黒野玄武「鷺は白」鷺沢文香「天は玄」

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105 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/06/20(火) 03:14:44.77 ID:ZRWxe/OO0

玄武「番長さんが回してくれたクイズ番組の優勝賞金なのさ。フ…ッ、朱雀がいなきゃあ負けていたかもしれねえな」

文香「賞金……なるほど。しかし、それでは玄武さんのものでもあるのでは」

玄武「そりゃあ、主な使い道を決めちまったんでね」

文香「使い道とは……絵本を買うことと、おっしゃっていましたね」

玄武「ああ。だが絵本に限定はしねえ。子ども達が楽しめる本ならいい。それを買うための金ってとりあえずは決めちまったんだ」

文香「お世話になった家に贈ると」

玄武「よく覚えてるな。その通り」


文香「それは……きっと報恩の物語があるのですね」

玄武「……ん」

文香「素晴らしいと、思います」

玄武「な……っ、おいおい文香さんよ」

文香「……玄武さん、あなたは恩を返したいと動いて……立派です。それほど果断に私は動けないと思いますから」

玄武「…………」

文香「本を読むという行為を重ねてきた過去は共通するものもあるでしょうに……ここまで在り方に差が。貴方の隣にいると、我が身の至らなさばかり感じてしまいます」


――対比のように。


と私が言葉を結んだその時、

その沈黙を引き取るように、玄武さんは月を見上げました。
106 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/06/20(火) 03:15:59.09 ID:ZRWxe/OO0

玄武「そうか……立派かね、俺が」



虚空に問うような、それはかそけき言の葉でした。


都会の空は黒く、昏く。星の輝きを捉えることは適わないようでありましたが……

その黒にこそ、玄武さんはなにかを見出そうとしているように私は感じたのでした。



――黒。

――玄。


黒野玄武さんの色。




文香「暗いですね。ここは。いえ、暗いというよりは……むしろ、『黒い』と言った方が正鵠を得た表現でしょうか」

玄武「もう少し歩きゃあ、ちっとは賑やかな往来に出る。そこを通り過ぎたら文香さんの古書店だったな」

文香「叔父の、店です……私は、アルバイトも辞めてしまった身ですから」

玄武「ああ、アイドルになったから、続けられなくなっちまったんだったか。だが、たまに手伝ってるんだろう? 前だって」

文香「はい。以前の手伝いの時には玄武さんにも手伝っていただきました……。もう一度、感謝を」
107 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/06/20(火) 03:30:52.35 ID:ZRWxe/OO0

玄武「いやいや、だからこちらこそ、だ。本を貸してくれる礼もできたし、書店の仕事もさわりだけさせてもらっただけだが面白かったぜ。良い経験ができた。――『人に与えて、己いよいよ多し』、ってな」

文香「そう言っていただけると救われます。孔子……いえ。老子でしたね。その格言は」

玄武「その通りだ文香さん。響いてくれるか、嬉しいぜ」

文香「玄妙……」

玄武「ん?」

文香「言葉の巡り合わせを感じます。符号の様な」

玄武「符号、かい?」

文香「孔子も老子も……『玄聖』と称されます。得が高い、優れた人には、“玄”という字を当てます。……玄武さんもまた、その字を」

玄武「玄……ふむ、老子の玄学は一度目を通してみてえと思うくらいには憧れてるが。……なるほど、玄で繋がるってかい?」

文香「ふさわしいのでは?」

玄武「……そう言葉にされると、面映ゆくて仕方ねえが」

文香「玄は奥深い、深遠なおもむきを指す言葉です。……私が評するのもはばかられますが、感じます。玄武さんを指す言葉として適切であると」

玄武「あー……あのよ」

文香「はい」

玄武「――――言葉が思考に先立つのは危ういぜ」


108 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/06/20(火) 03:35:39.89 ID:ZRWxe/OO0


文香「それは……」

玄武「俺は、そこまで達していねえ。今は……今でこそ、プロデューサーさんのお陰で覇道を歩けちゃいるが、アイドルになる前なんか……俺は本当に」

文香「……」


玄武「ただの、ガキだったからよ」


文香「――そんな、ことは」




紡ごうと思った言葉は、絡まって喉の奥で留まりました。

私は目の前の彼の過去に言及する術がないことに思い至って。


……綴る言葉も持たないまま。

私はまた戸惑って、固まりました。





すうっと夜の風が、わずかに開いてしまった私たちの間を抜けていき、

無音の波紋が玄武さんの黒の輪郭を小さく揺らしていきました。


109 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/06/20(火) 03:36:58.30 ID:ZRWxe/OO0
とりあえずここまでです
なんとか書く時間を取りたいのですが申し訳ない
110 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/20(火) 14:43:12.60 ID:pGDPj92Go
良かった生きてた
この2人は話の中身だけでなく言葉遣いにも気を遣って難しいと改めて感じますね
仄暗い影が落ちた雰囲気で先が気になります
111 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/28(水) 20:00:03.10 ID:KVPWPtwPO
今日の一コマで古書店の話がでて、ここを思い出して来てしまった。更新されててよかった。
ゆっくりでも完走してほしい。
112 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/06/29(木) 06:48:36.84 ID:7O2owVpAO
更新されてて嬉しかったです
まったりでいいのでまたみたいです!
頑張って下さい
113 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/07/01(土) 13:49:50.10 ID:qy7ByahVO
待ってました
この2人は神経使って描いてるのが伝わってきます
図書館を巡る話になるのかな?期待してますねー
114 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/07/06(木) 10:14:10.29 ID:PN2uqYfAO
早く、続きが読みたい
本と文香の関係を掘り下げたSSは意外と少ない気がする
115 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/07/23(日) 11:25:31.89 ID:BYkWCGHNO
まだか
116 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/07/23(日) 12:26:05.70 ID:orsYDHVJo
ミリシタが楽しい時期だからな
117 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/08/01(火) 22:56:36.15 ID:X+RxuwgaO
作者さん信じてるで・・・
まだ待つから
118 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/08/29(火) 20:54:43.46 ID:zTNJO2gs0
たのむー
119 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/08/30(水) 00:29:12.54 ID:UcamnLR9O
待つぞっ。
120 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/04(月) 00:51:21.63 ID:SBuljH5M0

玄武「尊敬してるぜ。孔子……いや、孔子先生方は。敬意の重複すらためらわねえ」

文香「孔子、老子の“子”は『先生』という意味合いで、そこからさらに敬意を重ねる、とは……最高敬語のようですね。そこまでとは……」

玄武「ああ。だから名前からまっすぐに関連付けられるのも照れちまうし参っちまう。ちったぁお手柔らかに頼むぜ文香さん」

文香「私の評価は、不快でしたでしょうか」

玄武「いや、むしろ恐懼感激の極みではあるんだが。文香さんにも幽玄って表現が似合いそうだがな」

文香「幽玄ですか。お仕事で、そう評されるように骨を折った覚えはありますが……」

玄武「しかし、ああ、なるほどだ」

文香「……?」

玄武「その通りだな、文香さん。…………俺と文香さんじゃあ在り方が違うんだな」

文香「やはり、そうなのでしょうか」

玄武「いや、それも当然か。なにしろ『鷺』は白の象徴だって話だ。さっきの名前の話で言えば対極ってことになるな」

文香「鷺は白……そう言われれば」

玄武「『鷺は洗わずしてその色白く、染めずして烏は黒し』――鷺の漢字にある“路”の字の元は露。白鷺はまさしく白露の如く、か」

文香「白――」


玄武「ああ、文香さんは白だ」

121 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/04(月) 00:54:00.06 ID:SBuljH5M0


