣味だの成金などとか思っちゃいませんので」と言います
…正直に言います、その発言はどうかと思います

「ああ、気にしていないから、続けたまえ」

「ゴホン、それでは、[青い宝石]を御存知ありませんかねぇ、スライムより一回り大きな物なんですが」

手を広げて、おどけたように話す自称遊び人さん
それは、かなり大きい……というよりも原石か何かなのでわ?

「すまないが、心当たりがない」

「えぇ!?本当ですかねぇ?」

「本当だ」

「本当ですかねぇ?」

「本当だ」

「本当に本当ですかねぇ?」

「…本当だ」

ふぅ、と一息、ため息とも何とも言えない息を吐き、「では次の質問」と彼は続けます

「その指輪とブレスレットはどこでお買い上げになったもので?」

「王国の知人からいただい品でね、しかし、何故そのような事を訊くのかね?」

「いや、何、旅の宝石商という職業柄、そのデザインとあしらわれた宝石に興味が湧きましてなぁ、差し支えなければ入手ルートを教えたていただきたいのですよ」

今、宝石商って言った、やっぱりこの人は宝石商だ

「ふむ、君はこの街に長期滞在する予定かね?もしそうなら、手紙で販売元を確認するが」

「わーお!!そいつぁありがたい、…でも俺は長く滞在しない予定なんですよねぇ」

今更ですが、この人はもう少し敬語で話す事ができないのでしょうか?

「ではでは、最後の質問です」














「最近、この街で頻繁に起こる事件、ありゃあ、本当に[ごうけつ熊]の仕業ですかねぇ?」
12 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/02/14(木) 10:32:04.11 ID:VoT9/Y9H0
≫7 ≫8 期待に答えられるよう頑張ります、何卒しばしのお付き合いを

≫9 アドバイスをありがとうございます 自分はなるべく
。 は使わないスタイルで書いてみようと考えていますが、やはり使うべきでしょうか?
13 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/02/14(木) 10:48:15.97 ID:R5r2iO8ao
というか安価は
>を2回の>>だぜ?
14 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/02/15(金) 15:54:15.87 ID:f8KQwMtgo
ファーマウント=ゴールド方式か
15 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/02/15(金) 18:23:37.28 ID:5NIHNlT6o
期待してる
16 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/02/15(金) 18:33:33.48 ID:lh6hbSNJ0
乙です。
一言だけ言わせてもらうと、読点(、のことね)を使い過ぎだと思う。
使わないとそれはそれで困るけど、使いすぎても文章がくどくなってしまうから気をつけたほうがいいかと思います。
17 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/02/15(金) 19:08:33.93 ID:9CC8GZcAO
>>12
全く問題ないよ、読点で区切る書き方もあるしね
乙乙
18 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/21(木) 14:05:56.59 ID:OYhJC6ZN0
「君、この件が[ごうけつ熊]の仕業ではないと言いたいのかね?」

「いえいえ、ただねぇ、俺はちょいとばかし理解できない点があるんですよ」

「理解できない点とは?」

「この街の周りにゃあ魔物が入り込めないよう分厚い壁が造られ、その上で兵隊さんがちゃーんと見張りをしてくれている…どうすりゃあ、あんな図体のデケェ奴が街の中に入ってくる

んですかい?」

…確かに、この人の言い分は間違ってはいません

「犯行はいつも夜中で仮に姿がよく見えなかったとしてもねぇ、それにしたってアレだ、大の大男を超える体格で獣臭くて、全身毛むくじゃらな野郎が街中歩いてりゃあ騒ぎの一つや二

つもありますわなぁ?」

もったいぶった言い回しで自称遊び人の宝石商は口を開きます、その後も「クマちゃんの足跡でもあったんですか?」とか「現場に体毛が落ちてたんですかい?」と質問というよりは尋

問に近い口ぶりだと私は思いました

「君の言いたい事は確かに解る、それほどの魔物が街の中へ入り込み、誰の目にも触れる事なく人を襲った後、姿をくらます…そんなことが[ごうけつ熊]にできるのかと」

旦那様はコーヒーを軽く口に含み、失礼と会釈しながら葉巻に火を点けました

「先程、"足跡"や"体毛"と言ったね、残念ながらそれらの証拠となる物は現場には無いが、決定的な痕跡がある」

ふぅん、とでも言いたげな顔で彼は旦那様を見る、旦那様は「"被害者の状況"こそが最大の証拠と言える」と言い切りました

「被害者は揃って背中を深く裂かれていたことだが、これはとても深いところまで食い込み、肉が裂け相手の背骨が見え…いや、背骨すら裂けていたのだ、爪を持たない[スライム][いっ

かくうさぎ]は当然ながら不可能、この付近で生息し、それほどの剛力で切り裂ける魔物となれば」

「消去方で考えて[ごうけつ熊]って訳ですかい?」

彼は旦那様が小さく頷いたのを確認してから「噂が…いえ、これはいいや」と何かを言いかけて別の事を口に出しました…何を言いたかったのでしょうか?

「さて、伯爵様はこの街の建設や警備をしてる兵達の配備等によぉーく貢献してらっしゃる、何か心当たりはありませんかねぇ」

「心当たりとは?」

「…この街の何処かに秘密の抜け穴があるとか、警備の不備があるだとか、でなければデカブツが入り込める説明がつかないんですよねぇコレが」

「…残念だが私にも検討が付かない、この件では本当に頭を悩まされているのだよ」

私は俯いた旦那様の顔色を窺う、見て解るように落胆の色が浮かんでいた
事件の解明と犠牲者を減らす為に働いていながら何も出来ない…そんな儘ならなさあるのだろうな

「失礼しました伯爵様」

そんな伯爵様を見てか「どうにも胸糞悪い話をしてしまい、お詫び申し上げます…質問にお答えいただきありがとうございます」と頭を下げ
彼は失礼っと屋敷を後にしていきました、そして私はというと…

―――
――



「…さてと、この街にもありゃあしないのかねぇ…ん?」

夕飯の支度まで時間はまだあり、珍しく他の業務のなかった私は遊び人さんの後を追いかけます

「なんだい嬢ちゃん、息を切らせちゃって、この天才がそんなに気になるのかい?」

「何故、[ごうけつ熊]の事をお伺いしたのですか?」

「わーお、見事なスルースキル」

昨日同様に左手から薔薇を出すロングコートの変人に私は訊いて見たかったのです

「貴方は旅の方でしょう?何故、この街の問題を調べようとしているんですか?」

少しだけ滞在しているとはいえ、この人は言ってみれば余所者
 屋敷でのやり取りからも解るようにこの件は不可解な謎があります…自分から奇妙な事件に首を突っ込むなんて余程の変人か何かです

「別に、単なる好奇心さぁ」

薔薇の花をコートのポケットに入れ、クルリと身を翻らせてゆっくりと歩み出す
その後を小走りで追うように私が続きながら思ったこと口に出す

「営業というのは建前で、始めから旦那様に質問する事が目的だったのでは?」
19 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/21(木) 14:29:22.82 ID:WLIm324y0
ピタリと足を止め、彼は私に振り返りました、その際に目を細めじっと私を見つめながら

「嬢ちゃん…君は何を根拠に言ってるんだい」

「事件の事を訊くつもりなら、街の住民に訊くだけでも分かります、でも貴方は″兵士達を配備し、街の防壁に関わっている旦那様に″訊いた」

「なかなか面白いねぇ嬢ちゃん」

「″単なる好奇心″で訊くだけなら別にその辺の人にでも訊けばいい訳で、街の警備に深く携わる旦那様に質問する必要性は無かったと思います…私の直感みたいな物ですけど」

ずいっと一歩だけ私に前進しながら「面白いけど嬢ちゃん、最後の質問は本当に単なる好奇心だよ」と囁くように言います
私はつい一歩後退しました、少しの間あった後で彼はポケットに入れてた薔薇を取り出して再びクルリと身を翻し歩き出しました
去り際に「あ、そうそう、嬢ちゃんもなかなか好奇心旺盛みたいだし、忠告しとくよ」と彼は…

「強すぎる好奇心は猫をも殺すってね、嬢ちゃんも気をつけなよ」

と背中越しに忠告していきました

それからといえば、いつも通りですね、休憩時間に旦那様の書斎で本を読ませてもらったり、清掃や食事の支度
…やはり一人でやるとなれば疲れますね…おや?

「これは旦那様の指輪?」

夕食の用意が整い、もうじき旦那様がお帰りになる時間、机の上の指輪に気がつきました
紅く美しい光沢を放つ指輪、私だって女の子ですアクセサリーの一つや二つ興味あります

「………少しだけならつけてみても」

バンッ?

勢い良く扉を開ける音がして何事かと、振り返ります、見ると息を切らせた旦那様が立っていました

「はぁ、はぁ、そこにあったのか…」

「だ、旦那様!?」

いつも以上に早いお帰りで、私は焦っていました、別に旦那様の大切な指輪をこっそりつけようとしたのが見られたんじゃないのかと焦った訳じゃありませんよ
20 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/21(木) 14:33:52.37 ID:OYhJC6ZN0
「ジョセフィーヌ、この指輪を何処で見つけたんだね?」

「え、あ、この机の上に置いてあったのを今、見つけたところです」

今、見つけたを強く強調します、別に何もしていませんよ

「…」

ええっと、やっぱり変に強調したのが失敗だったのでしょうか、疑わしいモノを見る目で見られています…

「あの、夕食の用意が出来たので行きませんか?」

話を逸らすように私は旦那様を食卓へ誘います、終始チラチラとこちらを窺い、食後に「これから向かう所がある」
馬車の用意をするようにと旦那様は仰りました…場の空気が重く感じます

ガタガタ、ゴトゴト

私は手綱を握り、旦那様を乗せた馬車を走らせます行き先は"森"でした
 魔物に襲われない為に[聖水]の入ったビンをいくつか馬車に積み込み[ごうけつ熊]の生息する森へ調査に出かけるとのことでした


正午にやって来た遊び人さんに言われた事を気にしていたのかもしれません、だからこそ本格的に調査しようとしているのだと

この時の私は信じていました……

「此処で良い、降ろしてくれないか」

私は馬車を止め、扉を開き旦那様を降ろします
 車内は空になった[聖水]のビンが数本置いてあり、葉巻の煙で満ちていました

「さて、君も来なさい」

旦那様は布に包まれた荷物(調査用の物だそうです)を抱え森の奥へと進みます、私もそれに従うように続きます
 真夜中の森、それも件の[ごうけつ熊]がいるかもしれないのです…いかに[聖水]の効力があろうと怖いものは怖いです

しばらく歩いたところで、旦那様は足を止めました


「さて、ジョセフィーヌ…君に質問をする、これには正直に答えてくれないか?」

「質問ですか」

「今日、私が忘れていった指輪だが…君はアレを自分の指にはめようとしたかね?」

……見られてました、うん、やっぱり見られちゃってましたね
 私は叱られる覚悟を決め、正直に答えました

「はい」

「…そうか」

私は顔を伏せて青葉生い茂る地面を眺めました、どのように叱られるのか、呆れたような顔で見られるのかと思いながら
 だから、シュルシュルと旦那様が荷物を包んでいた布を取り払う音にそれほどの意識を向けていませんでした
ジョセフィーヌと名前を呼ばれ、私は顔を上げます、この場に鏡があったなら自分の顔を見てみたかったことでしょう
 ばつの悪そうな顔が驚愕へと変わる様をきっと見れた筈です

「…だ…だんな、さま?」

「実に残念だよ、君は齢の割りに有能な子だったからね…もっとも有能過ぎたのが問題だったかもしれないがね」

旦那様の右腕には街の武器屋にはまずおいていない品[鉄の爪]を装着していたのです
 何が起きているのか分からない、頭の中が真っ白になるとはこのような事なのでしょうね

「あ、あ、ああ!!」

「さて、君には世話になったからね、可能な限り苦しまないようにしてあげよ――」

旦那様はそこまで言い掛けて、口を噤みました、そこから先の動きは早いもので荷物(おそらく[鉄の爪])を包んでいた布を拾い上げ
 それで私の口と身動き取れないよう身体を縛り上げました、今にして思えばとてつもなく慣れた手付きでした
縛り上げた私とつけていた[鉄の爪]を外し茂みに放り投げるように隠してすぐの事でした



「奇遇ですなぁ、伯爵様」



黒いロングコートと厚底靴、ショートカットの黒髪に目元のクローバーマーク、そして耳に星型のイヤリング…あの人です
21 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/21(木) 14:56:12.35 ID:JhM1bxj30
「君は、宝石商の…」

「いやぁ、森に[薬草]を探しに来たんですが、ごらんの通り道に迷いましてなぁ、伯爵様はここへ何用で?」

いかにもな感じの白々しさ、茂みで声を出せないででいる私はそう思いました
たぶん、旦那様もそう思っていたことでしょう

「君は本当に道に迷っていたのかね?私にはそのように見えないのだが」

「おお、流石は伯爵様!!その通りです、伯爵の馬車がこんな時間に森へ向かって行くもんだから馬屋に馬をお借りして後を追っかけてましたぁ!!!!」

遊び人さん、もはや隠す気が微塵もありませんね!!

「それで、わざわざ夜分に私を追って来たのは何故かね」

「いえね、夜中に森ん中へ何しにいくのかなぁっと単なる好奇心で追っただけでしてねぇ」

「私は自分の街の事を解決させたいと強く願っていてね、こうして自ら森の調査に来ているのだよ…何処から魔物が入り込んでいるのか手がかりが掴めるよもしれんからな」

「わーお、そいつぁご立派ですなぁ、…つかぬ事をお伺いしますが嬢ちゃんはご一緒じゃぁないんですかい?」

「あぁ、危険な仕事だからね、彼女は屋敷に置いてきているよ、今頃は屋敷で忙しなく家事をしているところでしょう」

「へぇ、…働きモンですなぁ嬢ちゃんは、ところで伯爵様、一つだけお尋ねしてもよろしいですかねぇ?」

「なんだね?」










「あんたぁ……ラベンダーの香水でもつけてるんですかい?」
22 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/02/21(木) 15:06:39.91 ID:fumpyFhs0
〉〉13 [ ≫]ではなく、[〉〉]ということでしょうか?間違ってたらすいませんが

〉〉14 ファーマウント=ゴールド…たしかにソレっぽいかもしれなせんね

〉〉15 ありがとうございます、読んでくださる方がいると嬉しくなります!!

〉〉17 分かりました、この感じでいってみます
23 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/21(木) 15:19:10.91 ID:wViBkkRC0
>>13 ごめんなさい [>>] こうですね

後、>>18を訂正

―――
「君、この件が[ごうけつ熊]の仕業ではないと言いたいのかね?」

「いえいえ、ただねぇ、俺はちょいとばかし理解できない点があるんですよ」

「理解できない点とは?」

「この街の周りにゃあ魔物が入り込めないよう分厚い壁が造られ、その上で兵隊さんがちゃーんと見張りをしてくれている…どうすりゃあ、あんな図体のデケェ奴が街の中に入ってくるんですかい?」

…確かに、この人の言い分は間違ってはいません

「犯行はいつも夜中で仮に姿がよく見えなかったとしてもねぇ、それにしたってアレだ、大の大男を超える体格で獣臭くて、全身毛むくじゃらな野郎が街中歩いてりゃあ騒ぎの一つや二つもありますわなぁ?」

もったいぶった言い回しで自称遊び人の宝石商は口を開きます、その後も「クマちゃんの足跡でもあったんですか?」とか「現場に体毛が落ちてたんですかい?」と質問というよりは
尋問に近い口ぶりだと私は思いました

「君の言いたい事は確かに解る、それほどの魔物が街の中へ入り込み、誰の目にも触れる事なく人を襲った後、姿をくらます…そんなことが[ごうけつ熊]にできるのかと」

旦那様はコーヒーを軽く口に含み、失礼と会釈しながら葉巻に火を点けました

「先程、"足跡"や"体毛"と言ったね、残念ながらそれらの証拠となる物は現場には無いが、決定的な痕跡がある」

ふぅん、とでも言いたげな顔で彼は旦那様を見る、旦那様は「"被害者の状況"こそが最大の証拠と言える」と言い切りました

「被害者は揃って背中を深く裂かれていたことだが、これはとても深いところまで食い込み、肉が裂け相手の背骨が見え…いや、背骨すら裂けていたのだ、爪を持たない[スライム][いっかくうさぎ]は当然ながら不可能、この付近で生息し、それほどの剛力で切り裂ける魔物となれば」

「消去方で考えて[ごうけつ熊]って訳ですかい?」

彼は旦那様が小さく頷いたのを確認してから「噂が…いえ、これはいいや」と何かを言いかけて別の事を口に出しました…何を言いたかったのでしょうか?

「さて、伯爵様はこの街の建設や警備をしてる兵達の配備等によぉーく貢献してらっしゃる、何か心当たりはありませんかねぇ」

「心当たりとは?」

「…この街の何処かに秘密の抜け穴があるとか、警備の不備があるだとか、でなければデカブツが入り込める説明がつかないんですよねぇコレが」

「…残念だが私にも検討が付かない、この件では本当に頭を悩まされているのだよ」

私は俯いた旦那様の顔色を窺う、見て解るように落胆の色が浮かんでいた
事件の解明と犠牲者を減らす為に働いていながら何も出来ない…そんな儘ならなさあるのだろうな

「失礼しました伯爵様」

そんな伯爵様を見てか「どうにも胸糞悪い話をしてしまい、お詫び申し上げます…質問にお答えいただきありがとうございます」と頭を下げ
彼は失礼っと屋敷を後にしていきました、そして私はというと…
―――
――


「…さてと、この街にもありゃあしないのかねぇ…ん?」

夕飯の支度まで時間はまだあり、珍しく他の業務のなかった私は遊び人さんの後を追いかけます

「なんだい嬢ちゃん、息を切らせちゃって、この天才がそんなに気になるのかい?」

「何故、[ごうけつ熊]の事をお伺いしたのですか?」

「わーお、見事なスルースキル」

昨日同様に左手から薔薇を出すロングコートの変人に私は訊いて見たかったのです

「貴方は旅の方でしょう?何故、この街の問題を調べようとしているんですか?」

少しだけ滞在しているとはいえ、この人は言ってみれば余所者
 屋敷でのやり取りからも解るようにこの件は不可解な謎があります…自分から奇妙な事件に首を突っ込むなんて余程の変人か何かです

「別に、単なる好奇心さぁ」

薔薇の花をコートのポケットに入れ、クルリと身を翻らせてゆっくりと歩み出す
その後を小走りで追うように私が続きながら思ったこと口に出す

「営業というのは建前で、始めから旦那様に質問する事が目的だったのでは?」
24 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/02/23(土) 14:34:12.63 ID:VNTs7KHho
俺は応援してるよ
だから時間はいくらかけても良いから完成させてくれー
25 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/28(木) 02:13:29.26 ID:8qMahlQ60

この時、私は彼に落とした財布と共に渡された香水の事を思い出していた

「嬢ちゃんにプレゼントしたのと同じ品でしてねぇ、それと同じ匂いがするんですよ…"ちょいとした好奇心"でお尋ねしたいんですがねぇ」

「…」

旦那様は余程の用事でも無い以上香水なんて使いません(使っても葉巻の臭いで消えます)
 そして、私も今日はつけていない"この場で匂いなんてする筈が無い"のです

これはある種のブラフと言えるもの…そして、目の前の人物は旦那様に対してソレを仕掛けて…

「香水?君の勘違いではないのか?私は何もつけてはいないよ」


遊び人さんは手を広げ愛想笑いをする旦那様を見ながら、目を細め、そして…










「…ぷ、くくっ、アッハッハッハッハ!!いやぁ、失敬失敬、あまりにも伯爵様が真面目すぎるお方だったのでしてね、くっ、ぷぷぷ、ついね、からかいたくなりましてねぇ、ハハハ」

「君ぃ…笑い過ぎではないかね?」

「いやいや、だって、そんな真面目な顔で、くふふ、駄目だ…お腹痛い、っぷぷ」



一転、なんとも和やかな雰囲気に変わりましたね…
 私は口が塞がれて無ければ色々と大声で叫びたい気分に駆られました
せめて満足に動かせない身体でもがいて音を立てて、この異常を伝えようとしました
 あんな人でも流石にこの状況を見てくれれば事態が少しは好転するかもしれないと考えたからです……かなり望み薄ですけど


「いやぁ、本当に真面目、それでいて勇敢ですよ伯爵様、こーんな夜中に森ん中へ調査に来るんですから」

「はははは、褒めて貰えるのは嬉しいものだね」

「ええ!!勇敢で真面目、街の評判も文句無し、こんな立派な御方なのですから、ご同行なされてるお付き人はさぞ、名誉に思う事でしょうなぁ」


「付き…人?」

…私には上手い表現というものが出来ませんでしたが、この時、何といいますか場の空気が変わった?といえばいいのでしょうか?
 必死でもがくのを止めて、見入っていたのです、さっきまでふざけていた遊び人さんを

「今日、俺は伯爵様と初めてお会いした時、嬢ちゃんが馬車を動かしていた、しかしねぇ、さっきの会話じゃあ、嬢ちゃんは屋敷にいるときたモンでさぁ…一体誰が馬車馬に鞭を振るったんですかい?」

「…おいおい、君、馬鹿にしちゃ困るよ、私だって馬は――「失礼ですがねぇ」

全てを言い切る前に遊び人さんが口を挟む

「借りた馬から降りた後、伯爵の馬車を調べさせてもらったんですよ」

「…」

「馬で馬車の後を追っかけたって言ったじゃないですか、…まぁ、調べたっつっても実際に何かに触れた訳でもありませんぜ、ただねぇ、馬車の窓から内装を調べただけでしてねぇ」

「ふむ…私が女性ではなく、中年の男で良かったね、下手をすれば君は法で裁かれる所だよ」

「あー、ども、いらん心配、ありがとうございますっと、んで続きなんですがねぇ、見ると馬車ん中にゃあ[聖水]のビンが数本置いてあったんでさぁ」

一歩、遊び人さんが旦那様の方へにじり寄ってくる

「こいつぁ…"中に人がいたっつー証拠"、つまり伯爵様たぁ別に身分の低い誰かさんが馬の手綱でも握ってたってことじゃないですかねぇ?」

26 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/02/28(木) 02:14:21.22 ID:u0Gba2lIO
>>24 ある程度の内容はあります(結末はあるけど、過程が無い) 時間は掛かるかもしれませんが完結させたいと思います
27 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/03/14(木) 07:55:38.92 ID:KiJkhyKR0

 旦那様は顔を歪めた、自分が馬車を動かしていたならば御者台に腰掛けていた事は必然
魔物の生息しやすい森林という環境に赴くなら[聖水]は自分の手の届く位置にあって当然と言えます

「伯爵様、俺ぁ…この件が[ごうけつ熊]の仕業たぁ思えんのですよ………どうにもこの事件にゃあ"人為的"なモンを感じましてなぁ」

この人は屋敷での発言とまるっきり同じような事を言います

「…どうしたんですかい?顔色が優れんように見えますがねぇ?」

「君の棘のある物言いが気に入らんだけだよ、…まるで私を疑ってかかるようじゃないか」

「ははははは!!イヤですよ伯爵様、俺ぁ別に貴方を疑ってなんかいませんよ




                         ただ"確信してる"だけですよ」



「確信だとッ!?君は何を根拠に言い切れるのだ、これは明らかに侮辱罪だ!!」

旦那様はそれに対して、ヒステリックに声を張り上げる

「根拠だぁ?それを俺に聞きますかい?」

「ああ、聞くねッ!!大体だ、君も被害者達の遺体状況を聴いただろう、全員が皮膚から背骨まで切り裂かれた状態、いかに屈強な剣士であっても無理な話だ!!」

「ああ、確かに人間の筋力じゃ不可能、[ごうけつ熊]の仕業と考えんのが一番、それこそがこの件の最大のギミックでさぁ」

もう一歩、二歩、そして三歩、遊び人さんが旦那様へと近づく、距離にして十歩程歩み寄れば手の届く程です

「…素敵なデザインですね、その指輪とブレスレット、本当に興味深いモンですわ」

「…」

「ソレを送ってくれた知人の方というのは珍しいものが好きなんでしょうなぁ、この世にそう幾つとも無い逸品を送ってくださるんですからねぇ?」

ジリ、砂利を踏みしめるように旦那様が一歩、遊び人さんと対峙したままの体勢で後退する

「[力の指輪]に[ごうけつの腕輪]そんな逸品、世に多く出回っちゃあいない、2つも同時に着けてりゃあ人の力を超えるのもワケねぇんですよ!!」

「ぐっ!!」

「おりゃ!!」ブン

 瞬間、旦那様は彼に背を向け、私と[鉄の爪]が転がっている茂みへと駆け出したのです、しかし、彼はまた何処から取り出したのか左手に持っていた"袋"を勢い良く投げつけました
 旦那様は背を向けて走っていたため、当然の如く後方から飛んでくる袋を回避できず、袋はパァンと音を立てて破けました

「っ、ご、ごほ、ごほ、これは!?―――うごっ!!!!」ドス

丁度、後頭部で破裂した袋からは白い粉末が飛び散り、旦那様の視界を妨げ、同時に足止めにもなりました
 その隙を逃さんと言わんがばかりに彼は旦那様の背を蹴り飛ばし、そのまま旦那様の本来の進行方向…つまり縛られた私のいる茂みへと走ってきます

「よう、嬢ちゃん、また会ったねぇ」

「んん、んぅんんッ!!」

「あぁ、分かってる分かってる、縛ってる布を取るから」

「ッ――ぷは、遊び人さん!!」

「はいはい、おしゃべりは後でだ、今は逃げるんだよ」

すぐ後ろには立ち上がり、私たちの後を追おうする旦那様の姿があった

―――
――


「はぁ、はぁ、はぁ」

私のすぐ横を走る遊び人さんは息一つ切らす様子がありません、ですが私は…
28 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/03/14(木) 07:57:41.41 ID:92qcYCjNO
29 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/03/14(木) 09:21:26.60 ID:KiJkhyKR0

「追いついたぞ!!」

私は後ろを振り返りました、そこには[鉄の爪]を装着した旦那様がすぐそこまで迫っていたのです
 ただでさえ歩きづらい地形、加えて私のこの服装…私は隣で走るこの人の足枷になっていたのでした

「や〜れやれ、しつこいねぇ!!」

こんな時でも気の抜けた口調で話す遊び人さん…この状況で、これが彼の素なんでしょうかと考える私も大概ですけど

「宝石商君、ジョセフィーヌ…君たちは知ってはならない事を知ってしまった、生かしてはおけない」

「嬢ちゃん、ちょいと下がってもらっても良いかい?俺ぁこの御仁とちょっちお話がしたいんでねぇ」

「奇遇だね、私も君いくつか訊いてみたいことがあるのだよ」

「おお、そうですか、そうですか、では質問タイムといきましょうか?そちらからお先にどうぞ〜」

「…君は人をおちょくるのがとことん好きなようだね、まぁ良い、先程"確信"したと言ったが、一体いつから私がこの件の犯人だと思ったのだね、屋敷では[ごうけつ熊]可能性を否定していたようだが?」

「俺ぁ最初にピーンと来たのはこの街の"噂"の所ですよ、防壁に囲まれて兵隊さん達が寝る間も惜しんで警護にあたってくれてる、んな所にどうして毛むくじゃらでデケェ奴が入ってこれるか?」

確かにこの人は屋敷でもそんな事を言っていましたね

「そこで俺ぁ逆に考えたんですよ、"入り込んだ"じゃなく"始めから中に居たんじゃあないか"ってね」

「…続けたまえ」

「犠牲者大勢、目撃者ゼロ、獣くせぇって騒ぐ奴もいなけりゃあ、クマちゃんの足跡も無い、こうは考えられませんかい?クマちゃんと思われている犯人は毛むくじゃらでもデケェ奴でもない…人通りの多い大通りを堂々と歩いていても騒ぐ奴がいないような容姿をしていると」

私も旦那様も黙って話を聞いていた

「この街の住人はどうしてですかねぇ?過程や方法をすっ飛ばすして結果論だけを見ようとする、遺体の被害状況から"人間技じゃあない"だから"人間以外の生き物の仕業じゃね"と思い込んで犯人の枠から人間の可能性を排除しちまっている…中には冷静に犯行までの過程、人間の可能性を示唆しようとした奴もいたかもしれねぇけど…どうせ口止めしてるんでしょ?」

「…それだけかね?」

「いんや、まだありますぜ、ちょいと話がずれましたが、…目撃者ゼロって言いましたがね、この言い方には誤りがありますな、被害者大勢、目撃"しなかった事にした"奴が多数って所でしょう?街を守る兵隊さんが皆さん善良な方たぁ限りませんからなぁ」

「そ、それって」

私はつい、声を出してしまった、この話はまとめると兵隊さん達の多くは旦那様の犯行に目を瞑っているということ
 犯罪、それも人による殺人を見て見ぬフリをしているという

「いくら払っているかは知りませんが、人払いや、怪しまれないように事ができる舞台作りにも手を貸してもらってるってカンジですかねぇ〜」

「…もう良い、結構だ」

「わーお、もういいんですかい?んじゃ俺のターンですね!!質問その1『なんで嬢ちゃんをヤろうとしたんですか』」

ビク、私は肩が震えました、今更ですが自分が仕えてきた主人が殺人犯で自分も狙われたという事実が沸いてきました

「ふむ、私が言うのもなんだかね、彼女は実に優秀な娘でね、年相応にアクセサリーや化粧に少々興味を持つなどと言った一面もある、現に今日うっかり机の上に忘れてきた[力の指輪]をつけようとしていたからね」

「指輪をつけることで指輪の効力、自分がやってきた事が明るみになる可能性を恐れて、森に連れてきたと?」

「まぁ、平たく言えばそうだ、彼女は[ごうけつ熊]の調査中に私とはぐれて、襲われて死んだという不幸があったことにしようと思ってね」

「かぁーっ、イヤだねぇ!!机に忘れたとか、自業自得じゃあねぇですかい!!そんで殺すとかどんだけですよ、ドジっ男ですかっての」

…全くです

「まぁ、それは置いとくとして質問その2『何故、こんな犯行を?』」

30 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/03/14(木) 09:21:48.97 ID:py7y3q840
31 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/03/14(木) 09:58:17.42 ID:/wiG1puK0

遊び人さんがその問いを投げ、旦那様がにやりと笑ったのを私は見た


「君は…料理に好き嫌いがあるかね?」


何を思ったのか旦那様は薄ら笑いを浮かべたまま突然、関係の無い話を始めた

「…いや、好き嫌いなく何でも食べますがねぇ」

「私はね、どうにも野菜が嫌いでね、肉や魚料理が好きなんだよ、特に脂の乗った分厚いステーキが好きでね…ふふ」

「なるほど、通りで腹の出た中年男性って体格だと思いましたわ」

「ジョセフィーヌによく野菜は残さないでくださいと叱られてしまうが、どうにも野菜では満足できないのだよ、あの濃厚な味わい、食感、そして溢れ出る肉汁」

「俺ぁ、あんたのグルメ感想を訊きてぇワケじゃあねぇんですがねぇ」

「フォークで肉や魚を動かないように押さえて、ナイフで肉を切り分ける、実に良いと思わんかね?」


旦那様の顔が薄ら笑いではなくなりました…目はとろんとしていて口元はだらしなく唾液が垂れ落ちています
 恍惚とした表情、あのうっとりとした、それでいて何か寒気を覚える顔はそうとしか表現できませんでした


「肉に…純銀製のフォークを突き立てた感覚、押しつぶすようにナイフで切ると薄っすらと見えるピンク色の部分、溢れる汁…本当に良いと思わんかね?」

「…ああ、はいはい、あんたの言いたい事はよぉーく分かった、だから黙れ」

「いいや、最後まで言わせてもらうね、私は好きなのだよ、肉を切ることが、魚………、鳥……、豚…、鹿、馬ァ、山羊ィ、羊ィィ、牛ィィィ、猿ゥゥゥ!!!!そしてヒトォォォォォl!!!!に、肉を切るのが好きなんだよぉぉぉ!!!!!」





…こういう時、人は何と言えば良いのでしょうか?

 私は目の前の異様な光景に思考が止まりかけましたね
ただでさえ、長年信じて仕えた主人が人殺しだったというのに…
目の前の旦那さm…いえ、狂人は口から唾液を吐き散らしながら深夜の森で狂ったように吼えていました
 よく、小説でも猟奇殺人とか、奇怪な事件といったモノが題材にされるケースがあります

私は…それはあくまで現実の話ではなく、ましてや身近に異常な価値観の人間がいるなんて思ったこともありませんでした


しかし…


「はぁ、はぁ、はぁ、は、はは、ははははは」ジロ

「嬢ちゃん、もう少しだけ後ろに下がっててくんないかい?」


彼は私を涎を撒き散らしながら此方を見ます

ええ、これは小説では無い



「ジョセフィーヌ…、宝石商君…」



ましてやいつも孤児院の子供達に読んで聞かせている絵本でもありません



「はぁ、はぁ」

「鼻息荒くしながらこっちくんなよボケ」








 これは…まぎれもなく現実なのです
32 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/03/14(木) 09:59:36.81 ID:py7y3q840
33 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/03/14(木) 10:54:32.83 ID:/wiG1puK0

「さて、んじゃ最後の質問っと」

「っ!!それどころじゃないですよ、早く逃げないと」

こんな状況で何が最後の質問ですか!!私は遊び人さんにそう言い、逃げようとします、しかし

「っぐぅ」ガクガク

腰が抜けるというのはこういう事でしょうか、足が動かせません

「大丈夫だぁ、心配すんなってば」

「っ何を根拠に!!」

「伯爵様よぉ、あんたぁ、孤児院に大層なご寄付をしてるそうじゃないですかい?」

「ああ、そうだよ、『未来ある子供達の支援は当然のこと』だからね」

ジリジリとにじり寄ってくる彼はいつも孤児院で院長に言う台詞を言います

「答えは大体分かるが敢えて訊きますわぁ、何でそこまでするんですかい?」

「ジョセフィーヌは私が孤児院で引き取った娘でね、彼女も最初はとても幼かった…」

彼は、口調はどこまでも穏やかで昔を懐かしむかのように遠い目をする、しかし、歩みと涎は一向に止まる気配を見せません

「今では、こんなにも可愛い娘に育ってくれた…、未熟な青い実が熟れて、みずみずしい甘い果実に育つようにだ…『子供達もいつかは大人になる、成長した彼らが私の楽しみになる、ただそれだけですよ』」

木々の隙間から漏れる月明かりが[鉄の爪]を照らし、彼は今朝の孤児院で言った言葉をそのまま口にする


「はぁ〜伯爵様ぁ、さっき勇敢で立派な御方だとか言いましたが訂正しまさぁ……てめぇは道端の糞以下のカス野郎だ」


「質問タイムは終わりでいいかね?私は早く切りたくて仕方ないのだよ」ジュル

「カス野郎に敬語なんて使う必要性ねぇなぁ、いつもの口調で話させてもらおうか…おう、カス、てめぇが死んだら遺産は孤児院にくれてやっても良いか?」

この人は何を言っているんですか!!私達は丸腰、対して向こうは凶器を持っている、単純に考えてもどちらが危ないか分かるでしょうに
っていうか遊び人さん、今までのが敬語のつもりだったんですか!?

「ははは、何をワケの分からない事を…ああ、いいさッ!!私が死んだら全額あげよう」





「そうかい」






一言、彼はそういうといつから持っていたのか左手に赤紫色の"玉"を持っていました

大きさは卵ほど、中央付近に文字が彫られ、上に小さなチェーンが付いた玉でした、彼はそのチェーンを力を込めて引き抜きそして


「ふんっ」ブン

「ははは、そんな玉っころで!!しかも何処を狙っている!!」

遊び人さんが投げた玉は彼の少し後ろの地面へと落下しました…そして



           ドゴオオオォォォォンンン!!!!!!


「なっ!?」

閃光、一瞬のことでした、辺りがオレンジ色の爆炎に包まれ、後には全身に火傷を負い、辛うじて立っている伯爵がいました





「しっかり味わいな、この天才…ナジミ様の技術、『画期的な戦闘方』をよう!!」
34 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/03/14(木) 11:03:59.06 ID:py7y3q840
ERROR:前の人がイーモバイルみたいです。
このプロバイダは連続で書き込みできません。
連投スクリプト対策です。(1405)




これをどうにかするため、わざと空白を入れることになります。
さすがに携帯とパソコンを使い分けての作業では時間とモチベーションが続かないため、どうしてもせざるを得なません
貴重なレス数を消費することを深くお詫びいたします。
35 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/03/14(木) 11:08:50.22 ID:fcCrGFHWo
全然構わないよ
応援してる
36 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/03/16(土) 23:13:23.87 ID:LLnOCQI/0

 い、今のは一体…、[べギラマ]?いや[イオ]?
遊び…ナジミさん?、この人が投げた"玉"が爆発したように見えましたが

「てめぇは、それ相応のやり方でぶちのめす」

「ぐ、ぎ、ぎざまぁぁ」

全身、特に下半身が焼け爛れた伯爵が脚を引きずるように近づいてくる、そして…

「嬢ちゃん、動けるか?」

「え、あ、いや」

仕方ねぇなぁ、そう言って肩を貸してくれるナジミさんに掴まって私は歩きます

「ど、どごへ、いぐんだ!!」

「…」

後ろから声を掛ける伯爵を無視してナジミさんは歩いていきます
 …あの脚では今の私達に追いつくことさえもできないでしょう

「あ、あの」

「あぁん?どうかしたのかい?」

さっきの爆発は何か、伯爵はこのまま放っておいて良いのか?
言いたいこと、訊きたいことが色々とありすぎて何を話して良いのか分からなくなります

「どごへいぐんだときいでるだろうがッッ!!」

「…はぁ、うるせーな、街へ帰るンだよ、嬢ちゃんにてめぇの遺産を移してもらったり、色々と忙しくなるしよぉ」

「な、ないをいってるんだ、わだしは まだ いぎているぞ」

やはり、脚を引きずって歩く伯爵と私達とでは距離が開きます、遠ざかっていく伯爵に聞こえるよう声を大きくしながら

「てめぇとはもう戦う必要性がねぇんだよボケ」

「きざま、いますぐ きりきざんでぇ」

ピタリ、ナジミさんが歩みを止め、視線だけを伯爵に向けて

「鋭利な刃物で相手を切る…これがてめぇの"戦闘方"かい?」

「あ"あ"!?」

「っは!!今時、刃物でチャンバラや魔法でドンパチなんざ古臭ぇぜ!!!!」

「な"んだど!?」

「それによぉ『私はまだ生きてるぞ』とか言ってけど、てめぇはもう終わってんだよ















                             この戦い、俺の勝ちだ」


 
その後も背中越しに喚き散らす伯爵を無視して私達は歩き続け、そして伯爵の姿が完全に見えなくなった後
 私はナジミさんに訊いてみました


「あの、伯爵はあのままにしてて良いんですか!?」

「問題ない、それより嬢ちゃん、街に帰ったらあのカス野郎の遺産を孤児院に送る手配をしちゃあくれねぇか?」
37 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/03/16(土) 23:13:44.40 ID:S8V1IAiKO
38 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/03/16(土) 23:47:56.45 ID:LLnOCQI/0

「遺産って…まだ伯爵は生きてるじゃないですか」

「嬢ちゃん、俺ぁさっき言ったさぁ、『てめぇは、それ相応のやり方でぶちのめす』ってな」

「…?ええ、言いましたね」


…? この人は一体何が言いたいんでしょうか? 全身に火傷を負っているとはいえ、致命傷ではありませんでした
 このままでは報復の危険性だってあるのでは?

私の中でそんな不安が生じた次の瞬間でした








「ギアアアアアアアァァァぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?!?!?!?」





「!?」

森の中で悲鳴が木霊しました


「…もう一度だけ、あえて言うぜ

          『この戦い、俺の勝ちだ』」

=====
====
===
==



「ぜぇ、ぜぇ、 ぐ あ"、あ"いづめぇ、 きりきざんで やる」

鬱葱とした森の中、一人の男が座り込んでいた、全身に火傷を負い、利き腕に[鉄の爪]を装着した男だ
先程まで対峙していた旅の宝石商を名乗る人物と自分のメイドをエモノで切り裂こうとしていた
 もっとも、今は火傷の痛みを和らげる為にしばしの間、その場に座り込んでいたが…

「…はぁ、はぁ、……ふぅ、まっでいろよ、今すぐ行っでやるからな」

 男は立ち上がり、二人の後を追おうとする、連中はこの後、事件は全て私の犯行だと言いふらすのだろうが、身に着けている[力の指輪][ごうけつの腕輪]そして、このエモノさえ処分してしまえば…
 築き上げてきた信頼、ぱっと出の旅人の根も葉もない証言、証拠さえ滅すれば、どうということはない
そんなことを考えながら男が立ち上がると


   がさ
             がさ

「!? なんだ」


「ぴきー」

[スライム]だ、一匹の[スライム]が茂みから飛び出してきた

「……ふん、驚かせお"っで」

脚が満足に動かないからといって、たかが[スライム]の一匹だ、脅威でもなんでもない
 それよりも早く連中を…

そこまで考えて、ふっと男…伯爵は思った





   "[聖水]の効果はまだ少し残っている"なのに何故[スライム]が私の前に出てこられる?
39 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/03/16(土) 23:48:13.41 ID:S8V1IAiKO
40 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/03/17(日) 00:19:29.61 ID:xHc+9qlC0

「ぴきー」

がさ    がさ     がさ

さらに茂みの奥から[スライム]が一匹、二匹……三匹、四匹、五匹

「キューッ」

「!?」

[スライム]に続いて[いっかくうさぎ]が三匹、流石に何かがおかしい事に気付いた
仮に[聖水]の効果が切れていたとしよう、それにしたってこうも魔物が寄ってくるものか?


   ぱきっ


地面に落ちていた小枝を足でへし折る音がした

  ぱきっ    ぱきっ

がさ    がさ


次に茂みの奥から現れた影に伯爵は言葉を失った




         「グオオオォォォ」



身長2mを超える巨体、焦げ茶色の厚い毛並み、自分が身に着けている[鉄の爪]に匹敵する程の鋭利な爪

「あ、ああ、あぁぁあ」


茂みの奥から[ごうけつ熊]が一体、その奥からもう一回り大きな[ごうけつ熊]と他の二体と比べ小柄な[ごうけつ熊]が一体飛び出してきた

「よ、寄るな、わ、わだ…私のぞばに、ち、ち、ちがづくな"あぁぁぁ」

喉から出る声はなんとも情けなく震えており、利き手の爪を振り回し、追い払おうとする
 自然界において、相手を威嚇するような行動がどれほど無謀であるか、この男、まるで理解していなかったようだ
仮に理解してたとしても今の伯爵では正常な判断はできなかったことだろう

彼らにはこの男の姿がどのように映ったか?追い払おうと爪を振るう姿は手招きでもしてるように見えたのではないだろうか、小柄な[ごうけつ熊]がゆっくりと近づいてくる

「ひ、ひぃいぃいl」

ヒュッ、 接近してきた[ごうけつ熊]の顔に振り回した爪が当たった

「グゴゴォォォォ」   「ガアァァァ」 「ガアァァァ」

傷つけられた同族を見て、後の2匹はいきり立った、そして一番大きな[ごうけつ熊]が伯爵に近づき腕を振り下ろす

「グゴォォォ!!!!」

ぐしゃッッ!!







「ギアアアアアアアァァァぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?!?!?!?」


森の中で悲鳴が木霊しました



右肩から右手首が獣の太い剛腕ですり潰され、さきほど爪が顔に当たった[ごうけつ熊]は伯爵の左肩を鋭い牙で食い千切る

「アッあがが、あぎぃぃっ!?」


41 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/03/17(日) 00:19:45.03 ID:mY9DaoPyO
42 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/03/17(日) 00:49:07.76 ID:xHc+9qlC0


―おとうさんぐま おかあさんぐま あかちゃんぐま さんびきのくまたちが もりで えんかいを ひらいてます―



「いぎぃぃっ!?」

三匹の[ごうけつ熊]が容赦なく伯爵の体を貪り食う

「だれ、が、 だ だずげ ッでぇぇ!!!」

すり潰された右肩は鋭い爪で切られ、切られたて地面に落ちた腕は[スライム]と[いっかくうさぎ]達が囲みながら食べている



―くまたち だけでなく うさぎさん などの もりのどうぶつたちも えんかいに さんか しています―



「あが、おご、お、ぉぉ、ぅぉぁ…」

右腕に続いて左腕が切り裂かれ、切られた拍子で腕が宙を舞う
腹部にはぽっかりと穴が開き、だくだくと血液が流れだす、もはや誰がどうみても助かる状態ではない



― もりのどうぶつさんたちは たのしく おどり たのしく うたい まっかな おさけを にくを あじわいます―



「グゴッ!!」

ガヒュッ

一貫、始めに茂みから飛び出してきた[ごうけつ熊]の腕が伯爵の喉を切り裂き、喉下からは噴水の如く血が飛び出た
口を開き何かを言おうとする、しかし、喉を切られ声をだせない彼の口から発せられるのはこひゅー、こひゅーっという音だけだった
 誰かに助けを求めたのかもしれない、目の前の猛獣達に許しを乞おうと悲願したかもしれない…死にたくないと言おうとしたのかもしれない


―どうぶつたちは えんかい を たのしみます もりでまよった たびびとも どうぶつたちと えんかい をたのしみます―


ぐしゃっ がしゅっ  ぐちゅ    ぐちゅ  ぐちゃ

「――っ!!――ーっ――ぃ―」


ガッ ぐちゃ  ごす   べちゃっ


「―−-−-―」


がちっ  ぶち ぶち  びちっ    


「‐-」



―えんかいは つづきます あさまでも いつまでも つづきます おさけと りょうりが なくなるまで つづきます―






「」







―やがて、えんかいは おわりを つげ もりは せいじゃくに つつまれましたとさ―
43 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/03/17(日) 00:59:00.25 ID:mY9DaoPyO
>> 35 構いませんか? ありがとうございます



…… ええっと 、なんと言うか 今回はグロテスクな表現注意と事前に書くべきだったでしょうか?
書いた後で今更、遅過ぎかもしれませんが、宜しければ今度の注意点も兼ねてお聴きしたいと思います
44 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/03/28(木) 14:15:44.65 ID:inNniLwz0

 "伯爵が事件の調査中に、[ごうけつ熊]に襲われて死んだ"


この訃報は帰還した私と遊び人のナジミさんが街の兵士長に伝えました
 森の中ではぐれた伯爵を見つけた時、伯爵は既に[ごうけつ熊]に襲われたと思われる状態だ発見されたと私は証言しました
ちらっと隣で気の抜けた口調で詳しい詳細を説明する人を見ます、ナジミさん曰く、「伯爵はクマちゃんに殺された、嘘は言ってない」とのことです
…まぁ、嘘ではないでしょうけど

兵士長はそれを聴かされ、ぎょっとした顔で私達を一瞥し、「日が昇ったら、森の中へ遺体の確認を取り、その後で町民に事を伝える」と言いました、大慌てで兵舎へと戻っていく彼をナジミさんは何処か冷やかな目で見ていました

「兵士長のおっさん、驚いただろうよ、本来なら事件とは何ら関係も無い[ごうけつ熊]に本当に殺害されたって聴かされたんだからねぇ」

「…あの人も、そうなんですか?」

街を守る立場でありながら、殺人の助長、偽装に手を貸していたのかと私は尋ねました

「だな、…流石のクマちゃん達も骨や衣服、装飾品等は食わねぇだろうから、遺骨はすぐに見つかる、その際、衣服に不自然な火傷があるとか言われそうだが、あえて誰も触れようとはしねぇだろうな」

ナジミさんが歩き出し、私も後に続きます

「クマちゃんに襲われる前に誰かと何かあったってのが嫌でも分かる、そうなりゃ第一発見者の俺や嬢ちゃんに事情を訊こうとするさぁ、そうなっちまえば、芋蔓式に正当防衛で爆破した事、あのカス野郎の悪行の数々が明るみに出る、…兵士長のお偉いさんも含め多くの兵隊さんが無職になる程度じゃ済まなくなるだろうよ」

それに、あくまで殺害したのはクマちゃんであって、俺ぁ直接的に手ぇ下してねぇしなとナジミさんが言います、そんなやり取りを交わしている間に彼の泊まる宿に着きました

「さて、カス野郎の死が正式発表されたら嬢ちゃんは奴の遺産を孤児院に渡す手続きをしてやってくれよ、んじゃ」

「あの」

昼間、この人に言われもしたが私は好奇心が強い方かもしれません、あの時の爆発とか色々と訊いてみたいことがありました

「ん〜?なんだい、そろそろ、俺ぁ寝てぇんだがなぁ、夜更かしは肌にわりぃし」

「貴方は魔法使いか何かですか?」

「……はっ?」

…何を言ってるんだコイツ、そんな顔で見てきますね

 旅の宝石商かと思ったら、[べギラマ]を使える自称遊び人の魔法使い…本当にワケのわからない人です

「いや、だから俺ぁ単なる遊び人だと」

「ただの遊び人が[べギラマ]なんてレベルの高い呪文使える訳がありません、本当は高名な魔法使いか何かなのでしょう?」


ぽりぽり、頭を掻きながらナジミさんは「おーけー、ちょいとだけお話しますか」と私の方に近づきます


「はぁ、何から話すかねぇ…まず、言っとくが嬢ちゃん、俺ぁあの時、呪文なんざ使ってねぇ、確かに魔法の素質はあっけどよぉ、それは雀の涙程度だ、しかも昔っから修行サボってたからな、…そんな俺が真面目に修行して覚えたのが[トラマナ]っていう攻撃でもなんでもねぇ呪文だぜ」


何で[メラ]とかじゃなくて、そんな使いどころに困りそうな呪文なのかとか色々言いたいことはありますが、私は尋ねます、あの時の爆発は何なのかと?


「…嬢ちゃん、普通、人間は魔物と対峙する時どのような"戦闘方"を取る?」


質問に対して、質問で返されました…わけがわかりません

「まぁ、嫌な顔しないで答えておくれよ、こいつぁ嬢ちゃんの質問にふかーく関わる内容なんだぜ?」

「…普通に武器で"たたかう"、"呪文"で攻撃して倒すですか?」

「うん、人間が魔物に対してやることはそれだけだなぁ」

ナジミさんは目を細め、語り始めました

「人間…いや、人類が誕生して何千年とたったさぁ、対して魔物って奴ぁ人がまだ毛むくじゃらな生物だった頃よりも前から存在していた、…遅ぇんだよ」

彼は握り拳を作った左手を私の前に差し出します

「刃物でチャンバラ、呪文でドンパチ…人が魔物と戦うようになって途方も無い時間が流れた、そいつぁ歴史の教科書を見りゃあ分かるこった…にも関わらず、未だに"それ以外の抵抗手段を考えない"と来たもんだぜ……いつになりゃ人間は発展するんだい?」

ぱっ 握り拳を開くとそこには伯爵に投げたあの"玉"がありました




「"剣で切るでも、魔法使いが呪文を使うでもない"…画期的な戦闘方って奴を俺ぁ世界に広めたい、そう考えてんだよ」
45 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/03/28(木) 14:16:06.99 ID:42RtUT+f0
46 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/03/28(木) 15:11:57.09 ID:inNniLwz0

「画期的な戦闘法?」

「今、この天才が持ってるこの"玉"こいつぁ、その戦闘法のさきがけになる存在さぁ」

左手で持っていた"玉"をポケットに仕舞い、話を続けます

「ウチの先祖は、代々ある"技術"を受け継がせてきてんだよ、物に"込める技術"って奴をさ」

「"込める技術"?」

「ああ、一族が代々受け継ぐ"技術"、嬢ちゃんがあの時見た爆発…ありゃあ"玉"の中に[ギラ]が"込められ"ていたのさ」

「ちょ、ちょっと、待ってください」

いきなり、技術だの、[ギラ]が"込められ"ているのだ、話に理解が追いつきません

「ああ、分からねぇ所は質問してくれていいぜ」



「…まず、その技術というのは具体的にどのようなモノですか?"込める"っていうのはどのうように?」

「嬢ちゃんは魔方陣って奴について知識はあるかい?」

伯爵の館でよく本を読んでいた、私は自分で言うのも変かもしれませんが博識な方だと思う、多少はその手の話にも教養はあるつもりです

「少しくらいでしたら…」

「なら、話は早いか…地面に魔力の篭ったルーンを書いて、効果を発動させる、もしくは書いた後で、別の誰かに文字に魔力を込めてもらう、そうすることで魔方陣って奴は使えるようになる」

ナジミさんは「"込める技術"ってのはその応用みたいなモンと考えてくれりゃあ良い、地面じゃなく、特定の物質に魔力等を込める技術さ」と言い例題を述べた

「例えば、あのカス野郎が着けていた[力の指輪][ごうけつの腕輪]あれも"込める技術"による産物さぁ、もっとも世に出回るようになってまだ
2、3年くらいかな?世間でもまだそんな噂にゃあなってねぇ品だっただろう」

この世には不思議な力の宿った装飾品がある、そんな噂はたしかにありました、ですが実物を見たのは初めてでした、ナジミさんが言うに世界でも名が知れ渡るようになるまで後30年近く掛かるとのことです

「さて、話を戻すが、俺の持っているこの"玉"こいつぁさっきも言ったが[ギラ]の呪文が"込められ"ている、俺が込めたんじゃあねぇ、俺の知り合いが込めたもので、チェーンの部分を強く引き抜いて一定時間過ぎりゃあ ボンッッ!!ってなる仕組みなのさぁ」

それで、伯爵に投げた後、爆発したと?…でもあの爆発は[ギラ]とは――

「嬢ちゃん、今『でもあの爆発は[ギラ]とは思えません』とでも考えてんだろう?たしかに[ギラ]にしちゃあ火力がデケェ、あの玉には[ギラ]とは別に"火薬"が入ってるのさ」


…? "火薬"?  聴いた事のない単語ですね


「…ああ、何か厳しい顔してんなぁ、まぁ簡単に説明しよう、この超天才の俺が独自の理論で作り上げた火炎系呪文を強化する技術だ、そう覚えておけば良い」

「はぁ…」

よく分からない私はなんとなく返事をしました

「この"玉"は…[魔法の玉]は、まだ火炎系の呪文を込めなきゃ使えねぇけど、いつかは魔力に一切頼らねぇで、…火薬の力だけであの爆発を再現できるよう研究していきたいと思ってるんだ」



そういって、遊び人のナジミは[魔法の玉]を仕舞う




「質問は終わりかい?なら俺ぁ帰ってお休みタイムだ」

「伯爵は最後[ごうけつ熊]に襲われて命を落としました、アレはどのような仕組みだったんですか?」

これが一番分からない、 あの時、伯爵の遺産の手続きの話をしようとしたり
 『この戦い、俺の勝ちだ』と始めから[ごうけつ熊]が襲うことが確定的だと言うような素振り

この人は魔物でも操れるというのでしょうか?

「そいつも"込める技術"の賜物なのさぁ」

そういうとナジミさんは左手をポケットに突っ込みます、そして…

「嬢ちゃん、香水とか化粧品には興味があるんだよなぁ」

ポケットから手を出すと、そこには紙袋がありました
47 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/03/28(木) 15:12:18.50 ID:s5LAzKsjO
48 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/03/28(木) 16:03:58.34 ID:inNniLwz0

私はその紙袋に見覚えがあった、縛られて茂みに転がっていた時に見た、伯爵に投げつけた紙袋です

「こいつも"火薬"に続く俺の研究の成果の一つ、俺ぁ、ある"特殊な匂いを込めた"こいつを[匂い袋]と呼ぶ事にしている」

[匂い袋]、名前からして何かの匂いがするものだとは思いますが…

「匂い…なんてしませんね」

ナジミさんが少しだけ袋を開け匂いを嗅がせてくれますが、コレが全くの無臭です

「そりゃあそうだぜ、人間の鼻じゃ分からねぇさぁ」

ラベンダーの香水とかなら分かるが、この匂いは人の鼻じゃあ嗅げねぇ匂いだと言い、詳しく説明してくれる

「俺ぁ、込める技術を有効に活用する上で魔物の生態系についても研究している身なんだよ、連中の牙や鱗に技術に活用できそうな素材もあるしよぉ」

魔物の生態系の研究…コレを聞いて当時の私は驚きました、この時代ではそんな事をする人間はいませんでしたから

「魔物をおとなしさせる、集める、そういう目的で魔物を引き寄せるモンを俺ぁ造っていた、まぁ、この天才に不可能はねぇからな、すぐに完璧な理論を立て、全ての魔物の味覚、嗅覚の共通点を利用して[まもののエサ]を造ったわけだ、その過程で出来た産物が[匂い袋]さぁ」



この人、さらっと凄い事言ってますね


「…ええっと?本当に貴方は天才なんですか?」

「あぁん?だから最初っからそう言ってるだろうが」


…ま、まぁ、それはいいとしましょう

「人間が他の生き物より優れているのは好奇心があるからだ、好奇心があるから人は研究、発見、そこからの開発、技術のさらなる発展に繋がるのさ…

 …初めて牛乳を研究した人間と同じだ、一つの食材からチーズやクリーム、バター、加工しだいで多くのモノに変換できる、ジパングの民がダイズを研究したように、…研究の過程で思わぬ産物を作り上げたり、俺ぁ人間のそういう所がとてつもなく好きなんだよ」

ふふっと嬉しそうに笑うナジミさんの顔を見て、ふっとあることに気がついた

「あの、最後に良いですか?」

「おう、ラストクエスチョンって奴だな」

「どうして、旅人のあなたがこの町の事件を調べたんですか?」

「昼間も訊いたねぇ〜、単なる好奇心さぁ「本当の所は?」


「…はぁ、降参、俺の家系かその弟子かどうか知らねぇけど、そいつが文字通り、丹精"込めて"作った魂の逸品をよぉ、糞にみてぇな悪事に使われんのが気に入らなかったのさ」


やっぱり


「そうでなくても、あのカス野郎…女に対してヒデェことしやがった、俺ぁなぁ、道端に唾を吐き捨てる奴や盗みを働く奴は許したとしてもだ"女を大切にしねぇ糞以下の男"って奴が一番許せねぇのさ、指輪の件がなくても、俺がじきじきに叩きのめしただろうよ」


この人は、軽い感じで人をぶっ飛ばしたりもするし、口調も荒いし


「まぁ、そんな所だよ…他の奴にゃあ言うなよ?恥ずかしいしよぉ」


変な人だけど、いい人でしたね



「中々、熱い人なんですね

                       ナジミお姉さんは」


ぴしっ そんな音が聞こえたような気がした、見ると硬い表情でギギギと壊れた人形みたいに首をこちらに向けているナジミさんが

「…えっ?…えっ?、マジ…?なんで?」

「貴女はそんな顔もするんですね…」

カマかけで言ってみたつもりでした、そのサイズの合わないブカブカのロングコート、厚底の靴、さっきの嬉しそうな笑いが何処と無く女性のように見えたから…違ってたら冗談で済ませれば良いと、なんとなく言ってみたんですが、当たっていたようです
49 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/03/28(木) 18:35:06.55 ID:iyiloa/G0
まさかの男装の麗人とは…w
俺は素直に『チャラいけど頭の切れるイイ男』で良かったと思うんだがなぁ…。
50 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/03/28(木) 18:39:55.77 ID:pKhUdkEvo
ごめん
なんかツェペリさんみたいな人を想像してた・・・
51 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/04/04(木) 01:22:35.01 ID:YhSnE3yb0
―――
――


「…眠れない」

伯爵も、誰もいない屋敷の私の自室、私は布団に包まって壁に掛かっている時計を見る、時刻は2時をまわっていました
 あの後、「嬢ちゃん以外にも気付いた奴ぁいたんだが、この短時間で見破ったのは嬢ちゃん位だぜ?すんげぇ、驚いたよ」っとナジミさんが言って
 「気に入ったぜ、見破れた御褒美っつーわけじゃあないんだけど、少しだけ俺の武勇伝でも聞かせてやろうかい?」と言いました
 これに対して私は二つ返事で返し、かくして彼…いえ、彼女の武勇伝を聴かせてもらったのでした

 ナジミさんが世界を"遊び"歩いて、見てきたもの、体験したもの、それらは私の好奇心を強く動かしました
斧を投げ入れると拾ってくれる泉の精霊、人語を喋る馬に密林の奥地で会ったこと、チラッとだけ幽霊船を見たとか
女頭の海賊に会ったり…なんだか事実か虚実か分からないような、いや、夢物語だったとしても十分面白いお話を聞かせてくれましたね

 各地で美味い物を食い、美味い酒に溺れ、遊びたい時に(暴れたい時とも言う)その辺のゴロツキや魔物に遊び(喧嘩を売る)を仕掛ける
正直な話し、なんとも破天荒かつ傍迷惑な生き方をしていると思える話でした



しかし、そんな無茶苦茶な彼女の"生き様"に私は惹かれるものを感じていました



 私は屋敷の書斎で様々な書物を読み漁った、人一倍知識はあると自負しています
でも、彼女は私なんかよりも知識があった、私の知らないことを知っていた、あの"込める技術"にしたってそうです
 いえ、"込める技術"云々なんてこの際どうでもいい……

私はオーロラを見たことが無い、でもナジミさんは見たことがあるらしい、砂漠でサボテンを調理して食したらしい、グルメでも無い私には検討もつかない味かもしれない


 私は夜空を見上げ星を眺めた、ナジミさんは言った、世界は実は玉のように丸くて、星のように光り輝いているのだと

そんな馬鹿な…っと私は思った、世界が丸い?夜空の星のように…それも蒼く輝いている?
 ありえない…そんな話は聴いた事もないし、どんな書物にも書かれていないッ、そこまで考えて私は気付かされた

自分が知っている世界はなんと"狭い世界"なのかと



あの人は自由だ、自分が行ってみたい所へ行き、自分が生きてみたいように生きる



紙切れの表面に塗られたインクからじゃあ知りえない事を知ることができる
 本で学んだことは知識として知れる、料理のレシピを見て、作り方や材料を知れる、だけど"食感や味は理解できない"あくまで知識のみです

一度でも知識として知ってしまえば、知りたくなってしまうソレがどのような味なのか
地図を開けば思ってしまう、"本当にこの地図は完璧なのか?"まだ確認されてない島や大陸があるんじゃないか?著者がどこか書き忘れた地名が存在するのではないかと

ナジミさんも未だに世界の全てを周ってはいないというのだ、もしかしたら、まだ見ぬ存在や誰にも気付かれない物だってあるかもしれない

『好奇心は人を成長させる』…ええ、理解しましたとも
人間は一度、気になるとそれが気になって眠れなくなる性分なのでしょうか?

「本当に眠れませんね…」

壁の時計は午前3時を示しています、人は死んだら本当に何も考えられなくなるのか?それとも生前の記憶を失って、別人格を持ち別の人として生きるのかとか
そんな事を考えながら、眠れない夜を過ごしす、今の状況はソレと何ら変わりませんね

私は瞼を無理やりにでも閉じて眠ろうとします、これ以上考えては埒が明きません

















…清清しい朝ですね、夜明けを告げる小鳥のさえずりが私の耳に、カーテン越しの日光が隈だらけの私の目に飛び込んできます…
52 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/04/04(木) 01:22:54.36 ID:vK0mB1dFO
53 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/04/04(木) 01:51:16.54 ID:YhSnE3yb0

早朝、徹夜明けの私はあることを決意しました

 "ナジミさんについて行こう"

徹夜明けのテンションで決めたワケではありません、私は彼女の言うとおり、好奇心の強い人間です、ええ、認めます
 昨晩からずっと考えていた、珍しいものを見てみたいし、世界を知ってみたい、自由に生きてみたい

その上で珍しいものを見せてくれそうな人物があの人です、あの"技術"、嘘か真か判らない摩訶不思議な冒険をする遊び人
これほどまでに多くのモノを見せてくれそうな人がいるでしょうか?私は意を決して屋敷を飛び出そうとします

       全てはあの人に会うために!!

今ッ!!、私は彼女の宿泊先の宿へ向かうため玄関のドアノブに手を掛けました、長年暮らしてきた屋敷との別れを惜しみつつ、新たな生き方への一歩へと!!





















「ぐっどぉ、も〜にんぐ嬢ちゃん」



ズサーッ!!

こけました、勢い良く玄関を飛び出してこけました…ええ、会いに行こうとは思ってましたよ、でもそれは不意打ちすぎやしませんか?


「おはようございます、ナジミさん」

「うん、嬢ちゃん、昨日は良く眠れ…なかったみたいだねぇ?」

私の目の下の隈を見ながら言います

「あの、ナジミさん、何か御用があっていらっしゃたんですか?」

「ああ、探し物があってさぁ、ちょっち家捜しさせてもらっていいかい?」

家主が死んだ家で家捜しさせて欲しい、ストレートに犯罪チックなこと言いますね、このお姉さん

「それって昨日言ってた青い宝石の事ですか?」

「わーお、よく覚えてたねぇ」

「ええ、まぁ」

「…本当に無いのか隅々まで知っておきたいのさぁ」

「…もしかして、ソレって"込める技術"と関連があるんですか?」

「正解、それもとびっきりヤバイ代物でさぁ、俺ぁソイツの為に世界中を回ってんのよ」

変わらない気の抜けるような口調、でも目はまるで笑ってませんでした

「ここを調べさせてもらって…んで、白か黒かハッキリしたら俺ぁ街を出て行くつもりさぁ」


言うや否やナジミさんは屋敷の中へと入って行こうとします

「待って下さい!!」


54 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/04/04(木) 01:51:29.44 ID:cP3LIpKb0
55 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/04/04(木) 02:25:34.20 ID:5bAdrzlL0

私は屋敷に入ろうとするナジミさんを呼び止めます

「あぁん?なんだい嬢ちゃん?」

「厚かましいとは思いですが…私を旅に連れて行ってくれませんか!?」

「はっ?」

口を開けてポカーンとした表情で私を見ます、まぁ、それが正しい反応かもしれませんけど

「…あぁ、嬢ちゃん、アレか?寝不足で脳に酸素が回ってねぇのか?」

目を細め、頭をぽりぽり掻きながら言ってきます、私はそれに対して本気ですと答えました、…相手にはため息を吐かれましたがね

「わかるかい?俺ぁ同行者はつけたくねぇタイプなんだよ」

「それでもお願いします」

引きませんよ? そんな顔と態度でこの人の前に立ち塞がります

「さっきヤバイ代物云々の話しをしただろう、俺の旅は危険で当たり前、嬢ちゃんの命を守ってやれる保障は微塵もねぇんだぜ」

「ナジミさん」

これを聴いてまだ何か言うのか?そんな顔をしているので言わせて貰います

「お言葉ですが、私がこの街にいることが必ずしも安全とは言えません」

「あぁん?」

「この街の警備は王国から派遣された兵士の皆さんがしてくれています、"殺人の助長に手を貸すような人間が"ですよ」

「…」

申し訳ないとは思っていますが、ここで昨晩の兵士長の皆さんを話の引き合いに出させて貰います

「現在、伯爵の犯罪と彼らがその手助けをしていた事を知っているのは私とナジミさんの二人です、もしも、事情を知る大人であるナジミさんが町を去り、15にも満たない私だけが街に残されたとします、その時、兵達は"口封じ"をするんじゃありませんか?」

可能性としては決してありえない話しではありません、あくまで低い可能性ではありますが

「この街を守っているのが犯罪に手を染めるような人種、ましてや私には狙われる理由が存在します、ナジミさんは少なからず私がこの状況に陥った事に関与しています、そんな私を置いて、"一人で他所へ逃げるのは"筋が通っていないのではないでしょうか?」

自分には青い宝石を捜す理由があるからと言って自分だけ安全地帯に逃げていると少しばかり大袈裟に、非難するように言いました、厚かましいでしょうが、そうでもしなければこの人はおそらく…いえ、絶対に連れて行こうとはしない




「ふぅ〜ん、中々、面白いねぇ」





ナジミさんが目を細め口元を歪め、ニタァっと笑います





「確かに嬢ちゃんの言う事にも一理はあるなぁ、ここで置いてって、何かありゃあ俺としても後味が悪ぃねぇ」




この時の私はまだナジミさんの事を深く知りませんでした



「嬢ちゃん…年頃のれでぃーに年齢を訊くのは宜しくないが、あえて訊かせてくれねぇかい?」

「年齢?…今年の誕生日を迎えれば14になります」

「そうかい、そうかい」



ナジミさんがこの笑い方をする時は碌な事を思いついた時だということを

「おーけぃ、許可しよう」
56 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/04/04(木) 02:25:47.18 ID:TtqrkBP90
57 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/04/04(木) 03:06:37.09 ID:5bAdrzlL0

「旅の同行を認めてくれないのなら屋敷の住人として家捜しは認めませ…えっ?」

えっ?認めた、こんなにあっさりと?

「連れてってやるよ、その代わり、家捜しはさせて貰うさぁ、後、危険な目に遭っても文句は無しな」

「あ、はい…どうぞ」

なんというか、あまりにもあっさりしすぎるような…

…まぁ、目的は果たす事ができたッ!!これで良しとしましょう

























(…好都合だねぇ!!此方から誘うまでも無かったとは、さっき嬢ちゃんが言った"口封じ"の可能性…そいつぁ俺だって考えたさぁ、兵隊さん達も馬鹿じゃあねぇ、俺ぁこのままで出てってハッピーエンドなんて甘っちょろい考えなんざぁしてねぇさぁ)


がさ  がさ


 (嬢ちゃんはどっか此処とは離れた村か街、それも極力暮らしに困らねぇ土地にでも置いていく気じゃぁいた、ただ長年過ごしてきたであろう街との別れやら、命の保障ができねぇ旅やらで嫌がる事も考えた…どうにも其処は俺の計算違いだったようだがねぇ)


  どさ     ごそごそ


 (それにこの嬢ちゃん、僅かな時間で俺の事を見破る"観察力、直感能力"、それだけじゃねぇ、それなりに頭の回転で良いと来たモンだ
何よりもさっきの説得だ、『犯罪者の街に置いていくのか』と俺を責め立てたあの説得、確かに俺にも非がある、あのカス野郎とのやり取りも他にやり様があっただろうしよぉ)


がさごそ    ぽいっ

(観察力、直感、この天才ほどではないがそれなりに優秀な知能、そして何より"人間の良心につけ込む交渉術"だッ!!僅か14歳、その齢でここまで罪の意識、相手の立場を利用した交渉が出来るとは…こいつぁ育て方によっちゃ将来、女帝か覇王になれる素質を持っているッッ!!)

ぽいっ ぽいっ    ガシャン

「あっ、ヤベ、窓ガラス割っちった…まぁ、いっか」


(磨けば輝く原石って奴だな、あのカス野郎が『実に優秀な娘』っつたのも頷ける話さぁ、こんな面白い奴を唯のメイドで終わらせるなんざぁ、もったいねぇぜ)









「嬢ちゃんや、ここにゃあ俺の探しモンはねぇようだ」

「そうでしたか…ところで先程何かが割れるようなお「さぁて、もうこの屋敷に用は無いし、孤児院への寄付金にでもしちまおうぜ」


カツカツっとナジミさんの厚底靴が音を鳴らす、私はその後を追いかけます

これから…私の新しい生き方が始まるのです
58 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/04/04(木) 03:17:23.35 ID:g9LDRQbM0
>>49 その路線も考えていたのですが後々の展開を踏まえて、最初から考えてたストーリーにしようということにしました


>>50 残念ながらこの人は座った体制でジャンプはできません 申し訳ありませんが…
59 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/04/04(木) 04:40:25.73 ID:1WefNF+Uo
アカツキの賽みたいなイメージだった
60 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/04/06(土) 23:41:26.05 ID:5jS70NA50




                   ※


                   ※


「ご注文は何になさいますか?」

「これで食える飯をお願いします」

 俺は懐から数枚の銀貨を出して言った、昼時ということもあって酒場はそれなりに賑わっていた

「あのう…」

「?」

「宜しければ、痛み止めをお持ちいたしますが…」

 注文を取りに来たウエイトレスが腫れ上がった俺の顔を見て言った、彼女なりの気遣いなんだろうな

「いや、いいっスよ」

それを伝えるとウエイトレスは厨房の方へ戻っていった、俺はぼーっと今、抱えている問題をどうやって解決するか悩んでいた

「それでよ、一ヶ月前から[ごうけつ熊]の被害に遭ってたそうなんだがよ」
「ああ、聴いた、聴いた、その街を治めてた伯爵が死んだんだってな」
「西の村といい…魔物による被害が急増しているよな」

 客達の会話が耳に入ってくる…西の村か、あぁ、俺の抱えている問題はソコなんだよ
俺は頭を抱えて、テーブルに突っ伏した、"あの娘"をどうにかしたい、でも一体どうすりゃ良いんだよ


「わーお!!シードルが品切れだって!?そりゃないぜマスター」

「お客様、申し訳ありません…最近、林檎の入荷量が著しく悪いそうでして、ワインならあるのですが」

「…しゃーない、んじゃ一番美味い酒をくれねぇか?」


なんとなく声のする方を見た、林檎の入荷量が悪い…か
 この街は西の村で取れる林檎からシードルを造っているからな、品薄にもなるんだろうな


「それでさぁ、嬢ちゃんがよぉ、連れてってくれなんて言うんだぜ…俺から言う前に言われてよぉ、面食らっちまったのさぁ」

「あぁ、そうなんですか」

「最初に俺ぁ同行者はつけたくねぇとか、命の保障はねぇんだぞとか脅しつけてやったんだが、まるで動じねぇしよ、アレだよアレ、なんつーの、覚悟完了ッ!!みたいな?」

カウンターで黒い格好の男が左手のワイングラスを傾けながらマスターに愚痴っている
 昼間っから飲んだくれてるなんて、碌な人間じゃないだろうな、俺はそう思いながら運ばれてきた料理に目線を移した


「いやです、離してください!!」

「まぁ、そう言うなよ」

食うのを止めて振り向いてみると、さっきのウエイトレスが三人の男に囲まれていた
 その内のリーダーか何か?鼻にピアスつけた男が彼女の腕を掴んでいた

「ちょっとだけ俺等とお話しようって言ってんだよ」


…相手は三人、無論、誰も助けようとは思わない、そりゃそうだ
誰が好んで厄介事に首を突っ込むんだよ、他の客も見て見ぬフリ、俺だって痛い思いするのは御免だ
……俺はただ、飯を食いに来ただけだ、怪我したいんじゃない、俺は何も見てなんかいな「いぎゃぁあああああああああ!?!?」









「おう、こら、そこの姉ちゃんが嫌がってんだろうが」
61 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/04/06(土) 23:41:59.26 ID:3YX7u/1kO
62 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/04/07(日) 00:11:32.82 ID:GnDj8tDg0
口調的にジョセフ的な男かと
63 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/04/07(日) 00:36:06.54 ID:JzzfxUbF0

ウエイトレスの腕を掴んでいた男が悲鳴を上げた
カウンターで愚痴っていた男が鼻にピアスをつけた男の腕を捻ったからだ

「て、てめぇ、何しやがんだあぁぁ!!」

「ったく、至近距離でギャーギャーとうるせぇんだよ、牛野郎」

「う、牛野郎だとぉ!!」

…確かに牛の鼻輪に見えなくもないな

「嬢ちゃんが買出しに行ってる間によぉ、優雅なティータイムを楽しんでたってのに…楽しく酔う事もできねぇじゃねぇかよ」

…えっ?、ティータイム?酒タイムじゃなくて?

「野郎…おい、やっちまえ!!」

取り巻きの二人がナイフを取り出す、途端に店内が騒がしくなり始めた
 他の客は悲鳴をあげたり、柱の影に隠れたり、ウエイトレスもカウンターの方へ避難し始めた
黒い奴はまるで、「それがどうした」っとでも言うような顔で右手で持ってたワインボトルを口へ運んだ

「ふかしてんじゃねぇぇぇぇ」

取り巻きの一人がナイフを突き刺すように正面から突っ込んでくる
だが、黒い奴は一向に動く気配がない、そして、離れた席で見ていた俺にはナイフが男に刺さったかに見えた

「あ、あれ?ッげが!?」

刺さったと思った取り巻きのナイフは黒い奴に刺さらなかった、いや、ナイフの方が黒い奴を避けたように見えた…遠目みていたからかもしれない、まるで滑ったように避けた…見間違いなのか?
 黒い奴は一向にその場から動いていない、やっぱり見間違いか?

「あぁん?よく見て狙えや、俺の真横に突っ込むなんてよぉ、おめぇ近眼か?」

軽いフックを食らわせ、落としたナイフをカウンター側に蹴り飛ばしながら黒いのは言う

「ッんの野郎!!」

もう一人が突っ込んでくるがすかさず、フックを食らわせた男の首根っこを掴んで突っ込んでくる奴へ蹴り飛ばす
 突っ込んできた取り巻きは蹴飛ばされた奴を抱き込む形で倒れる
起き上がろうとしたとこで黒い奴が持ってたワインボトルを振り下ろし、がしゃんと良い音を立てて取り巻きの一人を気絶させた

「お、おい、しっかりしろ」

気絶した奴の下敷きになっている奴が揺さぶって起こそうとしている内に決着はついた
 あっという間だった、ボトルを振り下ろしてから鼻ピアスの男へと一気に詰め寄る、当然、相手は抵抗したが
何故か黒い奴に"当たらなかった"んだ、ボディーブローをお見舞いして腹を抑えた男の鼻ピアスを掴みグイっと引っ張る
ここまでの一連の流れが本当に一瞬だった


「女に手ぇあげるたぁ、覚悟できてんだろうな牛野郎」

―――
――




「さて、ナジミさんに言われた買い物も終わったし、酒場にいるナジミさんを迎えに――」

ドガシャン!!



「あ、あがが」

「おい!!見ろよ酒場の窓から男がぶっ飛ばされてきたぞ!!」
「見ろよ、コイツはひでぇ…顔が涙と鼻水でぐしゃぐしゃな上に白目を剥いてやがる」
「今、訊いてきたんだが黒いロングコートでショートカットの黒髪の男にやられたそうだぜ」



「…………えっ?、何このデジャブ」

64 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/04/07(日) 00:41:03.77 ID:y7LwNYcpO
>>59 サングラスの人ですか?
65 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/04/07(日) 00:57:00.07 ID:hZD/59pg0
>>62 口調は大体、そんなイメージで作っていってます
(注 テキーラ娘ではありません
66 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/04/07(日) 09:40:34.79 ID:4DEVMu9to
>>64
そうそうそれそれ
67 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/04/07(日) 15:17:22.12 ID:93/4zb0PO
俺はtwisted fateみてーなイメージだった
期待してる
68 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/04/10(水) 19:03:42.72 ID:u+4HjCIt0

「ったくよぉ、ここはお触りバーじゃあねぇってのに…」

 黒い奴が頭を掻きながらカウンター席に戻っていこうとする
俺はもう一度ソイツの姿を良く見た、黒い厚底の靴にサイズの合わない黒コート、長くは無い黒髪…
 そんな全身黒ずくめだからこそ、目元のクローバーマークと星のイヤリングが一際目立つ

「あぁ、マスター?わりぃ、酒場の窓を割っちまってさぁ、修理費はちゃんと出すんで「ナジミさん!!」

入り口の方を振り向けば十代半ばの小娘がいた、黒コート…ナジミっていうのか?ソイツに近づいて何か言ってるな

「おお!!嬢ちゃんじゃないか!!」
「おお!!じゃありません!!何やってんですか!?」
「何、たいしたことじゃないさ、ただ酒場での礼儀を知らねぇ牛野郎がいたんでね、ちょいとぶっ飛ばしてやったのさ」

この時、俺は思ったんだ、あの時の"ナイフの方が避けた"ような不思議な現象…呪文か何かを使ったとしか思えない現象
 それなりの魔法使いと見て間違いないんだろうと、これほどの腕の持ち主なら俺の抱えてる悩みを何とかしてくれるんじゃないかと

「そ、そこのアンタ」

「あぁん?」
「?」

「アンタの腕を見込んで頼みがある!!」俺は二人の前で手を床について頭を下げたんだ

「…なんだい坊主頭の兄ちゃん、いきなり土下座なんかしちまって」

「頼む…西の村に来てくれ」

黒い奴は、はぁっとため息を一つ吐き出して「突然、来てくれなんて言われても何が何だが分からねぇよ」と返した


―――
――



街中の小さな茶店、酒場はさっきの騒動で今日は閉店になっちまったからな…
 俺は今、マスターに金を支払った黒い奴とその連れらしい小娘と一緒にいる

「…西の村に大量の魔物ですか?」

運ばれてきたケーキとレモンティーを前に小娘が聞き返す、俺は西の村の現状を説明した

「あぁ、[スライムつむり]、[さまようよろい]に[ホイミスライム]の大群が攻めてくるんだ」

「それって大変じゃないですか!!」

小娘が声を大きくする一方、隣のナジミとか言う奴はワイングラスに注がれた氷入りのミネラルウォーターをチビチビと飲んでやがる
 …コイツ曰く「俺ぁお気に入りのグラスでしか飲み物は飲まねぇ」と自分専用グラスを持ち歩いてるとか、かなりの変人だ

「だってそうですよ[さまようよろい]はこの辺りでは攻守ともに強いですし、[スライムつむり]は[ラリホー]や[ヒャド]を使ってくるんですよ、その上で回復役の[ホイミスライム]までいる…前衛で耐久性の高い[さまようよろい]そこから[ホイミスライム][スライムつむり]の援護が入ったとすれば戦闘時かなりの苦戦を強いられる筈!!」

「嬢ちゃん、落ち着きなよ」

チビチビと水を飲んでた黒いのが会話に入り込む

「今、嬢ちゃんが説明してくれたように、んな魔物の群れが攻めてくれば戦える人間の少ない農村なんかは一たまりもねぇなぁ」

ごく、一気にグラスを傾けて中身を飲み干し「だが、何らかの"抵抗手段"がある、なけりゃあ今頃その団体さんがこの街まで突っ込んでくるからなぁ」と言う、あぁ、その通りだともよ

「西の村ってここから歩いて1時間足らずで行ける距離ですよね?」

地図を開きながら小娘が黒いのに訊いた

「だな、んで坊主頭の兄ちゃんや、そんな団体さんが頻繁にお越しになるんだろう?何で無事なんだい?」

「今、西の村には凄腕の魔法使いがいてさ、ソイツが村に留まって村を守ってくれてるのさ…」

一瞬、黒コートが目を細めた

「その口ぶりからして、あまり歓迎されてないってカンジか?」

「正解、守ってやってるんだからって理由でアイツはやりたい放題さ……そこでアンタに頼みがあるんだ」





「村を守っている凄腕の魔法使いから盗みたいモンがある、是非とも協力してほしい」
69 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/04/10(水) 19:12:03.40 ID:0c+D4FU+O
>>67 ギャンブルは確かに好きそうかもしれないですね
70 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/04/11(木) 14:54:50.53 ID:6V3rzih40

カラン

中身が無くなったグラスの中で氷が音を立てた

「あんたぁアレか、俺等に盗賊紛いな事をして欲しいってか?」

「盗むのは俺だ、アンタには注意を引き付けて欲しいんスよ」

「まず、何を盗むつもりか教えてくれねぇか?ブツが分からねぇ以上、俺も協力すべきか判らないんでねぇ」

「ナ、ナジミさん…」

黒い奴の隣でケーキを口に運ぼうとしていた小娘が戸惑うように黒いのを見ていた

「俺が盗みたいのは物じゃない、女だ」

わーお!!っと馬鹿にしてるのかよく分からないリアクションを返してくる黒いのに事の本末を話す事にした


 今から2ヶ月前の事、俺は元々金目のモンに目が無いケチなこそ泥だ
目当てで雑用として奴の住居に飛び込んだんだ、村を救った英雄って大義名分で
村民から色々と巻き上げ放題だったからな、それなりに羽振りも良かったのさ
 アイツは村の廃坑だった所を村民と他所から来たアイツの門弟を名乗る連中に住めるようにさせたんだ


「今から2ヶ月前…、ナジミさんと出会う1ヶ月前ですね」
「う〜ん、時の流れは早いねぇ、俺ぁつい昨日の事のように思うぜ」

「話しを戻してもいいっスか?」


ごほん、とにかく俺は雑用としての仕事を1週間ばかしやってて、妙な仕事を回されるようになった
 一番奥の鋼鉄製の扉、そこに腕が僅かに入るか入らないかの隙間がついた扉だ
トレイに乗った食料を隙間から入れるだけの簡単な仕事だった
 当然、中に人がいるってことは分かるだろう?
どんな奴が入ってるのか、そんな事は気にも留めてなかった、けど、ある日…
 扉の向こう側にいた"娘"に声を掛けられた

「娘?女の子が監禁されてたんですか?」

声からしてかなり若い、いや、むしろ幼いというくらいかもしれない
 その娘と何となしに話してて、ほぼ毎日のように会話して何ていうかさ…会ってみたくなったんだ
いつも南京錠付きの鉄の扉越し、互いにどんな顔かも分からないけど、"ただ会ってみたい"
そんな風に思えてさ、もう始めみたいに金目のモンとかどうでも良くなった
 ただ会ってみたくなったんだ

「ふぅん、純愛って奴かい?」

「な、ば、そ、そいい言うわかじゃな…」

「噛んでますよ」

うぉっほん、話を戻すぞ!!
彼女が監禁されている理由は分からない、けど連中に酷い目に遭わされてるらしくて
 村の連中に話しても、誰一人として立ち上がろうとしなかった、無理も無かった
相手は"呪文が使える"それに対して此方はあまりにも非力な一般人だ
俺はたった一人で彼女を助けようとして、見事にこの様さ

「うん、ヒデェ顔だな、まるでトマトのような腫れ方だ」

「ハッキリと入ってくれるっスね」

ボコられて、アイツの住居から追い出されて、それでも諦めが付かなかった
 村人の皆は俺に何も言わなかったし言えなかった
皆だって本当は嫌なんだよアイツが我が物顔で村を歩いてんのが

「大体の理由は分かったさぁ」

「じゃ、じゃあ「一つだけ言っとくけど、俺は正義の味方じゃねぇ」

「ロハじゃあ動かねぇよ、それなりの給金がなきゃねぇ」

指で輪を作って黒い奴が言う、俺は今ほとんど無一文の状態だ払えるものなんて

「……あぁ、そういやこの街にゃあシードルが無かったなぁ」

「…?」

「俺ぁどっちかってぇとワインよりもシードルの方が好みなんだよ、林檎特有の味わいがあってさぁ、西の村なら有っかねぇ?」
71 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/04/11(木) 14:56:35.88 ID:zCLPKEFF0
72 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/04/11(木) 15:44:21.45 ID:6V3rzih40

「シードルを1本、これで手を貸してやるさぁ」

黒い奴が笑いながら言った、「ナジミさん、素直じゃありませんね」隣の小娘はつられて微笑した

「ア、アンタ…」

「…最初よぉ、あの牛野郎がウエイトレスの姉ちゃんに手ぇあげた時、兄ちゃんは知らん顔してたなぁ、俺ぁ女を大切にしない糞以下の男が大っ嫌いでさぁ、当然、兄ちゃんの話しも訊くだけ聴いて、「ハイ、さよなら」ってするつもりだったんだぜ、…けどよぉ聴いてみるとどうだい?ヘタレじゃああるが、一人の女の為に戦う漢じゃあねぇか?」

黒い奴は中身の無くなったグラスの氷を口に入れ、ガリガリと砕く

「大の男が土下座までしてよぉ、女の為に悩んでんだぜ、こんな良い男を放っておくわけにゃあいかねぇよ」

「ふふ、ナジミさんらしいですね」

「さて、坊主頭の兄ちゃんや、自己紹介が遅くなっちまったなぁ、そこの嬢ちゃんが何度も俺の名前を言ってるだろうから分かると思うが俺ぁ旅の遊び人、ナジミってモンだ」

「私は、ジョセフィーヌ・イーオーです」

隣に座っていた小娘も自分の名前を言ってくれた、俺も名乗らねば!!

「バコタ、俺は盗賊のバコタって言うんだ」

「バコタか、そいじゃあバコタ君や、君に幾つか言っとく事と訊きたいことがあるんだがよぉ」

「…何っスか?」

「まず、凄腕の魔法使いとやらに俺が対抗できると踏んで俺に声をかけた…つまり俺が魔法使いか何かだと思ってるだろう?それは勘違いだぜ、俺ぁ魔法使いでも何でもない」

俺は口を開いた、何を言ってるんだこの黒コート、あれはどう見たって呪文か何かを使ったんじゃないのか?

「大体、その顔で何を言いてぇのか判るさぁ、…仮に呪文を使ったとして何の呪文を使ったんだ?」

ナイフの方が避けたような…[ピオラ]は違うだろうし、狙いを外させる呪文?

「[マヌーサ]…とか?」

「ふむ、まぁ今、俺が持ってる"技術"の中にもソレと同じモンはあるが違うねぇ、俺が使ったのは別モンだ」

「……?、"技術"?」

「そこは村へ行く道中で説明してやるさ、俺からの質問タイムだ、その魔法使いってのはどんな奴だい?」

「…一言で言えばデブ、美食家気取りで村中の食料を集めてる、そういう奴」

「ふぅん、美食家気取りねぇ、名前とかソイツの使う呪文は?」

「アイツは[バギマ]を使って村を襲う魔物の群れを蹴散らしてた、逆にそれ以外の呪文は見てない…それでアイツの名前なんだけど、アイツは自分の事を"メディルの使い"って名乗ってる」



ぴくっ、 俺は気付かなかったがジョセフィーヌは気付いたらしい、ナジミが何かに反応したのを


「ふざけた、名前だねぇ、本名じゃねぇんだろソイツ」

「ああ」

「おい、嬢ちゃん、ケーキを食い終わったら早速、西の村に行ってみようぜ、…ちょいと興味が湧いたわ」

「…ええ」

ジョセフィーヌはナジミの顔を見て頷いた
俺はこの二人と会ってまだ日も浅かった、だから"頷いた理由"が判らなかったし
 この時のナジミが真剣な顔をしていたのも判らなかった

俺が事の理由を知ることになるのは三日後の事だった

73 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/04/11(木) 15:50:18.53 ID:zCLPKEFF0

という事で西の村編です
すでにお気づきかと思いですが、視点がジョセフィーヌからバコタへ変わっています
……嬢ちゃんが空気化してしまうッッ!!
74 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/04/24(水) 12:35:45.77 ID:a1fvDYyt0
―――
――


 俺は街で知り合った二人と生い茂る草を申し訳程度に刈り分けたって感じの街道を
進んで村へ到着した、以前はちゃんとした道だったけれど魔物の襲撃を恐れて
今じゃ誰も街道の手入れをしやしない…

 環境は雨がそう多くなくって冷涼な――亜寒帯湿潤気候?…ああ、そう、ソレ、ソレ
そういう気候だから高品質の林檎やら芋とか麦に専念してるとか農家の人が言ったッス
 この村は別に俺の故郷ってワケじゃないし、そんなに長い間、暮らしてもいなかった
けど、村民の人柄とかさ、まぁ、多少は思い入れもあるかな

「…」
「…」

そして、そんな村のど真ん中で俺は十代半ばの小娘と一緒に居るわけだ

やべぇ、沈黙が気まずい


「ああ、っとだな……あぁ、そうだ、"技術"って奴はすごかったよな、道中の魔物を
 あっという間に一網打尽にしちまったんだし」

「えぇ、道中で説明した通りですが、アレもあの人の"技術"の一つです」

「その"袋"もそうなんだよな」

 なんとか会話に取り付いた俺は[魔法の玉]の他に説明された品、[おおきなふくろ]を
指差した、村に着いた途端に何処かへすっ飛んでった黒コートが帰るまで、この空気で
いるのは辛いからな…

「ナジミさん曰く、"込める技術"の真髄である"込める"を追究したものだそうですね」

どこか自慢げに袋の性能について解説を始める小娘ことジョセフィーヌ・イーオー

「どんな物質でも"体積、重さ、材質に関係なく"込められる袋、例え、重さが1tを
 超えていても、[ボストロール]を超える巨体であっても
 中に収納さえすれば重さは一切感じませんし、"同じ道具は99個まで"という制限さえ
 無ければ、質量保存の法則を無視して幾らでも物が収納できます」

何故、"同じ道具は99個まで"という制限があるのか判らないが、ジョセフィーヌは
「開発者達もルーン文字の関係等でこの制限が取り払えなかったそうです、ナジミさん
は、いつかこんな制限取っ払ってやると言ってましたが」と答えた

「最近になって改良と量産の目処が立ったらしく、そう遠くない未来では
 世界中の全ての旅人に無償で提供できるようにしたいとも言っていました」

…確かにこれは便利だな、冒険者、それも一人旅なら[薬草]や[聖水]も持てる数が
限られる、これなら、旅人の死亡率も格段に下がるだろうし、流通や運送といった
事業にも応用できるな…

 この時よりもかなり後の時代だけど、この袋は多くの冒険者達
 特にとある4人パーティーの冒険者達の旅に貢献するらしい

 
「おう、戻ったぞ」

噂をすれば影、先人達が開発したらしい物を更に改良しようとする奴がやって来た

「どちらまで行ってらしたんですか?」

「たいしたことじゃあないさぁ、ただ、お買い物をしてきただけでさぁ」

そう言うが買い物袋らしきモノは一切持っていないナジミ
…おそらく[おおきなふくろ]に詰め"込めた"んだろうな

こいつ等二人と出会った街から此処へ来る道中、何故、手ぶらなのか?
今までの旅で消耗品とかは無かったのかとか疑問に思ったけど今なら分かるッス

「嬢ちゃんや、宿の予約とってあるかい?」

「はい、部屋を3つ予約してあります」

「ん、ありがと…、ほれ、バコタ君!!」

ジョセフィーヌから鍵を受け取ったナジミが一つを俺に投げる
75 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/04/24(水) 12:35:58.68 ID:+YttuSV90
76 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/04/24(水) 12:37:26.08 ID:a1fvDYyt0

「兄ちゃんの部屋の鍵だ、宿代は俺が持つんで、まぁ…身ぃ休めろや」

 指先で鍵をクルクル回しながら宿へと向かうナジミの後を追いながら思う
そりゃあ、こんな状況だから客足は良くないだろうけど、三人分も個室を取れるって
結構、金が掛かるんじゃないだろうか?

「…あの人は、何ていうかミステリアスな所が多いんですよ」ヒソヒソ

察したのかジョセフィーヌが小声で話してくれた

「私も初めて会った時は驚かされてばかりで、以前にも立ち寄った街で
『嬢ちゃん2万Gまで好きな物を買って良いぞ』と言ったり、あの人の財源は
 どうなってるのかまるで分かりません」ヒソヒソ


2万G


うん、一瞬0の桁が幾つだか分からなくなりかけた
しかも、街にや村に寄る度に、万単位の金額を使って良いと言われたらしい

 十代半ばの小娘にそんな大金を?
いやいや、どこの貴族のお嬢様だよ、そして、んな大金をぽんっと出すお前は何者だよ

「[おおきなふくろ]の"技術"を応用したモノだと思いますけど出会ったときに
 薔薇の花とか宝石箱を左手から取り出していたんですよ、私はそれであの人の事を
 旅の宝石商と思ってましたね」ヒソヒソ


宝石は無論、薔薇の花もそう安い品種の花じゃない
ナジミ…、考えれば、考えるほど謎の深まる男だな

「兄ちゃんや、嬢ちゃんと何コソコソ話してんだい?もう着いちまったぞ?」

村の中でもそれなりに良い宿へたどり着いた
 俺はジョセフィーヌと別れて自分の部屋へ荷物を置きに言ったッス
…荷物を置きに行く必要の無い二人の内、一人はロビーの椅子で収納してた書物を
もう一人は収納してたMyグラス片手に酒場へ直行と言った形だ、畜生、羨ましいな


ボフッ  ふかふかのシーツの上に身を投げて天井を見上げる

「今頃、どうしてっかなぁ」

元は村の廃坑だった、それ故にひんやりとした空間でその奥の分厚い鉄の壁越しの娘を
思い浮かべる、顔も名前も知らないし、ただ声の幼さから十代くらいなのは間違いない
知り合って長いワケでも無いけど、それでも一目で良いから、会いたい

「はぁ…俺って変態かもしれないッス」

なんかため息が出るな、道中でも黒コートとこんなやり取りがあった

『時に兄ちゃんや、そういうのを世間では童女趣味、通称"ろりーたこんぷれっくす"と
 言うんだぜ、嬢ちゃんも気をつけなよ!』

『違うッス、俺はそんなんじゃない!!!!そもそもだ、小さな女の娘が冷たい洞窟の
 奥で、それも複数の男達に酷い目に遭わされてるんだ!!誰だって助けたいって
 思うだろ、それにだロリコンってのはだな、自分より小さく、体の発育も大人のソレなんかよりも丸っきりなっていない状態ッッ、それでいて純真無垢な少女達の事を性的欲望の眼差しで見る不埒な奴を射すんだよッ、発育してなくて熟女とは違ったフェロモンが良いとか、もう成長しなくても良い、むしろ、成長しないから完璧だとか言ったりするような連中だッ、ちょっとこの娘は守ってあげたいなっていう保護欲はそそられるけど、劣情の眼差しで見るなんて言語同断って奴ッスよ!!従って俺はロリコン何て言う犯罪者にカテゴライズされるような事は――

 ・・・ジョセフィーヌ、何でそんなに距離を取るッスか?」

あの後、ジョセフィーヌは村に入ってからもあまり口を利いてくれなかったなぁ
 "技術"の解説をお願いすると何とか会話はしてくれるようだったけど

うん、あの時の沈黙は本当に気まずかった


日も大分落ちてきて、部屋は窓から入り込む陽光でベージュカラーに染められる
そして、俺の腹時計も昼から夕に変わったぞと合図を告げ始めた

「バコタさん、そろそろご夕食のお時間です」コンコン

「ああ、今、行くッス」

俺は扉を開けて相変わらず一定距離を保つジョセフィーヌと一階の食堂へ向かった
77 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/04/24(水) 12:37:45.17 ID:+YttuSV90
78 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/04/24(水) 17:51:32.37 ID:Y8kggicK0
乙です!
なんというか、おおきなふくろの話題はメタい話だなぁ…w
79 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/04/24(水) 20:06:32.14 ID:x4ciFvPb0

「私はナジミさんを向かえに行きますので」

「昼間も飲んでたけど、アイツどんだけ飲むんスか?」

さぁ?っと肩を竦めて、食堂に来たばかりのジョセフィーヌは
 酒場で酔ってるだろう黒いを迎えに行こうとする、彼女の初対面の時も酒場で飲んで
大男と暴れてたとか、なんとか…

「申し訳ありませんが先にお召し上がりください」

一礼して、食堂をやや急ぎ足で出て行ったジョセフィーヌを見送り、俺は運ばれてくる
料理を待つことにした、厨房からの美味そうな匂いが食指をそそる

「バコタ君、戻ってきたのかい?」

「女将さん…」

前に連中にボコられてから心配してくれた女将さんだ、まぁ村民の皆が心配してくれた
けどな

「あまり無茶な事はしちゃいけないよ、相手は魔法使い様なんだ、アタシ等
 普通の人間じゃ逆立ちしたって敵いっこないんだよ」

まだ湯気の新しい茶が出される、舌が焼けどしないよう少しづつ口に流し込む
…温かいな

「わーお、なにやら美味そうな匂いがしますなぁ〜」
「ナジミさん、あれだけ飲んでよく酔いませんね、どんな胃なんですか?」

二人が戻ってきた、酒ビン片手にしかし、口調は変わらず、足取りは千鳥足でも無い
真っ直ぐな歩みでやってくるナジミと地味に毒を吐くジョセフィーヌ

「そいで女将さん、今日の献立は何ですかい?」

「前菜にウチの村のキャベツを使ったザワークラウト、カボチャのポタージュに
 メインでアヒルのローストチキンだよ」

ちなみにパンは胡桃とカマンベールの角切りが織り込まれて焼かれたモノだ
 焼きたてで熱々、香ばしい香りがより一層腹の虫を唸らせる
そんな手製パンを提供できるよう、常に丁度良い時間帯に焼き始めるという心遣い
 この宿が人気の理由の一つだ

「さてと、皆、お手ては綺麗に洗ったか?うがい手洗いを済ませたなら両手を揃えて
 いただきますっと洒落込もうじゃあないか」

酒ビンを女将に渡し、ナジミが茶化す

「そうですね、冷めてしまわないうちいただきましょう!」

食後にカンボゾーラチーズを注文するナジミを横目にジョセフィーヌが言う
よく見ると酒ビンはスパークリングワインだ、今、頼んだ肴と付け合せて飲むつもりだ

シャキッ、しんなりとしたキャベツを噛み締めた
大概、酸っぱいだけの味わいだがこの村のは一味違う、玉ねぎ、ラードは鉄壁として
糖度の高さが売りの林檎を使ってるからな、単なる酸っぱいだけの付け合せとは違う

「うん、うまいな」

ポタージュスープは逆に甘すぎない、塩バターの味が少し目立つ程度でパンとの相性も
何気に良さげ、…マナー違反だからパンをスープに浸して食えないのがちと惜しいと
隣の黒コートが嘆く位だ、食事中にコートを脱がないのはマナー違反じゃないのかと
言うのは野暮な突っ込みなんスかね?

まぁ、それは置いといて俺はメインのアヒルを頬張る
アヒルは脂の質が良い、だからこそローストチキンにすれば
また、鴨やニワトリとも一味違ったコクが出るんだ、ちょっと口周りがベタつくのが
ネックだけどね

「ごちそうさまです」

「はい、お粗末様」

一足早めに食べ終えたジョセフィーヌが皿を運び、女将さんを手伝おうとする
 無論「お客様にそんなことはさせられないよ」と断るが彼女がそうしたいから手伝う
とのことだ、できた娘だな

「嬢ちゃんの性分みたいなモンさぁ、気にするな」

同じく、ナプキンで口を拭き、ぽんっと綺麗に畳む事なく無造作にナプキンを置く
80 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/04/24(水) 20:06:57.76 ID:HevBtzerO
81 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/04/24(水) 21:02:10.90 ID:x4ciFvPb0
「女将さんや、さっきの酒とチーズを持ってきてくれねぇかい?」

「はいはい、ただいまお持ちしますよ」

一口サイズに切り分けられたカンボゾーラチーズと例のワイン、そして頼んでいないが
林檎のパウンドケーキが運ばれてきた

「久しぶりのお客さんだからね、サービスしなくちゃ」と舌を出して笑う女将さんに
笑みを零すナジミ、食ったばっかだけど、このシナモンの香りは反則的だろ

「女将さんや、代金は払うんでこのケーキを他の皆にも振舞っちゃくれねぇかい?」

俺の視線に気付いたかナジミがそんな事を言い出した

「はいはい、後、二人分だね」

「いや、三人分でさぁ」

「…?ああ、おかわりということですね」

「いんや、女将さんの分も含めての三人分さぁ、代金も人数分だ」

女将さんは少し驚いたような顔をする、「一人で飲む酒っての寂しいモンでしてねぇ
お客の頼みを聞きいれるモンと思って酒の席に付き合ってくださいな」とナジミが言う

最初こそ躊躇したが女将さんはソレを承諾
彼のMyグラスの隣に厨房の奥から持ってきたグラスが置かれ、そこに酒が注がれる
「酒ってーのは、隣に誰かが居るからより一層、旨く感じるのさ」とグラスの液体を
見ながら奴は言う


…アレ? 俺の存在ディスられてね?


「しかし、此処は本当に良い宿ですねぇ
 料理良し、内装良し、美人の女将さん良しと三拍子揃ってらぁ」

「あはは、こんなおばちゃん相手に世辞はよしておくれよ」

しばらく話し込んでいて女将さんの頬に赤みが出始めた頃のだった
厨房の方の洗物なんかはジョセフィーヌがやっている、ちなみ、女将さんの分のケーキ
グラスにワインを注いだのも彼女である

「女将さん、あんたぁちょいと働きすぎですぜ、気付いてないかもしれんでしょうが
 俺にゃあ少し、やつれて見えるからねぇ」

2ヶ月とはいえ、俺もこの村に居座っていた身だ、なんとなく皆がやつれているのも判る

「ええ、まぁ一人でこの宿を切り盛りするのも大変でしてね、以前は娘と一緒に経営
 していたんですが、今は都へと出稼ぎに向かいまして」

「それだけですかい?」

アイツは一口だけ酒を含み、女将さんへ目線を向けた

「俺ぁ今日、連れの二人と別れて買い物がてらに村ん中をぶらりと回ったんでさぁ
 …中にゃあ"やつれた"なんてレベルじゃ済まない村民もいましたさぁ」

「…」

「他所へ良質な農作物を流通することで定評がある、俺ぁこの村に関しちゃ
 そう訊いていた、件の魔物の群れの襲撃で今は業者が引き取りに来ない事もあって
 財政は著しく悪い…それでも他所様に流してない食料は大量にあると思うがねぇ?」

女将さんは何も言わなかった、理由はわかっているさ、娘が他所へ出稼ぎに行く理由も
あのグルメ気取りの糞魔法使いの横暴のせいだ
 村民の中には明日食うことにさえ事欠く奴だっているんだ…

「それは、言いません」

「"言いません"か………なぁ、女将さんや、あんたぁ今、少しだけ酔ってるよなぁ」

「?」

「人ってのはよぉ、酔うと心ん中のあること無い事を無意識に話しちまう生き物だ
 『隣に誰かが居るからより一層、旨く感じるのさ』ってね
 俺ぁそんな人間の愚痴って奴も一種の酒の肴だと思うのさぁ……
             ……少しで良いから俺に"愚痴"ってみませんかねぇ?」

まるで酔いを感じさせないナジミの声は何処までも澄んで聞こえた
82 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/04/24(水) 21:09:11.56 ID:HevBtzerO
>>78 “技術”なんてそんなモンですw
83 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/05/07(火) 18:19:39.21 ID:Q+rTYUnf0

「女将さんの仕事は俺の酒の席に付き合うことだ、…少しは気が楽になるだろうよ」

顔を女将さんに向けて軽くウインク、その際に耳のイヤリングがチャリっと音を鳴らす
 ケーキやワインの振る舞いもだけど、こうして相手の悩みを打ち明けさせる所
コイツなりの気遣いなのかもしれないッス

「…お客さん、お気持ちだけで十分です」

「…そうですかい」

ナジミが目を伏せてグラスに再び口をつけようとして「魔法使い様達の陰口は言わない
けど、…親切なお客さんとのお喋りにはお付き合いするよ」と彼女は笑い掛けてくれた



―――
――



「ははは、そいつぁスゲエじゃねぇですかい!!」

「ええ、何てったって自慢の娘ですから!!」

頬に多少の赤みが出ているなんてモンじゃなく完全に出来上がってる女将さん
対して、飲み始めてからかなりのハイペースで片っ端から酒ビンを空にしていくのに
やっと僅かに赤くなった程度のナジミ
 最初にコイツが持ってきたワインボトルの他に何種類もの酒ビンが床に転がっている
その数、優に十本以上(ジョセフィーヌが既に片付けたのは含めず)であり
夕食終了から早、2時間、チーズやケーキの他にも追加オーダーで様々な肴を注文
女将さんに頼んで食料庫の鍵をジョセフィーヌに渡させ、女将さんの分の肴も彼女に
作らせるという状況である、何て言うか…

ジョセフィーヌはぶっ続けで厨房の番だし…
女将さんは飲みすぎで明日に響かないのかだし…
その隣で飲んだり食ったりの男は胃袋まで[おおきなふくろ]なんじゃないかだし…
むしろ食料庫やら宿の酒やらをスッカラカンにする気か?だし…

色々、ツッコミ所がありすぎるな


「しかし…娘ねぇ」

ため息を吐きながらナジミがぼやくように言った

「俺ぁ女将さんが羨ましいねぇ、セブンティーンでご結婚なさってさぁ
 その3年後にゃあできた娘さんを授かったんでしょう?」

「ええ!!あの子が生まれた時はそりゃあ嬉しかったもんだね
 旦那がいなくなってからもずっと支えてくれて」


俺は落ちかけた瞼を擦りながらもこの雑談を聞いていた…


今更、この場に居て何だけど…俺、なんで此処でコイツ等の話を聞いてんだろ?


「結婚ねぇ、俺ぁ今年で23歳ですけど、旅から旅への渡り鳥なモンですからねぇ」

「お客さん、アンタは顔も悪くないんだし良い相手が見つかりますよ」

「そんなモンですかねぇ?」

「ええ!!…あっ、お客さんの"故郷"とかには良い人がいなかったんですか?」

何気ない一言だった

眠気と奮闘中の俺は睡魔に打ち勝つために話題のする方を向く


「"故郷"…俺の生まれですかい?」

ナジミは視線を左手のグラスから何処か遠くへと移す


***************************************
84 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/05/07(火) 18:22:14.44 ID:sxg94NWP0
85 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/05/07(火) 19:14:04.36 ID:Q+rTYUnf0
***************************************





チュン、チュン

「…」



「………………ッハ!?」

ありのままに言うぜ!!
気がつけば俺は自室のベッドの上だったッ!!


…うん、睡魔と懸命に闘ってたけど結局勝てなかったんだ

一階に降りてジョセフィーヌに確認を取った所、机に突っ伏した状態で寝ていたから
俺の部屋に運んでくれたとの事だった

 昨晩、割と気になる話題が出てきたんだよな…確か"ナジミの故郷"についてだった
おぼろげ、っていうか断片的にしか覚えていないッス

更に詳しい状況の説明を求めた所

女将さんとナジミの飲み会は日付を跨いで行われたらしく
彼女も合計で五時間近く厨房にいたことになる、労働基準法違反ッス!!

んで肝心の話の内容はハイペースで酒と肴を注文する二人(主に黒コート)のせいで
全く聞こえなかったとの事だ


ナジミとの付き合いは僅か一月だけだが彼女もナジミの詳細を知らないらしい

[****ン大陸]の小さな集落[***]…肝心な所が聞き取れなかったなぁ


「おう、童女趣味の兄ちゃんに嬢ちゃん目が覚めたようだなぇ」

「うおっ!?」

目の前に噂の人が登場だ、しかも日付を跨いで飲んでたのに酔いが残ってる様子が
微塵も無い、目の下に隈もない

「俺ぁもう朝飯を食い終わったからな、…ちょっくら食後の運動がてらに散歩してくる」

そう言って、黒コートはロビーから玄関へと歩き出す

「ったく俺はロリコンじゃないってのに…あとジョセフィーヌ、距離を取らないでくれ」

俺と相変わらず距離を取る十代半ばの少女は食堂へ向かうと女将さんが出迎えてくれた
見て分かるように二日酔いだったが敢えて何も言わない

「あぁ、女将さん、昨晩あの男の生まれとかを聞いたんですよね」

俺は女将さんに聞いてみることにした、人間アレだ
一度気になりだすと中々寝付けない生き物だっていうし…

「その意見には同意です」っと俺から二席分離れた位置に居たジョセフィーヌが賛同
しかし、女将さんもハッキリと覚えていなかったらしい

結局、俺達二人の中にもやもやとした疑問が残る形になった…本人に尋ねるという手は
過去にジョセフィーヌが実行済みで、訊いた彼女が詳細を知らないとなれば
結果はお察しの通りである

そんなこんなで時刻は昼の十時を少し過ぎた頃、ナジミが帰ってきた

「嬢ちゃん、バコタの兄ちゃん、出かけるから着いて来てくれ」

は? 出かける?、お前は帰ってきたばかりだろ、何処へ行くってんだ?

「ああ、何、たいした所じゃあねぇさ


       ちょいと"魔法使い様"ん所に挨拶しに行くんだよ」
86 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/05/07(火) 19:16:06.18 ID:Vq3R4/1t0
87 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/05/07(火) 20:03:51.01 ID:Q+rTYUnf0
魔法使いの所に行く、この一言で俺は目を見開いた
遂に!!遂に奴等の所へ行くのかとッ!!

「あぁ、あくまでも挨拶に行くだけさぁ、喧嘩はご法度だから、そこんとこよろしく」

「…?、挨拶ってお前、殴りこみに行くんじゃないのかよ?」

「やれやれ、俺ぁまず殴る前に相手方とお話がしたんだよ」

言いながら俺に何かを押し付けてくる

「これは…ターバンにサングラス…それから」

「あんたぁ連中に顔を見られてるんだろう?
 ならそれで、それなりに誤魔化しが効くさぁ、…今回、兄ちゃんは何もするな
 ただ、黙って俺のやってることを見てろ」

ツカツカと厚底靴を鳴らしながら外へと出て行く黒コートの後を小柄な嬢ちゃん
その後を派手な格好をした俺の順に進む、向かうは村の外れの元・廃坑

―――
――


「なんだ、貴様等は」

「どーも、どーも、私は昨日、この村へやって参りました行商人でございます」

入り口で番をしていた男達(以前、俺をボコボコにした奴等)におどけるよう
に自己紹介をするナジミ

「商人だぁ〜? そんな奴が"メディルの使い"様に何の用だ」

「いえいえ、ただね、ここの魔法使い様に見ていただきたい商品がございましてねぇ
 私めは遠路、遥遥この地へやって参ったのですよ」

「帰れ帰れ、メディルの使い様は多忙な方なのだ、貴様のような輩に構っている暇は
 ないわ!!」

はっ!! 何が多忙だ、村の皆から巻き上げた食料品を食い漁るのに忙しいのか!!



「ほぉ〜、帰れぇ? …いいんですかい?本当に帰っちゃっても?」スッ



左手から一つ塩の小瓶程度の小さな小瓶を取り出し男達に見せ付ける

「んん?何だ、その小汚い瓶は……ってええぇ!?」

まじまじと小瓶を見ていた男の内一人が大声を上げた、な、なんなんだ一体?



「おい、ちょっと耳を貸せ」ボソボソ
「アア?一体…マジかよ!?」ボソボソ
「急いでお知らせしろ」ボソボソ


「失礼いたしました!!ただいまお通しします!!」

「ふふ〜ん、分かればいいのさぁ」

??? えっ? コイツ、今何をやったの?
隣のジョセフィーヌに目配せをするが彼女も顔に疑問符を浮かべるだけだった

男達に案内され俺達は長い通路を通され一つの部屋に連れてこられた
ダンスパーティーでも開けそうな程に広い大部屋、そこの一際大きいソファーに
踏ん反りかえっているデブが…


「おお!!貴方様がこの村の救世主と呼ばれる魔法使い様ですね!!」

「ほっほっほ、ワシはそんな大層なモンじゃあないよ」

この豚は商人と思い込んでいるナジミに尋ねた

「部下から話を聴いているよ、なんでも君は王族御用達の[黒こしょう]を
 所持しているらしいじゃあないか」
88 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/05/07(火) 20:04:16.58 ID:sxg94NWP0
89 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/05/07(火) 20:44:51.03 ID:Q+rTYUnf0

[黒こしょう]
俺も名前くらいは聴いたことがある、一部の地域でしか採ることができない香辛料で
世界規模の貿易国家[ポルトガ]じゃあ誰もが…特に王族が喉から手が出るほど欲しがる
 そんぐらい凄いモンで、以前、コイツの所に潜伏してた時も度々話題になってた

「訊けば魔法使い様は大層なグルメとお聴き致します
 此方で取り扱っているコレも魔法使い様の御眼鏡に叶うと思いましてなぁ?」

「ほっほっほ、君は中々、話の判る人間だのぉ」

目の前の豚がいやらしく笑う、豚の前には豪勢な食事が大皿で並べてあり
その全てが一口だか二口しか口をつけていないものだ

「君は…むぐ、"食事"という…もぐ、物をどのように思っている?」モグモグ

客を前にしてこの豚は再び飯を食い始めた

「"食"をどう思うか? ほぉ!!これまた哲学的な質問をなさりますなぁ
 私は"人が生きる以上、得られる最上の喜び"と考えていますねぇ…もっとも
 ジパングには十人十色、千差万別という言葉があり、人の意見は星の数ほど
 ありましょう」


「ペッ!!!!!」


ガシャンッッ!!!! ゴシャンッッ!!!!


「ああ、気にしないでくれ給え
 気に入らない味だと思って皿をぶちまけただけだよ」


今しがた口にした料理を口から吐き捨て、テーブルの上の全ての大皿を
ぶちまける、脂肪の塊、ソファーに座ったままの体勢で奴は床に散らばした料理を
踏みつけやがった…この村で明日食うことにさえ事欠く子供だって居た
 ガリガリで、見るからにあばら骨が浮き出ている奴も沢山見た
未だ、死人は出ていないがそれにしたってこの態度…

「う〜ん?君の後ろに居るのは護衛か何かかのぉ?」

「ええ、そうです!!」

「ふぅむ?そこのターバンの男…何処かで会ったかのぉ?」

「気のせいでしょう、それよりもこの[黒こしょう]いかがですか?
 お安くいたしますよ!!!!」

「おお、貰おう、貰おう、金ならたーんとあるぞ、幾らでも買おうじゃないか!」

ああ、たーんとあるだろうな村の皆の稼ぎがな

「わーお!!太っ腹ですなぁ!!
 そんな魔法使い様にサービスで此方を差し上げますがどうでしょうか!!!!」

太っ腹を少し強調したように聞こえたが気のせいだろう、それはさておき、ナジミが
サービスと称してジョセフィーヌが持っていた鞄から取り出したのは
両手いっぱいの胡桃であった

「クルミぃ〜?ワシはクルミはあまり好きじゃあないんだよ」

「まぁまぁ、そんな事、仰らずにコレと相性の良い酒もご紹介しますよ」

「くどい!!ワシはクルミだけは大っ嫌いなんじゃ」

「そうですか残念ですねぇ」

そこで交渉は終了し、品物と金品の交換が行われ俺たちはというと…



「さて、それじゃあ、私共はこれにて御暇させていただきましようかねぇ?」


あっさりと連中のアジトを後にした…

……

えっ? 本当にたった これだけで終わり!?
90 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/05/07(火) 20:45:15.75 ID:c3uMyImxO
91 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/05/07(火) 21:29:23.06 ID:Q+rTYUnf0

「おい!!ナジミ、一体どういうつもりッスか!?」

「あぁん?なにが?」

俺は宿へ戻ってきてから、いの一番にナジミに詰め寄った
それに対して、コイツは何を言っているのか判らない、そんな顔で俺を見てくるのだ

「なにがって、連中の所に行って何もしなかったじゃあないか!!」

「何言ってんだ?ちゃんと"お話"をしてきただろう?」

あの糞デブのお気に召すものを村の皆から巻き上げた金で売りつける事が話し合いか?

「用件はもういいかい?俺ぁちょっくら行くところがあるんでね
 ちょいと失礼させてもらうよ」

そう言うやいなやドアノブに手を掛けようとしたコイツの腕を掴もうとした時

    スカッ

「のわぁ!!」

確かにコイツの腕を"掴んだつもりだった"、でも何故か腕を掴めなかった
腕では無く空を虚しく掴んだ俺はその勢いで前のめりにスッ転んだ

「ーッ!!」

起き上がった頃にはナジミは既に俺の前から消えて嫌がったッス


―――
――


「はぁ…」

ため息を吐くと吐いた分だけ幸せに逃げられるっていうけど
これはね…うん、ため息、…吐かずにはいられないッス


『くどい!!ワシはクルミだけは大っ嫌いなんじゃ』
『そうですか残念ですねぇ』
『うむ、他の珍味なら考えておこう』
『それはそうと魔法使い様、先程の"食"についてどのようにお考えで?』

『ワシにとって"食事"とは"人間の地位を示すモノ"であると考えておる』

『地位…ですかい?』

『そうじゃ、考えてみて欲しい、人間は皆、平等であると吼えるが実際はそうではない
 裕福な生まれの者の食事を君は見た事があるかの?
 あるなら判るじゃろう、前菜から食後のデザートまで何一つ、問題の無い恵まれた
 "食"じゃ、しかし貧しい生まれはどうだ? 好きでもないモノ所か生きていく上で
 必要な栄養素が含まれているかすら危うい偏った食、サラダも魚も肉もない
 無機質なパンが一切れ…たったそれだけじゃ』

『ふむ、たしかにそれはありますはなぁ』

『貴族の食卓に硬い黒パンがでるかの?囚人の飯に軟らかい白パンがだされるかえ?』

『いえ…出ませんねぇ』

『そう、"食"こそが人間の価値観、その者の地位を表す定規なのじゃよッ!!
 "生まれの良い者は食べているモノ、食べる時の作法で身分というもの目に視える"
 逆に"人間の屑は安定した食にありつく事はできず、ありついたとしても
 まるで養豚場の豚の如く食い荒らすのじゃッッ!!"』

『…わーお、何と言うか凄まじい哲学論ですねぇ』

『ほっほっほ、まぁワシのような偉大な人間にはそれに見合った"味"、"食"が必要
 重要なのはただそれだけじゃよ』



「ッ!!糞ったれが!!」ブン

何が偉大な人間に見合った味だ畜生が

俺は近場にあった小石を拾って川に投げた、ぽちゃんっと虚しい音だけが聞こえた
92 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/05/07(火) 21:29:40.31 ID:c3uMyImxO
93 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/05/07(火) 22:21:39.03 ID:Q+rTYUnf0
「あ、バコタの兄ちゃんだ」

名前を呼ばれて振り向いてみた、そこにいたのは俺がデブの所に潜伏していた時に
遊んでやった村の子供だ…今じゃ目に見えるほどのガリガリで頬骨もくっきりしてる

「元気にしてたか?」

「うん!僕もお姉ちゃんも皆、元気だよ!」

この小僧の姉達にも、昨日ナジミがふらっと買い物をしてる最中に少しだけ見かけたが
やはり、体調を崩しているように見えた

…俺は、そりゃケチなこそ泥だ、ただ金欲しさに来たような屑だろうよ
 あのデブが言ったように安定した収入も無く、当然"食"にありつくことも難しいとも
酷い時は道端に、…地べたにパンが落ちてりゃあ、それに食らいつくくらいの糞だ

そんな俺でも、"最低の屑野郎"にだけはなりたくないと考えている
飢えて唯の屑としてくたばるか、最低の屑になって生きるか…だ

監禁されてる、あの娘の件だってあるけど
あのデブの行為はそんな俺の信条って奴に泥を塗ったくるような事でもある
一発でも良いから、アイツだけはこの手でぶん殴りたいッ!!


胸のもやもやがどうやっても収まらない、本当は分かってるさ
 ナジミに突っかかったのも俺の単なる八つ当たりに過ぎないって…


「……兄ちゃん、どっかしたの?なんか顔が暗いよ」

「ああ、なんでもないよ、友達とつまんない事で喧嘩しちゃっただけでッスよ」

「喧嘩しちゃったの?」

俺は「そうだよ」と答えた、そしたらこの小僧、何て答えたと思う?
「じゃあ、謝れば良いよ、喧嘩したなら握手して仲直りすれば良いよ」だとさ
当たり前の事だもん、っと笑いながら言ったんだ


…そうだな、許してくれるかどうかはともかく、謝るべきだよな
 こんな小さな子供に当たり前の回答を貰っちまったんだ
俺は礼を言って宿へと戻った、戻ってきてるかもしれないからな


「ジョセフィーヌ!!」バン

相変わらず一階ロビーの椅子に腰掛け"袋"から取り出した書物を読んでいた小娘に
ナジミが帰っているか?もしくは何時頃、戻ってくるかを訊いてみた

「それがナジミさんはつい先程帰ってきたのですが用意したいものがあると言って
 再びお出かけになられました、帰ってくるのは翌朝になると…」

「そ、そりゃ無いッスよ〜」

なんというすれ違いだ、こんな事なら石ころを川に投げてるんじゃなかった!!
落胆したのが丸分かりな俺に(珍しく)ジョセフィーヌが近づいて話しかけてきた

「これからの"事"を起こす為に準備だと思います…あの人、酷くお怒りでしたし」

…? お怒り? ナジミが?何で?



