黒野玄武「鷺は白」鷺沢文香「天は玄」

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156 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/01/13(土) 20:30:44.42 ID:2WDdSpOhO
自分は待ってます。
あなたの作品が読みたいので。

1から読み直して見たけど本当に丁寧で引き込まれますね
157 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/03/07(水) 01:06:41.56 ID:S5tRGcio0
ほしゅ
158 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/03/13(火) 20:13:48.76 ID:1WtdEdAtO
待つ。
159 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/04/12(木) 00:52:32.62 ID:3PRXCwd/0
待ってる
160 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/05/18(金) 00:36:53.12 ID:zqZzohuO0

――

――――



オープンカフェ



文香「………………」


ありす「文香さん……? あのぅ」

文香「あ、ありすちゃん。声をかけてくれていましたか……失礼しました、気付かずに」

ありす「い、いえ! いいんです。本に集中していたんですよね」

文香「はい。少し調べ物がありましたので……。ありすちゃんはお仕事を終えられたのですね。お疲れさまでした」

ありす「はい。お疲れさまです。でもお仕事と言っても、今日は以前撮ったグラビアのチェックだけでしたから」

文香「そうでしたか。それではグラビアの方は無事に?」

ありす「はい。無事、クールに、ロジカルにこなせたと思います……! ……あの、見本をいただいているんです。文香さん、見てくれますか!」

文香「私が見ていいのですか? それでは一旦こちらの本は置いておいて……」


文香「……」パラッ

ありす「……」ドキドキ


文香「…………」

ありす「…………え、えっと、何度か撮ったんですけど割と、最後にはうまくいったと」


文香「とても……可憐ですよ」

ありす「!」

文香「まなざしには意志の強さが垣間見えて……それでいて口元の微笑みは自然な柔らかみを持っていて。とても魅力的ですよ、ありすちゃん」

ありす「っ! あ、ありがとうございます!」

161 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/05/18(金) 00:38:34.55 ID:zqZzohuO0

橘ありす
https://i.imgur.com/vL6N4kZ.jpg

速水奏
https://i.imgur.com/nKlTXDJ.jpg




ありす「えへへ……文香さん、とても魅力的なグラビアを撮っていましたから。私もがんばらなきゃって思っていたんです」

文香「魅力的、ですか。そのように、映ったのなら光栄ですね」


奏「――実際がんばっているわよね。この前のライブも、ずいぶんレッスンこなしてたじゃない?」


文香「奏さん……」

ありす「おつかれさまです!」

奏「おつかれさま。私もコーヒーいただくわ。……って、文香。そのコーヒーもう冷めちゃってるじゃないの」

文香「あ……これは、確かに、冷めてしまっています、ね」

奏「また読書に没入してたのね。じゃあコーヒーは2つ頼みましょうか」

ありす「いえ! 3つお願いします。私はブラックで」

奏「ありすちゃんもブラック? ふふ、背伸び?」

ありす「せ、背伸びではなく。二口くらいは……その、大丈夫なので」

奏「淑女の仲間入りってことね。わかったわ」
162 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/05/18(金) 00:42:35.33 ID:zqZzohuO0
――

――――


ありす「ふーっ、ふーっ……大丈夫。……苦くても、大丈夫。私は志狼くんみたいな子どもじゃないんです……大丈夫」

奏「文香も次は温かい内に飲まないと」

文香「はい。次こそは、冷めないうちに飲むよう努めます。カフェの本懐を、取りこぼすわけにはいきませんから」

奏「いや、そこまで力入れることでもないでしょうに。……やっぱり面白いわよね。文香って」

文香「面白みを、感じられますか? 私に」

奏「そう、面白いわ。私はそう感じる。前のグラビアみたいな『綺麗な文香』もとってもいいと思うけど……そういうところもね、いいところ」

ありす「綺麗でしたよね。本当に。ネットを見てもいっぱい評価されてました」

文香「ありがたいことです……プロデューサーさんや、スタッフさんに感謝ですね。……感謝、です」



文香「…………」

ありす「文香さん、どうかしましたか? 少し顔色が悪いような……」

奏「レッスンの疲れが出たのかしら?」

文香「いえ、大丈夫です……」

奏「じゃあ勉強疲れ? 美波が心配してたわよ。課題までがんばってるみたいだって。そういえばなにを読んでいたの。

文香「あ……」

奏「油圧、構成……えっと、これ専門書よね?」

ありす「えっ。どうしてそんな本を」

奏「文学の方だけじゃなくて工学にも興味があるの?」
163 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/05/18(金) 00:44:57.90 ID:zqZzohuO0


