魔王「死ぬまで、お前を離さない」 天使「やめ、て」

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265 : ◆OkIOr5cb.o [sage saga]:2016/03/21(月) 07:07:20.67 ID:YJiH1jFt0

すみません、スレ保守程度にこれだけです。あまりの停滞なのでsageで。
現在、完結まで一気に書き溜めています。
いつかはともかく、次回で全部投げられるようにがんばりたいです。
266 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/03/21(月) 09:21:07.81 ID:iIQtmHYho
267 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2016/03/21(月) 13:07:40.53 ID:JGG4Icls0
268 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/03/22(火) 23:19:47.72 ID:/3/xKQSQo
269 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/03/29(火) 21:56:47.48 ID:uBmckm/Zo
乙乙
270 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/04/21(木) 19:53:51.15 ID:c3gIQf6jo
保守
271 : ◆OkIOr5cb.o [sage saga]:2016/04/22(金) 00:03:48.82 ID:XCb4AxA00
今日の日付で保守が…。嬉しい、ありがとう
いっぺんは無理だけど、もう1ヶ月とか投下間隔開けないでイけます。ありがとう
272 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/04/22(金) 00:05:04.64 ID:XCb4AxA00

―――――――――――――――――――
天空宮殿 6階


近衛「落ちるって…こういう事ですか」


近衛と亀姫がいるのは、6階の大廊下
――先ほどまでいた場所とよく似た廊下だ。


亀姫「魔王様が神族を倒しておいてくださったおかげで、あっさりと上階にあがれましたわね」


ここでは魔王による戦闘があったのだろう。

崩れた壁や割れた窓ガラスを脚で蹴りどかし、外を覗き込む。
眼下には、先ほどの塔の屋根が見えた。


273 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/04/22(金) 00:05:36.38 ID:XCb4AxA00

近衛「下に屋根が見えるとはいえ、飛び降りて落下中に飛距離を稼ぐに充分な高度とは思いませんよ…。ただ真下に落ちてしまうのでは?」

亀姫「そうですわね。そして、ここからただ落ちたら、むしろ強く堀にたたきこまれるでしょう。……雲の下まで突き抜けてしまいそう」

近衛「雲の下まで…。せいぜい数十メートルのつもりが実は何百キロの高さだなんて。笑えません。……本当にここから落ちるおつもりですか?」

亀姫「あら、もちろんそのまま落ちたりしませんわ。……翼を持ち、滑空するのです」

近衛「翼…?」

亀姫「ええ。たくさんありますでしょう?」


亀姫が指差した先の通路には、魔王達の倒した神族の骸が点々と転がっていた。


近衛「………まさか…」

亀姫「察してくださって助かりますわ。さ、取っておいでなさい。ああ…首と腕と、胸下は要りませんわ。邪魔ですもの」


あっさりと言ってのけた死体損壊令に、近衛は躊躇する。
……神殺しだけでも罪深く感じたのに、まさかその遺骸を弄ぶ事になるとは。


亀姫「私の分と坊やの分で2体ね。あまり硬直していない、翼の綺麗に残った骸を選んで頂戴。……これなんてどうかしら?」


亀姫が扇で指し示した遺骸は、身体の中央が瓦礫の破片に穿たれている。
壁に打ち付けられて死したのだろう。崩れた身体は壁を背に座り込んでいるように見えた。
大きく広げられたままの翼が、最期の瞬間の衝撃を語っている。

274 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/04/22(金) 00:06:27.66 ID:XCb4AxA00

近衛「―――…」

亀姫「近衛?」


躊躇している場合ではない。
ここは戦場で、自分は魔王の近衛。討った敵の首を刎ねることなど初めてではない。

――拷問にかけ生きたまま耳を刎ねるよりは、余程楽なものだ。
そう自分に言い聞かせて、目を閉じて深呼吸をした。

目を開き、件の死骸に近寄る。

警戒しながら翼に触れてみたが、その身体は既に浄気を失っており、神族というよりは…ただの、鳥の死骸に見えた。


近衛(……鳥…か)


魔王が最初に斬り落とした腕を思い出す。
あの時は、ただの木の枝のように見えた。……ソレに比べれば、これが元生物に見えるだけ正気を保っているのだろう。


ゴジュ…ジュブ…。
ガツッ……グッ、バキャッ、ダンッ。


ナイフは胴体に差し込まれると、一瞬のうちに大剣化して深くまで裂き入った。
その感触を確かめてから、”ゆっくりと” 力を込めて引き下ろし…二分した。

大きな種の入った果実を、割るのによく似ている。
もちろんこれは種ではなく、骨なのだろうが。

275 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/04/22(金) 00:06:54.36 ID:XCb4AxA00

亀姫「……一息に斬り捨てればよいものを。まさか肉斬りの趣味がおありなの?」


多少の嫌悪感を浮かべた様子で、亀姫は問いかけてくる。
誤解をされてはたまらないが、そう見えても仕方ないだろう。近衛は苦笑し、弁解する。


近衛「いえ。こうすれば、“怖ろしく生々しい作業だ”と、吐き気のひとつも催すかと思ったんですよ」

亀姫「おかしなことを。近衛、あなた吐きたかったんですの?」

近衛「…それこそが、この神族への供養になるかと。生死の尊厳を確かめ、彼の死を悼ましく感じるかと。…ですがなんだかんだ言って、容易く斬れてしまいましたね」

亀姫「……はぁ。つまらぬことを仰いますのね。元より私たちが見つけた時点で、これはただの死骸ですわ」

近衛「そうだとしても、彼を斬ることは残酷で冒涜的な行為だと思ったんですが。…ただの、偽善だったようです」

亀姫「悼むべきは死ではなく、生の在り方と失われ方ですわ。戦場で失われた生を悼むなど、却って欺瞞。誇りを穢す行為と知りなさい」

近衛「自分はもともと、戦場の心得など知らぬ弱い人間でしたから。奪われた生を見て悼むのが、人間らしさと思っていましたよ」

亀姫「…そうでしたの。でも今は戦場に生きる魔王の配下でしょう?」

近衛「……ええ、そうでしたね」

276 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/04/22(金) 00:07:34.72 ID:XCb4AxA00

亀姫は近衛の側に近寄り、そっと頬に触れた。
近衛は泣いてはいなかったが、亀姫はそれを拭うような仕草でもって近衛を慰めた。


亀姫「…酷い顔をしていますわ。何を悔やんでいらっしゃるの? 何に戸惑う必要があると?」

近衛「はは……。そんなに、ひどい顔をしていますか?」

亀姫「ええ…」

近衛「…なんでしょうね。神や陛下たちとの力量差を感じるうちに、自分が人間なのだと実感しました…。だからこそ、自分は人間らしくありたかったのかもしれません」

亀姫「お馬鹿な子…。そう心苦しくなるのでしたら、今更ニンゲンらしくあろうとするのはやめてしまえばよいのに…」

近衛「魔族もどきの人間。人間らしさを捨てたところで魔族になれるわけでもなく…。人間らしさを失った自分は、一体何になるのでしょう…?」

亀姫「それは……」

277 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/04/22(金) 00:09:32.37 ID:XCb4AxA00

ザッ――


亀姫の回答を待たず、無表情のままで目の前の骸の首を刎ねた。
形だけの哀悼も、自分を試す為の残虐な行為も、無意味だと実感した。

切り取った翼についた小さな胴体を拾い上げ、検分し、余分を削る。
これくらいなら抱えて滑空するには都合がいい。きっとあの屋根まで届くだろう。
周りを見渡してちょうどよい翼を見つけ、亀姫の分も用意した。


近衛「さあ、行きましょうか」


振り向いた近衛の手に乗せられた、血の滴る肉塊から生えた翼。
それをにこやかに差し出す近衛の姿は、先ほどまで思い悩んでいた者とは思えない。


亀姫「……え、ええ」


近衛が作り笑いの不自然さでも見せていれば――
あるいは僅かにでも恍惚の表情を浮かべていれば、まだ理解もできただろう。

だが、近衛はただ瞬時のうちに様変わりをしたように見える。
どんな残虐な行為よりも、その切り替わりが得体の知れぬ怖ろしさを感じさせた。


先ほどの近衛の疑問には、答えられそうにない。
『ただの半端者になるのですわ』……そう答えれば、近衛は安心したのだろうか。


亀姫(…駄目ですわね。そんなこと、今は白々しくならないように言える気はしませんもの−−)


278 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/04/22(金) 00:10:11.18 ID:XCb4AxA00
――――――――――――――――――

――謎の塔、屋根の上…

……………
………


ビュゥゥ…ザッ!


亀姫「っ、きゃっ!!」

近衛「亀姫様!」


先に屋根の上に降りていた近衛が、滑り落ちてきた亀姫の抱える翼を掴む。
すぐさま反対の手で亀姫の腕を掴み、引き上げた。


亀姫「…っはぁ。助かりましたわ」

近衛「最後の着地で滑るとは……自分も一瞬、気を抜きかけた所でした。無事でよかった」

亀姫「ごめんなさいませ…あまり足元の安定は得意ではありませんの。屋根の上まで届いたなら、転げ倒れて着地するつもりだったのが仇になりましたのよ」


本当は着地の際、近衛に対して僅かに感じてしまった恐怖心を思い出し、動揺して足を滑らせた。
だが、受け止めてくれた近衛は普段どおりの近衛だ。
律儀な仕草で亀姫を屋根の上に座らせ、自らはその足下、滑り止めとなる位置に回ってくれる。

279 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/04/22(金) 00:10:52.16 ID:XCb4AxA00

近衛「それならそうと、何故それを先に………あ、ええと、その。……いえ、その脚では仕方ありませんよね」


叱責するような口調から一転、誤魔化すように苦笑して目を逸らす近衛。
亀姫はようやく自分の着物の裾がひどくはだけていることに気付き、慌てて引き寄せた。

…先ほどの廊下で感じたのは錯覚なのではと思うほど、“いつもの坊や”だった。
危うく死に掛けたこともあり、亀姫はおおきく息を吐いて気を取り直す。


亀姫「……ごめんなさい、不快なものを見せましたわ。もう隠しましたから安心なさって」

近衛「不快だなんて。想像以上に艶かしかったもので、目のやり場に困っただけです」

亀姫「………近衛については、単に適応力が異常なだけだと思うことにしますわ…」

近衛「え?」


亀姫「さ、それより早く中へ」

近衛「あ、待ってください」

亀姫「何ですの? ロープ代わりの布ならきちんとこちらに…」

近衛「いえ。足元に自信がないのでしたら、ロープで外壁を伝い、大扉まで這うのはお辛いでしょう。屋根を破りましょう」

亀姫「この屋根を? 破れますの?」

280 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/04/22(金) 00:11:57.28 ID:XCb4AxA00

近衛は屋根の上を何度か踏み比べて歩き、足元の反響を確かめる。
それから屋根の中腹のあたりで、立ち止まった。


近衛「亀姫、こちらへ。本来ならば、離れて…と言うべきなのでしょうが、少し揺れるでしょうから。…自分にしっかりとしがみついていて下さい」

亀姫「え、ええ。滑り落ちては元も子もありませんものね」

近衛「この屋根、さすがに一撃では厳しいです。三撃は行きますよ……――っ、はぁぁぁっ!!!!」


ダガァァァァン!! がらららっ…
ドカァッ!!! バキバキバキ………
ベキャキャキャキャ……!!!