「………バコタさん、貴方は出会った時に、私達にあの魔法使いの人について
 教えてくれましたよね」


「ああ、そうッスよ」

「…気付かないかもしれませんがあの時から、今日までナジミさんは
 少しピリピリしていたんですよ」

俺は何故、ナジミが苛立っていたのか理由を尋ねる、すると
「あの魔法使いさんは[バギマ]で魔物の群れから村を守っていたんですよね」と
確認を取るように訊かれた、…? なんだ、そうだって言ってるじゃないか?


「……バコタさん

             "魔法使い"本来は[バギ]系統の呪文は使えないんですよ」
94 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/05/07(火) 22:25:45.86 ID:c3uMyImxO
95 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/05/09(木) 14:34:56.20 ID:n+nHwWx/0
一瞬、何を言われたのか分からなくなった俺にジョセフィーヌが言葉を投げ続ける

「確かに"魔法使い"という職業は[メラ]を始め[ヒャド]や[イオ]など
 幅広い攻撃魔法を習得できます…ですが[ホイミ]や聖の光を使う[ニフラム]等を
 使うことはできません、ソレを使えるのは"僧侶"だけです
 ……[バギ]系統の呪文もその例に漏れず…」

例外的に両方の職業の呪文を使える"賢者"というモノは存在しますがと彼女は続けた

「ありえないんですよ…
 "魔法使い"が[バギマ]を使うなんてことは…」

「け、けど、確かに使ったんだよあのデブは…!!」

「もちろんバコタさんが嘘を言ってる訳も無いでしょうし、考えられるのは次の点です

 ・メディルの使いは"僧侶"(もしくは僧侶くずれ)である

 ・"賢者"だから[バギマ]が使えた

 といったモノが真っ先に挙げられますが
 それ等の可能性今日のナジミさんとのやり取りで潰れましたね」

今日のやり取り?

「『…ちょいと興味が湧いたわ』…喫茶店でメディルの使いについて説明された時
 あの時点でナジミさんは"関心"を持ったんですよ
 "魔法使い"という職業でありながら[バギマ]を使えるという矛盾に…
 そして、"職業"に関係なく人間が魔法を使えるようになる可能性…」

「…"込める技術"?」

ジョセフィーヌが小さく頷く

「職業によって習得できる呪文の違いなどの専門的な知識は王宮の兵士やその道の人が
 必ず知る事柄でしょうが、一般の人達には馴染みの浅いモノです、一般教養とかでも
 無いですし…、呪文を使える人間イコール魔法使いといった誤った認識が多いのは
 ある意味で仕方が無い事と思われます」

技術を知る上で魔術の知識や神学論についてのノウハウをナジミから学んだから
その辺りの認識はあると彼女は言う

「最もナジミさんが嫌う事…
 女性を傷つける、又は女性に対する不敬
 そして先人達が未来への思いを込めた"技術"を踏みにじるような事
 …今、この場に居ないあの人は今頃、"事"を起こすために裏で動いているかと」

「…なぁ、今日のやり取りで"賢者"でも"僧侶"でもないってどうやって判ったんだ?」

あのデブが魔法使いではないことが判明した、それは判ったけど僧侶や賢者の線は?
…あ、アレか? 聖職者が食いモンを床にぶちまけて足で潰したりしたからか?

「いえ、それは全く関係ありません」

そう言うと彼女はポケットから一つ、"ソレ"を取り出して言った

「"これ"は呪文に携わる人間ならば必ず一目で判る物です
 呪文とは無縁な人間の目にはただの"クルミ"としか認識できないことでしょうね



                          この[ふしぎなきのみ]は…」

[ふしぎなきのみ]…ッ!!魔法使い達が喉から手が出るほど欲しがるアレか!!

「今日の営業という名の茶番劇には意味があります、一つは今しがた説明したように
 相手が魔法の素質の無い人間と断定するため、そして向こうから見れば我々は近日に
 この村へ来た、目的不明の怪しい旅人です
 なら、向こう側に余計な詮索等をされる前に"珍しい品を取り扱う旅の商人"という
 不審に思われることも無い情報を相手に開示してしまえばいい」

[黒こしょう]を使えば、グルメの気を惹け、同時に貿易商という話に信憑性も出ます
…一応、バコタさんからアジトの見取り図は見せて貰いましたが
自分達の目で直接、敵の居城の内装、人数と顔ぶれを知っておける
そこまでを踏まえた上でナジミさんは今回、事を起こしましたと解説してくれた

「バコタさん…、一応あの人もあの人なりに考えて動こうとしています
 お気持ちは判りますが、もう少しだけ堪えていただけないでしょうか?」

手の届くくらいの位置で彼女は諭すよ俺に話してくれた
96 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/05/09(木) 14:35:47.67 ID:nvTixXSK0
97 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/05/25(土) 19:39:30.87 ID:NQxL998b0

…なんつーか、情けなくなったな
ナジミに八つ当たりで突っ掛かったことを本人から訊いたのかは知らないッスけど
ジョセフィーヌは俺の気持ちを汲み取ってくれたらしい
 この小娘は何歳だ? えっ? 何? 俺はこんな年下に諭されたってのか?

これじゃあ、どっちが年長者か分かったモンじゃない

「その、なんていうか、ごめん」

「いえ、バコタさんは監禁されている少女の件がありますから
 色々と思う事もあるでしょう」

「ところで」と少しだけ距離が縮まったジョセフィーヌが口を開く

「話題に出てきましたがその少女に関しては本当に何も知らないんですか?」

「…?、ああ、名前も顔も――」

「"理由"もですか?」

理由?

「考えてみてください、何の理由があって彼等は少女を監禁しているのか?」

「そりゃあ、……人質…とか?」

「…お尋ねしますが、その少女はこの村の住人ですか?」

「いや、本人からそういう事は訊いた事は無いけど
 この村で連中に連れて行かれた娘ってのはいないし…多分、違うかと思う」

「彼等が我が物顔で村を歩けるのは、"魔物の群れから村を守ってくれる英雄だから"
この一言に他なりません、そんな彼等が敢えて人質を取るといった
 "英雄"としてのイメージを崩すような事をしますか?」

…それも、そうだな

「彼等のやり口は実に巧妙と言えましょう、単純に力で屈服させるならば
 当然、反感は買うでしょうし(現在も買っていますが)、近くの国家や冒険者達に
 "悪い魔法使いが村を占拠しています"といった名目で救援を求める事ができます
 "英雄"として振舞った方がそういった衝突を避けられるし
 民衆も渋々と承諾せざるを得ないというワケです
  …にも関わらず女の子を監禁するという行動の理由がまるで判りませんね」

矢継ぎ早にペラペラと口を動かすジョセフィーヌに「確かに…」と思った
連中がリスクを背負ってまで監禁する理由が思い浮かばない

「まぁ、考えても判らない以上はどうしようもありませんが」

「ただ、頭の隅に疑問として置いておいた方がよろしいかと思います」と
それだけ言って彼女は自分が腰掛けていた木製の椅子へと戻り、本を読み始めた

(そう長い付き合いじゃないけど、俺はあの娘の事を何も知らなかったんだな)

そんなことをぼんやりと考えながら俺は宿の玄関から外へ出ようとする
最後にもう一度だけジョセフィーヌの方を振り向く
依然、変わりなく「少年と竜と海老」そんなタイトルの童話を黙々と読む姿があった

(…今、考えても答えなんて出ないッスよね)

頭に靄が掛かったような何とも言えない心境
 それを紛わそうと村の中ぶらりと見て回ろう、俺はそう思った



   おーい、そっちのレンガはまだか!!

                       セメントが足りねぇぞ!!

 全く、重てえな…    つべこべ言わねぇで早く作れ!!
    
    棟梁!!こっちの分はできやしたぜ!!



村の大工達の声が聞こえてくる、魔物の襲撃があった時は大忙しだが…
 妙だな、今日は襲撃があったワケでも無いのにやたらバタバタしてるような?
98 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/05/25(土) 19:40:01.64 ID:4DfrHHaeO
99 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/05/30(木) 12:02:29.49 ID:pRDoqajS0

「コソ泥のバコタじゃねーか」

「親方さん」

 ぶらりと歩いてる俺に声を掛けるのは村が誇る大工の親方だ

「何かあったんッスか?妙に慌しいように見えますけど」

「ああ、それなんだが"おかしな仕事"が急に入ったもんでよ」

「"おかしな仕事"ですか?」

「おうともよ、頑丈な分厚いレンガの壁とワイヤーロープを用意してくれって話だ」

「壁?どっかの家の修理ですか?」

「いや、ちげぇんだよ、言葉通り、"壁"を作ってくれって言われたんだ
 レンガを積み上げてセメントで固めての作業を繰り返してんだよ」

よく見渡してみれば周りの確かにレンガを積み上げて作った柱とも塀とも言えない物が
作られていて、大の男達が7人だか8人がかりでやっと持ち上げられる程の物だ

「昨日から急ピッチで作業をやってんだが、期限まで間に合うかギリギリでな
 それに見合った分のお駄賃は貰ったんだが…今は猫の手も借りたいとこよ」

「はぁ…大変ッスね」

「そう思うだろ、なら――」

「ああぁぁっと!?急に急用が!!?」

なら手伝ってくれよな、なんて言われる前にそそくさと俺は逃げ出した
「急に急用って何だよオイ!?」という親方の叫びを無視して全力で走り出す
「棟梁!!いい加減手伝ってくだせぃ!!」という仲間からの悲鳴に近い叫びで
親方は渋々と戻っていく……助かったぜッ!!

次に俺が歩いてきたのは村の風車小屋だ、此処へ来た理由はコレといって無い
 まぁ、強いて言えば風が気持ちよさそうだからッスかね

風車が良く回るように比較的に風通しの良い高台に作られていた事もある
 風もそうだけど、此処から一望できる眺めも良いモンだ

…あの娘と来て見たいもんだな、見たらどんな顔をしてくれるんだろうか

「おぉ、バコタ君かい」

親方の次は風車小屋のオッサンか

「ども、風が気持ち良いッスね」

「ああ、こんな良い日なら良い麦が挽けただろうなぁ」

…ん?

「小麦粉を作ってないんですか?こんなに風車が回る日に?」

まさか、デブ共が麦すら独占するようになったんじゃ!?

「あぁ、それは違うよ、今日はちょっと麦とは違う物を挽いているんだよ」

「違う物?」

「昨日、変わったお客さんが来てだね、その人が
 『こいつを粉末状になるまで、よぉく挽いてくれ』とお金とコレを渡してきたんだ」
 
オッサンが懐から取り出したのは…1本の"干からびた草"だった
見た感じ[薬草]や[どくけし草]でも[まんげつ草]でも無かった、見たこと無い草だな

「オッサン、こんな何だか判んないモンを挽いて大丈夫なんですか」

「あぁ、一応、お客さんに訊いてみたり
 [どくけし草]を用意して粉状になった物を少しだけ口にしてみたんだが
 毒草とかそういった類では無いようだよ」

このオッサンは少し天然入ってるからなぁ……毒草じゃないのを調べようとした
それは良いけど"ヤバイ薬"の元とかだったらどうする気だったんだよ
100 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/05/30(木) 12:04:07.67 ID:fDHuenhfO
101 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/05/30(木) 13:27:52.89 ID:pRDoqajS0
―――
――


「…日が傾いてるな」

特に何もすることの無かった俺は此処でゴロンと横になっていた
 風が気持ち良かったからな、うん、見事に寝ちまったッス

俺は立ち上がって宿へ戻ろうとする

「はい、バコタ君」

「へ?」

間抜けな声を上げて振り向けば、小麦粉を持ったオッサンが居た

「女将さんにこれを届けてくれないかな?」

ニコニコ顔で、ソレを渡してくるオッサン(押し付けるとも言う)
 このオッサン、変な所でしっかりしてるのかよく判らん人だ、そんな事を考えながら
俺は宿へと戻ってきた、玄関を開けてまず吃驚した

何故かって?

玄関開けたら、宿のロビーじゃなくて図書館の一室みたいになっていたからだ
 本がギッチリ詰まった本棚が一つ、二つ…七つ、そして空の本棚が三つ
今日見たレンガの壁みたいに山積みな本の山が四組…なんじゃこりゃ?

「あ、バコタさん、おかえりなさい」モコモコ

うおッ!? ダブルショックッ!! 玄関開けたら図書館に続いて
 あッ!?なんとッ!!本の山がモコモコと動き出したアァーーーッッ!?

えっ? 何? 新種のモンスターなの?

「ぷは、そこに散らばってる本達は踏まないでくださいね」

モグラよろしくな形で本の山から首だけをちょこんと出すジョセフィーヌ





「…とどのつまり、本を読むついでで、天気も良いし、"袋"の中の本を日干ししようと
 本を出したら埋まってしまってたと?そして、しばらく身動きが取れなかったと?」

「はい、あっ、そっちの本はこの棚に入れといてください」ヒョイ

袋から本を取り出す際、うっかり収納していた本棚達を出してしまい
しかも本棚の内一つが倒れ、ドミノ倒しのように残り二つも倒れて
彼女は見事に埋まってたそうだ

この袋にも"同じ道具は99個まで"の制限があるが自称天才が多少の改良を施したらしく
"本"と"本棚"は別物として認識するらしい

本は99個入ってるけど本をタンスとか壷やら樽、宝箱なんかに仕舞って
収納すればカウントされないように魔改造済みだそうだ

「こんでお終いっと」

最後の本を棚に仕舞って彼女に合図を出す



「では」



シュルッ シュルッ           スポンッ!!



袋の口をジョセフィーヌが広げて近づけば、あれだけあった本達が
"袋"へと"吸い込まれていった"のだ、まるで1本のスパゲッティしゅるしゅると
口の中に吸い込まれるようにだ

……あの体積と質量がカボチャ一つ入れれば一杯になりそうなサイズの袋に収まる
 マジでどういう構造なんだよ、この袋
102 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/05/30(木) 13:34:08.13 ID:PTM3O8Vv0
>まるで1本のスパゲッティしゅるしゅつと口の中に吸い込まれるようにだ

スパゲッティ「が」しゅるしゅると

↑「が」が抜けてました
後、掃除機のコードみたいに入ってくイメージですが
世界観的にスパゲッティで表現しました
判り辛くてすいません
103 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/06/02(日) 19:37:02.09 ID:8eGhS8hM0
元々、日が傾いていたのもあった
本の整理なんかやってたらお月さんが空に昇りだすのも当然だはな
 袋に全て収納し終えてから一時間ってところッスかね
夕飯の用意ができたと厨房から来た女将さんに言われて食事を取って眠った
女将さんに見つかる前に片付けられて良かったッスよ、本当


まぁ、そんなこんなで今日という日が終わる予定だった







「寝れねぇ…」


人間と動物の違いは何か?

訊かれたならこう答えるしかないッスね 「寝溜め、食い溜めはできない」
 それができるのは冬眠とかそういった習性を持ってる熊とかリスであって
人間はそれができない、好きな時に好きなように寝付く事はできないし
その逆も然りっつーか

…なんで昼寝しちまったんだろう?


結局、寝付けなくて室内用スリッパから穴の開いたボロボロ靴に履き替える
 日頃から財布がすっからかんな野郎だからなぁ俺は…
新品の靴を買う余裕すらなくて困る

…なんか自分で言ってて悲しくなってきたッス


ゆらゆらと頼りなさげに視界を照らすランプを持って出かける事にした
 チラッと時計を見てみれば草木も眠る…とまでは言わないけど午後23時過ぎ
眠り薬の代わりとして酒場でアルコールでも取り入れようと思うんだ

靴買う金は無いけど、酒飲む金は有る

人間、生きてくためにも少しくらいの娯楽は良いよねっ!!


抜き足、差し足、忍び足、特に悪い事するワケでも無いけど夜は静かに動こうとする
ケチな盗賊っつー性分もあるけど、やっぱり何処でも寝静まってるわけだし
ご近所に迷惑を掛けないようにが一番だ
俺の数少ない特技、忍び足が役に立つぜぃ!!

……なんか、夜中って妙にテンション高くなるよな

―――
――


「マスター、何でも良いので安い酒、あっ、できれば寝付けの良くなる奴を」

ちょっと無理のある注文をマスターにしてみる
 こんな時間でも酒場は営業してるから良いもんだよな(街や村によって違うけど)

「…どうぞ」

コン カウンターに置かれたグラスの中身を一気に飲み干す、店の中にもちらほらと
村人達が飲みに来ていて酒を煽っている
…その殆どがデブに対する愚痴やら不満からの自棄酒だけどな
皆、飲まなきゃやってらんねーよッて感じだな

「良い飲みっぷりですねぇ〜」

「んっ、いやー、それほどでもないッスよ」

「マスター、俺ぁシードルね、代金は全額このアホ面の奢りでさぁ」


ぶふぅーーーーーーーーッ!!




吹いた、盛大に吹いた、よく見れば隣に座ってきた客は翌朝まで帰らない筈の奴じゃん
104 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/06/02(日) 19:37:17.61 ID:wam87aShO
105 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/06/02(日) 20:45:41.07 ID:8eGhS8hM0

「はっ!?いや、おま、何してんのこんな所で!?」

「あぁん?、何って酒場に来てやることなんざぁ、決まってんじゃん
 てか、こんなトコとか酒場に失礼じゃあねぇかよオイ」

「謝れ、全国労働者のみなさんの心のオアシス、酒場さんに謝れ」と黒コートは
謝罪を要求してきた、お前、飲む前から酔ってんの?

「あぁ、ナジミ、そのだな」

心のオアシスさんへの謝罪はともかく昼間の事、八つ当たりで突っ掛かった事に対して
謝ろうと俺は奴の方へ向いた、そして――

「すんませんでした!!俺、馬鹿だしカッとなりやすくて考えるより手が出る方だから
 その、つまり、…………ごめん、俺が悪かったよ」

「…」

ナジミは何も言わず目の前に自分専用グラスを差し出す
トクトクっと音を立てて注がれていくカナリヤイエローの液体を見つめ、やがて…



「…やれやれ、俺ぁ別に怒っちゃあいねぇぜ」

と口を開いた

「本当ッスか…」

「嘘言ってどうすんのよ、早起きは三文の徳だが、嘘吐きはびた一文にもならんぜぇ」

時と場合によるけどなと付け加えて「つーか、酒場じゃなくて俺にかよ」と言うほどだ

「ま、冗談半分は置いとくとして、俺ぁ兄ちゃんの物言いに関しちゃあ
 むしろ好感を持てたね」

好感を持てただって?、俺は単にアンタに八つ当たりをしただけなんだぞ?

「八つ当たりってのはよぉ
 "自分じゃどうにもできなくてイライラしてっからするモン"なんだぜ
  …俺だってこの村の有様を少なからず見たさぁ」

ナジミがシードルを一口だけ口に含む

「んっ、…悪くない味だ
 囚われのお姫さんの事もあっけど、あんたぁこの村が好きなんだろうよ
 だからこそ、エセ魔法使いの横暴が許せねぇし
 あのどてっ腹に拳を食わせてやれる位置に来れたのに何もしねぇで帰っちまう…
  アレぁそんなもどかしさから来る行動だったと

 俺ぁそういう風に解釈してるぜ」

「…そうッスか」

グラスを傾けながら涼しい顔で言ってのけるナジミ

「ほれほれ、飲めや兄ちゃん、んな辛気くせぇ顔じゃあ酒も美味く感じられねぇぜ
 暗ぇ気分も酒と一緒に流しちまえ」

「それを言うなら水に流すッスよ
 後、ここの勘定は俺のおご「あぁん?似たようなモンだろうが」

俺の言葉を遮りながら黒いのが口を開く

「それに明日は大忙しだからよぉ、今日は飲めるだけ飲んどけや」

…? 大忙し?

「嬢ちゃんが言ったかどうだか知らんがなぁ
 あのデブは"込める技術"を使ってる可能性があらぁ」ボソボソ

「ああ、それは聴いたッス」

「なら話は早ぇな

             野郎は俺がそれ相応のやり方でぶちのめす」


あの時のナジミは顔こそ涼しげだったけど声質は冷たかったッスね、マジで
106 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/06/02(日) 20:46:16.74 ID:wam87aShO
107 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/06/03(月) 00:13:10.71 ID:QdragnNDO
追い付いた!!

続き楽しみに待ってます!!
108 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/06/12(水) 19:43:05.50 ID:BcjoEx/O0

「ん?どした」

「え、あぁ、いや、アンタがそんな低い声出すなんて以外だなーって」

「俺だって人間でさぁ、一つや二つ許せねぇ事ぐらいあらぁ」

「そんなに許せない事ッスか?」

声色をいつも通りに戻したナジミは頷く、何処と無く表情に陰りがあるようにも思えた

「俺の一族の問題だからな」ボソボソ

周りの客の会話もあり、殆ど聞き取れないほどの小声
だけどこの場に至ってはしっかりと聞き取れた

「アンタの一族?」

先祖代々"込める技術"を受け継いできたって言う?

「俺ぁ世界中に技術を使った戦闘方を広めてぇと思ってんだ
 けどなぁ、それにゃあ幾つもの障害があんのさ」

障害だって?

「なぁ、バコタの兄ちゃんよぉ、俺の一族はジジイのジジイの更にジジイ共の代から
 技術を受け継いでんだぜ、…おかしいと疑問に思わねぇかい?」

「…いや、話が見えてこないッス」

「っと、失礼、こうして話してるとつい嬢ちゃんと話している時と同じような語りに
 なっちまう」

話の主語や軸が足りなくても大体、察してくれるからな、すまねえなっと
一言、詫びを入れて再びコイツは語りだした

「俺は画期的な戦闘の方法と銘打って技術を伝えて歩こうとしているけど
 歴代の技術屋達にも俺と同じ発想の奴はいたんじゃあないか?
 そいつ等も世界に"込める技術"を教えようとしなかったのかと?」

言われてみれば確かにそうだ、これ程の便利なモンがあるなら
なんで人類は誰も使おうとしない?普及されればあらゆる面での活躍が期待できる筈




「『………技術の躍進が必ずしも"人"にとってプラスには働かない』」




珍しく頭を使っていた俺はそんなナジミの一言で思考の海から引き戻された

「へ?」

何とも間の抜けた声を出して俯き気味のナジミの顔を見る

「あのー…なじみさん?」

「……」

へんじがない、どうやら だんまりのようだ


「……ぁ」

「あ?」



「ああああぁぁッ!!!!暗いッ暗いッくれぇぇぇッ!!止めだ止めだッ!!こんな
 しみったれた糞みてぇな話しはよぉ!!
 オイ、何か楽しくなるような話題だせやコラァ!!」



…えぇ、 何ソレ、 気になるじゃん、 つーか逆ギレ?

何か、その後も色々と酷い言いがかりで無理にでも会話を変えさせようとする遊び人に
頭痛を覚えながらも付き合う俺であった
109 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/06/12(水) 19:43:23.34 ID:S9P3c29CO
110 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/06/12(水) 20:26:17.38 ID:BcjoEx/O0

大分、いや、かなり理不尽な扱いを受けた俺はまぁ、当然ながら良い気分はしない
なんだろう、お前が切り出したのに何で俺が悪いみたいな空気?

「話題を変えれば良いんスね」

この機会を利用しない事はない、睡魔に負けて聴けなかったコイツの故郷の話でも
聞き出してやろうと俺は少しだけ意地の悪い事を考えていた

ナジミさんが話題を変えろってんなら仕方ないよねー(棒)

「ああ、じゃあ、故郷の話でもしませんか?」

「あぁん?地元の話だぁ?」

女将さんに訊かれた時、コイツは普通に話してたし
 少なくともこの話題が地雷って事はないかと思う、たぶん

「地元か、ベタな話ちゃあ、ベタだけどまぁ、話題が変えられりゃあなんでも良いか」

よしよし、うまくいったぞ、さぁて話してもらいましょ「んで、どんな所だ?」

「へ?」

「へ?じゃねーよ、お前さんの故郷の話しだろ、ホレ、話してみ」


…そう来やがったよ、こん畜生


「…ええっと俺の故郷は[ロマリア]つー所で――」

モンスター闘技場くらいしか特産物が無い田舎の話しを酒を煽りながら聴いてるナジミ
 本当ならコイツの地元晒しが行われただろうに、どうしてこうなった…



「ふぅん」

「以上ッス」

「娯楽が足りんなぁ」

「うっせぇ」

「や〜れやれ、色々と進言してみればどうだい、もっと画期的な娯楽施設(遊び)を
 作れと」

「どんなんだよ…」

地元を少し小馬鹿にされた感があって多少イラッとした声で尋ねる
すると何だ、巨大人間すごろく場を作ってみろだの、市民が一日だけ政治を行う
リアル王様ごっこでも開いてみろだの、このアホ!!
んな馬鹿なモン作るわけないだろうが!!特に後者なんて絶対ありえないっての

「わーお…、良い案だと思ったんだがなぁ…」


…あ、へこんだ、コイツの中じゃ、会心の出来だったんだな

酒場の椅子の上で器用にも体育座りの黒コートを見ながら
「ああ、でもすごろくは中々面白いんじゃないかな」とフォローを入れてみた

「マジで!?やっぱそう思うだろぉ」

立ち直り早いな…やっぱ酒が回ってんじゃないか

「マスター、シードルもう一本」

気がつけば既に一本分、丸々飲み干していたナジミは更に酒を注文していた
大丈夫かな俺の財布

「ふぅー、しっかし、良いねぇ!!此処のシードルはさぁ!!」

あぁ、俺の僅かな財産が…飲み尽くされていく、そんな悲しみに沈みそうな時だった

―美味い酒にもめぐり会えたしなぁ、ほんのちょっぴりだけ俺の故郷でも話すかい?―

そんなナジミの声を聞いた
111 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/06/12(水) 20:26:31.41 ID:S9P3c29CO
112 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/06/12(水) 21:06:18.10 ID:BcjoEx/O0

「んん?何、意外って顔してんだい?こういう時は自分も語るってのが筋だろうよ」

人間の愚痴も酒の肴の一種よ、人に話させてハイ、お終いってのもアレだしなぁと
コイツは語りだした

「まぁ、故郷っても本当に何も無い所だがよぉ」



大陸…いや、大陸と呼ぶのも怪しいな、これといって目立ったモンはねぇし
それどころか"国家"すら存在しねぇ、正直、兄ちゃんの[ロマリア]以上にド田舎さぁ
 あるのは幾つかの集落だ、人口密度がヤバイな…
なんせ小屋が二つだか三つあるか無いか程度なんだぜ?

港があるわけでもねぇ、船と呼べるモンもありゃしねぇ、あってボートが良いトコだ
当たり前っちゃ、当たり前なんだが、んなトコに人が来る事も無い
海の向こうから貿易商が来る事は滅多にない
故に世界のせの字を碌に知ることができやしない

 まるで牢屋だよ、ろーや

俺ぁ、世界を見たがってね、16ん時に飛び出したのさぁ
あん時はそりゃあ若かったね、計画性が全くのゼロ、おかげ様で何度も死に掛けた
それでも俺ぁ飛び出した事に後悔はしちゃあいないさぁ

少し話が逸れたな

まぁ、そんなド田舎だからな、人目にゃつかんだろうし
技術を黙々と研究し続けるには良い環境だ
俺と俺の悪友はよく二人で互いに技術の追求をし続けた
故郷の大陸には材料となるモンがそこそこにあったからな
大陸の南部にデケェ湖があってそこに離れ小島がある
悪友とそこで小さなほったて小屋を建てて研究所にしたのは良い思い出だ

まぁ、それくらいだな、なんてことは無い、たったそれだけのちっぽけな場所だ



「…その大陸の名前とかは?」

ある程度、語り終えたナジミに俺は訊いてみたッス

「一応、あるにはあるが、誰も正式名称じゃ呼ばねぇな」

「…そうッスか」



「俺にゃあ技術を広めるとは別に夢があんのよ」


視線をグラスに戻した俺にナジミは言った

「ピラミッドって知ってか?」

「ああ、砂漠の国の王族が埋葬されるっていう墓の事?」

「糞あちぃ砂漠のど真ん中に、自分の権威を示すために民に作らせた…そういうモンで
 見る奴、全員がおったまげるようなデカさをしてんのさ、ただの墓石がだぜ?」

どこか目を輝かせるナジミは続けざまに言う


「俺ぁ、自分の故郷に"塔"を建てたい、そう思うのさ」

「"塔"?」

「いつか、世界を大きく変えてみせる、そして、伝説として語り継がれるほどに…な」

すごろく場やらリアル王様ごっこやら、コイツは少し発想が飛んでいるのかもしれない

「俺が、この世界のこの時代に生きていた…そんな証を残したいのさぁ
 名声が天空にすら届く、そんな天高くそびえる"塔"を遺したいねぇ」

「それは突拍子もない事ッスね」

「なぁに、人間誰しも夢はでっかく持てって奴さ」ニヤリ

不適な笑みを浮かべてナジミはグラスの酒を煽った
113 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/06/12(水) 21:12:09.03 ID:S9P3c29CO
>>107 おお、追いついて来てくださってありがとうございます 楽しみしていてください
114 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/06/13(木) 01:24:11.52 ID:RIAfE9DDO
乙!!
[ピザ]退治は次かな?
準備してる壁と粉の利用方に期待
115 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/06/19(水) 13:51:49.80 ID:vyetE2hm0

コイツと酒を飲み交わしながらのやり取り
 気がつけば既に日付変更線を跨いでいる時刻だった

「さぁて、ちょいと名残惜しいが御開きとすっかねぇ」

ちゃっかり3本目のシードルに手を出していたナジミが時計を見て言った
…しばらくは野宿生活だろうなぁっと財布の中身を見て思った

「兄ちゃんや、明日は…つーか今日だな、今日は昼の1時くらいまで
 自室で待機しててくれや、暇なら嬢ちゃんから本を借りても良いしさぁ」

何かあるのかと尋ねてみれば、帰ってきた返答はこうだった




「長らく、お待たせしましたぁ…皆さんお待ちかねのお仕置きタイムでぇす」ニタァ




ジョセフィーヌ曰く、"碌でも無い事考えてる時の顔"で返事が返ってきた

―――
――

昼時、この時間帯ならば連中はアジトで酒盛りだろう
 連日に渡ってのも酒盛りを羨ましいぜとぼやく黒い奴と"袋"を持って待機する少女
二人と岩陰から様子を見つつ、作戦の再確認をさせてもらっていた

「そんじゃ、おさらいだが、俺達ぁこれから"灰かぶり"ならぬ粉かぶりになる訳だ」


"灰かぶり"
「この単語で思い浮かぶモノと言えば一般的に魔法を掛けられる少女
 シンデレラですね」と読書家の小娘が言う

「その通りだねぇ、そして作戦はシンデレラちゃんのように"時間制限あり"だ
 その上、夜中の0時ってレベルじゃあない、30分だってありゃあしないんだ
 …硝子の靴を落とす暇もないってことだぜ」

二人とも機敏に動けよ、1分一秒も無駄にすんなよ、と黒コートに釘を刺される
 言われなくても分かってるッス

「けど、本当にこんな"粉"に効果があるんスか?」
「あるね」

即答だ

「俺ぁ以前にもコイツを使ったことがあるのさぁ、最初こそ半信半疑だったがなぁ」

嬢ちゃん、と左手を差し出しジョセフィーヌから本を"取り出して"もらった
読んでみろとでも言うように俺は本を投げ渡された

「世界中で伝記や文献を集めるのも俺の趣味の一つでな、たまに"面白い内容"に
 めぐり合えるからよぉ」

その"面白い内容"というのがこの本なのだろう
タイトルは「お化けネズミの創り方」

「そいつぁ、薬草学に関して研究してた魔法使いが偶然作り出したモンだ」

俺はナジミの話しを聴きつつ、本の内容に目を通した


―お化けネズミの創り方―

[薬草]の研究を創めて十数年、集めてきた様々な草をあらゆる方法で加工してきた
煮詰めて、成分のエキスを採取したり、粉末状になるように挽いてみたりだ
 今回、ただの雑草としか見られていなかったモノを私は研究している

投薬のモルモットとなるネズミ達には最後の晩餐になるかもしれないから
常にチーズを与えていたのだ
 そんな時、なんということだろう誤って粉状にした雑草を棚から落としネズミ達に
ふりかけてしまったのだ…
なんと、勿体無い事を…と労力と時間を無駄にした事を嘆いていた時だ
 ある事に私は気がついた

モルモットのネズミが一匹いなくなっていたのだ
116 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/06/19(水) 13:51:59.59 ID:UjvLSib70
117 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/06/19(水) 14:23:17.20 ID:vyetE2hm0
「…この話に出てくる"粉"ってのがコレなんスか?」

ここまで読んで訊いてみた

「ピンポン、ピンポン大正解、そこから先は少し長いから結末だけ言うぜ
 檻に全てのモルモットを戻した後で"見えない何か"がチーズを食べていた
  ここから薬学士の魔法使いレメオールの名前にあやかって
 レムオール草と名付けられたのさぁ」

最も、こいつぁ、かなりのマイナーな薬草なんでね、誰も学名では呼ばず
[消え去り草]って呼ばれることが多いと付け加えたられた

「さて、この[消え去り草]なんだが、何も生き物にしか効果がない訳じゃあない
 当然、無機物にも効果はあるんだ
 "粉をかぶった人間の姿は消えるけど衣服は消えませんでした"なんてことはない」

姿が見えなければ、毒物やら、刃物やら、暗殺三点セットも見えないのだ
正面から堂々と持ち運べるな

「粉をかぶってからは動きに注意することだ、激しすぎる動き、強風は全身の粉が
 吹っ飛んじまうからな、シンデレラどころか3分の砂時計が落ちるよりも早く
 魔法が解けちまうぜ」

分かってるよ…

「…ナジミさん、そろそろお時間です」

小娘に言われ、立ち上がろうとするナジミに声を掛ける

「なぁ、どうしても一つだけ納得できないんスけど」

「あん?何がだよ」

「なんで捕まってる娘を助けに行くのがアンタで
 俺はジョセフィーヌと待機係なんだよ…」

「ああ、それかぁ」

この黒コートは少し考えるような素振りをしてから

「白馬の王子よろしくで助けたいのは分かっけどよぉ、ちょっち色々と理由が
 あんのさ、それは事が終り次第、説明するわ」

ナジミの左手には筒状のモノが握られていた、それが何かは俺は知らないし
チラッと横目でジョセフィーヌを見たが、彼女も首を傾げいてた
 どうやら、彼女も奴の持っているものが何か知らないらしい

「さぁて、ショータイムの始まりだ」

―――
――


ワイワイ
     ガヤガヤ

「がっははは、それで、あのババアがな――」ハハハ
「マジかよ――」ハハハ

「おいおい、この肉、生焼けじゃねーか」

「こっちもだぜ、俺はウェルダンしか食わないつーのに」

「しっかし、メディルの旦那も気前良いよな、大量に入手できたとはいえ
 俺達も[黒こしょう]を使わせてくれるなんてよ」

「ああ、やっぱりコレをふりかけてから肉を焼いた時の香りも良いよな!」

「こう、ジューシーっつーか、香ばしい匂いとか、肉の焼ける音とか
 本当…たーまんねぇよなぁ!!」
   ジュウー…

「そうそう、こんなカンジの――」

      ジュウ―       ジュウー

「「…」」


           「か…火事だあああああぁぁぁッッ!?!?!?!?」
118 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/06/19(水) 15:36:17.16 ID:6iwO25K30
119 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/06/19(水) 15:45:04.38 ID:ue6wx8Hi0





「熱ィ!!、どういうことだよコレッ!!」

「知るか馬鹿!そんなことより脱出だ!」アチチ

…今、俺は少し離れた所から、この状況を目にしているが
なんていうか…ね、えげつねぇッス…

「ほら、もうすぐ出口――」

ガンッ!!

「痛ぇ!?」

たった今、二人の子分が火の手から逃げようと部屋の出入り口に走っていき、そして
"ぶつかって"跳ね返った

「!?こ、こりゃあ、一体どういうことだい!?」ガンガン

「と、"通れねぇ"だとぉぉぉぉ!?」

俺は部屋の外で部屋から出ようと必死になっている二人を十歩ほど離れた位置で見る
[消え去り草]をかぶっている俺の姿は当然この二人には認識されていない


 彼等を焼き殺さんといわん勢いで炎上する部屋の出入り口を塞ぐ"壁"も同様であった

「あ、あちちちち、あちぃ!!」
「や、焼けるッ!!」

何も知らない第三者の目から見ればどうだろうか?

燃える部屋の中で体が焼けているというのに部屋から出ないで必死にパントマイムでも
してるって状況だろうなぁ
 見えない壁で部屋から出られないという状況を的確に表現している(比喩にあらず)

「ひ、ひえええぇぇ!!だ、誰か、助けてくれぇぇぇ」

悲鳴が目の前どころか、アジトのそこら中からあがる
どこもかしこも似たような状況に陥っており、全身火達磨になり地面に転げまわる者も
後を絶たない、そして、この惨劇を引き起こしている張本人はというと





「あっ、そーれ、マッチ1本、火っ事の元ぉ〜♪」シュ   ポイッ





「ぎゃああぁぁぁぁッ!!」

嬉々として鼻歌交じりに、放火活動を繰り返している

いともたやすく行われるえげつない行為を余所に俺は
極力、周りを見ないように奥へ奥へと進むことにした(人はコレを現実逃避とも言う)

俺から見せられた見取り図、そして商人のフリをして潜伏した際にアジトの詳細を
調べた放火魔コートはその空間にピッタリな壁や柱を作らせていたようだ

「俺ぁ、鬼でも悪魔でもねぇからなぁ…ちゃあんと外に脱出できるようにはしてある
 さぁ」ニタァ っと嫌な笑みで怪人黒コートは言っていたが…どうだろうか?

壁や柱の配置をまるで"巨大迷路"の如く配置し、壁づたいに動けば出れる仕組みらしい
けど考えてみて欲しい、人間の心理というモノをッ!!

突然、何も無い空間から油の染み込んだ布やら藁が現れたり、それが勢い良く燃え出す
彼等にしてみればポルターガイストや発火現象よろしくなちょっとしたホラーだ

それで命の危機という状況で落ち着いて行動できる人間がどれだけいるのか?
迷路に関しては"急がば回れ"で進めば出れるが
なまじ、窓硝子のように向こう側が見えるが故に、焦ってしまうのだ、タチの悪い事に

でも一番、タチが悪いのはそこの怪人黒コートッスね
120 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/06/19(水) 15:48:40.24 ID:rKTph8Vo0
>>114
長らくお待たせしました
ハイパーフルボッコタイムの始まりです!!
121 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/06/19(水) 22:27:15.54 ID:XrOPYDWDO
乙!!
壁に消え去り草とはえげつねぇこと考えるなww
122 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/07/04(木) 14:08:32.19 ID:eiiKf8k40

「さぁて、次の地点に行きますかねぇ」

ナジミがある程度、アジト内に火を放ち奥のフロアへと向かう
そして、[消え去り草]の効果が切れかけた場合
 すぐさま人通りの少なそうな区画、見通しの良い通路へ行ってストックの粉を使用
大体の流れはこんな感じだが、ここまで来るのに大分[消え去り草]を使用したッス
 壁の設置やら放火やらで縦横無尽に動き回るモンだから身体から粉がすぐに落ちる
…帰りの分が残ってるか怪しくなってきたし、本当に一分一秒も無駄にできない

「んん?」

そんな事を考えながら奥へと続く通路に足を踏み入れた時だった




「どうなっておる!!」

「メディルの旦那!!ご無事で」

「おい、説明しろ、一体何が起こっておるのじゃ!?」

「そ、それが俺達にもサッパリなんです、突然アジトのあちこちから火の手が…」

「ええい、使えん奴等じゃ」

「す、すんません」




糞ったれのデブの声が聞こえてきやがった…ッ!!

「…ちぃ、俺の予想よりも早ぇじゃあねぇかよオイ」

互いに[消え去り草]を被っている為、表情こそは判らないがナジミが明らかに
不満気な声をあげた
 当然だが俺はコイツじゃない、ナジミの脳内にどんなプランがあったのかは不明だ
ただ、悪態をつくところを見るにコイツにとって望ましい展開じゃないんだろうな

「あぁ、嬢ちゃんや、本当にちょびっとで構わねぇから
 連中の注意を惹きつけといてくれねぇかい?」

「注意をですか?」

通路に入りすぐの地点、置き場の無い荷物を詰めた木箱が山積みになった所に俺等はいる
[消え去り草]の再使用も然ることながら、互いに姿が見えないのだ
先述で述べた区画や通路の目印となる場所での点呼確認ができるようにと
突入前に事前に打ち合わせをしておいたからだ

「プラン変更さぁ奥の部屋で連中をぶちのめす、その準備は1分も掛かりゃあしねぇよ」

「お、おい、ちょっと待てよ」

奥の部屋って、捕まってるあの娘がいる部屋じゃないッスか!!

「安心しろよ、姫ちゃんの安全は絶対だからよぉ」

「…言うからには根拠があるんスよね?」

「あるとも」

何も無い空間から突然筒状の物体が現れた、そして"筒"はそのまま宙に浮いている
 言わずとも分かるだろうがナジミが袋から取り出し掌の上にでも乗せているのだろう

「それは入り口で私たちに見せたモノですよね?」

葉巻サイズのソレは見事な黄金で出来ていて真ん中には綺麗な石がはめ込まれていた

「これは[おおきなふくろ]の…まぁプロトタイプ的な代物だ
 俺がガキだった頃、俺のセンコーが"込める"を追究して改良してたモンさ」

今となっちゃ破損やら、経年劣化でコイツ自体が
歴史から消え去るのも時間の問題だがなぁとどこか悲しそうに語る

「…さてと、やる事の簡単な手順を説明するぜ」
123 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/07/04(木) 14:10:14.47 ID:lpouX6HNO
124 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/07/04(木) 14:41:21.15 ID:eiiKf8k40

―――
――

「な、なんじゃこれは!?」

デブが4人の取巻き共と室内に入ろうとしたのだろう
糞忌々しい声が聞こえてくるッス

「へ、部屋がレンガで埋め尽くされてやがる!?」

入り口から今しがたナジミが走っていった通路までの道を残りの壁と柱で塞いだ
これに至っては[消え去り草]を使用していない
 理由は単純に帰りの分がヤバイし、これは単なる足止め…そして

「…貴様等、どいておれ」

壁越しで此方からは一向に様子を窺うことはできないが声の内容から
デブが4人の取巻き共を押し退けて前に出たのだろう

「ぬぅ…ッ!!」

奴が低い声で呻り声を上げる、すると"室内の大気が変わった"
ゴツゴツとした石造りの室内、地層を削って出来ただけの空間に"風が生まれたのだ"


「[バギマ]ッッ!!」


ゴガガガガガガガガアアアァァァァーーーー――ーッッ

刹那、奴に集まった風が真空の刃と化し、目の前のレンガを粉々に粉砕していくッ
壁は2秒と掛からず原型を留めぬ形となり、配備したレンガの柱も捻り雑巾のように
削り取られていく、後に残ったのはレンガが削れて出来た大量の削り粉が舞う


「ぶへ、ぶへ、口の中に砂埃が…」

「さ、流石メディルの旦那
 あれだけあった壁を壊すのに5分も掛かりませんでしたぜ」

「ふん、ワシの魔力をもってすれば当然の事じゃ」

ドヤ顔で取巻きを引き連れ通路の奥へと進んでいく連中を眼で追っていく
その際、よく飛び出して奴の顔面に一発食らわせなかったりしなかったなと
褒めて欲しいもんッスよ

「…行ったようですね」

「…みたいッスね」

俺とジョセフィーヌは通路の少し先でずっと見ていた
少し大きめの木箱を被り、隙間からその様子を見ていた
(ちなみ、箱の中身は邪魔だったから袋に収納済みである)

「あとはナジミさんに言われた通り少ししてから筒を回収に行けば良いんでしたよね」

「ああ、けど、一人で大丈夫ッスか?」

さっきの[バギマ]の威力は相当なモノだ[消え去り草]を使おうが使うまいが
レンガのバリケードが短時間で突破されるのは判っていた、けどここまで高威力とは

「…それは、私にも判りません、ですが今はただ信じるしかないでしょう?」

俺がジョセフィーヌにそう言われていたころ、ナジミはというと…












「…なんじゃ、貴様は?」

「いや、何、大したモンじゃあありません、単なる遊び人でさぁ」ニタァ
125 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/07/04(木) 14:42:28.14 ID:lpouX6HNO
126 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/07/04(木) 15:03:20.49 ID:eiiKf8k40

「遊び人じゃと?貴様は先日の商人ではな…いや、そんなことはどうでもよい
 ここで何をしている?この騒動は貴様が起こしたのかえ?」

「んっんー、質問は一度に一つにしちゃあもらえませんかねぇ?」

「ふむ、では一つだけ質問してやろう、"此処にいた奴はどうした"?」

「あぁ、彼女でしたら此処とは別の場所に居ますねぇ〜」

「答えになっておらんぞ!それに"彼女"じゃと?アレを"彼女"というのか」

「性別上は"彼女"であってんだろうがボケナス」

「…まぁ、よかろう、アレは代わりを見つければ良い
 まずは貴様をどうにかせねばならんな」


「…わーお、4対1ですか、そうですか」

「悪いな兄ちゃん」
「俺等もお仕事なんでね」
「殴らせてもらおうか」

「やーれやれ、……殴れんならやってみろよ、"殴れるなら"よぉ」

 タッ   タタタタッ  タッタッ タッ

「あ、あ?なんだコイツ」
「まるで踊ってるみてぇな足さばきを始めた?」
「なんだか分かんねぇが、食らえやッ」ブン


       スカッ


「!?避けられ「オラァ!」ぐげぇ!?」


「…おいおい、腹パン一発だぜ、もうノックアウトかよ」


「ッんの野郎」ブン   スカッ  ゴッ 「げがッ!?」

「本気で俺をヤりてぇならよぉ、全員同時に掛かって来いや」


「「「うおおおおおぉぉ」」」


スカッ  スカッ   ブン「へぶ!?」 スカ  スカ ゴス「おごぁッ」




「ぐ、よ、4人を同時に相手取って一発も貰っていないじゃと!!」


「ぐぶっ――ッつぁらあァァ!!」ブン  

  スカッ

(いや、違う、"当たっている"!?当たっているが攻撃が"逸れる"だと!?
 まるでボールの上に垂らした水のように拳が奴の身体から逸れるッ!!

                              …ならば)

「ぜぇぜぇ、畜生がぁ、どうなってやがんだッ」
「メディルの旦那、一体どうすりゃ――っな!?」



    「[バギマ]」


「だっ旦那!!まだ俺達がァ」

ゴガガガガガガガガアアアァァァァーーーー――ーッッ

127 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/07/04(木) 15:03:57.46 ID:lpouX6HNO
128 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/07/04(木) 15:21:07.63 ID:eiiKf8k40


ゴガガガガガガガガアアアァァァァーーーー――ーッッ


「な、なんだ」

この音は…あのデブがまた[バギマ]を使ったのか

「バコタさん!少し急ぎますよ」

「お、おう」

残り僅かな[消え去り草]を身体に被り、俺はジョセフィーヌと長い通路を進んだ
あの娘が閉じ込められていた部屋まであと少しだ





「ッ〜やってくれんじゃねぇかよ」

「ほう、生きとったか」

「子分共を巻き添えにするたぁ下衆いねぇ、ったくコートが少し切れちまったぜ」

「…咄嗟にそやつ等を盾にした奴には言われとおう無いわ」



「ナジミさん!!」


「!?なんじゃ、まだ仲間がおったんかい?」

俺たちが部屋へたどり着いた時、立っていたのは杖を構えナジミに対峙するデブ
そして全身に切り傷があり、地面に突っ伏しているが
辛うじて生きているのが確認できる4人の取巻きだ

「ええい、何処じゃ!!何処におる!!」

ジョセフィーヌの声は聞き取れるが[消え去り草]の効力で俺達の姿は奴の視界に
入りはしない、奴はナジミへの警戒をしつつも辺りを見渡す

「嬢ちゃん!!さっき説明した通りにやりなァ!!」

少し前にされた簡単な説明はこうだった
俺達が壁で連中の足止めをする間にナジミが監禁された娘の部屋へ突入
その後、ある方法で(俺等には言わなかったが)娘をこの部屋から出す
後は、間を置いてから[消え去り草]で姿を消した俺達が筒の回収をして
アジトから逃げ出せとの事だったッス

見取り図を広げ、入り口から遠くない位置に隠すように置いておくから
手にしたら、自分を置いて逃げろとだけ言っていた
 ただジョセフィーヌにだけ小声で何か付け足していたが、それは判らなかった

「な、なにかよくわからんが[バギ「ふんッ」

デブが此方に杖を向けて振りかざそうとした時だった
壁や柱の一部だったのかナジミはレンガを取り出しソレを奴目掛けて
ブン投げたッ!!

「うぉ!?」

惜しいッ、奴は体を大きく仰け反らせて避けやがった!!
ったく、あの体型でよく避けたッスね


「バコタさん!回収が終わりました」

「おう」

俺とジョセフィーヌは来た道を全力で走り去る
去り際にデブを見やるが奴は俺達には目もくれず
ナジミが続けざまに投げるレンガを避けていた
最も姿が見えなければ、俺たちの作戦内容も知らないアイツは俺達が逃げた事も
判らないだろうけど
129 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/07/04(木) 15:21:30.39 ID:lpouX6HNO
130 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/07/04(木) 16:07:15.77 ID:eiiKf8k40

部屋から遠ざかり5分経つか経たないかの地点
長い通路を抜けて、[バギマ]でズタズタになった部屋を通り抜け
火の手がそこらじゅうに回ったエリアまで戻って来た
アジトのあちらこちらから聞こえてきた悲鳴は今、聞こえず
また、火達磨になっていた連中はいない
 壁や柱は[消え去り草]の効力が消え、俺たちの肉眼でも認識できるように
なっていたことから恐らく他の奴等は外へ脱出したのかもしれない…

一見、ただ迷路のように配備されただけの壁達が防火壁としての役目も果たしたため
火の手が回ったとはいえ、脱出不可能なモノではない
 ただ、後に残してきたナジミが問題だ

「くそッ、これじゃナジミが出れないんじゃないか!」

「いえ、その心配はいりませんよ」

平然とした顔で言ってのける隣の小娘を見てあることに気付いた
今、ジョセフィーヌが持っているモノは……


=====
====
===
==




「わーお、肥満体型にしちゃあ、よく避けるじゃあねぇか」

「ぜぇぜぇ、貴様ぁ」

「ま、息切れも激しいみてぇだがよぉ」


「貴様、さっきから"この杖"を狙っているなッ!」


「あぁ、狙ってるさぁ、狙っちゃマズイってのかい?


                 その[てんばつの杖]を狙っちゃあさぁ」


[てんばつの杖] 彼女がメディルの持つ杖の名称を言い当てた時
 彼の顔から色が消え失せた、その様をみたナジミはさらに追い討ちをかける様に

「生憎だがよぉ、知ってんだぜソレの事
 てめぇが何処でソレを手に入れたかぁ知らねぇよ
 分かってんのはてめぇが[メラ]も使えねぇエセ魔法使いのペテン野郎だって事だ」

と、吐き捨てたのだ
彼女は離れた位置からレンガを投げつけて杖をへし折る事を優先としている
最も本体に投げつけて再起不能にしても構わんのだが

「ぐっ、このッ」

ゴガガガガガガガガアアアァァァァーーーー――ーッッ

「ったく面倒くせぇ」ッチ

見た目に反した敏捷性でソレをかわし、反撃の[てんばつの杖]を使用する
この杖はただ対象物に対して振りかざすだけで[バギマ]の効果を発揮させる
今まで彼は自分を"高名な魔法使いである"と思わせるために杖をかざす度に
使えもしない呪文の名を口に出していた、しかし

「そらそらそらァ!!」

ゴガガガガガガガガアアアァァァァーーーー――ーッッ

相手も事情通であるならば話は別だ
そして先程の戦いを見る事でメディルはある事に感づいた

(こやつ、どういう理屈かは知らんが)

ゴガガガガガガガガアアアァァァァーーーー――ーッッ

("物理的な攻撃を逸らす事ができる"
 だが、しかし、呪文による攻撃は逸らす事ができんとみたわいッッ!!)
131 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/07/04(木) 16:08:06.55 ID:lpouX6HNO
132 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/07/04(木) 17:16:50.81 ID:eiiKf8k40
 メディルの考察は的を得ていた
何故、彼女に物理的な攻撃が通じないかは後々語ることになるが
此処はナジミの心情について語ろう
 ただでさえ、狭い空間での戦闘、それも相手が使っているモノが"技術"という状況が
彼女を追い詰めていた

さて、此処で勘違いしないでいただきたい事は、追い詰めるというのが先人達の技術を
使われているといった感じの心理的な追い詰めるではないということだ
 基本、通常の魔法使い、僧侶等と対峙した時に注意すべきは呪文による攻撃だ
しかし、人は魔物と違い魔力にも限度というものがある
早い話が"弾切れ"というヤツだ、しかし…

「くそったれ、これじゃあ埒が明かきゃしない」

"込める技術"によって作られた武器は一部例外を除き
永久的に呪文が使用可能なのだ、従って一切"弾切れ"はなく
かといって、この状態をいつまでも続けていても何か進展があるわけでもない
展開が変わるならばソレは彼女が真空の刃に裂かれるか、メディルがレンガによって
杖か骨体を粉砕された時であった

一向に終わる気配が見えない戦い、終わりの無いのが終わり
そう、この状態はまさしくイタチごっごッ!!

相手の手の甲に自分の手を乗せ、その上に相手が乗せる、延々とそれを繰りかえす様に
この戦いも延々と続くかに思えた



しかし、ここで展開は動き出したッッ!!



「そこじゃああぁぁぁァァ!!」

ゴガガガガガガガガアアアァァァァーーーー――ーッッ

「!?ッぐ、ぐああぁぁぁッ」

メディルは見た
レンガを投げてすぐ、その場を移動しつつ次の攻撃に移る為に右手でレンガを
取り出したナジミが身体のバランスを崩す瞬間を
コレを逃せば、再びイタチごっこへと逆戻りになると
考えるより先に彼は杖を振りかざした、自分から富と地位を取り上げんとする者へ
天罰を下す為に

結果は上記に書き込んだ通り

ナジミは…杖の魔力が作り出した大気の渦中へと飲み込まれたのだッ

その様子を見てメディルは勝利の予感に口角が上がらせた
 もしも、この場に逃げ出したジョセフィーヌお嬢、盗賊のバコタがいたならば
[てんばつの杖]の巻き添えを受けた取巻き達が意識を取り戻していたならば
三者三様の反応を示したことだろう

取巻き達が意識を取り戻していたならば、メディルに対しての怒り
そして自分達の今後の生活を脅かす存在が排除された事への安心感を覚えただろう

バコタがいたならば、最後の望みが絶たれたという絶望感、そしてナジミを屠った
人為的自然現象が自分に牙を向くという恐怖に顔を引き攣らせることだろう

そしてジョセフィーヌがこの光景を見ていたならばッ
……クスリと笑みを浮かべた事だろう


「食らいやがれえぇぇぇぇ!!」


ナジミをよく見ていた彼女は知っている、いつも彼女が何かを取り出す時は
決まって左手であるということを…

敢えて右手から取り出し、バランスを"崩したかの様に"見せた彼女は渦中の中で
ダメージを最大限に抑える体勢を取りつつ"左手"でレンガを持ち狙いを定めた
結果、見事にメディルにそれは直撃する事になるのだが

「!!…な、お、お、"おなご"じゃとおおおぉぉぉぉぉ!?!?!?」

最後の叫びだった、飛び出したナジミ…体格に合わない、あのブカブカコートが破け
今まで分からなかったモノがハッキリと見える姿ッッ!!!!

一瞬ッッ!この一瞬が避けられた筈だったレンガで頭部を打ちのめされた瞬間だったッ
133 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/07/04(木) 17:30:36.70 ID:lpouX6HNO
豚 「こ、これも計算の内か?」
ナジミ「当たり前だぜ、このナジミ、何から何まで計算づくだぜ!!」


っと、悪ノリはこの位にして、西の村編も終わりそうです
遅篳で申し訳ありません

>>121
いやいや、まだマシな考えですよ(多分
134 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/07/05(金) 08:05:38.03 ID:BEdVRR5DO
ナニをはっきりみたんだよおおおぉぉぉぉぉ!!

135 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/07/24(水) 22:06:22.08 ID:E2KNMDvDO
まだかな(´・ω・`)
136 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/07/25(木) 13:45:22.62 ID:VHtvQLTC0

 勢いを[ピーーー]ことなく飛来してきたレンガの衝撃は慣性の法則に則って
彼の巨体を仰け反らせ、彼の全身が地に着くとほぼ同時にナジミは目の前に着地する


「よぉ、地べたに寝そべる気分ってのはどうだい?」


喉から捻り出すような低い声で唸りながら声の主を見上げるメディル
そして、目が笑っていない笑顔で見下すナジミ
 彼女は軽くメディルを一瞥するとすぐに視線を逸らした
逸らした眼差しの先には、カランと音を立てて転がった[てんばつの杖]があり
 それを女である自身を少しでも長身に見せようとする厚底靴で思いっきり踏み砕いた


ひんやりとした石造りの部屋に嫌な音が響く


「ぐっ…、こ、このアマァ」

「あん?まだ喋れんの?」



すぐに嫌な音が再び響いた



「ぅぐッ」

ただし杖がへし折れる音ではない、骨がへし折れる音だ
 のっそりと起き上がろうとしたメディルは再び石床に倒れこんだ
右足の関節部分を今しがた杖を砕いた時の様に踵で踏みつけたからである

「さて、てめぇはこれで完全に手も足も出ねぇ状態、敢えて言うぜ

                        この戦い、俺の勝ちだ」

メディルに背を向けて部屋の出入り口方面へと歩き出すナジミ

(こ、この女、このままで済むと思うたかッ?、ワシに背後を見せよってからに!!)

メディルは懐に仕舞っていた折り畳み式のナイフを取り出す
彼の取り巻き立ちの攻撃がナジミには何故か当たらなかった
当然、今ナイフを投げても刺さらないかもしれない
 しかし、自分の商売道具を"二つ"も取り上げられ、何より地べたに這いつくされ
女に泥だらけの靴で踏みつけられたということが彼のプライドに泥を塗ったッ!!

狙いを首元に定め、いざ投げんとした時である



        ズドオオオォォォー―――――ォン!!!!



「!?…な、なんじゃい!?」

「予定通りか…流石は俺、天才だなぁ」

部屋のただ一つだけの出入り口から大きな音が響いてくるのだ
メディルはナジミを見た、彼女は少し小走りで出口ではなく此方に向かってくる
ただ、奇妙なことがあるとすれば左手で何か握っていたということぐらいだ

「お、おい、一体な、なにが起きてい「うるせぇ黙ってろ!!」

部屋の中心で仰向けのメディルを無視してナジミは走る、彼女の向かう先には
 [てんばつの杖]の巻き添えで今だ昏睡状態の取り巻き達が居た
横たわる彼らの傍にたどり着いたナジミは素早い動きで彼らに何かをしていたが
具体的に何をしているのか彼の位置からは確認が取れなかった


さて、読者諸氏よッ!!

君たちはすでに気づいていないだろうかッ!!

ナジミは"自分の十八番を未だに使用していない"という事実にッッ!!
137 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/07/25(木) 13:48:06.22 ID:VHtvQLTC0

思い出して頂きたいッ!!数刻前のナジミの発言をッ!!






『プラン変更さぁ奥の部屋で連中をぶちのめす、その準備は1分も掛かりゃあしねぇよ』






奥の部屋でぶちのめす"準備をする"、確かに準備と言った

では具体的にその準備とは何なのだ?

ここまでの戦闘の流れを見てどうだ?、何か特別な準備が必要なモノがあったか?
レンガは元からナジミが用意していた、"攻撃が当たらない何か"もアジト突入前から
ナジミが身に着けていた…

ならば、真に"この部屋に拘った"理由はなんだ?




…簡単だ


「あ、あぁぁぁ、て、て、"天井が崩れる"じゃとおおぉぉぉぉぉぉ!?」

 メディルは倒れた体制のまま唯一の出口を見る、激しい轟音と共に頑丈な天盤が
ひび割れていき、パラパラと石粒が落ちるという絶望的な未来を連想させる光景が
彼の視界に飛び込んできた、血の気が一気に失せ、顔が真っ青になってゆく

メディルは片足が折られ、芋虫の様に両手で這いつくばって移動するのがやっとである
 それもあってか彼は自身は気が触れたのかと思った

何故なら、何も無い空間に浮かんでいるロープ状の何かが現れたからだ

幻覚と思ったソレは自分のすぐ真横を超え、後方のナジミへと伸びていったッ!!


このマジックについて簡単な種明かしをしよう

ナジミがこの部屋に拘ったのはここに辿り着くまでの長い廊下にあったのだ
 ジョセフィーヌのような小柄の少女はともかく
一般的な体格かつ盗賊のバコタ等が全力疾走で走っても5分近く掛かる長さである

 その廊下の天盤の至る所にナジミは"自分の十八番"[魔法の玉]を張り付けた
泥かセメントか、何を使ったかはさておき、[魔法の玉]の構造を思い出してほしい
掌に乗っけられる程度の卵サイズの球体、キーホルダーのようなチェーンを引き抜いて
数秒後に炸裂…大体こんなモノだ

天井に張り付けられた[魔法の玉]はチェーンが全て下に垂れ下がっている状態で
この時点でチェーンは引き抜かれていない、当然、いつまで経っても爆破する筈がない

だが、チェーンの先に"重しを括り付けていた"としたらどうだ?

よく、理科の実験で天秤に1グラムの文鎮を使ったりした記憶はないだろうか
ナジミは薬剤師では無いが、技術の研究では多少は薬草学も携わることもある
 重しの一つや二つあったところで不思議は無い
仮に無ければその辺の手頃な小石で十分通用する

移動しつつ、天井への張り付けを行い、部屋の奥で待機し

後は重力という神の見えざる手によってチェーンが引き抜かれるまで遊んでれば良い


「そんじゃ、俺ぁこいつでオサラバさせてもらうぜ」

被せられていた[消え去り草]が落ちた今、ハッキリとメディルの肉眼でもソレは見えた
取り巻き達の体に巻きつけられたロープ状のソレ
穴の空いたボロボロのコートに突き刺すように先端部…黒光りするフック通す

そう、 嵐の海も魔物の襲撃でも耐えうる耐久性…

村が誇る大工の親方特性、黒鋼のフック付きワイヤーロープだあアァ―――ッッ!!
138 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/07/25(木) 13:54:42.02 ID:VHtvQLTC0

>>134 ナ、ナ、ナニってお前…そりゃあアレだよ ゴニョゴニョ

>>135 間を開けてしまい申し訳ありませんでした、少しネット環境の変更等や
    リアルの問題で此方に来れなかったのです
139 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/07/25(木) 22:07:45.35 ID:tm/ljtmDO
乙!!やっとスッキリしたぞい♪





ところでナジミさん僕も踏んづけてぐださい
140 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/08/03(土) 01:00:32.44 ID:3W4wkhLDO
まだかな(´・ω・`)
141 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/08/08(木) 12:03:07.30 ID:jCgjjQek0

 先程ナジミは横たわる取巻き達の傍らで何かをしていたが
それは[消え去り草]でいまだ視えなかった太いワイヤロープを
彼等の体に巻きつけていたのだ

「オ…オサラバって」

その後の言葉がメディルは出せなかった
ロープで体を縛られた取巻き達、そして穴の開いたコートに通したナジミ等の体が
宙に浮き上がったのだ



あの時、姿を消していたジョセフィーヌ嬢達が部屋の入り口へたどり着いた時だ…
筒を回収させると同時に彼女には筒に巻きつけたワイヤーロープのもう一方の先端を
持って行かせた、今頃、外に脱出している頃だろう

ここで唐突だが昨日の出来事を思い出してみよう
ジョセフィーヌは宿で自分の[おおきなふくろ]から間違って出した本達をバコタと
片付けた…その時の様子をバコタこう語っていた

 "まるで1本のスパゲッティがしゅるしゅると口の中に吸い込まれるようにだ"と


どれ程の大きさ、長さであれ、いかなる重さであっても[おおきなふくろ]はソレを収納
することができて、しかも、本棚に納めた本や箱に入れた本を一冊も落とさず、また
収納の最中に対象物を傷つける事も決して無いのだッッ!!


ナジミがバコタには言わず、ジョセフィーヌにだけ耳元で指示した内容は簡単だ
『爆発音を合図に筒に巻きつけているものを[おおきなふくろ]で収納しろ』
大雑把に言えばこんな所である

そして今…

「あばよ糞野郎」

「ま、待て、ワシを置いてかないでくれええぇぇぇ!!」

メディルは叫んだ、二本の足で走る事のできない彼では当然だが全壊するアジトから
逃げ出すなど到底無理だ、脱出不可能よ

仮に両足が健在だったとして、ながーい通路を抜けれるか?
完璧に崩れるまではどう見積もっても3分あるかどうかである

目尻に涙を浮かべ懇願する彼を見る事も無くナジミ等は見えない何かに引かれるように
外へとスッ飛んでいく……




         その速さ、数値にして"時速120キロ"ッッ!!



アジトの外まで逃げ切ったジョセフィーヌの[おおきなふくろ]を目指すロープは
"必ず収納中、傷つく事も中に入っている、又は付いている備品を落とす事なく"袋へ
込められるというルールに従うよう落盤、壁、燃えさかる火炎を巧みに避けて進み
その上、アジトの全壊が本格的になってくると更に加速していき…





    シュンッッ!! シュタッ

「おわ!?」
「わっ!?」

「…ふぅ、ただいま嬢ちゃん」

ジョセフィーヌの袋に収納される寸での所でコートを完全に脱ぎ捨てたナジミ

こうしてナジミ、ジョセフィーヌ等、袋にスポンッっと収納された取巻き達は生きて
日の光を浴びることができたというわけだ


   ・・・ただしメディルは除く

142 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/08/08(木) 12:35:43.06 ID:jCgjjQek0
―――
――



「おかえりなさいナジミさん」

「おう、嬢ちゃんや筒は持ってるかい」

「はい、こちらに」


「」


「よぉし…これで囚われのお姫様も助け出したな」

「あのぉ、その筒ってどういうモノなんですか?」

「ああ…こいつかい」


「」


「これは簡単に言うと"生き物を一つだけ込める"ことができる代物でな袋と違う点は
 込める時と出す時にちょっとした合言葉がいるのさ」

「合言葉ですか?」

「ああ」


「」


「…なぁ嬢ちゃん、さっきからバコタ兄ちゃんはどうしたんだい?
 なんか口をあんぐり開けて固まってんだが」ヒソヒソ

「……まぁ、最初は誰だって驚くんじゃないですか?」ヒソヒソ



「……………エエット、アナタ、ドチラサマ、デスカ?」


ウン、オチツコウ、おちつこう、アレだ、まず状況の整理だ
ジョセフィーヌが筒と一緒に持っていたワイヤーを収納すればナジミは帰ってくるって
話だったから収納した

ナジミが戻ったと思ったら顔がナジミでボロボロのコートを着用のおねいさんが現れた
何を言っているのか分からないだろうけど、俺もすごく分からない
えっ?えっ?えっ?

「おう、兄ちゃんや、あんたぁアレか?脱出の時に落盤か何か脳天に食らったか」

「ナジミさん、格好、格好」

「ん?…ああ、そういうことかい」

「えっ?はっ?お、おんなああぁぁぁ!?!?!?」


「ああ、俺ぁ見たとおり女でさぁ」

「」

驚いた、白シャツの上にある男にはまずありえない胸の丸み…はははアレだろ詰め物だ
そうだろ……何のために?
いやいや、サプライズだろ、きっと俺を驚かせるためにジョセフィーヌとグルなんだろ
そうと分かれば話は早い、さぁドッキリ大成功って看板を出せよオオオオォォォォ!!



「おーい」ブンブン

「バコタさん、頭から白い煙出てますね、まぁ情報の処理が追いつかないんでしょうね」


二人曰く、俺がまともに会話ができるようになるまでに10分程費やしたらしい
143 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/08/08(木) 13:14:04.46 ID:jCgjjQek0
―――
――

「落ち着いたか?」

「ああ、はい、そッスね」

落ち着いた俺はナジミに向き返った、ちなみ、彼女は[おおきなふくろ]から
新しいコートを取り出し、羽織っている、相変わらず真っ黒で体格が分からなくなる位
ダボダボでブカブカな黒コートだ

「…それで、その、あの娘は」

「ああ"此処に"いるよ」

そう言ってナジミは筒を前に差し出し…

「ただし、覚悟しろよ…」

「は?」

覚悟?一体何に覚悟するっていうんだよ

「兄ちゃんや、これからあんたをお姫さんと会わせてやるさぁ
 ただし、これだけは約束できるか?」

「…なんだよ、変にもったいぶって」

「兄ちゃんに会わせてやる前に兄ちゃんに訊かなくちゃ
 いけねぇことがあんだよ」

どこか歯切れの悪そうなナジミに少し苛立ちを覚える、このやろ…じゃなかった
このアマ一体何が言いたいんだ?

「…はぁ、単刀直入に言うぜ、まず姫ちゃんは"人間"じゃねぇ」

「なんだよ、そんなことかよ…ってえ?」

「ナジミさん、それってどういうことですか?」

「バコタ、あんたぁ姫ちゃんについて何処まで知ってんだ?」

「何処まで知ってて「彼女の名前は?出身は?家族は?何をもって彼女を理解している
 って言えんだい?ん?」

俺の言葉を遮ってナジミが言葉を飛ばす、ここまで聴いて思った、確かに俺はあの娘を
何一つ理解なんかしていなかった
あんだけ、一緒にいて、会話をして笑って、それで相手の名前すら知らなかった…

「ま、姫さんが話したくねぇってのが大きかっただろうさぁ、言っちまえばよぉ
 あんたぁ姫さんを拒絶しちまうかもしれねぇ、きっと姫さんはそう思った
 それを恐れて自分の事を一切語らなかった…じゃあねーのか?
 俺の勝手な推論に過ぎねぇがな」

「…ッお、俺は」

「さて、そこで俺からのお約束だぜ」

人差し指を立てて、ナジミは口を開く

「ここで誓いな…例え、彼女が人間とは違う種族の生き物でも、どんな容姿をしてたと
 してもだ、お前は逃げたりせず正面から彼女と向き合う会話をするってよぉ」

「…」

目を閉じて、深く深呼吸をする、俺は彼女をただ助けたい一心だった、今更…
迷ったりなんかしないッス

「誓うよ」

「おーけぃ」

ナジミは例の"筒"を天高く投げた、名前も知らないソレを投げ合言葉を発したのだ






               「  [デルパ]  」          
144 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/08/08(木) 13:22:21.65 ID:jCgjjQek0

今回はここまでです、例の"筒"は分かる人は分かると思う

>>139 ナジミ「シードル奢るなら検討はしてやらんでもない」

>>140 遅筆で申し訳ありません…
145 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/08/08(木) 13:26:10.12 ID:HMm6OwSDO
乙!!
146 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/08/08(木) 18:47:03.90 ID:CptfpkhSO
藤原啓治→水樹奈々
誤爆じゃないよ
147 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/08/22(木) 10:54:03.04 ID:l+DkPAkZ0

 ナジミの発声に反応でもしたのか"筒"に埋め込まれた宝石が輝いたようにも見えた
するとどうだろう、そこから一筋の光が飛び出してきたんだ

「…な!?」

光の筋が地面に降り立ち土煙を上げたッス
俺の左後ろにいたジョセフィーヌは…顔は見てないけど
声からしてきっと驚いてるんだろうなって思う、俺だって驚いてるんスから


土煙が晴れて目の前に現れた彼女の姿に…


ずっと一目で良いから見てみたい、顔を合わせて話してみたいとも考えたことがあった
その彼女の素顔を初めて見たんだ

「…さっきも言ったがよぉ、姫ちゃんがどんなナリをしてようが逃げんなよ」

それは分かってるさ…けど、こう、なんだ
俺の予測を斜め45度逸れてたっつーかな
俺と会話ができてたしさ、うん

人語が話せんだから種族が違うとか人間じゃないとか言ってもエルフとかホビットとか
まぁ、そう思うじゃん…









誰が予測できんだよ…俺が人間の女の子だと思ってた娘が[ホイミスライム]だなんて








「…え、ええっとナジミさん、これは?」

「見ての通りでさぁ、こちらの"お嬢さん"が兄ちゃんの恋焦がれた姫ちゃんだ」


『…ごめんね、君を騙すつもりはなかったの』

「!?」

この声……、俺の耳に飛び込んでくるこの声は紛れもなくあの娘のモノだった
周りを見渡しても今、この場にいるのは三人と一匹、そして声の発生源は…

どう考えても目の前にいる[ホイミスライム]だった

「アジト突入の前に人質を助ける際、私達に待機を命じたのは
 こういう理由だったからですか?」

「まぁ、そういうこった」

後ろで二人のやり取りが耳に入ってきて新たな疑問が浮かび上がった、それは…

「どうして人質が[ホイミスライム]だと気付かれたのでしょうか?」

俺が口に出すよりも早くジョセフィーヌが尋ねた

「ん?そりゃあアレだ、バコタが初めて会った時に言ったじゃあねぇか
 西の村が魔物の大群に襲われているってくだりをよぉ…その辺りでピンときたぜ」





……は?


いやいや、訳わかんねぇッスよ
その話しの何処に人質は[ホイミスライム]ですって要素があんだよ!?
148 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/08/22(木) 11:27:31.58 ID:l+DkPAkZ0
俺に限らず、この意味不明な返答にはジョセフィーヌも頭に疑問符を浮かべる
そんな俺等を見てか、ナジミは解説を始めた

「嬢ちゃんや、これ何だか分かるかい?」

ナジミが取り出したのは一つの紙袋だった、ソレを見てジョセフィーヌは言った

「それって[匂い袋]ですよね?」

「前にも言ったがなぁ、"込める技術"を研究する為に
 この天才が魔物を集める研究をしたって言っただろう?だから、ある程度
 俺ぁ魔物の習性なんかも熟知してんのさぁ」

ジョセフィーヌは何かを考え込むような仕草をして黙り込み、考えが纏まったのか
意見を述べたッス

「…確か村を襲撃したのは[さまようよろい][ホイミスライム]
 そして[スライムつむり]でしたよね?
群れの中に[ホイミスライム]がいるのは分かります
 ですがソレと人質の正体の関連性がいまひとつ見えてこないのですが?」

「そ、そうッスよ何で人質の女の子イコール[ホイミスライム]の方式になるんスか?」

『あの人達が皆を呼びたかったからなの…』

「!?」

振り返れば[ホイミスライム]…いや、あの娘がこちらをじっと見据えて語りかけていた

「…?、どうしたんですかバコタさん」

「え、あ、いや、今、この娘が『皆を呼びたかったから』って…」

ジョセフィーヌは怪訝そうな顔で言葉を返してきた

「何を言っているんですか?、そこの[ホイミスライム]は"何も喋っていいません"よ」


「へ?」


い、いや、今、確かにこの娘が喋って…

「鳴き声でしたらあげていましたが、何をどう聴いても人語には聴こえませんよ」

「ど、どういう事ッスか?」


「多分、そいつぁ兄ちゃんにしか聴こえてねぇんじゃあないか?」


ナジミがそんな事を言って「まぁ、それも含めて俺が解説してやるさぁ」と
肩をすくめながら言葉を続ける

「俺がまず思ったところっつーのは"動機"だぜ」

「動機?」

「この村が魔物の群れに襲われています…、うん、そいつぁ分かった
 けどよ、どんな"理由"があって魔物の群れが村を襲うのかが解らねぇんだよ」

俺は頭の良い方じゃないからイマイチ何を言いたいのかが理解できなかった

「…もし、もしだぞ、獰猛な野獣の巣、例えば人食い狼がわんさか居るような穴倉に
 自分から飛び込むような真似をする人間がいるかい?」

いや、いないな、そんな人間いたら自殺願望者か何かだ

「[スライム]やら[いっかくうさぎ]とか動物に近い魔物でも多少の知性ってモンは
 持ち合わせてるし、それに加え人間以上に"生物としての本能"ってやつが強い
  だから、村だの集落だの危険な敵対生物がいる所には余程の事がなきゃ
 普通は近寄らない、特にそれなりに知性を持つ[ホイミスライム]なら尚更だぜ」

…要するに人間が沢山いるような環境に魔物は入って来ないってことか?

「仮に大勢の群れで攻め込むとする、人間だって馬鹿じゃねぇさ、曲りなりでも生物だ
 当然、死にたくないって抵抗するし、そうなれば双方に多くの死者が出る
 上級の魔族とかが大群率いて人間の城攻めっつーならまだ理解できるが…
 そこらのちっぽけな魔物達がそんなリスクを犯してまで
 わざわざ大群で小さな村を襲う"動機"ってのはよぉ、一体なんなんだい?」
149 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/08/22(木) 11:54:47.54 ID:l+DkPAkZ0
言われて見れば奇妙な事件だ…
俺や村民達は攻め込んでくる魔物達にいっぱいいっぱいでそこまで考えた事無かった

「あの詐欺師共は[てんばつの杖]で高名な魔法使いを騙って魔物を蹴散らしていた
 それで恩着せがましく村に滞在し、村民から金品やら何やらを徴収していた
 …こいつぁ"村が魔物の群れに襲われている"ってーのが
 前提じゃなけりゃあ成り立たねぇんだよ、その辺の三流小説じゃぁあるまい
 こんな都合良く条件揃ってる村がある方が驚きだね」

ポンと黒コートのポケットからミネラルウォーターと専用グラスを取り出しながら言う

「つまり、メディル達が何らかの方法で村を魔物に襲わせ、そこを自分が救う
 所謂、自作自演というモノをやったと言いたいのですか」

「ん〜、良いねぇ嬢ちゃん、頭が柔軟な子は将来、馬鹿な男共を尻に敷けるさぁ」

満面の笑みで喉の渇きを潤しながら冗談をほのめかす…アレ?冗談なんスよね?

「それで、どうやって彼等は村に魔物を攻め込ませたんですか?」

「…兄ちゃんや、今さっき、俺等にゃあ聴こえんが姫ちゃんは
 『皆を呼びたかったから』、そう言ったんだよな?」

「あ、ああ、確かにそう言ったッスよ」

「ならこれで、推論は確信に変わったな…連中も単なる馬鹿じゃあ無かったみたいだ」

喉を潤したナジミが再びグラスと水のボトルをポケットに仕舞い"込む"そして言う






          「[仲間を呼ぶ]」






「へ?」

「大事な事なのでもう一度言うぜ、俺は魔物の習性を研究したり、魔物を惹きつける
 研究もそれなりにしている、今回の事件で挙がった魔物には共通の点があんのさ」

「…"全員、[ホイミスライム]を呼び出せる"?」

ジョセフィーヌが口を開いた

「正確には[さまようよろい][スライムつむり]だな、こいつ等は人間との交戦中に
 [ホイミスライム]を呼び寄せる習性がある、生物学的な関連性は未だ不明さぁ
 でも、ジンベエザメにくっ付いて食べ残しを貰うコパンザメみてぇに
 何らかの友好関係があって呼び出せるとも言われている、[ホイミスライム]は…
 まぁ、単純に同族どうしだから呼び声に反応できるかもしれないな
 戦闘中に同族を呼び出す所は見たことねぇけど…」

「[ホイミスライム]…[仲間を呼ぶ]」チラ

俺は助けた彼女の方を見た、良く見れば所々、身体に傷跡があった

「蝙蝠とかイルカだの動物図鑑を見るのが好きな奴なら小耳に挟んだことはあるかもな
 これらの生物は人間には認識できない、"音"で物体、または生き物の位置を知る
 さっき挙げた2種類の魔物が[ホイミスライム]を呼び出せるのも似たようなモンだと
 考えられる、山岳地帯だろうが鬱蒼とした森ん中でも、暗い洞窟でも
 かなりの広範囲に渡って音を飛ばせる、だから来るんだろうよ」

どういう理屈で"音"を出しているのかってのは、この天才が解析中だがなっと付け加え

「詐欺師のデブ共はどういう経緯か知らんが、"音"で魔物が集まるという習性に気付く
 そこから先は簡単、適当に[ホイミスライム]拉致する…運悪くデブに捕まった彼女が
 汗臭い豚共に集団で暴行を受け、悲鳴をあげ、ソレを同族の悲鳴を聞きつけたモンが
 盟友の[スライムつむり][さまようよろい]等と手を取り合い
 共に[ロリミスライムちゃん(推定7歳)]救出作戦を開始…

 こうして、メディルが魔物の襲撃から村民を守る偉大な魔術師に見える舞台を作った

 …実際は囚われた幼女を救う為に悪の巣くう村に聖戦を挑む魔物VS幼女を人質に
 助けに来た軍を無慈悲に蹴散らす巨悪の人間っつー色々ヒデェ構図だがなぁ」
   
150 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/08/22(木) 12:59:25.68 ID:l+DkPAkZ0
ツッコミ所しかないような喩えを出した後でナジミは手を叩き
「さて、襲撃事件の真相は大体、こんなモンでさぁ、次は兄ちゃんがどうして
 魔物の声が理解できるか話すかねぇ」と俺の話題に切り替えた

「…なんで俺はこの娘の声が理解できるんスか?」

「簡単に、一言で片付けちまうなら"才能"でさぁ」

「才能ですか?」

「ああ、嬢ちゃん達…[ダーマ神殿]って聴いたことあるかい?」

…?、いや聴いた事ないな、ジョセフィーヌを見ると多少、小耳に挟んだことはあると
返答が帰ってきた

「戦士の才やら魔法の素質やらを掘り起こしたり、刷り込む場所とでも言っとくかね
 そこは人間の才やら可能性を見つけられる場所でな、俺も前にちと小耳に挟んだんだ
 世の中にゃあ、魔物の言葉を理解し、共存を可能とできる才能もあるんだとよ」

未だに信じられない、鏡を見たら俺はそんな顔でもしてるんだろうな
 そんな才能聴いた事なかったし、しかもそれが自分にあるなんて尚更のことだった

「それにバコタに才能が無かったとしても、[スライム]達は人語を話したかもしねぇ」

「え?」

「俺の悪友…、"込める技術"を一緒に研究してる奴だが、そいつが言うのさ
 『進化するのは何も人間だけに限らない、魔物だって進化するのだ』ってな
 アイツはこれを…確か、"進化の秘法"?だったかな、頑張れば魔物も人になれると」

「そ、そんな馬鹿な、魔物が人になるですって!?」

ジョセフィーヌが声を上げ、「そもそも、魔物は人語も話す事すら無理なんですよ」と
続ける、流石にこれは信じきれないようだ
 俺だってさっきから怒涛の展開ラッシュで頭がついていかない

ナジミが女とか、彼女が[ホイミスライム]とか、俺に特別な才能だとか、魔物が人とか

「まぁ、落ち着こうぜ嬢ちゃん…んでバコタの兄ちゃんや、あんたぁこれから
 どうすんだい?当初の目的通り、姫ちゃんの救出は完了…
 ここで俺達のお仕事もお終いよ
 後の問題までは契約も何もしてねぇし、俺ぁ面倒見切れねぇぜ」

俺は正義の味方でもなんでもねぇからよぉ、先の事は自分でなんとかしなとナジミは
言ってくるッス

俺は"彼女"を見る、表情は…人間と違うから理解はできないけど…

「…俺は……一旦、故郷にでも帰って実家の鍵屋にでもなるかなって思うんだ…」

「盗賊から足を洗うか…、姫ちゃんはどうすんだい?連れてくのか?」

『君が嫌なら、私は家族の所に帰るよ…』

「…?、姫ちゃんは何て言ってんだい?」

「俺が嫌なら家族の所に帰るって言ってるッス、けど…俺は嫌なんかじゃない!!」

おどけた口調で「わーお、アツいねぇ」とナジミは茶化しながら袋から何かを出す

「ほらよ、選別だくれてやるよ」ブン

「?、なんだこれ"杖"」

「使い方は後で教えてやるよ、そして、姫ちゃんはまず安否を知らせた方が
 良いんじゃねぇか?」

言われて、ハッと思った、確かにこのままじゃ村がまた襲撃されるかもしれないと
俺は彼女に説得を頼むように言って駆け出して行った








「…ナジミさん、アレって[変化の杖]っていう貴重なモノなんじゃ…」

「良いんだよ、アイツなら技術を悪用しねぇだろうし」
151 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/08/22(木) 13:10:13.73 ID:l+DkPAkZ0

>>145 やっぱり見てくれる人がいると安心しますね

>>146 間違っていたら申し訳ありませんが
    ナジミのイメージだったという解釈で宜しいでしょうか?



>>ジョセ嬢「そ、そんな馬鹿な、魔物が人になるですって!?」
     「そもそも、魔物は人語も話す事すら無理なんですよ」

           ↓

 つ ホイミン「ぷるぷる、僕、わるいスライムじゃないよ」




少し、最後の方で雑になったかもしれませんが西の村編はここまでです

次はオマケとしてジョセフィーヌの本とメディルの最期をお送りします
152 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/08/22(木) 19:27:55.60 ID:oF6kHsJDO
おつ
やっぱ面白い

しかしスレタイで損してる気がする
153 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/08/23(金) 17:15:07.03 ID:zBKf2J1xo
乙!
遊び人がこんなに真面目なのは予想外
154 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/08/29(木) 00:58:39.53 ID:ueqAW9w50

                  ※

     「少年と竜と海老」


陽は高く、窓から射す光は宿の一室を明るく照らす
 そんな光の中、年季の入った木製の椅子に腰を据えて本の虫と化している少女
齢は十代半ばで小柄な娘であった為に大き目の椅子の座面にスペースが空く程である

(…やれやれ、間が悪いと言いますか)

内心で小さくため息を吐く読書家の少女ことジョセフィーヌ・イーオー嬢
数刻前まではこの場に豪酒の遊び人が居て、自分と今後の予定を話していたのだが
これからの"壮大な遊び"の為に彼女は出かけてしまった
 その後である、彼女のクライアントとなったコソ泥がナジミを尋ねてきたのは…

ほんの僅かな差、時計の長針が三進するか否か、それほどの時間差であったのだ

「まぁ、翌朝にはお帰りになられるでしょうし…放っていても良いですかね」

特に誰かいるわけでも無く、ただの独り言を漏らす
 気分を変える為にも手にしている書物へと意識を集中させる
長く住み慣れた街を出て一ヶ月になる、その間にジョセフィーヌは立ち寄った街や村で
見かけた書物を購入していった
 こうして何らかの事情でふらりと居なくなるナジミを待つ間は暇を潰すために
紙面上の知識の泉へと思考を投げるのである

余談だが、そんな彼女を良く見ていたナジミは「いつも独りにさせてすまねぇ」とか
「早いトコ、住むトコ見つけてやんねぇとなぁ」となどと悩ましげに考えいるが
"伯爵の件"が予想以上に噂として遠くまで届く為、もっと遠く離れた地に行くしかない
罪を暴露される事を恐れた兵が来る可能性は決して低くないから
どんな人間であれ、罪の隠蔽は死に物狂いでやろうとするものだから

「さて」パサ

自分が購入した本とは別でナジミから借りた本…といっても童話集のようなモノだが
 かつて彼女が未熟だった頃、幼馴染の悪友達と[スー]地方まで赴いた時の事だ
そこで地元の民が見たという話を題材にして書かれたという御話を童話集にしたモノを
手に入れたのだ、それが今、ジョセフィーヌ嬢が持つ[少年と竜と海老]である


― 少年と竜と海老 ―

その日、木こりの男はボロボロの斧を持って"泉"へと足を運んだ

彼の知り合いは喉の渇きを潤す為、泉で休息を取ろうとした

しかし、疲労困憊だった彼はこともあろうに自分の半身と言っても差し支えない斧を

泉に落としたのだ、これでは明日からの飯の種にもありつけぬと嘆き哀しんでいた時

泉が光、美しい女人の精が現れたのだ、光り輝く斧を手にして…

彼は「貴方が落とした斧はこれですか?」と問われ、正直に使い古された斧だと答えた

女人は微笑み、正直に答えた彼に"二つ"斧を渡したのであった

こうして、一日にして宝を手にした男の話しを聴き、この木こり…卑しい強欲の者は

敢えて捨てる為の斧を持ち泉へと向かうのであった…


「へへ、あれが例の泉か…ん?」


男が泉にたどり着くと、そこには人影が二つありました、茂みから様子を窺ってみると


「ッチ、なんでぇ先客がいやがったの…かぁッ!?」


男は驚愕した


何故ですって?



目の前に居たのは一人と"一匹"だったからなのです
155 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/08/29(木) 01:13:52.98 ID:ueqAW9w50

人間の方は背の低い少年だった、青い帽子に銀髪、整った顔立ち

彼が大人になったならきっと世の女性が皆黙っていない、そう思わせる顔立ちでした

ただ、問題があるとすれば、彼と一緒にいるモノの存在であった




もう一方は…"竜"だった…!!




 竜…すなわち"ドラゴン"、しかし、思えば奇妙なドラゴンであった

まず、地元の民である彼がこの地で見たことも無い魔物

緑の鱗で覆われた身体、とても頑丈な顎、そしてソレは二足歩行であり

人の様に二本の足で立ち、歩き…両の腕で"斧"を持っていたッ!!


それも唯の"斧"では無い、木こりが持つような斧とはまるで違うソレ…"戦斧"である


男は目を疑った、来るまでの道のりで泥まみれになった素手で目を擦る

目の前に竜がいるにも関わらず微動だにしない少年、そして同様に

目の前に人間、それも子供という格好の餌が居て動かない竜


人と魔物が同じ空間に居て争わない…白昼夢でも見ているというのかと

男は自問自答しようとする、そして、もしや少年は魔物の一味なのではと言う考えた時


バシャン!!   激しい水音と共に泉に水しぶきが上がりました


「****!!」

少年が泉に向かって何かを叫ぶ、しかし水の音でそれは此方の耳には伝わらない

思えば彼は"竜"の名前を読んでいたのかもしれません


そして…


どこからかともなく こえが きこえる


「アナタが落としたのはこの魔物ですか?」

泉から美しい女性の声がした、しかし、泉から出てきたのは女人の精ではなく"魔物"

それも見たことも無い魔物だった、その姿は一言で言うならば"海老"です

海に生息するあの甲殻類の"海老"…ただ、そのサイズが人間が獲って食べるのとは

まるで異なるようなサイズであった

少年は違うと答え、泉に落ちた"竜"のことを正直に話した

「アナタはとても正直な方ですね、私はアナタが気に入りました」

泉から放り出されるように"竜"が飛び出し、少年は"竜"の名を呼びながら抱きつきます



「正直者のアナタにはこの[ダンジョンえび]を差し上げましょう」


キシャアアアアァァァァァァァァ!!!!!


"海老"が奇声をあげて少年に飛び掛ります
156 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/08/29(木) 01:48:29.98 ID:ueqAW9w50




グゴガアァ!!


"海老"は少年に飛び掛ろうとした手前で"竜"が持っていた戦斧を使い"海老"を弾きます

茂みから覗いていただけであり木こりの男には良くわかりませんでしたが

"竜"は眼が血走っているようにも見えたのです、まるで愛する者を襲われた

それで怒り狂うようにも見える様でした



……ひょっとしたらあの"竜"はメスなのかもしれません


"竜"が口から火を吐き、"海老"は迫る業火から逃れる為に泉へと飛ぼうとします






しかし、"海老"が水面に水しぶきを立たせることはありませんでした





少年は口に指を当て口笛を吹き鳴らす、すると突然、辺りが闇に包まれたのです

少年は冷静に"海老"を見た、"竜"は少年を守るようにそして"上から来るモノ"を見た

木こりの男は突然、闇に覆われた天を見た


理解した、 何故辺りが、 暗くなったのか


"日光が遮られたからだ"、あの天を泳ぐ巨大な影に…




太い線の様な影は遥かなる上空より舞い降りてきた

ソレの身体はとても長く、柑子色の鱗は地に舞い降りるにつれ陽に映える

鋭い爪を持ち、その顔には長い二本のヒゲがある

ソレの名は男も聴いた事はあった、かつて[ダーマ神殿]なる場所より修行僧に

語られた、その姿、その名称…



「[スカイドラゴン]…ッ!!」

[スカイドラゴン]は大空より急降下し、落下の勢いに合わせて尾を振るう

鳥の急降下とは比にもならぬ超加速によって生み出される尻尾の一撃は"海老"を見事に

叩き飛ばし、"海老"は水面に逃れることなく"竜"の吐き出した火炎に炙られた


かくして戦いは終わりを告げることとなる



ここまで一連の出来事で大いに驚いた男は、またもや驚く事になる


何故なら、少年達の体が透け始めたのだ
157 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/08/29(木) 02:22:09.69 ID:ueqAW9w50






………本当に白昼夢だったのだろうか?



彼等の姿が透け始めたと思えば、そこには青い帽子の少年の姿は無く

緑の鱗に包まれ、戦斧を持った"竜"も存在しない

天を仰いでいた尊大な空の覇者も居らず

業火に焼かれ地に転がっていた"海老"もまた初めから存在などしていなかった様に……



「い、いったい、なんなんだよコレ?」


自分は夢を見ていたのだ、いっそのこと、そうとでも思ってしまえば余計な混乱に

陥らなくて済む、だが、泉から"海老"が飛び出した時の水しぶきで湿った大地

"竜"が吐き出した炎で焼け焦げた野草、それに[スカイドラゴン]が降りたときの余波で

辺りに舞う砂埃は紛れもなく"現実"であったという事実を突きつけてくる


気付けば男は茂みから二歩三歩進んで抜け出していた

その手には泉に投げ入れる予定だったボロボロの斧が握られていた

「…………」


カァー カァー カァー

夕暮れ時でもないというのにカラスの鳴き声、そこにはポカーンと一人残された男だけ

「…帰ろ」

男は泉を前にして回れ右、身体をひねって元来た道を帰っていく

(ボロイ斧を入れるだけで一攫千金だぁ〜?、冗談じゃねぇ)

泉から魔物が飛び出して、大暴れです

…そんなふざけた泉に斧を投げ入れるなんて とんでもない

人間、金より命が大事、これからは心を入れ替えて真っ当に生きようと男は誓ったとさ

                                〜fin〜
―――
――


「暇つぶしにはなりましたかね」

ジョセフィーヌは本を閉じ、率直な感想を述べた

(それにしても"竜"が人間を守るですか……なんとも童話らしいですね)

人と魔物が相容れるなんて非現実的だ、魔物は人語を話せないし、人も魔物と心を
通わせられる筈が無い、所詮は子供向けの本の世界
 絵空事であると齢の割りに冷めた事を想うジョセフィーヌお嬢であった

※後日この考えは打ちのめされます

「さて、後はどうしましょうか…」

ふと窓から射す暖かな光に意識がいく、そして「天気も良いし、"袋"の中の本を
日干ししましょうか」と考えるお嬢
 ナジミがよく多様するジパングの言葉を借りるなら「思い立ったが吉日」早速
手持ちの本を干そうと彼女は椅子から立ち上がった

                         〜fin〜
158 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/08/29(木) 02:29:11.09 ID:ueqAW9w50

>>152 スレタイは…後々深い意味に持ってくつもりなんです…はい

>>153 真面目に見えてしまいましたか、もっとブッ飛んでみますかね
159 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/08/29(木) 02:43:03.03 ID:bq84eB8DO
おつ
160 :以下、新鯖からお送りいたします [sage]:2013/09/19(木) 08:38:44.09 ID:vrJUw6Ny0

― メディルの最期 ―


『ま、待て、ワシを置いてかないでくれええぇぇぇ!!』
















「っぁ!?」

メディルは目を覚ました

柔らかいベッドから跳ね起きる様に部屋の片隅に置いてあった姿見を見る
顔は汗でびっしょりと濡れ、その顔は蒼白としていた

「…ふぅ」

ため息を吐き、そのままベッドの傍に置いてあった桶に近づき
濡れタオルで顔を拭く…

そして拭きながら彼は思い出す、あれは時を遡る事―――


*********************************
= 一日目 =

「ぅ、ぅぁ?」

メディルは目を覚ました

硬く無機質な石畳からゆっくりと起き上がろうとして脚に痛みを感じた
顔から汗が噴出し、折られた脚を動かそうとした痛みから顔を赤くした



「い"、いだい"」

痛みから半強制的に脳を覚醒させた彼は自分の状況を確認しようと必死で
思考を張り巡らせた、まず自分の状態だ…

脚、 片方は使うこともできない、両腕にはこれと言って異常なし
頭部はレンガを投げつけられた事で額から出血、ほぼ奇跡的な事に
見当識障害、錯乱等の症状が見られる脳震盪などには陥らなかった
(この時のメディルは知らないが後日、医師の診断でそう判定された)

自分の身を確認した後、彼は辺りを見渡す、生き埋めなった彼が初めに
探したのは光源だ、地震災害等による建物の倒壊、落盤で生き埋めなど
 この場合は視界が良し悪しもあるが水や食料の確保よりも
優先する場合があるのだ、何か事を起こそうにも目が満足に使えぬ環境は
何をやっても失敗に終わる(または重大な見落としに繋がる)
カンテラの灯は完全に消え、それでも何故自分が
周囲を見渡せたのか?その謎はすぐに解けた

「…これは?」

匍匐前進の様に片足を引きずりながらも唯一の光源へと近づくメディル
それは"瓶"であったただ中に入っていたのは"光るコケ"である
何故コケが光っているのかは知らないし、そもそも
こんなものがある事自体が不思議(むしろ怪しいほど)でもあった
 しかし、この状態で生きる為には光源を確保する事は必要不可欠だった

161 :以下、新鯖からお送りいたします [sage]:2013/09/19(木) 08:39:17.67 ID:vrJUw6Ny0

― メディルの最期 ―


『ま、待て、ワシを置いてかないでくれええぇぇぇ!!』
















「っぁ!?」

メディルは目を覚ました

柔らかいベッドから跳ね起きる様に部屋の片隅に置いてあった姿見を見る
顔は汗でびっしょりと濡れ、その顔は蒼白としていた

「…ふぅ」

ため息を吐き、そのままベッドの傍に置いてあった桶に近づき
濡れタオルで顔を拭く…

そして拭きながら彼は思い出す、あれは時を遡る事―――


*********************************
= 一日目 =

「ぅ、ぅぁ?」

メディルは目を覚ました

硬く無機質な石畳からゆっくりと起き上がろうとして脚に痛みを感じた
顔から汗が噴出し、折られた脚を動かそうとした痛みから顔を赤くした



「い"、いだい"」

痛みから半強制的に脳を覚醒させた彼は自分の状況を確認しようと必死で
思考を張り巡らせた、まず自分の状態だ…

脚、 片方は使うこともできない、両腕にはこれと言って異常なし
頭部はレンガを投げつけられた事で額から出血、ほぼ奇跡的な事に
見当識障害、錯乱等の症状が見られる脳震盪などには陥らなかった
(この時のメディルは知らないが後日、医師の診断でそう判定された)

自分の身を確認した後、彼は辺りを見渡す、生き埋めなった彼が初めに
探したのは光源だ、地震災害等による建物の倒壊、落盤で生き埋めなど
 この場合は視界が良し悪しもあるが水や食料の確保よりも
優先する場合があるのだ、何か事を起こそうにも目が満足に使えぬ環境は
何をやっても失敗に終わる(または重大な見落としに繋がる)
カンテラの灯は完全に消え、それでも何故自分が
周囲を見渡せたのか?その謎はすぐに解けた

「…これは?」

匍匐前進の様に片足を引きずりながらも唯一の光源へと近づくメディル
それは"瓶"であったただ中に入っていたのは"光るコケ"である
何故コケが光っているのかは知らないし、そもそも
こんなものがある事自体が不思議(むしろ怪しいほど)でもあった
 しかし、この状態で生きる為には光源を確保する事は必要不可欠だった

162 :以下、新鯖からお送りいたします [saga]:2013/09/19(木) 09:21:07.47 ID:vrJUw6Ny0

= 二日目 =

ここに時計なんてものは無い

本当に一日も経過したか定かではない、ただ真っ暗な空間で僅かな光源を
頼りに過ごし、"商売道具"でもあった[ホイミスライム]の食べ残しで
飢えを凌いでいた

「…」ボリボリ

昨日(?)の段階で得た事といえば唯一の出入り口は完全に塞がった事と
この部屋の天井近くにある通気口は無事だが当然自分では通れない事が
判ったくらい、手持ちの道具は光源である"コケ"と食べ残してあった
食いかけのパン少し、コップに数滴あるかないかの水、衣服
黒コートの女にへし折られた"商売道具その2"である


「…うっぐっ…っず」


ほんの数日前まで彼はまともな食事を口にしていた
そして彼は常に自分だけの"食の概念"を持っていた、これはナジミ等にも
言ったことだ

『ワシにとって"食事"とは"人間の地位を示すモノ"であると考えておる』

人の地位を指し示すというがこれについても貴族の食卓に質素なモノが
出されるか? また社会的に最低位に位置する奴隷、囚人に豪勢な食が
あるのだろうかと?

今、彼はたった一切れのパンを貪っている

それもただの一切れではない他人…いや魔物の食いかけを口にして
喉の渇きを硝子のコップのそこにある数滴の水で潤しているのだ

人間の屑はまともな食事にありつけない

彼がナジミ等に言い放った言葉はそっくりそのまま帰ってきたのだ
ひどく惨めだ、どれほど心の中でこの言葉を呟いたことか
 これには彼も泣かずにはいられなかった、貴重な水分を浪費してでも
胸の内に溜まったモノを流したかった…



= 三日め =

いつ助けがくるかも判らない、そもそも来てくれるのかさえ判らない
だからこそ水と食料は本当に貴重であった
 余計なカロリー消費を抑えるために極力動かず、この悪夢から覚める為
彼は眠気が無くとも無理でも眠ろうとしていた

だが、それでも3日間(?)ずっと眠り続けるのは不可能であった
いやでも瞼が落ちず、泥の様に深く沈んでいた思考も時間経過とともに
ハッキりとして自分がどれほど絶望的な状態かを思い出させる


        食料のパンが尽きた


元々たった一切れ、厚さ5cmのパン(それも食いかけである)で三日も
持たせた事じたいが奇跡にもちかい

ただでさえ絶望的だった彼はさらにそのしたへ突き飛ばされたきぶんだ
 されど、人間とは最期まで…たとえ根拠の無いモノだとしても
縋りたい生き物、藁だろうが蜘蛛の糸だろうが掴めるならつかもうとする
かれは必死に目を閉じて闇に光が射す事をまつ



= よっ日め =

一度いやなことが起こるとそれは立て続けにおこるモノだ
コップの水滴がなくなったのはしかたない、いくら逆さにしてももう
何も垂れてこない、問題はそこではなく"こけ"の光がよわくなっている事
あきらかに最初に比べひかりが弱っている

それはじぶんの心の支えさえもきえそうな気がした

163 :以下、新鯖からお送りいたします [saga]:2013/09/19(木) 09:34:57.00 ID:vrJUw6Ny0
= いつかめ =







きえた


ついにきえた ひかりがきえてしまった
いま じぶんはかんぜんにまっくらやみのなかにいる なんどもねむり
たいないどけいがくるっている じぶんでは いまが いつなのか
まるで わからない 

「わしは しぬのか?」

ことばをはっした だから どうだというわけ でもないのだが
かれは きえいりそうなこえでも なにか こえをださずには いられな





= むいか =



あしがおれてみうごきがとれずめでぃるはなにもできなかったくらやみの
なかでなにもみえないくうかんきがくるいそうになった
じぶんはいまどんなすがたなのかここはどういうところだったっけ




=     =


   ま




            か


        ゆ



==

























= ?日目 = 〜軟らかいベッドの上〜

「気がつきましたか?」
164 :以下、新鯖からお送りいたします [saga]:2013/09/19(木) 10:34:13.94 ID:vrJUw6Ny0

「…ぁぁ?」

目が覚めて彼は首を動かさず眼だけを動かし辺りを見渡した
軟らかい感触…久しく忘れていたベッドの感触だった
窓から吹き抜けてくる風、揺れる純白のカーテン、規則的なリズムで時を
刻む柱時計は午前8時を告げ、その近くにあるカレンダーは自分の記憶が
確かならばアレから…丁度一週間になる、いや、この際そんなことは
どうだっていい

 光だ、光がある 何度も見たがった太陽の輝きが視界に満ちていた

次第に冷静になっていく頭で考える
"ここは極楽浄土か?自分はついに天に召されたか?"と
しかし、その疑問は一旦ここで中断させられる何故なら


コト


彼は自分の前にトレイごと置かれモノを見て眼を見開いた

「余りモノで悪いけど、食べなよ」

一瞬、目の前に置かれたのがなんだったのか認識できなかった
だが脳が徐々になんであるか分かった

思わずてを伸ばし触れていたこの触感、かつての自分がよく手にして
千切っては遊んでいた白パン、陽気と共に鼻腔を突き抜けるのは
ニンニクの風味を目一杯きかせたベーコン入りのオニオンスープだ

「あんたは病人だからね、あんまり重いものは食べさせられないからね」

そういって彼女は皮をむいた林檎をトレイ上の献立に追加させる
ここでメディルはようやく声を掛けている人物に気がついた
衰弱しきっていた彼は目前の御馳走
地獄から一転して天国に来たかのような環境の変化に我を忘れ
丸っきり、彼女の事を考えれなかった

「…たしか、宿を経営していた…それに隣にいるのは」

喉から声を絞り出すように問う

「娘さ、出稼ぎに行ってたウチの子が帰ってきたのさ」

もう、出稼ぎする必要もないからねと彼女は付け加え、一つ一つ丁重に
メディルへと説明をしていく、彼が宿のベッド寝かせられている理由
出稼ぎをする必要がないといった理由もだ

…事の巻頭は今から一週間前、そうメディルが落盤で閉じ込められた
初めの日まで遡る



―――
――



「さぁて、そいつの使い方はあらかた教えたさぁ」

「恩に着るッス」

「良いってことよ、たださっきも言ったがそいつぁ[変化の杖]の模造品
 オリジナルとは違うから10年もすりゃあただの棒っきれだぜ」

黒コートの男装麗人ことナジミは盗賊家業から足を洗うバコタにやった
餞別の使い道を教える、彼女は一通り教え終わると連れの少女と共に
宿を後にしようとする

「おい、ナジミ」

「んあ?なんでい」

「本当に言いに行くのか?」

「行くさ」

振り向きもせずに答える
165 :以下、新鯖からお送りいたします [saga]:2013/09/19(木) 11:33:08.96 ID:vrJUw6Ny0

ナジミはこれから落盤でメディルが生き埋めになっていることを村中に
伝えようとしているのだ
 ナジミが最も忌み嫌う事は女性に対して敬意を払わない事
そして先人の想いを踏みにじるかの如く"込める技術"を悪用することだ

メディルは後者に当てはまることをした
自分の才でもないソレをさも自分の力であるとでも言わんがばかりに
振るい村民から略奪行為を繰り返していた、故にそれ相応の報いを与えた

死刑囚のもっとも苦しい殺し方

・窒息死(溺死、笑死等)
・餓死
・(遅効性の毒による)毒殺

異論はあるがこれらがワーストに挙げられるらしい

他の例も挙げれば焼殺もだがそれは一旦置いておこう
 刺殺や撲殺とは違う、一瞬で命を奪われるのではなく
"じわじわと長い時間をかけて苦しめる事"にスポットを当てているのが
特徴といえよう、ナジミが魔法使いを騙る詐欺師に科した罰がコレに
該当するが一つ矛盾が生まれる

わざわざ、ナジミがメディルが生き埋めにされていることを知らせる事だ

ちょっと前に"女性の肉をやたら斬りたがる異常性癖の伯爵"がいた
そいつも技術の悪用をしたためナジミの顰蹙を買い
クマちゃんに晩餐をご馳走するというオシオキを執行された

彼とメディルでは聊か相違点がある


些細な、されどナジミに"情状酌量の余地を与えさせる"決定的な違いッ!


それは"死人が出ていないという事"
厳密に言えば奴は[ホイミスライム]を助けに来た魔物を[てんばつの杖]で
一網打尽にしており、魔物とはいえ生命を奪ったという事実は変わらない
 そこの所は非常に判断に困った
村民は飢餓の苦しみを多くの者が味わいこそすれど実質的な死者はいない

人の法に当てはめるならば傷害と詐欺に入るのだろう
 命を奪われた魔物側、被害に遭った人間側、全てをひっくるめて出した
結論がこれだ


「俺ぁ、村民全員に生き埋めになったメディルの事を知らせる
 あの糞デブを許す気なんざぁ、さらっさらに無いがね」

じゃあ何で、とバコタの声に彼女は答えた

「兄ちゃん…俺とあんたの契約内容は覚えてっか?
 『村を守っている凄腕の魔法使いから盗みたいモンがある』だったよな
 俺ぁ姫ちゃんを盗み出した、"詐欺師共を皆殺しにしろ"なんて契約内容
 じゃあなかった筈さぁ」

そう言われて、むっ、と口を閉じるバコタ

「…俺、個人としちゃあぶっ殺してやりてぇんだが
 自演とはいえ村民を傷つけないように守ったのも事実
 あれでも村民に被害の無い戦い方をしていたと証言する村民もいた」

まぁ憂鬱そうな顔で言ってたけどなとの言葉に対し
そりゃ、貢いでくれる奴が怪我しちゃ堪らないもんなとバコタは返す

「最低限だ
 慈悲深ーい、この俺からの最低限のお慈悲ってやつだ
 俺ぁ許さねぇ、だが村民の全員が少しでも、少しでもだぞ
 ……暗い空間で誰にも看取られる事無く、世界一苦しい死に方をする

 それをちょっとでも"可哀想だ"とか"哀れに想ったなら"だ
  誰か一人でも助ける事に異を唱えなければ…罪を"赦すなら"だ
 "赦された"なら…! 奴は"救われても"良いさ!」
166 :以下、新鯖からお送りいたします [saga]:2013/09/19(木) 12:32:21.67 ID:vrJUw6Ny0

ナジミとしては「有罪、死刑判決」という方針で決めているらしい
 だが、最終的な判断は被害を受けた人間側に委ねるということらしい

 あくまでもナジミは"理不尽な理由で虐殺された魔物側"に立つ、言葉も
話せず、また人の法が適用されない彼等の代弁者として
 同じ人間のよしみとか、人としての同情心を抜きにして有罪判決らしい

くどいようだが、メディルを哀れに想った彼等が赦すならナジミは何も
文句は言わない、つるはし片手に彼等が救助しようが邪魔するつもりは
毛等も無いのだ

口に出すことは決してないがナジミは思うのだ
 これを機にあの詐欺師が更正するかもしれないと

少なくとも、この村、命の恩人達に手をあげることはない
それでもあげるならば…本当に救いようの無い屑


―仏の顔を拝む事もないという事を分からせてやるだけ―


ポケットの中の[魔法の玉]を強く握り締めナジミは想う
仏は三度まで赦すが、彼女に至っては二度目は無い
顔面にぶち当てて爆散させてやるだけだと誓う

(…ナジミさん?)

気付いていたのはジョセフィーヌだけだろうナジミが"らしくないことに"
顔を強張らせていたことを

「さて、嬢ちゃんや早いトコ行こうぜ」

ハッとしたジョセフィーヌは急ぎ足で後を追う


その日は村の男達は最初こそ戸惑いはあったものの人間として助けようと
言う事になったのだ、そして意外にも最初に立ち上がったのは
メディルを大いに毛嫌いしていた大工の親方であった
 彼を筆頭に村の男は入り口の塞がったアジトへ駆け出し
救出を始めたのだ、風車小屋のおじさんも慣れない手付きでつるはしを
振るい、時にはうっかり親方の頭をかち割りそうになったり
まぁ、なんやかんやで皆メディルを救おうとしたのだ

 かくしてメディルは村民の…いや、"人間の優しさ"に救われたのだ

ちなみ誰も語りはしないがメディルが見つけた光源[ひかりゴケ]は
ナジミがフック付きロープで脱出前に落としておいたモノだ
[消え去り草]が切れて初めてその存在に気付ける
 彼女なりの最低限の慈悲であった


―――
――


メディルは泣いた

自分がしてきた事、飢餓の苦しみ自分がよく知った
だからこそ、村民の苦しみが理解できる、あの地獄に突き落としたのは
他ならぬ自分だというのうに彼等は自分を助けた事…それに涙した

彼はこれから真っ当に生きていくだろう 無機質な石畳の上ではなく
ベッドの上で誰かに看取られて去る…それがメディルの"最期"なのだ

ちなみ、自分の取巻き達や部下は誰一人死ぬことなく診療所のベッドを
全て占領しており、それで自分だけ、宿屋に担ぎこまれたらしい

そして出稼ぎに行ってた女将さんの娘が稼ぐ必要性のなくなった理由

救出作業が開始された翌朝
いつまでも起きて食堂に来ないナジミを見に部屋へ向かったバコタは
真夜中に村を出て行った宿泊者の部屋に入ることとなった

「兄ちゃんへ、俺ぁ"代金のシードル"を確かにいただいた  こいつぁ
 "いらねぇモン"だ 好きにしな」とテーブルの上の置手紙を見た

そこには[黒こしょう]を売ってメディル達から支払われた村民達のモノ
全額とは言えなくとも相当な額になる金銀財宝が朝日に照らされていた
                         〜fin〜
167 :以下、新鯖からお送りいたします [saga]:2013/09/19(木) 12:43:24.16 ID:vrJUw6Ny0
>>159 『おつ』と言ってくれる事に敬意を表するッ
   …いえ、本当こういう励ましがモチベーションに繋がりますから
   冗談抜きで嬉しいですよ

>>161 ERRORがでた思ってもう一回投下したらコレだよッ!!
    無視してください


    なんかちょっと良い話っぽくしようとしたけど
    失敗だったかもしれない…
168 :以下、新鯖からお送りいたします [sage]:2013/09/19(木) 20:40:44.90 ID:8z4A5jOCo
乙である!
ナジミの些細な変化に気づけるジョセフィーヌとの百合はまだですか需要なしですかそうですか
ナジミもやはり人の子ね慈悲をかけるなんて
169 :以下、新鯖からお送りいたします [sage]:2013/09/20(金) 08:49:41.67 ID:Ny4i7U8DO
おつ
170 :以下、新鯖からお送りいたします [sage]:2013/09/21(土) 19:29:39.91 ID:tzkpLM+S0
おつおつ
酒場で白目剥く3人目に期待
171 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/09/26(木) 02:00:15.68 ID:X2ddnanJ0
                   ※


                   ※


                   ※


陽はゆるやかに落ちて、昇る月と地表を照らす役割を交代してゆくモノ

アタシは思う、それを例えるなら"舞台"と同じなんじゃないかってね

幕裏で役者と裏方が代わるのだってそう、その逆も然りだし
今を輝く名優が老いて新しい世代へと交代するのだってそう…

眩しい舞台の上で舞うことが出来なくなる
一週間も経たずに過去の人になって二度と舞うことができないなんてのも
この街じゃ然程、珍しくもなんともない

そして、舞台上で舞うことすらできない卵も珍しくない

「はぁ…」

嫌んなっちゃうよね、どんなに頑張っても芽が出ないってさ
…まだ、星の見えない曇り空、晴れてたら綺麗、夕焼け空なんだろうなぁ
今のアタシの心像を表してるみたいだって思った

今週の雑誌の占いコーナーも恋愛運は最悪
恋をするのは止めましょうだってさ
歩き読みしていた雑誌のページを破り捨てて、近場のゴミ箱に
ダンクシュートを決めてやりましたとも
破り捨てたページが小馬鹿にするように風に舞う、思わずため息が出る


そんな鬱蒼とした気分で歩いてた時だったかしらね


ドンッ


「あっ、すいません」

下を見ながら歩いていたから人にぶつかった、単純にそれだけの事だった

「…!」

相手は一瞬、驚いたような顔をしてアタシをじっと見ていた、それから…

「いやいや、俺も前を見てなかったからねぇ、ところで綺麗な姉ちゃん
 一人かい?、良かったらディナーでもいかがかな?」

「は?」



…なんだコイツ、ナンパか?


第一印象はソレだった
…まぁ悪くない顔立ち、真っ黒な靴、ダボダボの黒いロングコート
服の色と同じなショートカットの黒髪と目元のクローバマークが印象的
 …そして、星、そう…夜空に輝く星を模した耳飾の男だ

「ごめんなさい、そういうの間に合ってるんで」

「わーお…冷たい反応」

目に見えて落ち込んだフリをするナンパ師
彼氏いない暦19年のアタシは自分の男運の無さに嫌気が差したわね…


こういう日は行き付けの店で外食をするに限る
お気に入りのメニューの金額と今月の生活費の計算を始めながら進む
 後ろから着いてくる奴は完全に無視だ、アタシの経験上これがベストね

172 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/09/26(木) 02:48:18.90 ID:X2ddnanJ0
―――
――


この時間帯にしては客は少ない店…一見、流行ってないように見えるけど
 そうじゃない、所謂"穴場"って所ね、頼めばメニューにも無い料理を
お客に振舞ってくれたりでサービスの充実している

「…しつこいとお役人に突き出すわよ」

「そうツンツンしなくても良いんじゃあねぇの?」

さて、アタシの前にはストーカーの容疑でいつでも役所に突き出せそうな
奴が一人っと、今日って厄日かしら?

「まぁまぁ、一回だけで良いのでやってみませんかねぇ?俺の占い」

コイツは店に入ってから「姉ちゃん、あんたぁ凶相が出てるぜ」と
聞き捨てなら無いような事を言いやがったわ

 …別に占いなんて、信じてないんだから凶相なんて言われても
どうってことないわよ、そもそも凶相なんて顔を見ただけで
アナタ不幸になりますよ〜とか馬鹿なんじゃない?そんなの出鱈目に
決まってんじゃん、非現実的なのよ馬鹿馬鹿しいにも程があるってカンジ
だから、見ず知らずの男にそんな事を言われても特にこれといって思う事
ないし、まぁ突然そんな事を言う理由くらいは訊いてやらなくもないか…

「もしも〜し、姉ちゃん、おーい?聴いてんの?」

「…言っとくけどアタシはオカルトは信じないタチよ
 従って占いなんて迷信も信じてないし、まぁ暇つぶし程度には
 訊いてやらなくもないわ」

「おお!!占っちゃって良いですかい?」

「お金は払わないわよ」

「ええ、かまいませんですとも(にわか占いですから)」

コイツはポケットから"いかにも"ってカンジの硝子球を取り出して
呻り始めた、むむむっと馬鹿みたいな声を出している
…アホらし、これなら爪の手入れでもしている方が有意義な時間ね

そう思いながら運ばれてきた料理に目をやる

アタシのチキンライスの上にとろとろの半熟卵を乗せたモノ
 うん、オムライスね、ピーマンとパラパラして少し焦げ目のあるご飯
甘みのあるコーン、何よりふわっとした卵が口の中でとろける…
ちなみ上にはちょこんっと手製の旗が付いているわ

「おお!!出ましたねぇ」

ナンパ師で胡散臭い旅の占い師が結果を言おうとするけど
アタシのスプーンは止まらない
 今は目の前の絶品を口に運ぶ事を全てに優先するわッ!!


「さてさて、お楽しみの結果ですが…」

思えば、アタシも疲れているのよね
上手くいかない日常…嫌な気分とか、それを紛わす為とはいえ
みょうちくりんな奴の話に耳を傾けるなんて、気の迷いも良いトコよ

帰ったら早く寝よう、うん、そうしよう!!

そんな事を考えていた矢先だった




「あんたぁ、日常で"上手くいかないこと"や"おかしなこと"が頻繁に
 起きたりしませんかねぇ?」

カラン

アタシは目を見開いて手に持っていたスプーンを落とした
173 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/09/26(木) 03:38:37.65 ID:X2ddnanJ0
「…っ…!」

化粧で使う手鏡で顔を見れば金魚みたいに口をパクパクさせているかもね
 そんな事を冷静に考えながらアタシは相手の顔を見る

「おやぁ?反応からしてこいつぁ当たってますかねぇ?」

「ふ、ふん馬鹿言ってんじゃないわよ、大体何よ!
 日常で"上手くいかないこと"とか、この不景気ならそんなの当たり前よ
 ただ、それっぽく言ってるだけだし、出鱈目よインチキよッ!!」

…そこまで言って、少しハッとする、少しムキになりすぎたわ
 この店を切り盛りしている娘さんも大声出したせいでビクッとしてる…

「…こほん、あー、つまりアタシが言いたいのはアンタが一体何を
 どう"上手くいかない"のか"具体的に"説明していただけないかしら?」

少し丁重気味に聞いてみる、これでボロが出る事、間違い無しよ!!

「"具体的"!!ほう、こいつぁ弱りましたなぁ〜
 そう言われちゃあ説明が難しい」

フン、ほら見なさいよ、やっぱり占いなんて迷信なのよ!

「例えば"手足が痺れるような感覚"ですかねぇ?

 上手くモノを掴めなくて落としてしまったり、階段を下りる事も難しい
 まるで"時々半身不全になっている"かのように思えるほど生活が困難…
   …っとまぁこんなカンジかと思うんでさぁ」

「…アンタ、何者よ」



「俺ですか?            ただの遊び人でさぁ」



はぁ?遊び人って…アンタ占い師じゃないの?
 …ああ、女好きってカンジのチャラそうな奴だしね、うん、"遊び人"だ


アタシが脳内でそう結論付けた時、店の扉を力強く開ける音が聞こえた

「おうおう、団体様の入店だ!!席へ案内しな!!」
「ヒャッハー!!飯だ飯だ!」
「うめぇモンたらふく持って来いやあぁぁぁ!!」

…見るからに頭の悪そうな連中が入ってきた
 そして、あの連中はこの街の住人なら誰もが知っている集団だわ
名前は忘れたけど"女にモテナイ男の会"ってカンジの集まりだったわ
よく、公園でイチャついてる男女に喧嘩を吹っかけることで有名な連中

団員は全員、頭を"モヒカンヘアー"で統一してるのが特徴的ね

「あぁん?何だ、あの外見的にも内面的にも頭の悪そうな野郎共は?」

「気にしないで頂戴、この街の恥部よ」

昔、来たときはあんなん、いなかったが…時代は変わったなぁと
星の耳飾を付けた占い師(?)が言う

「おう、この店の店主は女なのかよ!ええ!!」

無視を決め込もうとした矢先、無視できないような悲鳴が聴こえてきた
 余程の女に飢えてるのか団長らしき人物がオーナーの少女に掴みかかる

「…っ、アイツ等」

同じ女として流石にこんな光景は見過ごせない、そう思って
アタシは席を立とうとしていた、でも先に動いた奴がいたわ

「うげっ!?」ドス

「この糞野郎、ニワトリのトサカみてぇな頭しやがって
 女、口説くならもちっとスマートにやれやボケ」ゲシゲシ

「っ!!、て、てめぇ!!今、俺の髪型がニワトリみてぇだとぉ!?」

いつ背後に回ったのか、あのチャラ男は厚底靴で背中を踏みつけていた
174 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/09/26(木) 03:49:57.73 ID:X2ddnanJ0
>>168 ナジミさんはノンケだから(小声)

>>169 『おつ』してくれる事に対して乙と言おうッ!!

