ミュウツー『……これは、逆襲だ』 第三幕

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308 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/04/10(火) 13:31:13.77 ID:X0mY1yuv0
いい雰囲気なのに毎度ドキドキするぜ
309 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/05/08(火) 01:09:00.37 ID:763E0+6uo
310 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/06/03(日) 04:23:52.97 ID:cmSrtH9co
311 : ◆/D3JAdPz6s [sage saga]:2018/06/03(日) 21:13:04.30 ID:H8QMEiW7O
312 : ◆/D3JAdPz6s [sage saga]:2018/06/09(土) 23:27:42.80 ID:lH8SKUuEO

強い日差しが容赦なく注ぐ。

刺すような暑さは相変わらずで、風が吹いたくらいでは涼しくならなかった。

そんな街角をゴロゴロと重い音が進む。

シッポウシティの片隅に、痩身の男が旅行用キャリーを引く姿があった。


鼻歌を歌える程度には機嫌もいい。

だが汗は、まるで人体が発する警報のように流れつづける。

暑さには強いと自負する男だが、さすがに目は日陰を探していた。


男は被っていた白い帽子を脱ぎ、顔を扇ぐ。

その眩しさに通行人が目を細め、足早に過ぎていった。

当の本人は、周囲のそんな反応を気に留めてすらいない。

ただ景色を眺めては特徴的な街並みに感心しているだけだった。


禿頭の男(気温だけ見ればそう変わらん気もするが、カントーほど辛くないな)


ちらっ、と何かが視界の隅を駆け抜けた。

今のは何だっただろう、と男は何気なく思い返す。

何度目だろうか、どこか時代錯誤な衣装の人影だったように思う。

なにかイベントでもやっているのだろうか、とさほど気に留めなかった。


男は再び帽子を被り、ふう、と深く溜め息をつく。


禿頭の男(やはり、奴が来なかったのは少々残念だなあ)

禿頭の男(いい気分転換になると思ったんだが)


今度は丸いサングラスをずらして目を細める。

木々の遥か向こうに、今しがた渡ってきたばかりの長い長い橋があるはずだ。

それがこの地方に足を踏み入れて二つ目の橋だった。

一つ目は、下船した街にかかる赤く長い跳ね橋だった。

その跳ね橋を見るのも、この旅における目的のひとつだったのだ。


禿頭の男(あの橋、言うほどリザードンには似ていなかったな)

禿頭の男(赤いという意味では十分に赤かったが)

禿頭の男(……さて)
313 : ◆/D3JAdPz6s [sage saga]:2018/06/09(土) 23:31:07.63 ID:lH8SKUuEO

男は立ち止まり、あたりを見回す。

美しい煉瓦造りで統一された古めかしい建造物が並んでいる。


一見したところでは、年季が入っただけの倉庫街にしか見えない。

もっとも、古さのわりにどれも整備は行き届いている。


その中のひとつに目を向ける。

出入口横には、木枠をつけた黒板が立てかけられている。

その黒板に、店名らしき文字が洒落た書体で書かれていた。

しばらく眺める。

若い女性ばかりが頻繁に出入りしている。

とても倉庫として機能しているようには見えない。

意を決して覗き込むとなんのことはない、外側は倉庫のままだが中は古着屋なのだった。


また別の『倉庫』に目を向ける。

そちらはすぐ横に広々としたウッドデッキが設置されている。

店員の格好から、どうやら喫茶店のたぐいらしい、と男は唸った。


同じように、倉庫を画廊や住宅として使っているものもあるようだ。

無骨だが洒落っ気が漂っている。

それがこの街独自の様式と化して、不思議と均衡を保っていた。


男は荷物を引きずりながら、悠々と観光を楽しんでいる。

そのうち、男は気づいた。


禿頭の男(ここからも森が見えるな)


よく考えてみれば街のほとんどの場所から鬱蒼とした木々が見えている。

広い街を、より広い森が大きく囲んでいるのだから当然かもしれない。

それを差し引いても、妙に森の存在が気にかかるのだった。


禿頭の男(かすめる程度にしか見ていないが、やはりずいぶん広いようだ)

禿頭の男(あれほど規模の大きな森なら……まあ、人間に見つからんよう棲むことも難しくはないかもしれん)

禿頭の男(本当にあの森に……なんて、まさかな)
314 : ◆/D3JAdPz6s [sage saga]:2018/06/09(土) 23:43:50.33 ID:lH8SKUuEO

男は想像する。

森の奥深く、人間の目の届かない場所がきっとあるはずだ。

友人が『我が子』と呼んだ存在が、そこで静かに潜み暮らしているのだろうか。

自分が知っているのは、巨大なシリンダー状の装置越しに見た姿だけだ。

身体を丸め、目を閉じ、たくさんのケーブルを繋がれている。

今ではどんなふうに成長しているだろうか。


日々の食糧を手に入れることはできているだろうか。

『父親』に言わせると、そういう知恵はなにも持たなかったはずだ。

だが不思議と、飢え苦しんでいる気はしない。


寂しい思いをしてはいないだろうか。

賢い子だから、誤解さえ受けなければきっと大丈夫だ。

広い世界のどこかに、あの子を受け止めてくれる場所がきっとある。


所詮は希望的観測だ、と男はかぶりを振って足元を見た。

地面には使われなくなって久しい線路が埋もれている。

かつての活躍は想像に難くないが、すっかり街を彩る装飾の一部と化していた。

線路の末端も雑草に覆われてよく見えない。


禿頭の男(奴にはああ言ったが、別に確証があったわけではないからな)

禿頭の男(観光がてら、それらしい話が拾えれば奇跡だ、が、まずは……)


男は立ち止まり、がちゃんと音をさせてカートを止めた。

腰に手を当て、目の前に聳える大きな建物を見上げる。


禿頭の男(……さて、ジムある街に来たならば)

禿頭の男(ここはやはり、ジムリーダーらしいやりかたで挨拶をしておかねばな)

禿頭の男(改めて考えれば、まったく難儀なものだなあ、トレーナーという人種は)


男はサングラスの奥で目を細めた。

白く輝く博物館は、沈んだ色合いの街にひときわ目立つ。

そのさらに目立つ正面に、ジムであることを示すエンブレムが堂々と佇んでいるのだった。
315 : ◆/D3JAdPz6s [sage saga]:2018/06/09(土) 23:48:16.82 ID:lH8SKUuEO






手元のノートにペンを走らせる。

ぼんやりと苛立ちながら線を引く。

何度も線を重ね、色を濃くしていく。


静かな室内ではその音も少し耳障りだ。

他の利用者は、もっと意味のある音をさせている。

たとえば文字を書くとか、ページを捲るとか。


レンジャーは不意に顔を上げた。

誰かの視線を感じたように思ったのだ。

周囲を見回しても、それらしい顔見知りもいないようだ。


レンジャーの肩書きこそあるものの、たかが下っ端に大した力はない。

一般人も同然だ。

今はユニフォームですらなく、地味な私服に身を包んでいる。

誰かにことさら視線を向けられる理由は思い浮かばなかった。

気にしすぎだろう、と自分を納得させる他ない。


そうするうち、白いノートには、特徴的なシルエットが描き出された。


レンジャー(こんな感じだったかなあ)

レンジャー(いや、もうちょっと、こう……ローブみたいに被ってたかな)

レンジャー(木の間からはよく見えなかったけど)

レンジャー(屋根の上にいたときは、少しだけ見えたよね)


ペンを投げ出し、改めて自分の描いた絵を見る。
316 : ◆/D3JAdPz6s [sage saga]:2018/06/09(土) 23:53:11.97 ID:lH8SKUuEO

身長からの割合でいえば小さめの頭部。

その下に直立した胴体が恐らく続いている。

足がどのあたりから生えているかわからないが、二足歩行に違いない。

あんなふうに背筋を伸ばして歩行する種類はあまり多くない。

ちらっと見えただけだが、体長と同じくらいの長い尾があったように思う。

外套のように大きな布を身につけているようだ。

頭からすっぽりと被り、顔つきはわからない。

姿を人間に見られたくないのだろう。

角か耳か、頭部の左右にかすかな盛り上がりがあったような気がする。


レンジャー(よし、あんまり似てないけどそれっぽく描けたかな)

レンジャー(……はあ)


溜め息とともにノートを押し退ける。

『恐らく』、『違いない』、『思う』、『だろう』、『気がする』。

要は“なにもわからない”。

迂遠さを垣間見て、うんざりしたのだ。

何も知らないことを改めて突きつけられるのは面白くない。

もとより、手元に大した情報はないのだが。


本を抱えた誰かが、机の横を通り過ぎていった。

自分の落書きを無意識に手で隠す。

見られて困る理由は特になかったが、なんとなく憚られた。


レンジャー(ここまでわからないとは思わなかった)

レンジャー(困ったな)


彼らが助けを欲したとき、自分は何かしてやれると思っていた。

少しは何かしてやれていると思っていた。

実際にはこのざまだ。

何かしてやるための手掛かりさえ掴めない。
317 : ◆/D3JAdPz6s [sage saga]:2018/06/09(土) 23:54:53.68 ID:lH8SKUuEO

机の上には、既に目を通し終えた図鑑が山と積まれている。

イッシュ地方は“いの一番”に調べたが、当然のように空振りだ。

有り体に言えば、ここに積まれた本のどれもが外れだった。

どの地方の図鑑にも載っていない。

似通った部分のある種類さえいない。


そうして考えていくほどに、また別の疑問が明確になっていく。

あのポケモンは、つまるところいったい何者なのだろう。

まず、もちろん人間ではない。

ではどこから来た、どういう素性のポケモンなのだろうか。

これまで深く考えることは敢えて避けてきた疑問だった。

自分と彼らの関係において、そこに踏み込むのは無用な詮索でしかないからだ。

だが今は、それこそが鍵になるような気がしていた。


少なくとも人間には未知のポケモン、ということにはなる。

ならば、なぜ人間の物を持っている。

なぜ汚れた布を頭から被り、姿を包み隠そうとする。

人間を嫌い、憎み、遠巻きに友人たちを見守るのか。

その姿勢こそ、過去に人間の介在があったことを意味するのではないのか。


……ならばなぜ?


読み終えた本の、その隣の山に目を移す。

まだほとんど手をつけていない、毛色の違う本ばかりが残されていた。

信憑性の極めて低い都市伝説や伝承、噂ばかりが載った本だ。

図鑑といえば間違いではないが、情報としての意味はあまりない。

子供向けの本もある。
318 : ◆/D3JAdPz6s [sage saga]:2018/06/09(土) 23:56:38.34 ID:lH8SKUuEO

正直なところ、息抜きとしては優秀だった。

たとえば、さきほど目を通した本には、遺伝子改造の末、生み出されたポケモンの与太話が載っていた。


そのポケモンは極めて強いかわり、とてつもなく凶暴だとか。

ゆえに自身を生み出した研究者たちを皆殺しにして逃げたとか、なんとか。

まるで醜悪な化け物かのように挿絵が描かれている。

不気味でおどろおどろしい挿絵。

オカルト雑誌のような外連味に溢れた文章。

これでは都市伝説どころか安物のホラー映画だ。

子供を対象にした本とはいえ、いくらなんでも荒唐無稽にすぎる。


レンジャー(って言っても、もうこんなのしかないんだよな)

レンジャー(こんなのに載ってたら、それこそ幻のポケモンだし)

レンジャー(さっきのホラーっぽいのも、ちょっとあり得ないからなあ)


しかし、もう他に調べるものもない。

いい加減、頭も焦げついてきたところだ。

休憩のつもりで、山の一番上にある本へと手を伸ばす。


その瞬間。


すっかり脱力していたレンジャーの肩を、誰かが力いっぱい掴んだ。
319 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2018/06/10(日) 00:06:48.38 ID:Gswb9wreO
今日はここまで

感想・保守ありがとうございます
USはやっとネクロズマと1回戦闘して帰還したところで、
ゲーチスが出てくるらしいんだけどまだリーグすら辿り着けてないのである

ではおやすみなさい
320 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/06/10(日) 00:44:27.23 ID:epfoB6RR0

だんだんと各陣営の動きが見え始めたのか?
321 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/06/10(日) 01:45:34.68 ID:X5D9Hslwo
乙乙
わくわくしてきた
USゲーチス出るんか、リーグでやめてた
322 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/06/10(日) 12:24:53.34 ID:vsY5uC43O
更新乙です
役者が揃ってきたな
323 : ◆/D3JAdPz6s [saga sage]:2018/07/12(木) 21:36:28.50 ID:7E2zPDnRO
保守
324 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/08/01(水) 00:33:16.82 ID:sljz0+Kro
来年の映画はミュウツーだな
保守
325 : ◆/D3JAdPz6s [saga sage]:2018/08/01(水) 22:19:38.20 ID:iteeJLV7O
保守ありがとございます
またミュウツーで映画やるのか…
326 : ◆/D3JAdPz6s [saga sage]:2018/08/22(水) 00:49:40.37 ID:1i+T9FplO
327 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage ]:2018/08/24(金) 18:23:57.48 ID:Uz+I2XWm0
保守
328 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage ]:2018/09/02(日) 05:11:26.30 ID:WYuJ8SBD0
あれ?書き込みは出来るけど専ブラからこのスレ消えてるお?
ちなスマホのBB2C
どこかに移転したのか?
329 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/10/15(月) 09:48:03.47 ID:2Nsz2ui1o
復活したか
330 : ◆/D3JAdPz6s [saga sage]:2018/10/15(月) 21:19:39.73 ID:YHvciYdxO
>>329
復活だやったー!
ゴブスレ見ながら書いてるぜヒャッハー!!
331 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/10/17(水) 22:53:06.11 ID:BfDJqL3do
復活して良かった……
332 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/11/27(火) 10:54:25.64 ID:AQQj2Ckg0
ほっしゅる
333 : ◆/D3JAdPz6s [saga sage]:2018/12/17(月) 21:13:55.76 ID:9Ij23kJZo
保守
334 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage ]:2019/01/18(金) 19:15:17.87 ID:sDkDgmtsO
保守
335 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/01/22(火) 01:35:10.08 ID:kXHxljrhO
完結するまでずっと待ってる
336 : ◆/D3JAdPz6s [sage saga]:2019/01/27(日) 07:38:45.42 ID:k3XqMKHg0
保守…私生活含め色々滞っております…
337 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/01/27(日) 14:04:39.69 ID:xc0/IQka0
余裕のあるときでええんやで
気長に待っとる
338 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/02/24(日) 00:45:29.69 ID:7zShFztv0
保守
339 : ◆/D3JAdPz6s [sage saga]:2019/03/20(水) 00:52:05.63 ID:pcdh9weg0
保守
340 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/05/01(水) 01:33:25.89 ID:l7yKtqHoo
341 : ◆/D3JAdPz6s [sage saga]:2019/05/09(木) 10:02:22.55 ID:Z/NrV6QPO
hoshu
342 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/06/07(金) 21:36:08.19 ID:mXAGn1BS0
保守
343 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage ]:2019/07/03(水) 01:58:19.16 ID:KX06cS8LO
保守
344 : ◆/D3JAdPz6s [sage saga]:2019/07/29(月) 21:09:29.37 ID:RlLGkKQOO
保守
345 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage ]:2019/08/26(月) 19:11:19.02 ID:BvaOEQIn0
保守
346 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/09/17(火) 21:56:41.24 ID:nkF1S3nQo
保守
347 : ◆/D3JAdPz6s [sage saga]:2019/09/29(日) 23:24:48.33 ID:pMyju1DIO
hoshu
348 : ◆/D3JAdPz6s [sage saga]:2019/12/17(火) 17:55:44.36 ID:g/iHm7M1O
hoshu
349 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/12/18(水) 00:18:35.34 ID:mczKMWpto
待ってるぞ
350 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2019/12/19(木) 10:21:18.44 ID:aQeWhtx+0
351 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/01/29(水) 23:35:26.41 ID:z3B0neLKo
352 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/02/21(金) 13:49:30.47 ID:LGfpG6R8O
しゅ
353 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/03/06(金) 01:33:16.28 ID:+4Xs685FO
hoshu
354 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/04/20(月) 20:45:54.86 ID:stiHiszVo
355 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/05/08(金) 00:04:25.26 ID:K9Plvakg0
保守
356 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/07/08(水) 23:33:15.16 ID:/1HlWhNTo
ほしゅ
357 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/07/17(金) 18:13:16.74 ID:LKcBCdkc0
チュリネが辛い思いしない、せずに済むことをひたすら祈り続ける
叶いそうにないけど
358 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/08/30(日) 01:40:43.08 ID:+jF6WUTKo
ほし
359 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/09/11(金) 22:36:45.75 ID:hkVQQJx+0
保守
360 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/10/27(火) 19:34:46.55 ID:rYRDQExXo
ほしゅ
361 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/12/11(金) 17:53:06.31 ID:jgT7ZlOdO
ほしゅ。みなさん、お身体にお気をつけくださいね
362 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2021/01/21(木) 10:53:14.49 ID:8pVUUksNO
ほしゅ
363 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2021/02/16(火) 16:00:20.92 ID:mDuVj6MPo
保守
364 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2021/04/30(金) 00:07:12.80 ID:SX0GdWbq0
保守
365 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2021/08/17(火) 13:02:48.45 ID:DGUvRi3j0
保守
366 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2021/09/11(土) 18:45:42.25 ID:HDiDt1Tvo
保守
367 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2022/04/08(金) 19:28:37.90 ID:wqChY9Cq0
ho
368 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2023/02/02(木) 21:22:08.62 ID:0drDqm2Mo
保守
369 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2023/03/14(火) 23:07:44.76 ID:FwgsQAaB0
はい
370 : ◆/D3JAdPz6s [sage saga]:2023/08/01(火) 23:21:34.91 ID:9Ps6NfVqo

