ミュウツー『……これは、逆襲だ』 第三幕

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323 : ◆/D3JAdPz6s [saga sage]:2018/07/12(木) 21:36:28.50 ID:7E2zPDnRO
保守
324 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/08/01(水) 00:33:16.82 ID:sljz0+Kro
来年の映画はミュウツーだな
保守
325 : ◆/D3JAdPz6s [saga sage]:2018/08/01(水) 22:19:38.20 ID:iteeJLV7O
保守ありがとございます
またミュウツーで映画やるのか…
326 : ◆/D3JAdPz6s [saga sage]:2018/08/22(水) 00:49:40.37 ID:1i+T9FplO
327 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage ]:2018/08/24(金) 18:23:57.48 ID:Uz+I2XWm0
保守
328 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage ]:2018/09/02(日) 05:11:26.30 ID:WYuJ8SBD0
あれ?書き込みは出来るけど専ブラからこのスレ消えてるお?
ちなスマホのBB2C
どこかに移転したのか?
329 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/10/15(月) 09:48:03.47 ID:2Nsz2ui1o
復活したか
330 : ◆/D3JAdPz6s [saga sage]:2018/10/15(月) 21:19:39.73 ID:YHvciYdxO
>>329
復活だやったー!
ゴブスレ見ながら書いてるぜヒャッハー!!
331 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/10/17(水) 22:53:06.11 ID:BfDJqL3do
復活して良かった……
332 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/11/27(火) 10:54:25.64 ID:AQQj2Ckg0
ほっしゅる
333 : ◆/D3JAdPz6s [saga sage]:2018/12/17(月) 21:13:55.76 ID:9Ij23kJZo
保守
334 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage ]:2019/01/18(金) 19:15:17.87 ID:sDkDgmtsO
保守
335 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/01/22(火) 01:35:10.08 ID:kXHxljrhO
完結するまでずっと待ってる
336 : ◆/D3JAdPz6s [sage saga]:2019/01/27(日) 07:38:45.42 ID:k3XqMKHg0
保守…私生活含め色々滞っております…
337 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/01/27(日) 14:04:39.69 ID:xc0/IQka0
余裕のあるときでええんやで
気長に待っとる
338 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/02/24(日) 00:45:29.69 ID:7zShFztv0
保守
339 : ◆/D3JAdPz6s [sage saga]:2019/03/20(水) 00:52:05.63 ID:pcdh9weg0
保守
340 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/05/01(水) 01:33:25.89 ID:l7yKtqHoo
341 : ◆/D3JAdPz6s [sage saga]:2019/05/09(木) 10:02:22.55 ID:Z/NrV6QPO
hoshu
342 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/06/07(金) 21:36:08.19 ID:mXAGn1BS0
保守
343 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage ]:2019/07/03(水) 01:58:19.16 ID:KX06cS8LO
保守
344 : ◆/D3JAdPz6s [sage saga]:2019/07/29(月) 21:09:29.37 ID:RlLGkKQOO
保守
345 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage ]:2019/08/26(月) 19:11:19.02 ID:BvaOEQIn0
保守
346 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/09/17(火) 21:56:41.24 ID:nkF1S3nQo
保守
347 : ◆/D3JAdPz6s [sage saga]:2019/09/29(日) 23:24:48.33 ID:pMyju1DIO
hoshu
348 : ◆/D3JAdPz6s [sage saga]:2019/12/17(火) 17:55:44.36 ID:g/iHm7M1O
hoshu
349 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/12/18(水) 00:18:35.34 ID:mczKMWpto
待ってるぞ
350 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2019/12/19(木) 10:21:18.44 ID:aQeWhtx+0
351 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/01/29(水) 23:35:26.41 ID:z3B0neLKo
352 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/02/21(金) 13:49:30.47 ID:LGfpG6R8O
しゅ
353 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/03/06(金) 01:33:16.28 ID:+4Xs685FO
hoshu
354 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/04/20(月) 20:45:54.86 ID:stiHiszVo
355 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/05/08(金) 00:04:25.26 ID:K9Plvakg0
保守
356 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/07/08(水) 23:33:15.16 ID:/1HlWhNTo
ほしゅ
357 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/07/17(金) 18:13:16.74 ID:LKcBCdkc0
チュリネが辛い思いしない、せずに済むことをひたすら祈り続ける
叶いそうにないけど
358 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/08/30(日) 01:40:43.08 ID:+jF6WUTKo
ほし
359 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/09/11(金) 22:36:45.75 ID:hkVQQJx+0
保守
360 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/10/27(火) 19:34:46.55 ID:rYRDQExXo
ほしゅ
361 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/12/11(金) 17:53:06.31 ID:jgT7ZlOdO
ほしゅ。みなさん、お身体にお気をつけくださいね
362 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2021/01/21(木) 10:53:14.49 ID:8pVUUksNO
ほしゅ
363 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2021/02/16(火) 16:00:20.92 ID:mDuVj6MPo
保守
364 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2021/04/30(金) 00:07:12.80 ID:SX0GdWbq0
保守
365 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2021/08/17(火) 13:02:48.45 ID:DGUvRi3j0
保守
366 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2021/09/11(土) 18:45:42.25 ID:HDiDt1Tvo
保守
367 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2022/04/08(金) 19:28:37.90 ID:wqChY9Cq0
ho
368 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2023/02/02(木) 21:22:08.62 ID:0drDqm2Mo
保守
369 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2023/03/14(火) 23:07:44.76 ID:FwgsQAaB0
はい
370 : ◆/D3JAdPz6s [sage saga]:2023/08/01(火) 23:21:34.91 ID:9Ps6NfVqo

かすかな足音、ページを捲る音、筆記用具の摩擦音。

本を探す人の声、答える職員の声。

空調の静かな唸り。

アロエには、いつもと変わらない光景にしか見えない。

いつも通りの図書館だ。


ただなんとなく、いつもより空気が落ち着かない。

少なくともアロエにはそう感じられた。


アロエ「……ふうん」


静かに息を吐き出し、アロエは腰に手を当てた。

目の前の書架に、ぽっかりと不自然な空白がある。

ひと抱えほど、蔵書が持ち出されている。

周囲の書架から見るに、図鑑らしい。

誰だか知らないが、アロエと同じような調べ物をしていた人物がいたようだ。


371 : ◆/D3JAdPz6s [sage saga]:2023/08/01(火) 23:25:08.86 ID:9Ps6NfVqo


アロエ(根こそぎ持ってってる奴がいる、ってことか)

アロエ(システム上は貸し出しになってない本も結構あるから、まだ館内にいる?)

アロエ(“あの子”の手掛かりでもあればと思ったけど)


おおまかな身長や体格は、何度か会って――顔は見ていないが――から知っている。

薄暗い中とはいえ、白っぽい色合いだったことはわかる。

趾行性の二足歩行であることも、身の丈のわりに長くがっしりと太い尾があることも。

おそらく、人間のところから逃げてきたことも。

それも悪意か害意か、そうした感情で“あの子”に対峙していたに違いない。


だがそれだけだ。

それ以外の情報はない。

あとは、実際に顔を合わせた――もちろん、顔は見ていないが――印象だけだ。


???「あ、館長」

372 : ◆/D3JAdPz6s [sage saga]:2023/08/01(火) 23:28:22.90 ID:9Ps6NfVqo

不意に背後から声をかけられた。

首を回すと、キダチが返却図書を何冊か抱えて立っている。

書架に戻すところだったようだ。


アロエは妙な後ろめたさを覚えた。

些細な隠しごとが露見しそうなときの、あの居心地の悪さに似ている。

実際には、書架の前に立っているところを夫に見られただけなのだが。


キダチ「……今、忙しいかな。あとでも大丈夫なんだけど」

アロエ「別に忙しかないけど、なんだい」


かろうじて笑顔を作る。

なぜこんなにやましい気持ちを覚えるのか、自分でも不思議だ。


キダチ「備品管理の人が、椅子一脚足りないって」

キダチ「背もたれがなくて座面が丸いやつ」


アロエは心臓が飛び出そうになった。

椅子。

いや違う。

正確には、スツールだ。

373 : ◆/D3JAdPz6s [sage saga]:2023/08/01(火) 23:30:48.82 ID:9Ps6NfVqo


――キミは尻尾があるみたいだから


背もたれのないスツール。

心当たりがある。

いや心当たりどころの話ではない。

あの夜のまま、書斎に置きっぱなしだ。


アロエ「ああ、それ……えーと」

キダチ「どこかで見かけたら教えてくださいって言ってた」

アロエ「わ、わかった」


話を終えると、キダチは少し不思議そうな顔をして去っていった。

これでは、思い当たるところがあると言っているも同然だ。


アロエ(……やっちゃった)

