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【悪魔のリドル】春紀「あれから」 - SS速報VIP 過去ログ倉庫

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1 : ◆UwPavr4O3k [saga]:2016/01/01(金) 06:13:25.09 ID:LlP1D8Wk0
※春紀「暗殺者」の続きです。http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1419860851/l50





 春紀「じゃあ、行ってくるな」

 冬香「うん、行ってらっしゃいお姉ちゃん」


年明けの騒がしい空気も終わり、各々が通勤・通学していく世間の中。

一連の事件から一か月が経った寒河江家は、一先ずの落ち着きを見せていた。

記憶を失ったニオを"抱える"と決めたアタシの決断は、あの後面会に来た犬飼恵介や百合目一にも話した。

片や呆れたように肩を竦め、最後は背中を押し。

片や複雑な表情を浮かべ、『愚か者』を横目で眺め、静かに去って行った。


あれからもう一か月も経ったという事実に、未だに慣れないのはアタシ自信だ。


 春紀「………」

 ニオ「大丈夫、ですか? ぼーっとしてますよ?」


ふと隣からニオが顔を覗き込むようにして声をかけてきた。

待っていた筈の信号は青になり、周囲の人々が交差点を渡り続けていく中、やっと意識の帰ってきたアタシは苦笑いをしながら後ろ髪を掻いた。

 
 春紀「あぁ、大丈夫大丈夫。ちょっと考え事しててさ」

 ニオ「考え事、ですか」

 春紀「恵介さんと、理事長の事でね。」

 ニオ「やっぱり、直接会うべきでしょうか」

 春紀「いや、それはやめておこう。多分……(どっちも、"走り鳰"を赦しはしない)」


ニオには、直接二人に顔を合わせない様に調整してもらっている。

事件の経緯や理事長とどういう関係なのかという事は話だけはしたものの、流石に会わせるのには躊躇いがある。

………それでも、いずれは決着をつけなきゃいけない時は来るだろうな。


 春紀「っと、ごめんごめん。仕事遅れちまうな」
 
 ニオ「ふふ、しっかりしてくださいね?春紀さん。ぼっとしすぎですよ」


だけど、今のこの日常に満足しているのは事実だ。

全てを忘れてしまったニオには、走り鳰の面影は殆ど見受けられない。

それどころか、家族の一員の様な優しい存在になっている。

面倒見の良いお姉さん、といったところだろうか。

ガサツなアタシと違って細かいところにも目を配るし、実際デリケートな幼い妹や弟の扱い方はとても上手い。

アタシは、姉妹達が屈託のない笑顔を見せた時、ニオを引き取って良かったと思った。





この時までは、そう確かに思えた。

アタシは、何時までも弱い存在だと気付かされる時までは。







SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1451596404
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にゃんにゃん @ 2024/03/26(火) 22:26:02.91 ID:AZ8P+2+I0
  http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/gomi/1711459562/

2 : ◆UwPavr4O3k [saga]:2016/01/01(金) 06:13:47.38 ID:LlP1D8Wk0





外見の変化


春紀『ピン止めもシンプルに一つに、髪もショートヘアへ。爪は何もつけずそのまま、服装もジーンズにパーカーなどラフな物を着ている』

ニオ『瞳の鋭さがなくなり、温厚な雰囲気を醸し出している。癖っ毛服装は体型も合う冬香の服で、スカートやカーディガンなどの落ち着いた印象になった。』



身体の異常


春紀『普通に話す分には問題は無い程に。ただ、時々四肢に痺れが走り動けなくなる時がある』

ニオ『記憶は以前戻らず。骨折なども完治し、素肌が見える部分の傷は無くなった。度々激しい頭痛に襲われている』





3 : ◆UwPavr4O3k [saga]:2016/01/01(金) 06:14:27.28 ID:LlP1D8Wk0






 春紀「ふぅ……」


時刻は昼。まだ身体に無理をさせる訳にはいかないと、土方仕事ではなくスーパーのアルバイトから始める事にした。

休憩時間になってもせっせと働き続けるニオを遠巻きに眺めながら、ビリビリと痺れて上手く動かせない両手に視線を落とす。

両脚もガクガクと膝が震え、立てたとしても歩くのは厳しい。それでも杖を突かずに済んでいるのは、この症状が長くは無い。

"不規則にやってくるが、じわじわと症状は弱まっていく"。それが残された障害。

店長はとても気前が良い人で、この障害があるという事を理解した上でここに置いてもらっている。

本当に、感謝してもしきれない。

だけど、失敗だと思った事もある。


 兎角「……………」


専業主婦よろしく自宅の警備+家事を担当していた筈の東が、このスーパーで働いていたという事。無言でアタシを見下ろしている。


最初は名簿の中に東兎角が見えた時点で辞退しようと考えたが、店長さんの人の良さや家からの距離などを考えて入った。

入って早々、全力でぶん殴られたけど。


 兎角『……仕方がない、事にしてやる。私なら、まだ譲歩してやる』

 春紀『っつつ……ごめん。暫くしたら、また辞めてくから』

 兎角『晴には絶対に関わるな。もうこれ以上面倒事に巻き込むな………絶対に巻き込まないでくれ。』


初めは怒りに満ちていた表情が、少しずつ悔しげな表情へと変わっていったのがとても記憶に残っている。

そして、ぶん殴られた頬の痛みも。

本当に、アンタは晴ちゃんを救えなかった事を今もずっと悔やんでいるのか。

走り鳰の幻影は、今も東の頭にチラついている……かもしれない。


 
 春紀「……えーっと、どうかしたんかい?」

 兎角「売れない」

 春紀「え?」

 兎角「どうやっても売れないんだ、私の担当場所のウィンナー」


………今は、どうやらスーパーの事の方が頭を埋め尽くしてるんだろうな。







4 : ◆UwPavr4O3k [saga]:2016/01/01(金) 06:16:04.79 ID:LlP1D8Wk0


 春紀「……という訳なんだ」

 ニオ「はぁ」

 兎角「………」

 ニオ「(凄い剣幕で見つめられますね……)」

 春紀「(まぁ、色々と思うところはあると思う)」

 兎角「……ニオ、だったか。何か策はないか?」

 ニオ「あっ、えぇっと……その、頑張って笑ってみる、とかですかね?」

 兎角「笑う……」


ニタァ。

そんな擬音が聞こえてきそうな不敵な笑みと共に鋭い視線を向ける兎角の表情は、とても人が寄り付くようなものとは言えないだろう。

普段から無口・無表情で過ごしている東を見れば、まぁそれは笑う事が難しいと言われても分からなくはない。

でも、あの胡散臭さ全開の笑みからふわりと柔らかい笑みを浮かべられるようになっているニオを見ると、そうは思えない。


 兎角「ふん」ニタニタ
 
 ニオ「…っ…っ……」ピクピク

 春紀「(これ、止めた方がいいか? めちゃくちゃ笑い堪えてピクピクしてるしなぁ)」

 兎角「こんな感じか……どうだ、ニオ」ニチャッ

 ニオ「ぶふっ」

 春紀「あ、あー! 良いんじゃねぇかな? 結構笑えてるじゃん、うん」

 兎角「そうか。感謝するぞ、ニオと寒河江」

 
限界を迎えて口元を抑えながら噴き出すニオを急いで後ろに隠しながら、苦笑いを浮かべてアタシが前に出る。

まぁでも、無表情よりは多分マシ………だと思いたいこの笑顔。

ただ、そこでアタシとニオに感謝の言葉まで口にしたのは意外だと思う。

それ以前に、アタシや"走り鳰"の姿をしたニオは東にとって最も目にしたくない存在であると言えるだろう。

それでも、こうして普通に話しかけたりしてくるのは――――――――晴ちゃんの影響だろうか。


チラつく。

  
 『……あ゛ッは。お前、は、"東のアズマ"の、本物を―――』


互いの額が叩き付けられ、倒れ込む瞬間に呟いた走り鳰の言葉が。


 春紀「……」

 ニオ「また考えこんじゃってますね……」

 兎角「まだ脳がおかしいんじゃないか」

 ニオ「まだ一か月くらいですから、仕方ないんですよ」

 春紀「はっ……あ、あぁ、どういたしまして」

 ニオ「もう仕事の時間ですよ」

 兎角「……」

 春紀「あぁ、ごめんごめん」


頭を振り払い、痺れの収まった両手を軽く動かしながら、ニオと同じ持ち場へと歩いていく。

歩いていく一回り小さい後ろ頭を眺めながら、一つ気付いた事があった。

5 : ◆UwPavr4O3k [saga]:2016/01/01(金) 06:16:39.40 ID:LlP1D8Wk0






幻影に未だ囚われているのは、自分の方だ。





6 : ◆UwPavr4O3k [saga]:2016/01/01(金) 06:17:31.95 ID:LlP1D8Wk0





スーパーのアルバイトが一通り終わった。

東の方は、本当にアタシとニオがヤバいと思ったニタニタとした笑顔を浮かべていたが、それが意外と人が寄ってきていたようだ。

なんというか、傍目に見ても端正な顔立ちと凛とした佇まいの東が表情を崩すというギャップに惹かれていたんだろう。

主におばさん連中に人気があった様子だった。

本人はたちまち売り場のウィンナーが消えていくのを眺めながら、フッと小さく口元を綻ばせていた。



 春紀「……よし。今日は、これで終わりか」

 ニオ「お疲れ様です。痺れ、大丈夫ですか?」

 春紀「今日は割と調子良いみたいだ。だから、何時ものところ寄って行ってもいいか?」

 ニオ「冬香ちゃんも、今日はその日だって知ってたみたいですよ」



制服から着替え終えたアタシ達は、夕日が優しく降り注ぐアスファルトの道を歩いていた。

十二月の戦いで亡くなった人々は、纏めて同じ場所に弔う事にした。

この街の山を少し上がったところにある、静かな墓地。そこに、週に一度は弔いに来ている。

アスファルトの道が舗装もされていない獣道に差し掛かったところで、それまで無言だったニオが口を開く。

俯きがちな彼女は、



 ニオ「……私、何時もこの日になると頭痛が激しくなるんです。前に病院に居た時とは比にならない位。」

 春紀「そうだったのか。……無理にこなくていい、つってもな」

 ニオ「はい。これは"走り鳰"の責任ですから。でも、この激しい頭痛に襲われてる時が……」



一番、救われている時だと。

そう口にした瞬間、何も存在していなかった畦道から飛び出してきた黒い影が、ニオの肩を擦れ違いざまに殴り付けた。


それも、素手などではなく、明らかに鈍器らしきものを握っていた。



7 : ◆UwPavr4O3k [saga]:2016/01/01(金) 06:19:01.85 ID:LlP1D8Wk0



 ニオ「あぐ、ぁっ―――」

 春紀「ッ、ニオ!!」


ダラリと力なく垂れた右腕を庇うようにしたまま、地面に倒れようとしたニオを急いで駆け寄り抱きとめる。

凄まじい速度で右から左の草木へと飛び交っていった黒い人間(?)らしきモノは、そのまま一気に加速し、ガサガサと今度は明確に速度だけを上げてこちらへと突撃する。

ニオを抱きとめたままの春紀は、そのままニオを庇うようにして倒れ込む。

宙を抉り取るかのような重い鈍器………………ネイルハンマーは、しかし通り過ぎる寸前で止まった。

倒れ込んだアタシがすぐに見上げた先にあったのは、






















                          『 こ ん に ち は 。 ます』




















それを表現するのに、必要な言葉はあったはずだった。

なのに出てこなかったのは、全身が凄まじい悪寒に襲われて、そして本能からくる"恐怖"を感じたからだ。

コイツは、"危険だ"――――――――――



そう考えていた時、痛みから涙を零し、叫び続けるニオの必死な瞳が、視界から消えた。



アタシの身体が、凄まじい力で蹴り飛ばされて斜面に叩き付けられたと気付くまで、数秒かかった。




8 : ◆UwPavr4O3k [saga]:2016/01/01(金) 06:19:54.37 ID:LlP1D8Wk0




 ニオ「がほっ、げぽっ……」

 ??「あァーあ、軽ゥーく蹴っ飛ばしただけなのにもう伸びかけてんのかよ、しけてんなァ」

 ニオ「は、るぎ、ざ、んっ」

 ??「………なんだっけ、あァ、オマエが『―――』を殺したヤツだっけ。あ、そうだ!オマエ殺す為にず〜っと待ってたんだったな!ひひひ」


明らかに人間とは思えない程の怪力の両手で締め上げられるニオは、顔を青くし、口からごぽごぽと泡をこぼす。

地面に足がつかない程の高さまで持ち上げられ、バタバタと足が力なく揺れる。

それでも、唸る様な声でアタシの名前を呼ぶ。


その声で、アタシはゲラゲラと笑う襲撃者へと全力の反転で体当たりを決め、その線の細い体がくの字に曲がって吹き飛ばされる。

その拍子に地面に投げ出されたニオへと駆け寄り、


 ニオ「ごほっ、げほげほっ!」

 春紀「大丈夫、か?」

 ニオ「はっ、春紀さん、こそ、血がっ!!」


額から流れる血に片手で触れ、思っている以上に額が割れている事に気が付いた。少し、クラクラするのもこのせいか。

髪、切っといてよかったなと今更に思う。明らかに視界の広さが違ったし、さっき蹴飛ばされる時も咄嗟に腕でガード出来たのも素早く気が付けたからだ。

頭は、庇いきれなかったけど。


殴り付けられたニオの右肩はかなり重傷で、かなり赤く腫れあがっている。

そして、どこかで切ったのか痛々しい程に皮が裂けている。

あまりにも、痛々しい。



 ??「……あァ、そりゃ"くぎ抜き"の方でぶん殴ったから痛ェだろうなぁ〜!!」

 

ゆらゆらと不安定な動きで起き上がった襲撃者は、未だに黒いローブにフードまで目深に被っている為、顔も見えない。

だが、この声に聞き覚えはあった。それに、こうしてアタシ達に因縁があるのは………一人しか居ない。


 春紀「番場、アタシはもうただ犬死にする訳にはいかなくなったんだ」

 真夜(?)「ハッ、んじゃさっさとそっちを殺らせろ」

 春紀「ダメだ、ニオの生死はアタシに責任がある」

 真夜(?)「ひひ、やっぱり"これ"しかねェよなァ!?」


素早く構えたアタシに、ネイルハンマーを携えた――――――真昼と真夜、半々の表情の人物が迫る。

恐怖したのは、まさに綺麗に二つに分かれた人物像が"そのまま話している"様に見えたからだ。

片やまさしく満面の笑みを浮かべ、片や狂気的に歪みきった笑みを浮かべ。

狂ってしまった、少女。




 
9 :以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします [sage]:2016/01/01(金) 07:13:23.68 ID:8ioAU8/KO
リドルSSはクソ
春紀か兎角か鳰が好きなだけの作者がワンパターンなの書くだけ
10 :以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします :2016/01/01(金) 12:48:50.15 ID:5PSJWWZiO
いつものアンチわいててワロタ
気にせず続けてくれ
しえん
11 : ◆UwPavr4O3k [saga]:2016/01/01(金) 19:07:36.11 ID:LlP1D8Wk0
※R-18表現