かすかな足音、ページを捲る音、筆記用具の摩擦音。

本を探す人の声、答える職員の声。

空調の静かな唸り。

アロエには、いつもと変わらない光景にしか見えない。

いつも通りの図書館だ。


ただなんとなく、いつもより空気が落ち着かない。

少なくともアロエにはそう感じられた。


アロエ「……ふうん」


静かに息を吐き出し、アロエは腰に手を当てた。

目の前の書架に、ぽっかりと不自然な空白がある。

ひと抱えほど、蔵書が持ち出されている。

周囲の書架から見るに、図鑑らしい。

誰だか知らないが、アロエと同じような調べ物をしていた人物がいたようだ。


371 : ◆/D3JAdPz6s [sage saga]:2023/08/01(火) 23:25:08.86 ID:9Ps6NfVqo


アロエ(根こそぎ持ってってる奴がいる、ってことか)

アロエ(システム上は貸し出しになってない本も結構あるから、まだ館内にいる?)

アロエ(“あの子”の手掛かりでもあればと思ったけど)


おおまかな身長や体格は、何度か会って――顔は見ていないが――から知っている。

薄暗い中とはいえ、白っぽい色合いだったことはわかる。

趾行性の二足歩行であることも、身の丈のわりに長くがっしりと太い尾があることも。

おそらく、人間のところから逃げてきたことも。

それも悪意か害意か、そうした感情で“あの子”に対峙していたに違いない。


だがそれだけだ。

それ以外の情報はない。

あとは、実際に顔を合わせた――もちろん、顔は見ていないが――印象だけだ。


???「あ、館長」

372 : ◆/D3JAdPz6s [sage saga]:2023/08/01(火) 23:28:22.90 ID:9Ps6NfVqo

不意に背後から声をかけられた。

首を回すと、キダチが返却図書を何冊か抱えて立っている。

書架に戻すところだったようだ。


アロエは妙な後ろめたさを覚えた。

些細な隠しごとが露見しそうなときの、あの居心地の悪さに似ている。

実際には、書架の前に立っているところを夫に見られただけなのだが。


キダチ「……今、忙しいかな。あとでも大丈夫なんだけど」

アロエ「別に忙しかないけど、なんだい」


かろうじて笑顔を作る。

なぜこんなにやましい気持ちを覚えるのか、自分でも不思議だ。


キダチ「備品管理の人が、椅子一脚足りないって」

キダチ「背もたれがなくて座面が丸いやつ」


アロエは心臓が飛び出そうになった。

椅子。

いや違う。

正確には、スツールだ。

373 : ◆/D3JAdPz6s [sage saga]:2023/08/01(火) 23:30:48.82 ID:9Ps6NfVqo


――キミは尻尾があるみたいだから


背もたれのないスツール。

心当たりがある。

いや心当たりどころの話ではない。

あの夜のまま、書斎に置きっぱなしだ。


アロエ「ああ、それ……えーと」

キダチ「どこかで見かけたら教えてくださいって言ってた」

アロエ「わ、わかった」


話を終えると、キダチは少し不思議そうな顔をして去っていった。

これでは、思い当たるところがあると言っているも同然だ。


アロエ(……やっちゃった)

アロエ(図鑑は閉館したあとにまた来ればいいか)

アロエ(ああそれに、椅子もこっそり戻しとかないと)

アロエ(……それもそれで不自然かねえ)


アロエはちらちらと周辺の書架に目を配りながら、身体の向きを変えた。

心ない利用者が、図鑑を適当な書架に本を戻した可能性もあったからだ。


アロエ(なにか言い訳を用意して、うっかりしてたことにしとくか……)

374 : ◆/D3JAdPz6s [sage saga]:2023/08/01(火) 23:33:13.57 ID:9Ps6NfVqo

ふと、館内のどこかで、雑音に紛れて声が聞こえることに気づいた。

それも独り言ではない。

明らかに二人が『話し合う』声だ。

場に相応しい小声というには、もう少し騒々しい。

やや距離があるのか、話している内容まではわからない。


アロエ(……今日は変な利用者も少ないと思ったのに)

アロエ(あんまり騒ぐようなら、ちょっと声かけなきゃいけないか)


靴音を潜め、アロエは書架と書架の間から歩み出た。

林立する書架コーナーの隣には閲覧スペースがある。

一人用サイズの机と椅子が並び、ちらほらと利用者が腰かけていた。

声はまだほそぼそと響いている。

話し合っているというより、どちらかといえば揉めているような印象を受けた。

やはり、見に行った方がよさそうだ。

アロエはあたりを見回し、声の出所を探す。


すると、閲覧スペースの片隅に目が吸い寄せられた。

男が二人、言い合いをしている。

あれが出所で間違いないようだ。

片方は着席しており、本の山を前にして机上の何かを押さえている。

特に目を引く服装でも、変わった様子でもない。

375 : ◆/D3JAdPz6s [sage saga]:2023/08/01(火) 23:35:45.25 ID:9Ps6NfVqo

もう片方は旅行者か何かだろうか。

キャリーカートをそばに置き、相手の肩と机の上の何かに手を伸ばしている。


アロエ(……あの男、たしか)


男の風貌は特徴的だ。

細身の禿頭で、年格好は老人に見えなくもない。

だが洒落た身なりで背筋は伸びており、足腰にも危うさは見えない。


アロエ(間違いない)

アロエ(でも、なんでこんなところに)


どうやら、禿頭の男が座っている青年からノートをもぎ取ろうとしているらしい。

双方とも一応は声を潜めており、喧嘩というほどではなかった。

周辺の利用者はかすかに眉を顰め、遠巻きにしているだけだ。

アロエの姿を認め、ちらちらと見てくる利用者もいる。


しかたなく、アロエはつかつかと近寄った。


アロエ「アンタたち」

アロエ「悪いんだけど、騒ぐなら外でやんなさい」


アロエの声に、二人が顔を上げて彼女を見る。

一瞬怪訝そうな目をしてから、着席している方が『あっ』と小さく叫んだ。

アロエの顔を知っているようだ。

目を見開いてこちらを見上げている。

376 : ◆/D3JAdPz6s [sage saga]:2023/08/01(火) 23:38:41.86 ID:9Ps6NfVqo

アロエもまた、なぜか若者の方にも見覚えがあった。

にわかには思い出せないが、たしかにどこかで見た顔だと思う。

そのわりに名前はなかなか浮かんでこない。


見たところ、青年は私服で、いかにもプライベートらしい。

制服で一度か二度会っただけだとすれば、もうわからない。

必死に思い出そうと努力しながら、アロエは続けた。


アロエ「なにがあったか知らないけど、どっちもいい大人なん……」


ちょうどそのとき、彼らの奪い合っているノートに目が行く。


アロエ(……この絵は)


ノートには、黒っぽい絵が書かれている。

ペンでぐりぐりと描かれただけの落書きだ。

だがよく見れば、どこかで見たようなシルエットに思える。


二足歩行の何者かがマントを羽織ったような形。

妙に長い尾。

何が描かれているのか、正確なところはわからない。

だがアロエは、その絵が示すもの、描こうとしたものを理解してしまった。

377 : ◆/D3JAdPz6s [sage saga]:2023/08/01(火) 23:42:04.28 ID:9Ps6NfVqo

アロエ(……まさか、あの子のことを)


頭が凄まじい速度で回転し始めた。

思い当たる記憶が一瞬にして眼前に甦る。


アロエ(そういえばたしか、あの子も自分で……ヤグルマの森に棲んでる、って)

アロエ(ヤグルマ……あ、この子)


まさしく、この青年を見たことがあった。

もっとも、見覚えがあったのは暗いオレンジ色の制服姿だったが。

レンジャーのユニフォームに身を包み、会議に出席していた。


アロエ(でも……あの子をどこで知ったっていうんだ)

アロエ(森で?)

アロエ(たしかに、それが順当だけど)

アロエ(あの子が存在を知られるような真似をそうそうするとも思えないし)

アロエ(それに……)


