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風俗嬢と僕

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821 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/05/11(金) 07:15:04.86 ID:Wo9Kj/01O
ほしゅ
822 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/05/13(日) 11:48:48.18 ID:8knqrVTbO
「ああいうプレーがまたできたらさ、まだ点は取れると思うんだ。まだ諦めるには早すぎるよな」

言い足して、ヒロさんは立ち上がった。

「後半、カズをもっと押し上げさせるんで! 1点目みたいなシチュエーションを作っていきましょう!」

大声で話し、チームメイトを見回した。

それまで「マリッズやっぱすげぇわ」「レベルが違いすぎ」と愚痴のような、負けるのが決まっているような話をしていたチームメイトも、ヒロさんの言葉に耳を傾けている。

「二点差ならまだ後半詰められます! コイツがシンヤを後半は0に抑えるって豪語してるんで、点を取れさえすればまだチャンスはありますから!」

確認するかのようにヒロさんは僕に視線を向けた。士気を高めるためなのか、僕をいじって場の雰囲気を軽くしたいのか分からないけど、僕がやるべきことはそれだけだ。

立ち上がって、ヒロさんに負けない声で言った。

「後半、シンヤ抑えるんで! 削りますよ?! 勝ちにいきましょう!」

応、と大きな声がロッカールームに鳴り響いた。力強く、希望の音を含んでいた。
823 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/05/13(日) 11:55:43.40 ID:8knqrVTbO
後半が始まると、マリッジの勢いはやや落ち着いていた。前半を二点リードで終えたことにより、勝ちパターンの試合になったと思っているのだろう。

ボールをポゼッションして、無理な攻撃は仕掛けてこない。格上のサッカーだ。

後半、うちはフォーメーションを少し弄った。右サイドバックだった僕は、アンカー気味のフリーマン。要するに、守備時はシンヤにマンツーマンで密着し、攻撃時は上がれるだけ上がってこいって話。

基本的に攻められることが多い中、僕はシンヤへのパスコースをとにかく絶って、一瞬でもマイボールになると今度は一生懸命離れてボールを受けようとする。

後半、10分が近づいたところで、シンヤに話しかけられた。
824 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/05/13(日) 23:56:54.09 ID:PI4JUpgA0
熱いねぇ
825 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/05/14(月) 01:31:10.68 ID:qxCilCKAO
「やるじゃん、結構」

あくまで上から目線なその言葉には、自分が日本のトップであることを自負している誇りを感じた。嫌味でも挑発でもなく、純粋にそう思って口にしているのが分かる。

ボールから視線はそらさずに、その声に言葉を返す。

「そいつはどーも。ヒロさんに鍛えられてるんで」

「どっちかっていうと、君がヒロを鍛えてそうだけど」

「まさか」

やり取りの間もボールとシンヤへの意識は外せないから、一向に気が抜けない。何より有効な守備手段は、ボールを持たせないことだ。

ポジションを変えたことによって、この10分だけで前半と同じくらいの疲労を感じている。これがシンヤの重圧でもあり、実力でもある。

「オカモトたちとタメなんだって? 代表歴は?」

「そんな大層な肩書きはないっす。県トレ、それも候補止まりっす」

今この場に立ってることすら不思議な立場だからね、僕。

ヒロさんはもちろん、県トレだったり国体候補だったり、学生時代の肩書きだけなら僕より上に選手はうちのチームにもいくらでもいる。

「よくここまで来たね、それで」

今度も馬鹿にするニュアンスはない、驚きの顔を見せる声色だった。
826 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/05/14(月) 02:51:35.55 ID:qxCilCKAO
「僕たちも自分達で驚いてますわ」

オカモトがボールを持った瞬間に下がって受けに走ったシンヤを追いかける。僕のチェックを確認して、オカモトは横パスで落ち着ける。

「正直、驚いたよ。アマに君クラスの選手がいて」

「いやそんな、全然っす」

イヌイだってヤギサワさんだってアマチュアの選手だし。僕なんて本当に、全然。

「謙遜は良いから」

「いや、マジで」

大したことないですから、と口にしかけて戸惑った。今、日本代表選手を相手にして一生懸命やってる僕を、たとえ謙遜であっても否定はしたくない。

僕を信じてくれる仲間がいる。僕にシンヤを預けてくれた人がいる。

それは信頼であって、僕に対する評価でもある。それを僕だけが否定することは、彼らに対しても失礼だろう。

「こっちに、プロに来ようとは?」

そんなこと、夢にも思ったことはなかった。目の前に相手に勝ちたい気持ちだけでここまで来た。

僕個人がどうじゃなくて、チームが勝つことしか考えていなかった。
827 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/06/13(水) 13:48:02.18 ID:CcuYCM4SO
ほしゅ
828 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/06/13(水) 20:57:38.64 ID:D06A93gA0
できたらsageてくれよ
829 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/06/30(土) 21:03:28.53 ID:xqwMzBSKO
子供の頃は夢見ていたプロになりたいという気持ちは、ここまでにくる過程でなくしてしまっていた。

自分という選手の程度が知れていたから。

夢を語るには実績というものが求められて、それが無いと周りは嘲笑う。現実を見ろ、お前には無理だという言葉で押しつぶされてしまう。

だから僕は躊躇った。もしくは忘れようとしていたのかもしれない。

夢を語る勇気を持てなかったから。

実績も根拠もなく大きな夢を語れるほど、僕は現実を見ていないわけではなかった。

あんなに上手い誰々ですら無理なんだから、僕にはもっと無理だろう。人と比較して自分の立ち位置を確かめて、自分の夢を切り捨てていった。

高校に入る頃には、サッカーで食っていくなんてことは考えもしなくなっていた。

適当に勉強してそこそこの大学に進んで、ちょっといい企業に入れたらいい人生だったな、と。
830 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/06/30(土) 21:04:45.28 ID:xqwMzBSKO
プロの選手になるような人たちは、もっと異世界の住人に見えていた。

同級生のタカギも、オカモトも、マツバラも。

僕が学生の頃から全国区の有名人で、そういうやつらがプロになるものだと信じていたし、事実そうだった。

初めてボールを蹴った時の感動に、試合に出た時の緊張。ゴールの感動に勝利の喜び。

そういうものは、彼らのものでなければ価値が無いと思っていた。彼らが試合に勝てば多くの人が喜ぶ。一方で、自分の勝利は自分にとっての感動だけで、それを誰かに分け与えられるような存在ではないと。

それが、この大会を通じて少しずつ変わって来たのかもしれない。

サポーターができた。本気の選手と本気のマッチアップをした。もっと勝ちたいという火が燃えた。

この衝動を抑えるなんて無理だ。20も超えた大人になって、何を語ってるんだと言われるかもしれない。それでも、それを見ぬふりをすることこそが、一番恥ずかしいことだと本能が告げている。
「あんたたちに……」
 
いざ言葉にするのは勇気が必要で。目の前に立つシンヤに対して、そんなことを僕が言って良いのか。

終わって恥ずかしい思いをするのは、きっと僕なんだけど。それでもこの衝動に抗うことはできない。ー

「マリッズに勝ってから考えます」
831 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/06/30(土) 21:06:18.85 ID:xqwMzBSKO
相手のサイドハーフがオカモトに返そうとしたボールを、ヒロさんがインターセプト。それを感じ取るや否や、シンヤから一気に離れるように、全力でダッシュしてサポートに入る。
「出せっ!」

前線に一枚だけ残しておいたフォワードが裏に抜ける動きを見せてボールを要求するも、相手のディフェンダーは高いラインでオフサイドをかけられるように少し高く設定する。

速攻を諦めたヒロさんは、すぐ隣までフォローに入った僕に一旦ボールを渡す。

トラップをするまでに、前線の状況をもう一度確認。フォワードはオフサイドポジションからポジショニングを取りなおそうとしている。僕には正面からオカモトがチェックをかけていて、ヒロさんの方には後ろからシンヤが向かっている。

押し込まれる展開が長く続いただけに、後ろからの押し上げにはあまり期待ができない。
 
トラップしてもう一度前線の状況を確認すると、キーパーのポジションがやや前目になっていることに気が付いた。

マリッズの高いディフェンスラインをフォローするために、彼は裏に抜けたボールを処理する必要がある。そのため、必然的にゴールから離れた位置に立つことが多くなる。
832 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/06/30(土) 21:08:10.04 ID:xqwMzBSKO
これはギャンブル。