>>170 リクエストにお答えしてお約束のシーンです
   今回は鳥野郎ですね、豚、牛、鶏と順調に家畜シリーズです


というわけで『少女と星 編』です…
そろそろナジミの目的や話しの中核も語れそうです
175 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/09/26(木) 23:03:39.29 ID:uZ1I8HFDO
おつ
百合需要はそこそこあるのよ
176 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/10/08(火) 23:04:35.26 ID:ZhbC5DLB0
は、はよ
177 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/10/09(水) 02:12:18.66 ID:SgyfB4820

「もういっぺん言ってみろッ!!
 俺の命の次に大事なヘアースタイルを貶しやがって…
 タダじゃあおかねぇぞ!」

「もっぺん言えだぁ?
 どうタダじゃあおかねぇんだい、"ニワトリヘアー"さんよぉ?」

…売り言葉に買い言葉でいいのかしら?

席を立とうとして出鼻をくじかれたアタシは中腰の体勢で
いい歳した連中の子供っぽいやり取りを見ていた

「――ッ!んにゃろおぉぉぉ!!」

逆上したモヒカンはテーブルへと駆け出す…!
アイツは手を伸ばす、既に帰った客達の食べ残し、重ねられた食器
 そう、厳つい手が目指すのは皿の上の"銀のナイフ"ッ!!

その事実は現場にいた誰の目にも明らかで、何をするつもりかも
すぐに予測できたわ、客のほとんどは予測した光景を見ないよう目を瞑り
店の娘さんは数分…いえ、数秒後には自分の店が紅く染まる事を思い
甲高い悲鳴をあげてしまう!!




そして、奴がナイフを掴んだ!   掴んでしまった!





「これで、てめぇの顔の肉を剥いでやぶあらぁ!?」ゴッ ガシャーン





勢い良く吹っ飛ばされたモヒカン、辺りに散らばる硝子の破片

占い師がさっき占いに使っていた硝子球を相手の頭部目掛けて投げたのだ


     硝子球の先制攻撃だわッ!!



「あんたぁ頭脳がマヌケか?
 わざわざ背を向けて無防備な状態でナイフ取りに駆け出すなんてよぉ
 …至近距離なんだからそのまま取っ組み合いやりゃあ良いのに」

…まぁ、ナイフに目を付けたのはいいけど
 アタシ等の席から五つ以上離れた席に駆け出すのは…ねぇ?

「そ、そんな、総長ぉぉぉ!?」
「ナイフより近場の椅子持ち上げて殴りかかれば勝てたのに総長ぉ!!」
「しっかりしてくだせぇ総長!!!」
「そんなだから近所のガキに鳥頭とか言われるんッスよ総長!?」
「そこの黒コートッ!よくも面倒見がいいけど馬鹿の総長をッ!!」

他のモヒカン共が喚いているけど喚いてるだけで
一歩もこっちに突っ込んでくる気配が無い……
 つーか、良く見たら後ずさってるし

「さてと、…ちょっちコレ拝借ね」

スタスタとテーブルの上にあった小瓶を二三本取って
ジャグラーのように回しながら頭を抑えるモヒカンの総長(笑)に近づく

「っいっつぅ〜……ん?」
「うりゃ」グサ

星の耳飾をつけたチャラ男はしゃがみ込み、総長と同じ目線になる
そして、持ってた小瓶…"唐辛子"等の香辛料を指先にドバドバかけて
相手の両目にジャンケン・チョキを食らわせる…目潰しね、うん

「あぎゃあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?!?!」

えげつないわねぇ…
178 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/10/09(水) 02:41:27.10 ID:SgyfB4820

「目があぁぁぁ!!目ぎゃああああぁぁぁ!!!」

必死に目を押さえて床にのた打ち回るモヒカン頭
…多分、仲間の名前だと思うけど、途中で助けを求めて声をあげてたわ
店内はモヒカンの叫びで正に"阿鼻叫喚"
ソレを見るお客は"呆然と静観"
出入り口は既に"もぬけの殻"

やっぱ烏合の衆は烏合の衆なのね…

転げ回ってテーブルに激突、そこから落下物の食器で気絶というコンボの
一連の流れはそりゃあ、もうね、鮮やかとしか言いようがないわね
これが舞台の上だったら拍手喝采は間違いなし
喜劇王としてノミネートされることは確実ね、おめでとう!!

「あ、あわわわ、え、ええっと、この人はどうすれば…」

店の娘さんが白目で…いや、充血しまくった目で倒れてるモヒカンを見て
オロオロしている……可愛いわぁ



……こほん、ま、まぁ、娘さんの話はともかく、店内の騒ぎも落ち着き
星飾りのチャラ男が迷惑料を払った辺りから話すわ

結局、伸びてから目を覚まさないモヒカンを娘さんが
「その…ほっとけませんから」と看病するらしく店は臨時休業という形で
アタシは全部食べ切れなかったオムライスに泣く泣く別れを告げた

でも、すぐに気持ちを切り替える

何故なら、今は真っ先に確認することが出来たからだ
 娘さんの所に親切心で残ってくれるお客がいるとは言え鳥頭がいる不安
 やっぱり食べれなかったオムライスへの未練とかもまだあるけど

それ以上に優先すること…
 それはちょっと前にチャラ男が言った占いの事よ

「アンタ!待ちなさいよ!!」

「ん〜?なんだい姉ちゃん」

「さっきの占い…あれってどういう事よ!!」

「どう?どうってのは一体全体どういうことだい?」

子供じみた言葉遊びに軽くイラッと来るけど華麗にスルーするわ
ええ、ここは冷静に大人な対応って奴だわ

「…"手足が痺れる"だの"半身不全"とかのことよ

               なんで分かるのよ…」


アタシは"星"になりたかった煌びやかな舞台で輝く"星"…
誰もを魅了するようなスーパースター、アイドル、歌手
 なんだって良いから誰かの目標になれる、注目の的になれる存在
それを目指していた…

でも、目指せない

舞台の上で動こうとすれば"身体が思うように動かない"
歌おうとして喉を動かせば"声がでなくなる"

それは緊張だとか武者震いだとかそんなチャチなモンじゃないッ
日常生活でもだ…!手にしたスプーンが震えて落とすなんてことも
よくある、医者に見てもらっても身体に異常無し
精神科のカウンセラーにだって行った、精神的ストレスでも無い

他の同期が練習が終わった後だって猛練習…でも芽が出ない
やり方が変だとか、動きがぎこちないとか言われる

理由は判ってるわよ、たまに動かない身体、そのせいで覚える
間違ったレッスン法…矯正しようにもソレが満足にできやしない
 何の変哲も無い"平穏な日常すらも脅かす"そんな謎の症状…


「アタシは…、知りたいのよ!
    自分の身体に…アタシの日常を脅かす症状の正体をッ!!」
179 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/10/09(水) 02:44:43.43 ID:XyWQs8THo
模擬刀の先制攻撃だべ!
180 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/10/09(水) 03:19:03.39 ID:SgyfB4820
「…ふむ、知りたいねぇ?」

顎に手を当てて、いかにも悩ましげな表情を作る星飾りの男
アタシは…内心では焦っていたのかもしれないわね

 …怖かったわ
さっきも言ったわ、何もこの症状はアタシの夢を邪魔するだけじゃない
たまにスプーンを落とすし、脚が震えてちゃってさ
いつもなら楽に降りれるような階段、ちょっとした段差も大きな障害に
変わちゃうんのよ? 考えられる?

 今までどうってことも無いモノがどうってことあるモノに変わる事
80歳を過ぎた老人みたいに手があがらなくなっていって
満足な食事もできなくなること、車椅子の男性の様に生涯、二本の脚で
大地を踏みしめる感覚が味わえ無い事
 そして、歌や発声練習の時に声が出なくなるように
いつかは声帯から音を発する事ができなくなるかもしれない事

それを夜、寝る前に考えるのよ、だから怖い
明日が来ることも怖い
眠りから覚めた時、私の身体が動かなくなっている事が途方も無く怖い

「…っ、アンタなんなのよ、そのポーズ
 ふざけてんの!?、アタシは凄くの真剣なのよ!!」

相手の作り物の悩ましげな態度、喋り方、どうでも良いような事なのに
感情に任せてソレに食って掛かった…

今でも悪いとは思う…

「…いや、悪ぃ、今のは俺に非があるな」

星飾りの男は深々と頭を下げた、舞台で色んな表情を見るアタシには
判る、今のコイツの顔は作りモノでも何でもないマジの謝罪の色だった


「…いや、アタシこそ、その怒鳴っちゃってごめん」

「いや、気にすんな、それより姉ちゃんが言った症状なんだが
 俺にちょいと心当たりがあんのさぁ」

出会った時からの特徴的な訛り方で話す自称遊び人の占い師
コレばかりはアタシも怒らない、どこの生まれか知らないけど
訛りは治しようがない…アタシの知人もそうだったし

「心当たりっていうのは…」

「そいつぁ……」


ごくっ

アタシは唾を飲んだ、長年に渡って苦しめられてきた症状の正体が
明かされるそれに、胸の高鳴りを感じた

心臓の動悸が早まる…ッ! アタシの中で規則的なリズムだった音がッ!


胸の高まりが自分でも解る!!!!



早まる

早まる

早まる…!



「…ん? 姉ちゃん?」

早まって

はや…ま…っ…て




「!?…おい!!、おい姉ちゃん!しっかりしろ!おいッ!」
181 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/10/09(水) 03:38:13.65 ID:SgyfB4820
>>175 百合ですか… 正直、どのように書けば良いのか分かりません
  でも『需要はそこそこある』とアドバイスもいただきましたし無碍に
  するのも失礼かと 努力はしますがあまり期待なさらないでください

>>176 『はよ』…だと?
    そう言われちゃあド根性を出すっきゃねーなァ〜

>>179 一億円のガラス玉だべ!
182 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/10/09(水) 19:11:11.79 ID:cskqltxXo

高く高鳴ったんだな!
動悸息切れ気付に
183 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/10/09(水) 20:45:04.39 ID:LOjkbtDH0
ひゃっほーい更新きてたべ!
184 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/10/09(水) 21:43:10.68 ID:LcjxTMxDO
胸が苦しいんだな!!
俺に任せろ!!
185 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/10/10(木) 14:15:25.99 ID:281Ttk150
―――
――



「―――ぁ、ここは?」

目を覚ましたアタシは此処が何処か? ということよりも
身体が動くかどうかを確認する為に手足を動かす
声は出る、両腕は動かせるし指もグーからパーにできる
脚は……うん、動くわね

自分の身体に異常が無い事に安堵して、それからだわ
自分が見慣れた部屋、子供の頃から使っていたベッドの上にいるのだと
認識できたのは…

誕生日に親に買ってもらった時計は朝の九時ちょっと過ぎを知らせる
使い慣れた化粧台の鏡の方を見やる、ベッドに横たわるアタシは
少し大き目のパジャマ姿、昨日から着けていた服、アクセサリーの類は
丁重に畳まれて、テーブルの上に置かれていた
更に付け加えるならテーブルの上には手作りサンドイッチが置いてあって


「……ッハ!!」


ここでアタシはある事に気付く
昨晩、意識が飛んでから、"誰が"アタシを介抱したか?
状況的に考えて星飾りを付けたチャラ男が
ご近所にアタシの住所を訊いて運んだって考えられる、するとアレよね?




あの男、 ア、アタシを、その…パジャマに"着替えさせた"って事よね?



鏡に映った顔が紅くなった
 …よし、お役人に通報しよう

布団を蹴飛ばして跳ね起きるも床に乱雑に散らばっている雑誌
『週刊 らっくのたね』を踏んづけて脚を滑らせる
その衝撃でテーブルから衣服やらアクセサリーが落ちてくる

…なぁにコレ? モヒカンに対抗してお笑い芸人を目指せってお告げか?

落ちてきたアクセサリー、路地裏で買った『幸運の出会いを呼ぶ指輪』
『恋愛運が上がる付け爪ネイルアート』だの
『幸せヘアピン』とかが頭に降り注ぐ

 ……アタシは占いとか信じないわ、うん
変な通販とか開運の道具とかも二度と頼らないと心に決め、出かける為に
着替えを始める、アタシは一人暮らしだし仕事の内容とか特売情報とかも
カレンダーに書いている

『朝10時 劇場の裏方手伝い』

時計横のカレンダーに書かれたスケジュールと今の時間を見て準備を急ぐ

「アイツを役所に突き出すのは仕事が終わってからね…」

お気に入りの黒ワンピに赤カーデ、それから
『幸せヘアピン』とか…別に開運目的じゃないわよ
ファッションとしても普通にイケてる代物だからよ

そんなこんなで、商店街で買ったビーズのブレスレット
友達から贈られたリボンの似合う靴、母親譲りのルビーのブローチ
シルバーの小さなイヤリング、最期に鏡の前で服の汚れ、髪の乱れを確認

「よし、完璧ね」

いつもの手提げのバッグを持つ、中身は昨日から入っている簡単な化粧品
財布、幸運のお守りらしい変な指人形、仕事の台本等

…一応、アイツが何か盗んだとかは無いみたいね
 ふっと唯一落ちてこなかった誰かの手作りサンドイッチが目に入る
十中八九、昨日の男が作ったモノだろう、良く見ると置手紙らしきモノが
あるし、さらっと通しで読んで見て、推測は確信に変わった
186 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/10/10(木) 14:57:22.11 ID:281Ttk150

昨日、倒れたアタシを介抱したのは推測通り、黒コートの占い師
 ただ、見当違いな事があったとすればアタシを着替えさせたのは
ウチの大家さんってことね、家の鍵はポストの中に隠してある
天井にテープで貼り付けてある仕組みね、財布の中やバッグには入れない
スリなんかに遭った日は路上で寝てなきゃいけなくなるからね

ちょっと話が逸れたけど、多分アイツはウチの鍵が見つからなかった
単純にそれもあるけど、一人で看病できるかって事もあって
マスターキー持ちの大家さんに頼んだのかもね、こういう時だけは
一軒家じゃなくて良かったと思うわ

仕事場へ向かう前に大家のおばちゃんに確認も取ったし嘘ではない
通報は必要無し…かな?



「おーい、このセット早く、運んどくれよ!!」

「あっ、今、持ってきますんで」


午前十時十五分、この街の名物とも言える"モンバーラ劇場"は活気に
満ちていた、普通の劇場としては少し特殊かもしれない
 此処は金額さえ払ってくれれば、ソレに見合ったセット、衣装
舞台での時間を設けてくれる、付け加えると音楽の演奏会から
学校の学生による学芸会、本格派演劇タ団の公演、奇術師のショー
なんでもござれのトンデモ経営だからね
人が集まるのは確かだわ


ちゃーん ちゃーら ちゃーん

『わたしは べら おねがい フルートをとりもどすのを
  てつだって!!』

『うん! いっしょに わるい ふゆの おうじょをやっつけよう
  いこう げれげれ!!』

今日、この時間帯、舞台は学校の先生方が貸切中
スポットライトは小さな役者様方が独占中
 2時間分のピアノとステージ貸し出し料を「ひい、ふう、みい」と
勘定している団長を尻目にアタシ等は重たいセットを運び出しっと…


「はぁ〜、アタシ等ってさ、何やってんだろうね?」

「仕方ないわよビビアン、これもお仕事の一環だしさ」

「そうだね、舞台を知るもの、セットを知る事さ」

友人二人と愚痴りながら裏でせっせっと動くアタシ
 給料も貰えて、タダで舞台を練習に使わせてもらえる
そりゃ…嬉しいんだけどさ


「…それより、ビビアン、貴女は大丈夫なの」

「へ?何が?」

「昨日、倒れたって小耳に挟んだんだよボク達も心配してたんだよ」

「あ、あー、それなら大丈夫よ、…今日は何か調子良いし」

「本当かい、それなら良いんだけど」


何かあったらすぐに言っておくれよと友人二人は言ってくれた
持つべきものは友、ん〜、名言よね
 気の合う二人の少女と別々の持ち場に別れ、次の公演の準備を
始める、一人は衣装確認、もう一人は楽屋で待機中の人にお茶やら
握り飯を運びに、んでアタシは今の内に交換用の照明を持って…

「…ッ!? アイツ、何で此処にいんのよ!?」



梯子を昇ってなんとなしに観客席を見てみた、したらどうよ
あの全身黒尽くめがいるじゃないの!!
187 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/10/10(木) 15:32:56.78 ID:281Ttk150

アタシは表面上は平然を装って仕事を黙々とこなした
でもね、やっぱ気になるじゃん?
 アイツ、アタシを苦しめる病気の正体を知ってんのよ?

たまたま、ちみっこ共の舞台を見に来たのか、それとも
アタシが此処で働いてんのを知って、昨日言おうとした事を
伝えに来たか、どっちにしろアタシは気が気でなかった
可能なら、今すぐにでも手に持ってるバケツとモップをブン投げて
観客席に飛んで行きたい、頭の中のモヤモヤをどうにかしたい

でも、ここはぐっと堪える

アタシは…腐っても舞台を夢見る人間だから

そんなアタシが同じ舞台に立つ人間の…その晴れ舞台的な準備つーか
 なんかさ、ホラ、そういうの疎かにしちゃ申し訳が立たないじゃんか!!



「アタシ、今、良いこと言ったわね」ドヤ



「ビビアン、やっぱり調子が悪いの」ヒソヒソ
「独り言とか大丈夫かな?」ヒソヒソ


ある程度の区切りが付き、丁度お昼タイムに入った所で
アタシは走る、いつもなら幼馴染の友人二人とランチタイムだけど
 今日ばっかりは譲れない事がある、はしたない事は分かるけど
片手に持ったサンドイッチを頬張りながら廊下を走る
 大家さん曰く、「あたしが看病してる間にイケメンの兄さんが
台所を借りて作った」というアイツのお手製だ
 まぁ、ありがたく貰ったわ

別に、アレよ、捨てちゃうのが勿体無いからだし、弁当作る時間も
無かったから、だからバッグに入れてきただけ、他意はないわよ

「んぐ、ちょっと、…ぐ、アンタ!!昨日のはな…ゴホゴホッ」

「おお、姉ちゃんじゃないですかい!!昨日ぶりですねぇ!!」

水飲むかい?っと紙コップ一杯の水を渡され、ぐいっと喉へ流し込む
 …危うくサンドイッチで死ぬトコだったわ

「わーお!良い飲みっぷりだぁ、でも乙女のすることじゃあないねぇ…」

「ぜぇ、ぜぇ、うっさいバカ!」

呼吸を整えてからアタシはコイツに訊きたかった事を訊く

「昨日…アンタは言おうとしたわねアタシの症状に心当たりがあるって」

「…」

「答えてよ!これは何なの!?アタシはどうなるの!?」

「…なぁ、姉ちゃんよぉ」

ふと、いつからだろうか?この男は左手に液体の注がれたワイングラスを
持っていて、ソレを傾けながら言うのだ

「姉ちゃんは今日、痺れを感じるかい?」

「…今日は調子が良い方だわ」




「そっか、なら良かった
            もしかしたら今日は一度も痺れが無いかもよ?」




「…どういうことよ」

男は笑ったわ、昨日のヘラヘラした笑とは違った笑い方だった
そして席を立ち、つま先を出口へと向けた
188 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/10/10(木) 16:08:45.23 ID:281Ttk150

「もったいぶるみたいで悪いんだけどさ、まず俺の話を聴いてほしい」

アタシは口を閉じて聞き入る事にした

「まず、単刀直入に言うんだけどさ俺ぁ姉ちゃんの病が何か知ってる
 んで、治療方法も知ってる」

曇り空に光が射した 今のアタシの心像を喩えればそうだ

「それなら――」
「おおっと最期まで聴いてほしいんだよね、治してやれっけど
 こっちにも色々と事情があんのよ」


「…治療費でも欲しいのかしら?
    ならいくらだって払ってやるわ!!何Gなのよ!?」

星飾りの男はポリポリと頭を掻き「…ああ、どうすっかなぁ」とぼやく
なんなのよ、一体なんだってのよ!!

「落ち着けってのはよぉ、難しいかもしれねぇけど
  この話はさ、姉ちゃんの仕事が全部終わってからにしよう」


「…ッ、アンタねぇ、おちょくってんの!!もし症状が出でもしたら―」
「今日は恐らく、大丈夫だぜ、それに今の段階じゃあ
 そして、姉ちゃんが恐れるような事、…生涯、半身不全や声が出ない
 なんてこたぁ無いね!」

アタシの声を遮り、矢継ぎ早に言う星飾り

「何で言い切れんのよ…」

「もう一回言う、俺は"この症状の治療法を知ってる"」

「…」

 症状の治療法を知っている、つまり、何が原因で患ってしまうか
進行具合がどのようなモノかも理解していると言いたいのかしら?

アタシはそう訊いた、答えはYES

少なくとも今日中に長い一生を身体障害者として暮らすってことには
ならないと熟知してるらしい人間からのお墨付きを貰ったわ

昼休みも残り僅か、渋々とアタシは楽屋裏に戻る
ただし、途中で消えるな、ちゃんと仕事が終わるまで待てと釘を刺して…


―――
――



「来たかい…」

レンガの塀に座ったままの大勢でサンドイッチを食べる黒コート

「話してくれないかしら?条件は何?
 どうすればアタシを治療してくれるのかしら?」

伊達に舞台に立つ練習はしてない、顔は平然、内心は焦り…
ただ、昨日の焦りとは違うタイプの焦りだわ

一体、どれ程の金額を要求されるのか

この街の医者は皆、原因不明と匙を投げるほどなのだから… きっと…


「条件それは…」

「それはッ!!」






「俺と今日から、"三日間だけ"同棲してもらう」
189 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/10/10(木) 16:43:28.86 ID:281Ttk150

…………

…は?



「ん?聞こえなかったか、俺と三日だけ生活してもらうって話」

「…は?
 …
 …

 ……はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

「うおっ!?なんだい吃驚するねぇ…」

「な、ア、アンタ、…ッ、この変態!」


コイツ、なんてこと言ってんだッ!
 言うに事かいて、ど、どどどど同棲ですってえぇ!?!?

そっちかッ! そうなのかッ!
 金銭的な要求じゃなくて、そ、その、"そういう要求"なのか!?


「…あー、悪ぃ、言い方が悪かったわ、同棲ってもだな
 一つ屋根の下って訳じゃあないぜ、今から言うルールに則っての生活を
 してほしいんだ、ルールってのはだな

 ・朝食 昼食 夜食 を"決められた時間に必ず共にする" (厳守)
 ・寝る時は"姉ちゃんは自分の自宅" "俺ぁ自分の宿泊先の宿"
 ・自分が買いたいと思うモノは互いに自分の金で買う
 ・"俺にできる命令は一日三つまで"

         …とまぁ以上だ、理解したか?」


「…」

ぜんッぜん理解できない、理解不能
 ってーか何よ、最期の命令って…ん?


「寝る時は帰る? アンタ、アタシの家に転がり込む訳じゃないの?」

「まぁ、そうだわな」

「…命令ってのは?」

「ん?言葉通りさぁ、『俺にくたばれ』とか無理すぎる命令でないなら
 なんでもおーけぃだ、…アレだな子供向けの絵本でよくあるだろ
 "願いを叶えるランプの魔人"ってーの?」

…同棲っていうから、アタシは、そ、"そういう事"を考えてた
 けど、このルールって……

「先に質問、アタシが『今日一日、アタシに触れるな』って
 命令したら?」

「仰せのままに、お美しいおねいさん」

おどけた様に両手を広げる星飾り、…コイツの意図がまるで理解できない

「…アンタの条件を飲めば治療してくれるのね?」

「もっちろん、21歳独身 ウソ ツカイヨ」

「何で片言…、ああ、いいわ、もう突っ込むのも面倒…」

どのみち、アタシには道が無い、藁にも縋るようにコイツに頼るしかない
…たとえ、騙されていたとしても

「アタシはビビアン…アンタ、名前は?」


「俺ですかい?  俺ぁ、ナジミ、ただの一人旅の遊び人でさぁ」

かくして三日に渡るアタシの"奇妙な生活"が始まった…!
190 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/10/10(木) 16:55:37.74 ID:281Ttk150
>>182 胸が高まってますね!(意味深)

>>183 まさかの連日更新です

>>184 よし!さっそく心臓マッサージda☆




>>ナジミ 『でも乙女のすることじゃあないねぇ』
    つ「お前が言うな」


焦らすようで申し訳ありませんが症状が何かはまだ明かしません
勘の良い方は原因に気付けるかもしれません、もうしばし、お付き合いを
191 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/10/10(木) 19:16:58.35 ID:NfDGBrmEo
動悸息切れ気つけときたら救心だろ!
きっとこの痺れも天狗のしわざ
192 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/10/10(木) 21:00:54.05 ID:jMK7nGtyo
一人旅?
ジョセフィーヌは?
193 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/10/10(木) 23:32:08.49 ID:7ToPrpNDO
その内出てくるさ>ジョセ
194 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/10/13(日) 14:30:44.64 ID:8SsCUhu1o
ジョセフィーヌなら俺の横で本読んでるよ
195 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [saga]:2013/10/16(水) 21:23:09.07 ID:QG8vulj50

午後十七時、この時期なら一番星はもう出ている頃だわ
いつもより早い帰宅、空を見上げながらアタシは思う、普段ならこの時間
友人二人とレッスンに励んだり、終わった後で飲食店に入ってさ
女同士で他愛の無い会話に花咲かせる訳なんだけどね

「さぁて、どうする姉ちゃん?今日から三つの命令は使えるぜ
 あ、言い忘れてたけど明日に貯めとくとか無しな
  日付跨いだら、使って無くても三つだけにリセットされっから」

「…命令じゃないけど、まず、言い忘れてる事と注意事項を全部言え」

友人とのレッスンも今日ばかりはお断りだ
 後ろの真っ黒くろすけについて一々説明してたら骨が折れそうだわ…

「…ねぇ、アンタ」

「なんでい?」

「"命令"でアタシを苦しめる症状の詳細を全て話すって言うのは無理?」
「ごめん無理」

…即答  意味不明だわ、なんで無理なわけよ?
 別に死ねとか消えろなんて命令でもないのに
なんでこんな簡単な事が無理なのよ

「はぁ、もういいわ」

どうせ、三日経てば分かる、自分に納得させるように言い聞かせながら
別の質問をすることにしたわ、気分転換も兼ねてね


今のアタシは、…まぁ、その、"かつて無いほど余裕がある"かな?

完全に信用してるわけじゃないけど今まで
どの医者も匙を投げた奇病の治療法を知ってる奴のお墨付き的なモノを
貰ったからかしらね、アイツが昼休みの時に言った通り
何故か今日は痺れが無い…

単なる偶然かもしれない、…だけどアタシは希望を抱かずにはいられない

駄目で元々、そんなカンジで事を構える事にした(開き直りとも言える)



「アンタさ、"昔、この街に来た"ことあんの?」

「ん〜?なんだい突然」

「昨日のニワトリ頭が来たときアンタぼやいてたじゃん
『昔、来たときはあんなん、いなかったが…時代は変わったなぁ』って」

「…あぁ、言ったわな、っつっても俺が子供の頃だしなぁ」

「この街の生まれなわけ?」

アタシは生まれた時からこの街にいるけどさ
こんな一度会ったらそうそう忘れなさそうな奴は知らない

「いや、違ぇ、此処へは…まぁ"留学"ってーのかねぇ?」

「…留学って?」

「俺の生まれたトコさ、学校とか無くてな、まぁ学校に限らず何も無い
 寂しいトコでな、年に二ヵ月だけ船でこっちに来てたのさぁ」

ふーん、としか返せなかった、話題振っといてなんだけど
うん、なんだろ空気が重くなったってーか

「ああ、ええっと、じゃあさ、この街に多少は詳しかったりするワケ?」

ここで機転の利くアタシは咄嗟にこう言ったわけよ
詳しくないって答えられたら
「ならアタシが案内してやっても良いわ、感謝しなさいよ!」って言うし
その逆だったら…
「なら、アンタの思うとっておきのスポットにでも案内してみなさいよ!
 評価してやるから」とでも言ってやれば良い

これで会話が成り立つわね!
196 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [saga]:2013/10/16(水) 21:44:12.91 ID:QG8vulj50

「あ〜、だな、町並みは変わってけど、大体は分かっかもなぁ」

よく行って酒場とか今もあるかもと星飾りが言う、そこでアタシは…

「じゃあ、"命令その1"アンタの記憶にある飲食店の中で最高と思う所へ
 連れて来なさい」

きょとん、例えればそんな顔でアタシを見るナジミ

「何よ?」

「いやぁ、んな事に使っちまっていいのかい?」

「別に良いじゃない、あるかどうか分かんないじゃん、だったら探して
 見つけたら今日はそこで夕食にする、見つからないなら他の店を探す
 それでどうよ?」

仮にすぐ見つけられたら、ルールにある決められた食事の時間まで
適当にぶらついて探せばいい、見つからなければ、その辺の店に入れば
ルール違反じゃないじゃん?

「わーお、ルールに従おうとする辺り、なんだかんだ言いながらノリノリ
 だねぇ!!」

「勘違いしないでよね、アンタがルール破ったから治療しないとか
 言うかもしれないじゃん、先手を打っただけよ」

先頭に立って、記憶の地図を頼りにアタシをエスコートする星飾り
アタシはその後を黙ってついて行く


「…ねぇ」

「ん?」


「出会って初めの方さ…アンタによく怒鳴ったりしたじゃん」

「だねぇ、まぁ、あんな態度取られりゃ誰だってプッツンするさぁ」

それも奇病に苦しめられる姉ちゃんの立場からすれば、尚更さぁっと
決して責めるわけでも無く、ソレに関しては全面的に俺に非があると言う
それでもアタシは謝った、コイツは「別に気にしてねぇよ」って
笑い飛ばすけど、アタシが気にしてたからね

そんなやり取りをしながらお目当ての店にたどり着く


"料亭 サンチョ"

ヒゲの生えた小太りのおじさんがナイフとフォークを持っている
そんな看板が印象的な店ね、最初に探した店は無くなっていたらしく
次に探した店も時代の流れと共に消えてしまっていたらしい
ただ、潰れたわけではなく、立地条件のいい所に店を移したと近所の人に
訊いて此処まで来た

星飾りの男が檜で出来た木製の扉を開ける、内装は…まずまずかしらね?
至る所に吊るされた種類の違うランプ、まるで継ぎ接ぎの布地のように
矢印の書かれた看板や仮面が壁に打ち付けられていた
なんだか子供の頃に読んでた不思議の国のアリスみたいだと思えたわ

ファンシーな、それでいてミステリアスな雰囲気の店内に厚底靴が音が
響き渡る、店内はアタシ等以外の客はいない
 アタシの行きつけの店より穴場…っていうか流行ってないんじゃないか
そんな事を思いながら、店内を見渡しながら歩いているとナジミが唐突に
歩みを止めた

「きゃっ」

危うくぶつかりなりそうなった所で、気付く、目の前にカウンターがある

扉を開けてからすぐに曲がり道、そういう構造なのかまるで迷路のように
曲がりくねった道だった、左手で呼び鈴を手に取り店主を呼ぶナジミ

「はい、いらっしゃい」

置くからはしわがれた声のおじさんが出てきた
197 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [saga]:2013/10/16(水) 22:54:01.40 ID:QG8vulj50

「おじさん、今日のお勧めメニューは?」

「ロブスターと牛のヒレのホットチリペッパーソースのトマト和えだよ」

メニューのイラストを見せてもらう、…辛そうね
鉄板の上でプリプリした海の幸と厚い肉に赤橙色のソース
唐辛子か何かかソースの色よりも赤みの濃い粒状のモノ
冷やされているらしいトマトが熱々の料理から出る蒸気で汗を出す

熱々とひんやりトマトを一緒に口に運ぶのも良いけど、あえて別にする
ってのも一興だぜっと元・常連者のナジミが解説

お勧めという事もあって二人でコレを頼む、ふっと料金を見て
アタシは財布の心配をしたけど…財布の中身を確認しているアタシを
見てか、この男は…

「ああ、そうそう、ここは俺の奢りね」

「…いいけどさ、それ自分の発言に矛盾してない?」

「何が?」

ナジミが首を傾げる、アタシはコイツの言った事を思い出させてやる

「アンタ、自分で言ったじゃん、ルールとして

 『・自分が買いたいと思うモノは互いに自分の金で買う』

 そう言ったじゃないの」

そしたら、どうよ?
コイツ、小馬鹿にしたような笑みを浮かべてこう言ったのよ!

「おいおい、姉ちゃんも馬鹿だなぁ
 俺ぁ"買いたいと思うモノを自分の金で買う"って言ったんだ
 この瞬間、俺ぁ姉ちゃんと二人っきりでディナーを味わいたい
 言ってみれば姉ちゃんの為に買ってやるんじゃあない
 "自分自身の為に自分の金を使う"わけだルール違反じゃあないね!」

なんという屁理屈ッ!
 タダで食わせてもらうのは食費的な意味で助かるけど腹立つわね!!

「つーわけだ、好きなモン頼んで良いぜぃ」

「では食後にこのお高いパフェでもいただきましょうか?キザ野郎さん」

「おーけぃ、おねいさん」

お言葉に甘えて、一番金額の高いパフェを頼んでやったわ!
 それで懐が痛むわけでもないのか、コイツはアタシが頼んだものより
高いアルコールを注文していった

席について氷入りのグラスを渡される
そして程なくしてメニューのイラストからまんま飛び出してきたような
料理が目の前に現れる、香ばしい香りが陽気と共に鼻腔を突き抜けてくる

「辛ッッ!?!?」

口に運んでの第一声がソレだったわ
覚悟はしてたけど 辛い、すんごく辛い、とびきり辛い、めちゃんこ辛い

「この辛さが病みつきになるモンなのさぁ」

スパイシーな料理と格闘を続ける事数分、空腹という最高のスパイスも
手を貸し、料理を口に運んでいく

「確かに悪くはない…かも」

「元々よぉ、辛味ってのは脳の神経を刺激するモンでなぁ
 刺激されることで出る脳内麻薬がより強い辛味を、強い刺激をと
 求めるようになんのさ、強い刺激を欲する…スリルと同じだね
 (俺ぁ甘党だけど)」

「ふーん」

トマトの程よい冷たさ、甘みがバランスを取る
アタシは好き嫌いは激しくないけど、トマトはあまり好きじゃない
野菜の癖に果物っぽい甘さっていうのがあんまり気に入らないから
 でも、今回だけは、このどっちつかずな野菜に感謝するわ
198 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/10/16(水) 23:07:28.86 ID:AvHqJt5DO
腹減ってきたじゃないか
199 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [saga]:2013/10/16(水) 23:28:59.43 ID:QG8vulj50

「あっつぅ〜」

辛いモンの食べすぎなのか自然と汗が出る、だというのにコイツ
なんて涼しい顔なんだ…

「アンタってさ人間?」

「わーお…いきなり失礼だねぇ」

アタシより早く料理を平らげて店で一番高い酒(二本目)に手をつける男
考えれば考える程、変な奴だ

名医がお手上げ状態の奇病の正体を知ってたり
 報酬が三日間の同棲とか言い出したり…
かといってアタシと、男女がやる、その、そ、そ、"そういう事"したい
ってワケでも無いみたいだし、何考えてんのかまるで読めない

「アンタさ、留学でこの街に来たって言ったわよね」

「あぁん?さっきの話の続きかい?」

店のおじさんが三本目の酒を持ってきたところでアタシは言った
この意図の読めない変な奴に少しだけ興味を持ったからだ


「"昔は"そういう事で来たわけなんでしょ、ならさ"今は"何で
 この街に来たの?思い出巡りとか?」


「ふむ、なんで来たかねぇ」

コトっと飲んでたグラスをテーブルに置いて星飾りは口を開く




「"探し物"があるのさ」



「"探し物"?」

「ああ、…そうだなぁ、姉ちゃん
 あんたぁ、[青い宝石]について知らないかスライムくらいのでかさ
 なんだがなぁ」

「知らないわよ、つーか大きすぎ、それって原石かなんかじゃない?」

「はぁ、そうですかい、人も集まるし、噂くらいあるかなとは
 思ったんだが、やっぱ甘いか」

「なんでそんなモン探してるか知らないけど、その辺りの宝石店で
 売ってるようなサファイアとかじゃ駄目なの」

このチャラ男のことだし、どうせ可愛い女の子の為に捜してるとか
そんな理由かと思っていた


けど…


「…」

アタシと店主のおじさん以外誰もいない店を一旦、注意深く見渡して
それからきっぱりと言い切った

「駄目だね、そんな石っころに用はないね!」

「随分ときっぱり言うじゃん、そんなにソレが大事なの?」



「ああ、なんせ



       ソレの為だけに三年近く世界を渡り歩いてるんだ」
200 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [saga]:2013/10/17(木) 00:12:21.12 ID:0+fCJREe0

「三年…」

事も無げに言う黒コート、昔、劇場の舞台で旅の劇団がやった台本を
アタシは思い出した、たった160日間で世界を一周する物語だった

所詮は作られた話だ、そう分かっていても、圧倒的なスケール
未知への遭遇と魅力を見せたソレは観客は無論、舞台裏のアタシ達の心も
掴んで離さなかった…

誰もが夢見た、広く、まだ誰も見たことの無い景色を見ようとする冒険心
巻き起こる歓声、惜しみない喝采の嵐…

 そして、誰もが思い出す
熱に浮かされて奮い立つ黄金の精神、無限の可能性に挑戦した輝かしい
子供時代の心



それと平行して思い知らされる未知の恐ろしさ、作り話だからこその
フィクションを交えたホラー要素

ソレは世界を旅することの危険性も少なからず物語った

「アンタ、今、何歳だっけ?」

「おやおや、俺に気があるんですかい?」

「ふざけてんな、真面目に答えろ」

ふぅ、やれやれ、俺ぁ21でさぁっと答えるチャラ男、単純に考えても
十八歳で旅に出たって事?

「…姉ちゃん、大方俺が旅立ったのは十八くらいかなとか考えてんだろう
 いっとくが旅に出たのは十六だぜ」

「っな…」

まだ、十代半ばじゃないの!!
その若さで何を想って世界に…あれ?

「ねぇ、アンタが十六で世界に出たのよね」

「だねぇ」

四本目の酒瓶を空にして次の酒を注文しようとするナジミ
いつの間に飲んだ?…い、いや、そんなことどうでもいいわね

「んで十八歳になってからその[青い石]?を探そうとしたのよね?」

「だねぇ」キュポン!

「なんでいきなりそんな石を探そうと思ったの?」

五本目を空けて、グラスに中身を注ぐ星飾りを見ながら言う
旅に出てからの二年間に何の変化があってそんなモノを求めているのか?

「…別に何だって良いじゃん、俺達が必要としてるだけだしよぉ」ゴク

「俺"達"?」

「…悪友さ、

   俺と悪友とその悪友の弟、そしてもう一人、四人で探してんのよ」

「…必要っていうのは何で?」


アタシは…どうしてかしらね?
 単なる興味だったかもしれないし、知ればこの意図の読めない男の事を
ちょっぴり、うん、ちょっぴりだけ理解できるんじゃないかって思った


「…べっつにぃ、本当に大した事じゃあねえんだよ」

「どんな事の為よ」



「史上最大級の"遊び"をやるためさぁ」
201 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [saga]:2013/10/17(木) 00:43:55.78 ID:0+fCJREe0

「史上最大級の遊び?」

それって何よ?って訊こうとして


「この話はもうやめよう、おじさん代金は此処に置いてくからな」


席を立ち、アタシの分の代金も置いて立ち去ろうとするナジミ
アタシは…まだパフェも来てなかったし、一緒に行こうとはしない



…ううん、そんなの言い訳だわ

だって後を追えそうになかった

後に残ったのはアタシと運ばれてきたパフェ

………まだ、酒が大量に残ってる瓶とグラス

「俺ぁ宿に帰る」と言い残して早足で出て行ったナジミが何を想ったかは
知らないし、訊いていいのかも分からなかった


―――
――



「ただいま」

っと言った所で「おかえり」なんて声は返ってこない、母親もアタシが
小さい頃に死んで、天涯孤独ってヤツだからね、パジャマに着替える為
服とアクセサリーを外す、黒ワンピと赤のガーデから着慣れた白い寝巻
シルバーのイヤリングやいなくなった母親譲りのブローチは化粧台へ

モヤモヤした気分でも人間、明日に備えて睡眠を取らなくてはならない

…明日は仕事は一件だけ、[ロマリア]のモンスター闘技場から
珍しい魔物とそれを操る曲芸があるんだっけ

そう思いながら眠ることにした

…無意識の内にアイツの"地雷"か何かを踏んだのかしら
そう思ったら眠れなかった













昇る朝日が眩しいわね、こっちは寝不足で辛いってのに



時計は…ああ、午前六時二十五分、二度寝したいけど仕事って
八時からなのよねぇ…

結局三時間くらいしか寝れなかったアタシは街中をジョギングがてらに
走りこむ事にした、帰ったらシャワーで汗を流して…うん
アイシャドウやらファンデーションで目元のクマを隠さなきゃね…


そんな事を想いながら街を一周し終えたアタシが家の玄関に着くと


「グッドモーニング!姉ちゃん!!」

ケロッとしたナジミがいた
202 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [saga]:2013/10/17(木) 01:15:11.78 ID:0+fCJREe0

「オラァ」ゴス

「あでッ!」

特に意味は無い、無いですとも、だが思いっきり殴らせてもらうッ!

「姉ちゃん…一体朝からどうしたんだい?」

頭を抑えながら言うナジミに笑顔で言ってやった

「"命令1"思いっきり殴ったけど許しなさい」ニコ

日付跨いだし、"命令1"であってるわよね!

「…まぁ、いいさぁ」

そう言って、コイツは包みのようなモノを取り出す

「…ん?」

「どったの?」

「いや、アンタ、今さ何処からソレを出したの?」

よくよく考えてみればコイツ、昨日も劇場の観客席でワイングラスとか
出してなかった?

「別に話しても良いけどさ、立ち話も何だし家の中に入らねぇかい?」

クイっと親指を玄関のドアに向けて爽やかに言う星飾り
…アタシん家ですけどね!

コイツのいう事もまぁ一理あったから、渋々と家の中に入れてやった
それで包みの中身はと言うと…

「…わぁ」

「どうだい、この天才の手作りさぁ」

焦げ目の全く無い半熟具合の卵焼き、色とりどりのサラダに川魚の煮込み
そして一口サイズのハンバーグね

ぐぅ〜

「…ッハ!」

「お一つどうぞ」

テーブルのに並べ終えたソレ等、自分がいつも使う椅子と客人用の椅子に
腰掛けるナジミ、お言葉に甘えて一つだけハンバーグを貰った

「ん!これは…」

甘みの中に酸味というタレ(レモンのような酸っぱさではない)
ナジミ曰く南蛮風ハンバーグというらしい、昨晩は激辛料理だったけど
これはこれで良いモノねぇ〜

思わず口角が上がる、ナジミがニヤリと笑い、お気に召したようでと言う

「悪くないじゃないの〜」

「はっはっは、そりゃ、この天才ナジミ様の料理だからな
 じゃあ、そういうことで!」


「待 ち な さ い」ガシ


うん、料理はおいしかった、でもどうやって出したか訊いてない
なんなら"命令その2"で逃げずに説明しろとでも言おうかしら?

「ごまかさずに言いなさい」

「わぁったよ、降参降参」

数分後、アタシは何故か話たがらない
"込める技術"について訊くことができた
203 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [saga]:2013/10/17(木) 01:36:34.03 ID:0+fCJREe0
>>191 おのれ天狗…ッ!

>>192 >>193も仰られてくれましたがジョセフィーヌはちゃんと
    この話でも登場します

>>194 そっちに男装麗人が向かって行ったぞ (超逃げて!!)

>>198 自分もお腹が空いてきた
    …なんでこの時間にやったんだろう?



"料亭 サンチョ" について

扉はこだわりの 檜<ひのき> で作られている 内装は
不思議の国のアリスのワンシーンみたいな矢印の看板や仮面
よくわかんないけどアンティークなガラクタが飾られてる

すっごく分かりやすい例として
『びっくりドンキー』を想像すればいいと思う (むしろソレ)
204 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/10/17(木) 23:24:46.71 ID:0jgvR3ADO
おつ
探し物で遊びか…ナニすんだろ?
205 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/10/27(日) 20:12:44.01 ID:vOzfxi57o
206 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [saga]:2013/10/30(水) 17:47:16.99 ID:PcZcahn70

「…まったく」

星飾りが持ってきた弁当で朝食を済ませ、職場へ向かう準備を済ます

うん、ある程度は目元のクマも隠せてるわね!


「なぁ、姉ちゃんや、そんな怒んなって」

「怒ってないわよ!」

アタシのすぐ横に並んでダボダボの黒コートをはためかせながら歩く男に
言った、「怒ってないけど、訊かれてないから答えないってのが癪よ」と
 「怒ってんじゃん…」と小さく呟いたのは聴かないことにした


「…」ジッ

「…何よ?」

「いや、そのアクセサリーお気に入りなのかい?」

話題を変えるためにでも訊いてきたのかしらね?
今日のアタシは藍色のチェックシャツと対になる暖色系の飾り付けだ
その中の一つ、昨日も付けていた母親譲りのブローチを指していた

肌身離さず持ってるなんて、大切な人からの送りモンかい?と訊かれた
それには「まぁ、そんなとこよ」とだけ答えておく



…父さんと違って小さい頃からあまり構ってくれなかった母親
"直に譲り受けたわけでもない"、亡くなってから遺品としてアタシが
綺麗だったから引き取った、たったそれだけ
 碌に誕生プレゼントもくれない人だったしね、これぐらいは貰ったって
罰は当たらないわよ



まぁ、親だからね"一応"は大切な人ではあるわね



「それよりも、アンタ…このまま劇場までついて来る気?」

「ああ、そのつもりだねぇ」

……正直に言おう困る、昨日だって友人二人にどう説明するか迷った挙句
レッスンや喫茶店でのお喋りを断ったんだ
 「ビビアンが男を侍らせてる」とか変な噂が流れたらどうすんのよ!?

「…ごほん、あー、あー、ナジミ?」

「なんだい?」

「アンタさ、ルール上"必ずアタシに引っ付いてなきゃいけない"ってワケ
 でもないわよね?」

「まぁ、俺も人間だし、プライベートな時間は欲しいわなぁ」

「じゃ、じゃあさ、自由時間って事で"昼食"の時まで別行動にしない?」
「えー、やだー」


こ の 即 答 だ よ !!

ってかなによ!? 何が 『えー、やだー』よッ!!
 子供か!! アンタは子供か何かかッ!!

…ああ、もう!! 頭痛くなってきたわ!!


「…! なら"命令2" "昼食"の時までアタシの傍に近づくな」

「むっ」

「これならどうよ? まさか、これも出来ないなんて言わないでしょ」

アタシの問いに渋々といった顔でOKサインを出すナジミ、やったね!
207 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [saga]:2013/10/30(水) 18:20:03.66 ID:PcZcahn70
―――
――

ナジミを追っ払う事に成功したアタシは仕事に熱心に従事していた

「やぁ、ビビアン、今日は機嫌が良さそうだね」

親友二人がアタシに話しかけてくれる
うん、その通りだわ、今日はまだ一回もあの症状が出ていないし
黒いストーカーもどき追い払えたからね、最高にハイな気分だわ!

「それにしても今日の公演は珍しい催しだよね、魔物の曲芸だなんて」

以前この劇場で芸を披露したサーカス団は揃ってヘボばかりだった
今、舞台に立つ主人公達は人間にあらず…まぁ、鞭を振るう人間が主役と
解釈することもできなくはないけど

そんな色物舞台だからか今日は空席を探す方が難しい状況だったわ

「あ、団長」

「うおっ!?なんだねビビアン」

時間経過と共に舞台も終盤へと近づく、アタシは何処に運べば良いのか
よく分からない荷物の事を訊くため団長に声を掛けた
 後ろから声を掛けた為かビクリと肩を震わせた団長が答えた

「ああ、それは私が持っていこう」

珍しい事もあるものね…いつも金の勘定以外は興味無しのがめつい団長が
自ら雑用をやるなんて?


ワァー   ワァー    パチパチ パチパチ


観客席からの歓声

現在、時刻は十一時、"[スライム]の火の輪くぐり"はその愛らしさと
本来なら人に牙を向ける魔物が人間に懐柔されているという光景が好いと
されている、観客の顔色もまた十人十色と言ったところかしら?

愛くるしい姿に微笑む人、物珍しさに関心を示す人
魔物に恨みからこそ、人に従わされるのを見て喜笑を浮かべる人

「魔物を操るってすごい魔術だよね、どんな魔法使いなんだろう?」

「ええ、[メダパニ]…かしらね?」

舞台で鞭を振るうシルクハットの女性はあれだけの歓声を浴びているのに
その表情はどこか物悲しげだった、アタシなら大喜びなんだけどね…


シルクハットか、なんかナジミに似合いそうね…


「ビビアン、ボーっとしてるけど大丈夫?」

「…ッハ! い、いや、なんでも無いわよ」

アタシ、なんでアイツの事を考えてんだろう

「…はは〜ん、さては彼氏でもできたんでしょ?」

ガシャーンッ!!

………持っていた水入りの花瓶を落としたわ、いらん出費を出したわね
今月の家賃大丈夫かしら?

「うあっ!?大丈夫ビビアン!!…っていうか、えっ、マジ?」

「ちょっ、はっ、ば、違うってのおおぉ!?」

「おお落ち着いてってば」

表舞台では煌びやかな歓声、裏舞台はアタシ等、雑用さんのミニコント…
あがってるのは仕事仲間達の微笑ましい笑い声
アタシは顔を真っ赤にして友人二人を連れて倉庫の方へ向かう

これはもう怒るしかないわよね!
208 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [saga]:2013/10/30(水) 18:50:21.95 ID:PcZcahn70

「ちょ、ビビアンってば怒ってるの?」

「いたた、痛いってば」

「いいから歩くッ!!」

二人を半ば引きずる様に引っ張っていく、全く彼氏いない暦19年とはいえ
こうやってお笑いのネタにされるのは怒るわよと二人に言う
…まぁ、この二人にはよく喫茶店でからかわれるし慣れてはいるけどさ

倉庫に行くのはアタシからのお説教と水浸しにした床を拭く為にモップを
持ってくる為だ、最近、あそこはモノが増えすぎて何処に何があるか
分かりにくい、お説教を口実に友人二人にも付き合って貰おうというのが
アタシの魂胆だ

「うへぇー、あそこって碌に掃除しないから蜘蛛の巣とかが
 たくさんあるんだよね…ボク、蜘蛛とか苦手なのに」

「私も毎度毎度、劇場としてその有様はどうかと疑問に想ってるよ」

「はいはい、いいから、早いトコ探し…?…ドアが開いてる?」

二人を連れて倉庫前に来たアタシはドアが開いてる事に疑問を持つ
普段、掃除用具とかは全ての公演が終わった後か
舞台が小道具で汚れる演出があった後で休憩を兼ねて行われる

魔物の曲芸は今も続いているし、掃除用具を持ち出す必要性は無い
 舞台セットを取り出すってワケでもないし…
誰が何の用で入ったのかしら?


この時のアタシは、まぁそんな事はどうでもいいし、早く床を拭く事を
考えようと思っていた


ギイィ…

木製の扉を軽く押して埃っぽい倉庫にアタシ達三人は入っていく
そして、その奥で


「誰だ!!」

「うわぁって団長じゃないですか」

さっき吃驚させた団長に今度はアタシが吃驚させられた

「お、お前達、どうして此処へ?」

「…ボク達ですか?、ちょっと床を汚してしまっ――」


彼女の声は最後まで続かないなぜなら…







   グルルルルルルウウゥゥゥ…




"声"に遮られたからだ…


団長を除いたアタシ達三人の視線は彼の後ろへ向かう

真っ白な毛皮、鋭い爪

蝙蝠の様な翼に長い尻尾

鉄檻越しに睨みを利かす"猿"の様な顔

薄く開いた口から見える鋭利な牙からはポタポタと唾液が垂れる

その姿は言葉で言い表せば正に"白銀の悪魔"と呼べた…!
209 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [saga]:2013/10/30(水) 19:25:48.17 ID:PcZcahn70
「う、うわあああぁぁぁ!!!」

「な、なななんなのコレ!?」

「魔物!?」

見たことの無い魔物だった"猿"のような顔、[あばれザル]とも違う…
いや、そんなことはどうだっていいわッ!

今日は確かに魔物の曲芸なんて色物公演があるけどリストにこんなヤツは
いなかった、[スライム]とか[いっかくうさぎ]みたいな小動物っぽいの
ばっかりの筈よ!

「…目、目を覚ましただと!?さ、騒ぎ過ぎたせいかッ!」

ふとアタシは団長の近くにあった木箱の上に置いてある包みを見た
それは少し前にアタシが何処に運ぶか分からなかったモノだった
 包みは開封されていて、何かの液体が入った注射器が三本ほど見えた

「団長、これは一体!!」

「こ、これは、そのだな…」


ガンッ   ガンッ ガシャッ  キシャアアアアァァァァァァァァ!


アタシ達が質問をぶつけている最中で、"猿"が檻を壊そうと暴れだす
軋み始める鋼鉄製の鉄柵、歪な形へと変形し始める南京錠…

ソレを見て、アタシに限らず場に居た全員が本能的に"ヤバイ"と感じた筈
団長はアタシと傍に居た友人一人を押し退け一目散に部屋の出口へ走った
 団長に掻き分けられる様に押し飛ばされたアタシは尻餅をついて
そして起き上がろうとした直後の事だった…



ガシャッ!   ガシャッ!   ガシャッ!



ガシャ 





ガンッ!! ガンッ!! ガンッ!! ガンッ!! ガンッ!!
ガンッ!! ガンッ!! ガンッ!! ガンッ!! ガンッ!!
ガンッ!! ガンッ!! ガンッ!! ガンッ!! ガンッ!!
ガンッ!! ガンッ!! ガンッ!! ガンッ!! ガンッ!!




ガツンッ!!   ガシャンッ


…カランカラン




…昔、ジパングの演劇の台本に今みたいな状況が載っていた

それは言葉でこう表せる "絶体絶命"ってね…


「っあ、あ、あぁぁぁ」

何の役にも立たない鉄塊と化した南京錠が乾いた音を足元に転がる
埃とかび臭さのある薄暗い倉庫の中を"猿"は二本の脚で踏みしめる
 つま先は光射す出口へ、しかし、その眼差しの先は…
腰を抜かしたアタシへ向けていた

一瞬の静寂、そして…



地獄から響いてきたかのような咆哮が耳に飛び込む…!
210 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [saga]:2013/10/30(水) 19:33:12.50 ID:PcZcahn70
>>204 もう少し先で明確にできそうです

>>205 『乙』してやがるっ…!あ・ありがてぇっ…涙が出るっ…


申し訳ありませんが明日に備えてお菓子買い込んできます
211 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/10/30(水) 21:58:13.68 ID:1wJluPGzO
おつん
212 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/10/31(木) 23:43:56.08 ID:vWhAk2IDO
おつ
面白い展開になってきた
魔物使いの女性やら色々気になるね
次回も楽しみに待ってます
213 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [saga]:2013/11/14(木) 05:16:40.05 ID:sgXKBjWk0

"猿"の叫び、友人達の悲鳴、そしてアタシ自身が発する声
音の大洪水が耳から鼓膜へと突き抜けていく中でアタシは立ち上がり
倉庫から逃げ出すために他の二人と出口へ駆け出そうとする

「ギイイィィィィィィッ―――ー!!」

「ひぃっ!」

逃げ出そうとするアタシ達を見てか雄叫びを上げた"猿"に気の弱い友人は
一瞬歩みを止めてしまう


「シャアアアァァァァ」


獲物に飛び掛らんと"猿"がアタシ達に飛び掛ろうとした、でも隣に居た
もう一人の友人が行動を起こしてくれた!
アタシと一緒に団長に突き飛ばされた彼女はさっきアタシ達の前に飛んだ
鉄塊と化した南京錠を拾っていた、そして飛びついてきた"猿"に投げた

後に彼女はこう語っていた
偶然…! 咄嗟の出来事…! なんとなくで拾ったという判断…!
本当に無我夢中だったと

「ボ、ボクの大事な友達に手を出すんじゃあない!こ、この化け猿めッ」

鉄塊を投げた彼女は"猿"に言い放ち
どろりとした血が滴る右目を抑えながら蹲った猿に振り返る事もせず
三人揃って廊下へ逃げた後、すぐさま扉を閉めた

…鋼鉄製の折をブチ破る奴だったし、扉を閉めた所でどうともならない
アタシ含めて三人とも解ってた、それでも彼女は荒い息を吐きながら戸を
閉めたのだ

「ね、ねぇ、これからどうするの!?」
「そんなのアタシだって分かんないわよ!!」
「人だ、なんでも良いからボク達が見た事を人に知らせるんだ」

廊下に出た後もアタシ達は全力疾走、レッスンで汗かいたり息切れなんて
よくあるけど、走ることで覚える疲労感はやっぱり辛い

そんなアタシ達の心情を知ってか知らずかバックじゃ…ズドンッ!!
なんて音が聴こえた、木製の破片が床に散らばるカランコロンって
音のオマケ付きでね…冗談じゃないわよ!

「…ッねぇ、ここはどうすんの!!」

アタシは二人の顔を交互に見る
両目に涙を浮かべている、昔からアタシを慕ってくれた親友
そして、歯を食いしばるような表情を浮かべる男勝りな友人


……この通路の先は……"二手に分かれている"ッッ!!


「くっ…ボク達三人纏まるのは危険だ、二手に分かれよう!!そして
 いち早く人に知らせるんだ、劇場の人の避難にしろ、お役人の兵隊を
 呼ぶにしても誰かに会わなければ意味が無い」

いちにのさんで二手に分かれろって話になったけどアタシは…



ああ!!もう、ここ最近なんなのよ一体!?

アタシ達は廊下の突き当りまでたどり着く、右か左か…単純にそれだけ
コインを投げて裏表、2分の1の確立だわ

占いの雑誌にはこう書いてあった「右か左に迷ったら右へ進めば吉」って



「ギイイイイイィィィィィイイイイイイイ」ドドドドドドドド


「ビビアンッ あの化け物はボク達の方へ向かってきてるぞ!」

「ッ〜〜占いなんて大っ嫌いよ!」
214 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [saga]:2013/11/14(木) 05:55:01.12 ID:sgXKBjWk0
―――
――


「…あの三人、モップ一つ持ってくるのに何時まで掛かってんだ?」

「言われてみればなぁ、ちと遅いような気も…」

「おーい、舞台のほう小休止入るぞ」

「「うぃーす」」


「しっかしあの魔術師の姉ちゃん可愛くね?」

「お、解る解る、深々と被ったシルクハットから見える憂いのある顔」
「後、耳が隠れる位のボリュームあるロングヘアーな」


「髪フェチかよお前………同士だなッ!!」


「しっかし、魔物を操れる魔法使いなんてスゲーなオイ」

「だよなー」

「まぁ、所詮魔物なんざ人間様にゃ敵わんだろうしコレが当然だろうな」

「それでも魔物を操るなんて大した度胸だぜ、胸はボリュームないけど」
「だがそれがいいッッ!!」

「またかよ、お前………それに激しく同意だッ!!」


ゴス ゴス

「てめぇ等、女共がいねぇからって、んな話するんじゃねぇよ」

「先輩殴る事はないじゃないッスか」

「そうッスよ」

「ったく、小休止ってもたかだか十五分ちょいなんだぞ、その間に次の
 用意を済ませとけや」

「「へーい」」

「返事くらいマトモに…ん?」

「あ、あの」


「「あ、貴女は魔法使いさん!!サインくださ――」」


ゴス ゴス

「失礼、ウチのアホ共がお騒がせしましたな
 してシルクハットの魔法使いさん、舞台裏にどのようなご用件で?」

「その、団長さんは今どちらにいらっしゃいますか?」

「団長?……オイ、てめぇ等、団長を見てねぇか?」

「いや?俺は……あぁ、そういやぁ、何か"包み"みたいなモン持って
 奥へ行ったけなぁ」

「!、 あ、あの団長にお会いさせてくれませんか!!」

「…ふむ、何か訳がお有りのようで、ですがウチは関係者以外はあまり
 奥へ案内する事は出来ないんですよ」

「…そうですか」

「ブーブーちょっと位いいじゃねえッスか」
「先輩のドケチ」

ゴス  ゴス

215 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [saga]:2013/11/14(木) 06:30:38.63 ID:sgXKBjWk0
「大変、申し訳ありませんがコレも規則というモノでしてな」

「いえ、無理を言って申し訳ありません…」


「……あー、あー、失礼ですがお手洗いの方は大丈夫ですかな?」

「…えっ!!」カアァァ

「先輩ッッ!!女性にトイレの事訊くとか
 変態じゃねえッスか!!(ありがとうございますッ!!)」

「見損ないましたよ変輩ッ!!(先輩GJ)」


ゴスッ ゴスッ ガスッ ガスッ     ベキィッ!!


「ごほん、ただいま十五分の小休止に入っており、その間に我々が
 次の[いっかくうさぎ]の綱渡りの準備をさせていただく訳です」

「はぁ…」

「もしもお手洗いをお使いになるのでしたら
  …劇場奥のトイレを使われたらどうですかな?」

「!!、あの、それって」

「貴女はまぁ、舞台の主役ですし、そんな方が一般客もしようする
 トイレに駆け込もうものなら後ろのアホ共のようにサインや握手を
 強請られる可能性もある、…そうなれば貴女が舞台に戻る時間は遅れ
 必然的に私共の方も劇場の清掃、作業等の通常業務に影響が出ます
  …必要な処置としてお通し致しましょう」

「あ、あの、ありがとうございます、すぐに戻りますから!!」

「いえいえ、……ああ、そうそう、私共もプロとはいえ人間ですからね
 必ず時間ぴったりに舞台の準備を終える事ができるわけではありません
 十五分という予定を"多少オーバー"してしまうかもしれませんが
 そこは御了承ください」

「何から何まで本当にすいません」ダッ




「ふぅ、行ったか…おい、てめぇ等、早く起きろや」

「…やだ、先輩カッコいい」
「俺、ノンケだけど一生付いてきますぜ」

「気持ち悪い事いってんじゃあねぇよ、ったく労働意欲が削がれちまった
 これじゃあ、十五分どころから三十分以上は遅れそうだぜ、全く」



―――
――


「はぁ、はぁ、ひ、非常口から外に出れた…ッ
  誰か……誰か人に、 はぁ、ビビアン達を助け…」


 ドンッ

「きゃあっ」
「おっと、大丈夫かい?」ガシ

「あ、あの、すいません」

「わーお、別に気にするこたぁねぇさぁ
 ……しっかし最近よく人にぶつかるねぇ」

「あ、あの!!」

「ん〜?なんだい?」


「お、お願いしますッ!!友達を…友達を助けてください!!」
216 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [saga]:2013/11/14(木) 06:43:29.38 ID:sgXKBjWk0
>>211 『おつ』はすべてに優先されるぜッ!

>>212 楽しいにしてもらったというのに3レス分だけで申し訳ない
217 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2013/11/14(木) 07:37:32.51 ID:tYwyoYkz0
おつおつ
俺も楽しみにして毎日更新しているよ
218 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/11/19(火) 22:27:45.87 ID:Aj+DXCdDO
おつ
黒髪ロングでひんぬう魔法使いさん…最高です
219 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2013/11/22(金) 15:23:40.73 ID:p1FwmdWM0
―――
――


アタシ達は息を切らせながら走った
時折、振り返ってみれば"猿"はフラフラとしてはいるが背中の翼で
器用に低空飛行をしながら追ってくる

ジリ貧だったわ

最初こそ距離は離れていたけど少しずつ奴との差が縮んでいくのは分かる
"猿"が近づいてくる度に荒い鼻息、羽音も近づいてくる


「…」


暗くて分からないけど友人の顔は青ざめているのかもしれない
 アタシ達は曲がり角を曲がってすぐの部屋に飛び込んだ倉庫同様
明かりと呼べるモノは一切無い

倉庫に入りきらない多少の舞台セットが積み込まれた箱
使う機会が来るかも分からない蔵入りの衣装の山…
二人でセットの陰に隠れる、姿も見えにくいように
かび臭い衣装の山で覆い被せてね

「…」

"猿"は開けっ放しの扉から部屋に入り込んできた、そして鼻をヒクヒクと
動かしながら、部屋の中を漁り始める
アタシ達は息を潜めて状況が好転する何かを待つしかない…


本当にそれしかできない…


暗がりで隣の友人の顔色は決して分からない
でもずっと握ってくる手が震えてるのだけは分かる…
 普段は気の強い彼女も今だけは涙を堪えてるのかもしれないわね
アタシや"猿"が入ってきた扉とは正反対、奥に別の通路に繋がる戸がある
そこから逃げようにも上手く見つからないように移動しなければならない



アタシが劇場の脳内マップと逃走経路への手段を模索していた時…

"彼女"は唐突に訪れたのよ…



ガチャ


「!?」
「!?」

「グガァ!?」




閉ざされていた扉が開いて、通路の明かりが部屋に射し込んだ

「!?…あ、あなた、どうして此処に!?」

光の中に立っていた人物に見覚えがあった
ロングヘアーにシルクハット、舞台で輝いている筈の女性が化け物を
見て声を漏らしたのだ

「う、うわああああああぁぁぁ」

隣の友人が声を上げてアタシ達が隠れていた箱の山を押し倒した
本当は怖いくせに誰よりも人が傷つく事を恐れる彼女だからこその行動

荷物の山が化け物目掛けて落ちる、でも機敏な動きで奴はバッと後ろに
飛び引いた

…結果、姿が丸見えのアタシとシルクハットの彼女が奴の視界に入る

事態は好転どころか悪化した
220 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [saga]:2013/11/22(金) 16:11:52.34 ID:p1FwmdWM0

見つかった以上は逃げるしかない!
アタシと友人は、今だ現状が掴めずオロオロしていた彼女の腕を掴み
彼女の入ってきた通路へ駆け出した

「ねぇ、貴女、アイツをなんとかできないの!?」

「えっ!?えっ!?」

アタシはシルクハットの魔法使いに尋ねた、[スライム]達を操れるなら
あの化けモンもどうにかできるんじゃないかと、そんな希望を抱きながら


「ご、ごめんなさい!私じゃ彼はどうにもできません」


帰ってきたのは一番欲しくなかった否定の言葉
これには友人も声を上げる

「何故なんです、貴女は舞台で魔物を操っていたじゃありませんか!?」

「そうよ、魔法であんな奴ちょいちょいと」

「い、いえ、違うんです!アレは魔法ではなくて…その
 "手伝ってくれるように頼んでいたから"なんです」



「「はっ?」」


訳の分からない返事に声が重なる、"魔法じゃない"?…"頼んだ"?

「な、何が言いたいのよアンタは!!」
「ビビアン、落ち着いて!」

逃げ続けながらも簡単に説明するシルクハット、彼女が言うには
信じられない事に、彼女は生まれつき"魔物の言葉を理解"できるらしく
[スライム]や[いっかくうさぎ]達も魔法で操っていた訳ではないのだ

「じゃ、じゃあ、後ろから来る、"猿"なんなの!アイツもアンタが
 連れ来た訳じゃないの?」

「そ、それは…」

あの"猿"の正体を訊ねた結果、深々と被っていたシルクハットを外す

「…アンタ、その耳」

長いロングヘアーから飛び出す"尖った耳"
それは劇の舞台でしか見たことのなかった"エルフ族"特有のモノだったわ
憂いのある顔で彼女は語ってくれる




元々、好奇心旺盛で[ノアニール]西部にあった故郷から彼女は
世界を見ようと旅立った…正に劇にありそうな話だったわ
 生まれつき魔物の声が理解できる"才能"があったため故郷でも異端視
されていた、だからこそ旅立つと言った所で誰一人、気にも留めなかった

彼女は世界を回り、自分の"魔物の言葉を理解する才能"について知るため
 [ダーマ神殿]にも立ち寄ったらしい、そこで、自分の才を生かせないか
考え、世界各地で"魔物を操る魔法使い"とか奇妙なサーカスと称して
路銀を稼ぎながら渡り歩いていたとの事だった

だが現実は厳しい、"魔物を連れ歩くエルフ"というだけで石を投げられた
入国を拒否されたということは何度もあった

そんな彼女が旅の友となった魔物達と共に
安住の地を探していた時の事だ…



その"商談"は持ちかけられたらしい
221 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [saga]:2013/11/22(金) 17:30:45.66 ID:p1FwmdWM0

[ロマリア]…

これといって有名な特産物は無い、所謂田舎の国だ
ただ、そこにはモンスター闘技場がある
名前通り、連日の如くそこで魔物達が戦い、人間はそれを見世物として
楽しむ、そういう施設だ

そこでは魔物を管理、飼育するエリアは当然存在する魔物がいなければ
闘技場も意味を成さないからだ


「戦わせたりは決してしない、むしろ、人間と同等の待遇も約束する」


そんな施設に友達を連れて行く事にシルクハットの彼女は抵抗はあった
しかし、檻の中とはいえ、人間の住宅と同じほどの広さで
生活も保障、心配ならば彼女自身様子を見に来ることも良しとする
そう言われれば、彼女も黙っている訳にはいかなかった

何より、この国以外に人種も違い、魔物連れなんて人物を受け入れる所
あるわけがなかった

国の重役を名乗る人物が、彼女の[ロマリア]戸籍を発行するにあたり
"ある魔物"をこの劇団に届けてほしいと檻の中で眠っていた"猿"
そして、目覚めそうになった時にと"睡眠剤入りの麻酔注射"を渡された

安定した暮らしが手に入る事を望んでこそいた、だが、この"猿"は
どうなるのか?

ただ届けろ そう言われただけ

詳しい理由は一切話されない、引き渡した後でずっと気にしていた

ずっと後悔していた

いつも通りの公演、いつも通りに振るう鞭、いつも通りの歓声


何も耳に入ってこない


自分から引き受けといて、届けておいて

こんなこと想う資格すらないかもしれないと思った

彼女は"猿"がこれからどうなるのかソレをどうしても知りたかった

そして、今現在に至るという…



「私も彼の事は詳しく知らないんです…私でさえ見たことの無い
 魔物ですから…」

「何よソレ!結局は何も分からない訳じゃないの!!」

彼女の回想話も終わり、いよいよ体力が底をつきかけたアタシは
後ろを振り向く


いや、振り向いてしまった


何が憎いのか顔の中心に皺を寄せる"猿"がもう目の前に居た

コイツは毛深い腕を振り上げてなぎ払うように振るった…!


「ビビアンッ!危ない!!」


聴き慣れた声が耳に入ると同時だった、今日何度目になるのか
アタシはまた突き飛ばされた

右隣で走っていた、シルクハットのエルフを巻き込んで壁際に
吹っ飛ばされて…

それから目に入ったのはアタシ達とは反対側に勢いよく叩き付けられた
親友の姿だった
222 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [saga]:2013/11/22(金) 18:28:15.84 ID:p1FwmdWM0

褒めてほしい


あの倉庫から、ここまでアタシ達二人はずっとフルマラソンだった
…途中で出会ったシルクハットは例外として

空飛んでる奴相手に、ここまで逃げたのよ?

ここまで頑張ったんだから、神様から奇跡の一つや二つプレゼントされて
良いんじゃないかしら?


今日はまだ"あの痺れ"は来ていない、これがその奇跡ですっていうなら
クレーム付きで返してやるわよ

なんだったら半身不全になってやったて構わないわ


だからさ…




友達を助けてよ







「きゃあああああああああぁぁぁぁぁぁ!!」

廊下中に響く甲高い声が自分のモノと気付いたのに少し時間が掛かった
発声練習でしか出さないようなキーの高い声だったわ

「あ、あ、ああ…」

エルフの子ガタガタと震えながら小さく声を漏らす

僅かに動いていることから生きているのは分かるただ
片脚が人間の関節なら曲がらない方向に曲がっていた

身体が動かない"痺れ"が来た訳じゃない、アタシの本能が…
脳細胞が動く事を拒否した


アタシの夢は"星"になることだった

スーパースター、アイドル、歌手…なんだって良いから人の記憶に残れる
そんな存在になりたかった

彼女の夢もアタシに近い、この劇団で名をあげていつか一流のダンサーに
なることだった


でも、目の前の光景はそんな彼女の夢を否定する

そして、それは数分後のアタシの姿にも見えた


「グウゥゥゥゥ…ッ!!」

"猿"が動けない彼女に近づこうとする、彼女は声をあげなかった
ただ、目尻から涙が零れていた

 この状況はまさに"絶望"って奴じゃないかしら?

あまりにも理不尽…  あまりにも無残…

ただ、いつもと変わらない一日を過ごす筈だった…

     夢と生を捨てざるを得ない

そんな悔しさをたった一滴の水が物語ったわ


奴は彼女の目の前に降り立った、鋭利な爪を光らせ彼女の頭上へ…ッ!!
223 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [saga]:2013/11/22(金) 18:58:52.79 ID:p1FwmdWM0






















          振り下ろす事は無かった…!





「グギャッ!?」

ガシャン! そんな音を立てて地面に散らばる硝子の破片





「わーお!こいつぁたまげたねぇ〜、この劇場じゃあ室内でお猿さんを
 飼ってんのかい?」


後ろからコツコツと厚底靴の音、訛った口調に立ち尽くすアタシ達の横を
素通りする黒コート、チャリッと音を鳴らす…

そう、"星"

誰よりも目立つ 誰よりも人の注目を寄せる"星"の存在を模った耳飾

ジャリ、ジャリと自分が投げた酒瓶の破片を踏み潰しながら"猿"へ進む
黒ずくめの男…

「ちょっと昼食には早ぇけど、緊急事態つーことで頼むわ」


「キイイイイイィィィィィィーーーーッ!」

「おっおっ、何?血走った目で見てくれんじゃん、こっわいねぇ…」

瓶の直撃で元から出血していた右目が更に血塗れた…
うん、文字通り血走ったソイツを睨む"猿"
"猿"の明らかな怒りの視線をなんでもないようにソイツは言った


「…ふーん、しっかし世の中分からないモンだねぇ
 こんな所で"絶滅危惧種"の[シルバーデビル]さんを見るたぁなぁ?」

値踏みでもするようにしげしげと…その"猿"?だかシルなんだかを見てる

「ギャアアアァァ―――ーッ」ブン

「あ、危ない!!」

鋭い爪の攻撃にシルクハットのエルフが叫ぶ、だけど…


スルッ         メシャッ!

「…なんだい?目に血が入りすぎて狙いが狂ったか?真正面の俺じゃなく
 コンクリートの壁に手ぇ突っ込ませてよぉ」

"猿"の攻撃が"コートに触れた"途端に…"滑った"のよ…ッ!!
224 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [saga]:2013/11/22(金) 19:08:01.24 ID:p1FwmdWM0
>>217 毎日更新とは…ありがとうございます
    不定期更新の自分にはもったいないお言葉です

>>218 うわぁ…貧乳が好きとかお前………仲良くなれそうだな同士よ!


夕飯食べてきます、また書けそうなら書くかもしれませんが
あまりご期待はなさらずに
225 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) :2013/11/22(金) 22:09:30.44 ID:5/zRpThL0
おつおつ
3時間も夕飯とは大食いな>>1だぜまったく
226 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [saga]:2013/11/22(金) 23:34:09.49 ID:p1FwmdWM0

「さてと、そこの姉ちゃん、あんたぁ動けるかい?」

"猿"は力を入れすぎた為か、片腕が壁に深く突き刺さっていた
腕を引き抜こうと必死にもがく奴を無視して、友人に話しかけるナジミ

「い、いえ、あの、貴方は…」

「うん?ああ、君達の友達?に頼まれてね、助けに来た通りすがりさぁ」

今だ、瞳に涙を溜めている彼女に優しげな声を掛けながら左手で
ポケットから何かを取り出すのをアタシは見た

それは小さい頃、学校で見たようなモノだった

ほら、ええっと何だっけ、理科の実験にあるフラスコ?いやビーカー?
なんか、あの硝子でできた細長い奴…ああ、試験管だ

「…こいつぁ完全にイッちまってるな」キュポン

酒瓶の栓でも外すようにコルク製の蓋を外し容器の中の液体を
二度と動かないであろう彼女の脚へと振りかけた…!

「動かしてごらん?」

「一体何を言って…!、あ、あれ、う、動く!?」

腱やら骨やら色んなモノが駄目になった筈の脚が動いた!!
「ちょいと痛いが我慢しな」そう言って星飾りは
彼女の脚を素早く本来の…人として正しい向きへ脚を引っ張った

ぱきっ

「いぅ!?」

「はい、これで安心っと、もう立てる筈だぜ」

目を疑う光景のバーゲンセールだわ

[薬草]があったってこんな事ありえない、かといって目の前の男は
 腱の状態が修復不能になる前に[ベホマ]を使ったとかでもない…
ただ"液体"を振りかけただけだった…


…奇跡、正にそうとしか言えない

そして今、こんな時に考えるべきではないというのにアタシはコイツへの
期待が高まっている事に気付いた

医学的にも不可能な事を呪文無しでやってのける男

本当に宣言通りアタシの症状を治せるんじゃないかと


バコンッ


「やっと腕を引き抜いたかお猿さんよぉ」

「ギィギイイィィィィ…
 ウギャアアアアギャッギャッギャ
  ギャアアアアアアギャッ!!」


「…あぁ」ビクッ

猿の声を聞いてかシルクハットは震えながら泣き始めた…

「…俺ぁ"アイツ"みてぇに才能ねぇから何言ってかわかんねぇけどよぉ
 とりあえず、てめぇは俺がぶちのめす」


それだけ言うとナジミは脚が治った彼女に下がっていろと手で合図する
アタシ達もこの場から距離を引こうとした

「さてと、モンキーじゃ人間に勝てないってことを教えてやるさぁ」ニタァ


227 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/11/23(土) 00:12:57.70 ID:ZqgPWVcDO
ひんぬう魔法使いがエルフちゃん……だ…と!?
228 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [saga]:2013/11/23(土) 00:25:02.74 ID:f4hHvIkv0
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====
===
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静まり返る廊下…!

対峙する一人と一匹
さながらその姿は雌雄を決しよう試みる剣闘士を連想させる

だが…

色褪せた壁、微かにワックスの匂いを感じさせる古めかしい木床

戦士が誇りと名声の為に闘う闘技場とは似ても似つかぬ光景

そしてそんな朱に染まるような闘いを見届けるのも僅か三名の女性

何もかもが我々の知る一般的な"剣闘士の試合"から逸脱したモノであった



「…」

「…ッ…ッ」

ナジミは動かない…! しかし、ソレは決して怯え故ではない
"舞台"の観客と化した女性陣は誰一人[シルバーデビル]の名前を知らない
当たり前だが、名も知らなければ、どのような習性を持つかさえも
知らないのだ…

"絶滅危惧種" 

其れゆえ知らぬ者が多いのも当然といえば当然の結果
理解できるとしたら魔物の生態系を1から100まで調べようとする変人だ

黒コートの奇人も完全に把握こそしていないがある程度の知識はあった

「グウウウウゥゥゥゥ…!」


顔にこそ出しはしないし、あれだけの軽口を叩き出すのだ
誰もがナジミに勝算があるのだろうと考えるだろう


結論から言えばそれは正解である


ナジミは対シルバーデビル用とは言わないが、この魔物に対してもっとも
効果を発揮する"込める技術"を持っていた…!

だが、今はソレを使わない、何故なら相手の特性を知っているからこそだ

[じんめんちょう][こうもりおとこ]達の様に翼で飛行するタイプの魔物
それでいて中型にしてその速度はトップクラスとも言われる
時折フラフラとしているのを見るに睡眠剤か何かを投薬され
本領を発揮できないと思われるが用心に越した事はない

最高速度を出せずとも反射神経はピカイチ…
"込める技術"を取り出す際に[あまい息]もしくは[ギラ]系統の呪文を
使用される恐れもある


ナジミのコートは"物理的な攻撃はかなりの高確率で逸らせる"だが
呪文による攻撃だけはどうしようもない、コートに覆われていない部位
主に頭部への物理攻撃も防ぎきれない

警戒…!  けん制…!     不動、全くの不動…!

この様は[ジパング]の空想物語"ガンリュウジマ"のようにも思える

しかし、その物語では功を焦ったモノが敗北するという内容
そしてッ! この闘いもまた同じ結末へと向かうッッ!!


229 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [saga]:2013/11/23(土) 01:06:44.47 ID:f4hHvIkv0

先に動いたのは白銀の悪魔こと[シルバーデビル]であったッ!

ある程度予測していたとはいえ、ナジミもその敏捷性には目を見開く

「ジャッッ!」ブオン

「うおっと!」

身を屈め爪の攻撃を回避する、さっきまでナジミの首があった空間を
[鋼の剣]以上に切れ味の良い爪が横に放物線を描いてコンクリートの壁を
削り取る、それなりに知性も持ち合わせる魔物だ…

二度もギャグ漫画のように手をめり込ませるなどという展開は無く
腕を大きく振りかぶることも無かった為、胴を捻らせてもいない
全く無駄の無い動き、そこからもう片方の腕でまるで鷲掴みをするように
指の間接を曲げ、ナジミ目掛けて振り下ろす…!

「…ッ!させっかよ」

身を屈めたままのナジミは手を地につけ、フローリングをなぞるように
脚を滑らせる

「ゲガッ!?」

足払いだ

[シルバーデビル]の細く毛深い脚を蹴り飛ばし、予定調和のように相手は
体勢を崩す…!

「フンッ!!」がしっ

唯でさえ身を屈めたナジミに腕を振り下ろそうと
前屈みの体勢になっていた[シルバーデビル]はバランスを崩し
まるでナジミを押し倒すような形で倒れていく

そんな相手の動きを逆手に取るようにナジミは


…奴の腕を掴んだのだッッ!!


振り下ろすための左腕を左で掴み、倒れまいという本能から突き出した
右腕もナジミに掴まれる

これを遠目に見ていた女性陣からどよめきの声が上がる

端から見れば醜悪な化け物が細腕の人間を押し倒し、人間の方が細腕で
どうにか抵抗しようとしているようにしか見えないからだ

「ガアアァ―!」

[シルバーデビル]の腕力ならばナジミに掴まれた腕などどうとでもできた
どのように考えたかは知らないが奴は口を大きく開け
 トラバサミのような犬歯を覗かせた
そのままナジミに倒れ掛かり顔面を顔の骨格ごと噛み砕くか
[あまい息]を吐き出し、ナジミが抵抗できなくなった所で
いたぶるかの二択であったが…

「オラァ!」

「グギャッッ!?」

衝撃…ッ!   腹部への激しい衝撃が悪魔を襲う…ッ!!

「ヘゲェッ!」ダン!!

彼が行動を起こす前にナジミはその体勢で"腹部に蹴りを放った"ッ!
相手を蹴り上げて、後方へ吹っ飛ばす…"ともえ投げ"であった…!
勢いよくナジミとは正反対の壁面に叩き付けられた悪魔

そして、距離が開き尚且つ体勢を崩した敵を逃すナジミではないッ!!

[おおきなふくろ]の機能を付け加えてあるコートのポケットに左手を
入れて、目当ての品を取り出す

230 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [saga]:2013/11/23(土) 01:28:18.15 ID:f4hHvIkv0

ポケットに左手を突っ込んだナジミは意識を集中させる!


頭の中で自分が望むモノ、この瞬間に必要とするモノのイメージを
真っ白なキャンパスに描くように思い浮かべる

ここには自分と[シルバーデビル]そして一般人が三名

ここで十八番の[魔法の玉]は使用不可能ッ!

こうも密閉された空間で使おうものなら自分はおろかナジミ自身が

この世で最も敬意を払う女性を傷つける可能性があるのは自明の理であり


そうでなくとも大部分が木造建築の劇場での火災が免れない…!

だからこそ、今から取り出す"込める技術"は今回の闘いに御誂え向きだ


「…!」


左手に確かな"感触"を感じる!

イメージしたブツが掌の上に来たのを感じた


「ギ、ギギ、ギギイィ!!」


「へい、モンキー、俺ぁてめぇの言葉は理解できねぇし、てめぇが
 俺の言葉を理解できる魔物かは知らねぇ…だがなぁ
 敢えて言わせて貰うぜ
                      この戦い、俺の勝ちだ」


「ガ、ギグエェェェ!!」

「あ、あああぁぁ!!」

女性陣が声を上げる
白銀の悪魔が飛び掛る…!
対してナジミはポケットから腕を引き抜く
左手に握っていたのは一本の短剣だッ
そしてソレの柄部分は長いチェーンで繋がっており、最後尾には…!

最後尾には…!



最後尾には…ッ!





最後尾にはァ……ッッ!!
















"純金製のバナナ"が付いていた…ッ!?

「「「!?!?!?」」」

231 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [saga]:2013/11/23(土) 01:52:19.12 ID:f4hHvIkv0
「なっ、なっ、なああぁ!?!?」

声を上げたのはビビアンである

それもその筈、ナジミからある程度"込める技術"に関しては流し程度に
訊いたのだが…

これはあまりにも予想外である

チェーンの先に何が付いているのかと気になってみればこれはどうした!

以外ッ!それはバナナッ!!

命を賭した闘いでふざけているのか声を抗議の一つでもあげたくなる


だが…

そんな疑問はすぐに吹っ飛んだ


[シルバーデビル]は確かにナジミ目掛けて飛び掛った筈であった
だが一体何がどうしたというのだ、突然、我を忘れたかのように
奇声を発し、鎖の最後尾に付いている飾り目掛けて飛んでいくではないか

「…ウッギャロウ!! ウギャギャギァ!」


ガツッ!  ガツッ! ガツッ!


「ど、どういうことなの…」

まるで狂ったように純金製の果実のレプリカを引っかく白銀の悪魔を見て
ビビアンはふっとあることに気がついたのだ


「グゲエ、グゲゲゲゲ…」


"正気ではない"


いや、確かに見た感じが狂っているが
こう、根本的なところから何かがおかしいのだ

ふとシルクハットの彼女を見ると彼女は震えていた、頭がおかしくなった
猿の化け物に怯えていた

彼女は行く先々で拒絶、迫害にあった身であり、あまり人には言えない
出来事や人間を見たことがあっただから何となく

"ダブって見えた"


             "麻薬中毒者"


今、一心不乱に爪を訳の分からない物体に何度もぶつける彼を見た

…自慢の爪が硬すぎる鉱物に負け、ひび割れ、真っ赤な血液が滲んでいる

だが止めないのだ

痛みは間違いなく感じており、口からは唾の泡が垂れ流しの状態

目にさっきから血が滴って沁みるだろうに"笑顔"なのだ、怖くなるほど…

ビビアンの隣で耳を塞ぎ彼の言葉を聴かないようにするエルフ
確実に言える、今だけは魔物の言葉を理解できなくて良かった
何を言っているのか理解できなくて良かったのだと…

「てめぇはこれで終わりだ」

ナジミが"筒状の物体"を持って彼の前に立ち、そして先端を悪魔に向けて

「[イルイル]ッ!!」

その言葉を発すると同時に悪魔は光となって"筒"に吸い込まれたッ!
後には血塗れのバナナの玩具が残されたのであった…!
232 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [saga]:2013/11/23(土) 01:57:19.53 ID:f4hHvIkv0
>>225 ち、ちちち、違うもん、ちょっと食べ過ぎた後で
    昼寝しただけだしッ!!大食いちゃうで!!

>>227 エルフにしたのは理由があります


>>バナナが付いた短剣 分かる人はトルネコが好きな人

>>筒 西の村編でもホイミスライム救出に使いました
   分かる人は分かるアイテムですね
233 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/11/23(土) 14:02:27.50 ID:ZqgPWVcDO
おつ

面白いからさっさと書いてください
234 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2013/11/24(日) 10:10:16.71 ID:XvLb7acp0
おつ
エルフにバナナと短剣か…ゴクリ
235 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/01(日) 19:41:50.01 ID:Xhsnebvko
克服前の猿か
乙!
236 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/06(金) 23:29:44.93 ID:UloNrrhDO
そろそろ続きが読みたいです
237 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [saga]:2013/12/12(木) 08:35:54.02 ID:FYA/iTfZ0

―――
――



「―――っという訳で俺ぁ見事に窮地を脱したワケでさぁ」

「すごいですよナジミさん!!」

「……はぁ」


今、アタシはいつも親友二人と駄弁ってる喫茶店にいる
三人で何処か適当な席に着いて割勘で食べたい物とかを注文して話し込む
そんないつもと変わらない光景の筈なんだけど…ねぇ?

「あん時もやばかったけど[スクルト]が掛かった[じごくのハサミ]に
 囲まれた時なんか慌てたモンさぁ」

「…いつまでコイツの武勇伝を聴いてなきゃいけないのかしらね?」




あの後…

 どんな手を使ったのかこの星飾りは"筒"の中に
化け物を閉じ"込めた"のだ


魔物を操る魔法使い…いえ、"魔物使い"の少女イナッツの公演は問題無く
行われた、劇場は今だかつて無い程の歓声が響いた
 そして誰もが羨む脚光を浴びた当の本人はといえば…


「…」オドオド


…私の隣でチビチビとメロンソーダを飲んでいた

「アンタも会話の輪の中に混ざってきたら?」

「あ、いや、私があの人を連れて来たからこんな事になった訳ですから
 そんな私が会話に入るというのは…」

「…はぁ、良いのよ、結果的にあの真っ黒くろすけのおかげで怪我人も
 死人も出てないんだし


 ………恋する乙女の目で黒コートの武勇伝を聴いてる彼女も
 脚が治ったからそれで水に流そうとか爽やかに言い切ったしね」ボソ



エルフ少女ことイナッツの謝罪に対して親友は迫害とかそういう理由で
やむを得なかったなら仕方ないとか酌量の余地があっても良いと言った

「そ、そうですか」

「ええ、そうよ」

「……あの人はこれから大丈夫なんでしょうか?」

アタシ等に迷惑を掛けたことに対して十二分に反省していて、それとは
別であの化け物の事を心から心配するイナッツ
 星飾りの推測らしいけど、あの後、化け物はどっかの外国に高値で
売り飛ばされる予定だったらしい

「"絶滅危惧種"故にその毛皮や骨、牙で作った工芸品を欲しがる
 悪趣味な貴族には腐るほど心当たりがある」とナジミは言った

…あのがめつい団長は劇場裏で何度も"そういう生き物"とか"薬"とか
やばいモンで金を稼いでいたんじゃないかっていう推論だった

後日、「二度と小遣い稼ぎができねぇようにしてやるさぁ」ニタァって
にやけながらナジミが団長の自宅を訪問したらしい…

何があったか知らないし知りたくないけど全治八ヶ月の重症を負った
団長は真面目に仕事に取り組むようになった…何があったか知らないけど
238 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [saga]:2013/12/12(木) 09:24:35.92 ID:FYA/iTfZ0

「アイツは、何処か人目に付かない場所、化け物が暮らしやすい自然環境
 の土地に返すとか言ったわね」

少なくとも誰かに売り飛ばされる訳じゃないから安心なさいと伝えると
イナッツは安堵の表情でほっと一息をついたわ

「それにアンタも安住の地が手に入るかも知れないんでしょ?」

「ええ、ナジミさんが私や魔物達でも受け入れてくれる場所を知っている
 人宛てに紹介状を書いてくれましたからね」

「[グリンラッド]だったかしら?そこに一人暮らしでいる老人がなんとか
 してくれるって?」

正直、今ならアイツが何を言おうと驚かない、"込める技術"だとか
猿の化け物を手早く退治できた事とか魔物を連れたエルフを受け入れて
くれそうな人物を知っていたり、何から何まで予測不能だもの



「…っとまぁ、そんな訳で俺ぁ[レイアムランド]横断を無事果たした訳だ
 あん時、祠の巫女さんが助けてくれなきゃ危うく凍死しちまってたわ」

ある程度、武勇伝を語り終えたナジミはそろそろ御開きにしようぜと
時計を見てから言った、もうすぐ夕飯の時間だ

「あのナジミさん!」

「なんだいダンサー志望の姉ちゃん」

「この街にそんなに長く滞在しないのでしょう?また来てくれますか?」

「ああ、いつかは立ち寄るさぁ」

いつ来るかなんて言ってないのにそれだけで頬を染めて微笑む友人を見る
あっ、こりゃ駄目だ、所謂"恋は盲目"って奴だわ

ちょっとしたやり取りが行われた後で皆がそれぞれ帰るべき場所に帰った
アタシと星飾りの男を除いてね

「さてと、今日は悪かったね、俺が目ぇ離したのが悪かったわ」

「いや、アタシが離れてろって命令したのが悪いし…」

「わーお!寛大な精神に感服でさぁ」

おどける黒コートの後を追って本日三度目の命令を行使するためアタシは
再び此処へ来た

料亭 サンチョの看板の下、拘りの扉を開けて店内に入るアタシ達

「今日はパスタにでもするかね、あっ姉ちゃん、今日も俺が奢りね
 姉ちゃんの命令の内容を考えたらその方が良いと思うし」

「はいはい」

本日のお勧めメニューは南瓜のホワイトクリームスパゲティ…

牛乳と南瓜をよく煮込んだ甘みのあるとろとろクリームを使用した
スープスパゲティ、身体の芯まで暖かくなるような暖かさは
よく冷え込むような夜には最適といえるわね

「うん、おいしい」

「そいつぁ良かった、美人さんに喜んでもらえれば店長も料理人冥利に
 尽きるってモンでさぁ」

黒コートのお世辞を軽く流して本題に入る

「じゃあ三つ目の命令なんだけど、今日もアタシと話し合うことよ」

最初、こう言った時は目を丸くして「え、そんなんで良いのかい?」って
驚いてたけど、逆にどんなモノなら無理じゃないのか分からないしね
まぁ、それ抜きにしても今日の行動とかでコイツに興味が出たってのも
事実ではあった、純粋にコイツの事を理解してやろうと思った訳よ
 気になることも多いし…


「会話のキャッチボールを始めましょうか」
239 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [saga]:2013/12/12(木) 10:03:21.16 ID:FYA/iTfZ0

「良いですねぇ、やっぱ親睦を深めるならディナーが最適って話だねぇ」

グラスにシードルを注ぎながらナジミが言う、水の入ったコップを持って
アタシは乾杯を交わした

「じゃあ気になることがあったんだけどさ、…あの時の"液体"
 あの子の脚を治したアレね、アレってなんなの?」

「あぁ、アレかぁ、あいつぁ[世界樹の雫]って奴でね"込める技術"を生成
 するのに使う道具の一種さ、効果は見たとおりのモンだよ」

「[世界樹]…」

台本やら旅芸人の話でソレは小耳に挟んだ事はあるけど

「それって凄く貴重なモンだって聴いたけど?」

「ん〜?まぁ、年間でも限られた数量しか取れねぇし、確かにお高くは
 あるな」

「…どうしてそんな貴重なモンを躊躇い無く使ったの?」

…なんとなく、なんとなくだけど答えは分かりきってる気がした
まだ出会って一週間も経っていない奴なのに

「…」コト

一口シードルを口に含みグラスをテーブルの上に置く、先程までの
おちゃらけた笑いとは違う真剣な眼差しを見た

「昨日、来たときに姉ちゃんと一緒に三人で裏方やってるのをチラッと
 見てな、劇場で働くとなれば舞台に夢でも持ってるんだろうと思ったさ
 …そんな女の子がよぉ、脚を使い物にならなくされたんじゃあ
 泣くに泣けない、俺ぁそんなん見たくねぇんだよ」

「女の子の夢を守りたかった訳…ね、でも単に彼女がお金稼ぎでバイト
 してただけだったら?全部アンタの勘違いだったのかもよ?」

ダンサー志望なのは親友であるアタシも知ってるし、数時間前に喫茶店で
ナジミも聴いたからそれは無いけどね

「例えそうだったとしてもだぜ、夢だのなんだの関係なくだ
 脚が使えねぇ、長い不自由な一生を泣いて過ごさなきゃならねぇ

   …さっきも言ったが[世界樹の雫]は年間でも数量しか取れしねぇが
 ぶっちゃけそれが何だってんだい?
  少し待てばまた幾らでも採取できるモン、方やもう一方は
 たった一度きりしかない人間の一生だぜ?
 人生にゃリセットボタンなんざ付いちゃいねぇんだ…
 取り返しの付かないモンなんだぜ?双方を天秤に掛けりゃあ
 どっちが大事なんか分かりきってるじゃねーか」

「まぁ、バイト中に舞台をキラキラな瞳で見つめてたしな
 舞台に憧れれんのは確定よ、あ、姉ちゃん夢見る乙女の顔だったぜ」と
柔らかい笑みで 軽口を叩く…

ああ、やっぱりコイツはそういう奴なんだなと思った
よく人を観察してるってのもあるけど何より金銭的な価値より別の価値を
大事にするタイプだ

「舞台に憧れるかぁ、そういやぁ、俺も昔は舞台の奴に憧れを持つことも
 あったなぁ、子供の頃はバレエやりてえとかのた打ち回ったっけ?」

そういえばコイツ昔、この街に留学してたんだっけ?男性バレエダンサー
に憧れたのね…

「アンタさ、子供の頃の夢ってバレエダンサーだったの?」

「いんや違うね、ただやって見たいとは思ったけど夢とまではいかない
 それとは別に夢があったからな」

「どんな奴?」


「…まぁ、"絶対叶わない夢"ですわ」


「なにそれ気になるじゃん」
240 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [saga]:2013/12/12(木) 10:30:19.90 ID:FYA/iTfZ0

「……笑わねぇかい?」

「どんな夢かによるけどね」

「なら言うのは「命令3はアタシと話し合いをすることよ親睦を深める
 為に話しなさい、これも無理なのかしら?」

「…はぁ、今の俺の夢は"込める技術"を世界中に広める事と
 故郷に"俺の名前が付いた塔"をおっ建てる事だ
  …昔の夢は…その、なんだ、子供の頃の夢だからよぉ」

歯切れが悪いわね、言いなさいよ

「…ンタ」

「っは?」

「…サンタだよ、サンタ、真っ赤なお鼻のトナカイと一緒にやって来る
 あのサンタクロースさんだよ」

………





っぷ!!


「ああーっ!!笑ったろ!今、姉ちゃんぜってー笑っただろ!」

「馬鹿ね笑ってないわよ!」

心の中でしか笑ってないわよ!

「ああ、いいよ、いいよ、全く……けどガキん時はクソ真面目にサンタの
 存在信じてたんだよ、んで大人になったら将来サンタクロースに
 なるんだって意気込んで、サンタの弟子になるためにーってソリ滑りを
 しまくったりしてたのさぁ」

「まぁ、わかんなくもないけどね」

子供の時は皆信じるしね

「背が伸びてくに連れて世の中の色んなモン見てく内に気付きたくない
 モンにも気付いちまってよぉ、俺ぁサンタさんにゃあなれないって
 思っちまったのさぁ…」

がっくりと肩を落とすコイツは…うん、少し可愛く見えた

「……なぁ、もしも本当にサンタが実在する人物でなれるとしたら
 目指せる人はいるのかねぇ?」

「…うん?」

今の言い方に少しだけ違和感を感じたわ
…"目指せる"人?   …"目指す"じゃなくて?
…その言い方だとサンタを目指すのに資格か何かでも必要みたいじゃない

「さぁ?目指そうと思う人は目指すんじゃないかしら?」

「…そうかい、"目指せる"奴はきっとすげぇ奴だろうな
             …俺ぁソイツを心から尊敬するよ」

おちゃらけた言い方でもなければ落ち込んでるってワケでも無い
ナジミはそんな態度だったわ

雪原を歩くための底が厚い靴、寒さに向けたブカブカの服

空を飛び、たった一夜にして世界中に"笑顔"を届けるために

無限に玩具がでる真っ白な"おおきな袋"を持った老人、そんな架空の人物

強い思い入れでもあるのか、この数日間で初めて見せるそんな顔で言う


「目指せる奴と目指せない奴がいるなら俺ぁ…後者だろうなぁ」
241 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [saga]:2013/12/12(木) 11:00:16.63 ID:FYA/iTfZ0
>>233 申し訳ありません、すぐには書けませんでした…

>>234 な、ナニをかんがえているだぁー!(棒)

>>235 克服したらしたでバナナが無いと禁断症状になるかも

>>236 大変長らくお待たせしました僅か4レスですがどうぞ…

さて、『少女と星 編』ですが間も無くクライマックスです
ビビアンの症状の正体に迫ります




           【お詫びと謝罪】


よく >>"バナナの付いた短剣" 分かる人には分かる とか言いますが

元ネタが【トルネコ一家の冒険記】のアイテムとか
 
ネタが分かる人はよろしいのですが分からない人には本当に分からず結果


・話に置いてけぼりにされてしまう
・なんだか分からなくて後味の悪いモヤモヤ感を覚えてしまう 等

 
貴重な時間を割いて読んで頂いた方に不快な思いをさせてしまうのでは?

今更ながらその事実に気付きました、そこで話を投下し終えた後で

"筒"やジョセフィーヌが読んでいた[少年と竜と海老]の人物など

差し支えないようでしたら分かり辛いネタのちょっとした解説を交えたい

自分はそのように考えています

この度は読む側の気持ちを考慮せずに書き続けた事をお詫び申し上げます

              最後に長文でのお目汚しをお許しください
242 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/12(木) 20:48:34.73 ID:dUV+osl2o
乙!
解説するのもしないのも自由だとおもうぞ
知らないなら調べるなりすればよくないかしら
243 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/12(木) 23:36:40.39 ID:oZH+HwMDO
おつ
知らない俺にはうれしいけどね
まぁそれで本編が遅れなければいいと思う

それよりナジミさんいつ性別ばらすんだろ
244 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2013/12/19(木) 00:18:58.30 ID:Fnn+P0pT0

「何で"目指せない奴"なの?」

「…サンタさんって奴ぁ一夜にして多くの人をお幸せにすんのが商売だ
 間違っても"一夜にして不幸にする奴"じゃあ駄目だね」

…まただ、また昨夜と同じ葬式みたいな重っ苦しい空気だったわ
数十秒にも満たない沈黙が続く、でも昨日と違う事があるとすれば
ナジミが途中で話を切り上げて帰らなかったことかしらね?

沈黙に耐えかねたのか向こうが口を開いた

「昔…な、俺がまだ技術屋さんとして青二才だった頃だ
 そん時によぉ、一つ"失敗"をしたんだよ…」

「…話の流れからしてその"失敗"っていうのが
 サンタを目指せない理由って事で良いのかしら?」

「そゆこと」

肩を竦めて軽く一言だった、その後でコイツは言った




「『………技術の躍進が必ずしも"人"にとってプラスには働かない』」



「へ?」

「こいつぁ…その、俺のセンコーが俺に対して言った言葉さぁ」

「センコー?…"込める技術"に先生とか居んの?」

「ああ、俺が言っちゃあなんだけどさ、かなりの変人だったね
 主に格好とかが」

この男に言われる程とは…余程奇抜なファッションセンスの人だったのね

「ちょびヒゲにバーテンのオッサンみてーなリーゼントまるで冴えない顔
 自らを"遊び人"と名乗る奇人で、その癖、掴みどころが全く無ぇ…
 雲みたいな存在でな …糞ガキだった俺がマジに憧れた存在だよ」ボソ

最後だけ小声、ほぼ聞き取れないような小声だったわね

「さっきも言ったが俺ぁ本当に何もわかっちゃあいねぇ青二才だった
 だから『技術の躍進が必ずしも"人"にとってプラスには働かない』って
 言葉の意味もよく知りもしなかった
  だから、やらかしちまったのさ…この天才ナジミ様の生涯、絶対に
 忘れないようなミスって奴をよぉ」

アタシは口を出さない、ここまで話すナジミを見てふっと思った
これは…なんていうかアレに似てるなって

教会で神父様相手にやる、"懺悔"とかにすごく似ているって…

「…親を、…親を失望させたかもしれねぇ
 悪友を…俺のダチ公にも今だって迷惑かけてるさ
 ダチ公の弟にも無理難題だって押し付けちまってるし
 もう一人のダチにも取り返しがつかねぇことだってしちまった…!」

ここ数日で誰にも見せないような(少なくともアタシは見たことない)顔
険しい顔つきで次第にナジミの語りは吐き捨てるような口調になっていた
 いつも、おちゃらけていた人間とは思えないような一面
誰にでもある後悔とか秘めておきたい事柄…
ナジミの人間らしい部分を垣間見た気がした

「俺ぁぜってーサンタさんにゃあなれねぇ、やっちゃあいけないことを
 やらかしちまったからだ」

「…あのさ、アタシさ、例の症状で色んな医者に見てもらったのよね
 それで精神科のカウンセラーとかに会って、こう言われたのよ
 "時には誰かに悩みを打ち明ける事も必要です"って、アタシでよければ」

打ち明けてみない? そう訊ねてみた
化け物から助けてくれた恩人でもあった、そうでなくても純粋に助けたい
そんな感情を抱いていたのかもね

「………俺の失敗」
245 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [saga]:2013/12/19(木) 00:23:11.34 ID:Fnn+P0pT0


















  「画期的な戦闘方を考えた…」








246 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/19(木) 00:36:25.38 ID:fFtg18ADO
ここでスレタイか!!
247 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [saga]:2013/12/19(木) 01:15:51.96 ID:Fnn+P0pT0


「は?」

「…」


画期的な戦闘法を考えた? コイツは今そう言ったのかしら?

「えっとさ、よく聞こえなかったけど"画期的な戦闘法を考えた"って
 言ったのよね?」

「ああ、画期的な戦闘方を考えた、ソレが俺の人生最大のミスよ」

あー、それのどの辺りが失敗なのかイマイチ解らないんだけど

「俺ぁな技術って奴は人を幸せにするモンだと考えてんのさ、けどな
 俺の開発したモンは結果的に人に悪用されるようなモンだった
 ……まだ誰にも悪用はされちゃあいない
 その件だけなら取り返しはつく、ソレを片付ける為なら
 俺ぁ何だってやってのけるさ」

「まとめると…アンタの作った技術が人に悪用されそうな代物で
 自分がそんなモノを作ったから極悪人だから人を幸せにできないって
 カンジでいいのかしら?」

「うん?まぁ、平たく言えばそうだが」



「馬鹿じゃないの?」



「へっ?」

「今のアンタの話ならその"技術"は悪用されていないってことじゃん?」

「あ、ああ、現段階じゃあな」

「自分でも言ったじゃんその件だけなら取り返しがつくって」

それ以前の親や友達(多分、昨日話してた三人の事かもしれない)に
迷惑掛けたって点はアタシは解らないから何とも言えないけど…

「これだけは言えるわ、取り返しつくなら取り返せば良いじゃないの
 どんな理由かと思ったらそんな事?
 責任感じちゃって『私は極悪人です』ってアピール?馬鹿じゃないの
 アンタ中二病か何かなの?」

「…ぅ、けどよぉ、俺ぁ、親やダチ公共に」って言おうとしたナジミに
言ってやったわよ
「何したかしらないけどさ、悪いことしたなら赦されるような事をしろ」
ってね

「…あー、赦してもらえるようなことじゃあ…」ポリポリ

困ったような表情で頭を掻いた後、ふっと笑みを零して

「でも、まぁ、そうだな、そんな風に考えりゃあ、少しは気が楽かも
 しんねぇ…かな?」

険しい顔でもないヘラヘラとした笑いを浮かべるナジミ
やっとコイツらしくなったって気がするわ



―――
――


「姉ちゃん、今日はありがとな!」

「良いわ、付き合ってもらったのはアタシの方だし(奢って貰ったし)」

「約束する明日にはちゃんと姉ちゃんの問題を解決してやるよ」

最後にそう言ったナジミとアタシはそれぞれの帰路に着いた
248 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [saga]:2013/12/19(木) 02:24:35.33 ID:Fnn+P0pT0
>>242 するのもしないのも自由ですか、そう言われるとありがたいです

>>243 性別ばらせば、失恋的な意味で心に傷を負う人が出ますよね!!
    すごく…絶望的ですね、いやっほぉぉ!!!!

>>246 スレタイの『方』と『法』は敢えて違う字にしています
    べ、別にうっかり間違えたとかじゃないんだからねっ!

今回は実質上2レス分程度で申し訳ない…

*********************************
              【解説】
*********************************

今回より、解り辛いと思われるネタの解説を加えていきたいと思います

あまり堅苦しい語りというのも味気なく思うので所々ユーモアを交えた

解説となるかもしれませんが何卒、御了承くださいませ

最後に言い訳がましいですが自分はあまり説明が得意な人間では無い為

解説が全く意味を成さないと場合もありえます…

もし改善の意見があればあげて頂きたいと考えています




>>バコタ 【ドラゴンクエストV・W】より
Vにおいて[盗賊の鍵]を作った人物であり
Wにおいてはある国で発生するイベントで勇者一向に罪を擦り付ける盗賊
無論ですが魔物使いの才能があるわけではありません、あしからず

>>メディル 【ドラゴンクエストZ】より
正式な名称は[メディルの使い]、その辺の雑魚と違ってボス格の魔物
こちらはちゃんとした魔術師であり[てんばつの杖]なんぞに頼らずとも
[バギクロス]や[マホトーン]などの呪文を使用する【ピザ】じゃないッ!
原作と違い、此方では単なる詐欺師でレンガを脳天に食らった程度で
倒れますね、…アレ?それで生きてるって地味にすごくね?

>>"筒" 【ダイの大冒険】より
序盤で偽勇者一向を懲らしめるために使用し、又、ある誇り高き軍団長が
一時の気の迷いとはいえ、人質を取るために使用してしまった…
後に彼は最初から正々堂々と戦った上で負けたかったと悔いていた…

>>"進化の秘宝論" 【ドラゴンクエストW】より
そのまんま進化の秘宝である



>>[少年と竜と海老] 登場人物一覧

>>木こり
ただの原住民であるッッ!!

>>青い帽子の少年 【テリーのワンダーランド】
引き換えけ…ごほん、DQYの蒼き閃光テリーの幼少期の姿だ
ある日タンスの中から現れた南国の精霊を名乗る毛玉に姉を拉致された為
後を追って毛玉(亜種)について行き魔物使いとなる
一時は姉と再会するも元いた世界で再び姉と別れてしまう
その後、姉を命がけの旅をするというが…
 ぶっちゃけ本気で姉を探そうとしたのか怪しい所である
少なくとも命がけで探している人物と三回すれ違って気付かないし
旅の最中で美しさコンテストに来てたりする
やっとの思いで再開した姉とのやり取り↓
「テリーの攻撃! ミレーユは*のダメージを受けた!死んでしまった」

>>戦斧を持った"竜" 【DQY テリーのワンダーランド】
Vの世界には登場しない[バトルレックス]通称ドランゴである
テリーの嫁…おのれテリー!そこ代われッ!!
自分を倒した強い男に惚れてしまうちょっぴりMな恋する乙女
愛する男の為に自力で生き返り、一切暴れる事無く
牢屋で健気に待つドランゴちゃんマジ乙女!
どうでもいいけど>>1は必ずゲームで仲間モンスターにしてました

>>"海老" 【テリーのワンダーランド】
真実の扉に出現するボス、Vの世界に繋がっており泉の精との会話後
[ダンジョン海老]を差し上げましょう…ただし倒せたらと
プレゼント(襲わせる)してくれる
249 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [saga]:2013/12/19(木) 02:53:08.68 ID:Fnn+P0pT0
>>スカイドラゴン
[スカイドラゴン]ダーマ地方に現れる魔物、DQVをプレイして
初めて見た見るからに強そうな姿に『おお!』って気分になった

>>ビビアン 【ドラゴンクエストW】
彼女に関してはVにも登場するのだが個人的にはWの方が印象的だ
戦ったからかもしれないが

>>シルバーデビル 【DQU DQX トルネコの大冒険】
Vの世界にいないけど、Vから遠い未来設定のUにはいる
絶滅寸前の[シルバーデビル]が長い歳月を掛けてUの世代で繁殖した
脳内でそんな風に補完してますね

>>"バナナの付いた短剣" 【トルネコ一家の冒険記】
時系列的にW終了後から不思議なダンジョンへ繋がる物語で登場
大魔王の命を受けてトルネコ一家の目的を妨げる為
部下の[ギガンテス][ガーゴイル]共に[シルバーデビル]が立ちはだかるも
"嗅覚を刺激する兵器"や[封印の杖]等に幾度と無く敗北してしまう
そんな彼等がついにトルネコ一家を倒せる機会を手にし向かうも
[デビルキラー]という武器のおかげで[シルバーデビル]は更なる痴態を
晒すこととなるッ!
 その姿に部下二人は涙を流さずにはいられなかったという…

余談だが、[デビルキラー]のバナナを首飾りにして[シルバーデビル]が
装備すると[ボミオス]の効果が現れるらしいが
 ナジミはこの機能まで再現しなかった…



今回の解説はここまでですが 如何でしょうか?
修正…
 ↓

>>その後、姉を命がけの旅をするというが…
>>その後、姉を求めて命がけの旅をするというが…
250 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/19(木) 21:14:36.78 ID:BZmWcPGQo
乙!
ナジミは中二病だったわけね!
251 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [saga]:2013/12/24(火) 00:00:41.24 ID:HNwkPnoJ0
>>250 中二病ッッ…それは人類誰しもが必ず患う事が運命として―(以下略


まず一言 『メリークリスマス』 と言わせていただきます
可能ならば早朝7時に投下させていただきます
252 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [saga]:2013/12/24(火) 17:53:51.33 ID:HNwkPnoJ0

昨夜はあんなに眠れなかったのに、今日は打って変わってすぐに眠りに
就くことができた、最後に時計を見た時の時刻はまだ午後九時だった
寝不足だったからなのか、あまりにも濃厚な一日だったからかは知らない
 兎にも角にもアタシのお目覚めはお日様も昇らないような時刻だったわ

「…早起きは三文の得っていうけど、正直使い道に困るわね」

お目々はパッチリ、眠気はすっかりすっ飛んで行った
 午前四時三十分前のことだわ
三文の得ってのは昨夜のナジミとの会話の延長線で聴いた諺だ
…三文ってGに換算したら3Gあるか無いかなのよね

「使い道に困るような金額ね、…今、この瞬間と同じで」

早起きし過ぎなのも大概問題モンだわ、24時間営業の店なんて無いし
こんな時間から何をすれば良いのかも分からないし

折角だし今日のコーディネートでも決めておこうかしらね?
 目に付いた服とアクセサリーを持って姿見の前に立つ
劇場が急遽、休みになって従業員達は暇を持て余すことになった
理由は、うん…あの化け物が暴れまわった後は流石に誤魔化せないからね

「…やっぱりアタシにはコレが一番かしらね」

自分が一番と思う服装の上にお気に入りのアクセサリーを着ける
死んだ母親が持ってたブローチだ

 何だかんだでいつも、身に着けている気がする
碌に家に居なくて、何をやっていたのかも分からない母親だったけど
唯一の遺品だからかもしれない

早すぎる身支度も終わって特にできることも無い、カーテンの隙間から
窓を見れば空はまだ薄暗く、星も見える
いつもなら眠気覚ましにジョギングの一つや二つでもする所だけど

「そうね、散歩でもしてみようかしら」

眠気がすっ飛んではいるもののする事が無い
ならば街中を歩いてみようではないか、何時もと違う時間帯だからこそ
新しい発見があるかもしれないし

そんな思いで朝霧の立つ街中へと繰り出した



―――
――



「あっ」
「あら」

風景に発見こそは無かったけど、知り合いには出会えた

「えっと、ビビアンさん?でしたね」

耳が隠れるほどの長いロングヘアー、シルクハットが無いせいか
少し違和感を覚えるが、昨日の舞台の主役イナッツがそこに居た

ここで出会えたのも何かの縁ってことでアタシは彼女と
近場の公園のベンチに並んで座っていた

「そうですか、その時から舞台に立つ事を夢見ていたんですか」
「ええ、きっかけなんて以外にも些細なモンなのよ」

以外にも彼女とアタシは気が合うみたいで、気付けば話しこんでいた
小さい頃は何に憧れたか、何をしたかったか
 そんな齢相応の女同士の会話だ、こうしてみれば彼女も唯の人間と
なんら変わらなく思える

「…あの、ビビアンさん?」

不意にビビアンが怪訝そうな顔で訊ねてきたのだ

「何かしら?」

「そのブローチって貴女のモノですか?」
253 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/24(火) 19:15:44.53 ID:7ECGVfkQO
更新きたー
254 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [saga]:2013/12/24(火) 19:33:01.70 ID:HNwkPnoJ0

「ええ、どうかしたのかしら?」

「いえ、…そのブローチ、何処かで見たような気がして」

紅く光るルビーを見つめるイナッツ、この時のアタシはこの街には
人が多く集まるから、旅の宝石商か何かが似たようなモノを持っていた
 そんな考えを持っていた

「あっ、もうこんな時間じゃないの」

公園の時計を見ればどうだ、短針は間も無く"六"の数字にたどり着こう
としていた、楽しい時間は早く過ぎるとはよく言ったものだ
 昨晩ナジミに六時に来いと伝えてあるのだ
いつ来るか分からないのでは困るし、アイツが朝食を作ってくれると
言っていた(材料費等はアイツの自費で)、この厚意に甘えない訳にも
いかないと考えて、頼んでおいた

「ねぇ、イナッツ、アンタが良ければだけどさ
 アタシん家に来ない?朝ごはん食べてきなよ」

「ええっ!?」

友人を家に招くのは結構嫌いじゃない、めんどい朝食作りはナジミが
やってくれる訳だしね

「良いんですか?」

「良いって、良いって家に遊びに来なよ」

陽も昇り始め辺りが明るくなり始めた頃、アタシは友人と家に向かう
ここ最近、アタシは充実しているように感じる…
 一番の原因は、多分"例の症状が治る"可能性があるからだと思う

手足が動かなくなる恐怖、声すら出なくなる恐れ
常に誰かが居て、誰かに助けられなければ生きていけない
自分の力で未来を掴めず、誰かの人生を縛らなきゃ先にいけない一生

まるで絶望しか視えてこない生涯
 そんな運命にもようやく光が射したんだ
まるで三流脚本家が書いたような内容、突然の奇跡…
不運に見舞われた主人公に魔法をかけてくれる魔法使い
子供向け絵本なんかじゃ手垢が付くほど使い古されたような展開だわ

でも、それが良い、それこそがベストなのよ…!


アタシん家の方角、丁度、昇る朝日を受けながらの帰路
目を細めながら、アタシ達は進む、あぁ、世界が輝いて見えるッ!



(今、アタシは、本当に幸せだ…!人生に流れがあるなら
 間違いなく、アタシに"流れ"が来ている…!)



アタシの人生に栄光がありますように…!
そんな想いを持ち、家の前の曲がり角を曲がると




        ボスッ!!



「へぶっっ!?」




「ビ、ビビアンさぁん!?!?」

「あっ、姉ちゃん!?わ、わりぃ」


曲がり角を曲がって出迎えてくれたのは
顔面目掛けて飛んできたボールだった…
255 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [saga]:2013/12/24(火) 20:33:27.00 ID:HNwkPnoJ0

「…」サクサク


「わ、悪かったってば」

なんとも気まずい雰囲気の空気が流れるアタシん家
何で空気が悪いかって?

順を追って説明するなら…そうね
 ナジミは今日、早起きしてアタシの為にわざわざ宿の主人に了承を得て
クッキーを焼いてきてくれたらしい、そのクッキーってのが
シンプルなバタークッキーなんだけど、これがまた美味しいのよね
 昨日、南蛮風ハンバーグとやらを作ってきたり、クッキーを焼いたり
男の癖に地味に女子力が高いと思ったわね…
 で、その地味に女子力が高い男がアタシん家に来たわ良いけど
肝心のアタシがイナッツと公園で駄弁ってたから
外で律儀に待ちぼうけていたってわけなのよね

「…」サクサク・・・ゴクッ

可愛らしいラッピングのクッキーを少し目を放した隙に子猫に取られて
さぁ大変!ナジミさんは大慌てでポケットに左手を突っ込み
"込めていた"ボール(ドッチボールとかに使うサイズの奴)を取り出し
ブン投げます!

かえってきた ビビアンちゃんに クリティカル です!

 やったね! このやろう!

「…別に、顔に跡が残った訳じゃないし、美味しいクッキーに免じて
 許してやるわよ」

「そ、そか、まぁ、そのなんだ、マジでごめん」

目に見えて狼狽えていたナジミにお客様も居るんだから
美味いモン作りなさいよね、そんでチャラよと言ってやったわ
そそくさと台所へ逃げるように入っていくナジミを尻目にアタシは
本日お越しのお客様のお相手をする事にした

「ごめんなさいねイナッツ」

「あ、いえ…所で、気になることがあるんですが」

「うん?何かしら?」

お茶請けのお菓子と紅茶の入ったカップを差し出しながらイナッツを見る

「あの、その…」

「ハッキリ言って構わないわよ、アタシ等、友達じゃないの」

何かを言いたそうな友達に遠慮はしなくても良いと言う主旨を伝えると
彼女は口を開いて訊ねてきた

「じゃ、じゃあお聞きしますが、…ビビアンさんってナジミさんと
 お付き合いしているんですか?」


        ぶぶーっ


噴いた、紅茶噴いた

いやいや、君、なにいっちゃってんのわけがわからないからね
あの怪人黒コートとあたしがおつきあいってなんじゃそりゃ

「あ、いえ、そのこうしてご自宅に、異性を呼ぶというのは、その…」

「ああ、うん、まぁ普通はそう思っちゃうわよね、うん」

アタシはアイツとは別にそういう関係じゃないって事を伝えた
ただ、故あって一定期間アイツと行動を共にしなきゃいけないんだと

………確かに冷静に考えると平然と男を家に呼び込んでるわね、アタシ
 常識が通用しない奴と一緒だったからか、何か感覚が麻痺してたわ・・・

「"故あって"ですか?」
256 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [saga]:2013/12/24(火) 21:19:17.37 ID:HNwkPnoJ0

「アタシは、小さい頃から身体がたまに動かなくなる病気を患っててね
 どんな医者も『本当に病気なのか』とか『手に負えない』だの
 『こんな症状は例が無い』って匙を投げるくらいのモンを患ってるわ
 ・・・ひょんなことから知り合ったアイツはこの病の謎を知ってるらしく
 現にアイツと出会ってから今日まで"身体が動かなくなる痺れ"が無い」

「…"身体が痺れる"?」

首を傾げて、何かを考え込むイナッツ
何を考え込んでいるのかは知らないけど、ナジミに治療してもらう事を
条件に共に過ごしているという事を説明した
 間違っても彼氏なんかじゃない(此処、重要)

「おーい、姉ちゃん!食器棚の皿ってどれを使っても良いのかい?」

「ええ、どれ使っても良いわよ!」

ナジミの質問に大きく声を出して答える
…イナッツ、何よその顔は? 微笑ましいモノでも見るような顔して

「あー、あー、そうね、劇場で公演予定の台本とかあるんだけど
 どう、暇つぶしに見てみない?」

とりあえず、話題を逸らそう、そうしよう
思い立って席を立ち、劇場で渡された公演予定の台本を幾つか持ってくる

イナッツの公演の後も、劇場を利用する予定の客は大勢いる
これはその中でも約一月先までに行われるモノの台本だ

基本的に裏方のアタシ等には縁が無い様に見えるけど、○○のシーンで
この舞台セットとか、○○で特殊な演出をかけるとか裏方もそういった
意味で台本を読んどく必要があるのよね

そこでアタシが持ってきた台本をテーブルの上に乗せる


・『トロイの木馬』


「これは…"トロイの木馬"ですよね?」

「ええ、有名な話よね」

今しがた言ったように有名な話だから大雑把な説明しかしないけど
"トロイの木馬"ってのは簡単に言えば
戦争で勝利したA国がB国から戦利品として持ち帰った木馬の中から
潜んでいた敵兵の奇襲を受ける話ね
 …持ち帰った宝は実は恐ろしい罠でしたって話

彼女と気が合うのはイナッツ自身が芝居好きで話題について来れるから
かもしれない、そこで次にアタシが持ってきた台本

これは間違いなく彼女の御眼鏡に適うわね、なんせ実話を元に作られた
お芝居なんだしね



・『リュウキュウ 物語』


「…これは!」

「ふっふっふ、知る人ぞ知る劇、"リュウキュウ 物語"よ!」

この話が本になって出回るようになったのは何でも二十年近く前らしい
どマイナーな話であまり知ってる人もいない
だからこそ、芝居にして一儲けしようなんて考えた役者がいるのね

「…世界中を魔物の友達と一緒に回ったけど、この話だけは
 手に入りませんでした」

目を見開いて、台本を手に取るイナッツ
うん、うん、その気持ち分かるわ
アタシも原作を知ろうとして古本屋や旅の商人と色んなトコ
探し回ったし
257 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [saga]:2013/12/24(火) 22:06:44.31 ID:HNwkPnoJ0

"リュウキュウ 物語"

"トロイの木馬"と違って有名でもなんでもない話(個人的に好きだけど)

あの大国[エジンベア]の貴族の女性が世界を見て回る為に船旅に出た所
 船が予期せぬ事故で座礁、転覆した船から半ば投げ出されるように
海へ落ちたお嬢様が東洋の神秘[ジパング]に流れ着く話

そこで何でも"匠"というモノをやっている男に拾われ次第に心が惹かれ
恋に落ちるという話だ
 その時の男性が[ジパング]のその地方"リュウキュウ"という名前だから
そんなタイトルだったような気がする

「へぇ・・・随分と変わった話じゃあねぇかい?」

「あっナジミ」

ふと顔を上げれば黒コートの上にエプロンという画期的なファッションの
ナジミが居た、・・・・・・どうでもいいが、この男、室内でもコートなのか?