レンジャー「ごっ、ごめんなさい、アロエさん」

禿頭の男「アロエ? あんたが?」


禿頭の男は、青年の肩に置いていた手で自分の髭を撫でた。

もう一方の手はぬかりなくノートを掴んでいる。

378 : ◆/D3JAdPz6s [sage saga]:2023/08/01(火) 23:43:43.23 ID:9Ps6NfVqo

禿頭の男「ということは、あんたがここのジムリーダーか」

アロエ「……え? ああ、そういうことだね」

アロエ「それがなに?」

アロエ「ここで騒いだら、他の利用者に迷惑になることくらい……」

禿頭の男「なァに! 騒ぐ気があったわけじゃあない」

禿頭の男「ちょっと、この若造に話を聞きたくてな」

レンジャー「こッ……こっちは話すことなんかないです!」


若者が慌てて首を振った。

その間にも、水面下でノートの奪い合いは続いている。


アロエ「……二人とも、ちょっと来てもらおうかな」

レンジャー「いえ、あの、そろそろ帰りま」

禿頭の男「わしも、長居するつもりは」

アロエ「図書館は騒ぐ場所じゃあないだろ!」


突然、アロエが声を荒げた。

レンジャーが肩を震わせ、驚いている。

禿頭の男もさすがに面喰らったのか、少し身構えた。

周囲の視線が一気に集まる。

そして、騒ぐ人間が館長に叱られていると見るや、みな安堵して目を逸らすのだった。


その隙にアロエは問題のノートをひったくり、急いで閉じた。

覗き込まない限り見えないし、見えたところで誰にも絵の意味は理解できまい。

だが一刻も早く、あの絵が他人の目に触れないようにしたかった。

379 : ◆/D3JAdPz6s [sage saga]:2023/08/01(火) 23:45:10.25 ID:9Ps6NfVqo

レンジャーは何か言いたげに口を開こうとした。

それを手で遮り、アロエはレンジャーを睨みつける。


アロエ「図書館は、静かに本を読むところだよね」

アロエ「そんなことくらいわかってるだろうけど」

レンジャー「……ごめんなさい」

アロエ「アンタもアンタだよ」


次にアロエは禿頭の男を睨む。

多少は気圧されたのか、男もキャリーカートを引き寄せて黙っていた。


アロエ「まったく、“他人が読んでる本”を取り上げようとするんじゃないよ」


彼女の口ぶりに、レンジャーが不思議そうに眉を顰めた。

アロエは、そんな彼を敢えて無視した。


アロエ「いい年した大人なら、順番くらい待ちなさい」

アロエ「どうしても読みたいっていうなら、予約でも取り置きでもすりゃあいい」


男がこれみよがしに片方の眉を跳ね上げる。

鼻を鳴らし、何かを合点した顔で軽く頷いた。

レンジャーは不安そうにアロエと男を見比べている。


禿頭の男「……なるほど、それもそうだな」

禿頭の男「“たかが本一冊のために”騒いだことについては、弁解の余地もない」

レンジャー「いや、あの、本じゃなく……」

アロエ「いいから、二人とも」

アロエ「説教の続きは、裏の事務室でするから」

380 : ◆/D3JAdPz6s [sage saga]:2023/08/01(火) 23:46:55.63 ID:9Ps6NfVqo

レンジャーはみるみる青ざめていく。

子供のように身を縮めて黙り込んでしまった。


アロエ「ここじゃあ他の利用者に迷惑になるからね」

禿頭の男「おいおい、わしもか」


大袈裟な身振りで男がわざとらしく異を唱えた。

アロエは眉を顰め、子供を叱りつけるように小声で返す。


アロエ「そうだよ。アンタにも話がある」


男は自分の禿げ上がった頭をつるっと撫でた。

小振りなサングラスの奥から、アロエは彼の鋭い視線を感じる。


禿頭の男「……ふーむ」

アロエ「キミ、他の本はそのままにしておいていいから」

アロエ「自分の荷物だけまとめて、ついて来なさい」

レンジャー「……は、はい……」

禿頭の男「それは、わしがどこの誰か、わかった上で言っとるんだな」

アロエ「……ああ、もちろん」


肩を竦め、男は渋々という身振りを見せて了承した。


禿頭の男「なるほど、それならば仕方ない」

381 : ◆/D3JAdPz6s [sage saga]:2023/08/01(火) 23:48:45.47 ID:9Ps6NfVqo

レンジャーもばたばたと荷物をサックに詰めている。

アロエは『ふう』と息を吐く。

ずっと息を止めたままだったような気すらした。


アロエはさりげなく周囲に目を配る。

やはり、もう誰も注目していない。

館長が介入したことで、言い争いも収まるものと判断されたのだろう。

騒いだ利用者二人が館長に叱りつけられただけだ。

少なくとも、他の利用者にはそう見えたはずだ。

『そう見える』ことがなによりも肝心なのだった。


アロエ「じゃあ、ついて来なさい」


若者は怯えている。

かわいそうなことをしてしまったかもしれない。

ひとりだけ、状況がよくわかっていないに違いない。

だが、もう少しだけ我慢してもらうしかなかった。


アロエは書架の間を縫って、バックヤードに向かった。

背後からは、硬い床を踏む二人の足音が聞こえている。


すたすたとカウンターを回り込み、躊躇する二人を手招きする。

二人がカウンターの内側に入ったのを確認すると、アロエは奥の扉を開けた。

382 : ◆/D3JAdPz6s [sage saga]:2023/08/01(火) 23:54:16.22 ID:9Ps6NfVqo

扉の先は広い事務室になっている。

普段は職員が諸々の仕事をしたり、あるいは待機しているだけだ。

今は事務仕事をしている職員が一人。

それから、何も載っていないトレーを抱えて妙に困り果てた様子の職員が一人。

部外者を二人も引き連れて館長が事務室に戻ってきたのだから、当然といえば当然だ。


アロエはまっすぐ奥に視線を向けた。

事務室を抜け職員用の廊下を進めば、その奥に小さめの保管室がある。

目指しているのはその保管室だ。


???「おお!」


アロエは突然、大声で横っ面をはたかれた。

一瞬ののち、はっとして足を止める。

聞き覚えのある声だ。

誰の声だっけ、とアロエは思う。


知り合いの声だ。

それも、自分に向けられている。

キイ、という椅子の軋む音がした。

アロエは慌てて声の方を向く。


???「久しいな、アロエ」


誰も使っていない席の椅子に、だらしなく座る男がいた。

暖色のポンチョに、大雑把な頭、裸足にサンダル。

首にも腰にもボールを下げ、リーグ規定以上の数を持ち歩いている。

机の上には、水滴のついた空のグラスが見えた。

383 : ◆/D3JAdPz6s [sage saga]:2023/08/01(火) 23:56:36.17 ID:9Ps6NfVqo

アロエ「ア……アデク……」


アロエが名前を口にすると、男は嬉しそうに頷いた。


自分の後ろで、レンジャーが何か言おうとしている。

手と目でそれを制し、アロエは話を続けた。


アロエ「生きてたんだねえ、アンタ」

アデク「そう驚くこともないだろ」


そう言いながら、アデクと呼ばれた男は椅子を少し回転させる。

アロエたちに正対し、背もたれから身体を離した。


アデク「見ての通り、幽霊じゃあないぞ」

アロエ「たしかに、向こう側は透けて見えないし、足もあるね」


アデクは声をあげて笑い、自分の膝を叩いた。

孫がいるほどの年齢にもかかわらず、まるで少年のようだ。


アロエ「……“放浪の旅”に出てたと思ったけど」

アデク「ま、その通りなんだが、ちと用があってな」

アデク「自分で本を探すか、さもなくばお前さんに聞きゃあいいと思って寄った」

アデク「まあ自分で探そうにも、タンマツとかいう機械の使い方がわからんかったのだが」

アロエ「そんなこったろうと思ったよ」

384 : ◆/D3JAdPz6s [sage saga]:2023/08/01(火) 23:58:57.28 ID:9Ps6NfVqo

アロエは肩を竦めた。

なにか引っ掛かる部分があるのに、自分でも正体がよくわからない。


アデク「お前さんに声をかけようにも、取り込み中のようだったしな」

アデク「しかたないから職員を捕まえようとしたんだが」

アデク「わしの顔を見るなり、『コチラヘドウゾ!』などと慌て始めてな」

アデク「いつの間にか、こうして冷えた茶までご馳走になっているというわけだ」


なるほど、トレーを抱えた職員が困っていた原因はこの男だったわけだ。


ぎしぎしと彼の椅子が鳴る。

アデクがすっと立ち上がり、さりげなく自分の荷物に手を伸ばした。

『よっこいしょ』と言わないところが彼らしい、とアロエは思う。


アデク「とはいえ、調べ物は後回しにせにゃならんようだ」

アデク「……と、いうより、もはやその必要もなくなったというか」

アロエ「へえ……そうかい」

アデク「わしも混ぜてもらってかまわんかね」


ぎくりと背筋が冷えた。

アロエは彼の顔を改めて見る。

口元は微笑んでいても、目が笑っていない。


アロエ「……なんのこと」

アデク「お前さんが今からやろうとしとる、その『説教』にだ」



385 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2023/08/02(水) 00:00:14.56 ID:kR8bLL1Xo
今回はここまでです。
保守してきてくださったみなさん、本当にありがとうございます。
ちゃんと完結させたいです!

それでは。
386 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2023/08/02(水) 00:52:45.46 ID:D/Nlj8Cr0
戻って来てくださってありがとうございます。
387 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2023/08/29(火) 22:54:13.09 ID:Bxagxrqso


今日は妙な日だ。

そわそわして、理由はわからないが落ち着かない。

日課の走り込みも珍しくあまり身が入らなかった。

だから、普段の六割ほどでトレーニングを切り上げて戻ったのだ。

ポケモンたちも少し――いやだいぶ不満そうだったが、仕方ない。


誰の姿もない道場の中央に腰を下ろし、努めて静かに呼吸する。

窓も出入口も開け放っているのに、そよとも風は吹かない。

板張りの床は磨き上げられ、昼前の切り詰めた強い日差しが落ちている。

今いる位置も日陰なのにサウナのように蒸し暑い。

空気がまるごと熱いゼラチンの塊になっているような気がした。


いつもならば、こうしていれば精神のざわめきもいずれ鎮まるはずだった。

それは、こんなふうに暑苦しい日も、寒い冬の日も変わらない。


だが今日に限って、一向に平静を取り戻せる気配はない。

それどころか、神経を逆撫でする厄介な記憶が次から次へと思い出される。

どれも行方知れずな師匠に関連する記憶ばかりだ。


彼と出会ったときのこと。

勢いよく勝負を挑み、あっけなく負けたときのこと。

理由は忘れたが褒められて、思いの外、むず痒い思いをしたときのこと。

初めて勝ちをもぎ取ったときのこと。

これでは落ち着くものも落ち着かない。

388 : ◆/D3JAdPz6s [saga sage]:2023/08/29(火) 22:55:48.32 ID:Bxagxrqso

ふうう、と意識して息を長く吐き出す。

足が痺れている気もするが、きっと気のせいだろう。


記憶の中の彼は、おおむねいつも豪快に笑っている。

たいていのことは明るく笑い飛ばせる男だったことは確かだ。

怒鳴ったり、激しく怒ることはまずない。

勝負に負けても、いい戦いができたのなら、手を叩いて喜ぶことさえある。

勝ち負けと機嫌の善し悪しは、彼にとって別の話なのだ。

当時の自分には、とても理解しにくい感覚だった。

そもそも彼の負け自体、そう滅多にあることではなかったが。


そんな師匠が、珍しく難しい顔をした日があった。



――私は記憶の中でも膝をつき、正面の硬い地面を睨みつけていた。



サンダルを履いた彼の足が、視界の奥の方に見える。

私たちは、そうだ、私たちは立って向かい合っていたのだ。

最初は。

389 : ◆/D3JAdPz6s [saga sage]:2023/08/29(火) 22:57:25.16 ID:Bxagxrqso

???『お前さんは、負けるといつもそんな顔になるなぁ』


私はその顔を見上げ、いや、睨みつけた。

力いっぱい拳を握り悔しがる私に、彼は呆れて――違う、困っていた。

口は笑ったままだったが、眉根を引き上げて溜め息をついている。


???『まったく困ったものだ』

???『勝負に負けることがそんなに嫌か』

???『それとも、“わしに負けた”のが気に入らんというだけか』


そう言われて、余計に私は腹を立てた。

そんなことを改めて問う彼に。

思うように動いてくれない自分のポケモンに。

いくら足掻いても師匠に勝てない自分に。


???『そうまでして、なぜお前さんはわしに勝ちたい』


彼の言葉にカッと怒りが込み上げる。

挑発された、と当時の私は受け取ったのだ。

今にして思うと、ただ疑問を口にしただけだった気もするが。

よくもまあ、いちいち腹を立てていたものだと自分でも思う。

謙虚さや克己の精神から、少しばかり距離を置いていた時期だったのだ。


???『おい、わしを睨んだところで何も変わらんぞ』

???『いつも言っとるだろうが』

???『よく考えろ、と』

390 : ◆/D3JAdPz6s [saga sage]:2023/08/29(火) 22:59:47.78 ID:Bxagxrqso

試合用フィールドの真ん中あたりで、私はじりじりと立ち上がった。

薄曇のなんでもない天気、午後のなんでもない時間。

妙なことを尋ねる、とそのときは思ったものだ。


???『“オレは、強くなりたい”』

???『“ただそれだけで、理由なんてないです”』

???『お前さんは、いつもそう言っていた』


師匠は両腕を組み、眉間に皺を寄せて立っている。

衣服が風にはためいて、首から下げたボールがちらっと見えた。

本来ならばリーグの規定違反だ。

機械の使い方が本当にわからないとみんなが知っているから、誰も咎めないだけだ。


???『それだけか』

???『お前は強くなって、何がしたいんだ』


思わず漏れた自分の呻き声はあまりに間抜けだった。

たぶん不思議そうな顔をしていたのだろう。

実際、何を尋かれたのかよくわからなかった。

師匠は片手で顎をさすり、ああ、とかうう、とか唸っている。


???『例え話は本質を見失うから、あまり好きではないんだが』

???『楽器を弾けるようになったら、そこが終着点か』

???『絵の描き方を会得したら、それで終わりか』

???『そうではないだろう』


言われたことを、私は何度も頭の中で反芻した。

彼の言わんとしていることはわかる気がする。

腹は立つが。

391 : ◆/D3JAdPz6s [saga sage]:2023/08/29(火) 23:01:45.38 ID:Bxagxrqso

???『では、強くなるとは、どういうことだろうか』

???『お前さんにとっての、で構わん』


そう言われて、思わず視線を泳がせる。


???『それは、勝つことか、負かすことか、負けないことか、それともまた違う、別の何かか』


さきほどの問いよりもなお、尋かれている違いがよくわからない。

子供じみた反抗的な気持ちは、いつの間にか萎えていた。


???『考えたことはあるか』


黙り込む。

視線を落として考える。


???『ないというなら、ここまで運がよかったと言えるのかもしれない』

???『なあに、そこを曖昧にしたままでは破れない壁がいずれ出てくる』


壁。

それなら、今この時点でもう目の前に立ち塞がっているじゃないか。

アンタこそがその壁だ。

そう文句を言いたくなったことを憶えている。


???『ま、偉そうなことを言ったが、わしもすっかりわかっているわけじゃない』

???『強い、とは、つまるところ、なんなのだろうなあ』


彼は不意にこちらを見る。

そして心の底から疑問に思っている、とでもいうように尋ねてきた。


???『……お前さんは、わしが強いと思うか』

392 : ◆/D3JAdPz6s [saga sage]:2023/08/29(火) 23:03:10.26 ID:Bxagxrqso

だから私は、彼に言い返したのだ。


『今更、そんなこと尋くんですか』。

『師匠は強いですよ』。

『現にこうして、オレは師匠にろくに勝てない』。

『だからオレは師匠に弟子入りしたんです』。

『それに、この地方では誰よりも強いから、師匠はチャンピオンなんじゃないですか』。


半ばやけっぱちだった。

ところが、師匠は合点がいった顔で唸った。


???『なるほど、そうだったか』


叱られるか呆れられると思っていただけに、少し予想外だった。

顎を擦り、彼は私が投げつけた言葉を咀嚼していた。

しばらくして師匠は首をかしげ、ふたたび私を見た。


???『だがその強いってのは、つまりなんなんだ』

???『トレーナーを標榜する者のその属性のみに絞った話なら、ある意味で単純明快だな』

???『一定の方針に従った適切な育成計画を考案し、それに沿ってポケモンを育成できること』

???『そして、特定のルール下でポケモン同士を戦わせ、状況に応じて最適な指示を出せること』

???『そして、そういう立場の者同士の“試合”に勝てること』

???『「トレーナーとしての強さ」とは、いわば文字通りの調教師として、あるいは指揮官としての優秀さだ』


私はまた黙して師匠を見つめる。

393 : ◆/D3JAdPz6s [saga sage]:2023/08/29(火) 23:05:28.45 ID:Bxagxrqso

彼と自分との間に、優劣を決定づけるほどの身長差はない。

体力や年齢を考えれば、むしろこちらの方がずっと有利であるはずだ。

それでもなお、遥か高みから見下ろされている。

雲の上を眩しく仰ぎ見る感覚は、どんなときも纏わりついている。

今、こうして膝をついていたことを差し引いても、だ。

手を捻られる赤子の気分とは、こんなものなのかもしれない。


???『お前さんなら……そうだな』

???『おのれの極める武道で相手より勝ること、も、ある意味では「強さ」かな』


『それ以外に何があるのか』と聞き返す。

ポケモン勝負にせよ、武道にせよ、大した違いはない。


敗者は顧みられることがない点では同じだ。

だが彼の物言いにカチンときたのもまた事実だ。

すると、師匠は――“難しい顔”をした。

ううん、と頭を掻き、鼻を擦り、口をへの字に歪める。


???『おい、レンブ』

???『お前さん、だったら、なぜわしのところなんぞに弟子入りしたんだ』



394 : ◆/D3JAdPz6s [saga sage]:2023/08/29(火) 23:07:26.92 ID:Bxagxrqso

レンブはぎくりと顔を上げた。

我に返ってみると、自分の心臓が銅鑼のように鳴っている。

妙に汗をかいているが、暑さのためだけではない気がする。

どうやら白昼夢を見ていたようだ。

周囲を見回しても師匠はおらず、無論ここはフィールドでもない。


太陽の位置もあまり変わっていない。

たださきほどまでと違い、少し耳障りな音が規則的に聞こえている。


キャスターのコール音だ。

発生源は壁を何枚か隔てた事務室らしい。

道場へはキャスターを持ち込まないから当然といえば当然だが。

というか、普段も荷物に放り込んでいる。

もちろん、師匠ではないから使い方はわかっている。


腕で額を拭うと、夕立ちを潜り抜けてきたようにびっしょり濡れていた。

それが膝にしたたり、愛想のない色の染みを作る。


レンブ(……なんだか、嫌な予感がする)


コール音は間断なく響いている。

なかなか途切れないところを見るに、はっきりと用がある相手なのだろう。

395 : ◆/D3JAdPz6s [saga sage]:2023/08/29(火) 23:09:03.57 ID:Bxagxrqso

急ぎタオルで汗を拭きながら事務室に入る。

荷物の上に置かれたキャスターがけたたましく鳴いていた。

キャスターを手に取り、まさかと思いながらも発信者の名前を見る。


点灯する『アロエ』の文字を見たとき、レンブは正直なところ少しほっとしていた。

もっとも、心のどこかで『ひょっとしたら』と期待したことは否定できないが。

悪い知らせでないことだけは不思議と確信していた。

とはいえ、悪い予感『も』当たっている気がする。


レンブ「……はい」


わずかな間があって、通信相手を映す小型モニタに人影が浮き上がった。

見知った顔だ。

いつもと同じく、自信に満ち溢れた笑顔を浮かべている。

だが今日はなんとなく切羽詰まった気配があった。


アロエ『……もし、もしもし、忙しかった?』


396 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2023/08/29(火) 23:09:41.64 ID:Bxagxrqso
今回はここまでです。

>>386
こちらこそありがとうございます!
397 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2023/08/30(水) 12:17:06.49 ID:D6KqNzFL0
お早い更新だ!!うれしい!
398 : ◆/D3JAdPz6s [saga sage]:2023/09/17(日) 00:51:32.99 ID:IYrmd6hRo

