魔女「ふふ。妻の鑑だろう?」

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302 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/10/05(月) 10:26:38.10 ID:5AzK3oO7o
乙です
303 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお迭りします [sage]:2015/10/05(月) 12:23:09.40 ID:wrULK/sqO
304 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/10/05(月) 19:21:06.23 ID:9fUh6+7EO
>>301

まぁそれを決めるのは作者だし
305 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/10/06(火) 20:04:09.47 ID:23q7bCh8O
つまりこれは勇者によるクーデターって事かしら?
306 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/10/07(水) 09:29:56.19 ID:miittZUVO
主犯は勇者なのかなって
307 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/10/09(金) 02:54:25.48 ID:xzhCBjuTO
良い奴から死んでいく法則
308 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/10/11(日) 21:32:21.22 ID:wZwpyTtY0
賢者殺したら許さん
309 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/10/14(水) 19:36:03.95 ID:Ib97cq8co
おつ
310 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/10/15(木) 11:19:53.56 ID:gNbaGjQWO
まだかー
311 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/10/22(木) 00:55:34.83 ID:GXsKHRI30
ご無沙汰しております。
ちょっとだけ時間が取れたので、
もうちょいしたらちょっとだけ投下します。

かなり期間が開いてしまいました。
申し訳ありません。

魔法の王国編の導入部だけでお茶を濁す作戦。
312 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/10/22(木) 01:20:08.92 ID:GXsKHRI30

*****


戦士「盗賊!?」


声がしたその時、
機を伺っていたのであろう、勇者の背後に現れた壮年の男が、
勇者に向け、桶に汲んだ水を浴びせた。
投げつけられた桶如き、勇者の身体能力をもってすれば、
容易く避けられるものだが、

しかし声に虚を突かれた勇者は身を固めてしまい、
全身に水を浴びる事を、完全に許してしまっていた。


盗賊「…お許しを」


盗賊は手に、
内反りに湾曲した、大振りなナイフを構えている。
それは決然とした戦闘態勢だ。
盗賊の装束は街着のままだが、
その姿こそが市井に潜む無頼の男の真の姿なのだろう。


勇者「………君まで、裏切るの?」

盗賊「そのつもりはありません。
   …しかし、あなたの行動を諌める事も、
   私の賜った役目かと」

勇者「そんな事頼んでないよ。
   君に、その資格があるとでも?」


勇者は身体を戦士に向けたまま盗賊と話をする。
顔は伏せられ表情は読めないが、
その双眸に宿った暗い輝きを、声色から容易に知ることができた。



313 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/10/22(木) 01:22:56.47 ID:GXsKHRI30



盗賊「これは君のすべき事ではない。
   私がこうして君の生き方を正す事は、
   君に仕えた時から、決めていた事だ」

勇者「…意外に、つまんない事で死ねる男」


勇者は言うなり、逆巻く波の如く反転し、
壮年の男へと躍りかかった。


盗賊「ぐ、っ――――!!!」


眉間に迫るオリハルコンの剣。
神速の踏み込みから唐竹に振り下ろされた刃を、
盗賊は湾曲した短刀で防ぐ。


勇者「君、戦えたんだ。
   知らなかったよ。
   君が戦えるなら、これまで僕も苦労しなかったんだけど」

盗賊「なに、…嗜みのようなものです。
   披露する機会は無いと思っていましたが」

勇者「全く、鼠賊如きが剣士の真似事を…ッ!」


響き合う、剣と短刀。
盗賊はトップヘビーなグルカナイフの利点を活かし、
しなやかに距離を稼ぐような軌道で、身に迫る剣を迎撃する。
それは驚嘆すべき達人の技だ。
しかし盗賊が達人ならば、
対する勇者の剣腕は超人の域。
人の身で人ならざる膂力を誇る魔神と互角に打ち合う程の。



314 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/10/22(木) 01:24:18.68 ID:GXsKHRI30



盗賊「(やはり、及ばぬか………ッ!)」


盗賊の顔に焦りが滲み出る。
そもそも勇者と剣を交わす事が、彼にとっての死地となる事は、
彼なら理解できていただろう。

得物の間合いの不利。
足に古傷を抱え、疾走が許されぬ事。
力量の差。
グルカナイフは厄介な武器だが、
その利は投擲にこそある。
接近戦では決め手に欠ける武器を用いる事に加え、
足を使えず距離の取れない事からしてこの状況は、
勝利もなく敗走も許されぬ、
ただ死を待つ戦いだ。

一際高い剣戟の音がして、
ふたつの刃が鬩ぎ合う。
鍔元で刃を受ける勇者に対し、
盗賊は反りの中央に落としこむように受け止める。
体格は盗賊が有利だが、勇者の鋭い踏み込みによる体勢の差が災いし、
拮抗した鍔迫り合いとなった。


勇者「実はなかなか腕が立つみたいだけど。
   あんまり怖くはないかな」

盗賊「…ご冗談を。
   あなたが恐怖を感じる事など、ありはしないでしょうに」


鍔迫り合いは続く。
どこか愉悦を覚えたような勇者とは対照的に、
盗賊はもはや忘我の域にでも居るのか、
表情は引き攣り、大粒の汗を額に浮かばせ、
しかし確かな感情の昂ぶりを見せている。

それは使命を帯び絶望の戦場に赴く兵士の貌。
そこに趨勢を案じる必要は無く、
ただ使命のために己を賭すのみ。
そこが生の終着地となろうと、
己が役割を果たさんとするだけの男の貌だ。



315 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/10/22(木) 01:26:23.96 ID:GXsKHRI30




盗賊「ぐっ――――!!!」


先に限界を迎えたのは盗賊だった。
崩れ落ちるように蹴り足にした右膝を折り、
だらしなく地を這い、勇者の間合いから逃れようとするが、


勇者「じゃ。
   なかなか楽しかったよ―――」


銀髪の女性は、その背に上段に構えた剣を容赦なく振り下ろす。


勇者「――!?」


しかしその剣が届く事は無い。
振り下ろされた剣は、斧槍の穂先が迎え撃つ。
戦士がホールの隅に昏睡状態の賢者を横たえ、
手助けに戻るだけの時間を、盗賊は稼いだのだ。
弾かれた剣先を眺め、勇者は苛ついたように唇を噛み締める。


勇者「………ちっ、君まで」

戦士「わりぃけど、俺はそいつの護衛の仕事を受けたんだ」


理由はわからないが、
勇者は水に濡れていては雷魔法を扱えないようだ。
加えて間合いを詰めれば、接近戦なら勝機がある。

しかしそれでも、ただひとつの懸念材料があるが―――


勇者「……………っ、」


先程の赤黒い球体だ。
正体はわからない。
しかしその威力、直撃すればひとたまりもないだろう。


盗賊「旦那、殺しはいけません。
   ………頼みます、無力化を」



316 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/10/22(木) 01:29:49.63 ID:GXsKHRI30




勇者「捕まえる気?」

盗賊「そうです。
   あなたが"彼"の命で動いているとすれば、
   まずあなたの身柄を確保しなければ」

勇者「……そうだよ。
   でも勇者ってのは、王の命令で動くものでしょ」

戦士「なんだかわかんねぇが諦めろ。
   2対1だ。
   趨勢は決まっただろう」


戦士は立ち上がった盗賊と挟む形で勇者と対峙し、
その中で戦士一人のみ、摺り足でじりじりと間合いを詰める。
接近戦しか脳が無いという事は実に不便だ。
だが立ち合いとは長所の潰し合いといえる。
勇者はまごうことなき強者であり、
どんな強者に総合力で劣っていようと、
「接近すれば打ち勝てる」という強みを持つ戦士もまた、
超人の域の者であるという証として過言無い。

先に仕掛けたのも、やはり戦士。
彼にとって細かな技など必要なく、勇者にとっても警戒すべきはその威力のみ。
ただ実直な突き込みを、勇者は僅かに身を捻り躱す。
しかし――――


勇者「……は、やっ……!!」


その突き込みの速度は、勇者の想像を遥かに超えていた。
繰り返される刺突と縦横無尽な薙ぎ払い。
戦士が踏みしめる蹴り足は床を割り、荒れ狂う薙ぎ払いは、
暴風のようにホールの机や椅子を舞い上がらせる。
勇者はひたすらに追われる刃先を近づけないよう、
追い散らされる鹿のごとく防戦に徹する事しかできず、
武器使いとしての技量の差を、ひしひしと肌に感じていた。



317 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/10/22(木) 01:30:22.99 ID:GXsKHRI30



勇者「………はぁ、はぁ………つ、よいね、ほんとに…」


だが勇者は同時に、確かな血の滾りも感じた。
戦士のファイターとしての技量はまさに無双のものだが、
勇者はそもそも剣と魔法とを複合的に用いる魔法剣士だ。
決して武器による戦闘のみで優劣が決まる訳はない。

難敵を前に、自らの長所を頼りに血が滾るなど、
そんな清冽な覚悟はとうに捨てたものと思っていたが、
どうやら武人としての自己も捨てたものではないらしい。
多少の距離を取り、向かい合う。
荒い息をつく勇者と対照的に、戦士は汗ひとつ流していない。

そのとき、勇者の真横から、気配を殺して見守っていた、
壮年の男が斬りかかる。
戦士との剣戟で疲弊した事が災いしてか、
先程まで圧倒していた相手の連撃さえ、精々凌ぐ事しかできない。
盗賊の短刀が勇者に届く事こそ決して無いが、
勇者の力はもはや盗賊と伯仲の領域まで落ち込んでいた。

剣戟の中、盗賊の左手が腰に伸びる。
同時に盗賊は一瞬のうちに胸元で右手の短刀を逆手に持ち替え、
勇者の握る剣の鍔元に短刀の背を絡ませた。


勇者「――――ッ!?」

盗賊「お許しを」


絡ませた腕を右へ振りぬき、勇者の側頭部が露わになる。
身を捩る勢いをそのままに盗賊は左手を振るう。

その手には、紐の先に金属塊のついた武器が握られていた。



318 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/10/22(木) 01:33:02.55 ID:GXsKHRI30