まるで獣のように姿勢を低くして駆け抜ける"真夜"に対し、額の血を袖で拭ったアタシはパーカーを脱ぎ捨てる。

シャツだけの身軽な姿になったアタシは、右腕に巻き付けたパーカーでネイルハンマーの一撃を躱す。

布に包まれ、手元が不自由になった懐に居る真夜の後頭部へと肘打ちを叩き込もうと力を込める。

が、


 真夜「いいねェ、ちゃんと動ける様になってんじゃねぇかよォ!!」


振り下ろされた肘打ちを、可動出来る限界を超えたように見えるほどに首をぐるりと回し、驚きを隠せないアタシの脇腹に逆に肘を入れる。

寸での所でガードしきれなかった脇腹に突き刺さる凄まじい衝撃に思わず酸素が吐き出される。

しかし、そこでなんとか踏ん張り、身体を駒の様に回転させて更に蹴りを叩き込もうとする真夜の脚を受け止め、不格好に背負い投げる。

地面に叩き付けられようとした真夜は右腕をバネの如く折り曲げて衝撃を受け流し、そのまま下から上へと跳ね上がる。

あまりにも違う速度と力に、アタシは無様にも顎に膝蹴りを掠め、グラグラと視界が揺れていた。


 春紀「あ、がっ……」

 真夜「まァ、"追い付けなければ"意味はねェけどな!!」


フラつくアタシを押し倒し、その拍子に後頭部が地面に叩き付けられ更に視界が狭くなっていく。

馬乗りになった真夜は、ニタリと粘つく様な笑みを浮かべたと思うと、アタシのシャツを取り出した小さなナイフで真っ二つに引き裂く。

下着ごと取り払われ露わになったところどころ傷痕の残る体を舐めまわす様に眺めた真夜は。


 春紀「ぎッ、あぁぁぁぁぁぁ!!!」

 真夜「お〜痛そうだなァ」


ナイフでガリガリと。

まるで子供が壁に落書きをするかのように、無造作にナイフでアタシの肌を切り刻む。

ぐち、ぐち、という皮が裂かれる音と共に走った激しい痛みに、歯をギリギリと軋ませて地面の土を握りしめる。

痛い。痛い痛い痛い痛い痛い痛い







12 : ◆UwPavr4O3k [saga]:2016/01/01(金) 19:08:05.74 ID:LlP1D8Wk0





 春紀「はッ……はッ……」

 真夜「過呼吸みてェになってるけど大丈夫かァ? ヒハハ、ん〜」

 春紀「っひぐッ」


痛みに反射的に零れた涙を、ペロリと長い舌で舐め上げる。

それだけに終わらない真夜は、そのままアタシの顔中を舐め続け、ピクピクと顔の筋肉が引き攣る様子を見て楽しんでいるようだった。

アタシの思考は、もう痛みに支配されて訳が分からなくなっていた。

一通り顔中がべたべたになった後、最後にニヤニヤとした笑みを一層深くした真夜は、


 真夜「………中々良い反応するじゃねぇかァ。ちょっと、興奮してきたぜ」


その舌を。

アタシの左目に差し込み、深く深く。

抉り取る様に。


 春紀「ッ―――――――――」


声にならない悲鳴を上げ、がむしゃらに両腕と両脚に力を入れて暴れたアタシの鳩尾に重い拳が振り下ろされる。

激しい衝撃に飛んでいく意識。ビクッ…ビクッ…と身体が痙攣し、虚ろな表情のアタシの眼球を舐めまわす。

ぐちゃぐちゃになった左目から啜り上げた涙を、ペッと吐き捨てる。

 
 真夜「あァ〜不味い。やっぱ舐めるまでが興奮すんだよなァ〜」


不満そうな表情を浮かべ、手持無沙汰の様にアタシの胸を捏ね回す。

ただ、もう、アタシの意識はほとんどなく、ドクドクと流れるナイフ傷と左目の痛みと痺れに放心していた。



13 : ◆UwPavr4O3k [saga]:2016/01/03(日) 01:44:11.60 ID:x3nhYeTf0
※ニオ視点



 
大切な人が嬲られている。

それは、激しい頭痛に襲われている時に度々覚える感覚と同じだった。

殺す。殺す。殺す。殺す。ただ純粋な、その殺意。



 『さっさと、体を返せ』



脳裏に響く声を、この時初めて聞いた。



 ニオ「………離、せ。」

 真夜「あ?」

 ニオ「((((((その人から離れろ)))))」



右肩をダラリと垂らしたまま、立ち上がった私はその瞳に力を込めて春紀さんに馬乗りになった黒服の女を見つめる。

不機嫌そうに眉を顰めて振り返った黒服は、はっと何かに気が付いたように急いで腕で顔を隠す。

その瞳は、悍ましい程に赤く輝いていた。


 真夜「チッ、クソがァ!!」


ギリギリと、幻術に抗おうと暴れる彼女だったが、加減を知らない私の術は今出せる全ての力で拘束していた。

徐々にぐったりとしたまま動かない春紀さんの上から立ち上がり、そのまま数メートル程後ろに下がって行ったところで立ち止まる。


 ニオ「はぁッ、はぁッ」


砕けた右肩を左手で支えながら、しかし視線だけは彼女から離さない。

使い続けている間、ずっと心臓が締め付けられるような苦しさと頭痛に苛まれている。

正直、この地獄の様な感覚から早く抜け出したい。でも、そうしてしまったら、きっと春紀さんは救えない。


 真夜「ッ、ぐがっ」


そして、知らぬ間に口にしていた言葉によって黒服が自分の首を絞め始める。

殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す―――――――――ころ、

 
 春紀「や、めろッ……!!」


ビクッ、と私は肩を震わせてすぐさま中断する言葉を口にする。

初めはビクビクと痙攣していた黒服は、そのままストンと意識を失い地面に倒れ伏す。

だが、今はそれよりも。

 
 ニオ「春紀さっ、早く、早く救急車呼びます!」

 春紀「たの、む」


意識を失った春紀さんが最後の力を振り絞って叫んだ言葉は、私を止める言葉だった。

もし、あの声が無ければ、私は黒服を殺してしまっただろう。




14 : ◆UwPavr4O3k [saga]:2016/02/04(木) 04:11:48.16 ID:dbDR2CMg0
※ニオ視点





 ニオ「……」


あれから、"ミョウジョウ学園付属"の総合病院へと運ばれた春紀さんに緊急手術が行われることになった。

目玉を弄られた事によって細菌が著しく視力を低下……もしくは、失ってしまうかもしれないという事を聞いた時、私は自分の目を差し出したいと思った。

私のせいで、直接的な関係は無い彼女が巻き込まれてしまった。



その時、自分自身の奥底から響く声に気付くことが出来たのは………"自分何て消えてしまえばいい"と、少しでも考えたからなのかもしれない。


 『チッ、"入れ物"を貸した位でいい気になってんなよ、偽者』


 ニオ「(……あなた、は。)」


 『早く体を返してほしいッスけどねぇ〜? いつまでも寒河江春紀と御飯事してもらっちゃ困るんスけどォ)』


寒気。

粘々とした、怖気を感じる笑みを張り付けたまま赤い双眸で私を見つめていたのは、もう一人の私。

その姿は、以前意識を取り戻した時に見ていた姿見に映る自分自身の姿。


 ニオ「(走り、"鳰")」


 『お前はただのウチが作った"代わり"。これで理解したッスか?でなきゃ、(((((この力をお前が使いこなす事なんて出来ない))))』


瞳が一層赤く輝いたかと思うと、まるで自分の思考自体が全て上書きされる……ザラザラとノイズが掛かったかのように、その言葉以外の全てが消え去っていく。

浸透した言葉は、やがてそう思う事が"当然"だと、私の頭の中を支配していく。


でも、私は強く頭を振り払う。それまで浮かんでいた全ての走り鳰のイメージが、弾けていく。



ハッと気付いた時には、時計の針が20時を指していた。春紀さんが運ばれてきたのは18:00だから、もう二時間も意識を失っていたのだろうか。

まるで夢の中にいた様なふわふわとした感覚に陥っていた私は、ふとポタポタと滴る液体を袖で拭う。

異常な量の発汗に、凄まじい寒気を感じる。


 ニオ「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」


そして、不意に見やったその視線の先。



悍ましい程に強烈な視線を湛えた、"黒い獣"の様な気配が―――――――――





15 : ◆UwPavr4O3k [saga]:2016/02/04(木) 04:12:41.22 ID:dbDR2CMg0



 兎角「―――い。おい、聞こえてないのか?」



綺麗に皺が伸ばされたハンカチが私の頬に押し付けられた時、全ての寒気が払われていった。

自然に荒くなっていた息を胸に手をあてて整える。軽く会釈して、差し出されたハンカチを受け取って首回りと額の汗を拭う。


 ニオ「すいません、ありがとうございます。あの、これ、洗って返しますね」

 兎角「出来ればそうしてくれ。………寒河江はどうなった?」


救急車に連絡した後。

まず第一に連絡しようと思った相手は彼女だった。

これは春紀さんにも言ってなかったけど、こっそり連絡先を交換していた私達は、少しずつだけど打ち解けた。

東さんにとって、私の顔は仇敵のまま。できる限り見たくもないだろうから、最初の頃はずっとマスクをつけたり、工夫した。

でも彼女は、少しだけ口元を緩めて、不器用な表情で、


 兎角『今のお前は今のお前だろ。もしも厄介事が起きたら、私に連絡しろ。晴に届く前に手くらい貸してやる』


その一言に私はどれだけ救われたか。それ以来、顔をわざと隠す事はやめた。

なんだか、隠す事自体が失礼だと思ってしまったから。


 ニオ「……左目、もう見えなくなってしまうかもしれないらしいです。」

 兎角「……そうか」

 ニオ「私が、あの時、もっと早く……"この力"に気付いていれば」

 兎角「走り鳰の幻術か」

 ニオ「皮肉、です。私のこの力のせいで色んな人達に迷惑をかけたのに、この力を頼らなきゃ、私は何もできなかった」

 兎角「……お前は、その幻術を扱えたのか?」

 ニオ「強く念じて、思いを叫んだら、視界が鮮明に広がって黒服の人が苦しんでいました。」
 
 兎角「お前は現場に居た相手の風貌を覚えているか?」

 ニオ「……黒いフード付きのコートに、銀髪。瞳の色はくすんだ様な灰色。」

 兎角「……心当たりがある。だが、ソイツは暫く行方を暗ましている。出てきたって事は、"走り鳰"を殺す準備が整ったって事だろうな。」

 ニオ「殺す、準備?」

 兎角「要は気持ちの問題だろう。踏ん切りがついたんだろう、ヤツにとって親しい人間が死んだ事に。」

 ニオ「……」

 兎角「お前はどうする。もし私がお前の立場なら、何て優しい言葉は私には言えない。だが、」


静かに立ち上がった東さんは、それまでの無表情に少しだけ感情の色を乗せて口にする。


 兎角「ニオはニオだ。お前は寒河江にとって、左目を失ってでも守るだけの"存在"だった事を、しっかりと受け止めろ」


それだけを口にした黒いコートを纏った青髪の彼女は、長い廊下を歩いて立ち去って行った。



16 : ◆UwPavr4O3k [saga]:2016/02/04(木) 04:42:06.45 ID:dbDR2CMg0
※春紀視点

 
 春紀「……あ?」


ふと、意識が覚醒した。

暗闇だった視界には、確かに鮮明に景色が映し出され………その景色に、見覚えがあった。

まず、この住宅街にアタシは――――を殺しに来ていた。

クリスマスの直後の話だ、コートにタイツまで着込んでいたアタシの右脚に、裁ちバサミが凄まじい速度で飛来する。

突き刺さり、血が溢れ出す。思わず痛みで膝から崩れてしまう。


 何かが、アタシに語り掛ける。だが、そこからはこれまでの記憶になかった。


 ○○「ねぇ、結局春紀ちゃんは何がしたかったの? アタシ達を殺して。その報酬で家族とやらを守るって言ってたけど」


何者かは、全身が固くなり上手く動かせないアタシの元へと歩み寄り、片手に握りしめたハサミを振り上げる。


 ○○「罪を抱える?抱えて生きていく?本当にそれで"赦された"つもりなの?……ふざけるな」


振り上げられたハサミを、アタシは自然と凝視する。


 ○○「お前のせいで何人死んだ。お前の"救ったつもりになっている偽善の心のせいで"、何人が死んだ?」


まるでコマ送りされるかのように、アタシの左目に振り下ろされるハサミを見ていた。



 ○○「思い出せ!!!」



そして、そのハサミが突き刺さり、明確な激痛が全身を襲った瞬間―――――――――



 春紀「っ、んぐッ!!」


 ニオ「春紀さん!!」


左目から感じるギリギリと締め付けられるような痛みに、思わずベッドから跳ね上がる様に上半身を起こす。

左目を、着けられた眼帯の上から抑えながら、荒い息を整える。

そして、ゆっくりと視線を横に見やると。


心配そうに眉を歪めるニオの姿に、少しだけ安心した。


 春紀「あ、たしは。」

 ニオ「丸二日、ずっと眠ってたんです。……………それと、左目の視力は」


戻る事は無い。そういわれると、左目には目玉の感触はあっても実際に瞼を開く動作をしたところで左の視界は完全に真っ黒だ。

だが、そんな事より。


 春紀「お前、殴られた肩は!?」

 ニオ「打撲と、少し骨にヒビが入った位です。……今回の事は、その、本当に、すいま「はは、あぁ、良かった…」

 ニオ「え?」

 春紀「……お前に大事が無くて良かった。」

 ニオ「……」

 春紀「左目は見えなくてもパートは続けられる。胸とか腹とかは、ズタズタに傷痕が残ったけど、前の時の傷と混ざってるから変わらない。ニオが無事でよかった」
17 : ◆UwPavr4O3k [saga]:2016/02/04(木) 04:43:09.60 ID:dbDR2CMg0














 ニオ「………私には、あなたの左目と身体を差し出すだけの価値が、本当にあるんですか?」













18 : ◆UwPavr4O3k [saga]:2016/02/04(木) 05:03:04.68 ID:dbDR2CMg0
※ニオ視点



 春紀「……あった」



春紀さんは、眼帯に隠された瞳と右の瞳を閉じると、一言そう呟いた。

……東さんは、私はそれを失ってでも守るべき存在だったと言ってくれた。

こうして目の前の春紀さんが口にした以上、それは本当の事だったんだろう。


でも、私は、


 ニオ「……走り鳰と、話しました。彼女はまだ、"死んでいない"」

 春紀「……なんだって?」
 
 ニオ「彼女は言ってました。ニオは"代わり"。代わりの存在だって。」

 春紀「どういう、」

 ニオ「私は走り鳰という人格に作られた、"都合の良い人格"。たぶん、そういう事だと思います」

 春紀「……待て、待ってくれ」

 ニオ「……春紀さん。私、本当に感謝してます。どうしようもなく彷徨ってた私を、ここまで優しく救ってくれた事。」

 春紀「待ってくれ!!」

 ニオ「……でも、ね。私がこれ以上このまま過ごしていたら、いつかは必ず"走り鳰"が姿を現す。そうなったら、私の記憶には無かった凄惨な過去がまた再現されるかもしれない。」

 春紀「待てって言ってんだろ!!」

 ニオ「待ちません!!……私、本当に、」



 「生きてて、いいのかな」



その言葉を私が口にした瞬間、初めて春紀さんが怒りの表情で私の頬を叩いた。



 春紀「………撤回しろ。アタシは、お前が哀れだから、責任を取るためだから。」


思わず熱くなった頬に手を添えて涙を浮かべる私の胸倉を、まだ弱々しい力で掴んで引き寄せると、


 春紀「それだけの理由でお前と過ごした訳じゃない!! 失われていい命なんて、あそこには、無かったんだ……」


でも、春紀さんも今尚自分の罪で苦しんでいる。胸倉を掴んだ右手はすぐに力を失い、するするとベッドに落ちる。


 春紀「無かったんだよ……」


シーツにポタポタと染みができていく。

ポロポロと、唇を噛み締めて涙を流す春紀さんの姿は、酷く弱々しく見えた。


そんな彼女の様子に、私は。


 ニオ「………ごめんなさい。お世話になりました」


深々と頭を下げ、足早に病室を立ち去っていく。


残ったのは、嗚咽を零しながらシーツを握りしめる春紀さんの泣き声だけだった。



彼女の苦しみを少しでも和らげるために、自ら彼女の元を離れた。
19 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2016/02/04(木) 05:52:46.09 ID:1o8sXckvO
相変わらず面白い
20 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/02/04(木) 07:59:56.70 ID:ijYmxZCA0
乙、兎角さんも春紀も優しい
21 : ◆UwPavr4O3k [saga]:2016/02/04(木) 19:16:01.55 ID:W6bwnUuP0
※番場真昼(?)



