他の閲覧方法【
専用ブラウザ
ガラケー版リーダー
スマホ版リーダー
DAT
】
↓
VIP Service
SS速報VIP
SS速報VIP 過去ログ倉庫
検索
すべて
本文
タイトル
投稿者
ID
このスレッドは
SS速報VIPの過去ログ倉庫
に格納されています。もう書き込みできません。。
もし、このスレッドをネット上以外の媒体で転載や引用をされる場合は
管理人までご一報
ください。
またネット上での引用掲載、またはまとめサイトなどでの紹介をされる際はこのページへのリンクを必ず掲載してください。
【即興】>>2のお題でSS -
SS速報VIP 過去ログ倉庫
Check
Tweet
1 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga]:2013/02/24(日) 16:45:06.25 ID:KCjxeAnMo
ゾンビ姫SSの人に触発されて、私もやってみようと思いました。
あの人のような素晴らしいものではないと思いますが……がんばりたいです。
特定のアニメ・ゲーム系のお題以外でお願いします。
……あまりにも自信がなければ再安価するかもです。
SSWiki :
http://ss.vip2ch.com/jmp/1361691906
1.5 :
荒巻@管理人★
(お知らせ)
[
Twitter
]: ID:???
【 このスレッドはHTML化(過去ログ化)されています 】
ごめんなさい、このSS速報VIP板のスレッドは1000に到達したか、若しくは著しい過疎のため、お役を果たし過去ログ倉庫へご隠居されました。
このスレッドを閲覧することはできますが書き込むことはできませんです。
もし、探しているスレッドがパートスレッドの場合は次スレが建ってるかもしれないですよ。
(安価&コンマ)コードギアス・・・ @ 2025/07/13(日) 22:27:49.60 ID:9f2ER2kw0
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1752413269/
KU-RU-KU-RU Cruller!Neo @ 2025/07/13(日) 21:55:45.76 ID:YIcI6tEGo
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/aa/1752411332/
ひたむきに! @ 2025/07/13(日) 20:04:58.82 ID:YMv4024Yo
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/aa/1752404698/
今日の疑問手 @ 2025/07/13(日) 19:07:12.02 ID:ZqmtXqZ3o
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/aa/1752401231/
旅にでんちう @ 2025/07/13(日) 13:03:56.58 ID:cdEpW45FO
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/part4vip/1752379436/
阪神と日ハム優勝しまんた @ 2025/07/13(日) 11:55:31.57 ID:GE534dXh0
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/aa/1752375330/
【小川しのん生誕祭】古舘くれあ「7月1日に一番乗りした話」【大遅刻】 @ 2025/07/13(日) 09:46:25.13 ID:UYwhN/KBO
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1752367585/
忌村「不思議な薬が出来たわ…」【安価】 @ 2025/07/12(土) 00:02:05.36 ID:BD6esqAF0
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1752246124/
2 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage]:2013/02/24(日) 16:45:39.00 ID:z/WBkvtfo
バイク好きの女の子
3 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage]:2013/02/24(日) 16:45:47.43 ID:j5mLPbUIo
ダークヒーロー
4 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage]:2013/02/24(日) 16:47:48.36 ID:Ah+oeCpAO
首無しライダー
5 :
>>1
◆CcfcxOpggI
[saga]:2013/02/24(日) 16:49:50.09 ID:KCjxeAnMo
トリップつけてみました。
バイクはあまり詳しくないですが……。
その欠点をカバーできるよう、がんばってみます。
6 :
>>1
◆CcfcxOpggI
[saga]:2013/02/24(日) 16:58:07.70 ID:KCjxeAnMo
##1##
女「やらかしちゃったね。これはさ」
男「馬鹿野郎」
女「ハハハ。言ってくれるな。確かに私は馬鹿だが、野郎じゃない。どっちかというと女郎だ」
男「あのな……」
女「ああ」
男「事の深刻さを自覚しろよ」
女「……何のことだ?」
7 :
>>1
◆CcfcxOpggI
[saga]:2013/02/24(日) 16:59:46.52 ID:KCjxeAnMo
男「もう二度とバイク乗れないんだろ!? お前は!!」
女「……事故だから、しゃーない」
男「てめっ……てめえの体の話だろうが!!」
女「あたし自身の話だぞ!! マジに冷静だと思ってたのか!!!」
男「……すまん。無神経だったな。俺」
女「あたしも、頭冷やしたい。明日きてくれ。3階の、つきあたりの病室だ。OK?」
男「あ、ああ……」
8 :
>>1
◆CcfcxOpggI
[saga]:2013/02/24(日) 17:18:13.30 ID:KCjxeAnMo
##2##
女「バイクの知識もねえのにさ、マジな勝負やろうとするからバチがあたったんだよ。あたしは」
男「……今回の責任は、俺にある」
女「おいおい、土下座とは、これまた……やめなよ。ベッドの陰に隠れて、何も見えん」
男「だが……」
女「もっとつっかかってこいよ。昨日みたいに」
男「……」
女「いや、悪かった。で、どうするんだい? 来月のレースは」
男「……降りるしか、ない」
女「そうだな」
コンコン
医者「失礼します」
女「ん、ああ」
医者「足のお具合は……いかがですか?」
女「よくないね。感覚のない両足が、こんなにキモいとはね。自分の足じゃないみたいだ」
9 :
>>1
◆CcfcxOpggI
[saga]:2013/02/24(日) 17:42:19.67 ID:KCjxeAnMo
##3##
男「明日も、見舞いに来てもいいか?」
女「どうぞ? どうせ、お前さん以外誰も気やしない」
男「……それじゃあ、また明日」
ガチャ、バタン
女(ふー……彼の手前、気丈に振舞ってみたけど……)
無理だ。死にたいくらいだ。
けどママに迷惑かかるから死ねないかな。
……来月のレースは、総理大臣も見に来るとか、天皇陛下も来ちゃうとか、そんな重大なレースだった。
そこで認められれば、金が金を生む。
CMに出たり、イケメン執事を雇いまくりの豪邸に住んだりだりとか、夢ならたくさんあった。
……小市民的な欲望が、やっぱりバチがあたるんだな。
あたしは小物だ。
彼以外、誰も見舞いに来ない。
……足、動かないんだよなぁ。
ひょっとして、目先のレース以外でも、あたしはとんでもないハンデを背負ったのでは……?
いやいや、いまさら気づくのは、あたしが馬鹿だったと認めるようなものだ。
というか馬鹿だ。あたし。
半身不随。
ヤバいハンデだ。
10 :
>>1
◆CcfcxOpggI
[saga]:2013/02/24(日) 18:10:35.95 ID:KCjxeAnMo
##4##
テレビ「ミサイル誤射による民間人の死傷により、A国、B国ともに緊張が高まり……」
女「つまんねぇぇぇぇ……男、来てくれーー……」
テレビ「……これについてA国首相は次のように述べました」
A国首相「こちらとしても開戦は避けたいが、かの国が我々に靴を投げるというのであれば、こちらはクソを投げてもかまわないという気概を持っている」
テレビ「これに対しB国国務長官は、『今は一心に、遺族の冥福をお祈りしたい』との声明を……」
女「……」
コンコン
男「入ってもいいか?」
女「どーぞ」
ガチャ
女「なあ。男よ」
男「あ、ああ」
女「……あたしは、戦争に負けたんだな。賠償金支払いの代わりに、足を失ったんだな」
男「……」
女「考えてみれば、バイクのレースも、戦争も、似たようなものだ」
11 :
>>1
◆CcfcxOpggI
[saga]:2013/02/24(日) 18:11:32.55 ID:KCjxeAnMo
あたしは、どういう条件で、ミサイルが誤射するのか知らない。
あたしは、バイクに乗るのが好きだったが、どういう仕組みでエンジンの鼓動がタイヤに伝わっているのかは知らなかった。
無知なまま、バイクに対してわがままに振舞って、使いこなした気になって……。
女「なぁ……あたしは、レース場で半身不随になったってワケじゃあない……公道でコケて半身不随になったんだよ」
女「さっきの言葉は訂正する。あたしは、戦争すら始めずに、勝手にコケたんだ」
男「……」
女「で。あたしが唯一新聞に載ったのは、これだよ……」パサ
女「見えるかい? この下品なスポーツ新聞の、後ろのほうの、この小さい隅っこ」
夢追いライダー、公道にて果てる
女「いかにも、どうでもいいですよ、って感じで……取材陣すら来なかった。ありあわせの情報でまとめたんだろうさ」
男「……」
女「……本当に、バイクの勉強しないでレース始めるなんて、ロクなことにならない。バイクの、風を切る疾走感は本当に好きだったが……あの風もなつかしいだけだ」
男「……レースの世界に誘ったのは、俺だ」
女「ああ」
男「責任を取らせてくれ。慰謝料は20%上乗せしよう。それに君の生涯に渡って、生活費を支払い続ける」
女「金で、ちぎれた腰の神経がどうにかなるならな。……すまん。今日は帰ってくれ」
12 :
>>1
◆CcfcxOpggI
[saga]:2013/02/24(日) 18:35:09.72 ID:KCjxeAnMo
##5##
女友「やぁ」
女「よう」
女友「話、聞いたよ」
女「そっか」
女友「……残念だったね」
女「いや、うれしいよ」
女友「?」
女「あたしのメカニック兼マネージャーしか、見舞いに来ないものだと思ってた」
女友「……」
女「ダンナとはさ、うまくいってるの?」
女友「え、ええ……」
女「よかった。本当に……。そうそう。来月のレース、ダンナも出るって?」
女友「そうよ」
女「そりゃちょうどよかった。観戦する理由が増えた」ニコニコ
女友「ね、ねぇ……」
女「ん?」
女友「そんなに無理して明るく振舞って、あなたの心が無事とは思えない……無理、しないで……」
女「……あたしは、いつもどおりだ……」
女友「ほら、ハンカチ貸してあげる」
女「……」
女友「それ、貸してあげる」
女「いや、これ、大事なもんだったんじゃ……たしか、君の母の形見とか……」
女友「うるさい。……くだらない。だらしないわよ。あなた」
女「な、なにを……」
女友「本当にハンカチが不要だと思えるようになるまで、それは返さなくて結構。それじゃあ、またね」
ガチャ、バタン。
女「マジで……中学の頃から、情緒不安定なヤツだな……」
○○ ×△□……ハンカチには、彼女の母の名前が刺繍してあった。
13 :
>>1
◆CcfcxOpggI
[saga]:2013/02/24(日) 18:55:04.97 ID:KCjxeAnMo
##6##
男「や、やあ」
女「……恨んじゃいないよ、マネージャー君。その罪悪感バリッバリな面引っさげてやってくるなら、帰ってくれ」
男「……ごめん」
女「事故から二週間……ある程度、落ち着いてきた。今のあたしには……話し相手が必要なんだ」
男「……」
女「それは君だよ。君さえよければ……あたしの話し相手になってくれ」
男「……ああ」
女「テレビでも見るかね」
テレビ「教師の体罰による生徒の自殺をめぐって、教育委員会は『体罰と自殺の因果関係が定かでなく、引き続き調査を進める』と……」
女「テレビっていうか、テレビ局はさ。暗い話題が大好きみたいだね。つまらないわ」
男「……そのほうが視聴率もあがるのかもね」
女「じゃ、国民だな。暗いのは」
男「かもね」
女「あたしも、明るくならなきゃな……」
14 :
>>1
◆CcfcxOpggI
[saga]:2013/02/24(日) 18:56:01.47 ID:KCjxeAnMo
テレビ「国内最大級のバイクレース、ミヨリGPがいよいよ来週に迫りました!!」
女「おっ。特集やってるね」
テレビ「優勝候補の『女友ダンナ』さんは、次のように意気込みをかたります」
女友ダンナ「このレースは、去年の私に打ち勝つ戦いだと認識しています。……前回、途中でリタイアしてしまいましたから」
インタビュアー「レース場は前回と同じく『KBサーキット』です。コースの特徴から、見所だと思う場所はありますか?」
女友ダンナ「もちろん、第一・第二コーナーだと思います。最高速からいかに絶妙な減速をするか、その加減のミスは、最悪事故死につながります。ですからどのレーサーも悩むと思いますよ」
インタビュアー「ありがとうございます」
テレビ「CMのあとは、収納の裏ワザをお届けします!!」
女「ああっ……いいところで終わらせやがる。もっと女友のダンナさんのインタビュー聞きたかったな。なあ男。そう思うだろ」
男「そうだね」
女「テレビ局ってば、最高に節操がない。そんなに尺が大事か?」
男「……ああ」
男(女……だいぶ、無理して明るく振舞ってる……俺は、どうすればいいのか分からない……)
女「そばにいてくれるだけでいい」
男「!? え?」
女「どうせまた『無理してるな』って思ってるんでしょ? 違うからね? 無理でもしなきゃ、やってられないだけだから」
男「ごめん……」
女「誰も見舞いに来ないのか、君だけ来てくれるのか……それなら、君とお喋りしてるほうが気が晴れる」
男「……」
女「また、気を使わないで口論できるくらいの関係に戻りたいね。君は、罪悪感を抱かなくてもいいんだからさ」
15 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage]:2013/02/24(日) 19:04:36.71 ID:c0tnVscDo
これは!