亀姫「まぁ…。細腕の割りに、意外に力もありますのね」

近衛「刀だったらまず無理です…。このナイフの特徴ゆえですよ」

亀姫「切り裂くことも、穿つことも出来るなんて…剣というのは便利ですわね」

近衛「普通の剣がどうかまでは、保障しませんよ。さて、中の様子は…」


身体ひとつ分ほどの小さな穴ができた。
中を覗き込むと、塔の中は不思議な深い空洞であった。
長い塔の内部は吹き抜けになっており、ちょうど半円の分だけに床がある。
吹き抜けを飛んで階を移動する設計なのだろう。

281 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/04/22(金) 00:12:25.79 ID:XCb4AxA00
足元に飛び出した屋根の梁を穴に掛け、そこから紐を垂らして内部へと降りた。
半円の床の終わり、吹き抜けの始まりの部分に、梯子のようなものを見つける。

飛べない者の為に用意されているのだろうが、実際に使うには粗末過ぎる代物だ。
――実際、朽ちた梯子の所々は段が無くなり、ただの棒になってしまっている。


近衛「自分が先に降ります…1階ずつ互いに待ちながら、順に降りましょう。無理ならばそう仰ってください」

亀姫「心配はご無用ですわ。棒なら…巻きついて降りられますもの」

近衛(…滑り棒…。むしろ自分は待ってもらえるのだろうか)


シュルル…ギシッ、メシ…シュルルル… 


亀姫「近衛。底に、何かいますわ」

近衛「あれは…?」


近づくにつれ姿が明瞭になっていく。
ずっぽりと被った薄汚れたローブ。あたりに舞い散った羽と、羽の剝げ落ちた翼……

ある程度の高さまでいくと、近衛は一息に飛び降りた。
ナイフを構えて近づいてみるが、うずくまった姿勢のそれは動かないままだ。
シュルリ、と背後に降りた亀姫の気配を感じたところで、指示を仰ぐ。

282 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/04/22(金) 00:13:39.36 ID:XCb4AxA00

近衛「神族と思われます。…何か聞き出しますか、それとも倒しますか?」

亀姫「……というよりも、既に死んでいるのでは?」


?「生きて…おります……。謀叛の罪を着せられ……ここに、閉じ込められておりました…」


近衛「!!」

亀姫「!」


ゆっくりと顔を上げたのは羽の傷付いた天使だった。


神従者「……ワタシは神従者と申します」

近衛「神従者さん、ですか。ここに閉じ込められていたと……?」

神従者「はい。………あなた方は…見たところ、人間のようですが…?」

亀姫「あら、そう見えて? でも残念ですわね。私も、この子も……魔族ですわ」

近衛(………亀姫様…)



神従者「ああ。そう……魔族、ですか」

亀姫「驚きませんのね」

神従者「そそのかされ、天界を滅ぼしにきたのでしょう?」

近衛「え」

283 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/04/22(金) 00:14:15.24 ID:XCb4AxA00

亀姫「……閉じ込められていた割に、まるで事情を知っているかのごとく当たり前におっしゃいますのね」

神従者「ええ。ワタシは、魔族を逆撫でし天界へ差し向けた罪で、翼を毟られここに投げ捨てられましたから…。魔族が来る可能性を知っていました」

近衛「!! 貴方が……戦争を仕掛けたということですか?!」

神従者「ち、違います! 全ては神のした事…! ワタシはその神の業を着せられたのでございます!」


縋るような目で、自らの無実を訴える神従者。
亀姫を見ると、気の抜けた溜息をついていた。指先を軽く丸め、近衛に構えを解いてよいと示してくる。

隠し武器のひとつもあるかとおもえば、ただの監獄。
神の意図を確証できたのはよい収穫だが、時間の惜しい時に面倒そうな人物に絡んでしまった。

近衛も期待はずれに溜息をつき、目の前で縋っている神族を見下ろした。
敵の敵は味方…とはいかない。だが、斬り捨てるにもあまりに哀れな存在。


亀姫「この神従者。“保険”といったところかしらね」

神従者「ぅ、あぁぁ……っ」

近衛「保険?」

284 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/04/22(金) 00:14:46.60 ID:XCb4AxA00
亀姫「全てを魔族のせいにするシナリオ…だけれど万が一にも失策があっては困る。そうなった場合、“全てを彼の責任にする”という、保険」

近衛「それはつまり、“こちらに裏を読まれて行動されてしまったときの裏の手”ということですよね? そこまでしますか…? 単にこの者が嘘をついて言い逃れしているのでは…」

神従者「…っ! そんな、ワタシは決して嘘など…!」

亀姫「本当に謀反を企てて戦争を起こしたのが彼ならば、私達が乗り込んできた時に、神はまずこの方を私達に差し出して弁明すればよかったのですわ」

神従者「…! そう、そうです! 神がそうしなかったことが、ワタシが嘘をついていない証拠でございます…!」

近衛「……ここに隠しておいて、分が悪くなった場合に出す“罪人代理”ですか」

亀姫「神の分が悪くならなければ、誰にも知らせず殺される…。必要時には生々しい死を演出するために生かされているだけの、死刑囚ですわ」

神従者「………っ。は、い…。もう、生きてまともに口を利くことは無いと、そう思っておりました…」

285 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/04/22(金) 00:15:26.95 ID:XCb4AxA00

近衛「……くそ。この戦争、見えない部分のやりとりが多すぎませんか。ただの斬り殺し合いよりも、タチが悪いように感じます」

亀姫「目に見えるものに惑わされず、見えない真意を読み…そこに対応しなければ勝てません。どのような戦であれ、勝機を得るにはそれくらいの策謀は必要ですわ」

近衛「もしも相手の策を、読み間違えたら…?」

亀姫「嵌められて、掌で踊らされるのですわ」

近衛「……神は本当に、自分達を盤上の駒としか思っていないのか…」

神従者「………そ、それでも…それでも、神の知略に負けてはいけません…っ。神の策に嵌っては、あの子のようになってしまう……っ」


目を見開いたまま顔を覆う神従者は、怯えた様子で身体を震わせながら呟いた。


亀姫「あの子、とは?」

神従者「我が娘…。大事な、一人娘でございました……っ!」

近衛「娘…ですか」

神従者「あ、あの子は…純粋無垢な我が娘は、神に騙され堕とされたのです…っ」

神従者「いえ、今思えば…私の安否を確認する可能性のある娘は、最初から狙われていたのかも…! 怖ろしい…あ、ああああ…っ!」

近衛「堕とされた…? 落ち着いてください。それは一体…」

286 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/04/22(金) 00:18:56.87 ID:XCb4AxA00

亀姫「……近衛。堕ちた天使の娘といえば…もしやあの娘ではなくて?」

近衛「……ではまさか、天使殿の…?」


亀姫は、パラリと扇を僅かに広げ、近衛に口を寄せて囁いた。
口元を隠してそっと告げた意見だったが、近衛は動揺したのか普通の音量で返答してしまい……神従者の耳に、入ってしまった。


神従者「娘を知って…!? 教えてくれ! 教えてください!! 娘は…あの子は今、どうしているのです!? まさか…!!」

近衛「じ、自分の知っている天使の娘の事であれば、大丈夫です」

神従者「! あなた方は魔族…つまり、あの子は魔族に捕まっているのか?! 」

近衛「そ、それはそうですが。ですが天使殿は無事で……」

神従者「それではわからない、ちゃんと答えてくれ!!!」ガシッ

近衛「まっ… あまり近づかないでくださ――…!


亀姫「落ち着き遊ばせ」スッ…


バシッ!!


神従者「ぐっ!」

近衛「ッ」


287 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/04/22(金) 00:19:23.63 ID:XCb4AxA00

亀姫が術を行使すると、神従者と近衛はお互いに跳ね飛ばされるようにして離れた。
結界が二人の間に展開され、無理に引き離したのだ。


亀姫「…落ち着いてくださいまし。あなたがあの天使の父親だとして、今のところ娘の心配は不要ですわ」

神従者「な、何故そう言い切れるのです…!」

亀姫「あの天使でしたら、今となってはこの神界よりもよほど…いいえ、この世界の中でもっとも安全な場所におりますもの」

神従者「なにを… そんな場所が、どこにあると…?」

近衛「………魔国・魔王殿。その中にある魔王陛下の御社殿。そこで誰一人の手出しも許されないまま、守られております」

神従者「――………な…っ」


蒼ざめ、口を閉ざした神従者。
亀姫はパラリと扇を広げ、まっすぐにその目を見つめる。


亀姫「ですが、陛下がこの戦に負ければ、あの娘は魔王殿の中央に取り置かれることになりますわ。陛下の結界も寵愛もなしに、生き延びることは叶わないでしょう」

神従者「ひ…っ」

288 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/04/22(金) 00:20:21.79 ID:XCb4AxA00

亀姫「…私達は、神の策謀を出し抜くための材料をさがしていたところですの…。ねえ、貴方、何かご存知ではなくて?」

神従者「そ、そんな。いくら神に欺かれ恨みを述べようとも、魔族に神を売り渡すなど出来るはずが……!」

近衛「……売り渡すことになるような何かを、ご存知なのですね?」

神従者「!」

亀姫「時間もありませんし、誘導したり拷問にかけて吐かせる真似もできませんの。自分で決めて答えてくださいませんこと?」


亀姫「神と魔王…… どちらが勝つほうが、貴方にとって都合がいいのかしら?」

神従者「そ、れ……は…」

近衛(………)



目を泳がせ、ぶつぶつと懺悔の言葉を繰り返していた神従者。
見限って立ち去ろうとする亀姫を見ると、慌ててその背に縋りついた。


神従者「お、お教えしましょう…。神の策を。私に科せられた罪の仔細を……――ですからっ」

亀姫「……ええ。私たちの陛下なら、必ずや神を討ち、生き残ってくださいますわ」

神従者「ぁ、ぁぁ……」


胸の前で硬直して鬱血するほど堅く組み締められた手は、ガクガクブルブルと震え続けていた。
−−その祈りは、贖罪は、神を裏切る決意の表明にほかならないというのに


289 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/04/22(金) 00:21:46.79 ID:XCb4AxA00

―――――――――――――――――――――――――――

天空宮殿・最上階
――天守閣


ドガシャャアアアアアアアアアアアアアアアン!!!!

それまでと違い、階段のあるべき場所には荘厳に飾り立てられた大扉があった。
見事なステンドグラスがその両扉にあしらわれていたが、
何を描いたものか確認する間もなく獣王が扉を押し開け、無残に床にガラス片が散らばった。

獣王「グルル……」

魔王「………広いな。それに、開けてみるとわかる。この先に――いるようだ」

獣王「先ニ行ク」

魔王「ああ。構わぬが、浄気が強い。無理はするな」


身を低くして、ガラスの散った床を跳躍していく獣の群れ。
魔王は道を譲り、足元に散らばるガラスを眺めていた。

左右に描かれた印象の違うステンドグラス。
ひとつは、おそらく神族…創世主を描いたもの。
そしてもうひとつは、魔族…地獄の化身と呼ばれた初代魔王に見えた。


魔王(……だとすれば、何故、神の間に魔族の姿絵が…?)


290 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/04/22(金) 00:25:04.00 ID:XCb4AxA00

神にとって、魔族とは忌々しいものだろう。
その姿絵を神聖とされる神の間への入り口に飾るものだろうか。


魔王(……たとえば、救世の姿を描いた神に対比させ、地に堕とされる魔族を描くならわかる。だが、先ほど見えたこれは、どちらも同じような立ち姿)

魔王(……ただの悪趣味ならばよいのだが。神族が魔族をどう思っているのかなど…ここにきて想像するのは苦いものがあるな)


ガシャ…ギシ。

砕けた硝子を踏みしめ、魔王は階段を登る。
バサリとマントを広げなおし、腰元の刀を据えなおす。

階段を登りきった先は、宮殿の横幅いっぱいに広がった廊下。
その中央にある大扉の前、左右に広がった獣達が 魔王を待っている。


コツ、コツ、コツ……
グルル……


魔王「ほう。……さすがここまで来ると、漏れ出す浄気が多いな。開けられなかったのか」

獣王「……グルル」


獣王は、僅かに目線をそらして低く唸る。
その様子はつい先ほどまでの好戦的な獣の目をしていない。

魔王はそんな獣王の毛並みにそっと手を這わせ、忠実な臣下の様子を伺った。

291 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/04/22(金) 00:32:23.80 ID:XCb4AxA00

魔王「もしや、言葉を語るのもつらいのか? 魔素の維持に集中せねばならないような状態で、戦にはならない。退いてよいのだぞ」

獣王「退かヌ…」グルル

魔王「本能が、ここを開けてはならぬと告げているのだろう? 獣のそれは強いと聞く。無理をする必要など――

獣王「ガウルルル!!!!!!」

魔王「くく…。あまり撤退を強いては、噛みつかれそうだな。しかしこの浄気の強さ、これ以上には後続の者は連れて行けない」

魔王「戦略的撤退も時には必要だ。列を離れる一団の指揮を取る役割を与えよう、退がるがよい」

獣王「ガル……」

292 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/04/22(金) 00:39:44.62 ID:XCb4AxA00

獣王は一声唸ると、僅かに頭を垂れた。
それから猫さながらのしなやかな仕草で、背後にいた一回り小さい銀色の獣に並ぶ。

獣王がその首に自らの首を沿わせると、
銀色の獣も同じように獣王の首にすりあわせる
ぺたりと座り込んだ銀色の獣の周囲を、身体を擦り付けながら一周。
それからもう一度首を絡めあわせると…今度は、獣王が座った。

直後、銀色の獣は大きく吼え―― 他の獣も揃い、吠え出した。

ァオーーーーン…
ワオー… ワオーーーン…!!