 真昼「ッ、ハハ、あのクソ野郎が……」



何とか意識を取り戻した後、自分が一時的に拠点としているアパートの一室へと戻った"オレ(わたし)"は、姿見の前に立った。

首元には自分自身の手で絞めた痕がびっしりと残っており、一歩間違えれば首の骨まで持っていかれる寸前だった事を再確認する。

あの忌々しい力は、"走り鳰"ではないあの何者かの状態でも扱う事が出来たらしい。

アレさえなければ大したことは無いただの女、隣の寒河江春紀は度重なる戦いで肉体に限界が来ている事は知っている。

"あんなモノ"はどうという事は無い。


 真昼「(……ひ、ひはは。オレは、こんな気持ちで)」


こんな気持ちで、武器を振り回していたのか。

番場真昼でも真夜でもない"何か"は、初めてこの手に実感した血を愛しむ感覚にまた震えている。

何かを傷付ける事で得られる"聖遺物"は、これまでただこの手に受け止めて愛でていただけだった。

でも今は違う。

確かに、自分自身の手でソレをつかみ取れる力を得た今では、聖遺物何てどうでもいい。

その過程が重要だと、寒河江春紀の肉体を蹂躙したあの時に確かにこの手に実感した。


乱雑に並べられた大小様々な工具を手当たり次第に掴み取り、腰のホルダーへと納める。

もう何日もまともに風呂にも入らず食事も取っていない彼女は、ただひたすらに殺すべき者を殺す為に歩き出す。

不思議と、その表情にやつれた様子はなく。

常に張り付けたような笑みが浮かんでいた。




22 : ◆UwPavr4O3k [saga]:2016/02/04(木) 19:36:46.84 ID:W6bwnUuP0
※兎角



 晴『私は、兎角さんに行って欲しい。春紀さんを、助けてほしい』



あんな事を言われたら、私は動かざるを得ない。

もうこれ以上晴を血に塗れたこちら側へと引き込む訳にはいかないと、長々と説得した末の言葉がこれだ。

正直、イカれてる。私は純粋にそう思った。

でも、晴は全身に新たな傷を負ったとしても、そしてその原因が寒河江や走りにあると知っていてそう言った。

………それは優しさなんかじゃない。一つの"呪い"だ。 

殺せない呪いが、少し前の私にはあった。それは長々と私を苦しめ、それでも晴を守る為にその呪いを解くことが出来た。

あの時も、晴の姿は目の前に浮かんでいた。


 兎角「(……私も、イカれたんだろうな)」


視線の先―――――――――病院の正面口から、零れる涙を拭いながら覚束ない足取りでこちらへと歩く少女を見やり思った。


 ニオ「ごめんなさい、ごめんなさいっ春紀さんっ……」

 兎角「……お前が決めた道だろ。今更泣くな」


グズグズと鼻を鳴らしながら俯くニオを見ながら、私は彼女を"走り鳰"の姿を消し去った。

私の知る走り鳰という女は、こんな風に誰かの為に涙を流す様な優しい心を持った存在でない事を知っている。




23 : ◆UwPavr4O3k [saga]:2016/02/04(木) 23:47:55.44 ID:W6bwnUuP0




 目一「……鳰さんは、まだ戻れる余地があるという事ね?」

 真昼「あァ。アイツはオレに幻術を使ってきやがった。」


ミョウジョウ学園の一室。

最上階には、この学園を管理するトップである理事長の百合目一の自室があった。

ただ、そこに居たのは彼女一人ではなく………目の前に広がる大小様々なスクリーンを眺めている、真昼の姿がある。


 目一「"今"の彼女も申し分は無いけれど、鳰さんが戻る事が出来るのなら戻ってほしいわね。」

 真昼「(……チッ。さっさと金出しやがれ)」

 目一「……ふふ。貴女は本当に顔に全部書いてあるのね、番場"真夜"さん」

 真昼「真夜じゃねぇつってんだろォが!!」

 目一「あら、ごめんなさい。でも言動は真夜さんの方がとても近しいわ」


復讐すべき人物を要していた元凶ともいえる目一、彼女と何故真昼がこうしてこの場で会話できているのか。

答えは簡単。"取引"だ。




まさしく。走り鳰と寒河江春紀が交わしていた取引の始まりも、ここであった。



 真昼「テメェの気色悪さにはオレでもドン引きするぜ」

 目一「あら、私は鳰さんの"可能性"を信じているのよ。"番場真昼"に殺されそうになっても、尚自分自身を取り戻して私の元へ戻ってくると。」
 

目一は、敢えて真昼が鳰を殺しに向かう事を補助している。その理由は、


 目一「真実の愛とは、つまりどんな状況でも相手を信じられるか信じられないか。でしょう?」


歪んだプライマーの瞳に、真昼は寒気すら覚えた。




24 : ◆UwPavr4O3k [saga]:2016/02/05(金) 04:21:04.08 ID:zQNEteQf0

※今回かなり駆け足で進めてますが、もっとじっくり表現した方がよいでしょうか? また今回少しオリジナル入れてます




 兎角「……出来る限り、私の体術を教えようと思う。」

 ニオ「東さんの、体術ですか?」


使われなくなった港の一角。乱雑に廃コンテナが組み上げられた倉庫に、二つの影があった。

あの時、春紀が手術を受けていた後に互いに連絡を取り合い、そしてニオ自身が決めた事。

必ず自分にかかわる全ての事柄を解決しきった上で、春紀の元へと帰る。その為には、少し強引に引き離す必要があった。

彼女は、最後の質問にYESと答えた。


 『私には、あなたの左目と身体を差し出すだけの価値が、本当にあるんですか?』


YESと答えてしまった。だから、強く突き放す必要があった。

彼女の事だ、必ず消えたニオを追ってまたボロボロになりながら探し続ける事になるだろう。

………でも、結局泣き崩れた春紀の姿を見たニオには、突き放す何て出来なかった。


 兎角「"葛葉"に幻術の力がある様に、"東"にも特殊な力は代々全員が受け継いでいる」

 ニオ「特殊な、力」

 兎角「才覚として備わっている驚異的な身体能力。暗殺という、人間と人間の殺し合いにおいて絶大な力を発揮する身体の力だ」

 ニオ「(……確かに、東さんの身のこなしが凄いのは、スーパーで見ていた)」

 
手先が器用などというレベルではなく、数メートル離れた位置にあるわずかな隙間ほどのペンホルダーにペンを投げ入れたり、3、4メートルは跳躍したり。


 兎角「……私は"目覚め"ていない。でも、確かに才覚としてこの身に宿っている事は理解している。」

 ニオ「その"東"の力を、本当に私が?」

 兎角「初歩的な格闘技から教える。まずは、上着を脱げ」


黒いコートを脱ぎ、簡素なワイシャツの袖を捲り上げた兎角を見て、ニオもまたカーディガンをそっと畳んだ。

こうして、ニオは兎角の鍛錬を受ける事になった。



(ニオの外見修正……癖っ毛は全てパーマでストレートになっており、印象としては兎角に近くなった)

25 : ◆UwPavr4O3k [saga]:2016/02/05(金) 05:13:27.30 ID:zQNEteQf0




 春紀「……」

 冬香「お姉ちゃん、また、怪我したんだ」


ニオと兎角の鍛錬が続く中、翌日の早朝に急いで駆け付けた冬香が見たのは、空虚な瞳で窓を眺める春紀の姿だった。

左目は眼帯で隠され、胸元が大きく開いた手術衣から覘いているのは、幾重にも巻かれた包帯。

その姿は、また"何か"に巻き込まれて、大きな怪我をしたという事を理解するには十分だった。


 冬香「……ねぇ、お姉ちゃん。私って、頼りないのかな」


ビクッ、と春紀の肩が小さく震える。

そんな事は無い、冬香は何時も家族を守ってくれている………口元は、そう動いた。

言葉は出なかった。

静かに、春紀の頭を抱えるように抱きしめる。今の自分に出来る事は、こうやって"母親代わり"をするだけだ。

ずっとずっと、そうだった。春紀がいない間、自分はただ母親の役回りを代わりに演じ続けていただけだった。

春紀の事を、本当に理解出来ている訳が無かった。


 春紀「……ごめん。不安にさせてごめん。冬香に、」

 冬香「もういいよ。ゆっくり休もう?……左目、見えなくなって色々大変だよね」

 春紀「……あぁ」


抱きしめられた腕の中で、静かにまた涙を流した。




26 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2016/02/05(金) 17:46:00.72 ID:ZXynAwHZO
27 : ◆UwPavr4O3k [saga]:2016/02/06(土) 06:18:58.13 ID:4VtCa/iL0



 ニオ「ふっ……」

 兎角「(動きは、完全にあの時地下で戦った時と同じだ)」


冬香と春紀が思いを交わす前日、夜闇に紛れて廃倉庫の一角に居た二人は互いに武器無しで組手を始めていた。

兎角がまずニオにやるべきこととして、"身体が覚えている技術"全てを成すがままにやってみろと指示した。

今、こうして打ち合っていると確かにあの地下で小競り合いをした時と似たような動きをニオは行っている。

そう、まるで相手の動き全てを真似てそっくりそのまま動いている様な動きだ。


 兎角「右肘を使った殴打にはもっと遠心力を利用しろ。膝蹴りも全然軽い。」

 ニオ「っ、はぁっ!!」


もう組手を初めて一時間、必死になって縋り付くニオに対して兎角は額に滲む程度の汗しか掻いていない。

その全ての技を捌き、疲労でニオの動きが止まってしまうまで受け流し続けていた。

そして、顔面に控えめに放たれた拳を掴み、手首を軽く捻って地面に組み伏せた兎角は


 兎角「動きそのものは、"走り鳰"の頃とあまり変わらない。が、ニオの特徴として相手の動きに"合わせて"動く特徴がある。」

 ニオ「痛っ……合わせる、ですか?」

 兎角「それをうまく使いこなせれば、私の動きを真似る事も簡単だろう。やってみるしかないけどな」


荒げた息を整えた後、その後夜遅くまで二人の鍛錬は続いた



28 : ◆UwPavr4O3k [saga]:2016/02/08(月) 07:08:45.40 ID:NPKsv3620




 真昼「……へぇ、伸縮自在の鎖ねぇ」

 目一「多関節の武器はとても貴女に似合うと思っていたわ。最も、銃を極端に嫌がるからだけれど」

 真昼「銃なんざ使ったところで満たされねェんだよ。」


振り回すたびに、自分の力の加減で伸び縮みする革で覆われた鎖に高揚する。

手元のグリップは圧感知によって、握る力によって最適な長さへと自在に調整されていくこの鎖は、目一が真昼へと明け渡したモノ。

元々、工具のみで殺人を繰り返していた真昼にとってリーチというモノは確かに度し難く克服し辛い問題だった。

この武具は拳銃などの銃火器を嫌う真昼には最適と言えた。


 目一「(………ニオさんが東さんと行動を共にしている事は、黙っていましょうか。)」

 
目一が走り鳰を取り戻す為に画策している裏で、同じく彼女を取り戻す機会を得た葛葉が嗅ぎまわっている事を知っている。

勿論、最近寒河江春紀の元を離れた事も知っているし、今すぐにでも彼女らの場所を真昼に伝える事も出来た。

しかし、何故伝えなかったのか。


 真昼「ヒヒッ……葛葉って奴らが嗅ぎ回ってんだろ?何人か手当たり次第に"捌いた"から分かるぜ」

 目一「あら、もう干渉していたのね。」


それは、この番場真昼という少女の残虐性と索敵能力を高く買っているからだ。

今のまま場所を教えてしまえば、おそらく東兎角ですら今の番場真昼にはあっさりと敗北するだろう。

その証拠に、既に葛葉の追っ手を何十人も殺害している。


 目一「(……壊れてしまった貴女が、純恋子さんの手で救われた時の輝きと。ガラス細工の如く砕け散った今の貴女の鈍い煌き)」


どちらも、百合目一という女を満たす為の要因になり得た。



29 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2016/02/08(月) 18:52:39.92 ID:72jRI2IYO
30 : ◆UwPavr4O3k [saga]:2016/02/09(火) 01:50:46.99 ID:kY5k5HNq0
※冬香視点



    「お姉ちゃん、おめめ見えなくなっちゃったの?」

 春紀「ちょっと怪我しちゃったんだ。お前達が気にすることじゃないよ」


翌日、本人立っての希望で退院する事にしたお姉ちゃんと私は、東村山の実家へと戻っていた。

左目の眼帯に気をかける末っ子の妹に、へらへらとした弱気な笑みを浮かべて頭をくしゃりと撫でる。

……相当、精神的に不安定な状況らしい。担当のお医者さんにはできるだけ付き添ってあげて欲しいそうだ。

お母さんには、以前の事件の事と今回の事、全部黙ってる。お姉ちゃんが"巻き込みたくないから"だって。


ふと、軒先に飾ってある家族の集合写真を眺める。まだ髪も長く、苦しい状況でも笑みを浮かべていたお姉ちゃんの姿。

今隣に立っている彼女は、誰なんだろう。こんなにボロボロで今にも壊れそうな笑みを浮かべる、彼女は。



 冬香「早く部屋で休もう」


やや強引に姉に貸している肩を動かし、不安そうに見つめる妹と弟達の元を離れた。

普段から鍛えていた体は、明らかに軽く、体格差のある私ですらもこうして軽く抱えることが出来た。



 春紀「……アタシは、間違っていたんだろうな」

 冬香「え……?」

 春紀「あそこでニオを、ニオの生き方を"縛った"事が間違いだったんだ」


部屋にやってきて、ベッドに座ったお姉ちゃんは俯きがちに口を開く。


 春紀「罪はアタシ一人で償うべきだった」


そう呟いた姉の手を、黙って握ってあげる事位しか………できなかった。



31 : ◆UwPavr4O3k [saga]:2016/02/09(火) 02:49:37.37 ID:kY5k5HNq0
※ニオ視点



 ニオ「………ん」



翌日。動きっぱなしで全身ドロドロになった昨日のトレーニングで筋肉痛が酷い。

びきびきという擬音が聞こえてくるかのように痛む左腕を動かし、肩や背中など全体的なマッサージをする。

それでも痛いモノは痛いけど、ぐっとこらえて一人用のベッドから起き上がる。

ふと右側を見やると、スース―と規則の良い寝息をたてて眠っている"兎角さん"が居た。

同じベッドに。



 ニオ『え、えっと、やっぱり同じベッドは厳しいんじゃ……』

 兎角『確かに私が金は出すと言ったが、二人部屋なんか取ったら何日も持たないぞ』

 ニオ『それは、そうですけど……』

 
深夜、何処を拠点とするかを決める為に歩き回っていた私達は、こんな調子で何度も押し問答を繰り返していた。

一つのベッドに同性とはいえ二人で眠るのは、その、なんというか倫理観的に悪いというか、気まずいというか……。

結局私が折れて、できる限り私が端の方に寄って眠る事にした。それでも、ボロボロになってた身体はすぐに眠りに落ちて行った。

心地よい気分で備え付けの小さなテレビをつけると、時刻は12時を回っている。少し眠り過ぎたかな。


 ニオ「兎角さん、もう12時ですよ」

 兎角「んっ……あぁ、そうだった」


不意にぐいっと顔を近付けられて何事かと思った私は、ビクッと肩を震わせたまま数秒固まっていた。

兎角さんの方はぼんやりとした顔のまま、私だと気付くとそのまま顔を離して洗面所へと歩いて行った。

………晴さんとは、毎日こんな感じで目覚めのキスでもしているのだろうか。あまり詮索しない様にしよう。


数十分後。


 兎角「……ニオ、昨日のトレーニングをやってどうだった」

 ニオ「え、っと、凄く疲れましたし、今でも筋肉痛が…」

 兎角「まぁ、暫くお前の身体もまともに鍛えられて無かっただろうしな。ただ、自分で気づいていたか?」

 ニオ「気付いていた事?」

 兎角「お前は最後の最後で私に一撃入れた。自分で気づいていないかもしれないが、私のガードをすり抜けた」


それは、兎角さんでも追いつかなかった高速の手刀。最初、真昼から意識を奪ったあの時の手刀もそうだ。


 兎角「視覚という神経系に精通している葛葉の技術として、神経を突くといった戦い方がとても合っているんだろうな」

 ニオ「神経系、ですか。つまり、直接力で戦わずに搦め手を生かせばいいんですね?」

 兎角「後は純粋な体力だ。という訳で、さっそく10キロから走るぞ」

 ニオ「は、はい」


32 : ◆UwPavr4O3k [saga]:2016/02/11(木) 20:15:49.61 ID:ad1aapj40




 ニオ「はぁっはぁっ……と、兎角さんっ。」

 兎角「なんだ」

 ニオ「はやっ、早いですっ」

 兎角「これでもお前に合わせている方だ。気合いれろ」

 
そんなこんなでホテルから出た二人は互いに動きやすい服装(兎角は短パンにシャツ、ニオは無地のトレーナー)で5kmランニングを始めた。

ニオの二歩を一歩で駆け抜ける兎角のあまりの速さに、必死になってついていこうとするニオだったが、それでもかなり離された。

兎角が途中からそれに気付いてから立ち止まり、数分後にようやく合流して再度走り始めていたが……


 ニオ「(……そうだ、こんなにも強靭な身体なら、噂通りの強さも頷ける。)」


春紀に聞いた程度で実際の兎角の動きを見たわけではないが、その純粋な戦闘における強さは圧倒的らしい。

話によれば、"走り鳰"の幻術などの搦め手には弱いらしいが、それでも格闘や銃撃、投擲に関して凄まじい実力。

そう、既に三キロ近く走っているというのに僅かな汗で殆ど息も乱れていない、この涼しい表情。

この程度のランニング朝飯前、といったところだ。


 兎角「……よし、初日だから仕方ない。其処の公園で休憩するぞ」


近くにあった自販機からミネラルウォーターを二本買ってきた兎角から一本を受け取り、首元にあてながら取り出したハンドタオルで汗を拭う。

ぜぇぜぇと肩で息をするニオを、やれやれといった眉を潜めた表情で眺めていた兎角は、話しかけようと口を開いたところで。



33 : ◆UwPavr4O3k [saga]:2016/02/11(木) 20:16:18.07 ID:ad1aapj40



一気にニオを庇うように飛び付き、返す刀の如く背に隠していたホルダーからプッシュナイフを引き抜き、投げ返す。

ニオが居た場所を銃弾が通過し、兎角が投げたナイフは襲撃者の拳銃へと正確に吸い込まれていき、弾き飛ばした

当の突き飛ばされたニオの方は未だに状況が掴めないまま、ただドクンドクンと高鳴る心臓を抑える事だけに徹していた。

襲撃者は複数人いる。僅かながら複数の銀色の輝きが見えたことから、兎角はそれだけ銃口がある事を確信する。


ともあれ、この開けた公園のど真ん中では分が悪い。そういって起き上がったところを狙撃されても終わりだ。


 兎角「(……葛葉。位だろうな、今更ニオを襲う輩は)」


雑木林へと、得意の視覚に関する術によって身を隠す葛葉のメンバー達は一歩もその場を動かず、180度包囲した状態のまま膠着している。

そう、強引にでも数の力で押してこないのは、おそらく"対象を殺害"ではなく"回収、または確保"という仕事なのだろう。

伏せたままの二人は、兎角が軽く指先のジェスチャーでニオへと指示し、小さく頷く。

その突破する方法とは。


 兎角「まとめてやる」


単身で、かつこの最小限の装備で全てを打倒する。この実践こそが、ニオの成長の早道だと考えた。

次の瞬間、凄まじい速さで抜かれた自動拳銃が葛葉の一人の脚を貫く。

一斉に、他のメンバーが発砲する…………が、射線さえ読み切れば後はこの脚が動くかどうかだ。

殆ど勘で探り当てた"安全ルート"を全力で駆け抜け、続けて両手でしっかりと構え、一人一人冷静に撃ち抜いていく。

それも、殺す事なく、全員腕や足など一時的に戦闘能力を奪う為の箇所を、だ。

雑木林に立ち入った時には大半が銃を手放しており、最も近くに居たメンバーから順に首の神経を殴りつけて意識を奪っていく。

木々に隠れ、銃弾を防げる位置に来た兎角は手持ちの拳銃が残り六発であると確認するとそのまま一気に身を乗り出す。

未だ戦意のある残りの三人―――――――右、左、左。

三方向の内、左の二人を薙ぐ様なダブルタップで黙らせ、右の弾丸だけを集中して回避する。射線は、読めた。

右側へと走り込んでいた兎角は、そのまま一気に近距離の格闘術で投げ技を叩き込み、意識を奪う。

流石に二発ずつ弾丸を撃ち込まれた二人は悶絶して倒れ込んでいたが、容赦なく首元を圧迫してさらに意識を奪っていく。


そうして、装備はナイフと拳銃のみの軽装のはずだった東兎角は数にして10人の人間を制圧した。

その戦いぶりを、少し離れた公衆トイレの影から見守っていたニオは、圧巻という感想しか頭に無かった。

人間離れしている。いかに敵も周囲の人間からの隠匿性を重視する為に軽装備だったとはいえ、こちらはまともな防弾装備すら無い。

だというのに、やってのけた。射線を読み弾丸を回避するという、神業を当たり前の様にこなした。


 兎角「……ニオ、今日はトレーニング中止だ。早くホテルに戻るぞ」


はっとした時には既に兎角が目の前に立っており、雑木林には警察らしき人間が大人数入り込んでいた。

ただ、その目の前に立つ兎角の様子に、よろしくは無いが人間らしさを感じる傷をいくつか確認できた。

彼女は、機械か何かではない。ただ、あまりにも忠実に仕事をこなすその姿が、とても機械的に見えている。

差し出された手を取り、まだ震えている腰を叩いて兎角と二人来た道を走って逆走する。


34 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/02/12(金) 07:40:31.97 ID:AOsrpw0i0
兎角さんかっこよすぎる
35 : ◆UwPavr4O3k [saga]:2016/02/12(金) 11:16:31.86 ID:rmZaMyUv0


