黒野玄武「鷺は白」鷺沢文香「天は玄」

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72 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/02/11(土) 19:59:07.47 ID:vJ6YYSXKo
オリピで行くと玄武のソロ曲がどんな感じになるかイメージ出来ないな
73 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/02/20(月) 15:40:15.20 ID:qoByu91bO
越境熱が高まってきているのでW橘の人の作品をもっと読みたい
2ndのパフォーマンス凄かったもんなあ〜
74 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/02/25(土) 01:22:03.95 ID:c9jiKic70
今回はまた難産ですなぁ
75 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/02/27(月) 05:45:17.94 ID:Jq+OpVzjo
難産なら保留して、書きやすいの気分転換に書いてもいいと思うの
76 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/03/19(日) 17:21:12.42 ID:FVksfljqO
まだ待ってるぞ!
……そろそろ来て欲しいと思ったり
77 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/03/22(水) 00:56:23.65 ID:npC3CQ1Y0
お待たせして申し訳ありません。まだ期待してくださっている人がいることが本当にありがたいです
やれることしかできないですね

少し投下します
78 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/03/22(水) 00:57:26.13 ID:npC3CQ1Y0

玄武「……」

文香「……?」


玄武「反射的に手が伸びただけさ。ほら、会計しなって」

文香「はい。……そうですね」



玄武さんはなぜか顔をそむけて隣の書架を検分し始めました。

……私も会計をしなければ。


店長「ふふ。そっちの彼は知り合いかい? 見てくれでびっくりしちゃったけど、本の扱いを見て分かった。いい人みたいだね」

文香「はい。善き人です……好きなのです」

店長「んんっ!?」

文香「本が好きなのです、玄武さんは」

店長「ああ、はいはい。そういうこと…………そりゃそうだ。叔父さんもびっくりしちゃうとこだ」
79 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/03/22(水) 00:59:15.98 ID:npC3CQ1Y0


文香「一度速読する様を見て、書を読み捨てているのでは、と誤解してしまいましたが……それは多くの書に触れてゆくうちに獲得したものであると、今ならば……――」


文香「――――」

店長「ん? どうしたの」

文香「すみません……なんでもありません」

店長「……そうかい? はは、まあ言葉はね、時の流れ物だからねぇ……じゃあ、はい。会計していくね」




『わかります』、とそう言葉を紡ごうとしました。

しかしその瞬間に口は固まりました。



文香(『わかる』などと言えるのでしょうか……)



所作から判断した事が、はたして本当に真実であるかという疑問。

帰納による蓋然性の導出と、経験則による主観の線引き。


そうあってほしいという願望が介在していないと言い切れません。

なにしろ……当人の口からその確証を得たわけでないのですから。

80 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/03/22(水) 01:01:14.34 ID:npC3CQ1Y0

文香(しかし……)


玄武さんの方を目を向けました。

本を小脇に抱え、また新たな本に視線を落としている彼は……やはり、書を愛好する人の姿で。


文香「…………」


文香(これは共感、と言うべきもの?)



……それならば、言語すら不要。ル・セミオティックの概念でもって人は相互理解を為せるというあの一節は真実であって…



玄武「ん? どうした文香さん……会計は終わったのかい?」

文香「はっ」

店長「ん、これが最後の本。ピッと……はい」


慌てて、財布を出して支払いを済ませます。

いけません。

この考えばかりが先走るくせは……どうにも治りません。

それは、止まっていることと何ら変わりはないことです。


玄武「しかしよ、店長さん。ここの品揃えは圧巻だな。この棚なんか聊斎志異があるじゃねえか。すげえもんだ」

店長「うわ! お目が高いね! そっちの棚は入れ替えしたばっかりさ。それもまだ途中だけどね」

玄武「途中ってことは、稀覯な本がまだまだあるってことかい? そりゃあぜひお目にかかりたいもんだな」
81 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/03/22(水) 01:02:09.05 ID:npC3CQ1Y0

店長「や、本棚整理の完了はまだまだでね。人がいないもんだから。あはは、年を取る度入れ替え作業が遅くなって……」

玄武「残念だ。いや――そうだ店長さん。良かったら、ここにいる黒野玄武を役立ててくれねぇか。力になるぜ」

店長「え?」

玄武「いや差し出がましく響いたら申し訳ねえ。ただまだまだ入れ替えるべき本があるってんなら、整理すんのは一人じゃ重労働だろう? 一助になりたいと思ったんだ」

店長「あはは。ありがとう気持ちは嬉しいよ。でもいいよ。じっくりやろうと思ってるしね。楽しみでもある」

玄武「そうですか。フ、俺としたことが、店長さんから書店業の醍醐味を奪っちまうところだったか」


文香(……玄武さん)


店長「あ、でも普通に物理的な入れ替えは手伝ってほしいかも……わりかし真剣に」

玄武「単なる持ち運びだけでも喜んで。そん時は呼んでくれれば馳せ参じる。この黒野玄武、良書との縁を紡いでくれた恩義は忘れねえ」

店長「熱いなぁ……君、生涯文系の僕としては圧倒されるばかりだけど…………でも、君の本に対する熱意は伝わったよ。んー……」

玄武「……?」

店長「よし! 君、ちょっと奥へ来てくれる? 文香ちゃんもおいで。大丈夫大丈夫、この時間になるとお客さんあんまり来ないから」

文香「え――」

82 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/03/22(水) 01:05:22.38 ID:npC3CQ1Y0

――

――――


レジの裏から続く店の奥。

その広めの通路には積み上げられた本の束が溢れていました。そして更に奥にある机には……積み上げたりされていない本がいくつか、厳選されたように並べられていました。

特別に丁重に扱われていると、その態様から知ることができます。


古書店の裏側。叔父の店のそれとは少し雰囲気が違い、その差異に新鮮味を覚えました。


しかし、何より私の気を惹いていたのは……束になりそびえる本、机に並ぶその書たちが醸すその気配で。

手垢もなく、日焼けもない、無垢のままの古い本……久しく人の手に取られることがなかった書の透明な存在感が、私を吸い寄せていました。


未知を湛えた宝箱のような気配のそれ。

頭の奥に抗いがたい衝動が湧きあがります。


――「読んでみたい」



文香「これは……」

店長「最近手に入れたお気に入りさ。さあ見てごらん」


文香「はい。そ、それでは、少々……」

玄武「……失礼して」


文香(これは……新思潮の……)

文香「……」

文香「…………――――」

83 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/03/22(水) 01:09:02.18 ID:npC3CQ1Y0


玄武「すげえな。本のそうそうたる顔ぶれもそうだが……保存状態もいいじゃあねえか」

店長「ここにあるのは全部最近引き取ったものでね。そこから厳選した品物」

玄武「どこかの愛好家が引退でもしたのかい?」

店長「うーん、そんなもんかな。まぁちょっと理由(ワケ)あって引き取った本さ」

玄武「値札が付いているのと、付いてないのが混在している……今付けている最中か」

店長「そういうこと」

玄武「まだ店に出してない本をどうして俺たちに?」

店長「あんなに買ってくれたしね。本に対して熱心に話せる若者がいるのは嬉しいし。……気になったのがあれば売ってもいいよ」

玄武「……! 店長さん、感謝します。銘肌鏤骨――その心意気、気遣い確かに心に刻んだ。運びたい本があればいくらでも手を貸すぜ」

店長「お、大仰だね」

文香「――は。…………あ、あの、私からも、感謝を。ありがとうございます」

店長「叔父さんの店に対抗できてる? あはは」

文香(また……キープする本が増えてしまいそう……)

84 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/03/22(水) 01:10:28.88 ID:npC3CQ1Y0


私たちはまた書を探し始めました。

……潜るように、あるいは息をするかのように。



文香(丁重に扱わなければ……店長さんが厳選した、売り物になる本なのですから)


店長さんもいつまでも店を空けているわけにはいきませんし、あまり時間をかけることも避けるべきでしょう。

しかし、目移りもすれば没入もしたくなります。



文香(抗いがたい。玄武さんはどうでしょう?)


