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風俗嬢と僕

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763 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/27(土) 10:45:22.48 ID:CxkCZ0PX0
「本当は、プロどうしの試合になるかと思ってたんだけど」

タイシくんがそう言い訳をしながら連れてきてくれたのは、大きなスタジアムだった。

歌手がコンサートをするのに使うこともあるような、立派な会場。それなのに、プロじゃない人たちも試合をできるんだろうか。

中に入ってみると、ウォーミングアップをしている選手たちが芝生の上で走っていた。

米粒みたいな大きさにしか見えないけど、存在感が光っているのは何となくわかる。お姉ちゃんみたいなオーラだ。

適当な席に座ってぼーっと眺めていると、スピーカーから選手紹介の声が響いた。

「背番号10、シンヤ スガ!」

「あ、この人知ってる」

お姉ちゃんの彼氏だ。いや知らないけど、彼氏って言われてる人だ。

「あ、良かった。知らない選手ばっかりじゃ申し訳なくて……」

本当は相手チームにもオリンピック代表候補の選手とかいる予定だったんだけど、負けちゃって。と、彼は言い足した。

他にもちらほら聞いたことのある名前の選手がコールされた。オカモトって、最近のニュースで聞いたことあるし。

「相手チームは、どんな選手がいるの?」

興味があるふりをしておかなきゃ、と私は彼に問うた。たぶん、いや間違いなく、分からないんだろうけど。

ばつが悪そうな表情で、彼は返した。

「元プロの選手がいるらしいけど……ごめん、アマチュアチームまでは俺も分かんないや」

直後、スタジアムDJから続けて呼ばれたチーム名は、私がよく知るものだった。
764 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/27(土) 10:55:46.24 ID:CxkCZ0PX0
「えっ……」

動揺を隠せなくて、つい声を漏らした。

「どうしたの?」

まさかそこに、私の知り合いが何人もいるとは思いもしないだろう。私は首を横に振って動揺を隠した。

口にしなければいいことだ。後ろめたい気持ちがあるわけではない。悪いことをした自覚はあるけど、それも私が言わなければ彼の知るところではない。

「そっか。それにしても、このチーム凄いよ。県リーグからここまで来るのって、奇跡みたいなものだもん」

そう言って、彼は入場口で配られたプログラムに目を通した。

『王者のプライド対下剋上軍団』という煽り文句が書かれたそれには、選手紹介の写真が載っていて。

下剋上して、ヒロくんやカズヤはここまで来たのだろうか。この大きな舞台に。

「奇跡って、どれくらい?」

奇跡に程度なんて無いんだろうけど。それでも奇跡と評されるような偉業を、彼らは為しているのだろうか。

難しそうに考えながら、彼は教えてくれた。

「うーん……県リーグの上に地域リーグ二部があって、その上にJFLがあって、その上にプロリーグが三部……段階で言ったら、6段階上まで一気に上ってるからね」

それを何と比較していいのかわからないけど、とにかくすごいことなんだろう。

「ごめん、うまく言えないや。でも、全国区のスポーツニュースになったりはするレベルかな」

「そっか。そうなんだ。ありがと」

芝生の上では、ヒロくんらしき人と、シンヤらしき人が口を交わしている。

何だか、遠い人になってしまったように感じる。私から離れていったはずなのに。私が切ったはずなのに。

なのに今は、私じゃ手が届かない人のように感じる。
765 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/28(日) 15:41:08.77 ID:w2nIJ/n40
カズとロングボールを蹴りながら芝のコンディションを確認する。畜生、フォルツァにいた時でもこんなに気持ちのいいピッチは無かったぜ。

少し水をまかれているから、バウンドしてからの伸びがある。低い弾道のスルーパスは球足に気を付けよう。

同じことを思っていたのか、向かってきたのはそんな弾道のボールだった。

「ナイスボール!」

叫んでカズにサムズアップしてみせる。嬉しそうに、あいつは手をあげて返してきた。

よし、変にリキんだり緊張してる感じもない。プロなら一部も二部も変わらないな、くらいに開き直ってくれてるんならいいけど。

ボールを蹴り返そうと助走にはいったところで、後ろから名前を呼ばれた。

「よぉ、久しぶり」

片手をあげて近づいてきたのは他の誰でもない、俺のライバルだった男。今となっては、手が届かない存在だけど。

「おう、よろしくな」

握手して、いくつか簡単な言葉を交わした。良い試合をしよう、お前の彼女があの女優って本当かよ? 内緒に決まってんだろ。

嫉妬とか、罪悪感だとか、そういうのはもうお互いに関係がない。

目の前にいるトッププレイヤーに、今の俺がどこまでやれるのか。あの日から、どれだけ差をつけられて、どれだけ近づけられたのか。

全ては試合が終わればわかることだ。

「俺、今日ベンチだから。楽しませてくれよ」

暗に、『引っ張り出すような展開にしてくれよ』と言っているのだろうか。挑発されているのなら、こっちだって。

「悪いけど、勝たせてもらうから。うちにはエース様がいるんで」

そういって、俺はカズに視線を向けた。気を使ってんのか、頭を下げただけでこっちに近寄る気配はなかったけど。

「そっか。そんじゃ、楽しみにしてる」

背中を向けたアイツからは、オーラを感じた。俺の知っているあいつにはなかったものだ。

「早めに出番をくれてやるよ!」

最後に大声で叫んだら、片手をあげて返された。くそぉ、余裕だね。
766 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/02/26(月) 01:12:06.07 ID:nbWf0v/gO
はよ
767 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/03/01(木) 14:39:44.11 ID:fJDgfH9A0
おつ
768 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/06(火) 01:33:23.39 ID:F4XHjj9l0
整列して試合前の握手を交わすと、いよいよ緊張感が増してきた。

そうだ、俺はこのピッチに立ちたかったんだ。プロにいた時には立てなかった場所に、俺は今立っている。

フォルツァをクビになった時、俺のサッカー人生は終わったと思っていた。ここから先は落ちるだけなんだと。

そうじゃなかった。カズがいた。信頼できるチームメイトがいた。だから俺は今、ここにいる。

試合開始の笛が鳴ると、早い展開でマリッズが攻めてきた。全員が全員代表クラスの選手だ。この展開は想定していた。

耐える時間が長くても、ワンチャンスをものに出来たらわからない。前半は失点をしないことが最優先タスクだ。

とりあえずの俺のマッチアップはオカモトだ。カズやタカギと同世代の世代別代表でキャプテンをしていた。年下ながらに、プレーを参考にしていたこともある。

ロングボールにショートパス。足元の技術以上に、そのキックの精度がうちとしても妬ましい。

ボールポゼッションされてしまうと、ディフェンダーは警戒心を解くことができない。たとえ『持たされている』という状況であっても、マイボールかそうじゃないかでディフェンダーにかかる圧は全然違う。

長短のパスを織り交ぜながら、オカモト、マツバラ、イトウのトライアングルを中心に常にゴールを脅かしてくる。

キーパーがキャッチしたボールを、カズが要求した。前がかりになっていた相手を出し抜くにはこのタイミングしかない。逃すと、守備の意識を高められてしまうだろう。

即座に意識を攻撃に切り替えて、ピッチ全体を意識する。俯瞰の視野は持っていないけれど、首を振って極力多くの情報を仕入れる。

サイトウはプレスを諦めて緩くジョグ、マツバラと……オカモトが二枚で挟みに行っている。それなら俺はフリーだ。

オカモトの離れたスペースに入り込み、ボールを呼び込む。そのままドリブルで仕掛けて、カバーに入って来た相手をいなすとそのまま右サイドに流れていく。

釣られてセンターバックが流れていくのを確認すると、そのまま中央に割って入ってきたカズにボールを預けるする。

カズを追うことに必死になっていたマツバラに、俺を追いかけるセンターバック。スイッチした瞬間の一瞬のフリーズを見逃さず、リターンのボールが返って来た。
769 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/06(火) 01:33:50.54 ID:F4XHjj9l0
ボールを受けた瞬間、今までにない絶頂感が脳裏に走った。イメージ通りだ。カズがボールを要求してからここまで、全部。

俯瞰は持っていないと思っていたけれど、ここまで思い通りの絵を描けたのは初めてだ。サッカーゲームをしているように、俺は最初からこれを狙っていた。見えていた。

ドリブルでボールを運び、もう一人のセンターバックがどうしようもなく半端にプレスをかけてきた。でも、もう手遅れだ。

俺の描いた絵は、完成した。最後のパスを、しっかりとカズはゴールに流し込んだ。最後の一筆を入れ切った。

今までに感じたことのない感動だ。初めてのキスとも、何度あったか分からないゴールよりも、どんな歓びとも比べられないくらい今の俺は高ぶっている。

このプレーのために俺はサッカーをしていたのだとしか思えない。その絵を共に作った仲間は、顔をくしゃくしゃにして走り寄って来た。

こいつとなら、どこまででも行ける気がする。こいつとなら、さっき以上のプレーができる気がする。

「ヒロさん!」

「バカ、お前、すげぇよ! 勝つぜ!」

言葉にならないんだよ、お前。すげぇよ。シンヤとプレーしていた時だって、今ほど気持ちいいプレーはできなかった。

仲間たちが集まって来たところで、檄を飛ばす。

「集中しろよ!ここからだ!」
770 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/06(火) 01:34:17.33 ID:F4XHjj9l0

再開した試合では、マリッズが先ほど以上の猛攻を仕掛けてきた。

今季四冠の可能性を秘めたこのチームが、アマチュアに負けるなんてあってはならないことなのだろう。相手の外国人監督もピッチサイドに立って、怒鳴り声をあげ続けている。

オフェンシブハーフの俺はほとんどボランチ状態だし、アンカーのはずのオカモトはハーフウェーラインから下がることは無い。

クリアしたボールは敵ディフェンダーがあっさりと拾ってしまい、オカモトから組み立てられていく。そしてそれをどうにか跳ね返し続ける。ただその繰り返しだ。

この展開だと、いつか必ず失点してしまう。

そう思っていたのに、思いの外うちのチームはよく耐えている。そこには「カズばかりに良いかっこをさせてられない」っていう先輩の意地もあるんだろうけど。

ディフェンダー陣をはじめ、全員で攻撃を跳ね返す。昔のイタリアみたいに、ゴール前にとにかく人数をかけて鍵をかける。

見ていて面白いサッカーではないだろう。マリッズのサポーターからは延々とブーイングが鳴り響いている。好きにしてくれ、それで勝たせてくれるならいくらでも文句を聞いてやるよ。

前半30分を過ぎて、相手の監督の叫び声が一瞬止んだ。そしてサポーターもブーイングから一転、歓声が上がる。

ああ、分かってしまった。もう出番か。

苦しくなるなと現実を理解しつつも、誇らしい気持ちもでてきた。

どうだ、言った通り出番は思ったより早かっただろ?