外せばせっかくのマイボールを簡単にロストしたとディフェンダーからは不満が出るだろうし、そうなれば決定打となる4失点目が入る可能性がある。

確信はない。入る方がミラクルで、むしろ落胆の瞬間を迎える方が現実的だ。

それでも、この閃きに従わなければならないということは気がついていた。

さっきのシンヤの言葉に熱くなっていたのかもしれない。いつもの僕ならできない選択だった。これを愚行と呼ぶか成長と呼ぶかも、人によるだろうし結果によるだろう。

それでも僕にとっては、これは成長だ。今までに無い選択肢を手にして、それを選んだ。

オカモトがもう一歩近づいてくる前に、右足を振りぬいた。

ボールを蹴った感覚が右足の甲に残って、それは初めてインステップキックに成功した時の感動に似ていた。

こういう気持ちを味わいたくて、僕はボールを蹴り始めた。サッカーを選んだ。

ボールは曲がる気配も落ちる気配もなく、まっすぐゴールに向かっていった。

「キーパー!」
 
シンヤの叫ぶ声が聞こえた。同じ方向から、ヒロさんが驚いた目で僕を見ていた。

ボールは最高到達点を超えて、少しずつ落ちながらゴールに向かって進んでいく。その速度はキーパーがダッシュするよりもまだ速い。

今も確信はない。それでも、信じたい。奇跡は自分でも起こせるものだと。
833 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/07/01(日) 06:19:04.83 ID:IC2+pdwk0
いけええ!
834 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/07/03(火) 03:33:50.41 ID:ly1I6te80
おつ
835 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/07/07(土) 23:21:52.09 ID:Zxq8PZpOO
「ねぇ、パパ。何でマリッズじゃなくてこっちの席なの?」

ハーフタイムに入ってすぐ、後ろの席に座る子どもがそう話しているのが聞こえてきた。

声の主は声変わりもまだしてなさそうな年頃の小学生だった。マリッズの試合を見に行こうと連れてこられたのか、マリッズサイドではなくて私と同じゴール裏にいることが不満らしい。

「まぁ、子どもからしたらそうだよなぁ」

今日も隣で解説をしてくれているヤギサワさんは、苦笑いをしながら呟いた。一番階段側の席にヤギサワさんが座り、並んで奥さん、そして私。

カズヤたちのチームが快進撃を進めているのは、一部サッカーファンには話題になっているみたいなんだけど、やっぱり子どもからすると日本代表選手のいるマリッズの方がより気になるのは仕方ない。

スタンドの観客も前回の試合に比べたら多いけど、やっぱりマリッズのそれとは比べ物にならない。

「やっぱシンヤはすげぇよ。相手が悪かったな」

「ジャイアントキリングもここまでかな」

そんな人たちが思い思いの感想を言いながら階段を上っていく。これが現実なんだろう。サッカーに詳しくない私でも、マリッズとの力の差があることは分かる試合展開だった。

「ったく、何やってんだカズのやつ」

不意にカズヤの名前が聞こえてきて、視線を階段の方に向ける。カズヤの知り合いかな、と思ったけれど、何だかその顔を見たことがあるような、無いような。

「あれ、タカギくん?」
836 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/07/07(土) 23:22:28.37 ID:Zxq8PZpOO
ヤギサワさんが呼び止めて、階段の彼が足を止めた。

ああ、そうだ、思い出した。カズヤの前の試合相手のタカギさんだ。試合の後に仲良くなって、連絡先も交換したと写真を見せて貰ったことがある。「あんな凄いやつに認められるなんて、普通ありえない」って謙遜してたっけ。

「えっと……すみません、どなたでしたっけ」

首を傾げながら彼がヤギサワさんに問いかける。「ああ、ごめん。俺たちは――」と、簡単に自己紹介をして、「今日は一人?」と返す。

「ああ、はい」

「よかったら、一緒に見ようよ」

「まぁ……いいっすけど」

そう言うと、彼は階段から入ってきて、タカギさんの分も含めてドリンクを買いにいった奥さんの席に座った。

「タカギっす」

ぺこっと頭を下げられたので、私も簡単に自己紹介をして挨拶をする。

「カズヤから話聞きました。色々とお世話に……」

「奥さんみたいだね」

と、ヤギサワさんが奥から茶化してきた。
837 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/07/07(土) 23:23:27.37 ID:Zxq8PZpOO
「え、何、カズの彼女? ですか?」

「えーっと……はい」

彼女かどうかを聞かれることなんて、ここしばらく無い経験だったからちょっと答えるのも恥ずかしい。

少し顔が赤くなってるのにも、体温が上がるのにも自分で気がつく。

「何だあいつこんな美人と付き合ってんの、ずるっ」

それを聞いてタカギさんは笑った。ちょうど奥さんも戻ってきたタイミングで、買ってきてくれた缶コーヒーを受け取るときに「褒められたからって、浮気しちゃだめよ」なんて。

しないってば、もう。

そこからしばらく私を弄っていると、選手がピッチに出てきた。まだそこにはカズヤがいるのが見える。

「後半、どう見る?」

その様子を見て、ヤギサワさんがタカギさんに声をかけた。

詳しいことは聞いても分からないけれど、彼らの解説付きで試合を見られる私はきっとかなりの幸運なんだと思う。

「やっぱりシンヤ抑えないとどうしようもないっすね。それを誰がするかだけど……」

「一人しかいないよね」

そう言って、二人とも合わせたように私の顔を見てきた。タカギさんに席を取られて、私の奥に座った彼女には「旦那次第、ってことね」と呟かれた。

……もうっ!
838 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/07/07(土) 23:24:06.52 ID:Zxq8PZpOO
後半が始まってすぐに、カズヤのポジションが前半とは違っていることに気が付いた。

シンヤの近くをずっとうろうろして、ボールを持たないように邪魔をしている。守備をしていることは前半と変わらないけれど、仕事内容はかなり変わったように思える。

「やっぱりシンヤのマーカーはカズくんだね」

「ヒロさんつけたら攻め手が無くなりますしね、あいつしかいないでしょ。でも、それはそれでヒロさんのパスを誰が受けるんだって話だけど」

前半程の速い攻めをマリッズもしなくなっているのは、リードしている余裕からなのかな。カズヤが頑張っているからか、シンヤにボールが行くことも中々無い。たまにボールを触っても、前半みたいに凄い勢いで攻めるパスを出したりはしない。

「効いてるねぇ、カズくん」

「でも、攻めなきゃ勝てないっすよ。どこかのタイミングでスイッチ入れないと……」

言葉が早いかプレーが早いか、オオタさんが相手のボールを奪った。それに連動するかのように、カズヤは凄い勢いでシンヤから離れていく。当然、シンヤはそれを追いかけるんだけど、カズヤの切り替えが早すぎて少し追いつけそうにない。

ヒロさんが奪ったボールをそのカズヤに預けると、正面から他の選手が近づいてくる。

「同世代対決じゃん」

「俺に勝ったんだから、オカモトくらい抜いてもらわないと」

タカギさんのその言葉は現実のものとはならなかった。カズヤは近づいてくる選手が邪魔をするよりも早く、右足を振りぬいた。

前にいた選手はそのパスを追いかけるそぶりもなく、果たして誰に出したボールなのかは分からなかった。
839 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/07/07(土) 23:24:39.33 ID:Zxq8PZpOO
ピッチの真ん中より手前から蹴られたボールは、虹のような軌道でゴールに向かって進んでいく。

「まさか?」

「打ったのか?!」

驚いた声を二人が上げた。誰も予想していなかったその軌跡は、私が願うところに向かって伸びていく。まるでゴールに向かって線で結ばれているんじゃないかと思うくらい、一直線にそれは走る。

キーパーの頭を越した。そして、ネットが揺れる音が聞こえるんじゃないかというくらいの静寂と、刹那の後に湧いた歓声。

「やりやがった!」

「おい……おいおいおい!」

男性二人が立ち上がって叫ぶ。奥さんは私に抱き着いて、「すごい、すごいすごい!」と繰り返す。

この感情を感動と評していいのか、私には分からない。それくらい、大きな衝動が胸に残った。

火照っているのは暑いからだとか、興奮だとか、そういう次元ではないと思う。

他の観客も立ち上がって「やべぇ」「あいつ、何者?」と声をあげている。マリッズのサポーター席に行きたがっていた子供も「すごいね!」と父親に話している。

ピッチに立つ当の本人は、中途半端に転がって帰っているボールを拾いあげて走って戻っている。歓声でここまで聞こえないけど、「まだいけるぞ!」とでも叫んでいるのだろう。手を叩きながらチームを鼓舞するような動きをしている。

マリッズを相手に、勝つことを諦めないからこそそういう姿勢が出るんだろう。
840 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/07/07(土) 23:25:07.96 ID:Zxq8PZpOO
やっと私が絞り出せた言葉は「頑張れ」だけだった。