勇者「―――ぁ、ぅぁ―――ッ…」


太く重苦しい音と、高い金属音がして、
勇者の額に光っていた"神託の証"が宙を舞う。
衝撃は鉢金を通しても充分に脳を揺らしたようで、
勇者は額を押さえ蹲った。

戦士は盗賊の手に握られた武器を目にし、記憶を巡らせる。
記憶が正しければあれは東洋で生まれた暗器の一種だ。
縄の先に金属の重りをつけ、振り回し攻撃する。
それなりに遠心力をつけなければ効果的ではないためか、
盗賊は一度背で振り回してから攻撃に移った。
武器の持ち替えからディスアームまでとそれは同時に行われた事。
一朝一夕でできる芸当ではない。


勇者「……暗器、使い…っ」

盗賊「―――旦那、拘束をお願いします。
   最悪眠らせても」

戦士「紐なんて持ってねーよ。
   それ、貸せ」


戦士は盗賊から流星錘を受け取り、勇者の腕を後ろ手に縛る。
弾かれた鉢金を見やると、大鎚で叩いたかの如く、見事にひしゃげていた。
鉢金が無ければ死んでいると見て間違いない。


盗賊「すみません、勇者殿。
   しかし、あなたの望みとは…」

勇者「…うぐ…わ、かってる、はずだよ。
   僕の望みは、ずっとひとつ」

盗賊「………私は。
   あなたがこうして変わり果てて行く姿を、
   ただ見ていただけだった」

勇者「…………そうだ。
   君は、ただ見ていただけだった。
   いや、…初めは。
   見てすらもいなかったんだ」



319 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/10/22(木) 01:35:53.66 ID:GXsKHRI30



戦士「おい、盗賊。
   外が騒がしいぞ。
   さっさと逃げねーと、新手が来る」

盗賊「あなたは賢者殿を。
   私は、この子を…」

賢者「……その必要はないわ。
   どうやら、あなたに助けられたようね」


休んでいるうちに回復したのであろう賢者は、
頬を僅かに紅潮させ吐息も未だ荒いが、
なんとか足は動くようだった。


賢者「髪が濡れてるわね。
   …ふーん。
   そっか、水は雷を通しやすいから。
   濡れてちゃ使えないってわけね」

勇者「……………」

戦士「賢者、走れるか?」

賢者「多少なら平気よ。
   …頭はずきずきするけど、
   魔力切れは初めてじゃないから」

盗賊「行きましょう。
   脱出経路は調べてあります」

勇者「………ふざけないでよ。
   絶対に、逃がさない」


盗賊が勇者に手を掛けた時、
勇者は手を縛られたまま、投げやられた剣に弾かれたように跳躍した。
落ちた剣で紐を切り、手を縛る流星錘がはらりと地に落ちる。
勇者の左手には魔力が練られていた。
身体を濡らす水はもはや渇き、
ただ蒼い光と薪の音が響く。



320 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/10/22(木) 01:37:50.54 ID:GXsKHRI30



戦士「賢者!後ろに隠れてろ!!」

賢者「―――ッ!」


結局、状況が戻ってしまった。
距離を取られ、勇者の手には魔力。
対してこちらは、魔法に抗する力を持たない戦士と、
病み上がりの賢者、速く走れない盗賊。


勇者「昔盗賊に、
   …僕の望みを語ったね」

盗賊「…ええ」

勇者「それは今でも変わってないよ。
   いや、ずっと変わらないんだ」

盗賊「……………」


盗賊は痛々しげに目を伏せ、
しかしすぐに揺るがぬ眼差しで勇者を見返した。


盗賊「君の望みが、そうであるなら。
   "家族"を求めるのであれば、
   …君は、彼に従うべきではない」

勇者「…求めるんじゃない。
   取り戻すんだ。
   あの頃を!!あの時を!!!」


声は徐々に振り絞られ、
やがて後悔を越えた慟哭となる。


勇者「僕は、自由になるんだ!
   あの館から!暗い地下の底から!
   魔法の王国からも!中央王国からも!!
   "彼"からも!!!」


悲しみに引き裂かれるような。
はじめから叶わぬと知る願いを訴えるような。

失った生きる意味を取り戻そうとするかのような。


勇者「最後の家族と一緒に!!」

盗賊「…しかし、彼女は、もう」

勇者「うるさいうるさいうるさい!!
   元はといえば君が悪いんだ!!
   奴隷商の癖に僕に優しくなんてしないでよ!!!」

盗賊「ただ、私は君に―――」

勇者「君は殺さないよ。
   君はずっと見続けるんだ。
   僕と、――――」

盗賊「………………ああ」

勇者「魔女の、結末まで」



321 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/10/22(木) 01:39:47.71 ID:GXsKHRI30



勇者の右手から放たれる雷。
それは戦士でも盗賊でもなく、
戦士の背後の賢者を狙ったものだった。

雷は弧を描くように放たれた。
その軌道は尋常では予測し得ないものだ。
魔法に疎い戦士は勿論の事、
魔法使いである賢者でも。

故に、勇者の傍に在り続けた盗賊が、
2人よりも早く行動に移る事ができたのは必然だったのだ。


勇者「―――――え?」


賢者を庇う形で身を投げ出す壮年の男。
いかづちは無慈悲に命を奪う。
男の胸元に直撃した雷は、不条理なほどの殺傷能力で、
その心の臓の動きを停止させた。



322 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/10/22(木) 01:41:43.80 ID:GXsKHRI30



不運な事に、部屋には窓が無く、
外の状況は望めなかった。
城内での帯剣は許されてはいるが、雪崩れ込んだ衛兵たちの数は多く、
突破する事も不可能ではなさそうだが、
こちらも無傷では済まないだろう。

影響はどこまで及んでいるのか。
大将は、先に始末しておく、と言った。
自らの出自を慮るに、
では事態は切迫しているに相違なかろう。


憲兵「…王国軍大将ともあろうものが、
   卦体な謀に手を染めたのか」

大将「王国軍を真の大陸の覇者とするに必要な事よ」


顎を撫で回し、下卑た笑みを浮かべ、大将は言葉を繋ぐ。


大将「勇者殿を見て確信したのだ。
   我が王国の王家には、血は伝わっていないとな」

憲兵「……………」

大将「魔法排斥?馬鹿馬鹿しい。
   王家の血筋に魔力が宿らぬ言い訳だろうに。
   魔法を認めてしまえば、王家の血筋が詳らかになる危険もある。
   民草は与太話をよく信じるからな。
   ……しかしその割に、躍起になって研究所を建造するあたり、
   さもしいものよ」

憲兵「…王国軍は既に大陸の覇者だ。
   そもそも、魔法などという不公平な力に依存することは、
   文明として危険な事だ」

大将「だが現に、神託の者などというくだらぬ演出に、
   王国は大いに沸いたではないか」

憲兵「それは、あなたがお膳立てをした―――」

大将「そうだ。
   三文芝居もいいところだが、
   まがい物とはいえ英雄と同じ力を振るえるというだけでこの通りだ。
   愚かな民草どもにはいい慰みだろうよ。
   …まぁ、故に、わしの目指す王国に王家は必要ないのだ」

憲兵「……………」

大将「英雄の血を引いておきながら――――
   その象徴たる、雷の力を受け継いでいない王家などな」



323 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/10/22(木) 01:42:53.98 ID:GXsKHRI30




憲兵「…愛国故の造反とばかり思っていたが、
   なんの事もない、ただの強権的なテロリストとはな」


吐き捨て、抜剣する。
同時に己の無能さを嘆いた。
軍警察の地位にありながら、ここまでの造反を許してしまったのだ。

しかし、今知り得た事をよしとせざるを得ない。
軍議には王も出席するのだ。
恐らく軍議が始まってしまえば、
その場で国家転覆は完了してしまうのだろう。


大将「王家の血筋は根絶やしにする。
   くくく、そしてそれはあなたも例外にはならん」

憲兵「………ほざけ。そうはさせん」

大将「城内に味方が居るとは思わない方がいい。
   では、わしは失礼しよう。
   せいぜい足掻くがいい―――――」

憲兵「待て、貴様!!」

大将「―――――第二王子殿」


大将がこちらに背を向けた時、
一人の衛兵が斬りかかってきた。

視界が閃光に包まれるのと、それは同時。
室内の誰もが目を眩ませ、
気付いた時には手を引かれ、
大将を通そうと兵たちが開けた道へと誘われていた。



324 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/10/22(木) 01:44:04.22 ID:GXsKHRI30



勇者「……………なんで」

戦士「お、おい!!
   盗賊!!!!」


勇者は呆然となにかを呟き続け、
戦士は倒れ伏す男を抱き起こし、
賢者は男の身を確かめようと、残り滓のような魔力を振り絞る。

しかし賢者が首を横に振った時、
勇者はなぜ、どうして、と呟いたのち、


勇者「……………つまんない」


それだけはっきりと声に出し、
その場に背を向けた。


戦士「待て、勇者!!!」


勇者の身体にはなおも雷が纏わりついている。
それは追えば殺すという意味だ。
勇者は一度も振り返る事なく、
扉の先に消えてしまった。


賢者「………逃げるわよ。
   彼は…置いていくしか…」

戦士「……ああ」

賢者「…あんたのせいじゃないわ。
   …絶対に、違う」

戦士「わかって、るよ」


恐らく、考えあぐねる時間はないのだろう。
2人は少しだけ倒れた男を見、
外へと駆け出した。



325 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/10/22(木) 01:46:32.23 ID:GXsKHRI30



――――――そこで、物見の水晶球への魔力を切る。

盗賊の死は慮外だが、
彼女の意思を継ぐ者の顔を知る事ができた。
賢者が魔力切れを起こしてくれたおかげだ。

あの武器は、ミスリルだろうか。
また随分と嫌われたものだ。


「ふふ、ははは――――。
 死んでも、僕の、邪魔、するんだねぇ――――」


ここは暗い地の底の館。
誰も知らぬ、時の流れに埋葬された場所。
領地には死にきれぬ哀れな人形が徘徊し、魔獣たちが庭を守る、
涜神の館。
ここは死の国。
"彼"の作り上げた、"彼"の王国。