魔王「……?」


獣王が、座ったままで短く吼える。
すると銀色の獣を筆頭として、獣達は吼えながら跳ね飛んで階下へと消えていった。
数匹の体躯の大きな獣だけが残り、黙したまま扉を見据えている。


魔王「…一体、何をした?」

獣王「族長ノ位を譲っタ。あのままでハ、戦えなかっタ」

魔王「ふむ…? ここまでの間、どいつも命令に忠実で勇猛に戦っていた。……お前の足手まといになるとも思わなかったが」

獣王「あア。ならなイだろウ」

魔王「では、“戦えなかった”というのはどういう意味だ?」

293 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/04/22(金) 00:46:19.83 ID:XCb4AxA00

獣王「……ここを開けれバ、それだけデ死ぬ仲間がでル…。手を出せないどころか、足手まといにもなれズ、戦えないまま死ヌ…」


獣王「その無念ヲ見届けながらでハ、オレが冷静に戦えなイ」

魔王「……なるほど。ではここに残ったのは、扉を開けても生きられる者たちか」


獣王「ここに残ったのハ…“例え死を前にしても、強さを示せる者”ダ」


獣達は、身体を低くして唸り続けている。

例え即死しても、それを誇りに代えられる者。
――臆して逃げ帰る姿を見せるより、最期まで強さに生きた姿を見せる者。
濁りも迷いもない瞳は、確かに自らの生き方に ―死に方に― 疑念を持つことはないのだろう。


魔王「……先ほどの、銀色のは何者だ?」

獣王「妻。ここに残れない者ヲ鍛えなおす為ニ。魔国に残る仔らに強さを教える為ニ、離れタ」

魔王「……族長を譲ったのは、おまえも死を覚悟したからか? 最初から死ぬつもりのやつなど、この先には――」

獣王「違ウ」

魔王「…?」


294 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/04/22(金) 00:47:05.21 ID:XCb4AxA00

獣王「『我等は集団で生きル。いかなるときも強く導かねば、混乱が起きル。統率の乱れこそヲ、何よりも愚と考えル』…前ニも、言っタ」

魔王「…ああ、なるほど。 神の間の目前で、かざした意思を違えたお前では示しがつかぬ、と」

獣王「“全員で魔王サマの盾になる”と言ったからナ」

魔王「……しかし解せないな。もともと、お前たち獣は不利な状況で深追いなどしないだろう? その判断は過ちではない。本当に生きて帰るつもりならば、族長を譲る必要など――」

獣王「……あいつらがここから逃げ出す為ニ、“族長命令”の強制力は必要だっタ。先頭に立ち率いなけれバ、一匹として逃げ出せないだろウ」

魔王「……死に怯んだからとて、“統率を乱す愚”を冒すほどの者は居ないということか。……よい一族ではないか、獣王」


遠くからいまだ微かに聞こえる、獣の遠吠え。
そろそろ宮殿の外にまで出ただろうか。


魔王「それにしてもよく吼える…。あれは何を意味しているのだ」

獣王「……ただノ遠吠えダ。仲間ヲ呼び集メ、一箇所ニまとめル合図。他の後続種モ共に下げるのだろウ」

魔王「そうか。……では、そろそろ開けるが構わないな?」

獣王「あア」

295 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/04/22(金) 00:47:31.47 ID:XCb4AxA00

魔王は手元に魔力弾を練りだしていく。
魔素で扉を打ち破ることで、噴出するであろう浄気を抑えるためだ。
だんだんと大きくなる魔力弾を皆が見つめていると、魔王がふとつまらなさげに呟いた。


魔王「おい……獣王、そしてそこの獣達。戦の前に、ひとつだけ命令しよう」

獣王「……?」


魔王「新族長が仲間を呼び集めているのなら、あとで必ず行け。……俺に付き従うのが種族の統率を乱す愚か者ばかりとなれば……魔王の沽券に関わるからな」クク

獣王「……そうだナ。了承しタ」

魔王「では―――」



ドォォォォォォ………ン……ッ…!


重厚な扉の下部を抉り取る魔力弾。
扉と、中に埋め込まれていたであろう蝶番は自重に耐え切れず、崩れ落ちる。

巻き上がる石埃と魔素。そして扉の奥から吹き上げてくる浄気――
一瞬でその場は白い靄に包まれ、一同は嵐のような気の奔流に巻き込まれた。


296 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/04/22(金) 00:48:09.71 ID:XCb4AxA00

…………
……………ガラン…ゴトッ


靄が晴れるころには
扉だけではなく入り口付近の壁も圧によって瓦解していた。

その部屋の中央に、まっすぐに立つ影がある。



魔王「お前が神か」

神「―――ああ。待っていたぞ、魔王」


光のように、透ける白髪。
色素をもたない端整な顔立ち。
石膏よりもなお“鮮やかに白い”、豊かに広げられた翼……


魔王「まさか、女性神だとは。……神族の兵が手ぬるいのはそのせいか?」

神「この神界に兵など居ない。皆、本来は何かを守り慈しむために存在していた」

魔王「ほう。……では、お前も同じように手ぬるいのだろうか」

297 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/04/22(金) 00:49:37.74 ID:XCb4AxA00

神「確かめてみるがよい。……神の持つ、守る力の強さを」


滑らかな白絹を纏った細腕が、ゆるやかに伸び上がった。
差し出し、相手の手を求めるように。そっと包み込むような握手をするような仕草だった。


神「――そして、我が剣の前に降伏するがいい」



気がついたときには、魔王の心臓位置をめざして正眼に構えられていた。
剣を持っていることすら見落とすほどに、刃の見えない透明な剣が握られていた。


魔王「……クク。確かに予想外のこともあったが…」


魔王「この戦は仕掛けられている…というのは、予想通りだったようだ」クク


シャッ…――


一瞬の抜刀。
魔王はそれと同時、低く跳ねて剣先から逃れる。
獣達も、床を強く踏みしめて飛び掛かっていく。


カ ィーーーン…ッ……


鉱物を金属で打つ、特有の音程。
剣と刀を合わせるたびに空気を振動させるその音は、
部屋中に波紋のように響き渡っていった―――

298 : ◆OkIOr5cb.o [sage saga]:2016/04/22(金) 00:51:06.14 ID:XCb4AxA00
すみません眠い
299 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/04/22(金) 15:54:53.01 ID:6HH/EdyGO
300 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/04/23(土) 02:15:47.34 ID:Ss644WqA0
――――――――――――――――――――――――

天空宮殿――宮殿前


目の前にある大宮殿の入り口。
先ほど、魔王たちと別行動を取ることにしたその場所まで戻ってきた。

近衛は腕に神従者を抱えて、亀姫は周辺警戒をしながら走ってきた。


神従者「そこの入り口では駄目です、手前にある小さな噴水の所へ!」


神従者が指し示した場所に、入り口を飾るための“置物の噴水”があった。

正確に言えば、噴水を模した彫像。
実際に水は沸いておらず、甕を肩に乗せた天使の足元に円形の桶があるだけだ。
周囲には花とも草とも言えぬ、綿のような植物が植え込まれている。

近衛が彫像の前で止まり神従者を降ろすと、神従者は小走りで植え込みに入っていく。


301 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/04/23(土) 02:16:23.85 ID:Ss644WqA0

近衛「……これですか?」

神従者「この、台座の桶の部分を……っ ま、まわ…」グッ

近衛「自分がやりましょう。まわせばいいんですね?」


近衛も台座に手を掛ける。
重たい石臼と同じ感触で台座が回転すると、風化で抉れたように見えた底部分と奥にあった穴が合致し、穴が現れた。


神従者はそれをみるなり後ろ手で翼を押さえ、身を細くして穴の中へと入りこむ。
肩口あたりで膨らんだ翼が穴の縁に引っかかると、神従者は低く呻き痛みを堪えた。


亀姫「あなた、大丈夫ですの。その翼…」

神従者「はは…折れたようで、根元のほうがうまくたためません」


治療を施すべきなのだろうが、そんな場合ではない。
自分達から離れてもよいが、囚人である彼にはこの神界のどこにも居場所はない。
亀姫の治療術は魔素を用いるので、神従者には使えない――

痛々しいことこの上ないが、せめて気遣うほかに出来ることはなかった。

302 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/04/23(土) 02:17:00.22 ID:Ss644WqA0

神従者「気にしないでください。元々、使い物にはならなかったのです。そんな翼であなた方を支えて塔を出て、まだ残っていることの方が信じられません」

亀姫「……感謝いたしますわ」

神従者「はは…。あなた方のもっていた、あの翼を使うわけにいきませんからね…」

近衛「…すみません」


話しながらも、順に穴に潜り込む。
穴は1.5m程度の深さだったが、その奥には階段があり、降りるにつれて天井は高くなった。

光は射さない。
時折、壁に蜀台を置くための窪みが見られるが、灯している猶予はないだろう。

お互いの姿を確認することも出来ないほどの暗闇。
どうしたわけか自信ありげな亀姫に先導を任せ、神従者を担いで近衛も降りることにした。


亀姫「それで…あとどれくらい進むんですの」

神従者「目的は最下層です。宮殿の中央に位置する最深部………」



神従者「――そこに、“神”が居ます」


303 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/04/23(土) 02:17:28.16 ID:Ss644WqA0

シュルルッ…
こころなしか地を這う音が速さを増す。

等間隔の階段とはいえ、声と音の位置だけを頼りに暗闇で駆け下りる――
近衛は、亀姫に遅れを取らぬので精一杯だった。

本当に一本道なのかどうかも知れない場所。
亀姫を見失う不安に背を押され、近衛は情けない声で亀姫に呼びかけた。


近衛「亀姫様…」

亀姫「なんですの?」

近衛「本当に、自分達だけで最下層に向かっていいのでしょうか。神との戦いになるならば、やはり陛下に来ていただくべきだったのでは…」

亀姫「この者が言うのが確かならば、陛下もまた最上階の天守閣で戦闘となっているはずですわ」

近衛「それはそうですが…。もし戦闘になるより先に陛下にお知らせできれば…」

亀姫「戦闘になるより先に着けばね。ですけど、もし間に合わなければ最悪の事態ですのよ」

近衛「……神魔戦で、その大将首が偽者だなんて。悪い冗談としか思えませんよ」

神従者「ですが本当なんです! 最上階にいるのは確かに神族ですが、それは偽物…! 攻撃力に長けた戦神なのです!」

304 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/04/23(土) 02:18:15.88 ID:Ss644WqA0

亀姫「この神界に、戦神なんてものがいるとは思いませんでしたわ」

神従者「…普段は神の補佐をしているだけの、目立たぬ者です」

近衛「補佐…側近のようなものでしょうか?」

神従者「そうですね。護衛であり、側近であり…そして神に万一があれば、その者が一時的な後継ともなります」

亀姫「では、その方は偽者といっても“次代の継承者”ですのね」

神従者「いいえ、代理となるだけ。……神に万一があった時には子を宿し、その子を守りながら、神に育てるのです」

近衛「……戦神とは、女性神なのですか」

神従者「はい。その役割から、ワタシ共は彼女を戦神妃と呼んでいますが――


亀姫「! 止まって、静かに!!」


突然、亀姫の制止の声が響く。
急停止した足は少し滑り、段を踏み外すぎりぎりの所で止まった。崩れたバランスを取るために神従者を降ろすと、近衛も気配を探った。

耳が痛いほどの静寂の中、上方から気が流れ込んでくるのを感じる。


近衛(……浄気が流れてきた? 亀姫様は、この僅かな気を察知したのだろうか)

亀姫「……獣達が走っているようですわ。この浄気といい……どうしたのかしら、獣王は陛下とご一緒ではなかったの?」

近衛「獣…?」

305 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/04/23(土) 02:19:05.12 ID:Ss644WqA0

亀姫「ええ。足音ではないのですけれど、その振動を感じますの。浄気にやられた獣が撤退したのかもしれませんわ」

近衛「では、陛下と偽者…いえ、戦神妃の戦が始まってしまったのでしょうか」

神従者「! なんてことだ…状況を確認している場合でもありません、急ぎましょう!」

近衛「待ちなさい、あなたが走るより自分が担いだほうが早い! よく見えぬのです、こちらへ!」

神従者「あの戦神妃の力は本物です……! このままでは魔王は絶対に負けてしまう! 早く!」

近衛「!」

亀姫「ともかく駆け下りますわ。近衛は黙ってしっかりついていらっしゃい。神従者、あなたはその間に説明してもらいますわ」


亀姫「――陛下が絶対に負けるだなどと……ただの侮辱でしたら、許しませんのよ」


306 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/04/23(土) 02:21:07.82 ID:Ss644WqA0

ッシュルルルル・・・!!!
ザッザッザッザッザッザッ・・・・・・!