玄武「……おいおい、この本は」

文香「あ……決められたのですか?」

玄武「ああ、これは手元に置いておきてえ。けどな……」

文香「なにか……?」

玄武「――すまねぇ、店長さん。ちょいと聞きたいことが。構わねぇかい?」

店長「おっと、なんだい? もうちょっとしたら店に戻るけど、今ならかまわないよ」


玄武「この本、是非お譲り願いたい。値段は」
85 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/03/22(水) 01:13:49.05 ID:npC3CQ1Y0

店長「あれ? そこらへんの本は昨日、結構急いで値段付けたはずなんだけど。値札ない?」


文香「『青狐』……」

文香(火野葦平…………戦前からの作家)



玄武さんが取った古めかしい本に記されたその著者名。

名前は知っていますが、読んだことはない作家でした。

確か『新青年』のメンバーだったはずです。井伏鱒二や山田風太郎といっしょに載っている一覧を見たことがありますから。



店長「ちょっと高いよ。1万5千円。ほら値札も貼ってある」

玄武「いや、その値段であるはずがねぇと思ったもんで。――“兵隊”まで載ってるんだが」

店長「兵隊? まさか……。見せてくれる」

玄武「無削除版ってこたぁケタも変わる」

店長「ちょ、ちょっと待ってて。眼鏡取ってくる」
86 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/03/22(水) 01:23:13.43 ID:npC3CQ1Y0

店長さんは慌てたように母屋の方に駆けていきました。



文香「“兵隊”……この詩ですか?」

玄武「ああ。これさ。検閲で削除された“兵隊”が収載されてるんだ、この版は」

文香「検閲――」



広げられた詩集に向かい、私たちはいっしょに覗きこみました。

紙は色褪せて、文字にも掠み。しかしその詩は……確かにそこに綴られていました。



玄武「『兵隊なれば、兵隊はかなしきかなや――きみはなし、花はなし』」




文香「確かに、載っています……世に広まったのは削除版の方なのですね」

玄武「ああ。これはな、戦意を高揚するような歌じゃねぇってんで、検閲にあって……潰されちまったんだ」

文香「するとこれは無削除版。……この詩は検閲を免れた、と」
87 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/03/22(水) 01:25:47.27 ID:npC3CQ1Y0

文香「……」


この書は。

自分を保てたと、そう言えるのでしょうか。

私よりもよほど長く自分を曲げることなく、消されることなく。




――――――“いまはただ夢だにあだし。”



文香「夢のように儚いとは……哀しくて、痛々しくて……虚しさが溢れる詩……」


玄武「そう。殴られるみてぇに伝わってくる。――『虚しい』」

文香「戦時に削除されてしまったのですね……確かにこれは、望みが風化し、潰えていくそんな兵士の切なさがあります……」

玄武「そうだ。戦犯作家ともそしられた火野だが、戦後どう責任を取るか模索した益荒男でもあった。この詩は火野のその意志の足跡――」

文香「…………半世紀以上前の、思い……」

玄武「貴重に過ぎらぁな。この詩集、売るとしたらもっと“さや”が取れるだろ。あの値段じゃあ流石に受け取れねぇよ」

文香「………………それは敬意、でしょうか」


私の言葉に、玄武さんは不意を突かれたように目を少しだけ見開きました。


玄武「そうだな。店長さんから騙し取るような真似はしたくねぇ……自分の元に置く本だ、そこは筋を通したいと思うぜ」
88 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/03/22(水) 01:26:45.54 ID:npC3CQ1Y0

文香「そうですね。誠実は……人の持つ尊い美徳です」

玄武「ああ。まっとうに生きねえとな」



玄武さんは詩に向かい、その文章を指で辿っていました。

それは一連の詩が記された紙面から、触れるか触れないかのわずかな距離を空けた、敬意の空隙を作りながらのもので。

その所作で以て……玄武さんにとって「筋を通す」対象が本当には何であるかを私は察したのでした。



文香(玄武さん、あなたは)



……この本に込められた想いこそを。



89 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/03/22(水) 01:28:24.89 ID:npC3CQ1Y0


――

――――



店長「失礼。ホントに無削除版だよ。一番先に確認しなきゃいけないところだ。疲れたんだな。すまないね」


眼鏡を携えて『青狐』を確認した店長さんは、気恥ずかしげに頭を掻きました。


玄武「控えめながらも知的な輝きを残すチタン加工のあしらい。いい眼鏡っすね」

店長「おおっ、わかる? 高かったんだ……って、それよりこの本の値段だね」

文香「無削除版となると、やはり価値が変わりますね」

玄武「おそらく軽く10万以上はいくだろうな。カバーも付属してて、日焼けもそんなにしてねぇから」

文香「10万円以上、ですか。先ほどの価格の10倍……」

店長「そうだね。値段を付け直すとしたらやっぱり10万以下で売るわけにはいかないかな」

玄武「わかりました。それで結構です」

店長「それでも買うんだね」

玄武「押忍。決めちまったんで」


迷いのない言葉。

やるべきだという意志に満ちた言葉。……頭が、揺れる心地。


文香「…………」
90 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/03/22(水) 01:32:55.71 ID:npC3CQ1Y0

店長「11万。いや、んー、10万5千円でどうだい」

玄武「ありがてえ限り。…………そんで、取っておいてもらうってのは」

店長「うん。わかった。取っておくよ」

玄武「感謝します。手持ちがねえもんで、助かります」


文香(あら……? 先ほどの封筒には)



玄武「……うしっ、購入できることになった。ふ、こいつは武者震いにも似た震えが足から立ち昇っちまうな。まだ手元に置けるわけじゃねえんだが」

文香「おめでとうございます。良き書との出会いは得難いものですから。しかし、その……お金の方は」

玄武「ああ、最悪、眼鏡貯金を切り崩さねえといけねえかもな。いや、番長さんがありがてえことにまた新しい仕事を持って来てくれたから……そうだな、2週間後にはきっと手に入れられるさ」

文香「そうなのですか……」

玄武「リース用に持っといてもいいだろうに、譲っていただけるたぁ本当にありがてえ。人の縁さまさまだな。改めてありがとうよ文香さん」

文香「この件については、私など。……店長さんのお計らいですから」

店長「いや、言っても商売だからね? でもまぁ、君みたいな子なら本望かな。この本にとっても、この本の持ち主だった人にとっても」

玄武「押忍。そんな言葉を頂戴できるたぁ恐縮の限り――――しかし、先刻、理由(ワケ)あって最近引き取ったもんだと聞いたんですが、一体どんな仔細で?」
91 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/03/22(水) 01:45:22.19 ID:npC3CQ1Y0


文香「……そうですね。奥にあった書は最近手に入れられたと。あのような稀覯な本ばかりをどのような機会で……?」


店長「ああ」


店長さんは複雑な表情を浮かべました。

残念だという感情に、不心得者と自分を責めるような忸怩たる思いが滲んでいて…………それは哀しみの風貌でした。





店長「……とある個人図書館がね、閉鎖されることになったものだから」


文香「え」





――――図書館が、閉鎖?



92 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/03/22(水) 06:54:06.05 ID:npC3CQ1Y0
今回の投下は終わりです
プロミにセカライにミリ4thに、今年に入ってから消化しきれないほどの衝撃をもらって
私も書こうと思ったものぐらいは描き切れるようにしたいと思います

お待たせして申し訳ありません
93 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/03/22(水) 16:59:24.66 ID:KXy9smsBo
来てた乙です
玄武の潔さに痺れる
94 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/03/22(水) 17:03:59.65 ID:/pR888FI0
乙っす待ってました
玄武が指先を触れないようにして読んでる描写が丁寧だと思いました
ほくちはSSからずっと刺激受けてます
95 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/03/23(木) 01:17:00.12 ID:5IZn7Bau0
あなたの書いたやつ全部読んでるよ、リアルタイムで読んでるのはこれが初めて
いつまでも待ってるんで、自分の納得のいくものを書いてください
96 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/03/23(木) 16:03:28.37 ID:REvROxakO
当たり前だけどジェットコースターのSSと雰囲気が全然違うなあ
コメディ・バトル・音楽ものなど作風の幅が広い
毎回のように方向性を変えてるんだから時間かかる作品があっても無理はないよね
97 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/05/11(木) 09:42:15.96 ID:gbZTzlX7O
これは難産
98 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/04(日) 21:17:19.15 ID:fTPdox+1o
作者生きてるだろうか
99 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/10(土) 00:57:14.35 ID:zTweZMDDo
がんばれがんばって
100 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/06/20(火) 03:00:59.59 ID:ZRWxe/OO0
少しだけ投下
101 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/06/20(火) 03:03:24.45 ID:ZRWxe/OO0

