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【艦これ】鳥海は空と海の狭間に

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561 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2017/01/09(月) 22:47:59.32 ID:LBV/bUw6o


「提督さんに私から進言してみます。どうするかは提督さんが決めることですけど……コーワンにはあなたから話して、自分で解決してください」

「感謝スル……」

「嬉しくないです……だって、きっとあなたにはつらいことですよ、ヲ級」

「コレデイイ……必要ナコト……私タチガ、ココデ生キテイクタメニ」

 ヲ級の後ろのイ級たちが鳴くと、ヲ級もまた短く鳴き返した。イルカのようだと鳥海は思う。
 悲しげに聞こえたのは、自分がそんな気分でいるせいかも。
 ……私たちはみんな不安なんだ。
 艦娘も深海棲艦も人間も妖精も。種がどうこうでなく、今の私たちはそれぞれが変化の岐路に立たされている。

 司令官さんはずるい。こんな大事な時にいないなんて。
 私たちにきっかけを与えるだけ与えて、自分はどこにもいないなんて。
 きっと私たちに未来を繋ごうとして……でも、司令官さん。私の未来にはあなたがいたんですよ。
 いてほしかったのに。
 不安でも、ううん。不安だからこそ私たちは戦わなくちゃいけない。
 私なら、私たちならどうするかを考えていかないと。


562 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2017/01/09(月) 22:48:30.31 ID:LBV/bUw6o


─────────

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 トラック泊地では初の正月を迎えていた。
 前任を偲びながらも湿っぽさを望まないとも考えられ、また港湾棲姫たちがいるのもあって大々的に新年会が執り行われた。

 鳥海は十二月の暮れからしばらく、提督にもらったマフラーをかけていた。
 常夏の島では季節外れの防寒具だったが、彼女は年が明けるまでは頑なに外そうとしなかった。
 年が明けると、姉たちと一緒に新たに建てられた神社に初詣に行った。実は神頼みはしていない。

 木曾は天龍や龍田、まるゆに向けて年賀状を書いた。
 どこかでちゃんと顔を合わせて話そうと心に決めている。トラック土産は決まらないままだった。

 コーワンは扶桑たちと一緒におせち作りに挑戦している。
 彼女の作った料理の評判は上々で、コーワンもまた楽しそうだった。

 ホッポはお年玉の存在を知って、晴れ着姿の白露たちと一緒になって提督にせがみに行っていた。
 もっとも提督からは餅の現物支給しかなく、はぐらかされたのには気づかないままだった。

 白露はそんなホッポをほほ笑ましく思い、しっかり守ってあげようと思う。
 ワルサメの代わりをする気はないが、単純にホッポが好きだと言えた。

 ヲ級は艦種対抗の餅の早食い大会に、空母代表の一人として駆り出されていた。
 帽子のような頭と一緒に食べるのは有りか無しかで物議を醸したが、敢闘賞という形で決着を見ている。
 ちなみに優勝者の武蔵はそれ以上に食べていた。

 球磨と多摩は晴れ着に着替えたものの終始マイペースに過ごした。
 ただ二人は、今年こそは身近な誰かを失わないようにと願っている。

 島風はリベッチオや清霜たちと羽子板に興じた。
 トラック泊地の駆逐艦では年長者になる自分に気づいてしまい、しっかりしないとと内心で決意を固めていた。

 夕雲は年始は秘書艦を休業し、妹たちの面倒を見ている。
 あまり普段と変わらないと気づいてしまったが、それも悪くないと笑っていた。

 嵐と萩風は手違いがあって野分と舞風からの年賀状が年明け前に来てしまった。
 もう一度四駆を組みたいと決心したが、同時にトラック泊地から離れたくない自分たちにも気づく。

 それぞれが思いを秘めて迎えたその年。
 一月の後半に差しかかった頃、ガダルカナル島攻略に向けての作戦が開始された。


563 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2017/01/09(月) 22:52:23.16 ID:LBV/bUw6o
ここまで。次回からは久々の戦闘回となります
564 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/01/09(月) 22:56:18.81 ID:x4T8ppkJo
乙です
565 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/01/09(月) 23:22:21.34 ID:X1gLCIKh0
566 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/01/10(火) 04:23:12.25 ID:GsM6f3CO0
おつ
567 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/01/11(水) 08:51:28.60 ID:unacJJJFO

待ってる
568 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/01/14(土) 19:11:09.00 ID:3hWmQy3zO
乙乙
569 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2017/01/23(月) 10:50:00.11 ID:/xxkOiGKo
乙ありなのです
……こんなに間隔を空ける気はなかったので申し訳ないです
570 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2017/01/23(月) 10:50:57.31 ID:/xxkOiGKo


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 コーワンからもたらされた情報により、深海棲艦の主要拠点はガダルカナル島にあると判明している。
 彼女から引き出せた情報を元に立案された作戦は廻号作戦と命名された。
 攻勢に出ていたはずが、いつの間にか守勢に転じていた現状を転換させたいという意味も作戦名には込められている。とのこと。
 もっとも作戦に参加する艦娘や人間の将兵からすれば、肝心の作戦の中身が重要に。

 廻号作戦の最終目標はガ島にいる深海勢力の掃討になるものの、そのためには継続的な攻撃により敵戦力を漸減していく必要があると判断された。
 しかしガ島はどの拠点からも遠すぎて、一番近いトラックからでも片道だけで二千キロを越えてしまう。
 そこで手始めにラバウル、次いでブインとショートランドを占領し拠点化することで、前線基地として運用しながらガ島の攻略を目指すことになった。

 トラック泊地から選抜されたのは鳥海を旗艦とする第八艦隊を筆頭に愛宕と摩耶、球磨型と嵐、萩風、武蔵。夕雲型とイタリア艦が全艦。
 空母の艦娘に至っては蒼龍、飛龍、雲龍、飛鷹、隼鷹、龍鳳、鳳翔の計七名がトラックに所属しているが、鳳翔以外の全員が作戦に帯同している。
 またトラック泊地そのものがラバウルの制圧後、基地航空隊を派遣する出発点として活用される手はずだった。
 さらに第八艦隊に帯同する形で、青い目のヲ級も加わっている。

 迎えて一月二十五日。
 ラバウルの占領はいざ始まると一日足らず、しかもほぼ無血で完了していた。
 ガ島方面から飛来した爆撃機や小規模の艦隊による攻撃こそ受けたものの、深海棲艦の抵抗は弱い。
 司令部からの命令で、この日の内に作戦は第二段階のブイン、並びにショートランドの制圧に移行した。
 ラバウルには一部の工兵と護衛艦隊を残して、基地航空隊を運用できるよう急ピッチで飛行場の建設が始まった。

 鳥海らトラック泊地の艦娘たちは先行しブーゲンビル島を通り越し、鉄底海峡を抜けて進攻してくる艦隊を迎撃することになっていた。
 初動こそ順調でも、この先は本格的な抵抗が予想されていた。案の定、これは現実となる。
 二十六日に入ってから鳥海たちは先遣艦隊らを二度の戦闘を経て撃退しているが、さらに後方に重巡棲姫と存在を示唆されていた装甲空母姫。
 さらに軽重それぞれの巡洋艦級の新種を擁した艦隊が控えているのを偵察機が発見している。

 この間にもガ島から飛来したと思われる爆撃機の大編隊がブインとショートランドに猛爆を行っていた。
 敵機の数は優に千機を超えていて、一部は鳥海たちにも流れてきた。
 またソロモン海方面にも迎撃を受け持っている艦隊があるが、空母棲姫と戦艦棲姫、複数のレ級からなる艦隊を発見したと知らせてきている。
 ここに至って、それぞれの戦場では主力艦隊同士がぶつかり合う構図を描き始めていた。


571 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2017/01/23(月) 10:56:48.96 ID:/xxkOiGKo


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 鳥海は微速で警戒航行を続けたまま空を仰ぎ見た。
 時刻は現地時間で一○二○を指している。
 日が高く昇っていて天候も快晴。
 しかし南海の空は雲量が多く、縦に膨らんだ厚雲が低高度まで降りてきている。
 きっと上空からの見通しは悪いはず。もっとも電探の発展は目視に頼らずとも、索敵を容易にさせている。
 そして、それは別に人類や艦娘だけに許された特権というわけでもない。
 艦娘も深海棲艦も互いの位置や目的を把握した上で作戦を遂行しようとしている。

 鳥海たちは二度の戦闘と一度の空襲を経てなお、ベラ・ラベラ島北方三十キロ付近に布陣していた。
 じきに現れる重巡棲姫たちを迎撃するのが、今の鳥海たちの任務だ。
 トラックの艦娘たちは状況の変化に即応するため、水上打撃艦隊と機動部隊とで大きく二つに分かれていた。
 機動部隊はヲ級を除いた空母陣に夕雲型の半数で構成され、出雲型輸送艦と行動を共にしおよそ百キロほど後方に控えている。

「鉄底海峡……行けなくはなかったのでしょうが」

「ソノ先ハガダルカナル……行ッテミル?」

 つぶやいた鳥海に近くにいたヲ級が反応する。鳥海はおかしそうに首を振る。

「やめてください、ヲキュー。それとこれは別なんです」

 自分で言ってから何がそれこれで別なんだろうと思ったが、今はガ島に行く気がないという意思表示ができれば十分だった。
 青い目のヲ級――ヲキューは重々しそうに頷く。
 彼女がよく見せる反応だった。話が分かっていてもいなくても。

 そんなヲ級だがトラック泊地に馴染むに従って、一つの問題が浮かび上がってきた。
 彼女をどう呼んで、その他のヲ級と区別するかという問題が。
 何か名前をつければ解決する話でも、当のヲ級が名前をつけられるのに抵抗があるようだった。
 かといってヲっさんだとかヲっちゃんではあんまりだ。
 結局、飛龍さんや隼鷹さんがアクセントを変えて、心持ち柔らかく聞こえるような呼び方に変えていたのが定着して落ち着いた。


572 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2017/01/23(月) 10:57:35.79 ID:/xxkOiGKo


 そのヲキューは第八艦隊に帯同――というより鳥海の隷下に加わる場合のみ戦闘に参加するのを認められている。
 表向きの扱いは義勇兵になっていた。彼女の背景はともかく、動機を踏まえると適切な扱いと言えそう。
 純粋に戦力という単位で考えても、ヲキューの存在は第八艦隊にとっても有益だった。

 一方で鳥海は察している。
 ヲキューが万が一を起こした場合は、自分の手で責任を取らなくてはならないのだとも。
 そんな最悪と呼べそうな事態が訪れるとは考えたくなかった。
 でも、何が起きてもおかしくないのだけは痛感している。
 鳥海は軽く頭を振って悪い考えを追い払うと、ちょうど二人の後ろからローマが声をかけてきた。

「ここはあなたには縁のある海域だそうね」

 鳥海がローマのほうを振り返ると、腕を組んで航行している姿が目に入った。
 ローマの艤装には黒くすすけた箇所がいくつかある。
 被弾した痕跡だけど、そこはさすがに戦艦。中口径ぐらいの砲弾ならたやすく弾き返していたのを見ている。
 二度の海戦ではいずれも先遣艦隊と呼べる程度の規模の相手で、水雷戦隊が中心になって攻めてきていた。

「鉄底海峡ですか? そこなら、もっとこの先ですし私より夕立さんや綾波さんの語り草だと思いますけど」

「そう? 大活躍したって聞いてるけど」

「ソウナノ?」

「軍艦の話ですし戦術的にはそうだったかもしれませんけど……」

 鳥海は言葉を濁しながら、自然と胸元にかけた提督の指輪を使ったペンダントをまさぐっていた。
 夕張さんがペンダントを完成させるまで二週間近くかかっていたが、その分だけいい仕上がりだとは本人の弁。
 デモンストレーションでクレーンとで引っ張ってみましょうかと言いだしたけど、それは丁重にお断りしている。
 鳥海は意識せずやっている行動に気づいて手を離す。今はもっと目の前のことに集中しないと。


573 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2017/01/23(月) 10:59:08.89 ID:/xxkOiGKo


「とにかく……次の戦闘が正念場になります。相手はあの重巡棲姫ですから」

 敵艦隊の数は四十を越えていて、数ならこちらの倍以上いる。
 すでに機動部隊の艦載機が敵主力艦隊へと二次に及ぶ攻撃をかけているが、消耗が激しい割にどちらの攻撃も成果は芳しくない。
 多数の戦闘機隊に事前に阻まれ、包囲を突破した攻撃隊も二種の新種による対空砲火のために大きな被害を被っていた。
 特にツ級軽巡は単身でハリネズミのような弾幕を展開し攻撃隊を阻んだという。
 いずれにしても攻撃隊の損耗が想定を超過しているので、第三次攻撃が最後になりそうだった。

「取り巻きを排除しながら私と姉さん。それに武蔵とで集中砲火を浴びせてやればいいのね」

「ええ。向こうはこちらの倍以上いますし新種もいるので、一筋縄ではいかないでしょうけど。それとヲキューには今回の戦闘から参加してもらいます」

「分カッタ」

「最初に機動部隊が航空支援をしてくれるので、それが済んでから艦載機を射出してください。いくらIFFで識別できるようにしていても、見た目は敵機そのものですから」

 先の二戦ではヲキューの存在を隠すために海中に身を潜めさせている。
 鳥海は彼女をできるだけ温存しておきたかった。
 ヲ級の艦載機による攻撃は確実に奇襲となる。本当に最初の一撃目に限れば。
 コーワンを始めとした一部の深海棲艦がトラックに身を寄せたと知っていても、ヲキューが戦列に加わってくるのは想定してないはず。
 仮に想定していても、それまでの戦闘で秘匿できていれば警戒心は薄れている。
 彼女の使いどころは今しかなかった。これから先はヲキューにも戦ってもらう。彼女の選んだ道として。
 そんな鳥海の気持ちを知ってか知らずか、ヲキューは今一度首を縦に動かす。

「分カッテイル……私ヲ使ッテミセテ」

 どの道、後に引けない。
 接敵予想時刻まで一時間を切って、鳥海は迷いのない声で戦闘準備を命じる。
 ローマとヲキューの二人は所定の位置に動くために離れていく。


574 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2017/01/23(月) 11:00:45.06 ID:/xxkOiGKo


「あの」

 離れる二人を鳥海は呼び止める。
 考えがあって声をかけたわけではなかったが鳥海は素直に言う。

「お二人とも頼りにしてます」

 ローマはかすかに目を見開き、すぐに視線を逸らすと頬をかく。

「……ふーん。ま、私はやるようにやるだけよ。ビスマルクだったら当然だとか言ってはしゃいでるんでしょうけど」

 ローマは少し早口になっているが、鳥海は指摘しなかった。
 ヲキューは頷かず沈黙を保った。ややあって気づいたように言う。

「任セロ」

 それからおよそ三十分あまりが過ぎた頃、鳥海たちの頭上に機動部隊の第三次攻撃隊が到着した。
 戦爆連合でその数は百五十機ほど。
 六人の搭載機数は四百機ほどで稼働率を八割と仮定すると、もう半数が失われたか使用不能になっていると考えられた。
 機動部隊は現在地を隠すために無線封鎖を続けているけど、攻撃隊の重い損害に苦い思いを抱いているのは疑いようもない。
 それでも猛禽のように上空を飛ぶ航空機の存在は力強かった。

「こっちは甲標的の展開終わったよー」

 北上からの通信に鳥海は了解と返す。
 所定海域から大きく離れなかったのは、北上ら重雷装艦の甲標的を使用するためだった。
 甲標的は特殊潜航艇とも言うべき小型の兵器で、事前に海中に展開しておくことで待ち伏せての雷撃を行える。
 こちらから進攻しての戦闘では使いにくいけど、あらかじめ待ち構えていられる今回のような状況では頼りになる。
 やれるだけの準備はできたはず。
 そうして数分後には電探が目視できるよりも遠くの敵艦隊の存在を捉えるも、すぐにジャミングの影響下に入り本来の機能を果たせなくなる。
 今になって鳥海は思う。今日は長くなりそうだと。


575 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2017/01/23(月) 11:02:36.50 ID:/xxkOiGKo


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───────

─────

 電探で探知した頃には目視もできなかったが、今はもう敵の艦種まで判別できるようになっていた。
 決戦の口火は鳥海らの突撃と足並みを揃える航空隊によって切られる。
 なけなしの攻撃隊の血路を開こうと、果敢に烈風隊が乱舞する敵集団の中に飛び込んでいく。
 烈風が海鷲だとすれば、敵艦載機の集団は蜂だった。
 個々の性能では烈風の方が高くとも執拗に群がる敵機の群れは一機、また一機と烈風の数を減らしていく。
 制空権争いは劣勢。贔屓目に見ても拮抗していればいいほうというのが鳥海の見立てだった。

 しかし攻撃機隊もまた勇敢で、わずかな直掩機と共に次々と攻撃態勢へ入っていく。
 駆逐艦が急降下爆撃の直撃を受けて爆散したかと思えば、リ級重巡が航空魚雷の直撃を受けて海の藻屑へと変えられていく。
 投弾前に被弾して翼から火を噴きだした流星が、抱えたままの爆弾ごと深海棲艦に体当たりして果てていくのも見た。

「死に急ぐような真似なんか……」

 鳥海は航空戦の推移を苦しく思う一方で不審に感じていた。敵機の対空砲火は想像してたほどには激しくない。
 報告にあがっていたツ級がいないのかもしれない。
 動向を探るためにも観測機を飛ばしたいけど、制空権もままならなくてはすぐに撃墜されるのが関の山。
 不審を疑念として抱えたまま、鳥海は下命した。