期待しとるで
16 :
>>1
◆CcfcxOpggI
[saga]:2013/02/24(日) 19:18:57.91 ID:KCjxeAnMo
##7##
医師「よろしくお願いしますね。女さん。それと、こちらの方は……」
男「え、えっと僕は……」
女「名前は、男。付き添いです」
医師「そう。よろしくね、男さん」
男「え、はい、よろしくお願いします」
女「お医者さん。彼に押し付けられる仕事なら、何でも丸投げして構わないですよ」
私をバイクの世界に引きずり込んだ張本人は彼だが、彼は、私が半身不随になった元凶ではない。
私が公道で調子に乗ってコケたから、それだけだ。
彼は悪くないから、罪悪感についても、解消してもらいたい。
『私のために何かをした』
とか、
『私のリハビリに、二人で協力してがんばった』
そんな認識でも持てれば、もっと私に対して自然に振舞ってくれるだろう。
彼の苦々しい表情を見るのはうんざりだった。
私から彼に向き合って、彼との関係を正常に戻したかった。
どうせ、彼くらいしかまともな話し相手はいない。
私のドジに愛想を尽かして、浅い関係のヤツはみんな去った。
どうせ、彼しかいない。
男「お、俺でよかったのかよ……」
女「ええ、あなたじゃなきゃダメ♪」
男「な、なんかキャラ違くない?」
ただ、彼とまた友達になりたいのだ――。
――そんな、小市民的な願望…………。
17 :
>>1
◆CcfcxOpggI
[saga]:2013/02/24(日) 20:00:34.77 ID:KCjxeAnMo
##8##
女性医師は、レズなんじゃないか? と思わせるくらいにベタベタと体を触ってきた。
男君が、気まずそうな顔をしている。
これは、触診というヤツかな?
手つきがいやらしいが……。
医師「二日間意識不明で……それから一週間も寝たきりだったとは思えないくらい、素晴らしく健康的な体ですね。スポーツか何かを?」
女「ええ。バイクに乗ってました」
医師「あれ、乗り物でそんなに筋肉ってつくんですか?」
女「お医者さん。あまり経験は長くない?」
医師「す、すみません……まだ2ヶ月くらいで……」
女「バイクってば、レースとかになるとすごい力使うんですよ?」
女「時速200kmとかでグオオオッ!! 急カーブ!! 速度勝負ですからね。重力を力で抑え込めるくらいじゃないと……ほら、車体がすごい傾いてるの見たことありません?」
医師「え、あ、そういえば……」
女「マイケルジャクソンのダンスばりにバイクを傾けるのも、曲がるための角度を稼ぐためにやってるんですよ。傾けて、一緒にハンドルを切るとより大きく曲がるんです。自然に傾くわけじゃあない……重力・風圧に耐えながら、気合と根性と直感と……」
医師「……無礼をお許しください」
女「いえ、いいんです。ちょっとした経験を語りたくなっただけで……もう二度と乗ることのない乗り物の話です」
男君が、また気まずい顔になった。
……彼にどうこう働きかけるより先に、私の暗い性格を治したいね。
女「まあ、お医者さん。諦めてますよ。神経の修復は無理だと別の医者から言われました。……とりあえず今の私に必要なのは、車椅子に乗る技術です」
また男君が気まずい顔になった。
また暗い発言をしてしまった。
私の才能かも。
でもそんな才能嫌だ。
18 :
>>1
◆CcfcxOpggI
[saga]:2013/02/24(日) 20:19:33.53 ID:KCjxeAnMo
##9##
その日は、青空だった。
バイクでちょっとした段差に引っかかった。
そのときの速度、時速85km。公道を走るには、暴走気味。
調子に乗っていた。
「その程度の段差、楽勝楽勝♪」
結果は見事に転倒。15m以上は吹き飛ばされたが、壁に当たらずに数回バウンドした。
誰にも迷惑をかけなかったのが幸いだが、地面に尖った石が落ちていて、それが私の腰に刺さったのだ。
腰の神経をやられたものの、事故自体は軽傷だった。
臓器もほとんど無傷(大腸のあたりに穴が開いたそうだが、処置が早くて助かったらしい)
全身打撲と、ある程度の内出血。顔も擦り傷だらけだが、どれも例のレース『ミヨリGP』までには完治するレベルの傷だった。
……つまり、ほぼ無傷で半身不随になった。
半身不随というと、もっと大怪我なイメージがあったが、私の例が特殊なのか、私のイメージが間違っていたのか……。
男「女さん……女さん?」
女「ん、あぁ」
男「どうしたの。そろそろリハビリの時間だけど」
女「……ちょっと考えごとを、だな」
19 :
>>1
◆CcfcxOpggI
[saga]:2013/02/24(日) 20:20:20.04 ID:KCjxeAnMo
男「大丈夫?」
女「おい。いいか?」
男「え?」
女「君は前までは、『女さん』なんて呼んでなかっただろ? 『呼び捨て』か、『女ちゃん』だ、いいな?」
男「あ、ああ。ごめん。女……ちゃん」
女「……悪いが、私を抱えて車椅子に乗せてくれ」
男「ああ、任せて」
女「私の体を、ここまで任せたのは君が始めてだ……私は君を頼っているのだから、頼られてくれ」
男「……ありがとう」
女「ま、筋肉質なゴリラ抱えてもしょうがねえか、アハハッ」
男「……そんなことないよ」
女「お前さん、あたしのこと、好きか?」
男「え? いや、その……」
20 :
>>1
◆CcfcxOpggI
[saga]:2013/02/24(日) 20:20:59.02 ID:KCjxeAnMo
女「冗談だよ。いや、冗談でもないか……こうまで手間惜しまず構ってくれるんだもんな……」
男「好きというか……」
女「お前さんは、『あたしが好きだから構ってる』……そう思っとけ。慰謝料は、お前さん、熱心に話を進めてるけどね、あたしは受け取らないよ。もちろん、生活費も」
男「そんな……」
女「お前さんは、あたしにバイクの魅力を教えてくれただけだ。あたしは調子に乗ってドジった。それだけ」
男「……」
女「お前さんに、罪はない」
男「……それでも、この病院の入院代も、君の母が苦労して……せめてそれだけでも、補償させてくれないか?」
女「……そうだな。『補償』は受けない。ただし、ちょっと生活に困る分は、貸してくれ……『借金』で……いつか返済するよ」
男「……俺には、君が理解できない。どうしてそこまで……」
女「なんかズレてるな。お前さん。あたしはな、ただ社会の規範からはみ出てこうなった、『スピード狂のドジ』なんだよ。まるでお前さんがあたしをこうしたように語るがね。これは刑事事件でもなんでもない。お前さんは関係ないただの『お人よし』なのさ」
女「君が何をやった? 何もやってない。あたしこそ『自業自得だな』って笑われるべきピエロだ! いいから君は、その鬱屈した表情を止めてくれ。あたしは……」
女「あたしは、ただ君と友達でいたいだけなんだ! そんな莫大な金が動いたら、『友達』じゃいられなくなる……やめろよ……」
女「君と友達でいようとすることが、そんなに悪いことなのかよ……」
コンコン
看護婦「女さん、リハビリの時間で……おおっと、えっと」
女「……あぁ、行くよ。ただ、ちょっとだけ……涙を拭う時間をくれ」
21 :
>>1
◆CcfcxOpggI
[saga]:2013/02/24(日) 20:58:32.50 ID:KCjxeAnMo
##10##
女「車椅子も悪くない」
男「女ちゃん。だいぶ慣れてきたね」
彼があたしを女ちゃんと呼ぶようになって、数日が経過した。
あのときの口論以降、ものわかりの悪い彼にあたしは何度も口喧嘩を挑んだ。
それに一緒にリハビリを手伝ってもらって、苦楽を共にしたのも効いたらしい。
彼はもう、あたしに罪悪感を抱いてないようだ。
いや、まだちょっぴり罪悪感を覚えていることだろう。
男「ど、どうした?」
女「悪いね。考えごとだ」
……ふと、自分の世界に入ってじっくり考え事をしてしまう。
そもそも、即時的な、一瞬の判断が生死を分けるようなバイクレースでは、私のようなマイペースな性格は不利だったのだろう。
のんびり大好きな私が、よくぞあそこまで速度の限界に挑めたものだ。
風圧の壁を破る快感と、流れ星のように駆け抜ける風景を思い出す。
そして、半年前のレースでの10位入賞も……。
……これらもひとえに、優秀なマネージャーのおかげだろう。
マネージャーを見る。
女「……なあ、男君や」
男「ん?」
22 :
>>1
◆CcfcxOpggI
[saga]:2013/02/24(日) 20:59:14.86 ID:KCjxeAnMo
女「私の唯一の魅力は、バイク乗りとして優秀なことだと思ってた。私はそいつを失った。今じゃ、車椅子を乗り回してドヤ顔しちゃうようなデクってわけだ」
男「ど、どした。急に……」
女「私を捨てるなら、今だぞ?」
男「……なぜ捨てなきゃいけない。というか……君は、俺の所有物でもなんでもない」
女「そうだったな……」
男「これからも変わらず、君を支えたい。いいか?」
女「いいぞ」
ずいぶんと男らしくなってくれた。
短期間でこうも人は成長できるのか。
……プロポーズされた気もするが、今はスルーしてしまおう。
彼は高校からの大切な友人だ。
男「……今日は、考え事が多いみたいだね」
女「だね」
男「ところで今の、プロポーズのつもりだったんだけど」
女「空気読んで。もっと段階踏んでからにしてよ」
そう。
あたしはムードとか大好きな、ミーハーな女なのだ。
恋愛はしたことないが……少女マンガの世界に憧れたりもする。
彼の性格は知っている。雰囲気だけ良くしてくれたら、彼相手ならプロポーズを受諾できるだろう。
結婚か……この体で子どもは作れるのだろうか。
なぜだろう。自分が家庭をもつというビジョンが、一向に思い浮かばない。
23 :
>>1
◆CcfcxOpggI
[saga]:2013/02/24(日) 21:01:04.72 ID:KCjxeAnMo
##11##
黒服「ええ。もちろん、報酬は弾みます。必要なら、家族全員分の密輸船のチケットから、向こうの国籍まで……」
女友ダンナ「……あなたが、私にそんな依頼をしてくるなんて」
黒服「国民のためです。それに、レースに出場するあなたが最も彼に近づける……どうか、ご理解を」
女友ダンナ「……報酬は。いくらなんですか?」
黒服「5000万ドルの現金でお支払いします」
女友ダンナ「……総理大臣の、暗殺……」
ガタン
黒服「誰だッ!」
三毛猫「みゃあ」
黒服「何だ、猫か」
女友ダンナ「いえ……確かに聞かれましたよ。足音が遠ざかっています」
黒服「目撃者、ですか」
女友ダンナ「ええ、そのようで」
黒服「バイクに乗っていると……マシンの状態を察知するために聴覚が発達する……とかですかな?」
女友ダンナ「いえ、むしろ耳は悪くなったんじゃないですかね。バイクの近くはうるさいものですよ」
黒服「ともあれ、『射殺許可』を出しましょう……どうぞ、好きなだけ。目撃者は始末しましょう」
24 :
>>1
◆CcfcxOpggI
[saga]:2013/02/24(日) 21:40:38.81 ID:KCjxeAnMo
##12##
数日後。
『ミヨリGP』まであと一週間。
医師「すばらしいですね! もう完璧ですよ! もう車椅子で困ることはないでしょう」
女「先生と……彼のおかげですよ」
医師「それにしても……彼は今、居ませんが……彼の献身も熱心なものですね」
女「ええ」
医師「ところで……彼、男さんとは、その……お付き合いになっているのですか?」
女「……どういう意味でしょうか」
医師「その……男女の関係といいますか……」
女「……いえ。別にそんなんじゃないですよ」
医師「そうですか……もしよければ、お茶でもいかがですか?」
こいつ、やっぱりレズなんじゃないか?