店長「もともと良い家柄――元華族だとか貴族だとか、まぁそういう人が邸宅で開いてた図書館でね。財産を少しずつ使いながら、改築したりして続けてたんだけど……もう閉めるってことになって」

玄武「運営が難しくなっちまったのか」

店長「まぁこんなご時世だし、どこも運営費が逼迫してるしね。館長が亡くなったら、負債があるのも明らかになって、家族さんたちが財産整理がしたいって言って――あ、喋り過ぎかな」

文香「資金もなく、続けられる人がいなくなり、…………運営を取りやめると」

店長「そうだね。運営終了の運びとなった。まぁ、まだ閉鎖となってはいないけど、すでにいくつかの蔵書は売却していってて、この店でもいくらか買い取らせてもらったんだ」

文香「あのような、稀覯本もあったのにですか?」


……信じられませんでした。あのような貴重な古書を丁重に保存しているような、そんな真摯な図書館が潰える運命にあるとは。


店長「あれはね、設立者のコレクションだったものなんだよ。価値があったものから今の家族さんが売りに出したの。価値がそこまでのものは鑑定の後、交換会に流れたはずさ」

玄武「……図書館から零れおちた財産だったのか」


ふぅ、と店長さんは物憂げな溜息をつきました。


店長「……どこにでもある話なのかもしれないけど、嫌だね、なんか世間が汲々としてるみたいで」

玄武「それで店長さんが本を引き取ったのか。蔵書は全部買い取るのかい?」

店長「まさか。売りに来られたものだけ。僕だってあの図書館は好きだったし――あんまり閉鎖の時期を早めたくはないしね。でも困ったよ。よろしくお願いしますって何度も頭を下げられて……こっちが恐縮しちゃった」


102 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/06/20(火) 03:07:32.85 ID:ZRWxe/OO0


文香「あの、まだ閉鎖はなされていないのでしょうか……?」

店長「一応まだ開いてる。ホントに一応。まだ今の館長さんだって続けたいって言ってるから。個性的な設備もあって愛着ある人も多いしね」

文香「続けられるよう、願いますが」

店長「うん……でも、設立者の宝物みたいな本を売り払って運営費用に充てるっていうのはね……」



……それは、末期の振る舞いと表現されても仕方がないもの。



文香「…………」




視線を落とした先、『青狐』のその表紙に手を伸ばします。

しかし、伸ばしたところでそれはあくまで物言わぬ書物でありますが……


そこに情緒を、意味を見出すことは人の業。


かつてどこかの蔵書に在ったという過去を、しかして今ここにあるという軌跡を。

知ってしまえば思わずにはいられません。




他の多くの蔵書も、この本と同様の道を辿るのでしょうか。


かつて在りし図書館の記憶も遠くになって



文香(現実の要請の前に、忘れ去られゆく――)

103 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/06/20(火) 03:08:28.68 ID:ZRWxe/OO0

――――――



玄武「文香さん」

文香「……っ」



ふっと夜闇ではない影が私をよぎっていきました。

過ぎていった車のライトが車道側を歩く玄武さんを照らしたためだと、そんな当たり前のことに顔を上げて初めて気付きます。



玄武「足取りがずいぶん重てえみたいだが。そっちの本も持つぜ?」

文香「いえ、大丈夫です……ありがとうございます」

玄武「悲しい話を聞いちまったな。だがまぁ、ひとまず前を見据えていこうじゃねえか」

文香「……はい。考える前にまずは歩かなければ、ですね」

玄武「ああ。戦利品が今回は中々上等なんだ。いっそ意気揚々と浮足立っても、今回ばかりはいいんじゃねえか」

文香「ふふっ……そう、ですね。ありがとうございます。確かに僥倖に恵まれたその帰路です。凱歌などは挙げられませんがもう少しくらい、意気揚々とするべきなのでしょう……それぐらいでちょうどいいのかもしれません」

玄武「ああ、その通りだ文香さん」

104 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/06/20(火) 03:12:12.72 ID:ZRWxe/OO0


文香「玄武さんもあの『青狐』を後日引き取られるのでしたね」

玄武「ああ。支度金ができたらすぐにでも。読んでみたいってんならお貸しするぜ?」

文香「それは……率直にとても、うれしいです。よろしければ是非」

玄武「おう約束しよう。男、黒野玄武に二言はねえ。元々文香さんのおかげみたいなもんだしな」


文香「そんな、ですから私など…………あの、玄武さん」

玄武「うん?」

文香「……いえ、すみません。なんでもありません」

玄武「なんだい? 聞きたいことがあるってんなら聞いてくれていいぜ」

文香「しかしお金のお話ですので不躾かと……」

玄武「そうした躊躇ができるってことは、文香さんが下世話な人間じゃないってことだが。……不躾になんて思わねえさ。話してくれ」

文香「そ、そうでしょうか。では、その、青狐を買う段で封筒のお金は使えなかったのですか?」

玄武「封筒……」



絵本を購入する際、玄武さんは紙幣を封筒から取り出して支払いをしていました。

そして取り出される際には、1枚だけではなく他何枚かの紙幣が追従して引き出されていて…
封筒に内在している紙幣の、その量が少なからぬものであると見受けられました。

あのお金を使えば、すぐに購入することができたでしょうに。


玄武「ああ見られちまってたか。……どう言ったもんかな。封筒にあるのは、朱雀との金なんだよ」

文香「朱雀さん、との?」
105 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/06/20(火) 03:14:44.77 ID:ZRWxe/OO0

玄武「番長さんが回してくれたクイズ番組の優勝賞金なのさ。フ…ッ、朱雀がいなきゃあ負けていたかもしれねえな」

文香「賞金……なるほど。しかし、それでは玄武さんのものでもあるのでは」

玄武「そりゃあ、主な使い道を決めちまったんでね」

文香「使い道とは……絵本を買うことと、おっしゃっていましたね」

玄武「ああ。だが絵本に限定はしねえ。子ども達が楽しめる本ならいい。それを買うための金ってとりあえずは決めちまったんだ」

文香「お世話になった家に贈ると」

玄武「よく覚えてるな。その通り」


文香「それは……きっと報恩の物語があるのですね」

玄武「……ん」

文香「素晴らしいと、思います」

玄武「な……っ、おいおい文香さんよ」

文香「……玄武さん、あなたは恩を返したいと動いて……立派です。それほど果断に私は動けないと思いますから」

玄武「…………」

文香「本を読むという行為を重ねてきた過去は共通するものもあるでしょうに……ここまで在り方に差が。貴方の隣にいると、我が身の至らなさばかり感じてしまいます」


――対比のように。


と私が言葉を結んだその時、

その沈黙を引き取るように、玄武さんは月を見上げました。
106 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/06/20(火) 03:15:59.09 ID:ZRWxe/OO0

玄武「そうか……立派かね、俺が」



虚空に問うような、それはかそけき言の葉でした。


都会の空は黒く、昏く。星の輝きを捉えることは適わないようでありましたが……

その黒にこそ、玄武さんはなにかを見出そうとしているように私は感じたのでした。



――黒。

――玄。


黒野玄武さんの色。




文香「暗いですね。ここは。いえ、暗いというよりは……むしろ、『黒い』と言った方が正鵠を得た表現でしょうか」

玄武「もう少し歩きゃあ、ちっとは賑やかな往来に出る。そこを通り過ぎたら文香さんの古書店だったな」

文香「叔父の、店です……私は、アルバイトも辞めてしまった身ですから」

玄武「ああ、アイドルになったから、続けられなくなっちまったんだったか。だが、たまに手伝ってるんだろう? 前だって」

文香「はい。以前の手伝いの時には玄武さんにも手伝っていただきました……。もう一度、感謝を」
107 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/06/20(火) 03:30:52.35 ID:ZRWxe/OO0

玄武「いやいや、だからこちらこそ、だ。本を貸してくれる礼もできたし、書店の仕事もさわりだけさせてもらっただけだが面白かったぜ。良い経験ができた。――『人に与えて、己いよいよ多し』、ってな」