「全艦、射程距離に入り次第、順次砲撃を開始してください! まずは敵艦を減らします!」

 返事を聞きながら鳥海もまた砲撃を開始する。
 ここまで来て弾薬を温存する気は鳥海になく、深海棲艦もまた砲撃を始めていた。

「役立タズドモ……マトメテ沈メロォッ!」

 回線に割り込んで重巡棲姫の大音量が広がる。
 敵艦隊の陣形は複縦陣を三つずつ並べたような状態で、中央の縦陣の最奥に重巡棲姫がいる。その後ろには三隻のル級が遅れながらも追従していた。
 深海棲艦の動きそのものは分かりやすい。
 一言で表わせば力押し。航空隊の攻撃を凌げば、あとは数を頼りに呑み込もうとしてくる。
 まともに相手をしては消耗ばかり強いられてしまう。
 そんな状況を変えたのは、航空攻撃が終了したのを見計らって投入されたヲキューの艦載機だった。


576 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2017/01/23(月) 11:03:50.27 ID:/xxkOiGKo


『調子ガヨケレバ六十機グライ飛バセル』

 そう語っていたヲキューだが、ざっと見たところ九十機は向かっていく。
 二番艦として鳥海の後ろに位置する高雄が苦笑するような響きで言う。

「聞いてた話より多いわね……」

「計算通りには行かないものです」

 嬉しい誤算だった。
 ヲキューの艦載機はどれもが戦闘爆撃機として使われていて、縦列の二列目以降にいる深海棲艦めがけて次々と攻撃をかけていく。
 見た目上は味方機と変わらないために、攻撃を受け始めた深海棲艦たちは隊列を崩していった。

 明らかに混乱し始めたところに、続けて左翼方向から甲標的の魚雷が敵艦隊の横腹めがけて突入していく。
 甲標的から放たれた魚雷は酸素魚雷でないため白い航跡が発生する。
 なまじ軌道が見えるだけに、狙われた深海棲艦たちを中心に恐慌をもたらしていく。
 不運な何隻かが魚雷の餌食になる間にも、ヲキューの艦載機は烈風に代わって制空権争いへと加わっていった。

 敵の足並みが乱れている間に混戦に持ち込んで流れを決定づける。
 鳥海は突撃の命令を出す一方で、戦場が混乱している隙に零式水上観測機を射出する。
 観測機は艦隊の上空を避けるように旋回し、敵艦隊の配置や動きを艦娘たちへと伝え始める。
 つぶさに敵情を伝えていた観測機だが、やがて重巡棲姫の艦隊から離れた位置にいる別の艦隊を発見した。
 ネ級とツ級を含んだ艦隊で鳥海たちの左方を突くよう迂回している、と伝えてきたところで通信が途絶える。
 撃墜されてしまったと見るしかない。

「新型には球磨たちで対処するクマ!」

「お願いします、ご武運を!」


577 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2017/01/23(月) 11:04:52.82 ID:/xxkOiGKo


 球磨たちの一団が砲撃を加えながら離れていくのを横目に、鳥海は中央の敵陣へと飛び込んでいく。
 砲撃を浴びせながら縦陣を割るように進むと、重巡棲姫までの道が一気に開く。
 敵が総崩れになったのではなく、意図して重巡棲姫と向かい合わせるような動きに感じられた。
 三方から攻められてはたまらない。

「イタリア組は左を、武蔵さんたちは右の敵を! 第八艦隊と愛宕姉さん、摩耶は私に続いて!」

 左右を抑えてもらっている間に重巡棲姫に一撃を与える。でなければ、その後ろにいる取り巻きの戦艦だけでも排除しておく。
 そんな矢先だった。

「雷跡確認! 右から来るぞ! 近すぎる!」

 長波からの警告の声、というより悲鳴が鳥海の耳に届く。
 雷跡を確認するより前に轟々と水柱が立ち上るのが見えた。それも二つ。
 被雷の水柱を見てどこから何がという疑問と、誰に当たったという恐怖とが同時にやってくる。
 ……命中したのが誰かは分かる。味方の位置は常に把握するよう務めているから。
 あの位置は愛宕姉さんと摩耶だった。

「潜水艦!? じゃない、甲標的みたいなやつよ!」

「摩耶さんの浸水がひどい! このままだと……」

 天津風と島風がそれぞれ伝えてくる。
 鳥海より先に摩耶と愛宕の切羽詰まった声が入った。

「クソがっ! あたしらに構うな!」

「そうよ、このまま攻撃を!」

 それは聞けない。鳥海は胸の内で即答すると言っていた。

「島風、リベッチオさんは摩耶、天津風さんと長波さんは愛宕姉さんを護衛しながら後退を」

「重巡棲姫はどうすんだ!」

 摩耶の怒鳴り声に、感情をできる限り抑えるよう意識して伝える。

「あいつは私と高雄姉さんが相手をします」

 告げてから鳥海は怖気を感じて、その場から弧を描くように大きく離れる。
 姿勢を立て直すと、やや遅れて本来の進路上に砲撃による水柱が林立する。そのまま進んでいれば確実にいくつかは命中していた。

「フフ……アハハ、イイゾ……当タッタノハ高雄型カ! レイテノ再現トイコウジャナイカ!」

 重巡棲姫はあざ笑いながら、海蛇のような主砲で砲撃してくる。
 最初の接触の時と違って素面らしかった。酔い潰れていれば楽なものを。

「私は触雷してない……あの時とは違う。鳥海の言う通りよ、あいつは私たちが相手をする」

 高雄の声は静かなのに聞き漏らせないような迫力があった。
 姉が何を言いたいのは分かっているし、同じ気持ちだったから。
 鳥海は短く息を吐いて胸元を意識する。もう取りこぼしたくない。だから戦うまで。

「やらせないわよ、鳥海。愛宕と摩耶を」

「ええ。もう誰も失うつもりはありません」


578 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2017/01/23(月) 11:06:06.14 ID:/xxkOiGKo
ここまで。導入しか書けてない感じですが、ここからはペースを上げていきたい所存
579 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/01/23(月) 12:36:07.07 ID:ujLW+CfZo
乙です
580 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/01/25(水) 08:40:09.05 ID:Qy3NqIKdO
乙乙
581 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/01/26(木) 01:14:41.15 ID:i4xSDWS8o
乙乙乙
582 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2017/01/27(金) 22:44:34.45 ID:B/Ye64Jxo
乙ありなのです!
ちと短めというか、あまり話が動いてないですが投下を
583 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2017/01/27(金) 22:47:17.47 ID:B/Ye64Jxo


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 付き合いきれない。
 遠目に戦闘の状況を見た上で抱いたネ級の感想になる。
 それはネ級がツ級の他に二人ずつのイ級やチ級を率いて、計六人から成る即席の水雷戦隊を組まされた時と同じ気持ちだった。
 きっかけは装甲空母姫が次の戦闘に際して、自分ならどう行動するのか聞かれたためだ。
 その場には艦隊の総司令と言うべき重巡棲姫もいた。
 どこか試すような問いかけを不思議に思いながらも、自然に浮かぶままに答えていた。

「敵ノ大マカナ位置ガ分カルナラ別働隊ヲ用意シテ両側カラ牽制スル……頭数ハコチラガ多イノダシ。ソレニ艦娘トイウノハ輸送艦ト行動スルナラ、ソレモ叩イテシマイタイ」

 輸送艦を叩くには艦載機が必要、と言ってからネ級は二つのことに気づいた。
 まず装甲空母姫はともかく、重巡棲姫はネ級の話など聞く気はないのだと。
 もう一つは重巡棲姫はネ級を、そしてツ級も嫌悪しているということ。
 転じてネ級は一つの誤解にも気づく。飛行場姫は自分を避けてはいるが、どうやら嫌ってはいなかったらしいと。
 装甲空母姫が興味を、重巡棲姫は嫌悪を、飛行場姫は……ネ級は思い浮んだ感情をたとえる言葉を知らない。

 なんにせよ重巡棲姫が聞く気がない以上は話もここで終わるはずだったが、何を思ったのか装甲空母姫が自身の配下をネ級に預けてしまった。
 ネ級とツ級は装甲空母姫の直属という扱いなので、重巡棲姫を飛ばして融通も効くらしい。
 しかしネ級は思う。私に面倒を押しつけないでほしいと。事態に介入できない我が身をネ級は初めて鬱陶しく感じた。

 そして現在、重巡棲姫はしないでもいい消耗をしている。
 敵に動きがないのは、それが敵にとって適した場所だからだ。
 誘いに乗るのは構わないが無闇に突っ込んでいい理由にはならない。
 あるいは――姫という連中は総じて強い。にもかかわらず自分たちを基準に物差しをはかる。
 そうやって生じた食い違いがこの結果になるのか。

「ドウスル……ネ級?」

「行クシカナイダロウ」

 ツ級の問いかけにネ級は断じる。
 戦況がどうであれ無視する理由にはならないし、それに艦娘たちも放っておいてはくれない。


584 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2017/01/27(金) 22:51:02.88 ID:B/Ye64Jxo


「抑エガ来タ。アレヲマズハドウニカ……」

 敵の艦種や出方を見極めようと、ネ級は艦娘たちに焦点を定める。
 ――どれも見たことのある顔だと感じた。
 相手は七人。駆逐艦と軽巡が二人ずつに、重雷装艦が三人。ネ級はそう確信していた。
 二人ずつが似通った服装をしているが、一人だけ黒い外套を幌のようにはためかせているのがネ級の興味を引く。
 その艦娘の顔を見て、ネ級の頭の中に何かの光景が去来したような気がした。
 それが何かを顧みる間もなく、ネ級の頭に電流が駆け巡るような鋭い痛みが走る。
 目の奥に生じた痛みに、両目を隠すように頭を抑えてうずくまった。
 速度を維持できずに落伍していくネ級に、ツ級が慌てて寄り添うように近づく。
 他の深海棲艦はネ級の異状に反応する素振りを見せるが、それ以上に艦娘に引かれるように接近していくままだった。

「ソノ目……!」

「目ダト……」

 ネ級は全身の血が逆流し、内蔵を締め上げるような正体不明の痛みに悶えていた。
 視界は霞がかった赤になり、口から漏れる呼気は沸騰したかのように熱い。
 食いしばった歯からは声にならない声が漏れ出す。凶暴な獣としての唸りが喉奥から震えてくる。
 ネ級の瞳が深紅に染まり、同じ色の光が体からも立ち昇り始めていた。
 犬歯を剥き出しにして、怒りに染まった形相を向ける。

「落チ着イテ……ソノ子タチモ怯エテイル」

 事実、主砲たちのか細い声が聞こえてきて、ツ級の巨人のような指が戸惑いがちにネ級の腕に触れる。
 払いのけなかったのは、まだネ級を一部の理性が押さえつけていたからだった。
 燃えたぎる衝動に駆られながら、ネ級は先行した形の四人に吠える。

「奥ノ三人ヲ狙エ! ヤツラガ最モ魚雷ヲ積ンデイル!」

 何故分かったのか理解できないまま、ネ級はツ級を置き去りにして水面を蹴っていた。
 火力を集中――とかすかに浮かんだ考えは霧の中へと消えている。
 重雷装艦を守るように正面に位置する四人――軽巡と駆逐艦が二人。
 ネ級は急速に距離を詰めながら彼我の砲撃音を聞いていた。


585 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2017/01/27(金) 22:53:34.86 ID:B/Ye64Jxo


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 木曾は姉たちの会話を聞きながら、相手の出方を窺っていた。
 砲撃をしようにも、まだ適正距離とは言いがたい。

「魚雷撃つ前に命中するのはいやだよねー。や、撃った後でもやだけどさ」

「だったら口じゃなくて足を動かすにゃ」

「ごもっともで」

 気の抜けたやり取りだが戦闘準備は整っているし、自然体なのは余計な気負いがないからだと木曾は前向きに受け止めていた。
 球磨と多摩を先頭を併走し、その後ろに萩風と嵐が。そして北上、大井、木曾の三人が続く。

「怖いのは新型クマ。何をしてくるクマ?」

 新種、新型。艦娘でも、この辺りの言い回しはまちまちだ。
 どっちにしても未知数の敵で、警戒するなというのが無理な注文だ。
 ネ級重巡もツ級軽巡も対空戦闘に秀でているのは分かっている。特にツ級軽巡は。
 だが水上戦闘がどれほどのものかは実際に戦ってみなければ分からない。
 木曾はネ級と目が合ったような気がした。
 きっと気のせいだろう。そう思った直後、ネ級が後ろへと脱落していく。

「ん……?」

 木曾は出し抜けに胸への疼痛を感じた。
 弱いが確かな痛み。一時期は頻繁に感じていたが、やがて提督との関係が清算されて行くにつれて消えていったのと同じ痛みを。
 なんで、こんなところで。
 確かめるように胸元を握っていると、大井が目ざとく気づいた。

「ちょっと大丈夫なの?」

「ああ、なんでもないさ」

 連戦の疲れが取れていないのかもしれない。
 気に留めないことにした。その痛みは覚えている。だからこそ気にしてはいけないと。


586 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2017/01/27(金) 22:55:12.37 ID:B/Ye64Jxo


「それより変だぞ、あのネ級とかいうの」

「不調ならこっちが助かるから、そのままでいてほしいんだけど」

 大井の声はどこか冷ややかで容赦がない。敵にかける情けはないとでもいうように。
 多摩は用心深く目を細めた。

「誘われてるかにゃ?」

「でも向こうの隊列は乱れてますよ?」

 萩風の指摘するように脱落したネ級に合わせてツ級も減速したが、イ級とチ級は前に先行しすぎているようだった。
 遠目だがネ級は苦しんでいるように見受けられる。普通の状態でないのは間違いなさそうだが。
 木曾は疼痛が治まっていくのを感じた。
 それを知る由もないが、意気込んだ声を嵐があげる。

「今の内に叩きましょうよ!」

「俺も賛成だ。こいつらを叩いたって重巡棲姫が残ってんだ」

 新型を沈めてはい終わり、というわけにはいかない。
 あくまで主目標は重巡棲姫だからだ。

「その通りクマ。さっさと蹴散らして合流するクマ」

「待つにゃ。様子がおかしいにゃ」

 動きを止めていたネ級から赤い燐光が瞬き始めていた。
 エリートなんて呼ばれ方をする強化個体がまとっているのと同じ赤い光だ。
 きっかけなんて分かりやしない。ただ厄介なやつだと直感した。


587 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2017/01/27(金) 22:56:42.52 ID:B/Ye64Jxo


 そしてネ級が何事かを叫ぶと深海棲艦たちが一気に動き出す。
 ネ級が猛然と向かってくる中、イ級とチ級たちが砲撃を始めた。
 砲撃の飛翔音が近づいてくるが、同時に遠いとも感じる。
 実際に砲撃は木曾や北上の後方に大きく外れていた。
 それは二つの事実を暗示している。

「練度は大したことないようだが、真っ先に俺たちを狙ってきやがったか」

「北上たちはこのままイ級とチ級を頼むクマ。球磨たちは新型二人をやるクマ」

 球磨の指示に一同は応じると、迅速に隊列を組み直す。
 木曾は正面の敵たちを見据えながらもネ級が気になって仕方なかった。
 盗み見るように目を向ければ、ネ級は赤く染まっていた。比喩ではなく、自身が発する光のために。
 だが何よりも興味を惹くのは……なんだ?
 新型としての性能か、未知の強敵への好奇心。それとも危機感か?
 どれも違う。
 言葉にできない、というよりは認めてしまいたくない違和感。提督にまつわっていた胸の疼きが原因だ。

「……まさかね」

 浮かんだ疑念を形にしないように言葉で取り消す。
 イ級とチ級の練度が低かろうと余所見は余所見。油断は油断だ。
 それでもなお木曾はネ級を観察してしまう。

 細身の女だ。赤い光をまとっているが、深海棲艦らしい白い肌に白い髪、黒い衣服に艤装。
 顎の辺りが歯のような装甲に守られているようで、この点はヲ級に似ていると思った。
 武装は三連装二基の主砲が海蛇だか海竜のように背中の方から伸びてるようだ。こちらは鳥海たちと交戦している重巡棲姫と似ていた。
 大腿部にはどうやら副砲もついているらしい。ここからでは分からないが、どこかに魚雷発射管もあるはず。
 火力ならこちらの重巡組のほうが充実しているように思えるが、火力で全てが決まるわけじゃない。
 ネ級は一心不乱に球磨たちへと向かっていく。
 まるで獣のように。あいつには、あんな一面なんてきっとない……ないよな。


588 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2017/01/27(金) 22:58:40.09 ID:B/Ye64Jxo


「さて、こっちはこっちでやりますかねー」

 北上の声に木曾の注意が正面へと引き戻される。
 物事には順序があって、今はネ級ばかりに気を取られている時じゃない。

「俺がイ級の露払いをやる。姉さんたちはチ級を」

 主砲の照準を先頭のイ級に合わせる。
 あいつ――前任の提督の代から、各艦とも運用する兵装の見直しが図られている。
 重雷装艦には性能の陳腐化した14センチ砲に代わって、イタリア組からもたらされた152ミリ三連装速射砲に改められていた。
 その火砲が猛然と砲煙をあげながら砲弾を吐き出していく。
 たちまちイ級が水柱に包まれ、二射目には命中の閃光が生じてイ級を無力化していた。
 北上も大井も、それぞれチ級への砲撃を開始している。
 木曾はとどめになる三射目を行いながら、すぐにもう一体のイ級へと狙いを変えていた。

