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設定を拾いながら学園生活SS - SS速報VIP 過去ログ倉庫

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1 : [saga sage]:2013/12/02(月) 11:14:45.47 ID:xANrbsTx0

@>>1が地の文形式一人称視点でお話を書いていきます

A登場人物や世界観の設定を書いてくださると、独断と偏見で採用させて頂いたりすることがあります

Bイベントや展開を書いてくださると、独断と偏見で採用させて頂いたりすることがあります

Cじっくり、まったり、更新


そんな感じでよろしくお願いしますm(__)m



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佐久間まゆ「犬系彼女を目指しますよぉ」 @ 2024/04/24(水) 22:44:08.58 ID:gulbWFtS0
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1713966248/

全レスする(´;ω;`)part56 ばばあ化気味 @ 2024/04/24(水) 20:10:08.44 ID:eOA82Cc3o
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/part4vip/1713957007/

君が望む永遠〜Latest Edition〜 @ 2024/04/24(水) 00:17:25.03 ID:IOyaeVgN0
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/aa/1713885444/

笑えるな 君のせいだ @ 2024/04/23(火) 19:59:42.67 ID:pUs63Qd+0
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【GANTZ】俺「安価で星人達と戦う」part10 @ 2024/04/23(火) 17:32:44.44 ID:ScfdjHEC0
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トーチャーさん「超A級スナイパーが魔王様を狙ってる?」〈ゴルゴ13inひめごう〉 @ 2024/04/23(火) 00:13:09.65 ID:NAWvVgn00
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【安価】貴方は女子小学生に転生するようです @ 2024/04/22(月) 21:13:39.04 ID:ghfRO9bho
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ハルヒ「綱島アンカー」梓「2号線」【コンマ判定新鉄・関東】 @ 2024/04/22(月) 06:56:06.00 ID:hV886QI5O
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2 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/02(月) 11:17:14.81 ID:LWEWf5k8o
離島の小中高一貫の学校
全校生徒数は20人くらい
3 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/02(月) 11:18:23.63 ID:LWEWf5k8o
離島なら遠泳大会とか釣り大会とか良いな
後は砂浜で体育とか出来そう
4 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/02(月) 11:21:45.17 ID:crJrOeoDo
生徒の数はもっと多くても良いんじゃない?ファンタジー要素とか足すのはキツイか?そもそも主人公の性別年齢決まってないのはなあ…
イメージ湧きにくい
5 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/02(月) 11:22:36.06 ID:c8aE2RS80
離島の生徒達なら生徒達は全員仲良しがいいな。
主人公と同年齢の人が二、三人はいてほしい。
6 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/02(月) 11:24:39.91 ID:aDjz0lb7o
ベタだけど都会生まれの主人公が転校とかにすれば良いかも
7 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/02(月) 11:38:26.61 ID:5lzJRmNDO
火山と温泉は定番かねぇ?
8 : [saga sage]:2013/12/02(月) 11:45:58.78 ID:xANrbsTx0
うわびっくりしたっ
20レスくらいまで誰も書き込まれないかと思ってました。なんだこれみなさん優しいですねありがとうございますm(__)m

主人公
性別:男
年齢:16

じっくりまったり書いていきます。
9 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2013/12/02(月) 11:47:35.15 ID:BdohLA5H0
いつから島民が人間であると錯覚していた?
10 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2013/12/02(月) 11:54:05.84 ID:+rrFSbsm0
島にある洞窟の最奥から、更に奥へ進もうとすると、トカイと呼ばれる恐ろしいダンジョンに入ってしまう
11 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/02(月) 11:54:44.58 ID:PK1Cm4C4o
ファンタジーじゃなくてやまなしおちなしで日常を描いてほしい
12 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2013/12/02(月) 11:56:55.67 ID:mn1RcWtF0
とりあえず先生的な人は必要だね
13 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2013/12/02(月) 11:58:41.49 ID:AHfICs7x0
色々と便箋を計ってくれるヌイグルミっぽいものが居るとか居ないとか……?
14 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2013/12/02(月) 12:03:53.59 ID:bonzgEKu0
島の守護神像として祭られている石像の造形が、どう見ても変身ヒーロー
15 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2013/12/02(月) 12:05:37.67 ID:Iy2dajL10
島は生きてるのかも知れない
16 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/02(月) 12:07:16.51 ID:DlQmi8kT0
とりあえず校庭に犬だすか
17 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2013/12/02(月) 12:07:28.61 ID:PsdKFTyC0
独自なお祭りとか風習とかあんねやろなぁ
18 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2013/12/02(月) 12:12:43.48 ID:daA7+j5t0
>>16の犬小屋の斜め前には、”食べちゃダメ!”と書かれた立て看板がある
19 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/02(月) 12:15:11.84 ID:ISnYOZ1bo
ちょっとうっかりだけど、元気で素直で頑張りやな、料理が得意な妹的存在。
穏やかで文武両道、しっかり者だけど上の妹的存在や主人公にだだ甘な姉的存在。
元気な姉御肌でスポーツが得意な主人公と同じ年齢の幼馴染。主人公と漫才的なやりとりを良くする。実はロマンチスト。
主人公と一緒に馬鹿やれる男友達。

上の内一人でもいたら嬉しい。
20 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2013/12/02(月) 12:17:18.66 ID:JAf0J4gZ0
島から夜空を仰ぐと、見た事の無い星座が数多く見られる
21 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/02(月) 12:18:11.67 ID:tqrYv8Zoo
>>19
くっさ
性格は19以外ならなんでもいい
22 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/02(月) 12:20:54.68 ID:ISnYOZ1bo
>>A登場人物や世界観の設定を書いてくださると、独断と偏見で採用させて頂いたりすることがあります

とあったので、とりあえず書いてみただけですよ。
登場人物の設定は今までになかったので。
テンプレすぎるのは理解してます。
失礼しました。
23 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2013/12/02(月) 12:25:02.72 ID:Foy5YKTd0
宇宙船が墜落してぶっ壊れたので、やむを得ず定住せざるを得なくなった宇宙人 とか居るかな?
24 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2013/12/02(月) 12:29:08.91 ID:m55uVoNe0
島民と共生してるクジラのクジラ便
25 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2013/12/02(月) 12:30:24.69 ID:KmqgZIp20
陸生クラゲ
26 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/02(月) 12:31:25.79 ID:ISnYOZ1bo
むしろ柴犬が島の守り神的な存在に
27 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2013/12/02(月) 12:40:22.50 ID:n2L/881A0
「石花」と呼ばれる、宝石で出来た花が生える場所がある(特殊な菌が鉱石物質を排出する事による蓄積が原因)
28 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2013/12/02(月) 12:45:53.92 ID:H0DEyqon0
主食は色々と練り込んだ餅っぽいもの。味の種類も豊富でそんなに飽きない
29 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2013/12/02(月) 12:50:12.45 ID:LBl5D4Nt0
冬で凍ってる時と日光が無い時以外、常に虹のかかる滝がある
30 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2013/12/02(月) 12:59:02.51 ID:tHYo8Kbk0
頼めば、生き物以外なら何でも貸してくれる木箱があるが、ちゃんと返さなかった人には、暫らくの間何も貸してくれなくなる
31 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2013/12/02(月) 13:05:39.12 ID:uGz1YFG10
マリダマと呼ばれる、頑丈な種袋を作る人間大の植物があり。島民にとっては、天然のボール製造機として見られている
32 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2013/12/02(月) 13:12:45.83 ID:iRxmxi0O0
ヒバグモというファイバーな糸を出すクモが居る
33 : [saga]:2013/12/02(月) 13:31:24.41 ID:xANrbsTx0



「うおぇ……」

 大の高校生が船縁に引っかかる様子を客観的に観察すれば、さながら洗濯物のようだと感じたかもしれない。けど実際にはそんなことを考える余裕なんてもちろんなくて、僕は腹の底から湧き上がる吐き気を必死に抑え込むことに全精力を注いでいた。

 春の日差しをキラキラと反射する美しい海原も、心地よく肺を満たす潮の香りも、いまではすべてが恨めしい。感傷的な気分を台無しにする大音量のエンジン音と、公園のシーソーを想起させるような船の上下運動に感動していたのも束の間、今ではどうしてもっと大型の船舶を利用しなかったのかと過去の自分を呪わずにはいられない。

 お昼に食べたヤキソバをうっかり海の生物たちに与えないように気を付けながら、慎重に首をひねる。小型船舶が向かう先には、すでに目的地がうっすらと見え始めていた。青い島影は頭の低い三角形をしていて、遠目にも自然豊かな場所であることが窺える。

 親元を離れて親戚の家に厄介になるのは不安もあったけれど、都会の学校で摩耗した精神を療養するには、のどかな島暮らしはちょうどいいのかもしれない。それに新しい環境を楽しみに思う気持ちもたしかにあって、期待半分、不安半分といったところだろうか。

 そんなことを考えていると、むき出しの操船室に収まっていたガタイのいいオッサンが僕のほうを振り返った。

「オイ兄ちゃん、そろそろ着くぜ。フジツボごっこは終わりにして荷物をまとめな」

 そんな斬新な遊びに興じていた覚えはないけど、僕は言われるままにノロノロと四つん這いになって船尾から船首へと這っていく。その様子はさながらフナムシのようだ。そうか、あいつらも海が苦手なのかもしれない。

 船首の先に再び目をやれば、島影は随分と大きくなっていて、街並みが辛うじて確認できるくらいには近づいていた。

 そして山腹に貼りつくように建っている小さな建物。あれが、僕がこれから青春時代を過ごすこととなる学校舎なのだろうか。

 気づけば僕は船酔いも忘れ、期待に胸を躍らせて拳を握りしめていた。


34 : [saga]:2013/12/02(月) 13:38:30.55 ID:xANrbsTx0

みなさんご協力ありがとうございます! どんどん世界観が見えてきてます。


文章はこんな感じで書こうと思ってます。
文章力はどうしようもないので諦めてください。アドバイスなど頂ければ、ちょっとはマシになるかもしれません……。


登場人物の設定は、「○○は雷や幽霊が死ぬほど苦手」みたいに一言で書いてくださると嬉しいです。たくさん書いてくださった中の一部だけを採用して他の部分を採用しないのはなんとなく心苦しいですので……。


ゆっくりまったり書いていきます。

35 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/02(月) 13:55:06.99 ID:V576TJY4o
エルフとか駄目かな?駄目なら普通に人間で

女エルフ
性別:女
年齢:17
備考:生徒会役員共の五十嵐カエデみたいな娘だと嬉しい
    分からんという場合は真面目で風紀にうるさいけど男性恐怖症という感じで
36 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/02(月) 13:58:39.52 ID:B6WEaPL2o
人間オンリーが良いわ
エルフなんていらん他のスレいけよ喫茶店とか行けばいいだろ
37 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2013/12/02(月) 14:01:44.14 ID:qwgnUWJH0
島の伝説
島をおそう海賊を倒した山と見まがう巨人
38 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/02(月) 14:05:04.29 ID:p07bb/UMo
性別 女
年齢 15
その他 よく海に潜って魚や貝を獲る野生児、底抜けに明るく肝が座ってる
39 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/02(月) 14:08:43.60 ID:aQcpQDpTO
ドイツの離島みたいな島軌道が主な交通手段
40 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/12/02(月) 14:15:03.89 ID:l7CFqZGDO
母親

年齢34歳

ギャルゲ的に姉に見られるぐらい若々しい穏やかな母親。
父親といまだにラブラブ
41 : [saga]:2013/12/02(月) 15:52:57.87 ID:xANrbsTx0



 停泊した小型船から港へと跳び移る。目の粗いコンクリートを靴越しに感じただけで、感動して涙が零れそうになってしまった。もう小型船になんか二度と乗ってたまるかと、心の中で固く誓いを立てる。

 まだ地面が揺れているような感覚に戸惑いながらも顔を上げると、この小さな港から見える島の光景に思わず見惚れてしまった。都会の狭苦しい景色しか目にしてこなかった僕には、緑を基調とした清々しい自然の風景たちが、さながら名画のように趣深く感じられた。

 操船主のいかついオッサンにスーツケース二つを下ろしてもらって、水際から港の建物へと足を向ける。

 どうやら迎えはまだ来ていないらしく、僕はスマホを取り出して時間を確認する。時刻はもうすぐ約束の十時になろうかといったところ。電話もメールも着信はなく、電波が二本立っていることを確認してからスマホをポケットにしまい直した。

 日曜日だというのに港を行きかう人たちは誰もが忙しそうで、話しかけることを躊躇われた。こういうところが都会っ子の難点なのかもしれない。

 しかしこんなところで一人っきりだというのに、特にこれといって寂しさや疎外感を感じるようなことはない。どこもかしこも風景画をそのまま映し出したかのような壮観な光景で、いつまで見ていても飽きそうになかったからだ。これが東京の市街地なら、三十秒と耐えられずスマホでソシャゲーでも始めていたことだろう。

「…………あれ?」

 港から辺りを見渡していると、ふとそこで、意外なものを見とめた。遠くてはっきりとは見えないけど、海べりの切り立った崖の先端に白い人影のようなものが見える。僕はあまり視力に自信のある方ではないけれど、それでもさらに目を凝らして観察していると、それはどうやら女の子であることがわかった。

 女の子はただただ立ち尽くしている。だというのに、その存在は本当に絵画的で、時折潮風に撫でられて、まとった白いワンピースと、黒くて長い髪の毛がゆらいでいることだけが、彼女が現実の存在であることを証明しているようだった。

「篤実ちゃん」

 突然自分の名前を呼ばれて、僕は驚いて振り返る。するとそこには、ここしばらく会っていなかった祖母の姿があった。最後に会ったのは彼女がこの離島に移り住む直前なので、たしか四年前くらいだったか。

 僕は努めて明るい声で挨拶を返した。

「ひさしぶり、お婆ちゃん」

「大きくなったねぇ、篤実ちゃん。もう、すっかり、背丈も抜かされちゃったよ」

 それを言うなら、お婆ちゃんの方こそ身長が伸びているように見えた。都会にいた頃よりもずっと生き生きとしていて、曲がっていた背筋がすっかり伸びていたからだろう。この豊かな自然の中で暮らしているのだから、不思議に思うよりも、むしろ当然だとさえ思えた。たしか歳は七十歳くらいだったはずだが、この島に住んでいる限りあと半世紀は生きていられるような気がする。もうこの島には病院とかいらないんじゃないかな。

「突然お邪魔することになっちゃって、ごめんね」

「いいんだよぉ、ずっといてくれたってね」

「家事くらいなら手伝えるから、なんでも言ってね」

「それなら孫たちがやってくれてるからねぇ、だいじょうぶだよ」

「…………孫?」

 不穏な単語に引っかかって、僕は思わず聞き直した。

「あれ、聞いてなかったかね。朋絵ちゃんの妹の子供たちも一緒に住んでるんだよ」

 朋絵というのは僕の母親で、その妹―――名前は忘れたけど―――の子供ということは、つまり僕のイトコにあたるということだろうか。ちょっと待って、そんなの全然聞いてないよ。僕にイトコがいたのかよ。

「それじゃあ、まずは荷物を置きに帰ろうかねぇ」

 混乱する僕を置いて、お婆ちゃんはすたすたと軽快な足取りで歩き出す。なにかを言おうとしたけれど、結局かける言葉が思い浮かばずにお婆ちゃんの背中を小走りで追いかけた。

 最後にふと思い出して、さきほどまで見ていた崖を振り返る。

 あの女の子は、もういなくなっていた。


42 : [saga]:2013/12/02(月) 17:04:28.54 ID:xANrbsTx0

誰かに島を案内させたいのですが、どうしましょう……??

なにもなければ、私が考えて書きますが……
43 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/02(月) 17:07:19.49 ID:ZgyZZFjbo
案内人は学校の担任で
27歳のアラサーの女性で元不良
タバコが好きで隠れてこそこそ吸っているが島のみんなが知られている
昼行灯的で飄々としているけど、タコが大嫌い
44 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/02(月) 17:07:58.65 ID:ZgyZZFjbo
タコは食べる意味だけで無くて見るのも嫌だという方向で
45 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/02(月) 17:08:04.47 ID:ISnYOZ1bo
主人公と同じ位の年齢の女の子。
礼儀正しく、しとやかな子。
泳ぎが得意。

こんな感じでどうでしょう?
46 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/02(月) 17:13:26.10 ID:aQcpQDpTO
島軌道設定ありなら、子供でも指導者がいれば理論上免許取れるから乗って案内してもらえるといいな
47 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/02(月) 17:13:39.06 ID:ZgyZZFjbo
なんか設定を長々しく書いたので>>45で大丈夫です
48 : [saga]:2013/12/02(月) 17:26:00.33 ID:xANrbsTx0

キャラのベースができたら、いろんな人が「○○は柔道の達人」のようにどんどん設定を付け加えて行ってくれるとありがたいです……!


案内は>>45の子にしてもらおうと思います。煙草先生は学校で会わせようかと。


今さらですが、主人公の名前は久住篤実(くずみあつみ)。

今回のお話で私が名前を考えるときは、苗字は日本百景(久住高原など)の中から取りたいと思います。

というわけで、案内人ちゃんや煙草先生、その他の名前も募集しておりますm(__)m
49 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/02(月) 17:30:13.24 ID:ILhytbR/o
先生の名前日本百景から取るなら
神高 千穂(かみたか ちほ)で
高千穂から
50 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/02(月) 17:32:32.60 ID:AL3WVUgMo
案内人ちゃん 赤穂 美崎(あこう みさき)とかは?
51 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/02(月) 18:29:04.54 ID:NaOM5g8tO
優しくおしとやかな姉御肌で色々卒なくこなす(勉強教えたり)
主人公の年下で更に下の子に頼られてるとか学校の中でも年長でみんなに頼られてるとかは都合のいい方で
52 : [saga]:2013/12/02(月) 19:05:30.53 ID:xANrbsTx0



 港から歩いて二十分くらいで、お婆ちゃんが現在暮らしている家に辿りついた。あとで聞いた話だけど、この家は僕の叔母さんの旦那さんが所有する実家だそうだ。土地が安いからか敷地はとても広くて、庭なんかはちょっとした公園のようだった。離島ってすごい。

 しかし現在、そのだだっ広い日本家屋には人の気配はなく、どうやらイトコたちは日曜の昼ということで遊びに出かけてしまったとのことだ。知らない男が都会からやってくるというのに遊びに行けるなんて、見上げた胆力だと感心させられる。

「あれまぁ、あの子たちに篤実ちゃんを案内してもらおうと思ったのにねぇ」

「べつにいいよ、お婆ちゃん。住んでれば嫌でも覚えるんだから」

 自慢じゃないけど、僕の肌は雪のように白い。そもそも体がそんなに強くないから、外に出かけることがあまりないのだ。だから島を案内してもらっても二度と行く機会はないだろうから、正直言って興味がない。それよりも僕が気になっているのは、この家にはテレビゲームやパソコンができる環境が整っているのかということだ。我ながらお手本のようなザ・現代っ子ぶりに呆れてしまう。

 スーツケースを一つずつ苦労して居間へ持ち運んで、一息つく。たったこれだけの運動で汗をかいてしまったようで、開放的な建築設計によって家を吹き抜ける潮風に身震いする。気化熱で体温を奪われたせいだ。

 障子が取り払われて異様に明るい居間で、小さなテレビを見つける。……驚くなかれ、ダイヤル式チャンネルのブラウン管テレビだ。

「アンテナ付けてあるから、ちゃんと見られるからねぇ」

「……そっか」

 どうやら聞くところによると叔母さんの旦那さんはアンティークマニアらしく、家の至るところにその片鱗が見受けられた。大昔のブラウン管テレビ(火災とか大丈夫なのか……?)の他にも、電話は黒電話だったりする。現代に生きる僕とは相いれない気がして、ちょっぴり不安。

 まぁ最初はストレスも多いだろうけど、どこを切り取っても名画になる得るこの景色があれば文句はない。あとは次第に慣れていけばいいさ。

 そう結論付けてテレビから視線を外し、ソファに腰を沈めたところで……



 障子が取り払われた東側の庭にぽつりと佇んだ女の子と、ばっちり目が合ってしまった。



「…………っ!?」

 驚きすぎてとっさに声が出ない僕を、不思議そうに見つめる女の子。両手を腹の前で重ねる立ち姿には、どこかお嬢様然としたものを感じた。

 艶やかな長い髪は、黒と言うよりむしろ青みがかっている。一瞬、少し前に見かけた女の子のことを思い出したけど、目の前にいる女の子の服装は白のワンピースではなく、ゆったりとしたピンク色のチュニックだった。

「あの、あなたは……」

 女の子は形のいい唇を動かしてなにかを言いかけたが、はっとしたように途中で口を噤んだ。

「私は赤穂美崎です。島の学校で学生をやっています。……あなたは?」

 もしかして相手の素性を尋ねる前に、自分の素性を名乗らなきゃ……とか思って言い直したの? なにそれ礼儀正しすぎて逆に怖い。

 というか普通に可愛い。都会で見かけたって違和感がないような、垢抜けた雰囲気の女の子だった。そして当然、年頃の男子の特性として、初対面の美少女とはまともに会話ができない。

「ぼ、僕は……久住篤実、です……あの、今日来た……」

 終盤の方はほとんど呟くような声量だった。案の定、赤穂とかいう女の子は首をかしげている。その仕草可愛いからやめてください。

 くそぅ、心の準備があればもっとまともな挨拶ができたのに!

「その久住さんが、このおうちでなにを……?」

「えっと、今日から、その……」

 僕が再びキョドっていると、そこへ救世主様が降臨なさいました。

「あれまぁ、美崎ちゃん、いらっしゃい」

 ありがとうお婆ちゃん! 家事のお手伝いはめっちゃがんばります!!

「こんにちわお婆ちゃん、お邪魔してます」

「はいこんにちわ。ほら、篤実ちゃん、この子は一緒の学校になる美崎ちゃんだよ」

「一緒の学校……? あっ、噂の転校生ってもしかして……」

「おうちの都合で、今日この島に来たんだよ。まだ右も左もわからないから、美崎ちゃんがいろいろ教えてあげてねぇ」

 僕がすべきだった説明がお婆ちゃんによってすべて終わりました。どう見てもコミュ障です、本当にありがとうございました。


53 : [saga]:2013/12/02(月) 19:27:33.90 ID:xANrbsTx0



 お婆ちゃんの説明によって僕の存在が不審者から転校生へとクラスチェンジしたことによって、赤穂さんは僕に対して完全に警戒を解いたようだった。天使もかくやという微笑みを浮かべながら、庭を横切って縁側まで近づいてくる。

「それで、もしよろしければ今から私が島を簡単に案内しますが……?」

「あっ、え……」

「美崎ちゃん、篤実ちゃんをよろしくねぇ」

「わかりました。それでは篤実さん、行きましょう」

 「あ」と「え」しか発音してないのに、なんか行くことになってる。離島って怖い。

 ……いや行きますけどね! むしろ望むとこですけど!

「よ、よろしく……」

 ソファからぎこちなく立ち上がって、僕はおっかなびっくり玄関へと移動する。すると赤穂さんはちょこちょこと小走りで庭から玄関へと回り込んできて、人懐っこいエンジェルスマイルを浮かべる。なんだ、ここが天国だったのか。

 靴紐を結んで立ち上がると、すぐ目の前に赤穂さんの顔が見えた。どうして田舎の子ってパーソナルスペースが小さいんだろうね。僕なんか三メートル以内に知らない人がいると心拍数が上がるんですが。なんなら血圧も急上昇する勢い。

「では、行きましょう」

「あ、はい」

 軽やかな足取りの赤穂さんを追って、僕は新しい自宅を後にした。


54 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/02(月) 20:10:14.53 ID:JaxK2wSfo
名前は誰か適当につけて


主人公の同級生で、大体の事を面倒くさがるが、かと思えば休日をまるごと潰してピタゴラスイッチもどきを組み立てたりする。細身、長身。合気道をやっている(父親も)。理数系。
極度の甘党で、最中やパフェをものすごい量平らげたりする。また、かき氷は嫌いだが、アイスクリームは好き。アイスクリームはバニラかチョコバニラしか認めない。
和食は大体が醤油をかければ旨くなると思っている。
55 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/02(月) 20:21:16.07 ID:92MwdoQpo

転地療法のため医師と看護師の両親と数年前からきている年下の子
あまり外に出たがらないが島の人と仲良くなりたい意志はあるようで、
郷土資料を勉強しており研究者を除けば一番詳しいくらいになってる
56 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/02(月) 20:39:51.37 ID:uezdd48oo
日本百景から名前案
男鹿 寒(おが かん)男鹿半島
舞子 新(まいこ あらた)新舞子
笹川 流礼(ささかわ ながれ)笹川流
鬼城 隈乃(きじょう くまの)鬼ヶ城
岩浦 富美子(いわうら ふみこ)浦富海岸
島 忠海(しま ただみ)忠海海岸
青海 夏実(おうみ なつみ)青海島
鳴門 海潮(なると うしお)鳴門
九十九 張由美(くつく はゆみ)九十九島
錦 桜江(にしき おうえ)錦江湾
とりあえず海岸だけで考えてみた
支援してる
57 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/02(月) 20:42:31.35 ID:EmJYwR2io
設定は何文字くらいとか何行以内って制限しないと上の奴より長い設定来るからそれは制限かけた方がいいよ
自由度なくなっちゃうし
58 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/02(月) 20:59:50.62 ID:jUbll/94O
九十九ってつくもじゃないの?
59 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2013/12/02(月) 21:04:48.37 ID:qwgnUWJH0
小学生 男
未来に生きてるナウなヤングらしい
60 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/02(月) 21:06:33.22 ID:JaxK2wSfo
>>59
短いのにキャラ立ちすぎワラタ
61 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/02(月) 21:14:42.12 ID:fGoqYnoNO
天橋 立(あまはし りゅう)
62 : [saga]:2013/12/02(月) 21:16:50.91 ID:xANrbsTx0
>>59
これはお手本にすべき
63 : [saga]:2013/12/02(月) 22:53:26.58 ID:xANrbsTx0



 ドッドッドッドッ……というチェーンソーのアイドリング中のような轟音が低く響き渡る。すでにビビりまくりな都会っ子の僕とは対照的に、赤穂さんはニコニコしたままエンジンに取り付けられている取っ手を勢いよく引っ張って、エンジンを稼働させる。

「あの……これ、なに……?」

「なにって、軌道ですよ?」

 なにそれ初めて聞いたんですけど。え、これって常識なの? 知ってなきゃおバカタレントの仲間入りしちゃうの?

 軌道と呼ばれたそれは、簡単に良い表すなら「バイクとサイドカーが合体してレールの上を走る乗り物」だった。少なくとも僕にはそう見えた。

 あんまりしつこく聞いてアホだと思われたくはないので、「ああ軌道ね、納得したよ。僕が知ってるのと形が違ったから一瞬わかんなかった」みたいな顔をしてやり過ごす。これが世の中を賢く生き残るコツなのだ。

 そしてドルルンドルルンと駆動している軌道のバイク部分にまたがる赤穂さん。僕もへっぴり越しでサイドカー部分に立つと、赤穂さんは躊躇なくアクセルを踏んで発進させる。

「あの、これ、免許とかは……?」

 恐る恐る訊ねてみると、赤穂さんは微笑んだまま僕の顔をじっと見つめて、ゆっくりを首を傾げた。あら可愛い。

「やっぱりなんでもないです……」

 複雑な思いはさておき、軌道の乗り心地は快適だった。木漏れ日の中をゆったりとした速度で進んでいると、足元に気を付けなくて良いぶん景色に集中することができる。新緑のトンネルは本当に綺麗で、少年時代の探検気分がよみがえってくるようだった。

 ふと我に返ると、すぐ隣で軌道を運転している赤穂さんが僕の顔をじっと見つめていた。まるで宝石のような瞳に見つめられて、「うぐっ」と変な声が出た。

「あ、あの……なにか?」

「ふふっ、いいえ、お構いなく」

「いや、お構いなくって、言われても……」

「まだ観光スポットに着いてもいないのに、そんなに楽しんでいただけているのが嬉しかっただけですので」

 かぁっと顔が熱くなったのを、そっぽを向いて誤魔化す。べつに疚しいところはないんだから恥ずかしがることもないんだけど、なんとなく言い訳をしてしまう。

「僕が育ったところは……その、都会でさ、自然なんてあんまりなくって……。だから、珍しくて……」

「私たちにとってはむしろこちらが普通で、都会に憧れたりもします。よろしければ、いつか案内してくださいますか?」

「……まあ、いつかね」

「ふふっ、約束ですよ、篤実さん」

 柔らかく微笑む赤穂さんがあんまり眩しくて、案内してほしいというのがお世辞だとわかっているのに、ちょっとだけドキッとした。


64 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/02(月) 23:01:04.02 ID:nHbadDnxO
いいね
いい感じだ
65 : [saga]:2013/12/02(月) 23:46:47.85 ID:xANrbsTx0



 軌道から降りた僕たちは、山腹に建つ神社を訪れていた。境内から伸びる石段を見下ろすと遥か下まで続いていて、思わず足がすくむほどだった。軌道を使わなかったら、きっと僕なんか半分も登り切れなかったに違いない。標高もすこし高いらしくて、うっすらと肌寒い場所だった。

「ここには、遥か昔に島を救ってくださった守護神様が祀られているんです」

「へぇ」

 信仰心の薄い都会っ子の僕が返せる言葉は、それだけだった。いやだって急にそんなこと言われてもね……

「ちなみにこちらが、その守護神様の偶像を掘り起こした石像です」

 そう言って赤穂さんが手で示した先には、初代仮面ラ○ダーの石像(等身大)が恭しく奉られていた。あまりにも場違いな存在が大真面目に安置されていて、しかも赤穂さんが真顔で説明するものだから、「あふっ」という奇妙な笑い声が漏れてしまった。なにこれ、笑ってはいけない離島24時? ショッカーみたいな人にお尻叩かれちゃうの?

 しかしどうやら本当にボケではなかったらしく、赤穂さんは神社脇の林道へと向かってしまう。この石像を最初に造った人は、この神社の神様に祟り殺されてるんじゃないかな……

 しばらく肌寒い小道を進むと、かすかにホワイトノイズのような音が聞こえてきた。そしてさらにグッと気温が下がったのを肌で感じる。

「この先は、島のガイドブックにも載ってないんですよ?」

 そう言う赤穂さんは悪戯っぽく微笑む。なんだ小悪魔もいけるのか、すげーなこのお嬢様は。

 ……なんてチャラけた思考は、「ソレ」を目にした瞬間に消し飛ばされた。

 ホワイトノイズの音源は、大きな滝だった。しかもただの滝ではなく、複数の虹が常にかかっているというこの世のものとは思えない神秘的な瀑布。ある虹は正円を描き、またある虹は互いに交差し合っている。それらが光の加減で現れたり消えたりを繰り返して、光のリズムを作り上げていた。

 ブルルっと体が震えた。間近で瀑布の飛沫を浴びたことによる寒気……なんて夢のない解釈はできない。どう考えてもこれは、原始的な美にふれたことによる生物的な生理反応だ。

「ここは大切な人にしか教えない、秘密の場所なんです。篤実さんはこれから仲間になるので、トクベツです」

「……ありがとう」

 都会で生きているとなかなか素直に言えなくなってしまう感謝の言葉が、すんなりと口を突いて出てしまったことにさえ気がつかなかった。心を奪われるというのは比喩ではないのだということを体験した。

 しばらくその神秘的な光景を目に焼き付けていたが、本格的に寒くなってきたので僕らは神社へと引き返した。


66 : [saga]:2013/12/03(火) 09:49:43.19 ID:t3o6yyfl0



 その後も軌道を乗り回してざっくりと島を散策すると、いつの間にやら陽が高くなっていた。スマホを取り出して時間を確認すると、十二時半を回っている。

 そろそろ帰ろうかと提案しようと赤穂さんに視線を向けると、彼女は爛々と瞳を輝かせて僕の手元を注視していた。

「わぁ、それって“すまーとほん”ですか!?」

 爺ちゃん婆ちゃんみたいな発音しよってからに……。しかし同じ発音でも、あどけない天使の発する言葉には人を癒す力があるのだ。現に僕のHPとMPは今ので全回復した。

「あ、うん、まあ……」

「ちょっと触ってみても良いですか!?」

「ど、どうぞ」

 どうぞと言ってスマホを差し出したのに、なぜかスマホを握っている僕の手を握って操作をはじめる赤穂さん。やわらかい!

 瞳をキラキラと輝かせながら画面をポチポチ触って、感嘆の声を漏らしている姿はまるで無邪気な子供のようだった。普段の落ち着いたお嬢様然としている振る舞いとのアンバランスさに胸キュンしていると、やがて至福の時が終わった。

「ありがとうございます。まだ学生なのに携帯電話を持っているなんてすごいですね」

「い、いや、うちの地元じゃ、普通だった……けど」

「そうなんですか? さすがは都会ですね」

 むしろここが閉鎖的すぎるのでは? と思ったけど、口には出さないでおいた。初対面の人と話すときは、余計なことを言うのは得策ではないと長年の経験で知っているのだ。だからなかなか人と仲良くなれない。うん、悪循環だね。

「ところでもうお昼のようですが、どうしましょう? よろしければ、うちでお食事をしていかれますか?」

「えっ!? ……いや、それは……遠慮しとく」

「あ、そうですか……ごめんなさい」

 いやそんな残念そうな顔しないでください胃が痛くなるでしょうが。

 っていうかいきなり家に呼ぶとか社交辞令に決まってんだろ。なにマジレスしてんだよ僕……。馬鹿なの? 死ぬの?

「じゃ、じゃあ、そういうことで。帰り道は、わかるから」

「え、は、はい。またお会いしましょう」

 なんだか妙な感じのお別れになってしまった。深々とお辞儀をする赤穂さんに戸惑いつつ会釈して別れてから、そういえば今日案内してくれたことについてお礼を言ってなかったことに気が付いた。くそ、これだからコミュ障は困る……

 よくよく考えてみれば、顔と名前しか知らない初対面の相手を信頼するなんてありえないだろう。そんなことができるのは死神のノートを持つような人間だけだ。だからあの綺麗な滝を僕に教えたのだって、これから大切な仲間にうんぬんっていうのは社交辞令に決まってる。ちくしょう、可愛い子と会話ができたせいで浮かれてしまっていた。

 あの赤穂……赤穂、なんだっけ。下の名前が思い出せない。まあいいや、赤穂さんは大人びた雰囲気だったけど、顔立ちは幼くて年齢が判然としない。あれ、年上だったらどうしよう!? 思いっきりタメ口をきいてしまった!!

 ……とにかく過ぎたことは忘れよう。僕は家に帰るためにいったん港へと向かってから、今朝通った道をなぞって無事帰宅した。


67 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2013/12/03(火) 16:08:18.47 ID:yiNVSt6v0
やはりこの島に過度の文明の流入はさせない方が良いな                         純朴な少女を見る為に
68 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2013/12/03(火) 16:39:38.74 ID:OJG2slgs0
安直かと思ったけど、虹の滝採用してもらえたのか
ありがとうございます
69 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2013/12/03(火) 17:19:43.10 ID:jtQvcLtJ0
変身ヒーローっても色々あるけどライダーで来たかww
守護神像のご使用感謝です!ww
70 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/03(火) 19:23:57.31 ID:n7jIS2fLo
きれいな八幡だ…
71 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2013/12/03(火) 20:18:27.57 ID:fQ9C3RfV0
逢神烏(おうみからす)
白金色の羽毛を持つ(色がそうなだけで、羽が実際にプラチナという訳ではない)、島にも数羽しか居ないカラス
都会の浅ましきカラスとは違い、その立ち居振る舞いは、威厳と神々しさに満ち溢れている様に思える
島民からは天の神(島の守護神とは別)の使いと言われている
72 : [saga]:2013/12/03(火) 20:57:19.37 ID:t3o6yyfl0



 どうやらまだ僕のイトコとやらは帰っていないらしかった。お婆ちゃんが言うには、こういったことは珍しいことでもなんでもなく、友達と遊ぶついでにご飯を厄介になるというのは日常茶飯事であるらしい。一応、友達の家から電話で連絡はあるそうだが。

 あれ、もしかして赤穂さんのお誘いに頷いてれば、僕も女の子の家に上がれたの? ……なんて、さすがにそれはないか。

 けど僕はいつになったらイトコに出会えるのやら。べつに楽しみにしてるとかじゃないんだけど、僕は一人っ子なので、同居人の人格を早めに知って安心しておきたいのだ。もしも騒がしい子だったりしたら……うん、グレるかもしれないけど。

 そんなわけで、お婆ちゃんと二人っきりでの食事が終わった。都会のしがらみから解放されて気が軽くなったからか、それともこの島の食事が元から上等なものなのか。とにかくご飯はすごく美味しくて大満足だった。

「今日の晩御飯は、腕によりをかけた郷土料理をごちそうするからねぇ」

 とのことなので、今から夕餉が楽しみだ。

 お婆ちゃんを手伝って食器を片付け終え、居間のソファで一息つくと、お婆ちゃんが湯呑にお茶を淹れて持って来てくれた。

「篤実ちゃん、午後からどうするのかは、決めてるの?」

「うーん、とりあえず島を散策してみようと思ってるよ。道も大体わかったし」

「一人でも大丈夫?」

「うん」

 むしろ一人の方が気が楽だから……とは口に出さない。家に置いてもらってるだけでもありがたいんだから、余計な心配はかけたくない。この家では良い子ちゃんを演じていくつもりだ。

 お茶を飲みつつスマホを取り出して、GPSで現在地情報を取得する。この自宅やさっき赤穂さんに案内してもらった場所を次々と島の地図に書き込んでいく。よし、これで大体の地理と方向は掴んだ。この周辺で迷うことはないだろう。

 バッテリーがまだたくさん残っていることを確認して、イヤホンや替えバッテリーと一緒にポケットにつっこむ。一応サイフもポケットに入れて、そこでふと気になったことをお婆ちゃんに訊ねてみる。

「この家の住所と電話番号を教えてほしいんだけど。あとできれば鍵もほしいんだけど……ある?」

「はいはい、ちょっと待ってねぇ」

 お婆ちゃんは古びた引き出しからメモ帳と鉛筆を取り出して、さらさらと書き込んでいく。四つん這いで近づいて覗き込むと、住所と電話番号を書き記しているところだった。鉛筆を置いて、書き終えたメモ帳を僕の方へ寄せる。

「はい、これね。だけど、鍵はいつもしめてないから、持ってなくても大丈夫だよ」

「は?」

「泥棒さんなんて、島にはいないからねぇ。それに私はいつもおうちにいるから、安心してねぇ」

 セコムしてないんですか?

 いやいやいや、田舎は防犯意識が薄いとかいう都市伝説は聞くけど……え、マジですかこれ? そんな平和な世界が存在していいんですか? 僕が都会に住んでた頃は、最寄り駅に着いてから「あれ、鍵しめたっけ?」と不安になって帰宅することさえあったっていうのに……

 この島では、たとえ見た目は子供・頭脳は大人の名探偵が来訪したとしても殺人事件が起きないのではなかろうか。

 僕は田舎の恐ろしさの片鱗を味わいつつ、震える声で「行ってきます」と呟いて家を出た。


73 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/03(火) 21:12:09.33 ID:n7jIS2fLo
無人島でも人が死ぬんやでぇ…
74 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/03(火) 23:20:13.79 ID:r1twgtGto
自分ところもベッドタウン化するまでは鍵かけてなかったから気持ちがわかるww
創作と現実の田舎っぽさよく出てて感動

設定投げ
女 少し年上
森の洞窟で自給自足生活する。愛称(蔑称でもある)は島の仙人
75 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2013/12/03(火) 23:39:30.11 ID:jQ4jIl100
ロリ
みんなの癒し
76 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2013/12/04(水) 00:52:38.77 ID:23WynrYn0
中学生 女 バンドマン
がんじがらめの世の中でふと見上げた青空に線をひく飛行機雲のような歌声
77 : [saga]:2013/12/04(水) 11:10:14.62 ID:ZevZG89u0



 さて、現在この島においてもっとも文明的な男を自負する僕が、可及的速やかに確認しなければならないことがある。

 そう、ネット環境の有無だ。

 島に持ち込んだノートパソコンは無線LANに対応しているが、そもそもアクセスポイントが存在するのかというところから考えなければならない。スマホのテザリングを使えば家でもネットを使えるが、あの電波ではお世辞にも快適とは言いがたい。

 そんなわけで島を彷徨ってとある建物を探しているのだが、標識が適当すぎてなかなか見つからない。しかし根気強く探していると、やがてお目当ての建物を発見することができた。入口には大きく「図書館」とだけ記されている。

 ネカフェやカラオケなんて存在するとは思えないこの島において、考えうる限りもっともパソコン設備が整っていそうで、かつ学生が利用可能な施設……その第一候補が図書館だったのだ。

 入り口脇の看板で日曜日でも開館していることを確認してから、今どき公共施設が手動ドアということに驚きつつ館内へと足を踏み入れる。途端にジメっとした空気と古書独特の匂いに包まれたけど、基本的に本が好きな僕にとってはむしろ心地いいとさえ言える。

 太陽が高いため逆に薄暗い館内を見渡すと、利用者は三人ほどだった。まぁコミュ障の僕には関係ない情報なので、べつに一人一人を観察したりはしない。っていうか怖くてできない。

 見れば案の定、入口付近にはパソコンが置いてあった。……ブラウン管テレビみたいなデスクトップパソコンが。おいおいこんな型初めて見たぞ、オーパーツなんじゃないの? スリープモードにしてあるのに、どえらい駆動音ですね。ファンの清掃くらいしろよ。

 パソコンの配線を確認すると、有線LANが接続されている。よし、ひとまずネット環境はあるみたいだ。

 ちらりとカウンターの方へ視線を向ける。司書はどうやらお爺さん一人だけで、これならこっそり有線LANを持参して接続しても、短時間ならバレなさそうだ。

 よし決めた、普段のネットサーフィンはスマホ、または無線ノートパソコンでやって、動画のダウンロードやアップロードなんかの重作業はここの有線LANを使おう。それでとりあえず不自由はないはずだ。

 ホッと一息ついて、パソコン机の回転椅子に腰を下ろす。そして改めて館内へ視線を移したところで……



 本棚から顔を半分だけ出してこちらを窺っている子供と目が合った。



 こっちの視線に気が付いたのか、すぐにその子は慌てて本棚の向こうに引っ込んでしまう。

「……?」

 見られてた? いや、それは自意識過剰か。たまたま向こうがこっちを見た瞬間に、ちょうどこちらも視線を向けてしまったというだけのことだ。電車通学してるとよく遭遇する現象だからよくわかる。あれけっこう気まずいよね。

 けどまあ見られて良い気分はしないし。なんなら手が震えちゃうし。なので、すでに目的は果たしたわけだし、さっさと図書館を後にすることにした。外に出ると陽射しはますます強くなっていて、直前まで暗がりにいたせいで目が痛む。白人かよ。

 濃厚な古書の匂いの中にいたせいで、あらためて外は潮の香りに満ちていることに気が付く。こんな風に、徐々にこの島の風土や慣習の中へ吸収されていくのかと思うと、意外と悪い気はしなかった。……まあ人の輪に混ざるのは苦労しそうだけど。

 さて、次はどこに行こうか。なんならもう帰ってもいいくらいなんだけど、さすがに三十分も経たずに帰るのは気が引ける。パソコンができる以上のことを望むつもりはないので、あとはもう時間を潰すつもりで散歩しよう。

 いや待てよ、たしか明日から学校に行くんだから、先に学校までのルートを確認しておくのがいいかもしれない。さすがにすべてお婆ちゃんにおんぶにだっこは恥ずかしいし、明日の朝は一人でも登校できるようにしておこう。

 そう決めると、早速スマホを取り出してマップ機能を…………いや、あんまりGPSに頼り過ぎてもいけないか。どうせ時間はたっぷりあるんだし、わざと一回迷うくらいのつもりでいこう。

 今いる場所からは、木々や建物が邪魔して学校の位置を知ることはできない。この島へ来る途中の船で見た学校の位置を思い出しつつ、一旦家に戻ってそこからスタートするのがいいかな。

 
78 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/04(水) 12:28:00.81 ID:SGWtKilZO
この雰囲気好きだな
79 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/04(水) 14:21:41.38 ID:V7DJ1V58o
花盛りの時期には合わせて羽化したカラフルなスズメガが乱舞する幻想的な光景が見られる
80 : [saga]:2013/12/04(水) 14:24:47.08 ID:IueYRzbU0



 自宅の前まで戻ってくると、障子全開の居間から聞き覚えのある声が聞こえてきた。気になって庭の生垣から覗いてみると、なんと先ほど別れた赤穂さんがお婆ちゃんとお茶を飲んで談笑していた。どういうことかわからず混乱しかけたけど、すぐに状況を察した。

 多分、さっき赤穂さんがうちを訪れたのもお婆ちゃん(あるいは僕のイトコ)とお話するためだったんじゃないか? そしたら不審者(つまり僕だ)が家に上がり込んでいたので、声をかけてみた……と。それで、僕が家からいなくなったので改めて家を訪れたってわけか。

 それなら邪魔しちゃいけないな。家に戻るついでにデジカメを持っていこうと思っていたんだけど、それはまたの機会にしよう。きっとあと三時間もすれば赤穂さんも帰ると思うので、それまでは外で時間を潰していよう。

 家からは学校の位置が視認できた。山の中腹に貼りつくように建っているので、上へ上へと歩いていけばいつかは辿りつけそうだ。山の麓には通学路が舗装されていると思うので、まずはそれを探しながら大通りを歩いて行こう。

 お散歩計画を練り終えて、たった今歩いてきた道を引き返すために振り返る。

「……ん?」

「あっ」

 道脇の電柱から顔半分だけ出した子供と目が合う。あわてて電柱の影に引っ込むけど……それは無理があるだろ。たぶんだけど、さっき図書館で僕のことを窺ってたのと同じ子供だ。

 僕はその電柱に近づいて、電柱の影で身を小さくして隠れている(つもりになってる)子供の目の前で立ち止まる。

「あの……なにか用?」

「……っ!!」

 恐る恐る、といった感じで僕の顔を見上げる子供。綺麗な顔立ちで、一瞬、男子か女子かわからなかったけど、服装からしてたぶん男子。僕が言うのもなんだけど、肌は青白くて手足は細くて、吹けば飛びそうな……儚げな雰囲気の男の子だった。たぶん小学校高学年くらいか。

「……あ、あ、あの、えっと……」

 なぜか男の子はすでに泣きそうになっていて、こっちはなにもしてないのになぜか罪悪感に襲われた。なにこの生き物、持って帰っていいのかな?

 ここでコミュ障の特徴を一つお教えしよう。

 コミュ障は、自分より明らかに弱そうな相手にはちゃんとコミュニケーションが取れるのだ。

「僕は久住篤実。今日この島にやってきたんだ。よろしくね」

 そう言いながら、優しく微笑んで頭をなでてあげる。最初はびっくりして目を丸くしていた男の子だったけど、みるみる頬が上気していく。

「う、あ、あの……、あ、あわ、あわわ……、あわじ、淡路ひかり、でひゅっ……!!」

 びっくりした。リアルで「あわわっ!」とか言い出したのかと……。いや可愛かったけど。

 淡路ひかり……え、女の子なの? 男の子? あれ、どっちだ?

「淡路…………か。よろしくね」

 淡路“くん”か“ちゃん”で迷って、結局呼び捨てにしてしまった。人を呼び捨てにするなんて何年振りだろう。

「は、はいっ! よ、よろしくおねぎゃっ…………します……」

 噛んで赤面しちゃう淡路。よーし、お持ち帰りだぁ!

 ……いや冗談はさておき。

「それで、淡路はどうして僕について来たの?」

「え、えっと、それは……あの、道……いや、場所を、あの……」

 こういう時、聞き返したり目をじっと見つめたりするのはタブーだ。僕もコミュ障だからよくわかる。こういう時は……

「歩きながら話そっか」

「は、はいっ……」

 僕のあとを尾けてたってことは、時間はあるんだろう。質問は打ち解けてからでも遅くはないはずだ。

 僕は淡路を連れ立って、大雑把に学校のある方へ向けて歩き出した。


81 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2013/12/04(水) 17:24:17.03 ID:wKGIK6FT0
仰天!神事はヒーローショー!?
82 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2013/12/04(水) 17:34:25.75 ID:Q2xPsOS+0
>>81見て思いついたww
巫女
年下
ちっさい頃に巫女に選ばれたので、今では守護神の啓蒙な信者。その様子はさながら特撮オタクのよう……
83 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2013/12/04(水) 20:00:58.98 ID:QndGCyzt0
なら神主はおやっさんだな?ww
84 : [saga]:2013/12/04(水) 23:23:58.81 ID:05cznYpu0



 コミュ障の特徴、その二。

 自分の得意な分野の話題になると途端に饒舌になる。

「あ、あの、あそこは治潮温泉っていって、肩こり腰痛に効くって評判で、一九五四年に生まれた自然湧出型の温泉なんです」

「も、もう神社には行っちゃったんですか……? あの、あそこはずっと放置されていて、一九七一年になってようやく整備されたらしいです」

「えっと、そこの小屋は、毎年行われる千光祭で担ぐ神輿が収められているんです。鍵は神社の神主さんが管理してます。けど地盤調査の結果滑落の恐れがあるとかで、移転が検討されています」

 この島の文化や地理に関することになると、淡路の口は止まらなくなる。なんかもういろいろ教わり過ぎて逆になにも覚えられなかったレベル。

 淡路はどうやら体が弱いらしく、しばらく歩いていると息苦しそうにしだしたので、今は十畳くらいの小さな公園のベンチで休憩している。

「あの、体力なくて、ご、ごめんなさい……」

「いやいや、そんなの謝ることじゃないよ。それより、淡路はこの島のこと、すごく詳しいんだね」

「え、あ、そんなことは……、がんばって、本、読んだので」

「ああ、図書館にいたのって、もしかして郷土本を読んでたの?」

「そ、そうです!」

 歴史とかが好きな子なのかな? それにしても、せっかくの日曜日を返上してまで住んでる地域の郷土本を読みふけるなんて、ちょっと異常にも思えちゃうけど。

「あ、あの、この島に来て、どれくらいの人に……その、会いましたか……?」

 右へ左へと目を泳がせまくっている淡路は、突然そんなことを言い出した。

「えっ……と、ちゃんと会話したのは、お婆ちゃんと、あと赤穂さんっていう女の子だけだよ。まだうちのイトコにさえ会ってないんだよね」

「そう、なんだ…………よし」

「え?」

 なんか知らないけれど、淡路は胸の前で小さくガッツポーズをした。

「あの、じゃあ……もしかして、赤穂さんと、と、と、友達に……なりましたか……?」

「友達? なってないんじゃないかな。軽く案内してもらっただけだし」

「…………」

 直前までのそわそわした様子から一転、いきなりうな垂れてしまう淡路。あれ、なんか悪いこと言ったかな?

 なんて考えてると、突然淡路が自分の頬をぺちぺち叩いて立ち上がり、僕の前に立った。淡路は小柄なので、座っている僕とほとんど目の高さが変わらない。

 小さく深呼吸をした淡路は、覚悟を決めたような表情になる。泳ぎまくっていた目が焦点を結び、弱気ながらも力強く僕の目を見据えた。え、なにこれ? 告白でもされるの?

 ……そして、精一杯声を振り絞って告げられたのだ。

「ああああの、ぼ、ぼくと、友達になってくれませんきゃっ!?」

「え、あ、うん。いいよ」

 驚いたせいで、随分あっさりとした返事になってしまった。っていうか、本当に告白でもされるのかと思ってちょっとドキドキしてしまったじゃないか。まあ淡路は男の子だけど(おそらく)。

 僕の返事を聞いた淡路は放心したように固まってしまい、しばらくすると瞳を潤ませ……

「えっ!? ごめん、答え間違えた!?」

「ちがっ……う、うれしくて……やっと、自分で、友達が……うぇええええんっ!」

「えええっ!? ちょっと待って泣かないで! この構図は誤解を受けかねないから!!」

 突然泣き出した淡路を必死になだめすかして、なんとか泣き止ませることには成功。……島の土を踏んでから4時間強で通報されるという洒落にならない事態は、どうにか回避することができた。


85 : [saga]:2013/12/05(木) 09:10:41.45 ID:q3MukabT0



「転地療養……そうだったのか」

「う、うん。体の問題より、心の問題のほうがメインっていうか、そんな感じ、なんだけど……」

 公園での告白から一時間が経っていた。さすがにそれくらいになると、コミュ障二人はそこそこ打ち解けて胸襟を開いた会話ができるようになっていた。たとえば、淡路ひかりが僕と同じく都会出身者であり、転地療養のためにこの島に移り住んだというような話だ。

 場所は山腹に建つ学校の目の前、校門のところだった。どうやら離島特有の、極端に在校人数の少ない学校らしく、島の子供たち全員が同じクラスに押し込まれて授業を受けているらしい。つまり、この淡路ひかりも僕とクラスメイトということになる。

 相手ばかりに過去を語らせるのは忍びないので、僕も少しだけ自分の事情を語ることにした。

「じつは僕もそんな感じなんだよね。べつに医者に勧められたわけじゃないけど、都会でちょっと心が参っちゃってさ」

「え、そう、なの?」

「それでまあ、両親の勧めもあって、こんなところまで逃げてきたってわけ」

「……な、なにか体調が悪くなったら、すぐ言ってね……? うちのパパは医者で、ママは看護師だから」

「スゴイなそれ!?」

 でも医者がよく離島に移住できたな。仕事の引き継ぎとかいろいろ大変だったんじゃないだろうか。まあ我が子への愛ゆえに、いろいろ強引な手も使ったんだろうな。

「あれ、でも、ひかりは……」

「っ!!」

「自分で『その、名前で呼んでくれませんか……?』って言ってきた癖に照れるんじゃない」

 真っ赤になった顔を両手で覆うひかり。ほんとからかい甲斐のある子だ。

「ひかりはさ、いつ頃この島に来たの?」

「一年と数ヵ月前くらい、かなぁ……うん、それくらい」

「それなのに、この島のことにこんなに詳しいのか」

「い、いや、それは……」

 気まずそうに視線を逸らすひかり。気になって言葉の先を待っていると、やがてぽつりぽつりと言葉を漏らしていく。

「と、友達は、学校のみんなが優しくしてくれてるから、なんとかお話したりできてるけど……今まで自分で友達作ったことなくって……だから、転入生が来るって聞いて……ふ、普段は外に出たりしない、けど、がんばって、郷土本を読んで勉強……したの」

 え、僕の転入が決まってから勉強し始めたの? なにそれ、それであんな知識量って、どんな記憶力してるんだよ。

「まさか、僕のために勉強してたの?」

 黙って首を縦に振るひかり。……マジかよ。

「じゃあせっかくだから、いろいろ教えてくれるかな? 実際に行ってみなくていいから、この島のこと、いろいろ知りたいんだ」

「う、うんっ! いっぱい教えてあげるね!」

 ひかりはパァッと表情を明るくさせる。自分の努力が役に立つことがすごく嬉しいんだろう。そして僕も、ひかりのいじらしい善意が素直に嬉しかった。

 それから僕は、学校からひかりの家までをゆっくり歩きながら、島に関するいろいろなことを教わった。ひかりの家に到着すると、このままお邪魔してしまおうかと一瞬考えたが、僕みたいなのをいきなり家に連れ込むのはご両親が心配しそうだと思ったので解散することにした。別れ際のひかりは、なぜか赤穂さんと同じような表情をしていた。

 ひかりのおかげで住宅街辺りの地理に詳しくなることができたので、スマホのマップ機能に頼ることなく帰宅した。


86 : [saga]:2013/12/05(木) 09:12:17.20 ID:q3MukabT0

そろそろイトコ(複数可)の設定が出て来ると嬉しいです……!
87 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/05(木) 09:31:26.67 ID:Da8/cPGro
いとこ
双子で顔がそっくりの一卵性双生児
片方は本を読むことと自分で小説を書くのが好きで、もう片方はとにかく絵を描くのが好き
島内の身近なニュースを元にした漫画を2人でよく描いていて、学校内の名物になっている
88 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/05(木) 09:37:49.41 ID:n+3wgZNSo
双子だけど息が合うのはマンガについてだけで、食べ物の好みや運動神経の有無、得意教科など全く違う
89 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/05(木) 09:42:09.00 ID:spn1jkaWo
一卵性双生児だけど異性の双子
男の方はパッと見男の娘
90 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/05(木) 09:48:27.51 ID:pbEDorkOo
2人共身体は丈夫で身体能力は島内トップclass
91 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/05(木) 09:58:57.99 ID:/+Dv/Brbo
2人とも都会についての資料が欲しかったので主人公に興味津々
92 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/05(木) 10:02:55.50 ID:Al2UapCUo
いとこの家は島の大地主
今でも祖父母と父が権力者を担う
漫画趣味を父は無関心だが祖父母は新しいもの好きで前向きに認めている
93 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/05(木) 10:47:18.07 ID:rHR0jlRmo
先祖代々普通の人間
94 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/05(木) 10:59:00.23 ID:TIrVYfbKO
アイドル的存在というか元気がよくて人気者
95 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/05(木) 11:09:12.77 ID:2jLchV61o
年齢らしくアイドルのファン…だけど都会の子と比べてその好みは10年ほど遅れている
96 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/05(木) 11:20:43.30 ID:fX9Bv+qzO
3歳ほど下の妹がいる

いや中学くらいの子が出てないので・・・
97 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/05(木) 11:27:57.39 ID:fX9Bv+qzO
>>96はいとこです
98 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2013/12/05(木) 11:52:01.68 ID:pZyg/Gm20
男 年上
喋る時の漢字は普通だが、言い回しや雰囲気が素で厨二
だからと言って悪人かぶれ等ではなく、頼れば力になってくれる良い人

別にいとこの一人でもいとこでなくても>>1のご自由に
99 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/05(木) 16:52:24.07 ID:Y4KaIYnbO
久住家の不思議
失せ物がいつの間にか廊下のど真ん中に鎮座している
100 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/05(木) 18:37:48.08 ID:msqyolLUo
なんとなく田舎なら座敷童がいてもおかしくはないなww
101 : [saga]:2013/12/07(土) 17:34:12.57 ID:gwQUacPX0



 家の前まで帰って来ると、まずは腰を低くして生垣に身をひそめた。そして小ぶりな葉っぱのカーテン越しに、壁のない居間に人の気配をさぐる。明るい室内に会話はなく、見えるのはお婆ちゃんただ一人。どうやら赤穂さんはもう、家に帰ったようだ。ホッと息をつき、背筋を伸ばして玄関へと向かう。

 お婆ちゃんの言っていたとおり、玄関の扉に鍵はかかっていなかった。それどころか、ほんの数センチではあるけど隙間さえあいていた。都会の実家でやったら母親にしばかれるだろうなと考えると同時に、その新しいルールが、僕の精神を都会からこの名画の島へと引きずり込んでいくような、そんな感覚を覚える。

 後ろ手にしっかりと玄関扉を閉ざすと、まだ四時過ぎだというのに室内の薄暗さに瞠目した。開け放たれた居間へ続く扉から射し込む光が、ほとんど唯一の光源であるためだろう。きっともうすこし日が傾けば、足元さえ頼りなくなるほどの闇に満たされるはずだ。廊下の奥に見える薄暗い階段が妙に不気味で、なにかの間違いでこの世界に混ざりこんだ異形が下りてくるのではないかと、そんな荒唐無稽な妄想が喉元までせりあがってきた。

 ギシ、という古い木がしなる音を響かせつつ居間を覗くと、中座の姿勢のお婆ちゃんが、皺くちゃの顔の渓谷をさらに深くした笑顔で出迎えてくれた。

「おかえり篤実ちゃん。迷わなかったかい?」

「まあ、大丈夫だよ」

 なぜか畳の上に設置してあるアンティークなソファに身を沈めて、一息つく。頭がぼーっとする軽いめまいにも似た感覚をおぼえて、思いのほか疲れていたんだなと他人事のように自覚した。そういえば今日は二人もの新しい知り合いと会話をしたんだった。普段からコミュニケーションを苦手とする僕のことだ、今日のことはよほど無自覚のストレスとなっていることだろう。あれ、こんなんで明日の学校を乗り切れるのか? やばい、今から気分が悪くなってきた。

「そういえばねぇ、篤実ちゃんが出かけたのと入れ違いになって、美崎ちゃんが来てくれたんだよ」

 世間話をするような温度で、お婆ちゃんがしみじみと言葉を漏らした。優しい手つきで湯呑を撫でながら、もうほとんど開いているように見えない目を僕に向けている。その視線がなにを期待しているのかわからず、僕は適切な返答を見失ってしまった。

「午後も案内してくれようとしたんだって。もうちょっとゆっくりご飯を食べてたら良かったねぇ」

 ああ、思い出した。美崎って、赤穂さんのことか。人を下の名前で呼ぶことなんてそうそうないから、苗字だけを覚える癖がしみついてしまっているからな。なんなら苗字ごと忘れたって、コミュ障は相手の名前を呼ばないで会話をするテクニックに長けているのでまったく問題はないんだけど。

 しかしそうか、僕が一瞬だけ家の前に戻ってきたときに赤穂さんを見かけたのは、そういうことだったのか。それは少し悪いことをしてしまったかもしれない。いや、結果的に島の案内という面倒を押し付けずにすんだわけだから、むしろ良いことをしたという見方もできるんじゃないか? グッジョブ僕。

「案内は、クラスメイトの淡路くんにしてもらったよ」

「おやまあ、そうだったのかい。それはよかったねぇ」

「学校までの道筋もわかったから、明日は一人でも登校できるよ」

「そうかい? でもあの子たちといっしょに行ってくるといいよ。ああ、そうそう、あの子たちがさっき帰ってきてねぇ。いまは二階にいるんだけど、挨拶してみないかい?」

「……うん」

 全力で気が進まないが、そう言われてしまっては退路はない。なに、緊張することはないじゃないか。ちらっと一瞬顔を合わせて、名前を覚える。ヒット&アウェイ。ただそれだけのことじゃないか。なにも怖がることなんてない。初対面でちょっと笑いをとってやろうとか変な冒険心さえ起こさなければ、無難にミッションをコンプリートできるはずだ。

 疲れた身体に鞭打って、苦労してソファから立ち上がる。それは言うなれば冬場の起床並に辛い動作だったので、いまの一瞬で自己紹介にかける気概が消し飛んでしまった。どんなガラスハートだよ。

 気だるげに足を引きずって居間を横切ると、片足だけ廊下に出して、お婆ちゃんを振り返る。

「……あの、お婆ちゃん」

「あの子たちは二階のお部屋にいるからねぇ」

「え、あ、はい」

 あっれぇ、完全について来てくれる流れかと思ってたわ……。べ、べつに心細いとかじゃないんだからねっ!

 再び廊下をキシキシと軋ませながら、僕はまだ見ぬ二階へと足を運んだ。


102 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/07(土) 17:37:38.28 ID:Ns5/sLjho
来たか
103 : [saga]:2013/12/07(土) 17:47:12.93 ID:gwQUacPX0


 薄暗い階段をのぼりきると、細長くてまっすぐな廊下の、向かって左側に三つの扉が目についた。最も階段から近い扉は閉ざされていて、その奥に見えるのは開け放たれた二つの扉。どこへ向かえばいいのかと考えながら立ち尽くしていると、ひんやりとした風が足元を撫でた。どこかの窓が開いているのかもしれない。

 閉じている扉を開くのには相当の勇気が必要だったので、まずは開いている扉から覗いてみることに決めた。緊張でじんわりと滲む手汗をジーパンに擦りつけつつ、一歩一歩慎重に歩を進める。

 真ん中の部屋を恐る恐る覗いてみると、中には誰もいなかった。ベッドや机は置いてあるものの、小物などの生活感を感じさせるものがなにひとつ転がっていない。推測ではあるが、これからここは僕の部屋になるんじゃないだろうか。広さは八畳ほどで、東側に大きな窓が備えつけられているため、きっと明日には朝日の差し込む絵画的な部屋を拝むことができるだろう。

 その部屋を通り過ぎて、今度は右隣の部屋へと移動する。また風が足元を這って階段へと流れ込んでいくのを感じて、言い知れない奇妙な感覚を覚えつつ……首だけでそっと室内を覗き込んだ。

 そこには。



 朱色の空を背景に、逆光で輪郭の判然としない少女が、部屋の中央に設置された一人がけソファに鎮座していた。



 現実から乖離したかのような光景に、思考が一瞬停止する。「画になる」とでも表現すればいいんだろうか、部屋はそれなりに散らかってはいるものの、それも破滅的な世界観の演出に一役買っているかのようで、物言わぬ女の子の存在を際立たせている。女の子の後ろで開け放たれている窓から冷たい潮風が吹き込んで、生地の薄いカーテンをふわりと煽る。

 女の子は目を落としていた漫画から視線を上げて、困惑して立ち尽くす僕の瞳をまっすぐに見つめてきた。そして、すぅ、という呼吸音。これから声を発するための予備動作であることは明白で、僕は全神経を彼女の口元と自分の耳に注いだ。

「魔法って、信じる?」

 極力感情を削ぎ落としたような声音の、それが彼女の最初に発した言葉だった。

「……え」

 あまりに予想外の問いに適切な返答が思いつかず、ただうめき声のような言葉を漏らしてしまった。その反応を眺めた彼女は、なぜか満足げに微笑んだ。

「この島では、誰にも説明できないような不思議なことがたくさん起こるんだよ。どう不思議かっていうと……うん、実際に見てもらった方が早いかな」

 ベリーショートにしては長い前髪の奥で、女の子は目を細める。そして漫画にかけていた右手をゆるやかに持ち上げ、僕を……いや、僕のうしろを指さした。

 なにかと思って振り返ると、



 一瞬前まで目の前のソファに腰かけていた少女が、僕のすぐ背後でいやらしい笑みを浮かべて立っていた。



「えっ!?」

 女の子は腕を組んだ状態で人差し指を立て、「ちっちっ」と挑発的に左右に揺らす。慌てて室内を振り返るが、ソファの上には漫画が一冊投げ出されているだけだった。

「怖がらないでいいよ、べつに危害は加えようってわけじゃないから。ただ、この島に住むんなら知っておいてほしかったんだ。私みたいな存在がいるってことを」

 そう言って女の子は僕の脇を通って部屋の中に戻り、ソファへ身を沈めて足を組む。僕はと言うと、まだ硬直から復帰しておらず、てんで言葉も紡げずにいた。

「それじゃあ、最後に聞かせてもらうね」

 再び夕空を背負った女の子は、ミニスカートのポケットから取り出したピンクのヘアピンを取り出して、ニヤリと笑う。



「「どこまで信じた? お兄ちゃん💛」」



 ソファに座っている女の子と瓜二つの女の子がソファの裏から飛び出してきて、そこでようやく僕はトリックのタネに気がつくのだった。


104 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/07(土) 20:33:20.24 ID:KVDjsETbO
かわいい
105 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/07(土) 21:36:51.84 ID:fCD6Zihso
お、双子DA☆
106 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/07(土) 22:20:37.54 ID:BkMqb8nuO
これはいい演出
このままファンタジーでも構わないよ
107 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/07(土) 22:44:39.30 ID:6fiD+nuPO
ファンタジーってか軽く電波はかわいい
108 : [saga]:2013/12/08(日) 07:26:30.17 ID:8KmT9ZXk0



「神庭家の長女、神庭雫だよ!」「同じく次女、神庭霞だよ!」

 雫と名乗った子は、長い前髪をピンクのヘアピンで左にわけている。一方、霞と名乗った子は、長い前髪を水色のヘアピンで右にわけている。それ以外の識別方法は皆無で、容易に入れ替わることができ、しかも誰にもバレることはないらしい。……ましてや人の顔と名前を一致させることが苦手なコミュ障こと僕には、未来永劫見分けることはできないのだろうという確信さえある。

 前髪は長いが、後ろ髪はスポーティなベリーショート。肌の色も体つきも、僕なんかとは違って健康的で、まさしく田舎娘といった風情だ。ころころ変わる表情やツリ目も相まって、猫っぽいという印象を受けた。手足もしなやかで長いし、なんかバスケとかやってそう。学年は僕の一個下、中学二年生とのことだ。

 服装は、もう春だというのに薄手のニットワンピ。しかし下はミニスカートで、寒いのか暑いのか判然としない。ところでなんで女子って寒い寒い言いながらミニスカートとか履くの? 修行なの?

「「それでそれで? お兄ちゃんのお名前は?」」

「……く、久住、篤実」

 いちいちハモるなよ、なんか怖いよ。

「あれ? 神庭じゃないんだ?」「従兄妹なのにね?」「ね?」「じゃあウチらのお母さんの旧姓が久住なのかな?」「えー、違くない?」「うそー」「お婆ちゃんに聞いてみよっか」「聞こ聞こー」

 あれれー、勝手に二人だけで会話が進んでいくぞー? じゃあ僕はもう帰っていいですかね。っていうか自己紹介という目的は果たしたわけだし、これ帰っていいよね? 自宅だけど。

「ふーむ、しかしお兄ちゃん、よく見たらなかなか良い顔してるかもね」「ウチらとDNA似てるんだから、そうじゃないと困っちゃうよねー」「そうそう、服と髪型を整えたらいい感じになるかも」「どうりで委員長がゾッコンなわけだ」「むしろ委員長はだらしない男の子が可愛いってタイプっぽいよね」「あーそれわかるー」

 なんだこいつらのコンビネーションは。付け入るスキが全くないぞ。しかも対する僕はコミュ力たったの5。ゴミめ。

 っていうか顔がいいとか言われたことなんて生まれてこの方一度もないぞ。いや、父方のお婆ちゃんには昔よく言われていたような……。あ、はい、身内の贔屓目ですね。

「お兄ちゃんのお部屋は、お隣の空き部屋だからね!」「あそこはおとといまで雫が住んでたんだよ?」「女子中学生の残り香に包まれて生活できるなんて幸せ者だね!」「このこのー!」「ベッドの下は見ないようにするから、ガビガビの雑誌はそこに隠してね!」「ぜったい見ないから! ぜったい!」

 この子たち、性への関心高すぎるだろ……。インターネットのない田舎の思春期中学生なら仕方ないかもしれないけどさ。

 だが残念だったな。今は雑誌なんていう物質として存在してしまうものに頼るのは時代遅れだし、ベッドの下なんていう逆に目立ちまくるポイントに隠すのはノータリンだ。僕の「ベットの下」は、USBの中に散りばめた大量のダミーフォルダの中の一つである「政府開発援助の必要性についての論文」フォルダの中の「分野別開発計画書」フォルダに収められている。見つけられるものなら見つけてみろ田舎っぺども。ふはは。

「明日から学校に行くんだよね?」「でも教科書ないんじゃないの?」「それは見せてもらえばいいじゃん」「それに教科書なんてあってないようなものだしね」「そうそう、だいたい個別にプリント配られるだけだし」「それこそ委員長がいろいろ助けてくれるよ」

 さっきから気になってたんだけど、委員長って赤穂さんのことなんだよね? そっか、たしかに彼女は委員長っぽい感じがする。でも委員長っていうのはクラスの団結とかを気にかけて、僕みたいな陰気な人間も無理やりクラスの輪に加えようとするからちょっと苦手だったりする。……もちろん、この双子みたいな元気娘が一番の天敵だけど。

109 : [saga]:2013/12/08(日) 07:27:06.07 ID:8KmT9ZXk0


「でも都会の学校って頭よさそうだなー」「あ、そうだ! あとで都会のこといろいろ聞かせてね!」「ウチら、ちょっとしたクリエイティブな活動やっててさ」「都会の人の話を聞きたかったんだよねー」「ひかりんは病院エピソードばっかだもんねー」「だから期待してるよ、お兄ちゃん💛」

「そ、そう。まあこれから、よろしく……。じゃあ、僕は部屋に荷物運ぶから……」

「あ、そーだね、手伝うよ!」「いやー、できた妹だねー」「われらアーティスティック・シスターズにお任せあれだよ!」「お部屋を劇的にビフォーアフターしてあげるよ!」

「いやいや、いいから……どうぞお構いなく」

「遠慮しなくていいってばー」「あ、それともガビガビの雑誌が……」「あっ……!」「……ご、ごめんね、お兄ちゃん」「ウチら、気がきかなくって……」「そうだよね、いろいろ持ってきたんだよね……」「……いろいろ」

「やっぱり手伝ってくれるかなっ!!」

 居候初日にして僕の尊厳が著しく損なわれそうになったので渋々、双子の協力を仰ぐことにした。やばいこの子たちすごい鬱陶しい……。早く集団生活に慣れないとストレスでグレそう。家出することになったらひかりの家に行こう。

「あ、でもでも、荷物運びも模様替えも、静かにやらなきゃだよ?」「そうそう、怒られちゃうしねー」「怒ると怖いからねー」

「えっ……お婆ちゃんって、そんなに怒るの……?」

「え?」「ちがうよー、お婆ちゃんじゃないって」「お婆ちゃんは怒らないよー」「怒るのはヒサメちゃんだよ」「ヒサメちゃんはナイーブだからねー」「攻略難易度すごい高いんだよ」「ヒサメちゃんと仲良くするためにはいろいろルールがあるからねー」「そうそう、それ守らないと嫌われちゃうから気をつけてね」

「ヒサメちゃん……って?」

「氷の雨って書いて、氷雨ちゃん」「神庭家の三女だよ」「そして神庭家のお嬢様だね」「それに天才だしねー」「いやーウチらも鼻が高いよね」「将来が楽しみだよねー」

 ……なんかよくわからないけど、話を聞く限りだと僕が仲良くできそうなタイプではないことは確かだね。よし、極力関わり合いにならない方向で行こう。

「そ、それじゃあ、氷雨……ちゃんへの自己紹介は、後にして……とりあえず、先に荷物を運ぼうかな」

「「あいあいさー!」」

 双子は僕の左右にべったりとくっついて、作業の間ずっと付きまとってきた。元気な子は苦手なのでとても戸惑ったけれど、この子たちは犬かなんかだと思い込むことでストレスを軽減して乗り切った。見た目は猫っぽいけど、人懐っこいところとかはなんだか犬っぽくて、どこにでもちょこちょこついて来るのを見ていると、不覚にもちょっと可愛いなとか思ってしまった。

「霞、見つかった?」「ううん、見つかんない」「あれー、おっかしーなー」「絶対持ってるって先生が言ってたのに」「もう隠してあるのかな」「切り抜いてどこかに紛れ込ませてるんじゃない?」「あーなるほど」「ノートの中とかも探そう」「りょーかい」

 このアホ犬たちには躾が必要みたいだなァ……


110 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/08(日) 07:52:01.18 ID:66U5K2fDO
やれやれですなぁ(汗

しかし氷雨ちゃんねぇ、気難しい人ならキッツいな
111 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/08(日) 08:02:40.86 ID:HStwUyw6O
双子がかわいい
とてもかわいい
112 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2013/12/08(日) 13:50:12.11 ID:0aXUzbOL0
島の土地は、いつの間にか増えている時がある
113 : [saga]:2013/12/08(日) 15:03:20.70 ID:WKH8LXue0



 夕陽は山の向こうに沈みかけ、東の空は藍色に染まっていた。遠くから聞こえる波の音と、海鳥の鳴き声だけが空に響き渡っているのを、僕は庭先で呆然と聞いていた。

 あの常にフルスロットル・ツインズにまとわりつかれていると体力が凄まじい勢いで消費されてしまう。なんなのあの子たち、毒の沼地なの? 僕は三十歳になったらきっと魔法使いになっているので、誰か水の羽衣を装備させてください。

 遥か遠くの水平線はどこまでも続いているかのようで、ともすると世界にはこの島しか陸地が存在しないのではないか……なんて詮無い妄想に憑りつかれそうになる。こういう時、世界の広さというものを痛感してしまう。

 朱色と藍色のグラデーションをしばらく眺めていると、すぐ近くから足音が聞こえてきた。僕は内心嘆息して、またあの二人かと憂鬱になって振り返ると……



 見覚えのない少年が、ガラクタを積んだカートを引っ張ってこちらへ近づいて来ていた。



 ガタゴトと騒がしい音が、今さらになって耳に届く。僕と同年代くらいに見える少年は、だるそうな足取りで乱暴に道路を蹴りながら歩を進めている。目つきは鋭く、茶髪で、金色のネックレスを首にさげ、動作の一つ一つから粗暴な感じがにじみ出ている。判決、ヤンキー。

 僕は速やかに道路の端に寄って、道を譲った。ああいう怖い人には極力関わらないのが正解だ。田舎のヤンキーは加減を知らないので、特に注意が必要(な気がする。知らないけど)。きっと目を合わせたらポケ○ントレーナーのごとく襲いかかってくるので、道端に咲いている花の観察に全力を注ぐ。わあ綺麗。

 ヤンキーはガタゴトとカートを引きずりながら、道路に背を向けた僕の背後を通り過ぎて……よし、やりすごした!

「……ん? 誰だお前、見ない顔だな」

 ひぎぃ!!

「え、あ、え、いや、あの……ふへへっ」

 自分でも超気持ち悪いと思うような声で笑ってしまった。っていうかもう笑うっきゃない。ダメだ、ここで僕は殺られてしまうんだ。お父さんお母さん、先立つ不孝をお許しください。

「おいどうしたお前、すげー汗かいてんぞ?」

 夏場の結露もかくやというような滝汗をかいている僕に怪訝な顔を向けるヤンキー。カートに積まれたガラクタがガランと大きな音を立てて崩れる。

「あ、お前もしかして委員長が言ってた……アツミとかいうやつか?」

「そそそその通りでございます久住篤実です平にご容赦を」

「俺、笹川流礼な。ってか敬語とか痒いからやめろよ、同い年くらいだろ?」

 とか言って敬語をやめた瞬間「おう兄ちゃん気安く話しかけてんじゃねぇよタメ口料金払えやメーン?」とか言ってくるに違いない。ほんま田舎のヤンキーは恐ろしいでぇ……

「なんか委員長が言ってたお前のイメージと違ぇな。まあいいや、この島を案内してもらったんだろ? じゃあ『霊山さん』は知ってるか?」

「……りょ、リョウゼンさん?」

「なんだ知らねぇのか。じゃあ教えてやるからついてこいよ、ちょうど話し相手がほしかったんだ」

 え、なに言ってるの? まさか人気のないところまで連れて行って埋めるつもり? その手は桑名の焼き蛤だぞヤンキー風情が!

「え、い、いやぁ、こ、こんな時間だし、その、家の人も、ほら、心配しますし……?」

 残像を残す勢いで目を泳がせながら、必死にこの場を離脱する言い訳を考える。しかしヤンキーは僕の家を横目で見て、大きく息を吸い込む。

「おーい! ちょっと篤実を借りてくからなーっ!!」

 なにしてまんねんヤンキーこらぁ!!

 家の中から「「うちらも行くー!」」という声が聞こえた気がしたが、ヤンキーはまったく意に介さず僕に向き直る。

「うし、じゃあ行くか。心配すんなよ、そう遠いとこじゃねぇからさ」

 どこに連れていかれるのかは知らないけど、ついていかなかったら「遠いところ」に葬られるような気がするので、大人しく従っておくことにした。いのちをだいじに。

 ふっ、だけどいざとなったら僕の三つの特技を駆使して返り討ちにしてやる。三つの特技とはすなわち、「声帯模写」「筆跡模倣」「プログラミング」…………うん、なんの役にも立たないね。どうしてボクシングとか習っておかなかったんだ。

 市場へ運ばれる小牛の気分で、僕はヤンキーに連行されるのだった。ドナドナ。


114 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2013/12/08(日) 15:26:02.36 ID:cv4bb1VF0
霊山さんね、どちらの方だろうか
115 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2013/12/08(日) 16:17:25.47 ID:9Oqkiyi10
この島では、情報端末に対して『精霊通信』と呼ばれる助言のお告げメールが届く事がある
116 : [saga]:2013/12/08(日) 16:19:25.59 ID:t6+r8aTN0



 車道脇をひたすら歩いて、徐々に人気のない山道へと進んでいく。太陽は完全に山の向こうに隠れてしまったので、この時間から山に入るのは自殺行為と言わざるを得ない。それとも他殺行為に及ぶつもりだろうか。土下座をするのでそれだけは勘弁してください。

 ヤンキーの引くカートへ視線を移す。古びたヤカンや柄杓、スコップにホース、トタン板……なんら統一性の見られないガラクタの山が、カートのタイヤが木の根を踏み越えるたびにガタガタと音を立てる。これらが一体なにに使われるものなのかわからないので本格的に怖い。

「あ、あの、これって、なにに使う……」

「あ? いや、使わねぇよ。使い終わったから返しに行くんだ」

 僕が小首をかしげると、ヤンキーは前を向いたまま答える。

「まぁ趣味でな。休日はこういうガラクタを使ってピタゴラ○イッチみてぇなものを作るんだ。知ってるか? ピタゴ○スイッチ」

「……まぁ、そりゃあ」

「ビデオに撮ってるから、今度見せてやるよ。きっとビックリするぜ」

 変な趣味だな、とか思いつつ、でも僕もニコ○コ動画に動画アップしてるし、あんまり人のことは言えないか。

「その……それを、霊山さん……? って人に借りたの?」

「ああ、家のもん使うと母ちゃんが怒るからなぁ。しかたなく霊山さんに借りてんだ。毎回この道を往復すんのは死ぬほどめんどくせーんだけど、すぐ返さねぇと、もう貸してもらえなくなるからな。……お、見えたぜ」

 本格的に山に入ってから数分。前方に小さな街灯のようなものが見えた。周囲は真っ暗で、すぐ足元さえほとんど見えないような漆黒だった。でも道が少し整備されているのか、たまに出っ張っている木の根がある以外は、そこそこ歩きやすい山道だった。

 見たことない色の羽虫が集る街灯の足元に辿りつくと、ヤンキーはカートから手を離した。しかし僕が見る限り、近くに民家は見られない。目につくのは、さながら小学校に設置してある百葉箱のような、地上五十センチくらいに位置する四方一メートル前後の古びた木箱だけだった。

「よし。悪ぃけど、ちょっと手伝ってくれ」

 ヤンキーはそう言いながら、木箱の全面を観音開きに開け放つ。見れば、木箱の中は空っぽだった。

 僕が呆然と立ち尽くしていると、ヤンキーはテキパキとカートに積んだガラクタを木箱の中へと移していく。訳も分からず、とりあえずヤンキーに倣って作業を手伝うと、数分かかってようやくすべてのガラクタを謎の木箱に移し終えた。

「うっし、さんきゅ。助かったわ」

 パンパン、と手をはたきながら、ヤンキーはカラッと笑った。木箱をバタンと閉じて、「ありがとうございました」と木箱に向けてお辞儀をする。

 ヤンキーは軽くなったカートを再び引いて、僕を振り返る。

「じゃ、帰ろうぜ」

 いやいやいや、意味が分からないから。霊山さんってなんだったんだよ。……という僕の心の叫びが聞こえたわけではなかろうが、ヤンキーはカートをガタゴトと引きながら説明を始めた。

「あの木箱、島の人間は『霊山さん』って呼んでるんだ。誰が最初に呼び始めたのかはわかんねぇ。あの木箱がなんなのかもわかんねぇ。ただ、あの木箱に欲しいものを書いた紙を入れとくと、次の日にはそれが木箱に入ってるんだ。意味わかんねぇだろ?」

「…………う、うん」

「借りたものを返さないと、次からソイツには貸してくれなくなる。でも便利だから、けっこう霊山さんを利用してるやつは多いぜ」

「あの、霊山さんって人が、その、木箱の中身を運んでくる……ってこと?」

「いや、知らねぇ。霊山さんの正体は誰も知らないらしい。ただあの木箱のことを、あるいは木箱のシステムのことを指して霊山さんって呼んでる。……少なくとも俺はな」


117 : [saga]:2013/12/08(日) 16:25:23.79 ID:t6+r8aTN0



「で、でも、木箱の近くで見張ってれば……」

「見張ってても、誰も来ないらしいぜ。でも中身は変わってるんだってよ」

 それホラーじゃんか……

「まぁ、眉唾もんだけどな。誰が言い出したのか知らねぇし。そうそう、他にもこんな話があるぜ。数年前、霊山さんの正体を知ろうとして、冗談で木箱に入ってみた女の子がいたらしい」

「……ど、どうなったの?」

「消えた。女の子は二度と帰ってこなかったらしい」

 ひぃぃ!?

「どこまで本当かは知らねぇけど、とにかく霊山さんの正体に近づくのはやめとけ。あれは島の七不思議の一つだからな」

「……わ、わかった……肝に銘じておく……」

「でも手伝ってくれてありがとよ。おかげで退屈しなかった」

 目つきの悪いヤンキー……もとい笹川は、とても自然に感謝の言葉を口に出す。少なくとも僕なんかよりは人間的に出来た男なのだろう。そこそこ男前だし、こりゃきっと彼女の一人や二人はいそうな気がする。

 そのまま何気ない会話をしつつ、元来た道を辿る僕たち。すっかり空の情勢が藍色に傾いて星が輝きだす頃、ようやく僕の家の前に辿りついた。

「じゃ、また明日会おうぜ、篤実。またな」

「うん、また……」

 胸の前で小さく手を振って笹川を送り出す。笹川が角を曲がって見えなくなると、僕は静かに視線を上へと向けた。空気が澄んでいるせいか、都会で見るよりずっと空は深い青で、四等星くらいまでは見えてるんじゃなかろうか。星座はオリオン座くらいしかわからないが、知識がないからこそ美しく見えるということもある。

 そのまま視線を横へ移すと、生垣の向こうでオレンジ色の明るい光が炯々と輝いている。その下では双子が食い入るようにテレビに齧りついていて、お婆ちゃんが食事の準備に取り掛かっていた。

 視線を下に移す。さきほどの作業で、鉄さびが手にこびりついている。こんなに手が汚れたのは、いつ以来だっただろうか。少なくとも都会に住んでいたころは、手のひらの色がこんなに変わったのを見たことがなかった。

 乳酸が溜まり重くなった足を引きずって、現在の自宅へと帰る。

 晩御飯は郷土料理だということなので、今から楽しみでならない。


118 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2013/12/08(日) 16:30:25.69 ID:a70LqIJg0
驚愕のの人じゃなかったパターンww
119 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/08(日) 16:53:42.89 ID:BmAI52s3O
いいな霊山さん
買ってもいつも使うわけじゃないものとか借りれるのか
便利だ
120 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2013/12/08(日) 17:01:05.33 ID:9KMrF9vJ0
釣りが大得意な飄々としたお爺さんが居る
軽くいなされるから喧嘩は吹っかけないほうが身の為
121 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/08(日) 18:14:01.79 ID:BmAI52s3O
お祭りでは学生で相談して出し物をする
122 : [saga]:2013/12/08(日) 19:07:49.64 ID:8KmT9ZXk0



 さてお婆ちゃんの手伝いでもしようかな、とか考えつつ玄関を潜ると、いきなり見覚えのない女の子と鉢合わせた。



「……っ!?」

 光源が居間の電気しかないので廊下はとても暗く、一瞬幽霊かなにかだと思って本気でビックリしてしまった。

 その子はずいぶん体の小さい子だった。おそらく小学生か、あるいはとても小柄な中学生といったところだろう。お人形のような……といった形容が的を射ている容姿で、上は可愛らしいフリフリのシャツ、下はショートパンツにハイソックスという背伸びファッションだった。

 向こうも向こうで目を丸くして固まっていて、どうやら僕が何者かと判じかねているらしい。あれ、もしかしてこの子が双子の言っていた……

「ど、どうも。あの、僕は、久住篤実っていって……その……」

「……神庭氷雨です。よろしく、久住さん」

 その子は呟くような声量の早口でそれだけ言うと、もう僕なんかには一瞥もくれず、長い髪を翻して廊下の奥へと消えていった。たぶん向こうには台所とかがあると思うので、お婆ちゃんの手伝いでもしようというのかもしれない。そういえばお婆ちゃんが、家事手伝いを孫がしてくれていると言っていたような気がする。

 居間を覗くと、双子たちは食い入るようにテレビを見ていた。うん、こっちの孫たちは使えそうにないな。テレビを見るときは三メートルは離れて見なさい。

「「あ、お兄ちゃんおかえりー」」

 一瞬だけ僕の方を振り返って、すぐにテレビへ視線を戻す双子。テレビでは一昔前のアニメの再放送がやっていた。

「……ただいま」

 聞いちゃいないだろうが、いちおう返事はしておく。しかし双子が邪魔でテレビは見えないし、これといって興味のあるジャンルのアニメでもない。だから僕は手持ち無沙汰になって、しばらく居間の入口で立ち尽くしていた。それから少し考えて、やっぱりお婆ちゃんの手伝いをしようと思い立ち、さっきのあの子……三女が向かった方向へと足を向けた。

 廊下は本当に暗くて、ともすると暗がりの向こうにこの世のものではない存在が現れそうで、僕のSAN値がマッハだった。よし、ちゃんと寝る前にトイレは済ませておこう。

 適当に目についた引き戸を開けてみる。するとそこは脱衣所で、その先に風呂場の扉が見えた。あ、あっぶねぇ! もしかしたらラッキースケベという名の地雷を踏むところだった。幸い中には誰もいないようだ。ラノベの主人公じゃなくてよかったぁ……

 脱衣所をあとにして、今度は向かい側の引き戸に手をかける。開ける前によくよく耳をすませば、向こうから微かに物音が聞こえてきていた。扉の向こうは案の定台所で、そこには手際よく野菜を刻むお婆ちゃんと、その向こうで鍋をお玉でかき混ぜているエプロン姿の三女がいた。

「おや篤実ちゃん、晩御飯はもうちょっと待ってねぇ」

 お婆ちゃんは僕に気づくと、料理の手を止めて優しく微笑んだ。三女はというと、目だけを一瞬こちらに向けて、すぐに鍋へ視線を戻していた。

「あ、いや、なにか手伝うことないかなって……」

「ありがとねぇ。でも、うちの台所はそんなに広くないからねぇ」

「じゃあ……テーブルを拭いて来るよ。台拭きってある?」

「ああ、台拭きなら……」

 お婆ちゃんの視線を追うと、台所の奥にある多段ハンガーにそれらしき布がかかっていた。

 台所に足を踏み入れて、お婆ちゃんの後ろを通る。さらに三女の後ろを通ろうとすると、その前に三女はお玉を鍋の端に引っかけてから台拭きに手を伸ばすと、それをシンクの蛇口で軽く濡らしてから絞って、僕へと差し出した。

「どうぞ」

「え、あ、ありがと」

「おかまいなく」

「う、うん」

 なんとも他人行儀な会話(事実他人だけど)を交わしつつも台拭きをゲットして、なぜかやけにニコニコしているお婆ちゃんの後ろを通って台所をあとにする。台拭きを手渡されたときに三女と思いっきり目が合ってしまったのだけど、その瞳がすごくきれいで、吸い込まれてしまいそうで、なんだか無駄に心拍数が跳ね上がってしまった。お父さんお母さん、僕の寿命は今日だけで三年は縮んでいる気がします。

 ぎこちなく廊下を進んで居間に着くと、アニメが終わったのか、双子たちが畳の上を走り回っていた。おいお前ら、妹をちょっとは見習えよ!

 双子たちは三女のことを気難しい子みたいに言っていたが、いや、たしかに気難しいのかもしれないけど、僕にしてみればああいう子のほうがよっぽど一緒に生活しやすいと思う。なんていうか、必要以上に慣れ合わないビジネスライクな関係っていうか……うん、そんな感じ。

 というようなことを考えながら大きなテーブルを拭いて、後ろでドタバタ走り回っている双子たちへの負の感情を誤魔化すのだった。


123 : [saga]:2013/12/08(日) 19:32:58.42 ID:8KmT9ZXk0

月曜日に篤実が学校へ行ってしまうと、もうそこで子供キャラはほぼ全員集合してしまうのですが……クラスメイトは何人ぐらいがいいのでしょうか?
124 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/08(日) 19:36:05.16 ID:66U5K2fDO
25+αくらいが良いんじゃないの?
125 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2013/12/08(日) 20:03:26.61 ID:uu1K1BAG0
すっげ!序盤で木箱使ってもらえてる!
しかも地元に根付いてる感じにまでしてもらえるなんて……感激で小躍りしちゃいそうになるくらいだぜ!

あー、人数に関しては>>124に同意で
126 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2013/12/08(日) 20:48:22.82 ID:1oUttTv90
学校が始まる前にある程度キャラを募集しとけば良いんじゃなかろうか
きっと不足分は埋まる
127 : [saga]:2013/12/08(日) 20:54:24.80 ID:8KmT9ZXk0

皆さん、ご協力本当にありがとうございます!
皆さんのコメントが励みになります!

一旦ここまでの登場人物をまとめてみました。
学生は今のところ8人登場しています。


●学生

久住篤実(くずみあつみ)(16)
 備考:コミュ障

神庭雫(かんばしずく)(15)
 備考:思春期ツインズ(姉)

神庭霞(かんばかすみ)(15)
 備考:思春期ツインズ(妹)

神庭氷雨(かんばひさめ)(13)
 備考:ドルオタ

????(????)(16)
 備考:謎の少女

赤穂美崎(あこうみさき)(16)
 備考:委員長

淡路ひかり(あわじひかり)(10)
 備考:社交不安症

笹川流礼(ささがわながれ)(16)
 備考:暇人な二枚目



●大人

 面河継子(おもごけいこ)(68)
  備考:お婆ちゃん

 久住朋絵(くずみともえ)(38)
  備考:久住家の母親

 神庭滔子(かんばとうこ)(34)
  備考:神庭家の母親

 高千穂神奈(たかちほかんな)(27)
  備考:ステルススモーカー



候補
・野生児少女
★未来少年
・バンド少女
・癒しロリ
・女仙人
★特撮巫女
・中二男
・釣り爺


すでに出ているキャラの設定も書いていただけると、おそらくそのキャラの登場頻度が多くなります。

128 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2013/12/08(日) 21:04:06.82 ID:WCrkTVY30
おじいちゃん(釣り爺ではない)子な8歳の男の子。既に爺臭い口調で喋る様になってしまっている
129 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2013/12/08(日) 21:11:29.15 ID:tr+gqQgS0
いつも畑で頑張っている、農作物を愛する少女神が居る。美味しい乳を出す乳牛を従えている
130 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/08(日) 21:17:43.89 ID:hNPCpriPo
厨二女
日常会話でさえ厨二、恰好も厨二
予想外な展開になると素に戻る
自室は以外と普通で本棚にはメルヘンチックな本が沢山ある
131 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/08(日) 21:24:31.53 ID:Mw81rLDto
>>54
132 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2013/12/08(日) 21:37:49.10 ID:93La69w30
アイス屋のおっちゃん。気さくで人当たりが良い
島では唯一車で売るタイプのアイス屋
133 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2013/12/08(日) 21:48:12.08 ID:bHxTXPEs0
二週に一度は大鍋会(芋煮会とかの親戚的な?)があり、事情がなければ島の大体の人が集まって、温まりながら程よくワイワイする
134 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2013/12/08(日) 22:14:04.63 ID:Ikfa0UmR0
島の近くの海には、”有る海であ”と呼ばれる、ほぼ全ての魚介・海藻類が存在する漁師御用達の海域が存在する
※ただし乱獲はダ・メ・だ・ぞ(はぁと)
135 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2013/12/08(日) 22:20:33.19 ID:JCvGOFtL0
せっかく様々な言語があるのだから使わないともったいないと
様々な言語をもちいルー語のような話し方をする男子高校生
136 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/08(日) 22:27:30.81 ID:ZFtGzm4To
いとこの家は大学研究室とコネがあり、毎年大学院生の研究目的の長期滞在や、数日間の研究室の合宿を離れに受け入れている
特に地域研究学の研究室、島嶼生物学の研究室とは交流が深い。他に学校の教育実習生も来る
137 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/08(日) 22:35:52.83 ID:Mw81rLDto
太 鼓 の 達 人 が 大 流 行
138 : [saga]:2013/12/08(日) 22:41:22.00 ID:8KmT9ZXk0

よほど主張の激しいキャラじゃないかぎりは、学校が始まって篤実と同じクラスにいても、しばらくコミュ障の篤実に認識されないのはおかしくないかなと思います。

目下の問題は、四月に発生する大きなイベントと、そこで活躍する(または事件を起こす)ヒロインポジ(または悪役ポジ)のキャラが1〜2人いるといいかなと思うのですが、いかがでしょうか?

もちろん、それ以外の設定も募集中です! よろしくおねがいしますm(__)m
139 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/08(日) 22:43:54.96 ID:R0XPBp1jO
男勝りでサバサバしてるけど料理が好きでお菓子作りが得意な女の子
男だけど女々しい子

二人は男の子の方が女の子に料理を習い出したのをきっかけに仲良くなった

女の子の方が男の子の方にしっかりしろよなんていいながらもついつい守ってあげちゃう


細かく決めすぎたから適当に切り取って使ってください
140 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2013/12/08(日) 23:08:14.50 ID:hDGipp/l0
こんなに自然豊かで素敵な島に住んでいるにも関わらず、機械並みに精神・感情的な事に対して無頓着な少女
141 : [saga]:2013/12/09(月) 00:36:17.11 ID:sF3iwlSR0



 できあがった料理を三人でテーブルに並べて、僕を除く全員がそれぞれの定位置につく。お婆ちゃんは廊下に一番近いところに座って、そのすぐ隣に三女が、三女の対面に双子が腰を下ろす。僕は数秒迷った挙句、三女の横に一五〇センチほど間隔をとって正座した。

 ちなみに神庭家の父と母は海へ漁に出ているので、一週間に一度くらいしか帰ってこないらしい。なんでも父親は漁師らしいのだが、夫婦仲が睦まじすぎて母親も毎回漁について行ってしまうらしい。お婆ちゃんがこの家に住むまではさすがに自重していたらしいのだが、最近ではすっかり海の人なのだそうだ。……お熱いことですこと。

「それじゃあ、いただきます」

 お婆ちゃんの掛け声に全員で続く。そして食事が始まったのだが、お婆ちゃん曰く郷土料理だというソレは、なんとも不思議な食べ物だった。一言で言えば……いろいろな食材を混ぜ込んであるお餅、みたいな。

「それはねぇ、この島にずっと古くから伝わる料理なんだよ。昔は、この島の土で育ったお米は炊くと勝手にくっついて、お餅みたいになったらしくてねぇ。今でもそれが、この島民の主食になってるんだよ」

 なるほど、食べてみるとたしかにお餅だ。でも餅自体にも味付けがちゃんとされていて、すごく美味しい。適度に水っぽくて口の中で粘つかないし、ちょっと変わったお雑煮のような食感だ。

 他にも味噌汁のようなスープ系のものがあるけど、それも初めての味だった。っていうかすごく美味しくてびっくりした。美味しすぎて顎関節がキーンと痛むくらい。

「このスープすごい美味しいね! 見たことない具が入ってるけど、これはなんなの?」

 これもお婆ちゃんに視線を向けて訊ねたのだけど、なぜかその質問に答えたのは三女だった。

「見たことないのは当然。この島特有のきのこと、島の近くで捕れる珍しい魚を使ってるから」

「へ、へえ。そうなんだ」

「スープの具がなくなったら、お餅を入れて食べるとおいしいよ」

「そっか、あとで試してみるよ。それに、この春雨もいいよね。春雨、大好物なんだ」

 ……という発言には特にリアクションはなかった……。べ、べつに今のは独り言なんだからねっ!

 ふと見ると、僕の対面で食事をしている双子が顔を見合わせてニヤニヤしている。無言でニヤつかれると中学生のときのトラウマを思い出して被害妄想に囚われるのでやめていただきたいのですが。

 どうやら三女の意向により、食事中はテレビを消す決まりになっているらしい。まあ僕もテレビはあまり好きじゃないからいいけどさ。でも代わりに双子がしゃべりまくるので、食卓はまったく静かにはならなかった。

 それにしても、こんなに賑やかな食事は本当に久しぶりだった。都会にいた頃はほとんど一人で食事をしていたので、味なんてわかったものじゃなかった。それがこの島に来て、食事の楽しさ、美味しさというものを思い出させてもらった。対人関係において以外は、この島に来て本当に良かったと心から思える。

 ……いつか、対人関係においても、そう思える日が来るといいんだけど。

「ごちそうさまでした」

 はじめと同じように、お婆ちゃんの掛け声にみんなで続く。

 空っぽになったお皿を台所に運ぶ。お婆ちゃんは最後まで遠慮してたけど、どうしてもと押し切って、皿洗いは僕がやることになった。さすがに突然居候させてもらって甚大な迷惑をかけているのに、家のことをなにもしないわけにはいかない。なるべく家事は強引にでも手伝っていくことを、島に来る前から決めていた。

 都会にいた頃は、皿洗いなんて一、二枚程度で済んでいたのに、今日は二十枚近くあった。だけどそれにうんざりしたかといえばそうでもなくて、むしろ逆に、なんだか口元が緩むような気持ちだった。あらやだ、僕ってマゾなのかしら。

 水音と、食器の擦れる音だけが断続的に響く台所に一人っきり……。そういえば今日はずっと誰かと一緒に活動していて、一人の時間なんてほとんどなかったような気がする。そう考えると、いまこの瞬間はなかなか貴重な時間なのかもしれない。

 ……なんてことを考えていた矢先、台所の扉を開いて三女が入室してきた。

 三女は僕に一瞥もくれずに無言で隣に立つと、僕が洗った食器を、持ってきたタオルで拭き始めた。突然のことに驚いてしばらく彼女のことを見つめていたが、それに対してもノーリアクションで食器を拭き続ける三女。とりあえず僕も、無言のまま食器洗いを続行する。

 数分後、僕は最後の皿を洗い終えた。それを見た三女が、無言で手を差し出す。僕もお皿を無言で彼女に手渡すと、彼女はそれをやはり無言で拭いて、拭き終わった食器を食器棚にしまい始めた。僕も無言でそれを手伝う。

「…………」

「…………」

 最後の食器を棚にしまい終えて、互いに無言で数秒間立ち尽くす。そのあいだ彼女がなにを思っていたのかはわからないけど、少なくとも僕は「なんなんだよこの空気は!?」というようなことを考えてパニックに陥っていた。

 しかし僕はそこで思い出した。たしかあの双子が、三女を怒らせたくなければいろいろなルールを守る必要があると言っていたはずだ。それほどまでに気難しい子なのだと。つまり十中八九、僕は三女に面白く思われていないはずだ。だってまだ、そのルールとやらを一個も教わってないんだもの!

 おそらく、どれかのルールを無意識に破ってしまったのかもしれない。もしかしてさっきの食事中に滑ったのがいけなかったのかしら? それとも皿洗いを無理やり奪ったから? はたまた、もっと前から気に食わないヤツだと思われていたのかな?

 いや、そもそも普通の女の子なら…………僕がこの家に来たことそのものが面白くないだろう。

「あ、あの……ええっと、いきなり居候させてもらうことになって、ほんと、ごめん。いやほんと、悪いとは思ってるんだよ」

 僕の言葉には返事を返さず、三女はただ黙って僕の目を見つめていた。いや、だからその綺麗な目で見つめるのはやめてくださいお願いします。

「なるべく、その、気配を殺して、あんまり喋らないように、するから。うん、えっと、それじゃね、神庭さん……」

 三女の無言の圧力が怖すぎて、僕は逃げるように台所をあとにした。あれ以上あそこにいたら間違いなく状態異常こおりになっていた。やれやれ、初代なら即死だったぜ……。


142 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2013/12/09(月) 01:13:58.32 ID:L+41iuJW0
餅をこんなにメシウマに描写してもらえるなんて……幸せだなぁ
143 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/09(月) 07:58:33.55 ID:JXdu6c9OO
中年男
島の人間ではなくテントで生活している。
なんでも島には秘密の宝が眠っていて、
宝探しをしているらしい。
ほとんどの住民は、たいして気にしていないか…
144 : [saga]:2013/12/09(月) 08:19:44.51 ID:sF3iwlSR0



 都会のお風呂とはガスの付け方が全然違っていて手こずってしまったけれど、どうにか無事にシャワーを浴びることができた。僕が一番風呂になってしまったので湯船には浸からず、体を洗ったらさっさと上がる。コミュ障はいろいろと気を遣えるのだ。

 洗濯物が従妹たちと一緒にならないように、持参した洗濯籠に脱いだものを入れて、マイバスタオルで体を拭く。従妹がいるなんて知らなかったので、これらを持ってきたのは完全にただの偶然だった。備えあれば憂いなし。

 風呂からあがったらすぐに歯磨きをして、それが終わるとお婆ちゃんにおやすみと挨拶をし、すぐに自分の部屋に閉じこもる。ついさきほど三女と約束したばかりなので、これからはなるべく自分の部屋から出ないように気を付けよう。

 僕の部屋は双子たちに手伝ってもらったおかげで、そこそこの生活感が出ている。まあ僕の性格からしてすぐに散らかりそうだけど、いつなにがあって追いだされるかわかったものではないので、なるべく部屋は汚さないようにしなくては。

 実家から持ってきたノートパソコンを起動して、携帯のテザリングでネット回線に接続する。やや接続状況は芳しくないが、そう贅沢も言ってられない。圏外でないだけマシと考えることにしよう。

 パソコンのブックマークからニコ○コ動画に接続して、過去にアップした動画の再生数やコメントを確認する。自分の作品の評価を見るとき、ある種の昂揚感や期待感と、そして胸がむかつくような不快感と不安感が入り混じったような独特の感覚が押し寄せる。そうしてコメントの評価に一喜一憂しつつ、次の作品制作へのモチベーションを培うのだ。

 僕の作った動画のタグをチェックすると、「またお前か」「お前じゃなかったらどうしようかと」「期待の病人」「多声類」などといろいろなタグが増えていてニヤけてしまう。ちょっと今回の作品はふざけすぎたので、いろいろ反響があるようだ。ここのところ演じてみた動画ばかりだったので、久しぶりに歌ってみた動画でも上げてみようかな。

「あ、あ、あ……。うん、こんな感じかな?」

 喉のチューニングをして、少しずつ声を、あの双子の声に近づけていく。昔から声帯模写は練習を重ねているので、今ではたとえ女の子の声でも、練習すればそっくりに真似ることができるようになった。

 でもこの特技が他人にバレるとあとで大変なことになることを経験上知っているので、匿名コミュニティであるネット上でしか披露はしない。リアルではせいぜい、アナゴさんの真似くらいに留めておくのが無難だ。フグタくぅぅん。

 時計を見ると、まだ九時半。いつもは一時過ぎとかに寝ているので、いくら今日は疲れているとはいえ、さすがにまだ寝むれるような時間ではない。けれどあの双子がいつ突撃してくるかわかったものではないので、三女に迷惑をかけないためにも早く寝ることにした。電気を消して、ベッドに潜り込む。

 目を閉じると、まるで走馬灯のように今日の出来事がまぶたの裏にフラッシュバックする。こういうのは大抵、大きなストレスを感じた事柄が映るものだ。だから僕の場合は当然、他人との接触の記憶が想起されることとなる。果たして、この島暮らしによって人付き合いに慣れたりするのかな。

 なんてこと思っていると、例の爆弾娘たちが僕の部屋のドアをノックもせずに開け放った。

「「お兄ちゃん、あそぼーっ!!」」

「……うん、明日ね」

「え、部屋暗っ!」「もう寝るの!?」「早っ!!」「都会の人ってこんな早いの?」「うそ、ほんとに?」「ねえねえお兄ちゃん、かまってよー」「そうだよー、可愛い妹とお話しようよー」「UNOしようよー」

 電気は点けないものの、双子は僕のベッドに腰掛けて、しつこく声をかけてくる。僕はかろうじて見える双子の表情を窺いながらも、心を鬼にして対応することにした。っていうかUNOってなんだよ、修学旅行じゃなんだぞ。

「……あの、これから、ずっと一緒なんだし……。嫌でも話す機会あるよ。だから今日はお開きにしよう。いろいろあって、今日は疲れたんだ」

「ええー?」「うーん、疲れたのかー」「まあ、そーだよね」「しょうがないなー」「じゃあまた明日ね」「おやすみ、お兄ちゃん」「おやすみー」

 渋々ではあるものの、僕の体調を気にして従ってくれるあたり、どうやら自己中な子たちではないらしい。双子はベッドから離れると、手を振りながら部屋をあとにした。

 再び訪れた静寂と暗闇に身を任せて、目を閉じる。双子たちの足音が隣の部屋に落ち着き、かすかな話し声へと変わる。普通のボリュームで話すと結構筒抜けで聞こえるようなので、この部屋で電話とかするときは気を付けなければ。まあ電話するような相手なんかいないんだけど。

 しばらくそうやって目を閉じていると、だんだん眠くなってきた。暗闇に慣れた目で時計を見ると、十時を回っている。すると一階から上ってきた静かな足音が、隣の部屋へと吸い込まれるのが聞こえた。どうやら三女も風呂からあがったらしい。そういえば彼女の部屋は見たことがないけれど、どんな部屋なんだろう。すごく気になる。

 僕が妹の部屋を妄想して犯罪的なニヤつきを披露していると、三女が自分の部屋から出て、階段とは逆方向に歩き出す足音が聞こえた。なんだか忍び足っぽく、ほとんど足音を殺しながら歩いているかのようで違和感を覚える。まさか双子たちを奇襲するつもりか?

 しかし微かな足音はなぜか僕の部屋の前で止まって、しばらくそのままなんの音もしなくなった。え、なにこれすごい怖い。心霊現象?

 僕の体感的にはそのまま一分ほど経過して、ようやく次のアクションが始まった。僕の部屋の扉がノックされたのだ。


145 : [saga]:2013/12/09(月) 08:57:46.27 ID:sF3iwlSR0



 突然のことに驚きつつ、返事をするかすまいかで一瞬迷う。でも三女の場合は、双子と違ってなにか重要な話がある可能性も捨てきれない。結局、暖かくなってきたベッドから起き上がって、僕のほうからドアを開けた。

「あの、どうかした……?」

 三女の視線が一瞬、部屋の中へと移った。真っ暗だったことを意外に思ったんだろう。

「すみません、もう寝るところでしたか?」

「うん、まあ大丈夫だよ。それで……?」

 僕が促すと、三女はやや気まずそうに視線を逸らして、沈黙してしまう。そんなに言いにくいことなの? もしかしてもう出て行けとか言われちゃうの? あのぅ、まだ初日なんですが……

 まさかこの状況でドアを閉じて締め出すなんてこともできないし、かといって年下の女の子を部屋の中へ誘うのも憚られるしで、そのまま根気強く待っていると、ようやく三女が口を開いた。

「あの、なんとお呼びすればいいんでしょうか」

「は?」

 質問の意図が読めず、間抜けな声を出してしまった。なんと呼べばいいか? なにを?

「もしかして、僕のことを?」

「ほかに、なにが?」

 若干語気が強い。ちょ、怒んなよ。コミュ障はニュアンスで察するとか苦手なんだよ……主語と目的語抜かないでくださいお願いします。ちくしょう、だから省略言語ジャパニーズは嫌いなんだよ! イングリッシュ圏に生まれたかった……

「……す、好きに呼べば、いいんじゃないかな……?」

「…………」

 ちょ、なんで黙るし。これ以上の答えはないでしょ普通に考えて。どう考えても居候の僕のほうが立場が低いんだから、どう呼ばれようと文句は言えないじゃないか。なんなら「おい駄犬」とか呼んでくれても構わない。え、なにそれ興奮する。

 三女は相変わらずのブラックホールアイで僕を見つめながら、続ける。

「姉さんたちは、「お兄ちゃん」と呼んでいますね」

「そ、そうだね。まあ、厳密にはお兄ちゃんでもなんでもないから、ちょっとおかしいけどね」

「…………」

 だから黙らないでよ! なんなんだよ! 趣旨がまったく読めないよ!!

「そ、そういえば、さっき「久住さん」とか呼んでなかったっけ? それでいいんじゃないの……? な、なんか一番、僕らの関係を的確に表してるような、気がするし……」

「…………そうですか」

 え、なんでちょっと語気強いんだよ。おこなの? まじでなんなの? だから年下の女の子とか苦手なんだよ。もうちょっとコミュ障のことを学んでから出直して来なさい。まあもう二度と来ないだろうけどな。ふはは。

「急にすみませんでした。おやすみなさい」

「え、あ、うん、おやすみ、神庭さん」

 結局話はそれだけで、三女は自分の部屋に戻っていった。僕はしばし呆然と立ち尽くしていたものの、やがてのろのろとベッドに潜り込む。今のでドッと疲れたのでよく眠れそうだ。

 明日への期待と不安を胸に、僕は今度こそ眠りについた。


146 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/09(月) 09:28:16.73 ID:JADMUPmDO
よし、ここでまた募集キャラをまとめてもらって
もっぺん新規キャラの応募を募ろうぜ!

この時間で人が来てくれるかは分からないけど、俺は三人くらい考えとくつもりだよ

そして主人公がこの島で初めて見る夢は、どんなものになるのか
147 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/09(月) 09:29:56.99 ID:n9xteTqfo
>>146お前>>1じゃないのに何仕切ってんだよ?
そんなにキャラクター考えつくならお前が書けや
強要はやめろや気持ち悪い
148 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/09(月) 09:32:54.71 ID:3mMkTghko
>>146何様?
別スレ立ててやれば?
そんなに面が厚くて何がしたいの?
149 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/09(月) 09:38:46.66 ID:4R8yjWVyo
まーた臭いのが湧いてるよ
>>1も安価程々にしないとキャラクター設定厨が湧いて捌ききれなくなってエタるよ?色んなスレで見てるし
150 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/09(月) 09:41:58.16 ID:PixndY3Qo
>>146
くっさ糞みてえな奴がいるな
151 : [saga]:2013/12/09(月) 09:42:20.24 ID:sF3iwlSR0

基本的に、いつでもキャラや設定の募集は行っておりまして、組み込めそうだと思ったらどんどん組み込んでいきます!

ただし全部使うわけではなく、あくまで独断と偏見で>>1が「選んで」いくのでそこのところはご了承ください!
152 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/09(月) 09:43:05.08 ID:PixndY3Qo
>>151
キャラクターというか生徒は何人くらいにするつもりなの?
153 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/09(月) 09:43:33.59 ID:JADMUPmDO
あー、うん。
自分でも厚かましいとは思ったけどね。>>1がキャラを欲してる風だったから
そうしてもらえば他の人達も考えたり書き込んだりしやすいかな?とね……
154 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/09(月) 09:45:33.73 ID:PixndY3Qo
>>153
お前みたいのがいるから考えても書き込みたくなくなるんだよ
人のスレ私物化してんじゃねえよ気持ち悪い
155 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/09(月) 09:48:29.79 ID:l7q2ki3uo
うーん>>1は確かにキャラクターや設定を求めてたけど何で ID:JADMUPmDOが口出ししたのかが不明
他でスレ立てすれば?胸糞悪いからさ
156 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/09(月) 09:49:36.17 ID:JADMUPmDO
荒らすつもりがあった訳じゃないんだが、ここまでになるとは
いや、本当。失礼したよ
157 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/09(月) 09:52:17.66 ID:kkm6K7w8o
ID:JADMUPmDOは何がしたいんだ?
失礼したよとか上から目線甚だしいな
お前がスレ主じゃねえだろ読者の一人なのに偉そうにしてんなよ
158 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/09(月) 09:54:42.96 ID:KAi4TPMOo
キャラクター設定そのまま使われないのに必死すぎる >>146にワロタwwwwww
半年ROMってろ阿呆
159 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/09(月) 09:57:32.81 ID:v0IiU7ZEo
別に読者に謝らなくていいよ>>1に謝れや
160 : [saga]:2013/12/09(月) 10:02:39.15 ID:sF3iwlSR0

>>152

生徒数は、とりあえず20人前後を想定しています。が、なるべく明確に生徒総数が判明しないように篤実くんを誘導していきたいと思っています(`・ω・´)


そして何かのイベント(たとえば文化祭など)での主要メンバーは、今のところ5人前後を想定しています。
主要メンバーとモブがローテーションしていく感じでしょうか。


イメージは、さよなら絶望先生です。


コメントを見ていて人気が高いなと感じたキャラは、露出が多くなっていくと思われます。


そういった感じで、よろしくおねがいしますm(__)m

161 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/09(月) 10:04:59.60 ID:JADMUPmDO
>>1さん、この素晴らしきスレをこんな状況にしてしまい、申し訳ありませんでした
162 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/09(月) 10:05:57.34 ID:CYnldrWco
ID:JADMUPmDOほら>>1からの許可出たぞ早くお得意の設定を書けやwwwwwwwww
163 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/09(月) 10:08:36.86 ID:CF23E+Gso
>>161がすごい設定を考えつくみたいだから>>161が設定書くまで何も書かないでいるわ
凄いたのしみだなあ
164 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/09(月) 10:14:06.26 ID:6/PCj7rso
>>161
いいから早く書けよ仕切り屋が書かなかったら誰も書けないぞ
これだけ色々言われてるんだから唸らせてやれよ
165 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/09(月) 10:17:55.85 ID:JADMUPmDO
別に得意でも凄い設定でもないけど、とりあえず一人、書かせてはもらいますね

・明朗快活を地でゆく男性体育教師。よく力仕事を頼まれるが、嫌な顔など全くしない
166 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/09(月) 10:19:06.09 ID:6/PCj7rso
うわっ本当に書いたよ!
面の皮厚いな
167 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/09(月) 10:35:17.38 ID:wAaAE3kmo
期待しといて下げるなんてつまんねえのそんなんで仕切ろうとしてたんかよ
胸糞悪い奴だな
168 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2013/12/09(月) 10:38:08.65 ID:LFypzBEk0
正直、なんでみんなそんな奴に構ってるのか解からんのだが

『精霊通信』を楽しみに、ちょくちょく図書館のパソコンを見に来る少年。島では一番遭遇率が高い
169 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2013/12/09(月) 10:46:14.32 ID:ohk204Gz0
島の総合商品店「スーパースーパー」(ダサい名前ww)の男性店主
大体何でも扱ってるし、取り寄せてくれる。高度文明品も扱えるのだが、島の人が頼まないので”無い”と思われてるだけ
170 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2013/12/09(月) 10:50:09.49 ID:98D23Yry0
少年
この島で恐竜の化石を掘り当てる事を夢見る
でも島を削って大丈夫なの?
171 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/09(月) 10:55:48.19 ID:25AImpeso
高1で学校で唯一の野球部男子
元々都会住みだったが両親の離婚で島に越してきた
不便な島が嫌いで早く都会に帰るためにプロ入りか大学の推薦を狙って1人で真剣に練習してる
不良じゃないけど友達が少ない
172 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2013/12/09(月) 10:59:08.45 ID:J2aD2H0l0
感染系ではない不治の病に侵されている少年。他人に頼らなければ病院から出られない
173 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/09(月) 11:01:58.27 ID:a+NZoMsJo
島唯一の教会の外国人夫妻の娘
料理が超得意な天然のおっとりさん
学問は得意だが胸が大きくスタイルが良いためか運動は不得意
174 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2013/12/09(月) 11:07:31.44 ID:U3a4DreH0
男性
初老の国語教師
良くない事をした子には、叱るというより静かに諭す人
175 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/09(月) 11:08:31.01 ID:qLVjvum7o
全校生徒20人ならそんなに先生いらないな
176 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/09(月) 11:14:32.04 ID:z/v3m/SoO
両親とも鉄道ファンで本人も鉄道ファンの中学生
自家用の軌道車両が小型蒸気機関車とオンボロレールバス
両親は軌道大好きだが、本人は都会の鉄道に興味を持ってしまい都会志向が強い
177 : [saga]:2013/12/09(月) 11:16:24.43 ID:sF3iwlSR0



 校門脇の看板を見てみると、どうやら学校が開くのは八時三〇分らしい。シャツの胸ポケットから取り出したスマホで確認した現在時刻は七時三〇分。ふむ、まるまる一時間はあるな。

 早すぎるだろ!!

 いくらなんでも早く来すぎた! いや、でもさ、もしも教室に着いた時点でみんながコミュニティになってしまっていたらどうする? そんなのコミュ障の僕が入れるわけないじゃないですか! だから朝早くに教室で待機しておいて、少しずつ登校してくる生徒を狙い撃ちにする作戦だったのに……

 っていうか開門が八時三〇分は遅すぎやしないだろうか。都会だったら七時半にはだいたい開いてるもんじゃないの? すくなくとも僕の通っていた学校はそうだった。

 しかしお婆ちゃんの制止の声も聞かずに家から飛び出した手前、このまますごすごと家に帰るのは恥ずかしい。仕方ないので、学校の前でスマホをいじって時間を潰すことにした。

 まとめサイトをサーフィンしていると、思いのほか時間がたつのは早い。いくつか読んでいると、すぐに二〇分ほどが経過していた。ずっと校門にもたれた体勢で立っているのも疲れるので、背伸びでもしようとスマホから顔を上げると……



 すぐ目の前に、ランドセルを背負ったツインテールの女の子が立っていた。



 朝露を反射して煌めく木々のなか、いつのまにか立ち込めていた霧を背景にしたツインテ幼女は、驚愕に言葉を失っている僕をじっと見上げていた。そして、唇をほとんど動かさずに声を発する。

「おはよう?」

 ……な、なぜ疑問形……?

「お、おはよう……」

 切りそろえられた前髪の奥で、女の子の瞳が一瞬揺れる。なんだかその目に強烈な違和感を感じたのでよくよく観察してみると、どうやら目の焦点が微妙にズレているらしいことがわかった。単純に僕の顔を見ているようで見ていないのか、それともロンパリ気味なのか。

「転校生?」

「う、うん。まあ」

「よろしく」

「よ、よろしく……」

 無感情というか、無感動というか……、とにかく台詞を朗読しているような声色だった。まるで上の空で、僕になんかまったく興味がないというような感じ。でもそれなら話しかけてくるのはおかしいし、質問をする必要もないはずだ。彼女の意図がまるで読めなかった。

「携帯電話?」

 女の子の視線が、僕の手に握られた端末に向けられる。しかしそれもやっぱり興味なさげで、さながら義務的に質問を重ねているかのようでさえある。

「うん、そうだよ。スマートフォンっていう……略してスマホ」

「すまほ」

「うん」

「すまほ」

 スマホという言葉の響きが気に行ったのか、その単語を繰り返すツインテ幼女。そこだけ聞くとなんだか可愛い感じがするけれど、表情筋をほとんど動かさず、まるで腹話術のように話す様子は正直……ちょっと不気味だ。

 とはいえ今日から同じクラスになるわけだし、邪険にはできない。ひとまずコミュニケーションを図ってみるとしよう。

「スマホ、いじってみない?」

「みる」

 即答だった。なんなら若干かぶせ気味でさえあった。僕はややたじろぎつつも、女の子にスマホを差し出す。すると女の子は、じっとスマホを見たまま動かず、ややあって僕の手の上からスマホを掴んだ。赤穂さんもそうだったけど、この島の人たちはスマホを自分の手で持っちゃいけない決まりでもあるの?

「えっとね、こうやって画面を直接、指でなぞるんだよ」

「なぞる」

 言葉を反復しながら、僕のやったように画面をなぞる。自分の細い指に沿って画面が動くのを見た女の子は、「すまほ」と呟きながら僕の顔を見上げた。いやそれはどういう感情に基づいたジェスチャーなんだよ。

 結局僕らは校門が開くまでずっと二人っきりで、スマホいじりに興じていた。


178 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/09(月) 11:20:58.41 ID:z/v3m/SoO
>>176に性別書き忘れた…男のつもりです
179 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2013/12/09(月) 11:24:57.70 ID:z0jDnuVN0
花火職人の娘
洞窟の一部に、間欠泉の穴の様な縦穴を見付けた
いつかそこから、みんなを驚かせつつ楽しませようと、噴き出し式の派手な花火を上げようと画策し、
誰にも知られないように、火薬をちょっとずつ隠して盛っていっている。今では結構な量が溜まっている様だが……
180 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2013/12/09(月) 11:35:23.06 ID:qcSuoaXB0
ぬいぐるみ大好き幼女
常に一つは必ず持ち歩く程には好き
部屋の中はぬいぐるみでごった返していて、その内動き出しそうにまで思える雰囲気がある……らしい
181 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2013/12/09(月) 11:42:02.89 ID:fmbMHwt00
永遠の留年生 ものすごくやる気が無い
182 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2013/12/09(月) 11:50:18.88 ID:GsFpxf270
バーガー少女
島にはマックなど無いので、ハンバーガーを自作して食べている。バンズは郷土料理の餅で代用している
183 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2013/12/09(月) 12:03:09.44 ID:VYhK9X650
島のマスコットキャラクターの一つに「サンサイダー」というのが居る
島の山菜を一つにまとめて、タイツ系ヒーローっぽくした様な見た目。島内人気はそこそこ
マスコットキャラクター達には、ついでと言う感じの手作りで、それらの4コマ、もしくはストーリー漫画が発行されている
製作者はもちろん……
184 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2013/12/09(月) 12:15:58.10 ID:VhWaOdeq0
ねこ
ねこ。飼いねことかのらねことかいる
185 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2013/12/09(月) 12:16:32.52 ID:6yOq38vs0
島が豊か過ぎるせいで、”んっごい雑草”という、縦長の葉で人間大にまで伸びる雑草が生える
刈っても一日くらいでまた生えてくる。基本的には牛の餌。冬場や災害時には非常食にもなる
186 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2013/12/09(月) 12:25:22.75 ID:StLlRrof0
んっごい雑草を好んで食べる男の子
学校の昼以外の休憩時間に、おやつ代わりにしてるのか、よく食べている
187 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2013/12/09(月) 12:39:28.09 ID:Om+2jOhX0
おー、ずいぶん増えてるなぁ。今、>>1的にはどれくらい集まってるんやろか?
188 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/09(月) 13:33:11.36 ID:qEaNQccbo
サイコロで任意の目を必ず出せる人
189 : [saga]:2013/12/09(月) 13:34:48.20 ID:sF3iwlSR0

キャラの選考基準……というほど大げさじゃありませんが、今まで出たキャラを選んだ理由を考えてみました。

・個人で完結せずに他の設定とも密接に繋がっている、話を広げやすそうなキャラ

・篤実に対して、なにかしらの役割を果たしてくれるキャラ

・これから起こるイベントによって成長しそうなキャラ

・強烈にキャラが立ってるのに、主張しすぎていないキャラ



あとで出したいと思っている子は、今のところ3人くらいでしょうか…

ですが、いろんな人によって設定が追加されていったり、活躍できそうな美味しい設定が後から生まれたりしたら、急にスポットライトを浴びる子もいるかもです。

ゆっくりまったり、長い目で見てやってくださいm(__)m

190 : [saga]:2013/12/09(月) 14:58:27.61 ID:sF3iwlSR0



「僕は久住篤実。きみは?」

「鏡ヶ浦 凪」

 簡単な自己紹介を終えると、ツインテ幼女こと鏡ヶ浦は再びスマホに視線を落とした。

 学校が開放されて教室に移動してからも、彼女はスマホいじりに夢中だった。しかも僕の手の上からスマホを握っているせいで離れられず、つまり他のクラスメイトたちが教室に到着し始めても、彼ら彼女らに接触することができなかった。おいおい僕がクラスで孤立したら責任とれるのかい?

 現在僕は、先生に指定された僕の席(窓際の一番後ろで余ってた席)に座っている。都会にいた頃よりは教室の机の数が少なくてすっきりしているけど、だからといってそこまで生徒数が少ないわけでもない。離島の学校っていうくらいだから、せいぜい十人くらいだと高を括っていたけど、ぜんぜんそんなことはなかった。むしろその倍はありそうだ。

「すっかり気に入られちゃったね、お兄ちゃん」「ナギちゃんに気に入られるなんてすごいね、お兄ちゃん」

 学校が開放されるのとほとんど同時に登校してきた思春期ツインズの二人は最初、登校初日からいきなり置いていかれたことにぷりぷり怒っていた。……いや、いつまでも起きてこないキミらも悪いだろ。結果的には早く出発しすぎた僕が一番悪かったんだけど。

 そして二人の横にもう一人、僕にも見覚えのある女子が立っていた。相変わらずお嬢様然とした物腰の少女、赤穂さんである。

「いつもみんなより早く教室に着くようにしていたのだけど……今日は負けてしまいましたね」

 そんなことを言いつつ、悔しさなんて微塵も感じさせない穏やかな微笑みを浮かべる赤穂さん。彼女はたしか、このクラスで天使を……おっと間違えた、委員長を務めていたはず。だからいつも、みんなより早く学校に来ているのだろうか。真面目すぎるだろ。

 教室の前にかけられた時計を見ると、学校が開放されてから三〇分ほどが経っていた。さすがに九時を回ると、だいぶクラスもだいぶ賑やかになってきていた。しかし教室の隅で四人の女子に包囲されている男子に近づこうなどというチャレンジャーはいないらしく、誰もが遠くからこちらを窺いつつヒソヒソ話に興じている。ねえ順調に僕の孤立化政策が進んでるんだけど大丈夫? なにこの包囲網、すごいこわい。

 そんな惨事が進行しつつあるとはつゆ知らず、赤穂さんが善意百パーセントの微笑みを浮かべる。

「もうすぐ、毎年四月の行事である『写生大会』が行われるんです」

「え、なんて言ったの委員長?」「ごめんよく聞こえなかった」「なに大会だって?」「もっかい言ってくれないかな?」

 おいやめろ思春期シスターズ。

 けしからん双子を睨んで黙らせると、意味がわからなかったらしく首をかしげている赤穂さんに向き直る。なにこの純粋無垢な生き物、ユニコーンの化身?

「写生大会か……。まあ、どこもかしこも綺麗な島だしね」

「ええ。その日は四人一組でグループを作って、朝から夕方まで校外の好きな場所で写生を行うんです」

 うーわっ……出たよ、何人一組のグループワーク。幾多のコミュ障たちに消えない傷を残す悪夢の制度だ。もうすでに参加したくなくなったよ。

 ……だ、だけど四人ならギリギリなんとかなるぞ。神庭シスターズに頼めば、僕と双子と三女でちょうど四人。よし、行ける!

 すると赤穂さんはにっこりとほほ笑んで、まるで当然であるかのようにこう続けた。

「それと篤実さん、クラスの子たちと仲良くなれるチャンスですから、ここは知らない人と組みましょうね!」

 鬼 で す か ?

 抗議しようと口を開きかけたところで、しかし無常にも……朝のホームルーム開始を告げる鐘が鳴り響いた。


191 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/09(月) 18:08:21.19 ID:2K/2cLIWO
三女と委員長がとてもかわいい
192 : [saga]:2013/12/09(月) 18:59:00.94 ID:sF3iwlSR0



 黒板に白いチョークで書かれた「久住篤実」の四文字。教室に集まった十数人もの生徒の視線が僕へと注がれていた。

「久住篤実、高校一年生です。本土の、わりと都会の方から昨日転入してきました。まだこの島の勝手はわからないので、いろいろと教えてやってください。これからよろしくおねがいします」

 スラスラと、ハキハキと、昨日の夜に考えた無難極まりない台詞を暗唱する。緊張しいのコミュ障でも、これくらいならギリギリ可能だ。……ほんとにギリギリだったけど。

 僕の挨拶が終わったのを確認すると、教壇の横に避けていた眼鏡の女教師……担任の高千穂先生が、教室に緊張感のない声を飛ばした。

「あー、うん。そういうわけなんで、みんな仲良くしてね。赤穂ちゃん面倒みたげて」

「はい、先生」

 この先生が委員長を頼るのはいつものことなのか、無茶ぶりにも即答で反応する赤穂さん。さすがです。

「じゃ、久住くん席ついて。次は写生大会の連絡ね」

 等間隔に配置された机の間を縫って席に戻る。途中、明らかにおかしな格好をした子が何人か見えたような気がするけど、脳が記憶することを拒否したのでよくわからない。一般人ともうまくコミュニケーションできないのに、あんな連中とどう接すればいいんだよ……。

「グループは四人で一つね。なんか先週から風邪流行ってるけど、まあ誰か余ったらどっかねじこむからよろしく」

 ぽわぽわした雰囲気の高千穂先生だけど、言ってることはなかなか有無を言わせないものがある。ここまでばっさり言い切られると、余っても恥ずかしくないかもしれない。

「そんでこっから重要。グループには高校生以上の子がぜったい入ってるようにね。あと小学生以下の子は均等に。まあ、うん、そんな感じで。よろしくー」

 なるほど、さすがにすべてのグループに教師が付き添うわけにもいかないから、上級生が監視役になる必要があるんだろう。小学生だけで山に入るなんてゾッとしない話だし。

 それにこうやっていろいろと制約があったほうが、完全に自由よりもずっとグループが作りやすい。なにも考えてないように見えるけど、高千穂先生はああ見えて、意外と切れ者なのかもしれない。

 でもああいう飄々とした感じの人は掴みづらくて、僕は個人的に苦手だったりする。正直言って、あんまり仲良くできるきがしないっていうかなぁ……

「あ、それから久住くんは赤穂ちゃんと一緒のグループね。はい、じゃ、連絡終わり。授業の準備して」

 一生付いて行きます、先生。


193 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/09(月) 20:37:28.09 ID:X2IY4m00O
・篤実は真っ暗だと眠れない
・霊山さんの木箱に入った女の子は主人公の担任
・おばあちゃんは、謎の存在と文通している。(「子供の頃からの友達」としか言わない
194 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/09(月) 20:40:32.88 ID:qEaNQccbo
>>193
それ3つ目霊山さんなんじゃ…
195 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/09(月) 20:45:08.37 ID:CReTdI4xo
未登場の他人のキャラに設定付加するのってありなんでしょうか
付けすぎると出しにくくなるような気もするし
196 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/09(月) 20:49:58.92 ID:qEaNQccbo
重度の人嫌い
197 : [saga]:2013/12/09(月) 21:15:39.82 ID:sF3iwlSR0

>>195
ぜんぜんアリです! むしろそれがないと、なかなか使いづらくて困っているのが現状です。。。


ですが書かれたものすべてを採用するわけではないので、「本文にその設定が描写されるまでは公式ではない」というのだけ、みなさんどうかご了承くださいm(__)m

198 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2013/12/09(月) 21:57:35.82 ID:mNGu2Y3A0
大学生くらいの青年家庭教師。といっても、精々が学校の勉強の予復習に使われる程度
年齢がずれてる子供にも、臨機応変な対応をしてくれる
199 : [saga]:2013/12/09(月) 22:00:42.98 ID:sF3iwlSR0



 様々な年齢の生徒が入り乱れているということは、当然ながらどこかの学年のレベルに合わせて授業を行うというわけにはいかない。それぞれの生徒に合った問題を、それぞれのペースで学習させなくてはならないわけで、その授業風景はさながら自習のようだった。

 僕の机に配布された、高校一年生レベルのプリントに目を通す。まあ難しくもなく、簡単でもなく……相応の難易度といったところだろうか。

 赤穂さんは転校生のお世話係として、机を僕の隣まで引っ張ってきて、そのまま机同士をぴったりとくっつけた。もうすでにこれだけで僕のハートビートは尋常ではないのだけれど、さらに彼女は一冊しかない教科書を僕らの真ん中で開いて覗き込んだ。もちろん僕らの肩は接触しています。このまま時が止まればいいのに。

 なんかすごい良い匂いがするんだけど、香水でも付けてるんですか? なんか……無防備すぎて……ああもう! 幸せですッ!!