文香「そう言っていただけると救われます。孔子……いえ。老子でしたね。その格言は」

玄武「その通りだ文香さん。響いてくれるか、嬉しいぜ」

文香「玄妙……」

玄武「ん?」

文香「言葉の巡り合わせを感じます。符号の様な」

玄武「符号、かい?」

文香「孔子も老子も……『玄聖』と称されます。得が高い、優れた人には、“玄”という字を当てます。……玄武さんもまた、その字を」

玄武「玄……ふむ、老子の玄学は一度目を通してみてえと思うくらいには憧れてるが。……なるほど、玄で繋がるってかい?」

文香「ふさわしいのでは?」

玄武「……そう言葉にされると、面映ゆくて仕方ねえが」

文香「玄は奥深い、深遠なおもむきを指す言葉です。……私が評するのもはばかられますが、感じます。玄武さんを指す言葉として適切であると」

玄武「あー……あのよ」

文香「はい」

玄武「――――言葉が思考に先立つのは危ういぜ」


108 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/06/20(火) 03:35:39.89 ID:ZRWxe/OO0


文香「それは……」

玄武「俺は、そこまで達していねえ。今は……今でこそ、プロデューサーさんのお陰で覇道を歩けちゃいるが、アイドルになる前なんか……俺は本当に」

文香「……」


玄武「ただの、ガキだったからよ」


文香「――そんな、ことは」




紡ごうと思った言葉は、絡まって喉の奥で留まりました。

私は目の前の彼の過去に言及する術がないことに思い至って。


……綴る言葉も持たないまま。

私はまた戸惑って、固まりました。





すうっと夜の風が、わずかに開いてしまった私たちの間を抜けていき、

無音の波紋が玄武さんの黒の輪郭を小さく揺らしていきました。


109 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/06/20(火) 03:36:58.30 ID:ZRWxe/OO0
とりあえずここまでです
なんとか書く時間を取りたいのですが申し訳ない
110 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/20(火) 14:43:12.60 ID:pGDPj92Go
良かった生きてた
この2人は話の中身だけでなく言葉遣いにも気を遣って難しいと改めて感じますね
仄暗い影が落ちた雰囲気で先が気になります
111 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/28(水) 20:00:03.10 ID:KVPWPtwPO
今日の一コマで古書店の話がでて、ここを思い出して来てしまった。更新されててよかった。
ゆっくりでも完走してほしい。
112 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/06/29(木) 06:48:36.84 ID:7O2owVpAO
更新されてて嬉しかったです
まったりでいいのでまたみたいです!
頑張って下さい
113 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/07/01(土) 13:49:50.10 ID:qy7ByahVO
待ってました
この2人は神経使って描いてるのが伝わってきます
図書館を巡る話になるのかな?期待してますねー
114 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/07/06(木) 10:14:10.29 ID:PN2uqYfAO
早く、続きが読みたい
本と文香の関係を掘り下げたSSは意外と少ない気がする
115 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/07/23(日) 11:25:31.89 ID:BYkWCGHNO
まだか
116 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/07/23(日) 12:26:05.70 ID:orsYDHVJo
ミリシタが楽しい時期だからな
117 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/08/01(火) 22:56:36.15 ID:X+RxuwgaO
作者さん信じてるで・・・
まだ待つから
118 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/08/29(火) 20:54:43.46 ID:zTNJO2gs0
たのむー
119 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/08/30(水) 00:29:12.54 ID:UcamnLR9O
待つぞっ。
120 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/04(月) 00:51:21.63 ID:SBuljH5M0

玄武「尊敬してるぜ。孔子……いや、孔子先生方は。敬意の重複すらためらわねえ」

文香「孔子、老子の“子”は『先生』という意味合いで、そこからさらに敬意を重ねる、とは……最高敬語のようですね。そこまでとは……」

玄武「ああ。だから名前からまっすぐに関連付けられるのも照れちまうし参っちまう。ちったぁお手柔らかに頼むぜ文香さん」

文香「私の評価は、不快でしたでしょうか」

玄武「いや、むしろ恐懼感激の極みではあるんだが。文香さんにも幽玄って表現が似合いそうだがな」

文香「幽玄ですか。お仕事で、そう評されるように骨を折った覚えはありますが……」

玄武「しかし、ああ、なるほどだ」

文香「……?」

玄武「その通りだな、文香さん。…………俺と文香さんじゃあ在り方が違うんだな」

文香「やはり、そうなのでしょうか」

玄武「いや、それも当然か。なにしろ『鷺』は白の象徴だって話だ。さっきの名前の話で言えば対極ってことになるな」

文香「鷺は白……そう言われれば」

玄武「『鷺は洗わずしてその色白く、染めずして烏は黒し』――鷺の漢字にある“路”の字の元は露。白鷺はまさしく白露の如く、か」

文香「白――」


玄武「ああ、文香さんは白だ」

121 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/04(月) 00:54:00.06 ID:SBuljH5M0


白……。


白と評されるとは……

いえ、しかし。そう、そうなると……私は


文香「それでは私は白の、文、ということになるのでしょうか。……架された名の意を汲むのならば」


玄武「そうなるな。……しかし文か。それも示唆的ではあるんじゃねえか? さっきの言葉を借りるなら、巡り合わせを感じるぜ」

文香「それは名に込められた、イメージの照応の話でしょうか」

玄武「ああ。文は『あや』――綾に通じて、きらびやかなものを表す。アイドルには良い名前だと思うぜ」

文香「そう言われると、率直に……名前負けしているように感ぜられてしまうのですが」

玄武「俺は“武”だしな。こっちにしたって“文”とは対極だ。左武右文といかねえとだが……いや、良い名前だよ文香さん」

文香「……しかし。私は、その名にふさわしい振る舞いができているとは」


それに、『文』の意はそれだけでなく


文香「……」

玄武「ん?」

文香「白の文……白紙の書であるということについては、否定できないと思います。しかし、名の輝かしさには少々気遅れが」

玄武「そう感じるのかい?」

122 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/04(月) 00:56:07.83 ID:SBuljH5M0

文香「……玄武さんは口上で、朱雀さんとともに名乗りを上げられると聞きました」

玄武「ああ、そうだが」

文香「『“氷刃の玄武”こと黒野玄武』……そう声高らかに宣言されると」

玄武「っと、知ってくれてんのかい。広まってきてるならありがてえことだな」

文香「……私はそのように雄々しく自分の名前を張り上げたことはありません。ライブ等では紹介の時間を取っていただきますが、そこでも力強く自分の名前を発せているとは……」

玄武「張り上げればいいもんじゃねえさ、真実、大事なのは伝えるその心根なんだからよ」

文香「はい……わかっています。しかしアイドルになる前から、私は玄武さんの様な振る舞いを取れたような記憶がありません。……そのような人間ではなかったものですから」

玄武「あのよ、俺なんかに――」


玄武「いや。考えてみれば……そこじゃねえな。名を叫ぶよりなお大事なことは……名を呼ばれることだ」

文香「え……」

玄武「文香さんだって声援を集めてるだろう? アイドルやって嬉しいことは、ファンの純真無垢な声援を耳にすることができるってそこんところさ。一等ありがてえのは……ああ、そこだ。感じてるだろう?」

文香「………………名が呼ばれること」


名を呼ぶ人がいること。

自分の名が他者によって熱が通うこと。


ああ、それは――――

その領域に至っては、自身と他者が不可分であって。



文香「はい。与えられた名が、輝きを得る、その瞬間の感慨は…………充足と感動に心が鮮やかに染まっていくようで……」

123 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/04(月) 00:56:54.21 ID:SBuljH5M0


自分の声が遠く感じました。

紡いだ言の葉が、夜に放られ、落ちていっているような……そんな心地が暫時、胸をかすめて。


そこにまた声が降りました。



玄武「ああ。俺も名前を確かに心に刻ざまれるあの瞬間が……たまらねえほどうれしいさ」



夜闇に浮かびあがる薄い街の明り。

そのただ中を歩く彼の影は、想いの重みに横溢するがごとく、ことさらに濃く光に映えて。



玄武「名前をつけてくれた人と、その名に命をくれた人、その名の通りに導いてくれた人を思わずにいられねぇ」



遠いものを見るように目を細め、玄武さんはそう確固とした声で告げました。

……誰にか、告げた様にそう響きました。




文香「…………」


124 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/04(月) 00:58:51.28 ID:SBuljH5M0


私からの反響のその音色。



文香「…………その通り、かと」




名を呼ばれることは、そこに通う想いを受けること。

嬉しかったのならば。飲み込まなければならないのです。






文香「その通りだと大いに同意します」




私は――玄武さんとは違うのでしょう。




文香「……やはり、まぶしく思います」

125 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/04(月) 01:00:29.54 ID:SBuljH5M0

