【女の子と魔法と】魔導機人戦姫U 第14話〜【ロボットもの】

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86 :卵かけ御飯にかわりまして白米入り生卵がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/09/16(火) 19:41:09.47 ID:PlNK1o9mo
第16話〜それは、守るべき『正義の在処』〜

―1―

 西暦2075年7月8日月曜日、夕刻前。
 第三フロート第一層、外郭通路――


 内壁と外壁の間に存在する無数の作業溝の中でも一際広い空間は、
 かつては航空機の格納庫に使われていた場所……駐機場だった。

 近隣にはかつて空港として使われていた施設もあり、三十機以上の大型航空機を格納できる広さを誇るその場所。

 かつての人類の繁栄を思わせるその空間は、イマジンの卵嚢が群生する魔境と化していた。

 駐機場から三方向に伸びる出入り口の内、
 内部に通じる二つは巨大なシールドを構えた軍のギガンティック部隊が封鎖しており、
 卵嚢の除去作業はその半ば閉鎖された空間の内側で行われていた。

 マギアリヒトで構成されていない旧世代の重機を用い、
 そのクレーンで直径二十メートルほどの卵嚢を引っかけ、解体作業場まで牽引した後、
 オリジナルギガンティックが卵嚢の外郭を解体、内部にある十個前後の卵を一つずつ破壊すると言う地道な作業だ。

 今も丁度、ゆっくりとした動きで一つの卵嚢が、
 膝立ちの姿勢で待つプレリー……マリアの元へと運ばれて来た所だ。

マリア「これで、えっと……丁度、八十個目か。
    残り三十個を切ったって言っても、先は長いわ……」

 目の前に運ばれて来た卵嚢を見下ろしながら、マリアは辟易とした様子で漏らす。

 口を動かしながらも、彼女の手は休むことなく動き続けていた。

 固定された卵嚢をオプション装備のナイフで切り裂き、内部から卵を一つ一つ取りだしては、
 掌にだけ魔力を込めて押し潰し、ゆっくりと霧散させる。

 最早、手慣れた物だ。

 但し――

マリア「………っふぅぅぁぁ………」

 十個の卵を潰し終えたマリアは、長く深いため息を漏らす。

 ――その十分足らずの作業で、マリアは神経をかなりすり減らしていた。

 それもその筈。

 動かぬ卵嚢とは言え、イマジン十体を同時に相手にしているような物なのだ。

 しかも、魔力を込めて結界装甲を展開せねばならないのに、
 卵嚢には強い魔力的な影響を及ぼす事は厳禁と来ている。

 最小限度の魔力と結界装甲で卵嚢を切り裂き、掌にだけ集中した魔力で卵を握りつぶす。

 他に影響を及ぼさないようにするだけでも大変だと言うのに、
 そんな細かな作業を要求されるのでは神経がすり減るのも無理は無い。

マリア「っと……お……!?」

 膝立ちの体勢から立ち上がろうとしたマリアは、
 立ちくらみを起こしたかのようにその場でフラついてしまう。

クァン『お疲れ、マリア……』

 だが、そのマリア……プレリーの背を、カーネル……クァンが支えた。

マリア「ん……サンキュ……悪いね」

クァン『気にするな。
    ………今日はお前の分も終わったし、先に上がって休むといい』

 照れくささ半分と言った風な感謝の言葉を述べるマリアに、
 クァンはそう言って入れ替わるように、先程までマリアの使っていた解体作業場に入った。

マリア「ったく……心配性なんだからさ……。
    警戒態勢は続けておくよ」

 そんなクァン……カーネルの背中を見送りながら、
 マリアは少しだけ不満そうに言い残して後方へと下がる。
87 :卵かけ御飯にかわりまして白米入り生卵がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/09/16(火) 19:41:45.66 ID:PlNK1o9mo
 マリアがプレリーと共に作業場から離れると、
 軍のギガンティックによって閉ざされていた巨大シールドのバリケードが開かれた。

風華『お疲れ様、マリアちゃん』

マリア「ただいま、隊長」

 そこで、ローテーションの休憩を終えた風華と入れ替わる。

 先に休んでいたメンバーが、現在作業中のメンバーのサポート――
 要は、万が一に孵化した際の援護要員だ――に就く。

 作業を終了したばかりのメンバーは休息と機体のメンテを行い、次の作業に備えるのだ。

 ちなみに、ローテーションは風華、瑠璃華、マリア、クァンの順となっていた。

 つまり現在は、解体作業中のクァンの援護を風華が務める番、と言うワケだ。

 マリアは愛機を専用ハンガー車輌まで移動させて固定すると、ハッチを開いて外に出た。

プレリー「お疲れ様でした、お嬢様」

 すると、ハッチ近くのコンソールの上に待機していたプレリー型ドローンが、そんな彼女を迎える。

マリア「おう、プレリーもお疲れ!」

 マリアはプレリーを抱えながらそう応えると、ハンガーの下に降りて、横付けされている宿舎車輌に向かう。

 早速整備を始めてくれた整備員達に礼を言いながら、途中で受け取ったジャケットに袖を通す。

 ふと目を向けると、既にチェーロの整備は終わっているのか、ハンガーは倒されている。

マリア(そっか……今の時間じゃ瑠璃華も上がりか……)

 その様子を見て、ふとそんな事を思う。

プレリー「今は五時を回った所ですから、風華さんと突風さんの番は回って来ませんね」

マリア「みたいだね……」

 自分の考えを察してくれたようなプレリーの言に、マリアも思案気味に返す。

 一日も早く処理したいのは山々だが、文字通りの二十四時間作業と言うワケにもいかない。

 作業の時間帯は早朝の四時から夕刻の十八時まで。

 クァンの作業が終わるのは、どんなに短く見積もっても四十分程度。

 卵嚢の処理自体は個体差はあっても十分前後だが、
 解体作業場まで牽引して来るクレーンの性能に問題があるのだ。

 クレーン自体が旧式で卵嚢をアームに固定するのに手間が掛かってしまう事と、
 卵嚢を刺激しないよう慎重に移動させるには長時間を要するため、
 どうしても準備の時間が長くなってしまうのである。

 そんな理由もあって、これからクァンの行う卵嚢の解体作業が終われば、今日の所は作業終了が妥当だ。

 おそらく、指揮車輌にいるタチアナも同じ判断を下すだろう。

 初日の頃よりは作業スピードも上がり、想定していた日程よりも早く作業が終わりそうな事も手伝っての事だ。

 事実、これまでに解体した卵嚢群は八十個……クァンがこれから解体する物を含めれば八十一個。

 最初の三日間は日に十五個が限界だったが、この二日間は十八個は解体できている。

 そして、残る卵嚢は二十五個。

 この調子ならば明後日の午前中には全て解体できるだろう。 

 マリアがそんな事を考えながらレストスペースに入ると、その片隅で瑠璃華が何事か作業をしているようだった。
88 :卵かけ御飯にかわりまして白米入り生卵がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/09/16(火) 19:42:25.97 ID:PlNK1o9mo
マリア「瑠璃華、休まなくていいのか?」

瑠璃華「ん? マリアか……。

    もう少しで213の細かい詰めが終わるからな、
    今日中に最後の設計データを山路の技研に送っておきたいんだ」

 驚いたように尋ねたマリアに、瑠璃華は作業を続けながら応えた。

マリア「213……新型のレミィ用の方か」

瑠璃華「ああ、ただまあ、仮称213と言う所だな」

 思い出すように呟いたマリアの言に小さく頷いて応えてから、瑠璃華はさらに続ける。

瑠璃華「……結局は211に使ってるヴィクセンの試作型ハートビートエンジンを使うからな。
    あくまでフレームの開発コードが213ってだけで、扱いは211のままだぞ。

    ついでにアルバトロスもフレームは214だが、基本的に212のままだな」

マリア「……何だか面倒だな」

瑠璃華「曲がりなりにも区分はオリジナルギガンティックだからな。
    誤解を生まないようにエンジンの数以上に増えるのはアウトなんだ」

 自分の説明にガックリと肩を落としたマリアに、
 瑠璃華は苦笑い混じりに応えて、作業を続けながら再び口を開く。

瑠璃華「正直、所在不明の5号エンジンの204と6号エンジンの205の番号を使わせて貰いたいぞ……」

マリア「204と205か……。
    アレってどうなってるんだっけか?」

 瑠璃華が愚痴っぽく漏らすと、マリアは不意に思い浮かんだ疑問に首を傾げた。

瑠璃華「205は改装開始以前……イマジン事変の初期にドライバー死亡と一緒に機体が大破して欠番だ。

    204はばーちゃん本来の機体を改装する予定だったが、
    ばーちゃんが改装試作前から改装試作機の200を使えたから他を優先してお蔵入り。

    資材的には十一個作った形跡があるが、ばーちゃんのお父さん……
    フィッツジェラルド・譲羽博士が亡くなった38年当時に確認できたのは、
    200から210までの内、204と205を除いた九つだけだったそうだ」

マリア「ああ、そうだ、そうそう」

 淡々と語る瑠璃華に、マリアはアルフの訓練所で教えて貰った事を思い出しながら頷く。

 だが、不意に納得がいかない、と言いたげな表情を浮かべる。

マリア「って言うか、十一個分の資材使ったなら十一個無けりゃおかしいだろう?
    どうなってんだ?」

瑠璃華「私に言うな。

    ……まあ、設計製作全部一人で、作った本人の頭の中にしか
    設計図が存在しないんじゃないかってオーパーツだからな。
    ………それで、どうしても見付からない204と205のエンジンが、
    今も所在不明扱いと言うワケだ」

 マリアの言に、瑠璃華は溜息がちに応えてから作業を終えた。
89 :卵かけ御飯にかわりまして白米入り生卵がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/09/16(火) 19:43:18.15 ID:PlNK1o9mo
マリア「もう終わったのか?」

瑠璃華「基本設計は他の機体を叩き台にして七割型は完成していたし、
    さっきも言ったが細かい詰めだけだったからな。

    空達が本部でやってくれていたシミュレーターのデータに合わせて微調整しただけだぞ」

 驚いた様子のマリアに、瑠璃華は広げていた各種の端末や資料を整頓しつつ応える。

瑠璃華「あとはコレを山路の技研に転送すれば、まあ遅くとも二週間程度で完成品が届くな」

マリア「そんなに早く作れる物なのか?」

 思案気味に漏らした瑠璃華に、マリアはさらに驚く。

 ギガンティックを一から作るのにどれだけの時間がかかるかは知らないが、
 それでもそんなに短い時間で作れる物なのだろうか?

瑠璃華「ん? ああ、ヴィクセンのエンジンも乗せ換える必要があるから、
    最終的な組み立てや微調整はウチの技術開発部でやるんだ。

    それに、パーツの作成に関しては技研にも高速成型システムがあるからな」

 マリアの疑問に応えた瑠璃華は、どこか得意げである。

 それもその筈、山路技研――
 無論、テロリストが根城にしいている旧技研ではなく、メインフロートに存在する新たな技研だ
 ――にある高速成型システムとは、瑠璃華の発明品だからだ。

 ちなみに、その高速成型システムと言うのが、瑠璃華が春樹の実家である
 現M.J.CRAFTに譲渡した特許を使用した発明品でもある。

 簡単に言えば、マギアリヒトを設計図通りに分子単位から固着・成型する装置で、
 その気になれば複雑な構造物や機構すらシステム内部で組み上げてしまえる程だ。

瑠璃華「やる気になれば半日で組み上げられるだろうが、
    向こうも390シリーズの量産中だからな。

    空いたラインを間借りしてボチボチとなると、やっぱり一週間から二週間だぞ」

マリア「へぇ……ギガンティックって、そんな早く作れる物だったんだ」

 瑠璃華の説明が終わると、マリアは感心しきりと言った風に漏らす。

瑠璃華「まあ、私の発明のお陰だな」

 マリアの様子を受け、瑠璃華はさらに得意げに胸を張る。

 実際、瑠璃華の高速成型システムが開発される以前は、どれだけ急いで製作しても、
 パーツから製作した場合の工期は半月から一ヶ月ほどかかるのが常だった。

 それだけマギアリヒトをギガンティック用に成型するのは時間と人手、
 そして高い技術を要する分野だったのだ。

 工程の簡略化に加えて、精度とコストパフォーマンスの向上を同時に成し遂げた瑠璃華の発明は、
 正に革新的な物だった、と言う事である。

 瑠璃華が鼻高々なのも無理からぬ事だ。
90 :卵かけ御飯にかわりまして白米入り生卵がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/09/16(火) 19:44:09.99 ID:PlNK1o9mo
 だが――