「早くおいでよ。
 負けないよー、なんつって。
 ははははははは!!!」


戦士はまだ、知る事はない。
大陸に巣食う、本当の敵の姿を。



326 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/10/22(木) 01:49:17.95 ID:GXsKHRI30



如何に鍛えようと、
何人を打ち倒そうと、
所詮は人の身ひとつ。
そんな詮無き事、十を過ぎる頃には悟ったはずだ。

しかしそこで歩みを止めず、愚かと知りながら、
人の身ひとつで出来る事を必死に探し続けてきた。
それは無駄に等しい足掻き。
しかしそれが真に無駄ならば、
人とはその無駄こそが生ならば、
なんとこの世は無常な事だろう。


「昨夜!!王立魔法研究所への、魔法の王国と思われる兵による攻撃があった!!」


少女の描いたたったひとつの夢。
その夢の彼方に、千、万の潰えた夢がある。
その夢を思えば、昨夜は、万に一つの機であったはずだ。


「国王は事態を重く鑑み、
 自ら近衛騎士団を率い出撃したが、
 魔法の王国の新兵器と思われる攻撃の前に、奮戦し全滅!
 あろうことか、国王までも崩御された!!!」


所詮無明の旅だったのか。
冬の訪れを告げる、冷たい風が肌に刺さる。


「中央王国評議会は、既に国境封鎖を決定した!
 研究所襲撃を事実上の宣戦布告と見做し、
 国王の弔いの為、
 第六師団長、救国の英雄と称される勇者中将に非常時大権を委任!」


彼女の夢は、戦争を止める事。


「現時点より、我が国は戦争状態となる!!!」


俺は彼女の意思を、継いだはずだった。



327 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/10/22(木) 01:52:20.43 ID:GXsKHRI30



賢者「………どう?」

戦士「…駄目だ。
   どこに行っても兵隊がうろうろ。
   こりゃお忍びで国境越えは無理だな」

賢者「魔法も探知されるでしょうねー…」

戦士「…ま、俺は俺で、なんとかするよ。
   お前も、一人の方がなんとかなるんじゃねぇか?」

賢者「そうね。お互い単独の方がやりやすいかも。
   あんたは一応、王国軍所属だし」


兵長のご母堂から、兵長の死を聞かされた。
下手人はわからないとの事だが、
…勇者の手による事だと、なんとなくわかった。

…勇者がどんな意図で行動しているのかは、
俺にはわからない。
唯一、知るはずの盗賊も死に、
結局俺の仲間は、賢者だけになってしまった。


賢者「じゃ、私はとにかく、
   一度魔法の都に戻るわ。
   あんたは?」

戦士「…俺は、火竜山脈に向かうよ。
   あいつの研究室を見つけないと」

賢者「そ。
   …きっと、見つかるわ。
   あんたが、あの子の事を想い続ければきっとね」

戦士「………そうだと、いいがね」



328 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/10/22(木) 01:53:19.87 ID:GXsKHRI30



賢者「じゃ、気をつけてね」

戦士「………ああ。
   お前もな」


賢者は一度背を向けたが、


賢者「…あ」


なにかを思い出したように振り向いた。


賢者「そういえば、言いたい事あるんだけど」

戦士「ん?」

賢者「………うーん」

戦士「なんだよ」

賢者「…やっぱり、いいわ。
   次に会った時の方が良さそうね」

戦士「な、なんなんだよ」

賢者「んーん。いいの。
   とにかく今は、あの子の言う事、聞いてあげて。
   私、魔法の王国で待ってるから、
   その時のあんた見て、決めるから」

戦士「…よくわかんねーけど。
   はは。じゃあ、意地でも死ねねぇわ」

賢者「当たり前じゃん。
   私より先に死んだら怒るからね。
   じゃあ、またね」


そして彼女はいつものように、
一陣の風と共に消えた。



329 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/10/22(木) 02:00:21.32 ID:GXsKHRI30



思えば旅を始めてから、
一人旅は初めてだ。
勇者と、盗賊と、賢者。
辺境を発ってから、常に誰かと行動を共にした。

師と仲間を同時に失ったからか、
それとも一人になった事で彼女の死をより強く感じるからか、
ふと空虚な闇を、心に感じてしまう。


戦士「………旅を、続けよう。
   まだまだわからない事が多いんだから」


先は長い。
立ち止まっている暇はない。

空虚な心は軽くて良い。
次なる目的地、火竜山脈へ。
雪が降るまでに着ければ良いのだが。


330 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/10/22(木) 02:02:14.11 ID:GXsKHRI30
今日の分終わりです。
>>1を完全に無視しています。
申し訳ありません。
許して…お願い……。
331 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/10/22(木) 03:59:44.03 ID:RfH0yjhko

続きを気長に待ってる
332 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/10/22(木) 05:51:35.88 ID:MUikWtjAO
乙!
待ってたぜ!
333 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/10/22(木) 09:42:14.85 ID:3oKTTFDUo
乙です
334 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/10/22(木) 14:56:00.42 ID:VdhZuSQFO
乙!
面白いよ
マイペースでいいから続けておくれ
335 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/10/24(土) 11:21:17.21 ID:+pLwHqTjo
おつ
336 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/11/06(金) 00:22:43.12 ID:ZdYx0jZqO
保守
337 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/11/19(木) 07:54:18.51 ID:TTswnx2PO
まだかな?
338 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/11/22(日) 16:43:43.47 ID:RJ1HzsC/O
ご無沙汰しております。
今晩更新します。
という生存報告。
339 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/11/22(日) 16:48:51.42 ID:kqBxNA+ko
うお
待ってた‼
340 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/11/22(日) 16:54:45.71 ID:6k7iZVzDO
楽しみにしてる
341 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/11/22(日) 19:17:01.81 ID:hQbQJ2vAO
了解!
待ってた!
342 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/11/22(日) 19:53:27.32 ID:WN+UhwwKo
やったぜ
343 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/11/23(月) 01:11:28.19 ID:9DwdlqBj0



中央王国の北部、魔法の王国との境界は山岳地帯になっていて、
裂け谷と呼ばれる谷間に中央王国にとって重要な拠点となる砦がある。
砦といっても城や城壁のような建造物があるわけではないが、
北部には断崖から蛇行して降りる細い道が一本のみ、魔法の王国領まで繋がっていて、
地形として防衛に非常に適している、天然の要塞だ。
この道は互い違いに石造りの段で築かれており、折り返すごとに石碑が立てられている。
魔法の王国領を一望できる上、南東に荘厳に聳える火竜山脈が後部からの偵察と奇襲を防ぐこの地を守る限り、
中央王国北部の守りは鉄壁であると言われた。


賢者「…なんとかならないものかしら。
   ここを奪わない限り攻め込めないけど、
   ここを奪う事は不可能に近いだなんて」


夜、一人王都を抜けだした賢者は、
一夜のうちに裂け谷砦に辿り着いた。
一夜にして80キロを踏破する、徒歩としてそれは驚くべき移動速度だ。
戦士と別れた事は正解だった。
単独であるからこそ、王国軍が裂け谷砦の防備を固める前にここに辿り着けた。
非戦時、砦にはおよそ200名の人員が割かれているが、
その程度の防備なら、この魔法使いにとって突破する事は容易い事だろう。


賢者「崖下の森に身を隠せれば、
   魔法の都まですぐね。
   …馬を調達できればいいけど、
   崖を下る時目立ちすぎるかしら」


陽の昇る前に裂け谷砦を抜ける必要がある。
見張り番の息の根を止め、賢者は崖へと向かう。

そしてその時、静穏だった賢者の心が、少しだけ傾いだ。


賢者「……………ちぇ。
   依存、してる」


魔研を最後に会っていない、不出来な部下を思い出す。
彼は無事だろうか。
魔法の都に着けば、消息はわかるだろうか。

不出来な部下だが彼の存在は、賢者にとって大きかった。
これがもし彼の結末だとしても、それを恐れ自らの指揮下に置いていたとしても、
全ては彼が望んだ事だ。
忠告はしたとはいえ、それが彼の選んだ道なら、彼を守り抜く事は自らに課せられた役目だった。

では賢者の失態とは、さしずめ力不足という事か。

国王への報告を終えたら暇を貰おう、などと嘯く。
そうしたら、今度こそ胸を張り故国を守れる仕事にでも就こう。
戦争が避けられぬなら、
その戦いの果てが平和であるべきだ。

世が平和になれば、命を奪いすぎたこの身も、
平穏に暮らす事も許されるかもしれない。


344 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/11/23(月) 01:13:34.29 ID:9DwdlqBj0



老婆「ああ。今年はまだ、降っとらんはずじゃよ。
   毎年11月の半ばじゃな。
   上の方は根雪になっとるが、中腹を抜ければいい」

戦士「そうか。
   なら雪の心配はないな」

老婆「あんた、火竜山脈なんぞを抜けてどうするんじゃ?
   鉱山都市を回れば山間の街道があるのに」

戦士「少し探し物があるんだ。
   そうだな、食料を買い込みたい。
   どこかに店はないか?」

老婆「良いが、この街は高いよ。
   少し登れば烽火台がある。南部諸侯国に救援を伝えるためのものだけど、
   今となっては老兵たちが余生を過ごすだけの施設じゃ。
   そこで分けてもらうといい」

戦士「わざわざありがとう。
   なら、そうさせてもらうよ」


火竜山脈を越える道を選んだ理由はひとつだ。
可能性は高いとはいえ、彼女の研究室は必ずしも火竜の巣穴にあるとは限らない。
山脈を横断しても南を迂回しても然程時間は変わらないため、
少しでも長い時間、山脈を探し回れるルートを選んだ。


老婆「食料はそれでいいが、それなりの準備をして行きなさい。
   山脈の魔物たちは手強い」

戦士「魔物が相手なら問題ないさ。
   それなりに腕に覚えもある」

老婆「…神の導きのあらんことを」

戦士「よしてくれ、俺は違う」

老婆「おや、この辺りでは珍しいねぇ。
   …なら、武運でも祈ろうかの」



345 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/11/23(月) 01:14:08.28 ID:9DwdlqBj0