「篤実さん、なんだかお顔が赤いみたいですけど、どうかなさいましたか?」

 今まさにあなたが耳元で囁いてるせいで、どうかなさっちゃいましたよ。なんなの? わざとなの?

「べ、べつに……ちょっと、息止めてただけ……」

「そうなんですか? ちゃんと呼吸しないと苦しいですよ?」

「き、気を付けます……」

 あなたのせいで胸が苦しいです。コミュ障は惚れっぽいんだからやめてくださいよホント……

「久住くーん、赤穂ちゃーん。授業中はイチャイチャしないでねー」

「えっ!?」

 教壇の机に上半身を投げ出して「ぐでーん」としていた高千穂先生が、首だけをこちらへ向けて注意してきた。クラス中の視線が僕らに集まって、二人で俯いてしまう。

 チラリと窺った赤穂さんの顔がほんのり赤くて、僕は余計に顔が熱くなるのを感じてしまう。ノートに差し込んでいた下敷きで顔を仰ぎながら、プリントの内容に意識を向けるように努める。

 ……だけどもちろん、勉強に集中なんてできるわけもなかった。


200 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2013/12/09(月) 22:26:27.40 ID:uRlmixUi0
男 年上 無口
木造フィギュア(動かない)の制作が趣味。ロボから人まで何でもござれ。ただ塗装は下手なので、それは双子に頼んでいる
201 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2013/12/09(月) 22:41:24.58 ID:JagXZxcF0
少女
魔法というものを使ってみたいらしく、オリジナルで独特な魔方陣やらを書いたものに、色々な物を煮込んだ
供物を捧げたり、その他にも色々な事をしてみている様だ。結構グロい事もしている。果たして成果はあるのか……
だが、それは完全に隠してやっていて、普段は普通・オブ・普通な態度を貫いているので、誰も気付いていない
202 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2013/12/09(月) 22:43:42.66 ID:VhWaOdeq0
外国に姉妹校がある
203 : [saga]:2013/12/09(月) 23:17:38.35 ID:sF3iwlSR0



 休み時間になるのと同時に、見覚えのある子が小走りで駆け寄ってきた。

「篤実くんっ」

「あ、ひかり……!」

 お婆ちゃんを除けば、この島で僕が唯一にしてもっとも心を許している人間、淡路ひかり。今のところ、たった一人の友達である彼に対しては、とてもリラックスした笑顔を向けることができる。

「ほんとは、その、朝、登校したときに、あいさつしたかったんだけど……ご、ごめんね?」

「そんなのいいよ。おはよう、ひかり」

「えへへ、おはよ、篤実くん」

 照れくさそうにほほ笑むひかりを見て和んでいると、ふと隣で目を見開いている赤穂さんが目に入った。ひかりも赤穂さんの方を見て、慌てて挨拶をする。

「お、おはよう、ございます……い、委員長……」

「おはようございます、ひかりさん。あの……お二人は、ずいぶん仲がよろしいのですね?」

「そ、そう、ですか……?」

 ちょっと赤面しつつも、まんざらでもなさそうなひかり。どうやらひかりは赤穂さんに対してもうまく喋れないようなので、代わりに僕が事情を説明することにした。

「昨日、赤穂さんと別れたあと、町で偶然ひかりと会って……えっと、それで島を案内してもらいながら仲良くなって、友達になったんだ」

「島を案内……そうですか、なるほど」

 なぜか赤穂さんはそこで目を伏せて、あきらかにテンションが下がったように見えた。人の顔色を窺い続けて十余年の僕が言うんだから間違いない。しかし今の会話のどこが気に食わなかったのかまでは、さっぱりだった。女の子ってよくわからない。

 僕が内心で首を傾げていると、突然右肩を叩かれて飛び跳ねそうになった。何事かと振り返ると、昨日会ったばかりヤンキー少年こと……あれ、名前なんだっけ。やべっ、ド忘れした! 思い出せない!

「よっ、篤実。また会ったな」

「う、お、おはよ……」

「そんなあからさまに警戒すんなって。ま、これからよろしくな。なんかあったら言えよ」

 言うだけ言うと、ヤンキーはあっさり踵を返して自分の席へ戻って行った。なんていうか、すごく……イケメンです。

「……流礼さんとも、交流があるのですね」

「え、あ、うん。夕方にたまたま会って……」

 なぜだろう、どんどん赤穂さんの表情から温度が消えていってる気がする。

 しかし結局その謎は解けないままに休み時間は終わり、次の授業開始のチャイムが鳴り響いた、


204 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/09(月) 23:23:21.75 ID:qEaNQccbo
赤穂(あれ、私必要あったの…?)
って思ってるのかなかわいい
205 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2013/12/09(月) 23:50:51.39 ID:kTKjznzw0
読書少女
図書館通いでの読書がほぼ日課。知識よりは物語の方をよく読む。双子の作った本も結構読んでいる
206 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/09(月) 23:55:21.74 ID:CReTdI4xo
キャラが多くなってきたけど設定付加があまりないな…
1は設定的にかぶりが無ければ別々のキャラのレスを1つのキャラに合成したりとかはしますか?
207 : [saga]:2013/12/10(火) 00:21:00.16 ID:2RIJyNRA0

他のキャラから設定を持って来てくっつけるくらいなら、私が設定付加を行うと思います。なので設定の切り貼りとかはおそらくやらないかと思われます。

208 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/10(火) 07:42:42.96 ID:jEiM+PIoO

この、日常と非日常が溶け合ったてる感じいいね
209 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2013/12/10(火) 13:10:11.09 ID:voXi9dx60
少年
どうやら特殊能力らしきものを持つ様なのだが、自身でどんな力か分かっておらず
その上制御も完全ではないので気味悪がられ、いかに心優しき島民達でも、近付こうとする人は少ない
210 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2013/12/10(火) 15:40:56.30 ID:NDe1ihOg0
近い将来起こる地震で、洞窟に新たな空間が開き、その中で、守護神と対を成す様な、邪悪で禍々しい姿の石像が見付かる
それに村人の誰かが引き寄せられ……
211 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2013/12/10(火) 16:12:00.42 ID:ZufX0s5Y0
十何年かに一度、老人が一人だけ若返る事があるらしい
212 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2013/12/10(火) 16:47:06.28 ID:Vylj5WC80
いつの間にか捨て子をされてる事が、あるとか無いとか
213 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2013/12/10(火) 18:02:21.16 ID:UeLayzpd0
チラシ少年
島民で決めたイベント事等のチラシを配って回っている
214 : [saga]:2013/12/10(火) 20:51:13.02 ID:2RIJyNRA0



 最後まで自習のようだった午前中の授業をどうにかやりすごし、ようやく昼休みとなった。クラスの人たちは友達と集まったりどこかへ連れだったりして、それぞれ習慣化した過ごし方をしているようだ。

 さて僕はどうしようかな……と考えかけたところで、内臓がぞくりとざわめくのを感じた。もう一度クラスの人たちをよく見てみると、その手にはお弁当が携えられている。慌てて自分のバッグをひっくり返して探してみるが、やっぱりどう考えてもお弁当は入っていなかった。そりゃそうだ、入れてないもの!

 そうか、学校に早く行きすぎるのをお婆ちゃんが止めようとしていたのは、これが原因でもあったのか。もうすっかり給食だと思い込んで、お弁当の存在を頭から抹消してしまっていた。

 どどどどうしよう……いや、まだ慌てるような時間じゃない。幸い気づいたのが早くて助かった。僕はすぐに立ち上がって、さっきから挙動不審な僕をキョトンとしながら見つめていた赤穂さんに告げる。

「あの、お弁当忘れたから家に帰るね」

 そう、ここは以前通っていた都会の高校ではない。電車通学ではないのだから、昼休みの間に学校と家を往復することが可能なのだ。とても体力を消耗するだろうし、わき腹が痛くなるだろうけど、そんなことは言ってられない。僕はすぐに教室から飛び出して下駄箱へと走った。

 小さな学校なので、教室から下駄箱までは十数メートルほどだった。僕は前の高校で使っていた上履きから靴に履き替え、そのまま山を駆け下りようと、校門へ走り出そうとした。

 するとその時、突然背中に衝撃を受けて転びそうになった。一瞬遅れて、どうやら誰かが後ろから勢いよく抱き付いてきたらしいことを認識する。

 その正体はなんと、三女こと神庭氷雨だった。

「え、あ……なに……?」

 かろうじて声を絞り出して、問いを発する。しかし三女はよほど必死に走ったのか、喘ぐような呼吸を繰り返すばかりだった。頬も上気していて、なんかエロい。

 そして答えの代わりに、その手に持った巾着を僕に突き出す。中身を検めるまでもなく、それはお弁当だった。

「……も、もしかして、その、これって僕の……?」

 わかりきったその問いに、三女は不機嫌そうな目をして頷く。

「そ、そっか、ついでに持って来てくれたんだ。えっと、あの、ありがと。ほんとごめんね……じゃあ、教室に……」

 上履きに履き替えるため靴を脱ごうとすると、突然腕を掴まれた。なにかと思って振り返ると、すでに三女は上履きから靴へと履き替えを完了しており、そのまま僕の腕を引っ張って外へ連れ出そうとする。

「え、あの、ど、どうしたの?」

 もしかしてこのまま校舎裏に連れ込まれてシメられるの? いや冗談抜きでその可能性も考えられるから困る……。

 そのまま三女に引きずられて辿りついたのは、校舎からすこしだけ離れたところにポツンと建っている正方形の小屋だった。ぶら下がっているだけの南京錠を外して重厚な鉄扉をスライドさせると、薄暗い室内からすえた匂いが吹き込んでくる。

 乱雑に積まれたハードルや、丸めて隅に転がされた体操マット。鉄籠に詰め込まれた大小さまざまなボールなどがところ狭しと並べられたその小屋は、いわゆる体育倉庫というやつだった。

 どうしてここに連れられたのかわからずボーっと突っ立っていると、よく見ればもう一つ巾着を持っていた三女が、丸められた体操マットをベンチ代わりにして腰を下ろし、そして僕の顔を見つめつつ自分の隣をポンポンと叩く。なに? 虫でもいたの?

 いや普通に考えれば「今回だけは特例中の特例として貴様如き下賤の民が尊き私の隣に座る無礼を許して進ぜよう」というジェスチャーなのだろうけれど、彼女の姉である双子たちには、三女は気難しい子だと教わっている。つい先刻に理不尽な全力ダッシュを強要されて間違いなく怒っているはずなのに、この行動……。意図がまったく読めない。

 ひとまずおっかなびっくり近づいて、三女の隣に一五〇センチほどの間隔をあけて座ってみると、チラリと窺った三女の視線は冷ややかだった。え、もうちょっと離れた方がいいですか? 既にケツが半分浮いてるんですが。

 三女が巾着からピンク色の弁当箱を取り出すのに倣って、僕も弁当箱を取り出す。黒くて大きな弁当箱で、おそらくだけど神庭家の父親の弁当箱なのだろうと予想される。いやー、それにしてもお婆ちゃんの作るご飯は天下一品だからな。今回のお弁当もすごく楽しみに…………



 カポッとお弁当箱の蓋を開くと、中身がグッチャグチャになっていた。




215 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/10(火) 20:56:50.70 ID:NaBITUUgo
ちょ、え
216 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2013/12/10(火) 20:57:01.12 ID:GbvICmnv0
いや、そりゃそうだわww
217 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2013/12/10(火) 20:59:20.87 ID:0+GVfN5E0
お弁当を持ち、”必死に走って”追ってきてくれたんだぞ?摂理だろ
218 : [saga]:2013/12/10(火) 21:00:37.02 ID:2RIJyNRA0



 ガボンッ!! と激しい音をたてて、三女が僕のお弁当箱の蓋を閉じて再封印した。いや、もう完全に手遅れなんですが……パンドラの箱は完全にオープンして、しかも残ったのは希望ですらなかったんですが。

 そのままお互いに、しばし沈黙する。弁当箱の蓋の上で二人の手が重なってるとか、そんなことを意識する余裕もなかった。これはどっちも悪いといえば悪いし、悪くないと言えば悪くない、そんな事故だったのだ。

 先に沈黙を破ったのは、三女の方だった。

「すみませんでした……私が走らなければ……」

「い、いや、僕が、走らなければ、こんなことには……」

「朝とか、休み時間にお弁当を渡すこともできたのに……」

「そ、そもそも、僕がお弁当忘れたのが、いけないんだし……」

「昨日島に来たのだから、お弁当のことは知らなくて当然です……」

「いや、普通はこっちから聞くべきだったし……」

 それからしばらく不毛な謝罪合戦が続いたが、結局どっちも悪くないということで強引に決着をつけた。だって早く食べないと昼休み終わっちゃうし。

 再びお弁当箱を開く。たしかにパッと見はショッキングだけど、よくよく見てみれば、それぞれの食材はとてもおいしそうだ。とりあえず食べる前に箸で軽く整理整頓してから、手を合わせて「いただきます」と小さく呟く。

 そして一口。ぱくり。

「うンまい!!」

 テーレッテレー♪ という効果音が聞こえてきそうな大声を出してしまい、軽く三女をビビらせてしまった。反省。……いやでも本当においしいんですって。

「さ、さすがお婆ちゃん。ここまで崩れてなお、こんなにおいしいなんて……」

「……そんなにおいしいんですか?」

「うん、神庭さんたちは食べ慣れてるからあんまり感じないかもしれないけどね。でもこれほんとにおいしいよ! これを毎日食べられるなんて、ほんと幸せだよ!」

「……そう」

 すると三女はプイっとそっぽを向いて、自分のお弁当を食べ始めた。え、もしかしてお婆ちゃんをベタ褒めしたから機嫌悪くなったの? じゃあどの選択肢でもバッドコミュニケーションじゃん。なにこれクソゲーすぎる。ヤフオクで売るわ。

 かといって「あと半世紀くらいしたら追いつけるよ!」なんて言うわけにもいかず、僕はおいしいお弁当を気まずい空気で食べ進めた。

 食事中にテレビを消すということは、三女は黙って静かに食べたい派なのかもしれない。だったら僕を誘うんじゃねぇよと言いたいところをぐっとこらえて、僕らはそれから一切の会話なくお弁当を完食した。

「ごちそうさまでした」

 手を合わせて小さく呟く。食前食後の挨拶を欠かさないなんて、都会育ちにしてはなかなか珍しい殊勝な若者に見えるかもしれない。けどこれは「絶対に検索してはいけない言葉」というので「屠殺 映像」と調べて出てきた映像を見てから始めたことなので、そんな褒められたことではないと思う。

 互いに無言でお弁当箱を巾着にしまって、なんとなく隣を見づらいので正面に視線を注ぐ。やっぱり会話はなく、かといって先に立ち上がるのもなんだかな……と思い三女の出方を窺っていると、思いのほか早く向こうからのアクションがあった。

「おなかいっぱいですか?」

「えっ? あ、うん」

「多かったり少なかったりしませんか? ……おばあちゃんに聞けって言われたんですが」

 三女はこっちを見ずに、正面を向いたままで質問を重ねる。

「うーん、腹八分目ってところかな。おにぎりとかもあったらちょうどいいって感じ。それにお昼前の授業ってお腹鳴っちゃうから早弁したいし」

「なるほど、おばあちゃんに伝えておきます」

「いや僕が直接言っておくよ」

「おばあちゃんに伝えておきます」

「……お願いします」

 わかりましたよ逆らいませんよ!


219 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/10(火) 21:01:30.23 ID:NaBITUUgo
www
220 : [saga]:2013/12/10(火) 21:14:36.67 ID:2RIJyNRA0



「そろそろ、行きましょう」

「うん、そうだね」

 ポケットからスマホを出して時刻を確認すると、午後一時十二分。つい癖で時間を見てしまったけれど、五時間目が何時に始まるのかわからないからまったく意味がなかった。

「……一時十二分」

「あと八分ですね」

 おお、僕の意図を汲んで答えてくれた。なるほど、五時間目は一時二〇分から始まるのか、覚えておかなくては。

 僕みたいな人間は、助けてくれたり教えてくれる人間がいないため、なるべくスケジュール管理や時間管理を徹底しなければならない。じゃないと、創立記念日に学校行ったら開いてなくて、おかしいなと思いながら二時間も校門前でウロウロした挙句、偶然通りがかったクラスメイトの女子に失笑されながら真実を教わる羽目になったりするのだ。くそ、あれはどう考えても担任の連絡漏れだろ……忌々しい……!

「それは時計としても使えるんですか?」

 僕が黒歴史を掘り返して苦しんでいると、スマホを指さした三女が僕の目をジッと見つめてそう訊ねた。

「え、うん。ほら」

 小柄な三女にもスマホの画面が見えるように姿勢を低くして、画面右上の時計を指で示してやる。それを見た三女は「ふうん」と興味なさげな反応を見せて、体育倉庫の戸締りを始めた。

「携帯なんて、電話とメールができる時計みたいなものじゃないですか。そんなの、家の電話と手紙と腕時計で十分だと思いますけど」

 うわ、なんか頑固ジジイみたいなこと言い出したぞ、この娘。まあここで「人類の進歩は省略の歴史だからね」などとマジレスしてもいいんだけど、それを語り出すと五時間目に間に合わないので、適当に流すことにした。ぶっちゃけこの子が携帯電話に必要性を感じようが感じまいがどうでもいいし。

「うん、まあ今の携帯は、テレビにネットにゲームに音楽に勉強に読書に、もっといろいろできるけどね」

「えっ?」

 鉄扉の取っ手に南京錠を引っかけていた三女が、けっこうな勢いで振り返る。その勢いで南京錠が落下してしまったがそんなことは意にも介さず、三女はスマホに熱烈な視線を送る。

「そんなこと、できるんですか?」

「うん。ほら」

 適当にYouTubeを起動して、おすすめ人気動画の一番上にあがっていた某人気アイドルグループの総選挙動画を流して見せてやる。

「これは録画で、リアルタイムのテレビを見るのは別のアプリだけど」

 という説明をしてやってるものの、三女はまったく聞いちゃいないようで。いまだかつてないほど輝いた瞳をスマホに注ぎ、頬を上気させている。おいおい、赤穂さんや鏡ヶ浦でさえ、ここまでは興奮してなかったぞ。なんだか普段のクールなイメージとのギャップで、すごく愛らしく感じてしまった。

 その時、校舎からチャイムの音が鳴り響いた。驚いてスマホを見ると、もう十五分になっている。どうやら本鈴ではなく予鈴だったらしいが、急がなければいけないのに変わりはない。YouTubeを終了させて、スマホの画面を消す。

「あっ……!?」

 いやそんな悲しそうな声を出されても……。っていうか、そんな泣きそうな上目づかいで見つめないでください。まるで捨て犬に見つめられているようで、なにも悪いことしてないのに良心に大ダメージを負っちゃったでしょうが。

「遅刻しちゃうから、そろそろ行こっか」

「…………はい」

 なんとも名残惜しそうにスマホをチラチラ見つめる三女だったが、授業に遅れるわけにはいかない。僕らはやっぱり無言のまま、早歩きで教室へと急いだ。


221 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2013/12/10(火) 21:44:35.65 ID:n3IjBCAW0
おそうじ少女
掃除が大好き
学校内をピカピカにしているのは主に彼女
222 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/10(火) 23:19:34.43 ID:jEiM+PIoO
三女かわいい

つ 島民の平均骨密度は日本一
223 : [saga]:2013/12/11(水) 12:44:54.09 ID:Eqia3mm10



 放課後。僕は学校を出るとすぐに、ある場所へと向かった。突如僕に降りかかってきた「異様な事態」に関する知識を備えているらしい人物と接触することが目的だ。案内役を申し出てくれたひかりを連れだって、現在二人で下校しているところだった。

 ちなみに目的の人物が見つからなかった場合は、そのままひかりの家で遊ぶことになっている。ひかり曰く「今日うち、両親いないから……」とのことらしい。なにこれ誘ってんの?

「ひかりが言ってた、そのミョウギ アキラっていうのはどんな人なの?」

 訊ねながら、小さな体で一生懸命歩いているひかりを見る。ひかりは目を合わせるのがちょっと恥ずかしいのか、ちらちらと僕の顔を窺いながら答えた。

「妙義くんは、今年で中学生になったって言ってたから、ぼくより三歳くらい年上だよ」

 ってことは、うちの三女と同じくらいか。あれ、そう考えるとうまく付き合える気がしないぞ?

「どんな人かっていうと……うーん、なんていうか、正直な人……かな」

 とても心優しいひかりはオブラートに包んでくれたが、要するに思ったことをズバズバいうような子ってことか。でもひかりが僕に紹介してくれるということは、相手は決して悪い人間というわけでもないんだろう。

 そんな会話をしていると、校門から続く長い山道が終わり、舗装された道が見えてくる。

「それでひかり、その子は、アレについて詳しいことを知ってるんだよね?」

「あんまり無責任なことは言えないけど……でもこの島では、きっと一番詳しいはずだよ。なんていうか、第一人者みたいな感じなんだ」

「そっか……」

 胸ポケットからスマホを取り出して、受信記録を呼び出す。一番上にある件名を見ると、なんとも怪しげなタイトルが表示されていた。



 『精霊通信』



 このメールを受信したのは、帰りのホームルームが終わった直後のことだった。僕のアドレスを知っている人間なんて、家族か、あるいは本土にいるほんのわずかな知り合いしかいない。おそらく母親だろうなと思いながらメールを確認してみると、しかしそれは差出人不明のおかしなメールだったのである。

 やれやれ迷惑メールかと、その時は特に気にすることもなく、内容を確認することもしなかった。それから少しして、そういえばこんなメールが届いた、というように冗談めかしてひかりに話してみたところ、ひかりは突然血相を変えて、「妙義くんに見せに行こう!」と言い出し、現在に至っているのである。

 その時、たまたま近くにいて会話を聞いていたヤンキー少年こと……ええっと、ああ思い出した、笹川流礼だ。笹川はすれ違いざまにこんな言葉を残していった。

「『霊山さん』については覚えてるよな? いいか、『それ』も同じだからな」

 いわゆる島の七不思議、というやつの一つだと言いたかったのだろう。関わるくらいなら問題ないが、本質に迫ろうとすると途端に牙を剥く。

 なんだかSFチックに聞こえるかもしれないけれど、でもそれは多くの自然現象にも言えることだ。火山にしても深海にしても、なにか未知のものに触れようとするとき、人間は必ず試練に直面する。種類は違うけれど、きっとこれも同じことなんだろう。

「篤実くん、だいじょうぶ?」

「えっ? ああ、大丈夫だよ」

 思考に没頭して、すこし怖い顔になっていたかもしれない。過去を省みるのは後でもいい。今は目の前のことに集中しなくては。

 いつのまにやら、目的地のすぐ近くまで来ていたようだ。一日ぶりに見てもやはり簡素な「図書館」の文字をチラリと確認して、軋んだ音を立てる手動ドアから中に入る。そしてひかりから聞いていた事前情報に従って、出入り口のすぐ近くに設置してあるパソコンスペースに目をやると……



 小柄で細見な少年が、あまり生気のない不機嫌そうな瞳でこちらを睨め上げていた。


224 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/11(水) 15:10:56.52 ID:F1w2r/xDO
記憶喪失で漂流者の成人男性。今のところ、悪人の素振りは無くおとなしい
225 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2013/12/11(水) 21:33:21.72 ID:D1wkgQ7Z0
マリ和紙
マリダマの破れた皮を使って作る和紙。回覧板の板位分厚く丈夫
226 : [saga]:2013/12/11(水) 22:07:07.44 ID:lWcLPCEw0



 見つめ合う僕らのあいだに、奇妙な沈黙が流れる。お互いに相手のことをよく知らないので、出方を窺って口を閉ざしているためだ。嘘です初対面の相手なので緊張しちゃいました。テヘッ。

 僕は会話の取っ掛かりを見つけるために、とりあえず目の前の……妙義とかいう少年の外見を観察する。まず真っ先に気になったのは、ドブ川で泳ぐ鯉のような澱み切った目だった。まるで高校デビューに失敗したときの僕みたいな……いや、この話はやめよう。

 髪は男子にしてはやけに長い。細くてサラサラなセミロングは、染めているのかそもそも色素が薄いのか、やや薄茶色がかっていた。前髪も長いため、遠目だと表情が読み取りずらい。

 中学一年にしては小柄なように見えるけど、つい先月まで小学生だったと考えれば妥当にも思える。黒のランニングの上に肩口の広い……なんかメキシコの人とかが羽織ってそうなストールを着て、パンツはぴっちりとした七分丈。なにこいつオシャレ番長? ヤンキー的な意味で将来有望だな。

 視線だけを交錯させた沈黙に耐えきれなくなったのか、ひかりがオドオドとしながらも一歩前に踏み出し、口火を切った。

「あ、あにょっ!」

 開始一秒で噛んだ。

 真っ赤になった顔を両手で覆うひかりを後ろに下がらせて、代わりに僕が妙義と相対することにした。コミュ障の特徴その三、自分よりダメな子がいるとすごく頑張る。

 スマホを取り出して、開口一番で本題に入る。

「『精霊通信』が届いたんだ」

「……!」

 前置きも自己紹介も抜きにして、いきなり核心だけを端的に切り出してみた。コミュ障は長期戦になると不利なので、一気に会話を終わらせるつもりで臨む。

「妙義くん、だよね? なんか、こういうのに詳しいって聞いたから、話を聞きに来たんだけど……」

 妙義という男の子は僕の言葉にすぐには反応せず、顎に手を当てて数秒ほど沈黙してから、たっぷりもったいぶって口を開いた。

「事情はわかった。早速だけど、メールの内容を見せてよ」

 ゆったりとした、それでいて自信に満ちた口調だった。そういう話し方をすると、僕のような自分大嫌い人間は委縮しちゃうのでやめていただきたい。……っていうか敬語使えよ中学生。

 僕は例のメールを表示して妙義に差し出す。相変わらずこの島の人間はスマホに触りたがらないようで、妙義も例に漏れず、画面をのぞき込むだけで、僕の手から受け取ったりはしなかった。そういう裏ルールがあるんですか?

 メールの内容はこうだ。

『虹がかかるまでは、島は灰色に沈んでいます。探しものが見つからない時は、胸の中の足跡を見ましょう。』

 ずいぶんと抽象的で、意味を取りかねる文面だった。どういう意味なのか、そもそも意味なんてあるのか、僕はこのメールに出会った経験がないので、どうにも判断ができない。しかし精霊通信とやらを求めて毎日図書館に通っているというこの男の子なら、なにかがわかるかもしれない。今日のこれは、そんな望みをかけた訪問だったのだ。

 僕とひかりの期待に満ちた視線を受けながら、妙義は胸を張って、こう言った。

「さっぱりわからないね」

 おい!! そこはなにかしらのヒントをくれたり、思わせぶりなこと言う場面じゃないの!?

「というかさ、『精霊通信』に書いてあることを事前に言い当てるなんて無理なんだよ。これはそういうのじゃないのさ」

「……そういうのじゃない?」

「いいかい、このメールはね、これから起こることを予言したものと言われることがあるけど、それは正確じゃあない」

 妙義は前傾気味だった姿勢を正して、腕を組む。

「たしかにこのメールは、すべてが終わってから考えれば、さながら予言であったかのように思えたりもする。けれどその本質は、緊急事態に陥った時の対処法を知らせる助言なのさ」

「緊急事態の、助言?」

「これまでは個人の情報端末に『精霊通信』が届いたことがないから断言はできないけれど、もしかしたら今回のメールはキミ……久住くんだったかな? 久住くんに名指しのメールなのかもしれないね」

「そもそもこのメールは誰が送ってるの?」

「さてね。ただ、この島でよくわからないことが起きた時は、そういうことだと納得するのが最も模範的な解答とされているよ」

 ……結局、そこに落ち着くわけか。いや、でも『霊山さん』にしても『精霊通信』にしても、本気でトリックを使えばできないことはないんだよな……ただそれを長年実行し続けるメリットがわからないってだけで。いったいどこの暇人なんだ、七不思議の仕掛け人というのは。

「力になれなくて申し訳ないが、私は私で個人的に手を回してみよう。またなにかあったら言ってくれ」

 そう言い残して、妙義は懐から取り出したチェック柄の帽子を深くかぶり、そのまま図書館をあとにした。残された僕らはなんとも言えない気分でしばらく立ち尽くしていたけど……メールの解読も、あの妙義という男の子がお手上げなんだったら僕らにできるわけもない。

 やることもなくなってしまったので、僕らはひとまずひかりの家に向かうことにした。


227 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/11(水) 23:20:20.02 ID:bPvMmi7u0
未来少年と女仙人はマブダチ
228 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2013/12/11(水) 23:49:23.13 ID:NIRj2Xzp0
”島内FM放送『アンチャン's レディオ』”
陽気でノリノリ・グルーヴィーだけど、アットホームにお送りする島専用ラジオ番組
メインパーソナリティーはアンチャン。気の良い兄ちゃんだからアンチャン。だからアンチャン's レディオ
ゲストは島民の誰かに日替わりで依頼。出るかどうかは自由。放送開始時間は、夕方から夜前までのどこかというアバウトなもの
と言っても、ゲストとの会話が弾んだりしない限り、伝えられる情報自体は少ないので、長くなっても二時間程度の放送時間
それでも、主に親御さんや祖父母などには、違う面から見た子供達の声が聞けるという事で好評を得ている

アンチャン:身長2mの大男。浅黒の肌でスキンヘッドにしている。白縁で楕円レンズのサングラスを掛けている
スタジオも木製のコテージ(小屋)という出で立ちなので、アンチャンの容姿と相まって、そこだけ南国としか思えない

アンチャンには弟が居る。それが既出キャラか新キャラは>>1にお任せ
229 : [saga]:2013/12/12(木) 09:09:20.20 ID:CIh8vzyX0



 ひかりの家で遊んでいたら、もうすっかり遅い時間になってしまった。夕飯に間に合うか否かといった時間帯で、一瞬携帯で家に電話をかけるか少し迷ったけど……確実に間に合わないという状況までは電話を使いたがらない僕の性質によって、その案は見送られた。こういう時メールって便利だなぁとつくづく思います。まる。

「や、やっぱり泊まっていかない……?」

「いや、それはさすがになぁ」

「そ、そっか、うん、そうだよねっ」

 ひかりの甘えたような声に一瞬心が揺らぎかけたけど、どうにか理性で振りほどくことができた。ほんとお持ち帰りしたい……なんならうちの次男として甘やかしたい。

 でも僕がひかりのご両親だったら、かわいい息子が六歳年上の男とつるんでるって、ちょっと嫌だからなぁ……。せめてご両親に軽くご挨拶してからにしたいというのが僕の意見だった。

「じゃあひかり、また明日!」

「うん! またね、篤実くん!」

 軽く手を上げて別れを告げる。けどなんていうか、家自体の距離も近いから、別れが寂しいものだとは思わなかった。だからこそ人の距離が縮まるのかもしれない。なんかいいなぁ、田舎って。

 けど今日は、都会出身者であるひかりと久しぶりに都会っ子トークで盛り上がれて大満足だった。本土にいた時はいい思い出なんてちっともないと思ってたけど、あの場所はあの場所で良いところもあったんだと思う。僕が気づかなかっただけで。

 田舎の夜は暗い。都会を知ってる僕にしてみれば、それは余計に感じることだった。ポツリポツリと設置されたなけなしの街灯を頼りに、昼とは違って見える景色に迷わないよう気を付けながら歩いて行く。

 その時、遠目に妙なものを見かけた。沿岸沿いの防波堤に、小さな女の子が腰かけていたのだ。

「…………鏡ヶ浦?」

 思わずポツリと呟きを漏らしてしまう。すると案の定、見覚えのある女の子がこちらを振り向いて、しかも立ち上がり、こちらに駆け寄ってきた。え、なんですか? なんでこっち来るんですか?

 僕の目の前まで辿りつくと、鏡ヶ浦は僕の顔をジッと見て、そして僕の顔を指さして、一言。

「すまほ」

「いや僕の名前はスマホじゃないから。久住篤実だから」

「あつみ」

「うん」

「あつみ」

 僕は胸ポケットからスマホを取り出してみる。すると鏡ヶ浦の視線は一気にその携帯端末に夢中になる。

「いじりたい?」

「たい」

「そっかそっか、じゃあ僕の質問に答えたら、スマホを触らせてあげよう」

「うん」

「どうしてこんな時間のこんな場所に一人でいるの?」

「さがしもの」

「なにか落とした? なにをなくしちゃったの?」

「ちがう」

 鏡ヶ浦はふるふると首を振って、否定する。この子の瞳は相変わらず虚ろで、考えていることがまったく読めない。

「うーん、とにかくキミみたいに小さな子がこんな時間にうろつくのはダメだよ。送ってあげるから、いっしょに帰ろう?」

「……かえる」

 よくわからない子だけど、基本的に素直なんだよなぁ……。だけどほんと、こんな時間になにを探していたんだろうか。さっきは夜の海を眺めていたように見えたけど。

 鏡ヶ浦の小さくて暖かい手を握って、僕は彼女を家まで送り届けてあげた。といっても、家は数十メートル先のすぐ近くにあったんだけど。それでも、玄関でちょっとだけお話をした彼女のお母さんには、すごく感謝された。

 僕が家に帰るまで、みんなで夕食を待っていてくれたらしく、お腹をすかせた双子にぎゃーぎゃー文句を言われたり、三女に冷ややかな視線を向けられたりした。

 ……ひかりの家に泊まっとけばよかったかな。


230 : [saga]:2013/12/12(木) 10:02:31.21 ID:CIh8vzyX0



 お風呂に入る時は、他の女の子に気を遣ってシャワーだけという紳士っぷり。どうも、久住篤実です。

 風呂からあがって歯を磨いて、さて自分の部屋に引きこもるか……と階段を上りかけた時、そういえばスクールバッグを居間に置きっぱなしにしていたことに気が付いた。居間を覗くと、どうやらお婆ちゃんしかいないらしい。

「おや篤実ちゃん、湯加減はどうだった?」

「……い、良い感じ」

 一瞬たりとも浸かってないので、熱いのか冷たいのかもわからなかったけど、とりあえず適当に返事しておいた。ごめんなさいお婆ちゃん。

「……あの子たちとは、うまくやれそうかい?」

「え? ああ……まあ、うん。大丈夫なんじゃないかな」

 またしても適当な返事。いや、だって仮にうまくやれそうじゃなかったら、どう答えればいいんだよ……。

 まあ実際のところ双子たちとは、それなりにやっていけそうな気はする。あんまり裏表のなさそうな子たちだし、僕のほうが多少ガマンすればそれで丸く収まるだろう。……三女は……うん、あんまり関わらないようにすれば、きっと大丈夫だろう。

「雫ちゃんと霞ちゃんはねぇ、篤実ちゃんが来るまで、ずっと、お兄ちゃんができる、お兄ちゃんができるって、喜んでたんだよ」

「……え?」

「弟妹はあとからできるけど、お兄ちゃんはどんなにがんばっても、できないからねぇ。ほんとは誰かに甘えたかったのに、お姉ちゃんだからって、ずっと我慢してたんだねぇ」

「……」

「今日のお弁当はおいしかったかい?」

「え、あ、うん。さすがお婆ちゃんって感じ」

「それはよかったねぇ。氷雨ちゃんも、いつもより早起きした甲斐があったってもんだねぇ」

「……ん? えっ?」

 お婆ちゃんの言葉に、僕は混乱状態に陥る。しかし僕がわけもわからずじぶんをこうげきする前に……

「 お ば あ ち ゃ ん 」

 居間の出入り口から、絶対零度の視線が襲い掛かってきた。いちげきひっさつ!

「おや氷雨ちゃん、ごめんねぇ。お婆ちゃん、うっかり口が滑っちゃったよ」

 さすがお婆ちゃん、あの視線を真正面から受けてもビクともしないとは……

「昨日、氷雨ちゃんが作った汁物を、篤実ちゃんが……」

「おばあちゃんっ!!」

「ああ……ごめんねぇ、またうっかり。歳を取ると、いやだねぇ。歳は取りたくないねぇ」

 白々しいことをぶつくさ言いつつ、お婆ちゃんはすごすごと居間から退散する。……え、ということは……!

「…………」

「…………」

 おいおいマジかよ……この空気で二人っきりかよ。なんて惨たらしい拷問だよ……お婆ちゃんって中国の皇帝だったの?

「……さ、さて、じゃあそろそろ、寝よっかなぁ〜……?」

 僕は音を立てずにそそくさと移動して、三女の隣を静かに通り過ぎる。なにかしらの攻撃を受けるかと思ったけど、無事に脇を通り抜けることができた。よし、あとは階段を上って部屋まで逃げ切るだけだ。なにこれホラゲー?

 しかし三女は居間の方を見つめたまま、じっと動こうとはしなかった。その横顔はなんだか儚げで、今にも泣き出してしまいそうな雰囲気さえ漂っている気がして……

「……きょ、今日のお弁当も晩御飯も、昨日の晩御飯も、ほんとに信じられないくらい、すごく美味しかったよ。ほんと、ありがとう」

 だけどやっぱり、僕は家に置いてもらっているんだから。……これ以上の迷惑をかけるわけにはいかないから。

「でも気を遣わなくて大丈夫だからね。その、明日からは、お弁当も自分で作るから。……えっと、それじゃあ、おやすみ」

 言うだけ言って、僕は階段へと足を向ける。僕は振り返らなかったし、三女は返事をしなかった。

 多分、きっと、これが正しいんだと思う。


231 : [saga]:2013/12/12(木) 12:04:48.49 ID:csA5HO5p0



「それで篤実さん。誰とグループになるか、そろそろ決まりましたか?」

「えっ?」

 翌日、朝の学校でのことだった。場所は昨日と同じく僕の席の周りで、いつのまにか赤穂さんの席が僕の隣へと移動していた。え、そんなの許されるの? ……あの先生なら許しそうだな。

 ともあれ、そろそろホームルーム開始のチャイムが鳴ろうかというタイミングでの、赤穂さんによる突然のブッコミに反応を返すことができなかった。

 その代わりに、返事をしたのはいつも元気な思春期ツインズだった。

「それはもちろん、ウチらとだよね? ね、お兄ちゃん?」「これはもう遥か昔から決まってた必然だよね? ね、お兄ちゃん?」

 そんなスピリチュアルなことを言われても困るけど、まあ実際それでもいいとは思った。なので期待を込めた視線を赤穂さんに送ってみたものの、彼女は困り顔で顔を横に振るだけだった。

「雫さん、霞さん。グループには高校生以上と、小学生以下が含まれてないといけないんですよ? 私と篤実さんが同じグループである以上は、残り二人は小学生以下というのが妥当です」

 ぐうの音も出ないほどのド正論だった。さすがは委員長です。

「えー?」「そんなのずるいよー!」「そうだそうだー!」「これはストライキですな!」「デモクラシーですな!」

 デモクラシーにデモ活動という意味はないぞ。

「そ、それなら……その……」

 これまで黙って話を聞いていたひかりが、遠慮がちに口を開く。このタイミングで口を挟んできたということは、そこから先の台詞も容易に想像がつく。そしてその想像は、僕のもっとも望むところだった。

「……ぼ、ぼくも、篤実くんと同じグループに……」

「喜んで!」

 喜び過ぎて、若干かぶせ気味で返答してしまった。ひかりがビックリしてしまっている。

「いいでしょ、委員長?」

 今日から僕は赤穂さんのことを委員長と呼ぶことにした。だってみんなそう呼んでるしね。郷に入っては郷に従うのがコミュ障の習性なのだ。

「……まあ、問題ないと思います」

 なぜか微妙に歯切れの悪い赤穂さんの返事に首をかしげていると、僕らが話しているところから少し離れたところでスマホ(もちろん僕が貸してあげたものだ)をいじっていた鏡ヶ浦が、くるっとこちらを振り向いた。その動きは、なんとなくリスを連想させるものがある。

「……鏡ヶ浦も一緒のグループになる?」

「なる」

 なんともあっさりと、僕らのグループが決まった。まあこのクラスで四人選んだ割には、かなりまともな人間が揃ったのではなかろうか。ちらっと教室を見ただけでも、巫女装束に身を包んだ子とか、原色バリバリで目に痛い服装をしてる子とか、なんか雑草食ってる子とか、なにここ異世界? って感じの光景が広がっている。帰りたい。

 ちょうどそこで、チャイムが鳴り響く。自分の席を離れていた子たちは散り散りに解散して、それと同時に「だらーん」とした歩き方で高千穂先生が教室に入ってきて、そのまま教壇にべちゃっと倒れ込み、顔だけをこちらに向ける。

「グループもう決まった? 決まった子、手上げて」

 ついさっき決まったんだけど、とりあえず決まったものは決まった。ということで、控えめに低く手を上げておく。見ると、クラス中のほとんどの子が手を上げていた。うわ、あっぶねぇ! 赤穂さんと同じグループじゃなかったら確実にハブられてた説が濃厚。

「手上げてないのは…………神庭三姉妹と、嬉野ちゃんと、妙義くんか」

 妙義、という名前に反応して、室内を見渡す。するとすぐに、教室の前のほうで腕を組んでいるセミロングを発見した。っていうか双子はともかく、三女もまだグループ決めてなかったのか。

「じゃあ神庭三姉妹と嬉野ちゃんでグループ組んで、妙義くんは赤穂ちゃんのとこね。はい決まり」

 即断即決でグループを決めてしまう先生。相変わらず男前だぁ……

「写生大会で描いた絵は教室の裏に貼るから。あと高校生の部、中学生の部、小学生の部で賞があるからガンバ。写生大会までまだ時間あるし、同じグループの子同士で絵教えたげて」

 言うだけ言うと、先生は黒いバッグからプリントの束を取り出した。

「じゃ、終わり。授業の準備して」


232 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2013/12/12(木) 12:53:24.18 ID:yOjq0bhi0
超今更で悪いけど『精霊通信』来てたコレ!内容も凄くそれっぽくてイカス!
それに早速関係ありそうなワードまである……!
233 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/12(木) 12:55:12.66 ID:Jqnakkcwo
雑草ェ…
234 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2013/12/12(木) 13:08:15.93 ID:VJifXgKW0
へぇ!?雑草ww使われるとは思わなかったwwww
235 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2013/12/12(木) 13:09:46.30 ID:VJifXgKW0
あ、↑のは少年の方っスww
236 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/12(木) 13:45:43.72 ID:yavvOHCao
>>2 >>6(主人公:久住篤実) >>14 >>28 >>29 >>30(霊山さん)>>39 >>43(高千穂神奈) >>45(赤穂美崎) >>55(淡路ひかり)
>>59(未来少年) >>82(特撮巫女) >>87(神庭雫、神庭霞 >>91>>96(神庭氷雨 >>95>>115 >>140(鏡ヶ浦 凪) >>168(妙義くん) >>186>>185も?)

とりあえず登場したと思われる奴だけまとめてみた
多分抜けとか間違いはあると思うがww
笹川流礼がわからなかったんだが>>54
237 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/12(木) 14:03:09.08 ID:Jqnakkcwo
ピタゴラスイッチ
238 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/12(木) 14:04:49.82 ID:Jqnakkcwo
ミス
改めて思ったが、人に成り済ますの得意そうだな主人公…
239 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2013/12/12(木) 14:24:27.39 ID:Zz1hGBku0
島民は、必ず一人に一つは、なるべく自分で作詞・作曲・歌唱させた歌を(カセットテープで)残しておく風習がある
作りたい人はいくつ作るのも自由
240 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2013/12/12(木) 16:17:29.03 ID:8jEVlYnl0
何かそれ↑の方のラジオで使われてそうだな
241 : [saga]:2013/12/12(木) 20:52:58.15 ID:CIh8vzyX0



 赤穂さんと三女が睨みあう。ピリリと空気が張りつめ、その激突を見守る全員がゴクリと喉を鳴らした。

「委員長として、ここは負けるわけにはいきませんね」

 いつもは柔らかい光を湛えている温和な瞳の奥に、静かな紅蓮が灯る。

「勝ち負けに興味なんてありませんが、個人的に面白くないので潰します」

 いつも冷ややかな光を湛えている怜悧な瞳の奥に、激しく吹雪が荒ぶ。

 赤穂さんの体が一気に低く沈み込み、次の瞬間には爆発的に右へ跳んだ。それに虚を突かれたかと思われた三女はしかし、直後には赤穂さんの正面に追いついていた。

 けれど赤穂さんも負けてはいない。直前の勢いを殺して一瞬で切り替えし、さっきと逆方向に跳ぶ―――と思わせて、さらにもう一度切り返す。さすがにこれは反応できなかったか、赤穂さんが三女を抜いて走り抜けた。

 ほぼ球形の果実―――マリダマというらしいが―――を地面に叩きつけて弾ませながら駆ける赤穂さんに、さらに双子が立ちはだかる。

「そう簡単には」「いかないんだよね!!」

 双子による完全に息のあったディフェンスに、赤穂さんは一瞬立ち止まってしまう。その一瞬を突いて、背後から追いついた三女がボールを勢いよく弾いた。

「しまっ―――!」

 弾かれたボールは不規則なバウンドを繰り返し、コートの端っこに立っていた女の子―――嬉野さんというらしい―――へと転がっていく。シャープな眼鏡の似合う、温和そうな文学少女である彼女は、突如自分にスポットライトが当たったことに狼狽しつつボールを拾う。そこへ、漫画だったら「ギュンッ」というオノマトペが描かれそうな勢いで接近する赤穂さん。怖すぎる。

「ひぃっ!?」

 圧倒的な剣幕に戦慄した嬉野さんは、ほとんど目を瞑ってボールを放り投げる。それを双子の……僕にはどっちかはわからないけど、とにかく双子のどっちかがキャッチした。

「はいさっ! 雫っ!」「ほいさっ! ヒサメちゃん!」

 どうやら霞だったらしい彼女は、キャッチした瞬間にはすでにノールックパスで雫へとボールを投げ渡し、さらに三女へと流れるようにパスを繋ぐ。一転して、今度は向こうのチームの攻撃だ。

 まず三女にもっとも近かった鏡ヶ浦がとてとて接近したが、何事もなかったように抜かれてしまった。ですよねー。

 続いて三女は妙義の目の前を通るが、妙義は適当に手を伸ばしただけで、あっけなく素通りさせてしまう。おいちょっとはやる気だせ。

 そして一生懸命走ってきたひかりが三女へと立ちはだかるけど、なにもしてないのにその場で転んでしまった。まさか、エンペラーアイ!? いや、違うよね……

 最後にゴール下に立ちふさがるのは僕だ。まあ相手チームも空気を読んで、どうやら赤穂さん以外には本気出さないみたいだし、ここは適当に流して……とか思っていたら三女の視線が一気に鋭くなり、動きにキレが増す。え、なんで僕にはそんな本気なの!? 

 ちっこい三女の素早い動きに翻弄されて、僕はついていくだけで精一杯だった。しかしそれでも中学生女子と高校生男子の体格差でどうにか食いついていた……が、そこは男子と女子……『たとえスポーツでも、男子は女子の体に絶対触れてはいけない』という暗黙の紳士録によって当たりに行けず、ついに抜かれてしまった。

 三女は一気にゴール下へ踏み込んで、華麗なレイアップシュートを決める。

 こうして五時間目の体育、写生大会チーム別マリダマバスケ大会決勝戦は、チーム神庭の勝利に終わったのだった。



 だけど僕としては、今回のMVPは間違いなく赤穂さんだと思うのです。……だって足手まといが四人もいて、決勝まで行っちゃうんだもの……。


242 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2013/12/12(木) 21:05:42.81 ID:P+xNO9ah0
マリダマ、輝かせて下さってありがとう御座います……!!!
243 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/12(木) 21:11:29.47 ID:Jqnakkcwo
黒バスwww
244 : [saga]:2013/12/13(金) 10:53:43.98 ID:4CgTf0s60



 準優勝の特典ということで体育の後片付けが免除された僕たちは、そのまま校庭で行われたホームルームを終えると帰途についていた。山腹に建つ学校からの下校は、まず麓に着くまではみんな一緒のルートとなる。そのため現在、僕の横にはひかり、鏡ヶ浦、そして妙義が歩いていた。……赤穂さんは学級日誌を書くとかで、教室に残ったため今はいない。お疲れ様です。

「まったく、僕らが運動音痴なのはまあいいとして、それでも一生懸命やってもらわないと困るよ、妙義くん」

 列の端っこで澄まし顔をしているセミロングを、僕は嘆息交じりにチクリとつついてみた。すると妙義はチラリとこちらへ視線を投げて、すぐに興味なさげにそっぽを向いた。そしてちろりと唇を濡らす。

「私はできることとできないことを事前に思考して行動しているだけさ。あるいはそう、リスクとリターンを入念に計算していると言えばいいかな。青臭い遊びに興じて安っぽい団結を得たつもりになることが無駄とは言わないけれど、それで怪我でもしたりさせたりするのはくだらないからね」

 うわ、こいつうっぜぇ……

「だいたい私のほかにも、委員長に任せておけばいいだろうと手を抜いていた人間がいたようにも思えたけれど。この中で真剣に取り組んでいたのは、せいぜい淡路くんくらいのものじゃないかな」

 うん、まあそれはそうだったけどね。僕も終始全力でぶつかったりとかはしなかった。そしてその理由は、相手をケガさせたら申し訳ないし気まずいから、という消極的な理由だ。僕と妙義の思考パターンは、根底のところは違っていても終着点は似たようなものらしい。

「で、でも、篤実くんも、がんばってたし……」とフォローしてくれたのは、もちろん我らがマスコット・淡路ひかりである。

「頑張っていたようにみせるのが上手いだけなんじゃないのかな。少なくとも私には、久住くんの目が雄弁に語っているように見えて仕方がないんだよ。……『勝負事なんてくだらない』ってね」

 妙義の言っていることは腹立たしいけれど、でも的を外した言葉ではなかった。実際、僕は常々勝負事はくだらない、もっとみんな適当になぁなぁにやればいいのに、と思っている。だって勝ち負けなんて、人間関係の軋轢を生むだけだし。

 だけどそれを認めてしまうのは、唯一の友人であるひかりの手前、あまり面白くない。ここはムキになってでも反論することにしよう。

「そんなことはないさ。一生懸命やることは美しいことだと思うし、それにはとても価値があると思うよ。それがたとえ具体的な成果を得られなくても、行動したことは褒められるべきだと思う」

「だけど美しくて価値があると思っていても、自分じゃやるつもりはないんだろう? 遠巻きに輝いているものを見て、自分とは無縁だと切り捨てて鼻で笑う。久住くん、キミはどうにも私と似ていて、正直言って腹立たしいよ」

「勝手に僕の人格を決めつけられて、しかもそれに同族嫌悪を感じられても挨拶に困るんだけどね。それに輝いているものを見てそこに混ざろうとしないのは、べつに僕がそれを切り捨てたり小馬鹿にしているからじゃない。自分の活躍できるジャンルとは違うから、でしゃばらないだけさ」

「それは結局のところ自分の分相応、他人の分相応を推し量って周囲に押しつけをしているにすぎないよ。頑張ることが美しいと言いながら、でしゃばりであるとも言う。それはまるで、小さな子供が分不相応な行動をしているのを、上から目線で評価しているようなものなんじゃないかな」

 くそ、こいつ口が立つな。僕がひかりの頑張りをディスってるみたいに話をすり替えやがった。これ以上言い合っても分が悪いな。僕の立場を確保しつつ妙義をこき下ろして、しかもひかりの頑張りを評価するのは僕の弁論スキルじゃ難しい。

 それにさっきから、ひかりが僕らを見てアワアワしてしまっている。パッと見だと、ひかりが舌戦の引き金を引いたみたいな構図だからな。すこし癪だけど、ここは負けておくとしよう。

「……不毛だね。悪かったよ、ごめん。やめよう」

「年下にあっさりと頭を下げて退くなんて、なかなかできることじゃないね。けどやっぱりそれは、キミが勝ち負けなんてどうでもいいと考えている証左ともなりうるんじゃないかな。キミは周りの空気や感情を読んで行動の方針を決めているようだけれど、その自分の感情や立場を度外視して丸く収めようとするという選択は、私とは真逆の性質でありながら好きになれそうにないね」

「おい負けを認めたんだから追い打ちやめろよ! 死体殴りかっこわるい!」

 あとどさくさに紛れて僕のことを全面的に嫌いだって宣言するなよ傷つくだろ! 自分に似てるところも正反対のところも嫌いってどういうことだよ。

 妙義は小さく嘆息して両手を軽く上げ、その澱んだ瞳を正面に向けた。くそ、コイツ絶対友達いないだろ……。ひかり曰く正直な人間ということだが、たしかにその通り、言いえて妙というやつだ。正直さっていうのはつまり読んで字のごとく正しさだ。そして正しさっていうのは必ずしも優しくない。それどころか残酷であることの方が圧倒的に多い。そんなの都会に数年住んでれば気が狂うくらい実感することだ。

 どっぷり疲れて肩を落とした僕の袖を、ひかりがこっそり掴む。おそらく慰めているつもりなんだろう。よっしゃ、体力全回復したわ。

 妙義と反対側の列の端っこに視線をやると、鏡ヶ浦がじっとこちらに……僕と妙義に目をやっていた。そして唇をほとんど動かさない人形みたいな話し方で、こう呟いた。

「なかよし?」

 しばし言葉を失った僕と妙義は顔を見合わせてから、やれやれ、みたいな感じで同時に肩をすくめた。


245 : [saga]:2013/12/14(土) 00:48:16.65 ID:lJxDOa4E0



 一日ぶりに訪れたひかりの家には、現在五名もの人間が集まっていた。さきほどの帰宅メンバーに加えて、後から追いついた赤穂さんが合流した写生大会のグループである。

 今朝高千穂先生がすこし言っていたけど、絵を教え合って交流するというのは例年行われていることらしい。それを通じて、より生徒同士の親睦を深めるというのが趣旨なんだろう。馬の合わないグループだったら地獄だけど、このグループだったらそこまでのストレスは感じないと思う。

 赤穂さんが学校で借りてきてくれたらしい絵の具セットを広げて、一人ずつ絵を描いていくことになった。まずはそれぞれの画力レベルを確認しようということらしい。けど、いくら前回の写生大会が一年前だといっても、だいたい画力というのは一年そこらでそう変わったりはしない。となるとみんなの注目は当然、新顔である僕の画力へと向くわけだ。

「それでは、まずは篤実さんからということで……」

 という流れに当然なるのだけど、僕がどうしてもトップバッターを嫌がったので、赤穂さんがまず絵筆を取る運びとなった。

 赤穂さんは被写体の果物を、手際よく画用紙に浮き彫りにしていく。その手さばきは大したもので、あっという間に絵の具を塗り重ねて完成させてしまった。淡いタッチのやわらかな色合いは、さながら赤穂さんの内面を表しているかのようだ。

 続いて、今度こそ僕の番となる。僕は目に焼き付いた『ソレ』を完璧にトレースして、果物を描き出していく。

「わあ。篤実さん、お上手なんですね!」

「す、すごいよ、篤実くん!」

 後ろから飛んでくる称賛の声を、やや苦笑いして受け流す。ちらりと後ろを振り返ると、なにやら曖昧な表情をした妙義と目が合った。やべ、バレたかな……?

 僕の順番が終わると、次の妙義も非常に渋々ではあるものの絵を描いた。明らかに手を抜いてる様子だったけど、そこそこ形にはなっている絵だった。

 その次のひかりの絵は四十分近くかかっていたけど…………ええっと、うん、みんなでゆっくり教えていこうか。きっとうまくなるさ……きっと……。

 最後に、一番驚きの絵を描いたのは鏡ヶ浦だった。

「できた」

 そう呟きながら筆を置いた鏡ヶ浦の絵に、僕は思わず息をのんだ。まるで写真のような……こういうの、写実的っていうんだっけ。被写体をそのまま画用紙に埋め込んだような―――なんて言うと大げさに聞こえるかもしれないけど、少なくとも小学生が描いたものとは思えなかった。

「相変わらず素晴らしい画力ですね、凪さん」

 去年から鏡ヶ浦の実力を知っているみんなは、この信じがたい画力を当然のように受け入れていたけど……これテレビ出れるよ絶対。

 だけど……そう、『だけど』だ。

 僕は妙義をアイコンタクトで誘い、リビングから廊下へと連れ出した。赤穂さんでもなくひかりでもない、彼を選んだのには、この少年の正直さを、正しさを、ある種信頼しているためだった。

「……あの絵、どう思う?」

 曖昧で単刀直入な僕の質問に、しかし妙義は嫌な顔もせずに即答してくれた。

「言いたいことはわかるよ。つまりあの絵に対して、驚くくらい魅力を感じないということだろう? あれだけ巧みに描かれた立派な絵が、あんなにも空虚で浅薄であることに困惑した……といったところだね」

「……前からそうなの?」

「写生大会以外で彼女が絵を描いているところを見たことはないけれど、少なくとも私が見たことのある鏡ヶ浦くんの絵は、悉くああいったものだったよ」

「妙義くん、キミの観察力を見込んで聞くんだけど……どうして鏡ヶ浦の描く絵は、ああなってしまうのかな?」

「恐らくだけど、彼女が被写体に対してなんの思い入れも感情を抱かないからではないかな。被写体のなにが素晴らしくてなにが美しいのかということに思いを巡らせずに、ただ網膜に映し出された像を画用紙に出力するだけ……だから、写真以上に味気ない絵が生まれてしまうんじゃないだろうか。そういえば去年もその前も、彼女が写生大会で入賞を果たしたところを見たことは一度もない気がするよ。そのあたりは記憶が曖昧だから、淡路くんにでも確認をとってもらいたいけれど」

「……なるほど」

 これはもしかしたら、本当にレッスンが必要なのはひかりよりも鏡ヶ浦の方なのかもしれない。

 しかしじつはこの時点で、昨日の夜、どうして鏡ヶ浦が防波堤にいたのかが……なんとなく掴め始めていた。だって僕にも、似たような経験があったから。

 ……なんて、ちょっとかっこつけたことを考えていると、妙義がドブ沼のような目を細めて、小馬鹿にした感じで口撃を仕掛けてきた、

「そういえば久住くん、キミ、委員長の描画テクニックを盗んでいたよね」

「……や、やっぱりバレてた?」

「あんなに露骨に描画手順をトレースしてたら、それはバレないほうがおかしいさ。あっちの三人はみんな揃って純真だから、そんなことは露ほども疑っていないだろうがね。まあ、真似であれだけ描ければそれなりに大したものだとは思うがね」

 僕は絵を描くのが苦手なので、赤穂さんにトップバッターをやってもらって、それを後ろから観察して描き方をマネしたのだ。僕は昔から他人の真似が得意だと自負しているので、僕の運動神経の限界を超えた動きじゃなければそっくり真似することができる。あれ、なんか学園異能バトルものには一人はいそうなヤツだな、僕って……。

「久住くん、つくづくキミという人間は他者の行動に依存して、自分というものが存在しないのだね。そこまでいくと逆に尊敬するよ」

 うるせっ! 基本的にコミュ障は自分が大嫌いなんだからしょうがないだろ。

 僕は妙義の悪態を半ば無視する形で、グループの三人が待つリビングへと戻ったのだった。


246 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2013/12/14(土) 16:07:06.91 ID:pgNcpGd30
妙義アキラという素敵な名前にしてもらった上に、格好も性格も、こんなに癖と味のあるキャラにしてもらえるなんてなぁ。感極まるわぁ
247 : [saga]:2013/12/14(土) 19:18:34.49 ID:lJxDOa4E0



 もうすぐ時刻は六時を回ろうとしていた。陽はだいぶ沈み、空は夕空というよりも夜空の色合いが強い。

 現在ひかり宅に残っているのは、だいぶ前に勝手に帰ってしまった妙義をのぞく四人。六時半ごろには看護師であるひかりのお母さんが帰ってくるという事なので、そろそろおいとましようかという流れになりつつあった。

「描いた絵は、私が家で保存しておきますね」

「じゃあ、僕が持つよ」

 赤穂さんが返事をする前に、今日みんなで描いた絵に手を伸ばす。画用紙とはいえ、それなりの量なのでずっしりと重い。ひかりの「泊まっていかない?」オーラを感じつつも、やっぱりアポなしでいきなり人の家に泊まるなんてことはできず、そそくさと帰り支度を整える僕は完全にヘタレである。

 ひかりの家を出ると、赤穂さんや鏡ヶ浦といっしょに住宅地を進んでいく。僕よりもずっと運動神経が良い赤穂さんはともかく、鏡ヶ浦はまだ小学生の女の子であり、絶対に家まで送らなければならない。特に誰かが言い出したわけでもないけど、当然のように、まずは鏡ヶ浦の家に寄っていくことになった。

 とは言っても、鏡ヶ浦の家はわざわざ意識して向かわなければならない場所ではない。というのも鏡ヶ浦の家は、昨日もそうだったように、ひかりの家から僕の家までの帰り道に通りがかるようなご近所なのだ。そのためすぐに、昨日もおとずれた立派な日本家屋が見えてきた。豪勢な割に嫌味さを感じさせない、上品な邸宅である。茶道教室とか開いてそう。

 鏡ヶ浦の家にそこそこ近づいたところで、僕は足を止めた。振り返って首を傾げる赤穂さんに、僕は脳内で事前に三回ほど反芻した台詞を読み上げた。

「赤穂さ……委員長の家はここから近いの?」

「歩いて数分ほどでしょうか。遠くはありませんね」

 もしかしてとは思ってたけど、やっぱりそうだったか。まあそんなに広い島じゃないし、自転車で登校してる様子もないからご近所なんだろうなとは考えていたけど。

「なら、僕はこのへんで。気を付けて帰ってね。それじゃあ、その、おやすみ」

「あっ、絵は……」

「べつにまた必要になるわけじゃないんだし、僕がこのまま持って帰って保存しとくよ」

「……そうですか」

 え、なんでちょっと元気なくなったの。そんなに絵を持って帰りたかった?

「えっと、鏡ヶ浦も、また明日ね。おやすみ」

「おやすみ」

 ほとんど唇を動かさずに挨拶を返した鏡ヶ浦は、赤穂さんと一緒に家のほうへと歩いていった。昨日も僕が鏡ヶ浦を家まで送り届けているので、今日もまたってことになると心証が悪くなりそうなので、ここで別れておくことにしたのだ。愛娘が見知らぬ男に連日送られるとか、悪夢以外のなにものでもないだろうし……。

 それに、ここで別れないと赤穂さんと別れるタイミングを失いそうだった。間違っても赤穂さんを家まで送っていくのだけは避けなければならない……だって、通報とかされたら嫌だし。ねぇ知ってる? 電車と夜道では、女の子に近づくだけで人生終了するんだよ? (ただしイケメンは例外)

 ところでこの島には、警官っているのだろうか。いや、いないわけはないんだろうけど、でもそれらしい格好の人を見たことがないのだ。もしかしてクラスメイトの誰かのご両親が警官とかだったりするのかな? おいおい、警察には前の学校でお世話になりかけたので勘弁していただきたいのですが。パトカー見るたびに心拍数が上がっちゃう系男子なのだ。

 さすがに島生活も三日目となって、家の周辺の地理はだいぶわかってきた。僕は迷うことなく道を進んで、これといったトラブルにも見舞われず我が家へと辿りついた。

 打ち寄せては砕ける波の音が遠くから聞こえる。もう潮の香りは感じなかった。


248 : [saga]:2013/12/14(土) 19:46:07.02 ID:lJxDOa4E0



 僕たちが写生大会に向けて特訓をしているのと同様に、うちの従妹たちもプチ合宿を行っていたらしい。とはいっても、ただ嬉野さんがうちに泊まりに来ているってだけの話なんだけど。

 なんの心構えも無しに、家に帰るといきなり見知らぬ女の子と出くわしたものだから心臓が止まるかと思った。そういうのマジでやめてよ……

 居間には嬉野さんのほかに双子もいたけれど、ほぼ初対面の女子と一緒の空間にいるとHPがゴリゴリ減るので、省エネのために夕飯の手伝いでもすることにした。やることがあれば、だけど。

 霊界に通じてそうな薄暗い廊下を進み、台所の扉を躊躇なく一気に開く。するとすぐ目の前に、驚きの表情を浮かべた三女が立っていた。向こうもちょうど扉を開けようとしていたのだろう。

「あ……ごめん」

「……いえ」

 ……これが今日初めて三女と交わした会話だった。

 僕が黙って横に退くと、三女は居間の方へと消えていった。それを見送って台所の中へ視線を戻すと、いつも通りの柔和な表情を浮かべたお婆ちゃんが、大きな鍋をかき混ぜていた。そして今さらになって、台所に満ちる独特でスパイシーな香りに気がついた。

「今日はカレーなんだ。おいしそうな匂いだね」

「もうすぐできるから、篤実ちゃんも居間で待っててねぇ」

 ちょうど支度が終わってしまったところらしい。三女が出て行ったということは、なにか他に手伝えることもないのだろう。

 だけど先ほどの居間の光景を思い出すと、しばらくあそこには戻りたくない。時間稼ぎがてら、ダメ元でひとつ提案をしてみることにした。

「今日は嬉野さんもいることだし、僕は自分の部屋で食べようかな」

 その提案を聞いたお婆ちゃんは、きょとんとしたような顔でしばらく固まっていた。そして、

「みんなで食べたほうが、きっとおいしいからねぇ」

 なんか穏やかな口調で一蹴された。僕も嬉野さんも幸せになれる提案なのに!

 作戦失敗に肩を落としつつ、おとなしく台所から退散する。もうすぐ晩御飯ができるって言ってたけど、ちょっとくらい自分の部屋に戻っても問題ないはずだ。ということで、玄関に置いといたみんなの絵を回収すると、それを僕の部屋へと運び込む。

 B3サイズなので意外と大きく、机の引き出しには入りそうにない。どこに保存しようか悩んだ挙句、僕の絵を一番上にして部屋の隅っこに置いておくことにした。一応、引き出しからジャンパーを取り出して上からかぶせておく。

 ここまでで二分くらいしか経ってないだろうし、ノートパソコンを起動して投稿動画を確認する。よし、再生数がじわじわ伸びてる。ぐへへ。

 さて他にやることもないので、鍵のついていない僕の部屋の扉をロックする方法でも考えることにしよう。男子中高生の自室ロックシステム職人の割合は異常。彼らは出来合いのアイテムだけで部屋の施錠を可能とするのだ。やだ、思春期って偉大……

 家から持ってきた生活雑貨をいろいろと物色した結果、使えそうなものは―――百均で買ったウォーターダンベル四つと、防災用突っ張り棒、それからガムテープに、吸盤三つに、角材が少々……よし、これだけあれば楽勝だぜ! ……我ながらプライバシーの確保に全力すぎる。

 そうこうしていると、不意に僕の部屋の扉がノックされた。お婆ちゃんなら声をかけるだろうし、双子なら問答無用で乗り込んでくるはず。ということは必然、僕を呼びに来たのは消去法で三女ということになる。あの怜悧な瞳が不愉快そうに細められている様が容易に想像できてしまい、かるく憂鬱になる。

 とはいえ早く下に行かないと余計に苛つかせてしまうだけなので、僕は制作途中の『プライバシーまもるくん』を投げ出して、早歩きで部屋の扉へと向かった。



 扉を開けると、そこには怯えの色をわずかに滲ませた嬉野さんが立っていた。


249 : [saga]:2013/12/14(土) 21:19:57.81 ID:lJxDOa4E0



 おっとりとした優しげな顔立ち、うっすらと浮かぶそばかす、フレームの細いシャープな眼鏡。真ん中から分けた前髪はもみあげと一緒に三つ編みになっている。教室ではいつもなにかしらの本を読んでいる彼女らしい、まさに文学少女と言った容姿だ。

 そして巨乳である。たゆんたゆんである。

「あ……。あっ……?」

 あまりに想定外な人物の登場に、僕の言語能力がカオナシみたいになってしまった。千はドコだー。

 僕が困惑しているのを察したらしい嬉野さんは、あたふたと事情を説明をしてくれた。

「あ、あの、お婆ちゃんが、久住くんを呼んできてほしいって……」

 またあの中国皇帝の仕業か……。もしかして僕が嬉野さんから距離を取ろうとしたから?

「わざわざ、すみません。ありがとうございます」

 そう言って、軽く頭を下げる。嬉野さんは神庭家へのお客さんという立場なので、居候の身として礼節を弁えて接することにしよう。

「それじゃあ嬉野さん、下に行きましょうか」

「うん、そうだね」

 嬉野さんの声はとても穏やかで、心が安らぐような音色だった。赤穂さんが天使だとするなら、嬉野さんは泉の精といったところだろうか。え、なに言ってんだ僕、キモっ。

 そういえば、こういう穏やかで物腰柔らかなタイプの子って、じつはこの島では始めてかもしれない。意外といそうでいないものなのかな。

「あの、久住くん。ちょっと聞いてもいいかな?」

「えっ? あ、はい、どうぞ」

 なんだろう、突然あらたまって。まさか「誰の許可を得て、この私と口を聞いているのかしら。身の程を知りなさい」とか言われちゃうのかな。なにそれ興奮する。

「都会の男の子は、女の子への挨拶に熱烈なハグをするって、ホント?」

「その嘘、誰が言ってました? 今夜そいつを社会的に抹殺しますので」

「シ、シズちゃんだけど……やっぱり嘘だったんだ。よかったぁ」

 ……僕が部屋のドアを開けたときに嬉野さんがちょっと怯えてたのは、それが原因か。

「シズちゃんって、神庭雫さんのことですか?」

「うん、そうだよ。シズクちゃんだから、シズちゃん」

「へぇ。じゃあ神庭霞さんのことは、カスって呼んでるんですか?」

「ち、ちがうよっ! スミちゃんだよ!!」

 あ、やっぱり? ちょっと期待したんだけどな。

「あの、僕なんかより付き合いが長いのでご存知かとは思いますが、あの双子はノリで有ること無いこと言いますから、真に受けないでくださいね。都会と田舎の文化なんて、そこまで変わりません」

「うん、ごめんね。それと、これからよろしく」

 そう言ってにこりと微笑んだ嬉野さんの穏やかな笑顔に、僕はズキュゥゥゥンと胸を打たれた。だからコミュ障は惚れっぽいと何度言えばわかるのか。

 ギシギシと軋む階段を下りて、居間の光が見えてきた。

「あ、私の自己紹介って、まだしてなかったよね。私は嬉野汐里。こうしてお話したのは初めてだけど、じつははじめましてじゃないんだよ?」

「……え?」

「私、いつも図書館の奥のほうで本読んでるから。久住くんって、けっこう図書館に来るよね」

「え、まあ、そう、ですね」

「ふふ、こんど図書館に来たら、ちょっと探してみてね?」

「は、はぁ……わかりました」

 嬉野さんは僕と同じコミュ障かと勝手に思っていたけど、むしろこのコミュ障が服着て歩いているような僕でさえ、初対面でいきなりそこそこ話をすることができるくらい話しやすい子だった。それはきっと彼女の穏やかな雰囲気と人格のなせる業なのだろう。

 見知らぬ人が家に泊まるというストレスが薄まっていくのを感じつつ、僕は嬉野さんと共に居間へと足を踏み入れた。


250 : [saga]:2013/12/14(土) 22:54:51.84 ID:lJxDOa4E0
>>246
ありがとうございます!



コメントや設定アイディア、読んでくださっている皆さんに支えられておりますm(__)m

251 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2013/12/16(月) 11:10:33.02 ID:zLWB575o0
深夜2時を越えても、目的も無く起きたまま外をぶらついていると、怪異だらけのパラレルな島を体感する事になるとかなんとか。朝には戻れる……と良いね?
252 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2013/12/16(月) 12:25:23.68 ID:sA0dMvxd0
島民ソングを保管してる家系の……あえて養子
253 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2013/12/16(月) 12:52:01.37 ID:mcLNqCtl0
じゃが芋並みの大きさの豆が房に生る豆の木がある
254 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2013/12/16(月) 19:02:05.13 ID:lyhnlrVg0
なんだかんだ鏡ヶ浦ちゃんの出番が多くて俺歓喜
255 : [saga]:2013/12/16(月) 20:17:22.24 ID:qqV5iCXW0



 いつもより賑やかな六人での食事を終えて、相も変わらず絶品な夕飯に満足しつつ立ち上がる。お婆ちゃんから奪い取る形で僕が獲得した、この家での数少ない役割であるところの皿洗いをするためだ。少しでもこの家のために貢献しなければ、僕は本当にただ食い扶持を増やすだけの迷惑な穀潰しという立場へと身を落としてしまう。それだけはなんとしてでも阻止しなければならないのだ。

 自分の皿を運ぼうとするお婆ちゃんをどうにか制して、何度も台所と居間を往復してすべての皿を運び終える。そして、では始めますかとシャツの袖を捲ったところで、あることに気が付いた。

「あっ、弁当箱……」

 今朝僕が早起きをして作った弁当はまさしく男の料理といった風情の大味なもので、お婆ちゃんや三女の手料理と比ぶべくもないような天と地ほどの隔たりがあった。半分以上おにぎりだったし。

 けれどもそれによって僕が後悔や悲壮を感じているかといえば決してそんなことはなく、むしろ他人に気を遣わなくていいぶん、僕の昼食はとても気が楽なものとなった。それに自分のことを自分でやるというのは言うまでもなく爽快なことだし、ひかりや赤穂さん、それから双子たちと机を囲んで一緒にご飯を食べるのは、なかなか悪くないな、なんて不覚にも思ったりした。

 まあ三女のいる狭い台所で一切の会話のないままにお弁当を作るというのは、非常に精神を削られるものがあるのだけれど……それはおいおい慣れていくとしよう。

 台所を出て、異世界に通じていそうな薄暗い廊下と階段をすすんで自室に入り、黒い弁当箱の入った巾着を取り出す。そしてすぐに部屋を出ようと入口の扉に向かったところで、僕は突然の衝撃によって吹き飛ばされて転倒した。新手のスタンド使いかッ……!?

「ああっ!? お兄ちゃんごめんね!?」「お兄ちゃんだいじょうぶ!?」「怪我してない!?」「どこぶつけたの!?」

 一瞬だけ凶器と化した扉の向こうから、ショートカットの元気っ娘ツインズがあらわれた。右から左からまったく同じ顔の同じ声が聞こえてくるというのは存外気持ち悪い感覚に襲われるので非常にやめていただきたいです。

「……こういうことにならないように、昔の人たちはノックという偉大な文化を発明したらしいよ……」

「う、ごめんなさい……」「ほら、だからノックしたほうがって言ったじゃん」「あーずるいっ! 霞がせかしたのに!」「そんなことないもーん。開けたのは雫だもん」「ううー! ご、ごめんねお兄ちゃん……」

 感情表現の豊かな双子たちは、元気なときはひたすら元気だけれど、へこむときは結構ガチでへこむ。だからついつい優しい言葉をかけて甘やかしてやりたくなる。この子たちがこんな奔放な性格に育ったのも、これが原因なのだろうか。

「べつにいいよ、死ぬわけじゃあるまいし。それに僕は居候なんだから、家主のすることには文句を言わないよ。そんなことより、なにか用があったんじゃないの?」

「あ、うん! そのとおり!」「お兄ちゃん、今日もお風呂あがったら部屋に来てね!」「今夜は寝かさないからね!」「シオリちゃんもいることだし、昨日より盛り上がるよ!」

「あー……わかったよ。でも明日は学校なんだから、あんまり夜更かしはしないからね」

 双子の言うように、僕は昨晩、二人に呼び出されて彼女たちの部屋を訪れた。そこにはトランプや人生ゲームが容易されており、どうやらゲームを通じて僕と親睦を深めるというのが呼び出しの趣旨であるらしかった。普段なら適当な理由を付けて退散するところではあったのだけれど、直前にお婆ちゃんから気になる話を聞かされていたので、一日だけ付き合ってやることにしたのだ。

 お婆ちゃん曰く、ずっと兄がほしかったのだという双子たちのために……せめて仮初めの兄を演じてやろうと思ってのことだったのだけれど、それはとんだ思い上がりだった。双子はとにかくゲームに関してはなにをさせても強く、まったくもって歯が立たない。そんなこんなで僕も途中からムキになってしまい夢中でゲームに臨んでいて、気がつくと時刻は深夜三時を回っていたのだった。南無三。

 くそう、しかも僕はお弁当をつくるために早起きしたから、実質三時間くらいしか寝ていない。だから午前の授業中は眠すぎて、何度となくうとうとしてしまったんだぞ、まったく! おかげで隣の席で授業を受けている赤穂さんにほっぺたをつつかれて、ハッと顔を上げたら「ふふっ、目が覚めましたか?」って微笑まれたんだぞ! ちくしょう、大変ありがとうございましたっ!

「あ、それからお兄ちゃん」「そうそう、お兄ちゃん」

「うん?」

「「お兄ちゃんは“居候”じゃなくって、“家族”だからね?」」

「…………う、うん」

 蚊の鳴くような声量でかろうじて返事をして、さっさと部屋を出て一階へと向かう。今の言葉がどういう意図のものかはわからないけれど、なんだか無性に恥ずかしくなってしまい、僕はその場から逃げるようにして離脱したのだった。


256 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2013/12/16(月) 20:28:14.49 ID:7vjTuJkx0
元気だなぁガキ共は。俺はもう深夜零時なんてなる前ですら眠くなるよ?
257 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2013/12/16(月) 23:10:24.67 ID:7CA5Kx+g0
漫画の技を覚えようと躍起になっているガキ。双子の漫画のにも挑戦はしている
武器とかが必要な技には、その辺の木から荒削りして、なるべく自作している。たまに>>200に頼る事も
258 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/18(水) 07:51:32.57 ID:gzT9dDkqO

素晴らしいな。
けど、改行もっと増やしてもいいんじゃない?
横に長くて見にくいんだよね
少数意見なら無視してもらっていい
259 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2013/12/18(水) 12:00:58.67 ID:a/dUPqM40
低級怪異
人にまとわり付いてじゃれてくる幼女の個体
260 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/18(水) 21:05:38.30 ID:0rrHOhrNO
のっぽのお巡りさん 男
いつの間にか背後にいる
261 : [saga]:2013/12/18(水) 21:55:54.06 ID:Z1W6c5FS0



 洗い終えた食器を拭くためのタオルを、洗面所で回収してから台所へ続くドアを開く。すると僕はそこで、予想外と言えば予想外な、そして想定内といえば想定内な光景を目撃したのだった。

 台所の扉を開けるとそこでは三女がすでに皿洗いを始めていて、じつに手際よく皿にこびりついたカレーをこそぎ落としていた。

 僕の立場というか、役割というか、もっと大袈裟に言えば居場所を横取りされたような気分になった僕は、戦々恐々といった心持ちで三女へと近づいていく。

 三女は僕になんか一ミリも興味がありませんというような態度をとっていて、そしてそれは実際に興味がないんだろうことを思わせた。

 思えば僕は三女のことをなにひとつ知らないし、三女もきっと僕のことなんてなにひとつ知ってはいないのだろう。そしてお互いに知ろうとしたこともないし、歩み寄ろうと考えたこともなかったはずだ。……もしかしたら、これからもずっと。

 双子たちに言わせれば僕らは“家族”とのことだが、ならば三女は僕のことをどう思っているのか。気にならないでもないけれど、その答えを誘導できるような問いに覚えがなかったため、こちらからなにか仕掛けるということも避け続けてきた。

 僕は無言で三女の背後を通過し、彼女が洗い終えた皿を、持参したタオルで拭いていく。

 今日はカレーだったので、皿の数はあまり多くない。そのため僕が到着した時点でほとんど終わっていて、すでに洗ったぶんの皿を僕が拭き終える頃には、三女は最後の一枚を泡とスポンジで擦っているところだった。

 さながら先日の意趣返しのように、僕は無言で手を差し出す。すると、三女も無言で皿を受け渡してくる。それを拭き終えると、僕らはそれぞれ無言で食器を棚へと戻す作業に移った。

 さてやることも終わったので風呂にでも入ろうか、と台所の出口へ向かおうとしたのだけれど、しかしこの家の台所は細長い作りになっているため、通路の真ん中に人が立っていると、互いが接触することなく通り抜けることは不可能となる。

 事実、小柄な中学生女子であるところの三女によって出口への道は完全に阻まれてしまっていた。なにこれ、通過するためには秘伝マシンが必要なの? 非人道的なボール兵器で洗脳し奴隷化させたモンスターなんて連れ歩いてないんだけど。

 もしうっかり彼女の体に触れるようなことがあれば、即☆通報待ったなしなので、迂闊な真似はできない。

 呆然と食器棚を見つめて立ち尽くしている三女がどいてくれるまで待とうと考えたのだけれど、そのうち三女と目が合ってしまい、僕はあっさりとこの空気に耐えきれなくなった。

「あ、あの……ちょっと横、通らせてもらって、いいかな?」

 僕がなけなしの勇気を振り絞って発した嘆願には、しかし一切の反応が返ってこない。ふぇぇ……微塵の躊躇いもない黙殺だよぉ……。

「昨日の夜」

 僕の心がぽっきりと小気味のいい音を立てていると、そこで三女がポツリと呟いた。

「姉さんたちと遊んでいましたよね」

「あ、うん……そうだね」

「夜遅くまで」

「……は、はい」

 夜遅くまで僕らが起きていたことを知っている → 三女も夜遅くまで起きていた → 夜遅くまで眠ることができなかった → 双子曰く、三女は近くの部屋でうるさくされるのを嫌う → 僕らが騒いでたせいで眠れなかった → 死刑確定。

 Q.E.D. 証明終了。

「今日はもちろん、早めに寝るんですよね?」

「……えっ!? ……あ、ええっと、その、さっき双子たちに……」

「は?」

「寝ますッ! 今すぐにッ!!」

 なにこの娘こわい! 今の「は?」で僕の寿命が十年は縮んだぞ。うっかり永眠したらどうするんだ、まったく。

「今すぐというのは結構ですから、お風呂くらいは入ってください。ちゃんと寝ているか、あとでお部屋を見に行きますからね」

「……か、かしこまりました」

 まあ今回のこれは全面的に僕が悪いわけだし、今日のところは三女に従っておくとしよう。それに実際、僕も疲れていてすごく眠かったし。ある意味で、良いタイミングだったとさえ言えるかもしれない……それは確実に偶然だろうけれど。

 僕が服従の意思を見せると、三女はくるりと体を翻し、ようやく台所の出口へと向かってくれた。どうやら秘伝マシン13「あしをなめる」が成功したらしい。そんな卑屈な技マシンがあってたまるか。

 しばし立ち尽くしていた僕は数秒後に我に返り、三女の小さな背中を追って台所をあとにした。


262 : [saga]:2013/12/18(水) 22:14:45.16 ID:Z1W6c5FS0



 風呂からあがった僕は、双子や嬉野さんに事情を説明して、自室のベッドでおとなしくノーパソをいじっていた。風呂に入ったら血行が良くなって眠気が飛んでしまったので、眠くなるまでニコ動でも見てようと考えたのだ。

 隣の部屋に聞こえないようにヘッドホンもしたし、これで文句を言われることもないだろう。

 昔にマイリスした動画を巡回したり、僕の歌ってみた動画を使った合唱動画を見てニヤついたりしていると、あっという間に三〇分近くが経過していた。いい加減眠くなってきたので、ノーパソを閉じてヘッドホンを外す。

「ふぁぁ……さて、寝るかぁ」

 ……と、大きめの声で呟いた、その直後。まるで狙いすましたかのようなタイミングで僕の部屋の扉がノックされた。扉の向こうにいるのは三女か嬉野さんか、はたまた双子の悪戯か……。

 ガチャっとな。

 扉を開けた瞬間に、僕の体感温度は二〇℃ほど低下した。それほどまでに冷たく冷ややかで冷々たる、冷淡で冷血で冷酷な視線だったのだ。

 扉の向こうに立っていたのは三女だった。風呂上がりで頬を上気させ、髪の毛もしっとりして妙に色っぽい。

「あ、あの……神庭さん……?」

「……何回ノックしたと思ってるの。起きてるならすぐに返事してドア開けてよ」

 あばばばば……敬語を忘れるくらいおこですわぁ……。もう早くも帰りたい。ここ僕の部屋だけど。

「も、申し訳ございませんでした……。あの、音楽聴いてて、えっと、聞こえなくって……」

「……次から気をつけてよね。火事とかだったらどうするの」

「肝に銘じておきます……」

 女子中学生にガチ説教をくらうなんて、およそ考えうる限りでもっとも屈辱的な体験だった。やったぜ。

 どうにか説教が終わり安堵していると、なぜか三女は鋭い眼光のままに僕の部屋の中へと視線を移し、そしてとんでもないことを言い出すのだった。

「……中に入れてもらっても、いい?」

「えっ?」

 どうして、という視線を送りつつ聞き返したのだけれど、三女はただ黙って僕の目を見つめるばかりだった。おいおいコミュ障は人と目を合わせると石になるんだぜ? これくらい一般常識だろ。

 この小娘、僕の嫌がることを的確に押さえてきやがるぜ……。

「ど、どうぞ……。といっても、ほんと、なにもない、けど」

 三歳下の従妹にあっさりと根負けして、三女を部屋へと招き入れる。なにが目的かは知らないが、やましいところなんてどこにもないのだからむしろ堂々としていればいいのだ。


263 : [saga]:2013/12/18(水) 22:15:13.39 ID:Z1W6c5FS0



 枕元に置いてあるノートパソコンをさりげなく布団の中に隠しつつ、僕はベッドに潜り込んだ。もう今日のやるべきことは終わっているので、三女の奇行は無視してさっさと眠ることにしたのだ。こういうよくわからない状況は、逃げるが勝ちだ。寝逃げ上等。

 布団をかぶってから、チラリと三女の方を窺う。すると彼女は、なにか言いたげな表情でこちらに視線を向けている。

「あの、部屋から出るとき、電気、消してね」

「……もう寝るんですか?」

 いやキミがさっさと寝ろよって言ったんだろ!

 ほんとになんなんだ? なにが目的だ? 三女がわざわざ僕の部屋にあがりこんでまで求めるものは一体なんだ?

 くそ、三女の好きなものなんて知らないしまったくわからない。というか、三女の喜怒哀楽のうち、怒しか見たことがない気がするんだけど……

 ―――いや待て。ひとつだけ知ってるぞ、三女が激しい反応を見せた出来事を。

「もしかして、その、スマホ貸してほしい……とか?」

「!!」

 わかりやすっ! ジブ○映画だったら髪の毛が「ぶわっ」って逆立つ演出が入りそうなくらい、三女は驚いていた。

 顔を赤くして気まずそうに視線を泳がせる三女はなんだか歳相応の女の子のようで、普段の研ぎ澄まされたツララのような雰囲気は霧散してしまっていた。なんだこれ超かわいい。ひかりと友達になってキュート耐性がついてなかったら、うっかり惚れてるレベル。

 僕はベッド脇に設置してある木製チェストに置いて充電していたスマホを取り上げて、三女へと差し出す。

「ほら、持ってっていいよ」

「え、でも……」

「バッテリー、二つ持ってるから。朝、取り替えれば問題ない。だから好きなだけ、使っていいよ?」

 あたふたしながら視線を泳がせていた三女に、「ほら」とスマホを突きつけて強引に受け取らせた。

 複雑な表情でうなる三女はやがて、スマホを大切そうに胸に抱きしめる。そして、

「……あ、ありがとう……ござい、ます……」

 思いっきり照れて はにかみながら(しかも上目づかい!)、小さくお礼を言ったのだった。

 その場で簡単にスマホとYouTubeの使いかたをレクチャーしてあげると、三女は瞳をすっごい輝かせながら自分の部屋へ帰っていった。まさか今夜も寝ないつもりだろうか。いや、さすがに途中で寝落ちするか……。

 ようやく静かになった自室の電気を消して、布団にもぐり目を閉じる。左の部屋からはうっすらと、一昔前のアイドルの歌声が。右の部屋からは姦しい騒ぎ声が、それぞれ聞こえていた。

 やっぱり自分なんかがいなくてもこの家は回るんだなぁ、なんて益体のないことを考えて一抹の寂しさを感じつつ、僕は抗いがたい微睡みに身をゆだねた。

 カーテンを閉めた窓の外からは、遠く、雨音が聞こえていた。


264 : [saga]:2013/12/18(水) 22:16:50.50 ID:Z1W6c5FS0

地の文でも二行以内に収まるように心がけてみました、こんな感じで大丈夫でしょうか……?
265 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2013/12/18(水) 22:24:52.64 ID:isj44xeb0
はじっこまでいくと見えにくいから、長くても途中で改行すれば良いって事なんじゃ?ww
266 : [saga]:2013/12/18(水) 23:05:53.47 ID:Z1W6c5FS0

あ、そういうことですか! 申し訳ないです

改行すると携帯版などで見たときには大丈夫なのでしょうか……?


↓一行四〇文字にするとこうなります。



 その場で簡単にスマホと You Tube の使いかたをレクチャーしてあげると、三女は瞳を
すっごい輝かせながら自分の部屋へ帰っていった。まさか今夜も寝ないつもりだろうか。
いや、さすがに途中で寝落ちするか……。

 ようやく静かになった自室の電気を消して、布団にもぐり目を閉じる。左の部屋からは
うっすらと、一昔前のアイドルの歌声が。右の部屋からは姦しい騒ぎ声が、それぞれ聞こ
えていた。やっぱり自分なんかがいなくてもこの家は回るんだなぁ、なんて益体のないこ
とを考えて一抹の寂しさを感じつつ、僕は抗いがたい微睡みに身をゆだねた。

 カーテンを閉めた窓の外からは、遠く、雨音が聞こえていた。


267 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2013/12/19(木) 00:04:09.70 ID:P1h4m7NZ0
俺だったら60〜70文字間隔が好きかな
268 :258 [sage]:2013/12/19(木) 08:11:41.44 ID:cst2zBDnO
>>266
ありがとう!
見やすいです。
改行も演出だろうから
>>1の思うようにやってもらったらいいんだけど、お気遣い感謝です
269 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2013/12/19(木) 16:15:26.68 ID:/MtucxIv0
密猟者
密売して金を稼ぐ為、色々珍しいものを狙って島に侵入する計画を立てている
270 : [saga]:2013/12/19(木) 21:09:23.14 ID:pQsAp2gJ0



 事実は小説より奇なり、とは故人の箴言とされありがたがられ
ているわけだけれど、しかし意外というべきか、当然というべき
か、少なくとも刺激過多の傾向が見られる近年の小説に慣れ親し
んできた現代っ子であるところの僕としては、事実が、現実が、
並み居る小説における展開やイベントを上回ったといったところ
を、見たことも聞いたこともないわけである。

 事実は小説より生成り、なのだ。

「久住さん、起きてください、久住さん」

 だから宇宙人や未来人や超能力者なんて存在しないわけで、つ
まるところ僕が現在体験していると知覚している非現実的な現象
―――朝、美少女に起こされるという夢のようなイベント―――
というのも、僕が見ている夢というわけである。二度寝しよっと。

「起きて、兄さんっ!」

 再び泥沼のような睡魔に身を委ねようとしていた僕は、その言
葉で一気に覚醒して飛び起きた。あわてて隣を見ると、頬を赤ら
め不機嫌そうな目つきをした三女の姿が、そこにはあった。

「えっ、あの、今……」

「な、なにも言ってません!」

 語気強く言い捨てた三女は、ぷいっとそっぽを向いてしまう。
窓から差し込む曇り空越しの淡い陽射しによる逆光で、その顔色
や表情を窺い知ることはできなかった。

 ……陽射し?

 弁当を作らなければいけない僕が、自室で陽射しを感じるとい
うことは……

「うわ、寝過ごしたぁ!? なんで!? アラームはちゃんと六
時に……!」

 全身から嫌な汗を吹き出しながらもベッド脇のチェストを見る
と、そこには昨晩置いておいたスマホが……ない。

「これ、その……ありがとうございました」

 相変わらず視線を逸らしたままの三女が、遠慮がちにスマホを
こちらへと差し出してくる。僕はそれを受け取って、しばし呆然
と黒いディスプレイを見つめる。

 そんな僕の様子に、三女はこほんと可愛らしい咳払いをして言
葉を続ける。

「そのすまほで、目覚ましをかけていたんですよね。私の部屋で
鳴ったときはとても焦りましたが……、ですから久住さんが起き
られなかったのは、全面的に私の責任です」

「い、いや、そんなことは……。とにかく、早くお弁当を作らな
いと……!」

「もう、作りました」

「……へ?」


271 : [saga]:2013/12/19(木) 21:18:10.73 ID:pQsAp2gJ0



「久住さんが起きられなかったのは私の責任ですから、責任を取
って私が代わりにお弁当を作っておきました。それにもう八時で
す。朝食ができたので、こうして私が起こしにきたんですよ」

 僕は三女の言葉にろくすっぽ返事もできず、ただ「お、おぅ…
…」と言葉を漏らしただけだった。

「ご、ごめん……迷惑かけて……。その、明日からは、寝坊なん
てしないから……」

「作るお弁当がひとつやふたつ増えたところで、なんら負担は変
わりません。それに私は責任を果たしただけですから、迷惑だと
も思いません」

「でも……」

「それから、久住さんはこの島に来て日が浅く、いろいろと大変
なこともたくさんあって気苦労も絶えないでしょう。なので四月
のあいだは、久住さんのお弁当は私が作るようにと、おばあちゃ
んに言われました」

「え、そうなの?」

「そうです」

 たしかに気苦労は絶えない。けど今日の寝坊は、二日ぶりの睡
眠でぐっすりだったので、ぶっちゃけスマホのアラームが鳴った
としても起きられたかは微妙だったのだけれど。

 それでも、その言葉はとても僕の心に響いて……

「ありがとう」

「……は、はい」

 僕は三女やお婆ちゃんの好意に素直に感謝しつつ、続いて隣室
の双子たちや嬉野さんを起こしに行った三女を見送った。寝間着
を脱いで外着に着替えると、窓から外を眺める。空は分厚い暗雲
に覆われ、薄暗い地上へ冷たい雨を降り注いでいた。

 あーあ、もっかい三女に兄さんって呼んでもらいたいなぁ……


272 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/19(木) 21:21:02.67 ID:jOPp5c/Fo
なん…だと!?
273 : [saga]:2013/12/19(木) 21:22:02.79 ID:pQsAp2gJ0

携帯サイトで見てもおかしくないように改行してみたのですが、見にくくないでしょうか……?
274 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/19(木) 21:24:49.63 ID:jOPp5c/Fo
>>273
前より違和感が凄い
行の真ん中で改行されまくってる…

まあ、俺の話だが
http://i.imgur.com/lPjkDyI.png
275 : [saga]:2013/12/19(木) 21:42:33.55 ID:pQsAp2gJ0

>>274
反応ありがとうございます!
あれですね、これは確実にむりですねっ!



改行がないと見づらいのは、タブレットなどでPC版を見た場合なのでしょうか……?
一般的な文庫本に合わせて、しばらく一行四〇文字でやってみます。……苦情が出たらやめます。

276 : [saga]:2013/12/19(木) 21:43:35.77 ID:pQsAp2gJ0



 どうやら神庭家においては、雨の日には車で登校するというルールが制定されているら
しい。

 そんなわけで、雨の日にはさながら川のようになる山道をお婆ちゃんの運転する白いワ
ゴン車で登り切った僕たちは、無事学校へと辿りついた。他の家庭でも同じようなことが
行われているらしく、校庭には様々な種類の車が駐車されている。たしかに徒歩であの坂
を登るのは、考えただけでも気が滅入ってしまうよな……。

 僕は本土の実家から持ってきていた黒い折り畳み傘(折り畳みという機構が珍しかった
のか、双子たちにさんざんおもちゃにされていたが……)を差して車から降り立つ。双子
や三女が駆け足で校舎へと向かうなか、そこでふと、僕はおかしなものを見た気がして立
ち止まった。

 おかしなもの、と言ったが、なるほどそれを正確に観測してからも、おかしなものとい
う表現がこれほど的確な事象というのも珍しい。なんせ雨の降り注ぐ森の中から、赤と白
を基調とした少女が姿を現したのだから。

 その自然界ではありえないカラーリングのクラスメイト(巫女少女)は、僕たちが登っ
てきた山道とは反対側の鬱蒼と茂る木々の合間から現れた。え、そっちにも道があるの?
と考えかけたところで、僕は閃いた。もしやあの紅白少女は、例のライダー神社の関係者
なのではないか? そして、あの山腹に建つ神社と学校を繋ぐ“通学路”があるんじゃな
いだろうか。

 ……まあ、仮にそうだったとして、だからどうということでもないのだけれど。

 古めかしい傘を差して校舎へと走る紅白少女の後を追うようにして、僕も教室に向かう
ことにした。


277 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2013/12/19(木) 22:17:31.55 ID:aZ4ROfQ30
巫女さんの出番か
278 : [saga]:2013/12/19(木) 23:55:24.75 ID:pQsAp2gJ0



「明日、晴れるといいですね。せっかくの写生大会なのですから」

 今日もクラス全員が教室に揃うということはなかったらしく、いくつか空席が見られた
。先週は風邪が流行っていたとのことなので、まだその風邪を引きずっているのか、はた
また不登校の生徒でもいるのか。

 時刻は昼の十二時半を回ったところで、現在は昼休み。それぞれの生徒たちはグループ
を形成して昼食をとっており、そして僕もまた、昨日から運よくグループに混ざることに
成功していたのだった。これはコミュ障にとっては快挙である。

「ねえ赤穂さ……委員長。雨だったら、どうなるの? 雨天延期?」

「そうなることもありますし、場合によっては雨天決行となることも考えられます。それ
は高千穂先生の判断によりますね」

 喋り終わってから、赤穂さんは優雅な仕草で箸を操り、お弁当の厚焼き玉子を持ち上げ
、そして、食べた。絹のように美しい肌が咀嚼運動によって動き、噛み砕いた食物をこく
りと嚥下する。食事しているだけで絵になる人というのも、大概珍しいものだ。さすがは
天使、受胎告知というセクハラ以外のなにものでもない仕草でさえ神秘的に描かれるだけ
のことはある。

「でもさ、今から雨が止んでもちょっとやだよね」「そうそう、地面もぐちょぐちょだし
」「それに滝とか泉も増水してるし」「せっかく描きたい場所がたくさんあるのに、立ち
入り禁止になったりしちゃうもんね」

 なるほど言われてみればたしかにその通りだ。外で絵を描こうにも、土や芝生が濡れて
いてはテンションも下がるし、せっかくなら乾いた地面とうららかな陽射しのなかで描い
たほうが興も乗るというものだ。

「まあまあ。雨上がりだからこそ綺麗な場所もあるかもしれないし、いろんなところを探
してみよう?」

 そう言って双子たちをたしなめたのは、彼女たちと同じグループである嬉野さんだった
。彼女は読みたい本があるとひとりでさっさと食事を済ませて読書に興じるらしいのだけ
れど、それ以外のときはこうやってグループに参加することもあるのだそうだ。僕が孤独
だとすれば、嬉野さんは孤高といったところか。……自分で言ってて悲しくなってきた。

 僕はちらりと右隣を見る。そこには、いつもごはんを食べるのが遅いので一生懸命にも
ぐもぐと口を動かしているひかりの姿があった。みんなが食べ終わっているのに自分だけ
食べているのがコンプレックスらしく、会話にはあまり参加せずに食事に集中している。
そんなことならお弁当の量を減らせばいいんじゃないかと言ったのだけれど、そこは男の
子としていっぱい成長したいから、いっぱい食べたいのだそうだ。その発言がすでに男の
子らしからぬ可愛らしさを発揮しているのだから、皮肉なものだ。

「……おいしそう」

 ひかりとは反対側の、僕の左隣でお弁当を食べていた鏡ヶ浦がぽつりと呟いた。その視
線は僕の食べているお弁当に注がれており、そしてそのお弁当を作ったのは三女である。

 そういえばみんなの前で三女の手作り弁当を食べるのは、これが初めてだった。昨日は
僕が作ったおにぎり弁当だったし。

 鏡ヶ浦の言葉で、僕のお弁当にグループ全員の視線が集中してしまった。


279 : [saga]:2013/12/20(金) 20:49:52.37 ID:LZBnFsaQ0



「え!? それもしかしてヒサメちゃんの手作り弁当!?」「うそっ!? なんで!?」
「ウチらにはどんなに頼んでも作ってくれないのに!」「そうだよ、ウチらの分はいっつ
もお婆ちゃんなのに!」

「……え?」

 双子たちの言葉に違和感を覚えて、思わず僕は後ろを振り返る。しかし教室内に三女の
姿は見当たらなかった。ついでに言うと、妙義も見当たらなかった。ほんとあの子らは個
人プレーが好きだよな……。僕のように一人が嫌なのに一人になってしまうヤツの気持ち
も考えてほしいよ、まったく。え、べつに寂しくなんかねーしっ!

「そうなのですか。しかし昨日は、篤実さんがお弁当を自作しているとおっしゃっていま
せんでしたか?」

「まあその、いろいろあって……四月のあいだは、作ってくれるって……」

「「ふぅ〜〜〜ん?」」

 僕の言葉に、双子たちがジトっとした視線を向けてくる。なんだよ、僕なにも悪いこと
してないだろ。

 それから双子たちは昼食もそっちのけで、ひそひそとなにかを話し合っているようだっ
た。そういうのは被害妄想を刺激されて不安になるからやめてください。

「あ、そうだ」

 僕は今朝あたりから気になっていたことを、赤穂さんに聞いてみることにした。

「委員長、今日って、絵の練習する……の?」

 その質問をうけた赤穂さんは、一瞬だけ僕から視線を逸らし、そしてにっこりとほほ笑
んで答えた。

「そうですね、今日もみんなで集まって、絵の教え合いをしましょう」

 おい、いま絶対ひかりのことをチラ見したぞ。ひかりの残念画力を思って、今日も集ま
ることにしただろ。ほら見ろ、ひかりが顔を赤くして俯いちゃったじゃないか!

「それでは五時間目の授業が終わったら、明さんにもお話しておいてくださいますか?」

「あ、うん、わかった」

 アキラって、たしか妙義の下の名前だったっけ?

 赤穂さんは放課後も学級日誌を書いたり校内の見回りをしたりと忙しいからな。それく
らい請け負ってあげてもいいだろう。

 そう思って安請け合いをしてしまったのだけど……

 これが軽率なことだったと、僕はすぐに後悔することとなるのである。


280 : [saga]:2013/12/20(金) 20:56:14.87 ID:LZBnFsaQ0



 放課後。帰りのホームルームが終わったのと同時に教室を出て行った妙義のあとを小走
りで追いかけて、すぐに捕まえた。ふっ、教室から音もなく消える技術がなってないな。
自慢じゃないが、僕なら誰にも気づかれずに消えられるぞ。おや、ほんとに自慢じゃなか
ったぜ。

 天使ミサキエルの啓示に従い、僕は妙義に事情を伝えて、だから今日もひかりの家にで
も集まろうという旨を伝えたのだけれど、

「いやだ」

 という取り付く島もない一言によってバッサリと一刀両断されたのだった。返事が三文
字ってどういうことだよ、いつも無駄に饒舌な長文返信してくるくせに。

「い、いや、もうちょっと考えてよ。っていうか、どうして?」

「べつにこの集まりは強制というわけではないのだから、私が行こうが行くまいがキミに
は関係のないことだよ。よって私には行かない理由を伝える義理はないし、キミには行か
ない理由を訊ねる権利はない。キミにもわかりやすいように噛み砕いて説明してあげるの
なら、そうだな……プライバシーってやつかな」

 最後のほうがめちゃくちゃムカついて殴りたくなったが、彼の言葉は残酷なくらい正論
だった。けれどやっぱり、正しいということが本当に正解なのかというと、決してそうと
は限らないのだ。自分を取り巻く世界そのものが間違っている場合、正しさだけでは幸せ
にはなれない。それは僕が都会の生活のなかで学んだ大切な教訓の一つだった。

 しかしそんな教訓を引き合いに出すまでもなく、学生同士の付き合いにプライバシーを
持ちだすヤツの気がしれない。っていうか僕なんか遊びに誘われただけで小躍りして喜ぶ
レベル。なにそれ可哀想。

「いやまあ、僕としてはそれでもいいんだけどさ。でも委員長はみんなでわいわいやりた
いってタイプでしょ? だからせめて、委員長に伝えるための用事を、嘘でもいいからで
っちあげてよ」

「キミのそういう表面的な義理だけを果たそうとする薄っぺらい偽善の精神が、相も変わ
らず嫌いだよ」

「……僕も君のことは好きになれそうにないよ」

「というより、誰のことだって好きでも嫌いでもないんだろう? キミはそういう人間だ
。誰のことも好きにも嫌いにもならず、表面的には良い顔をしておきながら、やっぱり腹
の底では無関心を貫いている。傷つくのが怖いから、傷つけるのも怖がって、そうして誰
にも心を開かない。言うなれば久住くん、私はキミが嫌いだから、今日の集まりには参加
したくないのさ」

 本当に情け容赦のない物言いだなコイツ……!!

 だけど妙義の言うことはやっぱり正しい。少なくとも今まで、彼が正しくないことを言
った試しはないし、今回のこれも正鵠を射た発言だった。

「……妙義くん、キミって超能力者だったりする?」

「さてね。しいて言うならば探偵になりたいとは思うけれど」

 お前が探偵になったら冒頭の三ページくらいで事件が解決しちゃうだろ!

「無関心って……僕はすくなくとも、ひかりのことを友達だと思ってるよ」

「淡路くんは友達を欲しているタイプの子だったからね。彼が欲しがっていたのは「自分
で作った友達」であって、「久住篤実」ではないんじゃないかな? 大方、彼のほうから
友達になってくれとでも持ちかけられたのかもしれないけれど、それって友達ということ
になったから友達らしいことをなぞって満足感を得ようとしているだけの、おままごとな
んじゃないのかな?」

「……」

「結局のところ久住くん、キミは淡路くんのことが好きだから友達なんじゃない、友達だ
から好きなのさ。いや、好きでさえないのかもしれないね。ともあれ、そのケースにおい
てもキミは、積極的に淡路くんに対して好意を示すこともない」

「……もういい」

「キミは、先に自分を好きになってくれた人間に対してしか、好意を示せないんだ」

「もういいってば」

281 : [saga]:2013/12/20(金) 20:58:41.54 ID:LZBnFsaQ0


 ぞわりと、腹の底で黒いものが蠢くのを感じた。発した声が思いのほか害意の込められ
た響きだったことに、自分で驚いてしまったくらいだ。さすがに妙義も口を噤んで、僕の
出方を注意深く窺っていた。キレて暴れ出すとでも思われてるんだろうか。

「あっ、篤実くん!」

 そのとき、背後の教室から現れたひかりの声と、こちらへ駆けてくる足音が聞こえた。
一瞬、振り返ろうとしたのだけれど、どうしても首が動いてはくれなかった。合わせる顔
がないというのもそうだし、こんな心理状態でひかりと接して、ひかりに対して八つ当た
りしないと言い切れるだけの自信がなかった。

「妙義くん、行けるって?」

 だからひかりの無邪気な声に対して、僕は振り返らずに、こう答えた。

「ごめん、僕は急用ができちゃった。だけど妙義くんは行けるらしいから、ちゃんと絵の
描き方、教えてもらうんだよ」

 せめてもの仕返し、といったところか。意外そうに目を見開いた妙義の顔が見れただけ
でも、僥倖ということにしておこう。

 さっき妙義自身が言ったことだ、僕がいるから行きたくないと。それなら僕がいなけれ
ば、行きたくない理由もなくなる。

 妙義は僕を罵倒することで、自分に対してこれ以上関わらないようにしたかったようだ
けれど……それは甘い。僕は都会でこれしきのことには慣れっこなので、腹は立ったけれ
ど、本来の目的を投げ出したりはしない。

 あれ、でも僕が抜けたらグループ全員が集まるっていう赤穂さんの理想は果たせないん
じゃ……。い、いや、たぶん誘えばいつだってホイホイついて来るような僕よりも、この
攻略難易度の高そうな捻くれ小童を誘うほうがずっと価値が高いだろうし、赤穂さんも喜
ぶはずだ。なんなら僕に来てほしいとは思ってない可能性すらあったりするかもしれない
。あれ、目から汗が……

 僕は結局、最後までひかりの顔を見ることなく学校をあとにした。


282 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2013/12/20(金) 21:45:40.23 ID:tuYNqBKm0
スーパーぽわおっとりした女の子
283 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2013/12/20(金) 22:09:51.53 ID:5iSsw4js0
爽やかイケメン成人男性
島ではまぁ別に普通と思われているが、都会で居れば確実にモテてるだろう人
大人なので嫉妬だとかそういう感情で当たられたりしても理解はある
しかし、こういう人に限って、ヘタするとオディオ化するので要注意
284 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2013/12/20(金) 22:35:36.83 ID:Kp84Qpz90
謎の日記
謎のあばら小屋に置かれている日記帳。そんな場所にあるくせに劣化していないし、どこかにやってもいつの間にか小屋に戻って来ている
日々何かしら書かれている。内容は、なんという事もなかったり、支離滅裂だったり単語ループだったりと本当に訳ワカメである
285 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2013/12/20(金) 22:39:43.83 ID:osfwQiZF0
色変わりの大岩
時間によって色が変わる滑らかな岩。微妙に発光もしているので、夜でも色を見るだけで何時か分かるかも
286 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2013/12/20(金) 23:18:43.16 ID:S7scF8m30
本編が良くない空気になりかけてるか? それはともかく、キャラ置いときます

出オチ 男
物事のとばっちりを頻繁に受ける。でもめげない。とにかくめげない
287 : [saga]:2013/12/21(土) 22:13:53.87 ID:8aBZSQMs0



 開放感のある畳敷きの和室に通された僕は、勧められるままに高そうなお茶をごちそう
になって、人心地ついているところだった。

 縁側から差し込む陽射しは薄暗く、いまだひっきりなしにシトシトと降り続ける雨はど
こか情緒的でさえある。外出する予定のない日の雨は美しいなぁ。でも出かける前には止
んでほしい。

 現在、僕の正面……すなわち黒檀のテーブルを挟んだ向かい側には、じつに威厳に満ち
溢れた面持ちのお爺さんがお茶を啜っている。

 あ、あっれぇ……どうして、こんなことになったんだっけ……?



 ―――さかのぼること三〇分前。



 そもそも、僕はただ、確かめておきたかっただけなのだ。なにをかと言うと、それは今
朝に見たおかしな光景……紅白少女が森の中から現れたというその現象についてだ。

 山腹に建つ学校と神社とを結ぶ通学路が存在しているのか、それを確認しておきたくっ
て、今朝の記憶と携帯のGPSを頼りにして、僕は雨の森へと足を踏み入れたのだった。べつ
にそれを確認してどうなるということもないのだけれど、せっかく暇な時間もできたこと
だし、ちょっとした探検気分で足を動かしてみることにしたのだ。

 道なき道を彷徨うこと十分前後。ようやく森から脱して、どこか開けた場所へと辿りつ
いた。辺りを見渡してみると、そこはどうやら大きな屋敷の裏庭であるらしいことがわか
った。

 そのことに気がついた瞬間に「まずい」と直感的に悟ったのだけれど、しかし僕が次の
行動へと移る前に、縁側沿いの障子が突然にも開いてしまう。そしてその向こうには白く
長い髭をたくわえた仙人風なお爺さんが立っていて、ばっちり目が合ってしまった。

 お爺さんは間髪入れずに僕へ話しかけてきた。

「けったいな気配を感じてみれば、こんな坊ちゃんかいな。よくもまあ、そんなもん連れ
とるわいな。祓ったるから、上がりんさい」

 その有無を言わせぬ口ぶりと不穏な言葉に圧倒されて、僕はおっかなびっくり屋敷へと
歩み寄り、縁側で靴を脱いで屋内へとお邪魔したのだった。


288 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/21(土) 22:14:42.66 ID:sbozIZm6o
えっ、何か悪いものが…
289 : [saga]:2013/12/21(土) 22:40:16.14 ID:8aBZSQMs0



「もうすぐ空ちゃんが帰ってくるからの、そったら祓ったるわ」

 髭で完全に隠れた口でそんなことを言うと、お爺さんはコトリと湯呑を置いた

 ちなみにお爺さんの苗字は千光寺といい、空というのは彼の孫娘のことらしい。という
か、おそらくあの巫女少女の名前が、千光寺 空なのだろう。その子と直接は会話をしたこ
とがないけれど、双子がいろいろとクラスメイトについて話してくれるので、それで名前
に覚えがあったのだ。

 ほとんどなにも知らないような女の子の家に上げられて、その家のお爺ちゃんと二人っ
きりにされるってどんな拷問? 一刻も早くここから脱出しないと、HPがなくなってしま
いそうだ。三十六計逃げるに如かず。

 しかしその前に、例の不穏な単語についてのことを聞いておかなければなるまい。

「あの……さっきから“祓う”とかって……なんのこと、言ってるんですか……?」

 ほんとは聞きたくはない! 聞きたくはないんだけれど!

 でも、聞かないわけにもいくまい。最悪の答えが帰ってくることも覚悟しつつ、僕はお
爺さんにその問いをぶつけてみた。

 するとお爺さんは、不思議そうに首を傾げた。

「そんなん連れとって、自覚症状もないんかいな。よっぽど鈍感なんか、それともよっぽ
ど好かれとるのか……なんにせよ、今のうちに祓っとくのがいいやんな」

 バギンッ!! という音が、そのとき突然響いた。異音の音源は探すまでもなく、テー
ブルの上、お爺さんの湯呑が縦に真っ二つとなったことによるものだった。

 わ、わぁい……湯呑ってあんな割れかたするんだァ……☆

「ほほっ、生意気に、腹ぁ立てとるわ」

 ええー? べつに僕、怒ってなんかいませんよー?

 ……僕のこと言ってるんですよね、そうですよね? この空間には僕ら二人しかいませ
んもんね? ねっ??

「坊ちゃん、なんか悪さでもしよったか? 地蔵さんの頭を蹴り砕いたとか、曰くつきの
廃病院でバーベキューパーティしたとか、野生の狐を絞めて剥製にしたとか……」

 僕がそんな脳味噌ハッピーな人間に見えるんですか? っていうかそんなことしたら祟
られるってレベルじゃねぇぞ。なにそれ、僕ってそんなレベルのことしちゃったの?

 唯一心当たりがあるとすれば、都会の学校で“こっくりさん”―――うちの学校では、
“赤目さま”とか呼ばれてたけど―――を一回だけやったことはあるけど……でも僕は道
具を準備して遠くから見てただけで、参加はしていない。……それだけでも祟られちゃう
なんてこと、ないよね……?

 ピシャァァンッ!! という破裂音が天井から響いてきた。一瞬、雷かと思って外を見
たのだけれど、外の天気はさっきまでと変わらず、むしろ雨があがりかけてるようにも見
え……あ、いや、なんでもないです。雷です絶対、そうに違いありません。ラップ音なん
かじゃありませんから!

 お爺さんの様子を見ると、さっきまでよりもさらに厳めしい顔つきになっていた。骨と
皮でできたような手で髭を弄んで、なにやらぶつくさと呟いている。これはもしかして、
本当にまずいやつなんじゃ……

 ……とか思っていたら。


290 : [saga]:2013/12/21(土) 22:42:58.87 ID:8aBZSQMs0



「なぁ〜んてな。からかっただけよの。ほっほっほ」



 こンのクソジジイがぁああああ!!

 こっくりさん、こっくりさん。このジジイを早急に虚無へ葬り去ってください。お願い
します。

「もうすぐ空ちゃんが帰ってくるからの、それまでゆっくりしてきんさい」

 そう言ってお爺さんは立ち上がると、縦に真っ二つになった湯呑をお盆に乗せて部屋を
出ようとする。

 まだいろいろ言いたいこと、聞きたいことはあったのだけれど。でも僕はこの瞬間が、
ここを脱する最大にして最後のチャンスだと確信して立ち上がった。

「あ、あの! い、急ぎの用事が、あってですね……! そろそろ、おいとまさせて、い
ただこうかなと……」

 終盤はしりすぼみで、声が届いたかは微妙だったけれど……すくなくともニュアンスは
お爺さんに伝わったらしい。

「そうかい、そうかい。そいでは、こんなところに留めてすまんかったの。玄関はこっち
だから、縁側の靴を持って、ついてきんさい」

「は、はいっ!」

 よかった、あの子が帰ってくる前に脱することができた。妙義の暴言やジジイの妄言で
メンタルが瀕死なのに、これ以上のストレスは命に関わるからな。

 やけにひんやりとした廊下を進んで玄関に辿りつく。擦りガラスのはめ込まれた引き戸
をガタガタと鳴らしながら戸を開くと、雨天特有のむわっとした匂いが鼻腔をくすぐる。

「雨の日は危ないから、軌道は使わんようにの」

「あ、はい」

 もともと一人じゃ軌道なんて使えないんだけど。でも軌道はこの島の主な交通手段みた
いだから、これから島の中で活動範囲が広がるようなら赤穂さんに乗り方を教えてもらお
うかな。

「来月あたりになれば、儂の息子……うちの神社の神主が帰ってくるからの。そのときに
でも、また遊びに来んさい」

「は、はぁ、どうも」

 なんで神主が帰ってきたら、また来なくちゃいけないんだ……? 僕は内心で首をかし
げつつも、適当に頷いておいた。

 空を見上げる。どんよりと黒い雲はそのままに、しかし雨は止んだようだった。


291 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2013/12/21(土) 22:56:09.79 ID:GVUxpb650
何?閃光時空?随分かっけぇ名前ですね
292 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/22(日) 10:18:51.09 ID:FePO6Yyzo
いwwwなwwwかwwwっwwwたwwwんwwwかwww
293 : [saga]:2013/12/22(日) 11:59:43.35 ID:vhMvdB+j0



 当初の目的であるところの“通学路”検証は無事に達成できたということで、僕はこれ
から異常に余った時間をどこでなにをして消費しようかということに頭を悩ませていた。

 無限に続くことを思わせる拷問まがいの石段から神社の本殿へと続く石畳の真ん中で、
僕は仁王立ちして思考する。

 まず大前提として、これから誰かに会いに行くというのは言わずもがなNGだ。それは当
然であって、必然だ。だってもう心の体力が残ってない。めちゃくちゃハードな勉強を九
時間ぶっ続けでやった後のような状態と言えばわかりやすいだろうか。

 なので一刻も早く家に帰って寝たい。

 けれども、家に帰ったら帰ったで問題がある。たとえばあの元気すぎる双子の存在。あ
るいは気難しい三女の存在。だから僕には現在、心休まる居場所というものがないのだっ
た。

 唯一の友人であるひかりにしても、妙義の発言のせいでなんとなく気まずい。それに彼
は現在、絵の練習に忙しいはずだ。

 そうだ、図書館に行くというのはどうだろう? 

 いやだめだ、嬉野さんと遭遇する恐れがあるぞ。普段なら彼女と徒然なるままに会話を
交わすというのも吝かではないのだが、今日に限ってはそれすらもしんどい。

 うぅむ、どうしたものか……

 などと考えていたせいで、僕はソレの接近に気がつくのが遅れてしまったのだ。



 堂々とそそり立つ鳥居の真下で、見覚えのある紅白少女がこちらを見つめていた。



294 : [saga]:2013/12/22(日) 12:05:09.22 ID:vhMvdB+j0



 彼女が千光寺、空……なのだろう。おそらくは。

 山腹に建つ神社なので、彼女の背景には遠い町並みと水平線が見える。左右の竹林や上
方の鳥居は浮世離れした光景だったけれど、彼女の服装がそもそも浮世離れ甚だしいので
違和感はなかった。むしろ、様になっているとさえ言える。

 中学生くらいだろうか。快活そうな目つきで、そういえば小柄でありながらバスケット
ボール対決ではなかなかの動きを見せていたように思う。まぁ、こんな拷問みたいな石段
を毎日使っているのなら納得の身体能力だと思うけど。でも巫女服で体育はやめとけ。い
ろんな意味で。

 そんな彼女は、なぜだろう、僕に対してなにか異様なものを見るかのような視線を向け
てきた。まるで汚物でも見たかのような、まるで幽霊でも見たかのような。そんな意味深
な視線だった。

 というか、その視線になんだか違和感を感じて……まるで鏡ヶ浦の虚ろな視線のような
、僕ではなく、僕の後方を見ているような、そんな感じがして、思わず背後を振り返る。
しかしもちろんそこにはなにもないし、誰もいない。ただ神社が見えるだけだった。

「えっと、ゴメンっ!」

 それが彼女、千光寺 空の第一声だった。

 えっ、どういうこと? もしかして僕、なにも言ってないのにフられちゃった? すご
い、私こんなの初めてっ!

「いま、お父さんが出かけてて……たぶん来月には戻るから、それまで待ってて!」

「え? いや、あの……」

「ほんとにゴメンっ!」

 そう言うと千光寺は、僕に近づかないように大きく迂回して、神社の方へと走り去って
いった。

 残された僕は呆気にとられて、しばし立ち尽くしていた。さっきのお爺さんの言葉や、
いまの千光寺の意味深な態度。それらを合わせて考えるとなにか答えが出るような気がし
たけど、その答えを出してしまうことは僕にとって致命的な事象であるような気がして、
すぐに思考を放棄した。

 雨上がりであることに加えて、ここは他と比べて標高が高く、気温が低い。

 だからだろう。さっきからずっと、鳥肌がおさまらないのは。


295 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/22(日) 14:06:24.11 ID:FePO6Yyzo
父親にしか祓えないとかか…?
296 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/22(日) 14:13:56.67 ID:xgm3ptBDO
一体主人公に何があるってんだ?マジでww
297 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2013/12/22(日) 17:27:38.01 ID:a5YeAJmS0
低級怪異:ネコマタ
猫なので気分屋。時と場合で懐いてきたりそっけなかったり
298 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2013/12/22(日) 21:56:58.13 ID:JOnldAES0
賢者の祠
洞窟内の特殊な空間
問いに答えさせる事で、世の中のゴテゴテしたしがらみから解き放ち、その者を仙人の様な存在へと昇華させる
299 : [saga]:2013/12/22(日) 22:52:39.23 ID:80we3jN80



 なんとなく肩が重い……いや、これは霊的なアレとかじゃなくて単純に疲れたせいだけ
どっ!

 疲れたせいで肩が重いので、僕はやっぱりおとなしく家に帰ることにした。あれで双子
たちは意外と気を遣える子たちだし、それに空気を読むスキルも高いので、僕が本当に疲
れてるオーラを出していればそっとしておいてくれるだろう。

 三女はそもそも僕に関わろうともしないだろうし……あれ、僕って存在感ない?

 そういえば、存在感のない役立たずを“空気”と表現することがあるけれど、あれって
明らかに誤用だよね。だって空気っていうのは普段気付かないけどなくなったら致命的だ
もの。

 その点、僕なんかはいなくなっても本当に誰も気付かない。そうだな、あえて言うなら
一酸化炭素? やだ、前衛的っ! キャッチコピーは“俺に惚れると中毒起こすぜ……”
で決まりだな。やべぇ、超かっこ悪い。

 というような益体のないことを考えて誤魔化さなければ、あの長い石段は本当に辛かっ
た。ただまっすぐな石段かと思っていたら、ある程度進んだところで曲がりくねって、さ
ながら登山道のようだった。ここをお百度参りとかするくらいなら、神頼みなんかしない
で自力で願いを叶えるわ。まあそれがなくても、こんなふざけたライダー神社を参拝なん
て絶対しないけどな!

 降りるだけで二〇分くらいかかりながらどうにか下へと辿りつくと、そこは見知らぬ町
並みだった。といっても海が見えるので、海沿いに適当に歩いていればいつかは家に着く
はずだ。なのでまったく焦ることなく、むしろ初めての景色に若干わくわくしながら歩き
出した。

 イヤホンを取り出そうかすこし考えて、いや、この波の音を聞きながらの散歩というの
も風情があっていいものだと考え直す。都会だと車の駆動音くらいしか聞こえないので即
座に音楽を聴くところだけれど、木々のざわめきや海鳥の鳴き声をシャットアウトしてし
まうのは、なんだかもったいないと思ったのだ。

 しばらく快い気分で歩いていると、だんだん心が晴れていくのを感じる。さすがに体の
疲労は回復したりしないし、さきほどの苦行のせいで足はパンパンなのだけれど、気分が
良ければそれさえも乙なものだと開き直ることができる。

 それからさらに二〇分ほどが経過して、そろそろ見慣れた町並みになってきたなと思い
始めたところで、最悪の事態に陥った。



「…………」



 海岸沿いの防波堤をボーっとしながら歩いていた僕が……

 防波堤に座って絵筆を走らせていた鏡ヶ浦に……

 出会ったぁ。


300 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2013/12/22(日) 22:54:24.23 ID:b81TjD9G0
気想動石
気力と想いに答えて動いてくれる鉱石の鎧。パワードスーツみたいなもの
301 : [saga]:2013/12/22(日) 22:57:33.89 ID:80we3jN80



「え、えっと……それじゃ、またね」

 小さく手を振って、それから何事もなかったかのようにその場を立ち去ろうと試みる。
見る限りここには鏡ヶ浦しかいないようなので、赤穂さんとかに見つからないうちに退散
しようと考えたのだけれど……それはあっさりと失敗に終わった。

 鏡ヶ浦が、僕の服を掴んで引き留めたためだ。

「……鏡ヶ浦?」

 防波堤に腰かけている鏡ヶ浦は、僕よりも視点が高い。僕を見る彼女の目はやっぱり虚
ろで、焦点が微妙にあっていないような違和感を覚えた。

 彼女は人形のようにほとんど唇を動かさずに声を発した。

「きょうも、お絵かき」

「え、ああ、うん、そうだね。でも僕、ちょっと今日は、用事が……」

 と言いかけたところで、現在自分が暇を持て余しつつ散歩をしていたことを思い出した
。これはどう考えても言い訳の余地がない。

 だから話を逸らすことにした。……最悪の大人の見本である。

「な、なんで一人で、絵、描いてるの? みんなは、その、どうしたの?」

 ひかりと違って、鏡ヶ浦はなんとなく底が知れない。だから小学生だとわかっていても
、まだどうしてもキョドってしまう。

 鏡ヶ浦は虚ろな視線をちょっとだけ上に向けて考えるそぶりを見せる。そして、

「ひかりのとこ」

 と端的に状況を説明した。まあたしかに、あの画力を明日までにどうにかするためには
二人がかりじゃないと間に合わないかもしれない。

 だけどそれにしたって、こんな小さな子を一人でほっとくというのは納得いかない。い
くらみんなは鏡ヶ浦と長い付き合いで、彼女が小学生にしてはしっかりしていると理解し
た上での信頼の結果だったとしても、僕にはどうしても許容できなかった。

 僕は、最近よく見かける“駐車場とかで子供と手を繋がない親”というのが許せないタ
イプの人間なのだ。あれほんとどうかしてると思う。悲しいけど、今はそういう時代なの
かなぁ。悪魔がほほ笑んじゃうのかなぁ。

 そんなわけで僕は防波堤をよじ登り、鏡ヶ浦の隣に座った。さっきよりも彼女との距離
が物理的に縮まって、その真珠のように綺麗な瞳がよく見える。

 鏡ヶ浦が抱えている画板に描かれた絵は、やっぱり大したものだった。とても写実的で
、類稀なる観察力と描写力を兼ね備えた凄まじい絵だと思う。

 だけどやっぱり、凄まじい絵ではあっても、素晴らしい絵ではなかった。

 もしも同じ場所で、同じ角度で、同じ被写体を撮影するにしても、撮影者がプロかアマ
かでは、その写真の出来栄えには天と地ほどの隔たりがあるだろう。彼女の絵は、そのア
マチュアの写真なのだ。ただ情景を説明しているだけで、なにも心に響いてくるものがな
い。

 僕はわかりきったことを彼女に訊ねてみた。

「その絵、描いてて楽しい?」

 無言で首を横に振る鏡ヶ浦。それはそうだ、こんな絵を描く彼女が楽しいと感じている
はずがない。

 一昨日だかの夜中に、同じこの場所で鏡ヶ浦が一人、膝を抱えていたのを思い出した。
そして僕には、どうしてそんなことをしていたのかの検討がつく。ついてしまう。だから
胸がむず痒くなって、掻き毟りたくなるような気分になる。あの苦悩を、もどかしさを知
っているからこそ、いまはそれを脱した人生の先輩として、物申さずにはいられなくなったのだ。


302 : [saga]:2013/12/22(日) 23:00:17.47 ID:80we3jN80



 僕は視線を前に向けて波をぼんやりと眺めつつ、思考を整理しながら言葉を紡ぐ。

「絵にしても、写真にしても、音楽にしても、およそ芸術系の分野においてもっとも大切
だとされるのは感性だと思う。感性っていうのはどういうことか、わかる?」

 また、首を横に振る鏡ヶ浦。

「僕の持論だけれど、感性っていうのは、その情景を見て、自分がなにに感動したのかを
具体的に挙げる能力だと思う。空間の広がりが素敵だった、色のグラデーションが美しか
った、扱われている題材に強い共感を覚えた、そういうことをより多く見抜く能力だと思
う」

 視界の端で、鏡ヶ浦が僕の顔を注視しているのを感じる。けれどそちらを向いて目が合
うと緊張してしまって頭が真っ白になりかねないので、そのまま前を向いて話を続ける。

「鏡ヶ浦は、なにか景色を見て感動したことはある? 胸が高鳴ったり、腹の底がざわつ
いたり、おもわずニヤけちゃったり、そういう劇的な体験をしたことはある?」

 視界の端で、やはり首を横に振る鏡ヶ浦。

「僕も昔はなかった。そして、それを世界のせいにしてた。世界が面白くないから、僕は
感動しないんだ。あるいは、テレビなどのメディアが劇的なものばかりを提示して僕の感
覚を麻痺させてしまったせいで、そんじょそこらの出来事では満足しなくなってしまった
んだ。そう思って、世界に責任を押し付けていた」

 空を黒い雲が急速に流れていく。どうやら上空では風が強いらしい。

「でもそうじゃなかった。悪いのは世界じゃなくて、僕のほうだったと、あるとき気づい
たんだ」

 ちらりと、鏡ヶ浦の顔を見る。なんだろう、気のせいかはわからないけれど、鏡ヶ浦の
瞳が輝いているように見えた。いつもは洞穴のような黒い瞳に、光が差し込んでいるよう
に見えたのは、僕のうぬぼれだろうか。

「僕はそんな無感動な自分に失望して、夜中に外を出歩いたりとかしていたんだ。そうし
たらなにか劇的なことに出会うような気がして。

 たとえば、ナイフを持った凶悪犯に出会うかもしれない。家出中の美少女に出会うかも
しれない。隕石の落下に出くわすかもしれない。UMAにばったり出くわすかもしれない。公
衆電話ボックスの中に白い着物の女の人を見かけるかもしれない。

 なにか劇的なことに遭遇して巻き込まれれば、こんな退屈な日常は木端微塵に壊されて
、この曇った心が輝いてくれるんじゃないか。成績の悪い同級生たちみたいに、くだらな
いことで馬鹿みたいに笑える心を手に入れられるんじゃないか。そう思って、出歩いてい
たんだ」

 形を変え続ける波を見つめたまま、僕は自嘲気味に笑った。

「だけどそもそも僕がまったく心の動かない人間だったのかといえば、そんなことはなか
った。たとえば映画なんかでは普通に感動したし、真剣に見ている作品だったら泣いたり
もした。べつに心がないわけじゃないんだ。じゃあどうして映画には感動したのかってい
うと、それは『説明』があったからなんだ」

「……せつめい?」

「そう、説明。これこれこの話は、こういう流れを経て、こういう感動を提供しています
よって。僕みたいな感動初心者にもわかりやすいように、懇切丁寧な説明の末に感動が提
供される。あらゆる角度から感動への道筋を提示されているから、真剣に物語を追ってい
れば必ずどこかで感動できるんだよ。そしてそれは、絵画を見るときにも応用できる」

 ちらりと背後を振り返って、赤穂さんたちがまだ来ていないことを確認してから言葉を
続ける。

「つまりいろんな角度から感動へ至る道筋を探してみるのさ。たとえば、その絵を描いた
作者がどうしてその絵を描いたのか。何歳のときに、どういう状況で、どんな背景で、ど
んな環境で描いたのか、それを考えてみる。ただのフルーツの絵に見えても、もしかして
作者は末期癌の患者で、今際のきわに自分がこの世に存在した証を遺すために描いたもの
かもしれない。そしたら、ただ暇だから描いたような絵よりもずっと感動する人が多いと
思わない?」

「……絵に、感動してない」

 鏡ヶ浦はなんとなく不機嫌そうに、そう呟いた。


303 : [saga]:2013/12/22(日) 23:06:04.12 ID:80we3jN80



「そうだね、それは絵自体に感動してるわけじゃない。絵に込められたメッセージに感動
してるんだ。だけど“絵に感動する”っていうのは、つまり描画テクニックに感動するっ
てことでしょ? そんなことで感動させられる画家なんて本当にほんの一握りだし、そん
なことで得られる感動はとても刹那的なものだよ。ほとんどの絵は、その絵に込められた
作者のメッセージを発信して鑑賞者を感動させるんだ。そのメッセージは、送り手が説明
してもいいし、受け手が勝手に想像してもいい。それが勘違いでも、一向に構わない」

 鏡ヶ浦は眉間にしわを寄せて、難しそうに話を聞いている。それは彼女が僕に見せた初
めての露骨な表情であり感情だったし、それは彼女がそれだけ僕の言葉を真剣に聞いてく
れているということの証明でもあった。

「僕が初めてこの島に訪れたとき、島の景色に感動したよ。でもそれは、ただ単純に色合
いとか造形が素晴らしいと感じたわけじゃない。まず都会と違ってごちゃごちゃしてない
ことに感心した。自然豊かだし、都会と違ってゴミみたいに人がたくさん溢れてないし、
島じゅうが全体的に穏やかだと感じた。

 それにここに住むことができるんだってことにも期待が膨らんでいたし、ここから僕の
新しい人生がスタートするんだっていう感覚もあった。この離島は本土から離れてるから
変わった文化があるのかもって興味津々だったし、普通に生きていればこんなところに住
むなんて一生ないことだから、その特別感に高揚した。

 そんなにたくさんのことを無意識下で考えて、そこで始めて“感動”したんだ。もちろ
ん、単純に綺麗だなって思ったのもあるけど、それだけじゃ大した感動は感じなかっただ
ろうね。それに、寝ぼけながら何も考えず、嫌々この島に上陸したのなら、この島を見て
感動なんてしなかったはずだ」

 背後の島を振り返る僕につられて、鏡ヶ浦も島へ視線をやる。おそらく彼女にとっては
最も慣れ親しんだ景色を。

「海を見るとき、なにを考えてる? ただ広いなぁ、とか青いなぁ、とか、そんなこと考
えてるんじゃない? 海っていうのは数億年前からずっと存在していて、一日も欠かさず
こうやって波の音を響かせていたって、考えたことはある? この水は数千キロ離れた場
所にいる人と僕らを繋いでるって考えたことは? この水の中には数えきれないほどたく
さんの生命がいるってことは? 数億年前の生物と同じ海の色を見て、波の音を聞いてる
んだって考えたことは?」

 鏡ヶ浦はいつの間にか僕のほうに体ごと向いていて、真剣そのものといった表情で海に
視線を注いでいる。

「いつも見ている星の光は、じつはずっと昔の光だってことは知ってる? この世界の物
質はみんな、小さな粒が固まってできてるってことは知ってる? 色っていうのは物体に
よる光の反射だというのは知ってる? 地球っていうのは回ってるから、自転だけで考え
ても僕らは一秒間に二〇〇メートルくらい移動し続けてるっていうのは知ってる?」

 僕は途中から、どうしてこんなに体力を浪費してまで、こんな親しくもない女の子のた
めに講義をしてるんだろうと思い始めていた。だけど、夜中に家を抜け出す思いは、無感
動の苦しみは、誰より知っているつもりだ。だから彼女の殻を壊してあげなければという
使命感に燃えていたのも事実だった。


304 : [saga]:2013/12/22(日) 23:10:27.36 ID:80we3jN80



「鏡ヶ浦。感動っていうのは、自然から与えられることはなかなか少ない。商業主義の創
作物なら、お金をもらうために感動させようと媚びることは数多ある。だけど自然はそん
なことしない。ただそこに存在するだけだ。それに対して感動しようと思ったら、僕たち
から歩み寄らないといけないんだ。そしてそのためには、多くの角度から物事を見ること
が必要になる。もし自分だけじゃ感動の糸口を見つけられないときは、友達に頼っても良
い。感動はそこらへんに落ちているものじゃなくって、僕らの心の内側にあるんだから」

 昔はよくこういうことを考えていたから、ついつい饒舌になってしまった。コミュ障の
特徴である“自分の領域になると途端に饒舌になる”が発現してしまったようだ。

 言いたいことをすべて吐き出して、僕はようやく鏡ヶ浦に顔を向ける。

「といっても、急には難しいだろうけどね。だから焦らずに、じっくりと慣れていけばい
いよ。まずはしっかりと、対象を観察することだね。それは色とか形を見るっていうこと
じゃなくって、もっと深く、背景とか物語みたいな、本質的なところを視るという意味だ
よ」

 なんだか熱く語っちゃったみたいで恥ずかしくなり、僕はそそくさと立ち上がって防波
堤から飛び降りた。

「もしも感動できたら、どうしてそれに感動したのかってことを理解して、それをどうや
って描いたら見る人にもその感動を伝えられるのかってことを考えながら絵を描くといい
よ。鏡ヶ浦はすごく絵が上手だから、そうしたらきっと、誰よりも素敵な絵になると思う
な。僕も、そんな鏡ヶ浦の絵が見てみたい」

「……」

「じゃあ、がんばって。それからあんまり一人でうろついちゃだめだからね。僕が消えた
ら、赤穂さ……委員長たちのところに行くんだよ」

 僕は手を軽く上げ、鏡ヶ浦に背を向けた。そして今度こそ その場をあとにする。

 これで少しは鏡ヶ浦のためになったのなら嬉しいけど、どうなるかはわからない。人は
人にそう簡単に影響を与えることはできないものらしいから、存外すぐにケロッと忘れら
れちゃうのかもしれない。まあ、べつにいいけどさ。

 久しぶりにたくさん喋ったから喉が痛い。それに酸欠で頭がぼーっとしている。

 そのまま誰に会うこともなく、僕は無事に帰宅したのだった。


305 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/22(日) 23:11:28.32 ID:FePO6Yyzo
文体が俺好み
っつーか、もしかしたら1と読んでる本がかなり被ってるかも
306 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2013/12/22(日) 23:17:31.15 ID:9j9jQldp0
物語の雲行きが怪しくなったのは、島が灰色云々と掛ける為かな?
307 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2013/12/22(日) 23:28:21.82 ID:Kmvbd6aX0
どっかには、ガチで呪いの妖刀が封じられてるとか
308 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2013/12/22(日) 23:44:37.72 ID:fkSyo2YK0
鏡ヶ浦って、何かアレだな。裏の島?だかに入門した事ありそうだな
309 : [saga]:2013/12/23(月) 09:58:10.44 ID:pAouvNe+0



 両手に華、ということわざがある。まあ主に唾棄すべき糞リア充に対し皮肉を込めるた
めの呪詛の言葉として用いられることの多いことわざであるのだが……



 神庭家の思春期ツインズこと神庭雫と神庭霞に左右の手を恋人繋ぎで握られ歩いている
現在の状況は、いわゆるソレに該当するのではあるまいか。



 場所は外、見知らぬ森の中だった。夕食が終わって、さて風呂にでも入ろうかといった
ところでなぜか彼女らに拉致られ、外へと連れ出されたのだ。

 僕の左手をきゅっと握りなおした神庭雫が、照れくさそうにはにかむ。

「家の外でなら、ずっと話しててもヒサメちゃんには怒られないもんね♪」

 僕の右手をきゅっと握りなおした神庭霞が、照れくさそうにはにかむ。

「お兄ちゃんはトクベツだから、ウチらのとっておきの場所に連れてってあげるね♪」

 さっきから不覚にもドキドキしっぱなしの僕は、つないだ手を通じて脈拍が伝わりやし
ないかと冷や冷やするのが精一杯だった。

「け、けっこう歩いてるけど、大丈夫? その、明日も早いんだしさ、遅くなるとお婆ち
ゃんも、心配するし」

「だいじょーぶだいじょーぶ!」「心配ない心配ない!」「そんなことよりお兄ちゃん」
「お兄ちゃんのこと、もっと聞かせて?」

 左右からぐいぐい寄ってくるので、いろいろ当たっているし、歩きづらいし、しかもい
ろいろ当たっていますっ!