まだここが、彼の望む場所ではないから。健闘することじゃなくて、勝つことを望んでいるのだから、応援する私がこれで満足していいはずがない。

そしてそれだけじゃなくて、まだ言いようのない何か、今はまだ分からない感情が心に引っかかっている。

何か分からないことがもどかしくて、でも確かにそれは私の中で燃えている。ただの嬉しさとか感動とかじゃなくて、何か。

試合再開の笛が響いてハッとして、私は再び試合に集中する。そうだ、今はとにかく、カズヤたちに勝ってほしい。私が見たことのない景色を見せてほしい。

「展開変わったな」

タカギさんの独り言の通り、再び試合はお互いが攻め合う形になってきた。変わったのは、防戦一方ではなくなってきたこと。

「カズくんのロングシュートで、相手キーパーがディフェンスラインの後ろをケアしづらくなったからね。その分ラインが下がって、プレッシャーも弱くなってるのさ」

ヤギサワさんも少し興奮しているのか、普段はもうちょっと私でもわかるように噛み砕いて説明してくれるんだけど、今回はちょっと難しく表現した。
841 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/07/09(月) 19:50:51.34 ID:DIcUjpQ2o
わくわく
842 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/07/11(水) 21:26:01.97 ID:PH6qFR+iO
いいねぇ
843 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/07/29(日) 01:34:09.15 ID:n6E7GEg2O
まだぁ?
844 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/08/08(水) 21:06:41.02 ID:Bkmor+ExO
845 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/08/20(月) 10:06:21.64 ID:6L0ZA4Epo
しゅ
846 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/08/21(火) 23:19:37.77 ID:FvMgdMK50
忙しいのか?
847 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/08/23(木) 17:12:55.65 ID:NWc7D7FSO
仕事とプライベートがバタバタしてました。
今晩から再びぼちぼち更新します。
848 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/08/24(金) 00:47:42.86 ID:/rlzIsWFO
試合展開と同様に、カズヤとシンヤの戦いも熱を帯びて来たように見える。日本代表を相手に、互角に戦っている。

「何かさぁ……何なんだろうな」

タカギさんがいじらしそうに、言葉にしづらそうに口を開いた。

「すげぇし、カズに頑張って欲しい、けど」

逆説から繋がった言葉は、私の胸にスッと入った。

「悔しいわ」
849 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/08/24(金) 00:52:45.48 ID:/rlzIsWFO
悔しい。

その感情を、もしかしたらずっと私は持っていたのかもしれない。

彼は最初は持たざる者だった。少なくとも、私と出会った当時は。

それは見えない才能とかセンスとかいう抽象的なものではなくて、他人からの評価であったり能力であったり、だ。

彼は懸命に努力をしていた。前に進んでいた。その姿勢に強く惹かれた。

彼が今、こうやってその努力の結果を見せているのは、そこまで歩みを止めなかったからだ。花開くまで諦めなかったからだ。

言葉で言うのは簡単でも、それを実行できる人は少ない。
850 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/08/24(金) 00:59:31.10 ID:gsXcV2or0
待ってた
851 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/08/24(金) 20:49:15.80 ID:F8H+VMRZO
諦めないという誰にでも出来るはずの行為を、実際に選択することは難しい。

それを続けることに、夢を追うことに理由は無いけれど、諦めることには理由があるから。

一つでも理由が見つかれば、それを免罪符にすることができる。そして、その方が確実に楽だから。

夢が見つからない、というのも一つの理由。敵わない相手がいる、というのも同じく。

「あいつ、すげぇよ」

タカギさんは言った。何も知らない人から見れば、プロがアマチュア選手に何をと思うかもしれない。

「うん、凄いね」

ヤギサワさんもそれに同意した。10近くも年上の彼が何を、と思う人もいるだろう。

たまたまシンヤ相手に良いプレーをしているからとか、ナイスゲームだからとか、そんな理由じゃない。

私たちが彼に抱く敬意には、そんなありふれたものじゃない。
852 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/08/25(土) 22:17:47.54 ID:ovLG7DKB0
例えば海外サッカーの動画を見た時。或いは今日、シンヤが魅せるプレー。

そういう感動とは別種のものが、私の、私たちの胸を打つ。

「頑張れ!」

もうすでに、十分頑張っている彼には酷な言葉かもしれない。それでも、そう言葉にせずにはいられない。

チャントというらしい、サッカー用の応援歌をカズヤたちは持っていない。それでも、私たちと同じ気持ちでこの試合を見ている人がいることは分かる。

「オオタ! 行け!」

「6番潰せ!」

思い思いの言葉で、彼らは背中を押そうとしている。今までにカズヤ達を見たことが無い人もだ。

それが誇らしくて、やっぱり悔しくもある。一生懸命に生きる彼が眩しすぎて、私がそれを放棄してしまっていたことが恥ずかしくて。

でもだからこそ、彼は私の希望でもある。

誰にでもできるそれを止めなければ、あんな風になれるとも知っているから。光輝けるから。

ピッチ上の希望に向かって、大きな声をもう一度エールを送る。

「カズヤ、いけーっ!」

そしてそれは、いつかの私にも届くように。
853 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/08/25(土) 22:29:06.21 ID:ovLG7DKB0
今までも頼もしい後輩だと思っていたけど、今日のこいつは段違いだ。

シンヤとマッチアップする年下の男に、俺は嫉妬や敬意を覚えるほどの頼もしさを感じ取っていた。

こいつはマジで、後半は完封するな。

そんな予感がする。予感というには、あまりに確証が強いけれど。

二点目のシーンは圧巻だった。今までのサッカー人生でも一番、鳥肌が立った瞬間だった。

この天皇杯を通じて、カズは大きく成長してきた。その中でも、段違いなステップアップだったのは間違いない。

少なくとも、あのゴール以降はカズがシンヤを抑えるというよりは、逆のパターンになる方が多い。

負けてられない。あいつばかりに良いところを見せられるわけにはいかない。

基本的には守備のポジションのあいつがこれだけスコアを動かしていて、オフェンシブな俺がオカモトに抑えられたままで良いはずがない。

「出せ!」

カズの持っているボールを要求する。プレスをかけに来たシンヤをいなして、カズは俺の足元に正確なパスを送った。
854 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/08/26(日) 19:49:44.85 ID:WWzOmL8ZO
ボールをトラップした瞬間、後ろからオカモトの圧を感じる。さすが世代別代表のキャプテンを務めるだけはある。後半になってもその迫力に衰えはない。

前を向こうにもそれはできず、カズにリターンで返したボールは、シンヤが伸ばした足に触れてタッチラインを割った。

そのままシンヤは下がってきて、オカモトに耳打ちをしたかと思えば俺に近づいてきた。

「ヒロが、あいつがエースだって言った意味が分かったよ」

「だろ」

どや顔で返してやったけど、そこには隠し切れない悔しさもあった。

確かに、カズがうちのチームで最重要だと自分で理解もしているし、それを言った。しかし、対戦相手にそれを認められるのはやはり悔しい。

マーカーが変わったのも、よりディフェンシブなオカモトの方が、カズを潰せると判断したからだろう。まだ一点リードしているマリッズは、このリードを守れって勝てると踏んでいる。

「負けられないな」

カズには。

頼りになる後輩だけど、まだ背中を見せられるわけにはいかない。先輩には先輩なりの意地があって、口では認めたふりをしても、やっぱりまだ負けたくはない。

「悪いけど、勝つのはうちだ」

マリッズには負けられない、と思われたのか、シンヤにそう返されてしまった。そうじゃない。そうじゃないんだ。

ニコっと笑って返してやった。お前を抜いて、過去の自分も、今のカズも、超越してやる。
855 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/08/26(日) 19:55:31.83 ID:WWzOmL8ZO
後半30分を過ぎた。カズのゴールで乗った勢いも、少しずつ落ち着いてきている。もう5分も経てば、マリッズは完全に時間稼ぎに入ってくるだろう。今も、マイボールになれば落ち着いた雰囲気でパスを回している。

一方でうちはと言えば、カズがオカモトに抑えられつつある。さすがに、同世代で守備が本職の選手を相手にプレーするのは、今のカズでもまだ厳しい。ボールを失うまではせずとも、仕掛けることもできていない。

なかなかうまくいかない。このままだと、負けてしまうかもしれない。

なのに俺は今、サッカーを楽しんでいる。最高だ。負けそうだからとかじゃない、この試合をもっと続けたい。

ボールを受けたシンヤを潰しにかかる。

パスを貰った俺を削りにくる。

ドリブルでしかける。

タックルされる。

一進一退だ。勝ててはないけど、負けてもいない。

味方ディフェンダーが相手のクロスを跳ね返し、そのこぼれ球をカズが拾う。

「出せ!」

それを足元に要求して、シンヤからのプレスを受ける前に前を向いてトラップする。
856 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/08/26(日) 19:56:18.28 ID:WWzOmL8ZO
前線にはフォワードが一枚張っているだけで、相手の守備陣はブロックを形成して守る準備ができている。