――

――――




玄武「っと、ここいらだな。今日はおかげさんで楽しめた」

文香「はい。今日のお話は……非常に意義深いものであったと、そう思います」

玄武「そうかい。取り組んでるっていう課題にほんの少しでも力になれたってんなら、光栄なことだな」

文香「課題の核に対する重要な示唆を、もしかしたら頂けたかも知れません」

玄武「おう。それならいいんだが、でもよ、序盤での気付きは結末に色を変える場合が多いぜ?」

文香「確かに……それはそうですね。ミスリードではなくとも、読み始めに感じた意味合いはページを進めるうちに変わりゆくものですから……結局、なにも判然としないまま、であるということも」

玄武「ま、文香さんなら心配要らねえと思うがな」

文香「そ、そう思われるのはなぜでしょうか」

玄武「全身全霊。本気でやってるからだ」

文香「そのように、映るものでしょうか」


文香「玄武さん。実を申せば、自分が本気なのかどうかすらも、私にはわからないのです」

玄武「……だってなら俺が保証してやるさ。あんなに本を渉猟して、考察も気合い入れてやってんだ。十日一水の覚悟を見たぜ」

文香「それならば、判然としない藪の中でも希望が持てるのですが……」
126 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/04(月) 01:01:17.18 ID:SBuljH5M0

玄武「すげぇな――自分すら関心の埒外に置いてんのにあそこまで本を読めるのか。一体どれほど……」



文香「玄武さん……?」


玄武「おっと、流石に時間だな。朱雀のいねぇ日にここまで舌を回すことになるたぁな。そろそろ俺は」

文香「あ、お帰りでしょうか……中でお茶をお出ししようかと」

玄武「いや、そこまで気を遣ってもらうとかえって恐縮だ。ただでさえ稀覯な本と出会わせてもらったってのによ。それに文香さんは今から課題じゃねぇか」

文香「課題、ですか。確かにあるのですが……」

玄武「そもそもアイドルなんだ。迷惑かけるわけにはいかねえ。それにちっと俺は野暮用があるんでな。すまねぇな文香さん」

文香「……御用がお有りで」

玄武「ああ、見回りに朱雀の様子を見ねえとだ。……舎弟の間にゴタゴタの気配もありやがるし、そこもナシだけつけとかねぇと。こじれちまったら、ただでさえ容量が圧迫されてる朱雀の頭にまた負荷をかけちまう」

文香「それは……なんとも。その、侠気が濃い話ですね」

玄武「大した話でもねぇさ。舎弟たちも性根はいいヤツらだし、朱雀も……やるときゃ、ちゃんとギリギリでもやる男だからな。書店にはまた顔を出させてもらうよ」

文香「それでしたら。はい……お待ちしています」


文香(あら? 確か店頭には……)




玄武「それじゃあな。文香さんなりの課題への答え、楽しみにしてるぜ。完成の暁には是非聞かせてくれよ」

文香「はい……はい……! そうですね、今日は、お互いお別れとした方がいいでしょう。あの……それで、できれば、こちらに来る時は御一報をいただけると、幸いに思うのですが……」

玄武「ん? 確かにそれは必要だな。――よし」

127 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/04(月) 01:07:19.97 ID:SBuljH5M0

――


玄武「失礼するぜ文香さん、体をいたわること忘れねぇでいてくれ」

文香「はい。体調管理にも心を配らねばと、思います」

玄武「課題のせいか、少しばかり疲れてるように見えるからよ」

文香「……そのようです。あの、玄武さんも……お気をつけて」

玄武「ああ。事故なんかに遭ったら番長さんや事務所にでっけえ迷惑かけちまう。気を付けるぜ」

文香「……え?」


玄武「それじゃあ、な」




お別れ。

……彼はまた夜の中に身を進ませていきました。






――私でもあのように。

一人で進み切る気概を持てるでしょうか。


彼の背中を見つめている中で、そんな想いが胸中に湧いて。

そこに……切ないような感情がもう一つ、霞のようになぜだか散っていきました。


128 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/04(月) 01:23:39.68 ID:SBuljH5M0


――

――――

―――――





文香(ここで……冒頭の言葉を……)

文香(――このような、結びでいいでしょうか)


最後の言葉をレポート用紙に連ねていき、評論の課題をひとまず書き上げて終わらせます。


美波さんに言った方の『今日終わらせなければいけない課題』は、無事仕上がったとしていいでしょう。

……実は、大学の方で半分ほどはできあがっていた状態だったので、そこまでの労力は必要ともならなかったのですが。



そう。実際に玄武さんにお茶を振舞ったとしても、そして、そこでまた長くお話ししたとしても問題無かったのです。

“あちらの課題”の完成はまだまだ日が必要なものでした。


『文学作品に見られる女性の価値について』。

その課題は多くの研究の時間が必要なもので、一朝一夕にできるものではなく……むしろ今の段階では、議論の対手を得て様々な観点を得ることの方が大事であったかもしれません。




文香(ですが、玄武さんにも予定がありましたし……)


なにより。


文香(ポスターを見られるのは……)


129 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/04(月) 01:24:30.46 ID:SBuljH5M0


文香「…………」



アイドルとして装丁された鷺沢文香を映すそのポスター。限りなくお嬢様に近い私……

映されたそんな風采に感じ入った叔父が、店内に張り出しているそれはまた、お客様に特典としても配られているようです。


集客効果はあるのでしょう。しかしアイドル同士とはいえこれを、玄武さんに見せるのは……


文香(気恥ずかしさが、拭えず……10枚ほどサインを入れるその時に、留まっておくべきだったのかも)



妖艶、優雅……受け取られたお客様からそのような評価をされたと、叔父の口から聞きました。

そのように、思われるよう振舞えたのも、私が書架に囲まれた閉じた世界を脱し、新たな道を進んだ故のもので。

これもまた白紙たる私が得た新規の色合いなのでしょう。

得た色。色を纏ったということならば、地金である深層の本質は今だに白でしかないのかもしれません。



文香「………………」




白紙――鷺は白。

私を表記し、特定させる『鷺沢文香』という符号。

130 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/04(月) 01:26:12.06 ID:SBuljH5M0



――『文は『あや』――綾に通じて、きらびやかなものを表す。アイドルには良い名前だと思うぜ』




果たして玄武さんはご存じだったのか……



文は文様。飾りに通じ、文(かざ)る意に繋がります。


しかし、それは『見かけ、うわべをかざる』という意味合いでもあって。

名前に使えば、上辺を飾ることが転じて、情欲が強まる要素となり得るそんな字でもある――と。



妖艶。優雅。色香…………情欲。




鷺沢文香がそのように見られることに。

鷺沢文香はなにを言うべきであるのか――――



文香「本当の、姿とは」



それは、削除されえぬものであるのか

閉鎖されうるものであるのか。


131 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/09/04(月) 01:28:36.82 ID:mWQ2AQBlo
こんな時間に遭遇するとは
見てますよー
132 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/04(月) 01:29:08.99 ID:SBuljH5M0


名前の意味合い。存在の印象。



ロシア帝国の貴族として生を受けたナボコフはロシア革命後に西欧に亡命し、やがてはアメリカに帰化した経歴を辿りました。

それゆえ彼はロシア語・英語を操るバイリンガル作家であり、『不思議の国のアリス』をロシア語に訳した『不思議の国のアーニャ』など、他作家の作品の翻訳をも手掛けています。



文香(アリスがアーニャ。私にとっては……諧謔めいたものを覚える、二つの名前。いえ、ともかく)


ナボコフは、自作においても自己翻訳を行いました。

その際に登場人物の名前もやはり変更することがあって。

その言語圏に沿った意味合いを読み解くことで、ナボコフ自身が作品における登場人物にどのような役割を企図しているかを思料することもできるのです。




訳し方……表現が変われば、やはり存在そのものも変わりうる……? 主題の変奏は、主体の変化と果たしてなりえてしまうのか。

しかし。ナボコフの著作に見出すべきは……


文香(あるいは誤読されうる、自己……という主張)



とりとめのない思考が、一つの方向を向いていき……


私は、再び机に向かいました。……書くことができたように思えたのです。


133 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/04(月) 01:37:20.80 ID:SBuljH5M0