白……。


白と評されるとは……

いえ、しかし。そう、そうなると……私は


文香「それでは私は白の、文、ということになるのでしょうか。……架された名の意を汲むのならば」


玄武「そうなるな。……しかし文か。それも示唆的ではあるんじゃねえか? さっきの言葉を借りるなら、巡り合わせを感じるぜ」

文香「それは名に込められた、イメージの照応の話でしょうか」

玄武「ああ。文は『あや』――綾に通じて、きらびやかなものを表す。アイドルには良い名前だと思うぜ」

文香「そう言われると、率直に……名前負けしているように感ぜられてしまうのですが」

玄武「俺は“武”だしな。こっちにしたって“文”とは対極だ。左武右文といかねえとだが……いや、良い名前だよ文香さん」

文香「……しかし。私は、その名にふさわしい振る舞いができているとは」


それに、『文』の意はそれだけでなく


文香「……」

玄武「ん?」

文香「白の文……白紙の書であるということについては、否定できないと思います。しかし、名の輝かしさには少々気遅れが」

玄武「そう感じるのかい?」

122 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/04(月) 00:56:07.83 ID:SBuljH5M0

文香「……玄武さんは口上で、朱雀さんとともに名乗りを上げられると聞きました」

玄武「ああ、そうだが」

文香「『“氷刃の玄武”こと黒野玄武』……そう声高らかに宣言されると」

玄武「っと、知ってくれてんのかい。広まってきてるならありがてえことだな」

文香「……私はそのように雄々しく自分の名前を張り上げたことはありません。ライブ等では紹介の時間を取っていただきますが、そこでも力強く自分の名前を発せているとは……」

玄武「張り上げればいいもんじゃねえさ、真実、大事なのは伝えるその心根なんだからよ」

文香「はい……わかっています。しかしアイドルになる前から、私は玄武さんの様な振る舞いを取れたような記憶がありません。……そのような人間ではなかったものですから」

玄武「あのよ、俺なんかに――」


玄武「いや。考えてみれば……そこじゃねえな。名を叫ぶよりなお大事なことは……名を呼ばれることだ」

文香「え……」

玄武「文香さんだって声援を集めてるだろう? アイドルやって嬉しいことは、ファンの純真無垢な声援を耳にすることができるってそこんところさ。一等ありがてえのは……ああ、そこだ。感じてるだろう?」

文香「………………名が呼ばれること」


名を呼ぶ人がいること。

自分の名が他者によって熱が通うこと。


ああ、それは――――

その領域に至っては、自身と他者が不可分であって。



文香「はい。与えられた名が、輝きを得る、その瞬間の感慨は…………充足と感動に心が鮮やかに染まっていくようで……」

123 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/04(月) 00:56:54.21 ID:SBuljH5M0


自分の声が遠く感じました。

紡いだ言の葉が、夜に放られ、落ちていっているような……そんな心地が暫時、胸をかすめて。


そこにまた声が降りました。



玄武「ああ。俺も名前を確かに心に刻ざまれるあの瞬間が……たまらねえほどうれしいさ」



夜闇に浮かびあがる薄い街の明り。

そのただ中を歩く彼の影は、想いの重みに横溢するがごとく、ことさらに濃く光に映えて。



玄武「名前をつけてくれた人と、その名に命をくれた人、その名の通りに導いてくれた人を思わずにいられねぇ」



遠いものを見るように目を細め、玄武さんはそう確固とした声で告げました。

……誰にか、告げた様にそう響きました。




文香「…………」


124 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/04(月) 00:58:51.28 ID:SBuljH5M0


私からの反響のその音色。



文香「…………その通り、かと」




名を呼ばれることは、そこに通う想いを受けること。

嬉しかったのならば。飲み込まなければならないのです。






文香「その通りだと大いに同意します」




私は――玄武さんとは違うのでしょう。




文香「……やはり、まぶしく思います」

125 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/04(月) 01:00:29.54 ID:SBuljH5M0

――

――――




玄武「っと、ここいらだな。今日はおかげさんで楽しめた」

文香「はい。今日のお話は……非常に意義深いものであったと、そう思います」

玄武「そうかい。取り組んでるっていう課題にほんの少しでも力になれたってんなら、光栄なことだな」

文香「課題の核に対する重要な示唆を、もしかしたら頂けたかも知れません」

玄武「おう。それならいいんだが、でもよ、序盤での気付きは結末に色を変える場合が多いぜ?」

文香「確かに……それはそうですね。ミスリードではなくとも、読み始めに感じた意味合いはページを進めるうちに変わりゆくものですから……結局、なにも判然としないまま、であるということも」

玄武「ま、文香さんなら心配要らねえと思うがな」

文香「そ、そう思われるのはなぜでしょうか」

玄武「全身全霊。本気でやってるからだ」

文香「そのように、映るものでしょうか」


文香「玄武さん。実を申せば、自分が本気なのかどうかすらも、私にはわからないのです」

玄武「……だってなら俺が保証してやるさ。あんなに本を渉猟して、考察も気合い入れてやってんだ。十日一水の覚悟を見たぜ」

文香「それならば、判然としない藪の中でも希望が持てるのですが……」
126 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/04(月) 01:01:17.18 ID:SBuljH5M0

玄武「すげぇな――自分すら関心の埒外に置いてんのにあそこまで本を読めるのか。一体どれほど……」



文香「玄武さん……?」


玄武「おっと、流石に時間だな。朱雀のいねぇ日にここまで舌を回すことになるたぁな。そろそろ俺は」

文香「あ、お帰りでしょうか……中でお茶をお出ししようかと」

玄武「いや、そこまで気を遣ってもらうとかえって恐縮だ。ただでさえ稀覯な本と出会わせてもらったってのによ。それに文香さんは今から課題じゃねぇか」

文香「課題、ですか。確かにあるのですが……」

玄武「そもそもアイドルなんだ。迷惑かけるわけにはいかねえ。それにちっと俺は野暮用があるんでな。すまねぇな文香さん」

文香「……御用がお有りで」

玄武「ああ、見回りに朱雀の様子を見ねえとだ。……舎弟の間にゴタゴタの気配もありやがるし、そこもナシだけつけとかねぇと。こじれちまったら、ただでさえ容量が圧迫されてる朱雀の頭にまた負荷をかけちまう」

文香「それは……なんとも。その、侠気が濃い話ですね」

玄武「大した話でもねぇさ。舎弟たちも性根はいいヤツらだし、朱雀も……やるときゃ、ちゃんとギリギリでもやる男だからな。書店にはまた顔を出させてもらうよ」

文香「それでしたら。はい……お待ちしています」


文香(あら? 確か店頭には……)




玄武「それじゃあな。文香さんなりの課題への答え、楽しみにしてるぜ。完成の暁には是非聞かせてくれよ」

文香「はい……はい……! そうですね、今日は、お互いお別れとした方がいいでしょう。あの……それで、できれば、こちらに来る時は御一報をいただけると、幸いに思うのですが……」

玄武「ん? 確かにそれは必要だな。――よし」

127 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/04(月) 01:07:19.97 ID:SBuljH5M0

――


玄武「失礼するぜ文香さん、体をいたわること忘れねぇでいてくれ」

文香「はい。体調管理にも心を配らねばと、思います」

玄武「課題のせいか、少しばかり疲れてるように見えるからよ」

文香「……そのようです。あの、玄武さんも……お気をつけて」

玄武「ああ。事故なんかに遭ったら番長さんや事務所にでっけえ迷惑かけちまう。気を付けるぜ」

文香「……え?」


玄武「それじゃあ、な」




お別れ。

……彼はまた夜の中に身を進ませていきました。






――私でもあのように。

一人で進み切る気概を持てるでしょうか。


彼の背中を見つめている中で、そんな想いが胸中に湧いて。

そこに……切ないような感情がもう一つ、霞のようになぜだか散っていきました。


128 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/04(月) 01:23:39.68 ID:SBuljH5M0