 前髪をピンクのヘアピンで左に分けた雫が、僕の左から訊ねてくる。

「お兄ちゃんの好きな食べ物は?」

「……い、稲荷寿司」

 前髪を水色のヘアピンで右に分けた霞が、僕の右から訪ねてくる。

「お兄ちゃんの好きな動物は?」

「……キツネ」

 左から雫。

「お兄ちゃんの血液型は?」

「……AB型」

 右から霞。

「お兄ちゃんの座右の銘は?」

「……阿諛追従、一言芳恩、臥薪嘗胆」

 左から雫。

「お兄ちゃんの将来の夢は?」

「……特になし」

 右から霞。

「お兄ちゃんの好きな女の子のタイプは?」

「……血が出ないヤンデレ」

 聞いたことのないような鳴き声が響く森の中で、そんな質問攻めがひたすらに続いた。
その間も足を止めることはなく、森の奥へ奥へと進んでいく。


310 : [saga]:2013/12/23(月) 10:00:09.31 ID:pAouvNe+0



「「お兄ちゃんは、犬派? 猫派?」」

「……どっちかと言えば、犬派」

「ありゃ、それは残念」「うん、ちょっと残念」「でも気に入ると思うよ」「そうそう、
可愛いからね!」

 双子たちは意味深なことを言い合って、左右から悪戯っぽい笑みを向けてくる。

 しかし、その意味はすぐにわかった。



 高い茂みに囲われた森の一角に、たくさんの猫が集合しているファンシー空間が広がっ
ていた。



「おお……!」

「「ねっ? すごいでしょ!」」

 たしかにすごい。猫の数は二〇匹を優に超えており、いろんなところからゴロゴロにゃ
んにゃんと聞こえてくる様は、さながら異世界にでも迷いこんだかのようだった。

 首輪がついていたりついていなかったり、どうやら飼い猫と野良猫が入り混じっている
ようで、さながらここは猫の集会場、猫の楽園といったところだろうか。夜中になるとこ
こに集まって、こうやって水入らずで、猫同士の近況報告でも交わしているのだろうか。

 けれど、一つ問題がある。

 僕が双子たちに背中を押されて、猫の楽園へと一歩、足を踏み入れた時のことだった。



 猫たち全員が一瞬でこちらを向き、そして即座に散り散りに、さながら蜘蛛の子を蹴散
らすかのように逃げ惑ってしまったのだ。



「あー……うん、まあ、そうなるよね……」

 ……説明をしなければなるまい。僕は背後を振り返って、目を丸くしている双子たちへ
と向き直る。

「あの、僕さ、動物に超嫌われちゃうんだよね……よくわかんないんだけど」

「そ、そうなんだ……」「なんか、ごめん……」

 さっきまでのわくわく冒険テンションが、一気にお通夜ムードまで冷え込んでしまう。
え、これ僕のせい? だとしたらごめんなさい。嫌われ者でごめんなさい。

 つい最近までは、こんな体質じゃなかったんだけどなぁ。

「ま、まあだいじょーぶだよ! 今のは序の口だもん!」「それなら、もっともっとすご
いとこに案内してあげるから!」

 一瞬で元気を取り戻した双子たちに笑顔が戻る。再び左右から手を握られ、僕は元気い
っぱいな彼女たちに引っ張られて、さらなる森の奥へと進んでいった。


311 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/23(月) 10:40:18.29 ID:uFNZiZDxo
それ体質じゃないんじゃ…
312 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2013/12/23(月) 14:22:12.27 ID:mx7DDNuk0
最低級警戒怪異
影の様な子犬の形
侵入者に対し威嚇・警戒行動を取る。怪異の中でも最弱とは言え、素人が集団で襲い掛かられたら死ぬ危険性がある
313 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2013/12/23(月) 16:31:39.34 ID:z8n3IJFW0
大粒の雨粒が当たると、木琴の様な音を出す植物
314 : [saga]:2013/12/23(月) 19:32:42.26 ID:7ajNmDS50



 現在自分が島のどのあたりにいるのかはわからないのだけれど、それでもだいぶ奥まっ
た場所まで来ていることは確かだった。なぜなら僕のふくらはぎがパンパンになって伝え
てくれているから。

 双子たちが「「まだタイミングが悪いから、もーちょっと待ってて!」」と言ってから
しばらくが経過していた。しかしながらまだそのタイミングが訪れる気配はないらしく、
そのため僕らは、なんだか妖しげな気配を発している洞窟の前で、奇妙キテレツな植物を
眺めて時間を潰しているのだった。

 っていうか、この森の生態系はもはや日本とは思えない。ルイス・キャロルの世界じゃ
んかコレ……

「へえ、これがあのマリダマの樹なんだ……」

 双子が持ってきたらしい懐中電灯を借りて、僕の倍ぐらいある細い樹を照らしてみる。

「意外と細くてちっちゃいでしょ?」「ちっちゃいヤシの木みたいだよね」「樹に生って
る実は中身があるからかなり重たいけどね!」「中身をストローで出すと、軽くなってボ
ールになるんだよ!」

 触ってみると、なるほど。重量のわりには弾力があって面白い感触だった。試合のとき
はほとんどボールに触れなかったので、ここで思う存分堪能しておくことにしよう。あれ
、なにそれ超むなしい。

 周囲を見渡してみると、本土どころか そんじょそこらのジャングルでもお目にかかれな
いような不思議植物のオンパレードだった。

 たとえば森の四方から木琴を鳴らしたような音が断続的に響いて音楽を奏でているが、
双子曰く、雨粒が当たると音の出る植物があるのだそうだ。なんだそりゃ。

 もっと詳しく訊ねようとしたものの、双子たちもそう詳しいわけではないらしく「「ヒ
カリちゃんに聞いて!」」と言われてしまった。この植物のどれかを本土に持って帰って
売れば、ちょっとした財産を築けそう。

 足元に生えていたジャガイモくらいの大きさの豆(のようなもの)を観察していると、
急に辺りが明るくなったのを感じた。空を見上げると、どうやら雲の切れ間から月が覗い
たらしい。

「「ああっ!! お兄ちゃん、急いでっ! こっちこっち!!」」

 途端に慌てだした双子たちが僕の両腕を引っ張って、洞窟の奥へと引きずっていく。え
、中でなにするの? 説明なしで進行されちゃうと超こわいんですけど。

 しかし島の誰よりも肌が白いことを自慢とする美白少年こと久住篤実が、田舎娘の腕力
に敵うはずもなく……

「ちょ、ちょっと、歩くから引っ張らないで!」

 暗い・怖い・気味が悪いの3K洞窟を躊躇なく進んでいく双子たち。男前すぎるだろ。

「いいから急いで急いで!」「せっかくここまで来たんだから、アレを見ないと!」

 僕の意見は完全無視され、むしろ更に強く腕を引っ張られてしまう始末。

 だから危ないってば! 手首掴まれて両腕塞がってるんだから、こんな岩肌の粗い洞窟
で転んだら死にかねないですよ!?

 おいここまでやっといて大したものじゃなかったら、お前らの声で日本赤十字にイタ電
かけるからな、覚悟しとけよ。

 転ばないよう気を付けながら必死に走っていると、突然、双子が走るのをやめた。足元
だけを見ていた僕はその急停止に反応できず、よろめいて数歩前へと飛び出す。 

 何事かと前方へ視線を移すと、そこは洞窟の最奥だった。



 驚愕を通り越して、戦慄する。



315 : [saga]:2013/12/23(月) 19:40:16.24 ID:7ajNmDS50



「……な、なんだ……これ……!?」

 洞窟の天井は高く吹き抜けになっており、そこから月明かりがスポットライトのように
射し込んでいた。

 地上から月へとまっすぐ伸びるトンネルの途中には光り輝く“虹色の線”が無数に張り
巡らされており、その上を宝石のような雫がひっきりなしに滑っていく。

 幾重にも渡された“虹色の線”によって、さながら霞がかったように輪郭の安定しない
月は、さながら踊っているかのようだった。

 当然、地上へと降り注ぐ七色の月光も常にその形を変え続け、洞穴の内部を神秘的に彩
っている。

 そしてスポットライトの中心、洞窟の最奥には、滲むように発光する巨石が安置されて
いた。巨石は熱を帯びているかのようにぼんやりと紅く発光して、その存在を主張してい
る。

 ……おいおい、いつ竜王が現れて「よくぞここまで辿りついたな、グハハ」とか言いだ
しても違和感がないような場所だな。

 僕が呆然と固まっていると、双子たちは僕の腕を抱くようにして身を寄せてきた。

「この場所は、ウチらが小学生のとき見つけたんだ」「森で遊んでたら迷っちゃって、そ
のとき偶然見つけたんだけどね」「どこかわかんないし、雨も降ってくるしで、散々だっ
たんだけどさ」「この洞窟で雨宿りしてたら、こんなすごい景色が見れたんだよ!」

 次第に月が雲に隠れて、聖域じみたライトアップは幕を閉じた。代わりに、巨石が放つ
紅い光が洞窟内を照らし出す。それは、さきほどまでとは一転して地獄的な絵面だった。

「あの岩もすごいんだよ!」「時間が経つとね、色が変わっちゃうんだよ!」「青とか黄
色とか、だいたい一時間ごとに」「たぶん、色を見ればいまが何時かわかっちゃうんじゃ
ないかな?」

 続いて僕は、巨石から上へと視線を向ける。

「あの糸は、なに……? 神庭さんたちが仕掛けたの?」

「「なにその呼び方!? 名前で呼んでよっ!!」」

 左右からステレオで怒鳴られて、耳がキーンとなる。軽くつばが飛んだじゃないか! 
うちの業界ではご褒美です!

 冗談はさておき……。表情からして、どうやら双子たちは結構マジで怒っているらしい
。え、普通は逆なんじゃないの? 名前で呼んで怒鳴られるんなら理解できるけど。

「……し、雫ちゃんと、」

「「呼び捨てっ!!」」

 ふぇぇ……この子たち超こえーよぉ……


316 : [saga]:2013/12/23(月) 19:46:02.71 ID:7ajNmDS50



「………………雫と霞が、あの糸を……?」

「ううん、違うよっ♪」「あれはね、蜘蛛の巣なんだよ♪」

 ケロッと笑顔に変わる双子。もう女の子がわからないよパトラッシュ……。

「これはヒカリちゃんに訊いたんだけどね?」「ヒバグモっていう名前の蜘蛛らしいよ」
「糸が透明の筒状になってて、中を水が流れるんだってさ」「その糸を光が通過すると、
あんな風に綺麗な景色になるらしいよ!」

 もう今さら、この島の生態系にツッコミを入れる気力はないよ……。

「あ、この場所のことは秘密だからね?」「まだ誰にも教えてないんだから!」「お婆ち
ゃんにも」「ヒサメちゃんにも」

「えっ……、そんなとこに、僕なんかを連れて来ちゃって、よかったの?」

「「だから、お兄ちゃんはトクベツなんだよ♪」」

 そう言って、満面の笑みで「にしし」と笑う双子。

 正直、僕はすごく感動していた。さっきの景色に対してというのも勿論だけれど、それ
以上に、この二人の言葉に、心に、すごく感動を覚えていた。

 だから柄にもなく、思ったことを素直に口に出してみる気分になったのだった。

「雫、霞、その、ありがとね」

 左右からがっちりロックされていた腕をほどいて、二人の頭に軽く乗せる。頭を撫でる
ってほどでもない、ちょっとした接触だったけれど……。照れくさくて、それが今の僕の
“お兄ちゃん”の限界だった。

「そ、その岩の向こうって、どうなってるのかなぁ!」

 なんだか無性に恥ずかしくなって、わざとらしく話題を逸らしてしまった。巨石に向か
って歩き出し、双子から急いで距離をとる。二人がもし冷めきった表情をしていたら立ち
直れそうにないので、二人の顔を見ることができなかったのだ。

 岩の向こう側なんてまったく興味なかったけれど、いざ近づいてみると「おや?」と思
った。てっきり洞窟の最奥に岩が立てかけられているものとばかり考えていたのだが、よ
くよく注意して観察してみれば、岩が接している壁に亀裂が入っている。この岩の向こう
に、まだ“奥”があるのだろうか……?

 ちょうど僕の目線の高さに大きめの亀裂が走っていて、懐中電灯で照らせば向こうが見
えるかも知れない。そう思って亀裂に顔を近づけようとした、その時。

 ぐいっ、と後ろから腕を引っ張られた。

「うわっ! びっくりしたぁ!」

 ほんとにびっくりした。ジブリ風に髪の毛逆立つかと思ったくらいだ。

 僕は振り返って、すぐ後ろにいた双子にジトッとした視線を向ける。

「もう、脅かさないでよね」

「「……え?」」

 くそ、こいつらキョトンとした顔しやがって……しらばっくれるつもりか。

「……まあいいや。そろそろ帰らないと、ほんとにお婆ちゃんが心配しちゃうし、帰ろう
か」

「あ、うん」「そうだね」

 僕らは足元に注意しながら、来た道を戻った。来たときとは逆に、今度は僕が二人の手
をとって引っ張っていった。

 ちょっとは妹たちに、いいとこ見せたかったのだ。


317 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2013/12/23(月) 20:18:42.70 ID:N1eQVZbE0
色々まとめて出て来たなぁ
318 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2013/12/23(月) 20:26:14.25 ID:ekqUcmLC0
主人公引っ張った奴……誰なんだ(汗
319 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/23(月) 21:01:26.17 ID:uFNZiZDxo
島の名前ってあった?
320 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2013/12/23(月) 21:10:00.87 ID:uajsxUV60
むしろ無くて良くね?
321 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/23(月) 21:12:03.57 ID:uFNZiZDxo
>>320
島の名前がついた生き物(馬とか)を出したい
322 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2013/12/23(月) 21:36:26.26 ID:Gh4zq6Ps0
だ、そうだよ?>>1
323 : [saga]:2013/12/23(月) 21:55:22.03 ID:pAouvNe+0

え、私ですかっ!?

……じゃあ他に案が出なかったら「百景島」とかで……
324 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/23(月) 22:02:41.70 ID:uFNZiZDxo
名前…ヒャッケイジカ

特徴…小さめの鹿。性格は大人しく、山で草を食っている。
頭は良く、カラスが取ってきた木の実を光り物と交換したり割ってあげたりとお前ら前世人か、といったこともしている。
325 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2013/12/24(火) 20:57:15.15 ID:gP9cQHb80
特殊能力少年は、島民以外の一般人(に扮した超能力研究者達。少年はそうとは知らない)には(研究を捗らせる為に)ちやほやと持て囃され、時には崇められてさえいるらしい
326 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2013/12/24(火) 21:59:56.73 ID:QeBuL87l0
スケバン
島の女番長。固定観念に漏れず、紺タイプのセーラー服のスカート丈を物凄く長くしている
男勝りでガサツで口より先に手が出るが、義には厚い姉御肌
327 : [saga]:2013/12/25(水) 14:37:39.97 ID:Ctx7XbfW0

http://executionheaven.blog.fc2.com/img/awaji_hikari.jpg/

ひかりくん描いてみた。
328 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/25(水) 15:08:52.76 ID:oaBrf4VDO
これが男なんて俺としては残念極まりない
329 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/25(水) 19:47:04.62 ID:vfvXH1zbo
赤穂さんが天使だから問題ない
330 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2013/12/25(水) 21:53:15.03 ID:545x4evz0
しかし、あの月虹空間は人知を超えた美しさだったな
331 : [saga]:2013/12/26(木) 07:52:45.52 ID:WGR01Hqi0



「うわぁぁあああ!?」

 キツネに足を食いちぎられるという悪夢から目を覚ますと、そこは自室のベッドの上だった。室内はまだ薄暗く、どうやら早朝であるらしい。

 しばし天井を眺めながら息を整えていると、徐々に両足がジンジンとした疼痛を訴えてくる。やれやれ、夢のなかでの痛みを現実に持ち越すだなんて、僕も感受性が強いんだな……などと考えていたのも束の間、痛みは急速に増大していく。

 あっ、違うわ! これ足が攣ってるんだわ!! むしろ現実で足が攣ってたからあんな夢を見ちゃったっぽい!

「痛たたたたたっ!?」

 僕はベッドの上でジタバタと悶え苦しんで、一瞬でも早く痛みが過ぎ去ってくれることを祈りつつ激痛に耐える。しかしどうやら攣ってるだけじゃなくて筋肉痛もひどいらしく、相乗効果で極限の痛みを演出してくれていた。

 ……一分ほど耐えていると、どうにかこうにか痛みは引いてくれた。

 完全に眠気が吹っ飛んでしまったため、僕はベッドを下りて立ち上がると、唯一の光源である窓に体を向けて大きく背伸びをする。春の早朝は空気がひんやりとしていて、寝起きでドロッとしている脳味噌をしゃっきりと引き締めてくれるようだった。

「さて、と」

 いつもよりずっと重く感じる両腕をダランと下ろすと、痛む足を気遣いながら歩き出す。ベッド脇のチェストに置いた携帯が見つからず、すこし考えて、そういえば昨晩も三女に貸してあげたんだったと思い出した。まあお弁当を作ってもらう対価だと考えれば、それくらい安いものだろう。

 寝間着から外着へと着替えて部屋を出る。木材の軋む音を響かせながら廊下を進み、階段を下りて、まずは居間を覗いてみた。しかし案の定 人の気配はなく、時計を見てみるとまだ朝の五時半だった。

 薄暗く、全体的に青みがかった居間は閑散とした雰囲気だ。いつも双子たちが騒がしいせいで賑やかな場所というイメージの強いいつもの居間とのギャップに、すこしだけ戸惑いを覚えた。

 僕はテーブルの脇に腰を下ろす。長方形テーブルの左側の長辺、三女の隣に一メートルほど距離を置いたところ……そこが僕の定位置だ。

 縁側の雨戸を少しだけ開いて、外を覗く。今日は晴れてくれることを期待したのだけれど、昨日と変わらずどんよりとした黒い雲が空を覆い尽くしていた。雨こそ降っていないものの、いつ降りだしてもおかしくない空模様だ。

 不吉な曇天の下で、島全体がすっかり灰色に沈んでいた。


332 : [saga]:2013/12/26(木) 20:27:04.13 ID:WGR01Hqi0



 ひかり、赤穂さん、鏡ヶ浦、妙義、そして僕を含めたこの五人で、学校から町へ通学山
道をくだっていく。時刻はおそらく午前九時半くらいだろうか。

 というのも、朝のホームルームで高千穂先生によって写生大会決行の旨を伝えられ、そ
のまますぐに各グループへと別れて解散という運びとなったのである。

 学校から貸し出された児童向け水彩セットが発する、ガチャガチャという耳障りな音を
背景音として、僕ら委員長チームは半乾きの山道を進んでいく。

 僕は集団の最後尾を歩いて、列の後ろから襲い掛かってくるかもしれない見えざる伏兵
を警戒しながらしんがりとしての使命を全うする。最年長男子として、これくらいは当然
のことだ。べ、べつに弾かれて最後尾まで追いやられたわけじゃないんだからねっ!

 最後尾からチラリと、ひかりの背中へ視線を送る。今日はまだ一度もひかりと言葉を交
わしておらず、昨日の妙義との一件以来、気まずい空気を引きずっていた。いや、ひかり
は気まずさなんて微塵も感じてはいないだろうけど、それでも僕の常ならぬ雰囲気みたい
なものを感じ取っているのか、あちらから接触してくることもない。

 赤穂さんは、他の三人から少しだけ下がって歩いていた。もしもその位置取りの理由が
最後尾の僕に気を遣った結果なのだとしたら、僕は彼女に一生ついて行こうと思います。

 それにしても、昨日のこともあって両足が痛いうえに人間関係のトラブルまで抱えてい
るとなっては、さすがの僕もウンザリである。まだ写生大会が開始してから数分しか経っ
ていないが、早くも真剣に帰りたい。高千穂先生曰く「雨降りだしたら帰っていいよー、
続きは明日にするから」とのことなので、僕は心の中で雨乞いの舞を踊り始めるのだっ
た。オドルワーホイッ、オドルワーホイッ。

「それでは、まずはどちらに向かいましょうか?」

 そろそろ山道から町へと足を踏み入れようといったところで、ここまで沈黙を守ってい
た赤穂さんが口火を切った。彼女の前を歩く三人が一斉に振り返る。……とは言っても消
極性の塊のようなひかりや、そもそも会話をする気があるのかさえ怪しい鏡ヶ浦からの有
意義な返答など期待できるはずもない。となると自然、僕たちの視線は妙義へと向かう。

 妙義は相変わらずドブ川のように澱み切った目を不機嫌そうに細めた。

「描いている最中に雨が降ってきては事だから、誰かの家から外の景色でも描いたらどう
だい?」

 なるほど、それが一番手っ取り早いな。濡れた地面に座って絵を描くなんて御免だし、
今日中にさっさと絵を終わらせておきたいし。

「他のみなさんはどうですか?」

 柔和な笑顔でそう訊ねる赤穂さんの言葉は、しかし遠まわしに妙義の案を否定してほし
いという風にも聞こえた。まあたしかに赤穂さんの性格を考えれば、このせっかくのクラ
スイベントをなあなあで終わらせたくはないという気持ちもわからないでもないか。


333 : [saga]:2013/12/26(木) 20:58:42.38 ID:WGR01Hqi0



 ここで赤穂さんが期待しているような優等生じみた解答をすれば好感度を稼げそうでは
あるけれど、そんなことをしたら妙義にボロカスにされそうなので自重しておくことにし
た。まあ僕もこういうイベントに熱くなるタイプでもないし。

 ひかりも鏡ヶ浦も黙っているので、仕方なく僕が口を開いた。

「誰かの家って、誰の家?」

 暗に、妙義の提案に乗っかるような言葉を選択する。ちょっと赤穂さんを不愉快な気分
にさせてしまったかと冷や汗をかいたが、彼女は嫌な顔一つせずに微笑んでいた。

 僕の質問へ最初に答えたのは、妙義だった。

「少なくとも私の家は無理だね」

 続けて赤穂さんも「申し訳ないのですが私の家もちょっと……」と言って目を伏せる。

 僕も乗るしかない、このビッグウェーブに……!

「あー、僕の家……ああいや、神庭家は、生垣があるし正面は民家だから景色があんまり
よくないかな」

 すでに答えを提示した三人で、続いてひかりへ視線を向ける。ひかりは突然注目を浴び
たことに慌てふためいて、顔を赤くして俯いてしまう。

「え、あの……ぼ、ぼくの家も、その、景色はあんまり……」

 そんなことはないと思うが、しかしひかりがそう言うのだから追撃をしてしまうのも忍
びない。妙義がなにか言おうとしたが、僕はそれを遮るようにして鏡ヶ浦へと話題の矛先
を変えた。

「鏡ヶ浦の家はどうかな?」

 ポケーッと虚ろな視線を僕のほうに向けて固まっていた鏡ヶ浦は数秒間の沈黙の末に、

「だいじょうぶ」

 と一言つぶやいたのだった。


334 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/26(木) 22:10:27.74 ID:eZzfNfTWO
百景島かー
ぴったりな名前だね
335 : [saga]:2013/12/26(木) 22:10:32.54 ID:WGR01Hqi0



 外から見てわかっていたことだが、鏡ヶ浦の家は典型的な日本家屋だった。木造建築の
平屋で、敷地は広く佇まいは優美、そして神庭家と同様に防犯意識の欠片もない無警戒さ
だった。

 僕たちを出迎えてくれた鏡ヶ浦の母親は、突然の訪問にも嫌な顔ひとつせずに歓迎して
くれた。鏡ヶ浦の年齢を考えれば当然だが、それなりに若い女性だった。ところで“若奥
様”ってなんか響きがエロいよね。

 通された居間は畳敷きだったのだけれど、神庭家と同様にソファが置いてあって、しか
もそれが装飾としてではなく実際に椅子として活用されているようだった。つまり畳の間
に洋風のソファやテーブルが共存していた。なんだこの和洋折衷。

 さてここでコミュ障たる僕にとって最大の問題である、座席の位置取りという問題が生
じるわけだ。

 座席はテーブルの周りに配置されており、二人掛けソファが三つ、一人がけソファが一
つという構成。

 まず妙義の隣に座るのは論外だ。これは双方にデメリットしかない。続いてひかりだが、
この子とは微妙な空気を引きずっているため今は遠慮したいところだ。そして赤穂さん
の隣に座るだなんて恐れ多くて考えられないし、鏡ヶ浦の母親の前で鏡ヶ浦の隣に座るの
はなんだか気まずい。

 つまり僕が一人がけソファに座るしか道はないわけである!!

 ……とか考えていたら、妙義に先を越されて一人がけソファに座られてしまった。おい
どうしてキミはそんな酷いことができるんだい? そしてそのドヤ顔はどういう意味なん
だい? やる気か? お? やるか?

 続いて赤穂さんが廊下側のソファに腰を下ろす。もしも「ここが一番下座だから」とい
う理由で廊下側のソファに座ったのだとしたら、もうなんかこの子怖すぎる。暗黙の気遣
いが怖い。

 その後、鏡ヶ浦が窓側のソファにちょこんと座る。おそらくだけど、そこはいつも彼女
が座っている指定席なのだろう。

 そして僕の顔をチラリと窺ったひかりが、残った最後の二人掛けソファである、妙義の
向かい側のソファに座った。まあ人見知りのひかりが、クラス内最上階級の赤穂さんや、
なにを考えているかイマイチ掴めない鏡ヶ浦の隣を所望するとも思えないので必然の選択
だと言えよう。



 しかしここで僕は、今さらながらに「しまった」と戦慄する。


336 : [saga]:2013/12/26(木) 23:00:45.04 ID:WGR01Hqi0



 なぜなら現在、僕が座ることの出来る座席は三つある。そしてその全てが、それぞれ三
人の隣なのである。つまり僕は、誰の隣に座るのかを選ばなければならないということに
なる。

 い、いや、さすがに考えすぎか。べつに僕如きミジンコ生命体がどこに座ろうが、誰も
なんの関心も示さないだろう。こういうときの自分の存在感の無さはとてもありがたい。
まあここは無難に、友達であるひかりの隣に座っておくとしようかな。

 ……と、ホッと胸を撫で下ろしつつ足を動かそうとした、その時……セミロングの悪魔
が囁いた。

「おや久住くん、“偶然にも”三人のうち誰かの隣に座るという選択を迫られた状況にな
ってしまったね」

 澱んだ瞳を愉快そうに歪ませて、妙義がほの暗い笑みを浮かべる。

「ここはひとつ、久住くんにとって最も好感度の高い人物の隣に座るというのはどうだろ
う?」

「はいっ!?」

「なに、ちょっとした余興さ。私の見たところ、この三人は久住くんとはそれなりに親し
い関係を築いているように見えるのだけれど、しかしながら久住くんは最近この島に来た
ばかりの、言うなれば我々にとってイレギュラーな存在。こちらが良かれと思って善意で
行った行為が裏目に出て、ありがた迷惑として久住くんを辟易させていないとも言い切れ
ない。そこで、この三者三様の接し方をしている誰の接し方が正解なのかをここで明らか
にしておくのが、今後のお互いにとって有意義なのではないかと思ってね」

 チガウ、絶対チガウヨ……。そんな思いやりじみた思惑なんて絶対にない。これは僕を
陥れるために妙義が仕組んだ罠だ! 粉バナナ! っていうかほんとに“偶然にも”なん
だろうな?

 ここは冗談めかして、適当なことを言いつつさっさと座ってしまうことにしよう……

「なに、じっくり考えて答えを出すと良い。まだまだ時間はたっぷりとあるんだからね。
適当に出した答えなんかではなく、しっかりと熟考した末の回答を聞かせておくれよ。
今後における、お互いのより良い交友関係のために、ね」

 お前の血は何色だ!? このド畜生がァァァーーーッ!!!

 ……ねぇひかり、どうしてそんな不安そうな視線を向けてくるのかな……? 赤穂さん
も、なんでちょっとそわそわしてるんですか? 鏡ヶ浦もこっち見なくていいから! べ
つに僕からの好感度なんて興味ないだろ!?

 え、どうしてなんのフラグも建っていない子たちと修羅場を迎えなければならないの?
前世で一体なにをやらかしたらこんな目に遭わされちゃうの?

「どうしたんだい久住くん、自分が誰を好きかなんて、そう深く悩むまでもないんじゃな
いのかな? それとも、もしかして誰のことも好きではないから決めかねているとか? 
だったらテーブルの上にでも座ればいいんじゃない?」

 ううぅうぅぅうううぅぅうぅ〜〜〜っ!!

「……明さん、そうやって篤実さんを追い詰めるものではありませんよ。篤実さんもお気
になさらずに座ってください」

 さすがです赤穂さん! さすがは天使! そこでついでに僕が座るべき場所を指定して
くれれば完璧だったんだけどなぁ! これじゃあ僕がどこに座るかは僕の選択にゆだねら
れているわけで、つまり結局気まずい感じになっちゃうんじゃないかな! あはは!

 ……いつまでもこうしていたって始まらない。それに時間をかければかけるほど余計に
選びづらくなってしまいそうな気がする。仕方なく、僕は意を決してソファに腰を下ろし
た。

 ひかりの隣に。


337 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/26(木) 23:07:23.04 ID:glHEe4sCo
赤穂さァァァァァァァァん!!
何で赤穂さんの隣じゃないんだ!!
338 : [saga]:2013/12/27(金) 08:01:44.76 ID:S1z6GKAO0



「篤実くん……!」

 途端に、とろけるような笑顔になるひかり。もしかして僕はこの笑顔を見るために生ま
れてきたのかもしれない。お父さんお母さん、産んでくれてありがとう。

 鏡ヶ浦はいつの間にかテーブルの上に視線を移しており、天使さんは……間違えた、赤
穂さんは特に表情らしい表情は浮かべていなかった。まあ無関心の鏡ヶ浦や人気者の赤穂
さんが、たかだか七〇億分の一の人間にどう思われようが関係ないだろうしな。ましてや
相手は接点のほとんどないミジンコボーイこと久住くんである。せめて肉眼で見えるくら
いの人間になりたいです。

 しかし一方でひかりは優しい子なので、僕の行動に関心と好意をきちんと示してくれる
。まあひかりにとってはたくさんいる友達の一人くらいの認識でしかないのだろうけれど
、少なくとも僕にとってはかけがえのない存在なのだ。

 言い訳がましいが、ひかりの隣を選んだ理由は言っておくべきかもしれないな。

「まあその、なんだかんだで、この島で唯一の……と、友達、だしね」

「うんっ!」

 頬をほんのり染めるひかりの頭を軽く撫でる。そしてチラリと悪魔……間違えた、妙義
へ視線を向け、意を決して言ってやった。

「僕は……たしかに妙義くんの言うような、いわゆる真面目系クズという種類の人間だよ
。僕だったらお金を積まれたって友達になりたくないような人間だ。でも、過程や意図は
どうあれこんな僕と、結果として友達になってくれたひかりを悲しませるようなことだけ
は、絶対にしない」

「……ふぅん、そうかい」

 妙義の返答は、それだけだった。

 え!? なにこれチョー恥ずかしいんですけど! せっかく大見得切って、重要っぽい
ことを言ったのに!

 なんか意外だ。もっと千の言葉を用いてボロカスに言い負かされる覚悟を決めての宣言
だったのに、妙義はなぜかあっさりと退いてしまった。どういう風の吹き回しだろうか?

 妙義から視線を外すと、まず隣のひかりがちょっと泣きそうな表情をしていることに気
がついた。え、やっぱり今のはキモかった!? ごめん! っていうか僕も泣きそう!

 しかしその涙の理由は、僕の穢れた心には予想外なものだった。

「篤実くんは、くずなんかじゃないよ……」

 あちゃー、この子も天使だったかぁ。

 あまりの眩しさに僕が目を逸らすと、ふとそこで赤穂さんと目があった。正直言うと、
一瞬誰かわからなかった。だってまさか天使である赤穂さんが「むすっ」とした表情をし
ているだなんて誰に予想できるだろうか。いやできまい(反語)。

 っていうか、え、なに? ほんとになんで睨まれてるの?

 その後しばらくのあいだ、僕らはなんだか変な空気のままに過ごすのだった。


339 : [saga]:2013/12/27(金) 15:10:45.58 ID:S1z6GKAO0



 ペタペタ、という可愛らしい足音に振り返ると、廊下の奥から鏡ヶ浦が歩いて来るとこ
ろだった。

 僕は現在、鏡ヶ浦家の玄関に絵の具セットを広げていた。他のチームメイトたちが縁側
から外を描こうとしているなかで、あえて僕はそこから距離を取って写生に勤しんでいる
わけだ。

 ……だって、他人が半径三メートル以内にいる時、僕はすべてのステータスが半分以下
となるんだもの。つまり学校の授業やテストはいつも四〇パーセントくらいの力でこなし
て平均点を取っているわけで、僕が全力を出したら世界を掌握できる可能性も微レ存。

 そんなわけで、わざわざみんなから離れて絵を描いているところに、鏡ヶ浦がとてとて
近づいてきたわけである。トイレに行こうとしているわけでも外に出ようとしているわけ
でもないらしく、彼女は僕の目の前に到着すると足を止めた。

 そして無言で、僕の顔を虚ろな視線で見つめてくる。僕はそれに耐えきれず、先に口を
開かざるを得なかった。

「……あの、どうかした?」

「感動、しない」

 一瞬、彼女がなにを言いたいのかを判じかねた僕だったけれど、すぐに察した。そうい
えば先日、彼女に感動とは、感性とはなにかについて偉そうに説教じみたことをしてしま
ったような気がする。まさかそのことを気にしているのだろうか。

「そう、なんだ。まあ自宅からの景色で、感動する人は、うん、あんまりいないだろうし
ね」

「そうなの?」

「だって、生まれた時からずっと見てる景色っていうのは、まあ、その人にとっての普通
になっちゃうからね。だからこの島の人たちは、感動しにくい感性になっちゃってるかも
しれないね」

「……」

 鏡ヶ浦はやや俯いて、黙りこんでしまう。その沈黙に気まずさを感じた僕は、どうにか
しなくてはと慌てて言葉を紡ぐ。

「えっと、ほら、でも前にも行ったけどさ、普段見てる何気ないものでも、見方を変えれ
ば感動することだってあるかもしれないよ?」

「あつみは、なにで感動するの?」

「僕? えっと、最近は……」


340 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/27(金) 15:26:39.91 ID:BCNIswH2o
友達ができた…(ボソッ
341 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/27(金) 15:41:47.66 ID:U0VVZymDO
どちらにしても、七つ色の景色
342 : [saga]:2013/12/27(金) 16:16:45.44 ID:S1z6GKAO0



 一瞬、昨晩の異世界じみた洞窟のことを思い出すけれど、あれは双子に口止めされてい
るので黙っておくことにした。

「う〜ん、あ、虹の滝! 鏡ヶ浦も知ってるでしょ? 僕は赤穂さんに案内してもらった
んだけどさ。あそこって、島の内部の人しか知らない秘境なんでしょ?」

「……なにそれ」

「え? ほら、天気のいい日は、いつもたくさん滝がかかってる滝だよ。知らない?」

「……しらない」

 あ、あれれ……? すくなくとも学校の人たちはみんな知ってるものだと思ってたんだ
けど、そういうわけでもないのか? 赤穂さんは大切な人にしか教えない、みたいなこと
言ってたけど、あそこってどれくらいの人が知ってるんだろう? 僕に教えるくらいだか
ら、クラスの大半は知ってると思うんだけど。

 あるいは鏡ヶ浦がまだ小さな子供だから、ああいうきちんと整備されてない水場を紹介
するのは憚られたということも考えられるか。溺れたら大変だし。……まあ、単に鏡ヶ浦
が真剣に見てなかったから忘れてるだけかもしれないけど。

「スマホのマップに場所を登録してるから、もしよかったら今度、僕が連れてってあげる
よ。……あ、赤穂さんにはナイショだよ?」

「うん」

 僕は胸ポケットに入れたスマホを取り出して、鏡ヶ浦に手渡す。

「まあ今回の写生大会は、この家からの景色を描いとこうよ。せっかくだから良い絵を描
きたいって気持ちがあるかもしれないけど、そこはまあ、今回は我慢してさ。ほら、スマ
ホ貸してあげるから」

「……うん」

 スマホを受け取った鏡ヶ浦は、トボトボとみんなのところに帰っていった。その背中が
なんだかとても寂しそうだったのは、僕の見間違いだったのだろうか。

 僕は鉛筆による簡単な下書きを終えた自分の絵を見下ろして、そのあまりの薄っぺらさ
に自嘲気味な笑みを漏らした。


343 : [saga]:2013/12/27(金) 18:00:14.64 ID:S1z6GKAO0



 玄関の扉を開けっ放しにして外の景色を描いていた僕は、ふとそこである人物に遭遇す
ることとなった。

「お、篤実じゃん。なにやってんだ?」

 ええと、誰だったかな……。ええっと……、ああそうだ、笹川だ。霊山さんについて教
えてくれた、あのヤンキー少年だ。コミュ障はあんまり会話をすることがない相手の名前
は即刻忘れちゃうから困る。

 笹川は今日も田舎のヤンキーみたいなチャラい格好をしていて、僕に威圧感をプレゼン
トしてくれた。

「あ、うん……笹川くん、こんにちわ……」

「笹川でいいっての。……あ? もしかしてそこから絵描いてんのか?」

「え、う、うん……他のみんなは、縁側とかから、その……」

「あーなるほどね、雨降りそうだもんな。多分、明とかが提案したんだろ?」

「……そう、だね」

 明……妙義の下の名前か。僕の名前にしてもそうだけど、田舎のリア充ってどうして
親しくもないヤツを下の名前で呼べるんだろう?

 僕だけ玄関に座って話しているのも失礼かと思って、おそるおそる笹川に近づいていく。
そして鏡ヶ浦家の門の下で一メートルほどの間合いを保ちながら、一応社交辞令として
彼の近況を訊ねておくことにした。

「えっと、笹川……は、その、他の人は……」

「グループのやつらか? あそこにいるぜ」

 そう言って笹川が指さした先には、なるほどたしかに三人の女の子がたむろしていた。
巫女服が一人、ゴスロリが一人、そして黒を基調とした今どきファッションが一人という、
三者三様の異端な三人組だった。


344 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/27(金) 18:08:01.99 ID:BCNIswH2o
またまたカオスな面子が…
345 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/27(金) 18:13:40.63 ID:U0VVZymDO
フリークスってやつなのかね
346 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/27(金) 19:40:40.83 ID:LvRtrChi0
コスプレ少年
主人公と同い年
某麦わら海賊のコスプレ
某影分身の得意な少年忍者のコスプレ
某死神代行のコスプレ
某銀髪天パー侍のコスプレ
某調査兵団のコスプレ等をいつもしている 島では手に入るのが遅れるハズの漫画雑誌を必ず発売日に手に入れている
サブカル大好き
347 : [saga]:2013/12/27(金) 19:45:29.71 ID:S1z6GKAO0



 もし僕だったら、あんな集団に混ざるなんて死んでも御免です。

「あー、篤実はあんまり知らないか。左から、空、聖、弥美乃だ。良い奴らだぜ」

 いや下の名前を教えてもらっても、たぶん一生呼ぶことはありませんから……。

 っていうか、そうこう話しているうちに、こっちに気がついた巫女少女こと千光寺 空
が、他の二人の手を引いて逃げてしまった。僕がなにをしたって言うんですか……

「……篤実。お前、空になんかしたか?」

「えっ……!? い、いや、そんなまさか……。まともに話したこともないよ」

「そうか、なら気にすんな。あいつもちょっと変わってるからな」

 “ちょっと”……? え、こいつ今“ちょっと”って言った? 超ウケる。

「だけど、空が向こうから近づいてこないうちは、弥美乃……さっきの右端の黒いホット
パンツの女な。あいつから遊びに誘われても、ついて行かない方がいいぜ」

「え、なんで……?」

「なんでもだ。いいな」

「……? う、うん」

 まあべつに、女の子から遊びに誘ってくるなんてありえないから別にいいけどさ……。

「んじゃ、俺も行くわ。がんばれよ、篤実」

「あ、うん……それじゃ」

 笹川は爽やかに片手を挙げると、軽い足取りでさっきの三人を追いかけていった。

 なんというか、ほとんど接点のない相手だからか、それともがっちりした体格のイケメ
ンだからか、威圧感がやばい。もはや同じ目線で話してるのが失礼なんじゃないかとか考
えちゃうレベル。跪いた方がいいですか?

 なんだか無性に疲れてしまい、肩を落としながら玄関へと戻る。そして自分が描いてい
た薄っぺらい絵を見て溜息を吐きつつ、どっかりを腰を下ろした。ああいうリア充オーラ
全開の男子とも、仲良くやっていけるんだろうか……などと、今後の人間関係に不安を覚
えてしまう今日この頃なのだった。やっぱり僕にはひかりしかいないな、うん。

 などと考えていたためか、そこでちょうど遠くからひかりの声が聞こえてきた。けれど
いつもの庇護欲をくすぐるような癒しボイスではなく、まるで、喧嘩でもしているかのよ
うな……

 僕は靴を乱暴に脱ぎ捨てると、縁側へ続く廊下を大急ぎで駆け出した。


348 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2013/12/27(金) 21:12:58.96 ID:dZmFslJm0
ヒョロさん

この島をモデルにしたSTGを、絵、プログラム、BGMその他諸々全部一人で作っている

空とか聖とか……某閉鎖された小さいけど大きな世界を彷彿とさせるので書いた
349 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2013/12/27(金) 22:39:26.10 ID:YqKYm51h0
ビッチ未亡人
弥美乃の母親。母親という立場だが、その美貌はまだまだ美しい方であり、性に開放的
弥美乃の事を愛していない訳ではないのだが、弥美乃からは良く思われてはいない
篤実の事は、言葉と嘘の誘いで、弄って遊んで楽しめる玩具という風に見て取る
350 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2013/12/28(土) 01:25:52.28 ID:oS4qCu3p0
弥美乃の今の所の唯一の成果
石油とスライムが混ざった様な質感の謎生命体。弥美乃のペットで良く懐いている
ゴミや汚染物質(島には無いだろうけど放射能汚染物とか)を食べるエコな奴
351 : [saga]:2013/12/28(土) 09:30:59.91 ID:oOXXwF990



 よく掃除の行き届いた廊下を、息せき切って駆け抜ける。もしも僕の想像通りのことが
発生していたらと考えると、内臓がざわついてしまう思いだった。

 そしてこういうときの悪い予感というのは、得てして的中してしまうものだったりする
のだ。

「ふん……第一、友達っていうのは口約束をしてなるものなのかな? お互いに友達とい
うことで了解し合って友達らしいことをなぞるのが、キミの言う友達関係なのかい? だ
としたら、それはままごとやごっこ遊びと何が違うのかな?」

「ち、ちがっ……だって、ほんとに……ぼくは……」

 縁側沿いの和室に飛び込むと、そこでは妙義とひかりが向かい合って対立しているとこ
ろだった。涼しい顔をしている妙義と、片や顔を真っ赤にして涙を流すひかりの姿を目撃
した瞬間、頭のどこかが「プツン」という音をたてるのを聞いた気がする。

「妙義っ!!」

 自分でも驚くくらいの声量で、セミロングの少年を怒鳴りつける。二人はそこで始めて
僕の接近に気がついたらしく、驚いてこちらを振り返った。

 ドスドスと大袈裟に足音を響かせながら二人に近づいて、僕はひかりを背にして、妙義
の前に立ちはだかった。

 腹の底に渦巻くどす黒い感情が吹き出すのを抑えきれずに、感情に任せて言葉を叩きつ
ける。

「妙義、お前は僕以外にもこんなことをやってたのかよ……!」

「……事実を口にすることの、なにが悪いと言うんだい」

「悪くないなら、どうしてひかりが泣いてるんだよ!!」

 僕の背中に顔をうずめるひかりの感触を感じながら、拳を握りしめる。こんなに怒った
のは、久しぶり……でもないか。都会でやったこっくりさんの前後にも、この感情に支配
されたことがあったように思う。よく覚えてないけど。

 そこで、どうやらトイレにでも行っていたらしい赤穂さんが小走りで縁側に帰ってきた
。僕の怒鳴り声を聞きつけたのだろう。彼女の後ろでは鏡ヶ浦のお母さんも不安そうに覗
いており、それが僕の沸騰した頭を急速に冷めさせていった。他所さまの家で暴れるわけ
にはいかない。

「……まず、事の始まりはなんだったんだよ」

 背後のひかりを後ろ手に抱きしめながら、妙義のことを睨みつけ訊ねる。すると妙義も、
負けじと鋭い眼光を返してくる。

「淡路くんが、私が久住くんをクズだと言ったのかと聞いて来てね。概ねその通りだと答
えたら、キミに謝罪をするように要求されたのさ」

 ひかりが謝罪を要求した? こんな泣き虫で引っ込み思案な子が、僕なんかのために?

「べつに私がどう思われようが知ったことではないけれど、私はただ隠していることを暴
き事実を述べているだけで、謝る筋合いなどないというのが持論でね。それでもしつこく
食い下がってくるものだから、淡路くんのことも暴いてやったのさ」

 きっと妙義のことだから、間違ったことは言っていなかったのだろう。あくまでひかり
が内に秘めていることを暴いて浮き彫りにしたにすぎないのだろう。悪意に満ちた罵倒を
したわけではなく、事実を述べたにすぎないのだろう。

 しかしそれでも、やっぱり許せないものは許せない。


352 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/28(土) 09:38:04.85 ID:x08l2yzao
暴いてやった、って何様だこいつ
粋がってるだけだろお前も
353 : [saga]:2013/12/28(土) 09:44:00.68 ID:oOXXwF990



「僕に対する言葉に謝罪はいらないよ。僕がクズだというのは事実だし、たいして傷つい
ても気にしてもいないからね。だけど、今ここでひかりを泣かせたことについては謝って
もらうよ」

「事実を述べたことを謝れとでも言うのかい? 言っていることが矛盾しているよ」

「いいや矛盾していない。その辺りは人付き合いのめんどくさいところでね。僕も都会じ
ゃ散々痛い目を見てきたよ。いいかい、人を傷つける真実は、悪意となにも変わらないん
だ。逆に人を傷つけまいと繕った嘘は、善意そのものなんだよ。人が心の底に隠して上手
くやっていることをわざわざ暴いて傷つけるというのは、十分に謝罪に値する悪行なんだ
よ」

「…………」

「キミが、ひかりを、傷つけて、泣かせた。それが結果であって、そこに至る過程や思惑
なんてなにひとつ考慮に値しないんだ。大切なのは“結果”なんだよ」

 それを聞いた妙義は、そこで始めて憎悪の表情を見せた。今までの不愉快そうな、迷惑
そうな表情ではなく、明確な敵意の籠った表情だった。 

「……キミたちの、そういう薄っぺらさが大嫌いなんだ。善意の嘘? くだらないね!
嘘に、隠し事に、善意なんてものがあるわけないだろう! どいつもこいつもグチョグチョ
の腹の中でエゴイズムとヘドニズムを抱き合わせて悦に浸ってるくせして、なにが善意
だ! 笑わせないでほしいね!」

 豹変した妙義の剣幕に押され、僕は息を呑んだ。普段はドブ沼のような無気力の瞳が、
今は烈火のごとく燃え盛っている。

「結果が大切? 過程は考慮されない? だったら私の家庭が壊れたのは私のせいだって
言うのかい!? 親の不倫を黙っていれば、幸せ円満に生きて行けたっていうのかい!?
そんな欺瞞と虚偽を塗りたくったもののどこに幸せがあるっていうのさ!」

 妙義の瞳から、一筋の涙が零れた。


354 : [saga]:2013/12/28(土) 09:49:38.05 ID:oOXXwF990



「キミたちのような腹の底に後ろ暗い感情を押し込んだ嘘つき者たちが、へらへら笑って
幸せそうに生きてるのを見ると反吐が出るよ……。どうして私がこんな目に遭って……キ
ミたちみたいなのが……」

 俯いて立ち尽くす妙義は、見る影もなく痛々しかった。そこには大人ぶって正論を振り
かざす普段の姿はなく、さながら駄々をこねる子供のようだ。

 ふと、彼の口から聞いたことのある「探偵になりたい」という言葉を思い出す。もしか
すると、同じ真実を暴くという立場でありながら人の役に立ち尊敬される探偵のことを、
彼は羨んでいたのかもしれない。しかしその理想を実現するには、彼は弱すぎたし幼すぎ
たのだろう。

 僕は妙義におそるおそる近づいて、その俯いた頭に手をのせていた。なにか狙いがあっ
たわけではなく、ほとんど無意識の行動だった。

「……やめてよ。気安く、触るな……」

 そう言いながら涙を流す妙義だったけれど、しかし積極的に振りほどくというようなこ
とはしようとしなかった。

 僕は妙義の真似をして、ちょっと見透かしたようなことを口にしてみる。

「探偵っていうのは、悪と対立するから正義になるわけで……。でも世の中、そんなに都
合よく事件に出くわしたりはしないからさ。だから探偵だけがいても、それは隠している
ことを暴くだけの迷惑な人になっちゃうよ」

「……」

「『精霊通信』を毎日確認してたのも、この島にはこれといった事件が起こらないから、
あのメールを通じてしか事件の発生を知ることができないからなんじゃない? そして、
あのメールが暗示する事件を解決したら、みんなに認めてもらえるかもしれないって思っ
たんじゃないのかな?」

 妙義が目を逸らして唇を噛む。どうやら図星のようだ。この子もやはり、ひかりや赤穂
さんのような優しさを本来持ち合わせていたのだ。ただその優しさを素直に表現できない
くらい幼くて、不器用だっただけで。

「けどまあ、こんな平和な島で探偵なんて目指すんじゃなくてさ。僕なんかと違って妙義
くんは頭がいいんだから、もっといろんな方法で人の役に立てるじゃない。そういう道を、
一緒に探して行こうよ」

「……ふん。余計なお世話だよ……」

 妙義は僕の手を振り払うと、そっぽを向いてしまう。うん、やっぱりこの子は攻略難易
度が高いな……。僕程度の言葉じゃ、そう簡単にはなびかないか。

 すると僕の背後にくっついていたひかりが、僕の体からちょっとだけ顔を出した。

「あの……妙義くん、ごめんなさい……」

「……べつに、キミに謝られる筋合いなんてないさ」

 たしかに、ひかりが謝るようなことはなにひとつないと思う。それでも、この場を丸く
収めるために頭を下げてくれたひかりの勇気には敬意を表したい気分だ。

 なんとなく空気が一件落着へと流れていく気配を感じて、僕は内心で胸を撫で下ろす。
そして視界の端から近づいてくる赤穂さんに気がついて、視線を向けた。

「あ、委員長。なんだか騒いじゃって、ごめんなさい」

「いえ、それはいいのですが……その……」

 赤穂さんはなんだか歯切れ悪くそう言うと、周囲を見回しつつ、おっかなびっくりとい
うような慎重さで、こう訊ねてきた。



「……あの、さっきから凪さんの姿が見当たらないのですが、どちらにいるのでしょうか
?」


355 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/28(土) 09:57:12.94 ID:x08l2yzao
いやあの…
だから泣かせてもいいと?
無暗に人を傷つけることはどうあっても正しくはならないんじゃない?
356 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/28(土) 10:41:09.19 ID:cHqZ7ZeDO
ナギッ!?
357 : [saga]:2013/12/28(土) 12:03:05.61 ID:oOXXwF990



 家の中をドタドタと走り回る音や、乱雑にドアを開け閉めする音が断続的に響く。廊下
を慌ただしく走っていた僕は、ちょうど赤穂さんやひかりと出くわして足を止めた。

「鏡ヶ浦はいた!?」

「いえ、トイレにも部屋にもいません!」

「な、名前を呼んでも見つからないって、おかしいんじゃないかな……」

 たしかに、広いといっても旅館じゃあるまいし、平屋の一軒家で自分の名前を叫ばれて
聞こえないなんてことはありえないだろう。

 そこへ、目元を腫らした妙義が合流してくる。

「鏡ヶ浦くんの靴が一足見当たらない。それに、玄関にこんなものが置いてあったよ」

 そう言って妙義が差し出したのは、僕のスマホだった。

 背筋にゾクリと悪寒が走る。

「まさか、外に行っちゃったんじゃ……」

 僕の呟きに、赤穂さんが息を呑む。外を見ると、霧のような雨で景色がうっすらと白ん
でしまっている。こんな天気で女子児童が外を出歩くなんて、ゾッとしない話だ。

「多分だけど、また防波堤のところにいるんじゃないかな。ちょっと見に行ってくる!」

「私も行きます!」

「ぼ、ぼくも……!」

 僕が玄関に向けて走り出すと、すぐに後ろから複数の足音がついて来る。

 靴を履きつぶしながら三人で外へと飛び出して、件の防波堤まで駆ける。しかしながら
そこに目当てに女の子の姿はなく、霧雨がしとしと降り注ぐ中で僕たちは立ち尽くしてし
まう。

 念のために防波堤の下をのぞき込んでみると、そこには先日の雨の影響で荒れ狂う高波
がテトラポッドに襲い掛かっていた。もし落っこちたのだとしたら、間違いなく助かりは
しないだろう。……いや、縁起でもないことを考えるのはやめよう。

 すると一足遅れて、防波堤に妙義が駆けつけてきた。

「……ここには、いないようだね」

 彼は人数分の傘を僕たちに手渡すと、神妙な顔つきで全員の顔を見回す。

「鏡ヶ浦くんの母親には、家で待つように頼んでおいた。とにかく心当たりを探して行こ
う」

 しかし心当たりと言っても、鏡ヶ浦と親密な付き合いをしている人間はこの中にはいな
い。そして妙義曰く、鏡ヶ浦の母親にも心当たりを尋ねたが、防波堤くらいしか思い当ら
なかったらしい。

 ここにきて、早くも手がかりがなくなってしまった。

「と、とにかくこうしていても始まりません。ここは二手に分かれて、しらみつぶしに探
しましょう!」

 そう言って赤穂さんが駆け出そうとするのを、妙義が手で制した。

「待って、委員長。まだ手がかりは一つある」

 全員の視線が彼に集中するなか、彼はまっすぐに僕を見つめてきた。

「『精霊通信』だよ」


358 : [saga]:2013/12/28(土) 12:21:40.81 ID:oOXXwF990



 僕とひかりが「あっ」と声を漏らす。それはついさっき、僕自身が口に出した単語じゃ
ないか。

 スマホで件のメールを表示しようとすると、なぜかそのメールが見当たらない。あれか
ら誰かとメールをした覚えはないから、受信履歴の一番上に表示されるはずなのに……

「あのメールは受信してしばらくすると、勝手に消えるんだよ」

「ええっ!?」

 いやいや、そんな馬鹿なことがあってたまるものか。そんなの、僕の携帯がクラッキン
グを受けてるとかじゃないと説明がつかないぞ。

 でも、それじゃあメールの内容を確認することができない。鏡ヶ浦に辿りつくための、
たった一つの手がかりなのに……!

「『虹がかかるまでは、島は灰色に沈んでいます。探しものが見つからない時は、胸の中
の足跡を見ましょう。』」

 僕の袖を掴んでいたひかりが突然、すらすらとメールの内容を暗唱し始める。ひかりも
僕と同じくメールの文面は一回見ただけのはずなのに、さすがの記憶力である。

 妙義は軽く頷いて、顎に手をやる。

「私はこのメールを見たとき、“探し物”ではなく、“探しもの”と書かれていたことに
違和感を感じた。この程度なら十分あり得る変換上の差異だとは思ったのだけれど、今思
えば、これは“探し者”という意味だったんじゃないかな」

「じゃあこのメールは、鏡ヶ浦がいなくなるっていう内容のメールなの!?」

「いなくなるかどうかは、私たちの対応次第だよ。もっとも『精霊通信』で予告されたこ
とは大抵、正しく対応できなければ悲惨な結果となることが、多いのだけれど……」

 妙義の縁起でもない言葉に、全員の顔から一気に血の気が引いた。

「とにかく、このメールに従うのなら『胸の中の足跡』を見なければならないのだけれど、
これについてなにか心当たりはあるかい?」

「いや、まったく……」

 僕は俯いて、首を横に振る。そんな抽象的な言葉では、なにを示しているのかなんてわ
かるわけがない。ましてやこんな緊急事態で、常時の思考能力さえ発揮できないような状
況で……

「それじゃあ、『虹がかかるまで』というのは?」

「虹って言っても、こんな天気じゃ……」

 と言いかけて、僕の脳内に電流が閃いたような気がした。さながら全てのパズルピース
がカチリと嵌りこむかのように。

 虹、灰色、探しもの、胸の中の足跡……

「そういえばさっき鏡ヶ浦に、虹の滝について話した!」

 そして胸ポケットに入れておいたスマホの使用履歴―――これが『胸の中の足跡』とい
うことなのか―――を確認すると、今日僕が使った覚えのないマップアプリが起動されて
いることが確認された。まだ終了されないままになっていたマップアプリを呼び出すと、
『虹の滝』という文字が入力されたピンが、マップの中央に据えられていた。鏡ヶ浦が
ここの場所を確認したことは、間違いないようだ。

「鏡ヶ浦がマップで場所を確認した跡がある! きっとここにいるはずだ!」


359 : [saga]:2013/12/28(土) 12:26:13.21 ID:oOXXwF990



 全員でスマホの画面をのぞき込む。すると、虹の滝の場所を確認した赤穂さんが、苦渋
の表情を浮かべた。

「ここって、私が篤実さんに教えたあそこですよね……」

「ご、ごめん。鏡ヶ浦も知ってると思ってて……」

「いえ、それは良いのですが……昨晩も夜通しで雨が降っていましたからきっと増水して
いるはずですし、この辺りは地盤が緩かったように思います。とにかく急ぎましょう!」

 僕たち四人は神社に向かって走り出す。いまこの瞬間、僕たちは目的のために一致団結
していた。先ほどまでの対立が嘘のように、みんなで協力し合っていた。これは素晴らし
いことだ。

 ……けれど走り始めてから一分後、、四人のあいだで体力の差が如実に表れてしまうの
だった。

「私は先に行ってますからねっ!?」

 男子三人がへばってしまったのを呆れ顔で見た赤穂さんは、信じられない速度で神社へ
と走っていった。うん、なんていうか、すごく死にたいです。

 どう考えても赤穂さんに追いつけそうにないので、僕は立ち止まってブロック塀に体を
預け、スマホを取り出してマップアプリを再び起動する。他の二人はそんな僕の様子を怪
訝そうに眺めつつ、足を止める。

「なにを、してるんだい、久住くん……」

 ぜぇぜぇと虫の息な妙義が、辛うじて声を絞り出す。ひかりの方は声を出す元気もない
ようで、膝に手をついて今にも倒れそうになっていた。

 僕はマップアプリを終了し、続いて電話帳を起動する。

「ここから神社の麓までは走っても十分くらいはかかる。そこからあの地獄の階段を登っ
てたら、さらに時間がかかる上に体力なんてほとんど無くなっちゃう。……これは今思い
ついたんだけど、成功すれば赤穂さんよりも早くあっちに着けるはずだよ」

 そう言って僕は、電話帳の一番上に登録されている番号にかける。藁にも縋る思いでか
けた電話は、四コール目で繋がった。

「お婆ちゃんお願い! 車で迎えに来て!!」


360 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/28(土) 15:43:31.08 ID:6iJN8W9V0
やっと追いついた面白い

やっぱりあそこか
主人公の後ろにお父さんの霊でも居るのかな?
そして鏡ヶ浦は親を海で亡くしているとみた

以下設定
海近いから夏の水泳の授業は海
時により山に登って川
夏休みに都会の臨海学校?(本当にあるのか知らないけど)で生徒児童を受け入れる
361 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2013/12/28(土) 16:36:25.06 ID:ym08wCHf0
島の地下水洞には、水が渦巻いて通る場所があり、それに繋がる渦潮に呑まれると、稀に
分岐した先にある天然地下貯水湖に着く場合がある。そして、そこはイルカの溜まり場にもなっている
362 : [saga]:2013/12/28(土) 19:59:38.20 ID:oOXXwF990



 早くも雨は本降りの様相を呈しており、よもやワイパーを起動しなくてはフロントガラ
スからの明瞭な視界も確保できないほどだった。余談だが、僕はこのドロドロと視界が溶
けるような大自然の流動テクスチャーがとても好きで、雨の日はこれで二時間ほど暇を潰
すことができるほどだ。

 ともあれ現在の困窮しきった緊急事態にそんな悠長なことをしている暇などはなく、さ
ながら川のように上方から水が押し寄せる通学山道を、僕たちはお婆ちゃんの運転する白
いワゴン車で登っているところだった。

「それで、どうして学校に向かっているんだい? キミがなにか訳あり顔で提案したもの
だからうっかりそれに乗ってしまったけれど、私の精神衛生上の問題を解消するために今
さらながら事情を聞かせてもらっても良いかい?」

「おい、最初の一言目だけでも会話が成立してなかった? 残りの八割は完全に無駄だっ
たでしょ」

「細かい男だな、キミも。いいからさっさと事情を説明しておくれよ」

「はいはい。……いいか、これは僕も先日知ったばかりのことなんだけど、学校と神社の
間には、あまり知名度の高くないらしい通学路が存在しているんだ。あの巫女服の……え
えと、千光寺さんが使っているのを一度見たことがある」

 そこまで話すと、僕の隣で話を聞いていたひかりが「あっ」と声を漏らした。

「たしかに、地図上で見たらけっこう近いんだね!」

 ひかりさん、あなたの頭の中には地図が表示されているんですか……?

「道らしい道じゃなくて、森の中を進むことになるんだけど……でも一度通ってみたこと
があるから迷うことはないと思う。あのときは道がわからない状態で十分くらいだったか
ら、走れば五分くらいで神社の裏庭に出られると思う。そこからさらに一分くらい走れば
、虹の滝に辿りつけるはずだ」

 今度は妙義が「ふむ……」と小さく唸って、

「なるほど。うまくすれば委員長よりもずっと早く、虹の滝とやらに到着できそうだね」

「でしょ?」

 軽くうなずいた妙義は、後部座席の後ろの荷室を覗き込む。そこにはたしか、様々な漁
業関係の工具などが収められていたはずだ。なぜかそこに手を突っ込んだ彼は、何重かに
巻かれた太いロープをふたつ引っ張り出す。見たところ、片方は数メートルほど、もう片
方は十数メートルほどの長さだった。


363 : [saga]:2013/12/28(土) 20:24:56.31 ID:oOXXwF990



「久住くんのお婆さん、ちょっとこのロープをお借りしてもよろしいでしょうか?」

「うんうん、大丈夫だよぉ」

 お婆ちゃんは後ろを振り返りもせずに即答で了承してしまう。え、いいんですかほんと
に?

「……そのロープ、なにに使うの?」

「さぁ、それはわからないけれど」

「は?」

「だけど『精霊通信』で予告されているような事態だからね。なにがあっても対応できる
ように、念には念をってところさ」

「……そんな風に言われると怖くなってくるからやめてよ」

「最悪の想定をしておくことは悪いことではないよ。それで足がすくんでしまってはしょ
うがないけれどね。……だけどまぁ、きっと大丈夫だとは思うよ。久住くんがすぐに『精
霊通信』の謎を解いてくれたおかげで、おそらく最速で虹の滝まで辿りつけているだろう
からね。メールの暗示に正しく対応すれば、悪いようにはならないさ」

 逆に言えば、僕の解釈が間違っていた場合は鏡ヶ浦が危ないということになるんだけれ
ど……それこそ今さら言い出しても仕方のないことか。解を出してしまった以上は、他所
見せずに突っ走るしか道はない。

「篤実ちゃんたち、そろそろ学校に着くからねぇ」

 お婆ちゃんの言葉通り、前方には学校の校門が見え始めていた。門が閉じていたらと不
安に感じてたりもしたけれど、幸い朝のまま開きっぱなしになっているようだ。

「お婆ちゃん、ありがとう。急にごめんね」

「いいんだよぉ。それより、なにがあったかは知らないけど、危ないことはしないように
ねぇ」

 いつでも出れるようにスライドドアに手をかけていた僕の後ろで、妙義がお婆ちゃんに
視線を向ける。

「念のために、三〇分くらいはここで待機しておいてくださいますか?」

「はいはい、わかったよ。あなたも気を付けるんだよ」

「お気遣い、痛み入ります」

 そこでちょうど、車は学校の敷地内へと到着した。僕たちは傘も持たずに飛び出すと、
一直線に“通学路”へと駆け出すのだった。


364 : [saga]:2013/12/28(土) 20:40:51.87 ID:oOXXwF990



 幸い森で迷うようなこともなく、“通学路”を抜けることにはすんなりと成功した。し
かしそこは体力のないもやし三兄弟こと僕たち。神社に辿りつく頃にはほとんど瀕死の状
態だった。ひかりなんか、僕と妙義が手を引いていなければ森で倒れていたことだろう。

 さらに神社の境内から森のわき道へと飛び込んで、四方八方からホワイトノイズのよう
に響く激しい雨音に囲まれながら、ぬかるんだ山道を駆け抜ける。やがて遠く聞こえてき
たのは、暴力的なまでに激しく轟く水音。本能的に危険を感じてしまうほどのそれは、ど
うやらもう近くまで迫っていたらしい虹の滝によるものだった。……もっとも、現在は島
が灰色に沈んでいるので絶景を拝むべくもないが。

 赤穂さんの予想は正しく、滝は以前見た時よりもずっと水量を増していて、そこから下
流へと流れる川は、地面とほとんど同じ高さとなり氾濫してしまっていた。

 しかし木々に囲まれたこの空間に、鏡ヶ浦の姿は見当たらない。僕は脳裏を掠める最悪
の想像を振り払うべく、なけなしの体力を振り絞る。

「鏡ヶ浦ぁああああああああああっ!!」

 滝の轟音にも負けじと絞り出した声に、しかし反応はない。もっとも僕の声が鏡ヶ浦に
届いていたところで、あの唇を動さずに発声する彼女の声がこちらに届くとも思えないの
だけれど。

 いよいよ僕が絶望的な想像に支配されて、鼻の奥がツンと痛み始めたそのとき。ひかり
が僕の袖を勢いよく引っ張った。

「篤実くん! あそこに絵の具が落ちてるよ!」

 そう言ってひかりが指さした場所を見ると、たしかに青色の絵の具チューブが泥に埋も
れかけていた。

「でかした、ひかり!」

 すぐに絵の具チューブの落ちているところまで駆け寄ったところで、しかし僕たちは息
を呑むような光景を目撃することとなる。



 どうやら雨で地盤が緩んで滑落したらしい泥の斜面。僕たちの場所から三メートルほど
下方で辛うじて斜面に食らいついている樹木に、鏡ヶ浦が座り込んでいたのだ。



「……最悪だ」

 隣にいた妙義が低い声で呟いた言葉は、しっかりと僕の耳にも届いていた。


365 : [saga]:2013/12/28(土) 21:23:11.47 ID:oOXXwF990



 僕たちに気づいたらしい鏡ヶ浦が、涙でぐしゃぐしゃの顔でこちらを見上げる。そのほ
とんど動かないはずの唇が小さく動いたのを僕は見逃さなかった。もし僕の自意識過剰で
なかったなら、それは「あつみ」と発音したように見えた。

「鏡ヶ浦! すぐ助けるからじっとしてるんだよ!」

 僕の言葉に鏡ヶ浦が小さく頷いた、その時だった。鏡ヶ浦が座っていた樹木が、ずるり
と数センチ下へと滑る。一気に鏡ヶ浦や僕たちの表情に緊張が走った。

 ひかりが妙義の持つロープへ視線を向ける。

「そ、それを垂らして引っ張ろうよ! 早くしないと……」

 しかしその提案に首を振ったのは、ロープを持ってきた張本人である妙義だった。

「鏡ヶ浦くんの今の状況……体力や腕力を考えると、とてもじゃないが自力で登ってくる
なんて不可能だ。こちらから引っ張るにしても泥や雨でロープが滑るだろうし、そもそも
ロープを掴むために体重を移動しただけでも滑落を招く危険性だってある……」

 しかも滑落のせいで近くの木々はほとんど下に流されてしまっており、この傾斜の下で
轟々と響く激流に飲まれてしまったようだ。かろうじて僕たちのすぐ近くに細い木が一本
だけ残っているが、これも根が半分ほど露出しており、いつ抜けたっておかしくない状態
だった。

 妙義は苦渋の表情で言葉を続ける。

「こうなった以上は、さっきの神社で大人を探してみよう。もしかしたらこういった状況
に有効な知恵や道具を持っているかもしれない」

 なるほど、それは正しい判断だ。こういったときは子供だけで対応しようとはせずに、
大人に頼るというのが最善の策と言えるだろう。さっきまでは本当に鏡ヶ浦がここにいる
のかわからなかったので神社には寄らなかったが、事こうなってしまえば、神社に引き返
して事情を説明するのが最善策と言えるだろう。千光寺の父親は来月までいないらしいが、
あのお爺さんでも僕らなんかよりはずっと頼りになるに違いない。

 だけど。

 僕は妙義の腕から短いほうのロープをひったくって、片側を近くの頼りない木に結び付
け、もう片側を自分の左足に結び付けた。

「ちょ、なにを……!?」

 妙義の言葉はもはや聞こえない。なぜなら今この瞬間にも、鏡ヶ浦の足場の木が、いや
違う、この斜面全体がズルリと数センチずつ下がっているのだ。そして鏡ヶ浦の表情が強
張り、恐怖に染まる。

 それは僕が跳ぶことを覚悟する引き金には、十分だった。


366 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2013/12/28(土) 21:42:33.39 ID:O/ImnlNJ0
おいここで鬱展開とか無いよな?流石に……
367 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/28(土) 21:51:51.00 ID:4QxxMJPJO
主人公かっこいいやんけ…
368 : [saga]:2013/12/28(土) 22:15:42.01 ID:oOXXwF990



 左足で縛ったロープを左腕にも絡ませて、勢いよく地面を蹴る。

 僕が鏡ヶ浦のすぐ近くに着地……いや、落下した衝撃で、斜面全体は大きく崩れ、鏡ヶ
浦が直前まで足場にしていた樹木はあっさりと滑り落ちて崖に消えていった。

 しかし鏡ヶ浦のことを掴まえることには無事成功し、その冷え切った小さな体を強く抱
き寄せた。僕たち二人は、一本のロープで斜面に吊り下げられている形となる。

「鏡ヶ浦、大丈夫?」

 僕が訊ねると、泥だらけの鏡ヶ浦は小さく頷く。この距離だから、彼女の体がずっと震
えているのも、ひっきりなしに嗚咽を漏らしているのもよくわかる。

「ごめん、あんまり時間がないからさ。鏡ヶ浦、がんばって、僕の体をよじ登ってほしい
んだ」

 返事を待たずに、鏡ヶ浦の股下に右腕をすべり込ませて持ち上げようと試みる。さすが
にこの状況、セクハラとかなんとか言ってはいられない。

「ぐぬぬぬぬぬッ!!」

 小学生とはいえかなり重かったが、火事場の馬鹿力というやつなのか、僕にしては信じ
られない腕力を発揮して、どうにか鏡ヶ浦の鎖骨が僕の目の前に来るくらいまでは持ち上
げることに成功した。

「ほら、このままよじ登って!」

 チラリと斜面の上方を見ると、妙義とひかりがロープを必死に手繰り寄せようとしてい
るのが見えた。おいおい、キミたちの腕力じゃ無理に決まってるだろ。それに足元が緩い
から、踏ん張るとまた地面が滑落しちゃうぞ。

「ロープは引っ張らなくていいから! 鏡ヶ浦を引っ張り上げて!」

 最初に鏡ヶ浦が留まっていたのが、上から三メートルほどの地点だった。つまり僕と鏡
ヶ浦の身長に、さらに腕の長さをプラスすればギリギリ届くラインのはずだ。

 必死に歯を食いしばって、鏡ヶ浦を上へ上へと持ち上げる。鏡ヶ浦も頑張って僕の体を
よじ登ろうとしてくれる。しばしの格闘の末、ようやく鏡ヶ浦の足が僕の肩にかかった。

「よし! そのままロープ伝いに立ち上がって。二人に引き上げてもらって!」

 妙義が慎重に上から手を伸ばして、ぎりぎり鏡ヶ浦の手首を掴んだ。しかし泥で滑るの
か何度も掴み直しながら、やっとのことで引き上げ作業が始まった。すこし鏡ヶ浦の体が
持ち上がると、ひかりも腕が届くようになり、僕の方からも鏡ヶ浦の足を下から押し上げ
る。

 そして三人の協力の末に、ついに鏡ヶ浦が斜面を登り切って、彼女の救出に成功したの
だった。


369 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/28(土) 22:28:44.84 ID:cHqZ7ZeDO
しかし、まだ気は……
370 : [saga]:2013/12/28(土) 22:57:37.90 ID:oOXXwF990



 そのとき、ズルリ、と僕の体全体が数センチ沈むのを感じた。

「篤実くん、早く登ってきて!」

 約二メートルほど上方で、ひかりが叫ぶのが聞こえた。しかし僕はそれに対して、どう
返事をしたものかと困ってしまった。そんなことができるのなら最初から鏡ヶ浦を背負っ
てよじ登っている。僕にそんな膂力がないことは、僕が一番よく知っていた。

「……久住くん」

 どうやらすべてを察したらしい妙義が、僕を鎮痛な面持ちで見下ろす。

 ロープを結んである細い木が、根本からグラグラと揺れる。さながら歯槽膿漏のコマー
シャルだ。熟れ過ぎたトマトのように。

「ごめん、今ので体力使い果たしちゃったみたいなんだ。だからみんなで神社に行って、
大人の人を呼んできてくれないかな? ついでに、弱った鏡ヶ浦を神社で休ませてきてほ
しいんだ」

 僕は白々しいセリフを吐きつつ、左足の状態を確認する。どうやら結び目が解けてしま
ったらしく、今はほとんど腕力だけで体重を支えているようなものだ。

 ひかりがオロオロと僕や妙義の顔を見比べていると、妙義がなにか覚悟を決めたよ
うな表情になって、おもむろに立ち上がった。

「久住くんの言う通りにしよう。行くよ、二人とも」

 そう言って、ひかりと鏡ヶ浦の腕を引っ張って連れていこうとする妙義。

「え、ぼ、ぼくはここに残るよっ!」

「いいからついて来るんだ。早くしないと久住くんが落ちてしまうよ」

 それは正しい言葉だったけれど、しかし真実ではない。

 僕は妙義が嘘をつくところを初めて目撃した。そしてそれは、妙義自身が先ほど否定し
た“善意の嘘”というやつだった。

 ロープを結んだ木が、ズルリと滑る。

「……はなして」

 妙義の掴んだ腕を、鏡ヶ浦が振りほどくのが見えた。僕は正直その行動に驚きつつも、
なるべく穏やかな声を心がけて呼びかける。

「鏡ヶ浦、妙義の言うことを聞いて。神社に行って、大人を呼んできて。そうすれば僕は
引っ張り上げてもら」

「うそつき!」

 僕の言葉を遮って、鏡ヶ浦の口から出たとは思えないほど大きな声が響き渡った。

 逆光と泥で表情の判然としない鏡ヶ浦は、このとき初めて言葉に感情を込めた……よう
に聞こえた。そしてそれは、いわゆる怒りの感情というやつで……

「うそつき、うそつき、うそつき……!」

 さすがにひかりも状況を察したらしく、傾斜の上からひかりと妙義がもみ合うような声
が聞こえてくる。

 鏡ヶ浦が、ロープを巻き付けた木にしがみつく。このまま木が滑落すれば、間違いなく
鏡ヶ浦も巻き込まれることになるだろう。

「妙義くん! もういいから無理やりその二人を引きずっていって! お願い!」

 しかしいつまで経っても、妙義は鏡ヶ浦を引っ張っていってはくれない。おそらくひか
りを抑え込むのに手こずっているのだろう。

 僕の体が、また数センチ沈む。……これ以上は本当に、鏡ヶ浦まで落ちてしまう。

 もともとそのつもりで跳んだのだから、そろそろ僕も覚悟を決めなければならない。


371 : [saga]:2013/12/28(土) 23:08:46.63 ID:oOXXwF990



「鏡ヶ浦! えっと、べつに後悔とかはしてないけど……でも、お婆ちゃんとか、神庭姉
妹に、迷惑かけてごめんって伝えといて!」

 僕の体を探すために捜索費用がかかるかもしれないし、葬式代だってかかるだろう。そ
れ以外にもかなりの迷惑をかけてしまうことに、とても罪悪感を覚えるけど……

 双子に将来の夢を聞かれたとき、僕は特にないと答えたけれど、あれは嘘だ。あの場面
では空気を読んで言わなかっただけで、本当は密かに夢見てることがある。というより、
これといった取り柄のない男子なら誰しも一度は憧れる、当たり前のような夢だ。

 『トラックに撥ねられそうな美少女を助けて死ぬ。』それが僕のささやかな夢である。

 状況は少し違うけど、これはまさしく理想通りのシチュエーションだった。

 冷静に俯瞰すれば、単に落ちたのが鏡ヶ浦から僕に変わっただけにも思えるかもしれな
い。しかし人間的な価値で言えば、間違いなく鏡ヶ浦の死は大損失だ。その損失を考えう
る限り最小限に抑えたと考えれば、僕も跳び下りた甲斐があったというものだろう。

「それじゃあ、ばいばい」

 僕は目を閉じ、深呼吸をして……そしてロープから手を離した。

 滑り落ちていく視界は妙にスローモーションで、ああこれが噂に聞く走馬灯というやつ
なのか、などと考えながら斜面の上に視線を向けたところで……



 体にロープを巻き付けた赤穂さんが傾斜を駆け下りてくるという、もはや冗談みたいな
光景を目撃したのだった。


372 : [saga]:2013/12/28(土) 23:25:30.73 ID:oOXXwF990



 信じられない速度で駆け下りてきた赤穂さんが、僕の体をがっしりと掴む。ちょうど、
さっきの僕と鏡ヶ浦の構図にほとんど重なる形となった。

「篤実さん、私の体に掴まっていてください!」

 言われるままに赤穂さんの体へ腕を回すと、彼女は二人分の体重をものともせずにロー
プを手繰り寄せ、少しずつ、しかし確実によじ登っていく。どうやら少し離れた場所の木
にロープを結びつけたらしく、けれどそれでも驚くべき速度で登っていって、数分後には
二人とも傾斜の上まで這い上がることに成功したのだった。あれ、どうしてだろう……た
った今助かったばっかりなのに、既に死にたくなってきたぞ?

 僕と赤穂さんはぜぇぜぇと肩で息をして、ほとんど這うようにしながら傾斜から離れて
いく。

「……あ、あの、赤……委員長。……その、ありが」

 赤穂さんに礼を言わなくてはと、彼女の背中に話しかけた……そのとき。



 バヂンッ!! という激しい音とともに、僕は頭から泥に突っ込んでいた。



 いわゆるビンタをされたのだということに気がついたのは、たっぷり数秒も経ってから
のことだ。

「……最低です」

 滝の轟音の中だったから声は聞こえなかったのだけれど、しかし彼女の唇はきっと、そ
う言っていたように思う。

 赤穂さんは体に巻きつけたロープをほどくと、僕に一瞥もくれないまま神社の方へと去
っていった。

 放心する僕に、続いて更なる衝撃が襲い掛かる。その正体は、鏡ヶ浦とひかりのほとん
どタックルのような抱擁だった。二人とも、せっかくの整った顔が台無しになるくらいく
しゃくしゃに顔を歪めて、それはもう激しくむせび泣いていた。そして少し離れたところ
では、妙義が腕で目元を覆っていて……

 僕なんかのためにこんなにも泣いてくれる子たちを見ていたら、自然と僕の目からも涙
があふれてきた。

 いつの間にやら雨は上がっていて、分厚い雲の切れ間から太陽が覗く。

 灰色に沈んでいた島に差し込んだ光が滝に反射し、幾重もの虹がかかっていた。


373 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2013/12/28(土) 23:58:03.21 ID:MOfH9FIU0
結構な大事だったな
しかし、とりあえずこれで第一章は一件落着って所?
374 : [saga]:2013/12/29(日) 11:01:12.63 ID:/dmyQeSQ0



 あの『精霊通信』事件から三日が経過していた。

 疲労やストレス、そして雨や泥に体温を奪われたことなどの諸々が重なって、僕は事件
直後から高熱を出して寝込んでしまっていた。ちなみに聞くところによると、鏡ヶ浦や赤
穂さんは翌日もピンピンして登校していたそうだ。……たくましいデスネ。

 水銀式体温計を取り出して確認すると、三七度二分。この具合なら明日にでも学校へ復
帰できそうだ。

 復調したら、まずは鏡ヶ浦の家に菓子折り持って挨拶に伺わなくては。

 事件のあと鏡ヶ浦を家まで送り届けた際に、僕は生まれて初めての土下座をした。鏡ヶ
浦が失踪した原因を作ったことや、高校生としてグループ内の小学生の監督責任を果たせ
なかったことに対する謝罪だった。もちろん謝って済む問題ではないのだけれど、そこは
誠意を見せる意味でもう一度謝罪に出向こうと思っている。

 もう一度土下座をして、それから今後二度と鏡ヶ浦に近づかないことを約束すれば許し
てもらえるだろうか……いや、僕だったら一人娘をあんな目に遭わされたら切腹したって
絶対許さないだろうけど。

 それに赤穂さんにもすっかり嫌われてしまった。そういえば彼女には、しっかりとお礼
を言えていなかったっけ。また引っぱたかれるかもしれないけれど、命の恩人にはしっか
り礼を言っておかなければならないだろう。

 ……結局僕は、都会にいた頃と同じようにみんなに迷惑をかけてしまうようだ。

 僕が憂鬱な気分で天井のシミを数えていると、不意に部屋の扉がノックされる。双子は
ノックしないだろうし、お婆ちゃんか三女のどちらかだろう。

「はーい、どうぞ」

 僕が枯れた喉で返事をすると、部屋のドアが開き、そしてそこには意外な人物が現れた
のだった。

 まず真っ先に部屋に入ってきたのは、ツインテ幼女の鏡ヶ浦 凪だった。

「あつみっ!」

 とてとて小走りで近づいてきた鏡ヶ浦は、そのまま僕のベッドに飛び乗って、驚く僕に
構わず抱き付いてきた。ちっこい! やわっこい! あったかい!

 続いて部屋に入ってきたのは、淡路 ひかりだった。彼はなぜかちょっとむすっとした顔
で、ベッド脇に投げ出されていた僕の手をきゅっと握った。なんだこれ、かわいい。

「おやまあ、すっかり懐かれてしまったようだね、久住くん」

 最後に、なにやら丸めた画用紙のようなものを抱えた妙義 明が部屋に入ってきた。彼は
ドアを静かに閉めると、僕の勉強机の椅子を引き出して腰かけた。

「いわゆるお見舞いというやつに来たよ。もっともこのメンツで、キミの心が休まるかは
甚だ疑問ではあるけれど」

「……わかってるなら止めてよね」

「いやね、一応この面子で来たことには意味があるんだよ。まず一つは、写生大会の結果
についてだ」

 そう言って妙義は、丸めて持っていた画用紙を広げて僕に見せる。それはとても写実的
で、しかしおかしな絵だった。なんせモチーフが、どこかの山の斜面という地味すぎるも
のだったためだ。

「これって、もしかして……」

 呟きながら、すぐ近くにある鏡ヶ浦の顔を見つめる。以前は虚ろで焦点の合っていなか
った瞳が、今はキラキラと輝いて、しっかり僕に向けられている。


375 : [saga]:2013/12/29(日) 11:05:40.07 ID:/dmyQeSQ0



「そうさ。これを描いたのは鏡ヶ浦くんで、この絵は見事に小学生の部優秀賞という評価
を受けたんだよ」

 絵のモチーフは非常に地味なもので、山の斜面と、それから画面の中央には今にも抜け
てしまいそうな頼りない木と、それに巻き付くロープが描かれている。

 しかしそれでもこの絵は非常に魅力的で、じつに深い想いが込められている……ように
感じた。なんというか、見ているだけで心が暖かくなってくるような、そんな絵だった。

 画用紙の右下には、小さな紙が貼りつけられている。そこには、

 『題名:ありがとう』

「……どういたしまして」

 なんとも微笑ましい気分になってしまって、ベッドの上で子犬のようにすり寄ってくる
鏡ヶ浦を撫でてやる。

「ちなみに総合の部、最優秀賞という評価を受けた絵も持って来ていてね。それも鏡ヶ浦
くんが描いたものなんだよ。見たいかい?」

「うん、まあ、それはね」

「そうかい、それじゃあ見せてあげよう」

 そう言いながら、悪戯っぽい笑みを浮かべた妙義が広げた画用紙には……



 僕の寝顔が超リアルに描かれていた。



 『題名:だいすき』

「いつ描いたの!?」

「あの事件の翌日も、私たちはお見舞いに来たんだけれどね。生憎、久住くんはずっと寝
たきりで目を覚ます様子がなかったものだから」

 だからって寝顔を描くことないだろ! しかもなに人の寝顔をクラス中に公開してんの
!? もうお嫁に行けないっ……!

 なんか鏡ヶ浦もちょっと照れてるし。ちくしょう、かわいいから怒るに怒れない……!

「篤実くん、ぼくも描いたんだよ!」

 そう言ってひかりが広げた画用紙には、なんとも奇妙な模様が描かれていた。

「……ええっと……面白い岩石だね。なんていうか、芸術的だよ」

「これも篤実くんの寝顔だよ!?」

 うそ、まじで? 僕って寝てる時、そんなゴローニャみたいな顔してんの?

「ありがとね、ひかり」

「あっ……えへへ」

 頭をなでてやると、ひかりもとろけるような笑顔を浮かべる。ああ、やっぱりこの子は
癒されるわぁ……

 その時、こほんと咳ばらいをした妙義が突然立ち上がった。かと思うと、僕たちの近く
まで歩み寄ってくる。

「一応、ケジメをつけておきたくって。そのために私は、今日ここに来たんだ」

 そう言うと妙義はベッド脇に正座をして、深々と頭を下げた。



「私が間違ってました、ごめんなさい」


376 : [saga]:2013/12/29(日) 11:12:40.31 ID:/dmyQeSQ0



「……え?」

「あれから久住くんの言葉や、あの日の出来事を省みたんだ。そして自分がいかに幼稚で
あるかを思い知った。あの事件は私が引き起こしたと言っても過言ではないだろう」

 いや過言だろ。事件に関しては、むしろ妙義は貢献しかしていなかったように思うけど。

 そんな僕の視線を感じたのか、妙義が小さく首を振る。

「どう考えても、久住くんが玄関で絵を描いていた以上、鏡ヶ浦くんが家を出られたタイ
ミングは私と淡路くんが口論をしていた瞬間だけだ。それに、私が鏡ヶ浦くんのことをも
っときちんと見ていれば、あの失踪を事前に止めることは十分にできただろう」

「いや、そんなこと言い出したら……」

「違うんだ、そうじゃない。あの当時、私が考えていたのは、いかに久住くんを攻撃する
かということだけだったんだ。そんなことだから、不覚にも鏡ヶ浦くんの異変に気付けな
かった」

 いやまあ、妙義が僕を攻撃するのはいつものことだったけれども……

「きっと私は、羨ましかったんだ。そして悔しかったんだ。島に来たばかりで、しかもが
っつり本性を隠して、それでもたくさんの人に囲まれていた久住くんが。私の嫌いな嘘ま
みれのキミが、それでも私よりずっと人の支持を集めていたことが、許せなかったんだ」

「……」

「だからずっと、八つ当たりしてしまった。自分はいざというとき、なにひとつ動けなか
ったくせして、足を引っ張ることだけに精を出していた。本当にちっぽけでくだらない人
間だ」

 妙義はべつに、卑屈になっているわけではないようだった。澱んでいた目はまっすぐに
僕を見ていて、冷静に自己分析した結果を報告しているだけらしい。そういうところは、
本当に尊敬する。僕には決してできない、正しさだ。

「淡路くんも、ごめんなさい。一時の感情に任せて、心無いことを言ってしまったよね。
キミのまっすぐな友情は、これで十分に思い知ったよ」

 そう言って妙義は、薄地の長そでを捲った。するとそこには、痛々しい大量の引っ掻き
傷が残されていた。ひかりが布団に顔を埋めてしまったところを見るに、おそらくあの事
件のとき、二人がもみ合ったときの傷痕なのだろう。結構手痛く暴れたなぁ……。

「そういうわけで、今までのことを謝罪しておきたかったんだ。もう一度改めて言わせて
ほしい」

 妙義はまたしても、深々と頭を下げた。

「ごめんなさい」

 僕は正直、こういう風に面と向かって謝られた経験がないので困ってしまった。都会で
は結構、謝ったら負け的な風潮もあるしなぁ。

「えっと……過ぎたことだし、気にしてないよ。」

 チラリとひかりに視線を向けると、彼も大きく頷いていた。

「……許してくれるのかい?」

「許すもなにも、べつに根に持っちゃいないよ。むしろ妙義くんの正しさには敬意を表し
てるレベルさ。その正しい言葉を正しい場面で使えるようになれば、きっと探偵にだって
なれると思うよ」

「……あ、ありがとう」

 妙義は俯いて、前髪で表情を隠してしまう。なんだかんだでまだ中学生なんだよなぁ。


377 : [saga]:2013/12/29(日) 11:20:43.85 ID:/dmyQeSQ0



「それから、久住くん……もうひとつ、言っておきたいことがあるんだ」

「え、な、なに?」

 まさか今度こそ罵倒語が飛んでくるのか……!? などと失礼なことを考えていたのだ
けれど……

「……と、友達に、なってください……」

 そう言って妙義は、恐る恐る右手を差し出してきたのだった。

 予想外と言えばあまりに予想外な言葉に、僕は一瞬、思考停止に陥ってしまった。

 よく見ると、妙義の頬はわずかに赤らんでいた。よほどの覚悟を決めての言葉だったの
だろう。そしてその言葉は実際、すごく嬉しかった。

「……これにオーケーしても、『相変わらず先に好意を示されないと好意を示せない男な
んだね』とか、言わないよね?」

「思っていても言わないさ」

 思ってはいるのかよ!!

「……えっと、うん、それじゃあ……よろしく」

 僕は妙義の差し出した手を、優しく握る。ややぎこちない握手だったけれど、お互い不
器用なのだから、最初はこんなものだろう。

 すると僕のお腹に貼りついていた鏡ヶ浦が、僕の顔を両手で掴んで、ぐいっと鏡ヶ浦の
方へ向けさせた。

「……わたしも」

「あ、うん。鏡ヶ浦も友達になろっか」

「うん。それから、なぎって呼んで」

「ああうん……わかった。これからは友達として、よろしくね、凪」

「うん。いまは、それでがまんする」

 ……んん? なに? どゆこと?

「じゃあぼくたちは親友! 親友だよねっ!?」

 ははっ、おいおいひかり、あんまりはしゃぐなよ。僕が鼻血を出しちゃうだろうが。

 とりあえず今日の用事はこんなところらしく、僕の体調を気にした妙義が二人を連れて
帰る運びとなった。

 ただし去り際に、爆弾を一つ落として行きながら。

「ところで久住くん。ずっとドアの前で待機していた委員長からなにか話があるらしいか
ら聞いてあげてよ」

「えっ」

 再び眠りに入ろうとしていた僕は慌てて飛び起きると、部屋のドアへと視線を向ける。

 するとそこには、妙義に背中を押されながら入室する赤穂さんの姿があった。


378 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/29(日) 11:21:47.85 ID:1u9Eo0ZPo
ちょっ…
379 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/29(日) 11:31:14.22 ID:1u9Eo0ZPo
ヒャッケイタトウオロチ

頭部が複数存在する蛇。
胴体部分は巨大かつ強靭であり、厚手のナイフくらいなら弾く。
頭はそれぞれが独自の思考を持つが、議論を行って行動を決定する(一番巨大な頭部は自意識を持たない議長であり、蓄積された議論の傾向から緊急時や咄嗟の判断を行う)。
そのため、知能は高いが個体数が極めて少なく(馬鹿だと話が纏まらずに死ぬため)、高い知能を用いて人などと共存している。
380 : [saga]:2013/12/29(日) 18:54:18.48 ID:/dmyQeSQ0



 扉が閉ざされると、二人っきりとなった室内は静寂に満たされた。

 チラリと赤穂さんへ視線を向けると、ちょうど向こうもこちらを見ていたところだっ
らしい。なんだか気まずくなって、あわてて視線をそらしてしまう。あぶねぇ、まず最初
に胸とか見てたら、二度と助けてもらえなくなるところだった。クワバラクワバラ。

 ……女子高生に助けてもらう気満々の、クズ男子高生なのだった。

「あ、あのっ!」

 僕が下種いことを考えている隙に、赤穂さんが先に沈黙を破った。視線はあっちこっち
に泳いではいるものの、とりあえず体はこちらへと向けられていた。

 赤穂さんがなにかを言おうとしていたようだが、しかし僕は、まずどうしても先んじて
彼女に礼を言っておきたくって、半ば彼女の言葉を遮る形でベッドから立ち上がった。

 そして、深々と頭を下げる。

「あのときは、助けてくれてありがとう!」

 言った。やっと言えた。ずっと言っておきたかったことが言えて、ひとまず胸につっか
えていたものが取れた気分だった。続けて、感謝のほかに謝罪もしなければならない。

「それと、でしゃばっちゃってごめん。委員長に任せておけば、もっとスムーズに解決し
たのに、引っ掻き回しちゃって……」

 自分のつま先を見ながら言葉を紡いでいたところで、ふと僕の顔に暖かい感触が触れた。
それが赤穂さんの両手だと気づいた直後、頭部をぐいっと引っ張られて直立姿勢となり、
赤穂さんの悲しそうな顔が目の前に現れた。

「……どうしてそんなことを言うんですか? そんな、まるで篤実さんが悪い人みたいに
……ぜんぜん、そんなことないのに」

「……え?」

「このあいだは、理不尽に殴ってしまって申し訳ありませんでした」

 赤穂さんの濡れた瞳が揺れ、長いまつげが震える。

「いや、でもそれは僕が……」

「はい。篤実さんがロープを手放したのは、ぜったい許しません」

「え……ロープ?」

「私が怒ったのは、篤実さんが自分からロープを手放したことです。……あとすこしでも
私が遅れていたら……」

 赤穂さんの目に涙が浮かび、頬を伝う。瞬間、いまだかつてないほどの胸の痛みが僕を
襲う。

「もう二度と、あんなことはやめてください。危ないときは、ちゃんと助けてって言って
ください!」

 僕の頬に添えられていた手が下へと下がっていき、両肩に置かれる。俯いてしまった赤
穂さんは、触れれば壊れてしまいそうなほどに儚くて……

「……ごめん。もう危ないことはしないよ」

「ではもし、また今回と同じような状況になったらどうしますか?」

「…………それは」

「それでも、また跳んじゃうんですよね?」

 僕が沈黙で肯定すると、赤穂さんはすこし困ったように、しかしいつものように柔らか
く微笑んだ。


381 : [saga]:2013/12/29(日) 19:11:17.75 ID:/dmyQeSQ0



「それでは私も……次も、その次も、必ず駆けつけますから。どこにいたって助けてみせ
ますから。ですから、今度こそ私に助けを求めてください。私に、助けさせてください」

「……委員長」

「篤実さんは、一目見た時から危なっかしい人だと思ってました。なんだか、ほっとけな
い雰囲気といいますか。ふふ、これも一目惚れって言うのでしょうか?」

 ……そういうこと言われると惚れちゃうんでやめてください。

「そのためにも、私は篤実さんの近くにいないといけませんよね。いつでもどこでも助け
られるように。ですから……」

 息のかかる距離で、赤穂さんは天使のような微笑みを浮かべて囁いた。



「私とも、友達になってくださいますか?」



 僕の肩に置かれていた赤穂さんの手が、今度は胸の辺りまで下がっていく。

「……も、もちろん。こちらこそ、願ってもないって、いいますか……」

「良かったです。しかしそれでしたら、委員長だなんて呼んでほしくありません」

「えっ?」

「友達なのですから、もっと親しい呼び方にしてほしいです……篤実さん」

 なんだこれ! なんだこれ!? なにが起こってるんだ!?

「……あ……赤穂さん?」

 とりあえず以前の呼び方に戻してみると、赤穂さんはなんとなく不服そうにしつつも、

「……とりあえずは、それで」

 と言って、手を離してくれた。これ以上接触していたら、僕のいろいろなものが危なか
ったぜ……

「ふふ、今日は勇気を出してお見舞いに来て良かったです。明さんにはお礼を言わなくて
はいけませんね」

 最初にこの部屋に入ってきたときよりも明らかに上機嫌になった赤穂さんは、軽やかな
足取りでベッドから離れ、部屋の出口へと移動した。そしてくるりと振り返ると、相も変
わらず天使の微笑みを浮かべるのだった。

「明日は、学校に来られそうですか?」

「た、たぶん……」

「そうですか。それでは、また明日お会いできるのを、楽しみにしてますね」

 赤穂さんは両手を前で揃えると、深々と頭を下げて礼をする。

「お邪魔しました」

 ……こうして、今日最後の見舞い客が退室したのだった。


382 : [saga]:2013/12/30(月) 01:24:50.03 ID:4IUHngPZ0



 僕は先日、じつに身近なところに死というものを実感した。それは鮮明に体験として肉
体の記憶に刻み込まれており、こうして三日の時が流れた現在も、あの日の斜面を、泥を、
雨を、滝の音を、ロープの質感を、如実に忠実に想起することができるほどである。

 それだけ多大なストレスや恐怖、心的外傷じみた体験を経たところでしかし、僕がそれ
に関するなにがしかを後悔するところがあるかと問われれば、当然のごとく答えはノーで
あると即答できよう。

 むしろ逆に、あの日、あのとき、あの瞬間に、もしも万が一にも、妙義の“正しい”提
案に従った結果として鏡ヶ浦を喪うようなことがあろうものなら、僕は一生自分を許せず、
軽蔑しながら生きていくこととなっていただろう。だから僕は、何一つ後悔などしては
いなかった。仮にその結果、赤穂さんが危惧していた通りの結末を迎えたとしても。

 しかし。

 先ほどの赤穂さんの言葉を受け止めたことによって、僕は今まで考えてもみなかった可
能性というものに触れることとなった。それは、僕……久住篤実の価値に関することであ
る。

 僕のポリシーとして、極力かけがえのない存在にはならない、というものがある。なる
べく代替可能人物として存在することこそが、取り柄のない僕に課された唯一の役割であ
るということを疑いなく納得し、これまで実行してきたつもりだった。

 しかし赤穂さんは、いや、僕のために涙を流してくれたあの三人も、それからお婆ちゃ
ん、都会にいる僕の両親、雫や霞、それからもしかしたら、他の人も。僕がいなくなった
ら、悲しんでくれるんだろうか。

 さすがにここで、いざいなくなったときに悲しませないように普段から距離を置こう、
などということは考えない。そこまで僕は悟り切ってはいないつもりだし、そこまで自意
識過剰というわけでもない。僕の行動指針は自己保身であり、すべてはそこから始まり、
そこに帰結するのだ。

 だから誰にも迷惑をかけない範囲であれば、クラスの人たちの善意に甘えさせてもらっ
たりもするかもしれない。それに神庭家の人たちの好意に甘えるかもしれない。しかしそ
の分、その借りを別の形で返済すればいいのではないかとも思い始めていた。

 それが、友達というものなのではないかと、僕はらしくもなくそんなことを考え始めて
いるのだ。まったく、なかなかに甘ったれた発想であるし、都会にいたころには考えられ
ないくらい丸い考えだけれど、それだけこの島の人たちに対して信頼を向けることへの抵
抗が薄まっているということでもあるのだろう。

 だからきっと、これからも様々な人たちにたくさんの迷惑をかけることになるだろう。
そしてその分、僕もたくさんの迷惑を、喜んで引き受けていきたい。そうしていろいろな
人々と絆を築き上げていきたいと、そんなことを思ったりするのだ。

 まぁコミュ障こと僕のことだ、きっと一筋縄ではいかないだろうけれど。しかしそれで
も一歩一歩、一人一人、日進月歩で進んでいければいいなと思う。

 そんなところで、いわゆる『僕たちの冒険は始まったばかりだ!』というような月並み
な締め方ではあるけれど、この辺りで幕を下ろさせていただくとしよう。

 それでは今後は、山もなく谷もなくごくごく平穏無事で一般的で面白みに欠ける常識的
な、そんな学園生活が始めることを心より祈りつつ……

 いやしかし、僕はドタバタと階段を駆け上がってくる騒がしい妹たちの足音にやれやれ
と溜息を漏らさずにはいられない。彼女たちが運んでくるのはきっと、平穏とはかけ離れ
たものだろうはずだから。

 どうやら僕に平穏な学園生活が訪れるのは、まだまだ当分先のことであるらしい。


383 : [saga]:2013/12/30(月) 01:26:13.80 ID:4IUHngPZ0

めでたしめでたし。
384 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/30(月) 07:15:02.47 ID:Qd3S9HvPo
おー
…え、おわり?
385 : [saga]:2013/12/30(月) 11:41:35.39 ID:4IUHngPZ0



 五月も中旬といったところだろうか。僕が島を訪れてからすでに二週間以上が経とうと
している。もはや潮風の香りなどは意識してもほとんど感じないほどに嗅細胞が順応して
しまっている有様で、人間関係という最大の問題を除きさえすれば、もはやほとんどこの
島に馴染んだと言って間違いはないだろう。

 古書特有の匂いが、積層される歴史と知識の重みを空想させるような広々とした空間。
世間一般的に「図書館」と呼称されるようなその場所に、僕は妙義を連れだって訪れてい
た。

 いや違うか。妙義が僕を連れだって訪れていた。

「むぅ。今日も『精霊通信』のお告げは受信していないようだね」

 そう言って極めて残念そうに嘆息したのは、セミロングの髪型をして、全体的に色素が
薄く、体の線も細いという中性的なルックスの中学生男子である妙義 明。

「あんな大惨事が、そう何度も起こってたまるか」

 僕はあの日の泥の冷たさと滝の轟音を思い出しながら、軽く身震いする。

 しかし妙義は「なにを言っているんだい」と呆れ声を出して僕に振り返る。

「あれは極めて稀なケースだよ。というより稀でないことの方がなかったのではないかと
言ってしまっていいほどに通例を逸したケースであると言えるかな。そもそも個人の通信
端末が『精霊通信』を受信したというところからして前代未聞なんだよ。私はあれも便宜
的に『精霊通信』として扱うような発言を繰り返してはいたけれど、それに関してはまだ
謎が多いので何とも言えないというのが正直なところなのさ」

「ふぅん」

 まあそもそもというのであれば、あのメール自体がすでに謎しかないような不思議なも
のなわけだけれど。っていうか結局のところ、あれは一体誰が送信しているんだ?

「しかしまあ、あんまり積極的にそういうのに関わるのは感心しないよ。妙義は頭はいい
けれど、肉体的、体力的なハンデもあることだし、対応しきれないことだってあるだろう
しさ」

「え? そういうときは友達である久住くんを頼るよ?」

 僕は勢いよく妙義から顔を逸らした。ちょ、バッ、バッキャロウ! コミュ障をそんな
気安く友達呼ばわりするなよな! 不意打ちだったから顔が赤くなっちゃうじゃないか!

「そ、それは光栄の至りだよ……」

「?」

 妙義はキョトンと首をかしげる。おい赤穂さんみたいな可愛い仕草するなよ。お前くら
い鋭ければ、どうして僕が焦ってるのかくらい察することは簡単だろ……。

「うん、まあそれくらいは簡単なんだけどさ」

「思考を読まれた!?」

「目は口ほどにものを言うって諺があるだろう」

 おい僕の目はそんなにおしゃべりなのかよ。これは宿敵を倒すときには自分で目を潰さ
なければならないな。白面の者のごとく。

「白面の者って誰だい?」

「いや固有名詞を読み取るのはいくらなんでもおかしいぞ!? お前はやっぱり超能力者
なのか!」


386 : [saga]:2013/12/30(月) 11:45:58.52 ID:4IUHngPZ0



「今日び探偵だって、超能力の一つも使えないと食べていけない世の中なのさ」

「ほほう、たとえば?」

「外出先で殺人事件を引き起こしたりとか」

「え! あれって探偵の仕業だったの!?」

「当たり前だろう、日本においてそんなに都合よく殺人事件に遭遇したりするわけがない
じゃないか」

「なんてことだ、とんだマッチポンプだよ……。じゃあやたら同じ警部とかが都合よく毎
回居合わせるのも超能力なの?」

「ああいや、あれは警部たちが出世のために探偵を尾行してるんだ。だから超能力ではな
く努力の賜物だね」

「いやなことを聞いた!!」

 静かな図書室でうっかり大声で突っ込んでしまう僕なのだった。っていうか内弁慶のコ
ミュ障であるところの僕は、気兼ねせずに話せる人とは大抵こういうテンションなのであ
る。妙義との会話は楽しいし。

「しかし例の事件と言えば、たしかキミは鏡ヶ浦くんの家に謝罪に行って、二度と鏡ヶ浦
くんとは接触しないというようなことを言いに行ったのではなかったっけ?」

「ああ、それね。うん、たしかに言いに行ったよ。っていうか実際に凪のお母さんやお婆
ちゃんに直接言ったよ。地面に額を擦り付けながらね」

「その割には、今日だって鏡ヶ浦くんは久住くんにべったりだったように見えたけれど」

「二度と接触しませんから許してくださいと土下座したら、凪が泣いちゃってさ。それで
なんやかんやあった挙句に、うちの娘をよろしくお願いしますって言われちゃったんだ」

 それに、もともと鏡ヶ浦家は僕のことを感謝こそすれ恨む筋合いはない、みたいなスタ
ンスだったらしいし。なんて器の広い人たちなんだろう。

「なるほどね、まあそうなるだろうとは思っていたけれど」

「それでその日、凪の家に泊まったときに湯船の中でいろいろ話し合ったんだけどさ。
むしろ凪と関わらないようにするのは逃げであって、本当に責任を取るつもりなら一生
面倒みるくらいの覚悟じゃないとダメだって諭されちゃったよ。あはは」

「……んん?」

「それに布団の中では、具体的に将来設計みたいな話をされちゃってさ。凪がそういう冗
談を言う子だとは知らなかったから、凪の意外な一面を見れて大きな収穫だったよ」

「…………んんん?」

 あれ、なぜだろう。妙義が首を傾げすぎてフクロウみたいになっている。そこはかとな
く人体の神秘を感じる奇跡的な首の角度である。

 妙義は恐る恐るといった表情で、慎重に言葉を選びながら口を開く。

「あの、私の聞き間違いでなければ、まるで一緒にお風呂に……」

 妙義がなにかおかしなことを言おうとした、その時である。突然僕の肩にポンと手が置
かれた。

 驚いて振り返ると、そこには文学少女、嬉野 汐里さんが立っていた。

 前髪をも巻き込んだ、大きな二つの三つ編み。シャープなフレームの眼鏡。たゆんたゆ
んな一部の脂肪。穏やかな微笑みを浮かべた嬉野さんは、にっこりしながら口を開いた。

「ここ、図書館だから……ね?」

 ゴゴゴゴゴ、という擬音でも見えてきそうな、言い知れない威圧感を感じた僕たちは、
そそくさと図書館をあとにするのだった。


387 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/30(月) 12:32:54.33 ID:Qd3S9HvPo
父親だろ、きっと
388 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/30(月) 12:45:49.78 ID:Zsqf42Pu0
そうじゃなきゃいくらなんでもおかしいだろ
389 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/30(月) 13:09:52.47 ID:rqXpt3BKo
1章が終わった感じですね。終わったと思ってびびった…楽しく見させていただいてるので続いて一安心です

ひかりは軌道の過去に使われていたが現在は使われてない線路とかを全部把握してるけど、現在もレールが走行可能な状態かは把握してない(錆びて朽ち果ててたりとか)
鉄道ファンの中学生の子は両親の蒸気機関車のドライブに付き合わされてるので、現在は使われて無い線路も含めて実際に走ったことがあり、走れる部分すべてを把握している
390 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/30(月) 13:44:53.44 ID:LmNtGOfbO

おもしろいなぁ
391 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2013/12/30(月) 14:06:40.24 ID:6bC4AHPb0
ハイパー乙!
さてさて、新章はどんなお話になるのかなぁ
392 : [saga]:2013/12/30(月) 15:49:34.27 ID:4IUHngPZ0



 海沿いの道に壁のように据えられた防波堤を、僕は両腕を広げてバランスを取りながら
歩いて行く。左側には一メートルちょっと下を妙義が歩いていて、右側では遥か下方でテ
トラポッドが波を砕いている。気分はさながららんま1/2(登下校中)だ。

「久住くん、何度も言うけど危ないよ。そこから落ちたら、さしもの委員長でも助けるの
は非常に困難を極めるだろう」

「なになに? 心配してくれてるの?」

「うん。キミが死んだら私は泣くよ」

「……うぅ」

 からかったつもりが、逆にコテンパンにされたでござる。

 僕はおとなしく防波堤から飛び降りて、妙義のすぐ後ろに着地した。

「そういえばさ、妙義って泳げるの?」

 話の流れで、ふと思いついたことを問いかけてみる。妙義は澱んだ目をしばし丸くして、
しかしすぐにいつもの無気力な表情に戻った。

「この島ではね、夏場の体育は海での水泳授業なんだよ。だから泳げない人は……まあほ
とんどいないかな」

 なんか今の言い回し、引っかかるな……おそらく都会出身のひかりが泳げないことを気
遣ったのだろうけれど。

「まあ泳力はピンキリだけどね。委員長のように海底を歩ける新人類もいれば、私のよう
に五〇メートル泳ぐのがせいぜいという者もいる。海沿いの学校では定番の、着衣水泳の
授業もあったりするけれど……そういう久住くんこそ泳げるのかい?」

「まあ普通程度には。小学生の頃にはスイミングスクールに通っていたから、ゴーグルさ
えあればそれなりには泳げるかな」

 っていうか、それよりも着衣水泳という単語のほうが気にかかる。え、赤穂さんが服を
着たまま全身濡れ透けになるんですか? なにそれ超高まるんですけど! ここがユート
ピアだったのか。

 ……海底を歩くとかいう単語は、僕の鼓膜がカットしました。

「そっかぁ、まだまだ僕の知らない島の風習があるんだね。他に、早いうちに知っておく
べき風習とかってあったりするの?」

 僕が尋ねると、妙義は虚空を見つめながら「ふむ……」と小さく唸って、

「聞くところによると、もうすぐ“アンチャン”が帰ってくるらしいよ」

「“アンチャン”……?」

 なんだか妙義の口から出るには似つかわしくない響きの言葉に、僕は思わず聞き返した。

「本名は“鬼ヶ城 獅子彦”といって、褐色の肌に、身の丈七尺二寸、筋骨隆々、サングラ
スにスキンヘッドという男だよ」

「おい身の丈七尺二寸ってなんだよ風魔小太郎かよ! なんでそんなゴリゴリの名前して
んのに一切名前負けしてないんだよ、名が体を表しすぎだろ!」

「そのゴリゴリの名前で人を威圧してしまうのが嫌だから、島民には“アンチャン”と呼
ばせているのだそうだよ。ちなみに名前で呼ぶとアイアンクローで足が宙に浮くらしい」

「そんなことしてるから恐れられるのではないでしょうか!?」

 極力関わり合いになりたくない人だった。っていうか全力で関わらないように避けよう
とここに誓った。

「話してみると気のいい人だけれどね。裏表もないし、少なくとも久住くんよりは人間が
できてると思うよ」

 妙義は相変わらずの正直さ加減だった。まあ、友達同士で言いたいことも言えずに馴れ
合うのは気持ち悪いから、むしろそっちのほうがいいけどさ。

 それに僕より人間ができてないやつなんて、生まれてこの方 数人しか出会ったことが
ないし。


393 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/30(月) 15:57:57.63 ID:Qd3S9HvPo
スウニンイルナラモンダイナイヨ
394 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2013/12/30(月) 16:09:52.11 ID:sDnk5gZG0
ほっこりとする部分が多い終わりで良かったわぁ
395 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2013/12/30(月) 16:13:57.75 ID:XVCoLwq+0
外に行ってたのか……特別ゲストでも探してたのかな?
396 : [saga]:2013/12/30(月) 16:34:00.22 ID:4IUHngPZ0



「……ん? ちょっと待ってよ妙義。どうしてアンチャンが帰ってくることを、早めに僕
が知っておくべきなの? っていうかアンチャンはどこに行ってたの?」

「たしか、自転車で日本一周の旅に出ていたんだったかな。それがもうすぐ終わって帰っ
てくると、クラスメイトでありアンチャンの弟である鬼ヶ城 桜香くんが言っていたのを耳
にしてね。それとアンチャンの帰還について知っておくべきだという理由だけど、それは
『アンチャン's レディオ』が再開されるだろうからさ」

「『アンチャン's レディオ』?」

 ……なんだか嫌な予感がする。そしてこういうときの予感というのは、得てして的中し
てしまうものなのだ。

「ざっくり言ってしまえば、島民をゲストに招いて放送するFMラジオ番組さ。そしてこの
ラジオの一番の醍醐味は、ゲストの知られざる一面を明らかにして、より島民同士の親睦
を深めようというものなのさ」

 ええっと……それはつまり。

「そんな趣旨を掲げるアンチャンが島に帰ってきたときに、都会から来たばかりで島に馴
染み切っていない少年がいたら……まず真っ先にロックオンされてしまうだろうね」

 ですよねー……。

 その瞬間、僕の脳裏に蘇るのは中学生のころの給食放送の記憶だった。僕は半ば強引に
押し付けられた図書委員長という立場で放送にゲストとして呼ばれ、そこで緊張のあまり
十分間黙るという、もはや放送事故を通り越して「あれ、今日って放送ないんだ?」と思
われるほどの大失態を演じたのだった。

 こうやって数少ない友達と話していると忘れがちになるが、僕の本質は真面目系クズの
コミュ障なのである。

「さらに言えば、島民は一人一曲ずつ、自分で作詞から作曲、歌唱までしたカセットテー
プを残す習慣なのだけれど……ラジオの合間でそれが流れることになるんだよ」

 ひぎぃ!!

「……まあ、まだ島に来たばかりということを考慮してくれるとは思うけれど。一応その
あたりのことも頭の片隅に置いておくといいよ」

「……ありがと」

 こりゃあ、双子たちの漫画原稿をチェックしてあげてる暇はないな。そっちは嬉野さん
に任せて、僕は自分のことに集中しよう。歌には自信があるけれど、作詞と作曲は如何と
もしがたい。

 たしか以前コラボした歌い手のさんがボカロPでもあったはずから、その人に相談して
みようかな……。あの動画は結構伸びたし、オリジナル曲でまたコラボしませんかって持
ち掛ければワンチャンあるかもしれない。

「作曲って、妙義も自分だけでやったの?」

「いや、僕も含めて大抵の人は花巻くんに相談しているよ。彼女の家系は音楽に造詣が深
くてね。そして彼女自身も歌やギターが達者なんだ」

 また聞いたことのない名前が出てきたぞ……。


397 : [saga]:2013/12/30(月) 16:38:26.20 ID:4IUHngPZ0



「まあそう急くこともないだろう。なにか困ったら、私が口八丁でどうにかしてあげるか
らさ」

「う、うん……そのときはよろしく」

 なんとも頼りになる中学生である。

 そうだ、どの程度の曲を期待されているのかを確かめるために、妙義が作ったという曲
を聞かせてもらえないかな。せっかくガチな曲を作ったのに、みんなの曲が学校の校歌み
たいなのだったら逆に恥ずかしいし。

「ねぇ、妙」

「ああそうだ、急用を思い出したのでそろそろ失礼させてもらうよ。いやはや申し訳ない
ね」

「え、あ、そうなんだ。じゃあ最後に一つだけ、妙義の」

「それじゃあまた明日。なるべく力になれることは協力するから、へこたれないで頑張る
んだよ」

 そう言い残すと、妙義は競歩の如きスピードで去っていった。

 うん、まあ……気持ちはわからないでもないよ。


398 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2013/12/30(月) 20:49:10.39 ID:ambFltki0
スケバンは口より先に手が出る……が、足癖の方が悪い
399 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2013/12/30(月) 21:11:17.00 ID:XsCPQRWB0
因果の操作者
これだけ魅力的な島が、外の欲望による争いを呼ばない訳は無く、実は百景島は何度も滅んでいる。だが
操作者により、その事実は事ある毎、間接的に修正されているので、島はいつまでも平穏無事で済んでいる。だから
その無数の滅亡パターンを知り得ているのも操作者だけである。間接支援(誰かを知恵やら加護付きの道具で
英雄に仕立て上げたり)しやすいように、島に自分の代役(アバターみたいな)を紛れ込ませている
400 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2013/12/30(月) 21:44:45.15 ID:snFw7N2H0
面倒臭そうな設定だから使ってもらえないと思ってたらアンチャン採用されてた!?ありがてぇ……!(感涙)
アイアンクローとかそこまでパワフル(オブラート)な人とは考えてなかったけど、そんな>>1が描いてくれるアンチャンも楽しみです!
401 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2013/12/30(月) 22:38:08.78 ID:BIzshvx10
篤実(とその他)は島と怪異側の島の世界位相をずらした英雄の物語を夢に見る
402 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2013/12/30(月) 22:47:58.92 ID:TkcdfLm+0
大分先に、外とも怪異とも関係のない異界の存在達が、島を狙って襲撃して来るが、島民と怪異が協力(怪異が島民に憑依し、その力を貸す等)しあってこれを撃退
403 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/30(月) 22:59:35.35 ID:Qd3S9HvPo
虹の滝の奥には広大な迷路のような洞窟が存在し、その奥には空中で回転し続ける謎の正十二面体がある。何のためにあるのか、何故回転しているのか、全てが不明。
404 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/30(月) 23:11:22.25 ID:Zsqf42Pu0
島の位置は小笠原諸島周辺
沖縄だと方便あるしそのような描写ないから
だから夏や秋はよく台風が来て休校になる
405 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/12/30(月) 23:20:38.12 ID:4sU5hxMe0
バーローは超能力者だったのかwww
406 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2013/12/31(火) 17:02:33.57 ID:945LZhaj0
良いお年を!
407 : [saga]:2014/01/01(水) 02:02:24.04 ID:KLOM0AtC0

あけましておめでとうございます!

なんだかパソコンの調子が悪くてデータが消えましたが、ゆっくりまったり書いていきます!
408 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [sage]:2014/01/01(水) 02:04:48.47 ID:3YlZxupDO
ええーー!?
まあとにかく
明けましておめでとうございます!
409 : [saga]:2014/01/01(水) 02:10:34.90 ID:KLOM0AtC0



 五月の中旬といえば、春から夏への移り変わりの季節だ。陽も幾分が高くなり、木漏れ
日はキラキラと美しく煌めいている。ボーっとしているとついつい眠くなってしまうよう
な、じつにのどかな陽気といえよう。

 しかし僕は現在、そんな穏やかさとはまったくもって無縁な活動に勤しんでいた。具体
的に言えば、逃げる女の子の尻を追い掛け回しているところだった。

 いや、ちょっと待ってほしい。たしかに犯罪的な絵面であるということは、非常に不本
意ながら認めるところではある。しかし、真面目系クズであるところの僕が、積極的に犯
罪行為に手を染めるというようなことがあろうか、いやない(反語)。これには海よりも
深い事情があるのだ。

 まず僕は、妙義と別れてからすぐに異様なものを見つけた。それは遥か遠くの崖の先端、
潮風に煽られながら海を眺めている白いワンピースの少女だった。と同時に、僕は思い
出す。この島を訪れた初日にも、僕は彼女を目撃していたという事実を。

 あれから彼女とは学校で出会うこともなく、誰かが彼女について話しているところを耳
にしたこともなく、もしやあれは僕の見間違いか、さもなくば幽霊かなにかだったのでは
ないかと俄かに思い始めていたところに、再び彼女は僕の前に姿を現したのだ。となれば
当然、この機会に彼女の正体を確かめるしかないだろう。

 しかしある程度崖に接近したところで、突然彼女は振り返って走り出したのだ。向かう
先は僕と反対方向に広がる雑木林。どこへ向かうのかは知らないが、ここで見失えば再び
彼女を見かけるのは数週間後になるかもしれない。僕は慌てて走り出し、追跡を始めたの
だった。

 彼女の走り方は非常に独特で、ほとんど体の軸をブラさず、まるで直立姿勢のままスラ
イドしているかのように移動するというものだった。そして無駄がないのでとにかく速い。
僕はあまり健康的な肉体ではないけれど、単距離であればそれなりには走れるつもりだ。
しかしそれでも、まったく追いつけない。あんなのに追いつくためには、マウンテンバイ
クか赤穂さんにでも乗らなければ不可能だろう。

 遥か前方で白いワンピースの少女が突如、姿を消した。よく見ればこの先には背の高い
草木がとても繁茂しているらしく、そこに彼女は突っ込んでいったのだろう。躊躇せず、
僕もその茂みの中へと思いっきり飛び込んだ。



 するとそこは、動物たちの王国だった。



「……っ!?」

 高く繁茂した草木の壁が四方を取り囲んだ、そこは広場のような場所だった。

 辺りを見渡す。右に動物、左に動物、上に動物。どこもかしこも動物だらけだ。

 もう一歩、僕が足を踏み出す。するとその瞬間、そこにいた十数種類にも及ぼうかとい
うほどバラエティに富んだ動物たちのすべてが一斉にこちらを向いて、そして一目散に逃
げ惑っていった。イノシシが逃げる、リスが逃げる、ウサギが逃げる、猫が逃げる、小鳥
だって一斉に空へと飛び立っていった。ここに集まっていたすべての動物たちが……

 ん? どうやら“すべて”ではなかったらしい。



 陽光が差し込む広場の中心に、一人の少年と一匹の小鹿が穏やかな寝息をたてていた。


410 : [saga]:2014/01/01(水) 02:16:44.13 ID:KLOM0AtC0



 さながら天使(この場合の天使というのは“赤穂さん”という意味ではなく、本来日本
人が用いる場合の天使という意味だ)でも降臨しそうな、大自然のスポットライトのよう
な光の中心ですこやかな寝息をたてているのは、同じクラスの……ああだめだ、名前は忘
れてしまった。とにかくいつも雑草を食ってるイカレたボーイだった。

 さらに一歩、僕が近づく。すると雑草少年に枕代わりにされてしまっている小鹿の耳が、
ピクリと動いた。それを合図にするように、雑草少年と小鹿は同時に目を開けた。

「んゅ……」

 電波系萌えキャラみたいな声を発しながら、少年は目をゴシゴシこする。小鹿も長い首
を持ち上げて、ぶるぶると首を振る。

 ……すごいな、僕が二歩も近づいているのに、まだあんなに暢気してるなんて。あの小
鹿はなかなか肝が据わっているらしい。って、なんだこの感想は。僕はフリーザかよ。

「あっ!」

 すると少年は、ようやくそこで僕の存在に気がついたらしい。相変わらず眠そうな目の
ままに、十五メートルほど離れている僕に向かって手を振ってくる。

「きつねさん、おはよー!」

 ……誰だそれは。

 一応周囲を見渡してみるが、キツネどころか僕以外の人間も動物も見当たらない。どう
見ても今のは、常人の国語力に従うならば僕に向けられた言葉であると断言できよう。

 しかしその前に。

「……突っ込むところはいくつかあるけれど……まず最初に、今は全然おはやくないよ」

「あれぇ? いまなんじ?」

 僕は胸ポケットからスマホを取り出して、時刻を確認する。

「四時二十六分」

 僕が時間を告げると、雑草少年は目を真ん丸にして首をかしげる。

「あれぇ? 学校は?」

「いや、終わったけど」

「えーっ!?」

 えーっじゃないが。

 そういえばこの子、今日は学校に来ていなかったような気がする。今の口ぶりからして、
まさか学校に行く前からずっとここで寝てたの? なにそれとなりのトトロのメイちゃん
じゃないんだから……

「それでキミは、どうしてこんなところで寝てるの?」

 あの女の子も見失ってしまったようだし、ぶっちゃけもう帰りたい気分だ。でもこんな
小さな子供を森の中に放置するわけにもいかず、コミュニケーションを続けようと試みる
僕なのだった。なんて紳士なんだ。

「きつねさんは、ここでなにしてるの?」

 おおっと会話が成り立たないアホが一人〜〜〜。質問文に対して質問文で解答すると、
スタンドで爆殺されるって知らないの?


411 : [saga]:2014/01/01(水) 02:22:56.24 ID:KLOM0AtC0



 しかしながら今日の僕は紳士的だ。ここは大人の余裕というやつで我慢してやろうじゃ
ないか。

「偶然通りかかったら、キミが寝ててさ。ここ、たくさん動物がいるんだね」

「うんっ! あれぇ、でもみんなどこいっちゃったんだろ?」

 きょろきょろと辺りを見渡す雑草少年。……ごめんなさい、動物たちは僕のスタンドで
みんなどっかに行っちゃいました。

「それで、ええっと、雑草くんはどうしてこんなところで寝てたの?」

「雑草くんってボクのこと!? ひどいよぉ!」

 言われてみれば、我ながらひどいあだ名だと思った。反省。まぁ僕の都会の高校での
あだ名である『クズ住』よりはマシだと思うけど。

「ごめん、名前わかんなくって」

「三朝だよぉ。三朝凛音。えっとね、ボク、ここにはよくくるんだぁ。ここって、いつも
はたくさん動物がいるから」

 たしかに、さっきまではたくさんの動物がいたのを僕も目撃している。この島の動物た
ちは気性も穏やかで、動物と人間、動物同士が和やかに共存していくことができているら
しい。そう考えるとすごいことだな……。

 三朝は傍らで座している小鹿を指さして、

「この鹿さんは、ヒャッケイジカっていってね。ここの王様なんだよ」

 紹介を受けた小鹿は、心なしか小さくお辞儀をしたように見えた。え、いやいや、そん
なまさかね……。一応、軽く会釈はしておいた。

「そっかぁ、もうそんな時間かぁ。それじゃあそろそろかえろうかな」

 三朝はぴょこっと立ち上がると、傍らの小鹿に「ばいばーい!」と手を振ってこちらへ
歩いてきた。

「じゃ、いこっか、きつねさん!」

 そう言うと彼は僕の手を握って、陽気に鼻歌なんか口ずさみながら森の広場を後にする
のだった。


412 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [sage]:2014/01/01(水) 02:23:38.14 ID:3YlZxupDO
>>409
もしかして:十傑集走り
413 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [sage]:2014/01/01(水) 10:25:15.55 ID:mZAE9Cp+o
ヒャッケイジカ出してもらえた!!
乙!!
414 : [saga]:2014/01/01(水) 11:30:19.86 ID:rp/tqcqW0



 この三朝という少年は、じつに不思議な雰囲気をまとった子だった。

 見たところ異様な点などは一つも見当たらず、至って普通の、小学校高学年くらいの……
そう、ちょうどひかりと同じか一つ上くらいだろうか。

 しかしながら、そんな彼の唯一にして最大のアブノーマルな性質として、雑草を食べる
という奇妙な習性が挙げられる。主に食べているのは、彼曰く“んっごい草”と呼ばれる
背の高い雑草であるらしい。伸びるのが異常に早く、本来は家畜の食糧とされるものらし
いのだけれど、三朝少年はなにを思ったのか、それをおやつ感覚で食べているのだ。

 理由を聞いても、

「え? だって、みんなたべてるし」

 三分くらい頭を捻ってようやくわかったのだけれど、どうやら彼が“みんな”と言うと
きというのは、学校のクラスメイトや家族のことではなく、先ほどの広場に集まっていた
動物たちのことであるらしい。

 思うに、彼は僕とは全く正反対の性質……すなわち、動物に異常に好かれ、受け入れら
れるといった性質を有しているらしい。しかもどうやら、この島の動物たちの気性が穏や
かだから広場に集まっているのではなく、三朝少年がこの広場で寝ているから、動物たち
は争うこともなく広場でおとなしくしているらしい。なんて、これは三朝くんから聞いた
話を総括して、僕が勝手に立てた仮説なのだけれど。

「僕は動物に嫌われちゃうからなぁ。さっきの広場の動物たちだって、僕が広場に入った
瞬間に逃げ惑ってたし」

「あぁ、それでみんないなかったんだぁ。うん、たしかにきつなさんはこわいもんね」

「……その、“きつねさん”っていうのは、なんなの?」

「え? きつねさんは、きつねさんだよ?」

 だめだ、会話にならない。どうやらこの子、ステータスを野生ポイントに極振りしてし
まっているようで、若干おつむが残念らしい。

「でも、動物さんたちとあそびたいんなら、空ちゃんにおはらいしてもらったらいいんじ
ゃないかなぁ?」

「お祓い?」

「うん! 空ちゃんって、あの赤と白の女の子だよ? 空ちゃんはね、神社の子だから、
おはらいもできるんだよ!」

「……へぇ」

 あれ? お父さんが帰ってこないとお祓いできないんじゃなかったっけ……?

