黒野玄武「鷺は白」鷺沢文香「天は玄」

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4 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/10/28(金) 00:58:49.67 ID:98So3wRC0

美波「ステージの上の文香さんは、その、すごく変わってますよ!」

文香「変わって……?」

美波「あ、いや! すごく素敵な表情を見せているってことです! 現実味がないって言ってるけど……あの表情が文香さんの成長の証なんじゃないかな?」

文香「成長の証。確かに今までにないことをしていると……今までやったことのないことをしていると……そういった変貌の感触は、あります」

美波「ステージで『変わってる』って感覚があるんですか?」

文香「変わっている、というずばりそのままの感慨かどうかは……判然としません。しかし……お客さんの皆さんから贈られる、あの光の一部になろうと努めているうちに……精神が遠くなる感覚が訪れることが」

美波「あ、なんだかその感じわかるなぁ。アイドルとしての自分になりきるっていうか」

文香「美波さんもステージの上で変わるのですね」

美波「そうみたい。前にもね、言われたことがあるの。なんだかステージの上だと別人みたいだって」

文香「そうなのですか……」



文香(別人……のような自分)


自分が変質し。

その『別人』が観測され……そして……。



美波「とにかくお疲れ様! 明日はオフでしたよね。しっかり休んでくださいっ」

文香「はい……ありがとうございます。しかし明日は、大学の課題を終わらせなければ……」

美波「文香さん……真面目なのは本当に文香さんのいいところだと思うけど、ライブの後ぐらいもっと気を抜いてもいいと思う。無理しないでね」

5 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/10/28(金) 01:00:33.66 ID:98So3wRC0

文香「あ、いえ……申し訳ありません。気遣いを。しかし、好きな課題ですから……精神の安寧に寄与する効能もありまして……」

美波「ああっ、そうなんだ! そうだよね。課題と言ってもいろいろありますよね……文香さんにとってはいいことなんだ。じゃあ、えっとがんばってくださいね!」

文香「は、はい……えっと……がんばり、ます」


文香(美波さんにまた余計な心配をかけてしまいました。しかし書に対する評論のようなものですから……)


あの課題は、好きです。……負担にはなりません。

黙々と考え、行間を推し量り、テーゼを紐解くあの時間は救いにも感じられるものでした。


文香(救い……? 私は、なにを……?)





――『……鷺沢文香は本が好きで、今も本を読んでんだろう?』


――『不動の定点があるじゃねえか』





文香(――あ)


瞬時、連想されるように脳裏によみがえったのは叔父の書店で聞いたあの人の言葉。



文香(どうして……?)



なぜ思い出してしまったのか。ここで思い出さなければならないのか。

その時の私は……自分の心の機微すら測りかねていたのでした。
6 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/10/28(金) 01:04:23.89 ID:98So3wRC0
とりあえず、書くと決めるために導入だけ投下しました。
文香さん誕生日おめでとうございます。

今回は玄武くんと文香さんと本と本当の自分の話。

いつもよりは読みづらい部分があるかもしれませんがよろしくお願いします
7 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/10/28(金) 01:08:25.42 ID:8hurAh3NO
新作ヤッター
8 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/10/28(金) 01:09:08.15 ID:9lg69kh30
おお、新作来た。
なんというか、文系の素養が無ければ理解できない会話を繰り広げそうな二人だな。
9 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/10/28(金) 08:55:02.05 ID:j1NQZ9l+O
アイマス全体でも会話に混ざれるのがほぼいなそう
10 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/10/28(金) 12:31:14.39 ID:khVPyODDO
玄文キターーー!
11 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2016/10/28(金) 15:29:38.48 ID:FLIRtCn8O
文香のSS漁りに速報に来てみたらW橘の人のSSに出会えるとは
書き出しだけでもやっぱりすごいと思った
楽しみに待たせてもらいますわ
12 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/10/28(金) 17:48:11.28 ID:bSunmHAB0
総選挙SSの時のセリフがつながった

楽しみにしてます
13 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/10/29(土) 09:54:12.40 ID:OMnJk56Ro
来てた、導入乙です
待望の2人ですよー
折角だからバレンタインSSと総選挙SSを読み返して復習しておきます
14 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/10/30(日) 20:46:18.87 ID:qnEZAoyoo
飛鳥や乙倉ちゃんの水着写真がクラスメイトに『使われてる』と思うと怒りが沸々と湧き上がってくる
15 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/10/30(日) 20:46:45.09 ID:qnEZAoyoo
誤爆
16 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/11/01(火) 16:07:20.07 ID:i71RCn2W0
新作来てる!今回も楽しみにしてます
17 :1 [sage]:2016/11/13(日) 22:30:52.06 ID:UltM4u4W0
すいません。抜本的にプロット見直しているので投下遅れています。
必ず書きます
18 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/11/14(月) 12:58:50.75 ID:U8bBcQ8go
急ぐよりも納得のいく物を書いて頂くのが一番ですし
気長にお待ちしてます
19 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/11/14(月) 19:24:27.19 ID:7XViXhXlo
上に同じく
楽しみに待ってます
20 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2016/11/15(火) 19:26:36.01 ID:Q3YrzqGjO
W橘の人でも難しいんだな
今までの作品見るに単なる恋愛物に落とし込むやり方を採って無いだろうし
21 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/11/15(火) 20:06:46.11 ID:N//0P/NT0
このスレが俺の希望だ!
22 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2016/11/28(月) 12:33:26.46 ID:HWXjFSUWO
続き早く見たい
玄武文香以外にどんなキャラが出てくるか予想して待ってます
23 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/11/28(月) 16:02:20.56 ID:C2+kmKLBo
じっくり待とう
24 : :2016/11/28(月) 16:36:40.12 ID:1xvICi2eO
ワクワク
ドキドキ
25 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2016/12/04(日) 14:35:38.44 ID:ly456O9rO
まだかなまだかな〜
26 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/12/09(金) 02:38:32.62 ID:SmCVSvglO
しのしゅーが最高オブ最高だったからこれも超期待して待つ
27 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2016/12/09(金) 19:38:08.34 ID:bJ13GXuGO
は……はよ……
28 : [sage]:2016/12/13(火) 00:07:26.67 ID:CqNHS0EY0
すいません、かつてないほど難航していますが書き始めてはいます。
待たせて本当に申し訳ありません…
29 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/12/13(火) 00:11:22.97 ID:nJuivYsho
乙乙
876越境きてるし楽しみながらゆっくり仕上げてくれやす
30 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/12/19(月) 02:02:55.08 ID:6cJlek8h0



