ミュウツー『……これは、逆襲だ』 第三幕

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2 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/02/24(水) 23:19:52.18 ID:CXQiijtko


見慣れた寝床がようやく見えてきた。

木肌は青白く、ぼんやりと光っている。

月明かりと、地面に落ちた淡い反射とを受けている。

暖かみのある色ではないのに、心のどこかでほっとした。


ミュウツー(これはこれで『愛しの我が家』……というわけか)


むろんこの場所に、かりそめの拠点という以外の意味はない。

ないつもりだ。


いつまでもここにいるわけではない。

ないつもりだ。


とはいえ。

今はあの寒々しい朽ちかけた場所に、ミュウツーは安心感を覚えた。

なにしろ、ここに来て以来ずっと寝所として使ってきた空間だ。

愛着を感じるのも、そう不自然なことではないかもしれない。


ミュウツー(今日は、とにかく一日が長かった)

ミュウツー(これでようやく眠れる……)

ミュウツー(……というわけでもないのが残念だな)


そう思っただけで、深く長い溜め息が自然と出ていた。


ダゲキ「つかれた?」


溜め息に気づいたのか、背後から声が飛んできた。

その声には、相変わらず顔色を窺うような響きがある。

今の溜め息や疲労は自分のせいだと思っているに違いない。

無理からぬことだとは思う。

3 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/02/24(水) 23:23:56.49 ID:CXQiijtko

ミュウツー『いや、その……』

ダゲキ「ほんとうに、ごめんね」

ミュウツー『……まあ、気にするな』


本音を言えば、ぐったり疲れている。

肉体的にというよりも、どちらかといえば精神的にだ。

決して彼だけのせいではないが。

それを誤解のないように説明するのは、少し億劫だった。


ジュプトル「あの ニンゲン、いいの?」

ミュウツー『放っておけばいい』


答えながら、ミュウツーは樹に寄りかかって腰を降ろした。

目を堅く閉じる。

気をつけないと、息以外のものまで流れ出てしまいそうだった。


ミュウツー『明日の朝には、出ていくと言っていた』

ジュプトル「もりで わるいこと、するかな」

ミュウツー『孵化したばかりのポケモンを抱えて、無茶もしないだろう』

ヨノワール「……わるい ひととは、おもえない です」

ダゲキ「ぼくも、わるいニンゲンじゃ、ないと おもう」

ジュプトル「うん」

ジュプトル「いいやつ ぽい」

ミュウツー『……あるいは、そうかもしれないな』


ゆっくりと目を開き、自分をゆるく囲む友人たちを見回した。

不審そうな、あるいは自信なさげな、あるいは不安そうな目が並んでいる。

4 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/02/24(水) 23:26:22.84 ID:CXQiijtko

ミュウツー『だが、だからどうしたというのだ』


いやな空気だ。

あまりいいものではない。

刺さなくていい釘を刺そうとしているような気もした。


ミュウツー『善良であるかもしれないあの男ひとりを取り上げたところで』

ミュウツー『お前たちの過去が変わるわけではない』

ジュプトル「……」

ミュウツー『全てのニンゲンが、ああではないことも、最初からわかっているはずだ』

ダゲキ「……」

ミュウツー『理解できるな』

ジュプトル「……よ、よく わかんないけど、わかる」

ダゲキ「むずかしい」


ふたりは少し意気消沈したように見えた。

ヨノワールはそんなふたりを、困ったような目つきで見ている。


ミュウツー『こいつらも私も、ニンゲンは嫌いだ』

ヨノワール「はい」

ミュウツー『お前は、少し違うらしいが』


ミュウツーは回答を待たず、友人たちから目を逸らした。

ふたりの気持ちがわからないわけではない。

わからないわけではないが、だからこそ言うのだ。


ミュウツー『妙な期待は、もうしない方がいい』

5 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/02/24(水) 23:31:58.55 ID:CXQiijtko

焦れていく感覚すら伴いながら、ミュウツーはそう強調した。

なんとか言葉になったのはこれだけだ。

言いたいことの半分も伝えられていない。


ダゲキ「わかってる」

ダゲキ「あの ニンゲンだったら、よかったかな、って」

ダゲキ「ちょっと、おもった」

ミュウツー『そんなことだろうと思った』

ジュプトル「お、おれは ちがう!」

ダゲキ「そうなの?」

ジュプトル「そうだよ!」

ダゲキ「どんな?」

ジュプトル「な、ないしょ」


恥ずかしそうにジュプトルは目を逸らした。

それを、妙に優しげな表情でダゲキが見ている。


ミュウツー『……なんでもいいが、私は少し休みたい』

ミュウツー『あのニンゲンが森を出ていくところを、自分の目で確かめておきたいしな』

ダゲキ「おこすの、しようか?」

ミュウツー『い、いや、自分で起きられる』

ダゲキ「そう?」

ミュウツー『むしろ、お前こそさっさと寝るべきだろうが』

ダゲキ「むり」


彼の話しぶりはいつもと変わらず、どこか飄々としている。

それでいて、それ以上は詮索してくれるな、と言外に言っている。

そうした強い拒絶が潜んでいる。


6 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/02/24(水) 23:36:01.71 ID:CXQiijtko

ミュウツー『……好きにしろ。私は寝たい』

ジュプトル「ねればいいのに」

ミュウツー『お前たちがいつまでも喋っているから、寝られないんだろうが』

ヨノワール「すみません」

ダゲキ「ごめん」

ジュプトル「なんだよ! じゃあ、かえる」


場違いなほど憤慨した口調でジュプトルが喚いた。

緊張の糸が切れたためか、ひたすら喚き散らしてばかりだ。


ミュウツー『そうしてくれると助かる』

ジュプトル「……ねえ、おれ つかれた」

ダゲキ「うう、ごめんね」

ジュプトル「えっ、いいの、いいの」


今のミュウツーには、安心して浮かれる気持ちも、少しだけ理解できたが。


とはいえ頭も身体も、十分すぎるほど疲れていた。

必死で意識を繋ぎ止めているところだ。

そうしてくれれば、多少とはいえ、たしかに休める。

なのに――。


ミュウツー(……)


なのに、なんとなく惜しい。

なんとなく、もったいない。

もやもやとした不定形の狼狽が、反応を鈍らせた。

7 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/02/24(水) 23:38:16.51 ID:CXQiijtko

呼び止めれば、彼らはきっと、もうしばらく留まってくれるに違いない。

ほんの少しだけなら、きっとわがままに付き合ってくれる。


ちゃんと、自分で、言いさえすれば、の話だ。


ジュプトルが機敏に首を曲げ、傍らのダゲキを見上げた。


ジュプトル「のせて」

ダゲキ「あるかないの?」

ジュプトル「おれはー、つかれた」

ダゲキ「……い、いいけど」


ジュプトルはキリキリと小さく、上機嫌に鳴いた。

言質を取るが早いか、もうダゲキの背中を登り始めている。

その動きを意識しながら、ダゲキはまっすぐこちらを向いた。


ぎくりとしながら、彼の視線を受け止める。

油断していた。


ダゲキ「じゃあ おやすみ」

ミュウツー『あ……ああ』


ジュプトルは我が物顔で、丸い頭の上に顎を載せてくつろいでいる。

ダゲキも少し鬱陶しそうにしているが、その程度のようだ。


立ち去りかけて、ダゲキはふとヨノワールの方を振り向いた。

振り回され、キィッ、とジュプトルの小さな悲鳴が響く。


ダゲキ「きみは」

ヨノワール「すぐ かえります」

ダゲキ「ふうん」

ジュプトル「じゃーな」

8 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/02/24(水) 23:42:03.62 ID:CXQiijtko

あっけない挨拶をすませ、ふたりは青黒い闇の中へ踏み込んでいった。

ミュウツーはその後ろ姿を、ひやひやしながら目で追う。

昏い木々に紛れて、ふたりの姿はすぐに見えなくなった。

やかましいジュプトルの声だけは、まだかすかに響いている。


しばらくするとその声も聞こえなくなった。

小石が池に沈み、だんだん見えなくなっていくさまを想像する。


急に、あたりがしんと静まり返った。

ふと見ると、ヨノワールもまた、ふたりの消えていった方を見ている。

ぼうっとしている。

何か思うところがあるらしい。


ミュウツー『どうした』

ヨノワール「まえと ちがいます」


重い声がする。


ミュウツー『なにがだ?』

ヨノワール「あの ふたり」

ミュウツー『そうなのか?』

ヨノワール「わかりませんか」


こちらを見もせずに、ヨノワールはそう問いかけてきた。

わからないから尋ねているんだ、とミュウツーは思う。


ミュウツー『……お前の方が、あいつらとは長い』

ヨノワール「ながくても……なかが、いいのでは ないです」

ミュウツー『それでも、私の知らない、以前の姿を知っているのだろう』

ミュウツー『私は……』

ミュウツー『私はなにも知らないが』

9 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/02/24(水) 23:43:11.92 ID:CXQiijtko

ヨノワールがゆっくりとこちらを向く。

敵意はもとより、怯えも卑屈さも今は見られない。

その大きな目玉に、怖気を震うような輝きはもうなかった。


ミュウツー(いや、ひょっとすると……)

ミュウツー(はじめから、そんなものはなかったのか)


得体の知れなさは、見る者が勝手に見出していただけ、なのだろうか。

そう思えるほど、今のヨノワールは『普通』にしている。


ミュウツー『あいつらが、変わったのだとして……』

ミュウツー『それは、あいつらが努力した成果ではないのか』

ヨノワール「どりょく……?」

ミュウツー『さっき言った、ニンゲンの本を使ったやつのことだ』

ミュウツー『本を読んでみたり、聞かされたり、字を書いたり』

ミュウツー『ニンゲンがするような、「勉強」というものだ』

ヨノワール『わかります』

ミュウツー『以前は、そんなことをしていなかったはずだ』

ミュウツー『だから変わったように感じるのではないのか』


ミュウツーの返事に、ヨノワールは少し考えるしぐさを見せた。

こちらの言う意味が伝わらなかったのだろうか。


そういえば、とミュウツーは思う。

ヨノワールとのコミュニケーションで、不自由を感じたことは特にない。

だが、実際のところ、どこまで『わかっている』のか、よくは知らない。

10 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/02/24(水) 23:47:14.77 ID:CXQiijtko