――

――――

315プロ




朱雀「――っしゃあああああ!! 終わりッッ!!!」

玄武「――完、了ッ!!」



朱雀「ぜっ、ハァ……チッ、同時かよぉ。やるじゃねえか玄武よぉ!」

玄武「はッ……ハッ、こっちも安心したぜ。ここんとこ先生方との勉強ばっかでなまってんじゃねえかと気がかりだったからな……腕立て伏せ勝負の決着はひとまず預けるぜ」

朱雀「おうよッ! 次の勝負は負けねェからな! 覚悟しとけよ!?」

玄武「ハッ、言われなくても男たるもの行住坐臥戦いの覚悟はできている――次の勝負は補習開けだ」

朱雀「…………おうよ」

玄武「てめえ、朱雀。いきなりしぼんでんじゃねぇか」

朱雀「そうは言ってもよォ…………スーガクはどうにも気が滅入るぜ……」

玄武「少しでも理解できるように道夫アニさんが手ほどきしてくれてんだろうがよ。あれか、俺の解説ノートの方が不満か?」

朱雀「いやッ! ありがてぇよ! あれでまぁ、ちっとはわかったとこあるからよ」

玄武「やりゃできるだろうが、お前は。……逃げねえ男だって信じてるぜ」

朱雀「あー、おう! 玄武にそうまで言われちゃ逃げらんねえっての!」


にゃこ「にゃー!!」


朱雀「おっ! にゃこ、応援してくれんのかァ!? ははッ! ありがてーぜ!」



紅井朱雀
http://i.imgur.com/vUrhAf9.jpg
134 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/04(月) 01:38:31.68 ID:SBuljH5M0

玄武「こりゃ、にゃこの信頼も裏切るわけにはいかねぇな」

朱雀「おう! 補習のテストぐらいなんとでもしてみせらぁ!」

玄武「番長サンも心配してくれてたぜ。ありがてぇこった。裏切るんじゃねえぜ、信頼は大事なもんだからな――――」


にゃこ「んにゃー!」

玄武「ッ!? てめ、にゃこ……ックショイ! はなれ……ックショッ!」

朱雀「おおー? にゃこどうしたッ!? 玄武、大丈夫か!?」

にゃこ「にゃっ」

玄武「……は、ハァ。いきなりなにしやがるんだ、にゃこ。俺の猫アレルギーをわかっちゃいねえのか……」

にゃこ「ニャッ!」

朱雀「お、どした。にゃこ? オレを守るみてえに前に……」


にゃこ「……」

玄武「……」


玄武「…………そういうことか。あんまハッパ掛け過ぎても朱雀を信頼してねえってことになるな」

朱雀「あん?」

玄武「目を見て分かったぜ。にゃこのやつ、お前の努力ぶりを見てたもんだから、ヘンな追い詰め方すんなって怒ってやがる」

朱雀「おおっ、そうなのか、にゃこよぉ?」

にゃこ「にゃ」

玄武「……悪かったな、にゃこ。そして朱雀。お前は逃げねえどころか、やり遂げる男だよな」
135 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/04(月) 01:40:15.36 ID:SBuljH5M0

にゃこ「にゃー!」

朱雀「お、気にすんなってよ! そっか、にゃこ俺のがんばりを見てくれてたか。……まー、あれだぜ? 玄武。オレはやる男だからよ!」

玄武「おう、相棒! そこは承知してるさ」

朱雀「ただ、よ。またわかんねぇとこがあったら教えてくれよ」

玄武「フ、そこは任せな」


朱雀「あ! それとだ!」

玄武「あん?」

朱雀「玄武!! お前も、なんか困ってたら話してくれよなッ!」

玄武「…………ああ。手を借りてぇ時は、言うさ。まあ目下の問題はやはり、お前の補習テストだがな。やり遂げてくれんだろう? 今回も」

朱雀「それは――――おうっ! よし、ここで改めて宣言しといてやらぁ! オレは、補習テストを、ぶっ倒す!! だからよぉ、期待しててくれや!」

玄武「いい宣言だ! よし! そんなら今から模擬試験だ! いくぜ朱雀ッ!」

朱雀「……お、オオッ!! やってやらぁ!」

136 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/04(月) 01:42:30.26 ID:SBuljH5M0

……

…………


一希「……ん、テーブルで勉強か」

玄武「押忍、一希アニさん! ……朱雀とな。今終わったところなんだが」

朱雀「お、お、押忍……こっから家帰って、復習しねぇと……」

玄武「おう。流石相棒。良い心がけだ。無事終わったら、パンケーキ食いにいくの付き合ってやるからよ」

朱雀「玄武よォ、言ったな! 絶対だかんな! よし、やってやるぜェー!! バーニンッッ!!!」

にゃこ「にゃっ!」


朱雀「そんじゃ先に帰るぜ、ダッシュで! もうひとふんばりしてくらぁ、またな玄武! 一希サン!」

玄武「ああ、気張れよ!」

一希「……お疲れさまでした」






玄武「騒がしくしちまって申し訳ねぇな、一希アニさん」

一希「いや、構わない。それだけ全力で……“真面目”だということだからな」

玄武「全力か。フッ、確かに。相棒は全力でやってっから、あんなに声も熱くなるのかもな」

一希「熱さをもって日々を一意専心、全うする――それは称賛されるべきことだ。……きっと自分の人生を歩むというのはあれぐらいでちょうどいい」

玄武「そうだな。生きているか、死んでいるかわからねえ生き方よりも、朱雀の生き方は正しいって思うぜ」

一希「…………まさしく。その通りだ。本当に」


九十九一希
https://i.imgur.com/JRAaD1N.jpg
137 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/04(月) 01:43:55.61 ID:SBuljH5M0

一希「神速一魂はその生命の持つ熱さが明瞭だ。ユニットの歌にも発露しているほどに」

玄武「そうかい?」

一希「ああ。ユニットによって違った特色。刺激を受けているよ」

玄武「そうだな、違うユニットのアニさん方と仕事をやらせてもらってるが、ありゃあ勉強になる。メンツが違えばこそ得られるもんは多種多様だ……輝アニさんや一希アニさんには本もお勧めしてもらっちまってるしな」

一希「本を勧めるのは、おれ自身の趣味でもあるが……前に勧めた本はどうだった?」

玄武「図書館で見つけて読んでみたぜ。時間を忘れて読みふけっちまった。構成が巧みで、何より……難関を乗り越えるための行動の、その細部が圧巻だった。ありゃあいい」

一希「それは良かった。図書館で忘我するほど読書に耽る、か……気付いた時には閉館時間。そういった経験はおれも何度もしている」

玄武「ははっ、やっちまうよな」

一希「ああ、図書館は時間が早く進む」

玄武「だが、あれもなんとも充実感があって、愉快な経験だ。熱中するほどの本を読んでのことならなおさらな。朱雀にも味わわせてやりてぇもんだ」

一希「そうだな……おすすめの本や図書館でもプレゼンする機会を事務所内で作れないだろうか。おれも本の楽しさを、知ってもらいたい」

玄武「図書館、か…………そりゃ良い考えだ。図書館ならおれももっと幅広く登録しておきてえしな」

一希「PV撮影で訪れた図書館は、レトロだったが蔵書が大変素晴らしかった……」

玄武「一希アニさんの太鼓判ならなんとしても行ってみねえとな。そうだな、アニさんには――『植物園きのこ文庫』ってとこ、合ってんじゃねえかと思うんだが」

一希「あそこには行ってみたいと思っている……とても。京都にあるからそこまで軽く足を運べないが、いつかは。そういえば京都出身、だったか」
138 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/04(月) 01:45:40.05 ID:SBuljH5M0

玄武「あー、そうだが。どっかで書いたのを覚えてたのかい?」

一希「記述を覚えるのは、得意だから」

玄武「京都から横浜へ、ずいぶん遠くに移り住んだものさ」

一希「生きていた領域を替えるというのは……やはり、難事だっただろうか」

玄武「男の人生だ。そうしなきゃあならねえ時もあるさ。――それにそのおかげで相棒に出会えたんだ」

一希「そうか……」

玄武「大体、理由あってアイドルになってんなら、新しい世界への踏み出しはここのアニさん方だってみんな堂々とやってんだ。珍しくもねぇ。一希アニさんもそうだろう」

一希「おれは、どうだろうな。踏み出す時にも親類に後ろ髪を引かれていたかもしれない。……ああ、引かれてなかったと言うことはできない、だろうな」

玄武「…………」

一希「その時は大吾のような形で繋がりを消化できていなかった。前、話した直央さんも、母親にアイドルをやれと言われたそうだが……おれがアイドルになった経緯はそのような形ではなかったから」