夜道。ほんの少しの雨の気配。

抱えた本の重みは、外に零れた私自身の体の重みのようにも思われました。



これから……私は本を読みます。





誰も見ていない所で、一つの木が倒れた際の音を知るものはいなくとも、その木自身だけはきっと――



31 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/12/19(月) 02:03:44.04 ID:6cJlek8h0


――

――――



文香「………………なるほど」


ぱたむ、と読み終えた本を閉じます。


文香(……とても、興味深かった)



心地の良い余韻。

書から流れてきた知識と見識が、私の頭と胸に緩やかな痺れを刻んでいます。


読書とは読んでいる瞬間にしかないものでありますが……この読了した瞬間の充足も、今この瞬間にしかありえないものでしょう。

手を止めて、受け取った情報と情感とを反芻します。そうして一通り浸ったあと、思考に跋を入れました。『良き書であった』、と。


……芽生えていくのは、新たな興味。得た知識にまつわる、さらなる情報を得たいという気持ち。



文香(次はなにを読みましょうか……)


そうして少し日に焼けた小口を満足感とともに眺めているうちに、現実がようやく背中を押しました。


文香「……は」
32 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/12/19(月) 02:04:34.16 ID:6cJlek8h0


文香「私は……なんという」



課題のためにギリシア悲劇の文献を当たろうと、私はいくつかの書籍を机に持ちこみました。

そして、まずは概略をなぞり、課題と関連深そうなところに当たりをつけようとした……はずだったのです。


それが……


文香「……すべて読破してしまうまで手を止めないとは」


病膏肓とはこのこと。





文香「…………」


しばし、自分の課題に対する集中力のなさを反省します。


しかし……しょうがないとも思いました。見識が乏しい以上、どれが自分にとって有用かを断ずることは軽々にできようはずがないのですから。


文香(いえ)
33 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/12/19(月) 02:06:33.35 ID:6cJlek8h0


これは逃避したのでしょうか。また、本の世界へと。

本を読む私。

鷺沢文香のルーティン。

いつもの自分を再演して……私は、きっと私であることを……



文香「……また」


揺らぐ思考がとりとめのない想念を呼んで循環する、その前に押しとどめます。


文香(課題です。課題を)


文香(ギリシア神話の変奏としてのギリシア悲劇……王女メディアの愛憎と屈折。ヘクトールとアンドロマケー。とりわけ興味が出た箇所といえば……そのあたり)

文香(エウリピデスとその作品について、掘り下げるべきはそこ……)



文香「……出かけましょう」


昨日の夜から取り掛かり、起床後すぐに続きを読み進めて……午前中には読了できたのでまだ時間はあります。今日という日を不毛に終えてはなりません。


……胸に不可思議なざわつきを覚えながら、装いを軽く整えて、外へ。



私は私に与えられた課題をするのです。

――――学期末までの長期的な課題なので急ぐ必要はないとはいえ。

私は一つの道に決意を持って邁進するということに、どうにも不得手な部分があるようで……そこに懸念を抱いていました。

34 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/12/19(月) 02:07:25.26 ID:6cJlek8h0


文香(確かな意志を持って、進まなければ……)










しかし。


確かな意志など、持ちえたためしがあったかどうか――――

35 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/12/19(月) 02:08:01.25 ID:6cJlek8h0

――

――――


古書の香りに浸りながら、私は書架の前にいました。


足を運んだのはとある古書店。




文香(一人で入るのに抵抗がないのは、未だにこうした書にまつわる施設だけ)


ブティックや化粧品店などにも挑戦してはみましたが、場違いだという意識は拭いがたく……。

いつかはそうした抵抗も消えるのでしょうか。


文香(そのためには奏さんや美波さんにもっとご教授願わなくてはなりませんね。そう……変わりたいと願うのならば)


文香「…………」


文香「鷺沢、文香は……本の虫」





文香「はっ」

文香「いけない、本を……」
36 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/12/19(月) 02:08:51.55 ID:6cJlek8h0




静謐な空気を湛えている空間で、一人で本を渉猟します。





文香(……キープ)


文香(これも、良き書ですね……)


文香(興味深いタイトル。必要ですね。おさえておきましょう)


文香(あ、これは以前読み逃してしまった書……こんなところで。僥倖です)




まるで水槽を巡る魚のように。私は書架を間を回ります。


おのずと刻まれていた、それは慣習で。

己が性質に引かれるまま、私は本の世界に深く潜っていきました。



文香「……――――」

37 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/12/19(月) 02:09:28.74 ID:6cJlek8h0


文香(以前とは配置が変わって……こちらには学術書)


文香(あちらのワゴンは)



渉猟した書の数はいつの間にか増えていました。……不思議な事にまたたくまに増えていました。


けれど書の重たさは、まだ見ぬ書への期待が忘れさせていて。私はさらに本を求め、入口近くのワゴンへと足を運びました。






そのワゴンにあったのはしかし……


文香(あ、これは)



目に入ったのは、ユーモラスに踊る大きなひらがな、カラフルな絵が載せられた表紙。光沢のある大判サイズの本の群れ。



文香「絵本……」

38 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/12/19(月) 02:11:06.00 ID:6cJlek8h0


よくよく見れば、ワゴンの縁には『絵本フェア』とある小さなポップがありました。


大きく絵本はここだと表記されていれば足を運ぶ前に気づけたでしょうに。



文香(フェアならもう少し大々的にした方がいいのでは……主張が足りない気が)


もう少し大きな張り紙で絵本フェアと銘打ち、ポップは各種作品に対してたくさん用意する……

子どもを対象とするのならば、いっそのことワゴン自体店先に出して目にしてもらう機会を増やすなど。


絵本フェアだという情報はあまりに控えめで、もっと主張する手段があるように思われました。



文香(あ……)



『主張が足りない』。そんなことを、気にするなんて。

私が、気にするなんて。


どうなりたいか、どうすべきか……そうしたことになにかを指摘できる立場なのか








――「失礼。ちょっとよろしいですか」


文香「あ……っ! は、はい。塞いでしまって申し訳ありません。どうぞ……」

39 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/12/19(月) 02:12:18.30 ID:6cJlek8h0


近づいてきた男性に声を掛けられ、私は慌てて引きさがりました。

男性は絵本を手に取り、真剣な表情で検分を始めます。




――「…………」


文香(…………あら?)