「ねぇねぇ、いまからいってみようよ! ボクひさしぶりに空ちゃんのおはらいがみたい
なぁ!」

 そう言って三朝くんは、無邪気な表情で僕の手をぐいぐい引っ張ってくる。むしろ三朝
くん自身が小動物みたいで、すごい癒されます。

 まあ、時間もあるしいいか。もうそろそろ島を訪れてからひと月くらいになるわけだし、
僕にはひかりと妙義がいるけれど、もうちょっと他の男の子と話してみてもいいかもし
れない。なんでかこの子といると、すごく心が安らぐというか、気分がよくなるというか、
なんだかそんな不思議な感覚になるし。これもこの子の穏やかな人格がなせる技なのだ
ろうか。

 それに五月になったら千光寺神社の神主だとかいう、千光寺 空の父親が帰ってくると
か言っていたような気がする。あれからも千光寺にはあからさまに避けられ続けているの
で、どうにも神社に行くタイミングを逃していたのだけれど……そういう意味でもちょう
どよかったかもしれない。

「よし、じゃあちょっと神社に行ってみよっか?」

「うんっ!」

 こうして僕たちは気軽な気持ちで神社の訪問を決めたのだけれど……

 結論から端的に言ってしまえば、僕はこの神社訪問を決定的に後悔することとなる。


415 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [sage]:2014/01/01(水) 20:43:03.89 ID:5yJXyE2b0
よっしゃ追いついた

知る人ぞ知る釣りのポイントがある。
よく釣れるが欲張りすぎると謎の影(一説には人魚と言われている)によって追い払われ、その日以降一切釣れなくなる。
416 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [sage]:2014/01/01(水) 23:46:04.09 ID:wQBvbnGZ0
犬怪異
最低級警戒怪異の上司で低級怪異。犬怪異にも中級怪異の上司が居る。更に上も居る
417 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [sage]:2014/01/02(木) 00:55:00.59 ID:GZ+AKsH+0
スゴ医さん
島で唯一の医師
一人で外科、内科、眼科、歯科、小児科、etc…全ての知識と免許をもっており、どんな怪我や病気も大抵2〜3日で治してしまう。
本名不明かつ凄腕のため島の住民からは「スゴ医さん」もしくは「スゴ医先生」と呼ばれている。
ちなみに彼の診療所は崖の上にある。
418 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [sage]:2014/01/02(木) 12:18:18.81 ID:SoVdcha80
ヤマネコ怪異
中級怪異。ネコマタの姉貴分
ワイルドでグラマラスな寅縞お姉さん。でも背は女子高校生くらい
419 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [sage]:2014/01/02(木) 12:56:22.02 ID:jusWPAkgO
島嶼化して大型化したオコジョの仲間、ヒャッケイイタチがいる
島内最大最強の肉食動物とされているが、人間の入植時に敵対しなかったため現在でも人懐っこい
420 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [sage]:2014/01/02(木) 13:59:09.85 ID:jusWPAkgO
生物学に詳しい人が来たとき用のマリダマの薀蓄

クワ科マリダマ属に分類される。島の固有種で一属一種。世界最大の果実パラミツなどの分類されるパンノキ属と近縁という説がある
幹は細いが根元の支柱根で木を支える。枝葉は樹の上の方にしかないが、幹に直接花が咲き実がなるため人間の手の届く高さにもそこそこの数の実が成る
幹が細いため成長は早いがあまり高くは育たず、高さは最大10mほど。森の中層を構成する種類の1つであり、林縁にも見られる
実の中身に種が入っているため、中身を吸い出されると種も一緒に食べられ、動物の糞と一緒に出てくることで分布を広げる摂食散布型の植物
食べられず自然乾燥した場合も弾力は弱くなるものの保たれ、この場合は風で跳ねながら転がり皮がところどころ自然に破れたところから種があふれることで種子散布をする
乾燥したマリダマの実でも球技はできるが、種がこぼれまくってそこらじゅうにマリダマの芽が生えることになるため島民は自重している
マリダマの皮で作る和紙は加工法の関係上乾燥しても破けたりはしない
421 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [sage]:2014/01/02(木) 17:07:34.75 ID:H6bjdCoU0
スケバンはマリダマやヨーヨー、竹刀など。なにかしらの得物を携帯している
422 : [saga]:2014/01/02(木) 21:08:51.81 ID:l6nJhLls0



 千光寺神社へと続く、無限にも思えるような石段にもいよいよ終わりが見えていた。頬
をつたう汗を手の甲で拭い、もはやほとんど上がらなくなってきた足を必死に動かして、
一段一段必死に歩を進める。

 ときおり吹きつける潮風に背中を押されながらも、左右に生い茂る竹林のさざめきに耳
を傾ける。新緑のトンネルの彼方に鳥居の朱色が見えるのは、じつに神秘的な光景だ。た
だしその景色を楽しむだけの身体的・精神的な余裕があればの話であるが。

「きつねさん、だいじょうぶ?」

 息も絶え絶えといった具合の僕とは対照的に、三朝くんはケロッとしたものだっだ。見
たところ疲労の色は窺えないし、足取りもじつに軽い。なんなら陽気に鼻歌まで歌っちゃ
う勢いだ。さすがは野生ポイント極振りといったところか。

「だ、大丈夫……」

 空元気さえ出せない僕は、露骨な強がりを呟きつつ足を交互に動かす。くそう、こんな
ことなら赤穂さんに軌道の運転を習っておくんだった。そうすればこんな地獄の苦行を強
いられることもないし。そうだ、なんならついでに赤穂さんと放課後デートに興じること
もできるじゃないか。よし、覚えてたら明日誘ってみよっと。

 汗の滲んだ僕の手に、不意にひんやりとした感触が触れた。なに事かとそちらを見ると、
三朝くんの小さな手が僕の手を握っており、どうやら引っ張ってくれようとしているらし
い。申し訳ない気分になりつつも、ここはおとなしく好意に甘えておくことにした。三朝
くん意外とパワー強くて助かったし。

 遥か遠くに見えていた鳥居がようやく間近に迫る。これで地獄も終わりか、と胸をなで
おろして、最後の一段に足をかけた。

 するとそこには。



 鳥居をくぐってすぐ目の前に、見知らぬ長髪の男性が待ち受けていた。



「やあ、お疲れさま。お茶でも出すから、さあ、上がっていっておくれよ」

 独特な雰囲気をまとった彼の、それが第一声だった。


423 : [saga]:2014/01/02(木) 21:18:49.16 ID:l6nJhLls0



 以前、僕がここを訪れたときと同じ和室で、同じ湯呑が目の前に差し出された。現在僕
は正座をして、極力息を殺している。それは初対面である壮年の男性と向かい合って同じ
部屋に放り込まれているからという理由もあったし、そんな僕らの対峙を左右から見つめ
る四人分の瞳に萎縮しているためでもあった。

 件の男性は糸のような細い目を柔和に歪めながら、優雅な所作で緑茶を口に運んでいた。
どうやら彼は千光寺神社の神主であるらしく、すなわり千光寺 空の父親ということにな
る。年齢は見たところ三十台後半といったところだろうか。服装もまさしく神主か、さも
なくば陰陽師かといったあからさまなもので、仕事中というわけでもあるまいに、あの黒
くて長い変な帽子みたいなものまで被っている。

 まず長方形の机の短辺にはそれぞれ、僕と千光寺さんが向かい合って座っている。

 そして僕から見て右側の長辺には、僕とともに神社を訪れた野生少年の三朝くんが机を
囲っているのだけれど……湯呑を差し出された瞬間に中身をすべて飲み干して、畳にゴロ
ンと寝そべったと思ったらそのまま眠ってしまった。おいおい、ついさっきまでもずっと
寝てたんじゃなかったっけ、この子?

 その隣には、紅白の巫女服を身にまとった少女、千光寺 空が背筋を伸ばして正座して
いる。黒くしっとりとした髪を今日はポニーテールにしていて、年齢にそぐわない凛々し
さを纏っていた。相変わらず僕のほうには目もくれず、ひたすらに机の上へ視線を注いて
いる。

 反対側の長辺には、あの忌まわしき“精霊通信事件”の直前に、あの男……ええっと、
川……笹川だ。笹川が簡単に紹介してくれた写生メンバーの二人だった。すなわちゴスロ
リ少女と、今どきファッションの黒い少女だった。……当然だけど、名前は忘れた。

 ゴスロリ少女はレースだらけのスカートをふわっと広げて、いわゆる女の子座りをして
いた。ヘッドドレスに押さえつけられた栗色のロングヘアーは毛先でゆるくカールしてい
て、黒い衣服によって真っ白な肌が眩しく映えている。そんな彼女は湯呑を両手で包み込
んで口をつけながらも、目だけはせわしなくキョロキョロと動かして周囲の人々の様子を
窺っている。主にその観察の対象となっているらしいのは陰陽師のような容姿の千光寺さ
んと、そしてそんな彼に招かれて突然家に上がり込んできた僕であるらしい。

 その隣では、ゴスロリや巫女服と比べると至ってふつうな服装の少女が正座していた。
今日は黒のジャケットに黒のスカートという、さながら喪服のような服装だ。彼女もまた、
ゴスロリ少女と同様辺りに目を配っているようだ。まあたしかに僕のような面識の薄い
男子が急に上がり込んで来たら、どうしていいかわからないだろうけれど。

 二人の黒い少女は千光寺 空と比べるといくらか年上のようで、おそらく中学二年か三
年くらいだろうか。

 千光寺さんがお茶を啜る音と、三朝くんのすこやかな寝息だけが和室に溶けていく。縁
側から射し込んだ光が、千光寺父娘と三朝くんを照らしていて……なんというか、文字通
り“明暗”を分かたれたようだな、などとくだらないことを考えたりした。

 “明”の側である千光寺さんが湯呑を置いてほっと息をつき、そして“暗”の側である
僕へと穏やかに語りかける。

「いやはや、本土での仕事に手こずってしまって、島に戻るのがこんなに遅れてしまった
のは申し訳ない。キミの惨状は空から聞いてはいたのだけれど、こちらもこちらでイロイ
ロとドタバタしていてね。まあこのたび、可愛い一人娘の熱烈なラブコールに応えて大急
ぎで仕事を片付けて、つい今朝方に島へ着いたところさ」

 おい惨状ってどういうことだ。そんな悲惨な状況だっていうのは初耳なのですけど。

 というかこの人、今日帰ってきたのか。そんな前情報もなくたまたまここを訪れて出会
えるだなんて、すごい偶然だ。これは運命の出会いだな。全然まったく嬉しくないけど。


424 : [saga]:2014/01/02(木) 21:23:19.77 ID:l6nJhLls0



「じつはこの二人は」

 そう言いながら、千光寺さんは右手で黒少女の二人を示す。

「私の本土での仕事ぶりを聞きに来たそうなのだけれど……うん、実際に見てもらったほ
うが早いだろうし、今ここで、私の仕事を見学しておいてもらおうか」

 あっさりとそう言い放つと、千光寺さんはおもむろに立ち上がった。そしてなにか言い
たげな千光寺 空と、眠りこけている三朝くんの後ろを通って、僕の目の前で立ち止まった。

「先に言っておくけれど、このレベルのはそう簡単には祓えないんだよ。だからこれがど
ういう存在なのかをきちんと吟味して、それから最も有効な対抗策を講じるのが私の役目
なんだ。そういうことで、これから行うのは、まあ、下ごしらえといったところになるの
かなぁ」

 まったくもって展開についていけない僕の頭に、千光寺さんがゆっくりと右手を乗せる。
そして糸のように細い目をうっすらと開いて、僕の目をじっと見つめた。普段なら人と
目を合わせることの苦手なコミュ障こと僕はすぐに目をそらすのだけれど、なぜか千光寺
さんからは目をそらすことができなかった。

 逆光でほとんど黒く塗りつぶされた彼の表情は変わらず柔和だというのに、その全身が
放つ存在感というのは爆発的に増大したかのようで……まるで虎に睨まれているかのよう
だった。

「そう固くならなくていいよ。リラックスするんだ」

 視界の左端から、三人の視線が集中しているのを感じる。さらに目の前の男から威圧さ
れているというこんな状態でリラックスできるハートを持っていたら、僕は今ごろ都会の
学校で楽しくやっているはずだ。

「それじゃあ、今から私が言うお経を復唱するんだ。いいね?」

「……は、はい」

 僕は緊張しつつも、なんとか乾いた唇で返事をする。

「よし、それではいくよ」

 千光寺さんは僕の頭に手を乗っけたまま、穏やかに儀式を始めた。

「迫るショッカー、地獄の軍団、我等を狙う、黒い影。」

 ってそれお経じゃなくて初代仮面ライダーのオープニングテーマじゃねーかっ!!

 ……と思いつつも、そのツッコミは腹の底にグッと押しとどめる。仮にも本職らしいし、
なにかしらの意図があるのかもしれないと信じて、僕はそのお経(?)とやらを復唱する
ことにした。いやぁ、僕って大人だなぁ!

 ええっと、最初は“迫るショッカー、地獄の軍団”……だよな。よし。

 僕は千光寺さんが唱えたお経を、そのまんま復唱するべく声を発した。



「消えるのはお前だ」



 僕は右手で千光寺さんの顔面を鷲掴みにして、そのまま彼を縁側に向かってブン投げた。


425 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [sage]:2014/01/02(木) 21:30:18.57 ID:2T7xwPuM0
えええぇぇーーー!!?
426 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [saga sage]:2014/01/02(木) 21:33:45.56 ID:jUVMfepz0
ってかお経wwwww
いや、怒りを誘う為にわざとやったのかも知れんけどwww
427 : [saga]:2014/01/02(木) 21:50:55.35 ID:l6nJhLls0



 千光寺さんが宙を舞い、そして襖と障子を薙ぎ払いながら吹っ飛んでいくのを、僕は妙
な冷静さで眺めていた。“ああ、いま僕の腕が千光寺さんの頭を机に叩きつけて潰そうと
したから、彼は自分から後ろに跳んで投げられることで、それを回避したんだな”……と、
まるで他人事のように結論付けた。

 そして彼が和室から縁側を飛び越えて、ノーバウンドで庭の池に“どぼん”と落下した
のを見守った瞬間、僕の右肩がワンテンポ遅れてビキリと嫌な音をたてた。

「痛ってええええええええええええェェェっ!!?」

 あまりの激痛に堪え切れず、僕はうずくまって絶叫した。それと同時に、その場に居合
わせた女子からも悲鳴が炸裂する。それはそうだ、よく知らない男子高校生が突然、家の
主である成人男性を五メートル近くブン投げたのだから。千光寺 空は慌てて庭へと駆け
出し、残りの女子二人は呆気にとられて動けずにいる。……三朝くんは飛び起きたものの、
状況がわからずにキョロキョロしていた、

 そのとき、背後の襖が突然開いて、見覚えのあるお爺さんが現れた。

「ほっほ。これはまた、こっぴどくやられたの」

 なんでこのジジイ、息子がブン投げられて笑ってるんだ!?

 僕はしかし、右肩から右手首にかけての壮絶な激痛を必死に堪えながらも、どうにかお
爺さんに状況を説明しようと口を開いた。

「あ、あのっ! なんか、お経を唱えようと、したら、口が勝手に、そ、それでっ!」

「わかっとるわかっとる、落ち着きんさい。それでいいんじゃよ」

 相変わらずケロッとしているお爺さんに、いよいよ僕が混乱していると、背後からお風
呂でよく聞くような“ざぱあっ”という音が聞こえた。振り返ると、全身ずぶ濡れの千光
寺さんが笑いながら池から這い上がってきたところだった。

「あはは……いやあ、これは想像以上だよ。様子見で死ぬかもしれないと思ったのは、こ
れが初めてだ」

 娘の手を借りてなんとか立ち上がった千光寺さんは、頭や肩に葉っぱをくっつけながら
も朗らかな表情を崩さない。

「キミも……久住くん、だっけ? 久住くんも痛い思いをさせて悪かったね。ちょっと私
はシャワーを浴びて服を着替えてくるから、このことについては空に説明してもらってく
れるかな。いいよね、空?」

「……う、うん」

 渋々といった様子で頷いた千光寺 空を満足げに眺めた千光寺さんは「あいたたた……」
と呟きながらどこかへ消えていった。

 残された空がこちらへ歩いてきて、ついさっきまで千光寺さんが座っていた場所に腰を
下ろした。すなわち、僕と正面から向かい合う形となる場所に座ったということだ。

 僕は右肩を抑えながらも居佇まいを正し、そして彼女の視線をまっすぐに受け止めた。

 なにもかもがハイスピードすぎてついていけない中で、しかしながら僕に確かに起こっ
ているらしい異変を、僕はこの日、受け止めることとなる。


428 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [sage]:2014/01/02(木) 22:11:06.28 ID:9HtDjQTW0
おー、更新来てた
支援
429 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [sage]:2014/01/02(木) 22:38:24.11 ID:sKiNwKTuo
何が憑いてるんだよwww
430 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [sage]:2014/01/03(金) 01:06:21.59 ID:WUZ9ZWzR0
消えるのはお前だwwwww
かっけえwwww
431 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [sage]:2014/01/03(金) 14:22:50.30 ID:j+hv//cq0
なにが憑いてるにしてもあんまり悪いやつじゃないような気がしてきたwww
432 : [saga]:2014/01/03(金) 19:16:52.45 ID:b9F5EiF70



「妖怪、魍魎、怪異、魔物……いろいろ呼び方はあるけど、その正体は結局一つなんだよ」

 まず千光寺 空が語りだしたのは、僕に関することではなく妖怪一般についてのことだ
った。最初はそのあたりの外堀を埋めていこうという考えなのかもしれないけれど、しか
しながら僕は正直なところ幽霊だとか怪異だとか、そういったものの存在を信じていない
というのが本音だったりする。

 だってあの日、クラスの愚昧どもが十円玉と紙とペンで“赤目さま”を呼び出したとき。
結局そいつらに呪いを与えたのは僕だった。“赤目さま”が実在するのであれば、僕が
手を下すまでもなくあいつらは葬られたはずなのだ。けれど実際のところ、そこにはなん
ら超自然的な力の作用する余地はなく、仕方なく僕が手を汚す羽目になってしまった。

 だから僕は、そういったものの存在を信じていなかった。大抵は錯覚や催眠によるもの
であり、そんな高次の存在など絵空事であると考えていた。

 ……少なくとも、ついさっき僕の口と右腕が僕のコントロールを脱するまでは。

 もしかして彼女は、あるいはさきほどの千光寺さんは、今のような異常事態に、いわゆ
る“本物”というやつに触れたことがあるのかもしれない。だから千光寺 空の言葉に、
僕は真剣に耳を傾けていたのだ。

 彼女は続ける。

「その正体は、やっぱり地球を侵略しに来た宇宙人の組織なんだよっ!」

 ゴトンッ、と僕は額を机にぶつけた。あまりの肩透かしにベタベタなリアクションをし
てしまったようだ。お恥ずかしい。

 ……よーし、帰るか。時間の無駄だ。

「あ、その反応は信じてないでしょ! 浮遊霊とか下っ端妖怪とか、そういうのってみん
なショッカーみたいに真っ黒なんだよ?」

 そう言って庭先の森へと視線を向けた千光寺 空。え、あっちになにかいるの? 仮に
なにか見えてるんだとしても、そういうのほんとにやめよ? ね?

「そしてね、ショッカー以上の幹部クラスになるとちゃんと色まで見えるんだよ。お兄さ
んに憑いてるのは、すっごく色が強いよ……これは幹部クラス以上かも。具体的には最終
話のちょっと前で出てくるくらいの」

「え、やっぱ僕になんか憑いてるの!? なんか見えてるの!?」

「うん、最初に教室で見かけたときから見えてるよ。しかもずっとお兄さんの首と背中に
しがみついてるから、お兄さんの顔があんまりよく見えないんだよね。よくそんな状態で
生きてられるなぁって思ったらエグすぎて、今まであんまり顔を直視できなかったんだけ
どさ」

 ひぃぃッ!?

さらに千光寺 空は「それで、ここからが本題なんだけど」とさらに視線を鋭くさせた。
自然、僕も気を引き締める。黒少女二人も、なぜか真剣な面持ちで耳を傾けているようだ
った。

「さっきの儀式はね、どんなものが憑いてるのかを確認するためだったの。見ればだいた
いソレがどんなものかっていうのはわかるけど、実際に引きずり出してみて、もっと詳し
いことを確認したかったの。そうすれば、解決法とか弱点がわかったりするから」

「……なるほど。それで、さっきのでなにがわかったの?」

 まったく動かせない右腕をさすりながら、そして僕の背中におぶさってるらしい“なに
か”を幻視しながら、僕は思い切って口を挟んでみた。

 すると千光寺 空は首を横に振って、

「なんにもわからなかったよ」

「え?」

「さっきお父さんを攻撃したのは、憑いてるものじゃなくてお兄さん自身なんだもん」

 意味の分からないことを言い始めた彼女に、僕は激しく当惑した。


433 : [saga]:2014/01/03(金) 19:22:43.00 ID:b9F5EiF70



「お兄さんはそういう感覚が鈍いみたいだから、自分でも気づかなかっただろうけど……
たとえば心霊番組とかで、除霊されてる人が泣き出したり叫びだしたりするのを見たこと
ない?」

「……まあ、たしかに」

「そういうのに似てて、憑かれてる人と憑いてるものがすごく仲良しだと、感情がシンク
ロしちゃうんだよ。だからお父さんがソレを祓おうとしたときに、怒ったソレに引きずら
れたお兄さんも怒っちゃって、しかも代わりに攻撃しちゃったわけ」

「な、仲良しって……い、いや、僕はちゃんと、お経を唱えようとしたし……それに、僕
にあんな腕力あるはずないし……!」

「普段から自分の舌を本気で噛める人はいないでしょ? 痛みとか怪我を無視できたら、
普通の人でもあれくらいはできるんだよ」

 いわゆる火事場の馬鹿力ってやつなのだろうか。っていうか、じゃあ「消えるのはお前
だ」って言ったのも、千光寺さんの頭を軽く叩き潰そうとしてたのも、僕自身だったの?
なにそれ怖すぎる。

 僕は激しく痛む右肩を押さえつつ訊ねた。

「なにもわからなかったって、じゃあ、お手上げってこと?」

「ううん、そうじゃないよ。なにもわからなかったってことがわかっただけでも、いろい
ろわかることがあるんだよ」

 それはなにもわからなかったとは言わないんじゃなかろうか……。

「それにじつは、本気で祓おうとすれば簡単に祓えるんだよ」

「えっ?」

「この神社に代々伝わる秘伝の儀式なんだけど……ただし今回みたいなケースでそれをや
っちゃうと、成功してもお兄さんが重傷を負うことになっちゃうからできないんだけど」

 いったいどんな危険な儀式なんですかっ!? 黒魔術ですか!?

「お兄さんとソレの仲が良すぎるから、回りくどくてめんどくさいほうの儀式で祓わなき
ゃいけないの。まあ逆に言えば、お兄さんがソレと仲良しだから、回りくどいことをでき
る時間と余裕があるってことだけど」

「……あのさ、さっきから言ってる、“仲が良い”って、どういう意味なの?」

「そのまんまの意味だよ。相性が良すぎるとも言えるのかな? 一心同体っていうか、一
蓮托生っていうか。むしろどうやったらそんなに複雑に絡み合えるのってくらいこんがら
がっちゃってるもん」

 僕は前世でいったいなにをやらかしてしまったのでしょうか……!?


434 : [saga]:2014/01/03(金) 19:35:14.17 ID:b9F5EiF70



「でも、ただ祟られただけじゃ、こんなことにはならないんじゃないかな。きっとお兄さ
んにも、なにか原因があると思うんだけど」

「えっ!? ……い、いや、そういうことをした覚えは、まったくないんだけど……」

 僕はなんとなく、“赤目さま”については黙っておくことにした。

「そうなの? うーん……」

 千光寺 空は首をかしげつつ可愛らしく唸る。

「まあ、そういうのはお父さんに任せとこっと。どのみち私が勝てるのは、まだせいぜい
ショッカーくらいだし」

 ショッカーには勝てるんだ……そんな人類、赤穂さんくらいしか思い当たらないんだけ
どな。なんなら赤穂さんが微笑んだだけで悪は浄化されるという説もあるくらいだ。

「とにかく、お兄さんがソレを守っちゃう以上は手が出せないんだよ。だからこれからい
ろいろと調べて、ソレの弱点を探っていくことになると思う。今日すぐに全部解決ってい
うのは、ちょっと無理かな」

 憑いてるものを僕が守ってるというのは語弊がありすぎると思うのだけれど、まあ祓う
側としては同じようなものなのだろう。

 それにしても、また宿題が増えてしまった……。ただでさえアンチャンや自作ソングの
ことで頭が痛いというのに、三朝くんに乗せられてとんだ面倒事に自分から首を突っ込ん
でしまったようだ。

 その後、お風呂でさっぱりした千光寺さんが和室に現れて、似たような説明をもう一度
簡単に受けた。そして千光寺さんはさきほどの一件で気になることがあったらしく、もう
一度本土に渡ってそれを確認してくるという旨を伝えられた。さすがは本職ライダー、頼
りになるぜ。

 とにかく今日はこれ以上のことはできないということで、しかもあんまり僕がここに長
居すると憑いてるものが怒りだすそうなので、僕はさっさとここからお暇する運びとなっ
た。一緒に神社を訪れた三朝くんと、そしてなぜか黒少女の二人もいっしょに帰ることに
なり、僕たち四人は玄関から表に出たのだった。

 僕が外の石畳を踏んだ瞬間、神社の境内にいたたくさんの鳩が一斉に飛び立った。さら
に竹林の向こうでも、たくさんの鳥が空に飛び立つのが見える。

 そして最後に、千光寺さんは奇妙なことを言い残したのだ。

「なぁ久住くん。寄生虫が宿主を殺すときというのは、どういったときだと思う?」

「え……? さ、さあ……わかりません」

 糸のように細い目をうっすらと開いた千光寺さんは、あのときのような威圧感を発しな
がら、こう言った。



「宿主よりも快適な居場所を見つけたときだよ」


435 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [sage]:2014/01/03(金) 20:58:43.88 ID:PqSZ+KzV0
それが強引な方法の方か…
436 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [sage]:2014/01/03(金) 23:00:25.79 ID:gt9Lu15a0
怪異の女王
妖艶でミステリアスな美女。怪異側の島の怪異の頂点。夫である怪異王を亡くしている
怪異側の島でなら、端と端に位置しても、居るだけで一般人を昏倒させるくらいは朝飯前の力を持つが、それでは会話も出来ないので普段は完全に隠している
437 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [sage]:2014/01/03(金) 23:55:57.64 ID:Gyf5dwgm0
届け地蔵

お供え物をして、お地蔵さまに失くした物を届けてくれるよう頼んだら、その日から数えて3日間の内に、失くした物が玄関にいつの間にか置かれている。
誰か、または自分のお供え物がある場合は、頼むことができない。百景七不思議の一つ。
438 : [saga]:2014/01/04(土) 11:47:19.76 ID:jfl8Txjm0



 僕と三朝くん、そして黒少女の二人は、千光寺神社から続く石段を下っていた。相も変
わらず気が遠くなるくらい長い階段で、ただでさえ右肩から下がほとんど動かないという
のに、両脚にまで大ダメージを負うこととなった。

 空はすっかり陽が沈んで暗くなっており、日中に比べると幾分か涼しくなった潮風が下
方から吹き抜けていく。

「おはらいしてもらえなくてざんねんだったね、きつねさん」

 三朝くんがあまり残念そうには見えない気軽さで言った。

「……うん、まあ、そうだね」

 僕はお茶を濁すように曖昧な言葉を返しつつ、内心で思考の海に没頭する。

 さっきまでのことは本当に現実だったのだろうかと、日常の空間に帰ってきた僕は俄か
に思い始めていた。なんというか、あれは悪い夢だったのではないかと思えてしまうのだ。

 いや、それは言い過ぎにしても、さすがにそんな急に悪霊だとか怪異だとか、そんなも
のの存在を認めて受け入れるというのは、どうにもできそうになかった。やはり僕にとっ
てそういったものは、謀略や詐欺に利用したり、あるいはホラービジネスに利用したりす
るものだという固定観念が強すぎるのかもしれない。

 さっき僕が千光寺さんを投げた件だが、あれは一種の催眠状態にあったという解釈はど
うだろう? 異様な状況のなかでそれらしいことを吹き込まれたせいで、僕が無意識にそ
の気にさせられて操られていたのだということを否定する材料はないのではなかろうか?

 思えば、僕が体験した超常現象というのは、湯呑が割れたり、右腕がほんの一瞬だけ勝
手に動いたりといった非常に地味なもので、なにか具体的に幽霊を目撃しただとか、そう
いったことはなに一つないわけである。どれも偶然や、一種の発作的な錯乱状態で片付け
られないことはないのではなかろうか。

 あの神社のお爺さんが僕をからかっていたように、千光寺家が家族ぐるみで僕をからか
っているとか、あるいはあとで金銭を要求しようとしているといったことがないと、どう
して言い切れるだろうか?

 なんにしても、この件に関して僕が積極的になにかできるようなことがあるわけでもあ
るまいし、今までだってなにか心霊的な被害を受けたというようなこともないわけだし、
こんなことはさっさと忘れて、僕は直近に迫っているアンチャンの危機を凌ぐことに全精
力を注ぐのが最も冴えた選択であるように思える。

 よし、忘れよう! 今日、僕はこの神社には来なかった! それで行こう!

 今回の一件を割り切ると、だいぶ心がすっきりするのを感じた。わからないことや解決
できないことをいつまでも考えていたってしょうがない。人は常に前へ向かって歩き続け
なければいけないのだ。

 僕たち四人はほとんど終始無言のまま、地獄の階段を下り終えた。竹林を抜けて住宅地
へとたどり着くと、そこで僕以外の三人は突き当たった丁字路を左に曲がるようだった。

「あ、じゃあ、僕、こっちだから。それじゃあ」

 小さな声で、僕は左手を軽く上げて別れを告げる。三朝くんの「ばいばーい!」という
無邪気な返事を背中に聞きながらその場を離れると、ふと、小さな足音が後ろからついて
くるのが聞こえた。

 もしやオヤシロサマですか!? と焦りながら、恐る恐る背後を振り返る。するとそこ
には角の生えた巫女服少女ではなく、黒い日傘を小脇に抱えたゴスロリ少女が立っていた。


439 : [saga]:2014/01/04(土) 11:51:36.86 ID:jfl8Txjm0



 たった今別れたばかりなのに……と向こうのほうを見ると、三朝くんと喪服ちゃんが並
んでいっしょに帰っているのが見えた。

 とにかく、この子がどういうつもりなのかわからないのは怖いので、渋々ながらも彼女
と会話することにした。こういう見るからに地雷っぽい子との接触は避けたいんだけどな
ぁ……

「……あの、道、こっちなの?」

 僕が端的な質問を投げかけると、ゴスロリの彼女は不敵に微笑んだ。

「ふふふ、違うわ。我が居城はあちらの方角よ。私は貴方に用があって、こうして対峙し
ているの」

 切り揃えられた栗色の前髪の奥で、大きな目が愉快そうに歪む。

「……僕に、用って……?」

 僕は湧き上がってくる諸々の感情を抑え込みながらも、彼女の発言に相槌を打つ。

 ゴスロリ少女は口元に手を当てて「くすくす」と笑うと、

「貴方も私と同族だったのね。ふふふ、今まで上手に隠していたじゃない」

「……同族?」

「いいえ、同族というのは語弊があるかもしれないわね。なんせ貴方は元が人間で、そし
て私は根っこから葉先まですべて、高次の存在なのだから」

 僕がどういった反応を示したものかと悩んでいると、彼女はふと気が付いたように目を
丸くした。

「そういえば、自己紹介がまだだったかしら……これは失礼したわね。私は鳥羽聖。聖な
る鳥の羽と書いて、鳥羽聖よ。よろしく」

 レースだらけの黒いスカートの端をつまんで、お上品に礼をする鳥羽。

「は、はぁ……僕は久住篤実、です」

「もっともこれは今世の依代につけられた仮初めの字名であって、真の私を指す言霊では
ないのだけれど、ね」

「……」

「あら、まだ完成体にもなっていない貴方には理解し難い内容だったかしら。くすくす、
貴方がもう少し自分の能力を支配できるようになったなら、その時は私の真名を教えてあ
げてもいいわよ。私たちはこの世界にそう多くはない希少な上位種なのだから、お互い仲
良くしましょう?」

「……」

「私は遥か昔、不遜な射手により身を貫かれ命を落とした太陽の化身。天の現人神にして、
形而上の絶対真理空間であるイデアから至高の聖鳥の影をその身に宿した存在なのよ」



 僕は傍にあったブロック塀に、全力で頭を叩き付けた。


440 : [saga]:2014/01/04(土) 11:56:55.42 ID:jfl8Txjm0



 あーいたたたたっ! この子電波ちゃんだったのかーっ!!

 なんだこの身を裂かれるような胸の痛みは!? 寝る前とかに黒歴史がフラッシュバッ
クするアレの数十倍の痛みだ! なんかもう即座に死にたい! 存在を抹消したい! 枕
に顔をうずめてジタバタしたい!!

 額から鮮血が迸る。額の出血は酷いって聞くけれど、あれって本当だったんだな。

 僕はゴスロリ電波少女の鳥羽を振り返る。鳥羽は僕の血まみれの顔を見て「ひっ」と声
を漏らしたが、めちゃくちゃ目を泳がせながらも、肩に下げていたポーチから、震える手
で絆創膏を取り出した。

「あ、あああの、血、血が……!? よ、よかったらこれ、使ってくださひっ……!」

 早くもキャラが崩壊しているが、僕はその絆創膏を受け取るようなことはしない。こん
な傷は、僕の胸の痛みに比べればまったくもって屁でもないのだから。

 それよりも、僕の今後の学園生活を平穏で円満なものとするために、ここで断固とした
態度を示さなければならないっ!!

 僕は鳥羽の顔をビシッと指さして、ハッキリと宣言した。

「僕はキミが嫌いだ! 二度と話すことも関わることもないだろう! さようならっ!!」

 言うだけ言うと、僕は鳥羽の返事も待たずに踵を返し、足早にその場を後にした。彼女
の困惑した声を背中に聞きながらも、しかし僕はそのまま振り返らず、心を鬼にして逃げ
るように自宅へと足を進める。

 あとから考えれば、この閉鎖された場所で無垢に育った中二病少女には、いささか手酷
すぎる仕打ちだったかもしれない。けれどもこれで彼女の目が覚めれば御の字だし、もし
これでもあのキャラクターを続けるのであれば、本当に僕には二度と近づかないで頂きた
い。ほんとに。いやマジで。

 ……あの精神攻撃は、リアルに暴行罪が適用されるレベルだと思います。

 
441 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [sage]:2014/01/04(土) 13:19:35.00 ID:ht8drL6j0
血がでるほど強く打ったのかwww
442 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [sage]:2014/01/04(土) 16:08:55.05 ID:UvInovTuo
バッキャァァ!!とな。
443 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [sage]:2014/01/04(土) 20:23:19.72 ID:1YaKJQHe0
追いついた乙
はやく水着イベント来て欲しいですねぇ…
444 : [saga]:2014/01/05(日) 10:33:38.12 ID:3bZeQthj0



 神庭家の居間はとても広い。サマーウォーズでしか見たことのないような吹き抜けの和
室には、大きなテーブルと五枚の座布団、アンティークのソファや、オーパーツじみたダ
イヤル式ブラウン管テレビなどが配置されている。

 そして僕は現在、すっかり指定席となった自分の座布団に正座をして、動かずにじっと
しているのだった。これはべつに暇を持て余しているとかそういったわけではなく、ただ
じっとしていろと命じられたからそれに従っているだけなのである。

 テーブルには血まみれのティッシュが大量に丸められており、そして今も新たなティッ
シュが箱から引き出され、トントンと僕の額に優しくあてがわれていた。

「痛っ」

「動かないでください」

 正座している僕の目の前で、神庭家の三女が淡泊な声を発する。

 神庭家三女、神庭氷雨。今日は黒のワンピースに灰色のカーディガンという相変わらず
の背伸びガーリーファッションで、髪型はお団子ヘアー。彼女の髪がアップになるのは珍
しいので、ちょっとどぎまぎしてしまったのは内緒だ。

 この子は姉二人と違って僕に心を開く気配が微塵もないので、いっしょに住んでいても
身近な存在だとは思えず、だから妹ではなく一人の女の子として意識してしまいがちだ。
もしもこの子が小学生並みに小柄じゃなかったら、いろいろ危なかったかもしれない。

 そんな三女は、血を吸ったティッシュをテーブルに放り捨てると、十五センチ四方の木
箱を開いた。中には包帯や絆創膏などが収まっており、どうやらそれは救急箱らしい。そ
こから取り出したガーゼに消毒液を染み込ませ、三女は僕の額にピトピトと押し付ける。

「うぐっ……」

「もう終わりますから」

 言葉通り、三女は消毒を終えた傷口に新たなガーゼをあててテープで貼り付けると、救
急箱をぱたんと閉じる。

 そして、うっすらと微笑んだ。

「はい、おしまい」

 不覚にも、その笑みにすこしドキリとしてしまう。

「……あ、ありがとう」

 僕は妙に気まずい気分になって目をそらすと、手当てしてもらった額に手をやって、ガ
ーゼを軽く撫でる。

 ……顔が赤くなってなければいいんだけど。


445 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [sage]:2014/01/05(日) 11:48:27.78 ID:vSRy9JOV0
つーか空ちゃん相当な事言ってるよね。”ショッカーを”倒せるんだぜ? ”ショッカー戦闘員”じゃ無いんだぜ?wwww
446 : [saga]:2014/01/05(日) 11:54:19.14 ID:3bZeQthj0



「それで」

 三女の声色が急激に冷えたものになり、僕は一気に背筋を伸ばした。三女の瞳はすでに
氷点下を下回っている。

「なにがあったんですか? おでこからあんなに血を出して、顔じゅう血だらけで帰って
くるなんて……それにどうやら、肩も痛めてるみたいですし」

 僕が帰ってきたとき、居間には三女しかいなかった。お婆ちゃんはお風呂の掃除をして
おり、双子はまだ帰ってきていないらしい。そして居間に現れた僕が顔面血塗れなのを見
て、三女は「ひゃあっ!?」と叫びながら腰を抜かしてしまったのだった。普段のクール
さとのギャップで、ちょっと胸キュンしてしまった。

 しかしそれを怒るでもなく、むしろ心配そうな顔で救急箱を取り出して手当てしてくれ
たこの子は、ほんまにええ子やで……

 僕は怪我の理由を思い出す。右肩は、悪霊に憑りつかれたから。額は、黒歴史から逃れ
るため。うん、こんなの三女に説明できるわけがないねっ!

「……えっと……転んじゃって」

「……転んだ?」

 三女の視線がさらに冷え込み、そろそろドラゴンタイプなら即死するくらいの冷気にな
ってまいりました。

「……は、はい……それはもう、奇妙な転び方を……」

「……」

 三女の鋭い視線が、一瞬だけ緩む。

「もしかして、誰にも言うなと脅されてるんですか? 相手は誰ですか?」

 その言葉で、三女がなにを考えているかがようやくわかった。

「い、いや、ケンカとかじゃないから! イジメでもないし! これはほんと、僕の自業
自得だよ」

「……そうですか」

 三女は淡泊にそう言うと、テーブルに散らかった血塗れティッシュを両手ですくった。

「あ、いやこれくらいは、僕が……」

「いいから座っててください」

「……はい」

 三女の殺人的な目つきに威圧されて、浮かせた腰を再び下ろし正座する男子高校生なの
だった。死にたい。

 ティッシュや救急箱を片付けた三女は手を洗ってから、再び居間へと戻ってきた。三女
がいないあいだに、手当てのために接近していた僕たちの座布団を一メートルほど離して
おくことは忘れない。さすがは僕、紳士マスターである。

 三女が座布団に座る直前にちらりと僕に向けた視線は、「わかってるじゃない愚民風情
が」というものだったのだろう。さすがに居候としていろいろと弁えてますとも。

 そして訪れる沈黙。

「……」

「……」

 そもそも僕たちは二人とも、そんなに饒舌なほうではない。もしもここに双子たちがい
たならば、むしろ騒がしいくらいになるのだろうけれど、僕たち二人のあいだにこれとい
った会話が生まれるということはまずありえない。せいぜい業務連絡とかその辺りが関の
山だ。

 それに、お互いに距離を詰めようなどとは考えていないというのもある。僕にとって三
女は、例えるならばお婆ちゃんちに住んでる猫みたいなものだろうか。そして三女にとっ
て僕という存在は、急に家に転がり込んできた迷惑な男といったところだろう。

 だから僕たちの距離は、この決定的な一メートルに分かたれているのだ。


447 : [saga]:2014/01/05(日) 12:02:23.54 ID:3bZeQthj0



「……学校は」

「え?」

 しかしそこで、予想だにしない出来事が発生した。なんと三女のほうから口を開いたの
である。

「学校は、楽しいですか?」

「……えっと。それって、もしかして僕に、話しかけてる?」

「他に誰かいますか?」

 ぎろりと三女が僕をにらみつける。僕の防御力が一段階下がった。

「えっと……うん、まあ、それなりに……。友達も、できたし」

「そうですか」

「うん……」

「……」

「……」

 なんなんだよこの数年ぶりに会話した親父と息子みたいな会話は!? なんて言うのが
正解だったの!?

「……ではなにか、困ったことはありませんか?」

 三女はなおも続けてくる。意図はよくわからないが、もしかして僕を心配してくれてい
るのだろうか……? きっとまたお婆ちゃんにでも聞けって言われたんだろうけど。

「最近はちょっと、困ってることがありすぎて困ってるところかなぁ……あはは」

「よければ相談に乗りますが」

「え、いや、いいよ……なんか悪いし。雫か霞にでも相談してみるよ。神庭さんは、そん
な気を遣ってくれなくて大丈夫だよ」

 ほとんど接点のない僕にまでそんなことを言ってくれるなんて、ほんとに良い子だなぁ。



 ……とか考えていたら、三女が突然テーブルを「ドガンッ!!」と叩きつけた。



 僕は死ぬほどびっくりして跳びはねる。そして恐る恐る、隣の三女に首を向けると、彼
女はいまだかつてないくらい怖い顔をしている。僕の素早さが二段階下がった。

「いいから。相談してください。今すぐに。速やかに」

 一字一句を僕の耳に叩き付けるような、暴力的な発音だった。あかん、これ従わなかっ
たら殺られるヤツや。

 しょうがない、ここは遠慮とかそんなこと言ってられる場面ではなさそうだし、双子た
ちに相談するつもりだったことを話してみよう。

「う、あ、あの、それじゃあ……この島の人たちって、その、自分で曲を作って、歌った
りするって聞いたんだけど……みんなはどの程度の曲を、作ってるのか知りたいから……
もしよければ、神庭さんの曲を、聞かせてもらいたいなぁ……なんて」

「…………」

「い、いや、ダメなら全然……雫とか霞とか、他の人にお願いするから……」

 三女は僕の話を聞き終えると、しばし瞑目する。そして突然立ち上がったかと思うと、

「わかりました。私の部屋に来てください」

 返事を待たず、三女は踵を返して居間を出ていった。僕はどうしたものかと迷っていた
が、薄暗い廊下の奥から「はやく」という氷点下の声が聞こえたため、そそくさと彼女の
後に続くのだった。


448 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [sage]:2014/01/05(日) 12:09:18.03 ID:UFzTSjrj0
氷雨の曲のお披露目かwww
449 : [saga]:2014/01/05(日) 12:20:24.63 ID:3bZeQthj0


申し訳ありません、ショッカーについて誤解しておりました……

空ちゃんは(真実か否かはさておき)「イーッ」って叫ぶ黒いのなら倒せる、というニュアンスで言ったのだと脳内補完お願いしますm(__)m

450 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [sage]:2014/01/05(日) 12:28:46.84 ID:kw/d4YiDO
ご丁寧にww
ちなみに、そのイーッ!て叫ぶ黒いのが正しく戦闘員だね
451 : [saga]:2014/01/05(日) 15:32:30.87 ID:3bZeQthj0



 僕のイメージでは、三女の部屋はかなり質素で簡素なものだと思っていたのだけれど、
それは大きな間違いだった。いざ部屋に入ってみると、とても女の子らしい、ファンシー
な内装だったのだ。

 全体的にピンクと水色のカラーリングで、ところどころにぬいぐるみや、そしてアイド
ルのポスターなんかが貼られている。三女にスマホを貸すのがもう日常的になりつつある
現在、検索履歴で三女がアイドル好きというのは知っていたけれど、いざこうして目の当
たりにすると、やっぱり年相応の女の子なんだなと、妙に安心してしまう自分がいた。

「あ、あんまりじろじろ見ないでください……」

 押入れの中を探っていた三女が、ちょっと気まずげに呟く。おおっと、紳士の僕とした
ことがうっかり。

 僕は床に正座すると、床の一点を見つめて心を無にする。これが紳士流の待機スタイル
だ。

 そうしてしばらくジェントルスタンバイを続けていると、やがて三女は押入れからラジ
カセと、そしてガムテープでぐるぐる巻きにされたビニール袋を取り出した。

「あの、はじめに言っておきますけど……」

 珍しく三女は落ち着きのない様子で、視線をあっちこっちさせながら、ガムテープの封
を剥がしていく。どうやらあの中に封印されているのが、三女の歌声を録音したカセット
テープのようだった。……なんでそんな念入りに封印してるの?

「わ、わらわないで、くださいね……?」

 ガムテ封印をすべて剥がし終え、カセットテープを取り出した三女。そしてそれをラジ
カセにセットすると、ちらりと僕の表情を窺ってから、再生ボタンを押した。

 伴奏は、とても静かなピアノだった。てっきり、ギターを弾けるっていうなんとかちゃ
んの伴奏が来ると思っていたので少し意表を突かれたが、このピアノもかなりの腕前で、
聴く者を曲の世界に引き込むような魅力的な音色だった。

 姉である双子をして天才と言わしめる、神庭氷雨の歌声に僕の期待は最高潮を迎える。

 伴奏で僕の心は完全に掴まれた……、さあ、曲が始まる……!



『とじぃーきぃったぁー、カーテンにぃー、うつるぅーさめたしずくぅー』



 いっそ冗談みたいな、超がつくほどの音痴だった。


452 : [saga]:2014/01/05(日) 15:39:43.98 ID:3bZeQthj0



「……」

「……」

 もうそこからの歌詞は耳に入ってこなかった。なぜかって? そりゃアナタ、この曲を
聞き終えたあと、彼女にどんな言葉をかけるべきかを熟考していたからに決まっているじゃ
ありませんか。

@「な、なかなか良かったね、うん! そ、その歳にしては、かなりの歌声だよ!」

A「ピアノって誰が演奏してるの? 声も歌詞も綺麗だし、聞き惚れちゃったよ!」

B「ずこーっ! いやアンタ音痴なんかいっ!」

 あ、ダメだわ。これ全部不正解だわ。現実は非常である。

 カシャン、という音とともに、テープの再生が終わった。

「……」

「……」

 耳まで真っ赤にした三女が、両手で顔を覆っている。ほっとけばそのうち湯気でも出そ
うな勢いだった。

 いや、どうすんだよこの空気……

「えっと……い、意外とお茶目なところもあるんだねっ! なんか、完璧な人ってイメー
ジだったから、親近感が湧いたっていうか……!」

 我ながら機転の利いたナイスな言葉をかけてみたものの、しかし三女が茹でダコ状態か
ら復帰する気配は皆無だった。

「す、すごく参考になったよ。聴かせたくなかっただろうに、僕のためにわざわざ聴かせ
てくれて、ありがとう」

「……だって、どっちにしても姉さんたちに相談したら、きっと私の曲を聴こうって言い
出すから……」

 たしかに言い出しそうだけれども!

「あはは……まあ、べつに歌がちょっとアレでも、死ぬわけじゃないし、いいじゃない」

「よくないんですっ!」

 顔を覆っていた手をどけて、三女は僕をキッとにらみつける。しかし今回に限っては、
その視線が恐ろしいとは感じなかった。ちっちゃな女の子が顔を真っ赤にして涙目で睨ん
できても、それは可愛いだけなのだ。

 けれど、ただ自分の欠点を晒されたことを恥じているだけとは思えない剣幕だった。な
んというか、もっと死活問題に直面しているかのような……

「でも、歌手になりたいとかでもない限りは、そんな……」

 と言いかけて、ハッと口を噤んだ。この部屋の壁を埋め尽くしているポスターに視線を
やって、もしやと三女に向き直る。

「あの、もしかして……アイドルになりたい、とか……?」

 僕が探るように、そろりと訊ねてみると……

 ボンッ、と三女の顔がいよいよ真っ赤に染まった。そして傍らのベッドの布団に頭を突っ
込んで、足をバタバタさせる。ちょっ、見えそう見えそう! なにがとは言わないけど、
イロイロ見えそうだからやめなさいっ! 白!


453 : [saga]:2014/01/05(日) 15:43:46.27 ID:3bZeQthj0



「そ、そっか……。それはたしかに、問題かもね……」

 音痴を売りにすることはできないこともないけれど、それではきっとバラエティ寄りの
活動になってしまうだろう。そしてそれは、三女の憧れたキラキラ輝くアイドル像とは違
ってしまうはずだ。スマホの履歴を見る限り、三女は歌って踊って笑顔を振りまくアイド
ルに憧れているはずなのだから。

「けどほら、物理的にハンデがあるってわけじゃないんだしさ! きっと練習すれば上達
するよ!」

 薄っぺらい気休めの言葉をかけてみるが、三女は布団から頭を出してはくれない。こう
なったのは僕のせいだし、なんとかして彼女を元気づけなくては……

「……ぼ、僕もじつは歌が苦手だったんだけどさ。でもネットでトレーニング法とか探し
たりして、自分の部屋で布団をかぶって発声トレーニングとかして……そしたら今では、
そこそこ歌えるようになったんだよ」

 布団と一体化してしまった三女が、ぴくりと反応を示した。お、これはイケるか……?

「なんならトレーニングメニューとかも作って、僕が指導してあげても……なぁんて」

「ほ、ほんとにっ!?」

 バサッと布団が宙を舞う。涙目の三女が、かつてないほどに瞳を輝かせていた。

 圧倒的墓穴の予感ッ!!

「え、いや、今のは、なんというか、その……言葉の綾といいますか……」

 三女の喜びに満ちた表情に、影が差す。

「お、おねがいします……私に、歌を教えてください!」

 ついに深々と頭まで下げる三女に、僕は「うぐっ」とたじろぐ。くそぉ……し、しかし
正直めんどくさい……!! 最近ただでさえ忙しいのにっ!

「なんでもします! 肩を揉んであげます! 耳かきもします! お背中も流します!」

 な、なんだってぇ!? ほんとにいいんですか!? い、いやいや、僕は紳士! そん
な甘言には惑わされないぞ!

「断ったら、委員長と淡路くんにあることないこと吹き込みます!」

 それは世間一般的に言うところの脅迫というヤツではないでしょうかーッ!?

 うぐぐぐぐぐぐ…………!!


454 : [saga]:2014/01/05(日) 15:46:15.93 ID:3bZeQthj0



「…………わ、わかりました」

 僕は……負けた。

 しかし勘違いしないでほしい。これは脅迫に屈したのであって、誘惑に屈したのではな
いということを、僕は声を大にして主張したい。

「やった! えへへ、ありがとうございます、兄さん!」

「え?」

「あっ……」

 再び布団をかぶってしまう三女なのだった。なにこれ、今のを狙ってやったとしたら、
とんだ天然たらしやで。

 しばらくして、もぞもぞと布団から顔を出す三女。

「姉さんたちは名前で呼んで、私だけ“神庭さん”というのはおかしいと思います」

「えらい唐突だね……」

「唐突じゃありません、ずっと思っていました。それに“久住さん”というのもおかしい
と思います。ですので、私はこれから“兄さん”と呼ぼうと思いますが、なにか異論はあ
りますか?」

 異論があるか聞いているのに、一切の異論は認めないみたいな目をするのはどうかと思
います。

「じゃあこれからは僕も、氷雨ちゃんって……」

「呼び捨て」

「……氷雨」

 三女は……いや、氷雨はちょっと照れくさそうにはにかむと、おもむろに立ち上がった。

「そろそろ下に行きましょうか―――兄さん」

 この呼ばれかたも、彼女の笑顔も……しばらくは慣れそうにない。


455 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [sage]:2014/01/05(日) 16:35:03.45 ID:qHmiLIvx0
素晴らしひじゃないか
456 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [sage]:2014/01/06(月) 10:15:41.89 ID:yW5RGh7ko
乙乙
篤実そろそろ爆発してもいいんじゃないか
457 : [saga]:2014/01/06(月) 14:29:55.17 ID:helvME5x0



 なかなか類を見ないほどのコミュ障であるところの僕は、この島の子たちのように純粋
で優しい人たちに囲まれていなければ、本当に友達というものができなかった。

 実際、小中学校では友達がほぼ皆無で、幼稚園の頃に家が近かったという理由で仲良く
なった友人が、たった一人いるだけだった。あとはたまに教室で話す程度の男子が数人い
るくらいか。

 しかしそれでも僕は恵まれているほうだと思っていたし、そのたった一人とたまに遊ぶ
ことができれば幸せだったのだ。

 けれど中学二年のある日、世間でいうところの“いじめ”というものが始まった。もち
ろんターゲットは僕こと久住篤実で、薄々覚悟はしていたそれが始まった瞬間に、そのた
った一人の友人とも一方的に縁を切った。

 現実に行われるいじめというのは、特殊な例を除きあまりエスカレートはしないものだ。
陰湿ではあるものの、ドラマやなんかで見られるような過激なものはそう多くはない。

 僕の場合もその例に漏れず、ガラスハートの僕でさえも不登校になるようなこともなく
中学校を無事に卒業した。心身ともに傷だらけではあったけれど、卒業すればそれで悪夢
が終わると信じていた。だからその二年間を必死に耐え抜いたのだ。

 唯一の友人は、僕と同じ高校に進学した。そしてなぜか電話越しに謝られてしまった。
どうやら二年間、ずっと僕のいじめに心を痛めていたらしい。それに対して僕は、なんら
悪意的な感情を抱くこともなく素直に感動して許した。むしろ感謝さえした。

 しかしながら子供というのはどこでも同じようなものであるらしく、わざわざ知り合い
のいない遠くの高校に進んだというのに、やはりそこでもいじめというものが発生してし
まった。そしてそういう星のもとに生まれついてしまったのか、やはりそのターゲットと
なるのは僕だった。

 だけど今回はすこしばかり展開が違った。僕の知らないところで、僕をかばってしまっ
たらしい友人がいじめのターゲットにされ、結果的にその子は登校拒否になってしまった
のだ。

 いわゆるリア充であったその子には荷が勝ちすぎていたのか、それとも新しいいじめが
過激だったのか、それはよくわからない。けれど当然のことながら、僕をかばってくれた
らしい友人には心から感謝したし、そのいじめの主犯たちに対してはごくごく自然に殺意
を抱いた。

 しかし彼らを粛清するあたって僕が手を汚すことは、友人にも、そして僕の両親にも重
荷を背負わせてしまうことになるだろう。それはいただけないと思った。

 だから僕は、彼らに“赤目さま”を呼び出させる手引きをしたのだ。


458 : [saga]:2014/01/06(月) 14:35:00.64 ID:helvME5x0



 なんだか久々に嫌な夢を見たような気がして、今日の寝覚めは最悪だった。

 しかしお婆ちゃんの激ウマ料理を口にした瞬間、そんな気分もどっかに吹っ飛んでしま
った。さながら楽園を駆け抜けているかのような爽快感……僕には料理漫画の審査員の才
能があるのかもしれない。さすがに料理のリアクションで照明に張り付いて高速回転した
り、天国まで飛んでいくのは無理だけど。

 都会にいた頃の朝食はチョココロネオンリーだったけれど、いやほんとに料理は人格形
成に大きく関わっていると思います。マジで。

 食事を済ませ、居間で持ち物の点検をしていると、ちょんちょんと肩をつつかれた。

「兄さん、今日のお弁当です」

 振り返るとそこには、結んだ髪を右肩から前に垂らしている氷雨の姿があった。今日は
青を基調にしたチェック柄のチュニックで、白のニーハイソックスを履いている。なんだ
か今日はトクベツ大人っぽい雰囲気だった。

「あ、ありがと……氷雨」

 あんまり直視するとドギマギしてしまいそうなので、僕は目をそらしつつ弁当箱を受け
取る。すると視線の先ではちょうど双子たちがこちらに視線を注いでいて、心なしかその
目つきは冷ややかだった。ちょ、え、なんで……?

 そういえば氷雨が僕のお弁当を作ってくれるのは四月までという約束だったのだけれど、
彼女が自分のお弁当を作っているのは花嫁修業の一環としてらしく、だからふざけたり
冗談を言ったりしない僕に、感想を聞かせてほしいという理由で今も続けられているのだ
った。

 まあ僕にとっても得しかないわけで、まったくもって文句はない。なんなら既に胃袋を
つかまれている説も濃厚だ。やれやれ、市販の食べ物をおいしく感じなくなってしまった
らどうするつもりなのか。僕はどうせ生涯独身なので、それは本当に困るんですが。

 荷物の点検も終わり、僕はバッグを肩に提げる。今日は日直なので、妹たちよりも早め
に登校しなければならないのだ。まあ日直といってもほとんど赤穂さんがやってしまうの
でやることはないのだが、だからといって仕事を放棄するなんてことは真面目系クズであ
るところの僕にはできっこないのだ。

 玄関で靴を履き、すりガラスのはめ込まれた引き戸をガタゴトと響かせながら横にスラ
イドさせた。さあ、今日も一日が始まるぞ……!



 扉を開けた途端、庭先でインターホンと睨めっこしていたゴスロリ少女、鳥羽 聖とば
っちり目が合ってしまった。


459 : [saga]:2014/01/06(月) 14:39:36.43 ID:helvME5x0



 もともと病的なまでに白いと思っていた肌は、晴れ空の下で見るとさらに驚くほど白い。
透き通るような、という形容がぴったりなその白は、僕と目が合うや否や、みるみる赤
く染まっていく。

「ま、また会ったわねっ! ふふふ……これも刻の巡りあわせというものかしら……」

 いやいやいや……玄関前で待機しといてなに言ってるんだコイツ。

 今日は日差しも強く、いくら五月中旬といってもそれなりに暖かい。それなのに鳥羽は、
いくらフリフリの日傘を差しているとはいえ、長袖にタイツに手袋まで装備して、もう
肌が露出している部分が顔しかないような状態となっていた。なんなの? 修行なの?

 しかし彼女はそんな状態でも、傲岸不遜な態度を崩さない。

「ふふふ、さしもの貴方もこの邂逅は予期していなかったようね。驚きで声も出ないのか
しら?」

 たしかにこの遭遇は予期していなかったけれど、しかしながら彼女のほうから再び接触
してきた場合の対処についてはすでに考えてある。

「……」

 そう、ガン無視だ。

「今日も貴方は下等な生命体のペルソナを被って日常を送ろうというのかしら? まあ
それがこの現代において生きやすいというのは認めるけれどね」

「……」

「し、しかしながら、貴方ほどの実力があれば、力によって覇道を突き進むことも可能よ。
この私の助力があればね。くすくす」

「……」

「……ふふふ、き、昨日はおかしなことを言っていたけれど、この世界で稀少な同胞であ
るこの私と接触を断つという宣言をしてしまったことに、そろそろ後悔している頃かと思
って、こちらから迎えに来て差し上げたわ」

「……」

「……なんなら、私の眷属としてあげてもいいわよ! それも、奉仕種族としての眷属で
はなく、親族や仲間という意味の眷属にね! これはとても誉れ高いことよ、誇っていい
わ!」

「……」

「……な、なにか言葉はないのかしら? 嬉しすぎて、言葉もないということ?」

「……」

「…………ね、ねえ……」

「……」

「…………ぐすっ……なにか言ってくださいよぉ……」

 僕は深々とため息をついて、仕方なく鳥羽の顔へ視線を向けた。すると鳥羽は潤んだ瞳
をパァッと輝かせる。


460 : [saga]:2014/01/06(月) 14:43:04.50 ID:helvME5x0



「それで、僕を迎えに来たってことでいいの? 今日は日直だから、ちょっと早めに着い
ちゃうけど」

「だ、だいちょぶですっ!」

「……じゃあ行こっか」

 なんだかんだで甘い僕なのだった。いや、だって、あっち側の気持ちを痛いほど知って
るんだもん! そりゃちょっとは甘くなっちゃうのも仕方ないよね、うん。

「「あっ、キヨミンだ!」」

 するとそこで、僕が開けっ放しにしていた玄関から双子の声が響く。キヨミンと呼ばれ
た鳥羽は、びくりと肩を震わせていた。

「どーしたのキヨミン?」「なにかあったのキヨミン?」

「わ、私の名はキヨミンなどというものではないのだけれど……」

「えー? でもキヨミンはキヨミンだよねー?」「そうそう、それに可愛いからぴったり
だよねー?」

「か、かわっ……おほん! 今日はこちらの、我が同胞を迎えに来たのよ」

 顔を赤くしながら、どさくさまぎれに僕を同胞呼ばわりする鳥羽。

「え、なんで!?」「キヨミンってお兄ちゃんと友達だったっけ?」「っていうかドーホ
ーってどゆこと?」「お兄ちゃんって太陽神だったの?」

「た、太陽神ではないけれど、彼はこの私が認めた選ばれし者なの」

「へー、そうなんだー」「にしても今日は暑いね」「ね、急に暑くなったよね」「キヨミ
ンのマジカルサイコパワーでどうにかできないかな?」

「……ふ、不用意に太陽を遮るのは、ほかの生き物たちに可哀想だからね……滅多なこと
がない限りは使わないと言っているでしょう」

「そこをなんとか!」「お願いキヨミン!」

「え、そ、それは……その……」

 僕は再びブロック塀に頭を叩き付けたい衝動に駆られながらも、またガーゼを血塗れに
するわけにもいかず、いたたまれない気持ちを抑え込んで鳥羽の前に立ちふさがる。

「雫、霞。あんまり鳥羽さんをいじめないようにね」

「「……はーい♪」」

 僕が注意すると、双子たちは意外なくらいあっさりと退いてくれた。あれ、あの子たち
こんなに聞き分けが良かったっけ?

 僕は玄関の引き戸を閉じると、鳥羽へと向き直る。

「ほら、学校行くんでしょ。さっさと行こう」

「は、はいっ!」

 たかがコミュ障に庇われる、天の現人神なのだった。


461 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [sage]:2014/01/06(月) 15:17:05.18 ID:+VXFtAmR0
ゴッスンさんも苦労してんなww
462 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [sage]:2014/01/06(月) 15:21:17.04 ID:boMcs24W0
キヨミンてオカリン的な?
463 : [saga]:2014/01/06(月) 15:34:30.37 ID:helvME5x0


説明が遅れましたが、聖と書いて、「きよみ」と読みます。ですのでキヨミンです。
「ひじり」や「あきら」ではありません。



出席番号順

赤穂 美崎(あこう みさき)

淡路 ひかり(あわじ ひかり)

芦原 弥美乃(あわら やみの)

嬉野 汐里(うれしの しおり)

鬼ヶ城 桜香(おにがじょう おうか)

鏡ヶ浦 凪(かがみがうら なぎ)

神庭 霞(かんば かすみ)

神庭 雫(かんば しずく)

神庭 氷雨(かんば ひさめ)

久住 篤実(くずみ あつみ)

笹川 流礼(ささがわ ながれ)

千光寺 空(せんこうじ そら)

鳥羽 聖(とば きよみ)

三朝 凛音(みあさ りんね)

妙義 明(みょうぎ あきら)


464 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [sage]:2014/01/06(月) 15:56:43.92 ID:CtFDNzyy0
スケバンには三人の取り巻きが居る
別にスケバンは望んでいないが勝手に手下になった
手下という事は否定するが、それなりに面倒は見ている様だ
465 : [saga]:2014/01/06(月) 22:49:10.93 ID:helvME5x0



 いつもなら双子や氷雨と、あるいは僕がひかりや凪を迎えに行って一緒に登校する通学
路を、今日はゴスロリ少女といっしょに歩いていた。

 どこを切り取っても絵画的なこの島において、異様としか言いようのないゴスロリ衣装
は見るからに浮いていた。これが巫女服ならば、ある意味で景色との調和がとれる状況が
想像できなくはないが、この少女の服装が馴染めるのは、中世ヨーロッパとか……あるい
はコミケとかしかないんじゃなかろうか。

 そんな浮きまくりのゴスロリ少女こと鳥羽 聖は、僕の隣で荒い息づかいをしていた。
っていうか、どう見てもへばっていた。なんなんだ、この圧倒的体力の無さは。下手した
らひかりに匹敵しかねないぞ。

「大丈夫?」

「……はぁ、はぁ……だ、だいちょぶです……」

 どう見ても大丈夫そうには見えなかった。まあたしかに、学校へ続く山道は僕も慣れる
までちょっとキツかった。だからこの青白い女の子がへばるのも、無理からぬ話なのかも
しれない。

 いや、ちょっと待てよ。この子も毎日学校に通ってるんだよな? それじゃあ……

「あの、もしかして僕、歩くの速かった?」

「…………」

 あっ、完全にこれだわ。僕のせいでしたわ。

 いくらこの子のことが好きじゃないとしても、ちょっとこれは可哀想なことをしてしま
った。紳士失格である。

「ごめんね、ちょっと木陰で休もうか」

 僕は鳥羽の返事を待たずに、道脇の倒木に腰を下ろす。ついでにバッグからタオルを取
り出して、一メートルほど隣に引っかけた。これだよ、これぞ僕の紳士スタイル。

 やや逡巡しつつも、鳥羽は遠慮がちにちょこんとタオルの上に腰掛ける。通学山道は潮
風が吹き抜けるので、こうして日差しを避ければ幾分か涼しかった。

 風が木立を撫で、さわさわと耳に心地いい音色が鼓膜をくすぐる。

 しばらくそうして休んでいると、鳥羽はようやく息も整ってきたようだった。上気して
いた頬も、だいぶ赤みが引いている。

 僕はコミュ障だ。しかしだからといって、誰とでもコミュニケーションがとれないのか
といえば、そうではない。たとえ相手のことをよく知らなくても、明らかに自分より弱そ
うだったり不利な立場の人間とならそれなりに言葉を交わせるのだ。

 コミュ障は自分を守るために他人の目を気にして、その結果としてコミュニケーション
に不備が生じる。だから僕が“嫌われても問題ない”と割り切った相手とは、それなりに
コミュニケーションできるのである。

 僕は、鳥羽に嫌われてもいいと思っていた。

 けれど鳥羽が誰かに嫌われたり、鳥羽が自分自身を嫌いになるというのは……どうして
だろう、我慢ならなかったのだ。

「ねえ、鳥羽さん。それって疲れない?」

 僕の漠然とした問いかけに、鳥羽はしばし目を丸くしていた。しかし僕の言わんとして
いることを察したのか、すぐに表情を引き締めて答えを返す。

「なんのことかしら。私は生まれたときから特別で、むしろ生まれる前から特別だったの
よ。私にとって特別であることは、呼吸と同じことなの」

「その割には、息苦しそうに見えるんだけど」

「……そ、そんなことはないわ。それを言うなら、貴方こそ」

 唇を尖らせた鳥羽が、僕を鋭い視線で射抜く。彼女なりの、なけなしの反撃というわけ
か。


466 : [saga]:2014/01/06(月) 22:56:12.20 ID:helvME5x0



「貴方も私のように特別なのだから、特別であることをもっと誇示したらどうなの?」

「特別なんかじゃないよ。僕ほど普通な……いいや、普通どころか下等な存在はそうはい
ないと自負しているくらいだよ」

「で、でも昨日……」

「あれはなにかの間違いだよ。それに、人をちょっとブン投げるくらいのことで偉そうに
特別だなんだと騒ぐのって、安っぽいと思うよ」

 ちょっと皮肉を込めた言葉を投げつけてみると、鳥羽は口をパクパクとさせて、そして
俯いてしまった。

「特別にこだわる理由も気持ちも、わからないではないけどさ。だけど能力なんてなくたっ
て、誰かの特別になることはできるんだし……」

「ちがうっ!」

 そのとき、鳥羽は初めて声を荒げた。なにか鬼気迫るような表情で、僕は思わず息をの
む。

 しかしその威勢は、長くは続かなかった。

「ちがう……。そんなんじゃ、ないもん……」

 再び俯いてしまった鳥羽に、僕はどう声をかけたものかと考える。けれど彼女について
なにも知らない僕が、そして人との会話経験が浅すぎる僕が、ここで正しい解答を出すな
んてことはできっこない。そんなことができるのは、せいぜい妙義くらいのものだろう。

 だから僕は、言葉ではなく態度で示した。

「……ごめん。なにも知らないのに、偉そうなことを言っちゃって」

 僕の謝罪に、鳥羽はふるふると首を横に振った。

「ふつうは、そうですよね……これじゃ、頭おかしい子ですよ。……でも、私は天の神の
使いなんです。……聖なる存在なんです」

 鳥羽の口ぶりは、なんだか普通ではなかった。一般的な中二病患者とは、どこか一線を
画しているような……。なにか強迫観念にも似た、頑なさを秘めているかのようだった。

 なにか、彼女はそういった存在でなければいけない理由があるのかもしれない。

 ならば仕方ない。彼女を普通の女の子にできないのなら、さらに痛々しい男の子が現れ
れば良いだけの話だ。

 僕は腕を組み、足を組み、最大限偉そうにふんぞり返ってドヤ顔を決めた。

「フッ……仕方ないな。今まではキミの覚悟のほどを試させてもらっていたが、それもこ
こまでだ。どうやらキミも、僕と同じく選ばれし者だったようだな」

 突然なにか語りだした男子高校生を、自称現人神の少女が目を丸くして見つめる。

「しかしながら、あまりそうやって自分の力を誇示するのはいただけないな。そんなこと
をしていたら、ヤツらに嗅ぎ付けられてしまうじゃないか……」

「……ヤツら?」

 こっちが申しわけない気分になるくらい、真剣な眼差しで聞き返してくる鳥羽。

「“機関”のヤツらさ。あいつらはどこにでも潜入し、そして手段を選ばないからな……
親兄弟や友人を人質にしてでも僕たちの力を狙いにくるだろう。それを避けるために、僕
は今まで普通の人間を演じていたのさ……この右腕を封印してね」

「そ、そうだったんですかっ!?」

 鳥羽の瞳が、ミラーボールもかくやというほどにキラキラと輝く。

 やばい、この子純粋すぎて可愛い! なんなんだ、この守ってあげたい生き物は!?


467 : [saga]:2014/01/06(月) 23:02:50.17 ID:helvME5x0



「キミだって他人事じゃないよ。もしもキミの特別性がヤツらに気づかれたら、機関のヤ
ツらはすぐにでも襲い掛かってくるだろう。そうしたら、特別な条件が揃わないと真の力
を発揮できない僕では、守り切れるかどうか……」

「そんな……」

「こうして二人っきりで話しているときは大丈夫だけど、うちのクラスにだって、スパイ
がいるとも限らないからね。だからあまりキミの特別性に関しても、吹聴して回らないほ
うが身のためだよ」

「わ、わかりました」

 ごくりと喉を鳴らして、神妙に頷く鳥羽。

「キミが天空神の使いであることはよくわかったよ。疑ったり、試すようなことを言って
ごめんね。だけど、これからはあんまり自分の正体については言わないように。特別な能
力も使わないように。わかったね?」

「はいっ!」

 すごくいい返事だった。そしてすごくいい笑顔だった。そしてそれだけに、僕の良心は
ゴリゴリと抉れて、デリケートな内部が空気にさらされてしまっていた。

 しかしどうやら、彼女の“事情”というのは、僕一人が彼女を特別だと認識していれば
それで大丈夫なものらしい。それならば鳥羽が満足するまで、僕がそれをいくらでも引き
受けてあげようじゃないか。ククク、痛々しさなら僕の右に出るものはいないぜ?

「フッ……しかし僕も、こんな島でキミのような存在と会いまみえるとは夢にも思わなか
ったよ」

「……そうかしら。むしろ私は、貴方との出会いは古の盟約によって定められていたこと
のように思えるわ」

「それはいいね。それじゃあ僕たちは、たった今この瞬間より“眷属”だ。いいよね?」

「もちろんよ。ふふふ……こんなに血が滾ったのは久方ぶりだわ」

 通学山道の木陰で、ニヤニヤしながら怪しい会話を繰り広げる僕と鳥羽。ククク、今宵
は胸の痛みをBGMに、枕と踊ることとなりそうだ。

「そろそろ学校へ行こうか。そうやって一般人を装わなくては、機関のヤツらに勘付かれ
てしまうからね」

「お互い大変ね。だけど仕方ないわ、『私たち』は特別ですものね」

 そう言った鳥羽の表情は、かつてないほどに幸せそうだった。彼女の内情を知らない僕
には、それがどういった理由に起因しているのかまではわからないけれど……

 僕たちは並んで、ゆっくりと足を進める。気が付けば僕と鳥羽のあいだには、奇妙な友
情のようなものが結ばれていた。二人でほの暗い微笑を浮かべながら、通学山道を登って
ゆく。

 もしかして僕は、保育士さんとかに向いてるかもしれないなと思いました、まる。



 ……僕らが学校に着くころには日直の仕事は全部終わっており、赤穂さんにジトっとし
た視線を向けられました。くそ、これも機関の攻撃か……!?


468 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [sage]:2014/01/06(月) 23:16:45.41 ID:a+/e5ykt0
最後のとこwww
469 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [sage]:2014/01/06(月) 23:22:59.62 ID:71c1o+xS0
キヨミンかーわいいなぁ

男 (年は何歳でも可)
料理好き 食材は自分で採取してる
よく島の人たちに料理をふるまっている
470 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [sage]:2014/01/06(月) 23:52:18.70 ID:eGOe49+I0
機関ww
471 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [sage]:2014/01/07(火) 14:59:45.60 ID:zaQPkP890
亀怪異:特級怪異
人間大か、それより大きい直立してる亀
防御力だけなら怪異の女王の本気の攻撃をも耐えきる

見た目?ガメラでもクッパでもお好きなのをどうぞ
472 : [saga]:2014/01/07(火) 23:04:21.47 ID:3b4JEicd0



 朝の一件のせいで、今日の赤穂さんは機嫌が悪かった。僕がなにか話しかけてもそっけ
なかったり、いつもは過剰なくらい世話を焼いてくれるのに、今日は接触が必要最低限だ
ったり。

 たとえばこんな一幕があった。授業中、僕が数学の問題でつっかえていると、いつもの
赤穂さんなら目敏くそれを察して僕に解き方を教えてくれるところを、今日は「つーん」
として教えてくれない。

 だけどさらに数分悩んでいると、

「……手がすべっちゃいました」

 と呟きながら、僕のプリントにさらさらっと式を書き込んで、再び「つーん」とそっぽ
を向いてしまう。

 要するになにが言いたいかというと、天使は怒っていても天使ということだ。赤穂さん
マジプリティーマイエンジェル。天空神の使いはこの人なんじゃないの?

 だけど、他の人の日直を代わりにやってあげることの多い赤穂さんが、どうして僕のと
きに限ってこんなに怒っていたのかは、結局よくわからなかった。


473 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [sage]:2014/01/07(火) 23:16:46.50 ID:+KEuHwto0
手が滑っちゃいましたww
どんな滑り方だよww
474 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [sage]:2014/01/07(火) 23:20:08.17 ID:ixa5Ucv4o
赤穂さんかわいいなあ
475 : [saga]:2014/01/08(水) 13:07:01.39 ID:qu0N+tp10

http://executionheaven.blog.fc2.com/img/nagi.jpg/

凪ちゃんも描いてみた。
476 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [sage]:2014/01/08(水) 13:19:29.91 ID:6Zc/ZJQDO
芸術じゃねーか
477 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [sage]:2014/01/08(水) 15:25:52.76 ID:Qe8VsNdT0
>>475
凪ちゃんむっさかわええ!
絵描ける人羨ましいわぁ
478 : [saga]:2014/01/08(水) 23:48:56.60 ID:33aNqZbH0



 そんなこんなで昼休み、お弁当タイムである。

 今日も机を囲っている面子はいつも通りだ。まずは僕がいて、右にひかり、左に凪、
そして対面には雫と霞、赤穂さんが座っている。

 ついでに言うと、僕と背中合わせに後ろの席を陣取っているのは妙義だ。何度かいっし
ょに机を囲おうと誘ってみたのだけれど、結局彼はこの場所に落ち着いているのだった。

 僕が氷雨のデリシャスなお弁当に舌鼓を打っていると、突如悪戯っぽい表情になった双
子が赤穂さんへと視線を注いだ。

「委員長、今日はなんだかご機嫌ナナメだよね」「どったの? おなか痛いの?」

「いいえ。朝早くに重い荷物を運んだので、少々疲れているだけです」

 にっこりと、なぜか双子ではなく僕に向かって微笑む赤穂さん。あちゃー、これはおこ
ですわぁ……

 僕はなんとか赤穂さんの機嫌を取るために頭をフル回転させる。しかしそこで、凪が空
気を読まずに僕の袖を“ちょいちょい”と引っ張った。

「あつみ」

「どうしたの、凪?」

「きょう、ウチきて。おとまりしよ」

 その一言が、爆弾の火種となった。

 まず凪の言葉に真っ先に反応したのは、話しかけられた僕ではなくひかりだった。

「えっ!? こないだ鏡ヶ浦さんのおうちには泊まったじゃない! 今度はぼくの家だよ
ね? ね、篤実くん?」

「ちがう。ウチにきて。あつみ」

「え、あ、あの……?」

 な、なんかやばいぞこの流れ。既視感が……

 早くなんとかせねば、と僕が口を開くより早く、赤穂さんがにっこりと天使の微笑みを
浮かべながらポツリと呟いた。

「……今朝の埋め合わせ」

 それは聞こえるか聞こえないかというくらいの呟きだったのだけれど、運悪く僕には聞
こえてしまった。聞きたかったか聞きたくなかったかと聞かれれば、聞きたくなかった。

 い、いや、まだ間に合うぞ! この修羅場を合理的に抜け出すルートは、まだいくつか
ある!

 僕がその選択肢を選ぼうと口を開きかけたその時。ポン、と僕の肩に手が置かれた。振
り返ると、そこにはにっこり微笑む妙技が。もちろん、悪魔の微笑みである。

「いやはや、これはいつぞやの状況の再来といったところじゃないか。あの時はたしか、
当時唯一の友人であったところの淡路くんを選んだのだったよね? しかし今や、この三
人全員と友人になった久住くんは、果たしていったい誰を選ぶのだろう? これはじつに
興味深いねぇ」

 僕の全身から、水飴のごとくねっとりとした汗が噴き出す。

 うぐぐ……だ、だけどまだギリギリ逃げ場はある! 誰も選ばない、あるいは全員を選
ぶという選択をして、とりあえずこの場はお茶を濁せば……

「もちろん今回も、現状でもっとも好感度の高い……ありていに言ってしまえば、一番好
きな人を選ぶんだよ。当然ながら選ぶのは一人だ。まあ三人を選んだり、誰も選ばなかっ
たり、そんなことをすれば久住くんにとって三人は、所詮その程度の存在だったと表明す
るようなものだろうから、もちろんそんな愚案を採るわけはないと私たちは信じているけ
れどね?」

 ひぎぃ!!


479 : [saga]:2014/01/09(木) 00:55:54.90 ID:kzNTaLho0



 右から左から正面から、三人の熱いまなざしが注がれている。うふふ、あまりの動揺で
僕の瞳が高速で揺れていますよ? 妙義、キミどうしてそうやって僕を攻撃したがるの?

 赤穂さん、前回みたいに妙義を注意してやってくれませんか? はい、してくれません
よね。その笑顔はしてくれないときのヤツですもんね、ええ、わかってますとも。

 前回僕がひかりを選んだのには、それはもちろん唯一の友人であったということが最大
の要因ではあるのだけれど、しかしながら要因というならもう一つ重大な要因があった。
それは、当時の三人の好感度である。

 コミュ障にとって最も重要なのは、波風を立てないということだ。つまり、誰かと対立
したり傷つけたり悲しませたりしてはいけないことを意味する。それで行くと、前回はひ
かりを選ぶ以外の選択肢がなかったということがご理解いただけるだろう。あの当時はま
だ凪も僕に懐いていなかったし、赤穂さんは友人でもなんでもなく、ただちょっと天使な
だけの委員長だった。つまり僕に選ばれなかったからといって彼女たちが悲しむというこ
とは確実にありえない。

 しかし今回はどうだろう。

 まずはひかりだが、彼を選ばないという選択肢はありえない。当時も現在も、彼は僕の
かけがえのない友人であり、それは彼にとっても同じことのはずだ。しかも前回はひかり
を選んでおきながら今回は違う人を選んだら、それはかなりのダメージをひかりに与える
こととなるだろう。下手すれば泣いちゃうかもしれない。ひかりの泣き顔はちょっと見た
いような気もするけれど、それはとりあえず我慢しておこう。

 凪はどうだろう? きっとひかりに比べたら悲しんだりはしないだろうけれど、しかし
僕は凪との今日までの付き合いで、意外にも彼女が涙もろいということを知っていた。ち
ょっと自意識過剰な推論を言わせてもらえば、きっと彼女はこれまでなにかに執着したり
するというようなことがなかったのだろう。それがあの日の事件を経て、彼女は僕に対し
て生まれて初めての執着を見せた。だから僕に関することには、強い感情を露わにする傾
向があるように思われるのだ。きっと今日の宿泊を断るくらいであったら、まさか泣くな
んてことはないだろう。だがこの場で選ばれなかったとき、彼女がその事実をどう受け止
めるかはわからない。

 赤穂さんは……まあ、まさか泣くなんてことはありえないだろう。友人になったとはい
っても、べつに彼女とは特別になにかあったというわけでもないし……たかが僕に選ばれ
なかったくらいで傷つくわけもない。前回同様、無反応が関の山だな。なんなら無反応す
ぎて僕が泣く可能性のほうが濃厚だ。え、なにこれ超悲しい。まあ、今朝の埋め合わせを
引き合いに出されたのに蹴ってしまうと好感度が下がりそうだが、もともと好感度が高い
わけでもあるまいし、まあ埋め合わせは後日ということでいいんじゃなかろうか。

 となると、ひかりか凪になるのだけれど……ううむ、どうしたものか……

「あっ」

 そのとき、僕は閃いた。


480 : [saga]:2014/01/09(木) 00:59:16.03 ID:kzNTaLho0



「それじゃあ今日は、ひかりと凪がうちにくればいいじゃない? さすがに凪を泊めるの
は倫理的に問題があるけど……とりあえず今日のところは、そんなところで手を打ってく
れないかな?」

 っていうか手を打ってくださいお願いします。

 僕の提案に最初、ひかりと凪はやや不服そうにしていたが、

「むぅ……うん、まあ、篤実くんのおうちにお泊りするのは初めてだし……えへへ」

「おかあさんに、とまっていいかきいてくる」

 ……よし、とりあえずこの場は切り抜けた。誰からも不満の出ない、ベストアンサーだ。

 しかし妙義を振り返ると、彼はなぜかドン引きしたような表情をしていた。そして、

「……まあ、キミのそういうところは理解しているけれどね……だけど私のようにキミの
思考回路を推測できない人にとって、今の解答はどう受け止められるのだろうね」

 妙義のなんだか思わせぶりな呟きに首をかしげていると、かぽん、というお弁当箱を閉
じる音が聞こえた。なんの気なしに目をやると、それは赤穂さんの発した音だった。

 そうだ、赤穂さんにもフォローを入れておかねば。

「赤穂さん、今朝の埋め合わせはもちろんするよ。えっと、ああそうだ、今度ケーキでも
買ってくるよ!」

「それは楽しみです」

 赤穂さんは微笑みを絶やさないままそう言った。よしよし、やっぱり女の子には甘いも
のなんだな。

 見たところ誰も悲しんだりはしていないようだ。やれやれ冷やりとしたけれど、無事に
試練を乗り越えたぞ……

 僕はホッと安堵のため息を漏らし、ふと、双子の表情を窺う。すると二人はなぜか苦笑
いを浮かべていた。

「「……知ーらないっと」」

 双子はそう言うと、お婆ちゃん製のお弁当を片付ける。

 僕がその意図を測りかねていると、昼休み終了のチャイムが教室に鳴り響く。思考の海
から浮上しかけていた考えは、その無機質な音響に押し流されるように消えていった。


481 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [sage]:2014/01/09(木) 01:41:14.34 ID:6zd0r5BB0
これはあかんパターンですわ
482 : [saga]:2014/01/09(木) 09:59:16.34 ID:kzNTaLho0



 それから五時間目の授業も終えて、放課後となった。

 とりあえず赤穂さんに軌道の運転を習うのは、今朝の埋め合わせが終わってからに改め
るとして……

 僕はスマホの画面を確認した。すると『メール通知1件』という文字列を視界にとらえ、
ぞわりと内臓が浮き上がるような感覚に陥る。恐る恐るメールの内容を確認すると、それ
は以下のようなものだった。



 差出人 りずむ

 件名 Re:歌い手のイナリです。

 本文 すごい風習だねw いいよ、引き受けた (`・ω・´)
    また今度コラボしようね( *´艸`) イナりずむ再結成だ(*^▽^*)



 昨日の夜、以前僕が歌ってみた動画でコラボした歌い手のりずむさんにメールを送って
みた。内容は、僕の移り住んだ島の謎風習によってオリジナルの歌が必要だということを
そのまま伝えたのだけれど、りずむさんがそれを本気と受け止めたか冗談と受け止めたか
まではわからない。たぶんジョークだと思われただろうけど……

 ちなみに、イナリというのは僕のハンドルネームだ。名前を考えてたときに、たまたま
稲荷寿司を食べていたからこの名前に決めた。

 スマホを胸ポケットにしまうと、僕は小さくガッツポーズする。よし、これで歌詞と曲
に関しての心配はいらなくなったぞ。若干ズルしてる感も否めないけれど、社会に出たら
コネも実力のうちだ。これくらいのことは許されるだろう。こういう自分への甘さこそが、
真面目系クズの真骨頂なのである。

 よしよし、この曲ができたらカセットテープに吹き込んで、アンチャン's レディオと
やらもどうにかこれでやり過ごそう。そして二週間後くらいに、この曲でりずむさんとコ
ラボだ。よし完璧! 当面の問題はあらかた解決したぞ。やばい僕の人生が絶好調すぎる。

 気分がいいから久しぶりに演じてみた動画でも上げようかしら。ハム太郎をいろんな
アニメのラスボスのみで吹き替えとかやったら面白そう。

 ……などと徒然なるままによしなしごとを思案していると。



 突然、僕の視界が温かいなにかによって遮られた。



「だーれだ♪」

 突如僕に襲い掛かったリア充イベントに、戦慄する。え、なにこれ? 僕死ぬの?


483 : [saga]:2014/01/09(木) 10:03:55.33 ID:kzNTaLho0



 声からして女の子。声のした位置からして、僕より頭一つ低いくらいの身長。声は幼い
が、喉の使い方は成熟している。以上のことから、おそらく僕と同年代かちょっと下くら
いの、精神年齢の高い女子ということが予想される。

 となれば『赤穂さんお茶目説』を推したいところなのだけれど……っていうかそうであ
ったら僕は幸せすぎて死ぬんだけれど、しかし残念ながら、この声は初めて聞いた声だっ
た。声のスペシャリストである僕が言うのだから間違いない。

 そしてこの声は、僕が今日まで一度も会話をしたことのない相手だ。なんとなく聞き覚
えはあるような気もするけれど、興味を抱いたものしか覚えられないのがコミュ障の特徴
だ。そのため人の顔や名前もなかなか覚えられない。

 まあなにが言いたいのかというと、要するに完全にこのクイズは詰んでいるわけである。
っていうかこれって声だけで当てられるくらい仲のいいリア充同士がやるもんじゃない
の? なんなの? 嫌がらせなの?

「ちなみに、不正解だった場合は罰ゲームが待ってまーす♪ 五秒前〜!」

「え、ちょっ、待っ……!」

 そんなの聞いてないよ!? 理不尽にもほどがある!

「よんさんにーいちハイ終了っ! ぶぶー、時間切れで不正解でーす!」

 しかもカウント超速いし! 一秒も経ってねぇよ!

「正解はぁ〜? ドルドルドルドルドルドルドルドル……ドン!」

 突然始まったドラムロールの終わりに合わせて、僕の背中を衝撃が襲った。僕の首に回
された腕や、背中に押し付けられている二つの柔らかい感触によって、背後にいた女の子
が僕におぶさったのだということを知る。すごい良い匂い!

 そして、もうほとんど頬が接触するような距離で、その女の子はにっこりと笑う。

「芦原 弥美乃ちゃんでした〜っ!」

「…………だれ?」

 いやマジで誰かわからない。顔見てもわからないってどういうこと? 異世界人?

「ちょ、それはひどすぎないかな!? おんなじクラスだよっ!?」

 芦原と名乗った女の子は僕の背中から飛び降りて、そして僕の目の前まで小走りで回り
込む。そこで彼女の全身を見た僕は、初めて「ああ」と得心がいった。


484 : [saga]:2014/01/09(木) 10:08:43.53 ID:kzNTaLho0



 この格好……全身真っ黒コーディネートの、喪服のようなこの服装は、つい昨日の神社
で鳥羽といっしょにいた女の子じゃないか。

 いやはや、顔と名前だけ提示されても、コミュ障にはわからないよ。なんならそこそこ
話す知人でさえ、後ろ姿だとわからないことがあるんだから。

「ご、ごめん、いま思い出したよ。そういえば昨日会ってたよね」

「うわぁ、マジで忘れてたんだ……」

 ドン引きされてしまった。てへっ。

「もう、二度と忘れないでね? 網膜に焼き付けてね? 海馬に刻み込んでね?」

「……ぜ、善処します」

 きっとしばらくは、顔だけじゃ思い出せないとおもうけど。

 僕が内心で彼女の期待を裏切っていると、芦原というその子は、なにやらキョロキョロ
とあたりを窺い始めた。

「……あの、なにか、用?」

 ひかりと凪が先に帰ってお泊りの準備をしてくれているので、早く日直の仕事を終わら
せて迎えに行かないといけないのに。朝の埋め合わせの一環として、赤穂さんには学級日
誌だけ書いてもらって、下校していただいたし……

「そ、そう、だよね。うん、よしっ」

 なぜか自分の頬をぺちぺち叩く芦原さん。そして僕の顔をまっすぐに見つめてくる。な
にこれ、告白でもされるの? モテ期到来しちゃった? ふへへ、キモッ。

「あの、さっきの罰ゲームだけど……これからお願いすることを、叶えてほしいんだ」

「え、あ、うん。まあ、僕にできることなら、べつに、いいけど……」

「物理的に不可能なことじゃないよ。だけど、どうしても嫌だったら、その、断ってくれ
てもいいんだけど……」

 ついさっき、僕の背中におぶさってきた元気はどこへやら。急にしおらしくなってしま
った芦原さんは、もじもじしながら視線を泳がせていた。

「あの、あのね……!」

 そして彼女は僕の手をきゅっと両手で包む込むと、ぎゅっと目を閉じながらその言葉を
口にした。



「あたしと、付き合ってくださいっ!」


485 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [sage]:2014/01/09(木) 12:15:20.71 ID:1mAri3Uao
えっ
486 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [sage]:2014/01/09(木) 12:35:15.32 ID:neqWqq5BO
ここの更新めっちゃ楽しみにしてます
絵が上手くて文章力あるって…なんというハイスペックな1よ…
487 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [sage]:2014/01/09(木) 12:54:03.93 ID:wTUHNsbo0
付き合ってください(黒魔)     とかそんな?
488 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [sage]:2014/01/09(木) 22:57:55.40 ID:3dx34wNmo
えっ
えっ
489 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [sage]:2014/01/10(金) 01:11:50.24 ID:AKmc8KvbO
匂いを嗅がせると本心を聞きだせる花
一種の自白剤のような物
490 : [saga]:2014/01/10(金) 02:49:33.62 ID:9laQllYN0



 ……ツキアッテクダサイ?

 突き合って?

 着き会って?

 憑き遭って?

 ……付き合って、ください?

「―――っ!?」

 ごくり、と喉が鳴る。

 動揺で瞳が揺れる。

 血液が一気に頭へ上る。

 無意識に後ずさっていた右足の下で、老朽化した床板が軋みをあげる。

 ……いやいやいや。はは、そんなまさかね。あれだろ、どうせ買い物に付き合ってくださ
いとか言い出すんだろ? まったく、いけない子だなぁ。

「えっと、何に付き合えばいいの?」

「いや、だからその、あたしとね……恋人になってほしいな……なんて」

「はい!?」

 今度こそ僕は絶句する。いま、僕の一生において絶対に聞くはずのないセリフが聞こえ
たような気がしたんだけど、これは本当に現実なのだろうか? まさかとは思いますが、
この芦原さんとは、僕の想像上の存在に過ぎないのではないでしょうか。

 温かくちっちゃな手で、僕の手をきゅっと握りしめる芦原さん。僕は彼女を新種の深海
生物でも見ているかのような気分で観察する。

 細く滑らかな長髪が、頭部のラインに沿って腰のあたりまで流れている。クリッとした
猫目は人懐っこい雰囲気で、身体は健康的に、出るところは出て、引っ込むところは引っ
込んでいる。まあ要するに、普通にレベルの高い女子だと思う。

 つまりそんな子が、僕に告白なんてするはずがない。

「あはは……いやぁ、ちょっと騙されそうになっちゃったよ。もう、年上をからかっちゃ
ダメだよ?」

「からかってないよっ! 騙してもないし!」

「じゃあ、なにかの罰ゲーム?」

「罰ゲームでもないってば! もう、どうしたら信じてくれるの!?」

 いや、そんなこと言われてもなぁ……。だって、話したこともないのに告白されるなん
て絶対におかしいだろう。どこぞのトラブルだらけの高校生男子でもあるまいし。

 僕がなおも疑念の眼差しを送っていると、芦原さんはムッとしたような表情になる。

「…………じゃあ、ほんとに好きじゃないとできないことしてあげる♪ そしたら責任と
って、ちゃんとあたしと付き合ってね?」

 そう言うと、芦原さんは僕の顔を両手で押さえて、ちょこっと背伸びをして顔を近づけ
てきた。あまりに突然だったので、僕はなんの対応も反応もできなかった。



 廊下の壁に落ちた二人の影が、一瞬だけ重なり、そして離れた。


491 : [saga]:2014/01/10(金) 03:07:17.02 ID:9laQllYN0



 緩やかに廊下を吹き抜けた風が僕の頬を撫で、唇の端っこが気化熱で冷やりとする。唇
同士ではなかったけど、でも今のって、まさか、もしや、噂に聞くところの……!?

「な、なんか思ってたより照れちゃうねっ!」

 言葉通り、顔を真っ赤に染める芦原さん。手をうちわにして、ぱたぱたと顔を扇いでい
る。

「ほんとのキスは、もっとムードがある時のためにとっておこう? これでめでたく、
あたしたちは“恋人”になれたんだしね♪」

 そう言って芦原さんは、僕の胸に顔をうずめて頬ずりをする。さきほどのほっぺチュー
によるあまりの衝撃に意識が吹っ飛びかけていたのを、僕は辛うじて繋ぎ留めながら言葉
を紡ぐ。

「あ、芦原……さん……さ、さっきのは……!?」

「恋人なんだから、ちゃんと“弥美乃”って呼んで?」

 ゆっくりと僕の腰に回される腕に、全身が緊張する。首さえ動かせずに目だけで下を見
ると、芦原さんの熱っぽく潤んだ瞳と視線が交錯した。

「……や……みの」

「ふふっ。なぁに? だーりん♪」

 やばい……なんか順調に取り返しのつかないことになっていってる気がするよ……!? 
もう多分、腰くらいまでは底なし沼にハマってる!

「えっと、今日は用事があるんだっけ? じゃあ今度いっしょにどこか遊びに行こうね!」

 彼女は僕から小走りで離れると、艶やかな長髪を翻しながらくるりと振り返る。そして
先ほど僕の口の端に触れた、濡れ光るピンク色の唇を、人差し指でゆっくりとなぞる。

「そしたら、そこでもっと……恋人らしいことしようね♪」

 くすりと悪戯っぽく微笑むと、彼女はそのまま僕に背を向けて歩いていく。

 彼女が廊下の奥、昇降口へと消えてからもしばらく、僕はその場から動くことができな
かった。 


492 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [sage]:2014/01/10(金) 12:30:19.67 ID:JWYA4Rj80
誘いは誘いでも小悪魔なのか悪魔なのか……それが問題だ
493 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [sage]:2014/01/10(金) 23:15:12.44 ID:pNirn0Qs0
なんかすごいことになってるw
494 : [saga]:2014/01/11(土) 16:52:05.28 ID:0ZbuPTgD0



「篤実くん? 篤実くんっ!」

 つんつん、とひかりが僕の頬を突っつく感触で、ハッと我に返る。つい数時間前の出来
事に思いを馳せていて、呆けてしまっていたようだ。

「な、なにかな?」

「なにじゃないよぉ。篤実くんの番だよ?」

 軽くほっぺたを膨らませながら僕の手札を指さすひかり。僕は手にしているUNOのカ
ード四枚……赤の4、青の4、緑の4、ドローフォーに視線を落とし、薄く微笑む。

「ごめんごめん。ちょっと考え事してて」

 そう言いながら僕は、「緑」と呟いてドローフォーのカードを投げる。ひかりの泣きそ
うな悲鳴を聞いて和んでいると、すでに手札をすべて消費している凪が、僕の顔をじっと
見つめていることに気が付いた。

「どうかした?」

「……あつみ。なにか、あったの?」

「えっ?」

 どきりとして、僕は思わずカードを落としそうになる。

「……な、なんで?」

「ようす、おかしいから。ずっとうわのそら」

 もう虚ろではない、凪の綺麗な瞳に見つめられると弱い。僕は露骨に目を逸らしながら、
曖昧な笑顔を取り繕うことしかできなかった。

 時刻は午後五時頃で、そろそろ空が赤みがかって、どことなくうら寂しい心地になるよ
うな時間帯だった。

 僕とひかり、そして凪の三人は現在、僕の部屋のベッド上でUNOに興じていた。とは
いっても、現在の戦績はひかりの五連敗。最初はトランプで遊んでいたのだけれど、記憶
力のすさまじいひかりが強すぎたため、UNOで遊ぶこととなったのだ。そしたらこのザ
マである。

「うぅ……最初に山札をぜんぶ配るルールだったら、ぜったい勝てるのにぃ……」

 女の子座りをして涙ぐむひかりは、緑の6を場に出す。この時点で勝敗が決したわけだ
けれど、僕のふとももを枕代わりにしている凪の視線によって身動きが取れずにいた。

「あつみ、なにがあったの?」

 ほとんど唇を動かさずに発せられる凪の言葉に、僕はどう答えたものかと思案する。そ
して泳がせていた視線を凪へと戻して、愛想笑いを浮かべた。

「いや、あはは。痛めた右腕がようやく動くようになってきたなぁって思ってただけだよ」

「うそ」

 ぽつりと呟いた彼女の言葉には、わずかに怒気が滲んでいた。僕は表情を強張らせて、
思わずのけ反る。


495 : [saga]:2014/01/11(土) 16:56:18.94 ID:0ZbuPTgD0



「ロン毛がいってた。あつみがうそつくとき、右上をみて、へらへらするって」

 ロン毛というのは、凪が妙義を呼ぶときの悪意ある呼称である。あの事件のときに、彼
が僕を見捨てる判断をしたことをまだ根に持っているらしい。それについては僕からも弁
明しているのに、一向に許す気配がないのである。

 ……っていうかあの探偵、凪に余計なこと吹き込みやがって……!!

 僕は三枚の手札を投げつつ、凪の熱烈な視線から逃げるようにそっぽを向く。

「いや、でも、これは僕の問題だし……」

「と、友達の問題は、ぼくたちの問題だよっ……?」

 UNOのカードを半べそで片付けながら、ひかりが噛みついてくる。そして寝っ転がっ
ていた凪が体を起こして、今度は僕の首に腕を回して、コアラのように抱き付いてきた。
なんか小動物みたいで可愛いな。

「そう。あつみの問題は、わたしの問題でもある。だから、わた…………」

 慈しむような優しい表情で、凪がなにか名言じみたことを言いかけた……その時。

 彼女はゆっくりと慈愛の表情を消して無表情となり、そこから徐々に怒りの表情を浮か
べていく。

 そして、ぽつりと一言。



「…………女のにおいがする……!!」



 本日の修羅場、パート2の幕開けだった。


496 : [saga]:2014/01/11(土) 17:16:11.66 ID:0ZbuPTgD0



「ええっ!? 篤実くん!」

 集めていたカードをブン投げて、ひかりも僕の胸に顔をうずめる。しかし彼はしばし嗅
いだあとで首をかしげて、

「そうかな……? 言われてみればそんな気もするけど……」

「ぜったいまちがいない。あつみ、どういうこと? せつめいして」

 僕がひかりの言葉に乗っかって誤魔化す暇もなく、凪によって助け舟は爆撃されて沈没
してしまった。この小学生超こえーよ……。っていうかなんでわかるんだよ、芦原さんに
抱き付かれたのは十数秒かそこらだぞ。

「い、いやこれは違くって……なんか、急にあっちから……」

 まだ例の告白に対して明確な答えも出していないし、しかも告白なんていうデリケート
なことを、友達とはいえ部外者に話してしまってもいいものかという葛藤はあった。コミュ
障非リアの僕がこんな葛藤をする日がくるとは思いもしなかったが、とにかくこの件を
打ち明けるのにはやや逡巡があったということは弁明させていただきたい。

 しかしながら、普段は穏やかな凪の目の奥に、嵐の到来を思わせるような高波が荒れ狂っ
ているのを幻視した時点で、僕は白状することを決心しました、はい。女子小学生に怯え
る高校生なのだった。

 というわけで、先刻僕を襲った事件の一部始終を彼女たちに説明した。

「―――とまあ、こんな感じなんだけど……それでどうしようかなって考え事してたんだ」

「あ、篤実くんはどうするの……? ほんとに付き合っちゃうの?」

「そんなのだめ。ぜったいだめ」

 凪のちっちゃな手で襟をぐいぐい引っ張られて揺すられながらも、僕はしばし唸って、

「あっちとしては、もう付き合ってるつもりみたいなんだけど……」

「それじゃあ、わかれたほうがいい。わかれるべき。わかれて。わかれろ」

 あの、凪ちゃん……? そんなにガクガク揺さぶられたら、お兄ちゃん苦しいよ? 
あとキャラが壊れてきてませんか? 気のせいですか?

 一方ひかりは、話の途中あたりから顔を赤くさせながらあわあわ言っていた。

「篤実くん……ちゅ、ちゅーしちゃったんだ……」

「だいじょうぶだよ、あつみ。その部分のひふを、うすく切り取れば問題ないから」

「凪さん!? それは問題しかありませんがッ!?」

 そんな「カビかけのミカンでも剥けば食べられるよ〜」みたいな軽いノリで外傷を負っ
てたまるか!!

 その後もなんやかんやと揉めつつ、結局は芦原さんとは付き合わずに徹底抗戦していく
ということで話は落ち着いた。

 たしかにあの場では勢いに流されてしまったけれど、冷静になって考えてみれば、あん
な子が僕に惚れたりなんかするはずないしな。やっぱりなにか罰ゲームとかだったんだろ
う。危ない危ない、うっかり惚れるところだったぜ。

 芦原さんとは付き合わないことを約束すると、ようやく凪の機嫌が落ち着いてきた。し
かし今度はやたら引っ付いてくるようになって、これはこれで困ったことになった。いつ
まで続くのか知らないけれど、凪の「パパと結婚するモード」にも困ったものだ。まあ、
あと一ヶ月もすれば自然と離れていくだろうけどな。

 そんなこんなで、僕たちの夜は更けていった。


497 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [sage]:2014/01/11(土) 21:29:08.39 ID:lA1L/gS50
怖えww
498 : [saga]:2014/01/11(土) 23:23:16.81 ID:0ZbuPTgD0



 今日の夕食は人数が多い分、それなりに賑やかな食卓となった。とは言っても、ひかり
も凪もあまり積極的に会話に参加するタイプの子ではないので、主に賑やかだったのは僕
と双子たちだったのだが。

 というのも、僕がこの島でトップクラスに気を許している二人が両隣に座ってくれたた
めに僕のテンションがやや高めだったのである。それは双子たちにも指摘されて、ちょっ
と恥ずかしくなった。

 お婆ちゃんお手製の島の郷土料理である練り餅に、特にひかりが感動していた。たしか
にこれはすごく美味しい。

 それと僕の大好物である、氷雨お手製の魚ときのこのスープも出てきて大満足だった。
これは本当に美味しくて、今のところ僕が今まで食べた物の中で一番だと言い切れる自信
がある。そのことを言ったら、凪が「れんしゅうするから」と呟いていた。マジで? 超
楽しみにしてます。

 そうして夕食が終わり、僕は皿洗いを始める。ひかりと凪には僕の部屋で待っているよ
うに言ってあるので、勝手に部屋の中を探られないうちに急いで終わらせてしまおう。

 すると、食器を運ぶのを手伝ってくれた氷雨が最後の食器を持って台所へと現れた。し
かしなんだか様子が変で、どことなく上の空というか、心ここにあらずといった感じだっ
た。

 そういえば夕食中も、一度も喋っていなかったように思える。まあそれ自体は、べつに
変わったことではないのだけれど……それにしても今日はなんだか、雰囲気が違っている
ように見えるのだった。

 僕は気にかかりつつも、しかし男には言えない事情かもしれないので、黙って皿洗い
を続けていた。

 氷雨は洗い終わった皿を無言で拭いてくれていたが、やがて控えめに口を開いた。

「……よかったですね」

 僕は、スポンジで皿をこする手を止めた。ゆっくりと流れ落ちていく泡から目を離して、
そろりと氷雨のほうへ視線を向ける。

 氷雨はただ皿を見つめながら、黙々とタオルを動かして食器を拭っている。

 蛇口から迸る水流の音だけが、やけに大きく台所に響いていた。


499 : [saga]:2014/01/11(土) 23:29:37.35 ID:0ZbuPTgD0



「えっと……なにが?」

 散々考えたものの、なにが「良かった」のかがわからなかったので、思い切って質問し
てみた。するとやはり氷雨は皿を見つめたまま、淡々とした口調でそれに答える。

「聞こえちゃったんです。兄さんと私のベッドって、壁がなければ数センチしか離れてま
せんから」

 そう言われても、やっぱりなにが良かったのかはわからない。いったいどの話のことを
言っているのか……

 尚も首をかしげていると、氷雨は拭き終わったお皿をことりと置いた。そこで僕は水を
流しっぱなしにしていたことに気が付いて、皿洗いを再開した。

「えっと、なにが良かったの? 僕に友達ができたこと?」

 洗い終わったお椀を氷雨に差し出しながら問うと、氷雨はお椀だけに視線を注ぎつつそ
れを受け取る。そしてついでに一言。

「彼女ができた……って、聞こえたので。……キスとかも、したって」

「えっ」

 一瞬、彼女がなにを言っているのかわからなかった。しかしおそらく氷雨は、僕が凪た
ちに今日のことを説明した、その前半部分だけを聞いていたのだろう。まあ僕の恋愛事情
なんて興味ないだろうから、途中で聞くのをやめたに違いない。

 氷雨はお椀をタオルで拭きながら、口元だけでうっすらと微笑む。

「兄さんに彼女ができたら、私たち従妹たちも安心です」

 言っている意味を理解するのに手間取ったが、ようするに僕が居候先で従妹に手を出す
ような腐れ外道だと思われていたということだろうか。なにそれ心外すぎる。僕は紳士だ
から、そんな恩知らずなことは絶対にしないとここに誓いますよ、ええ。

 誤解は解いておこうかと考えていた僕だったけれど、しかし氷雨が安心できると言って
いるなら、それはつまり今までは不安だったということになる。そういうことなら、その
誤解は誤解のままにしておいたほうが彼女のためなのではなかろうか。

 思案の末に僕は、

「あはは、うん、まあ、ありがとう。そういうことなら安心してよ」

 勘違いを招くように曖昧な返事をしておく。べつに嘘はついていないし、それでいて
誤解も解かない答えかたのはずだ。

 それから僕たちは、相も変わらず無言のまま皿洗いを終えた。まあ、わざわざ彼女の件
を「よかったですね」なんて言ってくるくらいだから、きっと最初よりは氷雨との距離は
縮んでいるのではなかろうか。……なんかじつに遺憾な警戒をされてたらしいけど。

 皿を食器棚にしまうと、僕は氷雨と別れ、二人の待つ自室へとまっすぐに向かった。


500 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [sage]:2014/01/12(日) 07:28:55.25 ID:nOevFf5DO
不穏が渦巻いてるなぁ
501 : [saga]:2014/01/12(日) 10:07:12.44 ID:ZMeg0Pzr0



 やはり倫理的な問題もあって、僕と凪がいっしょにお風呂というのはさすがに実現する
ことはなかった。いや、べつに残念とかじゃないけど、凪のほうは露骨にむくれてしまっ
たのでご機嫌をとるのにとても苦労した。

 だから公平性の面から、僕とひかりがいっしょにお風呂に入るということも実現しなか
ったのだけれど、僕はひかりを完全に男の子、少年、という風には見れないので、どちら
にしてもいっしょにお風呂に入るのは遠慮したかったので問題はなかった。

 そんなわけで現在、凪がお風呂に入っているので、僕とひかりは部屋で二人っきりにな
っているのである

 僕がベッドに腰掛けると、ひかりは子犬のようにちょこちょこ寄ってきて隣に座った。
若干肩が触れるような距離で並んで座っていると、男の子とは思えないような良い匂いが
した。なにこれほんとに同じ生命体?

 ひかりのさらさらな髪を見ていると、ふとこちらを振り返ったひかりと目が合ってしま
った。僕はちょっぴり変な気分になって、思わず目を逸らす。

「あ、なんでいま、目をそらしたの?」

 ぷくっと頬を膨らませながら、ひかりが僕の服を引っ張る。拗ねたような声だったけれ
ど、ひかりは楽しそうに笑っていた。

「べつに、目を逸らしてなんかいないよ」

 そう言いながら僕は、ひかりの脇に手を差し込む。ひかりはくすぐったがりなので、も
うそれだけで「ひゃんっ!?」という悲鳴を上げながら飛び跳ねてしまう。

 そんな反応をされるとこちらも嗜虐心が燃えあがって、ついついめちゃくちゃになるま
でくすぐり倒してやりたい気持ちも浮かんでくるのだけれど……

 いつもは普通にしているから忘れがちになってしまうが、一応ひかりは病人だ。そのた
めあまり体に負担をかけそうなことはしたくはない。でもいじめたい。僕の中の天使と悪
魔が拮抗する。

 悪魔が言う。「やめとけやめとけ。ここは精神的にちょっとイジワルするくらいに留め
ておけよ。こんなか弱い相手をいじめたって、楽しくねえだろ?」

 天使が言う。「ヤったればいいのです。彼も体を鍛えられるし、こちらも欲求を満たせ
るし、もうめちゃくちゃにしてやればいいのです。ついでに撮影もすればいいのです」

 あれ、なんかこいつら役割変じゃね? ……まあいいや。

 結局のところ、僕は思いっきりくすぐるということはやめた。そのままくすぐりもせず、
かといって脇から手を抜くこともせず、付かず離れずの微妙なくすぐりを開始した。

 ひかりのちっちゃな脇を、ゆっくりと撫でていく。

「ひかり、いまどんな感じ?」

「んっ、あっ……く、くひゅぐったいよぉ……」

 なんだかひかりがいかがわしい声を出し始めたが、べつに僕は悪くない。都会の学校で
は、みんな友達同士でくすぐりっことか、カンチョーとかしてたしな。むしろ僕のこれは
優しいほうだろう。


502 : [saga]:2014/01/12(日) 10:14:21.38 ID:ZMeg0Pzr0



 指を動かしたりはせず、あくまで手のひら全体でゆっくり撫でるように動かす。

「あっ……ふぅ、んっ……だ、だめ……」

 ダメなのはお前の反応だ。見た目も声も反応も女の子みたいだから、なんかイケナイ情
熱が燃えあがりそうな気がしてきた。

 座っていられなくなったのか、くたっとしてベッドへ仰向けに倒れこんでしまうひかり。
顔は赤く、涙目で、息も荒い。よし、こんなにかわいいひかりが女の子なわけがないな。

 いや「よし」じゃねぇ! なに言ってんだ僕は!?

 ……でも、ちょっとだけならくすぐってもいいかな……い、一瞬だけ揉んでみよう。

 くにっ。

「ひゃうっ!?」

 焦れったい微弱な刺激に耐えていたひかりが、海老反りになる。こうなると、僕がいつ
再び揉んでくるかわからずに恐怖に怯えることとなるだろう。

「はぁ、……んんっ……」

 小さく震えながら、恐怖と刺激に耐えるひかり。なんでこの子、抵抗とかしないんだろ
う。そろそろ止めてくれないと、エスカレートしちゃうよ?

 って、いかんいかん。ほんとにそろそろ自重しなくては……

 僕は顔を逸らして、ひかりの脇から手を抜き取る。

 雫がこの部屋を使っていたころの掛け時計で時刻を確認すると、もう凪を風呂に向かわ
せてからそこそこの時間が経っていた。

 さて、次はひかりを風呂に入らせるか。もう着替えを準備させたほうがいいかな。

「ご、ごめん、やりすぎちゃったね」

 怒ってたらどうしよう、とひかりのほうを振り返れない僕。しかし、荒い呼吸を繰り返
すひかりの口から返ってきた言葉は、

「……ううん。あ、篤実くんがしたいなら……ぼく、もうちょっと……いいよ……?」

「…………。」

 いいんですか、ひかりさん……!?

 おそらく僕の目は血走っていたかもしれない。両手をワキワキさせて振り返ると、ひか
りは両手を軽くバンザイするような姿勢で寝そべっている。その体勢はどことなく、犬が
腹を見せて行う服従のポーズを思わせた。

 僕の心臓がうるさいくらいに高鳴っている。そしてひかりのほうも、見てわかるくらい
胸がトクトクと上下している。

 僕はゆっくりと、その小さな体に手を伸ばして……

「あつみ、ひかり、おふろあがった」

 ガチャリと僕の部屋のドアが開いて、髪を下ろした凪が入ってきた。

「そ、そっか! よしじゃあひかり、入ってきなさい!?」

「う、うん、そうだねっ!?」

 なぜか慌てふためく僕たちに、凪は小首をかしげて不思議そうな顔をしていた。


503 : [saga]:2014/01/12(日) 13:02:52.38 ID:ZMeg0Pzr0



 僕は誰もいない音楽室の窓際で、反対側の校舎にある自分の教室を眺めていた。僕のた
った一人の友人を追い詰めて傷つけた馬鹿どもが、まんまと僕の策略に引っかかっている
のを見て、堪え切れずにほの暗い笑みが漏れた。

 彼らは現在、こっくりさんを……いや、うちの高校で言うところの“赤目さま”を行っ
ている。僕が昨日の夜にありったけの呪詛を込めて作成した五十音表に十円玉を添えて、
朝早くに教室の後ろへと置いておいたのだ。

 お調子者のあいつらは、誰が用意したかも知らないソレを使って、面白半分で儀式を始
めるとわかりきっていたから。

「赤目さま、赤目さま、お越しください」

 僕は笑いをかみ殺しながら、呪詛を込めて呟く。

「赤目さま、赤目さま、お越しください」

 本当に“赤目さま”が現れて彼らを憑り殺してくれるならそれが最善だけれど、べつに
そうでなくても問題はない。元々、僕が直接あいつらに祟りを与えるつもりなのだから。

 その日の夜、僕はそいつら四人のうち三人に公衆電話から電話をかけた。携帯番号は、
あらかじめ学校でそいつらのうちの一人の携帯をくすねてアドレス帳から抜き出しておい
た。この復讐は、手に入れた四つの携帯番号を最大限に利用することになる。

 僕は電話に出た三人に、“三人以外の残る一人の声を使って”こう言った。

「大変だ、“赤目さま”は本当にいたんだ! やばい、俺と入れ替わろうとしてる! 助
けてくれ、死にたくない! うわあああああっ!!」

 ……翌日。

 僕に声を使われたそいつは、なにも知らずに登校してきた。昨晩、自分が公衆電話で三
人に助けを求めたことなんて知る由もなく。

 残る三人が自分を心配しているのを見て首を傾げ、昨晩のアレはなんだったんだと訊ね
られて、彼はこう言った。

「なんのことだ? 俺はそんなことしてないぞ」

 けれど、三人はその言葉に納得しない。だって間違いなく“そいつの声で”電話がかか
ってきたのだから。悪い冗談はよせと詰め寄られても、本人は「そんなことは知らない。
からかってるのか?」と困惑するばかりだ。

 三人がこんな疑念を抱くのに、そう時間はかからなかった。



 こいつは本物じゃない。“赤目さま”なんじゃないか……と。


504 : [saga]:2014/01/12(日) 13:07:03.32 ID:ZMeg0Pzr0



 僕は妙な圧迫感で目を覚ました。なんだか昨日に引き続き、変な夢を見た気がする。背
中にじっとりと嫌な汗をかいていた。

 しかしそんな思考は、僕に左右から抱き付いている小学生二人に気が付いた瞬間に消し
飛んでしまった。なにこれ、どういう状況?

 右を見る。そこには、僕が昨日ドライヤーで髪を乾かしてやった凪がすやすやと寝息を
たてていた。僕の右腕を枕にしていて、幸せそうな顔で熟睡しているようだが……しかし
僕の右腕が指一本動かなくなっている。感覚がない。なにこれすごい怖いんですけど。

 左を見る。そこには、僕の左腕を枕にして天使のような寝顔を披露しているひかりがい
た。そしてやはり、こちらの腕もまったく動かせない。おやおや、屍鬼封尽でも食らった
のかな?

 そうだ、思い出したぞ。こうなった原因は、以前僕が鏡ヶ浦家に泊まりに行ったときに、
僕が凪といっしょに寝なかったからだ。いや、凪が寝付くまでは確かにいっしょの布団で
寝ていた。だって凪がめちゃくちゃゴネて、そのうち凪のお母さんまでお願いしますとか
言い出すんだもの……

 それで渋々、凪といっしょの布団で寝たのだけれど……しかし、やっぱり小学生とはい
え女の子が赤の他人である男といっしょに寝るのはよろしくないと思ったので、凪が眠っ
たのを確認した僕は、こっそりと布団を抜け出して、寝室の隅っこの畳で寝たのだった。

 無論、翌朝になって凪の怒りを買ったのは言うまでもない。

 だから今回はこっそり布団を抜け出せないように、腕枕という案が採られたわけである。
まあこういうわがままも可愛いから、僕としては良いんだけど……でも、凪が中学生くら
いになった頃に黒歴史にならないか心配なんだよなぁ……

 だけどそのうちこの子のほうから離れていくまでは、こうやって甘えさせてあげるのも
いいかな、なんて思ったりもしていて……

 結局僕は両腕の感覚がないまま、二人が起きるまで待ち続けたのだった。


505 : [saga]:2014/01/12(日) 21:03:24.61 ID:ZMeg0Pzr0



 昨日のドタバタが嘘のように、その日の朝は平和なものだった。修羅場もないし、騒動
もない。変な予言メールが届くこともなければ、嵐が訪れることもないし、天の現人神を
自称するゴスロリ中二少女が襲来することもなかった。

 しかしながらその平穏は、嵐の前の静けさとでも言うべき、束の間のものだったのだ。

 今日の昼食も、机を囲ったのはいつものメンツだった。まず僕がいて、右に凪、左にひ
かり、正面には雫と霞、そして赤穂さん。今日は妙義がどこかへ行ってしまっていたけど、
概ねいつも通りの顔ぶれだった。

 そして、その平穏を台無しにするかのように……真っ白な半紙に、墨汁を垂らすかのよ
うに現れた少女が一人。

「こんにちわ、だーりん♪ 今日はあたしと二人っきりで食べよ?」

 むにゅ、という感触が僕の後頭部に押し当てられる。後ろから伸びてきた腕が僕の頭を
抱きかかえて、黒く艶やかな髪がさらりと視界に流れてきた。

 いきなりのことだったので、僕は大いに慌てふためいてしまう。

「ちょ、ちょっと、芦原さんっ!?」

「だからぁ、“恋人”なんだし弥美乃って呼んでってば♪」

 芦原 弥美乃による突然の爆弾発言に、双子は「「えっ!?」」とハモり、赤穂さんは
目を丸くして固まっていた。

 や、やばい……! この娘、よりにもよってこんな場所で……

「こ、恋人って……あのさ、芦原さん。昨日は言いそびれたけど……」

 僕は昨日から考えていたセリフを、なるべく滑らかに口にしようとした。彼女との恋人
関係とやらを破棄すべく考えた台本だ。

 けれどもその途中で、黒い彼女は僕の耳元ぎりぎりまで顔を寄せて囁いた。

「あたしとしては、みんなの前で昨日の続きをしてもいいんだけど……だーりんはシャイ
だから、二人っきりのほうがいいよね♪」

「……!!」

「ね? 二人っきりで、ゆっくりお話ししよ♪」

 ……遠回しに脅迫してるのか……!? 二人っきりにならなかったら、ここでキスする
って言いたいのか!?

 視界にいる五人の顔をチラリと窺う。今にも噛みつきそうな凪、不安そうなひかり、微
妙な表情の双子、そして赤穂さんは、なぜだろう、なんだか悲しそうな顔をしていた。

「……今日だけ、だよ」

 僕はため息といっしょに吐き出すように、渋々了承した。こんなところで、そんなこと
をされるわけにはいかない。

「やったあ♪ さっすがだーりん!」

 僕の頭を後ろから抱えたまま、頬ずりをする芦原さん。

 僕は立ち上がりざまに、不服そうに眉をひそめている凪の頭を撫でながら「わかってる」
と耳元で囁く。それを聞いた彼女は、こくりと小さく頷いた。

 芦原さんの胸に右肘を包まれながら、僕は彼女に引きずられるようにして教室を後にし
た。


506 : [saga]:2014/01/12(日) 23:29:32.42 ID:ZMeg0Pzr0



 芦原さんに連れられた先は、体育倉庫だった。校舎から少し離れたところに建っている、
鉄扉を備えた立方体の建築物である。

 それに迷わず近づいていく芦原さんは、「あれ?」と小さく声を漏らした。

「南京錠がなくなってるね? 誰かが外しちゃったのかな」

 そう言いながらも彼女は、数センチ開いた鉄扉に躊躇なく手を伸ばす。僕は南京錠がな
いという事実によって嫌な想像をしたが、止める間もなく芦原さんは扉を開けてしまった。

 開かれた体育倉庫の中では、氷雨が一人でお弁当を食べていた。

「あっ……」

 思わぬ事態に固まる三人。しかし僕には少しだけ予想できた事態なので、最も早く硬直
から復帰することができた。

「あ、芦原さん……他のとこに行こう」

 僕の右腕に絡みついている芦原さんを引っ張ろうとすると、続けて硬直から復帰した氷
雨が信じられないスピードでお弁当箱を片付けて、かと思えば僕たちの横を駆け抜け、走
り去ってしまった。

 声をかける暇もなかった。僕はあっという間に小さくなっていく氷雨の背中をしばらく
見つめていたが、ぐいっと右腕を引っ張られたことで我に返った。

「せっかく場所を譲ってくれたんだから、ありがたく使わせてもらおう♪」

 芦原さんは僕を倉庫内へと引っ張り込み、重たい鉄扉をガシャンと閉じる。入口を完全
に閉じた倉庫内は薄暗く、壁の上方、一ヶ所にだけはめ込まれた小窓が唯一の光源だった。

 教室のみんなや、さっきの氷雨のことが気にならないではないけれど……しかし今は目
の前のことに集中しよう。

 せっかくりずむさんのおかげで僕の悩みの大半が解決したのだ。これ以上面倒事を抱え
るわけにはいかない。彼女とは、今日ここで決着をつける……!

「ねえ、芦原さん。僕は……」

「弥美乃って呼んでくれないと、聞こえないな♪」

「……弥美乃」

 やっぱり僕がイニシアチブを握ることはできそうにない。

「ねえ弥美乃、その、どういうつもりなの?」

「どうって?」

 今日は黒のワンピースを身にまとっている彼女は、体育倉庫の薄暗さですっかり闇に溶
け込んでいた。白い顔だけが闇に浮かんで、可愛らしく首をかしげている。

「いや、だからさ、恋人とかなんとか……なにが目的なの?」

「ねえ、だーりん、ちょっと座って?」

 僕の質問を黙殺して、弥美乃は僕の腕を引いて体操マットに座らせる。そしてなにをす
るのかと思いきや、なんと彼女は僕と向かい合うようにして僕の足に跨ったのだ。


507 : [saga]:2014/01/12(日) 23:32:33.93 ID:ZMeg0Pzr0



 この体勢は何度か凪としたことがあるけれど、凪の場合はいつも僕が見下ろすような形
となる。それに対し弥美乃はスタイルがいいので僕を見下ろす形となり、僕の目の前には
彼女の胸が来ることとなる。

「ちょ、弥美乃……なにして……!?」

「だーりんは、ちゅーだけじゃ物足りないみたいだから……もっと、楽しいことしてあげ
る♪」

 そう言って顔を近づけてくる弥美乃。しかし今回は突然ではなかったので、どうにか
反応することができた。僕は彼女の肩を掴んで遠ざける。

「だーりん、どうしたの? あ、もしかしてだーりんが上のほうが良かった?」

「だから、こういうのはよくないんだって。もっと自分を大切にしなよ」

 彼女を横に押しのけて体操マットに転がすと、僕は立ち上がって倉庫の鉄扉へと向かう。

「“事情”を言ってくれる気になったら、ちゃんと話を聞くよ。じゃあね」

 ドッと疲れながらも、僕は鉄扉の引手の部分に手をかけた。

 そのとき、背後から“シャキン”という金属が擦れるような音が聞こえて、僕は扉を開
こうとしていた手を止めた。

 シャキン、シャキン。

 僕は引手に手をかけたまま、しばし固まっていた。このまま扉を開けてしまうか、それ
とも背後を振り返るか。

 シャキン、シャキン。

 この音、なんだったか。なにか聞き覚えがあるような気がするが、思い出せない。

「ねえ、だーりん。扉から手を離して♪」

 シャキン、シャキン。

 数秒悩んで、僕はゆっくりと手をひっこめた。そして、恐る恐る背後を振り返る。

 そこには……



 小窓からの逆光で黒いシルエットとなった弥美乃が、大きな鋏を手にしていた。


508 : [saga]:2014/01/12(日) 23:35:34.44 ID:ZMeg0Pzr0



 シャキン、シャキン。

 鋏がゆっくりと開き、そして閉じられる。そのときに、例の音が体育倉庫へとこだまし
ていたのだった。

 鋏のサイズは三〇センチほどで、いわゆる裁ち鋏と呼ばれるものだった。持ち手から刃
先まで全身が真っ黒で、光を反射しないそのボディが、まるで生き物のように開閉してい
る。

 思わず後ずさると、背中が鉄扉にぶつかった。どう考えても、この扉を開いて外に出る
よりも、彼女が僕のところにたどり着くほうが―――速い。

「お、落ち着いて……弥美乃……」

 僕が両手を挙げて説得に臨もうとすると、弥美乃は突然吹き出して、おかしそうに笑い
だした。

「ふふっ、あはは! もぉ、だーりんってば怯えすぎだよ! もしかしてあたしがこの鋏
で、愛するだーりんに襲い掛かると思ったの? そんなわけないでしょ♪」

 くすくすと笑いながら、黒い裁ち鋏を自分の顔の前に持ってくる弥美乃。逆光で表情は
窺えないが、声色からしてヒステリーを起こしているわけではないようだ。僕はすこし安
心して、胸をなでおろす。

 しかしそれなら、どうして今このタイミングで裁ち鋏を取り出したのか。その疑問を僕
が口にするより早く、弥美乃が実演をもってそれを説明してくれた。



 弥美乃は裁ち鋏を操って、自分が着ている黒のワンピースを躊躇いなく切り刻み始めた。



 あまりに理解を超えたその行動に、僕は思考停止に陥ってしまった。そのあいだも弥美
乃は、迷いなく、容赦なく、躊躇なく、自分の服を切り刻んでいく。

 ジョキジョキ、ジョキジョキジョキジョキジョキ。

 やがて僕が我に返って状況を認識する頃には、弥美乃は穴だらけのワンピースの胸元に
鋏を突っ込んで、パツン、となにかを切った。まさか、とゾッとした僕だったけれど、ワ
ンピースの下に落ちてきたのは、血液ではなく黒い布だった。


509 : [saga]:2014/01/12(日) 23:38:54.05 ID:ZMeg0Pzr0



 続けて、腰のあたりに鋏を突っ込んで、バツン、と切る。またしても黒い布が弥美乃の
足元に落ちた。

 ようやく逆光に目が慣れてきた僕の目には、これだけ異常な行動をしているのに、いつ
も通り穏やかな弥美乃の顔が映った。

 弥美乃は裁ち鋏を体操マットの上へ適当に放り投げると、ズタボロの格好で僕へ歩み寄
ってきた。

「えへへ、どうしよう? 服がこんなんじゃ、教室に戻れないね♪」

「……ソウデスネ」

 彼女は昨日と同じように、僕の胸に顔をうずめる。そして頬ずりをしながら、

「だーりんは教室に戻ってもいいよ? あたしはここで誰かが来るまで、ず〜っと待って
るから♪」

「いやぁ……こんな格好の女の子を置いていくなんて、とてもとても……ふへへ」

「やん♪ さっすがだーりん、優しいな〜」

「いやいや、それほどでも」

 性犯罪者の謗りを受けるのは御免ですから☆

 僕は上着を脱いで、弥美乃に羽織らせる。ちょっと下半身がパンクなファッションにな
っているけれど、これならギリギリ外を歩ける……かもしれない。

 弥美乃は、先ほど切り落とした黒い布と裁ち鋏を回収して僕のズボンのポケットにねじ
込むと、僕の腕に抱き付いた。

「それじゃあ、あたしのおうちに行こっか!」

「もう好きにしてください……」

 僕は振り回されるのに疲れ、うんざりと答えた。この子に勝とうとするのは、もう諦め
たほうがいいのかもしれない。

 終始にこやかだった弥美乃だったが、しかし一瞬だけ真顔になって、

「……だーりんが知りたがってた“事情”も、そこで教えてあげるからさ」

 どんよりと冷え込んだ声色で、彼女はそう呟いたのだった。


510 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [sage]:2014/01/13(月) 01:06:36.46 ID:N78n+WFi0
あー主人公爆発しねーかなー(嫉妬)


とてもワイルド。爆発シーンの多い映画が好き。
511 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [sage]:2014/01/13(月) 02:35:28.70 ID:cjXLHy4Q0
ヤンデレかいw
512 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [sage]:2014/01/13(月) 08:18:35.01 ID:jRfsZYbDO
デレとも違う様な(汗
策士ぽくは思ったけど
513 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [sage]:2014/01/13(月) 08:26:38.73 ID:bjZzOK/XO
緩急あっていいSSだな
514 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [sage]:2014/01/13(月) 23:14:13.91 ID:W98pZHLx0
女って怖いなぁ
515 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [sage]:2014/01/15(水) 23:50:51.58 ID:LVTsM0TaO
そういえばここの島って文化祭的なやつできるのか…?
村人総出?
516 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [sage]:2014/01/16(木) 14:01:11.66 ID:hjlglrjJ0
娯楽が無ければ祭りが多そうな気がするが
517 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [sage]:2014/01/16(木) 14:16:29.06 ID:m5yy23hZ0
双子は百景島の人・物・事からのモチーフをアレンジした設定のカードゲームを製作中
518 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [sage]:2014/01/16(木) 14:40:00.30 ID:RHMqe6Ij0
幻想被服店
コスプレイヤーが着る様なのを、ちゃんと着られる服としてガ・チ・で!作っている。頼めば
オリジナルデザインのものを良心価格でオーダーメイドしてくれたりする。聖もたまに来る
普通度を増したマイルドアレンジVer.もあるぞ
519 : [saga]:2014/01/16(木) 15:15:30.21 ID:vhzkuFgn0

コメントありがとうございます! とても励みになります!

……しかしキャリアサポートの先生に怒られたため、今まで以上にゆっくりまったり更新となってしまいそうですっ! 申し訳ございませんm(__)m


520 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [sage]:2014/01/16(木) 15:57:01.02 ID:GBv1ylD70
叱咤激励か……サポに必要でもあるとはいえ、結構来るよな……
521 : [saga]:2014/01/18(土) 13:49:59.35 ID:xRGev6c10



 これまでの弥美乃を見てきた僕としては、もしかしたら彼女の家も全身真っ黒なんじゃ
ないか、なんて若干失礼なことを考えていたのだけれど、もちろんそんなことはなくって、
ごくごく普通の一軒家だった。イメージ的にはのびたくんの家に近いかもしれない。

 玄関側から見ると、二階の窓は雨戸で閉ざされていて中を窺うことはできない。もしあ
の部屋が弥美乃の部屋なんだとしたら、この子は案外横着なのだろうか。

 そんなわけで、僕は弥美乃の家に連れてこられてしまった。

 幸いここまでの道中でお巡りさんに遭遇することはなく、弥美乃のパンクなファッショ
ンに突っ込まれることもなかった。本当に奇跡である。

「それじゃ、入って入って♪」

 相変わらず僕の肘に柔らかい感触を押し付けながら、弥美乃は僕を引っ張って玄関へと
誘い込む。やはりこの島の防犯意識の例に漏れずにノーロック・ノーセコムらしく、鍵も
使わずに玄関扉は開いた。



 その瞬間、弥美乃は僕の顔面を抱きかかえるようにして自分の胸に押し付けた。



「もがっ!?」

 なにが起こったのかわからずに混乱する僕の頭の上で、弥美乃の忌々しげな舌打ちが聞
こえた。

「ママ! 早くどっか行ってよ!!」

「あら、弥美乃? 学校はどうしたの?」

「今日は午前で終わり! いいからどっか行って!」

「はいはい、わかったわよぉ。もう」

 真っ黒な視界の外で、バタン、という扉の閉まる音が聞こえた。するとようやく僕の頭
部は解放されて、新鮮な空気にありつくことができた。危ない危ない、世界一幸せな死に
方をするところだった。

「ぷはっ!? ……い、今のは……?」

「……ママがいたから、だーりんには見られたくなかったの」

「え、これからお邪魔するなら挨拶とかしないと。っていうか、お母さんを見られたくな
いってどういうこと?」

「うちのママ、家では裸族だから」

 ……僕はこの瞬間、初めて弥美乃の逆セクハラに対して感謝した。

 その後、彼女に手を引かれた僕はまっすぐに、二階のある一室へと案内された。二階に
は部屋が二つあって、奥のほうがあの雨戸の閉まっていた部屋らしい。そこは扉に鎖のよ
うなものがかかっていて、まるで“開かずの間”といった風体だった。

 弥美乃が僕を通したのは手前の部屋で、そこは小ざっぱりとしたレイアウトだった。散
らかっているわけではないけれど、特に趣味物のようなものも見当たらず、女の子らしい
装飾が施されているわけでもない。なんというか、冷めた感じの部屋……という印象。
なんかギャルゲーの主人公の部屋みたいだな。

 家具はベッドと勉強机、タンスにチェスト、棚、クローゼット、そして部屋の中心には
ガラステーブルが据えられていた。やっぱりというかなんというか、全体的に黒が基調と
なっているようだ。


522 : [saga]:2014/01/18(土) 13:53:38.56 ID:xRGev6c10



 弥美乃はベッドの上からクッションを二つ取って並べると、

「だーりん、なに飲みたい?」

「い、いや、べつにいいよ。それより……」

「あ、そうだったね」

 僕の意図を察したように頷くと、弥美乃は僕が羽織らせた白シャツを脱ぎ捨てた。

「これでよし。それでだーりん、なに飲みたい?」

「全然よくないよ!? なんで僕が服を脱ぐように催促したみたいになってるの!?」

 パリコレとかにも出れそうな格好となった弥美乃は、不思議そうに首をかしげていた。
え、なにこれ僕がおかしいの? 違うよね? 間違ってるのは世界のほうだよね?