文香「えっと、少し、舞台装置についての理解を深めようかと」

ありす「舞台のことまで勉強を? すごいです……! 私も、やった方がいいでしょうか」

文香「そんな。これは私の……そう、趣味のようなもので。必要性のことを言えば、それは無いと……」

奏「頭に情報詰め込み過ぎたら疲れない? 気晴らしになってるのならいいけど、必要性が無いのなら急ぎで読まなくてもいいんじゃない?」

文香「……それは」

ありす「あのっ、読みたいというのは、衝動なんです奏さん。文香さんにとって読書はもう生活の一部なので抑えられるものじゃないんですよ。そうですよね?」

文香「ありすちゃん。……確かに、読むべからざる本の選別など私は行いませんね。目に映ると際限がなく手に取ってしまうので……悪癖、なのかもしれません」

奏「止められるものじゃない、か。なるほど」

文香「やはり呆れますか?」

奏「なんでよ。枷をつけられないものってあるわよ。わかったわ、読書についてはもう止めない」


奏「……ただ、本当に疲れてるなら休息だって大事だから。それは忘れないで。それだけ、ね」

文香「心配り、ありがとうございます。奏さん。……ありすちゃんも」

ありす「い、いえ!」

奏「ふふ、そんなにあらたまるものでもないわよ」

164 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/05/18(金) 00:45:33.37 ID:zqZzohuO0


――


――――






文香(心配をかけてしまっているのかも)

文香(でも……。これは、あくまで私一人が接している事柄なので――)

165 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/05/18(金) 00:50:45.27 ID:zqZzohuO0


――

――――



玄武(『まぶしく思う』)




なんだってあんな風に俺のことを言ったのか。


……いくらなんでも持ちあげすぎだぜ、文香さん。



166 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/05/18(金) 00:54:39.11 ID:zqZzohuO0

――――



文香「…………」



電車を降りて、街を一人歩みます。

落ち着いた雰囲気を醸す街並みに目をやりながら。



静穏な空気の寄る辺。

それは土地に根付いた――由緒、とでも呼ぶべき街の歴史。



どこか格調高ささえ醸成された街にあって、その空気に完璧に同調するようにかの図書館はありました。



文香(やっぱり素敵…………)




ルネサンス様式に準じた重厚な外観。

しかし軒にはところどころに窓や壁を護る庇があって、和風建築の温かみも残しています。

広い庭のささやかな木立に物静かに建っているそのあり方は、そのまま荘厳なる街の映し身のように。


威容を誇っていると表現するよりかは泰然と土地に根差しているような、それはかつての華族の残滓。


文香(…………やはり。やはり、閉鎖されて、ほしくない)
167 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/05/18(金) 00:55:15.57 ID:zqZzohuO0



文香(今日は人が多いみたい?)


庭の道を進み、門の前の二つのライオン像のところで少し立ち止まります。にぎわいの気配を感じたからです。


――閉鎖間際と知らされたこの私設図書館。

今日はお客さんがここに多く足を運んでいるようです。



文香(よかった……)



利用客が増えたところで図書館である以上、直接的な利益には成りえません。

……なので、それにより経済的困窮が解決して閉鎖が免れる、ということにはならないでしょうが、それでも。

惜しむ人が多くいるというのは、この図書館の存在した意味があったということですから。



文香「きっと、意味は」



開け放された扉を進み、館内へ。

168 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/05/18(金) 00:58:00.63 ID:zqZzohuO0


――歴史を湛える、荘重な空間。

壁際に配置された木製の建具が、そのつややかな表面に照明からの光を柔らかく跳ね返し、館内をどこか茫洋な色に染めています。


整然と並べられた書架は、大時代的な威厳さえ携えた剛毅な金属製。

それが群れとしてこの領域に果てしなく連なって、書の回廊を形作っています。


しかし館内に圧迫感は感じません。

書架の一つ一つは小ぶりで、そしてあるべき場所へ品よく収まって見え、それが設えられた書物机や、枯淡した風情の板張りの床との調和を崩していないからでしょう。



文香(あるいは……可動する床の工夫で書架の高さが抑えられているおかげかも)



