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老兵や古兵って響きからしてカッコいいよな! というわけでSS書く - SS速報VIP 過去ログ倉庫

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1 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/02/10(日) 12:08:44.44 ID:Xs4uGvw2o

 父は、祖父こそが最高の武人であると言う。
 弥助は、父が嘘を言うのをただの一度も聞いたことがない。
 つまり道理に従えば、祖父が言に違わず最強ということになるはずである。

 はずである、というのは弥助がそれを信じきれずにいるためだった。
 戦国の世の末期を過ごし、実際に何度も過酷な戦場に駆り出され、何人も斬り倒して生き延びてきたというのだから疑う余地はない。
 ないのだが、どうしても、なんというか――

「爺様」
「……んー?」
 ぷう。縁側に寝そべる老人が屁をこいた。
 臭いが漂ってくるわけでもないが、弥助は思わず顔をしかめた。


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2 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/10(日) 12:10:53.06 ID:Xs4uGvw2o

 しなびた蜜柑。
 弥助が祖父を見るにつけて思い出すのはそれである。
 日光を浴びてしぼんだ小さな塊が縁側に転がっている。
 それが最高の武人であると言われても、信じるのは難しい。

「なんぞ用かね弥助」
「……母様が、食事の用意ができたと」
 おうそうか。返事だけして、老人は寝そべったまま。
 名残惜しそうに日の光の中でもぞもぞと身じろぎなぞする。

 はよ起きてもらわんと、自分も飯が食えない。
 弥助は祖父を軽蔑したことはない。
 それでも自分の腹の虫にせっつかれて、苛立つことはある。
 年長者は敬え。自分で自分に命じる。命じなければ成り立たない尊敬は、尊敬といえるか分からないけれど。
3 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/10(日) 12:11:30.06 ID:Xs4uGvw2o

 祖父は小柄だ。割としゃんとしているけれど、それでも小さい。元服前の自分より背が低い。
 その小男が戦場を走りまわっている図を思い浮かべるのは苦労する。
 ましてや鬼のような立ちまわりを演じているところなど。

 戦乱の世が終わってからは町道場の師範におさまり、剣を教えて食いつないできたそうだ。
 ただ、父が生まれて師範代を務めるようになってからは、道場にはたまに顔を出す程度である。
 父は、祖父が負けるところを見たことがないと言う。
 弥助は、そもそも祖父が剣を振るうところを見たことがない。

「汁物がちと濃いのう」
「すみません」
 母が頭を下げる。心から申し訳ないといった様子で、不服の色は全くない。
 父もまたそのやりとりを自然と受け止めている。

 父母は祖父を心から敬っている。
 言ってはなんだが、このちっぽけな老人をだ。
 弥助はたまに、彼らが変なのか自分が変なのか分からなくなる。
4 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/02/10(日) 12:58:29.15 ID:bgP9HrFx0
期待
5 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/02/10(日) 13:00:25.96 ID:dy/ovrDP0
期待大
6 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/10(日) 13:28:05.57 ID:Xs4uGvw2o

……

 久々に道場に顔を出した祖父はしばらく稽古の様子を眺めると、一言二言父と言葉を交わした後に奥へと引っ込んだ。
「師範は本当に強いのだろうか」
 とは、道場生が交わし合うお決まりの言葉だ。
 祖父が顔を出すたび囁かれる、挨拶のようなものである。

 師範代の方が間違いなく強い。いやいや、その師範代は師範には敵わないと言っている。
 どうなんだどうなんだと言い合って、結局弥助に話が回ってくる。
 弥助は毎回こう言う。さあ? 俺、あの二人が手合わせするところ、見たことないから。
7 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/10(日) 13:28:48.50 ID:Xs4uGvw2o

 前に直接訊ねたことがある。爺様は本当に強いのかと。
「強い、とはなんだね?」
 その時祖父は、逆に問い返してきたのだった。
 なんだと言われても、と困ったのを覚えている。強いは強いだろうと。

「そんな曖昧な聞かれ方をしても困る」
 祖父は笑った。
「それでは答えようがないよ」

 ならば手合わせしてくれ、と弥助は頼んだ。
 それで分かるはずだからと。
 祖父はおどけるようにしてこう返した。
「お前に老人をいたぶる趣味があるとはしらなんだ」
8 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/10(日) 13:29:16.90 ID:Xs4uGvw2o