アロエ(図鑑は閉館したあとにまた来ればいいか)

アロエ(ああそれに、椅子もこっそり戻しとかないと)

アロエ(……それもそれで不自然かねえ)


アロエはちらちらと周辺の書架に目を配りながら、身体の向きを変えた。

心ない利用者が、図鑑を適当な書架に本を戻した可能性もあったからだ。


アロエ(なにか言い訳を用意して、うっかりしてたことにしとくか……)

374 : ◆/D3JAdPz6s [sage saga]:2023/08/01(火) 23:33:13.57 ID:9Ps6NfVqo

ふと、館内のどこかで、雑音に紛れて声が聞こえることに気づいた。

それも独り言ではない。

明らかに二人が『話し合う』声だ。

場に相応しい小声というには、もう少し騒々しい。

やや距離があるのか、話している内容まではわからない。


アロエ(……今日は変な利用者も少ないと思ったのに)

アロエ(あんまり騒ぐようなら、ちょっと声かけなきゃいけないか)


靴音を潜め、アロエは書架と書架の間から歩み出た。

林立する書架コーナーの隣には閲覧スペースがある。

一人用サイズの机と椅子が並び、ちらほらと利用者が腰かけていた。

声はまだほそぼそと響いている。

話し合っているというより、どちらかといえば揉めているような印象を受けた。

やはり、見に行った方がよさそうだ。

アロエはあたりを見回し、声の出所を探す。


すると、閲覧スペースの片隅に目が吸い寄せられた。

男が二人、言い合いをしている。

あれが出所で間違いないようだ。

片方は着席しており、本の山を前にして机上の何かを押さえている。

特に目を引く服装でも、変わった様子でもない。

375 : ◆/D3JAdPz6s [sage saga]:2023/08/01(火) 23:35:45.25 ID:9Ps6NfVqo

もう片方は旅行者か何かだろうか。

キャリーカートをそばに置き、相手の肩と机の上の何かに手を伸ばしている。


アロエ(……あの男、たしか)


男の風貌は特徴的だ。

細身の禿頭で、年格好は老人に見えなくもない。

だが洒落た身なりで背筋は伸びており、足腰にも危うさは見えない。


アロエ(間違いない)

アロエ(でも、なんでこんなところに)


どうやら、禿頭の男が座っている青年からノートをもぎ取ろうとしているらしい。

双方とも一応は声を潜めており、喧嘩というほどではなかった。

周辺の利用者はかすかに眉を顰め、遠巻きにしているだけだ。

アロエの姿を認め、ちらちらと見てくる利用者もいる。


しかたなく、アロエはつかつかと近寄った。


アロエ「アンタたち」

アロエ「悪いんだけど、騒ぐなら外でやんなさい」


アロエの声に、二人が顔を上げて彼女を見る。

一瞬怪訝そうな目をしてから、着席している方が『あっ』と小さく叫んだ。

アロエの顔を知っているようだ。

目を見開いてこちらを見上げている。

376 : ◆/D3JAdPz6s [sage saga]:2023/08/01(火) 23:38:41.86 ID:9Ps6NfVqo

アロエもまた、なぜか若者の方にも見覚えがあった。

にわかには思い出せないが、たしかにどこかで見た顔だと思う。

そのわりに名前はなかなか浮かんでこない。


見たところ、青年は私服で、いかにもプライベートらしい。

制服で一度か二度会っただけだとすれば、もうわからない。

必死に思い出そうと努力しながら、アロエは続けた。


アロエ「なにがあったか知らないけど、どっちもいい大人なん……」


ちょうどそのとき、彼らの奪い合っているノートに目が行く。


アロエ(……この絵は)


ノートには、黒っぽい絵が書かれている。

ペンでぐりぐりと描かれただけの落書きだ。

だがよく見れば、どこかで見たようなシルエットに思える。


二足歩行の何者かがマントを羽織ったような形。

妙に長い尾。

何が描かれているのか、正確なところはわからない。

だがアロエは、その絵が示すもの、描こうとしたものを理解してしまった。

377 : ◆/D3JAdPz6s [sage saga]:2023/08/01(火) 23:42:04.28 ID:9Ps6NfVqo

アロエ(……まさか、あの子のことを)


頭が凄まじい速度で回転し始めた。

思い当たる記憶が一瞬にして眼前に甦る。


アロエ(そういえばたしか、あの子も自分で……ヤグルマの森に棲んでる、って)

アロエ(ヤグルマ……あ、この子)


まさしく、この青年を見たことがあった。

もっとも、見覚えがあったのは暗いオレンジ色の制服姿だったが。

レンジャーのユニフォームに身を包み、会議に出席していた。


アロエ(でも……あの子をどこで知ったっていうんだ)

アロエ(森で?)

アロエ(たしかに、それが順当だけど)

アロエ(あの子が存在を知られるような真似をそうそうするとも思えないし)

アロエ(それに……)