「さぁて、お美しいお嬢様方、本日の朝食でさぁ」カタ

食卓に並ぶのは簡単なモノだった、大根をおろし金で擦ったモノを乗せた
焼き魚に、豆腐を特製だし汁で茹でたモノだったり、同じくナジミ作の
自家製ドレッシングを使ったサラダ
ツナの入った[ジパング]風のオムレツね

「一風変わった料理ね?」

「昔、教えてもらったモンでさぁ、味は保障する」

世界を旅した星飾りが言う、   …言うだけの事はあるわね
味は悪くないわ

「アンタさ、この話知ってんの?」

世界を旅したコイツなら知ってても不思議は無さそうだから話題を振った

「応、知ってるも何も原作持ってるしな」
「「マジで(すか)!?」」

「…世界各地で本とか集めたりしてるからな
 二人ともそんな身を乗り出さんでくれ、落ち着けって、な?」

若干引き気味のナジミに色々と質問してみたいと思ったのはイナッツも
同じだったらしく、二人で質問の雨荒らしをぶつけてやったわ
―――
――


「それじゃ、お嬢様は[エジンベア]の政治が嫌で家出したってこと?」

「ああ、余りにも腐りきった裁判制度を導入してたからな
 裁判長の娘って立場でしか見られないお嬢さんは国のお偉いさん方に
 愛想尽かしちまったてぇ訳さぁ」

「でも一度は故郷に帰ろうとしたんですよね?」

「うん?まぁ、出会った人との婚姻を認めて欲しかったからだ
 さっき読み聞かせたようにご両親はカンカンに怒っちまってんで
 二人で何処か、誰にも見つからない場所へと駆け落ちって訳だわな
 いやぁ、ロマンチックだねぇ」

原作片手に大きく手を振って表現するナジミ
コイツ紙芝居とか劇団の語り手とか勤めれば良いんじゃないかしら?
割と様になってるし

「所で姉ちゃん、あんたぁ職場に行かねぇで良いのかい?」

「何言ってんのよ、アタシの今日の出勤は午前十一時、まだ余裕が」チラ


『十時 五十三分』


「…」

話に熱中し過ぎて気付けば遅刻寸前になってたアタシの叫びがあがった
258 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [saga]:2013/12/24(火) 22:09:45.41 ID:HNwkPnoJ0
>>253 早朝7時に投下とか言っときながらこんな時間まで遅れてました
   ・・・できもしない宣言はするべきではありませんね


259 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/25(水) 01:40:06.27 ID:bnKrqmGDO
おつ
いい感じにストーリーが落ち着いてきたね
このあとの展開も期待してます
260 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [saga]:2013/12/25(水) 19:40:56.63 ID:7xOK3WQa0
―――
――


午後四時、仕事と言っても単に劇場内の清掃活動くらいしかなかったから
本当にすぐに終わる予定だった

遅刻が原因で倉庫の機材運びが追加されなければね・・・

「あ〜あ、やんなっちゃうわよ」

「大丈夫ですかビビアンさん」

今朝と同じく公園のベンチに座るアタシとイナッツ
イナッツから手渡されたソーダ水をグイっと喉へ流し込む

「良い飲みっぷりだねぇ!!でも乙女のするこっちゃあないな」

アタシ等の背後から声がする、何時ぞやと同じような台詞を吐く星飾りに
気だるそうに「別にいいじゃん」と返事をしてやった




今日で


今日で"約束の三日目"だ




「・・・」ゴクッ

アタシは再びソーダ水を飲んだ、ジャラっと砂利の様なサイズの氷が
紙コップで音を立てる、喉が渇いていたワケでも無い
強いて言えば緊張してたのカンジかしらね、暑くもないのに汗が出る

「ねえ、訊いて良いかしら?」

「はいはい、何でもどーぞ」

「これからアタシの症状の謎を"ある場所"で教えるっていったわね」

「そだね」

「…この場にイナッツが居る理由ってのは?」

「本来なら俺だけでも良さそうなんだがな、場合によっては彼女に
 手助けしてもらえないかと思ってねぇ」

コイツ一人では治療できない方法なのか?
…いや、でも、見た感じイナッツも医学に詳しいようには見えないし

「・・・それじゃあ、行くかい?」

「・・・ええ」




ナジミを先頭にアタシ等三人は街中を歩いていく
商人で賑わうストリートを横切り、料亭サンチョのあった場所を通り過ぎ
ボロボロの教会の前を素通りしていく、随分と街の中心から離れたものだ
殆ど、民家が少ない街の郊外・・・耳を澄ませば鳥の囁きが聴こえる
振り返れば石壁の向こうから顔を覗かせる煙突があんなにも遠くに思える


「随分遠くまで行くのね?」

「ん?ああ、でも何処に向かってるかは分かるだろ?」

「・・・」

歩き始めてから一言も話さないイナッツ、ナジミの目線の先には・・・

郊外に建てられた、ちっぽけな小屋が一件
261 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [saga]:2013/12/25(水) 20:08:21.68 ID:7xOK3WQa0

なんてことのない一件の小屋

木製の作りで、屋根は赤茶色の瓦屋根ただ遠目からでも分かる程に
生い茂る雑草と曇った窓ガラスを見るに人が使っていないってのは分かる

「あの、ビビアンさん」

ここに来て今まで沈黙を通していたイナッツが口を開いた



「私は・・・ビビアンさんを悩ませている病に心当たりがありました」



「えっ?」


医者が匙投げるような症状の謎を知ってる人物がここにも居た
思わず立ち止まってイナッツの方を見る

「心当たりといっても確証は無いし、・・・それでビビアンさんが劇場に
 行った後で、こっそりナジミさんに確認したんです
  私の考え方が正解なのか・・・合ってるかどうかを確かめました」

ナジミと出会った初日、アイツが自分は占い師だと騙っていた時は
何故かアタシの症状を知っていた
 そして、出会ってまだ一日も経たないイナッツ
彼女に症状の事を話したのは今朝が初めてだった

何故分かるの? アタシがあんなにも必死になって調べていた事が
こんなにもあっさりと? 
 気付けば、声に出ていたのかイナッツは答えてくれた


「ビビアンさん、これは多分、普通の人では決して気付けない事だったと
 思うんです"私"や"ナジミさん"だから気づけたんじゃないかと」

「姉ちゃん達!立ち止まってお話も良いが、そろそろ来ておくれ!」

既に小屋の入り口までたどり着いていたナジミに呼ばれて再び歩みを
進める、歩き続けながら彼女は言う



「ビビアンさん、今朝、公園で貴女のお母さんの話をしてくれましたね
    あまり、お母さんを嫌いにならないであげてください」

「・・・?、なんで今そんな事を言うのよ」



「・・・」

イナッツは再び黙りこくって歩くだけだった


でも最後に一言

一言だけ、ボソっと漏らした一言を訊いた









「ビビアンさんの"症状"は"病気の類"ではないんですよ」






アタシ達は小屋の前に到達した・・・!
262 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [saga]:2013/12/25(水) 21:12:49.00 ID:7xOK3WQa0

ガチャ

ドアノブに手を掛けて主人の居ない小屋へ入り込むナジミ、続いてアタシ
少し遅れてイナッツが入ってきた
 中は…うん、埃っぽいね
自慢の服が汚れそうだとかそんな事は心配しない
 イナッツの意味深な発言が頭の隅に引っ掛かって釈然としない

「鍵って掛かってなかったの?」

「いんや、掛かってたけど前来たときに抉じ開けた」

しれっとした顔でピッキングを告白した黒コート
前来たって、・・・ああ、よく見れば埃だらけの床に足跡があるわね
一度玄関から入って、家中を家捜ししたって感じかしら?

「ええっと確か此処だったかな?」

部屋の中央から少しずれた所で蹲るナジミ、何をしてるのかと覗き込むと
コイツはフローリングの繋ぎ目部分に指を掛け床の一部を外したわ
床に隠し階段があったのね・・・

「これは…!」

「姉ちゃんや、これからこの先で長年苦しめてきた"痺れ"の謎
 "何故、患ったか?"…そして姉ちゃんの母親の仕事について話すぜ」



どうして、アタシの親の話が出るのかが分からなかった

謎 謎 謎 ・・・謎だらけで頭が痛くなる

思考をフルに回転させようとするアタシは次に見た光景で言葉を失う


「・・・!」

「・・・これは!もしかしてこれ全部ですか!?」

「ん、その通りだエルフの姉ちゃん」


隠し階段先の石造りの通路、薄暗い通路をナジミが取り出したカンテラの
明かりを頼りに突き進み、奥の扉を開けば・・・その光景は実に圧倒的ッ!

床はまるで昔、公演された"宝島"の宝物庫のような黄金の床、全部が金塊
 その上の決してお芝居なんかに使うような安っぽいモノとは違う
真紅の絨毯には様々な金品、宝玉がばら撒かれ、壁には長剣、短剣、槍
他にも戦斧なんかも飾ってあった、壁際の本棚には隙間無くギッチリと
詰め込まれた本、部屋の隅に蓋のしてある壷が幾つか、それと机と椅子

そんな部屋だった

「こ、此処は?」

上擦った声でナジミに此処が何なのかを訊ねる

「ここかい?"姉ちゃんの母親の職場"だよ」

コツコツと黄金の床を厚底靴で踏み歩き室内の椅子に手を掛け
立ち話も何だし、椅子に座らせてもらおうぜとナジミが言う

「・・・」


わけがわからない

「・・・座ったわよ・・・」

「座りました」

「ん、おーけぃ、んじゃあ、まず順を追って話すが・・・
 

   姉ちゃん達は"鑑定士"ってのは・・・知らないか、かな?」

263 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [saga]:2013/12/25(水) 21:40:24.39 ID:7xOK3WQa0

「"鑑定士"?」

「簡単に言えば俺と同じ"込める技術"の同業者だな」

"鑑定士"
ナジミの説明によると"込める技術"で作られたモノの『解析』『分解』を
専門とする人達らしい

「・・・俺ぁ"込める技術"は人を幸せにするモンだと信じてる

 けどな、中には全くそうでない・・・俺の信条たぁ真逆なブツがあんのよ」

「どのような物ですか?」

イナッツが訊ね、そしてナジミが答える







「・・・  [破壊のつるぎ] [破滅の盾] それに[みなごろしの剣]とか

           そして"姉ちゃんが着けてるブローチ"が対象だ」







「・・・・・・・・・は?」






ブローチ? 母親の遺品のブローチが何だって?
今、何て言った?

「ちょ、ちょっと待った、あ、いや、待ってくんない、マジ意味不明
 なんだけど」

「いいよ、待ってやるよ」

深呼吸を2回、3回・・・よし

「あのさ、アンタの信条ってのは人を幸せにする事よね?」

「ああ、それで合ってる」

「じゃ、じゃあさ、アタシが着けてるこれって、これって・・・何?」

「・・・」



気付けば声が震えてた

「最後まで聴いてくれ、それが何かも話すから」

「・・・」


そしてナジミは全てを話した、この三日間のナジミの全ての行動をだ
264 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [saga]:2013/12/25(水) 22:16:08.50 ID:7xOK3WQa0
*************
********
*****
***

陽はゆるやかに落ちて、昇る月と地表を照らす役割を交代してゆく
この日、黒コートに身を包んだ一人の人間がこの街を訪れた・・・!

街中に吹き荒れる木枯らしが黒髪、耳の星を模ったイヤリングを揺らす

この人間には目的があった、三年、三年近くある[青い石]を探していた
そして、星飾りはある情報筋から、かつて幼少時代に留学していた街に
件の品があるという話を耳にする・・・!

その情報というのが黒コートの"悪友"が調べたことで
唯でさえ劇場目当てで多くの旅芸人、芸を見に来る人間目当ての商人等
人々が行きかう街であった

 黒コートことナジミは初めから旅の商人達の事は当てにしていない
(万が一ということもある為、念入りに情報収集は怠らなかったが)
ナジミが期待していた事、それは"悪友"が『この街に"鑑定士"がいる』と
言った事だった

先述述べたように、鑑定士の役割は"込める技術"を調べることにある
それもちょっとやそっとの量では無い、日々、かなりの量の技術を
鑑定するため
 隠し部屋など誰にも気付かれない所で"技術"を調べていた

その鑑定士ならば求めている[青い石]に関して何かしている可能性がある

問題は何処に住んでいるかなのだ、さしものナジミといえど恐らく調査に
は早くとも一日は潰すことになりかねない

そんな事を考えながら歩いていた時だった・・・

ドンッ

近場で何かが入る音がした
そして・・・

「あっ、すいません」

俯いて歩いていた女性とぶつかった、女性の後ろを見ればゴミ箱から
占いの雑誌が顔を覗かせている、そして風に舞う破かれた雑誌のページ

「・・・!」

ナジミは驚いた

何に驚いたか? 鑑定士の手がかりを探すなら"込める技術"関連のモノを
見つけられれば良いのかなどと考えていた矢先

その"込める技術"が目の前に飛び込んできたのだッッ!!!!


「いやいや、俺も前を見てなかったからねぇ、ところで綺麗な姉ちゃん
 一人かい?、良かったらディナーでもいかがかな?」

「は?」

相手は何だコイツ?ナンパか? とでも言いたそうな顔でナジミを見ます
この際、相手が何を考えてようが知ったこっちゃありません
 「どうにかしてこの女性と接点でも作れないか?」ナジミの頭の中には
その考えが浮かんでいました

この街で技術絡みと来れば必ず"鑑定士"に漕ぎ着けるッ!そんな確信が
現れました、何故なら彼女が首から下につけていたモノ

それは"ブツ"が"ブツ"だったからです・・・

ナジミは鑑定士でなくとも技術屋の端くれ、少なからず見抜く知識がある


女性が付けていたモノが普通なら決して手に入らないモノであること




     相手を"呪う"事に特化した"技術"だと気付いたからです
265 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [saga]:2013/12/25(水) 22:51:39.26 ID:7xOK3WQa0

ナジミはどうにか女性の気を惹こうと彼女の細かい仕草、言動から
どのような事なら関心を惹けるかを探ります
そこで自分は旅の占い師ですと騙った所どうでしょう?ドンピシャです!

当然占いなんぞできるワケのないナジミはにわか占いをした後

彼女に身体が痺れる事は無いか?と訊ねます

チキンライスを食べる手を止めるのを確認、またまたドンピシャリですね

人を"呪う"事を目的とした"込める技術" これは

"誰かが誰かに恨みを抱いていて、誰かを陥れようと考えて贈りつける"

そういうモノなのです

明らかに取り扱い注意の代物、それこそ鑑定士辺りが絡んでても
おかしくはない、そうでなくとも女が苦しむ事を好しとしないナジミは
黙って見過ごしはしません
 仮に鑑定士の件が無くとも女性を助けようとしたでしょう

早速、女性にブローチの件で訊ねようとしたところで運の悪い事に
ワケの分からないヘアースタイルの連中が酒場に入り込んできます

ソレを片付けた後も女性が"痺れ"て倒れてしまうなど
訊く機会を逃してしまう


倒れた女性の身元を近辺の住人に訊ね、送り届けた後、やむを得ず
先に女性の身元関係を洗う事にした

あのブローチを渡された女性は"誰かに呪われる程の恨みを買っている"
ナジミはそう解釈したからだ



  ここからがナジミ勘違い捜査の始まりであった・・・!

"鑑定士"にせよ、"女性を殺害しようとする何者"かを調べようにも
手がかりゼロ、せめて三日程の時間が欲しい

一番手っ取り早いのは朝一で目を覚ました女性から誰からブローチを
貰ったかとか、誰かに恨まれるような事をしていないかと訊くことだ

 が、下手に手を出せば"殺害を企む何者か"を刺激するのではないか?

技術を使っての犯行を狙うなら他にもなんらかの用意があっても
不思議じゃない、事は慎重運ばねば・・・
そう考え、極力、女性を守れるように(流石に24時間は無理でも)
三日間に渡り女性を保護、あわよくば犯人を炙り出し
捕まえて、何処で技術を手に入れたのか白状させよう・・・!

っと勝手に"存在しない何者か"を警戒していたというワケであった

彼女が劇場で働いてる間は流石に大丈夫だろうと
鑑定士の捜索をしたりもした・・・少し目を放した隙に[シルバーデビル]に
襲われるなんて予想外な事もあったのだが

そして遂に鑑定士がいたと思われる小屋を確認、内部を調べれば案の定
仕事に使われた部屋を発見、そこから鑑定士の物と思われた日誌もあった
その日誌・・・そして三日目の朝、ひょんな事から知り会ったエルフからの
証言でやっと自分の勘違いであった事を知った




これが三日間の真相だ!

*************
********
*****
***

「・・・という訳だ」

「…」
266 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [saga]:2013/12/25(水) 22:58:56.89 ID:7xOK3WQa0
>>259 この先の展開が少し無理矢理な気がしないでもないという不安・・・


クリスマスだし友達(男)とポケットの中の戦争、観てくる!
え、彼女と過ごす?なにそれ、おいしいの?
267 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/26(木) 01:40:28.41 ID:2fvBFsnDO
おつ
クリスマスなんてなかったんや
268 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [saga]:2013/12/26(木) 13:23:52.39 ID:ZKcfGzLW0

アタシの前にナジミが歩いてきた、そして一冊の本を差し出した
今の話に出てきた鑑定士とやらの・・・母の日記なのだろうなと思った
 内容は、殆どが仕事と思えばアタシの事だった

今日、こんなドレスが届けられた、技術でもない普通のドレスだったら
あの子に似合ったんじゃないか
 ちゃんとご飯を食べているのか?

家に帰ってあげられなくて申し訳なく思っていた事とか・・・

読んでる最中、フォローでも入れてるつもりなのか星飾りが口を挟む

「エルフの姉ちゃんの話じゃあ、あんたぁ母親を好いていないようだが
 向こうさんは姉ちゃんの事を愛してたさ
 ・・・やべぇブツを取り扱う仕事柄、家に居られなかっただけなんだ」

こういう時、どういう顔すればいいのか分からない
今の今まで愛されていないと思ってた人が実は一番、愛していてくれた
 気持ちの整理がつかないじゃんか

「・・・ナジミ、もう少し、もう少しだけコレを読む時間を貰って良い?」

「構やしないよ」

―――
――


アタシが読み終えるまでの間、二人は取り出した茶菓子をつまんでた
そして「もう良いわ、ありがとね」と伝えて次の質問へ移る
 母さんの気持ちは解った、そして次にこのブローチが何かを訊きたい

「ソレか・・・、それはある"込める技術"の模造品でさぁ
 オリジナルはかなりの魔力が込められていてな
 完璧な複製品は作れる奴が全く居やしない
 俺が探してる[青い石]同様、大昔の鬼才が作り出した代物」

ナジミはアタシのブローチを…ブローチに付いていたルビーを指差し言う






「まるで"トロイの木馬"みてーに手にした人間を破滅へ・・・
  生涯、寝たきりに追い込んじまう"込める技術"[夢見るルビー]ッ!」






「・・・やはり、そうでしたか」

ナジミがブローチの正式名称を述べてエルフの少女イナッツが頷く

「そいつぁ元々ある技術屋がな、さる麗しの婦人に宛てて作ったモンでな
 その婦人ってのが人間じゃあねぇのさぁ」

アタシはイナッツの方を見る

「さっきも言ったがそのルビーの完成度は非常に高かった・・・
 人間には唯のルビーにしか見えないがエルフにはその真価が理解できる
 昔はその卓越した技術に憧れて多くのヒヨッ子共がそいつに近づこうと
 [夢見るルビー]の複製に挑んだ、そして多くの粗悪品を作ったって訳」

「アタシが着けてるコレも?」

「だな、まず[夢見るルビー]…こいつぁエルフを虜にできる魔力がある
 それはエルフから観れば"綺麗"だとか"美しい"とか、そんなモンだが
 人間は違う、人にはあまりにも強すぎる魔力ッ、故に覗き込んだ人間は
 魔力に取り付かれて身体全身が"麻痺"しちまうんだッ!」

「実物こそ見たことはありませんが里にいた時、小耳には挟みました
 族長が代々娘へと受け継がせている家宝だと」

「わーお、そこまで大切にされりゃ、作った奴も職人冥利に尽きるな」
269 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [saga]:2013/12/26(木) 14:11:15.65 ID:ZKcfGzLW0
「でも、おかしくありません?聴いた話しではルビーを覗き込むだけで
 身体が"麻痺"してしまうと、それにその"麻痺"は普通に[まんげつ草]で
 治療できるとお聴きしましたが」

「ソコなんだよねぇ、ソコ、ソコ!…碌に才能も無ぇアホタレ共の作った
 粗悪品だ、オリジナルより悪い意味で上質なモンが出来ちまったのさ
  …今、エルフの姉ちゃんも言ったが覗き込むだけで"麻痺"しちまう
 だったらよォ、毎日肌身離さずとは言わずとも化粧台の前でいつも
 見る機会の多い姉ちゃんは何ですぐに"麻痺"しねぇんだって話だぜ」

確かにそうだった、自宅で少なからずアタシはルビーを見る機会が
多かった筈だ

「毒薬に即効性ってのあるように、鈍効性ってのがある、その粗悪品…
 目に入ってすぐにとかじゃあない
 指輪なりペンダントなり身体に密着する形でこそ真価を発揮する
 そいつぁまるで癌みてーに最初は"ほんのちょっとの違和感"そこから
 少しずつ徐々に身体全体に回っていくのさぁ」

それを聴いてゾッとした、つまり、何か?
アタシは小さい頃からソレと知らずにコレを肌身離さず着けていたと?

"トロイの木馬"さっきナジミが言った単語だ、ああ、正しくその通りだわ
芸術的な木馬を戦利品として持ち帰った王国は知らず知らずの内に内部へ
破滅を持ち込んでしまう…
 美しい宝石だと魅入って身に着けてしまう
それが体内に恐ろしい異常を招くとも知らない内に…

「粗悪品の厄介な所はこれだけじゃあない、悪い意味で上質っつたろ
 [まんげつ草]でも教会でも治せやしない、単純な"麻痺"と違って
 "込められていた"魔力が要因の"麻痺"…むしろ"呪術"的なモンに近ぇ
 単なる"呪い"じゃないから教会でも[まんげつ草]も駄目
 単なる"病気"じゃないから病院もお医者様も揃ってお手上げだ
 マジにタチの悪ぃ粗悪品だぜ、こいつぁ」

「…」
「…」

アタシもイナッツも黙っていた、黙って聴き入っていた

「こんなん一般人に見抜けるワケがねぇんだって…
 [夢見るルビー]の話を知ってる"エルフ"か"技術屋"でもなければ、な」

「あ、あのさナジミ」

「あぁん?」

「さっき医者も教会も駄目って言ったじゃん
 じゃ、じゃあ、アタシは…、アタシは治る見込みって…!
 治る見込みあんのよね!?」

あんな話聴いた後じゃ不安しかないに決まってるじゃない
でも、ナジミはそんなアタシに柔らかい笑みを向けて

「治せるに決まってんだろ、俺ぁ天才だぜ?」

と一言、言ってくれた馬鹿馬鹿しいかもしんないけど
言葉ってのは重要だ、こんな一言でアタシは勇気は持てたのだから

「それに下準備は済んでる」

「えっ?」

「姉ちゃんや、三日ルールを言ってみ?」

三日ルール? それってアタシがナジミと過ごす際の取り決めよね?
確か…

 ・朝食 昼食 夜食 を"決められた時間に必ず共にすること"
 ・寝る時は"アタシは自分の自宅" "ナジミはナジミの宿泊先の宿"
 ・自分が買いたいと思うモノは互いに自分の金で買う
 ・"ナジミにできる命令は一日三つまで"

「このルールは俺が姉ちゃんを殺そうと考えてる奴から守ろうとして
 作ったモンだ…ま、結果的にそんな奴はいなくて
 俺の恥ずかちぃ勘違いだったがな
 実は宿に帰る前にも金払って用心棒とかを近場に配備させてな
 無駄金だったが」

まぁ、それはどうでも良い、肝心なのは"食事"だ、ナジミはそう言った
270 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [saga]:2013/12/26(木) 14:38:39.60 ID:ZKcfGzLW0
>>267 うん、そうだね くりすます なんて なかった(白目)


さて、本日26日、皆様はイブをどのように過ごせましたでしょうか?
カップルの皆様、末永く祝ってやろう

 [プレゼント]つ【夢見るルビー】




*********************************

>>モンバーラ劇場 【ドラゴンクエストW】より
"モンバーラ"というのはWに登場の某姉妹から取った名前


>>ちみっこ共のお芝居 【ドラゴンクエストX】より
"べら"とか"げれげれ"とか名前を見て解る通り
Xの主人公が幼少時代の頃のイベントを題材にしたお芝居ですね


>>イナッツ 【ドラゴンクエストX】より
モンスターじいさんの所にいる助手的な人
バニーガールの助手を侍らせるってあのじいさん何気にすごくね?


>>鑑定士 【ドラゴンクエストW】より
正確に言えば違うけどトルネコはMAP上で
道具を【みる】というコマンドを持っている、この機能は対象アイテムの
装備可能なキャラクター、店で売った時の売値
戦闘中に道具として使用しようとすると特殊効果がある事などが判明する
このSSで言う鑑定士はトルネコのそんな機能を元にしている


>>夢見るルビー 【ドラゴンクエストV】より
MAP上で使ってパーティー全員が麻痺→全滅

なんて流れのプレイヤーは俺だけじゃない筈だ…ッ!

とあるエルフの娘、とある村の男性が駆け落ちの際に持ち出した宝石
この二人の最後は…
このSSに登場するのはあくまで本物ではなく粗悪品(コピー)ですね
実際にこんな鬼畜性能なモンはありません、あったらソフト叩き割る


>>264
その鑑定士ならば求めている[青い石]に関して何かしている可能性がある
訂正↓
その鑑定士ならば求めている[青い石]に関して何か知ってる可能性がある

>>265
チキンライスを食べる手を止めるのを確認、またまたドンピシャリですね
訂正↓
オムライスを食べる手を止めるのを確認、またまたドンピシャリですね
271 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/27(金) 22:44:55.01 ID:LgXUtXXDO
おつ
夢見るルビーだったか…
272 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/12/28(土) 20:13:29.89 ID:cr+bv1Qvo
>>146
高山みなみに1票
273 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [saga]:2014/01/03(金) 19:42:06.00 ID:79nK6Qpk0

「食事ですって?」

「そー、そー、食事よ食事、分かるかい?鍵はあそこに有りってね」

…この三日間の食事

アタシとナジミが共に過ごした間での朝食、昼食、夜食
少し考えてから、ふっとアタシは共通点がある事に気付いた
 昨日会ったばかりのイナッツは当然ながらその共通点には気付けない

「あのさ…間違ってたら悪いんだけど良いかしらね?」

「何事も言わなきゃ始まらんさ、言ってみな」

あまり自身は無かったけど言ってみた


「朝食、必ず朝食は"アンタが用意したモノ"だった」


アタシは探偵なんかじゃない

推理小説なんて読まないし、先だって読めやしない
けど、それくらいしか共通して分かるモンなんてないのよね

「一応、聴いとこうかな、その結論に至った理由って奴をよォ」

「…アンタが三日間アタシと生活を共にするって宣言した時から振り返る
 まず、アンタと出会って酒場でモヒカン共と乱闘した日ね
 その日はまだ同棲宣言はしてないからカウントしない
 アタシが倒れた次の日、そこで初めてナジミは
 『俺と今日から、"三日間だけ"同棲してもらう』って言った…!」

「そだね、姉ちゃんの言うとおりでさぁ
 ・"モヒカン共の日はカウントされない"な三日間に入るのは

 ・【一日目】"その翌日の宣言した日"
 ・【二日目】"[シルバーデビル]の事件があった日"
 ・【三日目】"そして今、この瞬間"

 が範囲に入っている、…うん、特に訂正するような内容じゃあないね」


「続けるわよ?
 二日目、三日目はアンタが直接アタシん家に来て朝食を作りに来た」

「あれ?、…おかしくないですか?」

ここでイナッツが発言した

「二日目、三日目"は"ってことは初日は違うってことですよね?」

「ああ、うん、一日目はナジミはアタシん家で朝食を作ってはいないわ
 ただ、"昼食用のサンドイッチ"を作っていったのよ」

あの日はサンドイッチを喉に詰まらせて危うく死に掛けたわね…
ナジミが水入りの紙コップを渡してくれたけど

「"アンタは自分の作ったモンをアタシに食わせる"ことが重要だった
 アンタの作ったルールにあるわ

 『朝食 昼食 夜食 を決められた時間に必ず共にする(厳守)』

  "決められた時間"に"必ず共にする"これを一番大事にしていた理由
 多分、食事の中に治療する為の何かを入れて食べさせたってとこよね」

アタシは思う…
劇場内で会った時、アタシが紙コップの水を飲み干してからナジミは

"今日は痺れがあるか体調を訊ねた"その後で"今日はないかもしれない"と
言い切った、あの時に…

"サンドイッチを食べたのを確認できた時"にナジミは"言い切った"んだ


「違うかしら?」


「わーお、中々面白いねぇ」
274 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [saga]:2014/01/03(金) 20:21:49.90 ID:79nK6Qpk0

「夕食は一日目、二日目と外食だし、チャンスがあるなら朝か昼
 それに必ずアンタは家に来て、食事を作りに来る
 二日目にアタシは眠れなくて街中を走ってた、その時の時刻は六時半
 朝食を取るには少し早すぎる時刻…
 そしてアタシが帰ってきたのは七時前、その時点でナジミ、アンタは
 アタシん家に来ていた…!」

おそらくアタシが適当なモノで朝食を済ませる前に…
確実にアタシに食わせる為だけに
早朝からアタシの自宅付近で待機でもしていた…ッ!

「今日だってそうだ、朝霧が出るような時刻から家を飛び出して
 イナッツと家に帰ればアンタは待っていたんだ」


パチパチ!


室内に拍手が鳴り響く

「大体合ってるねぇ」

口角を上げてナジミが語る

「その考え方で大体当たりさぁ、単純に"居もしない何者か"の毒殺を
 防ぎたいのもあったし、今、言ったとおり"特効薬"を飲ませるって
 理由もちゃーんとあんのよ」

ナジミがポケットに左手を突っ込んで何かを取り出す


ゴトッ!!


「…相変わらずどうゆう構造してんのよソレ?」

「"込める技術"は偉大ですってね」

取り出したのは[スライム]並みの大きさの"釜"だった
どう考えてもポケットに入るわけがない

「ジパングの諺にこんなモンがある"餅は餅屋に任せろ"ってな
 姉ちゃんのソレは"込める技術"が原因でなった症状だ
 なら目には目を、歯には歯を技術には技術の専門家で対抗しろってな」

ふっと気付いた、この"釜"は似ているのだ
この部屋に置かれている"壷"と少し似ている

「こいつぁ俺の悪友に作ってもらったモンでな
 技術屋なら一台は持っておきたい仕事道具の一つ
  [錬金釜]ってモンだ」

「「 [錬金釜]? 」」

イナッツと声がダブったわ、それがどんなモノか説明を求めると
よく分からない理論を説明された
中に入れたモノが魔方陣による融合がどうたらとか、まぁ簡単に言えば
中にモノを入れて、何かを作るって話だった

「"込める技術"なら現代医学じゃ無理な薬品もある程度は作れる
 これを手製の料理に混ぜたのさ」

サンドイッチのタルタルソース風味の味付け
南蛮風ハンバーグの味付け
お手製サラダの自家製ドレッシング

ああ、振り返れば分かる
料理全部にコイツの"特製のタレ"とやらが使われてた

「[まんげつ草]を複数、それに[げっけいじゅ]をベースに普通の食材と
 煮詰めて作ってある、あれで姉ちゃんの症状を徐々に弱めていった」

ナジミはアタシのブローチをじっと見つめる

「今日で特効薬を投薬し続けて三日間だ、ソレを外して触れることなく
 日々を過ごしてれば完治したも同然よ」
275 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします :2014/01/03(金) 20:47:18.25 ID:q0ALHDt80
縺翫b縺励m縺縺ァ縺吶ュ
276 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [saga]:2014/01/03(金) 20:55:16.61 ID:79nK6Qpk0

完治したも同然、その言葉を聴いて心が震えた

ずっと悩まされてきた症状が消える、どれ程…どれ程、夢見ていたことか

「姉ちゃんに相談があるんだがいいかい?」

ナジミから声が掛かり浮かれ気味だったアタシは我に返る

「にぁ、…なにかしら?」

思わず噛んでしまう程の浮かれっぷりだったわね、今、思い返せば
あれは笑えてしまうわね

「こほん…大変嬉しいお気持ちは分かるんですがねぇ、俺ぁこの先が
 不安なんですよねぇ」

チラッとナジミはイナッツの方を見やり、続ける

「姉ちゃん、俺ぁなんでエルフの姉ちゃんを立会人としてご招待したか
 分かるかい?」

「…?、そういえば、何で?」

「そのブローチは姉ちゃんの母親が遺した、まぁ言っちまえば遺品だなぁ

 
     姉ちゃん、その遺品を俺に手渡す気はあるかい?」


真剣に問いかけてくるナジミに理由を訊いてみた

「手渡すってなんでまた?」

「あー、まずだな、さっき俺ぁ言ったが俺、さ
 世界中を飛び回ってんじゃん?」

「…例の[青い石]ってのを探す為でしょ」

「それもあるし、俺ぁ世界中に"込める技術"を普及させたいって夢がある
 技術は人を幸せにするモンだからな…
   けどよぉ、中には"人を不幸にさせちまう込める技術"もある」

沈んだ顔、俯きながら話すナジミ
この男は語ってくれた


かつて、自分が世界各地を旅し"込める技術"が多くの人を幸福にした事

だけど、その反面で同じくらい"込める技術"が人を不幸にしてしまった事


旅人のナジミはとある街に立ち寄った
…街を治めていた人間が"技術"を使い、女性連続殺人を引き起こした

だから、その人物をナジミは"消した"


旅人のナジミはとある村に立ち寄った
…一人の野盗が"杖"を使い、非力な村民達から財を奪うという暴挙を見た

だから、その"杖"をナジミはへし折った


そして旅人のナジミはかつて暮らした街へ来た

一人の女性が"明らかに人に害しか与えない技術"で苦しめられるのを見た



失望した


絶望した


だが何よりも絶望したことがあった


自分が作った技術で人を苦しめた事だとナジミは語ってくれた
277 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [saga]:2014/01/03(金) 21:37:40.65 ID:79nK6Qpk0

昨日も話してくれた事
"画期的な戦闘法"とやらを考えたこともそうだが

それとは別に自分が作ったモノで人を後悔させた事があるらしい

だからこそナジミは…

そういうモノは放っておくことが出来ない

技術が悪用される事が…  技術が人を苦しめる事が我慢ならないのだと

「俺ぁなんつったて天才だからな、人に恨まれるより感謝される事の方が
 圧倒的に多かったしな…
 各地歩いてて、技術のおかげで助かったって奴を見たりしてさ
 失望とかより、喜びの方がでけぇさ
 この仕事やってて良かったって思えるんだ」ハハハ

手を広げて首を振りながら笑う星飾り、ため息交じりの笑い声だったけど
喜びの方が大きいって言葉に嘘は無さそうに思えたわね

「目的達成とは別で、姉ちゃんのブローチとか、他にも
 悪用されてるモンがあるなら、そいつぁ即座に回収
 そっからブッ壊すなり、なんなりすんのも一人の技術屋として
 責任持ってやるべきことなんじゃね?って俺ぁ思うわけなのよ」

「それでアタシのブローチを譲ってくれないかって事?」

「ああ、姉ちゃんの症状は回復に向かってるが、もしもだぞ?
 なんらかの事情で再びそいつを長い間、身に着ける事になるとか
 事情を知らない第三者、姉ちゃん家に空き巣か何かが入って
 運悪く[夢見るルビー]を手にしちまうって事もありえる」

ナジミは母親の遺品を取り上げるってのは、ちと忍びない
厳重に管理、誰の手にも渡らないというのならアタシに託すと言った

「ちなみ、受け取った後、アンタはどうすんの?」

「こいつぁアホみたいに魔力をバカスカ注ぎ込まれて出来た
 結晶みてーなモンだからな、半径数キロに渡って生物の居ない場所で
 爆破処理したい、昔は船の上から不法投棄が流行ったが
 それで海の生態系が狂うこともあったんでな…」

「昔の時代って怖いわね…」

「早いトコ街の外に持ち出してぇんだが…
 流石の俺もンな危険物持ち歩きたくなくてな」チラ

「そこで私の出番なんですね!」

平らな胸を張って自己主張するイナッツ

「人間には有害な魔力でもエルフなら問題ない、エルフの姉ちゃんは
 幸いにも[グリーンラッド]に行く、その道中なら目的の地域にも着ける
 そんな理由でエルフの姉ちゃんを立会人に抜擢したのさ」

で? どうすんだい? 姉ちゃんの意思にお任せしちゃうぜ?と来たわ

アタシの意思…か


「初め、アタシは母さんが嫌いだった
 家にはいつも居なくて、家族をほっぽりだすような女だと思ったから
 でも…違ってた、アタシ達を真剣に考えていてくれていたんだ」

母さんの日記をアタシは無意識に強く抱きしめてた

「今のアタシにはこの日記がある、だからさ
 その遺品は、それよりも大切なモノがあるから…!」

本音の書かれた本より大切なモノはないから、ね

「…おーけぃ、決まりだな」

三日間に渡るアタシの奇妙な生活
長年苦しめてきた"謎の症状"との闘いは、こうして幕を閉じた
278 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [saga]:2014/01/03(金) 21:59:25.89 ID:79nK6Qpk0
*********************************
******************
*********


「本当に行くの?」

「ああ、俺も[青い石]を見つけなきゃならねぇんでねぇ」
「ビビアンさん、…私、絶対に手紙とか書きますからね!」

あれから一週間か…
長いようで短い、そんな日々だった

団長の家がナジミに襲撃されたり、イナッツがキッチンで鍋を爆破したり
モヒカンの総長が店の娘さんと恋仲になったり
親友がナジミに告白して玉砕されたり…

毎日が濃いモノだったからかもしれなかった

それも今日で終わると思えば、寂しく思えた

「ねぇ、ナジミ…」

「ん?なんでい?」

「…ッ、や、やっぱり何でもないわよ」

引き止められないわよ

今、引き止めたら…引きとめようとしてしまえば、きっと…
駄々こねて泣いちゃうかもしれなかった

「あーあ、騒がしい居候が居なくなって清々するわね」

背を向けて皮肉の一つや二つ言ってやるわよ、半分は事実だわ

「最近、やっと表舞台の方に出られそうな程、腕が上がったのに
 厄介なのも居なくなるし、やったわね!」

「ケッ、素直じゃねぇなぁ」

見なくとも分かる、悪態を付く黒コートの男、コイツは笑ってるんだろう



「じゃあなビビアン」


「…!じゃあね、ナジミ」


さようなら、ビビアンさん、後からイナッツの声も聞こえて
二人が遠ざかっていく



………

きっともう、遠くにいるんだろうな

本当に遠くに







「ナジミィ―ー!! イナッツ―ー!!また、またこの街に来なさい!」


気付けばアタシは叫んでた、早朝六時、街の門から叫ぶ







279 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [saga]:2014/01/03(金) 22:02:14.46 ID:79nK6Qpk0





























「わたしも必ず、この街に遊びに来ますからね―ーーー!!!!」


「当たり前さあぁぁあ!!楽しみにまっていやがれよおおおぉぉぉ!!」















280 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [saga]:2014/01/03(金) 22:19:50.04 ID:79nK6Qpk0



「…ぷ、  ぷくく、あはははは」

笑いが出た、思わず笑った、もう姿だって見えないのに


遠くから真面目に叫ぶ親友の声と
遠くから馬鹿高いテンションで叫ぶ大馬鹿野郎の声に噴出さずには
いられなかった

「全く…、ふふ、あんな大声で近所迷惑だと思わないのかしら?」

街の住人はまだ寝てるに違いない
大声出した自分がとやかくは言えないわね



「…また来なさいよ、来なかったら、承知しないからねっ」


アタシは身を翻して街中へ戻っていく、舞台が…アタシの夢がある場所へ







『陽はゆるやかに落ちて、昇る月と地表を照らす役割を交代してゆくモノ

 アタシは思う、それを例えるなら"舞台"と同じなんじゃないかってね

 幕裏で役者と裏方が代わるのだってそう、その逆も然りだし 』


           "星"


陽が落ちて、月と一緒に地表を照らしてゆくモノ

人よりも高い所で輝いて、夜という僅かな間、多くの人を魅了していく

アイツは…ナジミは、   そう…、ね

本当に"星"みたいな奴だったわね

たった数日間の僅かな間だったけど
多くの人間を魅了した、まるで舞台だ暴れる物語の主人公みたいに…

一躍、時の人になった、多くの人間の注目を集める輝かしい奴だった

きっとアイツは、この先も何処かで
 夜空の"星"のように人に"魅せる"のだろうな



時刻は間も無く七時になる

アタシはそんな事を考えながら帰っていくナジミが去った街へ

星が落ちて、陽が昇り、朝日に照らされていく街へと…




*********************************

カラン、カラン

「ビビアンさん、いらっしゃい」

「どうも、店長」

あれから二年…アタシはオムライスを食べに行きつけの店に来ていた
ナジミと初めて出会った日に来た店だ

「繁盛してるわねっ!店長さん!」
281 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [saga]:2014/01/03(金) 22:43:48.72 ID:79nK6Qpk0

「ええ、お客さんも今では倍以上になりましたっ!」

「ふふ、良かったわね」

自分でも驚いている、柔らかい微笑みを出せる自分自身に…
二年前のアタシにはできたか怪しい表情だった

(よくカリカリして、ナジミに怒鳴ったり、ヒステリックに叫んだわね)

最近、可愛くなった? 劇場の仲間達にも言われるようになって舞台に
出る機会が出始めたのもその頃かしらね?

「おーい、おまえ〜、この食材は倉庫で良いのかい〜」

「あ、アナタ…///」

「いやぁ、新しいメニューの材料だからつい、何処か分からなくなって」

「んもぅ、そんな事でどうするんですか?」

「ははははは」
「うふふふふ」

「…」…ゴク

うん、アタシは成長した目の前でバカップルがイチャイチャしてようと
笑顔は絶やさない、彼氏いない暦21年、舐めんなよ

ア・ナ・タ///
オ・マ・エ///

「クソッ、リア充めぇ!」バクバク
「裏切り者がぁ!」ガツガツ
「総長の野郎!!、ヘアースタイルもモヒカンからスキンにして!」ゴク
「我々を裏切りやがって!!」ムシャムシャ

「「「「心から祝ってやるッッッ!!!」」」」おかわり

「…」…ゴク

なんか変なのが店の常連として来ているけど、恒例の光景だからね
連中曰く、「モテナイ男も頑張ればモテル」「希望の象徴」とか
崇め祭ってるんだってさ、まぁ、店の売り上げに貢献してるから
誰も何も言わない


「アタシは"星"になれたのかしらね?」

「…?"星"ですか?」

「ええ、少し前に…憧れた人がいたのよ、その人みたいに魅力ある
 人間になれたのかな?っ思ってね」

アタシはそう言って、店長にお酒…シードルを注文する、彼が飲んでた

「未来の大女優に乾杯ですね」
「まだまだ駆け出しの女ですけどね」クスクス

笑みを零しながら、グラスを持つ
・・・貴方は今も何処かで人を魅了してるのかしらね?

「ナジミは・・・今のアタシを見たら驚くかしらね?可愛くなったって…」

香りを楽しみながらアタシはグラスの液体を喉に流し込む













「わーお!驚いたねぇ!!一瞬誰だかわかんなかったぜ!」
282 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [saga]:2014/01/03(金) 23:10:08.31 ID:79nK6Qpk0
ぶふーーーーーーーーっ!!

吹いた

シードル吹いた

隣に、さも当然と言った顔で座ってた奴の顔面に吹いた

「・・・わーお、こいつぁアレだな、くれいじーな歓迎だぜぇ…」ポタポタ


「ナジミさぁーーーん!?!?」

パタパタと店内を走ってくる少女がいる可愛らしいエプロンドレスの子だ
齢は…十代半ばといった所かしら?

「おう、嬢ちゃん、悪ぃんだけどハンカチ取り出してくんない?」ポタポタ

「え、え、え? ナ、ナジミよね?」

「いやいや、俺ぁナジミさんじゃなけりゃ何さんだよオイ」

小柄な少女から渡されたハンカチで顔を拭くナジミ、
二年前より少し背が伸びたかしら?

「ええっとナジミさんのお知り合いの方ですか?」

ナジミの知り合いらしき少女が声を掛けた事で我に返る
綺麗な瞳の少女はドレスの裾をつまんでお上品にご挨拶をする

「ジョセフィーヌ・イーオーと申します、以後お見知りおきを」

礼儀正しい子だった為、やや気後れしてしまったけど
アタシも自己紹介をする

「私はビビアン、この街で女優をやっている女よ」

「いやぁ、姉ちゃんも別嬪さんになったなぁ二年の歳月ってすごいね!」

「どういう意味よナジミ?」

おっと失礼と手を広げておどけるナジミ、このやり取りも久しぶりねっ!
なんでもナジミは旅先でひょんな事から出会った少女と
行動を共にするようになったらしく
今は、"ナジミの故郷"へ向かう最中でこの街に立ち寄ったらしい

「ねぇ、ナジミ」ボソ

「なんでい?」

「アンタ、例の[青い石]は見つかったの?」

「…いや、まださぁ、ただ有力は情報を悪友が見つけたらしくてな
 それと、消耗した"技術"の補充に一度、里帰りすんのさ」

アタシはそれに、そう、大変かもしんないけど頑張ってよと伝えた
それから滞在中のナジミとは色んな話をした
旅先で色んなモノを見た事、アタシがイナッツと文通してる事
・・・旅先でかつて見たように、やっぱり"杖"や"指輪"で悪事働く人も居て
ナジミが少しガッカリしたこと、久しぶりに心躍る冒険譚を聴けて
満足だったわねっ!

「ねえ、ジョセフィーヌちゃん」ボソボソ
「はい?」ボソボソ
「貴女、あの男に変な事されてない?」ボソボソ
「へ?」

ナジミの奴…まさか童女趣味だったなんてね
まぁ可愛い子だから分からなくないけど、そんなアタシの囁きを聴いて
ジョセフィーヌちゃんは「ああ・・・まだ知らないんですね?」と
そんな顔をしていたわ、・・・? アタシ何か変な事言ったかしら?

結局ジョセフィーヌちゃんは何の事かは話してくれなかったわ

さて・・・と
・・・アタシが出会った奇妙な人物の物語、後日談も含めて知ってるのは
ここまでだわね

…ここから先は次の語り手の出番、願わくばアナタが"星"を見れるように
                〜fin〜
283 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [saga]:2014/01/03(金) 23:21:42.89 ID:79nK6Qpk0
>>271 [夢見るルビー]は俺のトラウマ!・・・うん、本当にね

>>272 おう!?一瞬何の話か分からず驚きました・・・

>>275 よ、読めませんでした、申し訳ありません・・・


たまにはナジミさんが性別バレしない回があっても良いじゃないか!
という精神でジョセフィーヌを最後にねじ込む形にしました…
すっかり空気ヒロインにして御免なさい

まぁ、今回は伏線だらけのナジミをちょっとでも説明出来れば良いと
作った話ですし(震え声)

そして、空気にしたジョセフィーヌ嬢に報告があります・・・



【 こ の 先 も 出 番 が 少 な い ! 】

メインヒロインなのにこの扱いッッ!!起訴も辞さないッッ!!

ジョセフィーヌ怒りの声が聞こえそうですね

次回はオマケ?として

・ある少女のクリスマス

・ある没落貴族の兄弟の話

   をお送りします
284 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [sage]:2014/01/04(土) 01:01:59.33 ID:OkmdDmODO
おつ
ジョセさん出ないって思ったら過去編だったのね
285 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします :2014/01/04(土) 01:10:57.07 ID:Tc9CktSro
おつ
286 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [sage]:2014/01/04(土) 01:27:58.72 ID:8NAQLMH0o
乙!
フィーヌはナジミの秘密独り占めかわいい
287 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [saga]:2014/01/08(水) 18:50:35.32 ID:ARvKUDLC0

                ※

           −ある少女のクリスマス−

そこは名も無い土地だった

正確に言えば"誰も名前を呼ばない土地"であった
世界地図を広げれば、紙面上には沢山の地名が記されている

大海の上にインクを数滴垂らしたような、目を凝らさねば染みと見間違う
そんな、ちっぽけな諸島・・・

誰が第一発見者で、どんな意図で名づけたのかも知れぬ大地

世界は広い、旅行者や探検家が揃えて口にする月並みな言葉だが
言い得て妙である、人の歴史が始まって以来
今日に至るまで解明されぬ物事、存在すら確認されていない場所もある


此処に語るは、人々に忘れられた土地である


事の始まりは一隻の船であった

山岳に囲まれた国家[サマンオサ]より南西へ航路を執った船乗りが発見
[ポルトガ]と[エジンベア]、[サマンオサ]の三国が貿易船で海原を征く
俗に言う"大航海時代"の話であった

この時代では三国は協定を結び、互いの国家の貿易船を然るべき航路で
魔物達から守りつつ、利益を上げていった

当時は"海図"こそ在れど"世界地図"は無い時代であり

一隻の商船が不運な事故で漂流した事が切欠であった
船員は見知らぬ地に到達、星座の位置や季節風でどのように動いたか?
それらを元に[ランシール]大陸にたどり着いたのだと"勘違い"していた

いつも遠目にしか見なかったからこそ気付かない
"必ず国家の間で決められた航路しか征かぬからこそ"気付けない

こんなにも近くにあったにも関わらず、その大陸に気付いたのは
大航海時代の末期であったという・・・


舞台はその[ランシール]大陸だと勘違いされていた土地である

"ほぼ"未開の地であり、住民の殆どは[ランシール]から資源目当ての者…
故あって国を追われる人物、数少ない原住民の子孫達である



国と呼べるモノなんて無い、あって小屋や、集落だろう

港なんて無い、貿易船も来る筈も無く、あってボートが良いところ

学校などの教育機関だってありはしない、学びたければ留学でもすること

何かをしたいと思っても出来る事は・・・たかが知れており
何かを学ぼうと思っても何一つとて・・・分かりはしないのだ
ちっぽけで、どうしようも無く"狭い世界" 

井の中の蛙大海を知らず
知りたくも知る術は無し、狭き井の中で何ができると言えようか



まるで牢屋だよ、ろーや



さて、長い前置きは一先ず置いておくとして

そんな土地だが一軒だけ
一軒だけ、ひどく場違いな建築物があった

土地の中部に建てられた立派な館

そこに住む家族の会話、何の変哲も無い会話であった
288 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [saga]:2014/01/08(水) 19:34:33.84 ID:ARvKUDLC0

「雪が綺麗だねぇ!」

「ええ、そうね」

屋敷には使用人達が居て、彼等は皆
パーティーに向けて、忙しなく動き回っていた

そんな中、玄関に近い窓の外を眺める女性が二人
一人は柔らかな笑みを浮かべる何処と無く気品のある女性
もう一人は年相応にはしゃぐ長い黒髪の少女で、齢は五つであった

「ねー、母さんや、もうクッキー食べていいかい?」

「お父さんが帰ってくるまで待ちましょうね」

「ちぇー・・・」

母親と二人で作ったクッキーは父親が帰宅するまで御預け
そんな状態に少女は頬を風船のように膨らませて窓から離れる

母親はずっと窓越しに夫の帰りを待っていた

大人の気持ちを察する事のできない小さな子供だった少女には
それが酷く退屈な時間であり、一人でテーブルの上にあるパズルを
組み立てていた

ガチャ

「アナタ、お帰りなさいませ」
「ああ、帰ったさ」


「・・・うん?父さん帰ってきたかぁ」カタカタ

尊敬する父、最愛の母は玄関でなにやら話し合っていた
正直な話、彼女はすぐにでも手作りのクッキーやご馳走の席につきたいが
両親の話が終わるまで待つことにした

大人の話は長いから好きじゃあないんだけどなぁっと考え
以前、買ってもらったジグソーパズルに挑戦する
両親の会話を背景に黙々と思考を目先の玩具に集中させる

「…やはり、[−−ンベア]の方でし−か」

「ああ、お前を連れ戻−−いと」

「・・・私は遺産は−−くないですし、裁判−の地位など−みません」

「分か−−おる、俺かてお前を手放−気なぞ、さらさらに無いわ」

「−−−先生にもご連絡すべ−なのではないでしょ−−?」

「・・・師には迷惑−−けとるな
 俺も職人として・・・、"−める−術"の匠などと
 呼ばれとろうに、たかがこれ−きの事も解決できなんだ
 実に滑稽−−ろうて」

両親が何かを話しているが少女は何処吹く風と言った顔です
大人の小難しい話になど興味ありません、あるのは目先のパズルと御馳走
二人の会話内容など流し程度にしか聴き取らないし、そもそも距離的に
うまく聴き取れない

「待たせてすまなんだ」
「さぁ、夕飯にしましょうか?」

「ん?話は終わったのかい?」

ええ、と母親が少女の問いに答える
ほとんど完成に近いパズルを置いて両親の背中に付いて行く少女

「久しぶりの家族水入らずですものね今日という日を楽しみましょう」

「いつも家を空けてすまんな…」

妻子に謝罪の一つを告げる父の姿を少女は見ていた
頭を垂れるわけでもない、目線はしっかりと前へ向ける堂々とした態度だ
自分ではまだまだ届きそうにない背丈・・・
無愛想に見えて、実は誰よりも家族を大事にする父の背中を
少女はいつも追いかけていた
289 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [saga]:2014/01/08(水) 19:50:28.22 ID:ARvKUDLC0

「はいよ父さん」

「ん、ありがとう」

少女は父の席を引き座るように催す、そんな父娘のやり取りを見て
クスリと笑う母親、あたたかい家庭であった

それは暖炉の熱で"暖かい"とは別な"温かい"空間が形成されていた

「今年も向こうへ行くがお前は大丈夫か?」

「うん?あぁ、平気さぁ、そりゃあ友達と数ヶ月お別れってのは
 寂しいけど、帰ってくれば会えるし、向こうにも友達いるしねぇ」

父親が娘に話しかける
この地では成人した子供は大抵、ボートに乗って漁師をしたり
森林で薬草を採り、野を耕して、生計を立てることが多い

海の向こうへ留学しようと思う者、出来る者は本当に希少な人間と呼べる

両親は別に娘には偉い人間になって欲しいとは思わない
ただ、全ての人間に共通する一度限りの人生である、願わくば我子に
悔いの無い生涯、本人が望むままの一生を過ごして欲しいと考えていた

「勉強は簡単過ぎでちょっちつまんないけどさぁ、でも面白いモンも
 あるし、父さんは心配しなくても大丈夫でさぁ」

同年代の子供達の中でも彼女は学習能力が高く
また突飛な発想を思いつける子供だった、故に人一倍に探究心が強い

狭き井の中で腐らせるのは惜しい人間

そして、本人も此処で何も見ず、ただ空を見上げて朽ちていくのは
性に合わないと考えるだろう


「そうか」


一言
ただ一言だけ言って目を閉じる、父が何を想い、何を考えるのか
娘にはたまに理解できぬ所があるが長年連れ添った母には分かるらしい


「あなたがそう想うのでしたら、私も賛成です」


今のやり取りでどう理解できたのか、娘は首を傾げるだけである
時たま窓の外の雪を見ながら、ご馳走を口に運びながら二日早い宴は続く
娘共々に海の向こうへ暫く滞在する事になるから
 今の内に馴染み親しんだ地で少し早いクリスマスを楽しんでいる
…"サンタさん"は二日後にちゃんと娘の枕元に贈り物を置いていくのだが

「ごちそう様」

手を揃え、生を分けてくれた食材に感謝の意を表し
母の手伝いで食器を片付ける娘

使用人達は「これは私共の仕事です」と言うが、そんな事はお構いなしに
家事をする母が娘に何となしに尋ねてみた


「貴女は将来、何になりたいのですか?」

「んー?将来なりたいモノ?」


少しの間、迷って少女が答えを出した

「そだね!やっぱりワタシぁサンタさんになりたいや!」

子供なら誰しもが一度は会いたいと思う架空の偉人を例に出す少女

「そうですか、サンタさんになりたいのですね?」

「もちろん!」
290 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [saga]:2014/01/08(水) 20:18:34.75 ID:ARvKUDLC0

自身たっぷり胸を張って言う少女に母は少々困ったような顔で言う

「素敵な夢ですけど、サンタさんは"男の子"にしかなれないのですよ?」

「な、なんだってーっ!?」

両手で頬を押さえて、叫ぶ少女、まるでムンクの叫びを沸騰させるポーズ
そして唐突に娘は言うのです



「なら、ワタシぁ……男の子になるッ!!」



なんとも子供らしい単純な発言です

"女が駄目" だったら "男になれば良い"

そんな考え方に母は「ふふふ、"男の子"は私なんて言いませんよ」と
言うのであった

「ぐっ!…ぐぬぬぬ、ならワタ、お、俺ぁ男の子になるぜぇッ!
 これでどうだぁー!!」

今更、一人称を変えたところでどうともならないのは分かっている
それでも意地を張る我子を愛おしく思う母である

「ええ・・・!それなら可愛らしい男の子ですね、きっとサンタさんも
 弟子にしてくれるかもしれませんよ」


それにしてもこの母親、お茶目である



この頃からなのかもしれない

少しでも理想とする"強い男"に憧れ
少しでも近づこうと背伸びして
少しでもと涙ぐましい努力をしたのは


サンタさん

積雪で深く雪に埋もれた道も歩ける"厚底の靴"長靴を履き
東西南北、どのような地でも寒さに負けない"ブカブカな厚着"
夜空の星の如し、無限の贈り物を"収納できる おおきなふくろ"を持ち
目印となるクリスマスツリー頂上"星飾り"の上を飛んで、世界を飛び回る




思えば、ソレは象徴だったのかもしれない…

大人になって気付く


過ちを犯して気付く

決して自分では"なることの出来ない憧れの対象"


ソレ等は・・・きっと、そう、憧れた人を"象徴するモノ"なんだろう

厚底靴に身体を覆おうブカブカの服、モミの木にも飾られる星飾り
子供の望み、誰もが"こんな物が欲しい" "これさえあれば"と思うモノを
無限に取り出せる"真っ白な大きな袋"


きっと彼女は "星" になりたかったのだ

子供なら誰しもが憧れた、 誰しもが夢に見た偉人

多くの人の注目となる "星"のような存在に・・・



『少女と星 編』番外編1 ある少女のクリスマス 〜 fin 〜
291 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [sage]:2014/01/08(水) 20:51:22.91 ID:wEdx9yLFo
この少女抱きしめたい!
おつ!
292 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [saga]:2014/01/08(水) 21:03:51.76 ID:ARvKUDLC0
>>284 『西の村 編』でナジミが女将に23歳って言ったのに
    料亭サンチョで21歳と発言してる辺りで
    気付かれるかとハラハラしてましたが、杞憂のようでした

>>285 『乙』ッ!?感謝せずにはいられないッ!

>>286  その言い方だとジョセフィーヌがナジミさんに対して
    ヤンデレっぽい! ふしぎ ですね!!

サンタになるべく、少しでも強く憧れた大人の男に近づこうと
厚底を履いて背を高く見せたり、お父さんのブカブカの黒コートを着たり
裾から手が出せない腕をぶんぶん振り回す幼女(5歳)の話である


…一体誰何でしょうね?

*********************************

>>[破壊のつるぎ] 【ドラゴンクエストU】より
高い攻撃力を誇るが戦闘中たまに動けなくなるらしい
漫画【ドラゴンクエスト 幻の大地】ではテリーがある人物から渡される

>>[破滅の盾] 【ドラゴンクエストX】より
装備すると呪文等のダメージが増加する呪われた盾
Zのある街で普通にカジノで貰える…何を思って景品にしたのだろうか?

>>[みなごろしの剣] 【ドラゴンクエストW】より
道具としてしようすれば
戦闘時[ルカナン]が発動する…・・・"込める技術"ですね!わかります
Xだと備すれば攻撃力が0になる呪われた剣

>>[錬金釜] 【ドラゴンクエスト[】より
トロデ王が持ってたもので馬車の中に置かれている
これでアイテム合成リストを埋めようと躍起になるプレイヤーは多い筈だ

>>[まんげつ草]三つ
※[まんげつ草]三つだと[月のめぐみ]が完成します
味方単体のHP回復と麻痺の治療、解説メモ曰く
【まんげつ草に含まれる成分を抽出して作った薬】だそうです
多分、ただの[まんげつ草]より痺れを取る成分が高いんだろうな

>>[げっけいじゅ] 【テリーのワンダーランド】より
味方の呪いを解く事ができるアイテム
何気に呪い解きのアイテムってこれだけじゃね?
293 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [sage]:2014/01/09(木) 00:27:10.40 ID:jNg5GnxDO
おつ
294 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [saga]:2014/01/10(金) 14:07:43.45 ID:l5vFXmbf0

                ※

          −ある没落貴族の兄弟の話−



彼は父親を誰よりも嫌った




外を出歩く人間は皆、外套に身を包んで日々を暮らすために動き回る
どこの家庭にも生活はある
どこの家だって"暖かい"暖炉がある
どこの子だって"温かい"家族が出迎えてくれる


だが、この家は例外である


街の中心街から少し離れた郊外、一軒の館がある
ただ、年季の入った木造建築のそれは酷くボロボロで嵐が来たときに
屋根の一部が吹き飛び、本の虫食い穴が如く壁に幾つもの穴が空いていた
窓は窓枠そのものが拉げていた

穴から少しだけ館の内装が窺える

荒れ果てた内装、いつ掃除をしたのか分からない程に埃が積もっている
外の積雪より深いのではないか?
時折、鼠が走っては蜘蛛の巣に当たり、振り払う為に身体を震わせる
そんな光景が目に飛び込んでくる

さて、これだけ言えば、無人の廃館とでも思う事だろう、しかし
内装を見ればその考えは否定される

よく子供の頃、親に買ってもらった新品の長靴で誰一人足跡を付けてない
銀世界に初めの一歩を付けたがる、そんな経験が無いだろうか?

積雪の様に積もった埃の上には確かに"足跡が残っている"それも
つい最近のモノである

サイズからして、大人の足跡、小さな子供の足跡が灰色の床を踏み歩く
辛うじて絨毯と分かる布切れの上、鼠やら蜘蛛やら何かよく分からない
昆虫の死骸が散乱するテーブルの上には無数の酒瓶が転がっていた

「…」


そして、先ほどから玄関前に立つ"少年"


少年と言ったが、彼はとても背の低い子だった
身体は非常に細く、それこそ折れてしまう程に
まだ幼さが残り、男性というよりもその顔立ちは
可愛らしい少女を連想させる


・・・いっそ、少年というより少女と言った方がしっくり来る


そんな少年の手はこの寒空の下、水仕事によるモノなのか皸ており
靴はボロボロで底には穴だって空いている
水溜りを踏まなくとも、ただ雪の上を歩くだけで少年の足は・・・

「・・・あっ!お兄ちゃん」

「・・・ッ!お、お前、何故外になど出てている!」

少年は寒空の下でずっと兄の帰りを待っていた
息を切らし包みを抱えて走る兄の姿を目を輝かせながら待っていた

「何故だ!どうして外なんかに…ッ!まさかクソ親父の事か!?」

「ち、ちがうよ!ただ、僕は・・・お兄ちゃんが心配で・・・」

「・・・お前は病人なんだ
 何も心配なんかしなくて良いし、井戸汲みだって俺がやる
 だから休んでいろ!」
295 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [saga]:2014/01/10(金) 14:39:38.11 ID:l5vFXmbf0

「う、うん」

兄の力強い言葉に押し切られ身を引く少年
生まれつき身体が病弱だった弟、そのせいか言動も女々しく
それが何よりもコンプレックスだった

「ホラ、今日の飯だ」

「…ありがとう」

「ここは冷える、家に入るぞ」

「あ、あのねお兄ちゃん「俺なら問題ない」


自分がもっと強ければ、女々しくなんか無ければ「無理はするな」と
兄に言えた、きっと自分は負担になんてならなかった

そんな後悔ばかりが弟の中にあった



煤まみれの暖炉に拾い集めた枯れ木を放り込み、マッチを擦る
弟が取っ手の取れたバケツに汲んできた水を入れて暖炉に近づける

「いや、お前は布団に入って眠れ」

「で、でも「良いから!」


弟が布団に入り、自分が湯の沸くまで火の番をする
隙間風でいつ火が消えるかも分からぬのだ、穴を塞ぐように家具を
置いているとはいえ、やはり外気は防ぎきれない


「……クソがッ」

兄は軽く舌打ちして吐き捨てる
無性に酒の空瓶でも蹴り飛ばしたい衝動に駆られるが
そんな事をした所で、貧困から抜け出せる訳も無く
眠ろうとする弟をかえって不安にさせるだけ、体力の無駄遣いだと判断し
やがて考える事を止めた

「…」

パチパチと火の粉を吹き上げながら燃える木を見つめ彼は思う

何処でこうなっちまったんだ?っと




俺は父親が嫌いだ

誰よりも父親を嫌った


妻に先立たれて"事業"にも失敗して、裕福から貧しい階級に堕ちた男

俺はまだ良い、だが生まれつき不治の病を煩わせた弟に医者どころか
薬すらださない、自分の酒代は出し惜しみなく使う癖にだッッ!

我子が苦しんでいようと酒を飲まずにはいられないッ

そんなゲロ以下のクズ親父が心底嫌いだった!


「…何が巨万の富を築く"事業"だ、その結果がこれではないか」


兄は父が自暴自棄になる前に"事業"の事を詳しく聴かされた
幸いにも兄には弟と違い"ソレ"ができる"才能があった"からだ
だからこそ、やり方を学ばされた




「巨万の富を築く事業・・・
             "込める技術"…か、フン馬鹿馬鹿しい」
296 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [saga]:2014/01/10(金) 15:16:34.61 ID:l5vFXmbf0



時は数週間前に遡る

その日も兄は教会へ向かっていた、この街は他所と比べれば大きい方に
部類されるひとえにソレは"モンバーラ劇場"があるからというのが大きい
この劇場では、金さえ払えば誰にでも貸し出しされる施設であり
旅のサーカスから金持ちのボンボン小僧による大して面白くも無い手品が
ご披露される、故に自然と人が集まりやすく移民や街の発展も大きい

街が大きくなることは何も良い事だらけではない

職にあぶれる者
移住区の少なさから路上生活を強いられる者
そして・・・

「…ぜぇ、ぜぇ、クソっ今日もこんなに並んでやがる」

教会前に長蛇の列を作る飢えた市民

国からの一応の保障だろう、教会で簡単な炊き出しが行われており
主にホームレスが対象となるが彼のような人間も対象に含まれる

ただ厄介なのは安定した収入、住居持ちの癖にタダ飯を食っていく連中だ

国の保障といえど限りがあり、ひとり一つが義務付けられている


必然、兄は"一人分"しか食料を得る事ができない


それも"残っていれば"の話である
まれに多く残る事があり、どうにか"二人分"を配給される事もある
…滅多にない事例だが


「ああ、君君ィ」

「…なんだ?」

「ここは教会なのよ分かるかねぇ?」

頬が弛んだ中年が兄に話しかける、青い僧衣からして神官か何かだろう

「分かってるから並んでるんだろう、そんな事も分からんのか?
 このマヌケがァ!」とでも怒鳴ってやりたいところだが兄はぐっと
言葉を飲み込んだ
この手の輩には何度も絡まれているからこそ分かる、コイツの次の台詞も

「ここはだねぇ、教会なんだよ教会、神聖なる神様のお膝元なのよ
 分かるぅ〜?」

「なにが仰りたいのか理解しかねますね」

クイっと目線を兄の足元、・・・穴だらけのボロボロの靴へ向ける

「はぁ〜、良いかい、神様のお膝元にそんな薄汚れたばっちぃ靴で
 来るとか君、ココ大丈夫、湧いちゃってるのぅ〜?」

コンコンっと兄の額を指で小突く神官、見覚えの無い事から新しく
派遣されてきのだろう

…もう慣れた、だが虫唾が走るッ!そんな想いを持ちつつもあくまで
兄は冷静に対応する
ここで騒ぎを起こせば、食にありつけない事など過去の経験上理解してる

「申し訳ありません、私の家はこのみずぼらしい身形を見て分かる通り
 貧しいものでしてね靴もこれが最高のモノなんですよ」

最大限の皮肉を交えた声色で駄肉の多い神官に言ってやった

「はぁ?仕方ないなぁ、やれやれ、だから私はこんな所に派遣されたく
 ないんだよなぁ、いつ逆上したホームレスに襲われるかも分からんし」
 
そう言うとご丁寧に兄の足を高そうな靴で踏みつけて神官は去っていった


「…ッ!」
297 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [saga]:2014/01/10(金) 15:53:10.99 ID:l5vFXmbf0

元々、プライドの高い少年だった
故にストレスは酷く溜まっていく一方である

「はい、次の人どうぞ」

彼の番が回ってきて配給を受け取る、どうにか一人分は確保できた
手にした包みを抱えて彼は弟の待つボロボロの館へ走る
…妙な連中に目を付けられる前にである

―――
――


「ごほごほ、ありがとうお兄ちゃん」

「フン、気にする事はない俺は外で飯を済ませているからな」

嘘だ

弟には既に分かっていたことだ、本当なら自分の分こそ兄にあげたい
ガリガリに痩せ細っていく兄を見て思う、病弱で将来なんの役に立てる?
自分のような人間より"魔法使いの才"がある兄こそ生かすべきではないか
以前は魔法使いとして高名であった父も認める才
…彼こそ世の為に生きるべきなのだと、いつも弟は思う

「なぁ、弟よ」

「…?、どうしたの?」

「今日はだな、いつもより日差しが強い、風もそんなに強くない
 たまには二人で出かけるか?」

「…! うん!」

弟の返答を聴いて、外套を取り出す為二つ隣の部屋へ向かう
アルコール中毒で死んだ父親の隣の部屋である

(…爺さん達の遺産、食い潰して酒なんぞの為に借金まで負って
 俺達を何処まで苦しめりゃ良いんだよ)

父親の事でたまにガラの悪い連中が屋敷で目ぼしいモノを漁っていく

先日も「またクソ親父の事か!?」と無断で家捜しをしてる連中を
追い払った

(…くだらねぇ事に[メラミ]なんぞ使ったモンだな)

タンスからなるべく綺麗な外套を取り出す、他の衣類は先日に限らず
随分前に持ち去られてしまった

「ん?」

ふっとあるモノが兄の目に止まった

それは彼の父がやろうとした"事業"ではなく、彼の祖父が
遠い祖先の時代から研究していたモノを纏めた手帳であった
父親はこんな完成するかどうかも判らんモノに財と時間を使いたくないと
この部屋に置いていたモノだった

中には小難しい用語や"込める技術"を知る者でなければ理解不能な内容だ
だが、兄は父から"込める技術"に関してある程度の知恵を叩き込まれた
"魔法使いの才"もあり、手帳のルーン文字の意味、配列も少しだが
理解できる… 伊達に八歳の若さで[メラミ]が使えるワケでも無い


「なんだ?これは…」

なんとなく彼はその手帳を手に取り、読んでみた途切れ途切れだが分かる


「老いる事も、病で朽ちる事もない生命、究極生命体の研究?

          …"進化の秘宝" 理論?」

パラパラと流し程度に読み、彼はポケットに手帳を入れた
魔力を感じる手帳、もしかしたら売れば生活費程度にはなるか
そんな考えを持ちながら彼は弟の元へ戻っていった…

298 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [saga]:2014/01/10(金) 16:23:16.61 ID:l5vFXmbf0

「ほらよ」

「ありがとう!」

兄は弟に外套を着せてやる
その際に首元に見えた痣や煙草の火を押し付けられた跡が痛々しかった

「…おい、これも着けとけよ」

「え!?これお兄ちゃんのマフラー」

「いいから着けてろ!」

半ば強引に首元にマフラーを巻いてやる
弟の手を引いて公園に行こうと考えた、本当なら"モンバーラ劇場"にでも
行きたいところだ、今日は劇場でバレエの一座が来ていて
美しい舞いを披露しているそうだったから

「たまにはお外の空気を吸うのもいいよね」

「ああ、全くだ」

周りに人の影は無い…

両親がいない状態、そんな中でコイツを守れるのは他でもない俺だけだ
周りが過保護だ何だ騒ぐ事はあった

じゃあお前等は俺達を助けるのかッ!

同情して金でも恵むのかッ!


違うだろう、誰からも助けて貰えない、親族だって居やしない
だから俺しかいないのだろうが、勝手な事を抜かすなと言いたかった

「…いかんな、どうも暗い事ばかり考えちまう――」


ふっと思考の海から上がってみれば…








「……」
「え、ええっと…」

「…うめぇなぁ」モグモグ

俯いた状態から顔を上げれば、目の前に見知らぬ女が居た

齢は…弟より年上?か? 大体5〜6歳ぐらいだな
長い黒髪に大人のモノなのか厚底の長靴
どうみても裾から手が出ないダボダボの黒コート
"星"を模ったペンダントをぶら下げた女だった

厚底靴のせいか知らないが、女にしては長身だ…単に自分達が栄養失調で
背が低いせいかもしれないが

「…なんだ貴様は?」

「あぁん?あんたぁ頭が馬鹿なのか?人に名を訊く前には
 名乗るのが、れーぎなんだぜぇ?」

イラっと来たが相手は自分より2、3歳年下の少女です
大人の対応をしようと…

「これは失礼、俺達はこの付近に住む町人Aだ、そしてコイツは弟だ
 分かったか?生意気な小娘」

訂正…最近ストレスが溜まり過ぎていた、故に八つ当たりと分かっても
目の前の年下相手に憂さ晴らしを兼ねてデカイ態度を取ったようです

「弟!?わーお!これはビックリだねぇ、妹さんじゃないのかい!」

少女は心底、驚いたようです
299 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [saga]:2014/01/10(金) 16:33:11.33 ID:l5vFXmbf0
>>291 うぇっ!?マジですかい旦那!この少女はあの人ですぜ!

>>293 『乙』は、乙は力なんだ!乙は、この>>1を支えているものなんだ


番外編2ある没落貴族の兄弟の話ですが長くなりそうなため分けます
可能なら今夜少しだけ続きは書きたい所です

ちょっとZガンダム見てくる
300 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [sage]:2014/01/10(金) 22:41:42.83 ID:6+rXqJeo0
乙乙。
301 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [sage]:2014/01/10(金) 23:15:40.58 ID:RzBuwWqDO
おつ
この兄弟に幸あらんことを…
302 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [saga]:2014/01/10(金) 23:53:23.07 ID:l5vFXmbf0

少女は手を広げて、自分は吃驚しましたよとワザとらしいアピールをする
兄はそんな少女は軽く一瞥した

整った顔立ち、長い黒髪に傷一つない新品同然の長靴
親のモノなのか綺麗な、そして大きな黒コート
右手には蒸気を発する饅頭が大量に入った紙袋
左手に食いかけの饅頭
首からぶら下げてるペンダントは日光に照らされて光沢を放つ純金製

なんだ、金持ちのお嬢様か…

「…ッチ」

兄は舌打ちをした、この少女はきっと家に帰れば
暖かい料理や暖炉が待っているのだろう
温かい両親が笑顔で出迎えてくれるだろう

…まさしく自分達とは対極に位置する人種だ

「あ、てめー舌打ちしただろう!」モゴモゴ

少女は口に食いかけの饅頭を放り込み、モゴモゴ言いながら
兄に人差し指を向けて言い放つ

それにしてもこの少女、作法がなってない

「黙れ、口にモノ入れて喋るな、そして人に指を射すな」

「お、お兄ちゃん!あ、あの、ごめんなさい!」

「わーお!兄貴は礼儀知らずのバカチンなのに弟ちゃんは何と良い子だ
 うし、そんな君にコイツをプレゼントだ!」

強引に持ってた紙袋を弟に手渡す少女、弟は押し付けられた紙袋に
思わず困惑してしまう

「え?えぇ!?」

「おい!貴様ァ!何を勝手なこモガァ!?」

口の中に何かを突っ込まれた
口いっぱいに広がる陽気、モチモチとした食感と久しく忘れていた
肉の味わい、しょっぱいとも甘辛いとも言いがたく
つい、次の一口を誘う味付け
饅頭を突っ込まれた事に兄が気付いたのはすぐである

「…」モグモグ

つい食べてしまった

「どうだい、旅の商人が開いてた出店で買ったんだがうめぇだろう!!」

にやりと笑って言う少女に兄は何を言うべきか迷った
まず、お前は一体何なんだとか、何故饅頭を寄越すとか
いきなり人様の口の中にモノを突っ込むなんぞ親はどんな教育をしてる
後、淑女たるもの"バカチン"などと言うな恥を知れッ!

…言いたい事が多すぎるし、饅頭が入ってるしで口が開けない

「あ、あのお姉さんは誰ですか?どうして僕達にお饅頭を?」

「あぁん?俺?まぁ、そこの兄貴を見習って留学生Aとでも
 名乗ってやろう、饅頭をやったのはだ…あー、気分?」

弟が疑問に思ったことを問いかけてくれた、帰ってきた答えはどれも
ふざけた回答であったが


「何のつもりだ?金持ちのお嬢様が施しのつもりか…一応、礼はするが」

「あ? んだ、てめーはいちいち態度がでけぇなぁ?」

食べ終えた後で、兄はようやく口を開く、ここは礼の一つでも述べるのが
筋なのだろうと兄自身理解はしている為、礼を述べた

だが、ちょっとした人間不信に陥っていた兄はどうにも心から
人を信用するという行為ができなかった
303 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [saga]:2014/01/11(土) 00:23:27.46 ID:O0cc58+00

「…別に、ただ貴様がこのような事をする理由が思いつかんのだ」

「理由だぁ?んなモンねぇよ!
 俺が食わせてぇと思ったからやっただけさぁ!」

「あわわわ、ふ、二人とも喧嘩はやめようよぉ」

弟の仲介が入り
弟に弱い兄と、女性(女性じゃないけど)への不敬を誰よりも嫌う少女は
互いに一歩引く事になった


それから暫くの間、公園の一つのベンチに三人並んで座っていた
無論、兄と少女が喧嘩しないようにと弟が間に割って入る形である


それにしてもこの弟、気配りができる、嫁に欲しいくらいであるッッッ!


冗談はさて置き、三人で紙袋の中の饅頭を分け合い
なんて事のない会話を楽しんでいた

「ま、そんな訳で俺ぁ留学してる訳さぁ、こっちの友達に会うのは
 久しぶりでねぇ!」

「へぇ、海の向こうからいらしたんですかぁ」

「教育機関の無い辺境の地か…」パク

「あ、てめーソレ俺が食おうとしたんだぞ!」

「フン、貴様が俺達にくれたのだろう?それとも前言撤回でもするか?」

「だから、喧嘩はやめてってばぁ!」

ギャーギャーと騒いでいた時、兄はポケットから手帳を落とした

「うん?なんでぃ、何か落ちたぜ?」

「む!、ソレは…」

少女は地面から手帳を拾い上げ、雪を軽く払ってページを開きます

(…まぁ、どうせコイツには読めんだろう、俺でも所々にしか
 解読不可なのだからな)

そう考え、兄は手帳を真剣な眼差しで見つめる少女を放っておきました
それから数分、先ほどまで馬鹿騒ぎしていた少女が嘘のように黙り
流石に兄が不自然に思い始めました
弟は饅頭という贅沢なご馳走に目を輝かせていてあまり気にしていません

「…おい?」

「…」ペラ

「おい?」

「…」ペラペラ

「貴様!聴こえているのかァーーーー!!」

「うおあッ!?なんだよ耳元で大声出すなボケ」

「さっきから何度も呼んでいるだろうが」

「あ、ああ、そいつぁ悪かった、ちっと内容にめり込んでたわ」

「貴様…それが読めるとでも言うのか?」

「ん?読めっけど、どうかしたのか?」

さらりと、今日は天気が良いなとでも言うかのように簡単に言ってくれた
以前は高名な魔法使いとして名を馳せた父親の英才教育を以ってしても
完全に読めなかったソレを…この小娘あっさり読めると言いおったッ!

「馬鹿なことを言うなソレは――「究極生命体を生誕させる方法に関して
 "進化の秘宝"理論」

この瞬間、少女が只者ではない事を兄は悟った
304 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [saga]:2014/01/11(土) 00:37:00.60 ID:O0cc58+00
>>300 分かるぞ・・・『乙乙』が皆の力を、皆の力が>>1に!

>>301 兄が少し、嫌な奴ぽく見えそうですが彼も色々と思う所があり
   少女に言った事を少し反省もしています、幸せにしたいものです…
305 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [sage]:2014/01/12(日) 00:20:54.13 ID:xd0GZCqDO
おつ
腹減ってきた
にくまん買ってくる
306 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [sage]:2014/01/12(日) 05:43:47.92 ID:6Jnp+j79o
乙!
こういう展開大好きだから凄くわくわくするぞ
307 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [saga]:2014/01/16(木) 20:52:32.42 ID:4iOQHmha0

自分が目を通した内容は勿論の事、読むことのできなかった部分までも
すらすらと読み始め、終いには未完成の理論に関して考察、感想文まで
言い始めた少女に兄は驚きを隠せない

「へっ!これくらい読むことなんざぁ、どうってこたぁねぇのよ!」

ちっとは見直したか!っと威張る少女にやや気後れ気味に兄は答える

「フン、貴様は単なるバカだと思ったが…喜べ、認識を改めてやる
 貴様は学あるバカだ」

「はっはっは、雪玉作って口ん中にぶち込むぞこの野郎」

「二人とも!」

犬猿の中、水と油、二人を喩えるならばソレに近いモノである


 兄から見れば、突然現れて、意図の読めぬ行動をする変人

 少女から見れば高慢な態度が一々鼻につく男として見えただろう


兄が人間不信でなければ、純粋に人の好意を信用できれば
少女がもう少し穏便な態度ならば
互いに第一印象は変わったかもしれないが…過ぎた話である

「どうやら、俺は貴様とはソリが合わんらしいな」

「ケッ、こっちの台詞だぜ」


ぷいっと互いに顔を見ないようにあらぬ方向へ顔を向ける少女と兄
…あまりにも気まずい沈黙が漂う

「えっと、その…僕、トイレに行って来るね!」

空気に耐えられなかったのか逃げるように公衆トイレの方へ駆けていく弟
それを見て、しまった…!と顔を顰める兄
病弱な弟のメンタルケアも兼ねて出かけたというのにこれでは台無しだ

「…っ」

「…」

弟が見えなくなった途端にさっきまでの威勢は何処へ行ったのやら
項垂れて地面を見つめる兄、伸びきった髪のせいか顔は陰に隠れて見えず
ただ、僅かに唇を噛み締めているのを少女は横目に見ていた

「…あんたぁ、弟ちゃんが大事なんだなぁ」

「…当たり前だ、ただ一人の家族なのだからな」

「ふぅん…」

深くは追求しない、さっきの件(手帳の内容が読める事、内容の感想)で
ある程度判ったが少女は10代にも満たぬ齢の癖に何処か達観した面が
あった、"一人の家族"という所に敢えて追究しないのはそれ故か
単に興味を持たなかっただけかは知らない

「なぁ、訊いていいか?」

「あぁん?なんだよ」

「結局、お前は何で俺達に絡んできたのだ?何が目的だ?」

「…強いて言やぁ、ほっとけなかったんでな
 お前の格好見て尚更思った」

「俺の格好だと?」

「だな」

ガサガサと紙袋を左手で漁る少女、一口サイズの饅頭が大量に
入っていたが、そろそろ袋の底が見え始める程に減っていた
308 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [saga]:2014/01/16(木) 21:26:31.89 ID:4iOQHmha0

「このクソ寒ぃ中、そんなボロボロの格好でよく外にいる
 弟には外套とマフラーを渡して自分は薄着だぜ?」

せめてマフラーくらい弟から借りりゃあいいじゃあないかと少女は言う

「だが、借りようとしない
 というより借りたくないんじゃあないか?」

「フン、根拠はあ「ああ、言い忘れてたんだが、実は少し前から物陰で
 あんた等を見てたのよね俺」

「…バカなだけでなくストーカーとはな、つくづく救えんな貴様」

「何とでも言えボケ、…んで弟ちゃんは必死にマフラーを渡そうとするが
 頑なに拒むんでねぇ、どういう"理由"かちっと気になったのさ」

「それで?」

「俺さ、留学生なのよね」

「それはさっき聴いたぞ、貴様、その齢で認知症か?」

「んで、この街でも短い間だけど友達を沢山作ろうとすんのよ
 目指せ友達100人できるかな?って奴?」

「…」

突っ込むだけ無駄な気がしてきた為
兄は聴くだけに徹しようとした時であった

「色んな奴と会って友達になったりしてな、んで親に虐待されてる奴とも
 知り合いになった」

ほらよ、紙袋から取り出した饅頭を兄に手渡す少女、相変わらず顔は
あらぬ方向を向いたままだが


「あのマフラー…首元でも隠してんじゃねーのか?」


「…なんだお前、将来探偵にでもなるつもりか?」

饅頭を受け取り、ソレを口に運ぶ兄、相変わらず少女の顔を見はしない

「いや、俺ぁサンタさんになるんだよ」

「サンタさんねぇ」

「俺の直感みたいなモンでさぁ、なんとなくお前等兄弟が
 "そういう感じ"に思えたんでな、近場の出店で饅頭買ってきた」

「そこで饅頭を買うという結論に至るのが解らん」

「言ったじゃん、饅頭をやったのは気分だって」

少女が純粋な好意からあの行動に出たとようやく兄も信じた
このアホ娘は変に打算的な事を考えてやったのではなく
感情論で動いたのだと

「…俺は見て分かる通りの貧乏人なんでな、貴様が何を望もうと
 大した見返りは出来んぞ」

「かぁーっ、嫌だねぇ!俺ぁ見返り求めてなんかやるような卑しい奴に
 見えんのかい?」

三人で食べていたからか、紙袋の中身は間も無く底に尽きそうであった

すぐそこの出店で作られたからホカホカの蒸気を出していて
三人で食べてもすぐには無くならない…
決して女の子一人では消費しきれない数の饅頭が入っていた紙袋がである

「なぁ、あんたぁ」

「ん?」

「あんたぁ、あの手帳の内容をどう思う?」

309 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [saga]:2014/01/16(木) 21:55:28.83 ID:4iOQHmha0

手帳の内容

老いる事も"病で死ぬも事"もない究極の生命物 究極生命体の創り方

"進化の秘宝"に関して

少女が尋ねてきた、最初に手帳を開いた時は考えもしなかった
少女が詳しい詳細を読み始めた所でふっと"考え"が浮かんだ

いや、"魔が差した"


『ゴホゴホ、お兄ちゃん…』

まず、頭に浮かんだのが不治の病に苦しめられる弟
そして…


「あー、言っとけどよぉ、変な気は起こすなよ」

「貴様に言われるまでも無いわ」

「この"進化の秘宝"とやらは理論が未完成だし、仮にやるにしても
 準備しなければならねぇブツが判明してるだけでもかなりある
 …なにより
   "人間やめるようなモノ"だぜ、こいつぁ…」

「そんな得たいの知れんモノなど身内には使えんよ
 アイツには幸せになって欲しいからな」

「ん、聴いて安心した」


その後も少女が何故、手帳の文字が読めるのか等、到底、5〜8歳とは
言えない者同士の会話が続いた

一般人から見れば実に異様な光景だろう
方や『魔術師の天才』、後に『"技術"の神童』と呼ばれる子供同士の会話

「って訳でセンコーに教えられたのさ」

「ふむ、その教師、さぞや名高い魔法使いなのかもしれんな」

まさか、目の前の少女も"込める技術"の関係者だとは思わなかった兄は
心底驚いた、世界に数えられる程しかいない"技術屋"の関係者と
こうも簡単に巡りあう、世の中、狭いものである


 最初こそ、喧嘩ばかりの二人だったが、奇妙な共通点があった…!


互いに技術屋である事、少女は無論だが
兄は酒に溺れて自暴自棄になる前は親を技術屋として尊敬していた
…事業と妻を失って荒れた事から大いに嫌ったが

なにより、共通の話題ができる、"込める技術"の論文や仕様は
唯の魔法使いや学校の教員…一般人の大人では高度過ぎ
着いてはいけない、トンチンカンチンである

そういう意味で、互いに議論できる相手、自分達の理論や疑問点に
賛同、論破できる同年代の人間というのは実に貴重である

「それは一理あるな、…だが何故バナナなんだ?」

「わーお…そいつぁ俺も悩んだんだが
 単にお猿さんが好きそうだからなんじゃね?」

話題は気付けばヒートアップしていた、兄も少女も学者気質だからか
めり込むと周りが見えない所があった、弟がトイレから帰って物陰で
見ているのにも気付いていなかった

(…どうしよう、タイミングを見て帰ってくる筈だったけど
 今行ったら、迷惑かなぁ)

空気を読んで気を使う弟であった…


実に天使だなッッッッ!!!!!
310 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [saga]:2014/01/16(木) 22:18:58.70 ID:4iOQHmha0

「黄金製のバナナに麻薬成分でも入ってるのかねぇ?」
「単に[メダパニ]が"込め"られているのではないのか」
「じゃあ、この部分はどうなんだよ?[メダパニ]以外にも何らかの効力が
 あるっぽいけどよぉ」
「鎖部分か…これは解らんな」


「っくちゅん」


「「あっ」」

ある"込める技術"の設計図に関して議論に没頭し過ぎていた二人は
木陰でくしゃみをした弟に気が付いた


―――
――


気が付けば高かった日は沈み始めカラスが鳴いている
子供はカラスが鳴いたら帰る時間だ

「…もう、こんな時刻か」

「んあ?マジで?まだ3時間くらいしか経ってないかと思ったんだがなぁ」

「楽しい時間はすぐに終わっちゃうって言うもんね!」

「フッ、たまにはバカと会話するのも良い物だな」

「あっ?てめー、雪玉食わせんぞコラ」

「お姉さん、もう帰っちゃうの?」

「んー?もうちょい兄貴と話してぇのは山々なんだがなぁ、そろそろ
 センコーが俺を探しにくんじゃねぇかなって」

「名残惜しいが、お別れと言うわけか」

「だな」

「ねぇねぇ、お姉さん」

「なんだい弟ちゃん」

「うう、弟ちゃんって呼ぶのは…ううん、それより訊いても良い?」

「何をだい?」


「お姉さんの名前!」


「俺の名前だぁ?」

「うん!」

長い間一緒に居て、長い間遊んでいた、少年少女達
しかし、いまだ互いの名前を知らなかった…

兄は「生意気な小娘」「留学生A」としか呼ばないし
少女も売り言葉に買い言葉で「町人A」だの「クソ兄貴」としか言わない
弟はそもそも少女の名を知らぬ為「お姉さん」兄は「お兄ちゃん」と呼ぶ

見事に三人共、互いの名前を知る機会が無かった訳であった


「俺の名前ねぇ、良いよ!教えてやんよ」

「ありがとう!」
「…まぁ一応、覚えておいてだけはやろう」

「一度しか言わねぇぜ!良いか?俺の名はナジ「見つけましたよ…!」

少女が兄弟に名を告げようとした所で別の声に遮られた少女が振り向くと
あからさまにバツの悪そうな顔でゲッっと言うのであった

311 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [saga]:2014/01/16(木) 22:51:17.13 ID:4iOQHmha0

「ゲェっ!センコー!?」

おほんっと咳払いを一つして中年の男性がそこには立っていた
リーゼントの様に整えた髪、ちょび髭にメガネで何処か冴えない顔立ちの
バーテンダー風の格好をした男である

「いけませんねぇ、レディーはそんな言葉遣いはしませんよ?」

人差し指を天に向け、チッチッチっと指を振るセンコーと呼ばれる男
先ほど少女が話していた教師なのだろうと兄は考える



だが、これはどういうことだ?








この男、"いつ現れた"のだ?




少女の背後に現れ、声を掛けた
それは分かった、だが、彼女の背後にはコレといって物は何もなかった
ブランコも滑り台も公園の木々も無い
あって、少女の後ろの砂場くらいだが砂の山すらない

まるで近づいてきた気配が無いのだ…っ!


「時に、そちらの方々はお友達ですか?」

「応!生意気な町人Aと可愛い弟ちゃんだぜ!」

男は少女の横を通り兄弟に近づき言う

「どうも、私の生徒がご迷惑をお掛けしたようで申し訳ありません」

眉を八の字にし困ったような顔で謝罪の言葉を述べる教師
冴えない顔という事もあり、何故だか謝られているのだが
こちらが悪い事をしたような何ともいえない感覚を兄は覚える

「あ、いえ、どうもこちらこそ…」

彼は基本的に大人は信用しない、大人は汚い生き物だというのが
彼の経験上、基本的な見方である(今日、足を踏みつけた神官然り)

だが、不思議とこの男には然程、嫌悪感を感じない

物腰が低いからなのか何なのかは知らない

ただ安心できる

安心感を覚える

そんな不思議な…"人を惹き付ける"ような魅力が声にあった


「あのう、おじさんはお姉さんの先生なんですか?」

「ええ、彼女から私の話を聴いたのですか?」

「はい!世界一、尊敬してる人だって言ってました!」
「わあああぁぁぁぁ!?馬鹿馬鹿、それは言わんでくれえぇいい!!」

慌てる少女におやおや、と微笑む教師

「これはこれは、リュウキュウに怒られてしまいますねぇ」

「〜っ!世界一っつってもセンコーより父さんの方が一番だかんな!」

「はいはい」
312 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [saga]:2014/01/16(木) 23:14:32.00 ID:4iOQHmha0

少女と教師のショートコントがしばらく続いた後
教師が兄を見て両手を差し出した

「彼女の面倒を見ていただいたお詫びと言ってはなんですが
 これをどうぞ」

彼の両手には白い大きな布があった、それを広げ、兄弟によく見せる
まるで"種も仕掛けもありません"とでも言わんがばかりに…

「はい!」

ポン!

「うおっ!」
「うわぁ…!」

白い大きな布から出てきたのは真っ赤な薔薇の花束であった
それを手渡された兄は正直、花など貰った所で嬉しくも無かったが
流石に、要らないと返すのは失礼にあたる為、とりあえず受け取った

「すごい!すごい!」

手品を前にしてぴょんぴょん飛び跳ねて拍手する弟

「喜んでいただけたようで何よりです!」

屈んで弟と同じ目線になった教師はにっこりと笑って手を差し出す
手品を魅せてくれたおじさんとはしゃぐ少年が握手をした瞬間である

「さて、もう夜も遅いですし、お二人はもうお帰りなさいな
 そして、こっそり逃げようとしないでくださいね」

「うげぇ…!」

兄弟に別れの挨拶を言っている隙に抜け足差し足で逃げようとする
少女に教師は釘を刺します

「勝手にいなくなったりして駄目でしょう、リュウキュウも心配してます
 "ご両親を哀しませるような子はサンタさんになれませんよ"!」

めっ! っとあまり怒ってるように見えない顔で少女を叱り
教師は手を引いて帰ろうとする

「それでは、お騒がせしました」ペコペコ

「じゃあな!町人Aとその弟よぉ!」


ぽかーん

嵐の様に現れて、去っていた二人を見て兄は呆気に取られていた

「お兄ちゃん!僕達も帰ろう!」

「え?あ、ああ、そうだな」

兄弟も帰路に着く
そんな中、しかし兄の足取りは重たい
家に帰っても夕飯はないし、もしかしたら又、父親の借金関係で人が
勝手に入っているかもしれないと


「こんな薔薇をもらったところで何にな――」

帰る最中、渡された薔薇の花束を何気なく見る

すると…どういうことだ?





薔薇が全て"石"に変わっていたではないか


「な、なんだ、コレは…!」

全く気が付かなかった、いや、重みが変わった事さえ、分からなかった
313 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [saga]:2014/01/16(木) 23:44:43.64 ID:4iOQHmha0

「お兄ちゃん?どうしたの?」

「い、いや、何でも…ハッ!」

弟の首元…マフラーが少しずれた事で見えた首元から



煙草の火傷や痣が消えているではないか…ッ!



「…馬鹿な、一体なんだというのだ?」

「?」

弟は首を傾げて兄の顔を覗き込む

やがて考えたところで答えなど出る筈も無いと兄は再び歩み始める


「お、坊ちゃん達が帰ってきたぞ」

「…」
「あぅ…」

案の定、ガラの悪い連中が家の前で仁王立ちであった

「なぁ、お兄ちゃん、君は頭イイから分かるよね?
 借りたものは必ず返す、これ、人間の常識、ね?」

「…それは俺達の借金じゃあないだろう、くたばった親父のモンだろう」

「あー駄目駄目、わかってないねぇ、いいかお兄ちゃん
 親父のモンは息子のモン、親父の借金は子の借金よ、分かるぅ〜?」

本日何度目か分からない舌打ちをする兄
この輩には[メラミ]などと言わず[メラゾーマ]でもお見舞いすべきかと
真剣に考える

「ねぇ〜弟くぅん、君は借りたものを返さないのは悪い事だと思うよね」

「おい!貴様等、その豚みたいな顔を弟に向けるな!」

最悪、殺人を起こす覚悟で兄は手に魔力を込める
今まで、自分が投獄された後、弟はどうなるか?
弟の目に焼死体を焼き付ける訳にはいくまいと今日まで意識してきたが…

「君は本当に可愛いな、まるで女の子みたいだよ、もう幼女っていても
 誰も疑わないくらいだね!」

じり…っ

弟を庇うように前に出る兄

「お兄ちゃんと助けたいと思わないか?おじさん達についていけば
 お兄ちゃんを助けてあげられるよ?」

煙草のヤニ臭い両手で揉み手しながら近づく風俗店を受け持つ男
[メラゾーマ]を確実にぶち込む射程内まであと少し…

「お兄ちゃんも、そんな反抗的な目で…てええぇぇぇ!?」

兄を見て、男は奇声をあげる

正確には兄の右手を見てである


(…?、なんだ?)

まだ[メラゾーマ]は出していない、手を見て何に驚いた?


「な、ななななん、なんだそりゃあ!?」

ここで兄は男が自分が持っていた"石で出来た薔薇"を見ていると気が付く
314 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [saga]:2014/01/17(金) 00:13:46.31 ID:WKnGzRdW0
「これは、[さばくのばら]じゃねぇか!?」

兄の持っていた"石で出来た薔薇"を見て叫ぶ

「[さばくのばら]?」

「……は、ははぁ〜、そういうことかい」

何か一人で勝手に納得したような顔をするガラの悪い男

「大昔は[イシス]の近くで採れたが今じゃ滅多に手に入らない
 だからコレクターが喉から手が出るほど欲しがるお宝…
 あの酒飲み親父、こんな高価なモンを隠し持ってたわけか」

どうやらこの男は、この"石で出来た薔薇"…[さばくのばら]とやらを
兄弟達の私物と勘違いしているらしい

「生活苦から逃れる為にソレを質屋にでも持っていこうって考えたんだな
 兄ちゃんよ!そういうモンがあるならおじさん達に渡してもらおうか」

よく分からないが、この男はこのガラクタをえらく欲しがっているようだ
正直、兄にはコレの価値が分からない
男の様子から察して、値の張る逸品らしいが、兄は…

「フン、これが欲しいのか?ならばくれたやろう!」ブン

「うおぁっ!この糞餓鬼、投げるな、割れたらどうする気だ!」

貧困から脱却することも可能だったかもしれないが
金を持ったところで、この連中が二度と来ないわけではない
むしろ、持つ事で執拗に追い回されかねない

「それをくれてやったのだ、二度と俺達の前に現れるんじゃあないッ!」

「ちっ、まぁいいさ、半年はその家の家賃はチャラにしてやる」

ガラの悪い男は帰っていく

「ふぅー」

息を吐いて、その場に膝をつく兄

「お兄ちゃん!!…怖かった、怖かったよ!!」

「あぁ、大丈夫だ…っ!、俺達は大丈夫なんだ…っ!」

今にも泣きそうな弟の頭を撫で、落ち着かせる兄
自分一人なら路上生活もまぁ、悪くは無いが病人を冬の路上に寝かす訳に
いくまい、そのまま、永遠の眠りにつきかねないからだ


「それにしても…」


弟の身体から火傷や痣が消えた

ちゃんと"本物の薔薇"の花束だったものが"石の薔薇"に変わった


どうもこれらはあの教師とやらが関わっているような気がしてならない

「…興味が湧いた」
「え?」

「なんでもない、家に入るぞ」

また、あの少女に会えれば、あの男に会えるか?
奇跡を起こした人間に会えば、また奇跡に縋りつけるのではないか
そんな、根拠の無い何かが兄の中に生まれ始めていた
―――
――


「ふむ、"進化の秘宝"…ですか?」

「あぁ、俺でもあんまり解んなかったんだせ!
 センコーにだって解んねぇだろう」ニタァ

少女は挑発するように教師に言う
315 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [saga]:2014/01/17(金) 00:37:39.38 ID:WKnGzRdW0

「ふむ、確かに難しいですねぇ」

「へっへっへ〜、だろだろ!?」

自分より物知りな男にも知らない事がある、それを確信して
ケタケタ笑う少女

「ま、物知りセンコーでも知らない事を知ってる俺ぁセンコーより
 すっげぇって事だな!」

数刻前に「俺でもあんまり解んなかったんだぜ!」と言った少女
相手も知らないが自分もよくは知らないという事実は何一つとして
変わっていないのだが…それはどうなのだろうか?

「おっと、勘違いなさらないでくださいよ」

「へ?」

「私は"難しいですねぇ"と言っただけで"聞いた事も無いですねぇ"とは
 一言も言ってませんよ」

負けず嫌いなのか、変な所で子供っぽい中年の男は少女に言う

「う!うぐぐぐ、
 う、嘘こけぇー、あんなワケ解んないようなモン誰も見た事ねぇよ!」


「ええ、確かに誰も見たことがないかもしれませんねぇ」

穏やかに教師は言うが矛盾している
それに対して少女がハァ?と顔を顰めたのは言うまでもない

「私も、理論は見た事がないのですよ
 ただ、アレと全く同じようなモノが"私の地元"にありましてね」

それで知っているのです と舌をちろっと出して少女に言う教師

「むー、なんだよソレ」

「ふっふっふ、教えてあげません!」

子供っぽく言う中年男性はメガネをクイっとあげて目線を逸らす
その先には

「おお!何やら美味しそうな匂いがしますねぇ!」

「話題を逸らすなよー」

ぶーぶー、ブーイングの嵐を飛ばす少女はなんのその
「まぁまぁ、私が何か美味しいモノでも買いますから」とご機嫌取り
少女は2秒で先ほどまでの怒りを忘れ、万歳である

「あ、ですが食べすぎはいけませんよ
 お母さんのご飯が食べれなくなっちゃいますからね」

「応ともよ!でも覚悟しとけよ、財布の中スッカラカンにしてやるぜ!」

「おぉ、それは怖いですねぇ、カジノのスロット並みに恐ろしいですね」

「…? カ、カ、カジ? 家事のキャロット?」

聴いた事の無い単語に戸惑う少女

「おっと!私としたことが…、今のは、"私の地元"の娯楽です
 まぁ、聞き流してください」

「…?、よく分かんねぇけど分かった」

その後、二人は繁華街でホカホカの饅頭を大量に買い過ぎて

少女の両親にこっぴどく叱られて

教師、少女共に小一時間、正座してたそうな…

316 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [saga]:2014/01/17(金) 00:55:05.86 ID:WKnGzRdW0
>>305 冬の寒い日、特にお腹が空く夜中の奴等は恐ろしいッ!
    あの味ッ あの食感ッ 誰もが奴等には勝てないッ!

>>306 わくわくする展開を創れたのなら嬉しい限りです






兄「あ、ありのままに起こった事を話すぜ
  俺は、薔薇の花束を渡されたと思ったら、薔薇の花が
  石の花束に変わっていたッッ!!超スピードとか催眠術とか
  そんなチャチなモンじゃあ 断じてねぇッ!!」

┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨



思った以上にオマケが長くてヤバイ…

そろそろ終わりにした方がいいですよね






********************************

>>[さばくのばら] 【ドラゴンクエストX DS】より
[テルパドール]の南西にある名産品、無限に手に入る

>>カジノのスロット 【ドラゴンクエストW】より
スロット…以前にカジノ自体の登場はWから
4コマでも占い師がよくスッカラカンになる







『[進化の秘宝]同様に "V の世界には存在しない" ……』


317 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [sage]:2014/01/17(金) 01:06:49.42 ID:Yie17CWeO
訂正
>>占い師がよくスッカラカン

ごめん踊り子だった!
318 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [sage]:2014/01/17(金) 01:52:43.49 ID:HUDpWR7DO
おつです
この兄弟の成長記もじっくり読んでみたくなりました
319 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [saga]:2014/01/20(月) 22:11:11.52 ID:KIqijman0

 兄はあれからというもの暇さえできれば少女(正確には彼女の教師)を
探し続けていた、だが教師は無論の事、手がかりである少女にすら
出会う事はできなかった…

「…今日も収穫は無し、か」

寒空の下、兄は両手を口元に運び吐息で温める
十二月は過ぎ去った、しかし冬の寒さはいまだ健在だ
 他所の家庭の子供達が手袋を着けているのを見ると妬ましいものである


(…まさか、もう帰ったのではないだろうな!?)


少女は元々、この街の住人ではない、遠い海の向こう
教育機関の無い辺境の地から留学する為に来ていた
 彼女の話し振りから察するにまだ街にいる筈なのだが

いかんせん、ここまで何の手がかりも無いとなると不安に思えて仕方ない

朝一番で教会の炊き出しに並び、その後は教師と少女の行方をひたすら
探し続ける、それでも会うことが叶わない
そんな日々が続いてはや数週間













そして、今週が彼等、兄弟にとって"人生最大の転機"となる時期だった














兄はこれまでの人生がそうであった為、何かと心配性な一面がある

今回に至り、それは大当たりだ

あの日、口に饅頭を突っ込んできた無礼な少女と出会った日
彼女と会話した時、確かに彼女はしばらく、少なからず二ヵ月は滞在する
そのように発言した

しかし、今回の留学は例外

"二ヶ月ではない"のだ…! "一ヶ月で海の向こうへ帰る"のだ!

少女の母方の両親、つまり祖母・祖父にあたる人間が[エジンベア]から
緊急で来日するとの事であった
祖母達は少女の両親に前もって連絡無しでやってくる
そして"今週"には少女含め家族三人、教師を連れて海の彼方へ帰るのだ

そんな一刻を争う状況とはつゆ知らぬ兄は今日も街をひたすら駆け回る


「…くそォ、何処なんだよ!あの小娘」

不安 焦り 苛立ち

藁にも縋りたい気持ちであった
320 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [saga]:2014/01/20(月) 22:29:23.30 ID:KIqijman0

思いつく限りの場所を探した
ヒゲでメガネで物腰の低い男はいないかと訊ねて回った
男みたいな口調の変な少女を見かけなかったかとも道行く人に声を掛けた

だが反応は一向にない

結局、疲労しきった兄は帰って泥のように眠るしかなかった




「…」


チュンチュン

小鳥が鳴いている、隙間風の通る壁越しに良く冴え渡る鳴き声だ
おかげさまで我が家は目覚まし時計いらずですとでも言うか?

「今日こそ見つけてやる…」スッ

硬いシーツの上から身を起こし、暖炉に近いベッドへ兄は歩み寄る
暖炉の火はちろちろと僅かに燃えていて
弟も身体を暖かくして寝れている筈だった

「起きてすぐだが、俺はもう出発するからな」

ベッドの上にいる弟に声をかける


「…」



「…?」


ここでふっと、ある事に気付くのだ、弟は病人だが自分より早起きな人間
そして、いつも第一声が「おはよう」で、出かける自分に
「行ってらっしゃい」の声を掛ける

珍しく寝坊したのかと思った

この時、兄は然程気にせず家を出た…


ベッドから一向に出てこない弟に気づけずに






もう一度だけ言おう






  『今週が彼等、兄弟にとって"人生最大の転機"となる時期だった』







―――
――


「はい、どうぞ」

兄は教会の炊き出しで食料を受け取り、急ぎ足で自宅へ帰ろうとした
そんな矢先である
321 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [saga]:2014/01/20(月) 23:04:45.43 ID:KIqijman0


「おやぁ〜?君ィ、まだ新しい靴を買っていないのかね?」


聴こえてきた声に内心で強く舌打ちする
この耳障りな声、あの神官だ

「失礼ですが、先を急ぐモノでして…「ちょっと!ちょっと!人とお話
 する時はちゃんと目と目を合わせてするって親に習わなかったのかね」

「これは失礼しました…ゴミなんかと目を合わせては言葉通りお目汚しに
 なると思いましてね
 無礼を承知でこの体勢のまま返答させていただきました」

「ふっふぅ〜ん、解るじゃあないか!社会のゴミは
 確かに見るに耐えないモンなぁ!」

ゴミなんかと目を合わせては"誰の目が"腐るのかは言ってない
さりげない皮肉に気付かない中年の神官に兄は問う

「どのようなご用件で?」

「あぁ?ご用件?…おお、忘れていたよ、君さぁ最近配られてるご飯を
 持って行きすぎじゃあなぁい?」

くねくねと身体をくねらせながら言う神官、その動作の一つ一つに嫌悪を
抱く、これがその辺のチンピラなら呪文の一つでも食らわせたいのだが

「一人一つのルールはちゃんと守ってますよ」

「口答えしてんじゃねぇよ小僧ッ!おっと!しとぅれい〜ぃ興奮すると
 素が出ちゃう性格でね、ホラ聖職者なんてやってると俺とか言っちゃ
 いけないしぃ敬語はやんなるね本当」

ツカツカと高級そうな靴で床を踏み歩きながら兄に近づく悪趣味な神官
ブランド物の靴に首から[銀のロザリオ]手にはゴテゴテの[ルビーの指輪]
何の生き物か知らないが、真っ白な毛皮のコート

聖職者を語るな質素な格好をしろとでも言ってやりたい

「君ィ、国の税金っていうのはねもっと大切な事に使うべきなんだよ
 将来的に一大企業でも興せる人材がいるなら良いけど
 特にそんなこともないゴミ屑みたいな奴を生かすのに
 使うべきじゃあ無いと思わない?ぶっちゃけ資金の無駄だしぃ」

神官が兄の持っている包みに腕を伸ばす

「はいっ!って事でコレ没収ね」

「っ!やめろ!」


神官が兄から食料を奪おうとする
もう我慢ならんッ!意を決した兄は[メラミ]を唱えようと…!


「はい」スッ


「へ?」
「はっ?」

突然の横槍
兄と神官の奪い合いに一人の少女が割って入った
格好からしてシスターか何かか?

「あなた達、お腹が空いているのでしょう?コレをどうぞ」

そのシスター(?)はパンを差し出しながら言った

「…ま〜た、君か、イイよ好きになさい」

神官は乱暴にパンをひったくるとそのまま教会へ帰っていった

「…なんだ、お前は?」

322 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [saga]:2014/01/20(月) 23:33:34.33 ID:KIqijman0

「私? あの教会で働いてた子」

格好を見れば分かるが、兄はそういう意味で訊いたのではない

「あの人、いつも来る人に意地悪するの」

「ああ、クソみたいな奴だな、それでお前は何だ?」

「? 今も言ったよ? あそこで働いてた子」

「いや、俺が訊きたいのはそういうことじゃなくてだな
 何で俺を助けたのかだ?」

「…? 分かんない、助けたかったから助けた」

兄は頭が痛くなった
変な小娘に絡まれる、なんだこのデジャブは?
どうせ絡まれるなら探してるほうの小娘に絡まれたかったものの…

「あぁ…わかった、もういい、俺が悪かった、変な事訊いてすまん」

ここ数日走り回って疲労していた兄は深く考える事を止めた
「…?どうして謝るの」と不思議そうに首を傾げる少女に
とりあえず礼を言い、その場を去ろうとする


ぐううぅぅぅ…


「…」

「お腹空いてるの?」

まぁ、否定はしない

「パン、沢山あるけど食べる」ッス

数週間前は饅頭、今日はパンを見ず知らずの女性に食わせてもらうか…
男として羨ましいシチュエーションなのか
男性として女性に施しを受ける事を恥じるべきか

兄は後者であろうな

教会に帰ればあの嫌味な神官がいるという事で、何処か落ち着ける場所で
食べる事になった、その場所は奇しくも数週間前に生意気な小娘と
出会った公園であった

「…はぁ」

「ため息吐くと幸せ逃げちゃうよ?」

男みたいな小娘、ぼけーっとして何処か頭の足り無そうな小娘
なんだ?女難の相でも出てんのか?っと兄は思わずにはいられなかった

「…フン、幸せに逃げられるか、とっくの昔に逃げられてるよ」

「なら追いかけて捕まえれば良いと思うよ?」

素で言ってるのか冗談なのか判断に困る返答であった

「追いかけろだと?何処に逃げた分からぬ幸せをか?」

行方知れずの人間を探そうにも手がかり無し
闇雲に動けば良いと言う話でもなかろうにと兄は心の中でぼやく

「うん、あのね、何処にあるか分からなくても
 宝物と同じで本当に見つけたいって思えば
 最後はきっと見つかるんだって友達も言ってたの」

「本当に見つけたいと思えば、か」

「私の友達もいつか[青い石]を見つけだすんだって張り切ってた
 頑張る事や、見つけたいって意思を失くすのが一番、駄目だと思うよ」

この少女はあまり頭が良くないのか、会話の内容が飛んでいるな
だが、なんとなく言いたい事は分からなくもない
323 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [saga]:2014/01/21(火) 00:59:30.21 ID:xYXzROX+0

「要はお前の友達とやらは何事に対しても諦めるなと言っていた
 そういう解釈で良いのだな?」

「うん!…だと思うよ?」

何故そこで疑問系になると思っても声には出さない
頭の弱い少女と一時間弱、途切れ途切れな会話をして少女が

「あ!後、なんで助けようとしたってさっき訊いたよね?」

「ん?ああ」

「あれからずっと、どうして助けたかったから助けたのかの理由を
 考えたんだけどね」

お前、今までずっと考えてたのかよ

「多分、後悔したくないからだと思うよ?
 私、もうすぐ遠い所にお引越しするんだ」

またしても話の前後が繋がっていない内容

引越しするから後悔したくなくて助けました…

この小娘は本当に説明が下手だ

「すまん、もう少し分かり易い説明で頼む」

「…? ええっとね、少し前に教会に知らないおじさんが来て私の新しい
 お父さんになってくれることになったの
 私の友達と一緒に居られてすごく嬉しいけど
 この街とさよならするから、遣り残した事やしたいと思った事を
 やっておきなさいって言われたの
 私がいなくなったら、あのおじさんが皆を虐めるから今の内に助けたい
 そう、思ったかな?」

教会で国語の授業…あ、いや、それ以前に彼女は
人とのコミュニケーションを学ばせたほうが良いなと兄は思った

「…やっぱり、私の言う事って変なのかな?」

しょんぼりとした顔で少女は言った

「私はお話がうまくなくて人と仲良くなれないの、私の友達が人間の
 初めてのお友達で、だから嬉しかったんだ…
 あなたも私の事が変だと思うよね?」

何が言いたいのか分かり辛いというのは確かにある、だが兄はある事に
気付いた

「お前の言い方では"諦めない事"を説いた友人が人間の初めての友達だと
 言っているようだが…他に友達はいないのか?」

「ううん!…"スラりん"とか"ロッキー"や"メッキー"他にも"ジュエル"
 私、友達たくさんいるの!
 でも私がお外から友達連れてくると、皆が怒るの…
 神父様もあの虐めるおじさんも
 でも!でも!私のお父さんになるおじさんは「すごいですねぇ」って
 褒めてくれたの!」

両手をパタパタ振ってボッチじゃないと主張する少女
…なんだか変な名前の友達だなと兄は不思議に思いましたが
この娘は説明が下手なんだと、それで片付ける事にしました

「とりあえず、言いたい事は分かったよ
 …お前はそろそろ、帰らないといけないんじゃあないのか?」

あれから大分時が経った、教会で働く子ならそろそろ休憩も終わりだろう

いい加減、この少女との会話に疲れた兄は
「じゃあな、それなりに気分転換にはなった、ありがとうよ」と告げ
公園を去っていった

(結局、あの生意気な小娘と教師の手がかりは今日も掴めそうにないか)

貴重な時間を妙な小娘と話す事で浪費した…そう思い兄は帰路に着いた

324 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [saga]:2014/01/21(火) 01:46:03.73 ID:xYXzROX+0

雪道を歩き、街の中心から離れて歩きなれた道を進む
道行く人の声も足跡も聞こえない郊外
街道には今朝自分が出て行った後の足跡がまだ、くっきりと残っていた

(日が沈んだら…そうだな、貴族があつまりそうな歓楽街でも探すか)

手に炊き出しの包みを抱えて兄はボロボロの館へと戻ってきた

ギィ…

建てつけの悪い扉を押して帰宅する兄

外の雪道より真っ白な埃だらけの床を進み軋む階段を昇る

「いま帰ったぞ」

暖炉のある部屋、自分と弟がいつも居る部屋に戻る

「…ん?」

もっと早く気がつくべきだったな

いつもならば階段が軋む音で兄の帰りに気がついた

「………おい?」

いの一番に「おかえりなさい!」と笑顔で迎えてくれていた


「…………おい!」


今朝、起きた時と何も変わらない部屋
自分が寝てから起きて、そのまんまのぐしゃぐしゃな布団

すっかり燃え尽きたのか暖炉の焚き木は既に無く、火も消えていた

継ぎ足しようの焚き木はそのまま

誰も触った形跡が無い


今朝、起きた状態と何も変わらない



「…………………………ぁ」



弟も"ベッドの上から一歩も動いていない"






















「……ぁ、…ぅぁ」



弟は…ベッドの上に居た、吐血と痙攣を起こしながら
325 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [saga]:2014/01/21(火) 02:03:56.90 ID:xYXzROX+0
>>318 この兄弟の成長ですか…納得できる内容に書ければ良いのですが


  兄弟にとって"人生最大の転機"が来ましたね!

このまま一気に書きたい所ですが眠気に勝てそうに無いので仮眠を取って
お昼ぐらいにラストまで書きたい所です…





※ 既に訂正しましたが前回、カジノでスッカラカンになるのは占い師と
書きましたがアレは踊り子の方です


ええいっ!私としたことが嫁と愛人を間違えるとは何たる不覚ッッッッ!





 「という訳で ちょっと己を戒める為にも 【裏切りの洞窟】で
        嫁もどき達と きゃっきゃ うふふ してくる!」キリ


326 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [saga]:2014/01/21(火) 16:31:26.34 ID:xYXzROX+0


雪道を兄は走った

弟を担いだ状態で以前世話になった医者の元へ駆けた、だが…


「何故だ!? 何故診れんというのだッ!?」

「診療代を払える見込みがない以上、ウチでは面倒みれないんだよ」

「貴様ァ!人命より金を優先するというのか!?それでも医者かァ!」

「人の命を救うのにも金がいるんだよ!!
  確かに君のお父さんがあんな事になる前は当院でもよく診療したがね
 それは払うモンを持っていたからだ!
 …冷たいようだが、これはどうしようもない」

「―ッ」


頭では分かっている、人を治すのだってタダじゃない
タダで治せるなら世界中から病人けが人なんてモノは一人もいなくなるし
たった一人を贔屓すればソレは他の患者に対する不敬ともなる
それでも、それでもだ…





「…お願いします、どうか、どうか弟を助けてください

       たった一人、血を分けた、俺の最後の家族なんです…!」






「…くどいようだが、金が無い以上、我々は何もしてやれない
       …だが、ウチには空き部屋と予備のベッドがある
 そこに寝かせてやりなさい」

「…心遣い、感謝いたします」


医者にできた唯一の慈悲である

(金…っ! 金さえあれば…!)

兄は思い出したようにポケットの中を探る
あの時、偶然見つけた手帳、あの"進化の秘宝"とやらが書かれた手帳なら
金になるのではないか?

いくらになるかは知らないし、そもそも売れるかも分からない

兄は最後の希望を手帳に託す事にした


しかし






「…ない…手帳が無いだと」





彼は少女と教師を探す為、四六時中街の中を駆け回った


希望を… 最後の希望を何処かに落としてしまったのだ

327 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [saga]:2014/01/21(火) 17:02:36.59 ID:xYXzROX+0

(ふざけるな!こんな、こんな馬鹿なことがあってたまるものか!)