 ニオ「(……あれが、兎角さんの力)」


正直、あまりにも人間離れし過ぎていて私には到底真似は出来ない事だろうと恐れを抱いてしまった。

この隣を走る、傷だらけの女性と。かつての自分は対峙し、そして捩じ伏せていた事実に疑問を抱く程には。


 兎角「銃口さえ見ることが出来れば、射線は案外読める。ただ、読めたところで自分の身体が付いてこなければどうにもならない。」

 ニオ「肉体の限界、ですか」

 兎角「必ず、人間には筋力も体力も限界がある。ただ、東の血筋はその限界点が普通よりも遥か先にあるという事だ」


正直、あのメンバー達は小間使い程度のモノだった。だからこそ、この人数差でも対処することが出来た。

アレならば、まだ策を張り巡らせて走り鳰の方が純粋に恐怖を感じた。


 兎角「……ここから、葛葉の襲撃も視野に入れて動かないといけないな」

 ニオ「すいません……」

 兎角「いつかは向き合うべきだったんだろう、お前自身が育った"家"と。」





それから一週間後。


度重なる襲撃とトレーニングの中で、ニオもまた着実に力をつけていた。

兎角の最たる技ともいえる"投擲"に関しては、兎角本人も認める程に技術が向上していた。


 ニオ「……よし」


格闘戦においても、兎角に土をつける事は叶わずとも、以前指摘された点から一撃の速さと死角を突く技が伸びた。

結果的に度々ガードをすり抜けられるようになっていた。


 兎角「お前は成長した。少なくとも、自分の身を守れる位には。そして、一つだけ大切にすべき事がある」

 ニオ「大切にすべきこと、ですか?」

 兎角「これは人間を殺す為の技じゃない。私が学んだのは暗殺の技だ。でも、"私が"ニオに教えたのは決してそうじゃない。」

 ニオ「はい。必ず、大事にします。教えてもらったこと、全部。」


互いに汗の粒が落ちる中、何時もの廃倉庫でニオは深く頭を下げる。

戦う力とは何かの多くを教えてもらった彼女に、感謝を口にしながら。


 兎角「……ニオは一度ホテルに戻れ。私は少し用が出来た」
 
 ニオ「わかりました。」


そうして、二人は一度別れる事になった。


36 : ◆UwPavr4O3k [saga]:2016/02/12(金) 11:51:18.88 ID:rmZaMyUv0
※AKキャラ 台詞等が少なく詳しくないので、口調などイメージと違う場合は了承ください。



 兎角「……これで、最後か」


ニオと別れた後、兎角は廃倉庫周辺に集まっていた数人の葛葉の人間を始末していた。

といっても全員意識を奪ってまとめて警察に突き出す位だが、しかし、今回ばかりは事情が違った。

一人、明らかに異質な雰囲気を纏った女が、こちらへと歩いてきていた。


ソイツは、赤く輝く眼光を見開き、ニタリと口元を歪ませる。その女は。


 志摩「……よぉ。アンタが噂の東兎角か。」

 兎角「誰だ、お前は」

 志摩「葛葉の雇われ暗殺者だよ。つーわけで、やる事は分かってんだろ?アタシはまどろっこしい説明はキライなんでね」

 兎角「……チッ」


濃く引かれたアイシャドウの瞳を細め、姿勢を低くした志摩はそのまま一気に駆け抜け、引き抜いたナイフを構える兎角へと右の拳を放つ。

勿論ただの拳ではなく、其処に握られていたのは犬飼伊介も使用していた武器。

ナックルダスターの刃を、兎角もまたナイフで弾き飛ばす。


 兎角「金が目的か」

 志摩「あぁそうさ。まぁ、一度は噂の東兎角とも手合わせ願いたかったもんでね」

 兎角「……くだらねぇ。」

 志摩「アハハッ、そう言うなよ。裏世界じゃあ名の通った有名人と会えて嬉しいぜ!!」


互いに一進一退の競り合いの中で、兎角はこの女の実力が中々のモノだと理解した。

理解した上で、しかし殺さない様に加減する事は出来ると決め、できる限り致命傷は狙わない様に立ち回る。



その決断に、強く後悔する事になるとも知らずに。


37 : ◆UwPavr4O3k [saga]:2016/02/13(土) 07:59:35.20 ID:l5D8WiH20



 ニオ「……見つかっちゃったんですね。」


兎角と別れた後、ホテルへ向かう道の途中で、人混みの中に見覚えのある黒衣を纏った女を見つけた。

少しだけ考え、そのまま脇にあった路地裏へと入り、ある程度進んだところで振り返る。

狂気を湛えた笑みは、それだけで寒気を感じる。握り締めた右拳がふるふると震える。


 真昼「めんどくせェ"保護者"のせいで中々近寄れなかったがなァ。ようやく一人になりやがって………ヒヒ」

 ニオ「……春紀さんは、左目が見えなくなりました」

 真昼「そりゃああんだけ舐め回せばそうなるなぁ〜」

 ニオ「私の過去が春紀さんを傷付けてしまった。だから、私は私の責任を取ります」

 真昼「つまり?」

 ニオ「あなたを此処で止めて見せる」

 真昼「ヒッ……やってみろよ!!」


フードを脱ぎ、現れた素顔は――――――粘ついた笑みを浮かべ、バサバサと乱雑な銀髪を一つに束ねた番場真昼。

ずっと、大切な"彼女"が消えてしまったあの日から、番場真夜を演じ続けている道化師。

懐から引き抜いたくぎ抜きを手に、兎角から借り受けた模擬ナイフを構えるニオに肉薄する。


 ニオ「ッ、貴女は……こんな事をする為に、"英純恋子さん"に生かされた訳じゃないはずです!!」

 真昼「テメェがアイツの名前を呼ぶんじゃねェ、屑野郎が!!」


振りぬかれた鉄を、身を反らす事で避け、ナイフで真昼の脇腹を切り払う。

すんでのところでナイフを裂け、身を捻ったまま、反対側の左肘をニオの胸元へと突き出す。

思わず片手で受け止め……きれず、そのまま勢いを殺す為に地面を滑って行く。


 ニオ「ぐっ……」

 真昼「テメェだけはギリギリまで苦しませてから殺してやる」


だが、ただのうのうとこの一週間を過ごしてきた訳ではない。

滑らせていた両足を一気に半歩引き、軸を移動させて正面から力で押してくる真昼の勢いを利用し、背負い投げの如く横回転させる。

左半身ごと地面に叩き付けられた真昼は、しかし受け身を取っていた為にすぐに起き上がり、そのままニオの背中を思い切り蹴り飛ばす。

あまりにも、復帰が早い。

 
38 : ◆UwPavr4O3k [saga]:2016/02/13(土) 09:53:28.45 ID:l5D8WiH20


 ニオ「っ、げほっげほ!!」

 真昼「なァ、アイツは気道を防がれて窒息したらしいぜ。こういう風に、な!!」


蹴り飛ばされた後、コンクリートの壁に叩き付けられたニオは激しく咳き込みながら体を丸くしていた。

そこに、真昼の容赦ない靴底が落とされ、すんでのところで両手を使って防いだものの、ギリギリと首元へと圧迫されていく。


 ニオ「っ」

 真昼「グリグリってなァ、足の裏で息の根を止められたそうだぜ。……お前にお返ししてやるよ」

 
全力で片足に力と体重を乗せる真昼の靴底は、次第にニオの首を腕ごと押し込んでいく。

霞む意識の中、壁を蹴り飛ばして体を駒の様に回転させたニオは、そのまま膝で真昼の脚を蹴り飛ばす。

片足に力を傾けていた真昼は、もう片方の脚を蹴られたことによってそのまま前のめりになってしまう。

そう、つまり完全に首を踏み砕く様な体制になってしまう。

しかし、両脚の力が緩んだ一瞬で首を大きく振り、地面へとその片足が突き刺さる。

前のめりになった真昼の顔面はそのまま壁に叩き付けられた。


 真昼「がぶッ」

 ニオ「ッ、はぁっ!!」


そのまま、自分の得意とする首元の神経を的確に狙った手刀を叩き込み、真昼の身体がフラリと揺れる。

殺さず、制圧する。これで、なんとか――――――――


 真昼「……ハァ。目が覚めた」

 
次の瞬間、なんとか飛び退いたニオの身体にラバー製の鋭い鞭が叩き込まれ、トレーナー事左腕に赤い擦過痕を作った。

ビリビリとした痺れと火傷の様なじくじくとした痛みに、思わずグッと歯を噛み締めて傷口をハンカチで抑える。

技術的な戦い方として、力を振り回す真昼とは相性が良いはずだった。致命傷さえ受けなければ、それでいい。

何故か拳銃といった具体的な殺す為の道具を扱わないからこそ、の事だったが……


 ニオ「(あの、鞭。間合いが読めない…?)」


明らかに飛び退いて避けた筈だった。しかし、飛び退いた先に一瞬で伸縮して左腕を殴られた。

39 : ◆UwPavr4O3k [saga]:2016/02/13(土) 15:41:07.31 ID:l5D8WiH20



 真昼「あの時、テメェにぶん殴られた時だ」


手刀を打ち込まれた首を摩りながら、右手に握ったグリップを何度も握り直す。

そのたびに、鞭は自在に長さを変え、シュルシュルと地面を削りながら引きずられる。


 真昼「オレの中の"番場真夜"は消えた。番場真昼という、唯一無二の存在だけが残った」


それは、狂った少女の狂言か。

 
 真昼「……ヒヒ、ひ。あァ、足りねぇ」


懐から取り出した白い錠剤の入ったピルケースから二粒口に放り投げる。

途端に、激しい頭痛が襲う……が、すぐさま目の前の全てが鮮明に見えてくる。

ソレは、一時期は春紀が多様していた劇薬。しかし、今回のモノは以前春紀が使っていたモノよりも更に危険な代物。

使えば次々と神経が狂い、全ての感覚が鈍っていく。

 
 ニオ「(神経に打撃をしても、通用しなかった。)」

 
つまり、これからは得意の神経に対する攻撃も通用しない。

という事は。


 真昼「さァて、小賢しい東の入れ知恵も終わりだぜぇ!!」


ここからは、純粋な暴力が支配する。


40 : ◆UwPavr4O3k [saga]:2016/02/14(日) 09:30:13.84 ID:UPmo8jSL0



伸縮自在の鞭を、人間の肉体のリミッターを超えた筋力で振り回す真昼の動き。

あらゆる方向からしなり、高速で迫る鞭に避ける事は出来ても、掠るだけで度々体の至るところに蚯蚓腫れを酷くしたような赤いラインが出来る。

熱を帯びていく身体に、歯噛みしつつも、迂闊に近づけないこの状況ではジリ貧のままだ。

 
 ニオ「あっ……」


集中力が切れていたところに、鞭の一撃が叩き込まれ、脇腹を打たれたニオはあまりの痛みに膝を折ってしまう。

二撃、三撃……続けざまに叩き込まれた鞭に身体がグラリと揺れ、手にしていたナイフが滑り落ちる。


 真昼「……やっぱりテメェじゃダメだ。適当に遊んで殺してやる」


ニオの髪を掴み、強引に顔を引き合わせた真昼は、愉快気な表情を消しながらそう呟く。

薄れゆく意識は、真昼が鋭い蹴りをニオの鳩尾に叩き込んだところで消え去った。



41 : ◆UwPavr4O3k [saga]:2016/02/14(日) 17:44:53.03 ID:UPmo8jSL0


 兎角「……」

 志摩「ッ、速ぇな。流石、東の"アズマ"なだけある」


前提として、兎角はこの女とはかなりの実力差はあると感じていた。だが、不殺というモノは予想以上に難しいモノ。

更に、互いにナイフとナックルを交わす中で、気になった事がいくつかあがった。


 兎角「答えろ。"本当に、お前は葛葉に雇われたのか?"」

 志摩「……そうだよ」

 兎角「……」」


確かに、この女とのやり取りの中で、チラリと腰のチェーンに提げてあった定期らしきカードケースの中身を見た。

ミョウジョウ学園。そう記された学生証が、其処にはあった。

可能性として二つ。この女がミョウジョウ学園に属していて、単に葛葉の仕事とやらを受けているだけ。

もう一つ。それは、あのミョウジョウ学園のプライマーが差し向けた"刺客"。

後者ならば。


 兎角「(……ニオか)」


もし。もし仮に、百合目一が目下の当事者である番場真昼に目をつけていたら? 

今別れたこのタイミングが、ジャスト。


 兎角「チッ……ふざけるな!!」

 志摩「お、ぐがッ!?」


それまで競り合っていた筈のナックルは一気に押し切られ、凄まじい速度で迫る左の拳を寸前で志摩はガードする。

その直後に、明らかに先ほどまでとは違う速度の膝が鳩尾を打ち抜き、思わず呻きながら身体をくの字に折り曲げる。

追撃に後頭部の神経に手刀を打ち込み、完全に意識を奪う。

あまりにも鮮やかな一連の動きは、まごうことなき"東"の血統。


 志摩「(は、えぇッ……)」


意識を失いながらも、その兎角の動きに口元を歪めていた。

42 : ◆UwPavr4O3k [saga]:2016/02/14(日) 17:59:42.98 ID:UPmo8jSL0


 兎角「なんだ、お前」

 薫子「……始末対象、東兎角だな」


数分の間に志摩との決着をつけた兎角は、廃倉庫の外へと古びた錆だらけのドアを蹴り開けて行った。

だが、すぐ目の前の広場の真ん中に突っ立っていた眼帯の女を見つけ―――――そのあまりにも自分と似通った姿・雰囲気に違和感を覚える。

コイツは……


 兎角「次から次へと、うざったいんだよ」

 薫子「余計な会話は必要ない。」


間髪入れず、軍用のミリタリーナイフを片手に、もう片方の手でM92F自動拳銃を構えた薫子はダブルタップする。

咄嗟に近くに乱雑に組まれていた廃コンテナへと転がり込んだ兎角の足元に銃弾が跳ねる。

舌打ちしつつ、腰のホルダーから拳銃を引き抜くと、牽制の銃弾を三発、コンテナの影から撃つ。

薫子もまた驚異的な動きで放たれた銃弾を斜めに体を滑らせることで回避し、そのまま一気に距離を詰める為に駆け出す。

タイミングを計った兎角と、コンテナの曲がり角で鉢会った瞬間、互いのナイフが、銃弾が交差する。

お互いに組み合った状態で改めて顔を見ると、兎角は違和感の理由を理解した。


 兎角「……お前は、昔の私か」

 薫子「意味が分からないな」

 兎角「分からないだろうな、"今"のお前には」


一度仕切り直す為に互いに払いのけつつ、近距離で銃撃し合うも射線が読めている銃弾は空を切り。

互いに握った刃と刃がぶつかり、銃床同士が克ち合う。


43 : ◆UwPavr4O3k [saga]:2016/02/20(土) 22:48:51.68 ID:hz/bIg6g0



 兎角「……軍隊仕込みのCQBか」

 薫子「……」


一進一退。互いのナイフ捌きは、似ている様に見えて全く違う。

一振り一振りに明確な殺意を込めて振り抜く薫子と、あくまでも相手の動きを受け流す様に振るう兎角。

ただ機械的に学んだ技術を再現する薫子の動きは、基本的な動きは兎角に優っていても、"応用する"力は到底追いつかない。

そう、ニオとの一週間で兎角もまた得たモノは多かったのだから。

 
 兎角「鞭打は、基本型に対する極限の有効策と言ってもいい」


しならせた腕は、薫子のガードを容易くすり抜け――――――――否、ガードした腕ごと叩き伏せた。

あまりの痛みに身体が勝手に反応し、ビクンッと片腕を震わせながら力が抜ける。

そこで初めて僅かながら驚愕に目を見開き感情を露わにした薫子は、ダラリと垂らした片腕を見る。

神経にダメージを与えられたせいで、一時的に腕全体が痺れて動かせなくなっている。


 兎角「……"葛葉"の神経術を、東が応用した」


急いでガードしたもう一方の腕も、休まず叩き込まれる鞭打によって叩き落される。

いよいよ戦う術が無くなっていく薫子に対して、兎角は少しだけ自嘲する。

 
 兎角「お前にも出来るといいな。"守るべきモノ"が」


口でナイフの柄を咥え、強引に迫り来る薫子に対し、視界から一瞬消えたかと思った時には既に。

鳩尾に拳を入れ終えた兎角は、意識を失っていく薫子とすれ違うようにして走り出す。


44 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/03/05(土) 14:40:43.29 ID:yrnxMww00
続きがあったのか!乙ッスよ!
45 : ◆UwPavr4O3k [saga]:2016/03/07(月) 07:45:59.73 ID:TBiMsYzg0

見てくれてる人が居て良かったです。 

また更新をはやめていきたいと思いますので、どうかよろしくおねがいします
46 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/03/07(月) 11:19:33.40 ID:AmXrkDn+0
待ってるッスよぉ
47 : ◆UwPavr4O3k [saga]:2016/03/10(木) 12:58:51.74 ID:Ec0YCj+Y0