少し埃っぽい匂いが部屋に漂っている。

書庫のように林立した金属ラックには、大小さまざまな木箱やトレーが並ぶ。

トレーからは白い布切れにくるまれた、これまた大小さまざまな物体が覗いている。

小さな紙片に整然と文字列が書かれ、トレーに貼り付けられている。


あれらは調査を待つ化石か何かだろうか、とレンジャーは落ち着かない頭で考え続けた。

圧すら感じる夏の日差しもこの部屋ではほとんどわからない。

それもこれも、棚にずらりと並べられた化石たちのためだ。


とはいえ、今はその暑さ寒さも、あってないようなものだった。

近年稀にみる緊張に身体を強張らせながら、レンジャーは木の椅子に腰かけている。

両足を閉じ、膝に両手を載せて背筋を伸ばし、意識が遠のきそうになるのをかろうじて踏み止まっている。

最後にこれほど身の細る思いをしたのはいつだったか。

レンジャーの採用試験で、試験官のひとりが自身の兄であることに気づいたときだったか。

それとも、『初任務』に赴く車内での時間だったか。


同じような椅子に座り、飾り気のない木製の作業卓に片肘を置く男が正面にいる。

目の前に陣取るこの男が誰なのか、レンジャーは知っていた。

むしろ、この地方にあって彼の顔を知らない者はいないはずだ。

399 : ◆/D3JAdPz6s [saga sage]:2023/09/17(日) 00:52:57.41 ID:IYrmd6hRo

それから、その横で腕を組んで立つ女がいる。

この女のことも当然、知っていた。

少なくともこの街に住んでいて、彼女を知らない者もまたいるまい。


その二人と自分、両方から同じくらいの距離を取って佇む、きれいに禿げ上がった男。

さっきまで自分のノートを奪い取ろうとしていた相手だ。

どこの誰なのか知らないが、あまり関わりたくない部類の人間だと思っていた。


荷物は事務所に押しつけてきたのか、その禿げた男も今は手ぶらだった。


そうやって周囲を観察でもしていないと、内臓が口から飛び出してきそうだった。

前者の二人は、いわばもっとも身近な雲の上の存在だ。

本来ならば、自分のような半人前が気楽に会話できるはずもない。

トレーナーとしての道を邁進することさえやめた自分には、なおさらそう思えた。


いずれにせよ、連行されたコソ泥のように、レンジャーはひたすら膝を握り続ける他なかった。

シッポウジムリーダーの手元に置かれた、自分のノートにやきもきしながら。


アデク「おい、話を聞きたい相手を怯えさせてどうするんだ」


圧力の強い声が顔の横をかすめていく。

あれをじかに浴びたら気絶しそうだ、とレンジャーは思う。

400 : ◆/D3JAdPz6s [saga sage]:2023/09/17(日) 00:54:03.32 ID:IYrmd6hRo

アロエ「別に怯えさせてなんかないってば」


腕を組むアロエが、肩を竦めながら返している。


アロエ「ねえ?」


そしてレンジャーの方を見て、同意を求めるように小首を傾げた。

笑顔を浮かべている。

だがその笑顔と裏腹に、その目はあまり笑っていないように見えた。


レンジャー「あ、いや、その……大丈夫です」

アロエ「ほおら」


少し勝ち誇ったように、アロエはアデクを振り返った。


アデク「あのなァ、この状況で正直に言えると思うか」

アデク「そんな図太い奴は、ここで萎縮したりせんだろ」

アロエ「それもそうか」


溜め息をつくように同意して、アロエは腕をほどいた。

かわりに両手を腰に当てて、レンジャーに視線を戻す。


イッシュの栄えあるチャンピオンと人望あるジムリーダー。

レンジャーは二人の放つ存在感に圧倒されて息をするのも一苦労だった。

ぎらぎらと輝く太陽に焼かれる凧のような気分だ。

401 : ◆/D3JAdPz6s [saga sage]:2023/09/17(日) 00:55:22.48 ID:IYrmd6hRo

アデク「なにも、取って食ったりせんから、緊張するな」


不憫に思ったのか、アデクが宥める口調でレンジャーに声をかけた。

もっとも、緊張するなと言われても、どだいこの状況では無理な話だ。


レンジャー「は、はあ」

禿頭の男「すまんが、本題にはいつ入るかな」


静かな湖面に小石、というよりは岩でも投げ込むような大声がレンジャーの耳に突き刺さった。

思わず声のした方を見て、レンジャーはぎょっとした。

例の『はげ頭』がサングラス越しに自分を睨みつけているのがわかったからだ。

もっとも、問いかけそのものはレンジャー個人ではなく、場全体に対するもののようだが。


アデクは男の横槍に小さな溜め息を漏らした。

盗み見ると、アロエもわずかに顔を顰め、苛立っているようだ。

雰囲気は悪い。

それでも、男は一向にお構いなしだった。


禿頭の男「わしは、この若造に確かめなければならないことがある」

アデク「急ぎか」

禿頭の男「まあな」

レンジャー「だ、だから、あなた、なんなんですかさっきから」

禿頭の男「わしか? ……うーむ」

402 : ◆/D3JAdPz6s [saga sage]:2023/09/17(日) 00:57:18.25 ID:IYrmd6hRo

レンジャーの誰何に、禿げた男は眉を跳ね上げて意外そうな顔をした。

なぜそんな反応を示すのか、レンジャーには理解できない。

思わずアデクを見ると失笑している。

それだけは読み取れるのだが、何を考えているのかまではわからない。


禿頭の男「ただのしがないポケモントレーナーだ」

アデク「ほーお」


男の言葉に、なぜかアデクがわざとらしく顎をさすった。

面白い冗談でも言われたかのように、ニヤニヤ笑っている。


アデク「『ただのしがないジムリーダー』の間違いではないのか」

レンジャー「……ジム?」

アデク「噴火で吹き飛んだジムはどうなった」


知り合いだったのだろうか。

この男のような風貌のジムリーダーを、イッシュで見た覚えはないが。

アデクの口ぶりはあたかも、たちの悪いジョークにあえて付き合ってあげている、といった様子だ。

禿げた男は唇を尖らせる。


禿頭の男「たしかに、その情報は間違っていない」

禿頭の男「だが少しばかり古いな。ジムはとうに建て直した」

アデク「ははは、知っとるよ」

403 : ◆/D3JAdPz6s [saga sage]:2023/09/17(日) 00:58:22.42 ID:IYrmd6hRo

面白がっている声のアデクと違い、男はどこか上の空だ。

本当は、こんなやりとりを一刻も早く切り上げたいに違いなかった。


アロエはより一層、不愉快そうにしている。

表情を見るに、彼女もまた男の素性を最初から知っていたようだ。

男はレンジャーを一瞥し、しぶしぶといった調子で名乗った。


禿頭の男「グレンジムのカツラだ」

レンジャー「はあ……えっ」


レンジャーの背筋を、冷たいものが滑り落ちた。

聞いたことのある街の名前と聞いたことのあるジム名だ。

有名なジムだから当然だった。


レンジャー「グレンジ……えっ!?」


思わず腰を浮かせレンジャーはうろたえた。

ならば、自分はジムリーダー二名とチャンピオン一名に囲まれていることになる。

困り果ててアロエを見上げ、声にならない声で助けを求めた。


アロエ「なんだ、本当に知らなかったんだ」

アデク「まあ、そんなもんだよ」

404 : ◆/D3JAdPz6s [saga sage]:2023/09/17(日) 00:59:15.07 ID:IYrmd6hRo

意外そうな顔をするアロエに、アデクは笑って返す。

アロエは意外そうに口を「へ」の字に曲げた。

そういうもんかねぇ、と呟いて両手を広げ、カツラに向き直る。

つまり、状況を全く理解できていなかったのはレンジャーだけだった、ということらしい。


アロエ「それで? イッシュくんだりまで何しに来たんだい、あんた」

アロエ「ひとの図書館で騒ぐために、わざわざ来たわけじゃないでしょ」

アロエ「『あんたが誰なのか』も知らない子相手に、何がしたいの」

カツラ「ご挨拶だな」


言葉のわりに、カツラが気分を害しているようには見えない。

気にしていないというよりも、どうでもいいのだろう。

どちらにしても、ぴりぴりした空気が和らぐ気配はなかった。


アロエ「警戒してるだけ」

カツラ「何を警戒するというのだろうか」

アロエ「いろいろとね、こっちにも事情ってもんがあるのさ」

アデク「事情ならわしにもあるぞ」

レンジャー「わ、わた……」

カツラ「なるほど事情か。ならば仕方ない、そういうこともあろう」


輪に入りそびれてしまった。

そもそも入ろうとしたことを後悔しつつあったが。

405 : ◆/D3JAdPz6s [saga sage]:2023/09/17(日) 01:00:24.87 ID:IYrmd6hRo

カツラ「知っての通り、リーグ絡みの視察でホドモエに顔を出すことになった」

カツラ「だから、その『ついで』でここまで来たわけだ」

アデク「ホドモエ? あそこで何かあったか?」

カツラ「こっちで、常設のトーナメント施設を作ろうとしとるだろ」

カツラ「わしはその話で来たんだが」


怪訝そうなアデクの反応に、カツラはやや驚いたように答えた。

なんでお前が知らないんだ、と言わんばかりだ。

一方、レンジャーはその話に覚えがあった。

たしかホドモエの冷凍コンテナ区画が再開発される、という話だったように記憶している。

もっとも、『再開発に伴い、現在あそこに定着している個体群をどうするか』という議題として、だったが。


カツラ「地元の実力者に話が来とらんはずないと思うが」

アデク「……ああー……例のなんとかいう施設か、まあな」

アデク「ありゃあヤーコンが進めてる話だから、わしは別に噛んどらん」


ようやく思い当たったとでもいうように、アデクは胡乱に答えた。

あまり興味がなかったらしい。

アロエは、呆れを隠さない視線を彼に向けてから口を開いた。


アロエ「それのことなら、あたしも聞いてるよ」

アロエ「シンオウリーグにも話が行ってる、ってところまでだけど」

アデク「ほう、あいつ本気で全国から引っ張ってくる気なのか」

406 : ◆/D3JAdPz6s [saga sage]:2023/09/17(日) 01:01:31.00 ID:IYrmd6hRo

仮にもチャンピオンだというのに、アデクの様子はまるで他人事だ。


アデク「わしはまだ、どうするか決めてはおらんがね」

カツラ「おいおい、現地のチャンピオンがそんなことでどうする」

カツラ「ああいう場所は、強いトレーナーと闘えることにこそ意味がある」

カツラ「あんたのように実力と評判のあるチャンピオンが参戦すれば、みんな喜ぶだろうに」

アデク「ははは」

アデク「いつまでチャンピオンやっとるか、正直わからんからな」

アロエ「ちょっと、冗談にしたってそれ笑えないよ」


チャンピオンの何気ない一言に、レンジャーは胸騒ぎを覚えた。

口振りはあくまで年齢をネタにしたジョークでしかない。

だが、目の前にいるチャンピオンは、もしかすると本当にその座を降りようとしているのではないか。

そんな曖昧な直感のようなものが、ふとレンジャーの脳裏をよぎっていた。


アデク「いやーあ、別に冗談じゃ」

アロエ「イッシュに来た理由はわかったけど、じゃあカツラ、あんた今、こんなとこで何してるのさ」


強制的に話を打ち切られたアデクは、わざとらしく萎縮した。

レンジャーの視線に気づき、苦笑いを浮かべてみせる。

407 : ◆/D3JAdPz6s [saga sage]:2023/09/17(日) 01:02:37.15 ID:IYrmd6hRo

アロエ「ホドモエからここって、街ふたつは越えるでしょ」

カツラ「いや、この街まで来たのは、本当にたまたまだ」

カツラ「思いのほか暇だったし、リザードンの名を冠する橋をこの目で見たかったからでもある」

カツラ「もっとも、あちこちうろついていたのも、きちんと目的があってやっていたことだ」

カツラ「こやつの素性がわからん段階では、まだ話せん」


相変わらず、カツラは鋭い眼光を隠そうともしない。

そこまで身元を心配しなければならない話なのだろうか。

なぜだろう。

輪郭の見えない不安がじわじわと迫り上がってくる。


アロエ「なるほど」

アロエ「つまり、いずれ説明してくれるってことだね」

カツラ「そのつもりだ。適切なタイミングを待たせてもらうよ」

アロエ「好きにして」


アロエはあからさまに苛立っている。

カントーから来たジムリーダーが、どうにも気に食わないようだ。

そして長い息をつくと、気を取り直してレンジャーの顔をまっすぐ見た。

気づけばアロエだけでなく、全員が自分に注目している。


アロエ「で、肝心のキミは……」

アロエ「……あたしたち、どっかで会ったことあるよね」

408 : ◆/D3JAdPz6s [saga sage]:2023/09/17(日) 01:06:12.04 ID:IYrmd6hRo

その一声だけで、まるで首を絞められたように息ができなくなった。

衣服の膝の部分を握りしめて、レンジャーはどうにか息を整える。


レンジャー「い、以前にあの、地域会議で……」


そこまで言うと、アロエはぱっと花が咲いたように明るい顔になった。

「あぁ!」と小さな声を上げている。


アロエ「そっか、やっぱり。なぁんか見覚えあったんだ」

アデク「ほーう」

アロエ「ここら一帯担当のレンジャーの子」

アロエ「でしょ」

レンジャー「は、はい」


じろじろと全身を検分したのち、アデクは合点がいったように頷いた。


アデク「なるほど、今はプライベートということか」

カツラ「ユニフォームでないとわからんものだな」


レンジャーは困って背を丸めた。

カツラの言葉が嫌味なのか本心の感想なのか、まったくわからない。


だが、そうだ、そうなのだ。

自分など、制服を着ていなければ、どこの誰かもわからない存在なのだ。

半端者だから仕方がない。

409 : ◆/D3JAdPz6s [saga sage]:2023/09/17(日) 01:07:09.64 ID:IYrmd6hRo

アロエ「で、今日は何しに来てたの」

レンジャー「そ、それは、えっと……休みで、ちょっと調べ物をしに」

レンジャー「そうしたら、いきなりこの……カ、カツラさんが私の」

レンジャー「あ」


そう言って、レンジャーは大切なノートを指差そうとする。

だが、肝心のそのノートが見当たらなかった。

アロエのすぐ手元にあったはずなのだが。


アデク「調べるとは、『こいつ』についてかな」


アデクがノートを開き、問題のページをレンジャーに向けた。

こころなしか声を潜めている。


レンジャー「……そ、その」


落ち着きのない文字がページのあちこちに、ずらずらと書き殴られている。

その合間に、落書きのように描かれた黒いシルエット。


アデク「さっきの騒ぎも、つまりは『こいつ』が原因というわけか」

アロエ「ちょっとアデク、いつの間に」

レンジャー「そ、それは」

アデク「……『こいつ』は、なんだ」

410 : ◆/D3JAdPz6s [saga sage]:2023/09/17(日) 01:07:55.57 ID:IYrmd6hRo

チャンピオンはレンジャーをまっすぐ見た。

親しみやすさが消えたわけではないのに、同時に厳しい山脈のような威圧感を放っている。

彼に挑む者はみなこれを味わうのだと思うと、レンジャーは縮み上がった。


やっとの思いで目を落とす。

今もなおアデクの視線が身体を焼いている。

レンジャーは困り果て、アロエに助けを求めた。

だがレンジャーの仕草に気づくと、なぜか彼女は目を逸らしてしまった。

仕方なく、自分の膝に視線を戻した。


地獄のような無言の時間が、あるいは永遠に続くのではないか。

そう錯覚するほど空気が重かった。


アデクの問いに答えることは難しい。


『あいつ』のことがなにもわからないから、こうして調べまわっているのだ。

そして成果も芳しくない。

わかっていることも、とても少ない。

シルエットからわかることであるとか。

周辺の木々から類推される体長、身長であるとか。

おそらく、飛行能力があることだとか。

411 : ◆/D3JAdPz6s [saga sage]:2023/09/17(日) 01:08:57.26 ID:IYrmd6hRo

だが、そのわずかな情報を他人に伝えてしまうことに、どんな余波があるのか。

そうした自分の行動が、どんな結果を引き寄せるのか。

それが、『あいつ』にとってどう影響するのか。


正直なところ、もうさっぱり予想できなかった。

レンジャーの頭の中に、なんだか胸糞の悪くなる想像ばかりが駆け巡る。


しばらくしてアデクはノートを閉じた。

下を見ているのに、視線が外されたことがわかる。


アデク「ま、知ってても答えたかァないだろうよ」


はじめから回答が得られるとは考えていなかったようだ。

かわりに、今度はアロエに目を向ける。

自分の身体を押さえつける重い空気が、かすかにやわらいだ。

ほっとした、というのが本音だった。


アデク「では、お前は答えられるかな」

アデク「アロエ、これが何なのか……いや、何を示したものか、お前は知っているはずだ」

アロエ「……さあね」

アデク「この二人を裏に引っ張り込んだ時点で、自白したようなものだろ」

アデク「あんな小芝居までして」

412 : ◆/D3JAdPz6s [saga sage]:2023/09/17(日) 01:10:12.17 ID:IYrmd6hRo

あのアロエが居心地悪そうにしている。

まるで父親に叱られる少女だ。


アロエは頭を掻き、覚悟したかのように息を吐いた。


アロエ「……まさか、あんたが見てたなんてねぇ」

アデク「そろそろ老眼でな、遠い方がよく見える」

アデク「まあそれは冗談で、たまたま横を通りすがってな」

アデク「声をかけてもよかったが、下手にやると注目を浴びちまう」

アデク「だから機を窺っていたところで、ああいうことになった」

アデク「……ま、あの場では、他にやりようもなかったよ」

アデク「ああしなければ、もっと人目に触れていたかもしれんからな」

アデク「そこまで悪手だったとは思わん」

アロエ「そういうことにしといて」


あるいは、まるで教師と気難しい年頃の女子生徒だ。

アデクは苦笑している。

そしてレンジャーに視線を戻した。


アデク「さて、お前さんの答えをまだ聞いてないが」


苦労して口を開く。

いつの間にか、口の中はからからに乾いていた。

413 : ◆/D3JAdPz6s [saga sage]:2023/09/17(日) 01:11:10.73 ID:IYrmd6hRo

レンジャー「……あの、これは……」

アロエ「ちょっと、あんたこそ怯えさせてんじゃないの」

アデク「お、そうか」

アデク「いやすまん、お前さんを責めてるわけじゃないんだ」

アデク「ただ、なあ……」


そう言いながら、アデクは自身が持つノートに目を落とした。

描かれている落書きを、妙に優しい目つきで見ている。


不意に、アデクが不思議な顔で笑った。


アデク「ひょっとしてお前さん、いや、お前さんたち」

アデク「自分が何か話したら『こいつ』に迷惑がかかる、と思ってるんじゃないか」


レンジャーは思わず目を見開いて、チャンピオンを見てしまった。

アデクはそんなレンジャーをじっと見つめ返している。


逸らすに逸らせない、さきほどとは別の強い力を持つ視線だった。
414 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2023/09/17(日) 01:11:58.98 ID:IYrmd6hRo
今回はここまでです。
ポケモンが出てこなさすぎて不安になってきた。