そこで気付きました。


細く締まった体。高い身長。本を向けられた鋭く強い視線。

この男性は。








文香「玄武、さん……?」


玄武「っと、いや俺はただの――――って、文香さんじゃねえか」




書架に満ちる静謐な空気に、少しのさざ波が立ちました。

40 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/12/19(月) 02:13:57.18 ID:6cJlek8h0

――……



文香「……絵本も読まれるのですね」

玄武「いや、手前自身の為に見てるわけじゃあねえんだが」

文香「……贈り物、でしょうか?」

玄武「ああ、そんなとこさ。世話になった家に送りたくてな。小さい連中に読める本を探してんだ」

文香「お世話になったところに……そうですか。だから絵本なのですね」

玄武「相棒、朱雀のヤツがいりゃあ、ちぃっとは選別が捗るんだけどな。あいにくアイツまたテストで赤点食らっちまって……こうして一人絵本探ししてるのさ」

文香「……お一人で、ですか。それは……大変です」


玄武さんはしなやかな腕を伸ばし、その指先で緩やかに絵本の背表紙たちを撫でています。


玄武「しかし、あれだな。できれば小さい連中が楽しめるような本にしてえと思うんだが。見当が正しいか判然としねぇ」

文香「そうですね。絵本は……私もたまに触れるのですが、子ども達の機微に応えるような作品とはどのようなものか、見当がつきません」

玄武「自分にとって役立つ本か、楽しい本かしか判断できねえんだよな。……ま、だから巡り合わせの妙に頼ってみようと思ったんだがな」

文香「巡り合わせ……?」


玄武「フラッと入った店に、珍しくも絵本のフェアが行われてた。合縁奇縁さ。なにかしら意味ある出会いと見るのも悪かねえだろう?」


……合縁奇縁。

41 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/12/19(月) 02:14:37.11 ID:6cJlek8h0

文香「確かに、古書店で絵本フェアとは……思えば、非常に珍しい取り合わせですね」

玄武「児童書の類は古書業界には出回りにくいからな。子ども相手の本だから、必然保存状態が良好とはいかねえし……」

文香「はい……叔父の店にもあまり絵本はありません。そもそも扱いをしていない店も多いと聞きます」

玄武「そう。だからこうした珍しい出会いは大切にしねぇとな」

文香「……力になれずに、申し訳ありません」

玄武「………………あん?」 


玄武「なんだって謝るんだい? 今までの話の流れに文香さんが謝ることなんざ一握たりともなかったと思うんだが」

文香「いえ、あの……絵本探しについて助言や手助けをできれば良かったのですが……それは、どうも叶わないようで……申し訳なく」

玄武「おいおい。被ってない責任にまで慮って意気阻喪になるこたぁねえじゃねえか」

文香「書については、力になれることもあるかと思ったので……少し、恥ずかしさが」

玄武「文香さんには十分感謝してるさ。いつも本を貸してくれるしな。こんなナリの俺に。文香アネさんと呼ばせてもらいたいくらいだ」

文香「あ、姐さん、ですか…………任侠ものの風情ですね」

玄武「事務所のアニさん方は受け入れてくれたんだが。どうだい、文香アネさん」


文香「え……」
42 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/12/19(月) 02:15:37.01 ID:6cJlek8h0

玄武「…………」

文香「…………」


文香「も、申し訳ありません。さすがに、そうした呼び名は今までに経験がなく……」

玄武「はは、そうかい。それじゃあ一旦引っ込めておこう」

文香「はい。……は、もしや…………これは、冗談?」

玄武「いや本気さ。敬意は持ってるし、それに感謝も示してえと思ってる」

文香「感謝、ですか。私に……」

玄武「ところでよ、文香さん。結構買い込むんだな。『メデイア』、『救いを求める女たち』……エウリピデス関連の本が多いな。ギリシア悲劇が好きなのかい?」

文香「あ、これは……その……課題の為の資料でして。……ですが一つの書として、とても興味深く読んでいます」

玄武「そうなのかい。資料としても、思わず読みこんじまうよな。俺もソポクレスの『オイディプス王』からギリシア悲劇に入ったからわかるぜ」

文香「はい……! ソポクレスの作品はギリシア悲劇の象徴だと思います」

玄武「やりがいのある良い研究テーマだと思うぜ。さすが文香さんだ」

文香「いえ、ですが……研究テーマはギリシア悲劇に限定したものになるかは、まだ」

玄武「ん? ギリシア悲劇に立脚したテーマじゃねえのか?」
43 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/12/19(月) 02:20:18.12 ID:6cJlek8h0

文香「今、考えているのは……非常におおまかなのですが、『文学作品に見られる女性の価値について』……で」

玄武「……」

文香「『あるいは女性が示す人間の価値』、といったところになる、でしょうか……?」


玄武「…………如臨深淵。深淵に臨むが如きテーマだな」

文香「あの、玄武さん。どうでしょう…………やはり私では力不足に終わるテーマだと思われますか」

玄武「文香さんがダメなら、他のどんなヤツが書いたってダメさ。――ああ。文香さんらしいテーマだと思うぜ」

文香「……本当、でしょうか……」

玄武「全力で力いっぱい書けば、そこに真実は宿るもんだ。やりがいは間違いなくある。ただやるだけやりゃあいいさ」

文香「そう……ですね。結果の如何を問わず、書き記したという足跡は……すでに結果と呼べるもの。課題ですから、もちろん完成を目指さなければなりませんが」

玄武「そのテーマを選んだ動機だってあるんだろう? その興味があるうちは悪いもんになるわけがねえ」


文香「……このテーマを選んだのは、そうですね……近代文学の教授が投げた一つの問いがあるからなのでしょう」

玄武「問い?」

文香「ついぞ、答えを示されなかった問いですが。教授はこの問いの答えが気になるのなら、文学における女性の描写を顧みてみよとおっしゃって……」

玄武「へえ、教授が」

文香「口ぶりから、もっと読書するよう学生たちへ誘導するための言葉に過ぎなかったようにも思われましたが……私は、それが気になったのです」

玄武「どんな問いだったんだい?」
44 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/12/19(月) 02:21:25.50 ID:6cJlek8h0





――『ロリータ』におけるハンバート・ハンバートはなぜ悪人か。




45 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/12/19(月) 02:24:55.21 ID:6cJlek8h0
今回はここまで。お待たせして申し訳ないです
色々不安はありますが、書き進んでいこうと思います

876コラボは楽しかった! 事務所間のつながりが描写されると本当に嬉しい
46 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/12/19(月) 07:49:37.98 ID:ep9RuMfkO
乙!