くるくると目を動かし、ヨノワールは瞬きを繰り返す。

しばらくして首を力強く横に振り、ミュウツーをやや不安げに見た。


ヨノワール「……それも、ある……かもしれない、ですが……」

ミュウツー『では、お前は何が理由だと思う』

ヨノワール「たぶん……あの……」


ふたたび、ヨノワールは口籠もってしまった。

あまりその先を言いたくないように見える。


ヨノワール「あの……」

ミュウツー『いいから言え』

ヨノワール「あなたが きたから……だと おもいます」

ミュウツー『……私?』


ミュウツーは思わず、樹に預けていた身を起こした。


ヨノワールはミュウツーを、腹が立つほどまっすぐ見ている。

とても冗談を言っているようには見えない。


ざあっ、と騒々しい風が頭上を吹き抜けた。

ばたばたとマントのはためく音がして、風に目を細める。

ミュウツーはその間も目を逸らすことなくヨノワールを見つめた。

ヨノワールの方も、視線を外さない。


ミュウツー『それは……どういう意味だ?』


吹き抜ける音が収まった頃、ヨノワールは低く聞き取りにくい声で続けた。

鐘の中で反響したような、いつもの妙な声があたりに響いている。

11 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/02/24(水) 23:52:12.54 ID:CXQiijtko

ヨノワール「いままで、ふたりは……だれとも」

ヨノワール「なかよく なかったのです」

ミュウツー『チュリネや、フシデもいただろう』


ヨノワールは首を横に振る。


ヨノワール「それは、ちがいます」

ミュウツー『……』

ヨノワール「チュリネも、フシデにも、だれにも、おなじです」

ヨノワール「とても なかよく……したり、しません」

ヨノワール「いっしょに こまったり、よろこんだり」


ミュウツーは、ヨノワールの発言を反芻する。

言わんとしているところは、わかる気がした。


ヨノワールは瞬きを繰り返した。

巨大な手は開閉を繰り返し、困ったようにこちらを見ている。


ヨノワール「……ごめんなさい」

ヨノワール「もう、うまく いえない です」

ミュウツー『そうか……』


申し訳なさそうに身を縮め、ヨノワールは上目遣いでこちらを見た。


ヨノワール「でも……まえより たのしそう で」

ヨノワール「ずっと げんきです」

ヨノワール「あなたと いる とき、とても そう みえます」

ミュウツー『……へえ』

12 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/02/24(水) 23:57:10.38 ID:CXQiijtko

冷静を装い、そっけなく返答する。

だが腹かその背中側か、身体の柔らかい部分がこそばゆかった。

これではまるで――


彼らが楽しそうにしているのは、自分が来てから。


そんなはずはない。

ないに違いない。


身体の内側が勝手に、ふふふと震えている。


ミュウツー『仮に私が何かしらの影響を与えているとしても』

ミュウツー『それが、好ましいこととは限らない』

ヨノワール「そうですか?」

ミュウツー『……いや』

ミュウツー『あいつらが「そうだ」と言っているわけではないが』

ヨノワール「はい」


何が言いたいのか、自分でもよくわからなくなっていた。

ヨノワールが言うことを否定しようと、躍起になっているようだ。

むろん、嘘や欺瞞を吹聴しているわけではない。


ひょっとすると、自分は照れているのではないだろうか

拗ねている気もする。

自分がそうに感じていることを、気づかれてはいないと思う。


ヨノワール「そうですか……でも」

ヨノワール「わたしは、とても うらやましい」

13 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/02/25(木) 00:01:45.65 ID:RJx23RzYo

ヨノワールの言葉はただの感想だ。

こちらの反応は、あまり気にしていないように見える。


ミュウツーは視線を落とした。

なんだか、頭がどろどろと重い。


まるで何かの決意表明のように、その声は自信に満ちている。

自分の感情を正面から受け止めている。

その姿と声の、なんと真っ当で健全なことか。

それこそ、なんと羨ましいことだろう。


ミュウツー『羨ましい……か』

ミュウツー『私からすれば』

ヨノワール「……“すべての”」


声がひときわ朗々とした響きを帯び始めた。

なにごとか、とミュウツーは顔を上げる。

ヨノワールは友人たちの去っていった方をまた見ていた。

だがその目は、木々の隙間さえ映していない。


今まで以上に大きく丸く見開かれ、ここではないどこかを見ている。


ヨノワール「“すべての いのちは”」

ヨノワール「“べつの いのちと であい”」

ヨノワール「“なにかを うみだす”」

ミュウツー『……どういう意味だ』


ヨノワールは腕をわずかに広げた。

深呼吸をしているように見えたが、やけに嬉しそうにしている。

14 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/02/25(木) 00:07:46.75 ID:UaE5hp+i0
一年以上やってるんだっけ?凄いなあ
15 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/02/25(木) 00:08:36.59 ID:RJx23RzYo

ヨノワール「ふたりは……であった」

ヨノワール「であえたんです」

ミュウツー『……』

ヨノワール「この、コトバは……いせきに ありました」

ミュウツー『遺跡?』

ヨノワール「ズイという、いせきです」

ヨノワール「ニンゲンと、いっしょに いったんです」

ヨノワール「た……たのしかった」


大きな目に映っていたのは、ヨノワール自身の過去だったようだ。

ヨノワールの目が、よく見ると小刻みに震えている。


ヨノワール「あの ことば、は」

ヨノワール「ずっと ずっと むかし、だれかが かいたんです」

ヨノワール「むかしの、ニンゲンかも しれない」

ヨノワール「ニンゲンじゃない、だれか……かもしれない、って」

ヨノワール「あのひとは、そう いっていました」

ヨノワール「たくさん、おしえて、くれたんです」

ミュウツー『……本当は、ニンゲンの文字が読めるのか?』

ヨノワール「いいえ」


寂しげに目を伏せてから、ヨノワールは空を見上げた。

それからふたたびミュウツーを見つめる。

目が合った。

ヨノワールの目は、もう『現在』に焦点が合っている。

16 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/02/25(木) 00:12:30.15 ID:RJx23RzYo

ヨノワール「よんで もらいました」

ミュウツー『……そのニンゲンにか』

ヨノワール「ほんとう だと、おもいます」

ミュウツー『あのふたりを見て、お前はそう思うのか』

ヨノワール「あなたと であって、いままでと、ちがった」

ヨノワール「あたらしく かわった」

ヨノワール「ともだち」

ヨノワール「わたしは、ああ……うらやましい のです」


こちらを見ているヨノワールの目。

かつてミュウツーを射竦めた人間の女の眼差しに、似ていなくもない。


ミュウツー『私が……』

ミュウツー『こんな私が、いったい彼らにどう影響できるというんだ』


ミュウツーの言葉に、ヨノワールは少しだけ驚いたような目をした。



ヨノワール「……あなたも ひとつの いのちだ」

ヨノワール「そうでしょう?」

17 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/02/25(木) 00:15:46.34 ID:RJx23RzYo

ミュウツーは息を飲み、吐き出しかけた言葉を飲み込んだ。

ヨノワールの言葉がじわじわと頭に忍び込んでくる。


何も言い返せなかった。

肯定も、否定も、茶化すことも、異論を唱えることさえもできない。

できることといえば、ただ喉の奥で呻き、押し黙るだけだ。


その沈黙を会話の終わりと解釈したらしい。

ヨノワールは小さく唸り、慌てて申し訳なさそうに身を縮めた。


ヨノワール「ご、ごめんなさい、ねたい と、いってたのに」

ミュウツー『あ、いや……』

ヨノワール「わたしも かえります」


人間じみた軽い会釈を残し、ヨノワールは音もなく姿を消した。

上の空で応じた……と思う。


ひょっとすると、別れの挨拶も口にしていたかもしれない。

だが、それもはっきりとは憶えていない。


あの不思議な響きの声が、頭の中をぐるぐるとまわっている。



――ともだち

――あなたも



――あなたも ひとつの


18 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/02/25(木) 00:18:29.39 ID:RJx23RzYo


どれほど時間が過ぎただろうか。


夜はさらに更け、森は静かに息をしていた。

遠いさざめきと風に揺れる葉の音が聞こえる。

どれも、いつも聞こえている音ばかりだ。


ミュウツー(ああ……)

ミュウツー(……やっとひとりになれた)


自分に延々絡んでこようとする、騒々しい連中が消えただけだ。

静かになって、ようやくほっとするひとときのはずなのだ。


ミュウツー(ひとりになってしまった)

ミュウツー(なんだか……静かだ)


頭の中にぽっかりと、無為な空間が生まれたような頼りなさを感じた。

もたれかかれる倒木や岩が急になくなってしまったような。

そんな心持ちだ。


ミュウツーはそれでもゆっくり、重々しく立ち上がる。

少なくとも今は、自分の足だけで立たなければならない。


ミュウツー(眠い)

ミュウツー(だが、もうひと仕事だな)


そう自分に言い聞かせ、ひとつ大きく深呼吸する。

臓器や骨がむりやり拡げられて、胸が痛い。

吸い込んだ空気は、ここへ来た当時より湿っぽく感じられた。

これはこれで、悪くない。

19 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/02/25(木) 00:20:09.32 ID:RJx23RzYo


ミュウツー(さっきの話も、聞かれていたのだろうか)