>>397
読んでもらえて嬉しいです!
415 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2023/09/17(日) 21:12:48.62 ID:1meGC5Qw0
更新お疲れ様です!
ついに彼のことが共有されてしまうのかな…?
ハラハラの展開だあ…
416 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2023/09/18(月) 08:13:58.07 ID:M8yUiWmX0
未だにsage使えず上げるガイジがいるのか……
417 : ◆/D3JAdPz6s [saga sage]:2023/10/14(土) 21:02:11.93 ID:8AI6j1dyo

しばらくしてアデクは目を閉じた。

ほんの一瞬、何かを深く考えるように下を向き、再び顔を上げる。

次にアロエとカツラを順番に見る。

そして最終的に、なにかを覚悟したらしい様子で口を開いた。


アデク「わしもこの……いや、『こいつ』を知っている」

レンジャー「え」


レンジャーは思わず椅子から飛びあがった。


レンジャー「あなたも『あいつ』に会ったんですか!?」

アロエ「あんたも?」

アデク「……『も』?」


アロエは、絵に描いたような『しまった』という顔を見せ、口を閉じた。

レンジャーは呆然として、彼らの顔を交互に見るしかない。


カツラ「なるほど……これは興味深い」


ここまで静観していたカツラが、不意に口を開いた。

アロエがあからさまに身構える。


カツラ「ここにいるわずかな人間が揃いも揃って、同じ存在を知っているらしい」

カツラ「少なくとも、この若造の手による稚拙で迂闊な落書きから、ジムリーダー殿とチャンピオン殿は同じモノを想起したようだ」

レンジャー「……ち、稚拙で迂闊」

カツラ「……その様子では存在を知るのみならず」

カツラ「『あれ』の居所についても心当たりがあるということだろうか」

アデク「それはどうかな」

418 : ◆/D3JAdPz6s [saga sage]:2023/10/14(土) 21:03:59.45 ID:8AI6j1dyo

アデクがふたたびニヤニヤと笑った。

カツラも眉を跳ね上げ、狡猾そうな笑みを浮かべる。


カツラ「わしとて、腹の探り合いも嫌いではないが」

アデク「今は、あまりそういう気になれんな」

カツラ「いかにも」

アデク「仮にわしが何か知っていたとしても」

アデク「現状、明かすつもりはない」


肩を竦めながらアデクはそう答える。

カツラはそれを聞き、安心したような、がっかりしたような、不思議な顔をした。


カツラ「……そうか」

カツラ「それが賢明だろう」

アロエ「そういうあんたは色々と知ってる風だけど、それはどういうこと」


アロエが不快そうに割って入った。

そういえば、アロエは終始、カツラを敵対視している。

地域が違うとはいえ同業者ではあるはずだ。


アデク「そうだな」

アデク「お前さんこそ、『こいつ』とどういう関係なんだ」

カツラ「関係? ……関係か……説明は難しい」

アロエ「先に聞いとくけどさ、あんたは密猟者やハンターと関わりはないだろうね」

カツラ「そういう連中はどこにでもいる」

アロエ「もしあんたが『そういう連中』の仲間だってんなら、この話はここでおしまいにするってこと」

アデク「そうだな……申し訳ないが、場合によってはこのまま警備を呼ぶかもしれん」


カツラは小さく頷いた。

419 : ◆/D3JAdPz6s [saga sage]:2023/10/14(土) 21:06:34.74 ID:8AI6j1dyo

カツラ「わしがあんたらの立場ならば、きっと同じように考える」

カツラ「幸運なことに、そうするだけの意味がある繊細な案件だ」

カツラ「故に、こうした扱いは適切である」


あからさまに皮肉を滲ませた物言いだ。


カツラは自身の髭を撫でつけ、思案する様子を見せた。

アロエも警戒心を緩めてはいないが、カツラの次の言葉を静かに待っている。


カツラ「あんたらは『ロケット団』について、どの程度を知っている?」


カツラの問いに、イッシュの三人は顔を見合せた。

問われている言葉の意味はわかるが、意図がよくわからなかった。


レンジャーはカツラを見る。

すると、カツラの視線はまっすぐレンジャーを向いていた。

ぎょっとしたものの、つまりは主として自分に向けた問いなのだとレンジャーは理解した。


レンジャー「ロケット団は……むかし、読んだことあります」

レンジャー「えっと、カントーに拠点を置く犯罪組織……だったと」

レンジャー「ポケモンの密猟、乱獲、ポケモンに限らない窃盗、強盗……あとは違法賭博とか」

レンジャー「研修で説明を受けたり、自分でも調べたりしましたけど」

レンジャー「たしか……もう組織としては事実上崩壊している、って言われました」

レンジャー「それ以上のことは知らないです」


かつて憶えた知識をフル回転させ、レンジャーはそう答えた。

カツラは満足そうに頷いている。

420 : ◆/D3JAdPz6s [saga sage]:2023/10/14(土) 21:10:15.51 ID:8AI6j1dyo

レンジャー「……あいつ、そのロケット団となにか関係があるんですか」


だが、カツラがその問いに答えることはなかった。

そのままレンジャーから視線を外し、今度はアデクに向ける。


アデク「うん……わしも、カントーのごろつき連中だということくらいは知っている」

アデク「だが、所詮は海の向こうの犯罪組織だ」

アデク「このレンジャーくんが知る以上の詳しいことはわからん」

アデク「つまり、あいつはロケット団絡みの……まあ、それなら神経を使うのもわからなくはないが……」


カツラはその回答にも満足したらしく、次にアロエを見た。


アロエ「たしかに、この子が言ってるように、『壊滅した』って報告は回ってきたねえ」

アロエ「なにやらかした連中なのかもざっくりまとめてあったけど、あの子が関係ありそうなの、あったかな」

アロエ「……そういえば、なんでわざわざそんな報告よこしたんだっけ」


アロエは肘を抱え、こめかみを指で叩きながら言った。

カツラはこちらも不満はなかったらしく、目を伏せる。


アデク「報告なあ。そうだったか」

アロエ「アンタが自主的に欠席し続けてる会議で、だいぶ前に上がってたけど」

アデク「あ、ああ……」

アデク「……いやっ! いや……議事録には、あとから、ちゃーんと目を通しとるぞ」

アデク「だから、その話は一応知っとる……が……」

アデク「……いやあ、すまん」


リーグを放置して旅に出た負い目があるからだろうか。

どうやらアデクはアロエに対して、あまり強く出られないようだった。

421 : ◆/D3JAdPz6s [saga sage]:2023/10/14(土) 21:12:51.94 ID:8AI6j1dyo

カツラは話し合う面々の顔を、もう一度順繰りに見た。

何かを見定めようとしている目だった。


レンジャーは思い至った。

思い返してみれば、ここまでのカツラの言動には、唐突に見えても意図があった。


今の彼は何かを見極めようとしている。

彼なりの基準に基づいて、自分たちをジャッジしようとしている。

だが、何を、何のために?


カツラ「……いいだろう」

カツラ「あんたらのその良心と賢明な判断に敬意を表して、話せることは話そう」

カツラ「ある男の長年の友人として、研究者として、あるいはカントーリーグの人間としてな」

アデク「さっきの問答でなにがわかるんだ」

カツラ「いろいろとな」

カツラ「判断基準の半分はわしの勘だが」

アデク「勘か、いいな。そういうのは嫌いじゃない」


アデクはなぜか少し嬉しそうにしている。

だが、カツラは特に反応を見せなかった。


アデク「まあ、元よりここにはリーグ関係者とレンジャー所属しかいないしな」

カツラ「経験上、リーグ関係者といえど潔白とは限らんよ」


カツラの淡々とした返事に、アデクは眉間に皺を寄せた。

422 : ◆/D3JAdPz6s [saga sage]:2023/10/14(土) 21:15:43.98 ID:8AI6j1dyo

アデク「……それは、あまり考えられんと思うがなあ」


そう言いながら、同意を求めるようにアロエの方を向く。

視線を受けたアロエは少し煩わしそうに口を開いた。


アロエ「そのロケット団って、要はマフィアでしょ」

アロエ「リーグ内部にマフィアが入り込むって、あたしにもちょっと考えにくいんだけど」

アロエ「あんまりメリットがあるように思えない、というか」


黙って聞いているレンジャーも、その意見には賛成だった。

ジムリーダーになれば何か特殊な権限が与えられるかというと、そういうわけでもない。


アロエ「正直、お金になるっていうより、名誉職みたいなもんだし」

アロエ「そりゃあ……社会的な融通は多少きくかもしれないけど」

アロエ「それだって、別にマフィアが欲しがるようなお金とか人脈とか情報とか、そういう感じでもないし」

アロエ「手間暇かけて潜り込むほどの旨味なんてないでしょ」

アロエ「こっちは、本業に割く時間が減って困ってるくらいだってのに」


特権を手にできるわけでもない。

そのわりに仕事も、拘束時間も、出席しなければならない会合も増える。

負け続ければ資格を剥奪されることもある。

ジムリーダーになるといえば外聞や聞こえはいいが、デメリットも多い。

そのため、アロエのようにジムリーダーを辞めたがる者がいないでもなかった。

423 : ◆/D3JAdPz6s [saga sage]:2023/10/14(土) 21:23:24.99 ID:8AI6j1dyo

カツラ「たしかに、あまり利益はなさそうに見える」

カツラ「だがそのロケット団の首領が、サカキという男だったことは知っているな」

アロエ「報告書にあったからね。そのくらいは知って……あれ」

カツラ「当時、現役のトキワジムリーダーだった」


アロエが、ぎょっとした顔でアデクを見る。

レンジャーはすっかり流れについていけなくなっていた。

要職にある三人だけで話が進んでいる。


それでも、どうやらカントーのジムリーダーがマフィアのボスだったということくらいは理解できた。


アロエ「会ったことある?」

アデク「いや、ない」

アデク「だが、そうか……そういうわけがあったのか」

レンジャー「?」

アデク「いや、そのトキワのジムリーダーはな……たしか、なんの前触れもなく除名になったんだ」

アデク「別リーグのわしらに、わざわざ顛末書みたいなものまで送ってきていた」

アデク「なんやかや理由が書かれてたのは覚えてるが、ピンと来なかった記憶がある」

アロエ「そういえば……うん……」


髭の生えた顎をざりざりと擦り、アデクは眉間の皺を深めた。

事情を知らないだろうレンジャーに向けて説明してくれているのだ。


アデク「もっとも、トキワジム自体が廃止になったわけじゃない」

アデク「若い後任が滞りなく着任して継続しているようだ」

アデク「言われて思い出したよ」

アデク「……妙なタイミングの代替わりだ、とな。なるほどそういう話なら合点もいく」

カツラ「やはり海を跨ぐと、情報はずいぶんと抜け落ちるのだな」

カツラ「おそらくロケット団の現状については、『ほぼ壊滅状態』で間違いない」

アロエ「……そっか、だから報告が来てたのか」

アデク「だが『ほぼ』か」

カツラ「残念ながら、全構成員を拘束できたわけではないのでな」

424 : ◆/D3JAdPz6s [saga sage]:2023/10/14(土) 21:25:05.33 ID:8AI6j1dyo

カツラが残念そうに言う。


カツラ「あげく、頭領のサカキが逃亡中だ」

アロエ「……で、そのロケット団がどう関係してくるって?」

アデク「わざわざロケット団の話なんぞ持ち出したということは」

アデク「……あいつとロケット団に、十分に深い関わりがあったんだろう」


カツラが大きく頷いた。

なるほどなるほど、とアデクはひとりで納得している。

レンジャーは、今ここで開示された情報の意味を考えていた。


ロケット団は、他地域の自分でさえ知っている、それなりに有名な反社会的組織だ。

司法の手で解体されたという話もあれば、名もない若者がひとりで瓦解させたという都市伝説もある。

そこに、あの見たことのないポケモンというピースがどこに嵌るのか。

わからない。


――違う。

本当は、なんとなく察しがついている。

だが、わかりたくないのだ。


カツラ「私の友人は、ポケモンに関する研究をしていた」


朗々とした声で、カツラが話し始めた。

自分の嫌な予感の、外堀を埋められていくような。

そんなぞわぞわとした不快感が皮膚を這っている。

425 : ◆/D3JAdPz6s [saga sage]:2023/10/14(土) 21:27:33.20 ID:8AI6j1dyo

カツラ「公にはあまり知られてなかったはずだが」

アデク「ほーお」

カツラ「少々、危険な内容だったからな」

アデク「あの頭の固い倫理審査委員会が泡を吹くような研究ということかな」

カツラ「……目的のために、人間が手段を選ばなかったことだけは認めよう」

アロエ「まるで都市伝説ね」


カツラは肩を竦める。

遠回しの肯定にも見えた。


カツラ「その都市伝説じみた研究に金を出していたのがロケット団だ」

アロエ「あんたもそいつらの研究に関わってた?」

カツラ「いいや。わしらは元々グレンの研究所にいたが、わしはグレンに残った」

カツラ「彼は、不幸にも……そうだな、『身軽』になったばかりでな」

アロエ「……ああ、そういうこと」

カツラ「一方のわしには、ジムリーダーの肩書きという枷があった」

アロエ「マフィアの金で研究ねえ……」

カツラ「友人自身に、マフィアの金で研究しているつもりはなかっただろうがね」

アデク「スポンサーが正体を伏せているなんて、そう珍しい話ではないからな」

アロエ「じゃあ逆にさ、なんでマフィアがそんな怪しげな研究に金なんか」

カツラ「連中の目的は、突き詰めれば、どこまでも金儲けだ」


アデクが溜息をつくのが見える。

不機嫌そうにカツラは続けた。

426 : ◆/D3JAdPz6s [saga sage]:2023/10/14(土) 21:32:36.60 ID:8AI6j1dyo

カツラ「当然ながら、金を生まない研究にも、高尚なだけの科学的探求にも、連中は興味を持たない」

カツラ「あの研究に連中なりの、だが極めて即物的な利益が見込めたというだけのことだ」

アロエ「ヤドン乱獲事件でも名前が出てなかった?」

アデク「……あれは末端の人間が尻尾切りされて終わったように記憶しているが」

アロエ「うまいこと言ったつもり?」

アデク「……」

カツラ「大量捕獲、あるいは量産、あるいは成長促進、あるいは……」

カツラ「そして……『これ』が、彼の造り出した研究成果、集大成というわけだ」


そう言いながら、カツラは懐から小さな紙片を取り出してテーブルの上に置いた。

三人が一斉にそれを覗き込む。


カツラ「もっとも、連中が求めていたものとは少しばかり違う成果物になってしまったわけだが」


紙片は、少し厚みのある紙に出力された写真だった。

といっても、一般的な紙焼き写真ではない。

カラーだが、やけにぼやけていて、明暗が極端に出ている。

なにかの映像を一時停止し、無理やり拡大したのち印刷したもののように見えた。


レンジャー(監視カメラの映像……?)