更に速度を増して階段を下りる。
もう既にかなり降りたように思うが、前も後ろも見えない暗闇の中で距離の感覚は鈍い。

近衛に担がれたまま、努めて冷静に神従者が説明を始めた。


神従者「……あなた方は正面から、神族を討ってきたのでしょう?」

神従者「ですが、全てが罠なのです。快進撃ですら、神に仕組まれていたもの」

亀姫「連戦による疲弊を狙っただけではないと仰るの?」

神従者「……神族は“浄気”と“物理”のどちらで攻撃してきましたか?」

近衛(……!)

亀姫「……言われてみると、弓を射たり体当たりをしたり…物理攻撃ばかりでしたわ」

神従者「でしょうね。浄気を減らさずに、魔王に“魔素を使わせる”ことが目的なのです」

亀姫「魔素を…」

神従者「浄気を纏う天使を倒すには、魔素を当てるのが効果的。ましてや接近して攻撃しようとしてくるなら、なおさら遠距離で倒せる魔力攻撃を仕掛けるでしょう」

307 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/04/23(土) 02:21:37.45 ID:Ss644WqA0

亀姫「……陛下は別の理由で、初めから魔力攻撃をなさっていましたわ」

神従者「初めから?」

亀姫「ええ。それに神族を倒す以外でも、余計に魔力を使っていらっしゃるはず。陛下は刀による攻撃にも優れていますもの、魔素が減れば刀で凌ぐおつもりなのかも――」

神従者「戦神妃は武力と剣技の神。 いくら腕に自信があろうと、魔力抜きで勝てる相手ではありません」

亀姫「魔王様も馬鹿ではありませんわ。神との戦をするつもりなのですから、きちんと魔力も残しているはず」

神従者「……ええ。ですが残した魔力が“十分量”に届かなければそれでいいのです」


神従者「戦神妃に、物理攻撃は通用しませんから」


亀姫「……なんですって?」

神従者「彼女は強力な加護の持ち主なのです。魔素によってその加護を弱めなければ、いくら叩いた所でダメージにならないのです」

亀姫「……いくら腕があろうと、魔素がなければ戦いにならないのね」

神従者「ええ。だからこそ、疲労を感じて魔素を温存する気にならないよう、少しでも多くの魔素を消費させるように、快進撃をさせたのです」

亀姫「……そう。だけどそれは陛下が“負ける”理由にはならないわ。勝てないだけ」

亀姫「陛下は決して戦闘狂ではありませんわ。分が悪ければあっさりと撤退を選ぶことでしょう」

神従者「その機を待って、神が地下にいるのですよ」

亀姫「……?」

308 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/04/23(土) 02:22:19.79 ID:Ss644WqA0

神従者「浄気をなるべく使わせないまま、あっさりと神族を殺させたのはもうひとつ理由があります」

神従者「……神族が死ぬと体内から抜け出す浄気。それを一箇所に集めているのですよ」

神従者「抵抗する術を失くした魔王に、確実にとどめを刺すために……っ!!」

亀姫「――な」



神従者「神族は…っ 魔王の魔力を減らす為に慣れぬ戦場へ向かわされ…っ! 神がその浄気を取る為に、最初から殺される予定だったんです…!!」


神従者「神は! 魔王を殺し理想郷を築くために!! 人間の世も、魔の国も、この神界ですらも全てを殺し! 無くし! 創りかえるつもりなのです!!!!」


走りながら、腕の中で語られる災厄の姿。
近衛がそれに激昂するより先に、亀姫の足が止まったのは幸いだ。


亀姫「……これより先は、行き止まりですわ」

神従者「……っ! それなら、ここが入り口です……」


神従者「天空宮殿・深奥の間。この天空宮殿の基盤となったといわれる原始の部屋……」


神従者「別名、『始まりの間』です」

309 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/04/23(土) 02:23:12.74 ID:Ss644WqA0

――――――――――――――――――――――――

天空宮殿・最上階
天守閣――


獣王「ガウルルルルァァ!!!」

神「無駄だっ! 私に噛み付こうと、その牙は決して通らない!!」

魔王「そうかもしれん。だが――」


ボウッ!!
魔王が放った魔力弾が神に触れる。
するとその瞬間、喰らいついていた獣の牙が深く刺さり肉を抉った。


神「ぐゥ――ッ」

魔王「魔力を同時に当てれば、その道理も効かぬようではないか」クク

神「魔王――ッ!」

魔王「クク……勇ましいな。剣技も見事だ。女性神でなまぬるいなどと侮ったこと、謝罪してやっても良いぞ」

神「――謝罪など……っ」

310 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/04/23(土) 02:23:59.93 ID:Ss644WqA0

獣達「「ガウァァッ!!」」

神「〜〜〜死にぞこないの獣が、邪魔をするな!」


ッキーーーン!
自らの脚すれすれの位置に剣を振り下ろし、足元に噛み付いた獣を斬る。
喰らいついていて無防備な顔面をやられた獣は、たまらずに声を上げ口を離してしまった。


魔王「よくやった、お前たち」


剣を完全に振り下ろしきった隙をついて、魔王が神の懐近くまで跳躍する。
あまりの勢いに、体当たりと見間違う。
魔王の身体全体に纏わせた魔素が神に触れる距離まで近づくと――


神「……!」

魔王「――」


斬るというよりは、刺すに近い攻撃だった。
魔王は確かに優勢だったが、神の剣技が魔王を超えているのには気付いている。
優勢で居られるのは、がむしゃらな獣達が作る“時間”のおかげだ。

神だけに注目し、頭と身体を使える魔王に対し
神は獣の分も動きを計算しなければならない。

その僅かな演算速度の差が、魔王の優勢を支えている。
だからこそ、斬りつける為に刀を振る一瞬の時間ですら与える余裕はなかった。


311 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/04/23(土) 02:26:20.10 ID:Ss644WqA0

神「っ、カハ…ッ…!」

魔王「ちっ!!」


魔王の刀は確かに神に刺さった。
だが即時に浄気を噴出され、魔王は抉ることも払うことも出来ぬまま後方へ跳び逃げる。


神「………っ」

魔王「ただ穴を開けただけだが、少しは効いたようだな」

神「魔王、らしくない戦い方を…っ しやが、って……っ」

魔王「……らしくないだと? どんな攻撃をすると思っていたやら」


神「な、ぜ……私を、殺す気にならぬのだ…っ」


魔王「…………っ」


獣王「グル…… 魔王サマ…?」


言葉に詰まった魔王を、訝しげに獣王が見つめる。
魔王は改めて構えを取り、神を見据えながら獣王の不安を払拭してやった。


魔王「勘違いするな……殺す気がないわけではない」

312 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/04/23(土) 02:26:48.46 ID:Ss644WqA0

神「ならば、急所をはずし甚振るのが目的か…!?」

魔王「クク、おかしなことを」

神「ではなぜ……!!」

魔王「逆に問おう」


魔王「おまえは何故、既に死を決意しているのだ?」


神「……っ」


魔王「確かに目を見張る剣技だ。だがあまりにも豪胆すぎる」

魔王「勝って生き残ることを見据えた戦い方ではない――相手さえ破ればよいという剣だ」

魔王「どういうつもりか知らぬ。知らぬが、おまえが相打ちを狙っているのなら…下手に討つのも討たれるのも早計だろう?」


神「……お前は…本当に、魔王なのか……?」

魔王「くく。本当におかしな質問をするな。俺が俺でなくて、誰だというのだ?」

神「だが…魔王はもっと横暴に、自分の不都合を排除していたじゃないか…」

魔王「……ほう? 魔王を知っているかのような口ぶりだな」

神「知っている―― お前は…魔王は! 我らが守り育てていた人間の世を滅茶苦茶にし、奪ったではないか!!!!」


313 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/04/23(土) 02:27:32.48 ID:Ss644WqA0

獣王「……先代魔王サマの、人間掃討戦のことカ」

神「先代…?」

魔王「クク。成程… 俺と父君を間違っていたか。確かに俺は代が浅いからな」

神「それでは…お前は…」

魔王「残念だったな…? 誇り高く、強き賢王と謳われた父君は既に魔王ではない」

魔王「“魔王らしく誇り高い戦闘”など―― してやるつもりはないぞ?」クク…

神「な……」


魔王「くく。つまらぬ誤解に余計な詮索をしたようだ。どういう理屈かわからんが…つまり俺は俺らしく、魔王らしくない殺し方をしていればよいのだな…?」

神「ま…待て…っ!」

魔王「クク。自らで仕掛けた戦だろう。策を間違えたからといって、今更命乞いなど――


神「お前は! 現魔王のお前は―― 我ら神族と話をするつもりはあるか!?」


魔王「…………なんだと?」

獣王「魔王サマ! 神族の話などニ耳を傾けてハならなイ!!」

神「我らは、その獣のように、魔王も話を聴かぬものと思っていたのだ!!!」

獣王「ガゥルルル!!!!」

314 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/04/23(土) 02:30:18.46 ID:Ss644WqA0

魔王「獣王、待て…」


騒ぎ立てる声を聞き、鬱陶しそうに目を細めた魔王。
諌めるために低く出した声に、獣も神も目を向けている。


魔王「ククク、もちろんこれも策である可能性は大きい」

魔王「だが、神の嘆願を魔王が聞くなど… なかなか面白いではないか? 天使への土産にもなろう。聞いてやってもよいと思うがな」

獣王「魔王サマ!!!」


魔王「……それに、あのステンドグラスの事も腑に落ちないでいた」

獣王「ステンど…グラす…?」

神「魔王と神を描いた2枚のガラスだ…聞いてくれるのであればそれについても説明しよう」


魔王「クク…好きに語るがよい。いつ俺の気が変わってお前を殺すか保証はしないが、それまでは聞いてやるぞ…?」

獣王「グルル…」


315 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/04/23(土) 14:24:05.81 ID:JwN4Tp6AO
面白い…続きが気になるのう
316 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/04/26(火) 04:16:36.05 ID:1vpioc0+0

・・・・・・・・・・
・・・・・・・
・・・・


神「戦を仕掛けたのは、確かなんだ。……そればかりは弁解のしようもない」

魔王「………」


握りしめた剣を見つめて、神はそう切り出した。
神はどう話を続けるか、思考を巡らせているらしい。魔王は構えたまま、次の句を待った。


神「我らは、お前たちを脅威だと感じていた――」

神「策を張り巡らせ、裏を読み、その裏にも手を打って……そこまでしなければ、勝てないと思っていた」

神「我らの作戦では、魔王がここに辿り着くまでに充分消耗させておくはずだった。 私が…たとえ相打ちになろうとも、魔王を戦闘不能な状態にまで持ち込めると考えていた」


魔王「……侮られたものだな」

神「侮ってなどいない!!」

魔王「……」

317 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/04/26(火) 04:17:22.34 ID:1vpioc0+0

