とある後日の幻想創話(イマジンストーリー)4

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722 : ◆A0cfz0tVgA [saga]:2016/08/29(月) 01:02:50.56 ID:h55ri34l0

ぽーんと、半ば飛ぶような形で彼女は槍にしがみつきながら宙を舞う。
足は地を離れ、その場に留まろうと踏ん張ることもできない。槍に導かれるがままに引き寄せられていく。


そして彼女の向かう先には。
右手を強く握りしめ、こちらを睨め付ける当麻の姿が――――



上条「ッッッ、らあッ!!!」


バゴンッッッ!!!



彼の剛拳が、再び彼女の顎を捉えた。
大凡、人が出せるとは思えないような鈍い音が響き、ミシミシと彼女の顎骨を軋ませる。
その衝撃で彼女の歯は今度こそ無惨に砕け散り、異常に伸びた犬歯がへし折れて吹き飛んだ。

723 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/08/29(月) 01:03:47.29 ID:h55ri34l0
今日はここまで
質問・感想があればどうぞ
724 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/08/29(月) 02:02:22.33 ID:k+UAV4jwo
乙です
725 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/08/29(月) 04:41:33.94 ID:Eq3zU+Bs0
乙!
まぁ吸血鬼だしすぐに治るから大丈夫だろ
んで、そろそろ空気の出番?
726 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/09/17(土) 05:41:16.06 ID:MXa5cexz0
決まったー!上条さんの、あの男女平等パンチだ〜っ!
727 : ◆A0cfz0tVgA [saga]:2016/09/19(月) 23:53:29.20 ID:mw4mEHxs0
これから投下を開始します
728 : ◆A0cfz0tVgA [saga]:2016/09/19(月) 23:54:34.11 ID:mw4mEHxs0

レミリア「――――」



当麻の強烈なアッパーカットで空へと打ち上げられたレミリアは、
体を弛緩させたまま数秒ほどゆっくりと空を舞い、やがて少し離れた場所へ頭から墜落した。
ドチャッ!という水音を聞きながら、当麻は俯せのレミリアを睨みつける。
先ほどの比ではない力で、急所である顎を殴り飛ばされたのだ。
流石に起き上がることはできないだろう――――と思った矢先。



レミリア「が、ぅ……」

当麻(マジかよ……)



常人ならば確実に意識を刈り取られているはずの一撃。
それを受けて尚、レミリアは立ち上がろうともがいていた。

729 : ◆A0cfz0tVgA [saga]:2016/09/19(月) 23:55:52.25 ID:mw4mEHxs0

驚愕。そして戦慄。
明らかに人間を超越した耐久力。これが吸血鬼というものか。
聖水の雨を被ってこれなのだ。もしパチュリーの援護無しに戦っていたとしたら、結果はどうなっていたのだろうか。
おそらくここまで有利に決着がつくことはなかっただろう。
嘗て経験した命を捨てるような戦い。それを再び繰り返すことになっていたかもしれない。



レミリア「まだ、だ……! まだ、終わって、ない……!」

上条「……いや、もう終わりだよ、レミリア。 お前は戦えない」



雨が降りしきる中、当麻は自分でも驚くほど平坦な声でそう断じた。
全身が泥水に塗れ、地べたを這いつくばっている彼女。
こちらを睨んでいるように見えるが、その眼は焦点が合っていない。
未だに気迫があるようにも思えるが、それは只の強がりにすぎない。
ズタボロになった少女に更に追い打ちをかける気には、彼は到底なれなかった。


しかし、レミリアは当麻の言葉を断じて認めようとはしない。

730 : ◆A0cfz0tVgA [saga]:2016/09/19(月) 23:57:34.25 ID:mw4mEHxs0

レミリア「戦えない!? そんなわけがないっ! まだ私には立つ足がある! 拳を作る腕がある!」

レミリア「手足の1本も引きちぎれないお前が……勝ったような口を利くなぁっ!!!」



レミリアは叫ぶ。文字通り、血反吐を吐きながら。


超能力者が魔術の行使することによる副作用。
戦闘中における幾度にも渡る魔術の使用は、吸血鬼に由来する治癒力の許容範囲を遥かに超えた損傷を彼女の肉体に齎していた。
今まで問題無く動けていたのは、肉体中を循環する魔力が吸血鬼としての治癒力を活性化させ、副作用を相殺していたからだ。
しかし当麻に殴り飛ばされた衝撃により、集中力が途切れたことで魔力の循環が停止。
それに合わせて治癒力も失われてしまい、その結果今まで無理をしていたツケを支払うことになったのである。


だから、彼女はもう戦えないのだ。
これ以上は悪戯に苦しみを引き延ばすだけだというのに。
それでも尚、彼女の瞳から憎悪の炎が消えることはなかった。

731 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/09/19(月) 23:58:24.16 ID:mw4mEHxs0

レミリア「ここで私が倒れたら、誰があの子を守るのよ!?」

レミリア「気づいた時には父も母も殺されていて、故郷には二度と帰れなくなっていたわ……」

レミリア「街の外には十字教。 街の中は魔術師である私達にとって敵の科学。 
私達に本当の安住の地なんて、この世の何処にも存在しない」

レミリア「それでも外よりは中の方が安心だったから、この街で生きていくことに決めたのよ」

レミリア「だけど敵陣の中じゃ何時、何が起こるかわからない。 次の瞬間には、街の全てが敵になるかもしれない」

レミリア「もしかしたら、私達が生きていることに気づいた奴が、この街に乗り込んでくる事だってあるかもしれない」

レミリア「そして、もしそうなってしまったら、何も知らないフランには自分の身を守ることなんて出来ない」

レミリア「只でさえ強すぎる自分の力に怯えているのに、殺し合いなんて出来るわけ無いじゃない……!」



フランドールは幼すぎたが故に、自身の両親が殺された事実を知ることはなかった。
それどころか『魔術』というものすら、彼女の記憶の中には残っていない。
つまり『スカーレット家の魔術師』と言えるのは事実上レミリア一人であり、
フランドールは魔術というものに関しては最早、一般人同然なのである。
そのことが果たして良いことなのか、それとも悪いことなのか。それはレミリアにもわからない。

732 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/09/20(火) 00:00:35.54 ID:SvFSZngE0

もしも妹が両親の死の真実を知ったとしたら、十字教を相手に復讐しようとするだろうか。
もしも妹が一族の魔術を知っていたとしたら、自身と一緒にこの場で戦っていただろうか。


あり得たかもしれない未来。しかしそのことを考えるのは無意味だし、してはならないことだ。
フランドールから魔術を隠し、偽りの両親の死を教えたのはレミリア自身なのだから。
妹が魔術から身を守れなくなってしまったのは、他ならぬ自分の責任。
だから彼女はどんな存在が相手でも、どんな手を使ってでも無力な妹を守りきらなければならない。


それがレミリア・スカーレットの贖罪。
大切な肉親を欺いてしまった罪を償うための、彼女に残された唯一の手段だった。



レミリア「だから、あの子を護れるのは私だけ。 あの子に危害を加える奴は、神様だって許さない」

レミリア「十字教だろうが何だろうが知ったことか……誰だろうと挽き潰してやる……」

レミリア「私達に楯突けばどうなるのか、思い知らせてやるッ!」



レミリアは再び立ち上がる。目の前の敵を駆逐せんが為に。
そうしなければ、己に課せられた十字架に押し潰されてしまうから。
例えそれが自身を死地に追いやる行動であったとしても、彼女にはもう選択肢が残されていないのだ。
手足が潰れたとしても、彼女が戦いを止めることは決してないだろう。

733 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/09/20(火) 00:01:40.99 ID:SvFSZngE0

レミリア「許さない、赦さない、ゆるさないユルサないゆるさナイユルサナイ……!」



彼女の口から呪詛のように言葉が零れ出す。
その顔は鬼の形相。視線で相手を殺せそうな程。
視界に入ったものを串刺しするかような憎悪は、その全てが目の前の人間、上条当麻へと向けられていた。


心の内から沸き上がる、圧倒的な破壊衝動。
嘗てレミリアの父も同じように破壊衝動の波に飲まれ、多くの人間を殺戮した。
このまま行けばやがて、彼女自身も破壊のみを求める怪物へと身を堕とすだろう。
彼女に刻まれた『竜の子の刻印』は、人間を吸血鬼へと昇華する代償として、
人の命を奪うことも躊躇しない残虐性を所持者に植え付ける。


人間から吸血鬼になるために支払わなければならない代償。
そしてそれは、かの『刺刑王(カズィクル・ベイ)』を生み出した原因とも言えるものなのだ。

734 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/09/20(火) 00:02:15.08 ID:SvFSZngE0
今日はここまで
質問・感想があればどうぞ
735 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/09/20(火) 01:40:53.05 ID:G+EO2MSAo
乙です
736 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/09/20(火) 03:54:28.26 ID:pt8I8Kf90
乙!
その妹さん、ちょっと後に……
737 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/09/21(水) 07:16:35.05 ID:HO351Fsq0
まだ盛り上げようがあるとは思わなかったな
738 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/09/21(水) 16:41:07.06 ID:mg3IrYtq0
粘るな。やっぱり納豆食ってる奴は違うな
739 : ◆A0cfz0tVgA [saga]:2016/10/11(火) 01:10:10.25 ID:i8/dHQWr0
>>738
納豆を無限に生成する妖怪の話はNG
ここのレミリアも納豆好きではありますが、
無限の納豆(アンリミテッド・ファーメント・ビーンズ)の使い手ではありませんのであしからず


これから投下を開始します
740 : ◆A0cfz0tVgA [saga]:2016/10/11(火) 01:11:33.29 ID:i8/dHQWr0

――――元々『竜の子の刻印』は、嘗てのワラキア公国の国王『ヴラド三世』が考案したものである。


当時のワラキア公国は、ルーマニアやオスマン帝国といった強国に囲まれた、不運な小国に過ぎなかった。
とりわけオスマン帝国に至っては、西欧で最大勢力の神聖ローマ帝国と拮抗するほどの力を有しており、
何時攻め入られて滅ぼされてもおかしくはない状況にあったのだ。
そんな情勢で王位へ就いたヴラド三世は、常日頃から国を護るための力を求めていた。
最早、病的と言ってもいい。オスマン帝国の人質となり、ハンガリーの謀略によって父親を殺され、
更には敵国同士の代理戦争として身内と殺し合った彼は、何者にも犯されることのない強大な力を望むに至ったのである。