マリア「けど、一から作るのがそんなに早いのに、何でプレリー達の修理は時間がかかるんだ?」

瑠璃華「ああ……」

 マリアのふとした疑問に、先程まで胸を張っていた瑠璃華も、
 何処からか“ずぅん”と言う音が聞こえて来そうなほど気落ちして肩を落とす。

瑠璃華「成型システムで一気に直せないのは、エンジンの解析が不完全なせいだぞ……。

    解析困難なエンジンと密接に絡むパーツがどこに使われているか分からないから、
    とりあえず、破損したり滑落した部位からまだ使えそうな純正パーツを回収して、
    それに合わせて必要なパーツを成型し直すんだ……」

マリア「うわぁ……」

 半ばどころか完全に愚痴気味な瑠璃華の様子に、
 マリアは“やべぇ、地雷踏み抜いた!?”と言いたげな表情で漏らした。

 そして、瑠璃華の愚痴はさらに続く。

瑠璃華「いつぞ、チェーロの手足やカーネルの下半身が丸々ダメになった時は、
    三日三晩かけて無事なパーツを探り当てて、残ったフレームに歪みが無いか確認して、
    それからようやく山路の本社にパーツを発注してな……」

 朗々と愚痴を呟き続ける瑠璃華の瞳は、次第に遥か彼方を見るように遠くなって行った。

 瑠璃華が言っているのは、半年ほど前のイマジン連続出現事件の最後、
 エール型イマジンから受けた損傷を修理した時の事だろう。

 カーネルは合体状態で両腕……下半身を斬り飛ばされ、
 チェーロも合体状態で背面を吹き飛ばされて、本体の手足を失う事となった。

 カーネルの場合は斬り飛ばされた下半身そのものがある程度原型を留めていたが、
 手足を吹き飛ばされて黒こげになったチェーロは大破同然の状態。

 それこそ、燃えた立体ジグソーパズルから無事なピースを探すような不毛な作業を強いられたのだ。

 凄まじいダメージを受けた事もあって、最早、トラウマである。

マリア「む、無理するな? な?」

 さすがに自分の失言が原因で始まった発作と言う事もあって、マリアは慌てた様子でフォローした。

 そのフォローが効いたのか、瑠璃華はすぐに立ち直る。

瑠璃華「だが、213と214が完成したら、そんな悩みとも縁を切れるかもしれんぞ」

 そう言って、瑠璃華はニヤリと不敵な笑みを浮かべた。

瑠璃華「211や212のフレームはオプションを寄せ集めて作った物だったが、
    213と214は私の完全オリジナルだ。

    フレームを換えても性能が落ちない、或いは性能が以前よりも上がるようならば、
    これまでのような修理方法ではなくパーツを一から作り直したり、
    或いは機体の一部を改修する事だって出来るようになるぞ!」

 遥か彼方を望んでいた瑠璃華の瞳には、次第に覇気と輝きが宿る。

マリア「お、おぅ」

 一方、マイナスからプラスに振り切れた瑠璃華のテンションに置き去りにされたマリアは、
 何と言って良いか分からずに適当な相槌を返す。
91 :卵かけ御飯にかわりまして白米入り生卵がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/09/16(火) 19:44:57.22 ID:PlNK1o9mo
 その相槌で、瑠璃華の独白はさらに続く。

瑠璃華「手始めにOSSの改良と強化だぞ。
    ギガンティック本体は手を付けにくい部分が多いからな、外付けの外装から強化だ。

    いや、それならいっそ長期プランで新型OSSを開発するのも良いな……。

    現ドライバーの特性に合わせて作った新OSSが機能するなら、
    戦力と一緒に運用性強化も見込めて一石二鳥だ」

マリア(それだと、プレリーとカーネルの強化はどうなるんだ?)

 瑠璃華の独白を聞きながら、ふと生まれた疑問をマリアは飲み込んだ。

 そんな事を言ったら最後、この場で新しい図面を引きながら長時間の説明をされかねない。

 まあ、互いをOSSの代わりとして上下を入れ替えて合体する自分とクァンの愛機がどのように強化されるのかは、
 少々ならずとも気になる物だが……。

 ともあれ、マリアのそんな複雑な心の内を知ってか知らずか、瑠璃華の独白はさらに続く。

瑠璃華「そうだな……飛行出来ない機体を飛行可能にするのも面白そうだぞ。
    ついでに――」

 興奮しきりの瑠璃華がそこまで言いかけた時だった。

オペレーター『待機中のドライバー各員に緊急通達します!
       直ちに機体に搭乗後、別命あるまでコントロールスフィア内で待機して下さい!

       繰り返します、待機中のドライバー各員は直ちに機体へ搭乗、
       別命あるまでコントロールスフィア内で待機して下さい!』

 どこか慌てた様子の緊急放送が辺りに響き渡る。

 アナウンスを行っているのはナイトシフトのコンタクトオペレーターだ。

瑠璃華「ん? またぞろ新しいイマジンか?」

 乗っていた興を削がれた瑠璃華が怪訝そうに首を傾げた。

 イマジン――空達が戦っている集合型イマジンだ――出現の報せは聞いていたが、
 新たなイマジンが出現したのだろうか?

マリア「それにしてはウチの警報が鳴らなかったな」

 マリアも疑問半分呆れ半分と言った風に呟く。

 慌て過ぎて警報を鳴らし忘れたのだろうか?

瑠璃華「まあ、とにかく向こうに戻るか」

 瑠璃華はそう言って立ち上がる。

 白衣を纏っていて気付かなかったが、彼女もまだインナースーツのままだったようだ。

マリア「ったく、シャワー浴びる前で助かったよ……」

 マリアは厭味混じりに呟くが、自分たちの仕事の重要性は理解している。

 口ではそう言いながらも、瑠璃華と共にハンガーへと向かった。
92 :卵かけ御飯にかわりまして白米入り生卵がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/09/16(火) 19:45:49.10 ID:PlNK1o9mo
 駆け足気味にハンガーに戻ると、チェーロもプレリーも寝かされたまま、まだ整備は続いていた。

 どうやら、今すぐに出撃と言うワケでも無いようだ。

 マリアは手近なコンソールの上にプレリー型ドローンを置くと愛機へと乗り込む。

 すると、すぐに指揮車輌との通信回線が開いた。

マリア「警報無しで呼び出しとか、何があったの、アリスさん?」

 マリアは早速、通信相手であるアリスに尋ねる。

アリス『マリアちゃん、それに天童主任も揃ってますね。
    クァン君と風華さんも作業を一旦中断して下さい。
    パブロヴァチーフから通達があります』

クァン『ふぅぅぅ……大丈夫です、作業開始直前でした』

 アリスからの指示に、クァンは長い溜息を漏らしながら呟く。

 どうやら、今からナイフで卵嚢の解体をしようとしていたのだろう。

 一旦集中してしまった意識と身体を、溜息で緊張ごと解きほぐしたのだ。

タチアナ『では、作業中の二人は警戒を続けながら聞いて下さい』

 と、そこでタチアナとの通信回線が開いた。

 マリアが姿勢を正すと、他の三人も通信に意識を集中させる。

 その気配を察し、タチアナはごく短い深呼吸の後で口を開く。

タチアナ『本日一七〇五、メインフロート第二層と第七フロート第三層を繋ぐ
     連絡通路の隔壁が爆破されたとの情報が、本部からもたらされました』

 緊張した様子のタチアナの言葉に、ドライバー達の間にも彼女と同等以上の緊張と、そして動揺が走る。

風華『隔壁の爆破……つまり、テロリストに占拠された階層と繋がったって言う事ですか!?』

 風華が慌てた様子で叫ぶ。

タチアナ『今は本部からの情報を待っている状態ですが、
     状況証拠だけで十中八九間違いなく、爆破もテロリストによる物と推測されます』

 タチアナの言葉は、風華の質問に対して暗に肯定の意を含んでいた。

 つまり、十五年も小競り合いだけで長い沈黙を保って来たテロリスト達が、
 何の因果か十五年目の節目を明日に控えた今日、ついに攻勢に出たと言う事だ。

タチアナ『現在、朝霧副隊長達とロイヤルガードの第二十六小隊が、
     イマジンとテロリストの二面殲滅作戦に当たっています。

     我々は緊急時に備えて現場に急行できるよう、待機に移ります。

     作業場にいる06と08はすぐに作業を切り上げ、
     機体をハンガーに固定後、待機任務に移行して下さい』

 タチアナからの指示はそこで終わった。

 全員が短い溜息と共に、全身の力を抜く。

クァン『……嫌な風向きになって来たな』

 不意に、クァンがぽつりと、そんな事を漏らす。

マリア「十五年ぶりってのがまた嫌な感じだね……」

 マリアも同意するように呟く。

 イマジンの出現と同時なのはともかく、自分たちが派遣任務で遠征に出払っている時期を見計らった攻勢。

 これは、ギガンティック機関が手薄なタイミングを狙っていたと考えて間違いないだろう。

 加えて、何らかの準備を調えているとも考えられる。

 クァンの言葉通り、確かに嫌な風向きだ。
93 :卵かけ御飯にかわりまして白米入り生卵がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/09/16(火) 19:46:33.22 ID:PlNK1o9mo
風華『空ちゃん達に茜ちゃん達もいるからもしもの事態は無いでしょうけれど、
   万が一に備えて、いつでも動けるよう身体を休めておきましょう』

 話を聞かされた時は慌てた様子だった風華も、落ち着きを取り戻したのか冷静にそう言った。

瑠璃華『そうだな……作業を中断してまでの待機命令だ。
    今は出来る限り身体を休める事に集中するべきだぞ』

 瑠璃華も風華に同意して続ける。

 そう言うと、瑠璃華は早々に回線を切ってしまった。

 言葉通りに身体を休める事に集中するのだろう。

 彼女の場合、休憩中もヴィクセンとアルバトロスの新フレームの設計をしていた事もあって、
 疲労も限界だったのだ。

マリア「んじゃ、アタシも仮眠取りますかね」

 マリアはそう呟いて、回線を切る。

 そうは言ったものの、妙な胸騒ぎがして気は休まらない。

マリア「…………」

 無言のまま薄暗いコントロールスフィアの内壁を眺めていると、
 不意に小さな電子音が“Piッ”と鳴り響き、プライベート回線が開く。

クァン『……大丈夫か?』

 相手はクァンだった。

マリア「何だよ……?」

 マリアは驚き半分と言った風に応える。

クァン『いや……回線を切る直前、普段と声の調子が違ったのが気になったんだ。
    ………俺の思い過ごしだったら、すまなかった』

 微かな憂いと申し訳なさの入り交じった声で呟くクァンに、
 マリアは“ったく、だから過保護過ぎだっての”と消え入りそうな声で漏らす。

 だが、すぐに気を取り直し、安心したような笑みを浮かべて続ける。

マリア「……ああ、お前の思い過ごしだよ、安心しろ」

 マリアは笑みを浮かべて、どこか嬉しそうに応えた。

 別に無理をしていたワケではなく、自然とこうなってしまっただけだ。

クァン『いや、そこまで急にテンションを上げられると、逆に心配になるんだが……』

マリア「てっ、テンションとか上がってないからな!」

 今度は呆れ半分心配半分と言った様子のクァンに、マリアは慌てた様子で返す。

 殆ど無意識の事だったので、指摘されたマリアは頬を紅潮させてしまう。

 早い話、クァンが声音だけで自分の不安を察してくれた事が、嬉しくて堪らないのである。

 しかも、声音など疲れで元から違っていたにも拘わらず、だ。

マリア「お前こそ、さっきまで作業まっただ中で緊張してたんだから、さっさと休め!」

 マリアは照れ隠しに早口に言うと、乱暴に回線を切り、プライベート回線を閉鎖する。

 一応、通常回線は受け付けているから問題は無いだろう。

マリア「ったく……アイツは……。
    ストーカーか何かかよ……」

 マリアは唇を尖らせて不満を漏らすが、
 頬を紅潮させて唇を嬉しそうに緩めていては説得の欠片もあった物ではない。

 だが、しばらくする内に落ち着きを取り戻すと、それと同時に件の胸騒ぎも鎌首をもたげる。

マリア「………何も無けりゃいいけど……」

 胸の奥で次第に膨らむ胸騒ぎに押し出されるように、マリアはぽつりと、消え入りそうな声で呟いた。
94 :卵かけ御飯にかわりまして白米入り生卵がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/09/16(火) 19:47:20.46 ID:PlNK1o9mo
―2―