プレーが切れると、主審の笛と同時にスタジアムDJが大声で叫んだ。

「背番号10、シンヤァ ミズノがピッチに入ります!」
771 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/03/07(水) 21:21:59.75 ID:Lp7rrf1A0
盛り上がってきたな
772 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/15(木) 01:39:23.75 ID:hWVgtWwh0
>>770
普通に苗字間違えてますが『シンヤ スガ』です。。。。
大変失礼しました。。。
773 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/15(木) 01:58:32.85 ID:hWVgtWwh0
あの日から、ずっとこの日を待っていた気がする。

今でも足裏に感覚が残っていて、それが俺の苦悩の原因だった。

タックルにいったのはサッカー選手としての本能だったし、あれがあの時の俺に出来る精一杯のプレーだった。ただ、そのプレーが必要な状況だったのか、本当にそこに嫉妬や羨望はなかったのかと問われると、否定もできない。

たかが紅白戦で、そんな削り合いをする必要があっただろうか。

同い年で、俺より前にいたヒロの未来を消してしまったのは、他でもない俺なのではないだろうか。

そんな悩みを打ち消すように、俺はサッカーにのめりこんだ。サッカーをすることでしか、その悩みからは逃れられなかった。

フォルツァのスタメンに定着した俺は、シーズン終了後に一部の名門クラブに声をかけられた。ちょうど、若い中盤の選手を探していたらしい。

その頃からかな。ヒロのことは気にしないように努めた。俺がここに来るのに必要な過程だったのだと、割り切ろうとした。

時間が解決してくれたと言えば聞こえは良いけど、要は事実から目を逸らしたんだ。

だって、何も気にしなければ俺には輝かしい未来がある。このチームでスタメンを確保出来たら、代表にだって入れるだろう。海外だって視野に入る。

それなのに、一々過去のチームメイトの負傷を気にしてられるかっていうんだ。ヒロは不運で持ってなかった。俺は持っていた。それだけの差だ。

言い聞かせて、サッカーに没入していた頃に、先輩の声かけの下で合コンが開かれた。

フォルツァにいた時には見向きもされなかったようなモデルやアイドルに囲まれて、何だか居心地が悪かった。

やっぱりだめだ、俺はこういう場には向いてない。サッカーでいくら上にいけても、女性関係をうまく築ける自信はなかった。

プロになってから、ずっとサッカーばかりしてきたから。そりゃ、一般の女性だったら付き合ったことくらいある。

とはいえ、野心と魅力と美貌を持った女たちを真っ向から相手に出来るほど、経験があるわけでもない。

幸い、先輩たちは良い感じに酒が回っているようで、俺はそっと立ち上がった。

本当はそんなに飲んでもいないけど、飲み過ぎて気分が悪くなったとでもメールすれば、きっと彼らも責めることはないだろう。

店を出る前にお手洗いに立ち寄って用を足し、ハンカチで手を拭きながら外に出ると、そこに彼女がいた。

「シンヤくん、もう帰るんですか? よかったら、ご一緒しても?」

名前を思い出そうとしても、大勢の女性を一気に覚えられてはいなかった。

ただ、第一印象が瞳が綺麗な女性だったということだけは、しっかり記憶に残っていた。

「サエです。三度目は、無いですよ?」

そう言って悪戯気に笑う彼女は、とても魅力的に見えた。
774 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/15(木) 02:05:58.01 ID:hWVgtWwh0
ご一緒しても、なんて言っても大したことはしていない。

その頃はまだ、今ほどサエも売れている女優ではなかった。モデルとしては有名だったけれど、俺みたいにその世界に疎い人間は知らないような存在で。

ちょっと有望なモデルと、ちょっと有望な若手プロサッカー選手。パパラッチなんてついているはずもない。

店を出るとタクシーを捕まえることもなく、どことなく歩き始めた。

こういう時、何を話せばいいんだろう。「何でモデルに?」とかかな。それって合コンで言ってたっけ。席が離れてたから分からない。

というか、そもそも何で俺に声をかけたんだろう。それこそイトウさんだって、他にも元代表選手だっていたんだ。

プロ全体で見れば有望株かもしれないけど、あの場にいる中では、俺は一番の外れくじだという自覚はあった。

「今、何で私がシンヤくんに声をかけたか考えてるでしょ?」

図星を射抜かれて、うっと声を漏らしてしまった。どうやら俺はポーカーフェイスにはなれないらしい。

嬉しそうに彼女は笑って、答えをくれた。

「私もあそこが息苦しかったから、仲間が欲しくて」
775 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/03/15(木) 10:47:51.77 ID:I/uapy+A0
おつん
776 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/15(木) 23:58:26.37 ID:hWVgtWwh0
「仲間って?」

そこまでつまらなさそうにしていたつもりもないんだけど。まるで同類のように言われて、何だか不思議な気持ちになった。失礼な言い方をされた気もするけど、不快な気持ちになることもない。

「あそこにいて、何か得るものあった?」

その本質的な問いかけに、イエスと答えることはできなかった。

確かに綺麗な女性と一緒にいて、楽しい時間を過ごすことはできたのかもしれない。でも、それが何だというのだろう。

それでサッカーが上手くなるわけでもなければ、刹那的な快楽以外に得られるものは何もない。

「私だって、事務所の先輩に声を掛けられなければ絶対に行かなかったから。君も似たようなものでしょ?」

その問いかけには、首肯で返事をしよう。図星だし。

トイレから出た時とは、何だか彼女の印象が変わってしまった。もっと純粋で綺麗な人のような印象だったのは、瞳の強さに引っ張られたからなのかもしれない。

夜の街を歩きながら、俺たちは会話を続けた。とりとめもない内容だった。どんなサッカー選手になりたい、どんな女優になりたい、理想の人はどんな人だ、逆にこういう人は嫌だ。

「気が合うね」

その言葉通り、彼女の選択で俺が不快に感じるものは一つもなかった。

きつい言い方をするところもあったし、優しいだけの女でないことはすぐに分かった。それでも、彼女に対して嫌悪感を抱くことは無かった。
777 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/17(土) 11:05:33.42 ID:SP7/fRzW0
「私の夢はね、妹に誇られる人になることなの」

「妹さん、いるんだ?」

「ええ、大好きなの。でも、あの子はそうでもないみたい」

わざとらしくついたため息では、悲しみの色は隠しきれていなかった。

なれるよ、なんて軽々しく言うこともできなくて、俺は彼女の横顔を見つめる。容姿に特別なコンプレックスを持っているわけではない俺でも、妬ましく思うほど整っている。

そりゃ、こんなに可愛い姉妹がいたら比べられる方はたまったもんじゃないだろう。

「貴方の夢は?」

即答できずに、思案する。

世界一のサッカー選手になる、なんて漠然とした夢を大声で話すには恥ずかしい歳になってしまった。

今の歳で今の立ち位置で、それに値するといわれる賞を受賞するのは現実的ではない。ワールドカップ優勝なんて以ての外だ。

自分が本当になりたいものになれないことを自覚した上で、それで俺の夢って何なんだろう。

「……ワールドカップに出て、海外のクラブに移籍することかな」

それくらいは、叶えられる夢だ。今のチームで頑張れば代表選手には手が届くだろうし、それが達成できるなら海外への移籍も開かれてくる。
778 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/17(土) 23:09:21.07 ID:SP7/fRzW0
「大きい夢だね。私の夢なんて、ちっぽけだよ」

「そんなことないよ」

そう言うしかないけれど、少し意外でもあった。日本一の女優になりたい、というタイプだとも思わなかったけど、そんなすぐに叶えられそうな夢を抱くようなタイプにも見えなかったからだ。

少し沈黙が続いて、彼女をタクシーに乗せて返すことにした。

連絡先を交換して見送ると、すぐにメッセージが飛んできた。

「お互い、夢を目指して頑張ろうね」だって。何だか高校生のメールみたいで何だか気恥ずかしい。

適当なスタンプを送ると、既読がついてやり取りは止まった。

今シーズンは頑張らないとな。20代前半で海外に出ないと、ステップアップはかなり難しいものとなる。最低限はスタメンを隠して代表に入る。遅くとも来シーズンには移籍する。

それが俺の最低ラインだ。ヒロの分まで俺が上に行くことが、恩返しでもあり贖罪でもあるだろう。

見てろよ、ヒロ。お前の分までやってやるからな。
779 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/17(土) 23:20:52.57 ID:SP7/fRzW0
その誓い通り、俺はブレイクを果たした。

スタメンを確保して、代表入り。描いた通りの未来だ。

そのうちに、サエちゃんともちょくちょく遊びに行くようになった。何となく、他の人たちと違う雰囲気を感じたというか、何というか。

彼女は一生懸命だった。目標に、夢に。「妹に誇られるために、私は妥協したくない」と平気で言うような女だった。その一生懸命さに惹かれて、俺も前に進むことができた。

いつしか彼女は新進気鋭の女優となり、俺は海外移籍を噂される日本代表選手になっていた。

「日本代表になれば、世界が変わると思ってたんだけどな」

ある日、デート中に俺がそう言ったことがある。

周りはおだて、評価し、持て囃してくれるけれど、俺自身が大きく変わったわけではない。

「それはシンヤがまだ夢を叶えてないからだよ。私だって、世界は変わってない」
780 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/18(日) 17:14:45.08 ID:rfjc5LOO0
「本当に?」