朝方のうちに烽火台に着くように、
日の出を待たず登頂を開始する事にした。
携行魔力灯のつたない光を頼りに闇の山中を歩く。
樹林帯の山道は険しく、霧が身体に張り付き、
汗をかいたような錯覚を覚える。
気温はむしろ低いのに身体が茹だるように錯覚してしまう事が、
余計に体力を奪う原因なのだろうか。


戦士「さっさと林を抜けたいな、こりゃ。
   魔物に出くわしませんように」


烽火台は山の中腹、林を抜け岩肌が目立つようになれば見えてくると聞いた。
地元の老人の話では4時間も登れば着くそうだが、その見通しが甘かった事には存外すぐに気付いた。
山道に慣れていない自分では、何時間かかるのかわからない。
手持ちの焼き菓子を齧り、更に林を歩く。

陽の光が顔を出し、気温が上がり、
疲れから鈍く熱を持つ膝をひたすら動かし続ける。
そうして6時間後、視界が開けた。
時刻は11時。
地元の人間しか知らぬ道があるのか、ペースが遅いのかはわからないが、
とにかく空き地に出た。
まだまだ余力はあるが、一息入れる事とする。

高地は空気が薄いと聞く。
6時間登っただけで、随分と息苦しいものだ。
岩場に腰を下ろし、来た道を確認すると、林の向こうに大きな湖が見下ろせた。
旅路の気の重みを差し引いたとしても、なかなかに素晴らしい見晴らしなのだろう。
前方には樹林帯が見下ろせ、そのすぐ先にまた山が見える。
その山の中腹に、小さく小屋が見えた。
間抜けな事に、どうやら登る山を間違えたようだ。

小さくため息をつく。
陽の差さぬ樹林帯が方向感覚を狂わせたのだろうか。
どうにかして、枝尾根伝いに回れないかと眺めていると、
小さく、唸り声が聴こえた。


戦士「……………」


小屋を眺める、その背後。
少し離れた岩場に、こちらを伺っている四足歩行の魔物が見える。
体毛の薄い褐色の肌。
野蛮な細い目と大きな胴体を、力強く太い四肢が低く屈ませ、
醜穢な口元は巨大な牙を剥いている。
その体躯は馬ほどもあり、太く響く唸り声は虎を思わせた。
更に不穏な事に、その背後には林が広がっている。


戦士「…魔狼か。
   群れ、だろうなぁ…」


1体でもなかなかの強敵だが、魔狼はその名の通り、
狼のように群れをなして行動する。
胸の飾り毛を見せつけるように魔物は誇らしげに遠吠える。
獲物を見つけた事を知らせているのだろうか。

姿を現していた1体が岩を蹴ると、林から次々とまた魔狼が飛び出してきた。
岩場を駆ける音はまるで鼓を打ち鳴らすが如くその体躯の大きさを予感させ、
涎を撒き散らし剥かれた牙がその殺傷力を如実に表わしていた。



346 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/11/23(月) 01:16:47.80 ID:9DwdlqBj0



戦士「でああっ!!!」


最初の1体を迎撃する。
飛び上がった魔狼の下に飛び込み、すれ違いざまに首を飛ばした。
林を見やると、視認できるだけで15体ほどの魔狼が見える。
疾駆するその速度は駿馬と変わらぬものだ。
囲まれる危険はあるが、ここで迎撃する他ない。

突進してくる次の1体をやり過ごし、横脇から逆風に切り上げる。
しかし3体目までは防げなかった。
突進をまともに受け、膨大な質量を感じた瞬間、
10メートルほど離れた岩壁まで吹き飛ばされた。


戦士「ぐ、はっ……」


斧槍を離さなかった事は奇跡に近い。
一斉に飛びかかる肚か、
魔狼たちは一定の距離を保ち吠えかけてくる。
頭から痛みを振り払い、斧槍を構え、

―――頭上を、狙った。

岩壁の背後から狙っていた1体の頭部を串刺しにする。
そのまま力を込め、魔狼たちの前に躯と化した1体を投げ捨てた。


戦士「…魔狼の狩りは、得物を追い詰め背後から狙うんだったな」


魔狼たちは多少怯んだ様子を見せたが、
より一層速度を増し、一斉に突進してきた。
その一体を逆袈裟に切り伏せ、前方に身を投げ出す。
更に斧槍を横薙ぎに払い、5体目を仕留めた。


戦士「あと10体くらいか!!
   たまには魔物を斬っとかねぇと、
   勘が鈍っちまうなぁ!!!」


その時、更に鼓を打ち鳴らすような足音を耳にする。
闘志は少しも揺るがぬものの、少しの諦観がじくりと心を刺し、
背後に迫る敵意がひとつの事実を悟らせた。

群れがこれだけではなかった事を。

振り返るその目に、新たに飛び出してくる魔狼の群れが見えた。



347 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/11/23(月) 01:18:01.00 ID:9DwdlqBj0



魔法の王国領の小さな村で宿を取る。
村は慌ただしくも、人の数は少なかった。
それも無理の無い話だ。
ここは中央王国に程近い小さな村で、戦争になれば戦禍を被るに違いなく、
更に20キロほど離れた場所に魔法の王国の砦がある。

埃っぽく、著名な出身者も居なければ、
特別なものを産出するわけでもない、存在する意義を見出だせない村だ。
宿は1件だけ。村唯一の酒場も兼ねているようだが、
自分以外に客の姿は見られなかった。


賢者「みんな、どこへ避難するのかしら?」

店主「避難先なんぞないよ。
   皆できるだけ北に行こうって肚だ。
   しかしまぁ、いつの間にか商人どもがやってきて、
   軍票欲しさにひと稼ぎしようとしとる。
   うちもそうだが」

賢者「…勝敗は見えてるものね。
   現金なものだわ」

店主「ま、学院が痛い目に遭うなら俺らとしちゃ願ってもない話だ。
   …と、失礼。
   あんたもしかして魔法使いか?」

賢者「うふふ、だったらどうするの?」

店主「………いや、
   どうしようかねぇ」


店主は体裁の悪そうな顔をして、それきり奥に引っ込んでしまった。
…学院の魔法使いたちの傲岸な振る舞いは魔法の王国中に知られている。
血税で成り立っておきながら市井を見下す精神性。
導士たちは国民を虫程度にしか考えておらず、
あろうことか催眠を掛け同意書を作成させ、民を対象に実験を行う者まで居る。
政府はその振る舞いを見てすらもいない。
なぜなら、政府もまた、魔法使いのみを人として扱っているからだ。

しかしそれでも民草は皆魔法使いに憧れる。
国土の肥沃さに恵まれぬこの地に豊かさをもたらしているのは魔法技術の恩恵に他ならない。
荒れ野に近いが故に雨が降らず水資源に乏しく、夜は寒く昼は暑い。
土は石だらけでろくな作物が育たない。
北部は極寒地帯に近く、とても人の住める環境ではない。

ならば魔法使いの選民思想が根付くのも自然と言えるだろう。



348 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/11/23(月) 01:19:30.42 ID:9DwdlqBj0



少年「お姉さん、魔法使いなの?」


いつの間にそこに居たのか、
端正な顔立ちをした、黄金色の髪の少年がカウンターの隣に座っていた。


賢者「……………」


知覚魔法を使っていないとはいえ、
これだけ接近されて気付かないとは。

賢者は少年を見て、不可思議な違和感を覚える。
この少年には気配が無いのだ。
確かに少年の姿をその双眸で捕らえては居るはずだが、
まるで本来そこには居ない者のような、
例え頬を撫でられても気付かないような。

存在を目にしているのに、瞳に映っていないかのような。


賢者「…そうね。
   魔法使いかもしれないわね」


しばらく警戒心を強めていた賢者だったが、
無邪気に微笑む少年に少しだけ毒気を抜かれ、
賢者はつい、答えを返してしまった。


少年「ふうん。やっぱり魔法使いだね。
   それも、かなり高位の術士だね」

賢者「それで?君も、そうなの?」


賢者がそう尋ね返した事に、少年は幾許かの疑念を抱いたようで、
少しばかり頭を捻った後、答えた。


少年「僕は…そうだね、魔法使いなんだけど、
   ちょっと違うのかも」

賢者「魔法が使えるのなら、魔法使いよ。
   自慢できる事だと思うわ」

少年「いや、本来魔法使いだった、が正しいのかなぁ」

賢者「だった?今は使えないの?」

少年「使えるよ。
   でも、魔法が使える事だけが魔法使いの条件じゃないでしょ?」


349 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/11/23(月) 01:20:23.47 ID:9DwdlqBj0



魔法使いの定義。
それは、魔法行使が可能である事。
魔力を用い、なんらかの事象を起こせる事。

なら、魔法が使えるのなら、魔法使いであるはずだ。


賢者「…どういう事かしら」

少年「だからさー、それは演繹だよね。
   魔法が使えるなら魔法使い、じゃ進歩なくない?
   魔法使いという存在について、お姉さん、考えた事ある?」

賢者「…ないわね。
   私は、覚えた魔法を、自分なりに使っているだけ。
   そういう話は、学院の導士たちの仕事よ」


少年は一度大きく笑顔を浮かべ、
目を輝かせた。


少年「なら、お姉さんは間違いなく魔法使いだね。
   良かった」

賢者「じゃ、君の考える魔法使いって?」

少年「概念として?…いや、資質の話かな。
   なんにせよ、きっと他のみんなは、魔法が使える人ってだけだよ。
   魔法使いとは違うと思うな」

賢者「そう。ありがと」


興味なさげに、賢者はグラスを空にする。
少年の正体はわからないがきっとどこかの導士なのだろう。
接近に気付かなかったのは、気配遮断のスクロールでも身につけているのだろう。
見ない顔だが、当然ながらこの国に魔法使いは珍しくもない。



350 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/11/23(月) 01:21:23.23 ID:9DwdlqBj0



少年「でもさ。
   この国の魔法使い達、あ、これは役割としての表現だね。
   魔法使いたちは、みんな選民思想が激しいね。
   分離政策なんてとってないのに」