カツラ「あんたら三人は、ここに映っているモノに見覚えがあるはずだ」


写真には白っぽい何が写っている。

カツラが『モノ』と形容するわりには、人影に見えなくもない。

人間にしては背が高いように思うが、比較対象になるものが写り込んでいないのではっきりしない。

その上、写真の半分ほどが濃い灰色のもやもやした何かに覆われている。

手前に写り込んだ障害物にしては、その灰色は不定形な印象を持っていた。

黒煙というのが一番近いように思えた。

もやがあるために、白い何者かの全貌はわからない。

427 : ◆/D3JAdPz6s [saga sage]:2023/10/14(土) 21:35:24.41 ID:8AI6j1dyo

だが、知っている気がする。

見たことがあるように思う。

二足歩行で、太く長い尾。


レンジャーは青ざめた。


――ああこれは


なんの疑いもなく、言語化が追いつかないまま、そう確信できてしまったからだった。

おそるおそる見回すが、アロエもアデクも大差ない反応を示しているようだ。


アロエ「……これは?」


どうにか感情を抑えている、という声色でアロエが尋ねた。

一瞬の間。

そう尋ねられることがわかっていただろうに、カツラは少しだけ言葉に詰まった。

レンジャーには、少なくともそう見えた。


カツラ「……父親である我が友に残された、たったひとりの『子供』だ」

アロエ「なんの映像?」

カツラ「研究所の監視カメラだ」

カツラ「サルベージしたデータもほとんど使い物にならなくてな。修復できたのはわずかだった」

アデク「……なるほど父親ねえ」

アロエ「悪趣味な言い回し」


アロエは短く吐き捨てた。

それを一瞥したアデクは、わずかに口角を引きつらせるだけだった。

428 : ◆/D3JAdPz6s [saga sage]:2023/10/14(土) 21:36:36.14 ID:8AI6j1dyo

カツラはアロエ、アデク、レンジャーの顔をじっくりと見て、小さく頷く。


カツラ「あたりのようだな」

カツラ「あんたらが遭遇したのは、『これ』で間違いないようだ」

アロエ「わかんないよ。ちゃんと見たわけじゃないし」

アロエ「でも……印象は同じ、かな」

レンジャー「はい……」

アデク「そうだな」

アデク「あいつ……で間違いないのだろうな……」

アロエ「だけど、ロケット団は壊滅したんだよね」

アロエ「今更、誰があの子を探すってんだ」

アロエ「もう放っておいて、好きにさせてやればいいじゃないか」


どこか個人的な怒りを滲ませながら、アロエが吐き捨てた。

アデクはアロエを制してカツラに目を向ける。


アデク「わしも、できることなら放っておいてやりたい」

カツラ「そう話が単純なら、こっちもコソコソしたりせん」

アデク「……だろうな」

アデク「残党がいれば、『出資したんだから』と権利を主張してくるかな」

カツラ「それも、力づくでな」

カツラ「さっきも言ったと思うが、おおむね壊滅したとはいえ首領だった男がまだ逃亡中だ」
429 : ◆/D3JAdPz6s [saga sage]:2023/10/14(土) 21:39:34.51 ID:8AI6j1dyo

カツラ「……いやむしろ、万が一にも組織の再興を狙っている勢力がいるのなら」

カツラ「最優先で狙う兵器と言っても過言ではない」

アロエ「兵器って」

カツラ「よしんば今のロケット団残党にその気がなかったとしても、存在を知れば狙う連中はいくらでもいる」

アロエ「なんで、そんなに欲しがるのよ」

カツラ「その問いに対する答えは単純明快だ」

カツラ「そして、『ロケット団が潰れていてなお、この話を公にしづらい理由』そのものでもある」

カツラ「常識外れに強いのだ、『あれ』は」


カツラの言葉には、うっすらと、ある種の嫌悪があるように思えた。

レンジャーにとっては、なぜそんな種類の感情が伴うのか理解できかったが。

アデクもまた、眉間に皺を寄せている。


カツラ「同系統のポケモンに出来ることを、その何十倍もの威力で、言うなれば指一本振るだけでできる」

カツラ「テレキネシス、テレパス、対象への精神干渉、その他なんでもだ」

アデク「……エスパーか」

カツラ「またフィジカル面も、それが長所であるポケモンを遥かに凌駕する……らしい」

カツラ「そちらは、遺伝子を弄くり回した結果としてだが」

カツラ「そして高度な知能を持ち、人語を解する」

レンジャー「あ……」

アロエ「……」

カツラ「……それこそ、そんじょそこらにいる並大抵のトレーナーでは、手には負えない」

カツラ「チャンピオンといえど容易ではないだろうな」

アデク「わしを見て言うな」

カツラ「あれを造った『父親』でさえ、最後まで制御などできなかった」
430 : ◆/D3JAdPz6s [saga sage]:2023/10/14(土) 21:41:53.04 ID:8AI6j1dyo

カツラ「この世界において、それがどういう意味を持つか……」

カツラ「チャンピオンやジムリーダーなら理解できると思う」

アロエ「じゃあ、ロケット団があの子を捕まえたところで、言うこと聞かせられないんじゃないの」

カツラ「奴に自我や意思が存在することを前提とするなら、そうだろうな」

アロエ「……どういう意味よ、それ」

カツラ「さて、ここで問題だ」


不意に、カツラが会話の対象をレンジャーに変えた。

431 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2023/10/14(土) 21:43:39.78 ID:8AI6j1dyo
今回はここまでです。
ありがとうございました。
投稿する長さの配分間違えた…。

>>415
共有されてしまった…!
432 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2023/10/15(日) 09:43:49.49 ID:5nggsy1S0
お疲れ様です!
共有されちゃいましたねえ…
彼らにとってミュウツーがただの不思議な友達じゃなくなっちゃうの怖いなあ
433 : ◆/D3JAdPz6s [saga sage]:2023/11/12(日) 22:09:39.21 ID:5/00eB3no