神「侮ってなど、いない……。我らが魔王を戦闘不能にできる可能性があるとすれば、その策しかありえなかったんだ」

神「……正面きって戦えば、負けることは明白だった。賢い手を探し、少しでも多くの神族を生かして残す方法をかんがえた」


神「だが、魔王を戦闘不能に持ち込むには、結果的に総力戦をしいられる……」

神「だから我らは最初から、すべてを犠牲にしてでも、最も確実に近い方法を選ぶしかなかったのだ」

魔王「ふ。神のくせにずいぶんと弱気ではないか」

神「……我らは戦闘など行わない。我が剣も、本来は警護のための剣…。人間世界で起きる争いを止めるため、強さの象徴として磨かれた」

神「……象徴、偶像。神の名にあっては決してほかに比べて劣ることはないが、所詮はお飾りの剣だ。実戦経験などない」

魔王「戦になど向いていない神族が、負けると踏んでいてなぜ戦を仕掛けた?」

神「……話を、するためだ」

魔王「話だと…?」


神「戦闘可能な状態の魔王と、言葉を交わすことなどできないと思っていた」

神「幾ばくかの神族を遣いとして降ろしたところで、魔素の土地で弱り、むざむざと殺されると考えていたんだ」

神「だから……総力をもって、魔王を抑え込むために。魔王をこの神界におびき寄せる必要があった」


魔王「それが、この戦争を仕掛けた理由か。して、そこまでして話すべき要件とはなんだ」

318 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/04/26(火) 04:18:41.41 ID:1vpioc0+0

神はビクリと身を震わせた。
本当に口にしていいものか悩むように、口を開けては閉じ、剣を見つめ――視線を落とした。

それから、ゆっくりと剣を鞘に収めた。


魔王「……何のつもりだ」


神はその質問には答えず、魔王にむけてゆっくりと片膝をつき……はっきりと告げた。


神「――謝罪と、和解の申し入れだ」


魔王「………謝罪、だと…?」


これには魔王も眉を顰め、神の言葉の真意を窺った。
獣王にいたっては、明らかに警戒を強めて唸り声を上げている。


神「……神の間への入り口にあったステンドグラス。あれは正しく、魔王と神の姿を描いたものだ。…その話から始めよう」


319 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/04/26(火) 04:20:20.90 ID:1vpioc0+0

神「遠く遠い昔―― 最初の魔王は、元々は我らと同じ神族… 天使だったんだ」

魔王「な…に…?」


神「魔王の元となった天使は、罪を犯し、心を黒く染め、この神界から堕ちたという」

神「……その天使は、ひどく我らを憎んでいた。浄気すらも憎み、魔素という新たな力に変えてしまうほどに、我らを憎んでいたんだ」

魔王「……」


神「罪を被った天使は自らを魔と名乗り、悪であると宣言し 我らと対立したのだ」

魔王「……ふん。それが事実であったとして、罪が冤罪であったわけでもないのだろう。謝罪など俺は求めていない」

神「ああ。確かに罪は罪だ。我らはいずれ彼を赦すつもりだった。だが、彼は赦しを受けることすらも拒絶した」

神「彼は罪人であり続けた。赦すこともさせてもらえなかった」

神「その時になって、ようやく我らは気付いたのだ」


神「裁きと赦し…神であれば当然であると思っていたその行為が、ひどく自我に満ちた行為であることに」

320 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/04/26(火) 04:21:39.64 ID:1vpioc0+0

神「……あのステンドグラスに描かれているのは、彼の姿だ」

神「この神界に、彼の居場所を作り続けるために描かれたものだ」

魔王「……それで」

神「……結局、彼はその死を迎えてもここには帰ってこなかった」


神「代が変わり、跡を継いだ魔王も どう教えられたものか我らを憎みつづけた」

神「もちろん、我らは何度も接触を図った! そこにいる……四神だって、そうだ!」

獣王「何ヲ。我ガ祖先は、今のお前たち神族とは違ウ」

神「違うと思いこませたんだ!!」

獣王「……!?」

神「魔王が我らを憎んでいる限り、四神が我らの手の内の者だとわかれば会話も出来ぬまま殺されてしまう!」


魔王「……朱雀のようにか?」

神「――っ。朱雀は、翼持ちだった。だから朱雀は神界との繋がりをとれるものとして、真実が教えられていた…」

魔王「竜族にも翼はある。 竜族も、真実を知る一族なのか」

神「違う。竜族は…朱雀が使えなくなった場合の、予備だった」

魔王「予備…?」


神「……罵ってくれて構わない。我らはいつでも二の手、三の手を用意して、失策を恐れる脆弱者だ」

魔王「−−悪いが、罵るほどにはお前たちに興味を持っていない。話を続けろ」

321 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/04/26(火) 04:22:52.33 ID:1vpioc0+0

神「……四神に与えられた役割は、魔王に負けて魔王の配下となることだった」


神「魔王の配下となり、魔王の心を解き、我らと接触する機会を作る…」

神「だが、天界へと昇る姿を見られた朱雀は、魔王に詰問された。朱雀はこの作戦をどうにか全うしようと考えていたのだろう」

神「何も語らず。事情も知らぬ残りの三神にすべてを託し、口を固く閉ざしたまま、自らの炎によって絶命した……知られてしまえば、どう事態が転ぶかわからない」


魔王「ふ、おかしな話だな。こちらでは朱雀は、魔王が焼き殺して食べた、と聞いているが」

神「……『悪を悪と思わず、善を善と思わず』…お前も、そう教えられているのだろう」

魔王「――なぜ、それを」


神「魔王は代が変わっても、常に罪人であり続けた。その存在に深く刻まれた呪いのような言葉と教訓…」

神「語らず死した朱雀の正体に気づいていたのだろう。魔王は朱雀の死すらも、自らの罪として――己に関わったが故の死だとして、自らに被せたのだ」

魔王「……」

神「魔王は、代を重ねるごとに罪を増やし、力をつけつづけた。もはや我々では手出しができぬほどに…悪行を被り、不浄となり、我らから遠ざかって行った」

神「そして我らに、“善”を強いた。――すべての善行は神の物となり、すべての悪行は魔王の物となったのだ」

魔王「……そんなわけは……!」

322 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/04/26(火) 04:24:51.30 ID:1vpioc0+0

神「罪人である彼は、自らとその末代にいたるまでに苦行を与えた…。自分でそうしておきながら、“どうしたってそうなってしまうのだから諦めろ”と教え込んだ」

神「そうして子孫となる魔王たちは、自らで悪を演じるようになった。“どうなってもそうなのるだから、最初からそうあるべきだ”と…」


神「最初から自分が悪なのだと思わなければ、心を壊して生きていけないからと。悪としての振る舞いを、その生き様に叩き付けて代を重ねたんだ」

魔王「………っ」


神「どんな姿になろうと、魔王の元となったのは天使…我らの仲間であったことに違いはない。我らはそんな魔王の姿を見るたびに心を痛めた」

神「そんな時に生まれたのが、人間世界だ」


神「…魔と浄の狭間で生まれた亜種。それが人間だった」

神「その頃の神は、女性神だった。魔と浄の狭間で生まれた人間を、神と魔王の子供として慈しみ、守ると宣言したのだ」


神「……だが、魔と浄の中間に生まれた人間は非常にもろく、危うい存在だった。人間を守るために…導くために、我らは常に善で在り続けることを強いられることとなった」


神「だからこそなおさらに、常に悪に置かれていた魔王に対して罪悪感を感じて――万策尽きたと感じた。神と魔の接触はタブーとなった」

323 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/04/26(火) 04:26:01.62 ID:1vpioc0+0

魔王「……は。タブーとなったのに、今度は戦を仕掛けてきた? 随分とおかしな話じゃないか」


神「……疲れたんだ」

神「善でなくてはならないとか」

神「悪でなくてはならないとか」


神「疲れ果てて、一縷の望みをかけた。いや、こんなものはやけっぱちとしか言えない策だった」

魔王「なんのことだ…」


神「人間を守ることを、やめたんだ。人間に勇者を与え…我が剣を託した。自分たちで自分たちを加護できるように、と」

魔王「は…はははは! 傑作だな。勝手に守っておいて、勝手に見放したのか!」


神「我らが導くことが、誰のためになる? わかりやすい善悪の見本を示す必要は本当にあるのか?」

神「見本となり続けるために、多くの想いを犠牲にして……そこまでして見せなくては、人間は本当に善悪の区別もつかないのか…?」

神「また我らは自我に満ちて、過保護なことをしているのではないか…そんな疑問だった」

神「そして勇者を選定し、人間自身が人間を和平に導けるよう… 手を放し、見守ることにしたんだ」

324 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/04/26(火) 04:28:16.83 ID:1vpioc0+0

魔王「………見守る…? 散々守っておいて、勝手な都合で手放して? ……俺にはそれは、一方的な“神の試練”に聞こえるな」クク…

神「―――っ」


突きつけられる事実に顔を赤く染め、拳を強く握りしめる神。
魔王はそんな神を蔑んだ目で見つめた。


神「……ああ、そうだ…っ! 結果、それは人間たちにとって越えがたい試練となった」

神「魔王… 先代といったか。魔王が勇者を滅ぼしに進軍したことで、人間たちまでもが“魔”を憎むようになってしまった!!」

魔王「……」

神「我らの力では、魔に対抗もできない……ッ せめて真実を教えるべく、一人の人間を連れ帰り、癒し、魔を憎む心を拭い去ろうとした…!!」

魔王「そんな人間がいたのか」

神「………真実を教えたことで…彼は発狂し、死んでしまった」

魔王「………」


神「そんなことに気を取られているうちに、気が付いたら人間世界が消えていた」

神「……もう、守るべきものもない。だから、全てを失う覚悟で、この戦を仕掛けたのだ」

325 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/04/26(火) 04:29:38.28 ID:1vpioc0+0

魔王「よくできた話だが、それが真実であると証明はできるのか?」

神「……できない。それが事実があろうとも、疑って裏を考え続けることに慣れすぎてしまった…。否定しようと思えばいくらでも否定できる我らには、証明など不可能だ」


神「……疑うことはあまりにも簡単で。信用することはあまりにも難しいな」

魔王「…………」


魔王「お前たちの最終目的は何だ。魔王から赦しを請い、自らの罪悪感を消すことか」

神「! 違う!」

魔王「ここまで話したのだ、最後まで語るがいい。語りとも騙りとも区別をつけず、聞いてやろう」



神「…世界を、元のようにひとつにしたい」

魔王「なんだと」

神「世界は、元々は1つであるべきなのだ」


神「悪など。善など。そんな区別が生まれる前は良かった。繰り返される戦も、止むことのない災厄も何もなかった!」

神「どうか、赦してくれ。そしてどうか手を取ってくれ、魔王!」

神「我が話を最後まで聞き届けてくれたお前なら、きっと新しい唯一世界でも……良き隣人となれる!」


神「一つになろう」

神「戻ってきてくれ。 ここから先の時代を、共に歩んでいこう… 魔王……っ」

魔王「な………。馬鹿な、完全に魔と浄が対立しているのに、そんなこと出来るはずが……!!」

神「魔王! どうか…」



神「どうか、私を信じてくれ――……!!」


326 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/04/26(火) 04:36:50.96 ID:Orux4S+h0
どうなる
327 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/04/27(水) 13:12:31.16 ID:RlDl3quZ0

――――――――――――――――――――――――

天空宮殿・最深部
――始まりの間、手前


近衛「ここに、本物の神が居るんですね」


近衛は暗闇の中、手探りで行き止まりの壁部分に触れる
扉状になっているのか、はたまた何かの仕掛けによって開くのか。それを探るためだ


近衛「感触は、ここまでの道にあった壁と同じような石ですね。扉だと知らなければ、本当に行き止まりにしか見えないでしょう」

神従者「これは力技で開ける扉ではないはずです。この場所自体が秘匿なのですから、そう複雑な仕掛けもないでしょう。どこかに必ず開けるための何かがあるはず……」

亀姫「近衛」

近衛「はい、すぐに探しだします。お待ちください」


近衛は壁伝いに手を擦り当てて、扉を調べる。
一方で亀姫は、僅かに声を潜めて神従者に呼びかけた。

328 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/04/27(水) 13:13:11.03 ID:RlDl3quZ0