それならそれで構うものか、とミュウツーは覚悟を決める。


夜明けを待つ暗い森。

そのさらに向こう。

はるか遠く一点に意識を向け、せいいっぱい睨みつける。

睨んでいることが、相手にわかってしまうかもしれない。


もっとも、覗き屋に示すべき礼儀があるとも思えなかった。

ミュウツーは少しだけどきどきしながら、言葉を投げかけた。



ミュウツー『いいかげん、姿くらい見せたらどうだ』



20 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/02/25(木) 00:29:05.38 ID:RJx23RzYo
今回はここまでです

ご無沙汰しとります

今やどれくらいの方が読んでくださってるかわかりませんが
これからもマイペースに書いていきます
楽しいからいいんですけどね

>>14
振り返ってみると2年半です!
やーよく続いたもんです

ではまた


ところで近況ですが

ガルパンはいいな
21 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/02/25(木) 00:30:34.70 ID:PQSX9SH5O
乙です
22 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/02/25(木) 02:39:32.07 ID:bBK7BBgv0

久し振り
23 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/02/25(木) 05:21:17.26 ID:k4CuP3s/0
おつ
そろそろ日暮かオリンピックマンの称号を得られそうだな!
24 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/02/25(木) 09:45:43.70 ID:VD8H5uWco
お帰り待ってた!
みんなかわいいんだよなあ
25 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/02/25(木) 15:31:55.71 ID:ykid5kypo
お帰りなさい乙
26 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/02/26(金) 18:19:39.19 ID:kgj5b5RjO
乙!
ずっと待ってた
27 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/03/03(木) 18:35:08.56 ID:udQVfS8IO
き、きてる!お疲れ様です!!
28 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/03/07(月) 17:05:59.65 ID:QK7wAWZU0
ああああ復活してる!!
ずっと待ってました、また続きが読めるなんて嬉しいです
どうかあなたのペースで頑張ってください
29 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/03/15(火) 07:36:31.50 ID:3hly4TJIO
二幕って途中で終わってるん?
30 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/03/16(水) 04:19:34.13 ID:wSuukhg50
二幕は気付いたら落ちてた気がする
31 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/03/16(水) 12:14:23.51 ID:bRtCZow3o
うん
話は直接続いてるね
32 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/03/16(水) 12:58:22.83 ID:GDmwPRJmO
そうなん?ありがとう
33 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/03/21(月) 11:39:28.81 ID:d1B0J0ZHo
よーし、始めます!
34 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/03/21(月) 11:40:05.14 ID:d1B0J0ZHo

何度も、うつらうつらと意識が途切れる。

とても疲れている。

それに、とてもとても眠い。


ミュウツーやヨノワールと別れたあと。

ジュプトルは無理を言い、ダゲキの寝床までついて来ていた。


にも関わらず、どうにも眠れずにいる。

せっかく『ひとりでは寝たくない』と駄々をこね、わがままを通したというのに。


ダゲキは、生木の匂いもなくなった倒木に寄りかかり、腰を下ろしている。

呼吸は静かだが、眠っているということはないとジュプトルも確信していた。


そんなダゲキの膝で何度、無理に目を閉じてみたかわからない。

そのたびに、瞼は言うことをきかず勝手に開いていく。

頭の中も目もぴりぴりして、寝てなどいられないと喚いている。


なのに、開けていると今度は眠くて目が痛い。

瞼は疲労と重さに負けて勝手に下りていく。


起きていることも、かといって眠ることもできない。

そんな孤独な闘いを続けて、ずいぶん時間がたった気がした。


ダゲキ「……ジュプトルは、おきてる?」


上の方から、少し高く、呑気な声が降ってきた。

彼なりに『声を潜めている』響きがある。

眠っていた場合を気にしてくれていたようだ。

顔を少しもたげ、ジュプトルは目玉をぐるりと動かして彼の方に向けた。


輪郭に月明かりが当たって、彼の顔が丸く縁取られている。

よく見れば、ダゲキは顔をまったく違う方に向けていた。
35 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/03/21(月) 11:40:43.07 ID:d1B0J0ZHo

ジュプトル「おきてる」

ジュプトル「ねむいのに、だめだ」

ダゲキ「おなじ」


溜め息まじりに、ダゲキがそう答えた。

今も表情は見えないが、なんとなく苦笑しているような気がする。

もちろん、彼が苦笑しているところなど見たことはない。


ジュプトル「……おまえ、いつも そうなの?」

ダゲキ「いつも、そう」


ダゲキは、いまだにジュプトルの方を見ようともしない。

木に背を預け、空を見上げてぼんやりしている。


ジュプトル「ふうん」


投げやりな返事をし、ジュプトルはふたたび顔を下ろした。

さきほどまでのように、両足を放り出しているダゲキの膝に顎を載せる。

頭の上の方がずっと居心地はよかった、と思わないでもない。


眠りに落ちそこねるたびに、空や友人を見上げてみる。

いくら見上げても、空はなかなか白んでこない。

いつ見上げても、友人は変わらず起きている。

眠るどころか、眠そうな気配さえない。


ジュプトル「……なんで、ニンゲンに つかまったの」


ずっと抱いていた疑問が口を突いて出た。

どうしても尋きたかった、というわけではない。

沈黙に耐えきれなかったからだけだ。

『おまえらしくもない』と言いたかったが、ジュプトルにはその語彙がない。

36 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/03/21(月) 11:41:09.55 ID:d1B0J0ZHo

ジュプトル「ねてたから?」

ダゲキ「ううん」

ダゲキ「ねてなかったけど、たくさん つかれた」

ダゲキ「そうしたら、まっくらに なるんだよ」

ジュプトル「まっくら?」

ダゲキ「まっくら」

ダゲキ「いつも、そう」

ジュプトル「いつも?」

ダゲキ「……うん」

ジュプトル「ふうん」


よくわからない答えだった。

それは、自分が今まさに沈みきれずにいる眠りとどう違うのだろう。

普通に誰もが落ちていく睡眠と、なにが違うのだろう。


考えているあいだにも、眠気はまだらに濃くなる一方だ。

思考も少しずつ一貫性が失せ、意味をなさなくなっていく。

このまま、もうすぐ、深い眠りに引きずり込まれるはずだ。


ジュプトル「よ、よるの そらより……く、くらい?」

ダゲキ「うん、ずっと くらい」

ダゲキ「まっくろ だよ」

ジュプトル「げ、『げすいどう』、よりも?」


ジュプトルの言葉に、ダゲキはようやく顔を自分の膝へと向けた。

かくん、と振動が顎に伝わる。


その拍子に、歯車がずれてしまったような気がした。

眠気が噛み合わなくなってしまった。


きっと、今夜はもう、このまま眠れないに違いない。

ジュプトルは根拠もなく、そう確信した。
37 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/03/21(月) 11:41:58.55 ID:d1B0J0ZHo

ダゲキ「『げすいどう』って、なに?」

ジュプトル「じめん……した」

ジュプトル「ニン、ゲンの……ま、まち とか」

ジュプトル「したに、かわの あなが、ある……の」

ダゲキ「ふうん……?」


そう呟きながら、ダゲキは頭を軽く傾けた。

知らない言葉を教えられているときの顔だ。


ひとしきり唸ってから、ダゲキはふたたび口を開いた。


ダゲキ「それは、『ちかしつ』と、にてる?」

ジュプトル「ち、『ちかしつ』?」

ジュプトル「わかんない」

ダゲキ「そっか」


ほんの少しだけ残念そうにダゲキが応じた。

誰が悪いわけでもないのに、ジュプトルは申し訳なく思った。


頭を使ったせいか、眠りの沼はさらに遠のいてしまった。

まだ少し、目がひりひりしている。

波はすっかり引いてしまったのに、目を開けているのが億劫でならない。


ジュプトル「じゃあ、おれの こえ、きこえたんだ」

ダゲキ「うん、おきてたから」

ジュプトル「……なんだぁ」


とんでもなく格好悪いところを見られたような気がして、恥ずかしくなった。

そう思ってこっそりと盗み見たが、彼はまた明後日の方角を見ている。

最後の呟きも、彼の耳には届いていないような気がした。

どことなく上の空な顔をして、胸のあたりをさすっている。
38 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/03/21(月) 11:43:00.32 ID:d1B0J0ZHo

ダゲキ「うーん……」


彼は、自分の身体の内側にある、どこか一点を探り当てようとしている。

痛い部位を突き止めようとするときのような、そういう顔だ。


ややあって、ダゲキは胸をさするのをやめた。

背を丸めて小さく呻く。


ジュプトル「お、おい」

ジュプトル「やっぱり、ぐあい わるいの?」


痛みに耐えている顔に見えないこともない。

怪我はないという話だったはずだが、どこか痛むところでもあるのだろうか。


ダゲキ「ううん、ちがう」


誰かの呼吸するかすれた音が、やけに大きく聞こえる。

反対に、それ以外の音が少し遠のいている。

粘り気のある眠気は、とうにどこかへ吹き飛んでいた。


ダゲキ「あ……そうか」

ジュプトル「……?」

ダゲキ「わかった」


ダゲキが、大きな目でジュプトルを見ていた。

反射的に身体がこわばる。


ダゲキ「ふたりが きたとき、ね」

ジュプトル「う……うん」

ダゲキ「そのとき……いたかった」

ダゲキ「いま、おもいだしたら、また ここが、いたい」

ダゲキ「いたい は、いや……だけど」

ダゲキ「これは、だいじょうぶ」
39 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/03/21(月) 11:44:09.36 ID:d1B0J0ZHo