ここでパスを出しても、簡単につぶされてしまう。せめて、俺がシンヤを抜いて相手のディフェンダーを吊りださないと、枚数で負ける。

仕掛けよう。

この試合、カズに任せっきりだった。あれだけ臆病なサッカー選手だったカズが、今や格上のマリッズを相手に堂々とプレーしている。勝負をしている。

俺が逃げるわけにはいかない。そして目の前に立つのは、日本代表だ。俺たちの、日本でサッカーをしている奴らなら誰もが憧れる存在だ。

そいつに勝負を仕掛けられるなんて幸せは、これから先の人生であと何回あるかも分からない。

行くぞと決意して相手選手、シンヤを見据える。シンヤもボールに集中しつつ、一瞬、目が合った気がした。いや、確信だ。目が合った。そして口元が緩んだ。

懐かしいな。俺たちはいつも、こうやって勝負をしていた。練習をしていた。

天皇杯本戦、俺たちからすると大一番だというのに、それを忘れてしまう懐かしさだ。俺の目の前にはシンヤしかいない。

景色が変わった。緑の芝生の上、ここはスタジアムではなくて練習場だ。抜いた抜かれた、今のフェイントはどうやった、そんな話をしていた場所が俺の目に映る。

さぁ、今からお前を抜いてやる。
857 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/08/27(月) 21:27:55.01 ID:eABjrK250
おつ
858 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/08/29(水) 14:30:14.77 ID:6ZcIyHti0
引き込まれるな
859 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/09/01(土) 17:03:20.39 ID:5COR0pO9O
ボールを突いて、シンヤが飛び込んで来たくなりそうな位置に置いた。ここで奪いに来たら、一気にスピードで抜くつもりだ。

しかし、やはりそんなに簡単には吊られずに、構えて俺が本当に仕掛けるのを待っている。

ボールを再び拾い、今度はシンヤにフェイントを仕掛ける。背番号11が似合う、キングと呼ばれる名選手が得意とする跨ぎフェイント、シザーズ。

あの頃、俺はこの技でシンヤを抜いてきた。自信のある技だ。

右足でボールを跨ぎ、左足アウトサイドで進もうとした方向にシンヤの体が動いた。バレてたか。

昔は読まれてても抜けてたのに、やはり日本代表になるほど成長をすると話は違うらしい。

「ヒロさん!」

叫んだカズがボールを欲しがるジェスチャーを見せている。後ろを走るオカモトのプレッシャーはあるけれど、あいつに預けなおすのも手か?

視線をそちらに向けた、その時だった。

シンヤの目線と集中が、明らかにカズに向けられた。
860 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/09/01(土) 17:03:51.92 ID:5COR0pO9O
今しか無い。

俺の右を走るカズが追い越そうとした瞬間、シンヤの左側にボールを進めた。

カズの方に向けて重心をかけていたシンヤはそれにはついてくることが出来ず、俺はシンヤを振り切った。

後ろから伸びてきた手を右手で叩く。このチャンスは逃せない。

シンヤを抜き去って、残るは奥に構えるディフェンダーだけだ。

センターバックの一人が徐々に近づいてくる。こいつを躱せば一気にチャンスになる。

861 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/09/02(日) 22:15:41.31 ID:L5t04flR0
おつ
862 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/09/03(月) 01:21:16.04 ID:luOFMpsx0
ヒロさん覚醒か?
863 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/10/15(月) 22:15:25.41 ID:hojNdNceO
復活しましたね。
お久しぶりです。

深夜vipに書き直し含めて再掲していましたが、こちらの投稿をしながら、あちらに再掲版(修正版)を落としていこうと思います。

引き続き、よろしくお願いします。
864 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/10/16(火) 03:01:19.76 ID:YFBrj7Sa0
待ってるよ
865 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/10/23(火) 23:53:08.26 ID:fYYr87XwO
じわじわと相手センターバックとの距離が縮まる。シュートコースが徐々に狭くなっていくが、ここから打ってもキーパーに容易にセーブされるだろう。

大きく右足を振りかぶりシュートモーションを入れる。相手ディフェンダーは一気に距離を縮めに来るが、重心はまだ傾いていない。シュートを放たずにフェイクをを入れて、左に流れていくけど相手はそのまま俺に体を当てに来た。

それなら、だ。

右足のヒールでボールを後ろに転がした。お前ならそこにいるだろ?

シンヤを追い越したカズが、そのまま俺のフォローに入って流れてきていた。ペナルティーアークのど真ん中で、カズはボールを足元に収めた。

オカモトも、シンヤも、他のディフェンダーも。誰もがカズの運動量についてこれていない。

技術じゃない、気持ちだ。ボールを拾ってここまでノンストップで走り続けてきた結果がこれだ。誰にでもできるはずのことを、愚直に続けてカズはそこにいる。

悔しいかな、フィニッシュは結局カズ任せなのが。それでも笑いが堪えられない。

「打て!」
866 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/10/24(水) 00:13:59.50 ID:QL9pd4Y5O
ボールを叩く音が聞こえた。

強めに張られたネットに叩き込まれたボールが跳ね返って、俺の方に向かって転がってくる。相手キーパーがうなだれている。

ははは、ハットトリックだ。笑っちゃうね、こいつは。

シュートを決めた当の本人は、転がってきたボールを走って拾いに行く。そして手に持つと、俺の方に駆け寄って来た。

「ヒロさん、ナイスパスです! もう一点いきましょう!」

駆け足にそのままセンターサークルに向かうカズの横を並走しながら、背中を叩く。

「いたっ!」

「バカお前、もっと喜べ、ハットトリックだぞ?」

遠慮がちに近寄って来たチームメイトがカズとハイタッチを交わす。たぶん、本当は皆もっと称賛してやりたいんだろうけど、本人がそれ以上に早く試合を再開したがっているからね。

「勝ってからにしますわ」

本当に頼もしい後輩だね、こいつは。
867 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/10/24(水) 09:07:49.83 ID:AjrLZo/a0
おつ
868 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/10/24(水) 12:03:32.19 ID:ePG+/VhRO
乙です。
結局カズが決めたのか
869 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/10/25(木) 09:26:53.37 ID:fEIpQf1Q0
おつ
870 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/11/18(日) 14:59:39.34 ID:rPltUVOIo
ほしゅ
871 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/11/25(日) 22:37:01.56 ID:o/KkaCXNO
三点目を決めた。ハットトリックを成し遂げたのは、公式戦では初めてだ。

今ままでのサッカー人生で一番の舞台で、一番のプレーをできている。その喜びを爆発させるよりも、僕は勝利が欲しい。

スタジアムの雰囲気が変わったのがはっきりとわかる。うちのチームがボールを持った時の歓声が大きくなる。

一方で、試合は徐々にうちの不利な展開になっていた。元々のフィジカル差に、攻め込まれれる展開。守備陣は限界が近づいている。

前半は今のようにフリーマンではなくサイドバックに専念していたから、その辛さは分かっている。このままいくとジリ貧だ。延長になると、間違いなくうちが負ける。

それが分かっているからこそ、マリッズも追いつかれても無理には攻めてこない。普通、追いつかれると焦って攻撃に出たくなる場面でもそうならないあたりが、さすがの試合巧者と相手を誉めたくなってしまう。

ボールが近づく気配が無くても、オカモトが僕から離れる気配はない。膠着状態を打破したくて動き出しても、中々離れてくれない。
872 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/11/26(月) 23:12:36.81 ID:8wAzECfZO
時計の針が進んでいく。残り時間、ロスタイムを入れても十分はないだろう。

ヒロさんはボールを受けてもシンヤのせいで思うようにプレーができない。ディフェンダーがいちかばちかで蹴ったボールも、フィジカルに勝る相手ディフェンダーが簡単に跳ね返してポゼッションされる。

ここまで気持ちだけでやってきた。技術では勝てないし、フィジカルでも勝てないから、走って走って、ボロボロになりながら同点に追いついた。

それでも、相手は落ち着いている。格下の、アマチュアの僕たちに追いつかれても、勝ち方を知っている。

シンヤがボールを受けて、ヒロさんがプレッシャーをかける。落ち着いた様子で、そのボールをサイドバックに預けられた。

延長に入ると勝ちがないと分かっていても、時間つぶしのそのボールにプレスをかけることもままならない。時間をうまく使われている。

サイドバックからオカモトに入ったボールに、今度は僕が寄せていく。

ガツンと体を当てられて、弾き飛ばされそうになる。上半身がぐらつきながらもどうにか踏ん張って、今度はこちらから当たりにいこうとすると、それより一足先にパスを出された。