 その頃、メインフロート第二層、第七フロート連絡通路隔壁前――

 テロリストの仕業と思われる……いや、間違いなくテロリストの仕業で破壊された隔壁の周辺では、
 ロイヤルガードの支援を受けたギガンティック機関、潰走中の集合型イマジン、
 そして、その二勢力と鉢合わせしたテロリストが入り交じり、混沌としていた。


テロリストA『何でイマジンがこんなにいるんだよ!?』

テロリストB『ぎ、ギガンティック機関やロイヤルガードもいるぞ!?
       な、何だ、これ……何だってんだ!?』

テロリストC『聞いてない、聞いてないぞ、こんなの!?』

 テロリスト達は外部スピーカーを起動しているのか、口々に悲鳴じみた声で叫ぶ。

 おそらく、隔壁破壊後に犯行声明でも出そうとしていたのだろう。

空「……テロリストの人達、混乱しているみたい」

 その様子を観察しながら、空はふと思案げに呟いた。

 見紛う事もなく、テロリスト達は混乱している。

 テロリスト達の編成は七機。

 377改大型エクスカリバーが二機、352改バルムンクが四機、
 残る一機は特殊装備が可能な338改デュランダルだ。

 338改は数十年前に作られた、
 戦術魔導弾を装填できるバズーカを装備可能な特化型ギガンティックウィザードである。

 対イマジンを想定して開発されたものの、
 やはり結界装甲以上の効果は望めずに少数生産に留まったカスタム機だ。

 バズーカは発射後らしく、足もとにうち捨てられていた。

 どうやら、この338改が放った魔導弾で隔壁は破壊されたようだ。

茜『混乱しているなら丁度いい!
  イマジンもテロリストも、一気に押し潰すぞ!』

 茜はそう言うと、両手に太刀と小太刀を構えて突進する。

 茜色の電撃を伴った太刀が、真っ向からイマジンごと一機の352改を両断した。

 イマジンは真っ二つに叩き斬られて霧散し、
 352改は頭部の左付け根から右脇までを切り裂かれて沈黙し、その場に崩れ落ちる。

空「す、凄い……イマジンごとギガンティックを切り裂くなんて……!?」

 空も、自分達とテロリスト達に挟まれて困惑しているイマジンの一体をエッジで切り倒しながら、
 茜の神業的太刀筋に愕然と呟く。

 イマジンを切り裂きながらも、コックピットへの直撃を避けてギガンティックを無力化する。

 空も二つの目標を同時に撃破しろと言われたら、長杖のエッジを使って何とかする事は出来るだろう。

 だが、茜のように意図的に一方だけを倒し、もう一方を無力化までに止めると言うのは難しい。

テロリストD『戻るぞ! 後退しろ!』

テロリストE『も、戻ったら処刑されるんだぞ!?』

テロリストF『投降した方が……』

テロリストC『イマジンがいる中で暢気に投降なんて出来るかよ!
       どっかに隠れちまえばいいんだよ! もう、あんなクズ野郎にこき使われて堪るか!』

テロリストG『俺は……俺は任務を遂行しないと家族が……うわあぁぁぁっ!?』

 混乱しながら口々に叫ぶ中で、338改が数匹のイマジンに群がられて全身を食い破られて行く。

 イマジン達は338改のパイロットの絶叫をBGMに、
 338改を構成していたマギアリヒトを吸収して一回りも大きくなる。
95 :卵かけ御飯にかわりまして白米入り生卵がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/09/16(火) 19:48:12.68 ID:PlNK1o9mo
テロリストC『うわあぁぁっ!?』

 テロリスト達の中では最大戦力だった377改の一機――最も消極的だったパイロットの乗機だ――が、
 悲鳴と共にシールドとライフルをイマジンに投げつけ、背を向けて逃げ出した。

 仲間がイマジンに機体ごと食われている様を見せつけられては、さすがに平静ではいられない。

テロリストB『し、死にたくねぇよぉっ!?』

テロリストE『逃げろ……逃げろぉぉ!?』

 他のパイロット達もイマジンに向けて武器を投げ捨て、潰走を始める。

 連絡通路を引き返し、第七フロート第三層へと逃げ帰るつもりなのだろう。

 クモ型の集合型イマジン達も武器に含まれるマギアリヒトや魔力を吸収し、
 僅かに大型化すると、さらなる餌を求め、テロリスト達の後を追って駆け出した。

レミィ『あのまま放っておけば、連中を食って新しい司令塔が生まれるぞ!?』

 レミィが驚きを込めて叫ぶ。

 フロートの壁は力任せに破壊する事は出来たり、同化して内部を進む事が出来るイマジンはいても、
 結界の施術によって吸収する事は難しいのだ。

 だが、結界施術が出来ていないギガンティックならば、
 イマジンは先程の338改やテロリスト達の武装のように吸収する事が出来る。

 高密度のマギアリヒトを取り込めば、イマジンはさらに大型になって行く。

 そうなれば、先程は圧勝できた集合型イマジンも、より強力なイマジンとなってしまう可能性があった。

茜『空、この場は任せる! 我々はテロリストとイマジンを追撃する!』

 言うが早いか、茜はそう言い残すと前方のイマジンを切り捨て、開いた隔壁から連絡通路へと飛び込んで行く。

レオン『ちょ、お嬢!? ったく、支援する身にもなれっての……!』

 我先に駆け出した隊長に、レオンは苛立ちと呆れに心配の入り交じった複雑な声音で漏らし、その後を追った。

レオン『紗樹、遼! お前らは後方警戒しながら俺の後から着いて来い!
    朝霧の嬢ちゃん、悪いがこっちに残ったイマジンは任せたぜ!』

空「はい! 皆さんも気を付けて下さい!」

 紗樹と遼を引き連れて行くレオンに返事をしながら、
 空は残ったイマジン達と連絡通路の間に入り、足止めをしながら殲滅を続ける。

 レミィとフェイも空の左右前方に陣取り、
 三方向から挟み撃ちするようにしてイマジンをその場に釘付けにした。

明日美『第七フロートに向かったイマジンの数は少なくとも、彼方はテロリストの本拠地です。
    その場のイマジンの殲滅を確認次第、すぐに増援に向かいなさい』

空「了解です!」

 通信機越しの明日美の指示に応え、空は深々と頷く。

 残るイマジンは八体。

 どれも先程の騒ぎで獲物を食いっぱぐれた小物ばかりだ。

空「みんな、油断せずに一気に片付けよう!」

フェイ『了解しました、朝霧副隊長』

レミィ『一体一体、確実にな!』

 フェイとレミィは空の指示に深く頷くと言葉通りに一体一体、砲撃や格闘で確実にイマジンを倒し、霧散させて行く。
96 :卵かけ御飯にかわりまして白米入り生卵がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/09/16(火) 19:48:53.87 ID:PlNK1o9mo
 それから五分と掛からずに残ったイマジンの掃討を終えた空達は、すぐに周辺の警戒を行う。

フェイ『イマジン、反応ゼロ……。このエリアの掃討完了です』

 フェイの淡々とした声が、掃討が完了した事を告げる。

クララ『はいはい、機体コンディションのチェックも完了しましたよ、っと。

    ブラッドの損耗率はエールが十八パーセント、
    ヴィクセンが四十二パーセント、アルバトロスが四十四パーセントね。

    機体ダメージはほぼ無し、全機ハーフグリーンって所ね。

    戦闘が長時間になるなら、レミィちゃんとフェイはブラッドを半分だけでも交換をしたいけれど……』

 直後、クララは機体コンディションを伝えた後に、そんな提案をして来た。

 確かに、あちらの状況が判然としない以上、万全な準備を整えるべきだ。

 だが、茜を始めとする第二十六小隊の面々が先行している以上、早急に援護に向かうべきでもある。

空「………私が先行します! 二人は後方でブラッドを交換してから合流して!」

 空は短い思案の後にそんな指示を出す。

レミィ『一人で大丈夫か?』

空「うん、ハイペリオンほどじゃないけれど、この状態なら少しは戦えるから」

 心配そうに尋ねるレミィに空はそう返して、視線だけを背中に回す。

 自分自身の背中には無いが、今のエールの背と肩には大型ブースターとシールドスタビライザーがある。

 モードS、D、Hのどれにも敵わないかもしれないが、それでも鈍重なエールを必要な分だけ動かせる装備だ。

 不安は無いと言えば嘘になるが、それでも第二十六小隊の面々と合流できれば、
 何が起こってもレミィ達が合流するまでは耐え切れるだろう。

明日美『その作戦を許可します。
    整備班は予備ブラッドと通信アンテナの準備を!』

 すぐに納得した様子の明日美の指示が聞こえて来る。

 通信アンテナは、おそらく現状、内部の様子が判然としない第七フロート内での用心だ。

 彼方に出た途端に通信途絶では堪った物ではない。

雪菜『11、12の予備ブラッド交換作業に入ります。回収地点にまで移動して下さい』

レミィ『了解です。……空、少しの間、待っていてくれ!』

フェイ『ブラッド交換が終了次第、早急に合流します』

 雪菜の指示に応え、レミィとフェイは愛機を後退させた。

 先程、空がエールの装備を交換した地点まで戻るためだ。

 空は仲間達の後ろ姿を見送ると、破壊されて開かれたままの隔壁に向き直る。

クララ『さっきも言ったけど、機体コンディションに問題は無いよ。
    空ちゃんの平均戦闘時間なら、全力でもあと五十分は戦える計算だよ』

空「なら、上手にセーブしながら戦えば二時間は行けますね」

 クララからの通信に、空は思案げに返した。

 最悪、撤退戦になった場合の殿は十分に務められるだろう。

リズ『第二十六小隊はまだ第七フロートに突入していないけれど、
   一時的に通信精度が格段に下がるか、最悪、通信が途絶する可能性もあり得るわ。
   十分に注意して』

空「了解です、ブランシェチーフ」

 リズからのアドバイスに空は頷いて応えると、ブースターを噴かして連絡通路内部へと突入する。
97 :卵かけ御飯にかわりまして白米入り生卵がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/09/16(火) 19:49:25.59 ID:PlNK1o9mo
 元より主幹道路として機能していた連絡通路は広く、
 シールドスタビライザーを広げたままでも十分に飛行する事が出来た。

 古い瓦礫に交じって真新しい戦闘痕があるのは、
 おそらく、追撃して行った茜達とイマジンの戦闘の影響だろう。

 幸いにも構内リニア用のレールは生きているようで、リニアキャリアで乗り入れる事も可能なようだ。

 途中でイマジンに捕まったのか、ボロボロの穴だらけにされた377改の残骸も転がっている。

 これで鉢合わせしたテロリスト達の機体も、残すところ377改が一機と352改が三機だ。

 と、そんな事を考えていると、352改の残骸が見えた。

空「……?」

 だが、先程の377改と違う残骸の状態に、空は怪訝そうな表情を浮かべる。

 転がっている352改は、鋭利な刃物によって切り裂かれていた。

 右脚と右腕が離れた場所に転がり、残る本体は胴体で上下真っ二つに両断されている。

 こんな芸当が出来るのは茜に他ならないと、空は直感した。

空(やっぱり、イマジンごと斬ったのかな?)