ジュプトル「……」

ジュプトル「だいじょうぶなら、いいけど」

ダゲキ「……」

ダゲキ「ありがとう」

ジュプトル「そりゃあ」

ジュプトル「……とも、……ともだち だし」


ジュプトルは顔がかっと熱くなった。

『ともだち』とはなんなのか、自分でも理解できているわけではない。

要は、あの人間の受け売りだ。


ダゲキ「ともだち」

ダゲキ「きみは、ともだち なんだ……」


ダゲキはジュプトルの言葉を復唱し、そして妙な顔をした。


ジュプトル「お、おう」


胸の奥を握り潰されるような感覚。

苦しいが、不快ではない。


ジュプトル「お、おれ さあ……」


急に、抗いがたい不安に襲われた。


ジュプトル「おまえが、つれて いかれたら、どうしよう、って」

ジュプトル「……あと、えっと、ああ……」

ジュプトル「すごい こ、こわかった」


鼻梁を乱暴に掻いてそれを紛らわそうとする。

そうでもしないとやっていられない。

そうしていれば、少しだけ焦りも落ち着くような気がした。


ダゲキ「……ごめん、しんぱい させて」
40 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/03/21(月) 11:44:50.50 ID:d1B0J0ZHo

ぺたん、と地面に滑り落ち、ジュプトルは必死で呼吸を整えた。


月明かりを背後に受けて、ダゲキがこちらを覗き込んでいる。

早く落ち着かなければと思うほどに焦る。


ダゲキ「だいじょうぶ?」

ジュプトル「だ、だいじょぶ……だいじょぶ」


慌てて、両手で顔をごしごしとこする。

爪が鱗を傷つけて痛いが、今それは些細なことだ。


ジュプトル「な、なあ」

ダゲキ「?」

ジュプトル「い……いなく ならないよな」

ダゲキ「……ぼくが?」

ジュプトル「あの ぼうしのニンゲンの、ところとか」

ジュプトル「おまえも、ミュウツーも」


ダゲキは視線をそらして、地面に向けた。

それがどういう意味を含んでいるのか、ジュプトルにはわからない。

考え込んでいるように見えた。


どうして即答してくれないのか、と不安になる。

「そんなことは絶対にない」と切り捨ててはくれないのか。


ダゲキ「……ねえ」

ジュプトル「あと、ほかの ところ、とか」

ダゲキ「どうして、そんなこと いうの?」


喉の奥から絞り出したような声だ。

疑問というより、抗議されているような気がした。

ちりちりと居心地が悪くなっていく。
41 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/03/21(月) 11:46:42.60 ID:d1B0J0ZHo

とんでもないことを言ってしまったような気がした。


ジュプトル「だ、だって……あのニンゲン……」

ジュプトル「あんまり、わるい やつじゃ なかった」


赤毛で豪快な男のことが脳裏に甦った。

彼は少しだけ目を細めた。

まだ地面に視線を移し、瞬きもしない。

自分の釈明が彼に届いたかどうか、確信は持てなかった。


ダゲキ「うん」

ダゲキ「さっきの ニンゲンも、ぼうしの ひとも」

ダゲキ「きっと、いいニンゲンだよ」

ジュプトル「……ごめん」


悪い想像もなかなか止まらない。

肯定的な答えが返ってきたらどうしよう、いやそんなことはないはずだ。

『実は』と、最悪の話を切り出されてしまったらどうしよう。

やっと心を許した相手が、また自分の前から消えてしまったら?

また、置いていかれてしまったら?

また、ひとりぼっちになったら。


ダゲキ「それは、わかってる」

ダゲキ「でも」


やけに長く思えた沈黙を経て、ダゲキはジュプトルに視線を戻した。


ダゲキ「ぼく、もう どこも いきたくない」


やけにはっきりと、彼はそう言った。

少し怒っているように聞こえなくもない。
42 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/03/21(月) 11:47:52.37 ID:d1B0J0ZHo

ダゲキ「あのニンゲンたちは……きらいじゃない けど」

ダゲキ「ニンゲンと いるのは もう、いらない」

ダゲキ「みんなと、もりに いるのが、いいな」


ジュプトルは「ひゅう」と喉を鳴らした。

望んでいたとおりの返事だ。

背筋に違和感を覚えながらもほっとする。


だから、腹の奥から湧き上がる喜びに素直に従うことにした。

そうすれば、自分に巣喰う落ち着かなさは払拭されるからだ。


ジュプトル「うん」


ジュプトルはもう一度ダゲキの膝によじのぼり、しがみついた。

顎から腹まで、どこでもいいから身体を密着させたかった。

接している面積が広ければ広いほど、不安を押し遣ることもできる気がする。


ジュプトル「おれも、みんな いるのが、いい」

ダゲキ「うん」

ジュプトル「ここに いるのが、いい」

ダゲキ「うん」

ジュプトル「おれ は、なにも できないけど」

ジュプトル「ミュウツーとか、ヨノワールとか、おまえもいて」

ジュプトル「ずっと このままがいい」


そこまで口にすると、ジュプトルは黙り込んだ。

自分でも、何を言いたいのかもうよくわからなくなっていた。

頭の中がぱんぱんに膨らんで、破裂してしまいそうだ。

自分の声がどんどん情けなくなっていくのにも耐えられない。


ダゲキ「……なにも できない……は、ちがう」


しばらくしてから、ぽつん、とダゲキが言った。
43 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/03/21(月) 11:49:24.74 ID:d1B0J0ZHo

ジュプトルはおそるおそる目を開き、彼を盗み見た。

ダゲキは、またどこかを違うところを見ている。

ほっとしたようで、少し残念だ。


ダゲキ「ぼく を、たすけたよ」

ジュプトル「え」

ダゲキ「きみは、ぼくを たすけて くれたよ」

ジュプトル「で、でも、おれ なにも してない」

ジュプトル「ぜんぶ ミュウツーが やった」

ジュプトル「ニンゲンと、はなし したのも、おれじゃない」

ジュプトル「おれは……みつけた だけ……」

ダゲキ「ちがう」


少しだけ、語気が強くなったような気がする。


ダゲキ「ともだち、って いった」


ジュプトルは小さく呻く。

きつく目を閉じる。


ジュプトル「そ、それが なんだよ」

ジュプトル「おれは」

ダゲキ「ぼくは、すごく うれしかった」


ジュプトルは、彼の返事にぎょっとして目を大きく開いた。

また首を捻って見上げると、ダゲキが口元を歪めてこちらを見ている。


そんな彼と目が合った。


ジュプトル「おまえ……すごい、かわった」

ダゲキ「……どこが?」

ジュプトル「うれしい とか、……いわなかった」
44 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/03/21(月) 11:50:22.61 ID:d1B0J0ZHo

ダゲキは、やや不満げに眉間に皺を寄せた。

顔に出るという一点を見ても、彼の場合は大きな違いだ。


ジュプトル「ほら、そんなかお し、しなかった」

ダゲキ「そう かな」


ダゲキは困ったように自分の顔面を撫でた。

いかにも『腑に落ちない』という顔だ。

その顔こそが、ジュプトルの言葉を証明しているようなものだった。


ダゲキ「ずっと、うれしい、って、おもわなかった から」

ジュプトル「ほんとに?」

ダゲキ「うん」


たしかに、ジュプトルの記憶にある彼は、いつも無表情だった。

楽しそうな顔も、悲しそうな顔も、嬉しそうな顔も、憤怒も、不満も出さない。

ミュウツーがやってくるまでは。


ジュプトル「いっかいも?」

ダゲキ「そんなこと、ないけど」


ダゲキは、少し考え込むような目をした。

考えてみれば、彼とじっくり話をしたことなど、なかったかもしれない。

こんなふうにとりとめのない話は、とくに機会がなかった。


しばらくしてダゲキがこちらを見た。


ダゲキ「あ……あたま、なでられたとき」

ジュプトル「……チュリネに する やつ?」

ダゲキ「うん」

ダゲキ「でも、チュリネじゃ ないよ」

ダゲキ「なでて もらった」

ジュプトル「おまえが?」

ダゲキ「なでるの されたら……なんだか、むずむず した」

ダゲキ「うれしかった……と おもう」
45 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/03/21(月) 11:51:11.81 ID:d1B0J0ZHo

少し背を丸め、ダゲキは照れくさそうに身じろぎした。


ジュプトル「まえ いた、ニンゲン?」

ダゲキ「ううん、ぼうしの」

ジュプトル「……なんだ」


オレンジ色の服を着込み、帽子を被ったレンジャーのことだろう。

レンジャーが出てくるとなれば、思いのほか、近い過去だ。


もっと古い思い出話が聞けるのかと思ったが、そうではないようだ。


ダゲキ「コマタナも なでてた」

ジュプトル「ふうん……」

ダゲキ「あのニンゲンは、すぐ なでるんだ」


そう話す顔は、ジュプトルも見たことのない表情を浮かべている。

何を思うとそういう顔になるのか、ジュプトルにはわからない。

今までと明らかに勝手が違った。


ダゲキ「こう……てで つかんで なでる」


自分で自分の頭に手を置く。


ジュプトル「……いや だった?」

ダゲキ「いやじゃ なかった」

ダゲキ「でも……ときどき、いやだった」


『いやだった』というわりに、それほど嫌そうでもない。

だが、そう思う気持ちは、なんとなく理解できるような気がする。
46 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/03/21(月) 11:52:28.61 ID:d1B0J0ZHo