ゴールデン帯のドラマでヒロインを演じ、今や日本で彼女のことを知らない人はほとんどいなくなっている。

知名度も、美貌も、ついでにお金も。普通の人が求めるものは既に得てしまった彼女でも、世界は変わってないとは信じがたい。でも、日本代表になった俺だってそれは同じか。

「私の夢が叶ったわけじゃないから」

そう言って、彼女が「シンヤもでしょ?」と問い返してきた。

あの時言った夢。日本代表になりたい。海外移籍をしたい。その夢が叶えば、俺の世界は本当に変わるのだろうか。とりあえず日本代表だけでは、変わらなかったわけだけど。

「妹さんとは、最近は?」

「何も。ドラマの感想すら無いわ」

盆正月などで顔を合わせると普通に話すらしいけど、それ以外はやり取りをすることもないとは聞いていた。それでも、自分の姉が活躍するのは嬉しいものではないのだろうか。姉妹って分からないもんだ。

世間からは俺たち二人は成功している、不自由無い生活をしていると思われているだろう。いや、実際そうなんだけど。

それでも何か足りない気がしてしまうのは、贅沢なんだろうか。それとも、大事な何かが欠けてしまったんだろうか。分からないけど、俺に出来ることはサッカーしかない。

リーグは独走状態だし、カップ戦も勝ち進んでいる。今シーズン4冠を置き土産に、俺は海外へ行く。もっと大きな選手になる。

そうすることで、この言いようのない苦しみから抜け出せると思っていたから。ヒロに対する罪悪感は、見ないふりはできても消えることはなかった。それならもう、遠くに行くしかない。アイツがどこまで頑張ってもいけなかった世界にたどり着いて、俺がここにいることを正当化したかった。

サッカーをするのが苦しくて、それでも俺にはサッカーしか残っていなかった。

苦しみから抜ける方法もサッカーをすることでしかなくて、麻薬のようにそれを繰り返す。サッカーをすることで苦しんで、サッカーをすることで救われる。

そんな時、あるスポーツニュースが目に入った。
781 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/18(日) 17:26:45.16 ID:rfjc5LOO0
アマチュアチームのジャイアントキリング特集だった。

天皇杯では、毎年何チームはプロチームを倒して上がっていく。そのたびに取沙汰されるのが常である。

今年のそれを起こしているのは、どうやら都道県リーグレベルのチームらしい。そんなところがJFLだったり二部を倒したりしてるんだから、そりゃ見ている方は痛快だろう。

うちのチームが次に当たるのが確かそこだったと思い出して、そのまま何の気なしにニュースを見続けた。俺が出るとは限らないんだけど。

本戦一回戦、二回戦の映像でゴールシーンが映される中で、最後にフリーキックを決めた背中にやけに見覚えがあった。

固有の選手名は上がらなかったが、何となく懐かしい感じ。でも、俺が知っている彼とは似ているようで違う雰囲気の選手だった。

まさか。その時はそう思っていた。

しかし、試合に向けてのミーティングでその名前を耳にすると、やはりそうだったとも思えてしまった。

ヒロはあんなところで終わる選手じゃなかったと思い安堵する一方で、俺のせいでアイツのサッカー生命を壊してしまったのではないかとも思った。

次に会うと、酷く罵られてしまうのではないだろうか。お前のせいだと謗られるのではないだろうか。

そんな心配をしても意味がないことだと分かったうえで、そういうことを考えてしまうのが人間ではなかろうか。

「なぁ、次の試合、見に来てもらえないかな?」

サエにそう言ったのは、不安な気持ちを少しでも和らげたかったからだった。

「珍しいね。いつ?」

日程を伝えると、彼女は「うーん、仕事が入ってる……行けたらね」という素っ気ない返事だった。

とはいえ、誘った理由も情けないものなんだから、強く来てくれというのも恥ずかしくて。結局それで話は終わり、運命の日を迎えた。
782 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/18(日) 17:38:52.34 ID:rfjc5LOO0
ピッチ上に立つヒロは、俺の知っているヒロのままだった。テレビの液晶越しに見たヒロとは何だか違う。

良かった、俺の知ってるアイツだった。

チームメイトとパス交換するアイツに挨拶に行くと、やっぱりアイツは良いやつだ、今まで通りに接してくれた。

空白の期間に俺が勝手に作ってしまっていたしこりは、現実にはなかった。

それならば、その期間に俺が上り詰めて積み上げてきたものをヒロに見せてやるのが、唯一できることだろう。

ターンオーバーでベンチスタートを言い聞かされていた俺は、勝っている展開だと出番はないだろう。

楽しませてくれよ、と口にすると、ヒロはやや不服そうにこう言った。

「悪いけど、勝たせてもらうから。うちにはエース様がいるんで」

エースと指した彼は、ヒロとパス交換をしていた男だった。俺たちよりまだ若そうだ。たぶん、二十歳かそこら。

へぇ、そんな奴もいるんだな。負けず嫌いのヒロにそう言わせるなんて、よっぽどのもんなんだろう。

「早めに出番をくれてやるよ!」

そう叫ぶヒロに手をあげる。悪いけど、お前らがどんなに頑張っても、俺たちは負けない。そこにある力の差を見せつけることだけが、俺に出来ることだから。
783 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/18(日) 18:08:02.72 ID:rfjc5LOO0
しかし意外や意外、いざ始まってみると試合はうちのチームが劣勢を強いられている。

いや、展開自体はうちが押しているのに、スコア上ではうちが負けてしまっている。ヒロと、エースくん……カズヤって言うらしい、二人の見事な連携で失点をしてしまった。

あの崩しは確かに見事で、ヒロがエースと呼んだのも頷ける出来だった。

とはいえ、そこからの展開はうちのシュート練習になっているわけだけど。それでも一点が遠いのはうちの苦しいところだ。

それをどうにかするために、俺みたいな主力がベンチに控えているわけだけど。

案の定、早い時間にアップの指示が飛んできた。ブラジル人のうちの監督は、負けている展開だとすぐに手を打ちたがる。熱い性格がプラスに働くこともあれば、今日みたいな展開だと短気に交代枠を使っていく。

「スガ! 出番だ!」

ヒロの言葉通り、前半から出番を与えられるとは想像もしていなかったけど。まあ良い、俺の実力を見せるのに十分な時間を与えられたと思うことにしよう。

ベンチからの指示に細かいものは無い。「とにかく早めに同点にしろ」なんて、小学生にも言わないだろう。とはいえ、同点にさえできれば好きにプレーをしていいというのなら、望むところだ。

タッチライン際に立つと、スタジアムから声が上がって来た。いつものリーグ戦よりは少ない声だけれど、それは確かに俺の背中を押してくれる。

プレーが切れるとスタジアムから一層大きな歓声が上がり、スタジアムDJが俺の名前を叫んだ。

ピッチに入るや否や、オカモトが近づいて監督の指示を確認しに来た。とにかく早く追いつけってさ、と伝えると、呆れたように苦笑いを返された。

「ボール、俺に預けてくれ。ロングだけじゃ相手固いから下から崩す」

「はいっ」

サイトウを使って、サイドから崩しにかかる。ボールを預けると、そのままバイタルエリアに向かって走る。そのままワンツーを要求しようとしたところで、相手の10番、ヒロの右手が俺の背中に触れた。マークしているぞ、という意思表示だ。
784 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/18(日) 18:22:51.45 ID:rfjc5LOO0
「出せ!」

全力で前進して、その手の感触がなくなったところで要求通りのボールが戻ってくる図が見えた。

そこでカズヤの足が伸びた。

お手本通りのようなインターセプト。わざとルーズに守っていたのか、俺にボールが入ることを最初からイメージしていたかのようにそれは奪われてしまった。

俺のマークについていたはずのヒロは、カズヤからのボールを受けるとそのまま前に進む。

そうか、ヒロは俺のマークを外してしまったんじゃない。こいつがインターセプトすると読んで、敢えて残っていたんだ。

アマチュア相手に出し抜かれた恥ずかしさと、不甲斐なさと、失望。それらを感じる前に、今はボールを奪い返さなくてはならない。

「ディレイ!」

ヒロをチェックするオカモトに大声で遅らせろと指示を出す。マークを外されたとはいえ、すぐそこだ。挟み込めばなんてことは無い。それに、この二人以外は守り疲れでろくに押し上げることもできていない。

オカモトも簡単には抜かれないように適切な間合いを取って、時間をかけて対応する。前線に一人残っていた敵フォワードが下がってボールを受けに来て、ヒロが一旦そこにボールを出す。

しかし、うちのセンターバックのプレッシャーに耐えられず、ボールはダイレクトでヒロの足元へ。今だ!

オカモトがヒロに体を当てて、ボールを奪い返す。テクニック面は現役時代の財産が有れど、フィジカルは一朝一夕でプロには太刀打ちできないだろう。

奪い返したボールを再度要求し、トラップする前にルックアップで状況を確認する。前線は二人、サイトウはフリー。……フリー?

「後ろ!」
785 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/03/18(日) 21:45:48.06 ID:YnFJ+cB5o
1乙

なんて良いところで・・・
786 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/19(月) 00:17:47.05 ID:ygMMfaCy0
言葉の方向へ意識を向けると、直後に足が伸びてきた。このスパイク、さっきと同じ足だ。

ここまで読んでるのか? さっきヒロにボールを預けた時は、右サイドを駆け上ろうとしていただろう?

こんな芸当が出来る選手は、代表のチームメイトのサイドバックくらいしか知らない。それに二人とも、海外のトップクラブで活躍する一流選手だ。

たかがアマチュアの若造が、なぜをそれをできるのか。こんな選手が今まで埋もれていたとは考え難い。

疑問はあれど、そんなことを考えていられる局面ではない。

身体をボールとカズヤの間に入れて、キープを試みる。よし、この体制になればファール以外で取られることは無い。

ヒロはまだ倒れたままで、オカモトはフリー。一旦預けて作り直す。

「左使え!」

サイトウを再び使うように指示し、その通りのボールが通った。よし、今ならうざったいこいつもここにいる。チャンスだ。

すぐに動きなおし、ペナルティーアークを目指してダッシュする。カズヤもそれを追いかけてくる。正解だ、今更サイドに流れるよりは俺のマークを続けた方がいい。

間違ってない、間違ってないけど、それでもどうしようもないことを教えてやる。

カットインの動きの前に中の状況を確認すべくルックアップしたサイトウに、手でグラウンダーを示してパスを求める。ゴール前のディフェンダーの動きは重い。これならイケる。

縦に行く動きを一瞬見せ、ふらついたディフェンダーをサイトウが右アウトサイドでかわす。そのまま低くて速い球筋のボールが、ペナルティアークに届いた。
787 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/19(月) 00:28:58.41 ID:ygMMfaCy0
トラップする前にゴールを確認すると、相手ディフェンダーが一人突っ込んでくるのが見えた。

右足のインサイドで少し大きめにトラップし、トップスピードでプレスをかけてきた敵をかわす。よし、打てる!