 先程の光景を思い出し、ごく自然にそんな事を考えた空だったが、
 不意に奇妙な違和感を覚え、思わず頭を振る。

空(何だろう……胸が、ざわざわする……)

 妙な感覚だ。

 不安とも不快感とも取れない、胸騒ぎにも似た何か。


――私は自分の中の悪性と向き合えるほど強くは無いんだ……――


 その胸騒ぎにも似た何かと共に、出撃前、待機室で茜から聞かされた言葉が脳裏を過ぎった。

空「茜さん……!」

 空は不安と、僅かな恐れにも似た声音で、彼女の名を呼んだ。

 そして、五分ほどかけて、長い長い連絡通路を抜け、上空へと舞い上がる。
98 :卵かけ御飯にかわりまして白米入り生卵がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/09/16(火) 19:50:09.85 ID:PlNK1o9mo
 するとそこは、真っ暗な夜の世界だった。

 現在時刻は十七時四十分。

 夏の予定時間では、天蓋の照明が落とされるまでにはまだ一時間近い猶予がある筈だ。

 そろそろ段階的に照明が暗くなる頃ではあるが、こんな急激に暗くなる筈がない。

空(照明が落とされている?
  でも、照明は中央で管理されている各フロートから独立したシステムの筈だから……)

 空は困惑しながらも、学生時代の頃に教わった照明の仕組みについて思い出す。

 制御系は中央――メインフロートの管理センター――に集中しているが、
 エネルギーの供給元は各フロートに蓄えられた魔力だ。

 つまり、この第七フロート第三層の照明にはエネルギーが供給されていない事になる。

空(魔力切れ? それとも……)

サクラ『…らちゃん、照明だ…を使…て!』

 空が思案を続けていると、ノイズ混じりの通信が聞こえた。

 サクラの声だ。

空「サクラさん? 照明弾ですね?」

 微かなノイズだったが、空は念のため指示を復唱してから長杖を構え、
 その先端から閃光変換された魔力弾を放つ。

 天蓋近くまで打ち上げられた魔力弾は、天蓋に衝突する瞬間に拡散して発光体へと転じた。

 拡散魔力弾を応用した照明魔力弾である。

 広大なメガフロート内では照らし出される範囲も微々たる物だったが、
 それでも周囲一キロほどは問題なく見渡せる程度になった。

 待ち伏せの敵もイマジンの姿も無かったが、空は周囲の光景に思わず息を飲む。

 第七フロートは、古くは山路重工が所有していた実験場をフロートとした物であるため、
 他のフロートと構造上、異なる点も多い。

 それ故に外郭エリアに自然エリアは存在せず、
 内壁の内側はすぐに街や実験場となっている場合が殆どだった。

 だが、今、目の前に広がっているのは、見渡す限りの廃墟と瓦礫の山だ。

 市民街区のある階層は、基本的に外郭に行くほど田舎になるのが常だが、
 連絡通路周辺は流通や交通の拠点としてそれなりに栄えている。

 だが、照らし出された一帯は殆どの建造物が崩れ落ち、完全な廃墟と化していた。

空「ひ、酷い……」

 イマジンの襲撃があった様子は無い。

 公式で、この第七フロート第三層にイマジンが出現した記録も無かったが、その理由はすぐに分かった。

空(空気中のマギアリヒトの濃度が低い……これじゃあ、イマジンは近寄らない……)

 センサーの感知した情報を確認し、空は心中で独りごちる。

 魔法文明全盛の現代において、マギアリヒトと生活は切っても切れない関係だ。

 外部に魔力を作用させるためにはマギアリヒトを媒介にしなければならず、
 現代文明はその利便性と万能性故にマギアリヒトを捨てる事が出来ない。

 だが、同時にイマジンの身体を構成している物質もマギアリヒトなのだ。

 生物化した魔法現象がイマジンは、マギアリヒトの濃い空間や豊富な魔力を好む傾向にある。

 だからこそ、イマジンの活動圏は大量の魔力によって汚染されたメガフロート外部だが、
 マギアリヒトで構成される物質や人間の発する魔力に溢れるメガフロート内にも及ぶのだ。

 だが、この周辺のマギアリヒト濃度はグンナーショック以前――七十年近く前の濃度を下回っている。

 これではイマジンも寄りつくまい。
99 :卵かけ御飯にかわりまして白米入り生卵がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/09/16(火) 19:50:50.81 ID:PlNK1o9mo
 だが、それ以前の問題として、
 こんな低濃度マギアリヒトでは、人々は十全に魔法を扱う事も出来ないだろう。

 照明に回す魔力どころか、
 階層内のマギアリヒト濃度を保つための魔力も供給されていない事は一目瞭然だ。

 通信に乱れが生じるのも、回線の中継地点が無い事に加えて、
 魔力的通信網を媒介するマギアリヒトが薄いためだろう。

 荒れ果てた市街地と不便な環境、そして、真っ暗な空間。

 視認範囲は、エールのセンサーと合わせても十五キロほどだろうか?

 そこまで見渡しても街の灯りは見えない。

 天蓋の照明さえ点かない程の魔力不足では、街灯さえ点ける余裕も無いハズだ。

空(いつから、こんな状態だったんだろう……?)

 空はふと湧いた自らの疑問に、ぞくり、と背筋が震えるのを感じた。

 しかし、すぐに頭を振って、その考えを意識の隅に追い遣る。

 自分が交戦中でなくとも今は作戦中だ。

 先行して敵を追っていた茜達と早く合流すべきだろう。

 空はそう思い直し、辺りを見渡し直す。

空(近くに戦闘の反応は無い……離れた位置で戦ってるのかな?)

 空は反応の乱れたセンサーを確認しながら思案する。

 出来れば当てずっぽうで動きたくは無い。

 そんな事を考えた瞬間、前方に茜色の光が立ち上り、直後に轟音が轟いた。

空「あれは……茜さん!?」

 間違いない。

 電撃を……雷電変換された魔力を帯びた茜の攻撃だ。

 照明弾の範囲外だったが、電撃の放つ光量と大音響のお陰で気付く事が出来た。

空「261の物と思われる攻撃を視認しました。確認のため該当地点まで移動します!」

彩花『了か…! ちゅ…いしながら、低空…行で進んで下さい!』

 応えてくれたのは彩花だろうか?

空(多分、“注意しながら、低空飛行で進んで下さい”、だよね?)

 まだノイズ混じりの彩花の指示の内容を僅かに考えた後、
 空は高度を落として戦場と思しき地点へと向かった。
100 :卵かけ御飯にかわりまして白米入り生卵がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/09/16(火) 19:51:31.91 ID:PlNK1o9mo
―3―

 空が茜達のいると思われる地点まで近付くと、確かにそこには茜達第二十六小隊の姿があった。

 レオン達の駆る三機のアメノハバキリの援護射撃を受けながら、
 茜のクレーストがテロリスト達の駆る352改を切り捨てる。

 残るテロリストのギガンティックは477改が一機だけだ。

 テロリスト達よりも先に撃破したのか、イマジンの反応はもう何処にも無い。

空(あれ……あの人達、確か、武器なんか持って無いんじゃあ……?)

 空は違和感にも似た感覚に胸をザワつかせながら、先程の光景を思い出す。

 そう、テロリスト達は武器を投げ捨て、我先へと逃げ出したハズだ。

空(テロリストは残す事になっちゃうけど、これだけ優勢なら一旦、
  フロートの外郭まで後退してから体勢を立て直した方がいいかな?

  あのテロリストも逃げようとしているみたいだし……)

 空がそんな事を考えている内に、レオン達の援護射撃も止む。

 残り一機ならば必要無いと言う事だろう。

空「茜さん! 一旦、後方に下がってレミィちゃん達と合流しましょう!
  レオンさん達も……」

 射撃が止んだ間隙を縫って、空は茜達に呼び掛けた。

レオン『わりぃ、朝霧の嬢ちゃん。もうちょっと待ってくれや』

 さすがに近距離通信ではノイズも入らないのか、そう返すレオンの声はクリアだ。

 だが、彼の声音はクリアな通信音声に比べて、どこか曇っているように感じられた。

 直後――

茜『貴様で最後だっ!』

 まるで激昂したかのような怒りの籠もった茜の一声と共に、
 クレーストは二振りの太刀で477改の手足を斬り裂く。

 雷撃を纏った太刀で切り裂かれた左手足の付け根は高熱で溶け落ち、
 凍気を纏った小太刀で切り裂かれた右手足の付け根は凍り付いて砕け散る。

 そして、手足を失った477改はその場に崩れ落ち、クレーストの足もとへ轟音と共に転がった。

 最後の一機だったのだ。

 茜は、後退するにも後顧の憂いを断った方が良いと判断したのだろう。

 空もそう思っていた――

空「茜さん、後退を……」

 空がそう言いかけた瞬間、ガンッと言う大きな音と共に、クレーストが477改の胴体を踏み付けにした。

 ――その瞬間までは……。

空「茜……さん?」

 空は愕然としながらも、再度、茜に呼び掛ける。
101 :卵かけ御飯にかわりまして白米入り生卵がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/09/16(火) 19:52:07.96 ID:PlNK1o9mo
 だが、茜の耳には空の声は届いていないようだ。

茜『分かるか……踏みにじられる恐怖が……?
  貴様らが十五年前にやった事がどれだけの物か!』

 絞り出すような怨嗟の声に合わせて、茜は何度も何度も477改の胴体を踏み付けた。

 そして、最後はぞんざいに蹴り飛ばし、廃墟の中に叩き付ける。

 だが、茜の動きは止まらない。

 同じように手足を切り裂かれて動きを封じた352改に歩み寄ると、渾身の力を込めて蹴り上げる。

 金属同士がぶつかり合う甲高い音と立てて蹴り上げられた352改は、
 そのまま弧を描いて遠くの廃墟の中に没した。

 悲鳴は一言も上がらない。

 既に外部スピーカーのスイッチが切られているのか、それとも中のパイロットが気絶しているのか。

 どちらにせよ――

空(あんな状態で、衝撃吸収装置って働くのかな……?)

 ――そんな想像を抱いた空は、結論を思い浮かべると、さあっ、と血の気が引くのを感じた。

空「茜さ――」

茜『恐ろしいか!? 恐ろしいだろうな……!
  それが、貴様らが奪った数多の命が感じながら死んでいった……恐怖だっ!』

 呼び止めようとする空の声を遮って、茜は残る一機の352改の頭を踏み潰す。

 すると、軽い爆発が起こり、コックピットハッチ周辺からも煙が上がる。

空「あ、茜さん、止めて下さいっ!」

 空は慌てた様子で地上に降り立ち、エールでクレーストを押しやるようにしてその機体から遠ざけた。

 そして、その場で片膝立ちになって352改のコックピットハッチを引き剥がす。

 そのまま内部の様子を確認しようとすると、
 途端に内部から這々の体でテロリストらしき中年の男性が飛び出して来る。

テロリストB「ひ、ひぇ、ひゃぁ……!?」

 幸いにも防護服を纏っていたらしく、声ならぬ悲鳴を上げながら、
 転がるように足をもつれさせて廃墟の中に消えて行った。

 どうやら、頭部を破壊された衝撃でハッチ周辺のシステムに負荷が生じ、
 それによって煙を噴いていただけのようだ。

空「良かった……コックピットの中が火事になっていなくて……」

 空は一瞬だけ過ぎった最悪の事態を呟きながら、胸を撫で下ろす。

 結果的にテロリストを逃がしてしまったが、さすがにあのまま放置してはいられなかった。

 他の機体の搭乗者の安否も確認したいが、あんな状態になった茜も放ってはおけない。

 空は僅かに逡巡した後、意を決して立ち上がり、先程、自分が押しやったクレースト――茜に向き直る。

空「……テロリストに対しても殲滅指示は出てしましたけど、さすがにアレはやり過ぎです……!」

 空は努めて平静に言おうとしたが、その声音には僅かばかりの険が交じっていた。

 いくら犯罪者が相手とは言え、無抵抗の相手にあれだけ執拗な攻撃は褒められた物ではない。

 だが――
102 :卵かけ御飯にかわりまして白米入り生卵がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/09/16(火) 19:52:55.93 ID:PlNK1o9mo
茜『君は……邪魔するのか……?』

 通信機から、消え入りそうな茜の声が響き、彼女はさらに続ける。

茜『分かるだろう……?
  アイツらは……仇なんだ……お父様の……大勢の人の命を奪った……!
  君のお姉さんの家族も殺した、憎い仇なんだよ!』

 次第に大きく、怒りで震えて行く茜の声に、空は息を飲む。

 そして、連絡通路から感じていた胸騒ぎのような物に、空はようやく合点が行った。

 無抵抗な相手を背中からであろうと、戦う力が無かろうと斬る。

 それは、正に復讐者の所行だと。

 そして、気付く。

空(嗚呼……そう、だったんだ……)

 空は胸中で独りごちながら、奇妙な眩暈を覚える。

 久しく忘れていた……忘れようと努めていた、あの感覚。


――コロシテヤル………オマエエェェェェェッ!!――


 憤怒と憎悪に身を任せ、怨嗟の叫びを上げながら凶行に走った自分。

 今、目の前にいるのはかつての自分自身だった。

 似ているのだ、自分達は。

 空は直感でそれを感じた。

 目の前で憎い仇に大切な家族の命を奪われ、それに蓋をして澄ましたフリをして過ごし、
 いざ仇を目の前にすれば怒りと憎しみを抑える事が出来ない。

 自分は義憤と、仲間達を思う心でそれを乗り越えた。

 だが、目の前の年上の少女は……茜は、まだそれを乗り越えられていないのだ。

 十五年かけてドロドロに煮詰められた暗い感情が、心の底にべったりと張り付き、
 今も怨嗟の炎を伴って真っ黒に心を焦がしている。

茜『君なら分かってくれるだろう……?
  殺したいほど憎い相手が目の前にいたら、正気でなんていられる筈がない!』

空「………それは……!」

 言葉通りに正気を失ったような茜の声に、空は僅かな間を置いてから答えようとした。

 それは、自らの思いを再確認するための時間だった。

 だが、その僅かな間は、茜には迷いと取られたようで、彼女は空の声を遮って続ける。

茜『こんな光景を作り出しておきながら、
  あんな破廉恥な要求をいけしゃあしゃあと宣い続ける連中を……、
  自らを正義と騙る悪を野放しにして良い筈がない!』

 それだけを聞けば憎しみを正当化する建前にも思える言葉は、
 だが、茜の怨嗟に火を点けた物の正体だった。

 一面に広がる廃墟。

 それは正に、彼女の憎しみの原風景……目の前で殺された父を思い出さずにはいられない光景だ。

空「……気持ちは分かります……分かるつもりです」

 その事を理解した上で、空は遮られた言葉を改めて紡ぐ。

 同じ思いを味わった者同士、気持ちは理解できる。

 だが――

空「でも……それだからって、
  茜さんがそんな事をしている所を見過ごすワケにはいきません!」

 空は毅然とした態度で言い切った。
103 :卵かけ御飯にかわりまして白米入り生卵がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/09/16(火) 19:53:35.63 ID:PlNK1o9mo
レオン「こりゃ、まぁ……耳の痛いこって……」