玄武「…………そういうのは当然あるもんだろう。経緯はどうあれ、一希アニさんも、直央もまぶしいアイドルやってるじゃねえか」

一希「それは――」


志狼「あれ? なおのハナシしてんの?」

一希「あ、志狼さん」


橘志狼
https://i.imgur.com/eyaCrWq.jpg
139 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/04(月) 01:47:57.90 ID:SBuljH5M0

玄武「あー、そうだが。履歴書の情報でも覚えてたのかい?」

一希「記述を覚えるのは、得意だから」

玄武「京都から横浜へ、ずいぶん遠くに移り住んだものさ」

一希「生きていた領域を替えるというのは……やはり、難事だっただろうか」

玄武「男の人生だ。そうしなきゃあならねえ時もあるさ。――それにそのおかげで相棒に出会えたんだ」

一希「そうか……」

玄武「大体、理由あってアイドルになってんなら、新しい世界への踏み出しはここのアニさん方だってみんな堂々とやってんだ。珍しくもねぇ。一希アニさんもそうだろう」

一希「おれは、どうだろうな。踏み出す時にも親類に後ろ髪を引かれていたかもしれない。……ああ、引かれてなかったと言うことはできない、だろうな」

玄武「…………」

一希「その時は大吾のような形で繋がりを消化できていなかった。前、話した直央さんも、母親にアイドルをやれと言われたそうだが……おれがアイドルになった経緯はそのような形ではなかったから」

玄武「…………そういうのは当然あるもんだろう。経緯はどうあれ、一希アニさんも、直央もまぶしいアイドルやってるじゃねえか」

一希「それは――」


志狼「あれ? なおのハナシしてんの?」

一希「あ、志狼さん」


橘志狼
https://i.imgur.com/eyaCrWq.jpg
140 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/04(月) 01:49:10.70 ID:SBuljH5M0

玄武「レッスン終わらせてきたんだな」

志狼「おーうバッチリだぜ、げんぶのあにき! んで、なおがなんだって?」

一希「いや……真面目にがんばっているな、とそういう話をしていた」

志狼「えー、オレだってマジメだぜ!? なおだけじゃねーよー?」


玄武「志狼よ、宿題はもうすませたのか?」

志狼「え、あー……なおのヤツがあっちで今やってるから、マネしたくねーなって……そうだ! すざくのあにきは? ヒッサツワザ教えてもらいにきたんだよ!」

玄武「朱雀は先に帰ったぜ。勉強しに、な」

志狼「えーっ、ベンキョー!? マジ!?」

玄武「今までここで勉強してたんだ」

志狼「すざくのあにきも学校の勉強すんの?」

玄武「そりゃあするだろ。力押しだけじゃあ天下は取れねえんだ」

志狼「そうなのか……あ! げんぶのあにきも、なんかすげーいっぱい本読んでるけど、テンカ取るのに必要だからなのか!?」

玄武「…………そりゃ、わりかし難しい問いだな」

一希「向き合って自分の損になることはないものだ、本というのは。……教科書などは苦手に思ってしまうかもしれないが」

志狼「ニガテだよ〜……あんなの」
141 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/04(月) 01:56:43.08 ID:SBuljH5M0

一希「そうか。しかし――」

志狼「……でも、やっぱ逃げてちゃダメなもんなんだろ?」

玄武「おっ」

志狼「うー…………テンカ取るくらいにビッグになるためには、やっぱり一日もサボれねーな」

一希「志狼さん?」


志狼「ワリ、やっぱオレも宿題やってくる! ちゃんとやってるってプロデューサーにも言っちまってるし!」

玄武「志狼。――ああ、そうだ。よく言った!」

志狼「すざくのあにきがちゃんとやってんなら、オレもやんなきゃじゃん! それに負けてらんねーし! ありすのヤツにフマジメだのなんだの言われんのムカつくしな!」

一希「わからないところがあったら、こちらで教えられると思う。遠慮なく聞きに来てくれ」

志狼「おう、サンキュ! かずき! げんぶのあにき!」








一希「志狼さんもまっすぐだな」

玄武「気持ちのいいヤツだ。高志有勇――曇りがねえ。あいつも俺と似たようなものなのかもな」

一希「似ている、か」

玄武「相棒はまっすぐなヤツだ。だからこそ志狼も一つの目標にしてんだろう。…………朱雀の男気に惹かれてるのは、俺もなんだ。なればこそ道を違えねえ」
142 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/04(月) 01:57:58.11 ID:SBuljH5M0

一希「……道を示してくれた光だから、か」

玄武「……ああ」

一希「それは、おれにもある」

玄武「涼と大吾のことかい?」

一希「そうだ。2人とユニットを組めて、良かった……」


一希「プロデューサーにも支えられて、仲間から影響を受けて、今おれはここにいる。まぶしく思えるものが多いよ」

玄武「なんだか、かしこまった話になっちまったな」

一希「そういえば……そうだ。少し、感傷的になってしまっていたのか」

玄武「……感傷――――――――そうかも、な」


玄武「いや、一希アニさんとは気が合うからか妙に話題がすべっちまう」

一希「……確かに雑談ではないかもしれないな。キャラクターの根本の話と言える、かも。キャラクターはその世界にいる他者との相互の干渉によって形作られるという作劇論――」



一希「人をまぶしく思うのは、自分にはない輝かしいものを持っているが故なのだから」



玄武「……」
143 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/04(月) 01:58:35.41 ID:SBuljH5M0




――――『……やはり、まぶしく思います』




玄武「――それも、勘違いかもしれねえがな」


一希「…………? どうかしたのだろうか」

玄武「……本当のところは、やっぱり知ってみなきゃあならねえか」

一希「なに?」

玄武「すまねぇな。さっきの図書館の話に戻るが、俺も――行ってみてえ所があるよ」


144 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/04(月) 02:00:49.43 ID:SBuljH5M0
>>139連投ミスです
145 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/04(月) 02:02:24.76 ID:SBuljH5M0
今回の投下はここまでです。
長らくお待たせしています。

あふれる情報の処理を真面目に考えなければ
146 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/09/04(月) 02:19:52.92 ID:mWQ2AQBlo
投下乙です
ここに来て加速度的に情報増えているので大変ですね
元々に加えてエムステ世界線・アニメ世界線それぞれで微妙に違いが出そうで扱いが難しくなりそう

本当に難しい2人だけど少しずつ光明が見えてきたように感じます
「本当のところ」がどこに辿り着くのか、最後まで見守りたいです
147 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/09/04(月) 09:03:34.29 ID:v//zJD0k0

相変わらず密度の濃さに驚く

……このSSが始まったあとに公開された設定も反映してるから書き直しも大変だったんじゃないかな?
148 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/09/06(水) 00:04:50.65 ID:xFrWlvH6O
乙ですっ。
149 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/09/16(土) 21:23:19.29 ID:njZOP/pvO
細やかな描写に引き込まれます
続き読みたいです
150 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/11/07(火) 18:52:38.62 ID:Xc1gnapGO
お願いします……
まだ待ってます
151 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/12/02(土) 20:11:31.18 ID:yRd9brmgO
今年中に更新欲しいなー
二人との好きなキャラだから続きがすごく見たいんです
152 :1 [sage saga]:2017/12/03(日) 23:39:49.82 ID:W9vpQiKF0
プロットは再編完了しかかっているんですが、根本的に書く時間があまり取れていない状況です…
もう少しお待ちください
153 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/12/05(火) 05:44:49.98 ID:UMp0xJObo
報告乙です
待ってる
154 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/12/18(月) 12:32:16.07 ID:y2vcJ8M70
はやくうう
155 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/12/27(水) 15:26:09.85 ID:IX9F0C+r0
頼みます・・・
156 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/01/13(土) 20:30:44.42 ID:2WDdSpOhO
自分は待ってます。
あなたの作品が読みたいので。

1から読み直して見たけど本当に丁寧で引き込まれますね
157 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/03/07(水) 01:06:41.56 ID:S5tRGcio0
ほしゅ
158 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/03/13(火) 20:13:48.76 ID:1WtdEdAtO
待つ。
159 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/04/12(木) 00:52:32.62 ID:3PRXCwd/0
待ってる
160 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/05/18(金) 00:36:53.12 ID:zqZzohuO0