唇を強く噛み締め、涙を堪えた
なんだこれは? 俺達兄弟が何をしたというのだ
神の恨みを買うようなことでもしたというのか?
神の気紛れだとでも言うなら、神様なんてクソ食らえだ
 兄は叫びたかった



「…ぅぉぉぉおお、っくそおおぉぉぉ!」

項垂れて壁に手をついて、嗚咽する…だせるのは金ではなくそんなモノだ

そんな彼の後姿を医者や来ていた客達は
気の毒そうに眺めてやるしかできなかった
 やがて、兄は肩を落として出入り口へ歩いていく
ベッドに寝かされたまま、未だに病に苦しめられている弟を残して


空を見れば雪が降っていた

灰色の曇り空で雪だけが真っ白、陽は既に落ちていて月明かりも輝く星も
雲に隠れて見えやしない

辺り一面が銀世界だった

行く当ても無く歩みを進め、気がつけば彼は…

(…ああ、また此処に来たのか)

例の公園に来ていた

(思えば俺も馬鹿だったかもしれんな、たかが一人の男だぞ?
 なぜあの教師とやらに出会えれば、全てが上手くいくと思い込んだんだ
 藁にも縋るか…、こんな事になるなら
 闇雲に探すなんて馬鹿やんじゃなかった

 もっとアイツの傍に居てやれば良かったんだ…)


後悔、元から病弱で余命も長くないと言われた弟
最後までアイツを幸せにできなかったと悔やむ兄であった

("後悔"…か、昼間知り合った小娘とは真逆だな
 アイツは後悔しないような行動を心がけ
 俺は大切なモノに気付けなくて後悔して…)


そこまで考えて、昼間の少女との会話が脳内で再び再生される




『頑張る事や、見つけたいって意思を失くすのが一番、駄目だと思うよ』
『何事に対しても諦めるなと言っていた そういう解釈で良いのだな?』




(………"意思を失くすな"  "諦めるな"か)

諦めかけていた兄の中でその内容がリピートされる

「…"諦めたくなんてない"、だがどうすれば良いのだッ!
    以前通院した時だってかなりの費用が掛かった、あんな金額…」


ここで兄は思い出した

彼は本当に弟を大事にしていた、だから"その意思"があった事を


偶然、たまたま、あの少女との会話で"諦めるな"と教えられたからか
あの時の会話は再び兄に決意をさせた…!

328 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [saga]:2014/01/21(火) 17:16:52.43 ID:xYXzROX+0






守るためならば"どんな事でも"必ず成し遂げようとした"意思"




『な、ななななん、なんだそりゃあ!?』




あれから数週間とは言えかなりの金額になるのならまだ使い切ってない筈
心の中で思ったとき、既に兄は立ち上がっていた








『これは、[さばくのばら]じゃねぇか!?』




兄には"その意思"が確かにあったッッ!!


大切なモノを守るためならば…
その為ならば"どんな事でも"必ず成し遂げようとする"意思"があったッ!



















       "殺人"を犯すことを…!

      …守るためならば"犯罪"をも厭わないッッ!!


     そんな "漆黒の意思" が兄には確かにあったのだッッ!!








"頑張る意思を失くすこと"   "諦めないこと"


少女との会話が再び…! 再び、兄に"決意"をさせたッ!


兄は走り出していた、もう人の目など一切、気にしない

 夜の歓楽街へただひたすら走り続けたのだ

329 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [saga]:2014/01/21(火) 18:00:36.87 ID:xYXzROX+0

ガヤガヤ ガヤガヤ

街の中心寄りのこの通りは今日も賑わっていた
多くの人の声が行き交う中、一人の少年が走り抜ける

彼は唯一人の家族のために"あの男"を探す

少し前に我が家に来て"石で出来た薔薇"を持って行った男だ

肩を組んで善いながら歌う仕事帰りの大人達
相手の胸倉を掴んで罵り合う男
道行く人に甘ったるい声を掛ける娼婦
誰からも気にかけてさえ貰えないホームレスの死体

人…

人、人、人、人、人、人

人 人 人 人 人

見渡す限り人の山

人混みを掻き分けてついに兄はお目当ての人物を見つけ出す

「それで、この間のオヤジを蹴り飛ばしてやったのさ!」
「きゃ〜ん、おじさまカッコいい」

夜のカフェテラスで椅子の背もたれに身を預け
両脇に女を侍らせるガラの悪い男
ガーデンパラソル付きのテーブルの上にはビールのジョッキ
香ばしい焼き鳥や豆といった定番メニューが乗っていて
そして…

「うぅ〜ん?おい!酒がねぇぞ、ウェイター、おいウェイター!」

「はい、お客様」

「酒だ!酒!ビールを大でもう一杯だ!」
「ねぇ、おじさまぁ、私達にもいただけないかしらぁ?」
「私も喉が渇いちゃったなぁ、苦味の強いのが飲みたいの」

「でへへへ、おい!後二杯追加な!心配すんな、ホラ、金なら
 たーんとあるからよ!」

テーブルの上に置かれているのは料理やジョッキだけではない
白いスーツケースが一つ
ガラの悪い男はスーツケースを開けるとその中から適当に札束を取り出し

「ペロ…ええっと、ひい、ふう、みい、っとホレ勘定だ釣りはいらねぇぞ
 チップとしてもらっときな!」


物陰からその様子を覗く兄
彼は"犯罪"を…そう"盗みを働く"気でいた

漆黒の意思はあるが彼とて可能ならば殺生の無いように済ませたい
だから"犯罪"であってもギリギリ
そう、強盗殺人ではなく、"盗む"で手を打つ…!

自分一人が投獄されれば、それで良い
無期懲役だろうが何だって構わない、それで弟が助かるならば
喜んで豚小屋にぶち込まれてやろうではないかッ!

ゴミ捨て場から拾ってきたボロを纏い、顔も隠す
体格であの男に気付かれてしまうのかもしれないが…
廃棄された古い香辛料入りの瓶、穴が空いて捨てられたボールを持ち

(…アレを利用させてもらおう)

目に付いたモノを見て彼は思った


兄は物陰から一歩前に出て辺り見渡す、周りの大人達は
自分を見向きもしない…死んでも気に留めないホームレスと同じように
思っているのかもしれない

「…行くぜ、[メラ]ッ!」

330 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [saga]:2014/01/21(火) 18:51:58.52 ID:xYXzROX+0

―――
――



「イッキ、イッキ!」

「だはは、もっお持っえこ〜い」


「…? 何か焦げ臭くないかしら」

「あぁ?何いっれんらぁ?へんあ匂いなんぁ…あれ?」

グデングデンに酔った男が女に訊かれ鼻をヒクつかせる
確かに焦げ臭い匂いがする、しかし、周りを見ても火の気はまるで無い

「…気のせぃでないの?だっはははははは」グビ

手拍子を止めた女達に笑いかけ男は再びジョッキを口に運ぶ
近場の店で料理でも焦がしたのだろうと女達も考え手拍子を再開する


この時、男は腰に手を当て、上を見上げるようにして酒を飲んだ
そして、大いに噴出した


「な、な、はああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」



「きゃあああああああぁぁぁぁっ!?」
「か、か、火事だああああぁァーーー!!」
「うわあああああああぁぁぁぁ」


ガラの悪い男達が座っていた席
そう、カフェテラスのテーブルにはよく備え付けられている
"ガーデンパラソルが勢いよく燃えていた"のだッ!!


火災が発生した経緯はこうだ

まず兄が[メラ]を唱える
ただし!その[メラ]は極限まで火力を抑えたモノで
マッチ棒の火となんら変わらない程のモノである
[メラ]に限らず、呪文の調整は難しく、小さくしようものなら
火花すら発生しないし、逆に料理用に高い火力でやろうとすれば
鍋ごと消し炭にするなど
 常人では困難な事である

"天才的な魔法使いの才能"があった兄だからこそできる芸当

マッチ棒並みの火力にした火球を穴の空いたボールに入れる
キャッチボール用の小さなボールに入った火球は内部から徐々に燃え
次第にボールの表面からも火を噴出すようになる

完全にボールが燃え始める前に、火を入れてすぐ、燻り始めている間に
コレをガーデンパラソルの上に投げる

彼はどこぞの男っぽい少女と違い、根っからのスポーツマンじゃない
当然、コントロールを外すこともありえた
だから、更にもう一発最小の[メラ]をボールの中に入れる
 魔力調整ですぐに爆発しないタイプの火球だ

それでボールを着弾地点(パラソル)まで
"ボールの内部から[メラ]で押し出す"ような形で誘導した

店の明かりである程度は明るくとも夜間だ上空に火の玉が飛んだら
怪しまれる、だから敢えてボールの中に[メラ]を隠すような形にして
パラソルの上まで飛ばした、あとはタイミングよく発火させれば良いのだ


「うわああぁぁぁ!?」

燃えるパラソルに驚く通行人、突然の火災に混乱するガラの悪い男達
チャンスは今しかないッ!

331 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [saga]:2014/01/21(火) 19:31:53.65 ID:xYXzROX+0

逃げ惑う通行人と逆に見物人のつもりか
火の粉が飛ばぬ位置まで寄る野次馬の群れを掻き分けて兄は進む
目指すは燃えるパラソルの下…白いスーツケースだッ!

「店員!何あっえんだ、早く火を消せぇ!」

酔いが抜けず今だ、呂律の回らない口調で怒鳴る男
大慌てでテーブルから一度は離れたが金の入ったスーツケースを
置いてきた事に気が付き、燃えては困ると慌てて今も勢い良く燃える
火災の発生源へ向かう

「お客さん!危ないですよ離れてください!」

「るっせぇ!、離せ!」ガッ

男は自分を引き止めようとしたウェイターを突き飛ばし走り出した

「お、お客さああぁん!って、お、おい、き、君!」

地面に転がったウェイターが男に呼びかけた直後、自分の脇を小さな影が
通り過ぎる、そう、この件の放火犯だ!

「うおぉぉぉぉ!!」
「んあ!?だ、誰だお前!?」

顔を隠した兄はすぐに未開封だった香辛料の瓶を空け
男の顔にぶちまけた

「あだあぁぁぁぁぁぁ!!」

目を押さえコンクリートの地面に転げる男を追い抜き彼は…


ガッ!


(取ったッ! 取ったぞッ!!)


ペキペキッ

(!?)

火はパラソルの中棒部分にも既に燃え移っており
上部の傘布部分がそのまま落ちて来る

「…ッチィ!」

重たいケースを持ってその場からすぐに離れようとするものの
燃える傘布はテーブルの上に…
アルコールが大量に置かれている卓上に落下した


       ゴオオオオォォォォー――!

「あぐっ!」

アルコールに勢いよく引火し、暴発するジョッキ
更に煙と熱気を広げる火元
弾け飛ぶ大皿やグラス等の陶器の破片を背中越しに受ける兄

「おい!バケツはまだか!子供が飛び込んでいったんだぞ!」
「今、持ってきたぞ!」

数人の大人と店員達が消化作業を試みる

地べたを転げまわったガラの悪い男は酒で勢い良く燃えた火元から
膝を突きながら離れた、流石に命あっての物種である
熱気と黒煙で近づけない、兄の姿も確認できない
それでも大人達はとりあえず、火元をどうにかする事に必死だった


そして…程なくして火災は無事に鎮火されたのだが

「こりゃあ、ひでぇ、真っ黒焦げだ」

消火に当たった通行人が黒焦げの焼死体を見て嘆いた

332 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [saga]:2014/01/21(火) 19:53:55.50 ID:xYXzROX+0

テーブルの付近にあったのは小さな子供の焼死体であった
全身が炭化していたため顔はまるで分からないだが齢はおよそ八歳ほどだ
ウェイターもこれには「自分が止めなかったせいで…」と嘆いた

なお、現場に焼けたスーツケースが落ちており、中に入っていた紙幣は
殆どが燃えカスとなっていた

何故、火災が起きたのか店側は検討が付かないが分かっていることは
明日の朝刊にこのボヤ騒ぎが載るかもしれないということだけであった



























「…ぁ、…はぁ、ゲホゲホ」ドサ

肩を抑えながら彼は地面に倒れた

「へ、へへへへ、ざ、ざまぁみやがれ盗ってやったぜ…」

歓楽街から遠く離れた裏路地で彼は…!


兄は笑った…っ!

あの時、傘布が落ちる時だ、咄嗟の判断だった
二頭を追うもの一頭も得ずとはよく言ったもの

兄はスーツケースの中身を根扱ぎ頂くのではく、ケースを開けて
ポケットに入れられるだけ入れて逃げたのだ

あの重さのモノを持って離れようと思っても逃げ切れない
あそこで焼かれてお陀仏だったのは間違いない事であった

スーツケースは開きっぱなしだったから、余りは燃えカスになっただろう

それを思えば、少し、惜しい気もするが命には代えられない

「ッ〜、肩が痛いな、早く行かねばッ…」

最後に彼はもう一度だけ、後ろを、歓楽街を振り返り


「…ありがとう、そして、すまなかった」とだけ言ったのだった


あの時、兄は
『(…アレを利用させてもらおう)』"目に付いたモノ"を見て思った

飲んだくれていた男達の更に奥の路地からチラッと見えた…"アレ"


死んでいても『誰からも気にかけてさえ貰えないホームレスの死体』だ


333 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [saga]:2014/01/21(火) 20:29:50.42 ID:xYXzROX+0

火の手から持てるだけの金を持って逃げる
燃えさかる火炎と黒煙で兄が奥へ向かった事は誰の目にも見えない
そして、ホームレスの死体に[モシャス]を使ったのだ

死体は見事に兄ソックリの姿となった、後はソレを焼ける所まで運び
自分はそのまま逃走すればいい


…この街は大きく発展している街と呼べる
その分、問題視されるモノも多いのだ

もしかしたら、あの死体は自分達だったのかもしれない

あの館を追い出されて、弟と二人で路頭に迷って
やがては誰にも気付かれずに死んでいた…

誰にも見向きもされない、居てもいなくてもいいようなゴミのような人間

道端の石ころや雑草と同じように、自分達も扱われたかもしれないのだ
国の人間が遺体を片付けるまで、ああして野晒しにされる

その可能性は自分達兄弟にも大いにありえたのだ



そんな自分達のもう一つの可能性とも言える人の死体をぞんざいに扱った
 決して罪悪感が無い訳ではない…

むしろ、泣きたかった…


"殺人"だろうと…"犯罪"であろうと"道徳に反する事"でも

"どんな事でも" 成し遂げる"漆黒の意思"が兄に会った…

だが実際に死体に対してした事に心を痛め、礼と謝罪の意を敬した




かくして、彼は弟を救う事ができたのだ…

*********************************
*******************
********



パチィッ


「ハッ…!」

兄は眼を覚ました

どうやら火の番をしたまま、うたた寝していたようだ

煤だらけの暖炉の中でパチパチと火の粉を吹き上げる焚き木
弟が取っての取れたバケツで汲んできた水はお湯に変わっていて
弟は規則正しい寝息でベッドに眠っている

(この寒空の下、井戸の水汲みなんぞしやがって…馬鹿者め)

手も皸ていただろうに、そこまで思い兄はここ数日で何度目になるか
分からぬため息を吐く

「弟よ、それだけ俺は頼りにならんというのか…」

まだ痛む肩を抑えて考える

(あれから丁度一日、[モシャス]が掛かった死体はそろそろ、元に戻る
 その前に国の共同墓地に埋葬でもされたなら良いが
 そうでなければ、俺が生きてる事があの男にバレちまう…
 隠し通せてるなら、今後は街中で二度と会わない事を祈るしかないか)

334 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [saga]:2014/01/21(火) 20:54:40.53 ID:xYXzROX+0



「ごめんくださぁい!何方かいらっしゃいませんか?」


ビクっ

誰かが我が家の前で声を上げた
つい前日、命がけのギャンブルをやった兄だ挙動不審になっていた

(だ、誰だ、こんな時間に!
 い、いや、そもそも、ウチを訪ねてくる奴など…)



「くぉらぁ、町人A!てめーが此処に住んでんの分かってんだぞ
 観念して出てこやぁ!」


「…」


気が動転してて気がつかなかった、そういえば今の男の声は…
 そして、今叫んだ、馬鹿みたいな女の声は…

窓から外を覗き見る、其処には確かに居たのだ

自分が求めて止まなかった人物が…!


「よかった、やっぱりここだったんだ!」
「おや、見えたのですか?」
「応、ソイツの言うとおりだぜ、町人Aはあそこの窓から見てるぜ」

饅頭の小娘、教師、そして何故か昨日会ったパンの小娘が居た
これは夢か?まだ夢でも見ているのかと頬を抓るが
現実的な痛みからこれは本当なのだと兄は知った


彼は慌てて、玄関へ向かう

何故、此処に居るのか、何の用で来たのか?

「どうも、お久しぶりですね、まずは突然の訪問で失礼致します」

頭を下げる教師、そして

「あのね、あのね、あなた公園でコレ落として行ったでしょう?」

パンの少女は手帳を持って兄に問いかける

「いつも教会にご飯を貰いに来てるよね?私の新しいお父さんに相談して
 探してたの」

「ごほん…、此方は故あって養子として引き取った子です、彼女の話と
 いつも教会に来る人の証言から失礼ながら
 貴方の住所を調べさせて貰いました
 …実は今日は貴方に折り入ってご相談があるのですが
 お時間宜しいですか?」

兄は三人を家の中に通した

「さて、どこからお話すべきですかねぇ?」

少し顎に手を当てて考える素振りを見せ教師は答えた

「私は現在、特別な才能のある子を訳有りで探していましてね
 この子もそういった理由、"形式上"は養子として引き取りました
 そこで、本題なのですがどうでしょうか?
 私の元で助手兼弟子として働いてみませんか?」

突然の勧誘であった

「いくつか質問をしても?」

「ええ、どうぞ!」


335 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [saga]:2014/01/21(火) 21:26:17.44 ID:xYXzROX+0

「まず、どう言った理由で雇うと?」

「貴方から素晴らしい"魔法使いの才"を感じましてね
 あ、私も一応は魔法使いの真似事ができるだけの才がありましてね
 貴方の素晴らしい才を感じ取れるのですよ」

「それだけですか?」

「うーん、それだけでも合格点なのですが
 もう一つ、どうしても気になる事がありましてねぇ」

教師が手帳を指差し言う

「その手帳に書かれている内容が個人的に気になるのですよ
 そこで所有者である貴方とビジネスがしたいのです」

ポンっと手を打ち教師は言う

「私の元で助手として働いて頂きたい、当然ですがお給料は
 お支払い致しますし、貴方と弟さんの生活も保障致します
 私の自宅で宜しいければ空き部屋を使っていただいて構いません
 お食事も三食、あ、三時のおやつもありますよ」

今の自分達の状況を考えれば天国と地獄の差がある程…だからこそ

「どうにも納得いきませんね、何故そこまでの優遇なのですか?」

「そこは今、ご説明致します
 先も言いましたがその手帳に書かれている内容が個人的に気になります
 ソレに記された内容は"私の地元"にあった"あるモノ"と非常に
 似通っていましてね…どうにも放っておけないのです」

「…つまり」

「ええ、今、お考えの事で合っています
 私にそちらの手帳をお譲りください…それが駄目だというなら
 読ませていただくだけで構いません
    私はその手帳にそれだけの価値があると睨んでいるのです」


「…」


兄は悩む

本当にコレを読ませていいものかと…
結局、自分にも読む事ができないし持っていても変わらない
ならば…


「問題があるとすれば、この街から出て行く訳でして
 遠い海の向こうへ移る為「良いでしょう」思い出の品など…へ?」

「構いません、ただし、俺と弟の生活を保障してくれるのは本当ですか」

「え、ええ、即決ですが良いのですか?」

白いハンカチを取り出し、汗を拭く男

「ええ」


どうせこの館に居ても、どうにもならない
子供だから働き口も無く弟の今後の診療代が払えるとは思えない
この街で暮らしていくのはもはや困難な状況なら
最後の大博打に乗ってやろうじゃないか

兄は自分の直感に従う事にした


「…では、たった今より貴方を助手として雇用しましょう
 貴方のお名前を御聞かせ願えますか?」

「俺ですか?…俺の名前は―――」



『少女と星 編』番外編2 ある没落貴族の兄弟の話 〜 fin 〜   
336 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [saga]:2014/01/21(火) 21:37:41.29 ID:xYXzROX+0
*********************************

もはやオマケじゃない程度の長さになってしまいましたね…

さて、此処で一つすごいネタバレをします

実は…










このオマケ編に出た口の悪い少女は何と


   『幼少期のナジミ』   だったんだァー!
クリスマスの少女と没落貴族の方の少女も同一人物(ナジミ)です

いやーまさか誰もナジミだとは気付けなかったでしょうねー

以前ナジミが 悪友 悪友の弟 もう一人 と[青い石]を探してるって
発言したので今の内にチラッと語れたらと思って今回のオマケを作った
すごく脇道に逸れたましたが…

何はともあれこれで次章に行ける
ジョセフィーヌの出番が(ちょっと)増える!
どうぞご期待を…
337 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [sage]:2014/01/22(水) 00:07:29.09 ID:WqDQ9NvDO
おつ
338 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [sage]:2014/01/22(水) 06:37:56.94 ID:KxjIZ42qo
チビナジミダッタノカー
所で「ッ!」ってなってると某荒野のRPGを思い出すわ
339 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします :2014/01/22(水) 21:09:38.52 ID:JSdnNd590
ナ、ナンダッテー!
340 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします :2014/01/22(水) 23:12:23.37 ID:K/qilW6vo
全然気付かなかったわ・・・
341 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [sage]:2014/01/23(木) 20:51:00.13 ID:oESFI21Oo
乙!
ゼンゼンワカラナカッタワー
342 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [saga]:2014/01/28(火) 20:48:36.45 ID:s2nuW+E/0
                   ※


                   ※


                   ※




 ‐ ねぇ、お母さん

 ― なぁに? 

 ‐ どうして、私はお家に帰れないの?

 ― それはね、私達はお引越しをしたからよ ここが新しいお家よ

 ‐ そうなんだ

 ― そうなのよ

 ‐ ねぇ、お母さん

 ― なぁに?

 − 私…まだ眠れないよ

 ― どうして?

 ‐ だって夜はお外も真っ暗でお化けが出そうで怖いから

 ― なら、お母さんがついててあげる そうだ 子守唄を歌いましょう

 − お歌を歌ってくれるの!

 ― ええ、私も子供の頃 怖いときは歌ってもらったのよ


   ずっと此処にいるから、傍で歌ってるから、安心してね
















                パチリ


「…夢かぁ」

目が覚めての第一声はおはようじゃない
欠伸から始まるスタート

今は朝でも昼でもなくて真夜中なんだけどね

「お目覚めですか」ペラペラ

「…アンタ、まだ読んでたわけ?」

「ええ、ただ何もせず無駄に時間を浪費するのは性に合いませんので」

寝起き一発で不愉快なモノを見たわね、顔色一つ変えずに本を読む女
…"こんな事態"なのによくもまぁ、落ち着いて読書が出来るわね

「ねぇ、"彼女"は何時頃帰ってくると思うジョセフィーヌ」

「さぁ?目当てのモノを採取するのにどれ程掛かるか分かりませんので」
343 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [saga]:2014/01/28(火) 21:25:38.15 ID:s2nuW+E/0

素っ気無い返事ね

声にこそ出さないけど、視線で訴える
だけど、このクールぶって本の虫になってる小娘は此方を見ようとも
いえ…気付いてるけど無視の方向性なのかもしれない
そう考えたら私が今やってることが無性に馬鹿馬鹿しく思えた

「…やっぱり私はアンタが苦手かもしれない」ボソ

肌寒い空気、洞穴を暖める唯一の熱源は枝を拾い集めて作った焚き火
白い煙が夜空へと昇ってやがては消えていった
何となしに煙の行方を目で追えば視線の先にはお月様

まんまるなんかじゃない、笑ったような三日月だ



今、私はこの無愛想な読書家と二人っきりである女性の帰りを待っている

なんでこんな事になったかって言えば、そうね…

あれは今から遡って―――















「わーお…そりゃあマジですかい」

その日、読書家少女の旅の連れはいつものように酒場で大暴れしたらしい
いつも暴れるっていうのは一体どういう事なのか疑問に残るけど
詳しくは訊かない事にした

「あぁ、嬢ちゃん? ちょいと予定変更したいんだけどさ良いかい?」

「何かあったんですか?」

「予定なら、このまんま俺達ぁ船に乗って南下して
 俺の故郷まで行く予定だが途中で拾ってかなきゃいかん奴が居てな
 北上して[ムオル]地方へ向かう」

「拾ってかなきゃならない?」

「ずいぶん前に嬢ちゃんには話したっけ俺にゃあ悪友達がいる事」

「ええ」

「本来なら故郷の拠点で待ってたりすんだがな
 その内の一人がそっち側にいるらしい
 …どうせ帰るなら、せっかくだしソイツを連れてこうと思ってなぁ」

「さっき酒場前で人と話してましたがその人から聴いたんですか」

「ん、まぁな
 ソイツはこの街の奴に俺と思わしき人物が来たらそこへ向かうと
 メッセンジャーボーイに金を支払っていたらしい」

「? 私達がこの村に立ち寄るのをその人は分かってたんですか?」

「…あー、アイツはちょっと特殊な奴でな
 まぁ、その説明はアイツと会ったら教えてやるよ」

「…ちなみに『俺と思わしき人物が来たら』と言いましたが
 どういう人が来たら、メッセージが届くようになってたんですか?」

「…酒場で野郎をぶっ飛ばす奴、もしくはシードルを延々と飲む奴が
 目当ての人物だと伝えられてたらしい」

344 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [sage]:2014/01/28(火) 22:13:10.29 ID:s2nuW+E/0

    実に的確な表現ですね!   う、うるせーやい!
などとそんな会話が繰り広げられたらしい

どっちみち彼女達の目的地行きの船は人気の無い場所で
限られた回数しか出航しない
 だから、港に到着した後も長く待ち惚けを食らう事になるらしい

それで二日掛けて(道中[ムオル]に立ち寄り宿を取り)件の人物に会う為
[ムオル]から更に北西を目指そうとした


そこが問題だった


ばきぃっ


川を渡ろうとつり橋を進む二人
そこでこれまたベタな展開と呼べるわ

見事に橋板が壊れて、読書家は真っ逆さま

そして…水しぶきを上げてどぼん!

連れの黒コートは丁度、渡りきっていた為、落ちなかったらしいわ

多分、今頃は大急ぎで目的地の村に行って救助でも呼びに行ったかもね
流石に、ほぼ絶壁と呼べる渓谷の上から準備も無く降りるアホはいない




「う、うーん」
「いったぁ…なんなのよ一体?」

私はカヤックで川を超えようとしていた
そりゃ驚いたわよ
空から女の子が降ってくるんだもん
落ちてきた衝撃でアタシのカヤックは見事に転覆、沈没
二人揃って下流までどんぶらこっこよ

「…?ここは」

「ん、アンタ誰よ」

互いに目を覚まして見ず知らずの人間がいるのを確認する



これがアタシと無愛想でクールぶった読書家の出会いだった


―――
――



「…で、アンタはつり橋から落っこちて近くを漕いでいた私を
 巻添えにしてくれたわけね!」

「その事については大変申し訳なく思っています」

「…はぁ、いいわ、ここでぎゃーぎゃー言っても拉致が明かないし
 今はここから出る事を考えましょう」

まずはお互いの持ち物、装備の確認をしようという形で話はついた
私の持ち物、ナイフが二本にコンパス、地図…は濡れてびしゃびしゃ
おまけに食料と着替えも川の向こう…今頃海かもしれない
マッチは…これ使えるかしら?

それと……うん、防水加工の筒に入れてたから"これ"は濡れずに済んだ

「…アンタは、殆ど流されたみたいね丸腰じゃないの」

「いえ、私は大丈夫です"コレ"があるので」

そう言うと彼女は真っ白な[おおきなふくろ]を掲げる
…? いやいや、何も入ってないようなペラペラの袋一枚じゃないの!?
345 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [saga]:2014/01/28(火) 22:41:51.92 ID:s2nuW+E/0
*********************************

>>337 スレを建ててより30年…『乙』されることは、私にとって最大の
    願いでした。今ここに『乙』を迎え、悲願は達成されました…。

>>338 村長の家とはッ!
    それ即ち爆破すべきものであるッ!


>>339 >>340 >>341
 や、やったぞー みんなをだますことに せいこうしたぞー(かんき)


さて、前回とオマケでメインヒロインの出番を大幅にカットし
尚且つ、今後ものすごく出番が少ないと宣言しました
その為…

今回はジョセフィーヌと巻添えで溺れた人にスポットを当てます
※ナジミさんはしばらく控えてもらいます

「なに?メインヒロインの出番が少なくて困る?
 ジョジョ、逆に考えるんだ…
 主役を空気化させて調整を取ればいいさと考えるんだ」

という逆転の発想を徹夜明けに思いつきました

『ジョセフィーヌの小さな冒険 編』開始です


*********************************

>>"ボールの内部から[メラ]で押し出す"ような形で誘導した

兄が使った[メラ]に関して分かりやすい補足

分かりやすく言えばアレはヤムチャの繰気弾と同じです
穴の空いたボールの中に繰気弾を入れて傘布まで内部から押して飛ばす
これで運動神経の無い魔法使いでも百発百中という訳ですね
346 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [sage]:2014/01/28(火) 22:57:22.68 ID:aQDRYBteo
メインはジョセフィーヌだ!依然変わりなくッ!
乙です
347 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [sage]:2014/01/28(火) 23:18:41.60 ID:KNOGvKtq0
乙ッ!
348 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [sage]:2014/01/29(水) 00:26:20.40 ID:Z8JbKenDO
おおきなふくろがあれば青だぬき並みに安心だね
349 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [saga]:2014/02/03(月) 21:54:29.52 ID:jX3eYZ3j0

「怪訝な顔をなされますね、理由は察しがつきますが」

目の前の少女…ジョセフィーヌはペラペラの袋に手を入れ、そして


ポンっ!


「!?」

「とりあえず荷物の確認も終わった所ですし、お互いに濡れた身体を
 どうにかしましょうか」

袋から取り出したのは綺麗に折り畳まれた大き目のバスタオルが二つ
その上に同じく折り畳まれた女物の服と新品のマッチ、[聖水]がある

…私、視力には結構自身があったんだけどなぁ

どう見ても厚さ1cmしかないような袋から出てきたように見えた
明らかに入ってなかったよね? 質量保存の法則に反してるよね?

「今、説明いたしますがまずは此方をどうぞ」

渡されたバスタオルで濡れた髪や身体を拭きながら
"込める技術"とやらの説明を受けた、あの袋も"込める技術"の産物らしい


程なくして辺りに[聖水]を振りまき、新品のマッチで焚き火を起こして
私達は暫く火にあたっていた

「くしゅんっ」

「…出発はもう少し先に致しますか?」

「いいわよ、早くこっから抜け出したいし」

私がカヤックで川を渡ろうとしたのが午前七時、そこから約一時間半
まだ、昼にもなってない時間だろうけど何時までもここには居られない
私には"目的"があるんだ…!

「そうですか…では参りましょう」

この時、私達は今後の方針について話し合った、まず自分達の現在位置
[ガルナの塔]から北東の[ムオル]まで続く長い渓谷のつり橋の真下
魔物は影も形も無くて、私達が流れ着いた地点は
丁度[ムオル]方面とは反対側の岸

ここから出ようと考えたらそのまま北上して…樹海を進むしかない

[ムオル]方面はそもそも絶壁で登れるトコが無い、必然的に樹海側から
ジョセフィーヌが向かってた村の方へ行くしかないという結論に至った

ザッ ザッ ザッ

「…服のサイズは合っていましたか?」

「ええ」

樹海

チチチっとよく分からない鳥の鳴き声
一歩進むたびに鳴る草木を踏みしめる音、苔で覆われた大岩
枝から垂れ下がる植物の蔦を潜り抜けて進む道、思った以上に道がキツイ

「もう一回確認するけど、その袋に武器は入ってないのね?」

「護身用の技術は多少ありますが、対魔物用と呼べるモノは何も…」

ジョセフィーヌの荷物で使えそうなモノと言えば
登山で使うようなフック付きロープ、[聖水]が4つ
旅の同行人にわたされたという[どくがの粉]…ヤバイ物持ってるわね

私自身はナイフ二本、魔物に襲われれば一たまりもない

「一つお尋ねしても宜しいでしょうか?」

「何よ」

350 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [saga]:2014/02/03(月) 22:26:36.63 ID:jX3eYZ3j0

「貴女…ヴァージニアさんは何故カヤックで川を越えようと?」

「…」

私は防水加工を施された筒を見せた

「私は[ガルナの塔]を目指していたのよ」

「[ダーマ神殿]から北東に位置する塔でしたか?」


「ええ…
   ねえ? もし、もしもの話よ? 宝の地図って在ったら信じる?」


「宝の地図ですか?」

「そ、よくあるじゃない、海賊が財宝を隠した場所を書いただとか
 …これは、それと同じようなモノなのよ」

「はぁ…」

その時のジョセフィーヌは半信半疑って奴だったわね
突然コレは財宝の地図です!なんて言って信じたら色々とアレだし
反応としては正しいんだろうけどさ

「ちなみにその宝というのは?」

「分かんないわよ…見た事なんてないんだし」

「…あのう、何故それで探そうという気になられたのですか?」

彼女は当然のように尋ねてきたわ

「その地図はどのようにして手に入れたのですか?」

「…去年、母様から頂いたのよ、コレは私の人生を変える凄いモノだと」

「失礼を承知で言わせていただきますが
 その手の地図というのは信憑性に欠けます、何を根拠に宝が実在するか
 また、それがどのようなモノであるかも分からずに
 本当にどうして探そうという気になられたのですか?」

眉を顰めて訊ねる彼女に少しだけムッとした
そりゃあ現実味の無い話だろうと私も分かってたからね
とりあえず私はこう答える

「何で探すかですって?
    そこにロマンがあるからよっ!!」

フフーンっと笑みを浮かべて答える
本当は他にも理由があるんだけど、半分はマジにロマンの為よ!
隣を歩く少女はそんな私をポカーンとした顔で見てたわね

「…」

「何? 何か言いたそうだけど?」

「え、あ、いえ何でもありません…なんとなくナジミさんに似てる」ボソ

最後に何かボソボソと言ったけど聴こえなかったわね
そんなお喋りを続けながら二人で樹海を突き進んでいく
ここまで魔物と出くわさないのは偏に[聖水]のおかげだった
魔物の脅威さえなければ何も恐れることなんてない
 思えば慢心だったのかもしれない




だからあんな事も予想できなかったのかもしれない



ヌチャ

「この先は大分、道が泥濘んですわね」
351 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [saga]:2014/02/03(月) 23:12:18.94 ID:jX3eYZ3j0

一歩前へ踏み出せば足が沈んでいく感覚
まるで屋内にでもいるんじゃないかと思わせてくれるような薄暗さ
生い茂る木々が日光を遮っているからか湿ってたり、水溜りも見掛ける

「ふっ」ダッ

「ヴァージニアさん!?」

よく小さい頃アスレチックで遊んだみたいに石や太い丸太の上に
足を掛けてに進む、これなら泥濘に足を取られて転ばないでしょと考えた


思えば馬鹿な事をしたと後悔してる


「[聖水]だって数が限られてるでしょ、なら使い切る前にここを通るのが
 得策よ!」

「いいえ!違います多少、遅れてもいいから迂回すべきです!!」

後からジョセフィーヌも続いてくる

「大丈夫よ、岩や丸太もゆっくり進めばバランスは崩れない――」
「そういうことを言ってるんじゃありません!」

ジョセフィーヌが叫んだ瞬間だった


ドボッ

「!?」
「っく、遅かった!」

突然私が乗った岩が地中に沈んだのだ私の足ごと

「な…!」

「ヴァージニアさん!掴まってください」

慌てて手を差し伸ばす彼女に掴まったけど…

(っく、ナジミさんから以前こういう所は底なし沼の存在に
 気をつけろと聴かされてたけど…ッ)グググ

私の両足は既に膝近くまで沈み始めていて助けようとした彼女まで
引き込んでしまった…

「きゃっ!?」バシャ
「わっ!?」バシャ

カラン カラン ポチャン!

「なっ、嘘でしょ!」

泣きっ面に蜂…あろうことか残りの[聖水]を沼に落とすなんて


「…っ そ、そんな」
「ヴァージニアさん!動かないでください
 動けばそれだけ早く沈みます!」

「ぐぅ…」

一瞬取り乱した私は彼女の言葉で冷静になった
でも互いに身体が沈んでいくっていう絶望的な状況に変わりはなくて…

「ジョセフィーヌ…ごめん!私「御静かに!」

この時は彼女を怒らせたと思ったわ
自分の身勝手な行動で[聖水]は落とすし、二人とも危うく死に掛けたしね

でも実際は違ってたのよね

「…やっぱり、何か聴こえる」

「えっ?」

352 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [saga]:2014/02/03(月) 23:47:03.95 ID:jX3eYZ3j0
ジョセフィーヌに言われて私も耳を澄ませる
するとどうだ? ガサガサと何かが近づいてくる音が聞こえるじゃない

「ま、まさか魔物!?」

「い、いえ[聖水]の効力がまだ残ってる筈です」

私が魔物だと思ったそれは茂みから飛び出してきた



「ギャアァ、ギャアアアァッ!」

「二人とも掴まって!」



差し伸べられた手に掴まるべきか私は一瞬戸惑った
恐らく、隣に居たジョセフィーヌもだろう

茂みから現れたのは魔物だった

巨大なくちばし、羽に覆われた皮膚それだけ見ればただの鳥類だけど
ソレは首から下の胴体が無い
鳥の頭部から鶏のような足が生えた魔物…[レッドペッカー]だった!

そして足と頭部しかない化け物に跨って手を差し伸べているのは
紛れもなく"人間の女性"だった

ライトグリーンを基準にした服、長いサイドテールの女性だ

「ギャッギャッギャ」

「ひっ!」

奇声をあげる[レッドペッカー]も底なし沼に足を取られゆっくりと
沈み始めている

「ヴァージニアさん、掴まりましょう」

「えっ、で、でも」
「このままではどのみち私達は終わります!…それに恐らくこの人は…」

ジョセフィーヌ、サイドテールの女性、[レッドペッカー]
二人と一匹の顔を見合わせ私は…

「…ええいっままよ!」

やけっぱちにサイドテールの女の手を掴んだ

「二人とも、掴まったね?」

そういうと女性は手に持っていたモノをバサっと広げ始めた
紐で縛られた筒のようなモノであったソレは噂に聴いたことがあった

確か[ジパング]の書物で"巻物"という奴だったわ
彼女はソレを広げて"巻物を次の様に読み上げた"


「  [トラマナ]  」


刹那、私達の身体が宙に浮き上がった
[トラマナ]…女性は確かにそう言った
魔法使いか何かで[トラマナ]の呪文を唱えたのかと思った
本来、これは対象を宙にホバリングさせることで毒の沼を浮遊して通る
そういう物だわ

私達二人、そして[レッドペッカー]が地面すれすれに浮いた状態となり
底なし沼地帯から離れる

「…助かりました、ありがとうございます」

「ううん、お礼は良いの!」

「…つかぬ事を御伺いしますが
 貴女がナジミさんの探していたお方ですか?

ジョセフィーヌがサイドテールの女性に尋ねた
353 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [saga]:2014/02/04(火) 00:18:23.57 ID:Cc1KgzSQ0
*********************************

>>346 あんたは果たしてメインヒロインでいられるのかな?ジョ嬢…

>>347 『乙ッ!』されただとッ!私は一向に構わんッッ

>>348 おおきなふくろは原作的にもドラクエ世界における
    四次元ポケットですからね…



少々、展開が急ぎ足かもしれない
次はもう少し分かりやすい内容にしたいorz

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>>[レッドペッカー]に乗って手を差し伸べる
 【ドラゴンクエスト列伝 ロトの紋章】より
記憶違いで無いなら確かルナフレアがカーメン城から逃げ出す際に
[アカイライ]…? 鳥頭の魔物を馬として使用していた気がする
あの城では兵達が馬代わりとして使用してたのだろうか?


>>[トラマナの巻物] 【トルネコの大冒険2】より
巻物、書物に[トラマナ]が "込め" られている
ダメージ床を受け付けなくする効果で
漫画版では火吹き山で妻のネネとマグマに落ちそうになったトルネコが
コレを読み窮地を脱した


>>対象を宙にホバリングさせることで毒の沼を浮遊〜
【ドラゴンクエスト列伝 ロトの紋章】より
[トラマナ]に関しては様々な見方があり
上記のトルネコに至っては[トラマナ]が掛かれば
マグマに落ちても一切、痛みや熱を感じないという仕様であった
 だがロト紋に関しては身体を浮遊させて
マグマに落ちないようにする描写があるため当SSでは
此方の仕様を取らせてもらっています

身体を浮遊させて地形を回避、FFで言う所のレビテトみたいなモノです
354 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [sage]:2014/02/04(火) 00:20:05.20 ID:BJqGidRK0
乙。
355 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [sage]:2014/02/04(火) 01:37:02.47 ID:f/eikhDDO
乙!!
ジョセさんのテンパったとこも見てみたかった
356 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [saga]:2014/02/11(火) 11:56:27.58 ID:VHC8VCzh0

「うん、そうだよ」

彼女は質問に対して肯定で返した
強靭な二本足が生えた魔物の背の上、乗り心地は大変よろしくないわね
 大荒れの船上みたいに視界がブレまくる揺れの中でサイドテールの女は
不思議そうな顔で私達に問いかける


「…? えーと、もしかして二人とも気分が悪い?」


「あ、ああ、あ、ああた、当た、り前でしょおおおおおぉぉぉ!?」
「…うっ、ごめんなさい、できれ、ば、速度を落とし、てくれますか?」


船酔い…もとい魔物酔いしそうな感覚だわぁ

これ時速何キロよ?
耳に入るのは私とジョセフィーヌの声、心配そうに声を掛ける女
目に映るのはぐわんぐわんと上下にブレまくる景色
 緑、碧、翠…色の濃い葉、垂れ下がる薄い色の蔦、生い茂る草木
目に映る色が景色が…矢の如し速さで私達の後ろにすっ飛んで行くようだ

「あ、あの、えっと、…ごめんなさい
 安全な所まで二分くらいだから頑張れる?」


「い、いやああああぁぁぁぁぁぁ!?」


―――
――


日光が殆ど遮断された鬱蒼とした樹海
そんな樹海にも光が射すところがあるようで

良く澄んだ綺麗な湖

木々の隙間から射す木漏れ日に照らされた湖
上流から流れてくる天然水の川、こんな至近距離に人間がいるのに
鹿だって水をちろちろと飲んでいる
 まるで童話のワンシーンを切り抜いたような幻想的な光景

「やっ、と、止まりまし、たね」クラ
「そ、その、ようね…うっ」グラ

「あ、あの、お水飲む?」オロオロ

「ぎゃぁー」バサバサ


よろよろと鳥頭から下乗する私と読書家の少女
 そんな私達をすごく心配そうに見ながらうろたえるサイドテールの女
……何言ってるか解んないけど「やれやれだぜ」って感じで
羽をバサバサさせる[レッドペッカー]

「貴女には、色々と、お尋ねした、いのですが…今は、休んでからに…」

ジョセフィーヌがサイドテールの女に言う
私も色々訊きたいけどさ(魔物の仲間なのかとか)今は無理だわ

私達はしばらく湖で休息を取ることにした…

十分くらい経ってからかしらね、ようやく息も整い始めた
サイドテールの女を見ると彼女は"筒のようなモノ"を手に持っていて

「お疲れ様、ゲレゲレ」

「ぎゃぁ!」

筒を鳥頭に向けて言ったのだ

「 "イルイル" 」

ギュンッ!   シュポンっ!

"イルイル"と言った途端、鳥頭は光になって筒に吸い込まれていった…
357 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [saga]:2014/02/11(火) 12:44:34.44 ID:VHC8VCzh0

「な!、な、なな」
「"込める技術"ですよ、ヴァージニアさん」

魔物が光になって消えた、その光景に驚いていたら
隣に来たジョセフィーヌに言われた

「[おおきなふくろ]と同じです…少し前に私はアレと同じモノを
 見た事があります」

「…」


空から女の子が降ってきたり、底なし沼で死に掛けたり、魔物酔いしたり
…誰も見た事も聞いた事も無い"技術"とやらを見たり
今日は本当に忙しい日ね

「それで?あれってどういうモノなの」

「簡単に説明してしまえば
 "一体だけ魔物を中に込められる"そういう筒ですね」

「あの女が今"イルイル"って言ったけど、使うには呪文みたいなモノが
 いるって訳? ヒラケゴマーみたいな?」

「ええ…千夜一夜物語ですか」

「詳しいわね」

その本持ってますからねと彼女は言う
ここで話の軸がずれそうになったから話を戻す事にした

「じゃあさ、…その、さ
 あの女、魔物に乗ってたし、休憩中に魔物と会話?してたじゃない
  …あれって人間なの?」


魔物と人間


普通に考えて相容れぬ仲…

草食動物が草花を愛でるだろうか?
果たして肉食獣や鹿や山羊と睦ましい関係となれるか?

答えはNOよ

それが世間一般での認識で常識なのだ、だとしたらあの女は人間じゃない
魔物が人間の皮を被っているだけの化け物なんじゃないのかと
小声で彼女に尋ねた


「ヴァージニアさん…
       それは違いますよ」


私の当然の疑問は次のように反論される

「では逆にお尋ねしますが
  魔物と人間が必ずしも相容れないと断言できる証拠はありますか?
 ある街で読んだ文献ですが過去に"魔物を操り曲芸をさせる人間"がいた
 そんな記録があります」

「…うっ」

[おおきなふくろ]から一冊の本を取り出しページを開くジョセフィーヌ
確かに、[スライム]の火の輪潜りや[いっかくうさぎ]の綱渡りなど
変わったサーカスがあると記されている

「ちなみにこの本もちゃんとフィクションではないと手に入れた店の店主
 実際に公演されたという街に立ち寄る機会があった為に当時を知る人に
 本の内容について関して訊ねて、真偽の裏づけも取ってあります」

本が間違っている場合もあるし、何より真実を探求するのが趣味ですし
彼女はそう言った

「もちろん、ヴァージニアさんのお気持ちも確かに解ります
  …人間が魔物と分かり合える筈がない
 少し前の私もそう考えてましたし」
358 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [saga]:2014/02/11(火) 13:27:05.19 ID:VHC8VCzh0

「アンタもそう考えてた?」

「ええ、まだ少し視野が狭かったんですよ私は
 『そもそも、魔物は人語も話す事すら無理なんですよ』と
 一緒に旅をしていた人に突っ掛かったこともあります
 あの人は『頑張れば魔物も人になれる』とすら言ってのけましたが」

「魔物が人になる!?」

それこそ「そんな馬鹿な」反論したい

「私も色んなモノを見てきましたし
  実際に"[ホイミスライム]と恋仲になった男性"も見た事ありますし」


「えっ?」


   [ホイミスライム]

クラゲみたいにふよふよして[ホイミ]使えるあの[ホイミスライム]?

人間の男性がそれと恋仲になった?



えっ?




えっ?





「えっ? なにそれこわい」

「…うん、まぁ一般的な人間の反応ですよね」


「アンタ…底なし沼で死に掛けた時も妙に冷静だったけど
   なんとなくアンタが冷静な理由が解ったような気がする」

アレだわ
あまりにも非常識な光景の見すぎで
ちょっと悟り開いちゃった的なアレなんじゃない?

「アンタって命の危険にあったことが何度もあったりする?」

「…さぁ?一番の危険といえば自分が長年使えていた主が殺人鬼で
 ふとしたことから秘密を知って危うく殺されそうになった事かと?」

「予想以上にハードな人生送ってたァー!?」

冗談半分で訊いたつもりだったけど
この読書家少女の人生内容…色々と濃すぎでしょ!

 殺人鬼の使用人だったり、 "技術"という未知の存在を知ったり
人外カップル誕生に立ち会ったり、つり橋から落ちても生存してたり

うん、達観するのも頷けるわね!


「二人とも、もう大丈夫?」

首を傾げて訊ねるサイドテール、長い髪も同じように傾く
その「大丈夫?」という台詞は二人というよりも
突然叫びだした私宛のように思えた

「ええ、私もヴァージニアさんも落ち着きましたので大丈夫です」
「私は…色々突っ込みたいけど、大丈夫よ」

「良かったぁ」

本当に嬉しそうにぱぁっと微笑むサイドテール
悔しいけど可愛いと思った…私も顔には自身あるんだけどね
359 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [saga]:2014/02/11(火) 14:08:48.82 ID:VHC8VCzh0
*********************************
>>354 『乙』だ乙の数を数えるんだッ
    乙は孤独な>>1に気力を与えてくれるッ 2…3…5…7ッ!

>>354 うろたえるんじゃあないッ!ジョセはテンパらないッ(経験的に)


3レス分で申し訳ありません、夜勤帰りなモノで睡魔に負けそうです
可能なら今夜…できるなら投下したいとは思います
*********************************
360 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [sage]:2014/02/11(火) 16:45:51.17 ID:JJfaNbo6o

無理せず頑張ってくれ!
361 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [sage]:2014/02/12(水) 02:01:41.45 ID:y8DGAiIZ0
乙。
改めて考えてみるとジョセフィーヌの人生は壮絶だなwwwwww
362 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [sage]:2014/02/12(水) 07:39:54.54 ID:qOawMR6DO
おつ
だってジョセさんですから
363 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [saga]:2014/02/12(水) 22:55:59.64 ID:fduuSGtd0

―――
――


時計なんてモノは無い

くどいようだけど此処は樹海だ
見渡す限りの自然、天然の景色がそこにある
カッチカッチっと規則的な音を立てる歯車仕掛けの人工物は無いのだ

比較的に日が射すため明るい湖周辺だが薄暗いことに変わりはなく
今が昼間なのか、はたまた既に陽は傾いているのか、時刻は不明だ

夜は魔物の世界である

底なし沼の出来事は確かに悪かったとは思ってるわ、でもね?
それ抜きにしても急いで樹海から抜け出すべきだってのは変わらないし
[聖水]を見事に全部無くした(ついでに私のコンパス…)なら尚更
夜になっちゃう前に急ぎで脱出すべきだと思うのよ…私はね

つまり何が言いたいかって言うと









「こんな所で暢気に
       おやつタイムなんかしてる場合じゃないでしょおぉ!?」


「ヴァージニアさん、騒がしいですよ」


底なし沼に浸かって泥だらけになった私とジョセフィーヌは
[おおきなふくろ]から出した新しい服に着替えた
そして、サイドテールの女はピクニックなんかで使うレジャーシートを
地面に敷いて、更にその上に彼女のお手製のおやつなんかを並べた

ついでにジョセフィーヌが自分の袋からティーセットを取り出した

そして現在に至る……

…いやいや、おかしいでしょ

「ジョセフィーヌ…アンタだって一刻も早く樹海から出るべきって
 考えないわけ?」

「いえ、考えてますよ、あっ、ダージリンとアールグレイどちらで?」

「だったら尚更、こんな所でゆっくりしてらんないんじゃ」

「…ええっと?ヴァージニアちゃん?」

「…何よ」

サイドテールの女が声を掛ける

「あのね、此処ならそんなに急がなくても大丈夫だと思うの」

「いや、魔物がわんさか住んでる樹海だから危ないんじゃないの」

「えっと、そうじゃなくてね、"この湖"のことを言っているの」

「…?どうゆうことよ」

「ここは皆があまり近づきたくない場所だから」

この女はあまり説明が得意な女じゃなかった
だから、初めは何を伝えたいのかがサッパリだったけど
あることに気付いて解った


「その人の言うとおりですよ…私達がこれだけ騒いでいるのに
         "さっきから一向に魔物が現れない"じゃないですか
364 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [saga]:2014/02/12(水) 23:38:58.32 ID:fduuSGtd0

片手にブレンドティー、もう片方の手に何時取り出したのか本を持ち
ジョセフィーヌが答える

「これだけの大声で騒いでたら流石に気付かれてもおかしくない
 でも現れない…今、貴女は"この湖は急がなくても大丈夫"と言いました

 察するに此処の湖の水は…[聖水]の成分を含んでいるのか、源泉か?」

そんなところでしょう?とサイドテールに訊ねる

「うん!この時期は奥地の土の成分とかが雨水で流れてくるからね」


読書家は読んでいた本のページを私に見せてくる
タイトルは難しい単語をやたら並べた地学関係の本だった
地下空洞やら、湧き水、土地の成分について
冒険者の為の"回復の泉"などの解説を踏まえたページだ


「…た、確かに[聖水]の湖だって言うなら安全かもしんないけど
   あっ、だったら此処の水を瓶とかに詰めて樹海を進めば」

「ううん、それは駄目」

ここで再びサイドテールが口を挟む

「恐らく、此処の水に含まれている成分は
 あまり長く持たないのではないでしょうか?」

「うん、ジョセフィーヌちゃんの言ってることは合ってるよ
    あくまで奥地の成分は少しだけ流れてくるだけだもの
 そうでなければ"ゲレゲレ"は此処まで来れないもの」

"ゲレゲレ"…さっきの[レッドペッカー]の…名前?を出すサイドテール

「あのね、この位置から人里までは…寝ないで歩いても二日は掛かるの
 だから、休める地点で身体を休めながら行かないと危ないと思うよ?」

「二日…」

私は元々[ガルナの塔]を目指していた、樹海探検ツアーなんてやる予定は
無かったから地図上の樹海を凝視もしなかった

…まさか、そんなに掛かるなんて

「…ある人物の言葉を借りるなら
『急がば回れ、急いては事を仕損じる、こいつぁジパングの諺だぜ』と
 言われましてね、樹海の地理、少なくとも安全地帯に詳しい
 彼女の意見を尊重して進むべきだと思いますよ」

そんなぁ…

「あっ、それってナジミの諺?」

「ええ、ナジミさんから教わりました
 そして随分と遅れましたが自己紹介をさせてください」

そういうとジョセフィーヌは可愛らしいエプロンドレスの裾を掴んで
お辞儀をする

「ジョセフィーヌ・イーオーです、お見知りおきを…」

「はぁ、私は…ヴァージニアよ」

まだ夜は遠い、だというのにこんなにも疲れを感じる
読書家の様にお辞儀付きでフルネーム紹介をする気力も無い私は
軽い自己紹介をさせてもらった


「それじゃあ今度は私の番だね!」

嬉しそうね…何がそんなに嬉しいそうなのか分からないけど

「えっと、私の名前はセルミィ……セルミィ・グランパニアです!
 趣味はパンを作る事です!」

変わり者の女…
これが私達とサイドテールの女ことセルミィとの出会いだった
365 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [saga]:2014/02/13(木) 00:29:54.51 ID:jA7neYJP0

「はい、どうぞ」

「あー、ありがとう」

いい加減に観念した私はサイドテー…セルミィから渡されたクッキーを
口に含んだ

さくっ

…ココアパウダー使用の簡単なクッキー
甘さは強すぎ、されど薄すぎない、それでいてしっとりとしたモノで
口の中に解けていく感じ、悪くないわね


 チー   チー


…ん?

「チー」

動物の鳴き声、よく見るとセルミィの肩に真っ白で小さな鼠が乗っていた
それを見て、彼女はポケットから一口サイズのチーズを取り出して手渡す
ペットか何かかしらね

「"チロル"チーズだよ」
「チー」

「その子ってペットなの?」

興味本位で彼女に訊くと「ペットじゃないよ、友達だよ」と返される
…この人はひょっとして人間の友達がいないんじゃないだろうか?

そんなこんなで休息を二時間
私も歩みを再開できる程の元気を取り戻した
立ち上がって、大きく背伸びをする
読書家とサイドテールは自分の荷物を袋に収納し出発の準備を始めた

「それでどうするのかしら道案内さん?」

セルミィ訊ねてみた所、彼女はポケットから三つあるモノを取り出す
それは先ほど見た"あの筒"であった
彼女はソレを上に放り投げて言う

「 "デルパ" 」

ぽんっ ぽんっ ぽんっ

煙と共に現れるのは先ほど見た"ゲレゲレ"…そして
残り二つから飛び出したモノは…

煙の中からでも分かる、特徴的なフォルム
大きなくちばしに鳥頭に二本の鶏足、そう[レッドペッカー]とまるで同じ
ただ違いがあるとすれば体色の違いだ

赤紫色の羽に覆われた"ゲレゲレ"と違い、その二体は橙色の羽である
[レッドペッカー]の下位互換[おおくちばし]であった

「"プックル"、"ポロンゴ"その人達を乗せてあげて」

「い"!?」

その言葉を聴いて、私は察した、詰まるところ彼女は私達に再び
あの乗り心地最悪な乗馬…もとい乗鳥をさせようというのだ

「あ、大丈夫だよ、この子達はあまりスピードを出さないでって言うし
 初めての人だから優しい走りでお願いするから」

「そ、そういう問題じゃ―」ポンッ
「乗りますよヴァージニアさん」

肩に手を乗せてジョセフィーヌが言う…くっ
ここは私の味方をしてくれてもいいじゃないの

「…あのさ、湖の[聖水]を瓶に詰めて運ばないの?」

私は疑問に思った事を訊ねる、長持ちしなくても
少しは持った方が良いのではと
366 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [saga]:2014/02/13(木) 01:11:07.86 ID:jA7neYJP0

「えっと、ね…"ゲレゲレ"は大丈夫でも、"プックル"達は弱い[聖水]でも
 駄目なの、だから瓶に詰めて運ぶのもちょっと無理かなって思うよ?」

「あっ、そうなの…でもさ、[聖水]を持ってれば少しとはいえ魔物に
 襲われないし、そのリスクを考えれば、多少歩きでも…」

「ごめんなさい…次に安全そうな場所まではこの子達に頼らないと
 二時間くらい掛かるから、人の足じゃ辿り着く前に無くなるの」

「夜になれば魔物の活動も活発になります
   先ほどヴァージニアさんが仰ったように一分一秒も惜しくなります
 …私も気は進みませんが、[聖水]の効力、夜時間の魔物等
 冷静に後のメリットを考えるならセルミィさんの言うとおりにするのが
 最も効率的と言えます、気は進みませんが」

大事な事だから二回言ったのね


気は進まないけど、あくまで現実的に考えるジョセフィーヌ
私は覚悟を決めて乗鳥することにしたわ




―――
――



「ぎゃあぎゃあぎゃあ」ドドド

「きゃきゃきゃ」ドッドッド
「きゃきゃきゃ」ドッドッド


「…なんていうか」

「意外と辛くありませんでしたね…」


「うん!、安全運転を心がけてるもの!」

馬につけてる馬具のようなモノを取り付け私達三人は鳥頭に跨る
先導をセルミィがその後ろを私達二人がついていく形だ
乗馬体験は生まれて此の方、経験は無い
けどこの鳥頭、えっと…こっちが"ポロンゴ"だっけ?

「そっちは"プックル"ですよ」

「うっ…同じような見た目なんだもの分からないわよ!」

ともかく"プックル"の乗り心地は正直悪くなかった
風を切る感じや後ろに矢のように吹っ飛ぶ景色は変わらないけど
乗り物酔いの嫌な感覚はない、むしろ楽しい?

隣を平行して走るジョセフィーヌは以前使えていた主人(例の殺人鬼)の
馬車の御者台から馬に鞭を振るったり、乗馬経験はあったらしく
当然の如く乗りこなしている

未経験故にジョセフィーヌから出発前に色々教えられた
同い年とは言え、そこの読書家少女から
乗馬の基本姿勢をレクチャーされるのは少し悔しかったりもしたわね
いや、同世代だからこそ、相手が出来て自分が出来ないのが嫌なのかも

…いっそ、これを機に乗馬をマスターでもしてみようかしらね

「ぐえー」ドドッピタッ

「くえー」ピタ
「くえー」ピタ

「…?どうしたの「しー、静かにしてて…」

突然動きを止めたセルミィ、その視線の先には・・・"ソレ"はいた
全長約4〜5m、平均的な"ソレ"よりも大きいソイツは威風を感じさせる
長く伸びきった毛皮、立派な二本の角を頭部に生やし歩いていた

「[マッドオックス]…それも普通のより大きい、此処のヌシかな?」
367 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [saga]:2014/02/13(木) 01:31:46.43 ID:jA7neYJP0
*********************************
>>360 あ、ありがてぇ、こんな奴さ心配してくれるなんてっ
    涙が出るっ

>>361 ナジミさんとか人外カップルとかビビアンの話とかで
    空気になりがちだけどジョセフィーヌは
    本来なら主役も張れるキャラ

>>362 うん、ジョセフィーヌなら ちかたないね!




以外にもジョセフィーヌが人気で驚いてます

ナジミの技術に関心を持ったり、生き方に共感して世界を知ろうとしたり
本の内容がノンフィクションか調べたり誰よりも探究心に溢れています

何気に、所見でナジミの性別も見抜いたし、[探偵]とか[冒険家]気質です
今回の話でも受け売りだけど底なし沼の危惧をしたり、反論したりもした
ぶっちゃけ彼女単体で話が出来そうな気もするという…



どうでもいい内容↓

※ >>363で泥だらけになった為、着替えたとあります
せっかく湖あるんだし、乙女三人で水浴びして泥を落としてから着替え
というのを詳しく書こうと思いました


が、


ぶっちゃけ話の進行上、関係ないし話が展開するのを待ってる人を
これ以上待たせるのは失礼と判断し[水浴びシーン]は省きました

*********************************
368 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [sage]:2014/02/14(金) 00:13:41.98 ID:9AXY1LBBo
水浴びシーン
今から詳しくかいても
いいんだぜぇ
369 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [sage]:2014/02/14(金) 00:15:01.17 ID:3aoCqyxCo
> これ以上待たせるのは失礼と判断し
ダウト
370 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [sage]:2014/02/14(金) 00:33:02.32 ID:28kDN0IDO
貴重なサービスシーンががががが
371 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします :2014/02/14(金) 07:23:56.95 ID:Uo+zaUvuo
それを はぶくなんて とんでもない!
372 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [saga]:2014/03/06(木) 23:29:01.93 ID:HzBLH5ua0

「嘘でしょ…普通[マッドオックス]はアレよりも一回り小さいわよ
   アレじゃあカバとか像並みの大きさじゃない」

「う〜ん、多分、えっと、何だっけ?」

人差し指を口に当てて何かを思い出そうとするセルミィ

「あっ、思い出した"とつぜんへんい"
  多分"とつぜんへんい"って奴だと思うよ?」

彼女曰く、難しい言葉ですぐに頭に思い浮かばなかったらしい
 …この女はもう一度国語の授業を受けた方がいいんじゃないだろうか?



「グモオォォォォォ…」



「気付かれましたか?」

「ううん、違うの、アレは欠伸、あの子は寝不足っぽいから」

私の真横にいるジョセフィーヌがセルミィに尋ねた
毎度毎度、よく魔物の言葉(?)が解るわね…

私にはただ巨大な怪物が呻り声を上げたようにしか聴こえなかった
欠伸とかどうやったて識別できないわよ

「…多分、アレが原因で寝付けないのかもしれない」

彼女は[マッドオックス]の巨体に人差し指を向けた
指先はよく見れば四本足の怪物の左前足を指しているように見えたわ

「…?、原因ってどれよ?」

「ほら、爪跡みたいなのが見えるでしょ?」


…見えないわよ、アンタ視力どんだけ高いのよ


「他の子と縄張り争いでもしたんじゃないかな?
 この地域の子はそういう意識が強いから
 ええっと、は、"はばつこうそう?"って奴かな」

そう言いながらセルミィは乗っていた"ゲレゲレ"から下鳥していく

「二人とも少し待ってて」

「なっ、ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」
「言うとおりにしますよヴァージニアさん」


あの女は何を思ったのか[レッドペッカー]から降りて像並みの巨獣に
駆け寄っていくではないか!


「グモォ!?」


当たり前のように警戒の色を露にした四本足

「ね、ねぇ、これマズイんじゃないの」

「…恐らく、大丈夫だとは思うのですが」

ジョセフィーヌもこの時ばかりは声が小さくなっていた

「あの人も"込める技術"を使うようですし…
 ナジミさん同様に何らかの対策をして近づいているのではと
 考えられるのですが…」


長いサイドテールを揺らしながら走る何処か天然が入ってそうな女を
二人で心配そうに見つめた
373 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [saga]:2014/03/07(金) 00:22:19.00 ID:9z4hLndw0

セルミィは魔物の目と鼻の先まで歩みを続けた、私は魔物の言葉なんて
理解できない、でも相手は鼻息も荒く、酷く興奮した状態だったと思う

「"チロル"!」

「チー」

彼女の肩にはあの時の白い小さな鼠が乗っていた
セルミィは自分のポケットから一つまみの小さなチーズを取り出して
それを鼠にあげていた、すると…


「あっ!」
「これは…」


チーズを食べた鼠が口から光を発した

白い輝きは巨獣の左前足を瞬く間に包み、そして

「…ンモ?」

「これで痛みも消えたと思うよ」ニコ

鼻息の荒かった魔物は落ち着きを取り戻して
左前足を何度も上げ下げしていた

「今のは一体…?」

隣に居たジョセフィーヌに解説を求める

「…"込める技術"は物体の中に力を"込める"モノ…例えば
 卵サイズの球に[ギラ]を"込めたり"
 杖の先端部の装飾に[バギマ]や[モシャス]を"込め"ていたり

  あのチーズは…[ホイミ]系の呪文を"込めた"[いやしのチーズ]です」

「[いやしのチーズ]って…"込める技術"は食べ物にも
 呪文を入れられる訳?」

「条件を満たした物質、物体ならば食料でも何でも可能だと
 聴いています」

それってかなり怖いわね
使い方一つで嫌いな奴の胃袋に爆弾投下って訳じゃないの

「氷や液体に火炎系の呪文を"込め"、その逆で
 熱源体に[ヒャド]を"込める"なんてことも可能ではあります
 ただし、開発の過程が複雑で、出来ても制限が掛かるデメリットがあり
 薦められない…あのチーズも"特定の生物が口に含む"という条件で
 成り立ちますから、人が食べても唯のチーズと変わりませんよ」


口には出さなかったけど顔に出てたみたいね
追加で説明を加えたジョセフィーヌは此方に帰ってくるセルミィを見る

「ただいま!
 此処を通りたいから道を空けてって頼んだら退いてくれたの」

地響きを鳴らしながら重い腰を上げて私達が通れるスペースを作る魔物

「話の解る人で助かりましたね!」

「えっ!? 人!? 魔物じゃない!?」

私のツッコミは虚しく樹海に響くだけ、私は二人の後を追うように
[おおくちばし]を走らせる

(…魔物って言うのは今の今まで凶暴なだけの存在だと思ってたけど)

「ぐえー」ドドドド

「くえー」ドドド
「くえー」ドドド

「…少しは認識を変えるべきかしらね
 (こいつ等も何か可愛く思えてきたし)」
374 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [saga]:2014/03/07(金) 01:03:11.25 ID:9z4hLndw0

―――
――


走り続けること早…何時間かしら?
懐中時計なんて無いし、空を見上げても鬱蒼とした木々によって
構成された天然モノの屋根で空の色は判らない
唯、さっきより薄暗いし陽も落ちてきてる事は確かだった


「ぎゃっぎゃっぎゃー」

「きゃっきゃっきゃー」
「きゃっきゃっきゃー」


「…はぁ」

道中、セルミィが底なし沼、地盤が不安定な地域を迂回するように進ませ
時折、魔物群れ、縄張りを確認しながら進む

最初こそ、風を切る感覚や超スピードで変わる景色を楽しんだものの
いい加減に飽き飽きしてきていた

「ねぇセルミィ」

「…?どうしたの」

「さっきの[マッドオックス]ってさ、縄張り争いでケガしたみたいな事を
 言ってたわよね?」

「うん」

あまりにも暇だったから暇つぶしを兼ねてセルミィに疑問をぶつけてみた


「あんな大きい奴でも傷を負わせられる奴がこの樹海にいるの?」


「此処は、癖の強い子達が沢山いるからね…あの爪跡は[グリズリー]
 だと思うよ」

「[グリズリー]…ですか?」

ここでジョセフィーヌが口を開く

「うん、見た事あるの?」

「いえ、ただ[ごうけつ熊]の上位種だなぁと思いまして」

「?、アンタそれがどうかしたの?」

「熊系のモンスターは個人的に感慨深いモノがありまして」

何かを懐かしむように言う読書家の少女

「この樹海の事は僅かばかりですが書物で読んだことがあります
 …たしか[ごくらくちょう]や[ばくだんいわ]が出ると」

「うぇっ!?」

乙女が出すべきでない声を思わず出したわね…
でも、[ばくだんいわ]なんて物騒な単語聴いたら、ね?

[ばくだんいわ]…子供でもその凶悪さは知っている
ある意味タチの悪さではどんな大悪魔よりも上だもの

「大丈夫だよ、ついさっき[ばくだんいわ]の群れを通り過ぎたから」


「えっ」


「…?、気付かなかった? さっきゴツゴツした道を通ったけど
 あそこ[ばくだんいわ]の巣だよ」


「なにそれ、めっちゃ怖い」
375 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [saga]:2014/03/07(金) 01:44:07.43 ID:9z4hLndw0
*********************************
>>368 >>369 >>370

 oh…まさか、ここまで水浴びシーンを望まれるなんて、そんな…そんな













 ここで書かなきゃ『漢』が廃るなッッ!
 いいぜッ!お前等が望むなら
 その幻想(女の子の水浴びシーン)を書いてやるッッ!


>>371 「なんと このシーン は のろわれていた >>1は何が何でも
    かかなければ ならない」 だと…!?



随分遅れましたが復旧祝いに来ました!

そして水浴びシーンですが、この章が終わったらオマケとして書くことが
確定しましたァ!

※ただし、過度な期待はしないでください
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>>ゲレゲレ、プックル、チロル、ポロンゴ
 【ドラゴンクエストX】より
もはや説明不要のあの仲間モンスターの名前ですね

鳥頭三体と鼠の名前…なんだか某破壊神暗黒四天王みたいなポジションだ

>>[いやしのチーズ] 【ドラゴンクエスト[】より
主人公のちt…げふんげふん、ペットの鼠に食べさせると仲間の傷を
癒してくれる、[ふつうのチーズ]と[アモールの水]で出来る
376 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [sage]:2014/03/07(金) 02:25:33.42 ID:6NCnPpPm0
よっしぁぁぁぁぁぁ!!!!!
みぃぃぃぃずあびぃぃだぜぇぇぇぇぇ!!!!!!!!
377 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [sage]:2014/03/08(土) 23:24:03.08 ID:f+7GkwXDO
出来る>>1が居ると聞いて全裸待機して待ってるぜ
378 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [saga]:2014/03/14(金) 00:17:11.37 ID:SAlR2r600

「うーん、そうかなぁ? 良く見れば愛嬌のある子達だよ」

すごく不思議そうな顔で言うサイドテール
根本的に私達とは価値観が違うのだろうか?

命からがら[ばくだんいわ]から逃げ延びた者達は皆、口を揃えて
厳つい顔をしてると言うが…


「着いたよ」


「わぁ…」
「此処は、遺跡ですか?」

少し拓けた場所だった

草木は当然のように生い茂る、枝から蔦も垂れ下がってる
 けれどその場所は他とは違って人の手が入っていた

…手入れされたのは古い大昔の事なんだろうけどね

「ゲレゲレ、見てきて」

「ぐえー」

入り口前で下鳥して辺りを見渡した後
彼女は乗っていた[レッドペッカー]を遺跡内部へ進ませる

「セルミィさん、ここは?」

「昔は人が住んでたとこ、でも今は誰もいなくなった所」

読書家の質問に答えるサイドテール、訊きたいところはそこじゃないわ

「いや、そうじゃなくてジョセフィーヌが訊きたいのはこの遺跡が
 どんな用途で使われてたか、とかじゃないの?」

「うーん、本当に今は"誰もいなくなった所"としか言えないの」


「ぎゃぎゃぎゃー」

そうこうしてる間に[レッドペッカー]が帰ってきて
セルミィに何かを伝えた

「中には魔物はいないんだって、今日は此処で休んで出発は明日だね」

そういって中に入っていくセルミィ

「あっ、ちょっと待ちなさいよ、説明がまだ終わって無いじゃん」

私も彼女の後を追うように、更に後からジョセフィーヌ
さっきまで乗っていた[おおくちばし]は入ってこない

良く見るとくちばしで地面を突いてる…ていうか雑草食べてる



セルミィの『誰もいなくなった所』という単語から薄暗く
人の死骸が転がっている内装を私はイメージしていた

そんなトコで一晩明かすなんて祟られるんじゃないかと考えたが


「…綺麗だ」
「ふむ、[ひかりゴケ]ですね」

石戸を開くと待っていたのは闇ではなく光だった

「松明を袋から取り出していましたが、必要なさそうですね」

読書家曰く石造りの天井から垂れ下がる植物の根に生えたコケが光るのだ
それは昔、母様から聴いた"天の川"という光景に近いものだった
 私はひたすらその光景に心を奪われていた、その間、読書家は遺跡内を
ぐるりと一回りしたらしく

「…確かに『誰も"いなくなった"場所』ですね」
379 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [saga]:2014/03/14(金) 00:35:55.70 ID:SAlR2r600

サイドテールと同じような事を言う読書家

「そりゃ、"遺跡"って言うんだから誰もいなくて当たり前じゃないの」

本当に二人揃って、何を当たり前の事を言っているのか?

「…あー、今の説明は少々言葉が足りませんでしたね
 ヴァージニアさん、一度この遺跡を見てみましょう」

百聞は一見にしかずですよと私はジョセフィーヌに誘われるまま
 遺跡内部を探索してみた、幾つかの小部屋
ひび割れた天井から光が差す通路
 昔の人が描いたのか壁画の間…壊れた石像のようなモノが散らばる場所
地下への階段を降りれば地下水が湧き出ている間へ来る
そこにも[ひかりゴケ]がありセルミィが水汲みをしていた

「あっ、二人ともご飯の準備はすぐに終わるからそれまでもう少し
 探検しててもいいよ」

「ねぇ、聴きそびれたけどさっきのってどういう意味なの?」

「?」

きょとんとした顔で此方を見るセルミィ

「だから、此処がどんな遺跡かとか…」

「えっと、壁に描かれてる絵とか文字っぽいモノとかは読めないし
 あまり、詳しくは知らないけど
 随分昔に人が"此処から"いなくなったのは判るよ」

頭の上に疑問符を浮かべていると読書家が口を挟む

「遺跡を一周してどうでした?」

「どうも何も変わった事なんて無かったわよ」

「ええ、本当に"何も"ありませんでしたね」

その辺の石に腰を下ろし、ジョセフィーヌは続ける




「この遺跡には"人の遺骨が全く見当たりません"ね」


「あっ」




ここでようやく二人が何を言いたいのか解った


遺跡…つまり此処は人の手で創られた建造物だ
昔は人が住んでいた、なら通路なり広場なり人骨の一つや二つあっても
何らおかしな事はない

「うん、だから昔の人は何処かに"お引越し"したんじゃないかと思うの
 それで"此処は"誰もいなくなった場所なんだ」

「どのような理由で廃棄されたかは判りかねますが」

「外の魔物達が入ってきて遺骨を食べたとかは?」


「それはないよ、あの子達は骨が食べられない子だもの」

魔物の専門家が私の意見を否定する

「一応、この辺に住んでる子達、お祖父ちゃんやお祖母ちゃんの魔物から
 住んでた人達の事を訊いてみた事はあるよ」

魔物は人と違って長生きなのもいる
言葉通り、歴史の生き証人と言う訳だったわ

「どんな人が住んでたんですか?」
380 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [saga]:2014/03/14(金) 00:52:04.62 ID:SAlR2r600

好奇心からジョセフィーヌがソレを訊ねる

「それが皆、よく判らないんだって、"究極の生物"を作ろうとしたとか
 その為の"石"が手に入らなかったとか人間のやることは分からないって
 皆が首を傾げてたよ」

人間達はその後も訳の分からない事を続けてある日、とうとう諦めた顔で
荷物まとめて何処かへ去っていったらしい

 結局、何も判らなかった、ジョセフィーヌはペンとメモ紙を取り出して
遺跡の建築年数や当時の人の暮らしなんかを可能な限りセルミィから
聞き出そうとしていた

魔物の声が理解できる才能…ある意味、考古学者が羨みそうな才能だ
人間なんかより歴史の深い原住民に貴重な話を訊けるのだから…

私は最初こそ、興味本位で訊いてたが…如何せん歴史のお勉強は苦手だ
教科書を読むより、フィールドワークで覚える派だからね

二人を置いてさっきの星空の部屋に戻ってきていた
 体育座りで天井を見上げながら独りごちる



「昔住んでた人は"お引越し"した、か…」


"お引越し"…か







『ねぇ、お母さん』

『なぁに?』 

『どうして、私はお家に帰れないの?』

『それはね、私達はお引越しをしたからよ ここが新しいお家よ』

『そうなんだ』



母様…


私は気付けば貰った宝の地図入りの筒を握り締めてた


「ヴァージニアちゃん?」

「うあっ!?」

不意に声がして振り返れば、心配そうに此方を見るセルミィが居た

「ごめんなさい、驚いた?」

「え、ええ、まぁ」

きょどって変に敬語を使っている自分がなんだかおかしくて

「そ、それはそうと、な、何の用よ!」

とりあえず立ち上がって人差し指を刺して強気に言ってみた

なにやってんだ…私


「ご飯ができたから呼びに来たんだよ?」

「そ、そう、なら行きましょう」

381 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [saga]:2014/03/14(金) 01:12:46.41 ID:SAlR2r600

「ジョセフィーヌは来てないの?」

食堂(?)のような小部屋に私とセルミィは来ていた
聴けば私は二時間近くあの部屋で呆けていたようだ

時計が無いからね、時間間隔がどうも分からない

「遺跡の事を話したら、もうすこし探検したいって言い出して
 ゲレゲレに呼びに行ってもらったからすぐに来ると思うよ?」

クールぶってるけど、そういう所はやっぱり齢相応な子供ね!


なーんて考えたけど

そうやって相手を子供扱いする事で自分の方がお姉さんぶってる自分こそ
お子様なんじゃないかと後々になって思うようになった

やばい、私の黒歴史だ…



「簡単なモノだけど、はい!」

「ありがと」

美味しそうな匂いと共に渡されたモノを見る

目玉焼きが乗っただけの食パンと焼きたての南瓜パイだった
パイの方は表面に可愛らしいお魚の模様があって愛らしい

「よくパイなんて焼けたわね」

昔の人が使ってたらしい竈があったらしくソレを使ったそうね
通りで来る途中、良い匂いがすると思った…


「遅くなって申し訳ありません」
「ぎゃあー」


切り分けられた南瓜のパイを渡された所でジョセフィーヌも入ってきた

「はい、ジョセフィーヌちゃんの分」

「すいません、こういうのは私がやるべきなのに」

「ううん、良いの!」


三人と一匹が揃った所で床に敷いたレジャーシートの上に腰を下ろす



「それじゃあ皆、揃ったことだし、いただきます」

両手を揃えて、ご飯の前にお辞儀するセルミィ、真似るように私達も


「いただきます!」
「頂きます」
「くえー」


―――
――


「そういえばさ?」

目玉焼きの乗っかったパンを頬張りながらセルミィに訊く

「あの湖みたいにこの遺跡も魔物が寄って来ない訳?」

パンと卵はどうしてこうも相性が良いのか、そんな事を考えながら訊く


382 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [saga]:2014/03/14(金) 01:46:41.35 ID:SAlR2r600

「この遺跡の地下に湧き水があったよね、アレもほんの少しだけど
 [聖水]の成分が含まれてるの」

「だから"ゲレゲレ"は入れて、あの二匹は外で待機してたのですか?」

今、この場に[レッドペッカー]が居る、でも私たち二人が乗ってた
[おおくちばし]は遺跡の外で雑草を突いてた
 あれは単に外で見張ってるとか、餌を食べてたとかじゃなくて
入ってこれなかったのね…

「ぎゃー」

「[聖水]の成分が僅かなら[レッドペッカー]の様な魔物も
 多少無理をすれば遺跡に侵入可能、だからセルミィさんは初めに
 "ゲレゲレ"に遺跡内部を探索させた、と言ったところでしょうか?」

「うん!それでも殆どの子は[聖水]が無くても
 この遺跡には近づきたくないの…」

「?、なんでよ」

南瓜のパイに手を出しながら、私は尋ねた…クリーミーでおいしい

…なんだろう、母様の味を思い出す…ちょっと泣けてきた

「えっと、ね」

私はセルミィが近場に落ちてる小石を拾うのを見る
 そして真ん中に丸い小石、それを囲む様に
砂利のような石をばら撒くよう置く


「この真ん中の石が遺跡だとするよ?」

砂利で囲んだ円の中心を指差しセルミィは説明する

「遺跡を中心に[聖水]の力が広がっていて、遠ければ遠いほど皆は
 近づきたくなくなるの」

「この砂利が[聖水]の効力が届かなくなる
 言わば境界線と言ったところですか?」

「ううん、それもあるけどこれは違うの
          これ[ばくだんいわ]の巣だよ」


「!?、げほ、ごほ!?」

咽た、すんごく咽た

えっ? 何、[ばくだんいわ]の巣?
この砂利が?

「ちょい待ち!それってアレじゃん!
 この遺跡[ばくだんいわ]に包囲されてんじゃん!?」

「うん!」

笑顔で元気良く答えてくれたわね!!

「…なるほど、[聖水]の効果で[ばくだんいわ]は遺跡内部には来ない
 そして、他の魔物達は[聖水]より[ばくだんいわ]の巣に踏み込むのを
 恐れて来ないという訳ですね!」

「この辺りは[聖水]の成分が流れる地下水とは別に色んな水源があるから
 ここら辺一帯の土は美味しい成分に溢れてるって
 [ばくだんいわ]の皆に好評なの」

「"[聖水]"と"[ばくだんいわ]の巣"
 …正に大自然が生んだ鉄壁の防壁ですね!」

「ア、アンタ今の聴いてよく平気でいられるわね…」

一応、安全な理由は解ったけど、釈然としない中
私達の食事会は続いた…

383 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [saga]:2014/03/14(金) 02:26:41.68 ID:SAlR2r600

遺跡内部は[ひかりゴケ]のおかげで外以上に明るかった
 おかげで窓がある食堂(?)の方が少し薄暗いという話

途中、セルミィが[おおくちばし]達の餌を用意すると再び竈のある間へ
行ったり、その隙に白い鼠が南瓜のパイを狙おうとしたり
[レッドペッカー]が羽をバッサバッサやって私がくしゃみをしたり
それでジョセフィーヌに笑われたり
 久しぶりに楽しい食事だった気がした


母様が亡くなって
食事なんて何時も独りだったからかもしれない…


「香ばしい匂いがしますね」

隣で笑ってたジョセフィーヌが言う
匂いの元を探してみると皿にトウモロコシを乗せたセルミィが戻ってきた

「くりぇー」バッサバッサ

"ゲレゲレ"が我先にとセルミィに向かっていく…どうやら彼女が言ってた
彼等の餌らしい

「トウモロコシを醤油で焼いたものですね」

「ショウユ?ショウユって[ジパング]の食材だっけ?」

「調味料ですね、それにしても食べたばかりだというのに
 食欲をそそられる香り…」

「うっ」

確かに美味しそうだけど、太りたくは無いわ…

「"ゲレゲレ"!」

ポイッ

「くりぇー」

ピョン  パク

 トウモロコシが宙を舞う、一つ、また一つと…
黄色の表面にショウユとやらの焦げ色がよく映えて、地を蹴り
飛翔する鳥頭が大口を開いてソレを食べる

「次は"ポロンゴ"達だね」

セルミィは少し席を外すねと私達に一言だけ述べて部屋を出て行った

「…本当に不思議な奴」

長いサイドテールを揺らして出て行った女の後ろ姿を見ながら私は呟く

「ねぇ、ジョセフィーヌ、魔物の言葉が解る人間ってセルミィの他にも
 会った事があるのよね?」

「ええ」

「どんな奴が多かったの?…やっぱり変わり者ばっかり?」

「そうですねぇ、……あー」

少しの間、考え込んでバツの悪そうな顔をする

「…あくまで私が会った事のある人であって
 全ての人がそうではありませんよ?」

「もったいぶらないで言いなさいよ」

「…味ですね」

「…?、なに聴こえない」

「童女趣味ですね…」

「えっ?」
384 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [saga]:2014/03/14(金) 03:07:46.43 ID:SAlR2r600

「…」
「…」

「ま、まぁ、今のはともかく他の人とか」

「すいません、実際に会ったのはその人だけです」

「ふ、ふーん」

もしかして、その人って例の[ホイミスライム]と恋仲になった人かと
訊ねたら、そうだと帰ってきた

あの女だけが格別変って訳じゃないのかもしれない

「実際に私はお会いした事はありませんが
 ナジミさんが"イナッツ"という女性に会った事があるそうです」

「へぇ、どんな人?」

「その方は放浪のエルフでして、路銀を稼ぐ事と安住の地を求めて
 サーカス団を営んでいたと」

「サーカスか…」

私はサーカスを見た事がないから、その手の話には興味があった

「サーカスと言っても実質上、その方お一人でシルクハットを被り
 お供の魔物達に曲芸をしてもらっているといったものです
 以前、立ち寄ったある街で彼女と親しい関係にあった女優から
  今では安住の地を見つけられて、魔物達と共に生きていると
 お聴きしましたが」

「へぇ」
「くえー」

餌を食べ終えた"ゲレゲレ"が相槌を打つように鳴く
そういえば彼等は人間の言葉を理解できるのだろうか?

「魔物ってさ、私達の言葉を理解できるのかしら?
 私達は彼等が何を言ってるのか分からないけれど…」

「…さぁ?としか言えませんね」

「そもそも、魔物の声が解る人ってどうやって識別できるのかしら?」

「…周波数でしょうか?」
「周波数?」

「蝙蝠やイルカにしか聴こえない音と同じように特殊な音で魔物は
 [仲間を呼ぶ]ことができます、それと同じで特定の生物にしか解らない
 音域で音を出してるとか?」

「仮にそうとして何でその人達は分かるのよ?」

「さぁ?生命の神秘としか言いようが無いですね
 普通の人には無いけど、"絶対音感"を持った人間もいれば
 "1/fゆらぎ"…所謂、川のせせらぎ等の自然現象に含まれる
 癒しの周波数fを声にして発せられる人間もいますし…
 人外と対話できる人もいるにはいるのでしょう」


セルミィとの会話を思い出す

言われて見れば、何処となく不思議な感覚を感じはした…

二人で話し合った結果、解ったこと




「結局何も解んないってことじゃん…」




自分達じゃいくら考えても何一つ理解できない事が解ったわね

385 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [saga]:2014/03/14(金) 03:20:51.00 ID:SAlR2r600
*********************************
>>376 ※オマケで申し訳程度のモノです

>>377 まだ寒いぞ、せめてネクタイは忘れるなよ!
 



>>パンの上に目玉焼き 魚模様のパイ
ジブリ飯には夢が詰まっている!異論は認めん
あとパイは魔女の宅急便祝いです…はい



もしかしたら明日か明後日ぐらいに続きを書けるかもしれませんね
ロリコン扱いされたバコタェ…
*********************************
386 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [sage]:2014/03/14(金) 11:35:52.82 ID:lFsg7tpDO
おつ
387 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [sage]:2014/03/15(土) 11:34:28.91 ID:CH2n0qVto
たまにはロリもいいよね!
388 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [saga]:2014/03/16(日) 11:13:14.23 ID:X7kzW5cs0

その後、帰ってきたセルミィ…と鳥頭を含め
三人と一匹で一晩を過ごした





夜は怖い





遠くから聴こえてくるよく解らない生き物の鳴き声、風で揺れる木の陰
子供の頃から夜という存在はどうにも苦手だった

そして時は進み


「…眠い」

まだ重い瞼を擦りながら私は起き上がる
目を覚ますとセルミィは既にお供の餌やり
ジョセフィーヌは石畳に敷いた布団を袋に仕舞い込んでいた

なんだ…私が一番の寝坊助か

「おはようございます、気分は…あまり宜しくない様で」

読書家は私の顔を見るなり、そう言った

「まぁ…、ね」


欠伸をしながらジョセフィーヌと共に食堂に向かい、そこで戻ってきた
セルミィのお手製朝ごはんを頂いた

「今日中に樹海から抜け出せたりってしないかしら?」

人の足で二日、昨日セルミィはそう言った…なら鳥頭に乗って移動した
状態ならもう少し早く人里まで行ける筈だと私は思う

何より、樹海に長く居たいとは思わないからこそ期待を込めて訊いた

「えっと、ちょっと待ってね」

そういうとセルミィは食堂の窓の一つから顔を出し空を…
目を細めて、ほとんど木々に覆われ僅かな隙間しかない空を見る

「……」

沈黙

私達はただ、その後ろ姿を見ていただけだった

「…うん、ありがと」


「?、今、誰にお礼を言ったのよ?」
「いえ、私にも判りませんでした」

窓の外には魔物はいない、ぽけーっと空を眺めてたようにしか
見えなかったのだけど

「今日中は難しいかもしれない、丁度、行き先付近で
 ハ…ハバツコーソウ? …とにかく喧嘩してるんだってさ」

「あー、うん、縄張り争いをしてるのね、分かった」

「どうやって知ったんですか?」

「え、えっと大地の人に教えて貰ったからかな?」

説明下手な彼女との会話は朝の気だるさに拍車を掛けるようだった
結局、昨日のジョセフィーヌとの議論同様、謎というモヤモヤをまた一つ
増やしただけだった… 
 
389 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [saga]:2014/03/16(日) 11:42:54.19 ID:X7kzW5cs0
―――
――


「ぎゃあぎゃあ」ドドド

「きゃあきゃあ」トトト
「きゃあきゃあ」トトト

初日に比べれば鳥頭に乗るのにも大分慣れたと自分でも思う

「ヴァージニアさん…」

ほーら、こんなゴツゴツした道を走行してても酔いは感じないし…

「ヴァージニアさん!」

目隠し走行だってお手のモノよ!!


「…いい加減に目を開けてくれませんか?」
「もう突破した!?突破したよね!?」

「ええ、[ばくだんいわ]の巣は(たぶん)通り抜けました
 ちゃんと目を開けてください…危ないですし」

「本当に本当よね!?まだ道がゴツゴツしてるけど実は[ばくだんいわ]の
 上を歩いてますとかじゃないわよね!?」


「くぇー…」トトト

私が乗る[おおくちばし]…"プックル"が小さく鳴く
目は瞑ってても良いからせめて手綱はもう少し強く握って欲しいと
私に訴えてるように聴こえた


「うぅ…」

丁度目を開けたとき、ゴツゴツした道から比較的に平たい道に出る
そこでようやく安堵した

「生きた心地しないわよ」

「ふふ、そうですか」

「…何がおかしいのよ?」

隣でクスクス笑うジョセフィーヌを見て少しムッとした

「いえ、なんでもありませんよ」

目は口ほどに物を言う
単なる被害妄想かもしれないけど、「怖がりなのですね」と笑われてる
そんな気がした

「はぁ…私、アンタの事苦手かもしんない」

「ふふ、そうですか」

先頭をセルミィ、後ろに並んで私とジョセフィーヌ、昨日と同じ並びで
走り、一つの川に出た、水面に顔を出す岩の上を三頭の鳥頭が
ぴょんぴょんと飛び乗って向こう岸へ渡ろうとする…

昨日の底なし沼を思い出すけど、ここは沼じゃなく川だから大丈夫よね?

向こう岸に着いた所で小休止を取る事になった
ここは[聖水]の成分があるわけでも
魔物が近づきたくない理由があるわけでもないけど
見渡しが良いため、向こうから魔物が来れば、十分に分かるという事だ

川自体も浅いから川から魔物が来る事もあまり無いらしい

「流石にずっと同じ体勢は疲れるわね」

ここを逃すと次の休憩は3時間後、プロのジョッキーでもない私達に
長時間あの姿勢は辛いモノがある
390 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [saga]:2014/03/16(日) 12:09:50.96 ID:X7kzW5cs0

河原の適当な石に座り、ぼんやりと空を見る

「…川かぁ」

最後に地図で見た地形を思い出す、樹海の東南部、北[ムオル]海域へ
流れる川があった筈だけど、此処なのか?

樹海なんて人が全く踏み入れない土地だし
もしかしたら地図にも載ってない未登録の河流か何かかもしれない

周りを見渡す…

チチチっと鳥のさえずりが耳に入ってくる

人にとって未開拓の地にいることすら忘れそうになる穏やかさ

ゆったりと流れる雲

ぴちゃっと水しぶきを上げて飛び跳ねる小魚

風に揺れる枝の音

地面をついばむ"ゲレゲレ"達

涼しい顔で本を読むジョセフィーヌ

甲羅を指でつんつんと、突っつくセルミィ

平和なモノね…










…ん?




「ちょっと待ったアァーーーーーー!?」


「わっ!何ですか!?」バサッ

「ひゃ!吃驚したよ…?」ナデナデ

「ぎゃあ!?」
「きゃあ!?」
「きゃあ!?」

「チー!」

「バゥ!?」

私の叫びに全員が驚いたように此方を見る

「いきなりどうしたんですか?…本を落としてしまったじゃないですか」

「…? どうしたの、もしかして遺跡に忘れ物しちゃったの?」ナデナデ

「ぎゃー」
「きゃー」
「きゃー」

「チー…」

「パウパウ」

「いやいや、驚こうよ!?何かナチュラルに増えてる事に驚こうよ!?」

私はセルミィがさっきから突いたり
撫でたりしてる亀のような甲羅を指差し叫んだ

391 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [saga]:2014/03/16(日) 12:54:20.94 ID:X7kzW5cs0

「バゥ?」

「…?ゴンさんがどうかしたの?」

「ゴンさん!?」

「…ふむ、[ガメゴン]ですか、珍しい魔物ですね
 確か[サマンオサ]地方にいる魔物の筈ですが?」

「この子、迷子なの」

「迷子!?いやいや、[サマンオサ]は海の向こうだからね!?」

本来の生息地は此処からずっと遠い地である
海の向こうの大陸だもの、ていうか国境を越えた迷子ってすごいわね!?

「この子、船に乗ってたけど、船が座礁して泳いでたら迷って
 此処に来たって言ってるよ」

船? 座礁? …ま、まぁいいでしょう

「そ、そう、それで、ゴンさん?…は人を襲わないのね?」

「うん!昔は人に飼われてたんだってさ」

言いながら小魚を[ガメゴン]…もとい"ゴンさん"にあげるセルミィ

「パゥ!パウ」

「…うん!」

何か私達の知らない所で勝手に話が進んでいくのは分かった
現にセルミィは今、例の"筒"を[ガメゴン]に向けて…


「"イルイル"」


「どういうお話をしたのですか?」

「迷子みたいだったからせめて、分かる所まで連れてってあげるって」

「そ、そうなんだ…」

こうして訳の解らない同行人が増えましたってね…
*********************************
**************
*******

   とある村の酒場にその人は来ていた

「マスター、シードルもう一本頂戴!」

「お客さん飲みすぎじゃないですか」


床に転がる無数の酒瓶
これら全て、一人の人間が全て飲み干しただなどと誰が信じようか?

「だぁいじょうぶ!だぁいじょうぶ、俺ぁ酒に強いんでさぁ」

辺境の地であり、男達は皆、明日の生活の為に野良仕事へ駆り出す
必然、店内で飲んだくれるような人間は観光目当ての人間だ

「しかし、お客さんも災難ですね…橋が壊れてお連れの方が落ちたと」

「あぁ、そのことだが問題無さそうでねぇ、俺の連れぁ無事みたいで」

でなければ、此処で安心して酒も飲めやしねぇんでね、と
黒コートの旅人は小さくウインクする

「何故、お分かりで?」

「…知らせが来たんでさぁ」

「はぁ」
392 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [saga]:2014/03/16(日) 13:20:29.93 ID:X7kzW5cs0

まるでそんな素振りは見せないが、この全身黒ずくめ連れとはぐれた際に
普段は決して見せないようないような慌てぶりで
単身で樹海に行こうとして村の男達に止められたりもした

事情を知らぬ者が見ればヤケ酒でもしてるように見えるのだろう

当然、店主もこの客が酒に溺れて現実逃避を図っているのではと考えた


「知らせとは?」

「んー、そだなぁ、まぁ"妖精さん"が知らせに来たとでも言おうかね」


やっぱり逃避かな? いや、酒が回りすぎて支離滅裂な事を言ってるのか

「お客さん、やはり、お酒はもう止めた方が…」

「問題無いさぁ、まだ二、三十本くらいしか飲んでねぇから
 それより俺の話に付き合ってくれや、飲みながらのお喋りは
 極上の酒の肴なんでね」

それは問題ないのだろうか?

「はぁ…わかりました」

「ん!ありがとよ」キュポンッ

酒を専用グラスに注ぎながら語る黒コート

「まぁ、さっきも言ったが連れは大丈夫さぁ、知らせを送った奴と一緒
 なんでねぇ」

「その人と一緒なら大丈夫なんですか?」

「おう、安心安全だぜ、この"樹海でなら"アイツぁ…セルミィなら

             俺なんぞより圧倒的に強いからな」


「お客さんがどれ程お強いのかは分かりませんが樹海の魔物達は…」


「いや、良いんだよ、"相手が魔物だから、なお良い"
   此処の魔物が全員束ンなっても勝てやしねぇなガチに」

「ご冗談を」
「いや、これはマジだぜ」

グラスを傾けながら黒コートは目を細める


「アイツぁ…まぁ、"怒る"なんこたぁ天地がひっくり返ってもねぇけど
  本当にンな事が起きちまえば洒落にならんからなぁ」

それだけ言って黒コートの飲んだくれはグラスの酒を煽るのだった

*********************************
*******************
**********


「セルミィ、次の休憩地点は遠いの?」

「えっと、遠いかもよ?」

「いや、なんで疑問系なのよ」

仮にも樹海に詳しい人間がそれじゃ問題でしょうに…

このサイドテールの女は頼りになるのかならないのか…
いや、ならないかもしれない

私の不安は募っていく一方だったわ

393 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [saga]:2014/03/16(日) 13:33:39.78 ID:X7kzW5cs0
*********************************
>>386 ヒャッハー『乙』だー!ありがたく頂戴するぜェ〜!

>>387 <●>「このロリコンどもめ!」



アイエエエエ!ゴン=サン!?ゴン=サンナンデ!?

※[ガメゴン]は通常サマンオサ地方、もしくはネクロゴンド海域に出現し
 間違っても樹海(世界樹付近)ではエンカウントしません
*********************************
394 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [sage]:2014/03/16(日) 14:44:17.47 ID:scuhS+ERo

久々にでてきたなナジミ!
ナジミの空気感が凄い
395 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [sage]:2014/03/16(日) 22:29:58.15 ID:Tcl+gTrDO
おつ
やっぱナジミも焦ってたのね
396 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [sage]:2014/03/21(金) 00:19:41.93 ID:PxT2chuHo

>>1=サンはヘッズな…?
397 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [saga]:2014/03/30(日) 22:50:30.57 ID:h0ancFLI0

水筒に入るだけのの水を入れて準備を整える
三頭の鳥頭達も十分に休息は取っただろうし、何ら問題はない

無いったら、無い [ガメゴン]の"ゴンさん"を連れて事になったけど
問題じゃないからもう突っ込まないッ!

「出発しますよヴァージニアさん」

出発の合図と共に鳥頭に跨る私達

相変わらず先頭を行くのは頼りなさげなサイドテールの女
並んで私と読書家だった

前方の揺れるサイドテールを見つめながら私は思う

(川上の方へ向かうのね…)

毎度毎度、この女はどういった基準で行く先を考えているのか?

「ねぇ、セルミィ!」

「どうしたの?」

「アンタって何時もどんな感じで道を決めたりしてるの?」

「見て、魔物が極力いない道だったら行くようにしてるよ?」

「いや…見ても判らないから訊いてるんじゃない」

道を見ただけで、何故、その先に魔物がいないと判るのよ?


「…? 道のずっと先に魔物がいるのが見えるから
 いない道にするんだよ」


・・・ん?


「ごめん、もう一回言って?」

「"道を見て" "道の先に魔物が見えるから"いない道にするんだよ」


「あっ、もういいです、ハイ」


何か理解できるかと思ったけど全然、そんなことは無かったわ

―――
――



最初は緩やかだった上り坂も徐々に急な登り坂へと変わってゆく
進めば進むほど、斜面は急なモノへと変わり、景色も変わり始めた

一時的に樹海から、碧の海から抜け出したのだ


「これは、絶景ですね」

「そう、ね」

緑の絨毯から苔だらけの地面
苔どころか雑草一本すら見当たらなくなる岩肌だらけの大地
そこを登りきった天辺からの眺めはまた格別で…
 同時に私がどれだけ馬鹿な事をしようとしたかを思い知った

樹海

読んで字の如く、樹の海だ

高い所から見渡してよく判る、大海原の波を表現するかのような樹の起伏
早く人里に行こう、脱出しようと規模をろくすっぽ考えずに
私は焦ってばかりで…

こんなんじゃお宝を見つける以前に[ガルナの塔]にすら辿り着けないなぁ
398 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [saga]:2014/03/30(日) 23:15:59.73 ID:h0ancFLI0

ふっと、私がそんな感傷に浸りながら何気なくセルミィを見ると
彼女は目を細めて、ある一点を見つめていた

その様はまるで、そう、例えるなら"鷹"

遥か彼方の大空から地表の獲物を…まるで黒い豆粒のように見える獲物を
捕らえるような、そんな"鷹の目"に似ていた


「―――--―」ボソボソ


(…?)

目を細め、何かを呟くセルミィ、彼女の声を聴き取ろうと
耳を澄ませてみれば




 ―――北9千と39歩 ―――西7千と4百38歩――



上手くは聞き取れなかったが確かにそう言った

北? 西?

私はセルミィが見ている方角に目を向ける


……


何も見えやしない、相変わらず目に痛いほどの緑が飛び込んでくる

けれども、彼女の目は明らかに"ずっと先にある何か"を見ている様な…





『…? 道のずっと先に魔物がいるのが見えるから
 いない道にするんだよ』


『"道を見て" "道の先に魔物が見えるから"いない道にするんだよ』







「…」

大して暑くもないのに汗をかいた、うん、冷汗だね!

まるで訳の判らない言葉だったけど今なら…
今なら本当に言いたい事の意味を理解できそうな気がする

いや、たしかに視力は良さそうだと思ったわよ、でも、これは…

「道が決まった!このまま北西へ向かおっか」

いい笑顔でセルミィがさっきまで見てた方角を指差す

「もしかしたら、早く村に辿り着けるかもしれないよ?」

「ナジミさんも村に居ればいいのですが…」

はぐれた同行者は果たして村に居るのかと心配するジョセフィーヌ

「あっ、大丈夫だよ、ナジミなら酒場でシードル飲んでるもの
 えっと…今は…32…33本目くらいかな?」

村どころか豆粒のようなモノすら見えない遠くを見ながらそんな事を
言うサイドテールの女であった
399 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [saga]:2014/03/30(日) 23:47:28.37 ID:h0ancFLI0

きょとんとした顔でセルミィを見る読書家
少しの沈黙の後、彼女は突然笑い出し

「ええ、確かにナジミさんならそれぐらい飲んでるかもしれませんね」

というのである、多分ジョークか何かだと思ってる


……ジョーク、よね?


「それじゃ行こっか」


「ぎゃあ」

「きゃあ」
「きゃあ」


その後の進み具合は早いモノでこれといって魔物に遭遇することもなく
本当に[聖水]無しで一体にも遭遇することなく樹海を突き進んでいく

「予定よりも半日は早く着けそうかな」と樹海の専門家は語ったが
それでも後一晩は何処かで一夜を明かさなければならないらしい


そして




ついに"この瞬間"が来た


先の岩山や川岸ほどで無いにしろ、比較的に日光が差し射る隙間がある
地域だった、此処に着てから私は夕日を拝めていない
ただ、暗いか明るいか、それだけの違いで昼か夜かを区別するだけだった
 だから夕射光を浴びる事が私にとっては久しぶりの事の様に思えた

一晩明かす為の地点から数キロ離れた所だった

鳥頭から降りて、自分の二本の足で往復できるくらいの距離だったと思う

まるで円でも描いたように開けた場所で見慣れない草が生えていた

そこで下鳥して、セルミィが見慣れない草達を引っこ抜いていった

「セルミィさん、この草は?」

「これ?これはナジミに頼まれてたモノの一つかな」

「ナジミさんがですか?」

そういえば私達は成り行きでこの樹海に来たけど
この女はどうして樹海にいたのか訊いてなかったわね…

「此処は"込める技術"の材料になるモノが多いの
 この地域でしか採取できない薬草や此処にだけ生息する子の牙とか爪」

「…そういえばナジミさんが材料にもなるからって
 魔物の生態系を研究してましたね」

「うん、ナジミの代わりに私が皆の意見を聴いたりして
 研究れぽーと?って言うのを作ってるんだ」

「つかぬ事をお伺いしますが爪や牙の回収は?」

「分けてくれるか皆に頼んで、虫歯の歯とか伸びた爪とか貰うよ」

すっごい平和的ね!


「…これぐらいあればナジミも喜んでくれるかな[火炎草]」

引っこ抜いた草を袋に収納しながらサイドテールはそう言った

400 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [saga]:2014/03/31(月) 00:09:35.96 ID:Gu277tNm0

「これってそんなに貴重なモノなの?」

私はちょっとした好奇心でセルミィ達に訊いてみた

「環境の問題でここでしか見れない草達だもの」

「これだけではありませんが、[魔法の玉]の…正確には"火薬"の材料に
 なるらしいので」

[魔法の玉]、彼女の同行者がよく使うという武器だ
実物を見た事のない私にはそれがどれ程強力なモノか知らないが
ソレは非力な人間でも上級モンスターと対等に渡り合える可能性が
あるらしい


ほんの小さな好奇心だった


私は鳥頭から降りて、草を間近で見つめようとした


そして"その瞬間"はやって来た





「うわっ!」ズル


どしゃ!





私は…すっ転んだ


丁度、降りた所で出っ張りに躓いた

「〜ッ!」

「大丈夫ですか?」

同じように好奇心で下鳥したジョセフィーヌに起こされて鼻を抑えながら
立ち上がる、顔面から地面に激突したのだから当然痛い

これだけなら良かった

本当に良かったのだ



―――
――



「そろそろ出発するよ」

私達は鳥頭に乗って、移動する

ここから徒歩で30分もあれば往復できる距離にある洞穴へ


私はそのまま気付かずに進んだ





宝の地図を


亡くなった母様から貰った宝の地図入りの筒を落とした事に気付かずに…


401 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [saga]:2014/03/31(月) 00:30:35.28 ID:Gu277tNm0
*********************************
>>394 ※主役を空気化させた為、次章あたりからジョセフィーヌ嬢は
    驚くほど空気化します


>>395 か弱い女の子だし、護身用の"技術"がまるで入ってないし
    か弱い女の子だし、そりゃ心配しますよォー!


ドーモ。>>396=サン。>>1です
    知り合いのススメで最近web上のキルズを読み始めた程度の
    にわかでニュビー・ヘッズを名乗るのもおこがましいッ!
    サツバツ!

    という訳で、ヘッズとして認められるよう
    勉強しようと考えています





今回は4レスのみの投下となります
 遅い展開でようやく起承転結の『承』の部分かと思われます、はい
*********************************
402 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [sage]:2014/03/31(月) 04:02:45.52 ID:/jlfOuYo0
403 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [sage]:2014/03/31(月) 23:28:18.69 ID:QHWyG15DO
どじっ子ってカワイイよね
404 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [sage]:2014/03/31(月) 23:40:02.75 ID:lAyERcbao
おつんつん
ジョセが空気化とかめちゃゆるせん
ゆるせん!
405 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [saga]:2014/04/07(月) 14:08:18.90 ID:imkgaB130

あの[火炎草]畑から徒歩にして往復三十分の地点
鳥頭に跨り駆ること僅か十分近くの場所にその洞穴はあったわ

ゴツゴツとした外観、それでいて入り口は広い
所謂、"かまくら"のようなドーム状のモノだった


「着いたよ」


"ゲレゲレ"から降りたセルミィが[おおきなふくろ]に手を入れて何かを
取り出そうとしていた

「この付近には魔物がいないのですか?」

「ううん、此処より他の場所の方が住み易いから少ないだけで
 ちゃんと魔物は生息してるし、この洞窟にだって近づいてくるよ」

入り口から洞窟の内部へと一歩踏み出すセルミィ、その後に続く私達二人
鳥頭に乗ってた時となんら変わらない構図だ

視線の先は真っ暗な暗闇で奥なんて誰にも見えやしなかった


「…誰もいないみたいだね?」


…訂正、異常な視力持ちの女は闇の先まで視えてたようね


ボゥ…っ


松明に灯を点し、それをジョセフィーヌに手渡しセルミィは
水筒のような筒を取り出す
それは蓋の部分を捻れば簡単に開けられるタイプの筒だった

「あの遺跡とは違って単純な構造ですね」

読書家のストレートな感想、確かに初めに私も思ったとおり
この空洞はまんま"かまくら"のようなモノなのだ

曲がり道があるだとか、天井に外に繋がりそうな穴が空いてるだとか
そういうんじゃあない、本当に奥まで一直線、明かりを付けて見て解る
入り口から奥の壁までの真っ直ぐな空間

…本当にそれだけでだったわ



きゅぽんっ


そんな事を考えながらぼんやりしていたら後ろから何かを開ける音が
聴こえた、セルミィが持ってた筒を開けたのだ

「二人とも少し下がってて、"プックル"!"ボロンゴ"!」

「「くえー」」

間の抜けた鳴き声を上げながら二頭の鳥頭が走ってくる
その内の一頭は入り口の外へ、もう一頭は私達の方へ…
入り口のど真ん中に立つセルミィを挟み、丁度分かれる形に配置される


バサァ…


蓋を開けた筒から取り出した"モノ"を広げるセルミィ
"ソレ"は見た事のあるモノだったわ

底なし沼で私達二人が溺れた時にも似たようなモノで助けてくれたから


「それって"巻物"よね?」


私はセルミィが広げる[ジパング]風の書物を指差し尋ねた
406 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [saga]:2014/04/07(月) 14:37:43.30 ID:imkgaB130

「うん!、昔、ナジミや友達の男の子と作った"巻物"なの」

ナジミ… ジョセフィーヌの話で度々出てきた黒コートの人物
彼女曰く、"込める技術"を作る天才らしく
その名前が関わるという事は…


「それも何かが"込め"られているのですね?」

「紙もそうだけど、コレに文字が書かれてるでしょ?
 この文字を書くインクや文字自体が…えっと、す、すぺしゃる?
 そう言ってたよ」

使い方は非常に簡単!っと言って彼女は実際に実演してくれた





・一つ、 ぐるぐる巻きの巻物を広げます。

・一つ、 全部広げたら、絨毯の様に床に敷きます





以上ですっ!

「早ッ!?」

「えっ!それだけですか?」

「床に置いとくと発動する"技術"だもの、これだけ良いよ」


私は真上から巻物に書かれている文字を見てみたけど、正直言って


「…何が書いてあんのか全然、読めない」

「ルーン文字や…何処の語源か解らない文字が散らばってますが
 "ᛉ"<エオルー>、保護の文字が書かれてる所を見ると"防御用の込める技術"
 と言った所でしょうか?」


訳の解らない文字を見つめながらジョセフィーヌが訊ねる


「そうだね、コレを床に敷いてれば魔物はコレの上を歩けなくなるの」


それを聴いて私はしげしげと床に置かれた巻物を見る

丸められたモノを伸ばしたからかソレは横に長く薄っぺら
それこそ、絹の薄布のように風で飛ぶんじゃないかと思う程
頼りなく見える


「こんなの風で飛ばされたら終わりじゃないの!大体、魔物がコレの上を
 歩けなくなるっていうけど、破くなり床から引き剥がせば一発よ!」

「それは無いよ、魔物はコレ自体に触れないし、一度床に置いたら
 もう剥がれないもん!」


彼女の言葉を確かめるように私…あとジョセフィーヌも巻物を床から
拾おうとした


けれど


「…取れないっ!」

そよ風一つで飛びそうな見た目に反してそれはまるで取れやしなかったわ
まるで地面に根を張る大樹のようにピクリとも動かないッッ!!

407 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [saga]:2014/04/07(月) 14:59:18.04 ID:imkgaB130


「た、確かに魔物でも引き剥がせないように出来てるのかもしれません」

「ぜぇ…ぜぇ、そ、そのようね」

地面に座り込んで息を整える私達二人にセルミィは申し訳無さそうな顔で
「二人にどうしても頼みたい事があるの」と訊いてきた


「実は後、二日くらい"この洞窟に"居てもらってほしい」



「へっ」
「と、いいますと?」


じっと、外の方へ目を向けたままのセルミィは言う

「勝手なお願いだと思うけどお願い…」


「理由を御聞かせ頂けますか?」


「私が此処で"技術"の材料を集めてるのは話したよね?」

「ええ」
「お聴きしています」

「この時期…もっと言うと、今日から二日以内じゃないと絶対に
 手に入らないモノがあるの、それを回収しなきゃならないのもあるし
 それに…」

「それに?」


「…ううん!なんでもない、とにかく二日くらい此処に居てほしいの
       本当なら早く帰してあげたいけど、その…ごめんなさい」



  嘘偽りは無く、セルミィは本当に申し訳なく思っていたのかも




頭を下げて頼み込むセルミィに止むを得ない事情があるなら仕方ないと
読書家は妥協、私は…本当なら一刻も早く出たいけど
何だかんだ言って、此処まで来れたのは彼女のナビゲートがあったし
 そもそも、彼女が居なければ底なし沼の時点で私達は詰んでたし

不本意だけど承諾した










こうして、私達はセルミィの帰りを待つことにしたのであった





「くえぇぇ…」



一頭だけ鳥頭を置いてけぼりにして…

408 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [saga]:2014/04/07(月) 15:25:03.87 ID:imkgaB130


ここで何故、この一頭が置いてけぼりにされたかと言うと飼い主曰く

「"プックル"は此処でお留守番しててね!」

っとの事よ


「くえぇぇ…」オロオロ


初めの内は主人が自分を置いて何処かへ行ったことに動揺でもしてたのか
同じ場所を行ったり来たりしていたけど
 しばらくすると地面にぺタッと座り込んで目を瞑り眠り始めた
ニワトリは三歩歩くと物事を忘れるらしいけど、この子等はどうなんだ?

「セルミィさんは留守番と言いましたが恐らく、彼女なりの気遣いかも
 しれませんね」


セルミィが出発する前にジョセフィーヌは"プックル"を入れておく"筒"
そして、お世話の仕方を教わったらしい

約二日間、同じ場所…密室と言う訳ではなく、出ようと思えば外には
出れるけど、わが身の安全を考えれば、あまりソレはしたくない

結局の所、狭い空間でとーーっても長い時間、暇を持て余す訳よ

それで"プックル"は遊び相手、護衛
といった形で"留守番"係に任命されたらしい

食料はセルミィから貰ってるし、そうでなくてもジョセフィーヌが余裕で
一ヶ月は暮らせる程度に[おおきなふくろ]に収納してるらしい

それと別で、鳥頭用にトウモロコシとショーユを貰ってる

できる暇つぶしは鳥の飼育と読書家の本でも読むことくらいかしら


「くぅー」


入り口の端から端っこまで隙間無く巻物が広げて置いてあるせいで
鳥頭は出たくても洞窟から出れない、また、外部から入り口経由で魔物が
入り込む恐れも無い


「洞窟の壁とか破って来られたらどうするのかしら」ボソ


少しばかり不安に思った事を呟くけど隣で本を読んでた読書家に
壁の厚さ的にそれは無いと断言される、仮にあっても"その為に"鳥頭が
留守番しているのだと諭される


比較的に空が見える地点、空には無数の星が見えていた
街の街灯とか人工的な光とは全く無縁な状況じゃなきゃ拝めない景色

私も未熟かもしれないけど冒険者の端くれで、こういう光景を見れるから
街を出て旅をするのは好きだった

今回は色々とアクシデントがあったけどね…


「さてと、……あれ?」

二人と一頭で焚き火を囲みながら、それぞれ読書、睡眠に浸る中
私も暇つぶしで母様から頂いた宝の地図を見ようとした

そして気がつくのだった



「…っ! ……っ!! 無い! 無い無い無い、無いッ!

     母様から貰った宝の地図が…無い!」

409 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [saga]:2014/04/07(月) 15:58:34.80 ID:imkgaB130
*********************************
>>402 『乙』よ…>>1を導いてくれ!

>>403 それに賛成だ!(CVバーロー)

>>404 大変申し訳ありません、ですがその分主人公も空気化されており
    何卒、お許し頂けないでしょうか?



※"プックルだけ"が洞窟内でジョセフィーヌ等と待機している状態です
"ゲレゲレ"はセルミィが乗ってますし
もう一頭は諸事情で連れて行きました

判り辛い内容で失礼致しました…
*********************************
410 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2014/04/08(火) 19:50:40.28 ID:YtQovsqA0
2日かけて追い付いた…

411 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/04/08(火) 20:06:59.02 ID:rMZOkfX6o
聖域ってちょっとエロいよね
乙!
412 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/04/08(火) 22:12:11.32 ID:Ne46eyhx0
413 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2014/04/19(土) 19:11:31.43 ID:IBzCCoF/0
まだかな
414 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [saga]:2014/04/19(土) 21:35:27.82 ID:HjAlHjeX0

突然大声を上げたからだろう、ぐぇ!っと鳴きながら飛び起きる鳥頭
何事かと顔を顰めて私の表情を窺う読書家

「…っ!何処にも無い! …! あの時に落とした!?」

荷物、衣服のポケット、果ては地べたを這って宝の地図を探す

ええ、あの[火炎草]畑で落としたんだろうと気がついたわ
気付いたけど身近な所を探すのを止めない
 私は宝の地図を安全じゃない所に落としてきちゃいました、なーんて
認めたくは無かったから
人間、頭で理解してても心で受け入れたくないモンなのよ

「如何されましたか?」

「ぎゃぁー?」

「…地図を …宝の地図を落としたのよ」

声に力なんて無かったわよ
ただそれだけ、単純、明確に何があったかを一言で伝えたわ

「…例の宝物の地図、ですか?」

「ええ、多分、あの変な草が生えてた所だと思うのよ」

私はふっと、ジョセフィーヌの隣にいる鳥頭を見て


「今から、"プックル"に乗ってあの場所まで行けないかしら?」
「駄目です」


即答だったわ

「セルミィさんが帰られるまでは待機、落とした場所に
 おおよそ検討が付いているならば尚更です」

彼女が戻られたら、取りに行けないか交渉する、それが無難でしょうと
ジョセフィーヌが言う、でも私は居ても立ってもいられやしない!

「あくまで"かもしれない"なのよ!本当にそこに落としたかも分からない
 だから、確認の為にも行かせて頂戴!」

「だったら尚の事、行かせる訳には行きませんね
 コレと言って急いで回収しなければいけない理由も無いのです
 確実かつ安全の為にもセルミィさんを待ちましょう」


正論だった

ジョセフィーヌと私はほぼ同い年だ
そんな彼女と私では決定的に違う点があった、それは…


「命あっての物種という諺もあります、一枚の地図に…
 そもそも、本当に実在するかも分からない宝の在り処が示された地図に
 命を賭けるのはあまりにも…」

「…ッ!」



彼女と私で決定的に違っていた点



「アンタ何が言いたいのよ!あの地図が何の価値も無い紙っきれだって
 言いたいのッ!!」

「いえ、私が言いたいのは――」

「アレは…母様がッ
         お母さんが私にくれた…形見の品なのよッ!」


彼女と私で違う点…ジョセフィーヌはあくまで "冷静"に"論理的"に

私はその逆…"直感"や自分の気持ちで"感情的"に動こうとするタイプだ
415 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [saga]:2014/04/19(土) 22:19:30.25 ID:HjAlHjeX0

ドーム状の洞穴に私の声が響く
鏡なんて無いけどこの時の私は多分、酷くみっともない顔をしてたかもね
涙が止まらなかったんだもの




嫌に静まり返ったわ…




目の前にいる読書家は何も口を開かない
ただバツの悪い顔をしていた
 母様から貰った手紙である事は言ったけど、形見であるとまでは
言ってなんていなかった
 気不味い空気が漂っているのがよく分かる


「…」
「…っ …っ」ポロポロ


すごく小さかった

私が本当に小さい頃に母様は私を連れて国を出て、ちっぽけな田舎に来た
ぼんやりとだけど、覚えてる
 父親なんか居なくって、女手一つで育ててくれた

雨漏りも酷くて風で窓がガタガタなるような家だったけど
母様と一緒だから何一つ辛くは無かった…


そんな母様が亡くなられる前に私に遺していたった大切なモノだ


綺麗な装飾の筒に入れて、何時だって肌身離さず大事にしてた地図

一生裕福に暮らせる富があるだとか、そんなことはどうだって良かったッ

ただ…

  ただ…


母さんが遺したモノを"何の値打ちも無い紙っきれだった"と言われる事が
堪らなく嫌だった

 まるで、それを生涯大事にした母さんが "そんな人間だった" って
言われてるみたいで、すごく嫌だったんだ…

ジョセフィーヌに悪気なんて無かった…頭では解ってるわよ
でも心は受け入れない、心は叫びを上げるだけだった








結局、その後、ジョセフィーヌと私は一言も話す事無く
就寝に就いた…仲直りもできないままで…


―――
――


ぎゃあぎゃあ

      ぎゃあぎゃあ




樹海に迷い込み二日目、現地の怪鳥達の鳴き声をモーニングコールに
気分の悪い目覚めを迎えた、木々の隙間から僅かに見える朝日を拝み
私はため息を吐き出した
416 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [saga]:2014/04/19(土) 22:51:42.47 ID:HjAlHjeX0

私が目を開けた時、ジョセフィーヌは既に朝食の用意をしていた
朝食の支度といっても焚き火で保存食を適当に炙ったり煮詰めるような
簡素なモノだったけどね

彼女が私の分の朝食を手渡し、私は黙って受け取る

無言

一言も会話の無い食事

食べてもいないのに、胃に何かが詰まるような感覚を覚えながらも
食事を水と一緒に食道へ流し込んで食事は終了

暇つぶしで出来る事なんて、鳥の飼育か本を借りて読書…


誰に借りれる?


必然的に私がやれる事は、無意味に空を見上げている事か
トコトコ歩いてた"プックル"の顔を拾った木の枝でつんつん突っつく位だ

「くぇー…くぇー…」トテトテ

相変わらず、何を言ってるのか分からない

ただ膝を抱えて体育座りしてた私に擦り寄って何か言ったり
仕返しなのか何なのかくちばしで肩をこんこん突っつく鳥頭

…絶妙な力加減で肩のマッサージっぽいわね


「…私に構ってったって面白くないわよ、焼きトウモロコシをくれる
 彼女の所にでも行きなさい」

手でくちばしを払いのけ、洞穴中心の焚き火付近で読書をしてる彼女を
指差す、どうでも良いけど火の近くで本を読むってどうなのかしら


「きゃあきゃあ」フルフル


「…だから、何を言ってるのか解んないってば」

「くれぇー」グイッグイッ

器用に私の服の袖を咥えてグイグイっと引っ張ろうとする
主に洞穴中心の方に向かって

「…」

私はセルミィとは違って魔物が何言ってるかなんて理解できないし
コレは単なる思い過ごしかもしれない
"プックル"は私とジョセフィーヌに仲直りしろとでも言いたいのだろうか

「くぇー」グイグイ

「止めてってば、服が皺になるでしょ!」

一応、コレはジョセフィーヌに借りた服だからね
くちばしを手で払いのけてしばらくすると「くりぇー…」と
弱弱しく呻りながら鳥頭はトボトボと私から離れて行ってしまった
何処となく哀愁を漂わせる後ろ姿だったわね


(…仲直り、か)


彼女は悪気なんて、無い

理解してるけど、声を掛け辛い、なんて言えば良いの?
どう切り出せばベストなの? どんな顔して言えばいいの?

ひょっとしたら、向こうも同じ事を考えてるかもしれない

(…なんれにせよ、どの道謝んなきゃいけない、わよね?)