しかし神聖ローマ帝国やオスマン帝国に匹敵する力など、一朝一夕で手に入るようなものではない。
兵力は兎も角、彼の二国は双方共に強大な魔術国家でもあったのだ。
神聖ローマ帝国は十字教最大派閥であるローマ正教を内包し、その恩恵を最大限に受けることが出来る。
一方オスマン帝国も多くの宗教を受け入れ、十字教、回回教、六星教などによる多種多様な魔術を有している。
正しく魔術界の双璧。もはや彼等によって行われる魔術界の覇権争いに介入するなど、自殺行為も甚だしい。
下手に干渉したが最後、あっけなく踏みつぶされることになるのは明白である。

741 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/10/11(火) 01:12:48.88 ID:i8/dHQWr0

だが、それでもヴラド三世は諦めることが出来なかった。
敵が如何に強大であったとしても、それに迎合する選択肢は彼の中には存在しない。
今まで不本意に思いながらも敵国の傀儡としてしか生きて来られなかったが為に、
国王になってまでも人形として生きることは、決して許容できることではなかったのだ。
とは言っても、正攻法では敵わないということも純然たる事実。
故にヴラド三世は、葛藤の末に外法を用いて力を得ることを選んだ。


彼が目に着けたのは、伝説上の存在である種族『吸血鬼』。
血を啜り、不死の肉体を持つと言われる怪物である。
彼等の存在については民間伝承の中でのみ語られていたものであるが、
現代とは違って当時の民間人多くはその存在を固く信じ、そして恐怖を抱いていた。
そしてそれは魔術界にも当てはまり、魔術師達は不死の肉体を持つ存在、
さらにそこから連想される、無尽蔵の魔力を持った吸血鬼の魔術師の出現を警戒していたのである。

742 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/10/11(火) 01:13:47.49 ID:i8/dHQWr0

強大な魔力を持つ魔術師。彼等を味方に出来たら、どれほど良いことだろうか。
それを実現できれば、ワラキア公国は瞬く間に列強国の仲間入りを果たすことが出来るだろう。
だが実際は、その手段を執ることなど不可能である。相手は存在するのかどうかもわからない埒外の者達だ。
魔術が生まれて数千年。未だに御伽話の域を出ない存在に遭遇する事を期待するなど、あまりにも現実的ではない。
ならば、どうするか。どのようにすれば彼等の力を借りることが出来るのか。
散々悩んだ末に彼が思いついたのが、『偶像の理論』を利用することだった。


『偶像の理論』とは、姿や役割が似ているものは互いに影響し合い、性質や状態、能力までも似てくると言うもの。
この理論を実際に使用している具体例を挙げるとするならば、『丑の刻参り』が当てはまる。
藁人形を目に似せることで双方を同調させ、藁人形に釘打ち付けることで間接的に相手を呪い殺すことが出来る。


また、十字教の信者が常に身につけている十字架も『偶像の理論』を利用したものだ。
十字架が聖なる力を宿すのは、それが神の子が処刑される際に用いられたものを模しているからである。
『十字の形』という部分だけを似せたものなので、得られる力は元の億分の一でしかない。
だがそれは裏を返せば、それ程にまで力を分割されても十二分に効果を発揮できるということを意味し、
原本の十字架がもつ膨大な力を間接的に示唆していると言えるだろう。

743 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/10/11(火) 01:14:39.43 ID:i8/dHQWr0

そして姿形を似せることでオリジナルの力を借り受けるという方法は、道具だけに当てはまるものではない。
それは生物に関しても同じであり、十字教の中ではそれを利用して破格の力を手にした者が存在する。
十字教の開祖である『神の子』に生まれつき似ていたが為に、神の力の一端をその身に授かった者達。
『聖人』と呼ばれる彼らは、奇跡とも言い切れる偶然によって何者にも揺るがされない立場へと収まった。


生物同士であったとしても、身体的特徴あるいは魔術的記号を似せることで偶像の理論を成立させることができる。
それが意味することはただ一つ。『吸血鬼に似た体を造りだせば、吸血鬼と同じような力を手に入れることができる』ということだ。
偶像の理論を利用して吸血鬼の肉体を手に入れ、それによって得られる無限に近い魔力を自国の軍力とする。
それこそが、ヴラド三世が思い描いた構想であった。


だが言葉にするのは簡単でも、実際にそれを行うには問題が山積みだ。
その中でも最たるものが、『吸血鬼がどんな存在なのか分からない』ということだろう。
『偶像の理論』を成立させるためには吸血鬼の体を模倣すればよいのだが、その『吸血鬼の体』というもの自体が謎に包まれている。
似せようにも元となるものがわからないというのに、その理論を成立させることなどできはしないのだ。

744 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/10/11(火) 01:15:42.79 ID:i8/dHQWr0

だが全くの八方塞がり、手がないというわけでもない。
吸血鬼がどのような存在なのかについては、人々の口伝の中にその答えがある。


たかが口伝と侮る無かれ。
『火のないところに煙は立たぬ』と言うように、情報には必ずその元となったものが存在する。
吸血鬼の伝承はそれこそ、中東や西欧ではそこかしこから聞こえてくるほどありふれたものだ。
大半が偽情報だろうが、それだけの数があれば幾つかは本質を突いた情報があってもおかしくはない。
そしてその情報を総括することが出来れば、もしかしたら吸血鬼の秘密を暴くことが出来るかもしれない。


その僅かな望みをかけて、ヴラド三世は行動に移した。
世界中に間諜を放ち、吸血鬼に関する情報を集めさせる。
村落に伝わる伝説から、井戸端で話されるような噂話まで余すことなく記録するよう指示した。
それに加え、ヴラド三世は間諜たちにあることを取り決めさせた。
吸血鬼の存在は魔術界、特に十字教の者達にとって危険視されている存在である。
もしもワラキア公国が吸血鬼を探していると周辺国に知られれば、
オスマン帝国だけでなく神聖ローマ帝国をも敵に回すことになりかねない。
その危険を回避するためには、間諜をワラキア公国と関係がないように偽装させ、
尚かつ行動を出来るだけ目立たせないようにしなければならない。
その問題を解決するため、間諜達に偽名として統一した名前を持たせた。

745 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/10/11(火) 01:17:51.67 ID:i8/dHQWr0

その名は『ヴォルデンベルク男爵』。
吸血鬼研究の第一人者と『設定された』一人の男。
間諜達は一人一人がヴォルデンベルク男爵となり、吸血鬼の情報を集める。
そして集められた情報は架空の存在である、ヴォルデンベルク男爵によって取り纏められるのである。
名前のみが共通している、姿形がまるで違う者達。仮に敵国がその存在に気づいたとしても、そう易々とその本質には近づけまい。
そうして始められた吸血鬼の探索は5年の歳月をかけて行われ、情報の真贋を精査した上で一冊の手記に纏められた。
その手記はワラキア公国において数少ない魔術師家系である『スカーレット家』に委ねられることになる。


スカーレット家に与えられた使命は、集められた吸血鬼の情報を元に、
自身の肉体を吸血鬼の近い肉体に組み替える魔術を構築すること。
本当であれば長い期間をかけて行われる新しい魔術の構築。
ところが彼等に与えられた時間は、本来必要とされるものより遥かに短かった。
与えられた時間はたったの二年。それだけヴラド三世は焦っていたのだ。


そんな短時間では、まともな形で魔術を成立させることなど出来ない。
吸血鬼の肉体に辛うじて近づけることは出来るだろうが、どんな弊害が生まれるかわかったものではない。
だが指示を出しているのは一国の王である。王の勅命に逆らうなど出来るはずはないし、
そもそもスカーレット家に逆らうつもりなど欠片もなかった。
限られた時間の中、魔術を完成させるにはどうするべきか。
彼等がとった行動は、言ってしまえば『とにかく数をこなす』ということであった。
片っ端から魔術の刻印を作成し、それを人間に刻み込む。
刻印を刻まれた者がどうなるかについては考えない。
何か変化があれば重畳。生死は些細な問題ということである。

746 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/10/11(火) 01:19:03.34 ID:i8/dHQWr0

幸いにして、その狂気に塗れた実験に使える『囚人(モルモット)』は豊富にあった。
散発的に起こる戦争から得られる捕虜達、ヴラド三世が政敵と認めた貴族、その他諸々である。
スカーレット家は彼等を十分に活用し、日夜実験に明け暮れた。
その間、彼等の館の地下からは断末魔の声が絶えることはなく、館の周辺には夥しい数の墓標が生まれたという。


そうして、僅かな歳月で生み出された魔術である『竜の子の刻印』。
その試作の被検体に名乗り出たのは、他ならぬヴラド三世その人であった。
おそらく我慢の限界だったのだろう。オスマン帝国からの執拗な貢納の催促と、政敵である自国の大貴族による謀略。
内にも外にも敵がいる状況、いつ自分の身に何が起こってもおかしくはない。
故に彼は、それらの敵対する存在に対し一刻も早く力を見せつけ、牽制をかける必要があったのである。


魔術に関しては、ヴラド三世も国を治める者としてある程度の知識がある。
中世に於ける戦争は『魔術の戦争』と言っても過言ではない。
表では兵士達が剣や槍、あるいは弓を使って合戦を行うが、本当の主戦場は裏で行われる魔術を使用した戦争である。
裏の戦争に比べれば、表の戦争など子供同士の喧嘩のようなものだ。
何故ならば魔術を使った戦争は、剣や槍を使ったそれよりも遥かに効率よく敵を殺すことができる。
故に軍を動かす者として、魔術を学ぶのは必須事項であった。

747 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/10/11(火) 01:20:16.30 ID:i8/dHQWr0