――

――――



オープンカフェ



文香「………………」


ありす「文香さん……? あのぅ」

文香「あ、ありすちゃん。声をかけてくれていましたか……失礼しました、気付かずに」

ありす「い、いえ! いいんです。本に集中していたんですよね」

文香「はい。少し調べ物がありましたので……。ありすちゃんはお仕事を終えられたのですね。お疲れさまでした」

ありす「はい。お疲れさまです。でもお仕事と言っても、今日は以前撮ったグラビアのチェックだけでしたから」

文香「そうでしたか。それではグラビアの方は無事に?」

ありす「はい。無事、クールに、ロジカルにこなせたと思います……! ……あの、見本をいただいているんです。文香さん、見てくれますか!」

文香「私が見ていいのですか? それでは一旦こちらの本は置いておいて……」


文香「……」パラッ

ありす「……」ドキドキ


文香「…………」

ありす「…………え、えっと、何度か撮ったんですけど割と、最後にはうまくいったと」


文香「とても……可憐ですよ」

ありす「!」

文香「まなざしには意志の強さが垣間見えて……それでいて口元の微笑みは自然な柔らかみを持っていて。とても魅力的ですよ、ありすちゃん」

ありす「っ! あ、ありがとうございます!」

161 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/05/18(金) 00:38:34.55 ID:zqZzohuO0

橘ありす
https://i.imgur.com/vL6N4kZ.jpg

速水奏
https://i.imgur.com/nKlTXDJ.jpg




ありす「えへへ……文香さん、とても魅力的なグラビアを撮っていましたから。私もがんばらなきゃって思っていたんです」

文香「魅力的、ですか。そのように、映ったのなら光栄ですね」


奏「――実際がんばっているわよね。この前のライブも、ずいぶんレッスンこなしてたじゃない?」


文香「奏さん……」

ありす「おつかれさまです!」

奏「おつかれさま。私もコーヒーいただくわ。……って、文香。そのコーヒーもう冷めちゃってるじゃないの」

文香「あ……これは、確かに、冷めてしまっています、ね」

奏「また読書に没入してたのね。じゃあコーヒーは2つ頼みましょうか」

ありす「いえ! 3つお願いします。私はブラックで」

奏「ありすちゃんもブラック? ふふ、背伸び?」

ありす「せ、背伸びではなく。二口くらいは……その、大丈夫なので」

奏「淑女の仲間入りってことね。わかったわ」
162 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/05/18(金) 00:42:35.33 ID:zqZzohuO0
――

――――


ありす「ふーっ、ふーっ……大丈夫。……苦くても、大丈夫。私は志狼くんみたいな子どもじゃないんです……大丈夫」

奏「文香も次は温かい内に飲まないと」

文香「はい。次こそは、冷めないうちに飲むよう努めます。カフェの本懐を、取りこぼすわけにはいきませんから」

奏「いや、そこまで力入れることでもないでしょうに。……やっぱり面白いわよね。文香って」

文香「面白みを、感じられますか? 私に」

奏「そう、面白いわ。私はそう感じる。前のグラビアみたいな『綺麗な文香』もとってもいいと思うけど……そういうところもね、いいところ」

ありす「綺麗でしたよね。本当に。ネットを見てもいっぱい評価されてました」

文香「ありがたいことです……プロデューサーさんや、スタッフさんに感謝ですね。……感謝、です」



文香「…………」

ありす「文香さん、どうかしましたか? 少し顔色が悪いような……」

奏「レッスンの疲れが出たのかしら?」

文香「いえ、大丈夫です……」

奏「じゃあ勉強疲れ? 美波が心配してたわよ。課題までがんばってるみたいだって。そういえばなにを読んでいたの。

文香「あ……」

奏「油圧、構成……えっと、これ専門書よね?」

ありす「えっ。どうしてそんな本を」

奏「文学の方だけじゃなくて工学にも興味があるの?」
163 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/05/18(金) 00:44:57.90 ID:zqZzohuO0


文香「えっと、少し、舞台装置についての理解を深めようかと」

ありす「舞台のことまで勉強を? すごいです……! 私も、やった方がいいでしょうか」

文香「そんな。これは私の……そう、趣味のようなもので。必要性のことを言えば、それは無いと……」

奏「頭に情報詰め込み過ぎたら疲れない? 気晴らしになってるのならいいけど、必要性が無いのなら急ぎで読まなくてもいいんじゃない?」

文香「……それは」

ありす「あのっ、読みたいというのは、衝動なんです奏さん。文香さんにとって読書はもう生活の一部なので抑えられるものじゃないんですよ。そうですよね?」

文香「ありすちゃん。……確かに、読むべからざる本の選別など私は行いませんね。目に映ると際限がなく手に取ってしまうので……悪癖、なのかもしれません」

奏「止められるものじゃない、か。なるほど」

文香「やはり呆れますか?」

奏「なんでよ。枷をつけられないものってあるわよ。わかったわ、読書についてはもう止めない」


奏「……ただ、本当に疲れてるなら休息だって大事だから。それは忘れないで。それだけ、ね」

文香「心配り、ありがとうございます。奏さん。……ありすちゃんも」

ありす「い、いえ!」

奏「ふふ、そんなにあらたまるものでもないわよ」

164 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/05/18(金) 00:45:33.37 ID:zqZzohuO0


――


――――






文香(心配をかけてしまっているのかも)

文香(でも……。これは、あくまで私一人が接している事柄なので――)

165 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/05/18(金) 00:50:45.27 ID:zqZzohuO0


――

――――



玄武(『まぶしく思う』)




なんだってあんな風に俺のことを言ったのか。


……いくらなんでも持ちあげすぎだぜ、文香さん。



166 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/05/18(金) 00:54:39.11 ID:zqZzohuO0

――――



文香「…………」



電車を降りて、街を一人歩みます。

落ち着いた雰囲気を醸す街並みに目をやりながら。



静穏な空気の寄る辺。

それは土地に根付いた――由緒、とでも呼ぶべき街の歴史。



どこか格調高ささえ醸成された街にあって、その空気に完璧に同調するようにかの図書館はありました。



文香(やっぱり素敵…………)




ルネサンス様式に準じた重厚な外観。

しかし軒にはところどころに窓や壁を護る庇があって、和風建築の温かみも残しています。

広い庭のささやかな木立に物静かに建っているそのあり方は、そのまま荘厳なる街の映し身のように。


威容を誇っていると表現するよりかは泰然と土地に根差しているような、それはかつての華族の残滓。


文香(…………やはり。やはり、閉鎖されて、ほしくない)
167 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/05/18(金) 00:55:15.57 ID:zqZzohuO0



文香(今日は人が多いみたい?)


庭の道を進み、門の前の二つのライオン像のところで少し立ち止まります。にぎわいの気配を感じたからです。


――閉鎖間際と知らされたこの私設図書館。

今日はお客さんがここに多く足を運んでいるようです。



文香(よかった……)



利用客が増えたところで図書館である以上、直接的な利益には成りえません。

……なので、それにより経済的困窮が解決して閉鎖が免れる、ということにはならないでしょうが、それでも。

惜しむ人が多くいるというのは、この図書館の存在した意味があったということですから。



文香「きっと、意味は」



開け放された扉を進み、館内へ。

168 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/05/18(金) 00:58:00.63 ID:zqZzohuO0


――歴史を湛える、荘重な空間。

壁際に配置された木製の建具が、そのつややかな表面に照明からの光を柔らかく跳ね返し、館内をどこか茫洋な色に染めています。


整然と並べられた書架は、大時代的な威厳さえ携えた剛毅な金属製。

それが群れとしてこの領域に果てしなく連なって、書の回廊を形作っています。


しかし館内に圧迫感は感じません。

書架の一つ一つは小ぶりで、そしてあるべき場所へ品よく収まって見え、それが設えられた書物机や、枯淡した風情の板張りの床との調和を崩していないからでしょう。



文香(あるいは……可動する床の工夫で書架の高さが抑えられているおかげかも)



荘厳さを見せながらも親しみ深く……

落ち着いた雰囲気の中に温かみが見られるこの場所は、本が眠る大きなゆりかごのような風情でした。



文香(しかし、今日は)


来館した人達がざわめいて、少しその雰囲気を賑々しいものに変えています。

169 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/05/18(金) 00:58:38.89 ID:zqZzohuO0
今日はここまで
170 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/05/18(金) 01:03:49.05 ID:3SvLhRvh0
乙です!
171 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/05/18(金) 18:41:21.15 ID:xTeL9FLr0
来てた乙です!
文香の抱えてるものが深そうで緊張感が続いていたところで
ありすの存在にほっとします
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