率直に聞こう。
女「レズですか?」
医師「はい」
率直に答えられた。
女「すみません。私はレズではないので」
そういえば、胸とかアソコとかを頻繁に触られてた気がする。
偶然だと思ってスルーしてたが……。
ドン引きだ。
……この医師、美人なだけに、もったいない。引く手あまただろうに……。
25 :
>>1
◆CcfcxOpggI
[saga]:2013/02/24(日) 21:47:48.45 ID:KCjxeAnMo
##13##
午後7時。
もともと、腰より下の麻痺だけだった。
それにひっぱられるように、腕も動きにくくなっていた。
指先が痙攣したり、力が入らなかったり。
それは簡単なリハビリだけで完治した。
……足へのリハビリは、いっさい行っていない。
そもそも、葛藤こそあるが、足は、諦めた。
そんなわけで、今、車椅子を引いて都内の最高級レストランに来ている。
車椅子を使いながら電車に乗るのは、なかなか斬新な気分だ。
シャンデリアがまぶしい。
男「リハビリの終了を記念して……」
女「こんな高級なレストラン、あたしには似合わない」
男「まぁま、そんなこと言わずに、ね?」
女「うん」
乾杯。
26 :
>>1
◆CcfcxOpggI
[saga]:2013/02/24(日) 21:48:24.64 ID:KCjxeAnMo
女「ワインとかシャンパンって、こう、一杯が少ないよね」
男「そうかな」
女「100円くらいのビールをさ、いくつも空けてちゃうような豪快感! ワイン業界にも、そういうのがほしい」
男「でもこのワイン、100円じゃないよ?」
女「ん……うわ。この銘柄、見たことあるわ。1本で30万とか、そういうやつだ……わぁ、マジ?」
男「マジマジ。んー、いい香りだね。って感じで、まあ、貴族趣味みたいな、場合によっては成金っぽく見えるかも」
女「君は、本当に金持ちだね」
男「うん」
女「……ヤバイ。ドレスとか似合わないよあたし、これ、どうなの。車椅子はしょうがないけど」
男「ん。似合ってるよ。かわいいかわいい」
女「……うれしいけどさあ……なんつーか、こう、若干筋肉ばってるんだよ。そっからすでにゴリラでしょ」
男「いやいや、健康的で超セクシー」
女「それに、言葉遣いも、優雅とか気品とかの間逆な感じ。野暮ったいじゃん」
男「自然体なほうが好きだよ」
女「……なあんか、持ち上げられてるなぁ」
男「思ったことを言っただけだよ」
女「んー。ああ。『ごらんよ、59階からの夜景を。都内で一番高い場所にあるレストランなんだよ。きれいだねぇ……まるでダイヤモンドだ』とか言うんでしょ。あー、詩人だもんね、君」
男「おお……そんなセリフもありか」
女「いや、ないからね?」
27 :
>>1
◆CcfcxOpggI
[saga]:2013/02/24(日) 21:49:11.75 ID:KCjxeAnMo
##14##
で、一緒のホテル、ね。
やっぱり高層で、超いい夜景。
これはもう、狙いすぎでしょ。
あたしと彼は、別に恋人同士でもなんでもない。
それはもう、これより先に踏み込むっていうなら、戦争でしょ、それは。
男「いや、狙ってないからね?」
女「どうして心を読んでくるんだよ」
男「なんか、そんな顔してたし」
女「へぇー……そうなのか」
男「とにかく……夕食を東京でとっちゃったから、もう遅いし東京のホテルに泊まってからに帰ることにしよう、って一緒に決めたじゃん」
女「ああ。決めた」
男「でしょ」
女「一緒の部屋だとは思わなかった」
男「いや……スイートルームにするのは決めてたんだけど、この広さで、ひとり?」
女「ああ……すげー広い。小宇宙だ」
男「……実は、君のほうが詩人だったり?」
女「バレたか」
酒が回ってきた。
もう眠い。
男「あ、もう寝る?」
女「だから、なんでお前は心を読む」
男「わかっちゃうんだって。……あー……ベッドは、別々にしようか」
女「いやいや、そこは心読んどこうよ。一緒のベッド♪」
私は酒の勢いに任せて何を言ってるんだ?
彼と寝る?
いや、半身不随だぞ私。
うまくできるだろうか。
いや、マジに眠い。
女「あー……支えてくれ。手だけじゃベッドに入れそうもない」
男「おう」
返事だけは男らしい。
まあ、何されても、彼ならいいか……。
28 :
>>1
◆CcfcxOpggI
[saga]:2013/02/24(日) 22:53:17.63 ID:KCjxeAnMo
##15##
――――。
乾燥して澄み渡った空気が名残惜しい。
ヘルメットをかぶると、布と汗のこびりついたようなにおいが心を満たした。
ハンドルを握る。
エンジンを始動させる。
観客どもは熱気にあふれている。
マシンは十分に暖めてある。
サーキットも、数え切れないほど回って、特徴を掴んでいる。
冬だとは思えない。
体中が火照ってくる。
隣には、ヤツがいる。
女友ダンナ「……」
最高のライバルだ。
お互い、ハンドルを握る代わりに、別の何かを手放した。
だからこそ、負けるわけにはいかないよな。
3
2
1
爆音をあげる、何十台かのマシン。
何かしゃべっているのは、観客とか実況のアナウンサー、スタッフ、エンジニア、マネージャーたちだけだ。
レーサーはしゃべらない。
舌を噛むからだ。
29 :
>>1
◆CcfcxOpggI
[saga]:2013/02/24(日) 22:54:30.59 ID:KCjxeAnMo
第一コーナーをほぼトップスピードで曲がる。
実況のオッサンが「やはり!! 面白いレースになりそうです!!!」などとわめき散らす。
強烈なGが内臓を潰しにくる。
傾きすぎた車体。膝の辺りで火花が散る。
体勢を崩した。
力技でリカバー、更にハンドルを曲げて角度を稼ぐ。
この快感だ。
よし。
第一、突破。
第二コーナーも、直感だけで突破する。
この直感を掴むのに、何度も練習したのだ。
視界はブラックアウト寸前。
いや、レッドアウトだろうか……意識が遠くなってくる。
耐える。
次のコーナーではきっちり減速する。
このコーナー付近は、ほんのちょっぴり凹凸が強く、ほかの場所と違い平坦とは呼べない。
誰か整備をしっかりしてくれ。
「ここで毎年、誰かが死ぬ」
……誰かがそう囁いた噂。
暗転しつつある意識を、なんとか保つ。
減速は、私の体力を若干回復させてくれた。
女友ダンナ「……」
抜きやがった。
ほかにも二、三台。
最初のコーナーでのアドバンテージは、もうない。
誰かのケツを見ながらのレースは大嫌いだ。
あたしはムキになった。
レースは続く――――――。
30 :
>>1
◆CcfcxOpggI
[saga]:2013/02/24(日) 22:56:00.15 ID:KCjxeAnMo
##16##
男「朝だぜー」
女「ん、あぁ……」
男「目、覚めた?」
女「ああ……頭、痛いな……結局、安いビール飲みまくったんだっけ……」
男「……うなされてたみたいだけど」
女「気にするな……なんでもねえよ……なんでも……」
朝食は食堂で。
女「おいおいおい……ビュッフェって何だ?」
男「バイキングみたいなものだよ」
女「こんなにリッチそうなものが、食べ放題?」
男「ああ、気をつけて。好きなものを一回だけ選んでいいですよ。ってスタイルだから」
女「でも、選べるんでしょ? そんなの最高じゃないか」
私は、うっすらと危惧していた。
……戦いの中に身を投じていた、レーサー時代。
足の自由を失った程度で、果たしてその宿命から逃れられるのか。
何週間かかけて、じわじわと、自身の思いに自覚が伴ってくる。
31 :
>>1
◆CcfcxOpggI
[saga]:2013/02/24(日) 22:56:51.16 ID:KCjxeAnMo
――また、バイクに乗りたい。
私は、なんて遠回りをしてきたんだ!
32 :
>>1
◆CcfcxOpggI
[saga]:2013/02/24(日) 23:00:05.42 ID:KCjxeAnMo
女「ねえ、バイクに乗りたい」
男「え?」
女「ありがとう、こんなに良くしてくれて……でもあたし、言っちゃ悪いけど、こんな『ぬるま湯の世界』に満足できない……バイクに乗って、誰かと、ひとつしかないトロフィーをめぐって競いたい」
男「……その目だよ。初対面の頃みたいだ」
女「え?」
男「正直言って、君が、この場所に『居心地の悪さ』を感じてくれるのを待っていた……『飢えた獣』のようにハングリー精神あふれる君が、好きだったんだ」
女「……」
男「前回のレース以降、すっかりスランプで……てっきり、牙を抜かれた虎に成り下がったと思ったよ」
女「ひどいね」
男「とにかく、君にその意思があるのだと、安心した」
女「……罪悪感でウジウジやってたころとは大違いの、キラキラした瞳ね」
男「そうさ。あれから、父さんと一緒に調べてね……『IPS細胞』って知ってるかい?」
女「ああ。なんか、万能な細胞、だっけ」
男「そうだよ。万能なんだ。君の神経の破損部分にこの細胞を利用すれば、治療が可能かもしれない」
33 :
>>1
◆CcfcxOpggI
[saga]:2013/02/24(日) 23:01:05.77 ID:KCjxeAnMo
女「あたしにはその資金がない」
男「俺にはある」
女「君に払わせたくない」
男「……」
女「……バイクに乗れないのは不本意だが、しかたない」
男「なあ、どうしてだい? 俺の資本なら君を完全に治癒できる。バイクに乗るのが望みなんじゃないのかい?」
女「……あのな。誰かに金せびってまで、立ち上がりたくないんだよ。わかるかい? 自分の力で努力し、勝ち取ったものにしか価値がない。私の、なんというか、座右の銘だよ」
君の言うハングリー精神が、これさ。
あたしは、自分の足で立ち上がってみせる。
そしてレースで優勝する。
34 :
>>1
◆CcfcxOpggI
[saga]:2013/02/24(日) 23:03:12.36 ID:KCjxeAnMo
以上で本日の投稿を終わります。
感想等あれば、ぜひともよろしくおねがいします!
それでは!
35 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage]:2013/02/24(日) 23:08:03.66 ID:c0tnVscDo
乙
結構続くのかな?
なんか不穏な空気も…
36 :
そっきょー
◆4jzar1HOtI
[sage]:2013/02/24(日) 23:38:48.18 ID:2FAjAHqA0
お疲れ様です。
続きも期待して待ってます。
ダンナが何者なのか、気になります……。
37 :
>>1
◆CcfcxOpggI
[saga]:2013/02/25(月) 19:23:56.79 ID:IFPFligWo
コメント、ありがとうございます!
そっきょーの人も見てくださって、感激です!
あまり書き溜めてませんが、続きをどうぞ!