 さして練度の高くないイ級なんぞ、正面から当たってしまえば怖い相手でもなんでもない。
 それはチ級にしたって同じだ。
 護衛を固められて魚雷をばら撒かれるだとか、混戦中に乱入されるだとか生かす方法なんていくらでもあるのに。

「お前らの指揮官は無能だな」

 俺たちには十分な装備を与えられて、実戦も訓練も多くの機会が与えられて。
 それもこれも相手を倒すためでなく、自分たちを助けるためにだ。

「望んでくれたやつがいたんだよ、俺たちにはさ」

 誰の救いにもならない言葉を木曾はつぶやく。
 砲戦はさほどの時間を要さず、木曾たちが圧倒する形で終わった。


589 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2017/01/27(金) 23:00:18.50 ID:B/Ye64Jxo


 すぐに三人は転進する。ネ級とツ級が残っているためだ。
 球磨たちが苦戦しているのは通信のやり取りで分かった。

『何クマ、こいつ! 訳の分からない動きばかりするなクマ!』

『大丈夫なの、嵐!?』

『くそっ、やられた! 火が回る前に魚雷を投棄するぞ!』

『萩風、球磨と嵐を下がらせるから護衛を……うっとうしいにゃ、ツ級!』

 損傷した球磨と嵐を守る形で、多摩が矢面に立っていた。
 孤立していたツ級も今や砲戦に加わり、ネ級や球磨たちとは距離を開けたまま支援砲撃を行っている。
 対空戦闘を視野に入れた両用砲だからか、口径は小さいが矢継ぎ早に砲弾を送り込んでいた。

「……嫌なやつだ」

 ばらまくような撃ち方だが上手い。
 損傷している球磨と嵐の退路を塞ぐ狙い方で、命中せずとも動きを阻害する効果がある。
 水上艦への砲撃は相手の未来位置を予測して行うのだから、ツ級は球磨たちの動きを計算し予測しているのか。
 ……こいつはネ級ともまた雰囲気が違う。だが厄介なやつなのには変わりない。

「多摩ねえ、そっちの支援に入るよ!」

 窮状に北上の声から間延びした調子が消えている。

「こっちよりツ級を先に頼むにゃ!」

「りょーかい、任せちゃって!」

 北上と大井がツ級へと向かっていく。
 木曾もそちらに向かおうとして迷った。
 球磨や多摩を信用していないわけじゃない。退路を確保するためにもツ級は邪魔だ。
 しかし球磨たちを無視してはいけないという直感があった。
 木曾は決断していた。



590 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2017/01/27(金) 23:01:50.27 ID:B/Ye64Jxo


「姉さんたち、ツ級は頼んだ!」

「ちょっと木曾! 勝手な真似は……!」

 大井が呼び止める声が聞こえてくるが、その時にはもう木曾は転進を済ませている。

「あのネ級は危険なんだ!」

 こんな理由で独断をやっていいわけがない。それでも――。
 木曾はネ級へと向かう。
 ネ級の速度はかなり速く、不規則な機動を見せている。
 球磨たちを二手に分断させ、集中砲火を浴びても怯む様子させ見せない。
 最初と違い、今は黒い体液を体にまとっているようだった。

 だが砲撃はでたらめだ。
 ネ級は獣のように首を巡らせながら、背中から伸びた主砲と大腿の副砲が乱射していた。
 ……違う、あれで狙いは絞ってやがる。
 損傷で動きの遅くなった球磨と嵐を主砲が狙いつつ、副砲は多摩と萩風に向けて撃たれていた。
 異質なのは誰か一人に絞らず、全員を同時に相手取ろうとしているかのような動きだ。
 戦力を削ぐという発想がないのか。
 そのお陰で球磨も嵐も健在なのかもしれないと思えば、木曾としてはそのままでいいと考えるしかない。

 木曾としては雷撃を当てて流れを変えたいところだが、下手に撃てば同士討ちの危険もある。
 縦横無尽に暴れるネ級がどこまで意図しているかは分からない。
 考えてる場合じゃないと自覚する意識が砲撃を始めさせ、すぐに一弾がネ級の主砲に当たるが装甲を抜けずに弾かれる。
 後方からの攻撃にネ級は素早く反応し振り返った。
 赤く染まった目が残光の線を引く。
 歯を食いしばったネ級が腹の内からゆっくりと声を震わせる。

「カン、ムス……カンムス! カンムスウウゥゥゥ!」

 海風に乗った叫びは遠吠えだった。
 衝動と敵意を露わにし、誇示するけだものの咆吼。
 目を見開き、木曾を凝視している。その目に浮かんでいるのは純然たる敵意だった。

「……違う! お前は違う!」

 今では痛みは完全に消えている。むしろ疼痛を感じた理由が分からなくなっていた。
 代わりに重圧が体中にまとわり付いていた。

「どうして、こっちに来たにゃ!」

「多摩姉、こいつはここで沈める! 沈めなくちゃならない!」

 叱責するような多摩に叫び返していた。
 そうとも、こいつはここで終わらせる。
 俺の疑念が確信に変わる前に、鳥海がやつに出会っちまう前に、俺自身の手でやる。
 木曾の表情に一切の迷いはなく、相対した強敵に対する固い決意が浮かんでいた。


591 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2017/01/27(金) 23:03:29.15 ID:B/Ye64Jxo
ここまで。次はちょっと空きそうですが、一気にまとめて投下した方がよさそうな気がしてます
592 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/01/27(金) 23:57:26.19 ID:729dqFMWo
乙です
593 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/01/29(日) 08:13:31.53 ID:ceARHkZpO
乙乙
良いところで切りおる……
594 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/01/30(月) 10:50:25.46 ID:cCwEi3TeO
乙乙
595 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2017/02/05(日) 21:11:13.59 ID:2TZ4vk5Ao
乙ありなのです
ちょっと見直しも並行しつつ投下を
596 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2017/02/05(日) 21:14:24.98 ID:2TZ4vk5Ao


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 島風はリベッチオと共に摩耶を守りながら敵艦と交戦していた。
 摩耶の艤装はひどく損傷していて、艤装の主機は咳きこむような音を出している。

「摩耶さん、浸水はどう?」

「鈍足なら排水が間に合うけど、これ以上は無理だな……クソが!」

「もー、マヤってば口が悪いー!」

「ほっとけ!」

 今の摩耶は七ノット程度の速度しか出せず、控えめに見ても艤装が大破しているのは確実だった。
 浸水により電装部もショートし、主砲の発射すらままならなくなっている。
 とはいえ、離れた位置にいる愛宕も含めて、体が五体満足なのは不幸中の幸いだと言えた。

 損傷している摩耶を狙わせないために、二人は敵艦に肉薄することで注意を引きつけていた。
 砲撃の威力が弱くとも近づけばそれなりに有効だったし、何よりも敵は雷撃を恐れてくれる。
 二人は代わる代わる一人が接敵し、もう一人が摩耶の周辺を警戒しながら敵を追い払っていた。

 それでも遠からず限界が来てしまうのは明白だった。
 迎撃の度に二人は傷ついていき、摩耶はそんな二人を見ていることしかできない。
 困難な状況にもかかわらず、二人の士気は高い。自らが傷つくのさえ厭わないように。
 だから摩耶は思い切って言う。

「なあ、あたしより愛宕姉さんを助けてくれないか?」

 見捨てていいから。言外に隠れている言葉が分からない二人でもない。
 島風とリベッチオは顔を見合わせていた。

「お前たちがあたしに付き合う必要なんかないからさ」


597 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2017/02/05(日) 21:16:24.63 ID:2TZ4vk5Ao


 島風は振り返ると摩耶の顔を見る。
 必要ならあるよ。その言葉は飲み込んで。

「んー……リベはどう思う?」

「えっ、リベにそれ聞いちゃうの?」

「だって私はそんなつもりないし……」

「リベだってそうだよ!」

「というわけだよ、摩耶さん。この話はこれでおしまいだね」

 摩耶が言い返す間もなく新手の砲撃が続けて来る。
 命中弾こそなかったが、今度は一隻や二隻でなく多数による砲撃だった。

「駆逐艦と重巡が二人ずつ!」

 敵影を確認した島風が素早く伝える。
 複数による攻撃は初期の混乱から立ち直って、統制の取れた行動を取り始めている証拠だ。
 弱気の虫が覗く摩耶より先に島風が言っていた。

「摩耶さんを諦めたら絶対に後悔するし」

「マヤも主砲ぐらい撃てないの? 手で装填するとかして!」

「無茶言うなぁ……けど、そんぐらいしないと死んでも死に切れないか……」

「だから死なないってー!」

 続く砲撃も外れたが、摩耶が吹き上がった水柱をもろに被る。
 それで摩耶も頭が少しは冷えたようだった。


598 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2017/02/05(日) 21:17:02.69 ID:2TZ4vk5Ao


「島風、連装砲ちゃんを一つ貸してくれ。やるだけやってみなくっちゃな」

「いいよ。でも、無茶はダメだからね」

 島風は振り返り、摩耶の目を見ながら言う。
 応じる言葉はないが、ヤケになった顔でないと島風は感じた。
 連装砲ちゃんの一つを送ろうとしたところで、第三者の声が入った。

『それには及ばないわ』

 耳のインカムから聞こえてきたのはローマの声。
 やや遅れて摩耶たちを狙っていた艦隊に横方向から砲撃が見舞われ、一発が重巡リ級を直撃し沈黙させた。

『よし、そちらに合流する』

 砲撃の手応えを感じた声を残して、ローマは通信を切る。
 戦艦砲を受けて、建て直しのためか敵艦隊が後退していく。入れ代わるようにローマが三人の前に到着する。
 決して無傷ではなく、折れ曲がった主砲も何本かあった。

「グラッチェー、ローマ!」

「ディ、ディモールトベネ?」

 島風はしどろもどろに答えると、ローマが軽くため息をつく。

「いいわよ、日本語で」

「なんでローマがこっちにいるんだよ、重巡棲姫は?」

「取り巻きに邪魔されてるうちに距離を取られてしまったのよ。だから、まずはあんたたちを助ける」

 そういう指示もきちゃったし、と小声でローマがつぶやくのを島風は聞き逃さなかった。

「愛宕のほうには姉さんと武蔵がいるから大丈夫よ。あんたはまず自分の心配だけをしてなさい」

 損傷の激しい摩耶を一瞥してローマは告げると、摩耶は食い下がるように聞く。

「じゃあ重巡棲姫はどうなるんだよ」

「鳥海と高雄が相手をしている。今は……!」

 ローマは再攻撃の様子を見せ始めた敵艦隊を睨むように見ていた。

「今あなたたちを守れって言うのは、まずここを支えろってことでしょ? やってみせるわよ、そのぐらい」

 姫を倒しても戦線が崩壊して、こっちが壊滅してたら意味がない。ローマが言いたいのはそういうことなのだと島風は解釈した。

「……早く落ち着かせないとね」

 そう応じる島風の内心では、鳥海への信頼と不安がせめぎあっていた。
 重巡棲姫の手強さは、じかに交戦した経験がある島風にも分かっていたから。
 あの二人はかなりの無理をしでかそうとしているはずだった。


599 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2017/02/05(日) 21:17:48.44 ID:2TZ4vk5Ao


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 鳥海、高雄と重巡棲姫との交戦は主戦場の横へ流れる形で続いていた。
 引き離したのか、引き離されたのか。その線引きは曖昧だった。
 というのも愛宕と摩耶から重巡棲姫を引き離すという点では鳥海たちの都合に適っていたし、二人を孤立させるという姫の意図とも合致していたからだ。
 だから、これは互いの意図が一致した結果。少なくとも鳥海はそのように現状を捉えている。

「役立タズドモ……沈メエェッ!」

 重巡棲姫が戦意を音量に乗せて砲撃してくる。
 正面に位置する鳥海と左方から攻める高雄は撃ち返しながらも、熾烈な砲火に邪魔をされて距離を詰め切れずにいた。
 砲撃の飛翔音が近づいてくるのを感じ、鳥海は右に針路をずらす。
 これで当たらないという確信は、五秒後に後方に生まれた水柱が証明していた。
 調子そのものはすこぶる良好だった。

「ペンダントのおかげかしら?」

 独語してから、それはちょっと違うような気がした。かといって間違えてるとも思い切れないのは胸の辺りに熱を感じるせいかも。
 でも、なんだってよかった。
 経験、直感、加護。思い込みでも何かが助けてくれると信じて、それが私自身の動きに噛み合っていい影響を与えてくれるなら。
 大事なのは後れを取らないという自信があるということ。
 側面を取っている高雄への狙いを減らす意図も込めて、鳥海は声を張る。

「私に当ててみなさい、重巡棲姫!」

「見下スナァ、艦娘!」

 それまで高雄も狙っていた主砲が二基ともしなると鳥海へ向く。白い肉塊のような主砲は、視覚が退化した竜をどことなく想起させた。
 倍になった殺気が砲炎の光を瞬かせる。
 それを消すように側方から放たれた高雄の主砲弾が重巡棲姫に命中するが、大した損傷にはなっていない。
 鳥海もまた回避運動を行いながら砲撃を続けるが、全弾が命中したとしても同じような結果にしかならないと予測していた。
 重巡棲姫の腰部にある連装副砲が速射を行い、突撃の機会を窺う高雄の出足を阻む。


600 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2017/02/05(日) 21:18:48.14 ID:2TZ4vk5Ao


「出来損ナイドモガ調子ニ乗ッテ!」

「火力が強い……重巡って言ってるけど戦艦並みじゃない!」

 高雄の評価は適切だった。
 火力もそうだけど打たれ強さも、並みの戦艦級を凌駕している。
 こちらは主砲の残弾は四割を切り、魚雷は一斉射分のみ。
 姉さんも魚雷は使ってないけど主砲弾は同じような状態のはず。
 無駄弾を使わなければいいだけ、と鳥海は高揚の続く頭で判断する。
 どっちにしたって撃てるだけ撃ち込まないと、まずこの姫は沈められない。

「……二度モ私ノ手ニカカルトハ……愚カナヤツ!」

「二度……?」

「マリアナデ沈メタヤツヨリハデキルヨウダガ、艦娘ハ艦娘ニスギナイ!」

「マリアナ? もう一人の鳥海を言ってるの!」

 問い詰める声に重巡棲姫は笑い声を上げた。

「ナンダ……知ラナカッタノ? 一人デノコノコヤッテ来テサア!」

 一人で。そう、その通り。二人目の鳥海は味方の撤退を支援するために単身で。
 そうして交戦したのが重巡棲姫だなんて思いもしなかった。
 だとしたら……これは仇討ち?
 思いもしなかった言葉が鳥海の頭を過ぎった。

「教エテヤロウカ! アノ出来損ナイガ、ドウヤッテ沈ンデイッタノカ!」

 重巡棲姫の高笑いが耳朶を打ち、鳥海は我知らず奥歯を噛む。
 事情があろうとなかろうと、ここで討たなくてはならない敵なのは承知している。
 それでも私怨のような感情が芽生えそうだった。
 しかし答えたのは鳥海ではなく、割り込んだ高雄の声だった。

「結構よ」


601 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2017/02/05(日) 21:20:00.56 ID:2TZ4vk5Ao


 高笑いを遮るように高雄が放っていた主砲弾が、立て続けに重巡棲姫へと落ちていった。
 より正確になった命中に、重巡棲姫は忌々しげに高雄を睨めつける。
 その毒々しさを高雄は正面から受け止めていた。

「あなたの口から鳥海を語ってほしくないもの。たとえ直接の妹じゃなくっても」

「死ニ損ナイメ……ダガ喜ブトイイ。今度ハ貴様モ妹トモドモ……水底ヘ送ッテヤル」

 白い肉塊のような主砲がまた高雄を指向するが、高雄もまた決して一箇所には留まっていなかった。

「私たちのことなんて何も知らないくせに!」

「不本意ダガ知ッテルトモ……タダ一人レイテヲ生キ延ビタ姉ハ、無様ニ終戦マデ生キ長ラエタモノノ……譲渡サレタ敵国ニヨッテ処分サレタ」

 重巡棲姫の顔に喜色が浮かび、さも愉快そうに言う。

「ミジメジャナイカ、艦娘! ダカラ沈ンデシマエエッ!」

「それは軍艦としての話じゃない! 知らないのよ、艦娘としての私たちを!」

 それに、と高雄が言い足すのを鳥海は聞く。

「無様ではあっても、みじめではなかったもの。戦うための誇りは失っていなかった!」

「誇り……」

 鳥海はつぶやき、もう一人の鳥海に思いを馳せた。
 あの子は仲間のために戦って、そうして沈んでいった。
 どう沈んだかなんて分からない。
 最期まで撃ち続けたかもしれないし、独りでいるのを悔やんで寂しがったかもしれない。
 沈んでいくのを嘆いて恐れたかもしれなければ、もっと生きたいと願ってもおかしくなかった。
 あるいは何もかもを受け入れて満足したか、自分の代わりに他の誰かが命を繋いだと信じて。

 全てが仮定で可能性だった。真実はあの子の内にしかない。
 そして……鳥海には確かに理由があった。彼女は使命を果たしたのだと思う。
 一つ。本当に一つだけ言えるのは。