賢者「そうね。でも、この国を育てたのは魔法よ。
   あなたも、この国で魔法を習ったんでしょう」

少年「習った?まさか。
   逆はまだしもね」


と言い切って、まるで心外という顔をする。
やはり少年には存在感がない。
身振りから巻き起こる気流を感じない。
声は聞こえるのに鼓膜を震わせない。
足音を響かせるのに、振動を感じない。
それは、まるで幻のように。


少年「なら、お姉さん。
   あなたは魔法使いだけど、
   そうでない素質も持ってるね」

賢者「………どういう事なのか、わからないわ」

少年「魔法使いはなぜ魔法を習うの?
   世の中を豊かにするため?
   人々の助けとなるため?
   それとも、ただ便利だから?
   お姉さんは3つめだね。
   でも、みんなそうではないよね」


大仰な身振りで少年は続ける。
賢者は何故か言葉を発せられない自分に気付いた。
少年の言葉に僅かな毒と、思想の胎動を感じたからだろう。


少年「みんな次の段階に進みたいからだよね。
   世の中なんて関係ないし、人々の事なんて見向きもしない。
   勿体ぶって利便性にも目を向けない。
   ただ、魔法の行く末を見たいんだ。
   この世に魔法しか無いと思ってる。
   でも頭打ちだ。
   新しい理念が欲しいんだ。
   それらは魔法では生み出せないものなのに、魔法は再現する事しか出来ないのに、
   未だ見ぬものを魔法で生み出そうとしている」



351 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/11/23(月) 01:22:34.01 ID:9DwdlqBj0



賢者「愚かだと言いたいのね」


似た話を、どこかで聞いた。
魔法とは引き返す事だと。
結果を知らなければ魔法は使えないのだと。


少年「愚かだよ。
   でも、魔法使いが愚かでは立ち行かないでしょ?
   だからみんなほんとは魔法使いじゃないんだ。
   僕に言わせればね」

賢者「うふふ。評論家気取りかしら。
   随分と能弁なのね」


少年は少しだけ笑みを浮かべ、
忘れ去られ、苔むし、澱み、腐りきった沼のような瞳を僅かに歪め、
その双眸に初めて賢者の姿を捕らえる。
拭い去れぬ違和感と未知への恐怖に、
賢者は思わず身を竦ませる事もできずただ身動ぎを止めた。
少年の声はまるで脳へ直接響くかのようで、
反芻する言霊は脳髄をごりごりと軋ませる。
少年から目を離せない。
耳を塞ぐ事もできない。

大きな手で顔を掴まれているみたい。
空気の震えを感じさせない声は、ともすれば、
自らの心の声なのかと錯覚してしまうようだった。


少年「だから思うんだ。
   ただの魔法が使える人なら、意思さえあればいいんじゃないかってね」

賢者「…………意思…」

少年「肉体なんてめんどくさいもの、必要ないんじゃない?
   あ、でも、アストラル体はやわっこいから、
   まぁほらあれだよ。
   要は身体がどんなのでも別に大した問題じゃないんじゃないかって」

賢者「………………ぁ、」

少年「魔法は随分と進歩したね。
   かつて精霊と対話する力は森に棲むエルフたちだけのものだった。
   神聖魔法と銘打たれた神職者たちの秘伝も、魔法の範疇である事が証明されて、
   教会は力を失った。
   でも、それらはみな元々あったものだ。
   …ここらで、生物として次のステージに進んでみるべきじゃない?
   違うかな?」



352 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/11/23(月) 01:24:01.42 ID:9DwdlqBj0



少年「…あれ?」

賢者「……………」

少年「意外と可愛いね。
   もう喋れないか」


瞳の色を失い呆ける賢者の額に、そっと光る指先を触れさせる。
人のものとは違う、強力な催眠。
魔力の糸を心の奥底まで伸ばす瞬間はこの少年にとって嗜好するものに値する。
どれだけ肉体を蹂躙しようと、これに勝る征服感は味わえないから。


少年「さて。
   ちょっと小細工させてもらうね。
   君は、逃げ足が速いから…」


細い糸を滑らせ、
ひとつひとつ心の壁を紐解いていく。
読心とは異なる、這うような精神汚染。


少年「やっぱりロックされてるけど。
   このくらいなら」


引き金をひとつひとつ下ろすように糸を滑らせる。
他者の心象風景は自らの心とは異なるものだ。
それを一度映像化した上で自らの心に投影する。
この少年はピッキングのようなイメージを好んだ。
心に咲く小さな悪の華。その小さな遊び心で、
他者の人生を大きく狂わせる趣向こそ、
この少年の本質なのだろう。


少年「…でーきた。
   おじゃましまーす」


開いた心の壁の先。
鍵は既に用をなさず、扉は開け放たれている。
僅かな達成感と旅立ちを前にするような高揚感に少年の心は踊った。

しかし、
鍵開けに没頭していた事が災いしてか、
少年には気付くことはできなかった。
賢者は間諜であり、情報は守られねばならない。
持つ情報の機密性には国家レベルのものすらもある。

その可用性を守るものは、決して鍵のみではない。
乙女の寝所には、番人が居るのだ。



353 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/11/23(月) 01:24:57.19 ID:9DwdlqBj0



少年「―――っつ―――!!!」


前兆も、脈略も、意思すらも感じぬ一振り。
はじめから引き絞られていた弓を思わせる、ナイフの切っ先が少年を襲う。
しかし危機を察知し、そして反応するまで、それはまさに刹那の瞬間だった。
その少年の回避速度たるや、およそ人間ではありえない速度だ。
結果としてナイフの切っ先は少年の頬を掠めるに留まった。

賢者が自らの持つ情報を守るために行っている事は2つだ。
ひとつは、昏迷時以上の深度の意識レベルでは思考を停止させ、読心を防ぐ精神操作魔法。
そしてもうひとつが、精神への外部アクセスを引き金として、敵を自動的に迎撃する自己暗示だ。

しかし、その結果はどうであったのか。
この攻撃は、この少年にとって確実に、意識の外からの攻撃であるはずだった。
しかし少年はその危機を即座に察知し、反応し、かわしてみせたのだ。


少年「…へー。
   なかなか気の利いたセキュリティじゃん」


ナイフを構える賢者の瞳に光が戻る。
少年が持ち合わせる魔眼の力が解けたのか、
賢者の魔法抵抗力がその魔力に勝ったのか、
あるいはそのどちらもが理由なのか。


賢者「………いったい、何?」


意識を取り戻した賢者の第一声、
その謎めいた言葉は心の混乱に必死に耐え、溢れ出た疑問だった。
魔法使いである彼女は、自らの意識を容易く奪った魔法の正体が、
この黄金色の髪の少年が持つ魔眼の力である事には既に気付いていた。
しかし呪文の詠唱をせず、ただ視線のみで魔力を叩き込む魔眼では、
せいぜい1カウント相当の効果しか持たぬはずだ。
高位魔法使いである賢者にそれと気付かせず意識を奪う程の魔眼など、
果たして世に存在するのか。



354 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/11/23(月) 01:26:27.84 ID:9DwdlqBj0



存在感のない肉体の持つ身体能力。
埒外の魔力を湛える魔の双眸。
十を過ぎたばかりであろう年齢にそぐわぬ魔法の練度。

その意味するところとは。


賢者「少なくとも、人間ではないわね」

少年「解答は具体的にお願いしまーす」


嘲るような口調で少年は応え、
渦巻く混沌を掬い取った瞳をぐにゃりと歪めた。
底抜けに愉しむようなその表情はまるで人形遊びをする子供だ。
だが、少年から滲み出る隠しようもない邪悪さは、
同時に倒錯的な嗜虐心も感じさせる。


賢者「(冗談じゃないわ。
    これじゃ、遊び終わる頃には、)」

少年「大体僕が人間じゃない事くらい、
   誰だってわかるでしょ」

賢者「(人形はバラバラにされてるじゃない…!)」


彼女は未知の敵と戦った経験に欠ける。
賢者の間諜としての本質は卓越した情報収集能力にあり、
どんな難敵に対してもひとつの「勝ちの一手」を用意する事で対抗してきた。

故に今、能力や種族すらも想像だにする事のできない難敵を前に、
彼女には打倒できる自信がなかった。
こちらの武装はナイフ一本、徒手錬成による魔法行使。
敵の能力はわからないが、ひとまずは、


賢者「(敵の攻撃を待って、対抗…)」

少年「手段を、考えようって肚だね。
   消極的だけどいい手だ」


心をぴたりと言い当てられ、
隠せぬ動揺が顔に滲む。



355 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/11/23(月) 01:27:52.21 ID:9DwdlqBj0



少年「汚れ仕事のいいところだね。
   彼我の実力差を感じ取り、それを受け入れる事ができる」

賢者「……………」


容易く心を覗かれた事もそうだが、
先程の魔眼による催眠効果の事もある。
つまり対話は不利益だ、と賢者は考える。
ではこの状況は旨くない。
ナイフを逆手に持ち替え、身体に魔力を通わせる。


少年「悪くないフィジカルエンチャントだ。
   やっぱり君は時世にそぐわない実践的な魔法使いだよ。
   でもごめんね、凄く凄くもったいないんだけど…」

賢者「はぁぁぁっ!!」


帯剣していない事が悔やまれるが、
単純な魔法であれば徒手であれど行使が可能だ。
賢者の好む、猫科をモデルとした肉体強化は、
静止状態から即座に最大速度での踏み込みを可能とする。
渾身の速度で半身に胸元へとナイフを構え、
少年の心臓へと切っ先を突き立てたが、


少年「ま、殺すのは僕じゃないんだけど」


その言葉だけを残し、少年の姿は掻き消えていた。


賢者「…転、」

少年「転移じゃないよーん」


声は背後から響く。
魔法を駆使した賢者の知覚力は例え音の速度で動こうと視認を可能とする。
ではその姿がはじめから幻であった事以外に考えられず、
少年は元よりそこに居たかのように、賢者の背後、バーカウンターに腰掛けていた。



356 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/11/23(月) 01:29:12.74 ID:9DwdlqBj0