レンジャー「ごっ、ごめんなさい、アロエさん」

禿頭の男「アロエ? あんたが?」


禿頭の男は、青年の肩に置いていた手で自分の髭を撫でた。

もう一方の手はぬかりなくノートを掴んでいる。

378 : ◆/D3JAdPz6s [sage saga]:2023/08/01(火) 23:43:43.23 ID:9Ps6NfVqo

禿頭の男「ということは、あんたがここのジムリーダーか」

アロエ「……え? ああ、そういうことだね」

アロエ「それがなに?」

アロエ「ここで騒いだら、他の利用者に迷惑になることくらい……」

禿頭の男「なァに! 騒ぐ気があったわけじゃあない」

禿頭の男「ちょっと、この若造に話を聞きたくてな」

レンジャー「こッ……こっちは話すことなんかないです!」


若者が慌てて首を振った。

その間にも、水面下でノートの奪い合いは続いている。


アロエ「……二人とも、ちょっと来てもらおうかな」

レンジャー「いえ、あの、そろそろ帰りま」

禿頭の男「わしも、長居するつもりは」

アロエ「図書館は騒ぐ場所じゃあないだろ!」


突然、アロエが声を荒げた。

レンジャーが肩を震わせ、驚いている。

禿頭の男もさすがに面喰らったのか、少し身構えた。

周囲の視線が一気に集まる。

そして、騒ぐ人間が館長に叱られていると見るや、みな安堵して目を逸らすのだった。


その隙にアロエは問題のノートをひったくり、急いで閉じた。

覗き込まない限り見えないし、見えたところで誰にも絵の意味は理解できまい。

だが一刻も早く、あの絵が他人の目に触れないようにしたかった。

379 : ◆/D3JAdPz6s [sage saga]:2023/08/01(火) 23:45:10.25 ID:9Ps6NfVqo

レンジャーは何か言いたげに口を開こうとした。

それを手で遮り、アロエはレンジャーを睨みつける。


アロエ「図書館は、静かに本を読むところだよね」

アロエ「そんなことくらいわかってるだろうけど」

レンジャー「……ごめんなさい」

アロエ「アンタもアンタだよ」


次にアロエは禿頭の男を睨む。

多少は気圧されたのか、男もキャリーカートを引き寄せて黙っていた。


アロエ「まったく、“他人が読んでる本”を取り上げようとするんじゃないよ」


彼女の口ぶりに、レンジャーが不思議そうに眉を顰めた。

アロエは、そんな彼を敢えて無視した。


アロエ「いい年した大人なら、順番くらい待ちなさい」

アロエ「どうしても読みたいっていうなら、予約でも取り置きでもすりゃあいい」


男がこれみよがしに片方の眉を跳ね上げる。

鼻を鳴らし、何かを合点した顔で軽く頷いた。

レンジャーは不安そうにアロエと男を見比べている。


禿頭の男「……なるほど、それもそうだな」

禿頭の男「“たかが本一冊のために”騒いだことについては、弁解の余地もない」

レンジャー「いや、あの、本じゃなく……」

アロエ「いいから、二人とも」

アロエ「説教の続きは、裏の事務室でするから」

380 : ◆/D3JAdPz6s [sage saga]:2023/08/01(火) 23:46:55.63 ID:9Ps6NfVqo

レンジャーはみるみる青ざめていく。

子供のように身を縮めて黙り込んでしまった。


アロエ「ここじゃあ他の利用者に迷惑になるからね」

禿頭の男「おいおい、わしもか」


大袈裟な身振りで男がわざとらしく異を唱えた。

アロエは眉を顰め、子供を叱りつけるように小声で返す。


アロエ「そうだよ。アンタにも話がある」


男は自分の禿げ上がった頭をつるっと撫でた。

小振りなサングラスの奥から、アロエは彼の鋭い視線を感じる。


禿頭の男「……ふーむ」

アロエ「キミ、他の本はそのままにしておいていいから」

アロエ「自分の荷物だけまとめて、ついて来なさい」

レンジャー「……は、はい……」

禿頭の男「それは、わしがどこの誰か、わかった上で言っとるんだな」

アロエ「……ああ、もちろん」


肩を竦め、男は渋々という身振りを見せて了承した。


禿頭の男「なるほど、それならば仕方ない」

381 : ◆/D3JAdPz6s [sage saga]:2023/08/01(火) 23:48:45.47 ID:9Ps6NfVqo

レンジャーもばたばたと荷物をサックに詰めている。

アロエは『ふう』と息を吐く。

ずっと息を止めたままだったような気すらした。


アロエはさりげなく周囲に目を配る。

やはり、もう誰も注目していない。

館長が介入したことで、言い争いも収まるものと判断されたのだろう。

騒いだ利用者二人が館長に叱りつけられただけだ。

少なくとも、他の利用者にはそう見えたはずだ。

『そう見える』ことがなによりも肝心なのだった。


アロエ「じゃあ、ついて来なさい」


若者は怯えている。

かわいそうなことをしてしまったかもしれない。

ひとりだけ、状況がよくわかっていないに違いない。

だが、もう少しだけ我慢してもらうしかなかった。


アロエは書架の間を縫って、バックヤードに向かった。

背後からは、硬い床を踏む二人の足音が聞こえている。


すたすたとカウンターを回り込み、躊躇する二人を手招きする。

二人がカウンターの内側に入ったのを確認すると、アロエは奥の扉を開けた。

382 : ◆/D3JAdPz6s [sage saga]:2023/08/01(火) 23:54:16.22 ID:9Ps6NfVqo

扉の先は広い事務室になっている。

普段は職員が諸々の仕事をしたり、あるいは待機しているだけだ。

今は事務仕事をしている職員が一人。

それから、何も載っていないトレーを抱えて妙に困り果てた様子の職員が一人。

部外者を二人も引き連れて館長が事務室に戻ってきたのだから、当然といえば当然だ。


アロエはまっすぐ奥に視線を向けた。

事務室を抜け職員用の廊下を進めば、その奥に小さめの保管室がある。

目指しているのはその保管室だ。


???「おお!」


アロエは突然、大声で横っ面をはたかれた。

一瞬ののち、はっとして足を止める。

聞き覚えのある声だ。

誰の声だっけ、とアロエは思う。


知り合いの声だ。

それも、自分に向けられている。

キイ、という椅子の軋む音がした。

アロエは慌てて声の方を向く。


???「久しいな、アロエ」


誰も使っていない席の椅子に、だらしなく座る男がいた。

暖色のポンチョに、大雑把な頭、裸足にサンダル。

首にも腰にもボールを下げ、リーグ規定以上の数を持ち歩いている。

机の上には、水滴のついた空のグラスが見えた。

383 : ◆/D3JAdPz6s [sage saga]:2023/08/01(火) 23:56:36.17 ID:9Ps6NfVqo

アロエ「ア……アデク……」


アロエが名前を口にすると、男は嬉しそうに頷いた。


自分の後ろで、レンジャーが何か言おうとしている。

手と目でそれを制し、アロエは話を続けた。


アロエ「生きてたんだねえ、アンタ」

アデク「そう驚くこともないだろ」


そう言いながら、アデクと呼ばれた男は椅子を少し回転させる。

アロエたちに正対し、背もたれから身体を離した。


アデク「見ての通り、幽霊じゃあないぞ」

アロエ「たしかに、向こう側は透けて見えないし、足もあるね」


アデクは声をあげて笑い、自分の膝を叩いた。

孫がいるほどの年齢にもかかわらず、まるで少年のようだ。


アロエ「……“放浪の旅”に出てたと思ったけど」

アデク「ま、その通りなんだが、ちと用があってな」

アデク「自分で本を探すか、さもなくばお前さんに聞きゃあいいと思って寄った」

アデク「まあ自分で探そうにも、タンマツとかいう機械の使い方がわからんかったのだが」

アロエ「そんなこったろうと思ったよ」

384 : ◆/D3JAdPz6s [sage saga]:2023/08/01(火) 23:58:57.28 ID:9Ps6NfVqo

アロエは肩を竦めた。

なにか引っ掛かる部分があるのに、自分でも正体がよくわからない。


アデク「お前さんに声をかけようにも、取り込み中のようだったしな」

アデク「しかたないから職員を捕まえようとしたんだが」

アデク「わしの顔を見るなり、『コチラヘドウゾ!』などと慌て始めてな」

アデク「いつの間にか、こうして冷えた茶までご馳走になっているというわけだ」


なるほど、トレーを抱えた職員が困っていた原因はこの男だったわけだ。


ぎしぎしと彼の椅子が鳴る。

アデクがすっと立ち上がり、さりげなく自分の荷物に手を伸ばした。

『よっこいしょ』と言わないところが彼らしい、とアロエは思う。


アデク「とはいえ、調べ物は後回しにせにゃならんようだ」

アデク「……と、いうより、もはやその必要もなくなったというか」

アロエ「へえ……そうかい」

アデク「わしも混ぜてもらってかまわんかね」


ぎくりと背筋が冷えた。

アロエは彼の顔を改めて見る。

口元は微笑んでいても、目が笑っていない。


アロエ「……なんのこと」

アデク「お前さんが今からやろうとしとる、その『説教』にだ」



385 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2023/08/02(水) 00:00:14.56 ID:kR8bLL1Xo
今回はここまでです。
保守してきてくださったみなさん、本当にありがとうございます。
ちゃんと完結させたいです!