亀姫「こちらの声が、向こうへ漏れはしないかしら」

神従者「それは大丈夫でしょう。こちらから中の音が聞こえないように、あちらもまた聞こえないはず」

亀姫「そう……。それでは改めて確認いたしますわ。この中に神が居る。私たちはここを開けたならば奇襲をかけ、速攻で討つ――でよろしいのかしら?」

神従者「悪くない…ですが。正直なところ、その策は博打と変わりません」

亀姫「では?」

神従者「神は集めた浄気を、なんらかの方法で固定しているはずです。それを打ち出されたら魔王は終わると思ってください」

神従者「浄気をどのような方法で固定しているのか、発動の方法が何か…それはワタシにもわからないのです」

亀姫「…呆れた。ならあなたは、神を殺すことが発動の条件にもなりうると仰いますの?」

神従者「…可能性は大きくないですが、充分にありえます」

亀姫「ふざけてらっしゃるの。それとも、私達を騙してこんな場所に連れ込んだとでも?」

神従者「と、とんでもない! ワタシだって娘の命がかかっているんです、ふざけてなど!!」

亀姫「ではどうなさるおつもりです。ここまできて、討っていいかわからないなんて――」


早口な小声で捲し立てる亀姫
その勢いに飲まれ、神従者も対抗するように小声で吐き捨てる


神従者「こう言ってはワタシは本当に神界での居場所を無くしますが…神は独善的で、気位が高い方なんですよ。それを利用しましょう」

神従者「下手に刺激をすれば、激昂して浄気を放出しかねないですからね」

329 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/04/27(水) 13:14:06.18 ID:RlDl3quZ0

亀姫「利用するといっても、具体的にはどうすればいいと考えますの」


神従者「瞬間的に打ち倒し、それで浄気の噴出を妨げられれば最速の策となるでしょう。ですが最良策は、先に浄気の噴出の仕組みを暴くこと。……刺激せぬように入室する必要があります」

亀姫「この扉を開けて、気付かれずに探り出すなんて無理ね。……つまりあなたは私たちに、神の下手に出ろとおっしゃっているのね」

神従者「魔王の戦から離れ、神の元に降りてきたかのように見せて油断を誘うのです」

亀姫「そんな事で油断するかしら」

神従者「元々、こちらにいる本物の神は戦闘向きな方ではありません。直接戦闘に持ち込めば、倒すこと自体はそう難しくない――それは神もわかっているはず」


神従者「だからこそ戦闘するつもりなどないと態度で示すのです。倒せるほどの力を持っていてなお神に従うことで、安心もするし、彼の虚栄心も満たされる」

亀姫「……安い虚栄心ね」ボソ

神従者「ともかく神が満足したその隙をついて、浄気を使わせぬうちに――……っ」


言葉を止めた神従者
気まずそうに口元をもごつかせている


亀姫「使わせぬうちに、殺すのね」

神従者「………はい…」

330 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/04/27(水) 13:14:32.16 ID:RlDl3quZ0

最後の最後で、自らの作戦に躊躇いを垣間見せた神従者。
亀姫はどうにも一抹の不安を拭いきれずため息をつく。

呆れずにどうにかこうにかこの作戦を続けていられるのは、
不慣れな土地と足りない情報で、神従者の策よりも確実な別の策を自分が出せないからだ。

それにいざ作戦を実行するとなれば、采配を握るのは近衛となるだろう。
近衛には獣王のお墨付きの強さもあり、魔王への忠心も厚い。
そこに鉄壁の守護を誇る亀姫がついているのだから、策を読み違えていてもその場の対応くらいは出来る。

まともだと確信できる策は、その時点となってようやく立てられるようになる。
それまでは何をしようとどれも同じようなものなのだ。


亀姫「そう珍しくもない懐柔作戦ですけれど、そのように媚びいる時間があるかしら」

神従者「先ほどあなたが言った通り、戦神妃と魔王の戦は“魔王は勝てないけれど負けることもない”戦いです」

神従者「勝敗を決めるトドメとなるのは、神の放つ強大な浄気による攻撃…。戦闘によってトドメを討とうとすれば、不利を悟った魔王に逃げ出される」

神従者「手負いの獣に対して、武器を掲げて深追いするのは愚かです。睨み合ったままで、確実な一撃を食らわせる瞬間を待つでしょう」

亀姫「戦神妃は、トドメは刺さずに神の一撃を待つということね」

神従者「ええ。おそらくある程度まで痛めつけたのち、戦神妃は魔王を逃がさぬために話などをしはじめるでしょう」

亀姫「話…?」

神従者「魔国に逃げ帰られては、集めた浄気を活かしきれない。どうにかあの場に縫い止めておくために、甘言の一つもいってそそのかすんですよ」

331 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/04/27(水) 13:15:45.24 ID:RlDl3quZ0

亀姫「……本気で言っているの? 先ほどから聞いていれば、神の下手にまわって神を懐柔するだとか、甘言で陛下をそそのかすだとか……。まともな作戦に聞こえませんわ」

神従者「戦を本分としない神族にとって、言葉というのは最強の武器であり防具ですからね」

亀姫「物理戦よりも口先の心理戦がお好みで、神族にとっては主流なのね」


神従者「…馬鹿になさっているかもしれませんが、口先だって鍛えられます。神族の甘言は侮れませんよ」

亀姫「だからって魔王陛下がそんなものに乗せられるとも思いませんの」

神従者「……まぁ、確かに戦神妃は神に比べると口先はうまくないのが確かに心配なんですけれど」

亀姫「そうなの?」

神従者「ええ、まあ…なんというべきか、戦に特化した女性神らしい方というか」


神従者「頭を使って話をしているつもりなのでしょうけど、説得というよりは情に訴えるような話しかできない方ですよ。筋道を並べて話すべき所で、思いついた言葉が先に口から出てしまうから」

亀姫「ああ。よくいらっしゃいますわね、そういう方」


神従者「――まあ、そのやり方で情に訴えた物言いをするから、とても必死そうに見えて 皆が彼女の手を取るんですけどね」

亀姫「神従者……?」

神従者「あ…。失礼しました、気にしないでください。ワタシも以前、彼女の甘言に騙されたクチでして」

亀姫「………馬鹿ねぇ」

332 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/04/27(水) 13:16:48.15 ID:RlDl3quZ0

神従者「はは…お恥ずかしい。ですが神が充分に推敲した話を用意しているでしょう。彼女はそれを使って魔王をその場に縫いとめるだけ」


亀姫「……どんなよい話でも、聞き入るかどうかは語り手次第ですわよ」

神従者「……そう、言われると。魔王が話を聞かずに逃げ出し、戦神妃が深追いして殺そうとしはじめたら、神の作戦は台無しですね」

神従者「逃げて魔国にまで辿り着ければ、魔素を補充できる魔王が勝ち。その前に仕留めれば戦神妃の勝ちになるという…。普通の、結果の見えない勝負になってしまいますね…」

亀姫「あ、あなたねぇ。そんなことでは私たちの行動まで無意味じゃない、もうちょっと堅実に――」


近衛「………たぶん、それは大丈夫です」

亀姫・神従者「「え?」」


壁を探っていた近衛が、作業を続けながらぽつりとこぼした。
それから振り返るような気配。


近衛「見つけましたよ、おそらくこの扉の開閉装置です」

亀姫「よくやったわ、近衛。それで、何が大丈夫だというの」


近衛「陛下のことですから。余裕があるうちに会話をふられれば、面白がって自分から話を聞いてしまうのではないかと」

近衛「肝心なのは甘言にのるかどうかじゃなく、話を聞いて時間稼ぎされてしまうかどうかなのでしょう? ――陛下が戦神妃を神だと思っているのなら、話を聞くと思います。だから、大丈夫ではないかと」
333 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/04/27(水) 13:18:16.96 ID:RlDl3quZ0

その言葉を聞いた亀姫は、あ、と呟いて頭を抱える。
戦神妃の言葉を、ククと笑いながら聞き入る魔王の姿――。それが容易に想像できてしまったのだ。


亀姫「ああ…そうでしたわね。きっと陛下なら、そんな話でも聞いてくださるのでしょうね」

神従者「――そうですか。それならばやはり、神が浄気を放出するまでは大丈夫でしょう」


神従者は苦笑し、それから真顔で近衛と亀姫を交互に見る。


神従者「ワタシは神にとっての裏切り者。ワタシの顔を見れば神は警戒を強めるでしょう。ですからこれ以上はついていけません」

神従者「ここから先はお任せします。大丈夫だと思えるとはいえ……あの戦神妃と魔王が共にいるのですから、なるべくなら早く神の懐へ」


亀姫「神にどのような態度をとられても 従順に頷けということね」

近衛「怪しい素振りをして、疑われているほどには余裕はない――」

神従者「はい。出来ますか?」


亀姫「ふふ。どれほど癪に触ろうと、陛下の御為なら出来ぬことなどありませんわ」

近衛「頭を垂れながらでも、よくよく探ってみます」


近衛はそういうと、先ほどみつけた開閉装置に手をかけた。

334 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/04/27(水) 13:18:51.20 ID:RlDl3quZ0

近衛「開けます。神従者さん、見えない位置まで下がってください。隠れたら合図をください。合図がなくても30秒したら開けます」


神従者「! はい! あ……あの、一言だけいいでしょうか」

近衛「何か」

神従者「その…。ありがとうございます。こんな私の話を信じてくれて……」

近衛「………」


亀姫「……信じたわけではありません、他に検討するものがないだけ。この先に貴方の話と違うものがあれば、騙した貴方を殺させていただくわ」

神従者「それで充分です。ワタシは嘘などついていない…この先に進めば、ワタシの話が真実であるとお分かりいただけるでしょう」

亀姫「………そう、わかったわ。 さあ、早くお下がりなさい」

神従者「はい! どうか、どうか――」



神従者「我が娘の命を、お守りくださいませ………っ!」



335 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/04/27(水) 13:24:34.65 ID:RlDl3quZ0

――――――――――――――――――――――――

天空宮殿・最深部
――始まりの間


・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・
・・・・


ゴ……ゴゴゴ……

石造りの扉が、左右の壁の中に吸い込まれていく。
扉という名の大岩を引きずる振動は大きく、この地下穴が崩れてしまわないか心配になる。

開いた室内には灯りがともされていて、先ほどまで暗闇にいた亀姫は目を眩ませた。
もしも奇襲を仕掛けねばならなかったとすれば、これは致命的だったろう。


『!!』

近衛「…………失礼します」


先に足を踏み込んだのは近衛。
ここまでの間、目を閉じていたのかもしれない。迷いのない足取りだった。


気配を頼りに、亀姫はその後ろについて歩く。
いざ攻撃をする時に、亀姫の身体が近衛の邪魔になってはいけない。


336 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/04/27(水) 13:25:08.38 ID:RlDl3quZ0

『何者だ……!?』

近衛「貴方が、神でいらっしゃいますか?」


近衛が堂々とした態度で神に語り掛けるのを聞き、
亀姫は顔を伏せ、近衛の従者のように控えることにした。

近衛がうまく会話できるのなら、
神を刺激しないためにも、主人とその大人しい下僕のように見せかけるのが得策だろう。


神『……魔族か…!?』

近衛「はい。ですが、魔族であってもあなたに逆らう者ではありませんよ」

神『何…?』


亀姫(……飄々としたものね、上手な演技ですこと。…こんな一面があるのは知りませんでしたわ)


堂々としているどころか、近衛はいつも以上に軽快な口ぶりだ。
会いたかった人に会えたような、喜色めいた声色をしている。


近衛「………自分は、魔王に仕える近衛でしてね」

神『なぜここを…! チッ』

近衛「ああ、お待ちください。自分を殺すのは、話を聞いてからにしていただけませんか?」ニコ


亀姫(……近衛?)