荘厳さを見せながらも親しみ深く……

落ち着いた雰囲気の中に温かみが見られるこの場所は、本が眠る大きなゆりかごのような風情でした。



文香(しかし、今日は)


来館した人達がざわめいて、少しその雰囲気を賑々しいものに変えています。

169 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/05/18(金) 00:58:38.89 ID:zqZzohuO0
今日はここまで
170 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/05/18(金) 01:03:49.05 ID:3SvLhRvh0
乙です!
171 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/05/18(金) 18:41:21.15 ID:xTeL9FLr0
来てた乙です!
文香の抱えてるものが深そうで緊張感が続いていたところで
ありすの存在にほっとします
172 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/07/17(火) 23:02:04.11 ID:P1mthQaNO
まだかなまだかーな
173 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/08/16(木) 13:07:27.50 ID:uzjpH3bU0
ほしゅ
174 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/12/19(水) 10:33:56.73 ID:GT5JTAvQO
保守
175 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/12/28(金) 22:25:51.04 ID:dxWORg0aO
ほしゆ
176 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/03/11(月) 00:06:40.25 ID:OOIdBIPz0
保守
177 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/06/02(日) 21:04:24.92 ID:pI7c9Daj0
ほしゅ
178 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/09/21(土) 22:37:38.46 ID:oIeWaM3U0
保守
179 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2020/03/14(土) 19:58:10.90 ID:XH9AaInbO
180 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/04/24(金) 02:59:18.10 ID:qhZpvxouO
181 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2020/05/21(木) 01:19:48.48 ID:tjNhLIBcO
182 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/08/17(月) 01:22:21.02 ID:vPO7sYog0
保守
183 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2020/10/18(日) 22:14:56.39 ID:WwJ1szEIO
184 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/07/16(金) 23:22:52.62 ID:onYO+B+M0
帰還
185 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/07/16(金) 23:36:20.27 ID:onYO+B+M0

「……空はこの天窓から覗けるんじゃないか?」

「……本棚にレリーフみたいな飾りついてるじゃない」

「……壁を叩いてもなんかありそうじゃないな」


館内に軽く響く声を耳にしながら、受付を通り過ぎて書架の群れへ。


天窓を仰ぐ人。

剛毅な書架の枠を撫でる人。

壁に触れてなにやら思案している人。


本を読んでいる人の方がここからは少なく見えました。書架の奥に進みゆくにつれ、人の姿は少なくなっています。

この図書館は小さな本棚の配置によって、漫然と歩いていてはいつの間にか前方を本棚に囲まれている、といった状況になったりもします。

興味深い本が並ぶ誘惑の小路。私にとっても忍耐がいる場所です。

しかし、今はいささかその誘引の力が欠けてしまっていました。


……本が少ないのです。


文香「……」

足を止めて、あちらこちらの空白を確かめるように見渡しました。


書架には空きが目立ち、身を立たせることができずに横倒しになっている書が散見されました。

上段の棚に一冊も収められていない書架も多くあります。書架の空白は傷のようで。痛々しくも映ります。


図書館という書が蝟集しているはずの空間が晒している、みずからの密度の欠損。

『運営中止』、『財産整理』――――この図書館は閉鎖前の状況なのです。
186 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/07/16(金) 23:38:23.63 ID:onYO+B+M0

文香(寂しい……)


事情を承知していて、その上で何度か来ているのに。

私は幾度かの、胸に湧いた寂しさを払うのに骨を折りました。

本が無くなるのは、そのまま本とともに合ったこの図書館の歴史と意味が薄まってゆくこと。

その喪失と終末の空気は、肌で感じられるものでした。……それは私にとってあまりにも直截に心境を揺らすものでした。


文香(いけない)


沈んだ目線を上げて前を見ます。歩みもそのまま前へ。ただ、寂しい思いに耽りに来たわけではないのです。

……そう思った時、小さくかすれた硬い音が耳に届きました。


文香「え」


上げた視界をその音の方向に移すと、古色なフォントで『ヤングアダルト』と銘打たれた一つの書架が目に入りました。

断続的に並んでいる本の古壁の先、そのまま足を伸ばして奥まった場所のそちらを見遣ると。

そこには一人の……中学生ぐらいの少年がいました。
187 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/07/16(金) 23:39:51.69 ID:onYO+B+M0