レンジャーは慌てて姿勢を正した。

これは雑談ではない。


カツラ「他者と意見が衝突したとき」

カツラ「自分の意見を通すために必要なこと」

カツラ「不穏当な言い方をするなら、相手を問答無用で黙らせるために必要なこと」

カツラ「それは突き詰めると何か」

レンジャー「えっと……その……」

レンジャー「説得力……ですか?」

カツラ「言葉の面のみに限ればそれも誤りではない」

カツラ「だが言葉で説得できなかったときを含めると、どうなる」

レンジャー「……強ければ」

カツラ「そうだ」

カツラ「誰よりも強ければいい」

アデク「『誰よりも強い』とは、すなわち試合で勝てることとほぼイコールだ」

アデク「……少なくともこの世界ではそうだ」


なぜかアデクがほんのわずかに眉を顰めた。


カツラ「その『強い力そのもの』が知能を伴っていたとしたら?」

カツラ「憎悪によって人間を敵視し、人間と積極的に敵対する可能性が高いとしたら?」

レンジャー「それは……」

アロエ「……」

アデク「そんな厄介な研究成果とやらが、なぜ野放しになっている」

アデク「首輪のひとつもつけなかったのか」


アロエがアデクを睨んだ。

困ったような顔をしてアデクは手をひらひらと振った。

434 : ◆/D3JAdPz6s [saga sage]:2023/11/12(日) 22:12:46.94 ID:5/00eB3no

アデク「待て待て、話の流れでわかるだろ……今日のお前さん、少しおかしいぞ」

アロエ「……へえ、そう?」

アデク「あ、あとは……ほれ、まずボールに入れておくとか」


慌てたアデクは、カツラに話を振った。

露骨にアロエの顔色を窺っている。


アロエの言動は、レンジャーにもどこか尋常でないように思えた。


カツラ「直接はわしも知らんが、首輪に該当する装置は存在したようだ」

カツラ「機能はろくに果たせなかったらしいが」

アデク「……そのレベルから『人間の手に負えなかった』ということか」

カツラ「どちらかといえば、そうだな……」

カツラ「首輪は、しょせん首輪でしかなかった、ということだ」

カツラ「服従する気のない者、噛み千切る力と意志がある者にはなんの意味もない」

アデク「なるほど、リモコンではなかったと」


カツラが大きく頷いた。

話が思わぬ方向に進み、レンジャーは具合が悪くなりつつあった。

この話題の中心にいるのは、きっと森にいた『あいつ』で間違いないのだろう。

蓋を開けてみれば、ずいぶんと微妙な立場にいる存在だったらしい。

それが、どうやら自分のせいで表沙汰になってしまうかもしれないのだ。


自分などが首を突っ込んでいていい話だったのか、レンジャーは今になって疑問に思った。

435 : ◆/D3JAdPz6s [saga sage]:2023/11/12(日) 22:16:56.09 ID:5/00eB3no

カツラ「そして皮肉にも、『子供』の能力は、父親が求めていたものを遥かに超越していた」

カツラ「奴はその脆弱な首輪を噛み破り、自身の生まれた施設を消し飛ばして逃亡したのだ」

カツラ「公的な記録には、せいぜい『工場で火災』程度しか残らんかったと思うが」

カツラ「怪我人も犠牲者も、ずいぶん出ていたはずだ」

カツラ「もうどれほど前のことになるかな」

アロエ「むごい話」

カツラ「あれの父親は、そのむごい事件の生き残りだ」

アロエ「……そうじゃなくて」


そう言うアロエをちらりと見て、アデクがぎょっとした。

アロエが唇を噛んで床を睨みつけている。

触りぬ神に祟りなし言わんばかりに、アデクはそろそろと目を逸らした。


カツラ「この写真に映っているモノは、カントーに存在したこの研究所の爆破以降、消息がはっきりしなかった」

カツラ「だが、ここイッシュであんたらから話を聞く前に、わしはもうひとつ、情報を得ていた」

カツラ「こちらに来る前、『あれ』は……とある洞窟に潜伏していたと考えられている」

カツラ「もっとも、いなくなった後になって『いたようだ』と考えられるようになった、というだけのことだが」

アロエ「どういうこと」

カツラ「というのも、その洞窟で『あれ』に遭遇したと思しきトレーナーが複数いるのだ」

カツラ「全員、前後不覚の状態で保護されたがな」

カツラ「洞窟に入る前からの記憶もあやふやで、むろん洞窟内部のことは何も憶えておらん」

カツラ「つまり、なんの証言もできない有様だったそうだ」

アデク「それがあいつの仕業だと?」

カツラ「少なくとも、『あれ』にならば可能だ」

カツラ「いや……精度や威力を考えると、『あれ』以外に実行可能な存在は考えにくい」

カツラ「……『あれ』の存在を知らない者が、『あれ』に行き着くことはないだろうが」

アデク「なるほど……」

カツラ「ここにいる人間がみな『あれ』に出会ったというなら……」

436 : ◆/D3JAdPz6s [saga sage]:2023/11/12(日) 22:19:42.00 ID:5/00eB3no

ぐるりと全員の顔を見渡し、カツラは妙に皮肉っぽい口振りで言った。


カツラ「そのトレーナーたちと同じ目に遭わなかったのが不思議なくらいだ」

アデク「おや、わしらは揃いも揃って運がいいということかな」


アデクは更に皮肉で返した。


アデク「あるいは、お前さんの探している対象と、わしらが知っている個体が、やはり別物だった、か」

カツラ「それはないと思うがね」

レンジャー「……あ……あなたが言うような、おっかないことする奴には思えないです」

レンジャー「さっきの話じゃ、まるで都市伝説本に載ってる怪物じゃないですか」

カツラ「そういう手合いの本の出現は防げん」

カツラ「事実、できるできない、という意味では『できる』だろうしな」

レンジャー「じゃあ『実際には』、あいつはそういう奴だ、って言いたいんですか」

アデク「なんだ、お前さんも、やっぱりよく知ってるようだな」


レンジャーは口を噤んだ。

確かにこれでは、よく知っていると言っているも同然だ。


アデク「二人とも、隠しごとが本当に下手だなあ」


チャンピオンは嬉しそうに頬杖をついて苦笑いした。


レンジャー「す、すみません……」

アロエ「そういうね、よくわかんない駆け引きに長けてる人間ばかりじゃないの」

アデク「別に責めちゃいない」

アデク「それはそれで美点だと思うんだがなあ」

アロエ「まったく褒められてる気がしないんだけど」

437 : ◆/D3JAdPz6s [saga sage]:2023/11/12(日) 22:22:01.88 ID:5/00eB3no

ふと音が途切れた。

窓の外からかすかに何かが聞こえるだけで、それ以外はしんと静まり返っている。

アロエがアデクからノートを引ったくり、例のページを眺め、そしてノートを閉じてテーブルに置いた。


アロエ「……あの子、というより、あの子に関する情報……っていうのかな」

アロエ「扱いに慎重さが必要ってことは、まあ、わかったよ」

アロエ「さっきの話からすると、居場所どころか存在さえ知る人間は少なくて」

アロエ「しかも『少ないに越したことはない』んじゃないの」

カツラ「いかにも」

アロエ「だったらあんたは?」

アロエ「あの子の居場所とやらを掴んで、どうするつもりなの」


カツラが自分の頭を撫でる。

ううんと唸り、考えているような素振りを見せていた。


カツラ「情報を得て、直接的に何か働きかけようという気は……今のところ、ない」


まるで弁解をしているような歯切れの悪さだ、とレンジャーはそんな感想を抱いた。


アロエ「そんなの、簡単には信じられないね」

アロエ「あの子を積極的に狙うかもしれない連中がいる、とあんたはさっき言ったわけ」

アロエ「だったら、あんたが嗅ぎ回るこの行動こそ、あの子の今の安全を脅かすじゃないか」

アロエ「あの子だけじゃなくて、周りの子たちまで危険に晒すかもしれない」

カツラ「……ほう」

アデク「んー……」

カツラ「だが、あんたらの言動の方がよほど危険だとわしは思う」

カツラ「特に、この若造が危ない」


そう言うと、カツラはレンジャーを指差した。

視線はあくまでアロエに向いたままだ。

438 : ◆/D3JAdPz6s [saga sage]:2023/11/12(日) 22:25:40.14 ID:5/00eB3no

レンジャー「わ、私はそんな、危険に晒すなんて」

カツラ「だが、こういう事態になった」

カツラ「それがどういう経緯だったか、もう忘れたのか」

カツラ「あのまま、今日のような調べ方を続けていたら、お前は次にどうした」

レンジャー「……えっ」

カツラ「お前は、自力で調べても情報が集まらないことに痺れを切らし、いずれ誰かに奴のことを尋ねただろう」

レンジャー「……え……は……はい……」


反論できなかった。

実際、そうなるまであと一歩というところだった。

レンジャーとしてはこの日、何も情報が集まらなかったら、それこそアロエに尋いてみようとしていたところだったのだ。


カツラ「自分が持つ情報がどういう性質のものなのか」

カツラ「それを知らないということは、かくも危ういのだ」

カツラ「『あれ』自体の恐ろしさも含めてな」

アロエ「……」

レンジャー「……すみません、気をつけます」

カツラ「そして、このわしがロケット団の仲間でないという保証もない」

アロエ「……自覚があるんならいいよ」

カツラ「シッポウのジムリーダーは慎重だな」

アロエ「茶化さないで」

カツラ「いや、それでいいとわしも考える」


アデクは何も言わずにアロエを見上げた。

この場の判断は彼女に任せるということなのだろう。

その視線を受け、アロエは肩を落としてこめかみに親指を当てた。

439 : ◆/D3JAdPz6s [saga sage]:2023/11/12(日) 22:28:28.25 ID:5/00eB3no

アロエ「あんたがロケット団側の人間なら、こういう情報をべらべら漏らさないだろうとは思う」

アロエ「まかり間違って、じゃあこっちのリーグで正式に対応しましょうなんて話になったら」

アロエ「困るのはロケット団の方でしょ」

カツラ「まあ、一理ある」


なぜかカツラは満足げだ。


カツラ「もっとも、実情を知るほど、安易に表沙汰にするわけにはいかんこともわかってもらえると思うが」

アロエ「それは、……まあ、その通りかな」

アロエ「能力に関して言えば、あの子があんたの言う通りの存在だと仮定した場合」

アロエ「……たしかに、迂闊に表立って動くのは得策じゃないかもしれない」


アロエは、ちらりとアデクに視線を送る。


アデク「そうだな」

レンジャー「……な、なにか、してやれること……ないんでしょうか……」

アデク「大の大人が『ちゃんと』動くとなれば、どう工夫しても、なんかの記録に残っちまう」

アデク「うーん……実際、どうしてやるのがいいのか、わしにもわからん」

アロエ「あたしだって、出来ることはしてあげたいけど」


レンジャーは胸が締めつけられる思いだった。

カツラという男の言うことが全て事実だとしても――事実ならなおさらだ。


そんな過去を経てなお人間を完全には見限っていないということではないか。

背が高く用心深いあのポケモンは、少なくとも自分やアロエ、アデクの前には姿を見せたのだ。

自分の場合は、どちらかといえば見ていないに等しいかもしれないが。


すると、カツラが不思議そうに髭を撫でた。

440 : ◆/D3JAdPz6s [saga sage]:2023/11/12(日) 22:30:21.06 ID:5/00eB3no

カツラ「……あんたらは、『あれ』を保護や支援をすべき対象だとでも思っているのか」

レンジャー「……どういうことですか」

カツラ「お前には理解できんかもしれんが、『あれ』は人間にとって、言うなればある種の脅威だ」

アデク「……ふむ」

カツラ「研究所が破壊されたとき、どれほどの惨状を生んだか、さっき言っただろう」

レンジャー「それは……」

カツラ「少なくとも当時の『あれ』がその気になれば……」

カツラ「いや、その気になるまでもなく、人間が束になったところで勝ち目は薄い」

カツラ「それほどの力の持ち主だ」

カツラ「そして、その力は人間への憎悪を帯びている」

カツラ「あんたらは、少し考えが甘いのではないか」


男の言葉に、アデクが不満そうにううんと唸った。

レンジャーは、なんと答えたらいいかわからない。

もう一度、『そんな奴ではない』、と反論しようとした瞬間。


アロエ「……あんた、あの子をなんだと思ってるの」


アロエがあからさまに怒りを滲ませた。

だがカツラは顔色ひとつ変えることなく続ける。


カツラ「状況がわからん以上、不用意な接触は避けるべきだ」

カツラ「下手に刺激すれば、過去の悲劇を繰り返すはめになりかねない」

カツラ「そういう姿勢で臨むべき相手だと思っている」

アデク「……なのにわざわざイッシュまであいつを探しに来たのか」

アデク「それもお前さんひとりで。なんのために」

441 : ◆/D3JAdPz6s [saga sage]:2023/11/12(日) 22:35:34.59 ID:5/00eB3no

カツラの眉がぴくりと跳ねた。

なにかを躊躇するそぶりを見せ、カツラはもう一度自分の髭を撫でた。


カツラ「友人は……」

カツラ「いや、『あれ』の父親は、長いこと鬱ぎ込んでいる」

カツラ「どんな形であれ元気にやっているとわかれば、少しは気が晴れるかと思ってな」

カツラ「厄介者といえども、親にとっては子供だ」

アロエ「気に入らないね」

アデク「ふむ……わしも、どうにも引っかかるぞ」

カツラ「どこがかな」

アロエ「全部だよ」


大声でこそないものの、アロエの口振りは怒り狂っている。

喚き散らしたいのを必死で抑えているようだ。


アロエ「『あれ』だの、『これ』だの、さっきから……」

アロエ「ず……ずいぶんな言い草じゃないか」

アロエ「あの子はモノじゃないし、怪物でもない」

カツラ「……」

アロエ「あの子にはあの子の意思があって一生懸命生きてるんだ」

アロエ「間違っても、さっきあんたが言ったような、力で他人を黙らせるための道具じゃない」

アロエ「ましてや、存在するだけで争いを引き寄せる厄病神みたいに扱うのはやめて」

アロエ「それに、なに?」

アロエ「黙って聞いてりゃあ、結局あんた、友人とやらの機嫌を取ることしか考えてないじゃないか」

アロエ「そのくせあの子のことは、どれだけ危険で厄介な存在かって話ばっかり」

アロエ「いかに扱いにくい兵器だったかって情報、そんなに大事?」

アロエ「あんたにとって、あの子はなに?」

アロエ「関わりたくないけど、気落ちしてる友人を元気づける土産話にはなってもらいたいってわけ?」

カツラ「……友人は、『あれ』にしたことを心から悔いている」

442 : ◆/D3JAdPz6s [saga sage]:2023/11/12(日) 22:37:43.30 ID:5/00eB3no

カツラの言葉に、アロエは何かを感じ取ったらしい。

より一層、怒りをあらわにカツラに噛みついた。


アロエ「……ああ、そう……そういうこと」

アロエ「あんたたちお偉い科学者があの子になにをしたのか、あたしは知らないし知りたくもないけど」

アロエ「人としてやっちゃいけないことをたくさんした、ってのだけはわかったよ」

カツラ「やってはいけないこと、か」

カツラ「否定はできないな」

アロエ「あんた、研究所って言ったね」

アロエ「ポケモンってのは、トレーナーと一緒に成長して強くなるもんだ」

アロエ「『強いポケモン』を試験管で造りゃいいってもんじゃない」

カツラ「あの頃の彼に、そのような思慮深さを求めるのは酷な話だったがね」

アロエ「事情は、さっきの話でまあ察するよ」

カツラ「それに事故があってからというもの、あいつはすっかり意気消沈してしまった」

アロエ「……でもそれが人倫に悖る酷い話のどこを正当化できると思うの」

アロエ「あの子はかわいそうなことに最ッ低な父親のところに生まれさせられて」

アロエ「よってたかって尊厳を踏み躙られて」

アロエ「それが嫌で、ドア蹴破って家出してきただけじゃないか」

カツラ「その『家出』のために、研究所を瓦礫の山へと変え、人命が失われたたとしてもか」

カツラ「指一本動かすことなくだ」

アロエ「だから『人間への脅威』扱いしろっての?」

アロエ「なんでそんな力任せの方法を採ったか、あんたたちが一番よくわかってるでしょうに」

アロエ「こんなこと言える立場かどうか知らないけどね、あんたたち親としては最低」

アロエ「かわいそうに、人間は嫌いだなんて、あの子にそんなことまで」


レンジャーの頭を、なにか妙な感覚をよぎった。

だが、それがなんなのかわからないまま、違和感は霧散してしまった。

なにか、かなり重要なことを彼女は口にしたよう思う。

この状況では問い質すことも容易ではないが。

443 : ◆/D3JAdPz6s [saga sage]:2023/11/12(日) 22:43:40.64 ID:5/00eB3no

アロエ「そのくせ今頃になって年食って弱気になったから、慌てて後悔して我が子呼ばわりってわけ?」

アロエ「子供をなんだと思ってんだ!」


両の拳を握りしめ、アロエは怒鳴った。

レンジャーは、まるで空気がびりびりと振動しているような錯覚に囚われた。

母親の立場にある人間の『カミナリ』を目の当たりにしたの久々だった。


アデク「おいアロエ、落ち着け」

カツラ「いや、いい」

カツラ「あんたの指摘は至極もっともだ」

カツラ「その言葉を、あの頃の彼に与える者がいたら……この未来は変わっていたかもしれない」

カツラ「彼は……いや人間は、『あれ』にどんな報復を受けても、抗議する権利はないだろう」

アロエ「へえ、そう。殊勝な心がけで結構なこと」


深い溜息をつきながら、アデクは眉間を揉んだ。


アデク「……だが、まあ、そうだな」

アデク「さっきレンジャー君も言っていたが、本当にそんな恐ろしい奴なんだろうか」

アデク「あんたの言う特殊なポケモンが、あいつのことだったとしよう」

アデク「たしかに不思議な印象を持つ奴……ではあった」

アデク「だが、あんたの言うような凶悪な存在とは……あまり思えん」

カツラ「……」

アデク「わしには、ただの悩み多き若者にしか見えなかったよ」

カツラ「……そうか」


カツラが今まで寄りかかっていた机から体を離し、ポケットに手を突っ込んだ。

片方の手で髭を撫でている。

アデクの言葉について、何か考えているように見える。

444 : ◆/D3JAdPz6s [saga sage]:2023/11/12(日) 22:45:30.50 ID:5/00eB3no

カツラ「『あれ』がどうやら、元気にしているらしいとわかっただけでも収穫だ」

アロエ「……だったら、カントーでもなんでもさっさと帰ったらいいじゃない」

アロエ「ついでに、これ以上あの子を侮辱するのもやめてもらいたいもんだね」


刺々しいを通り越して、今のアロエは誰の目から見ても喧嘩腰としか言いようがなかった。

カツラはこれといって表情に出していない。

レンジャーの目には、アデクもいい加減うんざりしているように見えた。


アデク「……いずれにせよ、今日はこのくらいにしておこう」

アデク「幸か不幸か、あいつに関する情報共有が出来て有意義だった」

アデク「ちと情報量が多いから、整理する時間が欲しい」

カツラ「だろうな」

カツラ「こちらとしても同意見だ」

カツラ「シッポウのジムリーダーには申し訳ないが、もうしばらくこの街に留まる」

アロエ「……もう目的はじゅうぶん達成できたでしょ」

アデク「アロエ、少し黙れ。真面目な話、今日のお前さん少しおかしいぞ」

アロエ「そう。別におかしくなんかないつもりだけど」

アデク「……悪いな、カツラ」

アデク「どうやら、お前さんは館長殿の逆鱗に触れてしまっているらしい」

カツラ「そのようだな。今日のところは失礼しよう」

カツラ「連絡が必要になったら……まあ、それはなんとでもなるか」

アロエ「……」

カツラ「では、失礼するよ」


そう言うとカツラは軽く手を振り、出入口に向かって歩き始めた。

扉に手を伸ばす。

彼はそこで動きを止め、レンジャーたちに背を向けたまま口を開いた。

445 : ◆/D3JAdPz6s [saga sage]:2023/11/12(日) 22:47:24.64 ID:5/00eB3no

カツラ「そうそう、さっきは『勘』といったがあれは……半分だ」

レンジャー「?」

カツラ「不思議なことに……あんたらは全員、『あれ』を……」


振り向きもしないまま、カツラが言い淀む。


カツラ「……なんというのだろうな……表現が難しいが」

カツラ「『あれ』の存在を受け止めている。不思議だ」

カツラ「恐れもせず、忌避もせず」

カツラ「他のどこにでもいるポケモンに対するときと同じように」

カツラ「……いや、あるいはそれ以上に慈しみ、心を砕いている」

カツラ「あれのために怒り、声を荒げることができる」

カツラ「わしの話を聞いてなお、それは変わらなかった」

カツラ「……なぜなのだろう」

アロエ「だって、そりゃあ……」

カツラ「だから信用してみることにする」

カツラ「そういうことにした」


446 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2023/11/12(日) 22:50:11.99 ID:5/00eB3no
今回はここまでです。
ありがとうございました。

>>432
知らんけどたぶん大丈夫!たぶん!!
447 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2023/11/13(月) 00:22:48.35 ID:Z5ktQq430
更新されてる〜!お疲れ様です!
みんなミュウツーに対してそれぞれ特別な思いを持ってるんですね…。
448 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2023/11/13(月) 22:12:04.22 ID:Mqw9faErO
おつおつ
449 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2023/12/08(金) 21:40:49.35 ID:UHMrsJXTO
450 : ◆/D3JAdPz6s [saga sage]:2023/12/09(土) 22:30:35.13 ID:PVvYiWSbo