 一方、アメノハバキリ一番機のコックピットでは、
 レオンが苦虫を噛み潰したような表情で、軽口のように漏らしていた。

 レオンの本音は、言葉よりも表情の方から窺った方が良いだろう。

 実際、空が言った事を茜に言うべきは自分であった。

 だが、四つ年下の妹分でもあり、また自分の直属の上司でもある少女の気持ちを、
 レオンは慮ろうとしていた。

 彼女の気が済むなら、一時の激情に身を任せてでも、
 彼女が彼女らしくあれるなら、彼女の思うとおりにさせるべき。

 そう、レオン・アルベルトと言う男は考えていたのだ。

 両親が健在で、誰かを激しく憎悪をすると言う事を知らないレオンには、
 所詮、茜の本当の気持ちなど理解できる筈もなく、
 また、彼女の兄がそう言った素振りを見せない事もあり、
 その問題を無意識の内に先送りにしていた。

 それは紗樹や遼も似たような物で、二人も心苦しそうな表情を浮かべている。

茜『正論だな……けれど正論だけで……耳障りの良い言葉だけで、
  感情まで納得できるワケが無いだろう!』

空「……っ!」

 怒声にも似た茜の言葉を、空は真っ向から受け止めていた。

 息を飲んだのは、茜の迫力に対してであり、彼女の言葉に驚きは無かった。

 当たり前だ。

 逆の立場なら、自分もそう返していた。

 そんな思いがあった。

茜『……そうだな……君は相手がイマジンだからな!
  どんなに残虐な手段を使おうとも、どれだけ残酷な仕返しをしようとも、
  褒められこそすれ、誰も止めはしないだろうさ……!

  だがな、私が憎んでいるのはテロリストだ、同じ人間だ!
  バケモノ相手の君とは違うんだ!』

 だからこそ、そう続いた茜の言葉は、空の胸に刺さる。

 これも、まあ多少は予想していた。

 正気を失えば、自分がどんな事を言ってしまっていたか、
 自分が言った事と同じ言葉を叩き付けられたら、どう相手を罵っていたか……。

 実際に突き付けられた言葉は想像以上の痛みを伴う、
 切れ味の鋭さに比べて錆びたノコギリに斬られたようだった。
104 :卵かけ御飯にかわりまして白米入り生卵がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/09/16(火) 19:54:19.10 ID:PlNK1o9mo
 だが――

空「ええ……そうですね……」

 空は必死に、その言葉を受け止める。

 そして、本音を絞り出す。

空「でも……だからなんです!
  バケモノ相手でも……そんな暗い物に身も心も任せたら、後が苦しいんです!

  自分が悪人みたいで……悪人になってでも復讐してしまいたいなんて、
  苦しくて、苦しくて、どうしようもない事なんです!」

 それは、とても直感的な言葉で、理路整然と正論を述べているのとは違った。

 有り体に言えば、考えた事を整理もせずに口から吐いているだけの感情論だ。

 実際、空は感情論をぶつけていた。

 自分が憎しみと恐れに塗れていた頃を思い出してしまう。

 それだけで頭の中をグチャグチャに掻き回されてしまったようだ。

 だが、想いを告げなければ、茜を止める事は出来ない。

空「そんな事をすれば、自分の心が傷付くんですよ!?
  そんな事を続けていたら、バケモノと同じになっちゃうんですよ!?」

 復讐心だけの戦いは、いつか自分の身を滅ぼす事を、空は痛いほど分かっていた。

空「無抵抗の人間をいたぶるなんて、
  それじゃあ、茜さんが一番憎んでいるテロリストと一緒じゃないですか!」

 そして、ようやく、一番言いたかった言葉を……一番言わなければならなかった言葉を吐き出す。

 一方、その言葉を聞かされた茜は、鈍器で後頭部を殴られたような衝撃を覚える。

茜「私が……テロリスト共と……同……じ……?」

 目を見開き、絶え絶えに絞り出すように空の言葉を反芻する茜。

 ワナワナと震える手を、焦点の定まらない目で見遣る。

 先程、テロリストの機体を蹴り上げた、踏み付けた足を見遣る。

茜(私は……無抵抗の……抵抗できなくなった相手を……)

 そして、先程の行為が……その時に胸の奥から沸き立った感情が、脳裏を過ぎった。

 どろりとした質感を伴う、そんな快楽を、自分は感じていたのではないか?

 憎い相手を粉砕し、嬲る快感に、身も心も任せていたのではないか?

茜「違う……私は……!」

 必死に頭を振って、その感情を……抱いてしまった快楽と快感を否定する。

 だが、いくら茜が否定しても、空にはお見通しだった。

空『一緒なんですよ! あんな暗くて恐ろしい物に身も心も任せてしまったら!』

茜「っ……!?」

 空の言葉が、茜を押し黙らせる。

 目の前で姉を食い散らかすように貪った軟体生物型イマジン。

 あの仇敵を、憎悪と憤怒に任せるままにいたぶった。

 あの時の自分とイマジンに、どれだけの差があっただろうか?

 強いから弱い者をいたぶるのでは、復讐心に任せて獣のように振る舞うのでは、バケモノを一緒なのだ。

空「自分で自分の憎い相手と同じ事をするなんて……一番やっちゃいけない事なんですよ!」

 空は目の端に涙を浮かべながら必死に語りかける。
105 :卵かけ御飯にかわりまして白米入り生卵がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/09/16(火) 19:55:15.06 ID:PlNK1o9mo
 経験者は語る、と言うが、正にその通りだった。

 道を誤った者にしか分からない事がある。
 道を誤った者にしか伝えられない言葉がある。

 空の言葉でしか、茜を止められない。

 そのために、空は苦しい記憶を掘り起こし、茜にぶつける。

 茜を……まだ知り合って日も浅い、新たな仲間を救うために。

 誰かを守りたいと願う人の盾。
 誰かのために戦いたいと願う人の矛。
 力なき誰かの力。

 言い聞かせるように胸中で繰り返す、己が信念。

 なればこそ、今は新たな仲間のために己が心を削ろう。

 茜が思い描く正義を、これ以上、彼女自身の手で汚させぬために。

 茜が守らんとする正義のために、彼女の中心にある物を守るために。

空「冷静になれ、なんて無責任な事は言いません……。

  ただ、思い出して下さい……!
  茜さんが、何でテロリストを憎むのか!」

 それはもう、説得などでは無かった。

 感情に走った時点で、既に説得と呼べる物では無かったかもしれない。

 だが、何も飾らない言葉ほど……相手を思って真摯に語りかける言葉ほど、相手の心に届く物だ。

茜「………何で、テロを憎むのか……お父様を殺した……彼奴らが憎くて……」

 茜はワナワナと震える両掌を見つめながら、自らの原点を口にする。

 そうだ。

 憎かった。

 父を殺したテロリストが、尊敬する父を目の前で殺したテロリストが。

 幼心に、連中を一人残らず皆殺しにしてやりたいと思った。

 だが、それでは空の言う通り、憎いテロリストと変わらない。

茜「っ、ぅぅ……ぁ……っ!」

 その事を思い知らされ、茜は声を押し殺して泣く。

 クレーストが直前に回線をカットしたのか、その泣き声は誰の耳にも届かなかった。

クレースト『ありがとうございます、朝霧空……』

 しかし、そのクレースト自身が空だけに回線を開き、感謝の言葉を贈って来る。

 だが、茜の嗚咽は聞こえない。

 おそらく、クレーストのAIとの直接回線なのだろう。
106 :卵かけ御飯にかわりまして白米入り生卵がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/09/16(火) 19:55:50.24 ID:PlNK1o9mo
空「クレースト……ごめんなさい、茜さんに酷い事ばかり言っちゃって……」

 空は恐縮した様子で返し、項垂れる。

 茜を止めるためとは言え、随分とズケズケと物を言ってしまった。

 彼女を傷つける言葉を選んでしまった部分も少なからずある。

クレースト『いえ、それでも感謝します。
      ……私では、あのようには言えませんでした』

 クレーストは頭を振る様が見えるような声音で返す。

 彼女の言う“あのように”とは、経験則を踏まえた言葉だ。

 如何に人間的な要素を含んでいても、クレーストもAIに過ぎず、
 また彼女自身が茜の臣下として接しているため一線を引いている所があった。

 つまり、“言えない”とは言葉通りで、窘める事が出来なかったのだ。

 幼い奏に仕えていた頃から、彼女が主のためにして来た事は、主の為さんとしている事を支える事。

 譬え、それが間違いだとしても、だ。

 主自身が気付かぬ限り、それは道を曲げただけに他ならない。

 主の選んだ道が茨の道であろうが、修羅の道であろうが主の望むままに切り開く、祈りの十字架。

 そして、道を違えた主を止めるべきは、主が友と認め主を友として認めてくれた者に任せる。

 だからこそ、主に正しい道を示すキッカケを与えてくれた主の友には、最大限の礼を払う。

 それがクレーストのかつての主と友……奏と結がそうであった頃からの、今も変わらぬ在り方なのだ。

空「そんなに大層な事じゃないと思うんですけど……」

 しかし、その事を知らない空は恐縮するばかりである。

 と、そこへ今度はレオンからの回線が開いた。

レオン『お嬢の事で手間かけさせちまったな、朝霧の嬢ちゃん』

空「いえ……そんな」

 申し訳なさそうなレオンの言葉に、既に恐縮し切っている空は、最早、苦笑いを浮かべる他無かった。

 ともあれ、茜の凶行が止まった事を確認すると、空達は周囲のギガンティックの残骸を調べ、
 テロリスト達が既に逃げ出している事を確認してから、まだ落ち着かない様子の茜を守るように陣形を組み直す。
107 :卵かけ御飯にかわりまして白米入り生卵がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/09/16(火) 19:56:20.98 ID:PlNK1o9mo
サクラ『空ちゃん、大丈夫?』

空「あ、はい……大丈夫です、サクラさん」

 司令室のサクラからの通信に、空は頷いて応えた。

 通信はクリアだ。

 おそらく、連絡通路の出入り口周辺に通信を中継するアンテナが設置されたのだろう。

 となれば、そろそろレミィとフェイも合流する頃合いだ。

サクラ『十五年前のマップだと、その辺りは第二十五街区の外れね……。

    そこから一キロ東に行くと、連絡通路と第一街区……
    旧山路技研とを繋ぐ大きな幹線道路があるわ。

    そこでレミィちゃん達と合流して』

空「了解です」

 サクラの指示に応え、空は茜達と連れ立って件の幹線道路へと向かう。

 辺り一面廃墟には変わらないが、空達の進む道も幹線道路と
 街区の中心部を結ぶ主幹道路の一つなのか、比較的、瓦礫は少ない。

紗樹『それにしても、本当に瓦礫だらけ……よくもまぁ、これだけ壊したわねぇ』

 通信機を介して、呆れ返ったような紗樹の声が聞こえる。

遼『焼け焦げた痕がある……。
  イマジンの襲撃と言うよりも、空襲のようなやり方で破壊された感じだ』

 そこに遼が続けた。

 確かに、執拗なまでに破壊し尽くされた街区は、まるで空襲にでも遭ったかのようだ。

レオン『第七フロート第三層の人口は、十五年前当時で五千八百万人。

    その内、四千万人が軍と警察の合同作戦で救出されたが、
    その際に起きた戦闘での死者は推定二万人……推定なんで、詳しい数字は出ちゃいないが、
    まあ五倍の十万が死んだとしてもおかしくない激戦だったって話だがな』

 レオンは軽口混じりに呟いているが、その声音は真剣そのものだ。

 ともあれ、無事ならば今も千八百万人もの人々が、この階層では生活していると言う事になる。

 人口増加を踏まえれば二千万人以上だろうか?