337 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/04/27(水) 13:26:22.71 ID:RlDl3quZ0

まさか自分の正体をあっさりと名乗るとは思わなかった。
刺激をしないようにするはずだったのに、近衛という職を名乗っては逆効果ではないだろうか。

近衛がどのようにして神の油断を誘うつもりなのか、打ち合わせる時間がなかったのが悔やまれる。
しかし初まってしまった以上、亀姫にはどうしようもない。

どのような状況にも対応できるよう、
今はしっかりと二人の会話を聞いているしかないのだ。


神『………』

近衛「っと。ああ。もしかして、後ろのソレですかね…? 貴方が魔王を殺すための、切り札とやらは」

神『これは……』

近衛「もっとわかりにくいかと思っていましたよ。浄気…でしたっけ? 目に見えない状態で、貴方の体内にでもあったらどうしようかと」クスクス

神『……誰から何をきいてきた。話とは、なんだ』

近衛「せっかちですね。ソレが交渉の肝となるんですから、少しくらい吟味させてくださいよ」ニコ

神『交渉…?』


338 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/04/27(水) 13:26:58.56 ID:RlDl3quZ0

亀姫(近衛… いくら演技とはいえ、なんだか普段とあまりにも違いすぎて…)


亀姫の知っている近衛は、堅苦しくて生真面目な朴念仁だ。
こんな風に笑顔を浮かべて、ずけずけと軽薄そうに物を言う人物ではない。


亀姫(……あ、でも。これまでも時々、軽薄な口説き文句みたいな事を口にすることもありましたわね)

亀姫(近衛の職をしている時が真面目なだけで、本来はこういう人だったりするのかしら?)


そんな疑問が浮かびあがると同時、
亀姫の心には不安も湧き上がった。


亀姫(……近衛の、本来の姿…?)


・・・・・・・・・・・・

―――獣王『あいつは不穏デ、不吉な匂いがすル』

―――近衛『……自分は、ニンゲンなのですよ』

―――魔王『近衛… いや―――  “元・勇者”』

―――近衛『配下に下り、忠臣となるまでには、一体何があったのでしょうね』

・・・・・・・・・・・・・・


亀姫の頭の中に、様々な言葉が浮かび上がる。
ここまで行動を共にすることで、近衛は魔王に忠誠を誓う仲間だと信じるようになった。

だが、信じてよかったのだろうか。
こんなに演技上手な近衛は知らない。近衛のこれまでの発言が真実であったと証明はされていない。

339 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/04/27(水) 13:28:22.72 ID:RlDl3quZ0

亀姫(……大丈夫、よね。 まさか、私自身が近衛なんぞの策に嵌っているなんて事は――)


・・・・・・・・・・・・・・

―――亀姫『……もし、ニンゲンが本当に魔に滅ぼされていたら…。……近衛はどう思ったかしら?』

―――近衛『……ひどく…魔を、恨んでいた…? 憎んでいたかもしれない…』

・・・・・・・・・・・・・・


ゾクと背中を走った悪寒。
掌に肉塊を乗せてにこやかに微笑んでいた近衛の表情を、思い出した。

あの時に感じた恐怖は、本当に忘れてよかったのだろうか。
亀姫は自らの指先が冷えていることに気付くと、そっと握りしめた。


亀姫(……大丈夫。坊やの忠誠が本物だとも思ったはず。今は神の下手にまわるため、魔王陛下をうらぎったかのように見せつけているだけ。おかしいことなんて、ありませんわ)


ちらと視線をあげて覗き見た近衛は、
不躾な子供のように、始まりの間をふらふらと歩いている。

340 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/04/27(水) 13:28:58.54 ID:RlDl3quZ0

神の後ろにあったのは、部屋ほどの大きさがある水槽。

実際は巨大な結界なのだろう。
水槽に見えるが、その中に閉じ込めた浄気のせいで水槽に酷似して見えるのだ。

中身が揺れ、気化しては水に戻る。
時に凍り付き、気泡がはじけるように割れて、周りを揺らす……そんな、不思議な水槽。

近衛はそれをジロジロと眺めている。
時々口に手を当て、おかしそうに笑いを零している。

神はあまりにも不審すぎるそんな近衛の態度に警戒し、近衛を睨み付けていた。


神『動くな。おまえは目の前のこれが何かは知っているようだな…』

神『容易に手を出せば、ただでは済まぬ。 何がしたい』


近衛は神の言葉を聞き、ぴたりと足を止めた。
身体は水槽のほうを向いたまま、首だけを僅かに回して神に微笑む。


341 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/04/27(水) 13:29:29.41 ID:RlDl3quZ0

近衛「聞いてくれますか? 実は、自分は魔族に少しばかり恨みがありましてね」

近衛「貴方ならば、魔王を確実に殺せる…… そう聞いて、わざわざこんなところまで来たんですよ。 頑張ったでしょう?」クスクス



亀姫(………っ 近衛…)

神『おまえ、何を……?』


握りしめた指先が、どんどん冷たくなっていく。
近衛の声が、頭に響く。大丈夫だと言い聞かせる自分の声が、小さくなっていく。



近衛「教えてくださいませんかね。どうやって、これ使うんです? 貴方が鍵か何かを持ってらっしゃるんですか?」




近衛「――神様。あなたを殺せば、魔王を殺せるんですか?」ニコリ



342 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/04/27(水) 13:31:08.36 ID:RlDl3quZ0

――――――――――――――――――――――――


魔王(―――信じるべきか)


後戻りはできない。間違えてはならない。

信じてしまえば
何も失くさないままで、欲しいものを手に入れることができるかもしれない――


――――――――――――――――――――――――


亀姫(―――疑うべきか)


遅れてはならない。見誤るわけにはいかない。

騙されてしまえば
大切なものを奪われて、取り返しのつかないことになってしまう――


――――――――――――――――――――――――


精霊族「………たった一人の嘘吐きのために、別の誰かの切実な想いが疑われる」


―――近衛『陛下の心が穢れないからといって……穢そうとしていい道理などはない!」

―――神従者『我が娘の命を、お守りくださいませ………っ!』

―――神『ここから先の時代を、共に歩んでいこう… 魔王……っ』


精霊族「ああ、本当に嫌な世界です。――おかげで、すっかり目が離せない」


343 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/04/27(水) 16:23:51.24 ID:khOQ34H/o

またいいところで…
344 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/04/29(金) 15:59:50.17 ID:akfPNaVjO
おつ
345 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2016/04/29(金) 17:32:36.12 ID:V0Wx681bo
乙ー
346 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/05/11(水) 01:14:59.73 ID:ofIrSduQ0

――――――――――――――――――――――――
天空宮殿・最上階
天守閣


神「……やはり、我々が憎いか…? 我らの手を取ることはできないのか…?」

魔王「…………」

神「魔王……?」


魔王は段々と苛立ちを覚え始めていた。
先ほどから胸の奥底に小さなわだかまりが出来ていて、それが魔王の気に障っている。


魔王「そんな言葉を、俺が信じると思うのか」

神「信じてほしいんだ!」

魔王「馬鹿な。魔王が神族の手をとるだなどと――……


口から出てくる言葉が、空々しく感じた。
違和感にも似た嘘くささ。言葉が続かない。

347 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/05/11(水) 01:15:28.11 ID:ofIrSduQ0

愛しいものを手に入れるためには、奪い取るしか方法がなかった

自分は悪だから。
魔王だから。

どんな方法を選んだとしても、許されることはない。
愛することも、愛されることも 自分が行えばそれは何かの悪行の一端を演出するだけ。


魔王(………天使を愛する方法だけでなく、愛される方法があるというのか?)


天使と笑いあえる未来。
そんなものがあるのなら、縋り付いてみたい。


魔王「………いや。もういい、話は終わりだ。お前の話は夢物語、乗ってやるにはあまりにも稚拙すぎる」

神「夢物語などではないと言っているだろう!?」


出来るものか。叶うものか。
神と魔王が共に切望するような願いならば、とっくに叶っていておかしくない。


魔王「夢物語だ。……どれだけ望んだとしても叶わない物を追うなど、馬鹿げている」


必死に否定しなくては、自分まで夢物語を追い求めてしまう。
魔王はそんな危機感に追い立てられていた。


348 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/05/11(水) 01:16:29.86 ID:ofIrSduQ0

信じてみたいと思った。
信じたかった。
だから、もっと信じさせて欲しい。

――信じられるだけの言葉が、欲しい。


そんな自分の祈りに、苛立たしさが募っていく。
馬鹿げている。天使と共に生きる幸福を、神頼みにして説かれるなどまっぴらだ。


魔王「惑わされはしない。俺はやはりお前を殺し、自分の手で得られる分だけを………」


そう言いながらも、脳裏には天使の泣き顔が浮かぶ。
神界を滅ぼした後は、きっと天使を飼育するように生かすことになるだろう。


それは、天使の側に確実に居られる方法だ。
だが同時に、微笑みや愛を得る機会を永遠に失う方法だ。

自分の手で得られるやり方では、それだけしか得られない。


魔王「………――っ」


349 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/05/11(水) 01:17:19.72 ID:ofIrSduQ0

それでいいはずだった。充分だと思っていた。
それ以上は望めるわけがなかった。だから、納得できていた。――なのに。


神「私の手を取ってくれ。――共に、生きよう」


いっそ大嘘だと言ってくれ。そんなこと本当に出来るわけないと。
騙してやったと、そう言って嗤ってくれ。


魔王「……もう、これ以上、お前の言葉を聞いている気になれない…」


腰元で構えていた刀。元より抜身のその刀を、上段に大きく振り上げる。
何もかもが鬱陶しくて気障りだったから、迷いごと、一刀両断に斬り捨ててしまいたかった。


神「魔……!」


夢を見せられて、息苦しい。
掲げた刀が重過ぎる。


魔王「死ね……!」


ビュ…ッ………
ガギィン……!


神に向けて、振り下ろした刀。
無防備な神を、斬り捨てるための一太刀。



魔王「…………っ…!」



神「…………ぇ」



その切っ先は神に届かないまま
勢いよく地を斬りつけた。

迷いが、一歩踏み出すことを阻んでしまったのだ。


神「…………魔、王…?」

魔王「…………っ」

350 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/05/11(水) 01:35:17.88 ID:ofIrSduQ0

―――――――――――――――――――――――――――――

天空宮殿・最深部
「始まりの間」


神『貴様…何を言っているか、わかっているのか』

近衛「もちろんわかっていますよ。貴方を殺せば、結界が破れて暴発してくれるんじゃないかと聞いているんです」


亀姫の目は、ようやく明るさに慣れてきていた。
今なら、混乱と怒気を声に含ませて目を見開いている神の姿もはっきり見える。


神『―――立ち去れ。今は、余計な力を使いたくない』


畳んでいても、なお大きさのわかる翼。
左右に大きく張り出した翼角と、足元近くで交差する風切羽のシルエット。
それは、鳥というより蝶にも見えた。

横で一つに束ねられた長すぎる髪は床に届くほどで、しなやかに伸びた植物の茎にも見えてくる。

蒼と藍の瞳が表しているのは、空か海か。
儚すぎるほどの白い肌は、雪か雲か。

351 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/05/11(水) 01:42:41.03 ID:ofIrSduQ0

亀姫(……ご老体と思っていたのに。なんて、美しい生き物なのかしら……)


世界にある美しいとされるものをまとめ
一匹の生き物にしたらこのような姿になるのだろう。

その美しいものが、今は近衛の言葉に翻弄されて美しさを乱している。
それはあまりにも勿体なく、無粋で、罪な行為にも思えた。


そんな風に感じるのは、近衛に疑いを持ってしまったせいなのだろうか。


近衛「コレ、浄気ですよね?」


近衛が軽々しく水槽を指さしたので、亀姫は慌てて視線を近衛に戻す。

352 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/05/11(水) 01:43:10.14 ID:ofIrSduQ0

近衛「これだけあれば、目標に向かって打ち出したりしなくても、放つだけで魔王は死んじゃうんじゃないですか?」

神『何を馬鹿な……』

近衛「馬鹿? あはは、何故です?」

神『無闇に結界を解けば、破裂の瞬間に爆風となる―― お前自身もその奔流に巻き込まれ、圧死するだけだ』

近衛「へぇ……」


何がおかしいのか、近衛は神の言葉を聞いて にやにやと口元を緩ませている。


亀姫(―――判断、しがたいですわ)


亀姫は近衛の言葉を一言一句聞き逃さないよう、神経を集中させていた。
近衛をみているこの瞬間も、近衛は神に質問を投げつづけている。


亀姫(本当に陛下を裏切っているようにも見えますけれど、その言動は うまく神から情報を引き出しているようにも思える……)

亀姫(近衛……。もしも陛下を裏切るのなら、私は決して容赦いたしません。ですが私、やはりあなたのことを… 仲間のことを……)