38 :
>>1
◆CcfcxOpggI
[saga]:2013/02/25(月) 19:25:16.69 ID:IFPFligWo
##シークエンス2##
====飢えと再生の物語====
##1##
女友ちゃんとは、中学時代からの親友だ。
8年前の話。あたしは、高校2年生だった――――――。
校長「……君を退学処分とする。いいね」
女「そんな。納得できません」
校長「納得など必要ない。我々が決定し、私が認証したことだからだ」
女「退学すべきなのはあいつらです! あのクズども、女友ちゃんをレイプしようとしたんだぞ!」
校長「……証拠は、あるのかね? その女友も、診断書すら出せないような擦り傷しかしていないではないか」
女「あいつらが手を出す前にあたしが助けたからな」
校長「『助ける』? 君がブチのめした男子生徒6人は、中には今も意識不明な者もいるのだぞ……それは『過剰防衛』だ」
女「それは自業自得です。過剰なのは、やつらの所業です」
校長「……刑事事件にならなかっただけ、ありがたいと思え。私と君の母とで、彼ら『被害者』との示談を取りまとめたのだぞ……ここは、退いてくれ。事を荒立てたくはない……」
39 :
>>1
◆CcfcxOpggI
[saga]:2013/02/25(月) 19:26:12.71 ID:IFPFligWo
クソッ。
思い出して、イライラする。
あたしは正義を果たしただけだ……女友がひどい目にあうのを防いだ……。
……校長との会話から、数十分が経過する。
二階の廊下で、女友と遭遇。
女友「あっ……」
女「よう」
女友「ごめんね……こんなに酷い怪我して……」
女「大した事ない。大体全治一ヶ月ってとこか……やつらは、全員が一生モノの傷だ。へへっ。ざまあみやがれ」
女友「ごめん……」
女「気にするな。で、学校に居られるって?」
女友「うん。私は……女ちゃんは?」
女「あたしは、悪いけど……」
女友「……え? ……その……それって」
女「退学処分」
女友「そんな……」
女「あー……お前さんは悪くないよ。ちょっとファミレスでも行かない? ジュースでも飲みながらさ……ゆっくり、話そう」
女友「……そうね」
女「そうそう。あたしのバイクで行こうぜ。裏の公園に停めてるんだ。……きっと、一緒に乗るのも最後になる」
40 :
>>1
◆CcfcxOpggI
[saga]:2013/02/25(月) 19:27:10.14 ID:IFPFligWo
更に10分後。
自動ドアを抜けると、陽気な音楽が流れてきた。
暖色系の、明るい照明。
あたしの沈みきったテンションとは対照的だ。
店員「いらっしゃいませ、何名様ですか?」
女「二名様だ」
女友「この場合、『様』はつけないんじゃないかしら」
で。
女「メニュー決まった〜?」
女友「……私は、ドリンクバーだけでいいや」
女「そっか。あたしはね……チーズケーキでしょ、チョコレートパフェでしょ、バナナジェラートもいいねぇ」
女友「クス。相変わらずね」
女「甘いものがないとなー。ダメなんだ。あたし。えへへ」
女友「女ちゃん……」
女「ん」
女友「ごめんなさい……」
女「何が?」
女友「え? ……私なんかのために、退学になっちゃって……」
女「ま、気にするな。そういうアレだったってだけだ」
女友「わけが、分からない」
女「君の方がワケが分からないよ。ヘタしてたら、君、レイプされてたんだよ! ざっけんな、退学がなんだ、やんなきゃやられてた!」
女友「……」
女「それに、あたしは『納得』したいだけだ。悪人だけが得して、善人が食い物にされる……そんな世界の構造が、本当に正しいのか……さもなくば、私自身の『正義』が間違ってたんじゃないのか……。真実を知らないまま死ねないね」
女友「あなたは……」
女「ん」
女友「命の恩人よ」
41 :
>>1
◆CcfcxOpggI
[saga]:2013/02/25(月) 21:26:41.50 ID:IFPFligWo
女「ああ……かもね……けど、恩返しなんて望んじゃいないから」
女友「望んでなくても。ね」
女「好きにして……」
唐突で滑稽な音が、あたしのバッグから鳴り響く。
携帯だ。
ワーナーブラザーズの、擬人化された動物どもがわめいている。
「ギャハハハハッ!! 電話だってよ〜ぅ。電話だってよ〜ぅ」
<<発信者、男>>
女「もしもし」
男「ああ、女ちゃん? 聞いたよ。退学ってホントかい?」
女「……ああ」
男「落ち着いたらさ、俺に電話くれるかな。いい仕事があるんだ」
女「ほう。期待しておくよ」
男「それじゃあね」
42 :
>>1
◆CcfcxOpggI
[saga]:2013/02/25(月) 21:36:00.85 ID:IFPFligWo
電話が切れる。
もうこの頃から、彼とはある程度心が通じ合っていた。
どういう理由であたしが野郎どもをぶちのめして、どういう経緯で退学になったのか。
ある程度察してくれている。と、思う。
女友「ね、ね、今のって、男君でしょ?」
女「ああ」
女友「いいなー。すごいイケメンだし」
女「……金持ちだし」
女友「アハハッ。なんか腹黒っぽいね」
女「ふふふっ。それほどでもない」
女友「……」
女「え?」
女友「いや……あなたが笑うとこ、はじめて見たから……」
女「そうか?」
女友「そうよ。不思議……中学の頃から一緒なのに……」
43 :
>>1
◆CcfcxOpggI
[saga]:2013/02/25(月) 22:11:19.72 ID:IFPFligWo
##2##
退学後、二週間が経った。
当時『意識不明』だのなんだのと言っていた生徒は、自分で車椅子を乗り回していた。
合計で5000万円にも及ぶ示談金は、いつごろ払いきれるか分からない。
あたしは母子家庭に生まれた。父は、あたしが生まれた数ヶ月後に死んだという。
あたしは……ソープだか、デリヘルだか、そういう性風俗産業で働いた。
未成年だったが、まあ、大人っぽいとよく言われるので、詐称すれば楽に仕事は手に入った。
まともな恋愛を経験する前に売春を経験することになるとは……。
母の負担を考えれば、そうせざるをえなかった。
母には秘密だ。
アルバイトと言った。
……一時の怒りや正義感に身を任せ、人生を棒に振った気がする。
いや、事実、人生を棒に振ったのだろう。
44 :
>>1
◆CcfcxOpggI
[saga]:2013/02/25(月) 22:15:22.60 ID:IFPFligWo
女「あの……よろしくお願いします」
中年「……よろしく」
こんなふうに、明らかに目の焦点が合ってない、汚物みたいな物体の上で腰を振ることもよくある仕事だった。
だがまあ、その分、給料は破格だ。
そしてある日、私のもとにひとりの浅黒い肌の男がやってきた。
サングラス「AVに出てみないかい? 今しかできない、とても貴重な体験さ」
女「……賃金は、いくらほどですか?」
サングラス「ジャケットを飾ってくれるなら、100万円は出そう。ジャケットが無理なら、50万円くらいかな」
仮に30本出演すれば、示談金を完済できる上に、生活費も賄える……。
あたしは、悩みに悩みぬいた。
……思考は、ひとつの結論をはじき出す。
女「……すみません。お断りします」
AVへの出演は、不名誉をデジタル上に記録することに他ならなかった。
AV女優として顔が知れたら、きっと、まともな生活を送れなくなるだろう。
つまり、AV女優に一度なれば、それ以外の仕事の可能性が完全に消えるということだ。
風俗嬢としてのメリットは、あまり知名度が広くならないことだ。
賢く稼がせてもらうさ。
45 :
>>1
◆CcfcxOpggI
[saga]:2013/02/25(月) 22:23:06.77 ID:IFPFligWo
##3##
半年後。
受付「女ちゃん、指名入ったよ」
女「了解しました」
コンコン
女「ご指名、ありが、と……」
男「やあ。探したよ」
女「……」
男「君の姿を見かけないから、どこに行ってたのかと思ったら……本当に、探した……」
女「……何が目的だ。ストーカー野郎」
男「おいおい、にらまないでくれ」
女「……ああ」
男「電話入れてくれないからさ、本当に、いい仕事があるんだけど」
女「……風俗嬢よりマトモな仕事か?」
男「ああ。もちろん」
女「どんな仕事だ」
男「バイクでレースに出るんだ」
女「……ほう」
男「お父さんがレーシングチームを立ち上げてさ。君もどうかなって」
彼は、とても真剣な目をしていた。
同時に、そのとき、あたしは『愛されている』と思った。
自然に涙がこみ上げてくる。
女「……あたしを探してくれて、ありがとうな……」
彼は、ただ優しく抱きしめてくれた。
他の『お客さん』とは違った、心の温かみを感じた。
46 :
>>1
◆CcfcxOpggI
[saga]:2013/02/25(月) 22:34:14.51 ID:IFPFligWo
そうだ。
女「すまん」
私は、深く頭を下げた。
女「君からもらったバイク……勝手に売ったんだ。示談金のために……」
男「んふふ……別に、かまわないよ」
女「?」
男「今日の仕事が終わったらさ、駅前に来てよ。ちょっと、一緒に行きたい場所があるんだ」
女「ああ……」
男「それじゃ、俺はこれで……」
女「待って」
男「ん?」
女「お金払ったんだろ。あたしを抱いてくれ」
男「……ずいぶんと、貞操観念が緩んじゃってるね」
女「……」
男「残念ながら。それは無理だ。……それじゃ、仕事終わったら会おう」
47 :
>>1
◆CcfcxOpggI
[saga]:2013/02/25(月) 23:25:19.03 ID:IFPFligWo
##5##
女「待たせたね」
男「……すげー露出度の服。それに、女ちゃんのホットパンツ姿とか初めて見た」
女「そうかな。普通だと思うけど」
男「まぁいいや。車乗って。ちょっと遠くなるけど、トイレは済んだ?」
女「おう」
一時間近く、彼が手配した車に揺られた。
退学してから9ヶ月……どんな生活だったかとか、そういう話をした。
男君は、だいぶ安定した生活だったようだ。
……あたしは、たった9ヶ月で汚れきってしまっていた。
最初は処女だったのに、今やゴムなしのセックスが大好きになってしまったこと、2回の妊娠中絶、そして何種類かの性病にかかっていること。
どうせ隠してもしょうがないので、そのことは正直に告白した。
……彼の悲しげな表情を見て、住む世界が違ってしまったのだと、やっと気づいた。
ほとんど尻が見えているようなホットパンツを履いている私が、急に恥ずかしくなった。
女「こんなビッチになっちゃって…………なあ……あたし、もう駄目なのかな……」
男「……そんなこと、ないさ……やり直そう。一緒に……」
女「うん……」
48 :
>>1
◆CcfcxOpggI
[saga]:2013/02/25(月) 23:32:00.93 ID:IFPFligWo
##6##
午前3時。
とんでもなく広いガレージだ。
左から右へ、ところ狭しとバイクや部品が並べられている。
眠気が吹き飛んだ。
すごいぞ!
女「バイクか……ブランクは1年もないけど、もっとずっと乗ってなかった気分だ……本当に久しぶりだ……」
男「もうこんな時間だけどさ……乗ってみるかい? ここら一帯、父さんの土地だし、専用サーキットもあるし、迷惑にはならないよ」
行列の中に、ひとつだけ目を引いたマシンがあった。
真っ白な車体に、ビビットなピンクの斜線……。
女「あれは……まさか……」
男「そう。僕が君にあげて、君が売ったマシンさ……中古市場をくまなく調査して、やっとみつけた……」
女「君がくれたんじゃない。君から借りてたんだ……あたしは、借り物を売ってしまった……」
男「気にしないで。追い詰められれば、だれだってそうすると思うよ」
女「ごめん……。でも、それにしても、本当に懐かしいマシンだ……乗ってもいいかな」
男「どうぞ」
49 :
>>1
◆CcfcxOpggI
[saga]:2013/02/26(火) 00:08:49.23 ID:prxf4gvbo
件のバイクをガレージから出し、表のサーキットでまたがってみる。
体に自然にフィットする。
エンジンをいれる。
この鼓動だ。
この鼓動は、心臓の鼓動に似ている。
あたしが、このバイクに生命を吹き込んでいる。
男「どうだい?」
女「最高だ。……誰かに乗られるより、あたしが乗るのがいい。……ヘルメット、くれるかな?」
これまた最高にフィットする。
このヘルメットは、あたしの汗のにおいが染み付いている。
ここ9ヶ月で、体型も、頭の大きさも変わらなかったらしい。
……ライトもちょうど点灯してくれている。夜道には好都合だ。
女「動かしてみていいかい?」
男「どうぞ、好きなだけ」
軽くスロットルを入れる。
ゆっくりと発進した。
クラッチの感覚も、少しずつ思い出してくる。
いきなり飛ばすのは危険なんだ……ゆっくり、ゆっくり……。
なぜだか、また泣けてきた。
ずいぶん長く、バイクと無縁の生活をしていた……。
女「一周しちゃうぞぉ」
男「気をつけてね、久しぶりなんだから……」
ああ。
久しぶりだ――――。
――――その数ヶ月後、初出場のレースで21位に。次のレースで5位。そのまた次は1位だった。賞金と広告収入で、示談金は完済できた。
以後8年間、25歳まで、そこそこ知名度もあって、賞金で生活できて、好きなだけバイクに乗れて……最高の生活だった。
あたしが事故って半身不随になる半年前に、初の世界大会出場、あの有名なセレステ・O杯だ。イタリアの地で、10位入賞を果たす。
そのレースの1位は、女友のダンナだった――――。
50 :
>>1
◆CcfcxOpggI
[saga]:2013/02/26(火) 00:09:45.28 ID:prxf4gvbo
##7##
女「ゆっくり、これまでのことを考える時間ができたよ……」
男「うん」
女「……君が、あのときあたしを探してくれなかったら……おっぱいが垂れるまでソープ嬢やってたかと思うと、すげーゾッとする」
男「……」
女「それから8年もバイクずくしの生活をして、バイクの仕組みとか修理の勉強しなくても、君が全部やってくれるから……あたしは、走りだけに集中できた」
男「君は……がんばったよ」
女「……まあ、公道ではしゃぎすぎて、一生車椅子だけど」
男「……」
女「それはそうと、もう退院してもいいらしい。脊椎とか大腸に、もう問題もなさそうだから、って」
男「それは、良かった」
女「ね。明日ミヨリGPだからさ……一緒に観戦してくれる?」
男「喜んで」
女「……この前のホテルでは暴言みたいになっちゃって、ごめん」
男「いや、君の本心が聞けて、うれしかったよ」
女「いい感じで流してくれるのね、君は」
男「ごめん。気分、損ねた?」
女「いやいや、ほめたのよ?」
男「ほめられてたか」
女「んふふ。……明日、会場時間に合わせてKBサーキット集合でいいかな」
男「うん」
女「チケット、良し、あるね……それじゃ、また明日」
男「うん。それじゃあね」
51 :
>>1
◆CcfcxOpggI
[saga]:2013/02/26(火) 00:10:30.15 ID:prxf4gvbo
##8##
RFグループ日本支部、733号室。
記者「……あなたが殺人を犯しているという情報をキャッチしまして」
RFエンジニア「……」
女友ダンナ「ハッ。笑わせますね。あなたの話に証拠などない。下卑た印象論ですか? それとも、印象の操作を目論んでおられるのでしょうか?」
記者「いいえ。証拠ならありますよ。あなたは半年前のセレステ・O杯で優勝しましたね?」
女友ダンナ「ええ。それが何か?」
記者「あの時、イタリアの政府高官2人が、自殺しています」
女友ダンナ「自殺は自殺でしょう。私とは無関係だ」
記者「これは目撃証言ですが……レースの直前、あなたが途中で抜け出したのを見た人がいるんですよ」
女友ダンナ「へぇ」
記者「その証言が正しければ……その時間に抜け出せれば、2人の政治家を殺すのも簡単でしょうね」
女友ダンナ「……その証言が正しければ、私はちょうどそのころ、トイレに行くために抜け出したことになる」
記者「RFグループの黒いうわさの数々はご存知でしょう? 物事が真実かどうかは、もはや関係ない。私がこの話を世間に公表すれば、あなたは簡単に疑われるでしょう」
女友ダンナ「……それは、困ったな。事実無根の狂言ジョークで信用失墜なんてさ……」
記者「ええ。ですから、『誠意』を……お見せください」
女友ダンナ「カネか?」
記者「はい」
女友ダンナ「なら死ね」
52 :
>>1
◆CcfcxOpggI
[saga]:2013/02/26(火) 00:11:05.67 ID:prxf4gvbo
彼のナイフは、的確に記者の喉元を掻き切った。
回避されたりだとか、悲鳴を上げる時間すらなく、自然で、手馴れた動きだ。
喉を切りつけたので、苦悶の声すら上げようがない。
彼はそのまま、ナイフを喉から脳に向けて突き刺した。
記者の脳幹は破壊されたことだろう。
……彼は一連の動きを、不思議な立ち回りで行った。
彼は、一切の返り血を浴びていない。
女友ダンナ「RFエンジニア」
RFエンジニア「はい」
女友ダンナ「死体、片付けてくれ」
RFエンジニア「ええ。お安い御用で」
女友ダンナ「いよいよミヨリGPも、明日に迫ってきたね……レースは優勝する、仕事もキッチリこなす。だが……今回だけは大仕事だぞ……」
記者「……」
女友ダンナ「こんな小物とは大違いだ……なんせ、この国のトップなんだからね」
RFエンジニア「女友ダンナさんになら、きっとできますよ」
女友ダンナ「ああ……それと、何度も口をすっぱくして言うが……『一緒にレースを見に来る天皇陛下だけは殺すなよ』? ……彼を殺したら、日本が駄目になる。彼は、いわゆる『神聖』なんだよ……キリスト教徒が聖地を破壊しないように、日本国民は『天皇制』についてとやかく言うべきではないからね……」
RFエンジニア「ハハハ。でも、総理大臣を殺すのは、かまわないんですね?」
女友ダンナ「ああ。あんなの、どうせ毎年頭を挿げ替えるタイプの、ただのペーパーウェイトだ。権力者には変わりはないが……」
53 :
>>1
◆CcfcxOpggI
[saga]:2013/02/26(火) 00:12:26.45 ID:prxf4gvbo
##9##
何日も前の話――――。
女友(……)
彼女は、異性への愛情を疑うクセがあり、その数日前から夫に対してひそかにストーキング行為をしていた。
女友(……総理大臣の暗殺……?)