それにしても、やはりミョウジョウ学園は異常だと、夕暮れに差し掛かる街中を走りながら兎角は考えていた。

数か月前に終結した自分達10年黒組。それから間もなくして、黒組……仮に11年黒組とするそれは始まっていたのだろう。

寒河江と似たような部類の喧嘩殺法を扱う素人から、まさしく敵を"殺す"のでなく"制圧する"為のCQBを扱う軍人まで、様々な種類の人間を惹きつける。

これも、あの理事長の持つプライマーとしての力とやらが働いているせいなのか。


 兎角「(……本当にくだらない)」


ただ、最近特に度重なる面倒事に巻き込まれている兎角は、その言葉だけを頭に思い浮かべた。

そうして走っている間、明らかに背後からつけている様な動きをしている黒いパーカーの人間に気付く。

あれで隠れているつもりなのだろうか。随分とずさんな尾行に、敢えて一般人を巻き込む危険性を減らす路地裏へと回り込む事が出来た。



そして、曲がり角を曲がった直後、振り返った兎角は相手の脚へとナイフを投げようと構えようと。


した時には、既に隣を通り過ぎた黒い影が、自分の頬に深い裂傷を作り出していた。


眼で捉えられぬ程の速度で動いたその影は、くちゃりとした音を立てながら、右手を舐る。


 麗亜「ん〜、意外と美味しい。ダルいの我慢して来た甲斐はあったかも」

 兎角「チッ」


ぱっくりと裂かれた頬からビリビリと痺れるような痛みを感じ、思わず眉を顰める。

夕暮れの中にチラリと見えたその少女は、着ている制服らしきソレを"分離"させながら、こちらに歩み寄って来る。

その分離したモノを凝視した時に見えたのは、蝙蝠。


 麗亜「あたしは黒須麗亜。吸血鬼なんだ〜、よろしく」

 兎角「吸血鬼、が、クロスか。冗談はよせよ」


裂かれた右側の頬から伝うようにして、兎角の身体をじわじわと麻痺毒が蝕んでいく。

口がまともに動かず、右の腕全体に力が入らない。


戦闘が始まる前から不利な状況ながらも、この不可思議な生物に対してナイフを握り、両者は交錯する。

48 : ◆UwPavr4O3k [saga]:2016/03/18(金) 16:42:39.32 ID:kKjkurPl0




吸血鬼なんて、空想上の怪物であり、少なくとも最初の邂逅時点ではこの少女の事をただの頭のネジが何本か飛んでいるブラッドフィリアかと思っていた。

だが、そんな中でも、頭によぎっていた違和感はここにきて照明されることとなった。

頬を裂かれたあの時、あまりの速度に兎角の視線は追いつかず、頬を裂かれた事にすら気付くのに数秒遅れてしまった。


 兎角「ッ、が」

 麗亜「……あらゆる仕事を迅速かつ正確に達成し。無感動・無表情の様相からまるで機械のようだ」

 兎角「……」

 麗亜「なんて聞いてたけど、流石に"本物の怪物"相手は厳しいかなぁ〜」


衝突は、一つの明確な結果を生んだ。

麗亜の怪力が兎角のナイフを握った左腕と激突し、ただでさえ右腕も碌に動かなくなってきている兎角の両手が正常に動かなくなった。

左腕は、肘から関節を無理やり捻じ曲げた様な状態で、本来なら気絶してもおかしくはない激痛をこらえて両脚で無理やり立っている。


 麗亜「まぁ、そっか。"結局今も人を殺せない"半端者だしね、東さんは」

 兎角「……」

 麗亜「不殺の技術を極めれば、何にも負けない強さを殺戮以外で手に入れられるとでも思ってたみたいだけど」


とはいえ、ナイフでざっくりと左手をやられている麗亜の方も流れ出る血をハンカチで拭っていた。

ただ、明確なのは既に裂かれたナイフ傷は徐々に修復されており、数分もすれば完全にその傷は癒えるという事。

代償となるものの大きさが、人間とは違う。


 麗亜「無理だよ。殺し屋の子供として生まれた東兎角は、殺しからは逃げられない。」

 兎角「黙れ」

 麗亜「人間(ヒト)の血を啜って生きるあたしが言うのもなんだけど――――――殺す為の才能を、あなたは持ちすぎてる」

 兎角「黙れ!!」



49 : ◆UwPavr4O3k [saga]:2016/03/18(金) 23:56:23.94 ID:kKjkurPl0



砕け散った左腕が激しい痛みを発しても、ピクリとしか動かない右腕が力なく揺れても、まだ兎角は倒れる訳にはいかない。

帰りを待つ人は、居る。

必ず、彼女の元へ。


 兎角「分かった様な口ぶりで話すな、化け物。お前と似た奴を私は知ってる。」

麗亜「あははっ、吸血鬼の知り合いでもいたの?」

 兎角「ふざけた殺人鬼だ。」


口に咥えたナイフ、それを一気に首を振りぬくことで麗亜へと飛ばす。

だが、そんなものは気休め程度にしかならないだろうと、受ける側の麗亜も飛ばした側の兎角も理解していた。

だからこそ、その陰に控える"炎"を、麗亜は気付くのに遅れていた。


 兎角「お前はソレに似ている」


ねじ曲がった筈の腕を無理やりに動かし、拳銃の引き金を引いた。

連続して、二回。

正常ではない右手で放たれた正確な二撃は、一発目で放り投げられたライターを破壊し、二発目で内容物に火を点けた。

兎角自身、それは技術で撃った弾丸ではない。

激痛で感覚もほとんど麻痺している右腕を感覚だけで動かし、全て直感で行った一連の動作は。

全く同じ位置に二度弾丸を撃ち込むという神業を成し遂げた。


50 : ◆UwPavr4O3k [saga]:2016/03/19(土) 00:14:13.20 ID:MXBlE2ja0


結果、


 麗亜「っ、あっづッ」

 兎角「この程度か、吸血鬼」


小規模の炎が麗亜に降り注ぎ、彼女の服として構成されている蝙蝠たちの一部に炎がまとわりつき、次々にのたうち回って落ちていく。

吸血鬼の弱点とは、言い始めればきりがない程に多く語られているが、今回兎角が唯一扱えたのは"炎"だった。

安物のポケットライター。

それもまた、スーパーでのニオや寒河江春紀との交流の中で見つけた一つのきっかけだった。

突破口は、ここしかない。


 兎角「お前は力に頼り過ぎた。だから、誰でも簡単に対処できるような猫だましにも引っかかる」


暗がりの路地裏が一瞬赤く照らされる中、一気に走り込んできた兎角がそのまま全体重を乗せたショルダータックルを繰り出す。

直撃し、炎の苦しみと焼けた蝙蝠に歯噛みしながらもフラフラと揺れる麗亜に対し、容赦なく蹴りを叩き込む。

鳩尾、脇腹、首元、太腿……意識を刈り取る為の神経系を的確に潰した打撃は、五発目にして麗亜が地に伏した。

グラグラと揺れる視界の中、


 麗亜「っ、なん、だ……やっぱり、化け物、じゃん。」

 兎角「一緒にするな」

 麗亜「ハ、ハハ。どこの、世界、に、腕が45度曲がったまま銃を、撃て、る、に、んげん、が―――」


場慣れと技術。

誰かを殺した経験があったとしても、不殺の技術を極めたに近しい今の東兎角には、その程度では勝利する事は叶わない。
51 : ◆UwPavr4O3k [saga]:2016/03/19(土) 01:16:51.02 ID:MXBlE2ja0




ポタリ、ポタリ。


静まり返ったとあるアパートメントの一室。

アパートと言っても、その一室しか借りられている場所は無く、周囲の部屋には誰も人は入っていない。

僅かに閉め切られていない蛇口から断続的に水滴が落ち、ボタボタという音を響聞かせている。


その居間らしき数畳の部屋の真ん中に、シャツ一枚の姿に両手を縛り上げられ、つま先立ちの恰好で吊るされたニオは居た。

ポタポタと落ちているのはニオ自身の血であり、頬を深く裂かれ、そこからゆっくりと垂れていく血が床に染みを作っていく。


 ニオ「ハァっ……う、っ……」

 真昼「ちったァ血も減ってきたか?」

 
先の鞭により擦過傷が身体のあちこちに残り、また暴行を受けたと思われる青痣や赤く腫れあがっている個所なども多い。

右頬がぷっくりと腫れ上がり、右目の視界が殆ど見えなくなっている事から、相当な回数顔面を殴打された事がわかる。


 ニオ「っ、げぶっ」


突然胃からせり上がってきた血液を噴き出し、ダラリと力なく揺れる。


 真昼「世界にはなァ、色々な拷問がある。その中でも、やべェのが凌遅刑だ」


虚ろな瞳で揺れる裸同然のニオの乳房から脇腹を、工具を握り過ぎたタコまみれのボコボコの指先が撫ぜていく。

時折、ピクピクと生理的な反応を見せるが、その意識は殆どぼんやりとしていて、今は失われていく血液に意識が向いている。


 真昼「まァ、ソレは最後だぜ。それまでは、精々玩具にさせろよ、なァ?」


乱暴にニオの顎を引き寄せると、荒々しく唇を重ね、ぐちゃぐちゃと血反吐まみれのニオの口内をかき混ぜていく。
 




52 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/03/22(火) 22:13:08.83 ID:S/aWa3v20
支援
凌遅刑はあかん
53 : ◆UwPavr4O3k [saga]:2016/03/23(水) 00:50:45.23 ID:aKCXVBSL0


 麗亜「……ふぅ」


数分後、兎角が立ち去った後の路地裏でもぞもぞと動き始めていた麗亜は、軽くため息を吐くと何も身に着けないまま立ち上がる。

両手を大きく広げると、一度は散ってしまっていた蝙蝠達が集まっていき、元のセーラー服デザインを形作る。


 麗亜「(やっぱり炎はダルいなぁ〜。まぁ、美味しい思いできたしこれ以上はめんどいからやめとこ)」


兎角の脚に打たれた四か所の痣も消え、すっかり元の姿へと戻った麗亜は、既に日が暮れた夜の街へと消えて行った。

吸血鬼が、炎程度で焼かれてしまったら、麗亜は既にこの世にはいない。




そして、なんとか三度の襲撃を乗り切った兎角は、晴の待つアパートへと帰宅する。


 兎角「ハァッ、ハァッ……」

 晴「どうしたのその腕!!」


裂き傷や切り傷だらけの全身は軽傷だが、何より先ほどの左腕の捻転が最も痛々しく赤黒くなっている。

あまりの痛みに思わず兎角ですら眉を顰め、荒々しく息を吐いて蹲ってしまった。

なんとか晴の懸命な処置によって、一時的な痛みを抑える事は出来た。だが、左腕は満足に動かせない状態のままになってしまう。


 晴「……兎角、もう無茶しないで」

 兎角「…………悪い」

 晴「色んな問題があって、それは勿論私が関わってる事も多いと思う。でも……もう兎角がボロボロになって帰ってくるの、見たくないよ」

 兎角「これで、本当に終わりだ。必ず全て終わらせてみせる。」


簡易的な添え木で支えられた左腕を庇いながらも、寝かせられた布団の上から起き上がる。

アパートへと戻る途中、ニオへの電話が何度も繋がらなかった。

という事は、彼女の身に何かあったと見てほぼ間違いないだろう。

最近、特に番場が嗅ぎ回っていたのを感じ取っていた。


 兎角「(不用意に一人にさせる方が、間違いだった)」


54 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/04/26(火) 12:09:25.19 ID:l+QKlpVf0
続きはまだですか
55 : ◆UwPavr4O3k [saga]:2016/05/03(火) 09:16:07.95 ID:xesjNZZs0



晴「……信じてるから。兎角の事。」


ぐっと引き寄せられた肩に顔を埋めて来た晴をそっと抱きしめる。

言うべき事は伝えたと、何度か頭を撫でると優しく押し返してアパートを後にする。

既に外は宵闇に包まれ、視界もかなり悪くなった。


少しだけ、夜目に慣れる様に意識を切り替え、左腕の調子を確かめる様に動かした。

その時、視界の端で何かが蠢いたのを見逃さなかった。

晴を巻き込む訳にはいかないと、出来る限り遠くの方へと駆け出していく。

逃げ出した先には気配は無く、一時的に突き放したモノだと確信していた。


筈だった。


自分の左肩にナイフの切っ先が通った時、完全に兎角は相手を見失う。


 兎角「っづ……!?」

  「東のアズマ。確かに、私が聞いていた噂通りの見目麗しい女の子」

 兎角「……」
 
  「でも、私、ケダモノはあまり得意ではないの」


周囲が開けた暗闇の小さな公園で、決して浅くは無い左肩の切り傷から伝う生暖かい血の感触。

暗闇のせいか、余計に感覚が鋭敏になっている筈の兎角ですら気付く事が難しい相手。

曰く、その女は"曲芸"を得意としている。


  「ここで殺すわ、貴女のこと」


それは真上。

周囲一帯の住宅や木々に張り巡らされた極細のワイヤーに逆さまにぶら下がったピエロの顔が兎角の眼前に現れる。

目を見開いた兎角へとナイフの斬撃が襲い掛かり、驚異的な反射神経から右手のナイフでそれを受ける。

が、受け止めきれない刃が的確に兎角の傷跡を抉るように走り、止血した個所から血が溢れる。

その痛みは、思わず兎角が片膝を突く程。


 兎角「ッ……お、前。誰だ」

  
  「あら。暗殺者に自己紹介を求めるの?」


身長は目測で170前後。女性にしては相当高い方と見えるその長身の女を睨み付ける兎角に、ピエロ顔の奥の瞳が嗤う。


 氷影「日月氷影。貴女が最後に覚える名前」


片膝を突く兎角に、その兎角自身の血で濡れたナイフをスカーフで拭い取る氷影。

兎角は近付いてくるこの女に、これまで生きて来た中でも"最も"と言っても良い恐怖に似た痺れを感じた。

サイコパスや吸血鬼なんて化物には持ち得ない、"暗殺者"としての純粋な狂気が、この女からは漂う。


56 : ◆UwPavr4O3k [saga]:2016/05/06(金) 04:48:09.87 ID:XcfkH6Ru0


 兎角「……」

 氷影「安心なさい、一之瀬晴ちゃんには手を出していないから」


アパートの部屋が割れている以上、この女は恐らく晴の居場所も突き止めている筈だ。

もしや、自分が家を出たタイミングで手を出されていたのかもしれないと、視線を後ろへと向けている。


 兎角「……目的はなんだ。お前の、お前達"ミョウジョウ"の目的は」

 氷影「さぁ。残念ながら私には分からないわ。だって、貴女を殺すのは私自身のやりたい事だから」

 兎角「何、だと?」

 氷影「美しいモノが目の前にあったら、壊したい性分なの。……ね、貴女みたいに鋭い刃物みたいな美しさ何て滅多に見ないわ。でも、ソレをその野蛮さが邪魔をしている。」


左肩の、傷痕を抉り返された痛みは思わずピクピクと左の指先が痙攣するほどのモノとなり、実質これで左腕は完全に潰された。

右手は何とか動くが、それ以前に先ほどから続く小競り合いで失血が激しく、また走ったせいでフラフラと貧血の様な症状も訪れる。

そしてここにきて、恐らく兎角にとって天敵とも言える"暗殺者"としての技量が同じかそれ以上の相手。

十全の体調だったとしても厳しいかもしれない相手に、こんな状態で戦えと言う。


 兎角「(……"世界は、赦しに満ちている"。そう、晴は答えた)」


ふざけている、そう兎角は口癖のように吐き捨てる。

赦しなど、自分にはやはり必要が無い……とまでは言い切り難いが、少なくとも自分に向けられる言葉では無い。

取り落としそうになっていた右手のナイフを握り直す。

左手の裂傷を、無理やりに止血する為に添え木を締め付ける更に強く締め付ける。

どちらにせよ、自分には時間が無い。


 兎角「なら、お前はここで叩き潰すだけだ」

 氷影「そう。ズタズタに切り刻んだ先に、きっとその野蛮な瞳も穏やかになるわ。」


闇夜に紛れる暗殺者達は、互いの技術と力をぶつけ合う。

赤い瞳はゆらゆらと揺蕩い、青い瞳は真っ直ぐに視線を鋭く尖らせていく。


57 : ◆UwPavr4O3k [saga]:2016/05/06(金) 06:39:27.76 ID:XcfkH6Ru0

 