SSどころか論文一本書けそうなテーマに改めて凄いと思う。

完成が大変だけど応援してます。
47 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/12/19(月) 10:06:42.71 ID:MBbcku53o
続き来てた乙です
何だか凄く深い所まで突っ込んで行く気配でドキドキします
48 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2016/12/21(水) 11:26:33.11 ID:6ZeputOAO
中々の難しさがあって読んでいてすごく楽しいです
続きがどうなるかとても楽しみです!
楽しみにして続きを待ってます
49 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/12/22(木) 00:28:56.16 ID:9QT4/BUVO
タイトル見てもしやと思ったがやはりあなただったか!
今回も楽しみに読ませてもらいます
50 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2016/12/22(木) 19:51:09.28 ID:fjxTeaaFO
ロリータかあ
エドガーアランポーの結婚相手が元ネタなんだっけ
読んでみようかな
51 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2016/12/29(木) 21:28:45.87 ID:5TyzPTNbO
文香の語り雰囲気出てるなあ
今年中に少しでも続き読みたいけど難しいかな
W橘シリーズのかのになシーン読んで癒されながら待ってます
52 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/01/11(水) 20:14:26.02 ID:6BjMqPRzO
がんばってくれー
53 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/01/11(水) 22:50:17.61 ID:y77Qvs9a0
少量、投下します
54 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/01/11(水) 22:51:45.97 ID:y77Qvs9a0

玄武「――――」




玄武「…………文香さん。それは――――」

文香「……? 玄武さん?」




――「おや、鷺沢さんの所の姪っ子さんじゃないかね」



玄武「っと……」

文香「え……あ、店長さん。お久しぶりです」

店長「いらっしゃい。今日は店番をしてないんだね」

文香「そ、そうですね……今日のところは……オフなので」

店長「ああ、お仕事が忙しいんだってね。たまの休みぐらいゆっくりしなきゃだ。しかしアイドルとはねえ……活躍してるようで叔父さんもうれしいだろう。なにしろ特典を」

文香「いえ。あの……その話は。叔父のあれは……もう。反対したのですが」

店長「嫌なのかい? まあ気恥ずかしいか。えっと、それで、目当ての本は見つかったかい?」

文香「はい。相変わらず品揃えが充実していて……素晴らしいです」

店長「そうかそうか。そりゃよかった。いいのが最近手に入ってね。……おや」

玄武「ここの店長さんですか。見させていただいています」


店長「おっと、他のお客さんもいる前で失礼を」
55 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/01/11(水) 22:53:54.43 ID:y77Qvs9a0

玄武「絵本のフェアなんか古書店ではめずらしい。児童書も扱っているとは」

店長「あー、はは。まあ交換会で出てたんでね。たまにはと。それじゃレジにいるんで、ごゆっくり」

玄武「押忍」

店長「文香ちゃんも総重量があんまり重くならないうちにね」

文香「は、はい。そうですね……気をつけます」



文香「ふう……」

玄武「店長さんと知り合いだったんだな」

文香「はい。というより叔父の知り合いですね。昔……叔父は店長さんと経営員もいっしょにやったことがあったと聞いています」

玄武「文香さんの叔父さんの店も古書店だし、組合仲間だったのか」

文香「はい。長い付き合いのようで姪である私にもよくしてくださいます。本で紡がれた絆というのは、貴いものですね」

玄武「……ああ」

文香「あの玄武さん。先ほどなにか言いかけられた気がするのですが……」

玄武「いや……」


玄武「………………文香さんは、教授から示されたその問いに対して、ギリシア悲劇から何かを掬おうとしたんだろう? そこで得られた有用な視点ってのはどんなもんかなって思ってよ」

文香「視点、ですか。そうですね。明確に定まっているわけではないのですが……掘り下げるべきだと思うのは、アテネの人々が持っていた『婦徳』についての共通認識でしょうか」

玄武「婦徳。女性の道徳か」
56 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/01/11(水) 22:58:30.64 ID:y77Qvs9a0


文香「紡がれた歴史と、綴られた劇の中で女性の価値についての見識を得られればと、そう思います」

玄武「ギリシアの婦徳……国王の意志に反してまで、敵だった兄を弔ったアンディゴネーの精神は心打たれたが。そういう類かい?」

文香「はい。アンディゴネーは、宗教的義務と法律への服従をどちらを優先すべきか……そのせめぎ合いの中、人倫を示した偉大な人だと思います。とても覚悟のいる行為であったでしょうに」

玄武「ありゃアンディゴネーの方に正義がある。俺もそう確信してるぜ。自分の意志で正義を示せる女性だったってな」

文香「自分の、意志……しかし、それは」

玄武「うん?」

文香「自己正義を示すなど、そういった女性の意志というものは……アンドロマケーにおいてはむしろ封印すべきものだったようです」

玄武「アンドロマケーは英雄ヘクトールの妻だったな。意志を封印したってかい?」

文香「はい。『トローアデス』において、アンドロマケーはこう語るのです。『わたしは、世間でいう女の道とやらを、懸命に守ってきました』と」


文香「女性が家を空ければ悪い評判が立つので、気持ちを押し殺して、ひたすらにひきこもっていたのだと――――」


玄武「……無になることが女の道だと」

文香「そうです……」
57 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/01/11(水) 23:06:16.51 ID:y77Qvs9a0

逡巡から滲んだ、かすかな空気の強張りが一瞬私たちの間に漂いました。

玄武くんはその中で、一つの所作を為しました。

厳粛に思考を巡らせるような、小さな頭の振り……


その仕草で。

……彼が今、己の中のギリシア物語に向き直ったのだとわかりました。



玄武「『イリアス』じゃあ妻の存在をそこまで気にしなかったが……まだまだ視界が狭いな俺は。戦争に行く男がいりゃあ、家を守る女がいる、か」

文香「はい。女性は家を守るもの。政治に参画し得ないもの。善きものであれ、悪きものであれ、どんな噂をも男の口にされぬことを己の誇りとする。それが女性が背負った要請であって」

玄武「……男社会への阿りだな」

文香「……はい。しかし、その貞淑と安寧こそが婦徳だとされたのです……私は、あの時代においては女性の存在は希薄であったという印象がぬぐえません」



玄武「アンディゴネーは牢で自ら命を断った……」

文香「メデイアにしても男性には理解しえないものの象徴である魔術を扱い、その荒れた心境で災禍をばらまく存在として描写されました――制御しえない厄介なものであると」

58 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/01/11(水) 23:11:02.24 ID:y77Qvs9a0