そのまま左インフロントで擦って蹴る、左ポストギリギリを抜けるイメージのシュートの絵。それを完成させようと左足を振り抜いた。

ボールは寸分も違わずに綺麗な弧を描き、ネットを波打たせた。ヒロがゴールを決めた時とは違い種類の歓声が響く。

オカモトやマツバラが近づいてくるのを、当然だと言わんばかりに軽いハイタッチで迎える。

すれ違いざまのカズヤの顔は、暗い色が映っていた。当然だろう、あれだけスプリントを繰り返していたにも関わらず、結果としてそのプレーで失点をしてしまった。

これが実力の違いだ。ヒロには悪いけど、この現実を見せてやるのが俺の今日の仕事でもある。
788 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/19(月) 00:45:01.57 ID:ygMMfaCy0
「一本返すぞ!」

ヒロが飛ばした檄にも、返事は小さい。

善戦していた格下チームが、失点を機にメンタルを折られることは少なくない。このまま一気に畳みかければ、前半のうちに試合を決めることだって難しくはないだろう。

「カズ、切り替えろ!」

個人名をあげてそう言ったのは、期待なのか何なのか。しかしそれは酷だろう。さっきのプレーで俺が見せたのは、格の違いだ。

確かにカズヤの判断は間違っていなかった。プレッシャーのかけ方も、奪いに行く位置も、攻守の切り替えも。

ミスが無いのに失点をしてしまったというのは、純然たる実力差以外の何物でもない。

これが現実だ。ヒロ、お前たちのチームは俺たちより弱い。お前の言うエースは、俺には通用しない。

光るものがないわけではない。もしかしたら、数年後にはプロのピッチに立つ可能性だってあるだろう。

それでも俺には自信があった。ヒロには負けない。ヒロがエースだと言うのなら、カズヤにだって負けない。

日本を出る前に、その結果だけは残しておきたかった。サッカーの苦しみから逃れるために。今の一点はその第一歩だ。このまま、俺は抜け出してみせる。
789 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/03/19(月) 03:53:54.74 ID:jzdiq1gG0
一気に読んでしまった
次の更新も楽しみにしてるぞ
790 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/03/19(月) 09:15:12.57 ID:+xu40TKw0
シンヤが嫌な奴じゃなくて良かった。
素直にどっちも頑張って欲しい!
791 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/19(月) 13:19:35.12 ID:yInQQ4e5O
「うわー、やっぱうまい。すげぇっ」

興奮しているタイシくんを横目に、私は少しだけ、残念な気持ちになった。

心のどこかで、ヒロくんが、カズヤが、奇跡を起こすことを期待していたんだ。

誰も予想していない勝利が見られたら、それは私の希望にもなり得るから。お姉ちゃんに対するコンプレックスに対しての、向き合い方になるかもしれない。

それでも、やっぱり現実って甘くはない。本物がそこに出て来ると、あっという間にやららちゃった。

「今の、スガが上手く相手を振りほどいたんだよ。あの相手も悪くなかったけど、さすが代表って感じ」

簡単に解説をしてくれたその言葉から読み取れたのは、単純な実力差だった。つまり、カズヤも良くやったけど失点したってことでしょう?

お姉ちゃんの彼氏と、私の元カレ。その差を見せつけられたような気がして、勝手に落ち込みそうになる。

「うん、上手かった。すごーい」

努めて棒読みにならぬよう意識して、そう返した。心にも思ってないことなんだけど。

やっぱり、今日来たのは間違いだったのかもしれない。
792 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/20(火) 01:38:16.05 ID:t2akC/Q70
同点になったのをきっかけに、ヒロくんたちは前半が終わるまでの10分で更に二点を追加されてしまった。

二点目は、遠くからのシュートのこぼれ球に詰められて。三点目は、ヘディングゴール。

前半が終わる笛が鳴る頃には、隣にいたタイシくんの興奮も冷め気味だった。当然だと言わんばかりのその反応に少し腹が立ってしまうのは、判官贔屓をしてしまっているからなのかな。

「お手洗い、行ってくるね」

立ち上がって階段を上りながら、良からぬことを考える。もう帰っちゃおうかな、なんて。

これ以上見ても辛いだけだから。サッカーなんて見に来なければよかったかな。

彼らに私の姿を重ねることは間違っているのだろう。いつかのニュースで見た、どこかの議員が「サッカーの応援をしてるだけで他人に自分の人生を乗せるんじゃない」SNSに投降して、炎上したことが急に脳裏を過った。

今日の組み合わせを知ってから、知らず知らずのうちに、彼らが勝てば何かが変わると思っていた。自分で何もしてないくせに、それでも私は救われたかった。

そのためには、人に任せるしかなくて。誰かが奇跡を起こせるなら、私だって起こせるかもしれない。でも私がその「誰か」になれるかなんて分からなくて、自信も無くて、だからその奇跡のために頑張るなんてことはできない。

私が弱いから。ううん、私だけじゃない。世の中のほとんどの人は、たぶんそうだ。誰かの起こす奇跡を自分に重ねたくて、自分自身は頑張ることが出来なくて。

入場口をくぐって、スタジアムの外に出た。

物語の主役になり損ね、やられ役のピエロになった彼らをこれ以上見ることは無理だった。

タイシくんには「ごめん、体調悪くなっちゃって」とでもメッセージを送れば許されるだろうか。

送信ボタンを押してスマホをバッグに仕舞うと、済んだ声で名前を呼ばれた。

聞き覚えのある声に反応して顔を上げると、私が出演している物語の主人公が、そこにはいた。
793 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/22(木) 02:10:40.90 ID:lUx132lu0
妹と気まずくなり始めたのはいつからだったか、はっきりとは覚えていない。

大体で言えば、あの子が中学に入ったくらいの頃だったかな。その頃は私も「ああ、家族仲がいいっていじられるのが嫌なんだろうな」くらいにしか思っていなかった。

良く似た容姿で、同じ環境で育ち、自慢の妹のことを、私は好きだった。世間で言えばシスコンと呼ばれるのかもしれないけど、私は彼女に対して並々ならぬ愛情を抱いていることを自覚していた。

思春期が終われば、また妹と仲良くしたいと思っていた。

たまたま街で声をかけられてモデルを始めたのも、妹に憧れられる姉でいたいと思ったからだった。お金も貰えるし、オシャレの勉強もできる。

長い思春期を終えれば昔みたいに仲良し姉妹になれると信じていたのは、私だけだったみたいだ。

私がどんな仕事をしても、妹がもう思春期と呼ばれるような歳を過ぎてしまっても、私たちの仲は気まずいままだった。

「お姉ちゃん、凄いね。自慢のお姉ちゃんだよ」

その一言を聞きたいがために、私は少しでも大きな晴れ舞台に出られるように働いた。

モデルでダメなら女優。これがだめなら歌手にでもなろうか、歌の練習しなくちゃ。
794 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/23(金) 01:20:06.04 ID:K3YoGRuX0
そうやって少しでも前に進もうとして、私は今の立ち位置を掴んだ。色んな人がキレイだねと声をかけてくれる。色んな人がチヤホヤしてくれる。

それでも心は満たされない。

お金とか、名誉とか、そんなものが欲しいわけじゃない。ただ妹に認めてほしいというだけの願いが、どうしても叶わないの。

他人からしてみたら理解されない望みだとしても、私は心の底からそれが欲しかった。世のどんな男から甘い言葉を囁かれるよりも、妹からの賛辞を望んでいた。

この世界を選んだことが間違っていたとするならば、私は迷わず芸能界を引退するつもりなのに。

それなのに、誰もそんなことを教えてはくれないから、今日も私は仕事をこなす。

ドラマの撮影が思ったよりも巻いて、思ったよりも早くフリーの時間が出来た。そういえば、シンヤが試合をすると話していたのは今日だった。

行けると話してはいないから関係者席は用意されていないけど、せっかくだし見に行ってあげても良いかな。誘ってくれたってことは、迷惑ではないよね。

タクシーに乗って行先を伝えると、運転手さんに「お姉さん、だいぶコアなサポーターだね」と話しかけられた。決勝でもない天皇杯を見に行く女性サポーターは、そう多くはないんだろうね。

スタジアムについてお金を払うと、当日券売り場の看板を探してきょろきょろ辺りを見渡した。試合は既にハーフタイムを迎えているらしく、スタジアム外に人影はない。

うーん、初めて来るからよくわからないな。サッカー自体はシンヤの影響もあって見るようにはなったけど、生で見るのは初めてだから。

こっちかな、と勘で進んだ方向に、一人女性が歩いていた。うん、あの人に聞いてみよう。

少し早足で近づくと、だんだんと近づいてくるその表情には見覚えがあった。ううん、そんなもんじゃない、私はこの子を知っている。

「サキ?」

確信しながら名前を呼んだ。どうしてここにいるんだろう。試合を見に来たなら帰るには早すぎるし、そもそも何でサッカーの試合なんかを見に。サキの元カレがサッカーを好きだというのは母から聞いたことがあったけど、それなら彼氏も一緒じゃないのかな。

「お姉ちゃん……」
795 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/03/23(金) 08:20:44.68 ID:2tyuWKwB0
連日更新お疲れ様です!
お姉ちゃんも良い人だったか……
796 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/03/25(日) 02:08:02.13 ID:CcKIiwRA0
おつ
大量更新ありがたいな
797 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/25(日) 05:20:27.23 ID:GWbw674lO
つい最近見つけてやっと追いついた…
お疲れ様です!
798 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/03/25(日) 05:21:16.51 ID:GWbw674lO
↑すみませんスペルミスりました…
799 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/26(月) 06:38:56.33 ID:EDRO2qBCO
「久しぶり、だね。今年はお盆に会えなかったから」