 ニオ「あ…う……あ……」


血だまりを床に作っていた頬は一時的にガーゼが乱暴に貼り付けられ、相変わらず吊り下げられたロープがギリギリと手首に食い込んでいる。

だが、それよりもだらしなく口を開けて涎が零れ続けているニオの表情は蕩けきって………その原因は真昼の手に握られているモノだった。

極細の注射針からはせわしなく液体が溢れ続けており、差し込まれた真昼の腕へと流れていく。


 真昼「(……チッ、薬なんぞ使いたくなかったんだけどよォ。)」


ニオに打ち込んだのは筋弛緩剤と中毒性のある薬品。自分に打ち込んでいるのは、"禁断症状を抑える"為のとある薬。

薬漬けは理事長の指示だ。真昼としては薬漬けにするのだけは、面白くないとしてあまり好んでいない。

あくまでも、人間としての理性・情緒を持った対象を嬲る事が楽しいのだから。


 真昼「(あァ―――――ここだ。この瞬間だけ、"彼"と一緒になれる)」


込み上げる感情をくつくつと喉の奥を鳴らし、ビクビクと背筋を震わせては、一時的な悦楽を享受する。

針の差し込まれていた真昼の腕は、もう、何度打ったかもわからない程に青痣が作り出されている。




口の中には、延々と嬲られ続けた真昼の唾液と自分の血と。

あまりにも、嗅覚を支配しているのが鉄臭くて、それ以外の感覚が全ておかしくなっている。

手首が痛い。吐き気がする。頭が痛い。がんがんと耳鳴りがする。寒気がする。腕が、足が、胸が、お腹が、首が、瞳が―――――――――――。

徹底的に抵抗する力を失われ、血も失い更に薬で脳もおかしくなっている。

怖い。こわい、いたい。


それは、決して肉体が壊れてしまう事だけではなく。

心が壊れてしまう事が、一番怖い。


せっかく、助けてもらった、ニオが。



 『……。一人じゃ身を守る事も出来ないグズがいつまでウチの体に居座ってるッスかねェ。結局、テメェ一人じゃ何も壊せないし殺せない。自分を"殺す"事も出来ない』



58 : ◆UwPavr4O3k [saga]:2016/05/06(金) 06:39:53.36 ID:XcfkH6Ru0



ニオが、こわれて、あいつが。……あいつが、戻ってしまう。

だから。


 ニオ「っ…ぐすっ……うあああっ……」


ぐしゃぐしゃの喉を必死にならして、掠れたような声ですすり泣く。

"痛みから、悲しみから、葛藤から逃げる為の涙"を流してでも、"ニオ"を守らないといけない。

絶対に、


 真昼「ひ、ヒヒッ。テメェにも涙位あったんだなァ、糞野郎が。」


ボロボロと涙をあふれさせるニオの頬を片手で掴み上げ、もう片方は容赦なく彼女の腹部を殴りつける。


 ニオ「がふっ、げぶぁっ」

 真昼「テメェにッ!! 泣く資格がッ!! あると思ってんのか、アァ!?」

 ニオ「ごぷッ……う゛、あ゛ぁ……」

 真昼「ハァッ…ハッ、いい面になったじゃねぇか」


ぶらぶらと力なく手首だけで揺れているニオの髪を引っ張り上げると、もはやそこには生気は薄く、瞳からは光が消え失せ、顔中を体液でぐしゃぐしゃしたニオの表情。

浅く息をしている事から意識だけは残っているようだが、当の本人は虫の息といったところか。

そして、今も涙を薄らとこぼしているその瞳に、明確な恐怖と怯えが宿った事を真昼は確認すると、ニタリと垂涎の笑みを浮かべて


 真昼「……怖いか? オレが。なァ、テメェは今オレをどう思っている?」

 ニオ「……」

 真昼「答えねぇと首をへし折るぜ」

 ニオ「……こ、あぃ……」


もはや言葉といっていいかもわからない、僅かな口の動きだけでその掠れた声を発する。

全身の震えが止まらず、ガクガクと痙攣の様に体を震わせるニオに、


 真昼「もう満足した。テメェは用済みだ」


大ぶりの鉈をその震える喉に添え………まるで断頭台の如く、吊られたニオは徐々にその鉈へと食い込もうとする喉を止められない。

 
 真昼「慈悲は最後まで無ェ。最大限苦しんで死ね」



59 : ◆UwPavr4O3k [saga]:2016/05/12(木) 15:23:23.28 ID:/jhDhGz80



一方的になるかと思われた勝負は、しかし、思った以上の兎角の抵抗に氷影の表情が少しだけ変わる。

水準よりも遥かに優れた血筋の力は、やはり侮れない。


 氷影「(自分としては、完全に見えない角度から斬りかかってるつもりだけど)」


死角というモノは、必ずどの生物にも存在し、360度全方位が見渡せるバケモノが仮にこの世に居るとすれば………

"仮定"するなら、第六感。

本来存在しえない筈の超直感という名の本能的な感知センサーの様なモノが働いていることだろう。

ならば、目の前の薄暗く満足に体も動かせない状況の中で、的確とは言えぬものの徐々に正確にナイフを弾く生物は何者だ。


 兎角「ッ!!!」

 氷影「(……化物。確かに、理事長の言葉も分からない事は無いわ)」


ミョウジョウ学園の理事長でさえも、評価に値する二人の少女。

東と葛葉という二つの因縁。


 氷影「……ふふ。頑張っている貴女に少しだけ聞きたいことがあるの。」

 兎角「知るか」

 氷影「何故、貴女は"走り鳰"にこだわるの? 寒河江春紀という、貴女からして見れば"敵"が救った彼女を」

 兎角「………」

 氷影「少なくとも、殺し殺される様な因縁は強い筈よ。私達の一つ前の黒組、十年黒組の事はよく知ってるわ」

 兎角「自分のケジメだ。それ以上でも、以下でもない」


完全に気配を消した死角からの斬撃の筈なのに、兎角の頭はどんどん冴え渡っていく。

自分でも分からない。失血も激しく、既にフラフラだったはずの手足は正確に動き、痛む傷痕も麻痺したように痛みを感じない。

単純にアドレナリンが溢れているというだけでは説明しきれない。そんな不思議な力が湧き上がる。


 氷影「……そう。」


"東兎角"という存在にとって、今の"走り鳰"はあくまでも一之瀬晴という少女の為の依代。

そう思っていたが、それ以上に何かがあるらしい。

これ以上はいずれ自分の位置が割れてしまうだろうと思った氷影は、あまり好んでいない拳銃を引き抜く。

消音器付のワルサーという拳銃、亜音速で死角から飛来する複数の弾丸は、確実に兎角を貫いた。

放たれた弾丸は五発。氷影の私的な意向で、装填していたのはその五発のみ。


右脚、左腕、右肩、左足……そして、ナイフを握る右手。


右脚、左腕―――――――二発が血の華を咲かせ、兎角の両膝がガクリと力を失う。

左腕は元々重傷だった為か、添え木の間から特に多くの血が流れていく。

そう、"ただの二発しか"、当たらなかった。


60 : ◆UwPavr4O3k [saga]:2016/05/12(木) 15:24:34.74 ID:/jhDhGz80



そして、兎角が右手のナイフで何かを振り抜いた後の様な動作を目にした氷影のピエロ面が叩き割られる。

それはブッシュナイフ。ブーツに仕込んだ小ぶりのナイフは、氷影の頬を裂き、その仮面を破壊した。


 氷影「――――――は。あは」

 兎角「……チッ、後3センチか」


既に貧血だった兎角は更に血を流した事によってもはや失血死の恐れすらある筈の状態………その筈だ。

何故、彼女はそれでも――――――――それでも、"獰猛な瞳で笑っていられる"?

氷影はあまりに人間離れしたその正体が、自分が触れるべき"領域"ではなかったと、すぐに後悔する事になる。


 兎角「おい。まだ"そっち"を見てるのか?」


何故なら、目の前に居た筈の手負いの獣が一瞬の内に自分の背後に立っていたから。

そして、頬から溢れる血液とは別に。

氷影は、自分の、左胸、から、溢れ出す血液を、ぼんやりと、眺めて。


 兎角「初めからこうすれば良かったのは分かっていた。ただ、私自身がソレを強く拒んだ。……でも、お前にはそんな枷を掛けたままじゃどうしようもなかったんだろうな」

 氷影「げ、ぼっ……あ、あ。」

 兎角「世界は"理不尽"に満ちている。それが、"今"の私の答えだ、晴」


これは、彼女が犯した罪。

決して赦される事の無い、人間を殺す大罪。



61 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/05/15(日) 10:16:25.00 ID:cSUKGz9S0
兎角さんこれで何連勝だ
AKのキャラ知らないけど面白い
62 : ◆UwPavr4O3k [saga]:2016/05/23(月) 15:39:58.24 ID:u4W6mO6z0





兎角「……」


初めてではなかった。

人間にナイフを刺したのは、刺されたのは、いくらだってあった。

でも、確かにこの右手のナイフが貫いている蠢く心臓が、静かに止まっていく。

命を、奪う。


 氷影「……そ、うね。私、の、人生。あ、なたに殺され、て、少し、満足した、かも。」

 兎角「……」

 
その一言を最後に、心臓から湯水の様に溢れ出す血液を抑える事も無く、静かに目を閉じて彼女は絶命した。

力が抜け、そのまま後ろに倒れてくる氷影の身体を受け止め、右手のナイフをゆっくりと引き抜く。

抜いた箇所から溢れた血が全身に飛び散る事も気にせず、ただ静かに死体を処理するべく砂の地面に横たえる。


 兎角「(これが、殺すという事か。)」


それはあまりにも………無機質で、無感動だった。







63 : ◆UwPavr4O3k [saga]:2016/06/02(木) 06:24:56.61 ID:qEJ+rY/b0


 真昼「……」


一時は、ニオの首を鉈に押し付けて引き裂こうとしていた真昼だったが、足元に撃ち込まれた銃弾で正気を取り戻す。


 真昼「(……チッ、あのクソババア)」


今はまだ、殺すべき時ではない。

静かに真昼の僅か逸れた場所に撃ち込まれた銃創が物語る。


 ニオ「げぶ、うぅっ」


押し付けられていた鉈から解放され、吊るされたまま激しく咳き込む。

喉か内蔵か、どちらにしても傷付いているせいで血を吐き出してしまった。

粘性の強い血が喉に詰まり、ごぼこぼと喉を鳴らすニオの顔が青ざめていくのを、真昼が舌打ちをしつつも蹴りつける。

血の塊を吐き出したニオの髪を乱雑に掴み上げ、一瞥すると両手の拘束を鉈で引き裂き床に放り投げた。

抵抗することもなく倒れ伏したニオは、霞む視界の中。



がんがんと激しく頭の中身を揺さぶられるような感覚と共に、意識を失う。



 「……ペッ、あ゛ーあ゛ァ。自分で作った人格ながらクソ使えないッスねェ」


そして。


聞き覚えのある声と共に、"人格"が入れ替わる。


 真昼「……あァ、テメェだテメェだテメェだ……」


ソレを見た真昼は、にたりとした粘つく様な笑みを浮かべるのとは逆に、その心中を煮え滾らせていた。

久々にこの全身の鳥肌が立つ激しい寒気の様な感覚を思い出す。


 鳰「げぼっ、っ痛ぇなァクソったれ」

 真昼「死ね。死ね死ね死ね死ね死ね!!!」


頭は妙に冴え渡っている。だが、ただ一つ、目の前の女を殺せと言うハッキリとした意志が真昼を突き動かし、右手に握った鉈を振り下ろす。

全身はボロボロに痛めつけられている鳰は、しかし眉一つ動かさず……どちらかといえば、やたらと喉に引っかかる粘ついた血に不快感を覚えながらその両目を真昼に向ける。

ただ一言。


 ((((((((((((((((((((((「消えろ」))))))))))))))))))


それだけで、真昼の動きがぴたりと止まり、意識を失った彼女は倒れ伏した。

もはや、走り鳰には勝負だとか殺し合いだという概念は無い。


64 : ◆UwPavr4O3k [saga]:2016/06/09(木) 08:24:26.05 ID:+k16k7z70



 鳰「……ッ、痛ェ……」


幻術を、と言っても本調子では無いので軽い催眠術の応用で真昼を黙らせた。

その後、手近な場所に落ちている小ぶりなハンドナイフを手にし、ボロアパートから立ち去る。

倒れ伏した真昼の様子を伺うに、おそらく数分後には起き上がってしまうだろう。"そう"するしか無かった理由は、すぐに来た。


 鳰「うッ、ゲボッゲボッ!!」


ふらふらと今にも倒れそうな状態でアスファルトの道を歩いていた鳰は、突然激しく咳き込んだかと思うと、胃の中の物を全てぶちまけた。

人格を無理やりたたき起こしたせいか知らないが、入れ替わった後から、まるで船酔いをした状態のような気持ちの悪さが体中を支配する。

幻術を無理に行使できなかった理由は、確か全身を痛めつけられた事もあったが、しかしこの吐き気が大きい。


 鳰「(……目一)」


一度は失敗してしまったこの計画は、少なからずミョウジョウの利益となるが故に百合目一の協力も仰いでいた。

彼女が自分を許す、などといった考えよりも、目一が自分を……"走り鳰"を既に捨ててしまっていないか、という事の方が大事だった。

許す許される以前に、もう自分を見限っているのではないかという"結末"だけは避けたい。

ならば、やるべき事は一つ。


 鳰「(東兎角、寒河江春紀、一之瀬晴。そして、"番場真昼")」


あのアパートで番場真昼を見逃した理由は、常に狙撃手が自分を狙い続けていた。

ナイフを振り上げた途端に外していた照準を一瞬で額へと持ってきた狙撃手の様子を伺いつつも引いた。

全ては、生き残り、目的を達成し、計画を成就させる為。


 鳰「全員、ぶっ殺してやる……」


どんな手を使っても、惨めな醜態を晒そうとも、生き残る事が出来た。

だからこそ、あのような気持ちの悪い人格を作り上げ、あたかも"記憶喪失を起こしてしまった"様に見せかけた。

だからこそ、こうして仮初の人格を叩き潰し、現実世界へと舞い戻った。

筈だった。


 鳰「(ッ、うる、せェぞ!!)」


先ほどから続く吐き気の正体は、必死にこの身体を奪おうと意識の其処から叫び続けるもう一人のハシリニオ。

計算違いは、その仮初の人格があまりにも自我を持ちすぎてしまった事か。


65 : ◆UwPavr4O3k [saga]:2016/06/15(水) 16:56:28.88 ID:HokN+HoU0



そうして二つの戦いが一旦の落ち着けを見せていた裏で、一室に二人の男女が立っていた。


 恵介「君が全て悪いわけではなかった。それは重々理解"してはいた"が」

 春紀「……」

 恵介「自分の責任を放棄して、こんな所で腐っているのは何故だ?」

正確に言えば、片方の影は椅子に座りこんでしまっている。

春紀の心ここに在らず、といった様子に、恵介の表情は依然として厳しい。

  
 恵介「走り鳰の管理は君に任せていたが、やはり彼女を更生させてもう一度やり直す事は叶わなかったようだ」

 春紀「……アタシは、」

 恵介「俺のやり方でやらせてもらうとしよう。君が立ち直ろうがそのまま腐ろうが、これ以上過去の柵を放置しておく訳にはいかない」


暗殺者とは、あくまでも全て極秘かつ穏便に事を済ませていく存在であるべきだ。

恵介にとっては、自分の娘同然の存在を殺した走り鳰という存在がこれ以上公に生き続けていく事になれば、いずれ仕事にも支障が出る可能性がある。

仕事以外にも、個人的な感情が揺らされる事もあるかもしれない。

そうして、恵介が部屋を後にしようと


 春紀「……腐ってた訳じゃないんだ。ただ、ずっと考えていた」


振り返った先に、先ほどまでのぼんやりとした表情ではなく、どこか気迫の感じられる瞳で恵介を見つめる春紀の姿を見た。

それは、まるで、


 恵介「(………伊介、を重ねてしまうのは、どうも)」


愛しい我が子の面影を感じてしまう。

そもそも、本来の自分であればまず我が子の伊介を殺した相手である走り鳰に加減などせず即殺しに向かうし、目の前にいる少女も伊介と親しいとはいえ共犯者に変わりない。

二人とも抹殺して、それで犬飼伊介の話は終わるはずだったのだ。

それをなぜ、寒河江春紀の願いを一度だけ聞いたのか。


 春紀「ニオは走り鳰の作り出した人格だったらしい。だからこそ、走り鳰の人格に戻ってしまう事を考えてアタシの元から離れて行った。

    でも、それはきっと、それだけの意味じゃない。罪はきっと一人でも償える。でも、これ以上逃げたらもう後は無い」

66 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/06/16(木) 06:29:37.92 ID:k8qf2TMn0
67 : ◆UwPavr4O3k [saga]:2016/06/29(水) 05:46:27.12 ID:n4iuEWQH0