玄武「しかしアリストパネスは『女たちの平和』で――――おっと、この場所じゃふさわしかねえかな」

文香「『女たちの平和』、ですか」


文香「確かにあの話では女性は男性との同衾を排し、性こ…………あっ…………えっと、その」

文香「…………非常に、たくましい手段で女性が男性に対抗していますね……」

玄武「……ああ。だがあれも言ってみりゃ対抗文化。風刺家アリストパネスによるエウリピデスへのカウンターカルチャーだな。女が弱いという主流に対する諧謔だ」

文香「………はい………」

玄武「恥ずかしがらねえでくれ。流してくれ。悪かった」

文香「いえ、その……はい……失礼しました。年下の方に……えっとどこまで直截的な表現をしてよいか迷ったもので……」

玄武「言及しなくてもいい。文香さん」

文香「……すみません」

玄武「あー、だから赤くならねえでほしいんだが。喋喋とするのは一旦小休止しないか? とりあえず会計するしよう」

文香「……そうですね。気付けばこんな話を長々と。玄武さんも絵本探しに来ていたのに、申し訳ありません」

玄武「全然構わねえさ。こういう話は楽しいもんだ。すげえ勉強になった、流石に読書量が違うな文香さんは」

文香「そう、称賛されるほどのものでは……私は、ただ……本の虫だというだけですので」
59 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/01/11(水) 23:15:50.75 ID:y77Qvs9a0


店長「――高尚なお話してたねぇ君たち。学生のころの私じゃあ絶対チンプンカンプンだったよ。あははは。まあ今でも半分も理解できてないけど」

文香「…………お、お騒がせしました」

玄武「聞かれてたか。声は小さかったはずだが、店内が静かすぎたな……」


店長「この絵本だね」

玄武「どれもおもしろそうで。しかも美品だったで悩みましたが、それで頼みます……っと」


文香(あら、玄武さん……?)


玄武さんは封筒を取り出し、そこから紙幣を抜き取り、店長さんに支払いました。


文香(……お財布代わり?)

60 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/01/11(水) 23:16:43.14 ID:y77Qvs9a0


店長「文香ちゃん。次どうぞ」

文香「はっ。……すみません、お願いします。んっ……」


わずかな惑いを噛んだその時に声が掛けられ、私は抱えた書の固まりをレジの机に置こうと引き上げました。

……しかしその際、慌てたために、一番上にあった書、『透明な対象』がずり落ちました。


文香「あっ……」


すべらかに重力に流されゆく書――そこに手が伸びてきて。


玄武「おっと。平気かい」

文香「すみません……っ」


落ちかけた本は玄武さんに受け止められました。

そのまま本は持ち直され、丁重な動作でもって机に付されます。


文香「……」

玄武「……ん?」

文香「……玄武さんは、本に優しいのですね」
61 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/01/11(水) 23:26:31.62 ID:y77Qvs9a0
とりあえずここまで
書いては消し、書いては消ししてます…
考え方変える努力が必要ですね
62 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/01/12(木) 03:12:25.30 ID:gg8oVB/7O
乙です!
まだ物語の欠片をばら蒔いている段階のようですがそれでも読んでて楽しいです
文香さん可愛い
63 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/01/12(木) 12:15:30.14 ID:ttLa8AWzo
乙です
まともに向き合うと何処までも深い所へ引きずり込まれそうな人だから書くの大変だろうなぁ

ものっすごく細かい事ですみませんが>>57の2行目で玄武「くん」になってるのは意図してのことか誤記なのかどちらでしょう
>>59>>60では玄武「さん」なので気になりました
64 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/01/12(木) 21:01:00.27 ID:+uWzhzC1O
乙乙

イイねえ丁寧に進んでいく予感しかしないぜ
この二人を絡ませる文学関連のわかってる同士感好き
65 : [saga]:2017/01/12(木) 22:34:27.44 ID:wcF0nD6G0
>>57 を訂正
玄武くんはその中で、一つの所作を為しました。
        ↓
玄武さんはその中で、一つの所作を為しました。

ここでは私の誤謬としておいてください…(現時点では)
ご指摘ありがとうございます。感謝感謝

やはり相当の文量は要るようなので、お付き合いしていただければと思います。すいません
66 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/01/21(土) 14:21:07.24 ID:TQN63m0SO
ありすは背伸びして文香の話についていこうとするのかな
67 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/01/21(土) 23:47:44.88 ID:mE8IRdVno
志狼、脚立とってくるってよ
68 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/01/21(土) 23:55:44.32 ID:pw+fz4I1o
置いてあった踏み台を勝手に拝借して桃子に怒られる志狼だって?
69 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/01/31(火) 05:04:51.16 ID:4DFbX7WD0
そういえば薫ちゃんは子役だったこともある(があまり知られていない)らしいから、なおくんや桃子の陰に隠れて埋もれていたことがあったのかな
70 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/02/01(水) 01:32:44.26 ID:ayoZ15dco
オフショ玄武でここのことを思い浮かべた
しかもチェンジ後に九十九先生映り込みというね
71 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/02/05(日) 09:27:33.33 ID:+WC+j33r0
東雲先生のpiece montteめっちゃいい曲やん......
72 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/02/11(土) 19:59:07.47 ID:vJ6YYSXKo
オリピで行くと玄武のソロ曲がどんな感じになるかイメージ出来ないな
73 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/02/20(月) 15:40:15.20 ID:qoByu91bO
越境熱が高まってきているのでW橘の人の作品をもっと読みたい
2ndのパフォーマンス凄かったもんなあ〜
74 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/02/25(土) 01:22:03.95 ID:c9jiKic70
今回はまた難産ですなぁ
75 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/02/27(月) 05:45:17.94 ID:Jq+OpVzjo
難産なら保留して、書きやすいの気分転換に書いてもいいと思うの
76 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/03/19(日) 17:21:12.42 ID:FVksfljqO
まだ待ってるぞ!
……そろそろ来て欲しいと思ったり
77 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/03/22(水) 00:56:23.65 ID:npC3CQ1Y0
お待たせして申し訳ありません。まだ期待してくださっている人がいることが本当にありがたいです
やれることしかできないですね

少し投下します
78 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/03/22(水) 00:57:26.13 ID:npC3CQ1Y0