それでは。
386 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2023/08/02(水) 00:52:45.46 ID:D/Nlj8Cr0
戻って来てくださってありがとうございます。
387 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2023/08/29(火) 22:54:13.09 ID:Bxagxrqso


今日は妙な日だ。

そわそわして、理由はわからないが落ち着かない。

日課の走り込みも珍しくあまり身が入らなかった。

だから、普段の六割ほどでトレーニングを切り上げて戻ったのだ。

ポケモンたちも少し――いやだいぶ不満そうだったが、仕方ない。


誰の姿もない道場の中央に腰を下ろし、努めて静かに呼吸する。

窓も出入口も開け放っているのに、そよとも風は吹かない。

板張りの床は磨き上げられ、昼前の切り詰めた強い日差しが落ちている。

今いる位置も日陰なのにサウナのように蒸し暑い。

空気がまるごと熱いゼラチンの塊になっているような気がした。


いつもならば、こうしていれば精神のざわめきもいずれ鎮まるはずだった。

それは、こんなふうに暑苦しい日も、寒い冬の日も変わらない。


だが今日に限って、一向に平静を取り戻せる気配はない。

それどころか、神経を逆撫でする厄介な記憶が次から次へと思い出される。

どれも行方知れずな師匠に関連する記憶ばかりだ。


彼と出会ったときのこと。

勢いよく勝負を挑み、あっけなく負けたときのこと。

理由は忘れたが褒められて、思いの外、むず痒い思いをしたときのこと。

初めて勝ちをもぎ取ったときのこと。

これでは落ち着くものも落ち着かない。

388 : ◆/D3JAdPz6s [saga sage]:2023/08/29(火) 22:55:48.32 ID:Bxagxrqso

ふうう、と意識して息を長く吐き出す。

足が痺れている気もするが、きっと気のせいだろう。


記憶の中の彼は、おおむねいつも豪快に笑っている。

たいていのことは明るく笑い飛ばせる男だったことは確かだ。

怒鳴ったり、激しく怒ることはまずない。

勝負に負けても、いい戦いができたのなら、手を叩いて喜ぶことさえある。

勝ち負けと機嫌の善し悪しは、彼にとって別の話なのだ。

当時の自分には、とても理解しにくい感覚だった。

そもそも彼の負け自体、そう滅多にあることではなかったが。


そんな師匠が、珍しく難しい顔をした日があった。



――私は記憶の中でも膝をつき、正面の硬い地面を睨みつけていた。



サンダルを履いた彼の足が、視界の奥の方に見える。

私たちは、そうだ、私たちは立って向かい合っていたのだ。

最初は。

389 : ◆/D3JAdPz6s [saga sage]:2023/08/29(火) 22:57:25.16 ID:Bxagxrqso

???『お前さんは、負けるといつもそんな顔になるなぁ』


私はその顔を見上げ、いや、睨みつけた。

力いっぱい拳を握り悔しがる私に、彼は呆れて――違う、困っていた。

口は笑ったままだったが、眉根を引き上げて溜め息をついている。


???『まったく困ったものだ』

???『勝負に負けることがそんなに嫌か』

???『それとも、“わしに負けた”のが気に入らんというだけか』


そう言われて、余計に私は腹を立てた。

そんなことを改めて問う彼に。

思うように動いてくれない自分のポケモンに。

いくら足掻いても師匠に勝てない自分に。


???『そうまでして、なぜお前さんはわしに勝ちたい』


彼の言葉にカッと怒りが込み上げる。

挑発された、と当時の私は受け取ったのだ。

今にして思うと、ただ疑問を口にしただけだった気もするが。

よくもまあ、いちいち腹を立てていたものだと自分でも思う。

謙虚さや克己の精神から、少しばかり距離を置いていた時期だったのだ。


???『おい、わしを睨んだところで何も変わらんぞ』

???『いつも言っとるだろうが』

???『よく考えろ、と』

390 : ◆/D3JAdPz6s [saga sage]:2023/08/29(火) 22:59:47.78 ID:Bxagxrqso

試合用フィールドの真ん中あたりで、私はじりじりと立ち上がった。

薄曇のなんでもない天気、午後のなんでもない時間。

妙なことを尋ねる、とそのときは思ったものだ。


???『“オレは、強くなりたい”』

???『“ただそれだけで、理由なんてないです”』

???『お前さんは、いつもそう言っていた』


師匠は両腕を組み、眉間に皺を寄せて立っている。

衣服が風にはためいて、首から下げたボールがちらっと見えた。

本来ならばリーグの規定違反だ。

機械の使い方が本当にわからないとみんなが知っているから、誰も咎めないだけだ。


???『それだけか』

???『お前は強くなって、何がしたいんだ』


思わず漏れた自分の呻き声はあまりに間抜けだった。

たぶん不思議そうな顔をしていたのだろう。

実際、何を尋かれたのかよくわからなかった。

師匠は片手で顎をさすり、ああ、とかうう、とか唸っている。


???『例え話は本質を見失うから、あまり好きではないんだが』

???『楽器を弾けるようになったら、そこが終着点か』

???『絵の描き方を会得したら、それで終わりか』

???『そうではないだろう』


言われたことを、私は何度も頭の中で反芻した。

彼の言わんとしていることはわかる気がする。

腹は立つが。

391 : ◆/D3JAdPz6s [saga sage]:2023/08/29(火) 23:01:45.38 ID:Bxagxrqso

???『では、強くなるとは、どういうことだろうか』

???『お前さんにとっての、で構わん』


そう言われて、思わず視線を泳がせる。


???『それは、勝つことか、負かすことか、負けないことか、それともまた違う、別の何かか』


さきほどの問いよりもなお、尋かれている違いがよくわからない。

子供じみた反抗的な気持ちは、いつの間にか萎えていた。


???『考えたことはあるか』


黙り込む。

視線を落として考える。


???『ないというなら、ここまで運がよかったと言えるのかもしれない』

???『なあに、そこを曖昧にしたままでは破れない壁がいずれ出てくる』


壁。

それなら、今この時点でもう目の前に立ち塞がっているじゃないか。

アンタこそがその壁だ。

そう文句を言いたくなったことを憶えている。


???『ま、偉そうなことを言ったが、わしもすっかりわかっているわけじゃない』

???『強い、とは、つまるところ、なんなのだろうなあ』


彼は不意にこちらを見る。

そして心の底から疑問に思っている、とでもいうように尋ねてきた。


???『……お前さんは、わしが強いと思うか』

392 : ◆/D3JAdPz6s [saga sage]:2023/08/29(火) 23:03:10.26 ID:Bxagxrqso

だから私は、彼に言い返したのだ。


『今更、そんなこと尋くんですか』。

『師匠は強いですよ』。

『現にこうして、オレは師匠にろくに勝てない』。

『だからオレは師匠に弟子入りしたんです』。

『それに、この地方では誰よりも強いから、師匠はチャンピオンなんじゃないですか』。


半ばやけっぱちだった。

ところが、師匠は合点がいった顔で唸った。


???『なるほど、そうだったか』


叱られるか呆れられると思っていただけに、少し予想外だった。

顎を擦り、彼は私が投げつけた言葉を咀嚼していた。

しばらくして師匠は首をかしげ、ふたたび私を見た。


???『だがその強いってのは、つまりなんなんだ』

???『トレーナーを標榜する者のその属性のみに絞った話なら、ある意味で単純明快だな』

???『一定の方針に従った適切な育成計画を考案し、それに沿ってポケモンを育成できること』

???『そして、特定のルール下でポケモン同士を戦わせ、状況に応じて最適な指示を出せること』

???『そして、そういう立場の者同士の“試合”に勝てること』

???『「トレーナーとしての強さ」とは、いわば文字通りの調教師として、あるいは指揮官としての優秀さだ』


私はまた黙して師匠を見つめる。

393 : ◆/D3JAdPz6s [saga sage]:2023/08/29(火) 23:05:28.45 ID:Bxagxrqso

彼と自分との間に、優劣を決定づけるほどの身長差はない。

体力や年齢を考えれば、むしろこちらの方がずっと有利であるはずだ。

それでもなお、遥か高みから見下ろされている。

雲の上を眩しく仰ぎ見る感覚は、どんなときも纏わりついている。

今、こうして膝をついていたことを差し引いても、だ。

手を捻られる赤子の気分とは、こんなものなのかもしれない。


???『お前さんなら……そうだな』

???『おのれの極める武道で相手より勝ること、も、ある意味では「強さ」かな』


『それ以外に何があるのか』と聞き返す。

ポケモン勝負にせよ、武道にせよ、大した違いはない。


敗者は顧みられることがない点では同じだ。

だが彼の物言いにカチンときたのもまた事実だ。

すると、師匠は――“難しい顔”をした。

ううん、と頭を掻き、鼻を擦り、口をへの字に歪める。


???『おい、レンブ』

???『お前さん、だったら、なぜわしのところなんぞに弟子入りしたんだ』



394 : ◆/D3JAdPz6s [saga sage]:2023/08/29(火) 23:07:26.92 ID:Bxagxrqso

レンブはぎくりと顔を上げた。

我に返ってみると、自分の心臓が銅鑼のように鳴っている。

妙に汗をかいているが、暑さのためだけではない気がする。

どうやら白昼夢を見ていたようだ。

周囲を見回しても師匠はおらず、無論ここはフィールドでもない。


太陽の位置もあまり変わっていない。

たださきほどまでと違い、少し耳障りな音が規則的に聞こえている。


キャスターのコール音だ。

発生源は壁を何枚か隔てた事務室らしい。

道場へはキャスターを持ち込まないから当然といえば当然だが。

というか、普段も荷物に放り込んでいる。

もちろん、師匠ではないから使い方はわかっている。


腕で額を拭うと、夕立ちを潜り抜けてきたようにびっしょり濡れていた。

それが膝にしたたり、愛想のない色の染みを作る。


レンブ(……なんだか、嫌な予感がする)


コール音は間断なく響いている。

なかなか途切れないところを見るに、はっきりと用がある相手なのだろう。

395 : ◆/D3JAdPz6s [saga sage]:2023/08/29(火) 23:09:03.57 ID:Bxagxrqso

急ぎタオルで汗を拭きながら事務室に入る。

荷物の上に置かれたキャスターがけたたましく鳴いていた。

キャスターを手に取り、まさかと思いながらも発信者の名前を見る。


点灯する『アロエ』の文字を見たとき、レンブは正直なところ少しほっとしていた。

もっとも、心のどこかで『ひょっとしたら』と期待したことは否定できないが。

悪い知らせでないことだけは不思議と確信していた。

とはいえ、悪い予感『も』当たっている気がする。


レンブ「……はい」


わずかな間があって、通信相手を映す小型モニタに人影が浮き上がった。

見知った顔だ。

いつもと同じく、自信に満ち溢れた笑顔を浮かべている。

だが今日はなんとなく切羽詰まった気配があった。


アロエ『……もし、もしもし、忙しかった?』


396 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2023/08/29(火) 23:09:41.64 ID:Bxagxrqso
今回はここまでです。

>>386
こちらこそありがとうございます!
397 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2023/08/30(水) 12:17:06.49 ID:D6KqNzFL0
お早い更新だ!!うれしい!
398 : ◆/D3JAdPz6s [saga sage]:2023/09/17(日) 00:51:32.99 ID:IYrmd6hRo