急には止まれない勢いでタックルに入っていた僕は、そのままオカモトにアフター気味にタックルに入る。先ほど弾き飛ばしてきたのと同じ相手だとは思えないほど簡単に倒れた。

笛が鳴ってプレーが止まる。オカモトは痛くもないのに寝転がって、ゆっくりと芝に手をついた。
873 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/11/27(火) 23:55:48.99 ID:/nkivfJcO
僕が差し伸べた手をオカモトはしっかりつかみ、体重をかけながら立ち上がった。パンツに付着した芝を叩きながら、「悪いな、うちも負けられないもんで」と笑った。

主審が近づいてきて、オカモトに二、三声をかける。右手をあげて、大丈夫とアピールをする。そのまま今度は僕に向かって、「アフターには気を付けて」と注意を促してきた。

時間が無い焦りをぐっとこらえて、了承の意を込めて僕も手をあげる。

笛が鳴っても、そのボールはゴール前に放り込まれることは無い。ショートパスで、しっかりとポゼッションしてくる。

オカモトは僕から離れる気配はないし、かといって他の選手も相変わらずそれを奪いにいくことはできない。

残り時間はない。ジリ貧だ。このまま真綿で首を絞めるように殺されていくしか道が無いのか。

ここまで来て、同点に追いついて、それでも負けてしまえば一緒だ。ボールを蹴るのは楽しい。楽しいけど、だからといって健闘すれば負けても良いと思えるほど甘い気持ちでサッカーをしているわけでもない。
874 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/11/28(水) 00:05:20.93 ID:GsJnY6+6O
残り時間の確認で、スタジアムの時計を見上げた。

そして見えた。あの麦わら帽子が。

聞こえた。「がんばれ」という声が。

その瞬間、僕の足は動き出していた。ボールを持つディフェンダーに向かって、ダッシュでプレッシャーをかけにいく。

どうやって剥がそうとしても剥がれなかったオカモトは、僕の突然のその行動についていっていいのか判断をしかねているようだ。少しずつ、オカモトの気配を感じなくなる。

僕の追いかけた先のディフェンダーが慌てて出したパスは、精度を欠いて中途半端なところに零れた。

ヒロさんがそれを拾いに行って、慌てて近くにいたセンターバックがクリアをする。タッチラインを割って、久しぶりにうちのボールになった。

歓声があがる。うちの背中を押してくれる声だ。両手を振り上げて、声をあげた。

「もう一点だ、勝つぞ!」
875 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/11/28(水) 20:06:27.33 ID:eM5BVXzi0
頑張れ
続きずっとたのしみにしてる。
876 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/11/30(金) 00:35:56.41 ID:9m10q2eB0
おつ
877 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/01(土) 23:18:52.66 ID:CgK93TteO
画面に映し出されていたのは、2-3という数字だった。

得点を増やしているのはカズヤ、ヒロくん。私が見限った男たち。そして追いつかれたのは、シンヤ。お姉ちゃんが選んだ男だ。

前半で実力差を見せつけられたはずなのに、諦めないで走るカズヤがカメラに抜かれた。ボールを持ってシンヤに仕掛けると歓声があがっているのが、テレビ越しでもはっきりと分かる。私がそこにいた時と、明らかに雰囲気が変わっていた。

「どうしたの?」

私が漏らした言葉に、お姉ちゃんが問いかける。

何で、カズヤたちは諦めずに走り続けられるんだろう。

何で、叶わないような相手でも追いかけることができるんだろう。

何で、私はこんなことをしているんだろう。ここにいるんだろう。
878 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/01(土) 23:23:34.15 ID:CgK93TteO
一生懸命に生きたかった。

それがどういう生き方を意味するかは、人それぞれなんだろうけれど。

ただ、私がそうはなれていないことを、この試合が、カズヤがヒロくんが、言外に語り掛けてくる。

スコア上で負けていても、彼らはちっとも負けていない。ビハインドで時間も少なく、格上相手に諦めてしまいそうな状況でも、彼らは走り続けている。一生懸命さが、液晶越しでも強く伝わってくる。

大人になればなるほど、懸命に生きるということができなくなってきた。

失敗する怖さを知っているから、手抜きすることの落さを覚えたから、或いは勇気が持てないから。

だからお姉ちゃんに嫉妬した。お姉ちゃんみたいになれないとあきらめて、彼氏に、パートナーにそれを求めた。

女優になりたいわけでもモデルになりたいわけでもない。胸を張って、自慢のお姉ちゃんの隣に立ちたかった。所詮お姉ちゃんの劣化版だと思われたくなかった。

それがどうして、こうなってしまったんだろう。
879 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/01(土) 23:26:25.29 ID:CgK93TteO
「大丈夫?」

返事をできない私を心配して、お姉ちゃんが隣に立った。

テレビの中ではボールを持ったヒロくんの横を、そして彼に対面するシンヤの横を、カズヤが追い抜いた。もう残り時間は僅か、疲れているはずのカズヤは、そんなことを微塵も感じさせないくらい軽やかに走っている。

そして、それに乗じたヒロくんがシンヤの逆を取った。

「あっ」

きっとマリッズを、シンヤを応援しているであろうお姉ちゃんは、そのシーンを目にして声をあげた。

ボールはそのままゴール前に運ばれていく。特別なことは何もなかったように見える。ただ走って追い抜いただけ、そんなカズヤに気を取られて、逆をつかれてしまっただけ。
880 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/01(土) 23:30:23.72 ID:CgK93TteO
誰にでもできることだ。走り続けてきただけ。

ただそれだけで、彼らは日本を代表する選手を抜いた。ネットを揺らした。ゴールを決めて見せた。

アップで抜かれた二人を見て、強く思う。私が本当にしたかった生き方は、きっとそれだ。

真っすぐに生きたかった。お姉ちゃんに嫉妬したくもなかった。頑張り続けていられる私でありたかった。テレビに映る彼らのように、自分が好きなものに懸命でありたかった。

子どもの頃に抱いた夢は、大好きな服をデザインすることだった。でも、作る道に進むより、着るだけの生き方が楽だった。だから私は諦めた。

いつもそうだった。同じことを繰り返してきた。選択肢が出てくるたびに、楽な道を選ぶことが増えてきて、そして今の私が出来上がった。

好きなことに対しても、好きな人に対しても、一生懸命になれない自分がここにいる。

「なれるかな」

声にした時に、涙があふれた。

「あんな風に、なれるかな」
881 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/01(土) 23:33:53.16 ID:CgK93TteO
言葉を足せば足すほどに、涙が止まらない。そして、それを誤魔化したくて言葉はもっと増えていく。

「私、お姉ちゃんのことが嫌いだった」

「好きな人たちが、みんなお姉ちゃんのことを好きになっちゃうから」

「お姉ちゃんの引き立て役にしか、私はなれないと思ってた」

本人には言えなかった言葉がすらすら出てきてしまう。一番汚くて、一番見せたくなくて、でも一番の本音が音の形になっていく。

お姉ちゃんは私の横で、何も言わずに黙って聞いてくれている。それに甘えて、私がは言葉を続ける。

「だから私は嫉妬だと自覚したうえで、それでもお姉ちゃんが嫌いだった」

「お姉ちゃんみたいになれないなら、せめて彼氏くらい、オトコくらい、お姉ちゃんより良い人を捕まえてやるって思ってた」

「でもそれ以上に、私は自分のことが嫌いだった」
882 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/02(日) 18:14:17.50 ID:IMXoVQkPO
私は自分のことが嫌いだった。それに偽りはない。そのはずだけど。

「嫌いなつもりだった」

付け足したのは、本当はそうじゃないと気づいたから。

「お姉ちゃんのせいじゃないって分かってるっていうフリをしたかっただけ」

「自分でも分かってるけどそうしちゃう、理解してほしいっていうポーズだった」

「本当に嫌いなら、嫉妬なんてせずに変わろうとするともんね」

それも言い訳だった。

自分のことを嫌いなふりをして、許されようとしているだけだ。全部そう、ポーズでしかない、形でしかない。

「今試合してるの、私の元カレたちなの」

急に話題が変わったからか、それとも中身にか、お姉ちゃんは驚いたように「そうなんだ……」と呟いた。
883 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/12/02(日) 18:20:06.09 ID:IMXoVQkPO
「さっきの点を決めた子、良い大学の子なのわ、パス出した人は元プロ。少しでもいいオトコを捕まえてやるって、付き合ったり別れたり」

「酷いことするのね」

お姉ちゃんは笑った。

「怒らないの?」

「怒らないわよ、私はあなたのお姉ちゃんよ?」

何だろう、その理論は。涙を垂らしながら、少しだけほっとした。

お姉ちゃんは私の背中に手を添えた。

「それで? 今日は彼らの応援に?」

「ううん、また他のオトコに誘われて。まさかあの二人がそんなところで試合をするとは思ってなかったから」
884 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/12/02(日) 18:27:23.54 ID:IMXoVQkPO
だけど彼らはそこにいた。