ガタンッ。
ガタン
黒服「誰だッ!」
三毛猫「みゃあ」
黒服「何だ、猫か」
女友(ば、ばれてない……?)
女友ダンナ(なんでアイツがここに居るんだ……?)
女友ダンナ「いえ……確かに聞かれましたよ。足音が遠ざかっています」
黒服「目撃者、ですか」
女友ダンナ「ええ、そのようで」
黒服「バイクに乗っていると……マシンの状態を察知するために聴覚が発達する……とかですかな?」
女友ダンナ「いえ、むしろ耳は悪くなったんじゃないですかね。バイクの近くはうるさいものですよ」
黒服「ともあれ、『射殺許可』を出しましょう……どうぞ、好きなだけ。目撃者は始末しましょう」
女友ダンナ(誰か適当な、別の死体を用意してやる……これに懲りて、二度と探らないでくれよ。妻は殺したくないからね)
54 :
>>1
◆CcfcxOpggI
[saga]:2013/02/26(火) 00:13:44.88 ID:prxf4gvbo
そして現在――――。
探偵事務所。
女友「え? 行方不明?」
スタッフ「ええ……うちの探偵ひとりが、あなたの夫に探りをかけた結果、行方不明に……」
女友「……すみません。ご迷惑を……」
スタッフ「いえ、そういう仕事ですし、彼も覚悟していたかと……」
女友「……何はともあれ、夫は黒に近いということですか? 本当に、殺人がらみの危険なことに関わっている、と……」
スタッフ「『RFグループ』という時点で、ある程度想定はしていましたが……まさか、かのグループの黒いうわさは本物でしたか……」
女友「……」
スタッフ「いえ、すみません。あなたもRFの人間でしたね……。ともあれ、もうこれ以上危険な仕事は請け負えません。他をあたってください」
女友「ええ…………ありがとうございました」
女友(女ちゃんなら、どう行動するのかな……私も、女ちゃんみたいに強くなりたい……夫が殺人鬼だなんて……それに、総理大臣を殺そうとしている……)
55 :
>>1
◆CcfcxOpggI
[saga]:2013/02/26(火) 00:28:13.49 ID:prxf4gvbo
##10##
8月19日。
誰かがこの日を『バイクの日』と定めた。
あるいは、『俳句の日』でもある。
国内最大級のバイクレース、ミヨリGPの開催日でもある。
テレビ「わぁぁぁっ。お口の中で、肉汁がジュワァァってきてますよ、これェ……!」
女「ワンセグにしても、テレビはつまらないね」
男「……なんかさ、料理レポーターってワンパターンじゃない? ボキャブラリが」
女「だよね。ヤバイって。そこまで日本食はテンプレート化してるのかって」
男「うんうん」
女「あと何時間で到着?」
男「1時間くらいかな」
女「げ。……ていうかなんで、現地集合の予定が、君の車に乗ってるんだろうね」
男「まぁいいじゃん。細かいことは」
女「そっかー……」
男「暑いね」
女「車内はクーラー効いてるけど、外は35℃だってさ」
男「怖いなぁ……レーサー、確実に何人か倒れると思う」
女「ああ……。だが、なんにせよ、楽しみだな……ミヨリGP……」
車は揺れる――――。
56 :
>>1
◆CcfcxOpggI
[saga]:2013/02/26(火) 00:30:00.95 ID:prxf4gvbo
以上で今回の投稿を終わります!
今回は設定の確認と過去話に終始して、テンポが悪かったかもですね……。
感想、お待ちしてます!
それでは!
57 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage]:2013/02/26(火) 11:06:08.38 ID:CJYx4Er0o
バイクの知識がなくてもしっかり書けてたし面白かったよ
ハッピーエンドになって良かった
58 :
>>1
◆CcfcxOpggI
[saga]:2013/02/26(火) 17:34:15.89 ID:prxf4gvbo
>>57
すみません、誤解を招く言い方だったみたいで……。
先ほどのは、「今日の投稿はここまで。続きは明日以降」というか……まだ30%ほどしか消化してません。続いちゃいます……。
今、ちょっと用事なので、今日また書き込めるかわかりませんが……。
59 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage]:2013/02/26(火) 20:28:19.85 ID:GAgptKTno
お、まだ続くのか!
尚更期待
60 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[saga sage]:2013/02/26(火) 21:18:58.55 ID:t7f2bLNT0
続き、期待してます。
ダンナさんは随分とやりたい放題なようで……。
主人公二人がその設定にどう絡んで行くのか、楽しみにしております。
61 :
>>1
◆CcfcxOpggI
[saga]:2013/02/28(木) 19:13:33.71 ID:r+SeOGxDo
感想、ありがとうございます!
ちなみに今回、地の文が大目を予定しています。ご了承を……。
ぼちぼち投稿してみます。
62 :
>>1
◆CcfcxOpggI
[saga]:2013/02/28(木) 19:16:10.26 ID:r+SeOGxDo
##0##
――――。
あたしさあ、まだこの物語にタイトルつけてないんだよね。
「そうだったっけ」
うん。
……よし。決めた。
『バイク好きの女の子』
どうかな。
「……えらいシンプルだね」
いいんだよ。シンプルで。
こーいうのはさ。
なあ、お前もそう思うだろ。
……いい返事だ。それじゃ、話を続けようか――――。
63 :
>>1
◆CcfcxOpggI
[saga]:2013/02/28(木) 19:17:47.18 ID:r+SeOGxDo
##シークエンス3##
====プラグ点火+エンジン胎動====
日焼け止めのクリームは、家で散々塗ってきた。
女「車出たくねぇぇぇ……外、35℃なんだろ?」
男「そ、そうだね……俺もちょっとビビってる」
女「けど外に出なきゃレース見れないしなぁ……というか観客席は直射日光ガンガンだったろ? マジ怖いわぁ」
男「いや……レーサーはそれに加え、極限状態でマシンを乗り回すんだ」
女「……そうだったな。それに引き換えあたしは、ずいぶん腑抜けたもんだ……」
車のドアを開ける。
むわぁ。
暴力的な熱線。
意識が朦朧とする。
これだから日本の夏は嫌いなんだ。
足が動かない。
女「あー……ごめん。車椅子取ってきてくれないかな」
彼に、後部座席に置いてある車椅子を取りに行かせる。
半身不随め。男君に面倒をかけさせやがって。
64 :
>>1
◆CcfcxOpggI
[saga]:2013/02/28(木) 19:20:11.39 ID:r+SeOGxDo
男の車は、ベンツのSクラス『W221』とやららしい。
「全体的に見て取れる官能的な曲線美は、ベンツの歴史どころではない。自動車の歴史、いや、ドイツの歴史そのものを内包しつつも、近代的な美的感性で彩られているように感じるよ」
彼の言葉だ。彼はバイクだけではない。自動車も好きなようだ。
好きなものを語るとき、彼の瞳は輝く。
時々、その瞳があたしに向けられているのではと勝手に勘違いし、勝手に心拍数を早めている。
「だが使用されている技術は古臭くはない」
それは見れば分かる。
バットマンが乗ってる車みたいにハイテクなディスプレイがある。このディスプレイからナビゲーション・ドアロック・照明・オーディオなどのシステムにアクセスできた。
どこかで新車を買おうとすると、その価格は1000万円〜2000万円前後にもなる。値段はIPhoneで調べた。
彼は「乗りやすいから気に入ってるんだ」と語る。それは操縦性の話か? それとも、彼には2000万円すら『お小遣い』なのか? ブルジョワジーめ。
……ここまでの富豪っぷりを見せ付けられる一方、あたしは、17歳という若さで売春に手を染めてすら延命を試みた……。
男「あー……大丈夫かい? 暑い?」
女「いや……また考え事……あたしを車椅子に乗せてくれないか?」
男「お安い御用で」
男君はあたしの足と背中に手を添えて、お姫様だっこのスタイルであたしを車椅子に乗せた。
彼と顔が近づく。顔が真っ赤になった気がした。
あたしは、彼に甘えるために半身不随になったのだろうか。
バイクとレースは『男の世界』だ。女がそれに参加するとき、『男の流儀』に従わなくては勝利できない。
甘ったれた自己弁護の精神では、こんなふうに腰の神経をちぎるのが関の山だ。
あたしは……。
いつも考え事をしている。
65 :
>>1
◆CcfcxOpggI
[saga]:2013/02/28(木) 19:21:50.42 ID:r+SeOGxDo
##2##
ミヨリGPの会場。
KBサーキット。
KBとは、このサーキット最大のスポンサー「ウィリアム・ベックフォード」の妻、「カレン・ベックフォード」から取られているそうだ。
レース関係者は、このKBを「安全と勝利の女神」と呼び……祈りの対象としている。
由来は分からないが、そういうジンクスだった。
男「うわ。こいつはすごいね」
女「ああ……開場まで45分もあるのに、入り口のゲートが見えないくらい行列になってる。5000人以上は絶対並んでる」
男「コミケみたいだ」
女「おいおい、同人誌買ったり読んだりしてるのか?」
男「君もかい?」
女「ああ。お互い、意外な趣味発見、だな」
BLは嫌いじゃない。だがたぶん、男君には黙ったほうがよさそうだ。
女「バイクの評論同人誌とかか? あたしは○×屋の出してるやつは夏冬と買ってる」
男「ああ、あそこは堅実でいいよね。同人誌にスポンサーは居ないから、公平な目線が期待できる」
女「あと、バイク題材の四コマとか、バイクレースを描いた健全本とか……ああ、明らかにあたしが題材で、2つ前のミヨリGPが舞台のやつもあったな」
男「え、なにそれ気になる。今度見せてよ」
女「いいぜ〜」
きっと、開場しても1時間以上、行列は消化されないだろう。
ここから見える行列だけで数千人、だが、入り口はあと2つあるのだから。
KBサーキットとミヨリGPのタッグは、徹底した安全管理で知られていた。
金属探知機とボディチェック、荷物検査の合わせ技だ。つまり空港みたいな……テロ対策だが、時間がかかって当たり前だ。
まあ、いいだろう。
男君とは、いくらだべっても飽きがこない。
10年以上は一緒にいる、最高の親友だ。
66 :
>>1
◆CcfcxOpggI
[saga]:2013/02/28(木) 19:24:20.69 ID:r+SeOGxDo
##3##
アナウンス<<開会式まで、あと90分で……不審なものや事が……インフォ……あるいはスタッフにお声かけを……>>
女「まだ余裕はあるね。アナウンスはノイズがひどいが90分もあれば入場可能だ」
男「そうだね」
女「クソったれの安全管理め……レース開始までに間に合ってくれよ……」
男「たぶん間に合うさ」
女「そうかな……なあ、ボディチェックって、見ず知らずのおっさんに触られるのかな」
男「いや、女性のボディチェックは女性の警備員がやってたよ」
それから30分後。
KBサーキット、入り口付近。
女「すげーな。警備員がうようよいやがる」
男「すごいね……去年の5倍はいる」
女「そんなに?」
男「去年は、天皇陛下は開会式に来てない」
女「あー……」
車椅子は金属探知にひっかからなかった。
特殊な素材だとは思ってたが、彼は『オールカーボンさ』と言った。
そんな高級品を……とんでもねえ野郎だ、ヤツのプレゼントは、大抵、財力でのゴリ押しが基本らしい。
彼の好意の手前、いつもプレゼントは受け取ってしまうのだが、『次はもうプレゼントは要らないよ』と言っている……それでも毎回、彼は何かをあたしにくれる。
そもそもあたしは、プレゼントよりも、自分で稼いだお金で何かを買うほうが好きだ。
プレゼントという概念そのものが、口を開けてエサを待つ雛鳥に似ていると思ったからだ。
混雑の中、席へ向かう。
車椅子の目線からでは、人ごみの背丈があたしの倍以上はあった。
何も見えなかった。
男君のそばにいなくては絶対に迷子になると思い、そいつが得体の知れない恐怖を生んだ。
バイクレースでは、無線を通してチームの指示を請える。
だが今、このレース場付近は電波が混雑している。電話を使えない。
男君とはぐれたら、どうやって指示を請えばいい?