レオン『まあ、階層のど真ん中の五個程度の街区にギリギリ収まる数だな……。
    田舎がこの調子じゃ、街の連中は逃げるのも覚束ないだろうな』

 レオンの付け加えた言葉に、全員が息を飲む。

 つまり、そこ以外は焼き払ったと言う事だろう。

 中央から外郭までは二五〇キロ。

 レオンの予想通り、五つの街区を占拠する形でも、それらの街区の端から外郭まで二〇〇キロは下らない。

 子供であっても十日ほどあれば歩いて踏破できる距離だが、それも休める場所があれば、だ。

 瓦礫だらけの道を二〇〇キロも進むのは、決して楽な道のりではない。

 十分な食料と休める手立てがあって、初めて踏破できる苦難の道だろう。

 つまり、この廃墟と瓦礫の町並みそのものが、取り残された人々を閉じ込める牢獄なのだ。

空「本当に……酷い……」

 レオンの言葉を聞きながらその事に思い至った空は、消え入りそうな声で呟いた。

 茜もその事には思い至ったのだろう。

 そう考えれば、普段からテロリストを憎んでいる彼女が冷静でいられなかったのも、
 無理からぬ事だったのだ。

 姉の両親の事もあって、テロリスト達を好ましく思っていない空も、
 ふつふつと怒りがこみ上げて来るのを感じた。
108 :卵かけ御飯にかわりまして白米入り生卵がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/09/16(火) 19:57:02.19 ID:PlNK1o9mo
 と、その時だ。

茜『すまなかった……空……』

 消え入りそうな声が、通信機から聞こえて来る。

 茜の声だ。

 どうやらプライベート回線を用いた限定通信のようだった。

空「茜さん……いえ、私の方こそ、偉そうに酷い事ばかり……」

 空もその回線に向けて申し訳なそうに返す。

茜『いや……お陰で少し頭が冷えた……。
  礼を言わせて欲しい……』

空「そんな……いいですよ」

 感極まった様子の茜に、空は再び恐縮してしまう。

 これでは逆に針の筵だ。

 早々に話題を変えるべきだろう。

空「それよりも、機体コンディションは大丈夫ですか?」

茜『ん? ああ……、ブラッド損耗率は四十八パーセント。
  万が一に戦闘になっても、あと二十分はフル稼働で行ける』

 唐突に話題を変えられて面食らったのか、茜は戸惑いながら空の質問に答えた。

 結の血を引いているだけあって、茜の魔力は五万六千超。

 無限の魔力を持つワケではないが、それでも並外れた大魔力の持ち主だ。

 それだけの魔力があれば、ブラッドの劣化も低く抑える事が出来る。

 二十分もフル可動できるなら、テロリストの扱うギガンティックくらいは軽く撃退できるだろう。

空「でも、レミィちゃん達と合流したら、
  補給のためにメインフロートまで一時後退した方が良いかもしれませんね」

茜『……ああ、私も、少し考えを整理する時間が欲しい……』

 空の提案に、茜は少し思い詰めた様子で応えた。

 と、そこで幹線道路に到着したらしく、左右の見通しが一気に開ける。

???『空!』

 名前を呼ばれた空が連絡通路のある右手方向を見遣ると、
 そこには低空を飛ぶアルバトロスと、瓦礫を避けて走って来るヴィクセンの姿が見えた。

 どうやら、レミィに名前を呼ばれたらしい。

空『レミィちゃん、フェイさん!』

フェイ『補給完了しました、朝霧副隊長』

 驚きの入り交じった歓喜の声を上げた空に、フェイが淡々とした様子で返す。

 空達はようやく合流を果たした。

 ……そう、正にその瞬間、事態は起きたのだ。
109 :卵かけ御飯にかわりまして白米入り生卵がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/09/16(火) 19:57:33.85 ID:PlNK1o9mo
―4―

アルバトロス『上方から高密度魔力反応、急速接近です!』

 不意に検知した魔力反応に、アルバトロスが悲鳴じみた声を上げた。

空「え!?」

 空は驚きながらも、シールドスタビライザーをシールドモードに変形させ、結界を展開する。

 咄嗟の行動だった。

 直後、無数の魔力砲撃が空達の元に降り注ぐ。

空「っ、ぐっ!?」

 連続して降り注ぐ魔力砲撃を受けて、空は苦悶の声を漏らす。

 慌てたために広範囲に展開してしまった結界は、
 かなりの量のブラッドを劣化させながらも、何とか空の大魔力で以て防ぎ切る事が出来た。

空「じゅ、十六発……かな……?」

 律儀に受けた砲撃の回数を数えていた空は、苦しそうな声で呟く。

 大威力砲撃四発と、それよりやや劣るものの強力な砲撃が十二発の、計十六発だ。

 フェイやアルバトロスが調整してくれた集束結界なら、もう少しスマートに受け切れたかもしれないが、
 集束する余裕も無い広範囲結界を展開した事で、逆にそれが功を奏し、仲間達も守る事が出来た。

茜『このタイミングで強襲……テロリスト共か!?』

 茜は空の作ってくれた結界の傘から飛び出し、二振りの太刀を構え、
 砲撃の降り注いで来た上空を見上げる。

 すると、微かな光点が見えた。

 それが上空から砲撃を行ったギガンティックが放つ、魔力の余剰光だと言うのは明らかだった。

空(薄桃色の光……?)

 空も上空を見上げ、胸中で怪訝そうに独りごちる。

 余剰光を発するほどの魔力量となるとかなりの物だが、今はそんな感慨に浸っている場合ではない。

 空はシールドモードを解除し、長杖をカノンモードに切り替えて迎撃体勢を……取ろうとした。

空「あ、あれ……? エールが動かない!?」

 一瞬、キョトンとしかけた空は、その事実に気付いて愕然とする。

 本来ならば魔力リンクによって感覚をギガンティックと共有している筈なのに、
 空の感覚は完全に自分自身だけの物に戻ってしまっていた。
110 :卵かけ御飯にかわりまして白米入り生卵がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/09/16(火) 19:58:16.75 ID:PlNK1o9mo
 その状況は司令室でも観測できていた。

雪菜「201、魔力リンク強制切断!?」

ほのか「こんな時にエラー!? 復旧は!?」

 愕然とする雪菜に、ほのかは驚きの声を上げながら確認する。

雪菜「それが、切断は機体側で行われたらしく、
   本体との間に噛ませてある補助ギアも本体とのリンクが切断されているみたいです!」

 雪菜は自身のコンソールを確認しながら報告した。

 確かに、彼女のコンソール上のディスプレイには、
 201――エール――のコンディションを示す箇所に“LinkError”と表示されている。

リズ「そ、そんな……先程の砲撃の魔力反応、ライブラリ上のドライバーと一件該当!?」

 他のオペレーターから送られて来る情報を確認していたリズが、驚きの声を上げた。

アーネスト「っ!? 報告を!」

 アーネストは驚きながらも、リズに報告を促す。

 敵……テロリスト側に、ギガンティック機関のライブラリで
 ドライバーとして登録されている魔力と一致する者がいるのは驚きである。

 だが、それだけだ。

 それだけの筈なのに、何故、リズはあれ程までに驚いたのか?

 その理由は、すぐに彼女の口から語られる事となる。

リズ「一致率百パーセント……登録ナンバー001!」

 リズは躊躇いがちに、だが意を決してその結果を報告した。

 その瞬間、司令室に……いや、明日美に戦慄が走る。

明日美「登録ナンバー……001!?」

 明日美は目を見開き、驚愕の声で反芻する。

 登録ナンバー……即ち、コールサイン001は、
 第二世代へと改修される前のオリジナルギガンティックの型式番号そのまま。

 001とはつまり、エールのオリジナルドライバー、
 結・フィッツジェラルド・譲羽……明日美の母の物だ。

明日美「っ、朝霧副隊長を下がらせなさい! 早く!」

 愕然としていた明日美だったが、すぐに気を取り直し、慌てて指示を飛ばす。

サクラ「空ちゃん、連絡通路出入り口付近にキャリアが来ているわ!
    何とかそこまで後退して!」

 指示を受けるなり、サクラも通信機越しに空に向けて叫んだ。
111 :卵かけ御飯にかわりまして白米入り生卵がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/09/16(火) 19:59:03.97 ID:PlNK1o9mo
 そのサクラの指示は、確かに空の耳にも届いていた。

空「何とかって、言っても……!」

 指示に従い、空はエールを歩かせようと足踏みを続けるが、エールの足は微動だにしない。

 それどころか、外付けのOSSの数々も反応せず、
 シールドスタビライザーも大型ブースターも沈黙してしまっている。

 せめてこの二つが動けば、無理矢理に方向転換して撤退する事も出来たのだが……。

空「エール、動いて! どうしたの!? エール!」

 空は仮想ディスプレイだけでも展開しようと操作を続けるが、それすらも応答しない。

 やはり雪菜の言う通り、本体と補助用ギアのリンクも途絶えているようだ。

???『……い……』

 焦る空の耳に聞こえる、聞き慣れぬ声。

 絞り出すような、掠れた声。

 そして、その声と共に、微動だにしなかった愛機の腕が、上に向けてゆっくりと伸ばされる。

 伸びた先は上空……先程の砲撃の主と思われる、薄桃色の魔力を放つギガンティック。

空「え、エール……! どうしたの、エール!?」

 空は愛機の腕を下ろさせようとするが、やはりそれも徒労に終わる。

 それどころか、事態はさらに悪化して行く。

レオン『おいおい!? 回り囲まれてるぞ!?』

 レオンの慌てた声が通信機越しに聞こえた。

 辺りを見渡すと、瓦礫の山の中から十体以上のギガンティックが姿を現す。

 どれも同じ形状の、だが、全身各部に色とりどりの輝くラインを纏ったその姿は――

紗樹『嘘!? オリジナルギガンティック!?』

 ――愕然とする紗樹の言葉通り、オリジナルギガンティックを思わせた。

 空達は知る由も無かったが、これこそが反皇族派テロリストが誇る最新型ギガンティック。

 旧山路技研の格納庫を埋め尽くす400シリーズの一部……GWF401・ダインスレフである。

 それらが四方八方から空達を取り囲み、包囲網を形成していた。

茜『各員! 01の周囲を固めろ! 応戦しつつ後退だ!』

 茜は愛機に二刀の太刀を構え直させながら、全員に指示を飛ばす。

 上空の一機と合わせて、敵との戦力差は倍以上だ。

 性能の程はまだ分からないが、ブラッドラインを持つ以上、
 多少なりとも結界装甲を持つ可能性もあり得る。

 自由に動けない空とエールを守りながら応戦するのは難しいだろう。

レミィ『フェイ! エールを運べ! アルバトロスなら行けるだろう!』

フェイ『了解しました、ヴォルピ隊員』

 レミィの咄嗟の指示で、フェイはアルバトロスにエールの肩を掴ませた。

 アルバトロスの翼はシールドスタビライザーだ。

 出力はエールとの合体時よりは落ちるかもしれないが、
 それでもギガンティック二機分の重量を支えて飛ぶ事は出来る。

 茜達に護衛されながら、エールを掴んだアルバトロスが移動を始めると、
 それを合図に周囲のギガンティックからの一斉攻撃が始まった。

 四方八方からの銃撃が、取り囲まれた茜達に殺到する。

 レオン達のアメノハバキリはシールドを使ってそれを防ぎ、
 茜も太刀に大量の魔力を込めて障壁を展開した。
112 :卵かけ御飯にかわりまして白米入り生卵がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/09/16(火) 19:59:40.34 ID:PlNK1o9mo
 だが――

遼『シールドが……保たない!?』

 敵の攻撃開始から数秒と経たずに鳴り響き始めた警報音に、遼は驚愕の声を上げる。

 高密度マギアリヒトと金属のコンポジット構造で出来たシールドは、見る見る内にひび割れて行く。

 敵の火力が圧倒的にコチラの防御を上回っているのだ。

レオン『守りに入るな! 応戦するんだよ!』

 レオンはそう叫びながら、魔導ライフルを構えて敵ギガンティックを狙い撃つ。

 頭部や関節、武装などの脆い部分を狙った正確な射撃は全弾命中するも、
 多少のバランスを崩したり後ずさりさせるのが精一杯で、大したダメージは与えられていない。

紗樹『た、隊長! こいつら通常魔導兵器じゃ効きませんよ!?』

 そう叫ぶ紗樹も連射式魔導ライフルで応戦を続けるが、
 数をばらまくだけのソレが最も効果を削がれていた。

 よく見れば、連射式ライフルから放たれる小型魔力弾は、
 敵ギガンティックの表面で霧散して消えてしまっている。

 紗樹の機体と同じ装備の遼の機体も同様だ。

レオン『クソッ、これが結界装甲かよ……敵に回すとイマジン相手と変わりやしねぇ!?』

 何年も茜の支援役としてイマジンと相対して来たレオンは愕然としつつ叫ぶ。

 部下達の悲鳴じみた声を聞きながら、茜は思案する。

 敵のギガンティックが持つブラッドラインは、どうやら虚仮威しの類では無いらしい。

 同じ結界装甲を持つクレーストや他のオリジナルギガンティックは敵の攻撃に耐える事が出来ているが、
 最新鋭とは言え結界装甲を持たないアメノハバキリでは劣勢を強いられるばかりだ。

茜『……撤退を優先する! 総員、全力で退避だ!