少年「なんて顔してるのさ」

賢者「………バカげてるわ」


少年は賢者のグラスをひと舐めし、続ける。


少年「君の知覚はおかしくないよ。
   でも僕を知覚するには少し足りない。
   意識の外に目を向けてみる事だね」

賢者「…ご高説ありがと」

少年「ま、ひとつだけ教えてあげる。
   臨戦態勢の君に魔眼は効かないし、
   そもそも僕は幻なんかじゃなかったよ。
   これ以上は自分で考えてね」

賢者「……………」

少年「ま、目的は果たしたし。
   ごめんね、バイバイ」


その言葉を響かせながら、
少年の身体は再び霧散した。
それは姿を消す事とは異なる。
滲む視界を思わせる、
僅かに残像の残るような、
焦点が徐々に合わなくなるような、

…奥深い霧の向こうへと沈むような。


賢者「…ああ、なるほど」


そして彼女は、少年の正体を悟った。


賢者「仕事、増やしてほしくないんだけどな…」


その正体が賢者の想像の通りだとすれば、
交戦が不利である事も頷ける。

少年は目的は果たしたと言った。
目的とは恐らく賢者自身であるはずだ。



357 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/11/23(月) 01:31:59.83 ID:9DwdlqBj0



心を覗かれかけた事からして、
目的は彼女の持つ情報と考える事が自然だ。
だが精神侵入は未然に防がれたはず。
その意味するところは、


賢者「…いったい、『何をされた』のかしらね」


目的とは、賢者の少しだけ開いた心に、
「なにか」を遺していく事だ。

陽はやがて沈み、
影は昏く長く、やがて夜の帳を下ろす。
外は蝙蝠がぎゃあぎゃあと鳴き、
窓から差す夕陽が室内の湿気を洗い流した。

それで、残された気配は完全に消える。

目的はわからないが、
それは人に仇なすものとしか考えられない。
年数にもよるが、一介の魔法使いの敵う相手ではないだろう。
一刻も早く都へと向かう必要がある。

賢者は自己に誇りを持たない。
故に、自らが敵わぬ事など大した問題にはなり得ない。
どんな難敵だろうと、打倒できる手段は必ずあるのだ。

旅支度を整え、宿を跡にする。
町は先ほどまでの喧騒が嘘のように静まり返っていた。


賢者「髄から骨、肉から皮へ。
   流れ還る力の渦は我が四肢をそうならしめよ」


肉体強化の呪文を唱える。
イメージするはかつて見た、エルフの手により育てられたという駿馬。


賢者「人の身のいましめを脱し、我が身は草原を駆ける。
   風のように。
   音のように。
   朝が来ずとも、陽が沈まぬとも。
   …我が疾走は、決して止めぬ」


一陣の風に乗り、賢者は魔法の都へと駆け出した。



358 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/11/23(月) 01:34:12.98 ID:9DwdlqBj0



どれだけの戦闘があったのか。

岩場は夥しい魔物の血で黒く染まり、
累々と魔狼の屍が横たわる。
そして倒れ伏し小さく唸る最後の一頭に穂先を突き立てた男もまた、
深く傷つき、吐く息は硬く、眼や鼻からすら流血し、
長物の支えが無ければ地を踏む事すら難しいといわんばかりに、
斧槍に身体を預けていた。

血を失いすぎたのか、
戦士は朦朧と、すぐ側まで迫る自らの死に思いを馳せる。

旅の目的とはなんだったのか。
足取りを追う度に、彼女の短い生涯が、
無学な田舎者の範疇に収まらぬものと知るのみだ。

鉱山都市での彼女の行い、
中央王国で見た研究の実情。
そのどちらもが彼女だとすれば、

幸せに過ごした3ヶ月間すら、今や虚像と思えてしまう。

彼女が止めたかったという戦争は避けられぬものとなり、
敵の姿も未だ見えず、
魔神の足取りもわからない。
勇者を止めるもできず、
魔物を狩るために磨いたはずの腕すら力が及ばない。

状況に流され続け、こうして命を落とすのなら、
この旅に意味などなかったのだろうか。


戦士「………………死ねば、会える、か」


どうしてだか、
これでは死後彼女に会えると思えないが、
既に手に力は入らないし、
膝ももう伸ばしていられない。

ずるずると柄から崩れ落ち、
あるはずの地がないかのように、意識の底へと落ちていく。
なにもかもが希薄に感じられる中、
ただ孤独感だけが昏く大きく心に陰を落とした。


「ああ。それが死というものだよ」


どこからか響く声。
これは彼女も味わったものだと思えば、少しだけ、
その孤独感も受け入れられた。

復讐は身を滅ぼすとどこかで聞いた事があるが、
その意味が少しだけわかった気がした。



359 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/11/23(月) 01:35:23.59 ID:9DwdlqBj0



寄せては返す波間に揺蕩う意識。
四肢に感覚は無く、波の鼓に綯い交ぜにされた自己は混濁とした意識をより希薄にする。
揺られ、流れ、そして岸辺へと押し戻される。
海の先には死者の国。
どれだけの時間が経ったのか、そもそもここに時間などは意味をなさぬのか、
まぁ、とにかく、暇だ。

さて、状況を整理しよう。

あの日、故郷で。


「あの数の魔狼を、一人で。
 確かに、大した腕だ」


俺は魔物の群れを相手に、街中を駆け回っていた。
その時彼女の使い魔を介した念信があり、
彼女は民の避難を手伝っていると聞いた。

そこで、念信が途切れた。

次に会った時、彼女は傷を負っていた。
念信が途切れた時、俺には彼女の身になにか起こったとしか思えなかったが、
腹に受けた傷はひとつのみ。
恐らく魔物の爪によるものだ。
だが、念信が途切れる時の声色には少しの焦りも感じられなかった。

つまり、念信は彼女により、切られたのだ。

それがなにを意味するかはわからないが、
重要な事は念信が途切れた間、何が起こったかだ。
彼女の魔法の腕前を考えれば、あの程度の魔物に容易く屈する事など考えられない。
デーモンがそこに居たという事も考えれば辻褄は合うが、


『既に手負いの状態で眼前に現れてくれるとは!!!!』


彼女の傷はデーモンによるものではない。
彼女が言った、第三者の意図。
彼女の傷がその第三者によるものだとすれば、

あの場には、街の者、攻め寄せたデーモンと魔物たち、
そのどちらにも属さない、何者かが居た事になる。



360 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/11/23(月) 01:37:03.75 ID:9DwdlqBj0



「傷は多いが、深いものは無い。
 目覚める頃には治癒しているだろう」


魔研の一件はどうだろう。
地下の彼女の研究室。
それは彼女が魔研に居た事を示す。

彼女は3年前、鉱山都市を去ったという。
居たとすればその後3年間の間のどこかだろう。
向かいには、勇者の語る処での「本物」が居たという牢獄。
勇者は魔研を実家だと言った。
雷魔法が魔研での研究の産物だとすれば、
牢獄には雷魔法の使い手が?
しかし、「本物」が雷魔法の使い手だとして、
容易く幽閉できるような存在なのだろうか。

そもそも、あの赤黒い球体だ。
魔法使いの血が勇者の言うようなものだとすれば、
魔法使いの血液は火にくべれば燃えあがる事になる。
魔力の正体がそのようなものだとして、
そんな単純な事を、魔法学院が見逃しているはずがない。
恐らくなにか特殊な処理が必要なのだろうが、
なんにせよあの爆発は大きな驚異だ。
中央王国軍は現在勇者により掌握されている。
加えてあのような新兵器が投入されれば、趨勢は決まったも同然だろう。

そしてそれらの研究に魔女が手を貸していたとすれば。

謎は未だ残る。
賢者の知覚を封じたものの正体。
賢者は、宣戦布告の口実になると理解した上で、なぜ魔研を襲撃したのか。

そして、勇者と盗賊が言った、「彼」とは。

…まぁ、考えるだけ無駄なのだろう。
俺は、もう。


「…いい加減、起きろ。
 いつまで寝ている気だ」



361 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/11/23(月) 01:37:45.93 ID:9DwdlqBj0



戦士「…へ?」

老人「生きておる。
   傷跡すらあるまいて」

戦士「………はぁ」


寝かされていたのは、
東方風の、妙にオリエンタルな内装の部屋だった。
ちりん、ちりんと下げられた鈴が揺れ、
魔力灯の柔らかな光が強く感じられる。
それは他に光が差さない事の証左だ。
つまり、今は夜であるか、それとも、


戦士「洞窟なのか?ここは」


土壁から覗く岩を見るに、後者なのだろう。


老人「無礼な男だ。
   君を助けたのは誰だと思うておる」


憮然とした面持ちの老人は、如何にも隠者が好みそうな、
黒いローブを流し着て、木椅子に腰掛けている。
助かった理由はわからないが、礼を言っておくべきだろう。


戦士「ああ、すまない。
   助けてもらったようだ。ありがとう」

老人「…まぁ、いいだろう」


釈然とはしないが、助けられた事は事実だ。
老人は少し顎をしゃくり、
口を開く。



362 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/11/23(月) 01:38:26.12 ID:9DwdlqBj0



老人「君は、あの子の縁者かね」

戦士「…あの子?」

老人「魔女と呼ばれておるはずだ。
   名前には疎くてな」

戦士「………夫だ」

老人「やはりそうか。
   ミスリルの斧槍には見覚えがあった」


少しため息をつき、
棚から、水晶球を取り出す。
はっきりと見覚えのある、彼女の水晶球だ。


老人「竜の巣穴へようこそ。
   私は、…そうだな、番人とでも思っておきなさい」

戦士「…あいつを、知っているのか?」


老人は目を伏せ、


老人「私は、あの子の魔法の師にあたる」


水晶を木机に置き、そう呟いた。



363 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/11/23(月) 01:40:10.54 ID:9DwdlqBj0

今日はここまでです。
数々の応援レスありがとうございます。
励みになります。

なかなか時間が取れず申し訳ありません。
頑張って進めます。
読んでくださる方が居る限り頑張ります。
見捨てないで…お願い…。
364 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/11/23(月) 01:48:17.75 ID:yEQdqG6to
お疲れ様です!
365 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/11/23(月) 04:30:09.22 ID:BTywW08Do
見捨てるわけがないじゃん。
お疲れさま!
366 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/11/23(月) 05:11:28.44 ID:PHskQaSgO
367 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/11/23(月) 07:19:15.94 ID:E9DD0P8AO
乙!
次も楽しみに待ってる!
368 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/11/24(火) 07:19:58.21 ID:wcbX7P67o
賢者がなにされたかわからんが無事でいて欲しい
369 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/11/25(水) 02:49:28.49 ID:Mm2oT6db0