玄武「……」

文香「……?」


玄武「反射的に手が伸びただけさ。ほら、会計しなって」

文香「はい。……そうですね」



玄武さんはなぜか顔をそむけて隣の書架を検分し始めました。

……私も会計をしなければ。


店長「ふふ。そっちの彼は知り合いかい? 見てくれでびっくりしちゃったけど、本の扱いを見て分かった。いい人みたいだね」

文香「はい。善き人です……好きなのです」

店長「んんっ!?」

文香「本が好きなのです、玄武さんは」

店長「ああ、はいはい。そういうこと…………そりゃそうだ。叔父さんもびっくりしちゃうとこだ」
79 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/03/22(水) 00:59:15.98 ID:npC3CQ1Y0


文香「一度速読する様を見て、書を読み捨てているのでは、と誤解してしまいましたが……それは多くの書に触れてゆくうちに獲得したものであると、今ならば……――」


文香「――――」

店長「ん? どうしたの」

文香「すみません……なんでもありません」

店長「……そうかい? はは、まあ言葉はね、時の流れ物だからねぇ……じゃあ、はい。会計していくね」




『わかります』、とそう言葉を紡ごうとしました。

しかしその瞬間に口は固まりました。



文香(『わかる』などと言えるのでしょうか……)



所作から判断した事が、はたして本当に真実であるかという疑問。

帰納による蓋然性の導出と、経験則による主観の線引き。


そうあってほしいという願望が介在していないと言い切れません。

なにしろ……当人の口からその確証を得たわけでないのですから。

80 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/03/22(水) 01:01:14.34 ID:npC3CQ1Y0

文香(しかし……)


玄武さんの方を目を向けました。

本を小脇に抱え、また新たな本に視線を落としている彼は……やはり、書を愛好する人の姿で。


文香「…………」


文香(これは共感、と言うべきもの?)



……それならば、言語すら不要。ル・セミオティックの概念でもって人は相互理解を為せるというあの一節は真実であって…



玄武「ん? どうした文香さん……会計は終わったのかい?」

文香「はっ」

店長「ん、これが最後の本。ピッと……はい」


慌てて、財布を出して支払いを済ませます。

いけません。

この考えばかりが先走るくせは……どうにも治りません。

それは、止まっていることと何ら変わりはないことです。


玄武「しかしよ、店長さん。ここの品揃えは圧巻だな。この棚なんか聊斎志異があるじゃねえか。すげえもんだ」

店長「うわ! お目が高いね! そっちの棚は入れ替えしたばっかりさ。それもまだ途中だけどね」

玄武「途中ってことは、稀覯な本がまだまだあるってことかい? そりゃあぜひお目にかかりたいもんだな」
81 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/03/22(水) 01:02:09.05 ID:npC3CQ1Y0

店長「や、本棚整理の完了はまだまだでね。人がいないもんだから。あはは、年を取る度入れ替え作業が遅くなって……」

玄武「残念だ。いや――そうだ店長さん。良かったら、ここにいる黒野玄武を役立ててくれねぇか。力になるぜ」

店長「え?」

玄武「いや差し出がましく響いたら申し訳ねえ。ただまだまだ入れ替えるべき本があるってんなら、整理すんのは一人じゃ重労働だろう? 一助になりたいと思ったんだ」

店長「あはは。ありがとう気持ちは嬉しいよ。でもいいよ。じっくりやろうと思ってるしね。楽しみでもある」

玄武「そうですか。フ、俺としたことが、店長さんから書店業の醍醐味を奪っちまうところだったか」


文香(……玄武さん)


店長「あ、でも普通に物理的な入れ替えは手伝ってほしいかも……わりかし真剣に」

玄武「単なる持ち運びだけでも喜んで。そん時は呼んでくれれば馳せ参じる。この黒野玄武、良書との縁を紡いでくれた恩義は忘れねえ」

店長「熱いなぁ……君、生涯文系の僕としては圧倒されるばかりだけど…………でも、君の本に対する熱意は伝わったよ。んー……」

玄武「……?」

店長「よし! 君、ちょっと奥へ来てくれる? 文香ちゃんもおいで。大丈夫大丈夫、この時間になるとお客さんあんまり来ないから」

文香「え――」

82 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/03/22(水) 01:05:22.38 ID:npC3CQ1Y0

――

――――


レジの裏から続く店の奥。

その広めの通路には積み上げられた本の束が溢れていました。そして更に奥にある机には……積み上げたりされていない本がいくつか、厳選されたように並べられていました。

特別に丁重に扱われていると、その態様から知ることができます。


古書店の裏側。叔父の店のそれとは少し雰囲気が違い、その差異に新鮮味を覚えました。


しかし、何より私の気を惹いていたのは……束になりそびえる本、机に並ぶその書たちが醸すその気配で。

手垢もなく、日焼けもない、無垢のままの古い本……久しく人の手に取られることがなかった書の透明な存在感が、私を吸い寄せていました。


未知を湛えた宝箱のような気配のそれ。

頭の奥に抗いがたい衝動が湧きあがります。


――「読んでみたい」



文香「これは……」

店長「最近手に入れたお気に入りさ。さあ見てごらん」


文香「はい。そ、それでは、少々……」

玄武「……失礼して」


文香(これは……新思潮の……)

文香「……」

文香「…………――――」

83 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/03/22(水) 01:09:02.18 ID:npC3CQ1Y0


玄武「すげえな。本のそうそうたる顔ぶれもそうだが……保存状態もいいじゃあねえか」

店長「ここにあるのは全部最近引き取ったものでね。そこから厳選した品物」

玄武「どこかの愛好家が引退でもしたのかい?」

店長「うーん、そんなもんかな。まぁちょっと理由(ワケ)あって引き取った本さ」

玄武「値札が付いているのと、付いてないのが混在している……今付けている最中か」

店長「そういうこと」

玄武「まだ店に出してない本をどうして俺たちに?」

店長「あんなに買ってくれたしね。本に対して熱心に話せる若者がいるのは嬉しいし。……気になったのがあれば売ってもいいよ」

玄武「……! 店長さん、感謝します。銘肌鏤骨――その心意気、気遣い確かに心に刻んだ。運びたい本があればいくらでも手を貸すぜ」

店長「お、大仰だね」

文香「――は。…………あ、あの、私からも、感謝を。ありがとうございます」

店長「叔父さんの店に対抗できてる? あはは」

文香(また……キープする本が増えてしまいそう……)

84 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/03/22(水) 01:10:28.88 ID:npC3CQ1Y0


私たちはまた書を探し始めました。

……潜るように、あるいは息をするかのように。



文香(丁重に扱わなければ……店長さんが厳選した、売り物になる本なのですから)


店長さんもいつまでも店を空けているわけにはいきませんし、あまり時間をかけることも避けるべきでしょう。

しかし、目移りもすれば没入もしたくなります。



文香(抗いがたい。玄武さんはどうでしょう?)