 僕はため息をついて、クッションの一つに腰を下ろした。

「……いや、まあいいや。まず着替えてから話をしようか」

「えっとごめん、あたし家では裸族なんだ♪」

 母娘揃って蛮族どもが!

「じゃあなんでさっき、お母さんに怒ってたの?」

「べつに怒ってないよ? ただ、だーりんにあたしの裸よりも先に、ママの裸を見せたく
なかったから♪」

 なんだこれ、気持ちはわからないでもないが微塵も共感できそうにない。そもそも弥美
乃の裸を見る予定は今後一生無いので……

「よい、しょっと♪」

 とか考えてたら、弥美乃が突然ズタボロのワンピースを脱ぎ捨ててしまった。

「うおゎ!?」

 僕は全速力で体を反転させて、弥美乃に背中を向けた。

 っていうか、チラッとだけ見えてしまった彼女の体(もちろん放送コードに引っかかる
ような部分は見えていない。ジャンプだったら船長旗で隠されるような部分など断じて見
えていないと僕はここに誓言する!)は、僕の見間違えでなければ下着をつけていなかっ
たように見えたのだけれど……

 そこで僕はハッとなり、先刻彼女が僕の尻ポケットにねじ込んだ黒い布を抜き出して、
明るいところで改めて見てみた。そして、それをすぐに背後の弥美乃に投げつける。

「あれ? これはだーりんにあげるよ?」

「いらないよ!! っていうかポケットからはみ出してたこれを、誰かに見られてたらど
うするの!?」

「そしたら、見せつけちゃえばいいんだよ♪」

 そう言いながら僕の背中に近づいてきた弥美乃は、僕の左肩にあごを乗せて、僕の脇の
下から腕を回すようにして抱きしめてきた。なんだかこれまでとは背中の感触が段違いだ
と思ったら、たった今二人を隔てているのは僕のTシャツ……つまり布一枚だという事実
に気が付いた。

 女の子の部屋に連れ込まれて、全裸で後ろから抱き付かれている……こ、これはちょっ
と、さすがのヘタレ神でもヤバイかも……って誰がヘタレ神だっ!


523 : [saga]:2014/01/18(土) 14:00:12.91 ID:xRGev6c10



「や、弥美乃……だ、だから、こういうのは、やめなって……」

「なんで? 恋人同士なんだし、これくらい良いでしょ?」

 すらっとした白い脚が、僕の腰に巻き付いた。ちょ、マジでやばいって……!

「……こッ、恋人じゃ、ないよ……それに、弥美乃の言う恋人っていうのは、“手段”で
しょ……!」

「ふふ。やっぱりだーりんはステキだなぁ♪ 委員長とか、あの男ども二人と違って……
“本当のこと”がよく見えてる。しかもそれでいて、こんなに優しい♪」

「……ぼ、僕に優しさなんてないよ……あるのは、甘さと臆病さだけだよ」

「それでも」

 弥美乃が僕のTシャツの下へ手を滑り込ませた。さすがにこれはまずいと思って、僕は
服の上から弥美乃の手を握って抑え込む。

「だーりん、すっごいドキドキしてるね♪」

「……そりゃ、こんなことされちゃね」

 すると弥美乃は、僕の体を引っ張って後ろに反らさせると、僕の首に吸い付いた。

「ちょっ!?」

 ぞわぞわとした感覚が、首を中心とした皮膚表面を走り抜ける。これにはさすがに、こ
こまで繋ぎとめていた理性がぐらりと揺れるのを感じた。

 そもそも僕だって、そういう欲求がないわけじゃない。ただこの島に来た当初は精神が
衰弱してて、そういう欲求が沈み切っていたし、しかも双子がしきりにゴミ箱を漁ってく
るものだから……この島を訪れてから今日まで一ヶ月、一度もそういった行為をしていな
いのだ。それが結果として、この鉄壁の理性を築いているのである。

 しかし『精霊通信事件』以降の僕の幸せっぷりや、ここまでの誘惑で、さすがにそれも
限界が見えてきていた。

 さながら吸血鬼のように僕の首に吸い付いていた弥美乃はようやく口を離すと、

「だーりんのすべてはあたしのものだし、あたしのすべてはだーりんのものなんだよ?」

「……」

「だから……ね? 好きにしていいよ♪」

 僕の理性の糸が、ぶちぶちと切れかかるイメージが浮かぶ。そして、それはただのイメ

ージではないことも、このままではマズイということも、直感で理解できた。

 だから、僕は。



「きぃ〜〜〜みぃ〜〜〜がぁ〜〜〜あぁ〜〜〜よぉ〜〜〜おぉ〜〜〜はぁ〜〜〜〜〜♪」


524 : [saga]:2014/01/18(土) 14:03:40.48 ID:xRGev6c10



 僕の耳元で、弥美乃の「ふぇっ?」という声が聞こえた。しかし僕はかまわずに、国家
独唱を続行する。

「ちぃ〜〜〜よぉ〜〜〜にぃ〜〜〜いぃやぁ〜〜〜ちぃ〜〜〜よぉ〜〜〜にぃ〜〜〜♪」

「ちょ、ちょっ、だーりん……? どうしたの?」

「さぁ〜〜〜ざぁ〜〜〜れぇ〜〜〜、いぃ〜〜〜しぃ〜〜〜のぉ〜〜〜♪」

「だーりん……? ね、ねえってばぁ……」

「いぃ〜〜〜わぁ〜〜〜おぉ〜〜〜とぉ〜〜〜なぁ〜〜〜りて〜〜〜♪」

「…………」

「こぉ〜〜〜けぇ〜〜〜のぉ〜〜〜、むぅ〜〜〜うぅ〜〜〜すぅ〜〜〜う、まぁ〜〜〜あ

ぁでぇ〜〜〜♪」

 僕の歌声が響き終わったあとには、静寂が室内を満たしていた。僕の服に潜り込んでい
た弥美乃の手はもう脱力していたし、僕の理性も完全に復活していた。そりゃそうだ、こ
んな歌をなんの脈絡もなく披露されれば、あらゆるムードは台無しになる。

 昔、僕は本土にいた頃、当時唯一の友人と一度だけケンカをしたことがあった。険悪な
ムードだったのだけれど、しかし突然その友人が君が代を歌いだして、それがなんだか異
様にシュールで、二人して笑い転げたことがあったのだ。ちなみにその後、友人とはすぐ
に仲直りができた。それを思い出して、一か八か実行してみたのだ。

「ぷっ、ふふふっ」

 ワンテンポ遅れて、弥美乃が僕の背中で笑いだした。僕は笑いこそしなかったけれど、
こんなムードになってしまえば、間違っても一時の過ちを犯すことはないだろう。

「ふふ、うふ、ふふふふっ、あはははははははははっ!」

 弥美乃はそのままひとしきり笑うと、僕の背中に頭を押し付けて、しばらく沈黙してい
た。

 ……そして、



「いい気になってんじゃないわよ、このヘタレ男っ!」



 僕の背後から、先ほどまでの甘ったるい声色とは正反対の刺々しい声が炸裂した。


525 : [saga]:2014/01/18(土) 14:09:36.21 ID:xRGev6c10



「……や、弥美乃……?」

「こっちが下手に出てれば調子に乗っちゃってさぁ……! あーもう、やっぱりあたしに
こういうのは向いてないのよ!」

 弥美乃の異様な豹変ぶりに驚いて、まともな言葉が出てこない。この声の変わり方はも
はや、喉の使い方が違うとか息の出し方が違うなんて生ぬるいものじゃない。違うという
なら、それはもはや人格ごと違うかのようだ。

 僕は混乱しつつも、背後にいる弥美乃の表情を窺おうとした。するとそのとき、シャキ
ン、という金属音が首のすぐ後ろで響いた。最悪の想像が脳裏を駆け抜け、一気に全身が
硬直する。

「おとなしくあたしの言うことを聞いてれば、あんたもイイ思いできたってのに……ほん
とバカね。まあ、あたしには心に決めた男がいるから、こっちとしてもあんたなんかに処
女を捧げずに済んでラッキーって感じだけど?」

 心に決めた男って、もしかしてうちのクラスの……? などと考えていると、ヒタリと
冷たい金属が首に当てがわれる。僕の喉から「ひっ!?」という引き絞ったような情けな
い声が漏れた。

「あたしは手段を選ばないわ。どんな手を使ってでも、どんなに手を汚してでも、目的を
達成してみせる……必ずね」

 シャキン、という音が、再び僕の耳元で響いた。あの黒光りする巨大な鋏がありありと
想起させられて、思わず背筋がぶるりと震える。

 さきほどまでの彼女は、鳥羽の言葉を借りれば“ペルソナ”……いわゆる仮面だったの
だろうか。だとすれば、今のダークサイドこそが弥美乃の本性ということなのだろうか。

「あんたは今からあたしの奴隷よ。あたしの言うことには絶対服従…………いいわね?」

「え、いや、あの……」

 シャキン。

「かしこまりました弥美乃様!!」

「そう、そうよ。最初っから、そうやっておとなしくあたしに従ってればいいのよ。ふふ、
震えちゃって、かわいい♪ 良い子には、ご褒美あげちゃうわ」

 弥美乃は僕の上半身を引っ張って後ろへ倒すと、僕の頭を抱きかかえる。さっきまでの
ムードでこれをやられていたら、この後頭部の感触にコロッとやられていたかもしれない。

「あたしに逆らったりなんかしちゃ、だめなんだからっ!」

 いろんな意味で迂闊に動くことのできない僕は、おとなしく弥美乃の胸に抱かれるしか
ない。なんかもう命の危機がチラついているということもあって、この体勢もまったく嬉
しくないのだけれど。


526 : [saga]:2014/01/18(土) 14:15:42.11 ID:xRGev6c10



「最初からこうしておけばよかったわ。あんたなんかに気を遣うことなんてなかった。
いくらあんたがあたしの救世主でも、手段を選ぶことなんてなかったのよ」

「……救世主?」

 巨大な鋏を開閉させながら、上下逆さな弥美乃の顔が喜悦に歪む。

「そう、あんたはあたしの救世主。これでやっと、あたしの世界を壊せるのよ……!」

 その意味深な言葉に、僕はわずかに首を傾げる。彼女はじつに嬉しそうで、紅潮した頬
がその興奮を物語っていた。

「ほんとは、あの人以外の男なんて大っ嫌い。だけどあんただけは特別よ。あたしの目的
を達成してくれるなら、あんたになにをされたっていいわ。あたしの体なんていくらでも
使わせてあげる」

「……あの、さっきからなにを……」

 恐る恐る口を挟んでみるけれど、しかし弥美乃は取り合ってくれない。

「満月は、たしか明後日よね。きっとその日がいいわ。あんたがいれば、きっと辿り着け
るもの」

 弥美乃は僕の首に回していた手をほどき、背中を押して僕を解放した。

「今日はもう帰っていいわ。そのまま振り返らずに行きなさい。ただし今日のことを誰か
に他言したら……その相手には、酷いことしちゃうから」

「……は、はいっ」

 僕は振り返らずにゆっくりと立ち上がると、重い足を引きずって部屋の扉を開いた。

「!」

 するとそこには、見覚えのない若い女性が立っていた。見たところ、二十代半ばくらい
に見えるけど……

「ちょっとママ! 盗み聞きしてたの!? 最低っ!」

 弥美乃が声を荒げると、ママと呼ばれた若い女性はたじろいで後ずさりをする。今度は
ちゃんと服を着ている彼女の脇を通り、僕は「お邪魔しました」と呟いて小走りで逃げ出
した。一秒でも早く、この家から脱出したかったのだ。

 僕は弥美乃の家から飛び出すと、そのままわき目も振らずに走り続けるのだった。


527 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [sage]:2014/01/18(土) 14:34:42.52 ID:xDA+taPDO
裸族じゃないじゃないかクソァ!!
528 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [sage]:2014/01/18(土) 19:37:56.56 ID:o/V53rqDO
いやいや言い訳に決まってるって分かってたろ?ww
529 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [sage]:2014/01/19(日) 12:29:22.88 ID:pNq4xE690
しかし、謎が謎を呼んでるな
530 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [sage]:2014/01/19(日) 13:39:11.44 ID:Pd+z2AcZ0
ガチで狂気
怖いです
531 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [sage]:2014/01/20(月) 16:37:49.67 ID:D75hKglJ0
今日の一面記事
「驚嘆!!島に謎のエネルギー球体が衝突!?」
532 : [saga]:2014/01/28(火) 22:04:00.85 ID:mwW2hcds0



 僕は現在、遥か下方で岩に砕かれる波を眺めていた。

 場所は、あの白いワンピースの少女が出没する崖の先端。僕はそこに腰を下ろし、ここ
まで走ることで消費してしまった体力の回復に努めているのだった。ここには気持ちのい
い潮風が吹いている。

 僕が弥美乃によって学校を連れ出されたのが昼休みのことだ。それからまだ一時間も経
っていないので、もちろん五時間目の授業はまだ続いている。ということは必然、家に帰
るわけにもいかない。

 もっとも、双子や氷雨がお婆ちゃんにチクってしまえばサボりはバレてしまい、この時
間潰しも完全に無意味なものとなるわけだが……

 教室で食べることのできなかった氷雨のお弁当を、この場所で食べておく。するといつ
もおいしい氷雨のお弁当が、さらにおいしく感じるかのようだった。友達と机を囲って食
べるお弁当もおいしいけれど、やはり根本的に孤独体質であるところの僕は、こうして芸
術的な風景の中で一人寂しく食事をするというのが肌に合っているのかもしれない。

 しかしそんな久方ぶりの孤独を噛みしめていられたのも束の間。

「あれぇ? きつねさんだぁ!」

「っ!?」

 振り向くとそこには、やや長めの髪の毛を後ろに流しておデコを露出している少年・三
朝くんが立っていた。足音がまったくなかったので、話しかけられるまで彼がすぐ近くま
で迫っていることにも気が付かなかった。っていうか“きつねさん”ってなんなんだよ、
ホントに……

 いかにも陽気で快活そうな顔つきの三朝少年は、かわいらしい八重歯をのぞかせながら
雑草……、もとい“んっごい草”とやらを食んでいた。

「きつねさん、学校はどうしたの? 開校記念日?」

「い、いや、今日は、学校あるけど……」

 というか今日が開校記念日かなんて、先月この島に来たばかりの僕に聞くようなことじゃ
ない。

「三朝くんこそ、どうしたの……? まさか、また寝過ごした……とか?」

「えへへ、じつはそうなんだぁ。なんか最近、ぽかぽかしてるよねぇ」

 悪びれる様子もなく頭を掻く三朝くん。こんなお日様みたいな笑顔をされちゃ、誰だっ
て怒れなくなってしまうというものだ。

「……でも、ちゃんと学校行かなきゃだめだよ」

「はーいっ!」

 いい返事だけれど、きっと彼はこの忠告をすぐに忘れてしまうだろう。そういう感じの
頭の軽い返事だった。

「きつねさん、おとなり、いい?」

「あ、うん。いいよ」

 僕はとなりに置いていたお弁当箱の蓋をどかして、三朝くんの座るスペースを確保する。
そこへ迷いなく腰を下ろした彼はきょろきょろと辺りを見渡して、

「あれぇ、きつねさんのかばんは?」

「ちょっと、学校に置いてきちゃって……あとで取りに行こうかと、思ってるんだけど」

 弥美乃に連れ出されたときに僕が手にしていたのはお弁当だけだったからな……。帰り
のホームルームが終わってみんなが帰りだしたら、僕も自分の荷物を取りに教室まで戻ら
なければならない。

 あれ、そういえば弥美乃はバッグを持っていなかったように思うけど、置き勉したのだ
ろうか? あるいはこうなることを見越して、バッグを持ってこなかった……とか。あの
娘ならそれも十分にありうるから怖い。

 お弁当を食べる僕のとなりで、三朝くんはポケットから取り出した雑草をもぐもぐ食べ
ていた。


533 : [saga]:2014/01/28(火) 22:09:12.81 ID:mwW2hcds0



 ……そういえば三朝くんはいつもその雑草を食べているけれど、もしかしてあの草はお
いしかったりするのだろうか?

 思えば僕も小学校時代、校庭の花壇に植えられていた花(名前は忘れたけれど、ユリの
ような形をした二センチほどの小さな花で、花弁の付け根を吸うと甘い蜜が出てくるのだ)
を吸っていたり、意味もなく柏餅の葉っぱを食べたりしたものだ。

 それを鑑みればだよ? もしかしたら、じつはその雑草はおいしかったりとかするのか
もしれない。

 僕はごくりと喉を鳴らして、三朝くんに訊いてみた。

「ね、ねえ。その草って、おいしいの?」

「え? きつねさんも食べてみる?」

 そう言って、雑草の一本を僕に差し出す三朝。いや、僕が食べなくても三朝くんが味
を伝えてくれればいいだろう……とは思ったけれど、勧められたものを断るのは僕の流
儀に反するので受け取ってしまった。

 匂いは……特になし。しいて言うなら芝生の青臭い匂いが仄かにするような気がする。

 となりからの視線を感じつつ、僕はおそるおそる雑草を口に運んでみた。

 ぱくり。

「………………うん、草だね」

 草だった。THE・草って感じの、草の中の草ってくらい草だった。特に味もない。

「おいしくはないよねぇ。でも栄養はあるらしいよ? 牧草としても食べられてるから」

 え、今この子なんて言った? おいしくないってわかってるならなんて食べさせたの?
おばかなの?

 氷雨の激ウマ弁当で口直しをしつつ、僕はふと思いついたことを訊ねてみた。

「ねえ、三朝くん。そういえば、その、写生大会では、誰とグループを組んだの?」

「んー? えっとねぇ、まずぼくでしょー、あと鬼ヶ城でしょー、それから鳴門でしょー、
それで最後は、花巻! 高校生がいなかったから、先生がついてきてくれたんだぁ」

「…………へぇ……そ、そうなんだー」

 あれれー、おかしいぞぉ? 一ヶ月も同じクラスなのに誰も顔が浮かばないなんて……

 いやまあ、僕は中学校で三年間同じクラスだったらしい女子に「え、誰ですか?」って
訊いて泣かせたこともあるくらいだし……っていうかそもそも会話をしなければ顔と名前
が一致しないのは不思議じゃないと思います!

 僕はお弁当の最後の一口を嚥下し、「ごちそうさまでした」と小さく呟いてお弁当箱を
片付け始めた。すると、なぜか僕を見ていた三朝くんがにこにこと笑いだした。

「……えっと、なにか?」

「んーん、べつに?」

 そう言いつつも、三朝くんのニマニマ笑顔は継続中だ。なんとなく居心地の悪さを感じ
つつも、僕はお弁当箱を巾着に入れて立ち上がる。

「それじゃあ、えっと、僕はこれで」

「おうちに帰るの?」

「え? あ、いや、ちょっとその辺を、ぷらぷら……みたいな」

「そうなんだっ!」

 ぴょこん、と三朝くんは立ち上がると、小動物のような懐っこさで僕の袖を掴んだ。

「それじゃ、きつねさんにおもしろいもの見せてあげる! えへへ、きっとびっくりしちゃ
うよっ!」

 そう言うと三朝くんは、返事も待たずに僕の腕を引いて、森の中へと導くのだった。


534 : [saga]:2014/01/28(火) 22:16:06.44 ID:mwW2hcds0



「きつねさん、だいじょうぶ?」

 三朝くんの声が頭上から聞こえる。僕は膝に手をついて肩で息をしつつ、「だ、大丈夫
……」と虫の息で強がった。あれ、前にもこんなことなかったっけ……?

 場所は、以前僕が白いワンピースの少女を追いかけて三朝くんと遭遇した動物広場……
の先に広がる岩石地帯だった。鍾乳洞の天井が地面から生えているかのような物騒な足場
は、ただ歩を進めるだけでも著しく僕の体力を奪っていった。

 しかしながら一方で、野生児チックな三朝くんは涼しい顔でひょいひょいと安全な足場
を確保しては軽やかに進んでいく。そうして僕から少し距離を取っては、僕が追いつくま
で待っていてくれるのである。

 こうしていると、まるで子犬を散歩しているかのような気分だな。三朝くんのおしりに
ふりふり揺れる尻尾を幻視して、テンションが上がってきたぜ。よしっ。

 振り返ると、さきほど抜けてきた森がだいぶ下のほうに見えていた。岩石地帯は段々畑
のような形になっていて、進めば進むほど標高が上がっていくのだ。今でマンションの四
階ぐらいの高さはあるだろうか。

 後ろに投げていた視線を前方へ戻すと、三朝くんが消えていた。驚いて視線を上げると、
彼は二メートルほど上の段差から僕を見下ろしている。え、なにこれ意味わかんない。

「きつねさん、つかまって」

 三朝くんはそう言いながら、僕に手を差し出してくる。おいおい、小学生かそこらのキ
ミに高校生である僕を支えられるわけないだろ……と思いつつも、しかし差し出された手
を無視するのもきまりが悪いので、とりあえずその小さな手を握っておいた。

 次の瞬間、肩から腕が引っこ抜けそうな勢いで体を引き上げられ、気が付くと僕は三朝
くんと同じ高さの場所に立っていた。

「どうしたの?」

 僕が理解の追い付かない現象に白目をむいている様子を見て、首を傾げる三朝くん。僕
は「今のは気のせいだ」と自分に言い聞かせて、正気を取り戻す。

 すると三朝くんは僕の袖をちょいちょいと引っ張って注目を促す。

「きつねさん、あっち見てみて?」

「あっち?」

 悪戯っぽい笑みを浮かべた三朝くんが指さす先へと視線を向ける。すると僕は、彼がど
うして僕をここへ連れてきたのかという理由を知ることになるのだった。

 眼下に広がる鬱蒼と茂った森を穿つように、大きくて美しい湖がぽっかりと口を開けて
いた。キラキラと輝く湖面は宝石の海のようで、そしてそこからいくつもの噴水が噴き上
がっている。

 いや、あれは……噴水じゃない……?

 水飛沫による霧が晴れる。するとその水柱の根本には、なにやら黒くて大きな影が。

「あれは……もしかして、クジラ!?」

「そうだよ、すごいでしょっ! 昔からクジラさんといっしょに暮らしてきた人たちがい
るんだよ。ほら、あそこ!」

 三朝くんのちっちゃな手指がどこを指しているのかはよくわからなかったけれど、しか
しながらなにを指しているのかはよくわかった。だって三頭ほどのクジラが泳いでいる湖
(おそらく海水だろうから、あれを湖と呼ぶのは不適切なのだろうけれど)の中で、クジ
ラのとなりを小さな人影が泳いでいるのが見えたから。

 となりで泳いでいるのがクジラなので縮尺がよくわからないが、人影はなんとなく子供
であるような気がした。肌は小麦色で、髪はやや長い。


535 : [saga]:2014/01/28(火) 22:19:37.36 ID:mwW2hcds0



「あの子は青海ってゆーんだよ。青海夏実ちゃん。いっつも海に潜ってて、魚とか貝を獲
ってるの。野生児だよねぇ」

 お前が言うな。

「『クジラ便』っていってね、クジラさんがお荷物をはこんでくれるの。島と外だったり、
島のこっち側とあっち側だったり」

「へぇ……」

 つまるところ、彼女の一家、あるいは一族はクジラ便という職を生業としていて、あの
クジラたちは彼女たちに飼育、ないし共生関係を築いている……ということか。

 もうこの島に住み始めてから一ヶ月だ。さすがにこの島の不思議風習に驚くことはない。
ただ、本土でクジラに載せた物資を積み下ろしする人たちが気の毒で仕方ないなと感じた
だけだ。それとも、あっちにもクジラ使いの一族が常駐しているのか?

 とすれば、あの子……青海夏実ちゃんとやらは一族の跡継ぎ修行の一環として、ああやっ
てクジラたちと一緒に泳いで戯れているのだろうか。

 青海ちゃんは、僕たちの眼下、遥か下方でキラキラと輝く湖面を泳いでいる。その姿は
優美で、野生児というよりは人魚のようだった。時おり水中に潜っては、クジラたちが息
継ぎをするのに合わせて浮上している。そして一際大きなクジラの前に回って鼻っ面を撫
でていたところで、



 パクッ……と。青海ちゃんは、あっけなくクジラの口の中へと消えていった。



 ―――ッ!!?!??!!?

「うぉわあああああああああああああっ!?」

 あば、あばばばばっ!? た、食べ、食べらららららッ!!


536 : [saga]:2014/01/28(火) 22:21:52.82 ID:mwW2hcds0



 慌てて三朝くんを見ると、彼はささくれをいじくるのに夢中になって、湖の方を見てい
なかった。

「ちょ、み、三朝、クンっ!? ちょっ、いま、今……青海さん、しょ、食されっ……食
されッ……!?」

 まったく呂律の回っていない僕の言葉は、もちろん三朝くんには通じない。そうこうし
ているうちに、大きなクジラは水中へと潜ってしまった。

「ああっ! ちょ、待っ、ぅええええッ!? あの、え、青海、死ん、食され……!?」

「どうしたの、きつねさん? あ、そういえばね、このへんには陸クラゲが出るかもだか
ら、足もとには気をつけてね?」

 陸クラゲってなに!? っていう突っ込みをしたいところだったけれど、しかし今はそ
んなことに構っている猶予はない。

「そ、そんなことよりも三朝くんっ! あの、クジラの子が……!」

 そう言いながら湖の方を指さした僕はそこで、



 再び浮上してきたクジラの口からひょいっと出てきた女の子を目撃した。



「…………」

「きつねさん、クジラさんがどうかした?」

「……えっと……いえ、なんでもないです」

 三朝くんはクジラを近くで見てみるかと僕に訊ねてくれたのだけれど、しかしこれ以上
理解の及ばないことをされると僕の精神の健康が脅かされるため、謹んで遠慮しておいた。

 また、どうやらこの湖は島の真ん中辺りにあるらしく、青海夏実ちゃんとやらは島の反
対側の学校に通っているらしいことが三朝くんによって明かされた。

 この島の反対側に町があるというのはひかりから聞いて知っていたことではあったけれ
ど……でも島の反対側というのが、あのクジラ娘のように強烈な子がたくさんいるような
人外魔境ダンジョンなのだとしたら、僕は決してあちらへ渡りたいとは思わない。決して。


537 : [saga]:2014/01/28(火) 22:25:41.91 ID:mwW2hcds0



 その後、僕たちは森の奥深くに存在する、ある場所を訪れていた。鬱蒼と茂る森の中に
あって、しかしそこだけは一切の植物が根を張らず、灰色にくすんだ地面がむき出しになっ
ているというサークル状の異様な空間だ。

 円形に広がる荒廃の中心には、さながら墓標の如き巨石が地面へと突き立っていた。そ
れだけでも十分に驚かされる光景ではあるのだけれど、しかし三朝くんが僕に見せたかっ
たという“おもしろいもの”というのはこの墓標のことではなかったらしい。

「あれぇ? おかしいなぁ、いつもならここにいるはずなのに」

 それからしばらく待ってみたのだけれど、結局のところ三朝くんが探しているものは現
れなかったようだ。

「すっごいきれいな鳥さんなんだぁ。きつねさんにも見せたかったんだけどなぁ……」

 いや、相手が動物なのだとしたら、僕がいるかぎり現れることはないだろうな……多分。

「ううん、ありがと、三朝くん。十分すごかったよ。ひかりからいろいろ聞いてはいたけ
ど、実際に見てみると、やっぱりすごいね」

「そうかな? えへへ、よかったぁ!」

 三朝くんはそう言って無邪気に笑うと、ふと空を見上げて「あっ」と声を上げた。

「もう二時半だねぇ。学校おわっちゃった」

 胸ポケットからスマホを取り出して時刻を確認すると、なんと二時三〇分ちょうどだっ
た。え、なにを見て判断したの? 太陽の位置? 空の色? ……まさか学校のチャイム
が聞こえたとかじゃないよな?

 ともあれ、いつまでもこうしてぷらぷらしているわけにもいかない。そろそろ帰ろうか
ということになり、もと来た道を引き返すことにした。

 その途中、僕たちはとあるY字路へと差し掛かる。そこは先刻の荒廃した墓標を見に行
く途中にも通りかかった道で、岩石地帯から続く道を進んだ先に左右へと別れる道だった。

 最初にそのY字路を通りかかったとき、三朝くんはこう言った。

「ここはね、『右』に行かなきゃなんだよ? 『左』はあぶないって、このへんの動物さ
んたち、み〜んなが言ってるから。だからきつねさん、『左』には行っちゃダメだよ?」

 相変わらず三朝くんはふわふわした雰囲気で言うものだから、あまり危機感は感じなかっ
たのだけれど……しかし森の動物たちが恐れるなにかがあるというなら、もちろんそんな
ところへ行くつもりは毛頭無い。

 だからその時の僕はあまり深く考えずに、「わかったよ」と言葉を返したのだった。


538 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [sage]:2014/01/29(水) 00:12:04.25 ID:1TQbQCSDO

不思議雰囲気世界……PSソフトの土器王記を思い出したな
539 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [sage]:2014/01/29(水) 20:01:35.15 ID:mZR6d6Lw0
島は地域で4分割できるくらいには広いのだろうか
540 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [sage]:2014/01/29(水) 21:26:21.33 ID:YKg6j0fW0
美しい、けど浮世離れした天使の白衣で主人公を助けに来るエンジェル・ペルソニア(赤穂さん)
タキシード仮面みたいな
541 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [sage]:2014/02/02(日) 00:13:07.04 ID:GNoUXGch0
浮き草とか言う水草の空中版が……
542 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [sage]:2014/02/06(木) 13:54:55.02 ID:qRDEFi5H0
チョコの木
カカオの木涙目
543 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [sage]:2014/02/06(木) 18:13:31.93 ID:sgddkIpf0
島の端っこの目立たない場所には、九十九神になった擬人化妖怪達の住む一軒家がある
544 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [sage]:2014/02/07(金) 15:29:00.48 ID:FM+VEnsDO
森の中のどこかのなだらかな丘の上に、思念でイメージ力頼みのホログラムゲーム出来る謎空間がある
545 : [saga]:2014/02/07(金) 19:06:36.86 ID:mzbmQcIh0



 ずいぶんと長い距離を歩いたため、今や僕の足にはかなりの乳酸がたまっていた。その
ため、ただでさえ苦行である学校への通学山道はその凶悪さをさらに増し、地獄の責め苦
となって僕に牙を剥く。

 一方で僕と同じかそれ以上の体力を消耗しているであろう野生少年こと三朝くんは、し
かし疲労なんてどこ吹く風といった軽やかな足取りだった。ほんとなんなのこの子。意味
わかんない。

 僕は会話をすることで足の痛みから意識を逸らそうと、三朝くんの背中に声をかけた。

「み、三朝くんって、スポーツ、得意だったりする……?」

 僕の唐突な質問に三朝くんは小首を傾げて、

「んー、ルールよくわかんないからきらい」

 と、じつにシンプルで頭の弱い回答を返してくれた。うん、なんとなくそんな気がして
ました。

 その後も地道に歩き続け、すっかり虫の息である僕は三朝くんに手を引かれつつ、這う
這うの体で通学山道を登りきった。

 そして開いたままの校門をまたいだところで、

「あ、問題児ども」

 『久住篤実がいまもっとも会いたくない人物ランキング』の最上位に位置する存在が、
そこにはいた。

「あ、先生! おはようっ!」

「はよー」

 三朝くんの言葉通り、声の主は僕らの担任教師だった。名前は、ええっと……まあ、と
にかく先生だ。うん。

 眼鏡の奥の垂れ目がちな目を気だるげに細めている彼女は、長い髪を無造作に首元で束
ね、白いブラウスを黒い細身のパンツに突っ込んでいるラフな服装だった。とても二十代
女性の女子力では考えられない服装だけれど、しかし好意的に解釈すれば、彼女の二つの
大きなふくらみがその存在を主張することで、その雑さがかえって色気を増幅させている
ような気がしないでもない。

 ……っていうか、えっ、ちょっと待って? 問題児“ども”ってなに? しょっちゅう
学校をサボっているらしい三朝くんと、午後の授業を今日のたった一回、否応なく休まさ
れた僕が同列の扱いを受けてるの? なにそれ理不尽。控訴も辞さない。

 先生はかったるそうにふらふらとこちらへ歩み寄ってきて、かったるそうに立ち止まり、
そしてかったるそうに口を開いた。

「三朝くん、今日はなんでサボったの?」

「えへへ、動物さんたちと日向ぼっこしてたら、そのまま眠っちゃったの」

「それじゃあしょうがない」

 は?


546 : [saga]:2014/02/07(金) 19:11:25.10 ID:mzbmQcIh0



「そんで、久住くんは?」

「え、えっと、その……なんというか、あの、弥美乃……芦原さんに家に来てほしいって
言われまして、それで……」

「うーん、死刑」

「死刑!?」

 なんだそれは!? 魔女狩りでももうちょっと穏便に裁判するぞ!?

 先生は、にぃっと唇を笑みの形にして微笑んだ。

「というのは冗談。ふふ」

「……ははは」

 わあ、先生も冗談言うんですね。教師が言っていい冗談じゃなかったけど☆

「でも二人とも、学校サボっちゃだめよ?」

「はーいっ!」

「すみません気をつけます……」

 僕たちの返事を聞いた先生は満足げに頷くと、踵を返して校舎へと帰って行った。先生
が現れた方角からして、おそらく駐車場に停めてある先生の車から出てきたところなのだ
ろう。

 僕たちも教室に用があるので(いや、正確には教室に用があるのは僕だけなんだけれど、
三朝くんもなぜかついて来たのだ)、自然と先生の背中を追うような形となる。

 すると、ふと前方から風が吹いた。べつにそれだけなら対して気に留めるようなことで
もない些事だったのだけれど、しかしその風のなかに、ほんの少しだけ煙草の匂いが混じっ
ているような気がしたのだ。

「あの、先生って煙草を吸ったりとかしま」

「吸わない」

 若干食い気味なくらいの即答だった。しかもいつもの無気力な声と違い、なんだかドス
の効いた、底冷えのするような声色だった。

「……え、あ、はい。すみません……なんだか、煙草の匂いがしたような気がし」

「吸ってない」

「……わ、わかりました。すみません」 

 なんだろう、もしかしたら地雷撤去作業に従事する人って、こんな精神状態なのかなっ
て感じだった。

 傍らの三朝くんの顔色を盗み見ると、彼はそっぽを向いてなにも言わなかった。彼の野
生動物のごとき嗅覚をもってすれば真実がわかりそうなものだけれど、しかし三朝くんが
口を開くことはなかった。

 あるいはそれも、野生動物の如き危機察知能力によるものだったのかもしれない。


547 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [sage]:2014/02/07(金) 22:59:14.53 ID:WfRFYo400


>>538
それもそうだが、俺はあのラジオ企画ドラマから小説とゲームにまでなった火星物語のイメージの方が強い
548 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [sage]:2014/02/08(土) 00:05:17.58 ID:jVhVQarI0
ようやっとタバコフラグが出てきたなww設定出した人も、内心いつ使われるのかと思ってたと思うぞww
549 : [saga]:2014/02/08(土) 14:59:08.95 ID:BeEvMf3H0

 すでにどういう演出で出すか考えてあるのに、その場面がかなり先っていう設定もけっこうあるのです……が、単純に忘れてる設定もあるかもしれません。

 そして思わせぶりに伏線っぽく出してる設定が完全ノープランというものの多いこと……
550 : [saga]:2014/02/08(土) 16:01:50.28 ID:BeEvMf3H0



 三朝くんが学校をサボっているあいだに配られたプリントを渡しておきたいということ
で、彼は先生といっしょに職員室へと向かっていった。そのため僕は現在、教室への道の
りを一人で歩いているところである。

 その時点での僕は、もはや今日だけでたくさんのイベントをこなしていたため、さすが
にこれ以上の問題は発生しないだろうと高を括っていたのだ。



 教室の扉が乱暴に開き、その向こうから今にも泣きだしそうな表情の赤穂さんが飛び出
してくるまでは。



「―――っ!?」

 僕と赤穂さんはお互い驚愕に目を瞠る。あわや正面衝突という寸前のところで赤穂さん
が急減速したため、かろうじて惨事は免れた。

 ちくしょう、僕があと二歩前を歩いていれば……ッ!!

 あまりに事態が急過ぎてついて行けず、僕は餌をねだる鯉のように口をパクパクさせる
ことしかできない。

 対する赤穂さんは、すぐに気を取り直して僕の横を走り抜けようとしたようだった。し
かしなぜか、一瞬駆け出した足をすぐにまた止めて、赤穂さんは僕の首のあたりを凝視し
た。

 そして、まるでダムが決壊するかのように、赤穂さんの瞳から大粒の涙がこぼれた。

「……へ?」

 僕は驚愕のあまり、間抜けな声を出してしまう。それが引き金だったかのように、今度
こそ赤穂さんは勢いよく駆け出して、信じられない速さで昇降口の方へと姿を消してしま
った。

 取り残された僕は、訳もわからず立ち尽くすことしかできない。ただぽかんとして、赤
穂さんが消えていった方角を見つめていた。

 しばらくしてようやく我に返った僕は、開け放たれたままの教室の扉から中を覗く。す
るとそこには、窓際でこちらに背を向けて立ち尽くしている男が一人。

 笹川流礼だった。


551 : [saga]:2014/02/08(土) 16:06:40.50 ID:BeEvMf3H0



 僕が教室へ足を踏み入れても、笹川はこちらに背を向けたまま、振り向きもしなかった。
状況が掴めない僕は、果たして声をかけていいものか、事情を訊いてもいいものかと逡巡
してしまう。

 いろいろ考えた結果、まずは僕のバッグを回収しようという結論になった。我ながら、
生粋のヘタレ体質に呆れるばかりです……

 しかし教室の真ん中あたりまでくると、ある事実に気が付く。それは、机にかけてあっ
たはずの僕のバッグが消えていたのだ。

「……バッグなら、氷雨が持ってったぜ」

 突然声をかけられたことに死ぬほど驚いて、近くの机を蹴ってしまった。ガタタンッ、
という激しい音でハッとなった僕は、その勢いに任せて笹川を詰問した。

「赤穂さん……その、泣いてたんだけど」

「……そうか」

「いや、そうかじゃなくって……」

 なんで泣いてたのかということを訊きたかったのだけれど、笹川は核心を話すつもりは
ないらしい。

「まあ、なんだ。いろいろあんだよ」

 そう言いながら深々とため息をつく笹川は、なんだかリストラされたサラリーマンのよ
うな哀愁を漂わせている。

 これはひょっとすると、痴情のもつれというやつなのではないだろうか?

 思えば赤穂さんも笹川も、スペックで言えばかなり高い方だ。僕の主観ではあるけれど、
僕を「下の中」とするなら、二人は「上の上」くらいはありそうだ。あれ、自分で言って
て死にたくなってきたぞ?

 くやしいけど、そんなハイスペックな二人が幼馴染なら、そういった関係になるのも自
然のなりゆきだろう。馬に蹴られて死にたくはないので、この件に首を突っ込むのはやめ
ておこうと決意した。

 バッグは氷雨が持って帰ってくれたということなので、もう学校にいる理由もない。僕
はさっさと家に帰ろうと踵を返した。

「なあ、篤実」

 突然かけられた言葉に、足が止まる。振り返ると、先ほどまでこちらへ背を向けていた
笹川が、僕の目をまっすぐに見つめていた。……ちょ、やめろよ、変な汗出ちゃうだろ!

「こんなこと頼むのも変な話なんだが……。篤実、美崎を」

 真剣な目つきで笹川がなにかを言いかけた、その時。笹川は目を見開いて、急に固まっ
てしまう。そして、僕の首のあたりを凝視して……



「おい、篤実……お前、その首についてるキスマークは、いったいどういうことだ……?」


552 : [saga]:2014/02/08(土) 16:17:20.73 ID:BeEvMf3H0



「……え?」

 きすまーく? え、なにそれ? それって昼ドラとかでよく見る、ワイシャツに口紅が
ついてたりするアレのこと?

 僕はシャツの襟を引っ張って確認するが、どこにも口紅なんてついてはいなかった。そ
れ以前に、今日は口紅をつけた女性と接触したことなんて一度もない。

「違ぇよ、服じゃねぇ! 首筋の内出血のことを言ってんだよ! お前まさか、弥美乃と
ヤったのか!?」

「はい!? いや、え、違う! なにもやってない!」

「じゃあどういうことだ!」

 どういうことだって言われても……いや待てよ、そういえば弥美乃の家で、後ろから首
を強く吸われたことがあった。そうか、あれで毛細血管が……!

「……そ、そういえば首を吸われたけど、でも、やましいことはなにも!!」

「どう考えてもやましいだろぉが!」

 ですよねーッ!!

「俺は今日の昼休み、学校にいなかったからよくわかんねぇが……そういえば教室でなに
か騒ぎがあったらしいな。五時間目になったら、お前と弥美乃が見当たらなかったし」

 ぎくり。

「百歩譲ってやましいところはないとして……お前、弥美乃と付き合ってんのか?」

「い、いや、ええっと……」

 それはむしろ、僕が聞きたいくらいなんですが……

 しかしそこで僕は弥美乃の家で交わした会話に思いを馳せる。彼女はただ僕をからかお
うとしているのではなく、なにかやんごとない事情を抱えているようだった。もしも仮に
彼女の動機が一目惚れと言われていたら信用ならなかったけれど、なにか思惑があるとい
うなら、彼女が僕なんかと恋人になりたがる理由に納得がいく。

 どんな事情かは知らないけれど、僕なんかに役に立てることがあるというなら、あんな
に思い詰めている様子の彼女をなんとか助けてあげたいという気持ちも、僕の中には確か
にあった。

 だから、僕はこう答えた。

「うん、まあ……付き合ってるよ」

 僕の返事を聞いた笹川は、一瞬だけ複雑そうな顔をしたものの、

「……そうか、わかった」

 それだけ言い残すと、笹川は僕の横を通り抜けて教室を後にした。

 取り残された僕は、いよいよ引き返せないところまで来てしまったことを自覚する。

 しかしこの先に待っているのがどれほどの苦難でも、それは自分の意志で踏み込んだこ
とだ。

 きっと後悔は、ない。


553 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [sage]:2014/02/08(土) 16:39:45.08 ID:mvmQFphDO

波乱に次ぐ波乱で何がなにやら
554 : [saga]:2014/02/08(土) 18:11:36.36 ID:BeEvMf3H0



「くくく……我が力の源が、血に染まっているわね」

 あれから三朝くんと学校を後にして、彼とは通学山道を抜けたところで別れたのだが……

 その直後に、全身をくまなくゴスロリファッションで着飾り日傘を差した現人神(自称)
に捉まってしまったのだった。

 ちなみに先ほどの鳥羽の言葉を翻訳すると、力の源とは太陽のことで、それが血に染ま
るということは紅くなるわけで、つまり「もうすっかり日も暮れちゃいましたね」と言い
たかったのだろう。うわメンドくせえ。目を合わせないようにしよう。

「しかし私ほどになれば、月の光でも十分に我が力とすることも可能なのよ。くすくす、
我が眷属の足は引っ張らないから安心して頂戴」

「……」

「それに強すぎる力は“器”である我が今世の依代の体を蝕むことにもなりかねないもの
ね……くすくす、これも強者の葛藤かしら」

「……」

「いつの世も、神格にも弱点や相性というものが存在するものだけれど、よもや自らの力
が最大の弱点となるとは思いもしなかったわ」

「……」

 ちょいちょい、と遠慮がちに袖を引っ張ってくる鳥羽。僕は小さくため息をついて観念
する。女の子に涙目で上目づかいをされてしまっては、こちらの負けなのである。

「……僕ら二人しかいないとはいえ、外ではそういうのやめようって言ったよね?」

「うぅ、ごめんなさい……」

 根は素直な子なのになぁ……なにをこじらせちゃったんだろうか。

 僕がしみじみと彼女の生い立ちに同情していると、鳥羽はふと閃いたように顔をあげた。

「あ、そういえばっ! 貴方のこと、なんて呼んだらいいですか?」

「え? ああ、いや、なんでもいいよ。好きに呼んでくれれば」

「じゃあ、ウカノミタマって呼びますね!」

「ごめんやっぱちょっと待って!? いろいろ想定外だったわ!!」

 あっぶねぇ! この娘、なんの躊躇いもなく僕の立場を危ぶませるようなあだ名を!?

「……ええっと……やっぱり久住とか篤実とか、名前で呼んでくれるかな……?」

「あ、はい、わかりました。えと、それじゃあ眷属だから下のお名前で、篤実さんって呼
んでもいいですか?」

「うん、いいよ」

 まあ下の名前くらいなら全然いいだろう。少なくとも「だーりん」とかよりはよっぽど
マシだ。

「それで、篤実さん。あの、今日のお昼休みから、どこかに行ってましたよね?」

「え、う、うん……まあね」

「それって、もしかして……」

 急に真剣な面持ちになった鳥羽に気おされて、僕はごくりと喉を鳴らす。さきほど笹川
にいろいろつつかれたせいで、その話題に対して僕はデリケートになっていたのかもしれ
ない。

 鳥羽はとても険しい表情で、こう訊ねた。

「まさか、組織と戦ってたんですかっ!?」

「………………」

 僕は無言で鳥羽の額にデコピンをかました。


555 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [sage]:2014/02/08(土) 19:50:46.96 ID:hEMxDWaJo
ゴスロリお前…
556 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [sage]:2014/02/08(土) 20:21:09.51 ID:Hurau7/R0
心情的にはそんなんだったかも知れないな……>組織と戦ってた
557 : [saga]:2014/02/09(日) 10:27:58.23 ID:wkEvIXCg0



「痛いっ!?」

 蝋のように真っ白だった鳥羽の額が、見る見る赤く染まっていく。

「まあ、ある意味……組織よりもずっと手ごわい相手と戦ってたかな……」

 僕がしみじみと呟くと、それを聞いた鳥羽は心配そうに眉尻を下げる。

「だ、大丈夫なんですか? 私にできること、ありますか……?」

「いや、こうやって話相手になってくれるだけで十分だよ」

 それは意外にも、本心からの言葉だった。『精霊通信事件』を経て友達になった彼らと
は、昼の一件で気まずくなってしまった。笹川や赤穂さんは、僕の知らないところでなに
かをやっているようだし、最近はなぜか気が付くと妙義の姿が見えないことが多い。

 そして極め付けに、今日の弥美乃だ。

 それを思えば、こうやって気の置けない会話をすることができる相手というのは、今の
僕にはとても貴重なのだった。彼女の存在は十分に僕を助けてくれていると言って過言で
はない。

「今の僕には、鳥羽さんみたいな存在がすごく助かるよ。えっと、だからまあ……これか
らも今みたいな感じで接してくれると嬉しいな」

 言い終わってから、我ながら恥ずかしいセリフを言ってしまったと後悔した。ずっと気
を張っていたものだから、自分で思っていた以上にリラックスしていたのかもしれない。

 僕の言葉を受けた鳥羽は目をぱちくりとさせて……かと思えば、これ以上ないくらいの
ドヤ顔をかましつつ腕を組んだ。

「くくく、この私の能力の恩恵に授かるなんて、とても光栄なことなのよ、感謝なさい?
まあ私としても、大切な眷属のために一肌脱ぐというのも吝かではないけれどね」

「………………」

「痛いっ!? な、なんでデコピンするんですかぁ!?」

「あ、いや、ごめん。なんとなく」

 涙目になる鳥羽の額を撫でてやる。なんかいいなぁ、こういうの。鳥羽とひかりが妹だっ
たら、僕の精神衛生はかなり良好だったのではないだろうか。……あれ、今なんかおかし
かったような……

 するとそのとき、僕の胸ポケットのスマホが振動する。どうやらメールを受信したらし
いのだが、友達のいない僕のスマホは滅多にメールを受信しないので、よもや『精霊通信』
かと緊張が走るため心臓に悪い。

 メールボックスを開くと、



 差出人 りずむ

 件名 できたよーっ!(*^▽^*)ノシ

 本文 例の曲が完成しました! おまたせっ!('◇')ゞ
    詳しくはパソコンの方を見てね(*^。^*)


558 : [saga]:2014/02/09(日) 10:57:23.03 ID:wkEvIXCg0



「早っ!?」

 思わず声に出して突っ込んでしまった。それくらいの衝撃だったのだ。

 いやいやいや、いくらなんでも依頼して一日で曲が作れるわけがない。もしかしたら、
すでに完成間近の曲があって、それを僕に譲ってくれたのかもしれない。だとしたらあり
がたい話だ。

 スマホから顔を上げると、鳥羽が興味津々といった様子で僕を見上げていた。一瞬メー
ルの内容を口にしようかと思ったけれど、そうすると僕の“ズル”がバレてしまうことに
気がついて、曖昧な笑みを浮かべつつスマホを胸ポケットへと戻した。

 代わりに、僕は次のステップへ移行すべく鳥羽に質問を投げかける。

「ねえ鳥羽さん。みんなは自分の曲を録音するとき、どこで録ってるの?」

「えっと……ほとんどの人は、花巻さんのおうちで……」

 花巻……たしか、妙義が言ってた音楽一家の子だったかな?

「鳥羽さんも、その花巻さんのおうちで?」

「いえ、私は自分のうちです。私の部屋、防音ですから」

「そうなの!? ちくしょう、なんで僕の部屋は筒抜けなんだ……!」

 防音設備と施錠機構があれば、どれだけいろいろなことが捗ることか……!

 僕が本気で悔しがっていると、それを見た鳥羽は遠慮がちに、

「あの、よかったらうちに来ませんか?」

「……え?」

「今日はもう遅いですけど……明日とかはどうですか?」

「……い、いいの?」

「大丈夫ですよ。えっと、放課後でいいですか?」

「う、うん、鳥羽さんがよければ、その、お願いします」

「はいっ!」

 なぜか僕よりも嬉しそうな笑顔を浮かべた鳥羽は、もうすっかり夕陽が沈みきってしまっ
た山の方へチラリと目をやって、

「くくく、あまり帰りが遅くなると、我が“器”の親が心配してしまうわ。名残惜しいけ
れど、そろそろ行かなくてはね」

 なんだかんだ言いつつ、門限にビビる現人神なのだった。

「うん、それじゃあ、また明日」

「再び我が力の出ずる刻に、出逢いましょう」

「お、おう……」

 くそ、いきなりだったから対応できなかった……!!

 鳥羽を家まで送って行こうかとも考えたけれど、さすがに馴れ馴れしいかと思ってやめ
ておいた。まだそんなに暗くはないしな。

 鳥羽に手を振って別れたあと、僕は疲れ切った体と頭を労わるようにゆっくりと歩きな
がら空を見上げた。まだ西の空には朱色が滲んでいるものの、東には輝く星空が浮かび始
めている。五月でこれなら、十二月にはかなりの星空が期待できるのではないだろうか。

 そんなおセンチな気分で歩いていたためだろうか、それとも鳥羽と出会ってしまったた
めだろうか、僕はとても重要なことを忘れたまま帰宅してしまったのである。

 疲れ切ったまま神庭家にたどり着いた僕は、そこで双子たちに午後の授業をサボってな
にをしていたのかという詰問を受け……

 そしてすっかり忘れていた首筋のキスマークについて、それはもう根掘り葉掘りと質問
責めに遭うのだった。


559 : [saga]:2014/02/09(日) 19:52:49.74 ID:wkEvIXCg0



 一人目は、野球部の男子だった。その日は雨で、野球部員は階段での昇降トレーニング
をしていたらしい。彼はそのトレーニング中に足を滑らせて、階段から落ちてしまった。
部員によると、彼はこのところずっとなにかに怯えている様子だったとのことだ。利き腕
を骨折してしまったので、一年からレギュラー入りしていた彼は夏の大会には出場できな
いことが確定した。

 二人目は、高熱を出してしばらく学校を休んでいた。クラスメイトがお見舞いに行くと、
ひどく取り乱した様子で「お前は本物か!?」と叫びながら追い返していたらしい。家族
の用意した食事にも手を付けない彼は、極度の栄養失調により入院したとのことだ。

 三人目は、授業中に突然叫びだして倒れてしまった。ずっとまともに眠れていなかった
らしく、見るからに精神に異常をきたしている様子の彼は、聞くところによると自分の腕
を切りつけて病院に運ばれ入院。電話の音を聞くと極度の興奮状態になってしまう彼は、
ほどなくして転校していった。

 四人目は、包丁を持って深夜徘徊しているところを逮捕された。その際、警官二人を切
りつけたことによる公務執行妨害や傷害罪、諸々によってしょっ引かれてしまったようだ。
クラスメイトを殺害するということを仄めかす供述をし、更生の兆しが見えないことから
少年院に送られてしまったらしい。

 電気も点けずに真っ暗な部屋で、僕は笑った。

 それはもう楽しそうに、おかしそうに、腹筋が攣りそうなくらいに笑った。

 いまだかつで、こんなに愉快な気分になったことはない。

 両親が心配して部屋を覗きに来ても、構わずに笑った。

 真っ暗な部屋でひたすらに笑った。

 笑い疲れて眠り、目が覚めると……



 僕は空っぽになっていた。



 それから一週間後、僕は離島に住んでいるというお婆ちゃんの家に預けられることになっ
た。心を蝕む都会から離れて、のどかな自然に囲まれることで元気になってほしいのだと
両親は言った。それが本心なのか、それとも頭のおかしくなった息子を厄介払いしたかっ
たのかは、わからなかった。

 荷物をまとめている最中に、机の奥にしまっておいた五十音表と十円玉を見つけた。し
ばらく悩んでから、それらを封筒に入れて、スーツケースに詰め込む。

 クラスメイトの誰にも告げずに、唯一の友人に挨拶もなく、僕は本土を後にした。


560 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [sage]:2014/02/09(日) 19:56:03.06 ID:I8MnvTYRo
>>559
いじめっ子どもざまあって思った
561 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [sage]:2014/02/09(日) 20:07:14.75 ID:GSAm+ZZDO
あーあー、厄いねぇ
562 : [saga]:2014/02/09(日) 22:13:41.32 ID:wkEvIXCg0



 ここのところ、なんだか眠りが浅いような気がする。あんまり疲れが取れている感じが
しないし、寝起きも悪い。

「ふわ〜ぁ」

「「ふわ〜ぁ」」

 大きなあくびを一つすると、正面でいっしょに食卓を囲んでいた双子、雫と霞もいっせ
いにあくびをする。僕は昨日、りずむさんにお礼のメールを送ったあと、送られてきた曲
をひたすら聴きこんでいたのだけれど……すっかり夜遅くなってからベッドへ横になって
からも、隣の部屋からは話し声が聞こえていた。どうやら夜通しで漫画を描いていたらし
い。

 どれ、ここは一つ兄貴風を吹かしてやるとしよう。

「雫、霞。あんまり夜更かししちゃだめだよ?」

「うーん、そうなんだけどねー」「やっぱり締切間近は徹夜気味になっちゃうんだよねー」

「え、締切とかあるの?」

「うん。『サンサイダー』っていう、島のマスコットキャラの漫画を頼まれてるんだけど
さ」「それは島の自治体から頼まれてるから締切があるんだよね」

 そうだったのか、それは初耳だ。まあ、そういう風に締切に追われたりした方が漫画家
の実態に即していると言えるかもしれないな。それでも嫌になったりせずに続けられるな
ら、きっとそれは“本物”なのだろう。

「楽しい?」

「「当然っ!!」」

「ふふ、そっか」

 思わず笑みがこぼれる。なんていうか、こういうのを父性っていうのかな。僕は自分の
恋愛を諦めてからというもの、なんだか女の子や子供に対して親みたいな感情で接するこ
とが多くなった気がする。え、なにそれ悲しい。

 ともあれ、そうやって将来の夢に邁進できるというのは羨ましいものだ。しかし夢を持
つというのは、自分のことが好きでいられる人間の特権だとも思う。だから僕には、将来
の夢と呼べるようなものがないのだ。


563 : [saga]:2014/02/09(日) 22:22:26.23 ID:wkEvIXCg0



 そうだ、夢と言えば……

「ねえ氷雨。今日の放課後、予定あったりする?」

 僕らの会話に我関せずといった態度を貫いて食事していた氷雨が、ちょっと驚いたよう
な顔で振り返る。相変わらず僕たちの座布団は、一メートルほど離れていた。

「……なんですか?」

 予定が空いてるかどうかは答えずに、まずはこちらの意図を訊ねる。ふむ、僕がコミュ
障だからよくわかるが、これはあわよくば相手の誘いを断ろうとしている人に多い対応だ。

 そして、相手に心を許していない人に多い対応でもある。

「今日の放課後、鳥羽さんの家で僕の曲を録りに行くんだけど……よかったら、来ない?
……ほら、ついでにさ、“例の件”を……」

「「行く行くーっ!!」」

 キミたちは誘ってないから! ちょっと黙ってて!!

 僕は双子を強引に無視して、氷雨の反応を待つ。べつに断ってくれてもいいのだけれど、
歌を教えると約束した手前、一応はこちらから誘うモーションはかけておかないといけな
いからな。

 さっきの反応からして断る可能性が濃厚だし、これで断られたら、しばらくは誘わなく
ても大丈夫だよね。むふふ。

 ……などと僕の黒い部分が打算的なことを考えているあいだ、氷雨は茶碗に視線を落と
して沈黙していた。

 そして、茶碗から視線を挙げないままに、

「……いえ、今日は……ごめんなさい」

「あ、うん……そっか。いきなりだもんね、ごめん」

 よし、計画通り。思えば僕の誘いに乗る人なんて、昔からほとんどいないもんな。これ
を聞いたら大抵の人は、気の毒とか可哀想だと思うかもしれない。だけど逆に、結果を簡
単に読み取れるということは、相手の行動を思い通りに誘導できるということでもある。

 それを逆に利用できるようになれば、さきほどの僕のように快適な環境づくりに応用も
できるというものだ。……べ、べつに寂しくなんかないんだからねっ!

 食事を終えた僕たちは、各々準備を整えて学校へと向かったのだった。


564 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [sage]:2014/02/09(日) 23:19:17.27 ID:GfDUgKnZ0
歌姫さんご登場ー?
565 : [saga]:2014/02/10(月) 02:29:39.24 ID:fsOOdBpT0



 午前中の授業はつつがなく終了し、時刻はお昼休み。四時間目の授業が終わると、僕は
すぐに教室を後にしてトイレへと駆け込んでいた。もちろん、腹痛のためじゃない。

「よし、回収」

 四時間目が始まる前に、こっそりとお弁当箱をトイレの個室に隠しておいたのだ。きっ
と今日も弥美乃は僕を攫おうとするだろう。そうでなくとも、恋人のフリをするべく僕に
ちょっかいをかけてくることは想像に難くない。すると凪やひかりの反感を買いそうなの
で、それを避けるべく逃げの一手に出たのだった。

 このままトイレで食べてしまっても良かったのだけれど、ときおり天井付近を飛び交う
ハエを見ながらでは食欲が湧くわけもない。それにせっかくの美味しいお弁当が台無しだ。

 僕はトイレの窓を開錠する。確かここからは校門や校庭側に出られるはずだ。僕は窓を
開くと、上靴のまま外へと飛び降りた。

 そしてこけた。

「あいたたた……」

「なにやってるんだい、久住くん」

 驚いて顔を上げると、そこには中世的な顔つきのセミロングの少年が立っていた。

「……や、やあ……妙義」

「このところ、教室内の人間関係がドロドロしているようなのだけれど……その様子を見
るに、案の定キミが原因なのかい?」

「案の定ってどういうことだっ!?」

 むしろ僕のような人間は空気を乱さないことこそ美徳としている節まであるぞ。そんな
僕がトラブルメーカーやトリックスターのような言われ様をするのは心外すぎる!

「やれやれ、自覚がないというのは手に負えないね。まあ、ともあれ……」

 妙義のどぶ沼のような瞳の奥に、紅蓮が灯る。

「暴こうか? 私の大切な友達を困らせている“敵”を」

 ぞくり、と背筋が凍る。僕はこのとき、妙義が敵ではなくて良かったと心から思った。

 けれど彼を頼るとなると、それはそれで手綱を握るのが大変そうでもある。ひたすら本
心を隠していた僕の内情を的確に暴いたり、あの温厚なひかりを激昂させた挙句泣かせた
り、この探偵はとにかく情け容赦というものを知らないのだ。

 目下の最大の“敵”は僕の恋人(嘘)である芦原 弥美乃と言えるかもしれないが、ど
うにも彼女には悪意というものが感じられない。たしかに迷惑は被っているが、だからと
いって力ずくで退けたりしようなどとは、どうしても思えないのだった。

「い、いや、まだ大丈夫かな……ほんとに困ったら、その、頼らせてもらうよ……」

「ふうん。相変わらず、優しいんだね」

 ……お見通しデスカ。


566 : [saga]:2014/02/10(月) 02:35:44.02 ID:fsOOdBpT0



「まあ、手遅れになりそうだったら勝手に介入させてもらうけれど……、しかし私も最近
は忙しくて、あまり久住くんに付きっきりになってあげられないというのが正直なところ
なんだ」

「そういえば、最近はお昼休みとか放課後になるとすぐにいなくなっちゃうよね」

「委員長や笹川くんに依頼を受けていてね。今は不登校の生徒のネゴシエーションを請け
負っているのさ」

「赤穂さんと、笹川に?」

「ターゲットは彼らの幼馴染なんだ。キミが転校してくる前には、学校に顔を見せたりも
していたのだけれどね」

 僕の脳裏に、昨日の放課後の情景がありありと思い出される。泣きそうな表情の赤穂さ
んと、思い詰めた様子の笹川。昨日のアレは、妙義の関わっている一件と関係しているの
だろうか。

「えっと、僕にできることがあったら言ってね。……まあ、妙義にできなくて僕にできる
ことなんてないだろうけど」

「そんなことはないさ。私はそんな人間を尊敬したりしないよ。こちらも本当に困ったら、
頼らせてもらうとしよう」

 くすりとほほ笑んで、妙義は踵を返す。

「それじゃあ、私はそろそろ行くよ。久住くんも、あまり人間関係を引っ掻き回さないよ
うにね」

「……ぜ、善処します」

「ふふ。それでは、またね」

 軽く手を挙げて、妙義は校門へと向かっていった。相変わらずあの子には敵いそうにな
い。尊敬って、なにをどう過大評価したらそうなるのやら。

 僕は昇降口で靴を履きかえるかどうか考えて、それはリスクが大きいと判断し校舎裏へ
向かうことにした。日陰で深緑を眺めながらの食事も乙なものだろう。体育倉庫は氷雨が
いそうだし、それに弥美乃に見つかるリスクも大きそうだ。

 教室からは見つからないように、校舎裏といっても職員室がある方へと足を運ぶ。まさ
かそんなところには誰もいないだろうと高を括っていたのだけれど……

「あ」

 まるで小学生のような小柄な体躯に、今どき女子っぽい背伸びファッション。今日は黒
くしっとりとした長髪は下ろしている。

 誰もいない校舎裏でお弁当を広げていたのは、神庭 氷雨だった。


567 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [sage]:2014/02/10(月) 17:16:46.61 ID:ypIIiKnp0
そんな”お呪い”をお守りみたいにするから懐かれるんだろーっ!
568 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [sage]:2014/02/10(月) 19:07:46.40 ID:H7d+DZaI0
ある海であの海底には、シーラカンス人という、どんな種族にも友好的で、深い知恵と尊重しあえる心を持つ種族が居る
建物には海の天然素材が用いられている
569 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [sage]:2014/02/11(火) 19:30:08.50 ID:81Scgp4g0
↑は、島のどこかにある霊樹と呼んでいる木の果実に含まれる神秘成分を気に入っている。これ一つあれば、大体の交渉に成功する程度には
570 : [saga]:2014/02/14(金) 11:38:54.04 ID:1Gsz8Ty50



 お互いに言葉を失って、僕たちはまるで時が止まったかのように見つめ合っていた。

 僕の登場によって、木々の間で楽しげに戯れていた鳥たちがいっせいに飛び立ち、森の
奥へと消えていく。

 長い長い数秒が経過して、最初に口を開いたのは氷雨のほうだった。

「……すみません」

 なぜか謝りながら、弁当箱を片付け始める氷雨。

 僕は慌ててそれを手で制した。

「べ、べつにどかなくても大丈夫だよ!?」

 小走りで氷雨から離れた僕は、彼女から五メートルほど離れたところで彼女と同じよう
に校舎を背にして腰を下ろす。氷雨はこちらをチラチラと窺いつつ、しまいかけたお弁当
をどうしたものかと考えているようだった。

 僕は自分のお弁当を広げると、小さく「いただきます」と呟いて食べ始めた。

 校舎裏は日光が当たらないためか、湿った土の匂いが充満している。五月の暖かい日差
しがないぶん、心なしか肌寒かった。

 じきに氷雨も食事を再開して、校舎裏には奇妙な沈黙と葉擦れの音だけが満ちていた。

「あの」

 今日も相変わらずの美味しさである氷雨弁当を半分ほど平らげた頃。突然、氷雨が小さ
く声を発した。横目でチラリと様子を窺うと、彼女は前方を向いたまま固まっている。

 見たところ僕以外には人間の存在を確認できなかったのだけれど、しかしながら聞き間
違いという可能性も捨てきれなかったので、僕は返事をせず、ただ氷雨の横顔をジッと見
つめていた。

 やがて、氷雨はゆっくりと僕の顔へと視線を移した。


571 : [saga]:2014/02/14(金) 11:41:42.87 ID:1Gsz8Ty50



「今日は……いっしょに食べないんですか?」

「え?」

 一瞬、言葉の意図が読めずに困惑する。そしてそれが、昨日の体育倉庫での出来事に端
を発しているということまで頭が回ったとき、僕は得心行って、小さく頷いた。

「うん、まあ、その、いろいろあってね」

「いろいろ?」

「うん……いろいろ……」

「……そうですか」

 お互いに沈黙して、ただ見つめ合うだけの時間が流れた。

 氷雨がなにを言いたいのかが掴めずに、僕としても対処に困ってしまった。この子は言
いたいことをそのまま口に出すようなタイプではないというのは、この一ヶ月間いっしょ
に暮らしていてよくわかっているつもりだ。だから彼女がこうやって話しかけてきたとい
うことは、なにかしら彼女なりに気にかかっていることがあるはずなのだ。

 しかし思春期を迎えた少女の、わずかな心の機微を読み取るなんて芸当、コミュ障を極
めし僕にできるはずもない。だから僕にできることは、せいぜい当たり障りのない会話で
気まずい沈黙を埋めることくらいのものだ。

「あの、さ……体育倉庫とか、こことか、いつも一人でお昼食べてるような気がするんだ
けど……どうしてみんなといっしょに食べないの?」

 まさかこの僕がこの質問をする日が来ようとは夢にも思わなかった。どちらかといえば、
僕はいつもこれを言われる側だったのだから……!!

 だけど僕の“ぼっち飯”の場合は、類稀なるコミュニケーション能力の欠如が原因だ。
話す相手や友達がいないから一人で食べていたのだ。

 だけど氷雨には友達くらいいるはずだ。恵まれた容姿に、勉強も運動も人並み以上にで
きるというスペックの高さ。学校で、あるいは放課後に友達と遊ぶようなことだって……

 ……あれ? 氷雨が家族以外の誰かと話しているところって、見たことあったか?

「あの、もしかして……」

 まさか―――



「氷雨って、友達いない?」



 僕の残酷な問いに、氷雨は気まずそうな表情で顔を赤くして俯いてしまう。


572 : [saga]:2014/02/14(金) 11:47:27.34 ID:1Gsz8Ty50



「……と、友達の定義を決めてもらわないことには、その質問には答えかねます」

 あ、これは友達いないやつのセリフですわ……

 しかしそれなら気になることがある。彼女のスペックで友達ができないなんてことは考
えづらいし、マリダマバスケのときは赤穂さんと普通に言葉を交わしていたように記憶し
ている。それに、妹がそんなことになっていれば雫と霞がどうにかしそうなものだけれど、
その様子も見られない。

 それなら、あえて一人で食事している? いや、さっきの反応からしてそれも考えづら
いか。

 どうにかしてあげたい気持ちもあるけれど、“コミュ障ではないぼっち”にはいくつか
のタイプがある。プライドが異常に高かったり、空気が読めなかったり、性格が悪かった
り、優秀すぎて妬まれたり、恥ずかしがりだったり、とにかくいろいろだ。氷雨がどのタ
イプに属するかが判別できなければ、きちんとした的確な対応はできない。

 氷雨はちょっと泣きべそかきそうな顔をしつつ僕を見て、すぐに目を逸らし、正面の森
へ目をやった。さらに足元の地面へと視線を移して、そうしてもう一度、僕の顔を遠慮が
ちに見つめてきた。

「に、兄さん、は……いつごろまでこの島に?」

「え……」

 唐突な話題転換に、すこしだけ困惑する。彼女なりに、居心地の悪い話題を強引にでも
打ち切りたかったのだろうか。

 しかし、僕がいつまでこの島にいるのか……それは、意外にも考えたことがなかった。
確かに気になる問題だ。最近はかなり僕の心も回復してきたように思うし、僕がこの島を
訪れた本来の目的を思えば、この調子なら来月にだって本土へ帰ることになるのではなか
ろうか? それにどんなに長くとも、この島に大学がない以上はあと三年弱ほどでこの島
を出ることになるはずだ。

 ……っていうか、えっ、これは「今すぐ帰りやがれ」っていう意味ですか? も、もし
かして氷雨さん、怒ってます……?


573 : [saga]:2014/02/14(金) 11:52:08.55 ID:1Gsz8Ty50



「す、すぐに帰れってことなら、荷物をまとめますけど……」

「ちがっ……なんでそうなるんですか!」

「そ、そっか……」

 ホッと胸を撫で下ろす。でもさっきので怒ってはいると思うから、気をつけないとな……

「……というか、どうして、私なんかの言葉一つで島を出ていくんですか。他のみんなは
帰らないでって言うに、決まってるのに……」

 いやぁ、それはどうだろうなぁ……そうだったら嬉しいけど、なんせ僕だからな。

 それに氷雨に嫌われるとか、悪夢以外のなにものでもないぞ。コミュ障っていうのは、
人に好かれたいとは思わないのだ。好きにならなくてもいいから、嫌いにならないでくだ
さいっていうのが我々の業界での常識だ。それでいくと、同じ屋根の下に住んでる従妹に
嫌われてるとか死にたいにもほどがある。だから僕は氷雨に対して、かなり媚びているつ
もりだ。

「氷雨に嫌われたら、そりゃ本土に帰りたくもなるよ」

 僕の正直な感想を述べると、氷雨はなんだか大層困惑している様子だった。え、なんで?

 妙に落ち着きのない氷雨が、鋭い視線を送ってくる。

「かっ、彼女がいるのに……そんなこと、言うんですか」

 うわ、そうだった。そういえばそんな設定だったな。確かに彼女を残して本土に帰りた
いと発言するのは、ちょっとおかしいかもしれない。

「えっと、まあ、遠距離恋愛とかも、あるし……?」

「え? ―――あっ、う、えっと、そうですねっ」

 一瞬、不意を突かれたような表情になった氷雨は、急に俯いてお弁当を食べ始めた。な
んだか会話が噛み合っていないような違和感があるが、しかしあまり人付き合いの経験が
ない僕には、違和感の正体を探り当てることはできそうにない。

 またしばらく、沈黙が流れる。

 僕はお弁当を食べ終わると、氷雨の様子を横目で窺う。ちょうど彼女も食べ終わったと
ころのようで、弁当箱を片付け始めていた。

 そして氷雨は僕の目の前まで歩いてくると、手を差し出してきた。ちょっと考えて、食
べ終わった弁当箱を寄越せというジェスチャーであることに気が付き、やや逡巡しつつも
おとなしく手渡した。

 氷雨は僕に背を向けると、小さな声で呟く。

「歌を教えてくれるっていう話……あれ、やっぱりいいです」

「え?」

「大事な人ができたのなら、そちらに時間を使うべきです。……だから、大丈夫です」

 そう言い残して早足でその場を立ち去ろうとする氷雨。彼女の言葉の意味や、思惑に考
えを巡らせるよりも早く、僕の体は反射的に動いてしまっていた。



 気が付くと僕は、氷雨の腕を掴んで引き止めていた。


574 : [saga]:2014/02/14(金) 11:56:50.00 ID:1Gsz8Ty50



 自分でも驚いてしまうようなその突飛な行動に、我ながら絶句する。どうしてそんなこ
とをしたのか、理屈で説明することができなかった。ただ“なんとなく”としか言いよう
がない。

 けれどあの瞬間は、こうするのが正しいと思ったのだ。

「……な、にを……?」

 目を丸くした氷雨が、僕の顔を見つめる。思いのほか顔が近くて、なんだか今更ながら
に緊張してしまう。

 しかしこのまま黙っていては間違いなく不審者だ。僕は考えるよりも先に言葉を紡いで
いた。

「か、彼女ができようと、僕は、その、妹を蔑ろにしたり、しないよっ!」

 考えがまとまらない頭で、それが精いっぱいの言葉だった。

 それに対する氷雨の反応は―――

「……はあ」

 なんか微妙だった。

 あ、あれれー……? そりゃまあ、納得の反応ではあるけれど……なんとも肩透かしな
反応だった。なんなら最悪罵ってくれてもいいから、無表情はやめてほしかった。

 っていうか彼女なんてできてねーし! これじゃただの悲しい人だよ!!

 いたたまれない気持ちになった僕は、思い出したかのように氷雨の腕を握っていた手を
離した。そして死にたい気持ちを力ずくで心の奥底に押し込みつつ、彼女を追い抜いて教
室へと向かう。



 その時、今度は僕の腕が掴まれた。



 何事かと思い振り返ったが、しかし氷雨が僕の背中に隠れるようにしてくっついている
ため、その表情を窺うことはできなかった。

 氷雨はしばらく黙っていたが、やがて、

「今朝の話……やっぱり、行きます」

 今朝の話というと、鳥羽の家で曲の収録を行うというアレのことだろうか。

「なにか、用事があったんじゃ……?」

「なくなりました」

「そ、そう」

 さすがに今の流れからして、その用事というのがどういう意味と意図を含んだ言葉なの
かはわかる。だからそれ以上は突っ込まずに話を進めた。

「じゃあ、今日はいっしょに帰ろっか」

「はい」

 僕の腕を掴んだまま、氷雨は僕を追い越す。そしてそのまま振り返らず、手を引くよう
にして歩き出した。

 いろいろ言いたいことはあったのだけれど、それよりもまず真っ先に言っておかなけれ
ばならないこと思い出して、前を歩く彼女の背中に言葉をかけた。

「今日のお弁当も、すっごくおいしかったよ。ごちそうさま」

「…………おそまつさま」

 氷雨はやっぱり、振り返らなかった。


575 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [sage]:2014/02/14(金) 14:39:59.02 ID:Nl8+aK1DO
足ならぬ腕の引っ張り合いとはww
576 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [sage]:2014/02/14(金) 17:56:43.54 ID:cq0SKPgmo
爆発しろ
577 : [saga]:2014/02/14(金) 19:48:57.76 ID:1Gsz8Ty50



「凪さんと弥美乃さん、言い争いをしてましたよ」

 五時間目の授業中のことだった。隣の席である赤穂さんが突然、僕の耳元に顔を寄せて
囁いて来たのだ。おいおいやめろよ、心臓が口から出そうになっただろ。

「言い争い……?」

 思わず聞き返しながら、赤穂さんと目を合わせる。すると昨日の放課後に見た、あの泣
き顔がフラッシュバックして、なんとも言えない気分になってしまった。

「さっきの昼休み、篤実さんがいなかったときのことです。篤実さんと弥美乃さんが付き
合っているという話が真実かどうかということで、口論になっていました」

 口論って……あの凪が?

 僕は信じられない気持ちで教室を見渡す。すると恨めしげにこちらを睨んでいた凪と目
が合ってしまい、あわてて目を逸らす。

「凪さんは、断ったはずだと言っていました。弥美乃さんは、告白を受け入れてもらった
と言っていました。……本当は、どっちなんですか?」

 そう訊ねながらも、赤穂さんは僕の首筋―――昨日、キスマークをつけられていた箇所
を一瞬見た。昨晩お風呂でよくマッサージしたので、今は消えているはずだけど……

「えっと、それは……」

 僕は考える。今の僕の立場は、弥美乃の言いなりと言っても過言ではない。彼女に逆ら
えば、どんな恐ろしい目に遭うものか……考えただけでもゾッとしてしまう。彼女が僕と
恋人関係であると吹聴しているのであれば、僕はそれに従っておいた方がダメージが少な
くて済むのではないかとも思える。

 しかしそうすると今度は、凪の反感を買うことになるだろう。僕は弥美乃の告白を断る
ことを凪とひかりに約束したのだ。それを蹴ることは、僕の本当に数少ない友人を失うこ
とに繋がりかねない危険を孕んでいる。

 この状況を乗り切る方法は、一つ。僕は一層声をひそめて、ぎりぎりまで赤穂さんの耳
元に口を近づけて告げた。万が一にも他の人に聞こえてしまったら大変なので、恥ずかし
いとか言ってられない。

「その、今は詳しく言えないんだけど……事情があるんだ。弥美乃と付き合ってはいない
けど、そういうことにしておいてほしいっていうか……」

「…………」

 僕のとっておきの言い訳を聞いた赤穂さんは、しばし沈黙する。それにしても今日は、
いつもの天使のような雰囲気がなりを潜めているような気がする。よそよそしいという
か、妙に落ち着きはらっているというか。


578 : [saga]:2014/02/14(金) 19:52:44.85 ID:1Gsz8Ty50



 赤穂さんは、なんとも言い難い……そう、たとえば、デパートで母親とはぐれたことに
気が付いた子供のような、そんな表情を浮かべた。そして、

「……ほんとうに、ですか?」

 うっ、確かに、いかがわしい秘め事がバレて誤魔化そうとしている最低男の言い訳のよ
うに聞こえなくもないけれど……

「し、信じてくださいとしか……」

 赤穂さんが人を疑うような発言をしたことに、冷やりと嫌な汗をかく。現在の赤穂さん
の精神状態が特別なのか、はたまた天使に疑念を抱かせるほどに僕の最近の行いが悪いの
か。

「なにかに巻き込まれてるんですか?」

「ちょ、ちょっとしたことなんだけどね……あはは」

「……私じゃ、力にはなれませんか……?」

「いやあ、赤穂さんの手を煩わせるようなことでは……」

 緊張して手癖が悪くなり、無意識に手の中で弄んでいた消しゴムに目を落とす。親指で
ずっと擦っていたため、まるで新品のように真っ白になってしまっていた。

「まあその、凪にもちゃんとフォローは入れとくから、心配しないで」

「……そう、ですか」

 赤穂さんは深く息をついて、視線を下に落とす。え、なんですか? 僕と喋るのは疲れ
ますか? うん、知ってる!

「あの」

 落としていた視線を再び僕へと向けた赤穂さんが、物憂げな表情で口を開く。

「今日の放課後、その、お時間ありますか?」

「え……あの―――」

 僕は言いかけた言葉を、それ以上続けることができなかった。

 ポン、と僕たちの肩に手が置かれる。

「そろそろいい加減に……しとこうか……?」

「た、高千穂先生……!?」

 赤穂さんの言葉通り、振り返るとそこにはいつの間にか先生が立っていた。そしていつ
も無気力な声色が、かなりドスの効いた破壊的な雰囲気をまとって……痛い痛い痛いッ!!
指が肩に食い込んでる!! 関節もげるッ!!

 不吉なオーラを纏う高千穂先生は、僕たち二人の顔を交互に見て、そしてゆっくりとし
た口調でこう言った。

「廊下に、立ってろ」


579 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [sage]:2014/02/14(金) 20:20:21.53 ID:mr0J1Oyz0
怖えww
580 : [saga]:2014/02/15(土) 09:59:03.73 ID:Lj/e45cW0



 山腹へと張り付くように建つ学校から下校する道すがら、左右を木々に切り取られたこ
の通学山道で、僕はかつてない憂鬱に襲われていた。

「だーりん、どうしたの? 浮かない顔しちゃって♪」

 僕の左腕に抱き付く弥美乃が、白々しいことを言いながら微笑む。今日も今日とて喪服
のように全身真っ黒なコーディネートの彼女は、明らかに意図して僕の腕に二つのふくら
みを押し付けてくる。

「……あつみ、その女を今すぐ海に捨ててきて」

 僕の右手を握っている凪が、ギリシャ神話とかだったら人が消し飛びそうな視線で射抜
いてくる。どう考えてもランドセルを背負った幼女が発していい殺気じゃありません。先
ほど弥美乃のいないところで僕と弥美乃が恋人関係にないことは説明しており、それにつ
いてしばらく目を瞑るかわりに、今度凪の家に泊まることを約束させられてしまった。

「こ、これは何事なのかしら……まさか、機関の攻撃!?」

 僕の右後方をついてくるのは、黒のゴスロリファッションに身を包んだ中二少女の鳥羽。
彼女は彼女でそれはもう強烈なキャラクターをしているのだけれど、溶接工場もかくやと
いうほど火花が散りまくっているこの空間に足を踏み入れる勇気はないらしい。僕もでき
れば今すぐ逃げ出したいです。

「……」

 僕の左後方から無言のまま冷ややかな視線を送ってくるのは氷雨だ。最初、僕は氷雨と
二人で帰ることを想定していたのだけれど、それがあれよあれよと増えてゆき、こんなこ
とになってしまったのである。せっかく、珍しく機嫌がよさそうだったのに……

「これでは、明さんの言った通りですね……」

 最後尾でなにやらため息を吐いているのは、我らが委員長の赤穂さんだ。どういう風の
吹き回しか、今日の放課後を僕と一緒に過ごしたいなどと血迷ったことをおっしゃってお
り、彼女も今日、鳥羽の家についてくることとなっている。

 なんだこれ……どういう状況なんだ。こんな嬉しくないハーレムが存在していいのか?
僕は今までハーレムものの主人公に対しては黒い感情を抱き壁ドンしていたのだけれど、
これはちょっと認識を改める必要があるかもしれない。

 こ、これが妙義の示唆していた、八方美人の代償なのか……? い、いや、これがハー
レムだとは一概に言い切れないのも事実だ。だって彼女たちとの関係性は、恋人(偽)、
友達、友達、眷属、従兄……よし、こうして整理してみると可哀想な人だな。

 だけどそれぞれの事情をすべて知っているのは僕だけであり、つまり僕以外から見ると、
かなりえげつない男という風に見えてしまうのかもしれない。

 そう、たとえば僕に興味を持っているような人物が、折悪しくもこの状況を目撃してし
まったとしたら……そしてその人物が、島内の人々に対し大きな影響力を持っていたとし
たら……

「お、お前さんが……久住篤実?」

 通学山道の麓で仁王立ちしていたその男を目撃したのは初めてだったけれど、しかしな
がらその特徴的すぎる外見は伝聞通りの威容で、即座に記憶の水底から浮上してきた。

 褐色の肌、身の丈七尺二寸、筋骨隆々、サングラスにスキンヘッド、南国を思わせるよ
うなアロハシャツを肩に引っかけたその男は、人の良さそうな顔つきを渋面に歪ませてド
ン引きしていた。

 鬼ヶ城獅子彦。

 『アンチャン's レディオ』なるラジオのパーソナリティをしているというその男が、
この最悪のタイミングで満を持して現れたのである。

 南無三ッ!!


581 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [sage]:2014/02/15(土) 12:25:09.60 ID:c0Zh0QODO
とりあえず歌の収録……いや、練習か?
この状況で出来るのだろうか
582 : [saga]:2014/02/15(土) 13:35:11.09 ID:Lj/e45cW0



「こりゃあ、聞いてた以上にとんでもない新星が現れたもんだぜ」

 野獣の唸り声のような野太い声質で、フランクなセリフを吐く巨漢。戦国時代に生まれ
ていたら鬼神の類かと疑われていたであろうその男は、気軽な足取りで僕にまっすぐ歩み
寄って手を差し出してきた。

「俺っちは鬼ヶ城獅子彦。おっと、だけど名前で呼ぶんじゃないぜ? 俺っちのことは、
『アンチャン』って呼んでくんな」

「は、はあ……」

 差し出された手を、恐る恐る握り返して握手を交わす。手のサイズがとんでもないので、
リアルにバスケットボールを握りつぶせるんじゃないかってレベルなのが超怖い。

 アンチャンなるその大男は、僕の周りにいる女子たちを順番に見渡す。

「ふんふん、なるほどねぇ。なんていうか、特に気難しそうなのを懐かせたもんだな。こ
ん中じゃ、俺っちとも碌に話してくれねぇのだっているぜ?」

「な、懐かせたっていうか、普通に、友達ですよ……ははは」

 なぜか左腕と右手が同時につねられる。痛い! やめて!?

「ふぅん、そうかい? いや、それはここでは深く聞かないことにしようじゃねぇか。兄
ちゃん、そんなお前さんにビッグニュースだ!」

 そう言いつつ両腕を広げるアンチャン。いきなりだったからびっくりして、思わずのけ
反ってしまった。

「俺っちのラジオ、『アンチャン's レディオ』については知ってるな? 今度の放送に、
お前さんをゲストとして招待するぜッ! イエァ!!」

「ゲ、ゲストですか?」

「おうよ! なんなら今夜だって構わないぜ?」

 褐色の肌に真っ白な歯がコントラストしていて眩しいアンチャン。これが日本人だなん
て僕は認めない。どっちかっていうと、アメリカとかのパニック映画で最後まで生き残る
黒人キャラみたいだ。この人なら人食い鮫を素手で引きちぎりそうだけど……


583 : [saga]:2014/02/15(土) 13:38:48.09 ID:Lj/e45cW0



 ただでさえ人見知りな僕はその勢いに圧倒されつつも、

「あ、あの、ラジオで流すっていう自作の曲を……その、今日、録っちゃおうかと思って
いて……」

「おおッ、そうだったのか! いやぁ、感心感心! そういうことなら、準備ができたら
桜花……俺っちの弟に言ってくんな」

「わ、わかりました……」

「おう、それだけ言いに来たんだ。それじゃ、良いところを邪魔して悪かったな! また
近いうちに会おうぜ!」

「はい、その、また……」

 地震のように襲来したアンチャンは、嵐のように去って行った。一体なんだったんだ……

 あとに残された僕は、苦笑いしつつ振り返る。

「えっと……それじゃあ、帰ろうか」

 それから弥美乃は「明日の準備があるから♪」と不穏なことを言い残して僕らと別れ、
凪は「たのしみにしてるから」と呟いて帰って行った。

 当初の予定よりも大幅に増えてしまったメンバー四人で向かい合い、僕はチュニックを
身にまとった天使に目を向ける。

「赤穂さんって、鳥羽さんの家知ってる?」

「クラスメイトの家は、一通り」

 さ、さすが委員長……

 続いて視線を氷雨に向けると、彼女は小さく首を振りながら、

「すみません、わからないです」

「そっか、それじゃあ悪いんだけど赤穂さん、一回うちに寄ってもらってもいいかな?」

「ええ、大丈夫です。というよりも私は家に帰る必要がないので、このままいっしょにつ
いて行きますよ」

 にっこりと天使の微笑みを浮かべる赤穂さんに、僕の胸が高鳴る。くっ、久しぶりの全
開エンジェルスマイルだったから威力がヤバイな。

 しかし家に帰る必要がないってどういう意味だ? 親が心配しそうなものだけど……

「じゃあ鳥羽さん、またあとでね」

「う、うんっ」

 一度その場で解散して鳥羽と別れた僕たちは、三人で神庭家へと向かうのだった。


584 : [saga]:2014/02/15(土) 17:28:59.62 ID:Lj/e45cW0



「おかえり。……あら美崎ちゃん、いらっしゃい」

 家に帰ると、居間でお茶を飲んでいたお婆ちゃんが出迎えてくれた。

「篤実ちゃんがあの三人以外の子を連れてくるなんて、珍しいねぇ」

「あはは……うん、これからまた出かけるんだけどね」

「晩御飯までには帰るかい?」

「氷雨はそうかもしれないけど、たぶん僕は遅くなっちゃうと思う」

「そうかい、それじゃあ帰ってきておなかが減ってたら、簡単なものを作ってあげるから
ねぇ」

「うん、ありがとうお婆ちゃん」

 それから僕はまっすぐに自室へと向かう。僕がパソコンやマイクなどの機材を揃えてい
るあいだ、なぜか氷雨と赤穂さんもいっしょに僕の部屋に入ってきて、それぞれくつろぎ
始めてしまった。

「篤実さん、相変わらず部屋を綺麗になさってるんですね。とても男の人の部屋とは思え
ません」

「うん、まあ、物はあんまり置かないんだ。いつ追い出されてもいいようにね」

 半分冗談のつもりで言ったのだけれど、悲しいかな僕の普段の行いのせいか、わりと本
気で言っていると取られてしまったようだ。赤穂さんは眉をひそめ、氷雨へと向き直る。

「……そんな家庭環境なんですか?」

「そんなことありません。兄さん、適当なこと言わないでください」

「うっ……ごめんなさい」

 僕のベッドに腰を下ろしてくつろいでいる氷雨の冷凍視線に縮こまる。相変わらず家庭
内カーストは最底辺の僕なのだった。

 しかしそこで僕は閃いた。今みたいに氷雨と赤穂さんが会話をするように仕向ければ、
氷雨のぼっちも解消できるのではなかろうか。赤穂さんって割と誰とでも話しているし、
基本的にコミュ障が集団の中で孤立しないための一番の方法は、コミュ力の高い人間を一
人味方につけることなのだ。

 だが僕が黙っていると、二人の間に会話は生まれないらしい。赤穂さんは世話焼きタイ
プなので、わりと一人でなんでもできる氷雨とは相性が悪いのかもしれない。

 そんなわけで僕は、二人に話題を提供することにした。

「一つ心理テストをやってみない?」

 僕の唐突な提案に、目を丸くして注目する二人。

「自分の赤ちゃんが泣きました、電話が鳴りました、インターフォンが鳴りました、洗濯
物を干しているのに雨が降ってきたことに気が付きました。さて、あなたはどれからどう
取り掛かる?」


585 : [saga]:2014/02/15(土) 18:00:06.99 ID:Lj/e45cW0



 これはわりと有名な心理テストで診断結果もさまざまな亜種があるのだけれど……今回
は人間関係についてのテストだ。赤ちゃんが家族、電話が友人、来客が知り合い、洗濯物
が職場の同僚を表していて、どれから取り掛かるかで身の回りの人間の優先順位を知ると
いうものだった気がする。

 ……けどまあ、そんな結果はどうでもいいのだ。コミュ障の僕が言うのもなんだが、こ
ういうのはコミュニケーションの種になるということが重要なのであって、血液型占いと
かと同じようなものなのである。こういうのは当たるとか当たらないとか誰も期待しちゃ
いないんだから。

 しかし僕はこのとき、目の前の二人のことを甘く見ていたのだ。

 赤穂さんは可愛らしく首を傾げながら、虚空を見つめてこう言った。

「玄関の外にいる人に待ってくださいと声をかけながら赤ちゃんをあやして、電話を肩で
はさんで応対しながら洗濯物を入れます」

 氷雨は静かに目を伏せながら、床を見つめてこう言った。

「条件が自分と離れすぎていて想像できません。とりあえず一番大事なものから処理する
のではないでしょうか」

 僕は性格診断や心理テストの類をまったく信じていない人間だったのだけれど、ほんの
一瞬で考えを改めた。この二人の性格が、よぉ〜くわかったからだ。

 まずは赤穂さんに視線をやって、淡々と答える。

「……赤穂さんの診断結果は、『あなたは好き嫌いなどでは人に順位をつけず、誰にでも
平等に世話を焼いてあげられる聖母タイプ。だけど他人に深く踏み込めないため、その幅
広い交友関係の中で親友や恋人に発展する人は残念ながらいません。もっと好き嫌いをし
ましょう』です」

 診断結果を楽しみにしていたらしい赤穂さんの笑顔が、ピシィッ!! と石化する。

 僕は構わず、続いて氷雨へと顔を向ける。

「氷雨の診断結果は、『あなたは自分にとって本当に大切なもののためだけに一途になれ
る情熱家タイプ。だけど理屈っぽくて融通が利かない上に、じつは必要なものでさえも気
づかずに切り捨ててしまうストイックさのせいで学校や職場では孤立してしまいがちかも。
つまらないプライドは捨てましょう』だね」

 診断結果なんてどうでもいいと思っていたらしい氷雨の目尻が、ピクピクッと痙攣する。

「さて、と……録音機材の準備ができたから、鳥羽さんの家に行こうか」

 機材を詰め込んだバッグを背負った僕が二人のあいだを通り抜けようとした、その時。
ガシィッ!! と凄まじい勢いで僕の両腕が掴まれたかと思うと、ブン投げるようにベッ
ドへと押し倒され、怖い顔した二人に馬乗りされて押さえこまれてしまった。


586 : [saga]:2014/02/15(土) 18:05:01.24 ID:Lj/e45cW0



「……な、なんでしょうか……?」

 苦し紛れに愛想笑いを浮かべてみるが、完全フラット無表情となった二人はまったく笑っ
てくれない。ミラー効果ってアレ嘘だな。これ映ってねぇよ、反射されちゃってるよ。

「篤実さんは?」

 赤穂さんが、聞いたことないような低い声を出す。

「……は、はい?」

「だから、兄さんの診断結果は?」

 氷雨も、絶対零度の向こう側に到達した声色で詰め寄ってくる。

 うわぁい、なんだこれ。女の子に押し倒されるのってこんなに怖いことなの? もっと
嬉しいイベントかと思ってたわ。なんかもう命の危険を感じるレベル。いっそのこと、こ
こで「「お兄ちゃーん!」」と双子が部屋に飛び込んで来てくれたらどんなに助かったこ
とか。

 しかしそんな都合のいいラブコメ風イベントは発生しない。現実は非常である。

 だから僕は、この心理テストを初めて見たときに考えたことを、包み隠さず正直に答え
たのだった。

 まず、僕に子供ができるわけがない。

 次に、電話をかけてきてくれるような友人もいない。

 当然、宅配を受け取ったり来客が訪ねてきたりする状況も発生するわけがない。

 つまり僕の答えはこうだ……『静寂に満ちた室内で、洗濯物を入れてから二度寝する』。

 診断結果は、『あなたは幸せになる権利がありません。誰にも迷惑をかけないように、
一人静かに暮らしましょう』となる。

 ちなみにこれを二人に言ってみたところ、わりと容赦なく酷い目に遭わされました。

 みんなも女の子と心理テストをするなら、デリカシーには気をつけよう☆


587 : [saga]:2014/02/15(土) 20:11:04.93 ID:Lj/e45cW0



「ちょっ、篤実さんの顔がひどいことに! なにがあったんですか!?」

「「べつに、なんにも」」

 鳥羽の僕に対するクエスチョンを、氷雨と赤穂さんが声を揃えてアンサーしてしまう。
いやぁ、お二人が仲良くなれたみたいで僕も感無量ですぅ(血涙)。

 いきなり曲の収録を始めるのではなく、せっかくなのでちょっとリビングでくつろがせ
てもらうことにした僕たち。鳥羽のお母さんが淹れてくれた飲み物を飲んで人心地つきつ
つ、室内を観察してみる。

 家のつくりはそれなりに新しい現代風で、最近建てられたものであることがうかがえる。
外から見たときに古めかしい日本家屋がくっついているのが見えたので、おそらく祖父母
の家を増築するような形で建てたのだろう。斬新な和洋折衷だ。

 それにしても先ほどから、鳥羽の様子がなんだかおかしい。そわそわと落ち着かないと
いうか、なにかに怯えているというか。まあじつは、その理由に検討はついているのだけ
れど。

 僕はちょっと悪戯心を燃やして、とても苦そうな顔をしながらブラックコーヒーをちび
ちび飲んでいる鳥羽へと向き直る。

「鳥羽さんの家っていうくらいだから、もっと太陽神の遣いっぽいデザインを想像してた
よ。神社みたいなさ」

「ブフッ!?」

 コーヒーを噴き出した鳥羽に、お母さんが慌ててティッシュを手渡す。

「ああもう、だからオレンジジュースにしなさいって言ったのに。どうして飲んだことも
ないのにコーヒーなんて……」

「は、母上は、ちょっと黙っててもらえるかしら……」

「なによ母上って。それより太陽神の遣いってなに?」

「うわああああああああんっ!?」

 耳をふさいでリビングから飛び出してしまった鳥羽を、彼女の母親は怪訝そうに見送る。

「ごめんなさいね、いつもはあんな感じじゃないんだけど……」

 すみませんお母さん、九割くらい僕のせいです。

「だけどあの子がお友達を連れてくるなんて珍しいわ。ゆっくりしていってね」

「はい」

 僕らは出された飲み物を飲み干すと、鳥羽が半べそかきながら走り去っていった方へと
向かうのだった。


588 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [sage]:2014/02/15(土) 20:24:35.67 ID:abLQgJX+o
ひでぇww
589 : [saga]:2014/02/15(土) 22:51:40.21 ID:Lj/e45cW0



「もう! ばかばかっ!」

 めちゃくちゃラブリーなドアプレートに丸っこい文字で『きよみのへや』と書かれた扉
を開けると、その向こうに広がっていたのは魔界的なおどろおどろしい部屋……なんてこ
とはなく、普通に女の子チックな可愛らしいお部屋だった。

 僕たちはピンクのふわふわクッションを勧められて腰を下ろすと、涙目になった鳥羽が
僕の胸をぽかぽかと殴ってきた。ふはは、全然痛くねぇ。もっとそこの二人みたいに殺気
を込めて殴らないと。

「ごめんごめん、母上には言ってるのかと思って。母上には……ぶふっ!」

「うにゃあああああああああっ!?」

 鳥羽のぽかぽかパンチが倍速になる。いやあ、鳥羽は反応が面白くてかわいいなぁ。

 そんなご満悦な僕の様子を見た氷雨が、怪訝そうな表情になる。

「……兄さん、外だとそんなテンションなんですね」

 それに対して赤穂さんは首を横に振り、

「いいえ、篤実さんがひかりさん以外の人をからかっているのは初めて見ました」

 この島の人たちはみんな気が強いからな……僕が優位に立てる人が少ないのである。

 それを聞いた鳥羽は、一転して得意げな顔になった。

「くくく、私と彼は眷属なのよ。すなわち血族にも等しい強固で特別な繋がりを有してい
るの。そんな私が彼にとって特別であることは当然……自明であり摂理なのよ」

 どやぁ、という擬音でも聞こえてきそうな顔でふんぞり返りながら、氷雨と赤穂さんを
見下ろす鳥羽。すると氷雨が僕に背筋も凍る視線を向けて、

「……彼女がいるのに、ほかの女の子をたらしこんでるんですか」

「い、いや、これはなんといいますか……」

「「彼女?」」

 氷雨の言葉に、赤穂さんと鳥羽が反応する。氷雨は僕に彼女がいると思っていて、赤穂
さんはそれが嘘だと思っていて、鳥羽はそもそもなにも知らないらしい。この三竦みを誤
解なく攻略することは、コミュ障の僕には無謀極まりない。

 だから全力で話題をスルーしてしまうことにした。

「さ、さぁて! そろそろ録音の準備をしないとね!!」

 みんなの視線が冷ややかだけど、僕はくじけないぞぉ☆ ……どうして僕は事実無根の
恋人に振り回されているのだろうか。

 とにかく機材をセッティングして、まずは僕の用事から済ませてしまうことにしよう。


590 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [sage]:2014/02/15(土) 23:17:08.53 ID:9/zsGqo10
ところで、ものごっつい霊障が居るらしき状態で、ちゃんと録音なんてされるのか?
591 : [saga]:2014/02/15(土) 23:28:48.02 ID:Lj/e45cW0
>>590
その発想はありませんでした! そのネタいただきますっ!
592 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [sage]:2014/02/15(土) 23:47:03.42 ID:abLQgJX+o
やはりそうなったか…
593 : [saga]:2014/02/16(日) 10:17:36.64 ID:1ORWgOcS0



「……ふぅ。こんなとこかな」

 三人の視線を感じながらという気まずすぎる状況の中で、なんとか納得のいく一曲を歌
い終えた僕はマイクから離れて一息つく。そして録音したカセットテープを歌い出しの数
秒だけ再生して、きちんと録れていることを確認する。

 歌うということは意外にもかなりのエネルギーを使うものだ。独特の気だるさがじんわ
りと襲ってきて、僕は椅子の背もたれにぐったりともたれかかる。

「す、すごいではないか!」

 すると今まで静かに息をひそめてくれていた鳥羽が、興奮気味に声をあげる。

「さすがは我が眷属、惚れ直したぞ! やはり私の聖なる瞳に狂いはなかったようだな!」

「あ、ありがと。でも大げさじゃないかな?」

「大げさなどではないと思いますよ」

 続けて赤穂さんも、天使の微笑みを浮かべて鳥羽に同調する。

「とてもお上手でした。それに歌っているとき、普段の篤実さんとは全然雰囲気が違くっ
て、なんだかどきどきしちゃいました」

 おぅふ……そんなことを言われると、今日まで歌の研鑽を積んできてよかったと心から
思う。やばい、お世辞でも超うれしい。

「それ、曲と歌詞も兄さんが?」

 氷雨が突然痛いところを突いてきて、僕は内心けっこう焦る。

「うっ、ま、まあね……ちょっと本土の知り合いに手伝ってもらったりもしたけど」

 その言葉に特に反応したのは、赤穂さんだった。

「篤実さんの、前の学校でのお友達でしょうか? 都会での篤実さんのこと、そういえば
なにも知りません。よろしければ、教えていただけませんか? すごく興味があるんです」

「そ、そんなの聞いたって、なんにも面白くないよ……?」

「私も、我が眷属の過去を知っておきたいぞ。お互い隠し事はなしにしようではないか」

「うぐっ……」

 僕が氷雨に視線で助けを求めると、彼女はなんだか不安そうな表情を浮かべていた。

「私も、兄さんみたいに歌えるようになりますか……?」

「うん。僕ぐらいのレベルなら、きっと練習をすればすぐだよ。ちょっと休憩したら、今
度は氷雨のレッスンを始めよっか」

 録音場所にしていた鳥羽の勉強机から離れると、僕は床で横になった。久しぶりに全力
で歌ったので、思いのほか疲れてしまったのだ。


594 : [saga]:2014/02/16(日) 10:23:37.91 ID:1ORWgOcS0



 さすがに女の子の部屋のクッションに頭をうずめることは気が咎めたので、カーペット
に直接頭をつけていたのだけれど、すぐに後頭部が痛くなって寝返りを打つ。すると、す
ぐ近くのベッドの下になにかが落ちているのを発見した。

 僕は特になにも考えず、無意識に手を伸ばしてそれを太陽の下へと引きずり出す。それ
は手作り感満載の装丁が施された分厚いノートのように見えた。僕は上半身を起こすと、
その表紙に書かれた文字列を声に出して読んでみた。

「『愚理喪環亞瑠』……グ、リ、モ……ワール。……グリモワール?」

「だめええええええええっ!?」

 恐ろしい勢いで突っ込んできた鳥羽のタックルを食らって、後頭部をベッドの角に強打
する。しかし鳥羽はそんなことには気づかずに、僕の手から『愚理喪環亞瑠』なるものを
ひったくった。

「こ、これはほんとにダメです! いくら篤実さんでも!! っていうか人の部屋のもの
を勝手に触っちゃダメですよ!?」

「ついさっき、お互い隠し事はなしにしようではないかって誰かが言ってたような……」

「ひうっ!?」

「よしよし、じゃあ僕の本土でのエピソードを聞かせてあげよう。代わりにその魔導書を
閲覧させてもらうけど。ぐへへ」

 ゲスい顔を作った僕が手をワキワキさせながら、子犬のように怯えて震えている鳥羽へ
とにじり寄る。そして魔導書へと手をかけようとした、その時。

「篤実さん」

「兄さん」

 にっこりとほほ笑んだ赤穂さんと、冷ややかな目をした氷雨が、怒気を滲ませて僕を呼
ぶ。室内にピリッとした緊張が走り、僕は両手を挙げて「降参」のポーズをとった。

 すぐに鳥羽は小走りで二人の後ろに隠れて、僕から距離をとる。やれやれ、すっかり嫌
われてしまったようだ。

 人と人を繋げるのに最も有効な状況は、共通の敵の出現だ。ラディッツを前にすればサ
イヤ人もナメック星人も手を取らざるを得ないのだ。

 コミュ障たる僕は人に嫌われたくはないのだけれど、しかしながら嫌われることには嫌
というほど慣れている。だからここは、可愛い従妹に友達ができるように、僕はラディッ
ツになってあげるとしようではないか。

「うーん、僕らは眷属になれると思ったんだけどね……残念」

 僕は肩をすくめて、このアウェーな空気を受け入れることにした。


595 : [saga]:2014/02/16(日) 12:45:07.63 ID:1ORWgOcS0



 本格的に氷雨のレッスンが始まると赤穂さんや鳥羽は手持ち無沙汰になってしまい、二
人はガールズトークに花を咲かせていた。僕としてはあの中に氷雨も加わってほしいとい
う思いもあったのだけれど、あまりにも真剣に氷雨がレッスンに臨んでいるものだから、
僕も意識を切り替えて全力で歌い方のコツを教えてあげることにした。

 幸いというかなんというか、氷雨は飲み込みの早い方だった。そのため目に見えて上達
しているのがわかって、氷雨本人としても自信につながってくれたように思う。

 しかしまあ、そうは言ってもまだ並以下。カラオケで平均点を取れるラインには達して
いないため、まだ要練習といったところだけれど……氷雨も歌うことが楽しく感じてきた
ようだから、きっとすぐに上手くなれるのではないだろうか。

 そうこうしているうちに、すっかり陽も暮れていた。

「氷雨、ずいぶん上達したんじゃない?」

「……嫌味ですか。まだぜんぜんです」

 まあ、うん、そうだけどさ。

「焦ることはないよ、焦って良いことなんて一つもないからね。だけど自分の部屋と違っ
て、思いっきり声が出せるっていうのはやっぱり違うでしょ?」

「そうですね。音の違いもよくわかりますし、それに歌っていて気持ち良かったです」

 氷雨は鳥羽の方を振り返って、

「あの……また、こうやって歌いに来ても、いいですか……?」

「も、もちろん! くくく、我が居城の瘴気にあてられてしまうのも無理からぬこと……
私もこうなってしまった責任を取らねばなるまい」

 とか言いつつ、嬉しいのか顔がにやけてしまっている鳥羽なのだった。

 親交を深めるのは劇的なイベントではなく、何気ない時間を長く共有することが最も大
切だ。だからこうして家を訪れたりして時間を共有していれば、いずれ彼女たちのあいだ
に友情が生まれる日も遠くはないだろう。

「聖さん、私もまたお邪魔してもよろしいですか?」

「ふ、ふふふ。もちろんだ!」

 僕が言うのもなんだが、赤穂さんも誰か特別に仲のいい友達を作った方がいいと思う。
つまりこの三人が仲良くなってくれれば、僕としてもかなり嬉しい。

 鳥羽がチラリと僕の顔を見る。え、お前はさっさと帰れってことですか? はいはいわ
かりましたよ。

「すっかり遅くなるまでお邪魔しちゃったね。そろそろ帰ろうか」

 出しっぱなしにしていた機材を片付けようとすると、赤穂さんがふと思い出したように、

「そういえば、録音したテープを最後まで確認しなくて大丈夫なのでしょうか? 最初の
数秒だけしか聞いていませんでしたが」

「え……まあ、大丈夫だとは思うけど……」

 いや、しかし万が一ということもある。僕は基本的にデジタル人間なので、カセットテー
プで録音なんてしたことがないし、なにか予想だにしない不具合が発生していないとも言
い切れない。

「……一応、最後に聞いてみようか」

 僕はテープを巻き戻して、再生ボタンを押した。

 古めかしいラジカセから残念な音質の曲が流れる。まあパソコンにも録音しているので
問題はないのだけれど。

 しばらく曲を流していると、氷雨が突然「えっ」と小さく声を上げた。


596 : [saga]:2014/02/16(日) 12:47:25.93 ID:1ORWgOcS0



「……どうかした?」

「いえ、あの……」

 なにか言い淀む氷雨に気を取られていると、今度は鳥羽が「えっ」と声をあげて怪訝な
表情を浮かべる。

「な、なにか変だった? 歌詞間違えてるとか?」

「い、いえ、そうじゃなくって! なんか変な声聞こえませんでしたか!?」

「変な声?」

 僕は結構マジメな声で歌ってたつもりだけど……とテープの音声に意識を向けると、そ
こでちょうど僕の歌声に「ザザッ……」という奇妙なノイズが走った。そして音楽は流れ
ているのに、僕の声だけがプッツリと消えて途絶えてしまう。

「なんだ……? 故障してるのかな?」

「な、なんか怖いですよ! それ止めましょう!」

「いや、でも……」

 女子三人がにわかにパニック状態に陥りかけるなか、僕は異変を感じつつも努めて冷静
でいようと心がけていたのだけれど……

 その瞬間、きちんと録音したはずの僕の声の代わりに……女性の声で、ゾッとするよう
な冷たい声が聞こえた。

 『……こえた……やっと……明日の夜……』

 ガチンッ!! と凄まじい勢いで停止ボタンを押した僕は、首の関節が錆びついたかの
ようにギギギ……とぎこちない動きで振り返る。後ろの三人も放心状態で、表情筋が完全
に機能停止している。


597 : [saga]:2014/02/16(日) 12:51:56.10 ID:1ORWgOcS0



「……さて……と」

 僕は深呼吸を一つして、精いっぱいの笑顔で告げる。

「よし、帰るか! 氷雨、赤穂さん、行くよ!!」

「はい、帰りましょう!!」

「もう外も暗いですしね、急ぎましょう!!」

「ちょっと待ってください皆さんっ!? え、本気ですか!? 私を一人にして帰るつも
りですか!? 嘘ですよね!?」

「いやぁ鳥羽さんが太陽神の遣いで助かったなぁ!! この程度のことじゃなんともない
んだろうなぁ!!」

「都合のいい時だけその設定持ち出すのやめてください!! ちょっ、これ篤実さんに憑
いてるやつじゃないですか!? ちゃんと持って帰ってくださいよ!!」

「いやいやオカルトの話をすると霊が寄って来るという説を信じるなら、普段から現人神
を自称してる鳥羽さんに寄って来てるんだと思うんだよね! それじゃあ頑張って!!」

「絶対いやですっ!! もうこうなったら私も篤実さんたちの家に泊まりますから!!」

「ちょっ、やめろし! うちに憑いて来ちゃったらどうするんだよ!」

「先に連れてきたのはそっちじゃないですかぁ!!」

 なんかもうしっちゃかめっちゃかの大パニックになりつつ、鳥羽が死んでも離してなる
ものかと僕の腰に巻き付いてくる。すると、いつの間にやら氷雨と赤穂さんが部屋の外に
退避していた。

「え、ちょ、二人とも? なにしてんの?」

「委員長、今日うちに泊まりませんか?」

「いいんですか? それじゃあ、ぜひ!」

「うおおおおおおっ!? 今日家に帰れば風呂上がりの赤穂さんが見れるんですか!?
くそ、意地でも帰りたい! こら鳥羽、離せ! 僕はこれから天国に向かうんだ!」

「違います! 篤実さんはこれから私と地獄に落ちるんです!」

 氷雨は鳥羽の部屋のドアをゆっくりと閉めつつ、

「兄さん、明日 千光寺神社へお祓いに行ってくださいね。じゃないと絶対家には上げま
せんから」

「篤実さん、聖さんをよろしくおねがいしますね。それでは、また明日」

「ウェイトウェイト!! ちょっと待ってくださいお願いします!! は、話せばわかる!
よしわかった、ここは公平にジャンケンで決めましょう! じゃーんけーん」

 バタン。

 無情にも扉は閉ざされ、「最初はグー」の形に握られた僕の右こぶしだけが、虚しく空
を切るのだった。


598 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [sage]:2014/02/17(月) 00:29:57.50 ID:+jm6A7qM0
弥美乃も明日の準備が〜とか言ってたな。関係あるのか?
599 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [sage]:2014/02/18(火) 12:49:00.47 ID:fofcKzNQo
うはー
たのしー
600 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [sage]:2014/03/02(日) 17:07:44.44 ID:d0ae9EYW0
特級怪異:ライオン
威厳もあって強い。そこそこ好戦的
601 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [sage]:2014/03/02(日) 21:12:57.70 ID:hgwu4ykXo
今回は長かったな
やっと復活
待ってるよ
602 : [saga]:2014/03/02(日) 21:24:21.37 ID:qmbkxfeN0

もうずっと直らないんじゃないかとか、アクセスでいないのは私だけなんじゃないかとかヒヤヒヤしてました……

というわけで再開します! あんまり書き溜めはないですが……
603 : [saga]:2014/03/02(日) 21:31:36.15 ID:qmbkxfeN0



 たとえば少年向け週刊雑誌に掲載されているようなハーレム漫画の主人公の境遇を閲読
するにあたって、僕はじつに率直にこう思う―――「爆発しろ」と。

 しかしそれは他人の幸福が恨めしいからであって、自分の境遇に不満を抱いているだと
かそんなことは決してない。なぜなら僕のような人間がそんな境遇に置かれて、まともな
人間関係を築けるはずがないということは重々承知しているためだ。

 多くの種類の人間と仲良くなるということは、つまり一人一人に割くことのできる時間
が減るということなわけで、せっかくのジュースに水を加えていくように、構築した関係
性が希薄になっていくことを意味している。

 そしてもしも。その中の一人にでも自分の正体を看破されてしまおうものなら、芋づる
式に周囲へと情報は拡散され、あっという間に自分の居場所から放逐されてしまうのだ。

 だから僕は、恒常的に多くの人に囲まれて生きるのが怖い。たとえそれが、可愛い女の
子だったとしても。

 ようするに、はやく面倒事を片付けて、気兼ねなくひかりとイチャイチャしたい……

「えろいむえっさいむ、えろいむえっさいむ……」

 僕は鳥羽のベッドに背を預けて、部屋の隅で怪しげな呪文を唱えながら盛り塩をしてい
る黒髪の少女に視線を注ぐ。

 現在、彼女は女の子らしいふわふわ生地の白いパジャマに身を包んでいる。いつもは全
身真っ黒な服装で、指先でさえ露出を避けているのだけれど……今の彼女は半袖に裸足と
いう無防備な格好だった。

 平時は巻かれているボリューミーな黒髪は現在、頭の後ろでまとめてタオルで包んでい
る。それはつまり彼女がお風呂に入ったということを意味しているのだけれど、なぜか異
様なくらい厳重に風呂を覗くなと念を押されてしまった。僕ってそんなにムッツリに見え
ますかね……?

 ついでに補足すると僕もお風呂をいただいたのだけれど、直前に女の子が入ったという
事実をこんなにも意識させられたのは今日が初めてだった。……こんなこと本人たちに言っ
たら怒られそうだけど、家族である神庭シスターズや小学生の凪とは、やっぱり違うも
のなのだ。

 ……やけに排水溝に白髪が引っかかっていたのを、僕は涙を呑んで見なかったことにし
た。苦労してるんだね、そのキャラ……

 家に帰ることが許されない僕には着替えがないので、当然同じ服に袖を通すことになる。
そのため これでけっこう潔癖な僕は、すごく気持ち悪い思いをしなければならなかった。

 しかしこうして露出の高めな鳥羽のレア姿をまじまじと見てみると、彼女はとにかく肌
が白い。いつもあれだけ厳重に肌の露出を避けているのだから当然ではあるけれど、その
ことを差し引いたとしても、まるで陶磁器や絹のような純白の皮膚は、見ているこっちが
不安になってくるような儚さを備えていた。

 儚さ。そう、彼女の印象を表すのにこれほど適切な言葉は他に思いつかない。ひかりの
ように病弱というわけではないだろうけれど、しかし彼女を見ていると、無性に不安に駆
られるような、守ってあげなければならないような、そんな感覚に囚われてしまいがちだ。

 鳥羽はくるりと振り返ると、部屋の隅の盛り塩から離れて僕のほうへと歩いてくる。ど
うやら、科学的根拠どころか霊能的にも効能が皆無であろう謎儀式が終わったらしい。

「くくく……この部屋は太陽神の加護によって守られているから安心なさい」

「そ、そうなんだ」

「塩―――それは大いなる生命の海が、太陽の光によって神聖なる力を注がれたものなの
よ。だから悪しきモノは近づくことができないってわけ」

「じゃあ、悪しきモノが元々部屋の中にいたら外に出られなくなるんだね」

「…………」

 普段から真っ白な鳥羽の顔が、白を通り越して青くなる。

 っていうか鳥羽が一階の台所から持ってきたのは岩塩を砕いたものだった。地中で生ま
れるはずの岩塩が、いつ太陽光線なんて浴びたんだろうか。まぁあんまり言うと可哀想だ
から黙っていよう。


604 : [saga]:2014/03/02(日) 21:37:52.65 ID:qmbkxfeN0



 鳥羽は僕の隣へ腰を下ろすと、同じようにベッドへ背を預ける。

「……その、お、怒ってない、ですか?」

 突然鳥羽の口から出た言葉に、僕は面食らった。

「怒る? なにを?」

「その、ですから、篤実さんをむりやり、泊まらせちゃって……」

 鳥羽は小さな体を丸めるように膝を抱え、まるで親の説教に怯える子供のような目を僕
に向けてくる。さすがにそんな仕草をされて、さらなる追い打ちをかけるような非情さの
持ち合わせはない。

「べつに、怒ってないよ。むしろあの二人じゃなく僕なんかが残っちゃって申し訳ないく
らいだよ。ごめんね」

「あ、あやまらないでください! 私は、篤実さんに残ってほしかったから……」

「……え?」

「だ、だって……眷属、ですし」

 徐々に語気を失っていく鳥羽は、伏し目がちにごにょごにょ口を動かすと、すっかり俯
いてしまった。

 僕はこの機会に、今日まで気にかかっていたことを訊ねてみることにした。

「鳥羽さんの言う『眷属』っていうのは、どういう意味合いで使ってるの?」

「え? 意味合い、ですか?」

 鳥羽は伏せていた目を丸くさせると、視線をあっちこっちにやりながらうんうん唸り、
そうしてようやく答えを出した。

「と、友達……かな。ううん、それ以上……親友? 相棒? そんな、感じです」

「とても親しい人って感じ?」

「そ、そんな感じですっ! あ、でも、ただの友達じゃなくって、特別な友達っていいま
すか……!」

 どうやら鳥羽の方は、僕のことを友達のように思ってくれていたらしい。やっぱりこの
島の人たちは心の距離が近いというか、僕のようなおっかなびっくり腰の引けた人付き合
いはしないらしい。

「僕の他にも眷属はいるの? うちのクラスとかには」

「普通のお友達はいます。……けど、眷属は篤実さんだけです。私の言葉を真剣に聞いて
くれたのは、篤実さんだけでしたから」

 私の言葉、というのは、おそらくあの電波な設定のことだろうか。だとしたら僕もそん
なに真面目に聞いていた覚えはないんだけどな……

 僕がなにげに酷いことを考えていると、鳥羽は途端に陰鬱な面持ちになる。よもや心を
読まれたか!? とちょっぴり焦る僕を尻目に、鳥羽は低い声でポツリと言葉を漏らした。

「でも……隠し事をしちゃってる、から……友達とは言えないのかも」

 ドキリ、と。僕の心臓が大きく跳ねる。

「どういう、こと?」

「そのままの意味です。私、みんなには言ってないことがあって……それを隠して付き合っ
てるのって、なんだか、おかしいことのような気がして……でも、今さら明かすのも怖い
し、それで……」

 ともすれば泣き出しそうな声色に、僕は思わず露骨に視線を逸らす。

 ……そんなことを言い出したら、僕なんかどうなるんだ。隠し事だらけの僕に本当の意
味での友達なんて、できるはずがないじゃないか。


605 : [saga]:2014/03/02(日) 21:41:26.46 ID:qmbkxfeN0



「……隠し事なら、まだいいんじゃないかな。嘘じゃないんだし。直接聞かれたわけじゃ
ないなら、わざわざこっちから言うようなことじゃない限り、言う必要はないよ。むしろ
言わないほうがいいってことだってあるんだから」

「篤実さんにも……そういうことって、あるんですか?」

「……まぁね」

 鳥羽の視線から逃げながら、僕は小さくそう答えた。

 それからしばらく沈黙が流れ、階下から聞こえてくるかすかな生活音だけが室内に満ち
る。

 やがて鳥羽は大きく深呼吸をすると、なにか覚悟を決めたような顔つきで僕に向き直る。

「私、その、嘘ついちゃいました」

「嘘?」

「最初は隠し事だったんです。言わなければ大丈夫だと思って……だけどそのうち、それ
だけじゃ隠し切れないことに気がついて、そうしたら、嘘をついて隠し続けなくちゃいけ
なくなって……」

「……」

「でも、いつかバレるんじゃないかって思ったりもして……! だからって自分から言い
出すのも、怖くって……」

 鳥羽は膝を強く抱き寄せる。小さく丸まった体はよく見れば震えていて、彼女がとても
思い詰めていることが窺えた。

 鳥羽がなにを秘めているのかは知らないけれど、ここで不用意なことを言って彼女の人
間関係に亀裂を入れるような結果だけは避けなければならない。もしも鳥羽が僕のような
えげつない隠し事をしていたとしたら、それを明かすべきだと助言でもして鳥羽がその通
りにしてしまったら、彼女が孤立することになってしまうだろう。

 もしそうなっても僕は彼女の味方でい続けたいとは思うけれど、しかしたった一人の味
方が僕だというのはあまりに可哀想すぎる。それに僕だって壊したくない関係はある。

 だから僕は、なにも言えなかった。ただ黙って、鳥羽の部屋に敷いてもらった布団に視
線をやりながら思考に没頭していく。

 たとえば僕の立場だったらどうだろう。過去に僕が働いた悲惨な罪をみんなに告白する
ことにメリットはあるだろうか?

 いいや、それは確実に皆無だろう。答えはノーだ、間違いない。みんなドン引きして僕
から離れていくに違いない。そして今までそれを黙っていたことに幻滅し、ひかりたちは
心に傷を負ってしまうかもしれない。

 けれどもそれは、僕レベルに最低な人間に限る話ではないだろうか? 僕の勝手な主観
ではあるけれど、この鳥羽という少女が他人の人生を踏みにじるような子だとは到底思え
ない。それに鳥羽は生まれたときからこの島に住んでいるはず。それを今まで秘密にでき
ているということは、誰にも迷惑をかけていないということではないのか?

 それで大多数の人間から非難を浴びるような隠し事というのが本当にあるのだろうか?

 仮にそれが原因で鳥羽が友達作りに消極的なのであれば、早急に解決すべき事案だ。さ
らに以前、鳥羽が電波発言をするのにはなにか理由があるらしいことを仄めかしていたよ
うに記憶しているが、その理由とも繋がっているのなら、ますますどうにかしてあげなく
てはならない。

 僕は妙義や赤穂さんではないので、こういった事態を華麗な手際で解決に導くなんてい
うスキルは持ち合わせていない。僕に思いつくのは、せいぜい単純で誰にでも思いつくよ
うな泥臭い案でしかない。

 やれやれ仕方ない、下には下がいるということを彼女に教えあげようじゃないか。その
結果、僕が軽蔑されるようなことになっても……まあ構わない。慣れっこだもんねっ!


606 : [saga]:2014/03/02(日) 21:45:49.25 ID:qmbkxfeN0



「鳥羽さんの隠し事を僕が聞いたら、もう僕はこうやって鳥羽さんとは口をききたくなく
なるのかな?」

 僕の問いかけに、鳥羽は困惑して視線を泳がせる。

「わ、わからない、ですけど……そうかもしれません」

「僕はもっとひどい隠し事をしているとしても?」

「え……?」

 僕は目を伏せて、鳥羽に気づかれないように深呼吸をする。こんな話を他人にするのは
さすがに初めてのことなので、嫌われる覚悟を決めてはいても、やっぱり緊張してしまう。

「僕はね、じつは魔法使いなんだよ」

 鳥羽の動きが完全に停止する。あれ、おかしいな。時間を止める魔法なんて使った覚え
はないんですケド。

 目が点になっている鳥羽へ、僕は構わずに続ける。

「べつにこれはからかってるとかじゃないんだ。本土にいたころ、僕は同じ学校に通って
いた四人の生徒に『呪い』をかけたんだよ」

「の……ろい?」

「そう、『呪い』。そうしたら、どうなったと思う?」

「ど、どうなったんですか……?」

 鳥羽の表情に怯えの色が混じったのを、僕は見逃さなかった。呪いという単語の凶悪性
と、そしてそれを僕の口から聞いたことによる恐怖だろう。

「一人は骨折して野球の大会を欠場した。一人は栄養失調で入院した。一人は発狂して転
校した。一人はおかしくなって警察に逮捕された。僕が呪った四人は、夢を、体を、心を、
人生を壊されたんだ。僕の悪意のせいでね」

 鳥羽は、なんと言っていいのかわからないのだろう、ただ黙ってゴクリと喉を鳴らして
いた。

「これは嘘でもなんでもない。やろうと思えば今すぐにでも誰かを呪える。僕を本気で怒
らせたヤツには、地獄を見せてやる。僕はそういう人間なんだよ」

 千光寺神社で僕の右腕を動かしたものの正体を、きっと僕は最初から知っていたのだ。

「こんなの、聞きたくなんかなかったでしょ? そりゃあ、言ったほうはスッキリするよ?
もう隠し事をしなくて済むんだからね。だけど聞かされたほうは堪ったもんじゃない。だっ
て知らなければ不要な心労を感じないで済んだものをわざわざ聞かされて、その上今度は
聞かされたほうも、その事実を他の人から隠してあげないといけなくなるんだから」

 秘密を打ち明けるというのは信頼の証のようにも見えて、実際のところは単なるエゴで
あることが多い。勝手な都合で隠すべきことを共有させて、相手の心労を増やすだけだ。

「だから、自分が楽になりたいだけなんだとしたら……それは優しさじゃないし、思いや
りでもない。ただの身勝手になってしまうんだよ。それをよく考えて、友達に秘密を明か
すかどうかを考えてほしい」

 言いながら僕は、鳥羽の瞳をジッと見つめる。僕の放った言葉がより深く鳥羽の心に届
くことを願って。

 鳥羽は怯えからか萎縮した様子で、言葉もなくただ黙っていた。

 僕はなにも言わずに立ち上がり、そのまま部屋の出口へと足を進めた。そしてドアの左
右に盛ってある岩塩を散らさないように気をつけながら、ゆっくりと扉を開く。


607 : [saga]:2014/03/02(日) 21:48:52.88 ID:qmbkxfeN0



「ど、どこに行くんですかっ?」

 僕の背中にかけられた、わかりきった質問に嘆息する。

「帰るんだよ」

「どうしてですか!?」

「いや、どうしてって……」

 逆にどうしてそんなことを訊ねるのか、こっちが訊きたいくらいだった。

「だって……気持ち悪いでしょ?」

 そう訊ねられたときの鳥羽の表情は……なんと言えばいいのか、驚いたような、悲しそ
うな、なにやら複雑な表情だった。

 やがて俯いてしまった鳥羽は、しかしそれでもポツリと言葉をつづける。

「……どうして篤実さんは、その人たちを呪ったんですか?」

「え?」

「本気で怒ったから呪ったんだって、さっき言ってたじゃないですか……。篤実さんは、
なんのために本気で怒ったんですか……?」

 さっきの話を聞いて、それでも僕を良い人みたいに見ようとする鳥羽の健気さに、僕は
ちょっぴり心を打たれた。

 だけど、これはそういう問題じゃないのである。

「理由があれば、人を傷つけてもいいの?」

 質問を質問で返すのは心苦しかったけれど、僕のこの問いに、鳥羽はハッとしたように
目を見開いて黙り込んでしまった。

「……まあ、そういうことだよ。それじゃあ、また明日」

 改めて扉を開けて退室しようとした、そのとき。



 バタンッ!! という激しい音をたてて、鳥羽が開きかけた扉をほとんど体当たりのよ
うな格好で閉ざしてしまったのである。


608 : [saga]:2014/03/02(日) 21:53:52.48 ID:qmbkxfeN0



「えっと……鳥羽、さん?」

 鳥羽は呆気にとられる僕の手を引いて扉から遠ざけると、彼女にしては意外なくらいの
力強さで僕を部屋の真ん中に座らせる。

 そして言った。

「ふ……ふふふ……天の現人神たるこの私の眷属を名乗るのだから、呪い程度は扱えなく
ては困ると思っていたところなのよっ!」

 ふわふわパジャマを身にまとった天の現人神は仁王立ちして、正座する僕を思いっきり
見下ろしていた。しかしそのドヤ顔は明らかに引きつっているし、声も震えていた。無理
をしているのは誰の目にだって明らかだ。

「え、あの……鳥羽さん?」

 想定外なその反応に困惑する僕を尻目に、電波モードになった鳥羽は饒舌に言葉をまく
し立てていく。

「しかしたかだか呪い程度で私の腰が引けると思ったのであれば、あまりにお粗末な思考
回路だと判断せざるを得ないわね! 前世では、この私を怒らせた者は神であろうと凄惨
な目に遭わせてやったものだわ。それを思えば、貴方のソレは稚戯にも等しいわ!」

「……」

「それに、この私の神眼を甘く見てもらっては困るわね! あなたが自分のためには万全
の力を発揮することのできない星のもとに生まれ落ちていることなど、ばっちり見えてい
るもの! だからきっと、あなたは友達か誰かのために怒り、そしてそのささやかな呪い
とやらを行使したに違いないわ!」

「……うん」

「!! ……そ、そうね、そんなことは既にわかっていたわ! ええ、とっくの昔にね!
我が眷属のことなど、お見通しなのよ! ふ、ふふふ、しかし私ほどの神通力がなければ、
勘違いしてしまう哀れな輩もいるかもしれないわね。だからその事実は私以外に他言しな
いようになさい?」

「……そうだね。うん、わかった」

 思わずうるっときて、鳥羽から顔を逸らす。自分でも気づいていなかったけれど、偉そ
うなことを言っておきながら、その実 僕も自分の隠し事を誰かに話して、そして受け入れ
てもらうことを心のどこかで望んでいたのかもしれない。

 僕はこの時を境に、鳥羽に対する認識を大きく改めることになる。彼女の不器用な生き
方と、そして不器用な優しさに初めて触れ、心を打たれたためだ。やばいこの子、良い子
過ぎる。

「そ、それから……はい、これっ!」

 そう言って鳥羽が真っ白な顔を赤く染めながら僕に押し付けてきたのは、ベッドの下に
隠されていた分厚いノート……『愚理喪環亞瑠』だった。先刻 僕が勝手に触れただけで
凄まじい剣幕となったソレを、今度は自分から僕に差し出してきたのである。

「これ……いいの?」

「いいんですっ! 篤実さんだけ秘密をバラすのは、不公平ですから」

 変なところで律儀な子である。


609 : [saga]:2014/03/02(日) 21:59:10.79 ID:qmbkxfeN0



 しかしそういうことなら、ここはお言葉に甘えて中身を検めるのが礼儀というものだろ
う。僕は早速『愚理喪環亞瑠』を解放し、その書に記された真理を読み解かんと目を走ら
せる。

「『ナウマク・サマンダボダナン・アニチャヤ・ソワカ』……が呪文の始動キーで、それ
に続くのが『フレイム・ブレス』『アシッド・レイン』『ライトニング・エルボー』……
いやちょっと待て、エルボーってなに?」

「背後を取られたときに、こう、勢いよく鳩尾に……」

「まさかの物理攻撃!?」

「ちなみに前の二つは、平たく言えば毒霧です」

 その三つの魔法(物理)の下に記された呪文を見ると、どうやら太陽エネルギーを溜め
れば『シャイニング・ドロップキック』が使えるようになるらしい。

 ……この娘はマジカル☆プロレスラーにでもなるつもりなのだろうか? とか思ったけ
ど、最近の日朝マジカルアニメは少女向けのくせにサイヤ人より近接格闘をするので、よ
く考えたらなにもおかしくはなかった。日本やべぇ。

「こっちは……自作の歌詞かな? イントロから死の呪文を詠唱してるけど」

「『あばだ☆けだぶら』って語感がよくないですか?」

 そんな感覚的な理由でリスナーを殺そうとするんじゃない。闇の帝王もビックリだぞ。

「こっちは設定集か。なになに、快晴時は太陽の力が強いので……」

「い、いちいち口に出さなくてもいいじゃないですかぁ!」

 ぷりぷり怒る鳥羽は、しかしふと真剣な面持ちになると、

「……あの、明日の夜って、時間、ありますか?」

「え……どうだろ、なにかあるの?」

「見てもらいたいものがあります。……今度は私の隠してきた『秘密』も、篤実さんに知っ
てもらいたいんです」

「……そっか、わかった。明日の夜、またここに来るよ」

 それから鳥羽がウトウトし始めるまでのあいだ、僕らは魔導書(愚理喪環亞瑠)片手に
とりとめのない話を延々していた。それこそ僕が今日泊まる原因となった心霊現象のこと
なんてすっかり忘れて、新しく曲を作ろうかとか、新技を考えようだとか、本当にくだら
ないことを、じつに楽しく語り合い、笑い合ったのだった。

 やがて夜は更け、じきに太陽が顔を出すだろう。明日は『満月』で、さまざまなことが
同時に動き出す激動の一日となる。

 そして僕はその日―――大切なものを失うことになる。


610 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [sage]:2014/03/02(日) 22:23:57.75 ID:Xhb2lJ3zo
えっ
611 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [sage]:2014/03/03(月) 20:05:43.28 ID:dUfhWwhJo
心臓がキュッとした
612 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [sage]:2014/03/04(火) 07:46:27.55 ID:CTM+wndDO
ど、童貞とやらの事だろ?
ま、間違いないって(滝汗
613 : [saga]:2014/03/04(火) 11:57:04.99 ID:Nqkc6c+b0



勇者「このコードを切断すれば、電波発信はできなくなるってことか」

書記「そうだね。そうするとあの二人はすごく慌てふためくはずだよ。そして……」

魔女「……」フッ

書記「ほら来た」パチン

勇者「!!」

書記「時を操るキミが、コードを切断される前の時間軸にいる私たちへと干渉しにくる」ニヤッ

魔女「伏兵はあなたでしたか……エルフ! 魔族の裏切り者!」

書記「人間との共存を謳うキミに言われたくはないけど」クスクス

魔女「あなたが私に敵うと思っているのですか? 私を倒したいのであれば、不意打ちの即死しかありえないことくらい知っているでしょう」

書記「そうでもないんだよね。勇者、やっちゃって」

勇者「これは毒ガス兵器だ。お前が逃げた瞬間に、俺たちはコードを切断する!」

魔女「……ハッタリです。エルフがそんなギャンブルをするはずがない」

書記「私がいるからこそ、そのギャンブルができるのかもよ?」

魔女「―――っ!」

勇者「くらえっ!」カチッ


ブシュゥウウウウ!!