ジュプトル「へんなの」

ダゲキ「……」

ダゲキ「『ケシゴム ひろって くれて、ありがとう』、って」

ジュプトル「ケシゴムって、まずい しかくい しろいやつだ」

ダゲキ「……たべたの?」

ジュプトル「たべたけど、たべられなかった」

ジュプトル「あじ ないし、のみこむの できないし」


「そうなんだ」とまた苦笑して、ダゲキは空を見上げた。

あのレンジャーがいる昔の風景を思い出しているに違いない。

いや、あのレンジャー『と』いた風景か。


空気が冷たい。

長い息を吐いて、ダゲキはそのまま話を切り上げてしまった。

思いを馳せていただろう記憶についても、話す気はないようだ。


ふたりがどういう関係なのか、ジュプトルはまったく知らない。


あの人間は、自分が見たことのない、かつてのダゲキを知っているらしい。

だが、あの人間が元トレーナーだとは思えない。

そういう単純な経緯ではない、ということが窺い知れるだけだ。


彼がそうやって過去に目を向けている姿は、あまり好きになれなかった。

見ず知らずの土地に置いてけぼりにされたようで、少しだけ心細くなる。


勝手なものだ、とジュプトルは自分を罵った。


自分にも、きっと同じような瞬間があるに違いない。

それを見せているとき、友人たちもまた同じように心細さを感じるのだろうか。


ジュプトル「なあ」


ジュプトルは、ともすれば場違いなほど、つとめて明るい声を出した。

彼を『こちら』に引き戻したい一心だった。
47 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/03/21(月) 11:54:16.51 ID:d1B0J0ZHo

ダゲキ「うん?」


目論見どおり、ダゲキは『こちら』を向いた。

大きく目を見開き、我に返った顔をしている。


ジュプトル「なでるの、おれにも やって」


そう言うと、ダゲキは意外にも、露骨に渋る顔を見せた。

喜んでやってくれると思っていただけに、今度はジュプトルの方が面喰らってしまった。


ダゲキ「え……いいの?」

ジュプトル「え、なんで?」


なぜか、やけにうんざりした声で、めんどくさそうに言う。


ダゲキ「ほんとうに わすれたの?」

ジュプトル「なにを?」


小さな頭がめまぐるしく回転したのに、なにひとつ答えは出ない。

困り果てて喉を鳴らしたとき、ダゲキが小さく溜め息をついた。


ダゲキ「こんどは、ひっかかない?」

ジュプトル「……だ、だれが?」


ダゲキは黙ってジュプトルの顔を指差した。


ジュプトル「おれ? だれを?」


今度は、ダゲキ自身の顔を指差す。


ダゲキ「きて すぐの、とき」

ジュプトル「おぼえてない、そんなの」

ダゲキ「ずるい」


心から恨めしそうな声で、ダゲキはそう呟いた。
48 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/03/21(月) 11:55:32.39 ID:d1B0J0ZHo

彼は深い溜め息をつき、こめかみのあたりをこすっている。

呆れられているらしいことだけは、いやというほどわかった。

ジュプトルにしてみれば、溜め息をつかれても困るのだが。


ダゲキ「……ずるいなあ」


そう愚痴を漏らしながらも、ジュプトルの頭を撫で始めてくれた。


頭から背中にかけて、あまり経験のない圧迫感が覆い被さる。

重くて暖かい。

ジュプトルは、ダゲキの膝と手で挟まれている格好になった。


ジュプトル「だ、だって、おぼえてない」

ダゲキ「じゃあ、いいや」


撫でる動作は少し乱暴だ。

だが、むしろその雑な感触に安心感さえ覚える。


ジュプトル「……うん」


ジュプトルはごろごろと喉を鳴らして、されるに任せた。

黙って撫でられていると、不思議と眠気が戻ってくるような気がする。


目を細めて、ジュプトルは小刻みに唸る。

過去の自分は、なぜこんなによいものを拒絶したのだろうか。

相手を引っ掻いてまで。


結局、いくら考えても、思い出すことはできなかった。


どちらかといえば。

どれほど望んでも、最後まで人間から得られなかったものなのに。

49 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/03/21(月) 12:01:56.84 ID:d1B0J0ZHo
今日はここまでです
いつもコメントありがとうございます
ジュプトルも撫でられたかった系女子だったんだな(すっとぼけ

これを書き始めてから、XYが発売されORASが発売され
今度はまた新作が発売されちゃうけど間に合わないなこれ

>>23
よ、4年に一度ほど酷くないから…

>>29-32
前スレは434レスで落ちて、そこから続いています
今度は落とさないように気をつけたいです
1回の投稿の量は減るかわり、回数を増やすか

ではまた
50 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/03/21(月) 13:03:13.37 ID:9ljwOEsl0

ジュプトルマジ乙女
51 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/03/21(月) 17:27:45.08 ID:DlPOlHxlo
乙です
52 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/03/21(月) 19:01:14.97 ID:3U8+F8Tho
きゅんきゅん…する……
53 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/03/22(火) 06:50:46.95 ID:EbRQLGpjO
おつやでー
54 : ◆/D3JAdPz6s [sage saga]:2016/04/15(金) 00:52:19.55 ID:3PO6MNjlo
保守
55 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/04/16(土) 14:53:35.88 ID:GWPN/75BO
>>54
まってるーーーー
56 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/04/16(土) 16:19:20.98 ID:LHp6Bwh8o
ゆっくり待つ
57 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/04/16(土) 23:51:45.58 ID:3jrSxejd0
ようやく追いついた!
楽しく詠ませてもらってます
58 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/04/17(日) 00:28:50.40 ID:WHcPEpPlo
それでは投稿しますやで
今日はちょっと不愉快な描写があります
59 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/04/17(日) 00:31:00.94 ID:WHcPEpPlo


あたたかいというのは、とてもいいことだ。

ジュプトルはしみじみと思う。

自分を包む空気はむしろ暑いが、それとはまた別だ。

不快ではないし、辛くないし、なにより、気分がいい。


ぼうっとして、余計な考えがぼろぼろと落ちていく。

自分の望むものがなんなのか、はっきりしていくのは少し悔しい。


ジュプトル「……いいなあ、これ」

ダゲキ「ぼくも、いいな、と おもった」

ジュプトル「なでるのが?」

ダゲキ「なでるの、されるのが」

ジュプトル「だろー?」

ジュプトル「さっき、ミュウツーも なでてたな」

ダゲキ「あれは、あんまり よくないよ」

ダゲキ「ちょっと いたい」


痛いと言うわりに、それほど嫌そうではない。

そんなややこしい物言いをする彼は、やはり珍しかった。


手は、ジュプトルの頭に置かれたままだ。

心地良い圧力を存分に味わい、ジュプトルはゆっくりと息を吐いた。


こんなに穏やかで満たされた時間は、初めてかもしれない。

全身がすみずみまで、にぶくぼんやり痺れている。

それでも、その痺れに嫌な感触はない。


ジュプトル「……やっぱり まえと ちがうよ」

ダゲキ「なにが?」

ジュプトル「おまえ、こんな やさしく なかった」


少し驚いたような顔をして、ダゲキは苦笑いした。

60 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/04/17(日) 00:33:17.77 ID:WHcPEpPlo

ダゲキ「ちがうのは、きみも だよ」

ダゲキ「けんか しないし」

ダゲキ「まえ みたいに、……なんていうのかな」

ジュプトル「?」

ダゲキ「えーと」

ダゲキ「あ、ぎ、『ぎすぎす』? してない」

ジュプトル「それ、しってる」


聞き覚えのある言葉だった。

人間たちが、とげとげしく緊迫しているときをそう言うはずだ。


ジュプトルが以前いた大きな街の、市場がまさにそうだった。

野良と化したポケモンが商品を掠め取って行ったからだ。

それがあまりに頻発したために、当時は市場全体の雰囲気が悪くなっていた。


もっとも、商品を盗んでいたのはジュプトルたちだったが。

自分がその『ぎすぎす』した状態だと言われると、妙に心外だった。


ジュプトル「おれ……『ぎすぎす』してたんだ」

ダゲキ「うん」

ダゲキ「でも、いまは ちがうね」

ジュプトル「……だって、『かわいそう』は、やめたから」

ダゲキ「え?」

ジュプトル「おれ、いま ぜんぜん、『かわいそう』じゃないし」


言いたいことを言えている自信は、正直なところあまりない。

だが、自分でも不思議と、自分の言葉に確信を持つことができた。


ダゲキは、いたく感心したように目を瞠った。


ジュプトル「だから、もう へいきなんだよ」

ジュプトル「おれは、おこらないで いいんだー」

ダゲキ「……そっか……」

ダゲキ「ジュプトルは、えらいなあ」

61 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/04/17(日) 00:36:47.54 ID:WHcPEpPlo

ダゲキはそう呟いたきり、口を閉ざしてしまった。

何と返せばいいのか、ジュプトルも思いつかず黙っている。


ジュプトル(……まあ、いいや)


自分たちの呼吸音がかすかに聞こえる。

それから、やはりどこかから、同じようにかすかな足音が聞こえていた。


夜が開ける前の、森がいちばん静かな時間だ。

ずっとずっと遠くの空が、嫌味たらしく少しだけ白んでいる。

さっさと朝になれ、とジュプトルはじれったく思った。


ぼんやり見上げていると、小さな影が宙を横切った気がした。

自分の頭の葉のように細く長い何かが、視界の隅をかすめただけだ。

眠気に比べればとるに足らない。

だが、気になる。


影は、自分たちを見ていた。


ダゲキ「……ミュウツーが きたのは、 いいこと、と おもう?」


ジュプトルの意識がそれた。

疑う余地もなく、彼はジュプトルに尋ねている。


ジュプトル「……うん」

ジュプトル「あいつが きたら……たくさん かわったよ」

ダゲキ「いいこと だよね」

ジュプトル「いいこと だよ」


聞かれている言葉の意味の、その裏側に潜む意味を考えた。

直接は言いたくない本心があるはずなのだ。

まるでミュウツーがするような、ややこしい尋ね方をするからには。

それは一体なんなのだろう。

62 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/04/17(日) 00:38:52.20 ID:WHcPEpPlo