 結局手合わせは流れた。
 弥助は、少なくとも今の祖父は強くないと思っている。
 父の言う最高の武人は、老いたのだ。

 ただ、たまに考えたりもする。
 強いとは何か、と。

 負けないことが強いことだと仮に決める。
 次に来るのは負けるとは何かという疑問である。
 例えば死ぬことが負けならば、人間はいつか死ぬ。負けない人間はいない。そうなる。

 強いとは何か。
 布団に入って考えると、弥助は分からなくて眠れなくなる。
 強いって、何だろう。
9 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/10(日) 13:54:41.61 ID:Xs4uGvw2o

……

「聞いたか、道場破りの噂」
 稽古後、たわいもない話の最中だった。
「川むこうの道場の師範が、軒並み叩きのめされちまったってよ」
 そんな話題が飛び出した。

 同い年の小太郎は話好きだ。喋っていないと死ぬとばかりに喋くり倒す。
「とてつもねえ大男が、腕試しとばかりに道場をめぐり歩いてるんだと。で、怪力で師範たちを捻り潰すんだと!」
「今度はどこから仕入れた法螺話だ小太郎」
 どっと笑いが起きる。

「嘘じゃねえよ! 今度は本当だって!」
「お前そんなこと言って、こないだの話はまるっきり見当違いだったでねえか」
「確かに人面魚はでたらめだったけども……」
 小太郎の勢いが少ししぼむ。
「でも、半田道場の師範は大怪我して医者運ばれたって」
10 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/10(日) 13:55:08.46 ID:Xs4uGvw2o

 その話自体は知らぬ者は少ない。
 丈夫が取り柄の半田長兵衛が生死の境をさまよったことについては、様々に噂が飛んでいる。
 だが。

「大怪我して医者運ばれたのが本当だとして、道場破りのせいとは限らねえだろ」
 他の仲間がずばりと指摘した。
「退屈してるのは分かるが、めったなこと言うもんでねえ。川向うの奴らに叩きのめされっぞ」

 小太郎は不満そうに口を尖らせる。
「でも、俺、聞いたもの。今度は本当だもの。知らねえか、道場破りの大蝮」
「まだ言ってやがる」
 道場を再び笑い声が満たした。
11 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/10(日) 13:55:36.98 ID:Xs4uGvw2o

 弥助もその輪の中で笑っていた。
 小太郎の話が本当だったことなど一度もない。
 彼は驚くほどに正確に真相から遠ざかって見せる。
 だから今回も外れるのだ。いつものように。

「頼もう」
 笑いがぴたりとやんだ。

 声が聞こえたのは道場の入口の方だ。
 弥助の真後ろである。そのため、仲間たちのぽかんとした間抜け面がよく見えた。
 振り返る前に思ったのは、なんだか道場が暗くなったな、ということだった。
 入口の方に体を返して、ようやく分かった。入口からの光を何かが遮っていた。
12 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/10(日) 13:56:20.25 ID:Xs4uGvw2o

(……何が遮ってるんだ?)
 大きな壁と錯覚する。だが違う。それは――
「頼もう」
 もう一度声がした。人。人間だ。

 大きな男だった。横にも縦にもがっしりと角ばり、顔が入口の上に半分見えなくなっている。
 つまり男の目はこちらから見えないわけだが、男は道場を平然と睥睨している。その気配がする。

「誰だ」
 険しい声が上がった。弥助の背後、上座から父が発したものだ。
 大男はそれを聞いて、戸口から見える口元をにやりと釣り上げてみせた。
「大蝮……と呼ばれてるな」

 それを聞いて反応したのは、ただの一人、小太郎だけだった。
「道場破り……」
 ぽつりとつぶやく彼の声に応えるように、大男が戸口をくぐる。
「ここの道場主と話をさせてもらおうか」
13 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/02/10(日) 14:43:05.25 ID:StcuUrRSO
老兵といえば剣客商売を思い出す
14 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/10(日) 16:29:31.95 ID:Xs4uGvw2o