静かに閉まった引き戸。

スモークガラスの向こうに、今もまだカツラの姿が見える。

ほんの少し動きを止めたあと、カツラは出口の方に動き出した。

部屋の中の人間たちは、その姿をなんとなく目で追う。

硬い足音が遠ざかっていく。

場から音が減っていく。

分厚い窓ガラスの向こうから聞こえる、うっすらと夏の喧騒だけが残っている。

誰も口を開こうとしない。


彼の気配がすっかり消えたあと、アロエは肩を落として長い長い溜息をついた。

さきほどまでとはうって変わって、げっそりしている。

レンジャーにはそれが、『子を連れた母親』が不審者と対峙し終わったあとの姿に見えた。


アロエ「……ごめんね、みっともないとこ見せて」


アロエは軽く肩を竦めてから、レンジャーに手を振った。

ようやく緊張が解けたという表情だ。

攻撃的な雰囲気もすっかり消えている。


レンジャー「いえ、私はいいんですけど、その……大丈夫ですか」

アロエ「大丈夫は大丈夫なんだけど」

アロエ「……あたし、やっぱり冷静じゃなくなってた?」

アデク「昔のお前さんよりはましだ、大したこたぁない」

アロエ「やだなあ」

451 : ◆/D3JAdPz6s [saga sage]:2023/12/09(土) 22:36:31.51 ID:PVvYiWSbo

アロエは気まずそうに頭を掻いた。

レンジャーに向かってアデクが小声で言う。


アデク「お前さんは若いから知らんだろうが、こいつも昔は随分と気性が激しくてな」

アデク「その頃に比べりゃあ、お淑やかな方だ」

レンジャー「そ、そうなんですか」

アデク「あのアロエがこうなるし、あのレンブがああなるんだから」

アデク「なんというか、人間ってのは面白いもんだな」


そう言いながら、アデクは嬉しそうにしている。

レンジャーにしてみれば、アデクが何の話をしてるのかもよくわからないのだが。

とはいえ、レンブという名については聞き覚えがあった。

このイッシュにおいて、ジムリーダーとはまた少し違った立ち位置にいるトレーナーのひとりだ。

四天王の名で称えられ、文字通り四人いる。

リーグで勝ち星を重ねてきた者が、チャンピオンに挑む前に戦うことになる。

前座、露払いと言ってしまうと大した相手ではないように聞こえるが、要はチャンピオンの次に強い。

そのレンブがどうしたというのだろうか。


アロエは決まりが悪くて仕方ないとでも言いたげに声を上げた。


アロエ「やめてって」

アデク「昔のお転婆をばらされるのは嫌か」

アロエ「そんな話されても、この子も困るでしょ」

452 : ◆/D3JAdPz6s [saga sage]:2023/12/09(土) 22:38:53.71 ID:PVvYiWSbo

それはそうだった。

だが、場の空気は確実に緩んでいる。

カツラももういない。

あの話を蒸し返すなら今しかない。


レンジャーはごくりと喉を鳴らし、口を開いた。


レンジャー「あの」

アロエ「?」

レンジャー「さっき……アロエさんが仰ってたことなんですけど」

アロエ「えっ、あたし、なにか言ったっけ」

レンジャー「あいつが、『人間は嫌い』って」

アロエ「……」


アロエがさっと青ざめる。

レンジャーはその挙動で確信した。


レンジャー「あいつが、そう『言った』んですか」

アロエ「……あ、やっば」

アデク「おいアロエ」


さすがに気付いたのだろう、アデクもわずかに顔色を変えた。


アロエ「あああ……ええと」

アロエ「……はあ……」

アロエ「ああもう……謝んなきゃいけないなぁ、あの子に」

453 : ◆/D3JAdPz6s [saga sage]:2023/12/09(土) 22:40:42.97 ID:PVvYiWSbo

そう唸りながらアロエは頭を抱えた。

アデクは目を見開き、この会話の意味に息を呑んでいる。


レンジャー「……こっちの言葉がわかるだけじゃないんですね」

アロエ「あたしらみたいに、こうやって口動かして喋るわけじゃないんだよ」


どこか言い訳じみた口調でアロエが言う。

その言葉を聞き、レンジャーは少し憂鬱になった。


アロエ「テレパシーっていうのかな、そういう、頭の中に直接声が響くような」

アデク「なるほどなあ」

アデク「触れずに物を浮かべたりもできるんじゃないのか、ひょっとして」

アロエ「できるだろうね」

レンジャー「さっき、カツラ……さんもそんなことを仰ってました」


レンジャーはふたりを見上げる。

きりきりと胃が痛くなってくる。


アデク「なんで布きれを被って姿を隠してるのかと思ったが……」

アロエ「……あれ、シーツじゃないかな」

レンジャー「ずっと同じのを被ってますよね。遠目にもずいぶんボロボロに見えました」

アデク「カツラのいうような素性だとすれば、当然といえば当然だな」

レンジャー「実際、シーツを差し引いても、類似した外見のポケモンは図鑑にいませんでした」


アロエは腕を組んだ。

少し複雑な表情になってふたりを交互に見る。

454 : ◆/D3JAdPz6s [saga sage]:2023/12/09(土) 22:42:16.72 ID:PVvYiWSbo

アロエ「それも、カツラの話が本当なら、当然ってことよね」

アロエ「最初はずいぶん人間を警戒してる感じだったし」

アデク「だが、頭もいいし理性的だ」

アデク「そこだけは、実際に会ったあいつと、カツラの話とで印象があまりに違う」

レンジャー「そう……ですか……」

アロエ「どうかしたの?」


子供の体調でも気遣うように、アロエはレンジャーの顔を覗き込んだ。

たしかに、まるで子供だ。


レンジャー「……おふたりとも、あいつに『ちゃんと』会ってるんですね」

レンジャー「私は、まだだいぶ距離があるところから、見かけただけなので……」


どんな世界にも、越えようのない『違い』というものはある。

たとえば、自分は兄のように出来がいいわけではない。

同じ両親から生まれたのに、物心ついたときから歴然とした違いがあった。


レンジャー「別に自分が特別に善良なつもりは、全然ないんですけど」


今だってそうだ。

かたや、ひとつの地方を代表するチャンピオンと、ジムリーダー。

かたや、一人前のトレーナーにすらなれなかった落ちこぼれ。


レンジャー「せめて、あの森にいるポケモンたちには、誠実に向き合ってるつもりでした」

レンジャー「特に、色んな事情で、あとからあの森に居着いてる奴らには……」

レンジャー「でも、全然信用されてなかったってことなんですね」

455 : ◆/D3JAdPz6s [saga sage]:2023/12/09(土) 22:43:25.45 ID:PVvYiWSbo

ずっと立っていたアロエが、足元の四角い椅子に腰を降ろした。


アロエ「そうなのかな」


まるで職員室で教師と対峙しているような按配だ。

とんでもない三者面談だ。


アロエ「キミは、今もあの子のことを知ってるじゃないか」


疲れは滲むものの柔らかく笑い、アロエはレンジャーを見つめている。


レンジャー「それは、どういう……」

アロエ「キミのこと全然信用してなかったら、そもそもキミはあの子の存在を記憶してられないと思うんだけど」

アロエ「現状、あの子の話は噂の噂にすらなってない」

アロエ「そもそも、あの子も姿を見せる相手は相当慎重に選んでるとは思うけど」

アデク「そうだな」

アデク「あいつがわしの前に姿を見せたのは……なんというか」

アデク「熟慮の末、致し方なく、といった感じだった」

アロエ「どういうこと、それ」

アデク「どういうこともなにも、そのままの意味だ」


眉を八の字に歪めてアデクが答えた。


アロエ「……ま、それを言うならあたしの時も同じようなものか」

アロエ「たまたまあたしに見つかっちゃった、ってとこから始まってるし」

アロエ「あの様子だと、あたしに姿を見せるつもりは全然なかったと思う」

アロエ「キミは?」

レンジャー「私は……」

456 : ◆/D3JAdPz6s [saga sage]:2023/12/09(土) 22:44:26.41 ID:PVvYiWSbo

思わず自分の手を眺める。

レンジャーは俯いてぽつぽつ話し始めた。


レンジャー「ご存知のように、私はヤグルマの森を担当してるレンジャーです」

レンジャー「あの森は、街から距離が近いわりに広いというか、深くて」

レンジャー「ここらの産業なんかとはあまり関連がないせいで、開発も進んでないんです」

アロエ「そうね」

アロエ「だから手つかずで残ってるともいえるけど」

レンジャー「ええ……つまり、みんな、あんまり興味ないんだと思います」

レンジャー「特別に希少なポケモンがいないのは、わりと早い段階でわかってたみたいですし」

レンジャー「人目につきにくいのもあって、ポケモンを捨ててく人も、まあまあいて……」


自然と愚痴っぽくなってしまう。


無論、レンジャー組織が何もしていないわけではない。

保護できるならするし、引き取り手を探すこともある。

もっとも、そうして捨てられた個体は人間の前になかなか姿を見せない。

森に馴染めずに出て行く個体も、別の人間が捕獲し連れていってしまう個体もいるはずだった。

実態を掴めているとは言い難い。

457 : ◆/D3JAdPz6s [saga sage]:2023/12/09(土) 22:49:20.38 ID:PVvYiWSbo

アロエ「捨てられた……」

レンジャー「え、なにか」

アロエ「ううん、続けて」

レンジャー「あ、もちろん、全部が捨てられた奴ってわけじゃなくて」

レンジャー「よその地域から野生のまま流れてきただけの個体も、含まれているとは思います」

レンジャー「……正確なところは、まだわかってませんけど」

レンジャー「あいつを見たのも、そうやって森に居着いたポケモンが助けを求めてきたときでした」

レンジャー「居着いた連中はたいてい、原生のポケモンとあまり馴染めないようで……」


息を呑む。

これが、他人に話していい内容なのか、話している今もわからない。


レンジャー「……外来種のみで異種混成の群れを作ってます」

レンジャー「えっと……だからたぶん、あいつも一緒にいるんだと思います」

レンジャー「……と、私は考えています」

アデク「あー……、そういうことか」

レンジャー「……え」

アデク「ああいや、気にするな」


アロエを見ても、話を続けろと促してくるだけだ。


レンジャー「……そ、その中の一匹……というか」

レンジャー「最近、捨てられた奴なんでしょうね」

レンジャー「酷い怪我をしたポケモンを連れてきたことがありました」

アロエ「『連れてくる』、って……それ、誰が連れてくるの?」

458 : ◆/D3JAdPz6s [saga sage]:2023/12/09(土) 22:50:41.58 ID:PVvYiWSbo

レンジャーはぎくりと身をこわばらせた。

慎重に言葉を選ぶ。

話さなくてはならないことなのだから仕方ないのだが、聞かれると動揺する。

あの不思議なポケモンについてではないにしても、彼らについて必要以上に言い触らしたくはなかった。


レンジャー「……『窓口』になっている個体がいるんです」

レンジャー「人間との接触を嫌がる個体が多いのは容易に予想がつくので」

レンジャー「そいつが私のところに来る……ようにしているみたいです」

レンジャー「そいつも元々は人間が所有していたことがわかっている個体なので……」

レンジャー「こちらの話は理解していて、おおむね意思疎通ができています」

レンジャー「そのとき、遠くからこちらを窺ってるところを見かけたのが最初です」

レンジャー「私が信用に値する人間なのか、見定めに来た、っていう印象でした」

レンジャー「けど、それ以上は近づいてこないんです。やっぱり……」

アデク「……だったら、やはりあいつはお前さんのことをある程度、認めてると思っていいはずだ」


レンジャーは顔を上げた。

アデクは笑って腕を組んでいる。


レンジャー「それは……」

アデク「さっき、カントーのハゲ頭も言っていたじゃないか」

レンジャー「ハゲ頭……」

アデク「あいつは他人の記憶を弄れるって」

アデク「わしらも含めて、たとえば誰彼構わず喋りそうだとか、都合の悪いことをしそうだとか」

アデク「あいつがそう思ったら、そうすればいいわけだ」

アデク「だが、あいつはそうしなかった」

レンジャー「あ……」

アロエ「あー、あーもー、耳が痛い」

459 : ◆/D3JAdPz6s [saga sage]:2023/12/09(土) 22:52:23.07 ID:PVvYiWSbo

耳を塞ぎ頭を振るアロエをちらりと見てから、アデクは胸を張る。


アデク「ま、これ以上、評価を落とさんよう気をつけないといかんな」

アロエ「そ……そうね……」

アロエ「あっ、ねえ、まさかと思うけど、あの子のこと、報告書とか日誌に書いたりしてないよね?」


はっとした顔でアロエが尋ねてきた。


レンジャー「い、いいえ」

レンジャー「なんでか自分でもよくわからないですが、あまりそういう気になれなくて」

レンジャー「他の外来の連中は、トラブルがあったときに問題になるんで、かなり控えめとはいえ書いてるんですけど」


アロエは露骨に安堵した表情を見せる。

その気持ちはレンジャーにも想像できた。

彼女は眉間を揉んで、また溜息をつく。


アデク「今日の館長殿は溜息が多いな」

アロエ「うるさいうるさい。考えることが多いの」

アデク「だが、運がよかった」

アデク「記録に残していないことは、おおやけには存在しないと同義だ」

アデク「それに、一度でも記録に残してしまえば、あとから隠すのは難しいからなあ」

アデク「あまりいい手ではないが、今のところ、これ以上話が広がらないようにするしかない」

アデク「な?」

460 : ◆/D3JAdPz6s [saga sage]:2023/12/09(土) 22:54:23.93 ID:PVvYiWSbo

お手上げだ、とでもいうようにアデクは両手を広げた。

そしてレンジャーに同意を求めた。

それはつまり、彼らに――お前に――できることはないと言われたも同然だった。


アデク「あいつが、存在を広められることを望むとは思えんしな」

アデク「現状、潜伏場所の周囲で三人もの人間に存在を認知させてしまっている」

アデク「そして、それもさっき四人になってしまった」

アデク「これ以上、話が広がるのも本意ではないはずだ」

アデク「何かあれば、あいつが方針転換する可能性も十分にあるわけだしな」

アデク「まあ……わしらは突発的だが、お前さんの場合だけは向こうからの働きかけだから」

アデク「少しケースが違う、と言えんこともないが」

レンジャー「……わかりました」

レンジャー「私も、こういう形であいつのことを調べるのはやめます」

アデク「それがいいな」

アデク「カツラの話の通りなら、図鑑をいくら調べても出てくるまいよ」

レンジャー「都市伝説本の方がまだ確率高そうです」

アデク「そうだな」


アデクが立ち上がった。

レンジャーに歩み寄り、大きな手で肩をぽんと叩く。


アデク「誰かのためを思って何かするのは、難しいな」


それを待ち構えていたかのように、アロエが端末の画面に目をやる。

461 : ◆/D3JAdPz6s [saga sage]:2023/12/09(土) 22:55:03.72 ID:PVvYiWSbo

アロエ「そろそろ、お開きにしましょう」

レンジャー「……はい」

アデク「なーに、お前さんが落ち込むところは、今のところ特にない」

レンジャー「いえ、そんな……」

アロエ「一応、あのハゲも必要なことはひととおり話してくれたみたいだしね」

レンジャー「ハゲって」

アデク「奴の話に嘘が含まれる可能性はあると思うか」


アデクの言葉に、アロエは肩を竦める。


アロエ「さあね」

アロエ「いっそ、全部嘘であってほしいくらいだけど」

アロエ「……そうでないと、あんまりだよ」


小声でアロエはそう吐き捨てる。

レンジャーもそれは同感だった。

462 : ◆/D3JAdPz6s [saga sage]:2023/12/09(土) 22:57:30.82 ID:PVvYiWSbo

アロエ「それに、あたしたち三人には『あの子と意思疎通する手段や機会がある』と考えられるわけだし」

アロエ「喋らない他のポケモンならいざ知らず、本人に事実確認ができるのに嘘をつくメリットはないと思う」

アロエ「なんにしてもあたしたちは、あの子自身ときちんと向き合う以外に本質を見極める手段はないわけ」

アデク「それもそうだ」

アデク「うんうん」

アデク「ということは、わしらはあいつの平穏な暮らしを邪魔せんようにすればいいわけだな」

アロエ「助けを求めてきたら、できることはしてあげるけどね」

レンジャー「そ、それはもちろん……」


アロエとレンジャーの言葉に、アデクは満足そうに頷いた。


アデク「じゃあ、あっちで茶をもう一杯もらってから消えるとしようか」

アロエ「何か急ぐ用事でもあるの」

アデク「いや、特にない」

アデク「わしもしばらくは、この辺に留まることにするよ」

アデク「……気になるからな」

アロエ「あら、そう」


そう言いながら、アデクは引き戸を開けた。


アロエ「それはよかった」


レンジャーはアロエを見上げる。

頭に疑問符が浮かぶ。

アロエはちらりとレンジャーに目を向けただけで、何も答えない。

463 : ◆/D3JAdPz6s [saga sage]:2023/12/09(土) 22:59:05.08 ID:PVvYiWSbo

アロエは、アデクが出て行った引き戸を見ている。

硬い床を擦る履物の音が遠ざかっていく。

そして――


「うわっ」というアデクの呻き声と、別の誰かの声が聞こえた。

『別の誰か』は、どうやら男らしい。

喧嘩のような、そうでもないようなやりとりがかすかに聞こえる。

何を話しているのかは、まったくわからない。


扉を隔てた向こうで、ぼやけた足音がばたばたと響いた。

二人分の声が不思議な具合に遠ざかっていく。

アデクが、『別の誰か』から逃げようとしているのだろうか。


アロエ「ちょうどタイミングばっちりだったみたい」

レンジャー「……?」

アロエ「ほら、せっかく、師匠の居場所がわかったんだからね」

アロエ「せめて弟子には教えてあげないと」

アロエ「ね」


そう言って、アロエは悪戯っ子のように笑った。

464 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2023/12/09(土) 23:04:46.88 ID:PVvYiWSbo
今日はここまでです!

>>447
フジも来れればよかったんですけどね。
でも、そうはならなかった
ならなかったんだよ、ロック
だから、この話はまだまだ続くんだ
465 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2023/12/09(土) 23:33:35.66 ID:FoWOuTBbO
466 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2023/12/09(土) 23:37:08.12 ID:uhnRTg7K0
更新お疲れ様です!!

>> 外来種のみで異種混成の群れ
人間からするとこういう表現になりますよねえ…。
「存在を外に知られないようにしよう」が叶うといいなあ…?
467 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2023/12/10(日) 00:39:37.26 ID:UK0e4MxkO
おつ
468 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2023/12/15(金) 23:04:20.37 ID:EGYCHbQXO
469 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2023/12/24(日) 16:58:19.78 ID:f3g0dKd1O
おつー
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