「姉さんもあの子も……出来損ないと呼ぶのは許しません!」

 鳥海として、そこだけは譲れなかった。

602 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2017/02/05(日) 21:22:12.93 ID:2TZ4vk5Ao


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 木曾と多摩の主砲がネ級を捉える。
 十字火線の交点となったネ級は複数の直撃弾を受けるが、構わずに木曾へと向かう。
 すぐに木曾も軸をずらすように移動しようとするが、そこに主砲が撃ち込まれていく。
 より正確になっていく砲撃により、至近弾を受けて艤装が悲鳴を上げる。
 木曾もまた撃ち返し続けるが、加速がつき始めたネ級は左腕を盾代わりに掲げて突進を続ける。

「カン……ムス!」

「島風並みに速いのに硬いときたか……!」

 木曾の放った主砲は左腕を抜けずに弾かれる。
 砲弾の破片と一緒にネ級の体液も落ちて、傷ついた白い肌が露出した。
 しかし、それもすぐに浸出したらしい体液が隠す。
 横から多摩の砲撃を受けながらも、強引に距離を埋めてきたネ級と木曾とが交錯する。
 接触したのは木曾が引き抜いたサーベルと、黒い体液にまみれたネ級の腕だった。

「っ……重たいっ!」

 木曾は刃先を通して伝わってきた痺れを伴った感触に顔をしかめる。
 生身の腕ではなく鋼鉄を切りつけてしまったような不快感だった。
 歯を食いしばったまま、木曾は距離を取りながらネ級の背へ向き直る。

 四つん這いの姿勢から、ネ級は振り上げた両腕を海面へ交互に突き立てながら右へ急旋回してくる。
 まるで硬い地面へ杭を打つかのような動きで、二基の主砲は慣性を打ち消すために左へと身をしならせていた。
 曲がりきったネ級は、そのまま這うように海面に爪を立ててから木曾へと向かっていく。

「海面を叩いて……沈みもしないで、どういう理屈だよ!」

 舌打ち一つ、木曾は砲撃で迎撃する。
 艦娘も艤装の効力で海に沈んでいかないが、それはあくまで沈まないだけだ。足場として使えるわけではない。
 こう接近されては不利だが、ネ級がそれを許さない。


603 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2017/02/05(日) 21:23:08.77 ID:2TZ4vk5Ao


「まったく獣みたいなやつにゃ!」

 それを多摩姉が言うのか、と出かかった言葉を口内に留めたまま木曾は撃ち続ける。
 ニ方面からの砲撃にネ級の主砲が多摩へと応射すると、悲鳴が飛び込んできた。

「にゃあ!」

「多摩姉!?」

 被弾したのか? それを確認する間もなくネ級が突っ込んできた。
 白刃と黒く染まった腕がぶつかりあって火花を散らす。
 斬れず、砕けず、押し合い、踏みとどまろうとする。

「こっちは光り物だぞ、ちったぁ怖がれ!」

 威嚇するよう木曾は叫ぶが効果はない。
 刃物を前にすれば砲撃のやり取りとは別の緊張が生じるもんなのに、こいつはお構いなしだ。
 見た目はサーベルでも、実際にはラフな扱いに耐えられるよう手を加えられている。
 そんな物に素手で挑むのは、どんな心境だ。
 よほど腕に自信があるか、単に見境がないのか。あるいは……恐れを知らない?

 数度の打ち合いを経て、ネ級の体液が堅牢さの理由だと木曾は見抜いた。
 粘性のせいなのか剛性も備えているのか、特殊な防護膜として機能しているらしい。
 さっきの急カーブもこれが機能しているのかと考え、しかし対処法までは思い浮ばなかった。

「――シイッ!」

 ネ級の主砲が木曾に向かって噛みついてくる。
 予想外ではなかったが警戒は薄れていた。
 左右同時の噛みつきを身を捻っていなすが、ネ級そのものが迫ってきた。

「ジャマ、スルナッ!」

 拳が振り上げられ、木曾は受けるしかないと直感した。
 右手でサーベルの刃先を下げた状態で握り、左腕を寝かせた刀身に添わせる。
 ネ級の拳が刃の上から衝突し、左腕が不気味な音を立てる。
 折られる――そう感じた時には体が後ろに弾き飛ばされていた。
 水面に二度三度と叩きつけられてから、木曾は姿勢を立て直しながら右へ転回する。追撃が来る。
 ……そう考えた木曾だが、追撃はこない。
 ネ級は木曾を忘れたように明後日の方向を見ていた。


604 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2017/02/05(日) 21:24:51.31 ID:2TZ4vk5Ao


「……ツキュウ」

 その声を残してネ級は木曾に背を向けて離れていく。
 合流する気だと悟り、阻止しようとした木曾が腕の痛みに苦悶の表情を浮かべた。

「バカ力しやがって……!」

 折れてはいないが、痛みと痺れで上手く力が入らなくなっていた。
 だが、それでも追撃の主砲を撃つ。
 必中の念を込めて撃ったそれはネ級に当たる軌道を描いている。
 しかし、思った形では命中しなかった。
 主砲の片割れが振り子のように揺れると、自ら砲弾へ当たりに行き本体への命中を防いでいた。
 装甲部分で受けたのか、主砲は何事もなかったかのように元の位置へと戻る。

「なろぉ……」

「すぐ追うにゃ!」

 飛んできた多摩の声に、木曾はそちらの様子も見る。
 多摩の艤装には大穴が開いていて、そこから白煙がくすぶっていた。

「大丈夫なのか、多摩姉?」

「見ての通りにゃ!」

「無傷ってわけでもないだろ」

「動くし撃てるにゃ。それより北上たちに連絡するから、すぐ行くにゃ」

 強がりかもしれない。だけど心強かった。
 ネ級を過小評価しているつもりはなかったが、見通しが甘かったのも否定できない。
 早く撃退するどころの話じゃなくなっていた。


605 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2017/02/05(日) 21:26:23.87 ID:2TZ4vk5Ao

─────────


───────

─────


 ネ級がツ級を視界に捉えた時、すでに彼女は苦境に立たされていた。
 北上と大井の連携はネ級から着実に戦闘能力を奪っている。
 左腕の砲塔群は沈黙し、主機にも損傷があるのか機動が鈍くキレがない。
 ネ級は残った右側の両用砲で応戦しているが、今や翻弄されている。
 振りきろうにも振りきれず、かろうじて雷撃だけはさせないようにするのが精一杯のようだった。
 そこまで見て取って、ネ級は主砲を撃つ。

 より近い大井が水柱に囲まれるが命中弾はない。
 ネ級の接近は知らされていても、北上たちは手負いのツ級への追撃の手を緩めなかった。
 すでに半壊していた左腕がさらに穿たれ、巨人じみた指が崩れて元のか細い指が露出するのを見ながら、ネ級は砲撃を続けながら横合いから割り込むように向かっていく。

「コノバハ……マカセロ……」

「ネ級……? ナゼ来タ……?」

 ツ級に指摘され、初めて自分が何をしているのかネ級は疑問に思った。
 しかし、その疑問もすぐにより大きな衝動の波に呑まれていく。
 狙うべき敵がいて倒すべき敵がいる。ツ級への意識が薄れ、目前の敵だけしか見えなくなる。

「サガレ……!」

 ネ級は誰に向けたかも定かでない言葉を吠えていた。
 主砲のみならず副砲も撃ちかけながら接近しても、まっすぐとした動きで北上たちはツ級への砲撃を続けていた。
 その時、二人の艤装から長い物がいくつも飛び出し海面へと落ちる。魚雷だ。
 誘われた。と頭の片隅が判断し、魚雷を探すが航跡は見えない。
 よくよく目を凝らすと、海とは違う黒色が高速で向かってくるのを見つける。
 酸素魚雷、片舷二十発の計四十発。
 それを知っているのを疑問に思うことなく、ネ級は網を張ったように疾駆する魚雷へ自分から向かう。


606 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2017/02/05(日) 21:27:51.52 ID:2TZ4vk5Ao


 焼きつく衝動が彼女に行動を促すと、体がその命令を実行するために体液が――血が甲冑のような装甲の隙間から漏れ出て足底へと流れていく。
 海面への反発を得たことで、踏み切りの要領でネ級は海面を蹴り上げ跳んだ。
 そうして魚雷を上から飛び越えたはずだったが、着水すると同時に脚に強い負荷がかかる。
 さらに後ろの海面で魚雷が爆裂し、海中からの衝撃波に押し出された。
 着水時に沈み込んだ足をより傷つけながらもネ級は止まらない。

「こいつ!?」

 大井が驚きの声をあげた。
 魚雷は喫水線下からの攻撃なのだから、要は直上近辺にさえいなければ無効化できる。
 想定外の手段で雷撃を凌がれた大井だが、切り替えは早かった。
 砲撃能力を損なったツ級からネ級へ砲撃を向け直す。

 着水時の負荷と足元からの衝撃で、ネ級は体を上下に揺らしたまま副砲を撃ちかける。
 しかし姿勢の不安定さは命中率の低下に繋がり、全弾が外れ副砲も動かなくなった。弾切れだ。
 大井の放った一弾が首元にある歯のような装甲を破壊する。
 それでも構わずネ級は大井へと低い姿勢で飛びかかった。

 ざわめきの収まらない海面に大井の体が腰から押し倒される。
 艤装の効力により彼女の体は沈まずに仰向けの体勢となり、かぶさるようにネ級がのしかかる。
 すでにネ級は右の拳を握り締めると腕を振り上げていた。

「あんたなんかに――っ!?」

 大井はとっさに手に持った主砲を向けるが、ネ級が素早く払い飛ばす。
 得物を失った大井はネ級と目を合わせ、思わず顔を引きつらせる。
 爛々と輝く目は血走っているようなのに、ネ級には表情がない。
 すぐに大井は腕を盾代わりにして頭を守り、無言のままネ級は拳を振り下ろす。
 そして――肉を殴りつける音が乱打され、暴力が繰り広げられた。


607 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2017/02/05(日) 21:34:48.48 ID:2TZ4vk5Ao


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


「離れて! 大井っちからどきなよ!」

 五秒か、十秒か。さして長い時間はかからず北上が助けに入ってくる。
 大井を巻き込まないようネ級の主砲を狙い撃つ。
 主砲に連続して被弾し、回避のできない体勢はまずいと見てかネ級はすかさず離れた。
 北上が砲撃を続けながら、打ちのめされた大井の安否を確認する。

「大井っち、返事できる? 動ける?」

 矢継ぎ早に聞きながら、北上は大井とネ級の間に入り砲撃を続け、残る魚雷も引き離すために発射する。
 大井の体は小刻みに震えていた。左手は顔を隠すように置かれたままだが、口からは一筋の血が流れているのを北上は見る。
 一方のネ級は雷撃から避けるためにも距離を取り直しながら、ツ級が後退を始めているのを視界の片隅に入れた。
 その頃には木曾も追いついてきて、後ろからも砲撃を加える。
 倒れたままの大井の姿を見てか、木曾は無線に怒鳴っていた。

「大井姉は!」

「生きてるよ! 生きてるけど、よく分かんなくて……」

 北上に動揺した声を返されて、木曾も焦った。
 こういう反応は今までに覚えがなかったからだ。
 だが北上はすぐに言う。動揺の影は引っ込んでいた。

「とにかく、今はこいつだよ。こいつをどうにかしないと、大井っちを連れて帰れないし」

「ああ、分かっ――」

 木曾が答え切る前にネ級は動いた。
 背部に隠れた魚雷発射管が筒先を横へとスライドさせて発射体勢に入る。
 間を置かず北上に向けて魚雷を撃つと、ネ級は木曾へと向き直り砲撃と共に突出する。
 木曾が距離を保ったまま砲戦を継続しようとする傍らで、北上は最初から雷撃を避けるコースに乗っていた。


608 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2017/02/05(日) 21:37:33.34 ID:2TZ4vk5Ao


「こんな軌道だったらさー……」

 最初から自分なら撃たない。
 そう考えてから、北上はその軌道が厳密には自分を狙っていないのに気づき、急旋回すると後方へと引き返し始めた。

「……さいてーじゃん、あいつ」

 ネ級の狙いは動けない大井の方だった。
 そう気づいてしまうと、扇状に広がる魚雷の射界は当てずっぽうではないと分かる。
 軌道と雷速から概算すると、大井への命中を防ぐには誰かが間に入って代わりに盾になるしかなさそうだった。
 そして誰かとは北上以外ありえなかった。
 魚雷の命中率自体はかなり低くとも、今の大井には危険すぎる。

「それは困るんだけどなー!」

 北上の艤装が焦りが乗り移ったように咳き込むと、可能な限りの速度を出して魚雷の進行方向上へと回り込もうとうする。
 大井が弱々しい声を振り絞ったのは、そんな時だった。

「来ないで……来ないで、北上さん……」

「よかったよー。無事だったんだ」

 できる限り大井からも離れたかった北上だが、そうするだけの余裕がなく回り込めたのは大井のすぐ近くになってしまう。

「ガラじゃないのは分かってるんだけどさー、大井っちが逆の立場だったら守ってくれるよね。だからあたしもね」

 緊迫感のない軽口を言いながら、北上は息をつく。
 大井を抱えて動いても間に合わない。ならば、少しだけでも前で当たったほうがいい。

「ああ、でもこれ……絶対に痛いよねー……」

 北上は目を閉じた。痛いのは分かりきっていたから。


609 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2017/02/05(日) 21:41:49.18 ID:2TZ4vk5Ao


 そうして耳が一瞬聞こえなくなるような轟音と、足元が崩れてしまったような衝撃。そして横から海面に倒れる体を自覚した。
 ……それは北上の想像とは違った。

「……あれ?」

 思ったほど痛くない。というのが北上の感想だった。
 そんなはずないと思い目を開けると、向かい合うように倒れる大井の顔が正面にあった。
 血の気が薄くなった大井の顔に、何がなんだか北上には分からない。

「……は?」

 体を起こして、大井も起こそうと触って気づいた。
 大井が背中にひどい傷を負っているのに。
 回した手が赤黒い血で濡れている。

「……何やってんのさ……大井っち」

「よかった……北上さんが無事で……」

 本当に安堵したように大井は笑う。
 かばうはずが、かばわれた。北上は愕然とした。

「こんなのあべこべじゃん! どうして……!」

「だって……北上さんですよ……当然じゃないですか」

「こんな、こんなの嬉しくないよぉ」

 大井は少しだけ困ったようにほほ笑む。
 しかし、すぐに痛みのせいか表情を歪める。



610 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2017/02/05(日) 21:42:59.15 ID:2TZ4vk5Ao


「一つ……お願いしていいですか?」

「いいよ、なんでも言って」

「木曾を……助けてあげてください」

「でも、でも大井っちが……!」

「大丈夫です……当たり所がよかったみたいで。こうして話せてるじゃないですか……」

 力なく笑う大いに北上は何も言えない。

「それに多摩姉さんが拾ってくれると思いますから……向かってるんですよね……」

「うん……通信じゃそう言ってたから……」

「だったら心配いらないじゃないですか……」

「大井っち……私ね……」

 北上はそれ以上言わなかった。
 何を言っても泣き言になってしまいそうで、それでは大井の頼みを果たせないと思って。

「また……またあとでねー」

「ええ……北上さん……好きですよ」

「……私もだよ」

 それで二人の話は終わった。
 北上は木曾を助けるためにも、未だに戦闘を続けている二人の元へと向かう。
 中破状態でも向かっているという多摩には、大井の保護を頼んだ。
 まだ戦いは終わっていない。


─────────

───────

─────


 北上が遠ざかっていき、残された大井は空を仰ぐ。
 あとは大丈夫だろうと思う。
 まぶたが重い。ちゃんと次に目を開けられるのかは不安だったけど、大丈夫だと思うことにした。

「北上さんの楽天が移ったのかな……」

 北上とお揃いと思えば満更でもなかった。
 楽しそうに笑うと、顔にその余韻を残して大井は眠るように目を閉じた。


611 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2017/02/05(日) 21:44:11.30 ID:2TZ4vk5Ao


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 木曾は遠方で立ち上る水柱を見た。
 遅れてやってきた衝撃波が水面を伝い足下を揺らしたような気がした。
 そしてネ級は目もくれない。気にもかけない。結果を知ってた以上、顧みる必要はないと言わんばかりに。
 それが木曾の怒りをかき立てる。

「……見ろよ」

 返答は主砲による一斉射だった。

「自分が何をやったか見やがれ!」

 砲撃をかいくぐり木曾も撃ち返す。

「お前のやったことだろ! 知らん顔してさあ!」

 すれ違った砲撃が木曾とネ級のそれぞれに命中する。
 木曾は主砲に被弾し、発射できなくなったそれを投棄する。
 ネ級は腹部や腕部に複数の命中弾を出すが、動きが鈍った様子もなくまだまだ健在らしい。
 ただネ級も弾を切らしたのか、主砲は威嚇するように口を打ち合わせるばかりだった。
 木曾は今一度サーベルを抜き、ネ級もまた木曾に向かって猪突する。

「せあっ!」

 木曾はサーベルがネ級の腕を打ち払い、蛇のように体を伸ばして突っ込んでくるネ級の主砲を側面に回り込んで避ける。
 返す形で突き入れられたサーベルを、ネ級もまた逆の手で逸らす。
 互いに足を止めず、ごく近い距離で攻防の応酬を繰り広げる。
 両者はどちらも中心になれないまま円を描くような軌道で、相手の死角を求めて攻撃を続けていた。