『ヤングアダルト』という区分の名称はいささか古めかしく響くものではありますが、

それでもかの少年はその区分が対象とする年代であり、そこにいたのは自然なことだと言えましょう。


それでも視線が釘付けになったのは。

床に下ろしたエナメルの大きなバッグになにかを詰め込んでジッパーを閉めるその彼の所作が、妙に忙しなかったからでした。


奇妙な緊迫の気配。

室内なのに帽子をかぶったままの彼は大きなバッグを抱え直し、書架と書架の間から目を遣る私に気付くこともなく、ヤングアダルトの棚から離れていきます。


文香「……?」

文香(今のは。影になって判然としなかったけれど、バッグの中のあれは)


見えたのは紙の束……本の天地の部分でした。


文香「…………」

188 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/07/16(金) 23:45:05.85 ID:onYO+B+M0


歩み去る少年の背中を見つめたままの私の頭が情報を整理します。

今、彼は本をバッグに詰めて持っていきました……それは重い不穏な印象を伴うものでした。


私は思わず少年がいたヤングアダルトの棚へと近づいていました。この図書館の書架の上部には振られた番号が彫られていますが、そこには十五とありました。

対象年齢層と照応したかのような番号を持つその棚も、図書館の現況通りやはり所々に空きがありましたが……中でも一際目立つ空白が、ちょうど私の目線の高さに晒されていました。


空き具合は、文庫本の厚みからすれば5巻から7巻分ほどでしょうか。

その「空白」が目立っていたのは……この棚の他の「空き」とは違い、左右の本が少し前に引き出されていたからです。


文香(大掴みに本を取られた巻き添えにあったかのよう――――)


これは今の図書館の現状でも、違和感を覚えるものでした。

……空きが目立っても、身を立たせることができずに横倒しになっている本が散見されていても。空きが目立つのは本が処分されていっているからであり、横倒しもその物理的な結果に過ぎません。

だから疑問に思ったのです。このように中途半端に引き出された状態を。……これは大雑把に書の束を抜き出さなければ起こり得ないこと。

189 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/07/16(金) 23:46:44.10 ID:onYO+B+M0

文香(先に聞こえた小さくかすれた硬い音。まさしくあれは取り出す際、本を書架の縁や天板に当てた特の、かこんとした音で……)


ここにあった本を、あの少年はがばりと取ってしまったのでしょうか。そしてそのままバッグの中に詰めて、運んでいった。なぜそんな……?


文香(いえ。もしかして、本の整理を手伝って……? でも、あのバッグは私物のような?)


ざわめく胸に手を当てながら私は少年の姿を探しました。

出入り口へと何気なく歩いていく少年の背中。悠々としているようにも感じられる歩き方でした。


文香(本をバッグに詰めたまま、そのまま外へ? それは――)

文香(あの棚は周囲から目撃されにくいところ……今の図書館であれば『本が抜けている』という状況も発覚しにくく)


疑念が背筋に登り、私は暫時固まってしまいました。

彼の進路の先の受付も目に入ります。出入り口付近に設えられた、貸し出しを行う受付。…………そこで、私はもしかしてと思いました。



『多くの本を一度に借りたいけれど、持ち運びが不便なので私物のバッグで運んでいる』。

今はそのような状況なのでは、と。

190 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/07/16(金) 23:48:45.00 ID:onYO+B+M0


それなら……やり方が不審と誹りが来るものであるかもしれませんが、なんでもない話です。

それならば、これは杞憂が先走っただけという、私らしい思考の小さな失敗談として消化できます。


そうであってくれればと、思いました。


気づけば私は固唾を飲んでいて。離れた少年の動向を……バッグの中に収められたこの図書館の本の行末を……注視していたのでした。


受付へと迫っていきます。


文香「……っ」


受付の前には今、3人ほど人が並んでいます。借りるつもりであるのなら、その列の後ろにつくはずでしたが。


文香(あ――!)