レース以上の孤独感を、車椅子で感じることになるとは。
スタッフ「ご同伴のかたですか? 車椅子のかたは、エレベーターをご利用ください」
男「どうも。女ちゃん、乗ろうよ」
女「あ。ああ……」
スタッフ「エレベーターを3階でお降りになり、スロープをご利用の上で座席へ向かってください」
スタッフは笑顔で見送ると、忙しそうにその場を離れた。
67 :
>>1
◆CcfcxOpggI
[saga]:2013/02/28(木) 19:26:16.63 ID:r+SeOGxDo
##4##
またもやお姫様だっこで、指定席に着席。
衆人環視だぞ!
車椅子は、あたしの足元、座席の下に置いてある。
……とんでもない喧騒。レーサー時代、あたしはこの騒がしさが好きだった。
鈴鹿8時間耐久ロードレースなんかじゃ、ピットインの最中、スタッフが忙しそうにガソリンを詰めたりチェーンを外してタイヤ交換したりするのを見ながら、観客の熱気を感じるのが心地よかった。
技術革新とノウハウの蓄積により、このピット作業にかける時間は年々短くなっている。
デビュー当時は20秒台前半くらいが基本。
数年前、この作業は15秒以内まで短縮された。
ある種のレボリューションだ。
レーサーを辞めた今、ラップタイムに頭を痛めることはない。
女「客としてミヨリGPに来るの、初めてなんだよね」
男「そうだったっけ?」
68 :
>>1
◆CcfcxOpggI
[saga]:2013/02/28(木) 19:26:53.70 ID:r+SeOGxDo
レーサー時代ではあまり見ない光景を目にした。
女の子「お飲み物とお菓子はいかがですか〜♪」
おっさん「お姉さん、生ビールひとつ」
女の子「ありがとうございま〜す♪」
そんなやりとり。
女「あ、売り子さんだ。ハハッ。すげーな、甲子園かよ」
男「そうなんだよ」
女「え?」
男「ずいぶん前から、甲子園とかプロ野球を参考にしてるビジネスモデルなんだ。ビールは、1杯700円。氷を砕いた『カチ割り』は200円。お菓子は飛行機の中で買うのと同じ水準、けどポップコーンは映画館と同じ。そんな感じ」
女「へぇー……あの売り子さん、いい体してんね。ルックスもホットだ」
男「そうかい?」
男君はちらっと売り子を一瞥すると、「君のほうが」と呟いた。
どこまでもあたしの琴線に触れてくれるヤツだよ。お前は。
69 :
>>1
◆CcfcxOpggI
[saga]:2013/02/28(木) 21:39:40.49 ID:r+SeOGxDo
##5##
開会式は、滞りなく進んでいく。
出場選手一同が、トラックの脇の一角に設けられたブースに並ぶ。
司会<<続きまして、天皇陛下のお言葉をいただきます>>
天皇陛下は、この日のために努力してきた選手や関係者を労わった上で、このレースに向ける期待を言葉にした。
その結びとして、
天皇陛下<<……皆さん、健康に気をつけて健闘してください>>
司会<<ありがとうございます……では続きまして、総理大臣の開会の挨拶です>>
総理大臣を見た司会の口調は、微妙にトゲがあった。
当の総理大臣は、これまた、やさしそうな目をしている。
彼は、当たり障りのない言葉を選んでいたが、次第に言葉は熱を帯びる。
総理大臣<<……であるからして、日本のオートバイ産業は、日本の中小企業再生に向けた礎であると言えるでしょう>>
総理大臣<<バイクに限らず、多くの工業・農業において、価格競争の側面で中国・ブラジル、あるいは欧米諸国に遅れを取っているのが現状です>>
総理大臣<<ですが日本の強みは価格ではありません。圧倒的な精度、信頼性、メーカーとしてのブランド力……私の政策は、これらを支援します。ひいては、このレースやオートバイの発展の一助となることを願って……>>
70 :
>>1
◆CcfcxOpggI
[saga]:2013/02/28(木) 21:45:57.64 ID:r+SeOGxDo
典型的な『校長タイプ』……。
観客に理屈は要らないんだ、分かってくれ。
こまごました技術や理屈を積み重ねてタイムを縮めるのは、レーシングチームの仕事であって、観客の仕事ではない。
観客は騒いで楽しんで、それでいい。
空気の読めない政治的な発言で、総理大臣のことが嫌いになった……。
KBサーキットの収容人数は20万人。もちろん満席。このレースのチケットは、不法なチケット屋から購入すると販売価格の100倍以上する。Yahoo!オークションでは1万倍の値段で落札されたが、レース関係者が黙っているだけでそれも違法行為だ。
観客には中国・韓国をはじめとするアジア系外国人も多くいるが、欧米をはじめとする白人・黒人も多い。
日本人の割合は、40%前後だろうか。
ミヨリGPの予選に参加できるレーサーは合計で約1300人。海外のレーサーの割合は、50%前後。
71 :
>>1
◆CcfcxOpggI
[saga]:2013/02/28(木) 21:47:23.78 ID:r+SeOGxDo
レーサーとしての参加条件は、以下の通りだ。
・老若男女問わず。
・健康に問題なく。
・事前の『第一予選』で一定以内のタイムを叩き出して。
・参加料金を支払い。
・規約とレギュレーションを守る。
以上を守れば、誰でも『第二予選』に参加できた。
国家単位で支援されたレーサーも、大規模なレーシングチームも、小規模チームも来る。レーサー個人で出場するのもいる。
そして、開会式では選手代表として誰かが出てくることはない。
選手一同で、手を振ったりお辞儀をしたりして退場した。
有名な選手も大勢いるが、『選手は平等に競い合う』……これがミヨリGPの理念だ。
最後の1人の選手が退場する。
72 :
>>1
◆CcfcxOpggI
[saga]:2013/02/28(木) 21:50:45.39 ID:r+SeOGxDo
##6##
盛大な雰囲気だが、今日は予選すらやらない。
選手の顔見せと、『準備予選』であぶれた選手を筆頭とした、バイクによる『パフォーマンスショー』が中心だ。(サーキットを傷めないように、何か特殊な工夫をしていた。でかいマットみたいな……ありゃ何だ?)
それと、記者向けに記者会見のチャンスが設けられる。
(その程度だから、さっき生ビールを頼んだおっさんは、単に売り子の胸の谷間が見たかったのだろう)
そう。
20万人の観客。
1300の参加者。
天皇陛下と総理大臣の開会式参加。
これらが前座になりうる可能性をもった、大規模なレース。
73 :
>>1
◆CcfcxOpggI
[saga]:2013/02/28(木) 22:02:15.91 ID:r+SeOGxDo
レースは全部で4日間の行程をもって進められる。
初日が今日。選手たちはインタビューに答えると、マシンのメンテナンスに関わったり、GPの関係者に連れられて地元の観光地をめぐったり社会科見学のようなことをする。
去年、ある選手はこれを断り、自家用ジェットで秋葉原まで行きオタク文化を満喫した。
2日目、レーサーはコースを自由に走る権利を与えられる。そのときのタイム・順位はリアルタイムで公表されるので、記者陣は電光掲示板に食いついている。この日、一般客は見ることができない。
あたしは去年、ここでマシンを潰しかけて散々な目にあった。
3日目、予選。選手たちはふるいにかけられる。(予選の前に、30分以内で自由にコースを走れる)
全ての選手は抽選された順番にコースを3周する。
その時最も速かった選手のラップタイム『基準』として、その選手よりも110%遅い選手が落選する。
たとえばA選手が1分30秒くらいで1周し、次のB選手が1分20秒で1周する。そのときB選手が最速で『基準』になり、A選手はそれより110%以上遅いので、落選。
4日目、決勝。1周あたり1分50秒程度のコースを、28周する。
ここまでくると、大抵、レーサーの数は100以内までに減る。
あたしは8年のレーサー人生のうち、ミヨリGPの第1GPの決勝に参加できたのは1回だけだ。
毎年第1GPの舞台として確定しているKBサーキットは、ミヨリGP二番目の激戦区と言えるだろう。
一番目の激戦区は、大抵、アメリカのどこかになる。
74 :
>>1
◆CcfcxOpggI
[saga]:2013/02/28(木) 22:04:25.44 ID:r+SeOGxDo
このGPはMotoGPと同じくポイント制だ。
1位は100ポイント。
2位は70ポイント。
3位は65ポイント。
4位は60ポイント。
5位は55ポイント。
6位は51ポイント。
・・・
・・
・
21位は1ポイント。
1位のポイント配分が高いため、1位に何度か食い込むことがミヨリGP総合優勝の絶対条件となる。
これらのポイントを持って、第2GPでも彼らは戦う。
8月19日に日本のKBサーキットで始まるミヨリGPは、世界中を舞台に、平均月2回のペースでGPが開かれ、そして8のGPをもって12月25日のクリスマスに閉幕する。
MotoGPが4月〜11月くらいの長期戦であり、ミヨリGPは短期戦だと位置づけられている。
この2つのGPに共通点は多い。
2chなどの国内匿名掲示板では、MotoGP派とミヨリGP派で、不毛かつ無価値な罵り合いを続けている。
75 :
>>1
◆CcfcxOpggI
[saga]:2013/02/28(木) 22:34:02.52 ID:r+SeOGxDo
##7##
……とまあ、こんな具合だ。
今のあたしは、そんなことに興味がなくなるくらい興奮していた!
女「おお! すげー!」
男「これはすごいね」
30台のバイクによるパフォーマンス。
エアロスミスだかメタリカだかの音楽に乗せて、シンクロするマシンとライダーたち。
レースとはまた別に、バイクの美しさを見せてくれる。
スモークを焚いたり手放し運転してみたり立ち上がったり、さすが派手だ。
そして、バイクの半数と半数が向き合い、いきなりトップスピードで交差した!
それぞれがマシン1.5台分の隙間を、綺麗に抜ける。
音楽の盛り上がりに合わせて、この危険なパフォーマンスは何度か続いた。
女「おいおいおい、あれは接触してクラッシュするんじゃないか?」
男「確かに危ないね」
76 :
>>1
◆CcfcxOpggI
[saga]:2013/02/28(木) 22:35:02.92 ID:r+SeOGxDo
女「……確か、準備予選に落ちたレーサーがパフォーマンスやってるんだよな? あたしも何度か予選落ちしたけど、こんなのやったことないぞ?」
男「ああ。予選落ちしたレーサーの中でも、こういうのが得意なレーサーが集まってるんだ。準備予選からだから……3ヶ月は練習してるんじゃないかな」
女「なるほどね……あの協調性は、あたしにはできないや」
まるでひとつの生物のように、華麗かつ均整の取れた動きで、バイクのパフォーマンスが進行される。
レースとは別の部分で、こんなに興奮するとは! 観客としてのGPも、最高に楽しい!
男「おっ」
女「おお!」
全てのマシンが、一斉に急旋回する。
バン!