……

 大蝮と名乗った男は、師範代である目の前の父を歯牙にもかけない様子だった。
 つまらなそうに道場を見回し、首を掻く。
「お前に用はねえ。さっさと道場主を出せ」

「それはできぬ」
 大蝮はそこにいるだけで周りを威圧する。
 父はひるむそぶりすら見せなかったが、弥助はそうもいかない。
 道場の真ん中で対峙する二人を遠巻きに、息を呑む。

「まず師範に何の用があってきたか、それを言え」
「道場主に直接言う。お前は黙って俺に従いな」
「繰り返させるな。礼儀もわきまえない輩を通すほど我らは阿呆ではない」
「俺を知らない程度には阿呆のようだがな」

 父の目がきゅっと細くなる。
「察しがつくからこそ通せぬのだ」
15 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/10(日) 16:29:58.81 ID:Xs4uGvw2o

「へっ、なんだ。だったら話は早いな」
 大蝮は腰に差した刀に片手を置く。
「別にお前を斬って進んでもいいんだぜ?」

 ずっ。男の身体から何かが滲みでた。弥助はそう思った。
 その気配に肌が粟立つ。身体の芯に震えが走る。
 言葉に嘘はない。こいつ本当に父様を斬るつもりだ!

「弥助」
 にわかに殺気で満ちる道場に、鋭く父の声が飛ぶ。
「医者を呼んでこい。今からこいつを叩きのめす」
 すっ、と父は木刀を構えた。

 弥助は動けなかった。二人から目が離せなかったのだ。
 だが状況は待ってくれない。
 父は半歩、足を踏み出した。
16 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/10(日) 16:30:25.81 ID:Xs4uGvw2o

 道場の静寂にぴしりと緊張が走る。
 父は双方斬りこめる間合いのすぐ鼻先で止まった。
 そのまま動かない。動く必要もない。

 父の強さは知っている。
 無駄のない最短一直線。それで勝負を決する。
 避けられないし、防げない。そういう剣だ。
 意識の隙間を縫って、相手の身体を粉砕する。

 その剣を前に、大蝮は左手を刀に置いたまま無言だった。
 気負うところがあるのかと見やれば、その口元には微笑。
 ひっ、と笑い声も漏れて聞こえた。

 不意に悟る。理由もなく確信する。
 この勝負、父は負ける。
17 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/10(日) 16:30:53.40 ID:Xs4uGvw2o

 ざわりと嫌な感触が背中を伝った。
 だが、勝負を止めようにも自分では無理だ。
 焦りだけが頭を満たす。
 その時だった。奥の戸ががらりと開いた。

「おんや?」
 戸口から、祖父が――言っては何だが今日の道場で一番の間抜け面をのぞかせていた。
18 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/02/10(日) 18:31:39.56 ID:R+i11ztgo
いいぞ
19 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/11(月) 09:45:24.59 ID:zd3Kw31so

……

 奥の間からは、時折笑い声が洩れてきた。
 一方の弥助はそれを面食らいながら聞いていた。
(一体何を話してるんだろう)
 不可解さに思わず眉をひそめる。

 祖父と大蝮がその部屋にこもってからもう二刻ほどが経つ。
 いつ祖父が斬られてしまうかとはじめこそ気を張り詰めていたものの、その気配すらなく弥助は正直なところ拍子抜けしていた。
 父はいつもと変わらず隣で難しい顔をしていたが。

「んじゃあ、まあ、俺はこれで」
 さらに一刻ほど過ぎたころだろうか。大蝮が出てきた。
 父と目が合うとまた笑って、それからのっそりと道場を出ていった。

「爺様」
 奥の間を覗くと、祖父は何やらさっぱりとした顔でこちらを向いた。
「でっかい奴だったのう。何食ったらあんなになるんだろうな?」
 それを聞いて、弥助はほっとしたようながっかりしたような、よくわからない心地になった。
20 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/11(月) 09:45:59.36 ID:zd3Kw31so

……

 それからはいつものように時間が過ぎた。
 食事をとって、布団に入って。
 あまりに普段通り過ぎて、本当に今日、道場破りの訪問があったのかどうかも分からなくなる。

 いや。
 それでも忘れられるわけではない。
 大蝮のどろどろと粘っこい殺気を、弥助はまだ覚えていた。

 と、ふいに思い出す。
(あれが、強いということだろうか)
 あの場にいた全員が大蝮を見ていた。
 そして、彼の勝利を、誰ひとり疑いはしなかった。そんな気がする。
 あれが強いということなのか。