平静を装って話しかけてるけど、結構今、ドキドキしてる。シンヤと会う時より全然。

「そうだね。彼氏の試合を見に来たの?」

あれ、シンヤのこと、知ってたんだ。私のこと、知ってくれてたんだ。

たったそれだけのことで有頂天になる程、私は彼女に近づきたかった。触れたかった。抱きしめたくなる衝動をグッと堪える。

「うん、仕事が早く終わったから。サキは?」

「私は……試合を見にきてたんだけど、ちょっと、体調が悪くなっちゃって」

体調が悪い? あまりそういう印象は受けなかったけど、それが本当なら送って行った方が良いのかな。

「大丈夫? 家まで送るよ?」

と言うか、サキは一人で来てたのかな? 彼氏と一緒だと思ってたんだけど。もしかして試合が盛り上がりすぎて、サキだけで帰そうとしてるとか? それならその男には相応の罰を課さなければならないだろう。

「ううん、ありがとう、大丈夫」

「でも……」

やっぱり心配だ。それに、久しぶりに会えたんだからお姉ちゃんらしいことをしたいと言う気持ちもあった。

「うん帰ろう。私も一緒に帰るから、ほら、タクシー拾おう」
800 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/03/27(火) 01:15:16.82 ID:IJipblUw0
おつ
801 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/03/27(火) 13:50:39.16 ID:Ni673BkA0
ねーちゃんが一番危ない気がする
802 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/29(木) 19:57:48.42 ID:ujT/OOroO
>>756
おっしゃる通り引越し準備に追われて月内完結は難しげです、、有限不行ですみません。
ただ、しっかり更新は続けていきますので、そう近くないうちにはゴールする予定です。

もう少々、お付き合い頂けますと幸いです。
803 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/29(木) 23:25:14.62 ID:ujT/OOroO
>>803
日本語が不自由すぎましたが、そう遠くないうちに、です。
804 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/03/30(金) 07:25:28.07 ID:Cb9Bo3Gio
乙。無理しないでねー。まったり待ってるよ。
805 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/31(土) 23:46:12.85 ID:emjwQLpaO
そこまで言うと、サキも強く拒絶することはしなかった。

さっきタクシーを降りた方向に戻って行くと、運良く一台止まっていた。ラッキーって続くものだね。

一人暮らしをしているサキの自宅の方向を運転手に告げたところで、「家、知ってたんだ」と驚いたように声をかけてきた。

「あ、うん。お母さんから聞いてたから」

さすがに呼ばれてもないのに押しかけるなんてことはしなかったけど。そう離れてもない距離に住んでる妹なんだから、何かあった時に駆けつけられるくらいの準備はしておきたかったから。

俯き気味に表情を隠して、感情があまり読まない声で「そっか」と一言。そこから沈黙が始まってしまった。

何か話したいな。でも体調が悪いなら黙っておくべき?

数秒悩んだけど、結局欲が勝ってしまった。

「試合、どうだった? どっちが勝ってた?」

さすがにプロのシンヤ達が負けるとは思っていないけど、相手チームも勢いは凄いみたいだから。

勢いとか流れとか、そういうのって目に見えないから怖いし、実感がない。私自身、今 女優としては多分その状況なんだろうなって思う。

だけど、それを自覚してしまいかけてるから、きっと私のピークは今なんだろう。

その期間を少しでも長く続けるためには、それに気がつかないフリをしないといけない。自分がまだまだだと思い続けないといけない。

慢心、とは少し違うかもしれないけど。神様は、それを求めようとしない人にしか、目に見えない奇跡を与えようとしない。

相手チームの勢いも、スポーツニュースて取り上げられたあたりから目に見えるものに、気がつけるものになってしまいつつある。
806 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/07(土) 14:30:35.34 ID:7TaDHQikO
「マリッズが勝ってるよ。シンヤさんが出てから、3点取って、3対1」

言葉が出てくるまでに時間はかかっやけど、それを聞いてやっぱりな、と安堵する。そうだよね、アマチュアの快進撃って、そうは続かないよね。

サキはそこから口を開くことはなく、代わりに運転手さんが言葉を発した。

「お姉さんたち、マリッズサポなの? 良いねぇ、こんな美人に応援されて、選手も嬉しいだろうね」

その言葉に愛想笑いと薄っぺらい謙遜を返そうとすると、続いて「あれ、お姉さん見たことあるな。テレビの人?」と問われてしまった。

「はぁ、まあ、ちょっとだけ……」

その返事に気を良くしたのか、中年のおじさんはどんどん話しかけて来た。普段ならこういうのも迷惑だとは思わないんだけど、隣にサキがいる状況では少し鬱陶しい。

どうしようと思いながらもそれに対応をしていると、サキは目を閉じて寝始めた。

「すみません、妹が寝たので静かに……」
807 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/04/08(日) 00:30:36.14 ID:liStUczA0
おつん
808 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/10(火) 12:42:49.36 ID:cn2ghyR2O
そう伝えると、運転手さんも「そうですね、すみません」と一言謝って、静かに運転に集中し始めた。心無しか、運転自体もさっきよりは丁寧になった気がする。

道中、気になってスマホで試合のスコアを確認すると、後半が始まったばかりのところで、スコアは3-1のままだった。うん、これなら心配はいらないかな。

そのまま液晶を暗転させて、「近づいたら起こしてください」とだけ伝えると、私も目を閉じて眠りについた。

最近、眠れてなかったから。仕事疲れたな。でも今日はいい日だな。サキがもし帰って体調良くなってたら、ご飯にでも誘ってみようかな。

そんな幸せな考えを反芻させていると、底なし沼にはまったように眠りについてしまった。
809 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/10(火) 12:56:36.09 ID:cn2ghyR2O
「お客さん、そろそろ着きますよ」

その声で起こされると、もうサキの家はすぐそこという場所だった。妹はと言えば、私より先に起きてたらしく、詳細な場所を案内しているところだった。

「よく寝てたね、疲れてたの?」

その一言は、さっきまでとは少し違う、暖かさを帯びている言葉の気がした。どうしたんだろ。

「ちょっとね。サキこそ、体調は?」

「ん、割と良くなったかな。ごめんね、心配かけて」

タクシーはサキの指示通りにすんなり進んで、私が起きて間も無く、目的地に辿り着いた。

運転手にタクシーチケットを渡して、サキの自室に案内される。シンヤの家に初めて行った時より全然緊張する、なんていうのは、きっと彼に言ったら怒られるんだろうけど。

玄関にあるパンプスに見覚えがあるなと思ったら、私が以前撮影で履いたものだった。言葉にはしなかったけど、それが私の影響でなくとも、ちょっと嬉しい。

バッグを置いて時計を見ると、シンヤたちの試合があと10分残ってるかどうかくらいの時間だった。

「ごめん、テレビ借りていいかな?」

直接見ることは出来なかったけど、せめてテレビでくらいは見守ってあげないとバチが当たるかもしれない。

了承の言葉が返ってくると、リモコンを操作してお目当ての番組を探す。今日の試合は割と注目されてるらしく、放送が組まれていたはずだ。

適当にチャンネルを変えていくと、緑の芝生でドリブルをしようとする選手がアップで映ってきた。まだ幼く見える表情の彼は、対面のシンヤに勝負を仕掛けていく。

ボールが動いていく中で、ふと左上のスコアが視界に入ってきた。

「」
810 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/04/10(火) 15:36:26.33 ID:/i77/QVg0
めっちゃ続き気になるやんけ
811 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/04/10(火) 21:15:56.01 ID:zowYDTsA0
最後の「」が気になって晩飯食べ過ぎた
812 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/10(火) 23:15:48.79 ID:VCMq9duaO
>>809 追記


「何で……」

後ろから声が聞こえて振り向くと、驚いた顔でサキがテレビを凝視していた。
813 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/11(水) 17:47:54.71 ID:ChH8QnjUO
前半を終えて2点差。下馬評に比べたら善戦と呼べる内容なんだろうけど、心中はモヤモヤして仕方がない。

一失点目は僕の責任だ。シンヤのところでボールを奪いきれば、あんなに簡単にボールを展開されることもなかった。

そこからの二失点はおまけみたいなものだ。無失点で抑えてるという希望で踏ん張っていたのに、その根拠がなくなれば崩壊してしまう。

つまり、三失点は全て僕の責任と言っても過言ではない。

「やられちまったなー……見事に」

ロッカールームに向かう中で、ヒロさんに声をかけられた。今までの試合、前半だけでこんなに疲労困憊しているところは見たことがない。

「僕のところですよね、すみません」

シンヤを抑えるから、なんて言ってたのが恥ずかしくなるくらい、コテンパンにしてやられたんだけど。

それでも、このまま引くことはできない。

「後半、抑えます」

そこまで言うと、ヒロさんは嬉しそうに笑った。

「お前、やっぱ変わったね」
814 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/11(水) 17:53:32.85 ID:ChH8QnjUO
キョトンとした顔のカズに問いかけた。

「お前さ、日本代表になれると思ってる?」

「いえ」

即答だった。まあそりゃそう答えるだろうね。アマチュアの県リーグにいる選手がそこから日本代表になるなんて、現実的な話ではない。

それでもだ。それでも、俺はこいつに期待をしている。

「それじゃ、日本一になれると思う?」

「それも……ないですね」

何をもっての日本一かはともかく、今の俺たちで例えるなら天皇杯優勝がそれだろう。

でも、それもこいつは信じていない。

「この試合に勝てるとは?」

「……思わない、けど、勝ちたいです。ううん、勝つと思ってます。まだ終わってないのに、諦めたくない」

少しずつ、期待した通りの言葉が出てきた。

「後半、シンヤを抑えられるか?」
815 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/04/11(水) 18:27:57.27 ID:1GCnOP5d0
がんばれ!
816 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/04/11(水) 20:32:19.96 ID:01XaCKRA0
いいねぇ
817 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/12(木) 12:52:14.67 ID:m1wzcV08O
言葉はなく、コイツはただ頷いた。

それで良い。

気づいてるのかな、マリッズは日本一のチームで、シンヤは日本を代表する選手なんだぜ?