ジュプトル「おれも、『じ』、かける ように、なるかも」

ダゲキ「……『ほん』、じ、じぶんで よめるように、なるかな」

ジュプトル「おまえ、『てがみ』 かくんだろ」

ダゲキ「うん」

ジュプトル「おれも やろうかな」


できること、わかることが少しずつ増えていくのだ。

素晴らしいことに違いない。

とても素晴らしいことで、そこに疑問の余地はない。

できないより、できる方がいいに決まっている。


ダゲキ「すごいなあ」

ジュプトル「ニンゲン みたいだな」

ダゲキ「ほんとう だ」


疑問の余地がないはずのことを、彼はなぜ尋ねてくる。

きっと、彼が聞きたい返答は最初からひとつしかない。

もう付き合いが長いのだから、そんなことはわかる。


ジュプトル「……なあ」


腹の奥底でまどろむ、もうひとりの自分が不安を告げている。

一度は押し退けられた本能が、もう一度だけ警鐘を鳴らしている。


ダゲキ「なに?」


これはきっと、耳を傾けるべき声なのだろう。

自分でも、それはわかっている。


ジュプトル「あのさあ……」

????「あっ、にーちゃんたち!」

ジュプトル「!?」

63 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/04/17(日) 00:40:59.94 ID:WHcPEpPlo

ジュプトルは“びくり”と首を跳ね上げて、声のした方に曲げた。

思いがけず近くから、それも突如として聞こえてきたように感じた。


????「ね、いたでしょ!」

????「ほらー、こっち!」


きっと、しばらく前から音はずっと聞こえていたのだ。

別のことにすっかり気を取られていただけで。


ダゲキ「どうしたの?」


自分の頭上を、やや甲高いダゲキの声が通り抜けていく。

頭の葉を逆に撫で上げられたような、ぞわぞわする感触が残った。


彼の視線の先には、大きな目をぱちぱちと瞬かせるイーブイが佇んでいた。

長い耳をせわしなく動かし、ふさふさした尾を振っている。


イーブイ「もう! どこ いたんだ!」

イーブイ「にーちゃん たち、いっぱい、さがしたの!」


そう喚きながら、あまり長くない前脚で地団駄を踏んでいる。

体重が軽いから大した音はしない。

腹を立てたときによく見せるしぐさだ。

だが、ジュプトルはそのかすかな音がやけに気に障った。


短い体毛が、もうはっきり茶色に見えている。

うっすらと青みがかっているが、もう茶色は茶色だ。

いつの間にか、周囲は意外なほど明るくなっていた。


ダゲキ「……? コマタナは?」

イーブイ「つかれて ねた」

ジュプトル「おれも ねたかったよお」


ジュプトルは息を吐いて、空を見上げた。

気に入らない。

64 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/04/17(日) 00:43:21.17 ID:WHcPEpPlo

ジュプトル(……さっきの、もう いないな)


さきほど視界をかすめた小さな『何か』は、とっくに姿を消している。

何か大事なものを見過ごしてしまったような気がした。

もっとも、あの『何か』に、とりたてて不審なところがあったわけではない。

ただ気になっただけだ。


ダゲキ「それで、なに?」

イーブイ「みつけたの!」

ジュプトル「……なにを?」

イーブイ「あたらしい の、こ」


ああ、とがっかりしたような声が、上の方から聞こえた。

ジュプトルには、それが深い深い溜め息にしか思えない。


イーブイ「もう! ぼくも ちゃんと、たすける、できたのにー」

イーブイ「がんばったの!」

ダゲキ「あ、ああ……うん」

ダゲキ「そうだね、ちゃんと できたんだね」


イーブイは少し機嫌を損ねたようだ。

それを宥めようとするダゲキのこともまた、ジュプトルは気に食わなかった。

もう誰が何を言っても、等しく気に入らない。

自分でも、その理不尽さはよくよくわかっていた。


イーブイの背後に目を向ける。

うすぼんやりした茂みに紛れてよく見えないが、たしかに誰かがいるようだ。


ダゲキ「どこに いたの?」

イーブイ「うん と……ね、みえる かべの とこ」


難しい顔を見せ、イーブイは前脚で顔を掻いた。

どうやら、上手く言えずに自分でもやきもきしているようだ。

65 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/04/17(日) 00:45:36.66 ID:WHcPEpPlo

ダゲキ「か……かべ?」

イーブイ「しろいの。おそと みえるの ところ!」

ジュプトル「『さく』じゃない?」

ダゲキ「ああ……」

イーブイ「うーんと、うんと ね……ううーん」

イーブイ「き ひっかいたの」

ジュプトル「……わかんない」

イーブイ「もう! いじわるだ!」

イーブイ「もりの はじっこなの! はじっこ、いったの!」

ダゲキ「そんなところ まで、いったんだ」

イーブイ「だ、だって……」


見上げるとダゲキは、渋い顔をしている。

無理もない、とジュプトルは溜息をついた。

『森の端』に行けば、人間の街はそれだけ近くなる。

外から森に来て居着いた連中には、あまり近づかないよう言い含めていたはずだった。

特に、チュリネやイーブイには、ジュプトルも繰り返し言った記憶がある。


ジュプトル「まちに ちかすぎ」

ジュプトル「また ニンゲン、つかまるぞ」

イーブイ「だって、こえ きこえたもん! いじわる!」

ジュプトル「おれとか、いえ って、いっただろ」

ダゲキ「……ふたりとも おこらないでよ」


ふん、と鼻を鳴らして、また膝の上に顎を載せる。

ジュプトルは怒っているわけではない。

気に入らないだけだ。


叱られたと受け取ったらしく、イーブイは両耳を水平に倒している。

不服そうだが、近づくなと言われていたのは事実だから言い返せないようだ。

66 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/04/17(日) 00:48:12.59 ID:WHcPEpPlo

ジュプトル「おこってない」

ジュプトル「けんか じゃないし」

ダゲキ「……もう」


呆れたような溜息が聞こえた。

だがそれ以上、ダゲキは何も追求してこなかった。


ダゲキ「すてられた こは、げんき?」

イーブイ「うん!」

イーブイ「でも、おなか すいてる……とおもう」


イーブイはもたもたと喋りながら振り返り、背後の誰かを示した。


イーブイ「ね!」


ふたりも、動きにつられて奥に目を向ける。

視線が集まったからか、その誰かが一瞬ひるんだような気配が見えた。


警戒しているらしく、よく聞くと低く唸る声もする。


イーブイ「だいじょぶ だよー」

イーブイ「おいで!」


イーブイが更に声をかけると、唸り声はぴたりと止んだ。


かさかさと草を踏む音がする。

足音が近づくにつれ、少しずつ暗い紫色の体毛が見え始めた。


くねくね動く長い尾に、ときおり光が当たって見え隠れする。

みゃあ、と一声鳴いて、そのポケモンがゆっくり進み出た。


姿を見せたのは、艶のない、荒れた毛並みのチョロネコだった。

現れた顔も続く四肢も、とにかく薄汚れている。

特定の何かで汚れているわけではなく、垢と土埃、堆積した疲弊そのものだ。


誰かの呻く声がした。

67 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/04/17(日) 00:51:58.00 ID:WHcPEpPlo

ジュプトルはこの汚れかたに馴染みがある。

このチョロネコが、最近どのような生活をしていたのか。

どのような環境を味わってきたのか、なんとなく想像できた。


路地裏を徘徊し、思うように雨風を凌げない環境に長くいたのだろう。

安心や安全とは縁も薄く、常に緊張を強いられてきたかもしれない。

かつての自分と同じように。


ジュプトルは同情を禁じえない。

チョロネコはイーブイのすぐ隣に立ち止まり、おどおどした目つきで辺りを見回した。

警戒を解く気配はなく、尻尾は攻撃的に逆立ち、ふくらんでいる。


見覚えのあるポケモンだった。


ジュプトル「もりの そと、おなじ やつ、いるな」

イーブイ「うん」


ふたりのやりとりを聞いて、チョロネコが首を振った。

慌てふためいて、みゃあみゃあと喚き、必死に何かを訴えている。

残念なことに、理解できる者はこの場にいない。


もっとも、同族がいると聞いてこの反応だ。

なんとなく予想はつく。


ジュプトルは下を向いて嘆いた。

イーブイもまた、いかにも困った顔で溜め息をついている。


このチョロネコもまた、自分たちと大差ない道を辿ったのだろう。

とても残念な話ではあるが、ある意味では手慣れた事態でもある。

することはいつもと変わらない。

いつもと同じように対応するだけのことだ。


ジュプトル「なあ、ダ……」

68 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/04/17(日) 00:52:57.00 ID:WHcPEpPlo

共感を求めて見上げ――


ジュプトルはそのまま絶句した。


ダゲキはチョロネコを見ていた。

目は見たこともないほど大きく見開かれている。

驚きというよりも、怯えのような感情が垣間見えた。


ジュプトルの声にさえ気づいていないようだ。

喉から、かすれた呻き声が漏れている。

それから、聞いたこともないひどい声で、ダゲキは絞り出すように言った。


ダゲキ「どうして……おまえがここに」



69 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/04/17(日) 00:54:51.64 ID:WHcPEpPlo



夢を見た。



いや、『夢を見ている』。

いやな夢だ。

とても不愉快で、いやな夢だ。



夢であったことに気づくのは、いつも目覚めてからだ。

それまでは、自分でも夢ではないかと疑うことさえない。

ところが今回に限って、私は既に理解していた。

望んでいたとも言える。


夢の中にあってなお、これが現実ではないことを。

これが夢であることを。



こんな光景は、現実であってほしくなかった。



まわりは真っ白だった。

前もうしろも、左も右も区別がない。

地面のような何かに脚が触れているから、かろうじて上下はわかる。


いつもの夢と同じで、ふわふわして思うように動けない。

生暖かく、やけに密度の高い空気に包まれている。

何をしようにも、もたもたと重い。

身体もいうことを聞かない。

だがこれは夢なのだから、しかたない、と自分で理解している。



さきほどからずっと、場違いに笑う声が聞こえている。

聞き覚えのない声だ、と思う。

下品な残響に顔を顰める。

70 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/04/17(日) 00:57:25.70 ID:WHcPEpPlo