――

――――

―――――





文香(ここで……冒頭の言葉を……)

文香(――このような、結びでいいでしょうか)


最後の言葉をレポート用紙に連ねていき、評論の課題をひとまず書き上げて終わらせます。


美波さんに言った方の『今日終わらせなければいけない課題』は、無事仕上がったとしていいでしょう。

……実は、大学の方で半分ほどはできあがっていた状態だったので、そこまでの労力は必要ともならなかったのですが。



そう。実際に玄武さんにお茶を振舞ったとしても、そして、そこでまた長くお話ししたとしても問題無かったのです。

“あちらの課題”の完成はまだまだ日が必要なものでした。


『文学作品に見られる女性の価値について』。

その課題は多くの研究の時間が必要なもので、一朝一夕にできるものではなく……むしろ今の段階では、議論の対手を得て様々な観点を得ることの方が大事であったかもしれません。




文香(ですが、玄武さんにも予定がありましたし……)


なにより。


文香(ポスターを見られるのは……)


129 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/04(月) 01:24:30.46 ID:SBuljH5M0


文香「…………」



アイドルとして装丁された鷺沢文香を映すそのポスター。限りなくお嬢様に近い私……

映されたそんな風采に感じ入った叔父が、店内に張り出しているそれはまた、お客様に特典としても配られているようです。


集客効果はあるのでしょう。しかしアイドル同士とはいえこれを、玄武さんに見せるのは……


文香(気恥ずかしさが、拭えず……10枚ほどサインを入れるその時に、留まっておくべきだったのかも)



妖艶、優雅……受け取られたお客様からそのような評価をされたと、叔父の口から聞きました。

そのように、思われるよう振舞えたのも、私が書架に囲まれた閉じた世界を脱し、新たな道を進んだ故のもので。

これもまた白紙たる私が得た新規の色合いなのでしょう。

得た色。色を纏ったということならば、地金である深層の本質は今だに白でしかないのかもしれません。



文香「………………」




白紙――鷺は白。

私を表記し、特定させる『鷺沢文香』という符号。

130 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/04(月) 01:26:12.06 ID:SBuljH5M0



――『文は『あや』――綾に通じて、きらびやかなものを表す。アイドルには良い名前だと思うぜ』




果たして玄武さんはご存じだったのか……



文は文様。飾りに通じ、文(かざ)る意に繋がります。


しかし、それは『見かけ、うわべをかざる』という意味合いでもあって。

名前に使えば、上辺を飾ることが転じて、情欲が強まる要素となり得るそんな字でもある――と。



妖艶。優雅。色香…………情欲。




鷺沢文香がそのように見られることに。

鷺沢文香はなにを言うべきであるのか――――



文香「本当の、姿とは」



それは、削除されえぬものであるのか

閉鎖されうるものであるのか。


131 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/09/04(月) 01:28:36.82 ID:mWQ2AQBlo
こんな時間に遭遇するとは
見てますよー
132 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/04(月) 01:29:08.99 ID:SBuljH5M0


名前の意味合い。存在の印象。



ロシア帝国の貴族として生を受けたナボコフはロシア革命後に西欧に亡命し、やがてはアメリカに帰化した経歴を辿りました。

それゆえ彼はロシア語・英語を操るバイリンガル作家であり、『不思議の国のアリス』をロシア語に訳した『不思議の国のアーニャ』など、他作家の作品の翻訳をも手掛けています。



文香(アリスがアーニャ。私にとっては……諧謔めいたものを覚える、二つの名前。いえ、ともかく)


ナボコフは、自作においても自己翻訳を行いました。

その際に登場人物の名前もやはり変更することがあって。

その言語圏に沿った意味合いを読み解くことで、ナボコフ自身が作品における登場人物にどのような役割を企図しているかを思料することもできるのです。




訳し方……表現が変われば、やはり存在そのものも変わりうる……? 主題の変奏は、主体の変化と果たしてなりえてしまうのか。

しかし。ナボコフの著作に見出すべきは……


文香(あるいは誤読されうる、自己……という主張)



とりとめのない思考が、一つの方向を向いていき……


私は、再び机に向かいました。……書くことができたように思えたのです。


133 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/04(月) 01:37:20.80 ID:SBuljH5M0

――

――――

315プロ




朱雀「――っしゃあああああ!! 終わりッッ!!!」

玄武「――完、了ッ!!」



朱雀「ぜっ、ハァ……チッ、同時かよぉ。やるじゃねえか玄武よぉ!」

玄武「はッ……ハッ、こっちも安心したぜ。ここんとこ先生方との勉強ばっかでなまってんじゃねえかと気がかりだったからな……腕立て伏せ勝負の決着はひとまず預けるぜ」

朱雀「おうよッ! 次の勝負は負けねェからな! 覚悟しとけよ!?」

玄武「ハッ、言われなくても男たるもの行住坐臥戦いの覚悟はできている――次の勝負は補習開けだ」

朱雀「…………おうよ」

玄武「てめえ、朱雀。いきなりしぼんでんじゃねぇか」

朱雀「そうは言ってもよォ…………スーガクはどうにも気が滅入るぜ……」

玄武「少しでも理解できるように道夫アニさんが手ほどきしてくれてんだろうがよ。あれか、俺の解説ノートの方が不満か?」

朱雀「いやッ! ありがてぇよ! あれでまぁ、ちっとはわかったとこあるからよ」

玄武「やりゃできるだろうが、お前は。……逃げねえ男だって信じてるぜ」

朱雀「あー、おう! 玄武にそうまで言われちゃ逃げらんねえっての!」


にゃこ「にゃー!!」


朱雀「おっ! にゃこ、応援してくれんのかァ!? ははッ! ありがてーぜ!」



紅井朱雀
http://i.imgur.com/vUrhAf9.jpg
134 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/04(月) 01:38:31.68 ID:SBuljH5M0

玄武「こりゃ、にゃこの信頼も裏切るわけにはいかねぇな」

朱雀「おう! 補習のテストぐらいなんとでもしてみせらぁ!」

玄武「番長サンも心配してくれてたぜ。ありがてぇこった。裏切るんじゃねえぜ、信頼は大事なもんだからな――――」


にゃこ「んにゃー!」

玄武「ッ!? てめ、にゃこ……ックショイ! はなれ……ックショッ!」

朱雀「おおー? にゃこどうしたッ!? 玄武、大丈夫か!?」

にゃこ「にゃっ」

玄武「……は、ハァ。いきなりなにしやがるんだ、にゃこ。俺の猫アレルギーをわかっちゃいねえのか……」

にゃこ「ニャッ!」

朱雀「お、どした。にゃこ? オレを守るみてえに前に……」


にゃこ「……」

玄武「……」


玄武「…………そういうことか。あんまハッパ掛け過ぎても朱雀を信頼してねえってことになるな」

朱雀「あん?」

玄武「目を見て分かったぜ。にゃこのやつ、お前の努力ぶりを見てたもんだから、ヘンな追い詰め方すんなって怒ってやがる」

朱雀「おおっ、そうなのか、にゃこよぉ?」

にゃこ「にゃ」

玄武「……悪かったな、にゃこ。そして朱雀。お前は逃げねえどころか、やり遂げる男だよな」
135 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/04(月) 01:40:15.36 ID:SBuljH5M0