 膠着した状況が動いたのは、ネ級の右主砲が攻撃を空振りしたことだ。
 噛みつきが外れ、元の位置に戻ろうとしたタイミングを木曾は逃さなかった。
 主砲が引くのに合わせて、装甲のない下側を斬りつけるように払う。

 斬りつけられた主砲が悲鳴を上げて、ネ級が戸惑う。
 即座に木曾はネ級の右側を狙って攻撃を始める。
 やや遅れながらネ級も防御に回るが、主砲の片割れが崩れたことで綻びが見えた。

 木曾は左手でマントを破るように外すと、風上に回るのに合わせて叩きつけるように投げつける。
 視界を突然塞がれたネ級は、体を引くが動きが大きく鈍った。
 事態を飲み込みきれないままの声が吠える。

「コドモダマシガァッ!」


612 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2017/02/05(日) 21:47:01.05 ID:2TZ4vk5Ao


 まったく、その通りだよ。
 マントを引きちぎろうとする、その瞬間をついて木曾のサーベルがネ級の胸部を貫く。
 素早く手首を返して、さらに捻りこむ。
 ネ級がそれまでとは違う、明確な痛みを訴える叫びを上げる。
 サーベルを引き抜こうとする木曾だったが、ネ級の体にがっちりと食い込んでしまったのと左の主砲が逆襲してきたので素早く手放し離れる。

 ネ級が痛みに悶えながらもマントを引き裂く。
 赤い目はまだ戦意に燃え、武器を失った木曾へと向かう。

「直線すぎるんだよ!」

 木曾は迅速に体の左側を向けると必殺の酸素魚雷を投射する。
 こう近くては自分も無傷でいられる保証はなかったが、木曾は相討ち覚悟で撃っていた。
 至近距離で水柱が弾ける。木曾は左側のスクリューがねじ切れるのを感じた。
 空高く昇った水柱の余韻が収まらない内に、ネ級が水しぶきを突き割って飛び込んでくる。

 木曾は右手でサーベルを収めるはずの鞘を掴む。
 ネ級はどこかの砲撃で装甲が破壊されたために、白い顎が露出している。

「おおおおっ!」

 気合いを込めて狙い澄ました鞘を右から左へと顎に叩きつけた。
 顎を打たれたネ級は弛緩したように片膝を崩しかける。衝撃で脳を揺さぶられたために。
 木曾は素早く腕を戻す形で、逆側の顎も打ち付けた。
 今度こそネ級の両膝が崩れる。だが左の主砲がネ級を守るように木曾に噛みついてくる。
 すぐに身を引いた木曾だったが、鞘に噛みつかれ奪われてしまう。
 鈍った右のスクリューだけで下がる木曾は雷管の調子を確認するが、さっきの衝撃で動作しない。
 もう手持ちの武器は残されていなかった。


613 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2017/02/05(日) 21:48:45.89 ID:2TZ4vk5Ao


 昏倒したようなネ級だったが、ゆっくりと体を起こす。
 まだ目や全身から揺らめく赤い光は消えていない。
 そのネ級は頭をふらつかせながらも、木曾を見ようとする。

 まだ来るのか。
 そう考えた途端にネ級の首が前に倒れる。
 ネ級が鼻を押さえるが、指の隙間から黒い体液が流れ出す。
 タールのような重みを持った体液は、脈打つかのように次々にあふれていく。
 それが鼻血だと理解すると、木曾は気づいた。
 今までネ級の体を守っていたのは、ネ級自身の血なのだと。

 こいつは血を垂れ流しながら戦い続けていたのか。
 その精神性がどこから来るのかは木曾にも分からない。
 獣ならば傷つけば身の安全を考える。理性があっても同様だ。
 だったら、こいつにあるのはなんだ?
 攻撃本能? 自壊をためらわずに攻撃するのを本能などと呼んでいいのかよ。

「……おかしいぜ、お前」

 木曾は自分の声に憐れみの色が混じっているのに気づいた。こいつからすれば余計なお世話だろうに。
 ネ級から赤い光が消えていく。と同時に木曾は胸の内に疼痛が甦ってくるのを自覚した。

「お前は……誰なんだ?」

 木曾はネ級を見つめる。
 ネ級もまた見つめ返していた。混乱したような顔のまま口を開く。

「……キ……キ……ソ?」

「なん、なんで俺の名前を!」

 いや、ちゃんと言ったわけじゃない。何かの偶然かもしれない。
 ネ級は木曾の疑問に答えることはなかった。


614 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2017/02/05(日) 21:51:00.92 ID:2TZ4vk5Ao


「木曾、離れて。そっちに砲撃行ったから」

 一瞬、誰の声だか分からなかった。
 北上の声だとすぐに分からなかったのは、無線の調子も悪いのかもしれない。
 だけど無事だったと思い、待ってほしいとも考え、しかし何も言えないまま木曾は条件反射でさらに距離を取ろうとした。
 そうして飛来した砲弾が――ネ級の頭部を吹き飛ばした。
 正確には完全は吹き飛ばしてはいない。右目を蒸発させ右脳を海面にぶちまけ、重油のような体液を辺りに撒き散らせはしたが。
 ネ級の主砲たちがすぐにネ級の頭の前で盾になるように丸まる。

「とどめは刺させてもら――砲撃っ!?」

 木曾は近づいてきた北上と、それを襲う砲撃を見た。
 一度は後退したはずのツ級が戻り、北上へ牽制の砲撃を続けながらネ級に高速で近づいてくる。
 ツ級は木曾にも視線を向けたようだが、武装がないと見て脅威ではないと判断したのか撃ってはこなかった。
 すぐに辿り着いたツ級は、ネ級の体を左側に担ぎ上げる。ネ級の主砲たちは傷ついた右側も含めて、威嚇するように口を打ち鳴らす。

「待て、お前たちは……!」

「撃タセナイデ……」

 仮面のような顔から漏れた声は、それだけ言うと北上へ牽制の射撃を続けながら今度こそ戦場から逃れるように東の方へと後退していく。
 木曾は何もできないまま遠ざかっていく深海棲艦たちを見ているしかできなかった。

「なんなんだよ、お前たちは……」

 ぶり返した胸の痛みはもう遠い。
 出会った。出会ってしまった。もしかしたら出会ってはいけないやつと。
 木曾は放心したように水平線を見続けることしかできなかった。


615 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2017/02/05(日) 21:54:25.72 ID:2TZ4vk5Ao
色々ツッコミどころもありますが、ここまで
ネ級は補正がかかってますが、ユニーク個体とかで大目に見てもらえると……
ともあれ、次回の投下で五章も終わるかな。次は重巡棲姫戦ってことで
616 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/02/05(日) 23:31:12.00 ID:gIAuOhhDo
乙です
617 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/02/07(火) 08:19:15.26 ID:f/y017jQO

激戦だなぁ
618 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2017/02/13(月) 10:33:05.19 ID:AUGE67Ido
乙ありなのです! 今回分で五章は完結となります

>>617
そう言ってもらえるとありがたいです。頭の中に浮かんでることを伝えきれてないところもあるのですが、できるだけ伝えられるようにはしていきたいです
619 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2017/02/13(月) 10:34:05.63 ID:AUGE67Ido


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 奔流から生じた飛沫が頬を打ちつける。
 鳥海は自身を包囲するかのような水柱を突き破って主砲で反撃する。
 しかし主砲弾は重巡棲姫の体に届く前に弾かれた。
 姫から伸びる太い尾のような主砲の仕業だ。
 盾代わりになって姫への攻撃を防いだ主砲が、返礼とばかりに砲弾を次々と吐きかけてきた。

「ドウシタ、モウ終イカ?」

「あの主砲をどうにかしないことには……!」

 主砲も副砲もどちらも脅威だけど、より怖いのはやはり主砲だった。
 火力面は言うに及ばず、姫の周囲を自動で警戒し防衛してくるせいで死角というものを感じさせない。
 攻略のためには、あれを潰すしかない。というのは頭では分かってる。
 問題はそのための手立てが限られていること。

「悔しいけど、私たちの火力だけではじり貧ね……」

 合流を果たしていた高雄はやり切れない顔をしていて、鳥海は慰めにもならないことを返していた。

「意気込みだけで沈めようとは思いませんが……」

 二人とも明確な直撃弾はないが、至近弾だけでも艤装の損傷は積み重なっていた。
 どちらも最高速は三十ノット程度まで落ち込み、心許なかった弾薬はさらに減っている。
 一方の重巡棲姫は人の体も含めて何度も被弾しているが、堪えたようには見られない。

 鳥海たちは少しずつ後退を始めている。
 ヲキュー艦載機から中継されて全体の戦況がどう動いたかは伝えられていた。

 三人の戦艦を中心にして、体勢を整えつつあった敵艦隊へと再攻勢をかけたことで海戦の勝敗は決しつつある。
 さらなる被害を受けた深海棲艦は散り散りになって各個撃破されるか、戦域外へと逃亡を図ることとなった。
 一方で新種に当たっていた球磨たちの艦隊は半壊状態に陥り、三人の戦艦もそれぞれ小中破といった損傷を被っている。


620 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2017/02/13(月) 10:34:46.14 ID:AUGE67Ido


 鳥海は重巡棲姫と砲火を交える一方で、新たにいくつかの指示を送っていた。
 夕雲と巻雲には、愛宕と摩耶の二人を護衛しながら輸送艦まで後退するよう伝え、球磨たちにはザラと早霜、清霜の三人に護衛に回るよう言っている。
 そして武蔵と第八艦隊には、針路上の残敵を掃討しながら重巡棲姫に向かうよう指示を出した。
 想定していた経緯からはだいぶ変わってしまったけど、本来なら姫には可能な限りの総力で当たるはずだったのだから。

 だから、今はこのまま増援が到着するまでの時間を稼げばいい。
 それが鳥海と高雄の共通認識だ。
 ただ、それがあくまで二人の現状が悪化しなければという前提による考え方だった。
 厄介なのは鳥海たちと重巡棲姫は南東に向かう形で交戦を行ってしまったのに対し、愛宕たちを守る形になった他の艦娘たちは西に向かう形での戦闘を行っていた。
 彼我の距離は鳥海が想定していたよりも広がってしまっている。

「フーン……ドウヤラ私カラ逃ゲタイヨウネェ……!」

 背を向けているこちらの動きですぐにでも気づいていただろうに、重巡棲姫は今更とぼけたことを言い出すと増速して距離を詰め始める。
 砲撃も執拗に迫ってきた。
 回避のためにはどうしても横にも大きく動く必要が出てきて、それが時間のロスになって姫との距離がより近づいてくる。

「沈メ! 沈メエエエ!」

「くっ……!」

 主砲の斉射と副砲の乱射に見舞われ、回避行動に揺さぶられるまま主砲を指向する。
 狙うは副砲……せめて、あれだけでも!
 一発目が正確に右副砲の天蓋部を叩くと、続く二射目が同じ箇所に削り取るように命中すると副砲が止まる。
 もう片方も――と狙いを変えようとした意識が、横から聞こえてきた破砕音によって削がれる。

「ああっ!?」

「マズハ一人!」

 直撃を受けた高雄が行き足を鈍らせて、撃ち返す砲撃も右側の四門だけに減っている。
 一拍置くような間を開けてから、追撃のための砲撃を重巡棲姫も放つ。
 それは狙い済ましたように高雄に直撃する、そう鳥海は感じていた。


621 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2017/02/13(月) 10:35:41.51 ID:AUGE67Ido


「姉さん!」

「ダメよ、鳥海!」

 そう言われながらも、鳥海は高雄の前へすぐに回り込んでいた。
 鳥海は左側の艤装――艦橋や通信アンテナなどの艦上構造物を模した装備が載った側を、自身の前へと掲げる。
 姫の放った主砲弾が連続して、そこに命中していく。
 艦上構造物がひしゃげ、その下にある装甲も衝撃に耐えきれずに弾け飛ぶと、破片が二の腕を切って鮮血が流れ出る。
 鋭い痛みに思わず傷口の近くを押さえてしまう。

「釣レタ! コレデ二人トモドモ!」

「そうはさせないと!」

 高雄が先んじて残る四門の主砲を撃つ。
 それは徹甲弾ではなく対空用の三式弾だった。姫の前面で弾けた弾頭から焼夷弾子が花火のように咲いて体を押し包む。
 艤装の装甲を抜けるような貫通力はないが、姫の体や髪に火が燃え移ると、たまらずに耳障りな悲鳴を残して海中に飛び込んだ。

「今の内に引き離すわよ!」

 高雄に促されて、二人は一気に後退を図る。
 しかし高雄の速力はさらに二十ノットそこそこまで落ち込んでいた。鳥海は先行しすぎないように速力を調節する。
 二人はそれぞれ被害状況の確認を済ませていた。

「私の通信網は全滅ですね……姉さん、以降の指揮や連絡はお願いしてもいいですか?」

「こっちにも無理よ。私ではあの姫から逃げられないもの……」

「私だって同じです。もう三十ノットも出せないんですよ」

「それでも、あなたのほうが戦力として確実だわ」

 高雄は言いつつ後ろを振り返る。
 重巡棲姫はまだ海面に姿を現していない。
 前に向き直った高雄の顔から、鳥海は悲壮な決意を感じ取っていた。
 次に高雄の口から出た言葉は実際にそれを裏づけていた。

「鳥海、私を置いていきなさい。あなたが他のみんなを連れてくるまでは持たせてみせるから」

「無謀です、姉さん!」

 即答していた。姉さんは何も分かってない……分かってるのかもしれないけど分かってない。


622 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2017/02/13(月) 10:36:25.92 ID:AUGE67Ido


「このままでは二人とも沈められるわ。でも、あなただけなら……」

「姉さんがどうしてもそうする気なら私もご一緒します」

「鳥海……」

「考え直さなくてもいいです。姉さんがそうするなら、私もそうするまでですから」

 頑なすぎるのかもしれない。だけど、これは正直な気持ちでもあった。
 少しの間、二人は無言で進む。次は鳥海から話し始める。

「戦闘が始まってすぐに流星が特攻するのを見ました。仕方ないと思って……だけど、すごく嫌な気分でもあったんです。そうやって消えないでほしいって」

 ふと扶桑さんと交わした言葉を思い出していた。
 誰かの幸せには別の誰かも必要というなら……私には姉さんが必要で、姉さんにも私が必要……なんだと思いたい。

「考え直さなくていいなんて言いましたけど嘘です……私は司令官さんがいなくなってから、自分なんか沈んでしまえばいいって思ってたんです」

「あなた……そこまで思い詰めていたの?」

 高雄が息を呑む。その頃の話は申し合わせずとも、お互いにしないようにしてきていた。
 克服はしているつもりでも、まだ持ち出すのはつらく思えると感じていたから。

「でも怒られました。今なら分かりますけど怒られて当然でした。そんなことになっても、今度は他の誰かを悲しませるだけだったんですから」

「……そうね」

「私は……私たちはもう、みんな艦娘として知ってるんです。残される苦しさを……やるせなさを。だから簡単に背負わせないでください……どうか、どうかお願いします」

 鳥海は目を伏せ頭を下げる。
 高雄はそんな鳥海を見て、ぽつりとつぶやく。

「……怖かったのよ」

「え……」


623 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2017/02/13(月) 10:37:58.72 ID:AUGE67Ido


「愛宕、摩耶と被雷して思ってしまったの。ああ、次は鳥海の番だって――それで私はまたひとりぼっちになるんだって。そうなるぐらいならって……」

 高雄は深く息をつく。悔いを全て吐き出してしまおうとするかのように。

「でも、そうじゃなかったのよね。あの姫に言ったこと……艦娘としての私たちを知らないって。私たちはもう艦娘なのよね」

 高雄は笑う。少しの自負と、姉としての寛容さを持ち合わせた笑顔を。
 それは鳥海が好きな表情の一つだった。

「自分で縛っていたのよ。軍艦としての出来事をそのまま、私自身に」

「姉さん……」

 その時、まだ後方の海面に弾着の水柱が生じる。
 慌てて振り返ると重巡棲姫が猛追してきていた。

「ヤッテクレタジャナイ……デモネエ!」

 姫の皮膚はやけどのせいかところどころが赤くなり、髪の端にも焼けた痕跡が残っていた。
 しかし三式弾をもろに浴びたにしては、軽すぎる負傷としか言えない。
 不意を打たれた怒りからか、金色の瞳はより一層輝いているように見えた。

「コンナ小細工ヲスルノハ……追イツメラレテルカラヨネェ……高雄型ッ!」

 重巡棲姫は喜色を浮かべながら追撃を始めてきた。
 せっかく引き離した距離がじりじりと詰められていく。
 あの姫が言うことは正しい。確かに私たちは追い詰められている。
 けれど。

「……悲観するには早すぎたみたいですね」

「ええ……ええ!」

 西方への進路上から進入してくる深海棲艦の艦載機の編隊が見えた。
 ヲキューの艦載機群だ。数は二十機ほどになっているが、頼もしいのに変わりはない。
 高雄はすぐにヲキューに連絡を入れて状況を確認する。

「距離は二〇〇〇〇ぐらいだけど、私たちと向こうの間に深海棲艦の残存艦艇が防衛戦を敷いてるって」

「足止めか分断か……どっちにしても、いやらしいですね」


624 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2017/02/13(月) 10:38:30.42 ID:AUGE67Ido