ヴラド三世への『竜の子の刻印』の移植。それは何も滞ることなく成功した。
刻印の発動にも問題なし。発動には処女の血が必要であるという点には多少顔を顰めたが、必要なこととして彼は割り切る。
ただ一つ誤算だったのは、刻印の効果は直ぐに目に見えた形で現れるものではなかったことということだ。
スカーレット家の見立てでは、完全に体が組み変わるまでには最低でも一年の月日を要する。
しかもそれは、刻印を常時発動し続けた場合のこと。そのためには、彼は毎日血を飲み続けなければならない。
ただその事実を知って尚、ヴラド三世の決意は揺るがなかった。
血を飲み続けるという下賤な行為。それを行う覚悟をしてでも、彼は国を守りたかったのだろう。










だが、彼の願いはある意味最悪の形となって成就されることになる。

748 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/10/11(火) 01:21:28.07 ID:i8/dHQWr0

人が人以上の力を手にするためには、相応の対価が必要だ。
聖人が神の力を手にする代わり、常に力の暴発による自滅の危険を背負うように。
無論それは『竜の子の刻印』についても当てはまる。
そして当然、ヴラド三世やスカーレット家もそのことを理解していた。


――――いや、『理解しているつもりだった』。
彼らは理解していたが、対価の程度を見誤ったのだ。
毎日血を飲み続けることなど、対価と呼べるものですらないことに。
本当は、もっと大切なものを犠牲にしなければならないことに。


結論から言うと一年後、ヴラド三世は不完全ながら吸血鬼となった。
『不完全ながら』と言っても、本物と比較することができないので憶測ではあるが、その見立てに間違いはない。
吸血鬼は不死の存在なのだ。死亡が確認された彼は、本物にはなれなかったということである。
では彼の計画は失敗したかと言えば、必ずしもそうとは言い切れない。
不完全であっても吸血鬼である。寿命は飛躍的に伸び、その結果彼は膨大な魔力を手にした。


ただ一つ問題があったとすれば。
彼の性格が、別人のように変わり果ててしまったことだろう。

749 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/10/11(火) 01:22:57.47 ID:i8/dHQWr0

その後に起こったことは、歴史書に記された通りである。
彼は自身に敵対する貴族達を一切の躊躇いも無く処刑し、国の権力を掌握。
さらには貢納の要求のために来訪したオスマン帝国の使者を串刺しにした。
そしてそれに激怒したオスマン帝国が、大軍を率いて攻め込んできた時。
彼は捕虜にしていた数万のオスマン帝国の兵士を、全て串刺しにして野に晒したのだ。


ヴラド三世が、何故そのような残虐行為を平気で行えたのか。その理由を知る者は最早いない。
彼の凶行は『彼自身が異常者であったから』ということにされ、
周辺国がそれを真実として大規模なプロパガンダを展開したからだ。


やがてヴラド三世は、『竜の子(ドラクレア)』から『悪魔の子(ドラキュラ)』と呼ばれるようになった。
『竜の子』の名は彼の父、ヴラド二世が『竜公(ドラクル)』と呼ばれていたことに由来するものであるが、
聖書においては『悪魔サタン』は竜の姿として描かれることがあったために、竜と悪魔は同一視されていた。
それ故に『竜の子』と呼ばれていたはずのヴラド三世は、後世において『悪魔の子』と呼ばれるようになり、
さらには父も『悪魔公』と蔑まされることになったのである。


そして彼は死後400年の後、一人の小説家によって吸血鬼のモデルとして取り上げられることになり、
人々から『吸血鬼ドラキュラ伯爵』として広く知られることになる。
事実は小説より奇なり。魔術師たちは今も尚吸血鬼の存在を頑なに否定しているが、
魔術を知らぬ者たちは、無自覚ながらも吸血鬼の存在について真に迫るに至った。

750 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/10/11(火) 01:23:56.92 ID:i8/dHQWr0

一方、歴史の表に出ることがなかったスカーレット家はどうなったのか。
彼等の結末を一言で済ませるならば、『関係者は皆、一人残らず死んだ』。


ヴラド三世の身に起こった異変を真っ先に察知したのは、他ならぬ彼等であった。
刻印発動の経過観察のため、常に彼の傍にいたのだから当然である。
だがそれでも、その時には全てが手遅れの状態となっていた。
ヴラド三世は元々、歳をとるにつれて気性が荒くなっていたために、
『性格の凶暴化は刻印の影響によるものである』と即座に判断できなかったのだ。
故に彼等が気づいた時にはもはや、刻印によるヴラド三世の人格浸食は末期に至っていた。


スカーレット家は即座に『竜の子の刻印』を停止することを進言。
合わせて『人造吸血鬼による自軍の戦力補強計画』の中止を請うた。
彼等は暴走した吸血鬼によって自国が破壊されることを恐れたのだ。
まぎれもなく、彼らの行動は国を守るための善意によるものである。
しかし皮肉にもその行動は、他ならぬヴラド三世によって国への敵対行為として判断されてしまった。


国の存亡の全てをその計画に賭けていたヴラド三世にとっては、計画を否定する存在は正しく国賊そのもの。
その言葉をその耳に聞いた時、怒りに思考の全てを奪われた彼は、有無を言わさず魔術師達を皆殺しにした。
最も卑しい処刑とされる『串刺しの刑』を、彼らに生きたまま施したのである。

751 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/10/11(火) 01:26:26.88 ID:i8/dHQWr0

魔術師達が全滅したことで、『竜の子の刻印』の研究は完全に途絶するに至った。
それと同時に、その魔術の詳細を知る者もこの世には一人としていなくなった。
『竜の子の刻印』はワラキア公国にとっての切り札と言えるもの。
諸外国に情報が漏れることは国家の危機と同等のことであったが故に、
魔術に関する情報は極々限られた者にのみ知らされていたのだ。


後に残されたのはヴォルデンベルク男爵の名が記された手記のみ。
ワラキア公国の間諜達が西欧全土から集めた吸血鬼の情報と、
それらの文章に紛れ込ませる形で魔術師達が記した『竜の子の刻印』の術式。
魔術界を震撼させる禁術が記された一冊ノートは、ヴラド三世の計画に関わることが無かったがために、
奇跡的に粛清を逃れたスカーレット家の生き残りに継承されることとなった。


彼らはこのノートを手に入れた折、研究に携わっていた同族から聞いていた『人類種からの脱却』、
『我々の悲願』といった断片的な情報から、『魔術の完成はスカーレット家の目指すべき到達点』と判断。
道半ばで死んだ同族の遺志を継ぐため。そしていつしかその無念を晴らすため。
彼らはスカーレット家の威信をかけて、『竜の子の刻印』の完成に腐心するようになっていった。

752 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/10/11(火) 01:28:03.90 ID:i8/dHQWr0
今日はここまで
当時の情勢に関しては囓った程度なので、突っ込みどころ満載だとは思いますがご容赦を


質問・感想があればどうぞ
753 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/10/11(火) 07:27:04.63 ID:uOAclles0
もはや、怨鎖の歴史の意志の傀儡と化したか……
754 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/10/11(火) 10:10:30.74 ID:hFppvuE5o
乙です
755 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/10/11(火) 20:22:17.40 ID:o29+9UGu0
しかしどんなに重い歴史を持っていようと、結局は奴の拳によって、無念の内に完膚なきまでにぶっ飛ばされる『運命』にあるのであった……
756 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/10/12(水) 22:09:22.35 ID:N2udMSl+0
どこぞの聖☆なおにいさんがまた聖痕を開かれておられるぞ!
757 : ◆A0cfz0tVgA [saga]:2016/11/07(月) 00:09:35.43 ID:MjY1RhzW0
これから投下を開始します
758 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/11/07(月) 00:10:29.06 ID:MjY1RhzW0

――――そして現代。


500年もの間絶えることなく脈々受け継がれてきた研究は、それを成してきた一族に一切の恩恵を与えることなく、
むしろ恩を仇で返すかのように一族の少女を破滅に追いやろうとしている。
それはまさに『呪い』。人ならざる怪物に近づこうとした愚者に下された断罪のよう。
一族が己の犯した罪科に対し、全ての命を以て償うまで、その呪縛が解かれることはないだろう。


残念ながら、その事実に気づけるものは誰もいない。
かの魔術の真実は歴史の闇に葬られてしまった。答えの無い設問に解答することなど出来るはずもない。
故に少女達を蝕む呪いを知り、それを解くことが出来る者はこの世の何処にも存在しないのだ。


だが――――

759 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/11/07(月) 00:10:58.60 ID:MjY1RhzW0

上条「……そうかよ」



だからといって、少女達を見捨てる理由にはならない。
現に彼女達が『何か』に犯され、苦しんでいることはわかるのだ。
知ることは出来なくても。理解することは出来なくても。
助けを求める者達の手を取ることは、誰にだって出来るはずである。



上条「もしもお前が『自分しかフランを救えない』と思ってるなら――――」



そしてそれを理解しているからこそ、上条当麻は走り続ける。
何処かに困っている人がいる。それに気づいた自分がいる。
たったそれだけのことで、彼は足を動かすことが出来る。拳を振るうことが出来る。
誰にでも出来て、誰にとっても成し難いことを彼はこなし続けられる。

760 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/11/07(月) 00:11:56.40 ID:MjY1RhzW0

だから今回のことも、何時も日常の中で行っている『人助け』と変わらないのだ。
助けるはずの少女達が怪物に成り果てようとしていても。
その少女達と殺し合い一歩手前の闘争をすることになっても。
彼にとって見れば、『人助けするための一過程』に過ぎないのだから。



上条「自分達には誰も手を差し伸べてくれないと思ってるなら――――」



よって彼はここに宣言する。
誰かを助ける際に立ちはだかる幾重もの障害。『無情なる幻想』と『非情なる現実』。
人々を不幸に陥れる様々な災禍を、渾身の力で打ち砕くように。


彼は『救済の言霊』を理不尽に向かって叩きつける。

761 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/11/07(月) 00:13:15.76 ID:MjY1RhzW0










上条「まずは、そのふざけた『絶望(げんそう)』をぶち殺す!」












762 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/11/07(月) 00:14:07.03 ID:MjY1RhzW0