とりあえず、声を掛けよう、まずは相手に向き合おう、私はそう考えた
417 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [saga]:2014/04/19(土) 23:39:41.78 ID:HjAlHjeX0
*********************************
>>410 数日使って読んで頂けるとは、ありがとうございます

>>411 漢字が苦手な小学生の頃トルネコのダンジョンで白紙の巻物に
   「せいいき」って書こうとして違うモン書き込んで
    モンスターハウスで死亡したのは良い思い出

>>412 抱きしめたいなぁ!・・・『乙』!

>>413 お、おぅ…丁度、今日投下しようと予定しておりました
    なんという預言者…ッッッ!>>1、驚きを隠せないッッ!


可能なら明日また投下したいですが、リアルが少々厳しい>>1です
ヴァージニアさんとジョセフィーヌさんがギスギスする回ですね

すごく くうき わるい です。

何とかしてセルミィさんに早く帰ってきてもらわねば…!(使命感)
*********************************
>>[火炎草] 【トルネコの不思議なダンジョン】より

飲むと(どういう原理か不明だけど)口から火を吹けるという謎の草

胃液で化学反応が起きて発火するのか?

岩や鉄の塊である[動く石像]や[さまよう鎧]を蒸発一撃で葬る熱量の火を
吐いて何故トルネコは無事なのか?
そもそも、そんなモンを(餓死を避ける為とはいえ)躊躇なく口に入れる
トルネコの神経はどうなってるのか?
 ダメージはおろか胃や口内に火傷一つ負わないトルネコは
人間止めてるんじゃあないのかとか

トルネコの七不思議の一つを生み出すアイテムである



>>[聖域の巻物] 【トルネコの不思議なダンジョン】

トルネコシリーズにおいてコレにお世話になるプレイヤーは多く、特に
モンスターハウスで床に敷く前に転んで、泣きを見るプレイヤーは多い

あれ? おかしいな、画面が涙で歪んで見えるぞ?
*********************************
418 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/04/20(日) 00:00:14.54 ID:TpoLvWfe0
流石に「なんれ」は無いぜヴァージニアさん……
乙!
419 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/04/20(日) 17:58:12.32 ID:3Z43AZlso
乙!
聖域を貼り付けて使い終わったら水をかける
そして再利用すばらしいリサイクル
420 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [saga]:2014/04/20(日) 21:45:11.13 ID:KLsydrV60

意を決したように私は立ち上がった
仲直りしようとするだけだってのに、なんでこんな緊張すんだろう

「あ、あのさジョセフィーヌ」

「はい」ペラッペラッ

彼女に歩み寄りまず、声を掛けた

「その、怒鳴ってごめん」

ペラっとページを捲る音が止まる
彼女は顔を上げた、眼差しは手元の紙面から私へと移っている

「いえ、知らずとはいえ無神経な発言をした私にも非があります」

「そ、そう?」

「そうですね」




「「…」」





…会話が途切れたわ

「あ、あー、あのさ、今アンタが読んでるのってどんな本なの?」

「これですか?[エジンベア]の童話ですよ」

「[エジンベア]の?」

「はい、ナジミさんが(どんな手段を使ったか知りませんが)その昔
 入手したモノでしてね、暇つぶしを兼ねて読んでいるんですよ」

「へぇ」

まだ会話はぎこちないけど、さっきまでのお通夜みたいな空気よりかは
幾分もマシに感じるわね

「その童話ってどんな奴?ジャンルは?」

「まぁ、大雑把に言えば冒険譚でしょうか?
 空を飛べる子供が海賊と戦う話ですね」


「…あっ、ぅ」


「…?」

ジョセフィーヌの話を聴いて、また昔の事を思い出した

独りでベッドに寝れない時に母様と一緒に眠った事
よく子守唄やよく話してくれたお話もそんな感じの物語だったっけ?

今は地図の件を思い出すから
あまり母様の事は思い出さないようにしたいんだけどね…

「ヴァージニアさんもどうですか?
 [エジンベア]と言えば半鎖国状態の国ですからね
 興味があっても触れる事の出来ない物珍しい異文化に触れてみます?」

「いや、私は遠慮するわ、なんか気取った感じで気に入らないって噂が
 絶えない国だからね…」

「…気取った感じで気に入らないという点に関しては同意ですね」

そんな感じで私と彼女、あと時々、相槌を打つように「くえー」という
鳥頭とで何気ない会話を続けていった

421 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [saga]:2014/04/20(日) 22:56:50.71 ID:KLsydrV60
会話はあまり弾まなかった…単なる私の思い過ごしかもしれないけど
自分の思いつく限りの一番楽しい話題を振っても
読書家の反応はなんだか素っ気無いように感じる


(なにさ、まるで興味が無いみたいじゃないの…)


正直な話、へこんだわね
彼女と仲直りはしたいと思うけど結局これといって良い方向に
進展はしなくて、半ば私は不貞寝のような形で眠りに就いた


相手は私をどう思ってくれてるか分からないけど
私はまだ少しだけ…彼女との空気は気不味いモノだと思う


まどろみに意識を沈ませながら私は考えてた

"歩いてでも行ける距離"  "魔物があまりいない周辺"

懲りない奴だと呆れられるかもしれない
「馬鹿でどうしようもありませんね」と罵声でも飛んでくるかもしれない
それでもあの地図だけは何が何でも絶っっっ対に回収したかった

良くない考えだとは分かってたけど、悪魔の囁きを振り切れない




  ジョセフィーヌにばれない様に洞穴を抜け出して
       地図を取りに行ってしまおう


*********************************
**************
*******

「グエー」ドドドドド

「くえー」トットット

 青葉生い茂る道を踏みしめる音と共に二頭の足音が樹海に鳴る
時は数刻遡り、読書家とお転婆娘が喧嘩をする少し前のこと

「…この先から独りだけど大丈夫?"ボロンゴ"」

「くえー」バッサバッサ

長いサイドテールを揺らしながら彼女、セルミィ・グランパニアは"友"を
心配そうに見つめていた
 そんな彼女に対して"彼女"は羽を撒き散らしながら「大丈夫」と
彼女だけにしか解らない独特の語源で告げる

「ぎゃー」

「きゃあきゃあ」

「ぎゃぁ…」


三頭の中で最年長で先輩でもある"彼"は、これから主人の元を離れて
一頭で人里まで駆ける"彼女ことボロンゴ"に激励の言葉を掛けた
 感謝の言葉を返し、静かにそれを受け取る"ゲレゲレ"…

今、この場に置いて彼等の会話を解することができるのは人間は唯一人だ

「頼んだよ"ボロンゴ"」

その人間の頼みを受け"ボロンゴ"は走り続けた、目的は唯一つ
 我が主が、敬愛して止まない"人間の友人"を人里まで迎えに行く為だ

昨日、遺跡で一晩を明かす際に主人は
"ある手段で予め人間の友人に伝えていた"、早ければ今日中には迎えが
到達すると

魔物である"ゲレゲレ"達でも見る事は叶わず、されどサイドテールの女は
目で"視える"らしい、遠く離れた地にいる友人が迎えが来る事に対して
OKサインを出している姿が…!
422 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [saga]:2014/04/20(日) 23:46:57.82 ID:KLsydrV60

セルミィが読書家とお転婆娘を洞穴へ置いてきたのには理由があった
 まず、彼女が本来この樹海に来た理由――すなわち素材の確保である

ある特定の時期、それも少量、採取できるかどうかも定かではないソレは
この樹海に… 否! 世に一つだけの存在からしか採れない




            [世界樹]




毎年、彼女は其処へ行く、そして"一枚でも落ち葉が無いか"探す
だが今日まで生きてきて未だに一枚も発見できた例が無いのだ

コレに関してはセルミィも"セルミィの友人3人"も半ば諦めており
それよりも[世界樹の雫]を採る方がメインとなっていた

素材の確保、"4人が分担する中で1、2を争う危険な役割"だが
セルミィが一番適材であり誇りも持っている

二年ほど前だったか… セルミィが入手してた[世界樹の雫]のおかげで
 "[シルバーデビル]に襲われた一般人を助けられたという出来事"があり
それもあって彼女はこの役割に誰よりも積極的に関わる



必然、樹海の事にも詳しくなっていった



さて、ようやくジョセフィーヌ等を置いてきた二つ目の理由が語れる…

今しがた説明した通り『必然、樹海の事にも詳しくなっていった』のだ
 樹海の専門家はこれまでと明らかに違う違和感を感じていた

"魔物同士の縄張り争い"…コレに至っては対して珍しいモノではないが
今回の件はおかしい

[マッドオックス]…本来ならば樹海よりも南下した地域にいる彼等の群れ
ヌシと思われるモノまで一緒に北上してる事

そして、そのヌシに傷を負わせたのが[グリズリー]という事

本来、ならばテリトリーに入るか興奮状態でもない限りは
此方が刺激しない限り彼等は戦闘行為を行わない

[マッドオックス]がうっかり彼等のテリトリーにでも入ったのなら解る
だが、群れを率いるヌシともあろうモノがそんなヘマをやらかすか?

それにここ数日、樹海を"目で見渡して"セルミィは自分の脳内にある
魔物生息マップと今の樹海の状況を比較した

"ゲレゲレ"達に跨り、高速移動中も木々や地面をよく観察していた

去年まで見なかった足跡、別の魔物の縄張りだったトコに
[グリズリー]が食い散らかした木の実の残骸
 去年は誰も手を付けなかった樹木の青葉や幹に歯型がある
多分、縄張りを追い出されたモノ達だ



自分が知らない"何か"が居る

そんな状況で少女二人を連れまわすなどリスクが高すぎる…っ!

そう判断した上でセルミィは"友人"を連れて来させようと考えた
少なくとも"友人"が来ればジョセフィーヌは安心感を覚えるだろうと



…まさか、自分が少し二人から目を離した隙に問題が起きようとは
若干、焦りを感じていたセルミィには予想も出来なかっただろう…
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**************
*******
423 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [saga]:2014/04/21(月) 00:13:43.84 ID:CRmS1uUH0
*********************************
>>418 何<いず>れに…ですよね、よく調べなかった自分のミスです…

>>419 シレンも面白いですよね!





話の都合上、問題を起こすのはお転婆娘と相場が決まってるッ!(偏見)
精神状態が非常に不安定なヴァージニアさんがやらかしてくれそうです




         【補足】

少し触れましたが、ヴァージニアさんはマザコンです

なんかあると度々、母様、母様言ってますし、予兆はありました
実際、女手で身体が弱っていても愛する子の為に頑張るお母さんですし

マザコンこじらせても仕方ないレベルで愛されてました
13才ぐらいまで一人で寝るのが怖くて
「お母さんと一緒じゃなきゃやだー」的な事言いながら
ベッドに入り込むくらいのマンモーニですね

びびり が あんだよ! せいちょうしろ!


【補足の補足】

マザコンの女の子って可愛くね?と訊かれました、皆さんはどう思いで?
*********************************
424 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/04/21(月) 00:23:16.21 ID:yjZDkp9X0
ヴァージニアさん、最悪の事態に陥りつつあるんじゃないか、これ。
乙!
425 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/04/21(月) 19:47:57.17 ID:2h/d73uGo

可愛いけど僕はジョセ一筋!
お転婆娘はかわいい
426 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [saga]:2014/04/30(水) 14:43:15.79 ID:W0QFD4tf0

私は夢を見ていた


 ‐ ねぇ、お母さん

 ― なぁに? 


小さな私と母様が出てくる夢、遠い昔の夢だった


 ‐ どうして、私はお家に帰れないの?

 ― それはね、私達はお引越しをしたからよ ここが新しいお家よ

 ‐ そうなんだ

 ― そうなのよ


ソレは誰が見てもオンボロな小屋だったわ…
雨の日は雨漏りが酷くて、台風なんかが来れば窓枠はガタガタ唸るし
水滴を受け止めるバケツや鍋の大合唱が始まるくらい

母様は自然の恵みが生んだオーケストラねって茶化したりして
縮こまって震える私に勇気をくれたっけ…



 ‐ ねぇ、お母さん

 ― なぁに?

 − 私…まだ眠れないよ

 ― どうして?

 ‐ だって夜はお外も真っ暗でお化けが出そうで怖いから


夜は怖かった
野犬の遠吠え、ひび割れた窓ガラスに映る月の影
オンボロ小屋の壁を突き破ってお化けが入り込むんじゃないかって
子供の頃から夜という存在はどうにも苦手だった


 ― なら、お母さんがついててあげる そうだ 子守唄を歌いましょう

 − お歌を歌ってくれるの!

 ― ええ、私も子供の頃 怖いときは歌ってもらったのよ


   ずっと此処にいるから、傍で歌ってるから、安心してね


いつだって一緒だったんだ


いつだって

いつだって、いつだって

いつだって母様は私と居てくれて

いつだって慰めてくれた…



そんな母さんは…もういないんだって思うと、涙が止まらなかった

―――
――


「夢かぁ…」

「お目覚めですか」ぺらぺら
427 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [saga]:2014/04/30(水) 15:24:13.24 ID:W0QFD4tf0





…っと、ここまでね

今、私はこの無愛想な読書家と二人っきりである女性の帰りを待ってた

今から遡って――この二日、三日近くの出来事がこんな感じだわ


…今、読書家は相も変わらず本の虫で、鳥頭は腹も膨れたのか隅っこで
丸くなって眠っている

今なら

今ならば"母様の地図を取りに行ける"…

意を決した私はゆっくりと毛布から抜け出し、音を立てないように
這って出入り口を目指す

ジョセフィーヌから借りたままの衣服、初めから私が所持していた
二本の銀のナイフ、それ以外の荷物は無し

のっそりと進み、セルミィが敷いていった"巻物"の真上を通過した

 そうだ、私はたった今、絶対に魔物が来ない安全領域を抜け出たのだ
この先、命の保障なんて無い
 それでも、それでも!命を懸けてでも取り戻したいモノがあるッ!


―――
――

「はぁ、はぁ、はぁ」ガサガサ

走った、長距離走とは違うペース配分なんて一切考えない様な走り
短距離走でもするような全力疾走だった

立ち上がって小枝を踏んでも音で気付かれない距離まで洞穴を離れて
一心不乱で走る、目指すはあの[火炎草]畑だ

ずっと走り続けるせいか、お腹が痛い
動悸が激しいくらい心臓がバクバク言ってるのが自分でも判った

「はぁ、はぁ、ん…髪の毛が邪魔ね」

長い髪が目に当たる、此処を無事に出られたら、そうね…
ショートヘアーにしてみようかな…、三つ編みおさげも良いかもね

薄暗い夜道、木々の合間を縫うように
苔やらおかしな植物が生えた道を抜けて辿り着く
 …そう、月明かりが指す広場、まるで月光に手を伸ばすように
天を仰ぐようにも見て取れる[火炎草]の大草原

そして…


「あ、あ、あぁっ!」


畑の真ん中、月明かりに照らされて光る白銀の光沢
いつも手に取っていた見慣れたフォルム

そう、母様の形見の品がそこにはあったんだっ!

「見つけた! 見つけたわよ!」ガサガサ

草の根を掻き分けて地図の入った筒へ一直線に駆け寄り拾い上げた
そして、私は筒をぎゅっと抱きしめたわ!







            グルルルウゥゥ・・・
428 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [saga]:2014/04/30(水) 16:38:19.23 ID:W0QFD4tf0










ソレは低い唸り声だった


私は…動けなかった、振り向きたくなかったわ

樹海に入ってから、たったの一度だって魔物とは遭遇していない
いや、セルミィの連れてた鳥頭や[ガメゴン]なら遭遇したわよ?

この感じはそのどれとも違う

今は私一人で、そして人懐っこい鳥頭の声でも[ガメゴン]の声でもない
気付けば膝がガクガクと笑ってた、肩が意味も無く震えだしていた

「ぁ…っ、ぁぁ!」

ゆっくりと首を動かす




【止めなよッ!振り向くな!今のは幻聴か何かなのよ!
 夜だから、私の大っ嫌いな夜だからッ!
 私の恐怖心が生み出した幻聴なのよ!?】



【違うでしょ、"居るのよ"!ジョセフィーヌは
 私に散々忠告したじゃないのッ!
 あれだけ言ってたのに無視した私が悪いんだ、これは罰なのよ
 自業自得なのよ、早く後ろを見なさいッ!そこに"居る"のを見て
 すぐに此処から逃げなさいよ!!】



今、自分の中で二つの声がぶつかり合ってる

"振り向きたくない" "これは幻聴だと思いたい"という願望と本能

"振り向いて確認したい" "これは現実だ"という理性ともう一つの本能


私は

私は見てしまった




月明かりに照らされた大きなシルエット
人間のように二本の足で地に立ち、二本の腕がある、ただ違うのは
両手両足に下手な刃物よりも凶悪な鋭い爪が伸びており
 人の背丈を優に超える体格、フサフサで灰色の体毛に覆われた容姿
動物特有の犬や狐の様に突き出た鼻、丸みを帯びた耳は嫌でも
ソレが人外の生命である事を悟らせた


「…っぁ!グ、グ[グリズリー]…」


私が振り向いた時。既に[グリズリー]は目と鼻の先まで来ていたのだ

ご丁寧に腕まで振り上げていて、頭では逃げろと判っていて
脳が身体に危険信号を送っていた、なのに身体は動けない



そして…魔物の腕が私目掛けて振り下ろされた

429 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [saga]:2014/04/30(水) 17:26:49.60 ID:W0QFD4tf0
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*******
ジョセフィーヌ達が待機していた洞穴…

「くえー」

「これは…」

鳥頭に跨った人間が其処へ辿り着いたのはすぐだった





「わーお…こいつぁひょっとすると一歩遅かったか?」

黒コートの旅人、ナジミは迎えに来た"ボロンゴ"に跨り樹海奥地の洞穴に
辿り着いていたのだ!

セルミィの予定通り、親友ナジミは来てくれた
ナジミが来れば、ヴァージニア等は…少なくともジョセフィーヌは大いに
安心してくれるだろうと踏んでいたのだ

しかし、予期せぬ事態が起きていたッ

そう、"居ない"のだ
洞穴で待っている筈のヴァージニアが…


そして、"ジョセフィーヌとプックルも洞穴に居ない"ッッ!!


「…不味ぃな」ザッ

ナジミは直ぐ様、事の事態を察した
何かが這っていた跡(人のモノと思われる)消えた焚き火の周りに
散乱しているのは読みかけのジョセフィーヌの本

黒コートは注意深く付近を観察する

洞穴の壁を突き破って魔物が入り込んだという事はまず、ありえない
唯一の出入り口は自分達が開発した"込める技術"[聖域の巻物]がある
 なにより、焚き火は明らかに人の手で消したモノ…

這った跡は地面に手形や靴の先…それもジョセフィーヌのモノとは型が
違う辺り、恐らく"同行者"のモノと判定

理由は判らないが"何らかの理由"で同行者の少女が洞穴を抜け出し
それに気がついたジョセフィーヌが慌てて、火の始末をして
飛び出して行った…
 焚き火の跡はまだ熱が残っている事から本当に少し前
それこそ5分も前の出来事だったかもしれない

ナジミは瞬時にそう推察し鳥頭に跨る

「クエッ」

「おう、"ボロンゴ"ここまで来ンのに疲れたろうが、もう一っ走りして
 もらうぜ!」

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*******

「はぁ、はぁ」

「グガァ?」

私はあの瞬間、自分の死を悟った・・・だけど、生きている?




「…はぁっ、はぁっ、なに…をしているんです、か・・・貴女は!」

「・・・ジョセフィーヌ?」

気がつけば私は読書家の少女に押し倒される形で草原に倒れていた
430 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [saga]:2014/04/30(水) 17:58:56.61 ID:W0QFD4tf0
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>>424 ※例えるならダンガンロンパでDVD見ちゃった舞園さんレベル
    違いがあるとすれば支えてくれる人が居れば大丈夫な事ですね

>>425 ファ…! ファンの鑑だ・・・ッッ!!(震撼)


ようやく主人公が来ましたね、後、数分待ってばナジミと合流できたけど
何とも間の悪い事にすれ違ったっという訳です
その代わりと言ってはなんですが
月が綺麗な草原でジョセフィーヌ嬢がヴァージニア嬢を押し倒しました

[グリズリー]の攻撃から助けただけです ふかい いみ は ない。
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431 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/04/30(水) 20:21:44.43 ID:gUobssLRo

こっからナジミも目を背ける濃厚なジョセ×ヴァジが!
待ってたら合流できたけど確実に美味しく頂かれていたのでナイス判断だよなジョセ
432 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/04/30(水) 23:21:31.90 ID:dr+mOxCC0
押し倒された!?(ガタッ
433 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2014/05/01(木) 01:43:26.87 ID:Z5jBi7LK0
別になじみが押し倒しても良いんだぜ?
434 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/05/01(木) 06:34:10.78 ID:T3L9otsDO
ナジミの嫉妬に期待
435 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [saga]:2014/05/08(木) 15:55:24.64 ID:k3xgd0Ar0

今だ状況を掴めず地面に倒れていた私は読書家に引き起こされて
 そのまま彼女に手を引かれて茂みの方へ走り出す



「グ オ ア ア ア ア ァ ァ ァ ァ ァ !!」



「ひっ!?」
「…っ!」

背後から聴こえてくる咆哮に私は声を漏らす、私の手を引く彼女は顔を
引きつらせながらも足を止めたりはしない

ようやく自分の置かれた状況を理解できたわ

私は読書家に…ジョセフィーヌに救われたのだと

「あ、あ、あぁ、わ、わ"だし…」

今、自分は死に掛けたのだと改めて思い知った
声はさっきよりも震えて、体中から嫌な汗が噴出す

「ヴァージニアさん!足を止めないで!走り続けてくださいッ!!」

背後から地響き響き渡るのが良く分かった、[グリズリー]は4足歩行で
私達に追いつかんとばかりに駆けてくる

我武者羅だったわ、ただ足だけを前に運ぶ、それ以外は何も考えない

そして、茂みまで僅か少しの所で[グリズリー]は私達に飛び掛るッ!




「"プックル"!」



茂み目掛けてジョセフィーヌが叫ぶ


「ぐええぇぇぇぇっ!」ダッ



   ド ス ッ ッ !


「グゴアァ!?」



ジョセフィーヌが叫ぶと同時に自身と私の身を屈めさせた
丁度、その上を飛び越えるように一頭の鳥頭が[グリズリー]の腹部に
タックルをお見舞いしたわ

[グリズリー]と[おおくちばし]そもそも体格差の違う二体の魔物だ
相手と比べ小柄な"プックル"では助走をつけた体当たりでも
図体のデカイ[グリズリー]を吹っ飛ばす程の威力などは無い…



それでも…っ!



「ゴ、ゴオォォ」ヨロ…


"プックル"の一撃を受け、よろける巨獣
此方が勢いをつけて頭突きを繰り出したのもあったけど向こうも同じく
勢いをつけて私達二人に飛び掛った
その結果が空中での正面衝突…

「くえっ!」フフン
436 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [saga]:2014/05/08(木) 16:35:20.14 ID:k3xgd0Ar0

「お手柄ですよ"プックル"」

悶える巨獣から直ぐに距離を取り私達の方へ駆け寄る鳥頭の手綱を
彼女は手に取り、私に乗鳥するよう言う

私が跨った後に読書家も乗鳥し、私の後ろに掴まる形になった

「グルルルゥ!」

後方は完全にプッツンした熊、前方は真っ暗闇の樹海道
二人乗りの鳥頭は安全運転無視で暗い夜道を突っ切る
ゴツゴツした岩を蹴り飛ばし、急なカーブを曲がりきる際の遠心力で
乗り手を振り落とさんとするような乱暴な走り
 樹海に迷い込んだ初日にセルミィに散々味合わされた
騎手の乗り心地なんて一切考慮しない超スピードの疾走だった

そんな速度で逃げているというのに、[グリズリー]は私達の後に
ピッタリっと付いて来るのだ…何の問題無く
いや、それどころか、少しづつ距離を詰められてすらいる!

見た目に反し、相手は敏捷力のある動きをし、且つ、私達が飛び越えた岩
潜りぬけた木々の間などの障害物に足を止めたりはしない

「ジャアァッ!」バリィッ!

[ごうけつぐま]のソレよりも凶悪な剛腕は飛び越した岩石をブチ破り
到底、潜り抜けられないだろうと思われる木々の隙間は
二本の腕を使い、バールで抉じ開けるかのように空間を広げて通り抜ける

「うっ…ジョ、ジョセフィー、ヌ…まだ着かな、いの!?」

逃げ出して早数分、"あの洞穴"まではそんなに時間は掛からない筈
しかし、唯でさえ暗い樹海の夜道で…胃の中のモノが逆流しそうな速度で
ブンブン振り回されているのだ

今、自分達がどの辺りに居るのかもまるで分からない

道中、[キラーアーマー]や[メタルスライム]の群れと遭遇したけど
彼等は此方を見ても襲い掛かってこなかった
 むしろ、戸惑いと怯えで一目散に逃げ出す姿が目立ったわね

人間二人が魔物に跨って、後ろからいきり立って咆哮を上げながら
すっ飛んでくる[グリズリー]…これは戸惑うし、逃げ出したくもなる


―――
――



「…きゃぁ、きゃぁ」ヒュー、ヒュー


セルミィと同行してた際、私達は一人ずつ別々の鳥頭に乗っていた
 そのことから、鳥頭達は恐らく"一人乗り"専用だったのだろうと思う

そして、今、"プックルは二人も人間を乗せて走っていた"…

次第に減速して行き、呼吸も弱弱しくなっていったのは私達の目から
見ても分かるモノだった


「ぐえッ!?」ガッ


「きゃっ!」ドサッ
「あうっ!」ドサッ


体力的にも限界が近かった"プックル"は木の根に躓いた

そして私もジョセフィーヌも落鳥したのだ…


「…ガアアァァ」

私の目に映ったのは迫り来る化け物の顔だった
 ソレは心做しか笑みすら浮かべているように思えた
437 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [saga]:2014/05/08(木) 17:02:06.48 ID:k3xgd0Ar0

「う、あぁ」

胃液が込み上げてきそうな衝撃、脳が揺さぶられたせいで感じる目眩
 鳥頭の背から放り出されるように地面へ叩きつけられた衝撃もあって
身体中が痛いと悲鳴をあげていた…

「ぐ、ぐぅぅ」

私は力を入れてどうにか起き上がろうとする、そして視界に入ったのは
ジョセフィーヌと・・・今にも彼女に喰らいつこうとする[グリズリー]








(うぐ…こ、ここまで…ですか…)

「グウウウゥゥゥ」







「ジョセフィーヌ…っ!」


(立ち上がれましたね?ヴァージニアさん…
     幸い、[グリズリー]は私から先に喰らおうしている
  ナジミさんの本では彼等は一つの獲物を食べ終わるまで
 他の獲物は狙わない…この隙に逃げてくれれば…
  "プックル"に一人だけ乗りさえすればまだ、助かる)



(…結局、私から貴女には謝れませんでしたね)


(孤児で親を知らない私には貴女の気持ちは分からないし
    どれだけ貴女を傷つけてしまったかは分かりません
  どうにかして謝罪したかったのに…後悔後先経たずですかね…)



(ふふ、自分が死ぬ時というのは、こうも冷静になれるのでしょうか?)




(…あの日、ナジミさんと出会って旅立ちを決めた日から命の覚悟は
  してましたが、やはり、…"怖い"、モノ…ですね





             ナジミさん…もう一度お会いしたか――)















438 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [saga!red_res]:2014/05/08(木) 17:08:35.99 ID:k3xgd0Ar0

















             グチャ…!












439 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [saga]:2014/05/08(木) 18:20:53.25 ID:k3xgd0Ar0




























(……?
       私はまだ生きてる?)






「グギャアアアアアァァァァ
             ァァァァー――――−‐ッッッ!」



「うわああああぁぁぁぁぁぁ!!」



(!?)




無我夢中…


少し前にジョセフィーヌに手を引かれて我武者羅に走った時と同じだった
 私はジョセフィーヌとは真逆の人間だったわ

ええ"プックル"に一人で乗れば助かるかもしれない、頭の良くない私にも
分かる事だった…

けどね!

私は読書家みたいに冷静にとか、論理的にとか、そういうのは嫌いだわ!
『その逆…"直感"や自分の気持ちで"感情的"に動こうとするタイプだ』

だから、考えるより先に動いてた

怖かったし、泣き叫んで、いの一番に逃げ出したいって恐怖があった



"心が逃げるなって叫んだ"わよ


ガクガク笑ってる膝を叩いて無理矢理足を前に進ませた
勇気のない自分を奮い立たせた!
 右手に銀のナイフを持って、人生の中で一番早く走ったつもり

 私は今にも彼女に飛びかかろうとしていた[グリズリー]の右目に深く
ナイフを突き立てたんだッ…!
440 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [saga]:2014/05/08(木) 18:49:33.72 ID:k3xgd0Ar0

「ヴァージニアさん!貴女…、どうして逃げなかったんですか!
   今逃げてさえいれば……っ!本当に何を馬鹿な事!」

「うるさいわよ!馬鹿はアンタよ
    アンタ見捨てて一人で逃げろっての!」

馬鹿な事、考えてた小娘に馬鹿って言われた
『今逃げてさえいれば…』? ええ、そうね、今逃げてれば確実に私は
アンタを見殺しにしてたわよ!


こんな事になったのは何もかも全部私が悪かったんだ!



本当なら私は死ぬはずだったのよ
 それなのにアンタが代わりに死んだなんてことになったら私は
泣くに泣けやしないわ


まだ、私からアンタに謝っていないんだ…
まだ、私はアンタに許されていないんだ…

まだ、アンタと仲直りが出来てないんだよ

見捨てられる訳ないじゃないの…


「ッ―!ガァッッ!」ブン


「きゃっ!」

「ヴァージニアさん!」

[グリズリー]は頭部をブンブン振り回して、私を吹っ飛ばした
本日何度目かの地面との衝突を果たそうとした私の身体は読書家が
キャッチしてくれたため、回避できたけどね

目の前の魔物は痛みから雄叫びを上げる、暗い暗い夜の樹海に何処までも
響き渡るような音を…
 アイツは銀のナイフが刺さった右目と血走った左目で私達を睨む

今度こそ、終わるかもしれない…
 二人揃って熊の胃に収まるのかもしれない

でも、私は後悔しないつもり…これで死んだなら、胸を張って母さんに
会いに逝ける…


がさ…
        がさ…


「なっ!」
「[グリズリー]が…!?」

先ほどの雄叫びを聴きつけたのか茂みから巨獣の仲間が群がってきた
ナイフが刺さった奴、右耳が欠けた奴、傷だらけの奴…そして

「ヴォォォォォ…」


「"真っ黒な[グリズリー]"…?」

見た事も無い魔物、恐らく[グリズリー]の亜種が現れたわ
 唯でさえ絶望的な状況にコレ…泣きっ面に蜂もいい所、そんな時に








「わーお、こいつぁグッドタイミングって奴だねぇ!」
「何とか…間に合ったね?」

希望は現れた
441 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [saga]:2014/05/08(木) 19:07:21.20 ID:k3xgd0Ar0
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>>431 >>432 >>433 >>434

お、おう、お前等反応し過ぎだろ…


            今回はここまで

  新しい試み試してみたからバランスが悪いかもしれませんね





『逃げるな』と心の中で思ったならッ!
その時スデに行動は終わっているんだッ!


△ヴァージニアさん が すこしだけ かくせい したぞ!

 今回、ジョセフィーヌが[グリズリー]の【痛恨の一撃】を受けて
死んだと思った? 残念! ちょっと覚醒したヴァジ嬢が阻止しました!


ジョセ嬢も、ヴァジ嬢も、お互いに"悪い"と思ってたけどお互いに
切り出せなかったんです…、十代半ばの思春期なんてそんなモンです
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442 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/05/08(木) 19:39:28.92 ID:Axu1ziaFo

素直になれない関係っていいよね
443 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/05/08(木) 23:05:27.44 ID:L87IPskDO
貴重なメタスラの群れが…
444 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/05/10(土) 20:48:32.73 ID:x8NGHNUP0
ようやく合流だぜ!
445 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [saga]:2014/05/13(火) 19:13:26.83 ID:RvGN+eBb0

声のする方を振り向く、そこには私の見知った顔と見知らぬ顔があった

「…嬢ちゃん、すぐに来てやれなくて悪かったな」

真っ黒でブカブカなロングコート、月明かりに照らされた星のイヤリング
目元のクローバーマーク、厚底靴のせいもあるんだろうけどパッと見て
身長170越えの人物…

読書家に何度も聴かされていた、そして、その黒コートの人間を
待ち焦がれていたと言わんがばかりに見つめる読書家の表情で判る

この人物こそが……


「…っ!ナジミさん!」


ジョセフィーヌが彼の名を呼ぶ
へぇ、話に聴いてたけど随分とイケメンさんじゃん、会えて良かったわね


「二人とも!」


「あっ」
「セルミィさん…」


ナジミさんとやらの隣にいる人物は樹海に来てからずっと行動を共にした
セルミィだった、私達二人は彼女の顔を見て改めて言葉に詰まる


「あ、その…」
「えっと、これは…」


冷静なジョセフィーヌと二人揃ってしどろもどろになってしまう
 洞穴であの"巻物"を敷き、更には護衛までつけさせたくれた上で
危険だから出ないでと注意してくれたのに
それを破って、この有様…当然の如く二人揃って叱られるだろうと考えた




「ごめんなさいっ!」




「へ?」
「え?」

ありのままに起こった事を話すわ、私は二人揃って叱られると思って
どう言い訳しようか、もしくはどのように謝るべきか迷っていた
だけど、目の前のサイドテールの女は頭を下げて私達に謝罪したわ

あれ、普通は逆じゃない?

「私が、もっと早く戻れれば、二人を置いていくなんてことしなければ
 本当にごめんなさい…」

「え、あ、いえ…むしろ悪いのは私達ですし」
「あー、うん、セルミィも顔上げなさいよ」


泣きじゃくって謝るセルミィ、逆にオロオロとする私とジョセフィーヌ
その様子をやれやれ…と言った具合で見てるナジミさん

[グリズリー]の大群に囲まれてるという笑えない状況なのに
奇妙なやり取りだったわ…見る人が見れば和む場面かもしれない


そしてこの先、私は思い知る

"ナジミ"  "セルミィ"

この二人はそんな"笑えない状況"をいともたやすく吹っ飛ばす奴等だと
446 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [saga]:2014/05/13(火) 19:41:10.61 ID:RvGN+eBb0

「ガアァァァァ!」

人間が増えた事で警戒していた一体の[グリズリー]…傷だらけの奴が
痺れを切らしたのか此方へと駆け出す私とジョセフィーヌは先ほどの事も
あって身を強張らせ、そんな私達の前に守る様にナジミが立つ

そして、そのナジミの前にセルミィが立つ


「待って」


ただ一言、いきり立った[グリズリー]に言葉を投げかける

「ガアアアアアァァァァ!」


「セルミィさん!」
「セルミィ!」

「…」

腕を振り上げる魔物、あの凶悪な腕が振り下ろされれば女のセルミィなど
簡単に命を散らされてしまうだろうと思った

私もジョセフィーヌも彼女の名を叫ぶ、しかし、そんな中ナジミだけは
何も言わない、まるで大した事ないなとでも言いたそうな顔で見てるだけ


ザシュッッ!


[グリズリー]の鋭利な爪は彼女の身体を切り裂きはしなかった
極太の腕は大地に突き刺さり土煙を上げるだけで
 狙われていた筈のセルミィは…



[グリズリー]の背後に回っていた…っ!


「!? グガ!?」

「!?、何時の間に?」



瞬きをした一瞬だったのか?


本当に一瞬で背後に回ったようにしか見えなかった

姿が消えたと思った思ったら既に背後に回っていたかのような動き…!


「私たちは貴方に危害は加えないよ? 私の友達が貴方達のお友達に
 したことは…許してもらえるか分からないけど、謝らせてほしいの
 ケガも治してあげる」

ナイフの刺さった[グリズリー]を見て
悪いことをしたとでも言いたそうな顔で傷だらけの[グリズリー]を見る

実際、ナイフを指したのは私なんだけどね…

「グ、グオオオオォォォ!」


ブンッ! ブンッ! ブンッッ!


そんなセルミィを無視して腕を振り回す[グリズリー]
しかし、その攻撃は全て紙一重で回避されていたわ

「セルミィ、なんなら俺が手ぇ貸してやろうか?」

「駄目!ナジミはこの子達に容赦しないでしょ!」

そんなやり取りすらも飛び交っていた
447 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [saga]:2014/05/13(火) 20:29:15.92 ID:RvGN+eBb0

「くえー…」

「きゃあー」
「ぎゃっぎゃっ」

[おおくちばし]の鳴き声がして、見れば起き上がった"プックル"
セルミィを此処まで乗せてきた"ゲレゲレ"、多分ナジミさんを連れてきた
"ボロンゴ"が私達三人に近づいてきた

主人が魔物に襲われているにも関わらず
暢気にペタリと地面に座り込んでいる

「あ、あのナジミ…さん? セルミィを助けなくても良いんですか?」

私は今も攻撃を避け続けるだけのセルミィを指差し言う

「んー?、必要ないさぁ」

助ける必要など無いとあっさり答えるナジミさん

「アイツ一人いれば、どうってこたぁ無いね
  むしろ俺が足手まといだ」

ナジミさんは一番それだけ言うと一番奥にいる"真っ黒な[グリズリー]"を
見据えて呟く


「やれやれ、[シルバーデビル]の次は[ダースリカント]か…
 珍しい魔物に縁があるねぇ俺」



「ガアアアアアァァァァァ!!」

             ブンッ!

一方、反撃を一切せずにただ回避だけ専念していたセルミィは…


「じゃあ、私があの子を倒したら、退いてくれる?」


と[グリズリー]に語りかけていた、私は魔物の言葉が分からない
さっきから叫んでた魔物に何かを語りかけていたようだったけど
何を話していたかまでは分からない

ただ、分かる事は…

防戦に徹していた女が反撃に移るということだけだったわ…



=====
====
===
==



【北方大陸】…そこは最も聖地と呼ぶに相応しく、最も地獄に近い場所

    人類の有史始まって以来その地は人の介入を受け入れぬ

見渡す限りの自然、人工的なモノの存在を一切許そうとしない世界であり

 
人類が住み、日々を生きるにはあまりにも辛く、されど人ならざる者には
その自然の恩恵はなによりも素晴らしいモノであろう…!

今宵、その地で一つの"戦闘"が行われるッッ!

厳しい自然環境…っ! 弱きモノが強きモノの糧となるのが常世の理

そう"弱肉強食の世界"ッ! 誰もが彼等、[グリズリー]を恐れた!


此処【北方大陸】において食物連鎖の頂点に立つ彼等は牙を剥くッッッ!

448 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [saga]:2014/05/13(火) 21:04:02.74 ID:RvGN+eBb0

「…もう一度訊くよ?退いてくれない?」

三頭の[グリズリー]そして後方に控えるは彼等の亜種[ダースリカント]

本来ならば、この地にいるべきでない黒き獣…突然変異によるモノか否か
それを知る者は誰一人としていない

 彼等と対峙する女性、セルミィ・グランパニアに分かる事はただ一つ
静かに暮らしていた彼等が突如現れた[ダースリカント]に長の座を奪われ
力によって従わされたということだった

セルミィは昔から不思議な子だった、"誰にも聴こえない声"が聴こえた
耳を塞いでても、"魔物の感情を読み取れた"

    世界には魔物の言語を理解できる才を持った人間は存在する

      しかし、彼女は中でも異例中の異例であった…っ!


 "ただの人間"出来ないことが簡単に出来た、ただの人は無い力があって
周りから異端視された事もあった…


その実力は百戦錬磨のナジミ曰く

「樹海の魔物が束ンなったとて勝てる見込みがあるかぁ分からねぇ」

「勝てない訳じゃあねぇがセルミィ相手は…ちと骨が折れるな」と

あのナジミでさえ、それほどまでに称する程なのだッッ!




「オマエニデキルモノカ」


[グリズリー]が腕を振り下ろす

それを紙一重で躱すセルミィ、"魔物の思考が読める"、これを単純に
言ってしまえば、右手を振りかざすか、左手を振り下ろすかが判るも
同じこと、例え、この場で4体全員が一斉にセルミィに飛びかかろうにも
思考が読めるセルミィなら事前に対処してしまうだろう

彼等が魔物では無く、人間だったのなら勝機もあっただろうに…



「できるよ? あの子を懲らしめれば退いてくれるよね?」



「ハッ、ヌカセ、ニンゲン…ヤレルモノナラヤッテミロ!」

傷だらけの…恐らく[ダースリカント]が来るまでは群れの長として君臨
していたであろう[グリズリー]が叫ぶ


この発言がセルミィ"反撃"の引き金となった…っ!



ヒュンッ!


「!?」

一瞬の出来事、先ほど目の前から自分の背後に移動された時と同じ
 彼等の視力を持ってしても見えない速さでソレは繰り出された…ッッ!


セルミィが手に持つモノ…それは"杖"だった…ッ!


元長であった[グリズリー]の頬を掠めた鋭い刺突

 それは元長を援護しようと飛んできた右耳の欠けた[グリズリー]の
喉元を強く突いていた…ッッ!!
449 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [saga]:2014/05/13(火) 21:19:29.36 ID:RvGN+eBb0
*********************************
>>442 人間は素直になれない生き物ですからね、だがそれがいい!

>>443 メタスラ達を何の慈悲も無く虐殺する冒険者達がいるらしい
    酷い話だなー(棒)

>>444 ナジミ達の何とかしてくれる感は異常です


   今回はここまでです、ナジミさん…折角の戦闘シーンでさえ
   出番が無いだなんて…まぁ空気化させるって予め
   宣言してたからね、ちからないね!
*********************************
450 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/05/13(火) 22:28:24.00 ID:nFENP+rio
乙!
メタスラってきくろ某ドットのヘビィーマスィンガンを思い出す
ナジミの強さは計り知れないな
451 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/05/14(水) 23:42:53.69 ID:Vh2aMC7DO
セルミィとナジミがいれば世界征服余裕
452 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [saga]:2014/05/15(木) 10:55:01.23 ID:Wh2SQL5A0

傷だらけの[グリズリー]は困惑したッ!

群れの中でも一回り大きな自分の影から仕掛けた[グリズリー]をこの女は
"杖"で射抜いたのだ、…恰も奇襲することが分かっていたかの如くッッ!


右耳の欠けた[グリズリー]は喉を抑えるように地面に倒れ、そして…



「ィ…ィイアッハハハハハハハハハハハハ!!!! ! !  !」




「!? ド、ドウシタノダ」


       "大声をあげて笑い出した"…ッ!


 奇行に走る同胞に戸惑いを覚えつつ、あの速さで刺突を受けて
喉笛を潰されなかったのだなという安心感を覚える元長



「な、なにがどうなってるのよ…っ!」

「ナジミさん、"アレ"は…もしや」

「ご名答!
  セルミィが持ってんのは正しく俺が開発した"込める技術"…
                    [ほほえみの杖]だぜ!」


セルミィと三頭の魔物の健闘を見守る女性陣は
 それぞれ思った事を口にした

何が起きているのか全く理解できないヴァージニア
セルミィが持っている"杖"が何であるか察したジョセフィーヌ
弟子が一目である程度理解できるようになった事を喜ばしく思うナジミ


「キ、キサマアァァ、ナニヲシタノダ!」


得体の知れない"何か"受けたッ!
 その事実は元長にプレッシャーを与えるのには十分過ぎる衝撃である!

目の前の敵は"ただの人間"ッ! ましてや"非力な雌"なのだという認識は
一切捨て去る…っ!そう…彼は"悟った"のだ!



      種族ッ! 性別ッ! 体格ッ! 経験の差ッ!

それ等の概念を捨て去り全力を尽くさねば…っ!狩られるのは自分だッ!


「タタミカケロ!コイツヲ ナントシテデモ コロセエエェェェェ!」


夜の樹海に巨獣の咆哮が木霊する…

正気に戻った右耳の欠けた[グリズリー]が!

ナイフが目に突き刺さった[グリズリー]が!

彼等を統率する傷だらけの[グリズリー]が!





一斉にセルミィへ襲い掛かるッッッッッ!!!!



453 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [saga]:2014/05/15(木) 11:00:33.01 ID:Wh2SQL5A0















「…? 私はそこにいないよ?」












454 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [saga]:2014/05/15(木) 11:26:31.17 ID:Wh2SQL5A0


…彼等を束ねていた[グリズリー]は自分の背後から聞こえた声に戦慄した


ゾッとした、かきたくもない冷汗をかかずにはいられなかった…


    ズシン…っ

大地に響く大きな音、ソレは自分が歩みを止め
巨大な足を地面に落とした音では無かった



         では…これは一体何の音だ?



音がした方を振り向きたくはなかった

音の正体が何だったのか確認する暇があるのならばセルミィを倒すべきだ


さもなければ…











自分が"セルミィに倒された同胞"の後を追うことになるからだッッ!!






「ウ、ウワアアアアアアアァァァァァァァ!!!」


強者があげる咆哮では無いッ! 元長があげる咆哮…っ!
それは恐怖に打ち震える自らを奮い立たせんとする叫びであった

地べたに倒れ付す右耳の欠けた[グリズリー]

今だセルミィの刺突を受けていないナイフの刺さった[グリズリー]と
元長は脚の筋肉をバネのように活かしッ!

セルミィへの反撃に移ったァァーーーーー!

傷だらけの彼は考えるッ!

この速度ッ!恐らく彼等の熊生の中で最も最速であろう攻撃
あの女は自分と同胞のどちらかを"杖"で打ち抜くッ!

片方は間違いなくこの戦闘において"再起不能"とされる

だが、しかし…もう片方はあの人間を頭部をぶち抜ける筈だ!


「グギャアッ」

結論から言おうッ!

彼の計算に間違いは無かった、二頭の内、一頭…ナイフが刺さった方は
セルミィの[ほほえみの杖]で顔面(それも左の眼球)をフルスイングで
ぶっ飛ばす!

そして、フルスイングでぶっ飛ばした体勢からすぐにもう片方の
[グリズリー]を倒すのは計算通り、至難の業である!

「カッタッ! シネィ!」

455 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/05/15(木) 11:38:18.79 ID:AfrbzDAmo
タタミカケロ!のせいでセックスピストルズに思えてきた
456 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [saga]:2014/05/15(木) 11:52:50.26 ID:Wh2SQL5A0




       ズドン…ッ!




「…カッ、…ハッ…ッ!」


腹部に痛みが走る



腕をあと一歩の所でセルミィに振り下ろせなかった[グリズリー]は視線を
自分の腹部へと向けた


フルスイングをしたままの体制のセルミィ
その右腕には[ほほえみの杖]が確かにあった

そして…



(イ、 イツカラダ…イツカラ――)

薄れ行く意識の中、彼は思う『いつから"杖"は一本だと錯覚していた』と

そう…

          "杖"は"二本"あったッ!


あの体勢から[おおきなふくろ]経由で瞬時にもう一本の"杖"を取り出し
袋から飛び出すように出てきたソレは[グリズリー]の腹部に勢いよく
ブチ当たったのだッ!

"二刀流"…杖二刀流のセルミィは倒れた[グリズリー]達を見渡し
ホッと息を吐く…

倒せた事に対する安堵ではない…"誰一人、殺していない"事に対する安堵

この女、あれだけの戦闘でありながら"不殺"をやってのけた…っ!

そもそも彼女の武器は殺傷力の低い"杖"、これが"槍"であったならば
問答無用で彼等の肉を裂き、貫いただろう

仮にそうでなくとも当たる直前で極限まで力を抜く刺突…
 並みの人間にはできぬ芸当であった




「…うそでしょ」


ヴァージニアは目を見開いた、非現実的な光景を目の当たりにしたからだ

「ナジミさん、セルミィさんの着てる服って[みかわしの服]ですか?」

「だな、あのライトグリーンの服も特殊な魔力を"込めて"織り込んである
 それに服に隠れて見えねぇだろうがアイツは[ほしふる腕輪]を着けてる
 余程の事でもねぇなら俺が助ける必要性なんざぁ無いわなぁ」



セルミィは[ダースリカント]を見据える

樹海の生態系を狂わせる猛者はゆっくりと立ち上がり牙を向ける

今宵の戦闘はいよいよクライマックスに突入するッ!

457 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [saga]:2014/05/15(木) 12:11:50.34 ID:Wh2SQL5A0
*********************************
>>450 某高機動一人乗り戦車ですね、わかります

>>451 か、かよわい おとめ ふたりが せかいせいふくなんて
 できるわけないじゃないですか やだー

>>455 3匹の[グリズリー]と1匹の[ダースリカント]
 つまり3+1だから、あっ…(察し)




  今章の戦闘は少し長引きましたね…次くらいで終わらせたいです
  書きましたがセルミィは魔物の思考を読み取れます
  ガンダムで喩えたら]のティファ並みに先読み可能なNTレベル
  ただし人間相手では思考が読めないから
  対人戦においてはナジミの方が圧倒的有利でしょうね

*********************************
458 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/05/15(木) 19:20:46.21 ID:QNAR8cxso

次回も高機動戦士セルミィをお楽しみに
外野がのほほんとしてるな安心しすぎだッッ!
459 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/05/15(木) 23:51:31.15 ID:aGvR+epDO
おつ
460 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/05/16(金) 22:41:30.12 ID:tKTqUSL50
乙乙
セルミィさんマジ超人過ぎ怖い。
461 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [saga]:2014/05/22(木) 05:59:25.25 ID:VwtmyVzD0

「君は退いてくれないのかな?」

セルミィが最終警告を出す、だが[ダースリカント]は

「コトワル、シネ」



ただそれだけだった…



 対峙するは人間の雌と樹海に君臨する猛者…っ!

人間は…杖"二刀流"のセルミィは静かに佇み
対照的に黒き獣は唸り声をあげる


  そして、刹那の瞬間ッ!



「はぁっ!」


先手を打ったのはセルミィだッ!
セルミィは右手の[ほほえみの杖]を大地に突き刺し
そのまま杖に力を掛けて棒高跳びの要領で蹴り上げる

「ウオオオ!」

猛者は身体を大きく仰け反らせ、下顎を狙ったセルミィの蹴りを
大きく躱す、勢いを殺さぬセルミィの蹴りはただ虚しく空を裂き
 彼女の身体は宙に舞うッッ!


「ダアァッ!」


[ダースリカント]はそのまま己の頭上に跳んだ彼女の背を
目掛け突きを放つ、そして見るのだ!


背を見せた状態のセルミィがいつの間にか"筒"を持っていた事をッ!


           「[デルパ]!」


 セルミィが叫ぶ!"筒"からは光が放たれる!

それは吸い込みではなく放出の輝きッ!

この戦闘を傍観する三人と闘う一頭は見るッ!

"筒"から解き放たれた大きなシルエット

我々は知っているッ!この"魔物"をッ!セルミィが連れて来た彼をッ!





            「パウ?」



セルミィが出したのは[ガメゴン]のゴンさんだァ―ッ!

宙で召還された[ガメゴン]は重力と引力に従い頑丈な甲羅から落下するッ

そう[ダースリカント]の頭蓋骨目掛けてだッ!

462 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [saga]:2014/05/22(木) 06:35:44.01 ID:VwtmyVzD0

「ヌオオオオッ!?」

突如現れた、見知らぬ魔物…っ!

彼は知らないが[ガメゴン]の甲羅はこの世界において屈指の堅さを誇る
手馴れの冒険者とて、まともに[ガメゴン]の甲羅を攻撃しようと思う者は
一人も居らず、闘う際は手足、頭部を狙うのが基本中の基本である

命知らずな挑戦者が幾度となく甲羅を狙ったかは分からないだが
どの冒険者も自慢の鋼の刃をへし折る形で終わってしまう…ッ!

[鋼の剣]と[ガメゴン]の甲羅ッ!

もはや、丸めた新聞紙で金属の塊を切るかのような愚行であった…っ!

如何に[ダースリカント]の強靭な爪と筋力を以ってしても甲羅は砕けない
それは自明の理と言えよう、魔物の生態系を知るセルミィだからこそ
実行に移せるのであった!


重力のままに母なる大地に落下した"ゴンさん"
寸での所で身の危険を感じ攻撃から回避へ移った[ダースリカント]
華麗に着地し、すぐさま"筒"に"ゴンさん"を収納するセルミィ

[キメラ]や[ごくらくちょう]の様に翼を持たない人間が…
 宙を舞い、身動きの取れない人間風情がこうも反撃してくるとは…っ!


猛者は内心で焦った!

[ガメゴン]の甲羅を自身が打ち破れない事を知っていた訳では無い
 ただ野生の直感が"これは不味い"と告げたのだ!
彼の第六感がッ! 生命の大車輪がッ! 避けろと叫んだのだッ!

…仮に避けていなければ、腕は骨に皹が入るどころかひしゃげてたし
頭蓋骨にいたっては陥没はおろか…脳が飛び散っている所である


"身動きできない人間を腕でぶち抜く"たったそれだけで
 彼の勝利は約束されたも同然!

だが、セルミィはそんな彼を一瞬とはいえ逆に死の淵へ追い詰めたッ!

確信した勝利に傷がついたという訳だ

彼は焦りと樹海において絶対であった自分の地位を脅かしたこの人間に
酷く激昂した


「イマノハ シヌカトオモッタゾ…



   シヌカトオモッタゾオオオオ オ ォ ォ ォ ォ ッ !!!」




  半狂乱に叫び、目にも留まらぬ速さで突きを繰り出す猛者

            セルミィは・・・っ!





「…綺麗」
「わぁ…」



 ジョセフィーヌもヴァージニアも酒場の照明に
照らされた踊り子を見た事があった



  幻想的な月光に照らされる中…セルミィはその場で"舞って"いた

463 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [saga]:2014/05/22(木) 07:05:31.71 ID:VwtmyVzD0


 誰が言ったか"蝶のように舞う"という言葉がある

それは喩えるならば今のセルミィにしっくり来る言葉であった

ステップ、ターン、またステップ…

踊るような脚裁きで次々と地を蹴っていくセルミィ、そして
その動きに翻弄されるように尽く全ての攻撃を回避され
時には両腕の杖で反撃を受ける猛者

その動きは見る者全てを惹き付ける力強い意志を持ちつつ
どこか吹けば飛ぶような儚さすら見出せる…
今が命を賭した"闘い"だということすら忘れさせる程の動き…っ!

そして、ここでジョセフィーヌは気がつく


「この動きはナジミさんの…っ!」


いつも間近でナジミの闘いぶりを見ていたからこそ気付ける
 ナジミがよく相手の攻撃を逸らすフットワークに酷似していたのだ


「よく気がついたな嬢ちゃん
   あれも俺が教えた動き…[身かわしきゃく]だぜ」


セルミィとは幼少からの付き合いがあるナジミ
 何時頃からかは当の本人達でさえ覚えていないが気がつけば
ナジミはセルミィに多くの"技"を伝授していた


もっとも争い自体を好まない彼女はあくまで
 護身用の術しか学び取らなかったが

そして、護身用の術しか学ぼうとしないセルミィはやはり防戦に徹する
[グリズリー]達とは身体能力に雲泥の差がある[ダースリカント]だ
あっさり倒した3頭のように容易く倒す事はできないでいた…



だが、どれ程強かろうと生物は生物
身体を動かすエネルギーは決して無尽蔵ではないのだ
傍観する三人には分からない
 だが、魔物の思考が読めるセルミィには解る
相手の突きの速度は次第に減速するとッッ!


「チクショオオオオオォォ」ブンッ


「あっ!」

自棄になって"何も考えずに"振るった拳はセルミィの持ってた
[ほほえみの杖]弾き飛ばす、此処で[ダースリカント]は目を見開く





   好 機 ッ ッ ッ ッ ッ ッ  ッ ! ! ! ! !


「ッゥアアアアラララララアアアァァァァァ――ーッ!」

腕を振り上げ、セルミィ目掛けての唐竹割ッ!
咄嗟にもう片方の杖で頭部を守るセルミィ…ッ!


   ベシイィィ――z___ィッ!!


頭部こそ守れたがセルミィは持っていた二本目の杖をへし折られた…ッ!


464 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/05/22(木) 07:14:16.33 ID:8SNPdVP9o
ゴンさんのことかーーーっ!!
465 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [saga]:2014/05/22(木) 07:43:15.80 ID:VwtmyVzD0

「セルミィ!」
「ナジミさんッ!」

「座りなッ!…黙ってこの戦闘を見てなって」

親友が命を落とすかもしれない状況においてナジミは二人に言う
長い間一緒だったジョセフィーヌはともかく、ナジミという人間を知らぬ
ヴァージニアは言わずにはいられなかった

「ッ!アンタねぇっ!セルミィの親友なんでしょ!
 なんで助けないのよ!まさか、黒い[グリズリー]が怖いって言うの!?
 アンタそれでも男なの!?」


ヴァージニアの発言は二重の意味で間違っている


ナジミは決して[ダースリカント]を恐れてはいない…
むしろ、一度「ぶっ殺す」と心の名で決めたなら
セルミィ並みの"優しさ"も"慈悲"も"躊躇い"も無く、"瞬殺"する程だ

では、何故ナジミは動かないか…それは


「グオオオオオオオ!」


「あぁ!?」
「セルミィさん!」


[ダースリカント]が動くッ!

セルミィは後退し距離を取ろうとする、だが…!


「ノガスモノカアアァァァ!」


「たぁっ!」


後退しようと後方へ飛び去るセルミィ、後を追おうと前方へ飛び掛る猛者
跳躍中にセルミィはへし折られた杖の[ダースリカント]に投げつけたッ!



   「これほどまでに相手を滑稽と思った事は無いっ!」

猛者はッ!苦し紛れの行動で折れた杖を投げつけてきたセルミィを見て
そう思ったのだッ!

先程までの余裕は無く、己の武器を投げつける愚かなる人間ッ!


     これを笑わずして何を笑えと言うッッッ!

   この愚行を滑稽と呼ばずして何と呼ぶかッッッ!


最早セルミィは"ただの女"!否ッ!弱肉強食の世で負けた"被食者"よッ!

[ダースリカント]は口中に唾液が溢れかえる感触を覚える…っ!
自分が獲物を狩った時の感覚、それも人間の雌ッ!
今より噛み締めるであろう、柔らかな…極上の歯応えを思い出すッ!

  今、此処にッ! 捕食者と被食者の構図は完成するッ!


      目前には苦し紛れで投げたであろう
    当たった所でどうという事の無い"折れた杖"
  ここまでする必要は無いが、念押しも含めこの女の目の前で
  最後の希望をッ!投げ飛ばした杖を打ち砕いてやろうではないか

  (サラナル ゼツボウヲ アジアワセテヤルタメニナァ!)


 [ダースリカント]は腕を振り下ろし飛んできた杖を叩き潰したッ!
466 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [saga]:2014/05/22(木) 07:50:56.84 ID:VwtmyVzD0
















         ド───z___ォン!














467 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [saga]:2014/05/22(木) 07:56:18.37 ID:VwtmyVzD0


「…ッ…ゴフッ!」









  ふっと気がつけば彼は…今度こそ絶対の勝利を確信した猛者は
       天に浮かぶ月を見上げていた…












全身の骨が粉々に粉砕された状態で大地に仰向けに倒れたままの姿勢で…






468 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [saga]:2014/05/22(木) 08:32:24.04 ID:VwtmyVzD0



あの瞬間に起こった事はこうだった…

彼は確かにセルミィが"投げた杖"を叩き潰した





そう、
        "投げた杖"に彼は手を"触れた"のだ…っ!




ナジミの作った武器に…っ!


   "投げられた[ボミオスの杖]"に手を触れてしまったのだッッ!




杖の先端部に付いていた宝玉が砕け、中に"込め"られたいた[ボミオス]は
瞬く間に[ダースリカント]の身体を包み込む

 彼の動きは一変した、その歩みは亀の如しッ!
  振り下ろす腕は蚊の止まるような速度へッ!

ヴァージニアどころか戦闘能力皆無のジョセフィーヌですら
躱す事は容易な程だった…


さて、話は変わるが[ボミオスの杖]の製作秘話を語ろうッ!

[メラ]を初め、攻撃の呪文が一切使えないナジミは当然
[きめんどうし]や[まほうおばば]といった遠距離攻撃を得意とする者に
遅れを取る、そこで自分の特技を生かし、"投げて"闘う事を考案する

結果できたモノは諸君も知っての通りッ![魔法の玉]である!

本来ならばコレには火炎系の呪文とナジミが開発した"火薬"なるモノを
入れるのだが、それに留まらずナジミは他の呪文を
"込め"られないかと考える

そこで試作品として珠の中に[ボミオス]を"込めた"ッッ!

ピンを抜いて敵に投げつける…それ自体は[魔法の玉]と然して変わらない
だが、技術屋として…研究家としてそれで納得しないのがナジミだッ!

珠ならば…一回投げてブチ当てればそれっきり、だが…

 コレを"杖"に"加工"するのはどうだと考えた…!

杖ならば、振るうだけで、先端に取り付けた宝玉から魔力を飛ばすだけ
近距離格闘戦を主体とするナジミ自身も扱いやすい

そして、"使用回数"だ

杖に加工することで魔法使いの才能の無い者でも気軽に[ボミオス]を
相手にブチ当てられるが、何かと制限は付く

今回に至っては"使用回数"であった

最高で5〜6発打てば、魔力切れ…だが最後に杖そのものを相手に当てる
これで僅かに残った魔力の残り火が相手を包み込むというギミックが
仕込まれているのだッ!


     "投げて"発動させるッ!

これほどまでに製作者<ナジミ>の設計思想を継いだ武器があるだろうかッ!

469 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [saga]:2014/05/22(木) 09:05:03.68 ID:VwtmyVzD0

兎にも角にも、[ダースリカント]は杖を叩き潰すことで…
 杖に仕"込まれて"いた魔力を至近距離から大量に浴びてしまったのだ

その結果がこの通常の[ボミオス]受けた以上の状態である



     そして…ついに戦闘は終結するッ!




鈍足化した猛者と距離を取ったセルミィは[おおきなふくろ]から"3本目"

そうだ"3本目"を取り出す…っ!

正真正銘セルミィの持つ最後の"杖"

無論、これが特注製のナジミブランドなのは言うまでもない

やはりその杖の先端部にも(恐らくナジミが作ったであろう)宝玉が
取り付けられていて、それは翼を広げる鳥の様にも見える

"両手杖"…二刀流のセルミィが一刀流に持ち替えて使う巨大な杖

             その名も…





         「   [ピオラ]!   」



彼女は、セルミィ・グランパニアは杖を振りかざし
杖に"込め"られた呪文を…っ!  杖に刻まれたその名を口にしたッ!




            風が吹いた…



ヴァージニアとジョセフィーヌは一瞬、そう感じた
そう思った次の瞬間には何もかもが終わっていたのだ…!


 音の嵐…ッ!  圧倒的な…音の嵐が…ッ! 樹海に木霊したのだ

次々と聴こえる打撃音、骨が砕ける鈍い音、ぐしゃりと何かが潰れた音

   音という音の大洪水が夜の闇を騒がせる…ッッッッ!



「やぁ〜れやれ、セルミィが退けっつった時に退きゃあ良かったのによォ

                  この戦い…セルミィの勝ちだぜ」



恐らく、まともにセルミィの動きを捉えたのはナジミくらいだろう…

顔面への3〜4回に渡る強打、下顎や頬骨を砕く杖によるビンタが2発
下から上へと殴りぬけるフルスイングで両腕の指先をへし折り
それぞれ右肩、左肩の間接を振り下ろされた一撃で外され(砕かれ)
…当たり前だが、この時点で鋭利な爪も鋭い牙も使い物にならない状態
その後、突きのラッシュで丁重に肋骨を一本一本的確に打ち抜いた後
膝とつま先も使えなくしたという…

この間、僅か9秒…
[ボミオス]が掛かっている猛者の視点では時でも止まったかのような衝撃

ナジミが酒場で飲んだくれながら本気で怒らせたくないと言うだけはある

かくして今宵の戦闘は終結したッッ!
470 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/05/22(木) 09:25:39.05 ID:LELIhVVDO
ふるぼっこぇ…
471 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [saga]:2014/05/22(木) 09:34:39.65 ID:VwtmyVzD0
*********************************
>>458 抱きしめたいなぁ!ガンダm…セルミィ!

>>459 常に>>1してきたのは、一握りの『乙』だ!

>>460 セルミィさんはナジミさんとほぼ同レベルの人です
    ただ[ほしふる腕輪][みかわしの服]など安心と信頼の品質を誇る
    ナジミブランド着てたからブースト掛かってたんですよ


>>465 いいだろう!地面に落下させてやる!
    あの[ガメゴン]のように!!(CVばいきんまん)



  今回はここまで、ジョセフィーヌ回だというのに影の薄い
 ジョセフィーヌェ…、仕方ない、また新しいジョセ嬢回を予定しよう

>>460さんへの返答で少し触れましたが、ナジミもセルミィも同レベルです
装備さえ整ってればナジミも同じことできますが、手加減しない分
セルミィより凶悪だと思う

何だかんだでセルミィは殺しまはでしない(再起不能だけど)

*********************************


      【ナジミとセルミィで少し比較】

それぞれの戦闘終了後の相手の状態

・猟奇殺人の伯爵【死亡】

 ナジミに全身焼け爛れさせられた上で[においぶくろ]を使われ
 強制的にクマちゃんの晩餐にさせられる
 (つまり、生きたまま、脳やら内臓やらを食い千切らせた)

・メディル【更生中】

 ナジミに頭部へレンガを投げられた後、生き埋めにされる
 この世で最も苦しい死に方ワースト3に乗る"餓死"で死に掛けた
 (最終的に村人が助けたが、ナジミ本人は助ける気は無し)

・シルバーデビル【リハビリ中】

 絶滅危惧種の天然記念物の為、流石にナジミも殺そうとはせず
 "筒"に入れて捕獲、その際"黄金のバナナ"で擬似的な麻薬中毒に
 してしまったが現在イナッツの元でリハビリ中




・三匹のグリズリー【気絶中】

 セルミィにそれぞれ一発殴られて気絶した
 (後に怪我は"チロル"に治させるつもり
     ヴァージニアの刺したナイフ込みで)


・ダースリカント【再起不能】

 セルミィにまともに描写すれば2レスに渡る杖のラッシュを受けて
 再起不能…
 (後に怪我は"チロル"に以下略)



 …今回の戦闘はナジミとセルミィ、どっちが戦えば穏便だったのか?
*********************************
472 :訂正 [saga]:2014/05/22(木) 09:38:20.51 ID:VwtmyVzD0
ごめんなさい

>>465 いいだろう!地面に落下させてやる!
    あの[ガメゴン]のように!!(CVばいきんまん)


↑これは>>464です
473 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/05/22(木) 13:13:59.09 ID:pDXoNKMDO
朝の投下に敬意を!
474 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/05/24(土) 20:30:38.41 ID:EOAZlqSq0
安心(?)と信頼のナジミブランド!
475 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2014/06/09(月) 22:45:58.54 ID:EquM8ouK0
まだかな
間開けてもいいけど生存報告してほしい
476 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/06/09(月) 22:51:54.13 ID:Mo54gxWDO
まだ焦ることもないさ
477 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [saga]:2014/06/13(金) 16:41:12.03 ID:BHwyyBVh0
長らく放置して申し訳ありませんでした…

必ず書けるとは言えませんが
可能なら明日にでも続きを書きたい所です…
478 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/06/13(金) 20:35:36.89 ID:RdBkp6fg0
よし、何も焦る必要はないからはよ。
479 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [saga]:2014/06/14(土) 15:19:00.55 ID:9ca0rjvt0

-ねぇねぇ、お母さん

―何かしら?

-私のお父さんって何処なの?皆が話してくるの

―…遠いところにいるわ

-そーなんだ!

―ええ…



―お父さんに会ってみたい?

-うん? ううん! 私にはお母さんがいるもん!


―ふふ、嬉しいわね…


―もしも、お父さんの事、知りたいと思ったら…


-?


―宝物を探してみてね















チュンチュン…



「…ん」パチリ



「お目覚めですか?」


早朝…

私はフカフカのベッドの上で目覚める
堅い洞穴の地べたに敷いた布団ではないわ、目が覚めて拝む物は
カーテンから差し込む光で
耳に入ってくるのは怪鳥や獣の鳴き声なんかじゃなくて
雀のさえずり、そして…マグカップに注がれる一杯の珈琲の音




そうだ、私は…


       私達は…"樹海から脱出したんだ!"






480 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [saga]:2014/06/14(土) 15:42:38.20 ID:9ca0rjvt0
*********************************
********************
******


「さて、と…大体の事情はわぁーったがよ
       ちと、無謀過ぎだぜ?ヴァージニアさんとやら?」


「…」


「ナ、ナジミ…えっと、あんまり怒らないあげて?」オロオロ


サイドテールの女が[グリズリー]をぶっ飛ばしてから程無くして
黒コートの人物、ナジミさんと簡単な自己紹介
 そして何でこんな事になったのか、詳しい経緯を話す羽目になったわ…

「嬢ちゃんも、もちっと相手の事を見ときな」

「申し訳ありませんでした…」


ナジミさんの前に私達二人は並んで経っていた
 初めは何も言わないで無言を通すナジミさん…

3分…? 5分…?

ただ、何も言わず、険しい表情で見つめてくるだけだった
 その沈黙が下手なお叱りなんかよりも怖く感じた


「ナジミ…ジョセフィーヌちゃんも頑張ってたんだよ?
            ただ顔が合わせず辛くて、それで…」

「セルミィ!あんたぁ黙ってな…」


フォローを入れようとするセルミィ、だがナジミはあくまで妥協しない



「…ふぅ」



黒コートが息を吐き

そして言う…



「あのよ、結果的に俺やセルミィが来たから事なきを得た訳だが
  もし、俺達がこなけりゃあ、どうなってたと思うんだい?」


「…それは」


死んでました



到ってシンプル、単純明快な回答、一言で言い表せる結果

なのに、それが口から発せられない


「良いか?こいつぁ結果論だぜ?
     結果的に何も無かったから良かった…そうじゃあ無ぇのよ」

少しだけ柔らかい声色でナジミさんは話し始めてわ

481 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [saga]:2014/06/14(土) 16:10:00.69 ID:9ca0rjvt0

「ヴァージニアのお嬢ちゃん、あんたぁお母さんの形見が大事ってのは
 よく理解できるさぁ、でもな、その形見の為に命張って
 おっ死んじまったんじゃあ笑い話にもなりゃあしねぇ…

 …御袋さんは娘がそうなる事を望むような人かい?…違げぇだろ?」


「・・・」


返す言葉も無い…


「そして嬢ちゃん」

「…はい」


次はジョセフィーヌが呼ばれた


「喧嘩しちまって、「あー、なんか顔合わせんの気まずいなー」って
 気分は誰だってある、俺だってそんな時ってのはあるさぁ
 だがよ、嬢ちゃんくらいのモンなら、ヴァージニア嬢の精神状態を
 察せられただろ?」

「…」コクッ

「ならよ、辛いだろうけど、そこは良く見てやんのがおめぇさんの仕事だ
 過ぎちまった事だろうが嬢ちゃんが事前に引き止められれば
 今回の過失は無かった訳だ」


頷いたジョセフィーヌにもナジミさんは言う

なんだかナジミさんの言い方は
悪い事をしてしまった生徒に優しく、だけど大切な事は厳しく諭す
教師のような言い方だと思った


「俺ぁ、プッツンしてる訳じゃあねぇ
     ただ、二人には理解して欲しいのよ、特に…」チラッ


チラリと私の顔を見て、黒コートが言う

「ヴァージニアの嬢ちゃん、あんたぁ聴けば[ガルナの塔]へお宝探しに
 行くそうだが、それは元から一人で行く予定だったんだろ?」

「そう、ね…もしも本当に財宝が会った時、複数人だとトラブルとかが
 ありそうですから」


「… "独り" を心がけるなら
    尚更だぜ? 軽率な行動、安直な判断は良かない
  常に命綱無しで綱渡りでもするようなモンでさぁ」   

「…ッ! はい…っ!」



「…親って奴ぁよォ」


最後にナジミさんは次のように述べる




「親って奴ぁ…世界中の誰よりもてめーのガキを愛してくれるモンさ」

 
稀に例外として親の資格がねぇクソ野郎もいるけどな、と付け加えて…

「愛してくれるなら、ガキもその愛に答えてやるってのが
 常識だと俺ぁ思うね! …んで、その答え方ってのは最も親が望む事を
 してやる事でさぁ」

482 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [saga]:2014/06/14(土) 16:26:25.09 ID:9ca0rjvt0

「親が…望む事?」


「ああ、"てめーの親が本当に望む事"だ」


私は頭に疑問符を浮かべる…
親が望む事ですって? 母様はもう他界しているのよ?
今更、望んでる事も何も分かるわけないじゃないの…


「さて、その顔…
   なぁーんか"親の望む事"を難しく考えちゃってンじゃあねぇの?
  …本当に単純な事なんだぜ?」


「えっ…? 本当に単純な事?」


「応ともよ!
   マジに単純、そんでもって世界で一番難しい内容だろうよ」ニヤリ


ますます、分からない
私は、母様に何かを望まれた事なんて唯の一度きりも無いのよ!?

女手一つで毎日、働いて、養ってくれて
それで、日々窶れていって!!



…考えてみれば、私は母様の人生にとって枷でしかなかったわ

そんな私に何ができるのよ?

遺言でも何を望んでいるのか一切言わなかったのよッ!?



「分かるわけがないッ!
 母さんは死ぬ寸前まで私に何かして欲しいなんて言わなかった!
 身体に気をつけろだとか、哀しまないでだとか…そんなッ
  そんな…内容だけだったのよ…!」


目元が熱くっていた、気がつけば私は泣いていた










「なんだい…ちゃんと"して欲しい事"言われてんじゃあねーか」








「…えっ」






「気付いてねぇのかい?
  今、お嬢ちゃんが自身で言ったんだぜ?
              『哀しまないで』ってよォ…」



483 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [saga]:2014/06/14(土) 17:09:59.48 ID:9ca0rjvt0

「それは…」


「もう一度言うぜ?
『親って奴ぁ…世界中の誰よりもてめーのガキを愛してくれるモンさ』
 子供がいつまでもメソメソしてて、前向いて歩かねぇ
 自分の幸せを追っかけようとしねぇ…ンなモンは無しだ

  親が子供に望む事ってのは"自分の子供が幸せであること"…だ!
 月並みな言葉って言われる程に単純で
   それでいて、世界で一番実現させんのが難しい内容だぜ!」






―今日は寒いから、風邪をひかないようにね?

―お母さんが絵本を読んであげるわ、一緒なら寂しくないでしょ?

―今日の夕飯は貴女の好きなクリームシチューよ、ちょっとだけ豪勢ね!




―お母さんはね、世界で一番、貴女が大好きよ…





       ぽたっ…!

              ぽた…っ!





「…ぁ、お母さ、ん」ポロポロ


「…お嬢ちゃんがお宝探ししようが何しようが俺ぁとやかく言わねぇよ
 お嬢ちゃんの人生だからな
 そんでも、これだけは胸に留めときな
          親御さんが何を想ってお嬢ちゃんを育てたのか?」


「その言葉を常に肝に銘じとけや」そう言われた所で私は膝を地に着けた

泣いた…  声出して大いに泣いたわ…



「嬢ちゃん」ボソッ
「ナジミさん…」

「同年代の子同士の方が何かと良い事もある…
   ヴァージニアお嬢の傍についていてやれ、これは命令だ」ボソ

「了解です、そして…ありがとうございます」ダッ


「さぁて、セルミィ!おめぇさんにも言いたい事あっからな?」

「うぇっ!? お、お手柔らかにね…?」


樹海に時計なんて存在しない

でも時刻はとっくに日付の変わる時間帯を過ぎていて
樹海での長い夜は明けていく、共に命の危機に瀕した"親友"は
私が泣き止むまで傍に居てくれた、泣き止んでからはお互いに謝ったり
此処を無事に出たら、彼女のとっておきの珈琲を
飲ませてもらう約束をしたり、本当に色んな事があったわ…


その後、私は無事に樹海を脱出した…
484 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [saga]:2014/06/14(土) 17:32:21.66 ID:9ca0rjvt0
*********************************
>>470 恐ろしい事でなによりです(怯え)

>>473 敬意を払ってくれたことに僕は感謝するッッ!!

>>474 (着用者の)安心は保障するという
    安心と信頼のブランド品!(ただし相手は死ぬ)

>>475 >>476

申し訳ありませんでした…、ようやく続きを更新いたしました

>>478 そ、そういわれるととあ、あああ、焦っちゃうぜぜ…



  今回はここまでです、此方は久しぶりの更新でしたがどうでしたか?
 恐らく、この章は次の更新で終了となり、番外編に移りますが質問です


次の番外編はリクエストされた水浴びシーンと本来予定していた話の2つ

・『ある幼馴染は"ひーろー"に焦がれる』

・『乙女水浴び記』

   をお送りする予定です


 前者は 『ある少女のクリスマス 』(ロリだった頃のナジミ)
     『ある没落貴族の兄弟の話』(没落貴族の兄)
     に続いて、幼少期のナジミ達…所謂ナジミチルドレンsの話で
     今回はロリセルミィ…つまりロリミィさんの話を予定


 後者は 普通にリクエストされた水浴びシーン、ただし>>1の技量じゃ
     あんまり萌えは期待できない


  順番的に『ある○○シリーズ』『水浴び記』とやりたいんですが
  どうでしょうか?皆様の意見を尊重したいのですが…

*********************************
485 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/06/14(土) 18:11:04.06 ID:cnziqO0v0

取り敢えず水浴びが読めるなら何でも良いっす!
486 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/06/14(土) 23:40:54.59 ID:OvLyiYfDO
全裸正座した
ロリミィの水浴びはよはよ
487 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/06/15(日) 00:03:07.35 ID:+zLbhOZXo
女の子たちがイチャコラしているやつください!
乙!
488 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/06/15(日) 00:40:10.42 ID:znt+w2Aho
もうどんどん書いてください!
489 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2014/06/15(日) 08:40:26.56 ID:6qbFO8imO
藻うどん丼に空目した
490 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/06/29(日) 23:18:08.33 ID:o2YqHfcDO
まだかな?
491 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/07/11(金) 09:37:07.70 ID:gs/m9nxDO
全身全霊で投下を待っているッ!!
いつまでも待ち続けるぞ!
492 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/07/12(土) 09:06:28.77 ID:PqW0bdn60
10年後、渋谷駅前には>>491の銅像が!
493 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [saga]:2014/07/24(木) 16:11:49.86 ID:lHZoII7w0
*********************************
【生存報告】

此処とは別で同時進行中のスレに感けて全く更新してませんが
仕事が休日の日に何とか更新したいと考えています…

申し訳無い

>>485 すまない…っ!夏が終るまでには水浴びに運びたい!

>>486 先生!なんか混ざってます!

>>490 まだなんだ…すまぬ、すまぬ…



>>492 …491ッ!無茶しやがって…っ!



*********************************
494 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/07/24(木) 16:16:53.38 ID:6iMyY15CO
待ってる


正座で
495 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/07/24(木) 20:45:20.59 ID:RwROnOICo
待ってる
496 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/07/24(木) 23:28:04.67 ID:YIr4jSYDO
同時進行のスレについてkwsk
497 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [saga]:2014/07/25(金) 16:57:40.50 ID:bSi0ma/k0
*********************************
【報告】
29〜30日辺りに更新できるかも


>>487 す、すまない!コメ返しし忘れたてた!
    女の子同士のらーぶらーぶは苦手な>>1ですが最近練習中です

>>488 す、すまない!コメ(以下略
   どんどん書けなかったよ…

>>489 す(略
   (それって美味しいのかな…)

>>490 (略
    もう少しだけ待ってください






>>494 正座で待つ…だと!?
    何と礼儀正しい方だッ!和の心を心得ているッ!!

>>495 後4、5日待ってくれ!

>>496 自分で立てたモノでも別のスレタイ出すのは
    マナー違反かと思ってたけど、聴かれたなら良いと言われました


   此方が、現在同時進行中のモノとなります…



マリオ「最近、テニスやパーティーにゴルフばかりで…
                    何かを忘れているような」

http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1396172501/

ノリと勢いで創りましたァ!







穂乃果「『れんあいげぇむ』」…?
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1400595708

ラブライブ詳しくないけどノリと勢いで始めましたァ!ラブライブ勉強中
※女の子同士のイチャコラの練習も兼ねています

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498 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/07/25(金) 18:15:26.58 ID:uOPLSiwKo
あんただったのかァ!
499 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/07/25(金) 18:19:30.50 ID:A/L50h+z0
マリオの方も読んでましたぜ。
500 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/07/25(金) 22:04:14.96 ID:Vh7bWLlJo
うわぁ!
マリオ読んでた!
501 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2014/07/27(日) 10:20:44.31 ID:fXSLDikr0
お ま え だ っ た の か !
502 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [saga]:2014/07/30(水) 10:41:18.50 ID:SfDEtToW0


「お味の方はいかがで?」


「ん、悪くないかも…」


口の中に広がる程良い苦味…
それが目覚めたばかりの私の脳を覚醒させる


「ジョセフィーヌ」


「はい」



外からは雀の囀り、窓から差し込むのはお日様の光
聴覚が平穏の象徴を聴く、視覚が新しい日の始まりを見る


「私たちは…生きてるのよね」

「ええ、生きてます」


聴くのも馬鹿馬鹿しいような当たり前の事

死んでたら、こうして読書家の少女と会話することも舌がこの苦味を
感じ取る事も出来なかったんだろうな…って私は思う


普通に口から言葉を発して、目で物を見て、脳が思考する…
そんな当たり前の事さえ出来なくなる

それを考えたら…すごく怖くなった

そして今の状況に…すごく喜びを覚える




     "嗚呼、私たちは生きてるんだ…"






 バタン!



「ぐっどもぉ〜にぃんぐ!起きてるかい嬢ちゃん達!」

やたらとテンションの高い黒コートの人物が入ってくる
この人…ナジミさんが扉を開けると仄かにアルコールの匂いが
鼻腔へと入り込む…


えっ、朝っぱらから酔ってんのこの人?



「ジョセフィーヌちゃん!ヴァージニアちゃん!おはようっ!」


テンションの高い酔っ払い(?)の後ろから長いサイドテールを揺らし
明るい笑顔でセルミィが入ってくる


(賑やかなモーニングコールね…)


私の新しい朝はこうして始まったのだ

503 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [saga]:2014/07/30(水) 11:04:59.25 ID:SfDEtToW0
―――
――


「えっと、えっと!これください!」


「はいよ!20Gだよっ!!」


「ぅ、結構高い…」


「おっちゃん、勘定は俺が持つぜ!」

「おっ!兄ちゃん太っ腹だね!
  彼女さんもこんな人が居て嬉しいだろうよ!」





出店でセルミィとナジミさんが"タコス"という食べ物を買っている
名物だか何か知らないが、ボッタクリじゃあないだろうか?


「それでヴァージニアさんは[ダーマ神殿]へ行こうとしてるんですよね」

「えっ、ああ、そうね…
   やっぱり、母様の遺した物だから…真実を知ってみたいと思う
 無論、一人で行って無駄に命を危険に晒そうとは思わないわ!」


樹海でも黒コートの人にお説教されたからねっ!


「母様から頂いた、大切な命だもの…絶対無駄にしない
  生きて、幸せになって、そして母様…母さんに
   笑ってみてくれるように頑張りたいと思うの」


[ダーマ神殿]…あそこなら熟練の冒険者達が自ずと集まる
一人くらいはあるかどうかも分からない宝物の為に…

もっと言えば、分け前だって無いかもしれない…
 そんな報酬ゼロのお仕事を引き受けてくれる
御人好しだっているかもしれないじゃない


「ねぇ…ジョセフィーヌ」

「はい」

「アンタは、ナジミさんの故郷とやらに行くんでしょ?」

「ナジミさんも[魔法の玉]のストックが大分減ったから補充しなきゃ
 いけないっと仰っていましたからね」

「あのさ、もし、もしも…3ヶ月以内に[ダーマ神殿]に
 アンタが来てくれたら」


少し恥ずかしかったけど、私は意を決して言ったわ


     「私と一緒に…宝物を探さない?」


"親友"


多分、生涯でそう呼べる人は居なかったと思う
家が貧乏だからって理由で虐めにも遭った…、友達と呼べる人は居たけど
それだって上辺だけだった

だからこそ、"親友"と呼べるかもしれない子…
ジョセフィーヌを誘いたくなった

「べ、別に無理にとは言わないけどね」
504 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [saga]:2014/07/30(水) 11:22:28.93 ID:SfDEtToW0

流石に前金も無しで動いてくれる冒険者なんていない
適当にバイトを探すなり、[ガルナの塔]の情報や宝探しの準備期間は必要

だからこその3ヶ月…その間に

その、来てくれるなら…嬉しい、かな?


「ど、…どうよ?」

「…」キョトン



目を丸くしてこっちを見てくる読書家の小娘
…なによ!言いたい事があるなら言いなさいよ!恥ずかしいじゃない!


「ふふ、そうですね…ナジミさんにお暇を頂けるか訊いてみますかね」


二つ返事で許可を出すでしょうけど、と彼女は付け加え空を見上げる

…私もそんな彼女につられて空を見上げるわ



空…、大空の向こうに天国があって死んだ人が生きてる人を見守っている
そう母様に聴かされた



必ず幸せになります…だから見ていてください

どうか、笑っていてください…







「わーお!嬢ちゃん達!黄昏てるねぇ!」ドッサリ


「…」
「…ナジミさん」


「あはは…!その皆で食べよう、ね?」



ナジミさんが両手で抱えているのはすっんごい量の"タコス"とやら
一つ20Gで買った後、「俺も買うぜ!」と言って
店主と壮絶な値下げ交渉が行われたらしい


12人前かしらね、量的に…



「ケチャップとヨーグルトソースどっちにするんだい?」


「? そんなの決まってるわ」
「では…」





「ケチャップよ!」
「ヨーグルトソースで」



「「えっ?」」
505 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [saga]:2014/07/30(水) 12:48:26.51 ID:SfDEtToW0

「定番といえばケチャップでしょ?」

「確かにそうですが、珍しいモノを試す事で発見もありえますので」



むぅ…どうやら、私はこの読書家とは気の合わない部分もあるようね

「喧嘩は駄目だよ?」

「沢山あんだし、色々試してみればいいさぁ」



「それもそうね…(ヨーグルトソースは認めないけど)」パクッ
「ええ(ケチャップでは定番すぎますけどね)」パクッ


…味の方は

…ヨーグルトソースは認めないって思った手前よ?
ええ、ただちょっと珍しいから、新しい味に惹かれただけ
断じて美味しいと思った訳じゃないからね?



昼食を食べ終えた私たちは旅の準備品を揃えたわ

…ちなみ私の買い揃えた荷物の金額は全額ナジミさんが負担してくれた
この人曰く「嬢ちゃんが原因で荷物を川に落としたらしいからな」との事


落ちてきたジョセフィーヌ…か


思えば、彼女がつり橋から落ちて、丁度真下に私が居たのが始まりだった



「此処でお別れですね…」

「ええ」


村の出入り口で私は三人を見送る

私はもうしばらくこの村に留まるけど三人はナジミさんの故郷へ行く為
船に乗らなければならない

それでもう出発してしまうらしい…



「また会えるわよね?」

「ええ、…その時は宝探しにお付き合いしますよ?」


「ふふっ、ありがとっ」

私は彼女を見送る

樹海という厳しい環境を共に生き抜いた"親友"の姿を…


殺人鬼の魔の手を逃れ、"技術"という道の力を目にし
人と魔物の共存を目の当たりにした少女

そして、今、彼女の冒険の書に新たに樹海から生還した子という
項が記されるのだ…

私の新しい一日は終らない、幸せを掴み取る為の冒険は終らない
同じように彼女の小さな冒険は終らないのだろう

彼女は次にどんな冒険をするのだろうか
どんな珍しいモノを発見をするのだろうか

      胸躍るような冒険は決して終らないのだ…!
          〜fin〜
506 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [saga]:2014/07/30(水) 13:00:17.79 ID:SfDEtToW0
*********************************


 久しぶりに続き書いたけど…違和感がヤバイ

  ようやくジョセフィーヌの冒険編も終りましたが…

 名ばかりで出番が無かったジョセフィーヌェ…


 再び、ジョセフィーヌメインで何か話を練っておきます!


 次回は番外編1 幼少期の黒コート達
          所謂ナジミチルドレンシリーズですね!!


 可能なら次は一週間前後で更新いたします!


>>498 そうです! 私だったんだァー!!

>>499 >>500

  おお!マリオのSS見てくれてた人居たんだ!(歓喜)

>>501 そうだ、それも私だ。
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507 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/07/30(水) 14:53:30.65 ID:Y9fu2OIs0
ksk
508 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/07/30(水) 14:54:42.93 ID:Y9fu2OIs0
ごめん誤爆した
509 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/07/30(水) 23:52:06.31 ID:TBvgrv7DO
乙!!
ロリミィはよ!!
510 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [saga]:2014/08/06(水) 08:55:44.55 ID:rwjz7YLn0
*********************************

>>507 >>508 人間誰だって誤爆はある、気になさらないでください

>>509 おら!ロリだぞロリ!




     ナジミチルドレンシリーズ セルミィの章を開幕します!


   今回は ほのぼの回(仮)なので、ご安心くださいね!


*********************************
511 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [saga]:2014/08/06(水) 08:59:27.29 ID:rwjz7YLn0

                ※

        −ある幼馴染は"ひーろー"に焦がれる−



「ん…」パチッ

「あー、悪ぃ…起こしたか?」


見通しの良い丘の上、そこに大きな大樹がある
 照り付く日差しの暑さが続くこの季節には最高の避暑地だろう

木陰の下で持参した本の山を読む黒コートの女性
女性としては"可愛い"というよりも"凛々しい"、"美しい"と言った顔立ち

そして、男らしい仕草や顔立ちから初見では彼女を女性と思う者は少ない




そんな黒コートの肩に寄り添うように凭れ掛かって眠るもう一人の女性

緑色を基調とした服に肩より少し下まで伸びたサイドテール
おっとりとしたような…子供のようなあどけなさを感じる女性

黒コートの女とはまるで対照的な彼女が口を開く

「ううん、そんな事無いよ?」

「そか?なら良いけどさぁ」


齢は…二人とも10代後半と言った所か…



「なんだか、こうしてると昔を思い出すよね?」

「んぁ?昔だぁ?」

「うん!」


時は今より十数年前へ遡る…

*********************************
***************
******
***







「…」カキカキ


教会の一室で一人の幼い子が少し大きめの絵日記に何かを書いていました

「…!できたぁ」


…手を真っ黒にして木炭を机の上に置きます
お世辞にもそれは何を書いているのか分からない…そんな絵で

なにより、絵日記だというのに
    文章はおろか文字が一つも書かれていないのです


   何故なら…


   彼女は文字の読み書きを人から教えられた事が無いから

512 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [saga]:2014/08/06(水) 09:09:24.11 ID:rwjz7YLn0


ガチャ…


「セルミィ…こんな所に居たのか?」

教会の司祭が彼女の居る部屋へやってきます

「あっ、司祭様」


「皿洗いの仕事は終わったのか?」

「ごめんなさい、まだです」


「ならば早く行って済ませてきなさい」

「はい!…あの司祭様」


「…なんだ?」


「もう少ししたら私も"文字"の読み書きを教えてくれますか?」


「…ああ、お前がいい子にしてたらな」

「…! 頑張ります!」パァ…!



小さな小さなセルミィは扉の向こうへ走っていきました


ガチャ…!

「司祭様…あの小娘は行きましたか?」

「うむ…」






   「はぁ…やっとですか
            本当に気持ち悪いですよね?」


           「…まぁ、な」





"才能"を持つ事が必ずしも善しとは限らない

昔からセルミィは人には聴こえない声が聴こえた

耳を塞いでも、魔物の言葉を聴けた

人ならざるモノ達と会話ができた…


        だから異端視され、そして…



「親も可哀想ですよね…あんなワケの分からん子供をこさえて…」




        "実の親に捨てられた"


513 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [saga]:2014/08/06(水) 09:24:20.83 ID:rwjz7YLn0

セルミィの生まれは決して仲が円満とは言えない夫婦の家庭だった


"魔物の声が分かる"初めに彼女が親に言ったのはいつのことか?


いつもお互いに罵り合う事しかできない夫婦は最初
 何を訳の分からない事を言っているんだと自分達の子供を訝しんだ

だが、長く過ごしていく内にそれは子供特有の冗談でも何でもなく
  ありのままの事実を語っているのだと気がつく





結果…


セルミィの父と母の溝は更に深まり
   元よりヒビだらけの関係には新たな亀裂が走った



 『お前、本当は人間じゃないんじゃねぇのか!アァ!?」

 『なんですって!!!』

 『アイツは化け物共の声が分かるんだぞ!
  ならソレを生んだお前も化け物なんだろ!!』

 『ふざけんじゃないわよ!?そういうアンタこそどうなのよ!
   あの子は半分はアンタの遺伝子で出来てんのよ
  実はアンタが魔物かなんかなんじゃないの!
  あー!嫌だ嫌だ!アタシは化け物の精子で子を孕まされたんだっ!』


 『ッ! 言わせとけば! このクソアマ!』


 ばきぃっ!


 『っ!女の顔を殴ったわね!』


 『鼻くそみたいな女の顔殴って何が悪い!』

 『このカス野郎!』



「…っ!」ガタガタ




セルミィは…いつだって布団に包まって"怖い音"が止むのを待っていた

"怖い音"…

セルミィにとっての恐れるべき存在

それはこの音と魔物の断末魔である


セルミィは"非常に才能溢れる"少女である


"才能"がある…


だから耳を塞いでも聴きたくも無い魔物の断末魔が聴こえる

今、リビングでお互いを罵りあい、傷つけあう男女の声はそれ以上に
"怖い音"だ、とセルミィは感じる…
 
514 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [saga]:2014/08/06(水) 09:35:55.73 ID:rwjz7YLn0

「お、お父さん!お母さんをぶたないで!」ガタガタ


いつだって布団に包まって待つ彼女だが
あまりにも酷い"音"が聴こえる時は勇気を振り絞りリビングへ向かう


『…』
『…チッ』

氷のような視線が突き刺さる…


さっきまで妻の顔を殴る蹴るしていた亭主


娘が庇ってくれたというのに、その娘に憎悪の篭った視線を向ける母親


『誰のせいでこうなったと思っている?』


二人の目はそう語る




「…ごめんなさいっ、ごめんなさいっ」


セルミィはまだ、10歳にもならない小さな小さな女の子でした

だから、どうして両親がいつも喧嘩するのか分かりません


どうしてお父さんとお母さんがセルミィを恐れるか分かりません





どうして…



どうして… セルミィのことを 殴ったり蹴ったりするのか分かりません



幼い彼女は知能がまだ発達していません

だから理由には何の検討も付かないのです


ただ分かる事は"自分が悪い"という事です


ペットショップのオウムが同じ言葉を繰り返すように

セルミィはただ、「ごめんなさい」を何度も言うだけです

両親の仲が悪い家庭環境に生まれた、それを除き

セルミィにはなんの非の打ち所も無い


実際、何が悪いわけでもないのだ、ただ "才能があった"




それだけ



本当にたったそれだけです

515 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [saga]:2014/08/06(水) 09:51:30.65 ID:rwjz7YLn0


ある日の朝、珍しく両親が怒鳴らずお互いに食卓に使うテーブルを挟み
椅子に座っていました…

テーブルの上には一枚の紙切れがあり
 二人は黙々と用紙の空欄に筆を走らせ、最後に判を押しました








   「お父さんとお母さんが仲直りしてくれたんだっ!!」


……無知で小さな小さな女の子のセルミィはそれを見て、喜びました

あれ程、罵り合っていた男女が向き合い、何かの作業を共同して行う

食卓の上の用紙に仲良く筆を走らせた二人を見て、心底喜びました







本当に良い子です


何をどう、間違えばこんな両親からこんな優しい子が産まれたのか?




翌日、セルミィはお母さんに手を牽かれ教会へ連れて行かれます
…セルミィのお父さんは、朝早くから家にいませんでした


「司祭様、後はよろしくお願いします」
「…ええ、では―――」

「はいっ此方に…」

「…確かに5000G、頂戴いたしました」

「では、後は好きなようにこき使ってください」

「教会の寄付と召使の提供をありがとうございます」


「いえいえ、これも全て私の善意ですわ」



お母さんが離れた所で待たせたセルミィを呼びます


「セルミィ!来なさい!」

「うんっ!」パタパタ


元気なお返事で彼女は教会の入り口へ駆けて行きます

「いいこと?よくお聴きなさい、これからお母さんはお仕事でアンタとは
  あまり居られないの、だから此処で"すこしの間"過ごすのよ?」

「うんっ!」

「これをあげるわ、偶に会いに来てもあげるから…じゃあね!」


お母さんは雑貨屋で3Gで買った安物の絵日記を手渡し
 姿を消していきました

…『必ず会いに来てあげる』と守る気も無い約束を娘にしてです
516 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [saga]:2014/08/06(水) 10:16:30.56 ID:rwjz7YLn0
―――
――



「お皿洗い、終わったよーっ!」


「ああ、じゃあ休憩でもしてきなさい」

「はーいっ」

教会の女達は厨房で大忙しです

国からの援助金を貰い、それでホームレスの為に炊き出しを行う


この街は人が多く、それなりに発達している
故に失業から食を満足に得られない者も多い

「あれ…?」


セルミィは、ふっと炊き出しの食料を求めて来た長蛇の列を見ます



『ここはだねぇ、教会なんだよ教会、神聖なる神様のお膝元なのよ
 分かるぅ〜?』

『なにが仰りたいのか理解しかねますね』



視界に入るのはいつも、ホームレスの人に意地悪する神官

…と、いつも炊き出しのご飯を(可能なら)二人分
貰って行こうとする男の子でした


自分より少し年上くらいの男の子で

偶に神官の人が噂をしています

  『"没落貴族の兄貴"がまた来たぞ』と…


彼には病弱な弟が居て、日夜、弟の為に頑張っているとか…


(あのおじさん、…私は好きじゃない
             皆に意地悪するもの)


セルミィはそう思いながら絵日記を持って公園へ向かいます


行き先の公園では一週間に一度だけ紙芝居屋さんが来てくれます
そこで開かれる紙芝居がセルミィにとっての唯一の楽しみです


…彼女は文字が読めません

普通の子なら皆、人に文字を教わっても良いお年頃
ですがセルミィには誰も教えようとしません


"異物"だから


…話を戻そう、兎にも角にも文字の読み書きができないセルミィは
ここで紙芝居を見る事が好きだった

内容は至ってシンプル

 突如として現れた正義のヒーローが子供を攫う悪モンをばっきばきに
やっつけて解決するという稚拙な…されど素朴さや純粋さが輝いて見える
そんな稚拙美な紙芝居です

517 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [saga]:2014/08/06(水) 10:30:33.28 ID:rwjz7YLn0

「―――こうして正義の味方ライアンマンは従者ホイミーンと共に
     魔法の靴を履いて湖の中心に立つ塔へ飛び立つのでした…」



  ワー ワー パチパチパチパチ ライアンマン カッケー バトランドー! オウキュウキシー!



「はーい!ありがとうございます!」



子供達が拍手喝采を紙芝居屋に浴びせます
 その中にはセルミィの拍手もありました





紙芝居が終わり、セルミィが帰ろうとすると
彼女の背後から声が掛けられます


「おい!お前教会に住んでる化け物だろ!」


「…? 私?」


自分を指差し、首を傾げる


「噂じゃ、魔物を操って教会に沢山引き連れたらしいじゃないか!」



お友達の"スラリン"、"メッキー"…[スライム]や[キメラ]の事でしょう

セルミィとお友達になった彼らに悪意は無く、純粋に教会へ遊びに行き
普通にセルミィと遊んでいました


その姿を見た神官達はセルミィに畏怖の念を抱き

すぐさま来ていた魔物達に[バギ]を浴びせたりしましたが…



「化け物めっ!お前なんかやっつけてやる!」

「!や、やめて!」

紙芝居を見てた男の子が数人掛りでセルミィの宝物…

お母さんから貰った絵日記をひったくります


「へっ、化けモンが人間様の道具を使うなんてな!こんなもん!」ビリッ






「やめてえええぇぇぇぇ!!」





大切に持っていれば"約束通り来てくれる"お母さんが褒めてくれる

そう思って大事にしてきた絵日記を男の子が破こうとします…そしてっ!


518 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [saga]:2014/08/06(水) 10:44:15.06 ID:rwjz7YLn0





           ばきぃッッ!!







 「ウゲェッ!?」ドシャ!



「?…えっ?」


絵日記を破こうとした男の子が吹っ飛びます






「おうおう…一人の女の子に寄って集って
    あんたぁ恥ずかしくねぇンですかい?オイ?」





   突如視界に飛び込む黒い影




   それは自分とほぼ変わらない年齢の女の子だった





綺麗な黒髪で…

真っ黒でブカブカな大人用のコート

首から提げる星を模ったペンダント

厚底の長靴はこれまた真っ黒です



第一印象は、一言で言えば"変な子"です

女の子なのに男の子っぽい喋り方…

彼女の飛び膝蹴りは絵日記を破こうとした男の子の鳩尾に綺麗に入る



「ママに教わんなかったのか?あぁん?女の子には優しくしろってよォ」

「て、てめぇ!!」

「ンな礼儀知らずな芋野郎共にゃあ…
    俺がきちっと礼儀を叩き込んでやらぁ!」





この日…セルミィの前にまるで紙芝居の世界から飛び出してきたかの様に


       "正義のヒーロー"が現れたのだッッッ!!

519 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [saga]:2014/08/06(水) 10:48:30.30 ID:rwjz7YLn0
*********************************

          今回は ここまで!!



  …なに?ほのぼの詐欺だと?HAHAHA!何を仰いますか!

  ちゃんと(仮)とつけているではありませんかァ!


  それにほのぼのし始めるのはもう少し先ですよ!(多分


*********************************
520 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2014/08/06(水) 23:49:11.81 ID:IvgjCtkJ0
ほのぼの(大嘘)
521 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/08/07(木) 00:16:59.37 ID:t1JqEBJ+o
酷いロリの押し売りをされた気分だ
乙!
522 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/08/07(木) 02:08:49.80 ID:XdMk1UiY0
やった! ロリミィだ! ブヒィブヒィ!
523 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/08/07(木) 22:54:23.34 ID:77Ok5k+do
ナジミほんまかっけえ
524 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [saga]:2014/08/13(水) 07:56:58.16 ID:+5FnzqyE0


 セルミィは困惑した

 目の前に現れた女の子は見ず知らずの自分を助けてくれた
 今まで、化け物の子供だと罵られてきたセルミィを…彼女を
 初めて救おうと言う人間が現れたのだ!



「お前・・・女の癖に生意気だぞ!」


「なぁにィ〜?"女の癖"にだぁ〜?」


不機嫌だった黒コートの少女の顔がますます歪みます


      "女の癖に"

この単語が更に彼女の怒りの炎に油を注いだようです…



「おい!皆で化け物の味方するコイツをやっつけようぜ!」
「そうだそうだ!」
「お前も魔物の手下だな!」
「ライアンマンみたいに正義の心で悪を倒すんだ!!」



「ケッ!!どいつもこいつも正義だ何だとアホくせぇなオイ!



   …俺のセンコーが言ってたぜ、本当の正義ってのはなァ
         正しく真実を見て行動できる奴なんだってよォ!」




セルミィは・・・人間だ

親から貰った二本の脚で立ち、左右に腕があり、自分等と同じように
人の言語で意思疎通が図れる


心臓だって動いてるし、呼吸だってしている








  …"化け物"なんかじゃない  れっきとした"人間"の女の子だ


ただ、人より能力が優れているだけで何ら変わらない子…それが真実だ



黒コートの女の子の目には今の光景がどう映る?


身体的に勝る男が数人がかりで何の罪もない少女に寄って集り
虐めを行っている


男勝りな少女が見る"正しい真実"であるッッ!!

525 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [saga]:2014/08/13(水) 08:45:47.59 ID:+5FnzqyE0


5人…ざっと見て5人の少年が1人の少女に敵意を向けます


そんな中、黒コートの女の子は


「ほれほれ、どっからでも掛かってきなヒヨッ子共!」チョイチョイ

ご丁寧に手で挑発までかまします



「野郎!」

この辺りがやはりお子様です
 少女の絵に描いたような安い挑発に容易に乗せられてしまうのだから


少年が1人、コートの子に殴りかかろうと右腕を振り上げます


「あっ、危ない!」


思わずセルミィは叫びます…が





シュッ!



「うげっ!?」


先ほどの蹴り同様に鳩尾にキレのある右ストレートが入る
走りながら向かってくる相手にタイミングよく拳を繰り出すだけの作業

手を振り上げて振り下ろす動作よりも予め決まった位置に素早く手を出す
所謂"カウンター"という物です


「知ってるか?[ジパング]の古流剣術に"居合い切り"ってのがあんのよ」


"居合い切り"…抜刀の構えで相手が自分の攻撃の範囲内に入った瞬間に
素早く切り捨てる剣術



彼女の父親は"[ジパング]人"です、それゆえ
抜刀の心得という物に多少の理解がありました


腕を振り上げ、無防備にもまるでガードされてないお腹を曝け出しながら
自分の拳の射程範囲内に突っ込んでくる少年の姿は
さぞマヌケに見えた事でしょう



「次はどいつだい?え?どうなんだい?」


お腹を抱えて蹲る仲間を見て、4人の少年がたじろぎます

「お、おい!今、思い出したんだけど、アイツたまに海の向こうから
 やって来るガキ大将じゃねーか?」
「げっ!マジかよ、色んな地区で暴れてるって奴だろ」
「に、逃げようぜ…」


誰だって自分が痛い目に遭いたくない

人間の本能から少年達は蜘蛛の子が散るように一目散で逃げ出します

526 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [saga]:2014/08/13(水) 09:07:23.80 ID:+5FnzqyE0

「行ったか…」


「あの、助けてくれてありがとうなの!」

「ん!どういたしまして」

「えっとね!私、セルミィって言うの!」


「わーお、ご丁重な自己紹介ありがとうごぜぇます!
                 俺ぁナジミってモンでさぁ」


独特な喋り方の少女が自己紹介をしてくれました

これが後の大親友ナジミとセルミィの出会いである


「…ぅっ」


「あっ!」ダッ

ナジミのカウンターパンチで未だ地に蹲っていた少年に
セルミィが駆け寄ります


「おいおい、ソイツの自業自得だぜ?ほっとけよ」


放っておけと言うナジミの言葉に逆らい
セルミィは少年に質問します

「君、お腹いたいの?」


「ぼ、僕に近づくな化け物め!」


「お願い…答えて、ね?」



「…………
    痛いに決まってるだろ」



それを聴くとセルミィは目を瞑り意識を集中させる


そして…







(!? んなぁ!? なんじゃあ…ありゃあ?)

ナジミが口を開き驚きます

目を瞑り意識を集中させたセルミィの周りに
光のようなモノが集まるではありませんか…!

その光は何かの生き物のような形を構築し、そして




     ― 『[べホイミ]』 ―



そう告げたのです
527 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [saga]:2014/08/13(水) 09:26:42.78 ID:+5FnzqyE0

「ありがとう[タッツゥ]」

セルミィが光で出来た"何か"にそう告げると光は消えていきます




…昔から人には聴こえない"何か"の声が彼女には聴こえた

魔物の言葉は理解できる、人に聴こえない"何か"の声を感じ取れる
これこそが彼女が異端視される一因である



「い、痛くない…?」


「良かった」ニコッ


「…ゎ」



少年は微笑み掛ける女の子に消えそうな声で

「悪かったよ…」


謝ってくれた少年に「良いよ」と許してあげたセルミィを見て
少年は静かに去っていきます




「なぁなぁ!今のどうやったんだ!すげぇな!」


「えっと…お友達に手を貸してもらったの?」

"お友達"…先ほど口に出した[タッツゥ]というモノでしょうか?




(…ありゃあ一体なんだい?"呪文"じゃあ無さそうだったけど
  センコーなら分かるか…)




ナジミはセルミィを自分の家庭教師に逢わせてやりたくなりました

「おう!セルミィ!ちょいと俺に付き合ってくれよ?」

「? 良いよ」



ナジミはセルミィの手を引いて教師の元へ向かいます



そして彼女が行った事が"呪文"ではなく[精霊しょうかん]という物だと
知らされるのはすぐの事で、その才能を見込まれ
教師が彼女を養子として教会から引き取ろうとするのはすぐの事でした




そして…数年の月日が流れる
528 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [saga]:2014/08/13(水) 10:00:59.82 ID:+5FnzqyE0
―――
――

〜『 まるで牢屋だよ、ろーや 』〜


誰も名前を呼ばない小さな大陸

ナジミの故郷であり
海に囲まれて外の世界も知れない土地である


ある年の事でした

その地でナジミと彼女の教師の養子となったセルミィ…そして
訳あって一緒にこの地へ連れてきた"没落貴族の兄弟"の4人が集まります


あの時よりも少し成長したナジミ達…齢は皆10歳程になった頃です


「今日も暑いね?」
「だなーっ」
「おいナジミ!貴様、何処まで俺達を歩かせる気だ!」
「お兄ちゃん、怒らないで?」


上からセルミィ、ナジミ、没落貴族の兄と病弱な弟が順に口を開きます


長い付き合いとなった4人はすっかり気心の知れた仲となり
いつも4人でつるんでは馬鹿やってふざけ合い遊んでいました


「うるせーぞ町人A、黙って荷物を運べや!」

「ぐっ…まだ町人Aとか言うか…」



かつて饅頭を口に突っ込んでやった兄弟の兄がナジミを忌々しげに見て
言います、確かにあの時に自分も名乗らなかったのは悪かったが…


力仕事は男の子のお仕事です


ナジミの用意した荷物を持ち歩く兄は
4人分の荷物を持っています(※病弱な弟に持たせる訳にも行かない為)


ジリジリとした日差しが照りつける日中、4人は列を創り先頭のナジミが
目指す地点へ歩きます


『※※※※※大陸』
この大陸には名前がある…しかし、これと言って国家も村も無く
集落があるか無いかと言った取るに足らない地

 この大陸では大昔に二つの民族が存在し、お互いに領土を巡り
争い合っていたらしく、その衝突から互いの民族は
滅び行く寸前まで人が亡くなったのだ

 僅かに生き残った者も戦いの傷痕から人が住めるように野を耕し
田を緑で溢れ返させるのは困難と考え、海の向こうへ渡った…

今、この地に住まうは古くからの原住民の子孫と海の向こうから静かに
暮らせる地を求めて来た人間達だけである



   "アリア族" と "ハン族" …この二つの民族が居た事が

   この名も呼ばれない大陸の名前の由来だとされている


  "アリア" "ハン"  …大きな国家も無ければ港も船も無い

 ナジミの生まれ育った牢屋のようなちっぽけな土地<セカイ>である
529 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [saga]:2014/08/13(水) 10:15:24.40 ID:+5FnzqyE0
*********************************


           今回は此処まで!

 どうしよう水浴び回が夏終わる前にできるかわからなくなって来た…



そ、そそそ、それは、さておき!ようやく話が全て繋がり始めましたね!
  名前を公表されなかったナジミさんの故郷について
ナジミの"悪友"達…セルミィと『ある没落貴族の兄弟の話』に出た二人
  いやぁ…こうなればナジミが捜し求める[青い石]に関しても
 謎が解き明かされそうですよ!!!多分(話題逸らし)




>>520 ま、まだ、ほのぼのするかもしれないじゃないですか…(仮)

>>521 >酷いロリの押し売り
    人身売買かな?(すっとぼけ)

>>522 <●>「このロリコンめ!」

>>523 ナジミさんは胸のあるイケメンですからね仕方ないですね
*********************************
530 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/08/13(水) 11:01:45.30 ID:lXnaAW2M0

三人称視点の地の文に敬体と常体が混ざっていて目が滑るぜよ……
同じ文末が連続するのを避けてやってるのかも知れないけど、個人的には文体はどっちかに統一した方が読みやすい。あくまで個人的な意見だけど。
内容は相変わらず素晴らしいよ。
531 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/08/13(水) 19:26:20.85 ID:ANaHtO/8o
ほのぼのといいつつ殺伐としていても構わないよ!
532 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/09/02(火) 00:07:06.98 ID:IBw9t5ADO
まだかな
533 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/09/10(水) 23:24:25.56 ID:HYTelhaDO
ほす
534 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/09/29(月) 23:34:57.01 ID:BRz+bI0DO
どうした?
535 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [saga]:2014/10/01(水) 02:34:12.34 ID:FYNGlvRD0

「よぉし!どうやら着いたようだなぁ…」


ナジミが黒コートを風でなびかせながら呟く

茂みの奥にあった拓けた土地…
そこに一つ、子供なら入れそうな小さな穴がぽっかりと空いていました…


「なんだよ?その穴を潜れってのか?」


「おっ、暗い所が怖ぇのかい?町人A」


「チッ 煩い奴だ!後、町人Aとか言うな!」


4人の少年少女達は穴の中へ入っていく…するとそこはどうだろう!
ナジミの持っていた絵本で彼女の父親が祖国から持って来ていた
"ウラシマタロウ"という物がある

 その[ジパング]特有の文体の一節を借りて言うならば
それは『絵にもかけない美しさ』とやらなのだろう



「うわぁ…綺麗だね!」

「この大陸の地下にこのような空間があろうとは…!」



没落貴族の兄弟が感想を口にする、そしてセルミィも


「ひんやりしてて涼しい所だね?」



「ふっふ〜ん!この俺が見つけたのさぁ、すげぇだろ?
  外はまだ暑いってのに此処だけ秋の夜みてぇに涼しいんでさぁ」



地下には水脈が存在する

此処、"誰も名前を呼ばない小さな大陸"の地下には大規模な空洞が存在し
其処は美しい地底湖があるのだ…



松明の灯りを頼りに3人はこの場所の常連(?)ナジミの後を追う


「それで?貴様は俺達を何の理由で連れてきた?
  まさか、ただ此処へ連れて来て『わぁ!凄いね』と言わせるだけが
 目的ではあるまい?」


「ったりめーだろ!此処からがメインイベントでさぁ!」



ナジミが少し駆け足で地下の大空洞を進む
すると…


「おっし、そこに火ぃ点けてくれや」

しばらく進んだ場所にゴミ捨て場か物置から拾ってきたのか
少しボロボロの絨毯や穴の空いて綿が出るクッション
開けっ放しのタンスなんかが置いてある空間へ辿り着きます…

そして黒コートを羽織った彼女は口元を歪めて言うのです


    「ようこそ!"俺達"の秘密基地へ…」ニヤリ
536 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [saga]:2014/10/01(水) 02:59:33.40 ID:FYNGlvRD0

「秘密基地…だと?」


彼女等はまだまだ子供です、子供ゆえに"秘密基地"という存在を欲する



大人は知らない世界、親や学校の先生は一切、介入なんてしてこない
子供だけの子供による子供の為の子供の"世界"

ピーターパンのネバーランドのようなモノでしょう

恐らく多くの人間が大人になる前はそういう存在を持っていた
近所の空き地、学校の裏山…
嫌な事が会った時に逃げ込めて自分の世界に浸れる空間を持っていた筈



「ハッ!秘密基地だと!笑わせてくれるな!このゴミ捨て場がか?」


「んだとォ!?ぶっ飛ばすぞオイ!!」


「お兄ちゃん!」
「ナジミ!喧嘩はよくないよ!」


「ケッ! セルミィと弟ちゃんに免じて許してやらぁ」

「チッ! それはこっちの台詞だ!」




相変わらず犬猿の中であった…"込める"技術を開発する時だけは
阿吽の呼吸と言えるほどに息の合った動きをするというのに…



「…まっ、ゴミ捨て場みてぇに見えんのは俺も否定はしねぇけどよォ…」


彼女のお屋敷で使わなくなったお古の絨毯を引っ張り出して来て
この地下に敷いて、その上に背凭れの欠けた椅子や使わない木箱
壊れて閉まらなくなったタンスなんかも持ち運んできたのです



[おおきなふくろ]を利用すれば、このような大荷物であろうと子供の手で
楽に持ち運べる、運送業者涙目のアイテムである


「フカフカだね!」

「少し穴が空いてるけどこれを捨てちゃうのは勿体無いよね…」

「ふん…まぁ地べたに座るよりは幾分かマシだな…」


3人がそれぞれ感想を口にして座り、穴の空いた絨毯の中央を囲むように
座っていく、恐らくナジミが意図的に切ったのかもしれない

中央付近は鋏かナイフか、何を使ったかは知らないが鋭利な刃物で
円形に切り取られており、切られた場所には
レンガからその辺の小石等が無造作に詰まれた…
 しかし、重心のバランスを考えて創られた焚火炉がそこにはありました


「おう町人A、持って来た荷物を出せや」


「チッ、俺は貴様の小間使いじゃないんだぞ…
  そもそも[おおきなふくろ]に収納してくれば良いだろうが!」

「やれやれだぜ…これだからお前は何も分かっちゃいねぇんだよ
  こう、手に持って運ぶから重みを感じたり風情があんだろーが?」

537 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [saga]:2014/10/01(水) 03:22:57.37 ID:FYNGlvRD0

ナジミが木箱の中に何処から持って来たのか壊れた椅子の脚
拉げた木製の窓枠、その辺で拾ってきたであろう木の枝を手当たり次第
お手製の焚火炉の中へ放り込み

閉まらないタンスから虫食い穴の目立つ白いシャツを取り出しソレも
焚火炉の糧とします




  パキパキ…


秘密基地に用意された沢山の松明、そしてやっぱりナジミが屋敷で
使われなくなった三叉…いや、一つ欠けた二叉の蝋台に火を灯す

地下空洞とはいえコレだけ多くの灯りに照らされれば
十分に辺りは見える…


地底湖の水面がゆらゆらとした赤色やオレンジ色の火光を映す…
なんと美しい光景か、これこそ風情のある景色とやらだろう


松明の炬火や水面が反射する光、焚火炉から溢れる火に照らされる4人は





「…もう良いよね!?」


「落ち着け!まだだ!」






   ぐつぐつ…!


            ぐつぐつ…!





一つの鍋を囲んでいた…!




没落貴族の兄がナジミに持たされていたのは鍋である

ただし一般的な金属製の鍋とは違う、ナジミの父方の故郷にある調理器具




    "土鍋"である…


金属製のそれと違い、陶器で作られている為、厚く
その辺の安物(10Gで買える)の鍋よか重みがある


「何がしたいのかと思えば
   お前のお父上の郷土料理を振舞いたかっただけか…」


口では呆れたと言った口調だが、幼少時代は病弱な弟とホームレスの為の
炊き出しを毎日得る為に早朝から家を飛び出していた身である彼は
内心でこのお祭り事に満足であった…


538 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [saga]:2014/10/01(水) 03:47:14.78 ID:FYNGlvRD0

今、こうして鍋を囲む4人だが、囲む前は他の3人が不安げな顔で見ていた

ナジミが[ジパング]の調味料と食材を持ち(流石にこれは自分で持った)
それを実際に切って土鍋に入れていった・・・


「おいナジミ!貴様、水はどうした!
   熱せられた鍋底にそのまま野菜を入れるなどと…!
                食材が焦げるではないか!」


「っるせぇ!トーシローは黙って見てろってんだい!」



 ナジミがこれから作る料理は[ジパング]でもポピュラーな料理で

 名を "すきやき" と言うらしい…


熱した土鍋に牛肉、豚肉を敷き、ある程度焼いた後で野菜を投入…っ!

しかしッ! ナジミはあろうことか水を入れないではないか!!

これには食でひもじい想いをした没落貴族がヒステリックに叫ぶ
食材を無駄にするなバカ野郎!、と…



が、安心して欲しい
  これも全てナジミの計算の内だそうだ
彼女曰く、水はあえて入れず、白菜、キノコ…そして彼女の親が海外から
輸入した"とーふ"なる白くて四角い食材を入れることで解決するらしい


「良いか?俺ぁ何も考えないで食材をぶっこんでるんじゃあねぇ
  野菜の水分…、野菜の旨みをたっぷりと凝縮した野菜水でだし汁を
 作ってんだぜ、なのに水を入れちまったら旨みが半減しちまうんだよ」


と彼女は言うのであった

そして現在…


「な!?、ななな、ナジミィ!!蓋がガタガタ言ってるぞ!」

「だあああぁぁぁぁーーーー!てめぇは黙って
  見守ることができねぇってのか!?あぁん!?一々うるせぇよ!」


「あはは…まぁ、落ち着こうよ?」

「お兄ちゃん………
  流石に5分間で11回も何か言い出すようじゃ誰だって怒ると思うよ」


お兄ちゃん大好きっ子の弟にまで駄目だしされる始末の兄
ブチ切れるナジミ

そして…そんな微笑ましい光景を見つめるセルミィ


セルミィはこの空間が好きだった…

彼女の記憶にある食事というのはいつも一人だった
いや、彼女のご両親との食事だって良いものとは呼べない
魔物の言葉を解するセルミィを…実の子を化け物扱いする両親は彼女に
対して、食事を作るというより、"動物にエサを与える"そんな感覚だった



       家族の団らん…

   ナジミ、セルミィ、そして没落貴族の兄弟

此処に居る4人に血の繋がりなど無い、しかし、セルミィは本当の意味で

 "家族"と一緒に居られるような感覚を知るのだ…
539 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [saga]:2014/10/01(水) 04:04:08.38 ID:FYNGlvRD0

―――
――



「ほれ、できたぞ」スッ


「わぁ!ナジミありがとっ」

「いただきます!」

「…う、美味いんだろうな?」ゴクリッ


上からナジミを信頼しきっているセルミィ、弟君
普段の女の子らしさの欠片も存在しない彼女しか見たことないお兄ちゃん


「あ"?なら食わなくても良いんだぜ?」


「ふ、ふん…誰も食わんとは言ってないだろうが!馬鹿め!」





それぞれが "すきやき" とやらを口にする…

[ジパング]なんて馴染みの無い異国の地の料理…
3人は期待とも恐れとも言える表情でそれぞれ味を噛みしめる


「…!」
「!」
「ん?…ば、馬鹿な…ナジミの手料理がう、美味い…だと!?」


ごしゃっ!!


直後に顔面にニーキックを入れられる元貴族

そして、それを合図にナジミ目掛けて吹っ飛ぶ[メラ]や[ヒャド]


「またやってるよ…」
「んー、ナジミもお兄さんと喧嘩しなければ良いのにね?」


本日であの二人が出会ってから通算9875回目の喧嘩である
1万回目の喧嘩が始まるのはそう遠くない



オラァ! コノアマ! ンダトォ クソッタレ ゴシャッ!  ウゲェ!! チキショウ [メラ]!!