亀姫(――疑いたくは、ありませんの)



353 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/05/11(水) 01:51:17.60 ID:ofIrSduQ0

亀姫は顔を上げ、しっかりとした足取りで近衛のほうへ歩み寄った。
神はそれを見て半歩下がり、近衛は亀姫にニコリと微笑む。

亀姫は近衛の横までくると、立ち止まって袖を引き寄せ整える。
……袖の中に隠している毒針を確認するためだ。


亀姫(使わせないでくださいませね。――今はまだ、あなたを信じておきますわ)


それが確かにあることだけを確かめると、袖を降ろす。
そして、毅然とした表情で神を見つめた。


神に対峙する、亀姫と近衛。


近衛は相変わらず微笑んだままだったが、それが神にとって高圧的に思えたのだろう。
神は声を荒げ、その身体にまとった浄気を膨らませて見せた。


神『お前らなどに、コレに関わらせるつもりはない! 今すぐに消えるのだ、そうでなければ――!』

近衛「そうでなければ、なんですか?」


近衛はわざとらしく、ゆっくりとした動作で腰に提げたナイフを引き抜き、大きく振る。
ナイフは瞬時に大剣と化し、ギラリと輝いてその刃に神の姿を映し出した。

354 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/05/11(水) 01:53:30.16 ID:ofIrSduQ0

神『っ』

近衛「僕達を殺しますか? 貴方に出来るのかどうか知りませんけど…… やってみてもいいですよ?」


近衛は、ひたりと足を一歩前へ進める。
神はそんな近衛を、目を見開いたままで見つめていた。……否。神は近衛の剣を見ていた。


神『そ……… その、剣は………』

近衛「ああ。見覚えありますか? これ、昔に貰ったんです」


玩具のように大剣を持ち上げ、弄ぶ近衛。
神の視線がそこに釘づけになっているのを見て、また可笑しそうに笑いだす。


神『お前は……… お前は、まさか…?』


近衛「………ええ。 ――死に損ないの、勇者です」


神『……!』


神の、元より真白の肌が、さらに蒼白に染まっていく。

355 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/05/11(水) 02:13:56.01 ID:ofIrSduQ0

近衛が、元勇者。
その素性を知って、多くの物に合点がいってしまったのだろう。


魔族を恨んでいるのは、人間世界を滅ぼしたのだから当然だ。
神をなんとも思わない無礼な態度も、神が人間世界を救わなかった事を思えば理解できる。
正体不明の余裕ですらも、狂人のそれだと思えばいい……


すべての辻妻が合ってしまったのだ。
神の目に、近衛は“魔王殺しのためならば神殺しも厭わない狂人”に見えているだろう。


亀姫(―――実際に、狂人なのかもしれないけれど)


亀姫は自分に言い聞かせ、自らを律する。
近衛に嘘があれば、それは見定めなければならない。妄信的に信じてはいけない。


神『剣を…… 剣をしまえ。お前が魔王を憎んでいるのは理解した…!』


神は、近衛が持っている剣に注視しながら 震えていた。
魔族であれば、いくらか浄気を使ってしまえば追い払えると思っていたのだろう。

だが、剣を構えた勇者であるならば決して油断はならない。
その危機を前に、怯えているのだ。


356 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/05/11(水) 02:22:48.33 ID:ofIrSduQ0

亀姫(……神従者の言った通り、神は本当に戦向きではないのでしょうね)


神族自体が戦に不向きな種族と思っていても
内心では “神だけは強いのではないか”と思っていた。
だがこうして神自身をとって見ると、他の神族以上に戦に不向きなのが明白だ。


何しろ、武器らしきものを持ってさえいない。
浄気を纏ってはいるものの、本人は隙だらけで反応も鈍そうだった。

確かに神は、神の名に恥じない特別な気品のある佇まいをしているが、
それは王の威厳に似たものではなく、深層の令嬢が持つ儚さに似たものだ。

このような者が神なのだとしたら、戦神を警護にしているのも頷ける。


亀姫(……ああ、でも怯えているのは仕方ありませんわね)

亀姫(神界から勇者に授けた剣。もしそれが魔王殺しのために与えたものならば、その威力は本物なのでしょうから)


だとすれば、こちらは有利だ。
それこそ浄気を暴発でもさせない限り、神は下出に回るしかなくなる。

近衛もそれに気づいているのだろう。
大剣を時に大きく振り、驚かせる程度の威圧を繰り返している。
ビクリと肩を跳ねさせる神に同情してしまいそうだ。

357 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/05/11(水) 02:23:48.41 ID:ofIrSduQ0

神『………い、生きていたとは思わなかった…。 だが死に損なったとは一体……?!』

近衛「まあ死に損ないっていうか、魔王に生かされてるだけなんですけどね。人間としてはもう死んでるようなものです」

神『魔王に……?』

近衛「ええ」


近衛「だからまあ、今更 自分の命を惜しむつもりもないんですよねぇ。暴風に巻き込まれて僕が死ぬとしても……―――それで魔王が死ぬなら、本望ですよ」


あっさりと述べたのは、希死念慮ともいえる意思。
どこかぼんやりとした物言いは、自分の生死などに興味はないと言わんばかりで。
亀姫ですらも、近衛の発言には薄ら寒さを感じた。


神『だが、何故… 何故、魔王の近衛になっている……!?』

近衛「あはは! やっぱり信じられませんよね。僕もたまに信じられないんです!」


近衛「あいつら、いきなり乗り込んできて、人の世を燃やし尽くしたんですよ? 目の前でたくさんの人が死んだんです。それを見てた僕自身も、死ぬ寸前でしたけどね!」


芝居がかった陽気さ。
本来ならば、笑って言えたセリフではない。

358 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/05/11(水) 02:25:21.25 ID:ofIrSduQ0

神『で、では お前は本当に魔王を殺すつもりで…!? その為に、魔王の配下となったと、そういうのか?!』

近衛「あー。もうやめてください、面倒くさい」

神『めんど…』

近衛「神族って話が長すぎません? 僕のことなんか今はどうでもいいでしょう。それとも時間稼ぎのつもりですか?」

神『違……!』


急に態度を変えた近衛に、神はさらに言葉を詰まらせる。
不機嫌をあらわにした近衛の声。なげやりな口調。


近衛「……質問してるのは、僕ですよ。先に答えてください、神様」

神『何を――』



近衛「貴方を殺せば、魔王も殺せるんですか?」

359 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/05/11(水) 02:31:15.73 ID:ofIrSduQ0

キンッ――


近衛が、一瞬で駆けた。

大剣が神の首元に添えられ、薄皮に引っかかり、肉を押す。
ヒ、と息を呑んだ神のその動きで薄皮が小さく裂けた。


神『――――ひっっ』

近衛「……ああ。これじゃ答えられませんね。少しだけ力を緩めてあげましょう」


近衛の言葉を聞いた神が、ゆっくりと息を吐く。
喉の動きに合わせて、添えられた刀も小さく揺れた。


神『やめ…ろ…! お前の存在は、計算外だ……!』

近衛「計算外…?」

神『そ、そうだ…』

近衛「どう、計算外なんです? 何を謀っていたんです?」

神『それは―― ! っそ、そうだ!』

近衛「?」


神は落ち着きのない焦点のまま、必死に言葉を紡ぐ。
震える唇や乱れた息継ぎに阻まれながら、神はようやく こう言った。


神『お前も、我が楽園で共に生きるが良い……!』



近衛「楽園……ですか?」


360 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/05/11(水) 02:39:11.23 ID:ofIrSduQ0

黙して、さらに力を緩めた近衛。
神はそんな近衛の態度に安心したのか、一気にまくしたてた。


神『そうだ! 憎しみも恨みも忘れ、新しい世界で、全てをはじめからやりなおせば きっと―――

近衛「…………きっと…?」

神『きっとお前もまた、救われるだろう――……!』


まだ震えていたが、神はまっすぐに近衛を見つめていた。
自らの提案に自信があるのだろう。

どうだ、と問い詰めるような神の視線。
先に目をそらしたのは、近衛だった。


近衛「…全てをはじめからやりなおす、新世界…ですか。憎しみも恨みも無い楽園……なんだか魅力的ですね」

神「そうだろう。この戦はそれを目指して仕掛けられたものだ…!」

近衛「その楽園作りが、戦の動機なんですか? では、この浄気は?」

神「この浄気は、楽園を形成する要になるものだ…。魔素を打ち払い、浄気を充分に満たすために必要となる……」

近衛「………そうでしたか。この結界、そんなに大事なものだったんですね」


反省したかのように、近衛は大人しい口振りで呟いた。

361 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/05/11(水) 02:48:33.36 ID:ofIrSduQ0

神『…わかったのなら、その剣を降ろせ…!』

近衛「? 何故です?」

神『な。なぜって…』


神『我を殺しても魔王は死なないと言っている!』

神『だが、我らの悲願が叶う時を大人しく待ってさえいれば、お前もその楽園で心癒される…! これ以上の邪魔をするなと言っているんだ!!!』


近衛「あー…」

神『何が“あー”、だ! 物わかりが悪いわけではないんだろう!?』

近衛「ええ。まあ、貴方の言いたいことはわかりますよ」

神『〜〜〜〜っ』



近衛「ねえ神様。その悲願が叶う時って、“いつ”です?」

神『いつ…って』

近衛「僕ね、もう待ち飽きたんですよ。……気長な話なんて、聞きたくないくらいにはね」

362 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/05/11(水) 02:51:10.51 ID:ofIrSduQ0

近衛はそういうと、もう一度しっかりと神の首元に剣を当てなおした。
神は近衛のペースから逃れることのできないまま、また動揺して口早になっていく。


神『す、すぐだ!』


近衛「すぐ? すぐってどれくらいです?」

神『お、お前がこの剣を降ろせば、そう間もないうちに……!』

近衛「え? そんなにすぐなんですか?」

神『ああ、そうだ! 今頃、天守閣では戦神妃が魔王を抑えているはずだからな!』

近衛「魔王を……抑えているんですか」


神『そうだ……! 魔王の魔素が体内から全て抜け出たその時、あちらから合図が来ることになっている!』

神『これだけの浄気をまともに操れるのは我だけ! その合図を逃すわけにはいかぬのだ! さすれば、楽園はもう間もなく――……!!




近衛「では、もういいです」


363 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/05/11(水) 02:56:06.05 ID:ofIrSduQ0

シャッ……


神『!!?』


ザッ―――………


躊躇なく、振り切られた大剣。
神の持つ、長い髪や翼も 共に斬りおとされた。

斬った後、近衛は僅かに怪訝そうな顔を浮かべ、その剣を眺めていた。
それからドシャリと崩れた首なしの聖骸を見下ろして、何か呟いた。


亀姫「こ、近衛」

近衛「……あ」


亀姫が声をかけると、近衛ははっとした様子で振り返った。
目が合うなり、小さく呟く。


近衛「はは。…勇者の剣が、神殺しの剣になってしまいましたよ……亀姫様」

亀姫「近衛……あなた」

近衛「これで本当に、自分は勇者なんかではなくなりました。いえ、やはり最初から、勇者なんかじゃなかったんでしょうね」


小さすぎる抑揚。
近衛は悲しげにも、安心しているようにも見えた。

364 : ◆OkIOr5cb.o [saga]:2016/05/11(水) 03:01:10.16 ID:ofIrSduQ0

近衛が剣をホルダーに添えると、神殺しの剣は小さなナイフに戻って腰元に収まった。
亀姫はその場に棒立ちのままだ。

頭が急展開に追いつけない。


近衛「…っと。亀姫様、大丈夫ですか? 顔色が随分とお悪い。流石にこの部屋の浄気は身体に障りますか」

亀姫「違………」

近衛「亀姫様……? どうなさいました、まさか最後の最後で神が何か…!?」


亀姫の様子を不審がった近衛は、
足元に崩れている神の聖骸を睨み付ける。

神の身体からはゆっくりと浄気が抜け出し、水槽の中へと取り込まれていく所だった。

死した神族から浄気を集める装置。
それにとっては、神も例外とはならないのだろう。


近衛「……きちんと、死んでいるようですね・・・」

亀姫「神に、なにかされたわけではありませんわ…」

近衛「そうですか…? では少しお疲れになってしまわれたのでしょうか」

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