>>49
魔女はどういう行動をとった?

1、「ならばもう一度、やり直せばいいだけです」自分が入室する瞬間へと時を巻き戻す。
2、「ハッタリに決まっています」没収していた拳銃でエルフを狙う。
3、「なにか、嫌な予感がしますね」圧倒的優位ではあるけれど、念には念を入れて今日のところは退散する。


614 : [sage]:2014/03/04(火) 11:59:49.72 ID:Nqkc6c+b0
誤爆しましたごめんなさい(泣)

サボりじゃないんです! ネタが浮かばないから気分転換なんです!
615 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [sage]:2014/03/05(水) 11:07:43.96 ID:r9NZd7bLo
どこかの>>1が誤爆したのかと思ったらここの>>1が自分のスレに誤爆してたのかww
616 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [sage]:2014/03/06(木) 01:15:45.32 ID:yUCvo7lEO
おい
来たと思ったら来てなかったけど来てた。
続きをくれよぉ〜
617 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [sage]:2014/03/06(木) 10:34:37.22 ID:7pf3U1sk0
とりあえず、主人公だからって…… 朝 チ ュ ン ですか?このやろう
618 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [sage]:2014/03/06(木) 12:18:18.95 ID:L7v959n80
紳士な心とか?>大切なもの
619 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [sage]:2014/03/06(木) 18:30:18.22 ID:3SaDW9vT0
いや、割と現実的で大人しい方だった日常だろう>大切なもの
620 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [sage]:2014/03/10(月) 00:14:38.79 ID:iYahb6Gq0
自己戒め用と思われるコックリさんペーパーじゃないか?
621 : [saga]:2014/03/13(木) 01:13:23.81 ID:LNXQTiXM0



 たとえば都会にいた頃の僕が、男女二人っきりによる登校風景を目撃したならば、はた
してどのような感想を抱くことだろう?

 答えは簡単、『アフリカ辺りに失せろ!!』である。

 それは僕が友達すらまともにいなかったための見苦しい嫉妬によるところが大きかった
のかもしれないが、それにしたって普通の人でも『ふーん、ずいぶん仲がいいんだね』く
らいのことは考えるようなのである。

 だって今まさに言われたから。

「えっと……弥美乃サン、これはですね……」

 なかなか感情の読み取れないフラットな笑顔(この表現は矛盾しているようで矛盾して
いないのです)を浮かべた全身黒装束の弥美乃に対して、僕がなにがしかの言い訳をする
ことで自己防衛に徹しようと試みる直前に、

「くくく、当然よ。我らは寝食を共にし、一晩を明かし、血よりも深い盟約を契ったのだ
からね」

「待て待て! そんな誤解の余地を大バーゲンするような言い回しをするんじゃない! 
僕らはただ、いっしょに晩御飯を食べて、仲良く駄弁ったあと、同じ部屋で寝て……」

 ……あれ? これ誤解もなにもなくね?

 ちょっと心臓さんが休憩しちゃったのかと思うくらい僕の顔が真っ白になっていくのと
は裏腹に、弥美乃は大して気にも留めていないように「ふーん」とだけ呟いて、通学山道
を登っていった。

 そ、そうだった……よく考えてみたら、べつに僕と弥美乃のあいだには恋愛感情などと
いうロマンティックが止まらなくなるような関係性は構築されていないのだった。なにを
こんなに焦っていたのだか。うっかりさん。

「ふぅ……よし、僕らも行こうか」

 幾分か冷静な思考を取り戻すことができたところで、僕たちは再びくだらないことを駄
弁りながら通学山道を二人で歩んでいく。

 しかし悲しいかな、本当に冷静な思考をきちんと取り戻すことができていたのであれば、
僕はこんなミスをするはずがなかったのだ。

 そう、あの弥美乃が。履歴書の特技・趣味の欄に『他人を利用すること』と可愛らしく
丸っこい文字で書き連ねてしまいそうな、あの弥美乃が。

 こんな香ばしいネタを三角コーナーに廃棄してしまうなんてこと、ありえないのだから。



622 : [saga]:2014/03/13(木) 01:16:46.01 ID:LNXQTiXM0

たいへん長らく休憩しておりましたが、再開させていただこうかと思います。

じっくり、まったり、よろしくお願いしますm(__)m
623 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [sage]:2014/03/13(木) 08:04:28.21 ID:6XTWzqe9o
よっしゃまってた
624 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [sage]:2014/03/13(木) 17:08:52.46 ID:2rm+ib1+0
死んだら前日からループ。通常の思考は崩壊し、世界へのありがたみは消えてゆく……それでも全てがそれなりに戻った暁には、きっと……
625 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [sage]:2014/03/13(木) 20:14:02.65 ID:Qfx/BAjB0
トリックスターめ、今度はどんな事をしてくるつもりなんだか
626 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [sage]:2014/03/14(金) 07:49:01.86 ID:mZV4+66zO

まってたよ!!
627 : [saga]:2014/03/16(日) 15:45:37.42 ID:4qb0NRtU0



 僕はコミュ障であるがゆえに、人の視線というものには敏感だ。

 たとえば朝、教室に入った際に自分へと向けられる視線なんて刺激的すぎて寿命が縮む
勢い。あの挨拶すべきかどうか悩ませる微妙な視線と間はなんなの? 挨拶したらしたで
声が小さくて聞き返されるし。死にたい。

 しかも僕は中学二年辺りからイジメを受けていた。それはつまり教室内で自分が異質の
存在として扱われるというわけで、そんな僕を見るクラスメイトたちの視線は記憶にこび
りついている。

 そんなわけで、今朝の僕が鳥羽を引き連れて教室へと入った際に感じた“ピリッ”とし
た空気というものに、僕は嫌というほど覚えがあるのである。

 ……っていうか約数名、漆黒のオーラを纏っている子がいるし……。

「な、なにやら不穏な空気……もしや機関の攻撃か?」

「鳥羽さん、これそういうギャグ的なノリで乗り越えられる空気じゃない……」

 そうは言うものの、じつを言うと僕はこの妙な空気の原因を既に突き止めていた。

 ですよねェ、そこの机で嘘泣きしてる弥美乃さんよォォォオオ!!

「篤実さん、ちょっとこちらへ」

 そう言って天使の微笑みで手招きをするのは、今日もパステルなチュニックがばっちり
決まってる赤穂さん。だが古来より天使というものは、本来の姿を人間が見ると恐ろしす
ぎて失神してしまうらしい。現に僕もチビりそうだ。

 僕はその場から一歩も動かずに、右手を上げて赤穂さんに挨拶を返した。

「お、おはよう赤穂さん! 今日も―――」

「いいからはやく」

 エンジェルスマイルを一ミリも動かさず、赤穂さんは早口でそれだけ言った。ふぇぇ……

 観念して赤穂さんについていくと、僕は教室の窓際最後尾である自分の席に着席させら
れて、数名の女の子たちに取り囲まれてしまった。わ、わーいハーレムだぁ〜(白目)

 赤穂さん、氷雨、凪の三人が、それぞれ鬼気迫るオーラを発しながら僕を取り巻いてい
る。

 その異様な空気感のなかで、まず赤穂さんが口火を切った。

「昨日、聖さんのおうちに泊まりましたよね。篤実さんはどちらで寝たんですか?」

「え、ええっと……僕は男で、鳥羽さんは女の子だ。だからもちろん、別のところで寝た
に決まっているよ」

「別の“部屋”で?」

「…………別の“ところ”で……」

 その場にいた全員の目が、こう訴えていた。

 “ギルティ―(有罪)”だと……

 氷雨が、窓を結露させそうなくらい冷え切った視線で僕を射抜きつつ訊ねる。

「『一晩を明かし、血よりも深い盟約を契った』ってどういう意味ですか」

 ……うっぐぅ……!!(吐血)

「そ、それは鳥羽さんの、例によって例のごとくな電波発言でして……皆さんが考えてい
るようないかがわしいことなんて、一切ありませんでしてですね……」

「誰もいかがわしいことなんて言ってませんが」

「ふんぬぐぐぐぅぅぅ〜〜〜っ」

 追い詰められすぎて、変な唸り声を上げてしまった。反省。


628 : [saga]:2014/03/16(日) 15:53:22.00 ID:4qb0NRtU0


 こ、こうなったら、唯一味方をしてくれそうな凪に……!

「凪! 僕たち友達だろう!? 友達なら信じてくれるよね!?」

「あつみ。“眷属”ってなに? 友達よりもすごいの?」

「……う、ええ〜〜〜っとぉ……」

 僕が言い淀んでいると、赤穂さんが記憶をたどるように視線をさまよわせながら、鳥羽
が昨日言っていたセリフをそらんじた。

「『くくく、私と彼は眷属なのよ。すなわち血族にも等しい強固で特別な繋がりを有して
いるの。そんな私が彼にとって特別であることは当然……自明であり摂理なのよ』……で
したっけ?」

 すっげぇ記憶力ですねっ!

「……あつみ。友達より、家族より、あの女とずっと特別に仲良しってこと?」

「そんなことはないよ!? ぼ、僕は友達に順位なんてつけないからね! みんな同じく
らい仲良しさ!」

「ずっと前から仲良しな私と、つい最近しゃべったあの女が、同じくらい仲良しなの?」

 おい逃げ場がねぇぞ、どうすんだこれ。詰んだべ。

 僕が万事休すかとすべてを諦めかけた、その時。

「……だーりん、ちょっと来て」

 ぐすぐすと嘘泣きをつづけたままの弥美乃が、教室後方の出入口から僕を呼び出してき
たのだ。

 追い詰められていた僕は、なんとも愚かなことに深く考えることもなく、その助け舟に
飛び乗ってしまった。そこが幽霊船だとも知らずに……

 三人の包囲網から抜け出した僕は教室後方を横切ると、外の廊下へと歩いて行った弥美
乃を追いかけて教室を後にした。

 直後、弥美乃は舌なめずりをしながら僕を壁へと押し付けて、僕の頭があるすぐ横の壁
へと思いっきり両手をついた。こ、これが噂の壁ドンってやつですか……?

「だーりんの困ってる顔って、すっごいかわいいよね。興奮しちゃうかも」

 弥美乃はお互いの息がかかりそうなくらい顔を近づけると、そんなことを囁いてきた。

 僕は表情筋をひきつらせつつ、わかりきったことを訊ねてみる。

「……みんなに、なにを言ったの?」

「えー? 普通に、今朝見たこと聞いたことをそのまま話しただけだよ♪」

「嘘泣きしながら、でしょ……?」

「違うよぉ。これはほら、あたしって花粉症だから♪」

 そんな花粉症があってたまるか! 病院行って来い!!

629 : [saga]:2014/03/16(日) 15:57:48.75 ID:4qb0NRtU0



「そ・れ・よ・り♪」

 さらにズイッと顔を近づけて、弥美乃は僕の首元に顔をうずめる。ぞわぞわとした感触
が、僕の背筋を駆け抜けていく。

「あの三人に質問攻めされて困ってるみたいだね。あたしが適当に言いくるめてあげよっ
か? どうする? 助けてほしい?」

「助けるもなにも、そもそも弥美乃が原因でしょ……マッチポンプもいいとこだ」

「じゃあこのまま質問攻めとかされちゃう? なんならもっと油を注いであげてもいいけ
ど♪」

 とびっきりの笑顔をキメた弥美乃が、シレっとえげつないことを言ってのける。

 僕はもう観念して、話を次のステージへと進めることにした。

「……それで、条件は?」

「さっすがだーりん、話が早いねー♪」

 白々しいことをのたまいつつ、弥美乃は僕の顔を両手で引き寄せると、耳元で囁いた。

「条件は簡単。今日の放課後、あたしの家に泊まること。それだけ♪」

「……わかったよ。でも一旦家に帰って着替えとかを取りに帰ったり、お婆ちゃんに顔を
見せたいんだけど」

「うーん、それくらいならいいよ。じゃ、契約成立ね♪」

 弥美乃は僕に密着したままで、にんまりとほほ笑みながら右手の小指を立てた。

 僕はそれを見て、今までの文脈からそのジェスチャーがなにを意味するのかを推察する。

「えっと……指切りするの?」

「ううん、違うよ? 指切りは約束を破ったらだもん」

「え?」

 僕は一瞬、彼女が何を言っているのかわからずに困惑した。この島では約束を破ってか
ら指切りをするという風習でもあるのかと考えかけて……

 そこで弥美乃が、左手の人差し指と中指をくっつけたり離したりするというジェスチャー
をしているのを見て、“ゾクゾクッ”と背筋が凍った。

 しゃきん、というあの音が脳裏に蘇る。

 つまり、約束を破ったら『指切り』なのである。

「わかった? だーりん♪」

「……かしこまりました、弥美乃様」

「よろしい♪」

 弥美乃はくるりと身を翻すと教室に戻り、あの三人のところへと小走りで駆けていった。

 一方の僕はしばらくその場で放心して、動くことができずにいたのだった。

 やはり僕は、芦原弥美乃には敵わない。


630 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [sage]:2014/03/16(日) 20:26:33.22 ID:4KnLpxfx0
「」ブクブク(白目)
631 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [sage]:2014/03/22(土) 21:52:45.87 ID:IkxTUzg1O
こっわ
632 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [sage]:2014/03/24(月) 06:43:10.84 ID:PwTKp2fDO
家に帰ってる間に、打てる手は最大限打っとかないとな
633 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [sage]:2014/03/24(月) 20:22:09.38 ID:ov+5Tk/m0
島と人々の運命や如何に
634 : [saga]:2014/03/24(月) 23:22:29.04 ID:TaNvGKOO0



 四時間目の終了を告げるチャイムが鳴り響き、お昼休みへと突入する。

 僕はその瞬間に席を立つと、久住篤実史上における最速レコードを叩きだす勢いで教室
を飛び出した。

「あ、だーりん♪」

 そして廊下で待ち受けていた弥美乃に捕まった。

 あ、あっれー? 弥美乃さん、あなたさっきまで自分の席にいませんでしたか? 残像
ですか? なにそれ怖い。

 全身黒ずくめという、なんだかお酒の名前をコードネームにした犯罪組織に所属してい
そうな弥美乃はにっこりとほほ笑むと、僕の手をとって指を絡めた。いわゆる恋人繋ぎと
いうやつである。

 そしてそのまま、僕の手を引いてぐいぐいと昇降口へ導いていく。

「あ、あの……どこ行くの……?」

「え? それを聞いてどうするの?」

 どこに行くのかを知ったところで、僕に拒否権がなければ意味はないとでも言いたいの
だろうか? はい、その通りですね!

「……すみません、なんでもありません」

 僕は右手に絡む弥美乃の柔らかい感触に思考を妨害されつつ、昇降口で靴を履き替え、
そのまま校舎脇に建つ小さな立方体の建造物……いわゆる体育倉庫へと辿り着いた。

 相変わらず機能を果たしていない壊れた南京錠を、弥美乃は片手でひょいと外して扉を
開く。

 そして僕たち二人が倉庫内に入ると、弥美乃は倉庫の扉をぴったりと閉じた。

「……これで、二人っきりだね♪」

 たった一ヶ所の小窓しか光源の無い薄暗い倉庫に、囁くような弥美乃の声が反響する。

 正直のところ弥美乃と二人っきりという状況にはデメリットしか感じない僕だったけれ
ど、しかしながらそれでもドキドキしてしまうのは、悲しいかな男子のサガである。

 弥美乃は僕の手を引いて、積み重ねられた体操マットへと座らせる。そして彼女は僕の
隣に座ると、ちゃっかり持って来ていたらしい やけに大きな自分のお弁当を広げ始める。

 僕はほんのわずかな可能性に賭けて、口を開いた。

「あっ、そういえば氷雨からお弁当を受け取ってなかったなー! これは大変だ、取りに
戻らなくちゃー」

「だーりん、口開けて?」

「……えっ」

 弥美乃は自分のお弁当から厚焼き玉子を一つ持ち上げると、僕の口に近づけていた。

 ……えっと、これは、もしかして、いわゆるところの……?

「はい、あーん♪」

「……あ、あーん」

 つい勢いで口を開いてしまった僕を、どうか責めないでいただきたい。(性格はさてお
き)可愛らしい女の子と体育倉庫に二人っきりで、あーんされるという状況に酔っていた
のかもしれない。というかぶっちゃけ、心の中では狂喜乱舞していた。

「美味しい?」

「は、はい、美味しいです……」


635 : [saga]:2014/03/24(月) 23:31:43.93 ID:TaNvGKOO0



 さすがに氷雨ほどではなかったけれど、それなりに美味しい厚焼き玉子だった。それを
聞いた弥美乃はにっこりとほほ笑むと、続いて唐揚げを掴みあげ、僕の口へと近づける。

「あーん♪」

「ちょ、ちょっと弥美乃さん……? これはいったい、どういうことなんでしょうか?」

「……お詫び、かな」

「お詫び?」

 弥美乃は一度 唐揚げを弁当箱に戻して、しおらしい表情を浮かべた。

「こないだ、あたしのお部屋に来てくれたとき、いろいろひどいこと言っちゃったなって
思って……」

「え……」

「あの時はちょっと興奮しちゃって、ひどいこと言ったり、したりしちゃって……ごめん
なさいっ」

 深々と頭を下げた弥美乃は、潤んだ瞳で僕を見上げてくる。

「あの時も言ったと思うけど、だーりんは、きっとあたしの救世主なんだよ。だからその、
なにがなんでも……ううん、これは言いわけだよね。それに今朝も、どうしても私の家に
泊まってもらいたくって、つい、またひどいことしちゃったし……」

 弥美乃は目を伏せながら眉根を寄せて、力無く自虐的な空笑いを浮かべる。

「……どうして、素直にお願いできないんだろ、あたし……」

 別人かと思うくらいにいつもの勢いをなくした弥美乃が、お弁当を脇に置いて僕の両手
を握る。その手はややしっとりと汗ばんでいて、ほんの少しだけ指先が震えていた。

「今度こそ、ちゃんとお願いするね。今日の放課後、あたしのうちに来て、泊まってくだ
さいっ……お願いしますっ!」

 僕は混乱していた。

 どっちの弥美乃が本当なのか、いまいち掴めずにいたのだ。

 弥美乃は目的のためなら手段を選ばない子だというのは、ここ数日の付き合いの中でよ
く理解したつもりだ。

 しかし目的のために、普通の子を演じたり、ぶりっ子を演じたりできるというのなら、
僕が今まで本性だと思っていた、あの恐ろしい弥美乃も演技だということは考えられない
だろうか?

 いまこの瞬間目の前で相手しているしおらしい弥美乃こそが、本来の彼女なのではない
だろうか? だってこんなお願いなんてしなくても、今朝の脅迫によって僕を従わせてし
まっても良いはずなのだから。

 もしかしたらそう思わせることさえ彼女の計算のうちなのかもしれないが、しかしどっ
ちみち僕に選択肢があるのかといえば、そんなことはない。断れば、また脅迫し直される
のがオチかもしれない。

 それに、弥美乃がなにかに困っているということは確かなのだ。僕は別に彼女が好きで
はないけれど、しかし彼女の助けになれるのが僕だけなのだとしたら、べつにそれを拒否
する理由というのも、実際のところないのである。

 だから僕は、こう答えるのだ。


636 : [saga]:2014/03/24(月) 23:34:52.62 ID:TaNvGKOO0



「わかった。べつに回りくどく脅迫したり誘惑したりなんてしなくても、その、僕にでき
ることがあったら協力するからさ……だからあの、自分を大切にしてほしい……かな」

「……いい、の?」

「うん、今日家に行けばいいんだよね? よくわからないけど……うん、わかったよ」

 僕がそう言うと、弥美乃はパァッと表情を輝かせて抱き付いて来た。

「だーりん、大好きっ! どうしよう、もしかしたら本当に惚れちゃうかも!」

「……だ、誰か好きな男の人がいるみたいなこと、言ってなかったっけ……?」

「うん、あたしの心はその人のだけど、体はだーりんにあげてもいいよ?」

「だ、だからそういうのはやめなって……」

 弥美乃は僕から体を離すと、傍らに置いたお弁当を僕に押し付ける。

「え……っと、くれるの? 弥美乃は食べないの?」

「あーん♪」

 なぜか身を乗り出して、口を大きく開ける弥美乃。その仕草に僕が困惑してあたふたし
ていると、

「もう脅迫も誘惑もしなくていいんでしょ? じゃあ、思いっきり甘えちゃうもんね♪」

 これも演技なのか、はたまた素なのか……しかし考えても答えの出ないことに拘泥して
いても仕方ない。

 僕はお弁当の中身が空になるまで、まるで雛を育てる親鳥のように、僕と弥美乃の口に
おかずを運び続けた。彼女の持って来ていたお弁当がやけに大きかったのは、元より二人
で食べることを想定していたのだろう。だったら箸も二人分持って来い。

 そうして昼休みが終わり、僕と弥美乃が教室へと戻ると……なんと驚くべきことに、い
つも僕がいっしょに机を囲っている集団の中に、氷雨と鳥羽が混じっていた。

 おそらくは赤穂さんあたりが、昨晩お泊りしたことで親睦を深めたのであろう氷雨をグ
ループに誘い、その流れで鳥羽も引き込んだのかもしれない。

 なんだかちょっぴり疎外感を感じないでもなかったけれど、しかしながら氷雨や鳥羽が
新しいコミュニティに参加してくれたということは素直に嬉しかった。それにお節介甚だ
しいかもしれないが、これなら赤穂さんにも特別親しい友人というものができるかもしれ
ない。

 たとえその時、僕がみんなの輪の中にいなかったとしても……僕はそれで、構わない。


637 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [sage]:2014/03/25(火) 01:08:46.14 ID:BO1Z7ltZ0
俺は構うぞ
638 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [sage]:2014/03/25(火) 07:54:36.81 ID:m746FYPUo
つかたぶん俺ら無関係に天使が構うぞ
639 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [sage]:2014/03/25(火) 10:47:55.38 ID:ZKKvpRwy0
ところで双子が見てた時代遅れのアニメってどれかな?デジモン無印とか?
640 : [saga]:2014/03/25(火) 11:22:45.73 ID:QNmV+M150



 帰りのホームルームが終わると、真っ先に弥美乃が僕の席まで駆け寄ってきた。

「だーりん、ちゃんと来てね? 忘れてたー、とか絶対に無しだからね?」

「わ、わかってるってば」

 やけに真剣な面持ちで釘を刺してくる弥美乃。まったくもって信用の無い僕なのだった。

 僕の返答を聞いた弥美乃は満足げに頷くと、今まで見せたこともないような輝く笑顔で
微笑み、上機嫌に教室を去って行った。

 さてと、僕も帰るとするかな……とバッグを肩に下げて歩き出そうとすると、すぐ目の
前にちっこい少女が立っていることに気が付いて、あわてて足を止める。

 その少女は紅白の巫女服を身に纏ったおかしな少女だった。黒く艶やかな髪の下の快活
そうな瞳で、僕のことをジッと睨みつけている。

 千光寺 空。

 千光寺神社の一人娘にして、悪のショッカー軍団と戦い地球の平和を守る、見習いライ
ダーである(大嘘)。

 僕はそんな彼女に睨まれる覚えがなかったため激しく当惑しつつ、恐る恐る声をかけた。

「あ、あの……なにか?」

 すると千光寺は、一瞬僕の顔のすぐ横をチラリと見てから、

「お兄さん。芦原さんのおうちに行って、なにするつもりなの?」

「……え?」

「芦原さんと二人で、変なことするつもりでしょ」

「ええっ!? ちょっ、なに言って……!?」

 千光寺がいきなりブッ込んできたその発言に、周囲からとても刺々しい視線が突き刺さっ
てきた。

「な、なにもしないよ!? ただちょっと泊まるだけで……間違いは起こらないよ!」

「たぶん芦原さんの方から、今日は泊まってほしいって言ってきたんでしょ」

「え、う、うん。そうだけど……」

「じゃあ多分、いけないことするつもりだね」

「はい!?」

 あっれぇ!? この娘こういうキャラだったっけ……!?


641 : [saga]:2014/03/25(火) 11:26:16.74 ID:QNmV+M150



 しかし千光寺はいたって真剣な表情で続ける。

「お兄さん、今日は芦原さんのおうちに行かないで。っていうか、今日はうちの神社に泊
まってよ」

「は? え、なんで?」

「今もお兄さんの顔半分を覆ってる『それ』絡みのこと」

 千光寺の目つきは鋭く、まるで彼女の父親のような威圧感を僕に与えた。とてもふざけ
ているとは思えない。

 だけど。

「えっと、きっと親切で言ってくれてるんだと思うし、気持ちはすごく嬉しいんだけど……
もう弥美乃の家に泊まるって約束しちゃったんだ」

「後悔することになるよ。きっと」

「後悔なんて、死ぬほどしてきたよ」

「もしかしたら死んじゃうかもよ?」

 もしかしたら死んじゃうの!? それは予想外だったわ!!

 気が付くと、赤穂さんや氷雨が遠巻きにこちらの様子を窺っていた。もしかしてあの二
人が、昨日の録音怪奇現象について千光寺に相談したのかもしれない。そういえば神社で
お祓いしてこいとか言ってたもんな。

 ここは彼女たちに心配をかけないためにも、おとなしく千光寺の言うことに従っておく
というのが最善策なのかもしれない。

 ……けれど、僕は先刻の弥美乃の表情を思い出した。僕を救世主だとのたまい、必死に
助けを求めてきたあの表情を。そしてつい先ほどの、あの輝くような笑顔を。

 彼女の助けになれるのなら、僕は死ぬような目に遭ったとしても、きっと後悔はしない。

「そんなことよりも、きっと大切なことなんだ。えっと、ごめんっ!」

 僕は千光寺の隣を通り抜けて教室を飛び出すと、そのまま昇降口へと向かった。後ろか
ら誰かが僕を呼んだ気がしたけれど、決して振り向くことなく走り続ける。

 しかし結果として、事態は僕の覚悟も千光寺の懸念も裏切る、想定外の方向へと転がり
落ちていくこととなる。


642 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [sage]:2014/03/25(火) 14:14:21.98 ID:YQlWoZ0b0
ほぉう?
643 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [sage]:2014/03/25(火) 15:18:55.32 ID:RFMVrfVz0
転落(性的な意味で)するとか?
644 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [sage]:2014/03/26(水) 05:17:32.85 ID:QG3rb2SDO

結果としてだからなー
過程では、本来の問題にもちゃんと触れるんじゃない?
645 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [sage]:2014/03/29(土) 18:33:58.74 ID:9CsVRvsJO

ゾクゾクするなー
続きはよ
646 :以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします [sage]:2014/04/02(水) 12:58:00.95 ID:AQbLPMDk0
>>1さんよ、今は何に関するアイディアが必要なんだ?
647 : [saga]:2014/04/05(土) 00:18:23.40 ID:Q/daBb5u0

>>646
今回の騒動につきましては、どういった展開にするかということは概ね決まっております(急いで書きます……!


しかし、

本土の唯一の友人ですとか、アンチャンの弟ですとか、島の反対側の町ですとか、名前は出してるのにじつはなにも考えていないといったことは山積みですので、なにかアイディアのある方はポロリと投下してくださると嬉しいです……!
648 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2014/04/06(日) 23:37:58.99 ID:gXDBVdiB0
反対側の町の名前は、万華(ばんか 千変万化より)町とかどうだろうか?
649 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2014/04/08(火) 11:19:07.07 ID:MU7QWun30
反対の町は、朝・昼・夜で全然違う町になった様に錯覚する性質を持っているので、新参者は絶対に迷う
650 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2014/04/08(火) 12:42:46.26 ID:efBE3bfy0
どの地域にも、ワープしたとしか考えられない早さで到着できる”近道”が存在する
651 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2014/04/08(火) 14:01:58.47 ID:X+Ovj6PL0
主人公プロデュースによる氷雨の歌は、無名の世界シェアになるかも知れない
652 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/04/08(火) 14:49:09.78 ID:TtSZjARso
どうみてもウソ○プにしか見えない銅像が待ち合わせ場所にされている
653 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2014/04/08(火) 15:09:26.79 ID:q3fkBb5n0
アンチャンの弟は男の娘としてあまりにも素が良過ぎたので、
幻想被服店の主人はどうにかして彼の弱みを握り、殆ど恒常的に、半ば強制で女装させている
弟はげんなり所ではない
654 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2014/04/08(火) 15:30:45.75 ID:TlEv1qon0
↑鬱(悩ましげ?)な表情が更に美しさを醸し出してしまうんですね分かります
655 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2014/04/08(火) 16:39:16.78 ID:uPbWe3oC0
サメ型特級怪異
冷徹で残忍。慈悲は無い……感じ
口調はニンジャスレイヤーではない
656 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2014/04/08(火) 20:44:50.45 ID:YAQwN/7H0
女番長の趣味の一つには、意外にもカードゲーム(トランプもだが遊戯王とかみたいなキャラ系も)があるので、駆け引きもそこそこ得意
657 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2014/04/08(火) 21:55:45.87 ID:R1UOMe5B0
唯一の野球部男子は、何故かキャッチャーとピッチャー(グローブ無し)が出来る熊と、人目に付きにくい場所で野球の訓練をしている
658 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2014/04/08(火) 23:26:30.82 ID:ErCINw/V0
そういえば、どっかで双子がカードゲーム作ってるって設定があったような
659 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2014/04/09(水) 20:49:50.51 ID:ovLcuDOE0
九十九神達の一軒家では、彼・彼女らに協力したり優しくしたりすると、九十九ポイントという手作りの券がもらえる
これが溜まると、貴方の大事な物が、貴方を慕う九十九神になるかもね
660 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2014/04/11(金) 00:03:27.53 ID:KyJo3WpA0
STG、Einhanderの一本腕系機体みたいな虫がいる
661 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2014/04/11(金) 10:59:08.26 ID:NizCeVT00
結構離れた湖に、猫達の海賊船が浮かんでいる
662 : [saga]:2014/04/12(土) 23:45:25.15 ID:LAPzqUsp0
(設定ありがとうございます。生きてます。鋭意執筆中です。クズ×ヤミしてます)
663 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2014/04/13(日) 00:43:21.37 ID:ZLxkrW6w0
あ、>>660のサイズは普通の一般的な虫サイズで
664 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2014/04/13(日) 12:06:12.06 ID:yx/oshpp0
クジラ便って渡し舟的な感覚で書いたから、荷物は想定外ww
665 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2014/04/13(日) 12:32:55.84 ID:iB0A0Z/i0
”ある筈のない一軒家”というものの噂がある
666 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2014/04/13(日) 13:04:36.95 ID:KFdtjGlY0
念動力持ってるイルカが居て、応用で空を飛んだりする事も出来る
667 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2014/04/13(日) 23:54:53.48 ID:QIKIQ0EP0
↑ちくせう
666番とったら獣の数字そのものの存在が居るとか書こうと思ったのにぃ〜
668 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2014/04/24(木) 12:09:52.97 ID:ym64XEd80
今までの@氏のSS(魔法実験・実験2・安価で魔王討伐・安価絵日記・勇者の遺物で〜)の主要キャラ達がワイワイガヤガヤやってる村がある
今までのSSの内容が間違ってたらスルーで
669 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2014/04/25(金) 17:42:04.84 ID:ildqZ7WF0
あ、↑のやつの()内にetc...付けるの忘れてた
670 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2014/04/26(土) 20:37:20.71 ID:Xu6o+/6d0
島のどこかの町では、もう一つの地球?を天体観測で見る事が出来る
671 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2014/04/29(火) 19:28:49.42 ID:gOIcbyW20
あれ、>>1生きてる?
672 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2014/05/04(日) 01:16:50.14 ID:8tg7SUyV0
もっちゃんカレーという、島の郷土料理の餅を薄味のカレーで引き立てるスタイルのカレー屋がある
673 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2014/05/04(日) 19:57:28.47 ID:9nWEViH+0
花粉症を中和する花粉が存在
674 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2014/05/05(月) 15:18:58.97 ID:8c/hqoKY0
あのでっかい豆でビーンズチップス作ろうぜ!
675 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2014/05/10(土) 16:33:23.17 ID:PAMklvsR0
>>668のは本人達というよりそっくりさんが正しい。学園キノとかBLAM!学園だとかそういうノリのやつ
変わった服は幻想被服店に作ってもらってる感じで
でもそうすると普通では奇妙な服に理由が要るな……じゃあみんな勇者遺物の奴の劇団員って事にでもさせてもらっとくか
676 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2014/05/10(土) 23:13:12.27 ID:EvVYSv6Z0
書いた事全てが採用される訳じゃ無い事をお忘れなく
677 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2014/05/11(日) 15:50:36.31 ID:kZC9xtDf0
タイムスリップでもしてきたっぽい小型恐竜(人が2人くらい乗れるサイズ)を飼っている家がある
678 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2014/05/11(日) 21:20:34.24 ID:zNt1J05N0
”他人になる女”の存在がまことしやかに囁かれている
679 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2014/05/12(月) 01:50:28.24 ID:mbJgdzTk0
きっと鏡の九十九神とかだな
680 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2014/05/12(月) 11:10:45.76 ID:JP/06gpC0
光とも闇ともつかぬ、神秘的な造形とバランスのパズルを作る職人が居る
681 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2014/05/12(月) 11:11:27.75 ID:JP/06gpC0
↑主に立体のパズルで
682 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2014/05/19(月) 20:01:19.18 ID:2nazziuW0
ゲララ草という、同種が風に吹かれてぶつかると「ゲララ」と笑っているように聞こえる草がある
683 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) :2014/05/25(日) 21:56:45.73 ID:CYPKt1rJ0
市松人形の九十九神は、よく座敷童に間違われる事から座敷童を嫌っているので、鉢合わせると必ずと言っていい程喧嘩に発展する
だが、その様子はどうみてもただの姉妹喧嘩にしか見えず、その事が二人の耳に入ると、息ピッタリなタイミングで否定してくる
684 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) :2014/06/02(月) 02:08:40.84 ID:eZKB5N4p0
>>1氏よ、本当にどうされてしまったというのだ?もしや怪我や事故にでも遭われてしまったのか?
685 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/06/03(火) 07:49:40.12 ID:8maNKLgiO
待ってる
686 : [saga sage]:2014/06/06(金) 15:05:33.54 ID:/RggjuLf0
ネット環境が吹っ飛んでおりました。お待ちいただいてくれた方々には大変申し訳ございません。

もはや再開のタイミングを逸したような気がしますが、書き溜めていた分をこっそり投下させていただきます。
687 : [saga sage]:2014/06/06(金) 15:14:40.79 ID:/RggjuLf0



 都会生まれ都会育ち、まともなスポーツ経験と言えば小学生の頃のスイミングスクール
以来という、典型的なもやしっ子であるところの僕こと久住篤実。

 そんな僕は勢いに任せて教室から飛び出したは良いものの、学校からの通学山道を半分
も行かないうちに体力の限界を迎えてヘバってしまうのだった。なにこれ死にたい。

 細い糸でキリキリと締め付けるような痛みが、脇腹を蝕む。僕は背中を丸めて脇腹を擦
りながら、鉛のように重い両脚を引きずって斜面を下っていく。

 頭の中で、絶え間なく回り続けるたくさんの言葉。それらが駅の喧噪のように騒がしく
脳内を駆け巡るせいで、整然とした思考がまったくできずにいた。考えないようにしても
勝手に湧き出してくるそれらの言葉は、毒となって思考を侵していく。

 それは先ほどの千光寺の言葉であり、無邪気な笑顔を浮かべる弥美乃の言葉であり、あ
るいは昨日の赤穂さんの、氷雨の、鳥羽の言葉でもあった。

 過去の言葉だけが堂々巡りをしていて、熱を帯びた頭では、僕自身の思考は生み出され
ない。

「考えても仕方ないんだ」

 自分に言い聞かせるために、わざわざ声に出してみる。

「わからないことを考えても仕方ないんだ」

 僕の声、僕の言葉。それを聞いていたら、幾分か頭の熱は発散されたように思えた。

 今、僕がやるべきことを考えてみる。まずはお婆ちゃんに、昨日の無断外泊を謝らない
といけない。お婆ちゃんにとって僕は娘の子供であり、一時的に預かっているという立場
だ。だからあまり勝手なことばかりしていると心配させてしまうかもしれない。

 そして今日、弥美乃の家に外泊するということを伝えなければならない。それから着替
えなどの生活用品をかき集めて、弥美乃の家に向かうのだ。

 彼女がどんな目的で僕を利用しようとしているのか……それはまったくわからないけれ
ど、よほどのことじゃない限り僕はそれを断らないだろう。だから、それを今考える必要
はないのだ。

 ああ、そういえば今日、鳥羽の家にも行く約束をしていたんだった。確か、夜に来いと
言っていたように思う。弥美乃の家からちょっとだけ抜け出して、鳥羽にも会いに行かな
ければならない。

 今日やるべきことを整理したら、なんだか頭がとてもスッキリした。そうだ、べつに気
に病むようなイベントはないじゃないか。

 懸念すべき材料は、じつのところたくさんあったのだけれど……僕はそれらを無理やり
考えないようにして、一人きりの通学山道を下って行くのだった。


688 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/06/06(金) 15:17:43.80 ID:fSNeLQ+nO
マジか
再開マジか
全力で期待
689 : [saga sage]:2014/06/06(金) 15:18:28.84 ID:/RggjuLf0



 お婆ちゃんは、赤穂さんや氷雨から事情を説明されていたらしく、僕の無断外泊を寛容
に許してくれた。むしろ怖がっていた鳥羽のために一人だけ残ってあげた、という解釈を
しているらしく、なぜか褒められてしまった。罪悪感がマッハです。

 そんなわけで僕は、適当なバッグに着替えや歯ブラシなどの生活用品をポイポイと放り
込んで家を出た。なんだか家に居つかないで友達の家を渡り歩くなんて、不良学生のよう
で、ちょっと気分はよろしくなかったけれど。

 今は頭の熱もかなり冷え、むしろ開き直ったことによって清々しい気分になっていた。
するとこれまで気にしていなかったような自然の風景にも目が向いて、透き通るような青
空や、宝石が溶けこんでいるかのように綺麗な海に心が癒された。

 もうこの島に来て一ヶ月近くになる。最初は、どこを切り取っても絵画のようなこの島
の景色に感動しっぱなしだったのだけれど、最近は贅沢なことにそれを忘れてしまってい
たように思う。

 この雄大な自然の中で生きていることを思い出すと、僕の抱えている悩みがちっぽけな
もののように思えて、肩が軽くなった。

「……よしっ」

 その場しのぎは僕の十八番だ。なにをあんなに憂鬱になっていたのか、今となっては逆
に不思議なくらいだ。

 僕は道路に転がっている小石や、ブロック塀の亀裂といった、普段気にかけないような
些細なものを観察しながら、ゆったりとした気分で歩き続けた。

 そしてやがて、目的地である弥美乃の家が遠くに見えてくる。

 すると僕はそこで想定外のものを目にして、息を呑み、思わず足を止めてしまった。

690 : [saga]:2014/06/06(金) 15:25:39.81 ID:/RggjuLf0


 少し距離があったのでよく見えなかったが、弥美乃の家から見知らぬ男の人と、それか
ら恐らく弥美乃の母親と思しき若い女性が現れたのだ。そして家の前でなにか言葉を交わ
すと、軽く口づけをしてから男のほうが去って行く。

 そのまま弥美乃のお母さん(だと思うのだけれど、顔は覚えていないので自信はない)
は家の中に引っ込もうと踵を返そうとして、そこで僕の視線に気が付いたみたいだった。
大きく手を振ってきたので、僕も観念して近づいていった。

 僕が目の前まで行くと、弥美乃のお母さんは嬉しそうに微笑んだ。歳の離れた弥美乃の
姉だと言われればそのまま信じてしまいそうな、とても中学生の娘がいるとは思えないほ
ど若くて綺麗な彼女に、僕はドギマギして視線を泳がせてしまう。

「また弥美乃と遊びに来てくれたの? えっと、篤実くん、よね?」

「え、あ、はい……久住、篤実です……」

「そう。さ、あがってちょうだい」

 なんで僕の名前を知って……いや、娘のクラスメイトなんだから不思議ではないか。

 なぜかとても嬉しそうな弥美乃のお母さんは、さりげなく僕の背中に手を回しつつ玄関
へと誘導する。やや密着しているせいか、かなり濃厚でフェミニンな匂いが鼻腔をくすぐっ
て、なんだか頭がくらくらしてしまった。

 それによくよく見てみれば、彼女はバスローブのようなものを羽織っていて、もしかし
てその下には……いや、余計なことを考えるのはやめておこう。この先はきっと泥沼だ。

 ガチャン、という音に振り返ると、弥美乃のお母さんが玄関扉の鍵を閉めたところだっ
た。べつに普通のことなのに、こんなに背徳的な気分になるのはどうしてなのだろう……

「お、お邪魔します……」

「はい、いらっしゃい。ちょっとそこのソファに座っててね。いま、お茶を出すから」

 そう言ってキッチンへ向かおうとする弥美乃のお母さんに、僕は慌てて、

「い、いえ、お構いなく……! そ、それより、弥美乃さんは……」

「あの子は二階にいるんだけど……。でもその前に、ちょっとだけおばさんと、お話して
くれないかしら?」

「……え?」

「あの子が友達を……それも男の子を連れてくるなんて、今までそんなことなかったから。
あの子、私と口をきいてくれないし、学校でのあの子のことを聞かせてもらえないかしら?」

 そう言った彼女の表情は、なんというか、さっきまでとは別人のように真剣で……

「わ、かりました……」

 僕はその雰囲気に圧されて、おっかなびっくり頷いてしまった。

 それを確認した弥美乃のお母さんはにっこり微笑むと、キッチンへ引っ込んでいった。

 ……まぁ、もう家には上がってるんだし、弥美乃に「来るのが遅い」と怒られることも
ないだろう。

 僕は勧められた通りにソファへと移動すると、ちょっと躊躇ってから、端っこに浅く腰
掛けて、抱えていたバッグを傍らに降ろすのだった。


691 : [saga sage]:2014/06/06(金) 15:29:23.32 ID:/RggjuLf0



 キッチンから紅茶とケーキを運んできた弥美乃のお母さんは、一秒たりとも迷うことな
く僕のすぐ隣に腰を下ろした。ちょっ、近すぎじゃないですかねぇ……!?

 なまじ端っこに座ってしまっただけに、これ以上彼女と距離を離すこともできない。そ
れを知ってか知らずか、弥美乃のお母さんは肩が触れるような距離で僕の目をまっすぐに
見つめてくる。

 僕は目を合わせるのが死ぬほど苦手なので目線を下げると、バスローブから谷間さんが
コンニチワしていたため慌てて顔を前に向けた。

「篤実くんは、あの子とはどういう関係なのかしら?」

「どっ、どういう関係……ですか」

 テンパって回らない思考を無理やりフル回転させて考える。一応、僕と弥美乃は対外的
には付き合っている……つまり恋人関係ということになっているはずだ。氷雨や笹川にも
そう言ってあるし、僕が事情を説明していないクラスメイトたちの中には、僕らがそうい
う関係だと思っている人も少なくないのではなかろうか。

 しかし恋人関係というのは、弥美乃が僕の逃げ道を封じるために用意した戦略の一つで
あって、僕がこうやって覚悟を決めた以上、もはやそれは意味を成さないとも言える。

 それに弥美乃は好きな男がいるって言ってたし、あまり詰めてもいない設定を不用意に
持ち出すのは危険かもしれない。

 僕はしばらく目を泳がせながら考えた結果、

「いやぁ、ただのお友達ですよ。あはは……」

 とりあえず事実を述べておくことにした。これ以上嘘を吹聴していると、あとで誤解を
解くのが面倒になりかねないからな……

 それを聞いた弥美乃のお母さんは、なぜか残念そうにまつ毛の長い目を細めて、

「あら、そうなの……ただのお友達、ね」

 意味深に僕の言葉を復唱した。

 なんだか心の中を見透かされそうな気がして、僕は焦りつつ話題を強引に変えようと試
みた。

「そ、そういえばさっきの男の人って、弥美乃さんのお父さんですかっ?」

 それは僕にしてみれば、本当になんでもないような質問だったのだけれど……

「…………いいえ。『ただのお友達』よ」

 一気に室内の温度が冷え込んだような、そんな錯覚を覚えるような声色だった。

692 : [saga sage]:2014/06/06(金) 15:38:55.47 ID:/RggjuLf0



 怒っているだとか、不機嫌になっただとか、そんな雰囲気とも微妙に違う表情。コミュ
力が絶望的に低い僕にさえはっきりとわかるくらい、勢いよく地雷を踏み抜いてしまった
ことは明白だった。

 ただのお友達に、人妻が別れのキスをするとは思えないのだけれど……しかしそこは、
所詮は他人事だ。僕なんかが迂闊に踏み込んでいい領域ではないだろうし、実際のところ
興味というものもなかった。

 僕は弥美乃のお母さんが求めているであろう解答を適当に述べて、この気まずい空気か
ら離脱しようと考えた。

「弥美乃さんは、学校でも、その、友達と仲良くやってますよ」

「……そう、それはよかったわ。弥美乃はお友達と、どんなお話をするのかしら?」

「えっ……」

 そう訊かれて、僕は思わず言葉に詰まってしまった。

 改めて考えてみると、僕は弥美乃が誰かと話しているところを見たことがあるだろうか?

 僕が初めて弥美乃をまともに認識したのは、写生大会で笹川と話していたときだ。その
際、彼が同じグループのメンバーを軽く紹介してくれて、弥美乃はその中の一人だった。

 グループ決めのときに弥美乃が余っていなかったことを考えると、おそらく上手いこと
人付き合いはしているのだろうけれど……しかし彼らがどんな話をしていたのかは知る由
もない

 次に顔を合わせたのは神社で、千光寺や鳥羽といっしょにいたところだった。

 そして弥美乃との本格的な初接触は、学校での彼女からの唐突な告白。

 それ以降、彼女は僕に関してのことでクラスメイトと話しているのを聞いたことはあっ
たけれど、日常会話といったものは記憶にない。

 弥美乃は僕以外に対してはぶりっ子をしないらしい。だから友達とは普通の会話をして
いるのだろうけれど……

 僕がすぐに解答を出せず固まってしまったのを見て、弥美乃のお母さんは陰鬱な表情を
浮かべる。そして、やがて覚悟を決めたような顔つきとなると、

「私はあの子の母親として、一五年いっしょにいるけど……最近のあの子は別人みたい。
あんなに楽しそうなあの子を見るのは、本当に久しぶりなの」

「……え?」

「ちょうど篤実くんが最初にうちに来てくれた、すこし前くらいから……かしら。ここ数
年は私ともほとんど口をきいてくれなかったのに、いきなりあの子の方から私に話しかけ
てきてくれたの」

「は、はぁ……」

「今まで男の人なんて大嫌いって言ってたのに、『どうやったら男の人に好きになっても
らえるの?』って訊いてきて……てっきり、篤実くんがその『男の人』なんだと思ってた
んだけど」

 お母さん、それは娘さんの本性を知らなすぎですよ……。絶対そういう純粋で甘酸っぱ
い意味で訊いたわけじゃないと思います……

 ていうか、あの逆セクハラまがいのコミュニケーションやアダルトな駆け引きを吹き込
んだのは、もしやあんたじゃなかろうな!?

693 : [saga sage]:2014/06/06(金) 15:45:02.32 ID:/RggjuLf0


「それでね。ちょっと、見てもらいたいものがあるの」

 そう言って弥美乃のお母さんは、お洒落なガラステーブルに置かれたリモコンを手に取
りテレビを点けた。神庭家のアンティーク箱型テレビとは違い、大きくてそこそこ新しい
タイプの薄型テレビだった。

 どうやら録画してあるビデオを再生しようとしているようで、僕にとっては都会で見たっ
きりの懐かしい操作画面をぼーっと眺めていると、やがて目的のビデオが再生され始めた。

 それは、安っぽい画質のハンディカメラで撮影されたホームビデオだった。

『パパぁ、見ててね! 見ててね!』

『はいはい、見てるよ』

 おそらく三歳くらいの、艶やかな黒髪の女の子が浜辺ではしゃいでいる。その様子を、
穏やかな声をした成人男性が撮影しているらしかった。

『えーいっ!』

『おお、弥美乃はでんぐりがえしができるのか』

『弥美乃ちゃん、お服が汚れちゃうわよ?』

 弥美乃と呼ばれた女の子が、屈託のない笑顔で転がりまわる。そんな彼女を抱きかかえ
て幸せそうに寄り添うのは、大学生くらいの女性……というか、たった今僕のすぐ隣に座っ
ている女性の、昔の姿だった。

 僕がテレビの中の幸せそうな風景に見とれていると、突然、太ももにぞわりとした感触
が走る。飛び跳ねながら振り返ると、とても辛そうに表情を歪める弥美乃のお母さんが、
僕の足に手を置いていた。またしても、ふわりと濃厚な女性らしい匂いが立ち込める。

「これを撮影してるのが、私のダーリ……夫なの。ずっと前に、死んじゃったんだけどね」

 弥美乃のお母さんの瞳は潤んでいて、今にも大粒の涙がこぼれそうだった。ふと彼女の
視線の先を追うと、そこにはゴルフバッグが大切そうに安置された棚があり、おそらくア
レが、今は亡き弥美乃のお父さんの、形見のようなものなのだろう。

「あの人が死んでから、弥美乃は変わってしまったわ……。本当なら私があの子の傷を癒
してあげなきゃいけなかったのに、私は自分の傷だけで手いっぱいだった。そのせいで、
余計にあの子を傷つけてしまった」

 テレビの中では、幼い弥美乃が父親に抱き付いて、抱きしめられて、はにかんでいた。

 弥美乃の父親の『よくがんばったね、弥美乃』という穏やかな声は、生まれてこの方褒
められた記憶のない僕の心にも強く印象に残った。

694 : [saga sage]:2014/06/06(金) 15:51:10.84 ID:/RggjuLf0


「埋まりもしない心の穴を、私は他の男の人で埋めようと必死になってたの。弥美乃はそ
のせいで男の人が嫌いになって、今でもパパ一筋みたい」

 僕は弥美乃のお母さんの告白を聞いて、痛ましい気持ちになりながらも……不意に僕の
中で、パズルのピースがカチリと嵌まるかのように閃いたことがあった。

 まさか。

 弥美乃がずっと言ってた「心に決めた男」って、自分の父親のことか!? 

 えええええええええっ!? てっきり笹川あたりのクラスメイトのことかと思ったら、
ファザコン娘だったの!?

「だから弥美乃が篤実くんを連れてきたとき、心の穴を埋めてくれる子に出会えたのかなっ
て思って……篤実くん、どうかした?」

「い、いえっ! なんでもないですが!?」

「そう? ……そういうわけで、あの子、ちょっと変わってるけど……でも決して悪い子
じゃないの。だからもしよかったら、これからも弥美乃と仲良くしてあげてね」

「ぼ、僕なんかでよければ、えっと、そのつもりですが……」

 僕の精いっぱいの返事を聞いた弥美乃のお母さんは安心したように息をついて、そして
僕の足に置いていた手をゆっくりと動かす。そのくすぐったさと未知の感覚に、僕は再び
全身で飛び跳ねた。

 内股から電流のように流れ込む刺激に、僕は顔をひきつらせながら弥美乃のお母さんに
引きつった顔を向ける。

「あ、あの、なにか……?」

「足。疲れてるみたいだから、マッサージしてあげましょうか?」

 どう考えてもマッサージの手つきじゃない! しいて言うなら「マッサージ(夜)」って
感じのいかがわしい指使いに、僕はソファの端っこで必死に体を丸めて逃れようとする。
しかし蛇のようにするりと僕の身体に巻き付いた腕が、僕の抵抗を嘲笑うかのようにまと
わりつく。

「ちょっ、なにして……! ひゃあっ!?」

 首筋に息を吹きかけられて、思わず僕の口から女の子みたいな声が出てしまった。いや
女の子の声なんて出そうと思えば簡単に出せるんだけど……!

「あら、カワイイ声。うふふ、弥美乃とはただのお友達だって言うなら、私が味見しちゃ
おうかしら♪」

 バスローブ越しの生々しい感触が、僕の皮膚感覚を通して伝わってくる。その甘美すぎ
る衝撃から逃れるために、ソファから立ち上がろうとした……その時。



「……なにしてるの」



 ありとあらゆる感情を抑え込んだような、おぞましい声色がリビングに響いた。


695 : [saga sage]:2014/06/06(金) 15:56:19.09 ID:/RggjuLf0


 僕らがゾッとして振り返ると、そこには全身真っ黒なコーディネートの少女、弥美乃が
立ち尽くしていた。

「や、弥美乃ちゃん……」

 弥美乃のお母さんが、怯えたような声を漏らす。一方で、彼女に抱き付かれているよう
な格好の僕は、声すら出せずにいた。

 目が据わる、というのは今の弥美乃のようなことを言うのだろう……。間違いなくブチ
ギレているであろう弥美乃は足早に僕らへと近づくと、

「だーり……篤実くんに触んないでよっ!!」

 僕の身体に触れている母親の手を、まるで引っぱたくかのように乱暴に振り払う弥美乃。

「……最悪。最悪最悪最悪……信じらんないッ」

「ご、ごめんね、弥美乃ちゃん……でもこれは、ちょっとふざけちゃっただけで……」

 弁明しようとする母親に、弥美乃はまるで道端のゴミでも見るかのような冷たい視線を
向けた。直接向けられたわけでもない僕でさえ背筋が凍るような拒絶と軽蔑の眼差しに、
弥美乃のお母さんは息を呑んで口を閉ざした。

「篤実くん、行こ」

「や、弥美乃、あのさ……」

「お願いだから」

「……うん」

 弥美乃は僕の腕を痛いくらいの力で引っ張って、二階に続く階段へと向かった。しかし
彼女の手は震えていて、その背中は先ほどの威圧感とは対照的な弱々しさを感じさせた。

 最後にチラリとソファを振り返ると、一人残された弥美乃のお母さんは、両手で顔を覆っ
て俯いていた。

 階段を上り、二つある部屋のうち『開かずの間』じゃない方の部屋に引っ張り込まれる。
弥美乃は乱暴に部屋の扉を閉めると、直後、僕の胸に飛び込んできた。

「や、弥美っ……」

 慌てた僕はなにか言おうとしたのだけれど、その前に、僕の胸に顔をうずめている弥美
乃が嗚咽を漏らしていることに気が付いて、僕は急に頭と心が冷えていくのを感じた。

「……最悪……ひっく……最悪っ、さいあく……」

「……ごめん、弥美乃」

 今日まで何度か弥美乃に抱き付かれたことはあったけれど、僕はこの時、初めて自分の
方からも弥美乃の身体に腕を回した。弥美乃は一瞬びっくりしたように身体を硬直させた
けれど、すぐに力を抜くと、僕の身体に回していた腕に、ちょっと苦しいくらいに力を込
めた。

 そして弥美乃が落ち着くまでのあいだ、僕はずっと彼女の感情を受け止め続けたのだっ
た。


696 : [saga sage]:2014/06/06(金) 16:25:01.41 ID:/RggjuLf0



「んっ……もっと下」

「う、うん……」

「そう、そこ……あっ💛」

 僕の動きに合わせてベッドが軋み、黒を基調とした簡素な部屋にギシギシという音が響
き渡る。僕の下で熱っぽい声を出す弥美乃が、枕を抱きしめる力を強めた。

 じんわりと汗をかいてきた僕は、弥美乃のお尻に跨ったまま彼女に声をかける。

「こういうのって、初めてなんだけど……痛くない?」

「上手だよ、だーりん……すごくきもちいい」

「僕、もう……」

「ええ、もう限界? ……うん、いいよ」

 弥美乃のお許しが出たので、僕は彼女の上から退くと、

「いやぁ、マッサージって意外に疲れるんだね」

 僕は早くも限界を迎えた親指をパキポキと鳴らしながら、ベッドの端に腰掛けた。

 弥美乃を待たせた上に泣かせた罰として、彼女の肩から腰にかけてのマッサージを命じ
られていた僕は、両手を振りながら親指に溜まった乳酸を追い出そうと試みる。

 まだ少し目元が腫れている弥美乃は、枕を抱きしめたままにんまりと微笑んで、

「でも、かなりよかったよ。才能あるんじゃないかな? また今度頼んじゃおっと」

「あはは……」

 僕としても、女の子の柔らかさを堪能できるのは、悪い気はしないけれども……

697 : [saga sage]:2014/06/06(金) 16:29:00.43 ID:/RggjuLf0


 うつ伏せになっていた弥美乃は、ごろんと寝返りをうって僕のほうに体を向ける。

「でぇ〜もっ♪ 愛しの彼女をほったらかしにしてママとお楽しみしちゃうようなスケベ
だーりんには、もっとお仕置きが必要だよね?」

「お楽しみじゃなくて、からかわれてただけだってば……っていうかそもそも僕たち恋人
じゃな……むぐっ!?」

 弥美乃は抱きしめていた枕を僕の顔に押し付けて、無理やり口をふさぐ。

「ふ〜ん、口ごたえしちゃうんだ?」

「……償いは、なんなりと」

「よろしい♪」

 起き上がった弥美乃が、僕のすぐ隣に寄り添うように腰掛ける。ちょうど、僕が弥美乃
のお母さんと話していたときと同じような構図だった。

 僕の表情で弥美乃もそのことに気が付いたのか、弥美乃は上機嫌だった表情を一瞬で引っ
込める。

「ほんと最悪、あの女。なんであんなのがあたしの母親なんだろ。パパも、なんで結婚し
ちゃったのかな。今世紀最大のミステリーだよね」

「は、はぁ……」

「パパがいなくなった途端、他の男にケツ振るような売女……。きっと私のことだって、
邪魔だとしか思ってないんだ」

 そう言って心から不快そうに目を細める弥美乃の横顔に、僕はちょっと背筋が寒くなる
思いだった。

 けれど先ほどの弥美乃のお母さんとの会話を思い出して、どうにも彼女が弥美乃を邪魔
だとか鬱陶しいと思っているとは、とても思えなかった。むしろ、母親としてきちんと弥
美乃のことを気にかけていたと思う。

 たしかに自分のことだけで手いっぱいになって、弥美乃の心のケアがおざなりになって
いたところはあったのだとは思うけれど、母親だって人間なのだから、手放しで彼女を責
める気には、どうしてもなれなかった。

 だから僕は同情半分で、弥美乃のお母さんをフォローしてあげることにした。

「……ま、まぁ仮にも母親なんだから、あんまり悪く言うもんじゃないよ」

「だーりん、どっちの味方なの?」

「……弥美乃さんの味方デス」

 我ながら、ソニックブームが発生しそうなほど瞬速な手のひら返しだった……。

698 : [saga sage]:2014/06/06(金) 16:34:32.62 ID:/RggjuLf0


「そうだよね♪ もうママのことは無視していいから」

 僕の答えに満足してくれたのか、弥美乃はちょっと機嫌を直してくれた。彼女は僕の肩
に頭を乗せるようにして寄りかかると、僕の太ももに指先を這わせた。

「っ!?」

「ご褒美……あげよっか、だーりん? さっきあたしに跨ったせいで、変な気分になっ
ちゃったんじゃない?」

 そう言って、弥美乃は僕の太ももをねちっこい手つきで撫でまわす。

 僕は内心、とても驚いていた。

 僕の身体はおかしくなってしまったのだろうか? こんなことって……あるのか?

 今までの僕なら絶対に変な気分になっていたはずの、弥美乃の手つきが。仕草が。

 まったくエロく感じないだなんて……!?

「……だーりん?」

 僕の反応がおかしいことに、弥美乃も気が付いたのだろう。不思議そうに僕の顔を覗き
込んでくる。

 そこで僕は、とある『可能性』に行き着く。

 これまでの情報と、そして先ほど弥美乃のお母さんとの会話の中で得られた情報。それ
らを的確に組み合わせることで導き出されるかもしれない、衝撃の新事実。

 これはある種の賭けだ。

 もしも失敗すれば、決定的に僕の立場は危ういものとなるだろう。下手をすれば二度と
弥美乃に逆らうこともできず、完全に主従関係が確定してしまうことになる。

 逆に、もしこの賭けに勝つことができたなら……僕は弥美乃に対して、かなり有力な対
抗策と精神的優位性を確保することとなるだろう。今後、彼女とのコミュニケーションに
おいて懸念すべき最大の事項が消失するのだから。

 伸るか反るか……思考は刹那。

 僕はある意味で、久住篤実史上最大にして一世一代の大勝負に出ることにした……!!

「うん……ご褒美、ちょうだい」



 弥美乃の肩を掴んだ僕は、彼女をベッドに押し倒して覆いかぶさった。


699 : [saga sage]:2014/06/06(金) 16:37:26.88 ID:/RggjuLf0



「………………へっ?」

 目を真ん丸にして停止してしまった弥美乃が、辛うじて疑問の声をあげた。しかし僕は
それに取り合わず、僕の下で目をぱちくりさせながら身を小さくしている弥美乃に顔を寄
せて囁いた。

「ほんとに、いいんだよね?」

「だ、だーりん……? えと、その……ほ、ほんき……?」

「ごめん、今までずっと我慢してきたけど、もう限界」

 弥美乃は無意識にか、僕の胸に手を当てて押し返そうとしてくる。僕はそのささやかな
抵抗を、彼女の腕を掴んでベッドに押し付け、体重をかけることで完全に無力化する。

 僕がほとんど馬乗りになっている状況の今、たったそれだけで弥美乃に許された行動の
すべてが封じられたと言っても過言ではないだろう。

 その上で、僕は弥美乃の耳元ギリギリまで唇を寄せて囁く。

「最初はすごく痛いと思う。かなり怖いだろうし、血もいっぱい出ると思う。でも、そう
いうのを覚悟した上で、弥美乃は僕を誘ってるんだもんね?」

「え……血? どこから? い、痛いって……?」

「僕は女の子じゃないから、これは聞いた話だけど……ベッドが血まみれになったってい
う知り合いもいたし……だけど弥美乃は僕のために、その痛みも出血も我慢してくれるっ
ていうことだよね?」

 血の気が失せるとは、こういうことを言うのだろう。見る見るうちに弥美乃の表情が強
張り、怯えの色が滲み始める。

「だ、だーりん、えっ、な、なに言ってるの……? うそ、だよね?」

「ごめん、もう止まれないから……痛すぎて泣き叫ぶとか、そういうのはやめてね。病院
の注射とか、そういうものだと思って我慢して。もちろん注射程度の痛みじゃすまないと
は思うけど、なるべく優しくするからさ」

 押さえつけていた弥美乃の腕が、にわかに震え始める。息が荒くなり、見開かれた目に
は明らかな動揺と恐怖がありありと浮かんでいた。

 僕は賭けに勝った。これで間違いない。



 『弥美乃ちゃん耳年増説』が立証された瞬間である。


700 : [saga sage]:2014/06/06(金) 16:44:32.82 ID:/RggjuLf0



 この説が浮上したのはついさっき。弥美乃のお母さんの手つきを経験した僕が、弥美乃
の手つきを体感して……そのあまりの力量の差に驚愕したためである。

 よくよく考えてみれば、これは当然のことだ。最近は初体験年齢が下がっていると噂さ
れているらしいが、こんな情報や文化が遅れていそうな離島の中学生女子が経験豊富であ
るとは、いくらなんでも考えづらい。

 性知識といえば、学校の保健の授業がせいぜいといったところだろう。ましてや弥美乃
はパソコンも携帯も持っていないようだし、なにより『男嫌い』という特性を幼少時に獲
得してしまったとのことだ。だからそういった経験はおろか、恋愛経験さえないはずだ。

 では弥美乃が性的な交渉術を会得している原因はといえば、おそらく母親が男に媚びた
り誘いをかけたりしているのを、昔から見て育ったためだろう。そういった経験を経て、
『ああすれば男の人は言うことを聞いてくれるんだ』と思い込み、それを半端な知識で実
践しているだけの……いわば耳年増となってしまったわけである。

 弥美乃のお母さんは『男の人に好かれる方法』とやらをレクチャーしたというようなこ
とを言っていたが、いくらなんでも自分の娘に性交渉を勧めるわけもないから、おそらく
男心をくすぐるちょっとしたテクニックを伝授したのだろう。

 しかし母親の背中を見て育った弥美乃は、手っ取り早く男を従える方法として女の武器
を利用することを選んだ。けれど実際の具体的な知識が伴わないため、「ちょっと不快だ
けど三〇分くらい我慢すれば終わるんだろう」なんて楽観的なことを考えて僕を誘ってい
たに違いない。しかも僕はチキって手を出せないと味を占めていただろうし。

 だから弥美乃は、僕がでっちあげた『大袈裟な嘘リスク』に怯えてしまった。

 ふふ……ふははははっ! これで今後、僕が弥美乃の色仕掛けに動揺することはない!
子供が背伸びして見よう見まねでやってるだけの稚戯だと見抜いたのだから!

 僕は悪戯心を燃やし、さらなる追い打ちをかけて弥美乃を追い詰めることにした。

 乗るしかない、このビッグウェーブに! うっひょー!!

「鎮痛剤はもう飲んだんだよね? 痛すぎて今夜眠れないとかは困るからね」

「え、えっ……鎮痛剤?」

「避妊薬は……飲んだに決まってるか。最近の研究によると、未成年同士だと妊娠確率は
九五%以上らしいからね。さすがに中学生でお母さんは笑えないよ」

「妊娠っ!?」

 僕は弥美乃の両腕をまとめて片手で押さえて、もう片方の手をゆっくりと彼女のシャツ
に滑り込ませる。

 弥美乃はかなり慌てて、

「こ、今夜は大事な、よ、用事があるから、その、困るって、いうか……!」

「誘ってきたのは弥美乃だよ。それに言ったでしょ……もう止まれないって」

 弥美乃のシャツに入り込んだ僕の手が、スベスベで手触りのいい彼女のお腹を通過しよ
うとする。まるで病人のように弥美乃の身体は熱く火照っており、異常なくらい心臓が脈
動しているのが僕の手にも伝わってきた。

 やがてその先には、中学生にしてはかなり豊かな二つの丘がそびえていて……



「……ごめ……なさぃ…………ごべんなさい゛ぃぃ……!」



 ついに弥美乃は耐えきれなくなり、大粒の涙を流しながら泣き出してしまった。

 って、うぉわあああああぁぁっ!!? やってしまったぁぁぁぁ!!?


701 : [saga sage]:2014/06/06(金) 16:46:19.95 ID:/RggjuLf0


「や、弥美乃? 弥美乃ちゃんっ!?」

「ごめんなさいぃ……いたいのやだぁぁ……!」

「う、うそうそ! 冗談だって! この僕が弥美乃の嫌がることなんてするわけないじゃ
ない!? あは、あはは……!」

 僕は弥美乃の上から跳び退ると、えぐえぐと泣き出してしまった彼女の前で、おろおろ
と右往左往してしまう。や、やべぇよ……生まれて初めて女の子を、能動的に泣かせてし
まった……!!

 弥美乃が仰向けなので背中をさすってやれず、代わりに頭を撫でてみる。するとビクッ
と大袈裟に驚いた弥美乃が、僕に怯えた視線を向けてくる。おやおや、罪悪感で僕の寿命
が十年ほど縮んでしまったよ……?

 それから僕はでっちあげた嘘リスクについての誤解を解くため必死に弁解して、さらに
あらゆる手を尽くして弥美乃のご機嫌取りに専念した。

 その甲斐あってか、空が橙色に染まりだす頃には弥美乃も機嫌も直してくれていた。弥
美乃に対して優位に立つために敢行した作戦だったけれど……当然というかなんというか、
僕の立場がさらに危うくなったということは、言うまでもない。


702 : [saga sage]:2014/06/06(金) 16:50:41.29 ID:/RggjuLf0



 夜七時を回り、空にはすっかり夜の帳が降りていた。

 弥美乃の部屋のガラステーブルには二つの皿。それらに盛られたカレーライスを、僕た
ちは無言のままに黙々と食べ進めている。

 弥美乃はあれから機嫌を直してくれたものの、しかし今までのように強気な態度で接し
てくるということはなくなっていた。おそらく僕が一瞬だけ見せた悪い意味での男らしさ
に怯えてしまっているのだろう。

 食器どうしの触れ合う硬質な音だけが室内に響き、僕たちは時折お互いの顔色をチラリ
と窺っては、料理に視線を落とす……ということを繰り返していた。

 甘党である僕のオーダー通り、小学校の給食ばりに子供向けな味付けとなったカレー。
それを僕は弥美乃よりずっと早く食べ終えて、黒いマグカップに注がれた水道水で熱くなっ
た喉を冷やす。そして弥美乃が食べ終わるまで、室内を落ち着きなく見渡して時間を潰し
ていた。

 やがて弥美乃もカレーを完食すると、彼女はスプーンを置いた。そして食器の音さえ無
くなった完全な静寂が訪れると、さすがに僕も耐え切れなくなって口を開かざるをえなく
なった。

「えっと、食器、僕が片付けるよ」

「あ、ううん、それはあたしが」

「でも、ご飯作ってもらっちゃったし」

「あたしが無理に家に誘ったんだから、当然だよ」

「うーん、じゃあ、一緒にやる……?」

「そう、だね。うん、そうしよっか」

 どこかぎこちない会話の末に、とりあえずの方向性は決まった。僕はすぐに食器を手に
して立ち上がろうとしたのだけれど、その前に弥美乃が僕の動きを手で制した。

「ちょっと待って、だーりん」

「……?」

 弥美乃は食器も持たずに立ち上がると、小走りで部屋を出て、階下へと降りていく。

703 : [saga sage]:2014/06/06(金) 16:53:30.86 ID:/RggjuLf0



 そのまま待っていると、しばらくして弥美乃は部屋へと戻ってきた。僕が表情だけで疑
問を投げかけたところ、

「ママを寝室に押し込んだの。台所からリビング見えちゃうから」

「……べつに、そこまでしなくたって」

「なぁに? だーりんはママとイチャイチャしたかったの? ふぅん、そうなんだ。気が
利かなくってごめんね」

「ち、違うってば!!」

 僕がツッコミのつもりで大きめの声を出すと、弥美乃がビクッと全身を硬直させた。

「……あ、う、ごめん……弥美乃」

「う、うん、だいじょぶだから……」

 またしても変な空気になってしまい、僕らは再び沈黙してしまう。

 ……これはもしかすると、ただでさえ男性嫌いの弥美乃に、男性恐怖症まで植え付けて
しまったのではなかろうか?

 あるいは、弥美乃は僕にやってほしいことがあるらしいし、だから今は必死に嫌悪感を
隠しているという可能性もある。いや、むしろそれが最も自然な考え方なのではなかろう
か? それなら僕とはあまり関わり合いになりたくないだろうし、ここは食器洗いを手伝
わない方がいいんじゃ……?

「えっと、やっぱり、その、僕はここで大人しくしてるよ。ごめんね」

「あ……そっか、うん……」

 僕は気まずさから、窓の外へと視線を移す。僕が座っているこの位置からでは黒い空し
か見えないけれど、そういえば今日は満月だと誰かが言っていたような気がする。誰が言っ
てたんだったかな……弥美乃だったっけ?

 そんなことを考えていると、窓の外を見るために右を向いていた僕の死角、左腕になに
かが触れた。振り返るとそこには、弥美乃が僕に密着するように腰を下ろしていた。もち
ろんテーブルの食器はそのままで。

704 : [saga sage]:2014/06/06(金) 16:55:56.30 ID:/RggjuLf0


「……弥美乃?」

「おいしかった?」

「え?」

「カレー」

「あ、ああ……」

 僕はガラステーブルの上の食器をチラリと見て、

「うん、すごく美味しかったよ」

「ほんと?」

「うん」

「氷雨ちゃんの料理より?」

「………………えっと」

「ふぅん、そうなんだ」

 地雷臭を嗅ぎ取った僕の背筋に冷たい汗が滲む。

 僕はこの島における楽しみを三つ選べと言われれば、『ひかりと遊ぶこと』『島の新し
い場所を探検すること』、そして『氷雨の料理』を迷わず挙げる。

 だからこの場においては「弥美乃のカレーの方が美味しかったよ」と言うのが最善の解
答だということはわかっていたのに、咄嗟にそれを口に出すことができなかったのである。
なんだかそれを言ってしまうと、ただでさえ薄っぺらな僕の人格がさらにペラッペラになっ
てしまうように思えて……

 僕と弥美乃はベッドを背にして、お互いに寄り添うように並んで座り、前を見つめてい
た。こうしていると、なんだかこの世界には僕たちしかいないんじゃないだろうかという
荒唐無稽な妄想に憑りつかれそうになる。

 こてん、と弥美乃は僕の肩に頭を預けながら、放心しているかのような声色で呟く。

705 : [saga sage]:2014/06/06(金) 17:00:54.08 ID:/RggjuLf0


「あたしは“いちばん”になりたいだけなの」

「……一番?」

「そ。だーりんの“いちばん”は誰?」

「えっ」

「パパ? ママ? 委員長? 氷雨ちゃん? 淡路くん? 鏡ヶ浦ちゃん? 鳥羽さん?」

 それとも……、と言って、僕の目をまっすぐに見つめてくる弥美乃。それはこれまでの
ような媚びている表情ではなく、むしろどこか諦めているかのような……そんな寂しげな
色を宿していた。

「うん。だーりんはあたしのこと好きじゃないよね。むしろ嫌いってカンジ」

「いや、それは……」

「もう知ってるよね、あたしがファザコンだって。あのビデオ見てたもんね」

 僕はテレビの中だけに存在する、弥美乃の本当の笑顔を思い出す。きっと弥美乃はもう、
ああやって全力で、無防備に笑うことはできないのだろう。

「パパはあたしを“いちばん”だって言ってくれた。あたしもパパが“いちばん”だった。
ううん、過去形じゃないね。今でもそう」

「でも弥美乃のお父さんって……」

「うん、死んじゃった。だからあたしのことを“いちばん”だって言ってくれる人は、こ
の世界で一人もいなくなっちゃったの」

「……弥美乃のお母さんは」

「あたしも最初はそんな期待してたんだよ? でも、もう期待しない。あの女の心に……
あたしはいない」

 そんなことないよ、なんて言葉をかけるのは簡単だ。だけどそんな言葉に意味がないこ
とくらい、コミュ障の僕にだってわかる。だから僕は口を開かなかった。

「あたしのことを必要としてない世界なんていらない。だからあたしは、そんな世界を壊
すの」

 そう言った弥美乃の瞳には、暗い暗い深淵がぽっかりと口を開けていて……

「あ、もちろん悪いことしようなんてつもりじゃないから安心してね? 世界を壊すって
いうのは比喩だから」

 そんな風におどけてみせた彼女の笑顔は、やっぱりどこか痛々しかった。

 僕はそこで、ふと、寄り添い合う僕たちの手が……というよりも、僕たちの小指どうし
がかすかに触れ合っていることに気が付いた。



 ―――もしも僕の左手がここで、彼女の右手を握ったのなら。


706 : [saga sage]:2014/06/06(金) 17:06:38.29 ID:/RggjuLf0


 そんなことを思った刹那、僕は弥美乃と目が合ってしまった。彼女の潤んだ瞳から視線
を外すことができずに硬直していると、弥美乃の形のいい唇が開く。

「……“いちばん”に、してくれるの……?」

 その言葉を聞いた僕は、一瞬で頭が真っ白になってしまった。どんな言葉を返すべきな
のか、どんな行動を取るべきなのかがわからなくなってしまった。

 いや、本当はわかっていたのだろう。だけどそれを行う勇気がなかった。いいや、勇気
というよりも、これは―――

「…………ばか」

 弥美乃は立ち上がって食器を手に持つと、振り返らずに部屋を後にしようとする。

 残された僕はなにも言えず、ただ今も小指に残るわずかなぬくもりが、僕に慙愧の念を
燻らせる。

 ―――いや、まだ遅くはない!

「弥美乃っ!!」

 部屋の扉が閉まる直前。僕はやっとの思いで声を絞り出すと、目の前の小さなガラステ
ーブルを飛び越えて弥美乃へと迫る。

 弥美乃は目を丸くしたまま硬直して、僕の突然の行動を呆然と眺めていた。

 構わずに、僕は言う。

「自分を“いちばん”にしてくれない相手を、“いちばん”に思うことなんて難しいよ」

 いつか妙義に言われたことがある、「キミは、先に自分を好きになってくれた人間に対
してしか、好意を示せないんだ」という言葉。それは僕のクズさ加減を存分に言い表す一
言だったのだけれど、しかしながらそういった気持ちは誰にだって少なからずあるものな
のではなかろうか?

 好きな人がいる異性に告白するなんて異常だと思うし、自分の恋人が浮気をしていたら
良い気分ではないだろう。自分に対して好意を持っていない人間に好意を抱くというのは、
往々にして勇気の要ることだと、僕は思う。

 今までなんの興味も抱いていなかった相手が、告白された途端に気になりだすというの
はよく聞く話だ。それほどまでに、相手からの好意というものは影響が強い。

「弥美乃がパパを“いちばん”だと考えている限り、弥美乃を“いちばん”だと考え続け
てくれる人は、あんまりいないんじゃないかと思う。その、どうしてもそういうのって、
伝わっちゃうものだから」

「……」 

 弥美乃は、悲しそうな、鬱陶しそうな、なんとも言えない表情を浮かべながら沈黙して
いた。

707 : [saga sage]:2014/06/06(金) 17:11:07.59 ID:/RggjuLf0


「……結局、なにが言いたいの。パパのこと忘れろってこと? それでだーりんを好きに
なれってこと?」

「僕を好きになれだなんて、そんな酷いことは言わないよ。僕のことなんか、ずっと嫌い
でいい。だけど今はもういないパパに執心するあまり、弥美乃がちゃんとした人生を歩め
なかったら……あの、わかったようなこと言うみたいで心苦しいけどさ……弥美乃のパパ
だって、悲しいに決まってるよ」

 弥美乃のことを“いちばん”だと言う彼なら、やっぱり悲しいだろう。自分の存在が弥
美乃を縛っていることに後悔するだろう。

「パパのことを忘れる必要はないけどさ。それでもちゃんと誰かに愛されたいと思ってい
るなら、心の整理はつけておくべきだと思うんだ」

 弥美乃はどこか気まずそうに視線を落とす。その様子はさながら、親の説教を受けてい
る小さな子供のようだった。

「僕みたいなヤツと違ってさ、弥美乃には幸せになる権利っていうのがあると思う。だか
ら、その、焦らなくてもいいからさ。それに弥美乃が思ってる以上に、弥美乃はみんなか
ら愛されてると思うよ。弥美乃はさっき僕が嫌ってるって言ったけど、全然そんなことも
ないしね」

 なんだか突然語りすぎて、気持ち悪がられていないだろうか。普段こんなに喋らないか
ら、そろそろ酸欠になってきたし……

「いろいろ急に言っちゃったね。話がまとまってなくてゴメンだけど……えっと、できれ
ば僕の言ったことを、ゆっくり考えてくれると嬉しいな」

「……うん」

 すっかり意気消沈してしまったらしい弥美乃は、食器に視線を落として俯いてしまって
いる。なんだかきまりが悪くて気まずい気分になった僕は、この空気を変えるための提案
をしてみる。

「僕、ちょっと外の空気を吸ってくるね。すぐに戻るけど、そのあいだに弥美乃は、心の
整理をしたりとかさ……ね?」

「……うん」

 弥美乃は小さく頷くと、食器を抱えて階段のほうへと向かおうとして……しかしそこで
一瞬立ち止まると、僕のほうを振り返って、

「相手に“いちばん”だと思われてないと好きになりにくいって……じゃあ、先に相手を
好きになるにはどうしたらいいの?」

「え……」

 弥美乃に突っ込まれて、僕は困惑してしまった。僕はあんまり深く考えずに喋ってしま
うため、よくこういった論理の矛盾が発生してしまうのだ。これが妙義とかなら、即座に
理路整然と話を組み立てられるのだろうけれど……

708 : [saga sage]:2014/06/06(金) 17:18:28.94 ID:/RggjuLf0


 僕はちょっと考えてから、

「好きになりにくいっていう、そういう抵抗さえも押しのけて……それでも相手に自分を
好きになってもらいたいって思えるくらい、相手にときめくことって、きっとあるんだ。
それは一目惚れかもしれないし、日常のちょっとずつの積み重ねかもしれない」

「……だーりんの場合は、たとえばどんなふうに?」

 弥美乃は重ねて訊ねてきた。そういうのって、いざ訊かれるとちょっと困っちゃうんだ
けどなぁ……

「えっと、僕は本土でまったく友達がいなかったし、唯一の友達も失ってここに来たんだ
よ。だからこの島で一番最初に友達になってくれたひかりは、一番の大親友なんだ。それ
にこの島で一番最初に会ったクラスメイトは赤穂さんで、しかも彼女には命を救われてる。
それから凪や妙義……今の僕の友達はみんな、とある事件を一緒に経験して乗り越えた仲
間なんだ。そういう特別な繋がりの人たちには、僕も積極的な好意を抱いてるよ」

「たまたま最初にって……そんなの、ずるい。それじゃ誰でも良かったんじゃないの?」

「うん、まぁ、そうかもね。もし一番最初に会ってたのが弥美乃だったら、僕の人間関係
も今とは違っていたかもしれない。だけどさ、僕はキスなんてされたのは弥美乃が初めて
だったから、弥美乃の企みを知らなかったら多分、あっさり惚れてたんじゃないかな」

 それを聞いて、ここまで陰鬱な表情だった弥美乃はくすりと小さく微笑んだ。

「そうだね、だーりんすっごい慌ててたもんね。……でも、あたしも初めてだったから、
内心バクバクだったんだよ?」

「うん、弥美乃は男嫌いだもんね。まぁそれを言うなら僕なんて人間嫌いだけどさ。この
島に来るまでの僕は、一日に一回は人類滅びないかなーって考えながら生きてたし」

「ええっ、そうだったの!? ……ふふっ」

 弥美乃はやや大袈裟なくらいに驚いたリアクションをして、かと思えば急に笑い出す。
なんだか少しだけ上機嫌になってきたようだ。

「え、なにかおかしかった?」

「ううん、ちょっと意外だったから。だって、だーりんっていつもなに考えてるのかよく
わかんないし」

「……それはよく言われマス」

「でも、うれしいかも」

「え?」

 弥美乃のおかしな言葉に、僕は思わず聞き返す。弥美乃はこれまでに見せたことのない
柔らかな微笑みを浮かべながら、

「なんか、だーりんのことを初めて知れた気がする。だーりんの本音が始めて聞けたよう
な気がして……なんか、うれしい」

 そんなことを言ってはにかむ弥美乃の笑顔に―――僕は思わず見とれてしまった。

 弥美乃は止めていた足を再び進めて階段に足をかけると、

「うん、心の整理、つけてみる。……そしたらちゃんと、責任とってね?」

「……へ?」

 彼女が去り際に残していった意味深な呟きの意味を取りかねているあいだに、弥美乃は
二階から姿を消していた。

 僕は彼女を追うように階段を下ると、さきほどの宣言通りに、外の空気を吸うため玄関
へと向かう。その際、チラリと弥美乃のほうを窺うと、彼女はダイニングキッチン越しに
手を振って笑顔を向けてきながら、

「今日は大切な夜だから、ちゃんとすぐに帰って来てね? だーりん♪」

 なんだか吹っ切れたような弥美乃の様子に戸惑いながらも、僕は曖昧な笑顔を浮かべて
頷いておく。すぐに帰れるかどうかは、まだ現段階ではわからないのである。

 僕は謎の罪悪感に苛まれつつも、鳥羽の家へと向かうべく、弥美乃の家を後にするのだっ
た。


709 : [saga sage]:2014/06/06(金) 17:24:41.73 ID:/RggjuLf0

書き溜めはここまでです。次は鳥羽のターン。

たくさんの設定をありがとうございます。なんだか一部の人に私の好みが的確に把握されている気がします。

あとどうして私の過去作も把握されているのでしょうか。許してください。
710 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/06/06(金) 18:51:33.09 ID:OGUcvSQDO
やはり素晴らしき味わい

そして@氏の復活……言葉に出来ぬ大いなる喜びなり
711 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage ]:2014/06/07(土) 09:07:46.21 ID:IU3UNHIjo
来た…来た…!!
712 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/06/07(土) 17:51:53.24 ID:Tm16mv+vo
きた!!
待ってた!!!
713 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2014/06/07(土) 22:44:59.89 ID:MDwvil5r0
確かに今回の二人の事態は想定外の方向へと進んだが……満月だかの問題の方が気になる
714 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2014/06/08(日) 13:50:22.95 ID:UktBCt4Q0
>>668
やるにしたってカレーライスマンどうすんだよww
もっちゃんカレーとやらの着ぐるみ店員か?ww
715 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2014/06/22(日) 08:43:12.24 ID:E85SpZlE0
フードが深いローブを着た謎の人物……に見せかけた誰かww
716 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) :2014/06/25(水) 18:30:06.46 ID:USKckSVW0
突然ですが宣伝です!

ここの屑>>1が他スレでの主批判&自スレの宣伝をしているのが不快で気に入りません。

此処のスレ主に、文句があればこのスレまで!

加蓮「サイレントヒルで待っているから。」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1401372101/
(此処の屑>>1は他スレでの宣伝、スレ主批判を出来る程の文章力を持ち合わせていません。)

>>1>>2>>3>>4>>5>>6>>7>>8>>9>>10>>11>>12>>13>>14>>15>>16>>17>>18>>19>>20>>21>>22>>23>>24>>25>>26>>27>>28>>29>>30>>31>>32>>33>>34>>35>>36>>37>>38>>39>>40>>41>>42>>43>>44>>45>>46>>47>>48>>49>>50>>51>>52>>53>>54>>55>>56>>57>>58>>59>>60>>61>>62>>63>>64>>65>>66>>67>>68>>69>>70>>71>>72>>73>>74>>75>>76>>77>>78>>79>>80>>81>>82>>83>>84>>85>>86>>87>>88>>89>>90>>91>>92>>93>>94>>95>>96>>97>>98>>99>>100>>101>>102>>103>>104>>105>>106>>107>>108>>109>>110>>111>>112>>113>>114>>115>>116>>117>>118>>119>>120>>121>>122>>123>>124>>125>>126>>127>>128>>129>>130>>131>>132>>133>>134>>135>>136>>137>>138>>139>>140>>141>>142>>143>>144>>145>>146>>147>>148>>149>>150>>151>>152>>153>>154>>155>>156>>157>>158>>159>>160>>161>>162>>163>>164>>165>>166>>167>>168>>169>>170>>171>>172>>173>>174>>175>>176>>177>>178>>179>>180>>181>>182>>183>>184>>185>>186>>187>>188>>189>>190>>191>>192>>193>>194>>195>>196>>197>>198>>199>>200>>201>>202>>203>>204>>205>>206>>207>>208>>209>>210>>211>>212>>213>>214>>215>>216>>217>>218>>219>>220>>221>>222>>223>>224>>225>>226>>227>>228>>229>>230>>231>>232>>233>>234>>235>>236>>237>>238>>239>>240>>241>>242>>243>>244>>245>>246>>247>>248>>249>>250>>251>>252>>253>>254>>255>>256>>257>>258>>259>>260>>261>>262>>263>>264>>265>>266>>267>>268>>269>>270>>271>>272>>273>>274>>275>>276>>277>>278>>279>>280>>281>>282>>283>>284>>285>>286>>287>>288>>289>>290>>291>>292>>293>>294>>295>>296>>297>>298>>299>>300>>301>>302>>303>>304>>305>>306>>307>>308>>309>>310>>311>>312>>313>>314>>315>>316>>317>>318>>319>>320>>321>>322>>323>>324>>325>>326>>327>>328>>329>>330>>331>>332>>333>>334>>335>>336>>337>>338>>339>>340>>341>>342>>343>>344>>345>>346>>347>>348>>349>>350>>351>>352>>353>>354>>355>>356>>357>>358>>359>>360>>361>>362>>363>>364>>365>>366>>367>>368>>369>>370>>371>>372>>373>>374>>375>>376>>378>>379>>380>>381>>382>>383>>384>>385>>386>>387>>388>>389>>390>>391>>392>>393>>394>>395>>396>>397>>398>>399>>400>>401>>402>>403>>404>>405>>406>>407>>408>>409>>410>>411>>412>>413>>414>>415>>416>>417>>418>>419>>420>>421>>422>>423>>424>>425>>426>>427>>428>>429>>430>>431>>432>>433>>434>>435>>436>>437>>438>>439>>440>>441>>442>>443>>444>>445>>446>>447>>448>>449>>450>>451>>452>>453>>454>>455>>456>>457>>458>>459>>460>>461>>462>>463>>464>>465>>466>>467>>468>>469>>470>>471>>472>>473>>474>>475>>476>>477>>478>>479>>480>>481>>482>>483>>484>>485>>486>>487>>488>>489>>490>>491>>492>>493>>494>>495>>496>>497>>498>>499>>500
717 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/07/06(日) 14:36:00.92 ID:bpExRt14O
まだかぁぁぁあ
718 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2014/07/08(火) 16:34:42.18 ID:rB9gm/5G0
どんな言葉も出来るだけ英語で表現しようとする少年。和英辞典は基本装備
719 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/07/19(土) 12:22:42.42 ID:/xpin+L0O
まだかー
720 : [saga]:2014/07/23(水) 09:20:31.96 ID:xrXQkkDC0
申し訳ありません、今週中には鳥羽さんの秘密を投下できると思われます・・・!
721 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/07/23(水) 09:42:17.07 ID:EK+lXiJDO
超・やった!
722 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage ]:2014/07/23(水) 19:34:05.53 ID:Cd/IAwFvo
来たか…!!
723 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/07/23(水) 21:26:31.45 ID:jCbJzs3vo
よしっ
きたか!
まってるよ
724 : [saga]:2014/07/27(日) 22:18:46.47 ID:IdLcTR5v0



 弥美乃の家の玄関扉を開けると、ひんやりと涼しい風が頬を撫でた。昼間のうちに暖め
られた島の空気は、海から流れ込んだ潮風によってすっかり押し流されてしまったらしい。

 僕の手から離れて閉まっていく扉が、ガチャリと重たい音を立てる。施錠をしなくても
大丈夫だろうかという心配が脳裏をよぎったが、そこはこの島の恐るべき安全性を信用す
ることにして、足を進める。

 石畳を歩きながら、まだ履きかけのスニーカーを足に馴染ませて、庭の玄関柵に手をか
ける。そして街灯の少ない通りへ足を踏み入れたところで……

 僕は内臓が縮み上がるほどの驚愕に襲われた。

 まず僕の視界に飛び込んできたのは、夜闇に浮かび上がる純白だった。続いて鮮やかな
朱色、そして大雑把に人間の輪郭を見とめたあたりで、ようやくソレを正しく認識するこ
とができたのだ。

 悲鳴を飲み込み沈黙する僕と目があった彼女―――千光寺 空―――はブロック塀を背
に、膝を抱えて路端に座り込んでいた。しかしおもむろに腰を上げると、僕の行く手を阻
むかのように路地の真ん中へと立ち塞がり、やはり僕の肩越しに“なにか”を見るように
してから口を開いた。

「どこに行くの、お兄さん」

 千光寺が発した質問をただしく聞き取ることはできていたけれど、破れんばかりに脈打
つ心臓や、突然彼女を目撃したことによる思考停止によって言葉を発することができなかっ
た。やだ、これって恋?

 僕の体感時間では、たっぷり数十秒が経過。ようやく平静を取り戻すことのできた僕は、
落ち着き払って言葉を紡いだ。

「な、でっ、キミこそ、なん……僕は、ぇあのっ……」

 ちょっと待って、全然落ち着いてなかった! あと三分ちょうだい!

725 : [saga]:2014/07/27(日) 22:23:44.20 ID:IdLcTR5v0



 そんな僕の慌てふためきっぷりを見た千光寺は、怪訝そうな表情を隠そうともせずに首
をかしげていた。

 こんな時には深呼吸。ひっ、ひっ、ふー。よし、今度こそ完璧に落ち着いてる。

「……僕は、その、これから鳥羽さんの家に向かうんだけど……キミこそ、どうして、こ
んな時間に、こんなところで……」

 僕の口から鳥羽の名前が出てきた辺りでなぜか眉をひそめた千光寺は、かわいらしく咳
払いを一つして、

「こほん。私はお兄さんと芦原さんが危ないことをしないように、監視にきたの」

 今度は僕が怪訝な表情を浮かべる番だった。

「僕と弥美乃が、危ないこと? し、しないよ、そんなことは」

「どうだろうね。お兄さんにはその気がなくっても、芦原さんにはあるかもよ」

 いったいこの娘はなにが言いたいのだろうか。僕は一応、弥美乃や鳥羽を待たせている
立場にあるので、要領を得ない千光寺の言葉に早くも焦れ始めていた。

 夜闇に沈んでいた路地に、淡く優しい光が降り注ぐ。空を振り仰ぐと、黒い天蓋にぽっ
かりと空いた白い穴から光が差し込んでいた。どうやら月にかかっていた雲が、ようやく
道をあけたらしい。

 ―――それはこれまで見たことのないくらいに、強い輝きを放つ満月で。

「お兄さん、今日もそのまま鳥羽さんの家に泊まるの?」

 ついつい満月に見とれてしまっていた僕は、千光寺のその言葉でハッと我に返った。

「い、いや。鳥羽さんの家で、えっと、用事を済ませたら……すぐまた弥美乃の家に、戻っ
てくるよ」

「……ふうん、そっか」

 千光寺は小さくそう呟くと、路地の真ん中へ立ち塞がるのをやめて、再びブロック塀を
背に膝を抱え、座り込んでしまった。

 薄暗い道端で、巫女装束を身に纏った少女が膝を抱えている光景……。不意にこれを目
撃したのがひかりだったりしたら、下手すればショック死しちゃうんじゃなかろうか。

 まったくもって意図の読めない千光寺をその場に残したまま、僕は鳥羽の家へと向かう
べく歩みを進めるのだった。


726 : [saga]:2014/07/27(日) 22:38:56.04 ID:IdLcTR5v0

キヨミンの秘密が明かされる段階までは書き溜めがあるのですが、今日一気に投下してしまうと、また一ヶ月や二ヵ月ほど期間が開いてしまいそうなので、今回は小分けにして連日投下していきたいと思います。

そして投下中も書き溜めながら、これからはたとえ忙しくても眠くても毎日書くようにして、あまり日を開けないように気をつけます。

あまり見ている方はいらっしゃらないとは思うのですが、しばらくフラッといなくなったりして申し訳ありませんでした。

それでは今日はここまでとしまして、また明日続きを投下したいと思います。今後ともよろしくお願いいたします。
727 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2014/07/28(月) 00:05:31.89 ID:ova5BO/i0
ぅ乙!
728 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/07/28(月) 00:41:55.49 ID:nb6bxnL1O
きたーーーー!
待ってたよ
短いけど良いクオリティだ
無理せず続けてくれ
729 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/07/28(月) 07:15:15.39 ID:hd9RW1wDO
乙だけど、無茶して倒れられたりする方が何百倍も困るんだよねぇ
730 : [saga]:2014/07/28(月) 23:00:22.10 ID:POlPcSq30



 鳥羽 聖との約束を果たすべく、彼女の家の前へと辿り着いた僕こと久住篤実。

 いかに鳥羽が太陽神の遣いであり天の現人神であるとはいっても、その住処は豪華絢爛
にして荘厳華美なる寺社仏閣の本殿でもなければ、物々しくも霊験あらたかなパワースポッ
トじみた岩屋というわけでもない。そこは普通の住宅地に建つ、現代風な一軒家だった。

 しかしながら僕の指は、そんなごくごく一般的でなんら恐れるべきところのない庶民的
一軒家の玄関先、そのインターフォンを押すこともできず、かれこれ5分以上も立ち往生
しているのだった。

 いや、どうか罵らないでいただきたい。これは仕方のないことなのだ。

 僕のようなコミュ障にありがちな特徴として、『相手の顔が見えないリアルタイムの通
信をとても苦手とする』といった症状が挙げられる。顔を合わせて会話をするのも怖いけ
れど、相手の顔が見えないコミュニケーションも、それはそれで死ぬほど怖いのである。

 主なシチュエーションとしては、通話、留守電、そしてインターフォン越しの会話といっ
たものが挙げられるだろう。全日本ノミの心臓グランプリ覇者であるこの久住篤実は、た
とえ前日に打ち解けたクラスメイト女子の家が相手であろうと、ビビらない理由など、何
一つとしてありはしないのである。死にたい。

 しかしいつまでもこんなところで、遠く波の音をBGMとして突っ立っているわけにも
いかない。僕のことを待っているであろう鳥羽の膨れっ面を見るのは嫌だし、僕のことを
待っているであろう弥美乃に頬が膨れるくらい殴られるのはもっと嫌だし、こんな挙動不
審でしかないところを近所の人に見られて通報されて頬がこけるのは死んでも嫌なのだ。

 よ、よし、押すぞぉ……ぜったい押すぞぉ……!!

 僕は口から飛び出しそうな心臓をゴクリと飲み込んで、ついでにカラカラになった喉を
唾液を潤わせた。それから深呼吸で心を落ち着かせると、インターフォンに指を添え、い
つでも押せる体勢をとる。

 さ、さぁ行くぞ……! 向こうの第一声はなんだ? 「はい、どなたですか?」とかだ
ろうか。それなら簡単だ、僕の名前は……あれ、なんだっけ!?

 僕が中腰の姿勢でインターフォンに顔を寄せつつ滝のような汗を流していると、しかし
そこで僕の想定を一段抜かしでぶっ飛ばすような事態が発生する。

 インターフォンでの会話なんざ飛び越えて、いきなり玄関の扉が開いたのである。僕は
驚きのあまり、冗談抜きで心臓が爆裂しかける。いやまじで。

731 : [saga]:2014/07/28(月) 23:07:03.86 ID:POlPcSq30


「篤実さん……来てくれたんですね」

 そう言った彼女、鳥羽の姿は、さながら吸血鬼を思わせるような漆黒の外套を纏ってい
た。毛先でゆるくカールした栗色のロングヘアーが、珍しく露出している鎖骨を撫でる。

 これから黒魔術でも執り行おうとでもいうのかと、にわかに不安になる僕。そんな心情
がつい顔に出てしまっていたのか、鳥羽は自分の小さな体を抱くようにして縮こまりつつ、

「あの……変、ですか……?」

「あ、いやっ、変じゃないよ! いつもと違ったから、その、ビックリして……」

 僕の返答に安心したのか、胸に手を当ててホッと息をつく鳥羽。いつもと違う服装のせ
いか、そんな何気ない仕草さえもが妙に新鮮に思える。

 ガチャン、という扉の閉まる音とともに、鳥羽が庭先を横切ってこちらへと歩いてくる。
僕はそんな彼女の動きを、ただただ目で追いかけて……

 そして鳥羽は僕の目の前まで来ると、無言で僕の左手を握ったのだった。

「……へっ?」

 思わず漏れた、素っ頓狂な声。それが自分の声であるということさえも気づかず、僕は
手を握ってきた鳥羽の顔を見つめる。

 鳥羽は潤んだ瞳をしきりに泳がせて、真っ暗な夜道でもハッキリとわかるくらいに顔を
赤く染めていた。そんな彼女の意図が読めず、鳥羽の次の言葉を待っていると、

「こ、これから、案内します」

 それだけ言うと、鳥羽は握っていた僕の左手を優しく引っ張って、歩き出した。

 案内ってなんだ、どうして手を握ったんだ、こんな時間に外に出て大丈夫なのか……と、
いろいろ言いたいことはあったのだけれど、僕はそれらを統括して、たった一つの質問を
投げかけるに留めた。

「昨日言ってた、『見せたいもの』?」

 僕の手を引きながら、こちらへ顔を向けようとしない鳥羽は、しかしハッキリとわかる
くらいに強く、頷いたのだった。

 だったらこれ以上はなにも訊くまい。

 僕の左手を包んでいる温かい右手を控えめに握り返すと、鳥羽は一瞬だけ僕のことを振
り返って、そして少しだけ手を握る力を強めた。

 かくして僕らのあいだに言葉は無く。夜の離島を進んでいく。


732 : [saga]:2014/07/28(月) 23:08:21.18 ID:POlPcSq30
温かいコメントありがとうございます。無理せず続けていこうと思います。
733 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/07/29(火) 00:11:08.58 ID:SvH2K/SvO
乙乙
734 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage ]:2014/07/29(火) 06:15:27.79 ID:RVAEhWPjo
おお
735 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/07/29(火) 08:23:57.76 ID:PhZpeneDO

うおおお続きが気になるぅー
736 : [saga]:2014/07/29(火) 22:48:52.10 ID:Xeh8zK1+0



 鈴虫かなにかの奏でる音色が、漆黒に沈む夜の森へと木霊している。常識的な感性の持
ち主が聞けば、それは情緒的だとか幻想的だとかといった感想を抱くところなのかもしれ
ないけれど、あいにく僕はそんなロマンチストではないのだった。

 自然界の生物が音を発する場合、大きく分けて二通りのパターンが考えられる。一つは
危険を知らせるなど、仲間とコミュニケーションを取るため。そしてもう一つは、生殖の
ための求愛である。鈴虫の場合は、当然ながら後者である。

 すなわち、カエルだの鈴虫だのが響かせている音というのは、人間でいうところの「へ
い姉ちゃん俺らとホテル行かなーい?」みたいな意味合いとなるのである。そう考えると、
これらの雑音がいかに軽薄で腹立たしいことか。命の連鎖とか生命の神秘とか、そんなも
んは知らん。

 ……なんて益体もない思考に走ってしまうほどに、僕と鳥羽のあいだにコミュニケーショ
ンはなかった。会話らしい会話と言えば、鳥羽が夜の森へと足を踏み入れようとした際、
僕が驚いて声をかけた、

「え、森の中に行くの?」

「はい」

「危なくない?」

「大丈夫、です」

 くらいのものである。

 かつて笹川と歩いた、『霊山さん』へと続く道を彷彿とさせるような山道だった。舗装
はされていないものの、長年の往復によって自然と生まれたのであろう細道。時折唐突に
自己主張してくる木の根の固さを靴底越しに感じながら、僕たちはただただ黙って足を進
めていく。

 街灯の一つも立っていない夜の森で頼れるのは、ゾッとするほど明るい満月の光だけ。
空を覆い尽くすかのように茂る木々の隙間を縫って降り注ぐ月明かりは、僕たちの進むべ
き道を朦朧と照らし出している。もしも月が雲に切り取られれば、たちまち森は完全な闇
に沈み、僕たちはその場から一歩だって動くことはできなくなってしまうだろう。

 その状況をぼんやりと幻視するにつけ、この鳥羽という少女の、僕に対する信頼という
ものがいかに絶大かということを思い知らされるような気になるのだった。あるいはそれ
は無知とも、無防備とも言い換えることができるのかもしれないが、僕にとってそれは些
細な違いでしかなかった。

 たとえどんな事態になったとしても、僕を信頼してくれるこの少女を、僕はいかなる犠
牲を払ってでも逃がしてやらなければならない。そこに違いはないのだから。

 しかしながら、そんな僕のささやかな覚悟は徒労に終わるようだった。

 いつの間にやら大きく開けた山道へと合流していたらしく、そしてその道は、僕にもよ
く見覚えのあるものだった。当然ながら、その先に待ち構えるY字の分かれ道に関しても、
記憶に新しい。なぜならつい最近、あの野生少年によって案内されたばかりなのだから。

 Y字路を『右』に曲がると、あの浮世離れした超越的なオブジェクトへと辿り着くはず
だが、もしかすると鳥羽は『左』に曲がろうとしているのかもしれない、と一瞬だけ不安
に感じた。あの時、あの少年はたしかに言っていた。絶対に、そちらへ進んではいけない
と。

 なので内心気が気ではなかったのだけれど、そんな僕の心配は呆気なく杞憂に終わる。
鳥羽は特に迷いもなく『右』の道へと進み、僕はホッと胸をなでおろした。

 そうして周囲から下等生物たちによる愛の合唱を浴びながら、生ぬるい風に背中を押さ
れるようにして『その場所』へと辿り着いた。

737 : [saga]:2014/07/29(火) 22:59:07.51 ID:Xeh8zK1+0



 半径一〇メートルを覆い尽くす、一切の生命を拒絶する荒廃の領域。

 大地へ突き立つ“墓標”の如き巨石を配したその場所は、やはり変わらずそこに在った。



 ジャリ、という音で我に返ると、すでに鳥羽はサークル状に広がる灰色の荒廃へと足を
踏み入れていた。当然、彼女と手を繋いでいる僕も引っ張られるようにして前へ進みそう
になる。

 ……が、その時。

「うわっ!?」

 鳥羽に引かれているのとは逆の、僕の右手が。なにかに引っ張られたのだった。

 あわてて振り返るが、しかしそこには誰もいない。……あれ、今たしかに、誰かに腕を
引っ張られたと思ったのに……気のせいだったのか?

「どうしたんですか?」

「いや……なんでもない」

 しかしそんなことを伝えて、鳥羽を不用意に怖がらせるわけにもいかない。たった今僕
を襲った出来事については伏せておくことにした。

 代わりに、気になったことを鳥羽に訊ねてみる。

「それよりも、この景色が……鳥羽さんが僕に見せたかったもの、なのかな?」

 すると鳥羽は、一瞬だけ目を逸らし、何かを言いかけて……けれどもやっぱりその言葉
を飲み込んで、俯いてしまった。その仕草には、僕も嫌というほどに覚えがある。それは
相手になにかを伝えようとして、しかし勇気が足りず口に出せなかったといった仕草だ。

 彼女が僕に見せたいものというのは、彼女がこれまでずっと、島民にさえもひた隠しに
してきた『秘密』なのだという話だ。それならば、それを告白するということがどれほど
勇気の必要なことか……それは僕自身も鳥羽に『秘密』を打ち明けた経験として、痛いほ
どに知っている。

 だからこそ僕は、鳥羽に対して言葉をかけることはしなかった。急かすこともせず、先
を促すようなこともせず、ただ待った。ここまで来て「やっぱり秘密をバラすのはやめま
す」なんて言い出したとしても、僕は怒ったりしない。笑って許して、「じゃあ帰ろうか」
と手を引いてこの場所を後にするだろう。

 そんな心積もりをして、揺らぐ鳥羽の瞳をまっすぐに見つめていると……その時、炯々
と輝く満月を、流れる雲が攫っていった。

 ほとんど完全な暗闇に包まれる“墓標”で、僕たちは繋いだ手に力を込めて、互いの存
在を確認し合う。

 そしてその時。


 すべてが頼りなく闇に沈む世界に、バサリ、という空気を叩くような音が響きわたった。


738 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2014/07/29(火) 23:04:32.74 ID:CA7KYGPU0

何が来たのかっ!?
739 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2014/07/30(水) 07:59:56.02 ID:7xvIn+Zk0
マントを翻した音かも知れんぞ
740 : [saga]:2014/07/30(水) 23:27:50.86 ID:Gcnsp8DD0


 その音は断続的に響きながらも徐々にこちらへと近づいてきて……やがて“墓標”の頂
点辺りへと収束する。

 月が再び顔を出し、墨に塗りつぶされたかのような地上を洗い流していく。天からのス
ポットライトが“墓標”に降り注いだとき、僕は思わず息を呑んだ。

 それは一瞬、正体がなんなのかを判じかねる存在だった。

 一言で単純明快に表現するならば、それは“鳥”だった。

 しかしその鳥はまるで自ら輝いているかのようで、なぜならその鳥の翼は、いや全身は、
そのすべてが純白だったのだ。白金色と言っても過言ではないかもしれない。

 驚く僕とは対照的な、どこか虚ろな眼差しの鳥羽が、静かな声音で説明してくれた。

「あれは逢神烏……。昔からこの島では『天の神の使い』って言われてたんだそうです」

「おうみカラス……? あれがカラスなの?」

 確かに言われてみれば、その大きさや身体的特徴から、カラスの面影を感じないでもな
かった。しかしその純白の体躯や、いっそ神々しいまでの厳かな立ち居振る舞いが、どう
しても両者を結び付けることを困難にさせているのだった。

 僕はその時ふと、あの野生少年がこの場所を訪れた際に漏らした言葉を思い出していた。

 彼はたしか、この場所で僕に何かを見せようとしていたのではなかったか? そしてそ
の何かの存在を見つけることができず、残念そうに帰ったのではなかったか。

 あの鳥が……逢神烏が、彼が僕に見せようとしていたものだったのかもしれない。

 逢神烏は僕たちをじっくりと睥睨するかのようにすると、やがて飛び立ち、再びどこか
へと姿を消してしまった。もしかすると、僕の体質のせいかもしれない。

 あの鳥が見えなくなってから、僕はそこで全身を強張らせていたことに気が付いた。あ
の言い知れない威圧感のようなものにあてられて、緊張してしまっていたらしい。

 あの威圧感の種類は、たとえば氷雨なんかの放つような現実的な脅威といったものでは
なく……そう、千光寺神社の神主が放つような底知れないものに酷似していた。

 ―――右腕が熱い。

 すると今まで僕の左手を握っていた鳥羽が手を離し、灰色の荒廃サークルの中へと足を
踏み入れていく。僕はその背中を追いかけることもできずに狼狽していると、鳥羽はこち
らに背中を向けたまま大きく深呼吸をして、

「篤実さん。ちょっとだけ、あっちを向いててもらってもいいですか?」

 コミュ障たる僕は「あっちってどっち?」と一瞬悩んでしまったが、文脈からして鳥羽
から目を背ければいいのだということに気が付いて、慌てて回れ右をした。

 ちょうどその時、再び満月は漆黒の手のひらに覆われ、地上を闇が支配した。……果た
して僕が目を背けた意味とは。

 そして僕はそこで、衝撃的な事実に気が付く。今までは鳥羽や“墓標”や鳥などに気を
取られて気が付かなかったが、先ほどまで森中を席巻していたはずの、生物たちによる発
情大合唱がすっかり止んでしまっているのだった。まるで示し合せたかのようにピッタリ
と、完全なる静寂。風や木々のざわめきさえもが息を潜めたその空間に、僕は言い知れな
い恐怖と心細さを覚え、背筋を凍らせた。

 すると背後から、なにやら衣擦れのような、まるで服を脱ぐかのような音が聞こえた。
そして、おそらくは衣服を地面に放り落とすかのような音も続く。健全な男子高校生とし
ては、そんな想像力を掻き立てるような音のおかげで内心穏やかではなかったのだけれど、
とにかく鳥羽の次なる言葉をひたすらに待った。

 目を開けているのか閉じているのかも曖昧な闇のなかで、僕と鳥羽は互いに言葉もなく、
しばし沈黙を貫いていた。それなりの距離もあるはずなのに、全ての色と音が沈んだ世界
では、鳥羽の気配が、息遣いが聞こえてくるかのようだった。

 そして実際に、すぅ、という息を吸い込む音が背後から聞こえて、僕はついにその時が
訪れたことを悟る。

「篤実さん……もう、いいですよ……」

741 : [saga]:2014/07/30(水) 23:34:46.86 ID:Gcnsp8DD0


 そんな震える声を聞き取った僕は、自分でもほとんど聞こえないような声量で恐る恐る
返事をすると、水面に波紋ひとつも起こさないような慎重さでゆっくりと振り返った。

 一寸先すらも闇に覆いつくされた空間で、けれども僕は気配を頼りに、見えざる彼女の
姿を見据える。

 やがて潮が引いていくかのように、漆黒に染まった僕の視界の右端から徐々に、世界が
彩られていく。

 そうしてやがて、僕のよく見知った少女を映し出すはずだ……

 そうと決めつけて考えていた僕は、直後に目撃した光景に言葉を失った。



 妖しいほどに強い月光が照らし出したのは、自ら光を発するかのような美しい“純白”。
いや、その輝きはいっそ白金色と表現するのがふさわしいとさえ思えた。

 腰まで届きそうな髪も、すらりと伸びた細い手足も、身に纏った薄手のワンピースも、
そのすべてが“純白”であり……けれども、さながら新品のシーツへと血を垂らしたかの
ように、彼女の双眸だけは、紅く、炯々と輝いていた。



「…………は?」

 先ほどまで僕と言葉を交わしていたはずの鳥羽は、どこへ行った?

 あの栗色カールとゴスロリが印象的な、全身真っ黒な少女は一体どこへ……?

 するとそこで僕は、目の前の白い少女の足元に落ちているものにようやく気がついた。

 それは、先ほどまで鳥羽が羽織っていた薄手の外套と、そして栗色の毛の塊だった。

 完全なる絶句。完全なる思考停止。



 黒く染まった森を切り取る灰色の中心。

 墓標と満月を背負う白い少女は、言葉を要することもなく、圧倒的に君臨していた。



「これが、私の見せたかったもの……“秘密”です、篤実さん」



742 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2014/07/31(木) 00:57:33.86 ID:TpuC/H+60
ふつくしい
743 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/07/31(木) 07:07:23.91 ID:R3LxCpzDO

この神秘はどこにどう繋がるのか?
744 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/07/31(木) 07:58:58.36 ID:Ucp8layoO
あぁ
ファンタジーになるのか
俺得
745 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2014/07/31(木) 21:20:49.02 ID:Cs3p64tH0
感想より設定を書いて欲しいと思ってる>>1が居るかも知れない?
746 : [saga]:2014/07/31(木) 23:59:29.14 ID:qtrxrgjb0



 その声は、柔らかな表情は、疑いようもなく鳥羽 聖その人だった。けれどもその事実
を、僕はまだ受け入れることができずにいた。この僕が、一度聞いた声を聞き違えるだな
んてことはありえないというのに……それでもやはり、目の前で起こった劇的な変貌が信
じ難かったのである。

「……鳥羽さん、なの……?」

 思わず口をついた言葉の間抜けさにも考えが回らず、僕はゆっくりと頷いた鳥羽を見つ
めて、ただただ呆然としていた。

 依然まったくもって状況を把握できずにいる僕のために、鳥羽は緊張を押し殺した声音
で言葉を紡ぐ。

「……産まれてきた私を見た家族は、それはもう驚いたらしいです。髪も肌も雪のように
真っ白で、瞳が紅くて……一歩間違えれば家庭崩壊の危機だったとも聞いています」

 何ひとつ音を立てない森に、鳥羽の自嘲気味な声だけが響き渡る。

「けど、私のお婆ちゃんはすぐに落ち着いて、私のことを不気味がるどころか、きっと逢
神烏様の現身だと言って有り難がったそうです。そうして『聖』という名前を付けたんだっ
て……昔、お婆ちゃんがこっそり教えてくれました」

 鳥羽は足元の栗色の毛の塊へと視線を落としながら、

「でも、他の島民たちがどんな反応をするのかはわかりませんでした。もしかしたら悪魔
の子だと噂されて、酷い目に遭わされるかもしれない……そう考えた両親は、助産婦をし
てくれたお婆ちゃんと口裏を合わせて、この異形を隠し通すことに決めました」

 鳥羽は怯えきったように卑屈な目で、まるで僕の顔色を窺うかのように見つめてくる。

「ウィッグや染毛剤でこの白い身体を誤魔化して、カラーコンタクトも入れて。それに陽
に当たるとすぐに肌が痛むから、真夏でも指先まで覆って、日傘を差して……」

 その時、僕の脳裏にこれまでの鳥羽との出来事が、違和感が、まるで電流のような衝撃
となって閃いたのだった。

 皮膚の露出を極端に避けるかのような、徹底した黒ずくめのゴスロリ衣装。外に出る時
にはいつでも手放さない日傘。それに……そうだ、僕が千光寺神社を訪れたときだって、
縁側からの日差しを避けるような位置に座っていたじゃないか。

 事情を知ってから鳥羽の言動を振り返ると、むしろ今までどうして気がつかなかったの
かとさえ感じてしまう。やけに念入りに風呂を覗くなと言ってきたのも、風呂場の排水溝
に大量の白髪が引っかかっていたのも、すべてこれが原因だったのだ。

 きっと僕が気付かなかっただけで、もっと多くのヒントが転がっていたのだろう。

747 : [saga]:2014/08/01(金) 00:09:08.15 ID:mrpGy4Kh0


「私は、逢神烏の生まれ変わりで……太陽神の遣いだから……、だからこんな姿で……」

 そう言って自分の真っ白な身体を抱きしめた鳥羽の声は、怯えるように震えていて……

 たしかに、情報の発達した本土でならともかく、こんな俗世と隔絶した閉鎖的な離島で、
こんな外見の子供がいたら……それこそ神か悪魔のような扱いを受ける可能性だって否め
なかっただろう。ただうまく人と喋れなかっただけの僕でさえ、何年にもわたって酷い仕
打ちを受け続けるほどに―――子供は残酷なのだ。

 鳥羽が今日まで奇矯なキャラクターを演じて人を寄せ付けなかったり、近しい友人を作
ろうとしなかったのも、なにかの拍子に秘密が露見することを恐れていたからなんだろう。

 僕はそんな、孤独で哀れな異形の少女に、努めて優しい声色で語りかける。

「もういいんだよ、鳥羽さん。そんな設定で、無理して自分を取り繕うことは……」

「違うっ!!」

 突如として声を荒げた鳥羽に、僕は気圧されて息を呑む。

 鳥羽自身も自分の声に驚いたように目を見開き、口を押さえて……けれどもそこで立ち
止まることもできず、まるで絞り出すかのような懸命さで言葉を紡いだ。

「わたっ……私は、天の現人神で……だから、人とは、みんなとは違う、特別な存在で……
そうじゃないといけないんです!」

「ど、どうして……」

 僕の問いかけに、鳥羽は紅い瞳を潤ませて、真っ白で整った相貌を幼ない子供のように
歪ませて、それでも必死に訴える。

「だって……、そうじゃないと……私が人とは違う、特別な存在じゃなかったら……」

 ついにその瞳から大粒の涙をこぼれさせながら、鳥羽は自分の真っ白な身体を抱きつつ、
消え入りそうな声で呟いた。



「こんなの……気持ち悪いじゃないですか……」



748 : [saga]:2014/08/01(金) 00:11:40.13 ID:mrpGy4Kh0
感想も設定をとても喜んでいるけれど、せっかく書いていただいた設定の回収速度があまりに遅いことに心を痛めてる>>1がいるかもしれません。
749 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/08/01(金) 05:29:05.87 ID:Sh7g0MHDO
こんなに(厨二成分込みで)可愛くて神々しい少女が悪魔だなどと言われる訳がない
と、言いたい所だけど、その美貌に嫉妬だのした奴なら言わないとも限らないのが何とも……

そして彼女のそれは、俺達が知る所のアルビノなのか、はたまた別の……
750 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage ]:2014/08/01(金) 09:15:49.78 ID:3y07W38+o
じゃああのカラスってホワイトタイガーみたいなもんなのかな?
751 : [saga]:2014/08/02(土) 00:26:20.05 ID:ZFpymNh00



 僕たち二人以外に動くものの無い、完全な静寂の中で……鳥羽の押し殺した嗚咽だけが、
夜の森に響いていた。

 次々とあふれ出す涙を、手のひらで拭うことしかできない鳥羽。

 ……結局のところ、そうなんだ。それだけなんだ。

 僕は最初、鳥羽の電波発言を聞いて、平凡な自分というものを受け入れられない痛い娘
が、自らを特別だと嘯いているのだとばかり思いこんでいた。

 けれど違う。むしろその逆で、鳥羽 聖という少女は、理不尽に特別であることを押し
付けられてしまった哀れな女の子だった。だからこそ彼女は、自分が特別であることに理
由が欲しかっただけなのだ。そうやって偽りの設定で自分を誤魔化すことで、どうにか自
分が特別であることに折り合いをつけて、受け入れようとしていたのだろう。

 本当は自分に超常の能力など備わっていないことを知りながら、それでもわずかな可能
性に縋るように、千光寺神社を訪れて“特別”に触れようとしたり、不思議な現象を引き
起こした僕に付きまとったり、あるいは、自分に言い聞かせるように多くの設定を自らに
課したりしていた。

 特別であることを願いながらも、同時に嫌ってもいた。そして人知を超越した“特別”
なんてものは存在しないことも本心では認めていた。だからこそ白い身体を覆い隠して、
彼女は平凡を装っていたのだろう。

 それはある意味で、僕が呪いの存在を信じずに手を汚して、それを隠しながらも平凡な
生活に身を隠してきたのと似通った部分があるようにも思われた。もっとも僕の場合は、
下劣で悪質で、救いようのないものだけれど。

 ジャリ、という音に、泣いていた鳥羽がハッと顔を上げた。灰色の荒廃に足を踏み入れ
て近寄る僕を、怯えや不安の入り混じった目で見上げている。まったく、そんな表情をし
ていたら、月明かりを眩しく反射する純白の髪も、宝石のように輝く紅い瞳も形無しだ。
そこにいるのは、僕もよく知る、鳥羽 聖という一人の女の子でしかない。

 やがて数メートルあった距離をゼロにした僕は、いまだにしゃくりをあげている小動物
のような鳥羽と、至近距離、真正面から対峙する。

 こんな時、赤穂さんのように相手を慮るような優しい言葉は思い浮かばない。笹川のよ
うにあっけらかんとした、肩の力を抜いてあげられるようなイケメンな対応もできない。
妙義や弥美乃のように、相手の心を見透かして思い通りに誘導するようなこともできない。

 僕こと久住篤実はどこまで行ってもコミュ障であり、結局のところ人を救うだなんて大
それたことはできやしないのだ。

752 : [saga]:2014/08/02(土) 00:30:33.45 ID:ZFpymNh00


 それでも僕は僕なりに、必死に頭を振り絞って言葉を探す。目の前で泣いている、僕と
違って何も悪いことをしていないのに理不尽な不幸を被った女の子に、少しでも勇気を与
えてあげられるような言葉を。

「……二万人に一人。うん、たしか、それくらいだったはずだよ。いつかテレビで見たん
だ」

「え……?」

 僕の切り出した言葉に、紅い目を丸くして固まってしまう鳥羽。しかし僕は構わず、懸
命に頭をフル回転させながら言葉を紡いでいく。

「鳥羽さんの、その身体的特徴。先天的に全身の色素が極端に不足しているせいで、毛髪
や皮膚が真っ白になったり、瞳の毛細血管が透けて赤く見えたりする……それをアルビノっ
て言うんだ」

「あるびの……?」

「なんだ、聞いたことくらいあると思ってたけど……。そういう身体的特徴を持って生ま
れてくる動物をアルビノって言って、人間のアルビノは二万人に一人とか言われてるらし
いよ。うろ覚えだけどね」

 僕は努めて気軽に、まるでなんでもないことのように言葉を並べていく。僕の記憶が正
しいかどうかなんて、この際重要ではないのだ。

「日本の人口は、一億七千万人くらいだっけ。単純計算で、一億七千万を二万で割ると……
うーんと、どれくらいかな……八五〇〇人くらいか」

「えっと……?」

 首を傾げて、頭上にクエスチョンマークでも浮かべそうな鳥羽に、僕は笑いかけながら
教えてあげた。

「つまり日本だけで見ても、鳥羽さんと同じ、全身真っ白な人は八五〇〇人はいるってこ
となんだよ」

「ええっ!?」

 これには鳥羽も驚いたようで、涙もしゃっくりもすっかり引っ込んでしまったらしい。

753 : [saga]:2014/08/02(土) 00:36:29.36 ID:ZFpymNh00


「世界の人口は六七億人だったかな。じゃあ……ざっと日本にいるアルビノの、四〇倍は
いるって計算になって……三四万人くらい?」

「さ、さんじゅうよんまんっ!? そ、それってどのくらいですか!?」

「うーん、わかりやすく言うと、東京ドームが五、六個くらい満席になっちゃう計算だね」

「ええええええええっ!?」

「全体から見ればそれでもかなり少ないけど……でも、世界では鳥羽さんと同じような境
遇で生まれている人も、たくさんいるんだよ。この島では、たまたま鳥羽さん一人だったっ
てだけでね」

 その言葉を聞いた鳥羽の目には、驚きや戸惑いの他に、たしかに力強いなにかが宿った
ような……そんな気がした。

 僕はこれを好機にと、一気に畳みかけるように言葉を紡いだ。

「僕なんかに言わせれば、髪も肌も、瞳も、こんなに綺麗なのが羨ましいくらいだよ。た
しかにこれなら、神の遣いっていうのも納得だね。まるで天使じゃないか」

「う、あ、そんな、綺麗とか、天使とか、そんな……あぅ」

 紅い目を泳がせて、赤らめた顔を両手で覆い隠す鳥羽。そうか、アルビノだから暗い場
所でも、頬の紅潮がよく見えていたのか。っていうかいつもと違う容姿である鳥羽の仕草
はどこか色っぽく見えてしまって、思わず恥ずかしい褒め方をしてしまった僕まで赤くなっ
てしまいそうになる。

「こんなに綺麗な鳥羽さんが気持ち悪いって? そんなこと言い出したら、本土でずっと
キモイ失せろ死ねと言われ続けてた僕なんか、どうしたらいいのさ」

「あ、篤実さんは、気持ち悪くなんかないです!」

「そう? よし、それじゃあ僕たち二人とも気持ち悪くないってことで、どうだろう?」

「……えへへ。それがいいと思います」

 陰鬱な雰囲気から一転して、僕たちはくすくすと笑い合うことができたのだった。

754 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2014/08/02(土) 00:53:38.11 ID:t2EISJBz0
うーん。青春してるね〜
755 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/08/02(土) 11:22:38.89 ID:Bb6kTQNyO
かわえー
756 : [saga]:2014/08/02(土) 22:36:30.73 ID:ZFpymNh00



 それから、秘密を打ち明けたことですっかり肩の荷が下りた様子の鳥羽は、とても人懐っ
こく、さぁ構ってくれとでも言わんばかりに小動物のごとくまとわりついてきた。その様
子はさながら尻尾をはげしく振る子犬のようで、もしも我が親友であるひかりのおかげで
“可愛い生き物耐性”がついていなかったら、あっさりと惚れてしまっていたかもしれな
い。危ない危ない……

 この島の島民たちはパーソナル・エリアが異様に開放的なので勘違いしそうになるが、
これは純真無垢ゆえに警戒心が薄いだけなので要注意である。きっと僕に対するみんなの
好感度を十段階で評価したら、せいぜい二とか三くらいが関の山だろう。なにそれ泣ける。

 けれどそんなゴミのような僕でも、こうして鳥羽をわずかに勇気づけるという役目は果
たすことができたようだ。今はその結果だけで、満足しておくとしよう。

 用事が終わったのなら、こんな不気味な空間にいつまでも留まるだなんて御免だ。僕は
まとわりついてくる鳥羽に目をやって、

「それじゃあ、そろそろ帰ろうか」

 そう言いつつ踵を返し、灰色の荒廃を後にしようとした―――その時。

 視界が白く明滅し、続いて脳髄が痺れるほどの耳鳴りが僕を襲った。膝から力が抜けて、
たまらずその場に崩れ落ちてしまう。小学生の頃、風呂上がりに貧血で倒れたことがあっ
たけれど、それと非常に似通った症状のように思われた。

 砂利に手をついてどうにか持ちこたえようとしながら、辛うじて背後の鳥羽を振り返る。
すると彼女も僕と同じような状態に陥っているらしく、頭を押さえながら苦悶の表情を浮
かべていた。

 これは一体、何が起こっているんだ……?

 この異常事態をどうにかしなければ、と考える暇もなく、僕と鳥羽は身体を支えること
もできなくなって、無様に地面へと転がってしまった。手足の感覚もほとんどなくなり、
身動きを取ることさえできない。砂利が頬に食い込む感覚さえも、どこか他人事のように
感じて……

「ぐっ……く、そ……」

 それでも体中の細胞から余力をかき集めるような必死さを発揮した僕にできたこととい
えば、せいぜい意識を失いかけている鳥羽に手を伸ばし、その小さな白い手を握ってやる
くらいのことだった。

 やがて、世界が強引に遠ざけられていくような感覚がすべてを押し流し……


 そうして僕は緩やかに、意識を手放したのだった。


757 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/08/02(土) 23:23:10.20 ID:tvCb4PJDO
千光寺くん、痛恨の勘違い〜!
今頃慌ててももう遅いぞー。さて一体どうするのかぁ〜っ、どうなるのかな〜っ!?
758 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2014/08/03(日) 04:41:43.78 ID:D9ytEQd30

遂に、何かファンタジー的な事が開始されてしまうのか?
759 : [saga]:2014/08/04(月) 00:07:20.22 ID:zg3vgWvl0



 まるで水底に沈んでいるような浮遊感だった。

 それは全身の気だるさや、意識の混濁、そしてなにより、水上から聞こえてくるように
遠くぼんやりとくぐもった、聞き覚えのある声のせいだったかもしれない。

「……篤……さん…………目……まし……て……」

 やがてその声が鮮明に、かつ間近に感じられるようになるにつけ、僕の意識は急速に覚
醒へと向かい、浮上していく。

 ほとんど無意識にまぶたを持ち上げると、すぐ目の前には純白の髪と肌をした女の子が
紅い瞳を滲ませて、覆いかぶさるように僕のことを覗きこんでいるのが見えた。

「篤実さんっ! よかった……!」

 そう言って安堵の声を浮かべる鳥羽の顔をしばらく眺めていた僕だったけれど、彼女の
背後に見える“墓標”と、背中に感じるゴツゴツとした砂利の感触を知覚すると、ハッと
なってすぐに身体を起こす。

 そうだ、僕と鳥羽は貧血で意識を失って、それから……

 僕は月の位置で、僕たちが気を失ってからどれくらいの時間が経過したのかを知ろうと
空を見上げる。そして視界に入ってきたその光景に、思わず息を呑むのだった。

「月が……赤い……!?」

 そう、まるで熱した鉄のように赤く輝く満月が、僕たちを真上から照らしていた。当然
ながら僕の身体や森の景色も赤みがかった色彩に染まっており、元々が真っ白な鳥羽に至っ
ては、全身がピンク色になってしまっていた。でもこれはこれで可愛いから困る。

 月の位置はほとんど変わっておらず、僕たちが気絶していたのはせいぜい数分といった
ところか。そのあいだに、いったいなにが起こったというのだろう……。

「篤実さん、これ、どうなってるんですか……? もしかして“機関”の攻撃ですか!?」

「キミはこんな状況でもまったくブレないんだね、鳥羽さん。ある意味で尊敬するよ……」

 天然さんなアルビノ少女はさておいて、僕はゆっくりと立ち上がる。手足にやや気だる
さが残ってはいるものの、動き回るのに不自由はなさそうだ。

 僕はズボンについた砂利を払いながら、

「……太陽だって、夕方になったら赤くなるでしょ? だから月もときどき、こうやって
赤くなるんだよ。珍しいことだから、びっくりしちゃうのはわかるけどね」

「そ、そうなんですか……?」

「うん、怖いことなんかじゃないよ。だから鳥羽さん、僕の右手の血管が破裂する前に、
その強く握った手を緩めてくれると嬉しいな……」

「あっ……!」

 太陽と月に続き、天の現人神のほっぺも赤く染まるのだった。

760 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/08/04(月) 07:35:25.87 ID:7w/HVXcdO
かわええなあもう
761 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [saga sage]:2014/08/04(月) 13:11:42.37 ID:Gwf6lfFt0
「月もこんなに紅いから…………本気で殺すわよ」
762 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2014/08/04(月) 22:52:19.21 ID:wT7OwIzk0
全身ピンクって、何か妖精とかみたいだな
763 : [saga]:2014/08/04(月) 23:59:45.71 ID:zg3vgWvl0


 ……けれど実際のところ、月が赤く見えるというのは、たしか夕陽と同じ原理だったは
ずだ。つまりは月が地平線に近いところにあるときに起こる現象。それなのに、今僕たち
を照らしている満月は、かなり高い位置にあった。これは、とても不気味なことで……

 しかしそんなことを口に出せば、鳥羽を無意味に怖がらせてしまうことになるだろう。
だから僕はその事実については言及を控えて、話題を強引に変えることにした。

「そういえばさ、鳥羽さんの秘密はわかったけど……どうして今日の夜、しかもこの場所
で教えてくれたのかな?」

「それは……その、まずは逢神烏を見てもらいたくって……あれを見てもらってから秘密
を打ち明けたほうが、篤実さんに受け入れてもらえる可能性が、すこしでも高くなるかもっ
て思って……」

「あのアルビノカラスは、よくここに出没するの?」

「はい。基本的には夜に現れるみたいなんですけど、たまに早朝とか、夕方に来たりもし
ます。私がこの場所に来ると、まるで様子を見に来るみたいに……」

 そうか、きっと三朝くんはこの場所で、あのカラスに出会ったことがあったんだ。それ
で僕にも見せてやろうとしたのだけれど、生憎あの時は、まだ昼間だったから現れなかっ
たと……。もしかしてこの“墓標”は、あのカラスの縄張りだったりするのだろうか?

「この場所は、まだ誰にも教えたことないんですよ? 篤実さんが初めてなんです」

「そ、そうなんだ……」

「二人だけの秘密、です。えへへっ」

 そんなことを言ってのけた鳥羽は、照れくさそうに頬を染めてはにかみながら、後ろ手
にもじもじするのだった。この仕草を弥美乃と違って天然でやってるっていうんだから、
なおさら始末に負えない。おそろしい子!

 そして僕は、すでに他のクラスメイトによってこの場所を案内されていたという事実は
黙っておくことにした。だってそんなこと言ったら泣いちゃいそうなんだもの、この子……

 肝心なところで詰めが甘いところも、じつに彼女らしいのだった。

764 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2014/08/05(火) 00:06:05.54 ID:NDvqz+tK0
今の所変化はないか。その方が良いんだけどね
765 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/08/05(火) 05:10:56.47 ID:2qzaPtDDO
乙!
実際、逢神烏とキヨミンの関連性ってどれくらいなんだろうな
766 : [saga]:2014/08/06(水) 00:42:21.93 ID:qvBaOZrH0



 さて、どうやら鳥羽の告白も終わったみたいだし、そろそろこの場所を後にするとしよ
う。娘の帰りが遅いと、鳥羽のお母さんも心配しちゃうだろうしな。

 僕は鳥羽にあらためて向き直ると、

「鳥羽さんの秘密……教えてくれて、ありがとね」

「ぅあ、えと、はいっ! こ、こちらこそっ!」

 わたわたしながら返事をする鳥羽。僕はそんなおかしな反応に苦笑しつつも、

「でもきっと、みんなに打ち明けたとしても受け入れてもらえると思うけどなぁ」

 なんて試しに言ってみる。するとさすがに鳥羽は表情を強張らせて、

「……みんな、良い人たちだから……そうかもしれません」

「それなら……」

「でもやっぱり、その……私と篤実さんの、二人だけの、秘密にしてくれませんか……?」

 辛そうに目を伏せる鳥羽の表情に、僕の心が罪悪感で満たされる。他人である僕が踏み
込んでいい領域を、ややオーバーしてしまったようだ。反省。

「そっか……うん、わかった。無理強いするつもりはないんだ。ちょっと言ってみただけ」

 そう言いながら、僕は地面に投げ出された薄くて黒い外套と、それから茶色い毛の塊を
拾い上げて、鳥羽に差し出す。

「さあ、もう遅いし、帰ろっか」

「はいっ!」

 鳥羽は素早く白い髪をまとめると、僕の手から受け取ったウィッグを慣れた手つきで装
着する。それから漆黒の外套をバサリと羽織り、取り出したカラコンを目に入れれば……
そこには栗色ロングヘアーに黒装束の、僕も見慣れたいつもの鳥羽 聖が現れたのだった。

 鳥羽は真っ白な顔を不敵に歪めると、

「くくく……盟約によって、我が真なる姿を見たからには、貴方はもう私から逃れること
はできないわ」

「あ、それは続けるんだ……」

「あら、何を言っているのかしら? この姿もまた、私の今世における現身の一つ。我が
顕現の一形態なのだからね……くすくす」

 どうやら鳥羽はいつもの調子を取り戻したらしく、今日も今日とて電波の受信感度は良
好らしかった。

 やれやれ、と肩をすくめて歩き出そうとした僕だったけれど、そこで不意に、服を引っ
張られるような感覚があった。振り返るとそこには、僕の裾をちょこんと摘まむようにし
て引っ張る、上目づかいな鳥羽の姿があって……



「か、家族も同然の“眷属”だから……篤実さんだから、私の秘密を打ち明けたんです!
そのことの意味、ちゃんと、考えてくださいねっ……!」



 …………ごふっ!?(吐血)

 い、いつもの電波モードに突入したと見せかけての、まさかの不意打ち……!