にゃこ「にゃー!」

朱雀「お、気にすんなってよ! そっか、にゃこ俺のがんばりを見てくれてたか。……まー、あれだぜ? 玄武。オレはやる男だからよ!」

玄武「おう、相棒! そこは承知してるさ」

朱雀「ただ、よ。またわかんねぇとこがあったら教えてくれよ」

玄武「フ、そこは任せな」


朱雀「あ! それとだ!」

玄武「あん?」

朱雀「玄武!! お前も、なんか困ってたら話してくれよなッ!」

玄武「…………ああ。手を借りてぇ時は、言うさ。まあ目下の問題はやはり、お前の補習テストだがな。やり遂げてくれんだろう? 今回も」

朱雀「それは――――おうっ! よし、ここで改めて宣言しといてやらぁ! オレは、補習テストを、ぶっ倒す!! だからよぉ、期待しててくれや!」

玄武「いい宣言だ! よし! そんなら今から模擬試験だ! いくぜ朱雀ッ!」

朱雀「……お、オオッ!! やってやらぁ!」

136 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/04(月) 01:42:30.26 ID:SBuljH5M0

……

…………


一希「……ん、テーブルで勉強か」

玄武「押忍、一希アニさん! ……朱雀とな。今終わったところなんだが」

朱雀「お、お、押忍……こっから家帰って、復習しねぇと……」

玄武「おう。流石相棒。良い心がけだ。無事終わったら、パンケーキ食いにいくの付き合ってやるからよ」

朱雀「玄武よォ、言ったな! 絶対だかんな! よし、やってやるぜェー!! バーニンッッ!!!」

にゃこ「にゃっ!」


朱雀「そんじゃ先に帰るぜ、ダッシュで! もうひとふんばりしてくらぁ、またな玄武! 一希サン!」

玄武「ああ、気張れよ!」

一希「……お疲れさまでした」






玄武「騒がしくしちまって申し訳ねぇな、一希アニさん」

一希「いや、構わない。それだけ全力で……“真面目”だということだからな」

玄武「全力か。フッ、確かに。相棒は全力でやってっから、あんなに声も熱くなるのかもな」

一希「熱さをもって日々を一意専心、全うする――それは称賛されるべきことだ。……きっと自分の人生を歩むというのはあれぐらいでちょうどいい」

玄武「そうだな。生きているか、死んでいるかわからねえ生き方よりも、朱雀の生き方は正しいって思うぜ」

一希「…………まさしく。その通りだ。本当に」


九十九一希
https://i.imgur.com/JRAaD1N.jpg
137 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/04(月) 01:43:55.61 ID:SBuljH5M0

一希「神速一魂はその生命の持つ熱さが明瞭だ。ユニットの歌にも発露しているほどに」

玄武「そうかい?」

一希「ああ。ユニットによって違った特色。刺激を受けているよ」

玄武「そうだな、違うユニットのアニさん方と仕事をやらせてもらってるが、ありゃあ勉強になる。メンツが違えばこそ得られるもんは多種多様だ……輝アニさんや一希アニさんには本もお勧めしてもらっちまってるしな」

一希「本を勧めるのは、おれ自身の趣味でもあるが……前に勧めた本はどうだった?」

玄武「図書館で見つけて読んでみたぜ。時間を忘れて読みふけっちまった。構成が巧みで、何より……難関を乗り越えるための行動の、その細部が圧巻だった。ありゃあいい」

一希「それは良かった。図書館で忘我するほど読書に耽る、か……気付いた時には閉館時間。そういった経験はおれも何度もしている」

玄武「ははっ、やっちまうよな」

一希「ああ、図書館は時間が早く進む」

玄武「だが、あれもなんとも充実感があって、愉快な経験だ。熱中するほどの本を読んでのことならなおさらな。朱雀にも味わわせてやりてぇもんだ」

一希「そうだな……おすすめの本や図書館でもプレゼンする機会を事務所内で作れないだろうか。おれも本の楽しさを、知ってもらいたい」

玄武「図書館、か…………そりゃ良い考えだ。図書館ならおれももっと幅広く登録しておきてえしな」

一希「PV撮影で訪れた図書館は、レトロだったが蔵書が大変素晴らしかった……」

玄武「一希アニさんの太鼓判ならなんとしても行ってみねえとな。そうだな、アニさんには――『植物園きのこ文庫』ってとこ、合ってんじゃねえかと思うんだが」

一希「あそこには行ってみたいと思っている……とても。京都にあるからそこまで軽く足を運べないが、いつかは。そういえば京都出身、だったか」
138 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/04(月) 01:45:40.05 ID:SBuljH5M0

玄武「あー、そうだが。どっかで書いたのを覚えてたのかい?」

一希「記述を覚えるのは、得意だから」

玄武「京都から横浜へ、ずいぶん遠くに移り住んだものさ」

一希「生きていた領域を替えるというのは……やはり、難事だっただろうか」

玄武「男の人生だ。そうしなきゃあならねえ時もあるさ。――それにそのおかげで相棒に出会えたんだ」

一希「そうか……」

玄武「大体、理由あってアイドルになってんなら、新しい世界への踏み出しはここのアニさん方だってみんな堂々とやってんだ。珍しくもねぇ。一希アニさんもそうだろう」

一希「おれは、どうだろうな。踏み出す時にも親類に後ろ髪を引かれていたかもしれない。……ああ、引かれてなかったと言うことはできない、だろうな」

玄武「…………」

一希「その時は大吾のような形で繋がりを消化できていなかった。前、話した直央さんも、母親にアイドルをやれと言われたそうだが……おれがアイドルになった経緯はそのような形ではなかったから」

玄武「…………そういうのは当然あるもんだろう。経緯はどうあれ、一希アニさんも、直央もまぶしいアイドルやってるじゃねえか」

一希「それは――」


志狼「あれ? なおのハナシしてんの?」

一希「あ、志狼さん」


橘志狼
https://i.imgur.com/eyaCrWq.jpg
139 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/04(月) 01:47:57.90 ID:SBuljH5M0

玄武「あー、そうだが。履歴書の情報でも覚えてたのかい?」

一希「記述を覚えるのは、得意だから」

玄武「京都から横浜へ、ずいぶん遠くに移り住んだものさ」

一希「生きていた領域を替えるというのは……やはり、難事だっただろうか」

玄武「男の人生だ。そうしなきゃあならねえ時もあるさ。――それにそのおかげで相棒に出会えたんだ」

一希「そうか……」

玄武「大体、理由あってアイドルになってんなら、新しい世界への踏み出しはここのアニさん方だってみんな堂々とやってんだ。珍しくもねぇ。一希アニさんもそうだろう」

一希「おれは、どうだろうな。踏み出す時にも親類に後ろ髪を引かれていたかもしれない。……ああ、引かれてなかったと言うことはできない、だろうな」

玄武「…………」

一希「その時は大吾のような形で繋がりを消化できていなかった。前、話した直央さんも、母親にアイドルをやれと言われたそうだが……おれがアイドルになった経緯はそのような形ではなかったから」

玄武「…………そういうのは当然あるもんだろう。経緯はどうあれ、一希アニさんも、直央もまぶしいアイドルやってるじゃねえか」

一希「それは――」


志狼「あれ? なおのハナシしてんの?」

一希「あ、志狼さん」


橘志狼
https://i.imgur.com/eyaCrWq.jpg
140 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/04(月) 01:49:10.70 ID:SBuljH5M0