果たして、少年はその列に目を遣ることもなく受付を通り過ぎていきました。

191 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/07/16(金) 23:53:15.63 ID:onYO+B+M0


そのまま出入り口に自然な態様で足を早めた彼は、やがて私の視界の外へと消えてゆきました。


文香「……」


今のは――――本をそのまま持っていってしまわれたのでは?


文香「…………っ、これは、どういう――」


目の前で起きた一連の出来事を私は適切に捌くことができず、頭には混乱が湧きました。



図書館の本をバッグに詰めたまま受付を通さず外に出てしまう。そのようなことを行う合理的な理由とは?

いくらこの図書館が閉館間際の状態にあるといっても、書をそのまま取り放題にしているなどということは無論ありません。

むしろ……少しでも存続させるために稀覯本を自ら売りに出しているのです。本の処分の手伝いであっても、まずはバックヤードに運ぶでしょう。



文香(それなのに何の声もかけず、足早に)

192 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/07/16(金) 23:55:14.33 ID:onYO+B+M0


混乱する頭で、私は1つの帰結に至ります。


あの子はいけないことを、したのでは。私はいけないことを、目撃したのでは――


思い至った、眼前の出来事のその性質。……しかし、それはあの少年が本をバッグに詰めたと分かった時にすぐに類推できたことでした。


私の今の混乱の理由は――自分自身にありました。『目撃した私がどうすればいいか』、見当がつかなかったからです。

いえ、分かってはいるのです。このような状況でやらなければならないこと。やったほうがいいこと。



追わなければ。引き止めなければ。誰かに話さなければ――

思いがあり、懸念があり……戸惑いが膨れ上がった私は、暫時その場で固まったのです。


193 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/07/16(金) 23:57:42.69 ID:onYO+B+M0

困惑を抱えたまま、逼迫したものを胸に覚えて、私は焦りを自覚しながらも思考を必死でまとめていました。

具体的なことが決まっておらず、指針のない惑いが、私の頭を占領しています。


文香(まずは……まずは)


まずは引き止めて、確認することが必要でしょう。

誰かに話をしていたずらに事を大きくするよりその方がいいはずです。

なにより彼は足早に歩み去っていっているのです。今動かなければ、引き止める機会も逸してしまいます。


文香(まずは足を止めてもらって、お話して……)


そこで、どのような展開になるでしょう。


文香(話を聞いてもらえず……逃げ去られたら?)

文香(もっともらしい理由を作られて話された時は、私はそれを判別できないのでは?)

文香(語気を荒らげられたなら……バッグの中身を確認することも叶わず、そのまま押し切られてしまうのでは?)


不安とともに様々な可能性が一気に湧いて、私の思考を塗りつぶします。


決断を迫られた時、行動を求められた時、浮かんでしまう躊躇や懸念と言ったものが……今も。

194 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/07/17(土) 00:00:07.31 ID:Lr07YhQu0

文香(本当に間違いだったなら、この上ない迷惑で……)


そう、間違いだという可能性もあって。

そのように後悔する結果が待っているかもしれないのなら動くのも得策でないのでは……などという思いも湧いてしまって――



――――けれど。私は足を踏み出していました。無意識の内に。



外から見ればわたわたとしているような有様で。

まったく落ち着けていないと自分でも分かるような緊張ぶりで。


それでも数秒後には私は少年の後を追い、図書館を出ていたのです。



……なぜだか、どうしても看過できなかったのです。

最近知ったばかりの図書館であっても。そこが近々閉鎖されるであろうという状態であっても。


書が奪い去られていくことが。

この『書の集いの場』を構成していた一部が無くなっていくことが。
195 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/07/17(土) 00:03:41.26 ID:Lr07YhQu0

図書館を出ると、正門前の、2つのライオン像のあたりを通り過ぎようとしている少年の後ろ姿が目に映りました。

石畳を蹴って、ほとんど駆け出しながら私はその後を追います。

正門を出られたら……もっと引き止めにくくなるでしょう。



いえ、これはすでに、声を掛けるべき局面――

焦りが背中を押すように、私は声を上げようとして。


文香「ま……」


それでも喉から発せられたのは、かすれ切った声ならぬ音でした。

息を呑んでいたから? どうしてこの身はこのように拙いのか……


文香(本当に、もう……!)