同時に、音楽も終わる。
一瞬の静寂。
自然に湧き上がる拍手。
女「すげ……やべーよ……」
口をついて出たのは、ただ感嘆のみ。
77 :
>>1
◆CcfcxOpggI
[saga]:2013/03/01(金) 00:26:02.64 ID:osk8okfEo
##8##
記者(♂)「昨年のミヨリGP第1GPでは無念の15位でした。半年前のセレステ・O杯では優勝されましたが、今回のミヨリGPに対する自信、意気込みなどをお聞かせください」
女友ダンナ「えー……昨年の第1GPは、腕の負傷をごまかしながらやった結果、ああなったんだと思います。結果に対するトラウマがないと言えばウソになります。ですが今回はコンディションもいいし、エンジニア君もガンバッてるんで大丈夫かと(笑)」
記者(♀)「スポンサーのRFグループは、あなたのレーシングチームにかける予算を6000万ドル追加しました。これについてはいかがですか?」
女友ダンナ「それだけ期待されている、ということですからね。チームも増員されましたよ。つまり最高の環境で、最高のマシンに乗る名誉にあずかったということです。今度君も乗せてあげようか?」
ちょっとした笑いが起こる。
そんなこんなで、会場に中継される記者会見は続く。
無編集の記者会見は、レース場でしか見ることができない。
その点も、チケットが売り切れる理由のひとつだ。
女「女友のダンナさん、イケメンだなぁ……」
男「……そうかい」
女「あっ、ちょっと拗ねたでしょ」
男「別に……」
女「まあ、あの人、ギャグのセンスが少し寒いからね。あと、完璧超人臭い雰囲気がどうにも嫌いだ。君のほうが100万倍は好きだよ」
男「ありがとう……おっ、Hondaの重役が出てるね」
流された。
そういえばあたしも、男君のプロポーズをスルーした気がする。
お互い、求愛行為を無視しあう関係らしい。
一緒のホテルに泊まったときも、特にイチャついたりせずに眠りに入った。
プロポーズまでされたのに……性的なふれあいがなくても愛情は確立できると、彼はそう言いたいのだろうか。
さもなくば、あたしが女性として見られていないか、あたし以外に好きな人がいるかだ。
78 :
>>1
◆CcfcxOpggI
[saga]:2013/03/01(金) 00:27:12.27 ID:osk8okfEo
##9##
午後3時。炎天下の中、今日のイベントは終了だ。
女「ふー……いいインタビューだったね。ホテルはどうするんだ?」
男「夕食にしてから行こう」
女「いいね」
で。
女「今日はファミレスかー」
男「前回は高いレストランで無駄に居心地悪くしちゃったからね」
女「そうだね……一番居心地が悪かったのは、高級な雰囲気もそうだけど、『君に払わせてる』ってことだからね」
男「そうだったんだ」
女「そうだよ。でもファミレスなら、自分で払えるからね。割り勘だ、絶対に」
男「あ、うん。分かった」
女「そう残念そうな顔を……そんなに奢りたかったのかい?」
男「ちょっとね」
女「どっちにせよ……ホテル代は君持ちじゃないか」
また同じ部屋で寝ることになる。
理由は、スイートルームにひとりは寂しい……同じ理由だ。
79 :
>>1
◆CcfcxOpggI
[saga]:2013/03/01(金) 00:28:14.97 ID:osk8okfEo
同じ部屋で晩酌。
前回は都心のホテルだったが、今回は片田舎の、そこそこリッチぶってるホテル。
でも、いいムードだ。
雰囲気に流されて、お互いが夫婦だと錯覚するくらい、いいムード。
男「俺、今は仕事少なくて暇も多いけど……父さんが引退したら、俺が社長になると思う。忙しくなると思ってさ」
女「そっか……」
男「このままじゃ、君とずっと一緒にいられる、というわけでもなさそうで……だから、君と一緒にいる時間はなるべく長くしたいんだ」
女「ありがとう……」
男君が、ワインを一気に飲み干す。
あたしは、無言でワインを注ぐ。
男「でも、だめなんだ。僕は、君がいないと……」
女「……あたしは、そんなに包容力があるほうでもない。それに、お金に困ったらすぐに売春するようなビッチだよ」
男「あの件は、君は友達を守ろうとしただけだ。そういう正義感が強いところも含めて、どうしようもなく君が好きだ」
女「あ……あ……」
また、真剣な瞳。
だめだな……そんな目で見つめられたら、泣けてくる。
涙が止まらない。
我ながら、女々しい。
獲物を狙う猛禽類のような執着心でバイクを乗り回す『私』は、もうどこにもいないらしい。
レースは、観客でも十分楽しい。
足が動かなくても、彼が守ってくれるのかもしれない。
バイクに乗れる足よりも、彼の愛がほしいと思ってしまった。
男「前回は、ふざけて言ったから断られたんだと信じてるよ……『結婚してくれ』……」
差し出されたのは、これまた、豪華な指輪。
もう、あたしは涙を止めることはできない。
本当に、男君の妻になれるなんて。
声にならないまま、ただ頷いた。
80 :
>>1
◆CcfcxOpggI
[saga]:2013/03/01(金) 00:29:37.86 ID:osk8okfEo
##10##
すずめの鳴き声。
朝か……。
そこらへんに脱ぎ散らかっている服を、適当に取り繕って着る。下半身の下着と上着は、男君任せだ。
……好きな人とのセックスなのに、なにも感じなかったのがひたすらに虚しい。
半身不随――あたしの場合は下半身の麻痺だが、それの不便さは、もう散々味わった。
あの後のことを思い出す。
いくら男君が愛してくれても、あたしのそこは全く濡れなかった。気持ちいい以前の、無感覚。
仕方ないので、ローションで湿潤させ、挿入。
挿入されているという感覚すらない。体位も限られてくる。
男君は、それでも気を使ってゆっくり動いてくれたり、頭をなでたりキスしたりしてくれた。
やさしさに感動して涙を流した。男君は何を勘違いしたのか、「ごめんね」と繰り返していた。
胸の感覚を鍛えよう(?)と思った。
もはや性的快感を味わえるのは、そこくらいしかないのだから。
耳をあま噛みされるのも結構気持ちいいけど……。
いつまで男君は寝ているのか。
女「朝だよ。男君」
男「……んー……朝?」
そう、朝。
81 :
>>1
◆CcfcxOpggI
[saga]:2013/03/01(金) 00:30:30.01 ID:osk8okfEo
女「服着なよ……朝食はあと20分後に、2階の食堂でバイキングだって。ここじゃビュッフェと呼ばないらしい」
男「おう」
女「それと……その……濡らしたタオルくれない? あと……服、着させてくれるとうれしいんだけど……」
さて。
朝食の質は、当然、都心のホテルより数段も落ちた。
だがこのジャンクな感じが、あたしの感性に心地よくマッチした。
男君の婚約指輪に繋がれて、チワワのごとく大人しくなったあたしは、2日目以降のレースも楽しめると思った。
ライダーとして復帰したいだとか、レーサーとして1位の争奪戦を繰り広げたいだとか、そういう野望も薄れてしまった。
『ハングリー精神』も、『男の世界』も……あたしには、たぶん、過酷すぎたということだ。
ずっと、心のどこかで、男君に抱かれたかったんだ。
ただ恋焦がれるように、男君と結婚したかっただけなんだ。
小市民的な願望を満たして、家庭が欲しくなった――――――。
82 :
>>1
◆CcfcxOpggI
[saga]:2013/03/01(金) 00:32:05.09 ID:osk8okfEo
少し休憩を入れます。
仮眠から早めに目が覚めれば、朝にももう一回投稿できるかもです。
それでは!
83 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage]:2013/03/01(金) 00:33:18.56 ID:AAAIRIjUo
乙ー、読んでるから頑張って
84 :
>>1
◆CcfcxOpggI
[saga]:2013/03/01(金) 00:55:05.53 ID:osk8okfEo
コメントありがとうございます!
ちなみに、いくつか説明させてください。
@
この創作は、リアル度は低めです。
現実にもある団体・知識が頻出しますが、それらは現実とは違う設定を持っています。
それぞれの国や個人は現実とは違う問題に溢れ、不幸な国家が幸福に、幸福な国家が不幸になっているかもしれません。
つまり、事実とかけ離れたファンタジーの世界、あるいはパラレルワールドということです。
たとえば、このSSの世界のMotoGPは、現実のMotoGPの1.5倍から〜2倍程度の経済効果と影響力を持っています。
ミヨリGPほど大規模なバイクレースでも、このSSの世界のMotoGPには、遥か及びません。
A
この作者……先ほども話しましたが、バイクの知識が皆無から始めた、付け焼刃で頑張っています。
「公道でレースバイクを乗り回しても、なんか警察がニコニコしてて捕まえに来ない」
「いきなりクラッチ全開にしてトップスピードが出る」
「レースバイクにウィンカーがついてる」
こんな、ガチのバイカーからすれば失笑モノのミスでも、平然とやってしまう恐れがあります。
なるべく気を使っていますが、ミスがあった際は容赦なく指摘して欲しいです。
B
今まで散々引っ張っていますが、長引いても完結させる気はあります。
以上です!
それでは!
それでは!
85 :
>>1
◆CcfcxOpggI
[saga]:2013/03/03(日) 19:52:48.67 ID:J2NuNJTJo
間が空いてしまいましたが、ぼちぼちと投稿を再開します!
86 :
>>1
◆CcfcxOpggI
[saga]:2013/03/03(日) 19:54:09.57 ID:J2NuNJTJo
##11##
ミヨリGP2日目。
今日は全てのレーサーが、コースを自由に走ることができる日で、一般客は入場禁止だ。
あたしたちは自分のレーシングチームがあったので、そちらにお邪魔して観戦しようとしていた。
女「げ、またボディチェックかよ」
男「まあ、警備が厳重なのはいいことじゃないかな」
女「それもそうだが……仕方ないな」
女性の警備員に触られるのを耐えると、ホールを右に抜ける。
関係者以外立ち入り禁止。
そんな注意書きを難なく通りすぎる。
しばらく、車椅子を漕ぐ。
男君の手は借りない。
右折、左折、直進――――2mだけ外に出て、別の建物のドアを開く。
あった。
懐かしい。
ピットだ。
どこまでも続いていくようなピット裏の空間、コンクリート造りの長い箱を進んでいく。
人の顔に見えるオイル汚れも、歪んだアルミ製の棚も、何もかも懐かしい。
左手に見えるのはピットで、いくつもの金網で仕切られた空間と、その向こうのバイクとエンジニアの喧騒――。
ピットは、出場する選手が少なければ少ないほど、1チームが広いスペースを占有できる。
今回は出場数のキャパシティ限界を超えてるので、ほぼ寿司詰め状態でマシンが並んでいた。
87 :
>>1
◆CcfcxOpggI
[saga]:2013/03/03(日) 20:09:56.25 ID:J2NuNJTJo
……KBサーキットは、55ピットしかない。ピットを使って本番同様の練習ができるのは、抽選を勝ち抜いた165のマシンのみで、数時間の時間が与えられる。
それ以外は、パドックと呼ばれる駐車場および整備場所となっている場所からバイクを押していく。
あたしがピット内を移動しているということは、つまりあたしらのレーシングチームは165の抽選を勝ち抜いたということだ。
男「42……もうちょっと先だね」
女「おー。そうかそうか!」
オイルと鉄の混じった、闘志燃やす空気。
舞い上がっていた。
エンジニア「およっ。男君と、女ちゃんだ」
男「やあ、久しぶり」
エンジニア「応援しに来てくれたみたいだね」
彼は自分のとこのエンジニア。
あたしが両足の自由を失い、それから意識が回復した日に一度だけ来た。
一度だけ、だ。
女「……久しぶり」
エンジニア「うん。久しぶり。悪いけど忙しいんだ、後でね!」
走っていく。
男「……さて、俺たちも行くかな」
女「そうだね」
88 :
>>1
◆CcfcxOpggI
[saga]:2013/03/03(日) 20:18:10.99 ID:J2NuNJTJo
##12##
ピットに到着。
マネージャー「あー!! 懐かしい顔発見!」
男「は、はい。お久しぶりで」
マネージャー「んふふ〜。会いたかったわよ。成金ちゃん。どうして来てくれなかったの?」
男「だ、だってだいぶ顔出してなかったし、気まずいじゃないですか……」
マネージャー「だぁっはっはっは!! なぁにが『気まずかった』よぉ! 毎日来てくれても構わないのにさぁ!!」
男「え、いや、ははは……」
マネージャー「女ちゃんもねぇ、何勝手に事故ってるのよ、心配で気が気じゃなかったね!」
女「……すんません」
彼女は、このレーシングチーム……とりわけ、あたし以外のもう一人のライダーを専任で受け持つマネージャーだ。
バイクの世界は、男性が圧倒的に多い。
けど、このレーシングチームだけは、全体の2割くらいが女性だった。
ここの設立者の息子である男君が、あたしを参加させる正当な口実として『男女平等』をうたったんだけど……そもそも、女性でレーシングチームに入ろうという人が、2割程度だったということだ。
マネージャー「そろそろあの子、戻ってくるわ。いいわね?」
マシンの唸り声。
轟音を上げてピットインする。
エンジン音を聞く限り、特に異常はない。
タイムは1分55秒41。
黄色とピンクがちりばめられたマシンを降りる彼。
89 :
>>1
◆CcfcxOpggI