玄武「……おいおい、この本は」

文香「あ……決められたのですか?」

玄武「ああ、これは手元に置いておきてえ。けどな……」

文香「なにか……?」

玄武「――すまねぇ、店長さん。ちょいと聞きたいことが。構わねぇかい?」

店長「おっと、なんだい? もうちょっとしたら店に戻るけど、今ならかまわないよ」


玄武「この本、是非お譲り願いたい。値段は」
85 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/03/22(水) 01:13:49.05 ID:npC3CQ1Y0

店長「あれ? そこらへんの本は昨日、結構急いで値段付けたはずなんだけど。値札ない?」


文香「『青狐』……」

文香(火野葦平…………戦前からの作家)



玄武さんが取った古めかしい本に記されたその著者名。

名前は知っていますが、読んだことはない作家でした。

確か『新青年』のメンバーだったはずです。井伏鱒二や山田風太郎といっしょに載っている一覧を見たことがありますから。



店長「ちょっと高いよ。1万5千円。ほら値札も貼ってある」

玄武「いや、その値段であるはずがねぇと思ったもんで。――“兵隊”まで載ってるんだが」

店長「兵隊? まさか……。見せてくれる」

玄武「無削除版ってこたぁケタも変わる」

店長「ちょ、ちょっと待ってて。眼鏡取ってくる」
86 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/03/22(水) 01:23:13.43 ID:npC3CQ1Y0

店長さんは慌てたように母屋の方に駆けていきました。



文香「“兵隊”……この詩ですか?」

玄武「ああ。これさ。検閲で削除された“兵隊”が収載されてるんだ、この版は」

文香「検閲――」



広げられた詩集に向かい、私たちはいっしょに覗きこみました。

紙は色褪せて、文字にも掠み。しかしその詩は……確かにそこに綴られていました。



玄武「『兵隊なれば、兵隊はかなしきかなや――きみはなし、花はなし』」




文香「確かに、載っています……世に広まったのは削除版の方なのですね」

玄武「ああ。これはな、戦意を高揚するような歌じゃねぇってんで、検閲にあって……潰されちまったんだ」

文香「するとこれは無削除版。……この詩は検閲を免れた、と」
87 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/03/22(水) 01:25:47.27 ID:npC3CQ1Y0

文香「……」


この書は。

自分を保てたと、そう言えるのでしょうか。

私よりもよほど長く自分を曲げることなく、消されることなく。




――――――“いまはただ夢だにあだし。”



文香「夢のように儚いとは……哀しくて、痛々しくて……虚しさが溢れる詩……」


玄武「そう。殴られるみてぇに伝わってくる。――『虚しい』」

文香「戦時に削除されてしまったのですね……確かにこれは、望みが風化し、潰えていくそんな兵士の切なさがあります……」

玄武「そうだ。戦犯作家ともそしられた火野だが、戦後どう責任を取るか模索した益荒男でもあった。この詩は火野のその意志の足跡――」

文香「…………半世紀以上前の、思い……」

玄武「貴重に過ぎらぁな。この詩集、売るとしたらもっと“さや”が取れるだろ。あの値段じゃあ流石に受け取れねぇよ」

文香「………………それは敬意、でしょうか」


私の言葉に、玄武さんは不意を突かれたように目を少しだけ見開きました。


玄武「そうだな。店長さんから騙し取るような真似はしたくねぇ……自分の元に置く本だ、そこは筋を通したいと思うぜ」
88 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/03/22(水) 01:26:45.54 ID:npC3CQ1Y0

文香「そうですね。誠実は……人の持つ尊い美徳です」

玄武「ああ。まっとうに生きねえとな」



玄武さんは詩に向かい、その文章を指で辿っていました。

それは一連の詩が記された紙面から、触れるか触れないかのわずかな距離を空けた、敬意の空隙を作りながらのもので。

その所作で以て……玄武さんにとって「筋を通す」対象が本当には何であるかを私は察したのでした。



文香(玄武さん、あなたは)



……この本に込められた想いこそを。



89 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/03/22(水) 01:28:24.89 ID:npC3CQ1Y0


――

――――



店長「失礼。ホントに無削除版だよ。一番先に確認しなきゃいけないところだ。疲れたんだな。すまないね」


眼鏡を携えて『青狐』を確認した店長さんは、気恥ずかしげに頭を掻きました。


玄武「控えめながらも知的な輝きを残すチタン加工のあしらい。いい眼鏡っすね」

店長「おおっ、わかる? 高かったんだ……って、それよりこの本の値段だね」

文香「無削除版となると、やはり価値が変わりますね」

玄武「おそらく軽く10万以上はいくだろうな。カバーも付属してて、日焼けもそんなにしてねぇから」

文香「10万円以上、ですか。先ほどの価格の10倍……」

店長「そうだね。値段を付け直すとしたらやっぱり10万以下で売るわけにはいかないかな」

玄武「わかりました。それで結構です」

店長「それでも買うんだね」

玄武「押忍。決めちまったんで」


迷いのない言葉。

やるべきだという意志に満ちた言葉。……頭が、揺れる心地。


文香「…………」
90 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/03/22(水) 01:32:55.71 ID:npC3CQ1Y0

店長「11万。いや、んー、10万5千円でどうだい」

玄武「ありがてえ限り。…………そんで、取っておいてもらうってのは」

店長「うん。わかった。取っておくよ」

玄武「感謝します。手持ちがねえもんで、助かります」


文香(あら……? 先ほどの封筒には)



玄武「……うしっ、購入できることになった。ふ、こいつは武者震いにも似た震えが足から立ち昇っちまうな。まだ手元に置けるわけじゃねえんだが」

文香「おめでとうございます。良き書との出会いは得難いものですから。しかし、その……お金の方は」

玄武「ああ、最悪、眼鏡貯金を切り崩さねえといけねえかもな。いや、番長さんがありがてえことにまた新しい仕事を持って来てくれたから……そうだな、2週間後にはきっと手に入れられるさ」

文香「そうなのですか……」

玄武「リース用に持っといてもいいだろうに、譲っていただけるたぁ本当にありがてえ。人の縁さまさまだな。改めてありがとうよ文香さん」

文香「この件については、私など。……店長さんのお計らいですから」

店長「いや、言っても商売だからね? でもまぁ、君みたいな子なら本望かな。この本にとっても、この本の持ち主だった人にとっても」

玄武「押忍。そんな言葉を頂戴できるたぁ恐縮の限り――――しかし、先刻、理由(ワケ)あって最近引き取ったもんだと聞いたんですが、一体どんな仔細で?」
91 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/03/22(水) 01:45:22.19 ID:npC3CQ1Y0


文香「……そうですね。奥にあった書は最近手に入れられたと。あのような稀覯な本ばかりをどのような機会で……?」


店長「ああ」


店長さんは複雑な表情を浮かべました。

残念だという感情に、不心得者と自分を責めるような忸怩たる思いが滲んでいて…………それは哀しみの風貌でした。





店長「……とある個人図書館がね、閉鎖されることになったものだから」


文香「え」





――――図書館が、閉鎖?