 ヲキュー艦載機を迎え撃ちながらも、なお近づいてくる重巡棲姫を見て、鳥海は作戦を考え直していた。
 今のままだと合流するだけの時間は残されていない。仮に彼我が妨害をまったく受けなくても合流まで十分以上はかかる。
 あるいは逆襲に出れば……。

「姉さん、向こうの残存戦力はどの程度の戦力なんです?」

「……重巡が三、軽巡が四、駆逐艦が二だそうよ」

「大型艦はなし……できるかしら……?」

 どちらにしても姫には早晩追いつかれてしまうのなら、ここで雌雄を決するしかない。
 かといって自分が犠牲になる気も、姉さんを犠牲にする気もなかった。
 危険を冒すなら勝算がある形で。
 気づけば鳥海は胸元のペンダントに触れていた。
 心なしか熱を持ったように感じて、鳥海は意を決した。

「姉さん、弾着観測をお願いします」

「観測って、あなたの?」

「いえ、私ではなくて武蔵さんたちのです。三人の中から二人でいいので」

「武蔵たちの? もしかして……この距離から姫に砲撃させるの?」

「護衛をしてる島風たちには苦労をかけますが」

 鳥海は微笑んだ。これだけのやり取りでも、何を考えているのか分かってもらえているのだから。
 長距離からの艦砲によって、姫を直接攻撃してもらう。高雄が観測を行い鳥海が足止めを行えば、命中も十分に期待できるはずだった。

「待ちなさい! 弾が届くのと当てられるのは違うのよ」

「ですが、あの三人ならここでも有効射程内のはずです。それに重巡棲姫の動きなら、私ができる限り抑えてみせますし、姉さんなら……」

「やりたいことは分かったけど、それなら私も……」

「ダメです、姉さんは観測手に専念してもらわないと。私からは通信できないですし」


625 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2017/02/13(月) 10:39:13.31 ID:AUGE67Ido


 鳥海の指摘に高雄は渋面を作る。
 言い分が正しいと認めながらも、簡単には納得できていない。そんな顔だった。

「本当にいいのね? 味方の砲撃に巻き込まれる恐れもあるのよ?」

「私なら大丈夫です。姉さんこそ、しっかり指示してあげてください。これから目になるんですから」

 その間にも重巡棲姫は艦載機を突破して、再び鳥海たちに迫りつつあった。
 高雄も意を決して、離れた第八艦隊の艦娘たちに作戦の説明をし始める。
 姫の放った砲撃はまだ外れたままだが、一射ごとに正確になっていく。

「次の弾着が終わったら行きます!」

「了解! 頼むわよ、鳥海!」

「頼まれました!」

 鳥海は後方を確認すると、浅く息を漏らす。
 高雄の横顔を見て、最後になるかもしれない言葉を伝える。

「姉さん。月並みですけど……信じてくれてありがとうございます」

「そういうのは無事に帰ってきてから言いなさい……」

「はい。でも姉さんもみんなも信じてますよ。でないと、できませんので。こんな無茶は」

 水柱が鳥海の前後に合わせて四つ生まれる。挟叉弾だった。
 このまま行けば次は直撃弾かもしれないが、鳥海は弧を描くように右回りで後ろへ――重巡棲姫へと向き直る。
 損傷による重心のズレを意識し、出力が落ちた缶の調子を気にし、艤装を失って手持ち無沙汰気味の左手でペンダントを握り締めた。
 大丈夫。すぐ後ろには姉さんがいて、もっと後ろには他の仲間もいる。私は一人で戦うわけじゃない。
 だから進む。だから下がらない。難しいことは何もないんだから。

「第八艦隊旗艦、鳥海! 行きます!」

 現時点での最大速力は二十七ノット。損傷により本調子ではないが、それでも普段以上に艤装が力強いように鳥海は感じていた。
 一度は開いた距離を自ら近づきながら、彼女は再び姫へと戦いを挑んだ。


626 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2017/02/13(月) 10:39:51.78 ID:AUGE67Ido


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 高雄から作戦内容を説明する通信を受けて、ローマは隊列の組み直しを指示していた。
 島風を先頭に駆逐艦が縦陣による突撃隊形を作ると、最後尾には火力支援のためにリットリオが就く。
 防衛線を形作る残存艦隊を撃破し突破するのが、彼女たちの役目だった。

 指示を出したローマは速度を二十ノットに合わせて武蔵と並走する。
 ローマの艤装は中破判定されるだけの損傷を負って速力が落ちているのもあるが、それ以上に砲撃諸元のズレを少しでも小さくするという理由のほうが大きい。
 二人が重巡棲姫への長距離砲撃を担っていた。
 最後列には艦載機を全て放ったヲキューがいる。

「私が第一、第二主砲で十五秒間隔で砲撃。その諸元を修正してから武蔵が一斉射。あとは順次斉射でいいわね」

「ああ、それでいい」

 砲撃の段取りを打ち合わせれば、あとは高雄からの砲撃命令を待つばかりだった。

「それにしても目視できない相手への砲撃なんて……」

 残存艦隊に対応するために、二人の前方に位置するリットリオが言う。
 驚いてるとも呆れてるとも取れる口振りだったが、武蔵はなんでもなさそうに笑い返す。

「電探射撃の応用と考えればいいさ。固定目標でないのが難しいところだが」

 例外はあるものの、艦娘と深海棲艦の砲雷撃戦は五キロ圏内で行われるのが常だった。
 艦娘の身長では水平線までの距離、およそ五キロまでしか見通せないためだ。
 しかし本来の有効射程距離はもっと長い。

 それを有効に生かせたのが、と号作戦時のような対地攻撃だった。
 もちろん海上でも、相手の位置座標が分かっていれば狙うことはできる。
 ただ対地攻撃の目標というのは固定目標かつ大きい場合がほとんどで、多少狙いから逸れても有効だが、深海棲艦相手となればそうもいかない。
 目視外の距離から狙うには小さく速すぎる。
 それを補うために観測機と電探を併用しての射撃を行うのだが、深海側のジャミング能力が増強されたのもあり安定性には欠けていた。


627 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2017/02/13(月) 10:40:20.37 ID:AUGE67Ido


「姫の動きなら鳥海が抑えてくれるでしょ。観測も高雄がしてくれるから、その点は心配しなくていいはずよ。要は当てられるかは私たち次第よ」

 当然のように言ってのけるローマに、リットリオは感激したように言う。

「ローマがそんなに素直に人を評価するなんて……ザラにも聞かせてあげたい!」

 リットリオに言われてローマは頬を赤くする。

「っ……そんなことより姉さんはそっちをお願いね。私も武蔵も砲撃されようが雷撃されようが、こっちに集中したいから」

「うん、露払いも護衛もお姉ちゃんに任せて!」

「はぁ……姉さんってば調子いいんだから」

 そんな二人のやり取りを見聞きしていた武蔵はしみじみと言う。

「姉か……うん、姉妹とはいいものだな」

「他人事みたいに言って。あんたも姉さんと妹がいるんでしょ。有名な大和が」

 口を尖らせるようなローマに、武蔵は苦笑いで答える。

「艦娘になって、まだ一度も会ったことないんだ。だから、どんなやつかも分からん」

「……いつかは会えるわよ」

「そうだな。気が合うといいんだが」

 その話はここで終わった。今為すべきは別のことだ。
 ローマは改めて指示を出す。

「駆逐艦たち。あんたたちは残存艦隊を突破したら、鳥海と高雄の救援に向かいなさい。どうせ無茶しすぎて、護衛無しじゃ帰ってこられない状態になってるだろうから」


628 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2017/02/13(月) 10:40:57.75 ID:AUGE67Ido


 程なくして、高雄からの砲撃命令が伝えられる。
 ローマは返答として、稼動する第一主砲を仰角を高めにして発射していた。
 それを合図にして島風たちも突撃を始める。
 最後尾にいたヲキューがローマたちの前に進み出ると、そのまま島風たちに追いすがろうとする。
 駆逐艦の縦列の中で最後尾にいた長波が近づいてきたヲキューに気づく。

「何やってんだい、ヲキュー? 後ろにいないと危ないぞ」

「私モ行ク……空母ガ飛ビ出シテキタラ……ドウ思ウ?」

「そりゃあ、いい的だとしか……囮でもやろうっての?」

「大丈夫……私ハ巡洋艦ヨリシブトイ」

「そういう問題かぁ? どうする、島風?」

 話を振られた島風は後ろを振り返るが、すぐに正面に視線を戻す。

「ついてくるのはいいけど、先行するのはなし。それならいいよ」

「アリガトウ……」

「それでいいですよね、ローマさん」

「……その子の好きにさせてあげなさい。面倒は嫌よ」

 無愛想に答えるローマだが、ヲ級の安全をまったく気にしてないわけでもない。
 ただ高雄からの砲撃命令が届いた以上、そちらに意識は切り替わっている。
 だからヲキューのことはひとまず他に任せてしまおうと考えた。


629 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2017/02/13(月) 10:42:11.20 ID:AUGE67Ido


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 鳥海は砲撃を交えながら、重巡棲姫へとより接近していく。
 砲火の応酬の中、重巡棲姫は愉快そうに笑う。

「ヤケニナッタカ!」

「あいにく水雷戦の本領は接近戦なので……!」

 迫る砲撃をかいくぐりながら、鳥海は砲撃を連続して重巡棲姫へと当てていく。
 肩や腹に当たった砲弾が姫の体を削り、金色の輝きを撒き散らす。
 すぐに二本の主砲が撃ち放しながら、姫を守るように前面に並ぶ。

 砲撃を避けつつ側面を取ろうとする鳥海だが、避けきれずに一撃を受ける。
 体ごと後ろに押し返されるような衝撃と、艤装が潰れそうになるのを骨に感じた。
 着弾の轟音が耳を襲い、肌にかかる水が熱い。明らかに不正な振動が体を揺さぶる。
 しかし鳥海は衝撃を振り切る。
 帽子や探照灯、衣服の端が衝撃で吹き飛んでいたが、大きな損傷もなく砲撃を凌いでいた。

「フン……艦娘ノ考エルコトハ同ジダナ……助カラナイト悟レバ……スグ突撃シテクル!」

「勝ちを捨ててるつもりはありません!」

「ナラバ、モウ一度沈メエ!」

 さらに互いに撃ち合う。鳥海の砲撃が姫の艤装の一角を削り飛ばすと、逆に姫からの砲撃を紙一重で避ける。
 すでに夜戦距離に入っているので、この先の被弾は一発でも命取りになりかねなかった。
 鳥海は深く息を吐く。緊張はしてるけど、体を強張らせる類じゃない。

 耳が自分とも姫とも違う砲弾の飛翔音を聞きつけた。
 それは空気を裂きながら、姫の後方の海面に落ちると三つの盛大な水柱を生じさせた。
 ローマさんかリットリオさんのどちらか……。
 水柱の大きさと太さからイタリア艦だと鳥海は当たりをつける。
 いつもより水柱が高く思えるのは、俯角がついてる影響かもしれない。


630 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2017/02/13(月) 10:43:30.45 ID:AUGE67Ido


「戦艦砲ダト……狙イ撃ツトイウノカ、私ヲ……!」

 驚きと怒りなのか、重巡棲姫の声が震えている。
 鳥海は頭の中でカウントを始めた。この場で撃ち合う以上、弾着までの秒数を計算しておく必要があった。
 さらに数度の撃ち合いをしていると、次の砲撃が降り注ぐ。
 今度もイタリア艦からの艦砲射撃で、最初よりは姫に近い位置に着弾していた。
 そうしてやってきた三射目は前二つよりも激しかった。
 武蔵が放った四十六センチ砲は重巡棲姫の間近、そして鳥海の付近にも落ちた。
 九つの砲弾によって地震が起きたかのような揺れに見舞われるが、鳥海は引き倒されないようにこらえる。

「オノレ……同士討チガ怖クナイノカ!」

「怖くないわけないでしょう!」

 言い返しながら砲撃する。狙い澄まそうとしていた主砲の頭部に当たると、体勢を崩させる。
 もしも一発でも戦艦たちの主砲が誤って鳥海に命中しようものなら、鳥海も終わりだった。
 それでも鳥海は退こうとしない。怖いという気持ちより、ここで姫の足を止めるという意思のほうが強かった。

 互いに命中弾を出せないまま、さらに数度の砲撃が降り注ぐが水柱を立てるだけに終わっていた。
 こっちももっと攻めて足を止めさせないと。
 チャンスはやがて訪れた。
 徐々に正確になっていく砲撃から逃れようと、弾着のタイミングに合わせて姫は右に舵を切る――その時には鳥海も予想針路に向けて魚雷を投射していた。

 扇状に放たれた魚雷が姫の体の下に潜り込んで消える。
 一拍置いても何も起きない。外れてしまった……と鳥海の胸中に過ぎった瞬間、重巡棲姫の足元が爆発した。
 その衝撃にほんの短い間だが、姫の体が空中に投げ出される。
 鳥海は投げ出された足先が砕けたようになっているのをはっきりと見た。


631 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2017/02/13(月) 10:45:19.52 ID:AUGE67Ido


 魚雷の爆発に翻弄された重巡棲姫が、鳥海に憎悪のこもった視線を向け、怒りに燃えた咆哮をあげる。

「キサマアアアアア!」

 大気を鳴動させるような大声に、鳥海は思わず両耳を押さえてしまう。
 初戦時からの対策として、耳のインカムから姫の声を打ち消す周波数が出るようになっていたが、実際は焼け石に水にすぎなかった。
 より大きな波である姫の声が他の音を呑み込んで、耳をつんざき苛む。
 その最中、重巡棲姫の主砲が鳥海へと狙いを定めるように動く。
 三半規管が揺さぶられたことによる酔いに似た不快感を我慢しながら、鳥海はなんとか舵を切りつつ主砲で反撃を試みようとする。

 だが、どちらも主砲は撃てなかった。
 両者の間にいくつもの水柱が生じたからだ。外れた主砲弾によるものだが、姫よりも鳥海の近くに着弾していた。
 弾着によって生じた荒波に鳥海は落ち葉のようにあおられる。だが、それによって姫の砲撃が外れていった。
 命拾いしたという思いを抱え、ふらつきをごまかすように頭を一振りすると鳥海は重巡棲姫に追いすがる。
 外しようのない距離からの砲撃が姫の体に少しばかりの傷を負わせ、姫の砲撃が右の艤装の側部についた主砲を基部から根こそぎ抉り取っていく。

「撃てるのはこれで四門……」

 魚雷も使い切って、主砲も連装砲塔を三基失っているから火力は半分未満。艤装もひどい有様になってる。
 それでも重巡棲姫もまた消耗し、鳥海よりも速度が鈍っていた。
 鳥海は側面に回り込みながら、小さくカウントを刻む。そろそろ次の艦砲が来るはずだった。

「五、四、さ――」

 鳥海の計算より二秒ほど早く武蔵の放った主砲弾が到達する。
 今度の砲撃は極めて正確だった。
 姫を包み込むように水柱が生じ、恨みがましい姫の声が砲撃音にも負けずに聞こえてくる。
 やがて水柱が収まった時、重巡棲姫は額の二本角の長い方が半ばで折れ、腕や体、そして白い主砲たちの至る所にもひび割れが生じていた。
 傷口から金色の光を流す姫は、なおも敵愾心を向けていた。

「ヨクモ……ヨクモ……ヤッテクレタナ! オ前ハココデ……!」


632 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2017/02/13(月) 10:47:21.95 ID:AUGE67Ido


 重巡棲姫が鳥海に接近し、鳥海もまた下がるどころか前に出ていた。
 少しずつ速度を上げると、右手側から回り込みながら懐に飛び込もうと近づいていく。
 それを迎撃せんと重巡棲姫の主砲たちも動く。
 より近い左の主砲が鳥海へと急速に迫る。
 長砲身を角のようにして突っ込んできた頭を、鳥海は減速しながら左手と体を横から押し当てるようにしながら外へと受け流す。
 擦れた勢いで手袋が破れ、肌からは血が流れるのを痛みとして感じる。鮫肌のような感触だとぼんやり思う。
 それでも鳥海は右手で艤装を操作すると、残る四門を主砲の横に押し当てて――撃った。
 至近距離からの砲撃と爆炎を受け、主砲が海面に打ち据えられると痙攣して起き上がらなくなる。

「ヤッタナ、艦娘ゥ!」

 後退しようとする鳥海に向かって、残った右の主砲が砲撃しようと前へと動いてくる。
 ……そう。離脱するように見せれば、頭に血が上っている姫は必ず追撃に移ろうとする。
 足のスクリューを後進から前進へと切り替えると、鳥海は艤装を握った右腕を引き絞ると殴りつけるように前へと突き出す。
 その先には白い頭の口があり、連装砲の一基が口内へと押し込まれる。
 砲身をくわえ込んでしまった主砲が身じろぎし、姫が明らかにうろたえて目を見開く。

「これなら狙いは必要ないですね……!」

「ナッ……ヨセ、ヤメ――」

「主砲、てー!」

 重巡棲姫の主砲が後ろに引き伸ばされるように膨らむと、泡が内側から生じたように表面がぼこぼこと細かく浮き上がる。
 そうして膨張した肉塊が姫の腹付近の結合部付近から破裂すると、炎と金色の液体をまき散らす。
 連鎖的に起きた小爆発がそれもすぐに呑み込み、溶岩が出現したような大爆発が起きる。
 その爆発に鳥海もまた吹き飛ばされ、海面へと叩きつけられた。