それを抑える、勝つってことは、さっきお前が自分で否定した可能性を肯定することなんだ。

分かってねぇんだろうな、そういうこと。

目の前のことでいっぱいで、先のことなんか不安だらけで。

大会前にこいつに「シンヤとマッチアップしたらどうする?」って尋ねるとどんな反応したんだろうな。少なくとも今のような反応ではないはずだ。

少しずつ、目の前の壁を破っていった結果が今のカズだ。俺たちだ。

「そういうところだよ」

変わったっていうのは、そういうところだ。

この半年で成長したよ。お前も、たぶん俺も。
818 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/13(金) 00:27:09.05 ID:QGrowy/8O
「後半、仕掛けるぞ」

「はいっ!」

問い掛けが終わると、ヒロさんは僕の背中をバシバシ叩いた。

結局、何が変わったのかはよく分からないけれど、きっと悪い変化ではないんだと思う。

その疑問以上に、今はとにかくこの試合に勝ちたいという気持ちと、悔しさが半々で入り混ざっている。

シンヤに多少やられるのは想定していても、こんなに圧倒的に差を見せつけられるとは思ってなかったから。

ロッカールームにたどり着くと、吸水しながらヒロさんが再び話しかけて来た。

「お前、あの失点が自分のせいとか思ってないよな?」

「いや、あれはどう考えても僕の……」
819 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/04/15(日) 23:17:59.47 ID:oViqOsHGO
「バカ、倒れたままだった俺の立場ないだろ。むしろ俺のせいだっつーの」

軽く頭を小突かれた。そう言われてしまっては、言い返すことはできない。

ベンチに腰掛けてスパイクの紐を締め直しながら、頭の中で気持ちの整理をする。

うまくいったのは言うまでもなく得点シーンだ。あのプレーが連続してできるなら、まだまだ戦える。

「1点目のシーン、良かったよな」

全く同じことを、ヒロさんも思っていたらしい。頷いて返すと、ヒロさんは嬉しそうに笑った。
820 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/04/19(木) 00:40:27.19 ID:gaBnD69A0
おつ
821 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/05/11(金) 07:15:04.86 ID:Wo9Kj/01O
ほしゅ
822 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/05/13(日) 11:48:48.18 ID:8knqrVTbO
「ああいうプレーがまたできたらさ、まだ点は取れると思うんだ。まだ諦めるには早すぎるよな」

言い足して、ヒロさんは立ち上がった。

「後半、カズをもっと押し上げさせるんで! 1点目みたいなシチュエーションを作っていきましょう!」

大声で話し、チームメイトを見回した。

それまで「マリッズやっぱすげぇわ」「レベルが違いすぎ」と愚痴のような、負けるのが決まっているような話をしていたチームメイトも、ヒロさんの言葉に耳を傾けている。

「二点差ならまだ後半詰められます! コイツがシンヤを後半は0に抑えるって豪語してるんで、点を取れさえすればまだチャンスはありますから!」

確認するかのようにヒロさんは僕に視線を向けた。士気を高めるためなのか、僕をいじって場の雰囲気を軽くしたいのか分からないけど、僕がやるべきことはそれだけだ。

立ち上がって、ヒロさんに負けない声で言った。

「後半、シンヤ抑えるんで! 削りますよ?! 勝ちにいきましょう!」

応、と大きな声がロッカールームに鳴り響いた。力強く、希望の音を含んでいた。
823 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/05/13(日) 11:55:43.40 ID:8knqrVTbO
後半が始まると、マリッジの勢いはやや落ち着いていた。前半を二点リードで終えたことにより、勝ちパターンの試合になったと思っているのだろう。

ボールをポゼッションして、無理な攻撃は仕掛けてこない。格上のサッカーだ。

後半、うちはフォーメーションを少し弄った。右サイドバックだった僕は、アンカー気味のフリーマン。要するに、守備時はシンヤにマンツーマンで密着し、攻撃時は上がれるだけ上がってこいって話。

基本的に攻められることが多い中、僕はシンヤへのパスコースをとにかく絶って、一瞬でもマイボールになると今度は一生懸命離れてボールを受けようとする。

後半、10分が近づいたところで、シンヤに話しかけられた。
824 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/05/13(日) 23:56:54.09 ID:PI4JUpgA0
熱いねぇ
825 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/05/14(月) 01:31:10.68 ID:qxCilCKAO
「やるじゃん、結構」

あくまで上から目線なその言葉には、自分が日本のトップであることを自負している誇りを感じた。嫌味でも挑発でもなく、純粋にそう思って口にしているのが分かる。

ボールから視線はそらさずに、その声に言葉を返す。

「そいつはどーも。ヒロさんに鍛えられてるんで」

「どっちかっていうと、君がヒロを鍛えてそうだけど」

「まさか」

やり取りの間もボールとシンヤへの意識は外せないから、一向に気が抜けない。何より有効な守備手段は、ボールを持たせないことだ。

ポジションを変えたことによって、この10分だけで前半と同じくらいの疲労を感じている。これがシンヤの重圧でもあり、実力でもある。

「オカモトたちとタメなんだって? 代表歴は?」

「そんな大層な肩書きはないっす。県トレ、それも候補止まりっす」

今この場に立ってることすら不思議な立場だからね、僕。

ヒロさんはもちろん、県トレだったり国体候補だったり、学生時代の肩書きだけなら僕より上に選手はうちのチームにもいくらでもいる。

「よくここまで来たね、それで」

今度も馬鹿にするニュアンスはない、驚きの顔を見せる声色だった。
826 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/05/14(月) 02:51:35.55 ID:qxCilCKAO
「僕たちも自分達で驚いてますわ」

オカモトがボールを持った瞬間に下がって受けに走ったシンヤを追いかける。僕のチェックを確認して、オカモトは横パスで落ち着ける。

「正直、驚いたよ。アマに君クラスの選手がいて」

「いやそんな、全然っす」

イヌイだってヤギサワさんだってアマチュアの選手だし。僕なんて本当に、全然。

「謙遜は良いから」

「いや、マジで」

大したことないですから、と口にしかけて戸惑った。今、日本代表選手を相手にして一生懸命やってる僕を、たとえ謙遜であっても否定はしたくない。

僕を信じてくれる仲間がいる。僕にシンヤを預けてくれた人がいる。

それは信頼であって、僕に対する評価でもある。それを僕だけが否定することは、彼らに対しても失礼だろう。

「こっちに、プロに来ようとは?」

そんなこと、夢にも思ったことはなかった。目の前に相手に勝ちたい気持ちだけでここまで来た。

僕個人がどうじゃなくて、チームが勝つことしか考えていなかった。
827 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/06/13(水) 13:48:02.18 ID:CcuYCM4SO
ほしゅ
828 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/06/13(水) 20:57:38.64 ID:D06A93gA0
できたらsageてくれよ
829 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/06/30(土) 21:03:28.53 ID:xqwMzBSKO
子供の頃は夢見ていたプロになりたいという気持ちは、ここまでにくる過程でなくしてしまっていた。

自分という選手の程度が知れていたから。

夢を語るには実績というものが求められて、それが無いと周りは嘲笑う。現実を見ろ、お前には無理だという言葉で押しつぶされてしまう。

だから僕は躊躇った。もしくは忘れようとしていたのかもしれない。

夢を語る勇気を持てなかったから。

実績も根拠もなく大きな夢を語れるほど、僕は現実を見ていないわけではなかった。

あんなに上手い誰々ですら無理なんだから、僕にはもっと無理だろう。人と比較して自分の立ち位置を確かめて、自分の夢を切り捨てていった。

高校に入る頃には、サッカーで食っていくなんてことは考えもしなくなっていた。

適当に勉強してそこそこの大学に進んで、ちょっといい企業に入れたらいい人生だったな、と。
830 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/06/30(土) 21:04:45.28 ID:xqwMzBSKO
プロの選手になるような人たちは、もっと異世界の住人に見えていた。

同級生のタカギも、オカモトも、マツバラも。

僕が学生の頃から全国区の有名人で、そういうやつらがプロになるものだと信じていたし、事実そうだった。

初めてボールを蹴った時の感動に、試合に出た時の緊張。ゴールの感動に勝利の喜び。

そういうものは、彼らのものでなければ価値が無いと思っていた。彼らが試合に勝てば多くの人が喜ぶ。一方で、自分の勝利は自分にとっての感動だけで、それを誰かに分け与えられるような存在ではないと。

それが、この大会を通じて少しずつ変わって来たのかもしれない。

サポーターができた。本気の選手と本気のマッチアップをした。もっと勝ちたいという火が燃えた。

この衝動を抑えるなんて無理だ。20も超えた大人になって、何を語ってるんだと言われるかもしれない。それでも、それを見ぬふりをすることこそが、一番恥ずかしいことだと本能が告げている。
「あんたたちに……」
 
いざ言葉にするのは勇気が必要で。目の前に立つシンヤに対して、そんなことを僕が言って良いのか。

終わって恥ずかしい思いをするのは、きっと僕なんだけど。それでもこの衝動に抗うことはできない。ー

「マリッズに勝ってから考えます」
831 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/06/30(土) 21:06:18.85 ID:xqwMzBSKO
相手のサイドハーフがオカモトに返そうとしたボールを、ヒロさんがインターセプト。それを感じ取るや否や、シンヤから一気に離れるように、全力でダッシュしてサポートに入る。
「出せっ!」

前線に一枚だけ残しておいたフォワードが裏に抜ける動きを見せてボールを要求するも、相手のディフェンダーは高いラインでオフサイドをかけられるように少し高く設定する。

速攻を諦めたヒロさんは、すぐ隣までフォローに入った僕に一旦ボールを渡す。

トラップをするまでに、前線の状況をもう一度確認。フォワードはオフサイドポジションからポジショニングを取りなおそうとしている。僕には正面からオカモトがチェックをかけていて、ヒロさんの方には後ろからシンヤが向かっている。

押し込まれる展開が長く続いただけに、後ろからの押し上げにはあまり期待ができない。
 
トラップしてもう一度前線の状況を確認すると、キーパーのポジションがやや前目になっていることに気が付いた。

マリッズの高いディフェンスラインをフォローするために、彼は裏に抜けたボールを処理する必要がある。そのため、必然的にゴールから離れた位置に立つことが多くなる。
832 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/06/30(土) 21:08:10.04 ID:xqwMzBSKO
これはギャンブル。