玄武「レッスン終わらせてきたんだな」

志狼「おーうバッチリだぜ、げんぶのあにき! んで、なおがなんだって?」

一希「いや……真面目にがんばっているな、とそういう話をしていた」

志狼「えー、オレだってマジメだぜ!? なおだけじゃねーよー?」


玄武「志狼よ、宿題はもうすませたのか?」

志狼「え、あー……なおのヤツがあっちで今やってるから、マネしたくねーなって……そうだ! すざくのあにきは? ヒッサツワザ教えてもらいにきたんだよ!」

玄武「朱雀は先に帰ったぜ。勉強しに、な」

志狼「えーっ、ベンキョー!? マジ!?」

玄武「今までここで勉強してたんだ」

志狼「すざくのあにきも学校の勉強すんの?」

玄武「そりゃあするだろ。力押しだけじゃあ天下は取れねえんだ」

志狼「そうなのか……あ! げんぶのあにきも、なんかすげーいっぱい本読んでるけど、テンカ取るのに必要だからなのか!?」

玄武「…………そりゃ、わりかし難しい問いだな」

一希「向き合って自分の損になることはないものだ、本というのは。……教科書などは苦手に思ってしまうかもしれないが」

志狼「ニガテだよ〜……あんなの」
141 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/04(月) 01:56:43.08 ID:SBuljH5M0

一希「そうか。しかし――」

志狼「……でも、やっぱ逃げてちゃダメなもんなんだろ?」

玄武「おっ」

志狼「うー…………テンカ取るくらいにビッグになるためには、やっぱり一日もサボれねーな」

一希「志狼さん?」


志狼「ワリ、やっぱオレも宿題やってくる! ちゃんとやってるってプロデューサーにも言っちまってるし!」

玄武「志狼。――ああ、そうだ。よく言った!」

志狼「すざくのあにきがちゃんとやってんなら、オレもやんなきゃじゃん! それに負けてらんねーし! ありすのヤツにフマジメだのなんだの言われんのムカつくしな!」

一希「わからないところがあったら、こちらで教えられると思う。遠慮なく聞きに来てくれ」

志狼「おう、サンキュ! かずき! げんぶのあにき!」








一希「志狼さんもまっすぐだな」

玄武「気持ちのいいヤツだ。高志有勇――曇りがねえ。あいつも俺と似たようなものなのかもな」

一希「似ている、か」

玄武「相棒はまっすぐなヤツだ。だからこそ志狼も一つの目標にしてんだろう。…………朱雀の男気に惹かれてるのは、俺もなんだ。なればこそ道を違えねえ」
142 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/04(月) 01:57:58.11 ID:SBuljH5M0

一希「……道を示してくれた光だから、か」

玄武「……ああ」

一希「それは、おれにもある」

玄武「涼と大吾のことかい?」

一希「そうだ。2人とユニットを組めて、良かった……」


一希「プロデューサーにも支えられて、仲間から影響を受けて、今おれはここにいる。まぶしく思えるものが多いよ」

玄武「なんだか、かしこまった話になっちまったな」

一希「そういえば……そうだ。少し、感傷的になってしまっていたのか」

玄武「……感傷――――――――そうかも、な」


玄武「いや、一希アニさんとは気が合うからか妙に話題がすべっちまう」

一希「……確かに雑談ではないかもしれないな。キャラクターの根本の話と言える、かも。キャラクターはその世界にいる他者との相互の干渉によって形作られるという作劇論――」



一希「人をまぶしく思うのは、自分にはない輝かしいものを持っているが故なのだから」



玄武「……」
143 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/04(月) 01:58:35.41 ID:SBuljH5M0




――――『……やはり、まぶしく思います』




玄武「――それも、勘違いかもしれねえがな」


一希「…………? どうかしたのだろうか」

玄武「……本当のところは、やっぱり知ってみなきゃあならねえか」

一希「なに?」

玄武「すまねぇな。さっきの図書館の話に戻るが、俺も――行ってみてえ所があるよ」


144 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/04(月) 02:00:49.43 ID:SBuljH5M0
>>139連投ミスです
145 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/04(月) 02:02:24.76 ID:SBuljH5M0
今回の投下はここまでです。
長らくお待たせしています。

あふれる情報の処理を真面目に考えなければ
146 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/09/04(月) 02:19:52.92 ID:mWQ2AQBlo
投下乙です
ここに来て加速度的に情報増えているので大変ですね
元々に加えてエムステ世界線・アニメ世界線それぞれで微妙に違いが出そうで扱いが難しくなりそう

本当に難しい2人だけど少しずつ光明が見えてきたように感じます
「本当のところ」がどこに辿り着くのか、最後まで見守りたいです
147 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/09/04(月) 09:03:34.29 ID:v//zJD0k0

相変わらず密度の濃さに驚く

……このSSが始まったあとに公開された設定も反映してるから書き直しも大変だったんじゃないかな?
148 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/09/06(水) 00:04:50.65 ID:xFrWlvH6O
乙ですっ。
149 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/09/16(土) 21:23:19.29 ID:njZOP/pvO
細やかな描写に引き込まれます
続き読みたいです
150 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/11/07(火) 18:52:38.62 ID:Xc1gnapGO
お願いします……
まだ待ってます
151 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/12/02(土) 20:11:31.18 ID:yRd9brmgO
今年中に更新欲しいなー
二人との好きなキャラだから続きがすごく見たいんです
152 :1 [sage saga]:2017/12/03(日) 23:39:49.82 ID:W9vpQiKF0
プロットは再編完了しかかっているんですが、根本的に書く時間があまり取れていない状況です…
もう少しお待ちください
153 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/12/05(火) 05:44:49.98 ID:UMp0xJObo
報告乙です
待ってる
154 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/12/18(月) 12:32:16.07 ID:y2vcJ8M70
はやくうう
155 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/12/27(水) 15:26:09.85 ID:IX9F0C+r0
頼みます・・・
156 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/01/13(土) 20:30:44.42 ID:2WDdSpOhO
自分は待ってます。
あなたの作品が読みたいので。

1から読み直して見たけど本当に丁寧で引き込まれますね
157 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/03/07(水) 01:06:41.56 ID:S5tRGcio0
ほしゅ
158 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/03/13(火) 20:13:48.76 ID:1WtdEdAtO
待つ。
159 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/04/12(木) 00:52:32.62 ID:3PRXCwd/0
待ってる
160 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/05/18(金) 00:36:53.12 ID:zqZzohuO0

――

――――



オープンカフェ



文香「………………」


ありす「文香さん……? あのぅ」

文香「あ、ありすちゃん。声をかけてくれていましたか……失礼しました、気付かずに」

ありす「い、いえ! いいんです。本に集中していたんですよね」

文香「はい。少し調べ物がありましたので……。ありすちゃんはお仕事を終えられたのですね。お疲れさまでした」

ありす「はい。お疲れさまです。でもお仕事と言っても、今日は以前撮ったグラビアのチェックだけでしたから」

文香「そうでしたか。それではグラビアの方は無事に?」

ありす「はい。無事、クールに、ロジカルにこなせたと思います……! ……あの、見本をいただいているんです。文香さん、見てくれますか!」

文香「私が見ていいのですか? それでは一旦こちらの本は置いておいて……」


文香「……」パラッ

ありす「……」ドキドキ


文香「…………」

ありす「…………え、えっと、何度か撮ったんですけど割と、最後にはうまくいったと」


文香「とても……可憐ですよ」

ありす「!」

文香「まなざしには意志の強さが垣間見えて……それでいて口元の微笑みは自然な柔らかみを持っていて。とても魅力的ですよ、ありすちゃん」

ありす「っ! あ、ありがとうございます!」

161 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/05/18(金) 00:38:34.55 ID:zqZzohuO0