 前後不覚に陥ったまま、鳥海はぼんやりと空を見上げる。
 しかし爆発の衝撃で、一時的に視力と聴力に支障をきたしたために、そうしていることさえ認識できないままでいた。
 至近距離での爆発は鳥海と艤装も摩耗させている。
 口内に突っ込んだ二門の砲身は溶断され、残る二門も爆発の衝撃で歪んでいた。
 艤装の損傷もいよいよ壊滅的で、かろうじて浮かんでいるだけだった。


633 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2017/02/13(月) 10:50:00.96 ID:AUGE67Ido


 少しずつ意識を取り戻し始めた鳥海は、上空を砲弾が放物線を描くのを見た。
 それが砲撃だと漫然と思い、時間の存在を意識した。
 そんな鳥海の首に腕が伸びる。重巡棲姫の左腕だった。

「帰レナイ……帰レルカ分カラナイジャナイ……ドウシテクレルノ? ドウシテクレルノ! ドコニ帰レバイイノオオッ!」

 半ば錯乱した重巡棲姫が鳥海の首を締めると、その膂力で持ち上げた。
 かなり消耗している姫だが、それでも鳥海一人ではとても引きはがせないだけの力を残していた。
 混沌に揺れる目をしていた鳥海だが、急速に瞳が色を取り戻す。
 状況を飲み込みきれていない頭でつぶやく。

「重巡……」

「黙レエ! シャベルナア!」

 首が締め上げられ、鳥海は苦悶の声を漏らす。
 重巡棲姫の右腕や腹部は黒炭のようになっていて、そうでない部分も深いひび割れが生じていた。
 金色の輝きも薄れつつあり、腹部から繋がっていた二つの主砲は当然ない。

「マダ戦艦ガ狙ッテルノヨネエ……イイワ、沈ンデアゲルワァ……艦娘ガ艦娘モ沈メルノヨ」

 引きつったような笑い声を出すが、すぐに姫はむせてそれをやめる。

「弾着マデ何秒カ、計算シテミナサイ。ソレガオ前ニ残サレタ時間ヨ!」

「――あと二十秒」

 声を振り絞って鳥海は重巡棲姫の目を見返す。
 重巡棲姫は呆然としたような顔をしていた。予想外の反応といった風に。

「たぶん……こうしてる間にも十五秒を切ったわよ、重巡棲姫――あなたが終わるまで」

 宣告のような声を受けて、目覚めたように重巡棲姫は一転して怒りに任せた声を浴びせる。

「殺シテヤル! 今スグクビリ殺シテヤル!」

 喉が締めつけられて、体の内から鋼がきしんで瓦解してしまいそうな音が響いてくる。
 苦しそうに顔を歪める鳥海を前に、姫はけたたましい哄笑をあげはじめる。
 それでも鳥海は気丈に見返す。
 気づいたんだ。ここで終わるとしても、私はお前が望むような反応なんかしてやらない。


634 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2017/02/13(月) 10:51:55.11 ID:AUGE67Ido


「沈メ! モロトモ沈メエエッ!」

 指に込められた力が強くなる。最期だとばかりに。
 その瞬間、爆ぜる音と風が生まれて姫の笑い声をかき消した。
 鳥海は首への圧力が緩むのを感じたが、同時に耳鳴りにも見舞われる。
 瞬間的に平衡感覚を失った体だけど、抱きかかえられたらしいのがなんとなく分かった。

「姉、さん」

 呂律が回ってるのか疑わしい声が出てくる。
 見上げた先の高雄の顔は凛々しかった。

「レイテの焼き直し? そんなことが本当に起きると? 起こさせると? バカめと言って差し上げますわ!」

「揃イモ……揃ッテエッ!」

「この私がいる限り、あんなことは絶対に繰り返させません!」

 今にも吠え出しそうな重巡棲姫に、高雄の主砲がダメ押しのように放たれ動きを封じる。
 怯みながらも重巡棲姫は吠える。怨嗟の声こそが己の証明だとでも示すかのように。
 重巡棲姫はもう一人の鳥海の仇で。姉さんたちや私を、他の誰かを沈めようとしている敵。
 だとしても……彼女を哀れに思った。思ってしまう気持ちを止められない。
 そう受け止めてしまう私の感情こそ、重巡棲姫は許せないのだとしても。

 ついに弾着の時間になった。
 大気を切り裂く飛翔音ごと、巨人の拳のような砲弾が降り注いでいく。
 そして私は確かに見た。重巡棲姫が砕かれて壊れていくのを。


635 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2017/02/13(月) 10:52:53.02 ID:AUGE67Ido


─────────

───────

─────


「……こんな無茶をするのなら、一人で行かせるべきじゃなかったわ」

 高雄は鳥海を抱きしめるようにして言う。
 鳥海は言葉もなかった。代わりにできるだけの力を込めると姉を抱き返した。

「……提督がいたら、絶対に今のあなたを叱りつけるわよ。だから、あんな真似はもうしないで……」

 小さく頷く。約束はできない。でも姉さんの言ってることは正しい。
 やっぱり私は何も言えなかった。
 申し訳なくて視線を下げると、司令官さんの指輪が胸元で光っているのが見えた。
 あれだけの戦闘後でも無事なのには、加工してくれた夕張さんにひたすら感謝するしかない。
 ただ、太陽を照り返しているのか、いつになく光って見えるのが気になった。
 何かを訴えかけてくれてるかのようで。

 鳥海は気づいた。
 高雄の背後に金と白のまだらな姿が現れたのを。重巡棲姫の主砲だった。
 傷だらけの主砲は鎌首をもたげ大口を開く。
 高雄も危険に気づくが、鳥海はぽっかりと開いた口の中も金色に輝いているのを見る。

 ――だけど主砲は私にも姉さんにも届かなかった。
 錫杖を右手に握り締めたヲキューが主砲の頭を横殴りに弾き飛ばしていたから。
 最後の力だったのか、主砲は続いて何度かの振り下ろしを受けると、動かなくなって海中に没していった。

「ヲ……無事デ何ヨリ……」

「あなたこそ……」

 高雄が息を弾ませながら応じる。
 ヲキューは左腕を肩から流れる黒ずんだ血と一緒に垂らしていた。

「先に行くなって言ったじゃない! 被弾までしてるのに!」

 島風の声が聞こえる。無線ではなく、大きな声での呼びかけが。
 本当に戦闘が終わったんだと、私はやっと安心した。

「島風を……怒らせたらダメですよ……」

「ヲ……」

 困ったような顔のヲキューを見ると、なんだかおかしかった。
 ……結果で語るなら、この戦闘で私たちは初めて姫級の撃沈を果たした。
 だけど達成感はない……少なくとも私には。
 私にあったのは、ただただ疲労感とやり場のない倦怠感ばかりだった。


636 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2017/02/13(月) 10:53:34.19 ID:AUGE67Ido


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 ネ級はツ級に担がれたまま意識を取り戻した。
 ただし頭の右側を失っているために、半ば夢の中にいるようでもあった。

「私ハ……」

「ヨカッタ……起キテクレタ……」

「ツ級……オ前タチモ無事ダッタノカ」

 主砲たちが普段よりは控えめにネ級に頭をすり寄せてくる。
 ネ級は主砲たちを労うために手を伸ばそうとして、自分の体に剣が刺さったままなのに気づいた。胸から柄が生えている。
 断片的だがネ級は覚えている。自分が衝動に取り憑かれたまま、艦娘たちと交戦したのを。
 ネ級が動こうとしているのを察したのか、ツ級が言う。

「ココデ無理ニ抜イタラ……出血ガ止マラナクナル……カモ」

 ネ級はその言葉に従った。痛みを感じていないというのもある。
 目を閉じたネ級は代わりに強烈な眠気に襲われる。
 夢うつつのまま、意識できないままに言う。

「俺ハ……愚カナノカモシレナイ。大切ニシテイタモノヲ……自分カラ……私ハ……」

 傷つけてはならないものを傷つけてしまったのではないだろうか。
 まどろみの中にネ級の感情は溶け始めている。元より、ネ級はまだ後悔も悔恨も明確な形では知らない。
 ツ級はネ級の不安定さには気づいていたが、それを当人にも含めて口外する気はなかった。
 代わりに彼女は本心を覗かせた。

「ソレハ私モ同ジ……私ハキット元ハ艦娘ダッタ……アナタモソウダッタノ? ネ級……」

 ネ級は答えなかったが、ツ級の言葉はしっかり聞いていた。
 まどろみの中、艦娘という単語に刺激されてネ級はささやくように誰かの名を呼んだ。
 ツ級は確かに聞こえた、その名を呼び返してみる。

「チョウ……カイ?」

 ツ級は何故だか胸が痛かった。理由は分からない。もう一度声に出してみると、やはり痛いと思えた。
 一つ思ったのは、その名がネ級に根ざす何かと結びついてるということ。
 あの時――最後にネ級と戦っていた艦娘だろうかとツ級は考えたが、それは正しくないような気がした。
 名前が意味するところは分からないままだが、きっとネ級には重要な意味を持つのだろうとツ級は漫然と考える。
 その意味が分かった時、ネ級はもう手の届かない場所に行ってしまうのかもしれない。
 ネ級の主砲たちが小さく鳴く。不安げな声は潮風の中に消えていった。



 六章に続く。


637 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2017/02/13(月) 11:00:56.16 ID:AUGE67Ido
ここまで
たぶん書いてなかったと思いますが、全部で七章仕立てになってるので残りは終盤戦です
あとはそれぞれが決着をつけていきましょうって、そんな感じで。長々となってますが、まずはここまでありがとうございました
もう少しだけお付き合いいただければ幸いです
638 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/02/13(月) 16:58:10.69 ID:uhciagy3o
乙です
639 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/02/16(木) 08:17:48.34 ID:5y78i4UnO
乙乙
あともう少しか
640 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/02/26(日) 20:59:58.36 ID:FDx1wil2O
乙乙
いよいよクライマックスか…
641 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2017/02/27(月) 23:51:01.87 ID:IVX4HgwKo
乙ありなのです。妙に空いてしまいましたが、そろそろまたがんばろうってことで……
642 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2017/02/27(月) 23:52:24.33 ID:IVX4HgwKo


 提督と艦娘、艦娘と深海棲艦。
 私たちにはいわば立場があります。どう出会うかは立場によって左右されるんだと思います。

 彼女と実際に出会ったのは戦場の最中でした。
 必然であれ偶然であれ、そんな場で出会ってしまえば何が起きてしまうかは……。
 私たちの間には血が流れるしかなかったのかもしれません。
 たとえ望まずとも。

 だけど、こうも考えてしまうんです。
 もう少しだけ違う出会いかたをして、ほんのちょっとだけ別の言葉をかけていれば。
 私たちには異なる可能性もあったのかもしれません。

 出会いがあれば、もちろん別れもあります。
 別れを決めるのは出会いかたじゃなくて、どう交わったかなんだと思います。
 もし違う交わりかたをしていれば、結末は違ったのかもしれません。
 ……別れが避けられないのだとしても。


643 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2017/02/27(月) 23:53:33.74 ID:IVX4HgwKo


六章 面影の残滓



 二月。日本なら冬の厳しい寒さが続きながらも春の兆しが見受けられる時期だが、赤道に近いトラック泊地では縁のない話だ。
 冷房のやんわり効いた執務室で、提督は秘書艦の夕雲から諸々の報告を受けていた。

「……以上が現在の各種資材の備蓄量になりますね」

「せっかく先代が貯蓄していた修復材をごっそり放出することになるとはな」

 ぼやく調子で言いながら、提督は差し出された報告書を前にため息をつく。
 つい数日前までトラックに寄港していたラバウル行きの輸送船団には燃料や弾薬は元より、食料や真水、衣類などといった品目に加えて、高速修復材が積み込まれていた。
 大部分は本土からの輸送品だが、修復材に限ってはトラック泊地が備蓄していた分もかなりの量が提供されている。

「各島に分散していた分まで回収しましたからね」

 夕雲はなだめるように笑ってから、つけ加える。

「でも向こうの戦況を考えれば仕方ありませんよ。それに先代でも同じようにしていたはずでしょうし」

「……やっぱりラバウルは苦しそうか?」

「夕雲たちトラック艦隊は無事に引き上げられましたが、苦しい状況のままだったのは確かですね。私たちもかなりの被害を受けましたし」

 言われて提督にはとある顔が思い浮んだ。
 ようやく艦娘の名前と顔が一致するようになっていた。

「大井が無事でよかった」

「ええ、もう少し応急処置が遅れていたらどうなっていたのか……」

「大井や鳥海、他も手酷くやられて……しかも、ウチの被害はそれでも軽い方だからな」

 ガダルカナル島の攻略を目指した廻号作戦は、第二段階であるブイン・ショートランドを拠点化するための進出を果たしていた。
 また二段階作戦時にベラ・ラベラ島近海やソロモン海側でそれぞれ生起した海戦では、重巡棲姫や複数のレ級といった多くの深海棲艦を撃沈している。
 しかしながら激しい戦闘により、ソロモン海側では歴戦の艦娘も含んだ少なくない数の喪失艦を出すなど被害もまた大きい。


644 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2017/02/27(月) 23:54:17.27 ID:IVX4HgwKo


「送り出すだけ送り出して、ただ待つしかないのも気を揉むな……先代が前線に出たがった気も分かる」

「提督。夕雲も先代が前線に出るのを嫌がった鳥海さんの気持ちが分かりますよ?」

 釘を差す一言に提督は曖昧に笑い返す。
 ラバウルのみならずブインとショートランドも抑えてはいるが、盤石とはとても呼べない状態だった。
 少なくない艦娘が現地に防衛戦力として留まる中、トラック所属の艦娘たちはトラックへと帰還している。
 ラバウル方面に戦力が集中しすぎていたし、輸送路の中継点であるトラックの守りが疎かになっていると判断されたために。

「ラバウルもせっかく占領したのにブインらともども毎日空爆されて、輸送船団の航路には潜水艦隊が跳梁するようになった。まさに消耗戦だ」

 状況をまとめた提督は、思い立ったように夕雲に聞く。

「あのヲ級改とでもいうような深海棲艦はどんな様子だった?」

「ヲキューさんですか? 不審な点という意味でしたら特には。むしろ積極的に協力していたぐらいですよ」

 夕雲は人差し指を口元に当てると、ほんの少しだけ目を細める。
 そうすると少女らしい見た目の夕雲に、大人の女としての色が立つように提督には見えた。

「何か気がかりでも?」

「いやなに、鳥海は自分で面倒を見ると言ったが、本当のところはどう見えるか他の意見も聞きたかったんだ」

「ああ……そういう。同じ船に乗りかかったからには一蓮托生ですよ。ここだけの話、初めは連れていくのもどうかと思っていましたけど」

 夕雲は悟ったように首を振る。

「でもヲキューさんも自分の居場所を守るためには戦うしかないのでしょう。ですから提督、あの子も夕雲たちとあまり変わりませんよ」

 提督は何か言いたげに口を開いたが、そこからは言葉が続かない。
 やり場がなさそうに提督は夕雲から視線を逸らしていた。


645 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2017/02/27(月) 23:54:47.86 ID:IVX4HgwKo


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 鳥海たちは作戦室を借りて、廻号作戦の反省会を行っていた。
 先日の海戦に参加していた者だけでなく、扶桑と山城に白露型からは時雨や海風も話を聞こうと会に加わっていた。
 海図や航空写真を貼りつけたアクリル板の前で、鳥海が進行役をする。
 まずはヲキューの運用方法や海戦全体での行動の見直しとなり、やがてネ級とツ級の話題へと移っていく。

「ツ級からですが、実際に交戦した球磨さんたちからお話をうかがいたいんですが」

「何度か話が出てるけど防空巡洋艦クマ。摩耶が機銃で身を固めてるなら、あっちは両用砲で弾幕を張ってくる感じクマ」

「砲戦の時は速射でこっちの出足をくじいたり退路を塞ごうとしてきたにゃ。こっちの動きをよく見てたということにゃ」

 球磨と多摩がそれぞれの印象を語ると、球磨が後ろの席に座る北上と大井に振り返る。鳥海もそれを自然と目で追う。
 ちょっと前よりも二人の距離は、さらに近づいたように見える。たぶん気のせいじゃない。
 大井は先の海戦にてネ級の攻撃でかなり危険なところまで追いこまれていたが、なんとか九死に一生を得ていた。
 それが二人には作用しているのかもしれない。身近な存在がそばにいる大切さとして。

「北上たちはどう思ったクマ?」

「うーん、攻めるのは得意だけど攻められるのは苦手なのかも。あたしと大井っちで撃ち合ってた時はそんなに怖くなかったかな」

「二対一というのを差し引いてもそうでしたね。砲撃に専念されると厄介でも、早い内からしっかり狙っていけば、そこまで難しい相手じゃないはずよ」

「となると艦載機でしかける時が問題だよね」

 飛龍が横から言う。
 ツ級については、やはり艦載機への打撃力が大きいのが何よりの特徴になる。
 そして、これは分かったところで簡単に手を打てるような話でもなかった。