ふと、視界の隅に気配を感じ取った。

ぼんやりと存在を感じる方へ、私は目を向ける。


すると、真っ白ではっきりしない地面に誰かが“いた”。

まるで、ずっと前からそこにいたとでもいうように。


若葉色の小柄な誰かがうずくまり、憐れな声で鳴いている。

生木を折るような軋む声で、さめざめと嘆いている。


ああ、私は奴を知っている。


呻きながら、それでも薄汚い何かに齧りついている。

そして、咀嚼して飲み込みかけたところで嘔吐する。

薄汚い何かは、腐乱した果実のような不快な色をしている。


見ていられなくなり、脇に視線をそらす。

すると、そこにもいつの間にか、誰かが“いた”。


群青色の誰かがだらしなく座り、聞くに堪えない声で唸っている。

背中を丸め、身を縮めて怯えている。


ああ、私は奴を知っている。


右の眼孔をまさぐる指の間から、黒っぽい液体を垂れ流している。

怯えながら、それでも無事な方の目をぎょろぎょろ動かしている。

足元には黒い水溜りができ、下半身もべたべたに黒く汚れている。

その染みに、白く不気味な球体が転がっている。


笑い声はやまない。

なぜ笑っているのだろう。

誰が笑っているのだろう。

声の源を探る。


けしからん奴だ。


いや違う。

71 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/04/17(日) 00:59:26.57 ID:WHcPEpPlo

笑っているのは私だ。

ずっと聞こえていたのは、私の笑い声だったのだ。


私は腕をまっすぐ伸ばし、友人たちのおぞましい姿を指して嘲っている。

喉を震わせ、声を響かせて笑っていた。


罪深いからだ。

穢れているからだ。


違う。

『お前たちを苦しめているのは、遥か遠い過去の亡霊だ』。

そう言ってふたりを落ち着かせるべきだ。

笑うことも、今すぐやめるべきだ。

なのに、どうしてもできない。


あれは私の友人たちではないか。


すると突然、目の前に大きな影が現れた。

赤々と輝く大きな目玉が、私を見下ろしている。

それでも私は、狂ったように笑うことをやめようとしない。


赤い一つ目の主は、私と彼らを隔てるように立っている。

邪悪な存在を遠ざけようとして、私を睨み立ち塞がっている。


ああ、私は奴を知っている。


あの目は、私を責めているのだ。

怒りと憎しみを剥き出し、私を無言でなじっている。


こんなときに限って、夢はだらだらと同じ光景を見せ続けた。

理由はなんとなくわかっている。

これは、深淵を覗いてしまった、その代償なのだ。

最後までしっかり見なければならないのだ。

72 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/04/17(日) 01:01:21.89 ID:WHcPEpPlo

別の声が言う。

出ていけ、出ていけ、出ていけ。


彼らがこんなふうになってしまったのは、きっと私のせいなのだ。



ずるずると音のない音が聞こえ、私の身体に何かが絡みついた。

明るい灰色で、ところどころに色が散っている。

識別するための赤や青のテープが巻かれているのだ。

どういうわけか、何の疑いもなく、私はそう理解した。


入り乱れる灰色に、妙な懐かしさを覚えた。

背後から、次々に同じような灰色のチューブが姿を現わす。

そのチューブが私に絡みつく。

重心が後ろに傾く。


身動きがとれない。

自分の夢なのに。

後ろに引き摺られる。

これは夢なのに。

彼らから引き離されていく。

これが夢だとわかっているのに。



赤い目玉が、まだ私を睨んでいる。



笑い声が、ぶつんと途切れる。

真っ白だった視界も真っ黒に染まり、夢は幕を閉じた。



なのに私は、まだ眠っている。


73 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/04/17(日) 01:09:10.50 ID:WHcPEpPlo
今回はここまで

>>50,52
乙女というか子供ですがね!
幼稚園〜小学校低学年くらいの

>>55,56
ペース遅くてすみますん!

>>57
ここまで40万字くらいあるはず…神か…


なかなか投稿する予定が立てられなくて
不定期極まりないですけど
今後とも読んでいただけたら嬉しいです

それえはまた
74 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/04/17(日) 01:15:25.89 ID:jiDpU3kZO

先が気になるところで切りなさる
75 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/04/17(日) 01:23:52.96 ID:yZT1NxEqo
乙乙
76 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/04/17(日) 01:56:00.75 ID:YMr9vfAFo
乙です
77 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/04/17(日) 14:29:04.87 ID:AWKnmfAIo
ドキドキするなあ
78 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/04/19(火) 21:29:08.94 ID:MORhv5QLo
乙です
79 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/05/03(火) 07:29:23.17 ID:1xTZnC8KO
保守
80 : ◆/D3JAdPz6s [saga sage]:2016/05/08(日) 23:42:38.37 ID:GCmcYDPMo
念の為保守
結局、連休に投稿できなかった…
81 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/05/09(月) 13:43:41.69 ID:iCORDw5po
ええんやで
ゆっくり待ってる
82 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/05/26(木) 09:46:46.00 ID:PY/+Nzroo
ホシュ
83 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/05/27(金) 22:50:10.31 ID:aj4xDXo6o


男が少しオーバーな動きで手を振っている。

笑っている、とジュプトルは目をこらして想像した。

動作と笑顔が自分たちに向けられているのは、遠目にも明らかだった。

ところで、彼にはこちらが見えているのだろうか、とも思う。


強い太陽光に燃やされて、人影もなんとなく滲んでいる。

空気も熱ければ、光だけでも熱い。

気持ちのいい風も吹いてはいるものの、涼しいとはお世辞にも言えなかった。


『もう少し時季が変われば、多少は過ごしやすくなる。』

実際は遥かにたどたどしい言葉遣いだが、ダゲキは毎年そう言うのだ。

もっとも、ジュプトルにとって、暑さはそれほど不愉快でもない。

むしろ、寒くなると動きが鈍ってしまうから、ありがたいくらいだった。


ミュウツー『あの小さい、孵ったばかりのポケモンはどうした』


ヨノワールは黙って腕に何かを抱えるしぐさをした。


ミュウツー『……そうか』


樹上のジュプトルは、足元の友人たちを眺めた。

ミュウツーとヨノワールは、大きな図体を必死で縮めている。

ジュプトルには、それが無駄な努力に思えてならない。

身を隠そうとする一方で、ねちねちと顔を覗かせているのだから、世話はない。


別の場所を見る。

彼らよりやや低いところにある青い頭が見えた。

ダゲキもまた、人間のいる方をじっと見ている。


ジュプトル「おい、だいじょうぶか」

ダゲキ「うん……」


声をかけても、ダゲキは心ここにあらずといった面持ちだった。

昨日からずっとこうなのだ。

84 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/05/27(金) 22:54:04.32 ID:aj4xDXo6o


ジュプトル(きのうの ポケモンの、せいか……)


正確には、昨夜あのチョロネコを目にしたあとからだ。

思い返してみると、実際そうかもしれないと思う。

紫色で、ぼさぼさに毛羽立っていてもなお、しなやかな印象を受けたポケモン。

自分と大差ない状態で森にやって来たあのポケモン。


考えるほど、あのチョロネコが関係あるに違いない気がしてきた。

あのポケモンが姿を見せてから、彼はいつにも増しておかしくなったのだ。

あんな奴が、なんだというのだろう。


昨夜のことを思い出す。



ダゲキは現れたチョロネコをじっと見ていた。

ジュプトルを膝に抱えたまま。


おかしかったのは、その様子だ。

目を見開き、ぎりぎりと硬直している。

喘ぐような擦れた音を喉から響かせ、苦しそうに呼吸している。

驚きのあまり、というように見える。

何かショックを受けているようにも見えた。


チョロネコの方も少し困惑していたようだ。

それはそうだろう、とジュプトルも思う。

とてもいやな感じがしていた。


「どうしたの?」と、チョロネコの横に立つイーブイが声をあげる。

ダゲキははっとしたような顔で、イーブイを見た。


それきり、ダゲキはチョロネコの方をあまり見なくなった。

ちらちらと視線を送ることはあっても、逃げるように目を逸らす。

ジュプトルが声をかけても生返事ばかりで、耳には入っていなかったようだ。

それきり。


85 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/05/27(金) 22:55:22.67 ID:aj4xDXo6o


アデク「君たちの未来に、幸多からんことを!」


ジュプトルは意識を引き戻された。

男が、まるで怒鳴るようにそう叫んだからだ。


その言葉を最後に、豪快な男はこちらに背を向けた。

返事など待ってもいない。

堂々とした足取りで、大股にどんどん木々に紛れていく。

男の姿は、あっという間に消えてしまった。


ふう、と誰かが息を吐いた音が聞こえた。

つられてジュプトルも肩の力を抜く。


ミュウツー『やっと出て行ったな』


空気を震わせているわけではないのに、頭に響くその声には疲れが滲んでいた。

ああ見えて、緊張していたのは自分だけではないらしい。


ジュプトルは地面に滑り下りた。

友人たちは、まだ人間が去って行った方を見ている。


ジュプトル「なあ」

ミュウツー『なんだ』

ジュプトル「ミライ、って、なんだよ」


見上げた先のミュウツーは、目を見開いた。

首と首のうしろにある管を捻り、こちらを見下ろしている。

よく知らなければ、睨まれているとしか思えない。


ミュウツー『……私には』


眉間に濃い皺が刻まれる。


ミュウツー『よく、わからないのだ、それが』

86 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/05/27(金) 22:58:50.44 ID:aj4xDXo6o

心なしか、歯噛みしているように聞こえた。

こう答えざるを得ないことが悔しくてしょうがない、とでもいうようだ。


ぐるりと首を回す、やはり顔色の悪いダゲキがいた。

こちらを見ている彼と目が合う。


ジュプトル「おまえは?」

ダゲキ「しってる……けど、わからない」

ジュプトル「なんだそれ」

ダゲキ「ニンゲン は、いうよ」

ジュプトル「そうなの?」


ダゲキは返事せず、そのかわりに傍らを遠慮がちに見上げた。

ヨノワールに同意を求めているらしい。


ダゲキの視線を受けて、ヨノワールはかすかに頷いた。


ヨノワール「でも、わたし も、いみ わからないです」

ジュプトル「……そうなんだ」

ジュプトル「おまえも、しらないの?」

ミュウツー『知らないものは知らない』

ミュウツー『そんなに知りたければ、自分でニンゲンに聞け』

ジュプトル「い、いじわる」


毒突きながら視線を戻す。

けぶる緑がゆっくりと揺れている。

アデクと名乗った男は、その向こうに消えていったのだ。


ジュプトル(?)