外せばせっかくのマイボールを簡単にロストしたとディフェンダーからは不満が出るだろうし、そうなれば決定打となる4失点目が入る可能性がある。

確信はない。入る方がミラクルで、むしろ落胆の瞬間を迎える方が現実的だ。

それでも、この閃きに従わなければならないということは気がついていた。

さっきのシンヤの言葉に熱くなっていたのかもしれない。いつもの僕ならできない選択だった。これを愚行と呼ぶか成長と呼ぶかも、人によるだろうし結果によるだろう。

それでも僕にとっては、これは成長だ。今までに無い選択肢を手にして、それを選んだ。

オカモトがもう一歩近づいてくる前に、右足を振りぬいた。

ボールを蹴った感覚が右足の甲に残って、それは初めてインステップキックに成功した時の感動に似ていた。

こういう気持ちを味わいたくて、僕はボールを蹴り始めた。サッカーを選んだ。

ボールは曲がる気配も落ちる気配もなく、まっすぐゴールに向かっていった。

「キーパー!」
 
シンヤの叫ぶ声が聞こえた。同じ方向から、ヒロさんが驚いた目で僕を見ていた。

ボールは最高到達点を超えて、少しずつ落ちながらゴールに向かって進んでいく。その速度はキーパーがダッシュするよりもまだ速い。

今も確信はない。それでも、信じたい。奇跡は自分でも起こせるものだと。
833 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/07/01(日) 06:19:04.83 ID:IC2+pdwk0
いけええ!
834 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/07/03(火) 03:33:50.41 ID:ly1I6te80
おつ
835 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/07/07(土) 23:21:52.09 ID:Zxq8PZpOO
「ねぇ、パパ。何でマリッズじゃなくてこっちの席なの?」

ハーフタイムに入ってすぐ、後ろの席に座る子どもがそう話しているのが聞こえてきた。

声の主は声変わりもまだしてなさそうな年頃の小学生だった。マリッズの試合を見に行こうと連れてこられたのか、マリッズサイドではなくて私と同じゴール裏にいることが不満らしい。

「まぁ、子どもからしたらそうだよなぁ」

今日も隣で解説をしてくれているヤギサワさんは、苦笑いをしながら呟いた。一番階段側の席にヤギサワさんが座り、並んで奥さん、そして私。

カズヤたちのチームが快進撃を進めているのは、一部サッカーファンには話題になっているみたいなんだけど、やっぱり子どもからすると日本代表選手のいるマリッズの方がより気になるのは仕方ない。

スタンドの観客も前回の試合に比べたら多いけど、やっぱりマリッズのそれとは比べ物にならない。

「やっぱシンヤはすげぇよ。相手が悪かったな」

「ジャイアントキリングもここまでかな」

そんな人たちが思い思いの感想を言いながら階段を上っていく。これが現実なんだろう。サッカーに詳しくない私でも、マリッズとの力の差があることは分かる試合展開だった。

「ったく、何やってんだカズのやつ」

不意にカズヤの名前が聞こえてきて、視線を階段の方に向ける。カズヤの知り合いかな、と思ったけれど、何だかその顔を見たことがあるような、無いような。

「あれ、タカギくん?」
836 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/07/07(土) 23:22:28.37 ID:Zxq8PZpOO
ヤギサワさんが呼び止めて、階段の彼が足を止めた。

ああ、そうだ、思い出した。カズヤの前の試合相手のタカギさんだ。試合の後に仲良くなって、連絡先も交換したと写真を見せて貰ったことがある。「あんな凄いやつに認められるなんて、普通ありえない」って謙遜してたっけ。

「えっと……すみません、どなたでしたっけ」

首を傾げながら彼がヤギサワさんに問いかける。「ああ、ごめん。俺たちは――」と、簡単に自己紹介をして、「今日は一人?」と返す。

「ああ、はい」

「よかったら、一緒に見ようよ」

「まぁ……いいっすけど」

そう言うと、彼は階段から入ってきて、タカギさんの分も含めてドリンクを買いにいった奥さんの席に座った。

「タカギっす」

ぺこっと頭を下げられたので、私も簡単に自己紹介をして挨拶をする。

「カズヤから話聞きました。色々とお世話に……」

「奥さんみたいだね」

と、ヤギサワさんが奥から茶化してきた。
837 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/07/07(土) 23:23:27.37 ID:Zxq8PZpOO
「え、何、カズの彼女? ですか?」

「えーっと……はい」

彼女かどうかを聞かれることなんて、ここしばらく無い経験だったからちょっと答えるのも恥ずかしい。

少し顔が赤くなってるのにも、体温が上がるのにも自分で気がつく。

「何だあいつこんな美人と付き合ってんの、ずるっ」

それを聞いてタカギさんは笑った。ちょうど奥さんも戻ってきたタイミングで、買ってきてくれた缶コーヒーを受け取るときに「褒められたからって、浮気しちゃだめよ」なんて。

しないってば、もう。

そこからしばらく私を弄っていると、選手がピッチに出てきた。まだそこにはカズヤがいるのが見える。

「後半、どう見る?」

その様子を見て、ヤギサワさんがタカギさんに声をかけた。

詳しいことは聞いても分からないけれど、彼らの解説付きで試合を見られる私はきっとかなりの幸運なんだと思う。

「やっぱりシンヤ抑えないとどうしようもないっすね。それを誰がするかだけど……」

「一人しかいないよね」

そう言って、二人とも合わせたように私の顔を見てきた。タカギさんに席を取られて、私の奥に座った彼女には「旦那次第、ってことね」と呟かれた。

……もうっ!
838 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/07/07(土) 23:24:06.52 ID:Zxq8PZpOO
後半が始まってすぐに、カズヤのポジションが前半とは違っていることに気が付いた。

シンヤの近くをずっとうろうろして、ボールを持たないように邪魔をしている。守備をしていることは前半と変わらないけれど、仕事内容はかなり変わったように思える。

「やっぱりシンヤのマーカーはカズくんだね」

「ヒロさんつけたら攻め手が無くなりますしね、あいつしかいないでしょ。でも、それはそれでヒロさんのパスを誰が受けるんだって話だけど」

前半程の速い攻めをマリッズもしなくなっているのは、リードしている余裕からなのかな。カズヤが頑張っているからか、シンヤにボールが行くことも中々無い。たまにボールを触っても、前半みたいに凄い勢いで攻めるパスを出したりはしない。

「効いてるねぇ、カズくん」

「でも、攻めなきゃ勝てないっすよ。どこかのタイミングでスイッチ入れないと……」

言葉が早いかプレーが早いか、オオタさんが相手のボールを奪った。それに連動するかのように、カズヤは凄い勢いでシンヤから離れていく。当然、シンヤはそれを追いかけるんだけど、カズヤの切り替えが早すぎて少し追いつけそうにない。

ヒロさんが奪ったボールをそのカズヤに預けると、正面から他の選手が近づいてくる。

「同世代対決じゃん」

「俺に勝ったんだから、オカモトくらい抜いてもらわないと」

タカギさんのその言葉は現実のものとはならなかった。カズヤは近づいてくる選手が邪魔をするよりも早く、右足を振りぬいた。

前にいた選手はそのパスを追いかけるそぶりもなく、果たして誰に出したボールなのかは分からなかった。
839 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/07/07(土) 23:24:39.33 ID:Zxq8PZpOO
ピッチの真ん中より手前から蹴られたボールは、虹のような軌道でゴールに向かって進んでいく。

「まさか?」

「打ったのか?!」

驚いた声を二人が上げた。誰も予想していなかったその軌跡は、私が願うところに向かって伸びていく。まるでゴールに向かって線で結ばれているんじゃないかと思うくらい、一直線にそれは走る。

キーパーの頭を越した。そして、ネットが揺れる音が聞こえるんじゃないかというくらいの静寂と、刹那の後に湧いた歓声。

「やりやがった!」

「おい……おいおいおい!」

男性二人が立ち上がって叫ぶ。奥さんは私に抱き着いて、「すごい、すごいすごい!」と繰り返す。

この感情を感動と評していいのか、私には分からない。それくらい、大きな衝動が胸に残った。

火照っているのは暑いからだとか、興奮だとか、そういう次元ではないと思う。

他の観客も立ち上がって「やべぇ」「あいつ、何者?」と声をあげている。マリッズのサポーター席に行きたがっていた子供も「すごいね!」と父親に話している。

ピッチに立つ当の本人は、中途半端に転がって帰っているボールを拾いあげて走って戻っている。歓声でここまで聞こえないけど、「まだいけるぞ!」とでも叫んでいるのだろう。手を叩きながらチームを鼓舞するような動きをしている。

マリッズを相手に、勝つことを諦めないからこそそういう姿勢が出るんだろう。
840 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/07/07(土) 23:25:07.96 ID:Zxq8PZpOO
やっと私が絞り出せた言葉は「頑張れ」だけだった。

まだここが、彼の望む場所ではないから。健闘することじゃなくて、勝つことを望んでいるのだから、応援する私がこれで満足していいはずがない。

そしてそれだけじゃなくて、まだ言いようのない何か、今はまだ分からない感情が心に引っかかっている。

何か分からないことがもどかしくて、でも確かにそれは私の中で燃えている。ただの嬉しさとか感動とかじゃなくて、何か。

試合再開の笛が響いてハッとして、私は再び試合に集中する。そうだ、今はとにかく、カズヤたちに勝ってほしい。私が見たことのない景色を見せてほしい。

「展開変わったな」

タカギさんの独り言の通り、再び試合はお互いが攻め合う形になってきた。変わったのは、防戦一方ではなくなってきたこと。

「カズくんのロングシュートで、相手キーパーがディフェンスラインの後ろをケアしづらくなったからね。その分ラインが下がって、プレッシャーも弱くなってるのさ」

ヤギサワさんも少し興奮しているのか、普段はもうちょっと私でもわかるように噛み砕いて説明してくれるんだけど、今回はちょっと難しく表現した。
841 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/07/09(月) 19:50:51.34 ID:DIcUjpQ2o
わくわく
842 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/07/11(水) 21:26:01.97 ID:PH6qFR+iO
いいねぇ
843 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/07/29(日) 01:34:09.15 ID:n6E7GEg2O
まだぁ?
844 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/08/08(水) 21:06:41.02 ID:Bkmor+ExO
845 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/08/20(月) 10:06:21.64 ID:6L0ZA4Epo
しゅ
846 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/08/21(火) 23:19:37.77 ID:FvMgdMK50
忙しいのか?
847 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/08/23(木) 17:12:55.65 ID:NWc7D7FSO
仕事とプライベートがバタバタしてました。
今晩から再びぼちぼち更新します。
848 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/08/24(金) 00:47:42.86 ID:/rlzIsWFO
試合展開と同様に、カズヤとシンヤの戦いも熱を帯びて来たように見える。日本代表を相手に、互角に戦っている。