 そんなことを考えているうちに意識がぼやけて、眠りに落ちた。
21 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/11(月) 09:57:24.22 ID:zd3Kw31so

 それから一眠りはしたはずだった。
 弥助は妙な気配に目を覚ました。

 別にいつもそれほど感覚が鋭敏というわけではない。
 が、考え事をしていて眠りが浅かったせいもあるだろう、今夜に限って目が覚めた。

 物音がしたようにも思ったのだが、定かではない。
 身体を起こして周りを見渡すと、ちょうど戸口から誰かが出ていくところだった。
(出ていった? 誰が)
 不審に思って布団から抜けだした。

 表に出ると、月明かりの下、人影がこちらに背を向け歩いて行くのが見える。
 小柄な体躯。
22 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/11(月) 09:57:50.19 ID:zd3Kw31so

(……爺様?)
 見慣れた背格好と歩き方。
 間違いなく祖父なのだが、自信が持てない。
 こんな夜更けに、一体どこへ行くというのだ。

 後をつけて道を進み、いくつか角を曲がる。
 しばらくして、どこへ向かっているのかは見当がついた。
 町はずれの方向だ。だが、何のために?

 どうにも大蝮の笑みが頭にちらついた。
 不穏な予感も手伝って、嫌なものが胸に広がる。

「弥助か」
 虚を突かれた格好で、弥助は足を止めた。
 前方の祖父が立ち止まって、こちらを振り向いていた。
23 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/02/11(月) 10:15:35.70 ID:UQPXgIoIO
ほほぅ(`・ω・´)!いやこれはよいな!
24 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/11(月) 10:32:16.23 ID:zd3Kw31so

 夜道を祖父と二人、並んで歩く。
「起こしてしまっていたとはすまなんだ」
 軽く謝罪をよこしてくる祖父に首を振る。
 そんなことは別に問題ではない。

 夜の町は静かだった。
 月の光も凍りついたように動かない。
 二人の足音がわずかにその静寂を乱す程度。

 人家が少なくなってきて、川のせせらぎが聞こえるようになる。
 月が明るいおかげで足元に不安はない。
 だが弥助は、胸に押し寄せてくる不安に耐えきれなくなっていた。

「儂はの、弥助」
 ふいに祖父が口を開いた。
 そして軽い口調でぽんと続けた。
「今夜、死ぬかもしれん」

 弥助は驚かなかった。
 祖父の左手には、刀があったから。
25 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/11(月) 13:18:15.17 ID:zd3Kw31so

……

 川岸。まだ肌寒いと言うのに蛙の声が聞こえてくる。
「来たか」
 川に石を投げ込んで、大蝮が立ち上がった。

「ああ」
 応えた祖父は、ゆっくりと刀を腰に差す。
「若ぇくせにでっかいのが、強さだ何だとうるさいからの」

「へっ」
 大蝮が昼間と同じように笑ってみせる。
「あの場で斬り捨ててやってもよかったんだ。あんたは俺の慈悲に感謝すべきだぜ?」

 凄む男に、祖父は軽く笑いを返した。
「さて。感謝すべきはどちらかの」
 大蝮は一層笑みを大きくした。
26 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/11(月) 13:18:45.48 ID:zd3Kw31so

 と、ふいにこちらを向く。
 離れた所に立っている弥助の方向だ。

「ありゃなんだ?」
「儂の可愛い孫だよ」
「自分が斬られるところを見せるためにか? それはちと酷じゃねえかい」
「孫も元服が近い。そろそろ見せるべきものを見せなければならん」

 少し黙った後、大蝮はまあいいけどよ、と短く息を吐いた。
「変なことは考えんじゃねえぞ」
「さすがに孫に加勢は頼めんよ」
「ああ。妙なことしたら、奴を斬るのも俺はためらわんからな」
「わかっとる」

 では、と大蝮は刀の鯉口を切る。
「始めようか」
 月明かりの下、輝く刀身が姿を現した。
27 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/11(月) 17:34:37.91 ID:zd3Kw31so