「私が嫉妬したお姉ちゃんのオトコと同じ舞台で、みんな頑張ってる」

「ただ、前半を見ると『シンヤには敵わないんだ』って思ったの。素人目で見ても、あの人が出てから一方的だった」

「才能のある人には、特別な人には敵わないんだっていうのが見せつけられている気がして、見ていられなかった」

自分とお姉ちゃんを見ているようで。

「でも、違った」

「諦めないから、同点になってる」

「走り続けたから、特別な人たちにも負けずにこうなってる」

だから。

「私も変わりたい。……変わりたい。頑張りたい。人生を浪費したくない、諦めて過ごしたくない」
885 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/12/03(月) 10:55:52.85 ID:rVxe7A+K0
良い話になってきた!
886 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/04(火) 00:06:21.40 ID:LCLtO8VmO
妹の告白に耳を傾けていた。

ショックがないわけじゃない。むしろ、驚きすぎて言葉が出なかったというのが正しいのかもしれない。

妹の重荷になっていたんだろうか。サキが私に心を開いてくれなかったのは、私を嫌いだったからなのか、って。

ただ、妹の自慢の姉でありたかった。それだけだった。それだけで走って来た私は、空回りをしていたんだろうか。

背中に添えた手からは、妹が震えているのを微かに感じる。嗚咽は零さないけれど、涙は止まっていない。

「私はお姉ちゃんの隣に立ちたかった。お姉ちゃんに見劣りしない妹でありたかった」

「お姉ちゃんが可愛いからでも女優だからでもない。私が誇れる私は、お姉ちゃんの隣にいても恥ずかしくない私だと思っているから」

その一言に、今度は私の胸が震えた。疼いた。

私がなりたかったのも、サキに誇られる姉だったから。
887 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/04(火) 00:12:40.71 ID:LCLtO8VmO
「私は」

口を開いた。漏れてしまった言葉じゃない、自分の意思でのものだ。

「私は、サキに誇られる姉でいたかった」

「名女優になりたいわけでも、スーパーモデルになりたいわけでもなかった」

もしかしたら他人はその感覚を理解してくれないかもしれない。それでも、その願いが私の本心なの。

誰よりも先サキに認められたかった。他のファンが誰もいなくなっても構わない。

「あなたに『自慢のお姉ちゃん』って言われかった」

「……私に?」

「そう、サキは私の一人の妹だもの。妹の誇りの妹になりたい、っておかしいかしら?」
888 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/12/04(火) 22:35:42.77 ID:kFCGfc0bO
彼女は首を横に振った。

背中に添えた手を離し、私はサキに向き合ったわ、

「私達、昔はよく似てるって言われてたよね」

「私達、似てるよ」

「私もサキも、根本は一緒だもの。ただ、お互いに恥じない自分でありたかっただけ」

ただ、そこからの選択肢が違っただけ。

私がシスコンと呼ばれる程に妹を諦められなかったのとは違って、彼女は私を拒絶した。諦めてしまった。

「サキは、間違えちゃってたよね」

本人が自覚していることを、重ねて他の誰かに指摘されることは、分かっていても辛く感じるものだ。

でもこれは、姉としての私の仕事なんだと思う。

サキに認められたくて、そして拒絶されて、でもまだやり直せるのなら。

「間違えちゃったら、どうしないといけないんだっけ?」
889 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/05(水) 13:45:57.17 ID:eoB4KIfCO
誰にでも分かることだ。ただそれを、大人になると認めることは難しい。変な自尊心だとか、失敗を認めたくないだとか、子どもの頃に無かった感情が邪魔をする。

でもサキが求めている生き方は、きっとその言葉を必要としている。

一生懸命に生きるためには、まず自分と向き合わなければならない。自分という存在を認めて、そこから始まるものだから。

「ごめん、なさい……」

ぽつり、と彼女が口にした。頬を流れていた涙が、今度はぽつぽつと落ちるほど大粒のものになっていく。

「ごめんなさい」

「ごめんなさいごめんなさい」

大きな声をあげながら、サキはわんわん泣き始めた。先生に怒られた悪ガキみたいに、純粋な涙を流していた。

「私、色んな人に酷いことをした」

「カズヤにも、ヒロくんにも、今日も酷いこと」

「ごめんなさい、ごめんなさい」

それを認めることができるのであれば、きっとサキは立ち直れる。今からでも、まだ前に進むことができる。
890 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/05(水) 13:47:10.39 ID:eoB4KIfCO
「うん、それなら、私じゃなくて本人に言いに行かなきゃね」

サキは頷いて、私もそれに微笑んだ。

「サキなら、出来ると思う」

真っすぐな生き方を。懸命に前に進むことを。

その選択肢を本気で選びたいから、だからここで告白したんだと信じているから。

言わずに済むことだった。私を認めず、自分の非を認めない生き方を続けることだってできたはずだ。それなのに今、ここでその気持ちを聞けたのは、今から一生懸命に生きるという決意表明なんだろう。

「本当に?」

「だって、私の妹だよ?」

どんな演技よりも、一番綺麗な笑顔が顔に出ている自覚がある。本心だから。

「……説得力がすごいね」

今度はサキも、泣きながら微笑んだ。少しずつ涙が落ち着いてきて、笑顔を見せる余裕ができたらしい。

涙が止まって、嗚咽も落ち着いて、そして今度は、私に問いかけた。

「何でお姉ちゃんは、私をそんなに信じてくれるの?」

それは、もちろん。

「だって私は、サキのお姉ちゃんだもん」
891 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2018/12/05(水) 13:48:16.98 ID:eoB4KIfCO
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892 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/05(水) 13:49:31.63 ID:eoB4KIfCO
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893 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/12/05(水) 14:45:13.77 ID:nLMoMpkQo
サキも腐った人間じゃ無かったんやな…
894 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/05(水) 14:48:24.69 ID:eoB4KIfCO
ぼくのパパは大人のチームでサッカーをやっている。そんなパパの姿を見て、ぼくもサッカー少年団に入った。

4年生のぼくでも試合にスタメンで出られるくらいだから、上の学年にもあまり上手い人はいない。負ける試合が多くてもたまには勝って、勝利の嬉しさを覚えてきたところだった。

そんな折、夏休みに開かれた大会で、僕たちはぼろ負けしてしまった。

相手チームには、ナショナルトレセンっていう、大きな選抜チームみたいなのに選ばれている6年生がいた。その人は、うちのチームの先輩が三人でボールを奪いに行ってもすいすい抜いてゴールを決めた。

悔しさと同じくらい、すごい人だなと思った。きっとぼくはあの人みたいにはなれない。

へたくそなくせに、と思われるだろうから言えないけど、ぼくはプロサッカー選手になりたかった。今の日本代表、スガシンヤみたいになって、いつか同じピッチで試合をするのが僕の夢だ。

そんな僕の夢が、叶わないかもしれないと思ったのはそれが初めてだった。

落ち込んでいる僕に、パパが言った。

「サッカーの試合、見に行かないか?」

そう言って連れてこられたのは、シンヤのいるマリッズの試合だった。初めて、生でシンヤがサッカーをするところを見られる。

会場のお祭りみたいな雰囲気も、初めてプロの試合を見に来たということも、全てが僕をドキドキさせてくれた。
895 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/12/05(水) 18:04:59.42 ID:/dMxJsuKO
まとめに入ってるのかと思いきや
896 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/12/06(木) 23:34:38.20 ID:IdWGgL430
おつ
897 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/07(金) 00:50:43.50 ID:shvzS9vsO
>>894
表記ブレブレですが『ぼく』でお願いいします。。
898 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/07(金) 01:01:08.79 ID:shvzS9vsO
ただ一つ残念だったのは、マリッズの応援席じゃないことだった。どうせ見るなら、そっちが良かったのに。

よくわからないチームの応援をしている人がちらほらいるくらいで、マリッズのゴール裏とは人数が違った。

「ねえ、パパ。この相手チームって一部?」

ゴール裏のどの席に座るか悩みながら聞くと、パパは首を横に振った。

「プロのチームじゃないんだよ。お父さんと同じ、社会人リーグのチームなんだ」

お父さんと同じ? ってことは、お父さんもシンヤたちと試合をすることがあるんだろうか。

あまり仕組みが分かってないままに首を傾げていると「お父さんたちは、このチームに負けたんだ」と言った。

そうなんだ。よくわからないけど、とりあえず相手が弱いチームなんだなってことは分かった。プロリーグでも一位のマリッズに、プロですらないチームが敵うはずがない。

席に座ると、ちょうどスタメンの発表が始まった。シンヤはスタメンじゃなかった。

「えー、シンヤ、スタメンじゃないんだ」

「はは、まぁ、シンヤがいなくても勝てるって思われてるんだろうなぁ」

そううまくいかないと思うけど、と言い足したパパの気持ちが、この時は分かっていなかった。
899 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/07(金) 17:33:04.51 ID:IIypsb+eO
試合が始まると、思った以上に相手チームは良い試合をしていた。