 どうやら鳥羽 聖という少女もまた、一筋縄ではいかない手ごわい子であると……認識
を改める必要があるようだった。


767 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/08/06(水) 00:57:41.95 ID:ndOW/DJDO
乙!
なんかボスキャラみたいな言い草ww
768 : [saga]:2014/08/07(木) 02:41:07.63 ID:KyAn5g+h0



 “墓標”を後にした僕たちは、鳥羽の家へと向かうべく、元来た道を遡っていた。

 鳥羽は気がついていないようだけれど、赤い月に照らされた森は不気味なほど静まり返っ
ていて、“墓標”へ至るまでにイヤというほど聞かされた虫たちの求愛大合唱もすっかり
なりを潜めていた。まるでこの世界には、僕と鳥羽だけしか存在しないかのように……

 そしてもう一つ気がかりなのが、あの灰色の荒廃で目を覚ましてからというものの、頭
の芯に靄がかかっているような、軽い酩酊状態のような感覚がまとわりついていることだっ
た。夢見心地、という言葉がこれほどしっくりくる状況は初めてだ。

 あるいは本当に夢の中なのではないかと、口の内側を奥歯で噛んでみる。が、その痛み
さえも他人事のように現実味のない感覚でしかなく、その行動はまったくもって意味をな
さなかった。

 少し遅れて僕の後をついてくる鳥羽を、ふと振り返る。彼女も彼女なりに、なにか違和
感を感じているのではないかと思ってのことだったのだけれど、僕と目が合った鳥羽は、

「あっ、い、今の、聞こえちゃいましたか……!? べ、べつにおなかがすいてるとか、
そういうわけじゃないんですよ……!?」

 とかなんとか、よくわからないことをのたまっていた。もはや僕一人で変に気を張って
いたのが馬鹿らしく思えてしまい、思わず苦笑を浮かべてしまう。

 するとやがて、僕たちの視線の先にY字路が現れる。こっちへ向かう時にも通った道で、
たしか三朝くんは熱心に『左』に行ってはならないと忠告していた。“墓標”へ向かう時
から見て『左』なので、“墓標”からの帰りでは『右』に行ってはならないことになる。

 念のために鳥羽を振り返るけれど、彼女は特に悩むこともなく『左』へと向かうようだっ
た。僕もそれに続こうと足を踏み出して……

 そこでふと、なにかに引っ掛かりを覚えた。

 なにに対しての違和感かはわからない。ただなんとなくとしか言いようがない。けれど
なんでか、僕にはこの道が、まるで初めて通った道のように思えたのだった。

 しかしそれは、行きと帰りでは風景も違うだろうし、以前に三朝少年と通ったときは昼
下がりだったため、景色の印象が違うのだということも考えられる。

 だからそんな深く気にするようなことはないはずだ……と、僕はそう結論してしまった。

 僕はここで、もっとよく考えるべきだった。

 そうすればもしかしたら、僕はなにも失わずに済んだのかもしれないのだから。


769 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/08/07(木) 05:43:27.15 ID:B0qgc1LDO
え、ちょっと……!?
770 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/08/07(木) 09:16:08.55 ID:YKNDyQYNo
えぇ!?
ここでか
忘れてたよそのフラグ……
771 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2014/08/07(木) 22:17:55.51 ID:JG82eSrc0
多分、物理的に何かを失う訳ではないんだろうな
772 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage ]:2014/08/07(木) 22:57:02.04 ID:0jMbqsXto
童貞
773 : [saga]:2014/08/07(木) 23:46:24.89 ID:KyAn5g+h0



 生き物の気配がまったく無い森を、僕と鳥羽は黙々と進んでいく。僕の体感時間では、
およそ10分くらいは歩いただろうか。

 そのあいだも僕は油断なく周囲を見渡していたのだけれど、やはりこの道にはどうして
も違和感を覚えてしまうのだった。

 ……これはもう、気のせいで済ませてしまえる段階を越えてしまっている気がする。

 とうとう我慢できずに、僕は足を止めて振り返り、鳥羽に意見を仰いでみることにした。

「ねぇ鳥羽さん。本当にこっちの道で合ってたのかな? なんだかおかしいと思わない?」

「そう……ですね。私もちょっと……おかしいような気がします」

 やっぱり鳥羽も違和感を感じていたらしい。彼女は不安そうに周囲を見回して、

「何回かこの道は通っているんですけど、こんな景色じゃなかったように思いますし……
それに、そろそろ獣道みたいなところに入っててもいいはずなのに……」

「うん……でもここまで一本道だったし、道を間違えるとしたら、あのY字路しかないは
ずだよね? だけどあそこは『左』で合ってるはずなのに……」

 そう言いながら、僕はたった今歩いていた道の先へと視線をやる。薄暗くてよくわから
ないが、どうやら道はまだまだ続いているようだ。

 僕たちは迷っているのか、それとも迷っていないのか。その段階からわからないのでは、
今後の方針も決めようがない。僕はこめかみを揉みながら、しばし黙考して、

「……もう少しだけ、進んでみよう。それで道が違っていたら、あのY字路まで戻って、
今度は『右』に進む……それでいいかな?」

「は、はい!」

 僕らは軽く頷きあって、再び歩き始める。無事に町まで帰れるのかという不安感のため
か、鳥羽は僕の裾を軽く摘まんで、若干歩きづらいくらいに寄り添ってくる。そんな仕草
をされてしまうと、年上の男として庇護欲を刺激されてしまうというものである。やだ、
僕ってミジンコより単純……


774 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2014/08/08(金) 00:49:52.79 ID:UpPAgiSt0

未来や如何に
775 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/08/08(金) 05:16:25.75 ID:zFT5JCrDO
こちらでは、“右”の方が安全だったりするんだろうかね?
776 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2014/08/08(金) 20:51:40.06 ID:3QgA7p+K0
うえーん恐いよー!
777 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage ]:2014/08/08(金) 22:30:44.74 ID:/dmGwV7Do
雲魔物宣告者とか何で組んだんだろう俺
778 : [saga]:2014/08/08(金) 23:14:57.88 ID:JSHufCVk0



 それから僕たちは決定した方針に従い、しばらく道を進み続けた。けれどどこまで進ん
でも道は途切れず、このまま永遠に続いているのではないか……などという妄想に囚われ
そうになる思考を、頭から追い出すのに苦労させられた。

 どこまで続くのかわからない赤い森に焦れた僕が、いよいよ引き返そうかと思い始めた、
その時……

「あ、あれって……!」

「!!」

 鳥羽が指さした道の先には暗がりがわだかまっていて、さらにその向こうには、どうや
ら拓けた空間が広がっているようだった。

「行ってみよう!」

「はいっ!」

 僕たちは希望を胸に、すっかり疲労しきった足に喝を入れて小走りで道を進む。そして
その先に見えた景色は……

「……あれ?」

 そこは、やや小高い丘のような場所だった。前方、というより下方は様々な種類の植物
が群生する幻想的な場所で、その向こうには緩やかな山肌がむき出しとなっている。

 僕たちの立っている場所は高い位置にあるため見晴らしがきくが、向こうからでは茂み
や木々が邪魔でこちらへの道を発見することは難しいだろう。

 だから、“あの時の僕たち”は気づかなかったのだ。

「ここ……多分、僕は来たことがあるよ」

「えっ! ほ、ほんとですか!?」

 鳥羽が思わず、感極まった大声をあげる。そんなに喜ばれると、見間違いだったらどう
しようかと不安になってしまうが、おそらくその心配はない。こんな場所が、そうそうい
くつもあるとも思えないしな。

779 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/08/09(土) 06:47:19.89 ID:2NO7vbaDO
あれ?俺には覚えが無い……読み返さなきゃダメか
780 : [saga]:2014/08/09(土) 15:15:33.96 ID:eoGTufag0


「うん。僕の妹たち……雫と霞に連れられて、ここへ来たことがあるんだ。ほら、あそこ
の山肌に洞窟があるでしょ? あの中はすごく不思議な空間になっててさ」

「それじゃあ、帰り道もわかるってことですよねっ!?」

「あ、あんまり自信はないけど……きっと大丈夫。それに島の人たちに案内してもらった
場所は、なるべくスマホの地図アプリでピン留めしてるから…………ああっ!!」

 僕は自分の愚かさと間抜けさに心底呆れかえりながら、胸ポケットへと手を伸ばす。

「そうだ、そうだよ! そもそも地図アプリを使えば迷うことなんてないじゃないか! 
さっき鳥羽さんといた場所だって、こないだ三朝くんに案内してもらった時に……」

「えっ」

「あっ」

 僕と鳥羽は互いに目を見開いて、ゆっくりと顔を見合わせる。僕の顔には焦燥と困惑が、
鳥羽の顔には驚愕と羞恥が張り付いていた。

「あ、篤実さん……あの場所、知ってたん、です、か……?」

「え、あ、えっと、その…………うん」

 僕が脂汗をかきながら目を逸らしつつ返事をすると、顔を真っ赤にした鳥羽が、怒りと
も悲しみともつかない絶妙な表情で口をパクパクさせて、

「ふ、ふたりだけの……ふたりだけの秘密の場所、だったのにぃぃ……!!」

 見る見るうちに、その大きな瞳に大粒の涙があふれかえる。彼女がカラーコンタクトを
していると知った今となっては、うっかり涙で取れやしないかと心配になってしまう。

 ……いや、そんな心配はさておき。

「ご、ごめん! でも三朝くんは森とか山を歩き回ってるから、いろんなところを知って
ても仕方ないよ!」

「うぅぅ〜……!」

「そうだ、今度二人でどこか探検しよう! 二人だけの秘密の場所は、その時に見つけれ
ばいいんじゃないかなっ!?」

 僕の浅はかな申し出を聞いた鳥羽は、その提案を吟味しているのか一拍ほど沈黙して、

「……そう、ですね。えへへ、そういうのって、わくわくしちゃいますねっ!」

 どうやらこの案は姫様のお気に召されたようで、溜飲を下げてくれたようだ。

 ……まぁ、今日みたいなイレギュラーじゃないかぎり、彼女が僕のような産廃生命体と
いっしょに出かけたいと思うようなことはないだろうから、結局はそんな場所を見つける
機会は二度とないだろうけれど。

 鳥羽が僕にこんなにも懐いているのは、他に秘密を打ち明けられる人がいないが故の、
いわば消去法的な理由だ。逆に言えば、彼女が僕に懐いているあいだは、彼女が精神的な
抑圧によって苦しんでいるのだと言える。

 僕の当面の目標は、鳥羽が僕に興味を示さなくなるまで、彼女の人間関係を補助してあ
げることなのだ。


781 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/08/09(土) 15:23:50.50 ID:2NO7vbaDO
探検……出来る体が残ってると良いね?
782 : [saga]:2014/08/10(日) 22:09:38.67 ID:qNLgGdM/0


 ……とまぁ、そんなことはさておき。

「さすがにここは圏外だろうけど、地図アプリは起動できるはず……」

 そう言いながらスマホを操作しようとしていた僕は、そこで驚くべきものを目撃する。

「…………に、二時!? 深夜二時だって!?」

 スマホの時刻表示によると、現在の時刻は午前二時十八分。僕たちが鳥羽の家を出てか
ら、ゆうに六時間近くも経っている計算になる。いくら道に迷ったといっても、こんな時
間になっているはずがない。ということは、僕たちはあの“墓標”で何時間も気絶してい
たとでもいうのだろうか?

 月を見上げる。が、血のように赤く染まる満月は変わらずそこに在り、先刻から微動だ
にしていないように思われる。二時なら、もっと西空に沈んでいてもおかしくはないはず
なのに……

 見れば、鳥羽は今にも泣きだしそうな表情を浮かべている。僕の取り乱した様子に同調
して、鳥羽にまでパニックが伝染してしまったらしい。男として、こんなことではいけな
い。僕はすぐに気を引き締めて、なるべく平静を装いつつ鳥羽に語りかけた。

「あはは……結構、長いこと寝ちゃってたみたいだね。鳥羽さんのお母さんも心配してる
だろうし、すぐに帰ろう」

 そう言って、僕はすぐに地図アプリを起動する。やや充電が不十分だが、森から脱出す
るくらいまではもってくれるだろう。気合を見せろ、僕のスマホ!

 地図アプリで、まずは僕たちの住む町を表示する。そこからズームアウトしていき、さ
きほど僕たちが訪れた“墓標”の位置を確認。さすがに森の中の道までは表示されないが、
かなり大雑把にならルートを把握することはできる。

 しかしここで、僕はおかしな事実に気がついた。

「……あれ? どうして僕たちが、あの洞窟に辿り着くんだ……?」

「どうしたんですか?」

 僕の漏らした言葉に反応して、鳥羽がちょこちょこと僕の隣に駆けよって、いっしょに
スマホを覗き込む。僕ももう一度自分の中で整理をする意味で、鳥羽に説明してあげるこ
とにした。

「まず、ここが僕たちの町。それで、ここがさっきの大きな岩の場所」

 僕は地図上の二点を軽く指し示してから、

「そして、ここがおそらく現在地。ここのマークが、あそこに見える洞窟を示してるんだ。
なにかおかしいと思わない?」

 僕の問いに、しばらくうんうんと唸っていた鳥羽だったけれど、やがて「あれ?」と首
を傾げて、

「さっきの道は『左』に曲がったはずなのに、この地図だと『右』に曲がらないと、ここ
には来れないんじゃないですか?」

 そう、その通りなのだ。地図によると、“墓標”から町へ向かう途中で『右』に曲がら
ないと、洞窟にはたどり着けないはず。それなのに僕たちは『左』へ曲がって、ここへと
辿り着いた。

 考えられる可能性は、ここが妹たちに案内されたのとは違う洞窟か、もしくはここまで
の道がほんの少しずつ曲がっていて、気がつかないうちにUターンしてしまっていたか。


 ―――あるいは、この島全体が……まるで鏡のように左右反転してしまったか。


783 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage ]:2014/08/10(日) 22:37:08.51 ID:jVC6Wiouo
お?鏡の世界か?それともペルソナが出(ry
784 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2014/08/11(月) 00:34:46.27 ID:78KkUG7w0
二時ね、いよいよもってヤバげな時間になってきたんじゃないかな
785 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/08/11(月) 11:36:41.87 ID:yKLhd10KO

面白いよ
786 : [saga]:2014/08/11(月) 23:48:44.40 ID:chBW0Vbj0



「現実的に考えたら、あの洞窟が、僕の知ってる洞窟じゃないって可能性が高いか……。
あの中はかなり特徴的な光景だから、僕が入って確かめてくるよ」

「わ、私も行きます……!」

「だめだよ。懐中電灯もないし、入口のあたりは真っ暗だから危険なんだ。だから鳥羽さ
んは、外で待っててくれないかな」

「う……は、はい……」

 かなり不服そうではあるものの、どうにか鳥羽の了承を取り付けることはできた。もし
も真っ暗な洞窟の中へ鳥羽を連れて行ってしまったら、きっと大変なことになるはずだ。

 たとえば鳥羽が足を滑らせたりしようものなら、きっとすぐ近くにいる僕に抱き付くよ
うな形になったりして、でも真っ暗だから上手く受け止めることができずに不可抗力で、
いろんな柔らかいところに触ってしまったり……あれ? メリットしか無くね?

 しかし、今さらになってやっぱりついて来てくれだなんて言うわけにもいかない……。
僕は泣く泣く諦めることにして、さて洞窟へ向かおうかと足を踏み出した……その時。

 本日二度目となる、僕の右腕が何者かに掴まれる感覚に襲われた。

 ごく稀にではあるが、肩の筋肉が不随意運動を起こして、まるで誰かに肩を叩かれたか
のような錯覚を生じることがある。医療用語でミオクロニーと呼ぶらしいけれど……

 僕は自分の右腕に起こっている異変を、筋肉の収縮かなにかによる錯覚なのだというこ
とにして半ば折り合いをつけているところがあった。だからこそ慌てふためいたりするよ
うなこともなく、せいぜい医療関係者であるひかりのご両親に診察でもしてもらおうかと
検討する程度にしか、気にはしていなかったのだ。

 だからこそ。



 なにげなく振り返ったその場所に、僕の右腕を握る“ソレ”がいることを知覚した瞬間。
まるで僕の思考回路は焼き切れたかのように断絶し、一瞬、完全に意識を手放してしまっ
たのである。


787 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2014/08/12(火) 01:24:13.54 ID:Z2HxXDm/0
封印が解けられる……?
788 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/08/12(火) 01:29:06.89 ID:hie8XzZDO

いや、多分乗っ取りの方だろう……烏羽さんには無事でいてほしいものだが
789 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage ]:2014/08/12(火) 08:39:01.90 ID:QbmDSnTVo
何?スタンド?
790 : [saga]:2014/08/12(火) 23:15:18.14 ID:XK9zKh3G0



「―――えっ」

 辛うじて引きつった声を発した僕と、口をぽかんと開けて放心する鳥羽。

 そんな僕たちの間に突如出現した“ソレ”は―――



 誰あろう、我らが学校の委員長である、赤穂 美崎だった。



 いつもは白かピンク系統のチュニックなどを好む彼女が、なぜだか現在は黒の着物……
それも、いわゆる喪服とされる格好に身を包んでいた。

 相も変わらぬお嬢様然とした雰囲気はそのままに、けれども青みがかった黒髪は赤い月
明かりに照らされて印象を変えている。

 十人に問えば十人が美少女と答えるであろう整った顔立ちには、普段のおっとりとした
表情は見る影もない。なにやら不機嫌そうな、ともすれば威圧感さえ感じるような目つき
をしているのだった。

 一瞬、赤穂さんの瞳に赤い眼光が宿ったようにも見えたが……それはきっと月明かりに
よる錯覚なのだろうと、僕は深く考えることもなく結論する。

 そこまで観察して、僕はようやく自分の右腕に込められた、彼女の握力と体温を改めて
知覚した。

「あ、赤穂、さん……?」

 鋭い目つきの彼女に、僕は恐る恐る声をかける。すると喪服を身に纏った赤穂さんは、
僕の腕を強引に引き寄せて、ほとんど唇同士が触れそうな距離で、低い声を発する。

「自業自得。何度も何度も警告したのに」

 普段の、羽毛で包み込むような優しい声色とは全く違う、突き放すような冷たい声色。
というか……警告? 警告ってなんのことだ……?

 僕がいろんな意味で混乱しているうちに、赤穂さんは僕と鳥羽を鋭い視線で射抜きつつ、

「元来た道を引き返して。あの役立たずのカラスがいた、あそこまで」

「や、役立たずのカラス……? カラスって、逢神烏のこと?」

「そう。急いで」

 それだけ言うと、赤穂さんは僕の背中を乱暴に突き飛ばす。相変わらずな凄まじい腕力
のようで、僕はそれだけで数歩よろめいてしまった。

 不安げな表情の鳥羽に支えられながら振り返ると、赤穂さんは例の洞窟の方を、微動だ
にもせず、ただジッと見つめていた。

 なにもかもが説明不足で、まったくもってついて行けない。ここはどこなのか、今は本
当に夜中の丑三つ時なのか、あの月はなんなのか、あの洞窟になにかあるのか、“墓標”
に辿り着いたらなにがあるのか、どうして赤穂さんはこんな場所にいるのか……

 疑問が多すぎてどれから質問したものかと悩んでいると、そこでふと、木々の葉擦れの
音にまぎれて、鬱蒼とした深い森の奥からなにかの音が近づいてきてることに気がついた。

 僕の耳がおかしくなっていなければ、これはおそらく……

「これって……もしかして、獣の唸り声……!?」


791 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2014/08/13(水) 01:00:02.41 ID:jIoI/uKF0
赤穂「妖怪キャラ被りが……!人の姿を真似して、一体何のつもりですか?」
792 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/08/13(水) 06:58:49.35 ID:1n85ZVNDO
赤穂さん?「ふん。この地で一番効きそうなのがこの姿だったのでな。まっこと不本意ながら借りたまでの事だ」
793 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2014/08/13(水) 21:19:36.76 ID:kkpb6CBj0
役立たずと言われた烏「情報を生きて持ち帰る。それこそが私の使命(アンタが怖くて見てるのがやっとだったなんて言えない)」
794 : [saga]:2014/08/13(水) 22:13:49.51 ID:+4RLvwE70



 僕の言葉に、背後の鳥羽が息を呑むのが伝わってくる。こんな森の奥に住む獣の正体は
なんなのかということに必死で考えを巡らせていると、ふと、いつか三朝くんに島を案内
してもらっているときに教わったことを思い出した。

「そ、そうだ! この島にいる最大の肉食動物は、ヒャッケイイタチっていうオコジョの
仲間なんでしょ!? だから野犬とか熊みたいな物騒な獣が出るわけないよ!」

 僕のそんな言葉に、傍らの鳥羽は少しだけ緊張を解いたようだった。しかしそんな気休
めを嘲笑うかのように、

「そうかな。少なくとも小型動物とか草食動物が、こんな獰猛な唸り声をあげて獲物を包
囲するとは思えないんだけど」

 不機嫌そうな赤穂さんが、僕の楽観論をバッサリと斬り捨てる。デ、デスヨネー!

 そうこうしているうちにも唸り声はどんどん数を増してゆき、茂みの向こう側の獣たち
によって完全に包囲されてしまったようだった。

 僕は鳥羽の手を引いて、彼女を僕と赤穂さんの間に移動させながら、

「この唸り声って、『わーいお兄ちゃんたち遊ぼうよー』とか言ってたりしないかな!?」

「どうだろう。私にはどうも、『消えよ人間ども』っていう唸り声に聞こえるんだけど」

 そんな赤穂さんの言葉を皮切りとするかのように、僕たちの近くの茂みが一際激しく音
を立てると、そこからなにか黒い影が飛び出してきた。

 一瞬のことだったのでよくは見えなかったけれど、シルエットは大型犬のように見えた。
しかしその全身は不自然なほどに真っ黒で……そしてさらに不気味なのが、まるで僕の目
がソレに焦点を合わせることを拒否しているかのように、はっきりと視認することができ
ないのだった。

 そんな大型犬(推定)は、まっすぐに僕たちの中心……つまり鳥羽を目がけて飛び込ん
でくる。その瞬間、あまりの恐怖で立ちすくみそうになった僕の耳に、鳥羽の甲高い悲鳴
が飛び込んできた。

「―――鳥羽っ!!」

 それを聞いた瞬間、僕はほとんど反射的に鳥羽の前に立ち塞がっていた。それはなんと
も格好悪いことに、身を守ったり反撃したりといった構えなんて微塵もない、ただ身体を
割り込ませただけの滑稽な棒立ちである。

 走馬灯のごとくスローモーションで流れていく視界の中で、ゆっくりと僕に迫る、焦点
の合わない獣の影。それが僕の身体に食らいつこうとした瞬間―――



「消えるのはお前だ」



 信じがたい速度で獣の顔面を鷲掴みにした赤穂さんは、そのままソレを地面に叩き付け、
さらに茂みの向こうへとブン投げてしまったのだった。


795 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/08/13(水) 22:39:11.73 ID:ze133I5i0
狐なのか?
796 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/08/13(水) 22:51:04.14 ID:1n85ZVNDO
MUGEN風動画なシーンが脳内再生された
797 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/08/14(木) 00:14:40.26 ID:4OAST69kO
うぉぉ
緊迫!
798 : [saga]:2014/08/14(木) 22:54:15.89 ID:GiYWFXa90



 投げられた獣の影は、茂みの揺れる音を引きずりながら一目散に逃げていく。

 それから数秒、胃が痛くなるような緊迫した空気が場を支配した。しかし赤穂さんの眼
光に恐れをなしたのか、ついには他の獣たちも散り散りに退散していく。四方八方で茂み
の揺れる音が遠のいていって、やがて森は最初の静寂を取り戻すのだった。

 腰を落として身構えていた赤穂さんが、背筋を伸ばして臨戦態勢を解く。と同時に、緊
張の糸が切れたためか、僕はその場にへたり込んでしまった。恥ずかしい話だが、どうや
ら腰が抜けてしまったらしい。

「篤実さん、大丈夫ですか!?」

「あ、うん。だ、大丈夫だから……」

 泣きそうな顔の鳥羽が、へたり込んでしまった僕を覗き込んでくる。恥ずかしくて腰が
抜けたなんて言い出せない僕は、曖昧な苦笑を浮かべてその場をやりすごした。

 すると茂みの向こう側を睨みつけていた赤穂さんがこちらへ振り返り、しゃがみ込んで
僕と視線を合わせると、

「怪我はない?」

 と低い声で訊ねてくるのだった。やだ、なにこのイケメン……

「僕は、大丈夫だけど……赤穂さんこそ、怪我は……」

「私はいい。立てる?」

 そう言いながら手を差し伸べてくる赤穂さんの勇姿を見て男として死にたくなりつつ、
僕は差し出された彼女の白い手を握った。すぐに信じがたい力で持ち上げられたけれど、
まだ足腰に力が戻っていなかったため、僕は再びその場に膝をついてしまった。

 恐る恐る赤穂さんの顔を見ると、彼女は僕を見下ろして苦々しい表情を浮かべていた。
ご、ごめんなさい! すぐに! すぐに立つんで、殺さないでください!

 焦りながらも必死に立とうとしていると、見かねた鳥羽が僕の腕を自分の首に回して、
足を負傷した人にするように身体を支えてくれるのだった。え、なんだこれ? さっき
食い殺されとけばよかった。いやマジで。


799 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2014/08/14(木) 23:13:02.32 ID:B81kuGjc0
ま、しょうがあんめぇ
そして帰り道、新手の怪異は出るのか出ないのか
800 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/08/15(金) 06:45:01.24 ID:ED0bspMDO
赤目さま?だったかうろ覚えだが、よくこんな男にべたべたしてたもんだな
801 : [saga]:2014/08/16(土) 00:16:21.40 ID:J0WkCSgU0



 鳥羽の支えもあって、僕はどうにかこうにか立ち上がることができた。それを見届けた
赤穂さんは相変わらず獣のような目つきで、

「走れそうにないね。……仕方ない、早く行って」

「赤穂さんはどうするの?」

「私は……」

 赤穂さんがなにかを言いかけたその時、どこか遠くから、内臓をくすぐるようなおぞま
しい音が響いた。音のした方角へ恐る恐る目をやると、そこには例の洞窟が。

 岩壁にぽっかりと開いた穴が視界に入った瞬間、僕は言い知れない寒気を背筋に感じた。
喩えるなら、高速道路の真ん中に立って、背後から迫るトラックのエンジン音を聞いてい
るような。あるいは、底すら見えない海底へゆっくりと沈んでいくような……そんな感覚。

 僕の身体に回されている鳥羽の腕に、異様な力がこもったのを感じて目をやると、彼女
の真っ白な腕にはびっしりと鳥肌が立っていた。見れば、鳥羽は目を見開いて息苦しそう
に喘いでいて、何キロも走ってきたかのような汗を流しているのだった。

 ゴボゴボッ、という排水溝が水を吸い込むような、あるいはドブ水が沸騰するような、
人間の生理的嫌悪感を喚起させる音が洞窟から響く。一体あの中にはなにがあるのか……
いや、あの中から“なにが出てこようとしているのか”。それを知る勇気は、僕にはない。

 全身を石のように硬直させてしまった鳥羽を、今度は僕が代わりに支えて歩き出す。そ
して赤穂さんを振り返りながら、

「なんかやばいよ、早く行こう!」

 僕は赤穂さんに呼びかけるのだけれど、しかし黒い着物に身を包んだ彼女は、ただひた
すらに洞窟の方を鋭く睨みつけるばかりで動こうとはしなかった。代わりに彼女は僕をゆっ
くりと振り返ると、少しだけ穏やかさを滲ませた目つきで、僕の目をまっすぐに見つめた。

 そして赤穂さんは、まるで姉か母親を思わせる、諭すような口調で語りかけてきた。

「もう私に声はかけなくていい。とにかく、あのカラスがいた場所へ急いで」

 彼女の目はとても真剣で、有無を言わせない迫力があった。気圧された僕は息を呑んで
後ずさり、歩き出そうとするが、それでも最後に勇気を振り絞って口を開く。

「赤穂さんも、いっしょに―――」

「もう声は、かけなくていい。……行って」

「……だけどっ……!」

「ありがとう、久住篤実。でも大丈夫。私は大丈夫だから、ね」

 そう言って赤穂さんは、僕の背中を優しく押して送り出した。

 洞窟の音はどんどん大きく、近くなっているような気がする。なに一つ根拠はないけれ
ど、生物としての本能が『もう時間がない』と警鐘を鳴らしているのを感じる。

 僕はぐったりとした鳥羽を引きずるようにして、先ほどまで歩いてきた道を引き返して
いった。途中、何度も何度も背後を振り返ったけれど……結局、喪服の後ろ姿は一歩たり
ともその場を動くことはなかった。

 やがて彼女の後ろ姿は、森の闇へと溶けるように、見えなくなってしまうのだった。


802 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2014/08/16(土) 01:04:58.58 ID:TObvRJQD0

二人さえ居なくなれば、彼女はお茶にでも誘われるんじゃないのか?多分似たようなもんだろうしな
803 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2014/08/16(土) 08:18:40.84 ID:gWTv1rSh0
とりあえず出てこようとしてたものが何なのかは気になるけど
804 : [saga]:2014/08/17(日) 02:17:38.37 ID:mQjj2dyk0



 今にも倒れ伏してしまいそうな鳥羽を引きずるようにして、僕はひたすらに来た道を引
き返していく。たしかY字路から洞窟までは十数分ほど歩いた覚えがあるが、僕たちのこ
のザマでは、帰り道は三〇分近くかかってしまうかもしれない。さきほどのおぞましい光
景を思えば、それはかなり危険な時間ロスだろう。

 しかし幸いなことに、ある程度洞窟から離れたところで、徐々に鳥羽の容体は快復へと
向かっていった。目には生気が戻り、呼吸もある程度整って、滝のようだった汗もすっか
り引いていた。

「あの……篤実さん。ありがとうございました、もう、大丈夫です」

 そう言って僕から離れた鳥羽は、まだまだダルそうに見えた。もともと真っ白な顔色は、
さらに病的な青白さとなっている。

 僕は一瞬だけ背後を振り返り、赤穂さんか、あるいは別の何かが来ていないことを確認
しつつ、

「ごめんね。体調が悪そうだけど、でも急ごう。なんか普通じゃないよ……この島」

 そう言いながら僕は、不気味な赤い月を仰ぎ見る。やはり月は空に張り付いているかの
ように、最後に見たときと寸分違わぬ位置……真上から、僕たちを覗いていた。

 僕は言いようのない焦りを振り切るように、鳥羽の手首を掴んで早足で歩きだす。鳥羽
も不安に顔を曇らせながら小走りでついて来るが、彼女は震える小さな声で、

「……私のせいだ……私の……ごめん、なさい……」

 その声に驚いて振り返ると、鳥羽は俯いて大粒の涙を零していた。僕と目が合うと、我
慢の糸が切れてしまったのか、途端にしゃくりをあげて泣き出してしまう。

 突然のことだったので僕は大いにテンパってしまったが、すぐに気を取り直し、鳥羽に
かけるべき言葉を探した。

「ち、違うよ……鳥羽さんのせいじゃない。たとえ鳥羽さんが太陽神の遣いだったとしたっ
て、こんなおかしな現象は起こったりしないよ……あはは」

「違うんです……私、この島の森を……ヒック……夜に歩いちゃいけないって……知って
たのに……」

「え?」

 たしかに常識で考えれば、子供だけで夜の森へと出かけることはとても危険なことだ。
それはわかるのだけれど……なんだか鳥羽が言っているのは、そういうことではないよう
に思われた。

 その考えは当たっていたようで、僕に手を引かれて歩く鳥羽は、嗚咽を漏らしながらも
ゆっくりと言葉を紡いでいく。

「お婆ちゃんに昔、教わったんです……夜に森を歩いてる悪い子は……『しょおずか』に
連れて行かれちゃうって……」

「しょおずか?」

「お婆ちゃん、それ以上はなにも教えてくれませんでした……ひっく……ぐしゅっ」

 よくはわからないが、とにかくその言葉の響きは妙に不安感を煽ってくるものがあった。
そしてその言葉の意味することが、僕たちにとって決して良くないものだという確信も。


805 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/08/17(日) 07:23:09.35 ID:2YBw85XDO

他の島民は知ってるのかねぇ?
806 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/08/17(日) 23:06:34.22 ID:0YBviiMfO
大切なものというのは自分のことではなかったのか
807 : [saga]:2014/08/18(月) 01:20:40.73 ID:dR6VoPTX0



 僕は、誰も追ってくることのない真っ暗な夜道を振り返る。そして大きな深呼吸を一つ
すると、再び前へと向き直った。

 ……腹は括った。今はとにかく、考えるよりもまず足を動かすべき場面なのだ。

「大丈夫、僕が全部なんとかする……だから泣かないで、鳥羽さん。さ、急ごう」

 そう言いながら鳥羽の背中を押して、僕らはひたすらに道を進み続けた。

 それからしばらくすると、やがて前方に見覚えのあるY字路が見えてきた。僕たちはこ
こで恐らく、道を間違えたのだ。……間違えるはずのない道を。

 鳥羽が不安そうな顔で、僕を見上げてくる。それがどういう意図の表情なのかは、いか
なコミュ障の僕と言えども、さすがにわかる。

 つまり、『さっきの赤穂さんの言葉を信じるのか?』ということだ。

 すこし冷静になってみると、どう考えてもあそこで赤穂さんと出会うというのはおかし
い。僕でさえ、鳥羽が向かおうとしている場所は知らなかったのだ。たとえ僕たちの失踪
に赤穂さんが気がついて探していたのだとしても、こんなにピンポイントで見つけ出すこ
とができるものだろうか?

 それになんだか様子もおかしかった。いつもの赤穂さんとは、まるで別人のように冷淡
で素っ気ない感じがしたし、それにあの喪服はどういうことなんだろうか? 誰かの葬式
から抜け出してきたとでもいうのか?

 極めつけは、“墓標”に戻れという指示。普通は、このY字路で間違えた反対側の道を
通って町へ帰るように促すはずではないだろうか? だって、たとえ“墓標”に辿り着い
たとしても、結局はそこから町へ戻るためにはY字路を通らなけれなならないのだから。

 ……そこまで考えて、僕は自分の感情に対して、少なからず困惑していた。

「行こう、鳥羽さん。……『右』だ」

「え……それって、さっきの逢神烏のところに行くってこと……ですか?」

 どうしてだろう……僕は彼女を、赤穂さん(仮)のことを信じきっていた。

 僕は彼女が赤穂さんでなかったとしても、彼女のことを信用したいと強く考えていた。

 僕は彼女が赤穂さんでなかったとしても、彼女のことをずっと以前から知っていたよう
な……そんな支離滅裂な感覚に襲われていた。

 自分自身でさえも理解できないそんな感覚を、鳥羽に説明できるはずもない。そのため
僕は、鳥羽に対して納得のいく説明をすることはできない。

 だから、このように言うしかなかった。

「お願い……僕を信じて」

 我ながら、ちょっとズルい言い方だったかもしれない。こんな言い方をすれば、鳥羽が
首を横に振ることはできないと知ったうえで口にしたのだから。

 だけど妙な自信……いっそ確信とさえ言えるものが僕の中にあるからこそ、そんな強引
な手法を取ったともいえる。きっと“墓標”へ向かえば、なんとかなるはずなのだ。

 鳥羽が僕の服の裾をちょこんと掴む。それは僕のことを信じてついて来てくれるという
返事に他ならない。僕はその好意による信用を、絶対に無駄にしてなるものかと固く誓う。

 かくして僕たちはY字路を『右』へと進み、“墓標”に向けて歩き出したのだった。


808 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/08/18(月) 07:11:48.46 ID:Bqea/wODO

霊障とは一旦別離するとして、それが主人公にどう影響してくるのか
809 : [saga]:2014/08/19(火) 00:13:15.06 ID:ooMxjbO60



 赤い月に照らされる、生き物の気配がない不気味な森。風に揺れる木々の葉擦れの音に
いちいち肝を冷やしながらも、僕たちは早足で進んでいく。

 相も変わらず脳の芯には靄がかかったような感覚が残っていて、おまけに緊張状態で歩
き通したおかげか体中がだるく、満身創痍といった有様だった。

 しかしそんな憔悴しきった気分も、目的地である“墓標”を視界にとらえた瞬間に幾分
か晴れたものだった。これでようやくこの苦行じみた状況から解放されると思えば、疲れ
切った体にも活力がみなぎるというものだ。

 巨石を中心とした灰色の荒廃に、僕たちはほとんど迷いなく踏み込んだ。靴の裏からジャ
リジャリという小気味の良い音が響くのを聞きながら、まっすぐに中央部へとそびえる巨
石の足元へと歩み寄る。

 そしてあっさりと何事もなく、巨石の目の前へと辿り着いてしまった。

「…………あれ?」

 しかし、これといってなにも起こらない。願い事を叶えてくれそうな魔人が現れること
もなければ、巨石がパカッと割れて隠し階段が現れたりすることもない。

 “なにも起こらない”。これはある意味で想定しうる最悪の事態であり、まっさきに想
定すべき常識的な未来だった。

 僕の背中を、あまり心地よくないタイプの汗が一筋流れていく。

 いや、無駄足だと決めつけるのはまだ早い。僕は彼女の言葉を信じることにしてここを
訪れたのだ。この場所には、僕たちが無事に帰るための足掛かりが存在するはず。

 そう思って巨石の周囲を歩き回ってみたけれど、特にこれといったものを見つけること
もできなかった。

 チラッと鳥羽の方を振り返る。鳥羽は不安そうな目をして、僕のすぐ後ろをちょこちょ
こついて回っている。なんとなく視線に非難めいたものを感じるのは、僕の得意技である
被害妄想のせいなのだろうか。

 僕は天を仰ぎつつしばし沈黙し、これまでのこと、これからのことへ思考を巡らせた。
そして考えた末に「よし、ここは素直に謝ろう」という情けない結論を出したところで……

 バサリ、という空気を叩く音が“墓標”に響き渡った。


810 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2014/08/19(火) 02:02:14.06 ID:2V2iXqM10

来れるのか?
いや、ここに着いた時点で、既に”しょおづか”とやらからは抜けているのかも
811 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/08/19(火) 16:24:00.30 ID:E7Je0JCDO
連れ戻し用の何かが来たか、それとも別の何かか
812 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2014/08/19(火) 19:55:08.64 ID:IHm6rJh80
逢神烏かと思ったか?○○だよ!
な展開かも知れんが
813 : [saga]:2014/08/20(水) 01:06:23.70 ID:CczcNkZy0



 脆弱な生き物から順番に飲み込んでいきそうな暴力的な夜闇。その漆黒の中において、
ひときわ強いコントラストでその姿を輝かせる白い翼。

 断続的に空気を叩く羽音が徐々に近づいてくると、やがて僕たちの頭上をぐるりと旋回
して、“墓標”の中心部……その巨石の頂上へと降り立った。

 白金色にさえ思える純白の毛並み。宝石をはめ込んだかのような紅い瞳。

 この島の住民が神の遣いと讃える“逢神烏”が、巨石の頂上から僕たちを睥睨していた。

 僕と鳥羽は言葉もなく、突如姿を現した逢神烏を見上げていた。その鳥の来訪がなにを
意味するのかをしばらく測りかねていた僕だったけれど、そこでふと、僕は強烈な既視感
に見舞われる。

 そういえばこんなことが前にもあった。というより、つい先刻に体験したばかりのこと
じゃないか。僕たちはあの鳥を見て……それからしばらくして帰ろうと思ったら、凄絶な
眩暈に襲われて意識を手放してしまった。



 もしこの場所が、僕の知っている“この場所”ではなかったとしたら。

 鳥羽のお婆ちゃんが言い伝えたような、この世ならざる世界が存在していたとしたら。

 そして、ここへ向かうように僕たちへ助言してくれた彼女が僕らの味方なのだとしたら。



 僕は―――



「鳥羽さんは、ここで待ってて! すぐ戻るから!!」

 僕は、逢神烏や鳥羽に背を向けて、一目散に走りだした。背後から「えっ、えっ!?」
という鳥羽の狼狽えたような声が聞こえてきたけれど、今は気にしていられない。

 けれども駆けだした僕が、巨石を中心とした灰色の荒廃から出ようとした瞬間。

 背後の巨石、その頂上から、都会のしわがれた声のカラスとはまったく違った、森全体、
いや、島全体にまで響き渡りそうなほどに澄んだ、美しい鳴き声が炸裂した。ただしその
優雅な響きとは対照的に、それは“警告”を意味するような危機感を孕む声色だった。

 突然のことに思わずぎくりとした僕は、意図せずに足を止めてしまう。

 代わりに背後から砂利を蹴るような音が迫ってきたかと思ったら、直後、背中に強烈な
タックルを食らう形で僕は地面へと転がされた。振り返ると、目の前には鳥羽の泣き出し
そうな顔があった。

「ダメです! 行っちゃダメ!!」

 そう言いながら鳥羽は、でたらめに僕の身体へ手足を絡ませるようにして、むりやりに
でも僕の動きを封じようとしてくる。僕と鳥羽が揉み合っているその向こうで、逢神烏が
こちらへ射抜くような視線を送っていた。


814 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2014/08/20(水) 01:28:19.27 ID:hAmj/MmN0
逢神烏「おう、お嬢傷つけたらタダじゃ済まさへんぞワレぇ」
的な?
815 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/08/20(水) 15:01:08.65 ID:EaFPNe2DO
リア充爆発しろかも知れん
いや、そう思うなら見にも来ないか?
816 : [saga]:2014/08/21(木) 01:27:29.76 ID:X2dk5fxa0



 もしかすると僕がしようとしていることは、せっかく一度は逃げ出した火災現場へと再
び飛び込むような暴挙なのかもしれない。だとすれば、逢神烏の警告や、鳥羽の必死な制
止も頷けるというものだ。

 だけどそれでも、僕より価値の無いものなんて存在しないはずなのだ。それこそ、あれ
が赤穂さんでなかったのだとしても、僕の中でその事実は決して揺るがない。

 だからこそ、僕があそこに……あの洞窟の前に残らなければならなかったのに。彼女を
引きずってでも連れて来なければならなかったのに……

 焦燥と動転のせいで、判断を誤ってしまった。変なものに襲われて、我が身が可愛いと
思ってしまったのかもしれない。あるいは、赤穂さんなら大丈夫だ、などと考えてしまっ
たのかもしれない。

 僕は鳥羽に組み付かれながらも、腕だけで這いずってでも森へと向かおうとしていた。
しかし僕が向かおうとしている森の小道―――ついさっき僕らが通ってきた道―――から、
ゴボゴボッ、という不吉な音が響いてきた。

 音は着実にこちらへと近づいてきており、僕は先刻のように寒気を覚えた。鳥羽も同様
らしく、少し異常なくらい身体を震わせながら僕の背中に強く顔を押し付けていた。

 森の向こうに“なにか”が見えかけた、その時。再び逢神烏の声が響き渡った。

 するとそれを合図にするかのように、視界が白く明滅し、またしても最大級の耳鳴りに
襲われる。身体を起こそうとしていた腕から力が抜けて、顔面から灰色の砂利へと突っ込
んでしまった。

 違う……まだ、彼女が来てないんだ。鳥羽は帰ってもいいけど、僕はここで、彼女を待っ
ていないといけないんだ……

 必死に力を振り絞っても、感覚を失った手足は思うように動いてはくれない。

 それでも僕は懸命に腕を伸ばして、もうほとんど見えてさえいない目を森に向けて、

「……あ……赤…………」

 満足に言葉を紡げないままに、僕の意識はそこで途絶えた。


817 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/08/21(木) 07:36:51.79 ID:u8AkKmrDO

そう言えば、赤目さまはここに来るのは本意でなかったのか?
だとすると、録音テープで言ってたのは何の事だったんだ?
818 : [saga]:2014/08/22(金) 01:47:47.87 ID:izf+/mcw0



 痛みだったか、痺れだったか、はたまた息苦しさだったか。とにかく僕はなんらかの感
覚によって目を覚ました。

 稼働し始めてから間もない頭をゆっくりと回転させながら、僕は周囲を見回してみる。
地面は灰色の砂利に覆われ、その周囲は真っ黒な森に囲まれている。空は薄暗いが、東の
空から青と黄色の絵の具を滲ませるような色彩が徐々にその勢力を広げていた。

 鳥たちが群れをなして僕たちの頭上を越えていくのを茫然と目で追って……

 そこでようやく僕は、自分の背中にしがみついたまま眠っている少女の存在に気がつい
た。

「……鳥羽さん? え? あれ……?」

 どうしてこんな状況になってるんだっけ? たしか僕は夜に鳥羽の家へ向かって……そ
れから、そうだ、この“墓標”へと辿り着いて、鳥羽の『秘密』を明かされたのだった。
そして帰ろうとしたところで突然眩暈に襲われて……

 そのまま目が覚めることもなく、こうして夜が明けて空が白み始めるまでずっと、この
場所で気絶していたのだろう。

 ……っておいおい、それってマズくないか!? もしかしたら神庭家の人たちとか鳥羽
の家族とかが、かなり心配してるかも……!!

「ちょっ、鳥羽さん! 鳥羽さん起きて!」

 僕は慌てて背中にしがみついていた鳥羽を引きはがして身体を揺すってみるけれど、な
んだか『ぽやーっ』って感じのだらしない寝顔で涎をたらしている鳥羽は、まったく目覚
める気配がなかった。一応、呼吸と脈拍を確認しておく。……よし、異常なし。

 起きないものは仕方がないので、僕は鳥羽を背負おうとして……けれどもバランスを崩
してバックドロップを決めてしまうのが怖かったので、やっぱりおんぶはやめてお姫様抱っ
こで運ぶことにした。知識としては知っていたけれど、実際に意識のない人を運ぶという
のは、想像していたよりもずっと重たかった。

 あんなところで寝ていたせいだろうか、全身の節々がとても痛い。かなりの疲労感と倦
怠感を覚えながらも、僕の腕の中で暢気に「それって機関の攻撃ですよね〜……むにゃ」
とか寝言を言ってる鳥羽を頑張って運ぶ僕。泣けてくるぐらい健気ですっ。

 まるで何時間も集中して勉強をした直後のように、なぜかまったく働いてくれない頭。
なんだかとても長い夢でも見ていたような気がするのだけれど……所詮は夢だ。一度忘れ
てしまえば、ちょっとやそっとで思い出すことはないだろう。

 僕はしかし、鳥羽を抱えたままひたすらに歩き続けていく中で、ようやく自分の身に起
こっている変化を具体的に認識するのだった。

 それは一言で表すなら、『喪失感』だった。


819 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/08/22(金) 04:39:23.48 ID:LJZf5YJDO
ふーん。記憶に残らない感じなのか
820 : [saga]:2014/08/23(土) 01:19:17.50 ID:eO3B5Y7U0



 何年も一緒に過ごしてきたペットが死んでしまったときのような感じもするし、あるい
は突然の事故で両脚を失ってしまった感覚にも近いかもしれない。いや、そんな経験はな
いんだけど。

 とにかく生活の一部とか、肉体の一部とか、どうしたって切っても切り離せないはずの
大切なものが、どこかへ行ってしまったみたいな……

 だけど、では具体的になにを失ったのかということについては、皆目見当もつかないの
わけで。こんなにも胸が苦しくなるほどに大切なものであるはずなのに、どうしてなにも
思い当たらないのだろう。

 今もこうして鳥羽を腕の中に抱いているのに、『自分は一人っきりなんだ』という感覚
を強く意識させられるのはなぜなんだろう。心が寒いという表現が、これほど的確な比喩
だと感じたことはなかった。

 僕は何度も何度も来た道を振り返って、なにか忘れてやいないか、なにか置いてけぼり
にしてやいないか……と振り返るけれど、それにはなんの意味もないわけで。心の奥底に
ポッカリと空いた穴の大きさを実感するだけだった。

 そんなことを考えていると、僕は不意に前方から接近してくる影の存在に気がついた。
夜明け前の薄暗い森を走る黒い影。僕は頭の奥底でなにかを思い出しそうになったけれど、
それらは直後に霧散してしまった。

 黒い影に見えたそれは、よく見れば黒い毛並みの子猫だった。それはまっすぐに僕の足
元まで駆け寄ってくると、「にー」と愛らしい鳴き声を上げて、僕の足に身体をすり寄せ
てきた。なんて可愛い生き物なんだ……持って帰りたい。

 と、僕が暢気なことを思っていると、

「いたっ! いたよ、おばあちゃん!!」

 そんな声とともに、子猫の現れた方向から複数の人影が現れた。

 まず先頭には野生少年こと三朝くん。続いて氷雨、千光寺、雫、霞、そしてお婆ちゃん
といった並びだった。僕はその見慣れた顔ぶれに出会えたことに安堵して、とりあえずは
人心地ついたのだけれど……

 その集団からまっさきに氷雨が飛び出してきて、そのままの勢いで僕の目の前まで駆け
寄ってくると……



 パンッ、という乾いた音とともに、僕の視界が激しくブレた。


821 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/08/23(土) 06:28:11.04 ID:eZu1GkaDO
まー、はたかれるわな

赤目さまは、まぁ心配してない。多分今頃、客将みたいな扱いをされてるだろうし
822 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/08/23(土) 18:11:45.64 ID:Xm9AMuCEO
氷雨たんかわええ
823 : [saga]:2014/08/24(日) 01:38:18.78 ID:cmzDPZdP0



 頬を叩かれたのだ、と気がつくのに、たっぷり数秒間を要した。

 僕はさらに数秒ほど硬直して、それからゆっくりと首を前に向ける。僕の胸くらいの高
さにある氷雨の顔は、怒りのためか真っ赤に染まっていて、荒い息遣いが激しい興奮を伝
えていた。

 氷雨は絶対零度の瞳で僕を射抜きながら、震える声で、

「ゆ、ゆるっ……許しませんから……ぜったい……!!」

 それだけ言うと氷雨は、すぐに僕へ背中を向けて、一目散にもと来た道を走り去っていっ
てしまった。

 取り残された僕は、呆然と立ち尽くすしかなかった。すると今度は、雫と霞が左右から
ちょこちょこやってきて、僕の頬を左右から同時にデコピンで弾いてきた。地味に痛い!

「ウチらもぶっちゃけ怒りしんとーってヤツだけど」「氷雨ちゃんがみんなの分まで欲張っ
て怒っちゃったからさ」「これで勘忍してあげるよ」「氷雨ちゃんも優しいよねぇ」

 そして二人は声を揃えて、

「「お兄ちゃん、ちゃんと氷雨ちゃんに謝んなきゃダメだよ?」」

 そうして悪戯っぽく左右から微笑んでくる雫と霞は、パッと見た限りでは、氷雨のよう
に強い怒りを感じているようには見えない。

 思春期ツインズは続いて、視線を眠っている鳥羽へと移す。

「キヨミン、生きてる? 怪我してない?」「寝てるだけだねー、なんか寝言いってるし」
「まったく、二人とも人騒がせですなー」「ぷんすかだよ、もう!」

 双子は眠っている鳥羽にも、優しく突っつくようなデコピンを左右から加える。それで
満足したのか、二人は軽やかな足取りで氷雨が消えた方向へと走りながら、

「「それじゃあ、おっ先〜!」」

 アイコンタクトもなく声をハモらせながら、雫と霞は小道の向こうへと走り去っていっ
てしまった。


824 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/08/24(日) 09:34:09.18 ID:rXYCGOuDO

千光寺は驚きと同時にいぶかしみ
おばあちゃんは……何か悟ってとりあえず安心するかな?
825 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2014/08/24(日) 17:48:29.72 ID:preZ5IzZ0
まー実際、この失踪に関しては篤実君は悪くないんですけどね〜
826 : [saga]:2014/08/25(月) 02:31:37.49 ID:zJ1SgWwG0



 双子の勢いに圧倒されて、僕は急にドッと疲れたような心地になる。そもそも僕がコミュ
障であるおかげで、万全の状態で接したとしてもHPをごっそり持っていかれるような子
たちなのだ。疲れるのは当然である。

 すると続いてお婆ちゃんがゆったりとした足取りで近づいてきて、

「大変だったねぇ、篤実ちゃん。無事でいてくれて、お婆ちゃん安心したよ。篤実ちゃん
になにかあったら、朋絵ちゃんに顔向けできないからねぇ」

 そう言ったお婆ちゃんは、怒りの表情こそ見せていないが、なんだか見るからにやつれ
ているような気がして……お婆ちゃんがどれほど僕を心配してくれていたかが伝わってく
るようだった。さすがにこれはクズな僕の心にも響いたようで、胸がとても痛かった。

「いろんなところに電話をかけたり、ご近所さんに声をかけたりして、昨日の夜からみん
なで篤実ちゃんたちを探してたんだよ。子供たちにも朝早くに起きてもらって……だから、
帰ったらみんなにお礼を言わなきゃねぇ」

「……は、はい。ごめんなさい……」

「それじゃあ、早くみんなのところに帰って、安心させてあげようねぇ」

 お婆ちゃんはにっこりと顔を皺くちゃにして微笑むと、のっそりと踵を返して、妹たち
が向かった町の方へと歩いていく。

 僕はそれに黙って追従するけれど、お婆ちゃんによって説明された現状が、僕の内心を
激しく抉っていた。いや、多分消えたのが僕一人だったなら、ここまでの大事には至らな
かったはずだ。だけどそれでも、僕の不用意で迂闊な判断が、町単位の人々に迷惑をかけ
てしまったことに変わりはない。きっと今日のことは、全部僕が悪いのだから。

 そうなると、僕はこれから先ずっと『女子中学生を深夜の森で一晩中連れ回した犯罪者』
として後ろ指をさされて生きていくことになるのだろうか。え、人生詰んだくせぇ。これ
からはひかりや凪と遊ぶのも控えた方が良いかもしれない……

 というかコレ、『精霊通信事件』のとき凪にしたように、鳥羽のご家族に土下座して、
もう娘さんに近づきません宣言しないといけないじゃないか……。たった今、氷雨にも絶
交されたっていうのに……やっべぇ、とんとん拍子で僕の居場所がなくなっていくよ?

 僕が四面楚歌の状況にガクブルしていると、同じくお婆ちゃんに付き従って歩いていた
二人……千光寺と三朝くんが、無言で僕の両隣に並ぶ。……もしかして僕がまたどこかに
消えるとか思われてるのかな……? 違うと信じたい。

 なんてことを考えていると、ふと、三朝くんが僕の顔をジーっと見つめていることに気
がついた。

「えっと……どうかした?」

「きつねさん、きつねさんじゃなくなっちゃったんだね」

「……え?」

「んーん、なんでもない」

 三朝くんは妙なことを口走ると、チラリと足元に目配せをする。それを合図にするかの
ように、彼の足元をトコトコ歩いていたさっきの子猫が、ぴょんとひとっ跳びして彼の腕
の中に収まるのだった。

「この子がね、おにいさんの匂いをおいかけてくれたんだよ。ねー?」

 にっこりとほほ笑みながら三朝くんが呼びかけると、子猫は可愛らしい声で「にゃーん」
と返事をした。僕が「ありがとね」と頭を撫でてやると、この可愛らしい生物は目を細め
て喉をごろごろいわせてくる。胸キュンボーナスを五点ほど進呈しましょう。

 そもそも僕はどちらかというと犬派だけれど、動物の子供にときめかない人間は存在し
ないのだ。なんなら永遠に撫で続けてもいいくらいの勢い。

 だけど最近は犬とも猫とも接する機会がなかったし……

 ……あれ? ちょっと待て、なにか、おかしいぞ。



 どうして僕が、動物に触れているんだ……?


827 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/08/25(月) 03:23:32.08 ID:2lTltjzDO
気になるところでとめるなよ!!
828 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/08/25(月) 06:42:25.80 ID:qI3EoV0DO
>>1さんとしては、現状一日ずつ楽しんでくれとの事らしいからな

とりあえず、謝るか感謝し通した後、歌の録音とかは恙無く進むのかな
829 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/08/25(月) 14:44:33.22 ID:pUfITVEp0
やっと追いついた
なんか話がすごいことになってるな
830 : [saga]:2014/08/26(火) 01:04:08.27 ID:2bXJJZGc0



 なにかが僕に起こっていた。まだ僕自身気がついてはいないけれど、決定的に取り返し
のつかないなにかが、僕に起こっている。

 それは僕の心にポッカリと口を開けて燻る喪失感に、きっと密接な関わりのあることの
はずで……

「お兄さん、あそこに行っちゃってたんだ……」

 そこで突然、反対側からかけられた声で我に返る。振り返ると、僕の服についた汚れを
指で拭った千光寺が、その指に付着した灰色の砂を忌々しげに見つめていた。

「もしかして、ずっとあそこで眠ってたの?」

 千光寺の言う“あそこ”とは、すなわち“墓標”のことだろう。僕は躊躇いがちに、小
さくうなずく。すると千光寺は肩を落としながらため息をついて、

「ごめんなさい……お兄さん。ほんとに、ごめんなさい……」

「……え?」

 突然謝りだした千光寺に、僕は面食らってしまう。べつに彼女に謝られるようなことは
何ひとつないはずなのだけれど……

「アレはもう、二度と…………ごめんなさい、私のせいで……ううん、だけどお兄さんの
ためには、これが一番、よかったのかも……」

 戸惑う僕を置いてけぼりにして、千光寺はとても悲しそうな顔で僕を見つめると、最期
にもう一度だけ、

「……ごめんなさい、お兄さん」

 そう謝ってから、彼女は地面を見つめて、それっきりなにかを口にすることはなかった。

 僕は今日、この一件のせいで、僕の目の届く範囲のさまざまなものを失ってしまった。
そして、僕の知らないところでも、どうやらなにか大切なものを失ってしまった……のか
もしれない。

 これからいろんな人たちのところを巡って、いろんな人たちに頭を下げて回らなければ
ならない……それはとても憂鬱で、心の重くなることだったけれど。

 でも、どうしてだろう。そんなことよりももっと悲しい気持ちが、胸焼けしそうなほど
に腹の中を満たしているのは……。

 心が、寒い。


831 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2014/08/26(火) 02:55:44.15 ID:cReIGBzR0
千光寺「二度と戻って来ない……そんな風に思っていた時期が私にもありました」
832 : [saga]:2014/08/27(水) 00:02:42.62 ID:I8KNAOSB0



 ベッドに一人腰掛けて俯く僕の足を、差しこんできた朝日が照らしていた。空の色彩も
すっかり青色に情勢が傾いたようで、この頃になればもはや、早朝という言葉は相応しく
ないだろう。

 僕がさまざまなものを失って、白い烏や灰色の荒廃、それから黒い森を後にしてから、
およそ二時間ほどが経過しようとしていた。そろそろ一階では朝食の準備が整って、居間
にみんなが集合している頃合いかもしれない。

 もちろん僕は、そんな食事に参加するつもりなんて毛頭ない。僕なんかのために早朝か
ら叩き起こされた双子や、たくさんの人に迷惑をかけた僕を殴るほど憎んでいるのだろう
氷雨や、ついさっきまで僕と一緒に町中の人に頭を下げて回ってくれたお婆ちゃんと、顔
を合わせるようなことはできようはずがなかった。合わせる顔がないとは、本当によく言っ
たものだと思う。

 今ごろ鳥羽はまだ眠っているのだろうか? 僕が鳥羽の家で土下座をしていた時点では、
まだぐっすり眠っていたけれど……。というか鳥羽のお母さんも奇矯な人だ。なんせ僕に
お礼なんか言ってのけるのだから。誰のせいで娘が失踪したと思っているんだろう。本当
にこの島の人たちの思考は平和すぎて、時々ついていけなくなることがある。

 もうこれからは鳥羽と遊べなくなると思うと、少し名残惜しいような気もする。鳥羽の
家に泊まって、二人で下らない話をしながら盛り上がったあの時間は、本当に、とても楽
しかったのだ。本土での唯一の友人と遊んだ頃のことを思い出すくらいには……

 正直、僕は欲をかいたんだろう。あわよくば鳥羽ともっと仲良くなって、もっといろん
な話をして、いろんな場所に行って……と、そんなことを考えてしまったんだろう。僕は
自分が本土でなにをしでかしたかということを、忘れかけていた。

 人には分相応というものがある。僕の“分”を鑑みれば、そんなことが許されるはずは
ないことなどわかりきっているじゃないか。だからこれはきっと、天罰なのだ。おかげで
友人や、家ぞ……居候先の人たちからの信用も失ってしまった。

 これからはもっと、僕にふさわしい領域に閉じこもって、僕にふさわしい生き方を心が
けなければならない。さもないと今日の鳥羽のように、誰かが痛い目を見る羽目になって
しまうのだから。


833 : [saga]:2014/08/27(水) 00:10:15.70 ID:I8KNAOSB0



 ……と、しょうもないことを考えていたら、意外と時間が経過していた。

 この部屋に来る前に、僕はお婆ちゃんにいくつかお願いをした。今日は学校を休みたい、
ということと、それから朝食や昼食はいらないから、しばらく一人にさせてほしい……と
いうことだ。

 お婆ちゃんはちょっと困ったような顔をしてはにかむと、皺くちゃの顔でゆっくりと頷
いてくれた。そしてふと横を見ると……

 ガラスに映った僕は、本土で心が壊れてしまった頃と同じような目をしていた。

 僕はベッドに身を投げると、この一ヶ月ですっかり見慣れていた天井を見つめる。気分
によっていくらでも見え方の変わる年輪を刻んだ木板は、今の僕には、自分を非難する人
たちの怒り狂った顔に見えた。

 僕は耐えきれずに目を閉じて、それからゆっくりと息を吸って、大きく吐く。多大なス
トレスを感じたせいで顔周りの体温が上がって、気持ちの悪い汗が噴き出してきた。寝返
りをうつと、真っ白でひんやりとしたシーツの冷感が気持ちいい。

 ……まだ僕は、氷雨に謝っていない。早朝の捜索には呼ばれなかったのであろう学校の
クラスメイトとも会っていないので謝っていない。……いや、別に心配している人なんて
いないだろうからそれはいいか。

 ともかく氷雨だ。きっと一階にいるだろうけれど、今から降りていく意気地は僕にない。
雫や霞に怒られてしまいそうだが、でも別に氷雨だって僕に謝ってほしいと思っているの
だろうか? ……いや、思っていなかったとしても、ここは居候させてもらっている身分
の人間として、誠意を見せておくことが大切だろう。

 よし、今日氷雨が学校から帰ってきたら、謝ろう。おそらく無視とかされるだろうけれ
ど、謝ったという事実が重要なのだから。

 それまでは……どうしよう、今はパソコンを開く気力さえない。起き上がる元気もない。
っていうかそもそも生きていく活力もない。やばいな、一気に鬱が浸食してきやがった。

 こういうときは寝るに限る。寝て、忘れる。その場しのぎと先送りは、僕の数少ない得
意技の一つじゃないか。今こそその特技を生かす時なのだ。……って、悲しすぎるだろ。

 僕は目を閉じて、うるさく暴れている心臓を無視しつつ、処理容量を超えてオーバーフ
ロー気味になっている思考を無理やり押さえつけて空っぽにする。

 疲れていたせいか、あるいは僕の瞑想法が達人級だったのかは知らないが、僕はかなり
あっさりと意識を手放して、夢の世界へと旅立つことに成功した。


834 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/08/27(水) 00:15:49.87 ID:rPTJwiZ8O
ヘタレすぎてムズムズするな
835 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2014/08/27(水) 00:38:08.57 ID:ZPLyYBsg0
見るのはどんな夢かなぁ?
836 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/08/27(水) 06:45:01.30 ID:sGt14a2DO
引っ張りクッション役が要るかなぁ
烏羽のお母さんも何か察してたっぽいし
837 : [saga]:2014/08/28(木) 00:53:10.72 ID:s6giB9gx0



 ……ゴボゴボと、まるで詰まりかけの排水溝のような音が響く。

 それは黒い津波のようであって、同時に粉塵のようでもあった。

 どちらにせよ、それらは僕の身体をすっかり包み込むと、気道をこじ開けて肺を満たし、
そのまま永劫の闇へと引きずり込もうとしてくる。

 ねっとりと絡みつくような黒い“澱み”は、僕に呼吸することを許さない。息苦しさで
もがくが、力ない呻き声を上げるのが精いっぱいで、どうにもならない。

 そしてその闇の向こうに、僕の良く知る、けれどもう感じることの叶わない気配が……


838 : [saga]:2014/08/28(木) 00:58:08.51 ID:s6giB9gx0



「……っ!?」

 目を覚ました瞬間、僕は絶叫しそうになった。

 それは別に、言いようのない不気味さを湛えた悪夢にうなされていたせいでもなければ、
その悪夢の中で自己の本質を揺るがす鮮烈な大発見をしたためでもなかった。

 その理由は単純明快で、じつにわかりやすく生物的に自然なものだった。



 寝ていた僕の右隣、僕を覗き込むようにして、裁ち鋏を手にした女の子がベッド脇に佇
んでいれば……驚いて当然だろう。



 芦原 弥美乃。

 全身を漆黒に包んだ彼女が、闇より暗い瞳で僕を見つめていた。

「だーぁりん」

 僕を覗き込んでいる弥美乃の顔は逆光で見えづらかったが、わざわざ感情を丁寧に丹念
にこそぎ落としたかのような無機質な声が、逆に彼女の内心で煮えたぎる怒りを如実に物
語っていた。

 そうだ、どうして今の今まで忘れていた? どうして思い出せなかった!?

 僕は……彼女が“ブチギレる理由”に、心当たりがありすぎるじゃないか……!!

 さらに僕はそこでようやく、弥美乃の右手が僕の首にかかっていることに気がついた。
実際にやられてみればわかるが、たとえ力をほとんど込めていなくても、首を掴まれると
かなり息苦しいものだ。さっきの悪夢はこれのせいだったのかもしれない。

 弥美乃は壊れたオルゴールのような無機質さで、淡々と言葉を紡ぐ。

「今日は大切な夜だから……ちゃんとすぐに帰って来てね……だーりん……」

 その言葉には覚えがある。僕が鳥羽の家へと向かうべく、弥美乃の家を後にしようとし
た際にかけられた言葉だ。

 僕はそれに、“頷いた”。

 今この瞬間まで弥美乃のことを思い出せなかったのは、昨晩からずっと衝撃的な出来事
を立て続けに経験していたためか……はたまた僕の良心、あるいは危機感が、それを思い
出すことを拒絶していたためか。


839 : [saga]:2014/08/28(木) 01:06:52.13 ID:s6giB9gx0



 とにかく、まず謝らないと死ぬ……そう思った。彼女は凶器を持っているのだ。だから
僕は慌てて口を開きかけたのだけれど、

「や、弥美―――」

「昨日」

 ポツリと呟くような、弥美乃の言葉が……僕の謝罪と勇気を完全に吹き飛ばした。

 弥美乃はそのまま続ける。

「昨日……どこに行ってたの」

 下手な誤魔化しや嘘を言って、彼女の神経を逆なでするわけにはいかない。これは鳥羽
と二人だけの秘密だったのだけれど……うん、僕の命のために差し出そう。

「と、鳥羽、さんの家に行って……そのまま、えっと、すぐ森に……」

「森の、どこ?」

「……しばらく……歩いたところの、でっかい石……岩がある、変な場所に……」

「砂利が周りにある、細長くてかなり大きな岩?」

「え……あ、うん。そう、それ……」

 なぁ鳥羽さん、僕たち二人だけの秘密の場所は、すでに結構な人に知られてるみたいな
んですが……

「それからどこに?」

「え……? いや、そこだけだよ……。そこで気を失って、朝、目が覚めて……」

「本当に? 絶対に本当に?」

「う、うん……ほんとです……」

 弥美乃は仄暗い空洞のような瞳で僕を射抜いたまま、しばらく静止していたが……

「だーりん、私との約束を破ったことを、悪いと思ってる?」

 少しだけ、生気というか、人間らしい抑揚の戻った声になった弥美乃が、そんなことを
言いだす。僕はもちろん速攻で、ロックフェスもかくやという激しさの首肯をした。

 すると弥美乃は静かに僕の首から手を退けると、そのまま僕の手を握って、

「じゃあ、うちに来て。今すぐに」

「わ、わかった……」

 なにをされるのかわかったもんじゃないが、それでも今は彼女の機嫌を損ねるわけには
いかない。もちろん「学校はいいの?」とか口を挟めそうな雰囲気でもない。

 それに今は、僕もこの家にいたい気分ではなかった。ここはもう、僕の居場所ではない
……そんな気がしていたし。

 だから僕は、弥美乃に手を引かれるままに神庭家をあとにした。

 ……家を出る直前の、お婆ちゃんの何とも言えない悲しげな表情を、まぶたの裏に焼き
付けながら。


840 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/08/28(木) 02:41:53.87 ID:3vbUPyCDO
乙乙!
そちらでは、何が待つのやらねぇ
ってか怖いよ。いきなり怖すぎだよヤンデレさんよぉ(滝汗
841 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/08/28(木) 07:39:26.25 ID:EF+e8eLwO
乙!
842 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2014/08/28(木) 20:51:35.70 ID:KYzoTCwR0
そういえば、警告として引っ張られたのはもう一箇所あったよな?あれはどこに繋がってるもんなのかな
843 : [saga]:2014/08/29(金) 01:00:20.29 ID:rSI5n2yR0



 生活感、あるいは人間味の大きく欠如した……とでも表現すればいいのか。

 趣味物の類は一切なく、散らかっている様子はないくせに掃除が行き届いているわけで
もない。

 小ざっぱりとしたレイアウトの、冷めた雰囲気の部屋には、ベッドと勉強机、タンスに
チェスト、棚、クローゼット、そして部屋の中心にはガラステーブルが据えられている。

 つまるところ、弥美乃の家の、彼女の自室。

 そこで現在、僕と弥美乃がガラステーブルを挟み、一対一で相対していた。

 全体的に黒を基調とした室内においても特に黒い弥美乃は、ガラステーブルに置かれた
黒いコップに刺したストローを咥えながら、ジッと僕へ視線を注いでいた。やだ、そんな
熱い視線を注がれたら、僕溶けちゃう……

 僕は思っくそ露骨に視線を縦横無尽に逸らしまくりながら、弥美乃が持って来てくれた
オレンジジュースをゴクゴクと飲み干す。コミュ障の典型的な特徴である『あまり喋るこ
とがないので飲食の速度がやたら速い』を見事に体現しているのだった。

 あっという間にオレンジジュースを飲み干した僕は、しかしそれでも話すことがないた
め、ついにはコップに入ってた氷を食べ始める。うめぇ。氷うめぇ。

 氷を食べ終わったら、もう次はコップを食べるしかないかもしれない……と自分でも訳
の分からない決心を固めていると、ようやくそこで弥美乃が口を開いてくれた。

「だーりん。私は怒っています。それはもう激烈に大激怒しています」

「……はい。申し訳ございませんでした……」

「ちょっとこれはもう、私としては、許せる次元を遥かに超越しちゃってます」

「…………はい」

「だけど、今回だけは許します」

「へっ?」

 弥美乃の意外な言葉に、僕は心底驚いて、素っ頓狂な声を出してしまった。

 すると弥美乃は「ただしっ!」とドスの効いた低い声を発すると、

「だーりんが、もしもこれから一回……たった一回でも、私に“嘘”をついたら……もう
絶対に許さない……それはそれはもう、酷い目に遭わせるからね……」

 シャキン、という音がガラステーブルの下から聞こえて、僕の背筋が“ピーン”となる。

 今までも弥美乃には、それなりに酷い目に遭わされてきたような気がしないでもなかっ
たけれど……恐らくそんなものとは比較にならないほどの目に遭わせるつもりなのだろう。
……え、それ死ぬんじゃね?

「は、はい……かしこまりました……」

 とりあえず僕は、全身全霊で服従の意を表明しておくしかない。許してくれるというの
だから、そのお言葉に甘えようではないか。嘘をつかなければいいのなら簡単だ。僕は生
まれてこの方、嘘なんて……あれ? 嘘しかついてきてない人生だぞ?


844 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2014/08/29(金) 02:08:43.16 ID:+cFKtFsH0
やれやれ、先が重いな
845 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/08/29(金) 06:42:09.84 ID:WRHXub4DO
愛……ではないな、恋が重い
846 : [saga]:2014/08/30(土) 00:06:05.34 ID:QoaxFg0F0



 僕が己の人格的欠陥と向き合い愕然としていると、弥美乃はやけに静かな、なにやら気
迫を潜めた声で囁いてくる。

「……だーりんは、あの森でいつからいつまで倒れていたの?」

「えっ……と、弥美乃の家を出て、まっすぐに、あそこに行ったから……七時過ぎ……八
時ちょっと前くらい、じゃないかな……?」

「それから朝まで、ずっと目覚めなかったの? 一度も?」

 その質問を受けて、僕はようやく弥美乃を意図を察した。要するに、僕が弥美乃との約
束を忘れて一晩中遊び歩いていたのではないかということを疑っているのだろう。それな
らば、彼女の聞きたいことを先回りしてセルフフォローを入れておくとしよう。

「う、うん。目覚めてたら、さすがに帰ったよ……弥美乃との約束、わざと破ったわけじゃ
ないんだ……ほんとにごめん……」

「……そう。それじゃあ、だーりん……なにかあの森に置いてこなかった?」

 あれ、べつに食いついて来なかった。そういうことが訊きたいわけじゃなかったのか?

 というか、置いてきたって……べつに、なにも置いてきてはいないはずだけど。

「うん、べつに忘れ物とか……あとは、落し物とかは……特にないと、思うけど」

「……じゃあ、誰か置いてきたとかは?」

「え? ……い、いや、鳥羽さんはちゃんと連れて帰ってきたよ!? さすがに置いてき
たりはしてないって!」

「べつに、そういうこと言ってるんじゃ……まぁ、いいや」

 なんだか会話が噛みあっていないような雰囲気を肌で感じ取った僕だけれど、もちろん
コミュ障日本代表の僕に原因がわかるはずもない。


847 : [saga]:2014/08/30(土) 00:10:33.45 ID:QoaxFg0F0



 不満げにオレンジジュースを飲み干して、“ジュゴゴゴゴッ”とバキュームしていた弥
美乃はストローから唇を離すと、

「最後に、一つ質問」

 そう言って、その闇色の瞳をさらに虚ろにさせながら、こう訊ねてきた。

「……“正塚”って言葉に、聞き覚えある?」

「えっ……いや、全然……」

 もしかして誰かの名前だったりするのだろうか? だったらごめんなさい、顔と名前を
まったく覚えられないことに定評のある僕には、たとえ聞いたことがあったとしても永遠
に思い出すことはできないと思います!

 僕の答えを聞いた弥美乃はしばし沈黙すると、

「そっか。ごめんね、変なことばっかり訊いて。そっかそっか、なにも知らないかぁ……」

 先ほどまでとは一転して、朗らかな笑顔を浮かべる弥美乃。なにがそんなに嬉しいのか、
ついにはくすくすと笑いだして……

 やがて、その張り付けた笑顔を一瞬で消し去ると、一言。



「嘘つき」



 ゴトリ、という音が聞こえた。

 僕の体が、ガラステーブルに倒れこんだ音だった。

 弥美乃に殴られたわけじゃない。突然の眠気によって、意識が遠のいたのだ。

 僕が倒れこんだ拍子に倒れた黒いコップが、コロコロと音を立てて転がり、床に落ちる。

 そのコップを呆然と眺めているうちに、“なにかを盛られた”という可能性に思い至る。

 だが今さらそれに気がついたとして、僕になにができるわけでもない。

 すでにほとんど自由の利かない身体で、最後の力を振り絞って見上げた先には……



 今にも泣き出しそうな―――仄暗い笑みを浮かべる弥美乃の姿があった。


848 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/08/30(土) 16:35:29.15 ID:AiA1VvTDO
お、おい、篤実をどうするつもりだ!
849 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/08/31(日) 00:36:10.81 ID:p0U2PXdVO
こわっ
850 : [saga]:2014/08/31(日) 01:18:26.21 ID:0KZqD9gJ0



 そもそもが低血圧である僕は、お世辞にも寝起きが良い方とは言えなかった。中学校時
代の部活の朝練はなにかにつけてサボっていたし、予定の無い休日(つまり友達のいない
僕は常に)は昼過ぎまで目を覚まさないことだってザラにあるような少年だ。

 だけどそれにしたって、今回の寝起きは過去最低と言っていいほどに最悪だった。うっ
かり脳みそを枕元に置き忘れて出かけてしまったのかと思うほどに思考がままならない。
混濁とした気持ちの悪い脳内は整頓される前に冷え固まって、出来の悪い煮凝りとなり頭
蓋骨を占領している……そんなイメージだった。

 それでもしばらく呆然としていると、まず僕の脳へと最初の刺激として送られてきた情
報は、紛れもない“痛み”だった。初めは他人事のように遠く、けれどソイツは馴れ馴れ
しく僕へと近づいてきて、やがて確たる実感として存在を主張し始めたのだ。

 手首が痛い。そして全身節々が痛い。

「―――はっ!?」

 図々しくも僕の頭蓋骨内を我が物顔で占拠していた煮凝りが粉々に砕け散り、僕はよう
やく正常な思考能力を取り戻した。

 身体は―――座っている、立てない。

 手首は―――動かない、縛られている。

 他に人は―――僕しかいない、室内は無人だ。

 この部屋は―――見覚えがない、やけに薄暗い。

 なんとも前時代的なことに、室内を照らす頼りない照明の正体は、蝋燭だった。何本か
の蝋燭が小刻みに揺れながら、四方から僕の影を切り取っている。

 蝋燭の明かりではあまり室内を詳細に観察することはできそうにないけれど、それでも
しばらく目を凝らして見ていると、室内のところどころに配置してある妖しげな魔術的グッ
ズの数々を確認することができた。……うーわ、見なければよかったっ☆

 人間のものとは思えない、かといって猿のものとも違う頭蓋骨。見ているだけで目や頭
がおかしくなりそうな紋様が刺繍された外套。風もないのに独りでにゆっくりと回転し続
ける鉄球。まるで動物の血で描かれたような古めかしい魔法陣。……などなど、とにかく
枚挙に暇がないほどの不気味なオカルティックアイテムの数々がひしめき合っている室内
……その中心で、僕は古めかしい木椅子に縛られて座らされているようだった。

 かなり肩の骨格に負担をかけながら自分の手首を確認すると、どうやら木椅子を構成し
ている木材の一本に、針金で縛られているみたいだ。ちょっと無理やり力を加えてみると、
案外に縛り自体は緩いようで、乱暴に引き抜けばどうにかなりそうではあったけれど……
古い針金を、しかもかなり雑に巻きつけてあるせいで有刺鉄線のようになっており、恐ら
くそんな引き抜き方をしたら、針金どころか手首の皮ごと引っこ抜けてしまいかねない。

 足は縛られていないようだが、木椅子自体が固定されているため、身動きは取れそうに
ない。こうなれば、僕をこんな場所に運んで拘束した犯人……もとい、彼女に解放される
のを待つより他なさそうだ。僕に薬物を盛って昏睡させた犯人であろう、弥美乃に。

 それにしても、ここはどこなんだ……? 女子中学生の腕力で、気絶してぐったりとし
ている男子高校生を運び出すなんてこと、できるのだろうか? それに、さすがにそんな
ことをしていたら、僕が弥美乃に連れられて彼女の家を訪れた際に、一瞬だけ顔を見せた
弥美乃のお母さんが、なにか言ってくるんじゃなかろうか。それとも、二人は共犯……?

 いや、なんにしても、弥美乃の目的を知らないことには、説得も交渉もやりようがない。
ここはどうにか下手に出つつ、彼女の目的を探って、脱出の機会を窺うしかない。

 ……と、自分の命の価値の軽さを実感している者特有の冷静さで状況を分析していた僕
の耳に、なにやら重たい金属音が聴こえてきた。どうやらそれは、拘束された状態の僕の
真正面、この部屋唯一の扉の向こうから聴こえてきているらしい。

 やがてその音がやむと、ギギギッ、という重たい音とともに小さな扉が開き……眩しい
室外から、黒いシルエットの“彼女”が現れた。

「おはよう、だーりん。目覚めの気分はいかが?」


851 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/08/31(日) 02:02:39.04 ID:Y9ZJP+aDO
健常な思考なら良い訳ありませんよねぇ?
852 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2014/08/31(日) 02:42:12.82 ID:Kc3eHVso0
あーあ、儀式始まっちゃうのかなー。ご愁傷様、篤実
853 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2014/08/31(日) 21:37:40.60 ID:EudocE3I0
愉快な要素をどんどん投下していけば、相殺どころか明るく出来るんだろうか?
854 : [saga]:2014/08/31(日) 23:46:29.81 ID:0KZqD9gJ0



 案の定、僕の前に姿を現したのは全身真っ黒少女の芦原 弥美乃だ。彼女はいつもいつ
も狙いすましたかのように、顔に逆光を張り付けて表情を隠しているけれど……なんなの?
習性なの? ちょっとはヒマワリとかを見習ったほうがいいと思うよ?

 っていうかこんだけ攻撃的な拘束をしといて目覚めの気分を訊いてくるとか、サディス
ティック生命体すぎるだろ。今どき、日朝アニメの悪役でももうちょっとマイルドな性格
してるぞ。……いや、その時間寝てるから知らないけどさ。

 そもそも悪役っていうか、これもう完全に悪だからね。悪役じゃなくて悪人だからね。
犯罪者ですから。同級生に薬盛って昏睡させた挙句に針金で椅子に縛って監禁とか、本土
でやったら二、三日はニュースを騒がせるレベルだよ? わかってる?

 僕もなかなか多彩なバリエーションのイジメを受けてきたと自負しているけれど、さす
がにここまでやられたのは初めてだった。ここまでやれば逆に清々しすぎて尊敬するレベ
ルだけれど、これがまだまだ序の口である可能性も否めないのでやっぱり尊敬はしない。

 この島を訪れてからいろいろな人に出会ったけれど、僕が明確に敵対したことのある人
物は、今日まで妙義ただ一人だった。その彼にしても、相手の心を見透かして真実を叩き
付けるという、まぁそれなりに悪質だけど、まだ可愛いほうな攻撃しかしていなかった。

 僕にしても、せいぜい同級生の携帯を盗んだり番号を抜き出したり、声を変えてじわじ
わといたぶった挙句に肉体と精神に著しい損傷を与えた程度で……あれ、僕はいったい何
をやってるんだ!? ニュースどころか犯罪ドキュメンタリー番組に出られそうだぞ!?

 ……などという栓無き思考を繰り広げ、弥美乃に対する数々の苦言や暴言を脳内から引っ
張り出し、そして最終的に僕の口を突いた言葉といえば、

「……ま、まぁ、ぼちぼちです……はい」

 もう完全に服従の姿勢だった。犬だったらお腹を見せてる段階である。

 木工ボンドよりねっとりとした汗を噴き出しながら目を泳がせてガタガタと震える僕を
見た弥美乃は、満足げに微笑んで、

「ふふっ……あはは。だーりんは勇者だよねぇ。ほんと、男の中の男だよ。すごいすごい、
尊敬しちゃう♪」

 僕の汗に負けないくらいねっとりとした声色の弥美乃は、後ろ手に扉を閉じつつ、ふら
ふらと上半身を不気味に揺らしながら歩み寄ってくる。なにこの静岡を舞台にした某ゾン
ビゲーを彷彿とさせる歩き方、超怖いんですけど! 手に裁ち鋏持ってるし!

「だーりんは信じないだろうけど、あたし、結構だーりんのこと好きだったんだよ? だ
からだーりんが決定的にあたしをブチギレさせた後も、何度も何度も、しつこいくらいに
チャンスをあげたのに……それを、ことごとく蹴散らしてくれちゃうんだもんねぇ……!」

 僕の目の前に辿り着いた弥美乃が、僕の眼前数センチのところまで顔を近づけてくる。
弥美乃ちゃん、瞳孔ゴリゴリに開いてますけど……あ、室内が暗いからですよねっ!?

 もはや焦点が合わないくらいに顔を近づけてきた弥美乃は、椅子に縛られたままの僕の
膝に跨ってくる。弥美乃の興奮気味な荒い息遣いからは、もはや肉食動物のような殺気さ
え感じてしまう。

 そうして弥美乃は、僕の耳に直接声を注ぎ込むような姿勢で言葉を紡ぐ。

「……だーりん……これ、脅しとかハッタリとか、そういうのじゃなくって……正真正銘、
最期のチャンスだから……よぉぉぉく考えて、答えてね」


855 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2014/09/01(月) 01:06:59.77 ID:JbmN1I/M0
何聞かれるんだか、参ったねこりゃ
しかし脳内ツッコミがもう逆に面白くて笑えるわww
856 : [saga]:2014/09/02(火) 02:18:55.33 ID:24RNP0Jk0



 密着状態であるため、弥美乃の心拍が僕の胸へと直に伝わってくる。せめてこんな状況
でなければ素直に喜べたであろうシチュエーションなのだけれど、もはや生殺与奪が完全
に掌握されている現在の状況……我々の業界でも拷問です。

 そして弥美乃は、例の不思議な質問を再び僕に投げかけるのだ。

「だーりん……赤い月の森を歩いたんだよね? そこでだーりんは大切なものを失った。
だから帰ってこられた。……そうでしょ? もう隠さなくていいから……ね?」

 どこか必死さを感じさせるような声色で放たれた、その言葉の群れは……なんとなく僕
に既視感を呼び起こすような響きがあるような気がした。とりわけ“赤い月”というワー
ドが、記憶の水底のさらに奥、堆積した泥のかぶさるソレを掘り起こす素振りを見せたの
だけれど……

「……ごめん、弥美乃。やっぱりなに言ってるのかわかんないよ。なにか聞きたいんだろ
うけど、本当によくわかんないんだ」

 やっぱり、弥美乃が知りたいこと、言わんとしていることが僕には理解できない。どう
やら弥美乃は僕がどこか……さっき“正塚”とか言ってた場所に行ったと思い込んでいる
らしいけれど、そんなところに言った覚えはないのだ。

 すると突如、僕はそこで妙案を閃いた。

「そうだっ! 僕と一緒にいた鳥羽さんにも訊いてみてよ。そしたら、僕の言ってること、
嘘じゃないって、わかるから……!」

 そうだ、それが一番手っ取り早いじゃないか。鳥羽に訊いて、それで彼女もなにも知ら
ないということがわかれば、弥美乃もさすがに諦めて……

「訊いたよ」

「…………え?」

「訊いたんだよ鳥羽ちゃんに……正塚に行ったことも……委員長に会ったことも……変な
黒いのに襲われたことも……全部全部……!!」

 弥美乃は弾かれるように僕から離れると、すぐさま踵を返し、部屋の出口へと駆けていっ
てしまった。そして乱暴にドアを開いて部屋から飛び出すと、ドタドタと足音が離れてい
くのが聞こえた。

 そしてしばらくすると、再び足音がこちらへと戻ってくる。音を聞いていた限りでは、
この部屋の左隣に位置する部屋へと、なにかを取りに行ったようにも聞こえたが……

 ……いや、ちょっと待て。

 このタイミングで、一体なにを取りに行くっていうんだ?

 ついさっき、弥美乃はなんて言っていた?

 まずい。まずいまずいまずい……! なんだか知らないが、すごく嫌な予感がする!!
それこそ、僕が最も苦手とする展開が始まろうとしているような……決定的に取り返しの
つかないことが起ころうとしている予感が……!!

 そして昔から、僕の悪い予感というのは得てして的中してしまうのだ。

 再び扉を開いて現れたシルエットは、『二つ』だった。

 一つは当然のことながら弥美乃のものだ。そして弥美乃によって背後から羽交い絞めに
されている、もう一つのシルエットの主は……



 やはりというか、なんというか……両手首を身体の前で拘束された、鳥羽 聖だった。



857 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/09/02(火) 06:29:50.01 ID:ttdZqtoDO
烏羽は覚えてるのか
そしてヤミノさんの犯罪度も加速度的に上昇してゆくぅー!
アキラ捜査かぁーん!早くキテー!

ってかダメだな、どーしてもひじりんと読んでしまう
本当はキヨミンなのに……ごめんよキヨミン
858 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2014/09/02(火) 16:18:38.77 ID:pP+EKT3Z0
ヤバいっすよ……ヤバいっすよ……
859 : [saga]:2014/09/03(水) 01:05:08.11 ID:OMVNWUqX0



「じゃじゃーん★ だーりんへの特別ゲスト、鳥羽ちゃんでーっす♪」

 弥美乃は場違いに陽気な声を発すると、直後……鳥羽の身体を、部屋の隅にあったベッ
ドへと乱暴に突き飛ばす。

 か細い悲鳴をあげた鳥羽は、両手を縛られている状態だ。当然ながら満足に受け身を取
ることもできず、ほとんど顔から飛び込むような形でベッドへと横たわった。

「鳥羽ちゃんはね、目が覚めたら真っ先に学校へ向かって、そこにだーりんがいないこと
がわかったら、今度はだーりんの家に引き返したそうだよ」

 愉快そうな声色の弥美乃が、聞いてもいないことを説明しだす。

「自分が寝ているあいだに、いつの間にかだーりんが全部の罪を被って悪者になってて、
居ても立っても居られなくなった鳥羽ちゃんは、慌てて家を飛び出したんだってさ……泣
けてくるよねぇ」

 バタン、という扉の閉ざされる音が、死刑宣告のように室内へと響く。扉が開いている
隙に全力で叫んでいれば、あるいは外の誰かが気がついてくれた可能性もあったかもしれ
ないのに。

 けれどその瞬間の僕は、打ち上げられた魚のようにベッドへと身を打ち付けた鳥羽が、
力なく横たわっている様を気に掛けることで精いっぱいだったのだ。

 再び暗闇が訪れ、蝋燭の明かりだけが室内に満ちる。その儚い光の中で、今にも泣き出
しそうに瞳を潤ませている鳥羽と、一瞬だけ目があった。

 ……僕の心臓から喉にかけてを、ざわざわという黒い悪寒が走り抜ける。

 その直後、弥美乃は早足で鳥羽との距離を詰めると、彼女のゴスロリ服の襟をとっ掴み、
強引に引き起こした。そうして苦しそうに呻き声をあげた彼女の白い喉に、弥美乃は室内
の闇に溶けるような黒い裁ち鋏を押し当てた。

 僕と鳥羽の喉が、一瞬で干上がる。

「や、弥美乃……なにやって……」

 僕が震える声で問えば、弥美乃はまだ興奮気味な息遣いで答える。

「……ハッタリとか脅しじゃないって、言ったでしょ……? だーりんが悪いんだよ……
いつまでも嘘ばっかりだから、こうするしかなくなっちゃった……」

 そう言うと、弥美乃は手の中で裁ち鋏を弄びながら、

「そうだ、ゲームをしよっか。ルールは簡単。だーりんがあたしを怒らせるたびに、鳥羽
ちゃんの服を一枚ずつ切り刻んでいく。切るものがなくなったら、この綺麗な白い肌を切
り刻んでいく。鳥羽ちゃんが動かなくなったら、おしまい。どう? 面白いでしょ?」

「……っ!?」

「ジェンガとか黒ひげと同じで、何回ミスったらゲームオーバーなのかわからないところ
が、ゲーム性高くて面白いと思わない? あはっ、あはは」

 こっ……こいつ……マジで頭おかしいんじゃないか……!?

 僕はもう、返す言葉もなかった。眼球があるべき部分にぽっかりと虚ろな穴を開けて笑
う、目の前の少女が……もはや同じ人間というカテゴリの生物には見えなくなっていた。


860 : [saga]:2014/09/03(水) 01:16:11.02 ID:OMVNWUqX0



 けれど、たとえ弥美乃が異界の生物でも、僕が重度のコミュ障でも。目の前で怯えて震
えている鳥羽がいる限り、ここで僕がコミュニケーションを諦めるわけにはいかないのだ。

「弥美乃、ちょっと待って! まず“正塚”ってのはなんなの!? その……それは、こ
の島の人なら誰でも知ってる一般常識なわけ!? 僕はっ、本土で、そんな単語を聞いた
ことはないし……や、弥美乃がなに言ってるのか、まったく意味わかんないんだよ!」

「………………もしも」

 鳥羽を突き飛ばすように解放した弥美乃が、木椅子に縛られた僕の目前までやってくる。
そして両手で僕の頬に優しく触れると、顔をゆっくりと近づけてくる。

「もしも“正塚”での記憶が、霊感とか、そういうものに左右される個人差のあるものだ
として。だーりんがたまたま偶然、絶望的に相性が悪かったとかいうなら……鳥羽ちゃん
に記憶があって、だーりんにさっぱり無いっていう事実も納得できるかもしれない」

 ボソボソと早口で呟く弥美乃は、さらに一層声を低くして続ける。

「だけど……今後だーりんがあたしに嘘をついていたという事実が発覚した時は……鳥羽
ちゃんに酷い目に遭ってもらう。……だーりんはそっちのほうが、“効く”みたいだから」

「……っ」

 やはり思った通り、弥美乃は僕の弱点を明確に見切っていた。僕はどれだけ脅されても
痛めつけられても、大して堪えることはない。なぜなら僕に価値なんてないから。

 だけど鳥羽は違う。彼女は僕なんかの数億倍は価値があって、絶対に傷つけてはいけな
い存在で……

 つい先刻僕は、彼女にこれ以上迷惑をかけないように、関わらないことを誓ったという
のに、舌の根も乾かないうちに、僕のせいで命の危機を感じるほどの事態に巻き込んでし
まった。

 妙義とは違い、恐怖で人の心を支配する弥美乃は、きっと“やる”と言ったら本当にや
る子だ。中学生だからといって……いや、中学生だからこそ躊躇なく、先のことを考えず
に恐ろしい惨劇の引き金を引いてしまうかもしれない。

 もしも、そんなことになったら。弥美乃が鳥羽の身体に、血の一滴でも流させるような
ことが現実に起こってしまったら。

 きっと本土での事件と、まったく同じことが起きるだろう。

 僕が両手を縛られていて動けないとか、弥美乃が凶器を持っているとか、そんなことは
全くもって関係なく……

 僕は、弥美乃を―――殺してしまうかもしれない。


861 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/09/03(水) 04:05:14.73 ID:UIJSxRbDO

呪○するつもりなら、覚えてないからか、手段が奪われてるのに強気だねぇ
それとも性懲りもなく、赤目さまとは別の何かに護ってもらうつもりなのかな?
862 : [saga]:2014/09/04(木) 01:34:56.64 ID:Kj8B0qy60



 僕が胸の奥底で息づくざわめきを押し殺していると、弥美乃は一度僕から顔を離して、
おぼつかない足取りで距離を取った。

「公的には“集団幻覚圏域”って呼ばれてる」

 ぽつり、と弥美乃が漏らした言葉の意図を判じかねていると、彼女は小さくクスリと微
笑んで、

「“正塚”のことだよ。この島に以前いたっていう学者が、そう定義したらしいの」

「えっと……?」

「よく晴れた満月の夜、深夜の森で徘徊していると……その場にいる全員が、共通した幻
覚を見るんだってさ。赤い月が昇る、黒い森で……おぞましい怪物に襲われる幻覚をね」

 言いながら、弥美乃はなんだか不機嫌そうに目を細める。

「でもそういう噂があるだけで、あたしは何度も試したけど、一度も“正塚”に行けたこ
とがないんだ。なんでも、適性がある人が一緒じゃないとダメなんだってさ」

「適性……?」

「それが幻覚作用への耐性とかなのか、はたまた霊感とかなのかは知らないけど……」

 でもね、と弥美乃は続けて、

「あたしは幻覚なんかじゃないって信じてるんだ。“正塚”は実在する。おかしな世界も、
その住人も、人知を越えた力も、存在してるって信じてるんだよ」

「それは、どうして……」

「……存在してもらわなくちゃ困るからだよ」

 最後の一言だけは、まるで地獄の底から這いだしてくるような低い声で、それ以上のこ
とを訊くことは躊躇われた。

 代わりに、一つ気になったことを質問する。

「仮に、その……僕と鳥羽さんが……“正塚”? ……ってところに行ってたとして、そ
れがなんで、こんな事態になってるの……」

 こんな事態、というのはつまり、突然刃物を携えつつ首を絞めながら起こされ、連行さ
れた先で薬を盛られて昏睡させられ、木椅子へ針金で縛られた状態で薄暗い謎の部屋に監
禁され、挙句に知り合いの少女を人質に脅迫されている……という事態である。

 うふふ、懲役換算でどれくらいになるのかなぁ、これ……


863 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/09/04(木) 03:37:33.17 ID:lNNldHsDO
覚えて
お優しい島民達の事だ。事情を聞き、心情を認めれば釈放されるだろうね
864 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2014/09/04(木) 16:43:05.85 ID:Ahsa91QZ0
つーか告発とか出来る記憶、いやさ体があればの話だろ
865 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/09/04(木) 16:46:30.04 ID:lNNldHsDO
>>863
あれ、書いた時間寝ぼけてたからか
“烏羽は覚えてるのか”
の部分を消してしまったか
変な文にしちゃってすみませんでした
866 : [saga]:2014/09/05(金) 00:40:43.38 ID:tiJxcbrY0



「半分は八つ当たりかな」

 照明という表現がふさわしくないほどに弱々しい蝋燭の光の中で……闇より暗い弥美乃
の瞳がまっすぐに僕を見つめる。

「あたしが昨日の夜、だーりんと出かけていれば、あたしが“正塚”へ行けたはずなのに
……だーりんはあたしとの約束をすっぽかして、あまつさえ鳥羽さんと“正塚”に行って
きて……しかも“鍵”を置いて帰ってきた……!!」

 感情を押し殺したうえで、それでも怒りを滲み出させる弥美乃の声は震えていた。それ
は怒りのためか、はたまた悔しさや、悲しさといった感情に起因するものだろうか。

 約束を破ったことについては僕も、とても悪いことをしたと思っている。しかしそれ以
上に、彼女の言葉の中で気になるワードがあった。

「……“鍵”っていうのは?」

「千光寺ちゃんに聞いたよ……だーりんに憑りついてたっていう幽霊、いなくなったんで
しょ?」

「え?」

 弥美乃の口から語られた衝撃の事実に、当事者であるはずの僕のほうが驚いてしまう。

 僕のそんな反応に、むしろ弥美乃も驚いたようで、

「だーりん、知らされてなかったの? っていうか、気づいてなかったの?」

「え……いや、だって、僕だって言われるまで、なにか憑いてるだなんて、知らなかった
わけだし……」

「そういえば千光寺ちゃんに、びっくりするくらい鈍感って言われてたっけ? それだけ
霊感がないなら、“正塚”のことを覚えてないのも納得かも。それに、だとしたら……」

 弥美乃はそこで初めて愉快そうに表情を歪めて、

「『霊感』と『正塚の記憶』が関係してるとなると、なおさらあたしには都合がいいし」

 なにやら意味深長なことを、そっと呟くのだった。

 そして弥美乃はすぐに表情を消すと、僕と鳥羽を交互に見つめ、

「それが半分。残りの半分は、今度こそあたしが“正塚”へ辿り着くために、必要なもの
を調べるためだよ。そのために、なにがなんでも、どんな手を使ってでも、だーりんと鳥
羽ちゃんから一切合財の情報を徹底的に搾り取るからね」

 言いながら、弥美乃は手元の裁ち鋏で空中を切り取るように動かし、カチカチという不
穏な音を鳴らす。

 彼女の迫力に圧倒されながらも、僕はそれに呑まれないように懸命に己を奮い立たせる。

「だ、だけど……僕にはさっぱり記憶がないし、鳥羽ちゃんだって、わざと“正塚”って
ところに行こうとしてたわけじゃ、ないんでしょ? それなら……僕らに訊いて得られる
ことなんて……」

「今ね。将棋で言うところの、『王手飛車取り』なんだよ」

「……え?」

 弥美乃の言葉は唐突すぎて、一瞬意味が分からなかったが……すぐに悟った。


867 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/09/05(金) 00:56:20.60 ID:g0PnZGJDO
うーむ……弥美乃さんの姿が最近見たDoD3のスリイさんと被るなぁ。主に鋏と雰囲気のせいで
868 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2014/09/05(金) 01:46:48.33 ID:3liX+BkJ0
チェスや将棋でいう『 詰 み ( チェックメイト ) 』にはまったのだッ!
てやつですかDIOさm……弥美乃様
869 : [saga]:2014/09/06(土) 01:20:17.93 ID:JUTmgRcK0



 『王手飛車取り』というのは、将棋で最も重要とされる二つの駒『玉』と『飛車』のど
ちらか一方が確実に取られてしまうという最悪な状況を意味する。

 それは古典的RPGで例えるなら、守るべき『王様』と攻めの要である『勇者』のどち
らかが確実に死亡する状況と言える。

 もちろん将棋においては、玉を取られればゲームオーバーなので飛車を切り捨てるのが
当然なのだけれど……僕たちの陥っている状況はさらにマズイ。なぜなら『玉』と『飛車』
が、“どちらか”ではなく“どちらも”同時に取られようとしている状況なのだから。

「この場合、鳥羽ちゃんが『玉』で、だーりんが『飛車』だね。鳥羽ちゃんには睡眠薬な
んてまどろっこしいことはしなかったから、縛られてぐったりしているだーりんを見捨て
てさえいれば、鳥羽ちゃんだけならいくらでも逃げることはできたはずなんだよ。ふふ……
へぼ将棋、王より飛車を、かわいがり……だね」

 世の中の人みんなが、キミのように人と駒を同列視できるメンタルは持ち合わせていな
いんだよ……。駒の一枚一枚に親しい人間の命がかかっていたら、たとえ将棋の神である
羽生名人だって将棋盤をひっくり返すわ。

 だけど一つだけ間違っているところがある。僕は『飛車』ではなく『歩』であるという
ところだ。だから鳥羽は、どう考えても僕を捨て置くべきだった。むしろどうしてそうし
なかったのか、わりと本気で意味がわからない。

「だけどだーりん、これは将棋じゃないからさ……『玉』や『飛車』より重要なものを提
供してくれれば、あたしは喜んでそっちを取らせてもらうよ。そのあいだに二人は、いく
らでも逃げたらいい」

「『玉』より、重要なもの……?」

「“正塚”に関する情報だよ。覚えてないんなら、思い出せばいい。知らないなら、思い
つけばいい。とにかく約束を破ったばかりじゃなく、本当に千光寺ちゃんの言う通り“鍵”
まで失ったのなら……それ以上のなにかを今ここで提示してもらわないと……あたし、大
好きなだーりんに、なにをするかわかんないかも」

 なにをするかわからない。よくガラの悪い不良なんかの常套句として用いられる言葉だ
けれど、弥美乃以上にこの言葉が実体を持って脅威となることは、そうそうないだろう。
おそらく弥美乃は本当に……自分がなにをするか、わかっていないのだろうから。

 だけど僕には、どうしてもわからない……。どんな情報を提供すれば、この絶望的な状
況から脱することができると言うのだろうか?


870 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/09/06(土) 01:50:58.95 ID:9xsM/7IDO
ううむ。やはりアレの話じゃないかと思うんだが
871 : [saga]:2014/09/07(日) 01:51:12.28 ID:Ivnc9gCk0



 とにかくこれ以上弥美乃のサディスティック交渉術を体験したくなかった僕は、まず時
間を稼ぐことを最優先事項に据えてみることにした。僕はベッドに転がされて怯えている
鳥羽へと、縋るような視線を向けながら質問する。

「僕は“正塚”っていうところに行った記憶なんてないから、全然なんとも言えないんだ
けど……もしかしたら“正塚”に関することを聞けば、なにか思い出すかもしれない。鳥
羽さん、昨日の夜にあったことを、覚えている限りでいいから教えてくれないかな……?」

 突然話の矛先を向けられた鳥羽は大いに戸惑った様子だったけれど、ゆっくりと、震え
る声ながらも明朗に、昨晩僕たちの身に起こったという摩訶不思議な体験を赤裸々に語っ
てくれた。

 赤い月、左右反転した森、夜中の二時、焦点の合わない獣、喪服の赤穂さん、排水溝の
ような音、迫り来るおぞましい気配……そして、逢神烏。

 その話を聞いているうちに、僕はもう目眩がしてくるような心地だった。あまりにも現
実味がなさすぎる荒唐無稽具合に、いっそ鳥羽が秘めたストーリーテラーとしての才覚に
感心するほどだった。やけに中二心をくすぐられる世界観だと思ったら、そもそも鳥羽は
ドストライクの中二少女だということを思いだした。

 だがここで「え、意味わかんないんですけどチョーウケル(笑)」とか言おうものなら、
目の前の猟奇的ガールに文字通りの一刀両断に処されるであろうことは明白だ。

 それに“正塚”に関する出来事を語っているときの鳥羽の表情は真剣そのものといった
様子で、そんな彼女に水を差すようなことはできそうもなかった。

 どうしよう……『赤目さま』についてのことを弥美乃に語ってみても良いのだけれど、
そんな胡散臭い話を信じてもらえるものだろうか?

 それにたとえ信じてもらえたとしても、『赤目さま』が現れることは“絶対にない”。
実在するのであれば、そもそも僕が手を汚すまでもなく例の四人は呪われていたはずなの
だから。

 呪いの正体は、僕の“声”だ。『赤目さま』なんて実在しない。

 ……かといって、千光寺が僕の背中に見た“何か”をどこで拾ってきたかなんてことに
心当たりがあるはずもない。そんなの、風邪をどこで伝染されたかを聞かれているような
ものだ。わかるわけがない。

 それなら……そう、もっと根本的な部分に目を向けてみてはどうだろう?

 『王手飛車取り』を避けたいのなら、弥美乃が油断しているこの瞬間に、一気に弥美乃
へと『チェックメイト』を仕掛けるしか手はない。

 弥美乃の精神を殺すことは、いつだってできる。そのための材料は、すでに整っている
のだから。だけど鳥羽が見ている手前、できればそれは最終手段としておきたい。

 僕はおっかなびっくり、弥美乃の逆鱗に触れないように……その問いをそろりと切り出
した。

「あの……さ。もちろん、弥美乃の……ために、えっと、できることは、なんでもしたい
と思ってるんだ。こうなったのも、ほら、僕が約束を守れなかったせいだし……。だけど、
どうしてもこれだけ気になってて……だから、教えてくれないかな……?」

「どうしてあたしが、そこまで“正塚”にこだわってるか……かな?」

「……あ、う、うん……そうです、はい」

 てへ、バレてた☆

 弥美乃は一瞬だけ天井を仰ぎ見るようにのけ反ると、それからゆっくりと姿勢を戻し、
そのどんよりと澱んだ漆黒の瞳を、刃物のように、薄く、鋭く細めていった。

「……だーりんには初めて尽くしだよ。ほっぺにチューしたのも、家に上げたのも、心を
許したのも、手料理を振る舞ったのも、押し倒されたのも、泣かされたのも……そして、
この話をするのもね」

 揺らぐ蝋燭の光に照らし出された弥美乃が、先刻までと雰囲気をガラッと変える。


872 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2014/09/07(日) 02:00:58.80 ID:YdNOvEyX0
”押し倒された、泣かされた”の部分で誤解しちゃいそうな烏羽ちゃん
873 : [saga]:2014/09/08(月) 02:59:01.73 ID:tPkZ7mjR0



「原始人から見たら、ライターは魔法の杖なんだよ」

「……はい?」

 弥美乃が突然言い放ったその言葉で、僕は頭の上に疑問符を浮かべた。比喩とかじゃな
く、僕の体感的にはマジで浮かんでいた。それくらい意味が分からなかったのだ。

 僕の間抜け面がおかしかったのか、弥美乃はうっすらと微笑むと、

「それは現在から過去を見た場合ね。……じゃあ、未来から現在を見た場合。もしも今、
あたしがハサミを振るっただけで、だーりんを宙に浮かせることができたら。このハサミ
は魔法の杖なんだよ」

 そこまで説明されて、僕はなんとなく彼女の言っていることの意味がわかってきた。だ
が言っていることはわかるが、言わんとしていることはわからない。

 さながら魔法少女のように、黒い裁ち鋏をくるりと回しながら、弥美乃は上機嫌に語り
続ける。

「ハサミの中に機械が組み込まれていて、それが磁場に作用して浮かせてるのかもしれな
い。あるいは重力を遮断してるとか。透明な糸で身体を吊るしてたりして。特殊な電波で
幻覚を見せているって可能性もあるかな。オーバーサイエンスってヤツだね」

 弥美乃はゆっくりと、木椅子に縛られた僕の周りを歩き出す。

「もしくは、まだ確認されていない物質とか素粒子による作用かもしれない。フィクショ
ンの世界で“魔力”とか呼ばれてるものが、まだ知られてないだけで、本当に実在してる
のかもしれない。だってニュートンさんが騒ぎ出すまで、みんな重力の概念さえ適当にし
か認識してなかったんだよ? 磁力も、電波も、紫外線も!」

 やがて声色は熱を帯びて行き、熱弁と言えるまでに白熱してゆく。

「一万年後の人類は、『昔のニューマンは次元の壁を突破するどころか、認識さえできて
なかったんだぜ、おっくれてるー』とか言ってるのかもしれない! 現代の常識で不可能
だとされてることが、これから先もずっとできないだなんて、誰にも言い切れないんだよ」

 僕の背後へと回った弥美乃が、そこでひたりと立ち止まる。

「地底も、深海も、宇宙も……ううん、もっともっといろんな世界には、まだ知られてい
ない現象が、物質が、きっと存在してる! ううん、存在してないといけないんだよ!」

 弥美乃の細い指が、僕の肩を優しく掴む。相手が弥美乃なだけに身構えてしまうが、ど
うやら今のところ害意はないらしい。

「原始時代におけるライターみたいな、『魔法の杖』を見つけ出す……それがあたしの、
“手段”なんだよ」

「……“手段”? “目的”じゃなくて?」

 思わず口を突いて出てしまった疑問に、弥美乃の指がピクリと反応する。やべっ、失言
だったか……!? と血の気が引いたのも束の間。

 弥美乃はそっと僕の耳元に口を寄せて、静かに……だけどこれまでとは比べ物にならな
いほどの熱を込めて、彼女は言った。



「あたしの目的はただ一つ―――『パパに会う』―――ただそれだけ」


874 : [saga]:2014/09/08(月) 03:15:42.40 ID:tPkZ7mjR0



 パズルのピースが、カチリと音を立てて嵌まる感覚だった。これまでに提示された無数
のヒントが繋がって、一つの答えを示すような感覚。

 そうか、そうだったのか……いや、一度気がついてみれば、どうして今までわからなかっ
たのか、わかってあげられなかったのか、それが悔やまれるようなレベルだった。

 弥美乃の長い黒髪が、サラリと僕の首筋に落ちる。弥美乃が俯いたためだ。

「……そのためなら、なんだってするって決めたんだよ。幽霊が存在するとか言ってる千
光寺ちゃんの神社に通ってみたり、神主さんに話を聞きに行ってみたり、本で読んだ降霊
術を片っ端から試してみたり、島中からあらゆる手を尽くして曰くつきっぽい物品をかき
集めてみたり、『霊山さん』にお願いしてみたり、『魔術部屋』を作ってみたり……とに
かく考え付く限りのことはなんでもやった……!」

 まるで声に、血が滲んでいるかのようだった。それほどまでに痛々しくて、傷だらけの
声だったのだ。

「でも、全然だめだった……。世界は当たり前みたいな顔して、白々しい常識にまみれて
るんだ……。あたしのちっぽけな反抗なんて嘲笑うみたいに、今日も世界は平和で、ヒビ
の一つも入らないんだよ……」

 鳥羽が空想志向の中二病だとすれば、弥美乃は現実志向の中二病だ。

 鳥羽は特異な生まれであることを、普通の殻を被って隠し、その上で自身の特異性を肯
定すべく、もっと特異な自分を空想上に創りだして演じていた。

 一方で弥美乃は、普通の生まれでありながら、生き方が歪むほどの事件で特異性を押し
付けられ、そんな自分を普通の殻で覆って隠して生きてきた。

 特異を演じる普通を装った特異な女の子と、普通を装う特異な性質の普通な女の子。

 普通になりたくて苦しむ純白の女の子と、特異に手を伸ばそうと苦しむ漆黒の女の子。

 さながら鏡合わせのような鳥羽 聖と芦原 弥美乃が、惹かれ合うように千光寺神社へ集
い、そして僕の特異性に目を付けた……。これは一体なんの因果なのだろうか。

「何年頑張っても結果は出ない。幽霊も妖怪も見つかりやしない。もうどうしたらいいの
かわからなくって、胸が張り裂けそうだった……」

 弥美乃は僕の背後から正面へと戻ってくると、長い黒髪で顔のほとんどを隠しながら立
ち尽くす。……その声は弱々しく震えていた。

「そんな時だよ……だーりんが現れたのは」

 ぞわり、という悪寒が僕の背筋に走った。これから彼女の口から語られることが、僕に
とって非常な苦痛を伴うということを、思考以下の本能で察したためかもしれない。

「最初は、どこにでもいる普通の男子だと思った。ううん、普通以下の男子に見えたかな。
あたしとしては男ってだけで気持ち悪いと思ってたし、今後も接する機会なんて無いんだ
ろうなって漠然と考えてたのを覚えてるよ」

 艶やかな髪の隙間から覗く彼女の瞳は、昔を懐かしむように遠くを見つめていた。

「だけど先月の、写生大会の日……あたしが絵を描いてたら、すぐ横を委員長が走っていっ
たんだよ。それで何事かと思って辺りを見回してたら、淡路くんと妙義くんを引き連れた
だーりんが見えた。必死の形相で、いつもと雰囲気が違ってたから……すごく印象に残っ
たんだ。その時はなにしてるのかわからなかったけど、あとでだーりんが、滑落に巻き込
まれた鏡ヶ浦ちゃんを命懸けで助けたってことを知った」


875 : [saga]:2014/09/08(月) 03:25:04.77 ID:tPkZ7mjR0



 『精霊通信事件』の最中を、弥美乃に見られていたのか……。そういえば鏡ヶ浦が失踪
する直前、笹塚たちと一緒にいた弥美乃を見たっけ。そして赤穂さんに追いつけなかった
僕は携帯でお婆ちゃんを呼び出して……

「それから一ヶ月。千光寺神社の神主さんに話を聞きに行った時のことは、忘れられない
よ。神主さんを投げ飛ばしたこともそうだけど、あたしはあの時初めて、自分の目で超常
現象を目撃したんだ。本当に嬉しかった……こんなことが現実に起こるんだって興奮して、
すぐにでもだーりんに話しかけたかった。……まぁその日の帰りは、鳥羽ちゃんに先を越
されたから諦めたんだけど」

 ベッドの上で縮こまる鳥羽を、横目で見据える弥美乃。鳥羽はその一瞥だけで、飛び跳
ねるくらい怯えていた。

「それからはだーりんも知ってのとおり、とにかくお近づきになろうと思って告白したり、
だーりんを利用しようといろいろ画策して……そして、昨日の夜」

 心臓が締め付けられるように痛い。いや、痛んでいるのは胃かもしれないし、あるいは
……心かもしれない。弥美乃の怒りが、絶望が、この頃になると痛いほどに伝わってきて
いた。

 なぜなら、僕は……

「だーりんに言われた言葉は、あの女……ママにだって言われたことなかった。あんなに
あたしの心に踏み込んできたのは、だーりんが初めてだった。だーりんはいざって時には
力強くて、不器用だけど一生懸命で……あたしのカサカサに乾いた心を、潤してくれた」

 うっとりとした声だった。幸せそうな声だった。弥美乃は僕なんかの言葉に、そこまで
心を動かされてくれていたのだ。

「本当に、だーりんになら、あたしの“いちばん”を捧げたっていいと思った。今まで誰
に対しても興味が湧かなかったあたしが、だーりんのことを本気で好きになった。パパも
きっと許してくれるはず……そう、思ってたんだよ?」

 幸せそうな声はどんどん掠れていき、やがて絶望が色濃く滲み始める。

「だーりんはあたしの汚い部分を見ても、情けない姿を見ても、昨日の夜、あんなに温か
い言葉をかけてくれた。あたしなんかのために、必死になって説得してくれた。だから、
あたしは……だーりんが帰ってきたら森に出かけて、“正塚”を探して……もし“正塚”
が見つからなかったら、すっぱりとパパのことは諦めて、だーりん一筋で生きていこうっ
て決めたの。だからだーりんが帰ってくるのを玄関で、ずっと、ずっと待ってたんだよ」

 僕は弥美乃の顔を見ることができなかった。彼女の震える声を……必死に感情を抑えよ
うとして、それでも抑えきれない声を聞きながら、奥歯を噛みしめることしかできない。

「ずっと……朝まで待ってたのに……」

 ぽたり、と。弥美乃の足元に雫が落ちる。思わず視線をあげて、僕は弥美乃の顔を見た。
見てしまった。

 そこにあったのは、あらゆる感情が複雑に混じり合った、歪な笑顔。

 深い絶望を湛えて頬を濡らす彼女は……僕の、最も聞きたくなかった言葉を口にした。



「……だーりん……どうして、帰ってきてくれなかったの……?」


876 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/09/08(月) 06:03:45.41 ID:oxn6mg5DO
弥美乃の場合は、行ってたら深入りし過ぎて、無惨に屠られてたと思うんだよね
877 : [saga]:2014/09/09(火) 02:12:16.02 ID:7/aZyldd0



 なにも言い返すことができなかった。当然だ、一〇〇パーセントの割合で、完全に僕が
悪いのだから。さすがにこんな監禁まがいの仕打ちを受ける謂れはないけれど、それでも
弥美乃の心情を……彼女が僕を待っていた十時間余りを思えば、甘んじて罰を受け入れざ
るを得ないものがあった。

 だけどそれでも……鳥羽を危険に晒していい理由にはならない。

 僕は、ベッドの上で未だに身を丸くしている鳥羽へと視線を向けた。偽りの自分を演じ
ながら悩み続けてきた彼女。今日まで苦しみながらも秘密を守り続けてきた彼女。昨日、
ようやくその呪縛からほんの少しだけ解放されて涙を流した彼女。

 僕はどんな目に遭ったって構わない。それだけのことをしてしまったんだと、今さらな
がらに気がついた。悪いことをしたのだから、どんな罰だって受けよう。

 でもそれは、どうにかして鳥羽をここから逃がした後だ。

 僕は覚悟を決める。僕は『飛車』じゃなくて『歩』だけど、“一歩千金”という言葉も
ある。いつだって『歩』は、誰かの身代わりで、争いの鉄砲玉で、暴力への壁役で、強者
にあてがう囮で、価値が低くて、あっけなく無様にやられるのが仕事だ。

 ……それなら、自分の役割を全力でこなしてやろうじゃないか。

「ごめん……ごめん、弥美乃……謝ってもどうしようもないことは、わかってるけど……
謝ることしかできない。弥美乃との約束を覚えてはいたんだけど……どうしても千光寺さ
んに聞いた“正塚”ってものが、見てみたくってさ。……鳥羽さんに無理を言って、まっ
すぐ帰らなかったんだ」

 弥美乃の眉が、ぴくり、と動く。

「……さっきはしらばっくれてたけど、本当は“正塚”に関する知識も記憶もあるんだよ。
鳥羽さんは、遅くなると親が心配するから帰ろうって何度も言ってたんだけど、“正塚”
を探すまでは戻りたくないって、僕が夜中まで連れ回してたんだ」

 視界の端で、鳥羽がポカンと口を開けながら、体を起こす。僕がなにを言っているのか
がわからず、混乱しているのかもしれない。……頼むから、余計なことは言わないでね。

 弥美乃が無言で、右手に携えた裁ち鋏をカチカチと鳴らす。それだけで僕の背筋は凍っ
てしまうのだけれど、ここでビビって引くわけにもいかない。

「でもまさか、弥美乃がそんなマジメに僕の言葉を聞いてるとは思わなかったんだよ……
だって僕は、沈黙が気まずいから適当な言葉を並べてただけなんだからさ。弥美乃も適当
に聞いてるのかと思ってたんだけど、違ったんだね」

 弥美乃の瞳がどんどん温度を無くし、冷え込んでいく。右手の裁ち鋏が蝋燭の光を反射
し、不気味に黒く煌めいていた。

 あと一押し……あと一押しで、弥美乃は激昂する。そうすれば恐らく、あの鋏を使って
僕に攻撃を仕掛けてくるだろう。

 これまでに、この部屋唯一の扉は二度開いた。その際、僕は扉の外の景色もきちんと確
認していた。扉の向こうには、二メートルもない距離に白い壁があった。日差しは右側か
らで、この部屋の左隣にはもう一つ部屋が存在する。極め付けに、弥美乃が自分の部屋か
ら、意識のない男子高校生を運び出すことのできる場所……

 この条件を満たせる場所は一つ。ここは、弥美乃の部屋の隣にあった『開かずの間』で
間違いない。

 そして弥美乃が我を忘れて鋏で僕を攻撃すれば、かなりスプラッターな光景となる。良
くて出血、悪くすれば死にかねないほどの攻撃が僕に襲い掛かるはずだ。そうなればきっ
と、鳥羽は絶叫するだろう。

 “それ”が脱出への架け橋となる。


878 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/09/09(火) 02:22:35.29 ID:1uqOJx7DO
“手が滑る”って可能性もあるんだが……
879 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2014/09/09(火) 16:28:50.67 ID:yPwBTMNx0
もうマジメ系クズの嘘なんて通用しなくなるんじゃないか?
880 : [saga]:2014/09/10(水) 02:02:03.90 ID:3kiY+o7v0



 僕がこの部屋に運び込まれてからどれくらいの時間が経ったのかは知らないが、僕がこ
の家を訪れたとき、下の階には弥美乃のお母さんがいた。上の階で暴れるような物音や絶
叫が聞こえれば、きっとこの部屋へと駆けつけてくれるはずだ。

 『開かずの間』には厳重に鎖がかかっていたはずだが、弥美乃が室内にいるということ
は、その鎖は外されていると見て間違いない。母親が駆けつければ、さすがに弥美乃も凶
行を中止せざるを得ないはずだ。

 ただし今の状態で叫んだり床を踏み鳴らしたりしても、それでは弥美乃に阻まれたり、
最悪の場合は彼女の怒りを買って、鳥羽に凶行の矛先が向けられる可能性もある。

 あとは弥美乃が僕に攻撃してきたとき、鳥羽がこちらへ駆けつけないように制するのと、
逆に弥美乃が鳥羽のほうへ行かないように、僕の拘束されていない両脚で、弥美乃の胴を
ホールドして、意地でも離さないようにしなければならない。

 かなり分の悪い賭けだが、このまま弥美乃に尋問されていては、鳥羽の身の安全は保障
しかねる。彼女は自分でもなにをしでかすかわかっていないのだ。この作戦がたとえ失敗
したとしても、これで怪我するのは僕一人のはず。ならばやってみるだけタダだろう。

 僕は最後の一押し、最後の挑発を言い放った。

「それにしても……死人と会うとか、本気で言ってるの? 弥美乃みたいに大切な故人と
会いたいって人は、今日まで何百億人いたかわかってる? 無理に決まってるでしょ……
そんなの、中学生の痛い妄想だよ!」

 暗さのせいで弥美乃の表情が判然としないが、それでも伝わってくる凄まじい怒気。何
年も心血を注いでずっと頑張ってきたことへの冒涜が、頭に来ないはずがない。しかもまっ
たく筋の通っていない暴論などではなく、弥美乃自身も薄々気がついていて、それでも認
めるわけにはいくまいと目を逸らし続けてきた事実を、正面から突き付けられたのだ。

 結論から言って、弥美乃は僕の思惑通りに激昂した。

 ただし一つ誤算があるとすれば、それは……



 その怒りは、僕ではなく鳥羽に向けられたということだ。


881 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/09/10(水) 05:08:51.54 ID:yXlwy/4DO
アチャー……
882 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/09/10(水) 12:03:26.01 ID:SQM8gr3JO
あー
883 : [saga]:2014/09/11(木) 01:41:21.32 ID:iBuCQKn10



 鳥羽の髪を乱暴に引っ掴んだ弥美乃は、その白い首筋に漆黒の凶器をあてがった。

「弥美乃っ!?」

「騒ぐと切る」

 反射的に叫んだ僕を、弥美乃の端的な脅迫が黙らせる。

 僕は急激な興奮のためか突発的な酸欠に襲われるが、そんなことを気にしていられる状
況ではない。恐怖のあまり、押し殺すようにすすり泣く鳥羽を、なんとしてでも助け出さ
なければならないのだ。

 弥美乃は激しく興奮している様子で、ともすれば本当に鳥羽の喉を掻っ切ってしまいそ
うな危うさがあった。

 僕が状況を好転させる言葉を探しているうちに、弥美乃は、わなわなと震える唇で怒り
の呪詛をまき散らす。

「……そんなに鳥羽ちゃんが大事なんだ、だーりん……もしかしてこの子が、だーりんの
“いちばん”だったりするのかなぁ……それは許せないなぁ……許せない……!!」

 弥美乃は鳥羽の髪を引っ張り、ベッドから無理やり引きずり降ろす。そしてそのまま彼
女を立ち上がらせると、改めて背後から裁ち鋏を首に突き付ける。鋏はまだ開かれていな
いものの、それは弥美乃に鳥羽を傷つける意思がないという証明にはなりえない。

「だーりん……さっきまであんなに怯えて、おっかなびっくりだったのに……私を小馬鹿
にするようになってからは、やけに饒舌になったよね……まるでわざと自分に怒りを向け
ようとしてるみたいに……」

「ち、違う、僕は……!」

「あからさまに鳥羽ちゃんを庇うようなことまで言い出してさぁ……! ねぇ鳥羽ちゃん?
だーりんの言ってることは本当? だーりんが鳥羽ちゃんを夜中まで連れ回して家に帰さ
なかったの? “正塚”を見つけようって言い出したの? だーりんが全部悪いの?」

 グイッ、と裁ち鋏が鳥羽の首筋に強く押し付けられる。刃の部分ではないので切れはし
ないと思うが、それでも凶器が皮膚に食い込んでいるのを見ていると、背筋に冷やりとし
たものが伝う。

 鳥羽は泣き声や悲鳴を必死に押し殺しながら、激しく首を横に振ってしまう。

 それを見た弥美乃は、僕へ鋭い視線を突き刺して、

「ほうらやっぱり。……やさしいね、だーりんは。か弱い女の子を逃がすために、自分を
犠牲にできるんだ? あはは、かっこいいねー」

 まったく感情の込められていない、白々しいにもほどがある弥美乃の言葉。すると彼女
は直後にニタリと凶悪な笑みを浮かべて、

「そうだ、鳥羽ちゃん……選ばせてあげるよ。『だーりんの顔』と『鳥羽ちゃんの服』、
どっちを切り刻んでほしい?」

 二択として成立していないその問いに、僕と鳥羽が絶句する。


884 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2014/09/11(木) 02:14:13.11 ID:+x/sA4Yw0
服で(エロス!)
885 : [saga]:2014/09/12(金) 00:42:28.33 ID:UyrawYuG0



 明白すぎる弥美乃の意図と悪意に、全身を巡る血液が一気に頭へと昇る。僕の目の色が、
おそらく比喩ではなく物理的に変わった。それほど血走った僕の視線でさえも、弥美乃は
涼しい顔をして受け流してしまう。

 その段になって、これは彼女の仕掛けた『二重の悪意』であることに思い至る。つい先
ほど僕が弥美乃にした、怒りを誘う挑発への意趣返しなのだ。そしてもう一つの悪意が……

「優しい優しいだーりんは……“こういうの”のほうが効くんだよねぇ……?」

 僕の作戦も、僕の弱点も、すっかり完全に見通されてしまっていた。これで“妥協案”
は全て頓挫させられたことになる。事こうなれば、僕に残された道は、たったの二つ。

 零か百か―――情けない降伏か、情けのない調伏か……である。

 法律を持ち出せば、この場で悪いのは弥美乃ただ一人だろう。僕も鳥羽も、弥美乃に対
して法に触れるような悪行はしたことがない。一方で弥美乃は、ここまでいくつの法を踏
み倒したものか数えるのも馬鹿らしいほどだ。

 だけど彼女の心情を汲むのなら……根っこの根っこまで掘り返せば、やっぱり悪いのは
僕なのだ。先ほどの弥美乃の独白を聞いて、僕はそれを痛感した。現状において、僕はす
でに弥美乃を傷つけるモチベーションをほとんど失いつつあった。

 だから僕の選択に、一切の迷いはなかった。

「……弥美乃、今度は本当に、僕の負けだよ……。変な小細工を弄そうとしたりしてごめ
ん……。これからは弥美乃の言うことには、なんでも従うよ。足だって舐めるし、崖から
飛び降りたっていい。……だから、もうやめてください……お願いします」

 そう言って僕は、木椅子に後ろ手で縛られたまま、深々と頭を下げた。

 薄暗い室内に、静寂が満ちる。自分の膝しか見えない僕の耳に、弥美乃の荒い息遣いが、
少しずつ穏やかになっていくのが聞こえた。

 僕はそのまま頭を下げて言葉を続ける。

「話を聞く限りだと、“正塚”っていうのは満月の夜に行けるんだよね……? 一ヶ月も
延期させてしまって申し訳ないけど……来月の満月のために、学校だって休むし、神庭家
にだって帰らなくていい……もう一度、二人で準備しようよ……。僕にもう一度だけ、チャ
ンスをください……」

 声のスペシャリストを自称する僕にとって、涙声を出す程度のことは造作もない。でも
この時の僕は、自分の無力さと情けなさに頭が来て、半分くらい本当に泣きそうになって
いた。

「……ここで鳥羽さんに手を出したら、もう後戻りできないよ……服でも髪でも、切られ
たら親には隠せないし……そうしたら、僕だけじゃ弥美乃を庇いきれない……島での居場
所も無くなるし、“正塚”へ行く準備だって、きっとできなくなる……。僕たちのために
も、ここで鳥羽さんには、手を出してほしくないんだ……」

 ……そうしてすべてを言い切った僕は、頭を深々と垂れたまま、弥美乃の反応を待った。
恥も外聞を捨てて、これが僕にできる精いっぱいの説得だ……。

 そのまましばらくの間、僕は辛抱強く待ち続ける。……実際には大した時間は経ってい
ないのだろうけれど、僕にとっては罪状を言い渡されるのを待つ被告人のような心地で、
その時間は永遠にも思われた。

 やがて、ゆっくりと溜め息を吐くような気配が感じられた。

 弥美乃の下した判決は―――


886 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/09/12(金) 01:28:38.08 ID:L1DoBGvDO
あー、外の方の状況も気になるなー(棒)
887 : [saga]:2014/09/13(土) 04:57:20.13 ID:CXPP5Z190



「……だーりんが協力してくれても、千光寺ちゃん曰く“鍵”は無くしちゃったんでしょ?
それじゃあ、だーりんの申し出は今さらだよ……追い詰められたから、口から出まかせを
言ってるようにしか聞こえない……」

 弥美乃は口ではそう言いつつも……こっそりと顔をあげた僕は、弥美乃の瞳に“迷い”
が生じていることを読み取った。彼女は今、自分を引き留める僕の言葉と、後戻りできな
い現状との狭間に揺れているのだろう。

 あともう少し……あと一手で、この最悪な状況を互いに無傷で乗り切ることができるか
もしれない。

「幽霊くらい、何度だって憑りつかれるよ! 絶対になんとかする! 今度こそ……もう
一度だけ僕を信じて!!」

「…………。」

 弥美乃は眉根を寄せて、深く考え込む。なにを思案しているのか、なにを計算している
のかは僕の理解の及ぶところではないけれど、これからの僕の……いや僕たちにとっての、
最大の選択が迫っていることを予感させるには十分な雰囲気だった。

 そして―――弥美乃が口を開く。

「だーりん……昨日の夜、鳥羽ちゃんと森でなにを話してたのか、教えて?」

「……え?」

 これまでの話の流れと通じているような通じていないような、そんな弥美乃の言葉によっ
て完全に虚を突かれた僕は、一瞬、思考停止してしまった。

「え……えっと……あの、それは……」

 そして考えてしまった。鳥羽との二人だけの秘密にすることを固く誓った昨晩の出来事
を、弥美乃に話してしまうかどうか。

 ……そう。



 つい先刻、絶対服従を誓った弥美乃に“秘密にするかどうかを悩んでしまった”のだ。


888 : [saga]:2014/09/13(土) 12:01:52.09 ID:CXPP5Z190



 弥美乃の意図に、質問の真意に、気がついたときには遅かった。すでに弥美乃の瞳には、
さきほどまでの煮えたぎる漆黒が轟々と渦巻いていて……

「……よぉくわかったよ……だーりんの言葉は上っ面の薄っぺらだってことが……結局は、
この子……鳥羽ちゃんが可愛いんでしょ? この子との約束のためにあたしとの約束を破っ
て……この子を助けるためにあたしを騙して、この子を助けるためにあたしに謝って、こ
の子を助けるためにあたしに優しい言葉をかけるんだ……」

「ち、違っ……」

「違わないッ!!」

 弥美乃の痛々しい叫びを間近に聞いた鳥羽さんが、見ていて可哀想になるくらい怯えきっ
て震えていた。無理もない、これまでで最大の怒りを爆発させた弥美乃が、手にした裁ち
鋏を強く握りしめて彼女の首にあてがっているのだ。

「もう誰も、あたしをわかってくれる人はいない……! ママも、だーりんも嫌い!!」

「弥美乃、話を聞いて! とにかく落ち着いて話を……!」

「その言葉も、“鳥羽ちゃんが危ないから”なんでしょ!? ……だーりんも味わってみ
るといいよ! 自分の“いちばん”が世界からいなくなる気持ちってやつをさぁ……!!」

 そう言って、鳥羽の髪を掴んだままだった弥美乃は反対側の手に握った裁ち鋏を振り上
げる。

 ぞわり、と腹の奥底で……目を背けたくなるようなどす黒いなにかが音を立てた。

 僕には弥美乃の気持ちはわからない。僕は人格的に問題のあるクズであり、他人に対し
て非常にドライなところがある。だがそんな僕でも、弥美乃の気持ちを想像できないこと
はなかった。

 かつて僕にも“いちばん”と言えるほどに大切だった友人がいた。その友人がイジメを
受けて登校拒否となった事実を知ったときの僕の怒りや悲しみは、かなりのものだったと
記憶している。それこそ、イジメの主犯格たちに対して容赦ない呪いを与えるほどには。

 ならば弥美乃の“いちばん”であり、かつ血のつながった肉親でもあった父親の死去……
その事件が、彼女の心にどれほどの傷をもたらしたか。彼女の心をどれほどまでに歪めて
しまったか。僕なんかには、なんとなく想像するのがせいぜいだった。

 だから彼女の現在の凶行に関しても、手放しで咎めるような気にはならない。彼女を理
解できない僕に、彼女を責める資格なんてないと思うから。

 しかし……やっぱり、だからといって、鳥羽を傷つけていい理由にはならない。

 そして僕は悟った。もう、みんなが笑顔でハッピーエンドを迎えられるような、そんな
終わりは、もう迎えることができないんだと。

 きっと誰かを助けるためには、誰かを犠牲にしなければならないのだということを、僕
は確信した。

 だから僕は……

「そんなに『魔法』が見たいんなら……見せてあげるよ。僕の『魔法』を」

 腹の底でグツグツと煮えたぎる感情に任せて、僕は冷静さを失って取り乱す弥美乃に、
そう言い放った。


889 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/09/13(土) 12:18:41.88 ID:MxcL0QeDO
ほう?
890 : [saga]:2014/09/14(日) 02:14:34.64 ID:oHbSuK+A0



 僕のその言葉に、怒髪天を突くほどに怒り狂っていた弥美乃の表情が変わる。同様に、
彼女に髪を掴まれて苦悶の表情を浮かべていた鳥羽も、驚きの表情を浮かべていた。

「これは弥美乃の言う通り、“鳥羽さんを助けるために”使う『魔法』だ。きっと弥美乃
は、これから致命的なダメージを受ける。だから鳥羽さん、そうしたらここからすぐに逃
げだして、助けを呼んできてほしい」

「ま……また、お得意の嘘……?」

 警戒と、若干の焦りが混じる引きつった表情で、弥美乃が上ずった声を発する。対する
僕は揺るがない。既に腹を決めているからだ。

「嘘だと思うんならそれでもいいよ。でも弥美乃は見たがってたよね、『魔法』を。せっ
かくだから、特等席で見ていきなよ」

 さきほど弥美乃自身が言ったことだ。理解の及ばない現象は、それが科学であっても魔
法なのだと。それならばこれから僕の行う攻撃は、きっと弥美乃にとって魔法たりうるも
のとなるだろう。

 僕は弥美乃のお母さんの手によって、見せてもらったのだ。弥美乃が今日までずっと愛
し続けてきた“いちばん”である、弥美乃の父親の映像を。つまり僕の耳には、頭には、
弥美乃の父親の『声』も『抑揚』も『発音』も、しっかりとこびりついている。

 何年も何年も、ずっと父親に会うためだけに尽力し続けて……実らないとわかっている
はずの夢に縋ることでしか自分の心を守ることのできなかった哀れな少女の、最も深い場
所へと大切にしまわれているであろう、愛する人の『声』。

 これまでの青春時代、そのすべてを捧げてまで聞きたかった彼の声で、自分の生き方や
考え方を根本から否定されたなら……ずっと縋りついてきた、大切な人との美しい記憶を
ぐちゃぐちゃにぶち壊すような言葉を叩きつけられたなら……そのダメージは、絶望は、
痛みは、彼女の心を殺すのに十分すぎるものとなるだろう。

 僕が発した言葉を、僕の発した言葉として認識させるようなヘマはしない。信じられな
いかもしれないけれど、本当にそっくりな声というものは、目の前で別人によって発せら
れたところを見ていたとしても、本人による言葉であると錯覚してしまうものなのだ。

 さらに言うなら、弥美乃は幽霊というものがいると信じている。いや、信じざるを得な
い立場にいる。だからこそ、寸分違わず正確に再現された父親の声を、目の前の高校生が
発しているという、それだけことを、それだけのこととして捨て置くことなどできはしな
い。僕が一言、『死者の言葉を伝えることができる』とでも言えば、その言葉は、父親の
言葉として彼女の心を打ち砕くのだ

 これは弥美乃の、今にも壊れそうな傷ついた心を、土足で踏みにじる、最低最悪の行為。

 ―――まさしく『呪い』だった。


891 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2014/09/14(日) 02:56:48.08 ID:A6UfR89I0
完全な声帯模写なんて技術、確かに魔法と言っても過言じゃ無いか
892 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/09/14(日) 06:49:28.51 ID:ioqIv4G4O
おぉ
ドキドキするな
893 : [saga]:2014/09/15(月) 01:49:36.46 ID:mbjH8yq60



「……覚悟は良い?」

 きっと僕は、本土であいつらを呪ったときと、おんなじ顔をしているんだろう。僕を見
る弥美乃と鳥羽の顔を見ていればわかる。蛆虫の湧いた腐乱死体を見るような顔つきだ。
あるいは、曰くつきと名高い旅館で、押入れに貼ってある古びた護符を見つけたときのよ
うな顔かもしれない。

 きっと彼女たちは“ハッタリじゃない”ということに気がついてくれたことだろう。あ
とは僕が、声を発するだけだ。弥美乃の今日までの努力を、人生を否定するような、心を
へし折り粉々にするような言葉を乗せて……

 僕が息を大きく吸い込み、そして喉を絞って声を発しようとした直前……昨日の弥美乃
の笑顔や泣き顔、苦悩や葛藤、そして先ほど知った彼女の過去や想いが頭をよぎり、固め
たはずの僕の覚悟に急ブレーキがかかった。

 その間隙を縫うかのように、

「や、やめてください! 篤実さんっ!!」

 根が控えめな性格である鳥羽にしては珍しい大声が、室内に響いた。突然のことで僕も
弥美乃も目を丸くするが、鳥羽は構わず、涙を滲ませながら言葉を続けた。

「それ、都会でやったっていう『呪い』ですよね……!? そ、そんなの、ダメです!!」

「い、いや……でも、もうこれしか……」

「でも、でもっ……それで一番傷ついてるのは……篤実さんじゃないですかぁ……!」

 …………傷ついてる? 僕が?