一昨日のおまけです。
筆休めに書きました。
完全な番外編です。
良ければ読んでやってください。


370 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/11/25(水) 02:54:12.56 ID:Mm2oT6db0



出自にとりわけ意味はなく、

なんの事はない町で産まれた。


時計職人の厳格な父と、美しく優しい母、気の強い妹の4人家族だった。
厳格な父は仕事ぶりもまた、その性に相応しく厳格なものであり、
父の作る時計は、大陸で最も正確に時を報せると言われる鐘の音と、
如何なる時も寸分の狂いなく時刻を示した。
父は毎日のように時計を作り続けた。
春夏秋冬、雨の日も、風の日も。
幼心に、父は誇れるものだった。

厳格な父の作品は厳格に時を刻み続ける。
その仕事は一日たりとも休まれる事はない。
命芽吹く春も、茹だるような暑い夏も。
葉が黄金色に色づき虫たちの音色が響く秋も、
身体の芯まで凍りつくような冬も。
父はまるでそれしかないようにひたすらに時を刻み続ける。
ただ、正確に時を刻む事こそが父の人生であるというように。

魔法技術の発展に伴い、
もはや世の中が機械仕掛の時計を必要としなくなっても、
父は時計を作り続けた。
発注など来ないというのに、
もはや高価な壁掛け時計など誰も必要としないというのに、
正確な時計の動きを再現するだけの金属板の方がずっと小型で便利だというのに、
父は何も言わず時計を作り続けた。

そしてやがて、
14に差し掛かる頃、やっと彼は、
父には本当に"それ"しかないのだと気付いた。

父は時間に魅せられていた。
何十年という間、正確な時に生き、正確に時を刻もうとし続けた父は、
もはや他にすべき事を見出だせなくなっていたのだと。
時計は父の自我の結晶であり、
自分とは流れる時の異なる、自らの妻や子供にすら、
興味を失ってしまっているのだと。



371 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/11/25(水) 02:55:49.10 ID:Mm2oT6db0



生活が困窮し、、
母が働きに出るようになっても、
父は時計を作り続ける。
彼は、そんな父を見捨てられない母を見捨てられず、
妹を食わせる必要もあり、
彼もまた働きに出るようになった。
作れど作れど発注は来ない。
家は時計が溢れかえり、
こち、こち、と寸分の狂いなく時を刻み続ける。
ある日彼はもう何年も父の声を聞いていない事に気付いた。

妹がいつの間にか家族を見捨て家を出たのは、その頃だった。

嵩む時計の製作費。
彼は何度も父を捨て家を出ようと訴えたが、母の耳には届かず、
少しでも多い収入を求めた母は、仕出し女として従軍する事を決め、
帰宅は数ヶ月に一度となった。

家には彼と時計を作る父、そして、山のような時計のみが残された。
2人を囲む時計たちは全て同じリズムで時を刻む。

こち、こち、こち、と。

振り返ってこっちを見ろ、
時計を作るのをやめろ。
それができないのなら、母を解放してくれ。

詰る彼の言葉も、父に流れる正確な時間を止める事はできない。
怒り狂った彼が時計を破壊し、父の向かう机に叩きつけると、
父は少し目を歪め、製作途中の時計を脇へ追いやり、
何事もなかったかのように破壊された時計を修理し始めた。


その時。

背骨が熱された鉄芯に感じられるほどの激しい怒りが心を満たし、

彼は、ならばその正確な時を止めようと思い至った。



ふた月後、母が帰宅した。
久しく見る母はどこか窶れて見え、"父さんはどこへ?"と問いかけてきた。
彼は、"出て行った"、とだけ伝えた。
"そう"それだけ言葉を発すると、母は倒れ、その日から床に伏した。
従軍中、兵士に強姦され、その傷が元で感染症を引き起こしたと知ったのは、
母が亡くなった後だった。



372 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/11/25(水) 02:57:09.27 ID:Mm2oT6db0



そして父も母も妹も、時計すらも、彼の前から消えた。
なにも失くした彼は引きずられるようにふらふらと、
無音の家を跡にした。

今日からは、無音の時を刻もう。
それだけを思い、あてのない旅に出る。

あれはどこだっただろう。
名もない街の市場で、腹を空かした彼は、店先に積まれた林檎をふと目にし、
虚ろに林檎を見つめるうち、心に疑念が渦巻くのを感じた。

自分は何が悪かったのだろう。
なぜこのような人生になったのだろう。
店先で無邪気に遊ぶ子供、
それを笑いながら見守る母。
我が家はどうなっているのか。
溢れかえる時計を全て捨ててみれば、我が家にはなにも残らなかった。
時を刻む事を止めた我が家はただ朽ちるだけだというのか。
だというのに、我が家がそうだというのに、なぜこの家は、
硝子一枚割れていないのだ。

店先を通り掛かる時、
なんの澱みもなく指が動いた。

まるで、何年も前から、生業としていたかのように。

少しも傷まぬ心と、口に広がる、爽やかな甘味と酸味。
自分は何も悪くない。全て親が悪いのだ。
そのひとつの小さな窃盗が、
全てを失くした彼の心を、黒く染め上げたのだった。



373 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/11/25(水) 02:57:46.11 ID:Mm2oT6db0




それから僅か数年後。
彼は千の指となった。




374 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/11/25(水) 02:59:04.58 ID:Mm2oT6db0



彼に開けられぬ錠前はなかった。
例えどれだけ難解な錠前であろうと、
罠が仕掛けられていようと、
どのような魔法技術が使われていようと。
彼はたちどころに仕掛けを見破り、
音もなく侵入する事ができた。

難解な曲を弾きこなすピアニストのように動く指。
彼はいつしか千の指を持つ男と呼ばれ、
彼の名声を高めていった。
はじめは、王国のスラム街で。
やがて鍵開けの腕を買われ冒険者たちに協力するようになり、
貴族たちから宝物庫の錠前について意見を求められる事さえあった。

だが、その生来の指先の感覚が、
憎き父から受け継いだものである事は確かだった。

彼が働いた盗みは、城が建つほどの金額に上る。
だが彼はその金を貯めこむばかりで、使おうともしなかった。
唾棄すべき父と愛する母、姿を消した妹への、
無念、遺憾、未達、隠忍の思いをぶつけられるだけのものが、
そもそも小物である彼には、それしかなかっただけの事。
優しかった顔立ちには苦悩が刻まれ、
黒かった髪は白髪となり、
酒の飲み過ぎで土気色の肌には表情を出す事もなくなった。

だがギルド長となった彼にも守るべき立場と部下ができた。
ならば必要に迫られ殺しをする事もある。
望まぬつとめを果たす事も、
立場と部下を守るためには必要なのだ。

その迷いを封じ込め、
彼は5年間盗賊ギルド長を務めた。
迷いを晴らせぬまま、わだかまりも消えぬまま、
本来は容易いはずの罠解除で、彼は右足に重症を負った。

走れず足音も殺せない盗賊など価値はなくなったようなもの。
囲っていた堅気の女の家に転がり込んで、1年が過ぎた。
その女にも愛想を尽かされたのか、
ある日酒を飲んで帰ると女は消えていた。



375 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/11/25(水) 03:01:00.77 ID:Mm2oT6db0



居場所を失くした彼はまた放浪の旅に出る事にした。
旅を続ければ顔馴染みもできる。
まだ心の闇を晴らせていない、そう考えた彼は仲間と共に奴隷商となった。

奴隷商は気分が良かった。
未来ある子供の人生を、ただ腹を肥やすためだけの不条理で台無しにできる。
虫を爪弾くようなものだ。
それが人に変わったところで、なんの違いもない。

自分のような無学でなんの展望もない男の食事のために、
未来ある子供が泣きわめき、絶望し、瞳から光が喪われる。
殺しは好かない、殺されないだけマシと思え。
そう心で語りかけ、彼は奴隷たちに背を向ける。

奴隷たちにとって身体を暴かれる事はただ命を落とすより辛い事なのだが、
絶望しきった彼には、それが理解できなかった。

奴隷商を続けたのは9年ほど。
だがそれも、どれだけ傷めつけられようと瞳から光を喪わない、
亜麻色の髪をした少女と出逢い、
すっぽりと闇が抜け落ち、彼はまた心を失くしてしまった。

一体なにをすれば楽になれるのか。
自分にはなにができるのか。
すべき事を見つけられない彼はもはや死を待つばかり。
だがふと、死ぬ前に誰かと話したくなり、
親しい友人も居ない彼は、娼館に出向く事にした。

あてがわれた女は、ひどく蒼白く頬のこけた、気だるそうな年増の女だった。
股ぐらの芯が痛むのかふらふらとおぼつかない足取りで、
それが梅毒特有の症状だという事もわかった。

…しかし、妙に親近感の湧く顔立ちをしていた。



376 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/11/25(水) 03:01:55.54 ID:Mm2oT6db0



お兄さん、どこかでお会いした事が?

…いいや。だが、お前の顔は、なんだか見ていると落ち着くよ。

そうですか。…ま、時間もないですし。
そろそろ始めましょ。

その前に、少し話をしよう。
…無理にまぐわらなくてもいい。

はぁ?なに言ってんの?冷やかしなら帰んなさいな。

い、いや。冷やかしじゃない。
ただ、話がしたいだけなんだ。
それだけで金がもらえるんだ。悪い話じゃないだろ?

…あたしだってね。
こんな事したくてしてるわけじゃないよ!!
でもね、あたしにはこれしかないの!!
話したいなら酒場に行きな!
馬鹿にしてんじゃないわよ!!!

ま、待ってくれ!頼む!!!