[saga]:2013/03/03(日) 20:24:53.60 ID:J2NuNJTJo
彼の苗字は伊藤。純粋な日本人だったが、ついたあだ名はジャックナイフ。
ある休日、彼は調子に乗って、レーシングチーム専用のサーキットで、それもレース用の100万ドルもするマシンでジャックナイフ(バイクのテクニックの一種、前輪だけで走る)をしてドヤ顔した挙句、マシンに寄りかかってCCレモンを飲みながらエミネムのラップを叫ぶ様子を録画して、YouTubeに投稿した。
この動画がスポンサーにバレ、スポンサーは当然大激怒。『こんなレーサーにわが社の広告を付けて走らせたんじゃ、製品イメージが破壊される』と、出資の打ち切りを検討する大騒ぎになった。
彼はマネージャーを連れて、スポンサーを一軒一軒たずねて土下座してまわった……。
彼がチームの事務所に帰るころには、彼のあだ名はジャックナイフで確定だったとさ――――。
ジャック「クソったれの第4コーナーめ……いくらスピード出しても、かえって遅くなってくる気がするぜ……」
マネージャー「焦っちゃだめ。わかるでしょ? ウチのサーキットの第5コーナーと、基本的にやりかたは変わらないわ」
ジャック「分かってるんだがなぁ……」
……ここの第4コーナーは難敵だが、あたしは2年前に克服した……彼はあたしより2年デビューが遅い。ちょうど頃合いだと思った。
女「ジャック」
ジャック「え、あ、女ちゃん……そうだったな。お前は……」
女「いや、私の足なんて、どうでもいいんだ……勝てるの?」
ジャック「……分からん」
女「バカね、貴方は……。そう、今の貴方は、車椅子の私より、ずっと遅い」
めいいっぱいキツイ言葉と目線を浴びせる。
ジャック「なんだって、おい……もう一度言え」
女「ウサギより亀のほうが速いってことよ」
ジャック「てめえそんなブザマなことになってんのに、まだ喧嘩してえのか!」
マネージャー「どうどうどう。ジャックナイフ。それに女ちゃん。あんたら会うといっつもそうね……」
彼は、貶してやると進化する。
反骨的で、あたしを勝手にライバル視して……あたしが煽ってやると、期待の倍は成長してくれる……。
女「いつもみたいに、思いっきりグーであたしを殴ってみなさいよ!! さぁ!!」
ジャック「上等じゃねえかクソアマ!」
マネージャーの静止を振り切って、あたしの胸倉を掴みにくる……。
来なよ――君には喧嘩相手が必要なんだ。
普段なら胸倉を掴まれたあたしは、強制的に爪先立ちになるくらい引っ張られて、遠慮なく殴られてた。
でも、麻痺したあたしの足は重かった。
彼はあたしの尻を多少浮き上がらせるにとどまり、そのまま、何か、寂しげな表情になった。
なんでそんな目をするんだよ……。
女「殴れよ、あたしを殴ってくれよ。ジャックぅ……」
なんであたしは涙声なんて出してるんだ。
ジャック「……自分の足で立てねえやつの言葉なんて、痛くもかゆくもねえよ……」
マネージャー「……気は済んだ?」
ジャック「ああ。さっぱりな……あと何週できる?」
マネージャー「まだ始まったばかりさね! さあ、乗った乗った」
ジャック「ああ……」
彼が行ったのを確認すると、涙が止まらなくなってしまった。
……最近、泣いてばっかりだ、あたし。
現役の頃は、年に数度泣けば多いほうだったんだけど……。
90 :
>>1
◆CcfcxOpggI
[saga]:2013/03/03(日) 21:18:02.91 ID:J2NuNJTJo
##13##
マシンの唸り声は、ここまで聞こえてくる。
女友のダンナさんは、黒に緑のアクセントがクールなバイクに。
その3秒後方のジャックは、黄色とピンクのマシン。
第2コーナー、ダンナさん、完璧なコース取り、ミスが見当たらないし、スペックをフルに生かした、ダイナミックで小気味いい展開を見せてくれる。
対するジャックは、完全にダサい。
マシンのスペックでは負けていない……だが、走りが『みみっちい』……マシンのレスポンスが良すぎるのか、トップスピードを維持すべきなのに、1秒も早い位置で速度を緩めている。
コース取りにしても、不自然に膨れ上がったりヨレたり、それがよりタイムを長引かせていた。
女「ジャック……あのバカ……あれじゃ、どんどん女友のダンナさんに差をつけられるぞ……」
男「……どうです。マネージャーさん。いけると思います?」
マネージャー「あの子、随分ひどいスランプでねぇ。こればっかりは私にはどうにもできないよ」
女「ジャック、ジャック、ジャック……ああ!」
ジャックのマシンが大きくよれた!
何とか持ち直すが……もう、タイムアタックという精神状態ではないようだ。
直線で時速100km……バイクレースでは、その速度はすでに『徐行』と呼んでもいい……。
女「あたしが喧嘩を売りすぎたんだ……あたしのせいだ……」
マネージャー「そんなことないよ。あの子、先月からずっとあの調子だから」
先月――あたしが事故で両足の自由を失ったのと、ちょうど一致する。
ジャックがよろよろと……ピットインはしないようだ。
スターティンググリッド(スタートライン)のあたりで、完全停止する。
大きく、深呼吸。
彼はまたスタートした。
なんとかトップスピードを保ったまま、第1コーナーに差し掛かる。
減速しつつ旋回。
曲がりつつも速度を上げていき、勢いで姿勢を立て直し、そのまま第2コーナーへ。
ここまでセオリー通りの展開――悪くない。
唐突に、ブザーが鳴り響く。
赤いランプがちらちらと、あちこちで点灯する。
<<第1種緊急事態警報を発令します。当レース場は、何者かのテロ行為を受けています。皆様のもとにスタッフが伺います。指示に従ってください。警報が解除されるまで、安全保障上の理由から、敷地外への移動は許可できません>>
女「何だなんだ? 男君、何だこれは」
男「知らない……」
マネージャー「テロ? この『自由走行』の日に?」
男「しばらくしたらレースのスタッフが来るって。来た人に話を聞けばいいんじゃないかな」
91 :
>>1
◆CcfcxOpggI
[saga]:2013/03/03(日) 22:34:45.50 ID:J2NuNJTJo
##14##
マネージャー<<ジャック。騒がしいだろうけど、気にしないで大丈夫よ……少しずつ調子が戻ってきたわね。その調子その調子♪>>
何人ものスタッフがあわただしく動き回り、隣のピットが一段と騒がしくなる。
このざわついた空気感は、KBサーキット全体で共有している感覚だと、なんとなくそう思う。
小太りの男がやってきた。スタッフだ。
スタッフ「えー。そのォ……」
男「何があったんです? この騒ぎは一体なんでしょうか」
スタッフ「ええっとですねェ……今現在も、このレース場のどこかにィ……『テロリスト』がァ……潜伏している可能性が高いという話でしてェ……」
男「テロリスト? いったいどんな?」
スタッフ「詳しい話は秘密なのですがァ……金属製の危険物を持ち込んでいるかもしれません。ライフルとか、爆弾かも……」
女「……なんだって? そう判断できる理由があるんだな?」
スタッフ「はい……」
女「……金属探知機に故障があったんだな? それも、人為的な」
スタッフ「……お答えできませんです……」
女「いつから探知機が壊れていたか分からないから、あたしら全員が『容疑者』として、疑われている……だから外に出られない。違うかい?」
スタッフ「…………話すべきことは全て話しましたァ……では、お気をつけて……」
スタッフは出て行き、隣のピットに説明を始めた。
男「その金属探知機の話……本当かい?」
女「……少女の勘ってやつかな」
男「君が少女って、無理がある……」
思い切り指をつねってやった。
男君が悶絶する。
指――。あたしの左手の薬指には、彼からもらった婚約指輪が輝いていた――。
これが視界に入るたび、乙女チックな気分にさせてくれる――――。
マネージャー<<キャホーッ!! やったわね!! 0.35秒縮んだわ!! ジャック、あら、もう一周するの? 気をつけて、第2コーナーのインは起伏が激しいから>>
男「伊藤君のほうは、少しずつ良くなってきたみたいだね」
女「伊藤? ああ、ジャックのことか」
男「本名のほう忘れるってのは、ちょっとひどいんじゃないかな」
女「アハハ……だがどうだろう。私こそ、忘れ去られちまったほうがマシなのかもな」
男「どうしたんだい?」
女「もう、あいつの喧嘩相手になってやることはできないし、あたしはこのレーシングチームに残っても、ただのお荷物だ」
男「……誰が忘れようと、俺だけは君を忘れない」
女「じゃあ、抱きしめて……いや、やっぱナシで。みんなの前でイチャつくのも、気分を害するだろう」
男「それもそうだね」
テロリストがレース場に侵入しているかも知れない……総理大臣は、閉会式にも参加する。
なにか、悪い予感がした。
92 :
>>1
◆CcfcxOpggI
[saga]:2013/03/03(日) 23:46:13.58 ID:J2NuNJTJo
##15##
自由走行での1位――女友ダンナ。
タイム、1分46秒10。
2位との時間差――2秒27。
余裕をもって彼の黒いマシンがピットインする。
トラブルなど皆無――ピットインの理由は、ただガソリンがなくなったからだ。
女友ダンナ「ちょっと休憩を入れたいね」
RFマネージャー「そうですね」
女友ダンナ「で? そのアップルパイはどうなったんだって? 美人かい?」
RFマネージャー「絶世の美女でしたよ。ブラボーです。チャーリーズエンジェルみたいに、ですかね」
女友ダンナ「よろしい。長い枝と短い枝はいかがかね?」
RFマネージャー「全員分。いかようにも問題なく」
女友ダンナ「あー……卵は?」
RFマネージャー「卵まで使用しろと彼は言っていたのですか?」
女友ダンナ「冗談だよ」
RFマネージャー「ところで、予定通り、金属探知機は破壊しました。これで外部犯を疑ってくれるでしょう。本当は内側ですがね」
女友ダンナ「よろしい。だが次からは、暗号形式の会話でのぞむように」
RFマネージャー「これは……失礼しました」
女友ダンナ「……それにしても……疲れきった夫を迎えないとは、ひどい嫁だとは思わないかね? どこに行った?」
RFマネージャー「トイレだそうです」
女友ダンナ「それは、仕方あるまいな……」
RFマネージャー「それから、何かありますか?」
女友ダンナ「私の妻だが……ありゃ、浮気しているかもしれないな。探偵をひとりつけさせろ」
いつでも始末できるようにな。
93 :
>>1
◆CcfcxOpggI
[saga]:2013/03/03(日) 23:49:54.46 ID:J2NuNJTJo
##16##
女友「久しぶり」
女「おおぅ! 女友ちゃん」
女友「ミヨリGP、楽しんでる?」
女「それなりにね」
女友「そっか、よかった……ところで、ちょっと二人きりで話せないかな」
女「……?」
女友「ごめんね。でも大事な話なの」
女「わかった。男君、ちょっとピットに居て」
男「おう」
で。
女「話って?」
女友「……さっき、テロリストが入ったかもとか、そんな警報がなったよね?」
女「うん」
女友「信じられないかもしれないけど……」
そこで、あたしは聞いた。
彼女のダンナが、殺人鬼だってこと。
女友ちゃんが探偵を送り込んだら、行方不明になったこと。
そして――ダンナさんが、総理大臣の暗殺を企てていること。
女「信じられん」
女友「ね。私も。でも……全部本当なのよ」
女「私に、どうしろと?」
女友「私も、どうしたらいいか分からない」
女「それがマジなら、あたしもそうなるわ……混乱すると思う。でも……あたしらに何ができる? 企てを阻止しようとガンバっても、得するわけじゃないし……」
女友「……なあんか、薄情なのね。私のことは、あんなになるまで守ってくれたのに……」
女「それはお前だからだ。分かるだろ? 10年来の親友であるお前さんと、会話したことすらない総理大臣……どっちが大事か。お前さんのほうが、大事だろうが」
女友「ありがとう……でも、どうしよう」
女「放置だ放置。変に動くなよ。それがマジなら、今頃、お前さんにも監視が張り付いてる。変な行動とれば、始末されるぞ。ダンナさんのピットに戻ったらどうだい? この際、殺人鬼かも、なんて忘れちゃって、夫婦同士として愛し合うのもアリだぜ……じゃなきゃ、殺されるよ」
女友「……わかった。本当にありがとう……それじゃ……」
ドン。
肩がぶつかる。
スタッフ「痛いなァ……」
女友「すみません」
スタッフ「よし、行ったな…………以上です。彼女らの会話内容を送信します。そちらで判断してください」
94 :
>>1
◆CcfcxOpggI
[saga]:2013/03/04(月) 00:01:15.04 ID:XEM+FoxWo
眠気が限界です……。
今日は、ここまでとします。
それでは!
95 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
[sage]:2013/03/04(月) 05:36:40.48 ID:IeXDNpHao
乙ー!
94.16 KB
[ Aramaki★
クオリティの高いサービスを貴方に
VIPService!]
↑
VIP Service
SS速報VIP
専用ブラウザ
検索
Check
Tweet
荒巻@中の人 ★
VIP(Powered By VIP Service)
read.cgi ver 2013/10/12 prev 2011/01/08 (Base By
http://www.toshinari.net/
@Thanks!)
respop.js ver 01.0.4.0 2010/02/10 (by fla@Thanks!)