少し埃っぽい匂いが部屋に漂っている。

書庫のように林立した金属ラックには、大小さまざまな木箱やトレーが並ぶ。

トレーからは白い布切れにくるまれた、これまた大小さまざまな物体が覗いている。

小さな紙片に整然と文字列が書かれ、トレーに貼り付けられている。


あれらは調査を待つ化石か何かだろうか、とレンジャーは落ち着かない頭で考え続けた。

圧すら感じる夏の日差しもこの部屋ではほとんどわからない。

それもこれも、棚にずらりと並べられた化石たちのためだ。


とはいえ、今はその暑さ寒さも、あってないようなものだった。

近年稀にみる緊張に身体を強張らせながら、レンジャーは木の椅子に腰かけている。

両足を閉じ、膝に両手を載せて背筋を伸ばし、意識が遠のきそうになるのをかろうじて踏み止まっている。

最後にこれほど身の細る思いをしたのはいつだったか。

レンジャーの採用試験で、試験官のひとりが自身の兄であることに気づいたときだったか。

それとも、『初任務』に赴く車内での時間だったか。


同じような椅子に座り、飾り気のない木製の作業卓に片肘を置く男が正面にいる。

目の前に陣取るこの男が誰なのか、レンジャーは知っていた。

むしろ、この地方にあって彼の顔を知らない者はいないはずだ。

399 : ◆/D3JAdPz6s [saga sage]:2023/09/17(日) 00:52:57.41 ID:IYrmd6hRo

それから、その横で腕を組んで立つ女がいる。

この女のことも当然、知っていた。

少なくともこの街に住んでいて、彼女を知らない者もまたいるまい。


その二人と自分、両方から同じくらいの距離を取って佇む、きれいに禿げ上がった男。

さっきまで自分のノートを奪い取ろうとしていた相手だ。

どこの誰なのか知らないが、あまり関わりたくない部類の人間だと思っていた。


荷物は事務所に押しつけてきたのか、その禿げた男も今は手ぶらだった。


そうやって周囲を観察でもしていないと、内臓が口から飛び出してきそうだった。

前者の二人は、いわばもっとも身近な雲の上の存在だ。

本来ならば、自分のような半人前が気楽に会話できるはずもない。

トレーナーとしての道を邁進することさえやめた自分には、なおさらそう思えた。


いずれにせよ、連行されたコソ泥のように、レンジャーはひたすら膝を握り続ける他なかった。

シッポウジムリーダーの手元に置かれた、自分のノートにやきもきしながら。


アデク「おい、話を聞きたい相手を怯えさせてどうするんだ」


圧力の強い声が顔の横をかすめていく。

あれをじかに浴びたら気絶しそうだ、とレンジャーは思う。

400 : ◆/D3JAdPz6s [saga sage]:2023/09/17(日) 00:54:03.32 ID:IYrmd6hRo

アロエ「別に怯えさせてなんかないってば」


腕を組むアロエが、肩を竦めながら返している。


アロエ「ねえ?」


そしてレンジャーの方を見て、同意を求めるように小首を傾げた。

笑顔を浮かべている。

だがその笑顔と裏腹に、その目はあまり笑っていないように見えた。


レンジャー「あ、いや、その……大丈夫です」

アロエ「ほおら」


少し勝ち誇ったように、アロエはアデクを振り返った。


アデク「あのなァ、この状況で正直に言えると思うか」

アデク「そんな図太い奴は、ここで萎縮したりせんだろ」

アロエ「それもそうか」


溜め息をつくように同意して、アロエは腕をほどいた。

かわりに両手を腰に当てて、レンジャーに視線を戻す。


イッシュの栄えあるチャンピオンと人望あるジムリーダー。

レンジャーは二人の放つ存在感に圧倒されて息をするのも一苦労だった。

ぎらぎらと輝く太陽に焼かれる凧のような気分だ。

401 : ◆/D3JAdPz6s [saga sage]:2023/09/17(日) 00:55:22.48 ID:IYrmd6hRo

アデク「なにも、取って食ったりせんから、緊張するな」


不憫に思ったのか、アデクが宥める口調でレンジャーに声をかけた。

もっとも、緊張するなと言われても、どだいこの状況では無理な話だ。


レンジャー「は、はあ」

禿頭の男「すまんが、本題にはいつ入るかな」


静かな湖面に小石、というよりは岩でも投げ込むような大声がレンジャーの耳に突き刺さった。

思わず声のした方を見て、レンジャーはぎょっとした。

例の『はげ頭』がサングラス越しに自分を睨みつけているのがわかったからだ。

もっとも、問いかけそのものはレンジャー個人ではなく、場全体に対するもののようだが。


アデクは男の横槍に小さな溜め息を漏らした。

盗み見ると、アロエもわずかに顔を顰め、苛立っているようだ。

雰囲気は悪い。

それでも、男は一向にお構いなしだった。


禿頭の男「わしは、この若造に確かめなければならないことがある」

アデク「急ぎか」

禿頭の男「まあな」

レンジャー「だ、だから、あなた、なんなんですかさっきから」

禿頭の男「わしか? ……うーむ」

402 : ◆/D3JAdPz6s [saga sage]:2023/09/17(日) 00:57:18.25 ID:IYrmd6hRo

レンジャーの誰何に、禿げた男は眉を跳ね上げて意外そうな顔をした。

なぜそんな反応を示すのか、レンジャーには理解できない。

思わずアデクを見ると失笑している。

それだけは読み取れるのだが、何を考えているのかまではわからない。


禿頭の男「ただのしがないポケモントレーナーだ」

アデク「ほーお」


男の言葉に、なぜかアデクがわざとらしく顎をさすった。

面白い冗談でも言われたかのように、ニヤニヤ笑っている。


アデク「『ただのしがないジムリーダー』の間違いではないのか」

レンジャー「……ジム?」

アデク「噴火で吹き飛んだジムはどうなった」


知り合いだったのだろうか。

この男のような風貌のジムリーダーを、イッシュで見た覚えはないが。

アデクの口ぶりはあたかも、たちの悪いジョークにあえて付き合ってあげている、といった様子だ。

禿げた男は唇を尖らせる。


禿頭の男「たしかに、その情報は間違っていない」

禿頭の男「だが少しばかり古いな。ジムはとうに建て直した」

アデク「ははは、知っとるよ」

403 : ◆/D3JAdPz6s [saga sage]:2023/09/17(日) 00:58:22.42 ID:IYrmd6hRo

面白がっている声のアデクと違い、男はどこか上の空だ。

本当は、こんなやりとりを一刻も早く切り上げたいに違いなかった。


アロエはより一層、不愉快そうにしている。

表情を見るに、彼女もまた男の素性を最初から知っていたようだ。

男はレンジャーを一瞥し、しぶしぶといった調子で名乗った。


禿頭の男「グレンジムのカツラだ」

レンジャー「はあ……えっ」


レンジャーの背筋を、冷たいものが滑り落ちた。