377 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/11/25(水) 03:02:47.22 ID:Mm2oT6db0



部屋を出ようとする手を強く引いた時、
身体の痛みからか娼婦はバランスを崩し、
椅子の角で頭を強く打ち、それきり動かなくなった。

ただ話がしたかっただけ。
それが、娼婦として生きる彼女の決意を踏みにじった事にも、
彼は気付けなかった。

騒ぎを聞きつけ部屋に踏み込んでくる男たち。
ただ呆然とするまま拘束され、
彼は衛兵に引き渡された。



378 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/11/25(水) 03:03:34.08 ID:Mm2oT6db0



青年「娼館で殺し?」

兵士「ええ、そうです。
   本来ではこっちには回ってこない話なんですが」

青年「うーん。
   世の中も平和で、
   仕事もないし、まあいいよ。
   で、犯人はどこに?」

兵士「身柄は確保済みです。
   なんかずっとうなだれてますけど。
   ああ、身許なんですけどね、
   先代の盗賊ギルド長なんですよ」

青年「…ええ、大物だね」

兵士「だから話が回ってきたんです。
   軍警察としては動かないといけないでしょう、お坊ちゃま」

青年「うるさいな。
   年下の癖に」

兵士「で、ですね。
   これがまたややこしいんですよ。
   資料纏めておいたんで読んでおいてください」

青年「相変わらず有能だなぁ」



379 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/11/25(水) 03:04:46.71 ID:Mm2oT6db0



盗賊「……………」


仮牢で一人うなだれる。
一体何日経ったのか。
なぜこうなったのか。
どこで間違えたのか。

ただそれだけを考え続けた。

従軍する母を止めるべきだったのか。
父はどう訴えれば時計作りをやめたのか。
妹の家出になぜ気付けなかったのか。

盗賊となったのは間違いだったのか。
奴隷を狩り続けてなんになったのか。

自分の人生は、不幸と憂さ晴らしの連続でしかなかった。


青年「食事、摂らなければ。
   そのまま餓死するつもりですか?」


部屋に入ってきた若い男。
よく鍛えられた身体と、血色のいい顔。
そして少しの汚れも無い白い軍服姿に目が眩む。


青年「面倒くさい前置きは省きます。
   なぜ殺したんです」

盗賊「………殺す、つもりは」

青年「まぁそうですね。
   状況としても、わざわざ椅子に頭を打ち付けるなんて。
   殴った方が早いです」

盗賊「……………」



380 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/11/25(水) 03:05:59.68 ID:Mm2oT6db0



青年「まぁ、いいです。
   問題はあなたの経歴です。
   はじめは、盗賊として。
   その次に、奴隷商として。
   罪に問われなかった理由は色々あるでしょうが、
   捕まってしまった以上極刑は免れませんよ」

盗賊「……別に…構わない」

青年「極刑は自殺の場ではありませんから。
   死んだ娼婦についてどこまでお知りですか?」


盗賊は朦朧と、娼婦の顔を思い返す。
こんな時まで腹が減るとは、
人の身体とは不便なものだ。

青白く、痩せこけ、気だるそうな女。
見覚えはないが、ただ、
彼女の顔は、とても落ち着いた事は確かだ。


青年「では教えて差し上げます。
   彼女が娼婦となったのは、3年ほど前です。
   彼女は未婚の母でしてね。
   一人娘を奴隷狩りでさらわれてしまい、
   なんとか見つけ出したものの、買い取った者が随分と悪どくて、
   通報すれば娘は殺す、1億で娘は返してやる、と持ちかけたそうです」

盗賊「………奴隷、狩り」

青年「元はと言えばあなたのせいですね。
   裏は取れています」

盗賊「…そうか。
   ますます死ぬべきだな、俺は」



381 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/11/25(水) 03:06:55.96 ID:Mm2oT6db0



青年「で、娘の父親ですが、
   10年前、彼女には内縁の夫がいました」

盗賊「………」

青年「その男がひどい男でね、
   職を失くし、毎日飲んだくれていたそうで。
   妊娠に気付いた彼女は子供のために、
   男の元を去ったとか。
   それなりに愛してはいたが、生まれてくる子を守りたかったと、
   周囲に漏らしていたそうですよ」

盗賊「………待て」

青年「なんです?」

盗賊「そんな馬鹿な話が、」

青年「話を続けますよ」

盗賊「待て!!!
   女の名は!!!!」

青年「今から言いますって。
   話、聞いてくださいよ」

盗賊「………」

青年「話を続けますね。
   彼女の名ですが、名前が一度変わっています。
   うちの有能な部下が3日かけて調べてくれたんですよ。
   感謝してくださいね」



382 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/11/25(水) 03:07:41.02 ID:Mm2oT6db0



盗賊「…名前が、変わった?」

青年「ええ。
   彼女は、中央王国のはずれの街にある、時計職人の娘として産まれました。
   家出して名前変えたみたいです」


そんな、


青年「彼女の名前は、女って名前みたいですけど」


ばかな、話が。


青年「名を、変える前。
   彼女は、あなたの実の妹ですね」


生き別れた妹。
気の強い、誇り高い娘だった。

生き別れた兄と妹が、
お互いがそれと気付かずに夫婦になり。

娘を設け、また別れ、
知らぬまに誘拐犯とその被害者となり、

またそれと気付かぬまま、
殺人事件の加害者と被害者になっている。


盗賊「そんな、馬鹿な話があるかあああ!!!!!」



383 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/11/25(水) 03:08:52.18 ID:Mm2oT6db0



しゅ、という音がした。
舌を噛み切ろうとした歯は、
それよりも速く口にねじ込まれた手ぬぐいを、
ぎりぎりと噛みしめていた。


青年「死んじゃだめです」

盗賊「ぐう、ううううううあああああ!!!!!!」

青年「娘さんはどうするんです」

盗賊「……!?!?」

青年「娘さんに会いたくはないですか?」


その時、なんの抵抗もなく。
心にするりと、ひとつの感情が滑りこんだ。

――――会いたい、と。

しかし会っても、償う事も、支えてやる事もできない。
自分では、娘にどうしてやる事もできない。


青年「ああ、…すみません。
   口を放してください」

盗賊「…ぅ……ぁ……………。
   その、…子は」

青年「会いたいですか?」

盗賊「……会えなくても。
   会えなくてもいい!!!
   会わせる顔なんて、…とても……!!!」

青年「……………」

盗賊「ひと目でいい!!!!
   ひと目でいい、見させてくれ!!!
   頼む!!!」



384 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/11/25(水) 03:09:38.32 ID:Mm2oT6db0



青年「…その子は、今この王城に居ます。
   少し事情がありましてね」

盗賊「え―――――」

青年「最近の話ですが。
   …そこで、あなたをリクルートします。
   あなたの情報を抹消し、新しい戸籍をあげてもいいです。
   手続き上の問題なので、誰にも文句は言われません。
   あなたはむしろ生かしておき手元に置いた方が、
   各方面の貴族を黙らせるのに便利ですからね」

盗賊「…なぜ、そんな事をする」

青年「なに、簡単な事ですよ」



青年「あなたには、その子の世話係になってもらいますから」





385 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/11/25(水) 03:10:16.22 ID:Mm2oT6db0



少女「………おじさん、誰?」


そして、その少女と引き合わされた。
顔立ちなどは、幼い頃の妹にまるで生き写しだ。

ただ、氷のような白銀の髪を除いては。


盗賊「…髪は、元々その色ですか?」

少女「さいしょは黒かったけど、
   …気付いたら、こうなっちゃった」

盗賊「そうですか。
   ―――私と、同じですね」


この子に父とは名乗れない。
自分に、その資格はないが、

この子の傍を終の棲家とする事を、その時決めた。



386 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/11/25(水) 03:10:57.20 ID:Mm2oT6db0


***



見習「なにぼーっとしてんですか」

憲兵「………ああ。
   少し、昔の話を思い出していた」

見習「へー。
   あんたいくつだっけ?」

憲兵「今年で28だが」

見習「まじ、てっきり30過ぎかと。
   昔の話ってなんです?」

憲兵「………秘密だ。
   おい、目的地まではどのくらいだ?」

兵士「あと3時間ほどです。
   お急ぎを」

見習「おい、待て、待てって!!!」




387 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/11/25(水) 03:13:46.50 ID:Mm2oT6db0


おまけ終わりです。
本編にはあんまし関係ないです。
>>1の脳内エピでしたが気に入ったので文にしました。
1時間くらいで書いたのでおかしいところあるかもです……許し…て……。

本編はもう少しお待ちください…。
応援レスありがとうございます。
毎度毎度、励みになります。
本当にありがとうございます。


388 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/11/25(水) 03:17:55.90 ID:AKMHCDdjO
乙!
389 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/11/25(水) 05:04:29.94 ID:q8lCSf6Co
乙です
390 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/11/25(水) 07:56:20.95 ID:XIyKwSsYO
おつんつん
391 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/11/25(水) 08:00:04.32 ID:IJGty0ClO
まじか……まじか
救われないな
392 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/11/25(水) 08:03:11.58 ID:IJGty0ClO
盗賊を殺した時の勇者をみると、やはり勇者の抱える闇は深いのだな
393 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/11/25(水) 11:55:03.00 ID:yAZpeL/pO
いくらなんでも救いがなさすぎませんかね
394 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/11/25(水) 12:39:51.40 ID:wTbgOioxO
投下乙でした
外伝も面白かった!
こうした本編の補完エピソードもまた読んでみたい
本編の更新も楽しみにしてるよー
395 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/11/28(土) 00:23:07.62 ID:h0FeeBtUO
う…
勇者としては、重いよな
盗賊的には詰め込みすぎな感じ
396 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/11/28(土) 09:17:56.82 ID:Ii08Q0q9O
よくまとまってると思うが…
397 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/12/10(木) 20:01:37.41 ID:b5gE61kto
まーだかなー
398 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/12/20(日) 20:05:28.74 ID:iceIP3nLo
はよー
399 : ◆DTYk0ojAZ4Op [sage]:2015/12/29(火) 07:57:06.85 ID:ZfJH5/ip0
遅くなり本当に申し訳ありません。
本日夜更新予定です。

殺される…仕事に殺される…。
400 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/12/29(火) 08:14:45.20 ID:pB8OjXG4o
期待機
401 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/12/29(火) 08:17:02.68 ID:gTxPW636O
待つ
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