レミリア「う、嗚呼ああぁぁぁァァァァァッ!!!」



当麻の宣言を聞き届けるか否かにおいて、レミリアは目の前の相手に目掛けて突貫した。
口から零れ出すのは絶叫。目尻から流れ落ちるのは血涙。
狂気に囚われた野獣のように、少女は地を走り抜ける。
理性の欠片も見られないその姿は、底まで魔に墜ちてしまったかのように見える。


だが当麻の目には、彼女の姿が『親に駆け寄る泣いた子供』のように映っていた。


おそらくそれが、レミリアが自ら心の奥底に封じ込めた『弱さ』なのだろう。
彼女親を殺され、敵地に移り住み、信用できる者がいない四面楚歌の中で、たった一人の妹を護り続ける。
周りに助けを求めるどころか、弱音さえ吐くことすら許されない。そんな生活を10年もの間続けてきたのだ。
彼女が抱え込んでいた苦悩は如何ほどのものだったのか。所詮、部外者である当麻には知る由もない。


だがその苦悩は今ここで、彼女の内から漏れだそうとしている。
普段の彼女であれば、押し殺した感情を吐露するなどということはしなかっただろう。
冷静に目の前の敵を消し去る方法を思案し、間違っても突貫などと言う行動を起こすことはなかった。
だが今の彼女は普通ではない。その身は半ば人ではなくなっているが為に、心の扉が弛み始めていた。
それ故の叫び。10年もの歳月の間降り積もった、救いを求める心の声。

763 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/11/07(月) 00:15:11.15 ID:MjY1RhzW0

そんなレミリアの姿を見て、当麻の決心は今まで以上に強固となった。
彼女達を必ず絶望の淵から救い出してみせる。必ずハッピーエンドにしてみせる。
例えこの身が削がれようとも、彼女達を笑顔にしなければならないと。そう改めて誓った。


ものの数秒で接近してきたレミリアから右手が突き出される。
目標は上条当麻の頭部。直撃したら最後、彼の頭を水風船のように破裂させる凶悪な一撃。
例え掠ったとしても、肉を剃刀の如く抉りことが出来るだろう。
その一撃から『無傷で生還したい』のならば、全霊を以て回避しなければならない。
だが当麻は、あえてその手段をとることはしなかった。


レミリアの腕が彼の顔の横の傍を通り過ぎる。
バチッ!と、何かが弾けるような音と共に、当麻の脳髄に激痛が突き刺さった。
彼女の腕が耳を掠ったのだ。耳の一部が千切れ飛び、小さな肉片と僅かな血液が宙を舞う。
だが、そんなことは気にしない。耳の一つや二つくれてやる。それくらいなら、支払う代償としては安いものだ。
当麻は己の右手を握りしめる。全神経を集中させ、自身が持つ唯一無二の『拳(ぶき)』を掲げる。
二人の体がすれ違い、極限まで圧縮された時間の中で、互いの視線が交錯する。

764 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/11/07(月) 00:16:13.37 ID:MjY1RhzW0

レミリア(――――)



この時レミリアはふと我に返り、そして悟った。
瞬刻の間、自身の眼に映った上条当麻の素顔。彼の中に携えられた感情を、彼女は確かに理解したのだ。
黒曜石のように澄んだ瞳。その中心に座するのは、砕けることのない金剛石の如き意志。
『絶対にお前を止めてみせる』。その言葉が、嫌が応にも彼の瞳を通して伝わってくる。


ここまで力強い瞳を持った人間に、今まで会ったことがない。
ここまで純粋な心を持った人間に、今まで会ったことがない。


こんな状況にも関わらず、場違いにも彼女は上条当麻の瞳に見惚れてしまったのだ。


この男は絶対に折れない。
例え神が相手であっても、彼は屈することなく立ち向かうのだろう。


だから、彼に会ってしまった時点で私が負けることは必定だった。
フランを傷付けてしまった過去に何時までも怯えている私が、
未来をこの手で掴もうとひたすら邁進する者に勝てるはずがなかったのだ。

765 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/11/07(月) 00:17:43.19 ID:MjY1RhzW0





――――瞬刻の時間が過ぎる。


思考に埋没したレミリアが、そこから抜け出すことは終ぞ無く。
当麻の右拳が、無防備な彼女の顔に深々と突き刺さった。





766 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/11/07(月) 00:20:20.67 ID:MjY1RhzW0
今日はここまで
短すぎてワロエナイ

質問・感想があればどうぞ
767 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/11/07(月) 01:01:17.68 ID:C75CdQlLo
乙です
768 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/11/07(月) 05:38:33.46 ID:5a0uiGSG0
遂に完全完璧な男女平等パンチが決まったかーっ!!?
見た目幼女の精神そのものすら徹底的にぶち抜き壊す一撃いいィ〜〜〜ッ!!
だが吸血鬼化問題はまだ解決してないぞっ!
上条!早くお前の考えに則った解決策を見せてくれっっ!!
769 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/11/08(火) 21:30:38.77 ID:Fi47fcHd0
手懐けるというか手(拳)で懐ける
770 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/11/09(水) 19:38:22.89 ID:7ZhD9WrF0
そ げ ぶ  頂きました〜
771 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/11/10(木) 19:03:29.15 ID:RzRVONwB0
痛みが……ゆっくりと襲ってくる!
772 : ◆A0cfz0tVgA [saga]:2016/12/05(月) 00:08:53.26 ID:FyUFA4MH0
これから投下を開始します
773 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/12/05(月) 00:09:32.85 ID:FyUFA4MH0





     *     *     *





774 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/12/05(月) 00:10:50.52 ID:FyUFA4MH0

上条「はぁっ、はぁっ……!」



荒く息を切らしながら、上条当麻はその場に膝をついた。
地面の砂利が手の平を小さく突き刺し、泥水が指の隙間を流れていく。
頭を流れ落ちる雨水が眼に入るが、それを拭う気力すら今は起きなかった。


脇腹を蹴り飛ばされ、全身を瓦礫で打ち付けられ――――最早痛くない場所など何処にもない。
その中でも特に激痛なのが、つい先ほど千切り飛ばされた右耳。まるで赤熱した火鋏で挟まれたかのようである。
更には未だに降り続く雨が傷を痛めつけ、思わず悲鳴を上げてしまいそうだ。
手で押さえたい衝動にも駆られるが、還って悪化させることは眼に見えているので、歯を食いしばりながら我慢した。


見やると5メートル程離れたところに、レミリアが仰向けに倒れ伏している。
気絶しているようだ。全力で顔面を殴ったのだから、当たり前のことであるが。
いや、それは些か希望的観測か。レミリアの肉体の半分は吸血鬼。未だに意識が残っていることも十分にあり得る話だ。
だが今すぐに起き上がるということはないと思いたい。こちらも相当無理をしているのだ。
戦えないことはないが、動きに精彩を欠くことになるのは目に見えている。
このまま終わってくれるのであれば、それに越したことはない。

775 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/12/05(月) 00:12:05.70 ID:FyUFA4MH0

パチュリー『終わった……のかしら?』



どこからともなくパチュリーの声が聞こえてくる。
その懐疑を含む声色を聞く限り、やはり彼女もレミリアの再起を警戒しているようだ。
魔術師だからこそ、吸血鬼という存在を知っているからこそ、当麻よりもその思いは強いのだろう。



上条「俺があいつを調べようか?」

パチュリー『そうね……その方が良いわね。 私は魔力切れでもう体がギリギリだし、
喘息持ちの私がその雨の中に入るのは、正直遠慮したいわ』

パチュリー『あの子の無力化が未だに出来ていない危険性を考えると、雨を止めるのも尚早だろうし……』

上条「あぁ、わかった」

776 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/12/05(月) 00:16:38.31 ID:FyUFA4MH0

当麻はそう言葉を返しながら、重い体を引きずってレミリアの元へと近寄った。


当のレミリアの様子と言えば、一目で見た感想は凄惨の一言に尽きた。
可愛らしい意匠が施されていたであろうドレスは、半分以上が破れたり、燃えたりして消失してしまっている。
辛うじて残っている部分についても、その大半が皮膚にただへばり付いているだけであり、
自身の血液や泥に酷く汚れていることもあって、もはや服としての機能を果たしていなかった。


一方で肉体の傷はというと、何故か先ほど当麻が殴り飛ばした顔面部分の痣以外の傷は見られない。
全身血まみれにも関わらず、命の危機に関わりそうな怪我は一切見られないのだ。
辺りの惨状を見るに、レミリアはパチュリーとも死闘を繰り広げていたはず。
加えて戦いの最中に行った魔術の行使。能力者である彼女は他の例に漏れず、
土御門のそれと同じように副作用として全身から血が噴き出していた。
それなのに殆ど無傷。その事実から、吸血鬼の再生能力が如何ほどのものなのか窺い知れる。



上条(意識は……………………ないか。 呼吸をしてるから、死んでるわけでもない)

上条「パチュリー、大丈夫みたいだ」

777 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/12/05(月) 00:20:20.55 ID:FyUFA4MH0

その言葉から数秒後、降り続いていた雨が突如止む。
空には数多の星と紅い月が浮かんでおり、先ほどまで雨が降っていたことなど微塵も感じさせない。
不意に一陣の風が公園を吹き抜け、水に濡れた体から戦いの余韻を瞬く間に奪っていった。


やがて聞こえてきた水溜まりを歩く音に対し、そちらの方角を見やると、
パチュリーが些か疲れた様子でこちらの方に向かってくるのが見えた。
その足取りはやや遅く、未だ魔力切れの症状が残っているように見受けられたが、
少なくとも先ほどのような身動きが取れない状態から回復しているようだった。


パチュリーは当麻の右耳に簡易的な治療魔術を施すと、地面に伏せたまま目を覚まさないレミリアを見下ろす。
彼女の表情をその背後に立つ当麻から見ることは出来ない。
ただその背中から感じられるものは、如何ともし難い虚無を感じさせるものであり、心なしか姿も小さく見えた。
今、彼女は何を思っているのだろうか。嘗てパチュリーとレミリアが知人の間柄であったことは土御門から聞き及んでいる。


嘗ての友人と殺し合う。例えそれが偶然に因って齎されたものであり、
お互いの立場上仕方のないことだったとしても、そう簡単に割り切れるようなものではないだろう。
表面上は平静を取り繕っていても、内心は深い傷を負っているのは想像に難くない。
本人は絶対にそれを認めることはないであろうが。