ぼこぼこにしてマリッズが勝つと思っていたのに、先制したのは相手チームだった。それも、たまたま入ったゴールって感じじゃなかった。

ぼくの隣でパパが「すげぇな!」と興奮している。パパはどうやら相手チームを応援して見ているらしい。

確かに、ゴールを決めた選手と10番の選手はちょっと上手かった。少なくとも、マリッズの選手と比べても明らかに下手くそって感じではない。

そんな感想を伝えると、「そうそう、その二人をよく見てな」と言われた。10番の選手は元々はプロだったとも、その時に教えられた。

「じゃあ、パパは元プロとも試合をしてたの?」

「うん、そうだな。ただ、パパたちは敵わずに負けちゃったけど」

そう言った後に、言い足した。

「実際に戦ったからこそ、お前にも見てほしかったんだ」

真剣な顔で、パパはそう言った。
900 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/07(金) 17:36:16.40 ID:IIypsb+eO
一点取られて焦ったのか、その後すぐにシンヤが出てきた。

会場中から大きな声援が湧く。ぼくも大きな声で「シンヤだ!」と声をあげた。

遠くから見ても、一人だけオーラが違うように見える。ピッチの上にいる人たち、特にマリッズの選手から見えてたそれよりも、一回りも二回りも大きい。

輝いて見えた。華やか過ぎるステージの上で、特に華やかな位置にシンヤは立っていた。

そしてその輝きは、ボールを持つとさらに強くなった。

負けている状況から出場したシンヤは、まるで魔法使いみたいにマリッズを生き返らせた。相手チームの選手がいないみたいに見えた。

この間の試合でナショナルトレセンの選手がぼくたち相手に見せたように、圧倒的な力だった。

あっという間に三点を取って、マリッズは逆転して見せた。前半が終わる頃には、周りにいた人たちからも「シンヤはやっぱ上手いなぁ」とか「頑張ってたんだけどなぁ」って、マリッズが勝ちそうだなという声が聞こえてきた。

当然だと思う。マリッズに勝つなんて、プロでも難しいことを、プロですらないチームがやってしまうことは無理だ。

それなら、何でパパはマリッズのサポーター席で試合を見せてくれなかったんだろう。

いくら相手チームと試合をしたことがあるからといって、10番やゴールを決めた選手を見せたいだけなら、マリッズの応援席に入れてほしかった。
901 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/07(金) 17:36:43.87 ID:IIypsb+eO
そんな気持ちを隠せなくて、パパに声を出して尋ねた。

「何でマリッズじゃなくてこっちの席なの?」

どうせなら、大きな声でシンヤを応援したかった。輝いてる人、憧れの人の背中を押したかった。

確かに、相手チームも頑張ってはいるように見える。見えるけど、それだけだ。シンヤみたいなオーラもなければ、特別上手い選手がいるわけじゃない。

ぼくの純粋な疑問に、パパは言った。

「うーん。お前はやっぱりマリッズの方がかっこよく見えるよな?」

その質問に、ぼくは黙って頷いた。

「相手チームはどう思う?」

「頑張ってる」

頑張ってる。……うん、頑張ってはいる。

「そっか。うん、それなら、後半も見ていてほしいんだ」

パパはそれ以上、答えてくれなかった。はっきりとした答えが無いのなら、やっぱりマリッズの席に入れてくれればよかったのに。

あっちの方が入場料が高いのかな、とか、パパはマリッズを好きじゃないのかな、とか考えていたら、後半が始まった。
902 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/07(金) 19:33:05.17 ID:IIypsb+eO
3-1のまま試合は進んでいく。前半で勝ち越したからか、マリッズの攻撃も少し落ち着いたように思える。

とはいえ、相手チームも攻め手がなさそうだ。パパが注目している二人は、シンヤとオカモトに押さえられている。

そう、マリッズはシンヤだけじゃない、オカモトにマツバラ、サイトウと他にも有名な選手がいっぱいいる。そんな人たちと比べても圧倒的な存在感のあるシンヤは、やっぱり凄い。

ぼーっとそんなことを考えている時だった。

ハーフウェーラインのあたりで、ボールが蹴られた。ドン、と音が響いた。

ロングパスかなと思ってボールを眺めても、その先には誰もいない。大きくゴールに向かって飛んで行った。

キックミスかな。

そう思ってボールの行方を目で追いかけていると、少しずつ周りの人たちがざわめきはじめた。ボールはゴールに向かっている。……ボールがゴールに向かっていく!

パスでもミスでもない、シュートだと気がついた時に、ボールはゴールの中におさまっていた。

パパが立ちあがって「マジか!」と叫んだ。他の人たちも騒ぎ出している、

903 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/12/10(月) 11:09:42.67 ID:8Nima0HP0
こういう視点もあるのか
904 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/12/15(土) 23:30:29.34 ID:yGahT9oOO
すごいシュートだった。漫画とか、日本代表の試合とかでたまに見るような距離からのシュート。それも、ゴールに入ることは滅多にない。

そしてそれを見せてくれたのは、マリッズじゃなかった。シンヤでもなかった。

ぼくの胸がぶるっと震えたのが、自分で分かった。

ぞくぞくして、そわそわして、陽の強さだけじゃない熱さを感じた。

「すごい」

「すごいね!」
905 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/01/03(木) 01:29:01.63 ID:XnUcUixtO
言葉にすると、その熱さはもっと強くなった。

シンヤみたいな選手ではなくても、シンヤと互角にやり合っている。

その姿が、ぼくを強く勇気づけてくれた。

「な、凄いだろう、あいつ」

パパは嬉しそうに言った。ゴールを決めたことよりも、ぼくの「すごい」という言葉に喜んでいそうだった。

「ああいう風になってほしいんだ」

そう言って、パパは視線をピッチに戻した。

ああいう風に、なれるだろうか。

シンヤみたいになれ、と言われたら、今までの僕だったら喜んで頷いていただろう。ただ、この間の試合で自信を無くしてから、その気持ちは弱くなってしまっていた。

でも、あの選手みたいになら、なれるかな。分からない。
906 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/01/03(木) 01:38:28.33 ID:XnUcUixtO
会場の雰囲気が、どんどん変わっていく。マリッズを倒せ、という空気ができあがっていく。

その空気に押されてか、知らず知らずのうちにぼくもその気になってしまう。

もしかしたら、もしかしたら。

マリッズを倒してしまうかもしれない。

それを成し遂げるのはぼくじゃないのに、なのに、どうしてか興奮してしまう自分がいる。

ぼくのことじゃないんだ。ぼくがマリッズに勝つわけじゃない。シンヤになれるわけでも、シンヤを抜くわけでもない。

なのに、期待してしまう。自分のことのように、わくわくしてしまう。

「行け―!」

10番の選手がシンヤにドリブルを仕掛けた時に、大きな声を出して叫んだ。

そして、その僕の期待通りの光景が僕の目の前に広がった。

シンヤを抜いた。そしてゴールが決まった。同点に追いついた。
907 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/01/03(木) 01:41:45.07 ID:XnUcUixtO
スタジアム中が、正確にはマリッズのサポーター以外が、大きな声をあげた。

今までに聞いたことが無い、感じたことがない、見たこともない光景だ。

ぼくの中の熱は確かに火を灯した。それは憧れとか、夢だとか、シンヤに対して持っていたのとは違う気持ちの熱だ。

「なれるかな」

呟くと、パパがぼくを向いて言った。

「なれるさ」

誰に、とか、何に、じゃなく。でもそれは、たぶんこの場にいる人なら皆分かってくれるとおもう。

「あんな風に、なれるかな」

諦めない人に、ぼくはなりたい。

シンヤが相手でも。点差が離れても。プロが相手でも。どんな状況でも諦めない人に、ぼくはなりたい。
908 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/01/03(木) 01:50:15.92 ID:XnUcUixtO
同点に追いつかれても冷静にパスを繋ぐマリッズに、周りの人たちはイライラしてるみたいだ。