 斬りこめる間合いより一歩分遠く、大蝮が立つ。
 白刃を、構えるでもなく脇に垂らして。

「強いものってのは、綺麗だよな」
 大蝮が呟く。弥助の位置からは聞き取りづらい。
「引き裂き、貫き、ぶっ潰す奴は、どいつもこいつもきれぇでいやがる」
 その目はぎらぎらと危うい光をともしていた。
 見ようによっては、美しく見えなくもない。

 その視線に射抜かれ、しかし祖父は揺れない。
 いまだ刀を抜かず、どころか刀に手をかけることすらせず、いつもと変わらぬ立ち姿を晒している。
 一言、吐き捨てるのが聞こえた。
「強さか」
28 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/11(月) 17:35:22.36 ID:zd3Kw31so

 大蝮が動いた。
 鋭く息を吐き、踏み込み、刀を振り上げる。
 凄まじく速い。目にもとまらぬ一動作。
(死んだ)
 そう思った。

「儂も強さを求めたことがあった」
(……え?)
 弥助の理解は、一拍ほど遅れた。
 瞬きして、状況を把握しても、まだそれを呑みこむことができない。

 刀を上段に振り上げた大蝮の喉元に、刃の切っ先が突きつけられていた。
「お前とは違う理由でだが」
29 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/11(月) 17:38:41.24 ID:zd3Kw31so

 祖父の抜き打ちはもちろん速かったが見えないほどではなかった。
 見えて、知覚できた。
 大蝮の動きに比べれば、鈍重もいいところだったろう。
 が、結果はこうなった。

「強くなければ生き残ることさえままならなかった。だから、強くなれと己に命じた」
 突きつける祖父と突きつけられる大蝮。
 目を細めた老兵は、言葉を続けた。
「だが、無意味と気づくのにそう時間はかからなかったよ」

 読みだ、とようやく弥助は悟った。祖父は相手の初動を読んだのだ。
 攻撃しようという相手の動作をよんで拍子を合わせれば、不可能ではない。
 無論、理解したところで真似できることではないが。

 最高の武人。弥助の身体に震えが走った。
(これが、強さ!)
「違う」
 胸中の叫びに、ぴしゃりと祖父の声がかぶさった。
「違うよ、弥助」
30 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/11(月) 17:41:48.40 ID:zd3Kw31so

 祖父がこちらを見ていた。見て、微笑んでいた。
「こんなもの、強さでもなんでもない」
「シッ!」
 疾風のような呼気と共に、大蝮の斬撃が飛んだ。

 ほんの紙一枚の厚さ分、突きつけられた刀の先から後ろに逃れ、放った攻撃だった。
 祖父は一歩退いて、惨殺の範囲から逃れた。

 大蝮は刀を担ぐように構える。
 勢いのまま叩き斬ってしまう腹だろう。
 対して、祖父は脇に刀を垂らした自然体。

(強さではない?)
 相手の攻撃を無効化する読みの鋭さ。
 極めれば勝てぬ相手などいなくなる。
31 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/02/11(月) 17:48:32.84 ID:jJwe2MxU0
面白いけどVIPでやったらどう?
もしかしてこの話以外あるの?
32 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/02/11(月) 17:49:40.17 ID:iJZ8INub0
渋いぜ爺さんwwww

33 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/11(月) 17:59:16.58 ID:zd3Kw31so

 だが祖父は一言で切って捨てる。
「ただ、読みが鋭い。それだけだ」
 ふっ、と吐息。笑ったのかもしれない。

「小手先の技だよ。強い弱いで言うなら、若く力のあるこの男の方がずっと強いだろうさ。儂は老いすぎた」
 声に含まれた響きは諦めにも似ていた。
「だが、強ければ必ず勝てるわけでもない。弱ければ勝てぬなどという道理もない。そして、死なぬ人間もまた、いない」

「おおおおおおおッ!」
 気合一閃。大蝮の凶刃に祖父が倒れた。
 左の肩から右の脇腹まで、袈裟に斬られて倒れ伏した。

「爺様!」
 負けた。
 しかし駆け寄る弥助の行く手で、さらに大蝮が膝をついた。
(……?)
34 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/11(月) 18:00:56.62 ID:zd3Kw31so