  アルベルト、東雲、徳倉は01の周囲を固めろ!
  レミィ、フェイ! お前達は部下達の面倒を頼む!

  殿は……私が務める!』

 思案の末に茜の出した指示に、全員が驚き、息を飲む。

レオン『お嬢、いくら何でもそりゃ無茶ってモンだぜ!?』

茜『無茶でもやらなければ全員死ぬぞ!
  動けない空やお前達を庇って戦う方が不利になる!』

 レオンの抗議を、茜は敢えて辛辣な言葉で切り捨てた。

 確かに、十機を超える敵ギガンティックが結界装甲を備えている以上、
 動けない寮機を庇って戦うのは至難の業だ。

 しかも、動ける寮機も内三機は結界装甲に対抗する手段が無く、
 さらに他の一機が動けない寮機を輸送中と言う状況である。

 自身の撤退も念頭に置いた殿であるなら、身軽に動けるクレーストには単機の方が生存率は高い。
113 :卵かけ御飯にかわりまして白米入り生卵がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/09/16(火) 20:00:15.75 ID:PlNK1o9mo
空「茜さん……すいません」

 空は悔しそうに声を吐き出す。

 現状、一番のお荷物は、文字通り自分だ。

茜『さっきの借りを返すだけだ……気にするな』

 一方の茜は少しぶっきらぼうに返す。

空「いえ、恩に着ます」

 空はそう返しながらも、床面のコンソールを開き、何とかエールの操作を取り戻そうとするが、
 一切の操作を受け付けようとしない。

 通信などのコントロールスフィアに依存した基本システムは生きているが、
 AIや魔力リンクに依存する類のシステムは全てダウンしてしまっていた。

空「どうしたって言うの……エール……?」

 空は不安げな声を上げながら、原因を探る。

 いや、何とか“別の原因”を探ろうとしていた。

 原因は分かっている。

 司令室のやり取りは全て聞こえていたのだ。

空(司令のお母さん……結・フィッツジェラルド・譲羽さんの魔力……)

 心中で独りごちた、それが答え。

エール『ゆ、い……ゆ、い……』

 あれだけ呼び掛けても、一度も声を発しなかったエールが、
 上空のギガンティックに向けて手を伸ばしながら、声を絞り出す。

 結、結、と……。

空(私じゃ……私じゃダメなの……エール!?)

 その疑問を、叫びを、空は飲み込む。

 答えが返って来るのが怖かったのだ。

 そして、空が苦悩し、足掻き続けている間にも撤退は始まる。

レミィ『敵の一角を切り崩す!』

 レミィはヴィクセンを後方に向けると、敵の射撃の合間を縫って肉迫し、
 狼狽える一機のダインスレフに飛び掛かって押し倒した。

 如何に相手が結界装甲を備えたギガンティックでも、
 支援型とは言えオリジナルギガンティックの方が性能は上のようだ。

フェイ『突破します!』

 フェイはレミィが作り出してくれた包囲網の死角から、
 アルバトロスにエールを掴ませたまま飛び出した。

 さらに、その後をレオン達のアメノハバキリが続く。
114 :卵かけ御飯にかわりまして白米入り生卵がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/09/16(火) 20:00:55.56 ID:PlNK1o9mo
 茜も一旦、包囲網の外に飛び出すとすぐに方向転換し、
 撤退する仲間達と追いすがろうとする敵との間に立ち塞がる。

 敵の数は十二機。

 ロイヤルガードなら四小隊……一中隊分に匹敵する数だ。

クレースト『茜様、ブラッド損耗率が六割を超えました。
      残り戦闘時間は二十分程度とお考え下さい』

茜「防御に魔力を割き過ぎたか……」

 クレーストの声を聞きながら、茜は苦々しく呟く。

 回避に専念しつつ一撃離脱を繰り返すしか、この場を切り抜ける術は無いだろう。

 だが、十二機ものギガンティックを相手にその戦法を続けるのは難しい。

 と、そんな茜の悩みを知ってか知らずか、
 上空に留まっていた件のギガンティックが空達を後を追い始めた。

 どうやら、上空の機体の狙いは最初からエールのようだ。

茜「ッ、さすがに上まで相手をしている余裕は無いか!?」

 茜は舌打ち混じりに言いながら、敵の攻撃を回避する。

 何機かのギガンティックも、その寮機を追い掛けようとするが、
 茜は素早くその前に先回りすると、電撃と凍気を込めた刃でその手足を切り裂く。

茜「これ以上、この先に行かせてなる物か!」

 回避の一瞬の隙を突いて空達を追撃しようとするダインスレフの背中を狙い、
 茜は凍気の刃を叩き込む。

 凍気の刃は敵の背中を抉る。

 すると、抉られた背面から大量のエーテルブラッドが噴き出した。

 数秒は藻掻くように動いていた機体は、だがすぐに停止してしまう。

茜「背中にブラッドのタンクがあるのか!?」

クレースト『どうやらそのようです。優先目標を背部のタンクに絞りますか?』

茜「頼む!」

 驚きの声を上げた茜は、クレーストの提案に頷きながら、再び回避と追撃の警戒に入った。

 茜自身は回避に専念し、攻撃目標の選択と警戒をクレーストに委ね、
 可能なタイミングで攻撃、或いは迎撃するだけと言う命がけの単純作業だ。

茜(機体の性能に比べてドライバーの練度は高くないが、数が厄介だな……!)

 そんな事を思いつつ、茜は心中で舌打ちした。

 敵の機体は基本性能の時点で370シリーズに匹敵する上、
 結界装甲と言う破格の攻防一体魔法を常時発動している。

 ドライバー達の操縦技術や連携と言った練度がおしなべて低いのが幸いし、
 何とか戦闘を継続する事が出来たが、それも時間の問題だ。

 敵の数が多いため、どうしても残り制限時間内に全てを倒すのは難しい。

茜(ギリギリで切り上げるしかないか……?
  向こうは今、どうなってる……!?)

 茜はただ一機だけ逃した上空のギガンティックの事を思い出し、
 焦燥感に駆られながらも、また一機、敵を撃破していた。
115 :卵かけ御飯にかわりまして白米入り生卵がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/09/16(火) 20:01:40.58 ID:PlNK1o9mo
 一方、全速力で撤退を続ける空達は、連絡通路の出入り口まで
 ようやく半分の所――十キロの距離――まで来ていた。

レミィ『一機だけだが、例のピンク色が追って来ているな……!
    フェイ、もっと速度を上げられないか!?』

 後方を警戒していたレミィが、前方を飛ぶフェイに呼び掛ける。

フェイ『現状、このスピードが精一杯です。
    合体できればもう少し速度を上げられるのですが』

 フェイは淡々とした中に、僅かばかりの悔しさを滲ませて返す。

 エールを掴んだ状態での移動は、やはりアルバトロスには負担が大きいようだ。

 直前の戦闘のダメージもあって、速度は通常時の五割強と言った所だろうか?

紗樹『機影見えた! ベースは378! 背中に大きな背負い物!』

 遼と共に上空に向けて牽制弾を撃っていた紗樹が、上空のギガンティックを確認しつつ叫ぶ。

 378……つまり、大型エクスカリバータイプだ。

レオン『東雲、マジで378なんだな?』

紗樹『はい!』

レオン『ならさっ!』

 紗樹が自分の質問に答えるが早いか、レオンは機体を反転させ、
 スナイパーライフルを構えると、上空の機体に向けて狙いを付ける。

 移動速度をギリギリまで落とす事なく、スナイパーライフルから集束魔導弾を放つ。

レオン『よし、ドンピシャ! 風穴空きやがれっ!』

 レオンは直撃を確信して歓喜の声を上げた。

 あの機体がエールに影響を及ぼしているなら、撃墜してしまえばエールは自由になる。

 そうなれば、空達は引き返して茜の援護に回れる筈だ。

 だが、そんなレオンの目論見は直後に砕かれた。

 378の背面から幾つかのパーツが分離し、機体の正面に分厚い魔力障壁を展開する。

 対イマジン用に開発された強化型集束魔導ライフルの集束魔導弾は、
 その障壁によって阻まれてしまったのだ。

レオン『なっ!? フローティングウェポンかよ!?』

 レオンは愕然としつつも、二度、三度と集束魔導弾を放つが、
 全て障壁に阻まれ、掻き消されてしまう。

 それどころか、別のパーツから放たれた砲撃がレオンの機体を掠め、弾き飛ばす。

レオン『うおぁっ!?』

空「レオンさん!?」

 レオンの短い悲鳴と共に倒れ込んだ彼のアメノハバキリの姿に、空は悲鳴じみた声で彼の名を叫ぶ。

 一行の移動速度が急激に低下した、その瞬間。
116 :卵かけ御飯にかわりまして白米入り生卵がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/09/16(火) 20:02:33.51 ID:PlNK1o9mo
???『Grrrrrrッ!!』

 廃墟の物陰から、低いうなり声を上げて巨大な影が飛び出した。

遼『な、何だコイ……うわあぁっ!?』

 巨大な影は驚愕する遼のアメノハバキリに飛び掛かり、
 連射式魔導ライフルを構えていた右腕をもぎ取る。

 遼の悲鳴と共にアメノハバキリはその場に倒れ込み、巨大な影はすぐさま跳躍した。

紗樹『徳倉君!? このぉっ!』

 小刻みに素早い跳躍を続ける巨大な影に向けて、紗樹は魔導ライフルの弾丸をばら撒く。

 凄まじい弾幕にさすがに“敵”も避ける事もままならないのか、数発の魔力弾が命中する。

 だがしかし、命中した魔力弾は一瞬で掻き消されてしまう。

紗樹『コイツも結界装甲!?』

 その事実に気付き、紗樹は愕然と叫ぶ。

 巨大な影の速度にもようやく目が慣れて来ると、その全身に若草色のラインが走っているのが見えた。

 間違いなく、オリジナルギガンティックと同じブラッドラインだ。

 その姿は巨大な狼を思わせる、ヴィクセンと同じく獣型で、
 彼女よりも一回りは大きなギガンティックであった。

レミィ『二人とも退いていて下さい! ここは私がっ!』

 その姿を確認したレミィは、倒れた遼の機体を庇うように躍り出る。

 既に空を守れるのはレミィ、フェイ、紗樹の三人だけ。

 その内、フェイは満足に動けず、
 新たな獣型ギガンティックにはアメノハバキリの武装は通用しない。

 必然的に陸戦をレミィが引き受けるしか無かったのだ。

レミィ「フェイ! 徳倉さん達と一緒にヤツから逃げろ!」

フェイ『了解です、ヴォルピ隊員!』

 レミィはフェイに指示を出すと、彼女の返事を聞く間も無く新たな狼型ギガンティックに飛び掛かる。

 補助兵装として前脚に取り付けられた小型スラッシュクローに魔力を込めた一撃だ。

 如何に結界装甲で守られていても、同じ結界装甲ならば貫く事が出来る。

 それを分かっているのだろう、狼型ギガンティックは横に跳んでヴィクセンの一撃を避けた。

 だが、レミィも回避される事を予測していたのか、
 着地と同時に横に跳んで、まだ着地前の敵に向けて追撃を加える。

狼型G『Ggaaaaッ!?』

 結界装甲同士が干渉して相殺されると、狼型ギガンティックはうなり声を上げて弾き飛ばされた。

ヴィクセン『キツネとオオカミ……、
      体格は向こうの方が上だけど、小回りはこっちが上みたいね』

 瓦礫に叩き付けられた狼型ギガンティックの様子に、ヴィクセンは確かな手応えを感じる。

 人型ギガンティックに比べれば凄まじい機動性と俊敏性を誇った狼型も、
 さらに機動性と俊敏性に特化して設計されたヴィクセンよりは劣るようだ。

 問題は体格差だが、当たらなければ問題は無い。

 そして、フェイ達もこの場を離れたようだ。

 まだ改造エクスカリバーの追撃は続いているようだが、レオンも攻撃のショックから立ち直ったのか、
 紗樹の機体と共に遼の機体を支えながら、後方に向けて牽制射撃を続けている。
117 :卵かけ御飯にかわりまして白米入り生卵がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/09/16(火) 20:03:15.19 ID:PlNK1o9mo
レミィ「よしっ! こっちを片付けて後を追うぞ!」

ヴィクセン『了解よ、レミィ!』

 レミィの声にヴィクセンが応えた。

狼型G『Grrr……ッ』

 すると、ようやく衝撃から立ち直ったのか、
 狼型ギガンティックは瓦礫のベッドからヨロヨロと立ち上がる。

 レミィはすぐさまその真上を跳び越し、狼型の後方に回った。

 狼型は狼狽えながらも方向転換し、ヴィクセンに向けて低いうなり声を上げて威嚇して来る。

 その時だ――

????<痛い……怖い……痛い……怖い……>

レミィ「ッ!?」

 脳裏に響いた声に、レミィは息を飲む。

レミィ(脳に直接……思念通話? この距離だと、コイツのパイロットか!?)