778 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/12/05(月) 00:26:33.47 ID:FyUFA4MH0

「終わったか?」



湿った空気の中を、男の声が通り過ぎる。
当麻がここに来る途中で一旦別れ、別行動をとっていた土御門元春が戻ってきたのだ。
彼はこの場の雰囲気に似合わない、いつも通りのにやけ顔を浮かべながらそこに立っていた。
ただサングラスに隠されて見えないその瞳には、表情とは裏腹の真剣な感情が宿っているように思われた。



上条「土御門!?」

土御門「どうやら、問題無く事は済ませられたらしいな。 ここに来るまでの間、気が気じゃなかったんだぜい?」

パチュリー「随分と遅い到着ね。 こっちは怪物相手に立ち回ってたのに、随分と余裕そうじゃない?」

土御門「いや〜実はヘマをやらかしたせいで、こう見えても全身が痛くて結構辛いんですたい」

土御門「本当ならさっさ切り上げてお休みしたい気分なんだにゃー」

上条「土御門! お前、動いて大丈夫なのかよ!?」

土御門「その心配は御無用だぜい、カミやん? 『冥土返し』謹製の塗り薬のおかげで、表面上の傷は完治してるにゃー」

土御門「ま、流石に内臓までは無理だけどな。 今でも口の中が血の味しかしないぜい」

パチュリー「ふぅん……貴方とあろう者が、そんな大怪我を負うなんてね。 油断でもしたのかしら?」

土御門「油断というか、予想外のことだがな。 まぁそんな訳だから、遅れたことについては勘弁してほしいですたい」

779 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/12/05(月) 00:29:15.96 ID:FyUFA4MH0

そんなことを口にしながら、土御門はへらへらと笑う。
全身を、それも体の内外問わず裂傷を刻まれたというのにこの態度。
本当であれば立っていることすら苦痛だろう。しかし彼の演技は、自身が重傷患者であるということをまるで感じさせない。
そんな様子に当麻とパチュリー一同は呆れつつ、脱線した話題を強引に戻す。



上条「土御門、インデックスとフランはどうしたんだ? 姿が見えないけど……」

土御門「あの二人なら、乗ってきた車に待機させてる。 フランドールの方は疲労で眠ってるがな」

土御門「俺の知り合いに監視させてるから、何か起こったらすぐわかるぜい」

パチュリー「で、これからどうするの? 詳しくは聞いてないけど、いい方法を見つけたそうじゃない?」

パチュリー「二人を『処刑塔』に幽閉せずに済ませられる……そんなご都合主義の最たる方法を」

土御門「あぁ、そうですたい。 まだいくつか問題が残っちゃいるが、不可能じゃあないって方法だ」

土御門「博打染みた部分もあるにはあるが、やって損はない」

パチュリー「へぇ……で、どんな方法なのかしら? 立案者さん?」

780 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/12/05(月) 00:30:39.08 ID:FyUFA4MH0

パチュリーは立案者である当麻に視線を向け、その眼を細める。


吸血鬼製造の鍵を握っているレミリアとフランドール。本来であれば、二人は『処刑塔』への幽閉は免れない。
だがあろう事か、上条当麻はその結末を回避できる画期的な方法を知っているという。
心の底では思うところはあっても、結局考えることをしなかったパチュリーにしてみれば、些か複雑な心境である。
組織としての立場があり、そして何より良くも悪くも合理的になりすぎてしまった彼女には、
その行いをすることは土台無理な話だったのかもしれない。
『生き別れになった友人』としてより、『組織に敵対する存在』としての認識が先に来てしまったのだ。
そんな自分になってしまったことを後悔しているわけではないが、言い得ない靄が心に巣くうのを感じていた。


言ってしまえば、パチュリーは当麻に嫉妬しているのだ。
自分では出来なかったことを成してしまったこの少年に対して。
だが彼女は、自身の心に生じた靄が『嫉妬』と呼ばれるものであることに気づいていない。
元々他者との交流を殆どすることがなく、そのことを気にも留めずに生きてきた彼女にとって、
自分と他人を比較して、あまつさえ自身が誰かの後塵を拝することに感情を抱くことなど無かったのだろう。
だから彼女は理由の思い当たらない、しかし確かに存在する不快感に苛立っていた。

781 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/12/05(月) 00:32:04.67 ID:FyUFA4MH0

上条「ん? 説明したいけどまだ……」

パチュリー「どんな方法かわからないけど、巫山戯たものなら試作魔術の実験台になってもらうから」

上条「え?」

パチュリー「試したいものがあったのよね。 『幻想殺し』なら大丈夫そうだし、丁度良かったわ」

パチュリー「ま、当たり所を間違えるとケチャップになるものもあるけど……」

上条「……どうしてパチュリーさんは怒ってらしているのでせうか? 俺、何もしてないよな?」

パチュリー「知らないわよ、そんなこと」

上条「いや、それは理不尽すぎると思うのですが……」



パチュリーからの特に理由が思い当たらない敵意に対し、当麻は思わず辟易する。
まさか自身が嫉妬されているなど露ほども思っていない彼に、パチュリーの心境を察することなど出来るはずもない。
が、知り合いから心当たりのない敵意を向けられて平然としていられるほど剛胆というわけでもなく。
当麻はパチュリーに理由を問い質そうとして、その前に土御門が会話に割り込んできた。

782 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/12/05(月) 00:33:49.73 ID:FyUFA4MH0

土御門「カミやん、役者は揃っちゃいないが説明くらいはしても良いと思うぜい?」

土御門「『彼女』のことは心配しなくても良い。 カミやんが頑張っている間に説明は済ませておいたからな」

上条「そうなのか?」

土御門「善は急げってにゃー。 ま、向こうもこうなることは薄々感づいていたみたいだからな」

土御門「特に滞ることもなく、スムーズに話は済んだぜい」

上条「……………………怒ってたりしたか?」

土御門「言葉の節々に棘を感じたくらいかにゃー。 まぁ、そのくらいですたい」

上条「うげ、マジか」

土御門「彼女に黙ってたこと、後でじゅ〜ぶんに謝っておくんだな」

上条「いや、だって仕方ないだろ!? こんな事に巻き込めるわけ無いだろ!?」

土御門「カミやん、女の子ってのはどんな理由があっても約束を破られるのは嫌なもんなんだぜい?」

土御門「下手に言い訳するより、とりあえず土下座しといた方がいいにゃー」

上条「ちくせう、不幸だ……」

土御門「カミやんにとっちゃ、土下座なんて朝飯前だからそんなに気を負わなくても大丈夫ですたい」

783 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/12/05(月) 00:36:06.32 ID:FyUFA4MH0

これから起こるであろう出来事に対してうな垂れる当麻に、全く慰めにもならない、
そもそもその気すらない言葉を土御門は笑いながら口に出す。
そんな戦闘後とは思えない空気の中、しびれを切らしたパチュリーは二人に食ってかかった。



パチュリー「そんなことはどうでも良いわ。 その方法は一体何なの? 早く教えなさい」

土御門「そうだな、雑談はここまでにしておくか。 んじゃカミやん、説明をお願いするぜい」

上条「俺がか? お前が説明した方がわかりやすいと思うんだけど……」

土御門「カミやんが提案したんだから、カミやんが説明するのが筋ってもんだ」

土御門「フォローはしてやるから、大船に乗った気持ちで話していいぞ」

上条「泥船じゃなきゃいいんだけど……」



ぶつくさ言いながら当麻は目前のパチュリーに眼を据える。
彼女の視線はまるで物理的に当麻の体に穴でも開けるとでも言うかのように、ギラギラとしたものとなっていた。
胴体に抉り込まれるかのような視線に冷や汗をかきながら、若干乾いた口を開く。

784 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/12/05(月) 00:37:26.63 ID:FyUFA4MH0

上条「えっと、まず、状況の把握からだな……レミリアとフランが幽閉されようとしている理由は3つある」

パチュリー「えぇ、自らを吸血鬼に変貌させる刻印を所持していること、その刻印に関する知識を知っていること、
そして彼女自身が半ば吸血鬼化していること」

パチュリー「この内のどれか1つでも可能性がある時点でアウト。 幽閉は避けられないわ」

土御門「最悪の場合、刻印の知識を知るために拷問コースまで行っちまう可能性もあるけどな」

土御門「ただそれをやっちまうと、力を手に入れる代わりに特大の爆弾を抱えることにもなるから無いと思うぜい」



吸血鬼を抱えることは、確かに自陣の戦力を飛躍的に高めることが出来る。
たった数人いるだけでも、魔術サイドのパワーバランスをちゃぶ台返しの如くひっくり返すことも可能だろう。
しかも聖人と違って、時間をかければ量産も出来てしまうのだ。これほどにまで魅力的な術式は存在しない。
その存在を知った魔術師ならば、ありとあらゆる手段を用いてそれを手にしようと躍起となるに違いない。


だが十字教の一角であるイギリス清教にとって、吸血鬼の存在は唾棄しなければならないものだ。
『魔術師』としてではなく、『十字教の信徒』として。神に呪言を吐き付ける存在である吸血鬼は、
神を心の底から信奉する者達にとって不倶戴天の怨敵と言えるだろう。
故に吸血鬼をその身に受け入れることは、猛毒を自ら摂取するようなもの。
魔術師の坩堝と評することが出来る『必要悪の教会』であっても、それを看過することはあり得ない。

785 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/12/05(月) 00:40:19.62 ID:FyUFA4MH0