 見るとその両の手首から血がだくだくと流れている。
「手首の、腱を、傷つけた……」
 切れ切れのか細い声が聞こえた。
「爺様!」

 地面にうつぶせに倒れ、それでも祖父は意識を保っている。
「これで、お前はもう、剣は振るえん」
「ぐ……」
 大蝮のうめき声は、それを肯定したものか。

「爺様、爺様!」
「見るがいい弥助。これが強さの行きつく先だ」
 祖父の目は、既に焦点をぼやけさせていたが、震えながら声は続く。
「幾多の戦場をくぐりぬけても、若く力があっても、一時の勝負で全てが失われる」

 血と共に最後の言葉が吐き出された。
「強さの、なんと虚しいことか……」
 目から光が消えた。
 戦国を生きた武人のそれが最後の言葉だった。
35 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/11(月) 18:19:59.48 ID:zd3Kw31so

……

 大蝮が岡っ引きに引っ立てられ、祖父の葬儀も滞りなく終わった。
 滞りがなさすぎて、弥助は胸に穴が開いたかのようだった。

「弥助」
「……はい」
 葬儀の後、祖父がいつも寝ころんでいた縁側に座っていると、父がやってきた。

 あの後、父は多くを聞かなかったが、全てを分かっている様子だった。
 あの場に居合わせた自分などより、ずっとずっと事を理解しているように見えた。
 弥助の隣に立ち、父は庭を眺める。
 だがその目は庭より遠くを見ているようだ。

「爺様は」
 弥助はぽつりと言葉をこぼした。
「死んでしまわれましたね」

「ああ」
 父はわずかに頷く。
「呆気ないものだ」
36 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/11(月) 18:25:07.90 ID:zd3Kw31so

 言葉を続けようとして、弥助は言うべきことを見失った。
 しばらく意識を虚空にさまよわせてから諦める。
 頭に浮かんだことをそのまま言った。
「強さとは何でしょうか」

 父は逆に問い返してくる。
「お前は何だと思う?」

「分かりません」
 思うままを素直に言葉にする。
「今までは分かっていたようだったのが、分からなくなりました」

 父は笑った。
 珍しいことだ。父が笑うことなどめったにない。
「それでいい。そういうものだ」

 鳥の声が聞こえた。
 姿は見えなかったが、高く響いて近付き、そして遠ざかる。
 風が吹いて庭木を揺らした後、弥助は再び口を開いた。

「でも分かったことが一つ」
「なんだ?」
 顔を上げると、澄んだ空が見えた。夏が近い。

「爺様は、確かに、最高の武人でした」
 高い空に、今度は鳥が見えた。 
37 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/11(月) 18:25:50.23 ID:zd3Kw31so
終わり。お付き合いありがとでした
38 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/02/11(月) 18:29:25.44 ID:YhkMpbASO
面白かった またこういうの書いてくれ 乙
39 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/02/11(月) 18:39:12.57 ID:puAr0OUB0


面白かったですよ〜
40 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/02/11(月) 18:40:51.88 ID:HTq52nxeo


最高だった
41 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/02/11(月) 18:51:32.13 ID:Z7b4s8Kd0
ジャンルは違うがジ・エンド思い出したわ
42 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/02/11(月) 19:10:05.70 ID:ww3KhPIDO
サンキューじっじ
43 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/02/11(月) 19:34:46.93 ID:jJwe2MxU0


おもしろかったけど、まだレスがたくさん残っているから別作品が見たいわ
老兵や古兵の話で
44 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/02/11(月) 22:44:40.10 ID:UQPXgIoIO
面白かったよ>>1

(`メω・´) これ思い出したぜ
45 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/02/13(水) 10:18:44.93 ID:QT9nWXjJ0
>>1は文章のセンスあるの、な。
特に序盤は上手いわ。
中盤以降で少し腰砕けの文章になったけど、
上手い。
46 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/02/16(土) 21:11:52.87 ID:N6OxQwOHo
文章がその辺の作家より良かった
物語は短かったが違和感がなかった乙
47 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/02/17(日) 00:45:23.30 ID:ayYnxwUYo
面白かった
短編で他にも書いていいんだぜ?
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