橘ありす
https://i.imgur.com/vL6N4kZ.jpg

速水奏
https://i.imgur.com/nKlTXDJ.jpg




ありす「えへへ……文香さん、とても魅力的なグラビアを撮っていましたから。私もがんばらなきゃって思っていたんです」

文香「魅力的、ですか。そのように、映ったのなら光栄ですね」


奏「――実際がんばっているわよね。この前のライブも、ずいぶんレッスンこなしてたじゃない?」


文香「奏さん……」

ありす「おつかれさまです!」

奏「おつかれさま。私もコーヒーいただくわ。……って、文香。そのコーヒーもう冷めちゃってるじゃないの」

文香「あ……これは、確かに、冷めてしまっています、ね」

奏「また読書に没入してたのね。じゃあコーヒーは2つ頼みましょうか」

ありす「いえ! 3つお願いします。私はブラックで」

奏「ありすちゃんもブラック? ふふ、背伸び?」

ありす「せ、背伸びではなく。二口くらいは……その、大丈夫なので」

奏「淑女の仲間入りってことね。わかったわ」
162 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/05/18(金) 00:42:35.33 ID:zqZzohuO0
――

――――


ありす「ふーっ、ふーっ……大丈夫。……苦くても、大丈夫。私は志狼くんみたいな子どもじゃないんです……大丈夫」

奏「文香も次は温かい内に飲まないと」

文香「はい。次こそは、冷めないうちに飲むよう努めます。カフェの本懐を、取りこぼすわけにはいきませんから」

奏「いや、そこまで力入れることでもないでしょうに。……やっぱり面白いわよね。文香って」

文香「面白みを、感じられますか? 私に」

奏「そう、面白いわ。私はそう感じる。前のグラビアみたいな『綺麗な文香』もとってもいいと思うけど……そういうところもね、いいところ」

ありす「綺麗でしたよね。本当に。ネットを見てもいっぱい評価されてました」

文香「ありがたいことです……プロデューサーさんや、スタッフさんに感謝ですね。……感謝、です」



文香「…………」

ありす「文香さん、どうかしましたか? 少し顔色が悪いような……」

奏「レッスンの疲れが出たのかしら?」

文香「いえ、大丈夫です……」

奏「じゃあ勉強疲れ? 美波が心配してたわよ。課題までがんばってるみたいだって。そういえばなにを読んでいたの。

文香「あ……」

奏「油圧、構成……えっと、これ専門書よね?」

ありす「えっ。どうしてそんな本を」

奏「文学の方だけじゃなくて工学にも興味があるの?」
163 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/05/18(金) 00:44:57.90 ID:zqZzohuO0


文香「えっと、少し、舞台装置についての理解を深めようかと」

ありす「舞台のことまで勉強を? すごいです……! 私も、やった方がいいでしょうか」

文香「そんな。これは私の……そう、趣味のようなもので。必要性のことを言えば、それは無いと……」

奏「頭に情報詰め込み過ぎたら疲れない? 気晴らしになってるのならいいけど、必要性が無いのなら急ぎで読まなくてもいいんじゃない?」

文香「……それは」

ありす「あのっ、読みたいというのは、衝動なんです奏さん。文香さんにとって読書はもう生活の一部なので抑えられるものじゃないんですよ。そうですよね?」

文香「ありすちゃん。……確かに、読むべからざる本の選別など私は行いませんね。目に映ると際限がなく手に取ってしまうので……悪癖、なのかもしれません」

奏「止められるものじゃない、か。なるほど」

文香「やはり呆れますか?」

奏「なんでよ。枷をつけられないものってあるわよ。わかったわ、読書についてはもう止めない」


奏「……ただ、本当に疲れてるなら休息だって大事だから。それは忘れないで。それだけ、ね」

文香「心配り、ありがとうございます。奏さん。……ありすちゃんも」

ありす「い、いえ!」

奏「ふふ、そんなにあらたまるものでもないわよ」

164 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/05/18(金) 00:45:33.37 ID:zqZzohuO0


――


――――






文香(心配をかけてしまっているのかも)

文香(でも……。これは、あくまで私一人が接している事柄なので――)

165 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/05/18(金) 00:50:45.27 ID:zqZzohuO0


――

――――



玄武(『まぶしく思う』)




なんだってあんな風に俺のことを言ったのか。


……いくらなんでも持ちあげすぎだぜ、文香さん。



166 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/05/18(金) 00:54:39.11 ID:zqZzohuO0

――――



文香「…………」



電車を降りて、街を一人歩みます。

落ち着いた雰囲気を醸す街並みに目をやりながら。



静穏な空気の寄る辺。

それは土地に根付いた――由緒、とでも呼ぶべき街の歴史。



どこか格調高ささえ醸成された街にあって、その空気に完璧に同調するようにかの図書館はありました。



文香(やっぱり素敵…………)




ルネサンス様式に準じた重厚な外観。

しかし軒にはところどころに窓や壁を護る庇があって、和風建築の温かみも残しています。

広い庭のささやかな木立に物静かに建っているそのあり方は、そのまま荘厳なる街の映し身のように。


威容を誇っていると表現するよりかは泰然と土地に根差しているような、それはかつての華族の残滓。


文香(…………やはり。やはり、閉鎖されて、ほしくない)
167 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/05/18(金) 00:55:15.57 ID:zqZzohuO0



文香(今日は人が多いみたい?)


庭の道を進み、門の前の二つのライオン像のところで少し立ち止まります。にぎわいの気配を感じたからです。


――閉鎖間際と知らされたこの私設図書館。

今日はお客さんがここに多く足を運んでいるようです。



文香(よかった……)



利用客が増えたところで図書館である以上、直接的な利益には成りえません。

……なので、それにより経済的困窮が解決して閉鎖が免れる、ということにはならないでしょうが、それでも。

惜しむ人が多くいるというのは、この図書館の存在した意味があったということですから。



文香「きっと、意味は」



開け放された扉を進み、館内へ。

168 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/05/18(金) 00:58:00.63 ID:zqZzohuO0


――歴史を湛える、荘重な空間。

壁際に配置された木製の建具が、そのつややかな表面に照明からの光を柔らかく跳ね返し、館内をどこか茫洋な色に染めています。


整然と並べられた書架は、大時代的な威厳さえ携えた剛毅な金属製。

それが群れとしてこの領域に果てしなく連なって、書の回廊を形作っています。


しかし館内に圧迫感は感じません。

書架の一つ一つは小ぶりで、そしてあるべき場所へ品よく収まって見え、それが設えられた書物机や、枯淡した風情の板張りの床との調和を崩していないからでしょう。



文香(あるいは……可動する床の工夫で書架の高さが抑えられているおかげかも)



荘厳さを見せながらも親しみ深く……

落ち着いた雰囲気の中に温かみが見られるこの場所は、本が眠る大きなゆりかごのような風情でした。



文香(しかし、今日は)


来館した人達がざわめいて、少しその雰囲気を賑々しいものに変えています。

169 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/05/18(金) 00:58:38.89 ID:zqZzohuO0
今日はここまで
170 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/05/18(金) 01:03:49.05 ID:3SvLhRvh0
乙です!
171 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/05/18(金) 18:41:21.15 ID:xTeL9FLr0
来てた乙です!
文香の抱えてるものが深そうで緊張感が続いていたところで
ありすの存在にほっとします
172 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/07/17(火) 23:02:04.11 ID:P1mthQaNO
まだかなまだかーな
173 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/08/16(木) 13:07:27.50 ID:uzjpH3bU0
ほしゅ
174 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/12/19(水) 10:33:56.73 ID:GT5JTAvQO
保守
175 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/12/28(金) 22:25:51.04 ID:dxWORg0aO
ほしゆ
176 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/03/11(月) 00:06:40.25 ID:OOIdBIPz0
保守
177 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/06/02(日) 21:04:24.92 ID:pI7c9Daj0
ほしゅ
178 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/09/21(土) 22:37:38.46 ID:oIeWaM3U0
保守
179 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2020/03/14(土) 19:58:10.90 ID:XH9AaInbO
180 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/04/24(金) 02:59:18.10 ID:qhZpvxouO
181 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2020/05/21(木) 01:19:48.48 ID:tjNhLIBcO
182 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/08/17(月) 01:22:21.02 ID:vPO7sYog0
保守
183 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2020/10/18(日) 22:14:56.39 ID:WwJ1szEIO
184 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/07/16(金) 23:22:52.62 ID:onYO+B+M0
帰還
185 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/07/16(金) 23:36:20.27 ID:onYO+B+M0