上条「刻印は俺の右腕で破壊できるだろうから問題はない。 刻印を作る方法も、レミリアの頭を覗けば何とかなるみたいだ」

上条「俺としてはそんなことはしたくないんだけど……」

土御門「ちなみに記憶に関する役目はパチュリーに任せるつもりだぜい」

パチュリー「ちょっと、本人に相談もせずに何勝手に決めてるのかしら?」

土御門「まぁまぁ、赤の他人に任せるよりかは大丈夫だからって判断ですたい」

土御門「何も知らない魔術師がいきなり吸血鬼の存在を知ったとして、予想外のトラブルが起こらないとも限らない」

土御門「その場でレミリアの脳を破壊するかもしれないし、そんなことになったら眼も当てられない」

土御門「何より約束したイギリス清教の面目は丸潰れだ。 ただでさえ、カミやんには借りがあるんだからな」

土御門「それよりだったら、旧友のお前さんがやった方がまだ安心って事さ」

パチュリー「……………………はぁ、もういいわ。 で、あと一つはどうするつもりなの?」

パチュリー「あの子達の体を何とかしないと、結局の所手詰まりでしょう?」

上条「そのことなんだけど――――」

土御門「……ちょっと待て、カミやん」

上条「え?」

786 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/12/05(月) 00:41:17.37 ID:FyUFA4MH0

当麻が言葉にするより先に、土御門がそれを制した。
眼を向けると、何やら公園の向こう側を眺めているようである。


何か不味いことでも起きたのか?
良くない存在が接近しているのかと一瞬警戒したが、それがただの杞憂であることに気づく。
何時にも増して口角を釣り上げ、おちゃらけた雰囲気を醸し出すその顔を見れば一目瞭然だ。
そんな彼は軽く一息ついたかと思うと、見なくてもわかるような浮ついた雰囲気の視線をこちらに向けて告げた。



土御門「どうやら、我らが待望の巫女さんがおいでなさったようだぜい?」

上条「!」



その一言で、当麻はこちらに向かってくるのが誰なのかを察した。
この事件の解決の鍵となる人間。吸血鬼を呼び寄せて滅する異能の持ち主。
そして、記憶を失った『今の上条当麻』が初めて救い出した少女。


姫神秋沙。
いつもはすまし顔で口数も少ない彼女が、息を切らしてこちらに駆け寄ってきた。

787 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2016/12/05(月) 00:45:16.42 ID:FyUFA4MH0
今日はここまで

ふと見渡すと禁書スレが殆ど無いことに気づく
もしかしたら吸血鬼編が終わり次第、小説形式に書き直して別の場所で続けるかも

質問・感想があればどうぞ
788 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/12/05(月) 08:10:23.32 ID:cA3Sx5f60
待望の巫女?「休憩時間があり過ぎるってのも、暇で問題ね」ズズズ...


別の場所でやってくれるにしても、誘導か宣伝はしてよね!
789 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/12/05(月) 12:55:40.45 ID:nMBhGsN5o
乙です
790 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/12/06(火) 11:30:51.74 ID:0EwKwkz40
EXボスと6ボスを攻略したなら紅魔編はEDに入るな
紅魔邸は、以前までの現状維持を超えた温かい日常を得られるのか?
791 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2017/01/06(金) 20:28:27.04 ID:LTq/Bgx40
>>788
妖々夢編になれば出番あるから許してくださいお願いします

正月明けってことでちょいと忙しいので来週に投稿する予定
そう言えばどのくらい放置でスレ落ちしたっけここ?一ヶ月?
792 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/01/13(金) 11:05:49.10 ID:1kqniPjo0
確か誰のレスも無いと1ヶ月だったかな?まぁ管理人の管理の兼ね合いもあると思うけど
793 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2017/01/16(月) 00:30:50.69 ID:B0pI08Tp0
これから投下を開始します
794 : ◆A0cfz0tVgA [saga]:2017/01/16(月) 00:32:25.64 ID:B0pI08Tp0

姫神「はぁっ、ふっ、……上条君。」

上条「……姫神」



呼吸を落ち着けつつこちらに向けてくる彼女の瞳には、一言では言い表せない感情が込められているように思われた。
結局、彼女に相談することなくここまで来てしまった当麻への非難か。
それとも、彼女を危険晒したくない当麻の考えを蔑ろにしてしまった事への負い目か。
いずれかなのかはわからないが、二人は幾許かの間気まずい視線を交わすこととなった。


そんな二人を余所に、姫神秋沙のことを知らないパチュリーは彼女のことを土御門に尋ねる。


パチュリー「土御門、彼女が事態収拾のための鍵なのかしら?」

土御門「そうだにゃー。 カミやんが用意した現状打開のための必殺の手札ですたい」

パチュリー「必殺の手札、ねぇ……何処にでも居そうな日本の女子高校生といった感じだけど」

土御門「外見はそうでも、中身は結構複雑な事情を抱えてるんだけどにゃー……『吸血殺し』と言えば判るか?」

パチュリー「! まさか、それって……」

土御門「そのまさか、だにゃー」

795 : ◆A0cfz0tVgA [saga]:2017/01/16(月) 00:33:29.99 ID:B0pI08Tp0

土御門はにやりと口角を釣り上げるが、それとは対照的にパチュリーは文字通り頭を抱えて溜息をつく。
彼女は上条当麻が提案する作戦というものを土御門の言葉で察したわけだが、
その作戦が余りにも荒唐無稽すぎるものだったからだ。
それこそ、それを容易に悟ってしまった自分の頭脳を呪いたくなってしまうほどの。



パチュリー「……彼が言う作戦のことは大凡見当がついたわ。 本当に……えぇ、本っ当に馬鹿げた作戦ね」

土御門「まぁ、誰だってそう思うだろうな。 出来の悪い都市伝説をクソ真面目に信じるようなもんだ」

土御門「こんな事を魔術師達の面前で発表しようものなら、今世紀最高の笑い話として拍手喝采間違いなしだぜい」

パチュリー「ふざけないで。 それを判っていながら、どうして彼の案に賛成したのかしら?」

パチュリー「貴方はもっと合理的で、現実主義的な人種だと思っていたのだけど?」

土御門「おいおい、そいつは心外だぜい。 流石に親友の命がけの頼みを合理性だけで切って捨てるような薄情者じゃないにゃー」

土御門「まぁ、論理もへったくれもないようなものだったら問答無用で却下してたけどな」

土御門「俺がカミやんの案を採用したのは、偏に『吸血殺し』の存在があったからだ」

土御門「吸血鬼の存在は御伽話だ何だと言われてるが、現実としてそいつらを滅ぼす能力は存在する」

土御門「しかも『吸血鬼もどき』もこの場にいるときた。 それなら一丁、試してみる価値はあるんじゃないかと思ってな」

796 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2017/01/16(月) 00:34:34.24 ID:B0pI08Tp0

吸血鬼を殺すとされる異能『吸血殺し』。
『竜の子の刻印』によって生み出された人造吸血鬼。
この二つが関わり合った時、一体何が起きるのか?


『吸血殺し』は人造吸血鬼にも正常に機能するのか?
それとも人造吸血鬼は所詮まがい物でしかなく、『吸血殺し』は不発に終わるのか?
はたまた、自分達の予想を外れるような不可思議な現象が生じるのか?


これは正しく、魔術界の歴史に残る実験と言えるかもしれない。
もしも『吸血殺し』が発動するならば、それは吸血鬼がこの世に実在することの証明に他ならないからだ。
外部の魔術師に情報が漏れでもしたら、界隈が瞬く間に混乱に陥ることになるのは必定である。
吸血鬼を抹消しようとする者と、吸血鬼をその手に掴もうとする者。
魔術界を二分に分ける戦争が勃発することになるだろう。


それを考えると、レミリア達が学園都市に居ることは非常に幸運である。
この街は魔術から最もかけ離れた場所。前統轄理事長が管理していた昔であれば、そうとは言い切れなかったのだが、
今では魔術を欠片も感じさせることのない、純粋な科学の街である。
魔術と科学の間に交わされた不可侵条約の下、魔術師は許可を得ずにこの街に侵入することは出来ない。
学園都市の上層部にしても、内部にいる魔術師である対して一定の監視を行っているだろうが、
実際に何をやっているのかを正しく理解できる者は少ないだろうし、ましてやその情報を外部の魔術師に横流しするはずもない。
従って、この場所では外部に対する吸血鬼に関する情報漏洩を心配する必要は無いのだ。

797 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2017/01/16(月) 00:35:30.79 ID:B0pI08Tp0

パチュリー「……胃が痛くなってきたわ」



だが、今パチュリーが気にかけていることはそんなことではない。
そんな魔術界の常識を覆すような実験を、『とりあえずやってみようぜ』というコンビニに行くような感覚で行おうとしている事実。
そして自分自身が、その実験の渦中にいつの間にか位置してしまっているということに辟易しているのである。


確かに彼女は科学に対して偏見を持たない、魔術師の中では変人と評される人間だが、
だからといって常識を一切合切かなぐり捨てているというわけではない。
『常識に囚われない』ことと『非常識である』ことは全く別なのだ。
この異常事態に対し、『はいそうですか』と首肯するのは魔術師としての矜持が許さないのである。



パチュリー「まさか、こんな事でこの案件に関わったことに後悔する羽目になることは思わなかったわ」

土御門「気持ちはわかるぜい。 だが、こればっかりは諦めてもらうしかないですたい」

パチュリー「そんなことは判ってるわよ……それにしても、やっぱり貴方は平気そうね?」

土御門「カミやんがぶっ飛んだ行動するのはいつものことだからにゃー」

土御門「それなりに付き合いも長いし、もう慣れたというか、慣れなきゃやってられないというか……」

パチュリー「ご愁傷様、とだけ言っておくわ」

土御門「そこは、『私が支えてあげる』って言ってくれてもいいんだぜい?」



そんな巫山戯た事を口走る土御門を余所に、パチュリーは視線を当麻の方へと戻した。
するとそこには五体投地で土下座している上条当麻と、それを無表情で見下ろす姫神秋沙の姿。
先ほどの話を鑑みるに、彼は無断で行動を起こしたことについて姫神に謝罪している真っ最中なのだろう。
一見大人しそうな彼女が男一人を土下座させるとは。意外と強気な部分もあるようだ。
これは少しばかり、認識を改めた方が良さそうだ。これから協力し合う相手なのだから、
相手の性格というものを正しく知っておくに越したことはないとパチュリーは考える。


――――実際の所その思考は、こんな状況でコントのようなことをしている二人に対しての、
ある種の現実逃避じみた行動であるのだが、そのことに彼女が気づくことはなかった。

798 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2017/01/16(月) 00:52:53.11 ID:B0pI08Tp0
今日はここまで
質問・感想があればどうぞ