息を吸い込んで、吐いて。喉の奥で咳ばらいをして。再び目線を先へと合わせました。

例え拙くとも、声を上げなければいけない時は……




文香「待って、くださ――――!」



196 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/07/17(土) 00:07:02.41 ID:Lr07YhQu0




――――「おい、そのまま出るんなら止めなきゃならねえぞ」




文香「っ!」



ぎこちなく固まる喉から声を絞り出すその時、透徹した男性の声が被せられました。


私より後ろから発せられたその声は、緊張を持って響き――



少年「え……!?」



正門前で、少年の足を縫い留めたのでした。


197 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/07/17(土) 00:08:46.11 ID:Lr07YhQu0


その場で止まった私の横合いを、後ろから男性が抜けていきます。迷いのない足取りで、少年へと一直線に進んでいくその人は背が高く…………見覚えのある姿でした。


文香「!」



玄武「ずいぶん大量に本を詰めたな。受付を通さなかったようだが……うっかり忘れちまったのか?」

少年「あっ、違……えっと……これは」

玄武「忘れちまったんなら今から戻れ。そういうことでもねえんなら、話を聞きてぇな」

少年「あ、あ……」



文香(あの人は、玄武、さん……!?)


どうして、ここに。

しゃがみこんで少年に目線を合わせた玄武さんは、問いかけを続けます。


玄武「俺の言ってること分かるか?」

少年「え……え、えっと、うん……」

玄武「落ち着け。聞いてるだけだ。……話せるか?」

少年「うん……」

玄武「……」

少年「…………」

玄武「どうしてこんなことをしたんだ?」

198 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/07/17(土) 00:09:41.51 ID:Lr07YhQu0

文香(あの店長さんのお話を聞いて。私と同じようにこの図書館に……)


少年「じ、自分のものにしようとかじゃなくて…………ご――」

玄武「ああ」

少年「ごめんなさい…………」


玄武さんが登場した驚きに固まった私は、急に目の前で広がったやり取りを、半ば呆けたように眺めていました。


文香(なるほど。まずはああして『本を詰めたまま受付を通さなかったこと』を既成事実として、そこから理由を問うようにすれば、本題をそのまま進められて……)

勉強になる……、と私は妙な感慨を持ちました。


文香(しかし、この状況はどうしたら?)


決意めいたものを覚えて、必死に足を踏み出したつもりでしたが……出る幕がありませんでした。

それは取り去られた本の行く末を思えば、心からの安堵をもたらすものでしたが。

如何せん――所在ない私が、ここにぽつねんと残ってしまいました。

199 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/07/17(土) 00:18:48.16 ID:Lr07YhQu0


文香(『自分がいないまま』、事が進む――……)

文香(目撃情報を持っている立場なのだから、私も、ここで声を掛けた方が良い……そう……このタイミングで………………といっても、どのタイミングで)



玄武「――――じゃあ行くぞ。それは自分の口から言わなきゃ駄目だぜ」

子供「う……、っ」

玄武「ついていってやるさ」

文香「あの……」

玄武「ん?」

文香「よ、横合いから失礼します。よろしければ私も、なにかご協力させていただければ、と。…………玄武さん」

玄武「……っ!? 文香さん、かい?」


進み出た私に、玄武さんは驚いて。

私は今のタイミングで出てきたのは駄目だったかもしれないと、そんな思いを抱きました。また、益体も無く。

200 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2021/07/17(土) 00:22:37.93 ID:Lr07YhQu0
今回の投下はここまでです

書けなくなったり消えてしまったり、遥かな時間が経ってしまいました。すみません。
終わりまで書きます。
201 :以下、VIPにかわりましてVIP警察がお送りします [sage]:2021/07/17(土) 03:08:05.32 ID:3Kx4qjCo0
VIPRPG完全終了さっさと畳んでもう二度とVIPに姿を現すなVIPRPG完全終了さっさと畳んでもう二度とVIPに姿を現すな
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202 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2021/07/17(土) 08:06:52.89 ID:kk7QNDIM0
祝・復活!

実際こういう窃盗犯見つけてしまったら身動き取れなくなるよなぁ・・・
玄武は流石だな
203 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2022/04/14(木) 09:51:38.91 ID:ZyKt/SrV0
久しぶりに思い立って見に来た
更新されてて嬉しい
204 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2022/05/06(金) 17:56:40.95 ID:rYV+b3N9O
SS避難所
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