「……空はこの天窓から覗けるんじゃないか?」

「……本棚にレリーフみたいな飾りついてるじゃない」

「……壁を叩いてもなんかありそうじゃないな」


館内に軽く響く声を耳にしながら、受付を通り過ぎて書架の群れへ。


天窓を仰ぐ人。

剛毅な書架の枠を撫でる人。

壁に触れてなにやら思案している人。


本を読んでいる人の方がここからは少なく見えました。書架の奥に進みゆくにつれ、人の姿は少なくなっています。

この図書館は小さな本棚の配置によって、漫然と歩いていてはいつの間にか前方を本棚に囲まれている、といった状況になったりもします。

興味深い本が並ぶ誘惑の小路。私にとっても忍耐がいる場所です。

しかし、今はいささかその誘引の力が欠けてしまっていました。


……本が少ないのです。


文香「……」

足を止めて、あちらこちらの空白を確かめるように見渡しました。


書架には空きが目立ち、身を立たせることができずに横倒しになっている書が散見されました。

上段の棚に一冊も収められていない書架も多くあります。書架の空白は傷のようで。痛々しくも映ります。


図書館という書が蝟集しているはずの空間が晒している、みずからの密度の欠損。

『運営中止』、『財産整理』――――この図書館は閉鎖前の状況なのです。
186 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/07/16(金) 23:38:23.63 ID:onYO+B+M0

文香(寂しい……)


事情を承知していて、その上で何度か来ているのに。

私は幾度かの、胸に湧いた寂しさを払うのに骨を折りました。

本が無くなるのは、そのまま本とともに合ったこの図書館の歴史と意味が薄まってゆくこと。

その喪失と終末の空気は、肌で感じられるものでした。……それは私にとってあまりにも直截に心境を揺らすものでした。


文香(いけない)


沈んだ目線を上げて前を見ます。歩みもそのまま前へ。ただ、寂しい思いに耽りに来たわけではないのです。

……そう思った時、小さくかすれた硬い音が耳に届きました。


文香「え」


上げた視界をその音の方向に移すと、古色なフォントで『ヤングアダルト』と銘打たれた一つの書架が目に入りました。

断続的に並んでいる本の古壁の先、そのまま足を伸ばして奥まった場所のそちらを見遣ると。

そこには一人の……中学生ぐらいの少年がいました。
187 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/07/16(金) 23:39:51.69 ID:onYO+B+M0

『ヤングアダルト』という区分の名称はいささか古めかしく響くものではありますが、

それでもかの少年はその区分が対象とする年代であり、そこにいたのは自然なことだと言えましょう。


それでも視線が釘付けになったのは。

床に下ろしたエナメルの大きなバッグになにかを詰め込んでジッパーを閉めるその彼の所作が、妙に忙しなかったからでした。


奇妙な緊迫の気配。

室内なのに帽子をかぶったままの彼は大きなバッグを抱え直し、書架と書架の間から目を遣る私に気付くこともなく、ヤングアダルトの棚から離れていきます。


文香「……?」

文香(今のは。影になって判然としなかったけれど、バッグの中のあれは)


見えたのは紙の束……本の天地の部分でした。


文香「…………」

188 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/07/16(金) 23:45:05.85 ID:onYO+B+M0


歩み去る少年の背中を見つめたままの私の頭が情報を整理します。

今、彼は本をバッグに詰めて持っていきました……それは重い不穏な印象を伴うものでした。


私は思わず少年がいたヤングアダルトの棚へと近づいていました。この図書館の書架の上部には振られた番号が彫られていますが、そこには十五とありました。

対象年齢層と照応したかのような番号を持つその棚も、図書館の現況通りやはり所々に空きがありましたが……中でも一際目立つ空白が、ちょうど私の目線の高さに晒されていました。


空き具合は、文庫本の厚みからすれば5巻から7巻分ほどでしょうか。

その「空白」が目立っていたのは……この棚の他の「空き」とは違い、左右の本が少し前に引き出されていたからです。


文香(大掴みに本を取られた巻き添えにあったかのよう――――)


これは今の図書館の現状でも、違和感を覚えるものでした。

……空きが目立っても、身を立たせることができずに横倒しになっている本が散見されていても。空きが目立つのは本が処分されていっているからであり、横倒しもその物理的な結果に過ぎません。

だから疑問に思ったのです。このように中途半端に引き出された状態を。……これは大雑把に書の束を抜き出さなければ起こり得ないこと。

189 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/07/16(金) 23:46:44.10 ID:onYO+B+M0

文香(先に聞こえた小さくかすれた硬い音。まさしくあれは取り出す際、本を書架の縁や天板に当てた特の、かこんとした音で……)


ここにあった本を、あの少年はがばりと取ってしまったのでしょうか。そしてそのままバッグの中に詰めて、運んでいった。なぜそんな……?


文香(いえ。もしかして、本の整理を手伝って……? でも、あのバッグは私物のような?)


ざわめく胸に手を当てながら私は少年の姿を探しました。

出入り口へと何気なく歩いていく少年の背中。悠々としているようにも感じられる歩き方でした。


文香(本をバッグに詰めたまま、そのまま外へ? それは――)

文香(あの棚は周囲から目撃されにくいところ……今の図書館であれば『本が抜けている』という状況も発覚しにくく)


疑念が背筋に登り、私は暫時固まってしまいました。

彼の進路の先の受付も目に入ります。出入り口付近に設えられた、貸し出しを行う受付。…………そこで、私はもしかしてと思いました。



『多くの本を一度に借りたいけれど、持ち運びが不便なので私物のバッグで運んでいる』。

今はそのような状況なのでは、と。

190 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/07/16(金) 23:48:45.00 ID:onYO+B+M0


それなら……やり方が不審と誹りが来るものであるかもしれませんが、なんでもない話です。

それならば、これは杞憂が先走っただけという、私らしい思考の小さな失敗談として消化できます。


そうであってくれればと、思いました。


気づけば私は固唾を飲んでいて。離れた少年の動向を……バッグの中に収められたこの図書館の本の行末を……注視していたのでした。


受付へと迫っていきます。


文香「……っ」


受付の前には今、3人ほど人が並んでいます。借りるつもりであるのなら、その列の後ろにつくはずでしたが。


文香(あ――!)




果たして、少年はその列に目を遣ることもなく受付を通り過ぎていきました。

191 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/07/16(金) 23:53:15.63 ID:onYO+B+M0


そのまま出入り口に自然な態様で足を早めた彼は、やがて私の視界の外へと消えてゆきました。


文香「……」


今のは――――本をそのまま持っていってしまわれたのでは?


文香「…………っ、これは、どういう――」


目の前で起きた一連の出来事を私は適切に捌くことができず、頭には混乱が湧きました。



図書館の本をバッグに詰めたまま受付を通さず外に出てしまう。そのようなことを行う合理的な理由とは?