92 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/03/22(水) 06:54:06.05 ID:npC3CQ1Y0
今回の投下は終わりです
プロミにセカライにミリ4thに、今年に入ってから消化しきれないほどの衝撃をもらって
私も書こうと思ったものぐらいは描き切れるようにしたいと思います

お待たせして申し訳ありません
93 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/03/22(水) 16:59:24.66 ID:KXy9smsBo
来てた乙です
玄武の潔さに痺れる
94 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/03/22(水) 17:03:59.65 ID:/pR888FI0
乙っす待ってました
玄武が指先を触れないようにして読んでる描写が丁寧だと思いました
ほくちはSSからずっと刺激受けてます
95 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/03/23(木) 01:17:00.12 ID:5IZn7Bau0
あなたの書いたやつ全部読んでるよ、リアルタイムで読んでるのはこれが初めて
いつまでも待ってるんで、自分の納得のいくものを書いてください
96 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/03/23(木) 16:03:28.37 ID:REvROxakO
当たり前だけどジェットコースターのSSと雰囲気が全然違うなあ
コメディ・バトル・音楽ものなど作風の幅が広い
毎回のように方向性を変えてるんだから時間かかる作品があっても無理はないよね
97 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/05/11(木) 09:42:15.96 ID:gbZTzlX7O
これは難産
98 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/04(日) 21:17:19.15 ID:fTPdox+1o
作者生きてるだろうか
99 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/10(土) 00:57:14.35 ID:zTweZMDDo
がんばれがんばって
100 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/06/20(火) 03:00:59.59 ID:ZRWxe/OO0
少しだけ投下
101 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/06/20(火) 03:03:24.45 ID:ZRWxe/OO0

店長「もともと良い家柄――元華族だとか貴族だとか、まぁそういう人が邸宅で開いてた図書館でね。財産を少しずつ使いながら、改築したりして続けてたんだけど……もう閉めるってことになって」

玄武「運営が難しくなっちまったのか」

店長「まぁこんなご時世だし、どこも運営費が逼迫してるしね。館長が亡くなったら、負債があるのも明らかになって、家族さんたちが財産整理がしたいって言って――あ、喋り過ぎかな」

文香「資金もなく、続けられる人がいなくなり、…………運営を取りやめると」

店長「そうだね。運営終了の運びとなった。まぁ、まだ閉鎖となってはいないけど、すでにいくつかの蔵書は売却していってて、この店でもいくらか買い取らせてもらったんだ」

文香「あのような、稀覯本もあったのにですか?」


……信じられませんでした。あのような貴重な古書を丁重に保存しているような、そんな真摯な図書館が潰える運命にあるとは。


店長「あれはね、設立者のコレクションだったものなんだよ。価値があったものから今の家族さんが売りに出したの。価値がそこまでのものは鑑定の後、交換会に流れたはずさ」

玄武「……図書館から零れおちた財産だったのか」


ふぅ、と店長さんは物憂げな溜息をつきました。


店長「……どこにでもある話なのかもしれないけど、嫌だね、なんか世間が汲々としてるみたいで」

玄武「それで店長さんが本を引き取ったのか。蔵書は全部買い取るのかい?」

店長「まさか。売りに来られたものだけ。僕だってあの図書館は好きだったし――あんまり閉鎖の時期を早めたくはないしね。でも困ったよ。よろしくお願いしますって何度も頭を下げられて……こっちが恐縮しちゃった」


102 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/06/20(火) 03:07:32.85 ID:ZRWxe/OO0


文香「あの、まだ閉鎖はなされていないのでしょうか……?」

店長「一応まだ開いてる。ホントに一応。まだ今の館長さんだって続けたいって言ってるから。個性的な設備もあって愛着ある人も多いしね」

文香「続けられるよう、願いますが」

店長「うん……でも、設立者の宝物みたいな本を売り払って運営費用に充てるっていうのはね……」



……それは、末期の振る舞いと表現されても仕方がないもの。



文香「…………」




視線を落とした先、『青狐』のその表紙に手を伸ばします。

しかし、伸ばしたところでそれはあくまで物言わぬ書物でありますが……


そこに情緒を、意味を見出すことは人の業。


かつてどこかの蔵書に在ったという過去を、しかして今ここにあるという軌跡を。

知ってしまえば思わずにはいられません。




他の多くの蔵書も、この本と同様の道を辿るのでしょうか。


かつて在りし図書館の記憶も遠くになって



文香(現実の要請の前に、忘れ去られゆく――)

103 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/06/20(火) 03:08:28.68 ID:ZRWxe/OO0

――――――



玄武「文香さん」

文香「……っ」



ふっと夜闇ではない影が私をよぎっていきました。

過ぎていった車のライトが車道側を歩く玄武さんを照らしたためだと、そんな当たり前のことに顔を上げて初めて気付きます。



玄武「足取りがずいぶん重てえみたいだが。そっちの本も持つぜ?」

文香「いえ、大丈夫です……ありがとうございます」

玄武「悲しい話を聞いちまったな。だがまぁ、ひとまず前を見据えていこうじゃねえか」

文香「……はい。考える前にまずは歩かなければ、ですね」

玄武「ああ。戦利品が今回は中々上等なんだ。いっそ意気揚々と浮足立っても、今回ばかりはいいんじゃねえか」

文香「ふふっ……そう、ですね。ありがとうございます。確かに僥倖に恵まれたその帰路です。凱歌などは挙げられませんがもう少しくらい、意気揚々とするべきなのでしょう……それぐらいでちょうどいいのかもしれません」

玄武「ああ、その通りだ文香さん」

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