―――
――


「「「「ごちそうさまでした」」」」



お互いボロボロの二人と仲良く食べてた二人がそれぞれ手を合わせて
ごちそう様と言います

命を分け与えてくれた食材には感謝の念を…です



              これは…

   幼少時代から親に愛されなかった少女セルミィの中にある

        キラキラとした思い出達の一つ…
540 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [saga]:2014/10/01(水) 04:21:34.11 ID:FYNGlvRD0
*********************************
***************
******
***


「ああ、そういや、昔はそんなことがあったなぁ…
       ケッ!もっと殴っときゃ良かったぜ!」

本を読みながら思い出話に花を咲かせつつ
在りし日の悪友に腹を立てるナジミ

「ふふ!」ギューッ


「しかし、どうしたセルミィ?今日は本当に甘えてくるじゃねぇか」



「あの時、ナジミに会えてよかったって思うの…」


セルミィはあの日、自分の前に現れた正義のヒーローを抱きしめる


「ナジミが居たから…ナジミが来てくれたから…
    ナジミが私の手を引いて、あそこから連れ出してくれたから
 今の私がいるんだよ?」


「俺ぁそんなデケェ事ぁしてねぇけどな?」


ポリポリと頭をかく彼女を強く抱きしめて言う


「ねぇ…今日、久しぶりに4人で"すきやき"を食べない?」


なんだか、久しぶりに食べたくなっちゃった、と彼女は主張する


「んー、だな、俺もなんだか食いたくなったよ」



「えへへ!それじゃ!読み終えたら行こっ!」

「おう!」


セルミィには宝物がある…

もう何年も昔からとってある古ぼけた絵日記…

それさえ持っていればいつかお母さんが迎えに来た時褒めてくれる
昔はそう思っていました

でも今は違う


彼女も大きくなればわからない事もわかるようになる

セルミィは気づいてしまう、なぜ親は迎えに来ないのかを…


それでも彼女は絵日記を大切にする


だってそこには書かれているから!





セルミィのキラキラした思い出達が…4人の少年少女が笑いあう姿が!

彼女の夢は途切れない憧れたヒーローの姿は色あせない!

番外編 −ある幼馴染は"ひーろー"に焦がれる−  〜 fin 〜
541 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [saga]:2014/10/01(水) 04:28:39.69 ID:FYNGlvRD0
*********************************


           今回は此処まで!

 …フ、夏終わっちゃったぜ(白目)

  次は水浴び回だというのに…安価スレを更新してると
  時間が取れなくなるものですね…(言い訳)

  



>>530 素晴らしい内容と言ってくださってありがとうございます
    同じ文体が続かないようにというのは確かにあり
    また、ずっとこのスタイルでやって来たため
   更変えてしまうのもおかしいかなと思うのです…

>>531 今回はほのぼのできました!

>>532 >>533 >>534 一月以上開けてしまい申し訳ありませんでした…
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542 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/10/01(水) 04:31:33.12 ID:Wct9z3qZ0
次が水着回か!
別に水着だからって期待しているわけではないからな!
543 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/10/04(土) 22:02:58.78 ID:4kiPnVgDO
次回も期待してる
544 :生存報告 [saga]:2014/10/12(日) 20:47:00.36 ID:CCN4NmTA0


訳あってしばらくパソコンが使えない状況に陥りました…

打ち切りだけは絶対にしませんが…ただでさえ
遅い更新をまた遅らせてしまいます…

申し訳ない…
545 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/10/13(月) 00:12:53.84 ID:z0qhNKbDO
ただただ待つのみ
546 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/10/14(火) 20:57:40.69 ID:hpBR4l+y0
私待つわ。
547 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/10/14(火) 21:04:48.67 ID:COwbctnfo
いつまでも待つわ。
548 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/11/04(火) 23:20:10.32 ID:JkodHseDO
549 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [saga]:2014/11/12(水) 04:43:51.04 ID:LMA6BTFE0
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              生存報告


 マリオの方でも書いてきましたがまだパソコンが自由に使えない状況で

 更新の方は難しそうです…もうしばらくお待ちください…

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550 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/11/12(水) 04:54:30.22 ID:iTBVcxdM0
おk
551 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/11/21(金) 22:08:38.48 ID:JK3A4BwDO
552 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/12/17(水) 00:20:47.97 ID:WMnxnt2Oo
まつわ
553 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/01/10(土) 00:13:06.07 ID:B6N+xY/DO
ほす
554 : ◆D1Z3A/xnss [saga]:2015/01/10(土) 15:10:52.19 ID:xJ8FK9GT0

                ※

         −乙女水浴び記−






北方大陸…


亜寒帯気候に属するこの地の夜は非常に冷え込む
 樹海に君臨する野生の生態系も然ることながら気候そのものが
人間にとって牙を向くのがこの大地であった…

ひょんな事から樹海に迷い込むことになったヴァージニア嬢と
ジョセフィーヌ嬢は底なし沼に沈みかけ、全身泥に浸かってしまった


此処で不幸中の幸いである事は今の時期が冬季では無かったという事だ


冬ならば冷え切った空気に体温を奪われ、頭痛、吐き気
徐々に体力の低下…低体温症に陥りかねない








       「はぁ…極楽ねぇ…」チャプ…!


       「そうですね…地獄に仏とはよく言ったモノです」




「二人とも〜、湯加減大丈夫〜?」







今…二人の少女は水着姿で陽気立ち上る湖に浸っていた



事の発端は先も述べた底なし沼の件にある
沼から引き上げられた二人は少なからず体温を冷たい泥に奪われていた
着替えも何もせず、尚且つ暖も取らない状況が続くのは極めて良くない


そこで二人を救出した女性セルミィは手荷物の中にこの状況で
お誂え向きな"込める技術"を持っていた事を思い出した

それは…





ポゥ…


「!」


湖の水面手前の土手に突き刺さる一本の"杖"…
それは杖と呼ぶには少々異質な型をしたモノであった


555 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/01/10(土) 15:45:49.33 ID:xJ8FK9GT0

まず目を張るのはその材質である

単純な武器、杖術で魔物をねじ伏せる為に創られるというならば
殺傷能力や防御面を考慮し強度の高い金属
 そうでなければ扱いやすさ小回りの利く材質…
使い勝手の良い長さに仕上げるのが基本中の基本


また魔法使いや僧侶が使うのであれば非力な彼らの為、後者の素材
ポピュラーな物ならば樫を初めとした木材で創られるだろう




だが、目の前に突き刺さる杖は木材でなければ金属でもない
いや、ある意味でなら鉱物なのだが…



「これは…もう使えなくなっちゃったかなぁ」




       "火山岩"




大地が生んだ天然素材である

ゴツゴツとして、それでいて太く、敵を撲殺するという目的だけで見れば
まずまず追及点と言った所…


問題は形状だ

その太さから片手で握る事はまず不可能、そして一般の直線的な杖とは
違った湾曲したデザインは鈍器として扱うには些か不向き

重心のバランスも酷く雑で"失敗作"という印象が強い




実際、製作者曰く
『良いかセルミィ、その[マグマの杖]は試作品でよォ
  俺の想定していた性能の十分の一も引き出せねぇだろな…
  精々、川や湖を温かくすンのが関の山でさぁ…しかも1、2回が限度』

と、頭をポリポリ掻きながら悔しそうな表情で語っていた


酒好きの製作者の想定では地中のマグマの活性化、ひいては死火山さえも
活火山に変え、地形を変える程だとの事…


原材料不足につき、試行錯誤の上で創ったのがコレである

…製作者は非常に納得いかない顔で酒を煽ってたが
川や湖を温水に変える性能のモノを有り合わせの材料で創った時点で
十分に異常なのだが



「…私も入ろうかな」チャプッ


手をまだ湯気の立ち上る湖へ入れてみる

少し熱いくらいの浴槽と同じくらいの温度だ

役目を果たし、罅割れて砕け散っていく[マグマの杖]を横目にセルミィも
[おおきなふくろ]の中から水着を取り出そうとするのであった

556 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/01/10(土) 16:08:46.97 ID:xJ8FK9GT0

頭にタオルを乗せ、身体の芯まで温まるヴァージニアは
ぼんやりと空を眺めていた



(これがさっき言ってた"技術"って奴なのね…)


湖についてすぐにジョセフィーヌから"込める技術"に関する事
殺人鬼の使用人だった事、魔物の声が解る人間が世に存在するなど
物珍しい話を聴いてすぐに件の"技術"の力を目の当たりにした


「…」チラッ


「…♪」


目を瞑りリラックスした顔で湯船を堪能する彼女を横目で眺める




白く艶のある絹のような肌、少しのぼせているのか彼女の頬は
ほんのり朱に染まっていて
 それが何とも"女"らしさを魅せてくれる
少しだけ長い髪を"簪"という[ジパング]の髪留めで止めていて
立ち上る湯気で見え隠れする後ろ姿が妙に色っぽく見えるのだ


(! 少しだけからかってやろうかしら…)


樹海に迷い込んだのも彼女が空から落ちてきたのが始まりだし、と
ふと芽生えた悪戯心にそれっぽい理由をつける




 ちゃぽっ!



大きく息を吸い込み水中に潜水するヴァージニア
泳ぎには自信のある彼女はそのまま目標の背後まで進み…



(…? ヴァージニアさんがいない?
     …先に上がったのでしょうか?)キョロキョロ


後ろを振り返り、先程まで近くに居た少女を探す
少し広い湖、それも湯気で見通しが良いとは言えない中を見渡し−―−








    ザバァァァァン!!!!


「わっ!!!!!」


「ひゃうっ!?」バシャッ



振り向いたジョセフィーヌの目前で勢いよく飛び出す
いつも冷静沈着な彼女もこの不意打ちには驚き後方へと仰け反ってしまう

「ひゃうっ!?」なんて、なんとも可愛らしい悲鳴を上げて
そのまま後方へ倒れるように水中へと…
557 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/01/10(土) 16:30:30.53 ID:xJ8FK9GT0

「あははは!」

「…」ビショビショ


水面から、浮かび上がってきた彼女の顔はムスっとした顔だった
頭の天辺までお湯に浸かって髪の毛の先からは水滴が滴る

「…ヴァージニアさん」

「ご、ごめんごめん…っぷ」


謝るか笑うかどちらかにしてください、と言いたげなジト目の彼女に
思わず冷や汗をかくヴァージニア…

内心で、あちゃー…ちょっと悪戯が過ぎちゃったかな…と後悔している


「…怒っていませんよ、怒っていませんが…
         とりあえずコレを見てください」スッ


「?」



ジョセフィーヌが両手を組み合わせる
丁度、筒状で隙間があるような型


「…もっと顔を寄せて見てください、主に隙間部分を」

「…?」ズイッ


言われてジョセフィーヌの手元へと顔を近づけるヴァージニアお嬢
先程、潜水したせいか濡れた髪をやや重く感じる

腰まで伸びた艶やかな赤髪は彼女の自慢だが、こういう時に少しだけ
邪魔に感じてしまう


「…もう少し顔を近づけてください」

「???…これぐらいなの?」ズイッ


「そうそう、それくらいです、………えいっ」ビュウゥッ!

「うぶっ!?」バシャッ!



小さい頃、ご家庭によってはお風呂場でよくやる手を使った水鉄砲です


「…」バシュッ! バシュッ! バシュッ!


「うわっ! ちょっ―−!やめっ!
     んあっ!?―−口ん中に水入ったから!?」


無言でお湯を連射してくるジョセフィーヌお嬢と全弾命中させられて
少し涙目のヴァージニアお嬢


やっぱり怒ってんじゃん!!と抗議の声を出す暇も与えぬ連撃である



「ん〜?なんだか楽しそうだね!」チャプチャプ


楽しんでるんだか怒ってるんだかよく分らない少女達の戯れに
セルミィもやって来る

558 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/01/10(土) 16:49:01.32 ID:xJ8FK9GT0

「あ〜、お湯鉄砲かぁ…懐かしいなぁ」

「セルミィさんもやった事がおありで?」バシュッ!


セルミィと会話のキャッチボールをしつつ、ヴァージニアに
水弾の(一方的な)キャッチボールをする読書家少女

「くぅ…ちょっとタンマ!アンタそれ、どうやってんのよ!?」

「…どうって―−」


ピタリと攻撃の手を休め、彼女の言った意味を理解しようとする


「…ヴァージニアさん、もしかしてやったことが無いのですか?」



この状況で今の彼女の発言から察せられる事から
彼女はコレをやったことが無いのではないか?


「ぐっ…そうよ!」


セルミィとジョセフィーヌは思わず顔を見合わせる
別に珍しくもない事である

何処のご家庭でも子供の頃は皆、簡単な手遊びの一環で遊んだ事が
あると思ったのだが…


「…それは少々、不公平ですね失礼いたしました」


てっきり目の前の赤髪少女も打ち返してくると想定したうえで
連射していたのだが、これは本当に予想外であった


「では…お手を拝借して」スッ

「ぁ、ちょっと…」


両手を掴まれて、「ここでこのように手を組むんです」と
誰もがやるであろう手遊びの手順を教わる

「こ、こうかしら?」グッ

オードソックスな神様にお祈りするような形の組み方を教えてあげる

「ええ、後は―−―」



(ふふ、微笑ましいなぁ…)


傍から見ているとなんだか姉妹のようなやり取りに見えなくも無い
二人を見つめながらセルミィは考える…


(…今時、珍しい…かな?
    誰もが知ってる簡単な手遊びだと思ったけど)


単に不器用な少女、という風には見えない
母親が残した宝の地図を当てに
[ガルナの塔]を目指そうとしていたとの話を聴かされたが…

多少分け前が減るかもしれないが護衛も何もつけずに危険な場所へ
赴こうとしたり、この少女は何処かずれているような気もする…

考え過ぎだろうか?

559 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/01/10(土) 17:04:02.40 ID:xJ8FK9GT0

セルミィが思考の水底に意識を沈めている間に
気が付けば、すっかりやり方を覚えた少女と読書家は
打ち合いを再開していた



見るからに楽しそうに遊ぶ二人は心から笑っていて
二人の様子を見ていたら、そんな考えはどうでも良くなってしまった


(私の考え過ぎかな…)










後に…





後に…彼女
  ヴァージニアお嬢に関して、"ある事"を知る事となるが
 それはまた別のお話である





その後がセルミィの持っていたボールや緊急用の浮き輪など
冒険で使う小道具を利用して遊んだ


この時ばかりはヴァージニアも樹海から早く脱出しなければならない事を
すっかり忘れる程の楽しい時間であったという






(……ハッ!? 私達、樹海に迷い込んでるだったわ!?
  冷静に考えたらこんな暢気な事してる場合じゃないじゃないの!!)



ふと、彼女が我に返った時は、セルミィ達が地面に
ピクニック用のシートを敷き、茶菓子と紅茶を用意し始めた時である

すっかり彼女等のペースに振り回されていた…












「こんな所で暢気に
       おやつタイムなんかしてる場合じゃないでしょおぉ!?」


「ヴァージニアさん、騒がしいですよ」




 −乙女水浴び記−  〜fin〜
560 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/01/10(土) 17:10:19.60 ID:xJ8FK9GT0
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          今回は此処まで!

 ごめん…年開けちゃったよ… 遅筆でごめん…



水浴びと書いたけど、この時期で水浴びは読む側が寒くなるんじゃないか
そう思い、急遽、温泉風に改変致しました…

水を温泉に変えれそうなドラクエアイテムで良いのがあまり思いつかず
[マグマの杖]で代用したけど、違和感あったかな…?


水浴びシーンも正直ご期待にそう内容だったか問われると自信が…








「こんな所で暢気に
       おやつタイムなんかしてる場合じゃないでしょおぉ!?」


「ヴァージニアさん、騒がしいですよ」

この会話から>>363の冒頭へと向かう訳です
*********************************
561 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/01/10(土) 17:18:40.44 ID:nndB3rZC0
ご馳走様です。
562 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/01/10(土) 22:38:24.64 ID:B6N+xY/DO
なんで水着なんだよ!!
563 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/01/11(日) 18:35:05.70 ID:qNTrO1m1o
楽しそうにしているが悲しいな
乙!
564 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/01/13(火) 09:33:09.25 ID:aUoCbFgAO
追いついた!
続き待ってますぞー
565 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/02/09(月) 23:28:52.61 ID:6+zIGxmDO
まだかな(´・ω・`)
566 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/03/07(土) 07:43:36.09 ID:c242n6YDO
はよはよ
567 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/03/09(月) 23:58:55.68 ID:GNMQhCTs0
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     報告です、10日か11日に投下できそうです!

 そしてジョセフィーヌお嬢の出番が少ない回ですね、ナジミの過去を
 明かしていく話ですから恐らく、全章の中で一番長いかと…

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568 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/03/10(火) 00:42:40.73 ID:zAF8kNf6o
はよはよ
569 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/03/10(火) 23:25:34.16 ID:6mPkXnMDO
待ってるぜ!!
570 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/03/11(水) 14:33:10.72 ID:7deyoRbS0
                   ※


                   ※


                   ※




…ジョセフィーヌさん達に続き、次の語り手<ストーリーテラー>は私のようですな


いやはや、教え子の冒険の書を語る事になるとは長く生きてると
人生何があるかわかりませんねぇ…!


えっ?私が"誰か"?ですって…


そうですねぇ…とりあえず"センコー"と呼ばれていた男、と言いましょう








 そこは小さな土地でした…

国と呼べるモノなんて無い、あって小屋や、集落だけ

港なんて無い、貿易船も来る筈も無く、あってボートが良いところ

学校などの教育機関だってありはしない、学びたければ留学か




もしくは私のような家庭教師を雇うことです




何かをしたいと思っても出来る事は・・・たかが知れており
何かを学ぼうと思っても何一つとて・・・分かりはしない

ちっぽけで、どうしようも無く"狭い世界" 



だからこそ私の教え子…彼女は此処を次の様に比喩しました…



  

       まるで牢屋だよ、ろーや





大海という名の壁に阻まれ…
砂浜と波打ち際の境から自由に大空を飛ぶ鴎を眺め…



やがて、何も知らぬまま
   世界から隔離された小さな世界で老いて、朽ちていく



私の教え子…あの男勝りな少女はそれが嫌だったのかもしれません
 いつかは広い世界に飛び立ちたいと思っていた事でしょう

あの子はちっぽけな世界で終わるような子ではありませんでしたからね…
571 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/03/11(水) 14:56:52.03 ID:7deyoRbS0



「…ン、ンン〜この匂い、この潮風…懐かしいもんでさぁ」

「此処がナジミさんの故郷ですか?」


「おうとも!此処が俺ン家のある大陸よォ!
    …っても知名度がクソみてぇに低い土地だけどな」



昔、少女であった教え子は大人になり
今、大人になった教え子は教える立場になって帰ってきた



「そうだよジョセフィーヌちゃん」


同じく、私の教え子であるサイドテールの少女も船から降り立ち
懐かしい砂浜に足跡を残す


時刻はお昼に差し掛かる少し前…雲ひとつ無い晴天下の色を映し出す海面
マリンブルーと白い砂浜の上に立つのは…

礼儀正しいさを感じさせる十代半ばの少女…
その一歩前には黒コートの人間です


ショートカットの艶のある黒髪、目元にクローバーのマーク
身長170という女性にしては長身な身体を
更に大きくみせる厚底の真っ黒なブーツ
 ブカブカのこれまた真っ黒なロングコート…まるで夜を象徴するような
全身黒尽くめの彼女の耳には星を模ったイヤリング


そんな彼女と共にいるせいか十代半ばの少女"ジョセフィーヌ"は小柄に
見えてしまう…


きっと二人から少し離れた位置にいる女性セルミィもそう思っている


白い浜辺と空色の海の真ん中ではライトグリーンの服も
腰まで伸びる長いサイドテールも目立つ事でしょうな



「しっかし…これからあんの野郎に会いに行くってのがなぁ…」

ナジミがあからさまに嫌そうな顔をし、ジョセフィーヌが尋ねます


「ナジミさんの悪友の方ですか?」


「そー、そー…クソ兄貴の町人Aだよ、ったく…」ブツブツ


"没落貴族"…ある街でそう呼ばれていた兄弟が居ました…

一人は病弱な弟…
 そしてもう一人はそんな弟を守る事を何よりも尊守とする兄



「そんなに嫌なんですか?その人と会うの?」ヒソヒソ
「えっと…相手もそうだけどナジミも顔を合わせると毎日、喧嘩するの」


とりあえず、その町人Aとナジミが犬猿の仲である事はわかった

572 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/03/11(水) 15:23:49.49 ID:7deyoRbS0

浜辺はまっさらな状態だった…


流木や小さな貝殻が日の光を反射して、白い砂浜をより一層輝かせる
足跡1つありゃしないまっさらな砂の上…

 それ様子が一層、人の少なさ…
この土地がどれだけ人間から忘れ去られているか(もしくは未開か)を
物語るように思えてジョセフィーヌは船の甲板で呼んでいた小説の一文を
思い出していた…




「どうだい?寂しいトコだォ?」


ひっひっひっ!と悪戯が好きそうな悪餓鬼の笑顔を向けるナジミ
 あくまで軽快に明るい笑いに見えるそれも
物悲しい小波の音のせいか寂しく思える…



「俺ぁよォ…まぁ、その…なんだぁ
      此処は悪ぃトコじゃあねぇとは思うんだわ
  自然は豊かでそこら中、果物の木とか生えまくってて
 好きなモン食い放題だしよ!」


頭をポリポリと掻きながら黒コートは砂浜を進む…
 砂だらけの土地から徐々に緑が見え始める海浜植物の生える地点まで


「でもなぁ…たまに思っちまうんだわ
   もうちょい人が来てくれて…有名になってさぁ
  誰にも名前を忘れ去られないで誰かに覚えてもらって…なんつーか」



どう表現したいのか歩みを止めて悩み黒コートは言うのです


「もっとこう『俺ぁ!此処に居るぞー!此処に存在してるぞー!』
   みてぇにアピールしたいっつーか、さ…
  誰かに此処がちゃんと存在してるんだってことを伝えたいんだよな」



まぁ人でごった返して欲しい訳じゃあねぇけどな!と付け加えて再び
歩き出す…そんな後ろ姿をジョセフィーヌは見つめる

心なしか項垂れているようにも見えた黒い背中を…





3人の女は一坪の海岸線から母なる地を求む
箱舟を降りて浜辺に存在の証しを残し斜陽に照らされる硝子の砂上を征く



読書家の少女が読んでいた小説の一節…

ナジミ等が歩く際に踏み砕いた貝殻の破片が光を反射する硝子の様で…

先頭を行くナジミの姿が小説の旅人に酷く似て見えた…





「…わぁ、林檎の木がたくさん」

砂と小石と貝殻、偶に流木くらいしか見えない大地から海浜植物群を抜け
更に進んだ先にはナジミが話すように果物木がそこかしこに生えていた
 人工的に植えられた果樹園とは違う
乱雑で法則性も何も無視した生え方でした…
573 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/03/11(水) 15:44:42.17 ID:7deyoRbS0

「ちょいと待ってな!」


二人に待て!と命じて黒コートは勢いよく地面を蹴る
コケの生えた硬い地面から跳躍し、椰子の木のように曲線に生える
木の幹を蹴り飛ばす、そして…



  ぷちっ!  ぷちっ!

                 スタッ…!




「ほらよっ!」ブンッ



「わっ!…とっ、とっ!」

「ありがと〜♪」ガシッ



民家で言えば2階建ての屋根くらいの高さに位置する枝…
そこに生っていた瑞々しい紅い実を2つ頂戴する

地面に落ちてきた後、彼女は後ろの二人へ林檎を放り投げる


キャッチし損ねて危うく落としかける読書家
何の問題も無く片手で受け止めるサイドテール


「嬢ちゃん、食べてみな?
   すんげぇ旨いぜぇ…なんつったて無農薬だからなっ!」


「は、はぁ……、!」シャリッ



取れたての林檎をハンカチで軽く拭いてから
      小さな唇を開き歯で果肉を噛み締める…


口中に広がる甘さ…新鮮で生命に溢れる味わい
今まで食べた林檎の中でもかなりの高水準に分類されるであろう味わい


「感想は?」



「…すごく、美味しい」

「わーお!そいつぁ良かった!」


道中、林檎だけでなく柑橘系の果樹…図鑑で確かに見たことがあるけど
名前を思い出せないソレ……葡萄の木なんかもジョセフィーヌは目にする


時期的にまだ実が生っていない木も多いのが少し残念ではありましたが…


そんな森林地帯を抜けると広い草原地帯へと到達する…
吹き抜ける風が頬を撫で、風が吹いているのが揺れる草の姿から分かる

両手を広げて思わず掛けたくなる大地が広がっていた…そして…


「わーお………帰ってきたなぁ」

遠目に一見の大きな屋敷と思われる物件があったのです

574 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/03/11(水) 15:47:43.64 ID:7deyoRbS0
*********************************


    今回は此処まで、続きは一週間以内にまた…!



>>561 お粗末さまでした

>>562 ほ、ほら…!水着回って宣言してたし(震え)



長らくお待たせしました!
今回は全章通して一番長いお話です、そして空気となるジョセフィーヌ嬢

次章大活躍させますので…
*********************************
575 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/03/11(水) 20:05:15.00 ID:C7g8vzHx0
おつんつん
死んでなくてよかった
576 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/03/12(木) 20:55:38.55 ID:oBusex0No
おつー
577 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/03/19(木) 17:47:45.85 ID:kE3ZK6OZ0

草原の匂い


冬が終わって、春が来て夏になり秋が来ればまた違った匂い…



広大な草原とゆったりと流れる川…遠目からでも分かる
誰が創ったか…丸太と縄でつなぎ合わせただけの簡素な橋




「―――」ボソ


(ナジミさん…?)



鼻腔を掠める草の芝生の香り、それを運ぶ風に紛れてナジミが
言った言葉が聴こえた気がしました


         "ただいま"


―――
――


浜辺から林を抜けて草原を進んで…時刻は14時になるかならないか…
此処で先頭の黒コートに読書家少女は尋ねます



「ナジミさん…あのお屋敷がナジミさんのご実家で?」


「んにゃ、違ぇな」

「……えっ?」



此処でジョセフィーヌの頭に疑問符が浮びます


「あー、わりぃ…ありゃあ、な
  俺実家じゃなくって別荘みたいなモンなんだわ」

「ああ、そういう事ですか…」


ジョセフィーヌはかつては街の伯爵の家に仕えていたメイドだ
故に一般的な家庭よりは大きな家に居たが…此処から見える屋敷は
伯爵邸よりも大きい物件…

いつもナジミの財源がどうなっているのか気にはなっていた…

『嬢ちゃん!2万Gまで好きなモン買っていいぜ!』と…10代半ばの小娘に
どこの貴族のお嬢様だとツッコミを入れたくなるような
そんな"お買い物権"を街に着くたびにくれるナジミ…

 酒場で酒蔵がすっからかんになるほどにシードルを買い込んだり
決め手にあの大きな別荘…



  ナジミ=豪遊というイメージがついていてすっかり麻痺していた
…いや、"麻痺させられていた"


ようやく、この人の無限のようにある財源や生い立ちが分かるのか
 メイドとして深く人に探りを入れてはならない

そう躾けられた、しかし好奇心旺盛なジョセフィーヌお嬢はようやく
知りたかった事を知れる機会が来たかと思った
578 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/03/19(木) 18:06:06.16 ID:kE3ZK6OZ0

「あの屋敷は俺とセルミィ…
   それとクソ兄貴と弟ちゃんの4人の家みてぇなモンでさぁ」


「4人の家?」


「ああ、俺ン家はもうちょいずっと先の森を抜けた後にあってな…
  俺が生まれ育った正真正銘の実家だ」


けどなぁ…と少しだけ暗そうな顔をしたナジミ
 そんな黒コートを見かねて後ろを歩くセルミィが声を出す


「4人の秘密基地だよね!」


「ん…? ああ、そだな…」


「最初あそこには大きな一本の木が生えてたの!
  そこにツリーハウスを作って4人で遊んでて!」

「んで…もっとでけぇ家にしようぜ!って感じで改築やらなんやらやって
  いっそ、此処に本格的な屋敷でもおっ建てようぜ!
 みたいな話になってな…気が付きゃ3階建ての家になってたんだわ」



「今、じゃあそこが実家みたいな感じだよね〜♪」

「おう!!…クソ兄貴が居るのが気にいらねぇがな」



「どんだけ嫌いなんですか、その人」




3人が丸太の橋を渡る…川の中で魚の影が泳ぐ



そして…




 ザッ…!


屋敷の前に一人の『男性』が立っていました
 読書家の少女は彼を見て確信します…「ああ、この人が…」と

身長は…女性であるナジミと比べ低めの150〜160…
あ、いやどちらかといえば150p寄り

真っ白なローブはその青年男性がいかにも"魔法使い"であると主張する
[イシス]や[アッサラーム]など…砂漠地方に見られる
エキゾチック風な…服装…これでマスクにターバンがあれば
アラビアンナイトに出てくる男である



「ただいま!ルラフェン君!」

「帰ったぞー!町人Aー!死ね」

「ああ…お帰りセルミィ、そしてようこそお客人、後ナジミくたばれ」


まるで執事や貴族の手本のような礼儀作法でお客人のジョセフィーヌに
頭を下げる成人男性…


この人物こそがナジミの思い出話に幾度か登場した"没落貴族"であった
579 :oh…続きは一週間以内と言いつつ越えてしまった…ごめんなさい [saga]:2015/03/19(木) 18:21:05.66 ID:kE3ZK6OZ0


背の低さ…それは幼少時代の食生活に問題があった
 病弱な弟の為に自分の分の食事を多く分け与え…
それでも、両親も引き取り手もいない彼等は満足な食事を取れなかったが

ホームレス達と食糧配給の列に並ぶ日々…
 食べる事もままならないことなど多くあった…


故に成人男性の彼は下手をすると一般的な女性よりも身長が低かった










  「ンだとオラァァァァッッ!!!」ブンッ

  「上等だッ!掛かって来い!このマヌケがァ!!」…[メラ]!!!



   ゴスッ!  ベキィッ!   ジュボンッッッ!!  ボオオオオォ!!!



出会って一分と立たずに響き渡る拳による打撃音

そして[メラ]が地に着弾することによって立ち上がる火柱、轟音…




「さ!中に入りましょう?」

「え、あの…止めなくて良いんですか?…アレ」






  オラオラオラオラオラッ! イテッ!チクショウ [メラミ]!  アチィ!?





「良いの、いつもの事だもん」

「いつもの事なんですか…」



二人ともお腹空いたら帰ってくるから、とセルミィが
ジョセフィーヌの手を引きお屋敷へ入ります

きっと気にしたら駄目な奴なんでしょうね…

―――
――



「わぁ…」



圧巻…屋敷の入り口に入ってすぐジョセフィーヌは目を奪われる
玄関かと思えば此処は書斎…いや書庫か?

そう思えるほどに多くの本棚が左右の壁を多い尽くす
彼女にとっては感涙モノの光景であった

580 :今回は此処まで 続きはまた近々… [saga]:2015/03/19(木) 18:34:51.18 ID:kE3ZK6OZ0

「すごい量の本ですね…」キョロキョロ

「これね、全部ナジミとルラフェン君が書いたの…」



伯爵に仕えていた時代でもこれほどの本がある部屋は見た事が無い
…しかも此処の本の著者は外でドンパチやってる二人だと言うから驚きだ


「…とするとこれ等は全て"込める技術"関連で?」

「うん!…私が魔物の牙や秘境の薬草とか…材料を集めて
  ナジミが技術の方程式とかなんか"ぷろぐらみんぐ"とかいう
  ムズカシイ事をしたり、鍛冶屋さんみたいに剣とか創って
 それにルラフェン君が魔力を込めるの!」


(なるほど…ナジミさんは魔が使えないと仰っていましたからね
  必然的に誰か呪文を使える人がナジミさんの作った武具に
  魔力を"込める"要員が必要になる訳ですね…)



ナジミは魔力の才能がまるで無い…あっても雀の涙ほどで
 何故か[トラマナ]だけは努力して習得したとかなんとか…

何故、そんな使いどころに困る呪文だけを努力したのかは疑問ですが





(…ん?)







此処でジョセフィーヌは1つ疑問を抱く


 ナジミ  → 鍛冶屋のように武器を創る
         魔方陣のような術式をプログラミングする


・セルミィ → 材料集め担当、魔物の牙や皮、骨…etc
         樹海など秘境の珍しい天然資源の回収

・ルラフェン→ ナジミの精製した武器や書き込んだ術式通りに
         [呪文]を"込める"




・???  → ?????








「あの…もう一人は?」

「…? ああ!ソウジ君だね!」

没落貴族の兄の担当は分かった、しかしもう一人…病弱な弟君は?


「ソウジ…というのですか?その人?」

「ううん!ナジミがそう呼んでるの!ニックネームなんだってさ!」


581 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/03/20(金) 00:12:14.19 ID:9klOJS0DO
乙!!
582 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/03/20(金) 00:20:10.70 ID:GttGeUGDo
おつん
583 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/03/20(金) 01:45:31.89 ID:FKIjW9i9O
おつ!
584 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/03/20(金) 06:45:52.60 ID:NdziZS+zo
遅れ乙
MPを使う喧嘩
585 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/04/15(水) 09:06:23.99 ID:dIxu+v8DO
待ってる
586 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/05/06(水) 00:56:13.44 ID:V8EXB1/DO
はよ
587 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/05/15(金) 23:56:36.33 ID:iF5FOphDO
落ちちゃうよ(´・ω・`)
588 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/05/16(土) 17:28:57.85 ID:cyqveJaE0
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           生存報告!

    近日中と言いつつ結局できなくて申し訳ないです…


>>587 完結だけはさせますので…途中で落とすことはさせません…
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589 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/05/16(土) 19:26:47.92 ID:72gQN3YDO
とりあえず完結する見込みさえあるんなら構わんよ。
590 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/06/12(金) 19:09:53.76 ID:eSWEWeN10
まだかな
591 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/06/19(金) 23:27:09.47 ID:Nvj2EtrDO
待ってる
592 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/06/25(木) 22:14:23.32 ID:W7p5VY5DO
ほす
593 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/07/05(日) 15:37:37.36 ID:VU5eqHqEO
n
594 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/07/09(木) 23:23:52.56 ID:KxaGlTGDO
はよはよ
595 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/07/11(土) 15:32:30.77 ID:FdLyqwgE0

「ソウジ君はお兄さんのルラフェン君と違ってあんまり[呪文]は
  得意じゃないの…そのことを気にしてて
 ナジミから剣のお稽古をよくつけて貰ってた…」



「そのソウジというお名前…
  ナジミさんがつけたニックネームと言いましたね?」


読書家の彼女はその名前には聞き覚えがあった
それは偏に彼女が読書家であった事が大きな一因である

 彼女が仕え、また教えを乞うている大酒飲みの女傑は
父型の故郷である[ジパング]に強く焦れている



 ゆえにナジミがよく[ジパング]の諺や文学の一節を多用するし
彼女の持ち物にもそれに関するモノが多い、ジョセフィーヌお嬢が
ナジミから譲り受けた"簪"という髪飾りもメイドイン[ジパング]だ





「ソウジ…"ソウジ・オキタ"…[ジパング]のお伽噺に登場する
  有名な剣術家でしたね…神がかり的な剣才を持ちつつも
 不治の病に蝕まれるという男性の名前…」



すらすらとナジミから借りた本の内容を記憶の引き出しから見つけ出し
読書家は口にする…



「…ソウジ君の病気は現代の薬草学や[呪文]じゃ治癒できないの
   遠い昔に生えてた[ハデキアの根っこ]って言うのが必要だけど…」



ジョセフィーヌはそれ以上は訊ねなかった
その薬草が大昔の異常気象で絶滅した種である事を知っているからだ



「凄かったんだよ…ナジミから剣の事ちょっと教わったらグングン覚えて
 それで私から"二刀流を教えて欲しい"って頼まれて」



杖二刀流のセルミィ、剣術と杖術は多少、型は違えど通じる部分はある
ナジミがわざわざ有名な剣術家の名をつける程だ

恐らく本当に剣才に優れた人物なのだろうとジョセフィーヌは思う







  ガチャ‥‥!




「チッ!次こそは貴様をねじ伏せてくれるわっ!」ボロッ…
「はっ!言ってろブラコン野郎!」プスプス…


背の低い痣だらけになったアラビアンナイト風の男と
煤塗れで焦げ臭い長身の全身黒づくめの女性が帰ってきます


「セルミィ!わりぃんだけど回復してくんね?このバカは良いからよォ」
「アホの発言に耳を傾けるなセルミィ、すまないが傷の手当を頼む」


「…セルミィさん苦労してるんですね」

596 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/07/11(土) 15:35:29.86 ID:eT2fHaalO
おっ
597 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/07/11(土) 16:12:57.68 ID:FdLyqwgE0

つい先ほど玄関先で殴り合った男女が屋敷の玄関口で今度は口論を始める

バカだのアホだの間抜けだのと…精神年齢の低い子がやるような喧嘩
そして今にも殴り合い第2ラウンドを開始しそうな空気でした



(…なんかナジミさん、少しだけ楽しそうな気がする?)





ふと、ジョセフィーヌお嬢はある点に気が付く


それは、"この大陸に上陸してからナジミの言動"である

彼女が知る限りナジミという人物は何処か飄々としていて
お調子者のようで、何処か冷静に物事を見る人物という印象だ…

だが、今目の前で旧知の友と言い争うナジミの姿は幼く見えた



気心の知れた相手だからこそ、彼女はそう振る舞っているのかもしれない
自分が生まれ育った地だから普段は人に見せない本質を表しているのか…



「はいはい、二人ともそこまでなの!」


お互いの首根っこを掴み、取っ組み合いを始めようとする白と黒の合間に
ライトグリーンが割って入る


「ルラフェン君もナジミも久しぶりに会えて、嬉しいのは分かるけど
  落ち着くの!」


「はっはっはっ!セルミィ!そいつぁ笑えねー冗談って奴だぜ!」
「長旅で疲れてるようだな、次の作業予定は中止して休養を取れ」


黒コートと白マントが苦虫を噛み潰したよう顔で言う

さて、悶着はあったものの、怪我の治癒を済ませた二人と手当をした人物
そして従者の読書家は広い屋敷の中へと進んでいく…

外観からも予想はしていたが"秘密基地"と称される屋敷の内観は
実によくできており、上流階級の人間が住む豪邸と何ら変わらない



   だが…この屋敷には誰一人として使用人の存在が無かった



ちょっとしたウンチクだが、使用人を雇う事はその時代において
ある種のステータスと言えた
 純銀製の食器や使用人を多く雇う事で家主の財力および権威を誇張した
富の象徴たる銀食器を変色させないよう
質の高い手入れを行うメイドや執事達が居る事も他の貴族に見せるべく
多くの貴族を招き入れ、食事会を開くというのもこの時代ではよくある事


 さて、話は逸れましたが…その使用人は中流階級の家庭なら居ても
何らおかしな話ではない、だが、この屋敷には使用人が居ない
 玄関からゲストルームへと案内されるジョセフィーヌは
それを不思議に想っていた



「はいっ!このお部屋を自由に使って良いからね!」

「ありがとうございます」


案内された部屋は塵一つとしてない清掃の行き届いた部屋だった
セルミィ曰く、此処を訪れた来客用の部屋の一つであり
 白いソファーから寝心地のよさそうなベッド
箪笥からクローゼットに化粧台、果ては飲み物を収納した戸棚まである…
598 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/07/11(土) 16:38:43.81 ID:FdLyqwgE0


「そこの戸棚に入ってるジュースは好きなの飲んで良いよ♪」


戸棚というよりも酒場のワインセラーに近いソレ

ボトルにはこの大陸の…恐らく道中にあった果樹園地帯で取れたモノか
純100%と手書きで書かれたジュースのボトル
恐らく、ナジミ等が旅先で購入してきたと思われる外国の飲料…



「あっ!好きなの飲んで良いって言ったけどお酒はダメだよ!
   ジョセフィーヌちゃんまだ大人じゃないからね!」


「分かってますよ」




そしてやはりと言うべきか…ナジミのお気に入りのお酒
此処の太陽の恵みを受けて育った林檎を贅沢に使ったシードルがある



「お酒はダメだけど…えっと…あっ、そうそう!"ラムネ"なら良いの!」


林檎酒<シードル>のすぐ近くに置いてある瓶を指指しセルミィが言う
棚の2段目…右端から宙をなぞるように
彼女の指は彼女の着ている衣服と同じライトグリーンのガラス瓶を示す


"ラムネ"…これはナジミと二人で旅をしていた時にも見たことがある
酒場を訪れる客層は一般的に大人が大半だが…稀に子連れ客も居る


そんな客の為に考案された飲料で…砂糖水を炭酸水で割ったモノだったか



「他にも"こーら"とか"かるぴす"って名前の奴
   それなら飲んでも良いよってナジミが言ってた!」


一番下の段、子供の手が届きやすい場所に置いてある旅先で購入した物達
恐らく、あれがそうなのだろうと読書家はそれらを眺める



「ナジミはしばらく…2か月くらい此処で羽休めするって言ってたから
  たぶん暇になっちゃうかもしれないけど、寛いでいってね」


「あの…つかぬ事をお伺いしますが…此処にはルラフェンさんしか
  お住みでないのですか?使用人の方は?」



ナジミの従者兼弟子(仮)としてついてきたが
世話になるなら簡単な家事くらいはすべきだと思い、彼女は疑問を投げる




「んー、使用人さんは居ないよ?
  この家の掃除なんかは基本的にルラフェン君、後、帰って来た時に
  私が少しするくらいで」


そもそも、この屋敷の至る所に"込める技術"が使われていて
内装の清潔が保たれていると説明を受ける…


抗菌、殺菌仕様ゆえに掃除をする手間がほとんどない家
あっても、洗濯だったり、食事の準備や自分が研究で使った小道具の整理


…これはメイド泣かせな家である

599 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/07/11(土) 16:58:17.64 ID:FdLyqwgE0


2か月程、此処…"誰も名前を呼ばなくなった大陸"に滞在すると
言ったナジミだが…その理由は3つある


1つは…


単純に彼女の手持ちの武装が底を尽き掛けていたからだ…

彼女の"戦闘法"…いや、"戦闘方"は実に"込める技術"に頼る面が多い

それでも体術に関して言えば[遊び人]を名乗るのが
不思議なくらいに強いのだが…


兎にも角にもこの2か月間は彼女の主要な武装である
[魔法の玉]の精製が主であろう…[おおきなふくろ]に詰められるだけ
作るつもりだな、あの[北方大陸]で入手した[火炎草]を使って…




2つ目は…







「ナジミの…ううん私達の探し物、もうじき見つかるかもしれない」


初めてナジミと出会った日…彼女があの時から探していた[青い石]の事
此処へはその情報を入手したらしいルラフェンとの情報交換
今後の算段を決める為に舞い戻ったと…


「次はガセネタじゃないぞっ!てナジミに教えてやるんだって手紙に
 書いてて…嬉しそうだなぁ、って思えたんだ」

喧嘩するけど、なんだかんだで良い友達なんだよ?と笑う彼女に
今まで聴いてみたかった事を尋ねてみた…


「その…前から気になっていたのですが[青い石]の事…を
                 教えていただけませんか?」


「?…あっ、私達が探してるものの事あんまり教えて貰ってないんだね」


「ええ…ナジミさんの私情を本人から深く尋ねるのは失礼かと…」



メイドとしてあまり主人の事を詮索することなかれ…と前の主人には
叩き込まれたが…此処まで焦らされるといい加減我慢の限界が来る

元より好奇心の強い性格であったのだから…



「そっかぁ……う〜ん、ナジミの弟子になる予定なんだよねぇ
   なら教えた方がいいかも」



ついでに…気になっていたナジミの生い立ちなんかも聴ければと思う…




3つ目の理由…

従者兼弟子(仮)のジョセフィーヌに"込める技術"に関して
ある程度教育をさせてやる為であった



「良いよ、教えてあげる!」

600 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/07/11(土) 17:35:12.05 ID:FdLyqwgE0

「ジョセフィーヌちゃんはナジミの創った武器をたくさん見てきたよね?」


「はい」


ナジミが開発した武具…ナジミではなく違う"技術屋"が開発した武器や
実際に目にした事こそは無いが話に聴いていた武具も数多く知ってきた


まず一番に思い浮かぶのが[魔法の玉]
ピンを外して、数秒後には中に"込め"られた[ギラ]や[メラ]…
それがナジミの発明した"火薬"なるモノと合わさり絶大な破壊力を創る


次に魔物をおびき寄せる[匂い袋]…そして忘れたくても忘れられない
「[力の指輪]に[ごうけつの腕輪]だ


ジョセフィーヌお嬢が男装の麗人ナジミと関わる切っ掛けとなった事件
猟奇殺人事件に使用された"込める技術"なのだ…一番印象深い


 そして旅のお供の[おおきなふくろ]に
これまた犯罪に利用されていた"込める技術"[てんばつの杖]

[消え去り草]は…技術じゃないな、次に見たのは[変化の杖]
魔物を封じ込める筒の存在…

後は…話に聴いただけで実物は見たことないが[夢見るルビー]
そしてナジミが[シルバーデビル]退治に用いた[デビルキラー]


北方大陸で知り合った少女ヴァージニアと共に見た[聖域の巻物]
そして杖2刀流のセルミィが使った[微笑みの杖]に[ボミオスの杖]

…[ピオラの杖]



あれは酷かったなぁ…[ボミオス]掛かっていた相手に対し
セルミィは[みかわしの服][ほしふる腕輪]を装備でさらに素早さ2倍…


相手はまるで"時でも止められた"かのような衝撃と杖のラッシュで…


と此処まで思い出して他にもセルミィが不思議なチーズを持ってたり
色々と隠し玉がある事を読書家は脳裏に浮かべていた…






「ナジミの創った武器で杖‥‥特に杖だけど使用回数とか
   使用期限って無かった?」




たとえば、温泉を創った時の[マグマの杖]…[変化の杖][ボミオスの杖]
前者は寄せ集めの材料で作った急増品で本来の性能を出せず

後者に関しては使用回数や数年後にはただの棒切れになると言っていた…


「ナジミの理論は凄いらしいよ?
  普通の人の魔法陣やルーン文字じゃあれよりも簡単に使えなくなる」


物質に[呪文]や力を込めるのには莫大なエネルギー…もしくはそれを
完璧に制御しきれる術式が必要であった…


術式の方は数百年来の天才と呼べるナジミの知能でカバーできるとして
問題は材質そのもの、もしくはエネルギー問題であった

オリハルコンやミスリルがあったとしても…術式が完璧でも
ただの机上の論文で終わってしまう開発プランも数知れず…

そこを莫大なエネルギーでカバーできれば今まで以上に精度の高い
武装を生み出す事も可能となるらしい…
601 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/07/11(土) 17:47:20.47 ID:FdLyqwgE0


「ナジミのご先祖様…ナジミのお父さんのお父さんのずーーっと
  昔の人なんだけどね…その人がある"込める技術"を創ったの」


「ナジミさんのご先祖様がですか?」


「うん、それはどんな材質でどういう製法で
  作られたか全くわからない
 もしかしたら大昔に失われた…えっと、えっと…
 て、"てくのろじー"…?って奴?かもってナジミが言ってた」


「はぁ…」


また分からない単語が出てきた、"てくのろじー"?



「ナジミもどうにか自分で創れないかなって
  子供の頃、すっごく躍起になったけどでも全然ダメで諦めて
  …そのご先祖様の作品が今もこの世界の何処かにあるらしいんだけど
  でも何処なのか誰も知らなくて…」



「…それが例の[青い石]とやらですか?」


「うん…ナジミのお父さんにも探せなくて
  もう、半ばそれは…、えっと、と、と、都市伝説?みたいなモノだー
  って言われてるの!」


都市伝説‥その表現はちょっと違うのでは?とツッコミは入れない

とにかくナジミの家系、一族の間でもその[青い石]は伝説となっていた








 「その石が…その石さえあれば、莫大なエネルギーを確保できる

    そして、今まで作れなかった"込める技術"も作れるようになる」





      セルミィは…ゆっくりと口を開き…


 「ナジミが探す、一族の間で伝説と呼ばれる[青い石]の正体…それは」





      [青い石] の"通称"を語る…











   「通称… " 無限エネルギー発生装置 "

                     [賢者の石]… 」




602 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/07/11(土) 17:51:23.10 ID:FdLyqwgE0
▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽


    此処まで!ようやく[青い石]の詳細を語れましたね!


       相変わらずの亀更新で申し訳ありません…

▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽
603 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/07/11(土) 23:37:54.52 ID:8QePAJm2O
おつん
604 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/07/12(日) 00:05:25.46 ID:VUuAal+vo
おつ
605 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/07/12(日) 06:49:02.78 ID:SOJFJ66DO
乙!!
606 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/07/12(日) 10:51:36.19 ID:HGVlOc+AO
≫1 乙

青い石の名前が出て来たが
ハガレンでの赤色のイメージが強いのは自分だけかな?
607 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/08/09(日) 00:00:00.62 ID:bU9g0WEDO
ほす
608 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/08/26(水) 00:28:22.91 ID:bHnpRV/DO
まだかな
609 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/09/05(土) 22:33:32.04 ID:ocAgvpxDO
610 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/09/10(木) 18:13:30.90 ID:oep6QzP80
▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽

     9月14日月曜日の夜23時頃再開予定

▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽
611 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/09/10(木) 19:07:11.03 ID:p0ErDtVqO
おk
612 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/09/10(木) 22:26:22.73 ID:+tfA0JnDO
はあく
613 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/09/15(火) 03:47:29.42 ID:UYSLoWOLO
さて
614 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/09/24(木) 23:09:13.55 ID:cd9SpvODO
待ってる
615 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/10/04(日) 23:38:59.41 ID:l8cZsULDO
そろそろかな
616 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/10/22(木) 07:42:25.02 ID:XaSwsdeDO
ほす
617 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/11/11(水) 15:52:54.81 ID:Op7r+b+b0



          「無限エネルギー…」



この世には"ルール"というものがある
それは時に人類が、時に自然そのものが、時として神がお創りになる、と


人が互いの領域を汚さず、奪わず…その為に"法"が創られるし
弱者が強者を生かすために生態系のピラミッドが築かれる


そして…ッ!




"万物"には"万物の為の法則"があるのだッ!




「…無限エネルギー…その名の通り、決して消える事の無い無限の力
  それさえあればどんな不可能だって可能にできちゃうらしいの
  当然、良い事だって悪い事だって」


何も存在しない"無"から"有"を延々と生み出す…
 それは万物のルールへの反逆…
まさしく、神の領域に踏み込んだ存在だ


だから、ナジミのご先祖様は "もしも" と呼べるような"何か"が
起きるまで誰の手にも触れられないようにしたんだって
彼女、セルミィはそう付け加える



"もしも"…それは誰にも分からないし、一体どのような事態を以って
それが"もしも"と呼べる有事なのか
ただ話を聴くだけのジョセフィーヌには到底理解できなかった





「…ナジミさん、ひいては皆さんはその[青い石]もとい[賢者の石]を
  お探しになられている、それが意味することは…つまり」


「…それは、ごめん私あんまり頭良くないから分からないの」フルフル…


断言はできない、その旨を伝え彼女はただ首を左右に振る









     「ナジミは昔…"画期的な戦闘方を考えた"」




        「画期的な戦闘法ですか?」







  「うん、画期的な戦闘方、だから今、無限エネルギーが必要なの」


618 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/11/11(水) 16:07:49.32 ID:Op7r+b+b0

セルミィ、彼女は一般的な物の見方をすれば友好的な人柄なのだろう
 だが、悲しいかな彼女はあまり対話が得意な方ではない


相手が人間でなく魔物ならばそうでもないのだが
如何せん対人コミュニケーションの方はあまりよろしいとは言えない


過去に画期的な戦闘方とやらを考えた、だからエネルギーが要ります


話の関連性が見えてこない

彼女の話は大体すっ飛んでいる場合があるのだ
1を聞いて10を理解しろと言っているような物である


(…ふむ、この方はこの方なりに説明しようとしているのでしょうが…
  これは要点や話の本質を聴けるよう誘導する必要がありますね)



「?」キョトン



「失礼ですが、その画期的な戦闘法が出来た経緯から
  順を追ってご説明願えますか?」


「…うん
  良いよ!あれはね、今から―――」



一瞬だけ暗い顔をして、だが彼女は語りだす



まだ…セルミィが今よりも小さい頃

まだ…ナジミがルラフェンとその弟が幼かった日




空が何故青いのか、大陸の外がどれほど広いのかさえも分からない
そして、いつまでもこんな平穏が続くと思い続けた日々を――


*********************************
***************
******
***






 セルミィは語りだしを聴き、ジョセフィーヌお嬢は
脳内に景色を思い浮かべる

あの海岸線の向こうから浜辺、果樹園地帯…
草原とこの屋敷までの道程と季節の移り変わりの様を当てはめていく



時代背景は今より9年近く遡る…







      "ナジミが14才"の少女であった時代だ




619 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/11/11(水) 16:29:50.26 ID:Op7r+b+b0



果樹園地帯に一本の大きな樹木がある


 枝には幾つもの紅い実が実る、聖書にも登場する禁断の真っ赤な果実だ
口にした人間は英知を授かり代価として失楽園となった
大人になって考えれば馬鹿馬鹿しいと鼻で笑うようなソレ






彼女はその知恵の実を小さな口で頬張っていた




逞しい主幹、太くて丈夫な枝からは紅と緑の自然色が映える、だからこそ
直ぐに目立つのだ…彼女の着ている"黒"は



真夏日と比べれば寂しさを感じさせる太陽光を浴びて
呑気にお昼寝気分なのか…大人用のぶかぶかの黒コート、黒い長靴
サラサラとして長く伸ばした綺麗な黒髪

黒で統一した彼女の首元には目立つ純金製の星を模った飾り物


片足を振り子時計のようにブラブラとさせて気怠そうに知恵の実を齧る




    しゃりっ…!



そんな咀嚼音を立て、口内に太陽の恵みを広げていく




「…んっん〜!"デリシャス"ですよ…こいつぁ」シャリ…!





   "ナジミ"


…数百年来の天才である少女は家庭教師の授業をサボり甘味を嗜んでいた



「…貴様ァ!!!此処に居たのかァ!!」ザッ



「あぁん?…なんでい、ブラコンじゃねぃですかい?」


 苛立ちを隠すことなく、息を切らせて一色線に向かってくる少年の姿を
ナジミは見て、これまた気怠そうに声を出す


ある年の冬、とある街に留学中だった頃に出会った少年
通称"没落貴族"の兄である


「ぜぇ…ぜぇ…!き〜さ〜ま〜ぁ!!」ギリギリ

「オイオイ、ルラフェン…そんな顔してっと疲れますぜ?
  もうちょいリラックスしたらどうですかい?」シャリシャリ


ふぅ〜、やれやれ…と大袈裟に肩を竦める動作をして再び林檎を齧る

それが彼の怒りの炎に油を注いだッ!主にバケツ一杯分程…
620 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/11/11(水) 16:50:29.77 ID:Op7r+b+b0




ブチンっ!



それを擬音化しろと言えばそんな音だろう

[ジパング]の諺で言うのなら"堪忍袋の緒が切れる"という奴だ

白を基準とした服を着こんだ彼は顔を林檎のように紅潮させ…






「誰のせいだと思っている!このアホッ!」クワッ!!


「はて?分かりませんなァ〜?」シャリ…!



身寄りの無い彼…ルラフェン、そして不治の病を患う弟を引き取ったのは
ナジミの"家庭教師"である

没落貴族の兄弟はナジミとナジミの家庭教師に連れられ
この名前も呼ばれない大陸で暮らす事となった

以後、ナジミの両親とは家族ぐるみの付き合いで
同年代のセルミィとも一緒にこの大陸で唯一の教鞭を振るう事のできる
"家庭教師"の男性から授業を受けさせてもらっている




…その男性はナジミの両親が大陸の外で知り合った元旅人で
知り合いの誼で外の世界の事、旅先で学んだ学術を娘に教授して欲しいと
頼み込んだらしい


故に"ナジミ専用"の"家庭教師"なのだ


なのだが…その家庭教師の男性が没落貴族の兄弟、
教会に捨てられた少女セルミィの秘められた才覚にえらく興味を抱き

『そう遠くない将来、添付の才を持つナジミと
             分け隔てなく接せられる"友"となれる』

だから彼女等も学ばせてもらえないか?とナジミの親に掛け合ったのだ



この大陸には小さい子供が居ない


だから歳の近い友人ができることは善しと考え、それに加えて
ナジミの親は良心的な人間だった

だから真っ当な身寄りの無い、少年少女3人の受け入れ等にも
二つ返事で許可を出したという




さて、話しが逸れたが


そんな彼が今、鬼の形相で黒コートの少女に怒鳴り散らしているのは…




「貴様が授業中にサボったから私が貴様を探すハメになったのだぞ!!
 わかるかッ!ただっ広い大陸中をお前求めてフルマラソンだ!!」


「わーお!そいつぁお疲れッスね!ごくろーさん」

「この大馬鹿野郎ッ!降りて来いッ!!」
621 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/11/11(水) 16:54:36.15 ID:Op7r+b+b0
*********************************



 ごめんなさい9月14日は想定外に事態で投下できませんでした…
 本当に長い事お待たせして申し訳ないです…



訂正

×『そう遠くない将来、添付の才を持つナジミと
             分け隔てなく接せられる"友"となれる』

○『そう遠くない将来、 【天賦】  の才を持つナジミと
             分け隔てなく接せられる"友"となれる』



>>606 ハガレンの賢者の石は紅いですよね!
    でもドラクエ的には[賢者の石]は青なんですよね

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622 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/11/11(水) 16:56:05.27 ID:D9ZseoW/O
おつおつ
623 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/11/11(水) 18:50:48.85 ID:VkUb1XecO
おつ
624 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/11/11(水) 23:19:28.78 ID:UtmP7rTDO
乙!!待ってたよ!!
625 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/11/12(木) 10:21:08.54 ID:qyLEzw6RO
おつんつん
626 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/12/06(日) 20:53:27.01 ID:fbq0G++mo
ほしゅ
627 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/12/16(水) 15:39:06.74 ID:osH3ANs40


「てでーま」シャリシャリ

「先生、バカを連れて戻りました」



「はい、ルラフェン…お疲れさまでした」ニコッ




 こじんまりとした小さな建物、大陸の外で使われる名称で呼ぶのなら
丁度プレハブと呼ばれる物置小屋のような広さだ


ナジミの実家から徒歩で1時間、そこに建てられた簡素な白塗りの建物で
子供用の椅子と机がそれぞれ6脚だ

だが使われるのは4人分でそれ以外の物は壊れた時や清掃などの予備だ




この大陸には子供がいない



居るのはナジミと没落貴族の兄弟、そしてセルミィお嬢のみである




「ほれ!センコーに土産だ!」

「おっと!!!ほぉ…これは良い林檎ですね!ありがとうございます」


「先生…!貴方は甘すぎます!もっとこの馬鹿野郎にはガツンと!!」


「まぁまぁ…!ではこうしましょう
  私はナジミからこの上質な林檎を頂きました…
       つまりこの"賄賂"でおあいこということで」




「だとよルラフェン!」


「〜っ!」ムスッ



ケラケラと笑う黒コートの少女とは対照的にしかめっ面の少年
そんな二人と教師のやり取りを見て笑うのが――



「今日も賑やかだね!」
「はいっ!…お兄ちゃんもあれで楽しんでますよ!」


そんじゃそこら少女よりも可愛らしい少年とサイドテールの少女である














「っしゃ!今日の授業は案外早く終わったな!!!遊びに行こうぜ!」

「貴様は途中からサボったからな、だから早く終わったように思うんだ」

628 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/12/16(水) 16:02:17.35 ID:osH3ANs40


「っせーなぁ、細けぇ事ぁいいじゃあねぇか」


「先生がよく言ってた『若い内の苦労は買ってでもしろ』とな
 色んな経験を積んで、挫折や苦悩を味わうから後の人生で役立つとな」


「わーお!なら安心だ!俺ぁ将来苦労しないかんな!」ハッハッハ!

「ガキかよ」

「ガキですぜ!」



齢相応の馬鹿馬鹿しい会話をしながらナジミ等4人の少年少女が
原っぱへと出向いていく



授業が終われば彼女等は決まってある"遊び"を楽しんでいた


これはナジミの母親が小さい頃よくやった遊びだそうだ…



ナジミの母親の生まれ故郷は…[エジンベア]という国だった
そこの貧民街で少年少女達の間で流行っている"ベースボール"と言う物だ


「お兄ちゃん!ナジミ師匠ー!セルミィさん!こっちは準備良いです!」



「おーう!ソウジはそのポジなー!」




「…ハァ」

「? どしたの?ルラフェン君、ため息ついて」


「…弟が…ナジミに強くなりたいと言い出して
  それで稽古着けてもらって…もうどれくらいか…アイツの事を
  師匠と呼んでそれなりに慕ってて…」ガクッ



「ナジミとソウジ君が仲良いのが気になるの?」


「当たり前だ、ウチの弟にまで馬鹿がうつったらどうする…」

「あはは…風邪じゃないんだし大丈夫じゃないかなー?」




ルラフェンとその弟の住まいは"センコー"の家のすぐ近くだった

いや…お向かいさんと言った方がしっくり来る




とある街で没落貴族の兄弟とセルミィを保護し、この大陸に連れてきた時
彼女等の住まいをどうするか?

 ルラフェン達は、"センコー"の助手兼弟子という形式で来た為
すぐに彼の研究や授業の荷物運びができる住まいという事で
一月近くで建てられた頑丈な家だった


ちなみに身寄りも無いセルミィは"センコー"養子として連れられた為
センコーの家に住み込みである


さて、そんな彼らと彼女の家にある共通の遊び道具…"野球セット"だ
629 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/12/16(水) 16:17:17.59 ID:osH3ANs40


ナジミにせよ、ルラフェン達にせよセルミィにせよ誰かが
忘れたなら、すぐに家に帰って持ってこれるようにである



小さなボールと[ひのきの棒]を加工したバット
そして"ホームベース"なるモノで準備は完了だ…




「おっしゃ!行くぜぇ…!」グッ!



投手<ピッチャー>ナジミ…そして!!




「うんっ!行くよ!!」ブンブン!!



打者<バッター>セルミィ…ッ!



このカードの場合は大抵の場合
 常にホームランか常に三振のどっちかである


「…で、また俺が玉拾い役か」ブツブツ

「お兄ちゃん!頑張って!」


セルミィに負けず劣らずの打者である弟に励まされる兄、男としては
一番弱いのが複雑な心境である


…周りの女子の強さが異常である





   「オラァァ!!!」ブンッッ!!   シュパンッ!!!

   「っ…えいっ」ブンッ! スカッ!

   「すとらいくー!師匠の勝ちだよー!」



 キャー! ワイワイ!  アハハッ!


「…暇だな」ポケー



ナジミとセルミィの一騎打ち、そしてキャッチャーを務める弟…

そんな3人を遠目に眺めながらも時折蒼空を見上げる…

ふと、顧みる…あの街で貧困に陥っていた時の自分を
こうして青空を見上げる余裕があっただろうかと…




「…暇であることもある種の"贅沢"なのかもな」


「お兄ちゃん!危ない!!」

「ん?―――ウゲェ!?」バキィ!!


「わーお…わりぃ、まさかそっち飛ぶとは思わなかったわ」

「な、ナジミ…し、ね…」ガクッ
630 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/12/16(水) 16:27:35.85 ID:osH3ANs40




「ほらよ!腫れてねーし、こんで良いだろ」ポン


「…気を付けろ馬鹿野郎」イライラ


「へーへー、気ぃつけますよ!」ペラッ





「…」


「…」ペラッ



「それ、まだ読んでるのか?」


「んあ?…ああ、この[進化の秘宝]についてって奴か」

「俺は…あの時と比べて学もそれなりにつけた
  だから…昔よりは本に書かれてる事も分かって来たつもりだった」


「…」



「だが、俺にはまるで一向に読み解けないんだ
  術式も何を媒介にするかさえも…

              …お前には理解できるのか?」





「…できるね」



「なら―――「だが断るッ!」



   ルラフェンが言うより先にナジミは口を挟む


「っ、まだ何も言ってないだろ!!!」

「ケッ!言わねぇでもわからぁ!!!…テメェよォ
   弟ちゃんに使いたいんだろ?この[進化の秘宝]て奴ぉよォ」





「………」




「…弟ちゃ――ソウジの野郎は身体が弱ぇさ
  俺のつけたニックネーム…[ジパング]の剣豪
  ソウジ・オキタみてーにマジで弱ぇよ…"皮肉"にも、だ」


「分かってるよ…アイツの病気を治せる薬草はもうこの世にはない
  だから完治もできない…」



「だから、お前はこの[進化の秘宝]って奴にある "究極生命体" を
 生み出す技術を応用して、ソウジの事を
    病にも負けねー強い身体にしてぇそうだろ?」

631 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/12/16(水) 16:42:42.24 ID:osH3ANs40


――ルラフェンは目の前に居る黒コートの少女に何も言えなかった




彼は…彼女、ナジミの事が嫌いだった




…いつもお茶らけていて
   馬鹿みたいな振る舞いで周囲を困らせるような奴なのに









  なのに…自分や周りの人間の本質や悩みを見抜いてるから――






     「わりぃ事ぁ言わねぇ…止めろ」





 いつもの馬鹿みたいに高いテンションでもない
自分より年下で…生意気で、人をイラつかせる天才だと思ってる奴なのに




     「…ルラフェン…‥頼む、止めてくれ」スッ






…なのに、こういう時だけ、この女は
            大人びた顔で諭すように優しく言い聞かせる



…だから嫌いなんだ、彼はそう心の中でつぶやいた



   「…止めろよ、土下座なんて私にするな
           …お前らしく、…ないじゃないか」


   「…やだね、お前が諦めるまで俺ぁお前の嫌がる事をし続ける」






そう言って"心の奥底では尊敬している悪友"はあっかんべーと
舌を出しながら、見たくも無い"尊敬する友人の土下座"という嫌がらせを
続けて来るのであった…


  「わぁってんだろ?術式だの媒介だのは読み解けなくとも
      アレは人間が使って良いもんじゃあない…
         アレを使ったら最後、人間を止めちまうさね」


  「…分かってるよ」

  「約束しな、…完治はできなくとも身体は良い方向に向かってんだ
    無理に訳わかんねぇモンに頼る必要はねぇだろ?」

632 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/12/16(水) 17:03:36.23 ID:osH3ANs40


「分かったよ…約束する、だから貴様もソレを止めろ…頼む
  男が女に土下座させるなど元貴族としてあってはならんからな」

「…へっ!嘘吐いたら、わさび丸ごと食わせっからな!」スッ



    「ふんっ!…ならんようにしてやろうじゃないか」ククッ

     「ハッ!!ったりめーだろボケ」ヒヒッ!



 セルミィやソウジも…そして彼女等の教師も大陸中の者が知っている
なんだかんだで口喧嘩の多いこの二人も
お互いをそれなりに認めているという事を…"固い絆のある悪友"なんだと





  「おやぁ?先生はこちらにいっらしゃいませんかぁ?」ギィ…!


           「「!!」」




 喧嘩友達が仲直りをした直後に一人の男が
二人しかいない個室に入って来た…


真っ白なローブに…蝙蝠のようなマーク、やせ細った頬と同じように
棒切れのような細い足腰で室内に一歩踏み出す

足腰が弱い為かその男性は一本の杖を突いていた、純金製の杖の先端に
翡翠をはめ込んだ杖





「ほぉ…!これはこれはナジミお嬢様じゃありませんかぁ…
   男を部屋に連れ込んで甲斐甲斐しく手当とは
           …いやはや!お邪魔でしたかなぁ?」ニヤニヤ




「…あぁん?んだよそのキモイ笑いは?」

「‥…俺はこのアホに野球の玉をぶつけられましてね
    それで正当な手当てを受けただけです
           用事が無いのでしたらお引き取りと」


ナジミは包み隠すことなくストレートに『キモイ』と

ルラフェンはこの薄気味悪い笑みを浮かべる男に"遠回しに『失せろ』"と
それぞれ言うのであった


「これは失礼!しかしナジミお嬢様も数年後が楽しみですなぁ!
   きっとお母様に似た凛々しい女性になられるのでしょうなぁ〜」


「うわ、キモ」

「先生に用があるのならすぐに行かれたらどうですか?暇なんですか?」



この痩せこけた白ローブの男性…鋼のようなメンタルの持ち主である
14才の少女に2回『キモイ』と言われてもへこたれないあたり凄い



「ほっほっほっ!失礼!それでは…!」バタンッ!

633 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/12/16(水) 17:20:37.56 ID:osH3ANs40


「…マジできめぇなアイツ」


「言うな、…一応あの男は先生の連れだぞ?」

「一応、な…勝手についてきただけの」


没落貴族の兄弟とセルミィがこの大陸に暮らし始めてしばらくした後の事
家庭教師こと"センコー"はナジミ等の教材を買いに船に乗って
 大陸の外へと買い出しに出かけた…




そして、魔物の群れに襲われていたあの痩せこけた男を助けたらしい




以来、男はセンコー……いや、違う






センコーが助ける為に使った "込める技術" に惹かれたらしい

そして、しつこく弟子にしてくれとストーカー顔負けな程に言い寄り…
最終的にこの大陸までついてきたらしい、了承も無く勝手にである



彼は聞けば何処かの辺境の村で神官をしていたそうだが…

彼は…教会の教えに無い事を住民に言い初め
存在しない神について語るなど…




そう、つまり…その、彼は所謂 "新興宗教"を立ち上げようとしてる人だ



「…俺ぁアイツが気にいらねぇ」

「まぁ、な」


ナジミの母親に取り入ってどうにかこの屋敷のお手伝いさんとして
住み込みをさせてもらっている(無論、ナジミの母も内心良く想わない)


本当に神に使える神官なのかと疑うような性格だ…


まず、女性を見る目つきが嫌だ

ナジミの母親を見る目つきが完全に
変質者そのものであるし(だから嫌われてる)


それどころか娘であるナジミすら"そういう目"で見ている…


あの男が声を出さずに我慢してる事を良い事にセルミィの身体をやたらと
触っていた時は本気で石でも投げつけてやろうかと思った程だ



「つーか、アイツやべぇわ…俺やセルミィ所か弟ちゃんまで
  じろじろ見てんだぞ?大陸の外じゃよォ
        あーゆの"ペド野郎"ってんだろ?」

「…お前、本当そういう下らん知識だけは身に着けるの早いよな」


「褒めるな!照れるぜ!」ハッハッハ!

「褒め取らんわ!このマヌケがッ!」
634 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/12/16(水) 17:34:50.01 ID:osH3ANs40


「まっ…あの野郎ロリコンだかショタコンだかはどうだって良いんだわ
  ただキメェだけで何もしないなら無害だしよォ」



仮に手だしたらブチコロだけどな!とナジミは付け加えながら言う






「本当にやべぇのは…アイツが"込める"技術に興味持ってる事だわ」

「‥だな」




"込める"技術…まだ世界に多く広まってない力


火炎系の[呪文]を爪に込めた、[炎のつめ]や他にも[ふぶきの剣]など
一つあるだけで大きな影響力を及ぼすかもしれないモノだってある


"新興宗教"…強い力…



確かに惹かれるのだろう、な


 ナジミは地頭はかなり言い方だ…事実彼女は数百年来の天才
故にこの若さにして"込める技術の開発もそれなりに出来るだろうし
あの[進化の秘宝]について書かれた本の内容も解せる



だが…まだ子供だ


だから大人の悪意や考え方も…なんとなく本質とかは見えて居も
それをどうすれば良いとか、具体的な物までは完全に見抜けないのだ


 ナジミよりかは大陸の外で都会暮らしの歴が長いルラフェンなら
あの男が"込める"技術のどこに魅力を覚え、何に使いたがってるか分かる



「具体的に何がやべぇか分かんねぇけど…あの変態野郎にだけは…
   なんつーか、あんま技術はやりたくねぇわ」



「…それで良いさ」




あの痩せこけた男の目

隈ばかり張っていてまるで爬虫類のような…トカゲを思わせる
ギョロギョロした目つき…


それがナジミも…セルミィも…ルラフェンも、他人に優しいソウジでさえ
『嫌だ』と思わせた…


"センコー"の養子、助手、弟子…大金持ちのお嬢様

そういう表面ばかりを見て、"へーこら"する態度…


本質では子供達を見下してるような嫌な大人の心‥
それが時たま見えるのだ…

635 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/12/16(水) 17:50:54.82 ID:osH3ANs40
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「ふぅ…少し話過ぎて疲れちゃったかな…
     ごめんねジョセフィーヌちゃん、少しだけ休んでも良い?」


「ええ、構いませんよ、紅茶を淹れましょうか?」


お客様なのにごめんね?と両手を合わせてお願いするセルミィに
ジョセフィーヌはカモミールティーを淹れる…

「いえ、これくらい構いませんよ…9年も前のお話を語って
                  貰っているのですから」


「でも、お料理まで手伝ってもらって…」

「メイドの務めです」


少し教えただけで、初めてやってきた厨房の食器や調理器具etc…の配置
そして長年メイドとして培ってきた手際の良さでセルミィの思い出話を
聴きだしつつも、上手く仕事をこなしていく


経験だけでなく、彼女個人の要領が良いという事もあっての事だ



「あとは、キッシュが美味しく焼きあがるのを待つだけだねっ!」フフッ

「ええ……どうでしょうか?お味の方は?」


「うんっ!香りも味も…良いね、これ…どうやったの?
                 淹れ方とかも私と違うし」

「ええ、それはですね――――」」







「へぇ…勉強になるの!」

「恐縮です」



「…んー、一息つけたし、続き話そうか?」

カップを置いて彼女は話し出す

「…あんまり言いたくないけど私もその男の人好きじゃないの…
    好きじゃない人だったからその人の名前、よく覚えてる…」


 その人の名前は…と、どこか震える声でセルミィは告げる…











「…[ロンダルギア]…その爬虫類みたいな目をした男の人の名前
              [ロンダルギア・ハーゴン]っていうの…」


 [ロンダルギア・ハーゴン] ……

"新しい宗教"を立ち上げようとする元・神官の名は"[ハーゴン]"と言う
636 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/12/16(水) 18:00:12.03 ID:osH3ANs40
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          今回は此処まで!!







    ………【込める技術】ッッッ!!


    ………【ナジミの考える画期的な戦闘"方"】ッッッ!!


    ………【賢者の石】ッッッ!!!


    ………【進化の秘宝】ッッッ!!!


    ………【ハーゴン】ッッッ!!!


    ………【新しい宗教】ッッッ!!!


    ………【 "究極生命体" の創り方】ッッッ!!!!






     全ては…ッ!


     全ては………ッッ!!




     全ては…………『繋がっているッ』!!!



  ドドドドドドドドドドド…!


                To Be Continued⇒

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637 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/12/16(水) 18:15:39.33 ID:vat564m2O

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638 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/12/16(水) 21:08:25.71 ID:ITvwsWylO
おつ
639 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/12/18(金) 00:05:56.93 ID:P7ADhEuDO
おつ
640 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/12/24(木) 16:14:07.76 ID:o+b0JhQq0
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***




当時、少年少女等4人はその[ハーゴン]という名の男が嫌いだった
それは大人になった今でも変わらない


大っ嫌いなタイプの大人…それが居る事さえ除けば彼女等の生活は
満ち足りていたのかもしれない




14才のナジミは酷暑続く真夏日でも真っ黒なコートを着ていた


 まだ切る事も無く、ちゃんと女の子らしく伸ばした黒髪
気に入ってるのか肌身離さずぶら下げてる星のペンダント
"可愛い"と言うよりかは"凛々しい"という方が正しい整った顔立ちは
野球をしている時なんかは特に輝いているように見えた






「へっへっへ!どうでぇい!!これで俺の勝ちだぜ!」

「この怪力女が…」ゼェゼェ

(…お兄ちゃんが弱すぎるんだよね…魔法使いだから体力的に)

(ルラフェン君じゃ仕方ないと思うの…)




「じゃ、今日のお前の分のおやつ皆に奢りな!」ニヤニヤ

「ぐっ…!我が弟とセルミィくらいは良いとして貴様なんぞに…」




 午後の予定はナジミの実家で優雅なティータイムであった
彼女の大好物である林檎を使ったタルトケーキ
そして香り豊かな大陸の外で購入したらしい茶葉

子供達は食前の運動で可能な限り胃に空きを作ろうとするのだった



「まぁよォ、茶くらいはそのまんまにしてやっからよォ〜」ニヤニヤ

「っ〜!腹立つな貴様は本当!!」

「もうっ!二人とも喧嘩は駄目なの!」

「ナジミ先生もお兄ちゃんも!これからおやつなんですから!」


「むぅ…」
「…わぁーったよ、まぁ、ちと俺も悪ノリが過ぎたわな…」ポリポリ




[スライム]が数匹ぴょんぴょん跳ね飛んで仲間同士でじゃれ合う光景
丁度、今の少年少女等の関係を表しているようだった

 お互いに馬鹿やってふざけ合って
笑い合って軽口叩いて本気じゃない喧嘩をして…まさしく青春真っ只中


風通しの良いこの草原が4人は好きだった
このただっ広い草原はどこまでも続いてるように感じられるから

季節の変り目には様々な匂いを運んでくる春に芽吹く若葉の匂いから
暑くなり始めた時期の露草の香まで…
641 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/12/24(木) 16:38:45.98 ID:o+b0JhQq0


 4人で手掛けて作った秘密基地もといツリーハウス
果樹園地帯、海岸…"センコー"と勉強できる小屋、ルラフェン等の住まい
そして遠目に見えるナジミの実家たるお屋敷…


言葉通り、此処を中心に何処へだって行ける

物理的な意味合いではなく精神的な意味合いでもこの草原は
何処へだって行ける、そんな気持ちにさせた


大海に囲まれ、自分達だけでは広い世界には行けない
港も無ければ大陸の外と此処を行き来する船も無し
まともな教育機関は家庭教師との授業くらい




         "井の中の蛙大海を知らず"


知を求む、好奇心旺盛な年頃の子にとっては此処は狭すぎる



         まるで牢屋だよ、ろーや




「こいつぁ…グレートですよ…!」ジュルリ

「ナジミ先生、涎、涎…」

「貴様…いい加減に淑女の自覚を持て
     仮にも大金持ちのお嬢様だろうが」ハァ…!

「るっせぇ!人間は感情の生きモンだろ!こんなん前にして我慢なんぞ
  できっかってんだ!」



16切れのタルトケーキ…一人につき4つまでと言う事だろう

「んじゃ、俺が5つ、セルミィ、ソウジも5切れとして
  テメェは1つ、と言いてぇが流石に憐れだしな俺の分けて止んよ」

「わー嬉しいなーナジミから1/4切れ貰ったよ畜生!!
            どうせなら丸々一つ寄越せよ!」



        ワイノ!ワイノ!  アハハッ!




「なぁ…俺達ぁ、今はただのガキだよなァ〜」

「なんだ藪から棒に」


「いやなに、ちょっとだけ聴いときたいと思ってな…
  大人になったら…さ、何になりてぇんだ?いや、何したい?」


「大人になったら?…だと?」

「そーそー、セルミィ!将来の夢とかどうよ?」

「私?」モグモグ


まーた、ナジミの突然の思い付きか…と呆れる少年
何処か楽しそうに苦笑する弟
そして口を開き始めるサイドテールの少女

「私は…絵本を書く人!」

「ほう…セルミィは絵本作家になりたいのか…」

「んだよ、呆れてる癖にテメェも話に興味あんじゃんかよ」
642 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/12/24(木) 16:56:13.07 ID:o+b0JhQq0


「親友の将来だからな、気にはなるし参考程度にはとも思う」

「お兄ちゃん、素直に…
 『前から友達とこういう話題したかったけど切り出せなかった』って
                           言いなよ?」


「ごふっ!?」ブフッ

「プッ!」クックック

「ばっ!?そ、そそそ、そんな訳ないだろうっ!?」

「あー、良いからそういうの…ぷっ!」クスクス


「ルラフェン君、ハンカチ」つ【ハンカチ】

「あっ、すまん…」フキフキ


「お熱い事で…」クックック


「オイ!その笑い止めろよ!…くそ〜…!」


「へー、へー、わぁーったよ!んで、セルミィは
           なんで絵本作家になりてぇんだ?」



「ナジミとあの街で出会う前までね!
  私、街によく来てた紙芝居屋さんが好きだったの!」


「…あー、あの"ライアンマン"とか言う奴な」


ピンクの鎧着たおっさんが、[ホイミスライム]の従者"ホイミン"を連れ
可愛らしい兎さん風の靴を履いて湖の真ん中にある塔へ突っ込む冒険活劇

うん、字面だけみればツッコミ所満載なお話だ、そうナジミは思う
髭の生えたおっさんが可愛い可愛いピンク色の鎧で兎さんの靴とかヤバい






「…私、此処に来てお勉強するまで、字の読み書きできなかったから」





「…まぁ、その、なんだ…なぁ」
「…」
「セルミィさん…」


生まれつきの才能が原因で生みの親に忌み嫌われ愛されなかったセルミィ


 …最も彼女の場合は才能が無くとも
両親が屑だったから捨てられる運命は変わらなかったやもしれぬが


「教会に預けられて、神父様達がいつかは字の読み書きを
 学ばせてくれるって言ったけど教えてくれなくて…」


"預ける" "いつか迎えに来る"

上っ面だけの体の良い言葉でセルミィを教会に金と一緒に捨てた屑
そして、それを知ってて、幼子をこき使ってやろうとする聖職者と思えん
大人の汚さ…


実際、セルミィがあそこに居て文字の読み書きを学ぶ事は無かっただろう
643 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/12/24(木) 17:24:26.44 ID:o+b0JhQq0


「だから、絵日記も…ほとんど絵ばっかりで、ううん!
   文字が書けなかったからページはその日あった事を表現した
  絵みたいなものばっかりだったの!」


あの街の悪い所だ

貧困に苦しむ貧困層の人間は義務教育すら受けられない
教会に預けられた身であっても、真っ当な教育を受けられなかった彼女だ
普通は受けさせるべきだというのに…才女である彼女を気味悪がって…




「本当は絵本とか色々読みたかったけど…読めなくて…
  でもね!紙芝居屋さんは凄いの!
   絵だけで人に何かを伝えようとするの!」



画の部分を脚に見せて、裏面にある物語の文面を読む仕事

文字が読めないセルミィにとってそれは何よりも楽しみだった



「だから…私も、皆に楽しいお話をたっくさん教えたいの!
  …あっ!もしね、絵本を書く人が無理なら料理を作る人!
 ナジミやルラフェン君たちに
  いーっぱい美味しいご飯食べさせてあげるの!」



無垢な笑みを見て3人は微笑む

初めて出会ってからセルミィが受けた仕打ちを聴き
怒りに打ち震えたナジミ…


貧困だったからこそ、"学べない"事の苦しみや
"立場の弱い人間"として現状を理解できるルラフェン…


幸せそうにまだ見えぬ、未来想像図に色を付ける兄の親友、その顔を
見る事で不治の病を患う自身も幸せな未来を
より強く描いていきたいと思う弟



「良いね!良いね!折角だし両方叶えちまいな!んで俺に毎日
  うめぇ飯でも食わせてくれよ!…なんつってな!」あっはっはっ!!

「セルミィは…希望があるな」フッ!

「うん…見てるこっちもなんだか心がふわふわする感じかなぁ」



冗談交じりで豪快に笑う黒コート

微笑んだ口元を隠すようにティーカップを運ぶ白いローブの少年

にっこりと、頬杖をつきパタパタと小さな脚をばたつかせる病弱な弟



一つのテーブルを囲む四脚の椅子と少年少女等
まだ見ぬ明日を…!お互いに夢を語る…!



「僕は…元気になりたいかな!そして!世界中を旅するんだ!
  今は身体も弱いし、時々、胸が痛くなって咳も止まらなくなるけど
 でも!前よりはそれも減ったんだ!だから…"世界"を見たい!」



「お、弟よ…ッ!!」フルフル

「おめぇ…泣きそうだな」

644 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/12/24(木) 17:43:02.36 ID:o+b0JhQq0


「当たり前だっ!!馬鹿者!!こんな…こんな…っ!!!」グスッ

「まぁ、気持ちはわからんでもないがなぁ…
  正直、俺ら4人の中で一番実現可能っぽい夢だぜ」


完治は不可能である

これを治せる[パデキアの根っこ]は大昔の異常気象で絶滅した薬草



唐突にやって来る発作の頻度は確かに減っていて

高熱を出して倒れる事も少なくはなった…完全には防げずとも
ある程度症状を抑える薬も医学が発達すれば…あるいは…




「一応、それっぽい薬品ができっかもってセンコー言ってたしな…
  たぶん希望は持てるぜ!」ニィ!


「えへへ…ナジミ先生!ありがと!」



「…おおっ!神よ…アンタって奴は…!!マンマミーア…ッ!!」

「ルラフェン君、変なスイッチ入っちゃったね…」あはは…


「あー、ブラコンモード入ったなありゃ、いつものこったぁなぁ」


「お、お兄ちゃん!…もうっ」カァ///



「おい、ブラコン野郎、おめぇの番だぜ」


「…ハッ!な、何?なんだって?」


「だ・か・ら!テメェの番っつってんだろうが!」





「あ、ああ…俺の夢か…フン!そんなのモノは決まっている!
      弟の病を完治できる程の"力"を手にする事だ!!」バァーン!


ガタッと勢いよく立ち上がって豪語するブラコンの兄


「聴けッ!俺はお前の為ならば命だって惜しまんぞッ!
      何年かけようが必ずお前を救って見せるッ!」グッ!!




「お、お兄ちゃん…//」

「弟よ…ッ!!」




「その…椅子の上に立ち上がって力説されるのは恥ずかしいんだけど//」



全く以って恥ずかしい兄貴であるッ!

いや、気持ちとしては嬉しいが、唐突に椅子の上に立ち上がり高らかに
宣言する兄の姿を見るのは色んな意味で恥ずかしい

何か黒歴史的な物を見るような恥ずかしさで顔が紅くする…
645 :今回は此処まで! [saga]:2015/12/24(木) 17:56:27.95 ID:o+b0JhQq0



「ルラフェンよォ…おめぇ…そんなんでいつかは弟離れできんのかよ」


ティーカップの香りを嗜みながらナジミは問う


「できん」

「できねぇのかよ」


即答である


「わーお…ソウジがいつか綺麗な姉ちゃんを好きんなって
  付き合いたいって言いだしたら何か揉めそうだな…」フゥ


「安心しろ、何処の馬の骨かもわからん女に弟はやらんッ!」


「も、もう良いから!そ、それよりナジミ先生の夢は!?」


「俺か?」ニィ

「ナジミの夢ってアレだよね?」モグモグ


未だタルトケーキをおいしそうに頬張るセルミィが尋ねる



「おうともよ!
  俺の夢ぁなぁ!いつだって変わんねぇのよ!」



「なんだよ、勿体ぶってないで言―――まさか」


「…あー、あれかなぁ」




  「俺の夢…それはなァ!!

    サンタクロースになる事なんだよォォォーーーーーッ」バァーン!



「知ってた」
「だよねぇ〜」
「はい」


 「あっ!オイ、なんだよ!その面ぁ!俺は本気<マジ>だぜ!」



「サンタクロースってなぁ…
   お前、それでいつもロングコート着てるんだよな?」



「へっ!あたぼうよ!良いか?サンタさんってーのは
  寒かろうと暑かろうと、いつだって真っ赤なブカブカの服着てんだ
  暑さにゃぁ慣れとかねーとな!」

「あはは…!ナジミらしいの!」

「貴様らしい馬鹿の発想だな…」


前者は純粋に、後者は呆れで、それぞれ感想を返す

「にゃにぃ〜!?オイこら!てめぇ!もっぺん言って見ろオラァ!」

646 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/12/25(金) 17:34:01.11 ID:tKTKaEqw0

「まぁまぁ…抑えて抑えて」

「…ったく」

「先生もお兄ちゃんもどうしてそう突っかかるのさ」

「知らね、なんかこいつたぁ知らない内に喧嘩になんだよ」

「私もだ」




 才能ある人間同士、方や"込める"技術の術式、方や魔法使いとしての才
双方とも"技術"を創る上で重要なモノ

構築するパーツこそ違えど最終的に創るモノ…行き着くモノが同じだから
似通った発想や物事の捉え方が同じ部分もある



 ナジミとルラフェン…これはある種の"同族嫌悪"なのかもしれない



いつも喧嘩してばかりなのに"込める"技術精製の際や偶に何気ない会話や
趣味なんかも妙に気があったり…


奇妙な友情を感じる事がある





「でも…サンタさんって男の人だよね?先生は…その」


「…あぁ、かなり小せぇ頃、母さんに言われたわ
  サンタさんは男の人じゃなきゃできないのよってな…」


しみじみと、いつかのクリスマス・イヴを思い出す
家族が揃っての団欒、自分はご馳走ができるまでの間
ジグソーパズルを解いて遊んでいた日の思い出…




  まだナジミが"ちゃんとした女の子らしい口調"で

 サンタさんになる為に"男らしくなろう"なんて考えてない頃だ



「俺の口調ぁ…まぁ、なんだその、なげぇ事ずっとコレだったからよォ
 今更、直そーとわよォ思わなんだ
 コレはコレで良いかなって思うようになったしなっ!」ニィ


「…それで良いのか?貴様」


「細けぇこたぁ良いんだよ!!こいつぁ喩えるならアレだ!アレ!
 『十年間ずっと使い続けてきた箸の持ち方を今更変えましょうね!』
  みてーなモンだぜ!野暮ったいし良いじゃあねぇか!」


「…まぁ、当人がそれで良いと言うなら良いがな」


[ジパング]の独特とした食器、"お箸"を喩えの引き合いに出して来た彼女
この場に居る4人…いや、屋敷の使用人たちも
ほとんどが"お箸"とやらを使える

ナジミの父親が[ジパング]人だから珍しい文化料理に触れる機会もあり
同様に風情を楽しむ為に教えて貰うこともあった
(強制はしない、できない者はできないでちゃんと銀食器を用意)

(箸か、…前に地底湖の秘密基地でやった土鍋パーティ楽しかったな)

「サンタさんがどういうのかは先生も知ってるんでしょ?なら…」
647 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/12/25(金) 17:55:17.82 ID:tKTKaEqw0

サンタさん、一夜にして世界各地を周り子供達に夢と希望を与える

   "架 空 の 存 在" で あ る


「ああ…、俺だっていつまでも無知のクソガキじゃあねぇよ」

「だったら…」


   「なぁ、弟ちゃん、セルミィ、そしてルラフェンよ…
     俺ぁ思うのよ…


     もしも、そんな架空の存在が実在するようになった
                  面白れぇと思わねぇかい?」ニヤリ





この少女は時々、突拍子もない発想を繰り出す

この悪戯っ子がとっておきの悪戯を思いついたような笑み


まさしく、それである




「…クリスマスの夜に空を見上げれば
 誰かさんの空想だと思ってた存在が居るッ!
 それを地上から見た奴らはどんな顔すると思う?
 間違い無く驚くねッ!幽霊に出会うよりも奇怪な遭遇ッッ!
 ポカンと口を半開きにして目ん玉おっぴろげる様が浮かぶぜェー!」



いつだって彼女の馬鹿馬鹿しい発想は変わらない


そうとも…っ! 例え10年の歳月が過ぎようとも童心を忘れない


元々『サンタさんは女の子ではなれない、なら男の子になれば良いッ!』
なんて発想に至るような人間なのだ

それが彼女、ナジミという人間だ



「ぐっふっふっ!んで俺ぁ空の上からポカーンとしてる連中の顔を
 眺めてやんのよ!いやぁ、きっとスカッと爽快な眺めだろうなァ〜?」


「…で、本当の目的は?流石にお前もそんだけじゃないだろう?
 俺達の将来…真面目な話してんだぞ?」


「ふぅ…夢が無ぇなぁ、これだからリアリストって奴ぁよォ」


やれやれ、と肩を竦めてナジミは続ける

「ま、それは半分は本気なんだが、勿論それとは別で俺の中に一つ
  どうしてもやりたい事があんのさ」

「あっ、半分は"本気"なんだね」
「ナジミはいつだって本気なの!…変な方向に」


「俺さ……本当にサンタさん、って奴に"実在"して欲しいんだよ」

「だから、真面目に答えろと―――「違う」」






  「…ルラフェン、違う…違うんだよ…
           俺ぁ、真面目にそこんとこ思ってんだ」
648 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/12/25(金) 18:17:12.37 ID:tKTKaEqw0

一呼吸置いてから、黒コートの少女は目を瞑り語り出す

「俺がお前らとあったあの街…同年代の子供とか社交性だの
 大陸の外じゃなきゃ学べねぇ事もあっからあそこへ留学してたのは
 知ってるだろう?…いつも、外の世界に憧れてた」


「…話を続けろ」


「俺さ、サンタさんってすげーって思うのよ
 何がすげぇって一晩で世界中を飛び回れるんだせ?
  なぁんにも縛られねぇんだ、そんで皆に夢と希望を与えてく」


「夢と希望…子供達へ…」


ルラフェンはまだ没落貴族となる前…小さな子供の頃を思い出す
親が酒浸りになる前…雪降る夜には暖かい暖炉の前で目を輝かせて
プレゼントの包装を開いた事を…


「子供達が欲しい物を無償で届けるんだ
 学びたいって奴には本を…友達と遊びたい奴にはその為のおもちゃとか
  ボランティア団体も吃驚仰天だぜ?それは誰にだって平等の筈だ」



「友達と遊ぶ為…誰にでも平等…」


セルミィは食べる手を休めて過去を振り返る…
皆がプレゼントを貰える中、自分だけが一人取り残されたような
クリスマスを過ごした経験を…



「だから、まだ何も知らねぇクソガキだった頃は純粋に俺もサンタさんに
 なって手伝いてぇとか、それは純粋に思ってたさ
 んで、俺も歳取って、サンタさんの真相知ってさ……世の中には…

 "貧しい"とか、"親が平気で子供を虐待する家庭"とか…そういうので

 貰えない子供が居るって現実を
 その…段々知っちまったんだよ……誰にでも平等である筈なのに、だ」


「…貰えなかった子供」


ソウジは…病弱でベットに寝たきりの頃にサンタが空想絵本の人物だと
小さい時から知っていた、それでも兄が弟に『夢』や『希望』を
信じて欲しくて兄が半分だけの手袋や希望のある話をしてくれた事を
今でも覚えている…



「だから、"実在"して欲しい…

  俺ぁ……"込める"技術で一発"大儲け"できねぇかと考えてる
 "込める"技術は上手くいけば巨万の富ができるんだ
 そんで恵まれねぇ子供とかさ…貧困で苦しんでる奴を助けてぇ」



ナジミは…ゆっくりと…

"愛すべき悪友<ファミリー>"の顔を見た


血は繋がってない

本当の兄でも弟でも歳の近い妹でもない
けど…赤の他人とは思っちゃいない…


 貧困で苦しみ、もしかしたら寒空の下で飢えて死んだかもしれない兄弟
親の虐待で…この世に何一つ『夢』も『希望』も見いだせず
世の中を【恨み】ながらセルミィが死んでいった…そんな可能性だって
もしかしたら、そういう事だってあったかもしれない

現実問題、そういう苦しい人生を歩んだ子供が目の前に3人居るんだ…
649 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/12/25(金) 18:34:39.07 ID:tKTKaEqw0

「父さんがよ、[ジパング]の空想絵本で"鼠小僧"っつーコソ泥が
 主役の本を読んでくれてな、それ聴いた時ぁ、わーお!って驚いたぜ
 悪ぃ金持ちから財を盗んで、高い所からばら撒くんだぜ?
 で、腹空かしてる奴らはお腹パンパンでめでたしめでたし!って奴だ」



まるで、サンタさんが無償でプレゼントをばら撒くのに似てねーか?
ナジミはそう付け加えた


「無論、サンタさんは盗品じゃなく自前だし
  犯罪もなーんにもしちゃいねぇ、誰も損はしねぇのよ、得だけだ」



「…要は、お前は将来的に莫大な金を一人で稼いで
 貧しい人間、問題のある家庭を救うボランティア的な事がしたいと?」



「…ざっくり言えばそうなんのかねぇ、一応」ズズーッ


茶を一杯飲み、実現不可能な事を口に出す黒コート


「俺の夢ぁ、サンタさんだ…そこんとこはぜってー変わらねぇよ
 貰う側は施しなんか受けたくないだとか色々文句言いそうだが
 んな事ぁ知らねぇな、俺がやりたいからやるだけだ」


いらなきゃ捨てろっつーハナシだ、そうぶっきらぼうに言って
この大うつけ者は笑いだす



「技術でお金持ちかー、そんな事できるの?」

「セルミィの言う事は尤もだ、確かに技術は凄いが…
  そうそう富を生み出せる物は無いだろう、第一、金ができても
  どうやって世界中に届けるんだ?ええ?」



「あん?決まってんじゃあねーか、俺ぁ"サンタ"になるっつたろ?
  ならお届け方法も、それっぽくなけれりゃあなぁ」



ピタッ、空気が固まった気がした?

サンタクロースらしい届け方?




 「巨万の富を創る方法…そして、お届け方法で俺に良い案があんのさ」


 ナジミは…ポケットから小さな手帳を取り出す
ルラフェンはソレをよく見た事がある…ナジミは偶に思い付いた
"込める"技術のアイデアを書き溜める手帳だ





 「…サンタさんは空飛ぶソリに乗ってやってくんだぜ?
         ならよォ…俺も"空を飛ぶ"しかねぇよなァ?」ニタァ





 空…ッ! 天空…ッ!
 それは、生物界に置いて上位の存在たる鳥類の領域<テリトリー>ッッ!

未だかつて…ッ! あらゆる土地を開拓しつづけた人類でさえ
                     踏み込めぬ地であるッ!

 もしも!人類が鳥類と同じように大空とお友だちになれたならッ!

        世界は…その人間のモノッッッ!!!!
650 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/12/25(金) 18:51:23.45 ID:tKTKaEqw0


  ダンッ!!


「ありえんッ!人間が空を飛ぶだと!?非ィ科学的だッ!」


机を大きく叩いてルラフェンが立ち上がるッ!
揺れるティータイムのテーブル!ソウジは驚き!
セルミィは瞬時にタルトケーキと紅茶が零れないように確保したァ!!



「わーお!落ち着けって!頭に血ぃ昇って破裂すんぜ?」


「…むぅ、…貴様の言ってる事があまりにも馬鹿馬鹿しいからだろう!
  "人間が大空を飛ぶ"だと?ありえん!不可能だ!
  人間は人間だ、鳥ではないのだぞ!」


「うーん、私もちょっとそれはないと思うの…」

「先生…流石にそれは夢物語過ぎるのでは…」


「ケッ!なんでぃ!俺の考えた"理論"に不可能はねぇんだぜ!」


ペラペラと手帳を開き書き込んだページを捲ろうとするナジミ


「…何も、人間の身体から翼生やそうなんて考えちゃいねぇよ!
 "込める"技術の可能性は無限大だ
  技術の力で人間が大空を支配できるようにする」


ペラッ…


「っと、此処だな……俺の理論が正しいなら人間はな…

  大空どころか、空よりもずっと上の空、あのお月さんにすら手が届く

  そう考えてんのよ」


「月!?…あの夜に輝く月だと!?」


「おうともよ!!!…俺の考えたこの "画期的な技術"…そうだな
 仮の名称で…『航空技術』とでも呼ぼうッ!」




 ナジミが捲った手帳をほぼ奪い取るように
            彼は目を見開いてソレを見る



ナジミの考え方が…この世界のモノとはとても呼べなかった

もはや、別世界の技術と呼んで良いほどだ…

おそらくこの世界の文明技術を何世紀も飛び越してるかもしれない



  そこに掛かれていたのは… 絨毯、あの床に敷く絨毯が
  空を飛んでいたり

  巨大な岩の塊や城が空を飛ぶという現実未の無いモノばかりだった…


 それを構築するために必要な素材や魔力も用意できる訳の無い
希少な物ばかりだし…後にナジミも言うがこれは術式の構成も未完成で
ナジミ自身研究中だという…実にナンセンス、その一言に尽きる、筈なのだ


 だが…書かれている術式やルーン文字の配列
それらは全て未完成だというのに……"もしかしたら"と無限の可能性を
思わせるだけの精度が刻まれていた
651 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/12/25(金) 18:57:51.99 ID:tKTKaEqw0
△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△


          今回はここまで!


 空を飛ぶ絨毯→ ドラクエ世界におけるあのアイテム(まんまですね)

 空飛ぶ岩の塊→ DQ7のアレ

 空飛ぶ城→   ボスだったり、乗り物だったりするアレ





   クリスマスですので、どうにか時間作って投下しました…

  ナジミの考えるサンタになる方法(込める技術)
  応用することでサンタらしく空飛ぶソリを作ろうなんて考え
  そしてこの『航空技術』は成功すれば間違いなく巨万の富を生む

 空飛ぶ技術はDQ世界的に不可能じゃないと思う…実際、城だって飛ぶし

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652 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/12/26(土) 03:25:45.63 ID:1VFGi7fDO
乙!!
653 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/12/26(土) 18:03:16.31 ID:NzBHwXk20


「人間が空を…」
「それ、本当にできたら凄いかも」


「まだ未完成さ、術式、文字の配列、媒介となるモノ
  他にも魔力の流し方だとかetcがあんだが、どうでい?
  お前さんの目から見て、ん?実現不可能かい?」


「…眉唾物だな」


未完成の設計図…理屈上は確かに合っている部分が大いにある


だが…ッ!"もう一押し"が足りないッ!

確かに、そうとも!確かに合ってはいるのだ!だが…肝心な部分が無い
決して解く事が不可能と思われたジグソーパズルがあと一つだけ足りない

その後一つをはめ込みさえすれば完成だというのっ!
心境を喩えるならばソレ


「ナジミ…この夢物語だが、目を見張るモノはある…
               だが問題点が多すぎる」


手にした手帳の一頁を穴が開く程に見つめた上での回答


「例えばだが、[ボミオスの杖]…あれは核の部分に[ボミオス]という
  遅延呪文の魔力を杖の中に"込めた"物だな
 [炎のつめ]や貴様が研究中の…[魔法の玉]だったか?
 あれだって"火炎系の呪文"を核となる物質に"込める"事で
                     発火させる仕組みだ」


[炎のつめ]…切ると同時に相手を焼く、ただの金属製の刃物が戦闘の際
高熱を帯びていくという"込める"技術だ




「わーお!その通り!でさぁ!」ケラケラ


目の前の男口調の黒コート少女は腹を抱えて馬鹿みたいに笑いだす
そして一呼吸置いて、教鞭でも振るうように言うのだ



「さてね…こいつぁ治金学でも証明されているが
  "刃物もとい鉄は加熱しちまいやぁ、切れ味が悪くなる"
  どんだけの温度で熱するかにもよっけど大体、800〜900℃でやりゃあ
  軟化しちまうんだよ
  …街に居た頃社会科見学で溶鉱炉とか見た事ねぇか?」


鉄塊がどろり、と…液体とも何とも言えない状態になったソレを思い出す


「職人の焼き戻しだとか色々と説明したいがソレは置いといて
 要点だけまとめっと、刃先が軟化しちまうことで必要な硬度が失せて
  ダメんなっちまうんだよ…けど、"込める"技術ならば」



「…刃の部分に[メラ]系統もしくは[ギラ]系統の火炎呪文で熱が燈る
  呪文による発熱は術式による魔力操作で制御されているため
  エモノの刃先が溶けて変形、破損することは無い」


「そっ!人間でいうなら心臓が血液を全体に循環させるポンプの役割を
 果たすように…火炎系の呪文を"込めた"核となる部分から
 刃先に熱が移動、んで、武器の材質が変化したりしねぇように
  術式、武器そのものの造りだとかで上手く劣化しねぇ仕組みだわな」



「ソウジ君、ナジミ達が何か難しい事言ってるけど分かる?」
「…なんとなくでしたら、まぁ…」
654 :今回は此処まで! [saga]:2015/12/26(土) 18:33:21.93 ID:NzBHwXk20


「本来なら、切れ味が悪くなるというデメリットを無くし
  その上で"敵を切る"そして"敵を焼く"のメリットを生かしたのが
  [炎のつめ]という"込める"技術の作品でさぁ!」


「ああ、そうだな」



「一概に全てがそうとは言わねぇが、何かしらメリットを付加するならば
  なにかしらのデメリットを背負うか、利点の打消しがある
  …敵を焼く代わりに切れ味を失うみたいな、な」


「だが、"込める"技術を適用することで双方の利点を生かせる」



「ああ、技術は何かしら、利点を増やしたり、最大限に生かす為にある
 …無論、俺の考えたこの『航空技術』もそれの応用よ
  人間が大空という新世界に進出する、そんなデケェ利点を付加すんだ
  色々とデメリットや利点の打消しも相当デカい」



喩えを出すなら、馬に牽かせて戦う戦車<チャリオット>…

あれだってそうだ、単純に速さを求めるなら邪魔な部分を取っ払って
軽量化すれば良い

だが、取った分だけ装甲が薄くなり守りが手薄になる


逆に守りを固め強固な戦車にしようと考えるなら
 分厚い装甲、頑丈な創りにしてしまえば良いのだ

その分、重量が増えて速力が落ちるがな

片方を生かせば、もう片方が邪魔をする


ナジミの設計図に掛かれた空を飛ぶ方法も…
片方が片方を殺して、空へ飛ぶ事ができない、そういう状態なのだ




「…今後改良や研究を続ければ確かにそこはカバーできなくもない
  だがな…動力源となる魔力量や素材…そこも問題大ありだ」


「わぁってらぁ!けど…実現は全くの不可能じゃあねぇだろうがよォ!」


「…[世界樹の葉]や[プラチナ鉱石]…必要な物リストの
  他の材料も見ただけで眩暈を覚えるような物ばかりだ」


「それも承知の上だぜ」


「…貴様には呆れるよ…集める事すら困難
  良い線は行ってそうだが、まだ見直しの余地がある術式
  これでは机上の空論となんら変わらんではないか」


「だから面白ぇのさ」ニヤリ


…笑った

「不可能を可能にする、無理だ無駄なんて言葉をものともしねぇ
     それができたらよォ〜…"最高にスカッとする"だろ?」ニィ…!


「…ああ、そうだったお前はそういう奴だったよな」フッ


ルラフェンも笑った、そんな二人を見る親友達も笑っていた

この無茶苦茶としか言いようの無い無謀な試み
それに情熱と言う名の糧でひたむきに突っ走る…そういう奴なんだ!
655 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/12/27(日) 21:39:26.15 ID:r5H/VU/No
二人のやり取りが良すぎる
なんていい会話なんだ
656 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/12/28(月) 04:18:02.99 ID:xOmLFvO00

「ご馳走様でした!」
「ナジミ、屋敷のお手伝いさんに美味しかったよって言って欲しいの!」
「じゃあな、私も先生の所へ戻るとする」

「おう!またな!」フリフリ


 午後のティータイムが終わり共が去った後の部屋をナジミは一人
見渡す、4脚の椅子と空になった容器
正直に言えばまだお喋りはしたかっただろう、くどいようだがこの大陸に
同年代の子供は居ないのだ、あの街から移住してきたあの3人だけが
正しい意味で歳の差を気にしなくて良い人間だから


「此処に居たか」ガチャ


「んぁ?父さんか…!」


 友達が帰っていく姿を玄関先から見送り
屋敷に戻った所で声のする方を振り返る、するとそこには寡黙な父が居た


「お帰り!帰ってくんの明日だって聞いたけど早ぇじゃん!」ニィ

「うむ、少々話を早めに切り上げてきてな…」


「へぇ〜!」

ナジミはこの父親の背中が好きだった
口数の少ない男性、だが家族の仲が悪いからとかそういう事ではない
むしろ真逆である

男性、というよりもサンタに憧れるナジミは
幼少の頃から『これぞ漢ッ!』と呼べる存在に憧れ、そうあろうと努めた

見たまんま職人気質と呼べる彼女の父親はまさしくソレであった



「なぁなぁ!父さんよ!話ってやっぱ[エジンベア]の事だろ?」

「ああ…母さんの故郷の人達と少しな」



 母親は[エジンベア]の人間、そして父は[ジパング]の人間
大陸の外はセルミィ等と出会った街にしか言ったことの無い娘にとって
他所の国は知らないからこそ興味はある

それも両親の郷土ともすれば特にである


「もう何度目になるか分からんがな、お前を[エジンベア]の叔母さんが
  面倒見たいと言ってきてな」


「叔母さんなぁ…母さんの姉ちゃんなんだろ?どんな人なんだ?」


いつかのクリスマス、ナジミが男の子になろうと決意した年
一人ジグソーパズルで遊んでた時も
両親が話をしてたのをおぼろげにだが覚えている


「…まぁ、気難しい人だ」

「ふぅん」




ナジミは…話でならほんの少しは聞いた事があるが…

[ジパング]……そして[エジンベア]…この両国はそれぞれ型こそ違えど
鎖国的な国なのだ


方や先進国家を気取り、自国民以外を "田舎者" と蔑称し入国を拒否し

方や排他主義で海の向こうから来た人間を "外人" と訝しむ住人
657 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/12/28(月) 04:50:33.42 ID:xOmLFvO00


そんな国の人間である母と父が如何にしてであったのか?

母親は[エジンベア]の人間にして変わり者と呼ばれるタイプの人だった

よそ者を劣った人種と嘲笑う、悪い意味での仲間意識の強い貴族層の中で
唯一、そういった事を嫌悪する(更に言えば人間を見下す自国を嫌った)
そんな黄金の精神を持った女性であった

19歳で見聞を広める為だと適当な理由をつけて船に乗り旅に出るも
船は嵐に遭い沈没、奇跡的に彼女は[ジパング]の浜辺に打ち上げられ


そこで[ジパング]で"込める"技術を先祖代々受け継いできた家系の父に
救われ、大恋愛に発展した

父親の方も排他主義の[ジパング]には思うところがあり様々な経緯を経て

この"誰も名前を呼ばない大陸"すなわち
   [アリアハン]大陸に二人で駆け落ちしたというのだ



「いつも通りだったさ、叔母さんやお前の祖母さんは母さんの家系…
  家業を継いで欲しいと
  言ってるんだ、俺はお前にはお前の人生を歩んでほしい」



「母さんの家の仕事ねぇ…」


まだ14才だ、幾度となくナジミにも事を伝えはした
 ナジミは正直な話、母方の実家の仕事を継ぎたいとは思っていない
父親と技術の心得を学びたいし、何よりサンタになるという夢がある

ナジミの中では既に答えは決まっていて両親にもそれを良い了承を得た




のだが…、[エジンベア]の親戚はそれでもナジミを引き込みたいようだ


「母さんの仕事ってさ、確か…"さいばんちょー"って奴だろ?
  なんか知んねぇけど、[エジンベア]で王様の次にエライとか?」





「…最高裁判長…ああ、そうだな
 例え王といえど神と法に逆らうべからず、あの国で謳われている事だ」




国王といえど神と法には逆らえない

罪を犯せば、それが国王であっても斬首台<ギロチン>に掛けられる

つまり…ある意味では国王よりも立場が上の存在なのだ
犯罪を犯したと証明できる証拠と大衆の納得、賛同を得られれば
王すら玉座から蹴り飛ばせるのだからな



[アリアハン]大陸にある大金持ちのお嬢様のお屋敷…

ああ、すごく良家の人だな



「"さいばんちょー"なぁ、俺ぁんなモンやりたくねぇけどなぁ」


世界各国の法律や、初めて訪れる国の法律、もし旅に出るならば
そういうのは全て頭に叩き込んで損は無いと母親に教わったが
なりたくないモノの勉強まではしたくないナジミであった


…ちなみ、この教育のおかげで将来的に、ジョセフィーヌという少女を
とある街から合法的に連れ出す事ができるのだがそれはまた別のお話
658 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/12/28(月) 05:09:32.02 ID:xOmLFvO00

「母さんもお前にはお前の望む生き方をしてほしいと望んでいる
  一人旅がしたいなら俺も母さんも必要な知識を教える
 …母さんの法律に関する授業はよく聞いておけ、諸外国では必要だ」



「うへぇ!俺の嫌いな事ぁ自分に興味ない事を頑張る事だぜぇ…」


「あらあら?酷いわね」シュン

「ウゲェ!?…か、母さん?」ギギギ


油の切れた人形のように娘はゆっくりと首を動かす
そこにはちょっと哀しそうな顔をした(でも目は笑ってる)母親の姿が!



「お母さん泣いちゃうわよ?」


「……今から勉強時間だな、頑張れ」ポン


諦めろ、とでも言いたそうな顔で娘の肩に手を乗せる父親
全然泣きそうじゃない、むしろ嬉々とした母親
なんてこったいッ!とムンクの叫びのようなポーズの娘


いつもの賑やかな家庭であった






    そして…ッ! 次の日がやって来たッ!!



「ういーっす…」

「わぁ、ナジミ…目元すごいよ」オロオロ

「先生…寝てないんですか?」



「まぁ、ちょっちね…」


ふわぁ、と欠伸を一つ、ナジミは自分の席に着く


「皆さん、おはようございます、今日の授業を…おや?
  ルラフェンがまだ来てませんね?」


「あぁん?センコーと一緒じゃねぇのかよ」


白塗りの勉強小屋にルラフェンの姿が無い場合は大抵、次の内の2つ
単純に病欠、もしくはセンコーの助手として
授業に必要な荷物運びで二人同時に入って来る

そうでないなら、いつも一番に席についてノートでも広げてる筈だ

しかし、今日はそのどちらでも無い


仮に病欠ならソウジが今日は来れないとナジミ、セルミィ、そして教師に
事を伝えている筈だから



「ふむ…珍しいですね、彼が来ていないとは…」

「……俺が見てくっか?」

気怠そうにナジミは手をあげる、あわよくば眠気が覚めるまで
探すフリをして授業をフける事ができるから

659 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/12/28(月) 05:31:48.47 ID:xOmLFvO00


「ふむ…」スチャッ



センコーは眼鏡を人差し指でクイッとあげてからナジミを見つめる




   一瞬…ッ! それは一瞬であったッ




 いつものリーゼントのような髪型にちょび髭
眼鏡にバーテンダー風の服装の冴えない顔は
一瞬だけ鋭い眼光を見せた気がした…っ!



「ナジミ、ルラフェンの様子を見に行ってください、なるべく急ぎで」


「お、おう…?」


「セルミィ…申し訳ありませんが今日は自習とします
               私も探しに行きますので」


「えぇ、先生も行っちゃうの?」
「自習かぁ…」




「ナジミ…手分けして探しましょう?
   私の杞憂かもしれませんが、妙な胸騒ぎを感じましてね」ボソボソ


「…あ、ああ、わぁった」


「私は北西部、そうですね…集落、[レーベ]集落の方から行きます
  貴女は大陸の南西部をお願いします」


「ああ…(…偶にこのセンコー、すげぇ顔すんだよなぁ)」


ガチャ!バタンッ!


―――
――


「…ったく、ルラフェンの野郎、果樹園地帯もいねぇし…
  こっちの山岳部くらいしかねぇんだよなぁ」


昔、[アリアハン]大陸の原住民達、"アリア族"と"ハン族"が東西別れて
争っていた頃の面影がまだ少しある大陸東部

特に山岳部には木でできた矢、壊れた石斧が無造作に転がっている
もう何十年前のモノか分からない白骨化した人間の死体が山の木に
吊るされていたり…あまり来たいとは思わない場所だ



「…っす気味わりぃんだよなぁ此処」


薄気味悪い


砂砂利だらけの山の斜面を昇る際に偶に地面に埋まった白いナニカを
踏ん付ける…遠い昔に埋められた人の頭部だ

660 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/12/28(月) 05:52:33.81 ID:xOmLFvO00


「おー、くわばら、くわばら……――あっ!あんにゃろう!!!」



ナジミはッ!昇り着いた先で見つけたッ!

あの真っ白なローブ!男の癖に女である自分より低い背丈!


それは紛れも無くヤツだッ!




「テメェ!!!オイこら町人Aッ!何授業ボイコしてんだゴルァ!!
  それぁ俺の十八番だろォがよォォーッ!」


「っ!?……貴様か!脅かすなこの阿呆ッ!」


「…あん?マジで何してんだおめぇ、…その先になんかあんのかァ?」



大樹の陰から何かを見張るようにしていた悪友…
視線の先にあるのは…



  大昔、衝突していたハン族が使っていたらしい洞穴だ…




「…此処にあのトカゲ男が…[ハーゴン]が入ってくのを見たんだよ」

「にゃにぃ〜?あのペド野郎が?」


「前々から私はアイツが気に入らないと言っただろう…
  朝起きて、一番に学び舎に行こうとしたら挙動不審な動きをした奴を
  見つけてな…何かにつけられていないか、終始、辺りを気にしてて
   …それで後をつけてたんだよ」


「ほぉん…?」


その話を聴いて黒コートの少女は怒りを鎮める
目の前の少年に怒りをぶつけることよりも、興味という感情が勝った

彼同様に自分も気に食わないと思っている、そんな大っ嫌いな大人が
何か人に知られたくないような動きで洞穴に入っていく


もしかしたら、弱みだとか知られたくない恥ずかしい事でもあるのか?
ソレをネタにからかってやれるのではないか?

そんな子供らしい発想が生まれた




「なぁるほど…そいつぁ面白そうじゃあねぇですかい!!」ニタァ

「…貴様」

「俺も混ぜろ!そんで俺の怒りはチャラにしてやんよ!」

「…言うと思ったよ」ハァ…

「ヒーッヒッヒ!さぁて…!どんな面白ネタが飛び出す事やら!」


品の笑いは止めろマヌケがッ!と白ローブの彼が言おうとした矢先だった



       「…足りぬか…」

ため息を吐いて、ハーゴンが洞穴から出て行く姿を見たのは…
661 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/12/28(月) 06:06:04.12 ID:xOmLFvO00


「「――っ!!」」




「…‥――お許しください―――我が神―――様――を持って」ブツブツ









「…なぁんかブツクサ言ってっぞ奴さん…」

「ああ、いつ見ても気味悪いな」


「まっ!んなこたぁどうだって良いぜ!
      ルラフェン!!野郎の秘密を暴いてやろうぜ!!!」ダッ!


「あっ!おい!こら!待て!――このアホ女ッ!!!」ダッ!

「はーっはっは!俺が一番乗りでぇーい!!」ダッ!


―――
――



「…ぜぇっ!…ぜぇっ!くそっ!あの馬鹿女!」


洞穴に入ってすぐにナジミとは距離を離される…自分とナジミでは
体力の差があるということを彼は自覚していたのだが


「…チッ、此処で立ち止まってたら
  またアイツにもやし野郎とか言われるな」イラッ


不審な動きを見せる男の動きを見張っていた筈なのに、なんで
こんな事で一々腹を立てねばならんのか…
内心悪態を吐きながら彼は視界の悪い穴の中を進む…



「……不気味な所だな
  昔の民族が呪い<まじない>の儀式にでも使ってたのか…」




   石でできた仮面

石壁の至る所に張り付けられた、人や犬、蛙だったり
なんだかよく分からない動物の顔を模した石仮面が張り付けられていて
その下には文字が掘られている…



「…まさか、この悪趣味な骨董品の熱狂的ファンだという事を
  知られるのが嫌であんな動きをしてたとでも?」



いや、まさかな…、とあり得ない考えを頭から振り払ってルラフェンは
奥地へと進んでいく…



「…むっ!あれは松明の灯り!ナジミの野郎…いつの間に松明なんぞ!」


自分より先に進んだ少女がいつの間に用意したのか火を灯した松明を持ち
佇んでいるのが目視できた、彼女に近づこうと彼は歩みを早め


           そして…
662 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga!red_res]:2015/12/28(月) 06:14:15.98 ID:xOmLFvO00























   ビチャ…!

                  ビチャ…!











   咽かえる程の異臭… 紅い血の匂いで鼻孔が満たされた…


























663 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/12/28(月) 06:22:57.24 ID:xOmLFvO00



「…なん、だよ…これ」




奥地へとやってきたルラフェンはそう言葉を零した

松明を持つナジミは…呆然とその場に立ち尽くしていた



  【死体】


  【死体】




【死体】…【死体】…【死体】…!







【死体】【死体】【死体】【死体】【死体】【死体】【死体】【死体】
【死体】【死体】【死体】【死体】【死体】【死体】【死体】【死体】

【死】【死】【死】【死】【死】【死】【死】【死】【死】【死】【死】

【血の匂い】

【血の匂い】




【血の匂い】




【真っ赤な血】…ッ!





この少年少女は十年と少しの時を生きてきた

だが、これほどに狂気を感じる光景は未だかつて見た事が無かったッ!



生前はきっと雪のように白く愛らしい姿だったであろう子兎
巣の上の卵から孵ったばかりなのかもしれない雛鳥
そのどれもが全て鮮血に塗れていて、同じように横たわる小鹿の死体…






    この くうかん は 【し】 に みちあふれている



「…うっ、おえ…っ!」


生理的に受け入れられない、真っ当な人間として嫌悪すべき光景ッ!

ルラフェンは胃の底から…否ッ!
"心の底"からこみ上げて来る嘔吐感に苛まれた


「なんだよ…これっ!!!」

「…こいつぁ…やべーぞ…オイ…」
664 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/12/28(月) 06:40:22.56 ID:xOmLFvO00


ナジミの後を追って奥地まで駆けた、そして

近づいたからこそ異臭を嗅ぐことができた…
松明の灯りがあったから、この薄暗い空間をよく見通せる事ができた



腹を裂かれ、"中身"の出た小動物たち…
そのどれもが綺麗な紅で…多分、死んでからそんなに長くないのだろう


壁際には山のように積み重なった、腐敗した動物の死骸
それらは随分と時が経っているようだが…




「こいつぁ‥やべーよ、あの野郎、ペドどころじゃねーぞ!!
  とんだサイコ野郎だったんだよォ!!」


「あ、…ああっ!うっ!」




元から大昔の民族が呪術に使おうとしていた洞穴のようで…
だから気味の悪い仮面や文字が刻まれていたのだろう

そして、この奥地…

動物の死骸だらけの壁際に
オンボロの木製の机と汚れた書置きのような物がポツンと置いてある事に
ナジミは気が付く…



「……何々」ペラッ

「お、おい!ナジミ!早く此処から出るぞ!
  先生にやはりあの男は一刻も早く追い出すべきですと伝えるんだ!」


「待てってんだ!もうちょい情報を集めてからにしやがれぃ!
  何の目的があって、んな事しやがったのか!場合によっちゃ
 大陸の外に出すよりどっかの国の牢屋にぶち込んだ方が良いだろう!」



「…ぐっ!」


「……"血は生命<イノチ>なり"…」


ナジミは恐らく、ハーゴンが書いたと思われる筆跡の文を読む


「私の崇める神は私の祈りと、汚れない尊い命<イノチ>によって
  悦びを感じるだろう…いつの日か、私と私のように救いを求める
  多くの信者たちが神をお迎えする為の一歩であり…」ペラペラ


パタン…!



ナジミは…読むのを止めた


「…一通り目ぇ通したがよォ、どうやら、あのイカレ野郎…
  居もしねぇ自分の妄想の中の神様の為に、とか言う理由でやってる
 見てぇだな」

「…妄想の中の神、そんな物の為に…」


「決まりだな、野郎は大陸の外の前にまず病院送りだな、頭の」


看守と鉄格子付きの精神病院に連行するようにセンコーに伝えよう
ナジミはルラフェンにそう提案する
665 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/12/28(月) 06:53:38.57 ID:xOmLFvO00



「…あぁん?」チラッ





  ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…!





ナジミはふと、何かに気が付き
松明の灯りを山積みになった動物の死骸へと向ける…



壁際…それも入口から最も遠く離れた奥の奥…良く見れば

そこには…ッ!






   小さいナニカがある…ッ!







   ドドドドドドドドドドドドドドド…ッッッ!