左目を失ってから日は浅い、未だ少しだけフラフラとした動きで椅子から立ち上がった春紀は、


 春紀「アタシは、もうあれ以上誰も死なせずに終わらせようとした。でも、やっぱり、"この世界は赦されなかった"」


恵介の元へと歩み寄った春紀は、彼に手を差し出し、


 春紀「恵介さん、必ずこれでケリをつける。……その為の、力を貸してほしい」


……決意した瞳は、あまりにも"澱んでいた"。

片目を失い、友人も離れ、そして最後には現実を知った。

間違いなく、このまま彼女を行かせれば、死ぬだろう。


 恵介「(……生きる事を放棄するのとは違う。ケジメをつける為には……)」


こうするしかないのだろう、と。

かつて伊介が愛用していた超小型拳銃であるデリンジャーを春紀の手に置き、六発の弾丸も重ねた。


 恵介「……」

 春紀「ありがとう。……伊介様に会ったら、アタシ、絶対謝るからさ」


目を伏せたまま、恵介は静かに立ち去る。

決して、これは自分達大人が介入すべき問題ではないと、この騒動が始まった時から決めている。

故に、彼女が『死ぬ』かもしれないとしても、手は出せない。


出さない。


それが、暗殺者という、汚い現実の中の真に汚れたくだらない役割の、末路。




68 : ◆UwPavr4O3k [saga]:2016/06/29(水) 06:17:19.11 ID:n4iuEWQH0

数分後。


そう、それは三人がそれぞれの目的の為に歩いていたからこそ、閑静な住宅街のT字路で出会ってしまった。


 兎角「……ニオ、お前、」

 鳰「ハッ、名前で呼ぶな気色が悪い。東兎角、お前はウチが殺す!!」


まず、出会った鳰が兎角にナイフを構えて仕掛けた。

お互いに満身創痍の傷を負いながら、それでも兎角は渋い顔で唇を噛み締めながら左手でナイフを構える。

打ち合いの中、兎角は鳰がニオとして得た技術を自然と使いこなしている事に気付く。

以前までの走り鳰の格闘の技量は、ただでさえ暗殺者としての血が滾っている自分にとって足元にも及ばない我流のモノだった。

だが、今、こうして傷を負っているとはいえ、兎角に食らいついてきている鳰の動きに、思わず不安な気持ちが浮かび上がる。

それは初めて兎角が感じる、"殺してしまうかもしれない"という悍ましい恐怖。


 兎角「ッ、クソ!!」

 鳰「ハ、アハハッ!! どうしたどうした!! こんな"能力(モノ)"に頼らなくても、ウチはお前を殺せる!!」

 兎角「(……抑えろ、抑えろ。私は、ここで、殺すべきじゃ、無い。)」


氷影を殺した時、一瞬湧き上がったどす黒い衝動は、自分の理性までも吹き飛ばしていた。

だからこそ、全てが終わった後、氷影を刺した血塗れのナイフを見た時、自然と左手が震えていた。

その時の衝動が、また襲い掛かってくる。ソレを抑え付けるのに必死で、鳰に押されてしまう。

仮に、ここで鳰が幻術を使ってしまったら、その時はこの衝動を抑えきれずに暴れてしまうかもしれない。


 兎角「チッ!!」


一度、鳰の腹を蹴り飛ばして距離を取ろうとした。

だが、大した力は込めていなかったつもりでも、無意識下で殺しかねない程の力を込めた蹴りを受けて鳰の身体は、まるで紙風船の様に道路を跳ねる。

 
 鳰「ぶっ、ぐぼっ……」


それもそうだろう。たった数十分前まで、散々体中を痛めつけられ、血も多く失っている鳰は、本当は立っているだけで限界だった。

それを、ただ、東兎角を殺すという執念だけで必死に動いていた。

血反吐を吐き、うつ伏せで道路に倒れ込んだ鳰は、ビクビクと痙攣しながらも震える手に力を込めて立ち上がろうとする。

そんな彼女の様子に、兎角はニオを引き戻す為に何をすればいいか、思考する。





その思考は、決して大きくは無い、乾いた銃声と共に吹き飛ばされた。



 鳰「……あ、」

 春紀「先に行っててくれ、走り鳰。アタシも、すぐに行くからさ」


鳰の心臓に背中から突きつけられたデリンジャーから放たれた弾丸は彼女の心臓を貫き、おびただしい量の血液が噴き出した。


 兎角「な、ん―――――何を、している」

 春紀「……ケジメさ。暗殺者としての、"寒河江春紀"という一人の人間としてのケジメをつけに来ただけだ」



瞬間、兎角は頭の中の理性が蒸発する音を聞いた。
69 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/06/29(水) 09:37:53.45 ID:Gt8v6pYl0
ええええええええ
70 : ◆UwPavr4O3k [saga]:2016/07/04(月) 05:37:02.62 ID:dkRzTxfL0

 一発の銃声が戦いの始まりを告げた。


そう思ったのは、兎角だけだ。 

なぜなら、


 鳰「(……)」


一度距離を離し思考の時間を得る為の兎角の行動は、大きく裏目に出ていた。

この場において、一度大きく時間が欲しかったのは鳰の方だった。

幻術の使用すること自体に負担はそうは無い。だが、その力を維持し続けるのには中々に負担がかかってしまう。

今この状況を作り出せるのも、無理やり意識をたたき起こしてギリギリと歯を軋ませている鳰が全て。

倒れ伏した隙間から見える、血の様な赤い瞳が兎角と春紀を捉える。



 兎角「――――――」

 春紀『あぁ、そうだ。結局、何もかもから逃げ続けたアタシのせいだ。』

   「っ、お前ッ……!!」


今、兎角がナイフを振りかざしている相手は、寒河江春紀『ではない』。

全ては鳰が見せる偽物。無意識のうちに、兎角は先ほどのやり取りの中でまたも幻術に嵌っていた。

出会った時から、既に対抗策は無かったのだから。


 春紀「……東、お前、泣いて、」

 兎角「寒河江……人間を一人殺した今の気分は、どうなんだ」

 春紀「殺、」

 兎角「人間の命を奪う事が、どれだけ無機質でどれだけ空虚か。お前が感じたモノはなんだッ!!」


ギリギリと奥歯を噛み締め、今まで見たこともないような激情を見せる兎角の様子に、春紀は思わず威圧されてしまう。

ふと振り返った先に、その赤い瞳をぎらつかせて片目だけでこちらを睨み付ける鳰の様子に、察する。

兎角は幻術に掛かっている。そしてそれは、もしかすると、自分が鳰を殺したという内容なのかもしれない。

実際に発砲はした。だがそれは、あくまでも争っていた二人を引き剥がす為の空砲。

それを上手いように利用されてしまったのか。


 春紀「……"重さ"を感じた。それは、絶対に下ろせない錘だ」


だが、分かった上で春紀は拳を握る。

引っ張り出した黒組の時のガントレットを構え、兎角の恐ろしくも弱々しいナイフを受け止める。


 春紀「だから、全力でアタシと戦え。お前の思いを、アタシにぶつけろ」

 兎角「ッ!!!」

 春紀「それが、アタシも望んでいた事だった」

71 : ◆UwPavr4O3k [saga]:2016/07/04(月) 05:41:45.47 ID:dkRzTxfL0
ギリギリと軋むガントレットでナイフを跳ねのけ、左のストレートを叩き込む。

だが、軽々と首を捻るだけでそれを避けた兎角は、凄まじい速度で姿勢を低くし、春紀の脚を潰す為にナイフを振るう。

咄嗟に身を引いた春紀だったが、しまったと思った時にはそのまま兎角の体当たりを腹に受け、地面に身体を叩きつけられる。


 春紀「っ、ゲホッ」

 兎角「ふっ―――――」


一息、その後に繰り出された肘を、春紀は身を引いて避ける。

左目は兎角にとって大きなアドバンテージになっている、それを理解しているからこそ毎度左側からの攻めが多い。

左側は限りなく見辛い。だからこそ、


 春紀「アタシは、ずっとお前と戦う事をイメージしてきた」


本来ならば、あの時の最終決戦は彼女との筈だった。

だから、黒組を始末する為に鳰が画策していた時、最も行っていたのは東兎角という暗殺者の分析。

躱されたても尚、安定した動作で素早くナイフを左側から突き出してきた兎角の腕を抱え、


 兎角「ッ、はっ」

 春紀「だからこそ、此処でアタシは東兎角の対策を完成させられた!!」


強引に腰を叩き込み、一気に体を回転させて兎角を背中からアスファルトへと投げる。

72 : ◆UwPavr4O3k [saga]:2016/07/13(水) 14:56:06.36 ID:QrQyKVOv0


 春紀「……悪い、強く投げ過ぎた」


アスファルトに叩き付けられた兎角は、しかしそれでも片腕に力を込めようとするも、既に身体はボロボロで、もはや起き上がる事も出来なくなった。

片腕の出血は無理やり止められているだけで、ただでさえ血が足りないのに加えて肺が潰されたことにより、本格的に意識が薄れていく。

ここにきて、今まで無理やりに動いていた兎角の無意識な殺意が引いていき、ぼんやりとした瞳のまま春紀を見上げた。


 兎角「……いや、おかげで目が覚めた。また、私は、」

 春紀「葛葉の幻術は、此処で絶やすべきだ。あまりにも凶悪過ぎる」


そうして冷静になった頭で見渡した景色には、血だまりに沈んでいたと思っていた鳰の姿はどこにもなかった。

春紀は取り出したデリンジャーの弾倉を兎角に見せ、


 春紀「空砲を利用されたんだ。紛らわしい事をしたアタシにも非はあった」

 兎角「……」


納得したのか、少しだけ首を縦に動かした兎角は、遂に限界を迎えて意識を失う。

いち早く治療したいのもあったが、それよりも先に、鳰との話をつけなければならないだろう。


倒れ伏し、しかし先ほどまで輝かせていた片目の赤い瞳は輝きを失っている。

鳰の傍へと歩み寄った春紀は、ゆっくりと彼女の肩を支えて立ち上がらせようと力を込める。


 鳰「……は、るき、さん?」

 春紀「お前、戻れたのか?」

 鳰「そう、みたいです。鳰が幻術を使って体力を使い果たしたせいか、意識が反転した……と思います」


よろよろと立ち上がったまま、しかし気まずそうな表情のまま顔を伏せるニオに対して、


 春紀「アタシが悪かった。……自分勝手な考えを、自分が思う正義を押し付けてしまったから、ニオを止める事が出来なかった」

 鳰「……」

 春紀「でも、やっと気付けた。この命のやり取りの世界に必要な事は、"絶対的な意思"だった。」


必ず何かを成し遂げるという思いこそが、失われる命を肯定する唯一の方法。


 春紀「もう一人で抱え込むな。アタシや冬香達がニオを待ってるんだから」


顔を伏せていた鳰がピクリと肩を震わせ、支えられている左腕で春紀の肩を強く抱く。

今は、休むことが必要だ。身体の傷も、心の傷も癒す為に。

そうして、歩き出そうとした春紀は、自分の脇腹に焼ける様な痛みを感じた。
73 : ◆UwPavr4O3k [saga]:2016/07/13(水) 14:56:34.02 ID:QrQyKVOv0


 春紀「……悪い、強く投げ過ぎた」


アスファルトに叩き付けられた兎角は、しかしそれでも片腕に力を込めようとするも、既に身体はボロボロで、もはや起き上がる事も出来なくなった。

片腕の出血は無理やり止められているだけで、ただでさえ血が足りないのに加えて肺が潰されたことにより、本格的に意識が薄れていく。

ここにきて、今まで無理やりに動いていた兎角の無意識な殺意が引いていき、ぼんやりとした瞳のまま春紀を見上げた。


 兎角「……いや、おかげで目が覚めた。また、私は、」

 春紀「葛葉の幻術は、此処で絶やすべきだ。あまりにも凶悪過ぎる」


そうして冷静になった頭で見渡した景色には、血だまりに沈んでいたと思っていた鳰の姿はどこにもなかった。

春紀は取り出したデリンジャーの弾倉を兎角に見せ、


 春紀「空砲を利用されたんだ。紛らわしい事をしたアタシにも非はあった」

 兎角「……」


納得したのか、少しだけ首を縦に動かした兎角は、遂に限界を迎えて意識を失う。

いち早く治療したいのもあったが、それよりも先に、鳰との話をつけなければならないだろう。


倒れ伏し、しかし先ほどまで輝かせていた片目の赤い瞳は輝きを失っている。

鳰の傍へと歩み寄った春紀は、ゆっくりと彼女の肩を支えて立ち上がらせようと力を込める。


 鳰「……は、るき、さん?」

 春紀「お前、戻れたのか?」

 鳰「そう、みたいです。鳰が幻術を使って体力を使い果たしたせいか、意識が反転した……と思います」


よろよろと立ち上がったまま、しかし気まずそうな表情のまま顔を伏せるニオに対して、


 春紀「アタシが悪かった。……自分勝手な考えを、自分が思う正義を押し付けてしまったから、ニオを止める事が出来なかった」

 鳰「……」

 春紀「でも、やっと気付けた。この命のやり取りの世界に必要な事は、"絶対的な意思"だった。」


必ず何かを成し遂げるという思いこそが、失われる命を肯定する唯一の方法。


 春紀「もう一人で抱え込むな。アタシや冬香達がニオを待ってるんだから」


顔を伏せていた鳰がピクリと肩を震わせ、支えられている左腕で春紀の肩を強く抱く。

今は、休むことが必要だ。身体の傷も、心の傷も癒す為に。

そうして、歩き出そうとした春紀は、自分の脇腹に焼ける様な痛みを感じた。
74 : ◆UwPavr4O3k [saga]:2016/07/17(日) 18:40:04.09 ID:FvhlkTxl0

 春紀「が、ぶっ」

 鳰「……死ね、死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね」


春紀の肩を強く抱いたのは、決して立つのが辛くて支えてほしかった訳ではない。

最後の力を振り絞って突き出した右手のナイフを、春紀の腹へとねじ込む為だ。


 春紀「ッ、あ」

 鳰「死ね!!」


ぐぢゅりぐぢゅり。

粘ついた音と共に、春紀の内蔵をズタズタに切り裂いていく鳰のナイフは、しかし鳰自身の疲労の限界もあってかそう深くは刺さらなかった。

浅い部分、しかし捻じり回した事によって傷口は目も当てられない程にグロテスクだ。

たまらず、せり上がってきた嘔吐感と共に血の塊をアスファルトにぶちまけた春紀は、そのまま前のめりに倒れ込む。

刺した側の鳰もまた、フラフラとした動きで倒れてしまう。


 春紀「っ、はっ…はっ…」

 鳰「……全部お前が。お前のせいで全部狂った!! ウチはもっと上手くやれたんだ、なのに、なのになのになのにッ!!」

 春紀「げぼっ、……」


急速に視界が暗くなっていく。血が流れ続け、全身から力が抜ける。

ダメだ。まだ、"まだ"死ぬわけにはいかない。

自分がここに来たのは。ただ、犬死する為に来たんじゃない。


 春紀「……お、まえ、の。"走り鳰"に対する言葉、だ。」

 鳰「ッ!?」


致命傷とも言える箇所に傷を負って尚、それでも体をたたき起こして無理やりに這いずってくる春紀に、鳰は驚きよりも恐怖を覚える。

そもそも、こいつは家族の為に自分と協力し、大金を得られればそれでよかったはずだ。

その中で、誰の入れ知恵か余計な情報を手にし、最終的には走り鳰の最後の障害となった。


だが、その肝心な情報などよりも。


何故、こうまでして寒河江春紀は走り鳰に固執する。

確かに、自分が作り出した無意識下における都合の良い別人格が暫くともに過ごしたという事もあるのだろう。

だが、ソレを差し置いても、何故自分の命を賭けてまでこうして追い縋る。

なぜ、

 春紀「お前、の。やさしさ、は、本物だった」

 鳰「なッ……にを、言って、」

 春紀「"別人格"なんかじゃなかった。アレは、ハシリニオは、"一人"だった」

 鳰「は…?」

 春紀「……アタシはニオと過ごして、気付いた事があった。それは、ハシリニオは、アタシが走り鳰と過ごした時に見た癖や仕草を全く同じように行っていた」

 鳰「……何を、」

 春紀「お前、は。本当は、記憶喪失なんかじゃ無かっただろ。記憶を失ったふりをして、自分が失敗したというショックで一時的にハシリニオという別人格を無理やりに"演じていた"だけだ」