聞いたことのある街の名前と聞いたことのあるジム名だ。

有名なジムだから当然だった。


レンジャー「グレンジ……えっ!?」


思わず腰を浮かせレンジャーはうろたえた。

ならば、自分はジムリーダー二名とチャンピオン一名に囲まれていることになる。

困り果ててアロエを見上げ、声にならない声で助けを求めた。


アロエ「なんだ、本当に知らなかったんだ」

アデク「まあ、そんなもんだよ」

404 : ◆/D3JAdPz6s [saga sage]:2023/09/17(日) 00:59:15.07 ID:IYrmd6hRo

意外そうな顔をするアロエに、アデクは笑って返す。

アロエは意外そうに口を「へ」の字に曲げた。

そういうもんかねぇ、と呟いて両手を広げ、カツラに向き直る。

つまり、状況を全く理解できていなかったのはレンジャーだけだった、ということらしい。


アロエ「それで? イッシュくんだりまで何しに来たんだい、あんた」

アロエ「ひとの図書館で騒ぐために、わざわざ来たわけじゃないでしょ」

アロエ「『あんたが誰なのか』も知らない子相手に、何がしたいの」

カツラ「ご挨拶だな」


言葉のわりに、カツラが気分を害しているようには見えない。

気にしていないというよりも、どうでもいいのだろう。

どちらにしても、ぴりぴりした空気が和らぐ気配はなかった。


アロエ「警戒してるだけ」

カツラ「何を警戒するというのだろうか」

アロエ「いろいろとね、こっちにも事情ってもんがあるのさ」

アデク「事情ならわしにもあるぞ」

レンジャー「わ、わた……」

カツラ「なるほど事情か。ならば仕方ない、そういうこともあろう」


輪に入りそびれてしまった。

そもそも入ろうとしたことを後悔しつつあったが。

405 : ◆/D3JAdPz6s [saga sage]:2023/09/17(日) 01:00:24.87 ID:IYrmd6hRo

カツラ「知っての通り、リーグ絡みの視察でホドモエに顔を出すことになった」

カツラ「だから、その『ついで』でここまで来たわけだ」

アデク「ホドモエ? あそこで何かあったか?」

カツラ「こっちで、常設のトーナメント施設を作ろうとしとるだろ」

カツラ「わしはその話で来たんだが」


怪訝そうなアデクの反応に、カツラはやや驚いたように答えた。

なんでお前が知らないんだ、と言わんばかりだ。

一方、レンジャーはその話に覚えがあった。

たしかホドモエの冷凍コンテナ区画が再開発される、という話だったように記憶している。

もっとも、『再開発に伴い、現在あそこに定着している個体群をどうするか』という議題として、だったが。


カツラ「地元の実力者に話が来とらんはずないと思うが」

アデク「……ああー……例のなんとかいう施設か、まあな」

アデク「ありゃあヤーコンが進めてる話だから、わしは別に噛んどらん」


ようやく思い当たったとでもいうように、アデクは胡乱に答えた。

あまり興味がなかったらしい。

アロエは、呆れを隠さない視線を彼に向けてから口を開いた。


アロエ「それのことなら、あたしも聞いてるよ」

アロエ「シンオウリーグにも話が行ってる、ってところまでだけど」

アデク「ほう、あいつ本気で全国から引っ張ってくる気なのか」

406 : ◆/D3JAdPz6s [saga sage]:2023/09/17(日) 01:01:31.00 ID:IYrmd6hRo

仮にもチャンピオンだというのに、アデクの様子はまるで他人事だ。


アデク「わしはまだ、どうするか決めてはおらんがね」

カツラ「おいおい、現地のチャンピオンがそんなことでどうする」

カツラ「ああいう場所は、強いトレーナーと闘えることにこそ意味がある」

カツラ「あんたのように実力と評判のあるチャンピオンが参戦すれば、みんな喜ぶだろうに」

アデク「ははは」

アデク「いつまでチャンピオンやっとるか、正直わからんからな」

アロエ「ちょっと、冗談にしたってそれ笑えないよ」


チャンピオンの何気ない一言に、レンジャーは胸騒ぎを覚えた。

口振りはあくまで年齢をネタにしたジョークでしかない。

だが、目の前にいるチャンピオンは、もしかすると本当にその座を降りようとしているのではないか。

そんな曖昧な直感のようなものが、ふとレンジャーの脳裏をよぎっていた。


アデク「いやーあ、別に冗談じゃ」

アロエ「イッシュに来た理由はわかったけど、じゃあカツラ、あんた今、こんなとこで何してるのさ」


強制的に話を打ち切られたアデクは、わざとらしく萎縮した。

レンジャーの視線に気づき、苦笑いを浮かべてみせる。

407 : ◆/D3JAdPz6s [saga sage]:2023/09/17(日) 01:02:37.15 ID:IYrmd6hRo

アロエ「ホドモエからここって、街ふたつは越えるでしょ」

カツラ「いや、この街まで来たのは、本当にたまたまだ」

カツラ「思いのほか暇だったし、リザードンの名を冠する橋をこの目で見たかったからでもある」

カツラ「もっとも、あちこちうろついていたのも、きちんと目的があってやっていたことだ」

カツラ「こやつの素性がわからん段階では、まだ話せん」


相変わらず、カツラは鋭い眼光を隠そうともしない。

そこまで身元を心配しなければならない話なのだろうか。

なぜだろう。

輪郭の見えない不安がじわじわと迫り上がってくる。


アロエ「なるほど」

アロエ「つまり、いずれ説明してくれるってことだね」

カツラ「そのつもりだ。適切なタイミングを待たせてもらうよ」

アロエ「好きにして」


アロエはあからさまに苛立っている。

カントーから来たジムリーダーが、どうにも気に食わないようだ。

そして長い息をつくと、気を取り直してレンジャーの顔をまっすぐ見た。

気づけばアロエだけでなく、全員が自分に注目している。


アロエ「で、肝心のキミは……」

アロエ「……あたしたち、どっかで会ったことあるよね」

408 : ◆/D3JAdPz6s [saga sage]:2023/09/17(日) 01:06:12.04 ID:IYrmd6hRo

その一声だけで、まるで首を絞められたように息ができなくなった。

衣服の膝の部分を握りしめて、レンジャーはどうにか息を整える。


レンジャー「い、以前にあの、地域会議で……」


そこまで言うと、アロエはぱっと花が咲いたように明るい顔になった。

「あぁ!」と小さな声を上げている。


アロエ「そっか、やっぱり。なぁんか見覚えあったんだ」

アデク「ほーう」

アロエ「ここら一帯担当のレンジャーの子」

アロエ「でしょ」

レンジャー「は、はい」


じろじろと全身を検分したのち、アデクは合点がいったように頷いた。


アデク「なるほど、今はプライベートということか」

カツラ「ユニフォームでないとわからんものだな」


レンジャーは困って背を丸めた。