今年もダラダラやっていくと思いますのでよろしくお願いします
799 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/01/16(月) 07:48:38.06 ID:VdIcwpOd0
乙!
吸血鬼分が無くなれば、超能力を扱うのに魔術的要素の阻害が減って、少しくらいはレベルが上がるかね?
800 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/01/16(月) 08:57:13.81 ID:hLOV3/i2o
乙です
801 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/01/18(水) 13:08:28.35 ID:5GK3kq3Y0
さぁーて、楽しい実験のお時間だァ〜!
802 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/01/21(土) 21:17:46.55 ID:irsDWeGU0
ZUNじろう先生!お願いします
803 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/02/05(日) 08:51:18.44 ID:pgu8sojI0
今日は来るかな?
804 : ◆A0cfz0tVgA [saga]:2017/02/13(月) 00:16:02.93 ID:/dRSXglt0
これから投下を開始します
805 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2017/02/13(月) 00:20:36.30 ID:/dRSXglt0





     *     *     *





806 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2017/02/13(月) 00:23:14.97 ID:/dRSXglt0

今回の事件の顛末を一言で表すならば、『最悪の事態にはならなかった』と表現できるだろう。


異端者として故郷を追われ、異国の地に隠れ潜んでいた二人の少女は、
一人の少年とその仲間達の手によって破滅の危機から救い出された。
最上の理想である『誰も傷付くことなく』とまでは流石にいかなかったが、
『絶望の結末(バッドエンド)』を回避できたことは素直に喜ぶべきことだ。


――――戦いを終えた彼等の行動を纏めてみよう。


先ず始めに一行は、気絶したレミリアを担いで用意した車に乗り込み、策を実行するに相応しい場所へと移動した。
去り際に徹底的に破壊された公園の惨状について、今後どうなるのかと当麻は心配したが、
土御門が言うには学園都市が『大規模なガス爆発事故』、もしくは『極秘実験における影響』として徹底的に隠蔽するらしい。
今回の件はイギリス清教と学園都市双方共に、『絶対に表沙汰にするべきではない』という点で意見が一致していた。
吸血鬼の刻印の情報が漏れでもしたら、世界をひっくり返したような大騒ぎになることは眼に見えている。
現在の不安定な情勢の中で騒ぎが起きるのは、魔術側にとっても科学側にとっても好ましくない。
従って学園都市が手を抜いた隠蔽工作をするということはあり得ず、心配はいらないだろうということだった。

807 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2017/02/13(月) 00:26:52.07 ID:/dRSXglt0

事情を知らぬレミリアが目を覚まして暴れ出さないように、パチュリーが彼女に催眠魔法を施す。
そして少しばかり窮屈な車に揺られながら数十分ほどかけて彼等が向かった行き先は、
入院した者はどんな症状の人間であれ、完治が約束されるという第七学区の病院。
何故その場所に行く必要があったのかといえば、レミリア達を人間に戻すための策は、
病院を経営している冥土帰しの手を借りる必要があったからである。


レミリアとフランドールの肉体は刻印による不完全な吸血鬼化によって、
『人間の肉体』と『吸血鬼の肉体』が混在した状態となっている。
通常の方法では、この二つの肉体を選り分けることはほぼ不可能だ。
冥土帰しならば時間をかければ可能かもしれないとのことだが、残念ながらそんな余裕は無い。


イギリス清教は事態の早急な収拾を望んでいる。
それだというのに、魔術側にとって核地雷と呼べるものを学園都市に預けるなど、
ましてや地雷の解除のために長々と時間をかけるなど許されるはずもない。

808 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2017/02/13(月) 00:30:03.86 ID:/dRSXglt0

当麻でさえも一度は詰みかと思ったこの状況。しかし、それを覆す手段は彼の身近に存在した。
それが姫神秋沙『吸血殺し』。嘗て数多の吸血鬼を葬ったと噂される破魔の紅血。
もしもその噂が正しいとするならば、『吸血鬼の肉体』のみを選択的に取り除くことが出来るかもしれない。
正にこの状況にお誂え向きの能力。だが早々全てが都合良く済むわけではなく、解決すべき問題もある。


その問題とは、『彼女等が自身の肉体を破壊される事に、果たして耐えられるのかどうか』。
『吸血殺し』は保持者である姫神秋沙本人でも、一切制御することが出来ない。
血を吸わせた時点で、彼女等の肉体は人間の部分のみを残し、文字通り『破壊』される。
フランドールはおろか、全身の半分近くを変化させてしまっているであろうレミリアに至っては、
『吸血殺し』を口にした瞬間、自身の肉体の半分を一挙に失うことになるのだ。
常識的に考えればその時点でほぼ即死。仮に運良く生き残ったとしても、重篤な後遺症を抱えて生きていくことになる。
これではどんなに良く見積もっても、『大団円(ハッピーエンド)』とは言えないだろう。


つまるところ、それを回避するための冥土帰しなのだ。
『患者が望むものなら何でも用意してみせる』と豪語する彼ならば、もしかしたら――――
その一縷の希望を求めて、上条当麻は世界最高峰の医師を頼ったのである。

809 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2017/02/13(月) 00:34:55.62 ID:/dRSXglt0

刻印の記憶は土御門とパチュリーに。吸血鬼の肉体は姫神と冥土帰しに。
当麻がするべき事は、スカーレット姉妹の肉体に刻まれた刻印を『幻想殺し』で消すことだけだ。
何から何まで他力本願であるが、異能を消す右手しか持ち得ない彼にはそれしかできることはなかった。


不満がないと言えば嘘になる。
特に彼としては、姫神秋沙をこの件に関わらせるつもりは毛頭無かったが為に。
彼女に対しては、頼る必要がなかったのならばこの一件を最後の最後まで隠し通すつもりだった。


姫神秋沙と吸血鬼。この二つは決して切り離せない。
過去において彼女の身に何があったのか、上条当麻は詳しく知らない。
本人が余り語ろうとはせず、当麻も積極的に聞き出そうとはしなかったためである。
三沢塾の事件の当時に見た、愁いを帯びた顔。それを鑑みれば、容易に踏み込むべきでは無いことは察しがついた。
同時に、彼女はそのことに関して未だ『何か』に後悔をしているのだろうということも。
それ故に姫神秋沙に対してこの一件を知らせることは、彼女が持つ自責の念を更に深くさせてしまう気がして憚られたのだ。


だが当麻が憂慮していた懸念は、実のところ全くの杞憂だった。
遅ればせながら事件に気づいた彼女が真っ先にとった行動は、当麻が自分に対し事件を隠していたことを責めること。
吸血鬼をどうこう言う前に、彼女は当麻が自分との約束を破ったことを真っ先に糾弾したのである。
自身の想像の埒外である行動をとった彼女を見て、一瞬唖然とした当麻であったが、
次いで襲ってきた『言い訳は許さない』という圧倒的な重圧と眼光を前に、
当麻は唯々その場に土下座して謝罪の言葉を口にすることしか許されなかった。
ただその心中においては、『事件を知ることが姫神の重荷にならない』という事実に心底安堵していたのだが。

810 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2017/02/13(月) 00:36:03.48 ID:/dRSXglt0

冥土帰し「来たね、待っていたよ」

御坂妹「こんな夜遅くに病院に厄介になるなど、夜遊びは程々にした方が良いと思いますが。
と、ミサカは紛う事なき非行少年たちにジト目を向けます」



第七学区の病院に辿り着いた一行に待ち受けていたのは、既に受け入れ準備を済ませていた冥土帰しと担架を担いだ『妹達』の面々。
どうやら土御門が予め連絡を入れていたようだ。『妹達』は眠り続けるレミリアを担架に乗せると、風のように院内へと運び入れていく。
さながら軍隊のような手際の良さに舌を巻くが、彼女達の出自を考えれば当然のことだろう。
パチュリーはレミリアに催眠をかけ続けるため、当麻達と一旦別れ『妹達』に同伴していった。


その作業の中で冥土帰しは、少しばかり溜息をつきつつ土御門に対して愚痴のようなものを零す。

811 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2017/02/13(月) 00:36:46.54 ID:/dRSXglt0

冥土帰し「まったく、僕としては患者が現れるのをみすみす見逃すようなことはしたくないんだけどね?」

冥土帰し「突然電話で『これから怪我人が出るから治療の準備を頼む』なんて言われる身にもなって欲しいね?」

土御門「それに関しては申し訳ないと思ってる。 だが、あんた以外に頼れる医者がいなかったんだ」

土御門「魔術と科学の双方に通じていて、尚かつ信用に足るとなると数限られるからな」

冥土帰し「魔術に関してはアレイスターと知り合いだったというだけで、そこまで詳しい訳じゃないんだけどね?」

冥土帰し「まぁ、求められたからには全力で答えるのが僕の信条だ。 彼女は絶対に救って見せよう」

冥土帰し「勿論、君たち二人も完治させてから退院させるよ?」

上条「ハハハ……」



一瞬冥土帰しの目が鋭くなったのを見て、当麻は気まずい顔をしながら頬を掻いた。


冥土帰しの病院は当麻の行きつけの病院であり、今までの間に数え切れない程お世話になってきている。
それこそ、既に病室の一つが事実上彼の専用になってしまっている程には。
何らかの事件に巻き込まれて怪我を負った場合、必ずと言っていいほどここに入院することになるのだ。
そんな明らかに不自然なことになったのも、おそらく裏でアレイスターが糸を引いていたからなのだろう。
自身の目的の要である上条当麻を、万が一にでも死なせないために。
学園都市の中でも最高峰の医療技術を持ち、尚かつ信用できる彼の庇護下に入るようにしたのかもしれない。


一行は今後の方針について話し合うため、冥土帰しの後について彼の診察室へと足を運ぶ。
その道中で当麻に背負われたまま眠っていたフランドールと、彼女と一緒にいると言い出したインデックスを病室の一室に預けた。
当然の如く二人が一緒になることに土御門は難色を示したが、御坂妹をお目付役として宛がうことで溜飲を下げてもらう。

812 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2017/02/13(月) 00:37:25.82 ID:/dRSXglt0