何匹かのクルマユがくさむらの間から顔を見せる。

男のいた方角を眺め、周囲をきょろきょろと見回し、そして消えた。

彼らなりに、侵入者を警戒していた、ということなのだろうか。

87 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/05/27(金) 23:01:32.45 ID:aj4xDXo6o

ミュウツー『行くぞ』


慌てて振り返る。

友人たちは、もうこちらに背中を向け、歩き出している。

よく目にする、いつもの、なんでもない光景だった。


ジュプトル「ま、まてよー」

ミュウツー『早くしろ』


にも関わらず、ジュプトルは妙にそわそわした。

ああ急がなければ、と焦る。

遅れずついて行かなければ、と逸る。


ジュプトル「いく って……」


思うように舌がまわらず、喉も動いてくれない。

まるでずっと前の、今よりなにもかもが未熟だった頃のようだ。

なにもわかっていない、わかろうともしていなかった頃のようだ。


それはとても困る。

絶対に嫌だった。


ジュプトルの挙動不審に気づいたのか、ダゲキが振り返った。

少し不思議そうに眉間に皺を寄せている。


ダゲキ「おなか すいた?」

ジュプトル「す、すいた!」


なかばやけになりながらそう叫ぶ。

本当は、別にそこまで空腹でもない。

なんでもいいから、早く反応したかったのだ。

一刻も早く問いかけに答え、ちぎれてしまわないようにしなければならなかった。


がむしゃらに草を蹴り、ダゲキの背中に飛びつく。

彼が何か言おうとしてやめた気配があった。

言っても無駄だと理解したに違いない。

88 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/05/27(金) 23:04:18.32 ID:aj4xDXo6o

丸い頭によじ登り、ジュプトルは盛大に喉を鳴らした。

これで、やっと一息つくことができる。


ダゲキ「くすぐったいよ」

ジュプトル「いいじゃん」


文句を言うかわりに、ダゲキがかすかに唸った。

それから深い溜息をついて、ううんと呻く。


ジュプトル「なに?」

ダゲキ「あのさ」

ミュウツー『なんだ』

ダゲキ「……ミライって、なんだろう」


ミュウツーが、ゆっくりとした動作で振り返った。

世にも恐しい目つきで、ダゲキを見ている。


自分に向けられたものではないのに、ジュプトルはひやりとした。

怒っているようでもあり、怯えているようでもある。

とても強い感情によるものだということはわかる。

彼は、この視線に気づいているのだろうか。


ジュプトル「お、おれは……」


何も言わぬまま、ミュウツーは再びゆっくりと前を向いた。


ダゲキ自身はジュプトルの重みを受け、やや下を向いているはずだ。

あの目には、気づいていないに違いない。


ジュプトル「……わかんない」

ダゲキ「うん」


ミュウツーはそれきり、こちらを振り向こうとしない。

振り向いていないのに、まだ背中から視線が向けられているようにさえ思えた。

ヨノワールは、そんなミュウツーを困ったように見ている。

ダゲキは、少し先の地面を見て、ひたすら歩いている。


ジュプトルは、妙な落ち着かなさを覚えていた。

89 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/05/27(金) 23:05:14.65 ID:aj4xDXo6o




夢を見た。

そう、かつてボクは夢を見た。

ずいぶん昔のことだったと思うが、今も不思議と忘れない。


ボクはどこか、見たことのない場所に立っている。

行ったこともない場所だ。

だから、これは夢なんだ。

夢だったに違いない。



とても暗いのに、ぼんやりと周囲が見えている。

地面と空の区別も危うく、荒野のように広い。

上にも、横にも、それから下にも。

夢なのだから、それもそう不思議ではないと思う。


周囲には誰もいない。

境目のない空間がただ無作為にどこまでも広がっている。

全てが目に見えているわけでもないのに、五感がそう理解している。

ボクの『上』と感じられる方向に、何かが浮いていると『思う』。

ボクの『足元』と思う方向に、他と比べればややしっかりした足場がある『らしい』。



90 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/05/27(金) 23:07:53.06 ID:aj4xDXo6o



轟々と前から吹く風の中を、ボクはあてもなく進む。

どうしてこんなところにいるのか。

それもはっきりとは憶えていない。


風向きが変わって、束ねた長いボクの髪が視界を横切った。

ばたばたと音のない音をさせて、帽子の下で髪が暴れている。

ボクは帽子を被りなおしてまた進む。


ボクは、なんだか鬱陶しく思って、足を止める。

これから行こうとする方向に、大きな気配が立ち塞がった。

いくつもの巨大な存在が、いつの間にか目の前に並んでいる。

『彼ら』に見られている気がする。

『彼ら』は、ボクを見下ろしている。


連中は、今この瞬間、ここに出現したのだろうか。

いや違う。

連中は、前からずっと、あそこにいたように思う。

ああやって、ずっとボクを監視していたんだろう。



91 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/05/27(金) 23:09:00.18 ID:aj4xDXo6o



風の唸るような、地響きのような音がする。

誰かが話している声に聞こえる。

それとも、ボクを威嚇しているのだろうか。

この巨大な連中がその発生源であるように思えた。


横を見ると、また別の誰かがいる。

ぼんやりと霞んだ影、あの気配ほど大きくはない影がいくつか。

あれは誰だろう。

誰と誰で、知っている相手なのだろうか。

いや、誰ひとりとして、見知った者はいない。



影がボクに気づいた。

影たちがボクに振り向こうとしている。

巨大な存在の方は、とっくに気づいていたと言っている。

彼らは、彼らの言葉でそう言っているのだ。

“言っている”。

そうだ。

ボクには、ボクだけには、彼らが話す声が理解できる。


……そのあとのことは、よく憶えていない。




92 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/05/27(金) 23:12:01.15 ID:aj4xDXo6o
今日はここまで
「始める方のレスはなくてもいいんじゃね?」と言われたのでスレ節約にやめてみる

それではまた
93 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/05/27(金) 23:20:33.03 ID:FFxzY8f00
乙!
あれ?ジュプトルの性別どっちだったけ?オレだから♂?それともオレ系♀?
94 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/05/27(金) 23:27:25.79 ID:K++K8/aOo
乙です
95 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/05/27(金) 23:29:14.62 ID:cYOaEHj20
ずいぶん長いことやってるSSなのねぇ。>>1頑張って
96 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/05/28(土) 14:17:10.61 ID:VQoKsycFo
不穏だわぁ…


そもそもポケモンに性別はあるのだろうかという疑問
97 : ◆/D3JAdPz6s [saga sage]:2016/06/20(月) 22:39:01.47 ID:Ce/H1oiuo
       _
      /  │       /´´ヽ    この私がみずから保守だ
     /  −───  /   │          
      ´         /   │          ´;:;:;:;:;:;:;:;:;:ヽ
   /              │        /;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:丿
   /                │        /;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:/
    \      /       │    /;:;:;:;:;:/´´´´´
  ヽ ●      ●      │   (;:;:;:;:;:;:(
   ⊃        ⊂⊃    /   /⌒ヽ;:;:;:;:ヽ
   /    、_,、_,       丿ヽ /   /ヽ;:;:;:;:ヽ
   \___ゝ._)___/‐‐/   /   │;:;:;:;;::
       /  ヽ     イ´   /     │;:;:;:;:│
      │      ´   ヽ  イ│       │;:;:;:;:│
      へ           /    |丿      /;:;:;:;:;:;:│
    /  /`────−   │     /;:;:;:;:;:;:;:丿
  /  /    \        \   /;:;;:;:;:;:;:;:/

このAAほんとかわいいな…
また落ちてしまっても困るので保守します

>>93
俺系♀だと思っていただいていいです!
彼らは、「私」「俺」「僕」の性別使い分けをわかって使ってるわけじゃないです
人間語を憶えるときに身近だった言い方を使うようになっただけです

>>95
自分でもびっくりです

>>96
初代からやってるんで、自分も性別はあるようなないような中途半端な認識です
98 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/06/20(月) 22:58:49.83 ID:S7G8SGIUo
俺系♀だったのか!
99 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/06/20(月) 23:12:35.01 ID:P6hGuG2rO
ジュプトル♀だったのか!?その発想が一切なかった
100 : ◆/D3JAdPz6s [saga sage]:2016/06/20(月) 23:30:57.92 ID:Ce/H1oiuo
>>98
ど、どっちでもいいといえばどっちでも…(急に弱気)
それは冗談としても、「話には関わらないけど一応♀かな」と設定してあるだけで
性別に大きな意味はないです

>>99
最初の頃も「ジュプトル♀か?」みたいなレスがあって
実は内心すげードキッとしてたんだよね!
101 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/06/21(火) 07:06:20.18 ID:SFEIwtyyo
どちらかといえば、♀系俺みたいな認識をしていた
保守乙
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