 鳥羽の言っていることの意味が分からず、僕は困惑した。僕が都会であいつらを呪った
せいで、傷ついている……?

 そんなはずはない。例の事件の直後から僕が空っぽになったのは、きっと燃え尽き症候
群とか、そういう風なものであって、そんな、罪悪感だとか、当たり前で人情味の溢れる
理由なんかじゃない。僕はそんな立派な人間じゃない。喋れば笑われ、歩けば蹴られる、
そんな人間なんだから。

 だからこそ、弥美乃が僕を標的としているうちは、なんだかんだ思いつつも、自分の境
遇に納得はしていた。不満はあったが、少なくとも理不尽な目に遭っているという感覚は
あまりなかった。なぜなら、僕はそういう星の元に生まれた人間だから。

 だけど鳥羽を狙うというのなら、傷つけるというのなら、話は別だ。平時の二人の価値
は甲乙つけがたいものがあるけれど、少なくとも現状は……被害者である鳥羽と、加害者
である弥美乃。優先すべきはどちらかという選択において、迷いはない……はずだった。

 できれば僕だって、二人が無傷でこの一件を幕引きできるのであれば、それが最善だと
は思う。だけど、もはやそれは叶わないということを今までの流れで痛感させられたのだ。

 それなら、もう、弥美乃を呪うしか……『魔法』を使うしか……



 ―――『魔法』を使うしか?


894 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/09/15(月) 05:37:30.98 ID:KFs/btgDO
んっ?更なる妙案でも閃いたのか?
895 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/09/15(月) 21:25:25.88 ID:EROA4oULO
こいっ
896 : [saga]:2014/09/16(火) 02:39:29.92 ID:O+irk9sz0



「……ふっ……くふっ、ふ、ははははっ……!」

 思わず吹き出してしまい、慌てて表情筋を引き締めようとしたけれど、全然だめだった。
僕を見る弥美乃と鳥羽が、さっきよりもドン引きした表情を浮かべるけれど、そんなこと
は全く気にならなかった。たった今僕が見出した光明に比べたら、些末な事だ。

 ……そうか、そうだった。僕にはまだ使える『魔法』があったじゃないか!

「わかったよ、鳥羽さん。本土で使った『呪い』は使わない。……代わりに、一昨日の夜
に習得したばかりの『魔法』を使わせてもらうよ。こっちのほうがパワフルだしね」

「……おととい?」

 思い出してくれ、鳥羽。この『魔法』は僕一人では扱えないんだから。僕は一昨日の夜、
どこで、誰と、なにをしていた?

「鳥羽さん、キミが教えてくれたんだよ。ほら、『愚理喪環亞瑠(グリモワール)』に記
されていた『魔法』だよ。こんな状況なら……いいや、こんな状況だからこそ輝きそうな
『魔法』があったじゃない」

 しばし呆然とする鳥羽だったけれど、やがて「……あっ」という呟きとともに、なんだ
か呆れたような目つきとなってしまった。そんな顔しないでよ、キミのオーダー通りなん
だからさ。

「それに鳥羽さんは、天の現人神としての真の姿を解放することができるでしょ? その
力があれば、今の状況からだって、容易に脱出ができるじゃないか」

 僕たちの会話にまったくついていけてない弥美乃が、困惑の表情を浮かべる。それはそ
うだ、『呪い』も『愚理喪環亞瑠』も『真の姿』も……全部、僕と鳥羽の二人だけの秘密
なのだから。

 僕は弥美乃を睨みつけると、

「お待たせ、弥美乃。今度こそ『魔法』をご覧に入れるよ。……自分で見たいって言い出
したんだ。今更怖がって、やっぱりいいですなんて、通用しないよ?」

「……なに言ってるのかさっぱりだけど、『魔法』があるんなら、さっさと使って見せて
よ。それが拍子抜けだったら……どうなるか、わかってるよね?」

 鳥羽の首筋に当てられた裁ち鋏を弥美乃が開閉させて、カチカチと音を鳴らす。この状
況で例の『魔法』を使うのはやや危険だが、刃の部分が接触しているわけではないので、
多少の無茶はきくと信じよう。

「わかってるさ。きっと今の僕に使えるのは一回きりだからさ。余所見していて見てませ
んでした、なんて勘弁してよ?」

 そう言うと僕は、目を伏せ、顔を俯かせて、大げさに深呼吸をして見せる。波紋エネル
ギーでも生み出せそうな大きな呼吸音に紛れて、僕はこっそりと、後ろ手に手首を拘束し
ている針金の具合を確かめる。今までずっと弥美乃と交渉しながら、ゆっくり、ゆっくり
と手首に巻き付いた有刺鉄線のような針金を押し広げて、引き抜く余裕を作っていたのだ。

 もちろんそんな程度で完全に解くことのできる拘束ではなかったけれど、最初に感じた
感覚の通り、縛り方がそこそこ雑だったこともあり、多少の怪我を覚悟すれば……

 さぁ、反撃の時間だ……!


897 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2014/09/16(火) 06:07:33.85 ID:ba4H8drDO
あの(物理)かwww
898 : [saga]:2014/09/17(水) 00:42:17.33 ID:/M5hZhO10



「……ナウマク・サマンダボダナン・アニチャヤ・ソワカ……ナウマク・サマンダボダナ
ン・アニチャヤ・ソワカ……」

 まるで気を失ったかのように、木椅子の上でぐったりと脱力する僕。その口から漏れ出
した声に、弥美乃と鳥羽が息を呑む気配を感じた。それはそうだ、僕は現在“ホーミー”
という、モンゴルに伝わる特殊発声法を用いているのだから。

 ホーミーというのは、簡単に言えば、複数の高さの声を同時に出すというテクニックの
ことで、喉を詰めた状態で舌と上顎を絶妙な加減で接着させることで実現できる。喉だけ
でなく口腔内の精密な制御を要するこれは、さすがに僕でも簡単ではないけれど……

 まぁ事前情報も無しでこの多重音声を聞けば、なんていうかこう、エクソシスト的な、
悪魔に憑りつかれた感じの禍々しい声に聞こえるはずだ。

 そしてその声で、一昨日鳥羽に聞いた“呪文の始動キー”を唱える。僕自身でさえもか
なりサイコな言動だという自覚があるので、弥美乃にしてみれば恐怖でしかないだろう。

 やがてホーミーでの呪文詠唱の音量は、どんどん上がっていく。僕の禍々しい悪魔的ボ
イスが、室内をビリビリと震わせる。

 極め付けに、僕は全身をガクガクを震わせながら白目を剥いて、ロックフェスもかくや
といったレベルで頭をグルングルンと振り回す。

 そして、叫んだ。『魔法』の呪文を……!!



「ライトニング・エルボーォォォオオオオオオオオオッ!!!!!」



 それを合図に、身体の前で手首を拘束されていた鳥羽が勢いよく腕を前に振りかぶり、
そのまま背後にいた弥美乃の鳩尾に、しこたま強烈なエルボーを打ち付けた。

 僕のイカレた奇行へと完全に意識を向けていた弥美乃は、その不意打ちに「げぅッ!?」
という潰れたカエルのような声を出して、背後のベッドに倒れこんだ。

 しかしそれでも鳥羽の髪を掴んで離さなかったのは、弥美乃の執念の賜物だったのかも
しれない。けれどもそれは、鳥羽に対しては意味がないのだ。なぜなら……

 弥美乃が掴んでいた鳥羽の髪が、まるで頭皮ごとずるりと剥けたかのように持ち主の体
を離れた。弥美乃は知る由もなかったが、それはウィッグなのである。おかげでまんまと
弥美乃の束縛から逃れた鳥羽が、白銀色に輝く長髪をなびかせながら、木椅子に拘束され
たままの僕の元へと駆け寄ってくる。

 本当はそこで鳥羽に「僕に構わず先に逃げろ」とでも言いたかったのだけれど、そんな
ことを言われて僕を見捨てるような子じゃないことは、これまでのやり取りでよくわかっ
ている。

 だから僕は……

「うッ、ぐぉぉおおおぉぉぉらぁぁああああああああっ!!!」

 有刺鉄線のようになった針金から無理やりに引き抜いた僕の手首が、ブチブチッ、ガリ
ゴリッ、というおぞましい音を響かせる。しかし想定していたような激痛はなく、むしろ
ひんやりと冷たい感覚しか感じなかったのが逆に怖かった。熱い液体が手の甲を伝ってい
く感覚もあったけれど、そんなものは気のせいだと自分に言い聞かせ、僕は立ち上がった。

 鳥羽を連れてこのまま脱出、という選択肢もあるにはあったけれど、僕はそれじゃあ逃
げきれないと踏んでいた。よしんば逃げ切れたとしても、凶器片手に僕たちを追ってくる
弥美乃の姿を島民に見られれば、弥美乃の居場所がなくなってしまう。事ここに至っても、
僕はまだそんな甘っちょろい考えに支配されていたのだった。

 だから僕はまっすぐに、ベッドの上で呼吸困難に喘ぐ弥美乃へドタドタと駆け寄ると、
勢いそのままに彼女へと覆い被さった。

 驚いて身構える弥美乃の虚を突いて、彼女の手から裁ち鋏を奪い取る。まずは凶器を取
り上げることで無力化を試みようという咄嗟の判断だったのだけれど、その裁ち鋏を手に
して、僕は驚いた。


899 : [saga]:2014/09/17(水) 00:54:03.92 ID:/M5hZhO10



 まず疑問に思ったのは、そのあまりの軽さだった。どう考えても鉄製とは思えない軽さ
と、そして手触り。よくよく見てみれば、それは大きめなオモチャのプラスチックシザー
だった。これでは人間の皮膚はおろか、布さえ切り刻むことはできないだろう。切れてせ
いぜい、折り紙程度のものだろうか。

 そこで僕は思い出した。いつも弥美乃が持ち歩いていた漆黒の裁ち鋏は、“シャキン”
という独特の金属音を響かせていた。けれど今日のハサミは、カチカチという軽い音しか
鳴っていなかったように思う。……この部屋が暗すぎたせいで、こうして直接触れるまで
まったく気がつかなかった。

 最初から弥美乃は、僕や鳥羽さんの身体を裁ち鋏で切り刻むつもりはなかった……? 
それどころか、脅すだけならいつもの裁ち鋏でよかったところを、うっかり揉み合いになっ
たときに怪我をさせないように、わざわざこんなオモチャを……

 そんなことを考えながら固まっていた僕の体の下で、弥美乃が瞳いっぱいに涙を溜めて、
覆い被さる僕の顔をグーで殴ってきた。痛ってぇ!

「なにが魔法だっ! ばか! ふざけんな、死ね! 死んじゃえッ!!」

 幼い子供のように泣き喚きながら、がむしゃらに腕を振り回す弥美乃。

 僕はハサミを後ろに放り捨てると、弥美乃の振り回す腕を、やや苦労しながらどうにか
掴み、体重をかけてベッドへと押し付けた。これで完全に、彼女の制圧は成功だ。

 ホッと一息つく僕とは対照的に、「フーッ、フーッ……!!」というかなり興奮気味な
息遣いをしていた弥美乃は、やがて自分に勝機がないことを完全に悟ったのだろう、ぽろ
ぽろと涙を零しながら、

「うわぁ〜〜〜んっ!! ぱぱぁ〜〜〜っ!!」

 いよいよ本格的に、大声で愛する人を呼びながら泣き出してしまった。

 どうしたものかと背後の鳥羽を振り返ると、彼女はウィッグを被り直しながら、目を丸
くして困惑していた。先ほどまでの威圧感など微塵も感じさせない弥美乃の変貌ぶりに、
果たしてどちらが彼女の素なのかがわからなくなってしまう。

 そこで僕は、昨晩の弥美乃とのやり取りを思い出す。僕は昨日、弥美乃が懸命に発して
いたSOSを無視してしまった。孤独に苦しむ彼女の手を握り、救ってやることができな
かった。もしあそこで弥美乃を“いちばん”にしてあげることができていたら、こんな痛
ましい事件だって起こらなかったはずなのだ。

 今がその、二回目のチャンスなんじゃないか? 今すぐ泣きじゃくる弥美乃を抱きしめ
て、今度こそ彼女を“いちばん”にしてあげれば、彼女のひび割れた心を少しでも癒し、
あのビデオに映っていた頃のような純粋な笑顔を、もう一度浮かべることができるように
してあげられるかもしれない。

「ねぇ、弥美乃。今度は、もう……」

 僕は弥美乃の腕からそっと手を離し、その手を彼女の身体に回そうとした……

「……だー、りん……?」

 ―――その時。

 ガチャガチャッ!! という音が室内に響いた。僕たち三人が驚いて、音源である部屋
の扉を同時に振り返ると、

「弥美乃ちゃ〜ん? さっきからドタドタいってるけど、大丈夫?」

 どうやら鍵がかかっていたらしい扉の向こうから、妙齢の女性の声が聞こえてきた。さ
きほど僕が弥美乃へと駆け寄った際の足音が、一階にいた弥美乃のお母さんの耳に届いて
しまったのだろう。

 僕は弥美乃に回そうとしていた手を、すんでのところで押し留める。……あっぶねぇ、
僕はいったい、勢いでなにをやろうとしてしまっていたのだろうか。彼女を理解してあげ
て、心の支えになってあげる役割を担うべきは、僕如きじゃないだろうに。

 昨日、この家の一階リビングで弥美乃のお母さんと話したことを思いだす。彼女は本当
に弥美乃のことを心配して、そして彼女に寄り添えなかった自分を悔いて、責めていた。
あれが真実なのだとしたら、きっと僕の思惑通りの行動をとってくれるはずだ。


900 : [saga]:2014/09/17(水) 01:04:42.58 ID:/M5hZhO10
http://blog-imgs-69.fc2.com/e/x/e/executionheaven/2014091700583666a.jpg

>>900記念に、鳥羽ちゃんも描いてみた。黒verは描いてる途中で飽きちゃいました。
901 : [saga]:2014/09/17(水) 01:23:39.42 ID:/M5hZhO10



 僕の下で弥美乃が、ひっく、と可愛らしいしゃっくりをした。なにか言いたげな潤んだ
瞳を、僕は半ば強引に無視するように振り切ると、

「……弥美乃。今から、弥美乃のお母さんが、弥美乃のことをどれくらい大切に思ってる
のかを教えてあげるよ」

「え……?」

 僕は大きく息を吸い込むと、軽く口の中で声のチューニングをして……

「きゃぁぁあああああっ!! ママぁ!! たすけてママぁぁああああ!!」

 かなり逼迫した雰囲気の悲鳴を、“弥美乃の声で”あげる僕。そんな異様な光景を直接
見た弥美乃と鳥羽は、あんぐりと口を開けて絶句するけれど……扉の向こうでは、

「弥美乃ちゃん!? どうしたの、弥美乃ちゃんっ!?」

 ドンドンと激しく扉を叩く弥美乃のお母さんは、声だけでもわかるほどにパニクってい
た。しかし女性の腕力では到底、あの扉を破ることはできそうにない。

 数秒後、扉を叩く音が止んだかと思ったら、今度はドタドタと廊下を走り去っていく音
が聞こえた。どうやら音から察するに、階下へと降りて行ったようだ。

 僕の下で、くすんと鼻をすする弥美乃がうんざりしたように目を細めると、

「……ほら、すぐ諦めちゃった……。ああいう人なんだよ。あたしのことなんか……」

 弥美乃が言い終わらないうちに、再びドタドタという足音が接近してくる。そして次の
瞬間、ズガンッ!! というけたたましい音が扉から炸裂した。僕を含めた室内の三人が、
一斉にビクリと肩を震わせる。

 続けて二発目、三発目、四発目と音は続いていき、そしてついにドアノブがポロリと取
れると、ズガンッ、という音と共に扉が開き、その向こうから女性が転がり込んできた。
彼女の手には折れ曲がったゴルフクラブが握られている。おそらく、あれを使って扉を破
壊したのだろう。

「や、弥美乃ちゃんっ!!」

 弥美乃のお母さんはすぐさま起き上がると、弥美乃に覆いかぶさっている僕へとゴルフ
クラブを横薙ぎに繰り出してくる。運動神経がゼロである僕が暗闇の中でそれをかわすこ
とは困難で、腕に一撃、さらにもう一撃、僕のこめかみを掠めていった。危うく頭をかち
割られるところだった! さすがにこれは予想外っ!!

 僕は無様に転がって弥美乃のお母さんから距離を取ると、そのまま近くでオロオロと立
ち尽くしていた鳥羽の手を取って、破壊された扉から廊下へと飛び出す。追ってくる気配
がないかどうか、チラッと室内を覗き込むと、

「弥美乃ちゃん、怪我してない!? 大丈夫!?」

「う、うん……だいじょうぶ、だけど……」

「良かったっ……!! 弥美乃ちゃんまでいなくなったら、私……!!」

「……ママ」

 母親に強く抱きしめられて、どうしたらいいかわからずに、ただただ顔を赤くして困惑
する弥美乃。

 それを確認した僕は、音を立てないように、鳥羽を連れてこっそりと一階へ降りて行っ
た。そして玄関へと向かう途中、リビングを通過する際に、中身を取り出されたゴルフバッ
グが床に落ちているのを見かけた。

 たしかこのゴルフバッグは、弥美乃のお父さんの形見のようなものだったと記憶してい
る。そこから取り出したゴルフクラブも当然ながら大切な宝物であったはずで……それが
ひしゃげて折れ曲がってしまうことさえ全く意に介さないほどに、彼女は弥美乃を大切に
思っていたということだ。

 それを知って、なんだか心が温かくなるのを感じつつ……僕たちはそのまま、弥美乃の
家をあとにするのだった。


902 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/09/17(水) 02:06:55.27 ID:k7+3wn2DO
文章もそうだが、なんと素晴らしく美麗な絵画なのか……!!!
903 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/09/17(水) 08:05:56.25 ID:o/hxhQcqO
泣いた
904 : [saga]:2014/09/17(水) 23:46:05.39 ID:/M5hZhO10
http://blog-imgs-69.fc2.com/e/x/e/executionheaven/TOBA.jpg

露骨に雑ですが、せっかく描いたのでこれも。黒鳥羽です。
905 : [saga]:2014/09/17(水) 23:54:42.74 ID:/M5hZhO10



 弥美乃の家から鳥羽と二人、這う這うの体で脱出した僕たち。

 しかし改めて白日の下、よくよく自分の状態を確認すると、わりと洒落にならない状態
だということに気がつく。というのも……

 まず、両手首から手の甲にかけて、かなり痛々しい引っ掻き傷や裂傷を負っていた。皮
膚に生じた無数の赤黒いクレバスからは、ジュクジュクと血液が染み出しては指を伝い、
アスファルトを点々と汚していく。さっきまでは部屋が暗かったし必死だったのでなんて
ことはなかったが、傷をちゃんと見て認識してしまってからは、もうメチャクチャ大激痛
で、泣きだしたいくらいだった。でも隣に鳥羽がいたので、頑張って我慢した。だって男
の子だもん♪

 次に、鳥羽のお母さんが振るったゴルフクラブを防いだ左腕が、なんか青黒くなってパ
ンパンに腫れていた。……こ、これって折れてないよね? そんなまさかだよね?

 そして最後に、ゴルフクラブが掠った僕のこめかみから額にかけての皮膚がちょっと裂
けて、血がドバドバ出ちゃっていた。額周辺の出血は酷いというのは以前コンクリートに
ヘッドバットした経験で知っていたけれど、今回はさらに酷い。血がワイシャツに垂れて、
なんだか猟奇的な絵面になってしまっていた。

 つまり簡潔に言うと、全身血まみれだった。流石の僕もこれには苦笑い☆

 この惨状のすごいところは、すべての傷が僕の自業自得だという点である。無理やり手
首を引っこ抜いたのは僕だし、他の二つの傷も、僕が弥美乃を襲っているかのように意図
的に勘違いさせたおかげで負ったものだし……

 ……まぁいっか、怪我したのは僕だけだし。それなら被害は皆無と言っていいだろう。

「あ、あの……」

 すると隣を歩く鳥羽が、視聴に年齢制限のかかりそうな姿となった僕へと遠慮がちに声
をかけてきた。

「今日のこと、どうするつもりですか……?」

 今日のこと? どうするつもり? コミュ障である僕に対して、そんな抽象的な問いか
けをするとは、なかなかチャレンジャーじゃないか鳥羽ちゃん。

 ……でもまぁ、さすがに今回はわかる。さっきの弥美乃とのことを、警察とかに届ける
のかどうかってことだろう。そんなの、考えるまでもない。

「……僕は今朝、弥美乃に呼ばれて彼女の家に行った。……でも弥美乃にセクハラしたせ
いで叫ばれて、弥美乃のお母さんに追い返された。弥美乃の家から帰る途中、“正塚”を
もう一度探そうと森に入って、崖から落ちて怪我をした」

「え……?」

「そういうことにしとこうって話。それが一番いいでしょ?」

 僕の言葉に、しばしポカンと口を開けて沈黙していた鳥羽だったけれど……彼女はすぐ
に険しい表情を浮かべると、

「わ、私とのことも、そうやって、嘘で片付けたんですかっ!」

「……騒ぎとか争いの種になる真実なんかより、誰も傷つかない嘘のほうが、ずっと優し
いじゃない」

「誰も傷つかないって……篤実さんが傷ついてるじゃないですか!」

「傷ついてないよ。……それより鳥羽さん、キミはもう、僕に関わらないでほしいんだ」

「……え?」


906 : [saga]:2014/09/18(木) 00:00:42.09 ID:n3TT9cHq0



 あれ、全然言葉が足りてないぞ!? えっと、僕が言いたいのはつまり……

「鳥羽さんのお母さんにさ、もう鳥羽さんに近づかないって、約束したんだよ。だから、
また僕に関わって変なことに巻き込まれる前に、僕と縁を切ったほうが良いよ」

 そう、こう言いたかったんだ。コミュ障名物である“知人と別れてから言葉の意図の食
い違いに気がついて悶絶”が発動しなくて良かった……

 基本的に僕は、貴重品はなるべく持ち歩かない主義なのだ。無くしたり壊したりするの
が怖いから、誕生日に親から貰った財布だって、箱から出さずにずっと引き出しにしまいっ
ぱなしにしちゃうレベル。……今思うとあれは親不孝だったかもしれないな。

 今回のことで、身に染みてわかった。僕は多くの人と仲良くすべき人間じゃないんだ。
自分の手の届く範囲だけで友好関係を築くのが分相応なのであって……身の程を弁えずに
自分の領域から足を踏み出してしまった結果が、コレだ。今回はたまたま運よく丸く収まっ
たが、これからもそうだとは限らない。

 いつの間にやら、通学山道の前に着いていた。これから鳥羽は学校へ向かい、僕は神庭
家に向かう。つまりここで僕たちは分かれるということになるのだけれど……物理的に分
かれるというのもそうだし、それと同時に、関係性として別れるという意味も、ここでは
あると言えるだろう。ここで彼女と別れれば、きっともう二度と話すことも、家に招かれ
て遊んだりすることも、下らない話で一晩中盛り上がったりするようなこともなくなる。

 それはとっても寂しいことではあるけれど、昨晩や今朝のようなことに二度と巻き込ま
ないためにも、彼女とはここできっちり関係性を断たなければならない。これは彼女のた
めというより、彼女が傷つくことで僕が傷つくのを防ぐため……つまり単純明快なエゴな
のである。優しさではなく臆病さ……僕がクズである所以である。

 事故を起こすことを予期して保険に入っておくくらいなら、僕はそもそも車なんて運転
しようとは思わない。デメリットを抱えるくらいなら、あらかじめメリットさえ放棄する
……それが僕の生き方なのだから。失うリスクを抱えるくらいなら、最初から手に入れな
いほうがいいんだ。それは人間関係にも適応される。

「さよなら、鳥羽さん」

 別れを告げて、僕は歩き出す。鳥羽はただ立ち尽くして、なにか言いたげな表情を浮か
べていたけれど……

 彼女が言葉を見つける前に、僕は早歩きで、逃げるようにその場をあとにした。

 長い目で見れば、きっとこれが、彼女が幸せになる最善の選択だと信じて。


907 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/09/18(木) 00:21:22.33 ID:NVKI2cW6O
鳥羽ちゃん……
このまま帰したらそれこそ屑
908 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/09/18(木) 09:25:46.76 ID:0aU0eyKDO
烏羽 BLACK RX ならきっと何とかしてくれる
909 : [saga]:2014/09/19(金) 00:10:10.90 ID:abA+zILq0



「篤実さんっ!!」

 僕と鳥羽が分かれて間もなく、僕を呼ぶ聞き馴染みのある声が聞こえてきた。顔をあげ
ると、なぜか前方から赤穂さんと氷雨が駆け寄ってくるのが見えて、僕は心底驚いた。

 そして同時に、赤穂さんの姿を見た瞬間、なぜか頭の芯がビリッと痺れるような不思議
な感覚―――なにかを思い出しそうになるような―――に陥って、さらには心臓の鼓動が
急に激しくなる。やだ、これって恋?

 僕が戸惑いつつも二人の接近をボーっと眺めていると、二人はギョッとしたように一瞬
足を止めて、それから慌てた様子でバタバタと僕の元へ駆けつけた。

「そ、その怪我、どうしたんですかっ!?」

 赤穂さんに言われて、そういえば、と今さらになって自分の惨状を思い出す。痛すぎる
という状態に慣れて、もう逆に痛くなくなっていたのかもしれない。え、なにそれ怖い。

 僕は両手首の裂傷と腫れあがった腕を隠すために、腕を後ろ手に組みながら、

「えっと、また森に、入ったら……その、崖から、落ちちゃって……」

 僕の苦しい言い訳を聞いた赤穂さんは、僕の身体をジロッと視線でひと舐めすると、

「その割には、どこにも汚れが見当たりませんが」

「そ、それは奇跡的に、その、奇跡的な体勢だったから、土は付かなかったんだけど……」

「さっき篤実さんのお宅で、お婆ちゃんに聞きました。弥美乃さんと一緒に出掛けたそう
ですね」

 どんどん逃げ道を塞ぐように、赤穂さんは手札を順番に切っていく。というか、口でも
頭でも体でも、僕が赤穂さんに勝てるような可能性なんて皆無なのでは……

「そ、そうそう、弥美乃の家に行って……でも遊んでたら、えっと、セクハラしちゃって。
それで弥美乃を泣かせちゃって……弥美乃のお母さんにも怒られて、追い返されたから、そ
のまま一人で森に……」

「それ、嘘だったら絶交って言ったらどうしますか?」

 ぜっ……絶交!? マジで!? ついさっき鳥羽と絶交した僕が言えたことじゃないけ
ど、それはちょっと酷すぎませんか!?

 僕は普段適当にしか稼働させていない脳味噌を叩き起こし、全エネルギーをつぎ込んで
高速演算を実行する。赤穂さんを騙しきることができるかどうか、もし弥美乃とのことを
告白した際の末路はどうなるか、それらのことを考えに考え抜いた結果、僕は一つの結論
を導き出した。



「この件については詮索しないでください、お願いします」


 本日二度目の土下座だった。



 さすがの赤穂さんも、血まみれの高校生男子による迷いのない土下座には面食らったら
しい。僕の頭の上で、戸惑うような声が聞こえてきた。

 僕はこれを好機にと、一気に畳みかける。

「お願いします! この怪我は完全に自業自得だし、この一件は誰も被害なく終わったん
です! なのでどうか、詮索しないでください! お願いします! お願いします!!」

「わ、わかりましたから……! ですから、頭をあげてください!!」

 ……よし。赤穂さんの優しさに付け込むようで心苦しいが、これでどうにか事件の発覚
は免れそうだ。このまま誰にも知られることなく、この事件は闇に葬る……それが一番な
のだ。


910 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/09/19(金) 01:02:11.31 ID:349P8+PDO
さぁてどうやら
911 : [saga]:2014/09/22(月) 01:11:08.36 ID:ZJ5fZEuZ0



 僕は内心で胸を撫で下ろしつつ、立ち上がって、手に付着した砂利を払う。そして手を
叩いた衝撃がズタズタの手首に伝わったおかげで悶絶することとなった。馬鹿か僕は。し
かも手のひらは血まみれなので、汚れが広がっただけだし……

 そこで僕はふと思い出したように、

「ところで二人は、なんでこんなところにいるの? 学校は?」

 そんな問いかけに、困ったような表情を浮かべた赤穂さんが、傍らの氷雨に視線を投げ
た。自然、僕の視線も氷雨の心底不愉快そうな表情へと移り、

「……もう、いいです」

 そう呟いた氷雨は踵を返すと、もと来た道を足早に引き返していく。僕がそんな氷雨の
塩対応にクエスチョンマークを浮かべていると、そっと僕の耳元へ顔を寄せた赤穂さんが、

「鳥羽さんが今朝、教室に飛び込んで来るなり「篤実さんは!?」って叫んだんです。そ
れで篤実さんが登校してないと知ると、鳥羽さんはまた学校から飛び出していきました。
しかしいつまで経っても学校へ戻ってこないので心配になって……」

「そ、それで赤穂さんは神庭家に、様子を見に……? じゃあ、氷雨はどうして?」

 僕の問いに、赤穂さんはくすりと微笑んで、

「氷雨さんが、私に「いっしょに来て」って言ったんですよ? また篤実さんが、変なこ
とに巻き込まれてるかもしれないからって……」

「え……」

 考えてみれば、それはそうだ。いくら赤穂さんでも、この世界中の平和が集まっている
んじゃないかと思われるほどに平和な島で、誘拐拉致監禁脅迫傷害未遂事件が起こってい
るなどとは思わないだろう。だから鳥羽の様子が変だったからというだけの理由で、真面
目な委員長である赤穂さんが学校を抜け出すなんてことは、普通ならありえないはずだ。

 それがこうしてここにいるのは、氷雨のおかげ……? そんな、胸騒ぎとか、虫の知ら
せとか、その程度の微々たる予感で、授業を放っぽり出して、学校から家まで、さらには
家から弥美乃の家に向けて走っていたというのか?

 ……というか、赤穂さんと氷雨が弥美乃の家の方角へと走っていたということは、あの
まま僕が変なギャンブルなんかを起こさないで、大人しくあと一〇分くらい待っていれば、
赤穂さんと氷雨が助けにきてくれていたってことなんじゃないか? え、僕の行動って完
全に徒労? むしろ状況を悪化させただけの愚行? わぁ、死にたーい☆


912 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/09/22(月) 01:53:05.13 ID:Ly6DXDMDO
さてな。後にならねば吉か凶か分からぬ時もある
913 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/09/22(月) 08:03:08.54 ID:OXzC62o/O
結果論だね
914 : [saga]:2014/09/23(火) 01:30:46.58 ID:QucXGwLc0



 ……それはともかく。

 僕は躊躇いを振り切るように勢い込んで、この場を立ち去ろうとする氷雨の背中に声を
かけた。

「氷雨っ!!」

 僕の呼びかけに、氷雨はピタリと足を止めた。そしてゆっくりと、こちらへ顔を向ける。

 続きの言葉を発する勇気が無くなってしまわないうちに、僕はなにも考えずに思ったこ
とをそのまま垂れ流すように口にした。

「昨日、とか、あの、今日のことも、迷惑かけて、ごめん……なさい。もうこんな面倒は
かけないようにするから……! だから、その……」

 僕が言い終える前に、氷雨は踵を返して足早に僕の目の前まで歩み寄ってくると、

「……そうじゃないです」

 と、ポツリと呟いた。「え?」と思わず戸惑いの声を発する僕に、氷雨は構わず続ける。

「……迷惑なら、好きなだけかけていいです。面倒も、望むところです。ごめんなさいな
んて謝ったりしなくても、いいんです」

 言いながら氷雨は、瞳を潤ませ、上目遣いで僕をジッと見つめてくる。そして、なにか
を必死に伝えようとするかのような強い語気で、

「でも、心配だけは、させないでください! ごめんじゃなくて、ありがとうって言って
ください! それが……か、家族だと、思う……というか、その……」

 最後は勢いが急減速して、氷雨はごにょごにょと言葉尻を濁してしまう。けれどもその
言葉は、僕の心の奥深いところまで突き刺さるように届いていた。

 ダムが決壊するかのように、一瞬で僕の涙腺が馬鹿になったみたいだった。ジワッと涙
が浮かんだら、もう、なんていうか、止められなかった。妹の前で涙ぐむだなんて、カッ
コ悪くて嫌だったけれど……氷雨のその言葉が、僕の孤独に渇いた心を癒してくれたのか
もしれない。もしくは先ほどのトラウマ的恐怖体験での緊張をほぐしてくれたのか……。

 僕は、氷雨がどういう反応をするかとか、そういうご機嫌取りや打算を投げ捨てて……
僕のかけたい言葉を、精いっぱいの笑顔に乗せて、氷雨に投げかけた。

「心配してくれてありがとう、氷雨」

 対する氷雨は、ちょっと照れくさそうにはにかむと、

「……それで、いいんです」

 なんて返してくるのだった。なにこの子、可愛い……

 僕は思わず調子に乗って、氷雨の頭を撫でようと右手を伸ばしかけた。けれど今の僕の
手は血まみれであることを思い出して、慌てて手を引っ込める。あっぶねぇ、そんなこと
したら今度こそ二度と口をきいてもらえなくなるところだった……。ほら、今の動作を見
た氷雨が、不満そうに睨んできてるし。これは血まみれでなくとも怒られてただろうな。

 
915 : [saga]:2014/09/24(水) 00:31:29.56 ID:KzxtEdvA0



 それにしても、あの氷雨がこんなことを言ってくれるだなんて、思いもしなかった。てっ
きり今朝のことで完全に見限られたと思っていたし、それ以前からもあまり好意的には見
られていないんじゃないかと思っていたから。

 けれどやっぱり氷雨もこの島に住む島民だ。彼らに共通する、ある種行き過ぎなくらい
の優しさを生まれ持っているらしい。そう考えると、血縁的には氷雨とそう遠くない僕も、
もしこの島で生まれ育っていたなら、こんな屑ではなく、彼らのような優しい心を持った
少年に育っていたのかもしれない。

 ……いや、多分それでもだめだったんだろうなぁ。うちのお父さんお母さんはまともな
人なのに、僕はどうしてこうなってしまったんだろうか。

 というか、そうだ……両親といえば。僕がこの島へ移り住んだそもそもの理由は、僕の
精神的衰弱の療養だった。それを思えば、もうそろそろ本土に帰るべきなのではなかろう
か?

 もちろん僕としては帰りたくない理由がたくさんあるけれど、やはり両親としては一人
息子が遠く離れた場所でいつまでも療養しているのは精神衛生上よくはないはずだ。どこ
か適当な高校にでも転入して、真面目に勉強して、それなりの大学に入って、なるべく早
く一人立ちして家を出てやるのが親孝行というものだろう。

 それを思えば、僕個人のちっぽけな我が儘なんて捨て置き、本土に帰るべきなんじゃ……

「そういえば、篤実さん」

 僕がこれからの身の振り方について場違いに悩んでいると、赤穂さんが不意に声をかけ
てきた。

「鳥羽さんと芦原さんは、どうしたんですか?」

「え……と、弥美乃は……家かな。で、鳥羽さんは、さっき、そこで別れたよ」

「怪我は……?」

「ないない。二人とも大丈夫だよ」

 僕がそう答えると赤穂さんはホッと胸を撫で下ろし、そうして今度は、反対側から氷雨
が声をかけてくる。

「それなら、早く兄さんの傷を診てもらいましょう。診療所へ案内します」

「ああ、いや、それには及ばないよ。ひかりの家には行き慣れてるから。二人は先に学校
に戻ってて大丈夫だよ」

 そう言いながらひかりの家へと足を向ける僕だったのだけれど……

「あ、違いますよ篤実さん。ひかりさんの家ではありません。今日は……」

 そんな僕の右腕を、背後から赤穂さんが掴んだらしかった。まだ振り返ってはいなかっ
たけれど、音や気配、その他諸々のおかげでわかる。だからこの一連の出来事に関して、
僕が不思議に思うようなところは特にないはずだった。

 それなのに……“赤穂さんに背後から右腕を掴まれた”……ただそれだけのことで、ど
うして僕の全身の毛が逆立った? どうして吐き気すら伴うほどの悪寒に襲われた?



 ―――どうして僕は、この感覚を知っている?



「う、ぁ、ぁああああ……あああああっ……」

 突然呻き声を発しながらその場にうずくまった僕に、赤穂さんと氷雨はとても驚いたこ
とだろう。それは本当に申し訳ないと思う。

 だけど僕は、それどころではなかった。

 思い出してしまったのだ。

 よく見れば、僕の右腕には、薄っすらと……本当に薄っすらと痣のように、“手形”が
残っていた。それはたった今、赤穂さんに掴まれたことによるものかもしれない。いや、
その可能性が濃厚だろう。だけど僕はどうしてか、きっとそれは違うと確信していた。


916 : [saga]:2014/09/24(水) 00:41:20.07 ID:KzxtEdvA0



 “あそこ”には―――



 弥美乃の瞳のような濃厚な黒が、空と地上を覆っていた。

 鳥羽の瞳のような炯々と輝く赤が、空と地上を照らしていた。



 そして、黒い着物に身を包んだ、“彼女”がいた。



「ぐ、ぅぁああああ……ああぁぁ……!!」

 思い出したら、どうして今まで忘れていたのかが理解できなかった。額を地面に擦りつ
けて、血まみれの両手で頭を掻き毟る。まるでここにいない誰かに、平伏して詫びでもす
るかのように。

 そうだ、僕は……昨日、あの場所で……“彼女”に助けてもらったんだ。そして僕はこ
うしてここに帰ってきて、でも、“彼女”は……

 だから今朝、千光寺は、あんなことを言ったんだ。あの子は僕が今朝感じていた喪失感
の正体を知っていたんだ。僕の失ったものを……

 実際のところはわからない。あれは弥美乃の言っていた“集団幻覚圏域”とやらによる、
僕の勘違いや錯覚だったのかもしれない。それを否定できる根拠はどこにもない。

 だけど僕はそれでも、“彼女”に助けられたあの出来事を、疑ったり、否定するなんて
こと、できるわけがなかった。

 そして、だからこそ僕は後悔する。あの場で僕にできることは、本当になかったのか?

 見た目が赤穂さんだったからといって、無責任な信頼で、見捨てるのが正しい選択だっ
たのか? ……いいや、そんなはずがない。

 千光寺の言葉から推測するに、きっと“彼女”があそこに取り残されることは、“彼女”
にとって良いことではなかったはずだ。考えるまでもなく、あんなおぞましい“なにか”
が迫って来ている場所に残ることが、良いことなはずがない。

 それなのにどうして僕なんかのために、あの洞窟の前に独り残って、僕たちを逃がして
くれたのか……? それは今となっては、もうわからない。

 ……わからないのなら、確かめなければならない。根拠はないけれど、僕は、それを知っ
ていそうな人物に一人、心当たりがある。

「……あ、篤実さん……? だ、大丈夫ですかっ……!?」

「や、やっぱりどこか打って……! 委員長、誰か大人の人を呼んできてください!!」

 僕はそんな二人の言葉を、どこか遠い場所の他人事のように聞きながら、ゆっくりと立
ち上がった。そして不安げに、心配そうに僕を見上げる二人に、ありったけの覚悟を込め
た言葉を投げかけた。

「……行かなくちゃいけないところがあるんだ」


917 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/09/24(水) 08:08:39.49 ID:b2S3qFODO
そうは言ってもどうやって行く気で?
918 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/09/25(木) 00:33:21.31 ID:l1XfxT6qO
ゾクゾクするな
919 : [saga]:2014/09/25(木) 01:10:07.72 ID:n0422zpY0



 やや逡巡しつつも、手渡された白いタオルで流血を拭う僕。タオルをダメにしてしまう
ことも申し訳なかったが、かと言って畳や床板に血痕を滴らせるわけにもいかないという、
苦渋の選択だった。

 夏場にハンカチで汗をぬぐうサラリーマンのような所作で、ちょくちょく垂れてくる血
をタオルで拭う僕は、差し出されたお茶にも手を付けずにお行儀よく正座していた。

 地獄的な苦行を思わせるほどに途方もなく長い石段を登った先にある、ふざけた石像を
祀った神社。現在僕は、そこの神主である長髪の男性と、黒檀のテーブルを挟んで相対し
ている。畳敷きの広い和室には、西の高い位置から日差しが差し込んでいた。

 赤穂さんと氷雨の苦言を控えめに聞き流し、僕は診療所へも向かわずに千光寺神社を訪
れていた。赤穂さんたちが僕を案内しようとした『スゴ医さん』という人のところへは後
で行くとして、今はどうしてもここへ来なければならないと思ったのだ。ちなみに赤穂さ
んと氷雨には、神社の境内で待機してもらっている。事情を知らない二人には、あまり聞
いてほしくない話題になるような気がしたためである。

 僕はてっきり、千光寺 空はこの時間、学校にいると踏んでいた。そして神社の神主で
ある千光寺さんも、今はこの島にいないものだと思い込んでいた。だから当初は、いつぞ
や少しだけ会話を交わしたことのある、この神社に住んでいると思しきお爺さんへと話を
聞くつもりでここを訪れたのだけれど……

 千光寺 空は今日、学校を休んでいたらしく……さらに千光寺さんも今朝方に本土から
帰ってきたとのことだ。なんというか、出来すぎなくらいちょうどいいタイミングすぎて
逆に怖い。

 そしてもう一人、僕の想定外な人物が、この場に混ざっていた。

 先ほどから僕へと、気まずそうな、泣きだしそうな視線をチラチラ向けてくる少女。栗
色の長髪、全身を隙なく覆い隠す黒ゴスロリの衣装……そう、鳥羽 聖だった。学校へ向
かったはずの彼女がどうして僕に先んじて神社を訪れていたのか、それはまだわからない。

 千光寺 空も僕に気まずそうな視線を向けてくる奇妙な空気の中で、糸のように細い目
をした千光寺さんが、ズズッとお茶を一啜りしてから、口を開いた。

「まず、空の不手際を謝らなければいけないかな。すまなかったね」

 穏やかな声色だったけれど、そこには真摯さが含まれているようで、本当に申し訳なく
感じているんだろうということが窺えた。

 ……とはいえ、僕が聞きたいのはそんな言葉ではない。僕は単刀直入に、気になってい
ることを訊いてみることにした。

「“正塚”でなくしたものを、取り戻したいんですが……」

「それは無理だよ」

 即答だった。まるで全人類が常識と信じて疑わないようなことを問われたかのように、
さも当たり前のように、呼吸でもするかのような、即答。

「砂漠に落とした砂一粒……それなら、事実上は不可能だけれど、理論的には、探し出す
ことは不可能じゃないと言えるだろう。……けれど、海に零した雫一滴……これは探し出
すことは絶対に不可能だろう? 大まかに言って、そういう認識で間違いないよ」

「“彼女”は消滅したってことですか……?」

「今の喩え話に置き換えるなら、雫を構成していた原子が消滅したわけじゃない。だから
消滅という言葉は不適切かもしれないけれど……海に混ざって拡散して、跡形もなくなっ
てしまったら……それはもう、消滅と言い換えても、不自然ではないかもしれないね」

「……どうにかなりませんか」

「ならないね。それはもう、終わったことなんだから」

 千光寺さんの声色は穏やかだったけれど、有無を言わせない断定的な言い切り口調のせ
いか、冷たくて取り付く島のない印象を受けた。……いや、事実そういう意図を含んだ言
葉だったのだろう。まるで手放してしまった風船を取り戻そうと、空高く飛んで行ってし
まった風船に手を伸ばして、飛び跳ねている馬鹿な子供を諭す大人のように。


920 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/09/25(木) 02:15:13.95 ID:8d6btlrDO
個体で成り立つ世界じゃないって事なのか?
921 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/09/25(木) 16:50:30.14 ID:l1XfxT6qO
なるほど
わかりやすい
922 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2014/09/26(金) 00:43:37.32 ID:IO01GXlO0
液体の1+1じゃあなぁ
923 : [saga]:2014/09/26(金) 02:00:49.44 ID:R+rNo4M60



 僕が見苦しく千光寺さんに食らいつく様を、千光寺 空と鳥羽が、気の毒そうな目で見
守っていた。

 正座した膝の上で拳を固く握りしめていた僕に、千光寺さんは相変わらず穏やかな口調
で語りかけてくる。

「こんなことを言うと不快に感じるかもしれないけれど……じつを言うと、私は安心して
いるんだ。キミと“アレ”の結びつきはかなりのもので、祓うのに大変な苦労を要するだ
ろうと思っていたからね。こうしてあっさりと離れてくれたことで、まぁ、手間が省けた
とも考えているんだ」

「……祓う必要、あったんですか……。だって“彼女”は、僕を助けてくれたんですよ」

「私には、さながら共依存のカップルのように見えていたよ。キミたちは、悪い意味で相
性が良すぎたんだ……だから久住くんの意思を押さえつけてでも、お互いのために離さざ
るを得なかったのさ。……煙草や麻薬のようにね」

 熱い液体が、こめかみから頬を伝って垂れてくる。僕はそれをタオルで拭き取りながら、
“彼女”が最期に僕の背中を優しく押した感触を、ぼんやりと思い出していた。

「久住くんの出身校を調べてきたよ。その地域では、“赤目さま”というまじないがある
らしいね。けれどもう一度それを行ったとしても、キミの知っている“赤目さま”が呼び
出されることはないだろう。だからやめておきなさいと、釘を刺しておくよ」

「……はい」

「結果オーライだったとはいえ、私の留守を任せた空が、キミを“正塚”へと行かせてし
まったことは申し訳なかったね。怖い思いをさせてしまったし、下手をすれば、とても酷
い目に遭っていたことだろう」

 そう謝ってきた千光寺さんの隣で口を結んでいた千光寺 空が、同じく頭を下げながら、

「……それだけじゃなくって、芦原さんに、お兄さんに憑いてたのがいなくなったって……
“正塚”に行くための“鍵”が無くなったって教えたせいで……今朝、大変なことになっ
たんだよね? さっき鳥羽さんから聞いて……ほんとに、ごめんなさい……」

 すっかり消沈した様子の千光寺 空に続いて、同じくテーブルを囲っていた鳥羽が、

「そもそも私が、あんな時間に、あんなところに連れて行かなければ良かったんです。お
母さんには、私が悪いんだってことを……篤実さんはなにも悪くないんだってことを、よ
く言っておきます。その、だから……」

 いや、この場にいる誰に謝られる必要もない。これは誰かが悪いなんてことではないの
だから。なんというか今回のことは、地震とか台風といった天災に巻き込まれたようなも
のなのだから。

 それにそもそもと言うなら、僕がこの島に来たことが悪いのだ。

 僕がこの島に来たから、妙な『精霊通信』が届いた。僕がこの島に来たから、凪が危険
な場所へと向かって死にかけた。僕がこの島に来たから、鳥羽が“正塚”に引きずり込ま
れて死にかけた。僕がこの島に来たから、均衡を保っていた弥美乃の心が暴発した。

 なにかが憑いてるとか憑いてないとか、そんなことは関係ない。僕は“赤目さま”に魅
入られるずっと前から、周りの人間を不幸にしてきたのだから。

 ……今回のことは諦めるしかない。いかに胡散臭さ極まるとはいえ、千光寺さんはこの
一件に関しては専門家だ。僕なんかよりもずっと、経験や知識も豊富なはず。そんな彼が
『無理』と言うのなら、それは実際、無理なのだろう。

「……あと二つだけ、質問させてください」

「いいとも。なんでも聞いておくれ」

 穏やかに相槌を打った千光寺さんに、僕は密かにずっと気になっていたことを問うた。

「どうして“彼女”は、赤穂さんの姿で現れたんでしょうか?」


924 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/09/26(金) 08:04:33.21 ID:MHzeW/PDO
へー、そっちを聞くのか
925 : [saga]:2014/09/28(日) 01:29:11.91 ID:n1Hf/xKP0



 僕の問いを聞いた千光寺さんは、一拍ほど沈黙してから、

「恐らくだけれど、それは委員長……赤穂ちゃんが、久住くんの『ヒーロー』だったから
だよ」

「……『ヒーロー』?」

 反射的に問い返してみたものの、実際のところそれだけで、なんとなく千光寺さんの言
わんとしていることはわかってしまった。というよりも、僕自身、薄々勘付いていたこと
だったのかもしれない。……男として情けないので、気がつかないふりをしていただけで。

「久住くんが『ピンチの時に駆けつけて助けてくれる人』として赤穂ちゃんをイメージし
たから、彼女の姿で現れたのかもしれない。あるいは“アレ”自身が、久住くんを助ける
にあたって一番効率がいいと判断したのかもしれない」

 確かに、あの場面で赤穂さん以外の誰が来ていたとしても、あまり良い結果にはならな
かっただろう。そういう意味では赤穂さんの姿というのは、最善の選択だったと言える。

 だけどもう一つ疑問がある。

「……そもそも、どうして、“彼女”は僕を……助けたんですか?」

「そればっかりは直接本人……もとい本霊に訊いてみないことにはね。なにか差し迫った
理由があったのかもしれないし、ただの気まぐれだったのかもしれない。……ただ一つ言
えることは、結果として久住くんは助かって、こうして無事でいる。そのことに感謝して、
これからを生きるべきだということだ」

「……そう、ですね。」

 ……つまるところ結局、なにもかもわからずじまいということだ。昨晩の現象が、弥美
乃の追い求めていた“この時代に認知されていない物事”……つまりは『魔法』だったの
かもしれないし、あるいは夢、幻覚、妄想……そういった類の、じつに現実的で味気ない
ものなのかもしれない。

 真相は誰にもわからない。けれども千光寺さんの言ったように、僕たちはこうして生き
ている。それなら……それで良しと納得して、満足するのが賢い生き方なのだろう。

 僕は千光寺さんに深々と頭を下げると、ゆっくりと立ち上がる。血まみれのタオルをど
うしようか一瞬迷ったが、まさかこんなものを返すわけにもいかないので、あとで新品の
タオルを買って返すという旨を伝えた。千光寺さんは結構だと言っていたが、それでは僕
が納得できないので僕も頑として意見を変えることはなかった。

 玄関へと向かう僕に、鳥羽がちょこちょことついて来る。どうして彼女がここを訪れて
いたのかは知らないが、どうやら彼女もちょうど用事が済んだらしい。ひんやりとした板
張りの長い廊下を進んで玄関へ、そしてそのまま外へと出ると、境内の木陰で待機してい
た赤穂さんと氷雨が歩み寄ってきた。

「聖さんも、こちらに来てたんですか」

 穏やかに微笑む赤穂さんの問いかけに、鳥羽はややキョドりながらも首肯する。マジメ
な委員長に学校をサボタージュしたことがバレて気まずいのかもしれない。

 そういえば、よくよく考えてみると現在、委員長である赤穂さんを筆頭に、氷雨、千光
寺、鳥羽、弥美乃、そして僕……計六名も学校をサボっている計算になる。

 ……うわぁい、これ多分、高千穂先生激おこじゃね?


926 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/09/28(日) 01:45:56.04 ID:QhvHbwBDO
理由によるだろ
927 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2014/09/28(日) 15:45:39.31 ID:mdZ0pZkv0
騒がしくなってそうね
とでも思ってるんじゃね
928 : [saga]:2014/09/29(月) 01:41:19.59 ID:9g1uSlB10



 そして赤穂さんはそのまま僕や鳥羽を当然のようにグループの輪に加えてしまうのだけ
れど……彼女は知る由もないが、僕と鳥羽は現在、軽い絶縁状態にあるわけで……もう気
まずいってもんじゃない。

 僕がチラチラと鳥羽の表情を窺っていると、鳥羽も同じく僕のことをビクビクと横目で
窺っていた。そしてそんな僕たちの様子にさすがに気がついたのか、氷雨がヒンヤリ涼し
い目つきで射抜いてくる。

「……なにかあったんですか?」

 疑問形というよりも『なんかあったんだろ言えやコラ』みたいなニュアンスのその言葉
に、僕は目をバタフライで泳がせつつ、

「ん、んぅんん〜〜っ!? い、いや、べつになんでもないよぉ!?」

 と、一流スパイも脱帽しちゃうような完璧なる演技でシラを切った。

 ……氷雨ちゃん氷雨ちゃん、知ってた? そんな絶対零度の視線を叩きつけられるとね、
お兄ちゃんの寿命ね、ゴリゴリ減っちゃうんだよ?

 氷雨からの見えざる暴力に耐えていると、赤穂さんは僕の言葉を完全スルーして鳥羽へ
と向き直った。

「鳥羽さん、なにがあったんですか?」

 なにかあったことは大前提なんですか、そうですか。

 僕は鳥羽に『ばちこーん☆』とウインクを飛ばす。なにもないよねっ☆ ねっ☆

「……篤実さんに、絶交されました」

 Oh……

 そして大きな瞳にうるうると涙を湛えた鳥羽は、震える声でトドメを刺してくる。

「私といっしょにいると……変なことに巻き込まれるからって……それで……それでぇ……
うわぁぁああああああんっ!!」

 Oh……

 ついに耐え切れず、子供のように泣きだしてしまった鳥羽。どうしたものかと僕が慌て
ふためいたのも束の間……

 僕の左半身の体感温度が爆発的に上昇する。全身から怒りのオーラを漏れ出させる赤穂
さんの内なる灼熱を感じ取ったためだ。

 さらに僕の右半身の体感温度が急激に冷え込む。いつにも増して冷血冷酷な瞳の氷雨に
よる絶対零度の怒気を感じ取ったためだ。

 左から地獄の業火、右から地獄の冷気を食らう僕なのだった。こんな目に遭った人物、
地獄先生ぬ〜べ〜しか僕は覚えがない。

 ……っていうか鳥羽さん!? その言い方だと、『僕と一緒にいるとキミまで危険な目
に遭ってしまう!』という僕のニュアンスが歪められて『お前みたいな貧乏神と一緒にい
られるかよ、絶交だ!』みたいになってしまっていますよ!?

 違う、違うんです! 僕はたしかにクズですけど、そういうタイプのクズじゃないんで
すって! それは今日まで一緒に過ごしてきた赤穂さんや氷雨ならわかってくれるよね!?
そうだよねっ!?

 僕がそんなわずかながらの期待を込めて二人を振り返ると、

「「正座」」

「はい」

 はい。


929 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/09/29(月) 02:45:34.05 ID:BhuBHcsDO
ダブルタイフーン(受)とは……
その後は二人から同時に体をぶち抜く正拳突きでも食らわされるんですかね?
930 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/09/29(月) 08:17:54.06 ID:hncJ1w7SO
これはwww
931 : [saga]:2014/09/30(火) 00:26:55.19 ID:kjtnB0+t0



 境内の砂利を縦断するように敷かれている石畳の上で、ねっとりとした汗をダラダラ流
す男子高校生が正座させられていた。うふふ、境内の石畳ってヒンヤリしてて気持ちいい
のね……初めて知りました。

 ぐしゅぐしゅと泣きじゃくる鳥羽に赤穂さんが歩み寄り、肩を抱いてあげていた。日頃
から頼れるお姉さんオーラが満載の赤穂さんには、その仕草がとてもよく似合っている。

 そして腕を組んで仁王立ちした氷雨が、正座して縮こまる僕を威圧的に見下ろしていた。
いつもは遥か下からの視線なのでどうにか耐えられていたけれど、もうこんな構図になっ
てしまったら大変だ。なにが大変って、もういろいろ大変なのだ。

 いい加減止まってきた額の出血の代わりに、今度は蜂蜜のようにねっとりとした汗が頬
を伝う。どうにかこの凄惨な現状を打破する妙案を思いつきたいところだけれど、今朝の
弥美乃宅での一件で僕の頭の体力は使い果たしてしまっていたようで、まるで徹夜明けの
早朝のように、まったく頭が回転してくれる気配がないのだった。

 周囲に霜でも降りそうな冷気を放つ氷雨は、とても平坦な声色で言葉を紡ぐ。

「……兄さん、説明を」

 コミュ障たる僕は、言葉の裏を読むというのが苦手な方なのだけれど……「納得できる
説明がなかった場合、魚の餌になってもらいます」という翻訳字幕が視界の下の方に表示
されたように感じた。っていうか多分出てた。氷雨ちゃん怖い。

 僕は働かない脳みそを必死にフル回転させながら、

「ええっと……ですね。それを説明するには、とても長く、かつ複雑な経緯を、まず、説
明しなければならないといいますかですね……」

「簡潔に」

 必死の時間稼ぎがバッサリ斬り捨てられる。……鬼だ、鬼がいるぞ。

「……つ、つまり……昨日みたいな、危ない目に遭わせないために……鳥羽さんのお母さ
んに、娘さんに近づかないことを約束したわけでして……。それなのに、今朝もまた危険
なことに巻き込んじゃって……もう今度こそ、同じ失敗はすまいと、距離を置こうと……
そういうわけなのです……」

「兄さんに近づかなければ、鳥羽さんは危険な目に遭わないんですか?」

「え、ええっと、そういうわけじゃないけど……でもほら、昨晩のことも今朝のことも、
全部僕絡みだったし……僕と関わってなければ、起こらなかったことじゃない? 思えば
先月の事故も、僕がこの島に来なければ起こらなかったことだし。だからこれからは……」

 僕が言いかけている最中に、氷雨の向こうでこちらを窺っていた赤穂さんが不意に……
ポツリと漏らすような声色で、問いかけてきた。

「篤実さんは……こんな島、来なければよかったって……思ってますか……?」

「へっ?」

 突然投げかけられた予想外の言葉に、僕は驚いて顔をあげる。すると、喋ることに集中
して見ていなかった赤穂さんや氷雨、鳥羽の表情は……気がつけば、まるでなにかの痛み
に耐えているかのように沈痛な面持ちとなっていた。


932 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/09/30(火) 00:57:43.18 ID:z/6Bo5RDO
住民の皆さんが、この素敵過ぎる島に思う所でも?
933 : [saga]:2014/10/01(水) 01:26:11.81 ID:IKqeOZHj0



「……都会に帰りたいって思ってますか? 私たちと早くお別れしたいって思ってますか?
……私たちと、出会わなければよかったって、思ってますか……?」

「い、いやいや……そんなわけないでしょ? 凪とか、鳥羽さんとか弥美乃にとっては、
僕と出会わなかった方がよかっただろうけど……僕自身は、その、べつに……」

 突然なにを言い出すんだ、と僕は内心穏やかではなかった。僕がこの島に来たことを後
悔なんてするはずがないじゃないか。もはや親友であるひかりの存在だけでも、僕にとっ
ては、ありとあらゆるマイナスを帳消しにしてくれるほどの幸福を与えてくれるのだから。
ああ、それにしても最近、ひかりの笑顔を見ていない気がする……。

 僕がここにはいない小さな天使に思いを馳せていると、赤穂さんに肩を抱かれて俯いて
いた鳥羽が突然、うるんだ瞳と震えた声のままで胸を反らして仁王立ちをした。そして、

「わ、わた、私の気持ちを貴方如きが決定づけようだなんて、おこがましいとは思わない
のかしら!? ……ふ、ふふふ、この、天の現人神である、この私の精神構造が、常人の
それと同一であるはずもないでしょう。一般人がどう思おうと知ったことではないけれど、
少なくともこの私は、貴方と出会ったこの運命を祝福するわ!!」

 どこでどういう導線が繋がってしまったのか、ここ最近受信感度が不良だった鳥羽の電
波が、いきなりバリバリになってしまったらしい。これには全身から怒気を滲ませていた
赤穂さんと氷雨も、ポカンと口を開けたまま、鳥羽の言動にすっかり見入ってしまう。

「そもそも貴方はこの私の眷属であり、血よりも深い繋がりがあることは再三にわたって
説明したはずだけれど、まだわかっていないようね。良いわ、この際だから教えてあげる。
眷属という言葉はそもそも、眷愛隷属……愛をもって親しく付き従う者のことを指すのよ!
それがっ!! 私たち二人を示す関係なのっ!!」

 興奮気味に顔を赤くしてまくし立てる鳥羽は、僕の中の『恐ろしい存在ランキング』の
上位二名である赤穂さんと氷雨を、あろうことか横に押しやって、正座する僕の目の前ま
でやって来た。まるでなにかに耐えるようにプルプルと拳を震わせている鳥羽は、そのま
ま興奮冷めやらぬ様子で言葉を続ける。

「それなのに貴方は、篤実さんは! 勝手に私と絶縁しようなどとするわ、私の気持ちを
勝手に決めつけるわ、私と出会わなければよかったなんて言い出すわ……!! あ、あと
なんか女の子に囲まれてわいわいやってるし! なんか彼女作ってたらしいし! もう、
なんなの意味わかんないっ!! 私はこんなに篤実さんのこと、大好きなのにっ!!」

「え?」

「……え? あっ、いや、あの、大好きっていうのはそのつまり眷属としてというかそん
な感じでえっとごにょごにょ……」

 急に顔を真っ赤にした鳥羽は、それまでの勢いなどどこへやら、急に早口でごにょごにょ
言って沈黙してしまった。不意打ちでそんなことを言われたものだから、僕は顔が熱くな
り、思わず俯いてしまう。

 ……だけど、鳥羽の言葉は、気持ちはすごく伝わってきた……と、思う。うっかり忘れ
がちだけれど、この島の人たちは例外なく、いっそ異常に思えるくらいの優しさを備えて
生きているのだ。こんな僕を受け入れて、僕との出会いを大切だと言ってくれるほどの、
お人よしな子たちばかりなのだ。それはもちろん、鳥羽も例外ではないわけで……

 こうなれば僕の方も、彼女に対する気持ちを伝えないというのは不公平だろう。

「……ありがとう、鳥羽さん。なんていうか、そんなに思ってくれてるとは、正直、思っ
てなかった。えっと、僕もさ、鳥羽さんのことは……その、大好き、だよ……」

 鳥羽の雪のように真っ白な肌が、リンゴのように真っ赤に染まった。友達に面と向かっ
てこんなことを言われれば、確かに照れてしまうのも無理はないだろう。ふはは、さっき
のお返しだ。


934 : [saga]:2014/10/01(水) 11:12:58.52 ID:IKqeOZHj0



 潤む瞳を泳がせながら、鳥羽は石畳に膝をついて、正座する僕と目線を合わせる。

「あ、あのっ……私、篤実さんに会えてよかったです……! 昨日、私の『秘密』を受け
入れてくれて、嬉しかった……すごく、救われたんです。危ないこともあったけど、それ
は篤実さんが悪いんじゃないし……それくらいで、篤実さんと出会わなければよかっただ
なんて、思うはずないですっ!! 私の気持ち、勝手に決めないでください!!」

 普段は迫力の欠片もない鳥羽は、けれど今この瞬間だけは、赤穂さんや氷雨さえも押さ
え込むほどの存在感を発していた。それはきっと、彼女が心の底からの想いを叫んでいた
ためだろう。だからこそ僕の心には強く深く、刻み込まれたのだ。

「それとも……や、やっぱり、私の『秘密』、気持ち悪かったんですか? だから、絶交
して、近づくなってこと……なんですか? それなら、そうと言ってください……そうい
うことなんだったら……う、受け入れます。もう、近づきませんから……」

 フリルのついたスカートを、皺になるくらいギュッと握りしめる鳥羽。まだ僕が返事も
していないというのに、すでに痛みを堪えるように沈痛な面持ちをしている。仮に僕がそ
れを首肯したら、どんな表情になってしまうのか……それは、想像することさえしたくは
なかった。

「も、もし本当に、私のためを思って、絶交したっていうのであれば……そ、そんなのイ
ヤです……! そんなの、ぜんぜん私、嬉しくないですっ!! 私がめんどくさい子だか
らっていうなら、が、がんばって直しますから……だから……!!」

 鳥羽は一世一代の覚悟でも込めるかのようにして、そのカラーコンタクトの奥にある紅
い瞳で、僕をまっすぐに見つめ射抜いてきた。



「わ、私と、もう一度……友達になってください……」



 僕は、胸が痛くなるくらい罪悪感に苛まれていた。鳥羽にここまで言わせてしまったこ
とも、彼女の気持ちを決めつけて、横暴な対処をしてしまったことも……その他いろいろ
なことで彼女を傷つけ、不安にさせてしまっていたことも。

 だから真っ先に僕の口を突いて出た言葉は、これだった。

「ごめん……ごめんね、鳥羽さん」

 そうして言葉にしてから、鳥羽の表情がピシリと完全に石化して、かと思えば見る見る
うちに赤面……しまいには綺麗な顔をひどく歪ませて、大声で泣き出してしまった。

「うぇぇええええええええんっ!!!」

 そんな鳥羽の様子を見て……そこで初めて、自分の発言が文脈的に、あってはならない
暴言となっていることに気がついた。僕は慌てて、

「あ、いや、だから、鳥羽さんを知らないうちに傷つけてたこととか、まずはそれを謝ら
なくちゃって思って、ごめんって言ったわけであってっ!!」

「……ふぇ? ぐすっ……」

「う、うん! 友達になるっていうのは、その、僕も賛成だな! ぜひ、鳥羽さんと友達
になりたいよ、うん!!」

 僕の訂正を聞いた鳥羽は、しばし硬直して―――そして自分の早とちりに気がつくと、
元から赤くしていた顔を、怒りでさらに真っ赤に染めると、

「ば、ばかぁぁーーーっ!! まぎらわしいですよぉ!!」

 腕を振り回しながら、幼稚園児のようなぐるぐるパンチで僕に飛びかかって来る鳥羽。
痛い痛いっ! 僕は怪我人ですよ!?


935 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/10/01(水) 14:05:14.07 ID:7MOo/jhDO
ははは、若いなあぁ〜〜
936 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/10/01(水) 16:44:20.38 ID:XPfnr69go
かわええなー
937 : [saga]:2014/10/03(金) 23:40:21.39 ID:p4+hG/WP0



「ち、血がついて服が汚れちゃうから! お、落ち着いて鳥羽さん!」

「その“鳥羽さん”っていうのもヤです! 芦原さんのことは弥美乃って呼び捨てにする
のにっ!! なんでですか! 贔屓ですか! いぢめですか!!」

 腕を振り回すのをどうにかやめてくれた鳥羽が、今度は怒りの矛先を別アングルから叩
き込んでくる。

 ……でも赤いほっぺたをぷくっと膨らませた涙目の鳥羽は愛らしかったです、ハイ。

「いや、それはほら、弥美乃がそう呼べって言ったから……」

「じゃあ、私のことも名前で呼んでください!!」

 なんだか弥美乃に対してよくわからない競争心を燃やしているらしい鳥羽は、僕に顔を
ズイッと近づけて、ジーッと睨みつけてくる。

 ……まぁ、名前で呼ぶくらいなら吝かじゃないけれど、でも鳥羽のことはずっと苗字で
呼んできたわけだし、今さら変えるのはちょっと照れくさいな……。でもここで拒絶した
ら、また泣いちゃうかもしれないし、背に腹は代えられないか。

 ええっと、鳥羽の下の名前は……

 鳥羽の、名前は…………

 名前………………

「あー、うん、えーっと……うん……」

 僕は記憶の水底から、鳥羽に関する記憶を片っ端からすくいあげてみる。えっと、鳥羽
のことを下の名前で呼んだことがあるのは……誰だ? そんな人いたっけ? 赤穂さんや
氷雨も苗字で呼んでるし、弥美乃も鳥羽さんって呼んでたし……ええっとぉ〜……!!

「…………篤実さん、もしかして……」

 ギギギ……という音が聞こえそうなほどにぎこちない動きをした鳥羽が、まるで弥美乃
のようにどんよりと濁った目を僕に向けていた。口の端をひくひくと引きつらせながら、
表面張力ギリギリのところで、なにか激しい衝動を堪えているかのような表情だった。


938 : [saga]:2014/10/03(金) 23:47:23.00 ID:p4+hG/WP0



 鳥羽の後ろに佇む赤穂さんと氷雨からの冷たい視線を浴びつつも、僕はド忘れした記憶
の発掘に全力を注いでいた。だが当然ながら、コミュ障である僕がこんな緊張を強いられ
るような状況の中で冷静に普段のパフォーマンスを発揮できるはずもない。僕はトイレで
後ろに立たれただけでも緊張して引っ込んでしまう繊細なタイプなのだ。

 気まずい空気の流れるなかで、ダラダラと汗を流しながら目をきょろきょろ泳がせてい
る僕に……ついに鳥羽の堪忍袋の緒がブチギレた。

「……わ、私の名前……忘れたんですかっ!?」

「ちょっ、いや、違くて! 普段なんでもないときなら普通に思い出せるんだけどいざこ
うやって思い出せと言われてみると意外とすぐには浮かんでこないっていう例のあの現象
がたまたま今この瞬間に発生してしまったというだけのことでございましてですね!?」

「つまり忘れたんですね!?」

 普段の三倍速くらいの早口でまくし立ててみたものの、全然誤魔化せなかった。現実は
非情である。

 鳥羽が、うるうるとした目で僕を睨んでくるものだから、僕の良心ゲージがごりごり減っ
ていってしまう。まずい、ゲージが赤く点滅している。

「……きよみ、です。聖書の聖。聖なる鳥の羽根と書いて、鳥羽 聖ですっ!」

「あ、あぁ〜! うん、そうだったそうだった、もう喉元まで出かかってたんだけど……
ほら、うっかり間違ってたら失礼だからさ! 念のためにねっ!」

「……ほんとですかぁ……?」

 胡散臭そうな目で僕を見つめる鳥羽(と後ろの二人)だった。僕はこの気まずい空気を
脱するべく、

「それじゃあ、あらためて……友達としてよろしくね、聖」

 なんて言ってみると、対する鳥羽……いや、聖は、

「……は、はいっ……! ……友達……えへへぇ♪」

 今にも蕩けてしまいそうなデレっとした顔で、はにかむのだった。

 ……なんだこの島、天使が何人いるんだ?


939 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/10/04(土) 01:22:22.19 ID:XxUt6dMDO
940 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/10/04(土) 15:17:15.62 ID:jihY2cd2O
あかん
かわいすぎだろう
941 : [saga]:2014/10/05(日) 18:11:05.81 ID:fX2w2vHI0



 僕はこの場の勢いでつい気が大きくなって、普段は言えないようなことも言ってしまえ
るような気がしていた。だから口が滑って、

「その、ほんとにごめん……。ほら、いくら鳥……聖でも、あんなことに巻き込まれれば、
僕に愛想尽かしたかなって……不安になったんだと思う」

「むぅ……そんなはずないじゃないですか……」

「さっき聖が、秘密を受け入れてもらって嬉しかったって言ったけど……それは、僕もな
んだ」

「……え?」

 きょとんとした顔で小首を傾げる聖。

「僕も一昨日、聖が僕の秘密を受け入れて、そんなのなんでもないって一蹴してもらって、
すごく、救われたんだと思う……。もう絶対に嫌われるくらいの覚悟で、告白したから……
でも聖が、僕を受け入れてくれて、それからくだらないことで夜中まで盛り上がって……
それがすっごく楽しかったから、失うのが怖くなって、臆病になってたのかもしれない」

 自分で喋っておきながら、その気持ちに一番驚愕を禁じ得なかったのは、誰あろう僕自
身だった。そんな風に物事を考えられるようになった自分の心境の変化への驚きもそうだ
し、そしてその秘めたる気持ちをこうやって口に出して彼女に伝えてしまったということ
への驚きも大きかった。

 つまるところ、僕は聖にそこまで気を許していたのだろう。だからこそ、たとえ一瞬で
あっても、弥美乃に“呪い”をかけてでも聖の身の安全を優先しようとしたのだろう。

 ふと気がつくと、聖が目を真ん丸にしつつも、顔からポンと湯気が出そうなくらいに赤
面していた。アルビノの透き通った肌は、顔色で心境の変化が読み取りやすい。

 そして聖の後ろで控えていた赤穂さんと氷雨は……あれ、なんか、妙に面白くなさそう
な顔をしているような……? えっ、今の僕の発言、悪くはなかったよね? 聖を傷つけ
るような発言でも、セクハラじみた発言でもなかったよね?

 僕がにわかに混乱していると、赤穂さんがポツリと、

「……その、お二人の、“秘密”というのは……?」

 なんてことを訊ねてきた。……しかしその問いについて僕は、なんだか“らしくない”
と思ってしまった。普段の赤穂さんなら、今の流れで僕と鳥羽の共有している秘密をわざ
わざ問いただそうとしたりはしないだろう。こういう場面ではにっこり笑顔でスルー、と
いうのが、僕の知っている赤穂さんらしい天使的対応だと思っていた。

 もちろん僕のために学校をサボってでも駆けつけてくれたり、かつては僕の命を救って
くれたこともある恩人である彼女に嘘偽りや隠し事なんてしたくはないというのが僕の感
情ではあったのだけれど、しかしさしものコミュ障である僕であっても、さすがに例の秘
密をここで赤穂さんに打ち明けるというのは、なんというか……それは違うだろう、とい
う気がしてならなかった。

 一応念のために聖の顔色を少し伺って、彼女が不安げな表情を僕に向けていることを確
認すると、

「まぁ、その……これは、二人だけの秘密かな……なんて」

 と、歯切れ悪くお茶を濁すのだった。

 僕がそう言うと、赤穂さんと氷雨はなお一層のこと不機嫌さを増して、対照的に聖の方
は、なんだか照れくさそうにはにかむのだった。えっ、なにこれ。なにが起こってんの?
僕コミュ障だからわかんない!


942 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage ]:2014/10/05(日) 18:42:44.83 ID:pCZh9I6Ao
修羅場だよ!!

にしても学園生活してないなぁ
943 : [saga]:2014/10/05(日) 23:15:44.22 ID:fX2w2vHI0



 内心で僕がオロオロと右往左往しながら困惑していると、赤穂さんが今度は、ポツリと
不穏なことを呟いた。

「……それなら、私が篤実さんの秘密を言っちゃうもん」

「え?」

 普段の丁寧語ではなく、なんだか拗ねた子供みたいな言葉遣いをした赤穂さんに驚いた
せいで、僕は彼女が口にした言葉の意味に意識を向けるのが、一瞬遅れてしまった。

 だから僕が止める間もなく、赤穂さんは“つーん”という表情でそっぽを向きながら、

「篤実さんが弥美乃さんと交際関係にあるというのは、じつは嘘ですっ」

「ええっ!?」

 僕と氷雨と聖が、いっせいに驚きの声をあげる。……それぞれ驚きの意味は違っていた
かもしれないけれど。

 しばしポカンとしていた僕たちの中で、最初に我に返ったのは氷雨だった。彼女はキッ
と強い意思のこもった目を僕に向け、

「な、ど、どういうこと!? 私、個人的に、家でも聞いたことあったよね!? その時
も、付き合ってるって言ってたじゃん!!」

 丁寧語をかなぐり捨てて怒りを露にしてきた氷雨に、僕はビビってのけ反ってしまう。

 氷雨の指摘に対して一瞬、「あれ、そんなこと言ったっけ?」なんて思ったけれど、僕
はすぐに思い出した。

 かなり以前……僕がひかりや凪に、弥美乃から告白されたことを相談してるのを、氷雨
が隣の部屋から中途半端に聞いていて、僕に彼女ができたと勘違いしたことがあった。そ
れをキッチンで問いただされた時のことを言っているのだろう。

「え、いや、それは……たしか、付き合ってるとは、答えなかったはずだけど……」

「……え? あ、あれ、えっと、でも……」

 そう、僕はあの時、ハッキリと氷雨に嘘をついたりはしていなかったはずだ。氷雨が、
「彼女ができて私たちも安心です」みたいなことを言って、僕がそれに「ありがとう、心
配しなくていいよ」と答えたような気がする。だから、ギリギリ嘘は言っていない。

 ……まぁもちろん僕が氷雨にわざと勘違いを起こさせるように曖昧な返事をしたという
のは事実なわけで、偽りが発覚してしまった以上は、大人しく白状しておくとしよう。

「でも正直、さも彼女ができたみたいに聞こえるように答えた覚えはあるよ」

「な、なんでそんなことするのっ!?」

「だってそれは、僕に彼女ができないと、氷雨たちが心配だって言うからさ。まぁたしか
に、いきなり赤の他人の、しかも年上の異性が家に転がり込んで来たら、そりゃ不安だろ
うと思って、だからそのまま勘違いさせとこうと……」

「は……えっ……?」 

 氷雨は動きをピタリと停止させて、しばらく沈黙……そして、すぐに怒りのギアを再び
フルスロットル!! 小さな手を振り上げて、

「あ、あれはっ、そういう、意味じゃ、ないからっ!!」

 言いながら、僕をベシベシと叩いてくる氷雨。ちょっ、痛い痛い!! 聖の女の子らし
くて か弱いパンチと違って、氷雨のパンチはマジで重いので洒落にならない!!


944 : [saga]:2014/10/06(月) 00:06:43.05 ID:sKGc0OdX0



 若干涙目の氷雨が、大きく深呼吸をする。そして僕をジロリと睨むと、

「次は私の番です。……兄さんの秘密」

「え?」

「兄さんの携帯を操作していたときに誤って開いてしまったことがあるのですが……、撮
影した写真がたくさん集まっている『アルバム』っていう場所があって、その中にたくさ
ん淡路くんの写真がありました。それも五〇枚くらい」

「うぐぉぉおおおおおおおおおッ!?」

 な、なんてことだ! ネット履歴は小まめに消したりしていたけれど、まさかアルバム
を見られるとは思っていなかった! これは不覚!

 じゃ、じゃあ僕がひかりとツーショット写真を撮りまくったり、ひかり宅でお泊りした
ときにお風呂あがりのひかりを撮りまくったり、ひかりのパジャマ姿に大興奮して撮りま
くったり、翌朝ひかりの寝顔や寝相を撮りまくったりした時の写真を見られたってことな
のか!? それは大ダメージ!!

 ……この島に来る前日に、都会で撮った写真とかは全部消去しててよかった……。あの
当時、スマホのアルバムは本土唯一の親友の写真集と化していたからな。

 ひかりの他に、凪の写真が一〇枚、妙義の写真が二枚、あと思春期ツインズとの写真が
一枚くらいあったはずだが、まぁそっちはわりと健全なはずだから……

 などと考えていると、僕の傍らで謎の対抗意識を燃やしたらしい聖が、

「私も篤実さんの秘密くらい知ってます! 篤実さんは寝る時、部屋が完全に真っ暗だと
眠れないからって、豆電球を点けてるんです!」

「ふおぉぉおおおぉおおおぉおッ!?」

 僕は奇声を発しながら勢いよく立ち上がると、羞恥に悶え、激しく身をよじる。

「あと、篤実さんは寝てる時に枕をギューって抱きしめる癖があるんです!」

「ふんぬぐぅぅぅぉおおおおおおおおおッ!!?」

「それから、それから……!」

「ちょっ、もういい! もういいからっ!! ……っていうか、なんで急に僕の秘密暴露
大会が始まったの!? やめてください死んでしまいます!!」

 僕はもう、鏡を見なくても赤面してるとわかるくらい顔が熱くなり、上半身から嫌な汗
を噴き出していた。これ以上の精神的ダメージを阻止すべく、オーバーアクションで手を
振り回しながら、赤穂さん、氷雨、聖の三竦みを必死になって制止する。

 けれどその後も暴露大会が閉会式を迎えることはなく、僕が『スゴ医さん』という医者
がいる崖の上の診療所に辿り着くまで、拷問は続くのだった。

 いっそ殺してください。


945 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/10/06(月) 07:30:54.90 ID:9lTw/5eMO
おもしれぇぇぇ
946 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga sage]:2014/10/06(月) 15:46:54.41 ID:tdp2zvODO
まぁ……最近シリアス過ぎたからなw反動だ反動ww
947 : [saga]:2014/10/06(月) 23:06:51.34 ID:sKGc0OdX0



「……なんていうか、独特な人だったね……『スゴ医さん』」

 僕は両手首と左腕に巻かれた包帯へと視線を落としてから、こめかみに貼られたガーゼ
に軽く触れて具合を確かめる。

 そんな僕の呟きに、僕の隣を歩く赤穂さんが、

「スゴ医先生は、外科や内科、眼科に歯科、さらには小児科や産婦人科に至るまで……他
にもありとあらゆる知識と技術を持っているんだそうです」

 だけど誰も名前を知らないから、ついだあだ名が『スゴ医さん』……とのことだ。

 なんでそんな怪物じみた腕前を持つ医者が、こんな島で燻っているのかは知らないけれ
ど……まぁ良い人そうだったし、腕が確かなのであれば文句はない。

 すると続いて、僕の少し後ろを歩いていた氷雨が、僕の背中に声をかけてくる。

「どんな怪我や病気でも、大抵は二、三日ほどで治してしまうと、もっぱらの評判なんで
すよ。兄さんの手首の傷だって、きっと痕になりませんから……安心してください」

「……でも、そんなにすごい先生なんだったら、治療費とかも馬鹿にならないんじゃ……」

「そうですね。あの先生は容赦なく良い薬を使うので、やはりそれなりには」

「うぅ……ごめんなさい……」

「違います。さっき私が言ったこと、もう忘れてしまったんですか?」

「え? ……あっ」

 思わず立ち止まった僕は、氷雨を振り返る。そして驚いて目を丸くさせた彼女に僕は、

 “ごめんなさい”じゃなくて―――

「ありがとう、氷雨」

「……ぅ、ぁ、はい……。ま、まぁ、お金を払うのは、私じゃないんですけどっ」

 そんなことを言いながら、早足で僕を抜かしていってしまう氷雨。すれ違う瞬間に見え
た彼女の顔色は、なんとなく、赤みが差していたように見えた気がした。


948 : [saga]:2014/10/06(月) 23:15:45.41 ID:sKGc0OdX0



 そんな氷雨の後ろ姿を見て、思わず頬を緩めた僕はそこで……もう一人、僕の傍らに佇
んでいたゴスロリ少女である鳥羽―――もとい聖に見つめられていることに気がついた。

「……聖?」

「篤実さんが治療を受けている間に、私、委員長や氷雨ちゃんと、お友達になれました。
“本当の姿”はまだですけど……でも、こうやって自分の言葉で……普通の女の子として
クラスメイトとお話ができるなんて、今まで考えられないことでした」

 聖はこれまで、自分の特異性を肯定するために、自らに課した荒唐無稽な設定を演じて
生きてきた。そしてそれは同時に、自分の秘密を周囲に悟られまいと他者を遠ざける意味
合いも含んでいた。だからこそ、今までは一人の女の子として、自分の言葉で人と話すこ
とができずにいたのだけれど……それも、今日までのことだ。

 しかし……そうか、これはつまり友人のいなかった氷雨や、クラスメイトの中でも特別
に仲良くするような人がいなかった赤穂さんにも、ちゃんとした友達ができたということ
でもあるんだ。そう考えればこれは、とても喜ばしいことじゃないか。

「これも全部、篤実さんのおかげです。ありがとうございますっ!」

「え……?」

 感謝の言葉を述べながら深々と頭を下げる聖に、僕は狼狽えてしまう。人に感謝なんて
されることのない人生を歩んできたということも理由の一つだけれど、そもそも僕は聖に、
感謝されるようなことをしてあげられたのだろうかと考えてしまったのだ。

 けれどもそんな僕の逡巡を吹き飛ばすように、聖は胸を張ってこう言った。

「私、篤実さんに出会えて、本当に幸せです!」

 その言葉は迷いも衒いもない、自信に満ちたもので……一切の疑念や否定なんかを差し
挟む余地のない、誠実でまっすぐで、輝くような言葉だった。むしろここで変に謙遜して
しまうことこそが失礼に当たり、彼女を傷つけてしまうのではないかと思うほどに。

 だから僕は、聖に、赤穂さんに、そして氷雨に見つめられる中……ただ一言、

「僕も、この島に来て、ほんとに良かったよ」

 と、精いっぱいの笑顔で応えるのだった。


949 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/10/06(月) 23:40:58.44 ID:9lTw/5eMO
泣いた
950 : [saga]:2014/10/07(火) 20:12:40.67 ID:wlS2A66p0
http://blog-imgs-58.fc2.com/e/x/e/executionheaven/hikarinn.jpg

>>502 のひかりを描いてみました。
951 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2014/10/08(水) 19:44:00.39 ID:aKjXr2rb0
問題解決と共に絆をより深くさせるファクター……篤実
952 : [saga]:2014/10/09(木) 00:08:57.99 ID:YfMnP81g0
もう少しで書き終えるので、書き溜めて一気に投下してしまおうかと思います。

おそらく明日で終わります!


http://blog-imgs-58.fc2.com/e/x/e/executionheaven/201410090006080b2.jpg
>>509あたりの弥美乃
953 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/10/09(木) 00:15:59.60 ID:y1eliJfDO
とても……ダークネス
ってか……え……終わっ……終わっちゃうの?
隣街編だとか正塚関連は打ち切りでごぜーますのか……?
954 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/10/09(木) 01:12:25.06 ID:gHRAHMHDO
ええええ終わるの!?
955 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2014/10/09(木) 01:55:41.56 ID:AmVX42oo0
またまたご冗談をははは、次スレでやってくれるんだろう?
956 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/10/09(木) 08:08:29.40 ID:8Y9Ho9OxO
おいおい
ちょっと何を言ってるかわかりませんね
957 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2014/10/09(木) 16:23:54.28 ID:+tOVJjyl0
しかし、魔法使い部屋の描写は芸術的であったな。そんな属性を投下して得したぜ
958 : [saga]:2014/10/10(金) 01:00:44.75 ID:4qfpicxP0

もうちょっと書き込みたいので、投下は明日ということでお願いします。
ところで私、ここまでで35万文字くらい書いてるらしいです。ちょっとしたラノベですね。
959 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2014/10/10(金) 01:53:09.17 ID:RJIbbVKF0
もうプロになっちゃえば?(適当)
960 : [saga]:2014/10/10(金) 21:38:15.25 ID:4qfpicxP0



 僕は今日、もともと学校を休むことになっていた。だから怪我の手当てが終わってから
も家に帰る大義名分があるのだけれど……赤穂さんや氷雨、そして聖は、学校から抜け出
してきている身分だ。たった一回くらいのズル休みが内申に響くとは思えないけれども、
そこは真面目な性分である彼女たちのこと。僕の無事を確保して傷の手当てが終わったこ
とを見届けると、昼過ぎになってからでも学校へと戻っていったのだった。……僕にくれ
ぐれも家で大人しくしているようにと釘を刺してから。

 そんなわけで、包帯まみれとなった僕は一人、神庭家へと帰ってきていた。できればこ
んなボロボロの姿をお婆ちゃんに見せて心配をかけたくはないので、こっそり僕の部屋に
戻ろうかとも考えたけれど……それはそれで、いつまで経っても帰ってこないと心配させ
てしまいそうだし。それにどのみち夕飯の時には両腕を見られてしまうので、隠し通すこ
とは不可能だろう。

 そう判断した僕は、いつものように開きっぱなしになっている神庭家の玄関をくぐると、
靴を脱ぎ、こっそりと居間を覗き込んでみた。するとそこには案の定お婆ちゃんがいて……

「ぅ、あ、あの、お婆ちゃん……ただいま……」

「おや篤実ちゃん。おかえり」

 僕に気がついたお婆ちゃんは、顔を皺くちゃにしてにっこりと微笑んでくれた。相変わ
らず、見ているだけで今までの緊張がほぐれて心が落ち着くような、柔和な笑みだ。僕は
それを見たとき、ようやく事件が終わったんだ、日常に帰ってこられたんだと言う実感が
今さらになって追いついてきて、へなへなとその場に崩れ落ちそうになってしまった。

 けれども実際に崩れ落ちたらお婆ちゃんが心配してしまうので、僕は自分の部屋に戻る
までは我慢しようと、なけなしの力を込めて踏ん張るのだけれど……

「……あれ?」

 僕はそこで、さながら出来そこないの間違い探しのように、普段とは違う光景を二つほ
ど発見して、首を傾げることとなった。

 まず一つは、お婆ちゃんが居間のテーブルに広げていた手紙……のようなものだった。
どうやら届いた手紙を読んで、それに返事を書いているところのようだ。それを見た瞬間、
僕の脳裏には真っ先に、ある可能性が浮上して、思わず口をついて出てしまった。

「……もしかしてそれ、僕のお母さんに?」

「ああ、これはねぇ……もちろん、朋絵ちゃんにもたくさん、篤実ちゃんの近況を、お手
紙で教えてあげてるけど……これは、お婆ちゃんの、子供の頃からの友達に送るお手紙だ
からねぇ」

「あ、そ、そうなんだ」

 僕は真っ先に自意識過剰な発想をしてしまったことで、ちょっと恥ずかしくなってしまっ
た。お婆ちゃんは携帯電話を持っていないのだから、誰かに手紙を書いているといっても、
相手が僕の両親であるとは限らないだろうに。


961 : [saga]:2014/10/10(金) 21:45:30.81 ID:4qfpicxP0



 そしてもう一つ、普段と違っている光景が。

「……その、そこで寝てる猫って……?」

 そう、お婆ちゃんが手紙を書いているすぐ隣……いつも僕が使っている座布団の上に、
真っ黒な子猫が身を丸くして、我が物顔でちょこんと鎮座しているのだった。

「この子かい? なんだか篤実ちゃんと入れ違いになるみたいに、玄関から入ってきちゃっ
てねぇ。ずっと、こうしてるんだよ。ここが気に入ってくれたのかねぇ」

 そんなことを暢気に言いながら、お婆ちゃんは黒猫を優しくひと撫でする。けれども不
遜な黒猫は、そんなお婆ちゃんの愛撫にもまったくもって反応を示さず、置物のようにそ
こへ鎮座するばかりだった。まぁ、猫は犬とは違うからな。まったく……これだから僕は
“犬派”なんだ。

 っていうか、あの子猫……今朝、三朝くんを僕のところまで案内してくれた黒猫じゃな
いか?

「篤実ちゃんが出かけてからねぇ、いろんな子がここに来たんだよ。篤実ちゃんは、たく
さんの子に好かれてるんだねぇ」

「……え、あ、いや、好かれてるっていうか、その……」

「だけど、あんまり心配させちゃ可哀想だからねぇ。やんちゃをしてもいいけれど、ほど
ほどにねぇ」

「は、はい……」

 それは要するに、お婆ちゃんにも、あまり心配をかけさせないでくれと言っているのだ
ろう。娘の子供を預かっているという責任のあるお婆ちゃんにとって、たびたび妙なこと
に巻き込まれては何かしらの負傷を抱えて帰ってくる僕は、とてもストレスの原因となり
得る存在と言えるだろう。

 これからは、お婆ちゃんにも、そして氷雨や、赤穂さんたちにも、あまり心配はかけな
いように気をつけなければ……と、僕は密かに気持ちを引き締める。

 それから一応、怪我のことも先手を打っておくとしよう。

「あの、これ……ちょっと外で遊んでたら怪我しちゃって……でも、大したことなくって、
だからその、心配いらないから……」

 そこまで言いかけた僕は、そこで『スゴ医さん』に診察してもらったことを思いだして、

「あっ、でもその、スゴ医さんに……」

「お金のことは大丈夫だからねぇ。篤実ちゃんは、なんにも心配しなくていいんだよ」

「あ……はい……」

 ……なんていうか、もう、お見通しってカンジだった。


962 : [saga]:2014/10/10(金) 22:01:00.63 ID:4qfpicxP0



 僕はお婆ちゃんに、もう一度自分の部屋でゆっくり休むという旨を伝えて、そそくさと
薄暗い階段を上がっていく。

 そして三つある扉のうち、真ん中の扉を開き……この一ヶ月ですっかり見慣れた自分の
部屋に戻ってきたことを意識した瞬間、全身の力がすっかり抜けてしまい、僕は扉を閉め
ることさえ忘れて、ベッドに倒れこむのだった。

 昨日の“墓標”や“正塚”の疲れも癒えていないというのに、今朝も弥美乃の家に拉致
監禁されたり、負傷したり、千光寺神社への地獄の階段を昇ったり……とにかく肉体的に
も精神的にも、すっかり疲れ切ってクタクタだった。だけどこの疲労が必ずしも嫌なもの
かと問われれば、意外にそうでもなかったりする。

 都会にいた頃は、ただ襲い来る攻撃に耐え続けるという毎日だった。同じ汗を流すので
も、トラックに轢かれかけて流す汗と、友人たちと野球をして流す汗は、まったく異なる
意味合いを持つ。同じ疲労でも、同じ苦痛でも、この島の彼女たちのために流す汗や血は、
僕にとってはとても気分の良いものだった。

 だから今、僕の身体に蓄積している疲労や傷は、とても大切なものだ。ゆっくりと休め
ばいずれ消えてしまうような儚いものだけれど、それでも僕が傷と引き換えにして得たも
のは、きっといつまでも消えることはないはずだ。

 だから僕は、これからもきっと……

「……あ」

 すっかり全部片付いたみたいな気分でリラックスしていたけれど、そういえばまだ一つ、
直近の問題が残っていたじゃないか。わざわざそれのために、本土のりずむさんに作詞作
曲をお願いしたり、聖の家で収録したりと様々な苦労を……

 そこまで考えた瞬間、僕はベッドに横たえていた身体を跳ね起こし、急いでノートパソ
コンを開いた。そしてデスクトップのフォルダの中から、一つの音声データを呼び起こす。

 ……それは一昨日の夜、聖の家で収録した僕の歌だった。いや、その表現は正確ではな
いか。なぜなら、このファイルは僕の歌を正しく収録してくれてはいないのだから。

 僕は音量をマックスにしたうえでヘッドフォンを装着し、再生ボタンを押す。やがて曲
のイントロが始まり、僕の歌声が流れ始めるが……すぐに歌は途切れ、ノイズ混じりの不
気味で頼りないメロディとなる。

 ヘッドフォンを耳に押さえつけ、僕は目を瞑って全神経を集中させる。

 すると聖の家でも聞こえた、例の声が流れ始めた。あの時はラジカセの残念音質だった
ので、ゾッとするほど冷たい女性の声に聞こえたけれど、よくよく聞いてみれば、むしろ
僕には温かみのある声に思えた。

 あの時は即座に停止ボタンを押してしまったけれど、今度は……

『……きこえた……やっと……明日の夜……』

 ノイズ混じりのメロディの合間を縫うようにして、あの声が聞こえてくる。

『……出ない……家…………いと、……なこと……』

 もはや後ろで流れている曲は原形をとどめないほどの不協和音で、なんだか聞いている
と精神が参ってしまいそうだったけれど……僕は何度も何度もリピートして、“彼女”の
声に耳を傾けた。

『……そうなっ……助け…………いから……』

 声の聞こえる部分を何度も再生しつつ、僕はメモ帳を起動して、聞こえた部分をすべて
文字に起こすと、さながらジグソーパズルを組み立てていくかのように、文章を構築して
いった。

 やがてリピートの数が二〇回を超えた頃……メモ帳に浮かび上がってきた文章を見て、
僕は戦慄した。

 そこには、こうあった。



『きこえたかな。やっと。明日の夜は外に出ないで。家にいて。じゃないと、大変なこと
になる。そうなったら、助けたりはしないから。』


963 : [saga]:2014/10/10(金) 22:09:41.93 ID:4qfpicxP0



「―――っ」

 僕はゆっくりとパソコンを閉じると、おぼつかない足取りで立ち上がった。そして、僕
が本土から持ってきた荷物の山の中から、一枚の封筒を抜き出す。

 封筒をひっくり返すと、出てきたのは折りたたまれた一枚の紙と十円玉。その紙を勉強
机に広げてみると、そこには見覚えのある五十音表。それは僕がありったけの呪詛と憎悪
を込めて作成した呪いの品だった。

 だけど実際のところ、呪いなんてものは存在しなかった。あいつらに罰を下したのは、
僕自身だ。だから赤目さまなんて存在しなくて……幽霊とか、魔法とか、超常現象とか、
そんなものは幻覚で、妄想で、白昼夢で……

 いくつもの偶然が重なった結果として、たまたまそれらしい像を結び、それを僕たち人
間の有り余る想像力が都合よく解釈したもの……それが、僕の思う『魔法』だった。

 そのはずだったのに……

「赤目さま……赤目さま……お越しください……」

 五十音表にポタポタと雫が垂れたのを見て、僕はようやく自分が泣いていることに気が
ついた。どうして泣いているのか、これがどういう意味の涙なのかは自分自身でもさっぱ
りわからなかったけれど、とにかく、今朝も感じた虚無感のような……胸に大きな空洞が
ぽっかり開いてしまったような、そんな感覚に襲われたのだ。

 勘違いでも、思い過ごしでも、錯覚でも……なんだってよかった。少なくとも僕がそう
信じる限りにおいては、僕の中でそれは事実であり、真実なのだから。

 だからこれは、“いただきます”とか、“ごちそうさま”みたいな、意味以前の礼儀と
して、思わず口から漏れた言葉だった。

「赤目さま……ごめんなさい……ありがとうございました……」

 意味なんてなくていい。伝わるのかもわからない。だけど、僕が勝手に感謝するのなら、
それは誰に邪魔される筋合いもない。僕は十円玉を握りしめて、五十音表を涙で滲ませな
がら、ただ謝罪と、そして感謝の言葉を繰り返した。

 するとその時、

「にー」

 突然足元で聞こえた鳴き声に、僕は思わず「わっ!?」という情けない悲鳴を上げた。
その拍子に、僕の手から十円玉がすっぽ抜けて、勉強机の上に甲高い金属音を響かせなが
ら落下する。

 足元を見れば、そこには先ほど居間で見かけた子猫が、行儀よくちょこんと座っていた。
大きくてくりくりな瞳は―――たしか“カッパー”とか言ったかな―――十円玉のような
赤銅色。その赤い目をした黒い子猫が、僕の足元にすり寄って、ごろごろと喉を鳴らして
いた。

 カタカタカタッ、という音を響かせながら、僕の手からすっぽ抜けて転がった十円玉が、
五十音表の少しだけ下に書かれた『はい』と『いいえ』の、『はい』の上で静止する。

「…………」

 僕は足元の子猫を抱きかかえると、ベッドに腰掛けて、その子猫の頭から首、首から背
中にかけてを、何度も優しく撫でてやった。すると子猫は気持ちよさそうに目を細めて、
またごろごろと喉を鳴らす。

 膝の上で丸くなっている子猫を見つめながら、僕はこっそりと、こんなことを考えてい
た。

 ああ……やっぱり僕、猫派かも―――と。


964 : [saga]:2014/10/10(金) 22:20:50.84 ID:4qfpicxP0



 時刻は夕暮れ。

 夕陽に照らされて橙色に染まる島を、東の空から藍色が呑み込もうとしていた。太陽に
暖められた島を冷やそうとするかのように海から吹き上げた潮風が、僕たちの髪をなびか
せる。

 僕の傍らに佇む少女―――弥美乃が僕の家を訪れたのは、つい先ほどのことだった。僕
がお腹に子猫を乗せてうたた寝しているところへお婆ちゃんが呼びに来て、階下へ降りて
玄関を見てみると、そこには気まずそうに目を伏せてポツンと佇む弥美乃の姿があった。

「……みてほしいものが、ある……んです」

 そう言った弥美乃の物憂げな眼差しに晒された僕は、彼女の誘いに二つ返事で従って、
神庭家を後にした。今朝とは違い、僕を送り出すお婆ちゃんの表情が穏やかだったことが
強く印象に残っている。

 僕らは現在、町の外れにある墓地にいた。

 夕陽に照らされて橙色に染まる無機質な墓石の群れが、淡い色合いの墓花と線香によっ
て、なけなしの味つけをされている。現在僕たちが前にしている墓石には『芦原家之墓』
と大きく彫られており、周囲の墓石と比べても明らかに、丹念に丁寧に磨き抜かれていた。

 喪服のような漆黒のワンピースを身に纏った弥美乃は新しい墓花と線香を供えて、しば
し合掌と黙祷を捧げると、

「だーり…………久住さん。今日は……ううん、今まで、ほんとうにごめんなさい」

 そう言って、弥美乃は深々と頭を下げた。突然謝られた僕は、どうすればいいのかわか
らずに困惑してしまう。とりあえず「あ、うん……」と返事をするのが精いっぱいだった。

 対する弥美乃はゆっくりと頭をあげると、俯いて足元を見つめたまま、

「……久住さんのおかげで、ママと、久しぶりにゆっくりとお話できました。あたしとマ
マが、ずっと胸に秘めてたこと、感じてたことを、きちんと話し合って……なんていうか、
打ち解けたっていうか、和解したっていうか……」

「……そっか」

 咄嗟に思いついたこととはいえ、僕の行動が弥美乃とお母さんにとって良い結果に繋がっ
たのなら、そんなに嬉しいことはない。僕は思わず、頬が緩んでしまった。

「ママも、だー……久住さんに謝りたいって言ってたから……その、よかったら、またウ
チに来てくれますか……?」

「うん、わかった。いつでもいいよ」

「……よかった」

 弥美乃は心の底から安心したような表情になって、ホッと息をついていた。なんだか、
しおらしいを通り越して弱気すぎる態度の弥美乃に、僕はなんだか妙な感覚を覚えていた。


965 : [saga]:2014/10/10(金) 22:27:38.20 ID:4qfpicxP0



「ねぇ、弥美乃」

「な、なんですか……?」

「それ。その敬語は、なんなの?」

「なにって……」

 弥美乃は僕からの問いに大いに狼狽えて、きょろきょろと目を泳がせると、

「……だって、馴れ馴れしいかなって……」

 と、今にも泣きだしそうな表情で、そう呟いた。

「馴れ馴れしいって……そんなの、今さらじゃない?」

「た、たしかに、ずっと馴れ馴れしかったですけど……で、でも、これからは気をつけま
すから……」

「え、いや、そういう意味じゃなくって……。ねぇ弥美乃、急にどうしちゃったの?」

「…………」

 相手の顔色ばかりビクビク窺って、言葉を自分に都合の悪いように解釈して卑屈に頭を
下げる……これじゃあまるで、僕みたいじゃないか。手段を選ばず我が道を進んできた、
唯我独尊で泰然自若な弥美乃らしくない。別人のようだ。

 僕の言葉を受けた弥美乃は、泣きそうな顔のままオロオロと地面を見つめ、

「……委員長から、聞きました。あたしの家で起こったことを、言わなかったって。それ
どころか、詮索しないでくれって土下座までして、あたしを守ってくれたって……」

「それは……」

 弥美乃は一瞬、僕の腕に巻かれた包帯へと視線を走らせて、

「……どうして、ですか? あたしのこと、いくら久住さんでも嫌いになりましたよね?
殴ってやりたいって、思ってるでしょう!? なのに、どうして……!」

 そう叫ぶ弥美乃の表情は、とても痛々しくて、ボロボロで……つい最近まで、不遜な表
情をほとんど崩さなかった彼女の面影なんて、ちっともなかった。あるいはこれこそが、
ただの中学生の女の子である弥美乃の、本来の姿なのかもしれないけれど。

 僕はなるべく弥美乃を刺激しないように、優しい声色で語りかける。

「弥美乃を嫌いになんて、ならないよ。そりゃあ、たしかに聖……鳥羽さんを巻き込んだ
のは許せなかったけどさ。でも、あのプラスチックシザーもそうだけど、鳥羽さんを傷つ
けないように気をつけてたのはわかってるし……それにもう、弥美乃は二度とあんなこと
しないって、信じてるから」

「……しん、じてる……?」

「うん。それにさ、僕はクズの中のクズ、最低最悪のクソ野郎だから。そんな僕が弥美乃
を悪く思うだなんておこがましいっていうか……僕のしてきたことに比べたら、弥美乃の
やったことなんて、全然大したことないって!」

 それは謙遜とか卑下とかじゃなく、リアル話だった。……四人ほど葬ってるからね。


966 : [saga]:2014/10/10(金) 22:34:14.92 ID:4qfpicxP0



「なにをそんなに怯えてるのかわかんないけど……できれば、いつも通り、今まで通りに
接してほしいな。なにがあったって、弥美乃のことを嫌いになったりなんてしないから」

 僕の言葉を聞いた弥美乃は、しばし目を丸くして……久しぶりに僕の目をまっすぐに見
てくれた。

 ……かと思えば、まるで堰を切ったように涙を流して、泣きだしてしまった。

「え、や、弥美乃っ!?」

「……あたしっ、今までは……ずっと、パパにさえ会えれば、パパにさえ嫌われなければっ
て……周りの人から、どう思われたって、全然平気で…………だけどっ……」

 弥美乃はゴシゴシと目元をぬぐう。そして弱気だった瞳に、再び強い意思を込めると、

「……これが、“見せたいもの”だよ……」

 そう言うが早いか、『芦原家之墓』の前に膝をついた弥美乃は、まるでここにはいない
誰かに語りかけるような懸命さ、熱心さで、言葉を紡ぎ始めた。

「―――パパ。世界でいちばん大好きな、パパ。今日まで、ずっとパパのためだけに生き
てきました。あたしの世界にはパパだけがいなくて、だけど、パパだけしかいらなかった」

 ワンピースの裾を強く握りしめる仕草から、弥美乃の葛藤と苦悩がひしひしと伝わって
くるかのようだった。僕の身体にも自然、力がこもる。

「だけど、それも今日までにするね。目を逸らして、逃げるのは、もう、やめます。パパ
のことが誰よりも大好きだから、パパの言いたいことだって、わかるよ。パパがあたしに
してほしいことも、ほんとは、ずっと……わかってたよ」

 涙が頬を伝いながらも、弥美乃はずっと笑顔だった。あるいはそれこそが、今は亡き父
親がいちばん好きだった彼女の表情なのかもしれない。

「これからは、目の前の人を見て、手の触れられる人を愛して、この世界で幸せになりま
す。今まで心配かけてごめんなさい。でも、あたしはもう大丈夫です。ママも、あたしが
守っていきます。だから安心して、天国で幸せになってね……パパ」

 弥美乃はゆっくりと立ち上がると、見たこともないほどに穏やかな表情で微笑んで、



「あたしは、パパを卒業します。今まで、ありがとうございました」

 

 そう言って、弥美乃は墓石に……いや、亡き父親に向かって、深々と頭を下げたのだっ
た。


967 : [saga]:2014/10/10(金) 22:41:45.35 ID:4qfpicxP0



 僕はなにも言えず、ただその様子を固唾を飲んで見守ることしかできなかった。弥美乃
から父親を取り上げる原因を作ったのが自分であると、罪悪感を感じていたためかもしれ
ない。

 それからしばらく俯いていた弥美乃だったけれど、やがて涙を拭うと、痛々しい笑顔を
僕に向けて、

「あはは……そういうわけで、パパを追いかけるのは、もうやめる。“正塚”とか、曰く
つきアイテムの収集もやめる。これからは、普通の女の子みたいにおしゃべりして、遊ん
で、恋して……パパが望んでるような、普通の青春を送ろうと思うの」

「……そっか。パパも、安心してるんじゃないかな」

「うん……。でも、今までは人に嫌われたって、なんとも思わなかったけど……パパがい
なくなったら、こんなに怖いなんて、思わなかったな……」

 その弥美乃の言葉で、僕はようやく合点がいった。先ほど弥美乃が必要以上にビクビク
怯えていたのは、今まで知らなかった“人に嫌われることへの恐怖”を知ってしまったか
らだったんだ。だから顔色を窺ったり、突然敬語を使い始めたりしたんだ。

 見れば、弥美乃の指先は震えていた。笑顔も、無理して取り繕っているのがバレバレだ。

 そんな恐怖を覚悟してでも、弥美乃は変わろうとしている。僕の自惚れでなければ、きっ
と昨日の夜に僕が弥美乃に言ったことも、彼女に強い影響を与えたはずだ。つまり弥美乃
を恐怖のどん底に突き落としたのは、この僕であるとも言える。

 すっかり怯えきっている弥美乃を慰めて、そして勇気を振り絞って一歩を踏む出した彼
女を讃え、さらなる勇気を与えるために……僕はなにができるだろうか?

 ……答えはすぐに見つかった。

 僕だからできる方法。僕にしかできない方法。



「よくがんばったね、弥美乃」



 “父親の声で”そう言われながら頭を撫でられた弥美乃は、最初、なにが起こっている
のかわからないといった風に放心していた。

 けれど、

「これからは自分のために生きて、そして、いっぱい幸せになるんだよ」

 僕が続けてそう言った瞬間、

「ふぇ……うわぁぁあああああああああんっ!! パパぁぁあああああああっ!!」

 今まで我慢して、ずっと耐えて、心の内に溜め込んでいたすべての感情が、一気に溢れ
かえってしまったみたいだった。

 弾かれるように勢いよく駆け出した弥美乃が、僕の胸に飛びこんできた。そしてそのま
ま僕の胸で、大声をあげて泣きじゃくる。まるで誰かにずっとずっと会いたくて、でもそ
れは叶わなくて……それが長い年月を経て、ようやく成就したかのように。

「ぐしゅっ、うぇえええええええんっ!! うあぁあああああああああああんっ!!!」

 恥も外聞もなく、なにを取り繕うこともなく、ただ溢れだす感情に任せて泣き叫ぶ弥美
乃を、僕はしばしの逡巡の後、そっと抱きしめた。それに気がついたのだろう、弥美乃は
ピクンと肩を震わせると、僕の背中に回していた腕へと、さらに力を込めるのだった。

 喜びと悲しみがごった煮になったボロボロの叫び声は、空の趨勢が藍色に傾き、墓地が
すっかり薄暗くなるまで続いた。


968 : [saga]:2014/10/10(金) 22:56:55.74 ID:4qfpicxP0



 五月の夕闇は、思いのほか涼しいものだった。……あるいはそれは、今まで腕の中に感
じていた高い体温を失ったためかもしれないけれど。

 ひとしきり泣き喚いた後、僕からゆっくりと離れた弥美乃は、すっかり顔を赤くしてい
た。まだ目元に涙が濡れ光っている切ない表情は、いつしか弥美乃宅で彼女の母親が見せ
た“オンナの表情”を想起させるもので……なんというか、血の系譜、もしくは恐るべき
才能の片鱗を感じてしまうのだった。……ぶっちゃけドキッとしました、ハイ。

 弥美乃はグスッと鼻を啜ると、背中の後ろで手を組んで、上目遣いでもじもじしながら、

「今朝も見たけど……それが、篤実くんの“魔法”なんだね……♪」

「ま、まぁ、そうかもね」

「それって、みんな知ってるの?」

「いや、まだ誰にも言ったことはなかったはずだけど……鳥羽さんも、今朝のはなんだっ
たのかわかってないと思う」

「そうなんだ……じゃあ、あたしだけしか知らないんだね。ふふっ、すっごく嬉しいな♪」

 そう言って、本当に心の底から嬉しそうに微笑む弥美乃に、なんだか僕は調子が狂いっ
ぱなしだった。

 これ以上ここにいるとおかしな雰囲気になってしまいそうで怖くなった僕は、町の方角
を振り返り、

「そ、それじゃあ、そろそろ暗くなって来たし、帰ろっか」

 そう言って、踵を返そうとしたところで……

「待って!」

 ピシャリと鋭い弥美乃の声が墓地に響き渡り、僕は驚いて足を止める。振り返るとそこ
には、なにやら思い詰めたような表情で俯く弥美乃の姿があった。

「……弥美乃?」

「篤実くん……その、あたし、言わなきゃ……伝えなくちゃいけないことが、あって……」

 歯切れ悪くそう言った弥美乃は、豊満な胸の前で落ち着きなく手を揉みながら、

「さ、最初から、やり直したくって……あたしたちが、最初に会ったところから……今度
は、思惑とか、計画とか、そんなのまったくないから……ホントの気持ちだから」

 そうして、僕が彼女の言わんとしていることを悟るのとほぼ同時に、弥美乃は精いっぱ
いの勇気と覚悟を込めたような大声で、



「あなたのことが、大好きです! あたしと、付き合ってくださいっ!」



 僕がこの先 一生、二度と言われないであろう言葉を叫ぶのだった。


969 : [saga]:2014/10/10(金) 22:59:12.32 ID:4qfpicxP0



 ちょうどその時、海岸から強い風が吹いて墓花を舞い上げた。僕たちの間を、いくつか
の淡い色彩の花びらが舞い踊る。

 ドクン……と、大きく心臓が跳ねる。

 弥美乃以外の、すべての景色が急激に遠くへと押し流される。

 ―――けれども僕は、一回目に告白された時よりも、ずっと落ち着いていた。

 彼女の言葉通り、弥美乃の真剣味は前回よりも遥かに増しているとは感じる。だけど、
不思議と僕の頭は前回ほどのパニックを起こすこともなく、どこか冷静だった。

 もしかしたら、さっきのまでの流れや雰囲気で、僕は心のどこかでこの状況を想定して
いたのかもしれない。だからこそ一瞬でたくさんのことを考えたし、さまざまな事情につ
いても考えた。

 その上で、僕は……



「……ごめん。今は、弥美乃をそんな風には見られない」


970 : [saga]:2014/10/10(金) 23:12:42.09 ID:4qfpicxP0



「……うん……そうだよね」

 それに対する弥美乃の反応もどこか冷静で……泣きそうな笑顔のまま俯いて、小さな拳
をキュッと握りしめていた。

「……いちおう、理由、聞かせてもらっても……いいかな……」

 なにかを必死に耐えるような、途切れ途切れの言葉。弥美乃の心情がわかってしまうか
らこそ、僕の胸がキリキリという痛みを発する。

「もちろん原因は弥美乃にはないよ。……まぁ、僕と付き合って幸せになれる人がいると
は思えないとか、僕の過去を聞いたら絶対ドン引きするだろうからとか、そういう消極的
な理由もあるんだけど……それ以前に」

 伏し目がちな弥美乃をしっかりと見つめて、僕はハッキリと告げた。

「僕はあの時……追い詰められたあの状況で、とっさに弥美乃より鳥羽さんを選んだんだ。
鳥羽さんを傷つけられるくらいなら、その前に弥美乃を傷つけようとしてしまったんだ。
だから少なくとも今は、弥美乃を“いちばん”だなんて言う資格はないと思うんだ。同情
で人と付き合うなんて、そんなひどいことは……したくないから」

 僕は彼女の怒りを買うかもしれないと、それなりの覚悟や罪悪感を抱きつつも、懸命に
自分の気持ちを伝えたのだけれど……

 対する弥美乃はなぜか、どこか嬉しそうに微笑んでいた。

「……や、弥美乃?」

「ふふっ……“今は”かぁ。やっぱり、篤実くんは優しいんだ♪」

 瞳を涙で潤ませたまま、満足げな笑みを浮かべる弥美乃。その予想外の反応に、僕はポ
カンと口を開くことしかできない。そんな僕の反応がおかしかったのか、弥美乃はくすり
と笑うと、

「ねっ、篤実くん。あたしのこと、嫌いじゃないって言ったよね? それに、今の言葉が
嘘じゃないんなら、今すぐ付き合いたいって思ってる女の子もいないんだよね?」

「え、あ……いや、まぁ、そうなるかな……」

「だよねっ! ……篤実くんにあんなヒドイことしちゃったんだし、フられるってことは
わかってたんだけど……覚悟しててもすごく苦しくて悲しいね、これ。……でもあたしに
もまだチャンスがあるってわかっただけで、幸せ♪」

 そう言うや否や、弥美乃は再び僕の胸に勢いよく飛び込んできた。そして小動物のよう
にすりすりと頬ずりをしてきながら、

「今日から料理の勉強するね! 篤実くんの趣味も勉強する! それに、昨日あたしのベッ
ドでやろうとしたコトの続きもしていいよ! 両手に包帯巻いてるから、治るまであたし
が毎日身体を洗ってあげる♪」

「は、えっ……弥美―――」

 その過激な申し出に対して抗議しようとした僕の口に、弥美乃の細長い人差し指が当て
られる。

「“今は”好きじゃなくてもいい……“いちばん”じゃなくてもいい。だけどいつかぜっ
たい、振り向かせてみせるからっ!」

 そう言った彼女の闇色の瞳には、太陽を山の向こうに押しやった満天の星空と、もうすっ
かり高く昇っていた真ん丸の月がキラキラと映りこんでいて……

「そしたらまた、ママがパパをそう呼んでたみたいに……“だーりん”って呼ばせてね♪」

 瞳を輝かせ、心から幸せそうに微笑む弥美乃からは、出会った当初の底知れない雰囲気
は、もう微塵も感じられなくて―――

 そこにいたのは、無邪気で健気な、一人の可愛らしい女の子だった。




971 : [saga]:2014/10/10(金) 23:21:20.20 ID:4qfpicxP0



「3ヶ月ぶりに帰って来たぜ!! 『アンチャン's レディオ』ォォオオ!!!」

 『正塚事件』から数日。さすがはスゴ医さんと言うべきか、僕の怪我はわずかな痕もな
く綺麗さっぱり完治していた。

 ……おかげさまで、今 僕は大変な目に遭っています。

「いつも俺っちのラジオを聴いてくれてるリスナー諸君、ありがとよッ!! 今日は久し
ぶりの収録ってことで、“公開収録”だ! たっぷり楽しんでくれ! イエァ!!」

 野獣のような野太い声が、セットされたマイクを通して会場に響き渡る。

 毎年七月に行うという神事に十数年前まで使われていたらしい野外演舞場を借りて急造
した特設ステージ。その檀上には現在、アンチャンこと鬼ヶ城 獅子彦と、そして僕こと
久住 篤実が登壇しており……

 檀上から見える観覧席には、アンチャン's レディオのリスナーや、僕の友人たち、そ
して都会から転校してきた少年を一目見に来た島民たちが詰めかけて、すごい賑わいになっ
ていた。……まるで動物園のパンダのような気分だ。

「お兄ちゃ〜ん!」「がんばって〜!」

 観覧席の最前列で、双子の妹たちがブンブン手を振っているのが見える。その隣ではお
婆ちゃんも微笑んでいて、僕は憂鬱な心境で苦笑しつつ手を振り返した。

 最前列には、氷雨や赤穂さん、ひかりに凪、聖に弥美乃……他にも僕のよく知らない多
くのクラスメイトたちの姿があった。彼らはおそらく、一ヶ月同じクラスだけどまだよく
知らない転校生が、どんな人物なのかを見極めにきたのだろう。

 ……あれ? 妙義の姿が見当たらないような……あっ、後ろの方で手を振ってる。その
横には、なんだかガラの悪い座り方をした女の子がいて、その女の子を妙義と、あと笹川
が挟むようにして座っていた。友達なのかな?

 時刻は夜の八時を回ろうとしているところだけれど、もしかしたら島のかなりの割合の
人たちがこの場に集まっているのかもしれない。そう思える程には、満員御礼って感じの
客入りだった。

 ……当然、そんな衆人環視に晒された僕はバイブレーション(強)である。帰りたい。
消えたい。死にたい。

「そしてこいつが今夜の主役である、ゲストの久住篤実だ! さぁ篤実、リスナー諸君に
一言頼むぜッ!!」

「はひゃいっ!? ぅ、え、えっと、あの、こ、こんばんわ……?」

「いや、一言ってそういうことじゃなくてだな……」

「え、あ、ごめんなさいっ!?」

 ドッと観覧席が笑いに包まれる。僕はもう恥ずかしすぎて、手で顔を覆うしかなかった。


972 : [saga]:2014/10/10(金) 23:30:48.74 ID:4qfpicxP0



 その後、アンチャンが司会進行をしつつ、あらかじめ島民のみんなから集めた“久住篤
実に聞きたいこと”を僕に質問していくコーナーとなった。僕は震度5弱で振動しつつも、
緊張に負けないよう必死で質問に答えていく。

「じゃあ次の質問だ。匿名だな……『あつみはどうして浮気するの?』」

「ちょっと待って誰が書いたこれ!? 凪か!? 凪ちゃんでしょ!?」

 観覧席の凪が「はてなんのことやら?」みたいなジェスチャーをしてる。ちくしょう!

「なにも知らない人が誤解しないうちに弁解しときますけど、僕は生まれてこの方、恋愛
とかしたことありませんからっ!!」

「じゃあ続いての質問だ。これも匿名で、『最後にはあたしのところに戻ってきてね♪』」

「誰が書いたっ!? 質問ですらないし!! っていうかこれ多分 弥美乃でしょ!?」

 観覧席の弥美乃が「てへぺろ☆」みたいなジェスチャーをしてる。くそ、かわいい!

「続いての質問。これも匿名で……『篤実さんはいつになったら“埋め合わせ”をしてく
れるのでしょうか?』」

「ちょっと待ってくださいアンチャンさん!! 全然処理が追いついてませんから!! 
あと赤穂さん本当にごめんなさい!! いつぞやの埋め合わせはちゃんとしますから!!」

 このままでは僕のことを今日ここで初めて見た島民の皆さんが、いろいろと勘違いして
しまいかねない……!

 僕は思い切ってアンチャンの近くに椅子を持っていき、質問内容を吟味することにした。
……っていうか、おい双子! 『エロ本はどこに隠してるんですか?』ってどういう質問
だよ!? まだ探してたのかよ! キミたちは僕をどうしたいの!?

 そうしていくつもの苦難を乗り越えながら、ある程度の質問に答えていったところで……
アンチャンはゴツいデザインの腕時計をチラリと見ると、

「よぉし、そんじゃあそろそろ、このコーナーでの最後の質問だッ! 『この島について、
どう思いますか?』……ヘイ篤実、この島についてどう思ってるか、正直なところを聞か
せてくれッ!」

「この島について……どう思ってるか……?」

 僕はその大雑把な質問に少し戸惑いつつ、頭を整理するために質問を小声で復唱する。


973 : [saga]:2014/10/10(金) 23:37:03.11 ID:4qfpicxP0



 ―――この島を、どう思うか。

 きっとこの場で僕に求められている回答は「すごく楽しい島ですイエーイ」みたいな、
誰にとってもわかりやすい、頭の悪そうな回答だと思う。もしくは、これはラジオなわけ
だから、ツッコミどころを用意したボケ回答だったり、そういうのが正解なんだと思う。

 だけど……

「……僕は、この島に来るまで、ほとんど、心の底から笑ったことが、なかったような気
がします……」

 ついうっかり、僕の口からポロッと出てしまった言葉によって、観覧席の人々は静まり
返ってしまった。その反応に、やべぇ選ぶ言葉を間違えたかと焦る僕だったけれど、一度
口に出してしまった言葉をやり直すことはできない。僕はそのまま、口の滑るままに委ね
ることにした。

「友達もあんまりいなくて、楽しいこともなくって……逃げるみたいに、この島に来ちゃ
いました。だからきっと、ここでも、その二の舞になるんだろうなって、覚悟してたんで
す……。でも……」

 僕はチラリと、観覧席の最前列に座っているひかりを見つめて、

「友達が、できました。遊んだりもしますし……毎日が、すごく、楽しくて……。きっと
いつか、そう遠くないうちに、僕は本土に戻るかもしれませんけど……多分、その時になっ
たら僕は……みっともないくらい、泣いちゃうんじゃないかと思います」

 続いて、お婆ちゃんや氷雨、雫や霞に目を向ける。

「居候させてくれる家の人たちも、すごく、良い人たちで……ご飯も、信じられないくら
い美味しいし、毎日が、楽しくて……」

 観覧席に座っている、僕の知り合いたちを眺めながら、

「こんな、どこもかしこも絵画みたいに綺麗で、のどかな島だから、こんなに良い人たち
になるのかなって……そう思ったら、この島に生まれてきた人たちが、なんか、羨ましい
なって……その、感じました……」

 僕は一度大きく深呼吸をしてから、サングラスで表情の読めないアンチャンを一瞥し、
そして観覧席全体をざっと見渡してから、胸を張って言い放った。



「この島に来れて……この島の人たちと一緒に過ごせて……僕は、幸せです」

 

 観覧席は、水を打ったように静まり返っていた。誰一人身動きせずに、ジッと僕の顔を
注視していて……

 も、もしかして滑った……!? と、僕がにわかに焦りだした時……

 誰が最初だっただろうか。パチパチと、小さな拍手がどこかで起こった。それに同調す
るかのように、続けて各所で拍手が上がり、そしてついに観覧席のほとんどの人たちが、
僕に拍手を送ってくれたのだった。

 僕は熱くなった顔を手でパタパタと仰ぎつつ俯いて、安堵と羞恥を味わっていた。

「サンキュー篤実、エクセレントな回答だったぜ!! それじゃあ続いて、篤実のオリジ
ナルソング―――『泣き虫ジョーカーの献身』だ! 聴いてくれッ! カモンッ!!」

 りずむさんが作ってくれた曲のイントロが流れ始め、やがて僕の歌声が会場に響き渡る。
もちろんというかなんというか、例の霊障ソングを流せば大パニックになること請け合い
なので、当然、今流れているのはあとで録り直したものだ。


974 : [saga]:2014/10/10(金) 23:44:25.45 ID:4qfpicxP0


 
 自分の歌声を、どこか他人事のように遠く聞きながら……僕は『正塚事件』前後のこと
を思い出していた。

 良い意味でも悪い意味でも、初めての体験をたくさんした。妙義を相手にするのとは違っ
た意味で、僕の内面が、過去が、いろいろと暴かれてしまった。

 今までの僕なら、ちょっとした情報でさえも他人に明け渡すことを良しとはしなかった。
うっかり渡した情報が、後々どう不利に働くかがわからなかったから。

 ……だけど、今は違う。

 自分のことを理解してもらって、受け入れてもらう。それがこんなにも安心することだ
とは思わなかった。あるいはその相手が信頼に足る人物であることをよく知っているから
こその、安心感なのかもしれないけれど。

 僕は聖や弥美乃に対しても、僕が感じた安心を与えられたのだろうか。もしそうだとし
たら……それほど嬉しいことはない。

 今回の事件では、“正塚”にしても“赤目さま”にしても、僕が経験した現象は、結局
のところそれがなんだったのかということはわからなかった。自称霊能力者に問えば幽霊
の仕業と答えるかもしれないし、科学者に問えば幻覚や妄想だと答えるかもしれない。

 だけど、その答えを知っている人物はこの世界に存在しないのだろうし、そこはやはり、
弥美乃の“魔法の杖理論”に従い、未来の人たちに託すほかないのだろう。現代の僕たち
にできることと言えば、ありのまま目の前の現象と結果を受け入れることくらいだ。

 結果として、僕も、聖も弥美乃も、誰も傷つくことはなかった。千光寺さんが言ったよ
うに、今はそのことに満足して、感謝して、これからを生きるべきなのだろう。

 先ほど僕が口にした言葉に嘘偽りはない。この島に来て、みんなと出会えたことは、僕
にとってこれ以上ない幸せだった。できることならこれから先もずっとここでこうやって、
幸せに暮らしていけたらと強く願うほどに。

 けれども、出会いがあれば、いつか必ず別れというものが付きまとう。今までの僕だっ
たら、終わりのある関係性に熱をあげることはできなかっただろうけれど……今の僕は違
う。

 いつか終わりがあるというのなら、その日が来るまで精いっぱい真剣に生きていけばい
いだけの話だ。

 この島での出来事を美しい思い出として、心の宝箱へ大切にしまい込むためにも……今
を全力で楽しんで生きていく。それが、この島に送り出してくれた僕の両親に、今の僕が
できる唯一の感謝の形だと思うから。

 さて、そんなところで……そろそろ僕の曲が終わろうとしている。僕としては、できれ
ばこの後は淡々粛々と平和的な進行を期待したいところではあるのだけれど、おそらくそ
うもいかないだろう。きっとこの後、次のコーナーになれば、また僕の苦手な賑やかで騒
がしい時間が始まるに違いない。

 だけど不思議と……“それも悪くないかも”なんて思っている自分もいたりして。

 これから僕を待ち受ける学園生活がどんなものになるのか―――

 今はそれが、楽しみでならない。







 ―――了。


975 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/10/10(金) 23:56:28.16 ID:5r33A0oDO
乙!!!
文字にすれば陳腐にしかならない俺の感想なんて要らない
ただ>>1に、ひたすらの感謝を
976 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2014/10/11(土) 00:24:10.99 ID:RuspxI330
長い事長い事。本当に、本当にありがとう御座いました








で、続きは?(暗黒微笑)
977 : [saga]:2014/10/11(土) 00:40:56.18 ID:zjSbQ+HT0
本当に長らくお付き合いいただき、ありがとうございました!!

プロット無しで書きはじめるという馬鹿丸出しで第2章に突入し、危うく失踪しかけましたが、
おかげさまでどうにか書き終えることができました。皆さんの応援に心からの感謝をっ……!! m(__)m



7月編に続くにしても、また別の新たな物語でスタートするにしても、
まずは一度、ここで指を休ませていただきます。

優柔不断で申し訳ありませんが、皆さんのお言葉を拝見しながら、今後のことを決めたいと思います。

それではスレも残りわずかですが、よろしければご意見いただけますよう、よろしくお願いしますm(__)m
978 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/10/11(土) 00:46:25.65 ID:OfhF6odDO
とっとと続き書きやがれハゲ(乙です!!!)
979 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/10/11(土) 02:00:53.88 ID:Tbe4VH7/O
乙!
素晴らしかった!
素晴らしかった!!
いい終わり方だ
これで終わりはとても綺麗だけど
でも続きがほしい。
まだこの世界で遊んでいたいな
待ってるよ
980 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) [sage]:2014/10/13(月) 02:14:58.57 ID:ZXeUZIPN0
まぁ>>1さんには現行してるやつもあるしな。まずはそっちからよね
981 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2014/10/13(月) 05:19:48.70 ID:sMnZGngso
現行スレ教えて
982 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) :2014/10/13(月) 11:30:43.64 ID:r1wzzHhX0
>>1さーん、これ言っちゃって良いの〜?
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