残った二人は冥土帰しに誘われるがまま、彼の仕事部屋へと入室する。
喜ばしいことではないが、冥土帰しの診察室も当麻にとっては見慣れたものだ。
決して広いとは言えない部屋の中には、彼専用のデスクと回転椅子。
壁際には多くの医学の専門書が収められた本棚が一列に立ち並んでいる。
大方仕事の途中だったのだろう、やや使い古された鉄製のデスクの上には、
点けっぱなしになっているパソコンと、患者のカルテの束が置き去りとなっていた。



冥土帰し「とりあえず君たちの治療については後で話すとして、先に本題に入ろうか」



冥土帰しは少年二人を椅子に座らせると、開口一番にそう繰り出した。
その眼の中に携えるのは、プロの医師としての意気込み。
先ほどよりも明らかに雰囲気が変わった冥土帰しに、当麻達の背筋に緊張が走る。



冥土帰し「大まかなことは土御門君から電話で聞いているよ。 何でも今運ばれてきた子の全身を蝕んでいる、
悪性の細胞を除去することに協力して欲しいそうだね?」

上条「はい。 ただ、それを取り除くことについては俺達の力で何とかできます」

上条「先生にはその後のことをお願いしたいと思って……」

冥土帰し「ふむ……つまりそれが『そちら』に関わることというわけだね?」

813 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2017/02/13(月) 00:37:59.15 ID:/dRSXglt0

土御門「そうだ。 レミリア・スカーレットの全身に散在している細胞は魔術側の手で作られたものだ」

土御門「そうである以上、そいつは既存の医療技術でどうこうなるようなもんじゃない」

土御門「あんたの腕前の疑うわけじゃないが、まず間違いなく治療には時間がかかるだろう」

土御門「そしてその時間を許せるほど、今は余裕がある状況じゃない。 だから細胞の除去は俺達の手で行わせてもらう」

冥土帰し「君たち子供に問題を丸投げするのは、大人としての矜持が許さないんだけどね……」

冥土帰し「ただ、必要ないと言っているところに無理矢理介入するのも考えものか。
わかった、そのことについてはより詳しい君たちに任せるとしよう」

冥土帰し「勿論、不測の事態に備えて立ち会いはさせてもらうけどね?」

土御門「そうしてくれると助かる」

冥土帰し「となると、僕は君たちが仕事を終えた後のアフターケアをすることになるわけだけど、
具体的には何をすればいいのかな?」

土御門「それは――――」

814 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2017/02/13(月) 00:40:24.44 ID:/dRSXglt0

土御門は冥土帰しに対し、自分達がこれから行う治療の方法、そして冥土帰しに行って欲しいことを伝えた。
嘘偽りなど一切ない。吸血鬼のこと、『吸血殺し』のこと、治療によって齎されるであろう事象など、全ての情報を開示する。
当麻は彼らしくないその姿に少しばかり困惑した顔をしていたが、それも無理からぬことだろう。


土御門元春は自他共に認める嘘つきであり、その何重にも張り巡らせた虚偽によって己の本性を覆い隠す。
そのようなことをする理由は、彼が科学と魔術を橋渡しする仲介役であり、
それと同時に双方の陣営に潜入している多重スパイであるがため。
蜘蛛の糸を綱渡りするかのような非情に危うい立場に立っている以上、
容易に他人に対し本心を見せるのは、ギロチンに自身の首を自ら晒すようなものだ。


だがそんな彼であっても、嘘をつくタイミングは弁えている。
冥土帰しは上条当麻の作戦を成功させる為の最重要人物だ。
彼の力無くしては、レミリアとフランドールを救うことは不可能。
ここで情報を出し惜しみしては、彼の十全な力を借り受けることは出来ない。

815 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2017/02/13(月) 00:42:45.00 ID:/dRSXglt0

冥土帰し「……なるほど、君の話からするに、かなり大がかりなことになりそうだね?」

土御門「あぁ、少なくとも体の大半を欠損した患者を生きながらえさせるだけの設備が必要だ」

冥土帰し「となると、必要となのは失われた臓器の代替と、細胞の再生を促進する培養液、後は生命維持装置かな?」

冥土返し「培養液と生命維持装置は『妹達』の調整に使っているものを転用できそうだね?」

冥土返し「代替臓器はいくつかスペアがあるはずだから、彼女達の体型に合ったものを一通り用意しよう」

冥土返し「後は設備を置く場所だけど、結構規模があるから場所は限られるね?」

冥土返し「君達が作業を終えた後直ぐに執りかからないといけないから……土御門君、
どのくらいのスペースが必要なんだい?」

土御門「いや、場所はとらない。 そこら辺の診療台の上でもできる」

冥土返し「そうか、それは都合がいい。 なら設備を置く大部屋と診察室が近いエリア……
ふむ、5階の南西にある区画が丁度いいね」

冥土返し「至急、設備をその場所に設置するとしよう」

816 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2017/02/13(月) 00:45:22.96 ID:/dRSXglt0

冥土帰しがそう言ってからの行動は早かった。


彼は手の空いた『妹達』や夜勤の看護師達に指示を出し、必要な物資を手際よく目標の場所に輸送させる。
1時間どころか10分もしないうちに齎された準備完了の報告に、当麻ならず土御門も心の底で舌を巻くことになった。


確かに彼が『超』のつく程の一流の医者であることは重々承知しているが、いくら何でも早すぎである。
彼だけでなく周囲のスタッフも優秀でなければ、こうも迅速な対応は出来ないだろう。
改めて冥土帰しの――――否、この病院の規格外さを二人は実感したのだった。



土御門「さて、果たして上手くいくかにゃー?」

パチュリー「今頃になって何を言ってるのよ、貴方は」



診察室へ向かう道すがら、土御門は独り言のように呟く。
それに対し、隣を歩いていたパチュリーが眉間に皺を寄せながら睨みつけた。



土御門「いや、今更ながら俺達のやってることは実に非合理的なもんだと実感してな」

土御門「この作戦は『吸血殺し』という存在だけを柱にして成り立っているようなもんだ」

土御門「それだけでも危ういってのに、肝心の『吸血殺し』は実体もよくわかっちゃいないものときてる」

土御門「常識的に考えれば、こんな作戦を実行するなんて正気の沙汰じゃない」

パチュリー「だから言ったじゃない。 馬鹿げた作戦だって。 そしてそれを黙認している貴方も大馬鹿者よ」

土御門「正論過ぎてぐうの音も出ないな。 ……そう言いながら、結局ここまで一緒に来てるあんたも同類だぜい?」

パチュリー「本当にね……」

817 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2017/02/13(月) 00:47:32.98 ID:/dRSXglt0

ふぅ、と肩を竦めて溜息をつくパチュリー。
死んだと思っていた親友と再会し。そして再会したばかりの親友と死闘を繰り広げ。
親友に敗北した挙げ句、命を諦めかけたところを助けられ。
最後には親友を助けるべく、こうして一世一代の賭けに出ようとしている。


今日という日は、一人の人間が体験にするには余りにも濃密すぎる一日。
まともに自身の気持ちの整理をする余裕もなく、ここまで走ってきた彼女の心労は如何ほどのものか。
常人であれば疲労の色を隠せないはずであるが、しかし彼女の表情にはさほどの陰りは見られない。
むしろ体の重石が取れたかのような、少しばかりの清々しさが感じられた。



土御門「ま、兎も角これで俺達も背水の陣って訳だ」

土御門「『最大主教』に報告もしないで、現場で巻き込まれた一般人に諭されて博打紛いのことをしようとしている」

土御門「もしもばれたら大目玉……今まで築き上げてきた立場やら何やらが跡形もなく吹き飛ぶって寸法だ」

土御門「オレのスパイ稼業も、そろそろ卒業ってところかにゃー……」

パチュリー「私としては本さえ読めれば、後はどうなっても良いわ。 今の立場が惜しいわけでもないし」

パチュリー「図書館の管理はリトルにでも任せて、隠居生活もいいわね」

土御門「その歳でもう隠居か? 第一、『最大主教』がそんな悠々自適な生活を許すと思ってるのか?」

土御門「あの女狐ことだ、嫌がらせで読書とは無縁の猫の手を借りたいくらい忙しい部署に配属されるぞ」

パチュリー「……………………心配いらないわ。 もしそうなったら、跡形もなく吹き飛ばしてあげるから」

土御門「おぉ、怖。 世界広しといえど、『最大主教』に正面切って攻撃仕掛けられる奴なんか片手で数えられるかどうかだぜい」

818 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2017/02/13(月) 00:50:58.44 ID:/dRSXglt0

腕を組んで怯える仕草をする土御門であるが、その隠そうともしない口角の釣り上がった顔を見ては説得力など皆無である。
しかしその不敬な姿を見た当のパチュリーは、何も言うことなく黙って歩くばかりであった。



上条「大丈夫さ」

土御門「何?」



そんな会話をしている二人に対し、前を歩く当麻が不意にそんな言葉を零す。
怪訝な顔をする一同に向かって振り返る彼の顔には、不安の感情など一切見て取ることは出来ない。
その代わりに張り付いている感情を言葉で表すとするなら、それは『確信』。
そう、彼は自分の考えた一連の策の成功を確信している。



土御門「随分と自信満々だな、カミやん。 ……何か根拠でもあるのか?」



余裕を持ちすぎている立案者の顔を見て、土御門は不可解そうに眉間に皺を寄せて問い質した。
すると当麻は少し困ったような、嬉しいような嬉しくないような、何とも言い難い表情をしながら頬を掻く。



上条「ちょっと、思うことがあってな」

土御門「は?」

上条「いやさ――――――――」

819 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2017/02/13(月) 00:54:39.38 ID:/dRSXglt0










上条「『不幸の避雷針』なんて呼ばれてる俺がいるのに、俺を差し置いて不幸になる奴なんているわけないだろ?」
だから、あいつ等に『人間に戻れない』なんて不幸が起きるわけないさ」










820 : ◆A0cfz0tVgA [sage saga]:2017/02/13(月) 00:57:32.54 ID:/dRSXglt0
今日はここまで
質問・感想があればどうぞ
821 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/02/13(月) 01:01:04.85 ID:uhciagy3o
乙です
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