  「…あんだぁ??こりゃあ?」

  「…悪趣味なデザインだな、壁に張り付いてた仮面以上だ…」




 髑髏…人間の頭蓋骨に似た、しかし二本の長い角が生えた髑髏
 それに蛇のような造り物が蜷局を巻くように絡みついている
 蝙蝠の翼らしきものも生えていて…おおよそこの世の生命とは思えない



  そんな置物がそこには置かれていた…!



  「…あの書置きに書いてあったな
     あのサイコ野郎の信じる妄想を表した神様の像らしいぜ」ヒョイ


  「その気持ち悪いのよく平然と持てるな貴様」



  「…ん?裏になんか彫られてるな?もしかしてコイツの名前か?」




   ナジミは…その神様―――――邪神の像に彫られた名を見た


   そこにはこう書かれていた…





             [ シドー ]…と
666 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga!red_res]:2015/12/28(月) 06:55:39.05 ID:xOmLFvO00








































          「見てしまいましたか」





   ナジミ、そして…ルラフェンの背後から男の声が聴こえた…








667 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/12/28(月) 07:03:19.40 ID:xOmLFvO00
*********************************


        今回は此処まで!


>>655
 そう言って頂けるとは…ありがとうございます!
この二人はよく河原で殴り合った後に友情が深まる不良的なアレですね!






  毎度の事ながら亀更新で申し訳ありません…また、時間ができたら
  投下致しますので…

  近々、同時進行中の別スレの方に時間を取られると
  思うので難しくなると思いますが…
  何卒、ご理解願えますか?

*********************************
668 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/12/28(月) 08:09:33.54 ID:T6i3PUHjO
おつんつん
669 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/12/29(火) 02:06:11.99 ID:eidosOcSO

荒らしその1「ターキーは鶏肉の丸焼きじゃなくて七面鳥の肉なんだが・・・・」

信者(荒らしその2)「じゃあターキーは鳥じゃ無いのか?
ターキーは鳥なんだから鶏肉でいいんだよ
いちいちターキー肉って言うのか?
鳥なんだから鶏肉だろ?自分が世界共通のルールだとかでも勘違いしてんのかよ」

鶏肉(とりにく、けいにく)とは、キジ科のニワトリの食肉のこと。
Wikipedia「鶏肉」より一部抜粋

信者「 慌ててウィキペディア先生に頼る知的障害者ちゃんマジワンパターンw
んな明確な区別はねえよご苦労様。
とりあえず鏡見てから自分の書き込み声に出して読んでみな、それでも自分の言動の異常性と矛盾が分からないならママに聞いて来いよw」

>>1「 ターキー話についてはただ一言
どーーでもいいよ」
※このスレは料理上手なキャラが料理の解説をしながら作った料理を美味しくみんなで食べるssです
こんなバ可愛い信者と>>1が見れるのはこのスレだけ!
ハート「チェイス、そこのチキンを取ってくれ」  【仮面ライダードライブSS】
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1450628050/


>>1を守りたい信者君が取った行動
障害者は構って欲しいそうです
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1451265659/
670 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/12/29(火) 23:39:01.80 ID:2tipGOIDO
おつおつ
次回はよはよ
671 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/01/26(火) 00:49:59.32 ID:zd/MLreDO
まだか
672 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/01/26(火) 04:35:54.61 ID:+4Bw450MO
673 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/01/27(水) 01:49:16.57 ID:Eua80nSi0

暗がりの洞窟内部を照らす光源は少女の手にある一本の松明

振り返ればそこには頬骨が浮き彫りに見える程に痩せこけた男が居た




 この【死】という概念が満ち溢れた忌むべき空間の創造主は
棒切れの様な両足と手に持った杖を地に着け、爬虫類を連想させる瞳で
少年少女の顔を見渡した


 「…ふふ、いかがですかぁ?ナジミお嬢様、ルラフェン坊ちゃん
   良い出来栄えだと思いませんかなぁ?」



 「0点、クソ悪趣味だわボケ」

 「…これはなんだ、…こんな光景っ!明らかに異常過ぎるぞッ!」




恍惚とした表情でさも"芸術家が自信作を披露するかのように"ハーゴンは
ナジミ等に両手を広げ感想を求めた





…異常だ


あまりにも異常過ぎた


人目につくまいと振る舞い、いざこの空間を見られたら見られたで
感想を求める有様、一見すれば開き直りのようにも見受けられる行動だが
如何せんソレとも違う…


それを比喩的に表現するならば…そう


まるで『幼い子供が親に内緒で作った手作りの誕生日プレゼントを見られ
創り途中だったが出来栄えはどうだ?』と尋ねているかのような…
そんな感じに近い



少女と少年は慄いた…ッ!


天才と称されるとはいえ彼等はまだ子供だ

この得体の知れなさにナジミは戦慄した…ッッ!
自身のペースを乱されまいといつも通りに悪態を吐き強きな姿勢を見せる


でもなくば"飲まれて"しまいそうだったからだ




ルラフェンは今にも逃げ出したい恐怖心に耐え、同時に何故こうも
命を軽んじるような暴挙に出たのか

それを目の前の狂人に問い質したかった



「…気に入っていただけませんでしたかぁ…
  いやはやご理解いただけませんとは悲しいなぁ」


「おいッ!答えろ!…貴様、事の次第では…いや
  聴くまでもないッ!即刻この大陸から出て行くように先生にも
  ナジミのご両親にもお伝えさせてもらおうッ!」

「だな、…てめぇみてーな薄っ気味のわりぃ奴ぁ置いとけねぇわ」

674 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/01/27(水) 02:13:16.05 ID:Eua80nSi0


「あー、こほん、なにやらぁ、勘違いしてませんかねぇ…?」


「あんだぁ?勘違いだぁ?なにをだ?オイ、言ってみろや」


「大方、お二人は私の芸術が理解いただけないようですなぁ
                       …悲しいなぁ」



"悲しいなぁ"…そう嘆きの言葉を漏らす口角は新月の三日月よりも
薄い笑みを浮かべていて
その態度がナジミは気に入らなかった、ルラフェンも同じ気持ちだった


「時に…この世で何よりも尊く美しいモノとはなんでしょうかねぇ?
  思うにそれは"散り際"だと思うのですよ」



「散り際…」


「蜉蝣<カゲロウ>という昆虫をご存じですかなぁ?
  彼等は土の中を気が遠くなるほど過ごし成虫になって初めて
  自由な大空へと羽ばたけるようになりますなぁ〜?
 しかし…悲しいなぁ、その自由な命も僅か一週間で尽きてしまうのです
 その限りない命が尽きた瞬間が美しく尊い…此処に居る死体のように」


恍惚として表情を崩すことなく何処か興奮気味に新興宗教家[ハーゴン]は
矢継ぎ早に語り出す


「命は尽きた後何処へ行くのは…人は死んだら何処へ行き
  生まれた時は何処から来るか…考えた事はございますかぁ〜?
 私はあります、世に生まれた全ての生命は一度咎人として再びこの世に
 生を受けたのですよ…!そして地獄のような現世を辛くも生き抜き
 生を終えた瞬間、試練を克服したとして
  真の極楽浄土に導かれるのですよぉ〜!」







……この男はイカレてる、人類の論点で会話ができない
*********************************
675 :間違って途中送信した…orz [saga]:2016/01/27(水) 02:32:47.20 ID:Eua80nSi0

……この男はイカレてる、人類の論点で会話ができない


そのふざけた価値観で後ろの小動物達は無残に殺されたというのか?


「生き物が幸福へとたどり着くには試練を越えねばならない
  でも、それは必死に生きて、最後には散ることが条件なのです
  従って自害などといった試練から逃げるような手段を
  神はお認めにならない
  ですが!!救済の処置はあるのですッ!!
  生命が誰かその命を託し捧げ、その自己犠牲の精神を覚えることで
  免罪となるのですッッ!!」



[ハーゴン]の興奮は終わりを見せなかった
 大民衆の前で熱く演説する政治家の如く両手を広げ口から声を捻り出す
背を弓のように撓らせ大きく痩せ細った身を仰け反らせ目は白目を剥き
唇からは声と共に唾液を撒き散らす…







【悪】だ…自分こそが正しいと妄信しきっているこの男は
自分が最も"ドス黒い悪そのものだと気づいていない悪"だ


















「この場にいる194匹の尊い生贄達は自己犠牲の精神を以てして真の幸福を手にしたのだッッッ!!その血肉を偉大なる神に捧げその神はその尊い精神のすばらしさに打ち震えるッ!!!神は嘆き悲しんでおられます、こうして咎人として生を受けたすべての生命にっ!しかし!!血肉となって捧げられた生贄達の生命がやがて現世に降り立ち、われら咎人の罪の魂をすべて貪り食らい尽くしてくれるのですッッ!!そしてすべての悪しき者を破壊し尽くしその尊い生命は皆ッ!美しい散り際と共にッ!天へと上り真の極楽浄土へと導かれる!!腐りきった肉体を捨て崇高なる魂だけが救われるのですよぉぉおおぉぉぉ!!!!!」




















「…………お、おまえ、気持ち悪いよ…っ!……頭おかしいよ…」



それを先に口走ったのは恐怖に屈したナジミだったか…
それともあまりにも常軌を逸脱した危険思想に後ずさったルラフェンか…


676 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/01/27(水) 02:51:05.33 ID:Eua80nSi0


「はぁ…はぁ…っ、あ、あははは・…すいませェん…
         どうにも興奮してしまいましてねぇ…」ジュルッ…


腕の裾で口元の泡だった唾液を拭う…狂人<ハーゴン>…後ずさる少年少女


出口を塞ぐように目の前には危険思想の宗教家
後ろは全部で194匹らしい多種多様な動物の死骸の山…

逃げるなら多少捕まるリスク覚悟で二手に分かれてハーゴンの左右を
潜り抜けるように突っ走るのが理想的なのだろうが…

心情的にこの男に近づきたいとは思えない



その場凌ぎでも何でも良いからこの男から離れたい一心だった…








「…これはこれは!ハーゴンさん!、おおっ!ナジミ!
     貴女ルラフェン君を見つけてくれたんですね!」パチパチ


「っ!せ、センコー!!!」


ハーゴンの背後から"センコー"…ナジミの家庭教師は拍手を鳴らしながら
歩いてくる…

いつもの人当たりのよさそうな笑みを浮かべて…



「いやぁ、ルラフェン君!珍しく授業に来ないから心配してナジミと
 一緒に貴方を探しに来たんですよ!! さっ!帰りましょう!」



「せ、先生!こ、こここ、此処を見て何とも思わないのですかッ!」

「ルラフェン君、今日の授業は自習です、ナジミと先に戻って
 勉学に励んでくださいね」ニコッ



「先生――「待ちなッ!」」

「…な、なんだ!ナジミ!!俺は――」


「センコー…今日の授業は自習なんだな?」

「はいそうですよ」

「…センコーは午後の授業にも来ないって事で良いんだな?」


「はい、少し"野暮用"ができましたので、なるべく穏便に済ませます」

「…わかった…おいブラコン…帰っぞ…」




生徒達に優しい優しい微笑みをセンコーは向け続ける

此処から先は大人の仕事だから
"子供は安全な所に帰ってね勉強でもしてろ"
遠回しにそう言ってるのだろうな

「…そういう事なら…」

「ハーゴンさん、お時間よろしいですか?
  手短にお済ませしますので少々お話にお付き合いください」ニコッ
677 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/01/27(水) 03:10:39.77 ID:Eua80nSi0

「…ええ、構いませんよぉ…」


「…ふむ…しかし目に優しくない空間ですね…それに…これは何とも
  匂いも強烈ですね…子供達の教育上よろしくありません」

眉をハの字にして困りましたね、とでも言いたげな顔で
バーテンダー風の服装のリボンネクタイを直す…



「……貴方もご理解いただけませんかぁ」

「はい、理解できませんねぇ」



即答であった


「私はリュウキュウ達に娘の家庭教師になってくれと頼まれるまでは
  …まぁ"[旅の遊び人]"として世界中を渡り歩いた身でありましてね
 地域によって宗教の派生や捉え方の違いというモノも目にしております
 しかし、ハーゴンさん、貴方のソレは失礼ながら理解できませんな」


服装の乱れを直し、次に掛けていた眼鏡を取り外す
そしてポケットから安物の眼鏡拭きを取り出しレンズを磨く家庭教師


「…その中央に置かれた神像(?)…ですか?
 はっきり言ってそれもデザインが不愉快なのですよ…
  非常に言い辛いのですが…この大陸では貴方の独特過ぎる価値観は
 おそらく受け入れてくれる人は居ませんね
 他所へ行く事をおススメしますよ?」


「ふぅ〜…貴方まで出て居てけと仰るのですか?」

「はい、そうです、もう回りくどいのも面倒なので言いますね、失せろ」



綺麗になった眼鏡をかけて一言、何の思い入れも無く淡々と"失せろ"と…


「…おお、なんと嘆かわしい事かぁ…![破壊神シドー]様を信じぬ
  不届きな方だったとは…!"込める技術"という未知なる力を持つ
  貴方方ならばと信じてくださったのにぃ」




「ん〜、信じぬも何も、ソレはハーゴンさんの痛い妄想ですし…
  それに勘違いしてるようなので言いましょう

  神様は人に手を貸して幸福にしようなどとは思いません
  仮にその人が自身の首を絞める事をしようとしていても助けません
  ただ黙って見てるだけです

自ら過ちに気が付いて勝手に幸福になる事を信じて祈ってやるだけです」





「………」


「まぁ…神様というのは人が信じる事によって生まれるモノもありますし
 ハーゴンさんの想いが強ければ案外そんなモンも
 生まれるかもしれませんねぇ
 あっ、荷物は今日中にまとめて出てってくださいね?」


それだけ言うと、後の事はどうでもいい、っとでも言わんが如く
家庭教師は出口へと向かおうとする…

678 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/01/27(水) 03:24:36.17 ID:Eua80nSi0













          「プサン先生」



           「…」ピタッ







 …ナジミの家庭教師は名前を呼ばれて立ち止まった




「プサン先生…今、貴方言いましたな

  "神様は自分から他者を幸福にしようとしない"
  "仮に人が何か過ちを起こしていても手を貸さない"
  "勝手に人が過ちに気が付いて、更生し勝手に幸福になるのを祈る"

 そのような事を今、言いましたなぁ?」



 「はい、言いましたよ、それが何か?」



 「…まるで"本物の神様"を知ってるみたいな口ぶりですなぁ?」



 「…さぁ?神様なんてモンは大体"傍観者"って奴なんですよ
  高い所から人間を見下ろして、どう成長していくのか見てる
   人間の子供が理科の授業で観察用の蟻の巣を眺めながら偶然
  目に止まった個体がどう育つかを観察する……大体そんなモンです」




 「…ほう」



 「以上が私の考える神様のイメージですね
   貴方のそのキモイデザインの神様は少なくとも
   私が知る神様では無いですね
   私の知人の考える神様像ともかけ離れてます、はい」






…リーゼントのような髪型
バーテンダー風の服装に冴えない顔と眼鏡…

かつて、[旅の"遊び人"]として世界各地を歩き回ったと称する男

それがナジミから"センコー"と呼ばれる家庭教師[プサン]という男だ



「…用事が無いなら私はこのまま帰らせて貰います
  子供達の成長を見届けたいので……
        さっさっと大陸から消え失せてくださいね」スタスタ…


679 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/01/27(水) 03:33:23.97 ID:Eua80nSi0
*********************************

     一旦此処まで、続きは24時間以内に…





>[プサン]先生 …ナジミがセンコーと呼ぶ憧れの遊び人

 家庭教師として雇われる前は遊び人として世界中旅した

 サザエさんみてーな髪がt、コホン…リーゼントにバーテン風の服装



※どうでもいい補足

>>312>>314 [さばくのばら]という珍しいアイテムを持っていた



>>314 >>315 >>316
[進化の秘宝]という謎の論文に興味を示す+"地元に似た物がある"との
謎発言をする

>>315
"カジノ"という娯楽が"地元"とやらにはあるらしい…


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680 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/01/27(水) 11:59:59.16 ID:UyOVc1AeO
おつ
681 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/01/27(水) 13:25:37.69 ID:NV8rDDFiO
乙乙
682 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/01/27(水) 13:52:14.01 ID:Eua80nSi0

―――
――


 翌日、ハーゴンは[アリアハン]大陸から立ち去った

家庭教師が何をどうしてどのように話したのかを子供達は知らない、だが
不安の種は摘むがれたのだと、皆が去っていく一隻の小舟を眺めながら
そう信じたのであった


「ふぅ…本音を言えば昨夜の内に出て行って欲しかったのですが…
  やれやれ…最後まで渋りましたねぇ」

「…なぁ、センコー」

「はい、なんですか?」

「アンタぁ大丈夫だったか?その…あのペド野郎マジに頭イカレてじゃん
  話が通じねーって言うかよォ…どうやって説得したんだ?」


「…ちょっとだけ怖い顔をして言っただけです、はい」

「…ふぅん」



「…えっと…ハーゴンおじさんはもう帰ってこないの?」

「お兄ちゃん…」


「…ああ、怯えなくても良いぞ二人とも」


「本当なの!…あっ、人が出て行ったのに喜ぶなんて悪い子なの…」シュン
「あ、…その、えっと…」

「良いんだ、セルミィもお前もだ…アイツは居ない方が良いヤツなんだ」


ルラフェンは幼馴染の少女と弟を見て「何も悪くない」と言い聞かせる
最愛の弟と女性であるセルミィには昨日の洞穴で見た光景は言わない

虫一匹殺せないような弟と動物に優しいセルミィが聴いたら泣き出すから


…あの洞穴の惨状、山積みの死体達は今日にでも家庭教師が埋葬する
そう告げていた、ルラフェンも手伝うつもりでいた


「セルミィ…私は少しナジミとルラフェンにお話しがあります
 先に学び舎の方へお戻りなさい」


「あっ!はいなの!」

「お兄ちゃんとナジミ師匠だけですか?先生!僕は…?」

「…ふむ」



眼鏡をくいっと人差し指で上げて、ソウジの顔を見つめる…
あどけない顔、何も知らない少年


当事者でも無い子には別に話す必要性も無い、そう判断し彼は
「いえ、君もセルミィと戻っていなさい」と指示を出す




「…さて、お二人とも行きましたね…ナジミ、ルラフェン、君達には
  告げておかねばならない事があります…そうですね
  少し、お散歩でもしながら歩きましょうか?」


冴えない顔の男は波打ち際を背に緑溢、砂浜の向こう、方角にして
ナジミお嬢がいつも授業をサボりに行く果樹園地帯を指示す

683 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/01/27(水) 14:38:27.77 ID:Eua80nSi0

 一人の中年男性の後ろを白ローブの少年、黒コートの少女が歩く
先頭を歩く一人は時折、天を仰ぐように眺め木々の隙間から射す朝日を
浴びるように進み、少年は小動物達の供養な今後に関する話題が
語り出されるのを今か今かと待ちわびるように真剣な面持ちでいた
最後尾を歩く少女は瑞々しい林檎を齧りながらぶっきらぼうに歩き続ける




「センコーよォ、どんだけ歩くんでい?」

「んー、もう少しだけ歩きましょう、この先にお茶会でもするに相応しい
 拓けた土地があるのですよ」


いつまでこうしてお散歩モードで居るんだ?と
耐えかねたナジミが口を挟む

 興味なさげに林檎を齧りながら歩いているようで、考えている事は
少年の方と同じだった、ただ表情に出していないだけなのだ





「さ!此処が良いでしょう、今[おおきなふくろ]からピクニックシートと
 お茶菓子を出しますので!」ポン!


人間が3人座り込んでもまだスペースのある大きな敷物の上に
次々と現れるティーカップと焼き菓子

プサン教師はカップに茶を注ぎ、その間にルラフェンはスッと正座を
ナジミはどさっと胡坐をかいて焼き菓子を摘まむ


「…貴様、淑女がはしたないと思わんのか」

「るっせーなぁ、固ぇ事言うなよ…」モグモグ


「まぁまぁ…!良いではありませんか?」


「わーお!さっすが!センコー!わかってんじゃあねぇか!」



顰めっ面の少年を無視し教師から受け取った茶を飲んで、ナジミは続ける





  「…で?本題はなんでい?
    ただ教え子とピクニックしてぇ訳でもねぇだろ?」


  「…そうですね、まず何から話すべきですかね…」



プサンは少しだけ悩み、まず最初に言うべき事を決めた








  「……私はそろそろ教師を止めようと思うのですよ」





…ピタッ

時が止まった気がした

何の脈絡も無く告げられた突然の退職宣言、一瞬理解が遅れた
少年は目を丸くし、少女は手に持ったティーカップを危うく落しかけた
684 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/01/27(水) 14:59:30.33 ID:Eua80nSi0


「…はっ?…えっ?……はあああぁぁぁ!?」


「待て待て待て、マジに待て、何言ってんだセンコー!」






「色々と言いたいのは分かりますが、まず私の話を全て聴いてからで

 そもそも私は[旅の遊び人]として世界各地を旅していまいした
 長い年月を気ままに流離って見聞を広めていましてね…
 ひょんな事からリュウキュウ夫妻と出会い
 何かと深い縁を持つようになった…そして、旧知の間柄という事で
 ナジミの家庭教師を頼まれたのが切欠です、そこまでは良いですか?」



「お、おう……それは母さんと父さんから聴いたわ」


「…失礼な発言でしょうが、最初、私はこれを『単なる暇つぶし』と
 考えてました、怒りましたか?」



小さい頃から今に至るまで成長を見てくれた恩師

彼が自分を見てくれた理由は『暇つぶし』だったと言われたナジミは
どう返して良いのか返答に困った


「…続けてくれて」


「…先述した通り、私は"自分の脚で見て聴いて"それで見聞を広めたい
 そんな知的好奇心と同時に…そう、ですねちょっとした娯楽的な感覚も
 まぁ、無きにしも非ずでした…

 初めてオーロラというモノを凍った大地から間近で見ました

 グルメでも無い私にはかつて想像もできなかったサボテンの味を砂漠で
 調理し、堪能しました…

 何もかもが"知っている知識"なのに真新しい発見でした」


やはり知っているだけと"実際に体験する"では天と地の差もあった
そう目の前の"遊び人"は熱弁します



「私は…お家柄の関係で結婚というモノに無縁な男でしてね
  人様の子を授かり、ましてや育てるという事は生涯無いと思った
 だからこそ"好奇心と娯楽"が入り乱れた『暇つぶし』でした…」

「そ、そうか…」

(ナジミ…)

明らかに同様する少女を横目に少年は口を挟めないでいた


「…最初こそ淡々とした気持ちだったでしょう、私は道徳で言えば
  人の心を全く解さない、最低な人種だったでしょうね

 ですが、ナジミ、貴女の成長を見ていくうちに私の中にも温かいモノが
 生まれて行ったのです、俗に言う"父性"とでも言うのですかね…」




 「今なら…リュウキュウ、人間の父親の気持ちが分かる」とプサンは
何処か遠くを見つめるように告げた

…人間の父親の気持ちが分かる


まるで、プサン教師は父親以前に人間の気持ちを
      理解していなかったかのような口ぶりだった
685 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/01/27(水) 16:14:44.92 ID:Eua80nSi0




「私は…遊び人になる前、実は…
       とある地を治める男だったのですよ?」


「えっ、なにそれ初耳なんだけど」

「せ、先生…?」



「ええ、でしょうね…話す必要性が無かったので
 今まで言いませんでしたから、ですが今回の話はソレが関わりますので
  話させて頂きます」


「…あー、そのなんだ、次から次へと驚きの新事実が発覚してばっかで
  頭が追い付かねーんだが」

「慣れてください」

無茶な即答です

「…そうですね、まぁ、王様みたいなモンですかね
 椅子の上に踏ん反り返ってただ自分の領地が平和ならそれだけでOKっと
 何の代わり映えもしないツマラナイ毎日でしたよ…今にして思えば」


「は、はぁ…そうですか」


「そこで私は遊び人になろうと思いました」


意味不明である

「おっと、話が飛びすぎましたね…"私の地元"の話になりますが…
  これでも少しばかり前は色々と面倒な事態がありましてね…
  まぁ、下衆な魔物の群れが暴れ回り色々と荒らされるという問題で
 頭を悩ませていました時期もありました、尤もその騒動も既に解決し
 平和になり私は治める地を退屈そうに眺めるだけの仕事に戻りました」


「さっきから聴いてればやたらと"退屈"って言葉連呼すんじゃあねぇか」

「はい、ただ椅子に踏ん反り返って年中居るだけというのは疲れます
 なので、信頼の置ける者に治世を任せ、私は身分を隠しお忍びで
 世界各地を遊び呆けようと思いました」



「…何と言いますか、その先生がそのような人物とは意外と言いますか」

「ハッ!センコーも結構な道楽主義者って訳じゃねーか、気に入った!」


「ふふっ!ルラフェン正直に俗物と罵っても構わないのですよ?」

「い、いえ!滅相もございません!先生は私と弟の恩人であり…
 例え如何様な人物であろうと…」


「…椅子に座るだけの毎日、私が一つ命令すれば周りの者は
 チェス盤の駒のようにテキパキと動き、ただそれだけ
 私はそんな生まれだったからやもしれません
 …人間というモノを何処かで"見下していた"かもしれない」



人の心を理解できない、その事柄から過去に自分は大罪を犯した
プサン教師はそう独白する…


「私は…思えば暴君君主だったでしょう、全知全能だなどと周りから
 持て囃されて、己惚れていた私の所為でかつて
  とある親子・夫婦の仲を裂き……いえ、止めましょう」
 
とにかく、と彼はため息を一つ吐き言葉をつづける…

「…ナジミ、貴女の成長を見て、子供を持つ親の目線になって見て
 自分の愚かしさもまた一段と学習したつもりでは居ます…」
686 :今回はここまで [saga]:2016/01/27(水) 16:31:51.35 ID:Eua80nSi0

「…なーんかよくわかんねぇけど、俺にとってのセンコーは
 "『今』ここにいるセンコー"だ
  昔はわりぃ事ばっかした悪モンだかなんだかしんねぇけど
  そこんとこはこのブラコン野郎と同じでさぁ」


「そ、そうですよッ!先生は先生です…例え過去に何らかの罪を
  起こしていようとも私の恩師であり恩人であることに
                  変わりありませんッッ!」




「…ありがとうございます………初めこそ単なる知的好奇心を満たす為
 身分を隠し俗世で娯楽を堪能しようとした身です
 そして…俗世を楽しむうちに貴方達のような人とも巡り合い
 己が"見下していた"人間へとの認識も次第に変えていきました…」




 プサンは「本当ならもっとここにいて成長を見たい」そう心から
残念そうに告げるのだが…



「ですが…いい加減私も長く部下に"地元"を任せ過ぎましてね
  …いい加減、故郷に帰り治世をせねばならない頃だと
  前々思っていました」


「…だから我々の教師を辞めて帰るというのですか?」


「リュウキュウ達にも言ってあります…
  本当なら半年前には帰っている予定でしたが何やかんやで
  結局、わが子のように思っていた貴方達4人が気がかりで
  私は帰るのを先延ばしにし続けていました、言い出すのも今日まで
  言えずにいました…」



「センコー…あんたぁ」


「…いけませんねぇ、自分の本来の立場を忘れて
  これでは治める者として失格ですね…ははは」


「ならよォ、んな仕事辞めちまえば良いじゃあねぇか!
  退屈なんだろ!椅子に座りっぱなしの仕事なんざよォ!」


「…大人はそうも言ってられない生き物なんですよ
  地元から遠く離れたこっちに来たのは見分云々もありますが
  知り合いに会いに来たついでで…気づけば10年近く居座り続けて」



「…どうしてもだめなのかよ」


「…仕事を終わらせれば私は帰ってきます、必ずです
  だから寂しそうな顔はしないでください…ほら、二人ともお茶でも」


「いらねぇよ!!!」

「…ナジミ、分かれ、先生だって本当なら大事な立場の人なんだ…」

「知らねぇよ!大人の都合なんざぁ!!」ダッ!

「あっ…!おい待てバカ!」



「…私はあと2週間は滞在を続けます、気がかりがあるとすれば
  私がいなくなった後の事です」

「ナジミの奴っ!勝手に走り去りやがっ――いなくなった後の事?」

「…あの男、[ハーゴン]ですが…私はどうにも彼が諦めたとは思えない」

冴えない顔の男は普段とは打って変わった神妙な顔つきで言い放つ
687 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/01/30(土) 01:53:34.91 ID:1OqZHq7To
おつんつん!
また髪のはなししてる
688 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/01/30(土) 01:56:11.52 ID:UJrHqMMgO
おつ
689 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/02/02(火) 04:58:34.81 ID:HBBosIeDO
おつ
690 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/02/16(火) 23:43:05.71 ID:CruPC95q0


「私はかつて、一人の男を見たことがある…その男はただ一人
 愛する女の為に全てを投げる覚悟を持っていた
  …事実、彼は[進化の秘法]を使い全てを捨てた」


 ルラフェンは目を見開いた、恩師の口から飛び出た言葉は
自分の祖父達が独自に研究を重ね書き遺した理論であり

同時に、ナジミに言われる前の彼は実の弟を病弱体質から救うべく
使用する事まで考慮していたからだ



「その男は[進化の秘法]を使った…そして全てを捨てたのです
 もう何も思い出せない、自分が何者かもわからず
 "何のためにそうなったか"すらも分からない…
   ただ一つ…"人間を根絶やしにする"という目的以外は…」


 憂いを帯びた彼は遠い記憶を見つめるように空を見上げる
苦虫を噛み潰したような辛苦の表情をルラフェンは黙って見つめていた



「その後…その男はどうなったんですか…?」

「死にました」



たった一言、帰って来た言葉は死んだという事実だけだった
それが"自滅"なのか"他殺"だったかのか…
 前者か後者か、どちらの意味合いかでまた見えて来る情景も違ってくる
だが、プサン教師はあえてそれを口にしない


「彼は、"魔族の王"を名乗り人間を根絶やしにしようとした…」


ですが、と彼は一番重大な点を挙げた



「彼は先も申し上げた通り、"自分が心から護りたいと思う人の為"
 全てを捨てる決意でそれを執行した
   彼には彼の信じる正義があった、それが酷く歪んだ物だとしても」
 




「一人の女の為に関係ない周りの人間は殺される
 ハタ迷惑な正義ですね…」

「ええ、何の罪も関係も無いたくさんの人から見れば
 何を勝手なことを憤慨すべき事でしょうね、私もそう思います」




 師弟揃って"[進化の秘法]を使った男"を非難こそするが内心では
ほんのちょっぴりだけ共感すべき点があった

 ルラフェンは、弟の為なら犯罪を起こしても良いとさえ思った事がある
実際問題、彼は街中で[メラ]を使いボヤ騒ぎを起こして大金を盗むという
犯罪をやってのけた



プサン教師も…口ではいうモノの、もしも自分の身近な人や
自分の実の娘、実の息子のように育って来た子が
取り返しのつかない事になるならば?

そう思えばこそ全否定はできなかった



「…その男は確かに間違ってはいた、だが曲がりなりにも
 護りたい女性の為という彼なりの正義がある…
 だが、あの[ハーゴン]という男……奴からは最もドス黒い意志がある」


691 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/02/17(水) 00:07:02.40 ID:3y52kn7l0

「先生…それはどういう――」





「[ハーゴン]…奴の瞳の奥にある鈍い輝きを私は見た事がある
 自分の成し遂げたい事の為ならばどのような犠牲も厭わない
 そんな"漆黒の意志"と呼んでも良いような覚悟…」





プサンの記憶の中にある"魔族の王"と同じ…目的の為ならば
何をしてでもという歪んだ信念



「…誰かを護る為でも、救う為でも無い、正義も何も無い
   ただ純粋に生きとし生けるモノ全てにとって害悪でしかない
  死した彼以上に醜く酷く歪んだ意志を私は見たのです…」





その言葉に少年は息を飲んだ


フラッシュバックする死骸の山、咽かえる程に鉄臭い血溜り…



到底理解しがたい狂気を孕んだ邪神教が渇望する"なにか"





「…私も本当ならもっと此処に居たい、君達の成長を…
 健やかに育っていける未来を見届けたい
 けれど、知り合いがご丁重に私の地元の様子を聴かせてくれましてね」


「知り合い?…この大陸に他所からの客人は来てなかったと思いですが」


滅多に船の行き来も無い[アリアハン]大陸だ
 よそ者が来るなら当然船の目撃情報の一つがすぐに話題になる
今日船で[ハーゴン]が大陸の外へ出て行くなんて朗報も
すぐ大陸中に知れ渡ったくらいだ



「コホン…まぁ、彼女は船を使わないで来れますからね」


(…あ、もしかして[ルーラ]か…?)


魔法使いたる彼は船を要せずに移動する手段をすぐに思いつく
上空から来たならば船の目撃情報が無くとも納得である


「なるほど…[ルーラ]を使えば、客人が来た事も納得ですね
 先生に手短に用件を知らせ誰かと会う前に帰ったなら辻褄も合います」


「ん〜…お空から来たという着目点は良いですねぇ♪」

「???…えっ、ち、違うのですか…」


「…ラーミ―――コホン…
   [レティス]は空から来てるので大体合ってるようなモンでしょう」


ボソリ、と小さくつぶやいたこの独特な雰囲気の男の声をルラフェンは
あまり聴き取る事ができなかった…

[レティス]……プサン先生を訪ねて来た知り合いの名前だろうか?
692 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/02/17(水) 00:27:59.08 ID:3y52kn7l0



「私が居ない間、部下たちはよくやってくれました
 帰る予定が十年近くも遅れたというのに、それでも私の我儘を聞き入れ
 此処に居座り続ける事を許して貰えました…」



あっ、無論、文面でのやり取りですよ?と両手を広げてみせて彼は言う


「ですが…[レティス]、私の友人ですが、彼女が私の地元が
 どうなってるかご丁重に説明してくださいましてね…
 いよいよ以って私が帰って仕事しないと不味いという事が分かり」



「さっき言ってた通り、先生ご自身も
 そろそろ帰らねばならないと感じていて、同時にそのご友人からの進言
 それで決意なされたのですね」

「はい…」



「…私だっていつまでも餓鬼じゃないんです
  ご都合は分かってるつもりです、あの馬鹿女にも伝え時ますので」


「…苦労かけますね」




―――
――


シャリッ…



「…林檎ってこんなまずかったねぇ」シャリッ


大好物の果実


アダムとイヴが口にしたと有名な知恵の実を手に彼女は気怠そうに齧る




…甘くて…そして、酸っぱい





「貴様、此処にいたか」


「帰れブラコン、今はてめーの面も見たくねぇや」


「……」スッ


「おいコラ、何当然のように俺の隣に座ってんだボケ」

「私が偶々座りたいと思った場所の隣に
   貴様が居たんだ目障りなら貴様が失せろ」




  「わーお、そうですかい!死ね!町人Aッ!」
  「くたばれ糞黒コート」


  「けっ!」チッ!
  「フンっ!」プイッ

693 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/02/17(水) 00:48:44.71 ID:3y52kn7l0


「…」シャリ!

「…」


「………」

「……」






「言いたい事があんならハッキリと言えや」

「貴様もな」



「……」
「……」





「だああああぁぁぁぁぁ!!わーぁったよ!降参だ!こーさん!!
  俺ぁこういう空気好かねぇんだよ畜生!!」


 ナジミは良くも悪くもお喋りが好きな少女だった
故に誰かと居てこういう空気は好まない



「俺ぁセンコーともっと居てぇさ!…センコーは俺に世界を魅せるんだ
 文献でしか知らないオーロラを生で見た感想や
 砂漠で食ったサボテンの味…世界の珍しい生き物
 ありとあらゆるものを俺に聴かせてくれてよォ…」


そいつが今まで読んできたどんな小説なんかよりも楽しかった
ずっとこの人の話を聴いて居たかった


…父親以外の男性で"理想の男"として憧れた人物だった




将来、ナジミも "遊び人" を名乗り、憧れた人のように世界を知りたい



自分の脚で踏みしめ、聴いて、見て、触れて、感じて


この世の全てを見つめて生きたい



世界はただ己が知らぬだけで、何よりも美しい何かで満ち溢れているから


夢であるサンタクロースになる過程

もしくはサンタらしく空を飛ぶ術を手にした暁には大陸の内外を自由に
行き来する鴎<カモメ>のようにどこまでも行きたい



胸の内にある葛藤を気づけばナジミは全てルラフェンに打ち明けていた…





「だからよォ…俺ぁセンコーにもっと居て欲しいんだわ…」

694 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/02/17(水) 01:12:16.91 ID:3y52kn7l0


「…ふん、貴様のようなガサツな奴でも一応
       女心のようなモノはあったのだな」


「あ"?喧嘩売ってんのか、転がすぞオイ」


「先生と一時も別れたくない、なら…
  "お前から会いに行く"という発想は無いのか?自称天才」


「…」


「貴様は空を飛ぶ技術なんていう到底実現不可能な夢物語を叶えると
 豪語したのだろう、ならばやって見せろ
 そしてプサン先生に会いに行こうと思わんのか?馬鹿め」


「…お前」


「…良いか、よく聴けこれは私の独り言だ」


小さく咳払いをした白ローブの少年が口を開く




「私は先生やナジミに[アリアハン]大陸で暮らさないかと誘われた時
 それをただ単純に好機だと捉えた


  私は弟の治療費の為に犯罪を犯した…


 [メラ]を使って飲み屋街のガーデンパラソルに火を点けて
 その騒動の隙に借金取りの金を盗んださ

 …弟と同じ年頃だったホームレスの死体に[モシャス]を掛けて
 火事場泥棒をしようとした俺が死んだようにも偽装してな」





ルラフェンは語る、声に出したく無い事実


 もしかしたら自分達兄弟と同じように
衣食住すら侭ならずに死んだのかもしれない


そんなある種の自分達の末路と言うべき人の死体をそう扱った



"死体蹴り"…これ程この言葉が似合う言葉もあるまい
ましてや犯罪の為に利用されたのだから…




「全身真っ黒コゲで[モシャス]が切れた後もバレるまで時間は掛かる
 そんでも、死体偽装、金を盗んだ人間が生きてる事がバレて
 私も弟も今度こそ明日を生きる事すら困難になる…

 そんな時にナジミが来てくれた

 先生を連れて来てくれた…だから私達は助かった」


犯罪がバレた後の事を考えての夜逃げ…

夜逃げ一つするにしても病人の弟を連れてでは逃走資金は少なからず要る


だから最初こそは無償で国外どころか海の向こうまで連れてってくれる
ナジミ等を都合の良い好機程度にしか見なかった

695 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/02/17(水) 01:42:20.23 ID:3y52kn7l0

「ただ利用するだけ、そう思ってた
 けど、時が経つに連れて私はセルミィや先生、貴様と居る日々を過ごし
 "ああ、此処に来れて良かった"そう本気で思うようになった」


「…」シャリッ!


「……恩義がある、何としてでも返さねばならぬ恩義がな」


「……」


「没落貴族…そう罵倒を浴びせられる前、まだ親父が自棄になって
 酒浸りになる前の…まだ私が笑っていられた日々
 アレが帰ってきたんだ…貴様やプサン先生、セルミィ達のおかげで」



          だから…




「私は先生の助手兼弟子だ
  だから、先生の住む地へいつか行く、そして生涯を先生の為に尽くす
 ナジミ…貴様は俺を"利用"しろ」



「…で、具体的には」シャリッ


既に独り言でも何でもなくなっている事には突っ込まない…


「貴様の空飛ぶ技術研究とやらに俺を馬車馬のようにコキ使えば良いさ
 その技術が完成したらお前は先生の元へ逢いに行く
 俺は先生の故郷へ行き、先生のお世話の為に生涯を捧げる

 地図上のどこにあるかも名称もはぐらかされて分からんあの人の故郷だ
 お互いそこへ行って会いたい人に会うという目的は同じだ」



「…ほぉん」シャリシャリ


「ギブ&テイク…下らん事で意気消沈する暇があるなら研究に取り掛かれ
 貴様は俺を利用し、俺は貴様を利用する…そうだろう?」




「……く、くっくっく!
      ぷっ、あはははははははははははははっ!!!」



ナジミは林檎を齧るのを止めて笑い出す
目には涙を蓄え苦しそうに腹を抱える


「…もしかして、そんで俺を元気付けてるつもりかァ〜?」ヒヒッ

「…別に、いつも[笑いぶくろ]みたいに笑う貴様が沈んでると
 こっちまで気が狂うから、ただそれだけだ」



…元気付けてる、という部分を否定していない事に彼は気づいてるか?


(…俺もヤキが回ってんのかねぇ…この野郎に元気づけられったぁなぁ)


「センコーに生涯捧げるっつーけど、ソウジはどうすんだよ?」

「無論連れてく、私が不在の間にどこの馬の骨とも分からぬ奴に
 良いようにされるかもしれんからな」キッパリ

「やれやれだぜ…」フゥ…
696 :短いけど此処まで [saga]:2016/02/17(水) 01:58:45.61 ID:3y52kn7l0
*********************************


       可能なら明日の朝から再び再開


 ルラフェン少年なりの不器用な励まし方、そしてそれを察するナジミ嬢

 2人の悪友は画策する、サンタクロースになる為の産物とか

   経緯はどうであれ地図上のどこにあるかもわからない

 何処かの大きな街なのか、地図に名も乗らぬ隠れ里や田舎か…

 それをいつか探し当てて、ある日、ひょっこり顔を覗かせる



 そして、[突然の来訪で吃驚仰天させてやろう…!]
     [とびきりのサプライズで驚く顔を楽しみにしてやる]

 そんな想いを若き少年少女は抱く




    まだ見ぬ世界を知りたい、触れたい、学びたい

          世界は広く美しい

    そして、歩いて回るにはあまりにも広すぎる



 船を漕ぐなんて方法じゃない、もっと誰も思いつかないだろう

 人間が空を飛ぶという画期的な方法で、海に囲まれた"ろーや"から

 世界へ羽ばたく…ッッ!!








 ※2人は知らない、地図上のどこにもプサンの故郷は見当たらない

  地図上のどこにも見当たらない

 大事な事なのでry
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697 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/02/17(水) 02:51:03.14 ID:6T2GA6TcO
698 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/02/17(水) 23:25:21.34 ID:PD/OhIFDO
おつおつ
699 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/02/21(日) 22:38:02.65 ID:Ka2FZ8Cc0
―――
――




「ナジミ」

「おう…じゃなかった、はい」


「今日はこの字に関してだな」スッ



[アリアハン]大陸に建てられた大きなお屋敷のとある一室は一言で言えば
異質というモノであった

 屋敷の主人とその娘が居る部屋は俗に言う"和室"と呼ばれる物だった
畳と呼ばれる[ジパング]ならではの床、座布団と呼ばれる敷物
 世界広しと言えどその独特な文化が敷き詰められた内装は一際目立つ



「んー…こいつぁ確か『方<ホウ>』って文字だな、じゃなかった、です」


「…ナジミ、俺はお前の言葉遣いはとやかく言わんさ
 今やってるのは礼儀作法の授業じゃない、語学の勉強だ自由にしろ」


「…ふぃー、1時間前にやったのが"茶道"とか"生け花"とかだかんなぁ
  俺の性にゃあキビシーぜぇ…」


「続きを始めても良いか?」

「おう、良いぜ父さん」


「この"方"という文字だが、[ジパング]の語源文化、漢字で様々な意味が
 できるようになる」


 達筆と呼ぶべきか、ゴツゴツとした大きな男の手は筆を動かし墨汁で
文字を書いてゆく


「方角、方法、方言…見方や地方など、場所や見解そういった物事を
 表す文字として使われている」


「物事の見方ねぇ…」


「そうだ、……ナジミ、これは俺の祖父のそのまた遠い祖先からの言葉だ
 戦闘"方"を制する者こそ"込める技術"を十二分に生かせる、とな」


「…戦闘法?」

「いや、違う…戦闘"方"だ」スッ


父親は声では伝わらない、ニュアンスを文字に書き出し娘へ見せる


「お前…いや、世間一般で言えば "せんとうほう" とは
 『戦闘法』と書くのだろう…だが我が一族はこのように書く」ピラッ


「…どう違うんでい?」


「そうだな…茶の心得で『和敬清寂』など
 全てを通して一つの言葉に纏めるモノがあるのを前に教えたな?」

「おう!なんか大昔のエライ人が考えたんだろう?」



「ああ、我が一族の戦闘法の理念も‥この戦闘"方"にある」

700 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/02/21(日) 22:59:07.67 ID:Ka2FZ8Cc0


 彼はその手に一本の木の枝を持つ
故郷たる[ジパング]に咲く、桜なる樹の一枝だ


「此処に一本の木の枝があるとしよう、お前はこれを"どう使う"」

「えっ…どうって…」



どう使う? ナジミはそう問われた
そして考えようとしてまず、どのような状況下が前提か、それを考えた


「…戦闘"方"…なら当然、闘ってるっつーのが前提だろ
 なら、普通にそんで敵を――――」


そこまで言い掛けて気が付いた


敵を…"どうする"のかだ



「気が付いたか」

「……その棒切れは随分長いな」

「ああ、良い枝だろう?」



一種の芸術性さえ見いだせるような見事な桜の一枝…
この和室の雰囲気とよく合っていて、飾っておくに相応しい




「これだけ長ければ
 『叩く』ことも『薙ぎ払う』事も…『突く』ことさえも可能だな」





叩けば"棍棒"

薙ぎ払えば"剣"や"薙刀"

突けば"槍"



たった一本の棒切れが"三種の武器に変わる"



「なにも振り回すだけが全てではない
   これを"敵に投げつければ"どうだ?」


投げれば"投槍"…容<カタチ>こそ変わるが"矢"ともなる




「…んで、その棒切れで敵の攻撃を受け止めれば、そいつぁその瞬間に
 "盾"として起用できるっつーわけかい?」


「そうだ」


父親は娘の顔を見据えて真剣に語る


「お前も"込める技術"を創る者としてそれなりの腕を持つ
 だからこそこれは何としてでも教えておきたい」

701 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/02/21(日) 23:23:53.89 ID:Ka2FZ8Cc0


古来[ジパング]の民は
"巫女"や"風水師"と呼ばれるモノの存在を尊重してきた


彼等は時として天候を操り、地震、火山の噴火さえも思いのままにした
そう言い伝えられている

実際の話はどうか分からないのだが





「船乗りが船の速度をあげたいと思えばまず何をすると思う?
 帆を揚げ、強風に背を押して貰おうとするだろう
 もしくは波、潮の流れはどうか、舵をどの向きにしておくか」


「追い風か向かい風か
 それによっては揚げちゃあいかん時もあるよわな」







「"戦争も同じだ"」




[ジパング]は古来より風水、気の流れといったものを大事にしてきた


[アリアハン]大陸がまだ西と東で二つの民族に別れ、争い合っていたのと
まるで同じように、多くの部族に別れ、一つの国として統一されるまでは
内部争い…俗に言う"センゴク時代"とやらがあったそうだ


その闘いの中でこのような伝承がある




    100の兵を用いて、2000の兵を討ち滅ぼす



単純に考えて1人が10の兵を打ち取った事になる

それも同じ国内で同じ武装をした人間同士が、である




父親は娘のナジミに語る

曰く、方や山岳地帯の高所から低所目掛けて

曰く、方や射る矢は全て追い風に乗り、敵の放つ矢は向かい風で遮られる





同じ武装、弓道の心得に差異はほぼ無し


同じ国の人間、使った武器は敵も味方も全く同じ





 だが、100の兵で2000の兵を葬った



相手と自分の距離は同じ、技量も同じ、使う武装も同じ

そう…条件が、平らな平地で風も何も無いなら全く同じだ
702 :ミスった 1人が10の兵×   1人が20の兵○ [saga]:2016/02/21(日) 23:59:36.42 ID:Ka2FZ8Cc0

「先程、棒きれも使い方次第であらゆる武器として使えると話したな
 投げるにせよ、振るうにせよ、どう使うにしても
 ただ使う、それだけで終わらせて良いのではない」


「状況次第で臨機応変にやれ、つまり纏めっとそういうことかい?」






「ああ、『"方"角』『"方"法』『味"方"(仲間の状態)』…

    全ては状況の『見"方"』だ」






「…戦闘"方"」


「お前が今、開発を手掛けている"火薬"とやら…あれに限らず
  全ての"込める技術"…アレ等を全てただ一個の道具として使う
  それでは駄目なのだ」


父親は娘に言う



 「状況を見極め、それら技術の本来の性能の引き出し…否
      100%ではなく、101%の性能を常に出せる闘い"方"をする」




それこそが一族代々教えられて来た戦闘法であり【戦闘"方"】なのだ





「…簡単な話から始めれば刃物一つにしてもそうだな
 調理場にある包丁は食材を切る為にあるが、それで人を傷つける事も可
 つまり、すべては持つ者の用途次第でどんなモノだって"化ける"」


 木の棒切れも、振るえば接近戦専用武器、投げれば容<カタチ>も変わり
火を灯せば、暗がりでも敵味方の位置を把握するための道具と変わる

たくさん集めて、敵の侵攻を防ぐ柵とするも良し
落とし穴など罠を築く為の土台とするも可


全ては思いつける"方"次第なのだ




「…今日の学問はこれで良いだろう、ナジミ
 友達を家に連れて来ると良い、今日は俺も非番でな
 皆で食卓を囲むのも良いだろう」


「わーお!!マジか!」

「ああ、マジだ」ニィ


「へっへっへ〜…なら3人とも呼ばねぇとなァ〜」




そういって部屋を飛び出す直前にナジミは
まだ和室から出ようとしない父に振り返り尋ねる



 「…あと、三日でセンコーいなくなっちまうけど、どうすんだい」
703 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/02/22(月) 00:27:02.39 ID:oQimZ6+C0

2週間後には大陸を去る、家庭教師プサンがそう宣言してから時の流れは
あっという間だった


 あと三日もすればお別れ会を開いて、さようならバイバイとなる訳だ



ナジミはその後の事は何も聴かされていなかった

いや、尋ねようと思えば父でも母でもプサン本人にでも訊けたが
それを意図的にしなかった



「…先生が去ってから、か
  新しい家庭教師の人材を募っている、採用の試験、手続きもある
 最低でも2ヶ月近くは俺や母さんでお前に学問を教え
 ほとんどが自習にもなるな」



「…そか、わぁったよ…」


「…プサン先生をお招きする前、昔に少しだけ戻るだけだ」

「…わぁってる」



「ナジミ、その…すまん、な
  お前は先生にあれ程までに懐いていた…
         もっと早くに教えるべきだった」


「ん、良いよ、大人の都合って奴ならしゃあねぇよ」


「…すまん」


―――
――




三日後…


壮大なお別れ会は開催された

生来、辛気臭い空気が嫌いなナジミはできる限り明るく騒ぐ様に


没落貴族の兄弟は親を失い、頼るべき人間が居ない最中
第二の父となってくれた教師の別れに涙を惜しむことなく泣き
そして、ひとしきり泣いた後…"先生の為に笑った"

セルミィも3人と同じ複雑な心境であった…




気さくで、飄々として不思議な魅力ある"遊び人"

彼の別れは屋敷の使用人達も惜しんだ

全員が唄い、踊り、笑い、飲んで、食べて…




      そして、夜が更けた



―――
――


「…ふぅ…皆さん、もう眠りましたかね…」
704 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/02/22(月) 00:43:35.11 ID:oQimZ6+C0



一人、荷物をまとめたプサン教師が林を抜けて浜辺へと向かっていく


音も何も聴こえない


お別れ会というの名目のどんちゃん騒ぎの賑わいも
今や地に転がるように眠った住人達の寝息…


だが、それも屋敷から遠く離れた此処まで来てしまえば聴こえない


夜風が頬を撫で

月が何処か寂しそうに輝き

小川のせせらぎが寂寥感を更に感じさせる







 そんな真夜中に彼は荷物をまとめ、行ってしまう…

 出発は日の出を拝んでからと言っていたのに









         「先生、行っちゃうの?」





            「!!」



    「なんとなくね、先生が居なくなる気がしたの…」



「…やれやれ、参りましたねぇ、ちゃんと全員に[ラリホー]を掛けたと
 思ったんですが…寝たフリでしたか…」




朝まで飲めや騒げやと徹夜覚悟だった全員が疲れてきた頃合いを見計らい
睡魔に襲われてもおかしくない程よいタイミングでの眠りの魔法


既に寝落ちしていた人間だけは対象から外していたが…



 「ごめんなさい、でも先生、お別れしないで行っちゃったら
   ナジミもルラフェン君もソウジ君もきっと泣いちゃうの…」


 「セルミィ……、お気持ちは分かりますが
   面と向かってだからこその辛さというのもあるのですよ?」


 「……そんなの!よくわかんないの!
   私だったら黙って行っちゃう方が嫌なの!」


「…こういう時、大人は黙って頭を下げるしかできないから辛いですね」


705 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/02/22(月) 01:01:46.28 ID:oQimZ6+C0


「…絶対にナジミ怒るよ?」

「はい、怒られますね」


「ルラフェン君もソウジ君もがっかりしちゃうよ?」

「…ダメなお義父さんですね」


「それでも帰っちゃうの?夜明けまで居てくれないの?」


「すみません」



「……大人はずるい、いつだってそうやって自分の都合で
  何かあると謝るんだもん、…それじゃあこっちも怒れないの」



言葉にするのは下手だがある意味では誰よりも考え方が深い少女は
肩を落とし、プサンを見つめる















     「先生は…その、人間じゃないよね?」ジーッ




「…ふむ、やはり貴女の才能を見込んだ私に狂いはありませんでしたね」








ナジミが偶然、あの街で見つけてきた少女

生まれつき魔物の言葉を解せる辺り[まものつかい]の才能があると思った
だが、あろうことか彼女は"精霊[タッツウ]"を使役してみせた…

[賢者]の才能まで考えられる





 「セルミィ、貴女は本当に類稀な才能の持ち主です…
   そんな貴女だからこそ私から頼みたい
   ナジミ達とずっと良き友達で居てあげてください」


 天才とは孤独なモノ、真に分かり合える人間を得のが難しい、と
教師は付け加えた


 「当然なの!ナジミは私の"ヒーロー"だし、ルラフェン君たちも
  大事な家族だもん!」


 「それを聴いて安心しました」ニッコリ


706 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/02/22(月) 01:20:52.46 ID:oQimZ6+C0



「あっ、そうそう…ナジミにはもう私の口から言ってありますが…」スッ



 「?…このお手紙は?」


 「ナジミに渡して頂いてもよろしいですかな?
   内容はナジミに口頭で伝えたモノでしてね…
   もう伝えた終えたからこの手紙は必要ないと思ってましたが…」



 一応、心配なので、念入りにね?と先生はセルミィに一通の便箋を渡す








 「では、セルミィ……またいつか会いましょう」




プサン教師は頭を下げ、夜空を見据える


遠い空の彼方に浮かぶ月に小さな黒い影ができる


彼女はそれが徐々に大きく、此方に近づいてきているのが分かった…!





 「わっ!!すっごい!!大きな鳥さんなの!!」


「ふむ、この距離ではまだ蟻くらいの粒にしか見えないと思いましたが」





 小さな黒い粒は凄まじい速度でこの地へと降り立った

遠目に見て、豆粒みたいだったそれは全貌が見えるまでに
然程時間は掛からなかった





「いやぁ、すいませんねぇ[ラーミア]、元に戻ろうにも
   [ドラゴンオーブ]をうっかり忘れて来てしまいまして」テヘペロ


『…いつかこの貸しは返して貰いますよ?』

「わぁ!!凄いの!この鳥さん喋るの!!!!」キラキラ


「あっ、セルミィ…この方の事は秘密でお願いしますね?」



バーテンダーのような服装、リーゼントの髪型
眼鏡の冴えない顔の男性はその大きな鳥の背に乗り


"この地"を去って行った…

707 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/02/22(月) 01:40:48.11 ID:oQimZ6+C0
*********************************
***************
******
***



「という事なの」

「なるほど…それで14年前のその晩、プサン、さん…は船に乗って
 お帰りになられたと?」

「(先生との約束だから鳥さんの事は言ってないの…)えっと、うん!」


「…」ジーッ


「…?ジョセフィーヌちゃん?」



「いえ、何でもありませんよ(たぶん何か隠してますねこの人)」ニコッ


読書家少女は何となく、この女性が何かを隠しているのを察する
それがなんであるかまでは分からないが…


 時計の短針はまもなく5の位置へと差し掛かる
少し早めの夕飯の準備も整い、話も一区切りついた所で
ナジミ等を呼びに行くべきかと彼女が考えた矢先であった…!






  ガチャ




「クソ!あのブラコンが…ッ!」プスプス…

「あっ!ナジミ!…こっぴどくやられたんだね」


煤だらけで焦げ臭い匂いを纏いながらナジミが戸を開けてやって来る

…恐らく第二ラウンドでも開始したんだろうなぁ、と
ジョセフィーヌは思った



「ハンッ!あんの野郎にぁあタンコブを2、3発作っといたがな!!!」

「もう…久しぶりなんだから喧嘩は駄目なの!」


「…わぁってらぁ!…それと俺ぁちょいと実家の方に行ってくる」

「…あっ、うん…顔を見せないとだもんね…」

「?」



 ガチャ…パタン


「夕飯はすぐにでも食べれそうだけど…ナジミは後で食べるみたいだね」

「…そういえばこのお屋敷は、ナジミさん達4人で作った秘密基地と
 言いましたね、お話にも出てきたナジミさんの実家の方は…?」


「…此処よりずっと先に歩いてった所にあるの…」シュン


「セルミィさん?」

708 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/02/22(月) 01:48:35.89 ID:oQimZ6+C0


「…その晩、先生が手紙をくれたの、今、お話したでしょ?」

「えっ…あっ、はい」




「その手紙の内容は…ね」



―――
――












     「…ふん、貴様も来たのか」ズキズキ


     「たりめぇだろ、ばきゃろう!実家なんだからよォ」


     「…ふん」


     「…セルミィに一声掛けたのか?町人A」


     「すぐ戻るからな、問題無い」


     「そか」



     「…あれから、もう14年だな」

     「ああ…」



     パサッ…



     「…その手紙、まだ持ってたのか」

     「センコーがくれたモンだ、億万の金よりも大事だぜ」






    「私はもう、帰るぞ……」ザッ

    「…気でも遣ってんのかオイ」


    「……まぁ、そんな所だ…[ルーラ]!」ヒュン



    「…ちぇっ、これだから魔法使いってヤローはよォ…」



          ―――ヒュウウウウゥゥ


    「さて…今回帰って来るのが遅れちまったよ
                      ごめんなさい」

709 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/02/22(月) 01:57:41.82 ID:oQimZ6+C0






―――風が吹いてきた


一際強い強風に煽られるように
ブカブカの黒コートが大気によってはためく





 「センコーの手紙の内容、その意味…
   もっと俺がちゃんと理解してれば、何度も思ったさ…
   天才だなんだ言うけど、俺もそういう所がダメダメでさぁ…」







 "目の前"に向かってナジミは声を掛ける




 「父さんからもちゃんと"方"ってモンを教わった
   物事はなんだってやり方一つで
      どんな方向にも転がるって学んだのによォ」














             ナジミ は 







      画期的な"戦闘方" を 創り出した ナジミ は











死んだ両親の墓の前でプサンに口頭でも手紙でも言われた言葉を口にした











「『………技術の躍進が必ずしも"人"にとってプラスには働かない』」




710 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/02/22(月) 02:01:12.55 ID:oQimZ6+C0
*********************************

           今回は此処まで!

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711 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/02/22(月) 02:06:23.65 ID:dEpbniC2O
乙!
712 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/02/22(月) 07:53:46.91 ID:oQimZ6+C0
訂正


読み返して重大ミスがあった…orz


14年前じゃない、9年前ですね…


9年前、ナジミ14才の話
713 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/02/22(月) 22:55:04.75 ID:8o2cM20DO
おつ
714 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/02/23(火) 17:52:48.48 ID:UiPTfvFt0
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******
***





14才の少女ナジミ

13才の少女セルミィ


16才の少年ルラフェン

そして3才年下の弟





……4人の少年少女達は浜辺に座り込み、ただ茫然と海の向こうを眺めた



「…なんで黙っていっちまったんだよ…センコーの馬鹿野郎」


 帰って来る筈の無い問いかけは波の音に打ち消され
代わりに空を自由に飛び交う、鴎<カモメ>の泣き声だけが耳に残る





プサン教師が[アリアハン]大陸より姿を消し、1週間…

 あれ程までに意気込んでいた"空を飛ぶための込める技術"の製作も
気が乗らず、4人で遠い水平線の彼方を眺める事が度々あった


環境が変わればそれに伴い"適応"していくのが人間であり
最初こそ設計図を書くペンを握ることすらしようとしなかった


 机と白紙の図面に向き合い頭を捻る時間を少しずつ取り戻していく様に
なった辺りナジミお嬢は立ち直った方なのだが…



「……お兄ちゃん、ナジミ先生、そろそろお勉強しようよ?
  先生がいつ海の向こうから帰って来ても良いように頑張らなくちゃ」

「…お前は強いな」ナデナデ

「わっ、も、もう!お兄ちゃんってば!」


一番プサン教師を尊敬し、慕っていたルラフェンとナジミは此処数日
口喧嘩こそすれど、以前のように殴り合う程の元気が無かった

 偶に二人して屋敷の部屋、もしくはルラフェンの住まいに行って
空飛ぶ技術に関して少しずつ研究を始めているようだが
それもあまり進んでいないようで…




「そろそろ戻ろうよ?いつまでもこんなん感じじゃ
 先生も喜ばないと思うの」



「…はぁ、いい加減気持ちを切り替えるべきかね」
「セルミィに説教されるとはな…」

「あーっ!二人とも酷い!」



人間はいつだって前を向いて生きねばならない

少年少女達は徐々にこの変わり始めた環境に適応していこうとする
715 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/02/23(火) 18:12:11.70 ID:UiPTfvFt0


家庭教師プサンの元での授業が終われば、決まって4人は遊びに出かけた

手頃なボールと棒切れで野球をして遊んだ


だが、今はそれをしない


ナジミとルラフェンは揃って何かの研究に没頭
何時になく真剣に意見交換をするところを見ていたセルミィ等はそれを
邪魔する訳に行くまいと、2人抜きでよく遊ぶ事も多かった



「セルミィさん!此処でこんな風にするのってどうですか!」ブンッ

「うんっ!良いと思うの!」



[ジパング]の伝統的なお遊戯"チャンバラ"…


棒切れを両手に持った二刀流のセルミィ
同じく二本の棒切れを振り回すソウジ


 兄と敬愛すべきナジミ師匠が不在中で
今まで以上に『もっと強くなりたい』という想いの下、彼はセルミィと
遊びを兼ねた稽古をつけていた

皆が見てない間も自主的にトレーニングを行うようになったのも
屋敷の人々の目に止まる
(病弱体質ゆえに必ず使用人の誰かが監修でついている)


たまに咳き込んで蹲る事や体調不良から嘔吐まであるが
それでも昔よりかは健康体になった方だ



セルミィはセルミィで研究の為、目の下に隈を作りながらも空飛ぶ技術を
開発しようとする二人の為にお茶やちょっとした軽食を
作ってあげる機会が増えた


 研究が行き詰った時は(徹夜後の)昇る朝日を眺めながら食べる
セルミィお手製のパニーニやレモンティーが二人にとって癒しだとか…









 そして某日、プサン教師が去って1ヶ月近くが経とうとしていた日





「「くっ…、くくっ!くはははは!あはははははっははっ!」」



銀のトレイに林檎のタルトケーキと紅茶を乗せてセルミィが部屋を
訪れようとした時

中から二人の笑い声が聞こえた


そして……っ!





       「ついにやったぞ!!!!大きな進展だッ!」


716 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/02/23(火) 18:33:20.93 ID:UiPTfvFt0

「二人とも!もしかして完成したのっ!?」


聴こえてきた声に驚き、彼女はすぐさま戸を開く

 良く分からない文字の羅列、数式の数々を殴り書きしたような用紙
ストレスやら進展しない現状で破り捨てた多くの図式が掛かれた紙屑で
見えない床の上を二人が駆けて来る



「セルミィー――ッ!!!聴いて驚けぇ!!!ついに空飛ぶ技術(仮)が
 完成しやがったぜェー―――!!ヒャッハー!!」

「ああっ!!!やったぞ!これは天命だッ!
 神は俺達に出来ない事はないと告げているんだっ
 ナジミ!いますぐ"すきやき"を創れ!三日三晩寝ずにパーティーだ!」


何度目になるか分からない徹夜明けのおかしなテンションで二人は
セルミィに抱き付く



「あ、あはは…"すきやき"は美味しいから好きだけど、まず二人は
 眠った方が良いと思うの」



寝落ちも何度あったか分からないが、この二人は図面を完成させたらしい




 空飛ぶ技術の理論を考える上で二人を最も苦しめたのは
基礎となる浮力を発生させる術式も然ることながら
完成させるための原材料、コストパフォーマンスが一番であった


術式自体は数百年来に一度の天才が長年、頭を捻り続けていた為
ある程度纏まりはしていた…っ!

が、精製に必要な道具リストは[世界樹の葉]やら[プラチナ鉱石]など
見ただけで眩暈を覚える貴重品の群れ


今のナジミ達では到底手の出しようが無いモノばかりで
それでもそれに近いモノを作ろうと…試行錯誤……ッ!

トライアル&エラーをひたすら繰り返し続けてきたのだッ!



魔術の天才の優れたる魔力、技術の天才の圧倒的頭脳による英知の結晶


それは…ッ!



それは……ッ!






それは…………ッッッ!!!









 「…この変な壺がそうなの?」ヒョイ


「あっ!コラ!大切に扱え!!」
「くれぐれも割るなよ!絶対に割るなよ!割るんじゃないぞ!!!」

717 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/02/23(火) 19:06:58.56 ID:UiPTfvFt0



奇妙な形をした壺


特にねじ回しの様な突起が付いているのがやけに目立つ


セルミィがその如何にも奇妙なモノを摘まみ、回してみると…











   プシュウウウウウゥゥゥ――――





「えっ!?」

「わっ!馬っ鹿!」
「逆方向に回せ!!」

2人に大声で言われてすぐさま逆に突起を回す、それにより
"何か"が噴き出すような音が止み…そして室内には





  「うっ…!?なにこの変な匂い!」


  「あー…おいルラフェン、窓開けて換気な、換気」
  「チッ、私は貴様の助手じゃないぞ!」ガラッ




 「うー…ナジミぃ、なんなのなの!この変な匂い…」





 「ああ、そいつぁ…"空気より軽いガス"だな」

 「空気より軽いガス?」


 「そだ、…そいつぁ、俺の考えた空飛ぶ技術(仮)
   良いか? "かっこカリ"だ」


 "(仮)"…仮という部分をやけに強調する黒コートの少女



「前に、4人で揃ってた時に俺の設計図見ただろ?
  あれに何書かれてた?」


「えっと…絨毯やお城が空を飛んでた絵?」



「ああ、…これは一応空飛ぶ技術ではあるんだが、俺の望むモンたぁ
 ちょいと違うんだよなぁ…」ヒョイ

セルミィから壺を受け取りナジミはこの完成品の名を口にする


 「俺の考えた作品、その名も [ガスの壺] だぜ」

718 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/02/23(火) 19:25:44.40 ID:UiPTfvFt0

ナジミ曰く、絨毯や岩石など元より浮力を持たない物質に
魔力を"込めて"宙に浮かす為の術式自体は8割がた出来てはいた

が、先も述べた通り、原材料がとてもじゃないが彼女等のような
10代の少年少女に用意できるような代物ではなかった




そこでもっと"他方面"から攻める方向性に変えた



抵コスト、既定の予算ならび原料で精製可能なモノ…

その結果が、この[ガスの壺]である




「風船っちゅーモンを見た事はあんだろ?」

ナジミがセルミィに問いかける、この大陸に来る前に居た街で
見た事はある…空気を入れて膨らませ、子供達に夢を運ぶアレ



「本当はな?本当はだぞ?
 なんか完成できなくて妥協しましたみたいな感じだから
 ちょっと思うところがある、だから"かっこカリ"なんだが…」


少しだけ眉を顰めて彼女は言う


「もしも…民家サイズよりもデケェ風船があったとして
 その風船に人間がしがみ付いたらどうだ?
 それはある意味で空を飛んだという事になるだろう?」


「うんっ!…あっ!そっか!分かったよ!
  つまりこの"空気より軽いガス"で大きな風船を膨らまして
 お空を飛ぶんだねっ!」キラキラ



「ああ…私とナジミで考えたのは大まかに言えばそんなところだ」


「俺ぁこの技術…まぁ仮称で"気球"と呼ぶとしよう」


空気の球で空を飛ぶ…だから"気球"と呼ぶらしい
それについての意見を述べる



「まずだ、デケェ風船で空飛ぶっつーのはもっと早い段階で考えてたさ
 それこそまだセンコーが居る時点でな」


「だが問題点が多い、風船の中身をヘリウムで満たすとして――」

「へ、へりうむ?」


「…あぁ、ガスの名前だ、名前」

「話を戻すぞ?ヘリウムで満たされた風船は空高くまで上昇する
 そう…"上昇するだけ"なんだ」

「飛んだは良いが、"着地できねぇ"…ガスが自然に減って風船が萎むまで
 その間どんだけお空で飲まず食わずにお留守番するんでい?」

「しかも、進行方向なんかも気流任せだから、本当の意味で空を飛べたと
 いう事ができない」



「そ・こ・で…だ!天才の俺が知恵を絞ったのよォ!
  "ガスの増減を自由自在に調整"できるモンを作れば良いってな!!」

719 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/02/23(火) 19:49:14.35 ID:UiPTfvFt0

この屋敷にはリュウキュウ氏が"込める"技術製作の為の簡易な工房がある
元より[ジパング]に住んでいた"込める"技術の刀鍛冶だ




なんでも昔"[ヒミコ]"なる人物の依頼で
           [くさなぎのけん]とやらを創ったとか



「父さんのトコなら剣だけでなく陶器も作る設備がある…
 だから俺がちょいちょいっと特殊な土で壺を焼いたのさ!」


「私はこいつが術式を拵えた壺に言われた通りに魔力を流し込む
 それで完成だ」


「さっきセルミィが回したそのネジ回しみてーなので
 ガスの噴出を調整することができる、そんで高度を調整し
 "着陸不可能"の問題点修正やら好きな時に上昇もできるようにしてる
 それに更に手を加えればガスの噴出で進行方向の微調整もできる」


後方へ高出力でのガスの噴出、それを推力として前方への進行を
可能とするレベルまで持っていく


一つのパーツでそれだけの役割を果たすモノを彼女は試行錯誤の末に
設計し、実際に作り上げた訳だ




上下降、進行方向の修正、そして永続的にガスを噴出できる装置…
大気中の酸素を魔力を込めた術式でヘリウムに変換…

 人間が酸素を吸って二酸化炭素を吐き出す、それと同じような
サイクルを"込める技術"で再現し

それで超巨大な風船を膨らまし、なおかつ大人が数人乗っても問題ない
レベルの浮力と推進力の精製…



よくもまぁ…基礎設計を造っていたとはいえ1ヶ月で…



「まっ!俺ぁなんつったって天才だからなァ〜」

「ふんっ、貴様ができるのは設計だけだろ、私の魔力が無くば
 完成は不可能だった」


「ま、まぁまぁ!二人とも!お祝いするんでしょ?喧嘩しないの!」

「はっはっは!だな!」
「…まぁ、確かにめでたいからな」





「…」


「?…ナジミ?」


「…[ガスの壺]で空は飛べる、だが俺の目指すモンは
 こんなチンケなモンじゃねーさ、これだって…半年も経てば魔力切れで
 ただの不格好な壺になっちまう」

"込めた"魔力が切れて、その瞬間、単なるガラクタと化す
使い捨ての消耗品…だ


「俺が目指してんのはもっと"未来永劫まで使えるモン"さ
 それこそ1時間も掛けずに世界を一周できるような速度も出せる

 …世界中を何度だって回れて、色んなモノを見に行けるくらいの、な」
720 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/02/23(火) 19:55:40.32 ID:UiPTfvFt0
*********************************

            今回は此処まで



 [ガスの壺]…DQ4に登場したアイテム

 [エスターク]を倒した後、宝箱から入手し勇者一行が気球を手にする為
 必ず必要な道具



 ちっぽけな一つの壺で大人数が乗り込み、なおかつ飛べるだけのガスを
 出せるくらいだし、きっと[おおきなふくろ]的な
 ドラえもんの四次元ポケット原理なんだろうな…


※DQ4原作の[ガスの壺]は使用年数があって
 使い物にならなくなる事はありません

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721 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/02/23(火) 20:40:57.96 ID:ynKr/TAIO
おつ
722 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/02/25(木) 19:42:58.83 ID:Dkflh1SDO
乙!!
723 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/02/28(日) 20:38:40.34 ID:lC6B9Myk0


「はい、おかわりどうぞ!」スッ

「おう、ありがとな!」



随分と昔に見つけた秘密基地、[レーベ]集落の近くに地底湖へと繋がる
秘密の抜け穴があった

 初めて此処を見つけたのはナジミで、土鍋と食材を持ち出し
子供達だけの4人で"すきやき"を作って食べたり、何かあると此処に来て
遊んだものである




"空飛ぶ技術(仮)"の完成祝いとして4人は久しぶりに地底湖へと訪れた



「ここも昔と比べて立派になったね〜」

「ああ、穴の開いたオンボロ絨毯や廃棄処分の壊れた椅子やら木箱やら
 そんなんばっかだったからな…」


 寝っ転がってそのまま熟睡しても良さそうなフカフカの敷物
ルラフェンやソウジ、あとナジミが持って来た本を入れた戸棚
セルミィの絵の具やキャンパス

昔と比べて家財道具も充実したものだ




「で、いつ飛行テストするんだ?」

「だなぁ、俺としちゃあすぐにでもおっぱじめてぇ所だが
 気球の準備だろ?それに計算はしたが実際なら
 どれだけの積載が可能かも試さなにゃならんからなぁ」


箸を止めてナジミが唸る…


「むぅ……そもそも、カッコカリの気球じゃなく空飛ぶ絨毯とか
 できてりゃあ重量も使用期限も何ら関係なく飛べるってのに…」


「まだ納得いかないんですか?一応、飛べるんですし良いんじゃ」

「んにゃ、納得いかねー」

「まぁまぁ、良いでしょ!それよりパーティーなんだから食べるの!」



人間が大空を飛ぶ…


人類初の飛行…


徒歩や乗馬、それ以外と言えば精々、船旅だけが人類の主な移動手段
([ルーラ]を含めるかは別として…)


 ナジミの目的たるサンタクロースになる夢、というのはざっくり言えば
"込める技術"で大儲けして、稼いだ資金で恵まれない子供や地域だったり
問題のある子供達を笑顔にしてやろうという
謂わばボランティア、チャリティー活動に近い

クリスマスの象徴的なお爺さんのように空も飛べて、かつ

人類初の飛行手段なんていう物珍しいモノが好きなお金持ちが如何にも
群がりそうなブツを生み出したのだ

上手くいくと言える、少なくともこの時のナジミはそう考えていた


724 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/02/28(日) 21:01:58.40 ID:lC6B9Myk0

「…しかし、"込める技術"で巨万の富を得る、か」

「あん?どうしたんでいルラフェン」

「…親父の事を思い出してな」

「お前のお父さんだぁ?」




「…俺の父は"込める技術"で大儲けする何かを創ろうとしてたさ
 結果、失敗に終わたらしくてな
 費用も随分掛かった、やさぐれて大酒飲みになって
 爺さんの遺産も食いつぶして…おかげで俺と弟は没落貴族になった」


「…わーお、お前、今昂ってんな?」

「なんだと…?」

「お前さ、気づいてっかもしんねぇけど興奮したりすっとよォ
 "私"じゃなくて"俺"って言うんだぜ?
 センコーが居なくなるって話ン時とか…お前、素が出てたぞ」


「…フン、一応常に敬語をと、意識してるんだがな…」

「たーっく、辛気臭ぇ話は無しにしようや!それより食えよ」スッ

「それもそうだな…」



「これ食いおわったら、火薬の研究もしなきゃならんしなぁ」

「火薬…?ああ、確か…[魔法のたま]とか言うのを作ってるんだったな」

「そ!流石に空飛ぶ技術だけじゃあ、世界中の子共を笑顔にできる程
 金は堪らねぇしよ、他の分野にも手ぇ出してんのよ俺ぁ」


「それがあればトンネル工事とか土木作業が捗るんだったか?」

「おうよ!大手工事の建設会社とかならきっと羽振りが良いだろうぜ!」


それに…と、黒コートの彼女は続ける



「これは、魔物との闘いでも使える…」

「…」

「人間が生きる以上、魔物に襲われる恐怖ってのはな、あっと思うんだ
 力のある奴ぁ良いさ、だが貧弱な人間はどうだ?
 弱肉強食…自己防衛手段として強い力は必要だ
                だから俺ぁ作ろうと思った」


「…だが、お前の一族はあまり世に広めようとしなかったらしいな」

「ああ、聴いた話じゃ、その昔[夢見るルビー]の粗悪品みてーなのが
 出回って大勢の人間が被害を受けたり、そんなんだから
 あんま外の世界に流出したくないだとか、な…」


「ならば――」


「けど、…けどな」


少年の声を遮り彼女は言う




 「俺ぁ人間は馬鹿じゃねぇと思いたい、一度駄目な事をやらかしたら
  ちゃんと反省して学ぶ事ができる生きモンだってな」

725 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/02/28(日) 21:25:05.25 ID:lC6B9Myk0

ナジミは理想を語り始める

「人間がお猿さんの頃から進化してよ、んで武器を取って
 戦うようにもなったそれは歴史の教科書を見てもよぉーく分かる
 だがな、そっから先が全く進歩しねぇんだ」


この世界には魔物が溢れかえっている


強靭な肉体、鋭い牙や爪、それらは人間なんてモノを遥かに凌駕する
強き生命体にのみ許された"武器"




「人間と魔物が真正面からドンパチしあってどれだけになる…

 "遅ぇ"…あまりにも人の進化が"遅ぇ"んだよ…

 魔物だって日々進化するさ、化けモンに対抗できるようになる為に
 身体を必死こいて鍛えて…そんでも殺される時ゃ殺されんだ」


「…だから、タブーを破ってでも良いから一人でも人を救うため
 込める技術を広めたいと?」


「俺ぁ、金を儲けたい、人類は自己防衛の力を強くできる
 プラス俺の個人的な願望で"俺の造った武器"を後世に遺したいのさ
 ナジミって人間がこの時代に生きてて、こういう事をしたんだって
 証拠を残しておきたい」


林檎ジュース入りのグラスに入った氷は音を鳴らす



「俺の夢、サンタさんの為
 俺の造ったモンで一人でも多くの人が助かる、なら最高に気持ち良い
 俺の名前…いや、高望みはしねぇがせめて俺の作品を後世に遺せる

 一石二鳥…つーか、一石三鳥?まっ!どれも俺の本心でさぁ!」



ケラケラと笑いながら喉を甘味で潤すナジミを見て、呆れたような
されど感心も覚えた…

「ああ、こいつはいつも純粋な馬鹿野郎なんだなぁ」と彼は思う



悪意の無い純粋な馬鹿野郎だから認めたくないが気に入ってるんだ、と…



「ついでにこの[アリアハン]大陸も有名になんねぇかなって思うぜ
 『あ、あの伝説のナジミ様が生まれた土地だぞーっ!!!』みてーな?
 そんな感じで村興しならぬ、大陸興しでも起きないかってな!」


せめて、商船がもう少し行き交うくらいには賑わってほしい


これは、暗に大陸の外以外に同世代の子供が居ない…

人との交流が取れない事や、海に囲まれ、外の世界の知識を知る機会が
極端に少なかったナジミのちょっとした願望なのだろうな

もしも、ああだったら

そんなIFの可能性を夢見てたのだろうな




「ナジミ!お鍋そろそろ空になるのー!」


「わーお!もうかい?んじゃ食材足さねーと」ゴソゴソ

726 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/02/28(日) 21:41:15.49 ID:lC6B9Myk0


「わわわっ!ナジミ師匠!入れ過ぎだよ〜」

「あぁん?良いから食え食え!男だろォ!ソウジィ!!」ドバドバ

「わぁ、お鍋が溢れそうなの!!」

「き、貴様ーーー!馬鹿野郎!4人掛かりで食いきれるかこの量!?」

「余ったならお家に持って帰れよ、お持ち帰りOKだぜ」ハッハッハ!



         楽しい時間


         いつまでも続くと思えた平穏な日々



「さて、そろそろお開きにすっかなァ〜」

「うっぷ…や、やっぱり貴様は一度くたばれ…」

「ご馳走様でした」

「お土産にもらってくね?」

「応!あっ…その容器はそのまんま持ち帰っても良いからな?」




         でも、平穏はある日唐突に終わりを告げる



















某日、ナジミ等が創り始めた気球は製作が順調に進んでいた




屋外で4人とナジミの屋敷の使用人が作業の手を進めていく

子供達は夢の為
大人達は子供達の夢と本当に人間が大空に飛べるのかという好奇心の為


「ふぅ…おっしゃ!良い出来具合だ」

「ん?」

「どうしましたナジミお嬢様」

「いや?見慣れない人達が居るんだが…」

「ああ、月に数回来る商船の方達ですよ
 お屋敷の倉庫に穀物を持って来て貰ってますが…
 担当の人が変わったのでしょうね」

「ふぅん…」

「それが何か?」

「んにゃ…ただ気になっただけだ、それより休憩にしようぜ!」

727 :今回は此処まで [saga]:2016/02/28(日) 21:52:14.81 ID:lC6B9Myk0
―――
――






  そして、この日…家庭教師プサンが去って丁度2ヶ月






 ナジミ等の新しい家庭教師となる人物が船に乗ってこの大陸に訪れる日




   奇しくも、この日が気球の稼働テストの日であった…




          天候は晴れのち曇り…


















       この日、ナジミにとって運命の日となる





          成果を以って立証される



        やはりナジミは天才であったと








       そして "天才"は…"厄災"でもある、と…





  9年前の物語、14歳の少女ナジミが大人になった後も後悔する


   望むにせよ、望まないにせよ"画期的な戦闘方"を創ってしまう







       だから、ご両親も亡くなられてた…



728 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/02/28(日) 23:10:15.91 ID:Kb13VKfDO
おつ
続きはよ
729 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/03/09(水) 09:12:43.20 ID:t84Y3RWl0

「ついに今日か…!!」


ナジミが自室でこれまで創り上げた試作品、失敗作等を片付けながら言う


「気球の製作重視で部屋の片づけしてなかったからな…
 しかし、私達も色んなモノを作ったものだな」



「だな、…おっ!こいつぁ捨てずに取っておくかな」

「ん?その布きれは…」

「へっへっへ…!試作品No…え〜っと何番だったかな?」

「忘れてるじゃないか…」

「はっはっは…!まぁ良いじゃあねぇか!あっ、その机の上にある薬品
 そいつだけぁひっくり返すんじゃあねぇぞ?」


机の上に置かれたたくさんのフラスコ…その中に見える液体や
小さな箱に入れられた粉末状にした薬草を彼女は指差す

…彼女のもう一つの研究の成果…"火薬"とやらなのだろう





既に試作品と思わしき小さな球が入った袋がいくつかあるのを確認した




「フン!取扱い注意の危険物であろう?
 それぐらい私でも分かる、というか危ないと分かるなら厳重保管しろ」


「わぁってらぁ!だから今、こうやって部屋の片付けしてんだろう?」






 部屋の片付けも終え、昼食を取りに下の階へと降りていく
見慣れたいつもの廊下、窓から射す陽の光

彼等は光の中を歩いていく…


「…サンタクロースか」


「あぁ、サンタさんだ
 大空を自由に駆けて白い袋から沢山の幸せをお届けするのさ
 世界一恰好良い爺様だぜ?」

「貴様が初め、その爺様のように空を飛ぶだとか抜かし始めた時は
 色んな意味で度肝を抜かれたよ」


 まさかその絵空事を本当に実現しようとするとはな…っと彼は首を振り
隣を歩く夢想家に感嘆する


「へっ!いつだって絵空事を実現させんのが人の可能性だぜ?
 …それによ、気球なんかじゃ世界を一晩で回れやしないんだ
 俺の思う一晩で世界を回る空飛ぶ技術にゃあほど遠い出来栄えでさぁ」


「人が空へ進出しただけでも十分な快挙だと思うがな」ガチャ



「あーっ!二人とも遅いの!」
「師匠!お兄ちゃん!早くお昼ご飯食べようよ!」

730 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/03/09(水) 09:25:42.07 ID:t84Y3RWl0
―――
――



ザッザッ…


「ふぃ〜!収穫も終わりましたなぁ」
「屋敷に戻って我らも昼飯ですかな!」
「そういえば今日はナジミお嬢様が新しい実験をするとか」






ザッザッ…





「ははっ!なんでも空を飛ぶだとかそうですぞ」
「そりゃあ凄い!本当に上手くいくんですかね?」
「さぁな、うまく行けばお祝いだなっ!」
「なら急いで帰りましょうぜ果樹園地帯でこんだけ林檎取ったんだ
 お嬢の好きな林檎パーティーですわ!」



ザッ…‥






「おわっと!どうしたんですか?先輩」
「しっ!静かにしろ…」



「???」



「…今、俺達以外の誰かの足音が聴こえた…」






森林の中、小枝や芝が生い茂る大地を踏みしめる雑踏
屋敷の使用人以外でもう一人…





「動物かなんかじゃないですか?…あっ!もしかしたら
 今日来る予定の家庭教師さんじゃないですか!船に乗って
 大陸に来たは良いけど道に迷っちゃったとか!」


「迷子なら人を見つけた瞬間に道を教えてくださいって飛びつくだろ…!
 だが、そうじゃねぇ…」



野良仕事帰りの使用人二人は籠を背負ったまま来た道を振り返る…
だが眼界には誰一人として人の影は見当たらない…


脚を止めた二人の雑踏も聴こえたと思えた何者かの動く気配も何も無い





        気味の悪い静寂が流れた…


731 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/03/09(水) 09:35:48.71 ID:t84Y3RWl0



「……」

「……」





「……ほ〜らっ!やっぱり気のせいですよ!
        もうっ先輩は心配症なんですから!」クルッ



若い男は両手を広げておどけながら先輩の方を見た























   既に喉笛から噴水のように血飛沫を拭かせる彼の方を…っ!





「かっ…ひゅっ!」ビチャ



「………へっ」



ドサッ





若い男が振り返るとほぼ同時だった

彼がクルリと身体の向きを変えた瞬間、彼の横顔を一閃…ッ!

何かが横切り、それは中年の使用人の喉に突き刺さった




小道具屋が存在しない大陸の外ならいくらでも目にできる
安物のダガーナイフだった…


風を切る音が耳のすぐ傍を突き抜け、突き刺さる鈍い音
振り返ると同時に視界に飛び込んでくる紅い光景

何が起きたのか理解の遅れた彼は呆気にとられた顔をしていた…



呆気にとられた、理解が遅れた…判断が遅れた



それが若い使用人の男の命を絶つ事となる‥ッ!
732 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/03/09(水) 10:08:35.55 ID:t84Y3RWl0



「おごぉ―――っ!?」


 さっきまで隣を歩いていて、何気ない世間話をしていた
そんな日常がいともたやすく崩れ落ち背後から迫って来る足音に遅れた


 ふとましい腕が使用人の首を絞め
掌は口を塞ぎ助けを求める叫びに蓋をする…っ!



              ゴキッ…!



たった一つだけ鈍い音がした




たったそれだけ…

何の感動も生まれないたったそれだけが一つの生命が終わりを告げた音だ




「いやぁ…流石ですねぇ…お見事です先生方ぁ…」パチパチ



人が死んだ


その状況下でこれほどまでに似つかわしくない音があっただろうか?

人を賞賛する時に使われる拍手喝采…



 神官や司祭のような聖職者が身に纏う白いローブ
ただ異質な点があると中央に蝙蝠を模った文様があるソレを着こなし
その男は棒切れのような痩せこけた脚で殺人現場へと足を踏み入れる


「私の全財産をはたいて雇った甲斐がありましたぞぉ!」パチパチ

「へへへっ、人殺しから盗みまでなんだってやる山賊稼業だからな!」
「それより本当に"金がなる木"があるんだろうなぁ?」
「こんな辺鄙な所まで来て無駄足なんて嫌だぜ?」



「ははは!ご安心あれぇ!"[カンタダ]盗賊団"の皆さまぁ!
 此処には"込める技術"と呼ばれる巨万の富を築く"金の生る木"が
 ございまぁす!それさえ手に入れば遊んで暮らせますよぉ!!!」


「へへ!わざわわざ穀物を届ける商船の人間に成りすまして
 屋敷の内部やら調べたからなぁ…!」

「[忍び足]の達人の俺達でも一苦労したんだ!そんだけの見返り当然だ」

「けどなぁ、本当にあんな玉っころや壺やらが金になんのか?」


「なりますよぉ!皆さんにはお分かりになりませんでしょうがぁ
 私にはあれの値打ちが分かりますよぉ!」ホッホッホッ!



人の死を前にして賞賛を送る聖職者は再びこの地へ帰って来た


「しっかしアンタもかなりの小悪党だな?えぇ?ハーゴンさんよォ?
 今日この屋敷のお嬢が来るって情報をどう掴んだか知らんが
 それを利用しようとはな」

「船乗りも、家庭教師になる予定の奴も今頃海の底で"おねんね"だ
 まさか山賊団が来たなんて思いもしてねぇだろうな」
733 :訂正: 今日この屋敷のお嬢が来るって× 今日この屋敷のお嬢の家庭教師が来るって○ [saga]:2016/03/09(水) 10:24:43.75 ID:t84Y3RWl0

「これも神の為に必要な事なのですよぉ!それに」チラッ


死んだ男は何も言わない

死人に開ける口など無い




「このお二人は天命を真っ当したのですよぉぉぉぉ!!!
 神がお住まいとなる極楽浄土へと向かわれたのですぞぉ!
 あぁぁっ!!なんと素晴らしき幸福ッッッッ!!」クネクネ



「お、おう…」
「そ、そうだな…」


両手で自身の肩を抱きしめクネクネと身体をくねらせる
気狂いの宗教家…


ソレを見ての[カンタダ]盗賊団の反応はどれもこれも同じだ


顔を引きつらせる者
後ずさる者
思うところがあるのか宗教家に対して舌打ちする者

どれもこれも受け入れがたいと言った所だろう


「ま、まぁ良いさ、俺らは前金貰ってんだ」
「お、おう…そうだな!」
「仕事貰ったんならまぁ、な…キモイけど」ボソ



「はぁ…っ!はぁ…!く…くふふ!し、しづれい…ジュルッ
 少し、一足先に『天国』へ召されたお二人の気持ちを妄想していたら
 絶頂しそうでして…くふふっ」ウットリ



恍惚とした表情を浮かべる気狂いの聖職者は杖を振りかざす
目指す先は"込める技術"を生み出す者達が居るお屋敷




 先頭を征く、狂気の聖職者、後を追うは欲望のままに進む盗賊団一味





天候は晴れのち曇り…


お日様はまだまだ天高い正午過ぎ、ランチタイムは終わりを告げ










     空の彼方には…



          暗雲が立ち込め始めていた…






734 :今回は此処まで [saga]:2016/03/09(水) 10:40:47.60 ID:t84Y3RWl0
*********************************
***************
******
***




「…んっ!ぷはぁ!」ゴクゴク…!


キュポンッ!…トクトク…



「どうだい?俺が世界各地を渡り歩いて色んな酒を集めてきたんだぜ?」


黒コートの女性は…墓石の前に座り込み一人…否、3人で酒盛りを始める


「父さんの故郷[ジパング]にも行った…母さんの故郷[エジンベア]も
 …まぁ、嫌な奴は多いけど話の分かる奴は居たさぁ」トクトク…


幾つもの空になった酒瓶がそこら中に転がる…

林檎酒<シードル>…葡萄酒<ワイン>…それに米焼酎…



「父さんの故郷の酒も母さんが好きだったワインも俺ぁ好きだぜ
 まっ!俺ぁそんでもシードル一筋だけどなっ!」


彼女は湿っぽい空気は好まない

だから笑う、いつだって明るく
しみったれた空気なんぞぶっ飛ばせば良い…ッ!


 "人間賛歌"とは人生を謳歌する事にあり、限られた僅かな時を如何に
 素晴らしく生きていくか、如何に笑顔で居続けるか…!



それが彼女の"[遊び人]"としての考えでもある

だからこその酒盛りなのだろう


家族、そして悪友達と花見という[ジパング]の文化も経験した




酒は良い

涙も鬱な気分も吹き飛ぶ

酔いは記憶の彼方へと流させてくれる
忘れられず溜め込んでいるなら酔いに任せて吐き出せば良い



だから彼女は酒が好きだ



「ナジミさん…お迎えにあがりましたよ」

「あぁん?嬢ちゃんか…もうそんなに時間経ったのかよ…マジで?」

「マジです、お食事ができましたよ戻りましょう?」

「わーお!そうですかい!んじゃ戻りますかねぇ…!」スッ


立ち上がり、両親の墓、そして所々焼けている屋敷を見てナジミは一言
「また遊びに来る」とだけ言い残した

735 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/03/22(火) 17:26:15.99 ID:Mn9pOFdWo
乙!
736 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/03/27(日) 05:16:52.02 ID:sjawGsxDO
おつ
737 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2016/03/31(木) 09:40:10.22 ID:Dn78j9i4O
http://i1.wp.com/img.grotty-monday.com/wp-content/uploads/gotokill003.jpg
738 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/03/31(木) 10:18:29.93 ID:j9le6J0C0
>>737
グロ注意
ISIL関連な
739 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/04/13(水) 02:19:16.20 ID:v3R3vAJc0
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******
***



気球の稼働テストが始まる10分前


運命の時はもう、そこまで迫っていた



「ふふ、こうして貴方と二人で歩くのも久しぶりね」

「…ああ」


[ジパング]人の男性に寄り添う女性がやんわりと笑う


ナジミの母親、そして技術屋たる父親は果樹園地帯を歩く
浜辺から船で下り、第二の故郷とも呼べる[アリアハン]大陸に帰って来た


「そういえば、家庭教師の方はもうついたのかしら?」

「俺達より先に船が着いていたのを見ただろう
 屋敷の者にも伝えてあるからな、先に応接室に――ッ!」バッ!


「キャッ!どうしたんです?」


 自分の身体を抱き周囲を警戒し始めた夫
そして、彼が何故そのような行動に出たか…妻が察するのに時間は
然程掛からなかった




「…!そんな…!」


「ああ、我が家の使用人達だ、二人とも死んでいる」


曲がってはいけない角度にへし折られた首
長年仕えてくれた男性の首元に見るも痛々しく突き刺さったナイフ…


「くっ…!屋敷に急ぐぞ!」
「ええっ!!」






          - 5 -



「さぁて!飯も食ったし、外にでようぜ!」

「テスト開始か…準備はしてあるのだろうな?」







          - 4 -



「へっ!たりめぇだろボケ!後は壺のガスを噴出するだけで
 いつでも快適なお空の旅よォ!!」


740 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/04/13(水) 02:33:05.63 ID:v3R3vAJc0

「ごちそうさまでした」

「お兄ちゃん!ナジミ師匠!ちゃんと食器は片づけないとダメだよっ!」




           - 3 -




「硬ぇコトいうなっての!めでてぇ日なんだしよォ!」ハハハッ

「私がナジミの分も片づけてあげるの!」ヒョイ!

「セルミィ、あまりこのアホを甘やかなくても良いぞ」



          - 2 -



「もうっ!お兄ちゃんってば…あれ?」

「あん?どうかしたかソウジ」

「…今、奥の廊下を誰かが歩いてくのが見えたんだけど…」

「?…それがどうかしたのか」


「あのね……後ろ姿だけだけど、その人」







          - 1 -





「お屋敷どころか…この大陸で見たことない人だったと思うんだ」

「はぁ?なんだそりゃあ?」

















 永遠に続くと思われた日常はけたたましい悲鳴によって裂かれた

それはこれから起きる出来事の幕を開ける合図となった



 「きゃああああああああああああああああああああああああっ!!」


「なんだ今の声は!!」

「ナジミっ!窓の外を見て!」

「ッ!あ、ありゃあ!俺の気球!?誰だ!勝手に浮かした奴ぁ!!」

741 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/04/13(水) 02:59:29.74 ID:v3R3vAJc0

 黒コートの少女はヒステリックな叫びを上げ、一刻も早く外に出ようと
エントランスへ全力で走り出す




そして、見てしまうのだ…






「……なんだい、こりゃあ…ッ!」




家族同然のように過ごして来た屋敷の人間が横たわっていた

瞳孔は完全に開き、もう濁り切ったその眼は何も映さない

だらしなく開いた唇は未来永劫、自力で閉じられる事もない



もうそこには誰も"居ない"


そこにはソレが"有る"だけだ



……命ある『生物が居る』のでは無い

……道端の石ころと同じ永遠に動くことの無い『無機物が置いてある』






「おい!ナジミ!何をボサっとして―――……これ、は」


後ろから追いかけてきた白服の少年は見て言葉を失った
少女の眼差しの先にある【死】

それは、あの洞窟で見た悍ましい光景を嫌でも掘り返す


だが、記憶の中にある光景とは何よりもかけ離れた光景が一つだけあった

何よりも鮮烈で、彼には決してイメージすることさえできない
そんな相違点…それは




「………、さねぇ」ボソ


「ナ、ナジミ…」






「許さねぇ…許せねぇ…!!!」ポロポロ






―――……ナジミが

  あの【死】に満ちた洞窟内の光景を見ても決して泣かなかった

   恐怖や畏怖を抱けど、決して自身が泣くとことは誰にも見せない

          そんな気丈な女が怒りに打ち震え涙を流したのだ…
742 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/04/13(水) 03:20:21.96 ID:v3R3vAJc0


「ルラフェン…テメェは弟ちゃんとセルミィを護れ」

「っ、貴様はどうする気だ!」




「ぶっ殺す」


 かつてルラフェンは弟の治療費の為、その瞳に【漆黒の意志】を宿した
己の目的の為ならば何者をも蹴り飛ばし犠牲にしてでも構わない

 高潔とは対極に位置する者の思想
モノによっては便所の鼠でさえゲロを吐きかねない邪悪そのモノと
呼んでも差し支えないようなドス黒い精神…ッ!




目の前に立つ黒コートの少女は…見た目こそ全身真っ黒だが

いつだって目には母親譲りの『黄金の精神』があったッ!




「殺す…だと!?待て!オイ!」


彼は手を伸ばし彼女の肩を掴もうとした



――この女がそんな目をするのだけは見たくない

この時の彼はその一心だった

 漆黒の意志を持って過去に犯罪を起こしたルラフェンには
否定できる権利は無い、それどころか
心情的にはナジミの抱いている負の感情に共感さえ沸く

自身も同じように黒い精神を持った事がある経験者だから







それを承知の上で…
       この幼馴染には"光ある道を歩み続けて"欲しかった…








               パシッ!


「ぃ――!」

「止めんなクソッタレ」




伸ばした手は振り払われた




彼女は歩き出す、まだ試作品だった"火薬"を入れたポケットに左手を入れ
この混乱を引き起こしたであろう張本人の元へと…!
743 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/04/13(水) 04:12:24.34 ID:v3R3vAJc0

「待て!ナジ――」


思えば、完全に頭に血が上っていたのだろうな
"プッツン"状態の黒コートはエントランスから玄関戸を開き飛び出した




    バンッ!



「!…わーお………グレートだぜ、こいつぁ」


ナジミは上空に浮かぶ自身作を見て顔を曇らせた



彼女はまさしく天才だった


人類が誰一人と完成させる事の叶わなかった"空を支配する"という偉業を
14才の若さでなし得たのだから…




夢への第一歩が踏めた、その事実を彼女は今、素直に喜べなかった

今の彼女の中に渦巻くのは煮えくり返りそうな怒り
上空からちっぽけな虫けらを見下ろすような顔をした爬虫類と目が逢った

それだけで十分だ


キレる理由なんて十分すぎる程だ



「おおっ!!ナジミお嬢様!お久しぶりでございますねぇ!
  偉大なる発明おめでとうございますぅ!」

「おう、そうかい、そいつぁどうも、死ね」


「おぅや〜?お嬢様国語のお勉強を疎かにし過ぎですよぉ〜
  言葉はちゃんと使ってくださいよぉ〜」


「うぜぇ、テメェは俺の家庭教師かよ、あぁん?」


片目はぴくぴくと動いていた
もしかしたら額に青筋さえ見えたかもしれない
 殺意で人が死ぬなら間違いなく爬虫類が空に浮かぶ揺り籠から転落し
生気の無い顔で母なる大地に口づけを落す所だ


「あっ!自己紹介遅れましたぁ〜、お嬢様の家庭教師がお亡くなりに
 なったため代理として家庭教師になった[ハーゴン]でございますぅ」


相変らず間延びしたような声は彼女の神経を逆なでする
 …"お亡くなりになった家庭教師代理"…

何故、奴が此処に居るか

この一連の主犯は誰か…もはや語るまでもない




「わーお、家庭教師代理かい…チェンジで頼むわ」ギリッ


「ぐふふ…そのような事はいわないでくださいよぉ…
   それよりも…これは素晴らしいですよぉ
   人が空を飛ぶのは誰しもが夢見た事…神に近づけたようですよぉ」

744 :今回は此処まで [saga]:2016/04/13(水) 04:33:57.63 ID:v3R3vAJc0

「屋敷の使用人をヤッたのはテメェだな」

「おー…滅相もございません、私が雇った先生方ですよぉ…くふふっ」



屋敷の至る所から悲鳴は上がり始める
甲高い女性の叫び、男性の断末魔…ガラスが割れる音


「へへっ…金持ちのお嬢ちゃんってのはこの子か」ザッザッ

「おっほぉ!目つきが悪いが良い顔してんな!良い値で売り飛ばせる!」

「俺知ってるぜ!こういうちょっと気の強い系の小娘ってのが
                男にゃそそるってなぁ!!!」ジュルッ


「おい、ハーゴンさんとやら!
  この黒髪の小娘は"ナニ"しちまっても良いんだろう?」



「はぁ〜い、先生方のご自由にぃ〜」



獣の生皮を剥いだモノを身体中に巻いた男
 ボロボロの服とも呼べぬ布きれを身に纏った奴…

 茂みから歩み寄る誰がどう見ても山賊と言った
風貌の男共は歓喜の声を上げる



「いーっっやっほぉぉぉ!!祭りだ祭りぃ!」

「この屋敷に可愛いメイドのネエちゃん達居たよなぁ!」

「へへっ!俺はこの黒髪のお嬢ちゃん貰うぜ」

「お前そういうの好きだよなぁ!このロリコン野郎め!はははっ!」

「バーカ!お前、そりゃあ褒め言葉だっつーの!」

「売り飛ばす前に皆で"味見"しちまおうぜ!」



「「「「「ぎゃははははははっ!!!」」」」」



見た目に違わない品の無い笑いを上げ、彼等は目の前に立つ
黒髪、黒コートの少女を見て舌なめずりをする

並みの少女ならばその視姦とも呼べる視線に生理的嫌悪を抱くだろう






"並みの少女ならである"







「…………おうこら、誰を"ナニ"するっつた?あぁん?」



  ゴゴゴゴゴゴゴゴ…


一方で見つめられた少女は…まるで養豚場のブタを見るかのように
 冷たい眼差しをしていたという


…空模様は曇り空、この日ッ!血の雨が降るッ!
745 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/04/14(木) 23:31:57.10 ID:/7SajarDO
乙!!
やっちゃって下さい
746 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2016/04/25(月) 23:14:55.45 ID:mzE9F7rJO
これは偽物
http://www.asyura.us/bigdata/up1/source/38552.jpg
747 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/05/10(火) 00:17:48.18 ID:Ek7MfHZeO
てす
748 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/05/10(火) 00:49:27.96 ID:OnNPnWWTo
乙乙
749 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/05/13(金) 02:17:45.99 ID:XS/i3dC1O
750 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/05/30(月) 23:21:05.02 ID:XsB2nM6DO
751 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/06/09(木) 22:55:05.70 ID:C8roLNjDO
752 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/06/12(日) 21:42:01.55 ID:sy4vpG17o
そろそろ二ヶ月
753 :>>1 [sage saga]:2016/06/12(日) 23:34:27.69 ID:3IW7WhoY0
15日程に…
754 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/06/12(日) 23:38:58.04 ID:sy4vpG17o
おk
755 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/06/13(月) 23:40:27.03 ID:O8aja7hDO
待ってる
756 :>>11 [sage saga]:2016/06/15(水) 15:03:03.84 ID:URS8b1vd0
失礼、今日は難しそうです…
757 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/06/15(水) 23:50:07.86 ID:7sMFxC8DO
はあく
758 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/07/04(月) 16:28:16.64 ID:lZNwFORaO
759 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/07/06(水) 09:09:26.95 ID:rnIje2Xq0
760 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/07/08(金) 21:12:15.22 ID:JWYzC/xo0
しゅ
761 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/07/16(土) 22:07:09.00 ID:JOj58v0DO
待ってる
762 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/07/24(日) 21:30:29.98 ID:cKqCubfJO
 
763 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/07/27(水) 22:44:06.72 ID:CCsUL94N0
0815
764 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/07/29(金) 18:40:31.24 ID:5CrG0lZd0
765 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/08/06(土) 10:50:03.46 ID:0FlrDPXDO
まだかな
766 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/08/07(日) 10:07:13.98 ID:GNVr+PqG0
767 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/08/07(日) 10:07:45.92 ID:GNVr+PqG0
しゅ
768 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2016/08/12(金) 17:21:09.55 ID:9WaCGtRt0

まだ年端も行かぬ少女だった頃のナジミの目先の男たちは先述の通り
賊らしい不衛生な身なりであった

ボロボロの服装は当然ながら、いつ剃ったかわからない髭や髪
人を殺すことを生業とする人相が一斉の一人を見るのだ




これで見られたのが"お上品なお屋敷暮らしのお嬢様"なら
雪の日の子兎が如く縮こまり、怯え竦んだやもしれね…



「…テメェらよォ〜、そんなに血が見てぇんですかい?あぁん?」



  ドドドドドドド…!




が、目の前のお屋敷暮らしのお嬢様は世辞にもお上品と言える子では無く
むしろ、そんじゃそこらの人間以上に"肝っ玉の据わった奴"だった

 そして、堂々たるセクハラ発言…
これが彼女を"プッツン状態"にさせることに一役買ってしまったのだッ!




不良がよくやるガン飛ばしな眼差しで、肩で風切って歩く黒コートの少女
ゆったりとした歩みから徐々に速度を上げ、いよいよ以って走り出す




「くたばりやがれぇぇッ!オラァ――ッ!」ブンッ



繰り出されるはポケットに突っ込んでいた左手からの軽いジャブ――!







「ぎゃはは!拳を振るうのが早すぎるぜ!あのお嬢ちゃん!」
「やっぱ所詮はお嬢さんだな!!」
「良かったのは威勢だけだぜ…!」



ナジミと男たちの距離はまだ十分に開いていて、当然彼女の拳が
当たるような距離ではない

男たちはこれを、威勢だけが取り柄の無謀な少女の勇気を振り絞った一撃

っとでも考えた




「なぁに笑ってんだ、このダボが」ボソ




ナジミは左手からの軽いジャブを放った!―――ではなく



「たっぷり味わいなァ!!俺の発明品をよォ!!」


牽制の意を持つボクシングの体術…と見せかけた左手の拳は開かれる
グーの状態から掌を広げてパーにすれば

彼女の発明品たる"火薬"の粉末はそのまま前方へと拡散するッ!

769 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2016/08/12(金) 17:38:39.04 ID:9WaCGtRt0


「っ!? ぶわっ!?な、なんだこりゃ!」
「うわっ、ぺっぺっ!口の中に入ったぞ!」



ゲラゲラと笑っていた奴は酸素と共に粉末を吸い込んでしまっただろう
 余裕綽々の大笑いから一転、得体のしれないモノを取り込んだ事による
不快感と咽びかえす声だけを彼等は少女に見せる






「死ね、死んでテメェらの殺した奴らに菓子折り持って詫びて来いや」




ナジミはよく黒コートの左ポケットに小物を入れるのを好んだ

 人を吃驚させるエンターテイナー気取りの彼女は何も無い空間から
ハンカチや薔薇を出す手品を好いており、決まって手品の小道具を左側に
突っ込んで置く傾向があった


 彼女が取り出したのは小さな小さな箱、箱の側面に紙やすりのような
摩擦面が存在したその箱…そう



  "マッチ箱"だ…



まだ空気中に粉末が舞い、男達は咽返す


ナジミは"火薬"の粉末を放ってすぐに小箱を取り出し
一本のマッチを取り出す



ジュッ!


右手で擦った小さな棒きれの先端に
バースデーケーキの蝋燭のような、それは小さく可愛らしい火が灯る



ポイッ!



投げる









  ジュボオオオオオオオオオオオオオオオォォオオオォォ――!!





「あああああああああああああ"あ" あ "あ あ"あ あ""ッ!?」
「グギャアアアアアアアアアアアアアアアアああぁあッアァァ――」


宙を舞った火は視界をくすんだ鬱金色に変えた粉末飛び舞う大気へと
そして"火薬"の粉末とちっぽけな小火<ボヤ>が空気中でこんにちは!

世界が一瞬だけフラッシュして、気が付けば大蛇が獲物に巻き付くように
大きな火の塊は賊の身を滅ぼさんと包み込んでいた

770 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2016/08/12(金) 17:56:56.51 ID:9WaCGtRt0


"文字通り"火達磨になって転げまわる奴もいれば

比較的に被害が少なく、尻だ脚だの頭髪だのに引火した奴は必死の形相で
品性の欠片もないダンスを踊る

中には瞬間的に炎に包まれた事によるショック死状態の者も居た

どちらがマシだろうか?


大口開けてゲラゲラ笑い大量の火薬粉末を口内、鼻孔と取り込んだ者は
もう目も当てられない惨状である



苦しむ間もなく楽になったか、すごく苦しんでから楽になるか



これがたった一人の少女に猥褻発言をするなり小馬鹿にして笑うなりと
軽んじた結果である



何度も言うがナジミの眼差しには既に【漆黒の意志】があったッ!
普段の彼女が持つ母親譲りの『黄金の精神』ではない


 かつての弟を救う為ならば犯罪をも厭わないルラフェンと同じ眼光
目の前で犯罪者が死んだところでナジミは可哀想だと、とか
哀れだな、とかそういった事は考えてはやらぬのだ


それ程までに彼女の怒りは凄まじい

家族同然の使用人達を殺されもしたのだ、むしろ妥当だと考える




「おお!!素晴らしいですねぇ!皆様!その苦しみで
  天命を真っ当する事で神の国に召されるのですよぉぉ!!」ハァハァ!



上空から半ば興奮気味の爬虫類顔の狂人が死んでいくモノたちを見て
息を荒げていく


死にゆく者こそ、美しい

死にゆくからこそ神の国に召され救われると考える邪教の男は

悶えるように叫び、傍から見てると性的興奮でも覚えてる様にも見えた





「[ハーゴン]…ッ!テメェ、わぁってんのかコラ!
              次はテメェが"ああなるんだ"ぜッ!」



クイッと親指でよく見とけやボケっと言いたげな視線で上空の男を見る



「おおっ…!私にはまだやらねばならぬ事があるのですよお嬢様
  なので、まだご勘弁を」



「わーお、そうかい、そうかい
   ならはいそうですかって言うと思うか?」



ギリリと奥歯が音を鳴らす、それがどちらのモノかは分からない

771 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/08/12(金) 22:16:43.43 ID:giZd1jODO
乙!!
772 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2016/08/16(火) 16:21:13.89 ID:iAkUMuNNO
773 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/08/31(水) 23:07:21.96 ID:sfZcPV9DO
そろそろ頼む
774 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/09/10(土) 22:33:08.72 ID:zIXw4MqDO
775 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/10/03(月) 21:09:48.23 ID:2uRhDfdgO
776 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2016/10/12(水) 18:53:53.53 ID:Ovv/70l80


ぶちのめす

今のナジミにあるのはたった一つのシンプルな思想のみである
『過程』や『方法』などどうでも良いのだ

自分のご自慢の発明品に乗り、あまつさえ自身の手がけた作品で
我が家を焼くという暴挙…




ぶちのめす以外の何があろうか?





「お嬢様…私めはご覧の通り天におられます、さぁ如何なさいますか?」



にやけた笑みで奴はナジミを見下ろす
幾ら睨みを利かせようが近づくことも侭ならなければ攻撃の手立ても無い

お得意の投擲も高度差から届くまいと[ハーゴン]は考えていたのだ











  しかしッ!!ナジミお嬢はそれが通用するような女では無かったッ







「行くぞクソッタレ―――ッ!」



プッツン状態のお嬢は手頃な石を拾い走り出す
 友人達とのお遊びの成果だ、ボールを持って1塁ベースから2塁へ
それと同じように走る、ただそれだけの事



「てめぇに予告しといてやらぁ!俺ぁ火薬でてめぇを葬りゃしねぇ
  この手で直にあの世送りにしてやんよォ!」




狂信者は依然、空の上…その上から奴は[呪文]を唱えようとする

対してナジミは[呪文]が使えない上に地表に居る





「お嬢…貴女は確かに英知の申し子と言えますねぇ…ですが…
  魔法使いの才能には全く以って恵まれなかった…」



ハーゴンは杖を振りかざし、そして――!



 「さぁ!!!神の御許へ導かれるが良いでしょうぉ!![イオ]!」

777 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/10/14(金) 22:23:12.84 ID:ftVs8IBDO
乙!!
778 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/11/01(火) 02:03:22.71 ID:YHiCmsi+0
期待待ち
779 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2016/11/02(水) 18:08:06.73 ID:0tMRgYzS0


[イオ]…彼奴がそう叫ぶと同時に大気が震える

目に見えぬ力の塊が弾け、拡散するように衝撃を広げていくのだ…ッ!




破裂寸前まで含ませたゴム風船に更にダメ押しの空気を入れての破裂
 乾いた音が鳴り響き、彼奴の魔力が放たれた地点を爆心地とする



「あがッ…ぶッ!?」ガクッ




 地表目掛けて放たれた不可視の暴力的な波は当然ながら
齢14の少女をも飲み込んだ…


海外留学の時だって誰と喧嘩したって負けたことのない小娘
 時には自分より年上の少年と殴り合って顔面に拳を入れらた事もあった
それでも一度たりとも意識を落したことのないタフネスさが売りだった




視界がぶれる


脳が激しく上下にシェイクされたような気分だった


両脚はがっしりと植物の根が如く地につけていた…が
急に宙に浮いたかのうように錯覚する
 実際にはちゃんと立っているのだが平衡感覚が衝撃で一瞬失せたのだ
プロボクサーが試合で頭部を強打し眩暈を感じるのと同じようにッ!


頭では理解しているが倒れまいと身体が一歩、右脚を前に進ませる
前のめりにならないように踏ん張るようにと



「…ふぅーっ…ふぅーっ…!」ヨロッ


「おやおや?お嬢様ぁ?一撃でふらついてますよぉ〜?今だって
  倒れかけちゃったんじゃあないですかぁ?」


「るっせぇダボがッ!……っりねぇんだよ…」



「はぃ〜?なんですってぇ?」







「っりねぇんだよ…まだ倒れらんねぇんだよぉ俺ぁ…俺ぁなァ!!
             全っっ然怒りたりねぇんだよオラァ!!!」              




あの顔面を拳でぶち抜くまで倒れる訳にいかないッッッ!!


[イオ]の衝撃波と共に飛んできた礫や屋敷の窓枠や硝子片の散弾を彼女は
その身に受けていた

 ブカブカの黒コートには所々穴が空き、黒を紅に染めていく
腕を交差させ、頭部への散弾直撃を防いだ分
両腕とも二の腕から手の甲までズタボロだった…


それでもッ!彼女は握り拳を解きはしなかったッ!
780 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2016/11/02(水) 18:30:52.86 ID:0tMRgYzS0

ナジミは握り拳を…っ!先程拾った石を握りしめ手放すことなく走り出す



(もっとだッ!もっと!"この位置と角度"じゃあ駄目なんだよォ!!)


「ふぅ〜〜…何をそうまで必死になるのかわかりませぬなぁ〜?
   貴女は地表、私は天に控えているのですよぉ
  如何なる攻撃たりとも当たらなかければどうともならないでしょぉ」




事実、"距離"というのは厄介なモノだ
接近戦主体の剣士が遠く離れた弓兵や魔法使いに勝てるものか
 理屈で言うならソレに尽きる

 ナジミが手にした石で投擲を図ったとしよう、それがハーゴンの乗る
気球を射抜く程のモノとしてそれを見す見す彼奴が見逃すか?


たった一つのちっぽけな飛来物くらい[イオ]で迎撃する事など造作も無い







なにより…




「いつまで、続きますかねぇ〜?」




爬虫類似の顔を歪ませてニタニタと笑う…

 ハーゴンからすればこれは"お遊び"なのだ、殺そうと思えば
一方的にナジミに自身の術を打ち込み嬲る事ができる

彼奴にとってこれは一種の戯れに過ぎない











(っとでも…考えてんだろうよ…あっっんのクッソきめぇ面ぁ…ッ!)



それで良い

そうやって自分の"本命"を悟られていない、ならばそれでいいのだ


ルラフェンとの研究でナジミは[ガスの壺]を発明した

1つ…発明というモノに関して言えば次のような諺がつきものである
曰く、"失敗は成功の元"であると

 試行錯誤を重ね、その過程で彼女が陶器をいくつも創り
友人に魔力を込めて貰う…それの繰り返し

そして、これもまた一つの試作品なのだ



ナジミのポケットに入れてある…一つの小さな革袋…本当に小さな
人の手首一つ分が入るか否やのサイズのソレ

「目に物みせてやらぁ…!!」

781 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/11/02(水) 22:01:04.32 ID:FSx5HVjDO
キテタ!!
乙!!
782 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2016/11/03(木) 18:08:59.16 ID:MyB4ez5H0

 気球は浮上し始めてからそこまで高い位置では無かった
彼奴が屋敷の住人に住んでいた全ての生が消え去る瞬間を見届ける為…


ハーゴンは狂人である

己を聖職者と謳いその魂が持つ性質は聖者とは全く以って真逆にある
 数多の人を救う事よりも数多の人々を死者へ
善を説くよりも悪こそが人の本質であり自由奔放こそが心の解放である


そう考える男だった



人類初の空を堪能しつつ、屋敷の窓に映える使用人達の血飛沫と断末魔
 それは彼にとって至高の光景…















 ― なにゆえ もがき 生きるのか

        滅びこそが 我が 喜び

                死に征く者こそ 美しい ―






滅び朽ち果て、その魂は召される

 生前に悪を積んだのであらば、その魂は黄泉の国にて曇り無きまでに
限りなくゼロになるまで洗われる…中途半端な善人が中途半端な洗礼で
斑に穢れを残すことなく



それが狂信者の行き着いた論の一つでもあった

だから彼は死者で溢れかえっていく屋敷をその眼に焼き付けられるように

気球をその位置に鎮座させるのだ、逃げようと思えば彼女の発明品を持ち
何処へなりと去って行ったというのに




その思惑が敗因となるとは思いもしなかったッ!



「ああ〜!なんと心地良い事でしょうかぁ…悪の美徳こそ
 お伝えできず残念ですがご冥福と来世の素晴らしきをお祈りしまぁす」




ギョロリと瞳を屋敷に向けつつも地表のナジミへの次撃へ備える

 不健康なまでに痩せ細った腕で持つ杖に自身の魔力を込めて[イオ]を
撃てるようにしているのだ



「そろそろ…お嬢様も召されてはどうですかねぇ〜?」

783 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2016/11/03(木) 18:40:55.38 ID:MyB4ez5H0


ナジミは全身をズタボロにしながらも走り続けた
 悪友達との遊びの中でもいつだって彼女は勝つ事が多かった
野球という遊戯で球を投げるれば常に剛速球、打てば自慢の脚で走り抜く



ナジミは"技術屋"の天才である


その数百年来の天賦の才、さらには教養を高めるに恵まれた環境
彼女自身の果て無き知識欲と探求への志は日に日に強く、理想は高く


そうあり続ける少女であった


 彼女は家族同然だった使用人達の血飛沫で血濡れとなった窓を
外側から眺めていた
 蟀谷はピクピクとしてたし、血管は浮き出ていたかもしれない
だが、彼女は"ある一点"を見つめ続けた…





 ― 人間は いつだって可能性を秘めている

     その英知は 願わくば後世へと 築くべきだ

    その人が 生きて存在した証 志や想いが伝わるようにと ―




 技術は人を救う、様々な問題を抱え苦しむ人間を救い
そこに貧困による飢餓や政治的な思想による戦火などから多くを救済する


飢えと病床に苛まれた兄弟、思想や差別意識が要因で不憫であった少女




…『友』と同じような立場の者を救えるやもしれぬ

  自身が焦がれた存在に…聖夜に…たった一夜にして
全ての人を幸福にする空想上の人物と同じようになれるかもしれない、と


そんな彼女から見れば、この惨状は正しく"冒涜"であった



「…………」ザッ!



ナジミは無言で見据えた…

森を背に、視界に入るは気球と狂信者と生まれ育った我が家



「―――ッッッッたばれやぁぁクソ野郎がぁぁぁァァァ」ブンッッッ!!!



 渾身の一投がナジミの剛腕から放たれるッッ!ビュンッと風を切り裂き
彼女の狙い通り一直線上に飛ぶソレにハーゴンは眉を顰めた



魔力は十分にある、ナジミ一人[イオ]を直撃させて爆殺するのは簡単だ

なら、投石を木端微塵にしてやってもいい…のだが




「…何処を狙っているのですかぁ?」

これが嗤わずに居られるものか?くつくつと笑みを零し、自分も気球にも
何にも当たらずに通り過ぎていく全く以って大外れな弾道を嘲った
784 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2016/11/03(木) 18:52:33.39 ID:MyB4ez5H0


そうともッ!ナジミは全身に穴が空いていた…っ!

最後の最後で狙いを外したのだろう…!!
今の一撃だって最後の気力を振り絞った彼女にできる唯一の悪足掻きだ


 彼女が石を投げると同時に肩から、膝から…!
全身から勢いよく朱い飛沫が飛び散ったのを彼奴は目にした


そして、がっくりと膝をつく姿さえも…ッ!




そうッ!この戦闘でナジミは負けたのだっ!天は彼女に味方せず!


勝ったのはッ!このハーゴンだッッッ!!

































「…っとでも思ってんだろうなァ…あんのニヤついた顔はよォ〜…」ニヤリ




相手が勝ち誇った時…っ!
それは即ち"綻び"である、それは即ち"慢心"である…それは即ち…

        "敗北"の兆しであるッ!






「……どうせ聴こえやしねぇだろうがあえて言ってやる
                    この戦い、俺の勝ちだ」






ナジミの放った投石は見事にハーゴンにも気球にも穴はブチ開けなかった
完全に気球の真横を素通りして屋敷へと飛んで行く

気球と同じくらいの高度にあり、そして背後にある屋敷の窓…


そう…っ!!ナジミの研究室へと"狙い通り"に飛んで行ったのだッ!
785 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/11/05(土) 20:46:53.49 ID:0iWkiKnMO
おつおつ
786 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/11/06(日) 22:30:16.67 ID:RjpUspUDO
乙!!
787 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2016/11/07(月) 20:40:36.31 ID:JoKM2kFqo
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