カツラの言葉が嫌味なのか本心の感想なのか、まったくわからない。


だが、そうだ、そうなのだ。

自分など、制服を着ていなければ、どこの誰かもわからない存在なのだ。

半端者だから仕方がない。

409 : ◆/D3JAdPz6s [saga sage]:2023/09/17(日) 01:07:09.64 ID:IYrmd6hRo

アロエ「で、今日は何しに来てたの」

レンジャー「そ、それは、えっと……休みで、ちょっと調べ物をしに」

レンジャー「そうしたら、いきなりこの……カ、カツラさんが私の」

レンジャー「あ」


そう言って、レンジャーは大切なノートを指差そうとする。

だが、肝心のそのノートが見当たらなかった。

アロエのすぐ手元にあったはずなのだが。


アデク「調べるとは、『こいつ』についてかな」


アデクがノートを開き、問題のページをレンジャーに向けた。

こころなしか声を潜めている。


レンジャー「……そ、その」


落ち着きのない文字がページのあちこちに、ずらずらと書き殴られている。

その合間に、落書きのように描かれた黒いシルエット。


アデク「さっきの騒ぎも、つまりは『こいつ』が原因というわけか」

アロエ「ちょっとアデク、いつの間に」

レンジャー「そ、それは」

アデク「……『こいつ』は、なんだ」

410 : ◆/D3JAdPz6s [saga sage]:2023/09/17(日) 01:07:55.57 ID:IYrmd6hRo

チャンピオンはレンジャーをまっすぐ見た。

親しみやすさが消えたわけではないのに、同時に厳しい山脈のような威圧感を放っている。

彼に挑む者はみなこれを味わうのだと思うと、レンジャーは縮み上がった。


やっとの思いで目を落とす。

今もなおアデクの視線が身体を焼いている。

レンジャーは困り果て、アロエに助けを求めた。

だがレンジャーの仕草に気づくと、なぜか彼女は目を逸らしてしまった。

仕方なく、自分の膝に視線を戻した。


地獄のような無言の時間が、あるいは永遠に続くのではないか。

そう錯覚するほど空気が重かった。


アデクの問いに答えることは難しい。


『あいつ』のことがなにもわからないから、こうして調べまわっているのだ。

そして成果も芳しくない。

わかっていることも、とても少ない。

シルエットからわかることであるとか。

周辺の木々から類推される体長、身長であるとか。

おそらく、飛行能力があることだとか。

411 : ◆/D3JAdPz6s [saga sage]:2023/09/17(日) 01:08:57.26 ID:IYrmd6hRo

だが、そのわずかな情報を他人に伝えてしまうことに、どんな余波があるのか。

そうした自分の行動が、どんな結果を引き寄せるのか。

それが、『あいつ』にとってどう影響するのか。


正直なところ、もうさっぱり予想できなかった。

レンジャーの頭の中に、なんだか胸糞の悪くなる想像ばかりが駆け巡る。


しばらくしてアデクはノートを閉じた。

下を見ているのに、視線が外されたことがわかる。


アデク「ま、知ってても答えたかァないだろうよ」


はじめから回答が得られるとは考えていなかったようだ。

かわりに、今度はアロエに目を向ける。

自分の身体を押さえつける重い空気が、かすかにやわらいだ。

ほっとした、というのが本音だった。


アデク「では、お前は答えられるかな」

アデク「アロエ、これが何なのか……いや、何を示したものか、お前は知っているはずだ」

アロエ「……さあね」

アデク「この二人を裏に引っ張り込んだ時点で、自白したようなものだろ」

アデク「あんな小芝居までして」

412 : ◆/D3JAdPz6s [saga sage]:2023/09/17(日) 01:10:12.17 ID:IYrmd6hRo

あのアロエが居心地悪そうにしている。

まるで父親に叱られる少女だ。


アロエは頭を掻き、覚悟したかのように息を吐いた。


アロエ「……まさか、あんたが見てたなんてねぇ」

アデク「そろそろ老眼でな、遠い方がよく見える」

アデク「まあそれは冗談で、たまたま横を通りすがってな」

アデク「声をかけてもよかったが、下手にやると注目を浴びちまう」

アデク「だから機を窺っていたところで、ああいうことになった」

アデク「……ま、あの場では、他にやりようもなかったよ」

アデク「ああしなければ、もっと人目に触れていたかもしれんからな」

アデク「そこまで悪手だったとは思わん」

アロエ「そういうことにしといて」


あるいは、まるで教師と気難しい年頃の女子生徒だ。

アデクは苦笑している。

そしてレンジャーに視線を戻した。


アデク「さて、お前さんの答えをまだ聞いてないが」


苦労して口を開く。

いつの間にか、口の中はからからに乾いていた。

413 : ◆/D3JAdPz6s [saga sage]:2023/09/17(日) 01:11:10.73 ID:IYrmd6hRo

レンジャー「……あの、これは……」

アロエ「ちょっと、あんたこそ怯えさせてんじゃないの」

アデク「お、そうか」

アデク「いやすまん、お前さんを責めてるわけじゃないんだ」

アデク「ただ、なあ……」


そう言いながら、アデクは自身が持つノートに目を落とした。

描かれている落書きを、妙に優しい目つきで見ている。


不意に、アデクが不思議な顔で笑った。


アデク「ひょっとしてお前さん、いや、お前さんたち」

アデク「自分が何か話したら『こいつ』に迷惑がかかる、と思ってるんじゃないか」


レンジャーは思わず目を見開いて、チャンピオンを見てしまった。

アデクはそんなレンジャーをじっと見つめ返している。


逸らすに逸らせない、さきほどとは別の強い力を持つ視線だった。
414 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2023/09/17(日) 01:11:58.98 ID:IYrmd6hRo
今回はここまでです。
ポケモンが出てこなさすぎて不安になってきた。

>>397
読んでもらえて嬉しいです!
415 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2023/09/17(日) 21:12:48.62 ID:1meGC5Qw0
更新お疲れ様です!
ついに彼のことが共有されてしまうのかな…?
ハラハラの展開だあ…
416 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2023/09/18(月) 08:13:58.07 ID:M8yUiWmX0
未だにsage使えず上げるガイジがいるのか……
417 : ◆/D3JAdPz6s [saga sage]:2023/10/14(土) 21:02:11.93 ID:8AI6j1dyo