 レミィは驚きながらも、撹乱するように左右に跳び回る。

 敵からの思念通話など考えもしなかった。

 大昔は通信や秘匿回線の代わりに使われた事もあったらしいが、
 まさかコレは敵からの呼び掛けなのだろうか?

????<怖いよぉ……痛いよぉ……>

 しかし、思念通話の主は恐れと痛みを訴えるばかりで、会話が成立する様子は無い。

 だが、レミィはその声に不思議と懐かしさを感じていた。

レミィ(誰だ……この声……聞き覚えがある……?)

 レミィは敵を険しく睨め付けながらも、自らの記憶に思いを馳せる。

 声の主は少女のようだ。

 ドライバーの仲間達ではない。

 ギガンティック機関の職員でもない。

 いや、もっと以前……アルフの元にいた保護官の誰かだろうか?

 いや、それよりももっと昔の――

レミィ「うおぉっ!」

 思考が纏まりきらない内に、レミィは自ら攻撃を仕掛ける。

 さすがに呆けている場合では無い。

 真後ろから跳び上がり、死角から狼型の首もとを狙っての攻撃だ。

 余程大きく避けられない限り、外すことの無い一撃だ。

 背中に乗り上げ、渾身の力を込めた前脚の一撃を叩き込む。
118 :卵かけ御飯にかわりまして白米入り生卵がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/09/16(火) 20:03:57.82 ID:PlNK1o9mo
 だが――

????<怖いよ……お姉ぇちゃぁん!?>

 命中まで、あとほんの数メートルと言う距離でその声を聞いた瞬間、
 レミィの……ヴィクセンの動きが止まった。

レミィ「おねえ……ちゃん?」

 聞き覚えのある声、聞き覚えのあるフレーズ。

 その二つが合わさった時、探り当てようとしていた記憶が一気に甦った。

レミィ「弐拾……参号!?」

 レミィは目を見開き、愕然として、その名を漏らす。

 自分が明日美と海晴に助けられる四年も前に、最後の姉と共に死んだ筈の、最後の妹。

レミィ(生きていた!? 何でここに!? いや、どうして、そんな所に!?)

 レミィは困惑しながらも、理由を探る。

 月島レポートの存在は、レミィも知っていた。

 無論、その内容に目を通した事もある。

 月島とテロリストの関係が発覚する四年も前ならば、
 死亡と偽って彼女を移送する事も出来たかもしれない。

 その可能性に辿り着いた後のレミィの判断は速かった。

レミィ「無理矢理に戦わされているのか、弐拾参号!?」

 レミィは驚きと怒りの入り交じった声を上げる。

 統合労働力生産計画で作り出された人工生命は、一万以上の魔力量を誇る者ばかりだ。

 戦う意志がなくても、自動操縦の機体に魔力を供給する“電池”として扱われている事だってあり得る。

弐拾参号?<助けて……助けて……お姉ちゃん!>

狼型G『Grrrrッ!!』

 必死に助けを呼ぶ少女……弐拾参号の声に応えるかのように、
 狼型ギガンティックは背中のヴィクセンを振り落とそうと全身を大きく振った。

レミィ「ッ!? 弐拾参号! 私だ! 拾弐号だ!」

 振り落とされた体勢から、何とか着地しながら、
 レミィは狼型ギガンティックに……その中にいる妹に語りかける。
119 :卵かけ御飯にかわりまして白米入り生卵がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/09/16(火) 20:04:30.34 ID:PlNK1o9mo
ヴィクセン『ちょ、ちょっとレミィ!? 今、戦闘中よ!?』

 主の突然の行動に、ヴィクセンは驚きの声を上げた。

 この戦闘で如何に有利な状況にあるとは言え、全体の戦況は著しく不利である。

 今も、この敵にばかり関わっているヒマすら無い状況なのだ。

 それはレミィにも分かっていた。

 だが――

レミィ「お願いだ……ヴィクセン! ほんの……ほんの少しだけ、私に時間をくれ!
    妹がいるんだ……私の妹なんだ! あの機体に乗っているのは!」

 レミィは涙混じりの声で懇願する。

 ――諦められない。

 妹が、いるのだ。

 死んだと思っていた。

 そうとばかり思って十年以上過ごしていた、離れ離れに過ごした妹が、今、目の前にいるのだ。

ヴィクセン『時間をくれ、とか……あんまり遠慮するんじゃないわよ!
      助けるなら助けるで、速攻で片付けろって話よ!』

レミィ「ヴィクセン!」

 照れ隠しなのか、ぶっきらぼうに言い放ったヴィクセンに、レミィは歓声を上げる。

 思念通話は、最初からヴィクセンにも届いていた。

弐拾参号?<怖いよぉ……暗いよぉ……>

ヴィクセン『こんな寂しそうな声聞かされて、黙ってられるかって言う話よ……!』

 泣き声と言っても過言でも無い声で訴えかけて来る弐拾参号の声に、
 ヴィクセンも震える声で漏らす。

 その震えは、主の妹にこんな仕打ちをしたテロリストへの怒りに満ちていた。

 作戦や仲間達の事も重要だが、ここで主を窘めて任務に集中させるのは、
 彼女の矜持が許さなかったのだ。

ヴィクセン『速攻で助けて、速攻で空達に追い付くわよ!』

レミィ「おうっ!」

 義憤に震えるヴィクセンの声に応えて、レミィは滲み始めた涙を拭って力強く応えた。
120 :卵かけ御飯にかわりまして白米入り生卵がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/09/16(火) 20:05:15.27 ID:PlNK1o9mo
 レミィ達が決意を新たにしている間も、378改による追撃は続いていた。

サクラ『残り九キロ! 急いで!』

 通信機からは慌てた様子のサクラの声が聞こえているが、
 そう簡単には逃げられないのが現状だ。

 あと一分足らずでゴールできる距離が、遥かに遠く感じる。

 378改のパイロットはかなりの手練れのようで、
 こちらの牽制射撃を防ぎながら、砲撃でこちらの退路を巧みに変えて来るのだ。

レオン『完全に手玉に取ってやがるぜ……チクショウめっ!』

 レオンは悪態を吐きながらもライフルの連射を止めない。

 が、全て魔力障壁に防がれている。

 その魔力障壁も全体に張り巡らせるのではなく、
 着弾点を見極めて最小限の障壁だけで防いでいるのだ。

 それもレオンの放つライフルの弾丸だけでなく、
 ほぼランダムにばら撒かれている紗樹の放つ弾丸も、
 自身への直撃弾を見抜いてそれだけを無力化している。

 加えて、こちらの進路を変えさせるような砲撃を間断なく撃ち続けているのだ。

 針に糸を通し続けるような正確さを要求されるだろう操作を、休むことなく続ける。

 378改のドライバーは正に手練れと呼ぶべきドライバーだった。

空「どんどん出入り口から離されちゃう……」

 空は焦燥感に煽られるようにして呟く。

 空達が第七フロート第三層に突入したのは、逃亡したイマジンを追撃する事情があったからだ。

 だが、突入後は完全にテロリストの掌で踊らされている気分である。

 合流地点で強襲され、敵に取り囲まれ、撤退中に新手の妨害を受け、今やこの有様だ。

空(ダメ……パスワードも全パターン試したけど、操作を奪い返せない)

 そんな焦りの中、空の焦りもさらに加速する。

 システムの再起動、AIとシステムの切り離し、
 全てを試したがエールの操作を奪い返す事が出来ない。

 そして――

遼『左右から来ます!?』

 悲鳴じみた遼の声に、空は視線を走らせる。

 すると401・ダインスレフが二機、
 左右からエールとアルバトロスを挟撃して来る光景が目に入った。

 また新たな伏兵だ。

空(誘い込まれた!?)

 左右から迫るダインスレフは、咄嗟の紗樹の牽制射撃を物ともせずにアルバトロスに斬り掛かり、
 その巨大な翼を叩き斬る。

フェイ『ッ………ァァッ……!?』

 フェイの口から押し殺した悲鳴が漏れた。

 鳥型とは言え、魔力リンクでフェイとアルバトロスの感覚は繋がっている。

 両の翼を斬られる痛みは、それこそ両腕を切り裂かれるに等しい痛みだろう。

空「フェイさ……っ、きゃあぁっ!?」

 空はフェイの名を叫ぶが、直後に愛機ごと振り落とされ、
 地上に叩き付けられる衝撃に悲鳴を上げる。

 どうやら、コントロールスフィアの慣性制御も満足に働いていないようだ。
121 :卵かけ御飯にかわりまして白米入り生卵がお送りします ◆22GPzIlmoh1a [saga sage]:2014/09/16(火) 20:05:51.65 ID:PlNK1o9mo
レオン『嬢ちゃん!? フェイ!? っ、うぉっ!?』

 レオンがフォローに入ろうとするが、彼のアメノハバキリはダインスレフの体当たりを受け、
 大きく弾き飛ばされて、瓦礫の山に叩き付けられてしまう。

紗樹「副隊長!? それ以上、空ちゃん達に近付くんじゃないわよ!」

 紗樹も遼の機体を支えながら、必死に二機のダインスレフに攻撃を続けるが、
 やはり結界装甲の前には通常の魔力弾では牽制にすらならない。

 二機のダインスレフは紗樹の攻撃を平然と受けながら、
 悠々と地上に降り立った378改への攻撃を遮る。

紗樹「ッ、ちょっとは堪えなさいよ、このぉぉっ!」

 その様は、完全なる侮辱のカタチ。

 紗樹が憤りの叫びを上げるのも無理からぬ光景だった。

 一方、空の焦りも限界に達していた。

空(フェイさんにレオンさんも……! このままじゃ、どうして、エール……!?)

 胸中で独りごちながら、とにかくコンソールを遮二無二操作する。

 主導権を取り返せるなら、いっそ誤作動でもいい。

 だが、そんな空の思いを無視し、エールはゆらりと立ち上がる。

エール『ゆい……ゆい……結……』

 地上に降り立った378改に向けて向き直り、
 譫言のように結の名を呼びながら、その手を必死に伸ばしている。

 その光景に空は我知らず、涙を流す。

 応えてくれていたと、自分の志に、想いに応えてくれていたと、信じていた。

 それは、自分の思い込みだったのか?

 彼は、自分にかつての主の幻影を抱いていただけなのか?

 そんなネガティブな想像に、次第に空は項垂れてしまう。

 そして――

空「エールッ! 止まって! お願ぁいっ!」

 ――空は泣き叫ぶように呼び掛けた。

エール『ッ!?』

 その瞬間、息を飲むような音と共に、エールの動きが止まった。

空「エール!?」

 応えてくれた愛器に、空は歓喜の声を上げる。

 だが――

??『捕まえた……』

 ――エールは378改に掴まれ、その動きを封じられただけだった。

 接触回線を通じて、378改のドライバーと思しき声が聞こえる。

 それは、幼い少女の声。

 378改のコックピットハッチが開かれ、コックピットから姿を現したのは、
 幼い……瑠璃華よりも幼い、一人の少女だった。

少女「エール……貰って行く……」

 短く切り揃えられた黒い髪と、黒く沈んだ瞳をした少女は、淡々と呟く。

 その姿はどこか、エールと出会った頃の結に似ていた。


第16話〜それは、守るべき『正義の在処』〜・了
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