「もし敵艦隊にツ級がいたら、最優先で狙っていくしかなさそうですね」

「だね。無傷とはいかないだろうけど、ほっとけばほっとくほど被害が出るなら早いうちに叩いてしまわないと」

 それが艦載機への被害を減らすことになり、総合的には航空戦力の維持にも繋がるはずだった。
 ひとまずの結論が出たと見て、鳥海はネ級の話へと進める。


646 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2017/02/27(月) 23:56:13.85 ID:IVX4HgwKo


「ではネ級のことですけど……」

「強敵にゃ。いくら未知の相手でも、単体であそこまでやられるとは思わなかったにゃ」

「次に会ったらギッタギッタにしてあげましょうかね。そうするだけの理由もあるからねー」

 多摩と北上がすぐに声に出す。
 実際、ネ級の戦闘力は予想以上だった。
 先の海戦における球磨たちの被害は大井と木曾が大破、球磨と多摩、嵐が中破という惨状で、ほとんどがネ級からもたらされている。

「どういう敵なんです? データとかあれこれは拝見しましたけど」

 重巡棲姫と同じく自立した生き物のような二つの主砲に、三十八ノットはあろうかという快速に軽快な運動性能。
 特殊な体液をまとっているためか非常に打たれ強く、身体も強靱で四肢そのものが一種の凶器となっている。
 そういった性質からか接近しての戦闘……それも至近距離での戦闘を好むらしい。現に木曾とはサーベルと素手とで格闘戦を行っている。
 重巡棲姫との戦闘を振り返ると、自分との共通点を見いだしてしまうような気持ちで鳥海はなんとなく嫌だった。

 鳥海はそういった情報を挙げてきた木曾が、反省会が始まってからずっと黙ったままなのに気づいている。
 退屈してるとかではなさそうで、話はちゃんと聞いているようだけど。
 不審には思っても、話を振って聞き出すきっかけを見つけられずにいた。

「獣みたいなやつだったクマ」

「獣のように動くやつにゃ」

「動物っぽい姉さんたちがそれを……いえ、確かにその通りでしたけど」

 球磨、多摩、大井の意見は一致していて、鳥海は獣らしいという印象を強める。
 イ級のように人型と呼べない相手もいるけど、獣のように感じたことはほとんどない。
 そうなるとネ級はやはり異質なのかもしれない。


647 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2017/02/27(月) 23:57:06.87 ID:IVX4HgwKo


「そんなやつだから動きが読みにくいにゃ。いきなり狙う相手を変えたり、魚雷に向かって跳ねて避けようとしてたにゃ」

 多摩はそこで首を傾げ、鳥海は不思議に思った。

「どうしたんです?」

「……ツ級を守ろうという意思はあったような気がするにゃ。多摩と木曾と撃ち合ってたと思ったら、急に離れたところにいた北上たちに向かっていったにゃ」

「なるほどなー。言われてみれば」

 北上も大きく頷く。

「確かにネ級がこなければ、あと一押しでツ級を沈めていたはずだよねえ」

「となるとツ級の危険を察知して矛先を変えた……?」

「でないと説明がつかないにゃ。木曾はどう思うにゃ?」

「え? ああ……うん、たぶんそうじゃないかな」

 話を振られた木曾は驚いたような顔をしてから応じる。
 木曾さんにしてはずいぶんと歯切れが悪くて、これでなんでもないというのは無理がある。

「ちゃんと聞いてたにゃ?」

「聞いてたよ。あのネ級は確かにツ級を守ろうとしてたしツ級もそうだった……けど、それがそんなに特別なことかよ。深海棲艦だって僚艦の支援ぐらいやるだろ」

 どこか突き放すような調子だった。
 鳥海は木曾に訊いていた。

「何か気になることがあるんですね?」


648 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2017/02/27(月) 23:57:47.80 ID:IVX4HgwKo


「……鳥海は何も感じなかったのか?」

「いえ……」

 鳥海は正直に首を横に振った。
 こういう遠回しな言いかたを木曾さんがする時は、一種の決まり事がある。司令官さんの話をする時だけ。
 ……分からないのは、どうしてこのタイミングでそんな話が出てくるのかということ。
 寂しげに肩を落とした木曾だが、すぐに思い切ったように手を挙げた。
 鳥海が促すと木曾はすぐに話し始めた。

「俺が思うに、あのネ級は短期決戦型だ。おそらく高性能と継戦能力が両立できてないんだ」

「そう考える根拠は?」

「まず対空戦闘でどのぐらい弾薬を消費してたかは分からないけど、砲戦の途中で弾切れを起こしていた。一会戦で尽きるってのは、元の搭載量が少ないからだと思う」

「それは確かに早いですね……」

「それから、あの黒い体液だ。あれはたぶんあいつ自身の血だよ。これはヲキューにも訊きたいんだけど、あんたたちの血は装甲みたいに硬くなったりするのか?」

 後ろのほうに座っていたヲキューに視線が集まる中、彼女は否定した。

「ソウイウ話ハ聞イタコトガナイ……モシソウナラ……ネ級ガ特殊ナ個体ダトイウコト」

「そうか……でも俺は確信してるよ。あのネ級は血を流しながら戦ってるんだ。そんなやつが長時間戦えるとは思えないな」

 木曾の話はまだ仮説の域を出ていないが説得力がある。
 一度きりの交戦で断じるには早すぎるが、対策の指針にするには十分だった。


649 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2017/02/27(月) 23:58:41.39 ID:IVX4HgwKo


「つまり持久戦に持ち込んで消耗を待つのが一番、ということですね」

「……ああ。あいつもそれを知ってか知らずか、無理やり突っ込んできて混戦にしようとするんだけどな」

 鳥海の言葉に木曾は肩をすくめて応じる。相変わらず表情は浮かないままで。

「それにあいつはもしかすると……」

 木曾は何事かを言いかけてやめてしまう。
 俯きがちの顔は明らかに何かを隠している。
 しかし鳥海はこの場で追求しなかった。言いたくない以上は、あとで個人的に聞いたほうがいいと考えて。

「あなたからはどう、ヲキュー? ネ級とツ級について」

「……分カラナイ。ツ級トネ級ニハ会ッタコトハナイシ……聞イタコトモナイ」

 一通りの意見が出てしまうと、ネ級についての話はなくなった。
 反省会全体でも、あらかたの意見が出尽くした感があったので、これで打ち切りという流れになっていく。
 鳥海が終了を告げようとしたところで、いきなり木曾が席から立ち上がった。

「待ってくれ、やっぱりみんなに聞いてほしいんだ」

 木曾は居合わせた一同を見回して、そして鳥海を正面に見る形で止まる。
 その顔に焦燥をにじませて。

「あのネ級は……提督かもしれないんだ……」

 まるで助けを乞うかのように弱々しい声で告白した。


650 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2017/02/27(月) 23:59:25.02 ID:IVX4HgwKo
短いけど、ここまで。次はなるべく早く
651 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/02/28(火) 00:00:48.53 ID:jI7RHHBZo
乙です
652 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/03/02(木) 09:10:22.92 ID:j2Rn175dO
乙乙
653 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2017/03/07(火) 00:57:02.10 ID:swBp8reno
乙ありなのです。やはり短いですが
654 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2017/03/07(火) 00:58:24.41 ID:swBp8reno


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 男と女がいた。男は人間で女は艦娘だった。
 二人はどこかの部屋で向かいあって話していたり、何かの紙片をまとめたりしている。
 またある時には別の場所で笑いながら何かを食べていた。
 声は聞こえてくるが、何を話しているのかはあまり分からない。
 それでも男のほうの考えは分かるような気がした。

 二人は港から海を見ていることもあれば、女が洋上で訓練しているのを男が遠くから眺めていることもあった。
 雨が降った日には並んで空を仰いで、夜空に星々が瞬けば祈るように天を見上げる。
 太陽が身を焦がすのなら、月は思いを研ぎ澄ませた。

 女が男に本を渡すと、男は一人になった時にそれを真剣に読んだ。楽しみながら考えて。
 あとになって女と本の内容をしっかり話しあっていた。

 話しあってといえば、海図と駒を前にどう動かすかで盛り上がっていたことがある。
 どちらかといえば女のほうが話したがっていて、男は疲れた顔を隠しながらも満更でもなさそうだった。

 必ずしも二人の間が順調とは限らない。
 意見がぶつかっているらしいこともあれば、男が女の過ちを指摘することもある。
 逆に女が男の落ち度をとがめるたり、二人揃って何かの失敗をしでかすこともあった。
 失敗は時として誰かの命を脅かすこともある。己であったり他者であったり。

 それでも二人は進んでいく。
 手が絡まれば心がふれあい、変化がもたらされていく。
 変化を受け入れれば、少しずつ自らも変わる。それはさらに別の変化を呼び込んだ。
 そうして男と女の間には時間が折り重なっていく。
 積み重なって育まれた想いは、輝いて見えた。

 ある時、男が女に何かを手渡した。
 それは小さくて丸い指輪で、他の艦娘たちも同じ物を渡されている。
 だけど、どうしてだろう。その二人の指輪だけは何かが違う。
 見た目は何も変わらないのに何かが……。

 やがて気づいた。
 これは私の頭の中にいる誰かの記憶なのだと。
 記憶は足跡だ。砕けてもなお色あせない思い出を拾い集めていく。
 私はそうして集めた記憶を夢見ていた――。


655 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/03/07(火) 00:59:37.22 ID:jt9PK0Fxo
きた!
656 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2017/03/07(火) 00:59:51.52 ID:swBp8reno


─────────

───────

─────


 頂点に昇った太陽が照りつく中、湿った風が体にぶつかっていく。
 火照った体を冷ましていく感覚を心地よいとネ級は思う。
 つい一時間ほど前まで装甲空母姫の下、複数のレ級たちと条件を変えながら模擬戦を行っていた。
 ネ級には新たに変化が現れていて、金色の光を体から発するようになっていたために。

「モウ体ハ大丈夫ナンデスカ?」

「見テタダロウ? モウイツデモ戦エル」

 身を案じてくるツ級の問いかけに頷く。
 ネ級が目覚めたのは、前回の交戦からおよそ三日が経ってからだった。
 治療用の溶液に満たされたカプセルに入れられていたため、早いうちから傷は治っていたが意識のほうは違う。
 艦娘の攻撃で頭をなかば吹き飛ばされたのは覚えていて、すぐに目覚めなくても無理はないと思えた。
 そのまま二度と目覚めなくても、おかしくないだけの傷を負ったのだから。

「マダ傷モ治ッタバカリナノニ……」

 模擬戦といっても使用するのは実弾だ。装薬量や砲弾の重量を減らし、弾頭も潰れやすいよう手こそ加えられているが、やはり当たれば沈まずとも傷つく。
 光を放つ個体は通常よりも高い性能を有し、さらに赤よりも金の光を放つ個体のほうがより強い。
 どれだけ性能が向上したかを確かめるための模擬戦で、ネ級は単体同士の戦闘ならばレ級が相手でもほとんどは優勢に事を運んでみせている。

 唯一、ネ級が最後まで優勢に立てなかったのが赤い光を放つレ級で、ネ級が意識を持ってすぐに初めて出会ったレ級でもあった。
 純粋に戦いを楽しんでるようなレ級たちの中でも赤いレ級は一際だ。
 その在り様はかえって純粋に思えて、どこかうらやましかった。

657 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2017/03/07(火) 01:02:56.24 ID:swBp8reno


「ソレヨリモ……迷惑ヲカケタ。ツ級ガ助ケテクレナケレバ今頃ハ……」

「迷惑ダナンテ……私コソ……ネ級ガイナケレバ……」

「シカシ……」

 どことなく奇妙な空気になる。
 互いにかばいあうような言いかたになって、ネ級は収まりが悪かった。
 その時、潜っていたネ級の主砲たちが海中から飛び出ると、甘えるように鳴きながら身をすりつけてくる。
 今まで主砲たちは腹を空かせていたので、足元を泳ぐ魚を狙っていた。

「ソウダッタ……オ前タチモヨクヤッテクレタ。怯エサセテ……ゴメン」

 下腹部にあたる場所を掻いてやりながらネ級は言う。
 いつもならしつこく感じるふれあいも、変わらない態度の表れと思えばうれしかった。
 そんなネ級の顔にツ級は手を伸ばしてきた。艤装をつけていない彼女の指はほっそりとしている。

「右目ハ……治ラナカッタンデスネ……」

「ハガセバ……見エルカモ」

 ネ級の顔半分は今や固まった体液が甲殻のように貼りついている。
 頭の傷を隠すように広がるそれは右目にも覆い被さっていて、かさぶたのようにも思えた。

「コレハ戒メナノカモシレナイ……自制ヲ失ッタ愚カナ私ヘノ……」

 ネ級は先の戦いの全てを覚えているわけではないが、強烈な衝動につき動かされるままになっていたのは分かる。
 言うなれば――怒りや憎しみを根にした攻撃衝動に。
 しかし艦娘にそこまでの激情を抱く理由は今もって分からない。
 それだけに、何に起因するかも分からない感情に振り回されるのは恐ろしかった。


658 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2017/03/07(火) 01:04:08.03 ID:swBp8reno


「……知ッテマスカ?」

 いきなりツ級はそんな風に聞いてくる。
 話は変わるけど、とまるで世間話というのをするような気楽さで。

「艦娘ハ金色ノ深海棲艦ヲフラグシップト呼ンデルソウデスヨ」

「赤イノハ?」

「エリート……ダッタヨウナ」

「ソレ……元艦娘ダッタカラ分カルノ?」

「……ソウカモシレマセンネ」

 苦笑いするような響きだが、ツ級の表情は仮面のような外殻に隠されて分からない。
 退却中に告白されたのは覚えている。
 ツ級は艦娘だった。
 ありえるのかは分からないが、少なくとも本人はそう信じている。
 ネ級としても否定できない。
 自分の頭の中にも別の誰かがいる。それは間違いなく、しかも彼女ではなく彼。


659 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2017/03/07(火) 01:05:50.59 ID:swBp8reno


「ドウシテ私ニアンナ話ヲシタ?」

「アナタハ……話ヲ聞イテクレルカラ……私ヲ知ッテホシカッタノカモ」

 ネ級は返答に窮した。
 しかし打ち明けた思いは汲んでやりたいと思う。気軽にできるような内容ではないのだから。

「ネ級ハドウナノ? 私ガソウナラ、ネ級ダッテ……」

「分カラナイ。タダ……私ニモ原形ガアッタハズ。シカシ艦娘デハナイト思ウ」

 ネ級は彼の記憶を夢として見た。
 夢の常で内容はもう思い出せないが、自分が知りえない光景を見ているのは確かだ。
 そして彼が抱いたであろう思いも、おそらくは理解してしまった。

「ダケド……私ハ何モ知リタクナイ。ツ級モコレハ外シタクナイ……同ジコト」

 仮面のようなツ級の外殻にふれると、息を呑むような気配を感じた。
 私たちは向き合えない。己の影には。
 知ってしまったら、きっと自分ではいられなくなるから。
 いずれ向き合わねばならない時が来るかもしれないが、それが今とはどうしても思えない。

「コノ話ハヤメヨウ」

 まるで秘密を共有するように話す。
 もっとも、あの装甲空母姫が何も知らないわけがなかった。
 となれば秘密を共有した気になっていても、現実には掌の上でもてあそばれてるだけなのかもしれない。


660 : ◆xedeaV4uNo [saga]:2017/03/07(火) 01:07:36.28 ID:swBp8reno


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 ガダルカナル島にて四人の深海棲艦の姫たちと赤い目のレ級たちは、今後の作戦を決めるために一同に会していた。
 青い光で照らされた部屋には円卓があるが空席が二つ。
 港湾棲姫と重巡棲姫がいるはずの場所だ。

「次ノ攻撃目標ハトラック諸島ヲ提案スルワ。準備ガ整ッタラ、スグニデモ総力デネ」

 いわば円卓会議における空母棲姫の第一声がそれだった。
 飛行場姫は口を挟まずにいるつもりだったが、予想してなかった地名に聞き返す。

「トラック? ラバウルヤブインハドウスル? 抑エ込ンデイルトハイエ艦娘タチガ進出シテイルノニ」

「ダカラコソヨ。ラバウルヘノ補給路トシテ、アノ島ハマスマス重要ニナッタ。ソレニ空爆ヲ続ケ潜水艦隊ガイレバ、当面ノ封ジ込メハ簡単ヨ」

「ソレハソウデモ……」

「ソレニ、アノ島ニハ裏切リ者ガイル。アロウコトカ、私タチニ牙ヲムイタ」

 空母棲姫は控えめながらも声に怒りを含んでいた。
 先の戦いでヲ級が艦娘側に加わっていたという報告は飛行場姫の耳にも届いている。
 また、そのヲ級が港湾棲姫の腹心である青い目のヲ級だとも確信していた。

「人間タチハ我々ガスグニハ攻メテコナイト考エテイルデショウシ……何ヨリモ……仇ヲ討タナクテハ。善キ深海棲艦ノタメニ」

 空母棲姫が言っているのは重巡棲姫のことで間違いなさそうだった。
 傍若無人な空母棲姫であっても、重巡棲姫の喪失には思うところがあったらしく意外に思えた。

「彼女ハマサシク深海棲艦ダッタワ。ソノ彼女ヲ討ッタノガ、トラック諸島ヲ根城ニシテル艦娘タチラシイジャナイ」

 日頃なら嘲笑を唇の端に浮かべている空母棲姫だが、今はそれもない。
 それだけに本気で言ってるのだと飛行場姫は悟り、それ以上は何も言わずに引いた。


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