しばらくしてアデクは目を閉じた。

ほんの一瞬、何かを深く考えるように下を向き、再び顔を上げる。

次にアロエとカツラを順番に見る。

そして最終的に、なにかを覚悟したらしい様子で口を開いた。


アデク「わしもこの……いや、『こいつ』を知っている」

レンジャー「え」


レンジャーは思わず椅子から飛びあがった。


レンジャー「あなたも『あいつ』に会ったんですか!?」

アロエ「あんたも?」

アデク「……『も』?」


アロエは、絵に描いたような『しまった』という顔を見せ、口を閉じた。

レンジャーは呆然として、彼らの顔を交互に見るしかない。


カツラ「なるほど……これは興味深い」


ここまで静観していたカツラが、不意に口を開いた。

アロエがあからさまに身構える。


カツラ「ここにいるわずかな人間が揃いも揃って、同じ存在を知っているらしい」

カツラ「少なくとも、この若造の手による稚拙で迂闊な落書きから、ジムリーダー殿とチャンピオン殿は同じモノを想起したようだ」

レンジャー「……ち、稚拙で迂闊」

カツラ「……その様子では存在を知るのみならず」

カツラ「『あれ』の居所についても心当たりがあるということだろうか」

アデク「それはどうかな」

418 : ◆/D3JAdPz6s [saga sage]:2023/10/14(土) 21:03:59.45 ID:8AI6j1dyo

アデクがふたたびニヤニヤと笑った。

カツラも眉を跳ね上げ、狡猾そうな笑みを浮かべる。


カツラ「わしとて、腹の探り合いも嫌いではないが」

アデク「今は、あまりそういう気になれんな」

カツラ「いかにも」

アデク「仮にわしが何か知っていたとしても」

アデク「現状、明かすつもりはない」


肩を竦めながらアデクはそう答える。

カツラはそれを聞き、安心したような、がっかりしたような、不思議な顔をした。


カツラ「……そうか」

カツラ「それが賢明だろう」

アロエ「そういうあんたは色々と知ってる風だけど、それはどういうこと」


アロエが不快そうに割って入った。

そういえば、アロエは終始、カツラを敵対視している。

地域が違うとはいえ同業者ではあるはずだ。


アデク「そうだな」

アデク「お前さんこそ、『こいつ』とどういう関係なんだ」

カツラ「関係? ……関係か……説明は難しい」

アロエ「先に聞いとくけどさ、あんたは密猟者やハンターと関わりはないだろうね」

カツラ「そういう連中はどこにでもいる」

アロエ「もしあんたが『そういう連中』の仲間だってんなら、この話はここでおしまいにするってこと」

アデク「そうだな……申し訳ないが、場合によってはこのまま警備を呼ぶかもしれん」


カツラは小さく頷いた。

419 : ◆/D3JAdPz6s [saga sage]:2023/10/14(土) 21:06:34.74 ID:8AI6j1dyo

カツラ「わしがあんたらの立場ならば、きっと同じように考える」

カツラ「幸運なことに、そうするだけの意味がある繊細な案件だ」

カツラ「故に、こうした扱いは適切である」


あからさまに皮肉を滲ませた物言いだ。


カツラは自身の髭を撫でつけ、思案する様子を見せた。

アロエも警戒心を緩めてはいないが、カツラの次の言葉を静かに待っている。


カツラ「あんたらは『ロケット団』について、どの程度を知っている?」


カツラの問いに、イッシュの三人は顔を見合せた。

問われている言葉の意味はわかるが、意図がよくわからなかった。


レンジャーはカツラを見る。

すると、カツラの視線はまっすぐレンジャーを向いていた。

ぎょっとしたものの、つまりは主として自分に向けた問いなのだとレンジャーは理解した。


レンジャー「ロケット団は……むかし、読んだことあります」

レンジャー「えっと、カントーに拠点を置く犯罪組織……だったと」

レンジャー「ポケモンの密猟、乱獲、ポケモンに限らない窃盗、強盗……あとは違法賭博とか」

レンジャー「研修で説明を受けたり、自分でも調べたりしましたけど」

レンジャー「たしか……もう組織としては事実上崩壊している、って言われました」

レンジャー「それ以上のことは知らないです」


かつて憶えた知識をフル回転させ、レンジャーはそう答えた。

カツラは満足そうに頷いている。

420 : ◆/D3JAdPz6s [saga sage]:2023/10/14(土) 21:10:15.51 ID:8AI6j1dyo

レンジャー「……あいつ、そのロケット団となにか関係があるんですか」


だが、カツラがその問いに答えることはなかった。

そのままレンジャーから視線を外し、今度はアデクに向ける。


アデク「うん……わしも、カントーのごろつき連中だということくらいは知っている」

アデク「だが、所詮は海の向こうの犯罪組織だ」

アデク「このレンジャーくんが知る以上の詳しいことはわからん」

アデク「つまり、あいつはロケット団絡みの……まあ、それなら神経を使うのもわからなくはないが……」


カツラはその回答にも満足したらしく、次にアロエを見た。


アロエ「たしかに、この子が言ってるように、『壊滅した』って報告は回ってきたねえ」

アロエ「なにやらかした連中なのかもざっくりまとめてあったけど、あの子が関係ありそうなの、あったかな」

アロエ「……そういえば、なんでわざわざそんな報告よこしたんだっけ」


アロエは肘を抱え、こめかみを指で叩きながら言った。

カツラはこちらも不満はなかったらしく、目を伏せる。


アデク「報告なあ。そうだったか」

アロエ「アンタが自主的に欠席し続けてる会議で、だいぶ前に上がってたけど」

アデク「あ、ああ……」

アデク「……いやっ! いや……議事録には、あとから、ちゃーんと目を通しとるぞ」

アデク「だから、その話は一応知っとる……が……」

アデク「……いやあ、すまん」


リーグを放置して旅に出た負い目があるからだろうか。

どうやらアデクはアロエに対して、あまり強く出られないようだった。

421 : ◆/D3JAdPz6s [saga sage]:2023/10/14(土) 21:12:51.94 ID:8AI6j1dyo

カツラは話し合う面々の顔を、もう一度順繰りに見た。

何かを見定めようとしている目だった。


レンジャーは思い至った。

思い返してみれば、ここまでのカツラの言動には、唐突に見えても意図があった。


今の彼は何かを見極めようとしている。

彼なりの基準に基づいて、自分たちをジャッジしようとしている。

だが、何を、何のために?


カツラ「……いいだろう」

カツラ「あんたらのその良心と賢明な判断に敬意を表して、話せることは話そう」

カツラ「ある男の長年の友人として、研究者として、あるいはカントーリーグの人間としてな」

アデク「さっきの問答でなにがわかるんだ」

カツラ「いろいろとな」

カツラ「判断基準の半分はわしの勘だが」

アデク「勘か、いいな。そういうのは嫌いじゃない」


アデクはなぜか少し嬉しそうにしている。

だが、カツラは特に反応を見せなかった。


アデク「まあ、元よりここにはリーグ関係者とレンジャー所属しかいないしな」

カツラ「経験上、リーグ関係者といえど潔白とは限らんよ」


カツラの淡々とした返事に、アデクは眉間に皺を寄せた。

422 : ◆/D3JAdPz6s [saga sage]:2023/10/14(土) 21:15:43.98 ID:8AI6j1dyo

アデク「……それは、あまり考えられんと思うがなあ」


そう言いながら、同意を求めるようにアロエの方を向く。

視線を受けたアロエは少し煩わしそうに口を開いた。


アロエ「そのロケット団って、要はマフィアでしょ」

アロエ「リーグ内部にマフィアが入り込むって、あたしにもちょっと考えにくいんだけど」

アロエ「あんまりメリットがあるように思えない、というか」


黙って聞いているレンジャーも、その意見には賛成だった。

ジムリーダーになれば何か特殊な権限が与えられるかというと、そういうわけでもない。


アロエ「正直、お金になるっていうより、名誉職みたいなもんだし」

アロエ「そりゃあ……社会的な融通は多少きくかもしれないけど」

アロエ「それだって、別にマフィアが欲しがるようなお金とか人脈とか情報とか、そういう感じでもないし」

アロエ「手間暇かけて潜り込むほどの旨味なんてないでしょ」

アロエ「こっちは、本業に割く時間が減って困ってるくらいだってのに」


特権を手にできるわけでもない。

そのわりに仕事も、拘束時間も、出席しなければならない会合も増える。

負け続ければ資格を剥奪されることもある。

ジムリーダーになるといえば外聞や聞こえはいいが、デメリットも多い。

そのため、アロエのようにジムリーダーを辞めたがる者がいないでもなかった。

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