「何かさぁ……何なんだろうな」

タカギさんがいじらしそうに、言葉にしづらそうに口を開いた。

「すげぇし、カズに頑張って欲しい、けど」

逆説から繋がった言葉は、私の胸にスッと入った。

「悔しいわ」
849 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/08/24(金) 00:52:45.48 ID:/rlzIsWFO
悔しい。

その感情を、もしかしたらずっと私は持っていたのかもしれない。

彼は最初は持たざる者だった。少なくとも、私と出会った当時は。

それは見えない才能とかセンスとかいう抽象的なものではなくて、他人からの評価であったり能力であったり、だ。

彼は懸命に努力をしていた。前に進んでいた。その姿勢に強く惹かれた。

彼が今、こうやってその努力の結果を見せているのは、そこまで歩みを止めなかったからだ。花開くまで諦めなかったからだ。

言葉で言うのは簡単でも、それを実行できる人は少ない。
850 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/08/24(金) 00:59:31.10 ID:gsXcV2or0
待ってた
851 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/08/24(金) 20:49:15.80 ID:F8H+VMRZO
諦めないという誰にでも出来るはずの行為を、実際に選択することは難しい。

それを続けることに、夢を追うことに理由は無いけれど、諦めることには理由があるから。

一つでも理由が見つかれば、それを免罪符にすることができる。そして、その方が確実に楽だから。

夢が見つからない、というのも一つの理由。敵わない相手がいる、というのも同じく。

「あいつ、すげぇよ」

タカギさんは言った。何も知らない人から見れば、プロがアマチュア選手に何をと思うかもしれない。

「うん、凄いね」

ヤギサワさんもそれに同意した。10近くも年上の彼が何を、と思う人もいるだろう。

たまたまシンヤ相手に良いプレーをしているからとか、ナイスゲームだからとか、そんな理由じゃない。

私たちが彼に抱く敬意には、そんなありふれたものじゃない。
852 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/08/25(土) 22:17:47.54 ID:ovLG7DKB0
例えば海外サッカーの動画を見た時。或いは今日、シンヤが魅せるプレー。

そういう感動とは別種のものが、私の、私たちの胸を打つ。

「頑張れ!」

もうすでに、十分頑張っている彼には酷な言葉かもしれない。それでも、そう言葉にせずにはいられない。

チャントというらしい、サッカー用の応援歌をカズヤたちは持っていない。それでも、私たちと同じ気持ちでこの試合を見ている人がいることは分かる。

「オオタ! 行け!」

「6番潰せ!」

思い思いの言葉で、彼らは背中を押そうとしている。今までにカズヤ達を見たことが無い人もだ。

それが誇らしくて、やっぱり悔しくもある。一生懸命に生きる彼が眩しすぎて、私がそれを放棄してしまっていたことが恥ずかしくて。

でもだからこそ、彼は私の希望でもある。

誰にでもできるそれを止めなければ、あんな風になれるとも知っているから。光輝けるから。

ピッチ上の希望に向かって、大きな声をもう一度エールを送る。

「カズヤ、いけーっ!」

そしてそれは、いつかの私にも届くように。
853 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/08/25(土) 22:29:06.21 ID:ovLG7DKB0
今までも頼もしい後輩だと思っていたけど、今日のこいつは段違いだ。

シンヤとマッチアップする年下の男に、俺は嫉妬や敬意を覚えるほどの頼もしさを感じ取っていた。

こいつはマジで、後半は完封するな。

そんな予感がする。予感というには、あまりに確証が強いけれど。

二点目のシーンは圧巻だった。今までのサッカー人生でも一番、鳥肌が立った瞬間だった。

この天皇杯を通じて、カズは大きく成長してきた。その中でも、段違いなステップアップだったのは間違いない。

少なくとも、あのゴール以降はカズがシンヤを抑えるというよりは、逆のパターンになる方が多い。

負けてられない。あいつばかりに良いところを見せられるわけにはいかない。

基本的には守備のポジションのあいつがこれだけスコアを動かしていて、オフェンシブな俺がオカモトに抑えられたままで良いはずがない。

「出せ!」

カズの持っているボールを要求する。プレスをかけに来たシンヤをいなして、カズは俺の足元に正確なパスを送った。
854 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/08/26(日) 19:49:44.85 ID:WWzOmL8ZO
ボールをトラップした瞬間、後ろからオカモトの圧を感じる。さすが世代別代表のキャプテンを務めるだけはある。後半になってもその迫力に衰えはない。

前を向こうにもそれはできず、カズにリターンで返したボールは、シンヤが伸ばした足に触れてタッチラインを割った。

そのままシンヤは下がってきて、オカモトに耳打ちをしたかと思えば俺に近づいてきた。

「ヒロが、あいつがエースだって言った意味が分かったよ」

「だろ」

どや顔で返してやったけど、そこには隠し切れない悔しさもあった。

確かに、カズがうちのチームで最重要だと自分で理解もしているし、それを言った。しかし、対戦相手にそれを認められるのはやはり悔しい。

マーカーが変わったのも、よりディフェンシブなオカモトの方が、カズを潰せると判断したからだろう。まだ一点リードしているマリッズは、このリードを守れって勝てると踏んでいる。

「負けられないな」

カズには。

頼りになる後輩だけど、まだ背中を見せられるわけにはいかない。先輩には先輩なりの意地があって、口では認めたふりをしても、やっぱりまだ負けたくはない。

「悪いけど、勝つのはうちだ」

マリッズには負けられない、と思われたのか、シンヤにそう返されてしまった。そうじゃない。そうじゃないんだ。

ニコっと笑って返してやった。お前を抜いて、過去の自分も、今のカズも、超越してやる。
855 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/08/26(日) 19:55:31.83 ID:WWzOmL8ZO
後半30分を過ぎた。カズのゴールで乗った勢いも、少しずつ落ち着いてきている。もう5分も経てば、マリッズは完全に時間稼ぎに入ってくるだろう。今も、マイボールになれば落ち着いた雰囲気でパスを回している。

一方でうちはと言えば、カズがオカモトに抑えられつつある。さすがに、同世代で守備が本職の選手を相手にプレーするのは、今のカズでもまだ厳しい。ボールを失うまではせずとも、仕掛けることもできていない。

なかなかうまくいかない。このままだと、負けてしまうかもしれない。

なのに俺は今、サッカーを楽しんでいる。最高だ。負けそうだからとかじゃない、この試合をもっと続けたい。

ボールを受けたシンヤを潰しにかかる。

パスを貰った俺を削りにくる。

ドリブルでしかける。

タックルされる。

一進一退だ。勝ててはないけど、負けてもいない。

味方ディフェンダーが相手のクロスを跳ね返し、そのこぼれ球をカズが拾う。

「出せ!」

それを足元に要求して、シンヤからのプレスを受ける前に前を向いてトラップする。
856 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/08/26(日) 19:56:18.28 ID:WWzOmL8ZO
前線にはフォワードが一枚張っているだけで、相手の守備陣はブロックを形成して守る準備ができている。

ここでパスを出しても、簡単につぶされてしまう。せめて、俺がシンヤを抜いて相手のディフェンダーを吊りださないと、枚数で負ける。

仕掛けよう。

この試合、カズに任せっきりだった。あれだけ臆病なサッカー選手だったカズが、今や格上のマリッズを相手に堂々とプレーしている。勝負をしている。

俺が逃げるわけにはいかない。そして目の前に立つのは、日本代表だ。俺たちの、日本でサッカーをしている奴らなら誰もが憧れる存在だ。

そいつに勝負を仕掛けられるなんて幸せは、これから先の人生であと何回あるかも分からない。

行くぞと決意して相手選手、シンヤを見据える。シンヤもボールに集中しつつ、一瞬、目が合った気がした。いや、確信だ。目が合った。そして口元が緩んだ。

懐かしいな。俺たちはいつも、こうやって勝負をしていた。練習をしていた。

天皇杯本戦、俺たちからすると大一番だというのに、それを忘れてしまう懐かしさだ。俺の目の前にはシンヤしかいない。

景色が変わった。緑の芝生の上、ここはスタジアムではなくて練習場だ。抜いた抜かれた、今のフェイントはどうやった、そんな話をしていた場所が俺の目に映る。

さぁ、今からお前を抜いてやる。
857 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/08/27(月) 21:27:55.01 ID:eABjrK250
おつ
858 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/08/29(水) 14:30:14.77 ID:6ZcIyHti0
引き込まれるな
859 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/09/01(土) 17:03:20.39 ID:5COR0pO9O
ボールを突いて、シンヤが飛び込んで来たくなりそうな位置に置いた。ここで奪いに来たら、一気にスピードで抜くつもりだ。

しかし、やはりそんなに簡単には吊られずに、構えて俺が本当に仕掛けるのを待っている。

ボールを再び拾い、今度はシンヤにフェイントを仕掛ける。背番号11が似合う、キングと呼ばれる名選手が得意とする跨ぎフェイント、シザーズ。

あの頃、俺はこの技でシンヤを抜いてきた。自信のある技だ。

右足でボールを跨ぎ、左足アウトサイドで進もうとした方向にシンヤの体が動いた。バレてたか。

昔は読まれてても抜けてたのに、やはり日本代表になるほど成長をすると話は違うらしい。

「ヒロさん!」

叫んだカズがボールを欲しがるジェスチャーを見せている。後ろを走るオカモトのプレッシャーはあるけれど、あいつに預けなおすのも手か?

視線をそちらに向けた、その時だった。

シンヤの目線と集中が、明らかにカズに向けられた。
860 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/09/01(土) 17:03:51.92 ID:5COR0pO9O
今しか無い。

俺の右を走るカズが追い越そうとした瞬間、シンヤの左側にボールを進めた。

カズの方に向けて重心をかけていたシンヤはそれにはついてくることが出来ず、俺はシンヤを振り切った。

後ろから伸びてきた手を右手で叩く。このチャンスは逃せない。

シンヤを抜き去って、残るは奥に構えるディフェンダーだけだ。

センターバックの一人が徐々に近づいてくる。こいつを躱せば一気にチャンスになる。

861 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/09/02(日) 22:15:41.31 ID:L5t04flR0
おつ
862 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/09/03(月) 01:21:16.04 ID:luOFMpsx0
ヒロさん覚醒か?
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