「それでもプロかよ!」

「ベスメンでアマ相手だろ!」

と、少し怖い声色で野次を飛ばしている人もいる。でも、その気持ちもわかってしまう。

正々堂々戦ってほしい。いや、マリッズも卑怯なことをしているわけじゃないことを分かったうえで、でもやっぱりこんな試合にならないでほしいと思う。

シンヤなら、ぼくが憧れたシンヤなら、きっともっとスマートにやってくれるはずだ。それなのに、目の前で見える光景はそうではなかった。

一方で、相手チームの選手はもう動きにキレがない。きっと延長になると、体力切れで負けるだろうということが見え見えだった。

だからこそ、マリッズはこうやって時間を潰しているんだろう。より確実に勝つために。

それがプロとして正しい作戦だとはわかるけど、それで納得できないぼくはやっぱり子どもなんだろうか。

頑張れ、と声にした。でも、応援をしても届かないことだってある。

時計を見ると、残り時間は少なくなっている。やっぱり、いい勝負はできても勝つことはできないんだろうか。

そんな諦め半分の気持ちでいると、少し前の席にいるお姉さんが大きな声をあげた。

「カズヤーっ! がんばれ! がんばって!」

大きな声だった。細身で華奢なお姉さんからは想像できないくらい、大きな声だった。近くの席にいた人たちも、少し戸惑ったような顔で見ていた。
909 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/01/03(木) 22:15:15.91 ID:XnUcUixtO
お姉さんが叫んだ瞬間、ピッチの選手がポップコーンみたいに弾けた。そんな風に見えるほど、キレのある動きをした。

「ナイスプレス、カズ!」

「カズくん、もうちょっと!」

お姉さんと並んで座ってた男の人たちも、大きな声で叫んでいた。他の人たちも「いけ!」「ここで決めろ!」と大きな声をあげている。

カズって呼ばれてる選手は、その希望を背負って走っている。言葉がカズに集まって、そしてその思いがあの選手に集まっている。光っているようにすら見えてくる。

オーラじゃない。シンヤが持っているそれではない。

ただ、応援してしまう何か、彼に期待してしまう何かがあることが、ぼくにも分かる。

だから彼に向かってここからエールを送る。

「がんばれ!」

お姉ちゃんに負けないくらい、大きな声で叫んだ。

頑張れ!
910 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/01/03(木) 22:26:42.64 ID:XnUcUixtO
羽が生えた気分になっている。

スタジアムの雰囲気に、マリッズと戦える試合展開に、一番力になる応援に。

足は疲れて動けないはずなのに、一方でいくらでもこの試合を続けていたい気持ちになる。

とはいえ、チームメイトにそれを求めることはできない。自由にプレーさせてもらっている僕と比べて、やっぱりディフェンダーの負担は大きい。

だから僕が試合を決める。他ではない、僕が決める。俺がやるんだ!

「くれ!」

スローインで得たマイボールを要求する。残り時間は少ない。ラストプレーか、あと1プレーか。

ボールを受けたヒロさんが僕にボールを預けた。さぁ、勝負だ。

対面したオカモトにドリブルで仕掛けていくが、クロスステップで冷静に対応される。シンヤが挟みに来ていることを理解して、一旦ヒロさんに預け返す。

シンヤのマークから外れたヒロさんがボールを運ぼうにも、他の選手がプレッシャーをかけにきてうまく事は運ばない。
911 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/01/03(木) 22:42:00.11 ID:XnUcUixtO
このまま時間をかけて攻めても、きっとうまくはいかないだろう。

そもそもの試合巧者はマリッズなんだ。サッカーがうまいのもマリッズ。

相手の土俵で勝負をしようというのが間違っている。

僕たちがここまで来れたのは気持ちでしかなかった。僕たちより上手い相手はいくらでもいた。

負けたくない気持ちだけで、走り続ける覚悟だけで、シンヤたちと戦えるところまで来た。
912 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/01/11(金) 23:36:42.21 ID:jEtH+LBfo
乙乙 熱い展開だ
913 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/01/25(金) 16:30:32.42 ID:7KGkS9eoo
まだかな
914 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/01/26(土) 09:56:19.46 ID:ArhAMNquO
待ってます
915 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2019/01/30(水) 11:11:06.87 ID:hTpGHlPKO
今日投稿予定です。
916 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/01/30(水) 13:08:53.26 ID:hTpGHlPKO
ボールを持ったヒロさんがシンヤに仕掛けていく。

それに対して、シンヤは無理にボールは奪おうとはしない。ここで奪いきらなくても、後ろでどうにでもできると思っているのかもしれない。

ゆっくりボールを運べてはいるけれど、このまま時間を潰されたら、下手したらこのプレー中に後半が終わってしまうかもしれない。

技術で勝負する場面ではない。

「来い!」

ヒロさんの方に近づいて、足元を示しながらボールを求めた。イメージはとにかく強いパス。

その期待通りのボールが来た。

追いかけてチェックに入ったオカモトをいなすように、右足アウトで触れたボールはブリッジを描きながらオカモトの背中を通る。気持ちは闘牛士だ。

さぁ、ここからが鬼門。


すぐに切り返して背中を追って来たオカモトを振り切るように、ボールを大きく運ぶ。

ランウィズザボールと呼ばれるそれは、もう引退したブラジルの名手が得意としていたプレーだ。中高生時代、彼に憧れて練習をしていた甲斐があった。

どうにかオカモトに追いつかれないくらいのスピードで運んでいると、相手最終ラインが近づいてくる。
917 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/01/30(水) 13:22:11.21 ID:hTpGHlPKO
ハーフウェーライン付近で前にはディフェンダー、後ろにはオカモト。もたもたしていると挟み撃ちに合ってボールを失うことは目に見えている。

しかも、ここでどうにかしないとゲームオーバー。僕たちの挑戦はきっとここで終わる。

いよいよ詰んでるな。

終わりすぎていて、逆に楽しくなってくる。ここを乗り越えられたら、新しい景色を見ることができる。

大きめに転がしたボールに追いついて、フォローに入ったヒロさんにパスを出した。

そして、手で大きく前方に示しながら、あらん限りの力で足を前に運ぶ。

「裏にくれ!」

僕のケアに来たディフェンダーの更に裏、縦パス一本で僕がこいつらより走りきれるか。

単純な勝負だろう? キックアンドラッシュはサッカーの原点だ。

ヒロさんの右足から、芸術的な軌道でボールは前に飛んだ。

緩くバックスピンがかかったそれは、キーパーが飛び出すには躊躇する、しかしディフェンダーが処理するには僕を相手にしないといけない場所に落ちることを確信した。
918 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/01/30(水) 13:26:11.68 ID:hTpGHlPKO
屈強なディフェンダーが僕に体を当ててくる。

吹っ飛びそうな圧を堪えて、どうにか踏ん張って前に進む。競り合いに強い分、スピードがそこまでないタイプの選手なのは分かっている。

だからこそ、ここで倒れなければまだ勝機はある。

腕を相手の前に入れて体を割って入らせようと試みるも、その最中で体を当てられると体勢を崩してしまう。

オカモトが後ろから近づいてくる気配も感じる。今ここで前を取れないと、おそらく挟まれてアウト。

ここが最後のチャンスだと、体制が崩れながらも腕で相手を押さえて、ブレた重心のままディフェンダーの前に体を持ってきた。

すぐに相手が僕に当たってきて、強い圧に負けて僕は倒れこんだ。気持ちだけで体を強くすることはできない。

ファールを取ってもらえるとは思えなかった。自分が無理に体を割り込んだ上に、シチュエーション的にはダイブと受け取られてもおかしくない。

でも、だからこそ。

ファールが欲しい場面だからこそ、僕がそうしたのだと相手が油断したのかもしれない。

会場の雰囲気は僕たちを応援している。審判がそれに飲まれてファールを取ると思ったのかもしれない。

相手は両手をあげてノーファールだとアピールをして、歩調を緩める。オカモトもそれを確認するかの様にペースを落とし、審判に目をやった。

僕は立ちあがって、転がるボールを追いかけた。

審判の笛は、鳴らなかった。
919 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/01/30(水) 13:28:36.15 ID:hTpGHlPKO
笛が鳴るまでプレーを止めるな。

小学生でも、監督から口酸っぱく教え込まれることだ。それでも、いざという局面でそれをすることは存外難しい。

転がっていたボールは僕の足元に落ち着いた。

目の前にはキーパーと、そしてゴールしかない。

キーパーが飛び出してきた。少しでもシュートコースを狭めようと体を広げて近づいて来た瞬間、右足インサイドでボールを流し込んだ。

ボールはキーパーの股を抜く。遮るものは何もない。

後ろからヒロさんの叫び声が聞こえる。ゴールの奥にあるバックスタンドから、愛しい声が聞こえる。

ボールはゴールの内側におさまった。笛が三回鳴った。

そして僕たちは伝説を作った。
920 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/01/30(水) 17:14:54.90 ID:wA1ucuqlo
ふぉー!!!
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