いくらこの図書館が閉館間際の状態にあるといっても、書をそのまま取り放題にしているなどということは無論ありません。

むしろ……少しでも存続させるために稀覯本を自ら売りに出しているのです。本の処分の手伝いであっても、まずはバックヤードに運ぶでしょう。



文香(それなのに何の声もかけず、足早に)

192 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/07/16(金) 23:55:14.33 ID:onYO+B+M0


混乱する頭で、私は1つの帰結に至ります。


あの子はいけないことを、したのでは。私はいけないことを、目撃したのでは――


思い至った、眼前の出来事のその性質。……しかし、それはあの少年が本をバッグに詰めたと分かった時にすぐに類推できたことでした。


私の今の混乱の理由は――自分自身にありました。『目撃した私がどうすればいいか』、見当がつかなかったからです。

いえ、分かってはいるのです。このような状況でやらなければならないこと。やったほうがいいこと。



追わなければ。引き止めなければ。誰かに話さなければ――

思いがあり、懸念があり……戸惑いが膨れ上がった私は、暫時その場で固まったのです。


193 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/07/16(金) 23:57:42.69 ID:onYO+B+M0

困惑を抱えたまま、逼迫したものを胸に覚えて、私は焦りを自覚しながらも思考を必死でまとめていました。

具体的なことが決まっておらず、指針のない惑いが、私の頭を占領しています。


文香(まずは……まずは)


まずは引き止めて、確認することが必要でしょう。

誰かに話をしていたずらに事を大きくするよりその方がいいはずです。

なにより彼は足早に歩み去っていっているのです。今動かなければ、引き止める機会も逸してしまいます。


文香(まずは足を止めてもらって、お話して……)


そこで、どのような展開になるでしょう。


文香(話を聞いてもらえず……逃げ去られたら?)

文香(もっともらしい理由を作られて話された時は、私はそれを判別できないのでは?)

文香(語気を荒らげられたなら……バッグの中身を確認することも叶わず、そのまま押し切られてしまうのでは?)


不安とともに様々な可能性が一気に湧いて、私の思考を塗りつぶします。


決断を迫られた時、行動を求められた時、浮かんでしまう躊躇や懸念と言ったものが……今も。

194 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/07/17(土) 00:00:07.31 ID:Lr07YhQu0

文香(本当に間違いだったなら、この上ない迷惑で……)


そう、間違いだという可能性もあって。

そのように後悔する結果が待っているかもしれないのなら動くのも得策でないのでは……などという思いも湧いてしまって――



――――けれど。私は足を踏み出していました。無意識の内に。



外から見ればわたわたとしているような有様で。

まったく落ち着けていないと自分でも分かるような緊張ぶりで。


それでも数秒後には私は少年の後を追い、図書館を出ていたのです。



……なぜだか、どうしても看過できなかったのです。

最近知ったばかりの図書館であっても。そこが近々閉鎖されるであろうという状態であっても。


書が奪い去られていくことが。

この『書の集いの場』を構成していた一部が無くなっていくことが。
195 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/07/17(土) 00:03:41.26 ID:Lr07YhQu0

図書館を出ると、正門前の、2つのライオン像のあたりを通り過ぎようとしている少年の後ろ姿が目に映りました。

石畳を蹴って、ほとんど駆け出しながら私はその後を追います。

正門を出られたら……もっと引き止めにくくなるでしょう。



いえ、これはすでに、声を掛けるべき局面――

焦りが背中を押すように、私は声を上げようとして。


文香「ま……」


それでも喉から発せられたのは、かすれ切った声ならぬ音でした。

息を呑んでいたから? どうしてこの身はこのように拙いのか……


文香(本当に、もう……!)


息を吸い込んで、吐いて。喉の奥で咳ばらいをして。再び目線を先へと合わせました。

例え拙くとも、声を上げなければいけない時は……




文香「待って、くださ――――!」



196 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/07/17(土) 00:07:02.41 ID:Lr07YhQu0




――――「おい、そのまま出るんなら止めなきゃならねえぞ」




文香「っ!」



ぎこちなく固まる喉から声を絞り出すその時、透徹した男性の声が被せられました。


私より後ろから発せられたその声は、緊張を持って響き――



少年「え……!?」



正門前で、少年の足を縫い留めたのでした。


197 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/07/17(土) 00:08:46.11 ID:Lr07YhQu0


その場で止まった私の横合いを、後ろから男性が抜けていきます。迷いのない足取りで、少年へと一直線に進んでいくその人は背が高く…………見覚えのある姿でした。


文香「!」



玄武「ずいぶん大量に本を詰めたな。受付を通さなかったようだが……うっかり忘れちまったのか?」

少年「あっ、違……えっと……これは」

玄武「忘れちまったんなら今から戻れ。そういうことでもねえんなら、話を聞きてぇな」

少年「あ、あ……」



文香(あの人は、玄武、さん……!?)


どうして、ここに。

しゃがみこんで少年に目線を合わせた玄武さんは、問いかけを続けます。


玄武「俺の言ってること分かるか?」

少年「え……え、えっと、うん……」

玄武「落ち着け。聞いてるだけだ。……話せるか?」

少年「うん……」

玄武「……」

少年「…………」

玄武「どうしてこんなことをしたんだ?」

198 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/07/17(土) 00:09:41.51 ID:Lr07YhQu0

文香(あの店長さんのお話を聞いて。私と同じようにこの図書館に……)


少年「じ、自分のものにしようとかじゃなくて…………ご――」

玄武「ああ」

少年「ごめんなさい…………」


玄武さんが登場した驚きに固まった私は、急に目の前で広がったやり取りを、半ば呆けたように眺めていました。


文香(なるほど。まずはああして『本を詰めたまま受付を通さなかったこと』を既成事実として、そこから理由を問うようにすれば、本題をそのまま進められて……)

勉強になる……、と私は妙な感慨を持ちました。


文香(しかし、この状況はどうしたら?)


決意めいたものを覚えて、必死に足を踏み出したつもりでしたが……出る幕がありませんでした。

それは取り去られた本の行く末を思えば、心からの安堵をもたらすものでしたが。

如何せん――所在ない私が、ここにぽつねんと残ってしまいました。

199 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/07/17(土) 00:18:48.16 ID:Lr07YhQu0


文香(『自分がいないまま』、事が進む――……)

文香(目撃情報を持っている立場なのだから、私も、ここで声を掛けた方が良い……そう……このタイミングで………………といっても、どのタイミングで)



玄武「――――じゃあ行くぞ。それは自分の口から言わなきゃ駄目だぜ」

子供「う……、っ」

玄武「ついていってやるさ」

文香「あの……」

玄武「ん?」

文香「よ、横合いから失礼します。よろしければ私も、なにかご協力させていただければ、と。…………玄武さん」

玄武「……っ!? 文香さん、かい?」


進み出た私に、玄武さんは驚いて。

私は今のタイミングで出てきたのは駄目だったかもしれないと、そんな思いを抱きました。また、益体も無く。

200 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/07/17(土) 00:22:37.93 ID:Lr07YhQu0
今回の投下はここまでです

書けなくなったり消えてしまったり、遥かな時間が経ってしまいました。すみません。
終わりまで書きます。
201 :以下、VIPにかわりましてVIP警察がお送りします [sage]:2021/07/17(土) 03:08:05.32 ID:3Kx4qjCo0
VIPRPG完全終了さっさと畳んでもう二度とVIPに姿を現すなVIPRPG完全終了さっさと畳んでもう二度とVIPに姿を現すな
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202 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2021/07/17(土) 08:06:52.89 ID:kk7QNDIM0
祝・復活!

実際こういう窃盗犯見つけてしまったら身動き取れなくなるよなぁ・・・
玄武は流石だな
203 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2022/04/14(木) 09:51:38.91 ID:ZyKt/SrV0
久しぶりに思い立って見に来た
更新されてて嬉しい
204 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2022/05/06(金) 17:56:40.95 ID:rYV+b3N9O
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