 鳰「…ふざけ」

 春紀「ふざけてなんかいねぇ!!……だったら、お前は何で、」


「何で泣いているんだ」

75 : ◆UwPavr4O3k [saga]:2016/07/17(日) 22:13:03.61 ID:FvhlkTxl0



 鳰「……あ、え」

 
ボタボタと、いつの間にか自分の頬を濡らす涙の粒に気付いたのは、自分の頬に飛び散った返り血が手元に流れ落ちて来た時だった。

地面を這いずり、血痕を残しながらも鳰の元に辿り着いた春紀は、自分の眼帯を外す。

其処には、細菌で充血し、壊死しかけている赤黒いグロテスクな瞳がある。

それでも、春紀は両目で鳰を見る為に眼帯を取り払う。


ぎゅうっ、と。


辛くなった時に、冬香がしてくれた事を、鳰にも。


 春紀「片目が見えなくなっても、ナイフを刺されても、アタシは、大丈夫だ。……走り、お前はきっとやり直せる。誰かを殺して、何かを成し遂げる事なんてもう終わりだ」

 鳰「……っ。」

 春紀「だ、から。……な、もう、止めよう。自分に、嘘をついて、意地張って、生きるの。」


元々、捨てられた人間になるはずだった。

それでも、此処まで生きてこられたのは理事長のおかげだ。

今回も、それからも、彼女の為に生きたいと思い続けた。


だからこそ、ずっとずっと東兎角について考え続ける理事長の姿がたまらなく辛かった。

嫉妬心は暴走し、元々気に食わなかったあってか、東兎角をこの手で潰す姿を彼女に見せられれば良いと。それだけを考えた。

けれども、結果は寧ろ最悪だ。何せ、一般人上がりのど素人と相討っただけだ。

東との争いに敗北する。その結果は、きっと理事長を呆れさせ、そしていつか自分は用済みになってしまう。


そんな恐怖と思い込みと嫉妬心と…………全てがぐちゃぐちゃに混ざり合って出来上がった"ハシリニオ"は、耐えきれなくなって作り上げたただの偶像。

偶像こそが本物。走り鳰は、この一か月間を過ごしてきて、寒河江春紀という女性に憎しみだけではなく、憧れを抱いた。

貧しくても、辛くても、家族全員で笑って過ごしている。

家族とは、こんなに素晴らしいと、初めは臭いと思っていながらも、殺し殺されの世界に居るよりはずっと居心地が良かった。

うれしかった。


 鳰「ひっ、ぐすっ……うああああっ」

 春紀「ッ、はは、おいおい、そんなに強く抱かれたら、傷口がもっと開くって」


決壊した苦しみは大粒の涙と共に流れていき、春紀もまたその涙を受け止める為に胸を貸した。



76 : ◆UwPavr4O3k [saga]:2016/07/17(日) 22:52:55.77 ID:FvhlkTxl0





  「みぃーつけた。」


不意に、暗がりから聞こえて来たしゃがれた様な声。

元はおそらく声も高く、そしてあまり大きな声を出すのは苦手であった筈のその声は、あまりにも酷くガサガサと低い声だ。

何日も碌な食事は取らず、中毒性の高い薬を服用し過ぎた結果、今の彼女は廃人寸前だった。



そして、その右手に握られているのは大きな鉈。

肉を分断する位は容易に可能とする。



そんな彼女が振り上げた鉈を構えているのはどこか。



 春紀「……な、にッ」



不幸にも、泣き喚いている鳰の頭を撫ぜる春紀の目の前だった。

どうする。自分の脇腹の負傷も決して浅くは無く、正直今ここで迎撃しろと言われてもあんな鉈の衝撃を受けきる自信は無い。

抱えている鳰を離せば逃げる位は? あり得ない。そんな選択肢、今ここには無い。

どうする。


どうす

 
 春紀「ッ、ここまで、かよ。」


振り下ろされた鉈を止めるすべは無く、春紀は無理やり鳰を抱え込むようにして真昼に背を向ける。

これを受ければ必ず死ぬ。もう、他には。



77 : ◆UwPavr4O3k [saga]:2016/07/17(日) 22:54:30.75 ID:FvhlkTxl0



 兎角「……」


他にあった可能性は、鉈を振り下ろそうとしていた真昼に体当たりを喰らわせ、共に倒れ込んだ。

傷と疲労でフラフラの兎角とは対照的に、薬で飛んでいる真昼は、邪魔をされた怒りのままに尋常ではない脚力で兎角を蹴り飛ばす。

意識を取り戻してすぐに走ってきたせいか、あまり頭が覚醒していない兎角はそのまま塀に叩き付けられる。

だが、その少しの時間のおかげでなんとか鳰と立ち上がる事が出来た。


 鳰「……は、るきさん。」

 春紀「鳰、東を連れて早くここから離れろ」

 鳰「そんな、こと」

 春紀「……アタシは必ず冬香達の元に帰る。"自分のケジメ"を付ける時が来たんだ。ここが、最後だ」


 真昼「あ゛〜あ゛!!! ごちゃごちゃうるせぇんだよテメェら!!!」


蹲って痙攣している兎角を横目に、真昼は鉈を引きずる様にして鳰と春紀に横薙ぎに振るう。

なんとか距離を離していた為に鳰を抱えつつ避けられたが、これ以上はジリ貧だ。

長引けは長引く程、この、腹の、傷、が……


 春紀「(っ、う、そ、だろ……もう、血、が…)」


この場には満身創痍の人間しかいない。心が傷付いた、身体が傷付いた。

ダメだ。自分が、ここで、倒れたら。もう、全員、死ぬ。

ケジメをつけられずに、終わってしまう。

体制を取り直した真昼が、今度こそ止めを刺す為に振り上げた。


 鳰「―――」


ドクドクと溢れる脇腹の傷口を、そっと引き裂いた布を押し付けた鳰は、真昼へと向き直る。

彼女がこうまでして執着するのは、自分が原因だ。確かに、この脚で英純恋子を殺した。


だったら、自分が離れるだけでいい。至極単純な事。


 春紀「ま……て。だ、め、だ」

 鳰「私が春紀さんを……"ウチ"が、春紀さんを絶対守ってみせる」


振り絞った力は、いったいどこから湧いて来たのか。

それまでの使命感や憎しみを全て投げ捨てた鳰は、一気に近くの公園へと駆け抜ける。




78 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/07/18(月) 21:17:14.66 ID:ZufcoJhF0
a
79 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/07/19(火) 00:28:09.66 ID:8AlSwiuw0
最高
80 : ◆UwPavr4O3k [saga]:2016/07/19(火) 04:45:30.10 ID:1l3ra7v+0



静まり返った夜の公園。

東村山の一角に点在するその公園は、かつて、春紀が途方に暮れて沈んでいたところに鳰が話を持ちかけた場所でもあった。

ここから始まった、憎悪と苦しみの殺戮。



 「……逃げんじゃねェぞ、クソ野郎」



春紀の座り込んでいたブランコを眺めていた鳰の背後に、巨大な鉈を片手に引きずったまま、明らかに異常な様子の真昼が現れる。

その異常さは、いくつかあるがその中でも特筆すべきなのは。


 鳰「……逃げてなんかないっスよ。自分のケジメは、自分でつけるっスから」


真昼と顔面が、真っ二つに分かれている事。

正確に言えば、まるで顔面麻痺を起こしたように凶悪な真夜の表情と怯えた様な真昼の表情が真っ二つに分かれて張り付いている。

過度なストレス、心労………なんにせよ、既に真昼の心はボロボロになり、"無理やりに演じていた"真夜としての人格が定着しつつある。

このままいけば、彼女の心は自壊して廃人になってしまうだろう。


そう推測出来たのは、"人間の脳"を専門にする葛葉の幻術使いだからだ。


 鳰「(……でも、もう幻術はつかえない。立っているのでも、精一杯……)」


今の自分は、アドレナリンが溢れているのか、気力だけで無理やりに動いている。

ここですぐにでも倒れ込んでしまいたい身体を無理やりたたき起こしている様な苦しさと格闘する。

だが、こんなところで寝ている訳にはいかない。


全ては、この最後のケジメをつける為に。


 真夜?「……ケジメ、ケジメか。ひひ、ひひひひひひひひひひひひひひひひ」


肩を揺らし、ケタケタと奇妙な引き笑いを見せた真夜/真昼は、そのゆらりとした挙動からは考えられない程の速度で地面を駆ける。

あっという間に距離を詰めた後、右手に構えた大鉈を一気に薙ぎ払う。


 真昼?「ミョウジョウが知った事か。"オレ"がお前をぶっ殺して終わりだァ!!!!!!!!!!!」


向かい合う鳰もまた、襲い来る大鉈を睨み付ける。

これがきっと、本当の本当に最後の果し合い。




『暗殺者』としての、最後の奪い合い。


81 : ◆UwPavr4O3k [saga]:2016/07/19(火) 13:52:37.17 ID:1l3ra7v+0


今の真昼の動きはあまりにも無茶苦茶で、それら全てが力任せに動いている。

最初の鉈の大振りをあまり体に負担をかけないように最小限の動きで回避した鳰は、返す刀の様に転がっていた石を投げつける。

振り切っていた動きのまま飛来した石を、真昼はぼんやりとした表情のまま受け止める動作もせずに顔面で受けた。

頬に切り傷を作りながらも、まるで動じていない真昼は


 真夜?「ひひひひひひひ。あァ、すみれこ。オレはやっと、お前の"魂"を救えるんだァ」


それまでの緩慢な動きから一辺、常軌を逸脱した速度で、走り抜けるというよりは飛びついてきたと言って良い真昼の動きに、鳰は反応が遅れた。

ただでさえ夜で辺りが見え辛いこの状況では、鉈の僅かな光を頼りに動くしかない。

その状況下で、


 鳰「ごぶッ、おっ……」

 真昼?「肉が、オレの手が肉を抉る。ひひ、ひひひひひひひひ!!! 抉る抉る抉る抉る!!!」


死角から放たれた拳が鳰の鳩尾に叩き込まれ、その強烈な衝撃に思わず肺から空気が溢れ出す。

反射的に零れた涙をぐっとこらえ、歯を食いしばってなんとか身体を回転させ、至近距離に居る真昼に裏拳を放つ。

延髄、首元の神経を狙って放たれた神経打は、確かに真昼の首へと当たった。


当たった上で、真昼は鳩尾のダメージに顔を歪ませた鳰の顔面を掴み、一気に地面へと叩き付けた。


 鳰「っ、あぐッ!!」

 真昼「マッサージ、マッサージと変わらねぇ……気持ちいいなァ。すみれこ、気持ちいいなァ」


確かに意識を奪える様な角度と力で放ったはずなのに、全くと言っていい程ダメージは入っていない。

もはや、今の彼女には感覚すらも、痛みすらも感じられないのか。

必死に両手で顔面を掴んだ手を引き剥がそうと抵抗していても、その万力の様な腕は全く動かせない。


 鳰「あっ、あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」

 真昼「こり、こり。こり、こり」


真昼の指が、鳰の両目を瞼の上から擦る。

その行為に本能的な恐怖と寒気を覚えた鳰は、なんとか腕を剥がせはしないか、全力で思考する。


82 : ◆UwPavr4O3k [saga]:2016/07/20(水) 14:47:35.22 ID:z6XYF9RO0


 鳰「っ、は、ぐッ……」


片手で鳰の顔面を、もう一方の手でその細首を締め上げ、徐々に地面から足が離されていく鳰は已然として苦悶の声を上げる。

どうする。圧倒的な力でねじ伏せられた体は、もう殆ど動かない。

幻術―――――――確かに疲労していたとはいえ、それでも一度扱う程度ならまだ可能かもしれない。

それでも、閉じていない方の瞳の色が赤く輝く事は無かった。


 鳰「(ッ、こ、んな、モノにッ……!!)」


頼ってしまえば、これまでの自分となんら変わらない。

圧倒的な力を持った故に、それを振りかざしていくつもの死体の山を築き上げてきたこの悪魔の様な能力を。

捨て去る。

決別の為の、この戦いだ。


だが、現実は非情。


 鳰「ひゅーっ……ひゅーっ…」

 真昼「いつ死ぬかな、いつ死ぬかな、いつ死ぬかな……」
 

笑みを張り付けながら、その実一切笑っていない虚ろな瞳を浮かべる真昼は、自らの手で釣り上げた鳰の身体から力が抜けていく様子にぶつぶつとそれだけを呟く。

やがてはこのもう片手で締め付けている顔面を砕き、眼球がいつ飛び出すのか、ソレすらも楽しみにしている。

呼吸が上手く出来ない。瞳からじんわりと光を失い、既に抵抗していた両手はダラリと力なく投げ出される。

どう、すれば……。


その時鳴り響いた着信音に、その音の主を所持していた筈の鳰ですらも驚愕する。

あまりにも急すぎる音声が響き渡り、真昼さえもビクリと肩を震わせて締め上げる手が少しだけ緩まった。

刹那の判断、震える手を無理やりに動かして後ろポケットに入っていた画面のひび割れた安物のケータイを引き抜いた鳰は、

そのシャッター部分を真昼に突きつけ、一気に連射モードでボタンを押す。


 真昼「ヒッ、ひぁぁあああああああああああッ!!!」


激しい金切り声と共に、凄まじく怯えた様な表情を浮かべた真昼は、締め上げていた鳰を放り出し、その場に頭を抱えて蹲った。

なんとか、窮地だけは脱出出来た。

83 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/08/30(火) 12:28:58.46 ID:oM+ij8az0
そろそろ続きを
84 : ◆UwPavr4O3k [saga]:2016/09/14(水) 13:51:38.03 ID:UBkNOjDv0


 鳰「ハァっ……ハァっ……」


げほげほと激しく咳き込んでいる鳰は、なんとか自分の眼球がちゃんと二つついている事と、首の骨が砕けていない事を確認する。

仮に、今目の前で蹲って苦しんでいる真昼にこの策が通用しなかった事を思うと………いや、今はその光景は忘れよう。

狂乱している真昼から視線を外さず、連続でシャッターを切ったのを最後に光を失った携帯を投げ捨て、まだフラつく両脚でなんとか立ち上がる事が出来た。

どうする。仮に、仮に殺さない様にするとして、一体どうすれば丸く収められる。

正攻法では、もはや薬物で感覚神経すらも麻痺した彼女を相手にするのは無理だ。


 鳰「(……コレを)」


この瞳の力があれば全ては解決し、未だ倒れていた春紀や兎角の下へといち早く戻る事が出来る。

だからこそこれまで頼り切ってきたし、これさえあれば何でもやれた。

ソレを断ち切りたいという思いがあったから、機転を利かせる事も出来た。でも、もうこれ以上考えられる手はない。


 真昼「あぁ、すみれこ、もう大丈夫……大丈夫、」


絶叫をピタリと止め、ボソボソと呟いた真昼は次第に冷静さを取り戻している。

現実は非情だ。何度も味わうはずだったその無力を、鳰はこの瞳の力で感じる事はなかったせいでここに今凄まじい重圧を感じている。

力が無いとは、ここまで。


 鳰「……ごめんなさい。春紀さん、でも、ウチは、助けたい」


唇を噛み締め、唸る様に呟いた鳰は、その両目を大きく見開き。


そして、紡ごうとした言葉は―――――――撃ち抜かれた両脚の痛みにかき消された。


ガクリと崩れていく両脚を止められず、前のめりに倒れ込んだ鳰の背後には拳銃を手にした女が立っている。


 目一「本当に貴女は残念だったわ、鳰さん。ここでもし、違う選択を取っていたならば、私が出向くのは少し待っていたのに。」


長い髪を揺らした彼女は、少しも残念などとは思っていないような薄い笑みを浮かべて眼下に崩れ落ちた鳰を見下ろす。

砂粒を握りしめ、両腕に力を込めようとした鳰の腕を、再度同じように消音器付きの拳銃が撃ち抜く。

ビクビクと身体を震わせながらも、既に意識が遠のきかけている鳰の頬を爪先で押し上げ、
85 : ◆UwPavr4O3k [saga]:2016/09/14(水) 13:52:51.20 ID:UBkNOjDv0


目一「……鳰さん、愛しい愛しい貴女。苦しいでしょう、痛いでしょう。番場"真昼"さんが散々痛めつけていたけれど、無力感というモノがどんなものかは十分に理解出来たはずよ」


ギリ、と、奥歯を噛み締めた鳰は掠れた声で、

 
 鳰「目、一さん。ウチは、あなたの期待には、応えられなかった」

 目一「……」

 鳰「でも、気付けた。気付く事が、出来た。自分の、人生の、事。自分の生き方の、罪に」

 目一「……それで?」

 鳰「……」

 目一「いくつか訂正しなければならない事があります。第一に、今回の騒動の発端の全ては鳰さん。貴女が自発的に行った事よ。そして、二つ目に、
   
     私は貴女に期待など微塵もしていない。10年黒組を掃討できなかった時点で、もう既に貴女は"走り鳰"では無くなっていた」


目一は確かに走り鳰という少女を愛していたし、だからこそ、最も近い場所に彼女を置いていた。

だが、あくまでもソレは見込みのある能力を持っていた事もある。……故に、その力を以てしても成し遂げられなかった前回の黒組の時から、その信頼は少なからず揺らいでいた。

そして以前の戦いに敗北した彼女の最後のチャンスとして、ひたすらに叩きのめし、その葛葉の力を極限まで抑え込んだ中で、"特殊な力無し"にどこまでやれるか試した。

結果は、やはり不完全な力に頼らざるを得ない程度の"能力"しか持っては居なかった。

 目一「……もう、貴女は私にとって他人に過ぎない。愛らしい走り鳰の外見を取った、ただの人間よ」


86 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/09/15(木) 09:55:05.44 ID:8S0ct/7R0
待ってた、乙
87 : ◆UwPavr4O3k [saga]:2016/09/28(水) 06:52:29.74 ID:5CjnZX920



ドクドクと血管の脈動を感じ、次第に全身に寒気が襲い掛かってくる。

流れ出していく血液が自分のものだと自覚したのは、ちらと下を見やった時。


 鳰「………そ、っスか。感謝、してるっス。こん、な、ウチを、拾って、くれて」


掠れるような声で呟き、ソレを変わらぬ表情のまま静かに見下ろす目一は、ちらと視線を一度横に向け、


手を上げると同時、拳を振り上げ目一へと肉薄していた春紀の腕が、家屋の二階から放たれた弾丸で撃ち抜かれた。


 春紀「ッ、づァ!!」

 目一「っ」


それでも、決して怯まない。ただでさえ、もう失血が激しい身体なのにも関わらず、鳰を撃った"敵"を殴るために反対側の拳を振りぬく。

その胆力と精神力には、さしもの目一ですら目を見張るモノがあった。

振りぬかれた拳をあっさりと首で避けた目一は、何かに満足したかの様に口元を歪め、もはや立つのすら困難な春紀の腿へ蹴りを放つ。


 目一「……さて、寒河江春紀さん。貴女は本当に素晴らしい働きをしてくれたわ。それこそ、私の期待値を大きく超えた結果を残す位には」

 春紀「う゜ッ、げほっ、げぼッ」


溢れ出す腹部の血は止まらず、蹴り飛ばされた右脚はガクガクと痙攣してまともに立つことが出来ない。

口から零れた血を地面に吐き出し、なんとか呼吸をする春紀の姿を眺め、目一は片手の拳銃を鳰に突きつけ、


 目一「この子はまもなく死ぬ。そして貴女も、その様子なら後は無い。……そして、簡単な提案があります。

    "貴女が私の新たな働き蜂"になりなさい。そうすれば、この子の命も、貴女の命も―――――ご家族の命も、保証しましょう」

 春紀「……」


これ以上、手は残っていない。流石に、この状況を根性でどうにかしようなんて馬鹿げた事は考えない。

後少し。少しで、"罪"を一つ乗り越えられたというのに。………結局、罪の清算など出来ないというのか。


 真昼「……オイ、目一。テメェ、何しゃしゃり出てきてんだァ!!!」


暫くの間、沈黙の渦中にあった真昼が目を血走らせて動き出し、凄まじい脚力で地を蹴り、右手に握った大鉈を目一の背中へと振り下ろす。

88 :運営終了は犯罪です [sage saga]:2016/09/28(水) 07:13:48.98 ID:2SVmtgIF0
イケメン須賀京太郎様に処女膜捧げる
89 : ◆NDD5HaAhTA [saga]:2016/10/12(水) 13:55:00.72 ID:7uSDMIPH0
その刃は、しかし目一へと届く前に、正確な狙撃によって弾き飛ばされ、更に狙撃手は一撃目の衝撃でグラついた真昼の頭へと狙いを定める。

そして、その引き金が少しの躊躇いも無く引かれたと同時、背後から強引に飛びついてきた兎角によって弾丸は空を切る。

背中から真昼に倒れ込んだ兎角は、それが振り絞った最後の気力だったのか、そのまま意識を失った。


 春紀「……頼む、鳰も東も番場も、助けてやってくれ。なんでも、やる」

 目一「では、これからよろしく頼みます。――――――新しい働き蜂さん」


春紀の首元を殴りつけた目一は、ジャケットから取り出した携帯でどこかへと連絡をつける。

薄れていく意識の中で、結局どうする事も出来なかった自分の無力さにまた打ちひしがれていた。



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